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先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #36
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
ばさりっ
参謀軍師「このようなところで軍を停止させざる得ないとは……」
聖王国将官「確かに」
とさっ
王弟元帥「勇者よ」
勇者「ほいよ」
王弟元帥「勇者はあの少女と顔見知りなのか?」
勇者「多少はね」
王弟元帥「あの少女はいったい何者なのだ?」
勇者「んー。聖王国や教会が“紅の学士”と呼ぶ女。
……の片割れだよ。
南部連合に農奴開放運動を巻き起こした張本人とも云える」
王弟元帥「――」
参謀軍師「あの少女が?」
聖王国将官「まさか。まだほんの小娘ではないか」
勇者「俺もびっくりしてるよ」
王弟元帥「そうか。それであの弁舌、か。ふふふっ」
参謀軍師「元帥閣下……」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」Part10
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1254659054/
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」Part11
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1255018858/
王弟元帥「勇者はどう思うのだ?」
勇者「何を?」
王弟元帥「この戦についてだ。
ここまで同行してきてくれた事については
深い感謝の意を持っている。
だが、そちらも散々にはぐらかしてきたのは事実だろう?
そろそろ聞かせて貰おう、勇者の本音を」
勇者「俺の本音は最初から一つだ。この世界を守る」
王弟元帥「我ら人間の世界をか。
では、人間同士の軍の衝突はどう考えているのだ?」
勇者「ケツの穴のちいせーことを言うなよ。
王弟元帥。地上最大の英雄のくせに。
ここまで歩いてきたんだろう?
この世界つったらこの世界だよ。
歩いていけるたった一つのこの世界に人間も魔族もあるものか」
参謀軍師「っ!! なんですとっ」 がたっ
聖王国将官「それは異端だっ!!」
勇者「最初っから聖光教会になんか参加してねぇし
光の精霊なんか信仰してねぇよ。
俺は個人的に光の精霊に頼まれて、
その願いを聞こうかなって思っているだけ。
俺のは信仰じゃないんだよ」
王弟元帥「ふふふふっ。はははははっ!!!」
勇者「おかしなことを言ったか?」
王弟元帥「いいや、まったく。……たいしたものだ。
まったく筋が通っている。
やっと腹蔵無くはなせそうだな。勇者。
そうだ、初めて話をするような気さえする」
参謀軍師「そんなっ」
王弟元帥「では、勇者は
いま眼前にある紅の学士と我らとの争いも、
魔族と聖鍵遠征軍の争いも
どちらも等しく嫌悪すると。それでよいのだな?」
勇者「そうだよ」
王弟元帥「どうあっても?」
勇者「どうあっても」
王弟元帥「では、眼前にその事態が発生したらどうするのだ」
勇者「王弟元帥こそ止める気はないのか?」
王弟元帥「無いな――。
勇者よ。聞いただろう?
我は民草の秩序と安寧のために戦っている。
そもそも農奴開放がこの世界に何をもたらしたのだ?
結局は混乱をもたらしているだけではないか。
貧しくて飢えた不毛な南の地を釣り餌に新しい支配者が
新しい奴隷を、別の名称で募集したに過ぎない。
そのような偽りな希望をぶら下げるよりは、
安定した今までの機構を維持する方がどれだけ有意義かも知れぬ。
歴史がある、というのは
今までそれでやってこれたことを示すのだ。
新しいこと全てが正しいなど、どこの寝言だ。
違うか、勇者?」
勇者「聖王国の利益を保護しているように聞こえるな」
王弟元帥「そうだ。それが何故いけない?
自らの利益を追い求める王は悪であるなどとは
所詮は持たざる者どもの僻みの声でしかない。
王は富んで良いのだ。国を富ませさえすれば。
聖王国の利益を求めることと、
民に秩序と安寧をもたらすことは決して相反することではない。
我はどちらも最大限に大きくする方向を目指して
進んでいるだけに過ぎないのだ」
王弟元帥「中央大陸には長い間安定して発展を遂げた歴史がある。
それは農奴制と貴族社会、そして王族による統治を
前提にしたものなのだ。
その成果を否定することは誰にも出来ない。
たとえ、その機構に弱点や汚点があったとしてもだ。
わたしはそれらが無謬であるなどとは云わないよ。
だとしても、この数百年人間はその中で栄えてきたではないか。
その発展の歴史と、聖王国の軌跡は一致する。
我はこの方向こそが正しいと信じるゆえ、これを堅持するのだ」
勇者「まぁ、そうだろな。新しいことは全部正しいってのは
確かに言い分としてはおかしいわな。
何かを新しく始めればそりゃ経験もないわ実績もないわ
転んだって怪我をしたっておかしくはない」
王弟元帥「……」
勇者「だが“人間には失敗をする自由だってあるはず”ってのが
まぁ、あっちの言い分なのだろう?」
王弟元帥「で、あれば、我にもまた同じだけの自由を持って
現在の体制と機構を維持したいと願うことが許されるはずだ」
勇者「その言い分も、正しいな」
王弟元帥「理解してもらえるのならば、勇者。
これは自由な意志を持つ者同士が
自分の理を通そうとする激突なのだ。
――手出し無用に願おう」
聖王国将官「……」
勇者「……」
王弟元帥「ふっ。我に一理の正しさがあることは認めるのだろう?」
勇者「王弟元帥。ってことは、逆にあの娘が今までやってきた
新しいこと……例えば、農地改革やら農奴開放やらにだって
一理があるって事は認めているんだよな?」
聖王国将官「それは、どういうことですか?」
勇者「新しいことが正しいとは限らない。
それとまったく同じ理屈でもって
古いことが未来永劫正しいとは限らない、ってことさ」
王弟元帥「理屈の上ではな。そう主張する“自由”はあるのだろう」
勇者「だからこそ、両者はその地平では対等だと?」
王弟元帥「如何にも」
勇者「どちらも人間で、どちらも対等だから、
勇者である俺には介入するな、と。そう言うことだよな?」
王弟元帥「そうだ」
勇者「で、俺が介入しなかった場合、
自由な意志を持つ両者の激突でもって事の是非をつけようと」
王弟元帥「我らが絶対善、絶対正義であるなどとは言わぬよ。
しかし、この世界においては、自らの信じることを
貫くためには力が必要な時もあるのだ。
それがもっとも苛烈に試されるのが戦場であり
その戦場に立った以上、彼女も戦士だ。
性別や年齢などは考慮されるべきではない」
勇者「そりゃ仰せ、ごもっともだ」
王弟元帥「ならば」
勇者「ならば、の先はこうだ。
――王弟元帥。地上最大の英雄。
“ならば”そのまったく同じ理屈を持って、
つまりおのれの意を押し通すために、
戦場で力を示そうとする輩……つまり、攻撃を始める軍を、
勇者は勇者個人の自由な意志と信条を守り通すために、
暴力で排除するぞ、とね」
参謀軍師「それはっ」
聖王国将官「勇者殿……っ」
勇者「確かに云うとおり、人間同士、
意見が異なることもあるだろうが、
異なる意見を持つという自由はどちらにもあるんだろ?
その辺は、教会よりも俺はあんたのことは買ってるよ。
どっちの味方かと云えば、やっぱり王弟元帥がいいや。
どっちに正義があるかは判らないこの世界で、
その相違を解決するために話し合いをするつもりならば、
俺は俺の上限を話し合いまでとさだめるし、
もし暴力を解禁するのならば俺も暴力を解禁するよ。
なぁ、王弟元帥」
王弟元帥「……」
勇者「恩着せる訳じゃない。
どっちかって云うと、飯を奢って貰って恩に着ているのは
俺の方であるべきだからな……。だけどさ」
聖王国将官 ぞくり
勇者「これは、王弟元帥だから云ってるんだぜ?
判るだろう?
聖鍵遠征軍の残り半分はさ。
暴力を解禁しちまってるんだって事も」
王弟元帥「それは脅迫か、勇者?」
勇者「まさかー」
王弟元帥「勇者、ならばこちらも云わせて貰うが
ここには数万のマスケットがあるのだ。
勇者の戦闘能力がどれほどであろうと
たった一人で軍も歴史もねじ曲げられると考えているならば
それは思い上がりも甚だしいと云わせて貰わねばならん。
被害は出るだろうが、我らは勝つ。
その自信がわたしにはある」
勇者「ったりまえだ。そんな思い上がりはしちゃいない。
暴力で解決するならば、喧嘩でみんな気持ちが変わるならば
最初っからこっちは我慢なんかしちゃい無いんだよ。
こんな面倒くさい問答なんてこっちだって本当は
一番苦手なんだってんだよ。
……本当は飛んでいきたい気持ちなんだ。
判れよ、この石頭どもめっ」
――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
灰青王「一週間か。よく保つな」
観測兵「被害は観測できるのですが、補修を前提にしているのか
落としきることが出来ません。せめて門を狙えれば」
灰青王「しかし門を落とすためには左右の突出防壁を
何とかしないと、カノーネを近づけることが出来ない。
そういう防御策な訳だ」
観測兵「はい……」
灰青王「判ったことは?」
観測兵「どうやら、あの防壁は石組ではなくて、
巨大な土塁だと考えた方が良さそうです、
土ゆえに衝撃を吸収して、基幹部が末広がりのために
倒壊することもない」
灰青王「そしてあの傾斜か……」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
カノーネ部隊長「灰青王閣下」
灰青王「どうした」
カノーネ部隊長「その、本日の砲撃のご指示を……」
灰青王「右辺突端部に砲撃を集中させよ。
しかし、1/4は砲撃を散らして敵に安心感と休憩の暇を与えるな」
カノーネ部隊長「はっ。はい、その……」
灰青王「どうした?」
カノーネ部隊長「実は、カノーネ用の純度の高い黒色火薬が……」
観測兵「……」
灰青王「後どれくらい残っている?」
カノーネ部隊長「このペースだと、あと3、4日ほどかと……」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
灰青王「砲撃の手をゆるめるな。
火薬の件を敵に知らせて希望を与えることは下策だ。
火薬については、マスケット兵のものを再配分し、
カノーネ用に供給をし直す。現在のまま砲撃を続けよ。
右辺突端さえ破壊すれば、正門を崩して流れ込むことが可能だ」
カノーネ部隊長「はっ! 鋭意努力しますっ」
観測兵「……」
灰青王「ちっ。なんというしぶとさだ。
瀕死の蛇のようにいつまでものたうち回り、見苦しい。
開門都市など、もう実質的には陥落したも同然ではないか」
観測兵「灰青王閣下っ!」
灰青王「どうしたというのだ?」
観測兵「じつは、百合騎士団隊長が……」
灰青王「あの女が?」
観測兵「そのぅ。夜な夜な、銃兵どもを大量に集めて、
集会とも、説教会ともつかないようなことをしているようでして」
灰青王「集会?」
観測兵「はい。精霊の宝は開門都市にあると。
いまこそあの都市を落とさなければならない。
そのためには光の信徒の心魂を捧げた奉仕が必要である、と」
灰青王「毒をもつ華、か……」
観測兵「いかがいたしましょう」
灰青王「その毒の香りが甘美であるのだから始末に負えぬ。
……放っておけ。いずれ俺がけりをつける」
――開門都市、慌ただしい市内、大通り
がやがや……
がやがや……
魔王「どうだ? 不足している物はないか?」
人魔商人「魔王様っ!? こんなところへいらっしゃらないでも、
庁舎で休んでいてくださればいいのに!」
魔王「あそこにいてもやることなど無いのだ。
防壁への登り口はこっちか?」
人魔商人「そうです、はいっ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
土木師弟「泥濘に石灰を混ぜろっ! 上から応急で流し込んでおけ」
巨人作業員「わがっだ……」
蒼魔族作業員「こっちにも石灰をくれ!!」
人間作業員「いま運ぶっ。台車をまわせぇl」
魔王「どうだ?」
土木師弟「はっ。はいっ」びしっ
魔王「緊張しないでくれ。世話をかけているのはこっちだ」
土木師弟「正直、そろそろ限界です。
いつ破れてもおかしくない場所がいくつもあります。
疲労が浸透して、基幹部分にもひびが入っている。
一応それらしく見せかけてありますから、
敵の攻撃が集中して無くてごまかせていますけれど……。
東側は特にまずい。工事の時にも一番後回しにした部分で、
最初から張りぼて同然だったんですよ」
東の砦長「東側、か……」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
魔王「逆に、まだ強度に余裕があるのはどのあたりだ」
土木師弟「南西の神殿付近ですね。あの辺はまだ攻撃を
受けてはいないし、最初から防壁の厚さもある。
あそこならいままでの砲撃を受けても、まだ一週間は耐えられる」
魔王「それでも一週間、か……」
人間長老「魔王殿、このままではこの都市は……」
魔王「沈んだ顔をするな、長老どの。
まだ決着がついたわけではない。勝負はこれからだ」
人間職人長「しかし、たとえ一週間を耐えても、
一月を耐えても、いずれは時間の問題で……」
魔王「大丈夫だ。まだ……。まだ、手はある。
火竜公女!」
火竜公女「はい」
魔王「すまぬが、これを火竜大公に渡してきてはくれぬか?」
人間長老「それは……?」
火竜公女(この書状は……白紙……!?)
魔王「援軍の要請だ。魔界は広い。この都市を救うだけの兵力は
いくらでも残っている。我らはそれまでの時間を稼げばよい」
火竜公女(そんな兵力があるわけはないではありませぬか。
たとえあったにしても……。
半日で三万の屍を築いたあのマスケットの前に、
どのような長が兵を送ることが出来ましょう。
だから魔王どのは白紙の書状を……)
東の砦長「済まないな。兵を全部おっぽり出しちまって。
義勇軍のみんなには苦労をかける」
人間の義勇兵「まぁ、いいってことよ。
こうやって防壁の修理や
投石機でたまにお返しをするぐらいしか、
俺たちは役に立てないんだからな。
剣を振ることも馬に乗ることも出来ない俺たちには」
竜族の中年女「そうだねぇ! あっはっは。安心おしよ!」
竜族義勇兵「夜になったら、
また防壁にうまった砲弾を掘ってきてやろう。
連中達は自分が撃った砲弾が
投石機で投げ返されてさぞや悔しいだろうよ!」
魔王「うむ。もう少し辛抱してくれ」 にこにこ
人間長老「はっ。魔王様。お心のままに!」
人魔商人「よぉっし。わたしも倉庫を整理して、
どんな食料が出せるか見てみようじゃないか」
人間職人長「兵隊さん達が出ているから、
食糧の備蓄は十分ですね。二ヶ月でも三ヶ月でも保ちましょう」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
火竜公女「……」ぎゅっ
東の砦長「姫さん、今晩にでも」
火竜公女「……え?」
東の砦長「爺様の元へと行くんだろう? “安全に届けよ”って
魔王殿にも云われている。数は少ないが護衛をつけよう」
火竜公女「はい……」
魔王「さぁ! 暗い顔をするな!
ここは自由の街開門都市ではないか!
この街を護りきるのだ! 明日のためにっ!!」
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、野営地
傭兵弓士「苛々するなぁ……。もう5日だぞ」
ちび助傭兵「うん」
メイド姉「根を詰めては持ちませんよ」
傭兵弓士「そうは云ってもな……。神経がすり減るよ。
こっちは、だって100名もいないんだぜ!?」
ちび助傭兵「それで3万の聖鍵遠征軍を足止めして、
あの領地を守りきるだなんて、頭がおかしくなりそうだ」
メイド姉「別に100名が千名でも1万名でも、
負ければ全滅しちゃうんだから同じですよ」にこり
ちび助傭兵「爽やかな顔で絶望的な事言うなよっ!」
若造傭兵「やれやれ」
生き残り傭兵「まぁ、もう勝ったようなもんだがな」
メイド姉「はい」
傭兵弓士「そうなのか!? だって結局交渉では譲って
食糧の無償供給までしちゃったじゃないか」
貴族子弟「それはあまり関係ありませんよ」
生き残り傭兵「考えても見ろよ。
もしも俺たちがれっきとした大国の軍勢の
一部だったとしてだぜ?
たかが百騎で300倍の軍を五日も足止めしたんだ。
あいつらが今からどこへ行こうと一週間は行軍に遅れが出る。
これが勝ちじゃなくてなんだってんだ」
貴族子弟「そうゆうことです」
メイド姉「機怪族の皆さんの待避も進んでいるでしょうね」
生き残り傭兵「5日もあれば、ずいぶんましだろう。
食料の持ち出しや隠蔽、
鉱山の閉鎖などもやってくれているはずだ」
器用な少年「すっげーハッタリだな」
貴族子弟「外交なんてそんなものです」
メイド姉「ハッタリだけじゃありませんよ?
信じた気持ちの強さが言動になるんです。
自分の命を掛けないと他人を説得は出来ません」
器用な少年「すげぇ格好良いけれど、それってある意味
“キチ○イだから無敵です”に聞こえるよなぁ」
貴族子弟「師匠もおおむねそんな感じでしたしねぇ」
メイド姉「あらあら。自分には実感ないんですが」
傭兵弓士(小声)「実感があったら余計にマズイだろう」
メイド姉「でも、あの方とは戦をしたくないですね」
貴族子弟「王弟元帥と?」
メイド姉「はい」
生き残り傭兵「ってことは、代行の姉ちゃんにも
怖い相手がいるのか?
さすがにあの威厳と意志の硬さは、歯が立たないか」
メイド姉「いえ、それは怖いですけれど……。
怖いけれどためらう理由にはならないですよ。
負けるのならばそこまで悩む必要さえないんですから。
ただ、あの方にはあの方なりの正義があるのでしょう。
わたしの決意とは道が違いますけれど
でも、だからと云って、
わたしにはあの方の正義を間違っていると云えるだけの
資格は無いんです。
あるいはあちらの正義の方が
世界にとっては良いのかも知れないんですから」
傭兵弓士「……」
メイド姉「わたしは別に聖鍵遠征軍が憎いわけでも
壊滅させたいわけでもないです。
出来れば、聖鍵遠征軍の人にだって死んで欲しくはない。
本当はもっと別の形で争えれば良かった。
戦以外の形で。
戦をしてしまうと、喧嘩が続きません。
片方が死んでしまいますから。
あの方には喧嘩友達が必要なのじゃないかと思います」
貴族子弟「……」
メイド姉「生意気なことを云ってしまいましたね」くすっ
傭兵弓士「いや、判らないじゃないよ」
生き残り傭兵「そうだな」
器用な少年「そうなのか? さっぱり判らないぞ」
貴族子弟「少年には、早いかも知れませんね」
生き残り傭兵「まぁ。俺たちは傭兵だからな。
戦場がなければ、食いっぱぐれちまうし、
仕事が無くなっちまうってのはもちろんあるんだが、
それ以上に、なんていうか、要らないやつになっちまうんだよ。
だから何となく判るのさ。
自分の居場所を定めたやつは、その自分の居場所では
自分を曲げるなんて事は出来ないし、やっちゃいけないんだ」
器用な少年「要らないやつ?」
貴族子弟「あの方はあれでもまぁ……。
どうにも始末に負えないながらも
聖王国の屋台骨ではあるのでしょう。
現在の中央諸国家は
長く続きすぎた歴史の中で、若い人材が払底している。
彼もまがりなりにも英雄と呼ばれる男ですからね。
ああいう風な生き方でもしない限り自分が立たないのでしょう。
あの方なりに守るものがあるんですよ。
要らないやつにならないためにも」
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
バサッ! バササッ!
王弟元帥「どうした?」
参謀軍師「本陣から早馬による急使です」
聖王国将官「内容は」
参謀軍師「それはまだ。書状ですので」
王弟元帥「読もう」
ガサッ。シュルシュル……
王弟元帥「……。……ふむ」
参謀軍師「いかがしましたか?」
王弟元帥「都市攻略の遅れだ。
魔族軍が開門都市内部に撤退してからすでに一週間。
火薬と食料が徐々に切迫してきた。
食料は後方陣地から順次送ればまだまだ持つだろうが、
連続してカノーネを使うのは、莫大な量の火薬を消費する」
参謀軍師「はい。前の早馬によれば、
昼夜を分かたぬ連続砲撃により、住民の交戦意欲そのものを
へし折ると、そのように云ってましたが」
聖王国将官「古来、城塞の攻略は力で攻めるのは下策であり、
これに篭る人の心を攻めることをもって上策とする。
と云います。灰青王閣下の判断は間違いではないかと」
王弟元帥「間違いではないが、間違えでなければ
それで勝てるとも限らぬのが戦だな」
聖王国将官「確かに。……苦戦でしょうか?」
王弟元帥「しかし、これは灰青王の手落ちと云うよりも、
カノーネの連続砲撃を一週間にわたり凌いだという
開門都市の魔族軍の手柄、と褒むべきかな。
この目で見ていないこともあって信じがたいが……。
いったいあのカノーネの砲撃をどのような防壁と
どのような指揮を持って一週間もの間
凌ぐことが出来るのかとな」
参謀軍師「まことに。100門のカノーネは、平均的な城壁を
数時間で破壊することが出来るというにもかかわらず」
聖王国将官「やはり魔界の技術ですか」
王弟元帥「いいや、それにもましてこの場合驚くべきは
開門都市に籠もった軍と民衆の士気の高さだろう。
一週間にもわたる砲撃で、周囲との連絡も絶たれ
補給もままならず、しかも直前の開戦では
軍の半数あまりが壊滅したのだぞ。
おそらく街中には負傷者や半死人が溢れているはずだ。
士気は悪化して、降伏論や自決論も出るだろう。
争いや喧噪が絶えず、絶望感が蔓延し、
次第に立ち上がる気力さえもなくなっていくのが
攻城戦、都市攻略線の常の姿だ。
いくら強力な防壁があったとしても、
それで軍と市民の士気を維持できるほど
攻略戦、防御戦は生ぬるいものではない」
参謀軍師「書状にはなんと?」
王弟元帥「一刻も早い帰還を望む、とのことだ」
聖王国将官「都合の良いっ」 だむんっ!!
王弟元帥「手持ちのカノーネ用火薬の半分以上を使い切ってしまい
焦りも出てきているのだろう。
硝石さえあれば、残りの硫黄や木炭はなんとか都合が
つかなくもないが、硝石だけは貴重品だ。
もし今砲撃をゆるめようものならば、
物資の不足を魔族に悟られて希望を与えてしまう。
それですぐさま勝敗が逆転するというものでもないが
士気が上がったあの都市はさらに落とし難くなるだろうからな」
聖王国将官「しかし我らも硝石を手に入れるどころか、
旧蒼魔族領地の辺境部でこうして
無為な時間を過ごしているわけですし」
参謀軍師「無為とは言葉が過ぎるぞ。聖王国将官どの。
我らがこうして勇者殿とあの学士を相手にどれだけ
微妙な舵取りを要求される交渉を続けているかも知らずに」
王弟元帥「こうして我らの足止めをしていると云うことも
あの学士の目的の一つなのだろうがな……。くくくっ」
参謀軍師「それは……。しかし」
王弟元帥「いいや、これは痛み分けと云えるだろうさ。
こちらにも兵力を全面で使えない代わりに、
向こうも譲歩せざるを得ない。
現に食料を馬車200台分に渡って無償供与を約束させた。
そして我らがここにいることで、
あの学士の軍――南部連合の秘密遠征軍も
その動きが封じられている。
魔族との平和条約を締結した以上、
南部連合が魔族に援軍として現われる可能性は
無いとも云えないのだから。
そしてそれ以上に、勇者は、この場所を離れることが出来ない」
聖王国将官「しかし、その判断も、灰青王閣下の遠征軍指揮により
開門都市が攻略が速やかに成れば、の話」
王弟元帥「仕方あるまい。こちらが向こうに頼りたければ
向こうもこちらに頼りたいのだろうさ」
参謀軍師「本軍は我らが持ち帰る硝石と補給を必要とし、
我らは本軍があの都市攻略を成功させれば、
その既成事実を足がかりに、有利な交渉展開、
もしくは勇者の制止をも振り切った強攻策が取れるのですが」
聖王国将官「千日手、ですね」
王弟元帥「……広範囲斥候の報告次第では移動を開始するぞ。
硬軟両面に備えて準備を進めるのだ」
――闇の中の子供
魔王「ふんっ。くだらないな。
モデル化などといって
数字パズルをいじくり回して何が楽しいのやら。
そのような物を使わないと未来予測も出来ないとは」
あの頃のわたしは、寒く孤独な研究室と図書館の中で
自らを構成する要素をとりまとめるだけに精一杯で。
自分の小さなプライドを守るためだけに必死に学んでいたのだ。
魔王「そもそも希少性ある経済資源を再分配するだけのことなのに、
どれだけ非合理的な欲求を変数として扱わねばならんのだ」
世界の全てを敵に回して
たった一人で孤独な戦いを挑んでいた。
魔王「どだい人間の道徳や欲求などを含んだ行動を
モデル化したところで、そのモデルは教育程度によって
変化してしまうではないか。
そして教育の程度は経済の規模や文化程度、
すなわち個々の要素を含むゲシュタルトによって成り立っている。
そうである以上、両者の関係は再帰的に成らざるを得ない」
小さくて惨めな、自分を必死守って
毎日歯を食いしばり学んで、
広い世界の人々を見下すことでしか
自分自身を正当化できなかった幼いわたし。
図書館が全てだった。
外の世界を憎んでいた。
羨ましくて、ねたましくて、気が狂いそうだったから。
誰も見たことがない未来を望んでいたのに
そんなものはこの世界のどこにも有りはしないと
自分自身を諦めさせるために経済学を学んでいたわたしの
冷たく寂しい冬の尽きせぬ夜のような闇の中に――
魔王「このような、あちらもこちらも再帰するような
関数モデルを、結局は統計的な手法を元に丸めてゆくのが
数学的な手法だというのなら、
その根本なるものは雲の中にあるようなものに過ぎないのに」
――世界を救う人を、勇者と呼ぶ。
そんなおとぎ話みたいな儚い声を、
どうやって信じれば良いんだろう。
こんなに学んでも学んでも、世界は真っ暗なのに。
そんな人がいるのだろうか?
わたしはこんなに寂しいのに。
そんな場所があるのだろうか?
この閉塞したモデルの他にわたし達の住まう場所なんて。
魔王「――くだらないじゃないかっ」
期待して良いのだろうか。
わたしが夢見ることを許してもらえるだなんて。
夢見ても良いのだろうか。
そんなおとぎ話に出会えるだなんて。
――開門都市、庁舎、魔王の寝室
魔王「……んぅ」
魔王「夢……か……」こしこし
魔王「夢とは言え、痛むんだな」
……ォォン!
……ドォォーン!
魔王「……」
魔王「会いたいな。勇者に」
魔王「私はがんばってるぞ、勇者」
魔王「絶対この都市は落とさせない。
この都市が落ちたら、きっと魔族も人間も退くに退けなくなる。
だから、勇者は来ない方がいいんだ。
……ここに来たら、あの祭壇を見てしまう。
わたしは勇者と戦いたくなんて無い。
勇者と戦うくらいなら
――いい。
勇者がいなくても、
我慢する」
魔王「……」ぽろっ
魔王「好きなんだな、わたし」
魔王「……」
魔王「会いたいぞ……」
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕
……ドォォーン! ……ォォン!
……ゴォォン! ……ズドォォン!
大主教「続けよ」
従軍司祭「はっ、はい。豚二千五百頭、小麦馬車8台、
甜菜樽七つ、果物および香辛料、馬車二台。
毛布、および防寒具、馬車四台……」
ガサッ
光の兵士「しっ、失礼しますっ」
従軍司祭長「なんだ。伝令か?」
光の兵士「はっ」おろおろ
従軍司祭長「話すが良い」
光の兵士「は、はいっ。我らが大空洞との間に築いてきた
宿営地のうち一つが、正体不明の軍に襲撃を受けたとのことっ」
従軍司祭「なっ!?」
従軍司祭長「なんだと、詳しく話せっ」
光の兵士「はっ。これも避難してきた兵からの話ですが……
魔族の精悍な歩兵軍の襲撃があり、
糧食や武器が奪われたそうでありますっ!」
従軍司祭長「被害はそれだけか?」
光の兵士「はい。幸いにして死者、負傷者はきわめて少なく、
ただし馬などは散らされたために、
徒歩にて本陣へと合流をしている最中」
大主教「取るに足りぬ」
光の兵士「は?」
大主教「取るに足りぬ。攻撃を続行させよ」
従軍司祭長「……。良い、下がれっ」
光の兵士「はっ! はい、かしこまりましたっ!」
大主教「防壁の様子はどうなのだ」
ころり。ころり。
従軍司祭長「はい。昨日からは補修の動きも鈍くなり、
都市側の資材もかなり困窮してきたと見えます。
一部の防壁には、ほころびも見栄、おそらくあと4、5日の
うちには何らかの進展が見られるかと」
大主教「なまぬるいな。突撃をさせるのだ」
従軍司祭長「し、しかしっ……」
大主教「精霊は求めたもう」
従軍司祭長「……っ」
大主教「ゆけ、光の園へ。
あの都市の住民に恐怖を刻み込んでやるのだ」
――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
光の信徒「聞いたか?」
光の銃兵「ああ」
光の槍兵「何をだ?」
光の信徒「どうやら、2つめと3つめの集積地も落とされたらしい」
光の槍兵「そうなのか!?」
従軍靴職人 とぼとぼ
荷馬車の御者「うううぅ、水をくれ」
光の信徒「ああ、見ろ。ここ数日で人が増えているだろう?
食料も武器も奪われて、荒野を旅してここまで
たどり着いたらしいんだ」
光の銃兵「そうだったのか。なんにせよ、命があるのは行幸だ」
カノーネ兵「果たしてそうかな?」
光の銃兵「それはどういう事だ?」
カノーネ兵「考えても見ろ。
奴らは後方の補給線を守って食料を蓄えていたんだぞ。
そいつらが食料を奪われたばかりか、
この前線に押しかけてくるって事は、食料は増えていないのに
その食料を食う口は増えているって云うことだ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
光の信徒「……っ」
光の銃兵「しかし、同じ光の仲間じゃないかっ!」
光の槍兵「だといいがな」
光の信徒「ともあれ、あの都市を落とせば、
食料も水も物資も手に入るはずなんだ!」
光の槍兵「……」ふいっ
光の銃兵「どうしたんだ?」
光の槍兵「いや、考えても見ろ。
俺たちが砲撃を加え始めてから、明日でもう十日だぞ?
貴族や司令部は、あの都市さえ落とせば
食料も財宝もたっぷり手に入るって云っているけれど
本当に食料なんてあるのか?
つまり、あの都市には魔族が沢山いるんだろう?
魔族であってもメシを食うんだろうから
あの都市の食料を、食い尽くすことだってあるんじゃないのか?」
光の信徒「……」
光の銃兵「それは……」
光の槍兵「そうなったら、俺たちはこの荒野の中で、
食料も無しで放置されちまう」
光の騎兵「いや、それはないさ。いま王弟元帥閣下がいないのは
まさにそのためなんだからな」
光の銃兵「へ?」
光の騎兵「王弟元帥閣下と勇者どのは、
魔族の領土に食料と物資の補給に出ているんだ。
おそらくそろそろ帰ってくるはずだ。だから大丈夫さ」
光の槍兵「そうだったのか! 勇者さまもかっ!」
カノーネ兵「それで前線には王弟元帥閣下が
いらっしゃらなかったんだな!?」
光の騎兵「そうさ。王弟元帥閣下さえ帰ってくれば、
あんな防壁なんて一撃の下に破壊して、
俺たちはこの戦に勝利が出来る事は間違いないからな」
――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地
がさ、がさりっ
副官「どうだ?」
獣牙双剣兵「おう。見える……。
明かりが多い。警戒しているようだ」
獣牙投槍兵「すでに襲うのも4カ所目だ、警戒もしているだろう」
獣牙槌矛兵「ぬぅ」
副官「ここからは、奇襲でけりをつけるわけにも行かないか」
獣牙双剣兵「奇襲ばかりではつまらぬだろう」
獣牙投槍兵「本当の戦はこれからよ」
副官(そうはいくか。こっちの数は5000を割ってる。
奇襲しないでマスケットを喰らえば倒れていくしかない。
兵の補充が望めない以上、減らすわけにはいかない。
……けれど、集積地を襲っていくしか開門都市を
援護する手段はないと来ている)
獣牙双剣兵「司令よ」
副官「ん、ああ」
獣牙双剣兵「大事にしてくれるのは判るが、
我らは獣牙の精兵。あの人間界への遠征をも乗り越えた
銀虎公の部隊なのだ。暴れさせてくれ」
獣牙投槍兵「そうだそうだ。俺の槍はマスケットなどには負けぬ」
獣牙槌矛兵「我ら五千には銀虎公の魂が宿っている。
負けはせぬ! そんなはずがないっ!」
副官「……」
獣牙双剣兵「ためらっても他に手段などあるまい?」
副官「判った。奇襲を敢行する。出来るだけ広域に散開し
三日月状の陣形で一気に集積地に接近、マスケット兵を倒すぞ」
獣牙兵「おうっ!」
ピィィィィッ!!
副官「良し、行くぞっ! 突撃っ!!」
獣牙双剣兵「おおっ!」
獣牙投槍兵「我ら獣牙の力を見せつけてやるっ」
獣牙槌矛兵「我らの魂に力をっ!!」
光の防御部隊長「きっ! 来た。本当に来たっ!?」
光の信徒「ど、どっ!?」
光の歩兵「お、おちつけ!」
光の防御部隊長「そうだ。マスケット部隊! 構えぃ!!」
光の銃兵「はっ!」 がちゃ! じゃき! がちゃっ!!
光の防御部隊長「引き寄せよ、一兵たりとも近づけるな」
光の信徒「ううう、や、槍兵も準備せよ」
光の歩兵「はぁ!」 ザシャ!
副官(読まれていたかっ!? まずいっ)
獣牙双剣兵「左右へ散開しながら前進っ!!」
獣牙投槍兵「行くぞぉ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
獣牙槌矛兵「かはっ!?」
「ぐはぁっ!!」 「うぐっ!?」 ばたっ 「ぎゃぁ!」
光の防御部隊長「第二射装填、そっ」
光の信徒「?」
ズギュゥゥーーンッ!
ばたり
ズギュゥゥーーンッ! ズギュゥゥーーンッ!
――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地近辺の灌木の茂み
女騎士「落ち着け。敵はこちらの位置を把握はしていないぞ」
ライフル兵「はっ!」
女騎士「望遠鏡による光学観測を続けろ。
パートナーに警告と指示を忘れるな。
狙撃手と騎士は必ず二人一組で行動だ。
槍兵は後回しで良い、相手は寄せ集めの軍隊だ。
指揮官と聖職者をまずは狙え!
その後は指揮を引き継いで立ち上がったやつから狙撃だ」
ライフル兵「了解っ」
湖畔騎士団「たき火の明かりの中に棒立ちです。右ッ!」
女騎士「落とせ」
ライフル兵「行きます」
ズギュゥゥーーンッ!
湖畔騎士団「命中。次の目標を」
女騎士「悪くない命中率だな」
執事「にょっほっほっほ。わたし直伝ですからね」
女騎士「だからその動きはやめろ」
執事「ふふふっ。では、わたしは少々」
女騎士「どうするんだ?」
執事「向こう側から突出してきた魔族の皆さんの被害を減らす
ために、少々攪乱してこようかと思います」
女騎士「一人で良いのか? 変態老師」
執事「なんですかそれはっ!?」
女騎士「いや。あのパンツを見た結果、
中間的な呼称に落ち着いたのだ。……わたしも行こうか?」
執事「いえいえ。大勢で行っては、狙撃の時に不便でしょう。
わたしなら隠密行動で攪乱できます。お任せあれ」にょりゅん
女騎士「……ふっ。よし、マスケット兵達を押さえつけたならば、
前進して制圧に移るぞ! 騎士団、準備を開始っ!」
――聖王都、八角宮殿、冬薔薇の庭園
カッカッカッ ガチャ
ざわざわ……ざわざわ……
「商人風情がもっとも由緒正しいこの宮廷に何を」「ああいやだ」
侍女「こちらへ」
青年商人「はい」
カッカッカッ ガチャ
ざわざわ……ざわざわ……
「あれが、ほら『同盟』とやらの」「優男ではないか」
青年商人(さすがに豪華絢爛だな。
たかが廊下にここまで装飾を凝らすとはね)
侍女「この奥でございます。国王陛下はすでにお待ちでございます」
青年商人「了解。飴でも要ります?」
侍女「は?」
青年商人「ただの冗談ですよ。こほんっ」
侍女「では、失礼させて頂きます」
がちゃん。
~~♪ ~~~♪
触れ係「『同盟』所属、湖の国商館より、
青年商人様がいらっしゃいました」
青年商人「はじめまして、ご挨拶させて頂きます。
私は湖の国を中心に広く商いをさせて貰っております
青年商人と申します。以後、お見知りおきを」
国務大臣「うぉっほん。わしが国務大臣だ。そして」
王室付き高司祭「わたしはこの聖王国の王室付きを勤める高司祭」
国務大臣「こちらにいらっしゃるのは、
精霊の恩寵厚き、我らが16代国王、聖国王様でいらっしゃる」
聖国王 くるり
国務大臣「そちの謁見を許す、と仰っている」
青年商人(これはこれは……。このおつきどもは面倒くさいな。
多少荒療治も必要か。だが、この王は……)
聖国王「良く来てくれた。経済と商業の立場から
この王国への提案があるそうだな?
周囲は止めたのだがな。余とて世相を知らぬ訳ではない。
今日の話は、密かに楽しみにしておったのだ」
国務大臣「……ふんっ」
青年商人「ありがとうございます。
本日は色々お話があるのですが……。
そうですね、まずはお願いがございまして……」
聖国王「申してみよ」
青年商人「私ども『同盟』は商人の間の互助組織でございます。
一人一人旅商人のようなささやかな商いをしております商人や、
何代にもわたる一家を作り上げた商人が参加しております
組織でして、大陸のあちこちの都市に商館を築いております」
聖国王「ふむ」
青年商人「この度、この『同盟』の商館の一部で
為替を取り扱う業務を始めまして。
おかげさまで好評を頂いております」
王室付き高司祭 ぎりっ
聖国王「為替か。うむ、判るぞ」
青年商人「こちらの為替業務に関する許可および、
勅書を頂けましたならばありがたく思います」
王室付き高司祭「殿下、私は反対させて頂きますっ」
聖国王「なぜだ?」
王室付き高司祭「元々為替なる仕事は我ら教会の業務。
全国に散らばる光の信徒の相互の互助のために
興した事業でございます。
そもそも金銭を扱うのは高度な信用が必要。
この場合、信用とは資産であります。
お金を払う約束、貸す約束、どちらの約束にしろそれを
実行するだけの信用がなければ成り立ちませぬ。
新興の商業組合にこのような仕事を許可すること自体が
間違いであったのです」
青年商人「恐れながら国務大臣閣下。この国の法にて、
為替業務の許可が必要だとの項目はございましたか?」
国務大臣「……それは……無いようですが」
王室付き高司祭「……っ」
青年商人「許可を頂きたいと云ったのは、
これはもはや純粋な礼儀上のことでございます」
王室付き高司祭「では、私は聖なる光教会を代表いたしまして
陛下に求めます。そもそのような法がなかったのは、
我ら教会以外がその責を全うできなどというのが、
自明だったゆえのこと。
すぐさま法を改正し、いや、国王命令でもって教会以外の
為替業務を停止すべきです。
これを聖なる光教会として、強く要請いたします」
聖国王「……」
青年商人「さて、高司祭どの」
王室付き高司祭「なんですか、商人“どの”。
わたしが陛下と話をしているのですよ」
青年商人「じつは、我ら『同盟』でも、
教会の為替を利用していましてね」
王室付き高司祭「ふん、やはりそうではないか」
青年商人「為替証を現金にしてもらおうと思い、
西海岸の自由都市にいったのですが、現金化を断られました」
王室付き高司祭「それはっ」
聖国王「それは事実なのか?」
青年商人「困ったわたしは、その隣の都市にも行ったのですが、
そこでも断られまして」
王室付き高司祭「……っ」
青年商人「じつは5カ所で断られていまして。
為替証とは公正証書の一種であるはずですよね?
金を預かりはしたが、契約したにもかかわらず、
返すことは出来ない。教会はそう仰るのですね?
西海岸の商人は現在大混乱、いえ、大恐慌です」
聖国王「そのような事実はあるのか、高司祭」
王室付き高司祭「そ、それは……。一時的な……」
青年商人「実は本日陛下にお目にかかったのは、
一部にはこれも理由でして。
西海岸を中心とする商人5千人からの嘆願書でございます。
教会に預けた金が、返ってこない、と」
王室付き高司祭「証書は必ず現金化するっ」
青年商人「そのような問題ではございません。
わたし達商人は毎日を血の流れぬ戦場で過ごしております。
我らが麦を運ばねば、飢えて死ぬ地方がいくつもあるのです。
証書を現金化できなくて麦が買えなかった商家をご存じか?
それでもその商家の麦を載せるはずだった船は出るのですよ。
それが契約ですからね。
何も乗せていない船が海を南北に動く。
その損害をいかがお考えか?
教会の信用? そのような物があるのであれば
その教会に信用を傷つけられた
我ら商人の信用はいかがすればよいのですか?」
王室付き高司祭「全ての損害を賠償しようっ」
青年商人「信用が金で買えると?
ではわたし達も金で買いましょう。
先ほど仰っていた教会の信用は金貨でいくらになるので?」
王室付き高司祭「そのような物が売れるわけが無かろうっ!
恥を知れ、この背教者めっ!!」
聖国王「そこらで矛を収めよ」
青年商人「失礼いたしました」
王室付き高司祭「はんっ。破落戸が」
聖国王「どうしたものか」
国務大臣「国王陛下は司法の長でもあります。
ここは国王陛下のご判断を仰ぐのが早道かと存じますが?」
聖国王「そうだな。ふーむ。……高司祭よ、
さきほど損害分は全て払うと云っておったな」
王室付き高司祭「はい」
聖国王「さらに、西海岸の商人の信用を傷つけたことも認めるな?」
王室付き高司祭「商人などという生き物に人間なみの信用があれば、
でございますが。ええ、認めましょう」
聖国王「損害全てのほかに、その信用をあがなうための
賠償金の支払いが妥当だろう。どの程度を支払えばよい?
高司祭、そちはどう思う?」
王室付き高司祭「金貨で10万枚で宜しいでしょう。過ぎた額だ」
聖国王「うむ、そちはどう思う、青年商人?」
青年商人「わたしのみの信用であれば、多額に過ぎる額です。
さすが聖なる光教会の司祭様の見識、感服いたしました」
王室付き高司祭「所詮金か。卑しい男よ」
青年商人「しかし、先ほど申し上げましたとおり、
この嘆願書には五千名からの商人が名を連ねております。
そのため私一人の話では済みません。
私が責任を持ってまとめますので、彼らの損害額の50%を
賠償金として上乗せする、と云うことで納得して頂けませんか?」
王室付き高司祭「よかろう」
青年商人「して、支払いはいつ?」
王室付き高司祭「ここは聖王国だ。
本日城の帰りにでも教会へ寄り、持っていくが良い」
聖国王「これでよいか? 青年商人」
青年商人「確かに。確約いたしましょう」
王室付き高司祭「では話は終わりだ」
青年商人「金額の方は、金貨にして33億枚ほどになります」
王室付き高司祭「なっ」
国務大臣「!?」
青年商人「まず、証書の額面ですが金貨にしておおよそ2億7500万枚。
損害率である8を掛けますと」
王室付き高司祭「何故そのような数字が出てくるのだっ!?」
青年商人「現在の木炭の価格をご存じでしょう?
我ら同盟のメインの取引先である梢の国で購入して
湖の国の湖上交通を利用して運びますと、
仕入額のおおよそ16倍の価格になります。
二国間の関税の額は、いやはや我ら商人の悪夢ですよ。
全てがこのような消費に回されるわけではありませんので
その半分の数字8を採用してみましたが、詳しい計算を行なえば
10を越えることになります。よろしいですか?」
王室付き高司祭「くっ……。好きにしろっ!」
青年商人「では10のほうで……」
王室付き高司祭「8で良いと云っているのだっ!!」
青年商人「はい。では2億7500万枚8を掛けまして22億枚。
これに信用毀損の賠償金50%を加えまして金貨33億枚となります」
王室付き高司祭「きっ、貴様……」
青年商人「もちろん、金貨33億枚を本日中に
お支払い頂けないとあらば、それに対する損害も発生しますゆえ
先ほどの計算をもう一度繰り返すことになります。
すると……
今度は金貨495億枚になりますね。いやいや、計算が難しい。
念のために確認しますと、その次は5940億枚ですよ?」
王室付き高司祭「……っ!!」
聖国王「あははははははっ!」
王室付き高司祭「国王陛下っ!」
聖国王「良いのか? 聖王都の教会の資金をかき集めぬと
2、3日のうちに負債はもっとふくれあがってしまうぞ?」
王室付き高司祭「こっ。これで失礼するっ! 国務大臣っ!!」
国務大臣「……え?」
王室付き高司祭「資金のことで相談がある、付き合って欲しい」
国務大臣「は、はいっ。陛下っ。では私もしばし離席を」
どっどっどっ。
がちゃんっ!!
聖国王「ははははっ! 見ろ。
尻に矢が刺さったアナグマのようではないか!!」
青年商人「はははは。そうですね」にこっ
聖国王「ははははっ。おかしいな。
ここまで笑ったのは少年の時以来だった気さえする」
青年商人「それはよかった。
わたしもそうやって笑わせてもらったことがあるのですよ」
聖国王「さて、商人殿の手腕は判った」
青年商人「は」
聖国王「あの者達を、追い払いたかったのであろう?」
青年商人「いえいえ。あの者達は聖王陛下に
無礼な態度を取っていましたからね。
ちょっとお灸を据えてやろうかと思っただけですよ」
聖国王「あれ達は忠実なのだ。……余にではないがな」
青年商人「ふむ」
聖国王「教会に、欲望に、正義に。あらゆる権威に。
そこには余が含まれていない。それだけのことだ」
青年商人「……」
聖国王「出来る弟を持った凡庸な王とは
こういうものだよ。商人殿。
なかなかゆったりして悪くない暮らしさ」
青年商人「それでも、わたしには陛下が必要なのです」
聖国王「わたしが? 勅書、と云っていたな。
何でも書かなくてはならないだろうな、借金のカタだ」
青年商人「借金?」
聖国王「はははっ。先ほどの国務大臣を見ただろう?
高司祭は本日中になんとしてでも金貨33億枚を
支払うつもりなのだ。
金貨33億枚も途方もない額だが500億枚となれば、
これは大陸の小麦全ての数年分の金額。
破滅以外にはない金額だ。金貨33億枚であれば、
聖都の教会全てと、我が王宮の国庫を空にすれば
なんとか払える額だろうな」
青年商人「国庫? よろしかったのですか?」
聖国王「なにがだ?」
青年商人「そのような支払いをお命じになって」
聖国王「なに。二人にはよい薬さ。
薬効が強すぎてあの二人が首をつっても仕方ない。
それはまさに身から出た錆。
ばれないと思っているだろうが
そもそも国庫にわたしの許可無く手を触れれば死罪なのだ。
もっとも、処刑人でさえ、今やわたしの声に従うか判らぬが」
青年商人「……」
聖国王「元帥がまぶしすぎるのだろうな」
青年商人「そのようなことはないかと存じます。
聖王陛下は、私のペテンを見抜いておられた。
生まれるべきところを間違えただけでしょうし、
まだ遅いとは思われません」
聖国王「そうかな」
青年商人「はい」
聖国王「で、あれば。その言葉を信じて、
あの情けない二人を救ってみるとしようか」にこり
青年商人「どのように?」
聖国王「商人殿。
商人殿は、たったいま、金貨33億枚を手に入れた。
これを取り戻し国庫を充填せねば、
あの二人は死罪相当の罪だろうな」
青年商人「はい」
聖国王「あれらの主として、余は部下の失態の責任を取って
その33億枚を商人殿から取り戻したく思う」
青年商人「ほほう。良い提案です」にこり
聖国王「商人殿は大金を手にされて浮かれているかもしれん」
青年商人「ふむ、そうかも知れませんね」
聖国王「で、あればその隙をつこう」
青年商人「ほほう」
聖国王「そして、何らかの勅書が欲しいらしい」
青年商人「はい」こくり
聖国王「せいぜい足元を見させて頂く」
青年商人「わかりました」
聖国王「では、望みは? 商人殿」
青年商人「聖王都に湖畔修道会を建築する許可を」
聖国王「……っ」
青年商人「加えて、その修道院の内側で行なわれる取引
および売買には税を掛けないという、聖光教会にたいして
為されるのと同じ免税特権をお与えください」
聖国王「それは……」
青年商人「聖光教会と決別を求めているわけではありません。
両立、平行でよいではありませんか。王家の皆様があの
古い伝統ある教会に帰依しているのも理解しております」
聖国王「……っ」
青年商人「ここだけの話。じつは、為替証ですけどね」
聖国王「まだ何かあるのかっ!?」
青年商人「本日持参したものは、我が同盟とその友好的な
商人のもの。もちろん、この大陸中にある為替証は
そのような少ないものではありませんよね。
本日の取引、……8倍の1.5倍。つまり12倍。
この情報が流出した場合、おそらくさきほどの10倍、
いや50倍では効かない請求が詰めかけましょう。
聖光教会を助ける選択肢は、
いまや、勅書をいただけることです」にこり
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、風の鳴る丘
びゅおおおおーっ。びゅぉぉぉ……
王弟元帥「学士殿」
メイド姉「はい」
王弟元帥「この勝負の一旦の勝敗は、学士殿に譲ろう」
メイド姉「退いて頂けますか?」
王弟元帥「うむ。どうやら後方が騒がしいようでな。
おちおち細かい交渉をしている暇はなくなったようだな。
ここは、貴公の勝ちだ」
生き残り傭兵(この姉ちゃんやりやがったっ!!)
参謀軍師「しかし、食料850台および、医薬品の約束は」
メイド姉「もちろん我が師の名誉に誓って」
王弟元帥「……」
メイド姉「……」
びゅおおおおーっ。びゅぉぉぉ……
王弟元帥「勇者に感謝するのだな。これは学士殿一人の力ではない」
メイド姉「はい、それは初めから」
勇者「はははっ! 昔から、俺をこき使うもんな。
あの演説の時だってさ!」
メイド姉「それは謝ったではありませんか」くすっ
王弟元帥「これで終わりではあるまい?」
メイド姉「はい、所用を済ませたのち、
わたしも開門都市にゆきます」
王弟元帥「それはぜひ歓迎しないといけないな。
しかしその時は勇者の影には……」
メイド姉「はい。勇者様にも邪魔はさせません。
次は、王弟元帥さま。……わたしとあなたで争いましょう」
参謀軍師「っ!?」
生き残り傭兵「ばっ! 何を言いやがるっ!?」
勇者「あはははっ。すげぇぞ。なぁ……魔王」
メイド姉「それから、訂正します。元帥さま」ぺこり
王弟元帥「なにをだ?」
メイド姉「旅の学士、と名乗ったことです。
もちろんそれは嘘ではありません。
わたしは学問を学びましたし、旅もしていましたから。
実をいえば、聖王国へも行ったことがあるんですよ」
王弟元帥「ほう」
メイド姉「でも、旅の学士か、と尋ねられれば
やはり微妙な気分です。自信もありませんし、
なんだか、当主様に恐れ多くて……」
王弟元帥「?」
メイド姉「ですから、わたしは王弟元帥さまと聖王国の方々
そして勇者様と、わたしの仲間の前で名乗りましょう。
わたしは冬の国に生まれた貧しくてみすぼらしい農奴の娘」
聖王国将官「農奴だって!?」
メイド姉「はい。そして、また。
ただ人間であることのみを望む無力な一人の娘です。
しかし、今日、今、このときより名乗りましょう。
わたしは、今一人の勇者。
この世界を救おうと決意する、
あの細い道を歩み始めた大勢のうちの一人です」


822 まだほんの娘→小娘?
826 不毛な南の地を釣り得に→釣り餌に
977 装飾を懲らすとはね→凝らす
978 謁見を許す、との仰っている→と仰っている
980 この国の方にて、→法にて
984 その人を全うできなどというのが→その責を全うできないというのが?
10 掛けましてに22億枚→掛けまして22億枚
でしょうか。