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先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #21
――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室
火竜公女「すまぬ、ありがとう」
同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」
火竜公女「帰ったぞよ」
辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」
火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」
同盟職員「インフラですか」
中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」
火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」
中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、
板についたじゃないですかい。
その服もブラウスも、地上のだろう」
火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。
竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって
なんとも困ってしまうのでありまする」
同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」
中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」
辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」
火竜公女「ただいま帰えりました。
あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」
辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって
ちっともおかしくはないでしょう?」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1253540623/
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1253950332/
火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」
同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」
火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ
中年商人「そいつは?」
火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。
ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、
商人殿の云われるとおりかや……」
コッコッコッ……がちゃん
青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」
辣腕会計「委員もお疲れ様です」
火竜公女「良いところに来た」
中年商人「こっちもだ」
青年商人「早速話ですか。せっかちですね」
中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」
青年商人「お茶を頼みます」
同盟職員「はいっ」
火竜公女「では、商人殿からどうぞ」
中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は
工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する
ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」
青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」
中年商人「で、その後の相談なんだがね」
青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした
ルートの敷設、と云う話ですよね」
中年商人「ああ、どうだ?」
青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。
しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、
『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、
これは難しいですね」
中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」
青年商人「提案?」
中年商人「こいつを見てくれ。
これは、今あの大空洞現場の監督をやっている
掘り出し物が書いた図面なんだがな」
青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」
中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」
青年商人「ふむ」
中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として
認識することも可能だが、
ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、
その設計士は云うんだな」
青年商人「ふむふむ」
中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん
壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を
“落とす”事が出来る」
青年商人「え?」
中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」
青年商人「あの長い距離を!?
どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」
中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。
あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。
その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。
いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?
詳しいことは俺にも判らないが。
それどころか反転した地点の逆側の引力を使って
滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。
えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」
青年商人「ふむ」
中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の
応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった
反射鏡を用いる」
青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」
中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、
それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。
勤務態勢は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。
その費用はそれなりに掛かるだろうが、
いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、
毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」
青年商人「検討に入ってください」
中年商人「調査には実費が発生するが?」
青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」
中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」
青年商人「お願いします」
中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」
青年商人「はい」
火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」
中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」
火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ
中年商人「ははははっ! ではっ!」
タッタッタ、ガチャン!
辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」
青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」
火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。
交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」
青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」
火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。
あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。
そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、
自治委員会の意見でありまする」
青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」
火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と
云うことになるだろうが」
青年商人「ふむ……」
火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」
辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」
火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。
自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を
機怪族へと貸し出しを行ったと」
青年商人「ほう」
火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。
この世界へ自分たちを馴染ませるためには並々ならぬ努力が
必要なのだろうな……」
青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」
火竜公女 こくり
青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」
辣腕会計「はい、全て売却しました」
火竜公女「“小麦引き渡し証書”?
この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?
それを手放したのか?」
辣腕会計「ええ」
青年商人「売りましたよ」
火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、
三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」
青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」
青年商人「それに考えても下さい。
あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、
それは相手が取り立てを恐れている間のこと。
騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、
武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。
もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが
ダメージを与えるためにもお金が必要です。
ここいらが引き際ですよ」
火竜公女「誰に売ったのだ?」
青年商人「教会ですよ。中央の」
火竜公女「なっ」
青年商人「貴族が寄ってたかっても
絶対に踏み倒せない相手です。
もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、
わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して
あげましたけれどね。
そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから
多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」
辣腕会計「良い取引が出来ました」
火竜公女「そうなのか?」
青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、
旧金貨から新金貨への乗り換えです。
我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを
小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて
保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を
持ってはいなかった」
辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、
大量の新金貨を得ることが出来ました。
この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。
いや増大さえしました。
また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、
結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。
それだけの新金貨を失ったのですからね。
回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。
しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。
小麦の取り立ては、教会に任せましょう」
火竜公女「……悪辣じゃのぉ」
青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」
辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、
概算ではこのような結果になったようです」
青年商人「ふむ……」ぺらっ
火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」
青年商人「それは云わぬが華でしょうね。
……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、
おおよそ1/3~1/4で行いました。
『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して
1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」
火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」
青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが
小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。
途中で馬鈴薯を大量購入したり、
三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」
辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」
火竜公女「すると、儲けはないのかや?」
青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」
辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、
姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が
身についたようですね」
火竜公女「そのようなことはない。
妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で
売れてしまったかのような
寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ
青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、
少なくない儲けを出すことが出来ました。
『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」
火竜公女「十分ではないかっ」
辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は
金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」
青年商人「ええ、もちろん。
その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、
新しい商売のチャンスを手に入れました。
今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。
しかし商売の戦に終わりはないんですよ」
火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」
青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」
火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」
――冬越し村、魔王の屋敷
(――お節介かも知れないけれど、
“そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?)
メイド姉「……」
メイド妹「おねえちゃーん」
メイド姉「……」
メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」
メイド姉「あ、うんっ」
メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」
メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」
メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」
メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」
メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」
メイド姉「ね、妹……」
メイド妹「なぁに?」
メイド姉「楽しい?」
メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」
メイド姉「そか」
メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと
ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも
勇者のお兄ちゃんも好きだよ」
メイド姉「そう……だよね」
メイド妹「うんっ!」
メイド姉「……らんらんらん♪」
メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」
メイド姉「うん」
メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」
メイド姉「よいよー」
ぱんっ!
メイド妹「完成!」
メイド姉「良く出来ました」なでなで
メイド妹「えへへ~。あ!」
メイド姉「なに?」
メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ
メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」
メイド妹「よかったぁ」
メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」
メイド妹「うん!」
――氷の宮廷、謁見の間
コンコンッ!
貴族子弟「こんにちはー」のこのこ
氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に
のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」
貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。
あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」
氷雪の女王「とは?」
カチャリ
外交特使「お初にお目に掛かります」
貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。
中央風に云うと、侯爵位ですね。今回のお客人です。
こちらは我が雪の国の誇る女王陛下」
氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」
外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と
花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」
氷雪の女王「おや」
外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、
わたしを氷の国への特使として派遣されました。
この感謝の意を伝えるためでございます。
誠にありがとうございました」
氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」
氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。
我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを
入れさせましょう」
外交特使「かたじけありません」
貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」
氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。
中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」
外交特使「いえいえ、そんな事はありません。
貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と
お見受けいたしました」
貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」
氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」
外交特使「これはまた。ははっ」
とくとくとく。
貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」
外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」
貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」
氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」
外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。
近日中にでも届けさせましょう」
氷雪の女王「では!」
外交特使「はい」
貴族子弟「やれやれ」
氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」
外交特使「はっ。陛下はご決断されました。
このたびの大きな転回点を越え、
国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、
氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に
参加させて頂きたいとのことでございます。
これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」
氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような
思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと
一歩踏み出せるでしょう」
外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の
修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが
特に大きかった、と。
陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」
貴族子弟「うんうん」
氷雪の女王「そんな事を?」
貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」
氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。
でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」
外交特使「あはははっ」
貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。
あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の
患者の看病を出来たと云うことだけで」
外交特使「いいえ、それだけでも十分です。
また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が
今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して
下さったのはまさに福音としか言い様がありません」
貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」
氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」
外交特使「その件ですよ」
貴族子弟「?」
氷雪の女王「どういう事でしょう」
外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、
此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、
湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。
聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、
その命脈を絶とうとするに対して、
湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。
故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について
割れた国論がまとまったのです」
氷雪の女王「……そう、でしたか」
貴族子弟「……」
氷雪の女王「子弟?」
貴族子弟「はい」
氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」
貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」
――冬越しの村、魔王の屋敷
勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」
メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」
魔王「わかっている。情けないな。
転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」
女騎士「普段から運動不足だから、
ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」
メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」
メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!
それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」
魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」
勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」
魔王「ベッドはイヤだ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」
メイド姉「はい、暖めてあります」
魔王「では、そちらに行こう」
メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」
ぱたぱたぱたっ
女騎士「張り切っているな」くすっ
メイド姉「待ち遠しかったんですよ。
昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで
料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり
寂しいですから」
――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室
コッコッコッ、ガチャ
勇者「そっか。二人だもんな」
魔王「留守中心配をかけたな」
メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」
メイド姉「はいっ」
魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」
女騎士「部屋着だからだ」
魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」
メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」
魔王「ありがとう、妹よ」にこっ
勇者「ふぅ~。着いたなぁ」
魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。
あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、
この部屋はずっと暖かい気がする」
勇者「騒がしい二人娘もいるしな」
メイド長「ふふふっ」
メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」
魔王「うん、目を通そう」
勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」
メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう
抜粋や統計をまとめてあります」
魔王「ありがたいな」
メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ
メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから
夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」
魔王「楽しみにしておるぞ」
メイド妹「えへへ~」にぱぁ
女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、
一回修道院の建物の方に顔を出してくる。
ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」
魔王「済まなかったな、女騎士」
女騎士「気にすることはない。
しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」
魔王「善処する」
勇者「……」
メイド長「どうなさいました? 勇者様」
勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」
魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」
女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」
勇者「そうなのか?」
メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」
勇者「そ、そか。んじゃそうする」
女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」
――冬越しの村、春の道
さくっさくっ
女騎士「ん。白詰草が咲いている」
勇者「ああ、良い陽気だな。まだ風は冷たいが
太陽がだんだんと暖かくなってくる」
女騎士「春だな。わたしはこの雪国の春が大好きだ」
勇者「そうだなぁ、訳もなく幸せな気分になるなぁ」
女騎士「……」
勇者「……」
さくっさくっ
女騎士「……」
勇者「で。どうしたんだ? 女騎士」
女騎士「え?」
勇者「いや、付き合えだなんて云うから。何かあるんだろう?」
女騎士「いいや」ふるふる
勇者「……」
女騎士「何にもないぞ」
勇者「えー!?」
女騎士「ただ二人で歩きたかっただけだ。そんなに変か?」
勇者「変じゃないけれど」
女騎士「あれから立て込んでいたからな。
我が剣の主人と共に歩きたかっただけだ」
勇者「……う」
女騎士「そんなに身構えられると哀しくなるな」
勇者「う、うん……」
さくっさくっ
女騎士「別に何をしようって云うわけでもないんだ。
ただ修道院まで、この木立の道を歩いてみたかっただけだ」
勇者「うん」
さくっさくっ
女騎士「……」
勇者「……」
女騎士「なぁ、主人」
勇者「っ!」
女騎士「何だ、その顔は」
勇者「いや。その“主人”っていうの、やめないか?
心臓に悪い。止まりそうになる」
女騎士「そうか。二人の時はよいかと思ったんだが」
勇者「勘弁してくれ」
さくっさくっ
女騎士「じゃぁ、勇者」
勇者「なんだよ」
女騎士「……あー」
勇者「?」
女騎士「なんでもない」
勇者「なんだよってば」
女騎士「……」
勇者「……」
さくっさくっ
女騎士「その……。褒めて貰って良いか?」
勇者「へ?」
女騎士「ほら、今回は治癒とか随分頑張ったじゃないか。
わたしは今、いい気になりたい気分なんだ」
勇者「え? いい気って」
女騎士「頼む」
勇者「うん。そんな事頼まれないでもさ。本当に感謝してるのに。
女騎士には世話になった。今回はすごく助かった。感謝してる」
女騎士「そういうのではなくて、もっと単純なので」
さくっさくっ
勇者「……そんな事言われてもな」
女騎士「ん」
さくっ。
勇者「……えーっと。……っと。……えらいぞ」ぽむぽむ
女騎士「――あははぁ」にこっ
勇者「なんだよ、変なやつだな」
女騎士「いやいや主人」
勇者「それやめろよっ」
女騎士「これからの御命を守るため、我は我が剣の主人の
忠実な盾となり鎧となって御身をまもろう。
いま、誓いを新たにしたのだ」えへんっ
――聖王都、八角宮殿
バサァッバサァッ!!
聖王国将官「こちらの地図に示した点が
新しく造営中の『光の子の村』になります」
王弟元帥「ふむ」
参謀軍師「目標数のおおよそ八割を達成ですな」
聖
王国将官「しかし、だんだんと噂も広がってしまっております」
王弟元帥「それも計算の内だ。無理に広める必要はないが
噂はそのまま放置しておけ。その方が人の興味は引かれるものだ」
聖王国将官「はっ」
王弟元帥「ふむ……。しかし、そうなると火薬の作成量か」
参謀軍師「硝石、でございますな」
王弟元帥「銅の国の鉱山を急がせろ」
参謀軍師「はっ。手の者をすでに向かわせております」
聖王国将官「しかし、このマスケットなる武器を
そこまで重視して良いのでしょうか?
わたしが見たところ、連射速度も遅く、
射程距離もそこまで長いというわけでもなく、
破壊力もずば抜けている訳でもないような。
たとえば、これであれば魔術兵団の方が遙かに
攻撃力があるのではないでしょうか?」
王弟元帥「ふふふっ。はははっ」
聖王国将官「王弟殿下……?」
王弟元帥「いやいや、おぬしの考えは正しいよ。
この武器は、そこまで強力な武器ではない。
まったくその通りだ。
しかし、それは戦争を戦場だけのものとして考えた場合だ」
参謀軍師「ですな」
聖王国将官「……戦場以外の、戦争?」
王弟元帥「考えてもみるのだ。
そしてこの中央の国家群を見よ。
いざ戦おうと思えば貴族どもはどうする?
まずは、部下の騎士達に召集令状を回す。
騎士はもし存在すれば配下の騎士、親戚や郎党などに
さらに召集令状をだす。そうして下から順々にあつまって
軍団が形成されるのだ。
より強い貴族、または王族が戦を望んだとしても同じ事。
王族は貴族に召集令状をだし、貴族が騎士を集める。
多少規模は違っても、そこで起きることはまったく同じだ。
つまりこれは機構の問題なのだ。
招集で集まるのは、戦闘を前提に人生の大部分を
過ごしてきた人間だろう。
当たり前だ。馬に乗るというのはあれはあれで
なかなかに特殊技術でもあり、
赤馬の国のような馬の名産地でもない限り
農夫が軍馬に乗るなどと云うことはない。
つまり、この中央の国家群においては
“戦闘を前提にしたもの=馬に乗れるもの=
裕福で戦闘訓練を受けたもの=騎士以上の家系、
もしくはその関係者”だといえるのだ」
王弟元帥「は、はい」
王弟元帥「例外は傭兵だが、
彼らもまた“戦争を前提に人生を送っている”と云う点では
いささかも代わりがない。
何故こうなってしまったかという点については
いくつもの理由があるが、大きな理由の一つが、
戦闘の技術を身につけるには
非常に長い時間が掛かると云うことだ。
将官、それを言えばわたしもそうだが、まともに剣を
振れるようになるまでどれくらい掛かった?」
聖王国将官「さぁ。わたくしも騎士の息子と生まれまして、
物心ついた時はすでに教えを受けていましたから……」
王弟元帥「そうだ。それが中央の国家群の現実なのだ」
聖王国将官「……」
王弟元帥「剣一本でもそのありさま。馬術もそうだ。
ただ乗るだけならともかく、乗りながら戦うなどと云う
技を身につけるのに何年かかる?
弓も同様だ。
確かに熟練の長弓兵は、このマスケットの10倍の速度に
匹敵する連射と2倍の射程を持つが、
それには長年にわたる修練が必要だ。
さらに云えば、戦闘ではそれなりの体格が必要になる。
長弓であったところで、膂力の強い方がより強い弓を引け
破壊力も飛距離も出るのは常識と云えよう。
しかし、ブラックパウダーの爆発力で弾丸を飛ばす銃は
女であろうが子供であろうが、同じ攻撃力を期待できる。
魔法兵団? 論外だ。彼ら一人を育てるのに20年は
優に掛かるのだ」
聖王国将官「それは、まさにそうです」
王弟元帥「人間を武器の一種だと見立てた時に、
この中央の国家群の現実は、その人間を鍛える時間が
莫大であると云うことに尽きる。
騎士を一人育てるのには15年。従士ですら10年。
魔術師であれば20年かかる。
傭兵は騎士よりも戦場で過ごす時間が長い。
戦争から戦争へと渡り歩くから、5年もあれば一人前になるが
一人前になるまでに死んでしまうものが殆どだ。
鍛えるのに掛かる時間は、そのまま維持する金額に繋がる。
つまり、その高価な騎士を使うがために、
我々国家は人数の多い軍を組織できない。
この聖王国でさえ、直属の騎士は2500をわずかに越えるのみ。
それ以上の兵力を動員したければ貴族に招集状を
発令せざるをえない。
そのようにして集めた軍隊は貴族同士の意見の違いで
容易く動きが凍り付き、また兵糧が切れれば国元へと
帰ってしまう脆さを持っている」
参謀軍師「その通りです。それが先の征伐軍敗退の真相」
聖王国将官「理解できます」
王弟元帥「このマスケットは」
ジャキッ
聖王国将官「その役割としては、弓よりも石弓と比すべきものだ。
よく手入れされたマスケットは石弓よりも命中精度に優れ
轟音を発し、目標に命中すれば、鉄の鎧を打ち抜く。
そして、その訓練期間は驚くほど短い。
凡庸な農夫であっても数ヶ月の訓練で、銃兵として戦場へ
出ることが出来るだろう」
聖王国将官「訓練期間……」
王弟元帥「そうだ。それが唯一と言って良いほどの利点で
全てを変える鍵なのだ。
このマスケット銃は、
“兵士という戦争に不可欠な資源を限りなく安くする”
事が出来る。マスケット銃と適度な訓練さえあれば
戦争の様相は一変する。
何せ、無尽蔵とも云える農奴を戦場に投入できるのだ。
むしろ歩兵としてであるならば、
彼らのように貧しい暮らしに堪える事が出来、
毎日長い距離を歩ける健脚の持ち主の方が、
貴族よりもずっと望ましいと云えるだろう。
長弓の方が速射に優れる?
そんなものは、長弓兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
騎兵の方が突破力に優れる?
そんなものは、騎兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
貴族の方が勇猛さに優れる?
そんなものは、貴族の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
マスケットはそれを可能にするのだ。
しかも、敵を一人殺せば、同じだけの技量を持った兵士を
用意するのに敵は5年から10年は掛かる。
こちらは兵を殺されたとしても
数ヶ月の訓練で同じ質の兵士を補充が出来るのだ」
参謀軍師「しかし、別の欠点もございますが」
王弟元帥「火薬の補給については、軍師殿に一任しよう」
参謀軍師「お任せ下さい」
聖王国将官「聞けば納得できますが。
これは恐ろしい発明品なのですね。何と言えばいいのやら」
王弟元帥「しかし欠点が多い武器であるのは確かだ。
人数を増やせばよいとは云っても、
食料を多く食いつぶすというのはそれだけで致命傷たり得る」
参謀軍師「はい」
王弟元帥「また戦場では、1回の射撃が終わった後に、
弾を込めるための時間が掛かるのも問題だな。
その間の防御力が無いに等しくなってしまう」
参謀軍師「そうですな」
王弟元帥「そのあたりの問題を片づけられる前線指揮官
さえいれば、マスケット銃兵団は大陸最強の戦力と
なるのは間違いないのだがな」
参謀軍師「黒点将軍さえいれば……」
王弟元帥「死んだ男をねだったところで仕方があるまい。
あの頑迷な老将は宮廷醜聞に巻き込まれて消えたのだ」
聖王国将官「七里防衛の英雄ですか?」
王弟元帥「昔の話だ」
参謀軍師「霧の国の灰青王が雪辱に燃えております。
適切な助言をすれば、必ずや結果を出すでしょう」
王弟元帥「ふむ。やつを前線で用い、いざとなれば
わたし自らが指揮を執ることも考えねばな」
参謀軍師「ふふふっ。夏が待ち遠しいですな」
聖王国将官「『光の子の村』建設を急がせます」
王弟元帥「頼むぞ。大陸を手にするのは、このわたしなのだっ」
――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の中庭
(――世界は広大で、果てがない。
そこには無数の魂持つ者がいて
残酷で汚らしく醜く歪んだ、でも暖かく穏やかで美しい
ありとあらゆる関係と存在をつくっています)
ビュッ!
メイド姉「っ!」
ビュッ! バッ! ビョウッ!
メイド姉「~っ!!」
ヒュバッ! シュキンッ!
メイド姉「せあっ!」
ビュッ!
メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」
ビュッ!
メイド姉「せいっ!!」
コトン
メイド姉「っ!」
女騎士「あー。わたしだ」
メイド姉「……女騎士さま」
女騎士「驚かせて済まない」
メイド姉「あ。いえ」ささっ
女騎士「それは、むかし軍人子弟が使っていた剣だろう?
メイド姉には重すぎると思うよ」
メイド姉「でも、馴れてしまったので……」
女騎士「そうか。手慣れていたものな。――いつから?」
メイド姉「去年の秋からです」
女騎士「一年か」
メイド姉「……」
女騎士「手を見せて」
メイド姉「はい」おずおず
女騎士「……」じぃっ
メイド姉「……」
女騎士「そんなに困った顔はしない。誰にも云わない」
メイド姉「はい……」
女騎士「こんなご時世だもの。身を守る技術は誰にだって必要だ」
メイド姉「ええ」
女騎士「でも、メイド姉には膂力がない。
もっと脚を使わなければ駄目だ。
遠心力で剣を振り回せば破壊力は上がるけれど、
身体も反対方向に振り回される。その状態では
敵の攻撃をよけられないよ」
メイド姉「そう……なんですか……?」
女騎士「うん」
メイド姉「脚を使う……って」
女騎士「もうちょっと膝を曲げて……。うん、そう」
メイド姉「はい……。こう……かな」
女騎士「身体をねじって、自分の剣の影に隠れる。
相手の首を狙って、剣先で威嚇するんだ。
常に相手と自分の間に剣をおくようにする。
そのままで前後左右、動けるように練習する。
腕の力は、今程度で十分。
どうせ鎧を貫くほどの力はメイド姉にはないし
裸の喉なら今のままでも切り裂ける」
メイド姉「はい……」
女騎士「自分の呼吸の音も聞いて、かかとに体重を乗せない」
メイド姉「……ふっ。……はっ!」
ひゅぅんっ!!
女騎士「そう」
メイド姉「はいっ」
女騎士「変わったことをする必要はない。跳んだり跳ねたり
光ったり光線を出したりするのは勇者クラスになってから。
身体を上下に揺らさない、無駄に撥ねちゃ駄目だ。
何より落ち着くこと」
メイド姉「はいっ」
女騎士「さぁ、やって」
ヒュバッ! シュキンッ!
メイド姉「せあっ!」
女騎士「……」
ビュッ! ざざっ!
メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」
女騎士「そんなものだろう。腕を伸ばして」
メイド姉「……」
女騎士「胸をゆるめて、呼吸をゆっくりにね」
メイド姉「はい……」
女騎士「……ん」
メイド姉「あの……。聞かないんですか」
女騎士「何を?」
メイド姉「平民が、剣なんかをもって……その」
女騎士「そういう面倒なことは、湖畔修道会では考えない。
必要だと思ったのでしょ?」
メイド姉「……はい」
女騎士「見られたくないなら、修道院へいらっしゃい。
午後なら練習を見よう」
メイド姉「はいっ」
女騎士「もう遅いから。……良い夢をね。メイド姉」
メイド姉「ありがとうございますっ」
>>314青年商人のジャガイモ発言はNGでしょうか?
ココまでの作中では、一律して馬鈴薯となってましたが…
ようやく半分か?…まおゆう、さすがに読み応えがある(◎-◎;)
これだけの長編作品、まとめの際のチェックもすごく大変だと…見落としのお手伝いになっていれば幸いです
誤字修正含め、本当にお疲れさまです
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『馬鈴薯』の方が適切だと思いますので修正しました。
本当は全てこちらでチェックして修正済みのものを公開出来れば良かったのですが……。
誤記・誤用の指摘は本当に有り難いです。