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前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #21

301 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 19:52:44.57 OGIpmW2P

――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室

火竜公女「すまぬ、ありがとう」
同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」

火竜公女「帰ったぞよ」

辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」
火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」
同盟職員「インフラですか」

中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」
火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」

中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、
 板についたじゃないですかい。
 その服もブラウスも、地上のだろう」

火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。
 竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって
 なんとも困ってしまうのでありまする」

同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」
中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」

辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」

火竜公女「ただいま帰えりました。
 あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」

辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって
 ちっともおかしくはないでしょう?」

元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1253540623/
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1253950332/

303 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 19:55:51.01 OGIpmW2P

火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」
同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」

火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ
中年商人「そいつは?」

火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。
 ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、
 商人殿の云われるとおりかや……」

コッコッコッ……がちゃん

青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」
辣腕会計「委員もお疲れ様です」
火竜公女「良いところに来た」
中年商人「こっちもだ」

青年商人「早速話ですか。せっかちですね」
中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」

青年商人「お茶を頼みます」
同盟職員「はいっ」

火竜公女「では、商人殿からどうぞ」
中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は
 工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する
 ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」

青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」
中年商人「で、その後の相談なんだがね」

青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした
 ルートの敷設、と云う話ですよね」

304 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 19:57:27.18 OGIpmW2P

中年商人「ああ、どうだ?」
青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。
 しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、
 『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、
 これは難しいですね」

中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」
青年商人「提案?」

中年商人「こいつを見てくれ。
 これは、今あの大空洞現場の監督をやっている
 掘り出し物が書いた図面なんだがな」

青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」

中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」

青年商人「ふむ」

中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として
 認識することも可能だが、
 ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、
 その設計士は云うんだな」

青年商人「ふむふむ」

中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん
 壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を
 “落とす”事が出来る」
青年商人「え?」

中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」

305 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 19:58:45.20 OGIpmW2P

青年商人「あの長い距離を!?
 どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」

中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。
 あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。
 その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。
 いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?
 詳しいことは俺にも判らないが。

 それどころか反転した地点の逆側の引力を使って
 滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。
 えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」

青年商人「ふむ」

中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の
 応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった
 反射鏡を用いる」

青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」

中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、
 それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。
 勤務態勢は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。
 その費用はそれなりに掛かるだろうが、
 いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、
 毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」

青年商人「検討に入ってください」
中年商人「調査には実費が発生するが?」

青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」
中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」

308 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 20:00:40.28 OGIpmW2P

青年商人「お願いします」
中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」

青年商人「はい」
火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」

中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」
火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ

中年商人「ははははっ! ではっ!」

タッタッタ、ガチャン!

辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」
青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」

火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。
 交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」

青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」

火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。
 あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。
 そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、
 自治委員会の意見でありまする」

青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」

火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と
 云うことになるだろうが」

青年商人「ふむ……」

309 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 20:01:52.23 OGIpmW2P

火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」

辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」

火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。
 自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を
 機怪族へと貸し出しを行ったと」

青年商人「ほう」

火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。
 この世界へ自分たちを馴染ませるためには並々ならぬ努力が
 必要なのだろうな……」

青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」
火竜公女 こくり

青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」
辣腕会計「はい、全て売却しました」

火竜公女「“小麦引き渡し証書”?
 この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?
 それを手放したのか?」

辣腕会計「ええ」

青年商人「売りましたよ」

火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、
 三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」

青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」

313 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 20:12:09.56 OGIpmW2P

青年商人「それに考えても下さい。
 あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、
 それは相手が取り立てを恐れている間のこと。
 騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、
 武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。
 もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが
 ダメージを与えるためにもお金が必要です。
 ここいらが引き際ですよ」

火竜公女「誰に売ったのだ?」

青年商人「教会ですよ。中央の」

火竜公女「なっ」

青年商人「貴族が寄ってたかっても
 絶対に踏み倒せない相手です。
 もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、
 わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して
 あげましたけれどね。
 そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから
 多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」

辣腕会計「良い取引が出来ました」
火竜公女「そうなのか?」

青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、
 旧金貨から新金貨への乗り換えです。
 我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを
 小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて
 保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を
 持ってはいなかった」

314 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 20:13:59.91 OGIpmW2P

辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、
 大量の新金貨を得ることが出来ました。
 この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。
 いや増大さえしました。
 また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、
 結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。
 それだけの新金貨を失ったのですからね。
 回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。
 しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。
 小麦の取り立ては、教会に任せましょう」

火竜公女「……悪辣じゃのぉ」

青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」

辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、
 概算ではこのような結果になったようです」

青年商人「ふむ……」ぺらっ

火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」

青年商人「それは云わぬが華でしょうね。
 ……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、
 おおよそ1/3~1/4で行いました。
 『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して
 1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」

火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」

青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが
 小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。
 途中で馬鈴薯を大量購入したり、
 三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」

辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」

315 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 20:15:20.50 OGIpmW2P

火竜公女「すると、儲けはないのかや?」

青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」

辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、
 姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が
 身についたようですね」

火竜公女「そのようなことはない。
 妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で
 売れてしまったかのような
 寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ

青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、
 少なくない儲けを出すことが出来ました。
 『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」

火竜公女「十分ではないかっ」

辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は
 金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」

青年商人「ええ、もちろん。
 その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、
 新しい商売のチャンスを手に入れました。
 今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。
 しかし商売の戦に終わりはないんですよ」

火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」

青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」

火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」

372 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 22:38:02.16 OGIpmW2P

――冬越し村、魔王の屋敷

(――お節介かも知れないけれど、
 “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?)

メイド姉「……」

メイド妹「おねえちゃーん」

メイド姉「……」

メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」
メイド姉「あ、うんっ」

メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」
メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」

メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」
メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」

メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」
メイド姉「ね、妹……」

メイド妹「なぁに?」
メイド姉「楽しい?」

メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」
メイド姉「そか」

374 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 22:39:58.57 OGIpmW2P

メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと
 ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも
 勇者のお兄ちゃんも好きだよ」

メイド姉「そう……だよね」
メイド妹「うんっ!」

メイド姉「……らんらんらん♪」

メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」
メイド姉「うん」

メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」
メイド姉「よいよー」

ぱんっ!

メイド妹「完成!」
メイド姉「良く出来ました」なでなで

メイド妹「えへへ~。あ!」
メイド姉「なに?」

メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ
メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」

メイド妹「よかったぁ」
メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」

メイド妹「うん!」

382 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:06:49.15 OGIpmW2P

――氷の宮廷、謁見の間

コンコンッ!

貴族子弟「こんにちはー」のこのこ

氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に
 のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」

貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。
 あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」

氷雪の女王「とは?」

カチャリ

外交特使「お初にお目に掛かります」

貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。
 中央風に云うと、侯爵位ですね。今回のお客人です。
 こちらは我が雪の国の誇る女王陛下」

氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」

外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と
 花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」

氷雪の女王「おや」

外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、
 わたしを氷の国への特使として派遣されました。
 この感謝の意を伝えるためでございます。
 誠にありがとうございました」

383 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:08:16.88 OGIpmW2P

氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」

氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。
 我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを
 入れさせましょう」

外交特使「かたじけありません」

貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」
氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。
 中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」

外交特使「いえいえ、そんな事はありません。
 貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と
 お見受けいたしました」

貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」

氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」

外交特使「これはまた。ははっ」

とくとくとく。

貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」

外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」

貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」
氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」

外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。
 近日中にでも届けさせましょう」

384 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:09:21.81 OGIpmW2P

氷雪の女王「では!」
外交特使「はい」

貴族子弟「やれやれ」

氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」

外交特使「はっ。陛下はご決断されました。
 このたびの大きな転回点を越え、
 国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、
 氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に
 参加させて頂きたいとのことでございます。
 これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」

氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような
 思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと
 一歩踏み出せるでしょう」

外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の
 修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが
 特に大きかった、と。
 陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」

貴族子弟「うんうん」

氷雪の女王「そんな事を?」
貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」

氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。
 でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」

外交特使「あはははっ」

385 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:11:22.44 OGIpmW2P

貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。
 あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の
 患者の看病を出来たと云うことだけで」

外交特使「いいえ、それだけでも十分です。
 また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が
 今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して
 下さったのはまさに福音としか言い様がありません」

貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」
氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」

外交特使「その件ですよ」
貴族子弟「?」
氷雪の女王「どういう事でしょう」

外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、
 此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、
 湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。
 聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、
 その命脈を絶とうとするに対して、
 湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。
 故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について
 割れた国論がまとまったのです」

氷雪の女王「……そう、でしたか」
貴族子弟「……」

氷雪の女王「子弟?」
貴族子弟「はい」

氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」
貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」

392 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:34:18.13 OGIpmW2P

――冬越しの村、魔王の屋敷

勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」
メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」

魔王「わかっている。情けないな。
 転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」

女騎士「普段から運動不足だから、
 ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」

メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」
メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!
 それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」

魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」
勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」

魔王「ベッドはイヤだ」

メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」
メイド姉「はい、暖めてあります」

魔王「では、そちらに行こう」
メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」
ぱたぱたぱたっ

女騎士「張り切っているな」くすっ

メイド姉「待ち遠しかったんですよ。
 昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで
 料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり
 寂しいですから」

393 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:35:59.31 OGIpmW2P

――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室

コッコッコッ、ガチャ

勇者「そっか。二人だもんな」
魔王「留守中心配をかけたな」
メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」

メイド姉「はいっ」

魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」
女騎士「部屋着だからだ」

魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」

メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」
魔王「ありがとう、妹よ」にこっ

勇者「ふぅ~。着いたなぁ」
魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。
 あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、
 この部屋はずっと暖かい気がする」

勇者「騒がしい二人娘もいるしな」
メイド長「ふふふっ」

メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」
魔王「うん、目を通そう」

勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」

メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう
 抜粋や統計をまとめてあります」

魔王「ありがたいな」

394 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:37:21.21 OGIpmW2P

メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ
メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから
 夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」

魔王「楽しみにしておるぞ」
メイド妹「えへへ~」にぱぁ

女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、
 一回修道院の建物の方に顔を出してくる。
 ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」

魔王「済まなかったな、女騎士」

女騎士「気にすることはない。
 しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」

魔王「善処する」

勇者「……」
メイド長「どうなさいました? 勇者様」

勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」

魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」
女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」

勇者「そうなのか?」

メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」
勇者「そ、そか。んじゃそうする」

女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」

398 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:50:35.79 OGIpmW2P

――冬越しの村、春の道

さくっさくっ

女騎士「ん。白詰草が咲いている」

勇者「ああ、良い陽気だな。まだ風は冷たいが
 太陽がだんだんと暖かくなってくる」

女騎士「春だな。わたしはこの雪国の春が大好きだ」
勇者「そうだなぁ、訳もなく幸せな気分になるなぁ」

女騎士「……」
勇者「……」

さくっさくっ

女騎士「……」
勇者「で。どうしたんだ? 女騎士」

女騎士「え?」
勇者「いや、付き合えだなんて云うから。何かあるんだろう?」

女騎士「いいや」ふるふる
勇者「……」

女騎士「何にもないぞ」
勇者「えー!?」

女騎士「ただ二人で歩きたかっただけだ。そんなに変か?」
勇者「変じゃないけれど」

399 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:51:51.55 OGIpmW2P

女騎士「あれから立て込んでいたからな。
 我が剣の主人と共に歩きたかっただけだ」
勇者「……う」

女騎士「そんなに身構えられると哀しくなるな」
勇者「う、うん……」

さくっさくっ

女騎士「別に何をしようって云うわけでもないんだ。
 ただ修道院まで、この木立の道を歩いてみたかっただけだ」
勇者「うん」

さくっさくっ

女騎士「……」
勇者「……」

女騎士「なぁ、主人」
勇者「っ!」

女騎士「何だ、その顔は」
勇者「いや。その“主人”っていうの、やめないか?
 心臓に悪い。止まりそうになる」

女騎士「そうか。二人の時はよいかと思ったんだが」
勇者「勘弁してくれ」

さくっさくっ

女騎士「じゃぁ、勇者」
勇者「なんだよ」

女騎士「……あー」
勇者「?」


400 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/23 23:53:53.69 OGIpmW2P

女騎士「なんでもない」
勇者「なんだよってば」

女騎士「……」
勇者「……」

さくっさくっ

女騎士「その……。褒めて貰って良いか?」
勇者「へ?」

女騎士「ほら、今回は治癒とか随分頑張ったじゃないか。
 わたしは今、いい気になりたい気分なんだ」
勇者「え? いい気って」

女騎士「頼む」
勇者「うん。そんな事頼まれないでもさ。本当に感謝してるのに。
 女騎士には世話になった。今回はすごく助かった。感謝してる」

女騎士「そういうのではなくて、もっと単純なので」

さくっさくっ

勇者「……そんな事言われてもな」

女騎士「ん」
さくっ。

勇者「……えーっと。……っと。……えらいぞ」ぽむぽむ

女騎士「――あははぁ」にこっ
勇者「なんだよ、変なやつだな」

女騎士「いやいや主人」
勇者「それやめろよっ」

女騎士「これからの御命を守るため、我は我が剣の主人の
 忠実な盾となり鎧となって御身をまもろう。
 いま、誓いを新たにしたのだ」えへんっ

411 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 00:24:24.64 jeE4iYgP

――聖王都、八角宮殿

バサァッバサァッ!!

聖王国将官「こちらの地図に示した点が
 新しく造営中の『光の子の村』になります」

王弟元帥「ふむ」
参謀軍師「目標数のおおよそ八割を達成ですな」

王国将官「しかし、だんだんと噂も広がってしまっております」

王弟元帥「それも計算の内だ。無理に広める必要はないが
 噂はそのまま放置しておけ。その方が人の興味は引かれるものだ」

聖王国将官「はっ」

王弟元帥「ふむ……。しかし、そうなると火薬の作成量か」
参謀軍師「硝石、でございますな」

王弟元帥「銅の国の鉱山を急がせろ」
参謀軍師「はっ。手の者をすでに向かわせております」

聖王国将官「しかし、このマスケットなる武器を
 そこまで重視して良いのでしょうか?
 わたしが見たところ、連射速度も遅く、
 射程距離もそこまで長いというわけでもなく、
 破壊力もずば抜けている訳でもないような。
 
 たとえば、これであれば魔術兵団の方が遙かに
 攻撃力があるのではないでしょうか?」

王弟元帥「ふふふっ。はははっ」

聖王国将官「王弟殿下……?」

413 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 00:26:28.16 jeE4iYgP

王弟元帥「いやいや、おぬしの考えは正しいよ。
 この武器は、そこまで強力な武器ではない。
 まったくその通りだ。
 しかし、それは戦争を戦場だけのものとして考えた場合だ」

参謀軍師「ですな」

聖王国将官「……戦場以外の、戦争?」

王弟元帥「考えてもみるのだ。
 そしてこの中央の国家群を見よ。

 いざ戦おうと思えば貴族どもはどうする?
 まずは、部下の騎士達に召集令状を回す。
 騎士はもし存在すれば配下の騎士、親戚や郎党などに
 さらに召集令状をだす。そうして下から順々にあつまって
 軍団が形成されるのだ。
 より強い貴族、または王族が戦を望んだとしても同じ事。
 王族は貴族に召集令状をだし、貴族が騎士を集める。
 多少規模は違っても、そこで起きることはまったく同じだ。
 
 つまりこれは機構の問題なのだ。
 招集で集まるのは、戦闘を前提に人生の大部分を
 過ごしてきた人間だろう。
 当たり前だ。馬に乗るというのはあれはあれで
 なかなかに特殊技術でもあり、
 赤馬の国のような馬の名産地でもない限り
 農夫が軍馬に乗るなどと云うことはない。
 
 つまり、この中央の国家群においては
 “戦闘を前提にしたもの=馬に乗れるもの=
 裕福で戦闘訓練を受けたもの=騎士以上の家系、
 もしくはその関係者”だといえるのだ」

王弟元帥「は、はい」

414 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 00:27:55.40 jeE4iYgP

王弟元帥「例外は傭兵だが、
 彼らもまた“戦争を前提に人生を送っている”と云う点では
 いささかも代わりがない。
 
 何故こうなってしまったかという点については
 いくつもの理由があるが、大きな理由の一つが、
 戦闘の技術を身につけるには
 非常に長い時間が掛かると云うことだ。
 
 将官、それを言えばわたしもそうだが、まともに剣を
 振れるようになるまでどれくらい掛かった?」

聖王国将官「さぁ。わたくしも騎士の息子と生まれまして、
 物心ついた時はすでに教えを受けていましたから……」

王弟元帥「そうだ。それが中央の国家群の現実なのだ」

聖王国将官「……」

王弟元帥「剣一本でもそのありさま。馬術もそうだ。
 ただ乗るだけならともかく、乗りながら戦うなどと云う
 技を身につけるのに何年かかる?
 
 弓も同様だ。
 確かに熟練の長弓兵は、このマスケットの10倍の速度に
 匹敵する連射と2倍の射程を持つが、
 それには長年にわたる修練が必要だ。
 
 さらに云えば、戦闘ではそれなりの体格が必要になる。
 長弓であったところで、膂力の強い方がより強い弓を引け
 破壊力も飛距離も出るのは常識と云えよう。
 しかし、ブラックパウダーの爆発力で弾丸を飛ばす銃は
 女であろうが子供であろうが、同じ攻撃力を期待できる。
 
 魔法兵団? 論外だ。彼ら一人を育てるのに20年は
 優に掛かるのだ」

415 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 00:29:54.82 jeE4iYgP

聖王国将官「それは、まさにそうです」

王弟元帥「人間を武器の一種だと見立てた時に、
 この中央の国家群の現実は、その人間を鍛える時間が
 莫大であると云うことに尽きる。
 騎士を一人育てるのには15年。従士ですら10年。
 魔術師であれば20年かかる。
 傭兵は騎士よりも戦場で過ごす時間が長い。
 戦争から戦争へと渡り歩くから、5年もあれば一人前になるが
 一人前になるまでに死んでしまうものが殆どだ。
 
 鍛えるのに掛かる時間は、そのまま維持する金額に繋がる。
 つまり、その高価な騎士を使うがために、
 我々国家は人数の多い軍を組織できない。
 この聖王国でさえ、直属の騎士は2500をわずかに越えるのみ。
 それ以上の兵力を動員したければ貴族に招集状を
 発令せざるをえない。
 
 そのようにして集めた軍隊は貴族同士の意見の違いで
 容易く動きが凍り付き、また兵糧が切れれば国元へと
 帰ってしまう脆さを持っている」

参謀軍師「その通りです。それが先の征伐軍敗退の真相」
聖王国将官「理解できます」

王弟元帥「このマスケットは」

ジャキッ

聖王国将官「その役割としては、弓よりも石弓と比すべきものだ。
 よく手入れされたマスケットは石弓よりも命中精度に優れ
 轟音を発し、目標に命中すれば、鉄の鎧を打ち抜く。
 そして、その訓練期間は驚くほど短い。
 凡庸な農夫であっても数ヶ月の訓練で、銃兵として戦場へ
 出ることが出来るだろう」

417 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 00:32:20.79 jeE4iYgP

聖王国将官「訓練期間……」

王弟元帥「そうだ。それが唯一と言って良いほどの利点で
 全てを変える鍵なのだ。
 
 このマスケット銃は、
 “兵士という戦争に不可欠な資源を限りなく安くする”
 事が出来る。マスケット銃と適度な訓練さえあれば
 戦争の様相は一変する。
 
 何せ、無尽蔵とも云える農奴を戦場に投入できるのだ。
 むしろ歩兵としてであるならば、
 彼らのように貧しい暮らしに堪える事が出来、
 毎日長い距離を歩ける健脚の持ち主の方が、
 貴族よりもずっと望ましいと云えるだろう。
 
 長弓の方が速射に優れる?
 そんなものは、長弓兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 騎兵の方が突破力に優れる?
 そんなものは、騎兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 貴族の方が勇猛さに優れる?
 そんなものは、貴族の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 
 マスケットはそれを可能にするのだ。
 しかも、敵を一人殺せば、同じだけの技量を持った兵士を
 用意するのに敵は5年から10年は掛かる。
 こちらは兵を殺されたとしても
 数ヶ月の訓練で同じ質の兵士を補充が出来るのだ」

参謀軍師「しかし、別の欠点もございますが」

王弟元帥「火薬の補給については、軍師殿に一任しよう」
参謀軍師「お任せ下さい」

聖王国将官「聞けば納得できますが。
 これは恐ろしい発明品なのですね。何と言えばいいのやら」

421 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 00:35:42.51 jeE4iYgP

王弟元帥「しかし欠点が多い武器であるのは確かだ。
 人数を増やせばよいとは云っても、
 食料を多く食いつぶすというのはそれだけで致命傷たり得る」

参謀軍師「はい」

王弟元帥「また戦場では、1回の射撃が終わった後に、
 弾を込めるための時間が掛かるのも問題だな。
 その間の防御力が無いに等しくなってしまう」

参謀軍師「そうですな」

王弟元帥「そのあたりの問題を片づけられる前線指揮官
 さえいれば、マスケット銃兵団は大陸最強の戦力と
 なるのは間違いないのだがな」

参謀軍師「黒点将軍さえいれば……」

王弟元帥「死んだ男をねだったところで仕方があるまい。
 あの頑迷な老将は宮廷醜聞に巻き込まれて消えたのだ」

聖王国将官「七里防衛の英雄ですか?」

王弟元帥「昔の話だ」

参謀軍師「霧の国の灰青王が雪辱に燃えております。
 適切な助言をすれば、必ずや結果を出すでしょう」

王弟元帥「ふむ。やつを前線で用い、いざとなれば
 わたし自らが指揮を執ることも考えねばな」

参謀軍師「ふふふっ。夏が待ち遠しいですな」
聖王国将官「『光の子の村』建設を急がせます」

王弟元帥「頼むぞ。大陸を手にするのは、このわたしなのだっ」

437 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 01:07:05.55 jeE4iYgP

――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の中庭

(――世界は広大で、果てがない。
 そこには無数の魂持つ者がいて
 残酷で汚らしく醜く歪んだ、でも暖かく穏やかで美しい
 ありとあらゆる関係と存在をつくっています)

ビュッ!

メイド姉「っ!」

ビュッ! バッ! ビョウッ!

メイド姉「~っ!!」

ヒュバッ! シュキンッ!

メイド姉「せあっ!」

ビュッ!

メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」

ビュッ!

メイド姉「せいっ!!」

コトン

メイド姉「っ!」

女騎士「あー。わたしだ」

439 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 01:08:04.72 jeE4iYgP

メイド姉「……女騎士さま」
女騎士「驚かせて済まない」

メイド姉「あ。いえ」ささっ
女騎士「それは、むかし軍人子弟が使っていた剣だろう?
 メイド姉には重すぎると思うよ」

メイド姉「でも、馴れてしまったので……」
女騎士「そうか。手慣れていたものな。――いつから?」

メイド姉「去年の秋からです」
女騎士「一年か」

メイド姉「……」
女騎士「手を見せて」

メイド姉「はい」おずおず
女騎士「……」じぃっ

メイド姉「……」
女騎士「そんなに困った顔はしない。誰にも云わない」

メイド姉「はい……」
女騎士「こんなご時世だもの。身を守る技術は誰にだって必要だ」

メイド姉「ええ」

女騎士「でも、メイド姉には膂力がない。
 もっと脚を使わなければ駄目だ。
 遠心力で剣を振り回せば破壊力は上がるけれど、
 身体も反対方向に振り回される。その状態では
 敵の攻撃をよけられないよ」

440 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 01:09:18.50 jeE4iYgP

メイド姉「そう……なんですか……?」
女騎士「うん」

メイド姉「脚を使う……って」
女騎士「もうちょっと膝を曲げて……。うん、そう」

メイド姉「はい……。こう……かな」

女騎士「身体をねじって、自分の剣の影に隠れる。
 相手の首を狙って、剣先で威嚇するんだ。
 常に相手と自分の間に剣をおくようにする。
 そのままで前後左右、動けるように練習する。
 腕の力は、今程度で十分。
 どうせ鎧を貫くほどの力はメイド姉にはないし
 裸の喉なら今のままでも切り裂ける」

メイド姉「はい……」

女騎士「自分の呼吸の音も聞いて、かかとに体重を乗せない」

メイド姉「……ふっ。……はっ!」

ひゅぅんっ!!

女騎士「そう」

メイド姉「はいっ」
女騎士「変わったことをする必要はない。跳んだり跳ねたり
 光ったり光線を出したりするのは勇者クラスになってから。
 身体を上下に揺らさない、無駄に撥ねちゃ駄目だ。
 何より落ち着くこと」

メイド姉「はいっ」

444 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/24 01:10:59.37 jeE4iYgP

女騎士「さぁ、やって」

ヒュバッ! シュキンッ!

メイド姉「せあっ!」

女騎士「……」

ビュッ! ざざっ!

メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」

女騎士「そんなものだろう。腕を伸ばして」

メイド姉「……」
女騎士「胸をゆるめて、呼吸をゆっくりにね」

メイド姉「はい……」
女騎士「……ん」

メイド姉「あの……。聞かないんですか」
女騎士「何を?」

メイド姉「平民が、剣なんかをもって……その」

女騎士「そういう面倒なことは、湖畔修道会では考えない。
 必要だと思ったのでしょ?」

メイド姉「……はい」
女騎士「見られたくないなら、修道院へいらっしゃい。
 午後なら練習を見よう」

メイド姉「はいっ」
女騎士「もう遅いから。……良い夢をね。メイド姉」

メイド姉「ありがとうございますっ」




次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #23


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