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先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #10
――思い出の庭、魔王の回想
メイド長「――!」
魔王 かちゃかちゃ
メイド長「――! ――!」
魔王「むぅ、変換式が違うのか?」
メイド長「――!
もうっ、呼びかけたら返事くらいしてくださいっ」
魔王「うぉっ! びっくりしたではないか」
メイド長「びっくりしたのは、こっちですよ!」
魔王「むぅ。お互いびっくりでは間抜けではないか」
メイド長「それこそお互い様ですっ」
魔王「むぅ」
メイド長 くんくん 「ん? ――! いつから
着替えてないんですかっ!?」
魔王「そんなこと良いではないか。
ライオンも熊も着替えはせぬ。
竜も殺戮機兵もだ。
そんなことしなくても生きていける」
メイド長「ダメですよ。そんなの。
あなたは人型形態なんですから。
そもそも年頃の女の子なんですよ? 弁えてくださいっ」
魔王「年頃なんて云ったって、もう100年もこのままではないか」
メイド長「そりゃ、ここは『外なる図書館』だからですっ」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1252554034/
魔王「身支度は苦手だ」
メイド長「ああっ。もうっ!
そういう話じゃなかった。
――! 魔王になるってのは本当なんですか!?」
魔王「ああ、うん……」
メイド長「照れないでくださいっ!」
魔王「なるのだ」えへん
メイド長「無駄に成長した胸を張らないでくださいよっ」
魔王「だめだったか?」
メイド長「……まさか、わたしのためじゃないでしょうね?」
魔王「いや、違うぞ」
メイド長「それなら良いんですが……」
魔王「あれは本当に行きがかりのことだ。
気にする方がおかしいのだ」
メイド長「……」
魔王「来月には、継承をする」
メイド長「――魔王になる意味、判ってるんですか?」
魔王「うむ」
メイド長「冥府宮にはいるんですよ?
他の魔族ならいざしらず、この一族には
冥府宮に関する知識だって伝わっているじゃないですかっ!」
魔王「“この一族”なんていうな。“我が一族”と云うべきだ」
メイド長「わたしは……新参ですから」
魔王「新参だろうが何だろうが、一族だ」
メイド長「そんなことより、あそこに行ったら歴代魔王に
意識も身体も乗っ取られるんですよ?」
魔王「正確には乗っ取りではない。汚染だ」
メイド長「同じじゃないですか」
魔王「全然違うぞ。汚染はわたし自身の変化だ。
乗っ取りなら元に戻る方法もあるかもしれないが
汚染に方法はない」
メイド長「余計に悪いじゃないですかっ?」
魔王「いや、そうとも限らない。
物事には何でも利点と欠点があるのだ。
まず、汚染されてもわたしはわたしだ。
最後までわたしの罪はわたしについて回る」
メイド長「欠点にしか聞こえません」
魔王「それに、乗っ取りは一瞬だろうが、汚染には
時間がかかろう? そこが目の付け所だ」
メイド長「はぁ?」
魔王「冥府宮にはちょっぴりだけ入る」
メイド長「へ?」
魔王「ちょぅぴり入って、すぐ出てくる」
メイド長「はぁ~? な、何を言ってるんですか!?
それじゃ魔王の戦闘能力が身につかないじゃないですかっ。
そんなのでどうやって魔界を統治するんですかっ?
そもそもどうやって戦うんですかっ!?」
魔王「統治に暴力なんて使わない」
メイド長「何を言ってるんですか、そんなっ」
魔王「NDC310番台を見てみろ。
人間は個体の戦闘能力など中級魔族以下なのに
それでも統治も政治もやって居る。
戦闘能力など統治の必須要件ではない証明だ」
メイド長「そ、それはそうかもしれませんけれど。
だいたい、何で魔王になんてなるつもりなんですかっ。
そこからして変じゃないですか。研究の虫のくせにっ」
魔王「これも一つの実習だ。お前だってしているだろう?」
メイド長「実習……」
魔王「うん。わたしは、二つの世界がふれあう様を見てみたい。
出来うるならば、わたしの運命に出会いたいんだ」
メイド長「え?」
魔王「ほら」
キラキラキラ、キラキラキラ
メイド長「これ……え……?」
魔王「先週、生まれたんだ」
メイド長「にん、げん?」
魔王「遠隔映像に過ぎないし、酷く画質は悪いし、
これっきりだけどな。瀬良の図書館も、万能ではないから」
メイド長「男の子……なんですか?」
魔王「勇者だよ」
メイド長「……っ!?」
魔王「この世界にたったふたつのLiving Singularity。
運命の子供だ。きっと15年もすれば格好良くなるんだろうな」
メイド長「まさか……」
魔王「うん。ふふふっ。――この人に会いたいんだ」
メイド長「そ、そんなっ。この人は、魔王を殺しに来る
存在ですよっ!? 何を考えてるんですかっ!!」
魔王「それが良いんじゃないか」
メイド長「――」
魔王「わたしに会いに来てくれるんだ。
遠いところから触れあえないはずのところから来てくれるんだよ。
それはまぁ、彼の剣はわたしを殺すかもしれないけれど、
殺される前に“こんにちは”位は云えるだろう。
もしかしたら“ご機嫌いかが”も云えるかもしれない。
奇跡でも起きたら――あの黒髪に
触れさせてもらえるかもしれない。あれはきっと、
もふもふしてて、くしゃくしゃにすると幸せなんだ」
メイド長「正気じゃありませんっ」
魔王「いたって正気だ。それがわたしの持っている
唯一のチャンスだと思う。“見たことのない未来”を
見るための。この図書館に収められていない物語を
読むための。――運命と出会うための」
メイド長「そんな……だって」
魔王「決めたんだ」
メイド長「継承候補者戦はどうするんですかっ」
魔王「それは、まぁ、適当に」
メイド長「魔界からとっておきの猛者や従者が6人も
集まるんですよ? 勝てるわけ無いじゃないですかっ。
無理に決まっています、魔王になることも出来ませんよっ」
魔王「それはまぁ、うまくやるよ。
戦闘は苦手だけど損得勘定は得意だ。
棄権して貰うように話をまとめるとか。
手加減して貰うとか」
メイド長「出来るわけありません」 どんっ
魔王「手厳しいな」
メイド長「――はっ! ――は馬鹿ですかっ!?」
魔王「勝ち負けは問題じゃないんだ。
ここが唯一のチャンスだから。
問題はもはや勝ち負けではなく
“賭けずに後悔するか、賭けてみるか”でしかないんだ」
メイド長「……あなたは」
魔王「ん? 変なことを云ったか?」
メイド長「いえ」
魔王「……」
メイド長「…………マイマスター」
魔王「なんだそれ?」
メイド長「マイマスター。あなたは酷く馬鹿ですから」
魔王「何を言い出すんだっ。異界の博士号だって取れるんだぞ」
メイド長「それでも馬鹿ですから」
魔王「む」
メイド長「わたしがメイドとしてあなたに仕えましょう」
魔王「え?」
メイド長「あなたの従者になりましょう」
魔王「何を言っているんだ。馬鹿を云うな。
これはわたしの夢で、わたしのチャンスなんだっ。
他人を巻き込んで良いものじゃないっ」
メイド長「ならさっさと諦めるべきです。
王になる、統治者になるというのは、
“他人を巻き込む”以外の何だというのですかっ!?
その程度で曲げるような夢に命を掛ける馬鹿がいますかっ!」
魔王「――っ」
メイド長「これは、わたしの夢でもあります。マイマスター。
わたしも、“メイド道”を極めたいですからね。
あなたには多少の恩もある。
でもそれ以上に、こんなにぐうたらでいい加減な人は
見たことがありません。素材は良いのに宝の持ち腐れ。
本当に理想のご主人様です」
魔王「いいのか? そっちだって馬鹿の相乗りになるぞ。
死ぬかも、というか死ぬっぽいんだぞ? かなり確実に」
メイド長「それはマイマスターがメイドをご存じないからでしょう」
魔王「はぁ?」
メイド長「どの書物を読んでもメイドの卓越した美意識、
実務能力、家政能力、問題処理能力、
さらに特筆すべきはその戦闘能力について絶賛されていますよ?
ヴィクトリア朝とヤーパンにおける
メイドはまさに現人神のようなものです」
魔王「そう……なのか?」
メイド長「ええ、ご安心あれ」
魔王「そ、そうか。その」
メイド長「お茶でも入れましょうね」
魔王「う、うむ。頼む。その……メイド長」
メイド長「まだ部下は居ませんけれどね」
魔王「部下がいなくても、長に相応しい」
メイド長「ありがとうございます」 にこり
魔王「でも、その……良いのか?」
メイド長「ええ、もちろん。――だって」
魔王「……」
メイド長「“さだめられたあの方を待つために”なんて
そんな夢、応援しないわけには行きませんでしょう?
わたしだって女性の身に生まれているのですから」
――大陸中央、霧の国、領主の館
家令「領主様っ! 領主様ぁっ!」
肥満領主「んー。もう1個プラム剥いてくれたまえっ」
少女メイド「はい……」
家令「領主様っ!」
肥満領主「ええいっ! うるさいっ! 聞こえているわっ!
何事だ、騒々しいっ!」
家令「き、き、来ましたっ!」
肥満領主「召集令かっ!?」
家令「その通りでございますっ!」
ぱらっ、するするするっ
肥満領主「ふむっ。総大将は霧の国の灰青王か……。
招集が掛かるとは思っていたが、このように早くとはなっ。
ふははははっ! 南部の蛮王どもめ、我らが書面による
交渉を繰り返すと高をくくっていたのだろうな。
現実はそうそううまくはいかんよっ」
家令「いかがいたしましょう?」
肥満領主「領主の義務ゆえ、至急馳せ散じると返書を送れ!」
家令「ははぁっ!」 がちゃっ!
肥満領主「何とも良いタイミングで招集をかけてくれたものよ。
こちらは小麦の売買を通してたっぷりと軍資金を蓄えておる。
今年に限って“小麦引き渡し証書”なるものまで
出現する始末。わが宝物庫には金貨がうなっておるわ」
少女メイド「あ、あの……剥けました……」
肥満領主「ふふっ。おうっ、これは甘いなっ」くっちゃくっちゃ
肥満領主「これだけの金があれば、騎士達への給金も
余裕を持って払えようし、傭兵団を雇うことも
容易かろう……」
肥満領主「700、いや1000の兵をそろえれば、
灰青王の本軍よりもさらに人数で上回ることも
可能かもしれんな。そうなれば司教様の覚えもめでたくなる。
光の白十字章か、いや……伯位も夢ではないかもしれん」
肥満領主「丁度小麦も値あがっていたのだ。
これだけの金貨があればどうとでもなるとはいえ、
ふふふふっ。
最近肥え太っているという、南部の豚料理をいただくのも
それはそれで悪くなかろう」
肥満領主「その宮殿にはたっぷりと
宝物が蓄えられていようゆえな。くっくっくぁっはっは。
今から胸が高鳴るわ。
戦は、ふむ……集合は半月後。
冬ではあるが、年を越して雪が本格的になる前に
けりをつけるつもりか。
これはこれは、灰青王も血気にはやっていると見ゆる」
ガチャリ
家令「返書を手配してまいりりましたっ!」
肥満領主「よいだろう。領内の騎士のリストを持てっ!
招集する部下の選定を始めるぞっ! 武具を確かめよっ!」
――湖の国、富裕街、路地
青年商人「はははは。ではお嬢様も?」
金満貴族「ははっ。ミーの娘ももう年頃なのだがネ。
いろいろヤンチャがオゥバァヒィトでこまるよ。ははっ」
青年商人「いえいえ、女性は花に舞う蝶のようなもの。
そのようなお嬢様に憧れる騎士や貴族の方も
多いかと思いますよ」にこにこ
金満貴族「そういうユーはどうなのかね? ん?
『同盟』の中でもかなりの地位があるのだろう?」
青年商人「いえいえ。わたしなどまだまだ未熟でして。
こうして貴族様とお近づきになれるチャンスがありますと
未だにあがってしまうんですよ」
金満貴族「ははは。謙虚な男だな、君は。
どうだい、今度我が領内で、舞踏会があるのだよ。
何人か貴族の娘もでるはずだ。ご招待しよう」
青年商人「わたくし不調法でして、
とんだ粗相をしないとも限らないのですが……」
金満貴族「はっはっは。気にしないでくれ。
なぁに、新しい冬の別邸のお披露目をかねた
内輪の小さな……そう、100名程度のパァティなのだよ」
青年商人「すばらしいですね」にこっ
金満貴族「ははははっ。今日は本当にナイスな取引が
出来たよ。ふぅむ、北方産の鳩血紅玉が45万とはね。
ふふふふっ。良く手に入れてくれた」
青年商人「勉強させて頂きました。今後ともご贔屓に
お願いいたします」
金満貴族「ああ、貴族仲間にも紹介しようじゃないか。
では、舞踏会の日取りが決まったら招待状を送ろう」
カッポカッポカッポカッポ
青年商人「さ、馬車の用意が出来たようですよ」
金満貴族「そのようだ。では行かせて貰うよ」
青年商人「真にありがとうございました」 ふかぶか
金満貴族「うむっ」
がちゃん、カッポカッポカッポカッポ
青年商人「……」
青年商人「ふぅ。……結構なことだ。
紅玉髄(ルビー)に45万とは。一晩の稼ぎとしては悪くない。
代価は麦でいただけるとは、あの方本人は把握もしてないん
だろうが……。その紅玉、食べれればさぞ美味いだろうな」
ヒュルルルゥーン
青年商人「冷えるな。まぁ、湖の国でももう冬だ。
南はそろそろ雪もきつかろうな。――っくしっ」
青年商人「宿に帰るか。今晩は作戦本部もいいだろう。
馬車は……乗るまでもないな」
カッカッカッ
乞食「おねげぇでございますだ、旦那さま」
青年商人「……」ちゃりん
青年商人「柄にも、ない。か」
どんっ
????「ひゃ」
青年商人「こりゃ済まないな」
青年商人(この夜更けに、フードにケープ? 北方の人か?
声は若い女性のようだが……)
????「いや妾こそ」
青年商人「こんな時間に女性の一人歩きは危ないですよ。
お気をつけて宿にお戻りなさい」
????「お待ちくださるかや」
青年商人「は?」
????「お客人」
青年商人「はぁ」
????「一度お会いしました」
青年商人「は? え。流石にそのフードだと」
火竜公女「そうでありましたね、申し訳ない」 はらり
青年商人「あ。ああっ!」
火竜公女「思い出してくださいましたかや」にこり
青年商人「どうしてこんなところにっ」
火竜公女「お客人を探しておりました」
青年商人「なんでわたしを?」
火竜公女「お客人は、商人だと。どのようなものでも
手に入れらるる方だと、あの宴で聞きましたゆえ」
青年商人「それは商人ですが。……あっ」
火竜公女「?」
青年商人「尻尾。……尻尾を」
火竜公女「尻尾が何か?」 ゆらゆら
青年商人「いえ、場所が悪い。移しましょう」
火竜公女「はい。妾も話があります」
――湖の国、富裕街、青年の取った宿
青年商人「胆が冷えました」
火竜公女「なにゆえです?」
青年商人「あー。人間には尻尾がないですからね」
火竜公女「そうでありますな」きょとん
青年商人「茶でも飲みますか?」
火竜公女「あれば火酒を。……ここは寒くてかまいませぬ」
青年商人「そう言えば、あちらよりぐっと寒いですね」
火竜公女「こちらに来てから尻尾の先が暖まったことが
一度もありませぬ。本当に人間界は冷え切った場所」
青年商人「まぁ、今は冬ですから」
火竜公女「冬……」
青年商人「ええ、魔界にはないんですか?」
火竜公女「聞き慣れぬ言葉ですね。いえ、意味はわかりますが。
二つのゲートに近きところは寒く、遠きところは熱い。
それが魔界です」
とぷとぷとぷ……
青年商人「ん……。入りましたよ」
火竜公女「有り難く頂戴しまする」
青年商人「さて、と。どうして公女がここにいるんです?」
火竜公女「お客人に会いにまいりました」
青年商人「そのお客人ってのは止めましょう」
火竜公女「ではなんとお呼びすれば?」
青年商人「商人と」
火竜公女「では、商人様に会いに」くぴくぴくぴ
青年商人「はぁ……。はるばる魔界から。というか、
転移呪文ですか? 魔族の魔法は人間のより
強力なんですかね」
火竜公女「そのようなことはありませぬ。
むしろ人間の儀式法術の方が強力だと、
父様などは云っているくらいで。
魔族は、魔力は品に込めるのが得意なだけ。
人間界へも転移符で来たくらいです」
青年商人「どうやって居場所を? 勇者ですか?」
火竜公女「いえ、我が君には内緒です。
――此度は妾の仕事ですゆえ。
居場所は探知魔法をかけて貰ったのですよ。
通りすがりの魔法使いに」くぴくぴ
青年商人「常識の削られる音がしますね」
火竜公女「削る分があるうちは取り返しがつくというもの」
青年商人「ごもっとも。削って売れれば文句はありません。
常識に元手は掛からないですからね」
青年商人「して、どのような品物をお求めでしょう、公女様」
火竜公女「塩を」
青年商人「いかほど?」
火竜公女「判りませぬ。必要なだけ」
青年商人「何とも曖昧な注文ですね」
火竜公女「ですから来ました」
青年商人「……?」
火竜公女「この注文をこなせるのは、
商人様しかいないと踏んで出向きました」
青年商人「ふむ」
火竜公女「塩は魔界では貴重品。これを融通して頂きたいのです」
青年商人「……」
火竜公女「……」くぴくぴ
青年商人「……」
火竜公女「……」とぷとぷとぷ、くぴ
青年商人「……」
火竜公女「……暖まります」
青年商人「その壺全部飲んで良いですよ」
火竜公女「聞いていたのかや」
青年商人「ちょっと考え事を」
火竜公女「……?」
青年商人「これは謎かけでしょうか?」
火竜公女「妾は愚かしき子女ゆえ、考え深い殿御に
とっては謎かけかもしれませぬ」
青年商人「考えすぎだ、と?」
火竜公女「賢きおなごは、万象の識をあつめ
知を尽くして物事に当たります。
しかし、心得を持つおなごは、殿方を立てることにより
何もせずともそれ以上を手にしまする。
それが妾が母上から受けた竜の教え。
商人様に、なるべく多くを手に入れて貰うためならば
謎かけでも何でもいたしましょう。
殿御にお力をふるって頂くのが
子女の誉れと心得ておりまする」
青年商人「塩なら造作もないんですけどねー」
火竜公女「……ああ、尻尾の先まで暖まりまする」こくん、こくん
青年商人「よく飲みますね」
火竜公女「人界の酒は珍しいゆえ」
青年商人「人間世界は初めてですか?」
火竜公女「もちろん初めてです。何もかもが珍しい。
パンという食べ物は美味しいものですね。
聞いていたのより随分高くて路銀で苦労しますが……。
それから教会というのも良い。
賛美歌というのはわくわくする代物ゆえ。
一つの建物が丸ごと楽器などとは、これは仰天の
体験でございます。人界とはまこと興味が尽きぬ」
青年商人「……しばらく、人界にいますか?」ぽつり
火竜公女「?」
青年商人「当面の塩は手配しましょう」
火竜公女「本当かや?」
青年商人「ええ」
火竜公女「それはかたじけない」
青年商人「ここまで危難に遭わなかったのが不思議ですよ」
火竜公女「尻尾かや?」
青年商人「ええ、まぁ。角も」
火竜公女「隠してはいたのですが。
人界の人はみな慌ただしいゆえ、注意を払われぬ」
青年商人「……」
火竜公女「……」くぴくぴ
青年商人「あなたは」
火竜公女「?」
青年商人「あなたが。あなたの存在が、
“割り切れぬもの”に繋がるかもしれませんね。
わたしたちは、知らなすぎるのではないでしょうか?」
火竜公女「何を?」
青年商人「おそらく、互いを」
――白夜の国、白夜王の宮殿
片目司令官「ええい! だから云ったのだ!」
ガッシャァン!
白夜王「やつらはなぜ生きている!?
なぜ地上の光を浴びている!?
背教者だぞ? 我らが密告を受け、異端審問まで
行ったというのに、なぜのうのうとこの世にはびこっているのだ」
片目司令官「くくくくっ。ははははっ」
白夜王「何がおかしいっ!」
片目司令官「悪魔だからに決まっておるではないかっ!
豚に向かって“貴様は豚だ!”と言ったところで
何の意味があるのだっ。
ふんっ。屠殺しなければ終わるものではないっ」
白夜王「何を賢しらなことをっ!」
片目司令官「我は最初から剣で事を決しようと
云ったではないか、それを策謀にて進めようとしたのは
白夜王、あなたであろう?」
白夜王「うるさいっ! 我が国をみよっ!
今年は麦が高騰を続けているのだ。
中央からの義援金は例年よりも多く入ってきた。
四カ国に送る予定だったのだからな。
普段の二倍近い。
しかし、それで買える麦は普段より
少ない位でしかないのだぞっ」
白夜王「そのうえ……」ぎりぎりっ
白夜王「昼も夜も絶えず、農奴どもが国境を越え、
鉄の国へと流れておる。三カ国がなんだというのだ!?
所詮は農奴を騙す新しいお題目を唱えているだけだというのに
冬寂王、あやつにだけなぜ人々が味方をするっ」
片目司令官「それはな、あやつが天を欺いておるからよ」
白夜王「~っ!!」
片目司令官「クカカカカッ」
白夜王「このままでは我が白夜は。我が白夜だけが……ッ」
片目司令官「なぁ、白夜王」
白夜王「……」
片目司令官「奪えば良いではないか? ほら、見ろ。
鉄腕王の国、氷雪の女王の国。
たっぷりと身の詰まった果物のように熟れておる。
いずれにせよ、背教者。
遠からず人間世界で腐って落ちよう?
それなら、その前に奪って食って悪い道理があるものか」
白夜王「……いけるのか」
片目司令官「中央の兵達は、戦になれば呼び集められる
招集の騎士と歩兵。誇り高いが実戦経験で劣る。
この国にいるのはなんだ?
世界で最高の経験を経た常備軍だと抜かしていたではないか」
白夜王「しかし、我は手勢の多くを極光島で失った。
一年の訓練は施したが、同じ南部諸王国が相手では
練度で劣るやもしれぬのだっ……」
片目司令官「あはははっ! 中央も、貴様も!
そしてその冬寂王とか云う小せがれもまったく判っておらんな!」
白夜王「なに?」
片目司令官「常備軍の強さというものを」
白夜王「それはなんだというのだ」
片目司令官「奇襲だよ」にぃっ
白夜王「それでは野盗と同じではないかっ!
人間同士の戦でそのようなことをしてどうする。
教会の非難に遭えば国が危ういのだぞっ」
片目司令官「その教会の敵が相手なのだ、相手は獣と同じ」
白夜王「!!」
片目司令官「野盗? 結構っ! 国境の盗賊どもに
金を払い、鉄の王国を荒らさせるのだ。
防備が分散した時点で騎兵による強行奇襲をかける。
畑も家も燃やし、一気呵成に鉄の国を落とすのだ」
白夜王「ふふふっ。それしかないようだな」ぐびっ
片目司令官「この片目の闇を、鉄の国にぶちまけてくれよう」
――冬の王宮、謁見室
ガチャン!
勇者「宣戦布告があったって!?」
執事「勇者、来ていただけましたかっ」
冬寂王「そうだ。
これが今朝届いた書面による正式な宣戦布告だ。
そのうえ同時に教会からは破門状も送られてきた」
勇者「早すぎる」
将官「もうしわけありませんっ。小官が甘い予想を」
冬寂王「いや、それは仕方ない。――事態が変わったのだ」
勇者「事態……?」
冬寂王「うむ、おそらく向こうも苦しいのだろう。
小麦を初めとして全ての物価が上昇しているのだそうだ」
勇者「物価が? 食い物が買えなくなるのか?」
冬寂王「そうらしい。詳しいことは商人子弟にでも聞いてくれ。
わたしもその構造や原因はわからぬ。だが、例年の二倍
以上にはなっているようだ」
執事「恐ろしい冬にならねば良いのですが」
冬寂王「おそらく、その物価の上昇が教会か中央の首脳を
刺激してしまったのだろう。
もしくは手に入った多量の金貨を用いて、
短期決戦を決意したのやもしれぬ。
それがこのような急を告げる知らせになった」
勇者「そうか……」
将官「王よ、詳しい書状の話を」
執事「それは私から。えぇー。ごほんっ。
冬の1月め、第四兎の日に南部草原にて会戦、
との宣戦状であります」
冬寂王「ふんっ。一応体裁だけは取り繕ったわけだ」
勇者「あと十日か」
執事「出向かなければどうなります?」
将官「今までの戦でいえば、我らがこの宣戦状を無視すれば
中央軍はそのまま進軍。向こうから見れば、攻城戦となりますね。
――しかし、我が国を始め、南部諸王国は
魔族に備える砦は多くとも、領土の北部、大陸中心部方面
つまり今回中央軍がやってくる方向には、警備のための
塔がいくつかある程度で砦らしき砦はありません。
と、なれば、いずれかの首都決戦になってしまうかと」
冬寂王「そうだな。この会戦を受けぬという選択肢は、無い」
勇者「くっそぉ。戦いたくないのにっ。
――戦いたくないんだ、俺はっ!」
冬寂王「これは、我ら愚かしい人間の戦だ」
勇者「だって、これは俺の、俺やあいつが撒いた」
冬寂王「違う。
“農奴の権利を認める”と判断したときから
これは人間の手による、人間の戦になったのだ。
勇者。
勇者が背負う必要など、どこにもない」
将官「そうですよ、勇者殿っ!」
執事「我らは今のこの時を、感謝こそすれ、けっして
恨みに思っていたりはしませんぞ」
勇者「ちがう……。違うんだ」
執事「勇者……」
勇者「うまく言えないけれど、これは違う。
こんな物が、あいつの目指した物であるはずがない。
これが結末だなんてあり得ないっ」
将官「……」
冬寂王「確かにここで戦力を消耗するのは、
我らにとっても益のないこと。
我らにとってもはや戦は国力を増す手段にはならぬのだから。
なぜ中央はその道理を判らぬ」
勇者(戦を望むのは、独占者。
限られた世界の中で、“豊かさ”ではなく“優越”を
求めるために寡占しようとする者。
……そこは間違っちゃいないはずだ)
勇者(どうすれば良いんだ?
どうすれば止められる?
聖王の、暗殺? ……馬鹿か、俺は。
それじゃ魔王のところに行ったときと同じじゃねぇか。
せめて。
せめて、あと半年。いや、3ヶ月の時間があれば……)
勇者「せめて、いましばらく……」
勇者(この物価の上昇は、あの商人がやっているはずだ。
あいつなら、これくらいのことはやる。
きっとやる。……そういう目をしていた。
あいつだけじゃないかもしれないけれど、
あいつはきっと、中枢に噛みつけるような場所にいる。
……なんでだ? 何で小麦の値段や物価を上げる?
あー、もう判らねぇよっ!
なんで魔王はこう言う時にいねーんだよっ。
あいつだったらさくっと解決しちまいそうなのにっ)
(そうだろう? 勇者だものな!)
勇者(何でこんな時に思い出すんだよ……)
(“あの丘の向こうに何があるんだろう?”って
思ったことはないかい?
“この船の向かう先には何があるんだろう?”って
ワクワクした覚えは?)
勇者(なんであいつ、生きるの死ぬのって云う時に、
のど元に剣を突きつけられて、あんなキラキラした
瞳してやがったんだよっ)
(だから“そう言うもの”が見たいんだ)
勇者(あんなに無防備にっ)
(でも、だからこそ、それが“別の結末”を
迎える事ができるのならば、
それは私にとってだけじゃない。
三千世界にとって“未だ見ぬもの”じゃないだろうか?)
勇者「~ッ」 ガツンッ
将官「勇者殿っ」
勇者「冬寂王、戦になったとしてどれくらい被害を
出さずに戦える?」
冬寂王「相手の戦意と数次第だな。
この種の戦は、平野に両軍が終結し、時間指定も為される。
その後合図……大抵はホルンによって騎士は騎乗し、
正面から衝突することになる。
両者の戦意や数、戦略に大きな食い違いがなければ
これが一日につき1~2回、数日の間繰り返されるだろう。
指揮官が虜囚になるなどのアクシデントがあれば
一方が加速度的に崩れることもある。
はっきりした形で決着がつけば、負けた方は降伏するな」
勇者「犠牲は出したくない。味方にも、中央の軍にも」
冬寂王「……」
勇者「これは甘さじゃない。今後の展開上、必須だ」
冬寂王「……」
将官「冬寂王……」
冬寂王「天気次第、だな」
勇者「――雪かっ」
冬寂王「そうだ。こちらではもう積もっているが、
あの平原にはまだ降雪はないだろう。
山脈が雲から雪を搾り取るのだ。
あの平原が雪に覆われるのはどれくらい先か
雪が降れば戦意も下がるし、戦は停滞せざるを得ない。
10日先に降り始めていればよし、天気が続くようならば
会戦には問題が無くなってしまう。
逆に本格的な降雪が始まれば、雪の降る間は
戦を避けることが出来よう」
勇者「……」
冬寂王「おそらく、四週。
早ければ、二週持ちこたえれば雪は降るはずだ。
それだけの時間を凌ぐ、と云うことか」
勇者「できるか?」
冬寂王「……引き受けよう。
わたしは、冬の戦ならば負けぬ。この名にかけて」
――思い出の庭、魔王の回想
魔王「ふわぁぁ」
メイド長「何をしているんです? 魔王様」
魔王「む」
メイド長「だらけていますね」
魔王「ちょっと疲れたのだ」
メイド長「やれやれ。魔王になってもあまり変わりませんね」
魔王「変わってたまるか」
メイド長「ふふふ。そうですね。
お変わりなくて、本当に良かった」
魔王「あんなに運動をしたのは初めてだ。
もう一生分の運動をしたから、
あとは研究三昧で勇者が来るのを待ちたいものだな」
メイド長「変わったのは、呼び名ぐらいですね。魔王様」
魔王「それだ」
メイド長「はい?」
魔王「その、“魔王様”というのが良くない」
メイド長「そうですか? だって魔王になられたじゃありませんか」
魔王「背中がむずむずする。どうにかならんか」
メイド長「とはいえ、もう名前も剥奪されたわけですしね。
旧名でお呼びするわけにも行かないでしょう?
では、いっそ“胸ばかり太った無駄な肉、略して駄肉”
というのはいかがですか?」
魔王「おぬしはわたしを嫌悪しているのではないかと
思う時がある。たまに、より多い頻度で」
メイド長「困りましたね」
魔王「せめて、もうちょっとこう。明るく」
メイド長「そうですか。ふむ。まぁ、そう仰られるのなら」
魔王「出来るのか?」ぱぁっ
メイド長「我がメイド術に死角はありません」
魔王「おおっ!」
メイド長「こほん。――まおー様♪」きらきらっ
魔王「な、なんだ!? いま背後に花が見えたぞ!?」
メイド長「メイド術でございます」
魔王「それはそれで気色悪いな」
メイド長「まおー様。なんでそんなこと仰るんですか
こんなにお慕い申し上げていますのに。まおー様ぁ♪」
魔王「ううう。何でそう甘ったるい声を出す!?」
メイド長「この術の要点ですので」すちゃ
魔王「うううっ。早まったかもしれん」
メイド長「それにしても」
魔王「なんだ?」
メイド長「いいんですか、こんなに『図書館』に引きこもって」
魔王「まぁな、統治するならこっちの方が都合が良い」
メイド長「判らないではないですが」
魔王「魔界にはこれだけの資料も情報素子海もないからな。
プリンタもなければ汎用機もない。原始の世界だ」
メイド長「逆です。この空間が特殊なんですよ」
魔王「それはそうだがな。よいしょっと」
メイド長「どうされました?」
魔王「いや、多少はな。テコ入れしないと、
統治もままならないと思ってな。計画書を作っているのだ」
メイド長「ふむ」
魔王「魔界は部族や氏族が入り乱れて戦乱状態だ。
それは精霊五家の罪もあるから仕方がないが、
逆に云えばそれだけ戦える豊かさがあると云うことでもあるしな。
戦争が貨幣経済や流通網の発展を加速する側面がある以上、
一方的に非難するわけにもいかんのだが」
メイド長「はい」
魔王「とりあえずは、これだ!」
メイド長「これは紙ですね。随分粗いですが」
魔王「そう。図書館製ではなく、魔界製の『紙』だ。
森歌族に命令して作らせた」
メイド長「はぁ。これでどうなるのです?」
魔王「戦争の記録を義務づけるんだ。
勝敗から場所、日時、敵味方の人数や被害、
おおよその用意した物資、かかった費用、参加した武将」
メイド長「よく判りません」
魔王「目的はいくつかある。
まずは“記録を取る”という事に馴れて貰う。
専門職が育成されることもあるだろうが
長い目で見れば識字率の向上にも役立とう。
もう一つは自分たちのやっていることを理解して貰う」
メイド長「理解、ですか?」
魔王「戦を一方的に否定する気はないんだが
本当に必要な戦と、気分や遺恨でやってる戦を
混同するのも困る。自分たちがやっていることは
果たして支払った代価に見合った効果が得られる行為なのか
自覚して欲しいのだ」
メイド長「気の長い話ですね」
魔王「勇者が来るまで、そう時間はないから急ぎたいがな」
メイド長「勇者……ですか」
魔王「見るか? 新しい画像が手に入ったんだ」
メイド長「はぁ」
魔王「ほら、もう立てるようになったらしいぞ?
可愛いだろう? すごいだろうっ?
うーん、声を聞いてみたいなぁ」
メイド長「会いたくてたまらなさそうですね」
魔王「それは会いたいさ。
ゲートが封印されてさえなければお忍びで出掛けて
しまいたいくらいだ。
ほら、こっちの画像は寝ているところだぞ?」
メイド長「わんこと大差ありませんね」
魔王「そうだ! そこが良いんだよっ」
メイド長「まったく呆れたものです。まさに盲目ですね」
魔王「?」
メイド長「まおー様は可愛いですね」
魔王「馬鹿を云うな。可愛くなんて無いぞ。
勇者とわたしは、この世でたった二つのLiving Singularityだ。
勇者と出会えば、何かが変わる。
概念と概念が衝突し、化合し、反応して何かが始まる」
メイド長「多分それは戦闘かと思われます」
魔王「新しい視座が得られるんだ」
メイド長「はい……」
魔王「頭でっかちで、引きこもって、
無駄に長生きしてしまったわたしに、何かが起きるんだ。
その時になれば、わたし達は言葉を交わし
ほんの一瞬でも、何かを感じられる」
メイド長「……この件だけはロマンチックですね」
魔王「ロマンなど感じていない。
これは純粋な経済学的な市場拡大に対する欲求だ」
チカ、チカ、チカ
メイド長「そういう物でしょうか……おや」
魔王「どうした?」
メイド長「連絡です。失礼して」
魔王「部下も増えたな、メイド長。良いことだ」
メイド長「――。――――。――?」
魔王「早いところ啓蒙思想くらいは広めておかないとなぁ。
思想史くらいは広めたいんだが……NDC130番台かな?
あんまり機械文明を広めると、勇者が来た時揉めそうだしな。
海とか云うのさえあれば、色々やりようもあるのになぁ」
メイド長「――!? ――!!」
メイド長「魔王様っ」 くるっ!
魔王「どうした?」
メイド長「ゲートの封印が、解除されました」
魔王「は?」
メイド長「大規模な儀式法術により、封印が解除されたようです」
魔王「馬鹿な!?
勇者は言葉もまだろくにしゃべれないんだぞっ?
早すぎるっ。誰が封印を解除したんだ。
こちらから中和術式を呪核に注入できるわけがっ」
メイド長「いえ、人間です。人間界からです。
ゲート解除後、約1500名ほどが転移にて侵入。
――第一次聖鍵遠征軍。
そう名乗って付近の魔族の降伏を求めています」
魔王「至急使者を。急がせろっ」
メイド長「はっ」
魔王「わたしたちも、魔王城へ戻るぞっ」
メイド長「もちろんでございますっ」
魔王「なんでだ。何で人間がこっちに来るんだ!?
――勇者の誕生で結界強度が下がっていたのか?
だが、人間がこちら側に何の用があるって言うんだっ」
――大陸草原、雪の集合地
肥満領主「おお、寒い。なんて寒さだ!」
家令「さようですな」
肥満領主「何をしておる、もっと薪をくべんか」
小姓「はいっ」
肥満領主「夕飯はまだか? このような旅のテント暮らしでは、
せいぜいが精のつく物でも食べんとやっていられん」
家令「はぁ、では尋ねて参りましょう。少々お待ちを」
肥満領主「ふぅぅ。寒いな」ぶるるっ
ガサ、ガサッ
近衛兵士「失礼しますっ」
肥満領主「どうした?」
近衛兵士「我が領内の全騎士、全兵士そろいましたっ。
今回の出兵、我ら合計650でありますっ」
肥満領主「ふむ、思ったより少ないな。まぁ、よい。
傭兵団を加えれば1000は優に超えよう」
近衛兵士「はっ!」
肥満領主「他の陣幕はどうなっておる?」
近衛兵士「灰青王は近衛騎士団、斧騎士団を率いて到着。
山の国の重装騎士団、梢の国の弓騎士団もそろっておりますが
全体としては、まだ参集は進行中であります」
肥満領主「どれくらい掛かりそうなのだ」いらいら
近衛兵士「はっ。あと二三日はかかるかと……」
肥満領主「今日が参集日時ではないかっ。
何をしているのだっ!!
うすのろどもが、勝利が欲しくはないのかっ」
近衛兵士「騎士および兵士の配置はいかがしましょう」
肥満領主「このテントを中心に円陣の形態に天幕をはれ。
やれやれ、この分では戦までもうしばらく待つ必要が
ありそうだ」
近衛兵士「申し訳ございません」
肥満領主「よい。腰抜け領主どもめの仕業だ。
敵は? 南部の豚どもはどうしている」
近衛兵士「敵軍総数は、約2500程度。
森林の縁に張り付くように布陣しております」
肥満領主「ふっ。世界の辺境に張り付くように
生きていた野ねずみども、平原の中央に出るのが
恐ろしくて仕方ないと見えるな」
ガサ、ガサッ
傭兵隊長「領主の大将、いるかい?」
肥満領主「おお。隊長か? 数はどうであった?」
傭兵隊長「ご注文どおり、古強者どもを400そろえたぜ」
肥満領主「それはありがたい!
これで総数は1000を越える。圧勝は間違いのないところだな」
近衛兵士「ですなっ」
傭兵隊長「報酬の方は忘れて貰っちゃ困るぜ」
肥満領主「無論だ。金貨ははずもう。
また、活躍次第ではたっぷりとした恩賞も
期待してくれてかまわないぞ」
傭兵隊長「まぁ、そいつはいいとして、
もう一つの約束の方が大事さね」
肥満領主「無論覚えておる。冬の国に入った暁には、
最初の村とふたつめの村で二日間の略奪を許そう」
傭兵隊長「へっ。そいつが聞けりゃ十分だ。
石弓兵も用意してある。用があれば声をかけてくれ」
パサッ
家令「領主様。夕飯のお支度が調いましたようで。
よろしければ、いまからでも召し上がって頂けると」
肥満領主「よしっ」
家令「それから、なんでも付近の地主から樽酒の献上品が
あったそうです。なかなか上質の氷酒でして、それが
20樽もだそうです」
傭兵隊長「ははは。農民ども。よほど自分たちの農地が
荒らされるのが恐ろしいらしい」
肥満領主「まったくだな! 地に這いつくばるものの
せめてもの知恵か。ふふふっ。頂こうではないか。
そう言えば、隊長は夕飯はまだなのであろう?」
傭兵隊長「おう」
肥満領主「2,3日は戦闘も始まらぬようだ。
晩餐というわけにはいかんだろうが、一緒にどうだ。
ふむ、そうだ。傭兵の隊の方にも酒1樽を差し入れに
いってはいかがか?」
傭兵隊長「そいつはありがてぇな。寒さが紛れるってもんだ」
肥満領主「ははははっ。宮殿料理というわけにはいくまいが
今宵は、我らが勝利の前祝いと行こうではないかっ。
ふはははははっ!」
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
ガヤガヤッ
3ポイント上昇。買い指示だっ。強気で行け
銅の国、銅を積んだ船を発見
押さえろ。倍値でかまわんっ!!
青年商人「……物珍しいですか」
火竜公女「はい」 きょろきょろ
青年商人「まぁ。情報は交換の約束ですからね」
火竜公女「取引は公平でなければゆけませぬ」
青年商人「いいんですか? こんな場所で。
わたしは忙しいですが、腕の立つ護衛くらいは
手配出来ますよ? 市中の案内くらいされては。
魔界の情報を色々貰いましたからね、遠慮せずとも」
火竜公女「いぇ、いいのです」
青年商人「はぁ」
火竜公女「ここは商人様の仕事場なのでしょう?
壁に掛けられたあの大きな地図は、この世界ので
ございますね?」
青年商人「そうです」
火竜公女「では、街を見回るよりここに一日いましょう。
お邪魔はしませぬ。声も立てませぬ。
街と人々の暮らしに興味は尽きませぬが、
おそらくここは世界の中心の1つ。
――そうでございましょう?」
青年商人「……」
火竜公女「わたしは異境からの旅人ですが愚か者ではございませぬ」
青年商人「そうですね。これも取引です」
火竜公女「ええ、公平です」
青年商人「だがもう決して明け方に潜り込むようなことは
しないでくださいよ」
火竜公女「あれは何かの間違いでござりまするっ!
わたしには我が君とお慕いする殿御がいるというのにっ。
傷物にでもなったらどうするのです。いかが心得ますっ」
青年商人「被害者ぶっても通用しません」
火竜公女「この話は終わりと云ったはずですっ!!」
青年商人「かしましいですね、本当に」
カチャッ
職員「委員。昨晩の動きです」 バサッ
青年商人「了解、目を通します。――梢の国の買い付けは?」
職員「進んでいます! 小麦の相場は+165、一昨日付」
青年商人「……鈍化してきたな」
ガチャッ
辣腕会計「征伐軍、集合を継続中。遅れが出ているようです」
青年商人「遅れ?」
辣腕会計「士気が低く、どうも軍規に乱れがあるようで」
青年商人「驕っているのか……。冬寂王の策略か」
辣腕会計「策略だと見ますね」
青年商人「なぜ?」
辣腕会計「迂回されてはいますが、
冬の国の商人に氷酒が随分売れたようです」
ダッダッダッダ、ガチャン!!
職員「委員ッ!! 緊急ですっ!!」
青年商人「報告を」
職員「教会がバックにつき、
聖王国が金貨の再鋳造を計画しているようですっ!。
未確定ですが、現行の金貨28枚を新金貨10枚へと交換っ。
現行金貨は法によって所持も使用も禁止するとの
見方が強まっていますっ。
会わせてこの新金貨、交換比率を超えた数
鋳造されるとの情報もあります。確認急がせますが……」
青年商人「……ふふっ」
職員「い、委員……?」
青年商人「なかなか気の利いた手ではあるのでしょうが。
……勝負をかけてきたのは認めます。
新金貨は、現行金貨の2.8倍の価値を持つはずですが
その価値、守れるでしょうかね。
教皇ですか。それとも王かな。
本当に、本当の自分の国を知っているんですか?
知ることが出来るほど愛してるんですか?
大地から麦を得ると言うこと、岩を切り出し、
木炭を焼き、鉄を鍛え、パンを焼き、家畜を育てる。
それらのことを、どこまで理解しているんでしょうね。
我らは卑しい商人ですが
卑しいからこそ、そのことを忘れた日はない。
忘れれば、その炎はすぐさま我ら自身を焼き尽くすんですから。
いまこそ云えますよ。
“損得勘定こそ我らが共通の言葉”
――その意味するところは
“誰もが、少しでも幸福になりたい”ということ。
他者の幸福を認めると云うことだと」
青年商人「その一手で、民衆が幸せになれるのならば
わが『同盟』の負け、と云うことですがね」
辣腕会計「どうされます?」
青年商人「おそらく戦場は膠着します」
辣腕会計「はっ」
青年商人「“小麦引き渡し証書”なんてね……。
早すぎたんですよ。こんな物に頼って溺れようだなんて。
手元にない物を売るだなんて、自分で考えついて何ですがね。
それは、信用を売買するのと同じ事」
辣腕会計「……」
青年商人「信用に応える力があるのか無いのか。
連中、勘違いしてやしませんかね。
王侯や貴族、領主に教会。そんなものに信用があるなどと。
信用の源泉は大地。求められたものを生み出す事、
それを相手に必ず渡すこと。取引を凍てつかせないこと。
結局は大地からの収入が信用なのに。
信用を奪うことは出来ても、増やすことが出来ない
その農民を痛めつけるだけとは、商人とは云えませんね」
辣腕会計「彼らは、商人ではないんです」
青年商人「ええ。我らは商人の義を通しに行きましょう」
辣腕会計「はいっ」
青年商人「公女。冬の国へと行きます」
火竜公女「お供しましょう」
――貴族子弟からの手紙、氷雪の女王宛
我が敬愛する氷雪の女王へ。
過日国元を出ましてからずいぶんな時が流れました。
大陸中央部はまだ秋の気配を残しておりますが
道を行き交う馬車の量は少なく、人々の表情は冴えません。
麦を初めとして物資の値段が高騰しているようです。
こちらに来てから多くの領主や貴族、王族の方に
ご挨拶しましたが、顔色は三色。
戦の喜びに輝いているか、
決断の苦渋にしかめられているか
この冬の民を思って憂いておられるか
そのどれかのようです。
とはいえ、流石中央。
社交界は洗練されていますし、
流行のドレスは襟ぐりが深く悩殺されてしまいますね。
こちらに来てからリュートなども手すさびに始めまして、
楽しく過ごさせて頂いています。
まったく、国のお金で遊んでいるようで気が咎めるのですが
女王におかれましては、いかがお過ごしですか?
最新のドレスを一着、長手袋を2揃い送らせて頂きます。
すみれ色は女王にお似合いになるかと思います。
追伸.出来ましたら路銀の追加をお願いします。
追伸の追伸.そういえば、湖の国の女王が関税60%は
きついって云ってました。秘密同盟とかすればよい
ですよ、と云っておきました。他にも6領主が今年の
飢饉を乗り切るのが辛いとのこと。氷の国に甘えれば?
などと適当な事を喋っておきました。そういえば湖の国
から木炭と毛皮を送ったそうです。着きました?

