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先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #04
――冬の国、王宮
王子「ああ、けったくそわるい」
執事「はぁ」
王子「むかつくぜ」
執事「諸王国会議でございますか」
王子「……」
執事「聖王都がまたなにか?」
王子「どんぱちやれってさ」
執事「……さようでございますか」
王子「あらかた知ってるんだろう?」
執事「それはまぁ。洒落で諜報部を設置しているわけでもなく」
王子「要するに……」
執事「武勲と」
王子「そうだ」
執事「昨年来、魔族の侵攻は緩やかなままですからな。
このままでは人間の世界を守るという錦の御旗の価値が
ゆらぐと、そんなことを考える人もいるのでしょう」
王子「魔族の邪悪さと恐怖、人間の勝利をアピールしないと
支援するための募金もままならない、と。
遠回しにそう通達して来やがった」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1252187837/
執事「聖鍵遠征軍の話はでましたか?」
王子「諸王国側からはな。
だが、中央の連中はその気はないさ。
どんなに言いつくろったって、
過去の聖鍵遠征軍は失敗だったんだ。
あれだけの軍隊と物資をつぎ込んで
得られたのは魔界側の都市の一個や二個。
そもそも聖鍵遠征軍のお題目であるところの
“魔王城を落として世界に平和をもたらす”事を
中央の連中だって望んじゃいない。
戦争が無くなったらまた内輪もめだ」
執事「……」
王子「しかし、それは俺たちもおなじなんだけどな。
戦争がなければ金が送られてこない。
小遣いをもらって殺し屋をやっている。
国ぐるみで傭兵の真似ごとだ。情けない話だ」
執事「若……」
王子「しかしなぁ。今回ばかりは」
執事「会議はどうなりました?」
王子「まだ結論は出ていない」
執事「判りますなぁ……
“魔族をやっつけろ、しかし聖鍵遠征軍を出す余力はない”
となりますとな」
王子「諸王国軍の戦力を使って、
手早く、しかも中央大陸に華々しい戦果のニュースを
もたらせるような戦争だろう?
そんな都合の良い戦争、そこらにほいほい
転がってるもんかよ」
執事「氷の国、白夜の国、鉄の国の皆様はいかがで?」
王子「まぁ、難しい顔はしてたよ。
ああ。白夜の国だけはやる気満々だったな」
執事「あそこは、聖王国の貴族の娘だかを新しい
后に迎えてましたからな。大陸中央とのパイプを
強化して強国の仲間入りを果たしたいと願って
いるのでありましょうなぁ」
王子「そういうことなのか」
執事「さようでございます」
王子「会議はまだまだ続くだろうが」
執事「……」
王子「おそらく、戦場は極光島だろうな」
執事「で、ございましょうな」
王子「極光島は南氷海にうかぶ、人間世界唯一の魔族の版図だ。
ゲートを超えて魔界へ入らず魔族と一戦を交えるとしたら、
あそこしかないだろう」
執事「ええ」
王子「あの島を魔族にとられたのは確かに痛手だったからな」
執事「まぁ、当時はここまで被害が大きくなるとは
思えませんでした。お父様を責めなさるな。
軍事拠点としての価値はさほどではありませんでしたしな」
王子「ああ。そうだなぁ」
執事「……」
王子「だが、あそこを押さえられたせいで海上運輸と
南氷海の漁業は、大きな打撃を受けたよ」
執事「さようで」
王子「ああ! あのとき親父達に、魔界へ侵攻して
都市の一個二個とるよりも、あの小さな島を守る
勇気と智慧がありゃぁなぁ」
執事「詮方なきことかと」
執事「軍の編成はどうなりますかね」
王子「なにぶん、島だからな。戦船が中心にならざるをえん」
執事「ふむふむ」
王子「戦船200艘、兵員7000といったところかな」
執事「いかがでしょうね」
王子「俺なら、やりたくはないな。
人間の軍の優位点は連係攻撃と機動力、情報伝達、
そして何より、数だ。
海戦では肝心の数の優位性が失われる。
7000人の兵士を殺す必要はない。
船を200隻しずめればいいんだ。
正気の沙汰の話じゃない」
執事「若ならば?」
王子「戦をしないよ。
やるならば、勝ったあとにちょこっと海戦をやって、
軍事的に圧倒したふりだけをするさ。
そもそも勝利をするための方策がない状態で
戦をやるのは馬鹿だけだ。
その上今回の戦、意義も見いだせない。
大陸中央で安全を貪っている聖王国に指示を出されたから
しっぽを振って兵を送り込むだって?
そんなことで勝てるなら苦労はないさ」
――冬越しの村、村はずれの館、中庭
貴族子弟「どうやら決まりらしいな」
軍人子弟「この冬でござるか?」
貴族子弟「ああ、氷の国の王宮に叔父がいるんだが
その叔父が知らせてくれた。どうやら大規模な
海戦を行なうようだ」
軍人子弟「そうでござるか!
最近は大戦もなかったでござるからね。
海戦でござるか! となると、
この近くでやるのではござらんか?」
貴族子弟「ああ、もちろんだとも。
叔父もはっきりとは言わなかったが、このあたりにも
動員令がかかるはずだと教えてくれた」
軍人子弟「憎き邪悪な魔族へと聖教会の鉄槌を
下す時が来たでござるね!」
貴族子弟「君も行くのか?
僕は叔父の船に乗せてもらうつもりだ」
軍人子弟「もちろんでござる。
戦こそ武人の誉れでござるよ!」
女騎士「整列っ」
貴族子弟「は、はいっ!」
軍人子弟「!!」
ザザザッ
女騎士「浮ついた雰囲気だな」
貴族子弟「師範! お話はお聞きですかっ!?」
軍人子弟「拙者、血がたぎるでござるっ」
女騎士「まぁな。聞いてはいる。極光島だそうだ」
貴族子弟「極光島!」
軍人子弟「人間世界にしみ出した
蛆のごとき魔族の根城でござるな。
この大地に魔族は必要ないでござる」
女騎士「おい、ゴザル」
軍人子弟「はっ!」 ビシッ
女騎士「嘲りも侮蔑も戦場では不要だ。
そんな心の動きは、生き残るための敵の一つと
知った方がよい」
女騎士「諸君らに今一度訊ねる」
貴族子弟「……」
女騎士「それは諸君らの父君が、なぜこんな田舎の
学院に諸君らを預けたかと言うことだ」
貴族子弟「それは、もちろん高名な学士様、
女騎士様がいらっしゃるからです」
軍人子弟「戦場で勇名をはせるためでござる」
女騎士「ちがう」
子弟2人「?」
女騎士「諸君らの父君がこの学院に諸君らを預けたのは
――大陸中央の進学校でも、修道会でもなく
まさにこの学院に諸君らを預けたのは、諸君らを
一介の雑兵や役人にするためではないぞ」
女騎士「諸君らは、ここで――あの腹立たしい胸をした
――学士に経済なる面妖怪奇な理論を学んでいるので
あろう? 修道士からは実戦的な医術と農業の基礎を、
そして私は剣や槍、馬術に限らず、こと戦の事に関して
一通り以上を教授したつもりだ」
女騎士「それらは全て、一介の兵卒の身には過ぎたるもの。
それは王の隣に立って戦を治めるための知恵と技だ。
――忘れるな。諸君らが身につけた、
あるいは身につけようとしている技の価値を」
女騎士「中央の学院や修道会では、より洗練された、
教会の教えに沿った知識を身につけられるだろう。
社交術も華やかなパーティーで身につけられるに
違いない。あるいはそれも有用な技であろうな。
しかし、諸君らの父君はここを選んだ。
なぜなら、この学院に諸君らを預ければ、
少なくとも戦場で血気にはやり愚かしい蛮勇を
振るうことは無かろうと思ったからでもあるし、
……“敵に勝つ”というよりももっと意義のある
戦を学べると思ったからでもあろう。
あるいは、諸君らの父君が、自分たちには身に
つけられなかったと後悔する技が、それなのだ」
貴族子弟「はい」 びしっ
軍人子弟「はっ」 びしっ
女騎士「ではどうだ? その知恵と誇りは、
この戦争の知らせに子供のように騒げと言っているのか?」
子弟2人「……」
女騎士「目を見開け、耳を澄ませ、この世界の全てを
勝つための知恵としろ。本当にこれでよいのかと疑え。
なぜならば諸君らの肩には、もはや諸君らの命以上の
多数の命と財産がのしかかっているからだ。
魔族が悪? そのようなものは、戦にはない。
勝者と敗者あるのみだ」
子弟2人「……」
女騎士「諸君らが戦に行くのならば、私は止めない。
止める資格もないだろう。
だが、諸君らが死ぬのを許すつもりはない。
諸君らは死ぬにはあまりにも未熟だ。
もし死ぬにしても、その瞬間まで諸君らは
何を間違えたのかも判らず、
きょとんとした表情で死ぬだろう。
そのようなことを許すつもりはない。
……さぁ、教練を始めるぞ。今日は普段の
3倍は厳しいぞ。覚悟するんだなっ!」
――冬越しの村、村はずれの館
女騎士「なんてねー」
メイド姉「はい?」
女騎士「言っちゃってるんだけどねー」ごろごろ
メイド姉「はぁ……」
女騎士「偉そうに云っても、なんですか。
わたしも代役教師だから、なんもいう権利ないよねー」
メイド姉「そうですか? 勇者様より遙かに立派に
努めていらっしゃると思いますよ?」
女騎士「あいつはいい加減すぎるのよ」
メイド姉「ですねぇ」くすっ
女騎士「梨のつぶてもいいところでしょう。
死んだと思ったら一年ぶりに現れてさ。
引っ越してきたら修行の旅に出て一年も帰ってこないとか」
メイド姉「……」
女騎士「信頼されてるって思わなきゃやってられない」
メイド姉「でも、そう思ってらっしゃるんでしょう?」
女騎士「それは、まぁねー」
メイド姉「そこが素敵です」
女騎士「……」
コトン
メイド姉「はい。甘いですよ?」
女騎士「これは何?」
メイド姉「加鼓亜のお茶ですよ? 元気が出ます」
女騎士「熱っ。でも、甘いわね」
メイド姉「これも当主様の実験植物です」
女騎士「そうなのか?」
メイド姉「ええ。水晶農園が出来てから、
いろいろ実験がはかどるのだとおっしゃってます。
これは植樹で持ってきたものですけれどね」
女騎士「あのキラキラした建物でしょ。面白いよね。
あんな建物で、建物全て暖房するとはねー」
メイド姉「暖かい地方の植物も作れるそうで」
女騎士「でも、あれを立てるために修道会の
財布は空っぽよ……。
ああ、とんでもないことになってるなぁ」
メイド姉「そうですか?」
女騎士「とんでもないよ。大ピンチだよ」
メイド姉「でも、嬉しそうなお顔ですよ?」
女騎士「……そんなことはない」むっ
メイド姉「なら良いですけど」にこっ
女騎士「最近、メイド長に似てきたぞ?」
メイド姉「そうですか?」
女騎士「うん、似てきた」
メイド姉「そんなことないですよ。まだまだです」
女騎士「そうかな、仕草とかそっくりだよ」
メイド姉「何がなにやら、判らないですよ。
文字も読めるようになったし、数学も覚えました。
出来ることは沢山増えました。でも、わたし」
女騎士「?」
メイド姉「人間になれたんでしょうか……」
――魔界、開門都市、くすんだ酒場
勇者「へぷしっ!」
酒場の主人「なんだい、兄ちゃん。
汚ねー汁まきちらさないでくれよ」
勇者「はん。こきやぁがれ。
掃除もしてねぇような小汚い酒場じゃねぇか」
酒場の主人「ははは! 違いねぇ」
聖鍵遠征軍兵士「ぎゃはははは!!」
聖鍵遠征軍兵士「酒を持ってこい、この魔族!」
聖鍵遠征軍兵士「早くしろ、殺すぞ、この女っ!」
聖鍵遠征軍兵士「こんな肉が食えるかっ」
勇者「……」
酒場の主人「ああ、まったく大暴れだな、商売あがったりだ」
勇者「そうか? ……マスターだって人間だろう?」
酒場の主人「まぁ、そりゃそうだがよ」
勇者「ふむ」
酒場の主人「酒が飲みたきゃ、
酒を買って外で飲めば良いんだ。
酒場ってのは食い物や雰囲気も含めて売り物だからよ。
あんな騒ぎは、ありがたかぁねぇな」
聖鍵遠征軍兵士「早くしろっての!」
魔族娘「きゃっ!!」
聖鍵遠征軍兵士「裸踊りでも見せてくれるのか?」
勇者「……」
酒場の主人「ち、しかたねぇなぁ」
酒場の主人「お客さん。そういう事がしたいなら
一本裏手の宿屋に行ってくれないですかね?」
聖鍵遠征軍兵士「何だと、親父」
聖鍵遠征軍兵士「誰のお陰でここの防衛や暮らしが
成り立っていると思っているんだ!?」
勇者「おい」
魔族娘「は、はいっ。す、すみません。
ぶ、ぶたないでくださいっ」
勇者「そんなことはしないよ」
酒場の主人「いえ、めっそうもない。心得ております。
いつもいつも、緑のお天道様とおなじくらい
感謝しておりますよ」
勇者「いつもあんな感じか?」
魔族娘「は、はい……」
勇者「この街は、まだ相当な数の魔族が残っているのか?」
魔族娘「……そ、そのぅ」
勇者(そりゃ、警戒もされるか……)
勇者「これを見ろ」 すっ
魔族娘「それは、魔王様の紋章。黒の手甲っ」
勇者「どうなんだ? この街の状況は」
魔族娘「それは、はい……魔、魔王様」
勇者「黒騎士と呼んでくれ」
酒場の主人「あー、やれやれ。商売あがったりだ」
勇者「なんとかなったのか?」
酒場の主人「ああ。済まないね、大騒ぎで。おや」
魔族娘 びくっ
酒場の主人「あんたがこの娘をかばってくれたのかい」
勇者「ちょっと話をしていただけさ」
酒場の主人「ふふん」
魔族娘 びくびくっ
勇者「……」
酒場の主人「まぁ、いいさ。
その娘もこんなに怯えちゃ仕事にならないだろう。
おい! 奥で皿洗いでもしているんだな」
勇者「マスターは器量があるな」
酒場の主人「魔族だろうが何だろうが、
同じメシを食ってりゃ使うべき使用人だ。
勝手に壊されちゃたまらんね。
虐めていいことなんか、一つもないよ」
勇者「……」
魔族娘「それじゃ、あの……」
勇者「おい、マスター。この娘、借りても良いか?」
酒場の主人「ほう?」
勇者「酒手ははずむよ。これでどうだ」 とさっ
酒場の主人「ふむ……」
魔族娘 びくっ
酒場の主人「この娘も気に入ってるみたいだね。
あーかまわないよ。どうせ仕事にもならないし、
外に出せばさっきの連中に嫌がらせをされるだろうさ。
無理はさせちゃ困るがね」
勇者「ああ、ちょっと話を聞きたいだけさ」
酒場の主人「ははぁん、話ね。まぁ、いいさ。
この娘の部屋は、裏手の安宿から月極でかりてるんだ。
“お話”ならそっちへいってくんな」
勇者「ああ、好都合だ」
酒場の主人「お客さんの今晩の宿はどうする?」
勇者「部屋か? そのままとって置いてくれ」
酒場の主人「ああ。判った。夕食の時間になったら
適当に切り上げてくれよ。
持っていくなんてごめんだぜ」
勇者「は? ああ。腹が減ったらちゃんと来るよ」
酒場の主人「あはははは。
まぁ、若いうちはメシよりあっちだわなっ! あははは」
――魔界、開門都市、下級娼館
ぱたん
勇者「さて、と」
魔族娘 びくぅっ
勇者「あー。なんだ、そうびくびくしないで」
魔族娘「す、すいませんぅ~。ひ、ひどいことはっ」
勇者「しない、しない」
魔族娘「……え、うぅ」
勇者「部屋の対角線に移動されるとさすがにへこむな」
魔族娘「す、すいませんっ。その」 おどおどっ
勇者「あ、いやいいよ。酒飲む?」
魔族娘「いえ……その、飲めなく……いえ、
その、飲み……ま……す……」
勇者「死にそうな顔で云わないでよ。飲まなくていいよ」
魔族娘「は、はい……」
勇者「んじゃ、お茶でももらってくれば良かったな」
魔族娘「あ、あります……」
勇者「えーっと、あらかじめ云っておきますが」
魔族娘「はい」
勇者「痛いことはしませんから安心して」
魔族娘「えっ、そのっ。……う、うぅぅ」
勇者「なぜ泣く」
魔族娘「わ、わた、わた」
勇者「落ち着け」
魔族娘「わたし、その……へ、っ下手で……」
勇者「意味判らん」
魔族娘「じょ、上手……で、できなくて
ご、ご、ご。ごめんなさい、ごめんなさい」
勇者「??」
魔族娘「痛がって……ばかり……で……よくな、
良くなくて……ご、ごめんなさ……」
勇者「んー? ……あ! ああっ!!」
――魔界、開門都市、下級娼館
勇者「わたくし大変失礼いたしまして
落ち着いていただけましたでしょうか?」
魔族娘「は、はいぃ……」
勇者「いやほんと。俺のピンチメーターは
火竜王のときの約30倍を記録した」
魔族娘「ごっ、ごめんなさいっ」
勇者「話進まないからごめんなさいは止めよう」
魔族娘「ご、ごめんなさいっ」
勇者「……」
魔族娘「……はぅ」
勇者「で、まぁ、簡単にまとめると……。
この都市を仕切っているのは、聖鍵遠征軍、駐留部隊だと。
やつらは市街地中央の宿舎から、この街すべてを
管理……というか、まぁ、乱暴狼藉していると」
魔族娘「はい……」
勇者「どのくらいの数なんだ?」
魔族娘「……沢山。……ご、ごめんなさいっ」
勇者「街の外の部隊は?」
魔族娘「……外、ですか?」
勇者「周辺の警戒とか、防備とか」
魔族娘「沢山です。……四つ、軍団があります」
勇者「ふむ」
魔族娘「交代で街に帰ってきます。街に帰ってくると
暴れて、怖くて……ひどいこと、沢山します」
勇者(ふむ……つまり、街の外部。
おそらく来る途中に見た四方の砦だな。
そこに魔族の奪還軍を防ぐ軍勢を駐留させて
中央のこの開門都市には治安維持軍を置いてるんだな。
まぁ、当然の配置か。
この都市だけにそこまでの人数は駐留させられないしな。
メインの戦力は当然外側か。
街に残った魔族はほぼ奴隷状態らしいから、
警察力程度の戦力で足りるんだろうな。
――その治安維持軍の軍規は堕落しきってるみたいだけど。
砦の戦力が一つ当たり2000、
都市内部の治安維持部隊で1000ってところ。
そのほかに、交代要員や休暇中の兵士1000が都市内部に
いるって云う程度かな)
勇者「うーん」
魔族娘 おどおど
勇者「街の中にいる部隊と、そのー。外から帰ってくる
兵隊は、なにがちがうんだ? 何か違いがあるのか?」
魔族娘「そのー、えっと、それは、違くて……」
勇者「ゆっくりでいいぞ」
魔族娘「ミブン? 街に残っている軍団は、
ミブンが高いそうです。
……王様の親戚や、子供達なんだと、思います」
勇者(貴族が中心なのか……。
街の中の安全なところで魔族相手にやりたい放題かよ)
魔族娘「宿舎にお金や……お酒……をあつめて
毎晩、騒ぎを……魔族も、沢山捕らえられているそうです」
勇者(相当に悪い状況だな……。
その気になれば、ゆるみきった貴族のバカ息子なんか
1000だろうが2000だろうが消し炭に出来るけれど
そうなったら周辺砦の1万近い軍勢が暴走するだろう。
仮に人間の軍すべてを倒したとすれば、
今度は魔族による民間人間に対する虐殺だ。
人間全てを守るなんて到底出来ないぞ……)
勇者「この街には、えーっと、さっきの酒場の
親父みたいに、軍ではない人間も沢山いるんだろう?」
魔族娘 こくり
勇者「だよなー。相当多いのか?」
魔族娘「……多いです。酒場も、肉屋も、服も、
野菜も、全部、人間のお店……魔族は、人間の
半分くらいしかいないはずです」
勇者「魔族は奴隷なんだろう?」
魔族娘「ドレイ……わかりません……。
でも、ひどい痛いことされて、仕事や、
やりたくないこと……
させられ……て……ます……」
勇者「そか」
魔族娘「負けたから……」
勇者「……」
魔族娘「魔族が負けたから、負けたのは、悪だから」
勇者「魔族は、地獄だな」
魔族娘「……仕方ないです。負けたから」
勇者「これが……」
魔族娘「……」
勇者「これが勇者が勝ち取った戦果なのか……。
俺たちが地竜王や妖将姫と戦って手に入れた
魔族の拠点、開門都市はこうなる予定だったのかよっ。
っていうか、人間が勝ったら魔界は全部こうなるのかよ。
魔族が勝ったら、人間界は全部こうなってっ!」
魔族娘 ビクッ!
勇者「ちがっ。その、すいません」
魔族娘「は、はいっ」おどおど
勇者「……」
魔族娘「で、でも」
勇者「?」
魔族娘「東の砦の人は、あんまり乱暴……しないって。
その代わり、街にもあまりきませんけど……。
魔族なら、逃げたら東に向かえって……
いわれてます……」
勇者「んー」
魔族娘「く、黒騎士様?」
勇者「ん?」
魔族娘「お役に立てず、その……」
勇者「ああ、ないない。そんなことない。
役に立った。情報が手に入ってありがたい」
魔族娘「はっ、はい。その……」
勇者「それにしても……。それだけじゃ……。
いや、魔王なら金流れを追えって云うか……。
情報が足りないな……。調査?
街中でもうちょっと……」
魔族娘「そ、そのぅ……。粗末な物なのですが、
く、く、黒騎士様さえ……よ、よろしければ」 そぉっ
勇者「脚 を ひ ら く なっ !!」
魔族娘「ひぃっ。す、す、すいませんっ!」
勇者「うわぁ、何で俺こんな事になっちゃってるんだよぅ!?」
――湾岸都市の商会、会議室
青年商人「ふぅーむ」
中年商人「どうだ? 性能的には精度があがったと
銅の国の技術者も自慢していたがよ」
青年商人「いや、すばらしい。――生産の方はどうです?」
中年商人「何とか目処が立ったよ。三つの工房が
協力してくれたからな。月産10個にはなる」
青年商人「ふむふむ。悪くはありませんね」
中年商人「苦労したよ。連中新しい技術に興味津々なのに、
プライドだけは高くてね、まったく」
青年商人「もう一声」
中年商人「はぁ?」
青年商人「もう一声、作れませんかね。月産15」
中年商人「本気か?」
青年商人「ええ」
中年商人「そりゃまたどうして」
とさっ
青年商人「南部諸王国からの報告書です」
中年商人「これは……。戦か」
青年商人「そのようですね。極光島を奪い返すと」
中年商人「聖王都か?」
青年商人「聖王都と、今回は教会ですね」
中年商人「……」
青年商人「教会の方も何かと物いりなんですかね。
魔族との戦いがないと、教会の求心力が
低下してしまうとのことなんでしょうね……」
中年商人「金も集まらない、と」
青年商人「教皇選挙とのからみもあるでしょう」
中年商人「海戦かぁ。まぁ、商売の種にはなるがな」
青年商人「それはもちろん」
中年商人「それで羅針盤の増産か?」
青年商人「それもありますし、戦船の増産もはじめました。
錫の国の造船ドックは押さえてあります」
中年商人「どう転ぶかね」
青年商人「まぁ勝てば嬉しいですよ」
ばさりっ
中年商人「海図か」
青年商人「極光島が確保できれば、西回りの交易路が
開通できる。陸路に比べてかなり割安な輸送です」
中年商人「ああ、そうなるな」
青年商人「いま、南部諸王国の生産力はあがりつつある」
中年商人「お前の縄張りだな」
青年商人「ええ」こくり 「この流れを壊したくない」
中年商人「ふむ」
青年商人「それに、さる筋から南氷海の鰊(ニシン)を
注文されています。相当な量の」
中年商人「どれくらいだ? いまでも鰊はあるだろう?」
青年商人「少なくともその5倍」
中年商人「鰊で宮殿でも建てるつもりか!?」
青年商人「鰊を麦に変える魔法だそうで」
中年商人「ああ、さる筋ってのはあれか、お前の姫君か」
青年商人「僕の星ですからね」
中年商人「お前が恋をするとはね。
金貨と添い遂げるかと思ってたが」
青年商人「同床異夢なんて言葉もありますが
彼女とだったら異なるベッドでも同じ夢を見られる」
中年商人「惚気か、敵わんな」
青年商人「しかし一方負けると、これは相当……」
中年商人「まずいか?」
青年商人「負ければ新しい戦艦の受注が増えるとか
武器の追加発注が来るなんて云ううまみはありますがね」
中年商人「それもこれも、中央の。
云ってしまえば教会の意向次第だろう?
魔族がいる限り戦争をやめるわけにも
行かないが、南部諸王国では政権交代が相次ぐと。
そういうわけだな」
青年商人「どうなるかは判りませんがね」
中年商人「全ては、戦争次第か」
――白夜の国、軍艦ドック
兵士達「……すごい数だな」
兵士達「しぃっ……」
兵士達「はじまるぞ」
ザッザッザッ!
白夜王「諸君! 歴戦の勇士たる諸君!
人間世界の守護の盾たる諸君っ!
時は来た!!
愚かなる魔族がこの母なる大地、
光あふれる我が世界にその汚らしい手を伸ばしてから
およそ15年!!
我らが必死の防衛戦、我らが正義の戦は
一進一退を繰り返し、ついには我らが光の領土
極光島を失うに至った。
われらが魔族の重要拠点、開門都市を制圧した時
差し違えるようにして失ってしまった、
大いなる失点であった」
王子「そりゃなにか? 俺の親父に喧嘩うってんのか、
ああん!? このパーマ頭」
執事「若、若っ、聞こえてしまいます」
白夜王「しかし時は来た! 聞け、勇士諸君よ!
君たちの眼前にあるのは、世界から結集した
軍艦である。その数200! 勇猛なる諸君が
乗り込めば200の軍艦は、そのまま魔族の心臓に
突き立てられた200の剣となろう!
南氷海、極光島は魔族の精鋭、
南氷将軍を僭称する盗人によって占拠されている。
魔族の戦闘能力は確かに脅威である。
大型魔族は様々な能力を持つだろう。
しかし、数ではこちらが圧倒している。
諸君らがその勇気を我に預ければ勝利は絶対である」
王子「おいおい、まじか? このおっさん
船に乗せたら数なんて意味ねぇぞ」
白夜王「さあ、乗り込もう! 船出の時間だ。
太陽は我らが勝利のために輝いている。
魔族から極光島を取り返した暁には、
大いなる恩賞が約束されるだろうっ。
もっともはやく極光島にたどり着いた船には、
船全員で金貨2000枚が支払われる。
勇士諸君、その力を人間世界のために振るうのだっ!」
――魔界、開門都市、略奪された神殿
カランッ
勇者「ここは、一層ひどいな……」
魔族娘「はい……。ここは、神殿です」
勇者「悪いな、案内頼んじゃって」
魔族娘「いえ、あの。沢山お金もらったから……。
マスターは……その嬉しそうでした。あの……わたしも」
勇者「そうだ。魔族には神様、沢山いるんだろう?」
魔族娘「……ううう、そうです」
ザッザッ
勇者「そうか。人間には精霊様が1人だけだ。
沢山いるといいよなー」
魔族娘「そうですか?」
勇者「神様に怒られた時、他の神様が匿ってくれるだろう?」
魔族娘「そう……かもしれません」
勇者「ふむふむ……。瓦礫が、すごいな……」
魔族娘「黒騎士さま……は、なんで……」
勇者「?」
魔族娘「なんで、人間なのに……魔王様の騎士ですか?」
勇者「あー。本当は騎士でも何でもないって云うか、
説明が難しいんだけど……。
つまり、なんというか魔王の物なんだ。俺は」
魔族娘「魔王様の?」
勇者「そう」 こくん
魔族娘「持ち物ですか」
勇者「そうそう」
魔族娘「じゃぁ、魔王様に……負けた……のですね」
勇者「へ?」
魔族娘「ちがう、ですか? ……ご、ごめんなさい。
魔族は……魔族では、勝ったものが、負けたものを
……その、自由に……します……から。
ま、間違えました……か?」おどおど
勇者「あ、ああ。そういうことか」
魔族娘「負けた……ですか」
勇者「いや、それは違うな。
……いや、結果的にはそうなのか?
でも違うような……」
魔族娘「?」
勇者「ちょっと難しい関係なんだ」
魔族娘「そう、ですか……」
勇者「この像は?」
魔族娘「片目の神様、です……。竜族の……神様。
その他にも、沢山信じてます。……魔界では
強い神様……です」
勇者「へぇ、どんな神様なの?」
魔族娘「賢くて、強い……槍を持った……
魔王様みたいな……神様だそうです」 びくびく
勇者「どうしたの?」
魔族娘「私みたいな下級魔族は……入っちゃダメなんです」
勇者「あはははっ。こんな廃墟で何を今更」
魔族娘「こっちの二つは……」
勇者「砕かれちゃってぼろぼろだなぁ」
魔族娘「カラスの像です……。
多分、昔はそうだった、はず……
こっちは『記憶』、右が『思惟』……です」
勇者「そう言う名前なのかな?
物知りだなぁ」
魔族娘「神様の……お手伝いで……あちこちに、
おしらせを……する、係で……賢いです。
カラスは、良い子……です」
勇者「あははは。そっか。使いっぱに伝令させるか。
そりゃぁ、確かに魔王によく似てる」
魔族娘「?」
傷病魔族「死ね……死ね、人間は死ねっ」
勇者「……?」
魔族娘「あ……あの……あっちへ、いきましょう」
勇者「あの声は?」
魔族娘「あのぅ、こういった廃墟には、
戦で不具になった……その、魔族の人が……
棲み着くんです。ご、ごめんなさいっ……。
か、隠す訳じゃ……無いんですけど……」
勇者「うん」
魔族娘「あの、人間の黒騎士様は……その
い、いやな……気分かなと……。
あっちへ、いきま……せんか?」
傷病魔族「死ねっ! 我らが神都を奪った
放漫なる人間め! 悪魔の侵略者!
何千回でも呪われろ、我らが生活を! 我らが平和を!
襲い、奪い、侵した貴様らには腐った沼の蛆だけが
ふさわしい! 死ねっ! 死んで償えっ!
三千年にわたって呪われるがいいっ!!」
勇者「いや……」
魔族娘「でも」
勇者「いいんだ」
傷病魔族「あはははは! 死ね死ね死ねっ!!
貴様らに二度と安息など無い! 奪われた死者の魂が
安らぐことなど無いと知れ、永劫が消滅するまで
人間世界など常闇に包まれるがいいっ!!」
魔族娘「……」
勇者「……」
ざっざっざ……
魔族娘「あの、ご、ごめんなさい。あ、れは」
勇者「……」
魔族娘「あんなひと、ばかりじゃ。その……ないです」
勇者「やっぱりさ。違うよ。違ったわ。さっきのさ」
魔族娘「?」
勇者「俺は魔王の持ち物だけど、
負けたから持ち物にされたわけじゃない。
勝ったら全てを得る、勝ったら正義。何をしてもいい。
負けたから持ち物になる。負けたら何をされても仕方ない。
そういうのじゃない。
そういうのじゃない事実が俺なんだ。
俺は……『丘の向こうへ続く道』だ」
――冬越しの村、村はずれの館
メイド姉「今月分の賃借対照表です」
魔王「うむ」
メイド姉「現金流量が増大しながら不安定です」
魔王「しかたない。新規事業を連続開拓している状態だからな」
メイド姉「損益計算書上は問題ありませんが」
魔王「この世界は金融能力が低いからな。
ヘッジにも限界があるという訳か」
メイド姉「ヘッジ? ……とはなんでしょう」
魔王「危機に対する保険、だな。経理上の」
メイド姉「はい……。うーん、困りますね」
魔王「『同盟』内部には銀行に似た信用貸し付けの
機構があると聞いたな。銀行という概念もどうにか
広める必要があるのだろうが……」
メイド姉「手が足りませんか?」
魔王「そうだな」
ぱさり
メイド姉「これは?」
魔王「おお、それか。火箭だ」
メイド姉「火箭……?」
魔王「ああ、単純な機構の火矢の一種だ。
燃えながら飛んでいって、当たると炎が広がる。
これはナフサを用いたもので、広範囲に対する
攻撃に効果が見込めるな」
メイド姉「……なふさ?」
魔王「難しかったか? まぁ、武器だ」
メイド姉「……」
魔王「どうした?」
メイド姉「やっぱり、武器も作るんですよね」
魔王「……ああ。備えないのは愚か者だ」
メイド姉「当主様」
魔王「なんだ?」
メイド姉「その……」
魔王「?」
メイド姉「戦争って、何なのでしょう?
なぜおきるのですか? なぜ終わらないのですか?」
魔王「それは随分、難しい問いだな」
メイド姉「すみません」
魔王「なぜだろうなぁ」
メイド姉「……当主様にも判らないのですか!?」
魔王「判らないよ。私をなんだと思っていたんだ?」
メイド姉「この世で判らないことがない方かと」
魔王「私には判らないことばかりだよ」
メイド姉「……」
魔王「戦争は争いの大規模な形の一つだ」
メイド姉「……」
魔王「争いというのは、摩擦だな。
異なる二つが接触した時に生じる軋轢と反発
作用と反作用のある部分が争いなんだ」
メイド姉「難しいです」
魔王「村に2人の子供がいて、出会う。
あの子は僕ではない。僕はあの子ではない。
2人は別の存在だ。別の存在が出会う。
そこで起こることの一部分が、争いなんだ」
メイド姉「でもっ! 出会ったからって、
争いになる訳じゃありません。
出会って素敵なことだってあるじゃないですか。
助け合ったり、挨拶をしたり、友達になったり遊んだり」
魔王「そうだな。だから、争いは、
そう言う素敵なことの一部分なんだ。
本質的には同じ物なんだよ」
メイド姉「そんなこと信じたくありませんっ」
魔王「わたしもだ」
メイド姉「……っ」
魔王「でも、私が学んできたことによれば、そうなんだ。
戦争は沢山の人が死ぬ。
憎しみと悲しみと、愚かさと狂気が支配するのが戦争だ。
経済的に見れば巨大消費で、歴史的に見れば損失だ。
でも、そんな悲惨も、出会いの一部なんだ。
知り合うための過程の一形態なんだよ」
メイド姉「これが、出会いなんですか?」
魔王「そうだ」
メイド姉「辛くて悲しくてひもじくて寒いだけじゃないですか」
魔王「でも、そうなんだ」
メイド姉「……」
魔王「出会いは必然にも似た運命、
もしくは運命に近似した必然だ。
しかし、その結果は違う。
だからせめて……あがきたい」
魔王「戦争は争いの一形態だが、争いの全てが
戦争ではない。もっと他の方法で腕比べをしてもいいし
村の子供達が競って可愛い娘に花を届けるのも争いだ」
魔王「また、争いは関係の一形態だが、関係の全てが
争いなわけではない。友好的な関係や支援関係だって
この世にあるのは事実だ」
メイド姉「じゃぁ、なんで戦争なんか」
魔王「それはわからないが、存在するんだよ」
メイド姉「……なぜ。なぜ?」
魔王「私は、必要だからだと思う」
メイド姉「そんなものが必要だなんておかしいです」
魔王「『いずれ卒業するために必要』だと。
逆説的だが、そう言う事象もあるのかも知れない。
最初から大人として生を受けることが出来ないように」
メイド姉「……」
魔王「いずれにせよ、私には判らないことだらけだ」
――極光島沖合、南部諸王国艦隊
兵士「快晴! 風向き良しっ!」
兵士「腕が鳴るな」
士官「この分なら朝焼けのうちに上陸だ。
見ていろよ魔族め、人間の武力、思い知らせてやる」
兵士「斧の手入れは怠りないか」
兵士「ぬかりない」
士官「反射光が目に入る。炭と油を混ぜて、
金属には塗っておけ」
兵士「わかりましたっ!」
ごぼごぼごぼ
兵士「ん? 北東に大規模な気泡ッ」
艦長「なんだ? このような場所で……」
ごぼごぼごぼ
ごばっ! ざばっ! ざばばばぁんっ!!
兵士「てっ! 敵襲ぅぅぅっ!! 巨大烏賊ですっ!」
兵士「射てぇ! 射てぇ!!!」
士官「な、なん……だと……!?」
兵士「うわぁぁ!! 空だ、空にもいるっ!」
兵士「ハーピーだぁっ! 耳をふさげぇ!」
艦長「石弓隊っ! 頭上を狙えっ!
斧隊は触手を切り落とせっ!!」
兵士「うわぁぁ! うわぁっ!」
兵士「離れろっ! こいつ離れやがれっ!」
士官「勇戦せよっ! 一歩も退くなっ!」
ミシィ、ミシィッ!!
兵士「み、水の中から魚人が狙って」
兵士「ぎゃぁぁ!?」
兵士「死ねっ! 貴様ら魔族は、魔界へと帰れっ!」
兵士「友軍艦が魚人の切り込み攻撃を受けています!!」
士官「支援だ! 回頭っ! 回頭しろ、操舵手っ!」
操舵手「舵輪が効きませんっ!」
兵士「触手が、艦長っ!!」
ミシィ、ミシィッ!!
艦長「この音は、船体全てからっ!?」
兵士「18番、沈没っ!!」
兵士「灼けるっ! くそぉ、こいつら。酸をっ」
士官「水をっ! 水を掛けてくれっ!」
兵士「斧じゃダメだっ! 火矢を射込めっ!」
艦長「ダメだっ! やめろっ!!
友軍艦を燃やすつもりかっ!?」
兵士「先行艦隊、壊滅っ!」
艦長「転進だっ! 船足を止めるなぁ!!」
――南部諸王国軍、軍議
白夜王「……」
氷雪女王「戦船200隻のうち、かえってこれたのは15隻
生き残ったのは500人足らず……と」
冬の王子「大敗、ですね」
白夜王「……っ」
鉄槌王「ふんっ。ワシは反対したではないか。
水棲魔族への攻略無くして数で押し切ろうなどと
自殺行為ではないかと」
白夜王「うっ、うるさいっ!!」
鉄槌王「うるさいとはなんだ!!
貴様は大口を叩いていたではないか!!
勇気があれば敗れることはないなどと。
この様は何だ。指揮官のみおめおめと逃げ戻り」
白夜王「我は王族なのだっ、生き残る義務があるっ」
鉄槌王「それもこれも、貴様が旗艦を転舵させている
あいだ身を挺してかばってくれた冬の国の戦船の
おかげではないかっ!!」
白夜王「頼んだわけではないわっ!」
冬の王子「……ッ」
鉄槌王「心中、お察しいたす」
氷雪女王「冬の王は勇敢な方でした」
冬の王子「いえ、父らしい最期でした」
白夜王「はんっ! らしいもらしくないも無かろう。
そもそもあの島が奪われたのも、冬の王がしっかりと
防備を固めていなかったためではないか。
命をかけてかばったくらいでその失点が
消えるわけでもないわっ」
鉄槌王「貴様ッ。南部の武人の矜恃を何処へやった!?」
氷雪女王「そうです。あの当時、聖鍵遠征でわれら
南部諸王国の兵力は殆ど出はからっていました。
総力を挙げた侵攻作戦だったのです。
それこそ、人間世界の防備がおろそかになるほどの」
白夜王「それを云うならば、今回の作戦だって
聖王国と光の教会からの提案によるもの。
その提案を断れる南部諸王国かどうか、
お前達も自分の胸に手を当てて考えてみるがいい。
そうだっ!
貴様もっ!
貴様もっ!
そこの小僧、お前もだっ!!」
白夜王「冬の王に罪がないというのなら、
我の罪もないわっ。
我は艦隊を率い、総意によって総大将を勤めたまで。
その依頼は聖王国と光の教会からだったのだ。
200の船が壊滅したからどうだというのだ。
これでまた新しい船が手に入るではないかっ!」
鉄槌王「云わせておけば……」
バンッ!!
冬の王子「黙れっ」
白夜王 びくっ
氷雪女王「……王子」
冬の王子「父は父の信じるところ為し、
その過程で命を落としたのだ。そのことで、白夜王。
貴公を責める気持ちは私にも、冬の民の1人に
至るまで持ってはいないっ」
白夜王「ほらみろ、そうではないかっ」
冬の王子「しかし、だからといって
この海戦敗北の責任を免れえるはずもない。
無策によって6000の将兵の命を散らしたのだ。
その意味、この会議に集った王族であれば
判らないはずは無いと考える」
白夜王「誰に向かって口をきいている、
くちばしの黄色いひよっこがっ」
鉄槌王「この会議に出た時点で、各国の代表だ。
わきまえよ、白夜王っ」
白夜王「はっ! よかろう。貴様らがそう言うならば、
どのような責任でもとろうさ。はん? なんだ?
我の首でも欲しいのか? 我の首があれば、
中央や教会が納得するとでも?」
鉄槌王「……」
氷雪女王「常識的に考えて、賦役か資金援助でしょうね」
白夜王「良かろう、払おうではないか。
だがな、冬の。聞いておるぞ?」
冬の王子「何をです」
白夜王「冬の国が最近なにやら、湖畔修道会と1人の
天才学者をおしたてて、巨大な利益を独占していると。
何でも新しい作物や風車を通して、
かの『同盟』までをも巻き込み、
多額の戦費をたくわえているそうではないか」
冬の王子「農業に工夫を加えたのは事実だ」
白夜王「そのうえで、なお白夜の国からの資金援助を
欲するというのか? 冬の国は金の亡者というわけだ。
南海の槍武王の末裔が聞いてあきれるわっ!」
鉄槌王「……貴様ぬけぬけと」
冬の王子「……潮時、か」
氷雪女王「?」
冬の王子「いえ、会議を続けましょう」
鉄槌王「そうだな。こうなっては善後策をうたねばならん」
氷雪女王「とはいえ、中央からの要請を放置するわけにも
行かないでしょう。このままでは財政にどのような
圧力を掛けられるか」
冬の王子「使者はなんと?」
氷雪女王「追加の援助が必要であれば、戦船で払う、と」
鉄槌王「ふんっ。どうやっても戦争をさせなければ
気がすまんようだな。自分たちは安全なところに
隠れておれば、どんな命令でも出せるというわけだ」
氷雪女王「どれだけの犠牲が出ればよいのか」
冬の王子「聞いてください。会議の方々。
中央や光の教会の意図は、戦意の高揚です。
勝てば良し、もし負けたとしてもその被害をテコに、
魔族の脅威を全世界に訴えて、次の聖鍵遠征軍を
起こすつもりだとしか思えません」
冬の王子「どちらにせよ、我らの手には選択権がない」
白夜王「それみろ。結局は犬にすぎん」
鉄槌王「……」 氷雪女王「……」
冬の王子「犬で結構。犬なりの意地の見せ方を
白夜王にはお目に掛けるとしよう」
鉄槌王「まさかっ」
氷雪女王「いけませんっ」
冬寂王「いまを持って、冬寂王の名を継がせていただこう。
この冬のあいだに、第二次極光島奪還作戦を決行する」
鉄槌王「本気なのかっ!?」
冬寂王「私は若輩ゆえ、何の発言権もなかったが
その罪の重さは魂で感じている。
ここでもう一度懺悔させていただきたい。。
勇者を行かせたのは、
勇者を葬り去ったのは我ら四人の罪だ。
南部諸王国の罪なのだ。
この世界から星が一つ消えたのは
この会議が追うべき重責をたった1人の勇者に
負わせたからだ」
鉄槌王「……」 氷雪女王「……」
白夜王「たかが兵卒の1人ではないかっ!」
冬寂王「中央の太鼓持ちに成り下がった輩には判らぬ。
王族には、王族なりの信義というものがあるのだ。
それは時に非情であり……。
――我が父のように、背くこともある。
その王族は一生の間恥を背負ってゆくのだ」
冬寂王「私は前王の子として、極光島を奪還し
勇者が為すべきだった光の千分の一でも
南部の王国にて肩代わりしなければならない」
白夜王「出来るかな、小童が」
冬寂王「その答えは戦場で証明しよう。失敬」
バタンッ!
執事「若様……」
冬寂王「会議は決裂だ。……至急、女騎士へ使いを出せ」
執事「女騎士に?」
冬寂王「この戦には総司令官が必要だ」
>>266の氷雪女王に誤字です
×中央からの妖精~
〇中央からの要請~