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616 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:11:56.87 5kaffl9OP

――南氷海巨大湾岸都市、商業会館

青年商人「ふふぅん、こいつはたまげた。
 全く度肝を抜かれた、まいったな」

中年商人「よう。どうした、呼び出して」

辣腕会計「まだ夕食には早いでしょう?
 どうしたんです?
 湖の国のワインでも暴落しましたか?
 それとも聖王都の為替変動ですか?」

青年商人「まぁ、こいつをみてくれ。
 午前中に届いて、やっと組み立てたんだな、これが」

中年商人「――ッ!!」
辣腕会計「こ、これは……」

青年商人「まぁ、一目でわかるか」

中年商人「これは羅針盤だな? 見たことのない形状だが」
辣腕会計「ですが、見ただけで判ります」


元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1251963356/

617 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:16:42.64 5kaffl9OP

青年商人「何処のどいつの工夫だかは判らないが
 こいつはたいしたものだ。恐ろしいもんだ」

中年商人「ああ、頭を大石で殴られた気分だ」

辣腕会計「これは……二つの円環で、どんな場所に
 置いても水平が保たれるのですね? さらに
 この重りで安定させるわけですか……」

青年商人「ああ。理屈は見れば判る。
 特別な装置が使ってあるわけでもないが、すごい発明だ」

中年商人「これを見せれば、銅の国の技術士ならば
 もっと小型にも出来るだろう。やったな! おい!
 何処でこんな物手に入れたんだ。
 この功績の価値は、幹部候補生、いや、10人委員会に
 入るのも夢じゃないぞ、お前!」

辣腕会計「ええ、この発明は『同盟』に巨大な利益を
 もたらすでしょう、同志よ!」

青年商人「こいつは世界を変えるな」
中年商人「ああ、世界を変えてしまうだろうな」

620 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:24:36.89 5kaffl9OP

青年商人「さぁて、なかなか」
中年商人「ふむ、たしかに」

辣腕会計「どうしたんです?」

青年商人「いや、なに。これがここにある、
 その意味合いをな」

中年商人「確かに巨大な利益は目の前だ。
 酒樽一杯の蒸留酒のような物。嬉しくてたまらんわな。
 しかし、その酒樽にはもう蒸留酒はのこっていないのかな?
 あるいは罠の可能性は?
 俺たちは商人だ。酔っぱらいじゃぁ、無い。
 そこんところを頭を使わないとな」

辣腕会計「そうですね、ふむ」

青年商人「まず、第一にこれを発明したのは俺じゃない。
 俺にこれをとどけた人間がいるんだ。
 そいつの思惑を考えなければいけないだろうな」

622 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:28:46.83 5kaffl9OP

中年商人「身元はわかっているのか?」

青年商人「まぁ、本人からの手紙にはな。
 『紅の学士』とある。送り主は南部諸王国の西の外れ
 冬越し村というところだ」

中年商人「小さな寒村だな」
辣腕会計「目立った特産品はなかったと記憶していますが。
 ――いや、まてよ」

 がさごそ

青年商人「どうした?」
辣腕会計「確か、報告にその名前が……。
 ああ、ありました。この夏に、湖畔修道会の修道院が
 その村に建築されたようです」

中年商人「湖畔修道会? 湖の国の?
 もうそんな辺境まで勢力を広げたのか?」

辣腕会計「いえ、勢力範囲から遠く離れた場所に突然
 修道院をつくったようです。教化も進んでいないでしょう。
 ですから報告書に特記されていたのでしょうが……」

623 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:32:33.94 5kaffl9OP

青年商人「ふむ。黒だ」
中年商人「関係があると睨んで良いだろうな」

辣腕会計「接触ですか?」
青年商人「それはどうあれ、その必要があるだろう。
 『同盟』がこの羅針盤から得られる利益を
 最大化するためには、この工夫を独占しなければならない」

中年商人「だが、この工夫は、一目見ただけで
 その革新性が判る。革新性が判りやすいってのは
 売る時にはまたとない武器だが、
 真似して作るのも簡単だって云う弱点があるな」

辣腕会計「そのとおりですね」

青年商人「『同盟』がこの羅針盤を部外秘として
 『同盟』所属の船舶だけに装備し、交易優位性を
 あげるにしろ、全中央大陸国家に販売して利益を
 上げるにしろ。発明元のこの学士と交渉する必要がある」

辣腕会計「真似はできても、あちらが他の様々な
 組織や国家に同様の売り込みをしないとも限らない。
 ……そうですね?」

中年商人「場合によっては……」
青年商人「そう言うことにはならんで欲しいな。
 我らは商人なのだから」


625 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:39:19.13 5kaffl9OP

――冬越しの村、夏

小さな村人「ほーぅい、ほーぅい」
痩せた村人「ほーぅい」

小さな村人「なんて良い天気なんだろう」
痩せた村人「まったくだなや、大麦さんもそだっとるよ」

小さな村人「修道院が出来てから、色々教えてもらえるしなや」
痩せた村人「おや、修道士さんだべさ」

修道士「こんにちは、精が出ますね」
小さな村人「こんにちは」ぺこり
痩せた村人「こんにちはだなや」ぺこり

修道士「今日はどうされています?」
小さな村人「わしは川でマスを釣ってきただぁよ」
痩せた村人「わしは薪をつくってただぁ」

修道士「それは良かった」
小さな村人「修道士さんは?」


627 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:42:35.55 5kaffl9OP

修道士「ははは、実はですね。
 試しに作っていた作物が、早くも二回目の
 収穫を迎えたんですよ!」

小さな村人「なんだか、修道士さんも嬉しそうだなや!」

修道士「ええ、嬉しいです。大地が恵んでくださった。
 これは光の精霊様が頑張れとおっしゃってくれて
 いるわけですよ。それで、この収穫の報告に
 学士様への所へ行こうかと思いましてね」

小さな村人「そうかそうか、そうだったんだべ」

修道士「ええ。この作物、馬鈴薯というのですが
 甘くてほくほくして大層美味しいのですよ」

小さな村人「そうかぁ、一度食べてみたいだなやー」
痩せた村人「どんな味なんだろう」

魔王「招待するぞ?」
修道士「ああ、これは学士様!」

小さな村人「学士様、こんにちはですだよ」
痩せた村人「こんにちは、学士様。良い天気ですだ」

629 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:44:34.64 5kaffl9OP

修道士「いま、ご報告にうかがおうかと」
魔王「ああ、ありがとう。そろそろかと思っていたのだ」

メイド姉妹 ぺこり

修道士「計画通りに取れました。いやいや、好調ですね。
 荷車二台分はたっぷりと取れたかと思います」

魔王「土壌採集は?」

修道士「指示通り、六カ所でそれぞれ
 樽一杯分づつを保存してあります。それにしても
 我が修道会も農業技術の集積は進めてきましたが
 前代未聞の方法ですね」

魔王「結果が出てくれれば嬉しいのだがな。
 ふむ、これか」

修道士「ええ、良く育っています」

魔王「よし、振る舞いをしよう」
修道士「振る舞い、ですか?」

魔王「こいつを広めるためには、何はともあれ、
 皆に食べてもらわねば始まるまい?
 それには、宴でも開いて振る舞うのが一番だ」


630 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:47:57.94 5kaffl9OP

小さな村人「ほんとうですか? 学士様」
痩せた村人「良いのでございますか」

修道士「どうです?」

魔王「もちろん本当だ。修道士どの、いかがだろう?
 修道院の前庭を借りることが出来ようか?」

修道士「もちろんですよ。でも、この馬鈴薯は売って
 資金に充てるのかと思っていましたよ」

魔王「金はもちろん欲しいが、独り占めするつもりはない。
 飢えなく、皆が豊かになる方法を考えないと、
 先が続かない。そのためには村の皆の手助けが必要だ」

小さな村人「うわぁ、食べてみたいですだ学士様」
痩せた村人「おらのところの畑でも作れるようになるですだ?」

修道士「ああ。もちろんさ。
 作ってみたが、小麦と比べて世話が大変と云うこともない。
 もちろんいくつか気をつけなければならないことは
 あるけれど、それは修道会で教えてあげることが出来る」

632 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:52:32.61 5kaffl9OP

小さな村人「さっそく家内におしえてやらにゃぁ!」

魔王「おお、そうだ。宴の支度に手が足りないかも知れぬ。
 奥方の手が空いていれば来ていただけると助かると
 思うぞ。なあ、修道士殿」

小さな村人「あーれ。学士様。奥方なんて照れるだよ。
 うちのはただの母ちゃんだよ。でも、そう云われると
 なんだか母ちゃんも悪い気はせんかもなぁ。
 こっぱずかしいな。でも直ぐに行かせるから!」

修道士「そうですね、ご報告もしたということにして
 私も帰って他の修道士、騎士院長にも伝えて参ります。
 ああ、そうだ。その、料理はどうすればよいでしょう」

魔王「心配ない。いってくれるな?」

メイド姉「はい」ぺこり
メイド妹「いきまーっす」

修道士「それは助かります。まだこの馬鈴薯の調理方法を
 研究した訳じゃありませんからね」

魔王「あー。くれぐれも云っておくが、
 揚げ馬鈴薯だけは必ず作るのだぞ?」

675 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:18:50.82 5kaffl9OP

――冬の国、王宮

王子「じぃ、じぃ~」
執事「なんでございましょう、若」

王子「若はやめろ。俺はもう二十歳だ」
執事「どうしたのでございます?」

王子「爺は馬鈴薯なる物を知ってるか?」
執事「ははぁん。若も馬鈴薯を食べたので?」

王子「ああ、食べた。美味いな!」
執事「何でも旅の学者がこの地へもたらしたとか」

王子「うまいうえに、俺たちの貧しい国でも
 もっぎゅもっぎゅ……栽培できるらしいな」
執事「さようでございますなぁ」

王子「情報はあるのか?」
執事「ございますとも」


678 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:24:10.25 5kaffl9OP

王子「ふむふむ」
執事「こちらの書類は関連項目でございます」

ぺらり

王子「では、湖畔修道会が主導で栽培を
 推し進めているのだな?」

執事「そうなりますな。また、この湖畔修道会は
 合わせて様々な改良を施しているようで」

王子「ふむ、どのような?」

執事「まずは、四輪作といわれるものですな。触れ込みに
 よれば大地の恵みを目減りさせずに、四年周期で麦作を
 行なう手法です。以前の三輪作にくらべて、小麦はもと
 より豚や羊などを安定して供給できるようですな」

王子「冬のあいだにもか?」

執事「冬のあいだには、家畜にカブを食べさせるそうです」


680 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:30:04.11 5kaffl9OP

執事「それから、えー。農機具の改良、修道学院の設立」
王子「学舎か、ふむ」

執事「さらにこの度作られたのが、『風車』です」
王子「それはなんだ?」

執事「『水車』に似たものですが、川の流れではなく
 風の流れをくみとって、動力にしているようですな。
 修道会が雇い入れた船大工の一派が工夫して作った
 そうですが。我が国北部の高地には、充分な水源が
 ありませんから、普及すれば便利でしょう」

王子「……ふむ」
執事「お気になりますか?」

王子「まぁな。税収が上がっているのは嬉しいが……。
 まぁ、それで戦争を終わらせられるわけでなし。
 しょせんイモでは我が国を救うことも出来ないが
 ……まぁ、なんでも目は通しておかんとな」

執事「そうですね。税収は荘園ごと、村ごとに納め
 させますから、一概にどのくらいの効果があるかは
 判りませんが、修道会が関与すると5%ほど税収が
 上がるようですな」

王子「大きいな」
執事「小さく考えてはいけませんよ。1年足らずの
 あいだにそれだけの改革を見せたわけですから
 来年以降どうなるか判りません」

682 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:35:40.50 5kaffl9OP

王子「冬小麦の収穫はこれからであるしな」
執事「その馬鈴薯なる食物は、年に数回収穫できる
 そうですな」

王子「そうなのか?」
執事「驚きですが、事実のようです」

王子「ふむ」
執事「税収の形には表れないものの、農民の暮らしには
 大いなる恩恵を与えていると云って良いでしょうな」

王子「じぃの云うことならば信じぬ訳にはいかないな」
執事「ありがたいことですなぁ」

王子「何らかの施策をするべきだろうか?」
執事「そうですなぁ。まだ始まったばかりのようですから
 傍観していても良いのではないでしょうか」

王子「ふむふむ」
執事「修道会はこの運動で、我が国を始め、南部諸王国に
 確固たる地盤を築く狙いがあると思います。
 運動の結果を出せれば、向こうから王宮に接触を
 持ってくるかと思いますな」


683 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:41:15.79 5kaffl9OP

王子「そうか。修道会の指導者は……」
執事「女騎士ですな」

王子「挨拶くらいしなくて良いのか? 顔見知りではないか」

執事「まぁ、向こうは現役の時から思い込んだら
 動かない高潔なる気位の持ち主でしたからなぁ。
 私も恨みに思われているでしょうな。
 いわば裏切り者ですから」

王子「そうか……。すまない」
執事「もったいないお言葉ですな、若」

王子「今年は魔族の動きが鈍い」
執事「おそらく、勇者の噂は真実でしょう」

王子「その勇者を、手を下したわけではないとは云え
 死地に追いやったのは我々だ……。
 勇者が生還したという情報はないのか?」

執事「ございませんな」

王子「この戦争、終わるわけには行かぬのか」

執事「いま戦争を終えれば、真っ先に消滅するのは
 我が国でしょう」

687 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:46:23.82 5kaffl9OP

王子「……」

執事「この冬の国、それをいえばおなじ南部諸王国である
 氷の国、白夜の国、鉄の国はそれぞれ気候も厳しく、
 充分な食料も取れません。最下層の国々です。
 いま現在は魔族との大戦争の前線として
 中央大陸全土からの資金援助と食料援助がとどいている。
 中央大陸の盾と云えば聞こえは良いですが
 詰まるところ走狗になっているに過ぎません。
 援助がとどこおれば、人々は全て飢えて死ぬでしょうな」

王子「しかし、それを知らせず、兵をただ消耗させるのは
 兵達に対する裏切り行為だ。茶番ではないか」

執事「ええ、茶番ですとも。
 しかし茶番をする存在が、王族です」

王子「……戦場で雄々しく散るのは良い。
 それは氷海の戦士の直系たる我が血にふさわしい。
 だが民を欺き、その命を代価にして生を購うのは……」

執事「若、辛抱ください。
 どうか、民を見捨てずにいてください」

689 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:55:15.92 5kaffl9OP

――魔界、紅玉神殿

勇者「……うー。疲れた。だるい。腹減った」
火竜大公「や、やるな。黒騎士よ」

勇者「いい加減タフだな、火竜大公」
火竜大公「……退くわけには、行かぬっ」

勇者「おまえ、十回くらいしっぽも腕も切られてるじゃん」
火竜大公「何度でも生やすまでだ!」

勇者「うぁー。どうすれば良いんだよぅ、この変態」

火竜大公「我が命を絶てば良かろう。
 その実力を持っているクセに何を悠長なことをしておる!」

勇者「別に殺したくてやってるわけじゃない。
 編成中の軍勢を退かせてくれれば済む話だろう」

火竜大公「それは出来ぬ。火竜の勇士によって
 『開門都市』は奪還する必要があるのだ」

勇者「あー。やっぱしそれかよぉ」

691 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 20:58:39.54 5kaffl9OP

火竜大公「貴様もだ! 貴様も魔王様直属の執行官で
 あるのならば、人間どもに奪われた魔界の都市を
 奪い返すのが筋という物であろうにっ!」

勇者「それは云うとおりなんだけどさ」

火竜大公「何を躊躇う。人間を皆殺しにすべきではないかっ!」

勇者「とりあえず、魔王は『開門都市』奪還の命令を
 発してはいないんだよ」

火竜大公「魔王がふぬけなのだ!
 わが竜族から魔王が出ていれば、あのような柔弱な弱腰の
 魔王などいただかぬでもすんだろうにっ」

勇者「つまり、魔王に弓引くのか?」
火竜大公「……」

勇者「それは盟約に背くよな。さんざん諸侯が争って
 滅亡寸前まで何回も行った魔界が、なんとかやっと
 つくった協定らしき協定だもんな」

694 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:07:55.39 5kaffl9OP

火竜大公「魔王は『開門都市』奪還の命令を発してはいない」
勇者「うん」

火竜大公「だがしかし、禁止の命令を発したわけでもない」
勇者「あー。気がついちゃってるよ、このおっさん」

火竜大公「諸侯に檄を発して、魔王の名をかたり
 『開門都市』奪還を目指すなら、それは盟約に触れようが
 我が部族だけで向かうのであれば、
 それは王である私の決定だ。
 誰に口を挟まれる云われもないっ!」

勇者「俺に勝てればな」

火竜大公「ならば殺すが良いっ!
 魔界の溶岩の中で生を受けた火竜大公、逃げも隠れもせんっ!」

勇者「なんかもー。難しいなぁ。
 気に入らないヤツ、刃向かうヤツをかたっぱしから
 ぶっ飛ばせた勇者生活が懐かしい……。
 あの頃は殺さないように話をまとめる苦労なんて
 全然しなかったぞ……」

697 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:15:45.78 5kaffl9OP

勇者「火竜大公」
火竜大公「何だ、黒騎士」

勇者「では、俺があの街に先乗りをしよう」
火竜大公「……」

勇者「あの街、『開門都市』は
 魔族があがめる片目の神の聖地だ。
 そこを人間に支配されるのは苦痛だろう。
 それは判る。しかしまた、その聖地の守りを忘れ
 人間世界を攻めるに酔っていた竜族の罪もあると知れ」

火竜大公「それは……」

勇者「言い訳無用。……人間が憎いのは判るが
 あの都市は彼らが戦争で奪ったのだ。
 争いの勝者は神聖だ。その魔界の不文律を忘れるな。
 特にその敗北が油断から成されたのなら、なおさらだ」

火竜大公「……ぐぐ」


701 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:21:37.65 5kaffl9OP

勇者「それに、火竜大公の軍で攻めたところで
 あの街はこの魔界で唯一人間が暮らす街だ。
 たやすく奪還できるとはかぎらない。
 精鋭たる聖鍵遠征軍が守っているのだからな。
 悪くすれば、火竜の民は全滅だ。
 それを望むのか、火竜大公」

火竜大公「そのようなこと、やって見ねば判らぬ!」

勇者「次の春まで時間をくれ」
火竜大公「……」

勇者「黒騎士が、魔王の名にかけて誓おう。
 『開門都市』を取り戻し、魔王の直轄地とする」

火竜大公「魔王の、直轄地に!?」

勇者「火竜の一族の関心は誇りだろう?
 魔王の軍勢が取り戻し、直轄地になるのであれば
 問題なかろう。魔王はその柔弱という評判を払拭できる」

703 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:25:30.11 5kaffl9OP

火竜大公「しかし、もし約束をたがえれば」

勇者「そのときは魔王がまさに弱腰と云うことだろう」

火竜大公「容赦はせぬぞ?」

勇者「ああ、魔王は魔王にふさわしくない。
 そのときは魔王の位を譲り渡そう。黒騎士が約束する」

火竜大公「……」
勇者「どうだ?」

火竜大公「よかろう」
勇者「おー! よかった」

火竜大公「おぬしには男気がある! だれか、だれかある
 公女を呼んで参れ!」

火竜公女「おとうさま、私はここに」
勇者「えーっと」

火竜大公「約束を見事果たした暁には、この公女を
 くれてやる! 妻にでも妾にでもするが良い! がはははは」

718 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:34:44.87 5kaffl9OP

――冬越しの村、村はずれの屋敷

魔王「こっ、これでいいかの?」
メイド長「ええ。あらあら、まぁまぁ。見違えましたね」

魔王「何だ、そのコメントは」
メイド長「勇者様がいなくなってから
 まったくお召し物に頓着なさいませんでしたからね」

魔王「『いなくなって』などと不吉なことを云うな。
 ちょっぴり出張しているだけではないか」

メイド長「ええ、もちろん。まおー様が捨てられた
 女であるかのような印象を持たれてしまったのならば
 その誤解、このメイド長一生の不覚ですわ」

魔王「……」

メイド長「今日は綺麗ですよ、まおー様」
魔王「むぅ。釈然としない」

メイド長「とはいっても、交渉事ですからねぇ。
 多少は見栄えを良くしないと」

720 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:41:44.31 5kaffl9OP

魔王「それにしても、なんというか」
メイド長「?」

魔王「ちょっとビラビラしすぎではないか? このドレス」
メイド長「素敵ですよ?」

魔王「それに襟ぐりが随分深いような気がする」
メイド長「それくらいがお洒落なんですよ」

魔王「ううう」
メイド長「みっともない駄肉なので恥ずかしいですか?」

魔王「ええーい、うるさい! そ、そんなに駄肉ではない!
 女騎士殿もグラマーですと言ってくれたし、みなそういってる。
 ちょっぴり母性的なだけではないかっ」

メイド長「人格的母性のない肉を駄肉というのです」
魔王「ううう。今日のメイド長は厳しい」

メイド長「ちょっと気が立ってるんですよ。
 警備体制を整える関係で」

魔王「どうなっている?」

722 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:49:36.34 5kaffl9OP

メイド長「妖霊と夜精霊を配置しています。
 まぁ、軍でも出てこなければ充分でしょうが……」

魔王「心配か?」

メイド長「相手が貴族や軍人ならばともかく、
 『同盟』の商人ですからね。その点に関しては
 まおー様におまかせするしかないわけで」

魔王「信用なさ過ぎだな、わたしなのか」
メイド長「いえ、お手伝いできないことが不安なのです」

魔王「しかたない。これは避けては通れない関門なのだ」
メイド長「せめて勇者様がいてくだされば」

魔王「勇者に役目が渡るとすれば、それは交渉が
 失敗した時だからな。そうなったら逃げる段階だ。
 だから意味はない」

メイド長「あんまり強がると殿方は不安だそうですよ」

魔王「へ?」

725 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 21:55:31.94 5kaffl9OP

メイド長「まぁ、それはいいですわ」ひらひら
魔王「あしらうな」

メイド長「そろそろでしょうか」

メイド妹「お客様を客間にお通ししました~。
 いまお姉ちゃんがお茶を入れてます~」

メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」
メイド妹「はーい♪」

メイド長「まおー様? 準備はよろしいですか?」
魔王「ああ。このボタンをはめてはダメなのか?

メイド長「そのボタンは飾りボタンです。
 はめる目的ではありません」

魔王「上から実験用の白衣を羽織るとか! 学者らしく!」
メイド長「お笑い芸人じゃないんですから」

メイド妹「当主様、おっぱい格好いいよ♪」

メイド長「まったくこの娘は。さぁ、まおー様」
魔王「ああ、しかたない。出陣だ!」



727 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:02:32.75 5kaffl9OP

――冬越しの村、客間

 かちゃり

青年商人「やぁ、これは!」
辣腕会計「ほほう」

魔王「お待たせして済まないな。私がこの館の当主
 といっても無位無冠の学士だ。紅の学士と呼んでくれ」

青年商人「はじめまして。私は『同盟』の南氷海西方を
 担当しております青年商人です」

辣腕会計「今回のご挨拶に同行させていただいた
 会計でございます。以後、お見知りおきを」

魔王「いや、ご丁寧なご挨拶、痛みいる」

青年商人「正直驚きが隠せません! 学士にして発明家
 農業への造詣も深いとのことで、
 言葉は悪いですが、ご高齢の老師かと想像していたのですが
 こんなに麗しいご婦人にお目にかかる事ができるとは!」


730 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:08:18.18 5kaffl9OP

魔王「そんなに褒められては何を話して良いのか、
 言葉を失ってしまいますな」

青年商人「いえいえ、学士様はその英知だけでなく
 美しさでも我らに光を与えてくれるようですよ」にこにこ

メイド長(商人のお世辞とはいえ、すごい威力ですね)

魔王「交渉を有利に進めようと思う女の浅知恵だ
 どうか笑って許して欲しい」

メイド長(おお。まおー様。気合いの入った防御ですねー)

青年商人「いえいえ。……あのような羅針盤を送られては
 駆けつけないわけには参りませんよ」

魔王「それにしては一月もの時間がかかったのは?」

青年商人「ははは。これはお恥ずかしい。
 私のような駆け出しの商人が、『同盟』において
 今回のような大規模な案件をこなすにあたっては
 様々に根回しが必要でして」

辣腕会計「お待たせして申し訳ありません」


732 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:14:09.35 5kaffl9OP

魔王「さて、では交渉に入りたいと思うのだが
 まずはこれを見て欲しい」

青年商人「これは……?」
辣腕会計「穀物ですか? 見たことはありませんが」

魔王「これは玉蜀黍という植物だ」
青年商人「ほほう」
辣腕会計「玉蜀黍、ですか」

魔王「この食物の特性については、
 こちらの書類にまとめてある。
 これはお持ち帰りいただいて結構だ。
 いまとりあえず、この場では口頭にて説明させて
 いただこう」

青年商人「窺いましょう、学士様」

魔王「この玉蜀黍は一年草でな。最大の特性は水が
 少なくとも順調な生育が望めることだ。むしろ水が多い
 場合は生育に悪影響がある。もちろん最低限の水分は
 必要だがな。発芽の温度として30度が必要となる」

青年商人「30度、ですか」
辣腕会計「かなり高い温度ですね」

734 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:19:17.89 5kaffl9OP

魔王「ああ、そうだ。小麦とはまったく栽培の思考を
 切り替える必要がある」
青年商人「ふむ」

魔王「つまり、この玉蜀黍は、いままで植物の耕作に
 適さないとされていた大陸中央部の荒れ地に
 ふさわしい作物なのだ」

青年商人「……」

魔王「食用として利用する場合は、完全に完熟させて
 乾燥させた粒を製粉してパンのようにすることも出来るし、
 饅頭のようにすることも出来よう。
 この粉には香ばしくてわずかな甘みがある。
 乾燥させることにより、貯蔵、保管にも優れている。
 畜産のための飼料としては、
 大麦やカブの数倍の効率が見込める」

魔王「また、食用外への利用も幅広い。
 油分の多いこの食物は、油を取り出すことが可能だ」

青年商人「……油ですか」
辣腕会計「……」

魔王「うむ。玉蜀黍馬車一台あたり、ビン二本ほどだがな。
 しかも、この油は製粉するのと同時にとることが出来る。
 つまり、両方取れると云うことだ。
 油は食用に用いることはもちろん、様々な用途で使えよう」

736 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:25:56.13 5kaffl9OP

青年商人「たしかに……。油の需要は年々増える
 傾向があります。『同盟』でもとりあつかっていますが」

魔王「商人どの、これは新しい商売の形だと考えて欲しい」

青年商人「……」

魔王「確かに巨大な資本が必要だ。
 その資本をもちいて、いまは全く役に立っていない荒野に
 人を送り、バックアップすることにより開拓を行なう。
 玉蜀黍を栽培するための開拓村だ。
 まったく開拓されていない場所は確かに開拓に
 手間も資本もかかろうが、その分、計画的に物事を
 行なうことが可能だ。整地して区画整理を行なった
 農地での大規模栽培は、現在中央大陸の各所で見られる
 ような小さな農地でモザイクになってしまったような
 農場による農業より遙かに集約的な体制での
 栽培を可能にするだろう」

魔王「しかも、そこで新しくできた開拓村は
 完全に『同盟』の影響下にある巨大な市場になるだろう。
 玉蜀黍以外の作物を始め、木材や塩、鉄、布、
 ありとあらゆる消費物を購入する新しい顧客となる」

青年商人「……」

739 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:31:01.22 5kaffl9OP

青年商人「それは、つまり……」
辣腕会計「……」

青年商人「商品でも、栽培方法でもなく
 『同盟』に、新しい『概念』を売る、と?」

魔王「そうだ」

青年商人「判ります。私には。
 ……いまの話を聞きましたから、その価値が判ります。
 貴女の言葉は……。
 この中央大陸の都市の全てより……。
 いや、既知世界の全てよりも金になる」

魔王「あははは。良い顔だな」
青年商人「はい?」

魔王「女におべんちゃらを言っておる時より数段良い」

青年商人「そうですか? まぁ、しかし。
 いまの話を聞いては真面目にならざるを得ませんよ。
 しかし良いのですか?」

魔王「なにがだ?」

741 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:35:38.45 5kaffl9OP

青年商人「いまの言葉、そして送っていただいた羅針盤。
 すべて『考え方』を基本にしたものです。
 技術でも品物でもない。
 つまり、複製できない物ではない」

魔王「そうだな」

青年商人「私たちがそれらを複製して、貴方とは無関係に
 計画を進めるとは考えないのですか? 貴方の利益は?
 貴方の権利をどうやって守るつもりなのですか?」

魔王「それについては諦めておる」

青年商人「はい?」

魔王「技術も品物も素晴らしい。利益も結構。
 私もお金はあれば欲しい。
 研究したいことがたくさんあるからな。
 しかし、単一技術や独占可能な品物では、
 この世界に与える影響は限定されざるを得ない。
 必要なのは転換と突破だ」

辣腕会計「それは神学的な話でしょうか?
 複雑すぎて、判らないのですが」

青年商人「……」


742 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:39:04.44 5kaffl9OP

魔王「そちらの商人の方は判っているようだ」
青年商人「……」

魔王「どうした?」
青年商人「だとすれば……貴女は……」

魔王「……」

青年商人「選ぶ必要が、あると?」

魔王「選びに来たのだろう?
 交渉という言葉の意味はそれだと心得ている」

青年商人「しかし、それは。貴女は何を望んでいるんですか?」

魔王「戦争の早期終結」
青年商人「……」

魔王「しかも、その形は勝利でも敗北でもない
 形態でなければならない」

青年商人「……それは」

魔王「『同盟』が魔族との大戦における、中央大陸最大の
 スポンサーだと云うことは心得ている」

744 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:43:56.82 5kaffl9OP

青年商人「魔族は人類の敵です。魔族との戦いに
 人類陣営の一翼である我らが全てをなげうって
 協力するのは至極当たり前のことではありませんか」

魔王「それは公的な見解であろう」
青年商人「正式見解です」

魔王「高きと低きを、北と南を、炎と氷を、
 相容れない光と影を仲介し、妥協し、取引することで
 利益を上げるのがお主ら商人ではないか?」

青年商人「あ、貴女は……」

魔王「なんだろう?」

青年商人「『同盟』の味方ですか、敵ですか?」

魔王「取引相手だ」

青年商人「……っ」

メイド長(まおー様~っ! がんばって!)

749 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:51:37.42 5kaffl9OP

青年商人「私は二つの道のあいだで悩んでいます」ぎりっ
魔王「なにを?」

青年商人「人間として、貴女の先ほどの発言は
 裏切り行為です。教会の方針においても異端だ。
 私は貴女をこの場で断罪し、告発すべきかもしれない」

メイド長(まおー様、まおー様っ。森の中に
 黒装束に黒塗りの剣を持った傭兵団がっ)
魔王(控えておれっ)

魔王「敵と味方の2分割では、
 この世界はあまりにも惨めに過ぎよう」

辣腕会計「……部隊の配置が」
青年商人「良い。……試されてるんだね、僕らは」

魔王「……」

青年商人「この先もあると?」

魔王「もちろんだ。大陸中央部の乾燥地帯において
 水車の代わりに利用できる『風車』というものも
 開発してある。森林資源を消費してしまうが
 羊皮紙に変わる新しい筆記資材もめどは立った」

青年商人「貴女は何を見ているんですか?」

753 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 22:57:23.24 5kaffl9OP

魔王「私は学者だが、専門は経済学でな」

青年商人「経済……?」

魔王「耳慣れぬ言葉だろうな。
 物と金の流れ、利益と損害、
 魂持つものが生み出す社会において
 たゆまず流れる交流の歴史と未来がその専門だ」

青年商人「利益と損害、ですか」

魔王「そうだ、商人殿。
 商人殿とおなじものを見ているだけだよ」

青年商人「それをもって、人類全てを裏切れと?
 この戦争を終結させようとする
 貴女の見る夢がどのような色をしているか
 判らないわたしではないっ」

魔王「信じている」

青年商人「わたしの。……『同盟』の。
 我ら人間の、何を信じると言うのです?」

魔王「損得勘定は我らの共通の言葉であることを。
 それはこの天と地の間で二番目に強い絆だ」


756 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 23:00:56.56 5kaffl9OP

青年商人「あはははははは!」
辣腕会計「……商人っ」

青年商人「いや、いいんだ。
 そうだ。まさにその通りだ!
 人間である前に商人たれ。
 教会の敬虔な信徒である前に商人たれ。
 まさに『同盟』の訓辞通りじゃないかっ」

辣腕会計「それは……」

魔王「わたしは純粋な契約主義者なのだ」

青年商人「奇遇ですね、わたしもなんですよ。
 作りましょう。我らが未来を照らす光となる
 契約書を」

辣腕会計「……それでは」
青年商人「ああ、退かせてかまわない」

魔王「冷や汗が吹き出る思いであったよ。商人殿」

青年商人「いやはや。本場の東方商人と渡り合っても、
 これほどの緊張感を味わった事はありません。
 貴女が学士であり、商人でなくて本当に良かった」

758 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 23:07:17.43 5kaffl9OP

魔王「私は無力で腰抜けの存在だよ」

青年商人「いえいえ、王侯貴族だってあそこまでの
 迫力はなかなかにある物じゃない」

メイド長(あったり前ですよ。まおー様は
 これでも王族なんですからねっ!)

青年商人「それにしても……二番目に強い絆、ね」
魔王「……」

青年商人「玉蜀黍の件はいつうごけます?」
魔王「すまないが、いくつかの実験と、苗の
 栽培を残している。動けて次の春から、だろう」

青年商人「充分に早いでしょう。私もこの計画を
 聞いたからには『同盟』内部での地盤を
 固めなくてはならない。
 この巨大利益です、動かすことはたやすいが
 コントロールが聞いてこその権力ですからね」

魔王「あの羅針盤が役に立ってくれれば良いな」
青年商人「せいぜい、利用させていただきましょう」


760 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 23:12:13.90 5kaffl9OP

――冬越しの村、村はずれの館、玄関

メイド長「日も傾いております、お気をつけを」
魔王「近くに隊商をまたせてあるのだろう?」

青年商人「“隊商”ね。ははは」
魔王「それがお互いのためだとしよう。わたしも
 警戒はしていた。お互い様だ」

青年商人「まったく、今日は驚きの連続だ」
魔王「心臓に悪い」

青年商人「そうそう。……二番目に強い、と
 おっしゃいましたね。一番はなんなのです?」

魔王「知れておる。愛情だ」

辣腕会計「――それは」
青年商人「あははははは。ああ! すごい!
 素晴らしいな。一日に二回も、こんな気持ちに
 させられるとはっ!」

魔王「子供でも知っておることだ」

青年商人「たしかに! 私はあなたに言いました。
 二つの道で迷っていると。
 あなたを殺すことはすっかり諦めましたからね。
 これはもう……求婚するしかありません」

765 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 23:16:11.13 5kaffl9OP

魔王「そ、そ、そ、それはなんだっ!?」

青年商人「なんだって。結婚の申し込みですよ」

魔王「なんて軽率なことを言うんだ。恥を知れ!」

青年商人「おやおや。貴女があまりにも明晰な
 思考をなさるんで、世間並みのたしなみを
 忘れてしまっていました。
 たしかに。持参金も贈り物も無しに求婚するなんて
 先走りすぎましたね」

魔王「わ、わ、わたしには、その」

青年商人「いえいえ。
 このようなことは腰をすえて取り組むタイプですからね。
 粘り強さは決断力とともに商人の重要な武器なのです」

魔王「いやっ。いくら時間をかけられてもそんな事はっ」

青年商人「では、またお会いしましょう!
 次は都か、船の上か。契約は急ぎお届けします。
 愛しの君よ。……そう呼ぶのはかまいませんかね?」

魔王「だ、ダメダメだーっ!!」

810 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:03:26.96 Lbanm5QNP

――冬越しの村、村はずれの館、小さな部屋

メイド妹「~♪ ~♪」
メイド姉「ご機嫌だね」

メイド妹「うんっ。みがくの楽しいねー」
メイド姉「そうね。こんなにあったかくて、
 きちんとした仕事があって。幸せね」

 きゅっきゅっ

メイド妹「そうだよねー。去年の秋は、毎日、
 夜が来るのがこわかったもんねっ」

メイド姉「うん」

メイド妹「あたしねー。今度は、せーれー様の本で
 勉強するんだよー」

メイド姉「そうなの? がんばってるね」

メイド妹「おねーちゃんもやった?」
メイド姉「やったわよ、結構難しい単語があるわよ?」


817 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:10:38.23 Lbanm5QNP

メイド妹「大丈夫だよぉ。
 ちゃんとした言葉を覚えるとモテモ? えっと……」
メイド姉「『殿方に好意を持っていただける』でしょ?」

メイド妹「うん、そうそう。それ!
 眼鏡のおねーさんがいってた」

メイド姉「メイド長様は、面倒見が良いから」

メイド妹「怖いよ? すぐ怒るよ」

メイド姉「怒ってないよ。叱っているだけ。
 本当はとっても優しい人だよ?」

メイド妹「そうかなぁ? お尻叩かれたとき、
 ひりひりして椅子に座れなくなったもん」

メイド姉「拾い食いなんかするからです」

メイド妹「昔はおねーちゃんもやってたくせに」
メイド姉「ご飯ちゃんと食べさせてもらってるでしょ?」

メイド妹「うんっ」
メイド姉「じゃ、恥ずかしいことは、しないの」

820 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:14:40.19 Lbanm5QNP

メイド妹「おねーちゃんは、年越し祭はどうするの?」
メイド姉「どうするって?」

メイド妹「村の真ん中で、踊るらしいよ?」
メイド姉「だれが?」

メイド妹「村の男の子と、女の子、たくさん」
メイド姉「私は良いわ」

メイド妹「そーなの?」
メイド姉「メイドの仕事があるもの」

メイド妹「でも、踊って来ていいって、
 眼鏡のおねーさんがいってたよ?」
メイド姉「そう……」

メイド妹「当主のお姉ちゃんも、元気ないね。
 勇者のおにいちゃん、帰ってくればいいのにね」
メイド姉「そうね。――そうだ」
メイド妹「?」

メイド姉「年越しの祭には、何かプレゼントを用意
 しましょうね。館のみんなに」
メイド妹「そうだねっ!」


822 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:18:24.98 Lbanm5QNP

――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋

魔王「えー『試験場の数を増やしたく思う。
 追加の人員の手配をお願いしたい。
 対価は西方貨幣で支払う用意あり』と」

メイド長「……」さらさら

魔王「これは蜜蝋で封をしてくれ」
メイド長「かしこまりました」

魔王「んー。これは?」

メイド長「狩人さんからの手紙ですよ」

魔王「おー。そうか、そうか。望遠鏡を渡したんだった」
メイド長「ええ」

魔王「なになに。使用するに便利、極めて快適か」
メイド長「役立っているようですね」

魔王「精度が低いかと思ったが、固定観測でないなら
 かえって手ごろのようだな」
メイド長「はい」

魔王「よし、では返信だ。『素早い報告、うれしく思う。
 森番の仕事、大変かと思うが、当家では付近の地図測量に
 興味あり。相談したきことがあるので、一度ご来訪願う』
 これで、よしっと」


823 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:23:28.21 Lbanm5QNP

メイド長「こちらもお願いします」
魔王「これは、うん。修道会からの報告か」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「馬鈴薯の収穫は順調に増加しているらしいな」
メイド長「そのようですね」

魔王「だが、土壌実験によれば
 そろそろ栄養枯渇の兆候が出るはずだ。
 そうなると抵抗力が低下して虫害が出やすくなる」
メイド長「ふむ……」

魔王「この件では修道会へ、再度警告が必要だな」
メイド長「お手紙にしますか?」

魔王「いや、次行ったときでよかろう。
 覚え書きに追加しておいてくれ」

メイド長「かしこまりました」さらさら

魔王「どうだ『紙』は」
メイド長「羊皮紙よりずっと書きやすいですね」

魔王「早いところ量産体制を整えないとな」
メイド長「作るのは簡単ですけれど、
 たくさん作るとなるとまた別問題ですからね……」

826 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:27:54.45 Lbanm5QNP

魔王「うわ、なんだこの束は!?」

メイド長「そちらの束は、『同盟』からですよ。
 納品書、請求書、支払書、明細書……」

魔王「あー。銅、鏡、ガラス、海砂?
 それに胡椒に、絹に、釘なんていうものもあるな」

メイド長「みんなまおー様が購入リストに入れたんですよ」

魔王「判っておる。
 ちょっと思い出せなかっただけだ。
 必要としているのは誰か判っているか?」

メイド長「それはまぁ、帳簿につけてありますが」

魔王「んー。しっちゃかめっちゃかだな、これは」
メイド長「まさかここまで仕事量が増えるとは」

魔王「しかたない。メイド姉にやらせよう」
メイド長「彼女にですか?」

魔王「無理か?」


828 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:31:42.53 Lbanm5QNP

メイド長「……いえ」
魔王「……」

メイド長「大丈夫です。彼女なら出来ます」

魔王「そうか」 にこっ
 「では、この書類整理は、今日からあやつの仕事だ」

メイド長「悪のメイド軍団が結成できそうな勢いですね」

魔王「どうかしたのか?」

メイド長「いえいえなんでも。……そうだ、
 お茶でも入れましょうか? 丁度、聖王都から
 オレンジの香りの葉がとどいたんですよ」

魔王「うむ、疲れた」
メイド長「でしょう」

魔王「私は疲れたのだぞ」
メイド長「そんなにつっぷして。どうしたんですか?」

魔王「むー」

830 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:34:56.75 Lbanm5QNP

メイド長「膨れているんですか?」

魔王「もう秋だぞ」

メイド長「そうですねぇ、実りの季節です。
 栗がおいしいですねぇ。今年のベーコンも出来が良いようで」

魔王「秋なのに」
メイド長「はい?」

魔王「半年も音沙汰無しだぞ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」

魔王「ちょっと応えにくい会話だとすぐその決め台詞で
 流そうとするのは止めにしたらどうだ」

メイド長「これはメイドの特殊技能なんです」

魔王「連絡くらいくれても良いではないかっ!!」
メイド長「来てるじゃないですか」

魔王「そんなもの、妖精族を助けただの、
 鬼腕族を討伐しただの、そんなことばかりではないか」


833 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:39:54.63 Lbanm5QNP

メイド長「無事で、活躍されているんですよ」

魔王「勇者なのだぞ。こうしている間にもあっさり
 美人が自慢の村娘とか……
 いや、歌姫族のハーピーあたりと
 いちゃいちゃしているかもしれんではないかっ!?」

メイド長「そうですか? 勇者様は童貞ですからね。
 童貞って言うのは変なところで義理堅くて夢見がち
 ですから、きっと大丈夫ですよ」

魔王「ちっとも安心できんではないかっ」

メイド長「そんなにいらいらしていると、
 眉間のしわが取れなくなってしまいますよ?」

魔王「ううう、そんなことになったら勇者に噛みついてやる」

メイド長「さぁさ。談話室の暖炉が暖められています。
 今日はこのあたりにして、甘い紅茶をおいれしますから。
 そちらの方でお待ちになっていてください」

魔王「しかしな」

メイド長「これ以上書類と根をつめていては
 それこそお身体を悪くしてしまいますよ?」


837 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:45:30.54 Lbanm5QNP

魔王「むぅ。判った。お茶を頼む」

メイド長「かしこまりました。まおー様♪」

 がちゃん。
 とっとっとっ……

メイド長「なーんて。……魔王様はおっしゃってますが?」
勇者「うわ、ばればれですね」

メイド長「メイドの勘です」
勇者「毎回ばれてるなぁ」

メイド長「今回のお手紙は?」
勇者「ここで書いていきます」

メイド長「では、こちらにもお茶をお持ちしましょう」
勇者「すんません」

メイド長「いえいえ。メイドの仕事ですから」

勇者「さってと、インク壷と~羊皮紙あっかな
 これでいーか」

840 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:50:51.46 Lbanm5QNP

――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋

ガチャリ

メイド長「おじゃまします。いかがですか?」

勇者「あ、報告は書き終えました」

メイド長「そうですか。……こちらはお茶と
 簡単な夜食になります。今回は馬鈴薯が
 ことのほかよく出来ておりますよ。
 これはクリームで甘く煮たものなのですが」

勇者「旨そうっすねー」

メイド長「……」

勇者「わ、熱っ。んまっ! 今回はぁ火竜族と
 なんとか手打ちで、でもそのためには『開門都市』
 をなんとか奪還しなきゃならなくてですね」

メイド長「……勇者様」

勇者「ん?」

メイド長「やはり今回も?」


843 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 02:53:59.28 Lbanm5QNP

勇者「あー。うん」
メイド長「魔王様を避けてますよね?」

勇者「うー」

メイド長「避けてらっしゃいますよね?」
勇者「うー、うん」

メイド長「……使用人の分際で差し出がましいかと思い
 今まで訊ねずに参りましたが、埒が明きません。
 魔王様には内緒にしておきますから
 何か問題があるのなら相談くださいませ」

勇者「うん……」

メイド長「煮えきらない態度ですね。
 あれですか。酒場の鳥娘に言い寄られたり
 半透明のスライム娘に告白されたり
 爆乳自慢の牛娘に婿宣言されたりしたんですか?」

勇者「うがっ!」

メイド長「どうなんですか?」

勇者「そのう、そういうのがないとは言いませんが」

850 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 03:01:16.21 Lbanm5QNP

メイド長「大体転移呪文があるのなら
 毎日は無理でも、毎週程度には帰ってこられますよね?」

勇者「うん」

メイド長「魔王様がそれに気が付かないくらい
 お間抜けで今回は助かっていますが……」

勇者「うん……」
メイド長「どういうことなのですか?」

勇者「いや、その。さ」
メイド長「はい?」

勇者「……魔王が、あんまりにも俺に頼らないから」
メイド長「……」

勇者「最初にさ、あの魔王の間で『我のものになれ』
 なんていわれてさ『まだ見ぬもの』なんていわれたからさ」
メイド長「……」

勇者「てっきり、勇者の力で、魔族の反乱分子を
 粛清してさ、たとえばゲートを閉じちゃったりして
 そうやって戦争を終わらせると思ってたんだよ」


853 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 03:05:27.68 Lbanm5QNP

勇者「そういう意味で、勇者の力が欲しいのだと」
メイド長「……」

勇者「なのに、あいつ、俺の戦闘能力は当てにしないでさ、
 それどころか、戦わないように戦わないようにしてさ」
メイド長「はい」

勇者「なんかまるで俺のことが大事みたいに
 ……好きみたいにさ。するから」

メイド長「……」

勇者「だって所有契約だろう?
 俺はあいつのものだしあいつは俺のものだ。
 気に入らなかったら命をとられてもいいんだ。
 そういう契約じゃないか」

メイド長「そうですね」

勇者「それなのにさー。あいつさ。挙動不審だし
 言い訳も説明も過剰だし、おっかなびっくりだしさ」

メイド長「……」

勇者「……上手く言葉にならねぇや」


854 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 03:08:45.40 Lbanm5QNP

メイド長「魔王様は、勇者様のことを――」

勇者「判ってるんだ。
 そこまで馬鹿じゃない。
 相手の好意が信じられないから、
 自分の好意を与えられないだなんて
 そんな腰抜けの言い訳じみたことを言うつもりはないんだ」

メイド長「では、なぜ?」

勇者「だって、俺、死んじゃうしさ」

メイド長「……」

勇者「今回のことがどう転ぼうがどう成功しようが
 それでも俺は人間だから、魔王よりも先に死んじゃうしさ」

メイド長「それはっ」

勇者「そんな俺が魔王と想いを重ねるって
 それはなんだかすげぇ不実な気もするんだよ」

メイド長「そんなことはありません」

勇者「そうかなぁ」


856 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 03:12:06.98 Lbanm5QNP

勇者「そりゃ、まぁ。本当かもしれないよ?
 終わりがない関係はないけれど
 終わるために出会うわけじゃないからさ」

メイド長「……」

勇者「でも、なんだかなぁ」

勇者「俺、最後のときに、魔王の困ったような
 泣きそうな顔ばっかり思い出す気がするんだよ」

メイド長「そんな」

勇者「これもびびってるっていうのかなぁ。
 でも、魔王がそういう顔すると思うとつらい。
 勇者って言うのはさ、
 もしかしたら幸せになっちゃいけない職業なのかも
 しれないって。そう思うんだよ」

メイド長「……」

勇者「今の俺は、あんまり勇者って感じじゃないなっ!」

857 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/06(日) 03:15:40.56 Lbanm5QNP

メイド長「メイド如きに口を挟める問題でも
 ないのでしょうが、一つだけ」

勇者「うん」

メイド長「勇者様は、魔王様のもの。
 勇者様のすべては魔王様の、我が主の所有物」

勇者「ああ、そうだ」

メイド長「そのことをお忘れなきよう」

勇者「うん」

メイド長「だとすれば、
 勇者様の感じるためらいも思いやりも、
 押し殺している願いや
 憧れるような希望も、
 触れたいという祈りも。
 言葉にならない、魔王様への気持ちさえ。
 それらもすべて魔王様のもの」

勇者「……」

メイド長「それをお忘れなきように」





次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #05


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