関連記事
先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #03
――南氷海巨大湾岸都市、商業会館
青年商人「ふふぅん、こいつはたまげた。
全く度肝を抜かれた、まいったな」
中年商人「よう。どうした、呼び出して」
辣腕会計「まだ夕食には早いでしょう?
どうしたんです?
湖の国のワインでも暴落しましたか?
それとも聖王都の為替変動ですか?」
青年商人「まぁ、こいつをみてくれ。
午前中に届いて、やっと組み立てたんだな、これが」
中年商人「――ッ!!」
辣腕会計「こ、これは……」
青年商人「まぁ、一目でわかるか」
中年商人「これは羅針盤だな? 見たことのない形状だが」
辣腕会計「ですが、見ただけで判ります」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1251963356/
青年商人「何処のどいつの工夫だかは判らないが
こいつはたいしたものだ。恐ろしいもんだ」
中年商人「ああ、頭を大石で殴られた気分だ」
辣腕会計「これは……二つの円環で、どんな場所に
置いても水平が保たれるのですね? さらに
この重りで安定させるわけですか……」
青年商人「ああ。理屈は見れば判る。
特別な装置が使ってあるわけでもないが、すごい発明だ」
中年商人「これを見せれば、銅の国の技術士ならば
もっと小型にも出来るだろう。やったな! おい!
何処でこんな物手に入れたんだ。
この功績の価値は、幹部候補生、いや、10人委員会に
入るのも夢じゃないぞ、お前!」
辣腕会計「ええ、この発明は『同盟』に巨大な利益を
もたらすでしょう、同志よ!」
青年商人「こいつは世界を変えるな」
中年商人「ああ、世界を変えてしまうだろうな」
青年商人「さぁて、なかなか」
中年商人「ふむ、たしかに」
辣腕会計「どうしたんです?」
青年商人「いや、なに。これがここにある、
その意味合いをな」
中年商人「確かに巨大な利益は目の前だ。
酒樽一杯の蒸留酒のような物。嬉しくてたまらんわな。
しかし、その酒樽にはもう蒸留酒はのこっていないのかな?
あるいは罠の可能性は?
俺たちは商人だ。酔っぱらいじゃぁ、無い。
そこんところを頭を使わないとな」
辣腕会計「そうですね、ふむ」
青年商人「まず、第一にこれを発明したのは俺じゃない。
俺にこれをとどけた人間がいるんだ。
そいつの思惑を考えなければいけないだろうな」
中年商人「身元はわかっているのか?」
青年商人「まぁ、本人からの手紙にはな。
『紅の学士』とある。送り主は南部諸王国の西の外れ
冬越し村というところだ」
中年商人「小さな寒村だな」
辣腕会計「目立った特産品はなかったと記憶していますが。
――いや、まてよ」
がさごそ
青年商人「どうした?」
辣腕会計「確か、報告にその名前が……。
ああ、ありました。この夏に、湖畔修道会の修道院が
その村に建築されたようです」
中年商人「湖畔修道会? 湖の国の?
もうそんな辺境まで勢力を広げたのか?」
辣腕会計「いえ、勢力範囲から遠く離れた場所に突然
修道院をつくったようです。教化も進んでいないでしょう。
ですから報告書に特記されていたのでしょうが……」
青年商人「ふむ。黒だ」
中年商人「関係があると睨んで良いだろうな」
辣腕会計「接触ですか?」
青年商人「それはどうあれ、その必要があるだろう。
『同盟』がこの羅針盤から得られる利益を
最大化するためには、この工夫を独占しなければならない」
中年商人「だが、この工夫は、一目見ただけで
その革新性が判る。革新性が判りやすいってのは
売る時にはまたとない武器だが、
真似して作るのも簡単だって云う弱点があるな」
辣腕会計「そのとおりですね」
青年商人「『同盟』がこの羅針盤を部外秘として
『同盟』所属の船舶だけに装備し、交易優位性を
あげるにしろ、全中央大陸国家に販売して利益を
上げるにしろ。発明元のこの学士と交渉する必要がある」
辣腕会計「真似はできても、あちらが他の様々な
組織や国家に同様の売り込みをしないとも限らない。
……そうですね?」
中年商人「場合によっては……」
青年商人「そう言うことにはならんで欲しいな。
我らは商人なのだから」
――冬越しの村、夏
小さな村人「ほーぅい、ほーぅい」
痩せた村人「ほーぅい」
小さな村人「なんて良い天気なんだろう」
痩せた村人「まったくだなや、大麦さんもそだっとるよ」
小さな村人「修道院が出来てから、色々教えてもらえるしなや」
痩せた村人「おや、修道士さんだべさ」
修道士「こんにちは、精が出ますね」
小さな村人「こんにちは」ぺこり
痩せた村人「こんにちはだなや」ぺこり
修道士「今日はどうされています?」
小さな村人「わしは川でマスを釣ってきただぁよ」
痩せた村人「わしは薪をつくってただぁ」
修道士「それは良かった」
小さな村人「修道士さんは?」
修道士「ははは、実はですね。
試しに作っていた作物が、早くも二回目の
収穫を迎えたんですよ!」
小さな村人「なんだか、修道士さんも嬉しそうだなや!」
修道士「ええ、嬉しいです。大地が恵んでくださった。
これは光の精霊様が頑張れとおっしゃってくれて
いるわけですよ。それで、この収穫の報告に
学士様への所へ行こうかと思いましてね」
小さな村人「そうかそうか、そうだったんだべ」
修道士「ええ。この作物、馬鈴薯というのですが
甘くてほくほくして大層美味しいのですよ」
小さな村人「そうかぁ、一度食べてみたいだなやー」
痩せた村人「どんな味なんだろう」
魔王「招待するぞ?」
修道士「ああ、これは学士様!」
小さな村人「学士様、こんにちはですだよ」
痩せた村人「こんにちは、学士様。良い天気ですだ」
修道士「いま、ご報告にうかがおうかと」
魔王「ああ、ありがとう。そろそろかと思っていたのだ」
メイド姉妹 ぺこり
修道士「計画通りに取れました。いやいや、好調ですね。
荷車二台分はたっぷりと取れたかと思います」
魔王「土壌採集は?」
修道士「指示通り、六カ所でそれぞれ
樽一杯分づつを保存してあります。それにしても
我が修道会も農業技術の集積は進めてきましたが
前代未聞の方法ですね」
魔王「結果が出てくれれば嬉しいのだがな。
ふむ、これか」
修道士「ええ、良く育っています」
魔王「よし、振る舞いをしよう」
修道士「振る舞い、ですか?」
魔王「こいつを広めるためには、何はともあれ、
皆に食べてもらわねば始まるまい?
それには、宴でも開いて振る舞うのが一番だ」
小さな村人「ほんとうですか? 学士様」
痩せた村人「良いのでございますか」
修道士「どうです?」
魔王「もちろん本当だ。修道士どの、いかがだろう?
修道院の前庭を借りることが出来ようか?」
修道士「もちろんですよ。でも、この馬鈴薯は売って
資金に充てるのかと思っていましたよ」
魔王「金はもちろん欲しいが、独り占めするつもりはない。
飢えなく、皆が豊かになる方法を考えないと、
先が続かない。そのためには村の皆の手助けが必要だ」
小さな村人「うわぁ、食べてみたいですだ学士様」
痩せた村人「おらのところの畑でも作れるようになるですだ?」
修道士「ああ。もちろんさ。
作ってみたが、小麦と比べて世話が大変と云うこともない。
もちろんいくつか気をつけなければならないことは
あるけれど、それは修道会で教えてあげることが出来る」
小さな村人「さっそく家内におしえてやらにゃぁ!」
魔王「おお、そうだ。宴の支度に手が足りないかも知れぬ。
奥方の手が空いていれば来ていただけると助かると
思うぞ。なあ、修道士殿」
小さな村人「あーれ。学士様。奥方なんて照れるだよ。
うちのはただの母ちゃんだよ。でも、そう云われると
なんだか母ちゃんも悪い気はせんかもなぁ。
こっぱずかしいな。でも直ぐに行かせるから!」
修道士「そうですね、ご報告もしたということにして
私も帰って他の修道士、騎士院長にも伝えて参ります。
ああ、そうだ。その、料理はどうすればよいでしょう」
魔王「心配ない。いってくれるな?」
メイド姉「はい」ぺこり
メイド妹「いきまーっす」
修道士「それは助かります。まだこの馬鈴薯の調理方法を
研究した訳じゃありませんからね」
魔王「あー。くれぐれも云っておくが、
揚げ馬鈴薯だけは必ず作るのだぞ?」
――冬の国、王宮
王子「じぃ、じぃ~」
執事「なんでございましょう、若」
王子「若はやめろ。俺はもう二十歳だ」
執事「どうしたのでございます?」
王子「爺は馬鈴薯なる物を知ってるか?」
執事「ははぁん。若も馬鈴薯を食べたので?」
王子「ああ、食べた。美味いな!」
執事「何でも旅の学者がこの地へもたらしたとか」
王子「うまいうえに、俺たちの貧しい国でも
もっぎゅもっぎゅ……栽培できるらしいな」
執事「さようでございますなぁ」
王子「情報はあるのか?」
執事「ございますとも」
王子「ふむふむ」
執事「こちらの書類は関連項目でございます」
ぺらり
王子「では、湖畔修道会が主導で栽培を
推し進めているのだな?」
執事「そうなりますな。また、この湖畔修道会は
合わせて様々な改良を施しているようで」
王子「ふむ、どのような?」
執事「まずは、四輪作といわれるものですな。触れ込みに
よれば大地の恵みを目減りさせずに、四年周期で麦作を
行なう手法です。以前の三輪作にくらべて、小麦はもと
より豚や羊などを安定して供給できるようですな」
王子「冬のあいだにもか?」
執事「冬のあいだには、家畜にカブを食べさせるそうです」
執事「それから、えー。農機具の改良、修道学院の設立」
王子「学舎か、ふむ」
執事「さらにこの度作られたのが、『風車』です」
王子「それはなんだ?」
執事「『水車』に似たものですが、川の流れではなく
風の流れをくみとって、動力にしているようですな。
修道会が雇い入れた船大工の一派が工夫して作った
そうですが。我が国北部の高地には、充分な水源が
ありませんから、普及すれば便利でしょう」
王子「……ふむ」
執事「お気になりますか?」
王子「まぁな。税収が上がっているのは嬉しいが……。
まぁ、それで戦争を終わらせられるわけでなし。
しょせんイモでは我が国を救うことも出来ないが
……まぁ、なんでも目は通しておかんとな」
執事「そうですね。税収は荘園ごと、村ごとに納め
させますから、一概にどのくらいの効果があるかは
判りませんが、修道会が関与すると5%ほど税収が
上がるようですな」
王子「大きいな」
執事「小さく考えてはいけませんよ。1年足らずの
あいだにそれだけの改革を見せたわけですから
来年以降どうなるか判りません」
王子「冬小麦の収穫はこれからであるしな」
執事「その馬鈴薯なる食物は、年に数回収穫できる
そうですな」
王子「そうなのか?」
執事「驚きですが、事実のようです」
王子「ふむ」
執事「税収の形には表れないものの、農民の暮らしには
大いなる恩恵を与えていると云って良いでしょうな」
王子「じぃの云うことならば信じぬ訳にはいかないな」
執事「ありがたいことですなぁ」
王子「何らかの施策をするべきだろうか?」
執事「そうですなぁ。まだ始まったばかりのようですから
傍観していても良いのではないでしょうか」
王子「ふむふむ」
執事「修道会はこの運動で、我が国を始め、南部諸王国に
確固たる地盤を築く狙いがあると思います。
運動の結果を出せれば、向こうから王宮に接触を
持ってくるかと思いますな」
王子「そうか。修道会の指導者は……」
執事「女騎士ですな」
王子「挨拶くらいしなくて良いのか? 顔見知りではないか」
執事「まぁ、向こうは現役の時から思い込んだら
動かない高潔なる気位の持ち主でしたからなぁ。
私も恨みに思われているでしょうな。
いわば裏切り者ですから」
王子「そうか……。すまない」
執事「もったいないお言葉ですな、若」
王子「今年は魔族の動きが鈍い」
執事「おそらく、勇者の噂は真実でしょう」
王子「その勇者を、手を下したわけではないとは云え
死地に追いやったのは我々だ……。
勇者が生還したという情報はないのか?」
執事「ございませんな」
王子「この戦争、終わるわけには行かぬのか」
執事「いま戦争を終えれば、真っ先に消滅するのは
我が国でしょう」
王子「……」
執事「この冬の国、それをいえばおなじ南部諸王国である
氷の国、白夜の国、鉄の国はそれぞれ気候も厳しく、
充分な食料も取れません。最下層の国々です。
いま現在は魔族との大戦争の前線として
中央大陸全土からの資金援助と食料援助がとどいている。
中央大陸の盾と云えば聞こえは良いですが
詰まるところ走狗になっているに過ぎません。
援助がとどこおれば、人々は全て飢えて死ぬでしょうな」
王子「しかし、それを知らせず、兵をただ消耗させるのは
兵達に対する裏切り行為だ。茶番ではないか」
執事「ええ、茶番ですとも。
しかし茶番をする存在が、王族です」
王子「……戦場で雄々しく散るのは良い。
それは氷海の戦士の直系たる我が血にふさわしい。
だが民を欺き、その命を代価にして生を購うのは……」
執事「若、辛抱ください。
どうか、民を見捨てずにいてください」
――魔界、紅玉神殿
勇者「……うー。疲れた。だるい。腹減った」
火竜大公「や、やるな。黒騎士よ」
勇者「いい加減タフだな、火竜大公」
火竜大公「……退くわけには、行かぬっ」
勇者「おまえ、十回くらいしっぽも腕も切られてるじゃん」
火竜大公「何度でも生やすまでだ!」
勇者「うぁー。どうすれば良いんだよぅ、この変態」
火竜大公「我が命を絶てば良かろう。
その実力を持っているクセに何を悠長なことをしておる!」
勇者「別に殺したくてやってるわけじゃない。
編成中の軍勢を退かせてくれれば済む話だろう」
火竜大公「それは出来ぬ。火竜の勇士によって
『開門都市』は奪還する必要があるのだ」
勇者「あー。やっぱしそれかよぉ」
火竜大公「貴様もだ! 貴様も魔王様直属の執行官で
あるのならば、人間どもに奪われた魔界の都市を
奪い返すのが筋という物であろうにっ!」
勇者「それは云うとおりなんだけどさ」
火竜大公「何を躊躇う。人間を皆殺しにすべきではないかっ!」
勇者「とりあえず、魔王は『開門都市』奪還の命令を
発してはいないんだよ」
火竜大公「魔王がふぬけなのだ!
わが竜族から魔王が出ていれば、あのような柔弱な弱腰の
魔王などいただかぬでもすんだろうにっ」
勇者「つまり、魔王に弓引くのか?」
火竜大公「……」
勇者「それは盟約に背くよな。さんざん諸侯が争って
滅亡寸前まで何回も行った魔界が、なんとかやっと
つくった協定らしき協定だもんな」
火竜大公「魔王は『開門都市』奪還の命令を発してはいない」
勇者「うん」
火竜大公「だがしかし、禁止の命令を発したわけでもない」
勇者「あー。気がついちゃってるよ、このおっさん」
火竜大公「諸侯に檄を発して、魔王の名をかたり
『開門都市』奪還を目指すなら、それは盟約に触れようが
我が部族だけで向かうのであれば、
それは王である私の決定だ。
誰に口を挟まれる云われもないっ!」
勇者「俺に勝てればな」
火竜大公「ならば殺すが良いっ!
魔界の溶岩の中で生を受けた火竜大公、逃げも隠れもせんっ!」
勇者「なんかもー。難しいなぁ。
気に入らないヤツ、刃向かうヤツをかたっぱしから
ぶっ飛ばせた勇者生活が懐かしい……。
あの頃は殺さないように話をまとめる苦労なんて
全然しなかったぞ……」
勇者「火竜大公」
火竜大公「何だ、黒騎士」
勇者「では、俺があの街に先乗りをしよう」
火竜大公「……」
勇者「あの街、『開門都市』は
魔族があがめる片目の神の聖地だ。
そこを人間に支配されるのは苦痛だろう。
それは判る。しかしまた、その聖地の守りを忘れ
人間世界を攻めるに酔っていた竜族の罪もあると知れ」
火竜大公「それは……」
勇者「言い訳無用。……人間が憎いのは判るが
あの都市は彼らが戦争で奪ったのだ。
争いの勝者は神聖だ。その魔界の不文律を忘れるな。
特にその敗北が油断から成されたのなら、なおさらだ」
火竜大公「……ぐぐ」
勇者「それに、火竜大公の軍で攻めたところで
あの街はこの魔界で唯一人間が暮らす街だ。
たやすく奪還できるとはかぎらない。
精鋭たる聖鍵遠征軍が守っているのだからな。
悪くすれば、火竜の民は全滅だ。
それを望むのか、火竜大公」
火竜大公「そのようなこと、やって見ねば判らぬ!」
勇者「次の春まで時間をくれ」
火竜大公「……」
勇者「黒騎士が、魔王の名にかけて誓おう。
『開門都市』を取り戻し、魔王の直轄地とする」
火竜大公「魔王の、直轄地に!?」
勇者「火竜の一族の関心は誇りだろう?
魔王の軍勢が取り戻し、直轄地になるのであれば
問題なかろう。魔王はその柔弱という評判を払拭できる」
火竜大公「しかし、もし約束をたがえれば」
勇者「そのときは魔王がまさに弱腰と云うことだろう」
火竜大公「容赦はせぬぞ?」
勇者「ああ、魔王は魔王にふさわしくない。
そのときは魔王の位を譲り渡そう。黒騎士が約束する」
火竜大公「……」
勇者「どうだ?」
火竜大公「よかろう」
勇者「おー! よかった」
火竜大公「おぬしには男気がある! だれか、だれかある
公女を呼んで参れ!」
火竜公女「おとうさま、私はここに」
勇者「えーっと」
火竜大公「約束を見事果たした暁には、この公女を
くれてやる! 妻にでも妾にでもするが良い! がはははは」
――冬越しの村、村はずれの屋敷
魔王「こっ、これでいいかの?」
メイド長「ええ。あらあら、まぁまぁ。見違えましたね」
魔王「何だ、そのコメントは」
メイド長「勇者様がいなくなってから
まったくお召し物に頓着なさいませんでしたからね」
魔王「『いなくなって』などと不吉なことを云うな。
ちょっぴり出張しているだけではないか」
メイド長「ええ、もちろん。まおー様が捨てられた
女であるかのような印象を持たれてしまったのならば
その誤解、このメイド長一生の不覚ですわ」
魔王「……」
メイド長「今日は綺麗ですよ、まおー様」
魔王「むぅ。釈然としない」
メイド長「とはいっても、交渉事ですからねぇ。
多少は見栄えを良くしないと」
魔王「それにしても、なんというか」
メイド長「?」
魔王「ちょっとビラビラしすぎではないか? このドレス」
メイド長「素敵ですよ?」
魔王「それに襟ぐりが随分深いような気がする」
メイド長「それくらいがお洒落なんですよ」
魔王「ううう」
メイド長「みっともない駄肉なので恥ずかしいですか?」
魔王「ええーい、うるさい! そ、そんなに駄肉ではない!
女騎士殿もグラマーですと言ってくれたし、みなそういってる。
ちょっぴり母性的なだけではないかっ」
メイド長「人格的母性のない肉を駄肉というのです」
魔王「ううう。今日のメイド長は厳しい」
メイド長「ちょっと気が立ってるんですよ。
警備体制を整える関係で」
魔王「どうなっている?」
メイド長「妖霊と夜精霊を配置しています。
まぁ、軍でも出てこなければ充分でしょうが……」
魔王「心配か?」
メイド長「相手が貴族や軍人ならばともかく、
『同盟』の商人ですからね。その点に関しては
まおー様におまかせするしかないわけで」
魔王「信用なさ過ぎだな、わたしなのか」
メイド長「いえ、お手伝いできないことが不安なのです」
魔王「しかたない。これは避けては通れない関門なのだ」
メイド長「せめて勇者様がいてくだされば」
魔王「勇者に役目が渡るとすれば、それは交渉が
失敗した時だからな。そうなったら逃げる段階だ。
だから意味はない」
メイド長「あんまり強がると殿方は不安だそうですよ」
魔王「へ?」
メイド長「まぁ、それはいいですわ」ひらひら
魔王「あしらうな」
メイド長「そろそろでしょうか」
メイド妹「お客様を客間にお通ししました~。
いまお姉ちゃんがお茶を入れてます~」
メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」
メイド妹「はーい♪」
メイド長「まおー様? 準備はよろしいですか?」
魔王「ああ。このボタンをはめてはダメなのか?
メイド長「そのボタンは飾りボタンです。
はめる目的ではありません」
魔王「上から実験用の白衣を羽織るとか! 学者らしく!」
メイド長「お笑い芸人じゃないんですから」
メイド妹「当主様、おっぱい格好いいよ♪」
メイド長「まったくこの娘は。さぁ、まおー様」
魔王「ああ、しかたない。出陣だ!」
――冬越しの村、客間
かちゃり
青年商人「やぁ、これは!」
辣腕会計「ほほう」
魔王「お待たせして済まないな。私がこの館の当主
といっても無位無冠の学士だ。紅の学士と呼んでくれ」
青年商人「はじめまして。私は『同盟』の南氷海西方を
担当しております青年商人です」
辣腕会計「今回のご挨拶に同行させていただいた
会計でございます。以後、お見知りおきを」
魔王「いや、ご丁寧なご挨拶、痛みいる」
青年商人「正直驚きが隠せません! 学士にして発明家
農業への造詣も深いとのことで、
言葉は悪いですが、ご高齢の老師かと想像していたのですが
こんなに麗しいご婦人にお目にかかる事ができるとは!」
魔王「そんなに褒められては何を話して良いのか、
言葉を失ってしまいますな」
青年商人「いえいえ、学士様はその英知だけでなく
美しさでも我らに光を与えてくれるようですよ」にこにこ
メイド長(商人のお世辞とはいえ、すごい威力ですね)
魔王「交渉を有利に進めようと思う女の浅知恵だ
どうか笑って許して欲しい」
メイド長(おお。まおー様。気合いの入った防御ですねー)
青年商人「いえいえ。……あのような羅針盤を送られては
駆けつけないわけには参りませんよ」
魔王「それにしては一月もの時間がかかったのは?」
青年商人「ははは。これはお恥ずかしい。
私のような駆け出しの商人が、『同盟』において
今回のような大規模な案件をこなすにあたっては
様々に根回しが必要でして」
辣腕会計「お待たせして申し訳ありません」
魔王「さて、では交渉に入りたいと思うのだが
まずはこれを見て欲しい」
青年商人「これは……?」
辣腕会計「穀物ですか? 見たことはありませんが」
魔王「これは玉蜀黍という植物だ」
青年商人「ほほう」
辣腕会計「玉蜀黍、ですか」
魔王「この食物の特性については、
こちらの書類にまとめてある。
これはお持ち帰りいただいて結構だ。
いまとりあえず、この場では口頭にて説明させて
いただこう」
青年商人「窺いましょう、学士様」
魔王「この玉蜀黍は一年草でな。最大の特性は水が
少なくとも順調な生育が望めることだ。むしろ水が多い
場合は生育に悪影響がある。もちろん最低限の水分は
必要だがな。発芽の温度として30度が必要となる」
青年商人「30度、ですか」
辣腕会計「かなり高い温度ですね」
魔王「ああ、そうだ。小麦とはまったく栽培の思考を
切り替える必要がある」
青年商人「ふむ」
魔王「つまり、この玉蜀黍は、いままで植物の耕作に
適さないとされていた大陸中央部の荒れ地に
ふさわしい作物なのだ」
青年商人「……」
魔王「食用として利用する場合は、完全に完熟させて
乾燥させた粒を製粉してパンのようにすることも出来るし、
饅頭のようにすることも出来よう。
この粉には香ばしくてわずかな甘みがある。
乾燥させることにより、貯蔵、保管にも優れている。
畜産のための飼料としては、
大麦やカブの数倍の効率が見込める」
魔王「また、食用外への利用も幅広い。
油分の多いこの食物は、油を取り出すことが可能だ」
青年商人「……油ですか」
辣腕会計「……」
魔王「うむ。玉蜀黍馬車一台あたり、ビン二本ほどだがな。
しかも、この油は製粉するのと同時にとることが出来る。
つまり、両方取れると云うことだ。
油は食用に用いることはもちろん、様々な用途で使えよう」
青年商人「たしかに……。油の需要は年々増える
傾向があります。『同盟』でもとりあつかっていますが」
魔王「商人どの、これは新しい商売の形だと考えて欲しい」
青年商人「……」
魔王「確かに巨大な資本が必要だ。
その資本をもちいて、いまは全く役に立っていない荒野に
人を送り、バックアップすることにより開拓を行なう。
玉蜀黍を栽培するための開拓村だ。
まったく開拓されていない場所は確かに開拓に
手間も資本もかかろうが、その分、計画的に物事を
行なうことが可能だ。整地して区画整理を行なった
農地での大規模栽培は、現在中央大陸の各所で見られる
ような小さな農地でモザイクになってしまったような
農場による農業より遙かに集約的な体制での
栽培を可能にするだろう」
魔王「しかも、そこで新しくできた開拓村は
完全に『同盟』の影響下にある巨大な市場になるだろう。
玉蜀黍以外の作物を始め、木材や塩、鉄、布、
ありとあらゆる消費物を購入する新しい顧客となる」
青年商人「……」
青年商人「それは、つまり……」
辣腕会計「……」
青年商人「商品でも、栽培方法でもなく
『同盟』に、新しい『概念』を売る、と?」
魔王「そうだ」
青年商人「判ります。私には。
……いまの話を聞きましたから、その価値が判ります。
貴女の言葉は……。
この中央大陸の都市の全てより……。
いや、既知世界の全てよりも金になる」
魔王「あははは。良い顔だな」
青年商人「はい?」
魔王「女におべんちゃらを言っておる時より数段良い」
青年商人「そうですか? まぁ、しかし。
いまの話を聞いては真面目にならざるを得ませんよ。
しかし良いのですか?」
魔王「なにがだ?」
青年商人「いまの言葉、そして送っていただいた羅針盤。
すべて『考え方』を基本にしたものです。
技術でも品物でもない。
つまり、複製できない物ではない」
魔王「そうだな」
青年商人「私たちがそれらを複製して、貴方とは無関係に
計画を進めるとは考えないのですか? 貴方の利益は?
貴方の権利をどうやって守るつもりなのですか?」
魔王「それについては諦めておる」
青年商人「はい?」
魔王「技術も品物も素晴らしい。利益も結構。
私もお金はあれば欲しい。
研究したいことがたくさんあるからな。
しかし、単一技術や独占可能な品物では、
この世界に与える影響は限定されざるを得ない。
必要なのは転換と突破だ」
辣腕会計「それは神学的な話でしょうか?
複雑すぎて、判らないのですが」
青年商人「……」
魔王「そちらの商人の方は判っているようだ」
青年商人「……」
魔王「どうした?」
青年商人「だとすれば……貴女は……」
魔王「……」
青年商人「選ぶ必要が、あると?」
魔王「選びに来たのだろう?
交渉という言葉の意味はそれだと心得ている」
青年商人「しかし、それは。貴女は何を望んでいるんですか?」
魔王「戦争の早期終結」
青年商人「……」
魔王「しかも、その形は勝利でも敗北でもない
形態でなければならない」
青年商人「……それは」
魔王「『同盟』が魔族との大戦における、中央大陸最大の
スポンサーだと云うことは心得ている」
青年商人「魔族は人類の敵です。魔族との戦いに
人類陣営の一翼である我らが全てをなげうって
協力するのは至極当たり前のことではありませんか」
魔王「それは公的な見解であろう」
青年商人「正式見解です」
魔王「高きと低きを、北と南を、炎と氷を、
相容れない光と影を仲介し、妥協し、取引することで
利益を上げるのがお主ら商人ではないか?」
青年商人「あ、貴女は……」
魔王「なんだろう?」
青年商人「『同盟』の味方ですか、敵ですか?」
魔王「取引相手だ」
青年商人「……っ」
メイド長(まおー様~っ! がんばって!)
青年商人「私は二つの道のあいだで悩んでいます」ぎりっ
魔王「なにを?」
青年商人「人間として、貴女の先ほどの発言は
裏切り行為です。教会の方針においても異端だ。
私は貴女をこの場で断罪し、告発すべきかもしれない」
メイド長(まおー様、まおー様っ。森の中に
黒装束に黒塗りの剣を持った傭兵団がっ)
魔王(控えておれっ)
魔王「敵と味方の2分割では、
この世界はあまりにも惨めに過ぎよう」
辣腕会計「……部隊の配置が」
青年商人「良い。……試されてるんだね、僕らは」
魔王「……」
青年商人「この先もあると?」
魔王「もちろんだ。大陸中央部の乾燥地帯において
水車の代わりに利用できる『風車』というものも
開発してある。森林資源を消費してしまうが
羊皮紙に変わる新しい筆記資材もめどは立った」
青年商人「貴女は何を見ているんですか?」
魔王「私は学者だが、専門は経済学でな」
青年商人「経済……?」
魔王「耳慣れぬ言葉だろうな。
物と金の流れ、利益と損害、
魂持つものが生み出す社会において
たゆまず流れる交流の歴史と未来がその専門だ」
青年商人「利益と損害、ですか」
魔王「そうだ、商人殿。
商人殿とおなじものを見ているだけだよ」
青年商人「それをもって、人類全てを裏切れと?
この戦争を終結させようとする
貴女の見る夢がどのような色をしているか
判らないわたしではないっ」
魔王「信じている」
青年商人「わたしの。……『同盟』の。
我ら人間の、何を信じると言うのです?」
魔王「損得勘定は我らの共通の言葉であることを。
それはこの天と地の間で二番目に強い絆だ」
青年商人「あはははははは!」
辣腕会計「……商人っ」
青年商人「いや、いいんだ。
そうだ。まさにその通りだ!
人間である前に商人たれ。
教会の敬虔な信徒である前に商人たれ。
まさに『同盟』の訓辞通りじゃないかっ」
辣腕会計「それは……」
魔王「わたしは純粋な契約主義者なのだ」
青年商人「奇遇ですね、わたしもなんですよ。
作りましょう。我らが未来を照らす光となる
契約書を」
辣腕会計「……それでは」
青年商人「ああ、退かせてかまわない」
魔王「冷や汗が吹き出る思いであったよ。商人殿」
青年商人「いやはや。本場の東方商人と渡り合っても、
これほどの緊張感を味わった事はありません。
貴女が学士であり、商人でなくて本当に良かった」
魔王「私は無力で腰抜けの存在だよ」
青年商人「いえいえ、王侯貴族だってあそこまでの
迫力はなかなかにある物じゃない」
メイド長(あったり前ですよ。まおー様は
これでも王族なんですからねっ!)
青年商人「それにしても……二番目に強い絆、ね」
魔王「……」
青年商人「玉蜀黍の件はいつうごけます?」
魔王「すまないが、いくつかの実験と、苗の
栽培を残している。動けて次の春から、だろう」
青年商人「充分に早いでしょう。私もこの計画を
聞いたからには『同盟』内部での地盤を
固めなくてはならない。
この巨大利益です、動かすことはたやすいが
コントロールが聞いてこその権力ですからね」
魔王「あの羅針盤が役に立ってくれれば良いな」
青年商人「せいぜい、利用させていただきましょう」
――冬越しの村、村はずれの館、玄関
メイド長「日も傾いております、お気をつけを」
魔王「近くに隊商をまたせてあるのだろう?」
青年商人「“隊商”ね。ははは」
魔王「それがお互いのためだとしよう。わたしも
警戒はしていた。お互い様だ」
青年商人「まったく、今日は驚きの連続だ」
魔王「心臓に悪い」
青年商人「そうそう。……二番目に強い、と
おっしゃいましたね。一番はなんなのです?」
魔王「知れておる。愛情だ」
辣腕会計「――それは」
青年商人「あははははは。ああ! すごい!
素晴らしいな。一日に二回も、こんな気持ちに
させられるとはっ!」
魔王「子供でも知っておることだ」
青年商人「たしかに! 私はあなたに言いました。
二つの道で迷っていると。
あなたを殺すことはすっかり諦めましたからね。
これはもう……求婚するしかありません」
魔王「そ、そ、そ、それはなんだっ!?」
青年商人「なんだって。結婚の申し込みですよ」
魔王「なんて軽率なことを言うんだ。恥を知れ!」
青年商人「おやおや。貴女があまりにも明晰な
思考をなさるんで、世間並みのたしなみを
忘れてしまっていました。
たしかに。持参金も贈り物も無しに求婚するなんて
先走りすぎましたね」
魔王「わ、わ、わたしには、その」
青年商人「いえいえ。
このようなことは腰をすえて取り組むタイプですからね。
粘り強さは決断力とともに商人の重要な武器なのです」
魔王「いやっ。いくら時間をかけられてもそんな事はっ」
青年商人「では、またお会いしましょう!
次は都か、船の上か。契約は急ぎお届けします。
愛しの君よ。……そう呼ぶのはかまいませんかね?」
魔王「だ、ダメダメだーっ!!」
――冬越しの村、村はずれの館、小さな部屋
メイド妹「~♪ ~♪」
メイド姉「ご機嫌だね」
メイド妹「うんっ。みがくの楽しいねー」
メイド姉「そうね。こんなにあったかくて、
きちんとした仕事があって。幸せね」
きゅっきゅっ
メイド妹「そうだよねー。去年の秋は、毎日、
夜が来るのがこわかったもんねっ」
メイド姉「うん」
メイド妹「あたしねー。今度は、せーれー様の本で
勉強するんだよー」
メイド姉「そうなの? がんばってるね」
メイド妹「おねーちゃんもやった?」
メイド姉「やったわよ、結構難しい単語があるわよ?」
メイド妹「大丈夫だよぉ。
ちゃんとした言葉を覚えるとモテモ? えっと……」
メイド姉「『殿方に好意を持っていただける』でしょ?」
メイド妹「うん、そうそう。それ!
眼鏡のおねーさんがいってた」
メイド姉「メイド長様は、面倒見が良いから」
メイド妹「怖いよ? すぐ怒るよ」
メイド姉「怒ってないよ。叱っているだけ。
本当はとっても優しい人だよ?」
メイド妹「そうかなぁ? お尻叩かれたとき、
ひりひりして椅子に座れなくなったもん」
メイド姉「拾い食いなんかするからです」
メイド妹「昔はおねーちゃんもやってたくせに」
メイド姉「ご飯ちゃんと食べさせてもらってるでしょ?」
メイド妹「うんっ」
メイド姉「じゃ、恥ずかしいことは、しないの」
メイド妹「おねーちゃんは、年越し祭はどうするの?」
メイド姉「どうするって?」
メイド妹「村の真ん中で、踊るらしいよ?」
メイド姉「だれが?」
メイド妹「村の男の子と、女の子、たくさん」
メイド姉「私は良いわ」
メイド妹「そーなの?」
メイド姉「メイドの仕事があるもの」
メイド妹「でも、踊って来ていいって、
眼鏡のおねーさんがいってたよ?」
メイド姉「そう……」
メイド妹「当主のお姉ちゃんも、元気ないね。
勇者のおにいちゃん、帰ってくればいいのにね」
メイド姉「そうね。――そうだ」
メイド妹「?」
メイド姉「年越しの祭には、何かプレゼントを用意
しましょうね。館のみんなに」
メイド妹「そうだねっ!」
――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋
魔王「えー『試験場の数を増やしたく思う。
追加の人員の手配をお願いしたい。
対価は西方貨幣で支払う用意あり』と」
メイド長「……」さらさら
魔王「これは蜜蝋で封をしてくれ」
メイド長「かしこまりました」
魔王「んー。これは?」
メイド長「狩人さんからの手紙ですよ」
魔王「おー。そうか、そうか。望遠鏡を渡したんだった」
メイド長「ええ」
魔王「なになに。使用するに便利、極めて快適か」
メイド長「役立っているようですね」
魔王「精度が低いかと思ったが、固定観測でないなら
かえって手ごろのようだな」
メイド長「はい」
魔王「よし、では返信だ。『素早い報告、うれしく思う。
森番の仕事、大変かと思うが、当家では付近の地図測量に
興味あり。相談したきことがあるので、一度ご来訪願う』
これで、よしっと」
メイド長「こちらもお願いします」
魔王「これは、うん。修道会からの報告か」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「馬鈴薯の収穫は順調に増加しているらしいな」
メイド長「そのようですね」
魔王「だが、土壌実験によれば
そろそろ栄養枯渇の兆候が出るはずだ。
そうなると抵抗力が低下して虫害が出やすくなる」
メイド長「ふむ……」
魔王「この件では修道会へ、再度警告が必要だな」
メイド長「お手紙にしますか?」
魔王「いや、次行ったときでよかろう。
覚え書きに追加しておいてくれ」
メイド長「かしこまりました」さらさら
魔王「どうだ『紙』は」
メイド長「羊皮紙よりずっと書きやすいですね」
魔王「早いところ量産体制を整えないとな」
メイド長「作るのは簡単ですけれど、
たくさん作るとなるとまた別問題ですからね……」
魔王「うわ、なんだこの束は!?」
メイド長「そちらの束は、『同盟』からですよ。
納品書、請求書、支払書、明細書……」
魔王「あー。銅、鏡、ガラス、海砂?
それに胡椒に、絹に、釘なんていうものもあるな」
メイド長「みんなまおー様が購入リストに入れたんですよ」
魔王「判っておる。
ちょっと思い出せなかっただけだ。
必要としているのは誰か判っているか?」
メイド長「それはまぁ、帳簿につけてありますが」
魔王「んー。しっちゃかめっちゃかだな、これは」
メイド長「まさかここまで仕事量が増えるとは」
魔王「しかたない。メイド姉にやらせよう」
メイド長「彼女にですか?」
魔王「無理か?」
メイド長「……いえ」
魔王「……」
メイド長「大丈夫です。彼女なら出来ます」
魔王「そうか」 にこっ
「では、この書類整理は、今日からあやつの仕事だ」
メイド長「悪のメイド軍団が結成できそうな勢いですね」
魔王「どうかしたのか?」
メイド長「いえいえなんでも。……そうだ、
お茶でも入れましょうか? 丁度、聖王都から
オレンジの香りの葉がとどいたんですよ」
魔王「うむ、疲れた」
メイド長「でしょう」
魔王「私は疲れたのだぞ」
メイド長「そんなにつっぷして。どうしたんですか?」
魔王「むー」
メイド長「膨れているんですか?」
魔王「もう秋だぞ」
メイド長「そうですねぇ、実りの季節です。
栗がおいしいですねぇ。今年のベーコンも出来が良いようで」
魔王「秋なのに」
メイド長「はい?」
魔王「半年も音沙汰無しだぞ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「ちょっと応えにくい会話だとすぐその決め台詞で
流そうとするのは止めにしたらどうだ」
メイド長「これはメイドの特殊技能なんです」
魔王「連絡くらいくれても良いではないかっ!!」
メイド長「来てるじゃないですか」
魔王「そんなもの、妖精族を助けただの、
鬼腕族を討伐しただの、そんなことばかりではないか」
メイド長「無事で、活躍されているんですよ」
魔王「勇者なのだぞ。こうしている間にもあっさり
美人が自慢の村娘とか……
いや、歌姫族のハーピーあたりと
いちゃいちゃしているかもしれんではないかっ!?」
メイド長「そうですか? 勇者様は童貞ですからね。
童貞って言うのは変なところで義理堅くて夢見がち
ですから、きっと大丈夫ですよ」
魔王「ちっとも安心できんではないかっ」
メイド長「そんなにいらいらしていると、
眉間のしわが取れなくなってしまいますよ?」
魔王「ううう、そんなことになったら勇者に噛みついてやる」
メイド長「さぁさ。談話室の暖炉が暖められています。
今日はこのあたりにして、甘い紅茶をおいれしますから。
そちらの方でお待ちになっていてください」
魔王「しかしな」
メイド長「これ以上書類と根をつめていては
それこそお身体を悪くしてしまいますよ?」
魔王「むぅ。判った。お茶を頼む」
メイド長「かしこまりました。まおー様♪」
がちゃん。
とっとっとっ……
メイド長「なーんて。……魔王様はおっしゃってますが?」
勇者「うわ、ばればれですね」
メイド長「メイドの勘です」
勇者「毎回ばれてるなぁ」
メイド長「今回のお手紙は?」
勇者「ここで書いていきます」
メイド長「では、こちらにもお茶をお持ちしましょう」
勇者「すんません」
メイド長「いえいえ。メイドの仕事ですから」
勇者「さってと、インク壷と~羊皮紙あっかな
これでいーか」
――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋
ガチャリ
メイド長「おじゃまします。いかがですか?」
勇者「あ、報告は書き終えました」
メイド長「そうですか。……こちらはお茶と
簡単な夜食になります。今回は馬鈴薯が
ことのほかよく出来ておりますよ。
これはクリームで甘く煮たものなのですが」
勇者「旨そうっすねー」
メイド長「……」
勇者「わ、熱っ。んまっ! 今回はぁ火竜族と
なんとか手打ちで、でもそのためには『開門都市』
をなんとか奪還しなきゃならなくてですね」
メイド長「……勇者様」
勇者「ん?」
メイド長「やはり今回も?」
勇者「あー。うん」
メイド長「魔王様を避けてますよね?」
勇者「うー」
メイド長「避けてらっしゃいますよね?」
勇者「うー、うん」
メイド長「……使用人の分際で差し出がましいかと思い
今まで訊ねずに参りましたが、埒が明きません。
魔王様には内緒にしておきますから
何か問題があるのなら相談くださいませ」
勇者「うん……」
メイド長「煮えきらない態度ですね。
あれですか。酒場の鳥娘に言い寄られたり
半透明のスライム娘に告白されたり
爆乳自慢の牛娘に婿宣言されたりしたんですか?」
勇者「うがっ!」
メイド長「どうなんですか?」
勇者「そのう、そういうのがないとは言いませんが」
メイド長「大体転移呪文があるのなら
毎日は無理でも、毎週程度には帰ってこられますよね?」
勇者「うん」
メイド長「魔王様がそれに気が付かないくらい
お間抜けで今回は助かっていますが……」
勇者「うん……」
メイド長「どういうことなのですか?」
勇者「いや、その。さ」
メイド長「はい?」
勇者「……魔王が、あんまりにも俺に頼らないから」
メイド長「……」
勇者「最初にさ、あの魔王の間で『我のものになれ』
なんていわれてさ『まだ見ぬもの』なんていわれたからさ」
メイド長「……」
勇者「てっきり、勇者の力で、魔族の反乱分子を
粛清してさ、たとえばゲートを閉じちゃったりして
そうやって戦争を終わらせると思ってたんだよ」
勇者「そういう意味で、勇者の力が欲しいのだと」
メイド長「……」
勇者「なのに、あいつ、俺の戦闘能力は当てにしないでさ、
それどころか、戦わないように戦わないようにしてさ」
メイド長「はい」
勇者「なんかまるで俺のことが大事みたいに
……好きみたいにさ。するから」
メイド長「……」
勇者「だって所有契約だろう?
俺はあいつのものだしあいつは俺のものだ。
気に入らなかったら命をとられてもいいんだ。
そういう契約じゃないか」
メイド長「そうですね」
勇者「それなのにさー。あいつさ。挙動不審だし
言い訳も説明も過剰だし、おっかなびっくりだしさ」
メイド長「……」
勇者「……上手く言葉にならねぇや」
メイド長「魔王様は、勇者様のことを――」
勇者「判ってるんだ。
そこまで馬鹿じゃない。
相手の好意が信じられないから、
自分の好意を与えられないだなんて
そんな腰抜けの言い訳じみたことを言うつもりはないんだ」
メイド長「では、なぜ?」
勇者「だって、俺、死んじゃうしさ」
メイド長「……」
勇者「今回のことがどう転ぼうがどう成功しようが
それでも俺は人間だから、魔王よりも先に死んじゃうしさ」
メイド長「それはっ」
勇者「そんな俺が魔王と想いを重ねるって
それはなんだかすげぇ不実な気もするんだよ」
メイド長「そんなことはありません」
勇者「そうかなぁ」
勇者「そりゃ、まぁ。本当かもしれないよ?
終わりがない関係はないけれど
終わるために出会うわけじゃないからさ」
メイド長「……」
勇者「でも、なんだかなぁ」
勇者「俺、最後のときに、魔王の困ったような
泣きそうな顔ばっかり思い出す気がするんだよ」
メイド長「そんな」
勇者「これもびびってるっていうのかなぁ。
でも、魔王がそういう顔すると思うとつらい。
勇者って言うのはさ、
もしかしたら幸せになっちゃいけない職業なのかも
しれないって。そう思うんだよ」
メイド長「……」
勇者「今の俺は、あんまり勇者って感じじゃないなっ!」
メイド長「メイド如きに口を挟める問題でも
ないのでしょうが、一つだけ」
勇者「うん」
メイド長「勇者様は、魔王様のもの。
勇者様のすべては魔王様の、我が主の所有物」
勇者「ああ、そうだ」
メイド長「そのことをお忘れなきよう」
勇者「うん」
メイド長「だとすれば、
勇者様の感じるためらいも思いやりも、
押し殺している願いや
憧れるような希望も、
触れたいという祈りも。
言葉にならない、魔王様への気持ちさえ。
それらもすべて魔王様のもの」
勇者「……」
メイド長「それをお忘れなきように」
675 王子「自慰は馬鈴薯なる物を~」 → 王子「じぃは馬鈴薯なる物を~」
720 魔王「~女騎士殿もグラマーですとくれたし、~」 → 魔王「~女騎士殿もグラマーですといってくれたし、~」
ではないですかね?