関連記事
先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #02

419 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 22:46:44.67 AIDyRnsCP

――湖の国、首都郊外

しゅんっ!

勇者「……いいぞ」きょろきょろ

魔王「む。便利なものだな、転移魔法というものは」
勇者「魔王だって使えるだろう?」

魔王「いや、個人長距離移動性能と、目的地の選択の
 関係でここまでの汎用性はない」
勇者「そうなのか」

魔王「術式が違うのだ。機会があれば研究したいが」
勇者「まぁ、いまは目的が先か」

魔王「うん。どこだ?」
勇者「あの丘の向こうだ。念のために顔は隠してな」

魔王「心得た。淑女の服に比べれば、変装の方が
 ずっと着心地が良いぞ」
勇者「あれはあれでよい物なんだがなぁ」


元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1251963356/

422 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 22:53:25.47 AIDyRnsCP

ざっざっ

魔王「あれか?」
勇者「ああ、あの石造りの建物が、このあたりの
 修道会を束ねる修道院だ」

魔王「宗教ばかりは私たちには判りづらいな」
勇者「俺だって説明しにくいよ。専門家じゃないんだし。
 まぁ、でも『同盟』が化物だとすると
 『教会』だって同じくらい化物だって事だ」

魔王「ふむ。用心するべきなのだな」
勇者「ああ、もちろんだ。お前は特に魔王なんだからな。
 危険人物リストのぶっちぎりナンバー1だ。
 なんせ神の敵だぞ」

魔王「ははは。神など恐れたことはない」
勇者「神の名を叫ぶ人間ってのは怖いんだぞ」
魔王「うむ、それは肝に銘じる」ぶるっ

勇者「さ、いくぞ。一応紹介の連絡だけは
 入ってると思うが……」

魔王「最悪魔法で逃げ出せばいいだろう」

勇者「悪い意味で場慣れしてきたな、俺たちも」


423 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 22:59:20.74 AIDyRnsCP

――湖畔修道会、内部

修道士「こちらでございます、お客様……」

魔王「静かだな」
勇者「うん」

修道士「我が修道院はただいま『沈黙の行』の
 時間です。どうかお気遣い賜りますよう……」

魔王「う、うん……」
勇者(雰囲気に飲まれてるぞ、魔王)

かつん、かつん、かつん……

勇者(独特の雰囲気があるな、修道会ってのは)

修道士「こちらが会議のための部屋となっております。
 もうしわけありませんが、我が修道院は
 午後の祈りを控えております。
 しばらくお待たせしてしまうのですが」

勇者「かまわない。案内ありがとう」


424 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:04:27.16 AIDyRnsCP

魔王「さて、と。潜入は成功だ」
勇者「あとは、院長に面会して交渉か」
魔王「うん」
勇者「今回は出たとこ勝負って事になるのか」

魔王「まぁ、いくつか交渉材料は考えてきてあるんだが。
 というか、そもそもこれは人間側のために考えた
 人間にメリットの多い企画なんだがなぁ」
勇者「相手は宗教屋だからな」

魔王「そういえば、この世界の人間は、なんと言ったっけ?
 その、光の精霊とかを信じているんだろう?」
勇者「ああ、中央大陸の主だった国は全て光の精霊信仰だ」

魔王「勇者はさっきから聞いていれば、
 涜神的な言動が多いが、信仰心は薄いのか?」

勇者「薄いというか、何というか。
 戦場に身を置いて、特に魔物なんかと戦ってると、
 精霊様ってのは身近に感じるんだよ」
魔王「ふむ」

勇者「信仰心が薄い訳じゃなく、友達感覚のつきあいなんだ」
魔王「そうなのか? それはまた珍しい気がするんだが」


429 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:11:19.24 AIDyRnsCP

勇者「まぁ、俺は特別だよ。
 夢のお告げなんかも聞いたりしちゃったしな」
魔王「神は実在するのか!?」

勇者「神じゃない、光の精霊だ」
魔王「ふむ……」

勇者「すごく善人なだけで、竜とか魔王とかと
 似たような存在なのじゃないかな? 光の精霊も。
 面倒くさいことが断れない気の弱い性格なんだと思うよ」

魔王「そんな存在でも、信仰の対象なのだろう?」

勇者「まぁな。それに信仰以外の所でも、
 『教会』ってのは社会の中で大きな意味を持ってるんだ。
 こんだけでかい組織だからなぁ。
 『同盟』なんか人数だけで云えば比べものにならない」

魔王「研究や学術の面でも、か」

勇者「ああ。この世界のそう言った知識は、
 殆ど教会の権力の下にあると云っても
 良いんじゃないかな。以前にも話しただろう?
 都市部の人々は、教会のミサで
 お話や読み書きを教えてもらうんだ」


432 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:17:41.52 AIDyRnsCP

魔王「その組織に期待したいんだがな」

勇者「まぁ、今日のはとっかかりだし、
 失敗しても傷口は浅くて済む。
 『教会』は大所帯だから、内部ではいろんな
 派閥があるんだ。いまはその派閥が『修道会』という
 形で表に出てきている。様々な『修道会』が
 入り乱れているのが現状だ」

魔王「でも、すべて光の精霊を信仰しているのだろう?」

勇者「そうだよ。だから表向き、全ての『修道会』は
 友好的、と言う建前になっている。善の勢力ってことだな。
 でも実際には信仰の方法論が違ったり、過激さが違ったり
 もっと露骨に云えば信者の奪い合いでライバル関係で
 あることも少なくはない」

魔王「なんだか、魔界の部族の領土争いと変わらないな。
 破壊神と煉獄神と暗黒神とにわかれていたほうが、
 まだ判りやすいぞ」

勇者「そう言う宗教があるのか?」
魔王「あるぞ。でも、大半はただのファッションだ」

435 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:22:45.56 AIDyRnsCP

勇者「で、まぁ。この湖畔修道会は修道会の中でも
 実利的、かつ穏健でな」
魔王「ほう」

勇者「農民の生活援護みたいな事を主な活動にしているんだ。
 労働力の提供とか、ブドウ栽培の指導とか、
 戸籍の補完とか、そうそう、病院もやってるよ」

魔王「病院もか!」
勇者「つーか、病院ってのは教会の仕事だろう?
 もっとも病人は受け付けない教会も少なくないけどな」

魔王「……ふむ」
勇者「魔王?」

魔王「どうした?」
勇者「魔王は……。なんだかな、そのう。
 時々すごく寂しそうな顔をするよな。いまみたいな時」

魔王「そうか?」
勇者「ああ」

魔王「そんな自覚はないんだがな」
勇者「そうなのか? なぁ、魔王。魔王には
 どういう風に物事が見えて」

ガチャリ

437 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:30:35.05 AIDyRnsCP

魔王「あー。お初にお目にかかる」
勇者「はじめまして。紹介書は届いてるかと思いますが」

魔王「南部辺境で農業を中心に研究生活を送っている。
 紅の学士と云います。よろしくお願いしたい」

勇者「俺はその介添え兼護衛の白の剣士。
 修道院に入るのは気後れする粗忽者なのだが
 ご寛恕ください」

女騎士「……」

魔王「湖畔修道会に来たのは初めてですが
 立派な建物ですね、びっくりしました」

勇者「……あ」
女騎士「……白の剣士ですって?」

魔王「へ」
勇者「あー。それはな。えっと」

女騎士「ゆ う し ゃ ! あなたねっ!!」
勇者「うぁ」

441 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:38:33.95 AIDyRnsCP

女騎士「なにが『白の剣士』よっ。
 いままで何処ほっつき歩いてたのよ!
 もう一年よ!? 一年も音沙汰無しでっ!!」

魔王「どういうことなのだ?」
勇者「いや、その」

女騎士「あなたがあたしたちを放り出したんでしょっ。
 この先に進むのは一人で良いとか何とか
 適当なことほざいてっ!!
 あんな辺境の街で放り出された
 私たちの身にもなりなさいよっ。
 どんだけ心配したことかっ。
 ってか腹立たしかったか!」

魔王「あー」
勇者「だってさぁ」

女騎士「だってもクソもないのよっ!
 あっ。す、すみません。精霊様、クソなんて
 云ってしまいました。懺悔しますっ」

442 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:42:50.89 AIDyRnsCP

勇者「ううう」
女騎士「私はともかく、弓兵さんも、魔法使いちゃんも
 ものすごくへこんでたんだからねっ」

魔王「攻撃力過多なパーティーだな」
勇者「回復は俺と騎士でやりくりをね」

女騎士「話聞いてるのっ!? 勇者っ」

勇者「すんません」

女騎士「……ふぅ。で、いままで何してたの?」

魔王「あー」
勇者「そ、それは」

女騎士「ああ。済みませんでしたっ。学士様。
 席も勧めませんで、今すぐお茶を持ってこさせます」

魔王「は、はぁ」
勇者「どうしたもんかなぁ」

女騎士「わたしは、元聖銀冠騎士団所属の女騎士。
 ゆかりあって、いまはこの湖畔修道会で
 みんなの生活の向上のために勤めています」


444 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:48:48.98 AIDyRnsCP

――湖畔修道会、会議室

勇者「と、まぁ。そんな訳で。魔王にも手傷は
 負わせたんだけどさ。魔物総攻撃みたいな話になっちまって
 退却してきたって訳さ」

女騎士「そうだったの……。まさか、いままでずっと
 怪我の療養を?」

勇者「いや、それはないな。まぁ、色々事情があって
 表舞台には顔を出せなかったって云うか……」

女騎士「諸王国がそこまで手を回したのっ!?」

魔王「――」じぃっ
勇者「いや、なんだそれ?」
女騎士「ううん。いいんだけどっ。判ったわ」

勇者「そっちは何でこんなところで修道院長やってるんだ?」

女騎士「もうっ。
 私は元々の出身がこの辺なのよ。
 騎士の叙勲されたのも教会でだったし教会所属の騎士なの」

勇者「そーいやそうだったなー」


446 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:52:05.81 AIDyRnsCP

女騎士「……実は、勇者が魔王城に向かってね。
 それを諸王国軍本部へと報告して、ひと月たった頃。
 特使が来てね。……勇者が出かけて、その身を顧みず
 魔王に一矢浴びせたって。そう言って、仲間全員に
 恩賞金が出たのよ」

魔王「ふむ」

女騎士「勘違いしないでよねっ。
 私は受け取ってないんだから。
 ……で、そのあとね。
 私たち三人はいままで大きな活躍をしてきたから、
 王国の要職に取り立てるって……」

勇者「そうだったのか」

女騎士「……それって、体の良い引退勧告だよね。
 私はイヤだった。勇者をだしにして出世するなんて
 イヤだったし。だから故郷に戻って、今度はみんなの
 ためになる仕事をしようと思って」

勇者「立派な志じゃないか。いや、女騎士は以前から
 やるときゃやってくれる男気あふれた仲間だと
 思ってたんだよ」

女騎士「…………はぁ」

450 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/04(金) 23:55:54.27 AIDyRnsCP

勇者「で、あとの二人は?」
女騎士「……うん」

勇者「?」

女騎士「……弓兵さんはね。ほら、元々兵士だったでしょ?」
勇者「ああ、そうだな」

女騎士「だからね、諸王国軍に帰ったの。
 恩賞金ももらってた。連合参謀本部の諜報室に
 行くんだって云ってたよ。……その、ごめんね」

勇者「何で謝るんだ? 俺の活躍で報奨金が出たなら
 それってすごく良いことじゃないか。出世もしたみたいだし」

女騎士「……う、うん」

勇者「で、魔法使いは? あいつも金もらってただろ?
 ああ見えて守銭奴だからな。
 『東方の、魔道書、買った……』とか
 無表情のままぼそぼそーっとか云ってたろ?
 あいつは味わいのあるヤツだからなぁ」

女騎士「魔法使いちゃんは、1人で行っちゃった」
勇者「へ?」

女騎士「勇者を追って、魔界へ」

453 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:07:26.45 5kaffl9OP

魔王「……」
勇者「……」
女騎士「……ごっ、ごめんね」

勇者「止めたんだろ?」
女騎士「もちろんだよっ! でも、次の朝。
 荷物が無くなってて、多分……」

勇者「じゃ、仕方ない。気持ちはわからんでも無いけれど
 女騎士が気に病む事じゃないさ。もとはといえば
 俺が1人で突っ込んだせいなんだろうしな」

女騎士「……勇者」

勇者「それより、今日は交渉だの相談だのがあってきたんだ」
女騎士「紹介状にも書いてあったけど……」

勇者「ま……学士」
魔王「わたしだな。改めて挨拶させてもらおう。
 紅の学士と呼んで欲しい。学者だ」

女騎士「初めまして、勇者のもと仲間の女騎士です」

458 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:14:23.98 5kaffl9OP

魔王「今日来たのは、この修道会のお力をお借りするためだ」
女騎士「うかがいましょう」

魔王「まず、これを見て欲しい」

 とさっ

女騎士「これは?」

魔王「馬鈴薯、と言う植物だ。くわしい情報はこちらの
 羊皮紙にもまとめてあるが、要点をまとめると
 寒冷地でも耕作可能な農作物で、単位面積あたりの
 収穫量は小麦の三倍に達する」

女騎士「っ!?」

魔王「もちろん、いくつかの注意点もあるが
 作物としては多くの優位性がある。栽培もけして
 難しくはない。お解りだと思うが」

女騎士「この作物は、多くの飢餓者を救える」

魔王「そうだ」こくり

461 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:18:19.44 5kaffl9OP

女騎士「どのような助力を当修道会にお望みですか?
 金銭ですか? それでしたらどのような手段を用いても、
 最大限出来うる限りの謝礼を用意させていただきます」

魔王「ほら見ろ、勇者。これがこの作物に対する
 智慧ある人物の対応だ」

勇者「わるかったなぁ、反応が鈍くて」

女騎士「……政治的介入や権力の行使をお望みなのですか?
 何らかの爵位や身分を? 申し訳ありませんが、
 当修道会は王族や貴族にそこまでの影響力は
 保持していないのです。お金の用意できる量も……」

勇者「いや、それはない。
 女騎士がそう言うの苦手なのはよく知ってるし」

女騎士「勇者じゃなくて、学士様と話してるのっ」

魔王「金銭的な援助は、それはあればあっただけ嬉しいが
 当面の目的はそうではない」

女騎士「どういったことでしょう?」

467 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:26:57.24 5kaffl9OP

魔王「南部辺境に、冬越しの村という寂れた寒村がある」
女騎士「はい」

魔王「その村に修道院を建てて欲しい」
女騎士「そんなことでよろしいのですか?」

魔王「私ももちろんバックアップをしよう。その修道院を
 中心に、この馬鈴薯の栽培方法を農民に指導して欲しいのだ」

女騎士「それは願ったりというか、我が修道会の理念に
 則った行動ですが……。そんなことで良いのですか?」

魔王「うん。もちろん、馬鈴薯の栽培が成功した場合、
 付近の村や国に修道院を増やして、その栽培方法を
 広めてもらえないだろうか」

女騎士「その過程でこの修道会の影響も増えますから、
 それはこちらにとっては得ばかりの話ですが、
 学士様にとってはどのような得があるのですか?」

魔王「実はこちらの目的も、馬鈴薯の栽培方法の伝播でね。
 南方寒冷地の食糧事情の改善がされれば目的にかなう」

女騎士「そう……ですか」

468 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:30:44.67 5kaffl9OP

魔王「それに栽培したいのは馬鈴薯だけではない。
 農業の手法改革研究も進めている。
 従来の三圃式農業にかわる、新しい生産性向上の
 手法がある」

女騎士「そうなんですか!?」

勇者「なかなか優れものだぜ」

魔王「そう言った手法を実験的に行なっているのが
 くだんの冬越し村なのだが、成功したとしても
 私達だけでは広く伝えるための組織や人材が
 不足しているのだ。
 そう言った点で協力しあえればと考えている」

女騎士「あなたは、光の精霊様に使わされた
 御使い様に違いありませんっ」

勇者「それはどーかなー」
魔王「……」げしっ
勇者「痛っ!?」

472 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:34:57.42 5kaffl9OP

女騎士「そのようなことであれば、出来うる限りの。
 ええ、私自らが冬越し村へと赴き、修道会の
 総力を挙げて助力いたしましょう」

魔王「ご厚情痛みいる」
勇者「いや、それは……」

女騎士「何か文句あるの? 勇者」

勇者「いや、なんてーのかなぁ。ほら、えーっと」
女騎士「じれったいわね」

勇者「俺って昔から危険をはらんだニヒルな
 勇者じゃない? だから、ほら。
 近くにいると、無用の火の粉が……」

女騎士「そんなのずっと前から体験済みよっ。
 それとも私が冬越し村に行くと何かまずいわけっ?」

勇者「えーっと……それは、そのまおーとか……」

474 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:38:15.85 5kaffl9OP

魔王「協力してくださる修道会の長に
 失礼があってはいけないぞ、勇者」

勇者「ええーっ!?」

女騎士「……余裕がおありですね」めらっ

魔王「余裕など無い台所事情ゆえ、こちらの修道会に
 協力を求めてきたのだ。わたしは契約至上主義者ゆえ
 契約の相手には最大限の敬意を払うことにしている」

勇者(た、たすけてー)

女騎士「ともあれ、二度と会えないかと思った……。
 いえ、一年ぶりに会うことの出来た勇者と一緒に
 このような恩恵の食物をもたらしてくれた学士様も
 光の精霊のお導きというものでしょう。
 わが修道会の天命かと思います」

魔王「いいえ、魂持つものの努力です」

女騎士「……ええ、そうですね。その通りです」


478 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:41:19.55 5kaffl9OP

――湖畔修道会、前庭

女騎士「本当に良いの? 見送りは」

勇者「ああ、かまわない。部屋でも良かったのに。
 どうせ転移魔法なんだから」
女騎士「そりゃそうだけど」

魔王「では、冬越し村で会えるのを楽しみにしている」

女騎士「そうですね、冬の間はさすがに移動できませんから。
 この修道院の後任院長を決めて、春一番でそちらへと
 向かいましょう。修道院建築に関して、当地の領主や
 有力者との間に好意的な合意が出来れば良いのですが」

魔王「そちらに関しては、この冬の間に
 出来る限りの根回しをしておこう」
女騎士「ありがとうございます」

勇者「なんだか仲が良さそうに見えて怖い」
女騎士「何か言った?」

勇者「なんでもありません」

女騎士「では春に!」
魔王「ああ、春にお目にかかろう」


482 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:49:00.34 5kaffl9OP

――冬越し村の春

小さな村人「うんわぁ、やっとこお日様が顔をだしたなや」
痩せた村人「だしたなやぁ。ああ、風がぬるくなってきた」

村の狩人「ほーい。ほーい」

小さな村人「どうしたー?」
痩せた村人「今日は良い天気だなやー」

村の狩人「そうだなぁ。今年はなんだか良い事が
 起きそうな気がするだなー」

小さな村人「さっそくかい?」

村の狩人「ああ、ウサギが4匹も捕れたよ。
 1匹は村長さんの所へ持っていく」

小さな村人「そりゃぁいいな!」
痩せた村人「今年はイノシシの塩漬けがまだたくさんあるしな」

村の狩人「ああ、びっくりしたなや」

小さな村人「これも村はずれの剣士様のお陰だなー」
痩せた村人「うちの息子が、斧を研いでもらっただよ」
村の狩人「熊もつぶしてくれたとかで、
 森の中も少し風通しが良いみたいだなや」

485 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:56:25.53 5kaffl9OP

メイド妹 ~♪ ~♪

小さな村人「おんや。噂をすれば、村はずれの館の姉妹だなよ」
痩せた村人「本当だ。ほーぅい、ほーぅい!」
村の狩人「どこへいくんだーい」

メイド姉「こんにちは、みなさん」ぺこり
メイド妹「あのねー。村長さんの所へ、木イチゴの樽漬け
 を分けてもらいに行くんだよっ」

小さな村人「そーかそーか。えらいな」
痩せた村人「お客さんでもくるんかい?」

メイド姉「はい、そのようです」

村の狩人「そうかそうか。……ふむ。
 ようし、このウサギを、当主の学者様へと
 お届けしてほしいだなや」

小さな村人「おんや、太っ腹だな、狩人さん」
村の狩人「なんの。森を安全にしてくれた
 大恩あるおうちじゃないか。
 ウサギなんて春になったのだからまた取れるだな」


486 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 00:59:34.36 5kaffl9OP

メイド妹「ありがとー♪」

小さな村人「それもそうだ。
 これは沢で取れたクレソンだなや。
 ほら、分けてやるから持っていくと良い」

メイド姉「ありがとうございます、本当に」

痩せた村人「雪解けの屋根修理には是非呼んでくれだな」
村の狩人「そうだそうだ、是非お世話してやんねと」

メイド姉「はい。かならず当主に伝えます」

小さな村人「ええってええって」
痩せた村人「なんだ、みんなにこにこしてからに」
村の狩人「やぁ。やっぱりお屋敷詰めともなると
 本当に2人ともべっぴんさんだねぇ」

メイド姉「……」

小さな村人「ああ、本当だ。俺たちとは全然違うだなや。
 賢くて優しくてべっぴんで、俺たちは、みんな
 2人に憧れてるだなよ」

メイド妹「ありがとー」にこぉっ
メイド姉「……ごめんなさい」


492 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 01:11:23.61 5kaffl9OP

――村はずれの屋敷、深夜

勇者「よっ。ほっ」 ぎゅっ、かちっ
勇者「こんなもんか? 薬草もあるし、あとは
 現地でどうとでも奪えばいいか」

魔王「こんな深夜に完全武装か」
勇者「魔王……」

魔王「私の物のくせに」
勇者「あー。うん。……ごめん」

魔王「なんだその情けない顔は。勇者だろうに」
勇者「後ろめたいとどうしてもこういう顔になるんだよ」

魔王「私はお前の物なんだぞ。そしてお前は私の物だ」
勇者「ああ」

魔王「止められるとでも思ったか?」
勇者「……」

魔王「見くびらないでもらおう」
勇者「え? いいのかっ?」

494 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 01:15:01.77 5kaffl9OP

魔王「ほら」

勇者「これは?」ずしっ

魔王「先々代だったか? の魔王が使ってたという、
 黒玉鋼の鎧兜だ。安心して良い。呪いの類は
 かかっていない」

勇者「……?」

魔王「魔王の私がいなくて、魔界の統治のたがが
 緩んできてるんだ。勇者はその粛正を適当にしてきてくれ」
勇者「お、おう」

魔王「こっちの紙に信用できそうな部族の族長のリストと、
 紹介状をしたためておいた。人捜しなら助力を仰ぐ
 必要もあるだろう」

勇者「いや、あいつはああみえて、その……。
 動じないヤツだから。
 きっと平気でけろっとしてると思うんだ」

魔王「だからといって探していけない道理もあるまい」


499 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 01:18:26.71 5kaffl9OP

勇者「魔王……」
魔王「私が寛大で感謝するんだぞっ」

勇者「もちろんだ。ありがとう」

魔王「……」じぃっ
勇者「?」

魔王「それだけか?」
勇者「なにが?」

魔王「ほら、そのぅ。人間には、その、何だ……
 親しい人と……というか親しい男女が別離をする時の
 特別な風習があるそうではないか」

勇者「えー。あ。ああ」
魔王「……駄肉だからダメか?」

勇者「何でこういうタイミングで
 じわぁって見上げるかなっ!?」

魔王「所有契約の項目外なのか?」 じわぁ


501 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 01:21:29.62 5kaffl9OP

勇者「えー、あー。その」
魔王「やっぱりスキンシップが足りないのか」

勇者「なんでそうなる」

魔王「実は毎週メイド長に説教されるんだ。

 『まおー様はスキンシップが足りません。
 そもそも露出もかわいげも足りてないんですから
 スキンシップくらいケチってどうなります?
 いいですか? 戦争の基本は物量です。
 飽和攻撃で殿方の理性など崩壊させてしまえば
 戦術の必要性すらないのです』

 そう言われるんだ」

勇者「戦術論的には正しいんだが」

魔王「ダメなのか?」
勇者「そ、その。照れくさいぞ。
 そういうのはさ、ほら。
 もっと落ち着いた時にさっ」

504 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 01:24:44.99 5kaffl9OP

魔王「それで良く勇者が名乗れるな。
 それでは臆病者ではないかっ」

勇者「ば、ばか云えっ。俺は勇気にかけては
 世界公認の第一人者、それゆえ勇者ですよ!?」

魔王「では覚悟を決めるのだっ」
勇者「何で開き直ってるんだよ、魔王っ」

魔王「半年だぞ!? 雪の中にこもって
 生活してればアドバンテージが取れて当然だろうに
 なんだか流されるままにずるずると
 何の進展もなく半年もの時間を浪費してしまった事実が
 私を責めさいなんでるのだ。
 そんな状況下でそろそろ修道院の建築も始まり、
 夏の間には完成してしまう上に、
 私の勇者は昔の女を探しに行ってしまうわけで
 精神的に追い詰められない方がおかしいではないかっ」

勇者「あー」


508 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 01:29:15.28 5kaffl9OP

魔王「……」じぃ
勇者「まったくなぁ」

魔王「……」
勇者「……」 ちゅ

魔王「……むぅ」
勇者「なんだよその恨みがましい視線はっ」

魔王「おでこではないか」

勇者「おでこで悪いか。気に入らないなら返せ」

魔王「それはダメだ。勇者の全ては私に所有権がある。
 つまりこのおでこも私の私有財産だ。議論の余地はない」

勇者「むぅ……」
魔王「……」

勇者「残りは帰ってからっ!」
魔王「約束だぞ、勇者。かならずだぞっ!」

しゅんっ!


578 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 14:14:24.81 5kaffl9OP

――村はずれの屋敷、中庭

女騎士「さて、諸君らの手元にあるのは南部諸王国の
 軍において用いられる標準的な武器、ロングソードだ。
 この武器は威力、間合いにおいてバランスが良く、
 鉄の国おいて鋳造された製品で質も良い。
 重量バランス配分がこの種の武器の使い勝手を
 決めるので、手に持って馴染むかどうか、判断の
 参考にして欲しい」

貴族子弟「……」
商人子弟「……」
軍人子弟「ばからしーでござる」

女騎士「何か言ったか?」

貴族子弟「……」ぷいっ
軍人子弟「馬鹿らしいといったでござる。何で拙者が
 女如きに剣を教わらないといけないのでござるか」

女騎士「……」

軍人子弟「白の剣士殿から剣を教わったのは
 別に女に弟子入りするためではないでござるよ。
 女は家の中でケーキでも焼いていれば良いでござる」


581 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 14:20:50.67 5kaffl9OP

女騎士「おい、そこのデブ」
商人子弟「ひゃ、ひゃいっ!? ぼ、ぼく?」

女騎士「剣を両手に持って構えろ」
商人子弟「……ううう」

女騎士「はっ!!」 ギンッ!!

貴族子弟「!?」
軍人子弟「ッ!!」
商人子弟「けけけ、剣がっ!! ま、まっぷた、真っ二つ」

女騎士「はっ!!」 ギンッ!!
商人子弟「み、短くなったっ!?」

女騎士「その気になれば5cmずつ切り取ることも出来るんだぞ」

軍人子弟「ど、ど、どうしてっ」

女騎士「そこのゴザルに云っておく」


583 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 14:25:44.21 5kaffl9OP

女騎士「私は、湖の国の女騎士。かつて勇者と共に
 魔界で千の戦をくぐり抜けてきた女だ」

貴族子弟「ゆ、勇者っ勇者様のっ!?」
商人子弟「!?」
軍人子弟「ま、ま、ま、まさか『鬼面の騎士』!?
 『怪力皇女』!? 『石壁しぼりの女夜叉』!?」

女騎士「色々詳しいじゃないか、ゴザル」

軍人子弟「……」がくがくぶるぶる

女騎士「これは別に怪力じゃない。技だ。
 刃筋を安定させて、力を強度の低い場所に
 集中させれば諸君らでも実行可能だ。
 勇……あー。白の剣士は、素質がありすぎでな。
 なんでも『なんとなーく』でやってしまうので
 教師としては不適当なのだ」

商人子弟「もしかして、白の剣士殿は、女騎士殿の
 弟子だったのですか!?」

貴族子弟「そ、そうかっ!」
軍人子弟「そうでござったか……」


584 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 14:36:22.66 5kaffl9OP

女騎士「う、うむ。そういうような……。
 そ、そういうことだ。とっ、とにかく。
 白の剣士は、勅命を帯びて探索の旅に出ている」

貴族子弟「勅命……王のご命令ですか」
軍人子弟「探索の旅! 男子の本懐でござるな!」

女騎士「そう言うわけで、週に4回の戦闘訓練は
 しばらくのあいだ私が受け持つ」

商人子弟「は、はヒィ!」

女騎士「なに。私は白の剣士とちがって
 理論的かつ実戦的、基本に即した教練方法を
 採用するつもりだ。諸君らの武芸を必ずや
 実用の域まで高めよう」

貴族子弟「勇者の仲間の騎士様に
 剣を教授いただけるとは光栄です!」
軍人子弟「そこまで言われては仕方ない。
 拙者も剣の道を究めるとするでござる」

女騎士「では、手始めに北の森を、走り込みで三周。
 そのあと帯剣して素振りをしながら一周。
 小川へと移動したら、腰まで水につかって
 ロングソードの素振り500回だ」

三子弟「「「ひぃぃぃ!?」」」


587 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 14:41:31.45 5kaffl9OP

――村はずれの屋敷、初夏

 ひいぃぃぃ! ひぃぃぃぃ!

魔王「今日も元気だな」

メイド長「まったくです。でも、女騎士さんは
 あれで結構楽しそうですよ?」

魔王「そうなのか? 勇者がいなくなって
 お尻に矢が刺さったアナグマのように怒り狂って
 いたではないか」

メイド長「頼りにされると張り切ってしまう人
 なんでしょう。可愛らしい人ですよ」

魔王「む」
メイド長「まおー様より引き締まった身体ですし」

魔王「むぅ」
メイド長「いえいえ。まおー様もスタイルは
 悪くないんですよ? 出るべきところのボリュームは
 それはたいしたものです。えっちではしたない肉体です」

魔王「メイド長の言い方の方がはしたない」

588 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 14:52:32.71 5kaffl9OP

メイド長「しかし肉体性能は、お色気か癒し系ですのに
 ご本人の性格がお色気とも癒しともまるで無関係なのが
 まおー様の泣き所でしょうか?」

魔王「ほうっておけ」

 がきょ、がちょ

メイド長「なんですか? それ」

魔王「うむ。呼び寄せた職人に依頼していた試作品だ。
 実験して手直しして欲しい部分の指示を
 書き付けておかないとな」

メイド長「何に使う物なのですか?」

魔王「羅針盤といわれているものだ。いま作っているのは
 その改良だな。この二軸のシャフトと、大きなガラス球で
 内部の羅針盤を水平に保つのだ」

メイド長「ふむふむ。改良前はどうやっていたんですか?」

魔王「水の上に磁石を浮かべていたんだ。
 ほら、この内側の、内部に浮かんでいるのと
 おなじ構造だな」

589 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:00:01.62 5kaffl9OP

メイド長「だいたい判りました。でも、随分巨大化
 してしまったわけですね」

魔王「仕方ない。これは試作品だからな。
 実用化されれば、小型化のめども立つだろう」

メイド長「どういう改良なのですか」

魔王「うむ、羅針盤とは方位を知るものだ。
 この内部の水の上に浮かべた磁石が回転して
 北の方角を教えてくれるわけだが……。
 そのためには水面が水平安定する必要があるな」

メイド長「はぁ」

魔王「方位を知りたがるのは船乗りだろう?
 揺れる船の上で、ましてや嵐なんか来たりした日には
 水に浮かべた磁石の方向を安定させるのは至難だ」

メイド長「じゃぁ、いままでどうやってたんですか!?」

魔王「根性だろ」

メイド長「……」
魔王「……」

メイド長「人間ってすごいですね」

591 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:08:37.94 5kaffl9OP

魔王「まぁ、この宙づり自由式であれば
 設置場所に難があるとは云え、揺れる船の上でも
 下部の釣り錘によって水平が保持される」

メイド長「ふむ。根性が無くても出来るわけですね」

魔王「いや。人間であるというのは根性は必須だと
 女騎士殿は云っていたから、根性はやっぱり
 必要なのだろう。
 この改良で軽減されるのは技能だ。
 羅針盤を扱うのは特殊な技術だったからな。
 この簡便な装置で技術者が増えるわけだ」

メイド長「でも、この村には海ありませんよ?」
魔王「うむ。この装置は、売りつける」

メイド長「買ってくれますかね?」
魔王「まともな目利きがあれば、家ほどの
 黄金でも積むだろうな。これで『同盟』と接触する」

メイド長「まおー様の専門ですから、お任せします」
魔王「まかせておけ」

メイド長「ところでお昼は馬鈴薯で?」
魔王「うむ、まことに馬鈴薯の揚げは美味なるぞ」にこっ

595 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:18:25.86 5kaffl9OP

――魔界、黒狼砦

黒狼鬼「うぉろろろ~ん」
黒狼鬼「ろろろぉ~ん」」

勇者「うお。何か集まってきたぞ」

黒狼鬼「うろろ~ん! がうっ! がうがっ!」
勇者「おまえらっ。怪我したくなきゃ、引いてろっ!」

 ザガッ! ガッ!!

黒狼鬼「ぎゃんっ!?」
黒狼鬼「はっ……はっ……はっ……ギャウッ!」

羽妖精「黒騎士サマー。コッチコッチ!」
勇者「判るのか?」

羽妖精「女王サマ、コッチコッチ」
勇者「まかせろっ! 爆砕呪っ!」

596 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:24:56.97 5kaffl9OP

羽妖精「上~コノ上~!」
黒狼衛兵「行かせぬっ」

勇者「なんだ、言葉がしゃべれるのもいるのかっ!?」

 ギンッ! ギギンッ!

羽妖精「黒狼族ノ成体ダヨォ。
 モット大キナノモ、イルヨォ」

黒狼衛兵「心配するな、貴様、ここまでだっ」

勇者「ほあちゃっ!!」

 ドビシィッ!!

羽妖精「デコピン!?」
黒狼衛兵「む、無念っ!」

 バタリ

599 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:30:57.33 5kaffl9OP

勇者「切りがないな」
羽妖精「一杯来ルヨォ」

黒狼衛兵×15「ガフッ、ガフッ! オロローン!」

勇者「面倒くさいぞ、お前ら」
羽妖精「ダ、ダメッ! 塔ヲ壊シチャダメ!」

勇者「む、そうか。上に女王がいるんだっけ。」
羽妖精「ウンウンッ」

勇者「んじゃ、えいっ!」
黒狼衛兵「片手で岩扉をっ!?」
黒狼衛兵「に、逃げろっ」

勇者「ちょっと距離が必要なんだ、この技は。
 ……あんまりうろちょろするなよ、
 急所に当たると死んじまうぞ-。
 えっと、たしか、こうやって
 背中をひねる感じでぇ……」

羽妖精「眩シイヨッ」

勇者「光の精霊直伝、光の封印槍だっ」


601 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:34:49.61 5kaffl9OP

――魔界、黒狼砦の塔の上

 ドッゴォォーン

羽妖精「ケフッ。ケフッ」
勇者「悪いな」

羽妖精「ヒドイヨォ」

妖精女王「何事ですっ」
勇者「お。この人がそうかな?」

羽妖精「女王サマッ!」

妖精女王「羽妖精ではありませんかっ」
勇者「こんにちは、手荒な訪問で済みません」

羽妖精「女王サマ、コレハ人間ノ雄」
妖精女王「みれば判ります」

勇者「人間です」
羽妖精「アタシ頭イー♪」


602 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:39:17.34 5kaffl9OP

妖精女王「速く逃げてくださいっ。
 魔狼将軍が来るといけません」

勇者「倒した」

妖精女王「まさかっ? 人間にそのような力が。
 しかし、それだけではないのです!
 魔狼将軍の背後にはさらなる実力を持つ
 魔界でも高位の戦士、魔狼元帥が……」

勇者「それも倒した。先週」

羽妖精「!? あ、あなたは」
妖精女王「黒騎士人間ダヨ」

勇者「ああ。黒騎士だ。魔王の剣にして、
 絶対忠誠を誓う魔界の執行官」

羽妖精「カックイイヨネ」
妖精女王「そうですか、確かにその鎧の紋章は魔王様の物。
 いえ、もしやその鎧、魔王様ご自身の物では……?」

勇者「……その問いに答える言葉はないぞ」

羽妖精「カッコツケテルー」

605 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:44:54.63 5kaffl9OP

妖精女王「魔王様の命令に背き、人間をさらっては
 無益な殺生と玩弄を繰り返す魔狼族を粛正されに
 きたのですね」うるうるっ

勇者「いや、ついカっとなっ」
羽妖精「……」じー

勇者「ごほん。そうである。魔狼族の横暴、目に余る。
 人間族に慈悲を掛けるわけではないが、魔王の
 命令は絶対である。逆らうことは許されない」

妖精女王「元は人間族でしょうに。何という忠誠心でしょう」

勇者「ふははは。我は黒騎士。絶対不破の魔王の剣」

妖精女王「魔王様の仰せの通りに」ふかぶかっ

勇者(なんか気分良いな! 魔王の部下も!!)

羽妖精「女王サマー」
妖精女王「何です?」

羽妖精「人捜シー」


606 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:48:53.70 5kaffl9OP

妖精女王「人捜し?」

勇者「ああ。そういえばそうだった。
 あーあー。
 魔王の命令により、我は1人の人間をさがすものなり」

羽妖精「女王サマノトコロニ来テタ人間女ー」

妖精女王「ああ。あの術士ですか……」
勇者「いまは何処に?」

妖精女王「素晴らしい魔法の素質を秘めていましたからね。
 彼女は妖精族の魔法を学ぶと、さらなる奥義を求めると
 云って旅に出ました」

勇者「旅? どこへ」

妖精女王「それは判りませんが……」

勇者「一体何処まで努力すれば気が済むんだ、
 あの無表情小娘。いまでも人間界最強のクセに」

妖精女王「そういえば……」

608 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:53:16.00 5kaffl9OP

勇者「そういえば?」
羽妖精「魔界の果て、時の砂の滝が落ちる滝壺に
 一つの古いベンチがあると。そのベンチに座った
 旅人は星の最果て、『外なる図書館』へ行くことが
 出来ると云われています。
 ――彼女は熱心にその伝承を調べていました」

勇者「『外なる図書館』だな? 判った」

妖精女王「しかしそれは伝説の場所。
 詳しい場所やたどり着く方法は妖精族でも知りません」

勇者「そのようなことは問題ではない。
 魔王の命にしたがいどのような場所であろうと
 必ず見つけ出す」

羽妖精「カッコイー!」

妖精女王「ご無事をお祈りいたします」

勇者「妖精族は元の領地に戻り、いままでと同じく
 その民を治めて暮らすようにとの魔王の仰せだ」

妖精女王「魔界を治める魔王様の治世に幸いあれ」


610 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 15:57:46.97 5kaffl9OP

勇者「えー、こほんこほん。
 魔狼族の生き残りにはきつく申し渡しておく。
 元来魔狼族は誇り高い自由不羈の民のはず。
 穏健派を中心に魔王の民として、その誇りを
 まもるような生き方にするが良いだろう」

妖精女王「妖精族は魔狼族からの迫害さえなければ
 異存はありませぬ。遺恨は伝えぬと誓約しましょう」

勇者「……その寛容、魔王に伝えよう。
 では、時間だ。我は探索の旅に戻らなければ
 ならない。縁があればまた逢おう」

妖精女王「このご恩、けして忘れません」

しゅんっ!!

羽妖精「カッコイー!」

妖精女王「妖精族は救われましたね。
 魔王様にあのような部下がいるとは……。
 ただのお飾り、柔弱で無能な王と云われてきましたが
 何かが変わり始めているのかも知れません。
 魔王様と云えば――あっ」


612 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2009/09/05(土) 16:01:44.28 5kaffl9OP

羽妖精「ドシタノー?」

妖精女王「魔王様といえば……」

(時の砂の滝が落ちる滝壺――
 一つの古いベンチ
 星の最果て――
 『外なる図書館』――)

妖精女王「『外なる図書館』……」

羽妖精「?」

妖精女王「『外なる図書館』に引きこもる、
 魔族の中でも変わり者の一族がいると……。
 その一族は知識を求め、過去と未来を幻視し
 『外なる智慧』を身につけて、憧れに魂を燃やすと……」

羽妖精「?」

妖精女王「魔王様って、魔王って……
 何なのでしょうか……」




次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #04


記事をツイートする 記事をはてブする