【まおゆう魔王勇者】 全45記事を一気に公開します。しばらくお付き合い下さいませ。
魔王「どーしてもか?」
勇者「アホ云うな。お前のせいでいくつの国が
滅んだと思ってるんだ」
魔王「南の森林皇国のことか?」
勇者「空は黒く染まり、人々は貧困にしずんでいった」
魔王「考え無しに森林伐採して木炭作りまくって
公害で自滅したんだろう」
勇者「公害……?」
魔王「あー。えーっと。そうか、まだ判らないか」
勇者「誤魔化すなっ! 政王国の大臣憑依だって
魔族の仕業じゃないかっ!」
魔王「欲の皮の突っ張った大臣が政権奪取と
王族の姫君大集合ハーレムを作ろうとして失敗しただけだ。
そもそも逮捕された後に魔族の洗脳とか言い出すのは
人間の悪人の悪い習慣だと思うぞ」
元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1251963356/
勇者「ごまかすのか……許せん……」
魔王「誤魔化してない」
勇者「南部諸王国と戦争はどうなんだ。俺は戦場で
何百という人間が魔族の軍勢に倒されているのを
この目で見てきたんだ」
魔王「それで?」
勇者「は? 人間世界を侵略してきた魔王、貴様を
許しはしない!」
魔王「どちらが侵略したかという点については見解の相違だ。
こちらにはこちらの言い分はあるが、まぁ、戦争してるのは
事実だなー」
勇者「貴様は悪だ」
魔王「じゃぁ、悪でも良いけど。当然私を殺した後には
南部諸王国の王族も全部抹殺して回るんだろうな?」
勇者「は? 悪はお前だけだ」
魔王「人間が魔族を殺していないとでも?
魔族は悪で人間が善だって誰が決めたんだ?」
勇者「……っ」
魔王「そこで『俺が法だ!』とか『俺が神だっ!』とか
『俺がガンダムだっ!』とか云えたら、お前も
もうちょっと生きるのが楽なのになぁ……」
勇者「うるさいっ!!」
魔王「勇者は好きだから、この話はやめてやる」
勇者「好きとか云うな」
魔王「この資料を見ろ」
勇者「なんだ、これ……羊皮紙じゃないのか?
薄くて白くてつるつるだ……」
魔王「プリンタ用紙だ。それはどうでもいい。書いてある
ことが重要なんだ」
勇者「……えっと、需要爆発……雇用? 曲線?
消費動向……経済依存率?」
魔王「わかったか?」
勇者「なんだこれは。邪神の儀式か?」
魔王「違う。経済的視点から見た巨大消費市場としての
戦争の効用だ」
勇者「……効用?」
魔王「そうだ」
勇者「戦争に意味なんてあるものかっ。
貴様ら魔族が人間世界を滅ぼすための侵略だ」
魔王「勇者がどーシテもと云うなら、ちゃんと戦ってやる」
勇者「っ」
魔王「話によっては、討たれてやっても良い」
勇者「その首差し出せ」
魔王「だから、半日ほど話を聞け」
勇者「……」
魔王「これは100年ぶりのチャンスなのだ」
勇者「良いだろう、話せ」
魔王「じゃぁ、説明する。手元の資料の一ページ目を」
ぺらっ
勇者「表だ」
魔王「グラフというのだ。……これは中央大陸のこの
50年の消費量と景気を可視化したものだ」
勇者「……え」
魔王「気がついたように、我らが戦争を始めた15年前
から中央大陸の景気は上昇局面に入った」
勇者「……嘘だっ」
魔王「嘘ではない。2ページ目を見るが良い。
こちらには各種統計資料が添付されている」
勇者「戦争で数多くの死者が……」
魔王「戦争を始めてから人間世界の人口は順調に増加を始
めている」
勇者「そんなのは理屈で考えておかしいだろうっ。
戦争で人が死ぬことはあっても、人が増える道理など
あるものかっ」
魔王「まぁ、一般解はそうだな。
しかし、この世界における戦前の常識では違う。
戦前の――まぁ、この戦前は数百年続いたわけだが
世界では、人間の死因は疫病と飢餓だったのだ」
勇者「……」
魔王「この二つは非常に強大な敵で
人間はこの二つを結局500年以上克服できなかった。
人口は増えるどころか、時に疫病が猛威を振るい
国単位で滅亡することも少なくなかった」
勇者「疫病も飢餓も人間には御し得ないものだ。
神が人間に与えた試練と行ってもいい。
魔族の侵略と一緒にするなっ!」
魔王「まぁ、降りかかるについてはそうかも知れないな。
しかし、だから克服できないとか、克服してはいけないと
いうものでもなかろう?」
勇者「それは……」
魔王「現に戦争が開始されてからこれら二つの
原因にする死者は30%まで低下した」
勇者「理由は? ……なぜ?
魔族の暴威を見かねた神の恩寵か」
魔王「私は結構長生きしてるが、神など見たことはないよ。
理由は明白だ。最大の原因は中央大陸危機会議の設立だよ」
勇者「……?」
魔王「つまり、魔族との戦争に対して、人間の王国が
連合を組んだからだ」
勇者「それで、なぜ死者が減るんだ……?」
魔王「食料の多い国が少ない国へ送ったり、医療の
進歩した国や農業技術の進歩した国が指導を行なった
からだな」
勇者「それこそ人間の手柄じゃないかっ!」
魔王「その程度のことも魔族と喧嘩しなければ
実行できない人間が大きな事を言ってはいけないよ」
勇者「……」
魔王「そんなに悔しがるな。魔族だって大差は
ない事情だった」
勇者「そう……なのか……?」
魔王「戦国だったからな。地方豪族や領主が次々と
王を名乗っては一族郎党血まみれの戦いを送っていた」
勇者「……」
魔王「まぁ、そんな事情で、戦争は人間と魔族を救った」
勇者「……」
魔王「そんなに唇をかむな。血が出てしまうぞ?」
勇者「触るなっ!」
魔王「……君が望まない限り、触れないよ」
勇者「……」
魔王「私の言い分も判ってくれるか?」
勇者「……」
勇者「戦争に意味が……結果的にあったかも知れない」
魔王「そう言ってもらえるとほっとするよ」
勇者「だが続けて良い理由にはなってない。
始めて良い理由にもなっていない。
お前は戦争犯罪人だ。いますぐ戦争を中止して
戦争犯罪者として法廷に立つんだ」
魔王「んー」
勇者「私利私欲でやった訳じゃないってのは
いまの話で、ちょっとだけ判った。
俺が付き添ってやるから投降しろ」
魔王「それは難しいな」
勇者「なぜだ?」
魔王「理由は二つある。6ページ目の資料を見てくれ」
ぺらり
魔王「ここに消費市場としての『南部諸王国』と
『中央大陸』の物流の関係が記してある」
勇者「物流……?」
魔王「まぁ、早い話、物の流れだ。食べ物や着るものや、
生活用品から武器、鉄、木材に至るまで全てだな」
勇者「これは『南部諸王国』でどんどん使ってるのか?」
魔王「そうだ。戦争は何でも大量に消費されるからな」
勇者「……『南部諸王国』はどうやって支払ってるんだ?」
魔王「ん?」
勇者「だって物を買ったらお金が必要だろう?」
魔王「ああ、良いところに気がついたな。偉いぞ」
勇者「撫でようとするなっ」
魔王「うっかりだ。そう、許可がない限り触れない。
私は契約を重視するタイプなのだ」
勇者「どうやって購入してるんだよ」
魔王「中央大陸危機会議決議による、戦時支援基金でだ」
勇者「……?」
魔王「わからないか。つまり、全世界が戦争中の
『南部諸王国』に義援金を送ってるんだ」
勇者「そうだったのか!! 人間の善の心に祝福を!
どうだ魔王、これが人間のもつ優しさだ」
魔王「まぁ、そのお金で中央大陸の数多くの国は
自分の国の品物を買ってもらってるんだ。
つまり、お小遣いを上げて自分の店の商品を
買わせているだけさ」
勇者「……?」
魔王「このランクの説明は多少難しいかな。……つまり、
富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても
『豊か』にはなれないんだ。
お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが
よどみなく太いことが豊かなんだよ」
勇者「……難しい」
魔王「まぁ、そう言う物なんだ。
全部を自分でやったりせずに、得意な分野で協力する。
これは理論的に正しいことだ。
麦と塩、木材と鉄を交換することで国も人々の暮らしも
豊かになる」
勇者「それはまぁ、何となく判る。王立広場の市場みたいな
もんだろう?」
魔王「うん、そのとおりだ」
勇者「でも、この場合、違うだろう」
魔王「違うとは?」
勇者「中央大陸の国家は、戦争で疲弊した『南部諸王国』に
善意からお金を送ってるんだ。結果として、その物流?
が良くなったとしても、送ったお金は自分の物じゃないか」
魔王「ふむ」
勇者「つまり特産品同士を交換してるわけじゃない」
魔王「してるんだよ」
勇者「与えているだけじゃないのか?」
魔王「『南部諸王国』は、中央大陸に安全を
輸出しているんだ。つまり、戦争で血を流して
人間世界を防衛することでお金を得ている。
――見たことがあるんだろう?
人間世界の『全て』が戦火にまみれていたのかい?」
勇者「……」
魔王「新しく発明された馬車、豊かな光、豊富なご馳走
毎晩のように舞踏会を開いている国はなかったかい?
ブドウ畑で酔いしれている貴族はいなかったかい?」
勇者「……それは」
魔王「つまり、そういうことだ。人間社会は
『南部諸王国』の巨大消費と防衛ラインという存在に
現在依存しているんだ」
勇者「い、ぞ……ん?」
魔王「そうだ、頼っている。溺れているというような意味だな」
勇者「でも、大多数の人間は戦う力なんて持っていないんだ。
そのためには、『南部諸王国』の戦士団や騎士団に
守ってもらい、せめて食料を送るしかない。
その何処がいけないって云うんだよっ!!」
魔王「まぁ、感情的にはそれが真実だろう。
そこまで否定したりはしない。
でも同時に、経済的にこの市場が無くなると
人間社会の物流や為替が破滅するのも確かなことだ」
勇者「破滅……?」
魔王「そうさ。その資料にあるだろう? これだけの
巨大消費がなくなったら、中央大陸の生産者は
大ダメージを受ける。特に鉄鋼業や造船業がね。
このダメージは波及して、数十万の死者がでる」
勇者「そんな……」
魔王「まぁ魔王の云うことだから嘘かも知れないけどね」
勇者「嘘なのか?」
魔王「少なくとも私は本気だ。もしかしたら避ける方法が
あるかも知れないけれど、私は知らない」
勇者「……」
魔王「さて、この物流と依存型のいびつな経済構造が
二つの理由のうち、一つだ」
勇者「まだ……あるのか」
魔王「もう一つは比較的簡単に説明できる」
勇者「……」
魔王「説明が簡単なだけで問題が簡単なわけではないが」
勇者「どういう理由なんだ?」
魔王「魔族との大戦争で人間社会は結束した。
物流が改善されて、医療技術もひろまって
疫病と飢餓は少なくなったと云っただろう?」
勇者「ああ、云ってたな」
魔王「アレは説明の半分なんだ。確かに物流が以前よりは
活発になった。以前は国民の半分が餓死するような国の
隣では大豊作の国があり、協力なんてしなかったからね」
勇者「うん……」
魔王「だが、物流が改善されたとはいえ、この世界の
食料生産そのものが劇的に向上した訳じゃない」
勇者「……?」
魔王「判らないのかい? ……つまり、まだ餓死者は
いるんだよ」
勇者「ああ。旅の途中でいくつもの村で、飢えた子供を見たよ」
魔王「そんな世界で、『大戦争による死者』が居なく
なったらどうなる? 長い戦争で剣を振るう以外に
生きる術を知らない何十万人もの人間が中央大陸に
あふれるんだ。彼らは生きているから食料を必要とする。
人間は増えるぞ? ――でも、食料はそこまで増えない。
この世界にはまだ輪作の概念すらないんだ」
勇者「そんな……」
魔王「それが現実なんだ」
勇者「だって、だって」
魔王「だいたい、何で君は1人でここにいるんだ?」
勇者「……へ?」
魔王「腐っても魔王城だぞ。そりゃ警備をくぐり抜けて
こんな所まで来れちゃう君は突然変異というか、
それこそ冗談みたいな奇跡だけど」
勇者「何を言ってるんだ?」
魔王「戦争を終わらせるのは、軍の仕事だろう?
君は勇者じゃないのか?」
勇者「勇者だよっ。それが俺の天命だっ」
魔王「敵の王の命を単身仕留めるのは
暗殺者の仕事じゃないのかい?」
勇者「……っ!?」
魔王「多分ね。……人間の王たちも判っているよ」
魔王「この戦争が終わったら、勝っても負けても
人間は滅びてしまうって」
勇者「……」
魔王「だから君を1人で送り出したんだよ」
勇者「……」
魔王「一方的なことを云ってしまったけれど、それは
魔族の側も事情は一緒でね。知っていると思うけれど
一口に魔族といっても、その内情は様々なんだ。
有角族や飛翼族、鉄蹄族。スライムや遊びコウモリ
なんていう低級なヤツらも沢山いる。
悪戯好きなだけの種族も多いけれど、有力な氏族は
ひどく好戦的だし、種族中心主義だ」
勇者「そうなのか……」
魔王「うん、そうなんだ。
私はね……見ての通り、腕も細いし、ひ弱で華奢だろ?」
勇者「魔法で戦うんじゃないのか?」
魔王「そりゃまぁ、使えるけれど。
大魔法使いというほどじゃない」
勇者「なら、どうして魔王になれたんだ?」
魔王「要領とタイミングと、なんだろう。
……多分、偶然で」
魔王「私の一族は変わり者が多くて、魔界の端っこで
長年研究をしていてね。私の専門は経済なんだ」
勇者「経済ってなんだ?」
魔王「信じられないなぁ、人間の文明の程度は」
勇者「なんかむかつく」
魔王「魔族も人のことは云えない。
この戦争が終わったら、たとえ魔族の側が
勝ち残ったとしても、前にも増した乱世が始まるよ。
今度は人間の土地を舞台にして、奴隷を奪い合う
恐ろしい時代が幕を開けるだろう。
有力な魔族は人間の王国を次々と勝手に略奪して
それぞれを自分たちの『植民地』と呼ぶ時代だ。
裕福になった戦闘的な氏族は
その富で弱小氏族を従えたり、より大きな戦力を
調えて魔族統一を目指すだろうけれど
いまよりもっと混沌とした魔界はたやすく統一なんか
出来るわけが無くて、いまよりずっと多くの
血が流れるだろうね」
勇者「植民地?」
魔王「他人の土地に攻め込んで支配して、
自分たちの場所であるかのように利益を吸い上げること」
勇者「許されるわけ、無いっ」
魔王「人間が勝ったら魔族の土地に同じ事をするだろうね」
勇者「人間は、そんなことっ」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「しないって、云えないだろう?」
勇者「……」
魔王「まぁ、いろんな世界がそうやって滅びていったんだ」
勇者「世界?」
魔王「ああ、それは私たち一族の研究だよ。
気にしないで。でも、私は……」
魔王「私は、まだ見たことがない物が見たいんだ」
勇者「……」
魔王「勇者になら、判るかも知れないと思ったんだよ」
勇者「何を、だよ」
魔王「言葉では言い表せないけれど」
勇者「お前学者なんだろ?」
魔王「学者……? ああ、うん、そんな物だ」
勇者「じゃぁ、説明しろよ」
魔王「うーん、つまり」
勇者「……」
魔王「『あの丘の向こうに何があるんだろう?』って
思ったことはないかい? 『この船の向かう先には
何があるんだろう?』ってワクワクした覚えは?」
勇者「そりゃ……あるけど。わりと、沢山」
魔王「そうだろう? 勇者だものな!」
勇者「何でそんなに嬉しそうなんだよ」
魔王「だから、そう言う物が見たいんだ」
勇者「……勇者になりたいのか?」
魔王「近い。でも、違う。だって私は学者
なのだろうし、いまのこの身は魔王だ……」
勇者「……」
魔王「やってて幸せとは云えないけれど
責任を感じるし他の誰かに押しつける気はない。
勇者じゃない私が、勇者になりたいなんて
そんな夢物語で時間を浪費するつもりはないんだ。
けれど」
魔王「見たことがない物は、見てみたい」
勇者「……そか」
魔王「だから、もう一度云う。
『この我のものとなれ、勇者よ』
私が望む未だ見ぬ物を探すために
私の瞳、私の明かり、私の剣となって欲しい」
勇者「断る」
魔王「だめか?」
勇者「だめ」
魔王「絶対か?」
勇者「絶対」
魔王「交渉の余地はないのか?」
勇者「ない」
魔王「……」
勇者「……ないぞ? ほんとだぞ」
魔王「あると見た」
勇者「くぁ、なんでそこで上目遣いなんだよ。
学者がとって良い態度かよっ」
魔王「学者であると同時に私は経済屋なんだ。
経済屋は決して諦めない。どんなことにでも
妥協して明日を目指すんだ」
勇者「なんだか俺より勇者っぽい」
魔王「故事によれば『世界の半分』を交渉材料にするらしい」
勇者「へー」
魔王「余裕たっぷりだな」
勇者「そんなので転ぶ勇者がいるかよ。
もしいたらそいつは勇者でも何でもない。
1から出直せって話だ」
魔王「うん、私の知っている故事でも
結末はそうなっていた」
勇者「ださっ」
魔王「私もそう思う。そもそもその魔王だって
世界征服が終了していた訳じゃないだろうに。
自分が所有していない物件の50%を譲渡するなんて
商道徳にてらしても法的観点から見ても
契約の有効性に疑問を持たざるを得ない」
勇者「そういう嘘つきだから勇者にふられるんだよ」
魔王「仰せの通りだ」
勇者「だからといって魔界の50%譲渡とか云ったって
俺は絶対うんなんて云わないからな。
そんな見知らぬ土地なんかもらったってちっとも
嬉しくない。そもそも賄賂や金品で転ぶなんて
勇者のすることじゃないぞ。
人間ってのは、ベッド一個のスペースと、
毎日腹が満ちる程度の食うものがあればそれで充分なんだ」
魔王「清貧の志だな」
勇者「貧しいとか云うな。魔王のクセにっ」
魔王「私としても領土の割譲をテーマに交渉する気はない」
勇者「そうなのか?」
魔王「領土割譲は、後世の統治から見た場合、
民族問題やプライド上の問題があって、紛争の火種に
なることもしばしばなのだ。眼前の交渉が重要とはいえ
後世に禍根を残すのは気が進まない」
勇者「ふぅん……。そういうものなのか」
魔王「そうなのだ。それにだいたい『50%』という
言い方が良くない。それでは結局『こちらとそちら』が
再生産されるだけではないか」
勇者「どうゆうこと?」
魔王「つまり、世界を分割するのが問題だ、ということだ。
その分割という発送は、結局現在の問題である
『人間世界と魔族世界』という対立を
『勇者の支配地域と魔王の支配地域』という対立に
問題をすり替えただけだという話だ」
勇者「あー。もっともな話だ」
魔王「だろう? それは交渉でも妥協でもなく
ただの時間稼ぎに過ぎない」
勇者「ふむ」
魔王「故にその種の論法は却下だ」
勇者「じゃぁ、交渉も失敗だな。時間もちょうど半日だ。
……戦闘するような気分じゃなくなっちゃったけれどさ」
魔王「いや、ちゃんと提案はある」
勇者「あるのか?」
魔王「半分などとけちくさいことは云わない。
でも大地は私の物ではないから差し出せない。
勇者が欲しい。代価は私にはらえる全て。
つまり、私自身だ。
これだけは私の意志で勇者に捧げられる。
お願いだから私の物になってくれ」
勇者「……お、お、おまっ」
魔王「口をぱくぱくさせると間抜けに見えるぞ」
勇者「なっ何をっ」
魔王「交渉の提案だ」
勇者「何言ってるか判ってるのかっ?」
魔王「判っている」
勇者「しょ、正気かっ!?」
魔王「もちろんだ」
勇者「もうちょっと物考えて発言しろ!
わ、わ、わ、わきまえろっ!!」
魔王「そんなに驚かないでも良いではないか。
人間世界では15にもなれば農夫の息子だろうが
宿屋の娘だろうが、そこら中でこのような睦言と
甘やかな契約を交わして乳繰りあっていると聞く」
勇者「聞くなよっ」
魔王「正確には書物で読んだわけだが。
――読んだだけで実体は不明で経験もない。
これも一つの『未だ見ぬ物』だな」
勇者「何を」
魔王「優れた提案とは提案した時点で
提案者の目的の一部を達せられるのだ。
『純潔を捧げる願い』を告白するなどと
私の人生に訪れるとは思っていなかった知見だ。
精神的に平静ではいられないなんて貴重だな」
勇者「まるっきり平静に見えるよ」
魔王「ダメか?」
勇者「だっ、だめっ!!」
魔王「絶対か?」
勇者「ぜ、ぜ、ぜ」
魔王「前回よりもさらに余地があるように見える」
勇者「近寄るなっ」
魔王「許可無い限り触れたりしない。私は奥手なんだ」
勇者「契約主義者ってさっきまでは云ってたじゃないか」
魔王「それは真実だ。『奥手』というのは
真実にかぶせる演出上の工夫だ」
魔王「勇者」
勇者「何だよっ」
魔王「んぅ。話づらいな」
勇者「あんだけ悲惨な未来をぺらぺら解説して
やがったじゃないか」
魔王「あれは専門分野の講義だったから」
勇者「どんだけ死にものぐるいな専門分野なんだよ」
魔王「経済というのは血が流れない戦争なんだ」
勇者「おっかないよ。戦闘能力のない魔王を
初めておっかないと思ったよっ」
魔王「怖がらせるのは本意ではないし……。
混乱させたら申し訳ないと思うけれど」
勇者「……」
魔王「少しセールストークをする」
勇者「うー。押されてる」
魔王「私を独占すると色々便利だぞ?」
勇者「たとえば?」
魔王「家計簿を付けるのが得意だ。完璧を約束できる」
勇者「なんだかなぁ。家計簿か」
魔王「それにね」
勇者「?」
魔王「この戦争の向こうに行ける」
勇者「それは出来ないって云ってたじゃないか」
魔王「もちろん、すぐには無理だ。人間の王たちも
納得はしまい。私が投降しても、それは秘密裏に
処理されて、偽魔王が立てられるだろう。
それくらいこの戦争は、人間社会に必要になって
しまっている」
勇者「……」
魔王「でも、だからこそ、それが『別の結末』を
迎える事ができるのならば、
それは私にとってだけじゃない。
三千世界にとって『未だ見ぬ物』じゃないだろうか?」
勇者「……」
魔王「どうだ?」
勇者「それが」
魔王「ん?」
勇者「おまえなんだ」
魔王「うん、これが私なのだ」
勇者「ずっとそんなこと考えてきたんだ」
魔王「戦争を終わらせるのが軍だとすれば
終わる着地点を模索するのが王の役目だ」
勇者「そのために俺を欲しがったのか?」
魔王「うん、まぁ。そうとも云える」
勇者「……」
魔王「いや、誤解しないでくれっ。
勇者が欲しいのは本当だぞ?
向こう側を一緒に見に行く連れが欲しいだろう?
朝の散歩に一緒に出かけるような気分なんだっ。
それから家計簿も本当だ。偽りはない。
なんだったら賃借対照表や生涯賃金提案書も書けるぞっ。
足りないかっ? 足りないのか?
そうだな。……あまりにも粗末な粗品だが
一緒にいるのも得意だ。私は静かな魔王だからな。
部屋に置いておいても邪魔にはならないことに定評がある
添い寝とかも多分役に立たないほど下手だろうが
セット商品についている細々とした備品程度でいいならな
付けることが出来る」
勇者「あー」
魔王「契約詐欺にならないようにあらかじめ
告げておかなくてはならないのだが、
私は料理は不得手だ。料理は科学なのだろう?
わたしにはゲル化や乳化を行なうための
洗練された手先の技術が欠けているようで
調理に関して期待してもらっては困る」
魔王「それから、あー。
世間の、ほら。大多数の一般的な性別において
男性を有する成人の人間が望むような外見的
肉体的な美しさには欠けていると思われる。
運動不足だしな」
勇者「そうか? そ、そんなことないだろ」
魔王「いいや、そんなことはあるのだ。
これは侍女たちの用意した魔王のお仕着せであって
欠点が隠れて、と言うか、見えないだけで、
二の腕とかつまめるのだっ」
勇者「泣きそうになるなよ」
魔王「ぷるぷるなのだぞ!?」
勇者「いや、その……大変美味しそうに見えます。
……特に胸とかおっぱいとか」
魔王「いや、いいんだ。無用な慰めだ。
それに地味すぎて、こればかりは申し訳ない。
思うに我が一族の頭部は長い伝統で
見てくれよりも中身を重視してきたはずで」
勇者「そうか?」
魔王「私も娘時代、つまり150年ほど前だが
その時代にもうちょっとこう、何というか
身なりやお手入れに気を配っておけば
こんな一世一代の交渉時、リコールにおびえる経営者の
気分を味合わないで済んだはずなのに……」
勇者「用語が難しいな」
魔王「世の中は色々難しいのだ」
勇者「まったくだな」
魔王「とにかく、そう言った外見的な物については
あまり満足のいく案件ではないのだが、経済を
中心にした知識と……知識と……。
それくらいしか誇れないのか、私は」
勇者「……」
魔王「あと誇ることが出来るのは、貞淑さくらいだ。
私は長命種で、学者の家系の出だからな。
それに純然たる契約主義者でもある。
私にとっていったん締結されれば
この種の契約は魂にまで食い込み
過去も未来もその一点において鋼に勝る強度を持つだろう。
――側近く侍る。健やかなる時も病める時も寄り添おう。
それは約束できる」
勇者「……」
魔王「どうだ? 私の物にならないか?
私はあんまり我が儘は言わないぞ。
『丘の向こう側』に一緒に行ってくれれば
それだけで満足だ」
勇者「沢山殺すことになるんだろうな」
魔王「ああ。……うん。誤魔化さない」
勇者「河が血で染まるほどかな」
魔王「うん、終わるまでは。手を血で汚さない約束は
できない。私も、勇者も、非道なことを
沢山することになるだろう」
勇者「裏切り者と呼ばれるかな」
魔王「それは、正体を隠すことも出来る。
私の誇りにかけて、勇者の伝説は綺麗なままに
出来るはずだ」
勇者「必要なのか?」
魔王「それは違う。このままワルツのように戦争を
消耗を繰り返し、屍山血河の平和を享受することも
この世界に許された選択肢の一つだ」
勇者「それはそれでおびただしい犠牲だろう」
魔王「でも勇者が直接的手を汚さないで済む」
勇者「なんだよ契約したくないのかよ」
魔王「騙して契約したくないんだ」
勇者「そか」
魔王「騙して手に入れたものは、一夜で失われる」
勇者「信義に厚いんだな」
魔王「善悪の話じゃない。ゲーム理論で証明された
商道徳レベルでの話だよ」
勇者「よし、お前の物になる」
魔王「いいのか?」
勇者「いいんだよ。……あー、いっとくけどなっ」
魔王「?」
勇者「おっぱいのためじゃないからなっ!」
魔王「こんなものがいいのか?」 ふにふに
勇者「自分で揉むなっ」
魔王「勇者」
勇者「何だよ、魔王っ」
魔王「触れたい。触って良いですか?」
勇者「……」
魔王「信用してないな?」
勇者「口調がいきなり丁寧でびっくりしただけだ」
魔王「少しだけだから、触らせてくれ」
勇者「判った」
魔王「……」 おずおず
勇者「魔王、手がひんやりしてるな」
魔王「冷たいか? 済まない」
勇者「いや、気持ちよい」
魔王「私は、勇者のものだ」
勇者「俺は魔王のものになる」
魔王「契約成立だ」 勇者「契約成立だな」
魔王「嬉しいぞ」にこっ
勇者「……。くぁっ。は、はなれろっ」
魔王「そうか?」
勇者「で、最初の一手はどうするんだよ」
魔王「そうだな……まずは、麦から手を付ける」
勇者「麦か……。長い旅になるな」
魔王「もちろん。わたしは勇者と一生離れる気は
ないんだからなっ」
――冬越しの村
勇者「うぉ、寒くなってきたな」
魔王「これから冬に向かっていくからな」
勇者「こんな中途半端なところで良いのか?」
魔王「中途半端とは?」
勇者「いや、だからさ。魔王の話によれば
いまの人間、中央大陸にとって麦は食料として大事だ。
ってことを基本にしてるんだろう?」
魔王「ああ、そうだ」
勇者「だったら、もっと農業大国の湖の国とか
紫旗女王国とかさ、そっちに行った方が良いんじゃね?」
魔王「話が聞いてもらえるならな」
勇者「あー」
魔王「勇者もしばらくは姿を見せない方がよいと思う」
勇者「そうか?」
魔王「ああ。あんな風に私の所へよこされたんだ。
誰かが勇者を疎ましく思っていたのかも知れない」
勇者「んなことないって」
魔王「それに何処に行って紹介するにしたところで
説得力を出すためには実際の実験と資料が必要だ」
勇者「そりゃそうだ」
魔王「この村でそのための手はずを整える」
勇者「そう、なのか?」
魔王「うむ。手の者を忍び込ませているのだ」
勇者「手回しが良いな」
魔王「何事も根回しと調整が必要だ」
勇者「この村か」
魔王「ああ、何の変哲もない村だろう?」
勇者「うん、こんな村は沢山知っている」
魔王「『南部諸王国』辺境部では典型的な開拓村だな。
複合的な大規模農業を中心に小作農や職人たちが
緩やかな村を形成している」
勇者「魔王軍との戦いもあるだろうになー」
魔王「それでも大地にしがみついて生きてゆくんだ。
人間はそこがすごいところだ」
勇者「で、手の者ってのは」
魔王「ああ。小さな一軒家を用意してもらってるんだが。
どこなのだろうな。この村としか聞いてないんだが」
勇者「あー。そうなのか? 探せば判るんだろうけれど
そろそろ陽も暮れるし、こんな寒い中をうろつき回るのは
ぞっとしないなぁ」
魔王「うむ、もっともな指摘だ」
勇者「だよなぁ」
メイド長「まおー様ぁ~まおー様ぁ~♪」
勇者「ば、ば、ばっ」
魔王「おお。この声は」
メイド長「まおー様~♪」
魔王「おお、紹介しよう。勇者!」
勇者「この馬鹿っ。一応人間の村だぞっ!
まおーまおー叫んでどうするっ!」
魔王「む。そう言えばそうだ。以後注意するように」
メイド長「はい、まおー様!」
魔王「まぁ、大丈夫だ。そんなに怒ってくれるな」
勇者「むー」
メイド長「怒りすぎると皺が取れなくなりますよ」なでなで
勇者「こいつは何なんだ?」
魔王「これは私の側近で、メイドを束ねるメイド長だ」
メイド長「ご紹介にあずかったメイド長です。
まおー様のことは幼い頃から世話をさせていただいて
おりますわ。この度は勇者様とまおー様のご結婚
まことに喜ばしく、お見守りさせていただいてきた
この身、この胸の内も震えんほどです」
勇者「突っ込みどころはたくさんあるんだけど、
最大のものは結婚なんてしてないって事だぞ」
メイド長「そうなんですか?」
魔王「期間無制限の相互所有契約だ」
メイド長「あらあら、まさに結婚じゃないですか」
魔王「白詰草とクローバーほどに違う」
メイド長「それじゃ同じものじゃないですか」
魔王「あえて名前を変えることによる風情の違いがある」
メイド長「ああ、そうでしたか!
メイドと召使いと側女と寝室奉仕奴隷のようなものですね」
魔王「それも風情か?」
勇者「……」
メイド長「風情は大事ですよ。男女間の機微の80%は
風情で構成されていると言っても過言ではありません」
魔王「なんと! それでは殆ど具材がないではないか?」
メイド長「そこがミソなんですよ」
勇者「あのー。寒いんだけど」
メイド長「おやおや、まぁ!」
魔王「勇者が寒いと云っているんだ。どうにかならんか?」
メイド長「では、こちらへ。ご案内しますわ」
魔王「おお、首尾はどうだ?」
メイド長「さほど大きくはありませんが、
村はずれの古い館を改修してございます」
魔王「でかしたぞ、メイド長」
――古びた洋館
勇者「なんだよなんだよ。充分でかいじゃないか」
メイド長「とんでもない。魔王城の1/100以下です」
勇者「あれはダンジョンだろ。一緒にするな」
魔王「いや、私はあそこに住んでたんだがな」
勇者「ああ、そっか」
メイド長「こちらへどうぞ。
ただいまお茶をお持ちしましょう」
魔王「すまんなー」
勇者「側近って、どんな関係なんだ?」
魔王「うむ。ああ見えてメイド長はわたしの親戚なのだ」
勇者「学者なのか?」
魔王「んー。学者というと語弊があるな。
学者一族と云うより『好奇心を抑えられない一族』なのだ。
しかも専門ジャンルを追求してしまう類の。
彼女は、私から見ると年上なのだが、
なんだか『メイド道』とやらに目覚めてしまってな」
勇者「ふむ……」
メイド長「殿方における騎士道と似たようなものですわ」
魔王「早いな」
メイド長「紅茶でございますよ。
蜂蜜をたっぷり入れておきましたから」
魔王「まぁ、そんなわけで、ずっと一緒に育ったし
魔王軍の指揮なんかを任せたこともある」
勇者「おいおい、メイドってそんなことも出来るのか!?」
メイド長「主人のどのような求めにも応える。
それが私の『メイド道』ですわ」
魔王「これは、この館はどういう物件なんだ?」
勇者「そうだ、気になってた」
メイド長「さる貴族の別邸だったらしい建物でございます。
その貴族……騎士家だったそうですが、その家そのものは
跡継ぎを戦争で亡くされ、この館は手放されたとか」
魔王「正規の手段で手に入れたのだろうな?」
メイド長「ええもちろんです。
修繕を依頼した職工の方々への支払いも現金で行ないました」
魔王「うむ」
勇者「……穏当だな、意外に」
魔王「いずれ実力行使でなければ意を通せない相手も出てくる。
穏やかに通るところで無駄に暴力は使いたくない。
……嫌われると困る」
勇者「?」
魔王「なんでもない。
……で、我らはこの館に逗留して。んー身分は
どうしたものかな」
メイド長「村長以下主立った方々へのご挨拶は
すませております。聖王都の神学院で研究なされた
高名な学者の姫君だと」
魔王「そんなんで通るのか」
勇者「格好さえどうにかすれば余裕だろう?」
魔王「この白衣とローブではだめかな」
勇者「ダメっぽいんじゃね?」
メイド長「ダメでしょうね」
魔王「着心地が良いんだが」
勇者「姫君ってのは着心地度外視で服選ぶんじゃねぇかな」
メイド長「そうですね。視線を意識せざるを得ない服で
緊張感を維持しているのかと思われます」
魔王「緊張感がないと!?」
メイド長「そうは申しておりません。しかし……」
魔王「なんじゃ」
メイド長「お耳を拝借いたします」
魔王「ふむふむ……」
魔王「勇者、勇者」
勇者「どうした?」
魔王「緊張感のない肉は駄肉か?」 じわぁ
勇者「なんで半べそなんだよ」
魔王「そう言われたのだ」
勇者「あー」
魔王「駄肉か? 駄肉なのか!?」
勇者「あー。そのー」
メイド長「お茶のお代わりはいかがでございましょう?」
魔王「ゆるんでぷにってしまうのか?」
勇者「コメントしづらいな」
メイド長「冬場は特に運動が不足しますからね」
魔王「うううう」
勇者「……その、たまには着飾るのも良いんじゃないか?
目先が変わって。その、風情とか云うヤツだ」
メイド長「さようでございますよ、まおー様」
魔王「そ、そうか……」
勇者「で、挨拶がどうとか」
メイド長「ああ、そうでした。
その学術の研究と、新しい農作指導のために
この村に興味を持たれてやってくる、というような
説明をいたしております」
魔王「そうか、話が早くて助かる」
勇者「そうだな、農業ともなれば時間がかかるものな」
メイド長「ええ。……まおー様」
魔王「ん?」
メイド長「魔王軍の方はいかがしましょう」
魔王「ああ。そうだな」 ちらっ
勇者「どうかしたか?」
魔王「勇者と私は、魔王の大広間で決闘をしたとしよう。
そこで両者共に深い傷を負ったという噂を流せ。
私はその傷を癒すために冥界温泉で療養中だ。
勇者は生死不明、一説によると落ち延びたと」
メイド長「かしこまりました」
魔王「それでいいか? 勇者」
勇者「ああ。かまわない。俺はどうせ魔王のものだしな」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」にこっ
魔王「からかうな」
魔王「この噂で、まぁ1年くらいの時間は稼げよう。
魔王軍の急進派も何かの策略ではないかと見て
しばらくは動きを控えるだろう」
勇者「1年か」
魔王「その他にも手は打つ。粘るつもりもあるが
まぁ、3年と云ったところだろうな、猶予は」
勇者「……」
魔王「その間に『まだ見たことのない結末』を
見つけなければならない」
勇者「見たいだけじゃなかったのか?」
魔王「……見つけ出さないと、私の持ち主に嫌われる」
勇者「あ、その。そ……そっか。そうだな」
魔王「それはいいとして、だ」
勇者「お、おう」
魔王「この地で結果を出したいのは、農法の改善だ」
勇者「のーほー?」
魔王「農業の方法だ」
勇者「農業の方法たって、
種撒いて芽が出て収穫するだけだろ?」
魔王「その方法を改善する」
勇者「うーん。改善なんてあるのか?」
魔王「同じ土地で麦を収穫し続けると
どんどん質がわるくなるのはしっているか?」
勇者「あー。聞いたことがあるぞ。
大地の恵みみたいな物がなくなっちゃうんだろう?」
魔王「この辺りで広く行なわれているのは三圃式農業という
もので、畑を3種類に分ける。
それぞれ夏に使う、冬に使う、一年間お休みと分けるんだ。
そしてローテーションさせてゆく」
勇者「工夫してあるんだな。ふむふむ。
いや、まてよ? そもそも何でローテーションするんだ?
どんどん新しい畑を開拓すればいいじゃないか。
新しい場所なら大地の恵みもたくさんある」
魔王「ばかもの。
誰もが勇者のように化物じみた戦闘能力と体力と
破壊魔法を使えると思ったら大間違いだ」
勇者「そ、そか?」
魔王「開拓には長い時間と労力がかかる。
それにそうやって開拓範囲を広くすれば、
収穫や種まきなどで移動しなければならない
距離も広がるし、魔物や野生動物から防衛しなければ
ならない敷地も広がってしまう」
勇者「そういえばそうか」
魔王「そこで3分割ローテーションを行なっているのだが」
勇者「ふむふむ」
魔王「この手法をより改善して、
食料の供給量を増やすのが当面の目的だ」
勇者「目的は判った。けれど、具体的にはどうするんだ?」
魔王「輪作……つまりローテーションという概念は良いんだ。
これを4回転式に改善しようと思う」
勇者「ふむふむ」
魔王「すなわち、大麦を作る畑、クローバを作る畑、
小麦を作る畑、かぶを作る畑に4分割する。
この四つをセットにして4年周期で畑を活用するんだ」
勇者「なんか、3ローテと大差がないように聞こえるな」
魔王「3ローテは1周期に一回お休みがあるだろう?
こちらは4周期にお休みらしいお休みはクローバーだけだ」
勇者「それがそんなに大きい差なのか?」
魔王「差が出る秘密は、麦以外にある。それがカブだ」
勇者「シチューに入れると旨いけど、そんなに作っても
飽きるだろう?」
魔王「もちろん人間が食べても良い。
麦ばかりだと健康に悪いからな。だがこのカブは
畜産に使うんだ。具体的に云うと豚の餌にする」
メイド長「豚、ですか?」
魔王「知ってるとおり、この寒くて貧しい地方では
肉食というのは冬場の重要な栄養素だ。
冬には充分な果物も野菜も採れないし、
充分な穀物が無い事の方が多い。
そこで豚を食べるわけだが、豚は生きているから
活かしておくためには食料が必要だ。
冬の間は人間の食糧すら不足するだろう?」
勇者「ああ、そうだな。だから豚は冬になる前に、
最低限の数を残してしめちゃうんだ。
それでソーセージやベーコンやハムにして、
冬の間の食糧備蓄をする。南部諸王国じゃ
何処でも見られる冬の始まりの風物詩って所だ」
魔王「冬場……つまり農作物が充分では無い時期の
代替え的補助食料なのに、結局は農業と同じように
季節に支配されている。これは非効率的なことだ」
勇者「……云われてみれば、そうだな」
魔王「そこでクローバーとカブを使う。
クローバーは夏場の間、豚や羊などの牧草になる。
畜産をおこなえば肥料も出してもらえるしな。
カブは冬の間に飼料として役立つ」
勇者「そうかっ!」
魔王「そうだ。この方法は『畑を休ませない』、
『畑を痩せさせない』、『農作物以外も豊かにする』
の三つのアイデアで出来ているんだ」
勇者「そこでこの村な訳か」
メイド長「どういう事ですか?」
勇者「この村みたいな、農業も畜産もやって、
ある程度自給自足の体制の方がこの農法には都合が
良いんだよ。データ採りの意味でも。
都市部や、小麦ばっかりを大量生産している、
それが出来ちゃうような温暖な地域では意味が薄い。
東方の米みたいな穀物にも効果が薄い。
『寒くて貧しい地域を救う』アイデアだから」
メイド長「そういうことでしたか!」
魔王「他にもいくつかある。北氷海の魚による肥料とか
、農機具にも改良の余地がある」
勇者「へ? 色々あるんだな」
魔王「難しいのは、農地と村の統廃合だ。
放牧地にした場合、羊などの動物はコントロールに
難があるしな。いまの危険な時勢だと、この種の
『開墾した権利』の縄張り争いは、たやすく利権の
争いに変化してしまうのだ」
勇者「そうだな、それは予想がつくよ」
メイド長「でも、人間は土地を重視する、
って、まおー様はいってましたよね。
話し合いで解決するんですか?」
魔王「そこで魔族だ」
勇者「?」
魔王「魔族で村を攻める。
どうせたいした守備軍もいないだろう?
ちょっとした中隊規模で充分だ。
脅して適度に放火でもしてやる。
最悪の場合は主立ったものを殺すこともあるかもしれない」
勇者「……」
魔王「村人が立ち退いたあとに、魔王軍は駆けつけた
騎士団と一戦して引き上げる。開拓民は戻ってくる
だろうが、それは領主の庇護下に入ってのことだろう。
その状況なら、農地の整理や、村と村との統廃合も
問題なく行くだろう」
勇者「……」
魔王「幻滅したか?」
メイド長「……まおー様」
魔王「むろん、手心は加える。そもそもこの手法は
王国側、少なくとも騎士団には内通者というか
こちら側の理解者が必要だ。
だがこの種の作戦には事故がつきものだ。
血が流れないと云うことはあり得ないだろう」
勇者「……」
魔王「だが、わたしは何かをすると決めたんだ。
このまま、血まみれの夢に似た消耗戦を100年繰り返し
取り返しのつかない停滞を過ごすつもりはない。
わたしは『終わった後の物語』が読みたいんだ」
魔王「愛想が尽きたか?
魔王なんて嫌いになったか?
で、でもダメだぞっ。
勇者は私のものだから。
絶対に手放すつもりはないぞっ」
メイド長「……」
魔王「それとも、やっぱり魔王を退治するつもりになったか?
それならそれで仕方がないが……。
私は勇者のものだから
その剣を避けるなんて出来ないけど……」
勇者「それでも……」
魔王「……」
勇者「それでも、救われる人はいるんだろう?
この3年間の秘密休戦で救われる人はいるんだろう?
それにその4ローテーションの工夫が上手く行けば
毎年何万人もの飢えた子供たちが春を迎えられるんだろう?
――そして戦争を終わらせるための余裕が、
人間の手に戻ってくるんだろう?」
魔王「そうだ」
勇者「なら俺はやっぱり魔王の剣だ」
メイド長「……」
勇者「俺は何をすればいい?
……まぁ、うっすらと判っちゃいるんだが」
魔王「予想通りだ。
勇者には『正義の味方』をやってもらう。
攻め込んだ魔王軍を撃退する、南部諸王国領主の
軍事的先鋒だ」
勇者「茶番だな」
魔王「うん。悪の首魁とこんな話をしているいま、
それは限りなく茶番だろう」
勇者「100回地獄へ行っても救われないな」
魔王「判るなんて云わない」
勇者「でも『その役』がいないと始まらないもんな」
今更ですが【まおゆう魔王勇者】をまとめました。
全45記事。1時間ごとに1記事ずつ公開します。
公開完了は1/15(火)の21時です。
アニメ開始に合わせて公開を考えていたのですが間に合わず、
三連休で一気に公開するつもりがずれ込んでしまいました(汗)
【まおゆう】に興味ない方、もう読んだからシラネって方は、
1/16(水)以降にまたお越し下さい。平常運転に戻ります。
まだ未読の方は、この機会に是非読んで見てはいかがでしょうか。
面白い・つまらないは人それぞれ。一読の価値はあると思います。
なお、誤字は拾い切れていないと思います。
間違いに気づいた方はコメントで知らせていただけると助かります。