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401 : 25話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/14 00:19:26.77 toZAuc3q0 177/394

~第25話~

「なんだ、これは?」

魔女の結界の中に入った良牙はつぶやいた。

お皿のような浮島が虹の橋で繋がれている。

これがこの魔女の迷宮なのはよく分かる。

しかし、そこに住まう使い魔たちの姿は一体どうしたことか。

剣を装備した、短髪の少女か少年のような青いシルエット。

逃げ回ってはこちらの様子をうかがうだけのピンク色をした少女のようなシルエット。

良牙にはその使い魔たちが何を意味するかすぐに分かってしまった。

「……なんてこった。どう見てもさやかちゃんにまどかちゃんだろ、これ」

やりにくそうな良牙をよそに、らんまと杏子は使い魔たちと戦う。

「うわ、なんだ? これはあたしか!?」

杏子も自分にそっくりな、槍を装備した赤いシルエットの使い魔を見て思わず声を上げた。

「おー、良牙、おめーもいるぞ」

らんまは黒い小動物のような使い魔を捕まえると、勢い良く殴り飛ばした。

「つまり……」

「どうやら確定かよ」

良牙と杏子は二人してがっくりとうなだれた。

なんでもっと近くに居てやれなかったのか。

そんな後悔がそれぞれの頭をよぎる。

「お、おい、反省は良いけど、手ぇ止めんな!」

二人がうなだれている間にも戦っているらんまの元には次から次へと使い魔が寄ってきた。

使い魔のうち赤いのや黒いのは大体の動きが予想できるが、青い使い魔はモデルになった魔法少女を
よく知らないので戦いづらい。

出方を見ようとらんまが間合いを取ると、青い使い魔は一瞬でその間合いを詰めて斬りかかった。

「うわっ!」

らんまはかろうじてタタミを召喚して直撃をさけるが、タタミごと後ろに吹き飛ばされた。

「すまん、忘れてた!」

良牙はそう叫びながら、らんまに追撃をしようとする青い使い魔を蹴り飛ばして倒す。

杏子も槍を振り回して、周りの使い魔たちを遠ざけた。

そうしている間にらんまは手近にあるものに手をかけて立ち上がる。

「いてて……しっかりしてくれよ」

ちょうどデコボコになっているところに飛ばされたせいでらんまは上手く受身がとれなかった。

よろけながら痛そうに自分の尻をさする。

『……けて』

「え?」

その時、らんまは何かが聞こえた気がした。

「おい、おめーら今なんか言ったか?」

「いや、あたしは何も」

「そんなのどうでもいいだろ、乱馬お前こそ早く戦いに戻れ!」

だが杏子も良牙も、使い魔相手に忙しくかまっていられないらしい。

『たすけて』

402 : 25話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/14 00:21:32.44 toZAuc3q0 178/394

それでももう一度耳をすませてみたらんまは、今度ははっきりと聞こえた。

かすかな声だが、間違いなくテレパシーで誰かが助けを求めている。

良牙はともかく、魔法少女としてはらんまより出来るはずの杏子にも聞こえていない。

という事は、かなり微弱なテレパシーをらんまのすぐ近くから飛ばしているのだろう。

らんまは辺りを見回した。

しかし、それらしき魔法少女の姿は見えない。

『……分かってやってない?』

ついに、テレパシーを送ってきた魔法少女の方からツッコミが入った。

『いや、マジでわかんねー』

らんまはそう答えつつも考えをめぐらせた。

見て分からないということは、何かに隠れている状態なのだろう。

だから、人一人を隠せそうなほど大きなものを探せば良い。

「あ」

そしてようやくらんまは気がついた。

使い魔に叩き飛ばされてぶつかり、立ち上がる際に手をかけたこの何か大きなものに。

それは山吹色のリボンを何重にも毛糸のように巻きつけた塊だった。

らんまはそれをこじ開けようとするが、リボンをいくら剥ぎ取ってもなかなか中までたどり着かない。

「おい、良牙、杏子! ちょっと手伝え!」

「どうした!?」

らんまが叫ぶと杏子が駆け寄ってきた。

良牙も使い魔たちをいなしながら、じわじわとらんまの方へ寄ってくる。

「この中に誰か居るみたいなんだ。 なんとか開けられねーか!?」

「そんなの、魔法で刃物出せばすぐできるじゃねーか」

杏子はそう言うと槍の刃の部分を一層鋭利にして、黄色い塊に振りかざした。

そこに定規で線を引いたような綺麗な切れ目ができ、杏子が軽く蹴ると、パカッと四つに割れた。

中には青いマントをつけた魔法少女が小さく丸まって倒れていた。

「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」

らんまは急ぎ、肩を貸してその魔法少女を立ち上げる

「確か、美樹さやかって言ったな。あたしらが分かるか?」

『ごめん、今はしゃべるのがしんどい』

美樹さやかはうつろな目で杏子を見上げると、テレパシーで語りかけてきた。

『あんたたちは風林館の……』

「ああ。ってか、話は後だ。しばらく休んでろ」

足元がおぼつかず、生気の無い顔のさやかの様子を見てらんまは言った。

「かなりソウルジェムが濁ってやがるな」

杏子が覗き込んださやかのソウルジェムはほとんど一面真っ黒で、
しかしそれでもほんの一点だけが輝きを失わず青い光を放っていた。

すぐさま杏子は使いさしのグリーフシードをさやかのソウルジェムにあてる。

おかげで魔力に余裕が出ると、さやかはすぐに体を回復させた。

みるみるうちに肌の色がよくなり、姿勢もしゃきっとする。

「ふぅ、あぶなかったー。ありがと、助かったよ、ほんと」


403 : 25話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/14 00:22:53.83 toZAuc3q0 179/394

「お、おう……回復力半端ねーな」

ついさっきまで半死半生の衰弱状態だったさやかに、張りのある元気な声で感謝され杏子は戸惑った。

「あれ? もしかして良牙さんも来てるの!?」

「さやかちゃんか!?」

唐傘を振り回して使い魔と戦いながら、良牙は大声でさやかに答える。

「こんなに集まったってことは、みんなマミさんのこと……」

「ああ」

答えにくそうに良牙は短く返事をした。

「とりあえず、話は進みながらだ。グズグズしてる暇はねーんだろ?」

らんまがそう呼びかけ、良牙と杏子はうなずいた。

さやかは「グズグズしてる暇が無い」の意味が分からなかったが、とりあえず空気を読んで従った。

**********

「でもさ、あたしが結界に入った時より使い魔が増えてる気がするんだけど?」

さやかが質問をした。

狭い通路を四人は進んでいた。

「それは……多分、魔女になったばかりだから成長してるんだろ」

良牙はどことなくやるせない、いら立ちを押さえきれない声で答えた。

「魔女になった? ああ、グリーフシードがね」

さやかは1人で納得したようにうなずく。

その様子に、巴マミが魔女になったと説明することがためらわれ、誰も言い出せなかった。

「で、あんたは何であんなトコに居たのさ?」

話題を変えようと、杏子がさやかに質問する。

「この魔女の結界の中に罠があるんだ。はじめはヒモみたいなもので捕まえられて、どんどんグルグル巻きにされちゃうの。
みんなも気をつけた方が良いよ」

「マジか?」

「そいつは力づくじゃ対処できねーかもな」

今までのところ四人もいれば、使い魔相手は余裕だった。

だが、それがあくまで使い魔相手だ。罠に対しては警戒が必要だろう。

「あ、それと暁美ほむらが――」

さやかがそう言いかけた時、通路は終わり、大部屋に出た。

そこには盛りだくさんの使い魔がひしめいている。

「うっわー」

杏子が思わずつぶやく。

「話はいったん後だ。片付けるぞ!」

良牙は真っ先に使い魔の群れの中に飛び込む。

三人ともそれに続いた。

が――

「な、なんだ!?」

「こいつっ!」

「これ! さっき言ってた奴!」

大部屋の中に乗り込んだ瞬間に、地面からシュルシュルと黄色いリボンが伸び、あっという間に四人を捕まえてしまった。


404 : 25話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/14 00:24:03.97 toZAuc3q0 180/394

「ちっ……獅子、咆哮弾!」

すぐさま良牙は直下型獅子咆哮弾を使って、自分を取り巻いたリボンを木っ端微塵に破いた。

「あいつ、便利な技もってんな」

杏子がつぶやく。

「わりぃ良牙、おめーのバンダナとかベルトで破ってくれねーか?」

「良牙さん、あたしもお願い!」

「おう!」

らんまとの普段のいさかいなど気にせず、良牙は威勢良く答えた。

それだけ良牙にとっても余裕の無い事態だったし、さやかや杏子が居る手前もあっただろう。

だが、勢い良く助けに行こうとしたところで、時間が止まった。


良牙が気付いたとき、彼は腕を何者かに握られていた。

振り向くと、黒髪の少女がいる。それが誰なのか、良牙にはすぐに分かった。

「お前は、暁美ほむらじゃないか……これは一体!?」

良牙がそう聞いたのも無理はない。

なにしろ、自分とほむら以外何ひとつのものが動かないのだ。

らんまや杏子やさやかも、使い魔たちも、蝋人形にでもなったかのようにピクリとも動かない。

「これが私の能力よ」

ほむらは簡潔にそう言った。

しかしこれで、良牙にもほむらの今までの謎がどういうことだったか分かった。

初めて対面したときに引き金を引きもせずに拳銃を撃っていたこと、
お菓子の魔女と戦っていたときにいつの間にかその場所にいたこと。

「時間を……止められるのか!?」

良牙は今までにいろんな能力をもつ者を見てきた。

魔法少女や魔女だけではない、妖怪変化や武闘家、変身体質……
しかし、時間を止めるというのはそれらのどんな能力よりも反則的だろう。

いざとなればいつでも誰でも暗殺できるかもしれない。

惜しむらくは、ほむらの身体能力が魔法少女としてはそれほど高くないことだろう。

これでもし、身体能力が高いならば完全無欠だ。

「今はそんなことはどうでもいいわ。それより、急いでいるんでしょう?」

「あ、ああ」

未だにどこまで信用して良いのか分からないほむらを相手に、良牙は戸惑いながらうなずく。

「だったら、このまま魔女のところまで行くわよ」

「ちょっと待て、あいつらは!?」

良牙はリボンに捕まった三人を指差した。

この使い魔だらけの部屋の中で身動き取れない状態では、無事ではすまないだろう。

「自分で抜け出せない彼女達は後回しよ。
あなたを魔女のところまで連れて行ったら、いったん引き返して解放するわ」

「だが……」

なかなか言うとおりに動かない良牙に、ほむらはいら立ちを覚えた。

しかしだからこそ、ほむらは思い切って言った。

「巴マミを助けたいんでしょ!? それにはあなたしか居ないのよ!」


405 : 25話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/14 00:25:00.58 toZAuc3q0 181/394

それが具体的にどういう意味なのか、良牙には分からない。

ただ、自分がマミにとって特別だということに良牙の気持ちは高揚した。

「そういう事なら分かった、このままマミちゃんのところまで行こう」

「分かってくれて良かったわ」

安心に胸をなでおろしながらほむらは思った、良牙がバカでよかったと。

***************

「どういうことだ、こりゃ?」

杏子は唖然としていた。

いつの間にか、良牙の姿が忽然として目の前から消えた。

「聞かれてもわかんねぇって……」

らんまも何が起こったのか理解できなかった。

良牙に突然姿を消すような技は無い。

あったとしても、それを今使う必要は全く無いはずだ。

「良牙、ふざけてないで出て来いよ!」

らんまは叫んでみるが、何の反応も返ってこない。

ただ、周りにいる使い魔たちが徐々に迫ってきてきているだけだった。

「たぶん、ほむらだ」

さやかが、短く口を開く。

「暁美ほむらってあんたと同じ見滝原の魔法少女だよな?」

杏子がお前の仲間じゃないのかと言いたげな表情でさやかに目をやる。

「ああ、でもあいつが何を考えているのかあたしもマミさんもよく分からなくてね……
それと、あいつは多分、時間を止められる」

「マジか? そんなことも出来るのかよ」

らんまは改めて魔法の恐ろしさを知った。そんな能力は八方斎やコロンのようなバケモノすら軽く凌駕している。

本当になんでもありとしか言いようがない。

そうなるとタタミを出すのがやっとの自分がなんだかむなしくなってきた。

「って、のんびり話してる場合じゃねーぞ!」

言っているうちにも、使い魔たちが襲ってきた。

杏子はリボンに捕まって身動きが制限された状態で、際どく使い魔の斬撃をよける。

「よし、杏子、オメーはその調子でもっと闘気を出せ! さやかって言ったか、オメーもだ」

もはやほとんど蓑虫状態のらんまが指示を出した。

「闘気を……!? まさか」

杏子は天道道場にかよって多少は闘気の概念も理解しはじめている。

反撃がほぼできない状態ながらも、戦っているつもりで闘気を発散させた。

「え? 闘気って? 良牙さんみたいなの? あたし出せないよそんなの!!」

一方、さやかは必死に使い魔の攻撃から致命傷をさけるだけだ。

それでも、らんまには十分だった。らんま自身の闘気もあわせれば足りる。

(俺の魔力じゃ武器を作ったり時間を止めたりはできねぇ、でもそんぐらい微弱だからこそできる!)

らんまは使い魔の攻撃を避けながら、その弱い魔力を使って部屋の中の『気』をゆっくりと回転させる。

やがてその流れは渦となり、熱い闘気の層を作った。

406 : 25話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/14 00:26:03.42 toZAuc3q0 182/394


「今だ、魔竜昇天波っ!」

そのらんまの叫び声と同時だった。

突如として強力な竜巻がまき起こり、使い魔もらんまたちも、すべてを巻き込んで暴れまわった。

「ええええ!? 何コレぇえええええ!?」

「コレ食らうの二度目ぇえええええ!」

さやかと杏子の絶叫がこだまする。

「しまっ……自分までぇえええ!」

ついでにらんま自身も絶叫した。

使い魔たちもこの世のものでないような叫び声をあげていたように思えるが、
魔法少女たちにそれを確認するような余裕はなかった。

ただ、竜巻が収まったときには大半の使い魔は消滅したこと、
彼女らを拘束していたリボンもズタズタに引きちぎられていたこと、
そして使い魔も魔法少女も全員がぶっ倒れていることは疑いようの無い事実だった。

「な、なんなのアレ?」

さすがの回復力というべきか、さやかが一番初めに立ち上がった。

「……へへ、飛竜昇天波のアレンジだ。魔力を使って螺旋運動無しで撃てる、魔竜昇天波の完成だぜ」

自分で食らって立ち上がることもできないまま、らんまは親指を立てて「グッド」のジェスチャーをした。

「も、もうちょっと考えて使えよ」

うつぶせたまま、杏子はつぶやいた。

事実、自分自身まで巻き込まれるのはらんまにとって想定外だった。

通常の飛流昇天波では闘気の渦に冷気を送り込む自分自身が巻き込まれることなどありえない。

しかし、闘気の操作を魔力で行うことで自分自身のいる位置が安全圏とは限らなくなっていたのだ。

「よく……わかんない」

無論、飛竜昇天波という技自体知らないさやかにはそんなこと分かるわけが無い。

ただ、分かったのはらんまが強力な自爆技を持っているということだけだった。

~第25話 完~

413 : 26話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:14:07.77 D0amhahd0 183/394

~第26話~

「……ここが、結界の最深部よ」

暁美ほむらは緊張した面持ちだった。

普段表情を見せないほむらでも、いつもと違うことが良牙にも分かった。

「この奥に、居るんだな?」

この先に魔女となってしまった巴マミがいる。緊張して当たり前であろう。

「私はいったん戻るわ」

「ああ、あいつらを助けてやってくれ」

良牙は疑うことも無く、ほむらと別れ前に進む。

魔女の部屋は、まるでお茶会だった。

テーブルがあり、その上にティーカップやケーキのようなものが並ぶ。

(いったいどこに居るって言うんだ?)

魔法の素質が無い上にソウルジェムも持たない良牙は目視で魔女を探すしかなかった。

しかし、魔女らしき姿はいっこうに見当たらない。

 パンッ

そうして良牙がテーブルに近づいた瞬間だった。

突然聞こえた銃声に、良牙は考える前に身をかわす。

すると、先ほどまで良牙の頭があった場所を銃弾がまっすぐに貫いていった。

(罠か? それともまさか……)

恐る恐るテーブルの上を覗き込んだ良牙の目に、水色のワンピースを着た人形が飛び込んできた。

驚いたことに、その人形は軽快に動いている。

そして、そのひも状になっている腕を良牙に伸ばして巻きつけてきた。

「なっ!? もしかしてコイツが!?」

良牙は反撃も忘れてその姿を凝視した。

過剰にボディラインを強調したデザイン、豊かな髪の毛のを連想させる黄色いかぶりもの。

そして銃撃とリボン状の腕での拘束、どうしてもそうだとしか思えなかった。

リボンでグルグル巻きになった良牙に、人形が銃を構える。

「……獅子咆哮弾」

撃たれるよりも早く、良牙は獅子咆哮弾で攻撃し、同時に拘束を解いた。

しかし、その目には涙が浮かんでいた。

「お前が……マミちゃんだって言うのかよ!」

良牙の言葉を無視するように、爆風の中からまたもシュルシュルと、その人形のように小さな魔女がリボンをのばしてくる。

獅子咆哮弾では簡単にはトドメにはならない。良牙もそれは知っていた。

それでも良牙は非情になりきれず威力をかなり加減していたのだ。

「獅子、咆哮弾っ」

そして、またも、良牙は拘束を解くのがせいぜい程度の獅子咆哮弾を放つ。

リボンが来ても怖くない、そういう判断からだった。しかし――

 パンッ

乾いた音が響いて、良牙の右肩を何か熱いものがめり込んできた。

(しまった……爆風の中からでも撃ってくるなんて……)

良牙は左手で右肩を抑える。

銃弾がめり込んではいないようだ。実体の無い魔力での攻撃なのだろう。

414 : 26話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:15:08.52 D0amhahd0 184/394

そして鍛え抜かれた肉体は、肩を撃たれた程度では致命的なダメージには至っていない。

とは言え、当分右腕は満足に使えそうになかった。

「くそ、獅子咆哮弾!」

良牙は今までよりも強めにその技を使った。

今度は魔女はぺしゃんこに潰れ、さすがにすぐに反撃はしてきそうにない。

(どうすればいいんだ……このまま、倒しちまって良いのか?)

『何をためらっているんだい?』

迷っている良牙の心の中に、誰かの声が響いた。

そのテレパシーに、良牙は聞き覚えがあった。

「キュゥべえ!」

良牙は思わず声に出した。

その前方、部屋の一番奥に、キュゥべえはゆっくりと姿を現した。

『巴マミはもともと、死から逃れることを願いに魔法少女になったんだ。
もともと相性の悪い獅子咆哮弾だと、半端な威力では効かないよ』

キュゥべえは普段と変わらず、何も考えていないような表情でその赤い瞳を輝かせていた。

「てめぇ、なんでマミちゃんに魔法少女が魔女になるってことを教えなかった?
何のためにこんなことをしてやがる!?」

良牙は魔女と化したマミの銃弾を避けながら、キュゥべえに向かって叫ぶ。

『やれやれ、良牙、質問は一回ずつにしてくれないかな。仕方ないから、ひとつずつ答えるよ』

いつにも増してもったいぶって、キュゥべえはその口を開いた。

***************

「良牙さんをどこへやったの? あんたは一体、何をたくらんでるのさ?」

暁美ほむらは美樹さやかの質問には答えずに、部屋の様子を眺めていた。

自爆技からようやく立ち直ったらんま、杏子、さやかの三人の前に、彼女は現れた。

そしてまるで行く手をさえぎるように、通路の前に陣取っている。

「驚いたわ、てっきり使い魔にやられているかと思ったのに、あの状況から抜け出す術があるとはね」

「ほぅ、それで姿も見せずに立ち去ったってことは助けたりするつもりは全くねーわけだな」

少なくともほむらは味方ではない、らんまはそう思った。

「わかんねぇ奴だな、喧嘩売ってるなら堂々と売れよ、そうじゃないなら邪魔すんな」

杏子は理解しがたいほむらの言動にいら立ちを隠しきれずに言った。

「喧嘩を売ることになるかどうかはあなたたち次第かしら」

そう前置きをして、ほむらは髪をかき上げた。

「ひとまず、あなたたちはこの結界から出なさい」

「なんで?」

さやかが率直にたずねる。

「どうでもいいと言うなら構わないけど……巴マミの肉体が腐るわよ?」

「あっ!」

「そーいや」

らんまと杏子は思わず声を上げる。

特に杏子は自分のうかつさを恥じた。

実際に魔法少女が魔女になるところを見たにも関わらず、残された魔法少女の肉体のことをすっかり忘れていたからだ。

「悪い、あたしはいったん、結界から出てマミの体を見とく!」

415 : 26話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:16:19.69 D0amhahd0 185/394

杏子は脱兎の如く結界の中を引き返していった。

「あなたたちは行かないの?」

残ったらんまとさやかにほむらが問いかける。

「1人行けば十分だろ、こっちは良牙のヤローも探さなきゃなんねーしな」

らんまは一切引く気はないといった様子だ。

「マミさんの……体? さっきからあんたたち何の話を?」

さやかは1人だけ話についていけていない。

「……面倒くさいわね」

「うっさい、教えてよ」

さやかは悪態をつきながらも説明を求めた。

「えーとだな、簡単に言うと魔法少女は死にかけるかなんかすると魔女になるんだ」

「え、じゃあ……」

「……この結界はその巴マミって子が魔女になった姿だ」

らんまはあえてごく簡潔に言い切った。

おそらくこのさやかという少女にとってその情報がショッキングだということは分かっている。

だからそこ、下手になだめるような言い方はできなかった。

「正確に言えばソウルジェムが濁りきったときに私たち魔法少女は魔女になるわ」

言葉も出ないさやかに追い討ちをかけるように、ほむらが説明を付け加える。

「そして、ソウルジェムは魔力を消費した時や絶望を感じた時に濁りを増す。
……あなたたちも魔女になられたら迷惑だから気をつけて欲しいものね」

ほむらのその言葉を聞いて、らんまはしまったと思った。

もしそれが本当なら、さやかに巴マミの魔女化を伝えたことは間違いだったのではないか。

そう思い、らんまが覗き込んださやかのソウルジェムはさいわいまだ余裕があった。

さっきグリーフシードで浄化したばかりなのだから当たり前だろう。

「あたしは、大丈夫」

うつむいたままそう言うさやかのソウルジェムは、さっき浄化したばかりにしては濁りが強い。

その濁りの早さがほむらの言葉が事実であるということを裏付けていた。

「ずいぶん詳しいみてぇだな……おめぇは知ってるんじゃねーのか?
キュゥべえの奴が何のために魔法少女や魔女を作ってんのかをよ」

「そうね、この際だから教えてあげるわ。
キュゥべえ……インキュベーターが何をたくらんでいるのかを――」

ほむらはゆっくりと口を開いた。

***************

「良牙、キミはエントロピー増大の法則というものを知っているかい?」

「獅子、咆哮弾!」

良牙は魔女と戦いながらキュゥべえの話を聞いていた。

「エンと……なんだって?」

「お湯に氷を入れたら溶け合って水になるけど、水を放置していたらお湯と氷に分離した……なんてことはないだろう?」

「それが、どうした!?」

そう聞きながら、銃撃を避け、間合いを開けるために魔女を蹴り飛ばす。

「熱エネルギーがそうであるようにほぼ全てのエネルギーが分散する性質を持っている
ごく簡単に言えばこのエネルギーが分散していく法則のことをエントロピー増大の法則というのさ」

魔女のリボン状の腕が伸びてきて、良牙はバンダナを飛ばしてそれを断ち切る。

416 : 26話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:18:40.25 D0amhahd0 186/394

「だからそれがどうしたって言ってんだ! 自慢じゃないが、俺は勉強なんざ興味ねえ」

「大事なのはここからさ。エネルギーの総量自体は保存されるけど、分散されたエネルギーは使いづらい。
だからエントロピー増大の法則に従えば実質的に使えるエネルギーはどんどん目減りしていくんだ」

小さくてすばしこい魔女を追っていると、いつの間にか後ろから赤い使い魔が来ていた。

不意を突かれた良牙は文字通り横槍を食らい、うつぶせる。

「しかし、ボクたちはエントロピー増大の法則に反するエネルギー源を発見したんだ」

「くっ、獅子咆哮弾!」

良牙は上から襲い掛かってきた使い魔を獅子咆哮弾で撃ち落とした。

しかし息をつく暇も無く、またもや魔女のリボンが良牙を縛り上げてきた。

「それは、キミの獅子咆哮弾と同じ……ある種の知的生命体が生み出す感情エネルギーさ」

少し離れた場所から銃を構える魔女を巻き込むだけの、大き目の獅子咆哮弾を良牙は放った。

結界内の地面がクレーターのように大きくへこむ。

「とりわけ最も効率がいいのは、第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移だ。
ソウルジェムになった魔法少女の魂がグリーフシードに変わるとき、莫大なエネルギーを生み出す」

ぺしゃんこになった小さな魔女は、それでもまだくたばらず、リボン状の腕を触手のようにして自らの体を持ち上げた。

「そして、魔法少女を魔女に変え、その時生み出されるエネルギーを回収するのがボクの役割さ」

「てめぇ! そんなことのためにマミちゃんを……」

良牙はカッとなってキュゥべえに殴りかかろうとする。

しかし、キュゥべえの元まで行く前に、またも魔女のリボンによって拘束された。

「やれやれ、そういうことは後にしてくれないかな、戦闘中だろキミは?」

あきれたようにキュゥべえは言う。

「マミちゃんだけじゃねぇ……今までやっつけてきた魔女も、みんな元々はお前に騙された人間だったのかよ」

良牙は怒りをあらわにキュゥべえをにらみつけるが魔女に捕まって蓑虫状態ではどうしようもなかった。

そんな良牙をさらに挑発するようにキュゥべえは続ける。

「騙すとは人聞きが悪いね。僕はちゃんと魔法少女になってくれとお願いしているはずだよ?
ただ、魔法少女がどんなものであるかの説明を省いただけさ。
キミたち人間が家畜に対するよりはずいぶん良心的だと思うけどね」

「こ、この野郎……」

キュゥべえがそこまで人間と相容れない価値観の持ち主だと知って、良牙は返す言葉も失った。

こうなるとただただ騙されて魔法少女に、そして魔女になった少女達が哀れになるだけだ。

「ついてねぇ奴っているもんだよなぁ……」

良牙は構えられた銃口に目も向けずにつぶやいた。

「自分のせいでもねえ事故で天涯孤独の身になってよ、それでも街を守るために必死こいて戦ってたのによ……
実は屠殺待ちの家畜扱いでしたってか……ひでぇオチもあったもんだぜ」

 パンッ

魔女が発砲するのと同時だった。

「――獅子咆哮弾!!」

魔女の部屋全体を覆うほどの巨大な光が出現し、大地震でもおきたかのように結界がゆれた。

当然、魔女もキュゥべえもその巨大な獅子咆哮弾に潰される。

それでも魔女はまたリボンを動かしてゆっくりと体を持ち上げてきた。

そして、キュゥべえは飛び散った搗きたて餅のようになっていた。が――

「……なにっ!?」

その潰れたキュゥべえのすぐそばにもう一匹のキュゥべえが現れた。

417 : 26話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:20:03.95 D0amhahd0 187/394

「すごいエネルギーだよ、良牙! これが欲しくてキミに協力してもらったんだ!」

キュゥべえはやや興奮した様子で語る。

「お、お前は一体!?」

驚く良牙をよそに、新しく現れたキュゥべえは潰れたキュゥべえを食べはじめた。

「きゅっぷいっ」

やがて食べ終えると、キュゥべえは満足そうにゲップをした。

「ああ、このボディはいくらでもあるから構わない……
それより、その魔女はまだ生きているよ」

そのキュゥべえの言葉が終わると同時に、良牙はまたもリボンに巻きつかれた。

「巴マミはもともと死にたくなくて契約をしたんだ。
そして、死にきれなくて魔女になった。まさに生きることへの執念の塊さ」

「獅子……咆哮弾!」

閃光がリボンを焼き尽くし、魔女を叩き潰す。

「――しかも、魔女には相性の悪い獅子咆哮弾。
良牙、もっと本気にならないと、力尽きて死ぬのはキミの方だ」

潰れた魔女はまた起き上がり銃を構えてきた。

***************

「ひでぇ、そんなワケのわからねーことのために……」

らんまは唖然としていた。

さやかもうつむいたまま黙って聞いている。

「あいつは酷いとも思っていないわ。そういう存在なのよ、インキュベーターは」

ほむらは能面のようにすましきった顔をしている。

「話は分かったから、そこをどけ。どっちにしてもマミって子をこのまま放って置くわけにはいかねーだろ」

「ダメよ、通さないわ」

ほむらは相変らず通路の前から動かなかった。

「は?」

らんまは思わず聞き返す。

「分かんないね。あたしたちがこっから先に進んだら何か都合が悪いの?」

さやかもほむらに聞いた。

らんまや杏子と合流する前も邪魔されて、またもや結界から追い出そうとする。

さやかにはほむらが何か都合の悪いことを隠しているとしか思えなかった。

「一度魔女になったらもう二度と元には戻らないわ。この先に進んでも無駄だから帰れといってるのよ」

「じゃあ、あんたはここで一体何をしてるのさ? あたしが来る前からずっと、こんなとこで」

「答える義務は無いわ」

自分の事情を話そうとしないほむらが相手では何を言っても平行線だった。

その時、結界の中が大きく揺れた。

「わっ!?」

「なんだ、地震か?」

さやかとらんまは思わぬ出来事に混乱する。

「……はじまったみたいね」

そんな中、ほむらだけが落ち着いてつぶやいていた。

「はじまった? 何が?」

418 : 26話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:21:07.75 D0amhahd0 188/394

「それも、答える義務は無いわ」

さやかの率直な質問にもほむらは答えない。

「そんなに邪魔してーなら力づくでもこの先へ進むぜ? なんかとんでもねーことが起きてるみたいだしな」

痺れを切らせたように、らんまが腕を鳴らしながら前に出る。

「悪いけど、それは不可能よ」

ほむらがそう言うと同時にらんまは飛びかかった。

ほむらはそれを見てすぐに時間を止め、正確に、らんまの腰に付いたソウルジェムを狙って銃弾を撃った。

時が再び動き出し、ガラスが割れるような高い音を響かせて、その宝石は砕け散った。

らんまの体は銃弾の衝撃で撃ち落され、そのまま真下へ落下する。

「なっ!? ほむら、あんたはらんまさんまで……」

さやかは顔を青くした。

すでにさやかはらんまと杏子にソウルジェムが魔法少女の急所だということを聞いていた。

そして今さっきほむらからもソウルジェムが本体だと説明を受けた。

ソウルジェムを破壊されるということは死を意味するということをさやかも知っているのだ。

仮にも魔法少女狩りの犯人ということになっていた美国織莉子とは違って、何の悪さもしていないはずの
らんまに対しても何のためらいも無くその命を奪うということが信じられなかった。

やはりその織莉子を殺したときに手榴弾を投げたのも、自分ごと殺しても構わなかったのだと今更ながらはっきり分かった。

「先に手を出してきたのは向こうのほうよ。文句を言われる筋合いはないわ。
あなたも死にたくなければさっさとここから立ち去りなさい」

ほむらはそう言ってさやかに銃口を向けた。しかし――

「痛ってぇ……銃弾食らったのは初めてだが、流石に効きやがるぜ」

ソウルジェムを砕かれたはずのらんまがひょっこりと立ち上がった。

「えっ!?」

あっけにとられてさやかが声を出す。

「でもよ、俺にとっちゃ耐えられねーほどでもねーな」

らんまはいつも以上に勝気な表情で顔を上げた。

「……そのソウルジェムはダミーね」

ほむらが質問する。

「あたりめーだ。ソウルジェムが弱点と知ってて外から見えるトコに出してるワケがねーだろーが」

らんまは得意げに答えた。

魔法少女の衣装のマイナーチェンジぐらいなら大して魔力も必要ない。

ソウルジェムが表面に出てこないような衣装変更も可能だろう。

「だが、これで分かったぜ。お前が平然と他人を犠牲に出来るヤツだってことがな」

ほむらはまんまと欺かれたかっこうだ。

「ああ。今まではマミさんの手前遠慮してきたけど、どうやらその必要は無さそうだね」

さやかも抜き身の剣を構えた。

「……2対1ってわけ?」

ほむらはいら立ちを隠しきれないのかわずかに顔がひきつっている。

「いつもいつもいつもいつも……あなたたちは肝心なところで余計なことを……」

「いつも? 何ワケのわかんねえ事を言ってやがる!」

再びらんまはほむらに飛び掛った。

今度は素早く、時を止めるのは間に合いそうにない。

419 : 26話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:23:02.23 D0amhahd0 189/394

そして魔法少女としては決して優秀とはいえない自分の身体能力では避ける事もできないと、ほむらは知っていた。

そこで、ほむらはすばやく装填済みの散弾銃を取り出し、ぶっ放した。

「なっ!? そんなモンまで!」

らんまはとっさにタタミを召喚して大ダメージを避けた。

が、着地した先にはすでにほむらの姿は無い。

すでにらんまの横に回っていたほむらは、今度は大口径の銃を構えている。

そこに、今度はさやかが襲い掛かかった。

「逃げ切れると思った? 残念!」

思わぬ横槍に、ほむらは銃をしまう。

「くっ!」

そして、何を思ったのか自分の足元に手榴弾を落とした。

「わわっ!?」

たいていの手榴弾は信管を抜いてもすぐには爆発しない。

しかし、そんな知識の無いさやかはとっさにほむらから遠ざかって間合いを取った。

その一瞬の隙を見逃さず、ほむらは時間を止める。

(勝った)

そう思い、ほむらは一息ついてあたりを見回した。

美樹さやかの動きは完全に止まっている、

何一つ動かない、いつも通りの時間の止まった世界だ。

(!?)

だが、らんまがいない。

この魔女の結界内はテーブルやティーポットやお菓子をかたどった障害物があるので身を隠す場所がないわけではない。

だがそれをいちいちくまなく探しているヒマは無かった。

時間を止めるのが長ければ長いほど魔力消費が大きいのだ。

『今回』は特に、見滝原の魔女はマミ・さやか・良牙の三人で片っ端から始末されていたし、
マミから譲られた風見野にはほとんど魔女が出なかったこともあってグリーフシードに余裕が無い。

ほむらはやむなくらんまの始末は後回しにする。

先ほど自分の足元に落とした手榴弾をさやかの目の前まで飛ばして、また時間を動かした。

「え? しま――」

唐突に目の前に現れた手榴弾におどろき、さやかはとっさに腕を組んで頭を守る。

そして、轟音とともにさやかの姿は爆風につつまれた。たとえ致命打にならなくても、しばらく反撃不能だろう。

そう思い、ほむらが再びらんまの姿を探した瞬間、その背後を強烈な打撃が襲った。

「無差別格闘早乙女流、白蛇吐信掌!」

ほむらは抵抗することも出来ず、前のめりに倒れる。

「女を殴るのは趣味じゃねーが、今回ばかしはカンベンしろ」

気配も無く背後から現れたらんまはそう言ってほむらを見下ろした。

「な……何それ……」

ほむらはうつぶせで動けないままだ。

「海千拳って言ってな、無差別格闘早乙女流の中でも気配を消して隙を突くことに特化した技だ」

ほむらにとってはワケの分からない話だったがそれ以上聞く気もしなかった。

らんまはそれだけ言うとさやかの方を見た。

420 : 26話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:24:19.95 D0amhahd0 190/394

頭を守っていたおかげで死んではいないようだが、体中血まみれである。

ほむらよりも数倍重症だろう。

「……お、おい、大丈夫か?」

「やばい、死にそう……悪いけどグリーフシード半分だけ使ってくれない?」

さやかは元気なくそう答える。

(回復力は高くても燃費悪いんだな)

らんまはひそかにそんなことを思いながら、さやかに近づいてグリーフシードを使った。

「ふう、ありがと、また助けられたわ」

そう言ったさやかの体は、すでに血糊の下は完治した健全な乙女の肌がよみがえっていた。

「なんで、トドメをささなかったの?」

そんなことをしている間に、ほむらも回復し、既に立ち上がっている。

「言っただろーが女を殴るのは趣味じゃねーんだ。
俺はマミって子を助けに来ただけだから、おめーがこれ以上邪魔をしなけりゃトドメを刺す理由なんざねえ」

「女を殴るのは……?」

さやかはそうつぶやいてから思い出した、シャンプーの言うにはらんまが男だったと。

本来なら問い詰めてでも真偽を確認したかったが、さすがにそんな状況ではないのでさやかは口をつむぐ。

「甘いヤツね。悪いけど私はそれをさせるわけにはいかないわ……
あの二人を、巴マミと響良牙を犠牲にすればこの地球が救われるのよ!」

「はい?」

ほむらの大げさに思える台詞にらんまは思わず顔をしかめた。

(こいつ、実はただの電波ちゃんか?)

そんな疑問すら脳裏に浮かんでくる。

「それで分かったよ」

が、さやかはなにやら納得した様子だった。

けげんな顔で、らんまはさやかを見つめる。

「いや、地球云々は知らないけど、あいつは始めっからマミさんを犠牲にするつもりだったんだ。
魔法少女が魔女になるとか知ってたらマミさんが魔女になることを防ぐ手立てもあったはずだし、
普通なら知っててあたしたちに何も言わないってこともありえない」

ほむらは、らんまに説明するさやかをにらみつけるが特に反論は無かった。

それは事実上の肯定になる。

「はじめはキュゥべえと対立してたのかも知んないけど……今のあんたはキュゥべえの片棒を担いでいる。
あんたがマミさんを魔女にしたんだ!」

「……く……くくくっ」

さやかに問い詰められて、ほむらは苦虫を潰すような声を出したかと思ったら、その後に乾いた笑いを続かせた。

「そうよ! 何が悪いのよ! たった二人を犠牲にするだけで全人類が助かるのよ!
そうしなければあいつは……インキュベーターはもっと恐ろしい魔女を作り出すわ。
地球上の全生物をたったの十日ほどで吸い尽くしてしまうバケモノをね」

ほむらは完全に開き直っていた。

「なん……だって?」

それだけに、らんまとさやかにとってもほむらの言っていることがただのデタラメには思えなかった。

もしそれが本当だとしたら、ほむらの邪魔をすればとんでもない結果をもたらしてしまうかもしれない。

さすがに、らんまもさやかもどうすべきか戸惑った。

「――それでも」

そこへ、誰かが小さな足音をならしてゆっくりと歩いてきた。

421 : 26話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/21 00:25:37.87 D0amhahd0 191/394

「さやかちゃんの言ってることが本当なら、私はほむらちゃんを許せない」

その声の主は杏子に守られ、らんまたちのいる部屋へ入ってくる。

ピンク色の髪をしたその少女は、まぎれもなく鹿目まどかその人だった。

~第26話 完~

436 : 第27話1 ◆awWwWwwWG... - 2012/05/28 02:53:07.21 hyG7HJmg0 192/394

~第27話~

「なんで……」

ほむらはしばし唖然とした。

「なんでまどかをここに連れてきたの!」

そして、激昂する。

「一般人を結界の中に連れてくるなんて、何を考えているのよ!」

「はい?」

その指摘に、らんまとさやかは目を丸くした。

確かに一般的な理屈ではそういう考えも出来るが、魔法少女を[ピーーー]ことに戸惑いのないほむらにそれを言われても
まるで説得力が無い。

「なに言ってんだ、これだけ魔法少女がいりゃ危険なんてないだろ」

杏子はあっけらかんとそう言った。

「――それとも、あんたが暴れるから危険だって言うのかい?」

そして、挑発的ににやけながらほむらを見る。

「そんな問題じゃないってことが分からないの!?」

そう叫ぶほむらに、まどかはつかつかと歩み寄った。

「え? まどか」

「ちょ、アブねえぞ」

さやかとらんまの制止も聞かず、まどかはほむらの目の前までやってきた。

そして、まどかはキッと強い目でほむらを見る。

何をしたいのか、どういう動機で動いているのか、全部がチグハグに見えるこの少女。

(きっと、この子も同じなんだ)

直感的に、まどかはそう思った。

まどか自身も何がやりたいのかわからない子と親や教師から言われることがあった。

それは、決断することや本音を口にすることを怖がっていたからだ。

(何かを怖がって、本当の気持ちを伝えることから逃げてるんだ)

まどかはマミのことでの怒りの上に、臆病な自分への怒りをも瞳に宿した。

「ま……まどか?」

ほむらは戸惑いを隠せなかった。これほど強い感情を表す『まどか』がこれまでどれだけいただろうか。

(だから、伝えなきゃ。本気で怒ってるって、伝えなきゃ)

まどかは渾身の力を込め、ぎゅっと拳を握り締める。そして――

 パチンッ

なんともか弱い、可愛らしいほどの打撃音が響いた。

――痛い

(本気で気持ちを伝えるのってこんなに痛いんだ)

それは、恐らくまどかの今までの生涯最大の攻撃だっただろう。

しかしそれでも、殴られたほむらの頬は、何事もなかったかのように透き通るような白さを保っていた。

いや、魔法少女ではないごく普通の一般人でも、まどかに殴られたって痛みは感じないだろう。

一方のまどかの手は真っ赤に腫れていた。

たった一発、貧弱なパンチを打っただけでも体が悲鳴をあげるほど、まどかはか弱かった。

そんなまどかが、魔法少女相手にちょっとでもダメージを与えられるはずなどない。

それでも、まどかは思う。

437 : 27話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 02:53:57.80 hyG7HJmg0 193/394

(もしちょっとでも、私がほむらちゃんにとって特別だったら、きっと痛みは伝わる!)

ほむらは殴られた姿勢のまま呆けたように突っ立っていた。

(――効いた!)

まどかはそれを確認すると、ほむらから目をそらし、杏子の方を向いた。

「行こう、杏子ちゃん!」

「へへっ、あんたもやるじゃん」

そうしてまどかと杏子は結界の奥へと進もうとする。

「……何が、起こったんだ?」

らんまは信じられなかった。さやかもポカンとしていた。

ほむらにあんな貧弱な攻撃が効くはずは無いのだ。

しかし、現にほむらは茫然自失とし、目の焦点すら合っていない。

いったいどんなヘビーなパンチを食らわせたら魔法少女をこんな状態にできるというのか。

「……あ、ちょっと待って、まどか! 行くってどっちへ!?」

ふと我に返り、慌ててさやかはまどかを呼び止める。

「私は……マミさんを助ける!」

まどかはわざと、ほむらにも聞こえるように大きな声で言った。

「え? どうやって?」

「策があるらしいぜ。 ま、その辺は行きながらな」

さやかの質問に、まどかに代わって杏子が答えた。

「……あるわけないじゃない」

そこに、やっとのことで気を取り戻したほむらが口を挟む。

「そんな方法あるわけ無いじゃない!」

ほむらは認めるわけにはいかなかった。

もし、方法があるなら自分のしてきたことは何だったのか。

まだ助かる見込みがある『まどか』を見捨ててきた事になってしまう。

「黙ってて! ……私はそんなふうに、やってみる前に諦めたりはしないから」

まどかはいつにない強い口調でそう言った。

「あたしも同感だ。無理といわれて『はいそーですか』と引っ込んでるなんて性に合わないんでね」

杏子も同調する。

まどかのキッと前を見つめる瞳は、ほむらがいつか見た――たった一人で絶望に挑んだ『かつてのまどか』と同じだった。

「そんな……だめよ……行ったら死んでしまうわ!」

ほむらはそのかつての光景に今を重ねた。

だが、周りで聞いている人間たちにとってみたら意味が分からない。

『なあ? 地球を守るためだったら犠牲一人ぐらい増えても良いってキャラじゃねーのか、あいつ?』

『あたしに聞かれても……一般人は巻き込まないって方針? にしても扱いの差が極端すぎるよね?』

らんまとさやかは個別テレパシーで状況を確認しあうが答えは出ない。

そうしているうちにもほむらは盾に手をかけようとした。

「――させないよ!」

すばやくさやかは剣をほむらの盾に向かって飛ばす。

またたく間も無く、剣は見事に盾に命中した。

「くっ」

438 : 27話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 02:55:21.60 hyG7HJmg0 194/394

剣がぶつかった衝撃で盾は飛ばされ、地面に落ちる。

ほむらはそれを拾おうと走りこんだ。

「やめとけ」

しかしそこにらんまが、体がぶつかりそうなほどギリギリに割って入った。

「どきなさい! まどかを殺しまではしないわ、ただ止めるだけ――」

ほむらは振り切ろうとするが、身体能力ではらんまにかなうはずもなく、あっさり腕を掴まれた。

「そんなこと言ったって、お前もう限界だろ?」

そう言ってらんまは、ソウルジェムの付いたほむらの左手を、本人の顔の前まで持っていった。

紫色の光を放っていたはずのその宝石は、いまやただの黒い塊にしか見えない。

「……そんなっ」

魔女になるつもりでない限り、こんな状態で時間停止など使えるはずも無かった。

それどころか何かひとつでも魔法を使えば危ないだろう。

「さっきの言葉そのまま返すぜ……魔女になられたら迷惑だ、しばらくそこでじっとしてろ」

らんまにそう言われなくても今の状態のほむらには、まどかが結界の奥へ進むことを阻止する術など何もない。

ほむらはがっくりとうなだれた。

「行こう」

まどかが短くそう言うと、杏子もさやかも、まどかを守るように付いていった。

「よし、行ったな」

らんまはまどかたちが奥へと進んで姿が見えなくなったのを確認すると、
何も言わずに使いさしのグリーフシードをほむらのソウルジェムに当てた。

「――っ!? どうして?」

戸惑いを見せるほむらに、らんまは軽くため息をついて見せた。

「魔女になられたら迷惑つったろ、同じこと言わせんな。
それに、オメーには聞かなきゃなんねーことがまだまだありそうだ。今回は見逃してやるからおとなしくしとけ」

それだけ言うと、らんまはほむらから離れ、まどかたちを追って結界の奥へと向かう。

(見逃してやる……ですって?)

背中を向けるらんまに、ほむらは50口径の大型拳銃を構えた。

これが直撃すれば、いかに屈強な武闘家兼魔法少女でも致命的なダメージになるはずだ。

そして、後ろを向いている状態で時間を止めれば確実に命中させることが出来る。

(あなたにそんな情けをかける余裕があるとでも?)

ほむらはそんなことを考えながら狙いを定める。

しかし結局、らんまが姿を消すまで銃を撃つことは出来なかった。

すでにまどかは魔女の方へ向かっている。

この状態でらんまを倒してもまどかの護衛を1人減らすだけ、つまり、まどかの生存率を下げることにしかならない。

(どちらにしても、巴マミがすでに魔女になっている以上、何も変わらないわ)

そう思って心を落ち着けると、ほむらは力なく、拳銃を構える腕を垂れ下げた。

***************

「――でも、さやかちゃんが無事で良かった」

結界の中を走りながら、まどかは言った。

とは言え、さやかと杏子にとっては走るにはあまりに遅く、彼女らは早歩きをしていた。

「んー、無事なのかな?」

さやかは曖昧な返事をした。

439 : 27話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 02:56:56.53 hyG7HJmg0 195/394

正直に言えば、さやかはこうしてまた普通にまどかと会話をする時を持つ気はなかった。

巴マミの件だけ済んでしまえば、後はどこかに姿を消してしまおうと思っていたからだ。

「ダメだよ、ちゃんと家に帰って学校に来てくれないと」

「……考えとくよ」

まどかに事情を話す気にもなれず、さやかは曖昧に答え続けるだけだった。

すでにまどかはその事情を知っているのかも知れないが、今はあまり込み入って話している場合でもない。

さやかは話をそらすアテを探して、杏子の方を見た。

すると杏子はなぜか顔をそむけている。

「どうしたの?」

「杏子ちゃん?」

まどかも杏子の様子に気が付き首をかしげる。

「い、いや、なんでもねー」

心配そうに見つめてくる二人に、杏子はとても自分が不登校だから耳が痛いとは言えなかった。

「よっし、追いついた!」

そこへ、らんまがやって来た。

「お、来たか……あいつはどうした?」

杏子が質問する。あいつ、とはほむらのことだ。

「放っておいた。あの様子じゃ邪魔しにもこれねーだろ」

「……ちょっと、やり過ぎちゃったかな?」

気まずそうに、まどかが言った。

「まさか、まどかがぶん殴るとはねぇ」

さやかはいつものからかう調子でつぶやく。

「イヒヒ……」

そのいつもの調子を見せたことにまどかは嬉しそうな顔をする。

(まったく、シリアスに浸らせてくんないね……)

さやかは心の中でつぶやいた。

「いいんじゃねえの、スカッとしたろ?」

一方、杏子は単純にまどかを持ち上げた。

「え、えと、そんなつもりじゃ」

まるで暴力衝動を駆り立てるかのような物言いに、まどかは慌てる。

「俺たちが手に余る相手をワンパンでのしちまうとはとんでもねぇ怪力だぜ。
どんな武闘家も魔法少女もオメーにゃかなわねーよ」

するとらんまも杏子に乗っかって、まどかを持ち上げる。

「あ、あはは……」

らんまがおだてているのか本気で言っているのかよくわからず、まどかは苦笑するしかなかった。

「――で、この怪力無双ちゃんは一体どうやって魔女を魔法少女に戻すんだ?」

そんなまどかに対してふいに、らんまは肝心の質問に移った。

「あ! えと、それは……とりあえず、マミさんに、と言っても生身の方じゃなくて
魔女の体の方にうんと近づきたいんです」

まどかの言葉に、らんまとさやかは考え込む。

「結構あぶないね。あたしが行くよ、あたしなら多少食らっても平気だから」

そして、さやかが立候補した。

440 : 27話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 02:59:21.78 hyG7HJmg0 196/394

「いや、オメーはダメだ」

しかし、即座にらんまが却下した。

「え、なんで!?」

「燃費が悪い」

「うっ、それは!」

どうやら自覚はあったらしく、的確に弱点をつかれてさやかは黙り込んだ。

「グリーフシードもさっき全部使っちまったし、俺か杏子が行くしかねーだろ」

らんまが言うと、杏子は軽く首を横に振った。

「あたしもそれが良いと思うんだけどさ、コイツがね……」

そう言って、杏子はまどかを指差す。そのまどかは眉間に皺をよせて嫌そうな表情をしていた。

「ん? まどか?」

付き合いの長いさやかにもまどかが何を考えているのか分からない。

「……その、私がやります。私にやらせてください!」

まどかはきっぱりとそう言った。

「え、マジかよ?」

らんまは流石に表情を引きつらせる。

「まどか、なんか変なもの食べた?」

さやかは容赦の無いツッコミを入れる。

「さやかちゃんまで……私がやりますぅ!」

少し意地になったようにまどかは強く言い返した。

「――だってさ。まあいいじゃねーか、どこまで出来んのか、見せてもらおうぜ?」

心配そうならんまとさやかとは違って、杏子は楽しげだった。

単純に、酔狂なヤツやど根性的なものが好きなのだろう。

らんまは、杏子が不良漫画や格闘漫画ばかり読んでいることを右京から聞いていた。

「はぁ……まあ、それは実際魔女を見てから考えるとしてだな、
具体的に何をするのか教えてくれよ」

ため息混じりのらんまの質問に、まどかは振り返った。

「猫飯店での話なんだけど――

***************

時はややさかのぼる。

らんま達と別れた後、シャンプーは急ぎ猫飯店に戻り、あったことを報告した。

「マミさんが……魔女に!?」

想像以上に沈痛なまどかの表情に、シャンプーはしまったと思った。

あまり直接的に言うべきではなかったと。

「でもま、さやかって子は大丈夫そうね」

なびきはあまり感情のこもっていない声で言った。

「うむ、ムコ殿たちが間に合ったのならば問題あるまい」

コロンもうなずくが、それでまどかの表情が晴れるはずもない。

「大丈夫ね、乱馬ならなんとかするね!」

シャンプーは落ち込むまどかを見かねて明るく言って見せた。

もちろん、根拠など無い。しかし、シャンプーは嘘をついているつもりなどなかった。

441 : 27話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 03:00:40.39 hyG7HJmg0 197/394

シャンプーは乱馬を追って中国から出てきて、いままでずっと乱馬を見てきた。

そのシャンプーの目から見た乱馬はこの程度でへこたれる男ではない。

「確かに、ムコ殿たちならば負けることは無いじゃろう……じゃが」

「そうね、魔女を元に戻す方法がわかんなきゃどうしようもないわね」

コロンとなびきの言わんとすることはまどかにも分かった。

魔女を倒すことは出来ても、巴マミを救うことは出来ない。

どんな強い力を持っていても介錯しかできない。

「そもそも魔女って何アルか?」

ここに来て、シャンプーが根本的なことを聞いてきた。

「それは……魔女は、呪いから生まれた存在で、心の弱った人をエサにして……」

まどかが自分の知る限りの情報で説明をはじめる。

「それじゃ魔法少女は何アルか?」

「ええと、願いから生まれて、希望を振りまく存在で……」

まどかの説明はキュゥべえの言ったことのほとんどそのまま受け売りだった。

「あたしも聞いた説明だけどさ、なんかすっごく曖昧よね」

なびきがツッコミをいれるまでもなく、キュゥべえの説明が何も具体的なことを言っていないことは全員に分かっていた。

魔女の発生源が魔法少女だという重要事項すらさけているのだから曖昧な説明にならざるを得ないのだろう。

「うーん、願いから呪い、希望から絶望、まるで真逆ね」

その曖昧な説明に対して、シャンプーは率直な感想をもらした。

「つまり、魔法少女が魔女になるとは、気持ちがまるで反対になるということかの?」

コロンがそこに推測を加える。

「気持ちが反対……? なんか一回そんな騒ぎ無かったっけ?」

なびきはふと、何かを思い出したような気がした。

しかしすぐには思い当たらない。

何しろ、自分の妹であるあかねを筆頭として、周りの人間には気持ちと裏腹な行動をとるツンデレさんが結構いる。

考えてみればそんな騒ぎは一回や二回どころじゃなかったかもしれない。

「あっ!」

突然、シャンプーが手のひらをぽんと叩いた。

同じくコロンも何かに気が付いたらしく、目を見開いている。

「反転宝珠ね!」

「飯店……ほうじゅ?」

うれしそうに声を上げるシャンプーに対し、まどかは首を傾げて見せた。

「え? あれって、対人感情を逆にするんじゃないの?」

話の分かっていないまどかを置き去りに、なびきが質問をした。

「……いや、あれは愛情と憎しみを反転させる道具じゃ。特に対人感情には限っておらん。
よほど日頃から鬱屈しておるとか明るすぎるとか、そういう事が無い限りはあまり変わって見えんがの。
結果的に対人感情に特に強く現れているように見えるだけじゃ」

シャンプーに代わってコロンが質問に答えた。

「感情が……反転? それを使えば、マミさんも!?」

まどかは一縷の光明を見つけて、パッと顔を明るくする。

「その可能性はあるわねー」

なびきもそれに同意した。

442 : 27話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 03:02:21.59 hyG7HJmg0 198/394

「それじゃ、反転宝珠を持ってもうひとっ走り行って来るアル!」

さっそく、シャンプーは立ち上がり行動を起こそうとする。

が――

「駄目じゃ」

コロンがそれを制止した。

「……おばあちゃん?」

「魔女はムコ殿や良牙でも苦戦するほどの敵なのじゃろう?
それを相手に懐に入り込んでブローチを取り付けるなど危険極まりないではないか」

それは確かにその通りである。シャンプーの実力でも役者不足だろう。

「でも、他に方法が……」

まどかは恐る恐る反論する。

「親類の手前もある。預かっているひ孫をそんな危険な目にあわすことは出来ん
シャンプーも考えてみろ、確かにムコ殿の前でかっこいいマネは出来るかも知れんが
直接的にわれわれに得になることは何も無いのじゃぞ?」

「むぅ……それもそうね」

得がないといわれて、シャンプーは納得してしまった。

そもそもなんとなくその場の空気で魔女を魔法少女に戻す方法を考えたものの、
それが出来たからといってシャンプーにとって得るものは何も無いのだ。

「そうよねー、魔女を1人魔法少女に戻したって、キュゥべえにとっちゃ対した問題じゃないでしょうし
命かける価値のある実験かって言われたら微妙よね」

なびきもコロンやシャンプーに乗っかるように同様の意見を言った。

「そ、そんな……」

まどかはがっくりとうなだれた。

風林館の人たちにとってはマミは所詮他人に過ぎないのだ。

マミの日々の活動によって平和な日常が守られていたわけでもないし、彼女の強さ優しさを知っているわけでもない。

悲しかった。人の命がその程度に扱われてしまうことが。

そして悔しかった。彼女らを動かせない自分の無力さが。

「私が……」

気が付けば、まどかはか細い声を出していた。

(そうか、それしかないんだ)

その自分の声に気付かされ、まどかはハッとした。

人を動かすことが出来ないのなら、自分でやるしかない。

当然過ぎる理屈、でも、今まで避けてきた行動。

無力だと思われることを嫌がっていたくせに、自分で強くなる道を探していなかった。

自分でやってみる、そんな第一歩すらろくに踏み出してこなかった。

でも、ここで前に進まなければ、自分にとって大切な人を失ってしまう。

何かを言おうとその小さな口を開けたとき、すでにまどかの中には決意が宿っていた。

「私が行きます!」

まどか以外の三人がみんな、まどかを注目する。

「だからお願いです、その反転宝珠という道具を貸してください!」

「……貸してやるのは構わんが、それ以外は手を貸さんぞ?」

まどかの決意を確かめるように、コロンはその瞳を覗き込んだ。

「はい、ありがとうございます!」

443 : 27話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 03:04:20.09 hyG7HJmg0 199/394

コロンの不適な顔に揺るぐことなく、きっぱりとそう返事をした。

「いいじゃろう、シャンプー、反転宝珠を持ってくるのじゃ」

「分かったね、おばば」

そう言ってシャンプーは席を立つ。

「……でさ、まどかちゃん、お金どのくらい持ってるの?」

話がまとまったところで、ふいになびきがまどかに質問をした。

「えっ!? 今は……二千円ぐらいですけど?」

もしかしてお金を取られるんじゃないかと警戒しながら、まどかは答える。

「それじゃ足りないわね……」

すると、驚くことになびきは自分の財布から五千円札を取り出してまどかに渡した。

「はい、貸したげる」

「え、え?」

いったい何が起こったのか分からず、まどかは混乱した。

「あんたの足じゃ間に合わないかも知んないでしょ? タクシー使いなさいよ」

「え……あ、あの、ありがとうございます!」

思いもよらぬ気遣いに、まどかは勢い良く頭を下げる。

「頭下げなくて良いから、ちゃんと後で返して頂戴。利子付きで」

なびきはそう言ってウインクをした。

***************

「オババ、私も仕事に戻るね」

まどかが出て行くと、シャンプーもムースが1人で回している店の仕事に戻っていった。

「行ってしまったの」

確実にまどかが行ったのを確認して、コロンは言った。

「なびき、お主なぜタクシーなど使わせたのじゃ?」

「決まってるじゃない、タクシー代貸したおかげでまどかちゃんは早く行けるし、あたしは儲かる。
お互いにとって得でしょ? 商売ってのはこうじゃなきゃ」

なびきはごく当然のようにそう答えた。

「それではワシが追いつけんではないか」

コロンは少し怒ったように抗議する。

「あら? おばあちゃん手は貸さないって言ってたじゃない?」

「あれはじゃな、覚悟を見たかっただけでじゃな……」

矛盾を突かれてコロンはわずかに言いよどんだ。

「なんでそんな面倒くさいことしたのよ?」

「魔法少女が魔女になるとはつまり、己の負の感情に負けたと言うことじゃろう?
そのような者を元に戻すのはかえって良くないこともあるのではないかと思っての、
果たして助ける価値がある人物かどうか見極めたかったのじゃ」

「ふーん」

コロンの説明に、なびきは興味なさげな相槌をうつ。

「そういうのも大事かもしんないけどさ、あの子ちょっと不安よね。何か変に気負っちゃったような……」

そして、まどかに対する率直な感想を漏らした。

「……お主、そこまで理解していながらなぜタクシーなど使わせたのじゃ?」

「あたしが儲かるから」


444 : 27話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/05/28 03:05:23.24 hyG7HJmg0 200/394

なびきが同じ答えを繰り返すと、コロンはげんなりとした表情を見せた。

さすがにまずいと思い、お茶で口を潤してなびきは言葉を続ける。

「――それに、乱馬くんも良牙くんもお婆ちゃんの弟子でしょ?
ちょっとは弟子を信頼してやってもいいんじゃないの?」

「知った風な口をききおって、あやつらは技をひとつふたつくれてやっただけじゃ、本弟子ではない!」

コロンは怒ったようにそう言ってから、小さく口を開いてつぶやいた。

「まぁ、負けはせんじゃろうがな」

~第27話 完~

461 : 28話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:31:13.87 Dofo4Tk20 201/394

~第28話~

地震のような揺れが断続的に続いていた。

結界の奥に行くにしたがって、その揺れは大きくなっていく。

大きな揺れが来るたびに、まどかはこけそうになって誰かにしがみついた。

それでもなんとか一行は魔女の部屋の前までたどり着いた。

「え、振動の理由って……」

「こりゃ何の冗談だよ?」

さやかと杏子は目を疑った。

「またとんでもなく威力が増してやがるな」

らんまも頭を抱えた。

入り口から見える魔女の部屋の光景、それはクレーターの上にひとりたたずみ、
ひたすら獅子咆哮弾を撃ちつづける響良牙の姿だった。

「りょ、良牙さんがこの地震を?」

まどかの疑問に答えるように、強力な光が魔女の部屋をつつみ、それと同時に大きな振動が起こる。

あまりにも常識外れの威力だった。魔法少女でもまともに食らえば致命傷になるだろう。

「とりあえず、テレパシー飛ばして止めさせるぞ」

らんまがそう呼びかけたのは、自分のテレパシー能力に自身が無いからだ。

「それが……さっきからやってるんだけどさ……」

「ああ、全然、繋がらないね」

それに対して、言われるまでも無くテレパシーを送っていたさやかと杏子は首を横に振った。

「繋がらないってどうしてなの?」

「獅子咆哮弾は不幸に浸るほど威力が上がる技だ。多分、テレパシーなんて耳に入らないぐらい不幸に浸りきってんだろ」

まどかの質問にらんまが答える。が、さやかはそれにも首を横に振った。

「そんなのじゃないよ、本当にテレパシー自体が届かないもの!」

「なんだって? 魔女の能力か?」

テレパシーを妨害する能力もありえなくはないし、もしそうならば地味にやっかいな能力だ。

「いいや、違うね。 今までそんなこと無かったし、マミの能力から考えてもらしくない」

魔法少女としては三人の中で一番ベテランの杏子は冷静に状況を分析した。

「多分……そこかっ!」

杏子は突如あらぬ方向に槍を投げた。

すると槍は、壁に突き刺さる前に何かに突き刺さり動きを止めた。

そして、槍の突き刺さったところに白い小動物の姿が浮かび上がる。

「キュゥべえ!?」

まどかが悲鳴に近い声をあげた。

「姿も見せずにテレパシー妨害なんてなぁ、テメーぐらいしかできそうな奴はいねーよ」

槍に貫かれたキュゥべえの死体に、杏子は言い捨てた。

しかし――

「ご名答。 さすがはもうベテランだね、杏子……いや、あんこと言った方がいいのかな?」

槍に突き刺されているものと同じ姿の白い小動物が、ゆっくりと歩いて現れた。

「あ……あんこじゃねぇ、『きょうこ』だ」

反射的にそう答えながらも杏子は、そして他の一同も全員驚きを隠せなかった。

そんな中キュゥべえは悠々と、槍に刺された自分の死体に近づき、それを食べ、平らげる。

462 : 28話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:32:02.61 Dofo4Tk20 202/394

「な……ゴキブリみたいな生態してやがる」

「らんまも意外と詳しいね。 ゴキブリの死んだ仲間の肉体を食べる習性は非常に効率的だよ。
ボクの場合は別にゴキブリにならったわけではなくて元からやってたことだけどね」

ゴキブリ扱いされてもキュゥべえは不快な表情をすることもなく、むしろゴキブリを効率的だと褒めた。

その人間離れした感覚に、一同は言い知れぬ恐怖を覚える。

「まあ、こういうわけだから、ボクを何体殺したところで無意味だよ。テレパシーで良牙を止めることはできない。
そして、あの威力の獅子咆哮弾を食らえばキミたちでも無事ではすまない。
キミたちは良牙とマミが負のエネルギーを放出し続けるのを眺めることしかできないのさ」

「てめぇ……」

杏子はキュゥべえに掴みかかるが意味の無い行為だった。

「負のエネルギーか、まずいなそりゃ」

らんまはつぶやいて冷や汗をぬぐう。

「獅子咆哮弾は不幸になればなるほど強くなる技、不幸を呼ぶ技なんだ。
こんな威力の獅子咆哮弾を撃ち続けたら、良牙の奴もマトモじゃいられなくなるぜ」

そうは言ってもらんまは動き出すことができない、具体的な策が無いのだ。

さやかも、どうしたらいいのか手段を思いつけない。

魔法少女たちが動きを止めたその時、まどかがいきなり走り出した。

もちろん、良牙に向かって一直線にだ。

「バカッ! 何やって!」

「死ぬぞ、おい!」

らんまと杏子の制止も聞かず、まどかは普段からは想像できないぐらい速いスピードでこけそうになりながら走る。

不幸に浸りきっている良牙が後ろから来るまどかに気付くはずもなく、そこへ無情にも特大の獅子咆哮弾が落ちてきた。

そして、まどかがその巨大な重い気の塊につぶされそうになる直前――青い閃光が横切った。

轟音が響き、まどかの姿は光の中にかき消された。

しかし――

「ティヒヒ、信じてたよ、さやかちゃん」

うつ伏せに倒れたまどかの上に、さやかが覆いかぶさっていた。

「まどかったらタチ悪いよ、ほんと」

その身でまどかをかばいながら、さやかはつぶやく。

まどかはただの無謀で突っ込んだわけではなく、自分の弱さを利用して魔法少女を無理矢理引っ張り出したのだ。

いつからまどかがこんなにズル賢くなったのか、長年まどかと付き合いのあるさやかにも分からなかった。

その一方で利用されたというのに不思議と悪い気はしない。

どこかに姿を消したり魔女になって果てるよりは、こうしてまどかを守りきって死んだ方がよほど有意義に思えた。

「さ、早く行かないと!」

獅子咆哮弾の光が消えると、まどかはさやかの下から這い出て、さらに良牙のほうへ向かう。

その時、またも、獅子咆哮弾が襲ってきた。

もうソウルジェムの限界も考えず、さやかはまどかを守るためにまたも覆いかぶさる。

だが、そこに落ちてきた獅子咆哮弾の衝撃は思ったよりも大分軽いものだった。

「え……?」

さやかとまどかが上を見上げると、ボロボロのタタミがドーム状になって彼女らを覆っていた。

「防御魔法もねーくせにつっこむもんじゃねーぜ」

「あたしらが居なかったら、あんたらここで死んでたよ?」

そして、そのドームの中には二人だけではなく、らんまと杏子がいた。

463 : 28話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:34:39.30 Dofo4Tk20 203/394

タタミの隙間からは杏子の槍を伸ばしたらしい格子が見える。

つまり、らんまと杏子の防御魔法による二重防壁で獅子咆哮弾を防いだのだ。

それでも完全に衝撃を殺せていないのだから、直撃の威力は相当なものだろう。

「ヒヒ……らんまさんと杏子ちゃんも信じてたよ。
だって、マミさんを助けるためにここまで来てくれる良い人たちだもん」

そう言ってまどかはイタズラな微笑を浮かべた。

「な、な、人を利用しといて何言ってやがる!」

素直に良い人と言われて、杏子は露骨にテレを見せた。

ずっと、そんなことを言われるはずのない生き様を送ってきた杏子にはむずがゆいのだ。

「おいおい、照れてないでさっさと行くぞ」

らんまが指示を出し、一同はいっせいに良牙のほうへ走った。

そして良牙のすぐ近くまで着くと、まず杏子が大型の防御魔法を展開し、獅子咆哮弾の至近距離直撃を避ける。

さやかとまどかは良牙に構わず魔女の姿を探し、らんまが良牙に呼びかけた。

「おい、良牙、いったん止めだ獅子咆哮弾を止めろ!」

しかし、良牙の耳にらんまの声は届いていなかった。

完全に不幸に浸りきり、何も見えていない。ただ獅子咆哮弾を打ち続けるだけの壊れたおもちゃのようになっていた。

「くそっ! やめろって言ってるだろ!」

らんまは本気で良牙の腹を殴る。それでもまるで良牙には効いていない様だった。

男の体でも良牙相手には一撃ではダメージにならないのだ。女の体では気をそらすこともできなかった。

「無駄だよ、良牙にはテレパシーで繰り返しマミの不幸な生い立ちを見せてあげたからね。
もともと不幸を溜め込みやすい良牙だ。こうなったら簡単には気をそらせないよ」

そこにキュゥべえが現れて解説を加える。

「これもてめえの仕業だっていうのかよ!」

キュゥべえは何も言わずにこくりとうなずく。

(だが、こいつは分かっちゃいねぇ!)

らんまはこの時、そんな確信を持った。

良牙としばらく一緒にいたはずなのにその程度しか理解していない、実は人間への理解力が低いのではないか。

そんな疑問すら出てくる。

とにかく、それならばと、らんまは取っておきの手段を使うことにした。

良牙の耳元に口を近づけて一言。

「あかねがまたオメーとデートしたいってよ」

「え?」

良牙は思わず、正気に戻った。

その瞬間、らんまは思い切り良牙の頬を殴る。

「いて、何しやがる!」

「何しやがるはこっちの台詞だ、バカヤロー。オメー一歩間違ったらこいつらに大怪我させるとこだったんだぞ!?」

そう言ってらんまは、さやかとまどかの方を指差した。

「え? あ、すまない」

良牙は真剣に落ち込んだ表情をした。

「『あかね』って誰?」

「良牙さん、マミさんどこ?」

そんな良牙に、さやかとまどかは口々に質問をする。

464 : 28話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:35:44.36 Dofo4Tk20 204/394

「らんまのパンチを『いて』で済ませるって……あんたどんな化けもんなんだ?」

杏子は今さらながら良牙のタフさを目の当たりにして唖然としていた。

「あ、いや、あかねさんは……いや、それよりも今はマミちゃんだ!
そこの小さいのが魔女になったマミちゃんの本体だ」

良牙はごまかし半分に自分で作ったクレーターの少しへこんでいる部分を指差した。

まどかは周りの人間が止めるより先にそこに駆け寄り、クレーターに埋まっていた魔女らしきものを取り出した。

「マミさん魔女になってもこんなに可愛いんだ」

そして、どうでもいいことをつぶやいた。

「まどか、そんな場合じゃないってば!」

あせるさやかをよそに、まどかは余裕を見せる。

「大丈夫、これを使って――」

そう言ってまどかは反転宝珠を取り出した。

「なんだい、それは?」

「キュゥべえ、私はこれでマミさんを人間に戻すから!」

「なんだって――!?」

キュゥべえの質問にもまどかは律儀に答えて、小さな魔女にそのブローチを押し当てた。

たて続けの獅子咆哮弾でさすがにグロッキー状態の魔女はとくに抵抗も無く反転宝珠を受け入れた。

すると、立っていられないような強風が吹き荒び、魔女に向かって注ぎ込むように渦を描いた。

「す、すげ、やったか!?」

杏子が叫ぶが、その声のほとんどが風にかき消される。

「な、何も見えん」

「オメーら、全員どっかつかまってろ!」

良牙とらんまも叫ぶ。

「ま、まさか、これは!?」

キュゥべえは風に飛ばされながらつぶやいた。

これは、ただの風ではない。グリーフシードが結界を飲み込んでいるのだ。

つまり、放出された感情エネルギーが逆流している。

(これほどの技術がこの星に!?)

さしものキュゥべえも情報整理が追いつかなかった。

「ま、まどか!」

そんな中、悲鳴のようなさやかの叫び声がした。

暴風の中、誰も近づけないが、周りからは黄色いリボンに吸収されるように呑まれていくまどかの姿と
その近くで必死にまどかにしがみつくさやかの姿が見えた。

しかし、やがてまどかの姿は完全に黄色いリボンの中に消え、それと同時に風がやんだ。

「な……どうなったんだ?」

良牙はあたりを見回した。

暴風の過ぎ去った後の魔女の結界にはところどころ綻びが見え、マミの部屋がのぞけている。

そして、黄色い大きな卵のような塊と、それの前で泣き崩れるさやかの姿があった。

「呑まれちまったのか……?」

杏子がつぶやいた。

「お、おい、嘘だろ、さっきまで反転宝珠が効いてたじゃねーか?」

らんまも信じられないといった様子だ。

465 : 28話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:37:44.89 Dofo4Tk20 205/394

まどかのあの自信に満ちた雰囲気から、本当になんでもできてしまうような錯覚にらんまも落ちていたのだ。

「ふぅ、さすがにボクも驚いたよ」

そこにキュゥべえがいつも通りののん気な声でしゃべりはじめた。

「良牙があんなに簡単に正気に戻ったのも驚きだけど、さっきまどかが持っていたアイテムは中国仙術系のモノかな?
あの系統の技術を発展させると面倒だから断絶させたはずなんだけど、まさか残していたとはね、しかもレベルを上げて」

そして、ほとんど独り言のように、らんま達にはよく分からない技術論を語り始める。

「まあでも、アレで魔女を魔法少女に戻すって言うのはちょっと厳しい話だったね。
方法論としては間違っていないんだけど処理能力に無理がありすぎるよ。
例えるなら、中古家電のマイコンにスーパーコンピューター並の処理をさせるようなものさ」

「はじめから無理だったって言いてえのか?」

にらみつける杏子に、キュゥべえはいつも通りののん気な顔で答えた。

「そう、その通りだ。杏子は飲み込みが良くて助かる」

「てめぇ!」

激昂して杏子はキュゥべえに掴みかかる。

「そいつは後だ! さきに鹿目まどかを!」

らんまに言われて杏子はキュゥべえを投げ捨てた。

そして、一同はまどかが包まれた魔女の繭の前に集まる。

『まどか、まどか、聞こえる!?』

さやかは必死でまどかにテレパシーを送った。

しかし、この繭の中では魔法少女のテレパシーすら途切れ途切れだったのだ。

一般人からのテレパシーの返信は中々聞こえてこない。

「らちがあかねぇ、杏子、中の子を傷つけずにコレを割れるか?」

「ああ、やってみるぜ」

らんまと杏子はとにかく、繭を破ろうとした。その時――

『まって!』

さやかを経由して、たしかに全員にまどかのテレパシーが聞こえた。

『まどか! 生きてるの? 大丈夫?』

さやかは矢継ぎ早に呼びかける。

『うん、多分生きてる。それにねー、私マミさんにキスされちゃったんだ。
ティヒヒ、良牙さんうらやましい?』

「うらやま……って何言ってんだ、おい!?」

ワケの分からないまどかの返事に良牙は思わず口で答えた。

『まどか、キスってそれもしかして魔女のくちづけ!?』

『うん、そーだよー』

魔女の口付けを受けたというのに、まどかはいたって落ち着いた声で返事をする。

「ダメだ、もうかなり魔女に洗脳されてやがる!」

「待ってろ、今助けてやるよ」

まどかの落ち着きを魔女に洗脳されたせいだと思ったらんまと杏子は急ぎ、繭を切り開こうとした。

『あーもー、だから待ってください!』

まどかは叫ぶようにテレパシーを送った。

中継役のさやかが小さなテレパシーでも聞き取れるようにと音量を大きめに設定していたので予想外の大音量となり、
思わず杏子は槍を手から落とした。

『みんなは受けたことが無いから知らないと思うけど、魔女のくちづけを受けたら魔女と直接しゃべれるんです。

466 : 28話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:38:45.39 Dofo4Tk20 206/394

だから私、マミさんと話し合って来ます!』

まどかは断固とした強い口調で言った。それは間違っても負の感情に負けて魔女に洗脳されている状態ではない。

「そっか、まどかは前にも一度魔女のくちづけを受けたことがあったから――」

さやかが言った。

『それにしたって無茶苦茶だ! いったん戻れ!』

らんまが呼びかけるが、まどかの答えはノーだった。

『いいえ、できません。魔法少女は魔女の口付けを受けないからこの役割はできません。
良牙さんもマミさんの不幸に同調しちゃうからやめた方が良いと思います。
……だから、これは私しかできないんです』

普通の言葉をしゃべるのにも言いよどむまどかがスラスラとこんな理屈を言った。

そんなまどかにピンと来た杏子が詮索する。

『妙に自分が行くって言って聞かないと思ったら、あんた始めっからこのつもりだったな?』

『ティヒヒ、正解。始めから決めてたんです、もし反転宝珠で上手くいかなかったらこうしようって。黙っててごめんなさい』

もはや、一同は言葉も無かった。

黙っていた理由は問うまでもない、そんな危険な作戦を誰も許可するはずが無い。

だから、まどかはただのわがままに見せかけて自分が行くと言ったのだ。

つまり、全員まどかに騙されていたことになる。まさに、してやられたりである。

「ちっ、しゃーねーな。俺達にも別の手があるわけじゃねーし、こうなりゃ任せるしかねーみてーだな」

らんまがつぶやくように言った。

「まどか……」

不安そうに繭を見つめるさやかに、杏子が肩を叩いた。

「なに腑抜けてやがる、アイツはあたしたち全員を手玉に取りやがったんだ、簡単にやられるタマじゃないぜ、ありゃ」

杏子にそう言われても、今までの弱いまどかを見続けてきたさやかはやはり不安だった。

「キュゥべえ、お前も魔女の精神にまではちょっかい出せないんだろう?」

その一方で良牙がキュゥべえに問いかけた。

キュゥべえは基本的には魔法少女の保護無しには結界の中に入らない。

結界の中ではキュゥべえ自身も魔女の餌食になってしまうからだ。

良牙も何度かキュゥべえを守りながら魔女の結界で戦ったのでその習性は理解していた。

もし良牙にやったようにイメージを送ることで多少なりとも魔女を意のままに動かせるのならば守られる必要は無い。

「確かに、良牙の言う通りだ。 ボクにも魔女の精神界に入ったまどかをどうこうすることはできない。
手を出せないのはキミたちと同じだ。 でも、ただの人間が魔女を魔法少女に戻すなんてことはありえないよ。
そんなことがあるのなら一定確立で魔女が捕食の際に魔法少女にもどってしまう」

「どーかな?」

ありえないと言ったキュゥべえに対し、らんまは挑発的にそう言ってみせた。

「良牙の単細胞っぷりも見抜けねぇようなおマヌケさんにンなこと言われたって説得力ないぜ」

「こら、誰が単細胞だ」

良牙のらんまへの抗議を無視して、キュゥべえは答えた。

「まあ、期待するのは構わないよ。それが絶望に変わるときが楽しみだからね」

***************

まどかは、繭の中で思いっきり嫌なことを考えまくった。

真剣に自分が、この世界が、すべてが嫌になるぐらい負の感情に心をゆだねた。

本当に落ち込んでいるときならそんな努力なんてしなくても魔女のくちづけをもらえたのに、
今回の巴マミはなかなかそれをくれない。

467 : 28話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:39:55.17 Dofo4Tk20 207/394

それでも、自分の家族がみんな死んでしまったらという不謹慎な妄想で不幸に浸ったら、
そこでようやくマミの声が聞こえてきた。

『ここに来れば、そんな悲しみは消えてなくなるわ――』

おそらくテレパシーの一種なのだろうが、それは間違いなく巴マミの声だった。

『マミさん……』

まどかは恐れや不幸な気持ちよりも、また再びマミの声を聞けたという喜びが先に来て、思わず涙ぐみそうになった。

『あなたは――?』

マミの声を出すそれは、精神世界の中でもはや人の形すら保っていない影絵のような存在となっていた。

そして、喜びという魔女の口付けを受ける人間にはふさわしくない感情に戸惑ったのか、まどかと距離を開ける。

『マミさん、私です、鹿目まどかです。こんなところに居ないで早くみんなのところに戻りましょう!』

『鹿目……さん?』

かつて巴マミであったそれは、鹿目まどかという名前に反応した。

『すばらしいわ、鹿目さんが来てくれるなんて、さっそくお茶にしましょう』

『え? お茶ですか、やった』

予想外の、いつもの巴マミのような対応に、まどかもついつい釣られて喜んでお茶に応じてしまう。

気が付けば、自分はテーブルに着席し、目の前には暖かい紅茶とおいしそうなケーキが並んでいた。

(は、しまった!)

まどかは思った。魔女のくちづけを受ければ思考が鈍ってしまう。

それは理解していたつもりだったが、こうも簡単にペースに乗せられてしまうとは思っていなかったのだ。

『今日はアイリッシュブレンドにしてみたんだけど、お口に合うかしら?』

ふと見ればマミはいつの間にか人間の姿をしている。

『あ、はい、とっても美味しいです。ミルク入れて良いですかね?』

『フフ、どうぞ、お砂糖はグラニュー糖にする? それともブラウン・シュガー?』

『えーと、グラニュー糖で……って違う!違う!』

まどかは慌てて首を振った。

『あら、ミルク入り砂糖無しが良いの? 鹿目さんもなかなか通ね』

マミはわざとなのか天然なのか分からない返しをしてくる。

『いや、今回はただお茶しに来たんじゃなくてですね……』

魔女になったのだからもっと露骨に負の感情をぶつけてくるかと思っていたまどかは、
マミにこういう出方をされてかえってやりづらかった。

『マミさん、今ならまだ人間に戻れます。 魔女になって人を呪い続けなくても良いんです!
だから、私と一緒に来てください!』

まどかは強引にマミの腕を引っ張って連れ出そうとした。

しかしマミの体はピクリとも動かない。

『魔女……呪い? 何の話? 怖い夢でも見てたのかしら?』

『え?』

あっけにとられるまどかの横に、いつの間にかさやかが座っていた。

『まどかってば、授業中落書きなんかしてるからそんな夢見るのよ』

さやかはそう言ってまどかの魔法少女衣装案の書かれたノートを見せびらかした。

『ゆ……夢?』

『ほら、良牙さんも呆れちゃってるよ』

さやかの台詞にあわせるように、まどかの視界にテーブルの上でケーキを食べる小豚が入ってきた。

468 : 28話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:41:44.64 Dofo4Tk20 208/394

『魔女に呪いねぇ……何かいいアイデアが浮かんできそうだわ。今度の文化祭の発表作品はそれにしようかしら?』

マミは黒い小豚を撫でながら頭をひねるそぶりをした。

『えー、あたしの小豚が男の人に変身して活躍するって話は?』

『それも面白いけども、ちょっと漫画的過ぎるのよねぇ。文芸部としてはあまりそういう作風によるのも……』

マミとさやかはまどかについていけない話を始めた。

『え? それってどういう――』

質問しようとしたまどかの頭の中に、すっと、まるでそれが当たり前のことであったかのように情報が入ってきた。

(マミさんは文芸部の部長さんで、私とさやかちゃんが部員、放課後はいつもこうしてお茶してる)

『そうだったんだ』

まどかは納得したようにうなずいた。そうだ、それが現実だったに違いない。

人が死んだり殺しあったり、そんな魔法少女や魔女が現実であるはずがないのだ。

『そうなんですよ、実はとっても怖い夢を見てて――』

まどかは喜々としてお茶席に戻った。ほどほどの甘さで味が上品なケーキはいかにもマミらしい。

それはそれで美味しいのだが、甘党のまどかにはちょっと物足りないのでミルクと砂糖を入れた紅茶を飲むのだ。

(……あれ?)

紅茶が思ったよりも甘い。

今回は角砂糖をひとつしか入れていないのに、この間同じアイリッシュブレンドに角砂糖を二つ入れたのと同じ甘さだ。

『さやかちゃんごめん!』

何かおかしいと思ったまどかは横にいるさやかのレモンティーを奪って飲んだ。

『ちょっと、まどか!』

さやかは驚いた様子をしているが、まどかは構わず最後までレモンティーを飲み干す。

レモンの味が全くしない。

黄色がかったレモンティのはずなのに、さっきのミルクティーと同じ味だ。

『……マミさん』

まどかはさやかを完全に無視してマミの方を向いた。

『私の記憶を元にこの世界を作ったんですね』

ミルクティー派のまどかは久しくレモンティーを飲んでいない。

だから、まどかの記憶を使って構成された虚構の世界では、レモンティーの味など存在しないのだ。

『鹿目さん、ここが本当の世界なのよ。魔女や魔法少女なんてこの世にはいないの。
だって、その方がずっとステキでしょう?』

マミは柔和な微笑を浮かべていった。しかしそれは、まどかにはどこか空虚に見える。

『いいえ。マミさんの作ったこの世界はステキだけど、つらいことがあっても現実の方がステキです』

まどかはうつむきながら首を横に振った。

悲しかった。

まどかが入ってくるまで、マミは自分の姿をしていなかった。

今、マミがマミの姿をしているのはまどかの記憶を借りているに過ぎない。

もはや、マミは覚えていないのだ。まどかたちとの日々を。本当の自分の姿を。

『怖いことも、つらいこともあったけど、そのおかげで私はマミさんと出会えたんです。
命の恩人ってだけじゃなくて、命がけの戦いの中でも優しさを失わないマミさんからいっぱい色んなものをもらったんです。
マミさんだって、つらい中だからこそみんなと仲良く、信頼しあえるようになれたんじゃないんですか?』

まやかしは通じないと判断したのか、魔女は偽装を解き、マミとさやかの姿と共にその部屋は消えた。

その代わりに、まるで影絵芝居のようなイメージがまどかの前に映し出される。

469 : 28話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/04 23:42:32.28 Dofo4Tk20 209/394

小さな女の子とその両親らしき人の影、それが無残にも巨大な岩のような怪物に踏み潰された。

まどかは思わず目を覆う。しかし、目を覆っても、その光景は消えることは無く容赦なくまどかの視覚に入り込んでくる。

完全に潰されてバラバラになった両親の影と、上半身だけが残った女の子の影。

その影の横に、頭にわっかをつけて羽根の生えた、妖精のような天使のような小さな影がよりそった。

妖精がステッキをかざすと女の子の影は元通りになり、それから女の子と妖精は一緒に過ごした。

妖精は女の子にごちそうを持ってきた。そのごちそうを、妖精と女の子は仲良く一緒に食べた。

それから一緒にお風呂に入ったり、色んなところに出かけたり、それはそれは楽しそうな日々だった。

そして、女の子が大人と変わらないぐらいの背丈にまで育ったとき――

 グシャッ

まどかは再び目を覆った。

なんと、妖精が女の子の頭を食べ始めたのだ。

そして、残った体をどこかに運んでいく。

その先には、たくさんの少女の、欠損した死体が転がっていた。

妖精はその一部を切り取ると、お皿に乗せてごちそうのように仕立てて、別の少女のもとへ運んでいった。

『こんなの……ひどすぎるよ……』

あまりの光景に、まどかは膝を落とし泣き崩れる。

そんなまどかに、そっと、黒い影がよりそった。

『お願い、一緒にいて欲しいの』

マミの声が聞こえた。

今度こそ、まどかの記憶を通した幻影ではなく本物のマミの声だ。直感的にまどかはそう思った。

『もういや、1人でいるのも裏切られるのも、みんな嫌なの!』

半狂乱的に、黒い影は揺れながら叫ぶ。

『マミさん、本当に悲しくて、寂しくて、つらかったんですね……
ごめんなさい、もっと早くに力になれなくて』

まどかはすっと立ち上がり、その黒い影に抱きついた。

『ずっと、一緒に居てくれるの? 裏切らない?』

黒い影もそっとまどかの小さな背中を抱きしめた。

『はい、ずっと一緒にいます、ずっと仲良くしましょう』

まどかがそう答えると、黒い影は人の形を失い液体のようになってまどかを包み込もうとした。

『これからここで、ずっと一緒……』

優しい声と温かい感覚に包まれて、まどかの自我は薄まっていった。

(――今だ!)

が、まどかはその瞬間、精一杯の勇気を振り絞った。

そして、精神界にまで持ち込んだ反転宝珠を自分の体に正位置につける。

鼓動が激しく鳴り響き、まどかの中の決意はこれでもかというほどの高ぶった。

『!?』

『ごめんなさい、私、マミさん裏切っちゃいました』

そう言ってまどかは舌を出した。

後一歩のところで吸収できるはずだった人間が、急に強い正の感情に満ち溢れたことに黒い影はうろたえた。

そして、急ぎ飛び退こうとする。しかし、まどかを覆いつくすように伸ばした体を戻すのには時間がかかった。

470 : 28話10 ◆awWwWwwWG... - 2012/06/04 23:43:11.44 Dofo4Tk20 210/394

まどかはそれを逃がしはしない。

即座に反転宝珠を自分からはずし、黒い影に逆位置に押し付ける。

『でも、約束は守ります。ずっと一緒に、仲良くしましょう! ただし、現世で!』

『○×△●%■☆□※▼◎!!』

魔女の、言葉にならない叫び声とともに、辺りの風景はまばゆい光につつまれた。

~第28話 完~

484 : 29話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:37:49.33 bOy9B4ns0 211/394

~第29話~

魔女を倒したときのように、結界はボロボロと崩壊しはじめた。

「やったのか?」

らんまの言葉に、答える者は誰もいなかった。

(これは……精神界で魔女を倒した? 鹿目まどかにそんな手段が?)

キュゥべえも自体を把握しきれていなかった。

魔女が魔法少女にくちづけをしないのは、そのむき出しの精神に直接攻撃されないようにするためだ。

物理的作用が意味を成さない精神世界において、魔法の使えない人間が魔女に対して攻撃するなどできるはずがない。

だから魔女は一般人はその精神世界に取り込んで『食事』しようとする。

(まさか、闘気?)

そうとも考えたが、今まで強い闘気を持った武闘家などが魔女のくちづけを受けた例はほとんどない。

魔女は闘気も警戒しているのだ。それは巴マミの場合も、良牙を取り込んでいない点で同じだ。

そもそも、まどかに闘気なんてものが存在するとも思えない。

やがて結界は完全に消え去り、一同はマミの部屋の中にいた。

繭のように折り重なった黄色いリボンも溶けて、中からくたくたになったまどかが現れた。

「まどか、大丈夫!? 返事して!」

さやかはまぶたを閉じたまどかを起こそうと必死でゆする。

「ん……あ……あ……」

まどかは薄目を開けるが、意識は朦朧としていた。

あわててさやかは回復魔法をほどこす。

とは言っても、本来さやかの魔力特性は自己回復なので大きな効果は無い。

「……あ……りが……と……さやか……ちゃん」

まどかはなんとかそれだけ口にすると、振るえる右手でマミの人間としての体を指差した。

「いや、まだダメだ。体は問題ないが、意識は戻らない」

良牙がまどかに答える。

その横で杏子が自分のソウルジェムを使って、マミの体を保全していた。

「こ……れ……」

そう言って、まどかは溶けたリボンに埋まっていた自分の左腕を持ち上げた。

その手の中には黄色いソウルジェムとそれにぴったりとくっついたブローチが握られていた。

「それは?」

真っ先に声をあげたのはキュゥべえだった。

「まどか、キミはまさか、巴マミの精神世界の中でそれを使ったのかい!?」

「イ……イヒ……ヒ……わた……したちの……勝ち」

まどかはやつれきった顔で無理に笑顔を作って見せた。

「はやくそいつを!」

杏子はいそいでまどかの手からその黄色いソウルジェムをとりあげると、マミの胸の上にあてがった。

しかしそれでも、マミの意識はもどらない。

「無茶苦茶だ! 生の精神に直接そんな道具を使うなんて、精神医療上の禁忌もいいところだ!」

さしものキュゥべえも驚きを隠せなかった。

体に覆われていない状態の精神はただの人間のそれと同じなのだから、確かにあの道具の能力でも十分に処理可能だろう。

そして、負の感情を失いグリーフシードとしての形態を保てなくなったその魂はソウルジェムに戻り、
中核を失った魔女の結界はただの力学的エネルギーに戻って拡散し、無に帰る。

485 : 29話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:38:44.82 bOy9B4ns0 212/394

そこまでは理にかなっている。

しかし、相手の精神世界に入った状態でその精神をねじまげるようなアイテムを使うことは
例えるなら自分の乗っている船を海上で解体・改造するようなものだ。

一歩間違えば船ともども海の藻屑と消える、つまり、まどかもマミもともども精神崩壊してもおかしくない。

そして、船をまともに修理できるかどうか――マミの精神を元にもどせるかどうかも分かったものではない。

「ほー、だったらてめーが俺達にしたことは無茶苦茶じゃねーのかよ?」

らんまの言葉にキュゥべえは直接的には答えなかった。

「キミたちのやった荒療治は本来なら最低でもあと1000年は技術を高めてからやるべきことだ。
あんな原始的で乱暴な道具ではなくちゃんと対象の精神を破壊しないように配慮された道具を作れるようになり、
治療者が対象に飲まれてしまうような危険性の無い安全な精神介入装置を開発しなければならない。
今のキミたちの技術ではまどかの命があっただけでも奇跡的な幸運と言うべきだろう」

キュゥべえの言うことはらんまには半分ぐらいしか分からない。だが、その見下した物言いには腹が立った。

「ケッ、その原始的で乱暴なもんを恐れて断絶させたんじゃなかったのかよ?」

「……キミたち人間は、類人猿に服を与えたり手話を教えることはあっても、弓矢や銃火器を使わせることは無いだろう?
類人猿が弓矢を覚えたって、今の人類にとってかわることなどありえないにも関わらずね。
ボクたちの場合もそれと同じでね、キミたちの様な原始的な知的生物には覚えさせちゃいけないモノもあるのさ」

それだけ言うとキュゥべえは後姿を見せてその場から去っていった。

(奇跡的な幸運……か。へ、てめーの底が知れたぜ)

らんまはキュゥべえの後姿を中指を立てて見送った。

***************

「その……なんと言えば良いのか言葉が出てこないのですが……
本当に、さやかさんが学校に来てくれて……」

「いいよ、もう。それが仁美と恭介にとって幸せならさ、あたしは何も――」

朝の通学路で、二人の少女が共にもどかしい表情を浮かべていた。

「いいえ、あれから上条君とは何も話していません」

緑色の髪の少女が静かに首を横に振る。

「え? それってどうして……」

青い髪の少女はその意外な言葉に目を丸くした。

「それは、その……上条君だってさやかさんのことを気にしていましたし……」

もどかしい様子で、緑色の髪の少女は視線を横にそらした。

「……なんだか凄く話にくいんですが」

視線の先には桃色の髪の毛を小さなツインテールに束ねた背の低い少女がいた。

一晩ぐっすり寝て無事に回復した鹿目まどかだ。

まどかは目に穴が開くほど二人を凝視している。

「うん、それは同感」

そう言われても、桃色の髪の少女は凝視する姿勢を崩さなかった。

「まどか、悪いけど後は二人で話すからその顔やめてくんない」

「ダメ! さやかちゃんと仁美ちゃんが仲直りするのを確認するまでやめない!」

まどかはあくまでそう言って聞かない様子だった。

「ハァ……」

仁美は軽くため息をついた後、表情を明るく変えて顔を上げた。

「昨日の今日でこういうのも変な話ですが、まどかさん何か変わりましたね。
なんだか一回り大きくなったような」

「お、まどかもちょっとは背ぇ伸びた?」

さやかはわざと仁美の言いたいこととは違うことを言った。

486 : 29話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:39:51.81 bOy9B4ns0 213/394

「いえ、そういう意味ではなくて――」

仁美に言われるまでも無く、さやかには分かっていた。

(そりゃ仁美にも分かるか……一番信じられてないのがあたしかもね)

まどかは確かに変わった、そんなことを思いながらさやかは当の本人を見つめる。

あのまどかが危険を恐れず、かと言って自暴自棄でもなく、やれる事を全てやって勇敢に戦った。

そして何の戦力も無いにも関わらず、誰よりも高い戦果をあげた。

(もう、誰かの後ろについてびくびくしてるまどかじゃないんだ)

それが寂しくもあり、うれしくもあった。

しかし、おそらくこれで終わりではない。

美国織莉子が最期に言った言葉、そして不可解な暁美ほむらの言動。

きっと、まどかの行く先にはもっと恐ろしいものが待ち受けている。

さやかは、つい昨日まで自分は死んでも良いと思っていた。

変な中国人とかエロジジイとかに邪魔されて欝な気分にも浸りきれなかったが、
今思うとそのおかげでたまたま魔女にならなかったようなものだろう。

そして今は、どんな重い罪を背負って生きるとしても、もう無駄に消えてしまいたいとは思わなかった。

その恐ろしいものから、まどかを守り抜く。

昨日のまどかの勇気と決して屈しない強い心に、何があっても守るべき尊いものを見たのだ。

本人の前では決して言えないが、そのためだけに自分が生きているような気持ちさえしている。

「……プッ」

さやかは思わず噴き出した。

「あ、ひどいさやかちゃん、人の顔見て笑うなんて!」

まどかはまるで、当たり前の平和がそこにあった今までと変わらないことを言う。

「だって、まどかの真剣な表情が」

さやかもそれに応じ、おなかを抱えて笑いのツボに入ったようなリアクションをとった。

しかし、噴き出した本当の理由はそれではない。

(あたしゃ同性愛者かよ!)

さやかは自分自身の感情のあり方がおかしくてつい笑ってしまったのだ。

(いやいや、さやかちゃんは性的にはいたってノーマルですよぉ)

だったら、この気持ちは一体何なのか。

ひとつだけ、当てはまりそうな言葉を見つけた。

それは、忠誠心――

「ブッ!!」

さやかは再び盛大に噴き出す。

(まどかに対して? ハハ、あたしって本当にバカだ)

「さやかちゃん、ちょっと笑いすぎ!」

「まどかさん、こういう時は真剣になればなるほど笑わせてしまいますよ」

気が付けば、今までと変わらない楽しい朝の通学になっていた。

ただ、少女達の小さな心の変化を除いて。

***************

「それで、昨日はマミさんの意思は戻らなかったんですね?」

「ああ、つっても俺も結局あの後家に帰って後は良牙と杏子に任せたから、今どうなってるかはしらねーけどな」

487 : 29話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:41:48.04 bOy9B4ns0 214/394

見滝原のマンション街の前で、まどか・さやかとらんまは落ち合った。

「そういや不思議に思ってたんだけど、良牙さんや杏子は学校行かなくていいの?」

さやかは率直な質問をぶつける。

「あいつら元々学校通ってねーし、良いんじゃねぇか」

らんまの答えはどこか投げやりだった。そして代わりに自分の質問をする。

「――それよりも、今日はあいつは来なかったのか?」

「ほむらちゃんは……来てません」

まどかはうつむき加減で答えた。

「先生に聞けば住所ぐらいすぐ分かるだろうけど、どうする?」

「今日のうちに逃げるかもしんねーな」

さやかとらんまの言葉に、まどかは小さく首を横に振る。

「たぶん……根拠は無いけど、ほむらちゃんはこの町からは逃げません」

おどおどしながらも、まどかは自分の意見を言った。

「だから、マミさんがきちんと回復してから会いに行って、マミさん本人に対してきちんと謝らせたいです」

「ちっと甘いと思うが、ま、おめーがそう言うなら仕方ねぇな」

まるでまどかに決定権があるような、らんまの物言いにまどかはうろたえた。

「えっ、そんな……あたしなんかが」

「ハァ、分かってないね、まどか。今回は完全にあんたの1人勝ちだよ。
乱馬さんは皮肉で言ってんじゃなくて本気でまどかを認めてんだから、おどおどしないの」

そう言ってさやかはまどかの肩を軽く叩いてみせた。

そうしてマミの部屋の前につくと、玄関の前に並んで体育座りをしている良牙と杏子が居た。

「なんだ? おめーらどうした?」

うつむいて顔が見えない良牙と杏子にらんまが問いかけると、それで初めて気が付いたように二人は顔を上げた。

「あたし……魔女になっちまうかも知れねー……」

「今なら究極の獅子咆哮弾が撃てそうだ……」

その表情は、まるでどうしようもない絶望が訪れたように沈みきっていた。

「……まさかっ!?」

良牙と杏子の落ち込みようは尋常ではない。

(もしかして、マミさん、死んじゃったの!?)

三人は状況を確認するために急ぎマミの部屋に入った。

すると、足元に黄色いリボンが伸び、リズムを刻むようにうねっていた。

(また魔女に戻った!?)

沈痛な思いで三人は顔を上に向ける。しかしそこで目にしたものは――

『solti ola i amaliche cantia masa estia』

テレパシーを通して聞こえる歌声と共に、激しく飛び回り、踊る続ける巴マミの姿があった。

「ああ、この世界はなんて美しいの!! 生きてるってなんてすばらしいの!!」

半狂乱にそんな言葉を叫びながら、マミはテレパシーで休むことなく歌を歌い続ける。

『a litia dista somelite esta dia a ditto i della filioche mio sonti tola』

その歌声は、マミの好きなイタリア語やラテン系言語のように思えて、でもどこか違う。

「……えっと、これはどう反応したら良いのかな?」

あまりにも想像を超えた光景に、さやかは反応が追いつかなかった。

488 : 29話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:42:43.87 bOy9B4ns0 215/394

「何が起こったんだ?」

らんまもどこにどうツッコめばいいのか分からない。

「マミさん……人間に戻れたんだ!」

そんな中、まどかは素直に歓喜の声をあげた。

「え!? そのリアクションでいいの?」

さやかは戸惑いを見せるが、それでも、マミが人間に戻ったということにようやく安堵した。

「そっか、どうあれマミさんは助かったんだ。 そうだよね!」

「あ、ああ」

らんまもためらいがちにうなずいた。

「つってもこの状態じゃ、反転宝珠はずしたらすぐ魔女化しちまいそうだな」

「うん、ある意味魔女より怖い」

人間に戻ったのはいいが非常に手の出しにくい状態である。

三人はひとまず、マミを置いて玄関に戻った。

「もー、ひどいよ二人とも、びっくりさせて。マミさんすごい元気じゃない」

まどかが杏子と良牙に言うが、二人はやはり暗い顔をしていた。

「部屋に入るなり銃口向けて『消えて、顔も見たくない!』って言われた。ほんとに魔女になるかも……」

「『ブタ野郎、二度と来ないで!』って言われた。もう死にてぇ……」

二人はこの世の終わりが来たかのような表情で語る。

「いや、それ反転宝珠のせいだから」

「わかった。 おめーらバカだろ」

さやかとらんまは間髪いれずにツッコミを入れた。

***************

結局、魔法少女3人と武闘家1人をもって、マミを強引に押さえ込み捕縛した。

なにしろ、誰が近づいても親の仇か何かのように死に物狂いで暴れてくるのだからそうするしか仕方が無い。

そして、人が遠ざかれば、幸せの感情でいっぱい過ぎて話が通じない

魔女と真逆なようでいて迷惑度合いは似たようなものだった。

「よし、ようやく落ち着いてきやがったな」

死ぬほど大嫌いな人たちに囲まれて、さすがにマミの高揚感も消えたところでらんまが近づいた。

「卑怯じゃないですか、近づかないでください」

マミは冷淡にそう言った。

それでも会話にならないぐらい嫌われている他四人よりらんまはマシだった。

マミと関わりが薄く、それほど好かれていなかったおかげだろう、らんまはそう納得した。

「いいか、今からそのソウルジェムについた反転宝珠をはずすが
魔女に戻っちまいそうだったらすぐにまた逆位置につけろよ?」

らんまはくれぐれも念を押す。

「勝手なことばかり言って……」

マミは敵意を示すが、杏子のムチにぐるぐる巻きに縛られて何の抵抗もできなかった。

そしてらんまは言葉どおりマミのソウルジェムの、突起に張り付いた反転宝珠を引きはがした。

その瞬間、周囲をキッとにらみつけていたマミの表情がみるみる緩んでいく。

やがて目からとめどなく涙があふれ出した。

「げっ、まずい、また魔女になっちまうんじゃねーか!?」

489 : 29話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:44:11.15 bOy9B4ns0 216/394

泣き崩れるマミにらんまは狼狽した。

「いや、大丈夫だ……」

良牙はらんまの手に握られている黄色い宝石を指差した。

それはどこまでも澄んで、一点の曇りも無く輝いていた。

「マミさん!」

「マミ!」

さやかと杏子がマミの元に駆け寄る。

もはやマミは、涙と共にこみ上げてくる鼻水や嗚咽のせいでなかなか口もきけない。

そのマミにまどかはゆっくりと歩み寄り、静かに言った。

「……マミさん、おかえりなさい」

「わ、わたし――」

言葉はそこまでしか出なかった。

(なんで絶望なんてしちゃったんだろう、こんなに、みんなが信じてくれていたのに)

心の中で言葉を続け、マミは涙を拭う。

それでもまだ涙は止まらなかった。

(わたし、ホントに泣き虫だ)

そんなマミを、三人の少女たちがやさしく抱きかかえた。

「ひとまず、こっちは一件落着だな」

少女達を眺めて良牙がつぶやいた。

「オメーは混ざらなくていいのかよ?」

「俺だって、そこまで野暮じゃないさ」

涼しい顔でそう言う良牙を、いい意味で「らしくない」と思ったらんまは小さく笑った。

「へっ、ブタ野郎がかっこつけやがって」

このらんまの言葉がわずかに良牙を刺激した。

「……ふっ、オカマちゃんに比べりゃ俺はいつだってかっこいいぜ」

「ほー、Pちゃんが何言ってんだか」

「……」

「……」

二人はしばし見つめ合う。そして――

「この野郎! なめんじゃねぇ!」

「それはこっちの台詞だブタ野郎!!」

気が付けば二人は喧嘩を始めていた。

「おいおい、あんたら何やってんのさ」

「もー、二人とも静かに!」

「この状況でどうして喧嘩できるの? 良牙さんもらんまさんも野暮にもほどがあるよ」

そして、少女達に口々にダメだしを食らった。

***************

「そうか、巴マミは魔女から魔法少女に戻りおったか、それは良かったの」

コロンはらんまと杏子の報告を受けて、にっこり微笑んだ。

「でも、話聞く限りでは何度も出来ることじゃないネ。コレだけあっても仕方ないアル」

そう言って、シャンプーはらんまと杏子が返しにきた反転宝珠をテーブルの上に転がした。

490 : 29話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:45:09.99 bOy9B4ns0 217/394

「ああ。それにもし上手くやれても、生身が残ってなかったら魔女即死アイテムにしかならねーしな」

「まったくネ」

らんまの言葉にシャンプーはうなずいた。

(戻れる保証が無いのなら、魔法少女にはならない方が良さそうアルナ)

シャンプーは内心つまらなく思った。

「ところで、巴マミの生身に反転宝珠をあてても効果は無かったわけじゃな?」

そこにコロンがたずねた。

「ああ、結界の中に戻る前に試してみたけど、体につけてもなんの反応もなかった」

杏子は簡単に答える。

それに対して、コロンは大きく笑って見せた。

「フォッフォッフォ、ムコ殿、これはやったかも知れんぞ」

何がおかしいのか分からないらんまと杏子は怪訝な顔をする。

「ムコ殿、とりあえずソウルジェムを見せてくれぬか?」

「ああ」

らんまはコロンに自分のソウルジェムを手渡しする。

するとコロンは、いきなりそれに急須のお茶を注いだ。

「あち! 何すんでぇ!」

らんまの抗議を無視して、コロンは今度は開水壺を持ってくる。

「生意気にも、呪いの類いに対して抵抗力があるようじゃの」

そんなことをつぶやきながら、今度は開水壺からのお湯をソウルジェムにぶっかける。

「あちぃっつってんだろ、いい加減にしろババア!」

乱馬はコロンに掴みかかった。

「ムコ殿、その辺を見回してみるのじゃ」

「何言ってやがる!」

いらだちながらも、乱馬は言われたように店内を見回してみた。

「乱馬ぁ、やったネ!」

なぜかやたら喜んでいるシャンプー。

「あ……あ……ああ……」

なぜか呆然としている杏子。

そして、その横には赤いカンフー服に赤髪のおさげの少女が倒れていた。

(まさか!?)

乱馬は視線を下に向け、自分の体を見た。

筋肉質でしまった上半身、逞しい腕。

「お、お……男に戻れた!! すげぇ!」

乱馬はコロンに掴みかかった腕を放し、シャンプーや杏子に振り向いて見せた。

「……こんの、変態が! どっから現れた、消えろ、消えやがれ!!」

しかし杏子は逆上し、いきなり槍で切りかかってきた。

「わっ、いきなり、なんなんだ一体?」

乱馬は器用に避けながら、杏子に問うた。

「乱馬、早く何か着るよろし」

杏子の代わりに、顔を真っ赤にしたシャンプーが答える。

491 : 29話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:46:11.64 bOy9B4ns0 218/394

「あっ!」

乱馬は自分の下半身を眺めた。

そこには年頃の女子の前では晒すべきでない、男の証が垂れ下がっていた。

***************

「つまり、乱馬の奴はもともと男だったっていうのか?」

「その通りアルネ」

シャンプーの説明に、杏子は現実を疑った。

「……もう何も信じられねぇ」

その一方で、着替えを終えたらんまはコロンと話していた。

「――で、一体なにがどうなってやがるんだ?」

乱馬はいつもの赤いカンフー服に戻っている。

その衣服を着ていたらんまの女の体にはとりあえずシャンプーの服を着せておいた。

「なにがどうもない。ソウルジェムがムコ殿の本体なのじゃから、そっちに湯をかけただけじゃ」

「それで、ソウルジェムが男の体になったのか? だったら今水をかぶったら――」

「うむ、今それを確かめる」

そう言って、コロンは乱馬にコップの水を浴びせた。

「ぶはっ、いきなりやるんじゃねぇ!……え?」

らんまは声に違和感を覚え、自分の胸を揉んでみた。

やわらかい胸の感触は間違いなく女性のものだった。

「ほ、ほんとに女になった!?」

杏子もそれを見てびびっている。

その一方で、らんまの横にはチャイナ服を着たらんまがもう1人ぐっすりと眠っていた。

「そんなバカな?」

マヌケな声をあげるらんまを前にコロンは笑って見せた。

「フフ……ムコ殿はやはり強運じゃの。呪泉郷の呪いがムコ殿の本来の姿を覚えておったのじゃ。
そしてその呪いが強かったからこそ、ソウルジェムではなく女の姿に戻ることができた」

「つまり、呪泉郷に落っこちたおかげで助かったってことか?」

らんまは複雑な表情を浮かべる。

「試しに魔法を使ってみぃ、ソウルジェムがなくなったのじゃから使えんはずじゃ」

「ちょっと待てよ……おお、マジで! タタミが出せねぇ!」

魔法が使えなくなったことを、らんまは無邪気に喜んだ。

その様子を眺めていた杏子がふいに思い立ったようにコロンに問い詰めた。

「……なぁ、もしかして、あたしもその呪泉郷ってのに行ったら魔法少女をやめられんのか!?」

コロンはあいまいな表情をする。

「おそらく無理じゃろうな。 普通に湯をかけても効果が無かったソウルジェムに、新たに呪泉郷の呪いが効くとは思えん。
もし効いたとしても、湯をかければソウルジェムに戻る体質……魔法少女はやめられん。
ムコ殿の場合は魔法少女になる前に呪泉郷に落ちたからこんなことができただけじゃ」

「ぐ……」

目の前で魔法少女から解放された人間がいるというのに自分は元に戻れないだろうといわれて、杏子は歯がゆかった。

「それにの、呪泉郷はこのごろ枯れたり混ざったりして変質しておるからの。女溺泉に入れるかどうかも保障できん。
下手をすれば魔法少女から解放されても一生カエルか何かとして生きなければならぬかも知れぬぞ」

「ぜったい、嫌だ!」

結局、杏子はきっぱり諦めた。

492 : 29話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/11 01:47:25.49 bOy9B4ns0 219/394

「――で、乱馬、この体どうするアルネ?」

シャンプーは魂の抜けた魔法少女らんまの体を抱き上げた。

「どうするって……どうすんだ?」

聞かれても、らんまにはどうしていいのか検討もつかない。

「そうじゃな、庭に埋めておいてはどうじゃ?」

「そこらの使い魔にでも食わせたらグリーフシードに変えてくれるかもな」

コロンと杏子はさらっと恐ろしい事を言った。

「じょ、冗談じゃねぇ! 猟奇殺人のいっちょ出来上がりじゃねーか!」

あわててらんまは否定する。たとえ抜け殻とは言え自分の体がそんな風に扱われるのは良い気がしない。

「じゃーどうするアルか?」

「……とりあえず、ウチに持って帰るぜ」

どこに棄てても猟奇殺人事件にしかならないし、他人に任せておく気もしない。

らんまは考えた末、そういう結論にいたった。

「そんなもん持って帰ってどう……ハッ、まさかあんた!?」

何を思ったのか、らんまの結論を聞いた杏子は汚物でも見るような目でらんまを見下ろした。

「ダメアル! そんなお人形使うぐらいなら、あたしの体使うよろし!」

シャンプーもとんでもない発言をする。

「てめーら、俺をなんだと!」

必死になってらんまは否定するが、否定すればするほど、杏子とシャンプーは疑惑を確信に変えていった。

「これこれ、ムコ殿も年頃の男性なのじゃ。その辺りは触れないでやるのが思いやりというもんじゃぞ」

「ババァ! てめーまで!」

猛抗議もむなしく、らんまは女性達に変な顔で見られながら天道道場への帰途についた。

~第29話 完~

514 : 30話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:30:16.50 iHhKN47A0 220/394

~第30話~


自分が嫌いだった。



どこに行っても何をしても、他人の迷惑にしかならない自分が大嫌いだった。

治らない病気のために何度も転院を繰り返し、そのたびに両親に、医者に、看護士に迷惑をかけてきた。

両親がそうとう無理をしていることはある程度大きくなってから気が付いた。

彼らはまだそれほど歳でもないのに、年々やつれ、白髪が増えていっていた。

それもそのはずだ。

私の転院と同時に転居を繰り返しているのだから、経済的にも労力としても負担は半端なものではない。

離職を伴う転居もあった。

そして、頻繁に転職を繰り返す人の給料がそんなに良いはずは無かった。

両親ともにフルタイム勤務だったが、莫大な医療費を払った後には大したお金は残らない。

彼らは何の贅沢もせず、衣食住までもかなり切り詰めている様子だった。

しかし、病院は転院の多い患者を嫌がる場合が多い。

医者や看護士を相手にトラブルを起こすのではないか、クレーマーなのではないか、あるいは手の施しようの無い
病状なのではないか、などなど色々な疑念があるからだ。

それに、すぐに転院されては利益にもならない。

私が他人の顔色が分かるようになる頃には、既に面倒な患者としか思われていなかった。

文章の読み書きをする時間すら、この貧弱な体には十分には与えられなかった。

院内学級に行っても、急な体調不良が多くてすぐに授業を止めてしまい、先生や他の生徒に迷惑にしかならなかった。

そのうえ、どうせまたすぐに転院するのだ。

まともな人間関係など築けるはずもなかった。

ずっと、うっすらと思っていた。

『私なんていない方がみんな幸せになれるんじゃないか』と。

だが、両親は必死に私を生かそうとしている。だから生きなければならない。

それだけが当時の私の存在理由だった。



そんな小さな希望も、あっさりと踏み潰された。



何かが今までとは違う医者だった。

聴診器を当て、やけに念入りに呼吸音を聴いてくる。

私の胸に手を当てて心臓の脈拍を確かめる。

もう高学年になっていた私は、医者相手だから仕方が無いとは言え多少恥ずかしかった。

それでも、今までの医者より真剣に私のことを診てくれているように思えて、私はある種の信頼すら寄せていた。

だから、いくら恥ずかしくても、下着越しよりも素肌に聴診器を当てた方が呼吸音が聴き取りやすいと言われれば
脱いで見せたし、ベタベタ触られても我慢をしていた。

それはきっと、アイツにはOKサインだと思われたのだろう。

――ある日私は、その医者に押し倒された。

何が起きたのか、私には分からなかった。

自分のされたことも理解できないほど性知識に乏しかったわけではない。

お医者様ともあろうものが、なぜ自分のような小娘を力づくで襲ったのか。

ただ立って歩くだけでもしんどいような病人にどうしてあのような行為を行うのか。

515 : 30話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:31:41.24 iHhKN47A0 221/394

そして何よりも信じられなかったことは、看護士達も他の医者も、アイツも、病院の全てがいつも通りに動いていたことだ。



この世界は何事もなかったかのように時を刻んでいた……私が踏みにじられたというのに――



もちろん私は、両親に訴えた。しかし、

「それは、本当なのか?」

その反応はむしろ私を疑うものだった。

確かに今まで、寂しさに任せて嘘をついたことが無いとは言わない。

だがこんな悪質な嘘はついたことがない。

何故疑われたのか分からない私は、何度も畳みかけるように必死で訴えかけた。

「分かった……何らかの手を打とう」

ようやくそう言って頷いた父親の言葉に、その語気に私は気が付いた。

まるで80の年寄りのようにしわがれて疲れきった声。

顔もよく見てみれば痩せきって肉などどこにも残っていないドクロのようで、
胴も色あせた安物のトレーナーの上からは全く体の厚みを感じなかった。

もうとっくに、限界なのだ。

この上さらに莫大な費用と労力をかけて裁判を戦うだけの余力などあるはずもない。

ましてやあの時の私には何らかの証拠を残しておくという余裕も知恵も無かった。

優秀な弁護士を雇ってくるであろう医者や病院側に対して証拠もなしに勝てるだろうか?

さらに悪いことには今まででも転院を繰り返して印象が悪かった私が、
実際に医者や病院を相手に訴訟を起こしたとなれば、今後迎えてくれる病院があるだろうか?

それも実際に戦うのは私ではない。

この哀れなほどにやつれっきった親がそれらの激戦を戦うことになるのだ。

それでも言えるだろうか? 『私のためにもっと戦いなさい』と。

「……ごめんなさい、今のは、全部嘘なの」

去り際の両親に向かって、私はそう言った――うつむいて目に涙をためたままで。

「そうか……」

その後に、父親が小さく何かボソッと言った。私にはそれが「すまない」と言っているように聞こえた。



それ以来私は、この世界が嫌いになった――


病気が治る。

以前の私なら、その言葉を聞いて跳ね上がるほど喜んだかもしれない。

だが、すでに何も信じられなくなっていた私には大きな感動は無かった。

案の定、手術が終わっても長い病院生活で弱々しく育った体が強くなるわけではなかった。

病気が治っても、自分では何も出来ずよたよたと周りに迷惑をかけ続ける存在であることは同じだ。

ただ、病院を出て学校にいくことになるだけ、それだけだった。

それでも一応、かすかな期待は抱いていた。

学校という空間が多少なりとも今より良いところであるかもしれない。

今思えば、あの踏みにじられた日からそれまでの間の私を生かしていたのはそんなちっぽけな希望だけだった。

だが、学校は病院よりも苦痛に満ち溢れていた。

騒音や排気ガスの溢れる通学路を歩き、校舎のきつい階段を登るだけでも私には壮絶な難行だった。

516 : 30話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:32:42.42 iHhKN47A0 222/394

その挙句、何十人もの前に立たされて自己紹介しろだとか、複数人で取り囲んでの質問攻めだとか、
わざとやっているのかと言いたくなる。

そのぐらい、病弱かつ人になれていない私には苦痛だった。

幸いにも、質問攻めの最中に保健委員だという子が割って入って止めてくれた。

さすがに保健委員なら分かってくれているのかと思ったが、その子もわりといろいろ聞いてきた。

大人数に囲まれるよりがは多少はマシ、その程度の違いだった。

本人はそれなりに気を使っているつもりらしいが言っていることは如何にも屈辱も孤独も味わったことも無い
幸せそうな言葉ばかりで、私にはまるで遠い世界の出来事にしか思えなかった。

しかし――

「せっかくステキな名前なんだから、ほむらちゃんもかっこよくなっちゃえばいいんだよ」

その言葉だけは妙に頭に残った。

授業の時間もまた苦痛だった。

一時間椅子に座り机にかじり付いているだけでも私の体にはかなりの負担である。

そのうえ、病院内でろくに勉強できなかった私は、普通の学校の授業の内容についていけない。

それでも順番が来れば容赦なく回答を求められ、周囲の失笑に晒された。

体育の授業になっても、私に飛んだり走ったりできるはずもない。

ただ、校庭の隅で座っているためだけに着替えるのはなんとも言えずむなしかった。

そうして散々好奇の目と失笑に晒された学校からの帰り道、私には何の希望も残っていなかった。

『だったら、死んだ方がいいよね』

そんな私に魔女が声をかけてくるのは、むしろ当然のことだった。

いつの間にか空は夕焼けとは違う異様な赤に覆われ、
アスファルトの地面は名のある芸術家の抽象画のように奇怪な模様を描いていた。

その奇怪な風景に私は圧倒されていた。

やがてケタケタと不気味な笑い声がどこからともなく鳴り響き、地理の教科書で見た凱旋門のような建築物が目の前に現れた。

そして、その門の前から白い人影のようなものが現れた。

それは、まるで人とは思えない奇妙な動きで私に迫ってくる。

『さあ、死のうよ』

誰のものかわからない声が私の頭の中で響く。

(私……ここで死ぬの?)

崩れた輪郭で襲い掛かってくる白い化け物は、私の心の声を肯定するように襲い掛かってきた。

私は悲鳴を上げた。

しかし、この期に及んでも私は生きたいとは思っていなかった。

散々な人生を送ってきて、ついにはワケの分からない化け物に殺される、そんな自分の運命を呪い、死の恐怖に怯えた。

それでも生きて何かをしたいと、何かのために生き抜きたいという希望は全く湧いてこなかったのだ。

もとから生きていて何が楽しいとかそんなものはひとつも無いのだから当然だ。

そして、学校という空間が苦痛でしかなかった時点で、すでに未来への希望も閉ざされている。

希望も楽しみもなく、すがるべき人もいない。

ならばいっそ、ここで化け物に食べられて死んでも何も変わらないではないか。

それが私に与えられた容赦なく残酷で、なおかつ慈愛に満ちた情け深い結末だった。



そのとき、奇跡が起こった――




517 : 30話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:35:13.48 iHhKN47A0 223/394

突如、目の前にいた白い化け物が弾き飛ばされた。

そして鮮やかな衣装に身を包んだ少女達が現れ、またたく間に化け物たちを蹴散らしたのだ。

「イヒヒ……いきなり秘密がバレちゃったね」

私の絶望を蹴散らしたその少女は、学校のクラスの保健委員――鹿目まどか、その人だった。

その日から、何も無かった私にとって鹿目まどかが唯一の希望となった。


――しかし、

「どうして? 死んじゃうって、わかってたのに……。私なんか助けるよりも、あなたに……生きててほしかったのに」

鹿目まどかの亡骸の横で、私は泣き崩れていた。

『ワルプルギスの夜』

それが、その絶望の名前だった。

史上最大級の魔女に、鹿目まどかはたった一人で挑み、死んでいったのだ。

私の中の希望もまた、消え去ったかに思えた。

そこに、悪魔がささやいた。

「暁美ほむら、その言葉は本当かい? 戦いの定めを受け入れも叶えたい望みがあるなら、僕が力になってあげられるよ」

自らを『キュゥべえ』と名乗るこの奇妙な小動物は、私にそんなことを言ってきた。

その問いは、私にとっては全てを失うか否かという二択と同じ意味だった。

当然、全てを失うことを受け入れるはずなどない。

「私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」

正直言って頭の中がいっぱいいっぱいになっていた私は、自分の思うことを全部いっぺんに言った。

それがどういう内容の願いで、どういう能力をもたらすかなんて考えもしていなかった。

「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した」

キュゥべえのその言葉と共に、あたりは光につつまれて、私の意識は遠ざかった。



気が付けば私は、病院のベッドの上にいた。

何がどうなったのかと見回すとカレンダーの日付がまだ退院前だ。

新しい学校に対する不安と期待であんな夢を見たのかと、ひとりごちにうなずいた。

しかし、その自分の手もとには紫色の宝石――ソウルジェムが落ちていた。

「夢じゃ……無かった?」

退院後、学校までの道のりはそう苦痛ではなかった。

魔法少女になったおかげで身体能力がそうとう底上げされているらしい。

私の場合、それでも凡人並みの身体能力にしかならなかったが、その凡人並の世界すら私にとっては
今までとは全く別の、すばらしい世界だった。

勉強の内容はなかなか付いていくのが難しかったが勉強すること自体は身体的苦痛にならないし、
ろくに体を動かしたことも無い私はやっぱりドン臭かったけど、それでも体育の授業で体を動かすこと自体は
楽しいと思えた。

そして、このクラスには鹿目まどかがいる。

それだけで、私のドン臭さに対する周りの視線なんてどうでもよくなった。

今まで私の人生になかったぐらい、幸せな日々が続いた。

それでも――

「どうしたの? ねぇ、鹿目さん? しっかりして!」

鹿目まどかと巴マミと私と三人で、苦戦の末『ワルプルギスの夜』を倒した。

巴マミは死んでしまったけども、鹿目まどかは生き残った。

518 : 30話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:36:17.81 iHhKN47A0 224/394

そのはずなのに……

鹿目まどかは苦痛に顔をゆがめていた。

真っ黒に濁りきったそのソウルジェムを浄化できれば良かったのだろうが、
『ワルプルギスの夜』との戦いですでにグリーフシードは使い切っている。



そして、鹿目まどかはその姿を魔女に変えた。



私の希望はまた絶望へと変わったのだ。

キュゥべえは私達を騙していた。

やっと得られた充実して生きられる日々が、恐るべき搾取のもとに成り立っていた。

その真の絶望を知ったとき、私の終わらない旅が始まった。



キュゥべえの正体を明かしても、信じてはもらえなかった。

時間をさかのぼる私が未来から持ってこられるのはソウルジェムだけだ。

証拠など揃えられるわけがない。

それにキュゥべえの動機も中々つかめなかった。

鹿目まどかですら、信じてくれない。

――あの時と同じ絶望だった。

それを何度も繰り返し味わうのだ。

そして、証拠が出てきたときにはもう手遅れだった。

仲間の誰かが魔女になるのだ。平静を保てず、『ワルプルギスの夜』と戦う前から壊滅してしまうのがオチだった。

それならいっそ、誰にも真相を話さず、1人で戦った方がいい。

私はまた、あの時と同じように……いや、それ以上に心を閉ざすようになっていった。

身体能力は一般人より上、プロのスポーツ選手並にまで引き上げた。

1人で戦うには多種多様な武器が必要になる。

魔力で武器をつくれない私は実物の武器・兵器を盗んで使ったが、扱いにそれなりの身体能力が必要なのだ。

また、何度も繰り返し学校に行き同じところを何度も学ぶので、当然ながら成績は極端に良くなった。

そうすると、貧弱で勉強も運動もできなかった私が一転して万能人間だ。

クラスメート達の反応はまるで手のひらを返したように変わった。

好奇と失笑しかなかったものが、憧れや尊敬にとって変わったのだ。

馬鹿馬鹿しかった。

私自身は前よりも心を閉ざしているというのに、少し能力があるだけでちやほやしてくる。

世の中の大半の人間は、人を表面的な記号でしか見ていない、

私はますます、鹿目まどか以外の全てのものがどうでもいいように思えた。

そうして繰り返すうちに、まどかが魔女になれば『ワルプルギスの夜』を超える世界を滅ぼすほどの魔女になることや
キュゥべえが負の感情のエネルギーを集めるために魔法少女と魔女を作り上げていること
まどかが魔女になることを防ぐために暗躍する美国織莉子や呉キリカの存在などを知った。

***************

「そうよ……まどかが無事ならばそれでいいはずでしょう?」

しかし、暁美ほむらのソウルジェムは黒く濁っていた。

彼らの前に姿を現すことはしなかったが、鹿目まどかの安否は確認してから逃げた。

だから、まどかが無事だったことは知っている。

519 : 30話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:37:59.29 iHhKN47A0 225/394

魔法少女の真相を知ったまどかは決して契約しないだろう。

そして、多くの魔法少女が生存しているうえに武闘家とかいうわけのわからない連中までいるのだから
『ワルプルギスの夜』に勝てる可能性もかなり高い。

(全てが上手く行ってるじゃない、なのに……)

ソウルジェムは決して輝きを取り戻そうとはしなかった。

(まどかに私のやり方を否定されたから? それとも私が魔女になったまどかを見捨ててきたから?)

自分の心に問いかけるまでもなく答えは分かっていた。その両方だ。

時間を巻き戻すたびに、自分はまどかにとってワケの分からない人間になる。

そんなことは前から分かっていた、だがこうも真っ向から否定されたことが今まであっただろうか。

今回、巴マミが魔女から元に戻れたのは運のいい偶然がいくつも重なったに過ぎない。

普通ならやるべきではない危険を冒した上でも奇跡のようなものなのだ。

少なくとも魔法少女である自分は同じことをしても魔女になった鹿目まどかを救うことはできなかった。

だから、自分が逃げてきたのは仕方が無いことなのだ。

しかし、今までにあのまどかほど熱烈に魔女になった仲間を助けようとしたことがあっただろうか。

そんなことを考えていると、ソウルジェムはより一層濁った。

ほむらは慌てて、自室にとっておいたグリーフシードでソウルジェムを浄化した。

だが、ソウルジェムは一瞬だけ輝きを取り戻した後、みるみるうちに真っ黒に染まっていく。

「……くっ」

こうなれば少しでも魔力消費を抑えるしかない。

ほむらは止むを得ず、身体強化を解除した。

視力補正も解除したのでろくに目も見えない。

ほむらは立ち上がって、メガネを探すために机に向かう。

室内でほんのちょっとの距離を歩くだけのことだったが、それだけでも貧弱なほむらの体は悲鳴を上げる。

立ちくらみをおこし、壁などにもたれかかりながらフラフラと歩き、長い時間をかけてようやく机にたどり着く。

そして、倒れるようにどっかりと椅子に腰をおろした。

心臓がバクバクとのた打ち回り、肺がより多くの酸素を求めて息を荒げる。

ただ立って歩くだけのことでこれだ。

少し休んで呼吸と脈拍を整えてから、ほむらは引き出しの中をまさぐってメガネを取り出した。

それを鼻にかけようとするが、歩いているうちに乱れた長い髪の毛がメガネと顔の間に挟まって邪魔をする。

ほむらはいったんメガネを机に置くとゴムバンドを取り出して髪をまとめた。

ここのところ全くしていなかったとは言え10年近くやってきた三つ編みはスラスラとできた。

(出来ることと言えばこのくらいか)

そんな自分に苦笑しながら、ほむらはゆっくりメガネをかけた。

机に置いた鏡には、大嫌いな人間の姿が映っている。

弱虫で、不器用で、1人では何も出来ず、ただ一方的に虐げられるだけの存在。

誰よりも大嫌いな本当の自分、映っていたのはその姿だった。

「やあ、見違えたよ暁美ほむら」

そして、その次に大嫌いな白い小動物がいつの間にか部屋に入ってきていた。

「何をしにきたのかしら、インキュベーター?」

「その様子だと、もうすぐ魔女になってくれるみたいだね」

キュゥべえはほむらの質問には答えず、一方的に自分の話を始めた。

520 : 30話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:41:08.10 iHhKN47A0 226/394

「誰が、なるもんですか……」

ほむらは出来るだけ余裕を見せようとするがその声はかすんだ。

体力の無さで声が張らないというのもあるが、それ以上に自信を持ちきれないのだ。

「鹿目まどかが死なず、魔法少女にもなっていないのにどうしてそんなにソウルジェムを濁らせているんだい?」

相も変わらず、この化け物は無邪気な声で核心をついてくる。

「……あんたが、ムカつくからよ」

もう頭を働かせることもしんどいほむらは虚勢だけで適当に答える。

「キミが魔女になれば、きっと鹿目まどかも心配してくれるよ」

「出て行ってちょうだい!」

ほむらは椅子にもたれかかったまま無理に声を荒げた。

そんなほむらのいら立ちを見越したように、キュゥべえは机の上に乗ってほむらの正面に出る。

「キミが魔女になったら、鹿目まどかは自分のせいだと思って落ち込むだろうね。
……上手くいったら、キミを元に戻すためにボクと契約してくれるかもしれない」

「消えなさい!」

「キミにとってもうれしいことじゃないのかい? 鹿目まどかがキミのために契約してくれるんだよ」

「このっ!」

カッと来たほむらは、即座に拳銃を取り出し、キュゥべえに向けて発砲した。

しかし、銃口はあさっての方向を向き、天井に銃痕をつくった。

「う……あ、あ……」

そしてほむらは自分の右肩をかかえて苦痛の声をあげた。

「やれやれ、拳銃は成人男性でも肩が外れることがある武器だよ。
小径口とは言えキミのその体で扱えるわけがないじゃないか」

キュゥべえは終始身じろぎもしていない。

その様がなんとも屈辱的だった。

「や……約束が……違う、わ」

苦痛に歪む顔で、ほむらは必死にキュゥべえをにらみ敵意を失っていないことを見せ付ける。

「約束を破ったのはキミの方だろう? キミが乱馬たちを通さなければ全てボクの言ったとおりになっていたんだ」

あくまで被害者は自分だ。キュゥべえはそう言いたいようだった。

「それなのに結果としては鹿目まどかは未契約で、巴マミと響良牙から集めた感情エネルギーは拡散した。
約束を破ったキミの利益が守られていて、約束を破っていないボクの利益が消えてしまったんだ。
ひどい不公平だと思わないかい?」

「……詐欺師のあなたの……言葉じゃないわ」

椅子に座ったまま屈みこむほむらを、キュゥべえは見下ろした。

「ボクが詐欺師だとは不本意だね。ボクは契約のときもちゃんと合意をとっているはずだよ。でも――」

そう言ってもったいぶって間を空ける。

それが自分をいらだたせるためだと言う事は、ほむらにはよく分かっていた。

「――キミと組んだのは失敗だったよ。敵として脅威にならない存在は味方にしても役に立たないことがよく分かった。」

「私に……そんな事を言って、どうするつもり……かしら?」

くだらない挑発だった。あわよくばこれで魔女になれば良いと思っているのだろう。

「ありのままに事実を言っているだけさ。
キミにもっと対話能力があれば、巴マミや他の魔法少女たちの信頼を得てボクの邪魔をすることも出来ただろう。
逆にキミが非情に徹することができるなら、マミの結界に入ってきた乱馬たちを有無を言わさず爆殺すれば良かったのさ。
そのどちらも出来ないキミは敵としても味方としても、何も出来ない無能なだけの存在さ」

「そういう事を言って、巴マミも魔女に変えたのね」

521 : 30話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/06/23 21:42:08.16 iHhKN47A0 227/394

「そういう事を言って、巴マミも魔女に変えたのね」

「さあね。……ただ、そんなことを繰り返している限り何度やってもキミはボクには勝てないよ」

それだけ言うと、キュゥべえはどこへともなく去っていった。

やはり、ほむらのソウルジェムを濁らせるために来たのだろう。

(だとしたら逆効果だったわね、インキュベーター)

椅子にもたれて肩を抱えながらほむらは思った。

まどかはいまだ契約もせず五体満足だ。『ワルプルギスの夜』はおそらく自分がいなくても倒せる。

だったら、あとはやるべきことはひとつだ。

そして、キュゥべえが来たおかげでその決意はより強まった。

(インキュベーター、後はあなたさえ始末すれば、私の旅は全てが終わるわ)

ほむらは魔法で肩を治し、ゆっくりと立ち上がった。

~第30話 完~

580 : 31話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:33:13.78 8m4oFGTt0 228/394

~第31話~

 ぼふっ

柔らかな感触が杏子を襲った。

「むーっ、むぐぐっ」

抵抗するがすでに口をふさがれているため悲鳴すら上げられない。

『い、いきなり何しやがる!』

杏子はやむなくテレパシーで叫んだ。

「もー、そんなに照れなくていいのよ」

しかし、マミは抗議も聞かず、がっちりと杏子の頭を自分の胸にホールドした。

『ちげーし、ってか息苦しい、マジ苦しいから!』

杏子はついにはタップをはじめる。

「マミさん、もう離してあげなよ」

「だって、杏子がこんなに頻繁に会いに来てくれるのがうれしくて」

さやかの制止を受けてマミはしぶしぶ腕を放した。

「ぶはー、ったく、ウザさが倍増してやがる」

荒々しい呼吸をしながら杏子は汗を拭った。

しかしながらその頬は赤く染まっている。

「どこの反抗期の息子だ」

「杏子ちゃん何かかわいい」

さやかとまどかにそう言われて杏子はますます決まりが悪かった。

「それじゃ、今度は鹿目さん」

「はーいっ」

マミは今度はまどかに対して腕を広げた。

捕まえるまでも無く、まどかは自らその腕の中に飛び込み、マミの胸に顔をうずめる。

「むにむに」

「きゃっ、もう鹿目さんたら」

堂々と乳繰り合う二人を見て杏子はあきれ返った。

「……あたしはあーはなれねぇ」

「うん、それはそうだけどさ――」

さやかはうなずいてから、会話をテレパシーに切り替えた。

『――マミさんが自分からああやって甘えてくれるようになったのは良いことだと思うよ。
ずっと甘えられるような相手もいなくてさ、それでも戦い続けてきて……マミさんだってただの中学生なのに』

もちろんこれは杏子だけにあてたテレパシーである。

『ああ。情けねー話だな、自分のことでいっぱいいっぱいでそんな事にも気が回らなかったってのは』

杏子はかつて、自分の願いで運命を狂わせたときに、マミと袂を分かった。

しかし、その結果はどうだったか?

真っ当なやり方で生きていけないからといって盗み、真面目に魔女退治をしていたらもたないからといって
使い魔退治をさぼり、そんなやり方でも一人で生きていく自分は強くなったと勘違いしていた。

だが実際は、自分ひとりの露命をつないでいただけで何も成し遂げていない。

今回のことも1人ではせいぜい魔女になったマミと心中するのがオチだったろう。

強がるよりも前に、できることもやっておくべきこともたくさんあったはずだ。

それを思うと情けないとしか言えなかった。

「そんなこと言わないで美樹さんも」

581 : 31話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:34:33.84 8m4oFGTt0 229/394

マミはまどかと離れると、自分より長身のさやかを強引に胸に抱きこんだ。

「ぶはっ、ちょ、マミさん!」

もがくさやかに、マミはテレパシーを送る。

『人のこと言う前に、美樹さんも何か1人で抱え込んでるでしょ?』

「む? むがが!?(え? 傍受されてた?)」

『あんまり1人で抱え込んでると、私みたいに魔女になっちゃうわよ』

いつものような明るい口調のテレパシーでマミは言う。

『いや、それさらっと言う台詞じゃないから!』

そしてさやかのツッコミをスルーして、杏子に顔を向けた。

「それに杏子も、落ち込んでるヒマがあるなら、もっと私とイチャイチャしなさい!」

「わけわかんねーし! ってか上から目線で甘えるなよ!」

そんなやり取りをしていると、ふいにドアチャイムが鳴った。

マミの部屋ではあるが、まどかはためらいなくインターホンに出る。

「……うん、……はい」

ほんの少しインターホンと話して、まどかは振り向いた。

「良牙さんと乱馬さんが来たよ!」

***************

「いやー、すまねぇ遅くなっちまって」

そう言ったらんまは女の姿をしていた。

今まで見滝原勢には女として認識されてきたのだから、急に男になって現れたら驚かせてしまうからという配慮だ。

そしてその横にいる良牙はうつむき、かなり落ち込んでいる様子だった。

「何かあったの?」

「あかねさん……」

さやかの質問に対して、良牙はうわ言のように答えになってない言葉を返した。

「そっか。あの道場の娘との婚約だかなんだかは結局白紙になったんだな?」

説明されるよりも早く、杏子が事情を推測した。

「ああ。それでコイツを連れてくるのが遅くなっちまったってワケだ」

らんまは呆れ顔で説明を加える。

(あの人、あかねさんって言うんだ)

まどかは自分が良牙を訪ねていった時に出会った女性を思い出した。

あかねという女性は突然乱入してきた自分に対して驚いた表情は見せたが、
良牙がデートを切り上げることに対しては全く動揺を見せなかった。

恋愛経験など皆無に等しいまどかでも「脈無し」としか思えない。

そんなあかねを相手に深刻に落ち込むほど入れ込んでいる良牙がどうにも哀れに思えた。

「あら? 話がよく分からないんですけど、ご説明お願いできます?」

マミはそう言って笑顔のまま首を傾げて見せた。

「え? えーと、だな」

良牙はどう説明すべきか分からずしどろもどろになった。

(……いま、ソウルジェムが反応したんだけど?)

(これは、魔力? 闘気? いや、殺気を感じる)

マミ相手にはテレパシーも傍受される可能性があるので、さやかと杏子は目で語り合った。

582 : 31話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:37:33.26 8m4oFGTt0 230/394

「その説明は後でするとしてだな……今日はもうひとり来てるんだ」

らんまは言葉を濁した。

その辺りの事情を説明するには、自分の変身体質について教えなければならず話がややこしくなることが避けられない。

今日はそんなことよりも先に済ませなければならない用事があるのだ。

「こんにちはーっと、そこの青い子と黄色い子ははじめましてかしらね?」

らんまの台詞を受けて、ボブカットの女性が部屋に入ってきた。

「あ、なびきさん」

まどかがつぶやく。

「おいおい、あんたが何しに見滝原まで来たんだよ?」

天道なびきはあまり自分から動く方ではない。杏子が疑問を口にした。

「取立てよ、こないだまどかちゃんに貸した5000円に利子つけて7000円」

なびきは厳かに、手のひらを上に右手を突き出した。

「え……あ、ちょっと利子高く無いですか?」

いい人だと思っていただけに、ショックだった。たった二日で40%の利子を上乗せするなど、
闇金融をも遥かに超える無茶苦茶な利率ではないのか。

もちろん、まどかにそんなにホイホイ小遣いが沸いてくるはずもなく、しばらく払える見込みも無かった。

「……それは私が払うわ。今私がここにいるのは鹿目さんのおかげだもの」

そこにマミが自ら進み出てお金を出した。

まどかは「すみません」とマミにペコペコし、マミは「いいのよ」と軽く流す。

そんな様子を眺めながらさやかは首をひねった。

「おかしいね。まどかからお金を取り立てるためだけにここまで来るってのは採算悪くない?」

「正解」

資金回収を済ませほくほく顔のなびきはウインクをしてみせた。

「会いに行くんでしょ? 暁美ほむらって子に。あたしはその子にグリーフシードを売りつけに来たの」

「そんなトコだと思ったぜ」

杏子はため息を吐いて肩をすくめた。

***************

「……いきなりこの人数でおしかけるのもちょっと難があるわよね」

暁美ほむらが住んでいるというアパートの前まで来て、マミがつぶやいた。

魔法少女3名、武闘家2名、一般人2名の計7人。

事情がどうだろうが、この陣容で1人の少女に頭を下げさせようというのはイジメにしか見えない。

「だが、少数だと思われたら何か仕掛けてくるかもしれんぞ?」

それでも良牙は警戒をうながした。

ほむらの時間停止を共有したことのある良牙は、その能力の恐ろしさをよく分かっていた。

例えば、今こうして話し合っているところを見つけられて、手榴弾や拳銃でも撃たれたら何人かは確実に致命傷を負う。

こちらに一瞬で全滅させられず確実に反撃できるだけの戦力が無ければ、ほむらはいつでも奇襲で勝ててしまうのだ。

「私が行きます。きっと、私には攻撃してこないから」

そこにまどかが、恐る恐るでもなく自分が行くと宣言した。表情はいたって真剣である。

「ダメだよ」

が、さやかはまどかを制止した。

「確かに前に見たほむらのあの様子じゃまどかに攻撃しそうもないけどさ、
やけっぱちになってたらどうだか分かんないでしょ? ほむらが逃げ出した場合もまどかじゃ捕まえられないしね」

583 : 31話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:39:03.31 8m4oFGTt0 231/394

「え……でも……」

戸惑うまどかになびきが追い討ちをかける。

「そうね、まどかちゃん1人ならともかく、戦える人が安全確保してくれないとあたしもグリーフシード売りにいけないし」

「誰もあんたのために言ってねーよ」

なびきの自分勝手な言い草に杏子がムッとして言った。

「あたしが行くよ。あたしならソウルジェムに直撃でもされない限り大丈夫だから」

そう言ってさやかが立候補する。

「それじゃ、俺も行くぜ」

らんまも手を上げた。

さやかとらんまの二人ならほむらに勝った組み合わせだ。

これなら大丈夫だろうというと周りもうなずいた。

***************

さやかがドアチャイムを鳴らし、らんまがすぐ側に控え、他は少し離れたところに隠れた。

さやかが進み出たのにはわけがある。

暁美ほむらはなぜ美国織莉子を殺したのか、何のためにキュゥべえの片棒を担ぎマミや良牙を犠牲にする凶行に及んだのか。

きっと、その動機にはどこかでまどかの存在が関わっている。

だからさやかは過剰なショックを与えないためにまどか抜きで話がしたかったのだ。

それに自分が何のために人殺しに手を染めなければならなかったのかを知りたいというのもある。

ボタンを押してから結構長い時間を経て、ようやく扉が開いた。

そして、よろよろと年寄りのような緩慢な動作でメガネに三つ編みの地味な少女が現れる。

「……あれ?」

「これは?」

さやかとらんまは思わず顔を見合わせ、再び少女の方を見た。

「あなたたちが呆気にとられるのも仕方がないわね、でも私が暁美ほむらよ」

ほむらはつぶやくように小さな声でそう告げる。

しかし――

「わりぃ、人違いだった」

「ごめんなさい、訪ねる家間違いました」

どうやら聞こえていないらしく、らんまとさやかはそう言って頭を下げて、足早にきびすを返した。

「え……、いや、ちょっと……」

ほむらは止めようとするが声は届かず、二人は見向きもしない。

そして、少し離れたところで立ち止まった。

「もー、まどか住所間違ってたよ! ちゃんと先生に聞いたの?」

「ぜんっぜん、ちがう子が出てきたぞ?」

さやかとらんまは口々にそんな事を言った。

「えー、ちゃんと聞いた通りの住所だよ? 早乙女先生が間違ってたのかなぁ?」

まどかはメモ帳を出して首をひねる。

『あたしが暁美ほむらだって、言ってるでしょうが!』

そこに、ほむらのテレパシーが飛んできた。

「いるじゃない? あたしにもテレパシー聞こえたわよ」

そのテレパシーははっきりしていて一般人であるなびきにも聞き取れた。

584 : 31話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:39:52.31 8m4oFGTt0 232/394

「家族が玄関に出たんじゃないのか?」

「じゃあ、さっきのは妹か何かか?」

良牙と杏子の言葉を受けて、美樹さやかはなるほどとうなずいてから再び前に進み出た。

そして、再び三つ編みにメガネの少女の前に立って言った。

「何度もすいません、暁美ほむらさん居ますか?」

***************

「信じられない……」

さやかがつぶやいた。

魔法の有無だけでここまで変わるとは思えなかった。

暁美ほむらはまるで息をすることすらしんどそうに椅子にもたれかかっていた。

「この通り、今の私は戦うことも逃げることも出来ない……
煮るなり焼くなり好きにすればいいわ」

「言われなくてもそうさせてもらうぜ。だがな、その前にいろいろ聞かせてもらう。
わからねーことが多すぎる」

らんまはいつでも動けるように立ったままで話した。

病弱なフリをして油断させる類の作戦ということもありえるからだ。

「何を……言えば、いいのかしら?」

途切れ途切れの息を漏らしながら、ほむらはらんまとさやかを眺めた。

(どうせ何を言ってもあなた達には無駄だというのに)

侮蔑と諦めが、自然とその顔を無表情に変える。

そしてこの状況でも無表情であることは、らんまとさやかには不気味に思えた。

「それじゃ、あたしから聞かせてもらうよ。……どうして、美国織莉子を殺さなきゃならなかったの?」

「は?」

驚いたのはらんまだった。

織莉子という名前は前にどこかで聞いたような気がするが、さやかが何の話をしているのかは全く分からなかった。

「魔法少女狩りの黒幕だったから……それじゃダメかしら?」

ほむらはあくまでとぼけた。

「何言ってんだ? 魔法少女狩りの犯人は杏子とおめーが倒したんじゃ……」

らんまを置いてけぼりにして、さやかはさらに問い詰める。

「納得いくわけないよ。あんたにとっちゃ、よその魔法少女が狩られようがどうだっていいはずでしょ」

それでもほむらはゆっくりと首を横に振った。

「自分がやられる前にやっただけよ。美国織莉子と呉キリカの二人がかりで奇襲されたら勝ち目がないもの」

確かにそれは事実だろう。

ほむらの言葉を信じたわけではないが、さやかには言い返せる言葉が無かった。

「おい、何か変なのが――」

らんまが何か言っているが話に付いてきていないようなので無視して、さやかはほむらへ質問を続ける。

「あんたの言ってた、キュゥべえが作る恐ろしい魔女って……まどかのこと?」

「!?」

今度は明らかにほむらの表情が変わった。

「あたしが思いつきで言ってるわけじゃない、美国織莉子が死に際に言ってたんだ」

その言葉に、ほむらは目を見開いてさやかをにらんだ。

585 : 31話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:41:05.90 8m4oFGTt0 233/394

「鹿目まどかにそれを言うんじゃないわよ」

うなるような低い声でほむらは言った。

「あのさー、あたしがまどかにこんなこと言えるわけ無いじゃない。頼まれたって無理」

さやかは軽いノリながらも、はっきりとそう言った。

ほむらに口出しなどされなくても、さやかはまどかのためを思って行動しているのだ。

しかし――

『……ごめんなさい、もう鹿目さんに聞かせちゃったわ』

ふいにマミのテレパシーが届いた。

「えっ!? マミさん何言って――」

ついついさやかは口で答える。

『その、らんまさんが抱えてるものよ』

マミがそう言うのと同時に、らんまは何かよく分からない黄色いひも状のものを持ち上げた。

「乱馬さん、なんでそんなのが入ってきて何も言わなかったの?」

「言わなかったんじゃなくておめーらが聞かなかったんだろうが」

ぶつくさとらんまは不平をもらす。

それはマミのお得意の拘束用の黄色いリボンに見えたが、その先端はラッパの口のように開いていた。

姿かたちはからおおよその使い道が想像される。

「つまり……この魔法伝いで私達の会話を聞いたということなの?」

そう言ったほむらの言葉には怒りがにじんでいた。

一番知られてはまずいことをあっさりと鹿目まどか本人に伝えてしまったのだ。

「とりあえず、コイツは抵抗できそうにもねーし、隠したかったこともばれちまったんだ。
面倒くさいことなしに、全員面と向かって話し合おうぜ」

混乱気味な事態をらんまはそうまとめた。

***************

「つまりだ、まどかちゃんが魔女になったらやばいから、契約を阻止しようとしたり
マミちゃんを魔女にすることでキュゥべえを満足させようとしていたわけだ」

良牙はジェスチャーを交えながら自分の理解した内容を話して見せた。

「よし、バカの良牙が分かってるならみんな大丈夫だな」

らんまは満足げにうなずく。

「誰がバカだ」

「えーと、それはともかく、まだひとつだけ分からないことがあるわ」

マミは良牙とらんまの喧嘩が始まる前にすばやく話を進めた。

「確かに、鹿目さんほどの素質の持ち主がもし魔女になったら、手がつけられないわ。
鹿目さんの契約を阻止しようとしたことは理解できるわ。
そこは私が謝らないといけないことかもね……でも――」

マミが話す横で、まどかは何も言わない。視点の定まらない目をして衝撃のあまり思考がまとまらないようだった。

「まどかを魔女にしないのなら、まどかを殺すのが一番手っ取り早い。
その織莉子とかっていう魔法少女がやろうとしていたみたいにな。あんたは何でそれをしない?」

言いよどんだマミの台詞を杏子がつないだ。

「まさか、人道的な理由だなんて言わせないよ」

さやかも言葉を付け足した。

「……私も、マミさんや他の人を犠牲にして自分だけが生き延びたいなんて思わない」

やっとのことでまどかも口を開いた。

586 : 31話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:42:03.63 8m4oFGTt0 234/394

ほむらが何らかの理由でまどかだけは守ろうとしていたことは分かる。

しかしまどかはそれを肯定できなかった。

魔女にならないために他人を犠牲にする、その行いのどこが魔女と違うのか。

「……」

もはや、何も言わないで逃げ切れる状況ではない。ほむらはゆっくりと口を開いた。

「……鹿目まどかが、たった一人の私の友達だったからよ」

「だった?」

「過去形!? いやむしろ過去完了?」

よくわからない表現に、一同はみな怪訝な顔をした。

***************

ほむらはあくまで簡潔に話した。

自分が時間をさかのぼって未来からやってきたこと。

魔法少女であった鹿目まどかに助けられ、そのまどかが『ワルプルギスの夜』に殺されたときに契約をしたこと。

何度も同じ時間を繰り返すうちにインキュベーターのたくらみを知ったこと。

「タイムスリップってやつか?」

らんまは唖然としてつぶやいた。

「……たぶん、そういうことだろ」

自信なさそうに杏子が答える。

まわりはみな頭をひねっていた。

一人、なびきだけは興味なさ気にボトル缶のコーヒーを横において家から持ってきたらしい小説を読みふけっていたが。

やがて、まどかがほむらの前につかつかとやってきて言った。

「私は、その子じゃないよ」

「……え?」

ほむらは目を丸くした。

「魔法少女になってバリバリ活躍して、すっごく怖くて強い魔女にも1人で勇敢に戦って――
そんなのどう聞いたって私と別人だよ」

「「そりゃそうだ」」

まどかの言葉に、思わずさやかと良牙が声をハモらせる。

「そんなに納得されたらちょっと悲しいかな」

そう言ってしっかりツッコミを入れてくるまどかは、決して自信の無さから自虐的な意味で
強い魔性少女まどかが自分とは別人であると言っているわけではなかった。

「そんなことあり得ない……私は時間を巻き戻しているだけで、あなたはあくまで鹿目まどかで……」

ほむらとしては認められるはずの無いことだった。

やり直すたびに鹿目まどかが名前と顔が同じなだけの別人だとすれば、ほむらのやっていることは全てが無意味になってしまう。

「私はその子じゃないけど、その子が可哀そうだよ。
だって、その子は魔法少女になってほむらちゃんや街の人たちを助けたことを誇りに思ってたんだよね?
それを無かったことにされちゃったら、きっと悲しいと思う」

「無かったことになんてして……ないわ」

「……だったら、やっぱりほむらちゃんは私とその子を別人だと思わなくちゃ。
ほむらちゃんや街の人たちを助けたことを誇りに死んでいったのは私じゃないもの」

思いのほか、まどかに矛盾を突かれ、ほむらは傍目からも分かるほど明らかに狼狽していた。

まどかの目線や口調は諭すように優しいが、受け入れさせようとしている内容はほむらにとって何より残酷だったのだ。

『おい、グリーフシードのあまりあるなら用意しとけよ』

587 : 31話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:42:42.85 8m4oFGTt0 235/394

ほむらが魔女になりかねない。そう判断した杏子はなびきにテレパシーを飛ばす。

『えー、でも、まだお金もらってないし』

しかし、なびきはいつも通りの返ししかしない。

『私からもお願いします。お金は後で何とかしますから』

またも傍受をしていたらしく、マミがテレパシーに割り込んでくる。

『マミ、あんたは人が良すぎだろ! 殺したいぐらい憎んでるのが普通だろ!』

『憎くないわけじゃないけど……ここで魔女になられても困るだけでしょ』

そんな杏子とマミのやり取りを聞いてなびきは思った。

(なるほど、いいカモだわ)

と。キュゥべえがよくマミと行動を共にしていたというのもよく分かる気がする。

『そうね、あなたは信用できそうだから後払いオッケーよ』

そうテレパシーの返事をしてなびきはグリーフシードをひとつマミに渡した。

「で、話は大体分かったが、こいつをどうする?」

良牙はついこの間の威勢のよさからは想像もつかないほど弱く哀れな存在に成り果てた少女を前に言った。

「その前に、まずはタイムスリップなんてことがありうるのか聞いてみましょうか」

「聞くって……誰にですか?」

マミの言葉にさやかが首をひねる。

マミは黙ったまま、先ほど暁美邸に侵入させた盗聴用リボンを虚空に巻きつけた。

すると、そこに白い小動物の姿が浮かび上がる。

「ねっ、ねこお!?」

らんまが飛び上がった。

「キュゥべえ!?」

「キュゥべえ、テメー!!」

「あらキュゥちゃんじゃない」

続いて、周りが口々に驚きの声をあげた。

「え? あ、なんだよキュゥべえかよ。驚かせやがって」

それでキュゥべえだと分かると、らんまはかえって安心のため息をもらした。

(消えたと思ったのに、まだ潜んでいたのね……)

ほむらは内心舌打ちをした。

キュゥべえがわざわざ盗み聞きをしていたのは今後の魔法少女たちの動向を探るためだろう。

「やれやれ、一度魔女になってなおさら勘が鋭くなったみたいだね、マミ」

がんじがらめに縛られながらもキュゥべえは落ち着いて話しかけた。

「おかげさまでね。……それで、質問に答えてもらえるかしら?」

冷静に嫌味を返しながらも、マミは身動きできないようにきつくキュゥべえを縛り上げ、敵意を示した。

「時間遡行がありえるかと言われればボクとしては何とも言えないよ。
魔法少女の固有能力は本人の願いと魔力資質によるものでボクが一人一人に設定して与えているわけではないからね。」

キュゥべえはマミの敵意などまるで気にも留めず淡々と話す。

「でも、話を聞く限りでは暁美ほむらは時間遡行というよりも、並行世界に移動していると考えるべきだろう。
さかのぼるたびに世界に差異が見られるようだからね。そういう意味では鹿目まどかの解釈は的を射て――」

「うそよ……それじゃ私は何のために……」

ほむらがキュゥべえの言葉をさえぎってしゃべった。

体力があれば叫んでいるところだったのだろう。今のほむらには聞こえる声を出すのが精一杯だった。

588 : 31話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/08 13:43:28.20 8m4oFGTt0 236/394

「ふぅん、だったら少なくともこの子のハッタリや妄想じゃないわけね」

そこで急に、今まで興味なさ気だったなびきがキュゥべえに歩み寄って質問をした。

「うーん、そういう可能性も無いとは言えないね。暁美ほむらのいう事が事実であろうとなかろうと
今のこの時間軸からそれを確かめる手段はない」

意外と律儀なのか、キュゥべえは真面目に質問に答える。

「なーんだ、結局なにも分からないんじゃない」

なびきはいかにも「なんだつまらない」という素振りを見せてから片手に持ったボトル缶のキャップを開けた。

誰しも、気分転換とか単純にのどが渇いたとしか思わない。

だが、なびきはおもむろにそのボトル缶の中身をキュゥべえの体にぶちまけた。

「え?」

周囲が呆気にとられるヒマも無く、キュゥべえのヘンテコな猫のような姿は消え、
そこにはどこにでもいそうなトノサマガエルが居た。

「蛙溺泉よ、コロンおばあちゃんに頼んで仕入れといたの」

なびきはウインクして見せた。つまり、話を聞くフリをしてなびきはキュゥべえに攻撃をしたのだ。

「マミちゃん、チャンス、チャンス」

なびきにそう言われて、目を点にしていたマミはハッと気付いた。

「はい」

そして満面の笑みで、巻きつけたリボンで万力のようにカエルをひねり潰した。

グチャっという音がして黄色いリボンの隙間からえぐい汁が漏れる。

「ま……マミちゃん?」

「うわ、マミさんえぐい」

「女ってこえーな」

「いや、一緒にすんな」

マミのその挙動に恐怖の声があがった。

だが、この時一番おびえていたのはほむらだった。

自分のやったことを考えれば、一緒のことをされかねない。

最悪殺されるという覚悟はあったが、カエルにされてしかも笑顔のままグチャグチャに潰されるなんて
恐ろしい結末はほむらの想像を超えていた。

しかし――

「まったく、さすがにボクも驚いたよ。あれが呪泉郷の呪いって奴かい?」

けろっとした顔でまたも白い小動物の形をしたキュゥべえが現れた。

「ふーん、変身させてから殺しても無駄だったみたいね」

「本当、残念だわ」

なびきとマミが口々に言う。

「この体は今の時代や文化に合わせているだけで、他の体じゃダメだってわけでもないからね。
この星の生き物の体でも出入りすることができないわけじゃないよ」

呪泉郷の呪いでは自分は倒せない。キュゥべえはそう言ったつもりだった。

「あら、いいヒントくれるわね、魂だか精神だか知らないけどその体に出入りしてるのを潰しちゃえば良いってことでしょ?」

それに対してなびきは裏を返した言い回しをする。

「なるほど、そういう意味にもとれるね。……でもキミ達にそんな手段は無い」

キュゥべえはそれだけ言うと背中を見せた。

「さて、あんまり無駄に体を破壊されるのも嫌だからボクはそろそろおいとまさせてもらうよ」

そしてその姿が消えてから、また良牙が言った。

589 : 31話10 ◆awWwWwwWG... - 2012/07/08 13:45:25.07 8m4oFGTt0 237/394

「で、こいつはどうするんだ?」

もちろん「こいつ」とはほむらのことである。

「そうね。やっぱりまずはカエルになってもらおうかしら……」

マミが笑顔でそう言うと、さすがにほむらも素で冷や汗を流していた。

「ま、マミさん、いくらなんでもそれは――」

さやかが慌てて止めようとする。

「冗談よ。そうね、暁美さんをどうするかは、鹿目さんの判断に任せるわ」

「え!? 私ですか?」

まどかは驚きの声を上げた。マミは無言でうなずく。

「本当に、それでいいんですか?」

「ええ。どんな判断でも異を唱えるつもりはないわ」

マミにそう言われて、まどかはキッとほむらを見据える。

『おいおい、ホントにいいのかよ』

杏子がひそかにマミにテレパシーを飛ばした。

まどかの性格からすれば甘い判決が出ることは目に見えている。

それで本当に納得がいくのか杏子は不安なのだ。

『ええ、構わないわ。鹿目さんの言葉じゃないと言う事聞かなさそうな子だしね』

『そりゃそうだけどさ……』

マミと杏子がそんなやり取りをしているうちにまどかは小さく口を開いた。

「私は今までほむらちゃんが通り過ぎてきた世界に居た誰じゃない。
それでいいならそばに居てくれてもいいよ」

まどかの言葉にほむらはおそるおそる顔を上げる。

「でもその前に、マミさんにちゃんと謝ってほしい」

いっせいに視線がほむらの方に向けられた。

ここで頭を下げなければ、この時間軸に自分の居場所は無い。

まどかすら完全に見放すだろう。ほむらにもそれは分かった。

「……ごめんなさい」

ほむらは頭を下げた。

その瞬間、見た目や体力だけではなく心の中までただ弱いだけの自分に戻った気がした。

――が、次の瞬間

 コンッ

ほむらの指輪にグリーフシードが当てられた。

マミがそうしたのだ。

「えっ?」

「許したわけじゃないわよ。このグリーフシードの分も合わせて、借りはまとめて後で返してもらうわ」

戸惑うほむらにマミは言った。

「後っていつだ?」

外野のらんまが首をかしげる。

「『ワルプルギスの夜』の日です」

マミはきっぱりそう答えた。

~第31話 完~

596 : 32話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:41:30.80 GpaHQl9o0 238/394

~第32話~

乱馬はあかねの部屋にあるそれを見て目を丸くした。

「お……おまえ何やってんだよ?」

「何って、身だしなみ整えてるだけでしょ」

あかねは平然と答える。

だが彼女が身だしなみを整えているのは自分自身ではない。

あかねの横には美しく着飾られた赤髪の少女がいた。

着ている服はあかねのとっておきのドレスで、かすみから借りたらしいリボンでゆるく髪の毛を束ねていた。

「それはな、着せ替え人形じゃねーんだぞ」

それは乱馬自身の分身だった。

魔法少女から解放されたときに出来てしまった女らんまの形をした副産物である。

「でも、ちゃんと体ふいたり、着替えさせたりしないと腐るわよ?
チャイナドレスはシャンプーに返さなきゃなんないし」

「ああ、そういうことか。すまねー」

あかねに言われて、乱馬は自分のずさんさを思い知らされた。

この体を持ち帰ってから乱馬のやったことと言えば部屋の奥に座らせておくだけだったのだ。

そんな扱いを続けていれば、やがてそれは腐り、近いうちにホラーなことになっていたに違いない。

「おさげほどいても伸びないみたいだから、あのいかにも髪の毛痛みそうなきつい結び方もやめた方が良いし、
胸が型崩れしないようにちゃんとブラもしないとね。化粧はかすみお姉ちゃんにしてもらったんだけど――」

「おまえ、ぜっっっったい楽しんでるだろ!?」

乱馬がツッコミを入れるとあかねは始めから用意してあったようにこう言った。

「それじゃ、乱馬が自分でこの子の体洗ったり着替えさせたりするの?」

それが周りからどういう風に見えるか、乱馬に分からないはずも無かった。

いやがおうにも、杏子とコロンの冷たい視線が思い出される。

「すみません、お願いします」

乱馬はそう答えるしかなかった。

そのとき、いきなりテレパシーが聞こえてきた。

『おい、そろそろ時間だから行くぞ』

こんな名乗りも挨拶もないぶしつけなテレパシーを飛ばす魔法少女は他に居ない。

杏子が迎えに来たのだ。

乱馬は杏子がわざわざ迎えに来てくれたことに驚きつつ、急ぎ階下へ降りた。

***************

「なんでぇ、今日は『うっちゃん』でやんのかよ」

杏子は乱馬をお好み焼き『うっちゃん』に連れてきた。

「店長がさ、猫飯店ばっかり使われるのが腑に落ちないらしくて」

「ちょっと待て、俺達の話し合いを知ってるってことは、うっちゃんに魔法少女のこと話しちまったのか!?」

乱馬は慌てた。

うっちゃんこと右京に、乱馬があかねのために契約したと知られたら、右京はひどく傷ついてしまうのではないか。

そして、かつてのように再び復讐の対象にされてしまうのではないか。

「ああ。シフト抜ける言い訳考えるのめんどくさいからゲロった」

杏子は平然と答える。

「な、なんて事を! うっちゃんはああ見えても一時期俺の命を狙ってだな――」

「あんたについてはゲロってねーよ。ただの『協力者』ってことにしといた」

597 : 32話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:42:21.51 GpaHQl9o0 239/394

そう前置きしてから杏子が説明するには、乱馬は魔女の呪いを受けて男に戻れなくなり、その呪いを解くために
魔女と戦う存在である魔法少女と関わるようになった、その代わりに魔女退治に協力してもらっている……
という設定で右京に説明したらしい。

たしかに面倒くさいことが起こらない上手い言い方だ、と乱馬はうなずいた。

しかもただ事を荒立てないだけではなく、杏子は自分が元々は乱馬の縄張りとグリーフシードを奪いに来たという
事実には一切触れず、逆に乱馬が男に戻るための協力者として自分を説明してしまったのだ。

右京が快く杏子を送り出すようになったのは言うまでも無いことだろう。

「おめーも結構セコいな」

「あんたにも都合の良い説明だろ?」

悪びれもしない杏子に、乱馬はあきれて見せた。

「こっからが本題なんだけど、店内であんまり魔法少女だとか魔女について話し合うのもなんだから、
あたしの部屋に集まるようにしたいんだ――」

「ああ、いいんじゃねーか。それが?」

二人はお好み焼き『うっちゃん』二階に上がり、『あんこ』と書かれた札の吊るされている部屋の前で足を止めた。

ちなみに当然、『あんこ』と書いたのは杏子本人ではない。右京の手書きである。

『あんこ』の札の吊るされた引き戸を杏子は勢い良く開けた。

「つまりな……マミたちが来るまでにここをなんとかしなくちゃなんねぇんだ」

その光景に、乱馬は目を疑った。

畳を覆いつくすように散らばった衣服、漫画の単行本や雑誌、お菓子の袋。

たこ足配線のゲーム機の周りには出しっぱなしのCD-ROMが散らばっている。

そして布団は遠目から見ても分かるぐらい、じめっと湿っていた。

「そ、そんなバカな!? おめーが来てまだ一ヶ月も経ってねぇのにどうしてこんなことに!」

なぜ杏子がガラにも無く乱馬を迎えに来たのか、その謎は解けた。

見滝原の魔法少女たちが来るまでの数十分のうちに、この恐ろしい魔女迷宮を攻略しなければならない。

それが、乱馬に課せられた使命だった。

「――だいたい、一応男の俺に部屋の掃除させるなよ」

乱馬はぶつくさ言いながら漫画本を片付けた。

お前だって年頃の女の子だろ、言外にそう言っている。

「そんなの屁でもないね、元浮浪児なめんなよ」

「威張ることじゃねーよ」

さすが元浮浪児というべきか、女の子らしいものはほとんど散らばっていなかった。

漫画はだいたい少年コミックだし、ゲーム類も音ゲーを除けば格闘やアクションばかりだ。

衣服類もズボン系が多く、少年の服だといわれてもうなずけてしまう。

さすがに下着はちゃんと片付けてるらしくそれらしきものが見えない。

そして散らばったお菓子とカップラーメンの空き箱は生活力の無い独身男性を想像させた。

そんな中、乱馬は目ざとくノートが一冊落ちているのを見つけた。

(杏子が……ノートだって?)

杏子は学校に通っていないし、自主学習なんて間違ってもしない。

そんな杏子が一体、何にノートを使うのか?

不思議に思った乱馬はぺらぺらとそのノートをめくって見せた。

『だとう! 早乙女ランマ こうりゃくメモ』

赤字でデカデカと書かれたタイトルが乱馬の目に飛び込んできた。

「あ、やべ」

598 : 32話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:43:40.21 GpaHQl9o0 240/394

乱馬の見ているものに気が付いて、杏子がそんなつぶやきを漏らした。

「おめーな、こういうもんは本人に見つけられないようにしとけよ」

そう言いながらも乱馬はページをめくる。

意外にもかなり事細かに、乱馬の技や攻撃のくせなどが分析されていた。

その情熱をもっとまともな方面に生かせていれば、と乱馬は思う。

「構わないよ、もうそれいらねーし」

しかしその情熱のかたまりを、杏子はいとも簡単にいらないという。

「あー、そっか。もう風林館は全部おめーの縄張りだからな。当初の目的達成じゃネーか」

半ば皮肉混じりに乱馬は言った。

乱馬が魔法少女でなくなったのだから風林館はまるまる杏子1人の縄張りである。

「あんまし、そんな気はしねーな」

杏子は乱馬を倒してこの縄張りを手に入れたわけではない。

そう考えると、「ここはあたしの縄張りだ」と威張る気にはなれなかった。

それ以上に、魔法少女でないどころか何の戦力も無くしかもいかにもお人よしな鹿目まどかが
自分にはできなかったことを成し遂げた、巴マミを救って見せたのだ。

杏子にはもう、魔法少女として縄張りを張って強さを誇示することにあまり意味を感じられなかった。

「それじゃ、このノートもらっていいか? けっこー使えそうだ」

杏子とは違って乱馬はあくまで強さへの情熱を失わない。

「ああ、かまわないよ」

杏子は興味なさ気にそう答えた。

***************

「まさか、杏子が『ワルプルギスの夜』のことを忘れていたなんてね……」

風林館へ向かう電車の中で、マミは言った。

「いちおう聞いた覚えぐらいはあったみたいですけどね」

さやかはうなずく。

昨日、暁美ほむら邸で『ワルプルギスの夜』のことを口にしたとき、杏子は「なんだっけ? それ」という顔をしていた。

軽く説明を入れてようやく「ああ、そういや昔そんなこといってたな」とうなずいたのだ。

らんまに至っては全くちんぷんかんぷんといった様子だった。

そうしてきちんとした説明をする必要性があると分かったので、どうせならちゃんと時間をとって話し合おうという
ことになり、今マミとさやかがそこへ向かっているのだ。

「でも、マミさん本当にもう大丈夫なんですか?」

さやかがふとたずねる。魔女から元にもどったマミは今までと同じように精力的に魔法少女として働いていた。

魔女がかつては自分達と同じ魔法少女であったとしても、人死を出さないためには誰かが戦わなければならないことは
変わりがない。『ワルプルギスの夜』のような大物ならばなおさらだろう。

「私は大丈夫よ。……それに、美樹さんやみんなが助けてくれた私は、
ひっこんで自分の身の安全だけを考えているような私じゃないでしょう?」

「そりゃそうですけど、無理はしないでくださいよ」

そう言ったさやかを、マミは強引に抱きしめた。

「わっ」

そして触れ合った肌から直にテレパシーを送る。

『こうして心配してくれたり、甘えさせてくれる人がいる限り、私は戦えるわ』

周りの乗客から変な目で見られてもマミは気にしていなかった。

『そういう美樹さんの方こそ大丈夫なの? その織莉子って人のことで悩んでたみたいだけど』

599 : 32話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:44:51.24 GpaHQl9o0 241/394

『あたしは……』

暁美ほむらの口から真相を聞いて、さやかはまだ自分の頭の中がまとまっていなかった。

美国織莉子はまどかを殺そうとしていた。でもそれはまどかが魔女になってこの星を滅ぼすのを防ぐためだった。

話の規模が大きすぎて想像が追いつかない。

『正直、わかんないです』

そう答えたさやかを、マミはより強く抱きしめた。

『……私のこと、恨んでる?』

『え?』

何を聞かれたのか、さやかには話のつながりが見えなかった。

『私に関わらなければ、あなたはこんなことに巻き込まれずに済んだはずよ』

『そんなことないですよ』

さやかはさらっとそう答えた。

『マミさんが居なけりゃそれ以前にとっくにあたしもまどかも死んじゃってたし、
契約したのもほむらにノコノコ着いていって余計なトコに首突っ込んだのもあたしの意思です。
マミさんには恩はあっても恨むことなんてないですよ』

女の子同士であんまり抱き合ったままではそういう趣味だと誤解されかねないので
さやかはゆっくりとマミを引き剥がしてその瞳を見つめた。

さやかの言葉と表情にマミは安心の微笑を返す。

それに安心してさやかはテレパシーを続けた。

『でも、どうあれ人を殺しちゃったのは間違いないことだから、ワルプルギスの後には何かけじめを――』

「だったら、鹿目さんのそばに居てあげなさい」

マミはさやかのテレパシーをさえぎってそう答える。

またも話の脈絡が分からない言葉にさやかは首をかしげた。

『手段のよしあしはともかく、美国さんは世界を守るために意思を貫いたんでしょう?
だったら、せめて鹿目さんが魔女にならないように最善の努力をすることが彼女の死に報いることじゃないかしら』

(そっか、そうだったんだ)

マミの言葉でようやくさやかは理解した。

そのために美国織莉子はあの最期の言葉を自分に対して残したということに。

『だから、勝手にどこかに消えたり特攻したりだなんて絶対許されないわよ』

そういう自暴自棄な気持ちが残っていることがマミにはバレバレだったらしい。

ウインクするマミにさやかは苦笑いをした。

***************

「でも本当に驚いたわ。早乙女さんが男の人だったなんて……」

マミは、今さらながら驚きを口にした。

「あー、あたしもビビッたね。どこから変質者が現れたかと思ったよ」

杏子は麺をたっぷり入れたいかにも食いでがありそうなお好み焼きをほお張りながらそう言う。

『ワルプルギスの夜』についてざっとした説明はすでに終え、全員分のお好み焼きが運ばれてきたところだ。

だが、乱馬が男だとしてもハコの魔女の結界で見た良牙と女らんまのラブシーンの数々には説明が付かない。

それどころかなおさらおぞましいものが想像されてしまう。

『ねぇ、杏子、早乙女さんと良牙さんってどういう関係?』

マミは乱馬に聞かれないように杏子にだけテレパシーを送った。

『あー、なんだか中学時代からのライバルだとか、腐れ縁だとか。
ここじゃちっとは有名な好敵手同士らしいぜ』


600 : 32話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:45:45.30 GpaHQl9o0 242/394

杏子の説明に、マミは安堵した。

杏子の言う乱馬と良牙の関係からはいかがわしいものは感じられない。

鹿目まどかの話によれば魔女になった自分もまどかの記憶を利用してウソの世界を作ったらしい。

だからあの映像が虚構であったという可能性は十分にある。

ハコの魔女が見せたあれらの映像は、きっと事実ではなく魔女が勝手に作り出したものなのだろう。

マミはそう自分を納得させた。

「その、『ワルプルギスの夜』って魔女は風林館も通るかもしれねーのか?」

あまり変身体質について問い詰められたくない乱馬は話題を変えた。

「ごめんなさい、この辺りはまだちゃんと計算していないからはっきりしたことは言えないわ。
でも、もし通るとしたらコース上こっちの方が見滝原より先になるわ」

「それだったら、みんな風林館に集まって迎撃した方が良いかもね」

マミの説明を受けて、さやかが提案する。

「ああ。それが良いな。魔法少女でなくてもいいならこっちには戦力が多い」

乱馬がうなずく。

「でもさ、魔法少女は結界の中に取り込まれでもしないと魔女は見えないはずだろ?
それでハナから結界を張らない『ワルプルギスの夜』と戦えるのかい?」

杏子が疑問を口にした。

「そうね、何か目印をつけるとか方法が無いわけじゃないけど魔法少女以外は戦力低下の可能性があるわ。
そういう意味では今回はあんまり早乙女さんや良牙さんには頼れないかも……」

一同は考え込んだ。

そこで、ふいにさやかが何かに気付く。

「そういや、良牙さんどこ行ったの?」

「あー、あいつは許婚の話が消えたら天道道場から消えちまったけど、そっちにも行ってねーのか」

こともなげに乱馬は答えた。

「どうせまたどこかで迷ってるんじゃないの?」

良牙の方向音痴に慣れ始めた杏子はそう付け足した。

「『許婚』? その話詳しく聞かせてもらえませんか?」

マミは笑顔のままそうたずねる。しかし、その表情はどこか固かった。

乱馬は冷や汗を浮かべて視線をはずした。

今回の件を説明しようと思えば、良牙のチャランポランさを晒すだけではすまない。

自分の多重許婚状態も白状しなければならない、それを乱馬は恐れた。

「……なんつーか、結論から言うとさ、良牙含めて風林館の男はよしといた方がいい。特にこいつはな。」

そう言って杏子は乱馬を指差した。

「き、杏子! おめー、それを言う気か!? 掃除手伝ってやったのに!」

「なになに? 乱馬さんってそんなにひどいの?」

露骨に焦りだした乱馬を見て、さやかも面白そうに身を乗り出した。

「なんせ、結婚詐欺で許婚が3人――」

「わー! わー!」

乱馬は大声を出して杏子を妨害しようとする。

が、すぐに黄色いリボンに口をふさがれ、さらには体全体を拘束された。

「杏子、ゆっくり聞かせて頂戴」

マミはにっこり微笑んだ。

601 : 32話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:46:55.12 GpaHQl9o0 243/394

***************

「酷い話だよねぇ、シャンプーさん、あんなに純粋に乱馬さんのこと思ってるのに」

「ちょ、まて、シャンプーは女傑族の掟だとかで一方的にだな――」

「店長だって、むかし結婚詐欺で屋台持ち逃げされたんだぜ」

「そ、それはあのクソ親父が勝手に――」

「それだけ他に許婚が居ながら、別の許婚の道場で暮らしてるの? よく刺されないわね?」

女性三人に囲まれて、もはや乱馬はサンドバッグ状態だった。

「ちくちょう、だいたい良牙の話だったんじゃねーのかよ」

もう出せるのはそんな愚痴ぐらいだった。

「そうそう、良牙に話をもどすと、彼女と惚れてる女が別にいて、それなのにマミん家でペットになってたわけだ。
あいつもあんまりろくなもんじゃないぜ」

杏子はマミに警告を発した。

マミと良牙が相互にそれなりに好意を持っていることは分かっている。

良牙が真面目な男ならば杏子は口を挟むつもりはなかったが、許婚騒動の真相を知った今、言わずにはいられなかった。

「うーん、あたしも良牙さんがそんな人だったっていうのは残念だなー。
乱馬さんみたいに悪意があるんじゃなくて優柔不断なだけなんだろうけど、それもあんまりねぇ」

「俺だって、悪意なんかねーよ!」

さやかの言に乱馬は反論するが、誰も聞く耳は持っていなかった。

「そうね、乱馬さんとは違って元々誠実な人だとしても状況しだいで勘違いしちゃうだろうし、私も少し警戒してみるわ」

マミもいちいち乱馬を引き合いに出す。

許婚三人という乱馬の状況について、魔法少女たちはそれほど手厳しかった。

(くそ、ムースでもいいから連れてきとくべきだった)

女に囲まれる不利さを知った乱馬はそんな後悔をする。しかし――

「でも、ムースさんは一途だよね。まどかから聞いたんだけど、ちっちゃい頃からずっとシャンプーさん一筋だって話だよ」

さやかからそんな言葉が出てきたとき、ムースを連れてくればなおさら立場が不利だということを乱馬は思い知らされた。

「ああ、あいつは一途かもしんねーし、メガネとったら結構イケメンだったりもすんだけど、
ネクラでなんかちょっとストーカーっぽいのがなぁ」

杏子がまた微妙な顔をする。ムースも杏子のおめがねにはかなわないらしい。

(一途っぽくて根が暗くてメガネ外したら美形?)

マミはそれらのキーワードやうろ覚えのムースの髪型から思わず暁美ほむらを連想し、思わず吹き出しかけた。

あの田舎者っぽい中華料理屋店員と、都会的センスを感じるほむらとではあまりにも似合わない。

「あ、そーいや、今日はまどかはどうした?」

まどかの名前が出たところで、杏子が思い出したように聞いた。

「まどかはほむらに今日の授業のノートとか届けに行ったよ。クラスの保健委員だからってことだけど、
ほんとは自分のせいでへこませたっていうの気にしてるんじゃないのかな?」

さやかが答える。

そもそも担任からほむらの住所を聞き出したのも保健委員という職権を使ったことなので、
まどかは律儀にその役割を果たしているという面もあった。

「まあ今回は『ワルプルギスの夜』対策だから、いくら鹿目さんでも戦力にはならないでしょう。
それに――その戦いの中で誰かが死んだりすればそれをネタにキュゥべえが契約を迫る可能性があるわ」

マミはおごそかに『死』を口にした。

『ワルプルギスの夜』はいくら大人数で戦っても死者が出る可能性を否定できないほどの相手なのだ。

そして、そんな戦場だからこそ鹿目まどかには今回ばかりは引っ込んでいてもらわなければならない。

602 : 32話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/07/15 23:47:31.08 GpaHQl9o0 244/394

「へっ、腕が鳴るぜ!」

ようやくバッシングから話題が変わったこともあり、乱馬は力強くガッツポーズをとってみせた。

~第32話 完~

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