前スレ:【前編】
お稽古事があるという仁美ちゃんと別れて、わたしは一人帰路に付いていた。
結構リハビリも疲れるもので、あまり体力があるわけでもない体はへとへとで。
それでもこの人を見かけたら、声を掛けない訳にはいかなかった。
「マミさん、お疲れ様です」
「あら、鹿目さん」
「パトロールですか?」
「ええ、そんなところ」
「さやかちゃんは一緒じゃないんですね」
「美樹さんは今、隣街にいるの」
「隣街?」
「魔法少女がいるって話したら、会いに行くって聞かなくて」
ケンカになったりしてないといいんだけど。
唐突にそんなことを思ってから、さすがにさやかちゃんに失礼だと思い直し、意識の外へ追いやる。
わたしはわたしのことを考えようか。
元スレ
まどか「勇気を」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1324997537/
「パトロール、付いて行っていいですか」
「危険だってことくらいは承知してるよね?」
「はい」
「それなら約束して」
「約束、ですか?」
「ええ」
頷いたマミさんは、少し角度を変えて遠くを見やる。
そちらはおそらく、さやかちゃんが向かったという隣街の方角で。
「結界を発見したら、すぐに逃げるって」
そのお願いの持つ意味ぐらいは、いくらわたしでも理解できる。
一人の魔法少女がマミさんの目の前で生まれた事。
おそらくはマミさんが陥ったピンチが、その出来事を引き起こしたから。
あの時さやかちゃんの瞳の中で泣いていたマミさんはきっと、何よりもそれを後悔していたのだろう。
責任感の強い人だから。
そして目の前にいるのがそんなマミさんだからこそ、わたしにこう答える以外の選択肢はなかった。
マミさんの肩の上にいるキュゥべえに軽く視線を合わせ、そしてまた戻す。
「大丈夫です」
「オーケー、行きましょう」
当たり前です。
そんなこと、できません。
そして異変に気付くのに、時間は掛からなかった。
「仁美ちゃん、ねえ仁美ちゃん! どうしちゃったの!?」
「鹿目さんではありませんか。あなたも一緒に参りましょう。とてもすてきな場所にご案内して差し上げますわ」
「ごめんなさい、この子私とこれから用事があるのよ」
「あら、残念ですわね」
少し前に病院で別れたはずの仁美ちゃん。
ちょっと時間を空けて再会してみれば、瞳に生気はなく、虚ろな顔をして、ふらりふらりと彷徨っている。
明らかに異常だった。
それなのに、ごめんなさいねと言いながら、マミさんはわたしの手を強く引いて仁美ちゃんから引き剥がす。
とても従えたものではないけれど、その力は強く為すがままに引っ張られてしまう。
あんな状態の仁美ちゃんを、どうして放っておけるというのか。
「落ち着きなさい」
「だって、だって」
「ふむ、魔女の口付けだね。それも比較的強力な」
「ちょっと厄介ね」
「へ?」
「魔女は呪いによって人々を殺す、その第一段階といった所だよ。いつかマンションから飛び降りた人を見ただろう?」
「じゃあ、尚更放っておいたら!」
「よく周りを見て」
促されるままに辺りを見渡せば、そこには驚くほどの人の波。
その全てが亡者のように一方向に行進している。
何よりも先に感じるのは、ただ恐怖のみ。
「っ、あ」
「全員口付け済みね。幸い、今すぐにどうこうというよりは、ある場所に引き寄せられているみたい」
「じゃあ、そこに」
「結界と魔女がいるだろうね、この強さならグリーフシードも持っていそうだ」
そしてマミさんは、わたしに背を向けてその一団に混ざっていく。
ようやく恐怖を振り払ったわたしも、その後姿に続こうとして。
強い口調で発せられた一言に体を縛られる。
「帰りなさい」
「わたしだって、仁美ちゃんのことが心配なんです」
「聞き分けなさい。約束したでしょう」
決して振り返ろうとはしない。
そして、決して自分の意見を折ろうともしない。
最初に約束した事もあり、これ以上粘る事は出来なさそうだった。
「あなたはあなたの事を考えなさい。あなたのお友達は、何があろうと絶対に死なせたりしないから」
そう言って雑踏へと消えていく。
その群集の中で。
マミさんの肩にいて頭の抜けていたキュゥべえが、一つこちらに目配せをする。
どうやらキュゥべえにはバレていたらしい。
だからと言って行動を変えるわけにもいかない。
ひとり静かに、脇道へと入って行った。
こっそりと集団を尾行して、着いたのは街外れの工場跡。
ある倉庫の、下ろされたシャッターの内側には、おそらく仁美ちゃんやマミさんと、他大勢の人たちがいる。
どうにかして中まで入りたいけど、さすがにこれを上げたらバレてしまうだろう。
さて、どうしよう。
「うう、いくらなんでも正面からは入れないよね……わっ!?」
がっしゃあんと。
そんな不安をよそに、倉庫の中から何かが割れるような音が聞こえる。
あれはガラスか何か、そういえば窓のようなものがあるかもしれない。
運が良ければ、そっちから入れるかも。
「ちょっと怖いけど、行かないと」
ガラスを割って放り出されたと思しきバケツを傍目にして、倉庫の側面に目を凝らす。
そうして見つけた割れた窓の窓枠にしがみつき、中を覗き込んでみた。
下半身をふと心配したが、もうそういう行動を取っても問題ないようだった。
中には変身したマミさんと、各々武器を取って襲い掛かる暴徒たち。
でもマミさんは全く動じず、銃を呼び出すこともなく、リボンで次々に縛り上げて意識を奪っていく。
そして最後の一人、仁美ちゃんを締め落とした所で、こちらに視線をやることなく言葉を飛ばしてきた。
「やっぱり、付いて来たのね」
「ひゃあ!?」
「あれほど帰りなさいと言ったのに、鹿目さんはウソつきだな」
「ご、ごめんなさい……」
やっぱりということは、初めから予想はされていたのか。
隠れている意味もなくなり、しがみついていた窓から降りようとして。
リボンに体の自由を奪われる。
「きゃっ!?」
「ごめんなさいね、これ以上あなたを巻き込めない」
「マミさん、でも、わたし」
「言ったでしょう、あなたはあなたのことを考えてと。お願いだから私のことなんて」
「イヤです! マミさんだっていつか死んじゃう、その時にわたしが何もしないでいるのはイヤなんです!!」
「あなたの気持ちは嬉しいけど」
わたしの視界にあるのは、マミさんの背中。
その顔は当たり前ながら、見えない。
「マミさん、こっち向いてください」
「できるわけないじゃない」
「どうしてですか」
「こんな、こんな顔、見せられる訳ないじゃない」
そうしてマミさんは、結界へと歩いていく。
わたしの拘束は緩まない。
締め落とされるかと覚悟したが、その気配はなく、これ幸いと声の限りに叫ぶ。
「マミさん、ほどいて、ほどいてください!」
「私が間違ってた。あなたをこんな道に誘うべきじゃなかった」
「こんな道って何ですか! マミさん、魔法少女になったこと、後悔していないんでしょう!?」
「あなた、魔法少女になること、まだ怖いでしょう」
質問には答えず、逆にこちらへの質問を投げ返してきた。
そしてそれは、思いっきりわたしの心に突き刺さる。
「友達が魔法少女になって、置いていかれたと思ったのよね」
「叶えたい願いもあって、だけどあなたの心は恐怖に揺れて定まらない」
「だから後押しが欲しい。私を助ける、友達を助ける、そういう後悔の残らないような理由が欲しい」
「でも、そんな心構えでは、魔法少女は務まらないわ」
押し殺して見ない様にしてきたあれやらこれやら。
何もかもマミさんはお見通しだった。
どこまでも汚く、弱い心を見透かされたわたしは、声も出せずただ口を開閉する。
「その優しさはきっと素敵なもの。そしてその臆病さもきっと人間として当たり前に持っているもの」
「私はそれを責めるつもりはないよ」
「だからこそあなたは、人間として生きなさい」
「暴れないでね。暴れなければ、ケガをすることもないわ」
「戻ってきたら、ほどいてあげるから」
そしてマミさんは結界に消えていく。
その背中をわたしは、ただ呆然と見送る事しかできない。
暴れるような気力はもう、どこにも残っていなかった。
魔法少女になりたいと思ったのは、事実。
記憶から消えた何か、それを思い出したいと考えているのも事実。
さやかちゃんに置いて行かれたと思ったのも、また事実。
そしてマミさんやさやかちゃんに死んで欲しくないのも、当然の事実。
そして。
わたしが弱いあまりに契約へと踏み切れず、二人を助けるという後押しで誤魔化そうとしたのも。
厳然たる事実であり、何も言い返せるものではなかった。
リボンに包まれて考える。
考えてはいるものの、何を考えているのかすら定かではない。
ぐるぐると漠然とした恐怖、そして漠然とした義務感が漂っている。
魔法少女になってはいけない。
魔法少女にならなくてはいけない。
そこにはわたしの意志だけではなく、何か別のものが介在しているようで、それでいて霧の様に掴めない。
五里霧中。
結局、わたしはどうしたいのか。
考えても答えは出ない。
答えが出る前に、現実はわたしを選択肢へと突き落とす。
しゅるりしゅるりと、リボンが解けて消えていく。
少し高い所で拘束されていたわたしは、高さのまま地面に落ちてその衝撃に顔をしかめるけれど。
肝心なのはそこじゃない。
視界にマミさんがいない。
結界からマミさんが戻ってくる様子は、ない。
その意味は。
頭でそれを理解するよりも早く、自由になった両手で携帯を取り出し、よく知る番号に通話を掛ける。
「っさや、さやかちゃん、マミさん、マミさんが!?」
『分かった落ち着け! 分かったからまずは落ち着いて状況をしっかり話して!』
「今街外れの工場跡で、結界があって、リボンで捕まって、ほどけて、マミさんがいないの!」
『……全然分かんないんだけど、マミさんがピンチっぽいことは分かった』
「とにかく早く来て、早くしないと、早くしないとマミさんが、キュゥべえもどこにもいないんだもん!」
『了解、街外れの工場って言うとあそこね。あんた変な気起こすんじゃないよ!』
そこで通話は切れる。
本当に自分でも、何を言っているのかよく分からない。
ただ分かるのは、これで全部終わったというわけでは全くないこと。
「美樹さやかに連絡したのは、いい判断だ」
「っあ、キュゥべえ、マミさんは」
「囚われたよ」
「生きてるの!?」
「ここの魔女はなかなか悪趣味でね。心の中を覗き込んで嬲るのが好きみたいだ」
「心の中って、じゃあマミさんは」
「君とやり合って相当に消耗していてね。戦う間もなく、内側からへし折られてしまった」
「そんな、それじゃ、わたし」
「まあ、君が追い詰めたようなものだね」
いつの間にか結界の外に現れていたキュゥべえ。
その子の話すことは、尽くわたしの心を引き裂いていく。
ほんのちょっとの希望と、圧倒的な絶望で。
「でも、これは君が望んでいた未来ではないのかい?」
「マミは窮地に陥った。そして、君には彼女を助ける力があるじゃないか!」
「さあ、何も恐れる事はない」
「僕と契約して、魔法少女になってよ!」
どこまでも自分が恨めしい。
こんな状況を期待して、わたしはマミさんの後ろを付いて行こうとしていたのか。
臆病なわたし。
ここまで来てまだ、マミさんの命が危険に晒されてなお、わたしは足踏みをしている。
決意なんて、ちっともできていない。
でも。
何もしなければ、もしかしたらマミさんが死んでしまうかもしれない。
わたしのせいで。
わたしのせいだ。
「ううう、うあああ、ああああああああああ」
「あぅぅぅああああ、うああああああああああああああ、あああああああああ」
「ああああああああああああ」
両目から涙がぼろぼろと溢れ出す。
恐怖に顔は歪み、体は震え、とても立っていられない。
そんなことをしている間にも、時間は過ぎていく。
マミさんがマミさんとして生きている、貴重な時間が過ぎていく。
へたり込んだわたしの手に触れる何か。
それは割れたガラスの欠片だった。
ちくりと指に感じた痛みは、一瞬だけわたしを現実に引き戻す。
そしてわたしは、一際大きい欠片を握り締め、
「っうわあああああああああああああああああああああああああっ!!」
力の限り、お腹へと突き刺した。
溢れる血と駆け巡る激痛。
頭の中すべてをそれで塗り替え、押し流し、ほんの少しの間だけ空っぽにする。
思い出すのは、いつか事故に遭った時のこと。
あの時わたしは猫を助けて死にかけて、そしてマミさんに助けられた。
その時に思った。
わたしも誰かを、誰かの命を助けられるんだと。
そして誰かをまた、助けたいと。
出来る事ならば、わたしを助けてくれたマミさんを助けるような形で、恩返しをしたいと。
わたしの考えていた事は、どうしようもない弱虫で臆病者のそれだと思う。
自分で歩き出せないから背中を押してもらおうだなんて。
でもこれまでわたしが何を考えていようと、どんな行動を取っていようと。
大切な人が窮地に陥っているのならば、やるべきことは一つのはずだ。
必要なのは、ほんの少しの勇気。
大切なものを守り通したいと、ただそれだけの簡単な気持ち。
そして、願い。
わたしを突き動かす何か、欠けてしまった記憶の欠片、それを取り戻したいと思う単純な気持ち。
それら全てを縒り合わせて。
かすむ視界と意識の中、一字一句漏らさぬよう、口にする。
「キュゥべえ」
「わたしの願いを、どうかかなえて」
「欠けてしまった記憶を取り戻したい。なくしてしまった勇気を取り戻したい」
「そして今度こそ、わたしはわたしの力で歩いてみせるから」
見えたのは、光。
お腹の熱は次第に消えて、全身に力が漲り、体が内から外から変わっていく。
そしてわたしの頭の中に、忘れていた記憶を呼び戻す。
「こんなことは、僕も初めてだよ」
「君にも同じ光景が見えているのかな」
「君の記憶は確かに欠けていた」
「しかし、欠け方が尋常ではないね。こんなに強い意志と力で消し去られるとは」
「残念ながら、君の力では、その全てを復元することはかなわなかったよ」
「まあでも、君が知りたい事は知れたんじゃないかな?」
「そうだ、君が――――名前も出てこないか、彼女を」
殺したんだね。
決意とわずかな勇気は、絶望によって塗り潰される。
その言葉が事実であると理解できてしまうわたしは、何も言えず、ただ崩れ落ちる。
「――――ッあああああああああああァァァァァァああああアアアアアアアアッアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
そして、叫んだ。
もう何も考えられない。
ただ罪悪感がどうしようもなく膨張し、心を黒く塗り潰していく。
「ほら、何を叫んでいるんだ」
「君は願いを叶えて魔法少女になったんだ。やるべきことがあるだろう」
「早くしないと、死んでしまうよ?」
脳裏に蘇ったのは、わたしが彼女を抱いているところ。
その体が溶けてなくなっていくところ。
わたしは何度も何度も謝っている。
ごめんねと、ごめんねと止め処なく繰り返している。
あなたを殺してしまって。
そして今は、マミさんを殺そうとしている。
同じようなものだ。
マミさんを追い詰めてしまったのは、間違いなくわたしだから。
手も足も頭も何もかもが動かない。
見れば手に入れたソウルジェムは、もうどす黒く濁っていた。
なんとも、あっけないなと思って。
「――――――――――――寝てろバカ野郎ッ!」
よく知った声が響き、首筋に何か衝撃を受けて。
意識が飛んだ。
【Side:美樹さやか】
ガタンゴトンと電車が揺れる。
あたしは今、マミさんから隣街にいるという魔法少女の話を聞き、そいつに会いに向かっている。
随分と妙な魔法少女らしい。
自分とはかなり考え方が違うとこぼしていたマミさんの姿を思い出す。
あたしにとっての理想はマミさんで、だからこそ、それとは違う魔法少女を見て、話をしてみたかった。
現状確認は、それでオーケー。
今気になってるのは、いきなり会いに行って、変な奴だと思われたりしないだろうかということ。
いやまあ、十中八九思われるだろう。
何と切り出せばいい?
戦い方を教えてください、あたりが無難な線だろうか。
あたしは剣、そいつは槍らしく、お互いに近接型ということでそれなりに妥当な理由になりそう。
まあ、偶然を装って知り合うのが一番なのだが、それ以外の相手の情報が少なすぎてどうしようもない。
唯一分かっているのは、人相と名前くらいで。
赤く長い髪をポニーに結んだ、少し目つきの悪い(らしい)少女。
名前は、
「…………佐倉、杏子だっけ」
名前を復唱した辺りで、目的地に到達したアナウンスが流れる。
慌ててシートを立ち、電車を降りた。
まずは接触しないと、話を聞くも戦い方を聞くもあったものじゃない。
ひとまずは街の中を歩き回って、彼女、あるいは魔女のいた跡を探してみよう。
そのついでに練習が出来れば、それに越した事もないし。
気付けば、夕方だった。
知らない街を歩き回るのは、それだけで中々面白くて、途中からは体よく散歩を楽しんでしまって。
結局、探し人どころか、魔女や使い魔を見つけることすらできなかった。
それはつまり平和ってことで、それだけ喜ばしい事なのだけれど。
ひとまずは駅に戻ろう。
マミさんに約束したため、夜になる前には戻らないといけない。
せっかく一緒に戦うと約束したのだから、それをあたしの方から破るのは、さすがに申し訳なかった。
ただしそれには一つ問題があって。
「どこよ、ここ」
完全に迷っていた。
日中は色々と人の流れがあって、どこに行くにも適当に付いて行けばよかったけれど、さすがにそうはいかない。
周囲に人気は、びっくりするほどなかった。
いや、なさすぎた。
それはつまり、そういうことだった。
「そういえば夕方は色々ヤバイんだ、気を付けてって言われたばっかなのに」
ぐらりと世界が歪み、人ならざるものの気配が周囲を満たす。
その圧力は使い魔のそれではない。
腕試しと言うには少々手に余りそうだったけれど、無理矢理に恐怖を押し殺して、ソウルジェムを輝かせる。
一人で戦うのはこれが初めてだけど。
あたしのやるべきことはこれだからと言い聞かせて。
飛び掛かった。
「ったく、見てらんないよ」
「ありがと、助かった」
「あんた新米? 見ない顔だけど、この辺あたしの縄張りだって知ってんの?」
「マミさんから聞いてる」
「あーあいつ、ってことは見滝原から来たのか?」
「うん、あんた佐倉杏子でいいんだよね」
「そーだよ」
一人での初陣は結局、ちっとも敵わずに終わった。
死にそうになった所で、探していたどうやらその人らしい魔法少女に助けられ、今に至る。
グリーフシードはこの子が持って行くことになったが、さすがに異存がある訳もない。
ぶっきらぼうに応対する佐倉杏子という魔法少女。
でもその実力は本物で、あたしが苦戦していた魔女をあっさり倒してしまった。
体勢を崩す一撃と、スピードに乗せた一撃の計二発。
今のあたしには、どっちも到底真似できっこない芸当。
「何しに来たの? まさか連れ戻しに来たとかそんなバカ話じゃないよね」
「何で連れ戻すのさ、あんたはこの街守ってるんでしょ」
「まあそうなんだけど」
「あんたに頼みたい事があって」
「はあ? あたしに?」
「さっき見たとおり、あたしまだ新米で、どうしていいのかさっぱり分からなくてさ。
その、できれば、どうやったら上手く戦えるのかとか、教えてもらえたら、なんて」
「いや、んなもんマミに聞けよ」
結構真面目に考えた理由だったのに。
ばっさりと切り捨てられてしまった。
「う、それは確かにそうなんだけど、マミさん銃であたし剣だから、どうにもよく分かんなくって」
「槍と剣も全然違うっての」
「ううう……」
「そもそも、同じ武器扱ってたにしてもさ、何であたしがあんたに教えたりしなきゃいけないんだよ」
これまでは正論ばかりで言い返すことも出来なかったけど。
その一言には、何かトゲを感じた。
そのトゲはどんどん大きくなり、気付けば敵意となってあたしに突き付けられている。
「もしかして、魔法少女はみんななかよしこよしとか思ってるお花畑の住人さん?」
「じょーだんじゃないって。あたしたちはグリーフシードを奪い合う敵なんだよ、敵」
「そんなことも教えてないのか、マミの奴は」
「とっとと消えなよ。あたしの気が変わらない内にさ」
膨らんだ敵意は長大な槍を形作り、その先端はあたしの目と鼻の先に。
構えた仕草も、気配すらも感じず、ただそこに。
一拍遅れて、背中から嫌な汗がどくどくと噴き出す。
確かにマミさんとは、余りにもタイプの違う魔法少女だったようだ。
震える声を自覚しながら、それでも否定したいその一言に、子供のように抗う。
「じゃあ、なんであたしのこと、助けてくれたの」
「……あまりにも弱いから、巻き込まれた一般人かと思っただけ」
取り付く島もない。
反論したかったけど、今のあたしには何もかも足りなかった。
歯を食い縛りながら、視線を外し、一歩後ろに下がろうとして。
プルルルルル。
空気を破って、携帯がいきなり鳴り響く。
正直言ってだいぶ驚いたけど、なんとか表情に出さず、槍を挟んだ向こう側に問い掛けた。
「出ていい?」
「好きにしやがれ」
電話の向こうは完全にパニックに陥っていた。
声の主は間違えようもないが、その慌てようは、何かの間違いであって欲しいくらいだった。
『っさや、さやかちゃん、マミさん、マミさんが!?」
「分かった落ち着け! 分かったからまずは落ち着いて状況をしっかり話して!」
『今街外れの工場跡で、結界があって、リボンで捕まって、ほどけて、マミさんがいないの!』
「……全然分かんないんだけど、マミさんがピンチっぽいことは分かった」
『とにかく早く来て、早くしないと、早くしないとマミさんが、キュゥべえもどこにもいないんだもん!』
「了解、街外れの工場って言うとあそこね。あんた変な気起こすんじゃないよ!」
携帯の通話モードを切り、一度深呼吸をして状況を整理する。
情報は聞き出せた、が。
何をするべきか頭では分かっていても、体がそれに付いていかない。
マミさんがピンチ。
それは魔女がそこにいるということ、そしてその相手を出来る人がいないということ。
それはつまり。
「行かなきゃ」
そこまで考えて、さっきまで話していた相手の方を振り返る。
佐倉杏子は、槍も下ろし、変身も解き、こちらに背を向けてぼんやりと空を眺めていた。
頼れないか。
「もう一個頼みがあるんだけど」
「お断りだ」
「まだ何も言ってないじゃん。マミさんがピンチらしくて」
「知るかよそんなの」
「あんた、マミさんの弟子だったんじゃないの」
「昔の話」
「……じゃあ、もう、いいよ」
時間の無駄だったらしい。
踵を返して、駆け出そうとして。
すぐに足を止めた。
このまま我武者羅に走っても、とてもマミさんのところに辿り着けそうにはない。
「駅の方向だけ」
「あっち」
「さんきゅ」
指で示してくれた方向を睨んで。
駆け出した。
「……クソが」
背中越しに聞こえた声には、苛立ちが含まれていたけれど。
何を言ってるのかはもう分からなかった。
走っても走っても、周囲の光景は変わっていかない。
時間はないのに。
こうしてる間にも、マミさんやまどかが、ピンチに陥っているのかもしれないのに。
どうしよう。
頭は焦りで動かないため、ひとまず足を動かし続けることにして、結局事態は打開されない。
そして突き当たったT字路を右に曲がったところで、街灯の上から声が飛んできた。
声の主は、さっきまで話していたはずの、真っ赤な魔法少女。
「バカかてめーは」
「あんた」
「ついさっきまで槍を突き付けてた相手が、素直に方角なんか教えてくれると思うのかよ」
「なに、ってことは」
「おまけに呑気に道なんて辿るしさ。下手すると信号に踏切まで守る勢いだね、時間もないのにさ」
「バカにしやがって何しに来たんだよ、騙されたあたし笑いに来たっての!?」
「まあ、それもいいかもしれないんだが」
「……ぶっ飛ばしてやる」
頭に血が昇るのがはっきりと分かる。
どうやらこの子は、とても協力なんて仰げる子ではなかったらしい。
そう言えばマミさんも、あたしを止めようとする素振りを見せていたと思う。
あたしが傍にいれば、こんな子に会いに来ようと思わなければ、こんな事にもならなかったかもしれないのに!
「落ち着けよ。同じ醜態なら、マミの野郎のを見てやるのもいいと思ってな」
「えっ、ちょっと」
「ほら選べ。このまま時間切れになるか、もう一度あたしのことを信用してみるか」
その血は思わぬ言葉に冷やされ降りていく。
そして道にすら迷う有様のあたしに、選択肢なんてある訳もなくて。
「……信じる」
「物好きなヤツだな。場所教えろ」
「見滝原の工場跡。だいぶ前に操業停止した」
「ああ、あそこね。んじゃ飛ぶからしっかり掴まってろ」
「飛ぶって何ひゃああああああああ!?」
「魔法少女なんだろお前、これくらい出来ないでどうするんだよ」
手を掴まれて、そのまま一気に空へと飛び出した。
勢いの元は槍。
何がどういう理屈なのかは分からないが、巨大な槍に牽引される形で、あたしたちは空を飛んでいる。
「条理を超えた存在なんだろ、あたしたちってのはさ」
とてもまずい状況にいるのは確かだし、こいつはろくでもない奴であるはずなのに。
見せ付けられた力を前にして、どこか高揚しているあたしがいた。
「ほら、もう着くぞ」
「ちょっと、こ、これどうやって降りるの?」
「あ? 飛び降りるんだよ」
「は!?」
「口は閉じてな、舌千切れるよ」
空中に居た時間は数分もなかったかもしれない。
言うや否や、下方向へと一気に飛ぶ。
慣性に従って強烈な速度で落下するあたしの視界は、何もかもが光の尾を引く直線になってもう何が何だか。
ただ出来る限りの手を尽くして、身を守ろうと力を外に放出して。
重力に引かれるまま、少し空いたスペースに、とてつもない勢いで突っ込んだ。
「う、ううう……あれ?」
「こんなモンで魔法少女が死ぬかっつうね、ビビってんじゃないよ」
「っそんな事言ってる場合じゃない、マミさんとまどかは!?」
「多分あの倉庫、行くよ」
「――――――――――――寝てろバカ野郎ッ!」
中に入るなり見えたものは、聞こえたものは、この世の物とは思えない声で叫び続ける親友。
その姿は、誰がどう見ても、魔法少女のそれだった。
不安が胸を埋め尽くし、体が動くに任せて、まどかの意識を奪う。
力加減は心配だったが、とてもそんなことは言っていられなかった。
意識を失ったまどかを床に横たえると、一緒に突入した杏子の姿を探す。
彼女はすぐに見つかり、そしてまたすぐに視界から消えていく。
結界の中に沈んでいく。
「ごめんまどか、ちゃんと起こしてあげるから」
目まぐるしく移り変わる状況に頭の整理は付かない。
ただ杏子の後を追おうと思って。
余計なことを考えるまいと首を振って、視界の隅に、一つの存在が映りこむ。
「危ない所だったね」
「キュゥべえ。あんたまどかに何したの」
「僕は彼女の願いを叶えただけさ」
「まあいいや、あとでしっかり聞く」
聞くも何も、今言った以上のことはないんだけど、と不思議そうに首を傾げるキュゥべえ。
これ以上は時間がもったいなく感じて、結界へと足を向ける。
回りには恐らく魅了されたらしい一般人が大量に眠っている。
その中には恐ろしい事に、仁美の姿もあった。
その事実は強烈なショックだったが、しかし、気絶しているという事は今は大丈夫だろう。
だが逆に、一刻も早くこの魔女を倒してしまわないと、目を覚ましたら何をするとも分かったものではない。
まどかをそんな場所に放っておいていいものか、少し悩んで。
「……連れて行こう」
背にまどかの小さい体を抱え、半ばまで黒く濁ったまどかのソウルジェムをしっかりとしまった。
その軽い軽い体は、だけど重くあたしの両肩に圧し掛かる。
「しっかりしろ、あたし」
あたし一人の命じゃないんだから、絶対に死んだりできないからね。
そう言い聞かせ、置いていかれたかと心配しながら、結界へと侵入して行った。
「んだよ、連れて来たのか」
結界の中は狭かった。
フラスコのように下部が少し広がった円筒空間に存在しているのは、二人と一つと有象無象。
杏子と、マミさん、それに魔女と思しきモノと使い魔。
マミさんはぐったりしながら、杏子に抱えられていた。
「マミさん!?」
「無事だよ。ほら」
「わわっと」
まどかに割いていた両手のうち、何とか片手でその体を支える。
それは驚くほど軽くて。
本当に生きているのかと不安になってしまうくらいに。
「二人抱えて動けるなら結界から出ろ。動けないならそこで使い魔どもの相手しとけ」
「え、でも、あんたは」
「足手まといを連れて戦うのは趣味じゃないんだよ」
そう言い捨ててまた飛んでいく。
その動きを目で追うのもやっとだったあたしは、確かに今は足手まといなのだろう。
悔しいが事実だから。
「マミさん、マミさん! 大丈夫ですか!?」
「………………う、ん」
「よかった……」
それよりも、あたしはあたしのやれることを。
手伝わないと一度言った杏子が結局助けてくれたのは、きっとこの人を助けたかったからで。
その人を預かった以上、ヘマをする訳にはいかない。
「来なさいよ。あたしはまだ半人前だけど、一丁前には怒ってるんだからね」
まどかとマミさんを後ろに降ろし、庇う位置で使い魔どもと対峙する。
構えた剣の震えはどうにもまだ誤魔化せないが、それを向ける相手は間違えようもない。
「ったく、くだらねえ魔女に苦戦しちゃってさ」
「ごめんなさい、面目ないわ」
そしてすぐに戦いは終わった。
あたしが使い魔を必死に数体潰した所で、杏子が本体の魔女を貫いて。
グリーフシードを落とし、結界が消えて、倉庫に全員で戻ってきて、それだけだった。
マミさんは何とか立って歩けるくらいには回復した。
でも、まどかがまだ目を覚まさない。
状況を詳しく聞きたい所だったけれど、この子が起きないことにはそれどころじゃない。
「どうしよ、強く叩き過ぎたかな……」
「そんなヤワなもんじゃねえし、その内起きるだろ」
そう言って杏子は、まどかのソウルジェムを持ち上げる。
それは尋常ではなく濁り、明らかな異常を示している。
やや表情に影を落としたマミさんが、ソウルジェムを受け取り、懐からグリーフシードを取り出し、穢れを移していく。
「ごめんなさい、私がいない間に何があったのか、教えてもらえないかしら」
「はい、ただ、あたしも良く分かってないんです。まどかから妙な電話があって、急いで駆け付けたら」
「ヤバイ声で叫んでて、こいつが殴って気絶させた」
「この子、忘れた何かを思い出したいって言ってました。その内容に何かあったのかも」
「……そう、ありがとう」
そう言うとマミさんは、濁り切ったグリーフシードを一つ、沈黙を続けるキュゥべえに与え、もう一つ取り出す。
とても一つでは浄化し切れないらしい。
一体何があったのか、そういえばこいつに問い詰めることにしていたんだった。
「キュゥべえ、何したんだよ」
「だから言ってるだろう、僕は彼女の願いを叶えただけだ」
「じゃあ、どうしてまどかはあんなことになってんのさ」
「あんな記憶を思い出した割には、まだマシな状態だと思うよ? 君の処置が良かったからね」
まだマシ。
その一言に強い引っかかりを感じて。
アレ以上悪い状態がどこにあるのかと問おうとして、その必要はすぐになくなる。
「あと少し遅ければ、まどかは、魔女になっていただろうからね。まったく、気絶させるというのは確かに有効だ」
「……へ?」
「ソウルジェムが無事なのだから、君の心配しているようなことも起きないよ。安心するといい」
「ちょっと、何言ってるのさ、訳分かんないんだけど」
「君を褒めているんだよ。良かったじゃないか、親友をその手で殺さずに済んで」
「だから何を」
言葉を受けた頭が麻痺したように動かない。
壊れたレコーダーのように同じフレーズを繰り返していると、背後でどんと音がする。
振り返れば、杏子がマミさんのお腹に拳を叩き込んでいた。
「ああ、なるほど、確かに気絶させんのは有効だな……クソッタレが」
「ちょっと、あんた何してんの!?」
「うっせーなとっとと転がってるグリーフシード取ってこい、こっちも余裕ねえんだよ!」
言いながら杏子もグリーフシードを取り出し、マミさんのソウルジェムに押し当てていた。
その濁り方はまどかの時と同じくらい、いやもっと酷いかもしれない。
慌てて駆け出し、ついさっき手に入れたグリーフシードを拾い、投げ渡した。
それすらもすぐに使い切り、杏子は舌打ちをしながら二つ目三つ目と次々に取り出しては濁りを移していく。
マミさんの表情は、普段とあまり変わっていない。
異常なのは顔色。
真っ青だった。
おそらくは自分もそうなっているだろうと想像しながら。
「ちょっと、なんなのさ、これ、説明してよ」
「考えた事なかったのか、力を使い果たし、ソウルジェムを完全に濁らせた魔法少女がどうなるのかなんて」
「そりゃあ、力を使えなくなるってマミさんが」
「そんでどうなるんだよ」
「え、っあ、ああ」
「アイツの言った事が正しければ、だがな」
杏子はキュゥべえの方を振り向く。
その視線にあたしにもわかるぐらいの殺意を込めて。
あたしも戸惑いながら、それが意味するところを必死に考えながら、首を動かす。
キュゥべえは、何も動じていない。
「僕は嘘は付かないよ? ただ聞かれなかったから言わなかっただけで」
「あーそうだな、骨身に染みてるよクソが」
「もうちょっとでその証拠を見せてあげられたんだけどね。君たちはさすがに優秀だ」
「ぶっ殺すぞ?」
「ああ、それは勘弁してほしいな。スペアを用意するのもタダじゃな」
二人の会話の途中だったけど、抑え切れなくなった。
それがどういうことなのかようやく理解して、怒りに任せて剣を横薙ぎに振り抜く。
キュゥべえの体を綺麗に二分割したところで、
「タダじゃないんだけどな」
頭の上に、声と重み。
さらに頭に血が昇るけれど、位置が位置でうまく剣を当てられない。
「あんた、あんた、何てことを」
「やだなあ、僕は君たちの願いをちゃんと叶えてあげたじゃないか」
「その代わりに魔女になって死ねだなんて、ふざけんじゃないわよ!」
「仕方ないだろう。奇跡の代償とはそういうものだ」
さらに挑発され。
何が何でもいいからとにかくこいつを切り刻んでやると、さらに怒りを燃やして。
もう自分ごとでもいいからたたっ切ろうとして。
目の前に赤い影が入り込む。
「おい、落ち着け」
「これが落ち着いてられる訳ないでしょうが!」
「いいから、落ち着け」
そう言われ、一拍置かれた後。
思いっきり左頬をぶん殴られ、一瞬だけ意識が飛んだ。
「頭冷えた?」
「痛くて熱持ってるけど、まあ」
「そっか、あんたまで殴り倒さなきゃいけないところだったよ」
「殴り飛ばされはしたけどね」
ちょっとだけ冷静さを取り戻して。
あたりを見回してみれば、もうキュゥべえはいなくなってしまっていた。
言うだけ言って、行ってしまった。
残されたのは、気絶した群集と、気絶させた魔法少女二人と、あたしと杏子。
呆然とあたりを見回してみて、ここまで起きた事を頭の中で整理してみて、改めて爆発しそうになる。
キャパ超えって奴だった。
「で、どうしよう……」
「とりあえず、こいつら寝かせっぱなしにする訳にもいかねーし」
「警察呼んで、あとは」
仁美たちは、警察に任せておけばいいだろう。
でもこの二人は訳が違う。
今は眠っているけれど、一度起きてしまえば、どうなってしまうのか想像も付かない。
「マミはあたしが預かる。家なら知ってるから、連れて行く」
「うん、よろしく、あたしはまどかを」
家に連れて帰せばいいかと思ったけれど、この状況をどう説明したものか。
殴って気絶させましたなんて言う訳にもいかないし。
そして良く見てみれば、魔法少女の変身を解いたまどかの制服は、血塗れだった。
「このバカ、一体何してんのよ」
「ソウルジェムさえ無事なら、あたしらは大丈夫みたいけどね」
「そういうことじゃないの、もう、せっかく治ったのに……」
病院に連れて行こう。
それなら、あたしがずっと傍にいても怪しまれない。
何よりも、こんな姿のまどかを、家に連れて行けるわけがなかった。
およそ行動の指針は決まった。
でも、どうしても一つだけ理解できなくて、横でマミさんを抱えようとしている杏子に問い掛ける。
「あんた、どうして平気なの」
「あたしは自分のためだけに魔法少女をしてた。今更どう死のうが、おんなじだ」
「じゃあ、どうしてあたしたちを助けてくれたの」
「……気まぐれ」
言い残して、壁の穴から飛び立って行った。
でもその気まぐれがなかったら、今頃あたしたちは全員仲良く魔女にでもなっていたのだろうから。
今度会った時にはちゃんとお礼を言おう。
そんな普通の思考が出来ている事に今更ながら非現実感を覚える。
今まで倒してきた何体かの魔女も全部、元は魔法少女だったのだろうか。
それを考えるだけで背筋に寒気が走って、無理矢理頭から押し出した。
同じ道を歩もうとした親友と、道の先を歩んでいた先輩。
二人はどうなってしまうのだろう。
あたしはこれからどうなるのだろう。
頭を満たす苦悩は留まる事を知らず、ただあたしはそこに居続ける事が怖くなって、病院へと飛ぶ。
皮肉にも、手に入れた力を存分に揮いながら。
「う、ん」
「ようマミ、気付いた?」
「佐倉さん、どうしてここに」
「あたしが運んだからな。そりゃいるだろ」
「そう、ごめんなさい、また迷惑を掛けてしまって」
「いいよ別に」
「あら、優しいのね」
「そんなんじゃねーし」
「ねえ佐倉さん、質問があるんだけど」
「何だよ」
「私のソウルジェム、どこにあるのかしら」
「あたしが持ってる」
「返してくれない?」
「ダメだ」
「何でよ」
「お前の考える事くらい、お見通しなんだよ」
「そっか」
「ちょっと寝てろよ。色々ありすぎて疲れただろ」
「うん、そうしようかな」
「しばらく住まわせてもらうからね。空き部屋借りるけど拒否権ねーから」
「断ったりなんてしないよ。おかえりなさい、佐倉さん」
「ああ、ただいま」
「ん、早いじゃん」
「佐倉さんこそ、もう起きてたんだ」
「まあそりゃ、寝てる間にこれ取られる訳にもいかないからね」
「私のなのに」
「今はあたしのだから」
「あれ、今私プロポーズされたのかしら?」
「バカなこと言ってんじゃねーよ」
「ちぇっ」
「学校は行くのか?」
「ううん、ちょっと気分じゃないかも」
「そっか」
「一日ゴロゴロしてたいな。佐倉さん、ご飯作ってもらってもいい?」
「仕方ねーなー」
「わあい、楽しみ」
「んーテレビつまんないなあ」
「あたしは普段見ないし、なかなか新鮮だけど」
「バラエティが面白くないのよね。そのせいで後に続く番組も流れで」
「お前ドラマとかあんまり見ねーの?」
「演技が臭すぎて、あまり好きじゃないのよ」
「まあそれはなんとなく」
「ちょっと前までは毎週楽しみでたまらないくらいだったんだけど、不思議なものよね」
「大体そんなもんだろ」
「そうかもしれないわね」
「でもじゃあ何でテレビ付けてんの?」
「惰性みたいなものかしら」
「金もったいねーな」
「ずっと静かなのも、何かイヤじゃない」
「そうか? あたしは別に嫌いじゃないけどな」
「ふふ、たまにはいいかしらね」
「もう夕方か」
「意外と早いのね。何もせずにいるのも、悪くないな」
「晩飯の材料でも買ってくるよ」
「あ、それなら私も行くわ。ホムの散歩もしなきゃいけないし」
「ホム? ああ、この黒猫か」
「にゃーん」
「コイツ何食うの?」
「基本的にはキャットフードだけど、ぬるく温めた牛乳も必要かな」
「へー」
「ふふ、嬉しそう。散歩に連れて行ってあげるの久し振りなのよね、悪いことしちゃったな」
「んじゃ行こうぜ、日が暮れちまう」
「あ、ソウルジェムも持って行くのね」
「当たり前だろ、ただ魔女に会っても使わせないからな」
「じゃあちゃんと守ってね、ナイト様」
「きめえ」
「うるさいなー」
「そうだ佐倉さん、お風呂一緒に入らない?」
「は?」
「そんな変な顔しないでよ、いいじゃない少しくらい」
「まあ別にいいけど」
「やった」
「そんな大きかったっけ?」
「ちょっときついけど、どうにかなるわよ」
「どうにかってお前」
「ほら、バスタオル。行きましょ」
「楽しそうだな」
「ええ、とても楽しいわ」
「そろそろ寝るか」
「そうね」
「んじゃまた明日な、おやすみ」
「ねえ佐倉さん」
「何だよ」
「もう一度だけお願いしたいんだけれど、私のソウルジェム、返してくれないかしら」
「今日ずっと隙あらば奪い返そうとしてたな」
「ああ、やっぱりバレてるんだ」
「ダメなのかよ」
「……もう私、限界みたい」
「怖いの。ずっと、ずっと、ふと気を緩めたら、このまま魔女になっちゃうんじゃないかって」
「考えないようにすればするほど、忘れようとすればするほど、頭に鮮明に浮かび上がってくるんだ」
「魔女に囚われた時ね、ずっと言われ続けたんだ。お前がまた一人引き摺り込んだって」
「あの時はよく分からなかったけれど、今なら分かる」
「しかも、気付いたら、また一人」
「この子だけは魔法少女にしてはいけないと、そう思った子まで」
「ヒーローになりたかった。みんなを救って幸せを振りまく、そんな存在になりたかったんだ」
「でも私が振りまいたのは、絶望だった」
「美樹さんも、鹿目さんも、きっとそれ以上多くの人も、全部、私がこの手で」
「私なんか、あの時死んでれば良かったんだ!」
「魔法少女になんてならずに、パパやママと一緒に死んでれば良かったんだ!!」
「言いたいことはそれだけか」
「まだ色々あるけれど、概ねそんなところかしら」
「よし、殴らせろ」
「……殴ってから言わないでよね、痛いなあ」
「二度と言うなよ」
「手厳しいな、佐倉さんは」
「お前にそんなこと言われたら、あたしやあいつらは、どうしたらいいんだよ」
「ごめんなさい」
「あいつら、お前が助けたんだろ?」
「そうね」
「お前が死んでたら、あいつらも死んでたんだろう」
「この状態も、同じようなものじゃない」
「……なあ、マミ………」
「ごめんなさい……」
「私、眠ろうと思うの」
「マミ」
「あなたがそれを許してくれないなら、せめて」
「やめてくれよ」
「ごめんなさいね、私、弱虫だ」
「頼むから」
「あなただって、私の頼みを聞いてくれないでしょう。お返しよ」
「マミ」
「意地悪したい訳じゃないの」
「んなこと分かってるよ」
「ただ、私は、もう、ダメなんだ」
「マミ」
「佐倉さん、ありがとう」
「マミ」
「この一日の思い出、ずっと忘れないから」
「マミ…………」
「もしあなたがその気になったら、私はいつでも構わないから」
「死んでもやってやるもんか」
「死なないでくれると嬉しいな」
「お前がそれを言うのかよ」
「ふふ」
「布団、一緒に入ってもいいか」
「大歓迎」
「んじゃ失礼して」
「冷えてるわね。風邪引いちゃダメよ」
「ああ、気をつけるよ」
「うん、でもあったかい。人肌っていいな」
「そっか」
「色々押し付けちゃうけど、ごめんね」
「そう思うならさ」
「ごめんね」
「ったく」
「…………」
「なあ、マミ」
「…………」
「あたしもさ、お前がいたからここまでやってこれたんだと思うよ」
「…………」
「ごめんな。あんな風に飛び出しちゃって」
「…………」
「また会えてよかった」
「…………」
「それなのにさ」
「…………」
「なあ、目開けてくれよ。イヤだよこんなの」
「…………」
「マミ」
「…………」
「マミ………………」
「……………………バカ」
「あれ、杏子」
「呼び捨てかよ」
「いいじゃん別に」
「まあいいけどさ」
「どうしたの?」
「伝える事と、聞く事があってね」
「何さ」
「マミは寝たよ。しばらく起きないらしい」
「そうなんだ」
「驚かないんだな」
「そんな気はしてたから」
「あのバカ野郎、あたしに押し付けるだけ押し付けて、行きやがった」
「ごめんね、世話になるよ」
「泣いてんじゃねえよ」
「無理だって」
「で、聞く事って何?」
「もう一人いたろ。あいつは起きたのか」
「ううん」
「そうか」
「あんたらしくないね」
「言ったろうが、押し付けられたって」
「ろくでもないヤツかと思ったけど、律儀なところもあるんだね」
「またぶん殴ってやろうか」
「遠慮しとく」
「あたしはしばらくマミのマンションにいるから。なんかあったら適当に連絡して」
「うん、ありがと」
「落ち着いてんだな」
「なんか容量オーバーしちゃってさ、考えようとしても頭うまく動かないんだよね」
「長生きしたいなら、それが一番じゃないの」
「そうかもね」
【Side:美樹さやか】
結局、しばらくはあたしと杏子との二人で、見滝原と風見野を守っていく事になった。
突きつけられた問題は全部横に置いておいて。
考える事は諦めて、ただ、生きるために。
戦いの中でケガをしては、杏子に怒られて、魔力を使って治療して、グリーフシードを使って穢れを取って。
学校にも行って、依然として目を覚まさないまどかとマミさんのお見舞いに行って。
そんな生活を一週間くらい続けた。
そして今日もまた、あたしはまどかの病室に来た。
「あれ、仁美じゃん」
「さやかさん、お邪魔しています」
「それって別にあたしに言う言葉じゃなくない?」
「まどかさんに言っても、返事が貰えないものですから」
何度か来ているみたいではあったけど、こうして仁美と同時に病室にいるのは初めてだった。
言って向ける視線の方には、なおも眠り続けるまどかの姿。
色々と取り付けられた機器の数値は、ここ一週間全く変わっていない。
「どこも悪くないのに、どうして目覚めないんでしょう」
「仁美さ、いつか保健室でまどかがおかしくなったの覚えてる?」
「ええ、忘れたくても忘れられませんわ」
「あの時の記憶、戻ったみたいでね」
「どんなものだったのか、分かりますか」
「ううん。でも、思い出した結果はこれだった」
「……そうなんですの」
二人揃って顔を下に向ける。
そういえばもう、ここ数週間は、三人で一緒に行動していなかった。
まどかがいなかったり、あたしがいなかったり、仁美がいなかったり。
普通に日常を過ごしていた日々は、遥か遠くに消えてしまっていた。
ただ一人残った普通の友人。
彼女もまた魔女に囚われていた事を思い出し、無性に不安になって問いを投げ掛ける。
「仁美はさ、どこかおかしくなったりしてないよね?」
「実は私も少し、本当に大したことではないのですが」
「何があるってのさ」
「寂しいです」
「寂しい?」
「まどかさんが眠ってしまって、さやかさんは何か他の方と忙しそうで、一人になるとつい考えてしまうんです」
「……ごめんね。あたしのせいか」
「そんなことはありませんわ、どう考えても私のワガママです」
「説明できるのならしてあげたいんだけど」
「事情があるみたいですし、無理に聞こうとは思いませんわ」
「悪い、ありがと」
「ただ、まどかさんみたいに眠ってしまったら、許しませんわよ」
「うん、気をつけるから」
あたしたちと同じように、仁美にも相応の負担が掛かっていて。
まどかを見つめる目はとても悲しそうだった。
当たり前だ。
仁美ならなおさら、だった。
「また、まどかさんはここに戻ってきてしまいましたね」
「そうだね」
「せっかく歩けるようになりましたのに、今度は起き上がることもできないなんて」
「きっと目覚めるよ。歩けるようにもなったんだからさ」
「そう信じますわ」
今日はもう帰ろう。
そう提案して、久し振りに仁美と二人で帰路に着いた。
学校のことやら将来のことやら、他愛のない話に没頭していると。
前から見知った顔が歩いてきた。
買い食いも大概にしないと太るよ、と言いかけて、殴られそうだと思い直し適当に呼び掛ける。
「杏子ー」
「よ」
「あら、新しいお友達ですの?」
「そんなんじゃねーよ。ただの仕事仲間だ」
「仕事ですか、お疲れ様ですわ」
あたしたちの年齢で出来る仕事なんてないはずなんだけど。
仁美は追求せず飲み込んでくれた。
そして、杏子がここに来たってことは、やらなきゃいけないことが出来たということだった。
寂しいとこぼしていた彼女を置いていくのはとても心が痛むけれど。
絶対に巻き込むわけにはいかないから。
「ごめんね仁美、あたし用事が」
「ええ、わかってますわ」
「悪いね、借りるよ」
手を弱弱しく振る仁美を残して、路地裏へと走っていく。
やるべき事があるのだからと自分に言い聞かせて。
魔女も何とか一人で片付けられるようになった。
収束して消える空間を傍目に、剣を振るった上空からなんとか姿勢を崩さずに着地する。
「ふう、おしまいっと」
「一撃が軽い。そもそも速度が足りない」
「厳しいなー」
まあもっとも、こんな評価は相変わらずなのだけど。
肩をすくめながら落ちたグリーフシードを拾って、しばし考える。
生きることは殺すこと。
殺した時に否応無く思い知らされてしまう。
誰かに絶望を押し付けて生きていると。
「ほら、杏子」
「使わなくていいのかよ」
「マミさんのソウルジェムを保つ分も必要でしょ」
ただ死にたくないから生きているあたしたち。
生きていることにも疲れ眠ってしまったマミさん。
どちらの選択が正しかったのだろう。
いや、そもそも正しい選択はそこにあるのだろうか。
グリーフシード、悲しみの種。
絶望が絶望を産んで、生まれた絶望はまた誰かに押し付けられていく。
誰も幸せになれない。
魔法少女というシステムは、とことん皮肉に出来ていた。
まどかは何も知らずに眠っている。
それはきっといいことかもしれなかった。
このまま目覚めないほうが、と一瞬考えてしまって。
「おい」
「っ、わ」
「考えんなっつったろ」
「悪いね、どうも」
「誰だって誰かを殺して生きてる。魔法少女も、人間も、その他の動物諸々も」
「そんな簡単に割り切れないよ」
「割り切れない奴から死んでくだけだよ」
「あんた……」
「……言い過ぎた。今日はもう行くわ」
そう言って杏子は立ち去っていく。
残されたあたしは、家に帰るという気にもならず、かといってそこに残り続けるわけにもいかず。
気付けば足は、病院へと向いていた。
「まどか、あたし分かんないよ」
「死にたくないけど、生きていていいのかも分かんない」
「願いを叶えるってことは、そんなにいけないことだったのかな」
もうすっかり日は暮れてしまって。
とっくに面会時間も過ぎていたけど、窓から忍び込む事くらい今のあたしには造作もない。
一人部屋のまどかの病室には誰もおらず、ただ機器がピッピッと定期的に音を出している。
話し相手が欲しくて。
一人だと潰されてしまいそうで。
ただ言葉を吐き出していく。
「恭介が治ったのは、すごく嬉しい」
「でも、そのツケがこんなに大きいなんて、思ってなかった」
後悔している訳じゃない。
それしか選択肢はなかったと思っている、けど。
「あたしもいつか死んじゃうのかな」
「あんな風に、何もかもを呪いながら、殺されていくのかな」
「イヤだよ、死にたくないよ」
「でも、いっそのこと」
「死んじゃった方が、楽なのかな」
口が歪むのを自覚して。
まどかの腕を握りながら、ベッドへと突っ伏してしまう。
点滴用の管を刺されたまどかの腕はとても細かった。
その感触が、まるでこれから死に逝く者のそれのようで、思わず涙が溢れて。
布団をどんどんと塗らしていってしまう。
怖い。
死ぬのは怖い。
自分からそんな選択は、とてもできない。
ただ緩慢に生き続けて。
いつか魔女になって殺される、そんな未来しか見えない。
そしてそれは、あまり遠い未来ではないのかもしれない。
自分のソウルジェムに、ごぽりと濁りが現れるのが、分かってしまった。
「ダメだよ、死んじゃ」
「死んだら何も出来ないんだから、絶対に死んじゃダメだよ」
思わず顔を跳ね上げた。
その先には、両目に涙を溜めながら天井を見上げる、まどかの顔があった。
「……まどか」
「そんな悲しい事言わないで。お願いだから」
「誰が言わせたと、思ってんだよこのバカ野郎!」
「ごめん、ごめんね」
実際まどかは何も悪くないと、言ってから気付くけど。
心配を掛けさせたというのは事実だから、とりあえず撤回はしない。
握る細い腕には仄かな体温。
それは命がそこにあると、言っているようだった。
部屋の静寂を、まどか言葉が少しずつ壊していく。
その響きに、目覚めの喜びの感覚は、不穏な何かに塗り替えられていく。
「ほんの少しだけど、思い出せたんだ」
「わたし、人殺しだったよ」
ううん、人消しかな?
あはは、まるで消しゴムみたい。
そんなことを自虐的に呟くまどか。
言ってる中身は半分も理解できないのだけど、相当に物騒なことを言っていることは分かって。
「あんた、何言ってんのさ」
「わたしもよく分からないんだ。記憶のほんのひとかけらだったから」
「じゃあ、なんで」
「なんでだろうね。わたしも信じたくないけど、でも分かっちゃうんだ」
そう言ってまどかは、ベッドから上体を起こすと、虚ろな目で病室を見渡す。
そこに異常は感じられない。
あたしには、ただの病室に見えるけれど。
「この部屋にいたはずの、あなたを」
「わたしは、消してしまった」
その目は何を見ているのか。
その声は、誰に語りかけているのか。
それは分からない。
分からないけれど。
「だから、なんだってのよ」
腹から声を吐き、立ち上がり、強引に肩を掴み、まどかの意識を引き戻す。
面食らったような顔。
急なトラブルにうまく対応できないところは、昔と何ら変わっていない。
素直で優しくて親切だけれど、強気になりきれず一歩を踏み出せないのが、あたしの知ってるまどかだから。
「あんたが悪い子じゃないのは、あたしがよく知ってる」
「殺したんだか消したんだか知らないけど、引っ込み思案で臆病なあんたがそんなことをするんだから」
「どうせなんか事情があったんでしょ?」
強く揺さぶる。
どうか目を覚ましてと願いながら。
今のまどかは、こうして動いて喋っているけれど、起きていない。
たった一つの記憶に支配されて。
それだけで自分の存在を、否定しようとしている。
だったらその目を覚ますのは、親友と自負するあたしの役目のはずだったから。
「さやかちゃんにはわかんないよ」
「分かるわけないでしょうが、あんただって分かってないくせに」
「わたしは」
尚も拘泥しようとするまどかを、睨んで無理矢理黙らせる。
体を揺さぶるのはやめて、代わりに思い切り力を握る肩に込める。
顔が少し歪んでいるけれど、やめてやるつもりもない。
「もしあんたが、自分のしたことに対して何か償いをしようとしているのなら」
「まずは全部思い出して、それから何をするのか考えなよ」
【Side:鹿目まどか】
正論だった。
わたしに言い返すことは、できなかった。
もう願い事は使ってしまったけど。
どうやったら思い出せるのか、まるでわたしには分からないけれど。
消してしまった存在の記憶。
その欠片を探し集めることが、わたしのやるべきことのようだった。
そこまで考えた所で、急速に頭が冷えていく。
脳いっぱいに広がっていた罪悪感に隠れていた、もう一つの不安が現れた。
「マミさん、マミさんは、どうしてる?」
「家にいる、けど」
その言葉はマミさんの無事を示しているはずなのに。
どうしてかさやかちゃんの歯切れは悪い。
今度はわたしが、さやかちゃんを揺さぶる番だった。
「マミさん、何かあったの、もしかしてわたしが」
「ううん、まどかのせいじゃない」
「……会いに行ける?」
「う、ん」
どうしてかさやかちゃんは、視線を下に落として目を合わせてくれない。
じっとしてはいられなかった。
体に刺さっている管やら何やらをまとめて引き抜いて。
病院服の代わりに魔法少女の衣装を纏って、窓を開け放つ。
あんな別れ方イヤだから。
さやかちゃんが後ろに続いていることを確認して、壁を蹴り外に飛び出した。
到着したマミさんの家で出迎えてくれたのは、見たことのない女の子。
さも当然のように振舞うその様子に、一瞬だけパニックに陥ってしまう。
「ああ、来たのか」
「え、あれ、わたしここ」
「大丈夫、ここマミさんの家で間違いないから」
「古い知り合いでな。ちょっと居候させてもらってる」
「マミさん、いますか?」
そのパニックはすぐに落ち着くけど。
ああ、いるよと返る声が、どこか重い。
その子の表情にもまた、翳りがあった。
胸を締め付けられる悪寒に耐えながら、いつか歩いた廊下を自分の足で進む。
進む内に、わたしの胸にホムが飛び込んできた。
「にゃーお」
「ごめんねホム、しばらく会いに来れなく、て」
その名前を発すると同時に、何か突き刺されたような痛みが脳髄に走った。
それはきっと、わたしの記憶に関係する何かに違いないのだけど、今はそれよりも確認しなきゃいけないことがある。
ドアの一つを開けて、寝室と思しき部屋に入って。
そこにはマミさんがいた。
「マミ、さん」
とても穏やかに、眠っていた。
その寝顔はとても安らかで、とても幸せそうだった。
「マミさん」
ほんの僅かに寝息が聞こえて。
それはマミさんの生きている証で。
ソウルジェムも、少し濁ってはいるけれど無事にそこにあって。
だけど掛ける声に返事はない。
わたしの瞳に映るマミさんは、もう、憧れた魔法少女ではなくなっていた。
かつてマミさんだった人。
深い深い眠りに就いて、きっともう、目覚めない眠り人。
無駄だと分かっていながらも。
声を掛けて、揺り起こそうとする。
「マミさん、マミさん」
「わたし、魔法少女になったんですよ」
「ずっと臆病で卑怯者だったわたしも、一歩踏み出せたんです」
「あなたと一緒に戦いたいと、思えたんです」
「だからマミさん」
「目、開けて、ください…………」
ゆらゆらぐらぐら。
マミさんがわたしの腕の力で揺れている。
わたしの視界の中で揺れている。
わたしの視界は歪んでいる。
涙で滲んで、光が屈折して、ゆがんでいる。
そんな中でも。
マミさんの寝顔だけはとても、とてもとても、静かだった。
「マミ、さん」
「まどか、もうやめてあげて」
気がつけば、わたしはベッドに突っ伏していて。
声を上げて泣いていて。
さやかちゃんがわたしの肩に手を置いて、そう静止の声を掛けている。
振り向いたさやかちゃんも、やっぱり、泣いていた。
何かを諦めたような顔をして。
「静かに、寝かせてあげて」
「どうして、どうして、こんなことに」
「誰も悪くない。ただ、マミさんはもう、疲れちゃっただけ」
「わたしのせいじゃ」
「ちげーよ」
辛辣な声が空気を破る。
その声には怒りが込められていて、そして同じくらいに、悲しみが込められていて。
黙って聞かなければいけないと、そんな気がして。
「こいつは、こいつなりに必死だった」
「この終わり方だって、こいつが自分で選んだ結末だ」
「誰かのせいにしないとやりきれないほど、こいつは落ちぶれちゃいなかったよ」
「だから、もうそっとしといてやれ」
言葉を必死に理解しながら考える。
ずっと真っ直ぐ生きていた。
だからこそわたしは憧れた。
最後の最後まで、きっと真っ直ぐだったんだろう。
満たされて眠るその顔は、何故かどこか、誇らしげですらあった。
その横顔に向けて、声には出さず、言う。
おやすみなさい、マミさん。
でもわたしは。
あなたがいつか目覚めることを、心から願っています。
「あの、あなたの名前は」
「佐倉杏子。杏子でいいよ」
「あれ、まどかは呼び捨てでいい訳?」
「っせーないちいち」
「うん、よろしく、杏子ちゃん」
寝室を後にして、居間になんとなく三人で集まった。
どうやらわたしが気絶した後、さやかちゃんと一緒にマミさんを助けてくれた魔法少女らしい。
マミさんの古い知り合いでもあると言っていたし、悪い子じゃなさそうだった。
ちょっと言葉遣いはきついけれど。
「お願いがあるの」
「なんだよ」
「あの後何があったのか、教えて欲しいんだ」
マミさんはもう疲れてしまったと、ずっとさやかちゃんは言っていた。
理解はできるのだけれど、納得はできなかった。
わたしの知らない何かが、そこにあるような気が、なぜかして。
そしてその予感は的中していて。
二人の表情が、目に見えて変わったのが、見て取れた。
「まどか、特にあんたには知って欲しくない」
「同感」
「できることなら、あたしも知らずにいたかったもの」
「どういうこと」
「言ってんだろ。聞くなってことだよ」
強い口調で杏子ちゃんが会話を切る。
何かあったことは多分事実で。
でも、それを二人は話したくなくて。
そしてわたしもまた、ここで諦めるわけにはいかなくて。
「わたしにはまだ、思い出さなきゃいけないことがあるの」
「まどか」
「それにつながることかもしれないなら、何が何でも聞かないといけない」
「まどかってば」
「お願い、教えて」
さやかちゃんの制止の声にも、耳は貸せない。
何があっても譲れない。
ここで諦めたら、わたしがここにいる資格なんて、風に飛ばされてなくなってしまうから。
あのマミさんが折れてしまうような事実は、それだけのものであるはずだから。
でも、さやかちゃんも杏子ちゃんも、口を開こうとはしない。
きっと二人の頭の中には、わたしが見る事のなかったマミさんの最後の姿が蘇っているのだろう。
ただ沈黙と共に、時間が過ぎていって。
そしてついに、一人が声を発する。
ここまで姿を消していて、わたしも身の回りの状況に気を取られて、すっかり存在を忘れていたあの子が。
「聞きたいことがあるなら答えるよ、鹿目まどか」
一瞬で空気は張り詰める。
杏子ちゃんはともかく、さやかちゃんはもう、怒りを隠そうともしていなかった。
「まったく、嫌われたものだね」
「ったりまえでしょうが、またぶった切られに来た訳!?」
「斬ったところで何も変わらないと知っているだろうに、まったく訳の分からない」
「意味ないと分かってても、どうしようもないことだってあるわな」
「ちょっと、ちょっと待ってよ二人とも、一体どうしちゃったの」
二人とも立ち上がって、各々の武器を手に取っていた。
向けられる殺気はすべて、キュゥべえへのもの。
それも尋常のものではなかった。
魔女に対してだって向けることはないような、それこそ大切な人の仇に向けるそれのような――
「もしかして、あなた」
「僕じゃないよ?」
「どの口がああああああああああああッ!?」
目の前を刃が通り過ぎる。
怒りに任せて振られたさやかちゃんの剣は、だけどマミさんの家のものを一切壊すことなく、キュゥべえを切り捨てた。
切れて分かれた二つの体は、蹴り飛ばされて開けっ放しの窓から外に飛んでいく。
そして代わりに、キュゥべえが入ってくる。
「本当に学習しないね」
「今更だけど、あんたを消す事を願うんだったよ」
「それは叶えられないから、まあ君が魔法少女になる事もなかったかな」
「バカにしやがって……あいた」
「アホ、乗せられてるんじゃねえよ」
怒り心頭という様子のさやかちゃんを抑えたのは、杏子ちゃんだった。
わたしは何が何だか分からずただあわてているばかり。
でも杏子ちゃんも、ただ落ち着いているわけではないようで、その声には恐ろしいまでに凄みがあった。
「とっとと消えろ」
「ふむ、確かに君たちはそれでいいかもしれないが、まどかはどうなのかな」
「……え、わたし?」
「僕は願いを叶える存在だ。君たちがどう否定しようとも、君たちの願いが確かに叶ったようにね?」
でも、キュゥべえは素知らぬ顔で、話を続けていく。
そこに一切の感情は見えない。
言葉の中には、わたしたちへの悪意も好意も、存在していないようで。
「願いを叶えて欲しいと誰かが願えば、そこに僕は現れるのさ」
「今、君はまた、願っているね。真実を知りたいと」
「条理に反する願いを叶えてあげられるのは一回きりだが、僕の力でしてあげられることならその限りではない」
「今ここで僕を追い払っても、必ず僕は君の前に現れる」
「真実を知りたいと君が願って、そして君の知らない真実を僕が知っている限りね」
何の色も無い言葉は、それだけに受け入れる事も簡単で。
わたしが知らないことをキュゥべえが知っているのは確かで。
そして二人も、何も伝えない事は不可能だろうと考えたみたいで。
武器を下ろして、言った。
「……まどか、話すけど、頼むから落ち着いて聞いててね」
「先に言っとくけど、後悔……いや、無理だな」
「あんまり考えすぎないようにね。あたしもまともに考えようとするとパンクするから」
「君たちがちゃんと把握してない事は付け足すからね」
「外道が、勝手にしやがれ」
聞かされた内容は、悪夢だった。
この体はもはや容れ物でしかないこと。
わたしたちの魂は抜き取られ、ソウルジェムとして結晶化していること。
わたしたちがいつか魔女になること。
これまで倒してきた魔女は、すべて過去の魔法少女の成れの果てだったこと。
でも、聞いている内に、ほんの少し思い出せることがあったから。
なんとか正気を繋ぎ止めていられた。
「だからわたしは、あの子を消したんだ……」
そしてマミさんが眠ってしまった理由も分かった。
誰かを助けたいとずっと言っていた人だったから。
自分が壊す側に回ってしまうくらいなら、いっそ死のうとするかもしれなかった。
信じたくないような内容では、あったけれど。
ただ理由もなく誰かを消したわけではないようで、そしてこの状況はわたしに対する罰のように思えて。
むしろ少し心を軽くしてしまっている自分がいて、また自己嫌悪に襲われる。
人殺しのくせに。
あたかも免罪符か何かのように。
何も変わってないんだよ。
消してしまったあの子は、もうどこにもいないんでしょ?
どんどん負のループにはまっていきそうになったところで、強い声に意識を戻される。
「おい、大丈夫か」
「っあ、うあ、うん」
「全然大丈夫に見えないんだけど」
「こいつ、無茶ばっかするから」
「ほんとに大丈夫、ちょっと眩暈しただけ」
震える体と頭を無理矢理に押さえつけて。
聞いたことを整理して、それでもまだ分からないことを探して。
残った疑問符をぶつける。
「キュゥべえは、どうしてこんなことを」
その答えはとても長かった。
そして、訳が分からなかった。
「僕達は宇宙のエネルギー問題の解決に取り組んでいるんだ」
「簡単に説明すると、エネルギーは使えば使うほどその品位が落ちていくという性質があってね」
「エントロピーという単語くらいは聞いたことがあるだろう?」
「エネルギーの品位低下は、エントロピーの増大にほぼ等しいと考えられている」
「エントロピー増大の果てにある破滅を熱的死と呼んでいるが、これを防げる手段が発見された」
「君たち人類に代表される、感情を持った知的生命体、特に第二次成長期の少女の、希望から絶望への相転移を利用することだ」
「そして僕達インキュベーターは、この魔法少女システムに最も適応すると判断された地球に送り込まれた」
「宇宙の破滅を防ぐために、より高級なエネルギーを取り出すために」
「ちなみに、君たちがどのように生きて、どのように死んだかは、グリーフシードにすべて刻まれている」
「君たちはこの宇宙の礎となって語り継がれるだろう。それはきっと嬉しいという感情に匹敵すると思うんだけどね」
「だから安心して魔女になるといい。君たちの死は決して無駄にはならないのだから」
そう締めくくってキュゥべえは無邪気に笑った。
一切の悪意はそこになかった。
一切の善意もそこになかった。
その目はただひたすら、わたしたちが家畜を見る目そのものだった。
これから食べられてしまうわたしたちを可哀相だとも思わずに。
当たり前のことなのだから理解しろと言わんばかりに。
そして到底、わたしたちは理解など、ましてや納得など、できるはずもなかった。
「……あなたたち、おかしいよ」
「君たちからするとそう見えるのかな。まあ、そんなこと僕にはどうでもいいんだけど」
そして窓へと飛び移っていく。
相変わらずその目に感情はない。
「およそ聞きたい事はなくなったみたいだね。また何かあったら呼んでよ」
そしてさっさと立ち去っていった。
残されたわたしたちの間に広がる空気は、言うも無残。
誰も何も言えないし、また何かを言おうとすらとも思えなかった。
「まどか、大丈夫?」
「うん、なんとか」
「そっか」
マミさんの家を後にして、杏子ちゃんを残して、さやかちゃんと二人夜道を歩く。
日付も変わろうかという時間になって、さすがに外は冷え込んでいて。
吐く息は白く変わってしまうのではないかと錯覚するほどだった。
それは単純に寒さによるものなのか。
この背筋に走る悪寒は、ただ気温が低いだけだからなのか。
言葉を吐き出す気にはなれない。
沈黙を破るのは、さやかちゃん。
「なんか、現実味ないんだよね」
「うん」
「あまりにも度を過ぎててさ、どうリアクション取ればいいのか分からないって言うか」
「いきなり言われても、整理つかないよね」
「あなたはもう死んでますーとか宇宙のためにーとかね、何言ってんのって感じ」
とぼとぼと夜の街を歩く。
足取りは重い。
電灯の落とすわたしたちの影は長く伸びて、仄かな明かりの中に、黒々とした威圧感を放っている。
しばらくは気付けなかった。
それが当たり前の光景だったから。
異常だと感じたのは、落とし続けていた視線を上げた時。
そこには影があった。
大きな大きな女性の影があった。
祈りの形で静止するそれは、自らの影を大樹のように四方八方に伸ばしていて。
先鋭な槍に変えてわたしたちへと撃ち放った。
物理的にも、精神的にも、何の準備もしていなかったわたしたちに。
世界は変わっていた。
そこはもう、魔女の結界の中だった。
「ッ動けバカ!」
それでもさやかちゃんは反応して、ソウルジェムを輝かせて。
怯んで固まるわたしを突き飛ばして、自分も斜めに飛びながら伸ばされた影を切って捨てた。
地面に体を強かに打ち、先を切られた影が一度引っ込んでいった辺りで、わたしはなんとか正気を取り戻す。
「これ、これって」
「魔女だよ、あんた初めてだろうけど戦える?」
「……うん、がんばる」
「無茶しちゃダメだからね、あたしの言う事をまずは聞いて」
魔法少女は半分以上が初戦で負けて死んでしまうらしい。
そんなことをキュゥべえが言っていた。
生きていたってロクなことはないかもしれないけど、死にたいとは思わない。
魔法少女の衣装を体に纏う。
恐怖で足は震えるけれど、さやかちゃんの促すまま力を両手に込める。
光が集まって形作ったのは弓だった。
それは何十年も使い続けたような錯覚に陥るほど、わたしの手にすんなりと馴染んだ。
「おっけーまどかは遠距離ね。援護しっかり頼むよ」
そう言ってさやかちゃんも剣を両手に構える。
でも、突っ込んでいく様子は無い。
「相手の力量が分からない時に先手を取って突っ込むには相応の技量が必要なんだってさ」
あたし、まだそんなに強くないからねと笑う声。
それでもその背中は大きく見えて。
「しばらくは迎撃に徹するよ。あたしが盾になるから、まどかは弓であいつの本体を撃ってみて」
わたしにはやらなくちゃいけないことがあった。
こんなところで死ぬ訳にはいかないし、これからも生きていかなきゃいけなかった。
だから勇気を振り絞って戦おう。
消してしまったあの子の分まで。
「思い出すまで、死んでも死ねないもんね」
「思い出したって死なないでよね、縁起でもない」
「えへへ、ごめんね」
ただし、現実は全く甘くなかった。
初めて戦う敵としては、どうやらこの魔女は、破格に強かったらしい。
影の密度はいつまで経っても衰える気配を見せない。
地面を走って近付く事はおろか、そもそも回避行動を続けるだけで精一杯だった。
ほんの少し間隙を縫って矢を撃ってみても、闇をほんのちょっと削ってそこで止まってしまう。
「くそっ、全然近付けない!」
「さやかちゃん、無理しないで……きゃあ!?」
足を止めて、声を掛けようとしただけで。
わたしの立っているところに、意志を持っているように正確に破壊が降りてくる。
体勢を崩したわたしの目に映るのはしかも、弓で振り払えるようなものではなく。
それはもう柱だった。
刺すのではなく、潰すのが目的のように見えた。
眼前に迫るそれを、わたしはぼうっと他人事のように眺めて。
「余所見してんじゃないよ」
粉々に砕け散った。
破片がそれなりの勢いで降り注ぎ、それを痛いと感じて、ようやく我に返る。
「杏子ちゃん、ありがとう」
「ったく、なんでよりによってこんな魔女と戦ってるんだよあんたたちは」
「わたしたちが悪いわけじゃないもん……」
「まあ、そりゃ違いないが」
間髪入れず今度は細分化された影が迫るけど、杏子ちゃんはそれを片端から砕いていく。
長槍の刃だけでなく柄も器用に使って戦うその姿は、どこか見たことのある後姿に重なる。
そう、マミさんのように。
「杏子ちゃん、すごいね」
「そりゃどーも、伊達に長く戦ってないから」
結局守られてしまうわたしにはほとほと嫌気が差すけれど。
でも今は守られるだけのわたしじゃない。
弓に矢を番えて、杏子ちゃんが守ってくれる後ろから全力で撃ち放つ。
腰を下ろして力を込める時間があり、同じ場所に続けて撃ち込める分、これまでとは効果が違う。
影の山は少しずつ削れて、そこに穴が出来た。
「杏子、そのまま頼んだ!」
そしてわたしたちよりも魔女の近くにいたさやかちゃんは、その機を逃さない。
剣を体の前に構え、影にぽっかりと空いた空間めがけて突き進んでいく。
その奥には影の心臓、魔女の本体とも言うべきモノが鎮座している。
さやかちゃんを撃ち落そうと何本も影が伸びるけれど、それはわたしが逆に撃ち落とす。
阻むものは無い。
ただ一直線に進むだけ。
「でやあああああああっ!!」
そしてそのまま、貫いた。
それはここからでもはっきりと見えた。
剣を突き刺された部位から影が変質してしなる木の枝となり、さやかちゃんの腕を剣ごと捉えて、微塵に引き千切る様が。
声にならない声が口から漏れ出る。
影の嵐は止んでいた。
影は形を貰い、まるで生きているように木の枝の体を取って蠢いていた。
「撃ち続けろ!」
呆然とするわたしを置いて、杏子ちゃんは地面を強く蹴り飛び出す。
さやかちゃんのところに向かって。
「コイツはきっと、殺される事で体を持って蘇る魔女だ。もう一度殺せばそれで終わる!」
見てみれば、祈りの体勢はやや崩れていた。
杏子ちゃんが進みながら砕いた木の枝は、地面に落ちてもう動かない。
わたしが避けながら矢を撃ち込んで削った部分は、凹んでもう戻らない。
少しずつ影の魔女はその体を減らしていく。
樹木の影は四方八方に伸ばされ、その一部は右腕を失って崩れ落ちているさやかちゃんへと向けられていたけれど。
それも斬り落とされる。
でも、杏子ちゃんはまだ辿り着いていなかった。
斬り落としたのはさやかちゃんだった。
左腕だけで器用に剣を扱い、四方から襲い掛かった黒い蔦をバラバラにした。
「あは」
そのまま、数刻前と同じように、同じ位置に飛び込んで。
全く同じ位置に剣を突き刺した。
今度はそれ以外に何も起きることなく、魔女は呻き声を上げて消えていく。
黒い火の粉を散らしながら布のような何かを散らしながら、モノクロの結界も消えていく。
そして現実の世界へと戻ってくる。
失われたものがあった。
さやかちゃんの右腕は、粉々になっていて、もうどこにもなかった。
「痛くないんだ。でも、寒いとか、何かが抜けていくとか、そういう感覚はあるんだ」
「あたし、やっと分かった気がする」
「キュゥべえの言ってること、全部本当なんだ。あたしたちはとっくに死んでて」
「あとは絶望して、魔女として収穫されるだけなんだ」
「あたしってほんとバカだなあ。こうなってみないと分からないなんて」
その独白は、あまりにも。
さやかちゃんが自分の体でその事実を証明したのは、わたしたちにとっても同じことで。
どこか彼方の話に聞こえて現実味の無かった絶望が、かつて右腕のあった空間を握り締めるさやかちゃんの形を取って。
わたしたちの間に降りて来る。
だからわたしは、それに抗おうとした。
「そんなこと、ない」
「魔女になって終わりなんて、絶対に認めないんだから」
何が出来るかなんて何も分からない。
でもそれを認めたくはなくて、だからわたしにできる最大限のことをしようとして。
さやかちゃんの元に駆け寄る。
今も血を噴き出し続ける傷口に両手をかざして、力を込めた。
どうか治って。
どうか戻って。
このまま放っておけば、きっとさやかちゃんは絶望してしまう。
そんな未来は、絶対に見たくないから。
少しずつ光は収束していく。
それはまず輪郭を形作って、次第に密度を増していく。
根元から実体を得た粒子たちは、ゆっくりとゆっくりと時間を掛けて、腕を成していく。
体から何かが抜けていく感覚が分かる。
恐ろしいほどの喪失感を伴うそれは、それでも、無視しないといけなかった。
わたしがわたしであるために。
そしてついに。
わたしの体力と気力のほとんどを引き換えにして、さやかちゃんの右腕が戻る。
それと同時にブラックアウト。
またわたしは、意識を飛ばしてしまう。
【Side:美樹さやか】
腕が戻っている。
それは千切り飛ばされる前と全く同じように感じ、また全く同じように動く。
その代わりにまどかが、力を使い果たして倒れていた。
杏子が歩み寄って状態を確認している。
「……外傷は無い。力使い果たして、疲れただけだろ」
「あたしのせい、か」
「そうだな」
歩み寄って、戻った右腕を使って、倒れたまどかを抱き起こす。
まどかは変身も解けて、見慣れた入院服姿へと戻っていた。
また目を閉じて眠っていた。
この子が穏やかに眠る姿を、ろくに見た記憶もない。
ある日を境にずっと何かに悩んでいて。
何かを見つけてからも悩み続けて、何かを思い出してからも悩み続けて。
その一端を担ってしまったあたしには何を言う権利もないけど。
心の中は穏やかでなくとも、せめて暖かい布団の中で寝せてあげよう。
自分の事はそれから考えよう。
こんなバカに相応しい罰は何なのか、さっぱり思いつきはしないけれど、それも後で。
そう思って、立ち上がろうとした。
「誰だ」
立ち上がれなかったのは、正面に座り込んでいた杏子が発した言葉に不意を突かれたから。
あたしの視界には何も見えない。
でも、ここは、よく考えれば、もう結界の中ではなくて。
どこかに人がいても、そしてその人が突然現れたあたしたちに驚いて身を隠していても、不思議ではなかった。
そして。
あたしたちに対して、身を隠すような必要がある人間は。
「鹿目さんと、さやかの友達だよ」
「私たちからもお聞きしたいのですけれど、一体何をしているのですか」
恭介と仁美が、電信柱の裏から現れた。
どこまで見られてしまっていたのか、どこまで問いに答えていいのか。
あたしの思考は、大きく揺れ動く事態に付いて行けず、ただ空回りして熱を吐き出している。
「どこから、見てたの」
「鹿目さんがさやかの腕を治した辺りから」
「ほとんど全部じゃん。もう、覗き見なんて、性格悪いなあ」
「さやかさん」
茶化して誤魔化す事は、できそうにない。
仁美の雰囲気がいつもとは違った。
無理に聞こうとはしない、そう言って見逃してくれるのは、期待できなさそうだった。
「私たち、まどかさんを探していたんです。病院を抜け出して大騒ぎになっていましたから」
「ある程度の事情なら、見過ごそうと思いました」
「でも、ここまで訳の分からないことに巻き込まれているとは、思っていませんでした」
「話して下さい。友人として、このような事態、放っておけませんわ」
返す言葉が見つからない。
沈黙のまま二人を見上げていると、今度は恭介が語り始める。
「ここ最近、不可解なことが続いたね」
「絶対に治らないと言われていた僕の手が治ったかと思えば、鹿目さんが原因不明のまま倒れたり」
「こうして、目の前で奇跡まで見てしまったし」
「さやかも、僕のことをどこか避けているようだった」
「始めは僕のせいだとばかり思っていたのだけれど、どうやら」
「そうとも限らないのかもしれない」
そう言って恭介は右手をあたしに差し出してきた。
反射的に、体が反応して、触れてしまうまいと後ろに飛び退いて。
恭介はとても悲しそうな顔をしている。
「僕が酷い事を言ったから、僕の事を嫌いになってしまった?」
「違う、そんなことない!」
「ならやっぱり、さやかのその格好が関係しているんだね」
どんどん墓穴を掘っていく。
もうこの二人は、ほとんど確信しているだろう。
でも、だからと言って、喋ってこっちの世界に引き込んでしまうことだけは、したくない。
どうすればいい。
どうしたら。
ぐるぐると回る頭は、ただ一つの視覚情報を認める。
杏子が槍を構えていた。
「悪いが忘れてもらう」
「物騒だね、随分と」
「脅されても、こればかりは退けませんわね」
仁美は何やら妙な姿勢で構えていた。
合気道をやっているとは聞いたことがあるから、そっちの関係かもしれない。
あたしたち魔法少女に敵うはずもないのに。
そして仁美以上に力のないはずの恭介は、その仁美を背にして立っていた。
治ったばかりの右腕で仁美を庇いながら。
どうしても二人には話せない。
だから、忘れてもらうしかない。
それは当然の道理で、だからあたしも剣を構えるんだけど。
そこで視界はぐにゃりと曲がった。
頭が突然透き通った。
どうしてあたしは剣を構えている?
その剣は誰に向けて振るつもり?
仁美に?
恭介に?
二人はこの剣で守ると誓った、まさにその人たちじゃないのかな?
「え、あ、はは」
思わず笑いが漏れてしまう。
人間じゃない。
まともな人間の思考じゃない。
頭が割れるような音が頭蓋に響き、声も出せず倒れ込む。
このまま死んでしまおう。
本気でそう思った。
視界は九十度回転し、目の前に広がるのはアスファルトで口の中に広がるのは鉄の味。
例のごとく痛みを感じられないことに不満を覚えながら、意識は消えていく。
途絶えた意識は、不思議な空間で蘇った。
暗い暗いその空間に、あたしが膝を抱えて座り込んでいる。
ただうつむいて、陰鬱な言葉を吐き出している。
『もうみんなに、会わせる顔ないよ』
『こんな不気味な体で、こんな汚い心で、守りたいものも守れなくて傷付けようとさえして』
『こんな役立たず、生きてたってしょうがないよ……』
黒一色の空間の中に、少しずつ白が混じる。
それは光の粒子で、少しずつあたしの右腕から放出されていた。
互いに積み重なるそれらは次第に、あたしの親友の姿を取っていく。
盛大に迷惑を掛けてしまった、もはやそう呼ぶ事が許されるかも分からない、まどかの姿を。
光のシルエットはあたしに向けて、少しずつ語りかける。
『死んじゃ、ダメ』
『なんでさ』
『死んじゃったら、何も出来ないんだから』
『生きてたってあたしは何も出来ない』
『さやかちゃんがしてくれたこと、いっぱいあるよ』
『ほとんどロクなものじゃないよ……』
『じゃあ、マミさんを助けたことも、ロクなことじゃないの?』
『マミさんは結局、眠っちゃったじゃん』
『でも、死んでないよ』
光のシルエットは、本当にまどかなのだろうか。
それほどその言葉は力強くて。
へたり込むあたしの右腕を掴んで、立ち上がらせる。
『気持ち悪くなんてない、汚くなんてない。魔法少女になってこの腕で掴めたもの、あるはずだよ』
『掴めたもの、ね』
『思い出して。あなたの希望を、あなたの勇気を』
『そんな無茶な』
『わたしも、さやかちゃんに助けられたんだよ。だから今度はわたしの番』
『……ま、努力してみますよ』
でも、その強い言葉は、何故かあたしの心に響いた。
胸の奥にほんの少し灯った光は、空間の闇を払って、あたしの意識を白で塗り潰していく。
夢を見ていた気がする。
ひどい倦怠感を覚えつつ起き上がってみれば、そこは病室のベッドの上だった。
辺りを見回してみると、良く見知った顔がそこにはあった。
ついさっきまで睨み合っていた顔が。
「気が付きましたか」
「仁美」
「突然倒れたのですから、心配しました」
「……ごめん、あたし」
「誰もケガはしていませんし、大丈夫ですわ」
病室には、あたしと仁美だけだった。
間取りは見知ったものと良く似ていたから、つまりここはいつもの病院。
倒れたあたしを杏子あたりが引きずって、まどかと一緒に送り返されたというところか。
もう世話にはなりたくないと思っていたが、今度はあたし自身が入れられるというのも、皮肉なものだった。
「恭介は?」
「今日のところは、お帰り頂きました」
「鋭いんだね」
「どんなニブチンにだって分かりますわ、それくらい」
どうやらこれは、覚悟を決めなければいけないようだった。
でもなぜか少し気は楽になっている。
仁美はきっとそんなに弱い子じゃないから。
何だかんだであたしたちだって耐えているんだから、きっと何とかなるよね。
それでもちょっとだけ、駄々を捏ねてみたくなって。
「話さなきゃダメ?」
「もう逃がしませんわ」
「だよねー」
「覚悟が出来ているとは言いません。腕などそう簡単に挿げ替えられるものではないのですから」
ですが、と。
一呼吸置いて、仁美はさらに言葉を続ける。
あたしの右腕に、あたしの体に視線を送りながら。
「一人で抱えきれないものは、きっと分け合えます」
「一人でダメなら二人。二人でダメなら三人、それでもダメなら四人五人」
「まどかさんやさやかさんだけで悩むのは、卑怯ですわ」
「逆に、もし私が抱えきれなくなったら、支えて下さいね?」
この子には敵わないなと。
そう思いながら、あたしは口を動かし始める。
零れる言葉は絶望的なものばかりであるはずなのに。
どうしてだろう、心は不思議と、軽かった。
恭介にだけは内緒でよろしく。
そう締め括って、一世一代の大暴露を終わらせた。
当の仁美はと言えば、予想していたよりもずっと落ち着いている。
「そこだけは譲らないんですのね」
「頼むよ」
「一つだけ条件を付けて頂ければ」
「条件?」
「いつか、ご自分で話して下さい」
自分で話せ、か。
そんな日は果たして来るのだろうか。
でもそれは逆に、そんな日が来るまで諦めないで、と暗に言われているようで。
仁美なりの励ましなのだろうかと思い、頷いて返す。
納得はしてくれたようだった。
「そのキュゥべえという子は、この部屋に?」
「いるよ、忌々しい事にね」
「おや、気付かれていたのか」
「バカにしないでよね」
「……私には見えませんし、聞こえませんわね。それはつまり、魔法少女としての素養が無いと」
「たぶん、そういうことだと思う」
「そうですか」
目に見えて沈んでいたけど。
それはあたしにとって、むしろ歓迎すべき事だった。
この手で被害者を増やす事は、確かに、耐えられるようなものではなかった。
同時に、あたしの存在がマミさんを追い詰めたんだろうとも思う。
今になってやっと分かる。
どれほどマミさんが心を磨り減らしたかは、想像もつかないほどだけど。
それは間違いなくとても痛いのだろうと、それだけは分かる。
「事情を踏まえた上で、さやかさん、あなたにお願いがあります」
読心能力でもあるのかと疑いたくなるくらいに。
核心を突いた発言ばかりしてくるから、困ってしまう。
「あなたは間違った事をしていません。ですからどうか、ご自分を責めないで下さい」
それはこの上なく優しい言葉で。
とても素直に、あたしの中へと染み込んでいった。
「まずはまどかさんが目覚めるのを待ちましょう。聞かなければいけないことが山ほどありますわ」
「うん、そうだね」
まどかが目覚めたら。
ちゃんとお礼、言わないと。
【Side:鹿目まどか】
三度目を覚ます場所は、またこの病院だった。
嫌と言うほど繰り返したこの感覚。
天井に広がる白は、いつも通りだった。
「よう、起きたか」
「杏子ちゃん」
「お前らよく気絶するよな。もうちょいメンタル鍛えとけよ」
「うん、ごめんね」
「あたしに謝られても」
「さやかちゃん、大丈夫だった?」
「あーまあ、手は動くみたいだよ」
どこか歯切れが悪い。
そして先ほどの言葉に感じた妙な引っ掛かりもあって、胸がざわつくのを自覚してしまう。
「何かあったの」
「本人に聞けばいいんじゃねーの?」
そう言って杏子ちゃんはドアに歩み寄り、ドアを開け放つ。
その向こう側には、突然開いたドアにちょっと驚いている、とても見慣れた顔があった。
ここにいるはずのない一人と、心配していた当の一人。
「まどかさん、無事のようで何よりです」
「ごめんまどか、本当に助かった!」
「何だかんだで何事もなく済んだみたいだけどね」
「杏子、あたしら運んでくれたのあんただよね、あんたもありがと」
「ったく、いい迷惑だっつの」
「でも、助かりましたわ。ありがとうございます」
「聞いたの?」
「はい」
「まあ、そんだけ落ち着いてんなら大丈夫かね」
勝手に話を始めてしまう三人。
まったく会話には付いていけず、無理矢理に口を挟む。
「ちょっと、みんな、わたしだけおいてけぼりなんだけど」
「ごめんごめん、これから話すよ」
そうして、何故だか仁美ちゃんも交えての話し合いが始まった。
帰ろうとした杏子ちゃんも無理矢理さやかちゃんが捕まえて。
不思議な組み合わせだと感じたけど、その空間はイヤじゃなかった。
「ここは病室で君たち二人は患者、そして今は真夜中だ。少しは静かに寝ていなさい!」
「はーい……」
およそ話が済んだあたりで、それぞれの場所に帰されてしまったけれど。
さやかちゃんもわたしも、仁美ちゃんも杏子ちゃんも、驚くほど穏やかな顔付きになっていた。
また明日ねと言って、別れる事ができたのは、三人から聞いたその後の顛末からはとても信じられないようなもので。
ただただ巡り合わせに感謝するばかりだった。
そして、わたしの中に一つ、残ったものがあった。
部屋に残されたのはわたしとキュゥべえ。
キュゥべえは棚の上で置物のように、ただじっとわたしのことを観察している。
わたしもすっかり疲れは癒えて。
体調が悪いわけでもなかったから、ベッドの上で膝を抱え、座っている。
「さっき、みんなと話して、思ったんだ」
「わたし、信じられないような事をしてきたって」
独白は聞かせるためのものではなくて。
ただわたしが、自分のなかに抱えたもやもやを整理するため。
「命懸けでホムを助けて、必死でマミさんのところまで行って、魔法少女のことを聞き出して」
「マミさんの背中を追い掛けて、契約のために一歩を踏み出して」
「心が折れても、こうしてまた戻ってこれて、不可能だって可能にして」
「マミさんは眠ってしまったけれど」
「それでも信じる。願ってる。いつか目を覚ましてくれるって」
「この心の中に、信じられないくらいの勇気がある」
一つ一つ思い返してみれば、どれもわたしには到底できっこないようなことばかり。
わたしの考えるわたしは、どこで躓いていてもおかしくないのに。
わたしは今、ここにいる。
生きて、この足で、歩いている。
キュゥべえは口を挟もうとしない。
わたしはただ、自分の思いを吐き出し続ける。
「さっき、みんなに説明して、思ったんだ」
「どうしてわたしは、あの子のことを忘れてしまったと、覚えていたんだろうって」
「存在を消してしまったのなら、忘れたことすら、忘れているはずなのに」
「わたしは覚えていた」
「喪失感、違和感、この世界のいろいろなモノが、わたしに語りかけてきた」
「あの子はここにいたよ、ここにいたよって」
病室で目を覚ましたとき。
ホムと名前を付けたとき。
学校で自己紹介をしたとき。
保健室に入ったとき。
さやかちゃんが魔女を倒したときや、マミさんにリボンで縛られたとき。
消しても消しきれなかったあなたの欠片は、その存在を確かに主張していた。
どこで。
それは。
わたしの、こころのなかで。
「わたし、思うんだ」
「わたし一人じゃ、きっとこの道は歩けなかった。でもわたしはここにいる」
「わたしの心の支えになってくれたなにか、それはなんだろうって考えて、分かったんだよ」
「きっとね」
「あなたの欠片は、ここにあるんだ」
ソウルジェムを両手に持ち、高く掲げる。
空中に浮き上がり、光を放ち始めるそれに、魔法少女に変身して、力を込める。
わたしが手に入れた、取り戻す願いが与えてくれた、『復元』の力を。
【後編】に続く。