なんやかんやであれこれあってワルプルギスの夜を倒した私達。
マミは生き残り、さやかは魔法少女になりはしたがどろどろ人魚になる事も無く生き残り、杏子も勢いで心中する事無く、みんなが無事に生き残った。
まどかもなんとか魔法少女にならずに済み、時々インキュベーターからのキャッチセールスみたいな勧誘は続いているけど、その気はすっかり失せている。
マミも、魔法少女が魔女になる事実は何とか乗り越えた。
まだ、その事実に時々怯えることがあるけど、それでもみんなで無理心中しようなんて考えることは無くなっている。
元スレ
ほむら「魔法少女の日常」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1333673265/
そろそろ豆腐メンタルからところてんメンタルくらいには格上げね。
さやかも、あのバイオリン馬鹿とわかめの事はまだ完全にわだかまりが取れたわけではないけど、それなりに心情を整理できたらしい。
二人の仲をからかっては後で落ち込む、のサイクルを繰り返しつつ、少しずつ本当に吹っ切れ始めているらしい。
放っておけばいいのに、どうしてわざわざからかって自滅を繰り返すのかしら。
杏子は、マミに言われてしぶしぶ復学の準備を始めている。
お膳立てはマミが用意してくれている。ほんと、世話好きね。
でも、とてもいい事だわ。
年齢が上がったら、知恵だけでは生きていけない。知識はどうしても必要だから。
…魔法少女が、いずれ魔女になる。
その事実は決して変わらない。
でも、今はその事実を、そのシステムを、許せはしないけど、仕方ないと思う。
だって、私は、そのシステムのお陰でこうして今、みんなと一緒に居られるのだから。
インキュベーターは許さないけど。
とりあえず、最大の脅威は去り、全員死亡のリスクがある程の危険は去った。
そして、みんなはそれなりに絆を深め、時々口げんか程度はしながらも仲良くなれている。
みんなは、ワルプルギスの夜の戦いの後、より強くなった。
心も、力も。
でも。
私は…。
弱くなった。
元々私には、魔法少女としての才能は、テストで言えば赤点ギリギリの水準の能力しかない。
今でも、思うことがある。
他のみんなは何かしら直接攻撃できる武器を持っているのに、私はどうして防御一辺倒の能力しかないのだろう? と。
しかも、防御にしてもそれはマミのリボンが似たようなことを、更に上手く出来る。
あのリボンの性能は誰もが知っている。
攻守一体のそれのほうが、出来はいいに決まっている。
そして、一番平和的な性格であるまどかすら、魔法少女になったあの時は強力な弓矢を持っていた。
なのに、この私にはナイフ一本生み出す力は無い。
時を止める力は、使える時はそれなりに便利ではあったけど、それでも単にトリッキーなだけで、それ以上のものでは無い。
事実、タネがばれればさほどの驚異ではないし。
しかも、今の私にはその力すら無い。
今の私に出来るのは、盾にものを無限に収納できる能力だけ。
この事実が、後ろ向きな自分の性格を表している。
あの時、自分は心の底から願った。
願った筈。
なのに、どこかで受け身な、後ろ向きな考えを持っていたのだろうか。
だから、自分には前に進むための武器は持たされず、その場に留まって踞るしか出来ない盾が持たされたのだろうか。
本当に、気が滅入る。
ワルプルギスの夜を撃破したあの日が最高潮、その日から、私の気分は日に日に下がっていった。
最高だったあの気分が、正に天から地へと堕ちていった。
ここ数日は、学校でもまどか達とろくに会話を交わしていない。
まどかやさやかに悪いと思っていても、だからこそ二人と会話をする気になれなかった。
二人に、こんな私を見られたくないと言うのもある。
きっと二人は勘がいいから、今の私の心根を察してしまう。
そして、気を遣わせてしまう。
やっとあの夜を乗り越えた二人に、そんな気分は味わせたくない。
二人は親友。
二人の間には、私の存在は不要だ。
それを自分の中で認めた時、不思議と悲しみよりも、妙に納得してしまった自分が居た。
そう。
だって、まどかと仲良く慣れたのは、最初の自分だけ。
あの頃の、今よりも更に弱かった自分だけ。
その時以外の自分は、まどかにも、他の子達にも、そもそも好かれてなどいなかった。
それを認めたくなかった。
マミとの紅茶の時間が楽しかったから。
まどかとさやかと、一緒にお喋りした時間が楽しかったから。
私が、何度も何度も時間を繰り返したのは、最初の一回だけのあの楽しい時間が忘れられなかったからなんだ、そう気付いた。
他の時間に、あの楽しかった時は無い、と気付いた。
その時、私の心から何かが落ちた。
私は、きっとみんなの中で一番最初に魔女になる。
魔女になるつもりはない。
でも、それはつまり、結局の所の死を選ぶと言う事。
私が、一番最初に死ぬ。
間違い無く。
それを最初に意識したのはワルプルギスを倒した次の日の夜だった。
明るかったと思っていた未来が、突然墨を被ったような闇に閉ざされた。そんな気がした。
あの夜。
ワルプルギスの夜後、初めての魔女が現れた。
私は変身する。
武器は使い尽くしていたから、時を止めてその間に強化した力で攻撃しようと思った。
効率は悪いけど、また武器を調達するまでの間だと思って。
だけど、時は止まらなかった。
「アカ○ベー!」
コンダラとピエロが合体したような不思議な姿の魔女は、私を踏み潰そうと突進してくる。
必死にそれを避けながら、私は辛うじてその魔女を蹴りで倒した。
消滅したとき、おかしなオモチャは落とした。
だけど、グリーフシードは落とさなかった。
あんなに魔力を消費したのに。
これでは完全にマイナス。
結界が解け、世界は元に戻った。
でもその時、私の心は結界の中に閉じ込められたみたいに暗く、重かった。
時が、止められない。
それはもう、死刑宣告も同じだった。
深夜。
布団に入っても眠れなかった。
自分の最大の武器である能力が消え去った。
その事実が恐ろしくて。
理由はすぐに理解出来た。
私の願いの、時間の範囲を超えたから。
超えられたから。
だからこそ、願いによって生まれた能力は意味を無くしたのだ、と。
まさか、能力の発動がここまで律儀とは思わなかった。
それにしても、この能力が無ければ、私は…。
不安。違う。絶望。
グリーフシードが感情を吸ってじわりと濁ったその時。
暗い天井に宇宙の果てまで繋がっている暗い穴が開いた気がして、自分が何処にも居なくなった気がした。
私は、死ぬんだ。
漠然と、しかし確信を持った。
持ってしまった。
みんなと、やっとまた仲良くなれたのに。
マミが、紅茶を私にも煎れてくれるのに。紅茶の淹れ方を教えてくれると言ってくれたのに。
杏子が、お菓子を分けてくれるのに。一緒にゲームセンターで遊んでくれたのに。
さやかが、私の手を取ってくれるのに。ほむらも嫁になれ、と抱きついてくれたのに。
まどかが、私の顔を見て、笑ってくれるのに。手を取って、歩いてくれたのに。
でも、私はずっとみんなと一緒には居られない。
駄目なの。
私は、みんなと一緒に笑えない。
ソウルジェムは、日に日に濁っていく。
あの日、あの魔女以来、私は魔女を倒していない。
倒せないから。
倒せたとしても、効率が悪すぎるから。
それと。
倒したくないから。
この街には、魔法少女が多い。
それだけでグリーフシードの需要が逼迫しているのは明白。
杏子は普段、他の街に居る。
だからまだ良かったけど、この街を主に縄張りとしているマミとさやか、二人に必要なグリーフシードの確保には、出現する魔女の数はぎりぎりだろう。
魔女の元が全て魔法少女ではない。
使い魔が魔女になる場合もある。
だけど、それはつまりなんの関わりもない人々を生け贄に差し出しているのと同じ。
マミはその事実に特に苦しんだからこそ、集団心中まで試みた。
ただ、あの時は正直、シャルロッテのループの時の事もあって、どこまで勝手なのかと本気でマミにRPGをぶちこみたくなったけど、それは誰にも言わない。
今もどこかで生まれているかも知れない魔女。
魔法少女も、また同じ様にどこかで生まれている。
インキュベーターを止める事は出来ない。
あいつは、同時刻にいくらでも別個体が存在出来る。
個々であって個々では無いあの存在。
あいつは、一匹も万匹も変わらない。
それに、全てを知って尚魔法少女になろうという少女がいるのであれば、もう止める手立ては無いのだから。
いつか魔女になり、狩られる立場になろうとも…。
魔法少女が魔女になり、魔女が使い魔を生み、使い魔もいつか魔女になる。
魔女、使い魔、魔法少女。
これらの存在は全て表裏一体。
魔女が生み出すグリーフシードが無ければ生きていけない魔法少女。
希望から生まれる魔法少女。
そして希望を黒く塗りつぶした、絶望という糧から生まれる魔女。
魔法少女と魔女、この食物連鎖に上下は…無い。
喰いつ、喰われつの、ある意味対等な関係が私達魔法少女と魔女。
なんて残酷な食物連鎖。
この連鎖、断ち切ることは出来ないのか、私は考えに明け暮れたこともある。
でも、答は出ない。
いや、答は知っている。
ただ、その答を出す過程は知っていても、どうしてもそこに行き着けない。
答を出すためには、その為にまた大きな犠牲が必要だから。
犠牲。
その答は、『願い』によって、その連鎖を断ち切らねばならないから。
あいつらの都合の為に魂を生け贄にされているのに、その関係を断ち切るためにまた『願い』を叶えて貰わなくてはならない。
本末転倒もいいところ。
願いの大きさは、本人の因果の秘めたる力に寄る。
どれだけ大きな力を持っていればいいのか、そもそもそんな人が居るのかどうか。
まどかだって、強いらしいけど、きっとそんな事…無論、させやしないけど。
第一、そんな因果の強い子が居たとして、願いを叶えたら、その対価はそれこそワルプルギスの夜とすら比べものにならないだろう。
彼女の嘆きの歯車の音は、今でも耳に残っている。
嘆き…。
グリーフ。
グリーフシード。
嘆きの種。
正に、あれは嘆きを凝縮したもの。
絶望が、穢れと言う名を借りて私達の中の希望と言う名のエネルギーを奪っていく。
切望にもがき苦しむから、希望を欲する。
魔法少女の頃の、輝いてきた自分を求めているのだろうか。
穢れとは、私達の中の希望が、疲れや絶望によって意味を変えたエネルギーなのかも知れない。
だから、グリーフシードは私達の中の穢れを吸うのではと思う。
本当、あいつらはどうしてこうも悪趣味なネーミングセンスを持っているのかしら。
とすれば、使い魔はさしずめ絶望からはみ出たエネルギーの塊。
だから、それが成長すれば、同じく絶望のなれの果ての魔女となる。
その存在、魔法少女にとってはつらい事に必要だけど。
でも、私達は、決して、わざと使い魔を泳がせて魔女にさせている訳では無い。
そんな、死の養殖みたいな真似は絶対にしない。
私達が倒しきれなかった、見つけられなかった使い魔が、いつしか魔女になっている場合もある。
でも、使い魔が人を殺し、魔女となり、その魔女を倒すことで私達が生きながらえているという事も事実。
これは代え難い、何より非情な事実。
人の命を喰らう魔女から生まれたグリーフシードを喰らって生きる私達魔法少女は、魔女以上に魔女なのではないか。
そう思うと、マミの気持ちは分かる。
ううん、きっと、その事実を知った魔法少女はみんなそう思う。
それでも、魔法少女は自分が生きるために、その残酷な事実から目を背け、耳を塞ぎ、そして、魔女を倒し続ける。
時に、グリーフシードを奪い合って。
…そんな理不尽、とっくの昔に分かっているのに、切ない。苦しい。
どれだけ考えを繰り返したか分からないのに。
でも、最近、そんな事ばかり考えている。
私は、弱いから。
一番死に近いところにいるから、だと思う。
ならば、私にグリーフシードは必要無い。
ずっと生きていけるだろうマミやさやか、杏子の為にそれは使われるべき。
…私はもう、生きるのは、無理なのかな。
そう思った時。
あ。
ソウルジェムが音を立てて黒ずんだ気がした。
なんだかソウルジェムが重くなった気がする。
まどかが、魔女にならずに生き残る、一番幸せな世界にやっと辿り着いたのに。
みんなと、笑い逢える世界に辿り着いたのに。
そう思うと、涙がこぼれた。
涙腺が壊れたみたいに止めどなく、ぽろぽろと。
最近は本当にこんな風。
少し胸が詰まると、それだけで涙がこぼれる。
ちい散歩が終わってしまうせいもあるかもしれない。
元から本当は弱い私だったけど、こんなに泣くほどだったかしら。
少しは強くなれたと思っていたのに。
いえ、多分、少し強くなったから。
だから、逆にこうしてまた弱くなった今、反動が来たんだ。
最初は本当に嬉し涙だった。
ワルプルギスの夜を倒したあの時は、本当に心の底から泣いた。
みんなが周りに居たけど、そんな事は気にならなかった。
私は、泣いた。
顔をぐしゃぐしゃにして、嗚咽を漏らしながら、馬鹿みたいに泣いた。
みんな優しいから言わなかったけど、きっと、呆れていただろうな。
本当はこんなみっともない奴だったんだって。
そう、その通りだから。
もう、仮面を被る必要も無い。
みんなに、いろんな意味で一目置かれる人間のふりをする必要も無い。
私は、あの瞬間に、元の弱くて脆くて情けない暁美ほむらに戻ったのだから。
みんな、あの時は私を見て笑っていた気がする。
そうよね。
こんな人間だったんだ。
虚勢を張っていただけだと知ったのだから。
呆れただろうな。
失望しただろうな。
…いえ、失望も何も、期待などされていないよね。
こういうところ、自惚れてるっていうのかな。
でも、それでも、私は構わなかった。
まどかが生きていてくれたのだから。
それだけ。
自分はどうなってもいい。
生きようが、死のうが。
生きようが。
死のうが。
……。
…やっぱり、生きていたいな。
あれだけ命を賭して、と思っていたのに。
なのに、そう思ってしまう。
私は弱いから。
恐がりだから。
死ぬのが怖いと、改めてそう思った。
でも、やっと辿り着いたこの世界なのに、私は、生きていけない。
せっかく、目的の世界に辿り着いたのに…。
辿り着いた。
……。
そうね。
だからなのね、やっぱり。
だから、私はやる事が無くなった。
だから、私の居る意味が無くなった。
だから、私は居なくてもいいんだ。
私の命は、まどかを救うためだけに存在したのだから。
ならいっそ、私の命はあの時ワルプルギスの夜と一緒に消えていればよかったのかもしれない。
だって、現にこうして、私はもう、魔法少女として生きる術を失っているのだから。
何かおかしいわけでもないのに、生きる術を失ってしまった魔法少女。
それはどうして?
時間を止められない直接の理由は分かっているけど、どうしてこうなってしまったのだろうと考えたとき、一つの答が浮かんだ。
そうだ。
それは、私自身が役割を終えたからだ。
やることが無くなっただけじゃない。
役目が終わったからなんだ。
花が、役割を終えたら枯れるように。
先の減ったGペンが捨てられるように。
私は、願いを叶えた。
自信を持ってそう断言できる。
断言できるけど…。
それはつまり、私の寿命があの時、終わったと言う事になるんだ。
「ああ…」
そうか、そうなんだわ。
私は、私としてやり遂げることを、全部やってしまったのね。
…悲しむことなんか、無いんだ。
無いんだね。
そう思うと、なんだか恐怖が和らいだ気がする。
魔法少女になった時、その瞬間から、私の寿命は決まっていた。
まどかを救う。
その時が、私の寿命の終わる時だったんだ。
じゃあ、これでも私、大往生って事になるのかな?
「そうか…」
中学生だけど、生きてるうちにやりたい事は、全て果たしちゃったんだね。
「まどかぁ…」
今日も今、どこかでまどかは笑っている筈。
親友のさやかや、優しい先輩のマミ、元気な杏子と一緒に。
その場所に、私の居場所はない。
居られない。
居てはいけない。
それは、悲しい。
本当にそう思う。
でも、それでいいのかも知れない。
それが当然なのかも知れない。
私は、他の時間軸でいっぱい、いっぱい、ほんとうにいっぱい、酷い仕打ちをみんなにしてきたのだから。
私は、みんなと一緒に笑ってはいけないんだ。
私は、みんなが幸せな場所に居てはいけないんだ。
何故なら、私は、他の時間軸で苦しんで死んだ、死なせてしまったみんなの分の業を背負わなければならないからだ。
たくさんのまどか。
たくさんのさやか。
たくさんのマミ。
たくさんの杏子。
たくさんのみんなの命を私は奪った。
直接的かどうかなんて関係ない。
私は救えなかった。
たくさんのみんなを。
たくさんの…。
「……」
…たくさんいるみんなを想像したら、ちょっと怖…可愛かった。
マミさんは、まどかは、私の最初の師匠だったのに。
さやかは、あの直情的な性格さえ出なければ、真っ直ぐな、良い友人なのに。
杏子は、だれよりも純粋だからこその正義感を持っていた、尊敬すべき子なのに。
なのに、いつしか私は救おうとすることすらかまけてしまった。
だから、奪ったと同じなんだ。
私は、私が奪ったみんなの命を、何としても償わなければならない。
「……」
また、じわりとソウルジェムが濁る。
体に、嫌なしびれを感じた。
骨の奥深くから何か重い物が噴き出してくるような、寒気のする痺れ。
僅かに吐き気もする。
みしりとした頭痛と同時に、ふわりと浮かぶような感覚で一瞬気が遠くなった。
ああ…。
もしかすると私、もう…。
脳裏に、無数の魔女の姿がよぎる。
私も…もうすぐ…彼女たちの…。
「……」
私は盾の中から一丁の銃を取りだした。
中には一発だけ弾も入っている。
シルバーに光るデザートイーグル。
頼りになる相棒。
その名もデザートホームル。
意味は特にない。
初期に作られた次装弾不良に泣かされた357マグナム版ではなく、リムレス薬莢の採用で事実上世界最強のハンドガンとなった50Action-Express版。
50Action-Express版は手に入れるのに苦労した。
デッドコピーではやはり精度が甘く操作性が悪かったので、貴重なループを消費してイスラエルへ飛び、本場の銃を工場から失敬した。
ロールアップされたばかりの、誰も触っていない本物を手に取ったときの感動は今も覚えている。
一度完全に分解してバリを丹念に削り、歪みをミクロン単位で直して油を差し、そして組み立て直した時には、もうこの銃は大量生産品では無い、私だけの一品となって生まれ変わっていた。
弾丸も千発ほどいただき、アヴダトにあった石柱が丁度的にぴったりだったので、一晩に二百発ほど撃って照準を調整した。
何本か石柱が折れたけど、ただの石だし大丈夫よね。
そんなことよりあの試し打ちで、命を預ける銃とはこういうものなのだと実感したのを覚えている。
どんなハイパワーライフルでもこいつの破壊力に比べればパチンコ玉みたいなもの。
このバケモノじみた大きさとずしりとした重さが私の命を守ってくれる保障なの。
葉巻好きのナイスガイもそう言っているから間違い無い。リボルバーではないけど。
ポリゴナルライフリングになってからはクリーニングが楽でいいのだけど、撃てる弾丸が銅系合金皮膜されたものに限られるのが難点。
いざと言うとき使える弾丸に制限があるのは困る。
真鍮で弾頭を覆わない、鉛剥き出しのソフトポイント弾は当たったときのダメージが強いから使い勝手がいいのに。
それに、やはり年頃の女子中学生としては誰もが持っているように、ライフリングのあの独特の形状には憧れがあったので、この変更は痛し痒しといったところね。
その前は、両さんが二丁持ちしていたのに惚れたのと、名前の響きがいいので44オートマグを使っていたけど、ジャムりが多くて困った。
オートジャムとは良く言った物だったわ。
あれだってリムレスだったのに。
動作不良の原因の一つは弾薬の供給の遅れなんだから、きっと先を行きすぎた、生まれるのが早すぎた銃だったのね。
まぁ、8.5インチのロングバレルを構えたときの格好良さは今でもデザートイーグル以上だと思っているけど。
e-bayに純正カスタムの10インチがあったのを見たときは飾りでもいいと本気で落札を考えたし。
話が逸れたわ。
このデザートホ…。
デザートイーグル。
それは、私のソウルジェムを砕くためのもの。
私が、人でいられるうちに人のままで死ぬ為の死刑執行器具。
魔女になる前に、ソウルジェムを砕く。
その為にワルプルギスの夜の時も使わなかった、本当に最後の武器。
でも、今はこのまま身を任せてもいいかと、そう思い始めてきていた。
だって、私だけが人のまま命を終えたら、それじゃあ、他の時間軸で魔女になっていったみんなに、死んでいったみんなに、悪いもの。
人のままで死ぬ事は、ある意味魔法少女にとって幸せな最期。
ならば、私にその資格は欠片もない。
私は、魔女になろう。
そしてせめてみんなの為に、自分を本当に散らし、グリーフシードを残そう。
居てもなんの役に立たない愚図な私の、最後のまともな役目。
みんなに戦わせると言う面倒はかけてしまうけど、彼女たちなら大丈夫。
それに、私はそもそも弱い魔法少女。
因果の強さが魔力の強さとなり、それが強いほど強力な魔女になる。
ならば、私は魔女になっても大した事は無いに決まっている。
魔女なのに、使い魔程度にしかならないかもしれない。
今は武器を持ってないけど、魔女になったら流石に何か攻撃手段くらいは持つのかしら?
でも、それにしてもこんな私だもの。
きっとへなちょこな攻撃方法よね。
泣き虫の私に相応しい、だだっ子パンチとか、そんな程度かしら。
槍でも剣でも、矢でも銃でも、ちょっと離れた所から一撃、ね。
勝てるイメージがまるでわかない。
なのに、無様に倒れる自分の姿は容易に想像できる。
魔女のイメージがわかないので、自分の姿のままで。
血を流して倒れる自分。
怖い事の筈なのに、むしろ滑稽で思わず笑みが漏れた。
積み重ねた罪をようやく精算できるのね、と。
あ。
罪を積み重ねる。
…罪だけに。
遺書代わりにメモしておこう。
ただ、一つだけ心配なのは、私がちゃんとグリーフシードになれるのかと言う事。
倒されるのはいいけど、その後必ずグリーフシードに変化する訳ではないから、ただ戦わせるだけになったらそれは本当に申し訳ない。
死んでからも迷惑をかけるだけなんて、それだけは本当に嫌。
私のソウルジェムよ。
どうかお願いだから、彼女たちのために少しでも質の良いグリーフシードを生み出しておくれ。
指輪を握りしめ、心から願う。
本当に、心から。
ソウルジェムが、いっそ他の魔法少女の魂のスペアにでもなればいいのに。
じわり。
またソウルジェムが黒ずんだ。
…そうだ、いけない。
ここで魔女になっちゃ駄目。
みんなが流石に怪しむわ。
最近私が魔女退治に付き合わないのは彼女たちも承知。
なら、私が居なくても不思議には思わないだろうけど、それでも、ここで魔女になっては自分が魔女になりましたと言っているようなもの。
そんな事になったら、彼女たちが私を倒すのを躊躇ってしまう。
みんな優しいから。
それはいけない。
出かけよう。
少し遠い所、人気の無いところ、私とは関係なさそうな所へ移動して、そこで魔女になれば彼女たちはそれが私のなれの果てとは気付かないだろう。
なれの果て…。
私は、どんな醜い魔女になるのだろう。
我が儘が許されるなら、あんまり汚くないといいな。
魚とか、どろどろなのは、いやだな。
……。
駄目かな。
さあ。
足が重いが、今出なくてはもう、自分の意思で動けなくなるかも知れない。
行かなくちゃ。
その名の通り、死出の旅立ちへ。
これは、とても怖いことの筈。
なのに、そんなに怖い気はしなかった。
ふふ。
人間、腹をくくるとそれなりに落ち着くものね。
ワルプルギスの夜の時みたいな半ばヤケではない、なんだか、今はすがすがしさすら感じるわ。
今なら、まどかからお誘いがあっても、悩まずに断れそう。
…虚勢じゃ無いクールに、なれているかな?
私みたいな人間でも、覚悟を決めるとこんな気持ちになれるのね。
部屋を出た。
多分、もう帰ってこないであろう部屋から。
……。
あ。
冷蔵庫にハーゲンが残っていた。
ワルプルギスの夜を倒したらと思ってそのまま忘れていたものだから、カチカチになっているだろうな。
後ろ髪を引かれたけど、今振り向いたら決心が揺らぐ。
私は今、本当にクールなほむらなんだから。
少しだけ、心が揺らいだけど、そのまま部屋を後に出来た。
外は夕方。
陽が落ちている。
斜陽。
今の私にこれ程ぴったりな景色はない。
…ううん。
それは違う。
私は、出来る事をやって、全てを終えた。
この濃いオレンジ色の夕焼けは、私への最後のご褒美。
役目を終えた太陽が闇に沈むのと、今の私は同じ。
そう思えば、なんだかこの沈み行く太陽にも親しみを覚える。
でも、あなたは沈みつつも優しく、暖かな光を放っている。
…あなたは、明日も昇るしね。
なんだかおかしくなって口元が緩む。
でも、呑気してはいられない。
遠くへ、遠くへ行かなくちゃいけない。
私の終焉の地へ。
優しく、暖かな光に背を向けて。
優しく…。
……。
そう言えば、冷蔵庫のあれって期間限定のドルチェだった。
……。
えっと…。
…べ、別にアイスクリームなんかのために…。
でも…。
でも、やっぱり思い立ったが吉日って…。
吉な事じゃないけど、でも…。
「ほむらちゃん!」
「ほむっ!」
突然声をかけられた。
その声の主は、他の誰でもない。
まどか。
「ま、まどか? ど、どうしたの? こんな所に」
思わぬところで思わぬ子に会ってしまった。
どうして。
何かの用事の途中?
道を選べば良か…って、まだ外へ出たばかりだから選びようが無いわ。
…と、言う事は。
「あのね、突然で悪いかなって思ったんだけど、遊びに来ちゃった」
ああ…。
最近、あなたに冷たくしてしまっていたのに、なのに、あなたは…。
「…駄目、かな?」
小鳥が首を傾げるような、のぞき込むような仕草で私を見るまどか。
「大したおもてなしも出来ないけど、どうぞ上がって」
「わーい!」
私の馬鹿。
馬鹿。
馬鹿馬鹿馬鹿。
「ほむらちゃん」
「えっ!?」
まどかが私の手を握ってくれた。
「ウェヒヒ。手が冷たいよ?」
「そ、そうかしら?」
「私が言うのも変だけど、早く入ろう? 体も冷えちゃうよ」
「そ、そうね。まどかの体が冷えたら大変」
「私じゃ無くってほむらちゃんが、だよ」
まどかがそう言って私の手を引っ張ってくれる。
温かいまどかの手が、泣きたくなるくらい心地よい。
まどかが来てくれたのが嬉しい。
手を握ってくれるのが嬉しい。
笑ってくれるのが嬉しい。
「ほむらちゃん、笑ってくれたね」
「え?」
まどかが笑顔でそういった。
私…笑っているの?
「そんな…」
「うん? どうしたの?」
「まどか…」
「やっぱりほむらちゃんの笑顔って素敵だね」
私…笑っていいの?
「あ」
また、目から涙がこぼれる。
さっきまで流していた涙とは違う涙が。
「ほむらちゃん…?」
「な、何でも無いの。目にゴミが入って、それで…」
涙を無理にぬぐおうとしたら、まどかがそっと私の腕を掴む。
「まどか…?」
「…うん。分かった。分かったよ、ほむらちゃん」
「あ、あの、手を…」
「ダメだよ。目が腫れちゃう。ちゃんと…」
そう言ってハンカチを取り出し、そっとぬぐってくれた。
「はい。これでおっけー。じゃ、また目にゴミが入らないうちに、お家に入ろう?」
「え、ええ」
「ウェヒヒ。何して遊ぼうかな?」
「あ、そう言えばDQXのテスターに合格しているからそれで遊びましょう」
「わー! すごーい! ほむらちゃんラッキーだね! やっぱりウェディで?」
「いえ、プクリポよ」
「あ、意外」
「可愛いのよ。子猫みたいで」
「ウェヒヒ。ほむらちゃんの方が可愛いけどね」
「ほむっ!」
…思わずうれしがってしまったけど。
私ってほんと馬鹿。
どうしよう。
私、これから魔女になろうって…。
そう言えば、それに踏み切れなかったのって、テストが始まる度にキャップいくまでカンストしてたせいもあるのかしら。
…どうすれば?
ええと、まどかと遊んで、それから帰るまでくらいなら…保つかしら?
いえ、保たせないと困る。
まどかに、私が魔女になるところなんて…。
でも、どうしてこんなタイミングで。
…いえ、もしかしたら、これこそ最後に一目まどかと会えたんだ、と思えば最高のご褒美だわ。
神様を信じる気は無いけど、感謝してしまいたくなった。
「おじゃましまー」
まどかが部屋の中に入りかけたとき。
「あ」
ちょ! ちょっと待って!
Wawawawaaaaait!
「……す?」
まどかの表情が固まる。
しまった。
本当にしまった。
「…ほむらちゃん、ちょっと部屋が…散らかってるよ?」
「ほむ…」
あの日以来全てにおいて気力が萎えていた。
部屋をまともに掃除する気も無くしていた。
食事なんてここ最近食事への欲求なんてろくに無く、あるとすればカロリーメイトやらソイジョイやらの全味をループすることばかりだったし…。
「えーと…」
「ご、ごめんなさい。だらしなくて…」
また、さっきまでの浮かれポンチな気分から一気に地の底へ堕ちた。
どうして私はこうもつめが甘いのだろう。
まどかが、わざわざ遊びに来てくれたのに。
「…これだと、ここに後で…。うーん…」
まどかが眉間にしわをよせながら何かぶつぶつと言っている。
私の事を呆れているのだろう。
恥ずかしさより、申し訳ない気持ちで消えてしまいたくなる。
「ほむらちゃん」
「ごめんなさいっ!」
「え?」
「え?」
「ど、どうして謝るの?」
「だ、だって、だらしない私を叱るつもりで…」
いえ、叱られるならまだいい。
叱るの言葉の意味には、まだ相手に対する希望があるから。
怖いのは、諦めの言葉を言われたとき。
諦めには、もう自分への興味が無いと言う意味があるから。
「うーん、それはまた改めて。今日はちょっと…。だからほむらちゃん、ちょっとお出かけしよう?」
「今から?」
「うん。まだ夜って程じゃないし、いいでしょ?」
「え、ええ。それは…」
「じゃあ決まりだね! ウェヒヒ! どこに行こうかな?」
まどかが笑いながら考えている。
どこへ連れていってくれるの?
公園のクレープ屋さん? ウインドウショッピング?
どこでもいい。
でも、出来るなら、買い物がいい。
そして、まどかの手元に何か私が居た証を残したい。
ううん。
証、なんてたいそうな物はいいし、まどかの負担になる。
ただ、邪魔にならず、でも捨てられる心配の少ない物を…この先数ヶ月とかだけでもいいから、残したい。
ずっと残る物は、後々まどかの負担になってしまうかもしれないから。
でも、少しだけ、我が儘をお願いしたい。
まどかの側に私は居られないけど、何か私の代わりを、まどかの側に、少しの間だけでも…。
そうすれば、私は心置きなく居なくなれる。
だから…。
「ほむらちゃん、また泣いてる」
「えっ…。あ、ごめんなさい…。また…」
「はい」
まどかがそっと私の涙をハンカチでぬぐってくれた。
また、勝手に一人で泣いていた。
まどかにまた余計な心配をかけてしまった。
嬉しいと思っていた心が一気に重くなる。
どうして私はこう…。
「ねぇ、公園に行こうよ」
まどかが私の手を取り、引っ張る。
「え、あ、そうね…」
「うん! 気分転換になるよ」
まどかの笑顔が眩しい。
それだけで、ソウルジェムの穢れがどんぶり三杯分くらいは浄化される気がした。
シュウウゥ…
…あれ? …気のせいよね?
サイケデリックな色彩の、そこかしこが歪んだ世界に、三人の少女が居た。
「そりゃあぁっ!」
「コポオォwwww(痛)」
青い衣装の少女が剣を振り回し、異形の魔女を切り裂く。
「とどめっ!」
「フォヌカポォオオオォォォ(哀)」
奇妙としか言いようのない濁った悲鳴を上げ、魔女は消えた。
歪んだ世界が通常の世界に戻り、魔法少女達の舞台は終わる。
「…っと、これで魔女退治おしまい! グリーフシードもみっけ!」
さやかが地面で駒のように立っているグリーフシードを拾う。
「お疲れ様。なんだか奇妙な魔女だったわね」
マミがさやかに微笑んだ。
「ですよねー。草を生やしまくる魔女なんて…。なんか動きとかキモかったし」
「そうね。グリーフシードの模様も『(゚∀゚)』で、なんか倒したのにまだ馬鹿にされているみたいだわ…」
マミが複雑な表情で呟く。
「ま、とりあえず前よりは随分と、危なっかしさが減ったは減ったな」
杏子も、にやりと笑って言う。
「へーんだ、ルーキー扱いも今のうちだよ。これからは頑張って一人前以上にばしばし魔女退治するんだから」
「分かってるって。仮にもワルプルギスを生き抜いたんだからな。ま、みんなの中で一番危なかったけどよ」
「まだ言うか!」
「そうね…」
「マミさんまでっ!」
マミが微笑み、そしてふっと悲しい表情を走らせる。
「ふふ。違うわ。そうじゃなくて、魔女の事よ」
ああ、とさやかと杏子が顔を見合わせた。
「魔女は…皮肉な事だけど、これだけ頑張っても、居なくなる気配は無いのよね。私達にとっては、これは、不本意だけど、有り難い事なの…かしら?」
グリーフシードは、例えでは無く、自分達魔法少女にとっての命の糧。
マミは複雑な表情で力なく笑った。
「…マミさん」
「有り難いことだよ、マミ。前はさぁ、いつか魔女は居なくなるかも、そうしたら、あたしたちは…なんて思っていたんだけど、なんだかなぁ、全然減らないんだよなぁ」
「だよねー。まぁ、波はあるけど、この街だけであたし達四人分のグリーフシードがなんとか間に合うくらいな状態だもん」
「あたしは別に、隣街の本当の縄張りがあるけどな。やらないぞ」
「って言うわりにはそこで手に入れたグリーフシードも譲ってくれたりするじゃん。もー、ツンデレめ」
「…うぜぇ」
「でも、あなたがこうして協力してくれるようになったのは本当に嬉しいの。この気持ちだは、裏表の無い、本心よ」
「…知らねぇよ」
「照れ屋さんだねぇ」
さやかが杏子のほほを指でつつく。
「…マジうぜぇ」
杏子も、言葉では拒否しつつ、特にそれをはらう真似もしない。
「はいはい、そこまでにしましょ。とりあえず今日はもう魔女も使い魔も探せる範囲内では出なさそうだし、それに…そろそろ流石に心配だわ」
マミが夜に近い空を仰ぎ見て呟く。
「あ…。ですよね」
さやかもマミと同じ方角の空を見上げて呟いた。
「なぁマミ、あいつ、あれ以来魔女狩りしてねぇ…って言うか、アレだろ? 無理っぽいんだろ?」
「ええ、そうよ」
「ほむらの時間停止は、極端に頑丈な奴が相手でもなけりゃ無敵レベルだったからなぁ」
「予告なしで本気で殺しに来たら、あたしら勝てないし」
「こら、二人とも暁美さんの事どう思ってるの?」
「いやいや、ほむらの能力がそれだけすごいって事ですよ」
「それだけに、無くなったらなぁ」
「暁美さん、物理的な攻撃が効く魔女や使い魔はいくらでもいるからって、そう言ってはいるけど…」
「夜中までずっと何か悩んでいるらしいってキュゥべえも言ってたしな」
「『よくわからないけど、ほむほむと鳴きながら両手で白い物を何時間も振り回していたよ』とか言っていたけど…。一体何かしら?」
「多分、自分がふがいなくて何かに当たっていたんじゃないですか?」
「かもなぁ。あいつ、プライド高そうだし」
「いえ、それよりもほむほむ、の方が…」
「皮肉なもんですよね。まどかを助けたいが為に色々犠牲にしてきて、それが叶った途端にめぼしい力を失うなんて…」
「…そうだな。これこそ、因果って言うのかねぇ」
「だからこそ、私が暁美さんの分のグリーフシードも確保しなくちゃいけない。…いいえ、違うわね。確保したいの」
「マミ…」
「頑張って頑張って、やっと幸せを掴んだ子が真っ先に絶望しなくちゃいけないなんて、絶対に間違っているわ!」
マミが拳を握り、誓うように呟く。
「義理でも恩義でも無いわ。私は、そうしたくて仕方が無い。私がそうしたいからするの」
「マミさん、私、じゃなくて私達って言ってくださいよ!」
さやかがマミの横に立ち、えへん、と胸を張る。
「美樹さん…」
「あたしだってそうです! ほむらとは色々あったけど、今はもうかけがえのない親友! 友達じゃ無くって親友です! ね? 杏子」
「なんであたしに振るんだよ。…まぁ、仲間は仲間だけどな。知り合い以上には…」
杏子は頭を掻きながらそっぽを向いて言う。
「ふふ。暁美さんが聞いたら喜ぶわね」
「まどかの事があるからとかでもありませんよ。あたしの気持ちとして、あいつは親友なんですから! あー見えて可愛いところあるって分かったし」
「あら、どんなところ?」
「この前体育の時、なんか、たまたまちらっと見えたうなじが可愛くって何となく舐めたんですけどね」
「…舐めたのかよ」
「さらっと言ったわね」
「そしたら『ひにゃあ!』とか言って飛び上がって。涙目で。で、あ、こいつ可愛いって」
さやかがけらけらと笑う。
「ま、その後まどかに腰の入ったいいのを脇腹に貰いましたけど」
「あらまぁ」
「へぇ」
「ちなみに脾臓がアレになって、変身して治癒しないと危なかったですハイ」
「あらまぁ…」
「へぇ…」
「二日程、ほむら共々視線も合わせてくれませんでしたハイ」
「あら…まぁ…」
「へ、へぇ…」
「まどかからあんな表情で舌打ちされたのは初めてでした…グス」
「……」
「……」
「と…ま、まぁ、とにかく色々あってですねあたしは元からこの力正義のためにって思って得ましただから今はほむらも救いたいって思う! て言うか救わせてくださいたのんますって感じですマジでリアルで何が辛いってまどかからの感情の籠もってない氷の視線が辛いんですそれだけでソウルジェムがマジでゴボゴボ濁るんですいやホントに! ほむらがむしろ気にしてないからって本気で哀れんでくれるのがうれし切ないんです! あああああああの視線思い出しちゃったあああああああ!」
「…が、がんばりましょ」
「もう、ほむらからのお礼も、感謝も、望みません。て言うか疎まれたってやめませんよ! あたしはただ、自分の信念に従うだけです。それがあたしの正義! あははははははは! 痛みなんて消しちゃえば感じないんですよあははははは!」
「聞こえないふりして開き直ってるぞこいつ」
「ええと…み、美樹さん、頼もしいわね」
「へへっ。嫌がったら、無理矢理にでもソウルジェム浄化しちゃる!」
さやかは拳をポキポキと鳴らして、にやりとほくそ笑みながら言った。
(どっちかって言うとこいつに浄化が必要そうだな…)
「美樹さん、それはいいけど、鹿目さんに次は骨を砕かれないようにね。脊髄とか」
「…ぜ、善処します」ガクブル
「やれやれ、おせっかいな魔法少女の多い街だな、ここは」
「あんただってその一人のくせに」
「別に…。あたしはただ、そういう気分にさせられたってだけさ」
「ふーん」
「あいつの為じゃ無いよ。自分がそうしたいって…そう、思っただけだ。自分の為の勝手な行動さ」
「それこそ、あたしと一緒じゃん」
「うっさい! とにかく! ワルプルギスを倒したって確認できたあの時…。そうだよ、あの時さ」
不意に杏子が空を仰いで呟く。
「…あの、クールで、時には冷血漢とすら思えていたあいつがさ…」
「ええ…」
「あの時ね」
「あいつが、あんなにみっともなく、顔ぐしゃぐしゃにして、泣きすぎて咽せちまうくらい思い切り、赤ん坊みたいにびーびー大泣きする所、見ちまったらさ…」
「…杏子」
「…っち! へっ。変だな。な…なんか、思い出しただけで…。おかしい…な…」グス…
「うん! うん! ほむらが、あたしたちがボロボロになりながらも生きているって分かったあの時、駆け寄ってきて思いっきり抱きしめて、そして、あたしに、さやかさやかって、何度も何度も名前を呼んで…うぅ…」グシュン
「あたしにだって…ありがとうって、何度も何度も、跪くようにして…そんな事…する必要…ないのに…ひっく…」
「私だってそうよ…。私の事、あの時、巴さん、巴さんって…私、やりましたって…。子供が母親に言うみたいに…必死に…必死に…う…うええぇん…」
「…分かる。分かるよ! そうだよなマミ! あれがほむらの、本当の姿…だったんだよ…」グシュン
「ええ…。暁美さんは、ずっとずっと、あんなふうに泣きたくて、仕方なかったのよ…うぅ…」チーン
「みんなで、必死に笑顔になって、おまえは生きているぞって、みんな生きているぞって励ましたんだよな…」
「うん…。あたしも、励ましているつもりが、逆にほむらがあんなに一生懸命に泣いているのを見て、自分はゾンビなんかじゃない、ちゃんと生きているんだって、そう思えたよ…」
「そうよ! そうよね! ゾンビはあんな風に泣かないわよね!」
「だよな! 腕がもげようが心臓が止まろうがマミろうが、回復さえ出来ればいいんだから、あたしたちは生きているんだよな!」
「……」
「……」
「…ゴメン」
「ごほん。ええと、そ、そうですよ! ほむら、あの時、泣きながら感謝してましたけど…感謝されるどころか、逆にあの時はほむらに感謝しましたよ…ほんとに…」
「あの時、みんなが一つになれた気がするわ…」
「…ですよね…えぐ…。ほむら…。大丈夫かなぁ。今何しているのかなぁ…」
嗚咽が治まり、鼻をすすりながらさやかが呟く。
「そうね。さ、そろそろ行きましょ。暁美さんが心配だわ」
「はい!」
「でも、今更だけど、素直に受け取るかねぇ、これ…」
「さっきも言ったけど、受け取らなかったら、無理矢理にでも使わせるよ。言っちゃアレだけど今のほむらなら勝てる!」
「そうね。弱くなった自分を認めるのはつらい事だと思うけど…。これからは、強がらないで素直に頼って欲しいわ。命が掛かっているのに、遠慮なんて不要だもの」
「意固地な所は変わらないからなぁ」
「独りで思い詰めてないといいけど…」
「あいつ、あんな性格だし、落ち込んじゃって、食事もろくに取ってなさそうですよね」
【後編】に続きます。


続き期待