1 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:55:30.53 JOtdaiZe0 1/411

戦士♂「そうだ。お前は『ひのきのぼう』だ」

商人♂「ガハハ、そりゃいい例えですな!」

僧侶♂「どういうこと?」

戦士「口に出さねば分からないか。はっきり言って、お前にはこの旅は荷が重過ぎる」

戦士「今まで大目に見てやったが、お前は勇者と違い、能力的には平凡な小僧だ」

戦士「貧弱で力はない、頭の回転は鈍い、攻撃呪文は弱い。ヒノキの棒のように役に立たんということだ」

戦士「回復呪文、一部の補助呪文だけが取り得だったが、それももう用済みになった」

僧侶「用済み?」

賢者♂「私がこのパーティーに入ることになりました」

僧侶「えっ? あなたは?」

賢者「はじめまして、賢者です」

賢者「私は強力な攻撃呪文・補助呪文に加え、あなたの使用できる呪文もすべて習得しています」

賢者「私があなたに代わって勇者様を支え、打倒魔王を為す一助となります」

戦士「そういうことだ」

僧侶「……そっかぁ……」

元スレ
僧侶「ひのきのぼう……?」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1353934530/
僧侶「ひのきのぼう……?」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1353950321/

2 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:56:20.17 JOtdaiZe0 2/411

商人「分かったら、とっとと自分の家に帰れ!」

僧侶「えっ? いまから?」

戦士「もうお前はパーティーの一員ではない。これを以て赤の他人も同然ということだ」

僧侶「あの……勇者は? いまお風呂に入ってるけど……」

戦士「勇者もとっくにこの件は了承済みだ」

賢者「ええ、私もその場に居合わせていました。多少の抵抗はあったようですが――」

賢者「魔王討伐を実現するに当たって、旅の効率性をご説明したら、最終的に納得されました」

僧侶「……そうなんだ。じゃあ仕方ないかなぁ」

戦士「さあ、勇者が戻ってくる前に行け。会えば勇者の心に迷いが生じるかもしれん」

僧侶「あの、やっぱりいまから?」

商人「一人分の宿代も、お前からこの賢者殿に差し替えているのだ。居残ってもらっては困るぞ!」

賢者「出会ったばかりでいきなりお別れとは残念ですが、どうか道中ご無事で」

戦士「さぁ、早く行け! 日が沈まないうちに出たほうがいいぞ」

僧侶「うん、分かったよ。支度する」

商人「ちょっと待て!」

4 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:57:01.72 JOtdaiZe0 3/411

僧侶「? なに、商人さん」

商人「旅の装備とゴールド、それに道具は全て置いていってもらうぞ!」

僧侶「えっ? 全部?」

商人「当たり前だ! 旅の物資は全てワシが管理しておるのを忘れたか!」

商人「どさくさ紛れに貴重なアイテムを持っていかれては、たまったもんじゃないぞ!」

商人「いいか、我々は物見遊山ではない、魔王を倒しにいくのだ! 1Gもムダにはできんのだ!」

僧侶「そっかぁ……」

戦士「とはいえ商人、これはまだ未熟な子供。無一文での一人旅は危険だと思うが」

商人「おお、そうですな! おい、ひのきのぼう! これだけくれてやる!」

僧侶は 5Gを てにいれた ▼

僧侶「えっ? これだけ……」

商人「ひのきのぼうと同じ価値なら、それと同じ額なの当然であろう!」

戦士「商人、それはやり過ぎでは」

商人「いいえ戦士殿、この町はご存知の通り物価が高い。事実、我々の予算も余りに余裕はないのです」

商人「先々のことを考えれば、いかなる支出も必要最小限にとどめるべき! 全ては魔王を倒すために!」

6 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:57:43.19 JOtdaiZe0 4/411

賢者「……僧侶さん。あなたはバギ系呪文も使えるはず。それで弱った魔物を倒すこともできましょう」

賢者「道中戦いに傷ついたとして、宿に泊まりつつ確実な勝利を重ねていけば、金銭に困ることないはずです」

僧侶「……でも……」

商人「まだ何か不満があるのか!? それ以上何か言うなら、その5ゴールドも取り上げ……戦士殿?」

戦士「僧侶よ。お前は子供とはいえ、仮にも勇者のパーティーの一員だった」

戦士「その誇りと、勇者から分け与えられた勇気の一端があれば、何も恐れる必要はない」

戦士「分かったな」

僧侶「うん」

僧侶「分かった」二コ

僧侶「戦士さんたちも、お気をつけて。勇者に、よろしく言っておいてください」

戦士「うむ。早く行け」

僧侶「えと……アイテムと……装備品はここに置いておきます」

商人「おいそんな汚いところに置くな! 少しは考えろ!」

僧侶「あ、ごめんなさい。えっと、こっちに置いときます」

僧侶「それじゃあ――さようなら」

8 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:58:48.46 JOtdaiZe0 5/411

 

戦士「――行ったか?」

賢者「はい、確かに町を出たようです」

商人「ふうう、ようやっと厄介払いができましたな!」

戦士「あまり悪く言ってやるな。俺はああは言ったが、あの僧侶はあれで多少は旅に貢献していた」

賢者「しかし、勇者様と同い年というのは本当なのですか? 私と二つと違いませんよ」

商人「がはは、もともと勇者様のコネで入ったような能無しですからな!」

商人「賢者殿のように、若くして賢者の号を勝ち取った本物の導師とは、格が違いますわ!」

賢者「本物かどうかは判りかねますが、流石にあの少年より優っているという自信はあります」

賢者「私が勇者様の剣となり盾となり、魔王打倒に向けて全霊を注ぎましょう」

戦士「うむ、賢者よ、ともに世界を平和にもたらそう。これからはよろしく頼むぞ」

賢者「お任せください」

商人「そうと決まれば、お近づきに酒瓶でも開けませんか! 今晩は一段と冷えるようですぞ!」

勇者♀「あっ、みんな集まって何してるの?」

戦/賢/商「!!」

9 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:59:25.56 JOtdaiZe0 6/411

商人「ゆ、勇者様!」

勇者♀「あれ? 僧侶も一緒じゃないの? どこいったの?」

戦士「……それについては勇者。その前に話すことがある」

勇者「なに?」

戦士「予め話はしておいただろう? こちらの賢者が、正式にパーティーに加入することになった」

賢者「はい。すでに挨拶は済んでいますが、改めてよろしくお願いします」

勇者「わあ、そうなんだ! こちらからもよろしくお願いします!」

勇者「にぎやかになるなあ。ボクと僧侶と賢者さんとで、もう回復役には困らないね!」

商人「僧侶はもういませんぞ」

勇者「……。……えっ? いないって?」

戦士「僧侶は……自身より遥かに有能な賢者が入ってきたことで……」

戦士「……自分の力量の限界を悟り、進んでパーティーからの脱退を願い出た」

勇者「えっ?」

勇者「ど、どういうこと? ねえ、ボクそんな話聞いてないよ!?」

商人「い、いやあ、我々も急な話で驚きましてな」

10 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 21:59:58.30 JOtdaiZe0 7/411

勇者「ちょっと待ってよ、僧侶はどこ? 直接話をして――」

賢者「僧侶殿は、すでに町を去られました」

勇者「えっ!? ひ、一人で?」

勇者「このへんの魔物が手強いの知ってるでしょ!? まだ今日の疲れも取ってないのに!!」

戦士「落ち着け勇者。僧侶には」

戦士「僧侶には、貴重なキメラのつばさを持たせた。故郷までひとっ飛びだ。危険はない」

勇者「そ、そうなの? 商人さん」

商人「もももちろんですとも。ある程度の金銭も持たせましたし、帰っても当分は生活も安泰かと」

勇者「そ、そうなんだ……。でも、ボクに何の相談もなしに……」

戦士「……このところかなり思いつめていたようだぞ。勇者に迷惑をかけたくはない、と」

勇者「ボク、僧侶を迷惑に思ったことなんて、一度もないよ!」

戦士「勇者はそう思っていたとしても、事実、回復や一部の補助以外は、足手まといだった」

勇者「……本気で言ってるの? 僧侶はね、ボクなんかよりずっと賢くて」

勇者「町の人の会話なんかも、ダンジョンの地形なんかも、全部憶えられるんだよ?」

戦士「何?」

11 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:00:54.44 JOtdaiZe0 8/411

戦士「では、今まで勇者の得ていた情報が常に正確だったのは」

勇者「……僧侶に教えてもらってたんだ。恥ずかしいから、こっそり聞いていたけど」

勇者「それに、戦いでは一番みんなの体調を気にしてて……自分のケガなんかほったらかしで……」

勇者「だからボクたちが教会のお世話になったことなんて、ほんの数えるほどしかなかったでしょ?」

戦士「……すまない。それは気付かなかった」

勇者「足手まといだなんてとんでもないよ。僧侶がいないと、とてもここまで来れなかった……」

賢者「大変恐縮ながら勇者様。よろしいですか?」

勇者「……なに?」

賢者「彼は自分の意思でこの場を離れました。それほどの貢献を経た上で、自分で決断を下したのです」

賢者「であれば、我々はその意思を尊重するのが、彼の本意ではないでしょうか」

勇者「でも……」

賢者「不肖この賢者、記憶力も状況判断力も、人並みよりは優れていると自負しております」

賢者「彼の穴埋め以上のはたらきは必ず果たし、勇者様への尽力は惜しまぬと誓うゆえ」

賢者「どうか此度の顛末には、ご理解ご寛容を」

勇者「……」

12 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:01:32.77 JOtdaiZe0 9/411

勇者「……」

賢者「勇者様、どちらへ?」

勇者「ルーラで僧侶に会いに行く。やっぱり一度きちんと話さないと」

商人「そ、それはっ……」

戦士「それはならん、勇者よ」

戦士「なんのために僧侶がお前に会わずに去ったと思う」

戦士「教えてやる、互いに未練を引きずらないようするためだ」

戦士「すっぱり繋がりを絶てばしこりも残らん。そして恐らくその判断は正しい」

戦士「いま僧侶に会いに行くのは、その意志、克己を踏みにじることになりかねん」

戦士「だが……それでも構わず、我を押し通すというなら、行ってくるがいい」

商人「ちょっ」

戦士「だが勇者、私情に振り回されるようでは、俺は魔王を倒しうる器とは思わんぞ」

勇者「……」

賢者「勇者様」

勇者「寝室だよ。話は分かった。……今日はもう疲れちゃった。先に寝てるから……」

14 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:02:19.21 JOtdaiZe0 10/411

 

商人「ふうう、なんとか乗り切りましたな!」

戦士「……俺は人を騙すことに慣れていない。後味は最悪だ」

戦士「だがこの件だけはやむを得まい」

戦士「勇者は擁護していたが、やはり俺からしてみれば、僧侶は優秀な人材とは思えなかった」

戦士「より呪文に秀でた賢者が参入した今なら、尚更だ」

賢者「恐縮です」

戦士「なのに、勇者の僧侶への入れ込みようは度が過ぎていた」

戦士「魔王打倒に万全を期すためにも……この辺で決別してもらわねば」

賢者「ええ。私は彼のことはよく知りませんが、やはり5人での長旅というのは効率が悪いかと」

商人「とんでもない話です! 人数が一人増えるだけで、経済的にはえらい負担ですぞ!」

戦士「とにかく全ては、確実に魔王を倒すためだ。我々ももう僧侶のことは忘れよう」

戦士「明日は未踏の地への探索だ。各々、今日は早めに床につくがいいだろう――」

賢者「この周辺の地形に関してはお任せください。私にとっては庭のようなものです――」

商人「あ、あれ? お二人とももうお休みで? うむむ、せっかくの酒盛りが――」

18 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:04:01.69 JOtdaiZe0 11/411

――――――――――――――――――――

【外】

僧侶「……」ニコニコ

僧侶(ちょっと寒いなぁ。やっぱりあの装備って、防寒効果もすごかったんだなあ)

僧侶(そうだよ、装備がないから、魔物にばったり遭わないようにしないと)

僧侶(おっと)

僧侶(魔物だ)

僧侶(まだこっちに気付いていないな。遠回りしていこう――)

 

僧侶(おっと。魔物だ。ここは隠れてやり過ごそう――)

 

僧侶(おっと魔物だ。全力で逃げよう! ――)

 

僧侶「おっと」

僧侶「もう日が沈んじゃうな。そろそろ野宿する場所を確保しておかなくちゃ」

20 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:04:46.44 JOtdaiZe0 12/411

 ポツ     ポツ

僧侶「あっ」

僧侶「雨だ。雨が降ってきた。大変だっ」

僧侶(どこか雨宿りできる場所……あっ、この木のウロ、結構広そう)

僧侶(うん、中に何もいないみたいだし、何かがいた痕跡もないし、ちょうどいいや)

 

僧侶「よっしょ」

僧侶(いい感じ。もうすっかり暗くなってきたし、今日はここで寝よう……)

僧侶(……戦士さんたち、大丈夫かなぁ。寝てるとき風邪引かないかな)

僧侶(戦士さんは頑丈だから病気とは無縁だけど、商人さんは寝相が悪いからなぁ。ちょっと心配)

僧侶(賢者さんはどうだろ。きっと僕なんかよりずっと頭が良い人だから、心配するのは失礼かな)

僧侶(勇者は……いつも布団を多めに被ってるから大丈夫だよね……)

僧侶(勇者といっても、まだ年頃の女の子なんだし……体調には気を配らないと……。……)

 ザー―――――― ……

僧侶「Zzz――」

21 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:05:28.42 JOtdaiZe0 13/411

――

 

僧侶(……)

僧侶(……寒い……ちょっと寒い……)

僧侶(……でも平気……寒くない……)

僧侶「!」

僧侶「あ。朝」

僧侶(そっか。そういえば僕ひとりだった)ゴシゴシ

僧侶(勇者たちから抜けて、家に帰るところだったんだ)

僧侶(魔王を倒しに行くのに比べたら、ずいぶん気楽な旅路だよね)

 

僧侶「ん……」

僧侶「雨はやんでるけど……地面がべちゃべちゃだ。こりゃ歩きづらいなあ」

僧侶「と。こんなこと言ってたら、また戦士さんに怒られちゃう」

僧侶「う~ん……よしっ。出発!」

24 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:06:01.81 JOtdaiZe0 14/411

僧侶(一つ前の村までの道順はこっち……うん、こっちが最短距離)

僧侶(目的地への方角がちゃんと分かるって幸せだね。自信を持って歩けるもの)

僧侶(道のりもやることも分からなかったら、僕にはきっと耐えられないだろうなぁ)

僧侶「……」

僧侶「ん……!」

 

魔物Aが あらわれた! ▼

僧侶(やっぱり出た! 右手の抜け道は……)

魔物Bが あらわれた! ▼

僧侶(うわわっ。こうなったらいったん引き返して……)

魔物のむれが あらわれた! ▼

僧侶「!」

僧侶(は、挟まれちゃった! 逃げ場がない!)

僧侶(戦わなきゃ。戦わなきゃ)

僧侶(ぼ、僕一人で……戦えるかな……)

25 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:06:35.55 JOtdaiZe0 15/411

――――――――――――――――――――

勇者「やあっ!」

勇者の こうげき! ▼

商人「このおおおっ!」

商人の こうげき! ▼

賢者「そのグループはまとめて倒せますね」

賢者は ベギラマを となえた! ▼
魔物のむれに ダメージを あたえた! ▼

戦士「こいつで最後だ!」

戦士の こうげき! かいしんのいちげき! ▼

魔物を たおした! ▼

魔物のむれを やっつけた! ▼


勇者「ふう……」

戦士「今の戦いはなかなか質が良かったな」

商人「多めにゴールドを回収!」

26 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:07:14.13 JOtdaiZe0 16/411

賢者「勇者様、足から血が」

勇者「えっ? ああ、こんなのかすり傷だよ」

賢者「私にはまだまだ魔力に余裕があります。回復させてください」

勇者「そ、そう? じゃあお願い、僧侶――じゃなかった賢者さん!」

賢者「……」

戦士「勇者。僧侶のことは忘れろとは言わんが、早いうちに意識を切り替えろ」

戦士「最終的に魔王との戦いは、このパーティーで挑むことになるのだからな」

勇者「わ、分かってるよ。今のは、ちょっと」

勇者「賢者さんが、いつもの僧侶と同じことを言ってきたから、つい……」

賢者「いつも?」

商人「そうです、僧侶の奴は、戦闘が終わるたびにイチイチ他人のケガを見て回るのです」

商人「いやーしつこいもんですぞ。別にいいと断る頃には、すでに回復呪文を唱えておりまして」

戦士「うむ、あれは考えなしだった。魔力の使い方としては、えらく非効率に思えたものだ」

賢者「まぁ、毎回そんなことをやれば効率は悪いでしょうね」

勇者「……みんな僧侶のこと何にも知らないくせに……」ボソ

28 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:08:03.09 JOtdaiZe0 17/411

商人「それにしても、やはり賢者殿は相当な戦力になりますな!」

賢者「お褒め預かり光栄です」

戦士「お前は先の町で、長らく呪文の研究をしていたのだろう?」

戦士「若いということもあって、正直あまり戦闘には期待していなかったが、」

戦士「予想に反して立ち回りは様になっていた。どこで覚えた?」

賢者「私は魔道の修練のため、大陸中を巡りました。元々旅には慣れ親しんでおります」

賢者「空白期間こそありましたが、思ったより勘が鈍っていなかったので幸いでした」

賢者「すぐに皆様に息を合わせられるよう、精進いたします」

商人「何をおっしゃる、賢者殿はもうすっかりパーティーの一員ですぞ!」

戦士「うむ。賢者がパーティーの良き参謀となれば、以前よりも旅は安泰になることだろう」

勇者「……そんなの絶対分かんないもん……」

賢者「あ。勇者様、足元っ」

勇者「うわ。っとっと」

賢者「大丈夫ですか?」

勇者「う、うん平気。ありがと。…………ちぇっ……」

29 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:08:49.45 JOtdaiZe0 18/411

 

戦士「――そろそろ日も傾いてきたが、次の町まではあとどのくらいなのだ?」

賢者「あと一山、越えなければなりませんが……勇者様、いかがいたしましょう」

勇者「それなら頑張って歩こう。まだみんな余力はあるみたいだし」

商人「賢者殿のおかげで、前よりずっと好ペースで進んでおりますからな!」

賢者「それは何よりです」

戦士「お前はパーティーに加入したばかりだ。くれぐれも無理はするなよ」

賢者「ええ、ありがとうございます」

勇者「……ねえ賢者さん」

賢者「はい?」

勇者「賢者さんは、どうしてこのパーティーについていこうと思ったの?」

賢者「それは無論、この世に悪をもたらす元凶、魔王を征伐するためです」

賢者「魔王はいにしえより、選ばれた勇者の剣でのみ討ち果たされると言われています」

戦士「……」

賢者「ゆえに勇者様が先の町に立ち寄ると伺ってからは、元より同行させて頂くつもりでした」

30 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:09:42.79 JOtdaiZe0 19/411

賢者「もちろん希望通りにパーティーに参入できるとは思えませんでしたが――」

賢者「幸運にもそちらの商人様の紹介あって、人員交代の機会に恵まれた次第です」

商人「いや何の、腕利きの賢者がフリーだと聞いては、声をかけずにはいられませんとも!」

勇者「ボクには急な話だったけどね」

戦士「仲間になるかもしれん、という話は予め伝えておいたはずだが」

勇者「僧侶が抜けるなんて聞いてないよ」

戦士「まだ言っているのか。過ぎたことを引きずるな。あれは……」

戦士「あれは僧侶の意志だったのだ。お前も納得しただろう」

勇者「……まだ全部飲み込めたわけじゃないよ。一日経ったばかりだし」

商人「まあまあ、徐々に今のパーティーに慣れていけばいいじゃあありませんか!」

勇者「……でも……」

賢者「勇者様」

賢者「私の能力では、何かご不満でしょうか? すぐに改善いたします、何でも仰ってください」

勇者「えっ? い、いや、そういうわけじゃないよ。賢者さんはすごく頼りになると思う」

勇者「ほら、もう日が沈んじゃうよ、先を急ごっ」

32 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:10:15.01 JOtdaiZe0 20/411

――――――――――――――――――――

僧侶は 魔物のむれをたおした!

経験値と 120Gを てにいれた! ▼

僧侶「ふう」

僧侶「なんとか勝てた……」

僧侶「……」

僧侶(こっちも命がかかってるから、甘いことは言ってられないけど)

僧侶(このモンスターたちも、子供がいたり、生きるのに必死だったかもしれない)

僧侶(供養だけでもしていこう。僕一人しかいないし、誰にも迷惑かからないよね)

僧侶(――)

 

僧侶「よし、先を急ごう」

僧侶(次の村に着いたら、装備だけでも整えようかな。やっぱり手ぶらじゃきついや)

僧侶(わ、よく見ると服もドロだらけだ。新しい服も買っておこう)

僧侶(そうだ、好きなものが自分のお金で買えるんだ。一人旅も悪くないかなあ)

36 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:11:28.78 JOtdaiZe0 21/411

――

僧侶は にげだした!

 

僧侶「はぁ……はぁ……」

僧侶(今度はうまく逃げられた。しかも村の方向だ、ラッキーだね)

僧侶(あ。この坂、見覚えあるぞ。ここを越えたら――)

僧侶(見えた! 村だ。まだ結構歩かなきゃならないけど)

 

  ポツ     ポツ

僧侶「!」

僧侶「また雨!」

僧侶(うーん、雨宿りするには中途半端な距離だなぁ)

僧侶(よし、もう日も沈んで暗くなってるし、今日は頑張ってあそこの村まで行こう)

  パタパタパタパタ  ……ザー―――――― ……

僧侶(うわあ、雨足早いぞ。急がなくちゃ!)

37 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:12:02.93 JOtdaiZe0 22/411

 ザー―――――― 

僧侶(歩きづらいなぁ。視界も悪いし)

僧侶(でも負けないぞ。なんてったって僕は勇者のパーティーにいたんだ)

僧侶(雨の中でも勇気を出して、胸を張って歩こう)


僧侶「ん……!」

魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!

僧侶(村まであと少しだ。こうなったら……)

僧侶は マヌーサを となえた!

魔物のむれは まぼろしに つつまれた! ▼

僧侶「今のうち!」

僧侶は にげだした!

しかし 足がもつれて すっ転んでしまった! ▼

僧侶「ぶぼ! いてて……」

魔物のむれに まわりこまれてしまった! ▼

39 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:12:35.60 JOtdaiZe0 23/411

――

 ザー―――――― 

【東の村】

僧侶「はぁ……はぁ……あれ?」

僧侶(必死で逃げてたら、いつの間にか村に着いてた……)

僧侶(良かった。なんとか無事に、一人で戻って来れたぞ)

僧侶(村の人は……やっぱりみんな家の中だ。こんな天気だもんね)

僧侶(ええっと、まずは宿屋? ううん、こんなに汚れたカッコじゃ、会う人に失礼だね)

僧侶(まずはお店に行って着替えを買ってこよう。ついでに装備も整えられるし、一石二鳥だ)

僧侶(もうすっかり遅くなったし、雨も降ってるけど……開いてるかな?)

僧侶(確かこのカドを曲がって……左に行って……もひとつカドを折れたここ!)

【東の村>武具屋】

僧侶(よかった開いてる!)

僧侶「こんばんわ~」 キィ…

武具屋「いらっしゃ……ん? お前どこのガキだ?」

42 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:13:28.83 JOtdaiZe0 24/411

僧侶「僕は通りすがりの旅人です。お金はあります、服を下さいな」

武具屋「おい馬鹿野郎、濡れたカッコで入ってくるんじゃねえ! 外で水きってこい!」

僧侶「ごめんなさい」

武具屋「旅人ねぇ、そうは見えねぇがなあ。ま、金があるってんなら一応客だが」

僧侶(所持金は125ゴールド……この村の宿屋は確か一人20ゴールドだから……)

僧侶(10ゴールドのぬののふくと……かわのぼうし80ゴールドまで買える!)

僧侶「これとこれを下さい」

武具屋「90ゴールドだ。偽金じゃねえだろうな」

僧侶(へへ。奮発してぼうしまで買っちゃった。一人で買い物って楽しいな。あ、そうだ)

僧侶「武器も見せてくださいな」

武具屋「ああ? あといくら持ってんだ?」

僧侶「35ゴールドです」

武具屋「はっ、やっぱ金持ってねえのか。その額じゃこれとこれしか売れねえな」

僧侶(ふむふむ、30ゴールドのこんぼうと……あ!)

僧侶「これ下さい!」

45 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:14:07.69 JOtdaiZe0 25/411

僧侶は ぬののふくを 装備した!
    かわのぼうしを 装備した!
    ひのきのぼうを 装備した! ▼

僧侶「これでよし。ありがとうございました」

キィ…

武具屋(へへ、いまどきあんな『ひのきのぼう』買うバカがいるとはな)

武具屋(一緒に並べて正解だぜ、タダ同然で仕入れて5ゴールドの儲け!)

武具屋(頭の回んねえ奴だ、まさに『ひのきのぼう』に相応しいガキだったぜ。へへ……)

 

――

僧侶(ひのきのぼう、買っちゃった。戦士さんが僕のことを『ひのきのぼう』って言ってたけど)

僧侶(僕にはぴったりだ。このひのきのぼうは、まさしく運命の相棒なんちゃって)

僧侶(残りは30ゴールド。この村の宿代は一人20ゴールド)

僧侶(残り10ゴールドで薬草も買えちゃうぞ。大事に使おう)

僧侶(えっと宿屋はこっちか)

僧侶(新しい服が濡れないように気をつけなくちゃ……)

46 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:14:45.91 JOtdaiZe0 26/411

【東の村>宿屋】

僧侶「こんばんは~」

主人「いらっしゃいませ……おお、あなた様は勇者様ご一行の!」

僧侶「わあ、覚えてくれて、ありがとうございます。そうです、僧侶です」

主人「あなた方であればいつでも歓迎します! どうぞどうぞ」

僧侶「あのうすみません、今日は僕一人なんです」

主人「……はて? どういった事情が?」

僧侶「僕は先日、勇者のパーティーから外れたんです。今は故郷に帰るところなんです」

主人「ははあ……なるほど、そういうわけですか……」

僧侶「こちらの宿代は、一人20ゴールドですよね。一泊、泊めさせてもらえませんか」

主人(……うーむ。勇者様がいないのでは、愛想振りまいてもしょうがないな……いま忙しいし……)

主人「あーその……実は80ゴールドなんですよ」

僧侶「えっ? この間パーティーで泊まった時は、全員で80ゴールドでしたよね?」

主人「ええーそれが、『一泊』、80ゴールドだったわけでして」

僧侶「えっ、そうだったんですか」

47 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:15:53.65 JOtdaiZe0 27/411

僧侶「僕、いま30ゴールドしか手持ちがないんですけれど……」

主人「あー……、……では、残念ながら……はい……」

僧侶「他に泊まれるところは知りませんか?」

主人「いえいえ、あったとしても、競合店を紹介するような真似はできませんよ」

僧侶「そうですか……では、お邪魔しました」

主人「はい、ご予算に都合がつきましたら、是非とも当宿屋に」

主人(……ふう、なんとか追っ払えたか。それじゃ仕事仕事――)

――

僧侶(そっかぁ。一泊で80ゴールドだったんだ。他のところと違うんだ)

僧侶(困ったなあ。80ゴールドだったら、ちょうどこの『かわのぼうし』と同じ代金か)

僧侶(きっと贅沢したから、バチが当たっちゃったんだろうなぁ。反省)

僧侶(じゃあ、今晩どうしよう。やっぱり野宿しかないかな)

僧侶(そうだ! キメラのつばさがあれば、家までひとっとびだ! 道具屋に行ってみよう)

僧侶(確か取り扱ってなかったはずけど、もしかしたら新しく入荷してるかもしれない)

僧侶(30ゴールドで譲ってはくれないだろうけど……一応、ダメ元で訪ねてみよう)

48 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:16:24.84 JOtdaiZe0 28/411

【東の村>道具屋】

――

道具屋「ねえよ、キメラのつばさなんて大層なもん。帰んな帰んな」

僧侶「そうですか……」

僧侶(この村には他に泊まる場所がなかったし……やっぱり今日も野宿か……)

ガチャ

下女「ちょっと道具屋さん、薬草ちょうだい!」

  ドンッ   僧侶「わっ」

道具屋「おや村長ンとこの。こんな夜分にどうしたんだい?」

下女「それが、旦那様の具合が急変しちゃって! どうしたらいいか分かんないのよ!」

道具屋「そりゃまた大変だ」

下女「とにかく薬草を煎じて飲ませるぐらいしか思いつかないの! お金はあるわ! 早く!」

僧侶「……あのう」

下女「なによアンタ、邪魔よ!」

僧侶「えっと、僕いちおう僧侶ですけど、もしよければ診ましょうか? 村長さんを」

51 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:17:16.09 JOtdaiZe0 29/411

【東の村>村長の家】

――

村長「ゴホッ、ゴホッ……」

僧侶「……」

奥さん(まったく、何でこんな子供連れてきたの!)ボソボソ

下女(も、申し訳ありません、一応僧侶と名乗ってましたので……)ボソボソ

僧侶「……あの」

奥さん「な、なに? どうなの?」

僧侶「最近、こちらの村長が無理をされたことは?」

奥さん「そ、そうね。勇者様が来るってことで、風邪の中わざわざ無理を押して出迎えたわ」

僧侶「……! それは気付かず、申し訳ありませんでした」

僧侶「実は僕は、その勇者と一緒にいた者です。数日前に、こちらに挨拶に伺ったことがあります」

僧侶「そのとき病気だと気付いていれば……」

奥さん「そ、そうなの? あんたの顔なんて全然覚えてないけど」

下女「……! だ、だったら……」

53 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:18:29.91 JOtdaiZe0 30/411

下女「アンタには、旦那様を治す責任があるはずよっ!」

下女「アンタたちのせいで、旦那様の具合が余計に悪くなったんだから!」

僧侶「そうですね。ごめんなさい」

奥さん「ちょ、ちょっと、勇者様のお連れに向かって……」

下女(いえ奥様、この子が一人でこの村に戻ってくるなんて、不自然だと思いませんか?)ボソボソ

下女(きっと仲間から外されたに違いありません。今なら怖いものなしです)ボソボソ

下女(勇者様の名を盾に無理なお礼を要求される前に、逆に責任を全部押し付けちゃいましょう)ボソボソ

奥さん(なるほど。ヘタにした手に出るより、そっちの方がいいわね)ボソボソ

僧侶「あのう……?」

奥さん「オホン。いいこと、あんた達がウチの主人に無理させたから、こんなことになったのよ」

奥さん「ここは責任持って、きっちり主人を看病しなさい。いいわね!」

僧侶「は、はい。もとよりそのつもりですけど……そのう……」

奥さん「主人に何かあったらあんたの責任よ、いいわね! じゃあ、あたしは子供の世話があるから」

下女「あ、奥様、お手伝いします。ちょっとアンタ、ちゃんと旦那様を診ときなさいよ!」

僧侶「あ、あの……。……行っちゃった……」

55 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:19:11.44 JOtdaiZe0 31/411

村長「ゴホッ……ゴホッ……」

僧侶(この病気には、まんげつそうがあれば特効薬が作れるんだけど)

僧侶(ここには薬草しかないし、困ったな)

村長「ゴホッゴホッ」

僧侶「大丈夫ですか?」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(こんなの気休めにしかならないよ。やっぱり薬を飲ませないと)

僧侶(仕方ない、さっきの道具屋で買ってこよう)

僧侶(確かまんげつそうは30ゴールド。今の手持ちも30ゴールドぴったり)

僧侶(良かった。人助けすると、こんなところでラッキーが起こるんだね)

僧侶(ん、ラッキーってのはちょっとおかしいかな? まあいいや)

僧侶「村長さん、ちょっと待ってて下さいね。まんげつそうを買ってきます」

村長「ゴホッゴホッ」

僧侶「すぐに戻ってきます!」

57 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:19:59.31 JOtdaiZe0 32/411

――

僧侶「ただいま戻りました」

僧侶(店じまいの途中だったから、すごく怒られちゃった)

僧侶(でも閉まる前に間に合ってよかったな)

村長「……ゴホッ、ゴホッ」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(ええっと……炊事場、勝手に使っていいのかな)

僧侶(まずはお湯を沸かして……あ、沸かしてある。このやかんを使おう)

僧侶(えっと次に……包丁でまんげつそうを刻んで……)

村長「ゴホッ、ゴホッ」

僧侶「! 大丈夫ですか?」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(やらないよりいいよね。これからこまめに呪文もかけていこう――)

58 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:20:33.84 JOtdaiZe0 33/411

 ザー――――――……

――

僧侶「村長さん、お薬ができました」

村長「……ふぅ……ふぅ……」

僧侶「ちょっと熱いですよ。ゆっくりでいいので、飲んでください」

村長「……」 コクン  コクン

僧侶「はい。これで大丈夫です」

村長「ゴホッ、ゴボッ……」

僧侶「!」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(これは朝までついていた方がいいかなぁ)

村長「ハァ……ハァ……」

村長「……ゆ……勇者様……」

僧侶「!」

59 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:21:17.26 JOtdaiZe0 34/411

僧侶「気がつきましたか? 無理に喋らなくていいですよ」

村長「ゆ……勇者様……」

僧侶「僕は勇者じゃありませんよ。安静にしていてください」

村長「オーブを……オーブをお持ちくだされ……」

村長「……この村から……少し西へ向かったはずれに……ゴホッゴホッ」

僧侶「えっ? 何ですか? ちょっと詳しく」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

村長「ほ……ほこらが……。……私をほこらに……オーブを……」

村長「さすれば……魔の城へ続く道が……」

村長「……言い伝え……」

村長「ゴホッゴホッ……。……」

僧侶「村長! 村長。寝ちゃった」

僧侶(オーブかぁ。そんな大事そうなこと、どうしてこの間勇者に言わなかったんだろ)

僧侶(もしかして言うのをためらっちゃうほど、極秘の情報だったのかな……)

61 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:22:07.40 JOtdaiZe0 35/411

――

<朝>

村長「……」

僧侶「……」うつらうつら

下女「なにこれ! 道具が出しっぱなしじゃない!」

僧侶「ん……あ。おはようございます……」フアア

下女「ちょっとアンタ、勝手に私の仕事増やさないでよ!」

僧侶「えっ? あ……片付けるの忘れてた……ごめんなさい……」ムニャムニャ

下女「これなに? 薬?」

僧侶「えっ? はい。薬草がたくさんあったので、念のために作っておきました」

僧侶「村長さんにはもう特効薬を飲ませたので、あとはそれを一日三回ずつ飲ませて下さい」

下女「それで治るの? 大丈夫なのっ?」

僧侶「はい。もう大丈夫ですよ」

下女「そう、分かったわ。じゃあアンタ早く出て行きなさい」

僧侶「えっ?」

63 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:22:48.50 JOtdaiZe0 36/411

下女「えっ、じゃないでしょ。元々、アンタのせいで村長様がこんなになって」

下女「アンタがそれを治した、これで差し引きゼロよ。違う?」

僧侶「なるほど」

下女「ううん、ゼロどころか、雨の中一晩泊めてあげた分、こっちが優位なはずよ。そうでしょ?」

僧侶「なるほど、そうですね」

下女「でもその分はいいから、その代わり早く出て行ってちょうだい」

下女「勇者様ならいざ知らず、アンタみたいな見ず知らずの他人を連れて来ちゃったせいで」

下女「私は昨日寝る前、また奥様に怒られちゃったんだから! 分かった!?」

僧侶「はい、分かりました。ごめんなさい」

村長「……ううん……」

下女「!」

下女「は、早く出て行きなさい。旦那様が起きる前に」ヒソヒソ

僧侶「分かりました。一晩泊めていただき、ありがとうございました」

下女「そんなのいいから、早く!」

僧侶「あ。はい。では、また」

65 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:23:36.85 JOtdaiZe0 37/411

――

下女(ふう……行ったようね。何とか勢いを通して帰らせることができたわ)

下女(途中無理があるかと思ったけど、あまり頭が回らない子で助かったわね)

下女(あの子、『ひのきのぼう』なんて持ち歩いてた時点でおかしいと思ってたのよ)

下女(見た通り『ひのきのぼう』レベルの子で良かったわ。ふふ)

村長「ううん……」

下女「! 旦那様、お目覚めですか?」

村長「ううむ……下女か……」

下女「おお旦那様、お具合の方はいかがですか?」

村長「……身体が軽い……誰かが付きっきりで看病してくれたようじゃな……」

下女「えっ。……え、ええ、奥様がついてらしてましたよ」

村長「あいつが……? あいつに、まだそんな甲斐性があったのじゃな……」

下女「こちらが……こちらが私がご用意しました、新しいお薬です。ささ、どうぞ」

村長「おお、ありがとう……。私は幸せだ。これほどにまで村の者に親われて……」

下女(ふふ、これで奥様にも旦那様にも私の株が上がったわ。ひのきのぼうサマサマね!)

72 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:24:59.42 JOtdaiZe0 38/411

――

【外】

僧侶「ふああ」

僧侶(ちょっと眠いなぁ。結局昨日はあんまり眠れなかったし)

僧侶(ううん、文句言っちゃいけない。この前みたいに雨の中で一晩越すよりずっとよかったし)

僧侶「ん~……」ゴシゴシ

僧侶(それにしても、北の城までまだかかるなぁ)

僧侶(城下町から、ちょっと離れた林にある小屋)

僧侶(そこで勇者が帰ってくるのを、のんびり過ごして待つんだ。これが僕の最後の旅……)

僧侶「……ふああ」

僧侶(何だか眠いや……今日は天気もいいし。ちょっとそこの木陰でひと眠りしよう)

僧侶(誰にも迷惑かからないし、いいよね)

僧侶「よいしょ。……ふああ」

僧侶「本当にいい天気……」

僧侶「……Zzz……――」

74 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:25:51.65 JOtdaiZe0 39/411

――――――――――――――――――――

勇者「あっ。賢者さん、もしかしてあそこ」

賢者「ええ、【南の港町】ですね」

戦士「あそこまでもう一歩きだな」

商人「ふう……ふう……いやあ、なかなかしんどいですな……」

勇者「この辺になってだんだん暑くなってきたね。みんな大丈夫?」

戦士「この程度でへばっているようでは、とても魔王打倒など叶わん」

商人「も、申し訳ない、少し休憩をば。ワシは荷物が多いからして」

勇者「じゃあボクが少し持ってあげる! もう少しだから、頑張ろう!」

商人「は、はひ……」

賢者「ふう……」

勇者「賢者さんも大丈夫? ちょっと疲れてるでしょ?」

賢者「えっ? い、いえ、そんなことはありません」

勇者「……ふふ。僧侶はちっとも疲れを顔に出さなかったよ? じゃ、先を急ごっ」

賢者「は、はい……。……」

75 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:26:24.34 JOtdaiZe0 40/411

【南の港町】

勇者「着いた! う~ん潮の香り!」

商人「な、何とか日が暮れる前に到着しましたな……」

賢者「ふう……。ん、んコホン」

戦士「ここが南の港町か。初めて足を踏み入れる」

町民「おや、あなた方は? 旅人とは珍しい」

勇者「こんにちは、初めまして。ボクは勇者です」

町民「おお! ではあなた方が北の城から遣わされたという……」

戦士「うむ、打倒魔王を掲げる一団だ。王族の刻印付きの証書もあるぞ」

町民「それはそれは! ぜひ宿屋まで案内させてください!」

勇者「本当ですか? お願いします!」

商人「ちょっと待て! お前まさか、善意を装って悪質な宿を紹介する悪徳業者ではあるまいな」

町民「え? いえいえ滅相もない! そもそもこの町に宿屋は一つしかありませんし……」

賢者「本当ですよ、商人さん。しかしその姿勢、見知らぬ地では頼もしい限りですね」

戦士「うむ、勇者はこういうところが抜けているからな」   勇者「ちぇー」

76 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:27:04.05 JOtdaiZe0 41/411

【南の港町>宿屋】

戦士「ふう」 どさっ

勇者「わあ、窓から海が見える……きれい……」

賢者「最上級の一室ならではの景色です。ここからの眺めは、今も昔と変わりませんね」

商人「ううむ、露店が並んでますな。我が身に宿る商魂が昂ぶってきますわ」

戦士「だが、夕刻を過ぎて店じまいも多いようだ。道具の調達などは明日が良かろう」

勇者「港町かぁ。てことは、大陸中の色んな人が行き交ってるんだよね」

勇者「魔王城に行くための情報なんかも、紛れてないかな」

商人「! ま、魔王城ですか」

戦士「ふっ、浮かれて目的を見失ってはいなかったようだな。当然だが」

勇者「ボクはただ、この旅を早く終わらせたいだけだよ」

賢者「さすが勇者様です。この町は唯一、彼の地へと陸続きになっていますからね」

勇者「うん。それが少し気になってたんだけど……」

賢者「ですが、ここから直接乗り込むのは、地形の関係で無理ということが判明しています」

賢者「詳しくお話ししましょう」

77 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:27:37.89 JOtdaiZe0 42/411

賢者「まず、地図をご覧下さい」バサッ

 

―――――――――【北の城】―――――――――

―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――

【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】

―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―

―――――――――【南の港町】 <現在地



賢者「少し分かりづらいですが、魔王城の周りは険しい山々で囲まれており」

賢者「さらにその外側を海が囲んでいます。もっと分かりやすく言うと」

賢者「地図を見てわかるように、この大陸はドーナツ型です。穴の部分が海です」

賢者「その海のど真ん中に、魔王城の大陸がぷかぷか浮かんでいるイメージです」

勇者「うんうん、そこまでは誰でも知ってる。でも……」

賢者「そうです。魔大陸は、完全に孤立していたわけではなかった」

戦士「つい最近、発見されたルートがあるのだな」

78 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:28:34.64 JOtdaiZe0 43/411

賢者「ええ、このルートが細い陸続きになっていることが判明しました」

【魔王城】
  □
  □
  □
【南の港町】

賢者「ですがこの経路はほとんど毒沼で満ちている上、仮に魔大陸に辿りついたとしても……」

勇者「しても?」

賢者「行き止まりなのです。前述したように、険しい山岳で塞がっていますから」

戦士「何とかして越えられないのか?」

賢者「ほぼ不可能でしょう。強敵ぞろいの魔物たちを突破した先には、想像を絶する急斜面――」

賢者「さらに今もなお、その周辺では毒が溢れ出ているときています。近付くことすら危険なのです」

賢者「一説には、魔王軍が大陸を侵略するために作り出した、橋渡し代わりの陸地だとか……」

勇者「そ、そんな……!」

戦士「……仮にそうだとして、奴らはなぜ南に橋渡しを? 大陸の拠点は北の城だろう」

商人「ううむ……恐ろしい話ですが……まさか奴ら……」

賢者「そうです。この大陸全ての人間の、退路を断つつもりかもしれません」

79 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:29:09.24 JOtdaiZe0 44/411

賢者「ご存知のように、この南の港町は大陸の最南端にあるため、南側に海を臨みます」

賢者「あ、一応断っておきますが、港町だからといって」

賢者「ドーナツ型の大陸の、穴に当たる部分の海は関係ないですよ。距離も離れていますし」

勇者「さすがに分かるよ」

勇者「◎←の小さい方の○の部分に、航路はないんだよね。魔王城も邪魔してるし」

戦士「それで?」

賢者「ええ、そうしてこの大陸には、どこを探しても港はここしかありません」

賢者「つまり大陸の人間が安全に異国に向かうとするなら、ここの船を使わざるを得ないのです」

賢者「ところがもし、魔王軍が押し寄せて来て、この港町が崩落してしまったら」

勇者「……残った人たちは、みんなこの大陸から出られなくなっちゃう……」

商人「同時に、異国との交易で得ていた物資の供給もなくなりますな」

賢者「そうです。本命の退路を絶ったところで、大陸の拠点たる北の城を一気に制圧する」

賢者「あとは東西に残った町村を攻め入れば、大陸の人間を根絶やしにできるでしょうね」

勇者「……そんな……」

戦士「ううむ……事態は極めて深刻だったようだな……」

82 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:32:12.07 JOtdaiZe0 45/411

勇者「……うん。でも、不安がっても何も始まらないよ」

戦士「む」

勇者「ねえ賢者さん、今の話だって、証拠は何もない憶測なんでしょ?」

賢者「え、ええ、そうですが」

勇者「ちなみに商人さん、この陸続きが見つかったのっていつの話?」

商人「ほんの一、二年前ぐらいですかな」

勇者「だったらもう結構経ってるし、てことは、まだすぐには攻めてこないんじゃないかな」

戦士「分からんぞ。明日来るかもしれん。あるいは今夜かも」

勇者「そんなこと言い出したら、火山の噴火に怯えるのと変わんないじゃん」

勇者「とにかく、気持ちだけ急いだって解決はしないよ。ボクらはボクらのペースで旅を続けよう」

賢者「……ええ、仰るとおりですね」

商人「ううむ。まぁ、そこに落ち着きますかな」

戦士「ふん、無責任なことだ。だが確かに、急いたところですぐに事態は変わる訳でもなし」

戦士「今夜はもう、明日に備えて眠るとしよう。構わんな?」

勇者「うん、今日はもう解散! 寝る人はおやすみ! 以上!」

83 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:32:56.34 JOtdaiZe0 46/411

――

商人「いやぁ、それにしても賢者殿を仲間にして正解でしたなあ」

賢者「はい? 何がでしょう?」

商人「先刻の、魔王の意図を看破する鋭い洞察力は、まさに研ぎ澄まされた刃そのもの!」

商人「木を削っただけの『ひのきのぼう』とは、比べ物になりませんて!」

戦士「分かっているとは思うが商人、勇者の前で『ぼう』の話は控えるのだぞ」

戦士「あの娘はまだパーティーの変化に慣れていない。余計なことを思い起こさせるな」

商人「分かっておりますとも」

賢者「『ひのきのぼう』……あの僧侶のことですか?」

戦士「うむ。賢者も多少は記憶に残っているだろう、あの愚鈍な少年のことだ」

賢者「前々から気になってはいたのですが、あの僧侶と勇者様は、どのような関係なのですか?」

戦士「何のことはない、ただの幼馴染つながりだ。もっとも……」

戦士「二人とも孤児だがな」

賢者「孤児?」

商人「いやあ聞くところによると、あそこの教会の処分には手を焼いたらしいですぞ」

85 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:34:55.35 JOtdaiZe0 47/411

賢者「教会?」

商人「そうです。ワシもそのとき居合わせたわけじゃないんですがね」

商人「当時の城下町は建築の最盛期でしてな。建て物の取り壊しと再建が流行っておりまして」

商人「その折で、みなしごを集めて孤児院代わりにしていた教会が、どうしても邪魔になりましてな」

賢者「その孤児の中に勇者様と、例の僧侶がいたと」

戦士「まぁ勇者だと分かったのは後の話だがな」

商人「で、なんでも再三の立ち退き勧告を、老いた神父が頑固に突っぱねたらしくて」

商人「周囲が頭を悩ませていたある日、その神父の方から孤児ともども出て行ったんです」

賢者「なんと。孤児たちは?」

商人「城下町の外れの林に、安普請の小屋があります。そこに全員移り住んだようです」

商人「ちょうど空き物件があったのを、神父がなけなしの財産をはたいて買い取ったんですわ」

賢者「なるほど、第二の孤児院といったところですか」

商人「それからひと月ほどと聞いてますが、その神父の爺さん、おっ死んでしまいましてな」

賢者「なんと。保護する者がいなくなった孤児たちは、どうなってしまったのですか」

戦士「……ある者は養子に迎えられ、ある者は町を出、ある者は己を鍛え……戦士になったのだ」

88 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:35:59.19 JOtdaiZe0 48/411

賢者「戦士に? まさか……戦士殿は、その孤児院の出身ということですか」

商人「な、なんと。ワシも初耳ですぞ」

戦士「俺が一番年の離れた年長だったからな。小屋を出るのも一番早かった」

戦士「勇者も僧侶も幼かったゆえ、このことは知らんだろう」

商人「も、申し訳ございませぬ。先の話の中で、いくばくか失言があったやも……」

戦士「勘違いするな。俺にとっては教会や小屋での思い出など、どうでもいいこと」

戦士「話を戻すぞ。その後、他の孤児たちも続々と小屋を出て行った。そして最後に二人だけ、残った」

賢者「二人。まさかその二人が」

商人「勇者様と『ひのきのぼう』というわけですな!」

戦士「そうだ。その時点ではさして気にも留めなかったが、ある時、とても看過できぬことが起きた」

賢者「天啓、ですね」

戦士「そう。今から数ヶ月前、天の導きにより、あの小娘が勇者に選ばれたのだ」

戦士「俺には、俺にはそれが理解できなかった。我慢ならなかった。……悔しかった」

戦士「定めを受け入れるまでは、時間がかかったぞ。今こそ、こうしてパーティーにいるがな」

戦士「……また話が逸れたな。俺のことは、くれぐれも周囲には内密に頼む」

96 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:42:44.53 JOtdaiZe0 49/411

戦士「そうして勇者が玉座の前でひざまずく日が来たとき、魔王討伐のパーティーが編成された」

戦士「まず王の命により、当時最も高い評価を得ていた実力者が選ばれた。それが俺だ」

戦士「俺は勇者を手助けする……というよりは、魔王を打ち果たすために、喜んで同行した」

戦士「次に勇者の仲間に加わったのが、僧侶だ。というより勇者が声をかけたのだがな」

戦士「俺は当時から奴には不満を感じていたが、回復呪文に長けていた点を買って黙認した」

戦士「それに勇者にとっては、慣れ親しんでいる者がそばにいた方が、長旅への不安も紛れるだろうしな」

賢者「……ふむ……」

戦士「そして最後に仲間に加わったのが」

商人「このワシです!」

戦士「ルイーダの酒場経由で最も優れた商人が紹介された。こんなところだ」

商人「あ、ちょ、ちょっと待ってくだされ! その辺の詳しい話は!?」

賢者「……勇者様はいまどちらに?」

戦士「さあな。宿屋は出ていないようだから、風呂か最上階のテラスだろう」

賢者「……テラスにいたなら、一時的にルーラで宿から抜け出しているやも。姿を確認してきます」

商人「ああちょっと! ワシがこのパーティーに行き着くまでの武勇伝は――!?」

97 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:44:00.90 JOtdaiZe0 50/411

【宿屋>テラス】

勇者「……」

勇者(月がきれいだな……)

勇者(……)

勇者(僧侶は今ごろ、あの小屋で元気にしてるかな)

勇者(なんで急に抜けちゃったんだろ。ボクに相談もなしに……)

勇者「……」

勇者(……ボクがついてなくて、大丈夫かな。僧侶は人が良すぎるから……)

勇者(ボクだって、僧侶がいなくて大丈夫かな。今まで数え切れないくらい、助けてもらった……)

勇者(……)

勇者(ちょっと顔を見に行くぐらい、いいかな)

勇者(今なら、呪文一つで簡単に会いにいける――) ス…

 

賢者(勇者様は……)

賢者(! いた!)

99 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:45:25.90 JOtdaiZe0 51/411

勇者(……)

勇者(やっぱりダメだ)

勇者(戦士さんの言うとおり、けじめをつけなきゃ)

勇者(いつまでも僧侶に甘えているようじゃ、きっと魔王なんか倒せっこない)

勇者(それに、僧侶はこのあたりで外れて良かったかもしれない)

勇者(いつもみんなのことに気を配りすぎて、自分のことはちっとも大事にしないんだもん)

勇者(魔王に行き着く前に、下手したら死んじゃうかもしれない)

勇者(そんなの絶対だめだ。だめだ。僧侶はあの家で、平和に過ごしてるのが一番なんだ)

勇者(だからボクは)

勇者は つるぎを ぬきはなった! ▼

勇者(強くならなきゃ。もっともっと強くなって、ボクがみんなを守れるようにしなきゃ)

勇者(ボクがみんなを引っ張れるくらいに……僧侶に心配をかけられずに済むぐらい、強く……)

 

賢者(勇者様……)

賢者(…………美しい……)

102 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:47:16.76 JOtdaiZe0 52/411

――――――――――――――――――――

【渓谷】

 ビュオオオォォ……

僧侶(やっぱりこの辺は風が強いな……)

僧侶(ちょっと気を抜いたら、かわのぼうしが吹き飛ばされてしまいそう)

僧侶(しかもずっと向かい風なのはツイてないなぁ。一歩一歩が重いや)

僧侶(せめて地面につく杖でもあれば少しは楽なんだろうけど)

僧侶(このひのきのぼうじゃ長さが中途半端なんだよなぁ。前屈みでやっと地面につけるくらい)

僧侶(かといって持ち運びやすいとは言えない短さだし……。杖に短し持ち運びに長し、か)

僧侶(でもやっぱりそんなところも、中途半端な僕にはぴったりの武器だ。愛着わくよ)

僧侶(ああ、そういえばコレ、武器だったんだ。どんな風に扱えばいいんだろう)

僧侶(やっぱり、振り下ろして殴るのが普通なのかな。誰かが使ってるの見たことないからなぁ)

僧侶(次に魔物と戦わなくちゃいけなくなったとき、いろいろ試してみよう)

 ビュオオオォォ……

僧侶(わっと。風が強いなぁ……)

104 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:48:01.08 JOtdaiZe0 53/411

僧侶(ん……!)

 

魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!
魔物Cが あらわれた! ▼

僧侶(後ろからだ! 前に逃げなくちゃ!)

僧侶は にげだした! ▼

しかし おいつかれてしまった! ▼

僧侶(向かい風が強くて足取りが重い……しかもこの魔物たちは素早いぞ!)

僧侶(戦うしか……)

僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼

魔物のこうげき!
僧侶は ダメージを うけた! ▼ 

僧侶「いたた……」

僧侶(でも、今回はもうバギと補助呪文はなしだ)

僧侶(魔力の節約のためにも、ひのきのぼうを使いこなせるようにしとかなくちゃ……)

108 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:48:42.65 JOtdaiZe0 54/411

僧侶の こうげき! ▼

ミス! 魔物にダメージを あたえられない! ▼

魔物Bの こうげき! ▼

僧侶は ダメージを うけた! ▼

――――――

僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶の こうげき! 
魔物に ダメージを 与えた! ▼

魔物Aの こうげき! ▼
魔物Cの こうげき! ▼

――――――

僧侶の こうげき!
魔物Aを たおした! ▼

魔物Bの こうげき!
僧侶は ダメージを うけた! ▼

僧侶の こうげき! 
魔物Bを たおした! ▼

魔物Cは にげだした! ▼

110 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:49:27.78 JOtdaiZe0 55/411

僧侶は 魔物のむれをたおした!

経験値と 90Gを てにいれた! ▼

 

僧侶「ふう……」

僧侶(……この魔物たちの遺骸を、道の脇にどけてあげよう。ついでに弔いも……)

僧侶「――」

 

僧侶「よし」

僧侶は ベホイミを となえた!

僧侶の キズが 回復した! ▼

僧侶(……思ったより長期戦になっちゃった。武器で戦うのって難しいな)

僧侶(でも今ので、結構ひのきのぼうの使い方が分かってきたぞ)

僧侶(剣と違って刃がついてないから、振り抜こうとすると失敗するんだ)

僧侶(始めから殴りつける感じで、こう、当てるように打つといい感じ。こう、こんな感じ)

僧侶(一発の威力を求めず、軽い手数でダメージを稼いでいくんだ。よし、これでいこう)

112 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:50:31.29 JOtdaiZe0 56/411

 ビュオオオオオオォォ……

僧侶(……風がまた一段と強くなってきたなぁ。とても前を向いていられない)

僧侶(でも負けないぞ。風なんかで吹き飛ばされちゃ、勇者に面目が立たないよ)

僧侶(……!)


魔物が あらわれた! ▼


僧侶(岩石のモンスターだ! 大きい! 風でびくともしてないぞ!)

僧侶(この手の魔物だったら動きが遅いから、たいてい逃げられるんだけど……)

僧侶(いまは風が強いし、足場も悪いし……うまく逃げられそうにないな……)

魔物の こうげき! ▼

僧侶(! うわっ!!)

僧侶は ダメージを うけた! ▼

僧侶(いたた……やむを得ない、戦おう)

僧侶は スカラを となえた!

僧侶の 守備力が あがった! ▼

114 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:51:25.02 JOtdaiZe0 57/411

――

僧侶の こうげき! 
魔物に ダメージを あたえた!
魔物を たおした! ▼

経験値と 500Gを 手に入れた! ▼

僧侶「ふう。やっと倒した」

僧侶(……岩石に潜んでいた悪霊は消滅したみたい。残った岩は、そのまま自然に還るよね)

僧侶(……岩石のモンスターかぁ……)

僧侶(ひのきのぼうで戦うには、骨が折れる相手だったな)

僧侶(棒の方が折れなくてよかったよ。途中で戦い方を変えて正解だった)

僧侶(硬い相手は叩くより、局部を突いた方が有効なんだね。これは大きな収穫だ)

僧侶(特にこう、一点もズレることなく繰り出した突きは、思ったより高威力)

僧侶(ひのきのぼう全体の芯? で攻撃しているからかな。力任せで叩くよりずっと強い)

僧侶「……ん?」

僧侶(ああ、もうあんなに日が傾いてる!)

僧侶(戦いに時間をかけ過ぎちゃったんだ。風も止んでるし、今のうちに急ごう――)

115 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:52:20.75 JOtdaiZe0 58/411

【北の城>城下町】

<夜>

 ウォンウォンウォン…  ウォン…

 

僧侶「着いた……」

僧侶(すっかり暗くなっちゃった……早く小屋に行こう)

兵士「おい。そこの者、止まれ」

僧侶「はい?」

兵士「子供? こんな夜更けに何を出歩いている」

僧侶「あっ、あなたはお城の二階にいた警備の人!」

兵士「!? な、なぜ自分のことを……ん? お前どこかで見たような」

僧侶「勇者のパーティーにいた僧侶です。もう足のケガは治りましたか?」

兵士「ああ、誰かと思えば勇者様に付いていた! では、勇者様や戦士殿もここに?」

僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです。つい今、帰ってきたところなんです」

兵士「……ふっ。なるほどな。よくわかった」

118 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:52:53.96 JOtdaiZe0 59/411

僧侶「あの、お城にいるはずのあなたが、どうしてこんな時間に?」

兵士「お前には関係のない話だ、とっとと家に帰れ。他の兵士も見回ってる……」

僧侶「はぁ」

僧侶(なにかあったのかな……)

 

【北の城>城下町>外れの小屋】

ガチャ

僧侶「ただいま……。……」

僧侶(勇者が出て行っているんだ。そりゃ誰もいないよね)

ドサ

僧侶「ふう……」

僧侶(帰ってきた。帰ってきたんだ。これで、僕の旅は終わりだ)

僧侶(あとは……勇者に任せよう)

僧侶(勇者……みんなも……どうか無事に、旅を終えられますように……。……)

僧侶「Zzz……」

122 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:55:32.40 JOtdaiZe0 60/411

――――――――――――――――――――

 

【南の港町>露店通り】

勇者「うわあ、賑やかだね!」

戦士「遊びに来ているのではないぞ。今日は装備品やアイテムを整えるのだ」

賢者「まぁ、気を張り過ぎて失敗することもあります。多少の息抜きも必要でしょう」

勇者「もうっ、子ども扱いして。分かってるよ、今日は丸一日ここに留まって」

勇者「商人さんからもらったお金で、それぞれ旅に必要なものを買い揃える! でしょ」

戦士「当の商人は、朝一番に市場に出てるからな。この辺はさすがに一流といったところか」

賢者「商人殿の商いの知識は並ではありません。彼ならば資金を最大効率で運用してくれましょう」

勇者「ボクたちは商人さんの許可なしに、本当に好きに買い物してていいのかな」

戦士「我々への信用も含めてのことだろう。それに装備品など、当人が選んだものが一番だしな」

賢者「では、どうしますか。それぞれ装備の種類も違うことですし、ここは一旦別れますか?」

勇者「そうだね。それじゃ一通り買い物が終わり次第、あの宿屋に集合ということで」

戦士「分かった。あまり羽目を外すなよ」   勇者「外さないよ!」

128 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:56:40.83 JOtdaiZe0 61/411

ワイワイ ガヤガヤ ワイワイ

勇者「ほんとに人が多いなぁ。人ごみに流されないようにしないと……」

勇者(さて、買い物買い物。……と言っても、装備自体はもう間に合ってるもんなぁ)

勇者(はっきり言って今のでちょうどいいし……下手に新しいのを買うと、失敗する気がする……)

道具屋「いらっしゃい! お嬢ちゃんどうだい、今日は掘り出しもんが入ってるよ!」

勇者「えっ? ボクのこと?」

道具屋「お嬢ちゃんのことだよ! その年で勇ましいカッコしてて可愛いねえ!」

勇者「あ、あのねえ。ボクは北の王様じきじきの……ん?」

勇者「……ねえ、その指輪、ちょっと見せて?」

道具屋「これかい? ははあ、やっぱり女の子は光り物にゃ興味あるか!」

勇者「そ、そんなんじゃないよ。……なんだかこれ、不思議な力を感じる」

道具屋「おひとつ1800Gだ! 今ならふたつで3000Gでいいや!」

勇者「3000ゴールド……」

勇者(商人さんから預かったお金、全部だけど……)

勇者(ボクにはただの指輪には思えないんだよなぁ……どうしようかなぁ……)

129 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 22:57:34.81 JOtdaiZe0 62/411

道具屋「お嬢ちゃん……気になる男の子でもいるんじゃあ、ないのかい?」

勇者「えっ?」

道具屋「この指輪ならデザインもまったく同じだ、おそろいだよ?」

勇者「そ、そんな人いないよ!」

勇者(……でも)

勇者(おみやげだったら……買ってあげてもいいかな……?)

勇者(でもでも、おそろいって……しかも指輪だなんて……いやでもボクそんなつもりは……)

道具屋「ほらお嬢ちゃん、他にお金を使っちゃうと、もう買えなくなるよ! ほら!」

勇者「えっ?」

道具屋「ほら、今日の今しかないよ! 買いだよ、買い! さあ一声だけ!」

道具屋「さあ!!」

勇者「えっ? えっ? か、買います?」

道具屋「売ったあああああ! 毎度ありいいいいいい!!」

勇者「あ、あれれ……?」

勇者(買っちゃった……)ドキドキ

134 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:00:13.52 JOtdaiZe0 63/411

賢者「――勇者様、いま何を買われたのですか?」

勇者「あ……賢者さん……」

道具屋「おおっとここで二枚目のお兄さんの登場かい? 若いねえ憎いねえ」

賢者「その指輪を? ふたつで3000Gで?」

道具屋「おおっともう返品不可だよ! もう取り引きは成立したんだからねえ!」

賢者「流石です、勇者様。良い買い物をされました」

勇者「えっ?」

賢者「これは『いのちのゆびわ』です。装備すると、歩くだけでキズが癒えるという逸品ですよ」

道具屋「えっ?」

賢者「普通、店で買えるような代物ではないのですが、素晴らしい掘り出し物に巡り合えましたね」

勇者「そ、そうなんだ」

道具屋「あ、あの……返し……」

賢者「ところで、これでもう支給された額は使い切りましたよね。ともに宿に戻りましょう」

勇者「う、うん」

道具屋「あ、待っ……うおおぉボロ儲けしたと思ったら大損だったああ!!」

136 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:02:45.80 JOtdaiZe0 64/411

――

【南の港町>宿屋】

勇者「……まだほとんど時間経ってないのに戻ってきちゃったね」

賢者「そうですね。私の方もすぐ、ローブの売り出しを見つけましたから」

勇者「そのローブ、似合ってると思うよ」

賢者「ありがとうございます。呪文に強い耐性のあるローブなので、これで咄嗟に勇者様を守れますよ」

勇者「やだなぁ。ボクは一人でも平気だよ」

賢者「……前の装備は僧侶殿のものだったので、これでもう、勘違いされずに済みますね」

勇者「えっ? そ、そうだね。あはは」

賢者「……勇者様。この後、お暇ですか?」

勇者「ん、どうして?」

賢者「私にはまだ予算が残っています。良ければ、一緒にバザーを見て回りませんか?」

勇者「……ううん、ボクは別にいいや。賢者さん一人で楽しんできてよ」

賢者「……。……僧侶殿とならば、承諾しましたか?」

勇者「えっ?」

137 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:03:32.34 JOtdaiZe0 65/411

勇者「な、何で僧侶が出てくるの? ボクは別に」

賢者「その指輪。二つセットで買ったのはなぜですか?」

賢者「一つだけならば、残ったゴールドで他のアイテムも買えたのではないですか」

勇者「そ、それは別に、貴重なアイテムがセットで安売りだったから――」

賢者「勇者様は、私が来るまでその指輪が貴重な装飾品であることを、明確にはご存じなかった」

賢者「つまり始めから何らかの意図が別にあり、二つ買うつもりだった」

勇者「二つ買ったから、何なの? 考えすぎだよ」

賢者「では単刀直入に申し上げます。あなたは僧侶殿に、そのおそろいの指輪を渡すつもりですね」

勇者「そっ……! た、ただのお土産だよ!」

賢者「なぜ……いつまでも、パーティーを辞した者のことを引きずっているのですか」

賢者「今はこの旅で、同じ役柄であなたをお守りできるのは、私しかいないというのに」

勇者「な、なんでそういう話になるの? 友達にお土産を買うのが、そんなに変なの?」

賢者「それが指輪でなければ、私も口を閉ざしていました」

勇者「そんなの偶然……きゃっ!」

賢者「勇者様。私は――」

142 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:04:45.32 JOtdaiZe0 66/411

勇者「ちょ、ちょっと賢者さん、手を放して」

賢者「初めてあなたを見たとき、私はその凛々しさに心を奪われました」

賢者「私はあなたを守るためにパーティーに加入したといっても、決して過言ではありません」

勇者「は、放して……」

賢者「私はあなたのためなら、人生をかけてでも――」

勇者「放して……痛いよ、賢者さん……」

賢者「!」

賢者「も、申し訳ありませんでした」

勇者「……」

賢者「ほ、本当に申し訳ありません、度が過ぎてしまいました。……し、失礼します」

ガチャ  バタン

勇者「……」

勇者(……)

勇者(こ、怖かった……)ギュッ

勇者(魔物と戦うときなんかよりも、ずっと……)

146 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:06:03.42 JOtdaiZe0 67/411

――

<夜>

商人「ただいま戻りましたぞ!」

戦士「おう、遅かったな」

勇者「あ……商人さん、お帰りなさい。わっ、すごい荷物!」

商人「いやあ、これからすぐにでも魔王城に突入できるくらい買い漁りましたぞ!」

戦士「おお……信じられぬ、こんな高価なものまで」

商人「今回の掘り出し物は『はんにゃのめん』! 難点はありますが、事実上最強の防具ですぞ!」

勇者「最強の? すごい! さすが商人さん」

商人「それから有益な情報も得ましたぞ。この先、西の町についてですが」

商人「ウワサによると、なんと伝説の剣があるとかないとか!」

戦士「!」

勇者「伝説の剣!? あの、魔王を倒すといわれている……?」

戦士「明日すぐに向かおう。伝説の剣は、この旅では無くてはならないものだ」

勇者「そうだね。明日ここを発とう!」

148 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:06:57.05 JOtdaiZe0 68/411

商人「……ところで、皆さま方は、渡した資金で何を買われたのですかな」

勇者「え? ボクは……これ」

商人「ほう!? 『いのちのゆびわ』ではないですか! かなりの代物ですぞ!」

勇者「や、やっぱりそうなの?」

商人「ええ、時価で18万ゴールドは下りませんな! よくぞ見つけました!」

勇者「じゅうは……ひええ」

戦士「俺は装備品を買った。剣と盾と鎧だ。どうだ」

商人「ああーこれは。うむ。さようですか」

戦士「構わん。ずばり言ってみろ」

商人「売却対象ですな。装備は、ワシが買い揃えたものを使ってくだされ」

戦士「……俺はな商人。この生涯で商才を得る機会を、すべて武芸につぎ込んできたのだ!」

商人「ワ、ワシは別に何も言っておりませんがっ! とっ、ところで賢者殿はいずこに?」

戦士「さぁな。先に帰ってきていたが、買うものがあるといってまた出て行ったぞ」

勇者「……」

商人「ふむ……もしかしたら、アレのウワサを聞きつけたのかもしれませんな」

150 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:07:51.68 JOtdaiZe0 69/411

勇者「アレって?」

商人「いやぁ何でも、この市場に異国産の『エルフののみぐすり』が流れ込んでいるらしんですよ」

商人「飲んだ者の魔力を瞬時に全快してくれる、大変希少なアイテムなのですが……」

商人「見た目がどこでも扱っている『せいすい』そっくりで、飲んでみるしか確認方法がないのです」

商人「何でも乱獲を恐れたエルフ達による細工らしく、素人の目での判別は限界があるそうで」

勇者「ふうん、MP全快か。そんなものがあれば、魔王戦でもとても役に立ちそうだね」

戦士「ふん、呪文に縁のない俺には関係ない話だな」

商人「偽物も多く出回っている商材なので、今回探すのは諦めましたわ」

商人「代わりに、魔力を微量回復するという『まほうのせいすい』を安く買い込みましたぞ」

勇者「それで十分だよ。商人さん、ありがとう」

商人「なんの、魔王打倒という事実こそ、最大の資本になりますゆえに!」

戦士「金のために魔王を倒すか。俺には理解できんな」

商人「魔王を倒す目的など、人それぞれですぞ!」

勇者「商人さんの目的って、お金のためだったんだ……」

商人「ああ勇者様まで!!」

151 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:08:50.80 JOtdaiZe0 70/411

コンコン   ガチャ

賢者「……ただいま戻りました」

勇者「!」

商人「おお、賢者殿!」

戦士「何を買いに行ったのだ?」

賢者「大したものではありません。薬草と、薬の調合材料です」

商人「薬の? もしや『エルフののみぐすり』などは?」

賢者「いえいえ、そんな大層なものは買えませんよ。置いてあるかどうかも分からないのに」

商人「あちゃーさようですか。いえ、実は流れてるらしいんですよ、『エルフの』が」

賢者「本当ですか? まぁあったとしても、それと見出すのは大変でしょうね」

戦士「賢者でも『せいすい』と見分けるのは無理か?」

賢者「あれは区別の基準すらまだ不確定なのです。恥ずかしい話ながら、まだ私の力量では……」

商人「賢者殿をもってしても無理なら、諦めるしかありませんなぁ」

賢者「恐縮です。一日でも早くその域まで達せられるよう、精進致します」

勇者「……」

155 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:11:21.94 JOtdaiZe0 71/411

戦士「それはそうと、明日から西の町に向かうことになったぞ」

賢者「西の町に? あそこは戦士を多く輩出することで有名な地ですね」

商人「さすがは賢者殿、よくご存知で。何でも、あそこに伝説の剣があるとの情報を得ましてな」

賢者「おお、伝説の剣! 我々の旅には無くてはならないものですね」

賢者「天に選ばれた勇者のみ装備できるという、聖なる力を宿した退魔の極致」

賢者「早急に手に入れ、勇者様の手に馴染ませておくべきでしょう」

勇者「え? う、うん……」

戦士「……魔王を倒すことのできる剣、か……」

商人「さて、今夜も遅くなったことですし――」

賢者「明日に備えて、早めに床に就きましょう」

商人「あ、あれ? 異郷の名産品を肴に、一杯やりませんか?」

勇者「……ボクはいいや。今日は何だか疲れちゃった……」 ガチャ

賢者「私も遠慮しておきます」

商人「あちょっと皆さん! あ、戦士殿は」

戦士「俺もいらん。余計な出費をかけた分は、自分で処分するのだな。ではお休みだ」 バタン

157 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:12:33.08 JOtdaiZe0 72/411

――――――――――――――――――――

【北の城>城下町>雑貨屋】

キィ…

僧侶「こんにちは」

主人「いらっしゃい。おお、お前は! ということは勇者も帰ってきているのか?」

主人「勇者もいるなら、全品半額だ! ウチの店をひいきに頼むぜ!」

僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです」

僧侶「つい昨日の夜、一人で帰ってきたばかりです。勇者はまだ旅の途中です」

主人「……なんだ。お前一人か。つまらねえ」

僧侶「ごめんなさい。今日は食べ物を買いにきたので、見せてくださいな」

主人「ああ? ちゃんと金はあるんだろうな? ……ん?」

主人「その腰に差してる杖、ちょっと見せてみろ。値打ちモンか?」

僧侶「これは『ひのきのぼう』です。僕の装備です」

主人「ひのきのぼうぉ~? 仮にも勇者についてった奴が、ひのきのぼうを装備だって?」

主人「だははは、そりゃパーティーをクビにされてもしょーがねえやな! だはははは!!」

158 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:13:37.11 JOtdaiZe0 73/411

僧侶「ひのきのぼうは、僕にぴったりの武器なんですよ」

主人「だははははははは、そりゃ傑作だ! じゃお前これからひのきのぼうだ、『ひのきのぼう』!」

僧侶「はい、戦士さんにもそう言われました」

主人「すでにあだ名になってたか、そりゃそうだわな、だははははは!!」

僧侶「このパンをください。それからバターと……お野菜も少し」

主人「だははははは、いい話のネタができたぜ! だははははは!」

僧侶「はい、選びました。全部でいくらですか?」

主人「だははははははは!」

僧侶「あのう」

主人「ん!? オイてめえ何勝手に商品取ってんだ! その汚ねえ手をどけろ!」

僧侶「ごめんなさい」

主人「全部で200Gだ200G! 金がないならとっとと戻しやがれ!」

僧侶「はい。200ゴールドです」

主人「なんだ、ちゃんとあるじゃねーか。始めから金を出せばいいんだよ」

僧侶「ありがとうございました。それじゃあさようなら」 キィ…

160 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:14:41.43 JOtdaiZe0 74/411

【北の城>城下町>外れの小屋】

僧侶「ただいま」ガチャ

僧侶「ふふ」

僧侶(200ゴールドかけて、ちょっと多めに食べ物買っちゃった)

僧侶(残りの全財産は390ゴールド。切り詰めればひと月は過ごせる)

僧侶(でも、早めに働き口を探しておいた方がいいかな)

僧侶(少し旅を経験したから、簡単な護衛くらいはできるかもしれない)

僧侶(あ、もしそうなら魔力を鍛えたり、武器の扱い方も特訓した方がいいかな)

僧侶(よし、そうしよう)

僧侶(思い立ったが吉日。さっそく今から特訓を始めよう)


僧侶は ひのきのぼうを 装備した! ▼


僧侶「いってきます」ガチャ

 

僧侶(あ、そうだ。その前に寄りたいところがあった。先にそっちに行こう)

166 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:17:09.54 JOtdaiZe0 75/411

――

【墓地】

僧侶「神父さん、ただいま帰りました」

僧侶「……僕は神父さんから色んなことを教わりましたけど、」

僧侶「結局、勇者の役には立てませんでした。ごめんなさい」

僧侶「その代わり、勇者は立派に頑張っています。あの調子なら、きっと魔王を倒せます」

僧侶「だからどうか天国から、みんなを見守ってあげてください」

僧侶「僕も毎日、お祈りを捧げます。だから、お願いします」

僧侶「……」

 

僧侶「よし」

僧侶(……よく見ると、全然お墓のお手入れされてないな)

僧侶(僕と勇者と交代で掃除してたけど、これからは僕一人でやらなきゃなあ)

僧侶(あっすごい。最後に勇者が植えた花が、こんなに成長してる)

僧侶(僕も頑張ろう!)

172 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:18:05.46 JOtdaiZe0 76/411

――

僧侶「えいっ! やっ!」

僧侶「やっ! えいっ!」

僧侶「うーん」

僧侶(やっぱり振り回すより、突いた方が強いんじゃないかな)

僧侶(下手に叩きつけると、棒へのダメージが溜まっていつか折れちゃうかもしれないし)

僧侶(でも正確に一点を突くのって、難しいんだよなぁ)

僧侶「やっ!」

僧侶(ほら。ちょっとずれるとカス当たりになっちゃって、てんでダメだ)

僧侶(でも百発百中までになったら、きっと頼もしい武器になるぞ)

僧侶(あの『ひのきのぼう』が本当に頼もしくなったら、ちょっぴり愉快だね)

僧侶(よーし練習あるのみだ)

僧侶「やあっっつっ痛っ!」

僧侶(突いた拍子で筋を痛めちゃった! ホイミホイミ)

僧侶(ん……? 軽い装備だから、もう片方の手で呪文も使えるな。これも練習しておこう――)

176 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:19:00.33 JOtdaiZe0 77/411

 

僧侶「やあっ!」 ヒュバババ バッ

僧侶(……よし。武器の特訓はこのくらいにしておこう)

僧侶(気付けばもうこんなに暗くなってる。ちょっと夢中になっちゃった)

僧侶(次は魔力の鍛錬だ。林の奥まで行こう)

僧侶(……よし。この辺りでいっか。それにしても林の空気は気持ちいいなぁ)


僧侶は すわりこみ しずかに目をとじた ▼


僧侶(まずは腹式呼吸から……) …フー ハー フー…

僧侶(次に……魔力が身体全体を伝うイメージ……)

僧侶「……」


僧侶は めいそうを はじめた…… ▼


僧侶(……)

僧侶(………………)

178 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:19:50.26 JOtdaiZe0 78/411

<夕方>

町民A「――おっ。ウワサをすれば、あれは『ひのきのぼう』」

町民B「へえ、あれが勇者様のパーティーから逃げてきた『ひのきのぼう』か」

町民A「あれ目つぶって何やってんの」

町民B「黙祷とかけまして木刀(もくとう)、その心は『ひのきのぼう』!」

町民A「うひゃひゃひゃ、全然上手くねえ――!」


僧侶(………………)


子供A「あっ、ひのきのぼうだ!」

子供B「魔王に怖気づいて逃げてきたおくびょーものだ!」

子供A「やーいおくびょーもの!」

こどもは いしを なげた
いしは 僧侶に あたった ▼

子供「「逃げろー!」」


僧侶(………………)

182 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:20:27.94 JOtdaiZe0 79/411

<夜>

兵士A「……む。あれはなんだ? 魔物か!?」

兵士B「いや……違う。ありゃー例の『ひのきのぼう』だな。ほっとけほっとけ」

兵士A「へえ、あんなのが戦士殿と共に旅をしてたのか。見る限りとても釣り合わんな」

兵士B「勇者様にも釣り合わんな。絶対にだ」

兵士A「お前勇者様の大ファンだもんな」

兵士B「へへ。あそこまで可憐さと凛々しさを持ち合わせた女の子、そうはいないぜ」

兵士A「確かにそれは俺も認めるが、あの器量ならとっくに他の男とくっついてるんじゃないか」

兵士B「バカ野郎、勇者様は魔王を倒すまで不純なことはしないんだ! アイドルを汚す発言は慎め!」

兵士A「お前こそ大声を慎め。俺達は一応仕事中だぞ」

兵士B「なぁに平気平気。こんだけ網張ってれば、例の盗っ人も簡単に町から出られんさ――」


僧侶(………………)


僧侶「……」ス…

僧侶「よし、瞑想おわり。うわ、もう夜中だ! 家に帰らなくちゃ」

184 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:21:28.61 JOtdaiZe0 80/411

【北の城>城下町>小屋】

僧侶「ただいま」

僧侶「さてさて、今日のお楽しみ。お食事の時間」

僧侶「今日は運動もしたからお腹がぺこぺこだ。ぺこぺこー」

僧侶「パンふた切れにバター塗って……あと、お野菜も少し添えて……できあがり!」

僧侶「いただきます」

僧侶(パンは朝にふた切れ、夜にふた切れで我慢すれば、一ヶ月はもつ)

僧侶(昔に比べたら、毎日朝晩食べられるから幸せだ。バターも野菜もあるからご馳走だし)

僧侶(……そういえば旅してたとき、あそこの宿屋で食べたご飯はおいしかったなぁ)

僧侶(頑張って働けば、毎日あんな食事ができるかもしれない。そう考えただけでやる気が出ちゃう)

僧侶(でもだめだめ、今は我慢して、自分をもっと鍛える時期なんだ。そもそも現状でも満足だしね)

僧侶「ごちそうさま」

僧侶「おいしかった」

僧侶(じゃあやることもなくなったし、寝よう)

僧侶(考えてみれば安心して眠れる場所があるのも、幸せなことだねぇ)

188 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:22:36.96 JOtdaiZe0 81/411

僧侶「よいしょ」

僧侶「ふう」

僧侶(これから毎日鍛えて、ルイーダさんの酒場のギルドに登録して)

僧侶(護衛や採集なんかの仕事をたくさん引き受けて)

僧侶(お金を稼いで、一人で安定した生活を送れるようになって)

僧侶(……それからどうしようかな)

僧侶(導師さんにでもなろうかな。回復呪文と薬だけは得意だし)

僧侶(うん、世界中を旅して回る大僧侶ってのも、かっこいいかもしれない)

僧侶(そうしたら、少しは勇者の知り合いとして、恥ずかしくない人間になれるかな)

僧侶(……いまごろ勇者たちは元気にしてるかな。病気になったりしてないかな)

僧侶(ううん、僕なんかよりすごい賢者さんがいるから、きっと大丈夫だよね)

僧侶(勇者と、戦士さんと、商人さんと、賢者さんが無事でありますように)

僧侶(おやすみ……)

僧侶(……)

僧侶「Zzz……」

193 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:24:03.04 JOtdaiZe0 82/411

――――――――――――――――――――

【砂漠(南の港町~西の町)】

商人「ううう……日差しが厳しい……」

勇者「地面から熱気が揺らいでるね……頭がクラクラするよ……」

戦士「ふん。これしきのことで参るようでは、打倒魔王などもってのほかだぞ」

賢者「……戦士殿も少し足がふらついてますよ……」

商人「ううむ。よりによって荷を溜め込んだ直後に、こんな砂漠が広がっていようとは……」

勇者「みんなこまめに水分取るんだよ」

戦士「ぐびぐびぐび」

賢者「……戦士殿、結構飲まれますね……」

商人「ああしんど! 次の日陰を見つけたら、少し休憩させてくだされ」

勇者「商人さん、ボクが少し持ってあげるよ。だから頑張ろう」

戦士「当然だ。一刻も早く西の町に向かわねば、伝説の剣が消えてしまうかもしれん」

賢者「……屈強な戦士たちの町の、伝説の剣。すんなり手に入るとは……」

勇者「必ずボク達が手に入れよう。そして一刻も早く魔王を……」フラフラ

194 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:24:43.67 JOtdaiZe0 83/411

まものの むれが あらわれた! ▼

戦士「なにっ! 岩陰から!?」

勇者「!! みんな、モンスターが――」

魔物のむれは こちらが 身構える前に おそってきた!
魔物Aの こうげき! ▼

商人「ひいっ! いてぇ!」

商人は ダメージを うけた! ▼

魔物Bの こうげき!
つうこんの いちげき! ▼

賢者「うわあああっ!!」

賢者は 大ダメージを うけた! ▼

勇者「賢者さん!」

戦士「くそっ、まずは一体集中で数を減らせ!」

商人「に、荷物だけは死守しますぞ!」

賢者「敵に奇襲を許すとは……不覚……」

勇者(……こんなこと、今までなかった……)

195 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:25:15.42 JOtdaiZe0 84/411

――

勇者「賢者さん、うしろ!」

魔物Bの こうげき!
賢者は ダメージを うけた! ▼

賢者「ぐっ。ここは回復が無難……!」

賢者は ベホマラーを となえた!
パーティーのキズが 回復した! ▼

商人「どおりゃあ!!」

商人の こうげき!
魔物Cに ダメージを あたえた!
魔物Cを たおした! ▼

戦士「そいつで最後か!」

戦士の こうげき!
魔物Bに ダメージを あたえた!
魔物Bを たおした! ▼

魔物の むれを たおした! ▼

勇者「ふう……やっと片付いたね……」

商人「すかさずゴールドを多めに回収!」

197 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:26:45.73 JOtdaiZe0 85/411

商人「いやあ、思わぬ苦戦を強いられましたなぁ……」

勇者「そうだね。でも、みんな無事でよかった」

戦士「……しかし、勇者と賢者の魔力は、無駄に浪費させられたな」

賢者「浪費だなんて。私の魔力はまだまだ豊富に残っていますよ」

戦士「これが魔王城だったらどうする。とても後がもたんぞ!」

勇者「ご、ごめん……」

賢者「勇者様の責任ではありませんよ。あの時、誰も奇襲に気付けなかった」

戦士「俺が言いたいのは、我々が奇襲を受けたことなど記憶になかった点だ」

戦士「つまり前と比べて、明らかに危機感が薄らいでるのだ! 無論、俺も含めて!!」

勇者「そ、それは違うよ。それは全部……僧侶のおかげで……」ボソ

商人「ま、まぁ、一度や二度の奇襲じゃ、我々はびくともしませんて」

賢者「それに、気配が悟れぬほど魔物のレベルが高くなっている、という見方もありましょう」

戦士「ふん。ならばなおさら、兜の緒を締めねばならん。さぁ、もう行くぞ。時間が勿体ない」

勇者(……たった一度の戦闘で、一気にパーティーの空気が乱れてしまった)

勇者(ああ……ボクはなんて頼りないリーダーなんだろう……)

198 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:28:30.88 JOtdaiZe0 86/411

――

勇者「……」 ザッ ザッ

戦/商/賢「……………………」 ザザッ ザッザ ザッザッ ザザッ

勇者(……思えば……)

勇者(今までパーティーに揉め事があったら、最終的に僧侶が責められることで解決していたな)

勇者(戦士さんも商人さんも……そしてごくたまにボクも……)

勇者(イライラの捌け口があったから、パーティーのバランスが取れていたのかもしれない……)

勇者(……今は僧侶はいない。もし、お互いのイライラがぶつかり合ってしまったら、どうしよう)

勇者(パーティーが解散するようなことになってしまったら、どうしよう)

勇者(やっぱり、僧侶がいないと不安だよ……僧侶……)

勇者(……魔王と戦う前に、一回くらい、会いに行ってもいいんじゃないかな)

勇者(もしボクが死んじゃうようなことがあれば、おみやげも手渡しできなくなっちゃうし……)

勇者(……おみやげの『いのちのゆびわ』……)

勇者(……宿屋で賢者さんが迫ってきたとき、怖かったな。何でだろう。今でも分かんない)

勇者(……年頃の女の子はレンアイをするものだって聞いたけど……それと関係あるのかな……)

200 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:29:40.26 JOtdaiZe0 87/411

商人「お。見えてきましたな――」
戦士「――」
賢者「――」

勇者「……」

勇者(……賢者さんは、顔立ちもカッコいいし、呪文にも長けてて頼もしいし)

勇者(……いつもボクに気を遣ってくれて優しいし。絶対、悪いヒトじゃないんだけど……)

勇者(ボクには……)

勇者(……ボクには? あれ? なんだろ?)

勇者(……違う、だめだ。ボクは勇者だ。意識を切り替えて、みんなを引っ張っていかなきゃ……)

勇者(魔王を倒せるのは、選ばれし勇者だけ……ボクしかいない……)

賢者「――? ――?」

勇者(……なんだか頭がぼうっとする……賢者さんが……何言ってるのか分からない……)

勇者(賢者さん……ゆびわ……ボクは勇者で……)

勇者(……僧侶……)フラフラ

ドサッ

賢者「!? 勇者様!? 勇者様――!」

203 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:31:52.22 JOtdaiZe0 88/411

――

【西の町>宿屋】

賢者「……ただの熱中症のようです。大事には至らないとはいえ、安静にしておかねば」

戦士「ふっ。みなが同じ条件にも関わらず、情けないな」

商人「戦士殿は、ワシの荷物を持ってくれませんでしたぞ……」

賢者「それにこれは、知恵熱のようなものも混じっているかもしれません」

賢者「勇者として、パーティーを率いる責務や……その他に悩みがあった可能性も」

戦士「俺達の最終目標は何だ? 負うものの大きさを考えろ。甘ったれたことは一切言ってられん」

戦士「行くぞ、商人よ」

商人「ど、どこへ……?」

戦士「伝説の剣の在り処を探すのだ。一刻でも早く、この町での目的は完遂させる」

賢者「戦士殿、お願いします。――ただし」

賢者「いつの歴史も、勇者は唯一。ゆめゆめお忘れなきよう」

戦士「ふん。何が言いたいのか分からんな」 バタン

商人「ああちょっとワシも着いていく話では!」 ガチャ  バタン

210 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:34:03.81 JOtdaiZe0 89/411

 

勇者「」 スー スー…

賢者「勇者様……」

賢者(寝顔だけ見れば、戦いとは無縁な年頃の少女そのもの)

賢者(『勇者』という責は、この小さな体躯にどれだけの重圧をかけていることだろう……)

賢者(……)

勇者「」 スー スー…

賢者(……美しい。勇者様のすべてが愛おしい。ああ、運命とは残酷なものだ)

賢者(色恋沙汰にはまるで無関心だった私が、はじめて恋に落ちた相手が……)

賢者(天に選ばれし勇者だとは。しかも……すでに想い人がいるなど……)

賢者(……)

賢者(やはり、決行しよう。今こそ好機だ)

賢者(恋愛とて修羅の道。であれば、私がやろうとしていることにも正当性はある)

賢者(徳の道からは外れようとも、代わりに私にも『機』が得られるならば、安いもの)

賢者(さぁ、愛欲にまみれた下賎な魔術師の汚名を被ろう。私の価値は、私自身が決めるのだ――)

213 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:34:56.23 JOtdaiZe0 90/411

宿の女「……あら賢者様。お連れの方のお加減は……」

賢者「すまない、今から薬を作る。厨房をお借りする」

宿の女「……お薬でしたら、わたくしがご用意いたしますが……」

賢者「急を要するのだ、ご厚意だけ感謝する。また私が薬を作る間、立ち入らないでもらいたい」

宿の女「……はい。さようでしたら、そのように……」

 

賢者「……」

賢者(行ったか。誰もいないな)

賢者(これは私が好奇心で研究していた呪薬の一つ。調剤過程はまだ秘匿だ)

賢者(まずは普通の解熱剤を作る)

賢者(これは聖水と薬草を使って、簡単に作ることができるが――)

賢者(さらに、時期を見計らって回復呪文をかけることで、効果が増強される――)

賢者は ベホマを となえた! ▼

賢者(……完成だ。さて、私の下心が芽生えなかったなら、この時点で切り上げるところだが)

賢者(ここからが本番だ)

215 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:35:28.14 JOtdaiZe0 91/411

賢者(ベースは同じ聖水だが、主成分は『きえさりそう』を使う)

賢者(よく煮込み、かき混ぜる――)

賢者(次に――これを使う。以前、あの僧侶が装備していたローブだ)

賢者(これの切れはしを使う。心の臓に近い、胸の部分がよかろう)

賢者(……『ひのきのぼう』との判を押された、憐れな少年よ)

賢者(勇者様のおそばに寄ったのは、余りにも早すぎたのだ……!)

賢者は ローブを きりさいた!
賢者は メラを となえた!
ローブの切れはしは もえあがり 灰になった! ▼

賢者(……。罪悪感は押し殺す。私はすでに決断した)

賢者(……灰となったローブを、『きえさりそう』の混ざった聖水に加え、よく混ぜる――)

賢者(そして一定のタイミングを見計らい、最大魔力でこの呪文をかける)

賢者は メダパニを となえた! ▼

賢者(……ふう……。仕上げに、あらかじめ作っておいた解熱剤と混ぜ合わせる)

賢者(……完成だ。あとはこれを、勇者様に飲んでいただくことで……)

賢者(私の望む状況が生まれる)

218 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:36:29.50 JOtdaiZe0 92/411

ガチャ

賢者「……勇者様。目を覚まされたのですね」

勇者「あ……賢者さん」

賢者「窓の外になにか?」

勇者「うん、ここの宿の女の人が、麦を運んでて。この町、女性もよく働くんだなって」

賢者「ここ西の町は戦士の町。女性も気丈でなければ、荒くれ者の伴侶もままならないのでしょう」

勇者「ふうん……ボクも頑張らないとなぁ……」

賢者「それより、ご容態は」

勇者「もう、平気。心配かけてごめんね」

賢者「正直に仰ってください。まだ鈍痛が続いているのでは」

勇者「……うん。賢者さんに嘘をついてもしょうがないね。ホントは、まだ少し……」

賢者「今しがた、解熱剤を作りました。こちらをお飲みください」

勇者「ありがとう。賢者さんは、優しいね。まるで僧侶みた……あ、いや、何でも……」

賢者「……」

賢者「お早いうちに、お薬を召し上がりください。どうぞ……」 コトン

221 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:37:03.17 JOtdaiZe0 93/411

勇者「分かった。じゃ、ありがたく……。……!」

賢者「? どうかされましたか?」

勇者「……このお薬……何度も似たのを飲んだことがある……」

賢者「!」

勇者「……その、今まで飲んできた薬は、びっくりするほどよく効いたけど……」

勇者「これは、ちょっと香りが違う気がする……」

賢者「……僧侶殿が作った解熱剤の話ですか?」

勇者「……」

賢者「なぜ」

賢者「なぜ私を信用して下さらないのですか?」

勇者「えっ」

賢者「私とて専門外とはいえ、薬に関してはそれなりの自負はあります」

賢者「恐縮ながら私は……魔王打倒を目指す同志として……」

賢者「すでにパーティーには、勇者様には信用を勝ち得ていたものと思っておりました……」

勇者「そ、それは……そんなつもりは!」

225 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:37:39.20 JOtdaiZe0 94/411

勇者「ボクは、賢者さんを疑ったりなんかしないよ!」

賢者「勇者様」

勇者「賢者さんは、仲間だ。仲間の作ってくれた薬を飲めないリーダーなんかいないよ」

勇者は くすりを 手に取り

いっきに のみほした! ▼


勇者「ほら、飲んだよ! だからもう……。 !  !   !」

勇者「 あ  うあ  あああ ?  ?」

勇者「あ……頭が……」


勇者(あ……なにこれ……消える……消えちゃう……)

勇者(ボクの頭の中から……大事なものが……消えていっちゃう……!)

勇者(やだ……怖い……いやだ……)

勇者(助けて……――!)

勇者(――?? あれ……――!? ――)

勇者「――――――――――――――…………」

226 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:38:13.86 JOtdaiZe0 95/411

賢者(……成功だ)

賢者(これで勇者様の記憶から、僧侶に関する情報はすべて消えた)

賢者(二度と……以前の想い人の名を、口にすることはないだろう)

賢者(……神罰が下っても構わない。だが、私が間違っているとも思わない)

賢者(私はこの恋の成就を、一から組み立てていくつもりなのだ)

賢者(そのつもりであれば、勇者様を意のままにする手段など他にあった)

賢者(だがそれでは意味がない。勇者様が本心から、私を見てくれるようにならなければ)

賢者(……僧侶には多少気の毒だが、後悔はしていない)

賢者(幼馴染の想い人など、ましてや孤児の誼など、計り知れぬ太さの絆ではないか)

賢者(もはや第三者の参入など、勝ち目がないではないか。勝負の場にさえ立てないではないか)

賢者(だから私はふりだしに戻しただけだ。もし僧侶が勇者様を想うならば、同じ状況に立つべきだ)

賢者(……死に物狂いで求めるべきだ。私がこのような手段を取ったように……)

賢者(……)

賢者(我ながら何たる詭弁尽くしだ。言い聞かせなければ、不安なのか)

賢者(笑止な。いま一度、我が胸に刻もう。私には、一片たりとて後悔はないと――)

230 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:39:10.47 JOtdaiZe0 96/411

――

【西の町>道場】

商人「――では、一体いくらで手を打つおつもりですか!?」

商人「我々には一刻も早く、その剣が必要だというのに!」

師範「この『伝説の剣』は、私の宝だ。金などで量れる代物ではない」

戦士「国王の証書は見せたはずだ。私心を押し通すならば、反逆罪になりかねんぞ」

師範「さて、その証書は果たして本物かどうか。よしんば本物だとして」

師範「お前たちが真に勇者一行であるか否か。この町の者は、誰も証明できない」

戦士「ならばどうすればよい、このまま平行線で水掛け論を続けるつもりか」

師範「いや……話はすぐにつけられる。この『伝説の剣』を手にする資格があるかどうか」

師範「実力で示してもらおう」

商人「なぜそのような回りくどいことをせねばならん! こうなったら王に直訴して――」

戦士「待て。……お前と立ち合って、勝てば剣を手にする資格があるというのだな」

師範「そうだ。さすがは北の城、随一の兵(つわもの)。流儀の通じる男だ」

戦士「ふん。すべて知った上でか」

232 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:40:18.12 JOtdaiZe0 97/411

商人「ちょ、戦士殿いけませんよ、こんな流れで得失を賭けた勝負なんて馬鹿らしい!」

戦士「商人よ、礼を言う。後はこの町の武具でも品定めしてくるといい」

商人「ちょおっと……もう、ワシゃホントにそうしますぞ!」

師範「勝負を受けるようだな。よかろう」

師範「本来ならば勇者当人に出てきて欲しいところだが――」

師範「熱で寝込んでいるようでは、代役で辛抱せざるを得んだろう」

商人「な、なぜそれを――!」

戦士「地獄耳め。道場の主が、よくもそんな下らないことまで……」

師範「いや、それはこの『伝説の剣』が教えてくれた」

商人「!? な、何ですと?」

師範「これはお前たちが思っている以上に不思議な剣でな。特殊な事情がある」

戦士「ふん……真の勇者の居場所をも、感知するとでもいうのか」

師範「何を不貞腐れている。平常を装っているつもりだろうが、野心が丸見えだぞ」

戦士「抜かすのは剣だけにしろ。我々には時間がないのだ」

師範「時間? お前の場合は、心の余裕がであろう」

233 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:40:51.70 JOtdaiZe0 98/411

弟子たち「」ズラーッ

商人「お、多い……」

師範は 木刀を そうびした!

戦士は 木刀を そうびした! ▼

師範「私から一本でも取ることができれば、お前の勝ちでいい」

戦士「何。どういう意味だ」

師範「そのままの意味だ。……師範代、合図を」

大男「はっ。……始めっ!」

戦士(こんな辺境の地で、無名の剣士に舐められてたまるか!)

戦士「うおおおおおっ!」

戦士の こうげき!

師範「ぬううん!!」 バキッッ

師範の こうげき!
戦士は ふきとばされた!
戦士の 木刀は 折れた!! ▼

戦士「なっ……!?」

237 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:41:42.10 JOtdaiZe0 99/411

弟子「「\オオオオオォォォッス!!/」」

商人「あわわわ……つ、強い……」

師範「これで終わりではあるまい。新しい木刀を」

戦士「くっ……その通りだ、こんなことで終わりではない!」

戦士は 木刀を 装備した! ▼

大男「始めっ!」

戦士「うおおおおおっ!」

師範「あからさまな兜割りだな。たやすく斬り払える」 バキッッ

大男「――始めっ!」

戦士「うおおおおおっ!」

師範「横一閃には縦払い!」 バキッッ

大男「――始めっ!」

戦士「うおおおおおっ!」

師範「下からの斬り上げならハエのように叩き落せる!!」 バキッッ

戦士「……な……ならば……」

238 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:42:34.82 JOtdaiZe0 100/411

大男「――始めっ!」

戦士「これはどうだ!」 ダッ

師範「そう。刺突ならば、線ではなく点の攻撃。ゆえに容易に捉えられることもない……」

師範「だが、及び腰だ! 慣れない攻め方に、身体が怖がっている!」 バキッッ

戦士「うっ……」

師範「そんな腑抜けた突きなど、余裕でかわして仕留められる」

戦士「俺が……腑抜けているだと? 笑止な!」

戦士「俺などより、あの勇者の方がどれほど温いか」

戦士「あの小娘がこの場に立てば、お前から一本取るなど、永劫叶わぬだろうよ」

師範「そうかな。勇者の本領は勇気であると聞く」

師範「私の予測では、この戦いでお前と同じように『突き』まで辿りつき」

師範「それと同時に一本取ってしまうような気がするのだが。勇気ある突きをもってな」

戦士「……ほざけ。もう一勝負だ!」

戦士は 木刀を 装備した! ▼

師範「ふっ。その姿勢は果たして不屈か、はたまた意固地か――」

239 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:43:15.51 JOtdaiZe0 101/411

大男「始めっ!」

戦士「うおおおおっ!!」

師範「凝りもせず分かりやすい袈裟斬りか。こんなもの――」

ガララッ

幼児「パパー!」

師範「!?」

弟子「こ、こら、いま入ってきちゃダメだ!」

戦士の こうげき!

師範は 大ダメージを うけた! ▼

師範「ぐああああああっ!!」

弟子「師範!」

弟子「師ハーンッ!!」

幼児「パパ!!」

戦士(……ふん。俺の木刀を折れば、その刀身が飛んで危険だったということか?)

戦士(軟弱に極まる!)

241 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:43:52.85 JOtdaiZe0 102/411

戦士「いかなる事情であれ、真剣勝負に気を逸らすなど言語道断」

戦士「今のは瞭然たる一本。『伝説の剣』は渡してもらおう」

弟子「貴様ァ! それでも漢かァ!」 ブーブー

弟子「詫びの一つもなしに、何だその言い方はァ!!」 ブーブー

幼児「パパ、だいじょうぶ!?」

師範「ああ……」

師範「……みんなよく聞け。戦士殿の言い分は正しい」

師範「真剣勝負の場に、私情を持ち込んだほうが負けなのだ。改めて肝に銘じよ」

弟子「師範……」

師範「戦士殿。これが伝説の剣だ。勇者様に渡してくれ」

戦士「うむ」

師範「この剣は……私の命より大切なものだ。くれぐれも大切に扱ってくれ」

戦士「分かった」

幼児「ダメーッ!」

戦士「!?」

243 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:44:30.90 JOtdaiZe0 103/411

幼児「だってそれ……ママが大事にしてた……」

師範「こら。大人しくしてなさい」

戦士「ふっ、なるほど。お前の妻の、忘れ形見といったところか」

戦士「何やら事情があるようだが、そんなことに興味はない」

戦士「俺はこの剣さえ手に入れれば、それで良いのだからな」

師範「! な、何を……」

戦士「真の勇者のみ抜き放つことができるという剣……」

戦士「俺にその価値があるかどうか、確かめさせてもらう!!」

戦士は 伝説の剣を 装備した!

しかし ひきぬけなかった! ▼

戦士「ぬ……抜けん……!?」 グッ グッ

師範「無理だ。……その剣は、誰にも抜くことはできない」

戦士「なぜだ。なぜ俺に抜けんのだ!? 俺が一番」 ググッ

戦士「俺がこの国で一番、魔王を討ちたいと思っているのだ!!」 グググッ

師範「戦士殿! ……もうここに用はないはずだ。お引き取り願おう……」

249 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:45:45.81 JOtdaiZe0 104/411

【西の町>宿屋】

商人「ただいま戻りましたぞ」

勇者「あ……おかえりなさい、商人さん!」

商人「おお勇者様、もう容態はよろしいので?」

勇者「うん、賢者さんのおかげですっかり治っちゃった! 迷惑かけてごめんね」

賢者「……商人殿、どちらに? 伝説の剣は手に入りましたか?」

商人「いやあ、見つけたには見つけたのですがね」

商人「どうにも所有者の融通がきかなくて、商談にも持ち込めなかったんですよ」

勇者「ええっ。商人さんの交渉が通じないなんて……」

商人「戦士殿と勝負して、勝ったら譲るという話ではありますが……」

商人「いやはやその師範がべらぼうに強くて! 戦士殿じゃ相手にならないくらいです」

賢者「なんと。それは始末に終えませんね……」

商人「ワシはこりゃダメだ、他の方法を考えようと、途中で抜け出してきましたわ」

戦士「ふん。愛想をつかされる体たらくで悪かったな」 ガチャ

商人「!? あわわわ戦士殿!」

253 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:46:28.82 JOtdaiZe0 105/411

戦士「待たせたな。これが『伝説の剣』だ」

商人「おおっ!!」

勇者「わぁ! 戦士さん、ありがとう!」

賢者「さすがは百戦錬磨の雄。お見事です」

商人「ちょ、ちょっと確認させてくだされ」

商人「ふむ……ふむふむ。うーむ、ワシは現物を手に取るのは初めてですが」

商人「本物で間違い無さそうですな。収拾した情報とほぼ一致しております」

商人「後は刀身を見せてもらえば、確信に至れるのですが……」

戦士「!」

賢者「では勇者様、さっそくお手を」

勇者「ボ、ボクがこれを抜くの? 緊張するなぁ」

勇者は 伝説の剣を 手に取った! ▼

勇者「……なんだか、不思議な力を感じる。ちょっと冷たいけど。それじゃあ……」

戦士「待て!!」

勇/商/賢「!?」

259 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:48:22.60 JOtdaiZe0 106/411

勇者「な、なに? 戦士さん」

戦士「その剣を抜くのは、別の機会にしてもらいたい」

商人「な……何故ですかな?」

戦士「仮にも伝説と称される武器だ。簡単に抜いていいものではなかろう」

戦士「どうしても抜く必要に迫られたときに、初めて抜剣すべきだ」

賢者「……ですが、早いうちに手に馴染ませておくという必要性が、既にありませんか?」

戦士「最初から頼ってしまっては、もしその剣が使えなくなったときに困るだろう」

戦士「ここはいざというときまで温存し、必要が迫るまでは、現状の装備を保つべきだ」

賢者「偽物だったらどうするのです。確認するくらいは良いでしょう」

戦士「ならば天下の大商人を目指す男の目が、曇っていたということだ」

商人「ワ、ワシの目利きは偽物などに誤魔化されたことはありませんぞ!」

戦士「ならば本物と断定できるのだな」

商人「少なくとも、外見を見る限りは! ええ、刀身など確認せずとも!」

賢者「……どうされますか? 勇者様。決めるのは貴方です」

勇者「……う~ん。それじゃあ……」

262 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:49:12.20 JOtdaiZe0 107/411

勇者「とりあえず戦士さんの言うとおりにしよう」

戦士「!」

勇者「戦士さんがいなければ、この剣は手に入らなかったもん」

勇者「だから今回は、戦士さんの言い分を尊重したいな」

賢者「……勇者様がそう仰られるのであれば」

戦士「ならばその日が来るまで、この剣は俺が預かっておこう。構わんな?」

勇者「うん、構わない」

賢者「勇者様、それはさすがにどうかと。商人殿に預かってもらうべきです」

商人「ワ、ワシがですか」

勇者「ううん、いいよ。この剣はそもそも、戦士さんが手に入れたものでしょ」

勇者「何だかボクがそれをほいほい受け取っちゃうと悪いし、すっきりしないんだ。ね?」

賢者「……勇者様がそう仰られるのであれば」

戦士「勇者よ。感謝する」

勇者「そんな、お礼を言われるようなことは何にもないよ」

賢者「……」

265 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:49:43.83 JOtdaiZe0 108/411

商人「ところで、次の目的地はどこですかな。明日の行き先は」

勇者「うん、それなんだけど、すでに賢者さんと決めてあるんだ」

賢者「はい。我々は次に、【北の城】へ向かう途中にある、雪山へ向かおうと考えています」

商人「ふむ。構いませんが、ご説明願えますかな」

賢者「はい。伝説の剣を入手してしまえば、この旅の目的は残り一つ」

賢者「すなわち、【魔王城】への侵入経路の発見です」

戦士「そういえばもうじき大陸を一周するが、結局道らしき道は見つけられず仕舞いだったな」

商人「辛うじて南の港町からの陸続きのルートがありましたが、ありゃ無理ですもんな」

賢者「どこにも道が見つからなかった場合、そのルートを使うことになりますが」

賢者「まだ足を踏み入れていない地域があります。それが次の雪山です」

賢者「万一そこにも手がかりが無かったなら、そのまま雪山を越えて【北の城】に向かいます」

賢者「大陸の王都であれば、今なら何らかの新たな情報が集まっているかもしれません」

勇者「うん、ちょうどみんなの故郷だしね! ボクも魔王と決戦の前に、一度家に帰りたいし」

商人「えっ。ああー……」

戦士「むう……それは……」

267 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:50:22.16 JOtdaiZe0 109/411

賢者「僧侶殿のことなら、心配いりませんよ」

商人「!? ちょ、ちょっと」

戦士「賢者、どういうつもりだ?」

勇者「?」

勇者「僧侶って、誰のこと?」

商人/戦士「!?」

賢者「あぁ勇者様、ちょっとした知人です。我々のパーティーには関係ありませんよ」

勇者「ふうん……? 誰だろ……」

戦士「……」

商人「……ほ、ほほう。さすがは賢者殿。何やらうまくやりましたな」ボソ

賢者「いえ。これは魔王打倒のためにも、必要な処置だと思ったまでです」

戦士「ふん。まぁ、確かにそうか」

賢者「とにかく、これで何の気後れもなく、北の城まで向かえるということです」

勇者「……? ねえ、何の話?」

賢者「大したことはありませんよ。それでは最後に、地図でおさらいをしましょう」

269 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:51:23.18 JOtdaiZe0 110/411

 

―――――――――【北の城】―――――――――

―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――

【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】

―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―

―――――――――【南の港町】――――――――

 

賢者「我々は今まで、【北の城】からぐるりと時計回りに旅をしてきました」

賢者「もっとも私がパーティーに参入したのは【賢者の村】からですが」

勇者「今いるのがこの【西の町】でしょ。だったら雪山を越えたら、ちょうど一周するね」

商人「魔王城の周りは高い山、そして海……もはや空から乗り込むぐらいしかありませんな」

戦士「ルーラやキメラのつばさを応用して、乗り込めないのか」

賢者「不可能ですね。少なくとも、一度足を踏み入れなければ」

勇者「……うん、分かった。明日雪山に行って、そのまま北の城に行って」

勇者「いずれにも魔王城に乗り込む糸口が見つからなければ、南の港町からの陸路を使おう」

271 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/11/26 23:52:45.41 JOtdaiZe0 111/411

勇者「それじゃ、今日はもう暗くなってきたし、解散――!」

――

勇者(……何だか熱を出してから、やけに胸の中がすかすかする気分。変なの……)

勇者(ううん、そんなこと気にしてる場合じゃない。明日は山越え、しっかり休まなくちゃ……)

――

戦士(この『伝説の剣』……やはり抜けぬ……)

戦士(ふん……仮に最後まで抜けなかったとしても……魔王を倒すのはこの俺だ……)

――

商人(いまの軍資金はこれだけ。魔王を倒しさえすれば、これを元手にもっと増やせる)

商人(その時の商戦はすでに考えてある……ぐふふ、世界一の大商人になる日は近いぞ……)

――

賢者(勇者様の、私を見る目が変わった……私に、確かな機会が与えられたのだ……)

賢者(あとは何があろうとも必ず勇者様を支え、お守りし、魔王を倒す)

賢者(それだけの箔がつけば、何者も口は挟めないだろう……そして、その暁には……)

――――

【中編】に続きます。

記事をツイートする 記事をはてブする