姫「卑劣な手段を如何に用いようとも、貴方の言いなりになどなりません」
姫「さ、触らないでください! 汚らわしい!」
姫「私は貴方の……魔王の花嫁にだなんて、なるつもりはありません!」
姫「きっとすぐにでも、勇者様が助け出して下さるはず……」
姫「貴方のような悪しき者など、勇者様の敵ではありません! だから、早く出て行ってください!」
メイド「……」
元スレ
姫「私は……貴方になど屈しません」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1254063739/
メイド「姫様」
姫「ふん!見張りの貴方などなくとも、大人しくしていますとも!」
メイド「うーん」
姫「何です?!」
メイド「五十三点」
姫「……何で?」
メイド「もうちょっと、『攫われて心細いお姫様』ってのを演出した方がいいと思います」
姫「あちゃー……確かにこうまで気丈な姫ってのは確かにないよなあ。怪しい?」
メイド「いえ……魔王様は完璧に信じておりますよ。姫様の演技」
姫「うはは。めでてー男だなあ、お前んとこの頭ってのも」
メイド「何しろ彼女いない暦=年齢ですからね。最早絶滅危惧種レベルのピュアボーイですよ」
姫「違いない違いない。あたしのウソ泣きにころっと騙されてやんの」
メイド「魔王様は姫様のお姿を魔法の鏡で一目見て、恋に落ちたとか」
姫「で、誘拐したんだろ?短絡的だねえ」
メイド「全くです。付き合うこちらの身になって頂きたいですね」
姫「いっやあ、悪いね。元はといえばあたしがこんなに美人だから」
メイド「中身は伴っていないようですが」
姫「言うねえ、性悪女」
メイド「貴女ほどではありませんよ、性格破綻姫様」
姫「……ぷ」
メイド「……ふふ」
姫「あはははは!」
メイド「ふふふ」
姫「やっぱお前面白いなあ」
メイド「姫様こそ」
姫「いやあ。誘拐されて良かったのは、素で喋れる相手が見つかったってことだな」
メイド「お城ではあんな猫かぶりで通していたのですか」
姫「礼儀作法にゃめっぽううるせえからな。そうやって抑圧されたお陰でこんなんなっちまったんだよ」
メイド「お可哀想に」
姫「顔が笑ってんぞ」
メイド「気のせいですよ」
姫「ま、いつまでいるか分かんないけど、よろしく頼むよ」
メイド「勇者が来るまでですか」
姫「勇者? んなもん来るわけねーじゃん」
メイド「しかし、貴女様の国に勇者が現れたと聞き及びますが」
姫「確かに出たみたいよ、勇者。でもうちの国、隣の国と今戦争してるからさー」
メイド「貴女様救出にまで、手が回らないと?」
姫「そーそー。あたしとしてもこっちの方が気楽だから、まだまだドンパチしててくれると助かるんだけどな」
姫「しっかしあの魔王様はどうにかなんねーのか」
メイド「貴女に何の危害も加えませんのに、何かご不満でも?」
姫「大有りだ。シャイボーイにも程があるだろ」
メイド「折角貴女を攫われたのに、何もなさろうとしないとはねえ」
姫「連れて来られた時は、あたしの純潔もここまでかと、正直焦ったんだがなあ……」
メイド「魔王様、最初に貴女様にお会いになって、何をなさったのでしたっけ」
姫「……結婚を前提に付き合ってくれと、頭を下げやがった」
メイド「……」
姫「腹抱えて笑うんじゃねえよ。当事者の身にもなりやがれってんだ」
メイド「ふふふ……失礼しました」
姫「で、嫌だと言ったらこのザマよ。ったく面倒くせえ……毎日口説きに来やがって」
メイド「今日は何を頂いたのですか?」
姫「指輪だとよ。ほれ」
メイド「これはまた立派な宝石ですね」
姫「それより何であいつ、あたしの指のサイズが分かったんだ……」
メイド「私がお教えしました」
姫「やっぱりお前か」
メイド「その他スリーサイズや食べ物の好みなど、情報リークも私の仕事ですので」
姫「まあいいけどよ……このこと、言ったのか?」
メイド「貴女がこんな性格だって? 言える訳がないじゃないですか」
姫「だよなー」
メイド「魔王様は貴女にぞっこんですから。こんな女性だと知れば、再起不能になりますよ」
姫「それはそれで面白いから、あたしとしては別にいいんだけど」
メイド「正直私も見てみたいですよ。でも、鉄の意志で耐えているのです」
姫「あはは、お前も大変だねえ」
姫「おっと、そろそろあいつが迎えに来る時間だな……用意しとくか」
メイド「律儀ですね」
姫「仕方ねえだろ。あいつがこの時間、絶対に茶に誘いに来るんだから。一応囚われの身だし従っておかねえと」
メイド「突っぱねることも出来るはずでは?」
姫「そんなこと……出来るはずがありません……」
メイド「『表向き気丈に振舞ってはいるものの、実は恐怖を隠しきれない』?」
姫「そうそれ」
メイド「七十一点」
姫「よっし、この路線で高得点目指してやるぜ!」
姫「あー……疲れた」
メイド「ご苦労様です」
姫「……お前、あいつに見えないとこでこっそり笑ってたろう」
メイド「おや、お気付きでしたか」
姫「当たり前だ。特にあそこ、『お前のためなら、世界を敵に回しても構わない』で死にそうになってただろ」
メイド「当然です。本日最も輝いていた台詞じゃないですか」
姫「あたし、すっげー突っ込みたかったんだぞ……『お前魔王じゃねえか!』、ってな」
姫「なんでああも歯の浮く台詞がぽんぽん出てくるのかね。疲れるっつーの」
メイド「そういえば魔王様、先日『女性を口説く魔法の言葉』なんて、いかがわしい書物を熱心に読んでいらしたような」
姫「よしお前、ちょっくらその本燃やして来い」
メイド「さすがにそれは出来ませんね」
姫「じゃあ、自分の言葉で勝負してこそどーこーって入れ知恵して来い」
メイド「それなら面白そうですし、可能です。任されました」
姫「頼んだぞー」
メイド「ただいま戻りました」
姫「どうだった?」
メイド「『気の効いた言葉など思いつかん……好きだ、愛している、この二つくらいしか……』とのことです」
姫「おい、今度はあいつ殴ってきてくれね?」
メイド「嫌ですよ。折角堪えて来たばかりですのに」
姫「あー……ネタにするにしても調子狂うわ」
メイド「褒めるのは癪ですが、貴女の美貌でしたら、言い寄る男など星の数ほどいたのでは?」
姫「ん? いたに決まってんだろ。それこそ王子だの貴族だのより取り見取りだったよ」
メイド「ならば、魔王様お一人くらい容易くあしらえるのではないのですか?」
姫「自分の主人にすっげえ言い草だな……いや、ああいうパターンは初めてでよぉ」
メイド「極度のシャイボーイが?」
姫「そうなんだよ……まいったなあ」
姫「今まで言い寄ってきた奴らはさあ、如何に自分があたしに相応しいかって、そればっか喋るんだよ」
メイド「さぞかし女性経験豊富で、自信に満ち溢れていらっしゃるのでしょう」
姫「あと、地位とか財力とかな。親の七光りでえっらそーにしやがってよ……ほんと、胸糞わりぃぜ」
メイド「そしてその手の方々を悉く振っていった結果、未だ新品のままだと」
姫「何か腹立つけど、まあいい。ともかく、あんなの相手にするのは初めてなんだ」
メイド「だからお茶の間、今までほとんど無口だったのですね」
メイド「で、正直な話どうなのです?」
姫「何が」
メイド「魔王様のこと、どう思っておいでで?」
姫「いいオモチャ?」
メイド「期待を裏切らない回答ですね」
姫「あったりまえだ。それ以上になるもんか」
姫「ふっふっふ。まあ見てろ、今はちょーっとばかし扱いに困っているが、そのうち軽ぅくあしらってみせるさ」
メイド「では僭越ながら、私もご協力致しましょう」
姫「お前さ、一応魔王側ならもっとやることあんだろうに」
メイド「嫌ですね姫様。女同士の友情を優先してはいけませんか?」
姫「『遊べそうだからこっちにつく』?」
メイド「正解です」
姫「うはは。女の友情ばんざーい」
メイド「そうこうしている内にご就寝の時間となりましたが」
姫「…………」
メイド「憔悴しきっておいでですね」
姫「ったりめえだ……」
メイド「まだ慣れませんか、魔王様と二人っきりでの夕餉の時間は」
姫「慣れる慣れないの問題じゃねえんだよありゃ……」
メイド「一体どのような醜態が繰り広げられているのやら」
姫「醜態は魔王限定だ」
姫「あんの野郎……食事中ずーっとあたしの方見てんだよ」
メイド「それはまた食欲が失せますね」
姫「で、いざあたしと目が合うと……」
メイド「合うと?」
姫「真っ赤になって俯いたり、変な弁明したりしてよぉ……もうやだ」
メイド「因みに変な弁明とは?」
姫「今日は『このような場所で不安も多いでしょうし、食欲が落ちてはいないかと心配で……』だとよ」
メイド「『お前が連れてきたんだろ?!』とは……」
姫「ふっふっふ……飲み込んださ、メインディッシュの厚切り牛ステーキごとな」
メイド「ああ姫様……素晴らしい戦いっぷりでございます! 私涙を禁じえません!!」
姫「ふっ、よせやい……当然のことをしたまでよ」
メイド「しかし魔王様も『貴女に見とれていた』と正直におっしゃえばいいものを」
姫「シャイボーイはそれが言えないんだろうよ。自分の言葉じゃあな」
メイド「正に思春期の少年ですね。ちょっと違うのは、性欲より愛が過多すぎるという点」
姫「勘弁してくれよ……別にあいつのことは嫌いじゃねえけどさー」
メイド「おや、満更でもないのでしたら今すぐ褥の準備をいたしますよ。並んで二人分」
姫「あっはっは、こぉのオヤジさんめっ☆」
メイド「目が笑っていませんね」
姫「ったりめーだ。寝るぜ、お休み」
メイド「お休みなさいませ、姫様。明日もまたお疲れ様です」
姫「おうよ」
メイド「さて、朝になりましたが本日のご予定は」
姫「ああ……庭を散歩だとよ」
メイド「手を取り合い、寄り添い仲睦まじく?」
姫「お前、いっつもついて来てんだろ。分かってるはずだろうに」
メイド「いいじゃないですか。いつも同じで飽きてきたんですよ」
姫「まあ、一緒に散歩と言いつつ、あいつは半径十メートル以内には近寄らねえからな……」
メイド「何が楽しいのでしょう」
姫「あたしに聞くな」
メイド「つつがなく終了しましたね」
姫「なあ……あいつ、途中から姿が見えなくなったんだけど。先に戻ったのか?」
メイド「一応気配はありましたから、どこかに潜んでいたのかと」
姫「何で隠れてこそこそする必要があるんだよ。ムカつくな」
メイド「そうは申されましても……あら、ノックが」
姫「魔王だろ。お前出て……いや、あたしが出てやる」
メイド「おや、珍しいこともあるのですね」
姫「腹立つから、直接嫌味の一つでも言ってやるんだよ」
メイド「お帰りなさい……ませ」
姫「……ぼーっと見てねえで、手を貸せ。一人じゃ持ちきれない」
メイド「これはまあ、見事な花束で。しかし何故?」
姫「あたしがさっき『綺麗ですね』って、雰囲気に合わせて言った花だよ……」
メイド「では……先程姿が見えなかったのは」
姫「必死に摘み集めてたんだとよ」
メイド「重いと取るか、情熱的と取るか、二極ですね。どちらです?」
姫「もうどうでもいい……なんか、どっと疲れた……」
姫「しっかし……こういう路線は初めてだな」
メイド「贈り物ですか?」
姫「ああ。今までは宝石だのドレスだの、何か即物的なもんばかり押し付けやがったのに」
メイド「きっと魔王様なりに、貴女に気に入られるため必死なのですよ」
姫「涙ぐましい努力だねえ。実を結ぶ保障はしてやんねえけど」
メイド「私は奇跡を信じています」
姫「面白いからだろ?」
メイド「当然です」
メイド「貴女がころっと落ちるか、魔王様が完全に貴女のオモチャになり下がるか。どちらにせよ愉快な話です」
姫「いいねえ外野は気楽で。あたしは寿命だか精神だか、大事なものを毎日すり減らしてるってのに」
メイド「その鬱憤は、是非とも魔王様で発散なさって下さいね」
姫「どこから取り出した。その鞭と蝋燭は」
メイド「華美なドレスに無骨な鞭。このギャップで彼のハートはイチコロです」
姫「ドン引きすると思うなー」
姫「あ、でもこれ面白い」
メイド「お気に召しましたか、その鞭」
姫「風を切る音が心地いいねえ。何か壊していいもん無い? 確かに鬱憤ばらしにゃ丁度よさそうだわ」
メイド「ではこちらを」
姫「どこから取り出した。その等身大魔王のハリボテは」
メイド「こんなこともあろうかと密かに製作しておりました」
姫「気持ちは泣けるほど嬉しいけど……ちょっとこれは気が引けるな」
メイド「何を躊躇う必要がありますか。さあ一思いにざっくりと!」
姫「お前は魔王に何か恨みでもあんのか。んじゃまあ、お言葉に甘えて……」
ギィッ……
メイド「あ」
姫「あ」
姫「い、いえこれは誤解です」
姫「別に貴方が憎いだとか、鞭で叩いてやりたいとかそんな意図は御座いませんのよ」
姫「メイドが勝手に用意して、無理やり私に持たせたのです」
姫「振りかぶっているように見えた? う、うふふ……きっとお疲れなのですよ」
姫「あ……」
姫「おいそこで笑い転げてる駄目メイド」
メイド「くっ……っふっふふふ……何というナイスタイミング」
姫「なんでこういう時に限ってノックしねえんだ、あいつは……」
メイド「おや、魔王様はいずこに?」
姫「顔面蒼白のまま、無言でふらふらっと出て行った」
メイド「よほどショックだったようですね」
姫「あれを軽く受け流せる奴がいたら、むしろこえーよ」
メイド「しかし誤解を解かねばなりませんね」
姫「まあ……鞭振り回してるってのは姫にゃ相応しくねえしなあ」
メイド「決まりですね。行きましょう」
姫「どこに」
メイド「魔王様のお部屋ですよ」
姫「はあ?」
メイド「どうせ失意にまみれ、部屋で塞ぎ込んでいらっしゃるはず」
姫「えー……面倒くせえ。お前代わりに行って来てよ。何か手紙でもしたためてやっからさ」
メイド「いけません。こういうのは当人同士の話し合いで解決すべきなのです」
姫「元凶が何でそんなに強気に出るんだ。まあ……暇つぶしにはなるかもな」
メイド「そうと決まれば、早速参りましょう!」
姫「言いつつ鞭を握らすんじゃねえ。持ってかねえっての」
メイド「お疲れ様でした、姫様」
姫「おうメイド、さっきの鞭よこせ」
メイド「どうぞ」
姫「あっはっは……死に絶えろあんのクソ童貞!!!」
メイド「おお、一刀両断お見事です」
姫「死ね! 死ね! 死んで生き返ってまたあたしに殺されろ! 童貞種無し魔法使いぃぃいいいいい!!!」
メイド「だから魔王ですってば」
姫「何なんだよあの部屋は?!」
メイド「見事に姫様の写真ばかり飾ってありましたね。机の上にあったアルバムも、全て姫様専用でしたし」
姫「しかも全部隠し撮りかよおおおお! そりゃ部屋に入れるの躊躇うわなあ! 無理やり入ってちょっと今後悔!」
メイド「まあまあ。着替えとかお風呂とかはありませんでしたし、大目に見てやって下さい。愛を持て余しているのですよ」
姫「確かに全部チェックしたけどそういうの一切無かったよな……ほんと、あいつが分からん」
メイド「ピュアボーイにはまだ早いのでしょう」
姫「いやでもあたしが怒っているのはそれだけじゃねえんだよ……」
メイド「分かっておりますよ。魔王様のあの、悟りきった笑顔」
姫「なあにが『お前が私を鞭でぶちたいと言うのであれば、全力でそれを受ける覚悟がある!』だ?!」
メイド「純愛ですねえ。私思わず涙が出ます。イイハナシダー」
姫「畜生人事だと思いやがって! 一応あいつ誤解だって納得しやがったけどさ! はっ!」
メイド「鞭を振り回しながら何をおっしゃいますか」
姫「ああクソ。動いたら腹が減ってきた」
メイド「そうですね。そろそろ夕方ですものね」
姫「今日は調子が悪いって言っとけ。飯はここで食いたい」
メイド「魔王様の目があると、暴飲暴食できないからですね」
姫「おうよ。あ、酒も頼むわ。今夜は愚痴を肴に飲み交わそうぜ」
メイド「何というオヤジ。ですがまあいいでしょう。乗ります」
姫「そうでなくっちゃ」
姫「うんうん。なんで今まで仮病を思いつかなかったんだろ」
姫「今夜はぱーっとやるぜー。魔王の顔見なくてせいせいするわ」
姫「しっかしメイドは遅いな。こっそり酒持ってくるのに手間取ってんのか?」
コンコン
姫「……メイドならノックするはずねえし……魔王か?」
姫「ごほん……はい。どうぞ」
姫「どうかなさいましたか?」
姫「い、いえ……少し疲れてしまいましたので、本日の夕餉はここで取らせて頂きたくて」
姫「構いませんか? ではまた明日……はい?」
姫「そ、そんなお手を煩わせるほどでは……ええ、大丈夫ですよ」
姫「本当に平気ですから。そこのメイドもいますし、一人で食べられますから」
姫「…………は、はは。遠慮など……」
姫「……」
姫「あ」
姫「あーん……」
姫「ええ……おいしゅう御座います…………お粥」
姫「いえもう結構ですからええ」
姫「……」
姫「あ」
姫「あーん……」
メイド「お楽しみでしたね!」
姫「うっわあいい笑顔……てめ、何で魔王なんか連れて来やがったんだよ」
メイド「見舞いがしたいとおっしゃられれば、私は拒否する権限を持ち合わせておりませんので」
姫「あー畜生。仮病はもう使えねえなあ……」
メイド「ドキドキお見舞いイベントをクリアーなさるとは、魔王様もスキルが上がってきたご様子」
姫「一人で舞い上がってあたふたしてただけだろ……あーあ、病人食なんかよりもっとこー、腹持ちするもんが食いてーよぉ……」
メイド「しかし大人しく『あーん』を受け入れましたね」
姫「やらないとあいつ引き下がらねえだろ」
メイド「流石に最初から最後までやるとは思いませんでしたが」
姫「ずっと飽きろ飽きろって念じてたんだがなあ」
メイド「だからあんなに具合が悪そうな顔をなさっていたのですね。演技かと思いましたが」
姫「演技できるほど余裕無かったっつーの」
姫「あーもう最初の頃の超拒絶演技が出来る気がしねえ……」
メイド「今あれをやると、うっかり素で罵ってしまいそうですしね。ですがさぞかし魔王様、お喜びになると思われますが」
姫「あはは。本当にありそーだからシャレになってねえよ」
メイド「『罵られ、踏まれ、挙句鞭でぶたれる……こんな愛の形もいい』とかおっしゃいますね、きっと」
姫「やめてくれ……しまいにゃ泣くぞ、あたし」
姫「酒もないし、このまま寝るしかないのかなあ……」
メイド「ご心配には及びません。ほら」
姫「おお! お前いつの間にこんだけの酒を?!」
メイド「魔王様が姫様にお構いになっている間、こっそり拝借して参りました」
姫「でかしたぞ! やっぱりお前は出来るメイドだ!」
メイド「勿体無いお言葉。では、早速始めましょうか」
姫「おう! もうヤケだ! 朝まで飲むぞー!!」
姫「…………」
メイド「姫様……生きておられますか」
姫「あたま、いたい……」
メイド「私もです……」
姫「悪いがメイド……今日はあたし風邪だから、面会拒絶ってことにしといてくれ」
メイド「分かりました……ちょっと行って参ります」
姫「魔王が来たいって行っても追い返せよ? 部屋が酒臭くって、一発でバレちまうからな……」
メイド「勿論ですよ……では」
姫「で?」
メイド「見舞いにと、花と手紙を言付かって参りました」
姫「それだけなのに、随分掛かったんだな……」
メイド「何度も何度も書き損じしやがりましてね。姫様の世話を口実に私が切り上げさせねば、まだ悩んでいるはずですよ」
姫「重いなあ……どれどれ」
姫「……案外普通だ。短いし」
メイド「何と?」
姫「『体に良い料理を作らせるので、食べてくれ。良くなれば、また話がしたい。お大事に』」
メイド「それだけですか?」
姫「おう」
メイド「なんとまあコメントに困る。二時間掛けてこれとは、苛立ちよりも呆れが先に来ますね」
姫「そうだなあ」
メイド「私の忠告に従い、自分の言葉で捻り出したようですが、やはり経験の無さが浮き彫りですね」
姫「うん」
メイド「……姫様?」
メイド「どうかなさいましたか、上の空で手紙を見つめて」
姫「いっ、いや! 何でもねえよ?!」
メイド「じとー」
姫「う……何だよ」
メイド「まさか姫様、魔王様に」
姫「ねえよ!!!!!」
べ、別に嬉しくなんかないんだからな!!1
姫「ばっかてめ、何言いやがるんだ?! あたしが魔王に惚れるだなんて、あるわきゃねえだろ!!」
メイド「『魔王様に』としかまだ言っていませんのに」
姫「とにかくねえよ! ねえったらねえよ!!」
メイド「はいはい分かりましたよ。ところで手紙にお返事、書かれます?」
姫「……え?」
メイド「書かれるのでしたら、私がお届けしますが」
姫「そ、そうだな……別に暇だし、書いてやっても……」
コンコン
メイド「おや、魔王様ですかね?」
姫「お、おい換気はしたが部屋に入れるなよ。酒盛りがバレたら面倒だ」
メイド「はいはい。では少し行って参ります」
姫「手紙かあ」
姫「何て書きゃいいんだ……」
姫「『ありがとうございます。またご一緒にお茶を』……いやいや、あたし攫われてるし、ここまで譲歩せんでいいだろ」
姫「んー……他の野郎に書くようなテンプレ文面じゃあ、状況にそぐわねえな」
姫「……メイドが帰ってきてから考えるか」
メイド「姫様……」
姫「おお、さっきは何の用事だったんだメイ……ド」
姫「おい……お前の後ろにある、それは何だ」
メイド「姫様の健康のため、魔王様が作るよう命じられた料理でございます」
姫「おっかしーなあ。あたしにゃ、なんかでっけえ爬虫類の生首にしか見えねえんだけど」
メイド「ヒドラの生首香草焼きで御座います。精をつけるにはこれが一番だ、と魔王様が」
姫「あっはっは。よしメイド、ちょっくら待ってろ。一瞬で手紙書いてやっから」
焼いたら生首じゃないような希ガス
メイド「良かったのですか? 返事が『くたばれ』の一言だけで」
姫「それ以外相応しい単語が見つからなかったんでな。あの首もちゃんとつき返してきただろうな?」
メイド「ええ。魔王様、酷い落ち込みようでしたよ」
姫「けっ、構うもんか。ちょっとは身の振り方を学べってんだ」
メイド「貴女がそれをおっしゃいますか」
メイド「しかし本性がちらりと垣間見える一言でしたが、よろしかったので?」
姫「あー、さっきの手紙、熱で朦朧としている時に書いたって言えば完璧だろ」
メイド「それにしても酷いと思いますが」
姫「言いつつにやにやしてるお前は一体何なんだ」
メイド「楽しければいいのです」
姫「うん、知ってたさ」
姫「まあ、これで今日一日は大人しいだろうよ」
メイド「そうだと良いのですが」
姫「フラグを立てるのはやめろ。とりあえず、代わりの飯を持ってこさせろ」
メイド「風邪ということなので、また病人食ですけどね」
姫「あーくそ、肉が食いてー」
メイド「自業自得です」
姫「あー、暇だ」
姫「…………漫画でも読むか、なんか大量にあるし」
姫「……七武海無双かー」
姫「ああ……ケンちゃんが」
姫「何これグリ・ムリ・ア死んだの? 次は? ねえ次は?」
メイド「ただいま戻り」
姫「おっせえんだよ! 何で延べ百冊くらいの漫画読んじまってんだよあたしはよぉ?!」
メイド「仕方がありません。全ての元凶は貴女ですから」
姫「何でだよ、あたしは大人しくこの部屋で待って」
メイド「途中で魔王様に捕まり、今まで愚痴を聞いていました」
姫「あたしだった!!」
メイド「『くたばれと言われたのだが……どのように自害すれば姫は許してくれるのだろうか』、と」
姫「何で素直に命令遵守しようとしてんだあいつは?! もっと他に言う事やる事があるだろうが!!」
メイド「熱のせいで、きっと本心ではありませんよ。と一応フォローはしておきましたが、立ち直れないご様子でした」
姫「打たれ弱すぎんだろ」
メイド「そこがきっとチャームポイントなのかと」
姫「魔王にそれはちょっと……」
姫「おう、行って来てくれたか」
メイド「ええ。魔王様、今度の手紙でようやくご安心なさったようでした」
姫「『先程は失礼しました。熱で朦朧としてしまい、何を書いたか覚えておりません。
お見舞いのお料理ですが、今は食欲がありません。お気持ちだけ受け取らせていただきますね。ありがとうございました』」
メイド「完璧です。一部の隙もありませんでしたね」
姫「あっはっは、だろー? 何であたしが気を使わなきゃなんねーのか、いまいち分かんねーけどな」
メイド「とりあえず、明日また改めて弁明なさって下さいね。それで完全復活でしょうから」
姫「なんて手間の掛かる野郎だ……」
メイド「その分何だか可愛く思えてきませんか?」
姫「そう思うんならお前、あたしと立場代わってみろってんだ」
メイド「ご冗談を」
姫「おいお前、笑え。真顔はシャレになってねえよ」
メイド「さあ、素晴らしい朝が来ました」
姫「あー……気が重い」
メイド「因みに先程から、部屋の前を行ったり来たりしている不審者は誰だと思います?」
姫「分かってるからこーして小声で喋ってんだろ、あたしらは」
メイド「とりあえず、もう熱は下がったので魔王様に後ほど是非お会いしたいと姫様が……みたいな感じで追い払っておきますね」
姫「お前ちょっと待て。それ以上ハードル上げんなよ」
姫「ようお帰り。しゃあねえな、今から行ってやるか」
メイド「その必要はありません」
姫「何でだよ」
メイド「魔王様が、今日は来なくて良いとおっしゃられましたので」
姫「はあ?!」
姫「なんだよあいつ! このあたしが直接出向いてやろうってのに何様だってんだ!!」
メイド「だから、魔王様ですってば。これには理由がありまして」
姫「また、あたしが原因だって言うんじゃないだろうな」
メイド「『病み上がりだから、まだ寝ていてくれ。無理をしないで欲しい』とのことです」
姫「…………ちっ」
姫「かっこつけやがってあの野郎……」
メイド「その代わり、後ほど見舞いに顔を出したいとのことです。如何なさいますか?」
姫「わーったよ、そん時に言うから許可して来い」
メイド「はいはい。しかし何度も何度も部屋を往復するのは面倒ですね」
姫「ははは。そう言うんなら、鈴でも鳴らして魔王を呼べばいいだろ」
メイド「全く人事だと思って。行って参ります」
メイド「伝えてまいりました。そして、あっさり了承されました」
姫「何その鈴」
メイド「鳴らすと魔王様がいらっしゃいます」
姫「うはは、やっべー召喚アイテムだなおい。お前にしちゃ面白い冗談だ」
メイド「いえ別に冗談で」
姫「貸してみろよ、ほれ」
チリンチリン
コンコン
姫「……え?」
メイド「だから言いましたのに」
姫「マジ? これ?」
メイド「ええ」
姫「えええええええええええ……」
ただいまー。八時くらいから再開します。
>>182
姫「お腹が減りました」だったら、この前自分が書いたやつ。
メイド「その鈴、どこで鳴らしても魔王様の耳に届くとか何とか」
姫「出現までのタイムラグの無さがこえーよ、いっそもう捨てとけ」
メイド「嫌ですよ便利ですし。それより、早く出てやってくださいな」
姫「へいへい、わーったよ……ごほん」
姫「どうぞ」
姫「昨日はどうもご心配をおかけしました」
姫「もう平気です。無理などしていませんよ」
姫「それより、私何か変な手紙を書きませんでしたか……? 熱であまりよく覚えていないのです……」
姫「……良かった。何か失礼なことを書いてしまったのではないかと、気がかりだったのです」
姫「昨日のお料理はどうなさいましたか?」
姫「あら、食べてしまわれたのですか。残念ですわ……とても美味しそうでしたのに」
姫「いえ、またの機会にお願いします。ええ、いつか、またの機会に」
姫「本当に、どうもありがとうございました」
姫「ふふ……本当に心配性ですのね、無理などしていませんから、大丈夫ですわ」
姫「ふいー」
メイド「お疲れ様です。しかし何故デレが多めだったのですか?」
姫「いや……何か空気読んだ発言してくと、ああなった……」
メイド「まあ、確かに良い空気でしたが。このままの路線で行くおつもりで?」
姫「まっさかー。ちょっと持ち上げときゃ、あいつもいい気になって動かしやすくなんだろ?」
メイド「悪女と言うより、悪ですねえ」
姫「止めようとしねえ、お前も悪だわ」
姫「はあ……今夜も病人食か」
メイド「自業自得ですが、流石にそろそろ哀れになってまいりました」
姫「じゃあ、何か差し入れ寄越せよ」
メイド「はあ、差し入れですか……では」
姫「え、ちょ」
チリンチリン
コンコン
姫「てめ、何をしやがる?!」
メイド「魔王様に直接交渉なさった方が早いですからね」
姫「くそっ……なんで一日に何度もエンカウントせにゃならん……」
メイド「ほらほら、部屋に入れますから準備なさって下さい」
姫「…………楽しんでやがるな」
メイド「さあ何のことでしょう?」
姫「……おい、責任取れよお前も」
メイド「姫様は『小腹が減りましたので、何か少し口にするものを頂けませんか』と言っただけですのにね」
姫「病み上がりに、ケーキ一ホール丸々寄越すんじゃねえよ馬鹿が」
メイド「そうは仰いながらも、黙々と食べていらっしゃいますね」
姫「肉の方が好きだけど、空きっ腹には何だってご馳走だかんな。お前も食えよ」
メイド「折角ですし、頂きます」
姫「さあて、何の変哲も無い朝がまたやって来たわけだが」
メイド「本日のご予定は……まだ決めておりませんね」
姫「まあ、何だかんだで一日半潰しちまったからな」
メイド「では……何ですか、返して下さい」
姫「鈴はもういい。お前が直接行って聞いて来い」
メイド「全く我侭ですね。行って参ります」
姫「おう」
姫「しっかし魔王召喚アイテムねえ」
姫「『鳴らせばいつでもどこでも魔王が駆けつけます!』」
姫「そう謳い文句を掲げりゃ、結構な値で売れそーだな……」
姫「あ、でもあいつ……あたし絡みじゃねえと動かなさそうだしなあ」
姫「つーことはガラクタか……ったく」
>>204
ご想像にお任せします。
姫「でも……」
姫「あたし専用かあ」
姫「いやいや、別に何とも思っちゃいねえよ。ただの便利屋呼び出し機だっての」
姫「うんうん、便利屋便利屋」
姫「それ以上とか……あるわけねえだろ」
メイド「何をぼそぼそ喋っておいでで」
姫「っわああああああああああああああ?!」
メイド「魔王様にご予定を聞いて参りました」
姫「お、おうご苦労さん……何だその目は」
メイド「いえ、随分とその鈴がお気に召している様子ですので」
姫「ああ? パシリが出来て丁度いいやと思ってただけだよ」
メイド「然様ですか」
姫「で……今日はどうすりゃいいんだよ」
メイド「大事を取って、一緒にお茶が出来ればそれでいいと」
姫「……あたし、そんなに体弱そうに見えるのか?」
メイド「風邪とは無縁なお方に見えます。魔王様の目には一目惚れというフィルターが掛かっていらっしゃいますからね」
姫「病弱かあ。そりゃまた姫っぽいな」
メイド「これから定期的に、仮病をお使いになりますか?」
姫「あんなもん繰り返してたら、下手すりゃ本当に病みそうだからヤだ」
メイド「ですよねー」
メイド「さて、お茶の時間が近づいて参りました」
姫「へいへい。せいぜい気に入られるよう頑張ってくんよ」
メイド「……はあ」
姫「何だよメイド、これ見よがしにため息つきやがって」
メイド「こんなことでは、姫様に高得点はあげられませんね」
姫「因みに今だと何点だよ」
メイド「四十点にも満たないですね」
姫「えー……」
姫「何かおかしいことしてたかなあ。自分で言うのもなんだけど、あたしの姫っぷりは完璧だぜ?」
メイド「まあいいでしょう。これは私の独断と偏見での点数ですしね」
姫「てことは、魔王にとっちゃ百点満点なのかもしれないんだろ?」
メイド「そうですね。そうかもしれませんね」
姫「微妙な面だな……まあいいや。行くぜ」
メイド「はい」
姫「……上機嫌だったな、あいつ」
メイド「久々に貴女の元気なお姿が見れて、ほっとしたのでしょう」
姫「なんつーか……ほんと、あいつあたしのこと好きなんだなあ……懐いてると言うか」
メイド「そろそろ情が沸いてきましたか」
姫「情は沸くかもしれんが、お前の期待してるレベルにゃ育たんぞ」
メイド「はあ……やはりペットに恋愛感情など抱けませんものね」
姫「何でお前は一々魔王にそんな辛辣なんだ」
姫「さーて、夕飯までちょっと暇だし」
メイド「お使いになられますか、鈴」
姫「それはもういい。時間はもっと有意義に使わねえと」
メイド「何をなさるおつもりで?」
姫「漫画を読んで、荒んだ心を豊かにする」
メイド「はあ」
姫「…………」
メイド「あの、姫様そろそろ夕食」
姫「黙ってろ。今ヴォーカルが死んだとこなんだよ」
メイド「何で時間が限られていると分かっていて、そんな長編を読もうと思うのですか」
姫「そこにあったから悪いんだ。食事は後でいいわ」
メイド「はいはい。その旨、魔王様にお伝えして参りますね」
姫「ふう。読み終わった……」
姫「さて……次はシェルクンチクに」
コンコン
姫「んだよいいところで魔王のやつめ……」
姫「ごほん……はーい」
姫「今晩は」
姫「いえ……調子が悪いわけでなく……」
姫「あ、はい。その、書物が興味深くて……」
姫「すみません……では夕飯には今から……はい?」
姫「い、いえ別にいけないことはありませんが……」
姫「ふう」
メイド「何をやっているのですか何を」
姫「ここで飯食って、今まで延々漫画談義」
メイド「色気の欠片もありませんね」
姫「いや、でもあいつ積極的に会話続けるし、あたしの目を見て喋るし。進歩じゃね?」
メイド「スタートラインがおかしかっただけだと思いますが」
姫「しっかし、あいつ案外分かる奴じゃん。ロゼットの最期で泣かな奴は人としてどうよってので意気投合したし」
メイド「ですからあの方、魔王様ですってば。しかし共通の趣味があると分かり、ぐっと親近感が増しましたね」
姫「おうよ。これからは茶の時間もあんまり苦にならんかもなあ」
メイド「ということは、散歩も少し距離が縮まりますかね」
姫「ああ、三メートルくらいにはなるんじゃね?」
姫「丁度明日は散歩の約束してきたからな」
メイド「では、早めにお休みに」
姫「いや、漫画を読む」
メイド「何故ですか」
姫「あいつ大量に読んでやがるんだよ。対等に喋れるようにならねえと」
メイド「魔王様は一体……」
姫「さーて何を読もうかね」
姫「結局貫徹だぜ畜生」
メイド「一体何を読まれたのですか?」
姫「ジョジョ」
メイド「むしろよく一晩で読んだといいますか」
姫「ふっふっふ……死刑執行中脱獄進行中まで読み終わったさ。あたしに死角はねえぜ」
メイド「今にも倒れそうですよ。むしろ死角だらけに見えますが」
姫「…………おい」
メイド「何でしょう」
姫「あれだけ昨日喋ったくせに、散歩の距離が縮んだように見えねえんだけど」
メイド「目算ですが、二メートルほど近いですよ?」
姫「会話が出来る距離まで来やがれってんだ」
姫「ああもう、ここでこそこそ喋ってても埒があかねえ」
メイド「どうなさるおつもりで?」
姫「あたしからあのピュアボーイの距離を詰めてやる」
メイド「何と」
姫「ふっ、止めてくれるなメイドよ。あたしはただ……最強スタンド談義という重要な野望のため動くに過ぎん!」
メイド「何とまあ頭の悪い」
姫「うっせー。んじゃまあ行って来るわ」
メイド「おお、いきなりの姫様の行動に魔王様がビビッておいでです」
メイド「きょろきょろ逃げ場を探しますが……ああ、捕まりましたね」
メイド「既に逃げ腰です魔王様。いじめっ子に捕まった子犬のようです」
メイド「……おや」
メイド「いきなり談笑の雰囲気です。まさかのいい感じです」
姫「やはりそう思いますわよね! 変人偏屈列伝は傑作だと!」
メイド「……色気とは程遠いような気がしますが」
姫「うはは、楽しかったー」
メイド「良いのでしょうか、こんなので」
姫「何がだよ」
メイド「色気がありません」
姫「んなもんあたしに期待する方が間違ってんだよ」
メイド「少なくとも、魔王様は期待していると思いますよ?」
姫「あー……」
姫「そうだよなあ……あいつはまだ、あたしのこと……好きなんだよなあ」
メイド「恐らくずっと好きなままだと思いますよ」
姫「純情だからなー……あ、次ねじめ読も」
メイド「全くもう姫様ったら」
姫「うるせえな、そういう話にゃならんって何度も言ってんだろうが」
メイド「ああもうつまらない」
姫(なるきゃねえだろ……)
姫(あいつだって、今までの奴らと一緒に決まってんだ)
姫(外面のあたしが好きなんだ)
姫(大人しくって可憐なお姫様)
姫(魔王は……あたしじゃない、姫様が好きなんだからな)
姫「あーもう疲れる」
メイド「何がです」
姫「この漫画読むの。面白いと思うが、何かすっげー疲れるんだよ」
メイド「然様で」
姫「…………あー」
メイド「おや、もう漫画はよろしいのですか?」
姫「疲れた」
メイド「不眠不休で読み続けていれば、当然です」
姫「そういやそうか……ちょっと寝るわ」
メイド「ごゆっくり」
コンコン
メイド「あら、魔王様」
メイド「すみませんがこの通り、姫様はお休みになられていますので」
メイド「夕食にはちゃんと起こしますので……あら、よろしいのですか」
メイド「『体を壊してはいけない』……ですか。この方、魔王様が思っている以上に丈夫で……いえ、何でもありません」
メイド「ところで魔王様は本当に、まだこの方に惚れておいでで?」
メイド「言い淀まないで下さい。今更照れないで下さい」
メイド「私の物言いが最近きつくなった? 気のせいで御座いましょう」
メイド「…………そうですか。思いは変わらないと」
メイド「何と物好きな……いえ、何でもありません」
メイド「では、また後ほど……はい?」
メイド「あの鈴ですか? 今は姫様が持っていらっしゃいますよ」
メイド「ですから、次鈴が鳴った時は姫様が魔王様に会いたいというサインで御座います」
メイド「ええ、ええ。是非とも心待ちになさっていて下さいませ」
メイド「…………実に嬉しそうに去っていきましたね魔王様」
メイド「確実に、色気の無い用事で呼ばれるといいますのに」
じゃあ頑張ってみるわ。エロは書けんよ、すまんね。
姫「ふあー……おはよ」
メイド「本当に、おはよう御座います」
姫「え? あれ? 朝? 夕飯は?」
メイド「今は朝食のお時間です」
姫「うっわー時をすっ飛ばしちまったかー。って、魔王は来なかったのか?」
メイド「ちゃんと律儀に来られましたよ」
メイド「魔王様がゆっくり寝かせてやれとおっしゃいましたので、放置しました」
姫「おお、あいつのくせに気が利くじゃねえか」
メイド「それだけ貴女のことを大切に思っておいでなのですよ」
姫「へいへい。後で礼を言っとくよ」
メイド「では、あの鈴を鳴らしてやって下さいませ」
姫「えー……」
姫「何かあれ怖いんだよなー、すぐ来るから」
メイド「鈴を持っているのが姫様と知り、魔王様はさぞかし期待なさっているご様子でした」
姫「なるほど。ファンサービスも姫の仕事だな」
メイド「さあ、一思いに」
姫「へいへい」
チ
コンコン
姫「…………」
メイド「…………」
姫「あたし、今ほとんど鳴らしてなかったよな」
メイド「……愛の力ですよきっと」
姫「なんかもう……こっええええ……」
メイド「と、とにかく、お招きしますからね」
姫「うふふ、そう思いますよね」
姫「ええ、確かにあれは一見さんお断りの空気が漂っています」
姫「ですが、私はあの奇妙な空気がとても好きなのです。打ち切りという点に、意味があるのだと思います」
姫「まあ! 貴方もそう思われますか?!」
姫「私達、とっても気が合いますわね」
メイド「全く内容が分かりません」
メイド「魔王様も耳を傾け、時たま相槌を打つだけとは」
メイド「しかし魔王様……楽しそうですね」
メイド「このままでは平行線ですよ。良いのですか魔王様」
メイド「まあ平行どころか、どこに向かうかも分かりませんが」
姫「よーし。今日も一日精一杯生きたぞー」
メイド「半ヒキニートのくせに、何をおっしゃいますやら」
姫「何を言うか。この美貌と聡明な頭脳を維持するためには、余裕を持った生活が必要なんだよ」
メイド「美貌は時間と共に劣化しますし、頭脳も使わねば鈍りますよ。こんな不規則な生活を続けていれば、特に」
姫「まだ若いから平気だって」
メイド「その油断が命取り」
姫「……う、うるせーよ」
姫「ったく……もう寝る」
メイド「おや、今夜は漫画を読まないのですか」
姫「今夜はそんな気分じゃあない」
メイド「……ああ、先程の私の言葉を気になさって」
姫「ちげーよ。お休み」
メイド「はい、姫様」
姫「ようメイド! おはよう!」
メイド「……本日はやたらとお目覚めが早いですね」
姫「いやー何か今日はな、規則正しく起床して、適度な運動をして、程よく頭を動かしたくなってな」
メイド「最早何も言いません」
姫「っつーわけでメイド。今から走りに行くから付き合えや」
メイド「遠慮します」
姫「なんだよ、付き合いわりーな」
メイド「私はこれから部屋の掃除など、細々とした仕事がありますので」
姫「ああそっか。お前メイドだったよな」
メイド「今まで一体何だと思っていたのですか」
姫「あたしの引き立て役兼ボケ?」
メイド「何ともウィットに富んだジョークですこと」
姫「うはは。朝からあたしは冴えてんだろー」
メイド「どうせなら、魔王様を誘ってはどうですか?」
姫「えー……」
メイド「何故嫌そうな顔を。近頃親密になってきたのですし、良いではありませんか」
姫「だってさー……あいつ誘ったら、あたし姫様喋りしなきゃならねーじゃん」
メイド「いっそもう素で喋ってみては?」
姫「あはは、お前も朝から面白いこと言うな」
姫「こんな姫様イヤだろ? あいつの理想爆砕しちまったら可哀想じゃん」
メイド「おや、労わりの感情がお生まれに」
姫「そろそろ付き合いも長くなってきたしなー。友好関係は保たねえと」
メイド「然様で」
姫「あーあ。仕方ねえな、今日はあいつで我慢しとくわ。今度こそお前付き合えよ」
メイド「はいはい」
チリンチリン
姫「ふ……ふふふ」
姫「そう、ですね」
姫「ええ、本当に」
姫(ああああああああああ! ちっげーんだよ!!)
姫(迂闊だった……!)
姫(こいつと会うなら、ひっらひらのドレスに、高い靴、あと何か指輪とかネックレスとか、じゃらじゃら邪魔なもん付けてめかし込まなきゃなんねーじゃん?!)
姫(あたしは走りたいんだよ! ゆっくりまったり歩きたいんじゃねえ!!)
姫(実家では付き人がいたから動き回れなくて、こっちでもやっぱ……こいつがいるから駄目か)
姫(ったく……本当面倒くせえ……)
姫「あ、あら?」
姫「どうかなされましたか?」
姫「……? 変なことをおっしゃいますのね」
姫「無理などしておりませんよ。貴方とのこの時間は、とても楽しいと感じます」
姫「ええ、それが私の本心です」
姫(面倒だが……こいつのことは嫌いじゃないんだよな)
姫(実際まあ、話は合うし、従順だし、便利屋だし)
姫(それに楽しいのは……ちょっとは本当だしなあ)
姫(せいぜいお前も楽しめるように、合わせてやるよ)
姫(はあ…………メイドとこっそり、夜中に走るか)
姫「貴方は私と一緒にいて、どうですか?」
姫「まあ」
姫「ふふ……お上手ですこと」
姫(ほーんと。最近口が達者になってきやがって)
姫(アドリブも上手くなってまあ)
姫(悔しいけど……悪い気はしねえんだよな)
姫「ただいまー」
メイド「お帰りなさいませ」
姫「なあ、お前夜中暇?」
メイド「睡眠で多忙です」
姫「じゃあ寝る前は暇なんだな」
メイド「……」
メイド「貴方の世話で多忙です」
姫「じゃあ、あたしに付き合え」
メイド「おや、一向に魔王様になびかないと思ったら、やはりそんな趣味が」
姫「へ? 何の趣味?」
メイド「……いえ、何でもありません」
姫「変な奴だなー」
姫「夜寝る前にさー、こっそり城の中走りたいんだよ」
メイド「知りませんよ。どうか魔王様をお誘い下さい」
姫「あいつと一緒じゃ、思いっきり体動かせねえって悟ったんだよ」
メイド「『おしとやかな姫様』ですか」
姫「そーそー。姫様って多分走らねえじゃん?」
メイド「まあ、恐らくは」
姫「だから頼むよ。あたし、あんまりこの城の中一人で出歩いたこと無いからさー」
メイド「全く。毎日は無理ですからね」
姫「おう! たまにでいいから頼んだぜ!」
メイド「はあ……ですが、他の機会ではなるべく魔王様で遊んで下さいね」
姫「『で』、かよ」
メイド「姫様、次にお教えするのはこちらの仕掛けです」
姫「お、おう……」
メイド「まず向かって右三番目の甲冑の中に隠されている、小さなエメラルドを取り出します」
姫「……これか?」
メイド「そして、そこの絵画。よく見ると宝石がぴったり収まる窪みがあります」
姫「あ、ああ……」
姫「……………嵌めんの?」
メイド「いえ、ただ押すだけでよろしいですよ」
姫「で……どーすんの、この宝石」
メイド「それは後で使いますから、どうか大事に持っていて下さい」
姫「…………あのー」
メイド「何でしょう?」
姫「お前ら、毎回こんなことやってんの?」
メイド「いいえ。もしもの時のことを考えて、夜はセキュリティーレベルを最高まで上げていますので」
姫「……書ききったメモ用紙が増える度、後悔が増していく」
メイド「では、諦めますか?」
姫「うーん……いっぺんぐるっと回ってから考えるわ」
メイド「然様で」
姫「段々ワクワクしてきたぞ!」
メイド「まあ、ちょっとした冒険ですものね。ただし攻略本を見ながらの」
姫「むかっ。人生に攻略法なんかねえんだよ。よってお前はもう口出しすんな」
メイド「しかし、素人が勝手にうろうろしては、命の危険すらありますよ?」
姫「あたしを誰だと思ってやがる。魔王城に数ヶ月在住のプロだぜ」
メイド「箱入り様が何をおっしゃいますやら。というか、何のプロです」
姫「いいからいいから。さくっとクリアして、目にもの見せてやんよ!」
メイド「最早趣旨が変わっておりますよ」
姫「気のせいだろ。おーっと怪しい石造発見」
メイド「ああ、それは」
姫「こんな簡単な仕掛け、バカでも分かるぜ。そこの溝を見る限り、こうして右にずらしてやると……」
ガタッ
メイド「あ……」
姫「うお、何か盛大に仕掛けが動く音が。ほら正解だろ?」
メイド「……石造を右周りに、180度回転させる、が正解です」
姫「うはは、だ…………ろ?」
姫「マジ?」
メイド「マジです」
パカッ
姫「…………あたしら、生きてる?」
メイド「そのようで。しかし魔物の私はともかく、何故貴女もあの高さから落ちていて、生きているのですか」
姫「何か変なクッションみたいなのがあったっぽい」
メイド「いまいち要領を得ませんね」
姫「暗くてよく分かんねーんだよ」
姫「なーんか生臭いしさー。何ここ」
メイド「さあ、何でしょうね」
姫「お前は知っとけよ、ずっと住んでんだろ」
メイド「嫌ですね。こんな広い城、魔王様ですら全貌を把握していらっしゃるかどうか」
姫「適当だよなあお前ら。薄々知ってはいたけどさ」
メイド「とりあえず、明かりのスイッチを探しましょう」
姫「あ、ちょっと勝手に動くなよ! はぐれたらどーすんだ!」
メイド「はいはい、手を繋ぎましょうね。全く世話の焼けるお方ですこと」
姫「う、うるせー。まだ冒険はこれからなんだし、相棒がいなきゃ話にならんだろ」
メイド「はいはい」
姫「適当にあしらうんじゃねえ」
メイド「そういえば、鈴は持っていますか?」
姫「あ、ああ。でも、ぜってー使わねえからな」
メイド「何故です。この状況では、鳴らせばすぐ助かる魔法の脱出アイテムみたいなものですのに」
姫「自分の力で打開策を見つけてこそ、冒険の醍醐味だろ」
メイド「いい加減、その変なスイッチはオフになさって下さいませんか」
>>457修正
姫「自分の力で打開策を見つけるって苦労こそが、冒険の醍醐味だろ」
メイド「さて、明かり明かり……」
姫「あれだよなー。侵入者対策の罠だからって、魔物の巣直通落とし穴なんてベタな展開は無しだよなー」
メイド「やめてください。フラグを立てないでください」
姫「うはは、ねーよ。どうせ食料庫か何かだろ?」
メイド「侵入者を食料庫に送ってどうなさるのですか」
姫「太らせて食うんじゃね?」
メイド「何と非効率的な罠でしょう。……おや、ここにスイッチが」
姫「おお、あたしが許可する。押せ押せ」
メイド「言われずとも」
パチッ
姫「……」
メイド「…………」
姫「………………なんつーか」
メイド「……………………はい」
姫「すまん」
メイド「正直でよろしい」
姫「あたしさー……ドラゴンって始めて間近で見るわ」
メイド「私は見飽きております」
姫「じゃあさ、こいつ起きたら、あたしら食わないよー言ってくれる?」
メイド「無理ですね。私はドラゴンの言語など学んでおりませんので」
姫「い、いやでもお前魔物だろ? いっくらこいつでも仲間食ったりしねえだろ」
メイド「万が一そうだとしても、人間である貴女はどうなると思います?」
姫「詰んだ」
ハーメルンで似たような展開あった気がするが、気のせいだろう。きっと。
姫「さてさて鈴鈴」
メイド「引き際を弁えておくと、長生きできるという教訓ですね」
姫「全くだ。とりあえず魔王には、外の空気が吸いたくなったとかで誤魔化すぞ」
メイド「ここまで来ても『姫様』を忘れないその根性。感服いたします」
姫「覚えとけ。人間あまりにひっでー状況に陥ると、案外冷静になるもんだ」
メイド「然様で。さあ、魔王様を召喚下さい」
姫「おう。魔王よさっさとこーい」
チリンチリン
>>473
多分そんな感じ
姫「……あれ?」
メイド「おかしいですね……現れませんね」
姫「寝てる……とか?」
メイド「この時間、魔王様は貴女の写真を眺めながら、愛に溢れた日記をしたためていらっしゃるはずですよ」
姫「ツッコミが面倒だ。つまり起きてるはずなんだな?」
メイド「振り方が甘いのでは?」
姫「お、おう。もう一回だ」
チリンチリン
姫「何でだよ?! 何で来ないんだよあいつ?!」
メイド「し、静かに!」
姫「むぐぅう?!」
メイド「ドラゴンが起きてしまいます。冷静に、落ち着いて、クールにいきましょう」
姫「……おう」
メイド「分かればいいのです。クールにいきましょう。クールクールクールクール……」
姫「おーい……戻って来いよー……」
姫「ったく……あいつはこの肝心な時に、何やってやがるんだ」
メイド「こうなっては、魔王様はあてに出来ません。私達で脱出方法を探しましょう」
姫「それしか方法は無さそうだな……しっかし、ぱっと見出入り口なんか無さそうだし……」
メイド「諦めるのはまだ早いですよ。何か仕掛けがあるはずです」
姫「そ、そうだよな。分かった。頑張ろう」
メイド「その意気です」
姫「ここを出たら……真っ先に魔王殴りに行こうな!」
メイド「はい!」
姫「はい、脱出口調査員。お前から報告」
メイド「出入り口らしきものは一つ。餌を投げ入れるらしい、あの窓のみ」
姫「うはは……あの、豆粒みたいな大きさのあれかー」
メイド「遠近法が憎いですね。何かしら使えそうな物調査員様は?」
姫「なんかね、部屋の隅にね、血まみれの襤褸切れとか剣とかね、人とか魔物の骨っぽいのとかがね、大量にあってね」
メイド「うふふ」
姫「あはは」
姫「やっぱ詰み?」
メイド「ではリセットしましょうか。以前セーブしたのはどこでしたっけ?」
姫「頼むから落ち着こう、な。こいつの餌の時間になれば、きっと誰かが見つけてくれるって」
メイド「もし、餌の時間の前にドラゴンが起きたら……」
姫「……今のあたし達に必要なのは、明るい未来を見失わない強い心だ」
メイド「御意……」
姫「……」
メイド「……」
姫「……なあ」
メイド「……はい」
姫「…………ごめんな」
メイド「……止められなかった、私のほうこそ」
姫「……う」
メイド「ああもう、強い心はどうしたのですか」
姫「だって……だって」
メイド「ほら、涙を拭いてください」
姫「ごめん……ごめんよ……あ、あたしのせいで…………」
メイド「お気になさらず。貴女の忠実な世話係は、いつだって一蓮托生の覚悟ですから」
姫「ひ……ぅ……うん、うん」
姫「ま、魔王はさ……」
メイド「はい。一緒に魔王様をふん縛って、殴る蹴るの暴行を加えた後、鞭でしばき倒して石化の魔法でも掛けて海に沈めてやりましょうね」
姫「もしかしたらさ……」
メイド「はい」
姫「魔王……ぁ、あたしのこと……き、嫌いに……なったのか、な」
メイド「……はい?」
メイド「も、もう一度お願いできますか」
姫「嫌いになったから……助けに、来てくんないのかな…………」
メイド「そんな馬鹿な。魔王様は貴女のことを、尋常でないほど愛しておられますよ」
姫「じゃあなんで来ないんだよ……」
メイド「そ、それは……」
姫「う……う、ぅ…………ひ、っく……うぅ」
メイド「姫様……」
姫「あたしがもし、もしだよ……? ここで死んだらさ」
メイド「おやめ下さい。そんな現実的でない仮定の話」
姫「魔王は、本当のあたしのこと、ずっと知らないままなんだよな……」
メイド「……」
姫「多分、それが魔王にとっては一番幸せなんだと思うよ」
メイド「……そんな、ことは」
姫「でもさ……あたし、そんなのやだ」
メイド「…………そうでしょうね」
姫「今まであたしに言い寄ってきた奴はさ、皆あたしを見てくんなかった」
メイド「はい」
姫「皆、あたしの顔とか、体とか、地位とか、財産とか……そんなのばっかり欲しがってた」
メイド「……はい」
姫「お世辞ばっかで、あたしの話を聞いても、ご機嫌取りの相槌ばっかで、誰も、あたしと会話なんかしてくんなかった……」
メイド「腹立たしいですね。私の主人に何と不躾な男共でしょうか」
姫「う、ん……ありがと」
姫「でもさ、魔王はちょっと違ったんだ」
メイド「……あまり違いが分かりませんが」
姫「全然違うよ。あいつはちゃんと、あたしのこと見てくれたよ」
メイド「単なる一目惚れですよ? 顔ですよ?」
姫「そ、そりゃ……初めはそうだったかもしんないけど……」
メイド「第一あの方、貴女の話を聞いている間、ほとんど相槌しかしていなかったように思いますが」
姫「だから、ちょっと違うんだってば」
姫「ちゃんとあたしの話を聞いた後に、自分の意見言ってくれたよ」
メイド「そうなんですか?」
姫「ああ。あたしが語った作品の伏線回収の荒さだとか、コマ割の見づらさだとか、重要キャラの死の見せ方が甘いとか……細かい所まで遠慮なく指摘してくれて、すっげー白熱した議論が出来たんだよ」
メイド「あの、一気にシリアスと色気から遠ざかりましたよ」
姫「それ以外にも、ちょっとややこしい人物関係の作品だったら、相関図を分かりやすく書いてくれたりさ……しかもちゃんとネタバレ回避、って気遣いも見せてくれてさ」
メイド「まだ続きますか、その件は」
姫「う、うるせーな。いいから黙って聞いてろ」
メイド「はいはい」
姫「あいつはあたしの好みに合わせるんじゃなくて、ちゃんと意見も言ってくれるんだよ」
メイド「そのようですね」
姫「あたしを知って、分かってくれて、自分の好みとかも知ってもらおうと、アピールして来るんだよ」
メイド「そんな殿方、魔王様が初めてだった、と言いたいのですか」
姫「……うん」
メイド「好きになられたと、言いたいのですね」
姫「……わかんね」
メイド「ここまで引っ張っておいて」
姫「だって……あたしが魔王のこと好きになったってさ……」
メイド「人間と魔王だから、結ばれないと? そんな、異種族間の恋愛だなんてよくある話ですよ」
姫「ううん……迷惑じゃないかなーって……」
メイド「すみません私の聴覚が一時的に深刻なエラーを起こしたようです。先程の話と繋がらない、不適切な単語をご認識しました」
姫「だ、だってさ……あたしほら、こんなだし」
メイド「ええい、じれったいですね。はっきり仰って下さい」
姫「あたし本当はさ、立派な『姫様』じゃないし……」
メイド「まあ確かに口は悪いし態度は横柄だわ、おまけに大食漢の飲兵衛ですしね」
姫「自覚してっけど……きっついなあ、お前……」
メイド「で、立派な『姫様』じゃないから、どうだと言うのです」
姫「あいつが好きなのは、おしとやかで、なんかこーお菓子みたいな『姫様』だと思うからさ」
メイド「本性を知られたら、幻滅させてしまうと?」
姫「うん……」
>>547
布団さんによろしく言っといてくれ!!!な!!!!!!!
姫「確かにずっとあのまま演技してりゃ、いいだけの話だけどさー……」
メイド「先程仰られたように、本当の自分を知って欲しいと」
姫「……うん」
メイド「ああもう面倒な人ですね」
姫「わ、我侭なのは分かってんよ……でもさ、やっぱりさ……」
メイド「姫様は我侭ではありませんよ。面倒と言ったのは、そういう意味ではありません」
姫「じゃあ何なんだよ」
メイド「当たって複雑骨折でも内臓破裂でも四肢損壊でも、してみればいいのです」
姫「え、ええええええー……」
姫「お、お前それ酷くね?」
メイド「何故ですか」
姫「失敗すんの前提じゃねえか! しかも再起不能っぽいし!!」
メイド「それでも命があれば、どうとでもなります」
姫「……今はすっげーリアルな言葉だな、それ」
メイド「ご、ごほん。とにかくです」
メイド「一度当たって砕けても、また当たってみればいいのです」
姫「……で、駄目だったら?」
メイド「もう一度」
姫「また駄目だったら?」
メイド「もう一度です」
姫「しつこくそれも駄目だったら?」
メイド「ドン引きするくらいの粘着力で、もう一度です」
メイド「第一、傍から見てるとお似合いに見えますがね」
姫「え」
メイド「話も合い、姫様には魔王様を引っ張っていく度胸があり、何より魔王様は貴女を愛しております」
姫「で、でもさ……魔王が好きなのは」
メイド「『姫様』ではなく、貴女を愛していらっしゃいますよ」
姫「…………そうかな」
メイド「そうだと良いですね」
姫「う、うう……」
メイド「ああ、もう泣かないで下さいよ」
姫「だれのせーだと……うう」
姫「……ほんとに」
メイド「はい」
姫「すきだったら……」
メイド「好きだったら?」
姫「うれしい」
メイド「そうですか」
メイド「それを確かめるためにも、ちゃんと生きてここを出ましょうね」
姫「お、おう! そこの先客達の仲間入りはごめんだしな!」
メイド「随分話し込んでいましたし、そろそろ朝が近いはず。この竜の朝食も、もうじきでしょう」
姫「朝飯来い! 朝飯来い!」
メイド「ええ。私達が朝食にならないためにも!」
姫「……」
メイド「……すみません」
姫「と、とりあえずだ。手ぶらじゃ心許ないし、あそこの剣でも拾ってくっか」
メイド「あそこって……竜のすぐ側じゃないですか。第一、剣など扱えますか?」
姫「無いよりマシだろ。大丈夫だって、静かー……に行ってくるから」
メイド「分かりました」
姫「じゃあ」
メイド「私が行って参ります」
姫「えええ?!」
自己満足な修正
>>549
メイド「貴女は我侭ではありませんよ。面倒と言ったのは、そういう意味ではありません」
>>558
メイド「話も合い、貴女には魔王様を引っ張っていく度胸があり、何より魔王様は貴女を愛しております」
姫「や、やめとけって。危ねえよ」
メイド「貴女は人間で、私は魔物です。何かあった時、対処できるのは私の方」
姫「じゃあ剣なんかいいよ。行くなって」
メイド「私には少し剣の心得があります。正に、無いよりはマシという程度ですが」
姫「いいってば」
メイド「ほんの少し、お待ち下さいね」
姫「ちょ、メイド!」
メイド(鋼よりも硬いドラゴンの鱗に、素人の剣が通る道理などありませんが)
メイド(あの方が不安そうにしていると調子が狂いますしね)
メイド(全く。高い御守です)
メイド(吐息は依然規則的。まだ目覚めには早いはず)
メイド(……さて、剣は確保しました)
メイド(ついでに盾も拝借していきましょうかね。灼熱の息を吐くドラゴンには、気休めにしかなら)
姫「メイド!!!!!」
メイド「え」
ヴぉ──────────ンッ!!
メイド「が、」
姫「う……ああああああああああああああああああああああ!!!」
メイド「う……ぐ」
姫「め、メイド! しっかりしろメイド!!」
メイド「は、はは……尾によるこ、攻撃は想定して」
姫「喋るな!!」
メイド「す、すみ、ません……力、不足で」
姫「もういい! もういいから! 喋っちゃ駄目だ!!」
姫「ごめんな……! ごめんなメイド……あ、あたしのせいでお前、こ、こんな」
メイド「ドラゴンが……完全に、起きてしまいましたね」
姫「そんなことよりお前の手当てをしなきゃ!!」
メイド「い、いぃえ……あれが私を、食う隙に、あ、貴女はどこかに……隠れてく」
姫「ば、バカ言うな!! 出来るわけないだろ!!」
メイド「しかし……この、ままで……は…………貴女まで」
姫「くそ! その剣よこせ!」
メイド「な、なにを」
姫「黙って見てろ!! お前はあたしが守ってやる!!」
メイド「馬鹿なこと……は」
姫「うるせえ!! 友達助けんのが馬鹿なことか?!!」
メイド「ま……く……おお……ば、か……です」
姫「やいでっけえトカゲ!!」
姫「あ、あたしはお前なんか怖くないぞ!」
姫「てめえらなんか所詮、滋養強壮の食材じゃねえか! この前食わされそうになったから知ってんだぞ!!」
姫「第一、あたしはお前なんかより、よっぽど怖いはずの奴と、毎日顔突き合わせてんだかんな!!」
姫「お前らの親玉だぞ?! 魔王だぞ?!」
姫「だからお前なんか怖く」
グ──ゥ───ルルル───────ぁアアアあアアアアアアアア!!!!
姫「ひ」
姫「怖くねえ!」
姫「そうだ! 怖いわけがあるか!!」
姫「聞いて驚くなよ?! いいかド低脳爬虫類?! ビビるんじゃねえぞ?!」
姫「あたしはな!!」
姫「近い将来!!!!!」
姫「魔王の嫁になる女なんだぞ?!!!!!!!!!!!!!!!!」
ドラゴンは大きく息を吸い込んだ!
姫「だから絶対、魔王が助けに来てくれるんだ!」
姫「頼りなくてあたしに弱くて漫画オタクだけど」
姫「あたしのことが大好きな魔王は」
姫「絶対……来てくれるんだからな!!!」
ドラゴンは灼熱の息を吐き出した!!
姫「?!」
姫「う……」
姫「…………」
姫「…………あ」
姫「ば」
姫「ばか、やろ」
姫「お、おそいじゃねーか」
姫「おまえが、ぜんぜん、おまえがよんでもこなかったから」
姫「おまえがぜんぶ、わるいんだからな」
姫「あやまるな」
姫「あやまんじゃねえよ」
姫「お前は」
姫「ほんとに、きて」
姫「きて……く、くれて」
姫「ありがとう…………」
姫「う」
姫「あ、あの……め、メイドが」
姫「あたしのせいで、こんなに、ぼろぼろに」
姫「あ、あたしの、せいで」
姫「…………ほんと? め、めいど、しな、ない?」
姫「よかった……」
姫「ほんとに……よかった」
姫「う」
姫「うえ」
姫「ひっく」
姫「う」
姫「あ」
姫「ぅ……うわああああああああああ」
姫「ば、ばかばかばかばか」
姫「ばかぁ……」
姫「なんで」
姫「あたしのこと、すきだったら」
姫「しかって、くんねぇんだよ」
姫「あぶないことすんなって、おこってくれよ」
姫「……うん」
姫「……うん」
姫「…………ごめんなさい」
姫「あ、お、おまえはだいじょぶ……か?」
姫「けがとか、してない?」
姫「ほんと?」
姫「う、うん。よかった」
姫「…………いたいじゃねーか」
姫「……そんな、ちからいっぱい、だき、しめるんじゃ……ねーよばか」
姫「あ」
姫「あ、あの」
姫「あたし、ほ、ほんとは」
姫「こんなふうに、くちはわるいし」
姫「わがままだし」
姫「ひめ、じゃないんだ」
姫「ほんとはあたし…………かわいく、ないんだよ」
姫「おまえが、おもってるみたいに」
姫「ほんとは、ぜんぜんかわいくないんだよ」
姫「そ、それでも……」
姫「こんな、あたしでも」
姫「すきでいて…………くれる?」
姫「すきに……なってよ」
姫「あたしは」
姫「まおうのこと、」
姫「すきだから」
姫「え」
姫「……」
姫「え?」
姫「え?」
姫「……」
姫「……え?」
姫「し、知ってた?」
姫「あたしが、猫被ってる事、気付いてた?」
姫「いいいいいいい、い、いつからだよ?!」
姫「……は?」
姫「最初、から……………………だと?」
姫「『知っていて、お前から言い出すのを、待っていた』」
姫「だ?」
姫「て、て、て」
姫「てんめぇふざけんな!! い、今まであたしの反応見て遊んでやがったな?!」
姫「サイテーだな! ほんっとサイテーな野郎だな!!」
姫「……そんな顔すんなよ」
姫「ま、まあなんだ……おあいこだしな……あたしも」
姫「え、えと」
姫「その」
姫「なんだ」
姫「こうなったらきちんと今、言っておくぞ」
姫「いいか、よく聞け。一回しか行ってやらんからな」
姫「ほんとに、ほんとーに、聞いとけよ」
姫「あのな」
姫「もし浮気なんかしたら、あたしがお前を討伐してやるんだからな!!!」
───………
姫「ふあー」
メイド「お早うございます」
姫「おお、おはよー」
メイド「随分よく眠っていましたね」
姫「ああ。なんかさ、いい夢見た気分」
メイド「然様で」
姫「しっかしお前すごいよなー」
メイド「何がでしょうか」
姫「あんだけ怪我してたのに、もうピンピンしてんだもの」
メイド「ですから、私は魔物です。人間とは違い、頑丈なのですよ」
姫「へいへい悪いね。脆弱な人間様で」
メイド「悪くはありません。愉快ではありますが」
姫「朝から反応に困る会話を強いるんじゃねえよ」
メイド「では、本日のご予定は」
姫「あー、魔王とあの竜んとこ行ってくる」
メイド「最近本当にお気に入りですね」
姫「おう。あいつ案外温和で可愛いんだよ。こないだなんか、あたしの手から直に餌食ってくれてさー」
メイド「私は大っっっ嫌いです」
姫「まあ……低血圧で朝はどうしても機嫌が悪いのが、タマに傷だけどさ」
メイド「あんな低級変温動物、死に絶えるべきです」
姫「でも、あいつお前に謝りたいって言ってるみたいだぜ。魔王が通訳してくれたぞ」
メイド「はいはい。全く。気が向いたら行きますよ」
姫「うははー、良かった」
メイド「しかし、魔王様はよく姫様の本性が分かりましたよね」
姫「そうなんだよなー。やっぱり愛があると何でもお見通しなんだな!」
メイド「そのくせ、あの時鈴を鳴らしてもいらっしゃいませんでしたよね」
姫「ちょっと調子が悪かったんだってさ。まあ間に合ったんだし、許してやったよ。愛があるからな!」
メイド「……すみませんが」
姫「ん? 何だよ」
メイド「その愛の正体とやら、見極めてみませんか?」
姫「へ?」
メイド「少し失礼しますね」
姫「何そのうぃーんうぃーん鳴ってる、変な機械」
メイド「お気になさらず」
姫「気になるって。何だよ、あたしのベッド漁ったって何も出てこねえぞ」
メイド「いえ、出ました」
姫「……何その変な、ちっさな機械」
メイド「こちらのうぃーんぃーんと鳴っている機械ですが」
姫「うん」
メイド「盗聴器の、探査機です」
姫「うん?」
メイド「そして、この探査機で見つかったこれは」
姫「うん」
メイド「盗聴器です」
姫「うん?」
姫「え、つまりどゆこと」
メイド「この部屋で鈴を鳴らさないと、魔王様の耳には届きません」
姫「うはは」
メイド「だから、あの時いらっしゃらなかったのです」
姫「うはは」
メイド「着替えやお風呂シーンは流石にどうかと諦めて、盗聴に落ち着いたようですね」
姫「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
メイド「ま、愛があれば全てオーケーと。そうですよね?」
姫「まあ、愛は偉大だしな。ただし代償は高くつくがな」
メイド「そうですね。はい鞭」
姫「うはは、よぉく分かっておいでで」
メイド「私は貴女一番の付き人兼、親友で御座いますから」
姫「うんうん、違いねえ
メイド「ああ、そうそう」
姫「何だよ?」
メイド「あの時、私息も絶え絶えでしたが貴女の醜態、全て目にして耳にしておりました」
姫「げ」
メイド「ですから、これだけは言っておこうかと」
姫「……な、なんだよ」
メイド「姫様。あの時の姫様、姫様として百点満点でしたよ」
姫「……うるせーばーか」
メイド「さて、では参りましょうか」
姫「おう。じゃあ行きますか」
姫・メイド「魔王退治に!!」
姫「うはは」
メイド「ふふふ」
チリンチリン
姫『いよーう魔王様、鈴の音聞こえてるうー? 盗聴器の感度はオーケー?』
姫『あたしちょーっと、お前に用が出来ちゃったんだ☆』
姫『最愛の恋人が着くまで、せいぜい大人しく部屋で待ってて下さいね』
姫『じゃないとあたし……ちょぉっとだけ、ほんのちょーっとだけ怒っちゃうぞ☆ あは☆』
姫『あ、そうそう! あたしにお祈りと、小便と、土下座しやすいように床の掃除を済ませといてね!』
姫『っつーわけで』
姫『首を洗って待ってろ? 馬鹿旦那』
魔王「ガタガタブルブル」
【終】
他のSSとは違った視点からのストーリーで斬新でした
楽しんで読めました(*ノ∀`*)