657 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:13:16.76 KSr2VJAB0 483/690

第21話

鬱陶しい暑さも最近は無くなり、少しばかり涼しい日が多い。

しかし、夏の名残と言えばいいのか、置き土産と言えばいいのか。 俺の体はちくちくと蚊によって攻撃されている。

山が近いせいで、生き残りが多いのかもしれない。

そんなある日、珍しく一人だけの古典部で俺は小説を読むことで時を過ごしていた。

一ページ、また一ページ捲っていき、やがて章の終わりが見える。

そこで一度本から視線を外し、外の景色を眺めた。

グラウンドでは運動系の部活が精を出し、校舎には音楽系の部活らしき音が響いている。

奉太郎(里志は今日も委員会か)

奉太郎(最近忙しそうだな)

原因はまあ、文化祭だろう。

伊原は漫研をやめたので時間は増えた筈だが……この時間まで来ないとなれば、今日は来ないかもしれない。

千反田は恐らく来ると思うが、来たとしても文集の話をされると思う。

俺としては内容には拘りなんて無いし、任せっきりにしたいのだが……一応は古典部に所属しているのである程度はやらなければならない。

確かもう大体の内容は決まっているとか、前に集まったとき言っていた気がする。

それも千反田が来たら聞けばいい事だ。 とりあえずはもう一度小説にでも目を落とすか。

元スレ
奉太郎「古典部の日常」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346934630/

658 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:13:42.90 KSr2VJAB0 484/690

そうして外の景色を眺めるのを止め、小説に再び目を戻す。

しかし、タイミングを狙ったかの様に部室の扉が開いた。

える「お、折木さん!!」

いつもと少し様子が違う、何か厄介な事でも起きたのだろうか。

奉太郎「なんだ、何かあったのか?」

える「あ、あのですね……大変なんです!」

奉太郎「それだけ言われても、何がどう大変なのか分からない」

える「ご、ごめんなさい。 最初から説明しますね」

える「今日の事なんですが……放課後、今から少し前です……」

659 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:14:22.58 KSr2VJAB0 485/690

今日、私は授業が終わると一度、購買へと行ったんです。

な、何をしに行ったかですか? ……あの、お恥ずかしながら少し、お腹が空いてしまって……

あ、あの! それよりですね。

そこで食べ物を買って、部室に行こうとしたんです。

……この私が持っているパンですか? これ、とてもおいしいんですよ。

……お話、続けてもいいですか?

それでですね、部室へ向かっている途中で見てしまったんです。

その……喧嘩している福部さんと、摩耶花さんを。

遠くだったので会話はしっかりとは聞こえなかったんですが、最初は普通にお話をしている物だと思いました。

それが突然……摩耶花さんが、福部さんの顔を……パチン、と。

私は急いで部室へ来ました、見てはいけない物を見てしまった気がして……

福部さんですか? とても、びっくりした様な顔をしていました。

……あ、そういえばですね。 最後の一言だけ、聞こえたんです。

摩耶花さんが「ごめん」と言っていました。

……折木さん、どう思います?

660 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:14:51.43 KSr2VJAB0 486/690

奉太郎「……ふむ」

奉太郎「そのパンを今度買ってみようと思った」

える「……」

奉太郎「……」

える「おれきさん、真面目にやってください」

奉太郎「う……分かったよ」

と言ったはいいが……ただの喧嘩をどう思う、と言われてもな……

奉太郎「ただの喧嘩じゃあないのか?」

える「私も、そう思いました」

える「でも摩耶花さんは、簡単に人を叩く人では無いと思うんです」

える「感情的にも、人を叩く人では無い筈です」

……確かに、一理あるな。

伊原は刺々しい所があるが、直接的に人を傷つけたりはしない。

そんな伊原が里志を叩いた……よっぽどの事情があったのだろうか?

661 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:15:19.00 KSr2VJAB0 487/690

奉太郎「里志が何か伊原の勘に触る事をしたって言うのはどうだ」

える「それも……少し、考えづらいんです」

える「福部さんは摩耶花さんの事をよく知っていると思います」

える「そんな福部さんが、それをするでしょうか?」

……しそうだが、千反田はそれでは納得しないだろう。

何かこう、もっともらしい理由を付けなければならない。

奉太郎「……これだったらどうだ」

奉太郎「伊原が少し腕を振りたい気分になっていて、腕を振った」

奉太郎「そうしたら偶然にも里志が居て、里志の顔に当たった」

奉太郎「叩く気は無かったのに、叩いてしまって謝った」

奉太郎「……どうだ」

える「摩耶花さんが腕を振りたい気分になったのは何故ですか?」

奉太郎「伊原が腕を振りたくなった理由か……」

奉太郎「……そういう気分だったから」

662 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:15:46.82 KSr2VJAB0 488/690

える「……本当にそう思います?」

ううむ、なんだか予想より面倒くさくなってきてしまったな。

える「第一に、ですね」

える「私が見たとき、福部さんと摩耶花さんは既にお話をしていたんです」

える「と言う事は……偶然当たったっていうのは少し、難しいと思います」

……そういえばそうだったか。

奉太郎「視点を変えるか」

奉太郎「伊原は何故、里志を叩かなくてはならなかったのか」

える「同じ視点じゃないですか? それだと」

奉太郎「いや、違う」

奉太郎「里志を叩かなければいけない理由があったと考えるんだ」

奉太郎「そして、伊原には叩いたことへの罪悪感があったんだ」

663 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:16:12.72 KSr2VJAB0 489/690

える「……罪悪感、ですか」

奉太郎「伊原は謝っていたんだろ? 叩いた後に」

える「ええ、そうです」

奉太郎「それなら罪悪感があったと思うのが普通だ」

える「でも、ついカッとなってしまってという可能性もあると思います」

える「それで、その後に謝った……って事ではないんですか?」

奉太郎「さっき自分が言った言葉を忘れたのか」

奉太郎「感情的に叩く事なんて無い、と」

える「あ、そういえば……そうでしたね」

える「では何故、叩いたのでしょうか?」

奉太郎「恐らく……さっきも言ったが、叩かなくてはいけない理由があった」

える「叩かなくてはいけない理由ですか……気になりますね」

664 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:16:39.77 KSr2VJAB0 490/690

叩かなければならなかった理由。

伊原は何故謝ったのか。

そしてそれが起こる前まで、普通に話していた。

奉太郎「一つ、推測ができた」

える「え? なんでしょうか」

奉太郎「それだ」

俺はそう言い、千反田を指差す。

える「え、私ですか」

える「私……何かしたのでしょうか」

奉太郎「……違う、お前の腕に居るそいつだ」

える「腕……あ!」

える「……蚊、ですね」

千反田はそう言い、腕に止まっていた蚊を手で払う。

665 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:17:43.06 KSr2VJAB0 491/690

奉太郎「つまりはこういう事だ」

奉太郎「伊原と里志は放課後、二人で話していた」

奉太郎「そう、なんとも無い普通の会話だ」

奉太郎「そこで伊原はある物に気付く」

奉太郎「それは……里志の頬に止まっている、蚊」

奉太郎「ついつい伊原はその蚊を叩く」

奉太郎「里志の頬に止まっている蚊をな」

奉太郎「そして丁度、その場面をお前が見ていたんだ」

奉太郎「それを見たお前は俺にこう言った」

奉太郎「里志と伊原が喧嘩をしていた、と」

奉太郎「……どうだ?」

える「……なるほど、です」

える「確かにそれなら、納得がいきます」

える「摩耶花さんが謝っていた理由にも、繋がりますしね」

666 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:18:16.08 KSr2VJAB0 492/690

奉太郎「ま、あくまで推測だがな」

える「私、ちょっと確認してきますね!」

そう言い、千反田は部室を出ようとする。

奉太郎「お、おい! ちょっと待て」

える「はい? どうかしましたか?」

奉太郎「あくまで推測だと言っただろ、外れていたらどうするんだ」

える「大丈夫ですよ、折木さんの推理は外れません」

どこからそんな自信が出てくるのだろうか……

丁度、その時だった。

摩耶花「あれ、ちーちゃん帰る所だった?」

伊原が、部室へとやってきた。

える「摩耶花さん! 丁度いい所でした!」

千反田はそのまま伊原を席まで引っ張っていくと、隣同士で腰を掛ける。

667 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:18:45.89 KSr2VJAB0 493/690

摩耶花「え? え?」

奉太郎「……おい、違っても俺は知らんぞ」

える「摩耶花さんに、聞きたい事があったんです!」

俺の声は既に千反田には届いていない様子だった。

える「あの、実はですね……」

俺は千反田の説明を聞きながら、外に視線を移す。

少し、日が傾いてきただろうか?

まだ17時にもなっていないが……日が短くなっているのだろう。

所々、帰る生徒達が見える。

この一件が終わったら、俺も帰る事にしよう。

摩耶花「……なるほど、ね」

……どうやら、千反田の説明が終わったらしい。

える「それで、どうですか?」

668 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:19:13.53 KSr2VJAB0 494/690

摩耶花「……全くその通り、よ」

摩耶花「折木あんた、どっかから見てたんじゃないの?」

奉太郎「……俺にそんなストーカー的な趣味は無い」

える「……本当ですか?」

千反田が小さく、伊原には聞こえないように俺に言ってきた。

チャットルームでの事を、まだ根に持たれているのかもしれない。

それに俺が反論をする前に、千反田は再び口を開く。

える「ふふ、やはり当たりましたね」

千反田がそう言い、俺の方を向く。

なんだかそんな視線が恥ずかしく、俺は視線を逸らした。

奉太郎「……そろそろ帰るか」

摩耶花「ええ、来たばっかりなのに」

える「あ、じゃあ少しお話しましょう。 摩耶花さん」

どうやら伊原と千反田は残って話でもするらしい。 俺はお先に失礼させてもらおう。

奉太郎「そうか、じゃあまた明日」

える「はい、また明日です」

摩耶花「うん、じゃあね」

669 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:19:44.66 KSr2VJAB0 495/690

~帰り道~

しかし、あの推測が外れていたら千反田はどうしたのだろうか。

本当に喧嘩だった可能性も、あっただろうに。

だがその可能性より、俺の推測を信じてくれた事は少し嬉しかった。

別に、だからどうとか言う訳でもないが。

ただちょっと、嬉しかっただけの話。

辺りは少しだけ、薄暗くなっている。

もうすぐで文化祭が始まる、とりあえずはそちらに力を入れなければ。

後……二週間くらいだったか。

ああ、そういえば文集がどうなっているのか聞くのをすっかり忘れていたな。

ま、家に帰ったら里志にでも電話して聞いてみるか。

本を刷るのは伊原に任せる事になるだろう、去年は大変な思いをしてしまったが……

だが伊原も同じ失敗を二度繰り返すような奴では無い、今年は安心できると思う。

まあ、結局は俺が店番をする事になるのだろうが。

暇を潰すためにも、何か新しい小説でも今度買おう。 あれがあれば店番はとても楽だ。

そんな今後の予定を頭の中で組み立てていると、やがて家が見えてきた。

670 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:20:14.69 KSr2VJAB0 496/690

~折木家~

奉太郎「ただいま」

供恵「おかえりー」

奉太郎「最近家に居ることが多いな」

供恵「なによ、いちゃ悪いの?」

奉太郎「……別に、そういう訳じゃない」

奉太郎「風呂に入ってくる」

供恵「あー、まだダメかな」

奉太郎「ん? どういう意味だ」

供恵「お客さん、来てるの」

この家に客とは珍しい。

また姉貴の知り合いだろうか?

奉太郎「姉貴の客か?」

供恵「あんたの客よ」

奉太郎「……俺に?」

一体誰が、里志か?

いや、でも里志ならば姉貴は里志が来ていると言うだろう。

他に思い当たる奴なんて……居ないな。


671 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 18:20:42.41 KSr2VJAB0 497/690

奉太郎「どこに居るんだ」

供恵「え? あんたの部屋よ」

……客を勝手に俺の部屋に通すな、バカ姉貴が。

奉太郎「……はぁ」

小さく溜息をつき、自室へと向かう。

全く、誰だこんな時間に。

そして、自室の扉を開いた。

そこには俺の予想外の人物が居て、俺の顔は多分、だいぶおかしなことになっていただろう。

奉太郎「何か、俺に用ですか」

奉太郎「入須先輩」

入須「ふふ、そう露骨に嫌そうな顔をするな」

入須「今日はちょっと話があって来たんだ、折木君」

第21話
おわり

677 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:12:41.64 KSr2VJAB0 498/690

第22話

その日は、摩耶花さんと福部さんが喧嘩していなかった事が分かり、とても安心できました。

折木さんはいつも、自分の推理に自信を持っていない様に見えますが……もっと自信を持ってもいいと私は思います。

でも、そんな折木さんも……その、少し格好いいと思う自分もいます。

える「あ、もうこんな時間ですね」

摩耶花「ほんとだ! そろそろ帰らなきゃ」

える「そうですね、また明日お話しましょう」

える「では、帰りましょうか」

摩耶花さんとのお話を止め、帰り支度をしていきます。

そこでふと、ある物に気付きました。

える「あれ? これは……」

摩耶花「あー、あいつ忘れていったのかな」

折木さんの小説でしょうか? 机の上に一つだけ、置いてありました。

678 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:13:26.53 KSr2VJAB0 499/690

摩耶花「ま、そのまま置いておけばいいんじゃないかな? 明日取りに来るだろうし」

える「そうですか……」

える「いえ……やはり私、家に届けてきます」

私がそう言うと、摩耶花さんはにっこりと笑い

摩耶花「そか、うん。 分かった」

と言いました。

その後は学校を出て、摩耶花さんとは別々に帰ります。

折木さんの家は学校からそれほど離れていません、歩いていっても意外とすぐに着きます。

先ほどまではまだ、そこまで暗くないと思ったのですが……気付けば辺りは大分、暗くなっていました。

本当は、明日にでも渡せば良かったのです。 摩耶花さんが言った様に。

でも、折木さんの顔が見たかったんです。

さっきまで二人でお話をしていたのに、変ですよね。

少しでも多くの時間を一緒に過ごしたかったのかもしれません。 ちょっと恥ずかしいですが。

ですがまた、もう一度折木さんに会えると思ったら……足取りが軽くなりました。

折木さんの家には何度も行った事があったので、道はしっかりと覚えています。

もう学校から大分歩いた様で、そろそろ折木さんの家が見えてくる筈です。

この角を曲がれば……

679 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:14:01.35 KSr2VJAB0 500/690

あ、見えてきました。

そのまま向かっている途中で、違和感を感じます。

える(ドアが開いている? 誰か居るのでしょうか)

そしてそーっと、覗き込みます。

折木さんの家のドアには、入須さん?

……どういう事でしょう?

あくまでも私が感じた事ですが……折木さんと入須さんは、そこまで仲が良かった様に思えません。

盗み見るのは良い事とは言えませんが……少し、気になります。

奉太郎「ありがとうございます、入須先輩」

入須「構わないさ、それより明日、いいか?」

奉太郎「ええ、分かってます」

そしてそのまま、入須さんは私が居る方に向かってきます。

咄嗟に、隠れてしまいました。

外壁の角に隠れていた私の前を入須さんが通っていきます。

今こちら側を向かれたら見つかってしまいますが……偶然と言う事にすれば大丈夫でしょう。

でも、私は見てしまったんです。

入須さんが、とても幸せそうな顔をしていたのを。

680 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:14:27.12 KSr2VJAB0 501/690

~古典部~

昨日は結局、そのまま帰ってしまいました。

何故か、会う気分にはならなくなってしまって……結局本は渡せませんでした。

奉太郎「千反田だけか」

折木さんがそう言い、部室へと入ってきます。

える「こんにちは、折木さん」

える「あの、これ……」

私はそう言い、鞄から折木さんの小説を取り出します。

える「昨日、忘れていましたよ」

奉太郎「おお、ありがとう」

奉太郎「……でも、なんで千反田がこれを持っていたんだ?」

あ、これはうっかりしていました……

681 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:15:07.05 KSr2VJAB0 502/690

える「あ、そ、それはですね」

える「……今日、折木さんが来なかったら届けようかと思っていたので」

つい、口から嘘が出てしまいます。

折木さんはいつも、私を真面目な人だと言ってくれますが、そんな事は無いです。

……私は結構、卑怯なのかもしれません。

奉太郎「そうだったのか、わざわざそこまでしてくれなくてもいいのに」

える「……ふふ、そうですか」

昨日何があったのかと聞きたかったです、ですが……

それは折木さんのプライベートな事になるかもしれないです、ですので私は聞けませんでした。

奉太郎「ああ、そうだ」

折木さんが思い出したかの様に、口を開きます。

える「はい、なんでしょう」

奉太郎「明日からその、バイトをする事になった」

682 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:15:32.88 KSr2VJAB0 503/690

折木さんがバイト?

……昨日の事と、何か関係がありそうです。

でも、入須さんに頼まれたからといって……折木さんがバイトをするとは思えません。

何でしょうか……こんな時、折木さんに相談すればすぐに解決するのですが……

その気になる事が折木さん自身の事ですので、さすがに相談できません。

奉太郎「……おい、聞いてるか?」

える「え、は、はい」

つい、私は考え込んでしまってました。

える「……頑張ってください」

としか、私には言えませんでした。

奉太郎「まあ、そんな訳でちょっと部活に出れる時間が少なくなる」

える「……そうですよね、分かりました」

683 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:16:09.91 KSr2VJAB0 504/690

それっきり、会話はありませんでした。

5分ほど経ったころ、折木さんが口を開きます。

奉太郎「今日もちょっと用事があるから……悪いな」

える「いえ、構いませんよ」

える「頑張ってくださいね、折木さん」

昨日聞こえた会話からすると、また入須さんと会うのでしょうか。

私に何か言えた事では無いですが……何でしょうか、この気持ちは。

奉太郎「ああ、またな」

最後にそう言うと、折木さんは帰っていきました。

やっぱり、ちょっと寂しいです。

私はその後、一人で本を読んでいました。

今日は多分、福部さんも摩耶花さんも部室に来ると思います。

折木さんがあまり来れなくなると言う事も伝えなくてはなりません。

684 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:16:36.84 KSr2VJAB0 505/690

そんな思いが通じたのか、福部さんと摩耶花さんは一緒に部室へと来ました。

摩耶花「あれ、ちーちゃんだけ?」

里志「こんにちは、千反田さん」

える「お二人とも、こんにちは」

挨拶をしながら福部さんと摩耶花さんは席に着きます。

える「折木さんは今日用事があるみたいで、帰りました」

摩耶花「……折木に用事って、そんな事あるんだ」

里志「珍しい事もあるね、まあ文集の内容はほとんど決まってるし、別にいいんじゃないかな」

える「それとですね」

える「折木さん、バイトを始めたみたいです」

私がそう言うと、福部さんと摩耶花さんは口をぽかんと開いて、次に驚きの声をあげました。

摩耶花「え、ち、ちーちゃん……今、なんて?」

里志「……ホータローがバイトを始めたとか、そんな風に聞こえたんだけど」

える「え、ええ。 バイトを始めたと言っていましたよ」

685 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:17:06.35 KSr2VJAB0 506/690

摩耶花「そ、そんな訳無い!」

里志「そうだよ千反田さん! 何かの聞き間違いだよ!!」

二人とも物凄い剣幕で私に迫ってきます。 少し、怖いです……

える「あ、あの! 本当ですよ!」

摩耶花「お、折木がバイトをするなんて……」

える「お二人とも、折木さんに失礼ですよ……」

里志「……あはは、あまりにもびっくりしちゃって」

私は小さく咳払いをして、口を開きます。

える「それで少しの間部活に来る時間が少なくなると、言っていました」

摩耶花「なるほどねぇ……何か、ありそうね」

何か、とは何でしょうか……

里志「うん、僕もそう思うな」

どうやら摩耶花さんも福部さんも、何か訳があってバイトを始めたと思っているみたいです。

686 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:17:34.00 KSr2VJAB0 507/690

える「……実は、私もそう思っています」

斯く言う私も、ですが。

里志「じゃあ皆、一緒の意見って言う訳だね」

摩耶花「気になるわね……少し」

里志「探りでも入れてみようか」

里志「今日の夜、ホータローに電話をしてみるよ」

摩耶花「それで、折木が理由を言うと思うの?」

里志「いいや? でもバイトの予定くらいは聞くことができると思うよ」

える「……ごめんなさい、話が見えないのですが……」

里志「つまり……ホータローを尾行するんだよ!」

そ、それは……褒められた事では無いですよ、福部さん。

摩耶花「ちょっと面白そうね、やってみたい」

える「わ、私は……」

687 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:18:08.07 KSr2VJAB0 508/690

どうしましょう……私がダメと言えば、恐らくお二人もやめると思います。

ですが……気になるのも事実です。

……こうして悩んでいる時点で、答えは出ていたのかもしれません。

える「……気になります」

里志「決まりだね! じゃあ予定が分かったら連絡するよ」

摩耶花「うん、よろしくね」

える「は、はい」

そうして決まったのはいいですが……本当に、これで良かったのでしょうか?

688 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:18:49.42 KSr2VJAB0 509/690

~千反田家~

える「もしもし、千反田です」

里志「あ、千反田さん? 予定が分かったよ」

える「福部さんですか、例の事ですね」

里志「そうそう、次の土曜日に入ってるらしい」

える「土曜日ですか……分かりました」

里志「13時からって言ってたから、昼前には一回集まろうか」

える「はい、場所は学校の前がいいですか?」

里志「うん、そうだね」

里志「じゃあ11時くらいに一度学校で集まろう。 摩耶花にも連絡しておくね」

える「分かりました、宜しくお願いします」

689 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:19:20.34 KSr2VJAB0 510/690

こうして、日程と時間も決まりました。

土曜日に、全部分かるのでしょうか……

入須さんはあの日、何をしていたのかという事も。

折木さんがバイトを何故、始めたのかという事も分かるのでしょうか。

なんだか慣れない事をしたせいで、少し今日は眠いです。

土曜日までまだ三日あります。 今日はゆっくりと休みましょう。

ベッドに横になり、目を閉じながらふと思います。

……もしかしたら、この選択は間違いだったのかもしれない、と。

690 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:20:28.74 KSr2VJAB0 511/690

~土曜~

あっという間に三日が過ぎ、今日は折木さんを尾行する日となっています。

……緊張します。

ですが、今日全部分かると思うと……少しだけ、楽しみなのかもしれません。

結局あれから、折木さんは部活には来ませんでした。

もう文集は完成していると言っても、やはり文化祭前は部活に顔を出して欲しかったです。

文化祭まで後一週間と少し……それまでにすっきりした気持ちになりたいという思いが、私の中にはありました。

この良く分からない気持ちを、何とかしたいと。

ふと時計を見ると、約束の時間が迫ってきています。

そろそろ、行きましょう。

691 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:21:20.84 KSr2VJAB0 512/690

~学校前~

里志「皆、おはよう」

摩耶花「おはよ、ふくちゃん」

える「おはようございます」

私と摩耶花さんが校門の前でお話をしていたら、最後に福部さんがやってきました。

皆さんには言っていませんが……実は、昨日の夜に折木さんと電話をしていました。

私は土曜日にバイトが入っているのを知っていて、明日遊べませんかと聞きました。

ですがやはり、13時からバイトが入っていると言われ、安心できたのを覚えています。

福部さんには冗談で嘘を付く可能性があったと思ったから聞いたのですが、どうやら私の思い違いの様でした。

……悪いことをしたとは、思っています。

692 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:22:04.51 KSr2VJAB0 513/690

里志「千反田さん? いくよ?」

える「あ、ごめんなさい。 行きましょうか」

歩きながら、今日の計画について話し合いをします。

摩耶花「まずは折木の家の前で出てくるのを待つのよね」

里志「その後はホータローがどこに行くのかを尾行しながら確認する」

える「あの、これってストーカーと言う物では……」

摩耶花「……違うと思いたい」

里志「まあ、大丈夫だよ」

福部さんが何に対して大丈夫と言ったのか分かりませんが……大丈夫なのでしょう。

里志「とりあえずはばれない様にしないとね、ばれたら全部終わりさ」

摩耶花「そうね。 でも折木が気付くとも思えないけどね」

里志「はは、確かに言えてるかもしれない。 多分横に並んでも気付かないんじゃないかな」

摩耶花「そう、かも。 もしかしたら目の前に出ても気付かないかもね」

里志「叩いてようやく気付く、みたいなね」

693 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:22:53.76 KSr2VJAB0 514/690

える「……お二人とも、言いすぎです」

里志「ご、ごめんごめん」

摩耶花「ち、ちーちゃん怒ってる?」

あれ、私は……怒っているのでしょうか。

折木さんを悪く言われて? 分かりません。

える「かもしれないです」

摩耶花「そ、そんなつもりじゃなかったの。 ごめんねちーちゃん」

える「ふふ、大丈夫ですよ」

里志「あ、あそこだね。 ホータローの家は」

気付けば折木さんの家の前でした。

える「今は何時でしょう?」

里志「ええっと……12時だね」

摩耶花「え、それって……まずくない?」

える「え? 何故ですか?」

摩耶花「だって、バイトに行くまでの時間もあるでしょ」

摩耶花「そろそろ出てくるんじゃないかなって」

あ! ドアが開きました!

694 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:23:50.14 KSr2VJAB0 515/690

里志「か、隠れて!」

福部さんのその声に体を動かされ、物陰へと身を潜めます。

摩耶花「……本当に行くみたいね、折木」

里志「……みたいだね」

折木さんは幸い、歩いて向かう様でした。 自転車を使われてしまったら……その時点で尾行は終わりです。

える「……駅の方に向かっていますね、バイトがそっちなんでしょうか?」

里志「……だと思うよ。 あっちにはお店がいっぱいあるし」

摩耶花「……そろそろ動こう、見失う前に」

える「……ええ、そうですね」

私達は顔を見合わせると、ゆっくりと歩く折木さんと結構な距離を置き、付いて行きます。

そして10分程歩いたところで、折木さんは一度立ち止まりました。

喫茶店の前で腕を組み、空を見上げています。

喫茶店の名前は、一二三。

695 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:24:20.83 KSr2VJAB0 516/690

里志「……何をしているんだろう」

摩耶花「……誰か、人を待っているとか?」

える「……同じバイトのお友達、とかでしょうか?」

里志「……うーん、どうだろう」

それから更に10分程時間を置いて、人が一人やってきました。

里志「……あれは、はは」

摩耶花「……うっそ、なんで?」

える「……入須さん……」

折木さんが待っていた人は、入須さんでした。

何か、私の心の中でぐるぐると回る嫌な感じを必死に抑え、口を開きます。

える「……あの、どういう事なんでしょうか」

696 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:24:49.34 KSr2VJAB0 517/690

里志「……さあ、ちょっと分からない」

摩耶花「……あいつ、私達に嘘付いてたの?」

える「……ま、まだそうと決まった訳じゃないです」

える「……移動しますよ、付いて行きましょう」

摩耶花「……うん、そだね」

それからしばらくの間付いて行き、様子を見ていました。

最初に服屋へ入り、次にアクセサリーショップに入り、それはまるで。

デートの様に私には見えました。

里志「……もう、いいんじゃないかな」

里志「……ホータローは僕達に嘘を付いていた、入須先輩と遊ぶために」

里志「……それが事実だと思うよ」

697 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:25:14.28 KSr2VJAB0 518/690

摩耶花「……でも、なんで」

摩耶花「……だって、あいつは」

里志「……摩耶花、その先は」

摩耶花「……ご、ごめん」

える「……まだ、です」

私も、分かっていました。

入須さんと遊ぶために、折木さんが私達に嘘を付いていた事を。

でも、それでも。

える「……まだ、13時まで10分あります」

摩耶花「……ちーちゃん……」

里志「……分かったよ、続けよう」

それからまた少し、後を付けます。

1分、また1分と時間が経って行き……やがて。

698 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:25:53.09 KSr2VJAB0 519/690

里志「……13時になったね」

える「……」

摩耶花「……もう、やめよう」

里志「……もういいかな、千反田さん」

える「……はい」

本当は、分かっていたんです。

入須さんと会ったときから、分かっていたんです。

尾行を終え、歩いていく二人を私は見ていました。

折木さんと入須さんはやがて、遠くの人ごみへと消えていきます。

える「すいません、私……分かっていたんです」

699 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:26:37.09 KSr2VJAB0 520/690

里志「……分かっていた? どういう事かな」

える「昨日、折木さんの所へ電話したんです」

える「明日、遊べないかと」

摩耶花「それって、ちーちゃん……」

える「でも、バイトがあると言われて……」

里志「……そうかい」

える「入須さんと会った時から、分かっていたんです」

える「折木さんが私に、嘘を付いたんだって」

摩耶花「あいつ! なんでそんな事……」

える「……ごめんなさい、私、帰りますね」

そう言い残し、私は小走りで家へと帰ります。

700 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/23 22:27:04.74 KSr2VJAB0 521/690

摩耶花「待って! ちーちゃん!」

後ろから摩耶花さんの声が聞こえましたが、振り返る事は出来ませんでした。

里志「摩耶花、放って置いてあげよう」

摩耶花「で、でも!」

里志「……いいから」

お二人の会話が後ろから聞こえて、少し福部さんに感謝します。

……泣いている顔は、あまり人に見られたくありません。


第22話
おわり

711 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:06:51.72 On4qT+Dm0 522/690

第23話

今日はもう、何もする気が起きません。

どうして、何故、と言った感情が私の心を埋め尽くしていました。

でも、私は聞いて居たから。

折木さんが前に、私の事が好きだと言っていたのを、聞いてしまったから。

あれは……私の勘違いだったのでしょうか。

それとも、折木さんは自分では気付いていませんが……意外と鋭い人です。

あの時、私が居るのを知っていてそう言ったのでしょうか。

そして、あの言葉も嘘だったのでしょうか。

私は見事に、今までずっと……騙されていたのでしょうか。

そんな事を思ってしまう自分は、最低なのかもしれません。

712 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:07:18.11 On4qT+Dm0 523/690

でも、私は……

私は、もっと折木さんと一緒に居たかった。

残りの時間を少しでも、一緒に過ごしたかった。

それすらも、叶わぬ望みと言うのでしょうか。

今頃、お二人は何をしているのでしょう。

一緒に笑っているのでしょうか。

それとも、どこかのお店でお茶をしているのでしょうか。

気になります、気になりますが。

……私にはもう、解決してくれる人はいないのかもしれないです。

布団の中でうずくまっていると、全てを忘れられそうで……ちょっぴり、本当にちょっぴりですけど、心が安らぎました。

713 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:07:51.23 On4qT+Dm0 524/690

える「……うっ……ううっ」

いつまでも泣いていてはいけません。

文化祭も……あるんです。

私は部長なんです、少しでもしっかりとしないと。

この気持ちを引き摺っていては……ダメです。

でも今日は、今日だけは……

少しだけ、泣かさせてください。

える「うっ……おれ……き、さぁん!……」

今まで、感じていた事が無いと言えば嘘になります。

私は、好きでした。 折木さんの事が。

でも……入須さんと仲良くしている折木さんを見て、ここまで胸が苦しくなるとは思いもしませんでした。

私の中で、折木さんという方がどれほどの存在だったのか、今になって良く分かります。

714 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:08:17.75 On4qT+Dm0 525/690

一緒に遊園地に行きました。

摩耶花さんを傷つけた私を、助けてくれました。

時間が遅くなると、家まで私を送ってくれました。

風邪が治った次の日に、我侭を言う私に付き合って水族館へ連れて行ってくれました。

お弁当を一緒に食べたりも、しました。

動物園にも行きました。

私が部室を荒らした時も、私を信じて私の計画を台無しにしてくれました。

映画を見に行きました。

沖縄にも、旅行に行きました。

そして私の持ってくる気になる事を、見事に全て解決してくれました。

他にも、いっぱい……思い出があります。

715 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:09:54.19 On4qT+Dm0 526/690

あれも、それも、全て。

……全て、私が勝手に思っていた事なのでしょうか。

入須さんは、いい人です。

私にも、返せない程の恩があります。

でも……入須さんさえ、居なければ。

ふとそんな考えが浮かんできて、すぐに頭から振り払います。

……私って、最低です。

折木さんが入須さんと仲良くするのも、少し納得しました。

多分、嫌気が差したのかもしれません。

……なんだか泣き疲れてしまいました。

……少し、少しだけ……寝ましょう。

起きたらきっと……いつも通りに戻っている事を願って。

716 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:10:20.21 On4qT+Dm0 527/690

~文化祭三日前~

気付けばもう、金曜日……新たな一週間が終わりそうになっていました。

あの日から毎日、夢であればと思いましたが……そんな事はありませんでした。

折木さんとは一度も会っていません。

会えばまた……少しだけ落ち着いた気持ちが崩れてしまいそうで、会えませんでした。

それはつまり……

校門から出ようとした所で、私に声が掛かります。

里志「今日も部活に来ないのかい、千反田さん」

私が、あれから一度も部室に足を運んでいない事となります。

自分では、決めたつもりでした。

私がしっかりしないと、と。

ですが、私の決心という物は随分と脆い様で、部室に足が向かうことはありませんでした。

717 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:11:06.11 On4qT+Dm0 528/690

える「すいません、家の用事で」

分かりやす過ぎる嘘だと、自分でも思います。

里志「……そうかい、なら仕方がないかな」

里志「でもね、千反田さん」

里志「待ってるよ、皆」

里志「勿論、ホータローもね」

える「……やめてください」

里志「今日が文化祭前、最後の部活だよ」

里志「それは千反田さんも分かっているだろう?」

里志「来るつもりはないのかい?」

里志「後、文化祭にも来ないつもりかな……千反田さんは」

718 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:12:44.45 On4qT+Dm0 529/690

える「やめてくださいと言っています!」

里志「……分かったよ、それなら僕からはもう何も言わない」

里志「けどね……まあ、これは言わなくていいかな」

つい、声を荒げてしまいました。

福部さんには謝らなければなりません、ですが……私がそう思った頃には既に、福部さんの姿はありませんでした。

私はやはり、ダメな人なのでしょう。

心配してきてくれた人を退け、私の感情だけで怒鳴ってしまいました。

今日もやはり、部室へと足は向いてくれそうにありません。

719 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:13:19.94 On4qT+Dm0 530/690

~文化祭二日前~

今日は何も予定がありません、家から出る必要も……ないです。

パソコンを立ち上げ、神山高校のホームページを開きました。

そこには文化祭を目前にして、色々な工夫がこなされているのが良く分かるページとなっていました。

その華やかなホームページと違い、私の心は酷く沈んでいます。

以前、折木さんに文化祭の前には顔を出して欲しいなんて思いましたが、そんな言葉は見事に自分へと戻ってきています。

私は、どうすればいいのでしょうか。

そんな事を思っていた時、家の電話が鳴り響きました。

今日は家に私一人しかおらず、他に取る人は居ません。

私は電話機の前に立ち、電話を取ります。

720 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:14:01.38 On4qT+Dm0 531/690

える「はい、千反田です」

摩耶花「あ、ちーちゃん?」

える「摩耶花さん、ですか?」

摩耶花「うん、そうそう」

このタイミングで掛けて来ると言う事は、恐らく部活の事でしょう。

摩耶花「昨日のさ、テレビ見た?」

える「え? 昨日の、テレビですか?」

摩耶花「うん、20時くらいにやってた奴かな?」

える「……いえ、見ていませんが」

摩耶花「ええ! そりゃあちょっと勿体無い事をしたね」

摩耶花「ちーちゃんが好きそうな内容だったんだけどなぁ」

える「……少し、気になります」

摩耶花「そう来ると思った! あはは」

える「ふふ、教えてくれます?」

摩耶花「勿論!」

721 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:14:27.99 On4qT+Dm0 532/690

それから30分程、他愛の無い会話を摩耶花さんとしていました。

私が思っていた事を摩耶花さんが切り出す事はとうとう無く、私は受話器を静かに置きました。

摩耶花さんは恐らく、私を気遣ってくれたのでしょう。

敢えて、私が部活に行っていない事を話さなかったのでしょう。

……私は本当に、いい友達を持ちました。

私には少し、勿体無いかもしれません。

722 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:16:01.77 On4qT+Dm0 533/690

~文化祭一日前~

福部さんや、摩耶花さんに言われた事によって、気分はかなり落ち着いていました。

……やはり、文化祭には行きましょう。

大丈夫、私は大丈夫です。

最近はほとんど家に篭っていたので、外の空気もたまには吸いたい気分です。

ちょっとだけ、お散歩でもしましょうか。

そう思い、身支度を済ませると家から外に出ます。

場所は……どこにしましょうか。

前の駅前には……ちょっと、行ける気分では無いです。

少し町外れでも、お散歩しましょう。

そう決めた私は、駅とは反対側に足を向けます。

所々で見える紅葉がとても綺麗で、思わず目を奪われてしまいました。

空気は新鮮で、気持ちがいいです。

そうやって30分程歩き回った所で、少し足が痛んでいる事に気付きました。

最近ほとんど家に篭っていた事が、悪い様に回って来たのかもしれません。

723 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:17:08.57 On4qT+Dm0 534/690

……少し、休憩しましょう。

私は辺りを見回し、偶然にも近くにあった喫茶店へと向かいます。

看板には歩恋兎と書いてあり、私は春に入部してくれそうになった一人の子を思い出しました。

える「ここは……懐かしいですね」

意外と、家から近いところにあった様で……今度からちょっと通ってみようと思いました。

そして店の正面に着いたとき、窓際に座る二人の男女が見えました。

……私は本当に、つくづく運が悪いのかもしれません。

神様という者が居たら、私はさぞかし恨まれているのでしょう。

ああ、もう……嫌になってしまいます。

何もかも。

この一週間、必死で頭から消し去ろうとしました。

摩耶花さんと福部さんが、声を掛けてくれました。

そんな全ての事を無駄にする物が、私の目に入ってしまいました。

私が見たのは、

楽しそうに笑う入須さんと。

いつも通りの顔をしている、折木さんの姿でした。

724 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:17:47.78 On4qT+Dm0 535/690

える「……もう」

える「……いや、です」

必死にそこから逃げました。

何回か転び、足はどんどん痛みます。

気付けば、雨が降ってきていました。

摩耶花さんも福部さんも、ごめんなさい。

える「……こんなの、もういやです」

私は再び転び、そこから立ち上がる気力も、無くなってしまいました。

える「……こんな世界、もういやです」

今までの全ての記憶を、消して欲しいと願いました。

高校で過ごした記憶を全て。

725 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:18:16.08 On4qT+Dm0 536/690

しかし神様に恨まれているだろう私には、そんな願いが叶うはずもありませんでした。

降り注ぐ雨が私を打ちつけ、雨音は私をあざ笑っている様に聞こえます。

える「……皆さん、ごめんなさい」

える「……私はそこまで、強くないんです」

本当に、何故こんな事になったのでしょうか。

私がもっとしっかりしていれば、折木さんは私のそばに居てくれたのでしょうか。

分かりません。

ああ……私はどうやら、随分と折木さんに依存していたのでしょう。

あの日、一番最初の日。

折木さんと会わなければ、こんな事にはならなかったんです。

726 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:18:41.98 On4qT+Dm0 537/690

でも、でも。

時期が少し、早まっただけだと思えば……

……ダメです。 それでも、無理な様です。

胸が張り裂けそうになるというのは、こういう事でしょうか。

……入須さんさえ、現れなければ。

これが、嫉妬という物でしょうか。

今日は少し……良い勉強になった日だったのかもしれません。

授業料は、ちょっと高すぎる気がしますが。

える「ごめんなさい、皆さん」

える「私は、行けそうに無いです」

そんな思いを、聞いてはいないだろう空に向けて放ちました。

……帰りましょう。

727 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:19:09.61 On4qT+Dm0 538/690

服はびしょびしょになり、足には擦り傷が沢山付いてしまいました。

走ったせいで、足はズキズキと痛みます。

ですが、家まで着けば……しばらくは、お休みです。

そう思うと、足取りは軽くなると思ったんです。

しかし、逆に何故か……私の足は鉛の様に重くなっていきます。

家に着く頃には流す涙も流しつくし、気分は不思議と落ち着いていました。

……格好は酷いですが。

そのままお風呂を浴び、縁側に座ります。

雨は止んだようで、雲から差し込む日差しがとても綺麗でした。

える「……私は本当に、弱いですね」

728 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:19:36.34 On4qT+Dm0 539/690

もっと、強くならなければ。

じゃないと……この先、どうすればいいのか分からなくなってしまいます。

える「もう、泣くのはやめましょう」

える「笑って、過ごすんです」

える「……ですがもうちょっとだけ、休ませてください」

私は最後に涙を一筋流し、泣くのを止めました。

いつまでも……泣いていられません。

文化祭には行けそうにないですが……それが終われば、後は心配事は無い筈です。

……折木さんには、あのお話をできそうには無いですね。

折木さんも望んではいないのかもしれないです。

……いけません、また泣きそうになってしまいました。

最近の私は、随分と涙脆くなった様で困ったものです。

……次に皆さんと会うときは、笑顔で会いましょう。

きっと、できる筈です。

そして、一つ……決めました。

729 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/24 23:20:02.75 On4qT+Dm0 540/690

これだけは、絶対にやらないと気が済まない事を。

あの人と……入須さんと一度、正面からお話をする事にしました。

そうすれば多分、私も踏ん切りが付けられるかもしれないです。

私も仏ではありません、なので思いっきりこの気持ちをぶつけないと、どうにもなりません。

私の勝手な我侭だという事は分かっています。

ですがそれでも、入須さんには悪いですが……付き合ってもらう事にします。

入須さん、ごめんなさい。

私はこれでも、言う時は言うんです。

ですのでどうか、宜しくお願いします。

文化祭が終わった後、お話をしましょう。

……どうぞお手柔らかに、お願いします。


第23話
おわり

742 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 22:59:10.60 0ZWRgRbP0 541/690

第24話

結局私は、文化祭を昨日と今日……二日休みました。

もう空は暗くなっていて、縁側に座る私には夜風が少し冷たく感じられます。

庭からは鈴虫の声が聞こえて、月がとても綺麗な夜でした。

福部さんと摩耶花さん……それに折木さんからも、連絡はありませんでした。

それも、そうかもしれません。

私は差し伸べられていた手を振り払い、自分の気持ちを優先したのですから。

える「……今年の文集は、どうなっているのでしょうか」

それを古典部の方達に聞く権利は、私には無いでしょう。

そして、私はもう……古典部に顔を出すつもりも、ありませんでした。

行けばきっと、あの人に会ってしまうから。

会えばきっと、私は泣いてしまうから。

泣けばきっと、またあの人は優しい言葉を掛けてくれるから。

しかし、それは……私が学校にも行けなくなってしまいそうで。

……怖かったです。

743 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 22:59:59.88 0ZWRgRbP0 542/690

これからは多分、つまらない人生になるでしょう。

……ふふ、前の雛祭りの時に自分でここはつまらなくは無いと言って置きながら、こう思ってしまうので可笑しな物です。

これが、私の本心でしょうか。

駄目です……前向きに考えましょう。

この約二年間、本当に楽しかったです。

……出来れば忘れてしまいたいけど、楽しかった物は楽しかったんです。

氷菓の時もそうです。

あれは折木さんが居なければ、解決は出来なかったでしょう。

たったあれだけの事から、見事な推理を組み立ててくれたのは本当に心の底からすごいと思います。

2年F組の映画の時も、折木さんが作ったお話は……本郷さんの意思ではありませんでした。

ですが、最後には本郷さんの意思に気付き、私にチャットで教えてくれました。

……あの時確か、私は本当の事を知っていたのでは無いかと言われました。

勿論、私は知りませんでしたが……人が死ぬお話は好きでは無いと言ったときに、お前らしいと言ってくれました。

去年の文化祭の時は、私は結局……十文字事件の真相を知る事は出来ませんでした。

ですが、折木さんの意外な一面を見れた気もします。

お料理対決の時に、私のミスを助け、摩耶花さんを助ける為に大声を出していたのは今でも心に残っています。

そして、生き雛祭り。

私はてっきり、断られるかと思っていました。

しかし、折木さんはすぐに、手伝うと言ってくれて……とても嬉しかったのは記憶に新しいです。

744 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:00:25.25 0ZWRgRbP0 543/690

……あれ、折木さんの事ばかりではないですか。

私の学校生活は、大分折木さんとの思い出しか無いみたいです。

……私が、忘れたいと思うのも無理はないかもしれませんね。

その時でした。

家のチャイムが鳴り、私は縁側からお客が誰か確かめます。

時刻は22時近く、普通のお客とは思えません。

こんな時間に来るなんて、誰でしょうか。

サンダルを履き、縁側から少し離れ、玄関の方を覗き込みます。

……そこに居たのは、私が一番、会いたく無かった人でした。

745 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:00:52.96 0ZWRgRbP0 544/690

える「……折木、さん」

折木さんはこちらに気付いていない様で、私も敢えて気付かれる様な事はしません。

今は、話したくないからです。

……家に、戻りましょう。

折木さんが来たのには少し驚きましたが……こうして遠くから見ているだけでも、胸がチクチクと何かに突かれるような感じがします。

縁側に戻り、家の中に入ります。

折角来ていただいたのに、申し訳ありませんが……

縁側から部屋へと入り、障子に手を掛けます。

……? 何か、遠くから聞こえてきました。

外、でしょうか。

私は、半分ほど閉めた障子を再び開きます。

奉太郎「千……田……おい!」

746 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:01:22.57 0ZWRgRbP0 545/690

音の原因は、折木さん……?

それからは体が勝手に、縁側から外へと動いていました。

奉太郎「千反田! 居るんだろ!」

……こんな、夜遅くに、非常識です!

迷惑です、近所迷惑です!

もう少し、マナーという物を弁えた方が良いと私は思います!

でも、でもでもでも。

える「……夜遅くに、人の家の前で叫ばないでください」

私の気持ちが、こんなに高ぶっているのは何故でしょうか。

奉太郎「……インターホンという物がお前の家では機能していなかったみたいだからな」

そんな事、ある訳無いじゃないですか、折木さん。

える「……何か、私に用でしょうか」

747 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:01:55.65 0ZWRgRbP0 546/690

私が自分の気持ちを抑え、そう聞くと……折木さんは小さく答えました。

奉太郎「明日、最終日だぞ」

奉太郎「お前が何故来なくなったのかは……俺には分からないが」

胸からズキリと、音が聞こえた気がします。

奉太郎「俺はお前程……繊細じゃないしな」

奉太郎「でも、やっぱりお前が居ないと……その」

奉太郎「退屈なんだよ、面倒な事が無くて」

える「……そうですか」

える「でも、それで折木さんは良かったのでは無いですか」

える「私が居なければ、折木さんは自分のモットーを貫けるのでは無いですか」

える「ふふ、違いますか?」

そうです、そうでなければ……何故あなたは入須さんと、あそこまで仲良くしているのですか。

748 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:02:35.97 0ZWRgRbP0 547/690

奉太郎「……本当に、俺が良かったと思っていると……お前は感じているのか」

える「……はい」

奉太郎「……そんな事、ある訳ないだろ」

える「……そうでしょうか?」

奉太郎「俺が、信じられないのか」

える「……」

折木さんのその言葉に、私は返事が出来ませんでした。

奉太郎「……分かった、俺はもう帰る」

奉太郎「だが」

奉太郎「明日は、来いよ」

奉太郎「来なかったら俺は、お前を許せなくなる」

奉太郎「今年は予定に変更があって午前で文化祭は終わり、午後からは通常授業だ」

奉太郎「だから、朝から必ず来い」

749 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:03:02.17 0ZWRgRbP0 548/690

える「……はい、とは言えません」

奉太郎「いいさ、それはお前が決める事だ」

奉太郎「だが、さっきも言ったが」

奉太郎「俺はお前を許さない、古典部の部長を」

奉太郎「……そんな事には、なりたくないんだ」

……折木さんのせいで、行けないのに。

でも、折木さんに許されなくなってしまうのは、少し……

奉太郎「時間取らせて悪かったな、じゃあまた明日」

える「……わざわざすいませんでした、また明日」

折木さんはそう言うと、ご自宅へと帰っていきました。

750 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:03:46.23 0ZWRgRbP0 549/690

一番会いたくなかったのに、話してみると意外と普通だった自分が居たかもしれません。

でも、折木さんと少しお話をしたら……今まで必死に落ち着かせようとしていた気持ちが、不思議と落ち着いていました。

……私には、やっぱり。

ですが、また前みたいな光景を見てしまったら?

また、私は苦しくなってしまうのかもしれません。

一度落ち着いた気持ちを、また崩されると言うのは……とても、辛いです。

それはもう、あの喫茶店で経験していた事でした。

でも!

751 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:04:13.83 0ZWRgRbP0 550/690

……少しだけ、希望を持っても、いいのでしょうか。

また私の気持ちを崩されても、一度経験した事です……人間いつかは慣れるのではないでしょうか?

それが無理でも、あと……

あと、1回だけ。

これが最後です、これが駄目だったら……私は、もう。

……明日は、学校に行きましょう。

だって、つい私は言ってしまったのですから。

折木さんに、また明日と。

752 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:04:41.12 0ZWRgRbP0 551/690


私は、翌日文化祭へと行きました。

久しぶりの部室はどこか懐かしい感じがして……つい、顔が綻んでしまいました。

迎えてくれたのは、福部さんに摩耶花さん……そして、折木さん。

三人とも、いつも通りに接してくれて、まるでこの一週間の事は無かったかの様でした。

文集の売れ行きも、去年の成果があったからでしょう。 今年も好調でした。

福部さんは委員会のお仕事で忙しそうに走り回り、摩耶花さんは折木さんと店番をしていました。

午前だけとの事は本当だった様で、ほんの二時間ほどの私の文化祭はすぐに終わってしまいます。

そして……

753 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:05:11.88 0ZWRgRbP0 552/690

~3年教室~

私は扉の前に立ち、深呼吸をします。

大丈夫、大丈夫です。

ゆっくりと扉を開きました。

丁度教室から出ようとしていたのか、目的の人物は目の前に居ました。

える「……こんにちは、入須さん」

入須「千反田か、どうした急に」

える「お話があります。 お時間は大丈夫でしょうか」

入須「構わんが、ここでは出来ないのか?」

える「……ええ、付いて来てください」

私はそう告げ、古典部の部室へと向かいました。

文化祭が終わり、午後の授業に移り変わる前の休憩時間……あそこなら、既に誰も居ません。

754 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:05:43.89 0ZWRgRbP0 553/690

~古典部前~

私は古典部の教室前の廊下で立ち止まり、後ろから付いて来ていた入須さんの方へと振り返りました。

入須「ここまで来なければいけなかったのか、話とは何だ?」

入須さんは私が振り向くと、目的の場所に着いたと理解したのか、話の内容を聞いてきます。

える「……折木さんの事です」

私の話の主旨を聞き、入須さんは口に指を当てると……口を開きました。

入須「彼の事か、悪いな……特にこれと言って話せる事は無い」

える「……そんな訳、無いじゃないですか」

入須「……ふむ、と言うと?」

える「私は、見ていたんです」

える「入須さんと、折木さんが一緒に遊んでいるのを」

入須「……それで?」

える「……何故、何故ですか」

える「何故、折木さんなんですか」

755 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:06:33.30 0ZWRgRbP0 554/690

入須「何故……と言われてもな」

入須「……それは返答に困る」

そんな訳、無いじゃないですか。 だって……あんな楽しそうに、笑っていたじゃないですか。

える「そう、ですか」

える「では、質問を変えます」

える「……急に折木さんと仲良くした理由はなんですか」

入須「君は、面白いことを言うね」

入須「私が一人の人と仲良くするのに、理由がいるのか?」

える「あまり、仲が良い様には今まで見えなかったからです」

入須「……なるほどな」

入須「確かに、その通りだ」

える「なら、理由はなんですか」

756 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:08:30.23 0ZWRgRbP0 555/690

入須「……ふむ」

入須「それに答える義務が、私にあると思うか?」

ある程度、予想は元からできていました。

私なんかではとても、入須さんと口論になったとして勝てる見込みなんて無い事を。

ですが、これだけは……この事だけは。

える「……私は」

える「……私は!」

える「折木さんの事が、好きなんです!」

私がそう言ったとき、入須さんは何故か笑った様に見えました。

私にはそれが嘲笑っているかの様に見えて……

える「もう、折木さんと一緒に居るのを……やめてください」

辛くて、ここに居るのが、辛くて。

える「……お願いです」

自分でも、とても変なお願いをしているのは分かっていました。

入須さんが、折木さんの事をもし好きだったら、私は入須さんの気持ちを踏み躙っている事となります。

それでも、私は。

757 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:08:57.97 0ZWRgRbP0 556/690

入須「……今までの話を聞いて、一つ質問をしよう」

入須「君は、折木君と恋仲なのか?」

その質問に、私は……答えられません。

える「……」

入須「違うようだな」

入須「だから私はこう返す」

入須「君に、それを言う権利があるのかな?」

入須さんは私にそう告げると、私の返事を待っている様でした。

私にその質問はあまりにも重く、この場に……足で立っているのも、無理なくらいに。

最後の悪あがきに、入須さんの事を睨み、私は走って自分の教室へと向かいました。

758 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:10:07.44 0ZWRgRbP0 557/690

~階段~

あまり、人が居るところには行きたくない気分でした。

人気が無い階段で、壁に寄りかかります。

える「……私では、無理でした」

入須さんは、私から話があると聞いた時点で……どんな内容か分かっていたのかもしれません。

とうとう入須さんは最後まで涼しげな表情を崩さず、私の前に立っていました。

対する私は……今にも泣き出しそうな顔をしていたのかもしれません。

なんて、惨めなんでしょうか。

それでも入須さんには言いたい事を伝えました。

そして、入須さんの言葉は……折木さんとの関係を認める物でした。

もしかしたら、折木さんは入須さんと付き合っているのかもしれません。

それを私に伝えなかったのは、入須さんの最後の情けでしょうか。

ああ……やっぱり、私は惨めです。

だって、もう泣かないと決めたのに。

何回も、何回も何回も!

759 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:10:39.81 0ZWRgRbP0 558/690

気付けば、目からは涙が溢れ、顔を濡らします。

泣くつもりなんて、無かったんですよ。

本当です。

……少しの希望なんて持って、学校に来るべきでは無かったです。

そんな事を思い、涙を拭いながら階段の途中にあった窓から外を眺めました。

丁度、窓の外には一輪の花が咲いており、確か名前は……ガーベラ。

その花言葉は、辛抱強さ。

……なんて、皮肉なんでしょう。

私がどれだけ、辛抱して居たと思っているのでしょうか。 この花は。

あの花は私を貶める為に、咲いていたのかもしれませんね。

ついに私は、花にすら……嫉妬していたのでしょうか。

もう、どうでもいいです。

760 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/25 23:11:06.38 0ZWRgRbP0 559/690


そんな自分が……なんだかちょっと、おかしくて。

える「ふふ」

える「……ふふ」

える「……う、うう…」

える「……うっ…ううう……!」

可笑しくて、涙が、出てきてしまいました。

一回止まったのに、可笑しなものです。

……色々と、吹っ切れました。

とりあえずは午後の授業に出ましょう。

後の事は、それから考えれば良い事です。

……そうです、そうしましょう。

それが、今私の選べる最善の選択だと……思います。

第24話
おわり

773 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:41:06.87 9Mfs4qeW0 560/690

第25話

~古典部~

俺は、古典部の部室で一つの事を考えていた。

ここへ来た理由はなんとも情けなく、三年の先輩による使いっぱしりである。

なんでも……シャーペンを忘れたらしい。

断ろうかと思ったが、古典部の部員である俺はその先輩よりは確かに部室には入りやすい。

その先輩とは面識が無かったとは言え……仮にも先輩だ。 断るのも若干気が引けてしまったのだ。

そうして部室に来たのはいいが、半ば強制的に俺は思考する事となってしまった。

……まあ、いいが。

そして、その俺が考えている事に結論を出すには……少し、俺の記憶を巻き戻さなければならない。

あれは……確か、千反田と部室で話した後の事だった。

話の内容は、なんだっけか。 伊原と里志が揉めていたとか、そんな感じだった気がする。

だが今大事なのはそれではない、その後、俺が家に帰った後に起こった事だ。

774 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:41:32.96 9Mfs4qeW0 561/690

~折木家~

奉太郎「……そりゃ、そういう顔にもなりますよ」

奉太郎「先輩が何故ここに来たのか、俺には検討も付きませんからね」

入須「ふふ、それも無理はないだろう」

入須「今日はね、一つ君に協力をしてあげようと思って来たんだよ」

怪しいな、これは……露骨に怪しい。

奉太郎「協力? また俺に探偵役でもやらせるつもりですか?」

入須「……君は随分と根に持つタイプの様だな」

そりゃ、どうも。

入須「少し、噂話を聞いてな」

入須「君の相談に乗ろうと、わざわざ足を運んだんだよ」

奉太郎「相談、ですか」

入須「ああ」

苦手な先輩が来て、非常に迷惑しています。 とでも相談してみようか。

……いや、やめておこう。

775 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:42:01.94 9Mfs4qeW0 562/690

奉太郎「俺は特に、相談する様な悩みもありませんよ」

入須「そうか、なら私の勘違いだったかな」

入須「……千反田」

入須「千反田えるの事なのだが」

……こいつは、どこまで知っているんだ?

一つ、鎌でもかけてみるか。

奉太郎「ああ、あいつの事ですか」

奉太郎「確かに、それなら相談する事がありますね」

入須「……ほう、言ってみてくれ」

奉太郎「……あいつの好奇心を、どうにかする方法を教えてください」

入須「……く、あっはっは」

こうまで笑われると、俺の発言が馬鹿みたいで少し居づらいではないか。

776 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:42:28.01 9Mfs4qeW0 563/690

入須「す、すまんすまん」

入須「そんな事では無いだろう、君の相談は」

奉太郎「……言って貰ってもいいですか、俺はこれでも自分の事には疎いもので」

入須「……まあ、いいか」

入須「君は、千反田の事が好きなんだろう?」

……誰から、聞いたんだ。 一体こいつはどこまで知っているんだ。

入須「誰から聞いた、と言いたそうな顔だな」

入須「だが私は口を割る気は無い」

入須「まあ、少しだけヒントをやるか……君の家に押し掛けた様な物だしな」

入須「私にそれを教えてくれたのは、総務委員会の奴だ」

入須「ま、最初そいつに問いただしたのは私だがね。 傍目から見て、もしかしたらと思ったら案の定って訳だ」

777 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:42:54.42 9Mfs4qeW0 564/690

入須「ああそれと、これはヒントにならないかもしれないが」

入須「そいつはいつも、巾着袋を持っていたな」

……口が軽いにも、程があるのではないか。

よりにもよって俺が苦手な入須に、その事を言うとは。

今度、喫茶店でコーヒーを俺が飽きるまで奢ってもらおう。

奉太郎「あなたがどこから情報を得たかは分かりました」

奉太郎「それで、何を協力するって言うんですか」

入須「ほお、たったあれだけの情報で分かったのか」

奉太郎「……茶化すのはやめてもらえますか」

やはりこいつは、苦手だな。

入須「そうだな、本題に入るとするか」

入須「私は、女だ」

778 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:43:32.21 9Mfs4qeW0 565/690

奉太郎「……見れば分かりますが」

俺がそう言うと、入須は少し困ったような顔をした。

入須「千反田と同じ女だ」

奉太郎「だから、見れば分かりますよ」

入須「……君には回りくどく言っても、無駄か」

入須「女の私が、君と一緒に出かけてやろう」

……頭をどこかに、ぶつけてきたのだろうか。

奉太郎「言っている意味がよく分かりませんが……俺とデートでもするつもりですか」

入須「……デートか、それとは少し違うな」

奉太郎「もっと、分かりやすく話してください」

入須「そうだな……女という物は、サプライズに弱いんだよ」

779 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:44:08.88 9Mfs4qeW0 566/690

なんだなんだ、何故俺は入須とこんな話をしなければいけなくなったのだろうか。

奉太郎「そうですか、それで?」

入須「君が千反田に何かサプライズをすれば、彼女は大いに喜ぶとは思わないか」

ああ……そういう事か。

奉太郎「話の内容が見えてきました」

奉太郎「つまり、あなたはこう言いたいんですね」

奉太郎「千反田に何かプレゼントをあげ、千反田を喜ばせろ」

奉太郎「そして、そのプレゼントを女である私が選ぶのを手伝ってやる」

奉太郎「そういう事でしょうか?」

入須「……ある程度の情報が出れば、飲み込みが良くて助かるよ」

入須「そう、つまりはそういう事だ」

だが、何故急に……?

奉太郎「それをしようと思った理由は、何ですか」

780 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:44:37.72 9Mfs4qeW0 567/690

入須「……これは、あまり言いふらさないでくれると助かる」

奉太郎「俺にはどこかの総務委員見たいな趣味は持ち合わせていません」

入須「ふふ、そうか」

入須「……君と、千反田には恩があるんだよ」

奉太郎「恩、ですか?」

入須「……ああ、去年の映画の事は、覚えているだろう?」

奉太郎「ええ、勿論」

入須「……私には、ああするしかなかったんだ」

入須「と言っても、信じてくれるとは思っていない」

入須「その事への、せめてもの恩返しだと思ってくれればいい」

何か少し引っかかるな……

いや、俺は入須という人物を……少し大きく見すぎていたのだろうか?

781 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:45:05.23 9Mfs4qeW0 568/690

入須「これが恩になるとは、思えないがな」

そして俺は、女帝の……入須の笑顔を見てしまった。

それはいつもの入須からはとても想像ができない表情で、そんな入須をきっぱりと拒否するのも、なんだかあれだ。

最終的に千反田が喜ぶなら、まあ……いいか。

奉太郎「……分かりました」

奉太郎「入須先輩の恩返し、受け取る事にします」

入須「そうか、なら早速……明日、一度喫茶店で打ち合わせをしよう」

奉太郎「……はい」

入須「長居してすまなかったな、私はこれで帰るよ」

奉太郎「玄関くらいまでなら、送っていきますよ」

782 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:45:40.94 9Mfs4qeW0 569/690

~古典部~

そうだ、あの日俺は……入須に協力して貰う事にしたんだった。

そして次の日には喫茶店で打ち合わせをして……土曜日に駅前で何が良いか話しながら店を巡っていた。

……千反田達には、バイトを始めたと嘘を言ったんだっけか。

あの入須と二人で出かけるなんて……絶対に言える訳が無い。

ましてや里志の奴、簡単に口を割りやがって。

勿論、千反田本人には当然言えなかった。

あいつの事だ、変に気になりますを出されたらアウトだからな。

次に思い出すべき事は……なんだ。

時間が無いな、急がねば。

ああ、あれだ。 その土曜日だ。

あの日は確か……喫茶店の前で、待ち合わせをしていた。

783 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:46:11.90 9Mfs4qeW0 570/690

~喫茶店~

遅いな、遅いと言ってもまだ時間まで少しあるが。

それにしても……指定してきた場所が一二三とは、嫌な奴だ。

……いつまで待たせるつもりだ、そろそろ帰ろうか。

そんな事を考えながら、空を見上げた時だった。

入須「やあ、ちゃんと来たんだな」

突然、後ろから声が掛かる。

奉太郎「そりゃ、先輩にお呼ばれしたのに断る事なんて出来ませんよ」

入須「どうだかな、さて行くか」

俺はそのまま入須に付いて行き、駅前へと向かった。

道中は特にこれと言って会話は無かった、話す内容もある訳ではないのでそっちの方が俺には心地がいい。

意外と駅前から近かった様で、すぐに目的地へと到着する。

784 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:46:38.27 9Mfs4qeW0 571/690

~駅前~

奉太郎「今日は、プレゼント選びでしたね」

入須「そうだ、まずはあそこへ行こうか」

そう言い、入須が指を指したのは服屋だった。

俺は特に意見も無かったので、黙ってそれに付いて行く。

入須「早速だが、君はどれが良いと思う?」

奉太郎「……と言われましても」

入須「ふふ、そうだな」

入須「これなんか、どうだろうか」

入須が手に取ったのはボーイッシュな服だった、ジーパンとシャツとパーカージャケット。

悪くは無いが……千反田のイメージでは無いだろう。


785 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:47:08.36 9Mfs4qeW0 572/690

奉太郎「ちょっと、違いますかね」

入須「……そうか? 私は良いと思うんだが」

奉太郎「あの、自分の服を選んでいる訳じゃないですよね」

入須「ああ、そうか。 今日は千反田の服だったな」

……大丈夫か、こいつに任せて。

入須「それならやはり、こっちだろうな」

次に入須が手に取ったのはワンピース。

ううむ、やはり千反田にはこっちの方が似合いそうである。

奉太郎「……やはり、そっちですよね」

入須「イメージ的にな、良く似合うと思う」

だが、待てよ。

奉太郎「今更なんですが、ちょっといいですか」

入須「ん? どうした」

奉太郎「……俺、あいつの服のサイズとか知りませんよ」

786 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:47:38.96 9Mfs4qeW0 573/690

俺がそう告げると、入須はこれでもかと言うほど呆れた顔をし、口を開く。

入須「君は、時々どこか抜けている所がある様だな」

入須「……場所を変えよう、頼むからしっかりしてくれ」

へいへい、すいませんでした。

心の中でしっかりと入須に謝り、俺は再びその後を付いて行く。

入須「次は、アクセサリーでも見てみるか」

そう言うや入須は既に、店の中へと入っている。

少し小走りになりながら、俺はそれに付いて行った。

入須「ふむ、色々とある様だな」

奉太郎「そうですね、どういうのがいいんですかね」

入須「基本的にはどれも嬉しい物だが……あまり重過ぎる物は駄目だな」

奉太郎「気持ち的にって事ですか」

入須「ああ、そうだ」

入須「例えば……この指輪とか」

確かにそれをプレゼントしたら、重いな。

787 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:48:05.87 9Mfs4qeW0 574/690

奉太郎「……招き猫とか、どうでしょう」

入須「そんな物をプレゼントして、相手が喜ぶと君は思っているのか」

奉太郎「……いえ」

入須「なら口に出すな」

伊原よ、招き猫はプレゼントには向いてないらしいぞ。

入須「まあ、ここにある物ならどれでも嬉しいかな……私としてはだが」

入須「しかし、何より大切なのは気持ちだよ。 折木君」

奉太郎「……あなたからそんな言葉が聞けるとは思いませんでした」

入須「君は随分と私の事を勘違いしてないだろうか」

奉太郎「無いと思いますが」

788 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:48:43.04 9Mfs4qeW0 575/690

入須「……まあいい」

入須「ここは候補としては、中々良さそうだな」

奉太郎「ええ、そうですね」

入須「さて、次はどこに行こうかな」

入須「適当に、周ってみる事にしよう」

その後、俺は結局夕方まで一緒に店巡りをした。

なんだかんだでプレゼントはその日、決まらなかった。

789 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:49:09.82 9Mfs4qeW0 576/690

~古典部~

そう、土曜日は千反田のプレゼントを探しに行ってたんだ。

入須の意見は中々俺の参考になった。 なんと言っても俺は人の気持ちを考えない事が多々ある気がするから。

そんな俺にとって、入須の手助けは結構有難かった気がする。

……さて、まだ思い出さなければならない事はある。

あまり、思い出したく無いが……あれは。

水曜日、くらいだっただろうか。

記憶としてはこちらの方が新しいし、思い出すのに苦労はしないかもしれない。

あの日は確か……千反田が部活に来なくなって、三日目の事だったか。

……そう、あの日も千反田は部活に来なかったんだ。


790 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:50:07.17 9Mfs4qeW0 577/690

~古典部(水曜日)~

にしても、なんだか今週に入ってからあいつらの様子がおかしい。

あいつらというのは勿論、古典部の部員達。

里志に関してはいつも通りに見えたが……どこか余所余所しい感じがしていた。

伊原は一向に俺と口を聞こうとしない。 全く、意味が分からない。

そして千反田……あいつが一番異常だ。

ほとんど毎日部活に出ていたのに、今週は一回たりとも来ていない。

何があったのかは分からないが、廊下等で時々……後姿は見ていた。

学校まで休んでいないと言う事は、何か忙しいのだろう。

それに口を出して問いただすことは、俺にはできない。

……家の事となってしまっては、俺にはどうしようもないからだ。

結局俺は一人で、古典部の部室で本を読むことになる。

先週は随分と入須に呼び出され、中々部活に来れなかったが……来てみればこれだ。

791 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:50:34.63 9Mfs4qeW0 578/690

まあ、文集は完成した様だし、文化祭の打ち合わせにはまだ時間がある。

奉太郎「それにしても、誰も来ないとはな……」

思わず独り言が漏れてしまう。

今はまだ16時、今日は入須と予定が入っていた。

土曜日振りだったが、なんだか段々と面倒になってきてしまった。

もう俺一人でも決められる様な気がするが……折角手伝ってくれた人に対して、もういいですとは中々言えない物だ。

……最初から、自分でやればよかったか。

それにしても、する事が本当に無い。

千反田が来さえすれば、またあいつの話に付き合って時間を潰せたと言うのに。

……少し早いが、行くか。 ああ、面倒だな。

792 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:51:11.01 9Mfs4qeW0 579/690

~喫茶店:歩恋兎~

入須に場所はどこにするか聞かれ、俺が指定したのはここだった。

ここの喫茶店には少し、思い入れがある。

……あいつとは色々あったが……今考える事でもないか。

それより今は、入須との話し合いをどうするか、だ。

俺は手短なテーブル席に着き、入須を待つ。

約束の時間まではまだ時間があったが、俺が席に着いて少し経った頃、入須がやってきた。

奉太郎「どうも」

入須「待たせてしまったかな」

奉太郎「いえ、俺も丁度来たところです」

入須「そうか、なら良かった」

入須「にしても、いい店だな」

入須「次の日曜日は、ここで会おう」

793 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:51:36.71 9Mfs4qeW0 580/690

まだ何かの打ち合わせをする気なのか、まあ仕方ない……この計画に乗ったのは俺な訳だし


奉太郎「それで、今日はなんのお話ですか」

入須「特にこれと言って、内容は考えていない」

奉太郎「……帰ってもいいでしょうか」

入須「まあそう言うな、たまには少し他愛の無い会話をしたい物だ」

奉太郎「友達とでは駄目なんですか」

入須「私の心の内を話すのには、友達では少し嫌なんでな」

奉太郎「そう、ですか」

俺はそう言い、頼んでおいたブレンドに口を付ける。

結構久しぶりに飲んだが、やはりうまい。

入須「……私はね」

入須「あまり、人の心を覗くのが好きではない」

794 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:52:27.48 9Mfs4qeW0 581/690

奉太郎「……それはちょっと、意外ですね」

奉太郎「試写会の時だって、俺の事を良い様に使ったじゃないですか」

入須「前にも言っただろう、あれは仕方なかったんだ」

入須「私は自分の意思で動いたのかもしれないが」

入須「同時に周りの意思でもあったのだよ」

入須「好き好んで人の心を……見たくはないさ」

その時の入須の表情は初めて見る物で、とても嘘を付いている様には見えなかった。

奉太郎「……すいません、俺は少し」

奉太郎「入須先輩の事を、勘違いしていたのかもしれません」

795 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:53:01.70 9Mfs4qeW0 582/690

入須「気にするな、そう思われるのは慣れている」

奉太郎「……そうですか」

そして入須も、店に入ったときに頼んだのだろうブレンドに口を付けていた。

入須「これは、美味しいな」

奉太郎「ええ、ここのブレンドは美味しいですよ」

入須「中々に気に入ったよ」

俺からは特に話す事も無く、少しの間の沈黙。

そんな沈黙が居づらく、俺は適当に言葉を繋ぐ。

奉太郎「俺が今思っている事は、分かりますか」

入須「……そうだな、恐らく」

入須「なんでこんな面倒な事をしなければいけないのか」

入須「と言った所か?」

796 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:53:28.63 9Mfs4qeW0 583/690

奉太郎「……やはり、心の内を見るのが好きな様で」

入須「……あくまで推論さ」

入須「君の今までの言動や行動から、導き出しただけの事」

入須「さっきの私の言葉は、本心だ」

奉太郎「……では、俺の本心が分かった所でどうします?」

入須「ふむ、そうだな」

入須「あまり長居する必要も無い、帰ろうか」

奉太郎「……それは、非常にいい案だと思いますよ。 先輩」

入須「つれない奴だ、全く」

797 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:54:07.15 9Mfs4qeW0 584/690

~古典部~

あの時、話した喫茶店はあそこだったか。

この今考えている事が終わったら、あの喫茶店に行こう。

だがまずは、このやらなければいけないことを片付けなければ。

俺は今、この大量の記憶をひっくり返して見直す事を面倒だとは思っていなかった。

理由は……なんだろうか。

いや、それよりもまだ思い出さなければいけない事はある。

時間があまり無くなって来た様だ、次に思い出すべき事……それは。

文化祭の二日目、か。

これを思い出さない限り、俺は結論へと辿り着けないだろう。

よし、やるか。

798 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:55:14.27 9Mfs4qeW0 585/690

~文化祭二日目~

昨日は結局、千反田は来なかった。

予想が出来ていなかったと言えば嘘になるが……

もう既に時刻は昼、今日もあいつは来ないだろう。

本当に、家の用事なのだろうか?

あいつはとても文化祭を楽しみにしていたし、文集にも一番力を入れていた。

そんなあいつが参加を諦めるほどの事、そんな事があったのだろうか?

一度、会う必要があるかもしれない。

まあそれは後回しにするとして、今はこの状況が気まずくて仕方が無い。

部室で一人店番、と言う訳に今年はいかず……横には伊原が居た。

奉太郎「……何か俺がしたか」

摩耶花「……」

奉太郎「……はあ」

799 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:56:13.45 9Mfs4qeW0 586/690

この通り、折角俺が話しかけていると言うのに一度も返事すらしない。

入須よりこいつの方がよっぽど面倒かもしれないな……

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「どうせ話してもろくな事にはならないからな」

つい、毒づいてしまった。

それにようやく伊原が反応を示したのは……少し良い事だったかもしれない。

摩耶花「……折木は」

摩耶花「折木は、何を考えているの」

俺が、何を考えているか?

奉太郎「質問の意図が分からないんだが」

摩耶花「……そう、ならいいわ」

摩耶花「もうあんたと話す事は無い」

なんなんだこいつは、意味が分からない。

だが話す事は無いと言われてしまった以上、俺も話しかける気にはならなかった。

800 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:57:04.58 9Mfs4qeW0 587/690

~折木家~

今日も最後まで、千反田は来なかった。

俺は今ベッドに横たわっているが……もう少しすれば、動かなければならないだろう。

千反田の家に行き、状況を知らなければ。

……一度リビングに行き、水を飲もう。

俺はそう思い、リビングに行くと姉貴と鉢合わせになった。

供恵「あら、あんたまだ制服のままだったの?」

奉太郎「ちょっと出かけるからな」

供恵「そ」

供恵「それより、最近元気がないねー」

奉太郎「別に、普通だ」

供恵「そうかしら?」

奉太郎「……何が言いたい」

801 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:58:01.99 9Mfs4qeW0 588/690

供恵「別に? 部活の子が来ないからってそこまで気を落とさなくてもいいと思ってね」

奉太郎「全く、どっから聞いたんだ……そんな話」

供恵「私にはお友達がいっぱい居るのよ、沢山」

また里志か、そういえばあいつには入須に口を割ったことを問い詰めていなかったな。

まあ、文化祭が終わってからでいいか。 何かと忙しそうだしな。

奉太郎「付き合ってる暇は無い、ちょっと出かけてくる」

供恵「はいはい、気をつけてねー」

そして俺は、千反田の家へと向かった。

802 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:58:38.69 9Mfs4qeW0 589/690

着いてからインターホンをいくら鳴らしても千反田が出てこず、姉貴のせいで若干イライラしていた俺はつい大声を上げて呼び出してしまった。

結果的に、あいつが出てきたから良かったが……

しかし、どうにも様子がいつもと違っていた。

何か、あったのかもしれないが……

家から出てきたと言う事は、出れなかった訳では無い。

つまり、あいつは自分の意思で出てこなかったのだろう。

そんな事実にまた、イラついてしまい……千反田にきつい言葉を浴びせてしまった。

帰り道は酷く後悔していたのを覚えている。

803 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/26 23:59:18.37 9Mfs4qeW0 590/690

~古典部~

繋がった、な。

そして今も刻まれているこの記憶、これを合わせれば答えは出る。

しかし……俺は随分と馬鹿をしてしまったみたいだ。

ああ、くそ。

悩んでいても仕方が無い。 決着をつけなければ。

外の会話も、どうやら終わったらしい。

一人の廊下を走る足音が、俺の耳へと入ってくる。

それを聞いた俺は扉に手を掛けた。

その扉を開けようとした所で、向こう側から扉が開かれる。

入須「……盗み聞きとは、関心しないな」

奉太郎「……それはどうも」

奉太郎「入須先輩、少し時間を貰います」

奉太郎「終わりにしましょう、話があります」

入須「ああ、予想は出来ていた」

入須「場所を、変えようか」


第25話
おわり

816 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:36:54.32 Bq5OdWnm0 591/690

第26話

入須に付いて行き、俺が連れて来られた場所は屋上だった。

ここはどうも、一対一の場面に恵まれている様だ。

ドアの左右には植木鉢が設置されており、前までこんな物は無かった気がしたが……文化祭の関係かもしれない。

そして、入須はゆっくりと俺の方に振り返る。

そんな入須の動作と一緒に、学校のチャイムが鳴った。

入須「授業が始まってしまったか」

入須「先輩にサボりを付き合わせるとは、褒められた事ではないな」

奉太郎「……すいません」

奉太郎「でも、あなたとは話をしなくてはならないんです」

奉太郎「……それは、あなたも分かっているでしょう。 入須先輩」

入須「……さあな」

817 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:38:27.31 Bq5OdWnm0 592/690

まずは、どこから切り出そうか。

……そうだな、始まりの時から、話をしよう。

奉太郎「最初から、振り返りましょうか」

奉太郎「……あなたは、何故こんな事をしたんですか」

入須「千反田にサプライズをしよう、と言った事か」

奉太郎「ええ、そうです」

入須「それは始めに言っただろう、君と千反田には恩があったと」

奉太郎「無いですね、もしあなたが千反田に恩を感じていたなら」

奉太郎「さっきの部室前での態度、あれは明らかにおかしい」

入須「あれの事か、君には言いふらす趣味は無かった様だが……盗み聞きする趣味はあったのは迂闊だった」

奉太郎「……気付いていたんでしょう、あなたは」

818 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:38:55.15 Bq5OdWnm0 593/690

奉太郎「それに」

奉太郎「……果たして、そうでしょうかね」

奉太郎「だけど、今はその事についてはいいです」

奉太郎「何故、あんな態度を取ったんですか。 入須先輩」

入須「……確かに、あれは千反田に恩を感じている人の態度ではないかもしれない」

奉太郎「なら……」

入須「だが」

入須「それも状況によって、だ」

入須「私があそこで引いていたとしよう」

入須「そうしたらその後どうなる? 間違いなく彼女は君に、何故入須と居たのか聞きに来るぞ?」

入須「……君はそれを、千反田のその好奇心を拒絶する事ができるのか?」

入須「計画がばれてしまっては、元も子も無いんだぞ」

819 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:39:21.77 Bq5OdWnm0 594/690

……やはり、一筋縄では行きそうにない。

奉太郎「さすがは、女帝さんだ」

奉太郎「……そうですね、それは反論としてはもっともだ」

奉太郎「この事に関しては、俺が引きましょう」

入須「……何を考えている」

奉太郎「話を変える、と言う事です」

奉太郎「あなたは一つ、不自然な事を言っていたんですよ」

入須「……聞こうか」

奉太郎「喫茶店に行った時、あなたはこう言った」

奉太郎「私は人の心を覗きたくない、とね」

入須「人の心を覗くのは好きではない、と言ったんだ」

奉太郎「……一緒でしょう」

奉太郎「それより、これは本当にあなたの本心ですか? 入須先輩」

入須「……ああ、紛れも無く、私の本心だ」

820 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:39:47.26 Bq5OdWnm0 595/690

そうか、やはり……

奉太郎「……なら、随分とおかしな話になるんですよ」

入須「どういう事か教えてもらおう」

奉太郎「あなたは最初、この計画を始めるときにこう言った」

奉太郎「俺が千反田の事を好きという事を、誰から聞いたのか教えてくれた時です」

奉太郎「私にそれを教えてくれたのは、総務委員会の奴だ」

奉太郎「ま、最初そいつに問いただしたのは私だがね。 傍目から見て、もしかしたらと思ったら案の定って訳だ」

入須「……そんな事を、言ったかな」

奉太郎「惚けないでくださいよ、確かに言いました」

奉太郎「……もう、分かるでしょう? あなた程の人なら」

奉太郎「人の心を覗く様な真似が好きじゃない人が、どうして人の恋路を第三者に聞きだしたんですか?」

821 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:41:12.50 Bq5OdWnm0 596/690

入須「……」

初めて、入須が押し黙った。

奉太郎「だがそれは違う、あなたはさっきそれが本心だと言った」

奉太郎「俺はその言葉を信じましょう」

奉太郎「だからこう考えます……あなたにそれを教えてくれたのは里志では無かった、と」

入須「……面白い意見だな、非常に」

入須「だが……事実でもある」

入須「認めるよ、私は彼に聞いたのでは無い」

奉太郎「意外とあっさりと認めるんですね」

入須「くどいのは嫌いだからな」

少しずつ、少しずつだが……入須に詰め寄っている気がする。

大丈夫だ、これで大丈夫な筈。

822 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:41:53.08 Bq5OdWnm0 597/690

奉太郎「……次の話にしましょう」

入須「話をコロコロ変えるのは、嫌われてしまうよ」

その言葉に返す気は、無かった。

奉太郎「俺が次にする話、それは」

奉太郎「今回の事、全てについてです」

入須「……随分と飛躍した物だ」

奉太郎「そうでもないですよ、これが核心でもあるんですから」

奉太郎「俺は、こう考えています」

奉太郎「……今回の計画、入須先輩にとっては」

奉太郎「千反田にばれてでも押し通す必要があった。 とね」

入須「そんな訳、ある筈が無いだろう」

823 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:42:24.87 Bq5OdWnm0 598/690

奉太郎「言い方が悪かったですね」

奉太郎「正確に言うと、俺と入須先輩が遊んでいる……具体的には違いますが」

奉太郎「それを見られ、仲良くする二人の事がばれても押し通す必要があった」

入須「……ふむ」

入須「つまり、こう言いたい訳か」

入須「私が最初から、千反田にデート現場を見られる事を予測していた、と」

奉太郎「端的に言えば、その通りですね」

奉太郎「違いますか?」

入須「違うな、それは完全に計画外だった」

奉太郎「……そうですか」

奉太郎「それなら俺のこの推測は、外れてしまいました」

入須「どういうつもりだ」

入須「さっきから君は、何を考えている?」

824 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:43:12.24 Bq5OdWnm0 599/690

奉太郎「本当に、安心しましたよ」

奉太郎「俺が思っている様な人では、あなたは無かった」

入須「くどいのは嫌いだとさっきも言った、単刀直入に言ってくれ」

なら……終わらせよう。

全部、繋がっている。

奉太郎「あなたは、千反田に幸せになってもらう為に、敢えて千反田に嫌われる様な言動をした」

入須「……何故、そう思った」

奉太郎「最初に言ってたではないですか、計画がばれてしまったら元も子も無い……とね」

奉太郎「だからあなたは千反田を拒絶した、この計画を成功させる為に」

入須「意味が分からないな」

入須「私が本当に、千反田に幸せになって欲しいと思っていたとしたら、だ」

入須「幸せになってもらう前に、辛い思いをさせてしまったら……それこそ本末転倒だろう?」

入須「そして現に、千反田は今……辛い思いをしている」

入須「と言う事は、君の推理は外れているよ」

825 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:44:18.58 Bq5OdWnm0 600/690

奉太郎「……あなたには、この計画を成功させなければならない理由があった」

奉太郎「そう考えると、どうでしょうか」

奉太郎「それなら自分が憎まれる役を演じるのが最善、そうなりませんか?」

入須「……」

奉太郎「そして……次に俺が言う事、それを俺は真実だと思っています」

奉太郎「あなたは、入須先輩は」

奉太郎「俺の姉貴と、面識がありますね?」

入須「……どこで、それを知った」

初めて、入須の顔から余裕が消えた様な気がした。

俺はそのまま……言葉を続ける。

奉太郎「知った、というのとは少し違います」

奉太郎「あなたが与えてくれた情報から考えただけです」

奉太郎「それと、姉貴の言葉からも推測を組み立てられました」

奉太郎「そして、この事実はこうも言えます」

奉太郎「俺が千反田を好きだという事を、あなたは俺の姉貴から聞いた」

826 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:44:57.58 Bq5OdWnm0 601/690

奉太郎「そして、姉貴は恐らくあなたにこう言ったでしょう」

奉太郎「あいつはどうにも自分の事が分かって無さ過ぎる、少し……協力して貰えないか」

奉太郎「大体はこんな感じだと思っています」

入須「……なるほど」

入須「つまり私の裏には、君の姉貴が居るという事だな?」

奉太郎「ええ、そう考えています」

入須「……驚いたな、そこまで推理するとは」

入須「君を少し、甘く見ていた」

奉太郎「事実、なんですね」

入須「……私は、あの人にも恩があった」

入須「とても、君と千反田とは比べ物にならないほどの、な」

入須「計画は私に任されたよ」

入須「全部……話そうか」

827 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:45:53.80 Bq5OdWnm0 602/690

入須はそう言うと、屋上の手すりに寄りかかる。

空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。

入須「始めは本当に、君と千反田を幸せにしたかった」

入須「いや、それは今もだな。 結果は最悪になってしまったが」

入須「……プレゼントを決める為に、駅前に行った日」

入須「見られていたんだよ、千反田に」

入須「君は気付いていなかった様だがね」

奉太郎「……確かに、全く知りませんでした」

入須「そして、そこからどう持ち直すか必死に考えたさ」

入須「これから千反田はどう動く? 私はどう動けばいい? とね」

入須「私が出した結論は……」

828 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:46:37.16 Bq5OdWnm0 603/690

奉太郎「自己犠牲、ですか」

俺の言葉を聞き、入須は柔らかく笑うと頷いた。

入須「そうだ、それが最善だった」

入須「私が憎まれ役になり、君と千反田は更に距離を縮める」

入須「君と千反田にとってはいい迷惑だっただろうな、悪いことをしてしまった」

入須「配慮が足らない先輩で、すまなかった」

入須はそう言うと……俺に頭を下げた。

その姿は、どうにも女帝という肩書きは似合いそうには無い。

829 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:48:49.83 Bq5OdWnm0 604/690

奉太郎「そんな事はありません」

奉太郎「確かに千反田を傷つけたのは……俺としては許せません」

奉太郎「ですが、あなたも……傷付いてしまった筈だ」

入須「私が? 面白いことを言うね、君は」

入須「本当にそう思うのかい? 私が望んでした事だと言うのに」

入須「君に見破られさえしなければ、君と千反田は私を憎んで丸く収まった」

入須「そして私はそれを気にしない、全てがハッピーエンドさ」

そんな、悲しそうな顔で言われても説得力と言う物に掛けるだろ、この先輩は。

奉太郎「まだ、おかしな点があるんですよ」

奉太郎「ですが、あたなはくどいのが嫌いと言っていましたね」

奉太郎「なので、一つだけ言わせて貰います」

奉太郎「あなたの言葉を借りましょう、入須先輩」

奉太郎「だから俺はこう返す」

奉太郎「あなたは俺に全てを見破られる事さえ、予想していたのではないですか?」

830 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:50:08.46 Bq5OdWnm0 605/690

入須「……ふ」

入須「ふふ、ふふふ」

入須「ふふ……君は本当に、あの人の弟なんだな」

入須「……そうだ」

入須「この状況も、私は計算していた」

入須「しかし、その計算していた事さえ見破られるのは……予想外だった」

奉太郎「……あなたも、傷付いているではないですか」

奉太郎「あなたは俺に気付いて欲しかった、自分を守る為に」

奉太郎「俺はそんな優しすぎる人を、責める事は出来ませんよ」

入須「……そう言ってもらえると、少しばかり気が楽になるよ」

入須「千反田にはどうしても、幸せになってもらいたかったんだ」

入須「理由は……私からは言わない方が良い」

それは、千反田が話そうとして……未だに決心が付いていない、あれの事だろう。

831 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:50:37.36 Bq5OdWnm0 606/690

奉太郎「……あなたは、知っていたんですね」

入須「……家の関係上な、知りたくなくても耳に入ってきてしまうのだよ」

それは……その入須の心までは、俺には分からなかった。

何故こいつは……ここまで自分を責めているのだろうか。

入須「……ここは中々良い場所だな、風が気持ち良い」

奉太郎「……俺も、嫌いな場所では無いですね」

入須「ここに来た時ね、少しだけ私にも希望があったんだよ」

入須「君はもしかしたら……と言う、小さな希望さ」

入須「それを見事に君は成就させてくれた、感謝している」

奉太郎「つまり、ここまで全てあなたの計画の内と言える訳ですか?」

832 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:51:28.65 Bq5OdWnm0 607/690

入須「いいや……」

入須「そんな事は無い」

入須「あそこの植木鉢にある花、名前は知っているか」

あれは……なんだったかな。

俺は元より花の種類についてはあまり詳しく無い。

奉太郎「……すいません、あまり詳しく無い物で」

入須「あれはね、ガーベラと言う花なんだ」

入須「花言葉は、辛抱強さ」

入須「そしてもう一つは」

入須「希望」

833 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:52:02.66 Bq5OdWnm0 608/690

入須「私が小さな希望を持ったのも、ここにこれが咲いていたから」

奉太郎「……そうでしたか」

奉太郎「俺はどうやら、この先あなたを恨めそうには無いです」

入須「……ありがとう」

入須「一応言っておくが、君のお姉さんを恨むなよ」

入須「この計画を考えたのは私だ、あの人は私にアイデアをくれたに過ぎない」

奉太郎「……分かっていますよ、あれでも姉貴は随分と優しい奴なんですから」

奉太郎「だから、多分後悔していると思います」

入須「……後悔? 何故だ」

奉太郎「あなたを傷付けてしまった事を、です」

入須「……それはどうかな」

834 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:52:32.74 Bq5OdWnm0 609/690

奉太郎「一つ、言っておきます」

奉太郎「俺はあなたより、姉貴の事を知っている」

奉太郎「なので断言できます」

奉太郎「姉貴に取って、あなたは大切な友達なんですよ」

入須「……そうか」

入須はそう呟くと、一度空を見上げた。

俺にはそれが、涙を零さない様に……している様に見えた。

入須「さて、それより」

次にそう言い、俺の方を向いたときには、先ほどまでの悲しげな表情は消えていた。

入須「君にはまだやる事があるだろう? 私と話すより大事な事が」

奉太郎「……そうですね、時間を取らせてすいませんでした」

入須「ふふ、いいさ」

入須「私はもう少し、ここで風を浴びているよ」

835 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:52:59.37 Bq5OdWnm0 610/690

入須「行ってこい、まだ授業中だが……関係無いだろう?」

奉太郎「……あなたも随分と、後輩に無理をさせる人だ」

俺が最後にそう言うと、入須は小さく笑い……屋上の柵から景色を眺める。

奉太郎「入須先輩」

入須「まだ、何かあるのか?」

奉太郎「これ、お返ししますよ」

奉太郎「あなたの知り合いの、物でしょう」

俺はそう言い、先ほど古典部に落ちていたシャーペンを入須へと手渡す。

入須「……受け取っておくよ、確かに」

奉太郎「それでは、失礼します」

入須「……ああ」

836 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:53:30.85 Bq5OdWnm0 611/690

~廊下~

授業中なだけあって、校舎の中は大分静かだった。

俺はそれをお構いなしに走る、屋上から廊下に降り、目的地は一番端っこだ。

走っている時は、とても長い時間だった気がする。

……もっと、早く。

そんな俺の願いが通じたのか、二年H組の札が見えてきた。

確か、千反田は一番後ろの席の筈だ。

後ろの扉から、入ろう。

俺はそう決めると、教室の後部に設置された扉の前で一度息を整える。

837 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:54:03.73 Bq5OdWnm0 612/690

奉太郎(本当に、すまなかった)

奉太郎(一つも俺は、気付いていなかった)

奉太郎(他の事に関しては気付けたが、お前の事になると少し感覚が鈍ってしまう)

奉太郎(お前は多分、俺が謝れば許してくれるだろう)

奉太郎(……そういう、奴だから)

奉太郎(俺は千反田に許してもらえないほうが、幸せなのかもしれないな)

奉太郎(……行くか)

心の中で、決意を固める。

扉に手を掛け……開いた。

奉太郎「千反田!」

838 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/27 22:54:30.06 Bq5OdWnm0 613/690


教室中の視線が俺に集まる。

無理も無い、授業中なのだから。

千反田は教室の隅で、真面目に授業を聞いていた様だった。

俺に気付き、少しの間……目を丸くしていた。

そして俺はそのまま千反田の席まで駆け寄る。

奉太郎「……とにかく、来てくれ」

える「え、お、折木さん?」

奉太郎「早く!」

俺はそう言うと、千反田の手を取り、走り出す。

廊下に出た所で教室の中から教師の怒号が響いてきた。

……だが、関係ない。

奉太郎「走るぞ!」

える「え、は、はい!」

未だに千反田は状況を飲み込めていない様だったが……後でゆっくりと話せばいい。

とりあえず今は、ここから離れなくては。

久しぶりに握った千反田の手は、柔らかくて、しかし冷たくて。

どこか、暖かい気がした。


第26話
おわり

856 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:11:01.77 r8l++/tV0 614/690

第27話

必死に走る、追ってくる奴は居なかったが……それでも、必死に走る。

昇降口から出て、校門へ。

ふと、屋上に目を移した。

入須「……」

そこにはまだ入須が居て、遠くからだったのでよく分からなかったが……笑っていた気がした。

える「……あ、あの……! おれ……き、さん!」

途切れ途切れに、千反田が口を動かしていた。

その言葉で俺は前に向き直り、千反田に言葉を返す。

奉太郎「あとで……話す!」

奉太郎「今は……とりあえず……付いてきてくれ!」

千反田は返事をしなかったが、少しだけ強く握られた手に意思を感じる。

俺が向かった場所は、自分でも良く分かっていなかった。

目的地を決めていた訳では無かったので、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

……どこか、静かに話せる場所がいい。

なら、あそこか。

857 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:11:31.66 r8l++/tV0 615/690

~川沿い~

奉太郎「……はあ……はあ……」

える「だ、大丈夫ですか?」

千反田は確か前に、長距離が得意とか言っていた。

なるほど、息が余り切れていないのはそういう事だろう。

奉太郎「……すまない、ちょっと……休ませてくれ」

える「……私は、もっと走れますが」

奉太郎「……簡便してくれ」

俺はそう言い、座り込む。

える「では、ここでお話……しましょうか」

千反田は俺の右隣に腰を掛けた。

える「……授業中だったのですが、用件はなんでしょうか?」

858 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:11:58.74 r8l++/tV0 616/690

奉太郎「……今回の事だ」

える「……」

奉太郎「全部、話す」

奉太郎「それからどうするか、決めてくれ」

える「……分かりました、聞きます」

それから何分も掛けて、俺がした事……入須がした事を話す。

計画は台無しになってしまったが、そんな事は言っていられないだろう。

……結局、一番傷付いてしまったのは……千反田だったか。

俺が話をしている時、千反田はずっと俺の目を見つめていた。

俺にはそれが辛く、だが目を逸らす事もしない。

そうしなければ、全てが本当に……終わってしまう気さえしていた。

話している最中でも、千反田の表情には何も変化が無かった。

……いつもの千反田では、無いか。

俺はここまで、こいつを傷付けていたのか。

859 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:12:26.77 r8l++/tV0 617/690

奉太郎「……という訳だ」

奉太郎「本当に、すまなかった」

俺は語彙が少ないとは自分でも思っていない、しかし。

そう言うしか、無かった。

える「……顔を上げてください」

千反田の言葉を受け、俺はゆっくりと下げた顔を上げる。

パチン、と乾いた音が響く。

ああ、俺は。

叩かれたのか、千反田に。

える「……終わりです」

それも、そうか。

千反田が手をあげる等、ほとんどありえない。

いや、ほとんどと言うか……今、初めて人の事を叩く千反田を見た。

当然だ、このくらい……当然だろう、俺。

860 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:12:58.12 r8l++/tV0 618/690

……だがやはり、苦しいな。

たった一つの言葉が、ここまで人を苦しくできるとは知らなかった。

だが、千反田は……もっと苦しかったのだろうか。

部活にも、文化祭にも来れない程に……苦しかったのだろうか。

……出来ることなら時間を巻き戻したい。

でもそれは、都合が良いにも程があるって物だ。

俺は、罰を受けなければならない。

それもまた、仕方の無い事だろう。

……だがやはり、辛いな、本当に……苦しいな。

ふと、頬に水が垂れてきた。

雨、か?

いや……空は晴れている。

と言う事は、俺は。

861 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:13:27.21 r8l++/tV0 619/690

える「……泣いて、いるんですか」

そういう事か。

奉太郎「……」

千反田の方を、向けなかった。

今あいつの顔を見たら、俺は自分が情けなさ過ぎて……どうしようも無くなってしまう。

千反田の顔を見たら、俺は多分、もっと泣いてしまうから。

える「……あの」

奉太郎「……」

言葉は返せなかった。

える「あの、勘違いしていませんか?」

える「私は、今回の事は終わりと言ったのですが……」

今回の、事?

それはつまり、どういう意味だ。

……くそ、頭が上手く回らない。

862 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:13:55.00 r8l++/tV0 620/690

える「あの……折木さん?」

俺はようやく、千反田の方に顔を向ける事ができた。

奉太郎「……うっ」

だがやはり、俺の予想以上に千反田の顔が近く、思わず後ずさりしてしまう。

える「……すいません、私の言い方が悪かった様です」

える「それと、頬……大丈夫ですか?」

える「勢いで、思わず……」

える「……このくらいは、許してくれますよね」

奉太郎「あ、ああ」

それはつまり、終わりという事だろうか、今回の事については。

……良かった、良かった。

863 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:15:06.16 r8l++/tV0 621/690

奉太郎「……ふううう」

思わず、体から力が抜ける。

える「……私、本当に辛かったです」

える「折木さんの顔を見たら、おかしくなってしまいそうで」

える「あの様な気持ちは、初めてでした」

える「だから、部活にも……文化祭にも、行けませんでした」

える「……でも」

える「最後には、こうなりました」

千反田はそう言うと、優しく笑った。

奉太郎「本当に、悪かった」

奉太郎「お前の気持ちに気付けなくて、俺は」

864 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:15:32.52 r8l++/tV0 622/690

える「もう、いいですよ」

える「最後にはちゃんと、こうなりましたから」

える「そ、それとですね。 一つ質問です」

える「さっきの話を聞いた限りだと……その」

える「私が入須さんとお話していたのも……聞いていたんですよね?」

奉太郎「まあ……そうだが」

える「なら、その……私が、折木さんの事を」

える「あの、ああ言ったのも、聞いていたんですか」

奉太郎「……そうなる」

える「……そうでしたか」

える「一緒、ですね」

その千反田の言葉の意味が、俺には分からなかったが……言う、しかないだろうなぁ。

865 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:16:02.17 r8l++/tV0 623/690

奉太郎「千反田」

える「……はい」

千反田も俺の言おうとしている事に気付いたのか、俺の顔を正面から見つめる。

奉太郎「俺は、大好きな人に……酷い事をしてしまった」

奉太郎「だが、それでも伝えずにはいられない」

奉太郎「……それを言うのは、俺には許される事では無いかもしれないが」

奉太郎「けど、俺は言う」

奉太郎「その大好きな人は、お前だ……千反田」

奉太郎「俺は、千反田えるの事が」

奉太郎「好きだ」

866 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:16:31.93 r8l++/tV0 624/690

内心は、もうこれ以上ないくらいに緊張していた。

……これは本当に、省エネでは無い。

たったこれだけの言葉を言うのにも、俺の想定を遥かに上回る量のエネルギーが必要だった。

……だが、気分は良かった。

気持ちを伝えるのは、気分がいい物だった。

える「……気持ちは、私の心にしっかりと届きました」

える「ありがとうございます、折木さん」

える「でも私には、まだ答えを出せ無いんです」

える「……もう少し、もう少しだけ」

える「待って貰えますか?」

奉太郎「……ああ」

える「ありがとうございます」

867 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:17:00.55 r8l++/tV0 625/690

そう言った千反田の顔は、今まで見た千反田の顔のどれよりも。

綺麗で。

可愛くて。

愛おしくて。

俺は心底、こいつの事が好きなんだなと、実感した。

それから少しの間、千反田と一緒に話をしていた。

他愛の無い会話でも、嬉しかった。

千反田の一挙一動全てが、好きになれそうで。

俺は自然に笑い、千反田も笑い。

幸せとは、こういう事を言うのだろうか。

868 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:17:45.51 r8l++/tV0 626/690

える「あ、折木さん」

奉太郎「ん?」

える「喫茶店に、行きませんか?」

える「少し……喉が渇いてしまって」

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「じゃあ、行こうか」

える「はい! 今日は折木さんの奢りですね」

奉太郎「そうだな……好きなだけ頼めばいい」

える「ふふ、お言葉に甘えさせてもらいますね」


869 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:18:12.04 r8l++/tV0 627/690

~喫茶店:歩恋兎~

喫茶店に入ると、いつもの店主が軽く会釈をしてきた。

俺と千反田はそれに軽く返すと、カウンター席に着く。

俺はブレンドを頼み、千反田はココアを頼んでいた。

いや、ココアとスコーンと、サンドウィッチ……それに

奉太郎「おい」

える「え? 何でしょうか」

奉太郎「いくら俺の奢りとは言っても……持ち合わせが足りなかったらどうするんだ」

える「ここで、お皿を洗えば……」

奉太郎「……」

える「冗談ですよ、その時は私も出します」

える「でも、折木さんのお金が無くなるまでは、私は出しません!」

870 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:18:37.73 r8l++/tV0 628/690

奉太郎「……いい案だな、それは」

える「ふふ、私もそう思います」

ま、いいか。

今日くらいは、いい。

奉太郎「……そうだ、これ」

奉太郎「千反田にあげる予定だった、プレゼント」

奉太郎「受け取ってくれ」

える「これは、ネックレスですか」

える「ふふ、嬉しいです」

える「折木さんから貰ったのは、ぬいぐるみ以来かもしれません」

奉太郎「……そういえばそんな事もあったな」

える「今でもちゃんと、私の部屋にありますよ」

える「今度、来ますか?」

奉太郎「い、いや! いい!」

奉太郎「それはいい、やめておく」

871 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:19:03.73 r8l++/tV0 629/690

える「そうですか……」

える「あのぬいぐるみ、どこか折木さんに似ている様な気がして、可愛いんですよ」

える「どこと無くやる気無さそうな感じが、とても」

さいで。

奉太郎「……にしても、さっきの授業だが」

奉太郎「何の授業だった?」

奉太郎「あの怒号、余り良い予想ができないんだが」

える「ふふ、数学ですよ」

える「尾道先生の授業でした」

奉太郎「……明日は、大変だな」

える「……一緒に、怒られましょう」

奉太郎「……だな」

872 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:19:48.53 r8l++/tV0 630/690

える「そういえば……福部さんや摩耶花さんにも、お話しないといけませんね」

奉太郎「……ああ、そうだな」

える「私は勘違いして……お二人に、謝らなければなりませんね」

奉太郎「違う、悪いのはお前じゃない」

奉太郎「全部、俺が悪いから」

える「終わりだと、さっき言った筈ですよ。 折木さん」

える「一緒に、謝りましょう」

える「半分こ、です」

奉太郎「……分かった、そうしよう」

奉太郎「今年は、文化祭……楽しめなかったな」

える「ええ、でも……それより嬉しいことが、ありましたから」

873 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:20:22.37 r8l++/tV0 631/690

奉太郎「そ、そうか。 来年は楽しめるといいな」

える「……そうですね……来年も……」

気のせい、か?

一瞬悲しい顔をした気がしたが、違う……気がしたんじゃない、確かにした。

もしかすると……いや、今はやめておこう。

奉太郎「外も、暗くなってきたな」

える「……もうこんな時間ですか」

える「そろそろ、帰りましょうか」

奉太郎「ああ、家まで送っていくよ」

874 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:21:00.38 r8l++/tV0 632/690

~帰り道~

える「あの、折木さんは何故……あの時間に来たんですか?」

奉太郎「今日の事か?」

える「ええ、そうです」

奉太郎「居ても立ってもいられなくてって言った感じでな……悪いことをしたよ」

える「……今日の折木さん、謝ってばかりです」

える「私、折木さんが教室に入って来たとき」

える「……本当に嬉しかったんですよ」

える「今までの事が無かった様になる気がして、私……」

える「それで本当に、何も無かったかの様になっちゃいました」

奉太郎「……そうか」

える「何も無かった、とは違いますね」

える「折木さんの言葉が、聞けましたから」

875 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:22:08.45 r8l++/tV0 633/690

奉太郎「……言わずには、いられなかったんだ」

奉太郎「千反田が話をしてくれる時って約束だったけどな」

える「いいえ、私は幸せですよ」

える「……かっこ良かったです、折木さん」

奉太郎「そ、そうか」

奉太郎「……照れるな、少し」

える「家まで送ってくれる折木さんも、かっこいいです」

奉太郎「……やめよう、恥ずかしい」

える「……そうですか、では」

える「手、繋ぎましょうか」

奉太郎「……ああ」

876 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:23:08.83 r8l++/tV0 634/690

その日、俺は本当に幸せだったと思う。

千反田は答えてくれなかったが……それでも、俺には勿体無いくらいの幸せな時間だった。

いや……その日だけでは無い。

それから毎日、一週間、一ヶ月。

里志と伊原にはしっかりと頭を下げた。

里志は「やはりホータローは、力だね」等と言っていた。

伊原は「今度何かしたら許さないから!」と言いながら俺の脛を蹴って来た。

……あれは結構、痛い。

まあそれほど伊原も怒っていたのだろう。 それもまた……仕方の無い事だ。

それから毎日、いつも通りで……毎日、千反田と一緒に帰った。

段々と寒くなっていったけど、千反田と居る時は不思議と暖かかった気がする。

そして、十二月のある日。

つい、昨日の事。

冬休みまで後、一週間。

そんなある日、千反田が

877 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/28 23:24:16.30 r8l++/tV0 635/690






学校に、来なくなった。




第27話
おわり

891 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:40:12.34 CobecYnF0 636/690

第28話

千反田が、学校を休んだ。

普通に考えれば……一日休んでも、風邪か何かを引いたのだろうと思う所だ。

しかし、どうにも嫌な感じが拭えない。

何か、何かあったのではないだろうか?

それに今日も、どうやら千反田は休んでいる様だった。

前日までの千反田は……特に変わった様子等、無かった気がする。

なんとも無い会話を四人でしていたし、具合が悪そうという事も無かった。

普通の、本当にいつも通りの千反田だった。

それが昨日と今日、学校に来ていない。

とりあえずは帰ったら、電話をしてみよう。

それで千反田に何故休んでいるのか聞けば……体調を崩したというありきたりな返事が聞けるだろう。

……そうだ、そうに違いない。

里志「ホータロー、やけに考え込んでいるね」

奉太郎「ん、ああ……ちょっとな」

そうか、俺は部室に居たんだった。

それで……里志から聞いたんだった。

千反田が学校に来ていないと言う事を。

昨日は部室に行ったが誰もおらず、今日来たら里志が居て……その事実を聞かされたんだった。

892 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:40:42.20 CobecYnF0 637/690

里志「まあ、確かに珍しいよね」

里志「でもそこまで考え込む事も無いんじゃないかな?」

奉太郎「……そう、だよな」

里志「……とは言っても、僕にも少しだけ引っ掛かる事があるんだよ」

奉太郎「引っ掛かる事? 言ってくれ」

里志の情報網は意外と侮れない、俺は今……少しでも情報が欲しかった。

里志「うん、内容は勿論千反田さんの事なんだけど」

里志「どうやら、休むという事を学校側に伝えていない様なんだよ」

つまり、無断で休んでいるという事だろうか?

あの千反田が……確かにそれは、何かおかしい。

奉太郎「……そうか」

奉太郎「やはり今日、電話してみる」

里志「そうだね、それが一番手っ取り早い」

その時、部室の扉が開かれた。

俺は一瞬、千反田が来たのかと思い……顔をそっちに向ける。

摩耶花「……やっぱり、ふくちゃんと折木だけかぁ……」

なんだ、伊原か……紛らわしいな。

摩耶花「……折木、その見るからに残念そうな顔、やめてくれない?」

摩耶花「ちーちゃんが来なくて残念なのは分かるけどねぇ」

昨日もこうだった。

当の本人が居ないからといって、伊原はこの様な事を俺に言ってくる。

だが、間違っていないのがなんとも……

893 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:41:12.12 CobecYnF0 638/690

奉太郎「あーあ、伊原で残念だなぁ」

摩耶花「……きっぱり言われると少しムカツクわね」

奉太郎「……すまんすまん」

伊原は本当にムッとした顔を俺に向けながら、席に着いた。

里志「まぁまぁ、二人とも仲が良いのは分かるけど……少し落ち着こうよ」

奉太郎「……誰の事を言ってるんだ」

里志「え? それは勿論、ホータローと摩耶花の事さ」

摩耶花「ふくちゃん、冗談でも言って良い事と悪い事があるって教えてもらわなかった?」

……冗談でも駄目だったのか、ちと悲しい。

里志「あはは、悪かったよ摩耶花」

里志「それと、ホータローもね」

奉太郎「別に、お前の冗談には慣れているからな」

里志「そうかい」

さて、三人集まった所でどうしたものか。

いや、三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。

何か……良い案が出るかもしれない。

奉太郎「……それで、二人は何か思い当たる事とか無いのか?」

里志「僕は、さっき言った事が引っ掛かるくらいかな」

摩耶花「それって、あれ?」

摩耶花「ちーちゃんが学校に無断で休んでるっていう」

里志「そうそう、情報が早いね」

なるほど……女子と言うのは噂話が好きとは聞いた事があるが……それも少しは役に立つと言う事かもしれない。

摩耶花「……教えてくれたのふくちゃんだけどね」

そうでもないかもしれない、やっぱり。

894 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:41:38.61 CobecYnF0 639/690

奉太郎「つまらん冗談はやめてくれ」

奉太郎「伊原は、何か思い当たる事とか……無いか?」

摩耶花「うーん……」

伊原はそう言うと、腕を組み、視線を落とし、しばし考え込む。

やがて、伊原は顔を上げた。

摩耶花「関係あるかは分からないけど……」

摩耶花「昨日は、入須先輩も学校を休んだとは聞いたわね」

入須が? それは関係あるのだろうか? 俺にはどうにも……分からない。

里志「関係あるかどうかは、何とも言えないね」

奉太郎「……ふむ」

摩耶花「でも、入須先輩って学校を休む事は滅多に無いらしいわよ?」

……確か、入須は千反田が抱えている事情を知っていた筈だ。

それはつまり、そういう事なのか?

なら千反田は体調不良などで休んだのでは、無い。

明確な、何かしらの事情があって休んだのだ。

奉太郎「考えても、拉致が明かないな」

里志「やっぱり、直接電話するのが早いかな」

奉太郎「……ああ、今日の夜電話してみる」

俺がそう言うと、伊原が少し言い辛そうに口を開いた。

摩耶花「……実は昨日、私電話したんだ」

奉太郎「千反田にか?」

摩耶花「それ以外誰が居るって言うのよ」

ごもっとも。

895 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:42:07.93 CobecYnF0 640/690

里志「それで、千反田さんは何て?」

摩耶花「……駄目だった」

奉太郎「駄目だったとは、どういう意味だ」

摩耶花「繋がらなかったのよ、誰も電話に出なかった」

誰も?

……電話に出れない状態だったのか?

奉太郎「……そうか」

里志「何だろうね、あまりいい予感は出来ないかな」

確かに、それはそうだが……口にはあまり出して欲しくなかった。

奉太郎「やはり、千反田と話すのが一番手っ取り早いな」

奉太郎「伊原は電話したのは昨日だろ? なら今日は俺が掛けてみる」

奉太郎「それでもし繋がれば、全部分かるだろ」

摩耶花「……うん、そだね」

里志「了解、任せたよ……ホータロー」

奉太郎「……ああ」

もし、出なかったらどうしようという考えは俺の中に不思議と無かった。

……その時は、そうなってしまったら……その時に考えればいいだけの事だ。

とりあえずは今日の夜、一度電話してみよう。

それで何とも無い会話をして、明日千反田は学校に来る。

それを俺は望んでいた。

896 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:42:39.00 CobecYnF0 641/690

~折木家~

そろそろ、電話を掛けよう。

あまり遅くなってしまっては向こうが迷惑だろうし、今は夕飯時……居る可能性も高い。

受話器を取り、千反田の家の番号を押す。

一回……二回……

コール音が十回程鳴ったところで、俺は受話器を置いた。

駄目だ、やはり伊原の言うとおり……電話は繋がらない。

しかし……これで、諦めていいのだろうか。

明日、里志と伊原と会い、やはり電話は繋がらなかったと……言って終わりでいいのだろうか?

それでは、今までの俺の繰り返しでは無いか。

少し前に千反田を酷く傷付けた俺と、一緒ではないか。

なら……俺が取る行動は、一つしか無い。

奉太郎「……少し、出かけてくる」

供恵「最近夜遊びが多いわね、お姉さん心配よ」

奉太郎「……すぐに戻るから、ごめんな」

供恵「……あんたが素直だと少し気持ち悪いわね」

奉太郎「じゃあ、行って来る」

897 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:43:06.98 CobecYnF0 642/690

そう姉貴に言うと、俺は家を出て自転車に跨った。

これなら、千反田の家まではすぐだ。

風呂にはもう入っていたが……必死で漕いだせいか、冬だと言うのに汗が気持ち悪い。

……そうか、もう冬になっていたのか。

冬休みまでは後少し……俺は何故か、今年が終わる前までに……何か大きな事が起きそうだと思っていた。

いや、思っていたというのは訂正しよう。 確信していた。

今までの事を繋げれば……俺には何が起きているのか、分かっていたのだ。

だが、まだだ。

何故、それが今起きているのかが……俺には分からなかった。

千反田が無断で休んだと言う事は、それが始まった事を意味する。

……何故、このタイミングだったのか。

恐らく、多分。

千反田は近い内に俺に例の話をしてくれるだろう。

しかしそれが分からない。

俺の予測が当たっていれば、それは今で無くても良かったのだ。

いや、むしろ……もっと早く、千反田は言うべきだったのだ。

考えろ、千反田の家まではもう少し。

それまでに、答えが出るかは分からないが……思い出すんだ。

やがて、長い下り坂に差し掛かる。

俺は漕ぐのを止め、今までの事を考える方に集中した。

奉太郎「考えろ、思い出せ……一字一句、繋がる筈だ」

898 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:43:36.98 CobecYnF0 643/690

気付けば下り坂は終わりを迎え、ゆっくりと視界に千反田の家が見えてくる。

……俺は、答えを出せなかった。

こんな感じは初めてだった。

ヒントは確実に揃っている、しかし……いくら考えても答えが出る気がしなかったのだ。

それはもう……直接、聞くしか無いのかもしれない。

しかし俺はある事に気付いた。

結局、俺は千反田がただの病気では無いと……感じている事に気付いたのだ。

千反田の家が段々とでかくなっていく。

俺はそこで違和感を覚える。

通常なら……この時間、家族で夕飯を食べているか、談笑しているか。

あるいはそれが無い家庭でも、家の明かりはついている。

誰かしらが家には居る筈だ。 そうでは無い家も確かにあるかもしれないが……千反田の家はそういう家の筈。

しかし俺が今見た千反田の家には、それが無かった。

俺はようやく千反田の家の門前に着くと、どこか人気のある場所は無いか探す。

だが、いくら見回してもそれを見つけられない。

奉太郎「……誰も、居ないのか」

そんな、何故誰も居ないんだ。

……俺はあの日、里志にある事を聞いた。

沖縄に行き、三日目の夜。

千反田と伊原が花火をしていた時の事だ。

俺は里志にこう聞いたのだった。

899 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:44:04.09 CobecYnF0 644/690

奉太郎「里志、スイートピーの花言葉って分かるか?」

それに対し、里志はこう答えた。

里志「色々あるよ、でも一番有名なのは【別離】かな。 別れの花として有名だね」

そう、里志はそう言ったのだ。

その時だった、俺が嫌な推測を立ててしまったのは。

千反田は時間が無いと言っていた。

そしてスイートピー。

あの日、映画館に二人で行った日……千反田は俺に花言葉は知っているかと聞いてきた。

その二つを繋げると、千反田に待っているのは……別れ。

何故そんな事を千反田が言ったのかは分からない。

だが、それが今だとしたら?

千反田の家がもぬけの殻と言うのも……納得が行ってしまう。

これで終わりなのだろうか。

これで……俺と千反田は、終わってしまうのだろうか。

……いや。

そんな事はありえない。

絶対にありえないんだ。

千反田はこうも言っていた。

必ず、俺にその話をしてくれると。

……俺はその千反田の言葉を信じる。

誰が何と言おうと、例え俺の姉貴に言われても。

里志や伊原に言われても。

あの入須に言われても。

もう、終わりだと告げられても……

俺は、千反田の言葉を信じる事にした。

900 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:44:30.06 CobecYnF0 645/690

~三日後~

あれから一度も、千反田は学校に来なかった。

毎日電話をしたが……とうとう繋がることは無かった。

古典部の空気は大分暗く、気安い場所では無くなってしまっている。

だが俺は、毎日古典部へと足を運んでいた。

前触れも無く、千反田が来ると思っていたから。

そして今日も……俺は古典部へと足を向けていた。

すれ違う生徒の声が、ふと耳に入ってくる。

「そういえば、今日来てたらしいよ」

「え? 来てたって誰が?」

「H組のあの子、名前はなんだっけかな」

「あ、もしかしてあの有名な子?」

「そうそう、その子」

……

……

それは、千反田の事だろうか?

俺はそいつらにそれを聞こうと振り返るが、既に姿は無かった。

どこかの教室に入ったのかもしれないし、階段を使ったのかもしれない。

くそ、呆けていたのが失敗だった。

気付くのがもう少し早ければ、聞き出せていたのに。

それより! あいつが来ているのか?

なら、今は放課後……来るとしたら、あそこしかない。

そう思い俺は古典部へと向け、進む速度を上げる。

901 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:45:03.80 CobecYnF0 646/690

~古典部~

扉を開けると、里志と伊原が居た。

俺が一番居て欲しかった千反田は……居なかった。

奉太郎「……よう」

里志「ホータローも、噂を聞いたのかい?」

噂……それは、つまりあの事か?

奉太郎「千反田が、来ていたという奴か」

里志「そう、それだよ」

里志「僕と摩耶花もね、それを聞いて急いで来たんだけど……どうやら遅かったみたいだ」

奉太郎「……元々、ただの噂だろ」

奉太郎「最初から来ていない可能性だって、ある」

そうだ、俺は多分……良い様に解釈して、里志や伊原も俺と同じように噂話に流されていたんだ。

摩耶花「……それは無いわ」

……伊原がここまで言い切るのは、少し珍しい。

奉太郎「何故、そう思う」

摩耶花「これよ」

そう言い、伊原が手に取り俺に見せたのは……一枚の手紙だった。

いや、手紙と言うには少し文字の量が少なすぎる。

メモ、と言った所だろう。

奉太郎「……それは、千反田が書いたのか?」

摩耶花「間違いないわ、私……ちーちゃんの字は良く覚えているから」

摩耶花「私とふくちゃんもう読んだ、次は折木の番」

摩耶花「……はい」

奉太郎「……」

俺は黙ってそれを受け取った。

そこに、書いてあった内容は……


第28話
おわり

903 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:46:12.90 CobecYnF0 647/690

第29話

俺は伊原からメモを受け取り、目を通した。

そこにはいかにも千反田らしい、達筆な字でこう書いてあった。

『すいません、この様な形での挨拶となってしまいまして。』

『私は、本当に感謝しています』

『何度も私の気になる事を解決してくれて』

『私の事を、助けてくれて』

『今日の夜22時、約束のお話をします』

『あの場所で、待っています』

誰に宛てた物なのか、誰が書いた物なのか書いていないのは……多分、あいつが純粋に忘れていただけだろう。

……そういう奴だ、千反田は。

そして俺は……認めたくなかった。

こんなの、今日で終わりと言っている様で、認めたくなかった。

里志「どうするんだい、ホータロー」

奉太郎「……どうするって、何がだ」

摩耶花「あんたね、これちーちゃんが折木に宛てた物よ」

摩耶花「あの場所ってのは私達には分からないけど、あんたには分かるんでしょ」

奉太郎「……宛名が書いていない以上、決められんだろ」

里志「はは、ホータロー」

里志「いくら君でもね、それは少し……ね」

里志「僕も、さすがに怒るよ。 それは」

そう言われても、俺は……俺は!

摩耶花「……本気で言ってるの、折木」

……くそ。

904 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:46:51.73 CobecYnF0 648/690

奉太郎「仮に、それが俺に宛てられた物だとしよう」

摩耶花「あんた……!」

里志「摩耶花、いいよ。 続きを聞こう」

奉太郎「……それは、俺が考える事だろ」

奉太郎「お前らには……関係無い」

本当にそんな事、思っている訳ではなかった。

……それは言い訳か、どこかで少しでも思っていたから……口に出てしまったのだろう。

里志はもう言う事が無いと思ったのか、視線を俺から外し、外を見ていた。

摩耶花「……折木」

摩耶花「これだけは言って置くわ」

摩耶花「……ちーちゃんは」

摩耶花「ちーちゃんは……私の友達だ!」

摩耶花「お前に……! お前に関係無いなんて言われる筋合いは無い!」

奉太郎「……」

こんな、こんな伊原を見るのは初めてだった。

ここまで感情を昂ぶらせ、激昂している伊原を見たのは……

905 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:47:21.44 CobecYnF0 649/690

摩耶花「……あんたしか、居ないでしょ」

摩耶花「悔しいけど、あんたしか居ないのよ」

摩耶花「ちーちゃんを幸せにできるのは、折木だけなんだよ」

奉太郎「……まだ、千反田が不幸になるとは決まった訳じゃない!」

摩耶花「……っ!」

里志「ホータロー」

ふいに里志が、視線を変えず俺に声を掛けてきた。

里志「君も分かっているだろう?」

里志「千反田さんが学校を休み」

里志「そして今日、部室にメモを置いて行った」

里志「……何かが、何か良くない事が起きている事くらいは」

里志「僕や摩耶花にも分かる事なんだよ」

奉太郎「……そうか」

里志「今日はもう、帰ってくれないか」

里志「これ以上、今は君の顔を見たく無い」

奉太郎「……すまなかったな」

里志は明らかに怒っていた。

……それも、無理は無いか。

俺は最後にそう言い、部室を去る。

今日の、夜22時か。

……どうするか、だな。

906 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:47:47.44 CobecYnF0 650/690

~折木家~

時刻は既に、20時を回っている。

だがどうにも俺は、行く決心が付いていなかった。

……会えば、そこで終わってしまう。

なら会わなければ?

それもまた、終わってしまうだろう。

なら……なら俺はどうするべきなのか。

そして果たして、俺が千反田に会いに行く事で……あいつは幸せになれるのだろうか。

その事が一番、俺を引き止めていた。

俺が最後の約束を破り、千反田に嫌われてしまえば……そっちの方が、あいつにとっては良い事なのかもしれない。

……ああ、そうか。

あの時の千反田は、こういう気持ちだったのか。

あいつは俺に嫌われたかったと言った事があった。

その気持ちは、今の俺には痛いほど良く分かる。

……理解するのが、遅すぎた感は拭えないが。

そんな事を自室のベッドの上で考えていたとき、急に扉が開いた。

供恵「電話よ、里志君から」

奉太郎「……せめてノックしてから開けろ」

供恵「それはそれは、申し訳ございませんでした」

そんな冗談を言っている姉貴から受話器を奪い取り、耳に当てた。

907 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:48:14.18 CobecYnF0 651/690

奉太郎「……里志か」

里志「……やっぱりね、まだ家に居ると思ったよ」

里志「ホータロー、少し話をしようか」

奉太郎「……ああ、分かった」

里志「君は、今日行かないつもりなのかい?」

奉太郎「……まだ、分からない」

里志「いつまで決めあぐねているんだい?」

里志「君を待ってくれる程、時間はゆっくり動きやしないよ」

奉太郎「分かってる!」

奉太郎「……俺にもそのくらいは、分かっている。 だが……」

里志「……はあ」

里志「ホータローはさ、こう考えているんじゃないかな」

里志「今行ったとして、それは千反田さんにとって幸せなのか? とね」

奉太郎「……」

里志「沈黙は肯定と受け取るよ」

里志「やっぱりホータローは、優しすぎる」

やっぱり、とはどういう意味だろうか。

前に里志が言っていたの確か。

奉太郎「前と言っている事が違うぞ」

奉太郎「お前は俺を優しく無い、と言っていた気がするが」

里志「ああ、沖縄の時に言った事かな?」

奉太郎「そうだ、お前は確かに俺の事を優しく無いと言っていた」

里志「それは違う、僕が言いたかったのはね」

里志「自分に関して、だよ」

奉太郎「……自分に、関して?」

里志「そうさ、君は自分に対して優しく無さ過ぎる」

里志「それはつまりね、周りの人に対して優しいって事だよ」

奉太郎「……そんな事は」

908 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:48:40.45 CobecYnF0 652/690

里志「あるよ」

里志「今ホータローはさ、千反田さんにとって一番幸せになれる事は何か、って考えているね」

里志「そして今ホータローが取ろうとしている行動さえも間違いだけど……」

里志「それはね、ホータロー自身に厳しすぎる選択だよ」

里志「……少しはさ、優しくなった方が良いと思うよ」

奉太郎「……本当に、そう思うか」

里志「ああ、断言できる」

里志「君は今日、会いに行くべきだ」

里志「僕から言えるのはこれだけだね、後はホータロー自身が決める事」

里志「でも今日、もし行かなかったら……」

里志「その先は、やめておこうか」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「伊原には、悪いことをしてしまったな……」

奉太郎「今度ちゃんと、謝るよ」

里志「それは今日、ホータローの行動によるね」

里志「君が片方の選択を取れば、謝る必要は無い」

里志「だがもう一つの選択を取れば、しっかり摩耶花には謝って、仲直りして欲しいかな」

奉太郎「……ああ、分かった」

奉太郎「里志」

里志「ん? まだ何かあるのかい」

奉太郎「その、ありがとな」

里志「はは、ホータローから素直にお礼を言われるとは、僕もまだまだ捨てた物では無いかもしれない」

里志「それじゃあ、そろそろ失礼するよ」

奉太郎「……またな」

909 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:49:08.02 CobecYnF0 653/690

そう言い、電話を切る。

……俺は、自分に甘えていいのだろうか。

今すぐ、会いたい。

千反田の顔が見たい、手を繋ぎたい。

声が聞きたい、笑顔が見たい。

そんな感情に、甘えていいのだろうか。

俺は一度、リビングへ行きコーヒーを飲む。

そして、ソファーに寝そべる姉貴に向け、一つの質問をした。

奉太郎「なあ」

奉太郎「例えばの話だが」

奉太郎「一人は会いたいと思っていて、もう一人にとっては……会わない方が幸せかもしれない事があったとする」

奉太郎「そんな時の事なんだが、会いたいと思っている人間が姉貴だった場合……どうする?」

供恵「何それ、何かの心理テスト?」

奉太郎「真面目に答えてくれ」

供恵「はいはい、可愛い弟の頼みだからね」

供恵「私だったら、会いに行くよ」

奉太郎「何故? もう片方はそれで不幸になるんだぞ」

供恵「それはさ、片方が勝手に思っている事じゃない?」

勝手に、思っている?

供恵「だったら会うまで分からないじゃない、それが良い方に出るか悪い方に出るかなんて」

供恵「それにね、片方にとっては会わない方が確実に不幸になるんでしょ?」

供恵「そしてその行動は、相手にとって不幸になる事かもしれない」

供恵「ならさ、会うしかないでしょ」

……はは、これはおかしい。

俺は勝手に、千反田が不幸になると思っていたのか。

全部、俺が勝手に思っていた事。

随分と俺は……俺と言う人間を過大評価していたのかもしれない。

……馬鹿なのは、俺だったか。

910 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:49:41.83 CobecYnF0 654/690

奉太郎「……参考になった、ありがとう」

供恵「……なら良かった」

供恵「外は寒いからね、暖かくして行きなさい」

奉太郎「……全く、どこまで分かってるんだよ」

供恵「なあにー? 何か言った?」

奉太郎「いいや、なんでもない」

奉太郎「……行って来るよ、俺」

供恵「ふふ……良い選択よ、奉太郎」

時間は……21時。

まだ、間に合う。

約束の時間は22時……大分早いが、行こう。

それは多分、少なくとも俺にとっては幸せな選択だ。

……最後くらい、自分に甘えてもいいよな。

姉貴の言う通りにシャツを何枚か重ねて着る、上からコートを羽織り、俺は外に出た。

……うう、確かにこれは寒い。

雪でも、降るのでは無いだろうか。

時間はまだあるな、歩いて向かおう。

あの場所というのは……まあ、あそこだろうな。

911 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/29 22:50:12.66 CobecYnF0 655/690

~公園~

俺は千反田との約束の場所に着き、缶コーヒーを一本買う。

そしてベンチに座り、それをゆっくりと口の中に入れた。

冬の空気と言うのは、少し好きだ。

どこか新鮮な感じがして、心が透き通る感じがするからだ。

コーヒーをもう一度口の中に入れ、ゆっくりと飲み込む。

缶コーヒーはあまり好きでは無いが……今日のは少し、美味しかった。

10分……程だろうか。

約束の時間まではまだ結構あったが、足音が一つ近づいてくるのが分かった。

それは俺が一番会いたかった人で、一番会いたくなかった人なのかもしれない。

……これもまた、千反田の気持ちと一緒か。

こんな、最後の最後になってようやくあいつの気持ちが分かるなんて、やはり俺は馬鹿だった。

だがまだ、まだ終わった訳じゃない。

俺の選択が良い方に出るか、悪い方に出るか、それはまだ決まった訳じゃないんだ。

だから、俺は足音の方へと顔を向ける。

……予想通りの人物が、そこに居た。

奉太郎「……久しぶりだな」

える「……そうですね、随分と長い間、会っていなかった気がします」


第29話
おわり

927 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:40:10.76 eVP4bQtW0 656/690

第30話(最終話)

える「隣、いいですか?」

奉太郎「ああ」

千反田はそう言い、俺の隣に腰を掛けた。

奉太郎「……今日は、寒いな」

える「そうですね、今日はこの冬で一番の冷え込みらしいですよ」

奉太郎「なるほどな、それなら納得だ」

える「……あの」

える「もう少し、そちらに行ってもいいですか?」

奉太郎「……ああ」

すると、すぐ横に千反田を感じた。

本当に、すぐ近くに……

える「これで少しは、暖かいです」

奉太郎「……それは良い案だ」

える「……ふふ」

俺と千反田は本当に自然と、どちらからと言う事も無く、手を繋いでいた。

千反田の手はとても、暖かかった。

奉太郎「もうすぐで今年も終わりだな」

える「ええ、早い物です」

える「ついこの間、折木さんに会ったばかりの様な気がします」

奉太郎「……そうだな、俺もそう思う」

辺りは静かだった。

車や人通りはほとんど無く、時折……公園の周りに植えられている木が風に吹かれ、ざわざわと音を立てているだけだった。

える「あの時は本当に、びっくりしました」

奉太郎「……閉じ込められていた奴か?」

える「ええ、そうです」

える「思えばあれが、最初でしたね」

928 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:40:56.72 eVP4bQtW0 657/690

最初、か。

千反田の気になる事を解決した……最初の事件。

……事件と言うには少し大袈裟か。

奉太郎「半ば無理やりだったけどな」

える「そんな、酷いですよ……私、とても気になって仕方なかったんですから」

奉太郎「……まあ、それだけじゃ終わらなかったけどな」

える「ふふ、そうですね」

える「本当に色々ありましたからね、沢山……」

える「全部、折木さんが解決してくれました」

奉太郎「解決って程の事でも、無いだろ」

える「折木さんにとってそうでなくても、私にとってはそうなんですよ」

そういうもんか、解決という言葉の方こそ……大袈裟かもしれない。

える「いっぱい、お話しましたね」

奉太郎「そうだな、本当にいっぱい話した」

奉太郎「……これからも、だろ」

える「……」

俺のその言葉に、千反田は答えない。

える「……私の事、お話しましょうか」

奉太郎「……」

今度は俺が、答えられなかった。

その話を避けようと、俺はベンチを立つ。

奉太郎「何か、飲むか」

える「折木さんの奢りですか? それなら是非」

そう言い、千反田は笑った。

……ああ、こいつの笑顔を見るのは随分と久しぶりな気がする。

929 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:41:36.60 eVP4bQtW0 658/690

奉太郎「奢りだ、寒いしな」

理由になっていない理由を述べると、俺は自販機で紅茶を二本買った。

コーヒーでも良かったが、何故か少し……紅茶を飲みたくなった。

奉太郎「熱いから、気を付けろよ」

える「はい、ありがとうございます」

千反田に紅茶を一本手渡し、再びベンチに腰を掛ける。

俺が座り直すことで、千反田との間に少しの距離が出来ていた。

える「では、頂きますね」

それをこいつは、構う事無く再び埋める。

奉太郎「……ああ」

横から缶を開ける音がして、俺もそれに合わせて缶を開けた。

ゆっくりと、紅茶を口に入れる。

……やはり、俺にはコーヒーの方が向いているかもな……と思わせる味だった。

える「おいしいです、寒いから尚更、ですね」

奉太郎「……俺にはやはり、紅茶は向いていないかもしれない」

える「……私にコーヒーが向いていないのと、同じですね」

奉太郎「ある意味では、そうかもな」

える「……ふふ」

そのままゆっくりと、時間は過ぎて行く。

俺はずっと、永遠にこのまま一緒に居たかった。

……だが、さすがにそうはいかない。

930 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:42:06.58 eVP4bQtW0 659/690

える「それでは、私のお話……聞いてくれますか」

ああ、とか、分かった、とか……肯定をとにかくしたくなかった。

しかし、それでも……聞かなくては、ならないだろう。

……そうだ、聞いてから答えればいい。

答えを、出せばいいだけの話じゃないだろうか?

ならまずは、聞かなければ。

奉太郎「……話してくれ」

俺がそう言うと、千反田はゆっくりと口を開いた。

える「まず、どこからお話すればいいんでしょう……」

それを俺に聞くか、全く本当に、千反田はどこまでも千反田だ。

奉太郎「最初からでいい、時間はあるだろ?」

える「ええ、大丈夫です。 最初からお話します」

そして千反田は一つ咳払いをし、再び口を開く。

える「まず、春の事です」

える「皆で遊園地に行った時……その時の事は覚えていますか?」

奉太郎「ああ、覚えている」

奉太郎「確か……泊まりで行ったな」

える「ええ、そうです」

える「そして私は、途中で帰ったのを覚えていますか」

奉太郎「……ああ」

あの時はそう、千反田が家の事情とやらで……一足先に帰った筈だ。

……そうか、あの時が始まりだったのか。

931 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:42:58.86 eVP4bQtW0 660/690

える「私が家の電話で知らされたのは……父が、倒れたとの事でした」

える「そして私は、家に帰り……病院へと向かいました」

える「お医者さんが言うには……」

える「もう、目を覚ますことが無いかもしれない、との事でした」

……そんな、そんな事があったのか。

奉太郎「あの日の夜、確か俺はお前を呼び出したな」

奉太郎「……すまなかった」

える「いえ、折木さんが来てくれて、嬉しかったですよ」

奉太郎「そう言って貰えると助かる」

奉太郎「……それと最近、学校を休んでいたのは何があったんだ?」

える「……父の容態が急変したんです」

える「それで、病院にずっと居ました」

える「折木さんにはお伝えしようか、悩んでいたんです」

える「でも、やはり言えなくて……すいませんでした」

奉太郎「……そういう事だったのか」

奉太郎「お前が最近学校を休んでいた理由は分かった」

奉太郎「……それで、その後は」

える「……ええ」

える「何ヶ月経っても、父は目を覚ましませんでした」

える「その間、千反田の家には家を纏める者が居なかったのです」

える「そして、やがて親戚同士で話し合いが行われました」

える「……内容は、噛み砕いて説明しますね」

奉太郎「……少し、予想は付くかな」

える「次の千反田家の頭首は、という物でした」

932 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:43:27.15 eVP4bQtW0 661/690

奉太郎「なるほど、それで話し合いの末に決まったのは……」

える「ええ、私です」

える「……当然と言えば、当然だったのかもしれません」

奉太郎「……だが、その話は何故ここまで黙っていた?」

奉太郎「確かにお前の父親が倒れたのは……あまり、言いたくは無かったと思うが」

奉太郎「そこまで黙秘する理由が、あったのか」

千反田は再度、咳払いをした。

繋がっていた手が、少し……強く握られていた気がする。

える「……はい、ありました」

える「折木さんは、回りくどいのは好きでは無かったですよね」

える「ですので、簡単に伝えます」

える「私は、父の後継者として学ぶ事が沢山あるんです」

える「学校では習えない、事です」

奉太郎「……どういう事だ」

千反田は、少し間を置き……口を開く。

える「私は今年いっぱいで、神山高校を辞めます」

何を言っているのかが、理解できなかった。

単語の一つ一つさえ、組み立てられず……文にならない。

ゆっくり、ゆっくりと単語同士を繋ぎ合わせる。

そして、俺は全て理解した。

933 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:44:04.11 eVP4bQtW0 662/690


千反田が時間が無いと言っていたのも、意味深に花言葉の話を出したのも。

スイートピーの花言葉は、別離。

……なんだ、笑えるくらいそのままではないか。

しかしそれを、すぐに受け入れろと言うには……ちょっと今の俺には無理かもしれない。

奉太郎「……お前には、母親も居るだろう」

奉太郎「それでは、駄目なのか」

千反田は首を振り、答えた。

える「駄目なんです」

える「こう言ってはあれですが……母親は純粋な千反田家の者ではありません」

える「余所者に任せる訳には……いかないんです」

はは、やはり……住む世界が違うな。

俺には到底、理解が出来ない世界だろう。

奉太郎「……そういう事だったのか」

奉太郎「だが、何故それを今になって言ったのか……その答えにはなっていないぞ」

える「……それは」

える「私が、高校を辞めると言ったら……自惚れかもしれませんが、皆さんは悲しんでくれると思うんです」

える「そんな顔は、見たくありませんでした」

える「最後まで、最後までいっぱい遊ぼうと思っていました」

える「でも……気付いてしまったんです」

える「私は、折木さんの事を好きなんだな、と」

934 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:44:44.70 eVP4bQtW0 663/690

奉太郎「……」

千反田は、ちょくちょく俺の方を向くと笑顔になっていた。

それがどうしようも無く辛く見え、しかし俺には声を掛ける事さえできなかった。

そんな俺の思いには気づかず、千反田は続ける。

える「そして、思ったんです」

える「……折木さんに嫌われれば、後を濁さずに去れるのでは無いかと」

奉太郎「……それで、あんな事をしたのか」

える「はい、そうです」

える「でもそれは、間違いでした」

える「……私は弱いですから、意志の強さが」

える「折木さんの顔を見たら、嫌われるのが嫌になっちゃったんです」

とても、とても悲しそうに笑っていた。

俺は……俺には。

何も、出来ないのだろうか。

奉太郎「俺は!」

奉太郎「お前の事を嫌いになんて、絶対にならない!」

奉太郎「だから、だから……もっと楽しそうに、笑ってくれ」

える「……ふふ、ありがとうございます」

千反田は一度、紅茶を口に含んだ。

それをゆっくりと飲み込むと、話を続ける。

える「この間の、お返事がまだでしたね」

935 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:45:11.84 eVP4bQtW0 664/690

える「私も、好きです」

える「折木さんの事が、好きです」

える「他の女性の方と遊んでいるのを見るだけで嫉妬しちゃうくらいに、好きです」

える「折木さんと夜に会ったり、電話でお話した次の日も気分が良い位に、好きです」

える「折木さんの全てが、好きなんです」

える「……でも」

える「ごめんなさい」

何もかも、元通りにならないだろうか。

全て、無かった事に。

俺はゆっくりと夜空を仰ぐ。

冬の風が、痛い。

空を見上げると、ゆっくりと……何かが舞い落ちてきた。

……雪、か。

今日は寒かったからな。

それが俺の顔に辺り、溶けて行った。

936 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:45:43.35 eVP4bQtW0 665/690

奉太郎「……雪、降ってきたな」

える「……ええ、そうですね」

奉太郎「……寒いな」

える「……はい」

奉太郎「……千反田と居る時は、暖かかった」

奉太郎「……でも今は、少し寒いな」

える「……泣いているんですか」

……どうやら俺も、大分涙脆くなってしまったのかもしれない。

俺は自分が泣いているなんて事は思わなかった、雪が溶け、そう見えるだけなのだろうと。

……でも、千反田が言うからには……俺は泣いているのだろうな。

える「……折木さん」

千反田の声は、今までに無いほど弱々しかった。

その声は確かに俺の耳に届き、ゆっくりと千反田の方に顔を向ける。

振り向くと、やはり千反田の顔は俺のすぐ傍にあり。

937 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:46:12.41 eVP4bQtW0 666/690

いや、今までよりももっと、近くにあって。

そのまま……千反田は俺の唇に、自分の唇を重ねていた。

実際にはとても短い間だったのかもしれないが、俺にはそれがとても長く感じた。

やがて、千反田は離れていく。

える「……お別れのキスは、少ししょっぱいんですね」

奉太郎「……そうか」

これで本当に、終わりか。

本当に、全部。

……いや、まだだろう。

まだ、まだだろう、俺。

お前には、言うべき事がまだあるだろう。

全部、全部を良い方向に向ける、一言が。

千反田の顔を見て、言えばいいんだ。

後、一年待ってくれるか、と。

千反田の人生に、俺を巻き込んではくれないか、と。

お前の人生を、俺に手伝わせてくれないか、と。

……一緒に、一緒にずっと歩こう、と。

そう言えば、全てが良い方向に行くだろ、俺。

938 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:46:58.45 eVP4bQtW0 667/690

……だが、状況は最悪を極めていた。

何が最悪なのかと言うと……

俺はここ数年、自分でもいつからかは分からないが、モットーを掲げてきていた。

そのモットーとはつまり、やらなくてもいいことなら、やらない。 やらなければいけないことなら手短に。

そんな、そんなモットーが俺に一つの考えをよぎらせてしまった。

それはつまり。



これは、本当にやらなければいけない事なのだろうか?



その考えがもたらすのは、最悪だった。

口を開いて、言葉を言おうにも……口が開かない。

言おうとしても、邪魔されて言えない。

たった……たった一言、一緒に居ようと言うだけで、全部良くなると言うのに。

どうにも、どうにも俺は言えなかった。

そして……

える「……そろそろ、行きますね」

939 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:47:26.23 eVP4bQtW0 668/690

千反田はそう言い、ベンチから腰を上げる。

俺もそれにつられ、腰を上げた。

公園を出て、千反田は再び俺の方に振り向く。

える「本当に、今までありがとうございました」

える「私はとても、幸せでしたよ」

える「大好きです、折木さん」

える「それでは」

える「……さようなら、折木さん」

奉太郎「……ああ」

千反田は、また……とは言わなかった。

明確に、さようならと……別れの言葉を俺に告げた。

段々、段々と千反田の姿が小さくなっていく。

道路の脇に植えられた木の枝に雪が付き、その間を歩く千反田の後姿はとても、綺麗だった。

まるで桜道を歩いているような、そんな錯覚さえも覚えた。

千反田の姿はどんどんと小さくなり、もう少しで見えなくなってしまいそうな時に。

ふと、千反田が振り返った。

940 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:47:56.37 eVP4bQtW0 669/690

……そうか、俺は本当に、どうしようもない馬鹿だ。

なんで、なんでそんな簡単な事も分からなかったのだろう。

俺は今まで、何をしてきたんだ。

自分を思いっきり、殴り倒してしまいたい。

千反田の顔は、はっきりと見えた。

その、今にも泣き出しそうな顔を見て、俺は全てに気付いたのだ。

……千反田は、待っていた。

俺が、さっき言おうとして言えなかった言葉を言ってくれるのを。

ずっと、待っていたんだ。

しかし、もう俺の声は千反田には届かない。

走って行くにしても、どうにも足が動かない。

やがて……千反田は再び歩き出し、俺の視界から……居なくなっていた。

……全部、終わったんだ。

941 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:48:25.45 eVP4bQtW0 670/690

俺はもう一度、先ほどのベンチに腰を掛けた。

泣くなよ、全部終わっただけではないか。

そうだ、これこそが省エネではないか。

俺が、折木奉太郎が望んでいた事ではないか。

……全部、最初に戻っただけだ。

千反田の笑顔も、泣き顔も、悲しんだ顔も、全部。

今まであいつと話した時間も、手を繋いだ時間も、一緒に遊んでいた時間も、全部。

俺があいつに好きだと言った事も、あいつが俺に好きだと言ってくれた事も、全部。

全部……

全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部

942 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:49:14.23 eVP4bQtW0 671/690

無くなった、だけではないか。

そう思い、瞼を一瞬強く下ろした。

再び目を開けた俺に見えたのは、どこまでも灰色で……地球の果てまで行っても灰色しかなさそうな、世界だった。

なんだ、こんな事か。

……なんだよ、たったこれだけの事、今までずっと見ていたじゃないか。

見慣れた、光景ではないか。

……駄目だ。

いくらそう考えようとしても、駄目なんだ。

……俺には、千反田が必要だ。

しかし、それはもう遅すぎる……手遅れだ。

省エネ主義なんてくだらない事さえしていなければ、こんな大きなツケが回って来る事も無かった。

……帰るか。

俺はそう思い、ベンチから腰を上げた。

公園を出て、家に向かう。

……これから一年、いや……死ぬまで。

随分と、長い時間となりそうだな。

943 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:50:04.96 eVP4bQtW0 672/690

しかし、そんな俺にも一つだけ希望があった。

……希望と言うには少し大袈裟かもしれないが、確かに希望があったのだ。

それは、公園の周りに植えられた木や、雑草の中で。

一輪だけ植えられた、ガーベラの花だった。

それはもしかすると、ただの夢だったかもしれない。

俺が物事を前向きに捕らえようとして、勝手に見た妄想だったのかもしれない。

だが、俺はそれでも確かに見たんだ。

しっかりと、綺麗に咲いているガーベラの花を。


第30話
おわり

最終章
おわり

945 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:51:16.58 eVP4bQtW0 673/690

30.5話

それからは本当に、灰色の毎日だった。

俺はついに……全てを終わらせてしまったのだ。

冬休みが明け、今日は登校日。

歩く学生達は皆、新年を迎えたという事で爽やかな顔をしていた。

それに俺は何も感じない、ただ、元気な奴らだな……と思うだけだった。

教室に行き、先生の話を聞く。

里志と伊原には既に説明をしてあった。

伊原は泣きじゃくっていたし、里志にしても俺が今までほとんど見たことの無い、泣き顔を見せていた。

始業式が終わり、午前中の内に放課後となった。

……H組には一通り目を通したが、当然、千反田の姿は無かった。

俺は結局、する事も無く古典部へと足を向ける。

そして、古典部の扉に手を掛けると、ゆっくりと開く。

946 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:51:45.60 eVP4bQtW0 674/690

そこには、一人の女子が居た。

黒髪は背中まで伸びていて、体の線は細い。

そいつはゆっくりと振り返る。

イメージに反して、目は大きかった。

それは……そいつは。

奉太郎「……千反田?」

947 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:52:13.65 eVP4bQtW0 675/690


しかし、その言葉を発したのと同時に……全てが泡のように消えた。

窓際になんて誰も居ないし、俺に振り向く人も居ない。

奉太郎「……そうか、そうだよな」

俺はそのまま、ゆっくりといつもの席に着いた。

やがて……伊原と里志も部室に顔を出し、いつもの席に着く。

里志「……なんだか、少し広く感じるね」

奉太郎「……そうかもな」

摩耶花「……それに、なんか静かすぎ」

奉太郎「……そう、だよな」

奉太郎「……席、一つ空いちゃったな」

里志「……うん、そうだね」

摩耶花「……今年の古典部、何すればいいのか分からないよ」

948 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:53:09.74 eVP4bQtW0 676/690

やはり、駄目だ。

……くそ、また俺は泣いてしまいそうになっている。

この涙脆さは、あいつから移ってしまったのだろうか。

……最悪の、プレゼントだな、全く。

そんな事を思っていた時だった。

……ふと、気配を感じる。

それは伊原や里志も一緒の様で、全員が扉に視線を釘付けにしていた。

薄っすらとだが……人影が見える。

俺はこの時、何故かこう思った。

あの時咲いていたガーベラは、俺の妄想ではなく……実際に咲いていたんだ。

力強く、咲いていたんだ。

何故そう思ったのかが分からない程急に浮かんできた考えだった。

そして、古典部の扉はゆっくりと、少しずつ、開かれて行った。


第30.5話
おわり

949 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 13:53:41.93 eVP4bQtW0 677/690

以上で第30.5話、おわりとなります。

そして本日を持ちまして

奉太郎「古典部の日常」

は完結となります。

981 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:46:30.44 eVP4bQtW0 678/690

~おまけ~

私は、待っていました。

折木さんの言葉を、優しい言葉を。

左右に植えられている木は、雪が積もり……まるで、桜の様でした。

……これからは、私は一人で歩かなければなりません。

どんなに気になる事があっても、自分でなんとかしなければならないのです。

982 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:47:26.96 eVP4bQtW0 679/690

……

最後に一度だけ、私は振り返りました。

折木さんは未だに、私の事を見ていて……

私もそれに気付き、できるだけ楽しそうに、折木さんに笑顔を向けます。

……そして、前に向き直り、私は一歩一歩進みます。

折木さんは最後まで、私の望んでいた言葉を言ってくれる事はありませんでした。

ですが、それもまた……折木さんらしくて、素敵です。

984 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:48:53.71 eVP4bQtW0 680/690

……ああ、もう、振り返れません。

今日は、泣かないと決めたのに。

最後の別れくらいは、元気な千反田えるで居ようと思っていたのに。

でもそれも、ばれなければ問題ありません。

今振り返ってしまったら、全部、折木さんには分かってしまうでしょう。

なので私は振り返りません。

……やっぱり、しょっぱいですよ。 折木さん。

985 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:49:45.89 eVP4bQtW0 681/690

涙は、いくら歩いても止まることがありませんでした。

……そうでした、私は何故、言葉を待っていたのでしょうか。

自分から、私から言えば、それで良かったのでは……無いでしょうか。

でも、もう遅いです。

私はもう、歩いてしまっているから。

振り返る事も、立ち止まる事も、もうできないかもしれないです。

それでもやっぱり私は、折木さんの事が大好きです。

986 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:50:13.06 eVP4bQtW0 682/690

絶対に、絶対にこの思い出は忘れません。

例え何年経っても、何十年経っても、私の心の中で生き続けます。

……それくらいなら、許されてもいいですよね。

その思い出は、足枷なんかではなく、私を強くしてくれる、立派な力なのですから。

ふと、風が後ろから強く吹いてきました。

私はそれに、自然と振り返ってしまいます。

987 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:51:04.06 eVP4bQtW0 683/690

……ふふ、やっぱり私は、意志が少し弱すぎるかもしれないですね。

そして、私の視界には既に……折木さんの姿はありませんでした。

私は再び前に向き直り、まだ雪が舞い落ちて来ている空を眺めます。

真っ暗な空から、白い雪がチラチラと散っていて、とても幻想的な光景でした。

988 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:51:37.00 eVP4bQtW0 684/690

える「……でも、ちょっと寒いです」

私は独り、そう呟くと足を再び動かします。

ゆっくり、ゆっくりと。

……さあ、これからは忙しくなりそうです。

気持ちを、どうにか切り替えましょう!

……私、頑張りますよ。 折木さん。

なのでどうか、折木さんも頑張ってください。

いつか、いつかもう一度……会えると信じて。

989 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 16:52:33.70 eVP4bQtW0 685/690

以上で終わりです。

今度こそ、奉太郎「古典部の日常」は完結となります。

本当に、本当にありがとうございました。

990 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/09/30 16:55:39.63 LcrPA5JB0 686/690

乙(´;ω;`)


991 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/09/30 16:57:10.40 +UMcqWGP0 687/690

強く生きろよ
えるたそ……

995 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/09/30 17:33:27.08 klWcQrJNo 688/690

氷菓は原作もアニメも全然分からなかったけどこのssで興味が湧いたよ。
良い作品をありがとう

998 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/30 17:50:07.14 eVP4bQtW0 689/690

本当に、本当に今までありがとうございました。

次回作

える「古典部の日常」

も是非宜しくお願いします。

1000 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/09/30 17:54:02.67 +UMcqWGP0 690/690

>>998
>える「古典部の日常」
な、何だって!

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