全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5
刃が通らない。
その巨大な怪物。愛らしい顔をした魔物は実に不思議な生き物だった。
デュラハンの振るう魔剣。
打ち込み速度も威力も、なに一つ申し分ないそれを“クイーンスライム”の肌は通さない。
デュラ「……」
クイーン「ふふーふ。さあ、観念しなさいっ」
元スレ
魔王「世界征服、やめた」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338846241/
合体によってスライムの知能もあがっていた。
打撃や斬撃と言った物理攻撃にめっぽう強くなっていることも理解している。
内気で怖がりな人格ではなく、立派な一匹の魔物としてデュラハンと対峙していた。
デュラ「もっと……もっと、疾く……」
ダンッ。と床を踏み抜くほどの力でデュラハンは地を蹴った。
爆発的な推進力を生み出し、剣を抱え自身を弾丸へと変化させ突進した。
弾丸はクイーンスライムの腹部へと直撃し、切り裂こうと力を加える。
クイーン「むっだあぁっ!」
けれど弾丸はクイーンスライムの腹部を貫くことはなく、ぽよん。
と間抜けな音と共にデュラハンを吹き飛ばした。
間抜けな音とは裏腹に豪快な音を立ててデュラハンは壁へと突き刺さった。
ガラガラとレンガが崩れ、衝撃の大きさを物語っている。
デュラ「……」
──もっと。
もっと力が欲しい。
魔剣に意識を奪われながらも、デュラハンは自身の意識の中でそう呟いた。
負けたくない。
“魔物”なんかに負けたくない。
デュラ「イヤ……もう、アレはイヤ……」
フラッシュバックする生前に刻まれた最後の記憶。
負ければまたそれを繰り返すのかと、無意識に身体が跳ね上がった。
デュラ「イヤ。イヤ……負けない、負けたくない……魔物なんかに、魔物なんかに……っっ!」
デュラハンの思いに、魔剣が呼応した。
剣に内包された魔力が放出する。
それは今までに魔剣によって斬られた者たちの魔力。
斬られ、殺され、魔力を剣によって食われ蓄えられた力。
真の持ち主である“ベルセルク”の手にかかった犠牲者の数は計り知れない。
その桁違いの魔力をデュラハンは受け取った。
デュラ「うぐっ……あ゜あ゜あ゜っっ!!」
体中に狂い走る膨大な魔力。
ここに一人。
枠を踏み越えた新たなる魔人が誕生した。
……。
…………。
………………
─魔王城 最地下─
くっくっ。
と漏れるような声が響いた。
暑くもなく、寒くもない。
時の進み方すら感じられない部屋の中央にその堕天使は鎮座していた。
アスモ「……今日はよう面白いことが起きるものよな」
目を瞑りながらにやりと口角を上げる。
今、魔界のあちこちで巨大な魔力と魔力のぶつかり合いが起こっていた。
空の上では魔王と巨人の王が。
草原ではガーゴイルと、リッチが。
そして城内ではデュラハンが暴れ回っている。
アスモ「魔王は──ふむ。魔王剣を起こせたか、よいよい。これで戦いになると言うものよ」
意識を天上へと向け、まるでその戦いを観戦してるかのように呟いた。
事実、アスモデウスには全てが見えている。
アスモ「ガーゴイルは──ああ、不味いな。今のリッチには手が出ぬだろうよ」
ガーゴイルの実力は解っている。
けれど、それを踏まえても今のリッチは力を跳ね上げていた。
アスモデウスの勘定では、魔王剣を使わぬ魔王と同格の戦いを演じられる程だろうとまで評価されている。
ガーゴイルの劣戦は火を見るよりも明らかだった。
アスモ「ふむ……おお、おお。これは面白い、実に面白い」
意識を城内へ移すと、そこではデュラハンが魔剣から大量の魔力を受給していた。
種族の壁を越えた者がまた一人生まれる。
アスモ「くくっ……まさかベルセルクの魔剣を手にするとはの」
愉快そうな声を上げる。
デュラハンの変貌はこの戦いで一番と呼べるほど、大きなものだった。
アスモ「成長、いや進化と呼ぶに相応しい。過程を三つ四つ吹き飛ばして成りおったわ」
愉快愉快と笑い声を漏らす。
アスモデウスにとって、王座を巡る戦いなど瑣末なことだった。
この城が誰の所有物になろうが関係ない。
アスモデウスのやることはただ一つ。
──玉座へ座る者へ魔力を分け与える。
ただそれだけなのだから。
魔王城内で吹き荒れる魔力の暴風。
身体から湧き上がる震えをアラクネは必死に抑えていた。
アラクネ「こん、な…………」
隣ではそう言ったことに疎いはずのスキュラですら身体を震わせている。
「ヤダ、ヤダ」と首を横に振っていた。
噴出す汗に敵の力が尋常じゃないことは嫌でもわかる。
一体なにが起こったのかアラクネは全く理解できないでいた。
アラクネ「スライム娘じゃ相手にならない……」
一目見て解るほどにある絶望的な力の差。
魔力の高。
おそらくは、外に居るガーゴイルですら手に追えない化物。
デュラハンの魔力が強すぎて、城外の魔力が察知できない。
巨大な魔力を身近で浴びた為に感覚が麻痺していた。
スキュラも同様である。
アラクネ「今、私たちに出来ることは……」
落ち着け、と自身の心に言い聞かせる。
敵は強大。どれだけ足掻こうと戦いで勝てる相手ではない。
ならば、従者としてなにをすべきなのか。
アラクネは必死で考えた。
スキュラ「うー……うー……」
スキュラは既に怯えきっている。
情けないと笑うことは出来なかった。
アラクネもデュラハンの姿を見て既に戦意を削ぎ落とされている。
これはもう戦いではない。
クイーン「あうあう……ど、どどど、どうしたらぁ……」
広間ではクイーンスライムがただただ怯えていた。
先ほどまで強気だった姿は見受けられず、その巨体をぷるぷると震わせている。
クイーンとは名ばかりの、ただのスライム娘へと精神が退化していた。
アラクネ「あー……うー……」
頭を痛める。
やること。しなければいけないこと。
従者として。
副従者長として、すべきこと。
アラクネ「はあ……」
絶望の中、いつもの要領で溜息がこぼれた。
アラクネは副従者長として、自分の成すべきことを行動に移そうと決意する。
やれやれ。そんな言葉が脳裏を横切った。
アラクネ「スキュラッ」
スキュラ「おぉぉ……?」
怯えるスキュラの両肩を抱く。
目線を合わせ、強く語りかけた。
アラクネ「良い? 時間がないから一回しか言わないわよ」
スキュラ「う……?」
アラクネ「貴女は城に居る非戦闘員の爺様方を連れて、裏門から避難して」
魔王城に席を置く老兵たち。
彼等ではスライム娘よりも役に立たない。
従者として城のことを考えるのならば、一つでも命を散らせてはいけないとアラクネは判断した。
デュラハンがこの後どういった行動に出るかは想像もつかない。
けれど、城内の魔物を生かして戦いを終結させるとは思えなかった。
スキュラの腕の数と腕力であれば、避難は容易。
頭が弱いとは言えスキュラは従者長だ。
魔物たちの信頼もそこそこだがある。
避難は比較的容易に出来るだろうと、アラクネは判断した。
スキュラ「お、おー……わかた……」
アラクネ「よろしい。頼んだわよ、スキュ……従者長」
スキュラ「あ、アラクネ……は? どど、どうす……る?」
スキュラの問い掛けに一瞬の間が出来る。
アラクネは震える体を無理矢理に止め、笑顔を作った。
アラクネ「あの子たちも、避難させなきゃね」
視線の先にはスライム集合体……クイーンスライムが涙を流し、うろたえていた。
スキュラ「うう……わ、わたしも──」
アラクネ「──さっ、行動よ。副従者長のお仕事には部下の面倒も含まれてるんだからね」
スキュラの言葉を遮るようにアラクネは場を締めくくった。
これは私の、副従者長の仕事なのだと従者長のスキュラにわからせる。
スキュラ「アラクネ……」
アラクネ「なに柄にもない顔してんの、フラグを立てないで頂戴な」
スキュラ「……し、死死死んじゃ、だめだよ」
アラクネ「当たり前よ。私はただ、部下を回収しに行くだけなんだからね」
そう言い放ち、アラクネは広場へと跳躍した。
その多脚にはクナイを握り、表情に曇りはない。
アラクネ「魔王城従者隊 副従者長 アラクネ。参ります……」
誰に言うともなく、彼女は小さく呟いた。
……。
…………。
………………
──ミシッ。
敵の拳が腹部に突き刺さる。
幾度となく殴られた体の耐久力は、元の強靭な肉体とは思えぬ程に弱っていた。
魔王「ガッ……ハッ…………ッッッ」
衝撃で吹き飛ばされる小柄な肉体。
けれど、受身を取り体勢だけは崩すまいと踏ん張り魔王はすぐさま立ち上がってみせた。
魔王「くっ……何本か折れた……骨が折れるなんて初体験だよ、まったく……」
左手で腹部を触る。
耐久力、回復力を上回るダメージに表情が歪んでいた。
──主は闘うのが下手なようだな。
右手に持つ魔剣が口を出す。
どうやら自身を振るう使用者の力量に不満を持っているようだった。
魔王「わたしはインドア派なものでね……」
──なるほど。剣を持つよりは本を持つ方が好みと言うわけか。
魔王「わかってるじゃないか。その通りだよ」
──で、あれば死ぬだけだ。
魔王「……」
軽口の応酬。
先ほどから魔剣と軽い言い合いになるも、口では勝てなかった。
口なんてないくせに、ペラペラと良く喋るものだなと魔王は内心で皮肉を呟いている。
魔王「そんなことは置いといて、ヤツの腕はあと何本残ってるんだっけ?」
──見えている両腕を入れて十三だ。主よ、異空間程度は目で見れるようになって貰わねば困るぞ。
魔王「はいはい。十三本ね」
魔王剣の減らず口には付き合わず、必要な情報にだけ耳を傾ける。
巨人の相手だけで手一杯なのに魔王剣の相手をしている余裕などなかった。
魔王「くそう……まだまだあるなあ……」
魔王剣の覚醒後、飛躍的に魔力の使用効率は上がった。
三十近く残っていたヘカトンケイルの腕も十三まで減らし、残りの魔力もそこそこ残っている。
──だが、足りない。
魔王「……だね」
魔王の魔力はもう底が見え初めていた。
魔王剣による破球を生み出すとしたら残り二回。
二回では、ヘカトンケイルを消滅させるどころか腕を滅却することも出来ない。
状況は絶望的だった。
──これはいよいよもって覚悟を決めるべきだな、主よ。
魔王「はあ……本当に、それしか方法はないのかな」
──断言しよう。ない。
魔王「もっとこう、隠された力とかないの? 実は沢山魔力を溜め込んでました、みたいなの」
──ない。第一に我は魔力を使用者に分け与えるとは逆の、喰らう側の存在だ。
魔王「ああ、ああ、そうだったね……」
魔王剣はただひたすらに使用者の魔力を喰らう。
その高によって攻撃力の上限が決定される魔剣だった。
魔力の使用用途は百パーセント浪費。
溜め込み、ましてや使用者に授けるなど論外であった。
──クライマックス。と言うやつだな、主よ。
魔王「珍しい言葉を知ってるんだね」
──我は博識でもあるのだ。
魔王「ああ、そう……」
腹を据えて、覚悟を決める。
リハーサルなしの一発本番。
魔王剣の本当の使い方。
それをしなければならない。
今の自分に出来るのか、なんて考える贅沢すら許されない。
出来なければ拳に砕かれ死ぬだけだと痛いほど理解している。
魔王「はーあ……ほんとにインドア派なんだけどなあ……」
愚痴をこぼしながらも、魔王剣を手にする腕に力を入れる。
これが最後の攻撃だと全身の細胞に言い聞かせた。
──さあ、主よ。我を使いこなしてみよ。
深く息を吸って、吐く。
一瞬の間を持ち魔王は身体を躍動させた。
魔王「はあああぁぁぁぁ!!!」
似合わない咆哮。
けれど、魔王の表情には戦闘に楽しみを見出す魔族の笑みが浮かんでいた。
一瞬の油断、気の緩み。
瞬きすらも彼女には許されなかった。
“クイーンスライム”は敵の放つ恐ろしいほどの魔力量に怯え、合体が解けてしまっていた。
部下であるスライム娘たちを背に産まれたての化物と対峙する。
デュラハンは膨大な魔力に翻弄されているらしく、戦闘は先ほどよりもたどたどしい。
それゆえ、アラクネは今も尚その命を繋ぐことが出来ていた。
アラクネ「くぅっ……!!」
デュラハンの斬撃が首の皮一枚を掠る。
チリチリとした熱い感触と、寒気が身体を駆け巡り続けていた。
デュラハン「……」
デュラハンの動きが止まる。
剣を無造作に振り回し、ああでもない。こうでもないと言った具合に感触を確かめ始めた。
アラクネ「好機っ!」
手に持っていたクナイを投擲する。
狙うは防具の隙間。ダメージにならずとも良かった。
生身に刃先が掠りでもすれば、毒が通う。
アラクネが体内で精製し、クナイに塗りたくった毒は神経毒。
それは獲物の体内を一瞬で巡り動きを奪う──はずだった。
アラクネ「……ッチ」
思わず舌が鳴る。
もしかしたら、と抱いた淡い期待は脆くも崩れ去った。
命を削る毒はアンデッドに効果がない。
けれど、動きを奪う類の毒であれば……と一縷の望みを託したもののデュラハンの動きは一向に止まらなかった。
それどころか身体にクナイが突き刺さってることに気付いてすらいない。
未だ納得がいかないらしく大剣を振り回し、型の確認をしている。
ただ振り回すだけのものから剣技へと。
次第にデュラハンの振るう剣には鋭さが増していった。
アラクネ「よし、勝てない」
元より勝てるとは露ほどにも思ってはいない。
必要なのは時を稼ぐこと。
デュラハンの攻撃を受けつつ、彼女は広間に粘着質の糸をこれでもかと張り巡らせていた。
これで逃げる位の時間を稼げるだろうと計算している。
アラクネ「今のうちにスライムを連れて逃げ……」
──フォン!!
デュラハンが思い切り剣を振り、空を鳴らす。
準備は整った。逃がさないと態度ではっきり示している。
アラクネ「……させて貰えないですよねぇー」
諦めが彼女の脳裏を過ぎる。
どうにかして、スライム娘たちだけでも。そんなことばかりを考えていた。
デュラハン「……」
そんなアラクネの思考など露知らず、デュラハンは彼女へと邁進する。
足に絡みつく粘着質の糸。
通常の魔物であれば絡んだだけで動きは鈍り、行動を制限されるアラクネの糸。
けれどデュラハンの纏う圧倒的な魔力の前に糸は意味を成さなかった。
チリチリと触れるだけで糸が切れてしまう。
それだけ、今のデュラハンとアラクネには魔物としての差が出ていた。
アラクネ「防ぐのは無理、だけど──」
避けて、時間を稼ぐ。
諦めかけていた心を立て直す。後ろでぷるぷると震えるスライム娘たちを前に、諦めることなど出来る訳がなかった。
アラクネ「(大丈夫。冷静になれば、避けれなくはないっ)」
デュラ「…………」
──ゴウッッ!!
横薙ぎの攻撃。
肉厚の剣が、空を切り裂きながらその身へと迫る。
アラクネ「良し、これなら────」
デュラハンの攻撃に対し、身をギリギリまで伏せることでアラクネは避けようとした。
速度の乗った打ち込み。けれど、軌道を完全に読まれた剣撃は対象に当ることはない。
デュラ「……ッッッッ!!」
アラクネ「──なっ」
信じられない光景だった。
迫り来る線での攻撃。それが、速度はそのままで面へと変化した。
デュラハンは腕力でもって、無理矢理に剣の握りを変えた。
斬るのではなく叩き付ける。
鉄塊との正面衝突。
それはこの戦いを終結させるには充分な威力を持っていた。
バンッ。と広間に響く鈍い音。
吹き飛ばされ、壁へと突き刺さるアラクネ。
体中に痛みが響き渡り、頭いっぱいに警笛が鳴り響いている。
アラクネ「あ──やば……」
動かない。指一本、自分の力で動かすことが出来ない。
意識だけが鈍く周囲を認知していた。
デュラ「……」
スライム娘A「あ、あわわわ」
スライム娘B「ふっ……ふくじゅうしゃちょーが……」
スライム娘C「ふぐぅっ……ひっく……」
部屋の片隅で集まり震えるスライムたち。
デュラハンはその光景を目にするも、興味を欠片も示さなかった。
それよりも、今の戦いに納得がいかなかったのかまたぞろ剣を振り始める。
デュラ「……」
今のは剣技ではない。ただの力技だと自身で理解している。
剣技。それは彼女が魔物を討つために磨いてきた財産であった。
アラクネ「……」
掠れゆく視界の隅でそれをただ見ることしか出来ない。
ああ、だけど良かった。どうやらデュラハンはあの子らに興味がないようだ、とアラクネは安心していた。
恐らくは素振りが終われば私は殺されるだろう。
見逃される理由がない。
朦朧とする意識の中、デュラハンの素振りが静かに終了した。
デュラ「……」
視線がアラクネへと向く。
止めを刺そうと、ゆっくり獲物へと足を伸ばす。
アラクネ「ふふっ……」
もう声は出ない。
力の抜けるような笑い声だけがこぼれていた。
剣を突き刺そうと魔剣を構える。
その時だった。
デュラ「……?」
魔剣が声なき声を上げ、哭き始めた。
アラクネを突き刺そうとするデュラハンの意思に反し、城門の方へと剣の意識が向く。
デュラ「……ッッ」
城門を斬り破れ。
魔剣からの命令をはっきりと感知した。
目の前に獲物がいると言うのに、魔剣はアラクネに興味を示していない。
刃を突き立てれば命と共に魔力を得ることが出来る。
にも関わらず、魔剣は城門を斬れと言っている。
デュラハンには理解出来なかった。
デュラ「……」
口惜しそうにアラクネへと一瞥を残し、背を向け城門へと歩み寄った。
目の前にそびえる巨大な城門。
理由はわからない。
魔剣は理由まで語ろうとはしなかった。
ただ、斬れと。そう伝わってくる。
デュラ「……斬る」
前に立っただけでその城門が分厚く、頑丈な物だと言うことはわかった。
けれど、今の自分なら。この魔剣なら斬ることが出来る。
そう確信を持って、彼女は剣を十字に振った。
──ギコン。ギコン。
──ゴゴゴゴゴ。
ゆっくりと、剣線にそって門が裂ける。
門が破れたその瞬間。
城内から、城外から。
中と外から魔力の入流出が巻き起こる。
スライム娘D「ぴゃぁっ!」
スライム娘E「あうあうぅ……ひぃぃ」
スライム娘F「なんなのぉ……」
魔王城城門。
それは、魔力を防ぐ効果を持つ魔防壁の役目を担っていた。
この門のため、デュラハンの得た巨大な魔力の痕跡は外に漏れることはなかった。
逆もまた然り。
デュラハンがアラクネに止めを刺そうとした時。
城外ではリッチが規格外の魔力を手に入れ、受肉していた。
魔剣は城門によって遮られていた魔力を感知し、さっさとあちらへ行けと促していたのだった。
より、上質な“エサ”の方へと。
デュラ「……そういう、こと」
門が破壊された今、リッチの魔力はデュラハンでも用意に察知することが出来る。
強い。果てしなく強い。感じ取れる魔力量だけで相手の力量がわかった。
魔剣から流れてくる激情。
戦え、叩け、潰せ、殺せ。
デュラ「あぅ……うう、うう……」
再び塗りつぶされる思考回路。
ただ、闘うために彼女は決戦の草原へと身体を走らせた。
それは、全て素手による作業だった。
受肉前は骸骨だった為に身を隠すものもない。
装備以前に見に纏う布すらないのだから、それも頷ける。
ガーゴイル「……」
リッチ「うふふ……」
見るも無残な姿。
両手をもがれ、両翼は粉々に粉砕されている。
先端が斧のような形状を持つ尻尾も根から引き抜かれていた。
大地に跪く姿は“大臣”と呼ばれた魔物の姿からは想像しえない姿に成り果てている。
リッチ「さて……と」
ガーゴイルに意識はもうない。
紅く灯っていた両眼も今は暗く、なにも写してはいなかった。
悠々とガーゴイルの横を歩く。
すでに召喚されたゴーレムたちも砕いてある。
邪魔するものは、もういない。
リッチ「私が魔王よ……」
くすくすと笑いが込み上げてくる。
愉快でたまらなかった。
とうの昔に崩れ去った美貌。
それを、条件付とは言えこの手に取り戻した。
後はこの姿を維持するために玉座を手に入れるだけ。
簡単なことだった。
満願成就。
これを成しえるために。このためだけに、彼女は種族を糧とした。
リッチ「ふふっ」
そこに罪悪感などない。
醜い、汚いだけのアンデッドが自分の糧になれたのだからさぞ嬉しいだろう。
そう思っているほどである。
なんの後ろめたさも抱いてはいない。
リッチ「~~♪」
思わず鼻歌まで飛び出てくる。
そほどリッチの気分は高まっていた。
──ギコン。ギコン。
──ゴゴゴゴゴ。
リッチ「うん?」
奇妙な光景が目に入った。
城門に走る十字の剣線。
ゆっくりと、城門が崩れ落ちる。
それと同時にとてつもない魔力を魔王城から感知した。
リッチ「……ッッ」
知らない。
まるで感じたことのない魔力だった。
今の魔王城にこのような高い魔力を持った魔族はいないはず。
しかも明確な敵意を自身へと放っている。
誰だ。
検討もつかない。
弛緩していた表情は何時の間にかキツいそれへと変貌している。
一筋の汗が頬を伝った。
リッチ「……」
ゆっくりと、影が近づいてくる。
ゆっくり。ゆっくり。
ゆらゆら、高い魔力がまるで陽炎のように作用され姿が見えない。
リッチ「……お前は」
やがて対峙する魔王クラスの魔物二体。
それはかつて、首を刎ねた者と刎ねられた者。
主人であり従者。
リッチとデュラハンの数時間ぶりの再開であった。
けれど、両者。
お互いに知る姿とはほど遠い容姿。魔力を有している。
リッチ「誰かと思ったら、デュラハン。あなただったの」
デュラ「……」
リッチ「なあに? その剣。その剣のお陰でそんなに強くなったのかしら」
デュラ「……」
語りかける主に対し、従者はなにも言葉を発さなかった。
ただ、黙って語りに耳を傾けている。
リッチ「ふうん……」
嘗め回すようにデュラハンの全身を見渡す。
十中八九、その剣の影響を受けて魔力が跳ね上がっている。
魔力。リッチにとってアンデッド族の魔力はエサに等しい。
自らが生み出したデュラハンであれば、身体ごと吸収するのは容易なことだった。
リッチ「まあ、どうでも良いっか。対して役に立たなかったけど、最後に良い仕事をしたようね」
デュラ「……」
ゆっくりと手を伸ばす。
掌をデュラハンに向け、薄っすらと笑みを浮かべた。
リッチにとってこれは予期せぬ収入だ。
魔力の高に驚きはしたが、その主がデュラハンであれば問題はない。
問答無用に自身に取り込むことが出来る。
その肉体もろとも吸収し、また強くなる。
そう考えていた。
リッチ「おかえりなさい、デュラハン」
──。
────。
──────。
リッチ「……どう言うこと?」
自身の肉体に還るはずだった魔物は今もなお眼前にいる。
戻らない。
なんど試そうが同じことだった。
デュラハンがリッチに還る事はない。
死体だったデュラハンに魔力を与え動けるようにしたのはリッチである。
アンデッドの女王たる彼女からすれば、自らの作り出した子の生殺与奪は簡単に行えるはずだった。
リッチ「……ッッ」
理解し難いことだが、考えられなくもない。
デュラハンの制御。管理者が書き換えられている、と。
リッチが分け与えた魔力を膨大な魔力で書き換え、制御下から離れている。
だとすれば納得がいく。
今、対峙している魔物はリッチの部下であるアンデッド・デュラハンではない。
向けられる敵意。
リッチ「そう……私に牙を剥きたいのね……?」
デュラ「……う。…………す……せ…………」
会話になっていない。
リッチの声はデュラハンに届かず、ぶつぶつと静かに呟いていた。
闘う闘う闘う闘う闘う闘う返せ闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘
う闘う闘う闘う闘う返せ闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う殺す殺
す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すすすすすすすすすすすすすすすすすすす。
デュラ「あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜!!!!!!」
──ドンッ。
まるで魔力が火柱のように昇り立った。
魔剣から流れる激情を全て受け入れる。
剣を力強く握り、デュラハンは“自らの意思”でリッチへと刃を向けた。
リッチ「良いわ、来なさい。石像相手じゃ物足りなかったのよ」
デュラ「う゜う゜う゜う゜ぅぅぅぅ……!!」
魔界が揺れる。
激突する二つの力は、各々が魔王と同格のそれであった。
生み出される破球。
形ある物。命ある者。
有象無象を消し去る、破壊の塊。
全てを平等に打ち砕く、全能の攻撃。
魔王剣から放たれるそれをヘカトンケイルは正面から受け止めた。
一本。二本と消し飛んでいく腕。
五本、六本、七本。
ヘカトン「…………ッッッ!!」
余っていた十三の腕。
その内の七本を消費し、破球を防ぐ。
目算して魔王の魔力は殆ど残されていない。
あと一撃、耐えて終わる。
残りの腕は残り六本だが、乗り切れる。
空間に納まっていない二本の腕は、言わば利き腕だった。
失えば再生するのに必要とする時間は他の腕の数倍はかかる。
けれど、利き腕を使えば恐らくは両腕で破球を消し去ることができるだろう。
最後の破球を生み出し魔力を使い切れば魔王は動けない。
そこで戦闘は終了する。
後は踏み潰すなりなんなり、いくらでも対処しようがある。
思ったよりも削られた。そんなことをヘカトンケイルは思っていた。
──パンッ!
腕を犠牲に破球を爆ぜる。
あと一球、凌いで終わりだ。
そう思い込んでいた。
魔王「────はあああぁぁぁぁ!!!」
破球の裏。
魔王はその小柄な身体を破球の裏に隠し、同時に突進していた。
ヘカトン「ぬっ!」
魔王剣に目が行く。
本来、刃がないそれには鈍く黒光りする刀身が生えていた。
使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。
それは、技量のない未熟な者が使った場合での使用方法だった。
精神を集中し研ぎ澄ませ、圧縮した魔力を刃状に留める。
およそ斬れぬものなど無い最強の刃。
その斬れ味は次元すら切り裂くほどであった。
前代の魔王は魔王剣を“剣”とし自在に操り、魔王の座に着いていた。
ヘカトンケイルの脳裏に苦い思い出が蘇る。
かつて、全ての腕をあの剣に叩き斬られ敗北した。
その刃を振らせる訳にはいかない。
幸い、魔王の供給する魔力は乏しく刀身の長さはそれほどに長くない。
魔力が多ければ多いほど、刀身を伸ばすことや形状を変えることが出来る。
けれど、それをこの場面でしないということは“出来ない”という事であった。
──勝った。
一手足りない。
魔王剣を振る前に、この拳でもって魔王を吹き飛ばすことが出来る。
ヘカトン「終わりだ」
振り抜かれる巨大な拳。
ガードをせねば確実に全身の骨が砕かれる威力をもったそれが、魔王の身体へと襲い掛かった。
──。
────。
──────。
魔王「……はあ?」
どうにも場違いな、間の抜けた声。
その声を投げかけられた相手は魔王剣だった。
──どうしても一手足りない。
魔王「……」
──主よ、足りなければどうすれば良い。
魔王「……」
その答えはさきほど、魔王剣から聞かせられている。
しかし、口にはしたくなかった。
魔王「他になにか案は?」
──ない。
魔王「キッパリと……」
──腹を据えるのだ、主よ。元より無傷で勝てる相手ではない。
魔王「でもさ、わたしにだって生活ってものがあるんだよ」
──それは勝てた後にある未来だ。死ねばそんなものはない。
魔王「減らず口を……」
──さあ。相手は待ってくれぬぞ。
魔王「むう……」
──腕の一本。安いものじゃないか。
──。
────。
──────。
魔王「あああ、もうッ!! 知らないッ!!」
迫り来る拳。
ガードすべきその攻撃に対し、魔王は左腕を突き出した。
ヘカトン「ッッ!?」
────。
音にならない、鈍い音。
骨が完全に砕け肉がひしゃげる。
その攻撃は完全に魔王の耐久力を上回っていた。
突き出された左腕。
骨が砕かれ、肉から尖ったものが飛び出る。
衝撃に耐え切れず肉片が飛び散り、終いには骨すらも筋から離れ散華した。
魔王「ひぎっっっ!!」
──耐えろ! 勢いを殺させるな!
左腕が完全に消し飛ぶ。
けれど、その代償に拳の勢いを相殺することに成功した。
魔王「こんなに痛いのは、産まれて初めてだ……」
時がゆっくりと流れる感触を魔王は味わった。
全てがスローモーションに思える。
ヘカトンケイルも次なる行動を起こそうとしている。
が、一手足りない。
どう足掻いたところで、魔王の攻撃を防ぐ手立てをヘカトンケイルは持ち合わせてはいなかった。
躍り出るヘカトンケイルの頭上。
障害物はなにもない。
魔王は躊躇なく、残された右腕に握る魔王剣を振るった。
────── 死ね ──────
透き通るような声。
その声の主は、未だ幼さが残る少女。
この魔界を統べる王のものであった。
……。
…………。
………………
巨大な魔力と魔力の衝突。
空の上で魔王とヘカトンケイルが激突している最中、地上でも二つの力がぶつかり合っていた。
リッチ「ッチ」
デュラハン「……ッッ!!」
重たい、肉厚の大剣を羽のような軽やかさで振り続けるデュラハン。
リッチと言えど魔力の源である魔剣の攻撃を直接受けることは出来なかった。
繰り出される攻撃を避け続ける。
振り回していただけの攻撃は、今や剣技と化し避け続けるのも難しくなってきていた。
リッチ「デュラハンごときが……」
大きくバックステップをし、距離を取る。
距離を取らされること自体が屈辱であった。
リッチ「素手じゃ面倒ね」
──つぷっ。
背後に手を回し、自身の首根っこを掴む。
指が皮膚を貫き自らの骨を掴んだ。
リッチ「う゛……あぁぁぁ……」
──ズルッ、ズズズ……。
掴んだまま骨を引き抜く。
首裏から背骨が姿を現し、全てを引き抜くとそこには“蛇腹剣”のような物が握られていた。
リッチ「……ふぅ」
デュラ「……」
その異様な光景を目にするも、デュラハンの心は些かも波立たなかった。
殺す。それだけが胸中を渦巻いている。
デュラ「あああ゛っ!!」
大地を踏み抜き、リッチへと突進する。
空気を切り裂きながら魔剣を振り下ろす。
──ギャリッ!
デュラ「ッ!?」
今までに聞こえなかった音が剣から響く。
リッチの蛇腹剣が、振り下ろした魔剣を“撃ち落した”音だった。
地中深くに刀身が突き刺さる。
上方から加えられた攻撃により、ワンテンポ次へと移る動作を送らされた。
リッチ「ふふっ」
その隙を逃さない。
クンッ。と手首を返し、鞭を操るように蛇腹剣を振ると剣先は意思でもあるかのようにデュラハンの腹部へと突き刺さった。
デュラハン「ぐっっっっっっ!!」
切っ先は勢い弱まることなく甲冑を貫き、デュラハンの腹部を貫通した。
そのまま無造作に蛇腹剣を振るう。
魔剣を握ったままのデュラハンはまるで人形のように草原へと討ち捨てられた。
リッチ「さあ、立ちなさい。まだまだでしょう?」
デュラ「……」
ダメージはなかった。
元々アンデッドの痛覚は鈍く出来ている。
それに加え、魔剣の影響で痛覚は完全に消えていた。
腹を貫かれようが切り裂かれようがダメージはない。
デュラ「ううう……」
魔剣からも今も流れ来る激情の波。
再びデュラハンはリッチへと攻撃をしかけた。
縦に、横に。
時には跳躍し、回転し。
魔剣を操り連撃し続ける。
リッチ「ふふっ! ふふっ! 当らない、当らないねえ」
魔力量は互角。
しかし、デュラハンの攻撃は当らずにリッチの攻撃だけは当り続ける。
痛みがないとは言え、肉体を削られ次第に動きが鈍くなっていく。
リッチは嬲るようにデュラハンの身体を削いでいった。
デュラ「…………」
刃が届かない。
攻撃域の違いが出ていた。
デュラハンの攻撃は魔剣による直接的な斬撃のみ。
対するリッチは伸縮性のある蛇腹剣での中距離攻撃だった。
魔力の使用方法にも差が出ている。
力の使い方に長けたリッチは魔法を使い、環境を変化させる小細工を弄していた。
足場を悪くし、動きを鈍く。分身を生み出し惑わせる。
どれもこれも大した効果は望めるはずがない。
苛立ち。焦り。
ちょっとした隙を作れればそれで良かった。
リッチ「宝の持ち腐れね……その魔力は私が全部吸収してあげるから、安心なさい」
完全に経験の差が現れていた。
純粋に生きた年数が違う。
“生きた”と表現するには語弊が生まれるが、デュラハンなどリッチからすれば産まれたての子ども同然だった。
いかに魔剣を駆ろうと、その力を存分に振るえなければ意味がない。
力に振り回されているだけだ。
そのような攻撃が、リッチに当るはずがない。
デュラ「う゛う゛う゛……」
苛立ちが膨らむ。
斬りたいのに斬れない。殺したいのに届かない。
デュラ「あ゛あ゛あ゛っっ!!」
ちまちまと攻撃を繰り返しても埒があかない。
ギリギリで当らないと言うのなら、思い切り魔力を込めてその高で粉砕すれば良い。
ありったけの力を。
全ての魔力を一撃に込めて、巻き込んでやる。
デュラ「ゆ……い………お…………い。……せ……せっ」
──許さない。お前だけは許さない。
──返せ。
──私の頭を。
デュラ「返せッッッ!!」
魔界が激しく揺れた。
うず高く掲げられた魔剣に魔力が集中する。
チリチリと巻き上げられた草が魔力で焼かれ、朽ち果てていた。
レベルの低い魔物であれば呼吸をすることすら困難なほど、濃い魔力がデュラハンを集中に発散されている。
正真正銘、渾身の一撃を込めていた。
リッチ「……ふふっ」
その光景を見てもなお、リッチは笑みを止めない。
魔力の高は脅威だが当らなければそれは意味をなさない。
避けて、終わりだ。
デュラハンに止めを刺し、霧散した魔力を吸収しさらに力を付ける。
デュラ「私の頭を────返せええええええええええええ!!!!」
リッチ「だぁーーーーっめ!!」
繰り出される最強の一撃。
全ての魔力を込めた、最後の一撃だった。
リッチ「ふふっ! こんな怒りに任せた攻撃が当るわけ────」
きっとそれは、様々な偶然が重なり起こった出来事だった。
──ドシュッ。
リッチ「──えっ」
じわり。
背後から、貫かれる。
受肉したために作られた臓器。
心臓の部分から無骨な“岩のような物”が突き出ていた。
ガーゴイル「……」
リッチ「死……に、ぞこない……がぁぁぁ!!」
この短時間に再生させるには尻尾だけが限界だった。
けれど、それは充分すぎる一撃足りえる。
ガーゴイル「止めを刺さぬその慢心が、お前の命取りよ」
リッチ「ごっみっの……分際でぇぇ、ッッッツ!!」
慢心。
受肉し、力を得たからこそ生まれたもの。
常の彼女であればありえない手の抜きよう。
それが最後の最後で、命の駆け引きで彼女が敗れた理由だった。
デュラハン「うわああああああああああ!!!!」
鳴き声のような、断末魔。
その声にのせ振り下ろされる魔剣の一撃。
奪った者と奪われた者。
両者の幕引きを飾るに相応しいものであった。
……。
…………。
………………
※全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5

