全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5
そうと決めてから動き出すのに、さほど時間をかける必要はなかった。
巨人の元へはわたしが。
城にはガーゴイルと従者たちが居れば問題ないのだから。
全てを迅速にこなせば、また平穏を手に入れるのに時間などかからない。
魔王「じゃあ、留守は任せたよ」
ガーゴイル「全く……」
ガーゴイルはぶつぶつと未だに文句を垂れている。
最後までわたし一人で行かせることに反対していたけれど、そこは、ねえ?
元スレ
魔王「世界征服、やめた」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338846241/
魔王「十中八九、動いてくるだろうからね」
ガーゴイル「でしょうな」
魔王「帰ってきたら城が臭くなってる……とかは簡便だよ」
ガーゴイル「魔王様こそ、あまり遅い帰りにならないようにお願い致しますよ」
魔王「わかってる。なるべく早く済ませる」
ガーゴイル「……」
ちょっとちょっと。
ここで黙られたらなんか、わたしが死ぬみたいじゃないか。
止めてよね。
死ぬつもりも“ヘカトンケイル”に花を持たせる気も毛頭ないのだから。
さっさと蹴散らして、わたしがわたしらしく生きられるようにするだけなんだからさ。
ガーゴイル「魔王様」
魔王「ん」
ガーゴイル「お気をつけて」
魔王「お前もな」
さて。
思い切り背伸びをしてから、ガーゴイルと魔王城門に背を向け“飛竜”に跨る。
飛竜「ピュイ!」
“大甲竜”へ乗り込むよりも手軽で良い。
魔王「心配性な家臣を持つと苦労する」
わたしはそう一言だけ溢し、飛竜と共に空を舞った。
……。
…………。
………………
ガーゴイル「門番を務めるなど、幾百年ぶりか。記憶を辿るも思い出せぬわ」
魔王城 城門。
城門の前にはただ一体の石像が鎮座していた。
従者である“スキュラ”や“アラクネ”の姿はない。
ガーゴイルただ一人が巨大な門を守っていた。
城内に住む魔物たちの申し出を全て退け、自身の意思で一人門番をこなしている。
***
スキュラ「た、闘うー? ……う?」
アラクネ「はてさて。忙しくなりそうね」
スラ娘A「がっ、がんばります!」
スラ娘B「がっ、がったいしておこうか!?」
スラ娘C「じゃっ、じゃあ……AからHまでのこにれんらくしなきゃっ!」
慌しくなる城内。
まるで全員が全員、魔物同士の戦闘が起こることを予期しているようであった。
──いや、主等は城内で防御に徹していて貰う。
ざわざわと戦支度をする従者室に響く声。
その声の主は、大臣であるガーゴイルのものであった。
スキュラ「おー、つまり? ……つまり?」
アラクネ「……我々は戦わなくて良い。と?」
ガーゴイル「とは言っておらん。城内を頼むと言っている」
アラクネ「外からの攻撃は如何するおつもりですか?」
ガーゴイル「私が立つ」
城内に居ろ。と通達したガーゴイルに対して噛み付いたアラクネが溜息を吐いた。
ガーゴイルが門番として立つと言うことは、自分たちの出る幕などないと言うこと。
大人しく命令を聞くのが一番だと、魔界に住む大抵の魔物であればそう理解する。
アラクネ「一つお尋ねしても?」
ガーゴイル「うむ」
アラクネ「仮想敵の戦力を考えると、勝算の程は?」
ガーゴイル「“数”と“数”であれば問題ない。しかし、懸念はある」
今、魔界領土の中で活発な動きを見せているのが西方領だった。
東方領、及び南方領は通常通り。
逆に、不気味なほど動きを見せないのが北方領だった。
ガーゴイル「西ほどわかり易ければ、どれほどやりやすいか」
アラクネ「ですね。まあ、いざとなれば何時でも出るので言って下さいな」
ガーゴイル「そうならないように、祈るばかりだな」
***
ガーゴイル「(各地でアンデッドの活動が活発になっておる……来るか。リッチよ……愚か者めが)」
大地へと伝わる魔力の脈動。
それをガーゴイルは感知し、各地の動向を探っていた。
予想が確信へと変わる。
魔族同士の戦争が始まることを。
ガーゴイル「……」
魔像の両眼が真紅に灯る。
血の通わぬ体に魔力が駆ける感覚が満ち満ちた。
忘れかけていた感覚を身体が思い出す。
気分の高揚。高鳴り。闘争心。
久しく忘れていた魔族の本質が顔を出した。
……。
…………。
………………
巨人の城は地上に存在しない。
天に座す天空城。
巨大な山がそのまま切り取られ浮上したかのような大陸。
それこそが巨人の“国”であった。
魔王「おー、巨人共がわらわらとまあ」
飛竜から見下ろす浮遊大陸。
城を囲むように巨人たち……“サイクロプス”や“オーガ”などが門番をしている。
魔王の放つ隠す気のない巨大な魔力に反応し、彼等は殺気立っていた。
魔王「ん、ここいらで降ろしてくれ」
優しさを感じさせるトーンで飛竜に話しかけ降下する。
降り立った場所は“ヘカトンケイル”が住まう居城よりだいぶ離れた場所だった。
魔王「あまり近づくとお前が危ないからね。逃げてなさい、必要になればまた呼ぶから」
飛竜「ピュイッ」
魔王の言葉を理解し、飛竜は飛翔した。
巨人の大地へと一人取り残される魔王。
その両眼は既に灼熱のように燃え盛っていた。
──ズン。 ズン。 ズン。
魔王の来訪を知り駆け寄る巨人たち。
足音が地鳴りのように響き、うるさいほどだった。
魔王「ハハハッ、随分とまあ素早いじゃないか」
あっと言う間に取り囲まれる魔王。
そのサイズの違いは赤子と大人ほどの差がある。
魔王「……」
サイクロプス「殺ス、死ナス、命令」
オーガ「グルル……」
殺気立ち、今にも襲い掛かってこようかと言う雰囲気の中。
魔王は静かに言い放った。
魔王「退け、雑魚共。魔王様の御成りだ」
慈悲もなく。容赦もなく。
次の瞬間、周囲は血と肉の集積場へと成り果てた。
魔王「……カカッ」
顔面に飛び散った血飛沫を舌で舐め取る。
味など感じもしなかったが、戦いの実感を得るには充分な素材だった。
空気が乾燥していた。
魔界は地域によって、それこそ人間界のように風土が異なっている。
湿気が異常に高い地域もあれば、逆もまた然りで乾燥している大地も存在している。
しかし、魔王城近辺の風土は常に一定。
魔界でも一番安定した空気を保っている地区である。
にも関わらず、誰しもが肌の乾燥を覚えるほどに空気に水分が足りていなかった。
魔王城を囲む平原。
それをぐるりと囲むように、なにかが蠢いた。
どろりと纏わり付くような陰湿な空気と、乾燥した空気が交わり異様な雰囲気が魔界中心部。
魔王城周囲に渦巻いている。
──フフッ。フフッ。
一層濃い、暗がりの中から一匹の魔物が這い出てくる。
“死王”である“リッチ”が現れた。
リッチ「あんまりにも想像通りすぎると、逆に怖いものだねえ……」
眼球の欠落した双眸から紫煙が中空へと発散される。
リッチはお気に入りの煙管を吹かしながら、魔王城を見つめていた。
魔王は先ほど巨人の移住地へと飛び立った。
今現在、城に魔王はいない。
リッチ「あの城は今日から、あたしのもんだよ……フフッ」
外から見れば余りにも無謀。
魔王が巨人の王である“ヘカトンケイル”との死闘で勝利するやもしれぬ。
その可能性も捨てきれぬと言うのにリッチは動いた。
失敗すれば自身の未来はないであろう賭けとも言える行動を取った。
リッチ「(魔人王の坊やは動いてくると思ったけどねえ……あたしが思ったほど、情報を持っていなかったってことかねえ)」
城さえ落としてしまえば。
城を手にし“玉座”さえ手中にすれば、あとはどうとでもなる。
自身にはそれだけの器があるし、どうとでもなると確信もしていた。
リッチ「さて……行こうかねえ。一世一代の晴れ舞台に……」
ぐつぐつと、まるで煮え滾るマグマのように地面が沸き立つ。
湧き上がるのは熱ではなく、暗く黒い念。
もはや毒に近いそれらから生まれ出でる亡者の群れ。
今はなき“デュラハン”が人間の真似事で編成していた“第一騎兵軍”が姿を現す。
リッチ「そう言えば、先代デュラハン。あの子は随分と長いこと生きていたねえ……」
思えば惜しい事をしたなとリッチは思った。
長生きをしたからこそ、自身の思惑を逸れ勝手な行動を取ったものだがあの魔物の功績は大きかった。
亡者兵をそれなりの錬度で軍隊風に仕上げもしたし、片腕として長いこと扱ってきていた為に魔王とも面識があったほどである。
生きていれば此度の進軍でも大いにその腕を振るっていただろう。
リッチ「次からはもうちょっと、教養を重視しないとねえ……」
最も問題だったのは馬鹿であったことだと、内心で毒を吐く。
リッチ「さ。過ぎ去ったことは仕方ないねえ……今ある駒を使うとするよ」
まるで四足獣のように両手両足を大地へと押し付ける。
双眸の奥が真紅に灯った。
リッチ「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
嗚咽のような声をあげながら、その口から黒い煙のような物を吐き出す。
徐々に、徐々に広がるそれらは増殖しながら魔王城を囲うように侵食していく。
──ぐつぐつ。ぐつぐつ。
煮え滾る、黒き怨念。
“第一騎兵軍”の総量を遥かに凌ぐ量の亡者が文字通り“湧き出て”きた。
リッチ「さ゛あ゛……は゛し゛ め゛よ゛う゛か゛い゛……」
何千。
何万と増殖し、増え続ける死霊、怨霊、亡者。
腐れ、爛れた肉体を撒き散らせながら。
腐臭を帯び、全てを呪うような声をあげながら。
魔王城を混沌の坩堝に引き摺りこむべく、
四王・魔界西方領統治者。死王・リッチが戦いを仕掛けた。
……。
…………。
………………
風が乾燥した空気を運んできた。
湿度を含まないそれは、岩肌にさらなる乾燥を与え心地良さを感じさせる。
ガーゴイル「……」
魔王城、城門。
仁王立ちをするように一匹の魔物が遠くを睨んでいた。
ガーゴイル「腐れが……来よったか……」
乾燥した空気に混じる、淀んだ空気。
魔王城近辺は既にガーゴイルの領域であった。
その領域を侵す者。
正体は割れている。
既に生身の魔物たちは城内へと避難させていた。
今回の闘争は“生物”と“生物”の戦いではない。
およそ肉体を持った者が立ち入れる類のものではなかった。
そんなガーゴイルの前に、コロコロと髑髏が一つ転がり込んでくる。
髑髏はカタカタと身体を震わせ、声帯などないはずのソレが音声を発し始めた。
???「久しいねえ……」
ガーゴイル「……」
???「おやおや、挨拶も返してくれないのかい?」
ガーゴイル「貴様。どう言う心算だ」
???「どうもこうも、ありゃしないよ……あたしは、昔っからその席に座りたかったんだからねえ……」
ガーゴイル「身の程を知るには充分過ぎるほど生きたと思うがな」
???「足りないねえ。足りないよ、足りないのさ。あんな西っ側を貰ったところでこれっぽっちも満たされやしないねえ」
ガーゴイル「……」
???「ねえ、ガーゴイル。出来ることなら、あたしも子どもたちをあたら殺したくはないんだよねえ」
ガーゴイル「同感だ。腐れとは言え、魔界の同胞を討つのは気が病む」
???「腐れ……腐れねえ、言ってくれるじゃないか」
ガーゴイル「退け。今ならまだ──」
???「──冗談は顔だけにおしよ」
ガーゴイル「……」
???「交渉決裂……いや、交渉にもなりゃしないね。フフッ、フフッ」
ガーゴイル「時間の無駄だな」
???「ガーゴイル。あんた一匹であたしの子らと闘うつもりかえ?」
ガーゴイル「……」
???「フフッ。フフッ……見物だね。魔界でも図抜けた実力者のアンタがジリジリ齧られ削られていく様は」
ガーゴイル「このような端技、使う機会こそすらなかったが……」
???「……?」
会話など無駄。
そう言わんばかりに、ガーゴイルはその岩石で出来た体の両肩から生える巨翼を広げた。
両眼が朱色に燃え上がる。
両手両足を大地に衝き立て、まるで獅子のように吼え大地を震わせる。
──衝撃。
その咆哮へ合わせるように巨翼が舞う。
強烈な突風が巻き起こり、声を発していた髑髏が弾け飛んだ。
無残に転がる髑髏の眼から見える景色。
ガーゴイルが咆哮と翼を羽撃かせる度に、土中から“ゴーレム”が湧き出でてきた。
ガーゴイル「傀儡を産むなど造作もない……」
“数”であれば問題ない。
対戦前にアラクネに放った言葉は真意であった。
あたら能力の無い亡者兵など、ゴーレムで事足りる。
ガーゴイルはリッチと同格の“無機物の王”たる力の持ち主であった。
ガーゴイル「さあ。はじめようか」
“数”と“数”。
“無機物”と“亡者”の戦いが始まる。
魔界・大臣。ガーゴイルが戦いに応じた。
─巨人の天空庭園─
一人の小柄な少女を取り囲むように群がる人型の魔物群。
大きさの感覚がズレてしまいそうになるほど、サイズの差は歴然だった。
魔王「……ふう」
“ヘカントンケイル”が座すであろう城まであと一歩のところまで来ている。
飛竜の背に乗り、降り立った地からこっち。雑魚共の猛襲は続いていた。
ボロ雑巾のように千切っては投げ、魔王の来た道は屍山血河と成り果てている。
魔王「退け、と言っているのに……」
尚も魔王を先へ行かせまいと立ちはだかる巨大なる肉の壁。
それらを振り払おうと、両腕に魔力を集中し近辺を掃討しようとした時だった。
──〓〓〓〓.〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓〓.
聞き慣れない、高周波のような音が魔王の鼓膜を振動させる。
キィィィ。キィィィ。耳に入る不可解な音。
その音が合図だったかのように、巨人の群れは魔王から離れていく。
魔王「……?」
ゾロゾロと、まるで道を作るかのように巨人たちは動いた。
魔王と城とを繋ぐ一本の道。
頭を垂れ、忠誠を誓う形を取る巨人族。
魔王「……なるほど」
ズン。と大きく島が揺れる。
ゆっくりと近づく振動。その根源はすぐに魔王の視界へと訪れた。
ヘカトン「……」
魔王「ヘカトンケイル。貴様の登場がもう少し遅ければ、巨人と言う種が滅ぶところだったぞ」
魔王の心は荒れていた。
普段は気にしている言葉遣いさえ、乱暴なものに変化している。
ヘカトン「……」
魔王「わたしももう限界なんだ、ここでヤろうじゃないか。それと雑魚は撤退させた方が良い、外を見るような加減は出来ない」
ヘカトンケイルを視認した瞬間。
魔王の身体を巡る血液と魔力が沸騰しそうになった。
肌で感じる敵意。相手の身体から発散されている悪意剥き出しの魔力。
全てを叩き壊したいと魔王の本能が全身に訴えかけている。
ヘカトン「〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓」
魔王「へえ」
先ほど耳に入った音の正体が解けた。
ヘカトンケイルが部下へ命令を送る際の、言語のようなもの。
元々、巨人族の頭はそれほど出来の良いものではない。
一度に大量の部下へ命令を伝達させるためには、通常の言語ではなくこのような特殊な電波を用いて発信するのが便利であった。
ヘカトン「払いは済んだ」
魔王「一つだけ断っておきたいのだけど、今さら話し合いなんてことは?」
ヘカトン「無粋」
魔王「だよね」
ヘカトンケイルの言葉を受けて魔王が俯く。
その口角はニヤリと上がり、見様によっては歓喜に震えてるようにさえ思えた。
……。
…………。
………………
魔王「────ガッ!?」
ザン。ザン。と、まるで小川を水切りのように渡る小石のように魔王の肉体が弾け飛ぶ。
側頭部から思い切り殴られた。
魔王「ぐっ……」
ヘカトンケイルからは一時も目を離してはいない。
けれど、魔王の視界は一瞬の内に回り衝撃は身体中を駆け抜けた。
不意打ち。
と言うにはあまりにも不可解な攻撃。
一体どのようにして殴られたのか、魔王には皆目検討も付かなかった。
魔王「ふう」
ヘカトンケイルは初期位置から移動していない。
殴られ吹き飛ばされた今も追撃をしようと動く気配すらない。
余裕なのだ。
魔王など、取るに足らぬと言う雰囲気がありありと見て取れる。
魔王「……」
ギュッ。と思い切り拳を強く握る。
この怒りを、苛立ちを。あの憎たらしい顔に。
顔面に。
思い切り、思い切り。
魔王「(叩き付けてやる……)」
ここまで激情に駆られたのは初めてかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えながら、魔王は空中庭園の大地を蹴った。
地が抉れるほどの加速。
初動の速さを見せ、一足飛びでヘカトンケイルとの距離を詰める。
魔王「もらっ──」
紅く光った両眼の光。
それが残光となり、弾丸のような軌跡を作るほどの速さで突進する魔王。
けれど。
魔王「──ガッ、アッ!?」
あと、少し。
ヘカトンケイルの顔面へとその拳を叩き付けられると確信したその時。
魔王の身体が地面へと叩きつけられた。
上方から、思い切り殴られる衝撃が突き抜ける。
魔王「……ぐっぅ」
うつ伏せの状態で、まるで蠅のように無残な姿を見せる魔王。
しかし屈辱を感じる暇はない。
背中から感じる危機感。
それは形となって直ぐに現れた。
魔王「ッチ!」
両手で後頭部を多い、魔力を防御へとまわす。
魔王はうつ伏せのままヘカトンケイルの追撃を受けることになった。
──ゴッ、ゴン! ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
魔王「ギッ……!!」
全身に走り抜ける衝撃。
まるで百の腕を用いて、思い切り殴られ続けているかのようであった。
降り注ぐ暴力の嵐。
恐らくは拳から放たれているそれらはひたすらに魔王の小柄な身体へと降り注ぎ続けた。
そんな中、魔王は両の眼を見開き目にしていた。
うつ伏せの状態で、殴られ続けながらも視線を上げ、ヘカトンケイルの姿を睨み続ける。
魔王「(見た。見たぞ……)」
尚も続く集中砲火。
止まぬ拳の豪雨の中で、魔王は自分の失態を強く噛み締めていた。
魔王「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
思い切り魔力を発散させ、着火させた。
巻き起こる爆発。
自爆とも取れる方法を用い、その爆風でもってヘカトンケイルの“間合い”から強制離脱を決行した。
魔王「ハッ、ハッ……」
受ける多大なるダメージ。
けれど、収穫はあった。
魔王「……」
キツく、ヘカトンケイルを睨みつける。
騙されていた。いや、興奮状態により考えが行き渡らなかった。
まず、敵の姿形に疑問を持つべきだった。
ヘカトンケイルの姿は他の巨人と同様。大きな身体、人間の男性的な体つき。
“普通に頭があり、手と足が二本ずつ”ある。
違和感を覚えるべきだったのだ。
魔王「ヘカトンケイル……“巨人の王”。いや“百腕魔王”……」
思い出すヘカトンケイルの二つ名。
百の腕を持ち、五十の顔を持つ巨人の棟梁。
それが、魔王の相対する敵の正体だった。
落ち着いて良く目を凝らす。
魔王の瞳は赤みをさらに増し“ヘカントンケイル”を睨みつけた。
魔王「……なるほどね」
ヘカトンケイルを中心に次元が歪んでいた。
その身体に到底納まりきらぬ百の腕と、五十の頭。
それらは全て別次元へと収納されており、攻撃の際に姿を現す。
故に攻撃範囲は見て取れるものではなく、その間合いは予想よりも遥かに広い。
一度間合いに入り、拳の連打を受ければ先の二の舞。
多大なるダメージを覚悟しての逃避以外に選択肢はない。
逃げ誤ればそこで終了。
全ての肉と骨が砕かれるまで巨腕の鉄槌は下されるであろう。
魔王「百腕もそうだけど、百眼も厄介だね」
百眼。
五十の頭に付く両の瞳は百の眼になる。
攻撃範囲に死角なし。
視覚範囲に死角なし。
自身を狙う全ての攻撃は百眼で見て捕らえ、それを百腕で打ち砕く。
恐ろしくシンプルな戦闘体型でありながら突破することは容易ではない。
まるで単体が一つの要塞のような魔物であった。
魔王「悔しいけれど、肉弾戦では勝てそうにない……」
これまで物理的なぶつかり合いで負けた記憶はなかった。
強いて言うのであれば“ちぃ姉様”と位か。
それでもわたしのが強いと断言できるほどだったから、今回のこれはまさに初体験。
流石はヘカトンケイルと言ったところかな。
魔王「……ふう。よもや、卑怯とは言わないよね」
──来い。
魔王「“魔王剣”」
空間が歪み、突き出されたわたしの掌に納まる異形の魔剣。
それは剣と呼ぶにはあまりにも未完成な物だった。
刀身も無ければそれを納める鞘も無い。
鍔も無く、あるのはわたしが握る柄の部分のみ。
剣とは名ばかりの、ただの棒。
それは使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。
生み出すものは単純なる破壊。
美意識の欠片もない兵器だった。
魔王「“デュラハン”以来か。今日は存分に振るってやる」
ヘカトン「……」
この日初めて、ヘカトンケイルの体が強張った。
徐々に両眼が朱に染まっていく。
現状、ヘカトンケイルにとって“魔王剣”を手にしてこそ魔王は警戒に値する。
それほどの実力差が個体同士では開いていた。
魔王「まったく、魔王だって言うの傷つくよ」
魔王は魔界最強。
で、あるはずなのに自身よりも強大なものが居る。
目の前に、そして魔王城の地下に居る堕天使もそうであった。
魔王「だったらわたしの代わりに魔王をやってくれれば良いのに……」
ぶつぶつと聞こえぬ声で愚痴を漏らす。
その唇は年齢相応に尖ったものであった。
魔王「──って、物思いに耽るのは戦いが終わってからだね」
きつく魔王剣を握る。
つま先から髪の毛先まで行き渡っていた魔力が剣に流れ始めた。
魔王「往くよヘカトンケイル。その百の腕、散り散りにしてあげよう」
幼さを見せた表情は霧散し、悪鬼のそれとなり魔王は巨人へと邁進した。
……。
…………。
………………
魔王城一帯は凄惨な姿になっていた。
広がる雄大な草原。
戦いの火蓋が切り落とされてから数刻。
草原は土くれと腐敗した肉と骨。それらが混ぜこぜに捏ねられ、破棄されたような物体で埋め尽くされていた。
ガーゴイル「──────ッッッ!!」
リッチ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」
二匹の魔物は未だに駒を産み続けていた。
一方では土から生まれ出でるゴーレムや石像。
もう片一方では生ける屍、亡者たち。
生み出されては互いに衝突し、朽ちて行く。
戦局は変わらず、ただただこれの繰り返し。
ガーゴイルはこの戦いに奇妙な感覚を覚えていた。
ガーゴイル「(どう言うことだ……)」
これでは超長期戦になってしまう。
魔王が帰還すれば数など意味がない。
一撃で屠られ、そのまま戦いは終結を迎えるだろう。
なのにリッチときたらひたすらに数と数を叩かせあう長期戦を望んできている。
不可解であった。
ガーゴイル「(魔王様が確実に負けると、そう思っているのか……?)」
そう思わなければ合点がいかない。
ガーゴイル「(なにか、引っかかる……)」
この戦いの総大将はガーゴイルとリッチである。
その双方が、駒を射出する主砲として初期位置に固定されて動けない。
これではどちらかの駒が駒を殲滅するまで戦い続けるしかない。
けれど容易に決着が着くほど、互いの創造モンスターの力は離れていなかった。
ガーゴイル「(なにが狙いだ、リッチよ……)」
前方の大群に注意を引かされたガーゴイル。
城の後方、大空から一匹の巨大怪鳥が飛来することに気付くことはなかった。
城の頭頂部。
謁見の間。
怪鳥から一つの影が飛び降りた。
デュラハン「……」
“デュラハン”。
旧個体は“将軍”と言う地位を喜ばしく思っていた節があったが、彼女は違った。
一切のそれらに興味がなかった。
ただただ命令をこなす首無し人形。
リッチが気紛れで選んだ死体から産まれたことにより、性別すら違っている。
女性のしなやかさを感じさせる肢体。
自らの腐臭を気にしているのか、香水を鎧に振り撒いているようでもある。
以前のデュラハンとは全くもって違う個体になっていた。
ガーゴイル「──ッッ!」
リッチ「ほらほら、余所見している暇はないよお……っっ」
ガーゴイル「これが目的かあっ!」
城内に侵入された。
蟻は一匹。
目の前の軍勢を相手にしていたせいで、その一匹の侵入に気付くことが出来なかった。
それどころか気付いたと言うのに動けない。
今、ゴーレムの召喚を止めれば城はたちまち亡者の進軍によって埋もれてしまう。
ガーゴイル「……すまぬ。城内は任せたぞ」
誰に言うでもなく、ガーゴイルは小さくそう呟いた。
……。
…………。
………………
屋根をぶち破り、足が数センチは埋もれる豪勢な赤絨毯に着地する不死者。
鎧を纏ったその魔物は“デュラハン”と呼ばれる上級アンデッドだった。
デュラ「……」
辺りを見回す。
目に付く玉座。ここは謁見の間と呼ばれる部屋であった。
赤絨毯に足音を消されながら玉座へと近づく。
自分でもなぜ玉座に近づきたいと思ったのかわからなかった。
ただ、そうした欲求が彼女に芽生え足が勝手に動き出す。
──ちょーっと待った!
玉座に手をかけようとした瞬間、後方から声がかかる。
まるで猫のような俊敏さでデュラハンは振り向き、距離を取った。
アラクネ「侵入者はあなた一人? 魔王城も舐められたものだわね」
デュラ「……」
メイド服を纏った女郎蜘蛛。アラクネが姿を現す。
スキュラ「あーあ、屋根……や、やーねえ……」
スラ娘「こわれちゃいました……」
続々と姿を現す魔王城従者隊。
デュラハンは完全に取り囲まれる形になり、退路を塞がれてしまった。
アラクネ「さて。大人しく投降した方が身の為だと思うけど?」
デュラ「……」
投降は出来ない。
デュラハンはリッチより受けた命令を遂行するためだけに生み出されたのだから。
鎧兜の隙間から見える瞳が紅く染まった。
アラクネ「あらら……やる気ですか」
スキュラ「お? おお? 銭湯? お?」
スラ娘「おふろにはいっちゃだめですよう」
アラクネ「そう言った冗談は終わった後でね……来るわよ」
腰に差された細身の刀剣。
デュラハンはそれを抜き取り、魔物の群れへと突き進んだ。
──ヒョッ!!
細身の刀剣が空を裂く音が響く。
厚手の鎧を身に纏っているとは思えないほど“デュラハン”は俊敏な動きを見せている。
その一撃で首と胴を寸断する凶刃は“アラクネ”の細首に届く前に力を失っていた。
デュラ「……」
アラクネ「思ったより速くてびっくりしちゃった」
デュラ「……糸」
アラクネ「ん。正解」
部屋中に張り巡らされたアラクネの糸。
その糸は敵の動きを止め、攻撃を抑止する。
デュラハンが糸の存在に気付き辺りを見回した時、すでに謁見の間はアラクネの領域となっていた。
アラクネ「はい、動かない。動けば動くほど絡むわよ?」
デュラ「……」
スキュラ「いとーいとー。いーとーまきまき、いーとーまきまきっ」
スラ娘「わわっ! あしにからまっちゃいましたぁ……」
デュラハンとアラクネが必殺の視線を交える中、空気を読まない魔物が二匹。
一匹は従者長である“スキュラ”であり、掃除と炊飯のエキスパート。
もう一匹は少し抜けているが、真面目なスライム娘であった。
スキュラ「もー、部屋を汚しちゃだめだめ」
スラ娘「じゅうちゃちょー! わたしのいともとってください~」
器用に糸を回収し、片付けるスキュラ。
戦闘時に作られるアラクネの糸は粘着性が強く、通常であれば簡単に除去できるものではない。
スキュラだからこそ、そのアラクネの糸を難なく取り除くことが出来ていた。
アラクネ「──ちょ!? なにやってんの!?」
スキュラ「ふぇ?」
スキュラが巻き取った一部の糸たち。
ほんの少しだけ開いた空間。デュラハンはその隙間を見逃さなかった。
デュラ「……ッッ!」
ここにいてはいけない。
この部屋はすでに敵の領域だと認識したデュラハンは一目散に部屋を駆け抜けた。
デュラ「(武器……武器が必要……)」
自身が装備していた刀剣は糸に絡め取られてしまった。
城内の魔物は素手で渡り合えるほどレベルは低くない。
とんだ間抜けがいたお陰で危機は乗り越えられたが、油断は出来ない。
謁見の間を後にし、デュラハンは城内への潜入に成功した。
アラクネ「……」
スキュラ「あらあー?」
スラ娘「あわわっ」
アラクネの肩は震えていた。
その多脚に握られたクナイ。小型のナイフは終ぞ振られることもなく、綺麗な輝きを放っている。
アラクネ「嘘でしょ……」
スキュラ「うそつきー?」
アラクネ「あんた何してくれてんのよーっ!」
スキュラ「おうーっ!?」
スキュラの胸倉を掴み、ガクガクと前後に体を揺さぶる。
先ほどまで部屋に充満していた張り詰めた空気は完全に霧散している。
アラクネ「侵入者に逃げられちゃったのよ!?」
スキュラ「だ、だてアラクネが部屋よごすからー」
アラクネ「汚したんじゃないっ! 戦って…………あー、もう、良い」
スキュラになにを言っても無駄だった。
彼女は良かれと思って掃除、仕事をした。
汚れていたと思ったから、掃除をしただけなのだ。
この娘に戦闘の緊張感や駆け引きを読み取る能力はない。
わかっている。
わかってはいるけれど、アラクネは取り逃した魚の大きさを考え、ただただ溜息を吐くことしか出来なかった。
アラクネ「……直ちに城内へ捜索隊を結成。スライム隊は情報を共有してくまなく探して」
スラ娘「りょ、りょっかいです!」
アラクネ「多分だけど、相手の目的はかく乱よ。城門裏口から大臣を襲撃されないよう、そこは手厚く警護して」
大雑把に指示を出し、デュラハンが壊し見晴らしがさらに良くなった天井を仰いだ。
ああ、単独で行動した方が確実に良い仕事が出来たな。と内心に愚痴を吐きながら。
※全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5

