全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5
魔界西方領。
そこが“死王”リッチに分配されている領地であった。
大地はそのほとんどが死の沼地と化し、およそ生物が生息出来るような地域ではない。
アンデッドたちの楽園。リッチが支配している土地はそう言った風土だった。
“生物”はいない。
西方領に存在する魔物は全てが腐敗しているか、骨のみの魔物であった。
元スレ
魔王「わたし、もうやめた」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1332350718/
─死者住まう閨─
腐臭。腐臭。
部屋は匂いで満ちていた。この部屋は全てが濁っている。
匂いが暗い色を帯び、周囲を見渡すことなどできやしない。
嗅覚を持つものであれば数寸の時で気が狂ってしまいそうな部屋に、その主は住まっていた。
リッチ「……」
キセルから煙を吸い込み吐き出す。
その紫煙は口からだけではなく、ただの窪みとなっている目や鼻や耳からも吐き出される。
部屋は腐臭と紫煙、そして亡者の呻きが交じり合い主にとっては最高の環境となっていた。
リッチ「ああ……いかんねえ」
ぽつりと言葉をこぼす。
声帯などこの亡者には存在しない。
どこから発されたのかもわからないその音は、けれど確かにリッチが発した言葉だった。
リッチ「デュラハンに入れ知恵をしたのは誰かねえ……」
──ギシリ。
身体を預けていた椅子に重心を傾ける。
すると、どこからともなく苦しそうな、助けを請うような声が部屋に響いた。
うう……うう……。
声の発生源は椅子、そして部屋のあちこちからも聞こえてくる。
リッチは人間の、それも女性ばかりを“使った”家具を拵えるのが趣味だった。
魔王から言わせれば悪趣味そのものである。
肉体を使い、加工し物を作る。
そして魂までも物に込め、逃がさない。
死んだ者達は永遠に苦しみと恨みを吐き続ける。無限に続く怨嗟をリッチはこの上なく楽しんでいた。
リッチ「ワイト。どう思うね?」
ワイト。と呼ばれ、それまで部屋の隅で佇んでいた骸骨が口を開いた。
ワイト「デュラハン将軍は確かに頭の良い方ではありませんでした」
リッチ「そうだねえ……」
うう。うう。
二種類の骸骨が話す合間を亡者の声が彩る。
ワイト「自らの考えのみで動くことはないでしょう」
リッチ「だろうねえ……」
ワイト「死王様のお考え通り、なにものかの入れ知恵かと」
“死王様”。
リッチは部下に自らをそう呼ばせていた。
決して名前では呼ばせない。語らせない。
名前を呼ばせる。それを許しているのは、自身と同等の地位を持つ他の“四王”。魔王城に住まう幹部ども。そして、魔王だけであった。
他者に“王”と呼ばせることで自らを絶対的な者としていく。
言霊のそれをリッチは知っている。彼は偉大なる魔法使いでもあった。
他の王……“獣王”“龍王”“魔人王”の配下には相当な実力者たちがひしめき合っている。
その実力は各王らに匹敵しうる者もいた。
けれど“死王”の配下に実力者はいない。
アンデッド族での絶対的な力を持つ者はリッチ一人であった。
リッチはそれで良いと考えている。
王とは一人。
その一人を除けば後は雑魚であり、王の駒であるべきなのだから。
駒に意志などいらない。
だからこそ、駒を大量に保有し増殖させ続けている。
“魔界西方領 領主 死王リッチ”は魔界で一番の兵力を有していた。
リッチ「誰だろうねえ……魔王様を亡き者にしようなんて、不遜な考えを持つのはいけないねえ……」
わざとらしい声色だった。
微塵もそのようなことは思っていない、彼にとってそんなことはどうでも良かった。
リッチ「調べなきゃいけないねえ……あたしの駒を勝手に使った者をさ……」
本音が出る。
彼は自身の駒。魔族を他者に使われるのを毛嫌いする性質を持っている。
デュラハンが一万の軍を動かし、王に謁見を申し込んだことをリッチが知ったのは全てが終わった後であった。
魔界の主たる魔王に一片の塵すら残さずデュラハンが消え去られた後のことである。
スカスカになった腹部でハラワタが煮えくり返る思いを味わった。
リッチ「ダメだよねえ……あたしに黙って動いちゃダメだよねえ……」
ワイト「数は絞れます」
デュラハンをそそのかしたのは誰か。
検討を付けるのは簡単だった。
魔王を嫌っている勢力を考えれば良いだけだ。
リッチ「あの野獣と蜥蜴はないだろうねえ……奴等は余程の親王派だよ……」
野獣とは“獣王”のことを指し、蜥蜴は“龍王”のことを指していた。
ワイト「しかしそれは生前の大魔王様の代まででございます。今の魔王にまで忠誠を誓っているかは定かではありません」
リッチ「そうだねえ……けれど、デュラハンを使うほどじゃないだろうねえ……」
ワイト「では魔人お……あの吸血鬼ですか?」
ワイトが寸出のところで白骨化した口を止め、言い換えた。
最後まで言い切っていたのなら、その頭部は消えてなくなっていただろう。
リッチは配下にも他の王を王と呼ぶことを禁じていた。
例外は大魔王のみ。
大魔王だけは、どうしても他の呼び名が存在しなかった。
現大魔王の呼称はなにか。決まっている。
“小娘”であった。
リッチ「あの吸血鬼……なにを考えてるのかねえ……あたしにもさっぱりだよ」
ワイト「他を考えると、小娘の身内……大魔王様のご子息たちでしょうか」
リッチ「その線が強いだろうねえ……」
うう。うう。
亡者の呻きだけがその部屋で絶え間なく声を発している。
リッチ「ワイト、しばらく様子を見るよ……魔界の各所にグールを放っておきな」
グール。
リッチの持つ駒の中でゾンビと双璧を成す量産された兵隊だった。
ワイト「了解いたしました。しかし、グールどもでは他の魔族に嬲り殺されてしまうおそれが……」
リッチ「良いんだよ……壊されたらまた送れば良いんだからねえ……いくらでも送り込んでやれば良いんだよ……」
ワイト「仰せのままに……」
リッチ「ああ、そうだ。新しいデュラハンを作らないとねえ……」
作る。とリッチは口にした。
アンデッドの軍勢のほとんどは、人間を媒体に繁殖したものかリッチが自ら作り出したものであった。
“死王”にとってデュラハンを作ることなど造作もないことである。
問題があるとすれば、生まれたばかりである子らはレベルが低いということであった。
リッチ「どれ……」
床に転げてあった腐敗の進む死体をワイトに持ってこさせる。
呪文を唱え、腐乱死体が闇に包まれていく。
リッチ「ワイト。鎧を用意しておくれ……」
ワイト「はっ。こちらに」
リッチ「……」
鎧に魔方陣を描き、死体とそれを融合させる。
後は──。
リッチ「ワイト……」
ワイト「はい」
──パンッ。
と音が鳴り、ワイトの握った剣が鎧と融合したソレの首を切り落とした。
リッチ「デュラハン……デュラハン……目覚めなさい……」
デュラ「……」
むくりと死体だった者が起き上がる。
首はない。
リッチ「今日からお前がデュラハン将軍だよ。レベル上げを頑張んなさいねえ……」
デュラ「……」
切り落とされて存在しない首を縦に振った。
まだ言語もわからない。けれど目の前に座す骸骨に逆らってはいけないと本能が警告を鳴らしていた。
リッチ「良い子だ……さ、お行き……」
デュラ「……」
部屋を後にする首無し鎧。
リッチはデュラハンを複数体作る気はなかった。
デュラハンはアンデッド族の中でも高位に位置する魔族であった。
レベルを上げればかなりの強さにまでなる。
そしてリッチは強大過ぎる力をもった臣下が増えることを好まない。
だから、デュラハンは常に一体。
換えの効く駒であった。
リッチ「頑張ってもらわなくちゃねえ……」
うう。うう。
うう、ううう。
恨み辛みを孕んだ呻き声。
亡者住まう城の城主は満足気にキセルをふかした。
……。
…………。
………………。
─ 魔王城 謁見の間 ─
魔王「……」
玉座に座り、何分ほど経ったであろう。
わたしは“四王”……特に“死王”リッチのことを考えていた。
デュラハン将軍の謀叛。
あれは果たしてリッチの企てたことなのだろうか、と。
魔王「むう……」
思わず声が漏れる。
考えても思考は一向に纏まりを得ない。
なぜならば、わたしはリッチと言う男(白骨化しているので、性別などわからないが便宜上男としておこう)と一度しか会ったことがないのだ。
他の“四王”もそうである。
だから、正直に言えばいくら考えたところでわかりはしない。
魔王「リッチ……か」
その名前に反応したのは玉座の横で石化していたガーゴイル大臣だった。
特に話しかけなければ、ガーゴイルはわたしが玉座に座っている3時間を石化して過ごしている。
言うに、わたしが集中出来るようにとのことだ。
だったらいないほうがありがたいのだけれど、それは言わずにおいている。
大臣「魔王様。いま、リッチとお呼びしましたか?」
魔王「む。聞いていたか」
石化していても耳は生きてるようだな。
どうでも良い知識がついてしまった。
大臣「なにかお考えで?」
魔王「いやなに。デュラハン将軍のことでな」
大臣「なるほど……将軍が自らの意思で謀叛したのか、それともリッチが差し向けたのか……ですな」
魔王「その通りだよ」
一言で察するところはさすが大臣だ。
わたしにはその技術がないからそれを期待されても困るけれど、相手がそうであれば説明が少なくて助かる。
魔王「どう思う?」
大臣「率直に申し上げるのであれば、判断つきかねます」
魔王「ほう。なぜだ?」
どうしてもクエスチョンだらけになってしまう。
どちらかと言えば、こう言ったやりとりをわたしは好まない。
なんと言うか不毛な会話をしている気がしてしまうのだ。
最終的に、納得のいく答えなど貰えるとは思えないから。
疑問に対して、期待した答えが貰える。
そう考えるほどわたしはおめでたい脳をしていない。
どちらかと言えば……捻くれている性格のため「本当にそうなのか?」と勘繰ってしまう。
話題が真面目であれば真面目であるほど、その傾向は強く……厄介なことだ。
まあ、ガーゴイルのことは信用している。
ここは素直に疑問と回答の応酬をしようじゃないか。
大臣「リッチは人間を糧としています。魔王さまの宣言はヤツにとってさぞかし腹の立つものでありましょう」
魔王「……」
わたしは顎を突き出し、続けろと促した。
大臣「それだけを考えれば充分に可能性はあります。しかし、それによって即座に反旗を翻すとも思えません。
なぜならば、将軍が一万の軍勢を連れてきたからです」
魔王「それは自分の力を誇示したかったのじゃあないか?」
大臣「自分。とはどちらでしょうか、リッチでございますか? 将軍でございますか?」
魔王「む……」
そうだ。
わたしはあの時に思ったのだ。
軍勢を引き連れたのは、彼の。デュラハン自身が統率力を誇示したいが為だったと。
大臣「リッチは無駄に軍勢を失うことがそれはもうなによりも嫌っておいでです」
魔王「理由を聞こうか。なぜだ?」
大臣「そう言う性質なのです」
魔王「……」
ガーゴイルの口ぶりからして、それはアンデッドの長たる者の感情としてではないのだろう。
恐らくは駒として。自らの駒を消費するのを嫌がる性質の持ち主だとガーゴイルは言っているのだ。
それならば、頷ける。
リッチが軍勢をデュラハンに渡し、魔王であるわたしを討伐せよと命ずるか否か。
大臣「魔王様のお力を直に拝見したことがないとは言え、一万の軍勢で魔王城が落せるとは思ってないでしょう」
リッチにとって魔王であるわたしの実力は未知数だ。
けれど、魔王城に住まう幹部魔族の実力は知っているだろう。
わたしの横でいつも口煩くしている石像だって相当の力を持っている。
アンデッド一万の軍勢ならば、時間はかかるだろうが滅せる程度の実力を保持している。
見えないだろう?
けれど、大臣と言うのは伊達じゃないらしい。
大臣「ですので、動機はある。けれど、実行したと判断するには材料が不足している。と言ったところです」
魔王「ふむ……やはり結局はこうなるか」
答えは出ない。
わからない。
大臣「?」
魔王「いい。こちらの話しだ」
長々と話したが、やはり最終的にはこうなってしまった。
ううむ……時間がちょっと勿体なかった気がするぞ。
けどまあ、これも魔王の職務と思えば我慢も出来ようか。
“死王”リッチ……こいつのことは、もう少し考えて調べる必要があるかもしれない。
人間を糧にしている以上、わたしに反発してくるのは目にみえているのだから。
魔王「だ……」
大臣「はい?」
魔王「今日の業務は終了だ。大臣よ」
大臣「……」
時刻はわたしが玉座に腰を下ろしてから3時間が経過していた。
すっかりと日も暮れている。
魔王「わたしは部屋に戻る。ではな」
大臣「本日もお疲れ様でございました……」
謁見の間を後にするわたし。
仕事は終わったけれど、足音は軽快ではない。
わたしの食事内容はまったく改善されていなかった。
部屋に帰っても味気ないパンと塩気の少ない干し肉に、美味いとは言えないチーズ。
味に飽きてきた……。
とは言え、従者室に行くもの考え物だ。
昨日の今日では顔も出しにくいと言うもの。
せめて、調理せずとも食べられる物をどこかで調達せねばならない。
─ 魔王城 私室 ─
ゴロン、と部屋に寝そべる。
読みかけの本が散乱し散らかり放題の我が根城。
この部屋の紹介はまた今度にするとしよう。
それよりも今は食事だ。
魔王「よし」
ゴロゴロと部屋を転げ回りながら移動する。
臣下には見せられない姿だと思った。
魔王「ぽちっとな」
部屋の片隅においてある、粘着質の良くわからない物体を押す。
ボタン状のそれは“ぶにゅる”と音を立てて形を変形させた。
しばらくして──。
──コンコン。
扉から控えめなノック音がした。
魔王「開いている。入れ」
流石に身体を起こした。
扉の方へと視線を移す。スライム娘が扉から緊張した面持ちで顔を出した。
スラ娘「おっ、およびでしょーかまおーさま!」
魔王「うむ」
わたしが押したボタンはスライムを呼び寄せる装置だった。
これを押せばいつ何時でもスライムたちが部屋へとやってきてくれる。
魔王「すまないが、ここに書いてある品物を持ってきてくれ」
スラ娘「おつかいでございますねっ!? りょーかいしましたーっ!」
お使いと聞いてほっとしたのだろう。
スライム娘の顔から安堵の表情が漏れている。
魔王から呼び出されたのだ、きっと怒られるとでも思ったのだろう。
彼女たち低級の魔族にとって、魔王とはそう言った恐怖の対象でもあるのだ。
怒ったことなんて一度もないんだけれどね。
スラ娘「それではごよーいできましたらもってきますっ! しつれーしました!」
魔王「うむ。手間をかけるな」
パタンと丁寧に扉が閉められた。
魔王「これで食事は大丈夫と」
しかし少し情けない。
自分のことは自分でやると言ったのに、いきなり部下にお使いを頼んでしまっている。
魔王「だって今日は真面目に考えたから疲れてしまったのだ……」
誰に言うでもなく、言い訳を口にする。
まあ良いじゃないか。
こんな日もある。
わたしはスライムが持ってくる食べ物を待つ間、読みかけの本を開いて時間を潰すことにした。
そして気が着けば時間が進み、注文した簡易食料が届けられる。
ビスケットだった。
味はほとんどないが、パンと違う食感が嬉しい。
それを頬張り、腹が膨れたらまた本を読み。
入浴して、歯を磨き布団に潜る。
魔王「今日もいちにち、お疲れ様」
そう自分に挨拶をして、目を閉じた。
……。
…………。
………………。
──翌日。
布団の中で目を覚ました。
魔王「むう……今日は……なにをしようかなあ……」
1:魔王城内で部下と話すか。わたしはあまり部下と話してこなかったからな、こう言った活動も必要だろう。
┃
┠─ 1:たまには真面目にガーゴイルと話すか。
┃
┠─ 2:素直になってスキュラに料理を教えて貰おう。
┃
┠─ 3:アラクネがパンツを献上すると言っていたな。
┃
┗─ 4:スライム娘たちと話してみるか。労働環境で不満などあるかもしれない。
2:今日も“四王”について真面目に考えよう。
┃
┠─ 1:☆ 一度リッチに会った方が良いだろうか。
┃
┠─ 2:獣王・ベヒモスについて考えるか。
┃
┠─ 3:龍王・ヨルムンガンドについて考えるか。
┃
┗─ 4:魔人王・アルカードについて考えるか。
3:ええい、道草を食っている場合ではない。兄姉をなんとかせねばなるまい。
┗─ 1:長兄の問題を処理する。
4:だめだ。どうにも疲れているようだ……。
┗─ 1:今日は完全にオフ。なにもしない宣言を発令する。
魔王「そうだな……>>350にするとしよう」
350 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/03/31 22:51:47.43 Xb+NSwoDO 272/7174-1
だめだ。体がだるい。
なんと表現すれば良いのだろうか。
魔王「……むう」
どうにも布団から出れそうになかった。
いや、頑張れば出れるのだ。
布団から這い出てパジャマを脱ぎ捨て、魔王の黒衣を身に纏う。
いつも通りの朝。
けれど、今日はなんとも動く気になれなかった。
魔王「……」
思えばこの1年間。わたしは魔王として1日も休まず働いてきた。
決して良い魔王ではなかったと自覚している。
真面目に魔王としての職務を働いたのは年に何日だっただろうか。
時間計算するのも恐ろしい。
しかし、しかしだ。
無休で玉座に座り続けていた事実は変わらない。
わたしは頑張った。
頑張ってきた。
頑張ってきた結果、世界征服をしないと言う結論を出したのだ。
うむ。そうだそうだ。
魔王「……休んじゃおう、かなあ」
ぽつりと誰もいない自室で呟く。
なんだろうか。
小さくとも思いを言葉にしただけで決意が固まった気がする。
不思議だ。
魔王「うん……休んじゃ、おう……」
布団を強くひっぱり頭までボフリと被る。
頭の中では小さなわたしが円卓会議を開いていた。
まおうA「いや! やすむのはよくない!」
まおうB「なんでだ! いいじゃないかやすんだって!」
まおうC「がーごいるがうるさいよ……?」
まおうD「まおーがやすんじゃだめでしょっ!」
まおうE「あーだるいわー、なんかだるいわー」
わいわいがやがや。
ぴーちくぱーちく。
まおうZ「みんなっ! きいてっ!」
ぴたり。
まおうZ「きっと、つかれているんだよ」
ざわざわ。
「「「それだっ!!」」」
なにが“それ”なのかは理解できないが、そうらしい。
わたしの中で一つの事項が決定された。
魔王「わたしはどうやら疲れているらしい……今日は休もう」
~魔王の休日~
休むと決まったのだから、さっそく二度寝を楽しむとしよう。
魔王「くわぁ~……」
大きなあくびが出ているのだからきっとわたしは眠いのだ。
体と脳が疲れ、休息を。睡眠を欲しているのだ。
そうに違いない。
無理はよくない、だからわたしは二度寝をする。
そう決めて瞼を閉じた。
ゆっくりと意識が────。
魔王「……寝れない」
わけがわからなかった。
休むと決めた。決めたのだ。
しかしながら、休むと決意したその瞬間から意識が覚醒してしまった。
眠気は何処へやら。まったくもって眠くない。
それどころかスッキリしているほどだ。
不味いぞ……わたしは疲れているはずなのに。
魔王「これは、あれか。本で読んだ「日曜日の朝は逆に目が覚めちゃう」と言う人間によくあるあれか」
日曜日と言うのは人間界で言う休息日だ。
魔界にはそんな習慣がないのでいまいちよくわからないが、週に一回はなにもしなくて良い日があるらしい。
なんとも羨ましいことだ。
是非とも魔界に導入したいシステムの一つでもある。
魔王「どうしよう。眠れなくなっちゃった……」
身体は未だに布団の中にもぐっている。
気だるさもない。
休日を素敵に過ごす為には……ええと、どうしよう。
休んだことがないからわからない。
魔王「と、とりあえず起きるか」
ベッドから這い出る。
軽く伸びをして周囲を、自室を見渡した。
魔王「ちょっぴり汚いかもしれないな」
衣類。本類……そして食べかけの食料が散乱している。
さすがに腐った食べ物や飲み物はないが、綺麗とは言い難い乱雑な部屋になっていた。
魔王「掃除……? いや、わざわざ休みの日に掃除って言うのはどうなの」
わからない。
なにが正しい休日なのだろうか。
魔王「むう」
唸る。
こうしている間にも休日はどんどんと過ぎて行くと言うのに。
魔王「着替えよう」
きっとパジャマはいけない。
このままパジャマでいては、おそらくだが一瞬で休みが終わってしまう。
なにもせず、ただぼーっとしているだけで終わってしまう。
それはよろしくない。
どうせだったら休みを堪能したいじゃないか。
魔王「よし……あとは……」
着替え完了。
あとは休日を楽しむだけだ。
魔王「あっ。そうだ」
大事なことを忘れていた。
大臣であるガーゴイルに休日の申請をしなければいけないじゃないか。
魔王「あー……でもなあ……ガーゴイルだしなあ」
思わず目を細めてしまう。
あの石頭は休日申請を受理してくれるだろうか。
有給の申請を会社に通す人間界の“さらりいまん”になった気分だ。
これも本で読んだ知識だから詳しくはわからないけれど。
多分、同じような感覚なのだろうと思う。
魔王「“魔眼”を使って騙すか……?」
いやいやダメだ。
今日は休日なのだ。
魔力とかそう言った類の力は行使したくない。
魔眼禁止。
魔王「どうする……どうする……」
気付くとわたしは座り込み、どうやってガーゴイルを納得させるかに注力していた。
過ぎていく時間。
魔王「むう……うっ?」
考えながら視線を泳がせていると、ある物が目に入った。
ずっと探していた昔読み終わった本だ。
魔王「こんなところに!」
本棚と本棚の隙間にそれはあった。
おそらくは本棚の上に乱雑に置いたため、落ちて隙間に挟まったのだろう。
魔王「もう一度読みたいと思っていたんだ」
それは人間が書いた本だった。
内容は、王様が詐欺師に騙されて裸で町を練り歩くというものだった。
魔王「いやあ、良かった」
本を手に取り開く。
ぱらぱらと捲り、ページが欠けてないかをチェックして1ページから目を通していく。
魔王「うふふ……ふふ」
思わず含み笑いをしてしまった。
この話しは面白い。
魔王「どっこいせっと」
ベッドに腰をかけて楽な体勢を取る。
本を読むときはきちんとした姿勢をするよりも、こうして体を崩して楽な格好で読むに限る。
その方が頭に入るし、楽しめるのだ。
魔王「……」
気付けば熱中し、読みふけっていた。
そう分厚い本じゃない。
一冊丸々読んでもそう時間はかからない。
けれどわたしには悪癖があった。
本を繰り返し何度も読んでしまう癖だ。
時間を置いて読むのは当然として、読み終わった本をその場で繰り返し読んでしまう。
だって、面白いものはどのタイミングで読んでも面白いのだから仕方がないじゃないか。
人間たちのユーモアは素晴らしい。センスの塊だ。
何度繰り返し読んでも面白い。
魔王「ふふ……」
片手でページを捲り、余った手で昨晩の残り物。
ビスケットを口に運ぶ。
完全にベッドに横たわり、足をぷらぷらと前後させながら本を楽しんだ。
魔王「はあ……楽しかった」
──パタン。
何度目の再読が終わってからだろうか。
わたしは本を閉じた。
そして、時計に目を配る。
魔王「……」
時間が止まった。
決して本当の時が止まったわけではない。比喩だ。
わたしの感じている世界が一瞬止まったのだ。
認識できなかった。
その時計の針が示す時刻を、わたしは知らない。
今は朝であるはずだし、今日は休日のはずだ。
にも関わらず、時計は正午過ぎを指差している。
魔王「……」
えっ。何時間? 何時間が経過しているの?
ちょっとよくわからない。
ぐるぐるぐるぐる。
脳が変な回転をし始める。もはや空転だ。空回りしている。
空回りしてもなにも思い浮かぶことはない。
思考停止の現実逃避に他ならなかった。
──コンコン!! コンコン!!
逃避中のわたしを、無愛想な音が現実に引き戻した。
扉がノックされた音だ。
良い予感はしない。
従者であればこのような大きい音を出すノックはまずしない。
で、あれば。
答えは一つだ。
大臣「魔王様? そろそろ玉座に就いていただく時間でございますが」
魔王「……」
言葉が出ない。
ああ、わたしはガーゴイルになんと言って休みを貰うんだっけな。
思い出せ──そうか。
まだ考えてる途中だったな、そう言えば。
大臣「ちゃんと起きて服を着ているではありませんか」
魔王「あ、ああ……」
大臣「私はてっきり、昨日は真面目な話をしたから疲れて今日は休むとでも言い出すかと思っていましたよ」
魔王「……まさか、な」
大臣「大変申し訳ありません。杞憂でしたな。ささ、謁見の間に参りましょう。今日は少しばかりお時間が押しております」
魔王「ああ、すまない」
大臣「問題はありません。毎日決まった時間を玉座で過ごされれば良いのですから」
魔王「……」
1日3時間。
何時から座れ、と言う規則はない。
けれど、朝と夜はあまりよろしくない。
朝も夜も従者隊がばたばたと動き回り城を掃除したり、あるいは城内の魔物に食事の配膳などを行っているからだ。
必然、正午前後から夕方までの3時間が業務時間となる。
そして現在の時刻は正午過ぎ。
なんとも……なんとも……。
魔王「……」
ガーゴイルに背中を押され謁見の間に足を運ぶ。
もうだめだ。
休日所ではない。
今さらガーゴイルに言い出せないし、この時間から休息だと言い出してもなんだか気分が良くない。
ああ、わたしの馬鹿め。
大馬鹿者め。
なんて愚鈍で、タイミングが悪く、意志薄弱で、決行力がないのだ。
この失敗を噛み締め、教訓としよう。
次はない。
次はないからな。
絶対だ。絶対に次は休息を楽しんでやる。
何時になるかはわからない。
だけれど、わたしは決めたぞ。
この次こそは休息を楽しむのだと。
その為には今のうちに理由を考えておかねばならないな。
言い淀みなく、スラスラとガーゴイルにそれを吐き出せるように。
これでしばらくの間は玉座にいる合間、ぼーっとせずに済む。
言い訳の台詞を考えなければならないのだから。
……。
…………。
………………。
──翌日。
布団の中で目を覚ました。
気分は良くない。
理由は勿論、昨日の休日計画失敗にある。
魔王「はあ……今日はどうするかな」
布団の中で思いをめぐらす。
まだ朝も早い。
今なら言い訳も考えられるだろうし、真面目なことを考えるにあたって心構えも作れる。
1:魔王城内で部下と話すか。わたしはあまり部下と話してこなかったからな、こう言った活動も必要だろう。
┃
┠─ 1:たまには真面目にガーゴイルと話すか。
┃
┠─ 2:素直になってスキュラに料理を教えて貰おう。
┃
┠─ 3:アラクネがパンツを献上すると言っていたな。
┃
┗─ 4:スライム娘たちと話してみるか。労働環境で不満などあるかもしれない。
2:今日も“四王”について真面目に考えよう。
┃
┠─ 1:☆ 一度リッチに会った方が良いだろうか。
┃
┠─ 2:獣王・ベヒモスについて考えるか。
┃
┠─ 3:龍王・ヨルムンガンドについて考えるか。
┃
┗─ 4:魔人王・アルカードについて考えるか。
3:ええい、道草を食っている場合ではない。兄姉をなんとかせねばなるまい。
┗─ 1:長兄の問題を処理する。
4:だめだ。どうにも疲れているようだ……。
┗─ 1:☆ ガーゴイル! わたしは休む、休むぞお!
魔王「そうだな……>>391にするとしよう」
391 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/04/01 02:45:40.13 tMkSaO/AO 306/7173-1
魔王「決めた」
玉座に腰を下ろし、そう言い放ったのは午前中のことだった。
大臣「はい?」
石化していた大臣が何事かと口を開く。
決めた。わたしは決めたのだ。
魔王「今日中に厄介ごとを一つ片付けるよ」
大臣「……魔王様?」
大臣はわたしがなにを言ってるのか理解出来ないのだろう、首を傾げている。
わたしは今朝、妙に早く起きてしまった。
と言うのも昨日は休日にする予定だと言うのに、色々な事柄が重なって休めなかった。
悔しかった。
どうにかして休日が取りたいわたしであるが、どうにも取れそうにない。
少しだけ早起きして、ベッドの中であれこれと考えてみた。
よくよく考えればガーゴイルが許しを出すはずないのだ。
なにか……そう。なにか余程のことを成し得ないと休日を申請しても受理してもらえないのじゃないかと。
つまり魔王の。わたしを悩ませる種を一つ解消して「お疲れ様です魔王様」と言う道筋を作ってやれば良いのだ。
目下のところ悩みと言えば休日がないことなのだが、それはもう良い。
考え方のベクトルを変えよう。
わたし個人の悩みではなく、魔王としての悩み。
ううむ……わたし個人と魔王は切っても切れぬ縁なのだから、結局のところわたしの悩みでもあるのだけれど。
ああ、面倒くさい。
魔王の悩みと言ったってあれなのだ。世界征服を止めたと言って賛成しない輩が多い────。
そうか。
それがあった。
ベッドの中で名案が浮かぶ。
ちょっと疲れそうだけれど、この問題を一つ解決したならばきっとガーゴイルも休息日を認めることだろう。
布団から勢いよく飛び出し、わたし専用の魔王服へと袖を通す。
いつもより数時間早く謁見の間に顔を出し、玉座へ腰掛けたのが数分前。
わたしは本日執り行う魔王の業務をガーゴイルに告げたのだった。
魔王「兄様──長兄の問題を解決する」
大臣「おお……なにか、妙案でも浮かんだのですか?」
魔王「うん。直接に兄様の城へと出向き、わたし自らが話しを付けよう」
大臣「なっ」
ガーゴイルの嘴が大きく開いた。
驚いたのだろう。
昔からの魔物からすれば、魔王自らが動くことなどありえないことなのだ。
魔王とは玉座に座り、魔王城に根差す。
魔族の象徴であり誇り。
そのシンボルとでも言える魔王が、自身から配下である魔族の城へと足を伸ばすなど考えられないのだろう。
確か、以前にそう言った話を聞いた覚えがあった。
魔王「大臣。わたしは決めたのだ」
大臣「魔王様!」
口調はゆったりと。揺ぎなく。
確固たる決意を相手にわからせるように、しっかりと。
ガーゴイルよ、わたしは決めたのだ。
今からしっかりと“魔王モード”な口調にしておかなければいけない。
最近は気を緩めると、ついつい素が出てしまい口調がだらけてしまっていた。
先日、サキュバスが来城した時にキツく注意されている。
この大臣は石で出来ているくせに、口が柔らかい。
告げ口をしたのだ。
そのせい(お陰?)で、最近では口調がしっかり安定していると思う。
ところどころ怪しいところもあるが、それはもうね。“魔王モード”になって気を張っていれば大丈夫だろう。
魔王「大臣。わたしは行くぞ」
大臣「魔王様……」
魔王「大甲竜《ダイコウリュウ》を呼べ」
大臣「……」
魔王「なにをしている。わたしは命令を送ったはずだが、復唱が必要か?」
大臣「ハッ。仰せのままに……」
謁見の間から出て行く大臣。
よし、成功だ。
いつもだったら口やかましく色々といちゃもんをつけてくるであろう大臣だが、わたしの演技……ではなく“魔王モード”にしてやられたようだ。
真面目に顔を作って、ほんの少し魔力を発散させて……疲れるけれど、これが一番魔王っぽいのだろう。
やれやれだ。
─ 魔王城 大平原 ─
程なくして現れた大甲竜。
巨大な甲羅を背負う翼竜の一種。
その巨体と、堅牢な甲羅を買われて代々魔王の乗り物として愛玩されている。
背の甲羅を削り座席としているそれは、すわり心地すら良くないものの鉄壁の防御力を誇っていた。
魔王「大臣。お前も行くか?」
大臣「当然でございます」
魔王「……無理をしなくても良いよ。結果によっては宜しくないことが起きるかもしれない」
一瞬。大臣の心境を考えてしまった。
やはりわたしは捻くれている。
大臣「なにを仰いますか。ささ、お手をお引きします」
魔王「……うむ」
ガーゴイルに手を引かれて大甲竜へと乗り込んだ。
ふう。
心遣いは無用らしい。
では遠慮なく、わたしの邪な願いのために付き合ってもらおうか。
わたしは再び魔王の仮面を心に被った。
結局、わたしも魔族なのだ。
魔王「出発だ」
大臣「ハッ」
魔王と大臣を乗せた大甲竜はゆったりとその巨体を浮上させ、兄様が居を構える城へと進路を取った。
─ 長兄の城 ─
その城は高山の麓に建てられていた。
元は大魔王の別荘だったもので、長兄が王位争奪戦に敗れた後に自らが座す居城として現魔王から受領した城である。
“四王”の領地ではなく、区分で言えば魔王直属の土地。
王位を得えることが出来なかった一族は大手に振舞うことも出来ず、こうして魔王領で暮らすしかない。
長兄は全てが気に入らなかった。
自身が魔王になれなかったこと。末の、出涸らし同然の妹が魔王になったこと。
まだ幼かった頃、自身の教育係であり魔界屈指の実力者であったガーゴイルが大臣になり、今や出涸らしの配下になっていること。
全てが気に入らなかった。
長兄「チッ……」
思わず舌が鳴る。
苛立ちが隠せなかった。
長兄「石像!」
石像「ハッ」
長兄が座る椅子の隣には石像が立っていた。
ガーゴイルではなく、人間のそれに近い形状をしている。
実力も“魔王城 大臣 動く魔像”の足元にも及ばない雑魚モンスターである。
自身の右腕である配下がこのレベルのモンスターであることにも腹が立っていた。
気に食わない。
なにもかもが気に食わない。
大魔王の長男であり、幼少時から最高の教育を受けてきた。
将来は魔界を背負い覇道を歩むはずだった。
末の妹により全てが瓦解した。
長兄「あの小娘が魔王城を出たのは誠なのか!」
石像「ハッ。正午には到着する予定だと連絡が入っております」
長兄「……なにを考えているッッ」
長兄は魔族らしい魔族と言えた。
教育係はあの大臣である。
昔ながらの考えが根幹にあった彼からすれば、末妹である現魔王の行動は全てが理解出来なかった。
世界征服の中止など論外。
魔族の存在理由すら否定しそうな命令を出してきたのだから、憤怒せずにはいられなかった。
長兄「ガーゴイルめ……なぜ止めない……」
今回の、魔王来城もそうである。
本来であれば魔王が、兄妹とは言え自らが出頭するなどあってはならない行為。
来城をするにしても、幾重にも話し合い日程を決め、段取りを決める。
ある一定の地位に立っている者であれば当たり前の手順である。
それを魔王は全てを無視して己が行動を行っている。
許しがたい行為だった。
長兄「(どうするつもりだ……どうするつもりなのだ……)」
相手は魔王。
実力の程は体が覚えている。
全てが理不尽に感じるその絶対的な力。
まるで父親と対峙しているかのような威圧感を末の妹は保有していた。
自身には受け継がれなった力。
20年も生きていない小娘が持つには過ぎた力だった。
長兄「間違っている……あれは魔王の器ではない……」
ギリリと歯軋りをした。
どう言葉を紡ごうにも頭の中を上滑りしていく。
わかっていた。
古い、昔からの教えを叩き込まれてきた長兄は理解している。
純粋なる力こそが魔界の長たる魔王には必要なのだ。
自分にはそれはがなく、末妹にはそれがある。
それ故の苦悩が彼を襲っていた。
長兄「力が……俺に力さえあれば……」
腹の底からの唸り。
もうしばらくすれば、魔王が来城する。
突然の訪問。
きっとそれは、長兄が何度も何度も「世界征服中止」に対する反抗状を送ったからだろう。
そうしなければいけないと思ったし、そうすることで自らが健在であるとアピールしていた。
けれど、まさか魔王自らが来訪するとは夢にも思っていなかった。
相容れぬ考えを持つ魔族が顔を突き合わせるとき。
やることは一つだった。
長兄「まさか……まさか……」
長兄の脳裏には、自身の体が粉々に砕け散る様がありありと浮かんでいた。
※全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5

