その日の放課後、俺は2日ぶりに古典部に顔を出した。
ガラガラ……。
部室のドアを開けると、千反田がいた。
千反田は椅子に座り、俯いている。
奉太郎「千反田?」
声を掛けるが反応はない。
近寄ると、規則正しい呼吸音が聞こえる。
奉太郎「ほう」
千反田が部室で寝ているとは。珍しいこともあるものだ。
俺は起こさないように、そっと椅子に腰掛けると、文庫本を開いた。
元スレ
奉太郎「38度9分か……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1347361511/
える「折木さん……」
それはしばらくしてのことだった。
突然俺の名前が呼ばれる。
振り向くが、千反田は俯いたままだった。
奉太郎「寝言か……」
俺は文庫本に向き直る。
それにしても一体、どんな夢を見ているのやら。
何だか落ち着かない。俺の知らないところで、俺はエネルギー消費を強いられているのだろうか。
いや、他人がどんな夢を見ようと、それは個人の勝手だ。俺がとやかく言うことじゃない。
だがこの落ち着かない気持ちは何だろう。
千反田が俺のことを夢に見ている、と思うだけで、何故かそわそわした。
そしてそれは起こった。
千反田の席からガタッと音がしたかと思うと。
える「折木さんっっっ!!!」
奉太郎「はいっ!?」
今度は思わず千反田の方へ向き直る。
千反田は立ち上がって、両手を机に突いていた。
一体何だというのだ。
しかし千反田はというと。
える「あ、あれ? わたし……」
そして焦点の合わない目をこちらに向けると。
える「お、折木さん!?」
奉太郎「ああ、いるぞ」
千反田はカアッと紅くなった。
そして椅子に座りなおす。
える「来ていらしたんですか……」
奉太郎「ああ、ついさっきな」
える「恥ずかしいところ、見られちゃいましたね……」
奉太郎「なに、気にすることはないぞ。それでどんな夢を見ていたんだ?」
千反田はますます紅くなる。
える「そ、それは……。ダメです! 言えません!」
なんだ、そう言われると気になるじゃないか。
奉太郎「言えないような内容なのか? 俺にも言えないのか」
いよいよ千反田は真っ赤になる。今にも湯気が立ち上りそうなほど。
える「お、折木さんだから、言えないんです……。あの、もう勘弁してください……」
流石にからかい過ぎか。
奉太郎「はは、すまんすまん。冗談だよ」
千反田は、ホッとした様子を見せた。
奉太郎「それにしても、お前が学校で寝るなんて珍しいな。放課後とは言え」
える「そうですね……。春の日差しがあまりに心地よいもので、ついうとうととしてしまいました」
千反田は少しはにかんで言った。
確かに最近ポカポカ陽気で、実に眠るのには適している。いかにも『春』って感じだ。
かく言う俺も、何度授業中に眠たくなるのを堪えたことか。
奉太郎「ああ、確かに気持ちいいよな。……俺も何だか眠くなってきたかも知れん」
あくびをしながら言う。
える「ふふっ。部活動中ですけど、今なら特別大目に見てあげます」
なんだ、自分は寝ていたくせに。と、反論する気力は、もう俺には残っていなかった。
急速に意識が遠のいていく……。あ、花畑が……、見え……、る……。
~~える~~
える「折木さん?」
返事はありません。もう眠ってしまったようです。少し呆れてしまいます。
える「仕方のない人ですね……」
わたしは、折木さんの手から落ちそうな文庫本を取り上げると、ページを閉じて机に置きました。
ふと、折木さんの顔を覗き込みます。
折木さんの寝顔。普段見られない無防備な、折木さんの素顔です。
える(可愛い……)
わたしは少しの間、その寝顔に見とれてしまいました。
うふふ。
わたしはそっと折木さんの顔に自分の顔を近づけると……。
える「ちゅ」
ほっぺたに口付けました。
える「おやすみなさい、折木さん……」
~~奉太郎~~
俺は夢を見ていた。
いや、そのときは夢を見ているとは、夢にも思わなかったのだが。
どんな夢かは……、忘れてしまった。
ただ、何だかとても大切なものを失ってしまったような……。
あるいは、何かとても大事なことを忘れてしまったような……。
そんな喪失感だけが残っていた。
俺は恐ろしくなって叫んだ気がする。
だが、叫びは声にならず、逃れようともがいたが、まるで水中にいるように体は自由にならなかった。
やめてくれ。夢なら覚めてくれ。誰か助けてくれ。
そして俺の意識は途絶えた。
………………。
……。
奉太郎「う、う~ん……」
次第に意識が戻ってくるのを感じる。どうやら眠っていたようだ。
奉太郎「ふあ~~~、あ」
大きなあくびとともに、一つ伸びをする。
寝ぼけ眼を擦りながら周りを見回すと、千反田の姿が目に入った。
俺は少し安心する。
奉太郎「ああ、千反田……」
える「おはようございます、折木さん。よく寝ていましたね」
奉太郎「おはよう。どのくらい寝ていた?」
える「そうですね……。40分くらいでしょうか」
そうか、けっこう寝ていたな。
俺は椅子から立ち上がった。
何だろう。少し体が重い気がする。
まあ寝起きなんてそんなものだろう。気にはしなかった。
軽く体をほぐす、ストレッチまがいの体操をする。
俺はチラッと千反田の後姿を見る。
千反田は机に向かい、何か書き物をしている。大方授業の予習でもしているのだろう。
ふと、千反田の背中を遠くに感じた。
何だか千反田が遠くへ行ってしまうような……。ここからいなくなってしまうような……。
……。
………………。
いやいや、そんなことがあってたまるか。
俺は嫌な考えを振り払う。
変な夢を見て疲れているんだ。……内容は忘れたが。
奉太郎「ちょっと出てくる」
俺は手洗いに行くべく、部室を後にした。
用事は済ませたが、俺はしばらく部室には戻らず、廊下の窓から外を眺めていた。
中庭の花壇には、春らしく花が咲き誇っている。
名も知らない花々だ。誰が世話をしているのだろう。
アカペラ部が見事なハーモニーを奏でている。
ブラスバンド部だろうか? トロンボーン奏者が4人ほど、ブカブカと音を鳴らしている。
あれは……。どうやら新人に指南をしているようだ。
奉太郎「春だもんな」
春は、出会いと新しい始まりの季節なのだ。
しかし古典部は相変わらずだった。変わらぬ4人が、変わらぬ活動をしている。
いや……。変わったと言えば、少し変わったか。
里志と伊原は、この春休みから付き合い始めたようだった。
そして、俺と千反田も……。
しかしながら春には全く逆の側面もあるのだった。
春は出会いの季節であると同時に、別れの季節でもある。
実際、ここ神山高校からも、何人かの教師が去っていった。
俺はその教師等とは特に親しくはなかったので、実感としては薄いものだったが。
終業式のとき、泣いてる生徒もいたっけな。
だが俺には関係のないことだ。そのときはそう思っていた。
さっきの感覚がふと甦る。
奉太郎「千反田……」
俺は首を横に振る。
春の別れは三月と決まっている。もう四月。いくらなんでも季節外れに過ぎると言うものだろう。
奉太郎「戻ろう……」
柄にもない不安を打ち消すため、俺は部室へと戻って行った。
その夜、風呂から上がった俺に姉貴が声を掛けてきた。
供恵「よっ、青春してるね」
奉太郎「何だ、いきなり」
姉貴は、俺の頭からつま先まで値踏みするように眺めると。
供恵「女の子から電話よ。千反田さんだって」
奉太郎「それを先に言え」
俺は姉貴から、受話器をひったくる。
供恵「なーに? 彼女?」
姉貴はニヤニヤした顔で絡んでくる。
付き合ってられない。俺はその場から去りつつ、電話の保留を解除した。
供恵「おっ。否定しないね」
もう好きに取ってくれ……。
奉太郎「もしもし、お電話替わりました」
える『あっ、折木さんですか。わたしです。えるです』
受話器の向こうから、千反田の弾むような声が聴こえる。
奉太郎「ああ、千反田。どうしたんだ? 」
える『突然ですみません。折木さん。明日何かご予定はありますか?』
奉太郎「予定か……」
俺はそう言いながらカレンダーの方を見る。
もっとも俺は、カレンダーやその周辺に予定を書き込む習慣はないのだが。
奉太郎「いや、ないな。何か用か?」
える『はい。折木さん。明日わたしに付き合ってくれませんか?』
奉太郎「……」
相変わらず、説明を飛ばす奴だな。
俺はいつもとはちょっと違う反応をしてみることにした。
奉太郎「ああ、いいぞ」
える『よかった。それでは明日の午前9時、駅前東口で。おやすみなさい』
千反田は電話を切ろうとした。
奉太郎「ああ! 待て待て。……流石にもうちょっと説明してくれると助かるんだが」
電話の向こうで千反田が照れ笑いをする。
える『すみません、わたしったらつい……』
奉太郎「それで、何処かに行くのか?」
える『はい。実は春物の新しい服を買いに行こうと思うんです。
それで、折木さんに選ぶのを手伝って欲しくて……』
そういうことか。要は買い物に付き合えと。
奉太郎「いいのか? 俺は服の事なんか何にも詳しくないぞ」
える『いいんです。折木さんが見て、いいなと思った物を買いますから』
そうか、あまり気は進まないが、休みの日に千反田と過ごすのも悪くない。
……どうせ家にいても、ゴロゴロしてるだけだしな。
奉太郎「わかった。じゃあ行こう。明日の9時、駅の東口だったな」
える『ありがとうございます! 折木さん!』
千反田の嬉しそうなことと言ったら。
尻尾があれば千切れんばかりに振っていそうだ。
前々から思っていたが、千反田は犬っぽいな、と改めて思った。鼻も利くしな。
……本人には言わないけど。
奉太郎「ああ、じゃあまた明日。おやすみ、千反田」
える『おやすみなさい、折木さん。楽しみにしてますね』
千反田が電話を切る。俺も受話器を置いた。
俺は今日感じたことを、再び思い出していた。
千反田が俺の前からいなくなってしまうんじゃないかという感覚。
バカバカしいな。そんなことあるわけがないのに。
そのときの俺は、そう思っていた。
~~える~~
える「……ふぅ」
緊張しました。
でも、折木さんを誘うことに成功しました!
明日は折木さんと……、初めての、で、で、デートです!
そうと決まれば、絶対に遅れるわけには行きません。
今日は早く寝ましょう。……と、その前にお風呂に入らないと。
……どうしても浮き足立ってしまいます。ダメです。一度落ち着かないと。
わたしは深呼吸して落ち着こうとします。
……そういえば、最初に電話に出た女の人。
あの方が折木さんのお姉さんでしょうか。
凛とした、よく通る声の方でした。
どんな方なのでしょう?
いずれ紹介されることもあるかも知れません。
そんな、紹介なんて……。
……。
………………。
いけませんいけません! 妄想に浸ってる場合ではないです!
わたしはお風呂場へと向かいました。
~~奉太郎~~
次の朝、俺は寝癖と格闘していた。
相変わらず、俺の寝癖はしつこい。
寝癖を直し終わったのが8時。休みだと言うのに、我ながら早起きをしてしまった。
しかしそれもむべなるかな。今日は千反田との約束があるのだ。
飯でも食うか。俺は台所へ行き、パンを焼き始めた。
あとは卵でも茹でるか。
供恵「……2個、ね……」
いつの間にか、姉貴が眠たげな目を擦りながら立っていた。
仕方ない。俺は鍋に卵を2個、追加した。
供恵「何よ、あんた今日はずいぶん早いのね……」
奉太郎「俺も健全な高校生だしな」
姉貴が爆笑する。失礼な。
俺は少々早めに家を出ることにする。
忘れ物はないよな? ハンカチよし。ティッシュよし……。
姉貴は寝巻着のままで、まだムシャムシャ朝食を取っている。
俺は姉貴に声を掛けた。
奉太郎「姉貴。今日はちょっと出掛けてくるぞ。昼は過ぎるだろうから、飯はいらん」
供恵「なーに? ひょっとしてデート?」
俺は少し見栄を張る。
奉太郎「まあ、そんなところだ」
供恵「ええっ? 本当に? やるぅ。さすがあたしの弟ね」
言ってろ。
……だが、よくよく考えると、見栄ってわけでもないのか。
千反田と買い物に行く。これは立派なデートではないのか?
昨日の電話では、そんな単語は一言も出なかったが、考えれば考えるほど、これはデートである。
まあ千反田と俺は付き合ってるわけだし、デートをしても不思議なことはない。
奉太郎(そういえば付き合い始めてから、千反田と二人で出掛けるのは初めてだな……)
あまり気負っても仕方ない。俺は玄関のドアを開けた。
奉太郎「行ってきます」
現在時刻、8時40分。
少々早く来すぎてしまったか?
休みの日だが、まだ時間が早いためか、人通りはそれほどでもない。
天気は良かった。辺りには春の麗らかな日差しが降り注いでいる。
暑くもなく、寒くもなく。実にいい季節だ。
俺は大きく息を吸った。肺の中が洗われる気がする。
時計を見る。8時50分。あと10分で約束の時間だ。
(お~れ~き~さ~~~ん!)
? 何か聞こえた気がする。
通りの向こうに目を凝らすと、誰かが走ってくるのが見える。
あれは……、千反田だ。
える「ハァハァ、お、お待たせしました。ハァハァ、折木さん……」
奉太郎「まだ時間前だぞ。そんなに走らなくても良かったのに」
える「でも……、折木さんの姿が見えたから、つい嬉しくなってしまって……」
奉太郎「そ、そうか」
嬉しいことを言ってくれる奴だ。俺の顔は少し紅くなったに違いない。
千反田は、薄桃色のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織っていた。
髪は後ろの上の方で纏めている。
よく似合っている。言うべきだろうか。だが俺の口から出た言葉は。
奉太郎「それで、何処の店に行くんだ?」
える「駅前の百貨店です。いつもそこで買っているんです」
百貨店か。あまり若者らしくないが、千反田には合ってるな、と思った。
しかし俺はあまり百貨店に入ったことはない。
そんな俺の気持ちを、知ってか知らずか千反田は。
える「行きましょう! 折木さん!」
奉太郎「お、おい、千反田」
千反田が俺の手を取って引っ張っていく。その表情は、実に楽しそうだ。
奉太郎(千反田が楽しんでるならいいか)
俺は千反田に引かれるままに付いていった。
百貨店の営業は9時かららしく、俺たちが着いたのは、開店してすぐのようだった。
千反田によると、婦人服売り場は3階らしい。
える「エレベーターで行きましょう」
ちょうど手近なエレベーターが上に行くところだったので、二人で乗り込む。
他に客は6人ほど乗っていて、俺たちが乗り込むと扉は閉まり、エレベーターが動き出す。
百貨店のエレベーターだというのに、エレベーターガールらしき人物は見当たらなかった。
残念だ。一度見てみたかったのだが。
3階に着いた。見渡す限り、服、服、服である。
える「春物の普段着はこっちですね」
千反田は迷わず進んでいく。俺は付いて行くしかなかった。
それにしても……。すごく場違いな所に来てしまった気がする。
周りは全部婦人服。不審者として連行されたりしないだろうか。
これが下着売り場だったら、もう目も当てられない。
流石の千反田も、下着を買うのに付き合えとは言わないだろうが……。
そうして俺は、千反田の服選びに付き合った。
何着か良さそうなのを選んで、試着室へ持っていき、一着ずつ着替えて俺に見せる。
える「どうですか? 折木さん」
だが俺は、
奉太郎「ああ」
とか、
奉太郎「いいんじゃないか」
ぐらいのことしか言えない。
正直どれも似合っていた。……けど。
果たして俺は本当に役目を果たしているのか、疑問になる。
だが千反田は始終楽しそうだった。
結局千反田は、浅葱色のワンピースと、ベージュのニットを買った。
千反田曰く、『折木さんの反応が違った』らしい。
全く自覚はないのだが。
でも。
楽しそうな千反田の様子を見て、悪くないな、と思うのだった。
歩きながら俺は訊く。
奉太郎「千反田はワンピースが好きなのか?」
える「そうですね……。そうかも知れません。着ていて楽ですから」
楽、か。何だか千反田にシンパシーを感じてしまう。楽なのは良いことだ。
ふと時計が目に入る。11時。まだ昼には早いな。どうしようか。
そこで俺はそわそわしだす。
手洗い……。手洗いに行きたい……。
千反田は俺の様子を見て取ったのか。
える「どうかしましたか? 折木さん?」
俺は手洗いに行きたい旨、千反田に伝えた。
える「まあ、大変。この階には男性用のお手洗いが無いんです。
2階か1階にはあるんですが……。
折木さん。我慢できそうですか?」
奉太郎「ああ、その程度なら。じゃあ一度1階に下りようか」
それを聞くと、千反田は歩く方向を変えた。
える「こっちに階段があります。1階は階段の近くにお手洗いがありますから……」
なるほど。そっちの方が早いわけか。
奉太郎「わかった、行こう」
える「それでは、わたしはここで待っていますね」
手洗いから少し離れたところに立って千反田が言う。
奉太郎「ああ。じゃあちょっと行ってくる」
………………………………。
………………。
……。
ふぅ~~~。スッキリした。俺は手を洗うのもそこそこに……。
いや、やっぱりちゃんと洗うべきだよな。俺はしっかりと手を洗った。
手洗いから出ると。
奉太郎「あれ?」
千反田がいない。
辺りをキョロキョロ見回すが、やっぱりいない。
千反田も手洗いに行ったのかも知れない。
俺はその場で待つことにした。
……そのときの俺は、大した事と考えていなかった。
奉太郎「遅い……」
俺が手洗いを出て、もう10分経つ。
いくらなんでも遅すぎる。このとき初めて俺の脳裏に不安がよぎった。
……まさか。まさかまさか。千反田の身に何かあったのではないか?
そう考えると居ても立ってもいられなくなる。
だが待て。千反田は高校生だ。そうそう危険なことに巻き込まれるとは考えにくい。
しかし……。この1階の階段付近は店々の賑わいからはちょっと外れたところにある。
人通りも少ない。万が一ということはあり得るのではないか?
奉太郎「ははは……」
乾いた笑いが喉から漏れる。
そんな馬鹿な。神山市は治安の悪いところではない。
白昼堂々高校生がかどわかされるなんて聞いたことがない。
千反田のことだ。どうせ何か気になることがあって、ひょこひょこ付いて行ったに違いない。
いや、それをかどわかされると言うのか?
奉太郎「と、とにかく!」
探しに行こう。
流石に攫われたとは考えにくい。この百貨店の何処かにいる可能性は高い。
俺は1階をざっと見て回った。いない。
そうだ! 婦人服売り場の試着室。あそこに何か忘れ物でもしたのかも知れない。
俺は3階へ向かった。
だがそこにも千反田はいなかった。
買い物をしたところだけでなく、一通り周ってみたがやっぱりいない。
嫌な汗が垂れてくる。
思い出されるのは、昨日部室で感じた嫌な予感。
いや、落ち着け折木奉太郎!
あんなのはただの夢だ。実際起こり得るはずがない。
だが現実問題、千反田は俺の前から消えてしまった。
……いや、まだ全部探したわけじゃない。
奉太郎「もう一回、最初から探してみよう」
そのとき、館内アナウンスが鳴った。
『神山市、○○町三丁目からお越しの、△△様。◇◇君が迷子センターで……』
そうか、迷子センターか……。相談してみるというのもありかもな。
だが、俺と千反田。一体どちらが迷子なのだろう?
第一高校生にもなって迷子はないだろう。
奉太郎「やっぱりもう一回探そう」
入れ違いということもある。
くそ、こんな時、携帯電話があれば……。
千反田も俺も携帯は持っていないのだ。
俺は1階の手洗いの前まで戻った。
そこから1階1階上って探していく。
階段は駆け上がった。エレベーターやエスカレーターではまどろっこしい。
そうして全6階を探し終えたが、千反田は見付からなかった。
あとはこの扉の向こう。屋上だけだ。
奉太郎(頼む……。いてくれ!)
俺は恐る恐る扉を開ける……。
屋上は公園のようになっていた。屋台の食べ物屋がいくつか見える。
俺は半ば駆け足で屋上公園を一回りする。
カップルや家族連れが多い。俺はそれらを恨めしそうに見やりながら、千反田の姿を探す。
だが……。
奉太郎(いない!)
何てことだ。千反田は本当に消えてしまった!
俺は手近なベンチにガックリと腰を落とす。
あと考えられるのは百貨店の外。
だがそれこそ一人では探しきれない。
この神山市が一体どれほどの広さだと思っているのだ……。
俺は大きく息を吐いた。
奉太郎「千反田ぁ……」
俺はベンチでうなだれていた。
もう気力は残っていなかった。
脚がガクガクして立ち上がることも出来そうにない。
この一年の千反田との思い出が、走馬灯のように甦っていた。
古典部への入部、『氷菓』事件、『女帝』事件、文化祭、そして……。
そして、春休みの雛まつり。
今にして思えばどれもいい思い出だ。
決して楽しいことばかりではなかった。苦い経験もした。
だが今となっては、それも含めていとおしく思えるから不思議だ。
これも千反田のおかげかも知れない。いや、きっとそうだ。
千反田が、俺の色気のない高校生活に彩りを与えてくれた。
里志言うところの『灰色』だった俺に……。
いかん、何だか泣けてきそうだ。
そのとき、よく聞き知った声が俺を呼んだ。
える「折木、さん……?」
奉太郎「ちたん、だ……?」
俺は声のするほうを向いた。
……信じられない。あれだけ探しても見付からなかった千反田が、目の前にいた。
奉太郎「千反田!」
俺は千反田に駆け寄った。
両肩を掴み、揺さぶる。
奉太郎「千反田! 今まで何処に!? 一体どうして!?」
える「あの、ごめんなさい、わたし……」
いや、そんなことより。
奉太郎「よかった……!」
える「えっ、ちょっ、折木さん……!?」
俺は人目も憚らず、千反田を抱き締めた。
それはもう、きつく。
奉太郎「本当に、よかった……」
える「折木さん……」
千反田も抱き締め返してくれた。
俺と千反田は歩きながら話していた。
千反田が何処へ行っていたのかと言うと……。
何のことはない。
俺が手洗いへ行ったあと、千反田は迷子を見付けた。
その子と一緒に、親を探していたのだと言う。
親を探しながら迷子センターへ向かい、放送で呼び出してもらった。
幸い親はすぐに迎えに来て、千反田はいたく感謝されたのだと言う。
千反田を探している途中で聞いた、あの放送。あれがそうだったのだろう。
知ってみれば、なーんだ、という感じだ。
その後千反田は元の場所に戻ったが、俺がいなかったので、俺と同じように探し回ってたらしい。
運悪く、すれ違っていたのだろう。
千反田が立ち止まった。
える「あの、折木さん。本当にごめんなさい!」
千反田がペコリと頭を下げる。
える「心配、しましたよね? わたし、一つのことに入れ込むとつい周りが見えなくなってしまって……。
本当に何とお詫びしたらいいか……、ごめんなさい……」
千反田の眼が潤んでいる。千反田を泣かせるのは俺の本意ではない。
奉太郎「いいんだ」
俺は言った。
奉太郎「ちょっと心配になって、探し回って疲れただけだ。あまり気にするな」
俺は千反田の頭を撫でる。
嘘だ。
あんなに青くなって、必死で探し回って、終いには不安で脚が立たなくなっていた。
もうあんなことは御免被りたい。
もっとも俺も、冷静さを欠いていた。
今にして思えば、ずいぶん先走った考え方をしていた気がする。
……俺としたことが。
昨日変な夢を見たせいだ。
える「折木さん……」
奉太郎「腹が減ったな。何処かに何か食いに行こう」
える「はいっ」
俺たちは再び歩き出す。
奉太郎「でも千反田……」
俺は並んで歩く千反田の肩を抱き寄せた。
える「あっ……」
奉太郎「もう俺に黙って、何処かへいなくなったりしないでくれ。お願いだから」
える「折木さん……」
千反田は少しの間俯いていたが、顔を上げると明るい笑顔で言った。
える「はい……、約束します」
思えば、人間突然この世からいなくなってしまう可能性はゼロではない。
突発的な事故や病気が、俺達を襲う可能性もなくはないのだ。
いや、そんな最悪の事態でなくても、こうして千反田と肩を並べて歩く日々もいつか終わりを迎えるのかも知れない。
そう考えると、今という時間が得難い宝のように思える。
さっき屋上で見た走馬灯。
あのように今が思い出に変わっても、俺は千反田とこうして並んでいられるだろうか。
……並んでいたいな。是非並んでいたい。
今を今だけで終わらせないために。
俺は何が出来るだろうかと、思案を巡らせていた。
165 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/17 13:58:02.08 TvJv0Pak0 34/77お終いです
おまけもあるよ
おまけ
昼食を済ませた俺たちが、店を出たのが午後1時。
奉太郎「どうする? もう帰るか?」
千反田が、うーん、と考え込む。
える「そうですね……。
まだ時間は早いですし、このまま帰ってしまうのは何だかもったいない気がします……」
じゃあ何処かに遊びにいくか、と言おうとして、俺はろくな遊び場を知らないことに気が付いた。
ここから近いといえば、ボーリング? カラオケ?
……ダメだ。それくらいしか思い浮かばん。
こういうとき、遊び人の里志なら困らないのだろうな、と思う。
だが里志に頼るわけにはいかない。俺が何とかしないと。
そのとき千反田がポン、と手を叩く。
える「そうです! わたし、行ってみたい所があるんでした!」
ほほう。
奉太郎「何処だ? ここから近いのか?」
える「はい、確か。……折木さん折木さん」
千反田が、俺に近くに来るよう手招きをする。
奉太郎「なんだ?」
千反田はヒソヒソ声になると言った。
える「ゲームセンターって所なんですけど、折木さん、知ってます?」
奉太郎「……ゲームセンター?」
もちろん知らないはずがない。
中学時代は里志と時々通ったものだ。最近はご無沙汰だったが。
奉太郎「何だ千反田。ゲーセンに行きたいのか?」
千反田はちょっとはにかんだ。
える「はい。前々から少し興味があったんですけど……。
一人で入るのは何だか気が引けてしまって……。
興味のある友達もいないので、いつか折木さんにお願いしようと思ってたんです」
千反田とゲームセンター。意外な取り合わせだ。
奉太郎「よし、それじゃあ行ってみるか」
える「はい、お願いします!」
連れ立って歩き出す。
駅前のゲーセンというと、確かこっちだったな。
俺と里志がよく行っていたのは、商店街のゲーセンなのだ。
実は駅前のゲーセンには、あまり来たことがなかった。
奉太郎「こっちの方でよかったよな?」
える「はい、合っていると思いますよ」
どうにもおぼつかないが、とりあえず行ってみよう。
そのときだった。
える「あれ? 摩耶花さんじゃないですか?」
思いがけない言葉に、たたらを踏んでしまう。
見ると確かに伊原だ。
向かいの歩道を、こちらに向かって歩いてくる。
える「まーやーかーさーーーん!」
千反田が大声で手を振る。
奉太郎「おい、何も……」
そこまで言って、何もやましい事はしていない。堂々としてればいいんだ、と思い直す。
伊原はこちらに気付くと、目を丸くした。そして、こちらに渡ってきた。
摩耶花「おっす、ちーちゃん。折木も」
える「こんにちは、摩耶花さん」
奉太郎「よお……」
摩耶花「どうしたの、二人で。……もしかしなくても、デート?」
奉太郎「いや、千反田の買い……」
える「そうなんです! 折木さんに服を選ぶのを手伝ってもらいました!」
それはそれは嬉しそうに千反田が言う。
俺は、やっぱりこれはデートなんだ、と千反田の言葉を噛み締めていた。
摩耶花「そっかぁ……。わたしも思い出すなぁ……」
伊原が少し遠い目をした。
聞くところによると、伊原は画材の買出しに来たらしい。
この辺では、駅前のショップでしか揃わない物がいくつもあるらしい。
える「わたしは、折木さんがこれからゲームセンターに連れていってくれるんです!」
おい、何もそこまで。
伊原の眼つきが変わった。つかつかと俺の方へ歩み寄ってくる。
摩耶花「ちょっと折木。ちーちゃんを悪の道に引き摺り込まないでよ」
奉太郎「違う。千反田が行きたいって言い出したんだ」
摩耶花「だからって、ちーちゃんが擦れちゃったらどうしてくれんのよ……」
伊原は一際俺を睨むと―――眼で[ピーーー]というやつだ―――念押しするように言った。
摩耶花「くれぐれもちーちゃんに、悪い遊びを教えないでよね」
奉太郎「わかった、善処する」
摩耶花「それじゃあちーちゃん。精一杯楽しんできてね」
伊原は飛び切りの笑顔で言った。
何で俺と千反田に対する態度が、こうも違うのだか。
える「ありがとうございます! 摩耶花さん」
摩耶花「それじゃあわたし行くね! また学校でね!」
える「はい。お気を付けて、摩耶花さん」
奉太郎「じゃあな……」
千反田と伊原はお互い手を振り合っている。
やがて伊原の姿が見えなくなると……。
える「それじゃ、行きましょうか、折木さん」
奉太郎「ああ、行こう」
目的のゲーセンには割とすんなり着いた。
える「わぁ……」
千反田が看板を見上げる
える「外からでも、すごく賑やかです……」
奉太郎「それじゃ、入るか」
える「ふふっ、わたしのゲームセンターデビューですね。何だかドキドキしちゃいます」
大げさだな、千反田は。俺は笑う。
だが俺も、初めてゲーセンに入ったときはそんな感じだったかもな、と思った。
中に入った千反田は、見るもの全てが珍しいようで、眼を輝かせていた。
える「わあ、あれは何ですか!? あっ、こっちも気になります!」
おいおい、あまりちょろちょろするなよ。
える「これは……、麻雀のゲームですか? 気になります!」
うっ。よりによってそれか……。
える「見たところ、二人で打っているようです。これが『二人打ち』と言うやつでしょうか」
奉太郎「千反田は麻雀に詳しいのか?」
える「いいえ、全然。ただ親戚の方がやっているのを見たことはあります。
そのときは4人でやっていましたよ」
奉太郎「まあ普通はそうだな」
える「あれっ? 女の人が出てきましたよ?」
これは……、とにかく不味い……。
奉太郎「千反田!向こうにもっと面白いのがありそうだぞ!」
える「ええっ? 何処何処!? 何処ですか!?」
こうして俺は何とか千反田の興味を、脱衣麻雀ゲームから引き剥がすのに成功した。
……伊原との約束もあるしな。
俺は律儀な男なのだ。
やがて俺たちは、一つの大型筐体の前にたどり着いた。
える「この大きいのもゲームなんですか? ……ヴァーチャル オン、ですか」
奉太郎「どうだ? ちょっとやってみるか?」
える「ええっ! ……わたしに出来るでしょうか?」
奉太郎「どうかな。でもせっかくゲーセンに来たんだ。やってみないか?」
千反田は少しの間逡巡する。
える「そうですね……。わたし、やってみます!」
そう来なくては。俺は千反田をコックピットに座らせると、簡単に操作の説明をした。
奉太郎「荷物は足下に置いておくといい。で、コインを入れて……、それじゃ!」
える「ああっ、何処行っちゃうんですか!?」
俺は反対側から隣のコックピットに滑り込む。そしてコインを投入すると千反田の方に向き直る。
奉太郎「俺と対戦しよう」
える「対戦……、折木さんと戦うってことですか? ……負けませんっ!」
どうやらやる気になったようだ。その方が俺もやりがいがあると言うもの。
千反田はオーソドックスな、ヒーロー然とした機体を選んだ。
俺はいつもの大鑑巨砲主義な機体。
最初のラウンドは、千反田の慣熟訓練に費やされた。
俺は一切手出ししなかったので、千反田のポイントとなる。
える「えっ、わたし、勝ったんですか?」
奉太郎「まだまだ、これからさ」
2ラウンド目。今度は俺も動き回る。が、なるべく手出しはしないようにした。
終了間際、俺が攻撃をヒットさせ、俺のポイントに。
奉太郎「さあ、次で決まるぞ」
俺も本気を出すとするか。……少しだけ。
全く勝負にならなかった……。
計2ラウンドを費やした訓練も空しく、千反田の機体は頓珍漢な動きを繰り返すばかり。
最後に沈んだ自分の機体を見て、千反田は言ったものだ。
える「かわいそうです……」
える「ああ、負けてしまいました……」
何というか、まあ、その。
える「折木さん、強いんですね。びっくりしてしまいました」
奉太郎「言っとくが、俺は決して上手い方じゃないぞ。
ランカー相手になると、俺じゃ全く歯が立たない」
える「折木さんより強い方が……。ランカさん? すごいんですね……」
そのあとも色々見て回ったが、千反田は、メダルゲームに一際強い関心を示した。
える「この増やしたメダルは、どう使うんですか?」
奉太郎「またメダルゲームに注ぎ込んで、更に増やすんだ」
える「更に増えたメダルは、どうするんですか?」
奉太郎「更にメダルゲームに注ぎ込み、もっと増やす」
える「そう考えると、何だか不毛ですね」
奉太郎「まあ、見返りのないギャンブルみたいなものだからな」
える「ギャンブルで思いついたんですけど、このメダル、何か景品と交換することは出来ないんでしょうか?」
奉太郎「よくは知らないが、そうすると賭博行為になるんじゃないか」
える「なるほど……。ここはあくまでゲームセンターですもんね」
そんな話をしながら、千反田はメダルゲームに打ち込むのだった。
える「ふぅ……、流石に疲れました」
奉太郎「何か飲み物でも買うか?」
える「そうですね。喉も渇きましたし……。……あっ!」
奉太郎「どうした?」
える「あれ何でしょう? 可愛いです!」
そう言って千反田が指差す方へ、二人で近づく。
そこにはUFOキャッチャーと、その中に積まれたぬいぐるみがあった。
何だかよくわからない、野菜をモチーフにしたキャラクターのようだ。
お世辞にも可愛いとは言い難い気がするが……。こんなキャラクターいただろうか?
それはともかく、うん。あれなら取れなくはなさそうだ。
奉太郎「取ってみるか。取れたらお前にやる」
える「本当ですか!? でも取れるでしょうか?」
奉太郎「多分な」
える「頑張ってください、折木さん!」
俺は五百円玉を投入する。
……。
………………。
ダメか。もう五百円だ。
気が付けば俺の方がのめり込んでいた……。
帰り道。俺は千反田を家まで送ることにした。
奉太郎「すまん、千反田。大口叩きながら結局取れなかった」
える「そんな……。わたしの方こそごめんなさい。三千円も使わせてしまって……」
奉太郎「いいんだ……。俺が好きでやったことだからな……」
える「でも……」
奉太郎「とにかく、受け取らないからな」
千反田はそれきり口をつぐんでしまう。
千反田は、俺がUFOキャッチャーで摩った三千円を払うと言ってきたのだ。
……千反田の手前、見栄を張ったが、三千円は相当大きい。
また姉貴に頭を下げなければいけないかも知れない。
そう思うと気が重くなる……。
いかんいかん。俺がこんな顔をしていては。
せっかくのデートなのに、千反田まで曇らせるわけにはいかない。
手を握ろうと、手を彷徨わせる。だが千反田は。
奉太郎「お、おい」
千反田は手を握らずに、腕に抱きついてきた。柔らかいものが腕に当たる。
える「どうかしましたか?」
奉太郎「いや、何でもない……」
まあいいか。千反田の好きにさせよう。
そうして俺たちはしばらく無言で歩いた。
奉太郎「千反田」
える「何ですか?」
奉太郎「今日は楽しかったか?」
える「はいっ! とっても!」
千反田は満面の笑みを浮かべる。
える「またお買い物に付き合ってくださいね」
奉太郎「ああ、そのくらいならいくらでも……」
俺は気になっていたことを聞いてみる。
奉太郎「ゲームセンターの方はどうだった?」
える「とても楽しかったです。見るもの全てが初めてで。ぬいぐるみ、取れなかったのは残念でしたけど」
千反田は、ええと、と続ける。
える「でもですね。また行きたいか? と言われたら、ちょっと遠慮したいです。
やっぱりああいうのは、わたしの肌に合わない気がします」
やっぱりそうか。何となくそう思ってた。
える「ごめんなさい。私が行きたいって言い出したのに」
奉太郎「良かったじゃないか。肌に合わないことがわかって」
俺は素直な気持ちを言った。
える「折木さん……」
千反田の表情が崩れる。
える「ありがとうございます……」
景色が田園風景に変わりつつある。
千反田の家までは、まだもう少し距離がある。
時間は5時前だが、大分日は傾いてきた。
える「ねえ、折木さん」
千反田が立ち止まる。
える「今日はここで別れませんか?」
奉太郎「どうしてだ? 送るぞ」
える「でも、わたしの家まで行って、そこから帰られたのでは、折木さんの帰りが遅くなってしまいます。
お家の方も心配するでしょう」
確かに千反田の家まで行って、また俺の家まで歩くのはかなり時間が掛かってしまう。
奉太郎「しかしだな……」
える「実は今日、家の者がいないんです」
そうなのか。しかしそれと今の話と何の関係が?
千反田は、言うべきか少し迷っているようだったが、やがて決心したように口を開いた。
える「わたし、今日折木さんに言おうと思ってました。
……泊まっていってくださいって」
千反田の言葉に、思わずドキリとする。
える「それなりの覚悟もしてきたつもりでした。
でも、いざとなるとやっぱり足が竦んでしまって……。
これでいいのかな、って考えてしまうんです。
それでも折木さんが家に来てしまったら……、言ってしまいそうな自分もいて……。
わたし、悪い子なんです。親のいない間に、男の人を家に連れ込もうとして」
千反田は少し寂しそうに笑う。
える「わがままですよね、わたし。
でもこんな気持ちのままじゃ、とても折木さんを迎えることなんて出来ないと思って……。
だから……!」
俺は千反田の肩を抱いた。
奉太郎「わかった。ここで別れよう。だけどな、千反田……」
俺は千反田の額を軽く小突いた。
える「あっ」
奉太郎「お前は少し急ぎすぎだ。俺は何処へも逃げたりしないぞ。
無理をすることはないんだ。お前なりにゆっくり答を見つければいい」
える「折木さん……」
奉太郎「その、お前さえ良ければ、いくらでも待っててやるから……」
える「ふふっ、ありがとうございます」
そして千反田は満面の笑みを浮かべると言った。
える「わたし、やっぱり折木さんを好きになって良かったです!」
俺はつい、目を逸らしてしまう。
ああもう。
俺は照れ隠しついでに、千反田に別れを告げた。
奉太郎「じゃあな、千反田。今日は楽しかったよ。またな」
える「あっ! 待ってください!」
何だろう。まだ何かあるのだろうか?
える「図々しいお願いだとは承知しているのですが……。その、キス、してくれませんか?」
そう来たか。
奉太郎「わ、わかった」
何故だろう。千反田とは何度となくキスをしているはずなのに、いつになくドキドキしている自分がいた。
奉太郎(今日は色々な事があったからな)
千反田がいなくなったと思ったときは、本当に肝を潰した。
だが変な話、千反田がいなくなったおかげで、俺は千反田の大切さに改めて気付いた気がする。
千反田が唇を突き出してキスをねだってくる。
俺は少し笑うと、千反田の唇に、自分の唇をそっと重ね合わせた。
186 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/17 14:24:59.39 TvJv0Pak0 55/77お終いです
いるかどうかわかりませんが、読んでくれた方、ありがとうございます
最初はエロ方向に話を振るつもりはなかったのだが、書いてたらそうなってしまいました
次作は全くの未定です
とりあえず最終回を楽しみに待とうと思います
暇なので、冒頭でえるたそが見ていた夢の内容でも書いていくかな
える「~♪」
その日、わたしはご機嫌でした
足取りも軽く、特別棟の階段を上っていきます
もちろん、古典部に顔を出すためです
折木さん、来ているでしょうか?
4階に着きました
古典部の部室は、一番向こう側です
わたしは今にもスキップしそうな足取りで、部室の方へ向かいます
部室の少し前まで来ると、部室から人の話し声が聴こえてきました
奉太郎「だ……、……らが……、……だ」
??「……な、…………わ」
あれは折木さん、それと……、摩耶花さん……?
わたしは部室の扉にそおっと近づきます
扉はほんの少し、開いていました
わたしはそこから中の様子を窺います
何でそんなことをしたのでしょう
何か予感があったのかもしれません
中では折木さんと摩耶花さんが、差し向かいで話をしていました
ただならぬ様子です
奉太郎「だから! 何でダメなんだ!?」
摩耶花「そんなこと言われても困るわ……」
摩耶花「お願いだからわかって、折木……」
奉太郎「そんなの納得できるか!」
何でしょう? 何を言い合っているのでしょう?
わたし、気になります!
でもそれは悪夢の始まりでした……
摩耶花「ね、やっぱりやめよ」
摩耶花「こんなとこ、ちーちゃんやふくちゃんに見られたら……」
奉太郎「俺は構わない」
奉太郎「俺はお前のことが……、好きだ! 伊原!」
………………
ちょっと何を言ってるかわからないです
だって折木さんはわたしと……
折木さんが摩耶花さんのことを……?
……ええっ!!
そ、そんなはずないです!
だってだって、折木さんはわたしに……
摩耶花「わ、わたしだって!」
奉太郎「だったら」
摩耶花「でもダメ! わたし、ふくちゃんを裏切れない……」
ま、摩耶花さんも折木さんのことを……?
だって摩耶花さんは福部さんと……
わたしは信じられない思いで、その光景を見つめていました
奉太郎「そんな……、俺の想いはどうなるんだよ……」
折木さんは、わたしにも見せたことのないような、切なげな表情をします
それを見て、わたしの胸はキュウッと締め付けられるのでした
奉太郎「何よりお前は! 自分の気持ちに嘘を吐いてまで里志と付き合えるってのか!」
摩耶花「!」
える「折木さん……」
わたしにも嘘を吐いてたってことですか!
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、折木さんは
奉太郎「……千反田とは別れる」
える「!」
奉太郎「元々あいつが一方的に言い寄ってきただけなんだ」
奉太郎「俺には最初からお前だけだ」
そんな……、そんな……
酷いです
酷すぎます、折木さん……
摩耶花「……わ、わたし!」
奉太郎「伊原……、いや、摩耶花!」
折木さんが摩耶花さんを抱き締めます
摩耶花「奉太郎……」
える「!!」
摩耶花さんも折木さんを抱き返します
しかも下の名前で呼び合って……
わたしたちだってずっと苗字で呼び合ってたのに……
奉太郎「いいんだな?」
摩耶花「うん、待たせちゃってゴメンね……」
だ……、ダメ……
折木さんと摩耶花さんの唇が、次第に近付いていきます
ダメ……、ダメ……
今まさに、二人の唇が触れようというとき……
ダメ~~~!!!
わたしは部室に飛び込みました
………………………………。
………………。
……。
える「あ、あれ? わたし……」
ここは? 部室のようです。
そうです! わたし、折木さんと摩耶花さんの情事の最中止めに入って……。
でも変です。そんな様子はありません。
人の気配がするのでその方向を向きます。
……。
える「お、折木さん!?」
奉太郎「ああ、いるぞ」
わたしの顔がカアッと紅くなります。
あれは……、夢、だったのですね……。
わたしはおずおずと椅子に座ります。
わたしは何という夢を見てしまったのでしょう
でも、心の底からホッとします。
そうです。折木さんや摩耶花さんがあんなことをするはずありません!
あ、でも……。
わたし立ち上がっていました。
夢を見ながら思わず立ち上がってしまったのでしょうか
何か叫んだ気もします。
とりあえず、折木さんに話し掛けます。
える「来ていらしたんですか……」
奉太郎「ああ、ついさっきな」
える「恥ずかしいところ、見られちゃいましたね……」
奉太郎「なに、気にすることはないぞ。それでどんな夢を見ていたんだ?」
やっぱり! わたし何かしでかしたんですね……。
わたしはますます紅くなります
える「そ、それは……。ダメです! 言えません!」
言えるわけがありません!
あんな破廉恥な……。
けれど折木さんはニヤリと笑うと。
奉太郎「言えないような内容なのか? 俺にも言えないのか」
うう……、折木さん意地悪です……。
える「お、折木さんだから、言えないんです……。あの、もう勘弁してください……」
ダメです。絶対に言えません!
奉太郎「はは、すまんすまん。冗談だよ」
わたしは胸を撫で下ろしました。
折木さんの追及をかわしたわたしは、少し考えていました。
何であんな夢を見てしまったのか。
夢ですから、別に大した意味はないのかも知れません。
でも……、あんな夢、嫌でも気になります。
わたし、何か不安があるのでしょうか?
もちろん折木さんのことは信じています。
ですが……。
折木さんの心を繋ぎ止めておくために、何か出来ることはないでしょうか?
そのとき、わたしの頭にある考えが閃きました。
206 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/17 17:01:24.60 TvJv0Pak0 75/77お終い
即興でものを書くのは、いつ筆が止まるかという恐怖との戦いだ……
207 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/09/17 17:04:07.13 8OvpJGXNo 76/77おつです
208 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/09/17 20:21:08.99 AqJTtu8Xo 77/77氷菓はアニメが終わってしまったけれども、奉太郎「」スレの二人ともが面白く書いてくれるから楽しみで仕方ない

