授業中
男「…」カキカキ
男「あら、消しゴムが…」
コロコロ
女「…」スッ
女「はい」
男「あ、ありがとさん」
女「いえいえ」カキカキ
男「…」カキカキ
男(なんで手袋してるんだろ…)
元スレ
女「…」男「なんでアイツ、いつも手袋してるんだろ?」
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1324995166/
女友「でねー、それでね!」
女「うんうん」
俺のクラスメイトであるあの子は、いつも手袋をしている。寒がりだと言っても、今は夏だし、潔癖症かと思えばこの前普通に係のトイレ掃除を苦にもせずしていた。
男「なんでだろう」
自分に聞いたところでわからない。そもそも、あの子とはあまり接点もなくて、こじつけるにしても、席が近い、それだけの話なのである。
女友「うひひーっ!あ、男ー。何いやらしい目でこっち見てんのさー?」
男「なにニヤケた面でこっち見てんのさー」
女友「スケベー」
こいつはあの子と仲がいいらしく、俺と中学も同じだったので、他の女子よりは話しやすい
そうこうしているうちに、次の授業のチャイムが鳴った。
女「別に、女友ちゃんは本気で君のこと、スケベとか思ってないよ!多分」
男「わかってるさ」
俺は彼女と他愛もないキャッチボールをする。ほどなくして、厳つい数学教師がのっそりと教室に入り込んできた。
彼女は、多分真面目な類の人間である。
授業中は、いつも前を向いて、私語もしない。
今の俺みたいに、ウトウトなんて絶対しない。
女友「おーいスケベー…」
男「んぁ?」
親友の声が俺の目蓋をこじ開けた。どうやら、もう授業は終わり、HRも済んだらしい
女友「帰るよ、スケベ」
この呼び方がいたく気に入ったらしく、コイツは俺の頭をペチペチ叩きながら、スケベスケベ言う。
男「俺はスケベじゃねーよ」
女友「さ、スケベ、さっさと帰ろうか!」
男「だからぁ…」
コイツと、俺の家は近い。なんせ中学で同じ校区なのだから、高校からもあるていど同じ方向に帰るからだ。
女友「はやく~、私見たい夕方ドラマあるんだから」
下足場に向かう途中、コイツは色々不満を漏らす。いつものことだ。
男「再放送だろ?」
女友「なにか問題でも?」
コイツはなんだかんだで待ってくれる。下足場に差し込んでくる斜陽が、寝ぼけ眼をこれでもかと刺激する。
男「あのさぁ」
近所の子供たちが、遊び跳ねる帰り道で、俺は訪ねた。
男「女さんって、なんでいつも手袋してんの?」
女友「しらぬ」
即答。
男「本当に?」
女友「んー、実は私も気になってるんだよね~。知りたいけど、コンプレックスを隠してたりしたら…」
男「コンプレックス?」
女友「火傷とか?」
なるほど、女の子が手を火傷しては一大事だ。なんとなく納得して、俺は「あぁ」と声を出した。
女友「確かに気になるねぇ~、前に聞いたら『あ、あ…いや、別に』とか言ってたし」
親友は即座に彼女の物真似をしてみせた。彼女のか細い声も微妙に再現できているから、つい吹き出してしまった。
女友「ちょっとー、笑うとか不謹慎なんですけどー」
男「お前はシリアスだったのかよ」
その後、2、3の雑談をしながら俺たちはそれぞれの家路についた。昼間の蝉の音も、帰宅するころには鴉の声に変わっていた。
翌朝、教室についた女友はいつも通り彼女と雑談をしていた。俺がまだ教室に着いていない時の話である。
女友「それでさー、そのボーカルの子がねー」
女「あはは、そうなの?」
女友「それが本当なんだよ!あははは!」
女友「ところでさ、女ちゃん…なんでいつも手袋してんの?前にも聞いたけど」
女「え、あ、いや」
彼女は、女友の質問への動揺を顔に表した。本人に自覚はないらしいが。
女友「あ、いや、その…嫌なら言わなくていいんだよ!?だからさ、その…」
女「う、うん…でも…」
手袋の事例に関して、女友は徐々にに間合いを詰めていく。対して、女は答えを渋り、間合いをとらせまいと苦心している。
俺が教室に入ったのは、その時だった。
女友「痛いっ!?」
頭に俺チョップを受けた女友が思わず声をあげた。
男「お前、昨日は手袋のことは遠慮するとか言ってたじゃん!即効破るとか、もう…もう…」
上手い言い回しが見つからない。咄嗟に出した言葉がこれだ。
男「ぎ、ぎ、…偽善者か!」
女友「えぇぇええ……」
俺の言葉が鉛の錘となり、女友にのしかかった。その重みなのか、コイツはガクリと膝をつく。
女友「ひどい……中学から、私は男をずっと信じてきたのに…偽善者だなんて…」
女友はヨヨヨとわざとらしく泣き始めた。
女「ちょ、ちょっと男くん。別に私のことはいいから、女友ちゃんをそんなふうに言わないで…?」
男「あ、ご…ごめん」
俺が謝ったとき、女友の口もとからチロリと舌が出たのが見えた。やはり嵌められた。
今回は俺の負けだ。
ひとしきり、「茶番」を済ませた女友はこちらに向き直り、太陽のような眩しい笑顔でこう言った。
女友「そういえば、今日はプールだよスケベ!」
男「ここぞとばかりにスケベ呼ばわりするな」
まるで俺が覗きでもするかのような口振りだ。
女「ふふっ本当に二人って仲がいいのね」
女友「あたぼうよ!」
男「腐れ縁だよ、腐れ縁」
女友「…あ?」
男「すみません、大の仲良しです」
漫才を続けているうちに、教室の時計が始業を示した。
英語の授業も終え、待ちに待ったプールの時間がやってきた。天気は快晴、夏の灼けつきも相まってプールへの期待がより一層高まる。
更衣室に向かう途中、女友から、ジェスチャー信号を受信した。中学時代に二人で開発したものが、今でも現役を貫いている。
ワカッテイルナ?プールノトキ、テブクロハ
メッセージ受信後、俺は素早く返信する。
リョウカイ。オマエモ、コウイシツノ ジテン デ サリゲナ~ク チェック シロ。 こんぷれっくすテキナ モノナラ スルー。
俺の信号に、女友は親指を立てた。
いよいよ男女ともに更衣が終わったようで、男子更衣室、女子更衣室からそれぞれ水泳着に着替えた生徒が姿を現した。
予想以上に厳しい日光の下、俺は入場してくる女子の群れから、彼女を探した。
途中、俺と目を合わせた女友がこちらに信号を送った。
ナニ コッチ ミテルノ? スケベ。
理不尽なコメントに軽く舌打ちをしながらも、俺は彼女を探した。
いない。
男「…あれ?」
もう一往復、女子を見渡す。
やはりいない。
もしやと思い、プールサイドにある見学者用ベンチに目をやると、そこに制服を着た彼女がちょこんと乗っかっていた。
しっかりと黒い皮手袋をはめて。
男「なんてこった…」
俺は膝をついた。
「おい!男子は整列しているぞ!お前は何をしている!」
男「すみません!」
教師からの注意も受け、ばつが悪いことこのうえない。
女さんは、肌が白い。だから、日光にあたりすぎるとよくないのではないかと心配になりながら、俺は5回目のクロールを泳いだ。
休憩中、これまた5回も女友のスケベ信号を受信した。
日差しもとどまらず、体育は無難に終わった。
帰りのHRのことだった。先生が女友に意地の悪い、からかうような視線を送った。
「一昨日、そして昨日も掃除をサボったな」
女友「へ、へへぇ」
「ペナルティーとして、今日はお前だけで掃除。終わるまで返さんぞ?」
女友「そ、そんなぁお頭!殺生な!」
「誰がお頭だ!私は教師だ」
罰掃除を食らった女友を少しざまぁ見ろと思った。
それでもいざHRが終わると、こうして廊下で女友を待ってしまう俺である。これも腐れ縁の弊害なのかもしれない。
女「ねぇ、男くん?」
男「え、ん?何?」
女「女友を、待ってあげてるんだ」
男「あ、うん。そうだよ」
女「いいなぁ。」
男「よくないよ、こうして待たされてさぁ」
女「ううん、男くんに待ってもらってるのが羨ましいの」
男「ん?」
女「…もう、言うね。男くん」
彼女がゴクリと喉を鳴らした。周りがやけに静かに感じる。
女「男くんが好きです!…でも、付き合いたくありません!」
奇妙な告白をされた。
男「…え?」
女「ごめんね、男くん」
男「え?」
女「これで、私の恋に決着がついたわ」
男「え?」
女「自分勝手で…本当にごめんなさい」
男「え?」
どれだけ頑張っても、口からは「え」しか出てこない。俺の周り数センチは、あまりの驚愕で時が止まっていた。
女「じゃ…また明日、学校でね」
告白されたのに振られた気分になる。人生とは希有な経験もあったものである。
女友「ええーーーーーー」
男「その締まりのない口を閉じろ」
帰り道、親友にこのことを話すと、コイツは大きな口を最大限に広げた。
女友「で、で!?」
男「なんか、付き合いたくないってさ」
女友「なんでぇええええ!?」
女友は青天の霹靂の真っ只中に突入した。開いた口が塞がらない、とはこのことを言うのだろうか。
男「なんでって…俺にもわかんないよ。聞けばよかった」
女友「スケベ」
男「なんでこのタイミングで!?」
女友「なんとなく」
なにはともあれ、翌日学校で聞いてみることにした。彼女は人をあんな風にからかう人間ではないから、それなりの理由があるのだろう。
男「な、なぁ女さん」
女「な、なななななな何?」
あまりに噛みすぎて、彼女の声がDJのラップに聞こえないこともない。
男「昨日のことなんだけどさ…」
女「え、あ、う…」
彼女は火を出しそうなほど、顔を赤くしだした
男「よかったら、理由、教えてくれないかな?」
女「あ、あ、…あの、えっと…何の理由、ですか?」
男「そ、そりゃ、女さんが俺と付き合いたくない理由だよ」
女さんの顔から火が出た。
女「あ、あわ…あの、それはですね、男くんが、私と付き合うつもりだったとか、その…」
女「あ、あれはですね…その…」
顔の火は鎮火したが、未だに女さんの顔は湯気を吹き出している。
ふと目をやると、女さんは両手でモジモジと互いの手袋を摘んだり、撫でたりしていた。
つい、俺は口走ってしまった。
男「もしかして、その手袋と関係あるの?」
女さんの肩が、俺の言葉で大きく跳ねた。
俺は「あっいや…」と、すぐに訂正を試みたが、覆水盆に返らず。女さんは黙って、うつむいていた。
女「…だよね…。好きな人に言うんだから…当たり前、だよね」
一人ごとのようにブツブツ呟いたあと、女さんは手袋越しに俺の手を引っ張った。女さんはその華奢な体に合わせて、手もかなり細いとわかった。
教室から聞こえる女友がうだる声を背に、女さんはただひたすら俺を引っ張った。
ついたのは、誰も使っていない、校内の空倉庫の中だった。
ぼんやりと照らす薄暗い光が、どこか淫靡な雰囲気を倉庫内に満たす。
女「男くん…どんなことがあっても、私を嫌いになったりしない…かな?」
泣きそうな顔で、女さんは俺を見つめた。
男「そりゃ、女さんが間違ってない時はね。手袋の中身が火傷だったとしても、そんなの関係ないよ」
女「…そっか…本当だよ?絶対だよ…?」
女さんは子供のように、再三に渡って意志の表明を求めてきた。
それに逐一答え続けると、女さんは下を向いて、手袋の縁に指をかけた。
俺は、酷い火傷だと思っていた。
暗い電灯がうっすらと倉庫内の壁に映すのは、2つの影。
そのうちの一つが、手袋を外した。
女「男…くん…」
女さんの素手は、純白で、思ったよりも、それよりずっと細かった。
本当に、白く、細い。
女さんの手には、肉や皮と言えるものがなく、骨だけだった。
男「…!」
言葉が出ない。
絶句。
呆然。
仰天。
…我に返るのに、おそらく1から100まで数えるだけの時間が必要だったと思う。
男「女さん…これ、何?」
女「……」
女さんはうつむいて何も言おうとしない。よく見ると、肩を時折揺らし、嗚咽さえ聞こえてくる。
俺は脳の歯車を軋ませながらも、必死に回した。
男「こ、これがどうしたって言うんだよ!」
精一杯の虚勢。倉庫のランプは時折点滅し、今にも消えそうだ。
男「こ、こんなもの!」
俺が彼女の手を握ろうとした瞬間だった。
女「だめ!!!!」
倉庫の壁が震えた。
女「だめ…これ、…この病気は、触ったら感染しちゃうの…だから、手も繋げないんだよ…?」
目から飴玉のような涙を零し、女さんは再び両手を手袋で包んだ。
女「…もう、行こう?女友ちゃん待ってるし」
黒い手袋が俺の手を握った。同時に倉庫の電灯もきれた。
俺のID
「オープニングMV、0.0.1、ゴー!」
かっこよすぎ
女友「あ、二人ともー。掃除終わったよー!」
教室の前では、女友が両手を千切れそうなほどに振っていた。
小柄な体が何度もバウンドする。胸もバウンドしている。
女「お疲れ様!偉いぞっ」
涙を一瞬でぬぐい去った女さんは、朗らかな声を親友に転がした。
女友「んじゃあ、帰ろっか!ごめんね、待たせちゃって」
女「ううん、いいの。あ!私、ちょっと用事があるから先に帰るね」
男「あ、おい!」
俺の声も届かず…あるいは無視をして、女さんは足早に帰ってしまった。
結局、いつも通りに女友と俺で、二人で帰ることになったのだ。
昼間の熱が残るアスファルトを伝い、俺たちは家路についた。靴ごしなので直接温度はわからないが、熱気はいまだに立ち上ってくる。
ボール遊びでケンカをしている子どもたちをボンヤリと眺めていると、女友に肩を叩かれた。
ナンカ アッタノ?
男「…なんで信号?」
ナントナク。アノコト ナニカ アッタノ?
男「なんでそれを聞くの?」
ナミダノアト ガ アッタカラ
男「あ…あー…」
正直気づかなかった。コイツは妙に鋭いところがある。
女友「ねぇ、教えてよぉ」
男「信号やめたのか」
男「…泣いてたのかー…俺といた時はそんなことなかったんだけどなー」
女友「ぬぅ…」
女友が疑りの視線を俺にぶつけてくる。コイツは妙に鋭いところがある。
男「泣いてたのか…なんで俺と付き合わないんだろーな」
答えはだいたい知ってはいるが。
女友「そうだねー。でもその発言、聞きようによっちゃナルシスト発言に聞こえるよ」
男「そうか?」
女友「そうだよん」
なんとか話題を逸らすことはできそうだ。鴉が木の茂みに突っ込むと、そこからヴィヴィヴィと蝉の断末魔が聞こえる。
傾いた夕日のせいで、俺たちの影は長くなる。
その手はとても、細く……。
細く……。
妹「おに」
玄関で俺を出迎えたのは、中1になったばかりの妹だ。
男「ん?なんだ?」
妹「さっき、女さんって人から電話来たよ」
男「なに?」
妹「誰あの人?おにの彼女?」
妹は、俺の顔をマジマジと見つめては、ニヤニヤとし始める。
中1ともなると、ませ盛りなので興味も湧くのだろうか。
妹「おに、やるねぇ~」
男「…はぁ」
彼女であることを、肯定も否定もできなかった。こちらの気持ちがどうであるか、まだ伝えてはいないから。
男「それで、女さんはなんて言ってたの?」
妹「あー、うん。後で電話するって」
妹「おに、携帯持ってるんだからメルアドくらい教えたらいいのに」
男「そんな接点なかったんだよ」
妹「へぇ~、付き合ってるのに?」
妹はどうやら、完全を俺が彼女持ちだと決めつけてしまった。中1はまだ恋に恋してる段階だと言うのに。
とりあえず、連絡網から女さんの家に電話をかけた。
おそらく彼女も連絡網を利用したのだろう。
女さんの自宅にかけ、2回目のコールが鳴り終わらないうちに、向こうが電話に出た。
男「もしもし、あの2年E組みの男ですが…」
女「…あ…」
電話に出たのは本人だった。
男「あ、女さん?うちの妹が電話の言付けしてくれたんだけど、何かな?」
女「…えっとね…」
男「今日の、こと?」
女「…うん…」
すかさず何かフォローを入れようと頭を働かせたが、その前に向こうが声を発信してきた。
女「あ、あのね…その、今から、会えないかな?学校の、前あたりで」
男「が、学校の?」
二人の男女が会うのに学校とはいかがなものかと思ったが、お互い詳しい住所がわからないのでその方が手っ取り早い。
男「…いいよ、今すぐだね」
女「うん…待ってる」
時計は午後7時に差し掛かろうとしていた。
妹「あ!おに、どこ行くのさ!?晩飯は?」
男「ごめん、ラップしといて!」
俺は勢いよく家を出た。途中で、フォローの言葉も考えないと。
夏の宵らしく、空では雲が月光に照らされ、夜の黒と月光の黄色で空が彩られている。
午後8時前に学校にようやく到着すると、正門の前に彼女がいた。
男「ごめん、待った?」
女「ううん、今来たとこ」
男「使い古した言葉だな」
女「ふふっ」
月光の下で彼女は笑った。放課後に見せたあの涙の跡はどこにもない。
男「あのさ、俺は、別に女さんが…」
俺が、移動の間に考えたフォローを告げる前に、彼女は「ふふ」と微笑んだ。
女「見て、男君」
月光の下で、女さんは手袋を外した。
そこには、白く細い手があった。
月光を反射する滑らかな肌、長い指、そして綺麗な爪があった。
男「……え?」
女「…」
昼間は、まさに骨のみだった。
しかし、今、その手には肉がつき、あまつさえ滑らかな肌もある。
昼間の『あれ』は決して作り物ではない。
男「女さん、そ、その手!」
女「…夜、限定だけどね」
彼女は、ばつが悪そうに笑った。
女「私、もう、諦めたつもりだった。この手は、夜なら収まって、ウイルス感染もないのだけれど、それでも諦めて」
女「だけど、男くんが…男くんの言葉を聞いて…せめて、夜だけでもって…!」
女さんは、その満ち足りた手で、胸元を抑えた。 雲が、月を隠すが、雲の縁から黄色い光は絶えず漏れている。
女「だから…自分勝手だけど…夜だけ、恋人同士でいてもいい?」
ここまで言って、女さんの赤い顔から煙が立ち上り、ボンと破裂した。
女「ご、ごめんなさい!私、そうだよね、男くんにも、別に好きな人がいるかもしれないのに!」
俺は、その白く細い、綺麗な手を握った。
翌朝、俺の目が覚めると、枕元に書き置きがあった。
『おにの阿呆が。私の料理が泣いている。生かしては返さん。』
そう、俺は昨日帰宅したあと、そのまま眠ったのだ。午前様だったから仕方ない。
妹も部活の朝練に行ったらしく、書き置きは早朝に書かれたものだろう。
冷蔵庫の中でシクシク泣いている『元』晩飯を食べ、俺は学校に向かった。
女友「おはーん」
男「なんだ、その適当な挨拶」
女友「本日もお早うございます」
教室に入るなり、即効で漫才を始めた俺たちを見て、女さんは少し笑った気がした。
女友「そういえば、昨日男の妹ちゃんがカンカンに怒ってたよ」
男「なんでお前が知ってるの?」
女友「いやぁ~、私ってあの子の姉貴分みたいなとこあるじゃん?」
男「じゃん?って」
そんなに鼻を高くされても困る。
女友「昨日、メールで言ってたよ。『おに殺す。私の料理を泣かせた。殺す、おに退治だ』」
男「こわっ!」
休み時間、俺は女さんに話しかけた。異変というか、おかしな点に気づいたからだ。
男「どうしたのさ?」
結局、例の倉庫内で話すことになった。電灯の代わりに、窓を開けて光をとりこんだ。
女「い、いや。その…女友と楽しそうに話してたから、邪魔しちゃいけないかなって」
男「今まで3人で普通に話してたのに?」
女「っ…」
女さんは、反論できずにグウの音すら出せなかった。
男「ところでさ、女さんってどこまで生身でどこから骨なの?」
女「どこまで…ですか?」
女さんは年がら年中ブレザーを着ている。つまり、骨だけなのは手だけとは限らないのだ。
男「いや、ちょっと知りたいなって」
そう言うと、女さんはじっと俯いた。やはりいけない要求だったのだろうか?
撤回の言葉を口にしようとしたときだった。
女「……見るの……?」
女さんはブレザーを脱ぎ捨て、顔から火を出しながらブラウスのボタンを外し始めた。
男「あ、いや!いいです!そこまでしなくていい!」
今度こそ、俺は撤回の宣言をした。
男「口で教えてくれるだけでいいから」
俺がそういうと、女さんは口をつぐんだ。
男「あ…あ~…際どいところなら言わなくていい」
女「…違うの…」
男「え?」
女「私の『コレ』はね…広がっていってるの」
男「……え?」
女「だから、骨になるところはどんどん大きくなって…も、もうすぐ、肩から胸のところまで…来るの!」
女さんの告白は、ひっそりとした打ち明けから、悲痛な訴えに変わっていた。
女「…ごめんなさい、当たるような口調で言って」
男「…いや、別にいいよ。それより、はい、手袋」
女「ありがとう」
俺には、かける言葉が見つからなかった。もし全身が骨になればどうなるのだろうか。
夜だけでしか活動できない。それではただの化け物ではないか。
男「だ、大丈夫だよ、大丈夫なんだ」
女「…ごめんね」
放課後、いつものように女友が僕を引きずります。
女友「帰る~」
男「んー」
いつもの具合で鞄を整理し、いつもの具合で下足場で靴を履き替え、いつもの具合で門をくぐりました。
女友「…ね」
男「ん?」
女友「私たち、『3人』って、友達だよね?いい加減教えてくんないかな?」
コイツは微妙に鋭いところがあるのです。
男「いや…その…俺の口からは言えないって言うか」
女友「そうか!ならいい!」
男「納得早っ!」
俺と女友は二人で斜陽を浴びながら、それぞれの自宅を目指す。
しばさの沈黙のあと、女友が口を開いた。
女友「…でも、本当に困った時はさ、ちゃんと言ってよね」
男「え、あ…うん」
俺は、曖昧な返事しかできなかった。
俺は帰ると、早速晩飯を口にかきこみ、「ごちそうさま」とだけ言って自宅を出た。
妹「おにが不良になった…」
妹があらぬ推測を立てているが、そんなことはどうでもいい。
電灯に蛾が跳ねる音を聞きながら、俺は学校にもう一度向かった。
待ち合わせの約束はしていないが、彼女は来ている気がした。
女「…ふふ」
いた。
女「待ってたよ?」
男「はは」
俺たち二人は、今だけ恋人同士になれる。眩しいほどの月光の下で、女さんの素肌が見られるのは、多分俺一人だと思う。
男「そうだ、女さん」
女「なぁに?」
男「待ち合わせの場所さ、もっといい所にしないか?」
我ながら妥当な提案だと思った。高校生の男女の待ち合わせをずっと学校に固定してもイマイチ情緒に欠けるからだ。
それを聞いた女さんは、少し考え込んだ。
女「…ここじゃ、ダメなのかな?」
男「え、あ、いやいや、どうしてもって言うなら別にいいけど」
女「…じゃあ、今のままでいいかな?」
女さんは申し訳なさそうにうつむいて、小さな声で言った。手は制服の端をギュッと握りしめている。
男「あ、あぁ、いいんだ。」
男「ただいまー」
帰宅したのは午後11時前だった。近所の犬の遠吠えを聞きながら、俺は自宅の玄関をそっと開けた。誰にも見つからないように。
妹「よう、人間のくず」
その努力は、玄関で待ち伏せていた妹に粉々にされるわけなのだ。
開口一番に卑劣な言葉をぶつけてくる妹は、手に包丁を持っている。
男「お、おい、お前、何を…!」
妹「女友さんに相談したら、『殺れ♪』って親指立ててたから」
我が親友は、とんでもない無茶振りを繰り出すものだ。
そうこうしているうちに、妹は俺な急接近してきた。
俺な急接近
↓
俺に急接近
お料理の必須アイテムは、今や狂気の塊、破壊の権化となって俺の喉元を目指す。
男「おわっ!?」
紙一重で身をかわした。かすったらしく、赤い線が俺の腕に描かれた。
男「ちょっ…落ち着け!話を、な!?ごめんって!」
妹「黙れ」
男「はい」
妹は仁王立ちでこちらを睨みつける。髪が逆立っている気がしないでもない。包丁を持つ手は痙攣し、いつ殺されてもおかしくない。
これほどまでに妹が激昂するには理由がある。
妹「料理はなぁ…」
男「は、はい」
妹「味わって食うもんなんだよ!!!!」
十余年、一緒な暮らした仲でも、未だに妹のキレどころがつかめない。
妹「味わって食う…それができなきゃ死ね、死んじまえぇえ!」
妹は包丁を投げつけてくる。本当に殺すつもりだったらしい。
妹は怒りのあまり、獣のような息をまきちらしながら包丁の調達をしにキッチンに向かう。
男「ま、待て待て!」
丸腰の妹を、羽交い締めにして抑える。横目で見た時計は、11時半を指している。
妹「離せ小童」
男「こ、小童!?」
もはや妹には完全に闘神が乗り移っている。一度料理風景を見たが、料理中も乗り移っていた気がしないでもない。
妹「離せ、……Zzz…」
男「やっとか…」
妹は、ある時刻になると気を失うように寝る。この体質のおかげで、今まで命を拾ってきた節はある。
翌朝、例によって妹のメモが俺の枕元にあった。
『次はない』
普段のボールペン字ではなく、どこから取り出したのか字は墨汁を使って、暴れるような達筆で書かれている。
おそらく朝まで闘神が乗り移っていたのだろう。
男「ふぁあ…」
欠伸をしながら、テレビをつけ、食卓を見ると、朝飯がしっかり用意されていた。
なんだかんだで、相当デキる妹なのだ。
学校につくと、女さんがこちらに気づき、駆け寄ってきた。
女「おはよう!」
男「あぁ、おはよ」
女さんは、以前より明るくなった。朝の日差しは眩しいもので、女さんも窓から差し込むそれに、目を細くする。
女「ね、昨日の宿題やった?」
男「え、あ、まだだ」
女「仕方ないなー、はい見せてあげる」
ことあるごとに、黒い手袋で俺の手をいちいち握る。
手袋の中に感じる感触は、硬く細い、割り箸を掴むような感触。
男「あ、お前!」
俺は女友の存在に気づいた。そう、昨晩妹に闘神を憑依させたのはコイツなのだ。
男「お前のせいで昨日は死にかけたぞ」
女友「うん♪男の断末魔が家まで聞こえてきたよ。いい声してましたなぁ。着ボイスにしようかな。」
男「こ、この野郎!」
ニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべるコイツが、男子ならもう、俺にも今すぐ闘神が乗り移っただろう。血は争えないものだ。
授業中、俺の断末魔が教室に響いた。
女友「あ、携帯マナーするの忘れてた」
本当に着ボイスにしてやがった。鳴らしたのも多分わざと、俺への嫌がらせのためだ。証拠に奴がこちらを見てニヤニヤしている。
昼休み、例によって俺と女さんは、また倉庫に入った。
女「女友さんと男くんって本当に仲いいんだね」
男「中学からの知り合い。準・幼馴染ってところだからな」
女「幼馴染…かぁ…」
女さんが口を開いた時、彼女の体からピシッと音がした。
男「お、おい…体、大丈夫か?」
女「うん…見てみる?」
女さんがクイと襟を広げると、白骨化は
もう鎖骨のすぐ下まで来ていた。
足が白骨化していないのが、まだ救いだ。
女「男くんのことを思うとね…どんどん、体が細く、白くなっていくの」
彼女の表情に不安はなかった。むしろ、恍惚とさえしている。
男「そ、そんなばかな」
女「本当よ?」
女「男くん…好き」
『好き』と口にした途端に、彼女の体がまた軋みをあげた。
右の鎖骨が完全に白骨化した。
女「…ね?」
男「…」
俺は、ただ黙り込むしかなかった。
本当に病気なのか、そうでないのかわからない。彼女は一体何者なのか。
女友「はぁ~…アンタの着ボイス飽きた」
男「そっか…」
女友「ん?あれぇ~?そこは男くぅん、アンタならピシッとツッコミ入れるとこでしょう?」
代わりと言わんばかりに、女友が手の甲を俺の胸板にぶつける。夕日で赤く染め上げられた、帰宅途中のことである。
俺の表情を見て察したのか、女友はいつになく心配そうにこちらを見上げた。
女友「なんか、あったの?」
男「…いや」
女友「そっか、女さんかぁ…」
男「え!?いや、俺、まだ何も…!」
女友「『まだ』…てことは当たりですか!うんうん」
女友は一人頷きだした。もう勝手にしろと言いたい。
男「…はぁ」
女友「…」
二人の長い沈黙が、湿った空気をさらに湿らせる。
女友「まだ、大丈夫なんだよね?」
男「何が?」
女友「アンタと、女さん」
前を歩いているから、顔が見えない女友が俺に聞いた。こちらを向こうとはしない。
男「あ…あぁ」
女友「そっか!ならいいんだ!」
女友はそれだけ言うと、顔を伏せたまま早足で家に向かってしまった。
その夜、妹の料理をしっかりねっとり味わってから、俺は学校の待ち合わせに向かった。
男「こんばんは」
女「…こんばんは」
俺の顔を見るなり、女さんは妖しく笑った。
女「こっちに来て…」
男「な、なになに?」
校内にこっそり忍びこみ、着いたのはいつもの倉庫だった。
電灯代わりに光をとりこまんと、以前開けた窓。そこから流れ込む月の光が、女さんの白い手をうきぼりにする。もう手袋はつけていない。
女「男くん…」
女さんが身を預けてきた。それを意味するところは、あらかた予想がついた。
胸元は普段より明らかにはだけている。濡れた唇は、月の光で妖艶に光っていた。
女「…ね?」
女さんを抱き寄せた俺だったが、そこで気づいた。
これをすれば、より互いを意識する。行為に及んでから冷める場合もあるが、女さんは明らかにそのタイプではない。
もし、彼女の俺への好意が、病状と本当にリンクしているならば、この行為はあまりにも危険だ。
今は夜だからこそ、病状は収まっている。
気持ちは収まることがない。明日の昼でも、勢いは衰えないだろう。
すると、彼女がどうなるかは容易に予想できた。
女「えっ…」
俺から引き離された、女さんが少し驚いた声を出す。
男「…治そう。二人で。じゃないと、本当に女さんが…」
取り返しのつかないことになる。だからこそ、奇病でも怪異でもなんでも二人で治す決意を俺はした。
死に物狂いで。絶対に治すと決めた。
女「…ふ、ふふふふふふ…」
女「そっか、いつも女友さんと一緒に帰ってるもんね。そうだよね、そうだよね」
彼女は、不可解な反応を俺に示した。
彼女は手袋をまたつけて、大きな目でこちらを見つめてきた。
女「男くぅん…」
長い黒髪が、揺れる。
彼女の息が暴れている。目は潤み、顔も紅潮しているように見える。
女「一つに、ね?はやく、私と。女友さんなんて、忘れて、はやく、はやく」
男「…ダメだ。それじゃあ女さんの体が」
彼女の様子は、明らかに以前とは違っていた。
逃げるように学校から飛び出した。彼女を置いて。
その場の劣情に負けて、彼女を苦しめないうちに。
家につくまで、普段の半分の時間もかからなかった。
帰って、風呂にも入らず寝た。
夏にも関わらず、俺はひどく体を震わせていた、と妹から後に聞いた。
女友「大丈夫なの?本当に」
おはようの代わりに、女友が言ったのはその言葉だった。
男「大丈夫だよ」
女友「…嘘、嘘ばっかり」
教室を見渡した。
女さんの姿は、始業ベルが鳴っても見あたらなかった。
昼休みになると、俺は一目散に倉庫へ向かった。
男「…女さん」
予想通りの答えが、そこにあった。
結局、行為に及ぼうが、及ばまいが、待っているものは一緒だった。
女「…あはは、こんなんじゃ、嫌われちゃうよ」
女さんの下顎骨が動く。
白い頭。
穴の開いた鼻
窪んだ、目
もう、何も見えない。見たくない。
律儀につけられた手袋を俺は握った。
女「…」
男「……」
沈黙。
かける言葉がいくら探しても見つからない。
女「…」
彼女は泣いていた。
涙腺をかたどる組織も失われているので、涙を流すことはありえないが
俺は、後悔していた。昨晩の異常なまでの接近は、女さんの最後の賭けだったのかもしれない。
自分の醜い姿を見られる前に、今のうちに、と。
見事、俺はその賭けを打ち砕いてしまった。
男「ごめんな…ごめんな…」
声にならない泣き声をあげながら、俺は倉庫を後にした。
俺が去った倉庫のその外で、生徒の足音がした。
倉庫が開く音。
彼女の姿を見た生徒の脚が、一瞬強張る。
しかし、すぐに生徒は明るい声を出した。
女友「…えへへ、ごめんね。男のあと、尾行しちゃったんだ」
女「…!」
女友「女さん、だよね!」
女「見ないで、お願い!見ないで!」
女友「…見ないでーって言うなら見ないけどさー…」
女「どうして、男くんも、アナタも…」
女友「男と付き合ってるんでしょ?」
彼女の口が、女友の言葉に遮られた。
女友「なるほどねー、私にも話してくれなかったのは、こういう訳なのか」
女友「…ごめん…勝手に、こんなことして」
女「ほっといてよ…もう男くんは…」
彼女は諦めの言葉を口にしようとした、が、その言葉をまたしても女友が遮った。
女友「違う違う、その逆その逆。アイツが女さんをこんなことで嫌うなんて滅相もない」
女友「ただね、アイツもアイツでバカだからさー」
女友「ほら、中途半端な気遣いが一番人を苦しめるんだよね」
女友はケタケタと笑った。
女「…」
女友「…もっかい、男と話しなよ」
女「…夜…」
女さんが小さく呟いた。
女「夜なら、元の姿に戻れる…から…」
女友「おぉ!だったら話が早いねぇ~、夜でいっか!」
女友はポンポンと手を叩いた。
女「でも、アナタは…!」
女友「ん?」
女「アナタも、彼のこと…」
女友はその言葉に一瞬強張りを見せた。が、すぐにいつもの調子をとり戻してみせた。
女友「まぁね。私さ、素直じゃないから、好きとは言えないんだよね」
女友「多分、『好きじゃないけど、付き合いたい』って言ってたと思うんだ」
女友の表情は晴天のように朗らかではあるが、どこか、もの寂しいものを女は感じた。
女友「んなことより女さんだぞ。今日の夜だからね、待ってなさい」
女「…でも…」
女友「でもじゃないの!」
ナヨナヨと渋る彼女に一喝したあと、女友は授業のために倉庫を後にした。
女友「男ー帰るよー」
男「…あぁ」
いつも通り、俺は女友に帰宅を促される。いつも通り。
混雑した下足場をくぐり、門をすりぬけた時には、蝉の声は止んでいた。
女友はと言えば、いつもよりもやかましく、俺にちょっかいをかけてくる。突っ込む気力もない俺には、それが負担にさえ感じた。
女友「そういえば男、今日の夜さ、一緒に学校行こう?」
男「…な、なんで?」
突然の提案に、俺も思わずアヒルのような声を出した。
女友「なんでってー…うーん…」
男「…俺は……」
行けない。女さんの覚悟を踏みにじっておいて、今更会えない。今日、倉庫での会話を最後にしたつもりなのだ。
女友「バカ」
女友が突然俺を罵倒した。
いつものちょっかいでも、からかいでもなく、
その声色は明らかに罵倒、侮蔑の色を孕んでいた。
女友「へぇー、自分が間違い犯したからって、責任だのケジメだのなんだかんだ言って逃げるんだねー」
男「…は?」
女友の目は、ただ俺を見据えていた。心まで見透かされている、そんな気さえした。
女友「なんか責任感じて、会いたくないとか思ってる?女さんほったらかし?」
男「な、なんでお前がそのことを!?」
西日が、女友に対して逆光になっているので、コイツの表情が読み取れない。
女友「そりゃ、知ってるさ。私はアンタのストーカーだからねぇ」
男「マジメに聞いてるんだ」
女友「ごめんね、昼休み…アンタの様子がおかしかったから、こっそりツけちゃった」
女友「女さん、嫌いになっちった?」
男「そんなわけないだろ?」
女友「じゃあ行きなよ!」
男「…」
女友「…だって、アンタは今でも、女さんが好きなんでしょ?女さんだって、待ってるよ。行ってやりなよ…」
逆光で、女友の表情は見えない。
女友「…ね?」
コイツの小さなシルエットが、俺の腕にからみついた。
女友「…ごめんね。今日、だけ。今日で、最後にするから。」
女友は、そのまましばらく俺に抱きついたままだった。
太陽が、赤く輝く。
夜の訪れは近い。なんとなく、夜が怖かった。
女さんではなく、他でもない、夜が。
家に帰ると、妹が菜箸を持って玄関に現れた。
妹「おにー」
男「ん?」
妹「今日も、夜にタバコ買いにいくの?」
男「お…俺がいつタバコ買いに行くって言った!?」
妹に、知らないうちに喫煙者認定されていた。キッチンからは、香ばしくいい匂いが漂ってくる。
妹「ご飯は?」
男「…ごめん、また今から外に出るんだ。今日が最後だから、勘弁な」
妹「ちぇー」
香ばしい匂いが、なにやら焦げ臭い匂いに変わった。妹が慌ててキッチンに走って行った。
何故、自分が『今日が最後』と言ったのか、わからない。
あるいはわかっているのかもしれない。
俺は、普段乗らない自転車で学校まで走った。
野良猫を引きそうになったり、車と衝突しそうになりながらも、ただひたすらペダルを踏んだ。
女友「…遅い…バカ」
学校に着いたのは午後7時30分。いつもより、30分も早かった。
俺たちは、何も言わず倉庫へ足を運んだ。
どこかで、蝉の悲鳴が聞こえた。
ガチャリと、倉庫の扉が重苦しい軋みをあげた。
男「…女さん」
女「…!」
俺が見たのは、黒い髪、滑らかな白い素肌、長めの睫毛の下にある、大きな瞳。
その一切合切が、目の前の女の子が、以前の彼女そのままであることを証明していた。
黒い皮手袋を、両手にはめて。
男「そんなところにいないでさ、花火買ってきたんだよ。3人でやろうぜ」
俺は彼女の手を引っ張った。
校内で無断で花火。
妹の不良発言も、あながち間違ってないと自覚しながら、俺たちは夜の校庭で眩しい華を咲かせた。
男「ちょっお前!こっちに向けるなよ!」
女友「はははははははは!!食らえ食らえ!」
男「熱っ!?熱いっ熱!!」
手に持つタイプのドラゴン花火で女友は執拗に俺を責める。これはキレても許されると思う。
女さんは終始笑っていて、花火の光に照らされたその頬には、涙が伝っていた。
ひとしきり騒ぎ、花火がなくなった頃に気づいた。
俺の自転車と、女友が消えていた。
携帯には『眠いから帰る。アディオス』というメールが送られていた。差出人はもちろんアイツだ。
バレバレの嘘をつく。でも、気を利かせてくれるいい奴なのだ。でも自転車は返せ。
月はいよいよ高く、校内には俺と女さん、二人の影だけがポツンと貼り付いていた。
女「…本当のこと、言うね。男くん」
男「なんだよ?」
女「もう、私は消えるの」
男「そうか」
驚愕した。
絶望だってした。
次に悲しんだ。
そして、泣きそうになった。
でも、何故か俺の返事は落ち着いていた。
男「なんで?」
女「私、もう…全部骨になっちゃったからね」
男「答えになってないぞ」
女「この、人体の骨格模型の体から、魂が抜けようとしているからよ」
こんなところで理科の道具の名前を聞くとは思わなかった。
女「私は、学校にしかいられなかったの」
男「なるほど、待ち合わせ場所を学校に拘っていたのはそのためか」
女「うん…ごめんね」
俺は「気にするなよ」と肩を持った。
男「ん?じゃあ、昼間は触らないでって言ったのは?」
女「……昼間は、力が安定していないから…生身で触られると、その人に憑依しちゃう」
男「そうなのか…」
世の中、知らないことはあるものだ。ふと空を見上げると、満天の星空が俺の視界に広がる。
女「私は…ずっと、何年間もこの姿だった。羨ましかった。皆が、恋して、恋して、恋して…」
女さんが胸に手を当てる。震えているようにも見えた。
女「ずっと、この体を借りてた私だけど…恋をしてみたくなった」
男「それで…俺か」
女「うん…でも、告白したとたん、怖くなった。体が不安定になるのを感じたの」
『好きです。だけど付き合いたくありません』
女「…一緒にいると、魂が…出て行ってしまいそうで…」
男「…歩きながら話そうか」
地縛霊―――深い怨念や、未練によってその地を離れられず、成仏できない霊。
女「…怖かったの」
女さんはばつが悪そうに笑った。
女「でもね、男くんの反応とか、話し方を見てると…付き合える勇気だって湧いたの」
女「男くんと話す度、私の中の鬱屈した心が、剥がれて…剥がれて…」
彼女の手が痙攣している。
女「力も弱まってたんだけど、それでも好きで…やめられなくて…」
男「女さんは…バカだよ…」
女「あははっ…今更?」
しばらく歩いていると、気がつけば倉庫の前に辿り着いていた。
女「もう、今の夜でさえも不安定になるほど力は弱まってる。朝日を浴びたら、もう終わり」
女「それだけ、満たされたの」
彼女は、肩を震わせて告げた。
女「ねぇ…私にトドメをさして?」
彼女の目から、貯めに貯めた涙がボロボロと零れ落ちた。
ここで彼女を満足させれば、もう、彼女は消える。直感でわかった。
満天の星空、月の光が、薄暗い倉庫を眩く照らしていた。
俺は、彼女の手袋を脱がせた。
彼女の手は、暖かかった。おおよそ人体模型のそれではない熱を持ち、目の前には一人の女の子しかいない。
夏の夜にも関わらず、もっと暖かくなりたくて、彼女を抱きしめてみた。
女「………」
彼女の涙が俺の首筋にまで伝う。
女「ありがとう…」
男「ありがとうなんて言うなよ」
女「ううん…」
それだけ言って、彼女の体は光の粒子と化し、一個一個が蛍のような光を放ちながら、バラバラに夜空に消えていった。
空の星か、彼女なのか、わからない。
足元にはただの人体模型が横たわり、俺のポケットには黒い皮手袋が突っ込まれていた。
月が雲にかくれ、倉庫はまた普段の薄暗さを取り戻した。
夏が過ぎ、秋、そして冬。あの日から半年経った頃、俺はまた女友に引っ張られて学校に通う。
女友「遅刻するぞー」
男「今朝は家で朝っぱらから闘神と戦ってたからな…」
女友「また、なんかやったの?」
男「…昨日は弁当食べる時間なかったんだよ…」
女友「うわー…最低」
男「だ、だ…黙れ!」
この冬は、俺は黒い皮の手袋をしている。
この手袋は、いつも暖かい。
カイロでも入れているのではないかと、日々錯覚する。
雪の降りしきる中、俺は手袋に今日も手を突っ込んだ。
終わり
投稿用ラノベ書いてるだけに、文章力高いって言われた時にはオードリーみたいに
「…へへへへへへwwwwww」
て声出た。
即興で、途中待たせちゃったけどありがとさにー