――国外れの家
師匠「これでよし」ポン
師匠「魔法使いよ、翼の封印は前回より軽くしておいた」
魔法使い「何故ですか?」
師匠「こういう類いのものは解けるとき激痛を伴うからの」
魔法使い「…確かに」
師匠「敵の目の前で行動不可になったら困るだろう?」
魔法使い「そうですね」
師匠「……こんなことせずとも、普段から出し入れ可能にしてもよいのに」
魔法使い「私の翼はタンスの服ですか」
師匠「ちょっとうまいなその例え」
元スレ
魔王「おれと手を組め」魔法使い「断る」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1339856123/
魔法使い「どうやら私の感情の高ぶりで翼が出るみたいですから」
師匠「封印無しではどんな弾みで翼が広がるか分からないと」
魔法使い「はい。あと翼の自制の仕方がいまいち良く分からないので…」
魔法使い(前回は魔王がやってくれて助かったけど)
師匠「ふむ…。まあそれは自ら学んでいくしかあるまい」
魔法使い「あと…私は、人間として生きたいのです」
師匠「魔物としては駄目なのか?」
魔法使い「私は、魔物化すると人間を殺したくなってしまうんです」
師匠「血が騒ぐ、というやつか」
魔法使い「それに、今まで人間として生きてきましたから」
師匠「難しい問題だの。しかしそれはおまえの問題だ、おまえが解くしかない」
魔法使い「はい」
師匠「そうだ、旅に出るなら南の街に寄ってくれ。――知り合いへ、手紙を届けてほしい」スッ
魔法使い「師匠のお知り合いに?分かりました」
師匠「さぁ――行ってこい、弟子」
魔法使い「行ってきます、師匠」
師匠「死ぬなよ」
魔法使い「もちろんです」
――森の入り口
魔法使い「さて」
魔法使い(南の街に行くには、まずこの森を抜けなければいけない)
魔法使い(魔物がわんさかいるという噂だ)
魔法使い(かなり遠回りとはいえ北の街から行った方が安全だが――)
魔法使い(手紙を無くすのはいやだから早めに届けに行こう)
魔法使い「……」スタスタ
魔王「ほう、杖を新調したのか」
魔法使い「!?」ビク
側近「……」
魔法使い「!?」ビビク
魔王「何を驚く」
魔法使い「そりゃあ驚くだろう!いつからいた!?」
魔王「今だ」
側近「今ですね」
魔法使い「……そうか」
魔王「そうだ」
魔法使い「短い別れだったな…」
魔王「ふん。まあそうだな」
魔法使い「それで、なんでふたりはここに?」
魔王「この森の主に挨拶をしていたらたまたまお前が来たからな」
魔法使い「挨拶?」
側近「森の管理は大変だから、たまに魔王さまが労いの言葉をかけに行くのだ」
魔法使い「へぇ…」
魔王「魔法使いこそなんだ。旅でもするのか?」
魔法使い「まあな。修行の旅というか、自分探しの旅というか」
魔王「自分探しの旅ってたいてい自分が見つからないまま終わらないか」
魔法使い「…細かいことはいいんだよ」
魔王「ふん、そうか」
魔王「ここを通るということは――南へ行くんだな?」
魔法使い「ああ、そうだな。用事もあるし」
魔王「そうか。じゃあ――」
魔王「おれと旅をしろ」
魔法使い「断る」
魔王「解せん」
魔法使い「なんだよ旅って!魔王が旅って!」
魔王「駄目か」
魔法使い「駄目というか、普通“魔王”は王座に座ってるもんじゃないのか?」
魔王「思い込みもはなはだしいな。普段は会議室の椅子に座っている」
魔法使い「……」
魔王「勇者が来たときぐらいだな。あの部屋使うの」
魔法使い「使い分けているのか…」
魔王「お前、山となった書類の中で戦いたいか?」
魔法使い「それはなんか嫌だな」
魔王「ああ、ちゃんと外出許可ももらっているぞ」
魔法使い「子供か…」
側近「小娘のほうが子供だろう!」ザクッ
魔法使い「うぅぎゃああああぁぁぁあ!!」
魔王「それと、今回は観光でも暇つぶしでもないんだよ」
魔法使い「は?」
魔王「――ちょっと人間を痛い目に遭わせないといけない用事が、な」
魔法使い「……」
魔王「微妙な顔をしているな」
魔法使い「南の方で、人間がなにかをしたのか?」
魔王「ああ。魔物と人間の間にある境界を越えるようなことをだ」
魔法使い「……」
魔王「なぜ暗い顔をする?」
魔法使い「……私は、人間の――味方、だから」
魔法使い「……」
魔王「微妙な顔をしているな」
魔法使い「南の方で、人間がなにかをしたのか?」
魔王「ああ。魔物と人間の間にある境界を越えるようなことをだ」
魔法使い「……」
魔王「なぜ暗い顔をする?」
魔法使い「私は、人間の――味方だ」
魔王「ふむ。理由は?」
魔法使い「今まで人間として生きてきたから」
魔法使い「だから私は、人間があなたに傷つけられるなら…一応の手は打たなくてはいけない」
魔王「面白い。おれと戦うか」
魔法使い「いいや、それは勘弁だ。どう考えても魔王のほうが圧倒的すぎる」
魔王「ならばどうする?」
魔法使い「ペンは剣より強し、というだろう?話し合いだよ」
魔王「ほう」
魔法使い「それで、人間達が何をしているんだ?」
魔王「聞いてどうする」
魔法使い「――それを止めさせる。それなら文句はないだろ」
魔王「おれとではなく、人間とか。なるほど、原因を無くそうと」
魔法使い「そうだ。…もちろんお前とも話さなくてはいけなさそうだがな」
魔王「はは、まさか城の外でおれと話し合いをしようとするやつがいるなんてな」
魔法使い「……」
魔王「だがな、魔法使い。お前が守ろうとした人間に手のひらを返されることだってあるぞ」
魔王「“魔女”という存在にはかなりの金額がかかっていると聞いたが」
魔法使い「…そうだな。半年は遊べる位の」
魔王「それがバレてしまったらどうするんだ?感謝もなにもせずお前を火に焼くぞ?」
魔法使い「……」
魔王「分かっているならいいが」
魔法使い「……正直さ、分からないんだ」
魔王「ふむ」
魔法使い「人間は私のような混血を忌み嫌っている」
魔法使い「混血や“魔女”を捕まえたならすぐさまあなたの言った通り、火炙りにする」
魔王「それはなんでだ?」
魔法使い「汚れたものがこの世界に長くいないように」
側近「……」
魔法使い「だから…そういうことが――私の存在を否定するような人間がいる限り」
魔法使い「完璧には人間の味方にはなれないんだろう」
魔法使い「それに私には魔物の血も流れている。だから、完全に魔物を敵にできない」
魔王「宙ぶらりんって感じなのか」
魔法使い「だろうな。結局、私は人間側に必死にしがみついてるだけ」
魔法使い「……どちらにもなれないんだ」
側近「それじゃ駄目なのか。小娘は小娘では駄目なのか」
魔法使い「え」
側近「…なんでもない。魔王さま、わたくしは空から付いてゆきます」バサッ
魔王「分かった」
魔法使い「なんなんだ…?」
魔王「あいつもあいつなりに考えてやったんだよ」
魔法使い「ふぅん…」
魔王「で、我に返ったときに恥ずかしくなったんだろ」
魔法使い「それ言っちゃうか」
魔王(あの表は素っ気ない態度で裏ではかなり相手を大事にしていることを何と言うのだろうな)
魔法使い「…ところで何の話をしていたんだっけ」
魔王「おれが人間を絞め上げる云々から発展していったな」
魔法使い「なんかさっきより言葉が過激になってないか」
魔王「気のせいだろう」
魔法使い「……絶対気のせいじゃない」
魔王「じゃ、お前がおれといかないなら先に行ってるぞ」スタスタ
魔法使い「あっ」
魔王「」スタスタ
魔法使い「…!あの野郎…」
魔法使い「待て」タタッ
魔王「おやおや、何か用かな」
魔法使い「棒読みもはなはだしいな。――行けばいいんだろ、行けば」
魔王「おやおや、なんでそうなったのかな」
魔法使い「…あなたから目を離して何かされたら堪ったもんじゃないから」
魔法使い「なら、あなたが変なことしないように私が見張ってればいい」
魔王「ふん」
魔法使い「……というか、元から私に追わせるつもりだっただろ」
魔王「おやおや、根拠は?」
魔法使い「あなたは転移魔法使えるくせに歩くか、普通」
魔王「それにあえて引っかかったお前もお前だけどな」
魔法使い「それは…まあ…なんというか…」
魔王「ま、いいだろう。人間をおれの餌食にしたくないなら、このままおれに付いてくることだな」
魔法使い「やっぱり表現が過激になってきているぞ」
魔王「気にするな」
魔法使い「はぁ……いったい私が何をしたんだろうな」
――南の街
ガヤガヤ
青年「南の街は他より賑わっているな」
魔法使い「だな。海に近いから貿易が盛んなんだ」
青年「あー、海の向こうのものを取り扱ってるから客も多くなるのか」
魔法使い「その通り」
青年「果物に、工芸品……たしかに物珍しいものが多い」
魔法使い「お前のところはどうなんだ?」
青年「文化も技術も、あまり発展していないしする必要もない」
青年「そもそもこういうものを飾る家本体がないからな」
魔法使い「へぇ」
町人A「今日は来てるってさ!」
町人B「マジかよ!ついてるなおい!」
ワイワイ
魔法使い「?」
青年「なにやら始まるみたいだな」
魔法使い「そうっぽいな」
青年「行ってみるか」
魔法使い「いや、私はまず手紙を……」ゾク
魔法使い(後ろの木から殺気が……!また頭をつつかれる!)
魔法使い「…行くか」
青年「ああ」
魔法使い(わぁい殺気がやんだ…)
ガヤガヤ
青年「ここか」
魔法使い「掘っ立て小屋…なんだか怪しげだ」
商人「さあさあみなさんお集まりかな?」
町人C「オヤジ!今日はなんだよ!」
町人D「もったいぶるなよ!」
魔法使い「へぇ。今までもなにか支持を得るものを売っていたようだな」
青年「ほう。だからここまで期待をしているのか」
魔法使い「多分」
商人「今回は男性向けじゃあないんだな」
エーナンダヨー ヒッコメ ジャアダレヨウダヨ
ブーブー
商人「女なら誰もが好きな光り物!今日はそれを格安で売りに来た!」
青年「女はそういうものなのか、魔法使い」ボソ
魔法使い「あなたは私の立場を考えろ」ボソ
青年「ふん。――女はそういうものが好きだというが、どうなんだろうな」
魔法使い「さぁな、人によりけりだろ。興味があまりないのもいる」
青年「なるほど」
町人C「宝石?なぁ、宝石?」
町人A「宝石なんか格安で買えるもんじゃねーよ」
商人「慌てるな慌てるな。――これだ」ドン
ドヨッ
青年「!」
魔法使い「……大量の真珠…あんなにたくさんどうやって」
魔法使い(二枚貝ひとつから一個しかできない貴重なものと聞いていたが…)
魔法使い(それに養殖も未だ上手くいかなくて人工ですら非常に高いとか)
商人「そして値段は――」
ドヨヨッ
魔法使い(……安い。かなり、とは言えないが…あんなに大量に、そしてこの値段)
魔法使い「…なぁ、何かおかし――」ビクッ
青年「……」
魔法使い「おい?」
青年「……」
魔法使い(無表情で――ずっと真珠を睨んでる)
青年「…魔法使い」
魔法使い「ど、どうした?」
青年「害虫を見つけたら――どうする?」
魔法使い「いきなりなんだ。面白い答えはないぞ」
青年「いいから。答えろ」
魔法使い「その場で潰す、かな」
青年「じゃあ害虫に巣があると知っている場合は?」
魔法使い「泳がせといて、巣を見つけて、壊す…と思う」
青年「だよな」スタスタ
魔法使い「おい、何があったんだよ」
商人「そこのお兄ちゃんはいいのかー?」
魔法使い「あ、はい。ごめんなさい、大丈夫です」
少女「……」
――裏路地
魔法使い「おい、魔王ったら!」
青年「青年だ」
魔法使い「…青年。どうしたんだよいきなり」
青年「別に」
魔法使い「……」
青年「魔法使い、部屋はどうする。別々か、一緒か」
魔法使い「…別々だったら怪しまれるだろう」
青年「じゃあ部屋をとってくれないか。残念ながらあまり得意ではなくてな」
魔法使い「それはいいけど…」
青年「金は出す。しばらく滞在すると思うが、お前は?」
魔法使い「…私も留まる。あなたが何もやらかさないように」
青年「ふん。そうだったな」
魔法使い「なんか見たのか。――真珠が苦手とか」
青年「当たらずとも遠からず。ほれ」ピン
魔法使い「わっ……真珠?買ったのか?」
青年「元から持っていたやつだ。売るなりなんなり好きにしろ」
魔法使い「なんで突然…」
青年「あれ見て思い出した。――これはあれとは違って自分の意思で作られたやつだ」
魔法使い「は?」
青年「部屋が埋まらないうちにとっておけ。おれは行くところがある」
魔法使い「ちょっ」
青年「安心しろ。今日はなにもやらない」スタスタ
魔法使い「…どうしたんだいったい」
バサッバサッ
魔法使い(あの人…あの鷹?も魔王を追いかけていったみたいだ)
魔法使い「不思議なやつ」
魔法使い「……」
魔法使い(この真珠、ちょっと水色かかっててきれい)
少女「…お兄さん」スッ
魔法使い「わぁっ!?」ササッ
少女「あ、ごめんなさい…」
魔法使い「い、いや、いいんだ。私も驚いただけだし」
少女「あれ、もう一人のお兄さんは…?」キョロ
魔法使い「急な用事ができたみたいでどっか行ってしまったよ」
少女「帰ってくる?」
魔法使い「多分ね。それで、君は私たちに何か用事があるのかな」
少女「お兄さんたち、あそこで何も買わなかったね」
魔法使い「ああ、あの掘っ立て小屋のこと?うん、買わなかったけど」
少女「なんで?」
魔法使い「なんでって…いらないから」
少女「欲しくなかったの?」ズイ
魔法使い「あ、ああ…」
少女「どうして?」
魔法使い「どうしてって言われても。君こそどうしてそんな質問を…」
少女「あそこで売るものはね、魔法がかかっているの」
魔法使い「…魔法?」
少女「売ってるものが、すごーく、すごぉーく欲しくなる魔法」
魔法使い「続けて」
少女「買うのが女の人だけー、とか、男の人だけーとかの日もあるけど」
少女「なんでだか知らないけど、欲しくなっちゃうんだって」
魔法使い「君は?」
少女「ぜんぜん。友達も欲しくならないみたい」
魔法使い「それって大人だけに効いてるってこと?」
少女「かも。だからね、あの売ってる人は悪い“魔法使い”なんだよ」
魔法使い「……悪い、ね」
少女「みんなを騙して大儲けしてるの!だから倒さないといけないんだよ」
魔法使い「それで、何故私たちのところに?」
少女「やっつけて」
魔法使い「………………ん?」
少女「お兄さんは買わなかった。魔法が効かなかった」
少女「それに知ってるよ。お兄さんの杖、“魔法使い”が使うやつでしょ?」
魔法使い「うん」
魔法使い(フェイクだけどね)
少女「だから、戦えるよ。魔法を使えるお兄さんたちなら!」
魔法使い「私の意見も聞いてくれお嬢ちゃん」
少女「……ダメなの?」
魔法使い「『オッケー叩きのめす』って即答するやつは余程お人好しか脳筋だけだと思う」
少女「…のうきん?」
魔法使い「いや、こっちの話だ。…深刻な状態なのかい?」
少女「……」
魔法使い「君自身に直接ではないとはいえ――なにか、あの店がらみであったんだろう?」
少女「…うん」
魔法使い「だろうね。話し方が切羽詰まってる」
少女「…あのね」
魔法使い「ああ」
少女「あそこで何かかわないと、落ち着かなくなるんだって」
魔法使い「……」
少女「パパもママも、いらないのに買ってきてはケンカしてる」
魔法使い「捨てたりとかはできるのかな?」
少女「できるよ。でも…お金かかったから、かんたんに捨てられないって」
魔法使い(物品そのものに魔法はかかってない、ということか)
魔法使い(ならあの売人か誰かが洗脳に近い魔法をかけていると…)
魔法使い「……ふむ」
少女「……」
魔法使い「分かった。調べて――できる限りのことはやってみる」
少女「ほんと!?」パァ
魔法使い「ああ」
魔法使い「もう日も暮れる。私はここら辺に止まるから、また明日会わないか?」
少女「うん!」
魔法使い「あそこの街灯の下にでも。じゃあ明日」
少女「また明日、お兄さん!絶対だよ!」フリフリ
魔法使い「ん」フリフリ
魔法使い(私も私で、お人好し…だなぁ)
魔法使い(あ、手紙…これも明日でいいか)
――掘っ立て小屋付近
青年「……」
鷹「…思うところが、ありますか」
青年「ある。――あの真珠は“人魚”の涙だ」
鷹「と、すると」
青年「人間が“人魚”たちに何かをしているのは確定ということだ」
鷹「そのようですね」
青年「昔、人魚がおれに教えてくれたんだけどな」
青年「桜色の真珠は歓喜。黒色は恨み。水色は同情」
青年「あの真珠の色は、無色…白だったな」
鷹「はい」
青年「悲しみの時の色だ」
鷹「……悲しんでいる“人魚”がいると」
青年「それも大勢な」
青年「真珠をあれほど人間が持っている時点でおかしいんだけどな」
鷹「ええ」
青年「しかもあの金額。おれはあまり値段に詳しくはないが…安い」
鷹「……」
青年「一度あの商人の巣を調べてみる。疑問が多すぎる」
鷹「そうですね」
青年(…あとは、魔法使いにも聞かないと分からないことがある)
――宿
ザパーン
魔法使い(個室に風呂とは珍しいな…時代が変わっている)
魔法使い(警戒しながら入らなくていいのは良いけど)ザパッ
魔法使い「ふぅ」
ガラッ
青年「ほう、湯の間か」
魔法使い「」
青年「どうした?」
魔法使い「わ、わ、私!」
青年「?」
魔法使い「私は今、裸だ!!」
青年「困るものでもあるまい」
魔法使い「私が困る!ちょっと出てろ!!」ブンッ
青年「その投げた桶で隠せばいいものを。馬鹿か」スッ
魔法使い「とりあえず一回閉めろ!閉めてくれ!」
青年「分かったよ。それにしてもお前」
魔法使い「え?」
青年「脱いでも小さ――ぐぉ」スパコーン
鷹(あのまんまじゃダメだな……)
……
魔法使い「あのな、怒鳴ったのは悪かったよ。まさか裸でいるとは予想がつかないだろうから」
青年「ああ」
魔法使い「だが、小さいと言ったのは許さん。撤回しろ」
青年「事実は曲げられん」
魔法使い「その誇らしげな顔やめろ。腹立つ」
青年「しかしそれ、成長が遅いだけなのか止まったのか分からないな」
魔法使い「いや、遅いんだ。発展途上だ」
青年「でもその容姿だからもう止まった可能性もあるな。まあ落ち込むな」
魔法使い「よし、よく分かった。戦争だ」
鷹(好きな子にちょっかい出したい年頃…か…)
魔法使い「それで。何か見つけたのか」
青年「いまいち。それで聞きたいことがあるんだが」
魔法使い「ん」
青年「あの商人から、魔力を感じはしなかったか?」
魔法使い「……同じようなことを考えていたみたいだな」
青年「そうか」
魔法使い「私はわからなかった。女だからかもしれんが」
青年「どういう意味だ?」
魔法使い「どうも売りたい相手――性別にしか効かない魔法を使っている説が」
青年「面白い。今日売りたい相手だったのは男だけだったわけか」
魔法使い「そう考えると、あなたはどうだった?」
青年「そういうちゃっちい魔法は無意識に跳ねるからな」
魔法使い「ズルいだろそれ…」
青年「おれの特権だ。ま、ある程度強いやつならダメージは食らうが」
魔法使い「催眠術系にはかからないと…」
青年「相手が一般人ならなおさらかかりやすいだろう」
鷹「それに、魔法なんか使わなくても、雰囲気で買いたくなることもあるそうだ」バサッ
魔法使い「雰囲気?」
鷹「周りが欲しい欲しいと言っていると、自分も欲しくなる。そういう現象があるらしい」
青年「そんなのがあるのか」
鷹「又聞きですので詳しくは存じませんが」
青年「ほう…魔法だけではなく、心理にも商売を持ちかけているのか」
魔法使い「じゃあ売れるわけだな…はふ」
青年「眠いのか」
魔法使い「ああ…もう私は寝るよ…」ゴソゴソ
青年「……」
魔法使い「……」
青年「……」
魔法使い「…あなたは寝ないのか?」
青年「魔物はあまり睡眠とらなくてもいい種族だからな」
魔法使い「夜どう過ごすんだよ…」
青年「お前でも眺めていようか」
魔法使い「やめろ」
青年「おやすみからおはようまで見つめ続けてやる」
魔法使い「嫌がらせかよ!」
――人間の城、地下牢
大臣「私だ」
兵士「大臣さま?ここはいくらあなたさまであろうと通れな――」
大臣「<従え>」ギュインッ
兵士「――どうぞ。夜遅くにご苦労様です」ガチャッ キィ…
大臣「戦士のところまで案内してくれ」
兵士「はい」
コツコツ
大臣「――どうだ、やつの様子は」
兵士「はい。一日中、ずっとあんな感じです」
戦士「……」ガリガリ
大臣「堕ちたものだな――下がれ」
兵士「分かりました。用事がすみましたらお呼びください」ススッ
戦士「……」ガリガリ
大臣「何を壁に彫っている?」
戦士「……」ガリガリ
大臣「…人の言葉が通じないか」
戦士「……の……」ガリガリ
大臣「なんと?」
戦士「ばけもの……」ガリガリ
大臣「……」
戦士「ひとじゃない……まものじゃない……」ガリガリ
大臣「…やはり魔法使いか…」
大臣(あの力は身近な邪魔者の中でも強すぎる――消しとくべきだろう)
戦士「……」ガリガリ
大臣「その翼の生えた人間は、お前のいう化物か」
戦士「……」コク
大臣(人間の姿のまま魔物化する、ということか)
大臣(なら都合がいい)
大臣「なあ、戦士」
戦士「……」ガリガリ
大臣「力が欲しくないか」
戦士「…ちから…?」ガリ…
大臣「魔法使いに負けない力だ。お前の望みを叶える強さだ」
戦士「……」
大臣「欲しいのなら、その薄暗い地下牢から手を伸ばせ、戦士」
大臣「――これを飲みさえすれば、お前は強くなれる」チャプ
戦士「……ぁ」
大臣「お前は完全には狂っていないぞ――まだ戦えるのだ」
戦士「……」
大臣「ほら――」スッ
戦士「……」
大臣「何をためらう?」
大臣「お前は――魔物を倒す“勇者”となりたくないか?」
戦士「……」
ゴクッ
――宿
青年「!」
魔法使い「……」スースー
青年(どこかで微弱で歪ながら、魔力が生まれたな――)
青年(ふむ。新たな子の誕生にしてはおかしすぎる)
魔法使い「む……」ゴソ
青年(しかも人間の国、城の近くからなんとなく感じる)
青年(知らないところで何か動き出しているのか…?)
魔法使い「………うぅ…」モゾモゾ
青年「魔法使い?起きたのか」
魔法使い「……ひとりに…しない…で……」
青年(夢をみているのか)
魔法使い「……やだ……みんな…」
青年(鷲一族は……一気に皆殺しされたんだったな)
魔法使い「……やめ…」
青年「」ナデナデ
魔法使い「…さみし…い……」
青年「今はおれがいるだろ」ナデナデ
魔法使い「……」パチリ
青年(起きた?)
魔法使い「置いて…いかない、で……」
青年「ああ」
魔法使い「……」スー
青年「……」ナデナデ
バサッ
鷹「まお……」
青年「……」ナデナデ
魔法使い「……」スースー
鷹「」
青年「側近か。どうだった」
鷹「海に異常はなし――あの掘っ立て小屋にも人影はありませんでした」
青年「“人魚”には会えたか?」
鷹「いえ。“人魚”は警戒して海上付近にはいませんでした」
青年「おれが行くべきかもな」ナデナデ
鷹「…それより、今、なにをなさっているんです?」
青年「こいつがうなされていたのでな」ナデナデ
青年「ミノタウロスが言っていた『泣いてる子は抱き締めて撫でろ』を実践中だ」
鷹「」
青年「まあ今は寝ているから抱き締められないけどな」
鷹「」
青年「もういいか」スッ…
魔法使い「……」スースー
鷹「」
青年「側近?」
鷹「あ、ちょっとお花畑に行っていました」
鷹(今度ミノタウロスに会ったら『変な知識植え付けんな』と言わなくては…)
……
チュンチュン
魔法使い「……ん、朝か…」
青年「よう」
魔法使い「」
青年「なんだ?おれとお前で部屋をとったことを忘れたのか」
魔法使い「い、いや……あれ?なんで私があなたの手を握っているんだ?」
青年「覚えていないのか。まぁ寝ぼけていたしな」
魔法使い「ちょっ、一体私はあなたになにをしたんだ!?」
青年「なにって」
鷹「」バサッ
魔法使い「あっ、ちょうど良いときに!あの!私は昨晩なにを!」
鷹「……」
鷹「きのうは、おたのしみでしたね(主に魔王さまが)」
魔法使い「」
青年「楽しかったな(撫でるのが)」
魔法使い「」
青年「お前案外ああいう(撫でられる)こと好きなのな」
魔法使い「」
青年「あれなら別に普段からでも(撫でて)やっていいぞ」
魔法使い「」
鷹(すごい放心状態…いじりすぎたか)
青年「」ナデ
魔法使い「!?」
青年「ああでも表情は固いな。寝ているときは無防備なのか」ナデナデ
魔法使い「え?え?」
――街
少女「あ!おにいさーん」フリフリ
魔法使い「やぁ……」
少女「…どうしたの、お兄さん。顔が赤いよ」
魔法使い「なんかな…あんなことされると妙に意識するというか…」
少女「へ?」
魔法使い「いや、こちらの話だ。朝ごはんは食べた?」
少女「もちろん。お兄さんは?」
魔法使い「バッチリ」
少女「あそこの宿のご飯不味いでしょ。部屋はいいらしいけど」
魔法使い「……だから自分で朝食を買う客が多かったのか…」
少女「お兄さんなんとも思わなかったの?」
魔法使い「別のことで頭がいっぱいで。それに、自分で作るものの方が不味いし」
少女「…お料理下手なんだ?」
魔法使い「みたいだな。食べた人は一回はひっくり返る」
少女「毒物!?」
魔法使い「それ言われたな。アオビカリキノコ入れたときとか」
少女「それあたしみたいな子供でも知ってるほどの毒キノコだよ!」
魔法使い「青いスープって美味しいのかなって思うじゃないか」
少女「お兄さん冒険しすぎだよ!」
魔法使い「まあ料理談義はここまでにして」
少女「料理なの…?」
魔法使い「どうしようか、ここから。何も考えてないんだ」
少女「……」
少女「じゃあ、うちに来て」
魔法使い「え?」
少女「きっと、どれだけ大変なことが起きてるか分かるから」
――街
住人「なんかよくわかんねーけど買っちゃって――」
住人A「俺もかかあに怒られて――」
住人B「なんかこう、買っちまうんだよな。その場のノリで」
住人「分かる分かる」
ヤンヤヤンヤ
少女「……」
魔法使い「…そうですか。お話、ありがとうございます」
住人B「しかしあんちゃんは何者だ?
住人A「や、杖もってるから“魔法使い”なのは分かるけど」
魔法使い「修行の旅、ですかね。いわゆる」
住人「わけぇのに大変だなぁ」
魔法使い「いえ」
住人A「なんだい、話聞いたってこたぁ兄ちゃんはここの謎を突き止めてくれんのか」
魔法使い「出来る限り」
住人「頼もしいなぁ」
住人B「でもひよっこだから期待はできんぞ」
アッハッハ
少女「」オロオロ
魔法使い「……」コツン
住人「あれ、急に小便行きたくなった」
住人B「俺も」
住人A「便所どこだった!?」バタバタ
少女「お兄さん、なんかしたの?」
魔法使い「…一応プライドはあるから。期待できない、とかはちょっとね…」
少女「意外だね。もうちょっとクールな人だと思ってた」
魔法使い「クールじゃないよ。すぐにキレる」
少女「意外……」
魔法使い「で、羽も生えてくる」
少女「お兄さん、あんまり冗談とかだじゃれとかうまくないほうでしょ」
魔法使い「あはは」
魔法使い(本当なんだよ…)
少女「じゃああのおっさん集団に止められたけど……あれがうち」
魔法使い(一般的な大きさだな)
魔法使い「入っていいのか?」
少女「うん」ガチャッ
魔法使い(……う、わぁ)
少女「すごいでしょ?」
魔法使い「これは、思ったよりも」
少女「色んなものがごっちゃごちゃ――足の踏み場もないよ」
魔法使い(全く家そのものの雰囲気と噛み合っていない)
魔法使い(なにもかもちぐはぐで――落ち着きがないというべきか)
少女「本当は、お母さんもお父さんもこんな趣味じゃないの」
魔法使い「なるほど…」
少女「なのに、わけの分からないものをどんどん買ってきて…」
魔法使い(なんだこれ…)ビヨヨーン
少女「やっぱりなんか起こってるんじゃないかなって」
魔法使い「そうか…」ビヨン
魔法使い「……行ってみるか、あの小屋に」
少女「でもあそこ、不定期だよ」
魔法使い「誰もいないほうがやりやすい」
少女「そうなの?」
魔法使い「何かしら残っている場合もあるだろうし」
少女「そうなのかな」
魔法使い「多分」
少女「……そういえば、もう一人のお兄さんいないね」
魔法使い「ああ、海に行くらしい」
少女「海?」
――海
ザザ… ザザーン
青年「静かだな」
鷹「人間の街の近くですからね」
青年「ふん。普段の“人魚”を知らぬからなんともいえんが」
鷹「そうでしたっけ?」
青年「ああ。おれは今まであの城にいる人魚ぐらいしかみたことがない」
鷹「あれは稀なタイプです」
青年「稀か」
鷹「あれは変化(へんげ)が出来ませんが、魔力と知力と化粧のケバさにおいては断トツです」
青年「今ちらりと悪意をこめてなかったか?」
鷹「気のせいです」
青年「となると、普通の“人魚”は変化できるのか」
鷹「はい」
青年「……無知だな。王のくせして他を知らないとは」
鷹「これから学べばよろしいのですよ。それに、そのための我らです」
青年「頼もしいな」
鷹「勿体なきお言葉」
青年「――さて」チャプ
青年「“人魚”は今海底にいるのか」チャプチャプ
鷹「恐らくは」
青年「では、あちらがこれないのならこちらが行くべきだな」
鷹「あの」
青年「なんだ」
鷹「…鳥人族は水が駄目で…」
青年「じゃあ留守番だな」
鷹「お気をつけて」バサッ
青年「分かっている」チャプ
バシャン
青年(かなり深くのようだな)
青年(魔力…こっちか)
~♪
青年(歌声…意外だな、水中でも聞こえるものだったのか)
青年(元の姿に戻るか)
人魚A「……!しっ!誰か来る!」
人魚B「また人間!?」
人魚C「違うみたいね。人間なら泳ぐはずよ」
人魚D「歩いてきてるね。陸上みたいに」
人魚B「泳ぐ方が早い気がするんだけ……あれ?あの姿は……」
魔王「」スタスタ
人魚A~D「」
魔王「初めてだな」ピタ
人魚A「え、ま、魔王さま?」
人魚B「強い魔力といい角といい、どう考えても魔王さまよ!」
人魚C「お化粧ちゃんとするんだった!どうしよう!」
キャアキャア
魔王(魔力は中ぐらいか。防護魔法が強いんだったな)
人魚D(やば!?無表情だ、怒らせたかも!)
人魚D「あーっと、申し訳ありません魔王さま」アセアセ
人魚D「今、わたくしどもは精神状態が不安定です。ご無礼をお許しください」フカブカ
魔王「構わん。こちらも突然来て悪いな」
人魚A「そんな!いいんですよ!」
人魚B「魔王さまが謝ることじゃありません!」
魔王「では本題に移ろうか」
人魚D(マイペースだなぁ)
魔王「――他の“人魚”はどうした」
人魚A「……」
人魚C「人間にさらわれました」
魔王「お前ら防護魔法が協力だと聞いたが」
人魚A「なぜかは分からないんですけど、人間側の武器で防護壁が一ヶ所破れたんです」
魔王「ふむ」
人魚A「それで、あの…パニックになってしまって。網でわーと」
人魚D「今は、ギリギリ逃げ延びたわたしたちだけです…」
人魚B「」グスン
魔王「今までにも人間はお前たちをさらおうとしていたか?」
人魚A「はい。でも最近は様子がおかしかったですね。ね?」
人魚C「なんかわたしたちが居るところを見に来てる感じだったよね」
人魚D「今思えばみんなで固まっているところを捕まえようとしてたんだね…」
魔王「ふむ――武器、か。どのような?」
人魚B「えっと、矢です」
魔王「矢?矢を水中に穿ったのか」
人魚A「魔法をかけられていました」
人魚C「それらがヒビをいれて、パリンと割れたんです。…わたしたちの防護壁が」
魔王「…人間め、厄介なものを作ったものだ」
人魚A「矢は一つ一つじゃどうってことありませんが、大量にだと話は違います」
人魚D「お願いします!わたしたちの仲間を助けてください!」
魔王「ああ。そのためにきたのだからな」
人魚B「」キュン
人魚D「なにか、お手伝いすることは?」
魔王「そうだな。お前らは仲間がそばにいるか確認するために何かしているか?」
人魚A「あ、はい。真珠…この場合、わたしたちの涙のことですが」
人魚C「仲間がそばにいると、反応してほのかに光るんです」
人魚B「すごくきれいですよ」
人魚D「今は見つかるといけないから外していますが」
魔王「なるほどな。…では真珠を貸してくれないか」
人魚A「貸すだなんて。魔王さまのためならいくらだってあげますわ」ポロッ
人魚A「どうか…頼みます」スッ
魔王(曇りのない白色か)
魔王「ありがとう。必ずやりとげる」
人魚A(お礼言われた…)キュン
――掘っ立て小屋
魔法使い「……」
魔法使い(わずかながら、魔力の跡)
魔法使い(あの商人は“魔法使い”までとは言わずとも、魔法はつかえるようだ)
少女「どう…?」
魔法使い「欲しい情報は得られたかな」
少女「本当?」
魔法使い「うん……っ!」バッ
魔法使い(今、明らかに視線を感じた!)
魔法使い(……誰だ?商人か、商人の仲間か)
少女「どうしたの?」
魔法使い「…なんでもない。早く行こう」
少女「ん?うん…」
――少女の家近く
魔法使い「いいか、良く聞いて」
魔法使い「私と君はここで離れる」
少女「なんで?まだお昼前なのに?」
魔法使い「……昼は関係あるのか?ともかく、私と行動は危険になった」
少女「?」
魔法使い「変なやつに見られたようだ」
少女「えっ!」
魔法使い「君にも被害がかかる。だから、ここでお別れだ」
少女「あ、あたしだって戦えるよ!」
魔法使い「甘いよ。私たちの世界の戦うは殺すか殺されるかだ」
少女「……」
魔法使い「わかってくれ」
少女「……うん」
魔法使い「いい子だ。また、すべて終わったら会おうよ」ナデナデ
少女「絶対だよ?」
魔法使い「ああ」
少女「じゃあね、またねお兄さん!」タタッ
魔法使い「」コク
魔法使い「……さぁてと」
??1「おい、子供が消えたぞ!」
??2「まさかあの男、魔法を使いやがったか!」
??1「ちっ…。あの男を直接襲撃するしかないな」
??3「宿は?」
??2「つけていこう。本来ならあの子供の予定だったのに…」
??1「あの“魔法使い”を始末したらでいいだろう」
??3「だな。俺らの商売の危険因子は取り除かないと――」
――宿前
青年「よう」
魔法使い「やあ。海から帰ってきたか」
青年「たった今な。で、お前、知ってるか?」
魔法使い「もちろん知ってる」
青年「ならいい」
魔法使い「夜になるまで街を歩こうかと思うんだが」
青年「手紙は?」
魔法使い「今のこの状態じゃ、迷惑がかかるだけだろ」
青年「そうだな」
魔法使い「じゃ」
青年「おいおい。おれを置いていくかよ」
魔法使い「…あなたもついてくるのか?」
青年「もちろんだ」
魔法使い「……」ハァ
――市場
魔法使い「この麻の糸をください」
「はいよー」
青年「何に使うんだ?」
魔法使い「別に……秘密だよ」
青年「ふん。隠すことが好きだなお前は」
魔法使い「一つはバラしたら明らかに命に関わるけどな」
青年「注意しないとな」
魔法使い「うん、あなたが口を滑らさなければ多分大丈夫」
青年「信用ないな」
鷹(あれ…距離縮んだ?)
……
魔法使い「時間は潰せたみたいだな」
青年「退屈しないですんだ」
魔法使い「異国の文化って思ったよりすごいもんだな」
青年「ふぅん。おれはあまり興味ないが」
魔法使い「あっそ。――帰るか」
青年「そうするか」
――深夜、宿
ギシ…
??1「全員寝静まったな」ヒソ
??2「うむ」ヒソ
??3「早く終わらせちまおう」ヒソ
カチャ カチャ カチッ
??1「さすが鍵あけの天才」ヒソ
??2「ふふん。さ、入るぞ」ヒソ
ガチャッ
??1「!?」
??2「いない!?」
??1「バカな…」
ボフン
??2「今、音がしなかったか」
??3「うん、窓が開いている。あそこからだな」
??2「連中、まさか逃げ出したとかじゃ…」ツカツカ
??2「…でも誰もいな――」
青年「窓の外に落ちた枕がそんなに気になるか?」
??1「!?」
青年「部屋に入るまでは良かったのにな。予想外のことでもちゃんと対応しとけよ」
??2「貴様っ…ぐっ!?」バタ
??3「なにが……」バタ
??1「おまえら!――おい、なにをしやがった!?」
青年「おれじゃない。そっちに聞いてくれ」
魔法使い「気絶させただけだよ。借りている部屋だからな」スッ
??1(死角に…!?わざわざ声をかけたのは、死角に目がいかないため…)
青年「チェックアウトだな」
魔法使い「うん、チェックメイトな」
青年「メイトもアウトも同じようなものだろ」
魔法使い「多分違うと思うぞ」
青年「まあいいか。改めて、チェックメイトだ」
魔法使い「話し合いにその布は邪魔だな。取らせてもらうぞ」コツン
パキンッ
中年1「ま、魔法を破られた…だと?」ハラリ
魔法使い「なんだ、自分に魔法をかけていたのか」
青年「ちょっと魔法を使える程度の一般人に“魔法使い”が負けるわけないだろ」
魔法使い「…やめてくれよ。この先万が一負けたら恥ずかしいだろ」
青年「なんだ、負けるのか?」
魔法使い「そういうわけじゃないが…私は規格外に強い訳でもないし」
青年「ふん。弱気だな」
魔法使い「過信しすぎていてもな」
中年1「あの、帰っていい?」
魔法使い「無理」
青年「駄目に決まっている」
魔法使い「だいぶ脱線してしまったな――」
魔法使い「で。私たちに何のようだ?」
青年「寝込みを襲うって時点でろくな理由じゃなさそうだがな」
中年1「…誰が言うかよ」
中年1(この窓から逃げ出すことは可能だな。……よし、今――)ザッ
青年「待った。話は終わっていない」
中年1「あっ…!?身体が動かな…」ガチ ビキッ
魔法使い「…石化か。元に戻すほうが難しいようだが」
青年「戻せる。じゃなかったら使わない」
魔法使い「ならいい。ああ、ちなみに今から尋問から拷問になった」
青年「分かった」
中年1「は!?」
魔法使い「逃げないで素直に吐けば穏便に事を運ぼうとしたのだが」
青年「それは残念だったな。こいつ、自分の立場をよく理解していないんだろ」
魔法使い「じゃ、教えないといけないな」
中年1「ま、待て!いいのか!?声が周りに聞こえるぞ!」
魔法使い「……」
青年「……」
魔法使い「この騒ぎでどうして誰も来ないんだろうとか、思わなかったか?」
中年1「あ」
魔法使い「すでにこの部屋は防音だ。窓も開いてるが、見えない壁を張っているだけ」
青年「つまるところ…なにやってもバレないってこった」ペロ
中年1「」ゾクッ
魔法使い「師匠に教えられた通りにうまくできるかな。少し不安だ」
青年「なに、死なない程度に痛め付ければいいだけだろ」
魔法使い「コツがいるんだってさ」
青年「コツねぇ。まず何からする?」
魔法使い「爪の間に針を入れようか。腕を完全に固定しないとできない」
中年1「」
青年「痛いのか」
魔法使い「痛い痛い。指に針刺しただけでも痛いんだから」
中年1「ひっ…や、やめろ!」
魔法使い「じゃあ吐け」
中年1「」
魔法使い「吐け」
中年1「俺も、正直分からないからなんとも……」
青年「ふん。死体処理がめんどくさそうだな」
魔法使い「鳥葬でもするか」
青年「……いや、それはお前、ちょっと、なんというか」
魔法使い「…冗談だ」
中年1「待て待て!本当だ!本当なんだ!」
青年「ふむ。詳しく話せ」
魔法使い(やはり王。オーラが違うな…)
中年1「……数ヶ月前、得たいの知れない男が来たんだ」
中年1「それで、薬と矢を渡して――」
『実験をしたい。その薬は無害だ』
『それにその矢は魔物の魔法を破る』
『どちらも与えてやろう。代わりに結果を聞かせろ』
中年1「――って」
魔法使い「実験……その薬は飲んだのか?」
中年1「ま、まあ」
魔法使い「どういう効果が?」
中年1「俺はあんまり効かなかったけどよ…リーダーは人を操れるぐらいの魔力を持てたんだ」
青年(……ふむ。繋がった)
魔法使い「個人差があるのか。薬の効き目は?」
中年1「リーダーは二週間で切れるな…定期的に飲まないといけないらしい」
青年「矢は?」
中年1「そ、それは…」
青年「“人魚”狩りか」
中年1「うっ……」
魔法使い「……?」
青年「ふん――リーダーのところまで案内しろ」
中年1「馬鹿言うな!そんなことしたら俺が殺されちまう!」
青年「今死ぬか否かの違いだろ」
中年1「……」
……
中年2「なんかよくわかんないけど連行されてた」
中年1「ちぃっ…」
魔法使い「早く歩け。朝が来るぞ」
中年2「朝が来たところで――」
青年「魔法使い!」グッ
魔法使い「っ!?」ヨロ
シュッ サク
魔法使い「矢!?」
シュッシュッシュッ
中年1「ガッ…!」ザク
中年2「ぐぅっ」ザク
中年3「…やはり…見限られ…」ザク
魔法使い(全員不自然なほどに急所を…!)
青年「…魔法で力を得ているな。まだ飲んだ人間がいたのか」シュパッ
魔法使い「手づかみで…いや、そうじゃなくて!」
魔法使い「おい!しっかりしろ!」
中年1「あは…は…りぃ、だぁは…きびし…な」
魔法使い「……」
中年1「おま…え…いつか、必ず……痛い目…に…」ガク
魔法使い「……」
青年「他二人は死んだ。即死だな」
魔法使い「こっちも死んだ」
青年「死体はどうする」
魔法使い「…ここに放置しとこう。縛ろうと思わなくて良かったよ」
青年「ああ」
魔法使い「……あと、お仲間さんが回収するかもだし」
青年「ふん。やれやれ、相手は相当あせっていると見た」
魔法使い「だな」
魔法使い「……」
青年(黙祷というものか)
魔法使い「……。ここから離れよう」
青年「ああ」
魔法使い(ん?最初の矢になにか…紙が?)
青年「どうした、置いてくぞ」
魔法使い「あ、ああ。今行くから」ガサッ
ローブノ男 ノミ 読メ
魔法使い(私のことか?なんだこれ。それと黒い束も……髪の毛!?)
青年「」スタスタ
魔法使い(やつは気づいていないな…ちょっと読んでみよう)
子供ハ 預カッタ
魔法使い「!」
以下ノ 場所二来イ
誰カニ イウナ 誰カト クルナ
破ッタラ 子供 殺ス
以上
魔法使い「……」
魔法使い(この髪は…確かに、あの子みたいな髪だが…)
魔法使い(別人の可能性もある。ただの脅しかもしれない)
魔法使い(あの子に会ってみるか)
鷹「お疲れさまです」バサッ
青年「お前の枕を落とすタイミング、ぴったりだったぞ」
鷹「有りがたきお言葉。枕は回収致しました」
魔法使い「あ、放置してなかったんだ」
鷹「失礼な!」グサッ
魔法使い「いっづぅぅ!?」
――数時間後、少女宅
ザワザワ
魔法使い「…?」
憲兵「もう一度、聞き直しますね。あなたのお子さんは…」
少女母「だから、朝見たらいなくなっていたのよ!」
少女父「夜遊びするほど大きくも無ければ、勇気もないのに…」
憲兵「玄関は開いていたんですね?」
少女母「ええ。外に出たとしても、靴をはかずに」
憲兵「抱えられて連れ去られたかもしれない、と…」
憲兵B「あなた方は何か気づきませんでした?」
少女父「いいえ、馬鹿みたいに寝ていました…」
魔法使い(僅かだが両親に魔法をかけられたあと)
魔法使い(見た感じ睡眠魔法か。……なんてことだ)
魔法使い(本当――だったのか)
魔法使い(別れたのが昼…あのあと出歩いた可能性もある)
魔法使い(外に出るなと言っていれば良かった…ちくしょう)
魔法使い(彼女は――私のためにさらわれたんだ)
魔法使い(なら、私は……)
――宿部屋
青年「……」ガチャ
青年(あそこで物を売る気配はない…警戒したか)
青年「む、魔法使い?いないのか」
鷹「魔王さま。手紙が」
青年「手紙?」
出掛けてくる。
帰るなら帰ってていい。
荷物はそのままにしといてくれ。
鷹「……これだけですか?」
青年「いや…お互い勝手に出掛けているが、今まで置き手紙などしなかった」
青年「どこに――」
鷹「魔王さま?」
青年「感じられないな…」
鷹「何がですか?」
青年「魔法使いの魔力だよ。あいつ、念入りに魔力を消してる」
鷹「何故今になってそんなことを小娘が」
青年「おれに付いてきて欲しくないんだろうな」
鷹「ならこの置き手紙に意味があるのでしょうか?」
青年「あるさ。遺書だ」
鷹「遺書!?」
青年「わざわざ『出掛けくる』。そのくせに場所は書かない」
青年「そして『帰るなら帰ってていい』。まるで長期間ここへ帰らないと言わんばかりだ」
青年「荷物の件は分からん。ま、これはただ嫌なだけだろう」
鷹「遺書って…小娘は死ぬんですか?」
青年「まだなんとも言えん」
青年「……誰かに呼ばれ何処かに行ったか、自発的にか…まあどちらでもいい」
青年「探すぞ。おれはあいにく人探しの魔法が出来ないから地道にな」
鷹「は、はい」
青年「あと、ほかにこれにはもう一つ意味があるとおれは推測する」ペラ
鷹「え?どういう意味が?」
青年「――『助けに来てくれ』」
――街からかなり離れた場所の建物前
魔法使い「ここか」ザッ
魔法使い(なんだ?微かに魔物の気配がある)
魔法使い「……」
魔法使い(それにしても、なんであんな手紙残してきたんだろう)
魔法使い(明らかに『今からなんかやりますよん』って言ってるようなものじゃん…)
魔法使い(…魔王も一緒に来れば心強いが……なんせ、人質がいるかもだしな)
魔法使い「考えても仕方がない……行くか」スタスタ
――建物内
魔法使い(だだっ広いところだな)キョロキョロ
「ようこそいらっしゃいました、お客さま」
魔法使い「!」バッ
商人「どうも、しがない一商人でございます」ニタァ
少女「お兄さぁん」グスッ
魔法使い「…その子を離せ。どうして私を呼び出した」
商人「商売に邪魔なものは消えていただかないと困るんですよ」
魔法使い「商売だと?あんなのか商売だと言えるのか」
商人「売ったもの勝ちですよ。そして――」
少女「お兄さん、後ろ!!」
魔法使い「え――」
ヒュンッ ドス
魔法使い(背中を射たれ――!)
商人「先手をうったもの勝ちでも、あります」ニヤニヤ
魔法使い「何を…塗りやがった…」
商人「眠り薬を。いささか強すぎたみたいですね?」
魔法使い「…っ」ドサッ
商人「警戒心が甘いですねぇ。ここは敵の本拠地ですよ」
魔法使い(…師匠に見られたら…怒られそうだな…)
魔法使い(ちょっと…鈍ったかも……)
商人「――が――で――」
魔法使い「…まぉ……」
バタリ
―
――
―――
魔法使い「ここは……」
目を覚ましていの一番に状況を確認する。
身体は石造りの壁に寄りかかっており、手と足には鎖が巻かれていた。
天井から降りる別の鎖のせいで腕は吊り上げられた形だ。
魔法使い(そして鉄格子か…どうみても牢だな)
魔法使い「っ」ズキ
魔法使い(背中の傷が癒えていない、のか?)
人間の姿であるとはいえ、この程度の傷は多少塞がっていてもおかしくはないはずだが。
魔法使い(と、するとあの矢も『魔物云々』の矢…?)
魔法使い(無意識下の治癒魔法も無効果されてしまったということか)
魔法使い(矢を抜いた後も効果があるというのは厄介だな)
魔法使い(いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。早くここから出ないと)グッ
魔法使い「……ん?」
魔法使い「……」グイグイ
魔法使い(魔法が――使えない)
魔法使い(魔法が使えない“魔法使い”とか洒落にならないぞこれ)
??「あは、驚いてる?」
魔法使い「!」
突然の声。
鉄格子の向こうに誰かがいた。
??「こんなに暗いとよく見えないね」シュボッ
ろうそくが灯され、辺りがぼんやりと明るくなる。
同時に相手の顔もはっきり見えるようになった。
魔法使い(性格の悪そうな女だな)
女「あは、ひどいなぁ。うちね、心読めちゃうの」
魔法使い「そうか、それはすまなかった――性格の悪そうな女だな」
女「あ、わざわざ言い直すんだそこ」
魔法使い「それで?お前は何者だ?」
女「マイペースだね…うん、じゃあ教えてあげる」
女「大臣さまの部下」
魔法使い「!」
女「あは、驚くよね。だって大臣さまがこんなことするって思えないよね」
魔法使い(……大臣?あいつは何を企んで…)
女「それは秘密だよ。教えてもいいけどそれだとびっくりできなくなるし」
魔法使い「あ、そうか。読めるのか」
女「……もうちょっと読まれることに恐怖するとか対策考えるとかないの?」
魔法使い「考えても全部筒抜けだろう?意味ないじゃないか」
女「なんか調子狂うなあ…」
女「ま、うちはあんまり偉くないんだけどね」
女「ここの連中を見張りに来てるだけ。大臣さまに歯向かわないようにね?」
魔法使い「…私が今現在こんなことになっているのも、大臣の指示か」
女「ううん、あいつらの判断。しょぼい商売なんて大臣さまに関係ないもの」
魔法使い「……」
解錠し、鉄格子の扉を開ける。
そして魔法使いに寄った。
女「でもさぁ、あいつらもひどいよねぇ?」
くいっと顎を掴み。
女「こんなカワイイ“女”の子を閉じ込めちゃうんだから」
ぴくりと魔法使いの肩が動く。
魔法使い「…やはりバレるか」
意識がない間に性別を見破られていてもおかしくない。
女「実際に触るとね」
魔法使い「嫌な気分だ」
女「触ったの上半身だけだったけど、一瞬男の子かなって思っちゃった」
魔法使い「平べったくて悪かったな…」
女「でもでも、いくらちっちゃくても」
女は手のひらを魔法使いの胸にあてる。
女「この柔らかさは女の子特有のものだよ?」
魔法使い「不快だ。触るな」
女「……」
魔法使い「――だからといって揉むな。痛い」
女「むしろ揉めない……」
魔法使い「黙れ」
女「…いろんな意味で面白みがない…」
魔法使い「悪かったな」
女「でもそのぐらいがいいのかもね?――混血って知られたらヤバイじゃん?」
魔法使い「……」
女「人間の女性は何故か魔法を使えない。なのにあなたは使える」
女「だとしたらゆいいつの例外、混血しかないよね」
魔法使い「…大臣の嫌いなな」
女「ふーん、大臣さま混血嫌いなの?なんで――」
女の疑問は別の足音で遮られた。
商人「勝手に何をしている?」
女「別に?少し遊んでいただけだよ」スッ
魔法使い「……」
魔法使い(ここからが本番か)
商人「すみませんねぇ、そいつはちょっとお遊びが好きで」
魔法使い「…ずいぶん口調が変わるんだな」
商人「商売の顔と普段の顔を使い分けてこそが商人ですから」
魔法使い「…はん、ご苦労なことで」
商人「さてとまぁ、なにから始めましょうか」
魔法使い「…なにか薬を飲んだと聞いたが」
商人「ああやっぱ話されてましたか。どうしようもないクズでしたね」
魔法使い「そして、何故あの三人を殺した」
商人「用済み、どころか厄介を生みかねなかったので」
魔法使い「…そうか。子供を使ってまで私を捕らえたのは、バラされたくなかったからか?」
商人「ええはい。種明かしされたら困りますからね?」
魔法使い「種明かし、ね。――で?私をどうしたいんだ?」
商人「同行者がいたでしょう?」
魔法使い「……」
商人「あれにも黙ってもらわないといけないので、教えてくれませんかね」
魔法使い「教える馬鹿がどこにいる」
商人「子供が」
魔法使い「!」ピク
商人「子供がどうなってもいいなら、黙秘もいいですけど?」
魔法使い「汚いな」
商人「商人はみんなそうです」
魔法使い「他の商人にとってはかなり風評被害だ」
商人「で、どうします?」
魔法使い「断る」
商人「……だから子供が」
魔法使い「はは、その程度で私が揺れるとでも?」
女「わお」
魔法使い「それと子供に実際危害を与えたら最後、私は何も喋らんぞ」
商人「……」
女「じゃあ、取引しちゃえばいいじゃん商人」
商人「なに?」
女「知ってる?混血の身体は高く売れるんだよ?」
そのままの意味だ。
内臓が、目玉が、舌が、薬として売られる。
そのため、わざと混血を産ませることもあるという。
魔法使い「……」
女「少女が傷つくか、あなたが刻まれるか。どっちがいい?」
魔法使い「私が刻まれると子供は?」
商人「」チラリ
女「」チラッ
商人「仕方がない。離しましょう」
女「え、ほんとに?」
商人「こちらには操る魔法があるからな。喋らせないぐらいできる」
魔法使い「……」
魔法使い(…そうか)
女(ありゃりゃ。なかなか愚かだね)
商人「どうです?できれば早めに返事を――」
魔法使い「勝手に売ればいいじゃないか、ハゲ」
………
小さな蝙蝠が牢に戻ってきた。
元々ここが寝床だったのだが、なにやら今日は騒がしく一旦退避していたのだ。
蝙蝠「?」
気配を感じ、その方向に超音波を飛ばす。
人形(ひとがた)の何かがいると知ると、小さな蝙蝠は恐れずにそこへ近寄った。
蝙蝠「キミ、ダレ?」
眠っていたのか、ソレはゆっくりと頭をあげる。
魔法使い「…魔物?蝙蝠一族、か?」
蝙蝠「ウン。ボク、蝙蝠一族。キミ、ニンゲン?」
魔法使い「……混血だ。鷲と人の」
蝙蝠「ワシ!ワシ、スゴイ。ボク、ソンケイ」
魔法使い「混血だが」
蝙蝠「ワシノチ、ヒイテル。スゴイ、スゴイ」
魔法使い「凄いのか?」
相手が小さく笑った。
同時に「あいたっ」と叫ぶ。
蝙蝠「ダイジョブ?ケガ?」
魔法使い「いやぁ…さっき身体的欠点を指摘したら殴られちゃって」
蝙蝠「?」
魔法使い「ちょっと自分の立場忘れていたよ…ははは」
蝙蝠「バカ?バカ!」
魔法使い「まったくだ」
蝙蝠「ツナガレル、ワルイコト、シタノ?」
魔法使い「してないよ。私はそういえる」
蝙蝠「ジャア、ココニイナクテモイイジャナイ」
魔法使い「同行者の所在地を言わない代わりなんだ」
蝙蝠「デナイト、コロサレルヨ」
魔法使い「…なかなかシビアな蝙蝠だな」
蝙蝠「ニゲナイト」
魔法使い「…仮に逃げても、人質がいるんだ」
蝙蝠「ダレ?」
魔法使い「女の子」
蝙蝠「ソノコハ、コロサレナイ?」
魔法使い「私が死ねば助かる、はず」
蝙蝠「バカ?ダマサレテルヨ、ボク、ワカル」
魔法使い「知ってるさ…ただの自己満足だ」
蝙蝠「ジコマン、ジコマン」
魔法使い「…そうだ」
蝙蝠「?」
魔法使い「お使い、頼まれてくれないか」
蝙蝠「イイヨ」
魔法使い「鷹一族と、人間の形をした魔物がいるんだ。それが同行者なんだけど」
蝙蝠「マサカ、マオウサマ?」
魔法使い「ああ」
蝙蝠「オツカイ、スル!マオウサマ、アウ!」
魔法使い「じゃあ、ここの場所を教えてきてくれないか」
魔法使い「そして少女も救ってくれと。――首元に紐があるだろう、それとってくれ」
蝙蝠「ウン」
多少手こずったが、引っ張りだされたのは麻の紐。
一部だけ網が編まれており、その中には
蝙蝠「ニンギョノ、ナミダ」
それはペンダントのような造りだった。
魔法使い「貰い物だ」
蝙蝠「ココニモ、ニンギョ、イル」
魔法使い「え?…え?」
蝙蝠「ジャア、サガシテクル。アトハ?」
魔法使い「人魚の件聞きたいんだが…そうだな」
蝙蝠「ハヤクハヤク」
魔法使い「日の出が出たら私死ぬからって伝えて…いややっぱやめ…」
蝙蝠「ワカッタ、ジャアネ!ガンバレ!」
魔法使い「今の無し!ねぇ!」
時すでに遅し。
小さな小窓から小さな蝙蝠が飛び立った後だった。
魔法使い「……」
魔法使い「魔王、なにしてんだろうな…」
口の中に溜まっていた血を吐き捨てる。
「ハゲ」「チビ」とか言ったらかなり暴行された。
今度から悪口には気を付けようと思った。
魔法使い「…今度があれば、だけどな」
せめてあの子だけは助けたいなぁと呟いた。
蝙蝠は飛ぶ。
ペンダントを持って。
これを見せればどうやら話がスムーズに進むらしい。
蝙蝠「タカ、タカ」
懸命に探す。
お使いを成功させたかったからだ。
やがて、下から。
青年「――おい、そこの蝙蝠」
人間…いや人間ではない何かが声をかけてきた。肩には鷹がいる。
蝙蝠は地面にコテリと降りた。というか落ちる。
蝙蝠「オツカイ!キミ、マオウ?」
青年「いかにも。…それは、なんだ?」
指差されるは麻の紐。
蝙蝠は答えた。
蝙蝠「コンケツカラ、アズカッタ!」
なぜ目の前の王は一瞬泣きそうな顔をしたのか。
蝙蝠には分からなかった。
……
青年「そうか」
蝙蝠の話を聞き終わり、彼は息を吐いて空を見上げた。
月だけがぽっかり浮かぶ空だ。
青年「あいつは自己犠牲を選んだのか。ふむ、らしいと言えばらしい」
鷹「…魔王さまは…どうなさるのですか?」
蝙蝠「ドスルノ?」
青年「決まっている。何と言われようが奪い返しに行く」
鷹「子供も?」
青年「ああ。じゃないと怒るだろうからな」
側近はそこで口をつぐんだ。
ある程度予想していた解答だったし、文句もない。
文句があったとして、側近はそれでも魔王に従うだろうが。
鷹「……」
側近が黙ったのは何も言うことがなくなったというのもある。
だが、もう一つ。
青年の出す威圧感に恐れを感じたからだ。
青年「なんだろうな。変な気分だ」
角が生え、爪は尖り、瞳は爛々と光る。
青年の本当の姿だ。
蝙蝠「マオウサマ!」
蝙蝠は嬉しそうに飛び跳ねる。
魔王「あいつが誰かに好きにされると聞くと、酷く胸がむかつく」
鷹「……そうですか」
魔王「ああ」
魔王はペンダントを拾い上げ、目の前に掲げる。
蝙蝠「ソレ、コンケツ、クビニ、カケテタ!」
魔王「そうか」
輪を頭に通し、真珠の部分が前に来るようにする。
真珠は月明かりで鈍く輝いた。
魔王「蝙蝠、案内してくれ」
蝙蝠「ワカッタ!コッチ!」
鷹「…もっと魔王さまに敬意を払え」
夜明けは近い。
――同時刻、牢
少女「お兄さん…」
囁く声。
魔法使いは目を見開いてそちらを見る。
魔法使い「…なぜここに」
少女「脱出したの。見張りは、寝てたから…」
得意気に鍵を見せる。
それから音をたてないように慎重に鍵穴へ差し込む。
少女「逃げよう。殺されちゃう」
魔法使い「あなただけでも」
少女「ダメだよ!二人で逃げるの」
鎖の鍵に手惑いながら、強く言う。
じゃらじゃらと音をたてるために連中が気づきやしないかと気が気じゃない。
魔法使い「…私はまだやることが」
少女「怪我が治ってからじゃダメなの?」
涙目にたじろきかけたが、それでも魔法使いは首を横にふる。
魔法使い「それじゃ遅いんだ」
少女「じゃああたしも協力する!それじゃいけないの?」
魔法使い「いけない。君は、こっち側の世界の子じゃないから」
少女「こっち側?」
魔法使い「私は――」
最後の鎖が取れた。
魔力が少しずつ戻ってくるのを感じる。
魔法使い「――私は…」
少女「どうしたの?」
魔法使い「いや……」
魔法使い(ふむ。鎖に魔力を封じる何かがあったようだな)
魔法使い(人間はなんとめんどくさいものを発明するのやら。じゃなくて)
少女「お兄さんはなんなの?“魔法使い”じゃないの?」
魔法使い「“魔法使い”ではあるけど、もっと君と根本的に違うんだ」
少女「?」
魔法使い「あー、なんというか」
女「あは、化け物なんだよね」
魔法使い「!」バッ
鉄格子を挟んで向こう側にあの女が立っていた。
警戒しつつ少女を抱き寄せる。彼女は大人しく従った。
女は舌舐めずりをして口を開く。
女「――混血の目玉が美容にいいってのは、本当かな?」
魔法使い「…それは嘘じゃないのか」
即答。
自分で試したことはないので推測ではあるが。
女「試してみないと分からないよ?」
魔法使い「魚の目玉でも食ってろ」
女「やだぁ、魚の目玉なんてグロいじゃん」
魔法使い「……数秒前の台詞をよく思い出せ」
魔法使い(魚よりヒトの目玉を食らう方がもっとグロいと思うが)
女「だってあなた、同族(にんげん)じゃないもん」
魔法使い「……」
女「人間に形が似てるだけで。だからあんまり抵抗はないかなぁ」
魔法使い「…同族じゃない、か。確かにな」
心の奥で微かにほの暗い感情が沸き上がる。
人間として生きたい。
――だがそれは、他ならぬ人間が、魔法使いを人間だと認めてくれなくてはいけない。
ただの一方的ななりきりでは、駄目なのだ。
混血だとか。
呪い子だとか。
そう言われているうちは――人間など、なれやしない。
少女「…お兄さん?」
人間の少女が不安げに見上げてくる。
魔法使い(この子もいつかは混血を忌むのだろうか)
結局――混血はモノとしてしか扱われない。
牛や豚と同レベルだ。
魔法使い(私が人間と認められたら…)
魔法使い(それは、他の混血への裏切り行為なのか?)
人間に迫害されている混血がいたとして。
敵視されてしまうのだろうか?
女「そうだね。人間を憎む混血もたくさんいるわけだし」
魔法使い「じゃあ……私には、味方がいなくなってしまうのか?」
女「何言ってるの?」
ナイフを二振り両手に持ち、女は嘲るように笑った。
女「あ ん た な ん か に 味 方 な ん て い る わ け な い じ ゃ な い 」
女も薬を飲んだ一員である。
手に入れた力は読心。
戦闘には向かないが、このような時には多く使える。
魔法使いを相手にした場合、彼女に奥深く眠る悩みを利用した。
『どうやら人間として生きたい』と分かったら、その考えに揺さぶりをかけていけばいい。
間違えているか、正しいか。
その問いだけでも大抵はうまくいく。
女(この程度じゃまだ心は壊れないけど、戸惑ってはいる)
だから、この隙に。
女「逃げようとする動物は殺さないとね?」
牢に入り、まっすぐに魔法使いを討ちにかかった。
女「…やった」
手応えがあった。
が、何か違う。
魔法使い「…ふむ。痛いな」
壁の向こうで混血が呟いた。
――壁?
女「は、羽?」
魔法使い「ああ。翼にも痛覚はあるんだな」
翼でぱんっとナイフをはじき、彼女は姿を現す。
背からソレは生えていた。
首元、手首には羽毛らしきものがうっすら見える。
魔法使い「私に味方なんていない、か。なるほど…なかなかキツいな」
だがな、と混血は拳を握りしめる。
魔法使い「その言葉で現実に戻れたよ」
分からない。
なぜ、こんなにすがすがしい顔をしてるのか。
魔法使い「それは間違えだ。全てを受け止めると語ってくれた人がいる」
魔法使い「私をここまで育ててくれた人がいる」
魔法使い「そして――」
魔法使い「私と旅をしようと言ってくれた奴がいる」
固めた拳をみぞおちに鋭く突き刺した。
魔法使い「――その他はまた考えよう。どうせ、私は長く生きる」
女「――っ!」
魔法使い「…ちょっと目を背けていたんだ。向き合わせてくれて感謝する」
その声は届かなかった。
――建物内
どやどやと出てきた人間を数秒かからず伸した後、魔王が顔をあげた。
魔王「む」
鷹「どうしました」
魔王「いや、魔法使いが壁を乗り越えた気がしてな」
鷹「物理的に?」
魔王「精神的に」
鷹「えっ?」
蝙蝠「デンパ、デンパ!」
鷹「何を言ってるんだおまえは」
魔王「ともあれ。悩ましいところだな……」
二つの分かれ道を交互に見比べながら魔王は言う。
魔王「“人魚”を救うか、魔法使いを救うか――どちらを先にするか」
右からは多数の魔物の気配。
左からはそれより少し強いなにかの気配。
鷹「…魔王さま」
魔王「なんだ」
鷹「先に、“人魚”達を救出するほうが良いかと思います」
魔王「……」
鷹「小娘たちは…恐らく、自力でなんとかするでしょう」
魔法使いのほうばかりに気をとられてはいけないのだ。
魔物の王である彼は真っ先に魔物である“人魚”を救い出すべきで。
“人魚”も魔法使いも、それぞれここから遠く、しかも逆方向。
どちらを救うためには――どちらかを見捨てなければいけない。
鷹(……見捨てる、はないか)
鷹(ただ…生存確率が半分になることは確か)
鷹(片一方が逃げられたことに激昂し、殺してしまう可能性だってある)
魔王「……」
鷹(…辛い判断でしょうが…)
魔王「そうだな。まず“人魚”からだ」
鷹「はっ」
魔王「待たせたな、蝙蝠。行くぞ」
蝙蝠「ウン、コッチダヨ!」
――とある部屋
蝙蝠「タブンココ!」
魔王「……」ガチャ
鷹「これは……」
青い光が部屋を満たしていた。
巨大な水槽。
その中に浮かぶ、傷ついた“人魚”達。
意識がないものが大半だった。
鷹「何故こんな姿に…」
魔王「真珠を出させるためだろうな」
蝙蝠「ダサセルッテドウヤッテ?」
魔王はすぐには答えず近くに放られていた物体を持ち上げる。
鞭だった。
魔王「こんなやつで痛めつけて、泣かせるんだろうな」
瞳に表情は無かった。
魔王「商売のためだけに。それだけでこいつらは傷つけられた」
鞭は一瞬で炭くずと化した。
魔王「――誰も生かしておけないな」
鷹「」スッ
側近「魔王さま……」
魔王「側近、海の位置は分かるか」
側近「はい」
魔王「今からお前に魔力を注ぐ。そして“人魚”と海に転移しろ」
側近「え!?」
魔王「術師無しでも移転はできるが――安全性はそのぶんなくなるからな」
魔王「弱った“人魚”を陸に打ち付けるなどできない」
側近「そうですね」
魔王「頼まれてくれるか」
側近「拒む理由などどこにありましょうか?」
魔王は水槽に近寄る。
魔王「聞こえるか」
「……え?」「誰?」
魔王「今、お前たちを海に連れていく」
「!?」「え、夢?」「夢なの?」
魔王「移転を行う。少し我慢しとけよ」
「まお…魔王、さま?」「わたしたちのために?」
魔王「側近」
側近「はっ」
魔王は指の肉を噛みちぎり、側近は自らの翼を小さく傷付けた。
互いの血液を当て、魔王は魔力を傷越しに送り込む。
魔王「体液同士を触れあわせないといけないというのは面倒だな」
側近「そうですね」
魔王「気をつけろよ」
側近「ありがとうございます」
強い魔力を送られたからか一瞬ふらついたが、側近は水槽に寄る。
魔王が少し遠くに離れたのを確認して、自分と水槽を魔法陣で囲う。
そして消えた。
後に残ったのは魔王と蝙蝠と、
魔王「……水槽だけは残したのか。側近の魔法もなかなかのものだな」
蝙蝠「ソッキン、マホウ、ツカエルノ?」
魔王「使えるさ。日頃はあまり使わないだけで」
蝙蝠「ナンデダロ?ツカエルナラ、ツカエバイイノニ」
魔王「ほら、よく言うだろ」
魔王「能ある鷹は爪を隠す――ってな」
蝙蝠「ソレ、ウマイトコニ、イレテキタネ!」
魔王「ふん。さ、おれたちは魔法使いのところに向かうぞ」
――牢付近
少女「……」ポカーン
魔法使い(しまった)
魔法使い(ついこの子の前で本来の姿になってしまった)
緊急事態ではあったが、迂闊だったとも思う。
少女との間に亀裂が入ることは避けたかったのに。
…先ほどから混血混血言われているのでもう手遅れかもしれないが。
少女「……」
魔法使い「えっと、その」
少女「…て……」
魔法使い「て?」
少女「お兄さん、天使さまだったんだ!?」
魔法使い「は?」
少女「こんけつって、天使さまのことだったの?」
魔法使い(あ、そもそもそれ自体知らなかったんだ)
魔法使い「いやなんというか、私は天使じゃなくてだな…」
少女「でも、羽があるし」
魔法使い「うう……これには深い理由があって…」
魔法使い(天使、か)
金色の髪に青い瞳、そして白い翼。
神のつかいといわれるそれと言われたのは初めてだった。
魔法使いは黒に近い茶色の髪と瞳、そして若干まだらな模様のある焦げ茶色の翼を持つ。
どうみたってそんな美しい存在じゃない。そう考えた。
だがしかし、ここで混血について教えるよりこのまま天使として誤認識させておいたほうが
この先楽なような気がしてきた。わざわざ仲が割れるようなことは言いたくないし。
魔法使い「……天使に近い存在だよ」
少女「そうなんだ!」
魔法使い「う、うん」
心が傷んだ。
少女「嬉しいなぁ…天使さまが助けに来てくれたんだね」
魔法使い(不意討ち食らって牢に放り込まれたけど)
むしろ助けられたのは魔法使いだったりする。
我ながら情けない。
魔法使い「よし、じゃあここを出……っ!?」
ぞわりと。
本能的な恐ろしさを感じた。
少女「どうしたの?」
魔法使い(この魔力…魔王か?)
少女「天使さま?」
魔法使い「あ、い、いや。なんでもない」
少女「?」
魔法使い「それと天使さまはやめようよ。なんだかむず痒くなる…」
少女「うーん。天使さんは?」
魔法使い「あんま変わってないような……まあいいか」
少女と手を繋いで、歩き出す。
騒ぎで起きた見張りはいたが、魔法でダウンさせた。
魔法使い「早く家に帰らないとね」
少女「うん!」
一見すれば仲良さげな背中が完全に牢から消えた後。
腹を抱えながら女がよろよろと起き上がった。
目には憎悪を浮かばせて。
女「壊してやる」
そして、翼の去った方向に駆け出した。
……
魔法使い(ああそうだ…この姿になると)
十数人に囲まれながら魔法使いは思考する。
元々ここに雇われていたらしき人間や、兵士の恰好をした人間。
矢や剣を手にジリジリと間合いを詰めて来ている、
魔法使い(人、殺したくなるんだよな)
不思議と少女は殺したくはないが。
恐らく守ってあげたいという感情のほうが強いのだろう。
魔法使い「しばらく、何も見えなくなって、何も聞こえなくなるけど良い?」
少女「えっ……怖いよぅ」
魔法使い「うん…ちょっとだけだから」
少女「……そばにちゃんといるなら、いいよ」
魔法使い「いるよ。手を繋いだままでいるから」
少女「じゃあ」
コクリとうなずいた少女の頭に片手をのせて小さく呪文を呟く。
一時的なものだが生身の体を相手にしているためにわずかに緊張する。
少女の目の前に手を振ってみせても反応しないことを確認して、魔法使いは「さて」と辺りを見回す。
魔法使い「お待たせしたな。ここからは未成年の教育にはよくないから」
誰も彼も無言だ。
矢はほぼ魔法使いに狙いをつけて、あとは射つだけ。
魔法使い「忠告するが――もし攻撃するなら、お前たちの命はない」
魔法使い「私は攻撃してきたら普通に殺すぞ?」
たじろくような空気が表れた。
頭の中で適切な魔法陣を浮かべながら最終警告をする。
魔法使い「攻撃するな。私たちは帰りたいんだ」
「―――射て!」
弓が穿たれた。
矢が放たれて数十秒後。
魔法使い「……だから言ったのに」
魔法使いたちの周りで立つ人間は誰一人としていなかった。
兵「な、なぜ……矢が、効かない…あの矢は、魔法を…」
魔法使い「簡単なことだ」
血だまりの中で蠢く人間を魔法使いは冷ややかな眼差しで見やる。
魔法使い「魔法が通じないなら、直接的な魔法で戦わなければいい」
魔法使い「だから強風を起こして矢を叩き落とせたんだよ」
兵「むちゃくちゃだ…」
魔法使い「…賭けだったけどな」
魔法使い「でもまあ、結果オーライか。これで対策も分かった」
兵「忌み子が……呪われてしまえ…」
魔法使い「呪い子がこれ以上呪われたらどうするんだよ」
兵「貴様らは…いないほうが、世のためなんだよ…!」
兵「この世界は、人間のものだっ!」
魔法使い「――言いたいことは、それだけか」
兵「はん……貴様なんかに殺されてたまるか」
皮膚を切り裂いた音と、液体が床に滴り落ちる音。
魔法使いはそれを黙って見届けて、目を伏せた。
彼女が少女を抱き抱えてそこを出たとき、生きている者はいなかった。
……
魔法使い「ここまでくればいいか」パァァ
少女「ん……終わったの?」
魔法使い「終わった」
少女「あの人たちは?」
魔法使い「…ごめんなさいって、帰っていったよ」
少女「そうなんだ。なんか、すごい生臭かった気がする」
魔法使い「それは…」
真実は言えない。
魔法使い「みんなで魚捌いていたんだ」
少女「魚捌いていたの!?」
魔法使い「だから生臭かったんだと思う」
少女「え、そうなんだ…へぇ…」
自分で嘘をついといてなんだが、もう少し人を疑うべきだと思う。
魔法使い「ん、広い通路だな…ここ行ってみるか」
少女「うん!」
――通路
魔王「魔法使いの近くに来ているな」
蝙蝠「ソウナノ?」
魔王「あいつの魔力が強くなってきている」
蝙蝠「フゥン。ネェネェ、マオウサマ!」
魔王「なんだ」
蝙蝠「マホウツカイッテヒト、ドウオモッテル?」
魔王「ふむ…そうだな。見所のあるやつだと思う」
蝙蝠「ソレダケ?」
魔王「それと、質問から離れるがあいつを考えると胸が苦しい」
蝙蝠「ビョウキ?」
魔王「だとしたら嫌だな」
蝙蝠はまだ子供で、魔王は色恋とは離れて暮らしていたために発言の重大さを分かっていない。
恐らく側近あたりが聞いたら身悶える話を魔物たちはしばらくしていた。
魔王「誰か来たか」
直進か左右かの分かれ道。
右から足音が聞こえた。間隔からして走っている。
女「…っはぁ、見つけ…あれ?」
女(回りこんだはず…まさか途中で曲がった?)
魔王「なんだお前は」
女「あんたこそ誰よ…みたことない顔だけど」
魔王「だろうな。少し人探しをしている」
女「……男装した混血のこと?」
魔王「それだな。知っているのか」
女「知っているもなにも、用があるんだよね」
魔王「ほう。どんな?」
女「その前にちょっと覗かせてね!」
話している相手が誰かもしれず、ただ恨みでここまで動いていた女は
いつものように敵の弱点を汲み取ろうとした。
山積みの書類。
会議。
廊下がひび割れているとの報告。
西で魔物と人間が
“人魚”
女(――?)
承認
真珠
シェフがまた激マズメニューを
門番が暴れて
女(…こんな浅い悩みじゃなくて……もっと深くに――)
深く
深く
深く
『お前に王位を譲る。今からお前が王だ』
女(あ、トラウマの記憶かな?さっさと掘り出して……)
女(王ってどこの――あれ、そういえば)
『何故ですか父上。ぼくはまだ未熟です』
『……』
女(角がある――飾りとかじゃないのかな)
『見てみろ、周りを』
ひび割れた地面。
血。
死体。死体。死体。死体。
静か。
『敵も味方も引っくるめて始末したお前に――もう俺は勝てない』
『ぼくは、父上を殺しませんが』
『お前はそうだろう。だがな――俺は、』
『―――怖いんだ、お前のことが』
それから記憶が溢れ出るように女の脳内になだれ込む。
制御できない。
人為的に作られた魔翌力は暴走を始めていた。
いや。
数倍以上長生きをしている者を相手にしてしまった反動か。
小さなコップにバケツの水が全て入りきらないのと同じように
女の脳の本来の容量を越えた膨大な記憶。
二十わずかしか生きていない人間に対策ができるわけもなく。
ぶつん。
その音を最後に女の脳は機能を停止した。
魔王「……少し固まったと思ったらいきなり倒れたんだが」
蝙蝠「ナンデ?」
魔王「知らん。おい」ユサユサ
蝙蝠「オキナイネ。オネボウサン」
魔王「……」
蝙蝠「?」
魔王「死んでる」
蝙蝠「マオウサマ、ヤッツケタノ?」
魔王「まさか。一体なんだったんだ、微弱ながら魔力を使ったみたいだが」
蝙蝠「マオウサマノ、ココロ、ミヨウトシタトカ」
魔王「そんなアホらしい理由なら笑うがな。生きている年月が違うんだから」
蝙蝠「パンク、パンク!」
魔王「謎だな。ほら、置いてくぞ」
――別の通路
追っ手たち「待ちやがれーー!!」
魔法使い「ああぁぁぁもうっ!」ダダダ
少女「わ、わ、わ、」ダッコ
魔法使い「なんで次から次へと人が出てくるんだ!アホか!」
少女「天使さん、飛ばないの?」
魔法使い「……しばらく飛んでないからな…いけるか分からない」
少女(飛んだら楽そうだけどなぁ)
魔法使いの首に抱きつきながら目と鼻の先にある翼を眺めた。
走らないものは余裕である。
魔法使い「行き止まりか!?いや、ドアがあるな!」
蹴破るようにしてドアを開き中へ侵入する。
魔法使い「え、水槽…?」
少女「大きい水槽…」
魔法使い(そういえば“人魚”とか言っていたような)
商人「全く――手間をかけさせないで下さい」ザッ
魔法使い「悪かったな」
商人「どうやら、だいぶ部下を始末されたみたいですし」
魔法使い「……」
商人「まぁ、『魔女』として国に渡せば報酬が貰えるでしょうが」
魔法使い「部下より金か」
商人「当たり前です」
魔法使い「へぇ。ま、そちらさんの事情に首は突っ込まないが」
商人「賢明ですね。貴女は頭が良さそうだ」
魔法使い「そりゃどうも」
魔法使い「しかし、これで――どちらも、相手を始末しなければいけない状況になったんだな」
商人「そうですね。だから」
ザザザ
魔法使い「…そういえば、なぜ兵がいる?」
商人「お借りしたんですよ。あなたみたいな輩がいるから」
魔法使い「…誰に?」
商人「大臣さまに」
魔法使い「やっぱあいつか……!」
商人「もういいでしょう。死んでください」
商人「身体の方はこちらで預かりますから――」
魔法使い「そんな気遣いいらな――えっ」
目にはいったのは先端にに火がつけられた矢。
防いだ場合の被害を考えて一瞬思考が止まる。
それを待ってくれるほど優しくはなかった。
タン タタン
魔法使い「~~!」
痛みと熱さで意識が飛びかけた。
商人「自慢の翼が焼けてしまいましたね」
少女が無事なのは良かったが、このままでは焼死確定だ。
魔法使い「魔女にふさわしい死に方だな…だが」
手に魔力を集め、そばにあった水槽のガラスを叩き割った。
水が勢いよく流れ出し、またたくまに火を消した。
ついでに流されたが死ななかっただけ良かったと思いたい。
魔法使い「…い、生きてる?」
少女「うん…」
なおも矢を向けてくるのでそちらの方向に軽く爆発を起こした。
魔法使い「頼む、抜いてくれないか。表に刺さってるから自分じゃ届かなくて」
少女「い、痛いよ?絶対痛いよ?」
魔法使い「大丈夫」
少女「いくよ……えいっ」
魔法使い「づっ!いっ……たく、ないし」
少女「それやせ我慢だよ…」
わりと容赦なく抜かれる間に、爆発に飲み込まれなかった数人がこちらへ来た。
今度はナイフまで構えている。しくじりはしないということか。
魔法使い「この世にお別れは済んだか?」
商人「あなたこそ。――今の気持ちは?」
魔法使い「は?」
視界の隅。
何かが腕を振り上げた。
魔法使い「っ!?」
少女が、手をあげたまま虚ろな目で魔法使いを捉える。
握りしめるは、取り出したばかりの矢。
魔法使い「くそっ、操ったのか!」
商人「利用しない手はありませんから。やってしまえ」
少女「はい」
凶器はまっすぐに魔法使いの胸へ吸い込まれ――
先ほどよりも大きい爆発が起きた。
少女「あいたっ!」コテン
魔法使い「またなにが!?」
少女「あれ――天使さん、あたし、今何を」
魔法使い「一人で怪しげな踊りしていたかもしれない!」
少女「ええっ!?」
適当に返事をして砂ぼこり舞う部屋の中へ目を凝らした。
魔法使い(瓦礫まで吹っ飛んでるし…)
魔法使い(向こう、穴が開いてる?誰かが突き破ってきたのか)
ガラッ
魔法使い(誰か来る……ん?)ギュッ
少女「て、天使さん…そんな強く」カァァ
魔法使い(この魔力、まさか)
側近「――む?部屋間違えたか?」シュンッ
魔法使い「あ、側近さん」
少女「おっきい鳥さんだ!」
側近「小娘!探したのだぞ…ってなんでまたお前はボロボロに」
魔法使い「深い事情は後です。そちらこそ一体何を」
側近「“人魚”を送り届けていた。話に時間がかかってな」
側近「魔王さまは…そばにいるか」
魔法使い「ええ、そうですね」
スタスタ
魔王「お、いた。会いたかったぞ、魔法使い」
魔法使い「こちらこそ、魔王」
側近(すごく仲良しそうな会話!だか、なんかもどかしい会話!)
蝙蝠「?」
少女「?」
魔王「さてと、こんな騒ぎの首謀者は始末しないとな」
魔法使い「…子供がいるからもっと柔らかい言い方で頼む」
少女「?」ミミガード
蝙蝠「シマツ、シマツ!」
側近「やめろ」
魔王「それで一体どこに隠れたんだろうな?恐れをなして逃亡か」
魔法使い「んーと……爆発が起きて、瓦礫が飛んで…」
魔法使い「かなり大きい瓦礫も目の前を通過し……て?」
側近「どうした?」
魔法使い「…魔王が乗ってる瓦礫の下、見てくれませんか」
側近「下か?」ヒョイ
蝙蝠「ナンカ、アル?」
魔王「退くか」スッ
側近「ありがとうございます」グイッ
持ち上げて、黙った。
蝙蝠「エグイネ!」
側近「ここの、てっぺん頭の特徴はあるか?」
魔法使い「ハゲでチビです」
側近「……」
元に戻して、魔王たちをぐるりと見回した。
側近「帰りましょうか」
魔王「そうか」
魔法使い「はい」
蝙蝠「ウン」
少女「?」
――城
部下「大臣さま、報告を」
大臣「なんだ」
部下「数日前に、南の海に近い街で商人が」
大臣「ああ、薬を渡したやつか。どうかしたのか」
部下「死んだそうです。どうやら、襲撃されて」
大臣「なに?」
部下「薬や矢の資料はあらかじめまとめてありましたが――」バサッ
大臣「本人には用はなかったしな。これだけ手に入っただけでも良い」
大臣「だが、なんだ?誰に襲撃された?」
部下「それはまだ不明ですが……」
大臣「言いにくそうだな」
部下「生き残った兵によると、『羽が生えていた』と」
大臣「!」
部下「あとは女性だとか男性だとか色々と意見が別れてまして」
大臣「ふむ……」ギリッ
大臣「女も死んだのか」
部下「はい」
大臣「死因は?」
部下「それが…脳が焼ききれていたとか」
大臣「は?」
部下「商人のほうは瓦礫に押し潰されて圧死とのことです」
大臣「……不思議な死に方をするんだな」
部下「そうですね」
大臣「はぁ…そろそろ頃合いだな。動くか」
部下「いよいよですか」
大臣「薬を飲む人間によって使う魔法が違う法則も今回で分かった」
大臣「兵も魔物も集まった」
大臣「いつでも出せるようにしておけ」
部下「はい、仰せのままに」
大臣「それに、あいつもここに呼べ」
部下「大丈夫でしょうか」
大臣「経過は良好だ。やはり人間、恨む人間がいると使いやすいな」
部下「はあ。では、失礼します」
ガチャン
――同時刻、宿
ガチャ
魔法使い「あ」
青年「動けるようになったか」
魔法使い「ああ。さっきどこにいってたんだ?」
青年「“人魚”のところに行ってた」
魔法使い「結局私は最後まで関われなかったな…」
青年「別に無理矢理関わる必要もなかろうに」
魔法使い「それはそうなんだが……」
青年「ああ、あの少女も見かけたが、元気そうだった」
魔法使い「それは良かった」
青年「黙っておくように言ったんだな」
魔法使い「そりゃな…大変だったんだから。『また会いたいから誰にも言わないでね☆』って」
青年「ぶっ」
魔法使い「わ、笑わなくてもいいだろ!」
青年「すまんすまん、でもツボにはいって」ククク
魔法使い「……にしても今回は厄介だったな」
青年「…そうだな。魔法を無力する矢、魔法を作り出す薬」
魔法使い「狙いが分からない。魔法で何をしたいのか」
青年「誰がしているのか検討はついてるのか?」
魔法使い「大臣だ。何故か私を嫌っている」
青年「難儀だな」
魔法使い「私も嫌いだし」
青年「その大臣がなにを企んでるのか不透明だな。どいつもこいつも」
魔法使い「?そっちでもなんかありそうなのか?」
青年「魔王反対派が妙に静かでな。絶対になにかあると睨んでいる」
魔法使い「…大変だな」
青年「王はそういうのが付きまとうからな。ところで魔法使い」ズイ
魔法使い「な、なんだ?」
青年「これだけはいわせろ」
魔法使い「?」
青年「おれの傍から勝手に離れて危険なことをするな」
魔法使い「…魔王だって、勝手に出掛けてるじゃないか…」
青年「魔王だからな」
魔法使い「……」
青年「ならおれも魔法使い、お前のところに戻る」
魔法使い「…別にそういうことじゃないんだが」
青年「違うか」
魔法使い「なんか違う」
青年「ふん。まあいい――とりあえずさっさと体力を回復させろ」
魔法使い「ん、分かった」
青年「手紙も届けないとな」
魔法使い「すっかり忘れてた」
蝙蝠「ネェネェ」
鷹「なんだ」
蝙蝠「マオウサマト、コンケツハ、リョウオモイ?」
鷹「やはりそう思うか」
蝙蝠「ドウナノ?」
鷹「その通りだろうな」
蝙蝠「ナンデツキアワナイノ?」
鷹「両方、とんでもない朴念仁なんだよ……」
蝙蝠「……ドウシテ、タカサンガ、ナヤムノ」
鷹「ふたりとも自覚していないんだよ……こっちがもんもんしてる」
蝙蝠「クロウシテルネ」
鷹「どうも…」
蝙蝠「ホゴシャミタイ」
鷹「えっ」
――さらに数日後
魔法使い(ここか)
コンコン
魔法使い「ごめんください」
ガチャ
黒髪の男「うぇい」
魔法使い(なんだか…師匠を若くしてボサボサにしたような)
黒髪の男「なんの用だ?」
魔法使い「こんにちは。これを師匠から預かってきました」スッ
黒髪の男「…なるほど。立ち話もなんだ、入ってくれ」
魔法使い「お邪魔します」
黒髪の男「わりぃな。客なんかこないから茶もいれらんね」
魔法使い「お構いなく」
黒髪の男「それにしてもなんだ?わざわざ手紙なんてよ」ガサガサ
魔法使い「知り合い、なんですか?」
黒髪の男「父親だ」
魔法使い「えっ」
黒髪の男「ふむ。ふむ。あー、なんかやべーのか」
魔法使い(軽っ)
黒髪の男「どうだい師匠は。相変わらず女好きか」クシャクシャ
魔法使い「…はい」
黒髪の男「かわんねぇな。俺はすっかり大人しくなっちまった」ポイ
魔法使い(捨てちゃった)
魔法使い「でもまだ若いですよね」
黒髪の男「何歳に見える?」
魔法使い「四十半ばでしょうか」
黒髪の男「嬉しいこといってくれんじゃん。いっひっひ」
魔法使い(帰りたい)
黒髪の男「…本当はここにいちゃいけないんだけどな」
魔法使い「え?」
黒髪の男「俺にも果たすべきものがあったんだが…全て投げてきた」
魔法使い「……?」
黒髪の男「子育てもろくにできなくてよ。捨てたも当然だ」
魔法使い「ご家族がいたんですか」
黒髪の男「美人な妻と健気な息子がな」
魔法使い「そうなんですか…」
黒髪の男「おっと、話しすぎた。忘れてくれ」
黒髪の男「遅くなると同行者も不安になるだろう」
魔法使い「なんでそれを」
黒髪の男「ひ、み、つ☆」
魔法使い「はは…。そういえばあなたも、魔力持ってるんですね」
黒髪の男「ん?ああ」
魔法使い「昔は『魔法使い』を?」
黒髪の男「もっとスゲーもんだよ。たまげるぐらいスゲーもん」
魔法使い「へぇ」
黒髪の男「じゃあな。同行者によろしく」
魔法使い「あ、はい。それでは」バタン
黒髪の男「…嫁さん候補かなー、あの子」
魔法使い(不思議な人だったな。どこで同行者がいると思ったのか)スタスタ
魔法使い(ま、用事が済んだからいいか)
魔法使い(魔王はしばらく城に行くらしいし…何してようかな)
魔法使い「ん」ゴソ
魔法使い(そういえば真珠のペンダント返してもらってないや)
魔法使い(魔王つけてたな。いつ帰ってくるんだろ)
魔法使い(…なんで仕事帰りを待つ妻みたくなってんだ?私)
魔法使い(なんか最近あいつといると変な気分なんだよな)
魔法使い「……」
魔法使い「……」
魔法使い(……そういえば最近、こちらの国も不穏だとか)
魔法使い(何か――嫌な予感を覚えるな)
魔法使い「!」
ヒュンッ
魔法使い「誰だ!」ズサッ
魔法使い(気配もないまま、後ろから攻撃――ただ者じゃない)
魔法使い(数秒遅れていればただでは済まなかった…拳、か?)
ザッ……
??「皮肉なもんだな。お前によって狂い、お前によって正気に戻った」
がっちりした体型。
顔に巻いた布。
いやに聞き覚えのある声。
魔法使い「なっ…」
??「探したぜ……どっちつかずの混血児」
バサリと布を剥ぎ取った。
そこから表れた顔は
魔法使い「――戦士!?」
――国
兵士A「国王一家を拘束いたしました」
大臣「分かった。まだ外には知らせるな」
兵士A「は!」
魔兵士A「こちら、準備整いました!」
大臣「では作戦を開始しろ」
大臣「魔王は国王ほど丁重に扱わなくていいぞ。生きていればよい」
魔兵士A「了解!」
大臣「始まるぞ!身を引き締めろ!王は引きずり落とせ!」
大臣(そして暁には――――)
僧侶(…………)
魔王「おれと旅をしろ」魔法使い「断る」
―――了
閑話
蝙蝠「オジイチャンノ、ムカシバナシ!」側近「食われたいのか」
――魔王城、資料室
側近「……」パラッ
側近「……」パラッ
蝙蝠「ホンガ、タクサン!」
側近「そうだな」パラッ
蝙蝠「クチバシデ、メクルンダネ!」
側近「そうだな」パラッ
蝙蝠「ヒローイヒローイ」パタパタ
側近「あんまり暴れるなよ。司書が怒る」
側近「……」
側近「ちょっと待て」
蝙蝠「ナァニ?」
側近「なんでお前がいる!?」
蝙蝠「ツイテキタ!」
側近「元々住んでいたところはどうした!」
蝙蝠「ハンカイシタカラネェ。スメナイヨ」
側近「……仲間は?」
蝙蝠「イマ、イチニンマエノ、シュギョウチュウダカラ!」
側近「そうか。しばらくひとりで生活する掟があるんだな」
蝙蝠「ウン!」
側近「だからといってここに来るか!?」
蝙蝠「シャカイケンガク!」
側近「遠足か!」
司書「……お静かに……」ゴゴゴゴ
側近「すみませんでした」
蝙蝠「ゴメンネ」
側近「はぁ……まあお前さんはスペースもとらないし、居てもいいとは思うが」
蝙蝠「ヤッタ!」
側近「ちゃんと挨拶はしていけよ。友好を築きたいなら」
インキュバス「お、蝙蝠じゃん。ちっす」スタスタ
オーク「ちび助、迷子になるなよ」スタスタ
蝙蝠「ワカッタ!」
側近「……」
蝙蝠「モウアイサツハ、オワッテルヨ」
側近「………早いな」
蝙蝠「ミンナ、ヤサシイ!」
側近「…それは良かったな」
蝙蝠「トコロデサ」
側近「ん?」
蝙蝠「30ネングライマエニ、センソウアッタンデショ?」
側近「……あったな。魔物と人間が入り乱れた、最悪な戦争」
蝙蝠「ボクノイチゾク、ダレモハナシテクレナイ」
側近「……」
蝙蝠「ネェ、ナニガアッタノ?ソンナニヒドカッタノ」
側近「本当に好奇心旺盛だな…」
蝙蝠「エヘヘ」
側近「でも、そうだな。いつまでも、傷としてしまっていてはいけないな」
側近「若い世代に伝えて――二度と過ちを犯させないようにしなくては」
蝙蝠「ハナシテクレルノ?」
側近「大雑把にだけどな。まあどこか落ち着くところにぶら下がれ」
蝙蝠「オジイチャンノ、ムカシバナシ!」
側近「食われたいのか」
実を言うと戦争が起きた直接的な理由は分からない。
だが当時、きっかけはなんでも良かったのだろう。
今以上に人間と魔物の溝が深かったのは確かだったから。
人間は『勇者』がなかなか現れないことに焦りを感じていたし、
魔物は人間が次々作り出す武器に恐れを感じていた。
ならば、と両者は思ったわけだ。
人間のほうは『勇者』がいないなら自分達でなんとかしようと考え。
魔物のほうは人間が脅威になる前に潰してしまおうと考えた。
そうだ。
互いが互いを排除したかった。
自分たちが生物界の頂点に立ちたかった。
そのせいでどちらも大勢死んだ。
前代魔王さまも、人間の前代の王もなんとか争いを止めるよう努力したが……
え、ああ、違う。
国あげての戦争じゃない。勝手に始まったんだよ。
人間側は『救世主』とかって奴が率いて、魔物側は戦が好きな種族が率いた。
で、お上の言うことなんか聞かずにやりたい放題始めた。
魔物も人間も。
次第に手口は汚くなって、敵の街や村を破壊したり無抵抗の住人を惨殺したり。
…可哀想なことをした。後に知って無力さに泣いたよ。
自分は自分の一族を守るだけで手一杯だったから。
蝙蝠一族も大変だっただろうな。
静かな日々を望んでいたのに夜の偵察に遣わされたりして。
で、戦争は唐突に始まったのと同じように唐突に終わった。
まあ終わりの方じゃどちらも戦力足りなかったし、長くは続かなかったかもな。
史実だと、前代魔王さまが終わらせたことになっている。
そう、史実。
……あんまり言い触らすなよ。
まだこの事実を公表するのは早い。
戦に参加した魔物から反感を買われるから。もう少し傷が和らいだらのほうがいい。
魔物の兵と人間の兵。
その間に立ってありったけの魔力を暴発させたのは――
――現魔王さまだった。
遠くから見ていたが凄まじかった。
というか巻き添えを食らいかけた。
両者あわせて二百万。
――その大半が死亡した。即死に近い。
現魔王さまが暴走したのは色々理由があったんだが…。
かなりデリケートだから触れないでおく。
それで、戦争は終わらざるを得なかった。
前代魔王さまは現魔王さまに王位を渡し姿を消した。
今更感もあったが。ほとんど城にいなかったし。
様々なところに残した深い傷はまだあちこちに残っているし、
なにより――自分にとって一番大きかったのは鳥族の最強とも言われた鷲一族がほぼ全滅したこと。
かなり卑怯な手を使われたと聞く。
――知っていたのか。
唯一の生き残りが小娘だ。純血は絶えた。
小娘もわりとすごい暴走したらしいけどな。
前前代魔王さまがそんなことを言っていた。止めるのに苦労したらしい。
初対面じゃ気づかなかったけど。
それもまさか恩人の娘だったなんて。
以上だ。
酷い戦争だった。
今は前より敵意を持ってないみたいなのは救いだが。
もうあんなことは見たくない。
悩みのない平和な世界なんて来るわけないが、それでも。
明日を迎えられると保証できる未来にはしておきたい。
お話終わり。
蝙蝠「ウマクマトメタネ!」
側近「自分らしくないことを言った気がした」
蝙蝠「ソンナコトアッタンダネ。マオウサマ」
側近「本人には言うなよ。かなり気にしてるから」
蝙蝠「ソコマデ、ムシンケイジャナイモン!」
側近「信じられない……」
蝙蝠「タカサン、マオウサマ、シンパイ?」
側近「ああ。強さゆえに弱さをみせられないお方だから」
蝙蝠「コンケツナラ、ナントカシテクレル!」
側近「何故そこに話が飛ぶ!」
蝙蝠「ケッコン!ケッコン!」
司書「……未だ結婚できぬ我の嫌がらせですか……」ゴゴゴゴ
蝙蝠「ゴメンネ」
側近「ここで炎系魔法はやめよう」
閑話 了
魔王「おれと来てくれないか、魔法使い」魔法使い「…ああ」 に続きます。
まおなんとかってやつ