少女「おはようございまーす、お手紙でーす!」
少女「ええ、一通だけですが?」
少女「それならポストに入れとけ呼び出すな?」
少女「……はーい、すみませんでしたー」
少女(でもそしたら君の顔が見れないじゃん、分かってないなあ)
元スレ
配達少女「お届け物でーす」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1322861812/l50
少女「おはようございまーす、お届け物でーす」
少女「いやあ、そろそろ寒くなってきましたねー」
少女「というわけで、包みを開けてみてください!」
少女「どうです、よく編めてるでしょ?」
少女「え? 何って、マフラーですよう」
少女「確かにところどころほつれかけてますが」
少女「わたしが一生懸命編んだんですから、ちゃんと使ってくださいね」
少女「雑巾にする? こら!」
少女「ちわーす、お届け物でーす!」
少女「一抱えくらいの包みですが、なんですかこれ?」
少女「えー、いいじゃないですか見せてくださいよお」
少女「えー、なになに? ボッキンパラダイ……」
少女「……」
少女「あ、備考欄にドラマDVDと書いておいてくださいってありますね。業者さん、失敗しちゃったんだ」
少女「追い出されちゃった」
少女「ちわーす、お手紙でーす!」
少女「え? 自分とこには本来だれからも来るはずないって?」
少女「そんなことないですよ、わたしが毎日出してますから」
少女「余計なことしなくていい?」
少女「でもホントはうれしいんでしょ?」
少女「そんなこと言って、でも本当は~?」
少女「からの~?」
少女「と見せかけて~?」
少女「いったぁい! 女の子叩くなんて最低です!」
少女「ちわーす、お届け物でーす」
少女「よっこらしょっと」
少女「ふー」
少女「あ、ハンコかサインお願いします」
少女「――はいどうも」
少女「ついでにこっちにもお願いします」ムチュー
少女「あ! 人の唇にハンコ押しつけるなんてどういう神経してるんですか!」
少女「ちわーす、お手紙で―す」
少女「そんなこと言われてもお仕事ですから」
少女「ほとんどお前の手紙だろって?」
少女「はは、まあそうですけど」
少女「あ、でも、今日は別のも混じってますよ?」
少女「あ……」
少女「あ、いえ、その、あなたのお母さんからです」
少女「駄目ですよ! そんなこと言わずに読んであげてください」
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「受験勉強の調子はいかがですか?」
少女「あー、その顔は芳しくないって顔だ」
少女「そんなんで大丈夫ですか? また浪人ですよ?」
少女「二浪だと、名前とおんなじになっちゃいます」
少女「あいた! また叩きましたね!」
ブロロ……
少女「風を感じて~、旅に~出ようか♪ っと」
少女「うー、朝早くのバイクはしばれるのう」
「ナーゴ……」
少女「ん?」
少女「おはようございまーす、朝刊でーす」
少女「はいどうぞ」
少女「何ですか? 私の胸がそんなに気になりますか? エッチ」
少女「いたた、叩かないでくださいよう。分かってますって、この猫ちゃんですね。ここに来る途中の空き地で見つけたんです。捨て猫でしょうかね」
少女「そうなんですよ。わたしのとこじゃ飼えなくて……」
少女「……」ジー
少女「え、本当ですか!? あなたのところで飼ってくれるって!?」
少女「ありがとうございます! やっぱりわたしの上目づかいは効きますね!」
少女「いたた、叩かないでー」
<一年前>
少女「ここが今日からわたしが住む町、わたしの担当区!」
少女「張り切って配達にいってみましょー!」
・
・
・
少女「迷った……」
少女「こまりましたね……」
少女「わ! ごめんなさい! 前見てなくて……」
少女「ああ、わたしの担当物ですからわたしが拾います、ごめんなさいごめんなさい」
少女「え、ああ、わたし今日からこの町で配達業をすることになった者です。よろしくお願いしますね!」
少女(あ。握手の手、無視された)
少女(それにしても背の高い人だなあ。髪も長めでちょっと怖いけど……でも見ようによればかっこいい、かな?)
少女「あ、えーと、○○って場所を探してるんですけどご存じありませんかね?」
少女「え、知ってる? ついてこいって……いや、ありがたいですけど場所さえ教えてもらえれば、ってちょっと待ってくださいよう!」
少女「ありがとうございました。これで最初の配達完了です!」
少女「まだ、沢山残ってる? あはは、そうですね……」
少女「困ったな、時間をロスしすぎて時間までに配達できるかどうか……」
少女「え、そんな、悪いですよ。わたしの仕事ですから」
少女「どうせ暇だから? で、でも……あ……行っちゃった」
少女「配達物半分持ってかれちゃいました。どうしよう……」
・
・
・
少女「あ、あなたはこの前の! あの時はありがとうございました!」
少女「おかげさまでなんとかこの町にもなじんできました。もう道に迷ったりはしませんよ!」
少女「いやーほんとあの時は助かりました。届け間違いの苦情もありませんでしたし」
少女「……どうしました? なんか顔色悪いですよ?」
少女「え? 受験失敗した? あまり話しかけないでくれ? ご、ごめんなさい」
<現在>
少女「こんばんはー、お手紙でーす」
少女「ええ、まあ、わたしからの手紙ですけれども」
少女「本命は猫ちゃんです、中に入れてくださいよ」
少女「わーい、おじゃましまーす!」
・
・
・
少女「ほーら、おもちゃ飼ってきたぞーポチ」
少女「む、わたしのネーミングセンスにケチつけますか!」
少女「どうせあなただってろくな名前を考えてないでしょう」
少女「ポ、ポッチャレータム? えーと、いやそんなドヤ顔されても……」
少女「ポッチャ、眠いか―い?」
少女「ああ、寝ちゃった」
少女「じゃあ、わたしはこれで失礼します」
少女「わたしの座ってたとこ、嗅がないでくださいよー」
少女「違います、おならじゃありません! もっといい匂いですよう!」
ブロロ……
少女「ぼーくーら同じまいにぃちをー♪」
少女「あれ?」
少女「おーい!」
少女「へえ……あ、いや、部屋から出てる君は久しぶりに見たので」
少女「どこに行くんですか? ……ってあれ、ポッチャ」
少女「え、動物病院!? ポッチャ病気ですか!?」
少女「え、違う? 元野良みたいなものだから一応? なーんだ、心配させないでくださいよ」
少女「ついでにお前も診てもらえ? それ、どういう意味ですかー!」
少女「ポッチャに会いに来ましたー」
少女「えー、いいじゃないですか入れてくださいよう、さむいですよう」
少女「――おっと、いつまでも叩かれるわたしじゃありませんよーだ」
・
・
・
少女「結局入れてくれるあたり、優しいというか優柔不断というか」
少女「おーポッチャ、こんばんはーうりうり」
少女「今日は夜暇なんですよー、もうちょっとここいていいですか?」
少女「ちょっと、変なこと考えないでくださいよ。え、気のせい? 声上ずってますよ」
少女「いまどきスーパーファミコンですか」
少女「いえ、別に」
少女「カセットは何を?」
少女「これはナイスチョイス!」
少女「では早速やりましょう。えー、いいじゃないですかー」
少女「がちっとな」
スーパー・プヨプーヨ!
少女「なんでそんなに強いんですかー」
少女「受験勉強の息抜きにやりこんだ? もっと外に出ましょうよ」
少女「頭の体操? 確かにそうかもしれませんが」
少女「大体ぷよぷよ、なんて響きが卑猥です」
少女「――おっと、へっへーはずれでーす」
少女「こんばんはー、おじゃましまーす!」
少女「ナチュラルに入ってくるなって? まあいいじゃないですか」
少女「あはは、やっぱり優柔不断だ」
少女「おっと、はずれー、っていたい! 二段攻撃ですか!」
少女「それにしても浪人生ですか」
少女「いえ、馬鹿にしてるとかそういうんじゃなくて」
少女「逆にすごいなーって」
少女「勉強一本の生活でしょう?」
少女「わたしにはとてもまねできません」
少女「あれ? どうして目をそらすんですかー?」
少女「そういえば、浪人生って普通は予備校とか行くんじゃないですか?」
少女「家に金を入れてるわけでもないのに無理な要求はできない?」
少女「はあ、なるほど」
少女「……」
少女「でもその割にはえっちいDVD買ったりするんですね」
少女「おっと、意外に大きなダメージ」
少女「ポッチャー。そうそうジャンプジャンプ」
少女「あはは、ポッチャ可愛いー!」
少女「え、お前の方が可愛い?」
少女「もう! 何言ってるんですかー」
少女「いた! 叩かないでくださいよう」
少女「いいじゃないですか、たまにはこんな寸劇してみても……」
少女「それではまた今度ー」
少女「――おっとそう言えば忘れもの」
少女「すみませーん、って何してるんですかそんなところにかがみこんで」
少女「……ははあ、わたしの残り香を嗅いでましたね」
少女「あはは、そんなムキになって否定しなくても」
少女「いったぁい! グーで叩いたー!」
少女「ちわーす、お手紙でーす」
少女「あ、いえ、今日はわたしのじゃなくて。そう、君のお母さんからです」
少女「そんな投げやりに扱わないでくださいよ」
少女「それと、それ、急ぎの手紙らしいですから、今すぐ見た方がいいですよ」
少女「もう! わたしが開けますよ!」ピリピリ
少女「えーと、――え?」
・
・
・
少女「あの手紙が来てから一週間が経ったよ」
少女「あの人は実家に帰ってる」
少女「あの人のお母さん、病気だったんだって。おっもいやつ」
少女「あの人の受験が近いから隠してたんだけど、ホントに危ないから帰って来いって」
少女「あんなにあわてた顔、初めて見たかも」
少女「そろそろ、戻ってくるかな? どう思う、ポッチャ?」
少女「おかえりなさい」
少女「……」
少女「え!?」
少女「な、なーんだ、お母さん持ち直したんですか! 暗い顔してるからてっきり……」
少女「よかったですね! 本当に良かったです!」
少女「え? どうしたんですか、そんなに思いつめた顔して」
少女「相談がある? はあ」
少女「いえ、かまいませんが」
・
・
・
少女「じゃあそっちお願いしまーす」
少女「え、多すぎる? そんなもんですって」
少女「さあさあとっとと出発出発」
少女「そうですよ、時間もあんまりないんですから」
少女「まあ、わたしみたいにベテランになれば余裕ですけどね!」
少女「……最初のころの話はなしですよー!」
少女「お疲れさまでーす」
少女「初めての配達はいかがでした?」
少女「どうってことない? じゃあその死んだ目は何ですか」
少女「大体浪人生という立場に甘えすぎて日々の鍛錬がですね」
少女「あ、聞いてますー!?」
少女「それにしても驚きました。まさか配達のお仕事をしたいとは」
少女「え、配達じゃなくてもよかった。そうですか」
少女「でも大きな転換ですよね。進学をやめて就職なんて」
少女「お母さんを安心させるためですね」
少女「気まぐれ? またまたー」
少女「……一緒に頑張りましょうね」
少女「そんな顔しないでください。このわたしがついてますから大丈夫ですよ二郎さん!」
少女「それじゃ今日はお疲れさまー」
浪人生編 おわり
少女「こんにちはー!」
少女「お爺さん、お元気ですか?」
少女「ああ、いえ、別に配達ってわけじゃないんですけど、ちょっと顔を見に」
少女「あはは、ええ、頑張ってますよ」
少女「あ、今日もお手紙ですか。預かります」
少女「ええ、ちゃんと届けますよ」
少女「きっと、届くはずです……」
少女「ふう。さてと」
少女「あ、お疲れさまでーす」
少女「ずいぶん仕事の手際がよくなりましたね。いいことです」
少女「あ、このお手紙ですか? ある人から預かったものですよ」
少女「……あるお爺さんからお婆さんへの、お手紙なんです」
少女「こんにちはー」
少女「日向ぼっこですか? 時間あるのでわたしも混ぜてください」
少女「んー……」
少女「ん? 何考えてました?」
少女「あはは、お婆さんのことですか」
少女「……大丈夫、今頃お爺さんの書いた手紙を読んでるはずですよ」
少女「こんにちはー」
少女「今日は猫、連れてきました」
少女「ポッチャレータムっていうんですよ」
少女「ええ? いい名前?」
少女「お爺さんもあの人と同じネーミングセンスですか!」
少女「猫と縁側でまどろむ老人。絵になりますねえ」
少女「あ、カメラ持ってきたんです。撮ってもいいですか?」
少女「いや、一枚だけですから」
少女「恥ずかしい? そんな女子供じゃあるまいし」
少女「あ、ポッチャも逃げないでよう!」
少女「二人とも、っていうか一人と一匹さん、表情がかたーい」
少女「もうちょっと笑って笑って」
少女「こら、ポッチャ。逃げるとまんま、やらないよ」
少女「よーし、二人ともいい感じ」
少女「はいチーズ!」
少女「……え? チーズは嫌い?」
少女「じゃあ、一足す一はー?」
少女「いや、馬鹿にはしてないですって」
少女「デジタルカメラですから即確認できます」
少女「うん、いい感じですね」
少女「え、このボタンですか? スライドショーですけど」
少女「あ、勝手に押さないでくださいよう!」
少女「いや、これは、仕事の同僚と撮った写真です。決してやましいものでは」
少女「ていうかお爺さん、何怒ってるんですか」
少女「どこぞの馬の骨とも知れないやつに……って、お爺さん、わたしのお父さんですか」
少女「何してるんですか?」
少女「これは将棋という奴ですね」
少女「わたしこういう頭を使うものが大の苦手で。いまだにあの人にぷよぷよで勝てませんし」
少女「でも将棋って二人でやるものじゃ?」
少女「詰め将棋?」
少女「ああぷよぷよでいう一人モードですか」
少女「ち、違います! ぷよぷよは卑猥なものじゃありません!」
少女「将棋……よくわかりせんねえ」
少女「あ、終わったんですか? 詰み? おめでとうございます!」
少女「……わたしも将棋強くなればあの人に勝てますかね?」
少女「あの」
少女「わたしにも将棋、教えてもらえませんか?」
少女「じゃあ、今日はこれで帰りますね」
少女「あ……お手紙ですか」
少女「ええ、ちゃんと預かりました」
少女「それではまた今度」
少女「ほら、ポッチャもばいばーいって」
少女「ばいばーい」
少女「おはようございまーす!」
少女「今日は将棋を教えてもらいに来ました!」
少女「前に約束したじゃないですか」
少女「そうそう、写真撮った時のことです」
少女「馬の骨? お爺さん、まだあの人のこと覚えてるんですか!」
少女「まずは駒の名前からですね」
少女「これはあゆむくんでしょうかあゆみちゃんでしょうか」
少女「え? 『ふ』?」
少女「なんで食べ物に……」
少女「あ、そうじゃない? これは失礼」
少女「で、これが総大将の王と玉。その隣をはさむ金銀に、桂馬、両翼を担う角と飛車」
少女「……」
少女「いえ、別に。金と玉が同時に目に入ったとかそんなんじゃありません」
少女「次に動かし方ですが」
少女「歩は前に一歩ずつ。地道ですね。わたしにはまねできません」
少女「飛車と角はすごいですね。びゅんびゅんいどうします。ちーとです」
少女「あ、王様はけっこう鈍重なんですね」
少女「え!? 何ですかこれ!?」
少女「お馬さんがトリッキーすぎますよ!?」
少女「これは……!」
少女「名前を覚える段で忘れていましたが、これ、香車」
少女「まっすぐ一直線。行ったら戻ってこない。実に潔い……」
少女「まるで私みたいですね!」
少女「おまけに香車と強者は読みが同じです!」
少女「猪突猛進?」
少女「まあそれもよし、です」
少女「今日はここまで、ですか」
少女「分かりました、ありがとうございました」
少女「次は実践編ですね、よろしくお願いします師匠!」
少女「あ、お手紙……」
少女「ええ、お預かりします」
少女「それではー」
少女「あれから数日経ち、実践編も進んできたわけですが」
少女「かたい! かたすぎます、お爺さんの穴熊囲い!」
少女「見た目通り堅実な防御と攻撃です!」
少女「初心者相手に容赦ない!」
少女「行け! 香車ぁ!」
少女「え、王手飛車取り? そんなあ……」
少女「ふー。激戦の後のお茶は美味しいですね」
少女「一方的な蹂躙だった? これは失礼」
少女「じゃあ、そろそろ帰りますね。次は絶対勝ちますから!」
少女「あ、今日もお手紙ですか」
少女「任せてください」
少女「……いつもと違う封筒ですね」
少女「――え、何か言いました?」
少女「気のせい? ならいいんですが」
少女「それでは失礼します」
夜になってふと思い出した。
あのときお爺さんは
『これが最後だから』
と言ったのだ。
……ひどく胸騒ぎがした。
少女「はっ、はっ……」
タッタッタッタ…… ガラガラ!
少女「お爺さん!」
少女(家の中が暗い……雨戸が閉まったままだ……)
少女「……」
少女「お爺さん!」
お爺さんの遺体は寝室で見つかった。
眠るように、実際ベッドに寝たまま亡くなったようだ。
わたしは立ち尽くした。
涙は出てこない。
ただただ呆然としたまま、立ち尽くしていた。
少女「……」
少女「……」
少女「……へ? あ、ああ……二郎さんですか」
少女「ええ、大丈夫ですよ。もうお爺さんのお葬式から十日になりますし」
少女「大丈夫です」
少女「大丈夫ですってば」
少女「ああ、叩かれても反抗する気力がわきません。やっぱり駄目です」
少女「……」
少女「いえ、違います。こう言うとあれですけど、お爺さんが亡くなったことはもう吹っ切れてるんです。勝ち逃げされたのは癪ですけど」
少女「ああ、こちらの話です」
少女「ああ、いえ、ともかくとして、お爺さんの死自体は乗り越えてるんです」
少女「ただ……」
少女「わたし、お爺さんに嘘をついたまま死なせてしまったんです」
少女「ちょっと待ってください、なんでナチュラルに警察に通報しようとするんですか。まずは話を聞いてください」
少女「えーとですね、わたしお爺さんにある小さな嘘をつきとおしてたんです」
少女「それがこれ」
少女「そう、お手紙です」
少女「これは、前も言った通り、お爺さんからあるお婆さんに宛てられたお手紙なんですよ」
少女「正確には――よっこらしょ!」
ドサ ザザザ……
少女「ここに積み上がったお手紙全てです」
少女「これは全てお爺さんが書き、わたしが預かっていたものです」
少女「なんで件のお婆さんに渡さないかって?」
少女「答えは簡単。渡せないからです」
少女「そのお婆さんというのは、お爺さんの奥さんなんですよ」
少女「……だったんです、の方が正確でしょうか」
少女「市の総合病院に、身体を悪くして入院してらっしゃいました」
少女「お爺さんはそのころ足を悪くしていて、面会には行けませんでしたが、毎日お手紙を書きました」
少女「そして、お爺さんの足が治るかどうか、という時にお婆さんは病で……」
少女「それから、お爺さんはほんの少し、心を病んでしまいました」
少女「お爺さんは、お婆さんの死後も、お手紙を書き続けたんです」
少女「届くことのない、お手紙を」
少女「もちろん、お爺さんに、お婆さんは死んだという現実を突きつけることはできました」
少女「でもわたしはそうしなかった。それがお爺さんのためだと思っていたから」
少女「……いえ、そう思いたかっただけかもしれませんね」
少女「ともかく、わたしはお手紙を預かり続けました。お婆さんに必ず届けると約束して」
少女「わたしは……わたしはでも、やっぱりお爺さんにちゃんと言うべきだったでしょうか? お婆さんは死んだのだと」
少女「それとも嘘をつき続けたのは正解だった?」
少女「いえ、今となっては考えても仕方のないことですが」
少女「……」
少女「すみません、わたし、ちょっと自分と状況に酔ってるかもしれません」
少女「最低ですね……」
少女「……」
少女「え? どうしましたか、二郎さん」
少女「――ちょっと、勝手にお手紙をあけちゃあ……」
少女「え、読むべき? わたしたちがおばあさんに代わって?」
少女「どういう理屈ですか……」
少女「おじいさんの生きた証を……お爺さんからのおばあさんへの気持ちを、受け止める、ですか」
少女「……」
少女「よく、わかりません。ですが、了解です、読んでみましょう」
お爺さんの流れるような、でも力強い字で。
それらは静かにつづられていた。
お婆さんへのいたわり。
お婆さんを喜ばせるための軽快な言葉。
そして、お婆さんへの直ぐな想い。
お爺さんのお葬式では流れなかった涙が、何かを思い出したかのように視界をうずめた。
少女「……」
少女「……いえ、泣いてはいませんよ、泣いては」
少女「本当です」
少女「最後の手紙ですね。開けてみましょう」
コロン……
少女「なんでしょう、これは」
少女「将棋の駒?」
少女「……香車」
そして、封筒の中に入っていたのは一枚の紙だった。
ほんの一行。
『ありがとう。恨んでいません』
少女「………………」
少女「二郎さん」
少女「泣きます。ちょっと席はずしてもらえますか」
少女「……あ、いや」
少女「やっぱりちょっと胸借してください。すみません」
少女「……」
少女「……」グス
その夜は、久しぶりに泣いた。
少女「う、げほ……」
少女「なかなか、強い火ですね。警察に見つかったらまずそうです」
少女「まあ、こんな山のてっぺんにはだれも来ませんが」
少女「……こういうの、お焚き上げっていうんでしたっけ。違ったかな」
少女「何にしろ、天国に届くといいですね。あ、この場合は極楽なのかな?」
少女「ともかく、そちらで二人で読んでください」
少女「じゃあ、二郎さん、いきますよ。――よっこいしょっと」
ザザザ ボッ……
少女「……」
少女「さようなら」
おじいさん編 おわり
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「あ、おはよう。早いねユウ君。受験勉強?」
少女「ふーんすごいなあ、こんな朝早くから」
少女「わたし? わたしはお仕事だからね」
少女「え、なに? 志望高校に受かったら?」
少女「ははーん、さては私に何かせがむつもりでしょ?」
少女「いいよ、もし受かったらなんでもかなえてあげる!」
少女「大丈夫、嘘はつかないよ!」
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「ああユイちゃんおはよう! 勉強頑張ってる?」
少女「徹夜? あはは、疲れたって顔してる」
少女「ふーん、レベル高いとこ狙ってるんだねえ」
少女「ん? そこってもしかしてお隣のユウ君と同じとこ?」
少女「別にあいつは関係ない?」
少女「顔真っ赤だよ?」
少女「こんばんはー、夕刊でーす」
少女「あ、お母さん、こんばんは」
少女「ユウ君頑張ってますか」
少女「ああ、呼ばなくてもいいですよ! 今勉強中でしょう?」
少女「あの子も喜ぶ? はあ」
少女「あ、こんばんはユウ君!」
少女「……もしかして寝てた? ほっぺによだれ跡が」
少女「違う? 心の汗? それ違くない?」
少女「こんばんはー、夕刊でーす!」
少女「あ、ユイちゃん、こんばんは!」
少女「ん、どうかした?」
少女「あ、もしかして文通のお手紙? ユウ君との?」
少女「お隣なのにマメだよねえ」
少女「手紙じゃないと素直に話せない?」
少女「ああ、ああ、顔真っ赤」
少女「すみませーん、再び失礼しまーす、お手紙でーす」
少女「ユウ君、また会ったね」
少女「あなたにお手紙だよ」
少女「はい、隣のユイちゃんから!」
少女「なんだよー、女の子からのお手紙だよ? もっと嬉しそうにしなよー」
少女「あはは、わたしからの手紙だったら嬉しい? ユウ君お上手!」
少女「あ、あれ? ごめん、なんか変なこと言った?」
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「ユウ君、おはよー!」
少女「今日も早いね。え? 徹夜?」
少女「そっか、隣のユイちゃんと同じだ」
少女「ん、ユイちゃんも頑張ってるらしいよ」
少女「○○高校だって、ユウ君と同じだね」
少女「そんな嫌そうな顔しないの。幼馴染でしょー」
少女「うっとうしいだけ? そのわりに文通のお手紙はちゃんと書いてるみたいだけど?」
少女「あはは、分かった分かった。お手紙預かったからね」
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「わ! ユ、ユイちゃんおはよう」
少女「あ、お手紙? 預かってきたよ。はい」
少女「そんなに焦らなくてもお手紙は逃げないって」
少女(ああ、お手紙読んでるユイちゃんは幸せそうだなあ)
少女「ふふ、この後はユウ君と一緒に登校?」
少女「あれ、違うの?」
少女「そんなの恥ずかしい? なるほど、そっか―」
少女「いやいや、笑ってないよ。ふふ」
少女「こんばんはー、夕刊でーす」
少女「ユウ君、こんばんは」
少女「ん? 心なしか嬉しそうだね。何かあった?」
少女「え、これは? 模試の結果? 見ていいの?」
少女「どれどれ」
少女「おお! ○○高校の判定が五段階評価で四だ!」
少女「これなら大丈夫そうだね!」
少女「約束? 大丈夫、忘れてないよ!」
少女「こんばんはー、夕刊でーす」
少女「ユイちゃん、こんばんは」
少女「あれ? そこはかとなく暗ーいけど……何かあった?」
少女「模試の結果? 見るよ?」
少女「あ」
少女「○○高校の判定、五段階中、二か……」
少女「うーん、これは……ちょっと厳しそうだね」
少女「ああ! そんな、泣かないで!」
少女「うーん、困ったね……」
少女「何か打開策は、と」
少女「ありきたりだけど、塾に行くとか家庭教師とか?」
少女「そんなお金はない、か……」
少女(ユイちゃんちはそんなに裕福じゃないんだよね……むしろ……)
少女「お金のかからない家庭教師がいればなあ。でもそんなの」
少女「あ」
少女「そういえば一人だけ、心当たりがあるよ!」
少女「うん、わたしに任せて!」
少女「というわけなんですが」
少女「俺になんの関係が、って二郎さんも分かってるくせにー」
少女「そう、ずばり二郎さんに家庭教師をやってもらいたいんです!」
少女「浪人生時代に培った知識を、今こそ世の中のために生かすべきです!」
少女「二郎さんになんのメリットがあるか?」
少女「特にありません!」
少女「あいた! また叩きましたね!」
少女「なだめすかして、ようやく二郎さんを説得しました」
少女「まさか恥を忍んでこの身体を交渉に持ち出しても応じてもらえないとは……」
少女「まあ、これから毎日の夕食をおごることで手を打ってもらったんですけどね」
少女「食事>わたしの身体」
少女「へこみます」
少女「まあ、とにかく今日の配達へ出発です! おー!」
ガチャ! ……シーン
少女「あれ?」
ガチャガチャ シーン
少女「あれれ?」
少女「まさかバイクが故障するとは」
少女「まあ、長い間使ってましたから想定外というわけではありませんが」
少女「むしろ想定外といえば今の状況です」
少女「いい方向への裏切りですが」
少女「ねー、二郎さん」
少女「ちょっと! いきなり粗い運転にならないでくださいよ! わたしを後ろに乗せてるんだからもっと安全にお願いします!」
少女「乗せてるからこそ? このー!」
少女「いた! その体勢から叩き返してくるとは!」
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「ユウ君のお母さん、どうもおはようございます」
少女「え? 隣の男の人は誰かって?」
少女「わたしの彼氏です」
少女「わっとと! 冗談ですよう」
少女「あ、ユウ君おはよう」
少女「え? なんで不機嫌?」
少女「そうなんですよ、バイクが故障しちゃって」
少女「そのせいで二人の初めての共同作業に」
少女「新婚さんみたい? えへへ」
少女「っと。そろそろ二郎さんのそれも見切ってきました」
少女「生意気? 愛ゆえでーす」
少女「ああ!? 何故かユウ君がさらに不機嫌に!」
少女「おはようございまーす、新聞でーす」
少女「ユイちゃんおはよう!」
少女「今日は例の助っ人を連れてきたよ!」
少女「じゃーん! 二郎さんでーす!」
少女「こう見えても医学部を目指してたから頭はいいんだよー」
少女「こう見えても、は余計? これは失礼」
少女「ともかく、ユイちゃんはこれで安泰。大船に乗って揺られまくった心地でいてよ!」
少女「船酔い? そんなの関係ねえ!」
少女「今日の夜から特訓開始だよ!」
少女「ふつつか者ですがよろしくお願いします? そ、それじゃあ結婚みたいだよユイちゃん」
少女「こんばんはー」
少女「はい、家庭教師業に参りました」
少女「ユイちゃんは二階ですか? あ、分かりましたおじゃまします」
少女「ユイちゃんこんばんはー」
少女「うわー片付いたきれいな部屋だね。わたしのとは大違い」
少女「こら二郎さん、こっそり嗅がないでください!」
少女「さて、勉強の間わたしは手持無沙汰です」
少女「かといって二郎さんに夕食をおごるので先に帰るわけにもいきません」
少女「それに二郎さんを女子中学生と二人きりにするとなにをするかわかりませんし!」
少女「あう!」
少女「いたた。――え? でも確かにお前よりは魅力があるかもな? どういう意味ですかそれ!」
少女「あはは、やっぱり動物のお医者さんは面白いなあ」
少女「え、うるさい? ……ごめんなさーい」
少女「……」
少女「ぷ、くく」
少女「ちょっと! 辞書投げるなんてどういうつもりですか!」
少女「愛情表現?」
少女「重すぎます!」
少女「勉強の調子はいかがですかー?」
少女「ユイちゃんは筋がいい? このまま行ければ何とかなりそう?」
少女「やったねユイちゃん!」
少女「ところで今は何やってるんですか?」
少女「英語ですか」
少女「もともと勉強は苦手ですが、英語は特に苦手で」
少女「今使える英語は一つだけです」
少女「あいらびゅー」
少女「み、みーとぅー? 本当ですか二郎さん! 嘘? こんちくしょー!」
少女「そんなこんなで、入学試験も終り、合格発表の日が近付いているわけですが」
少女「ちょっと、二郎さん落ち着きましょうよ」
少女「俺は落ち着いてる? じゃあ、歩きまわってないで座りましょ?」
少女「自分の生徒の合否が気になるのも分かりますけどね。少しは冷静さを――」
少女「は、はい、わたしです! 電話口でそれじゃあ誰だか分からない? で、でも伝わるでしょ!?」
少女「そ、そんなことはどうでもいいんです! ユイちゃんは!?」
少女「え!?」
少女「そ、それ本当ですか!?」
少女「じじじ二郎さん!」
少女「残念ながら、ユイちゃんは……!」
少女「そんなに気を落とさないでください二郎さん!」
少女「トップではありませんでしたが合格です!」
少女「いったぁぁぁぁい! 本気で叩いた! なんで!?」
少女「こんばんはー! そしておめでとうございまーす! お届け物でーす!」
少女「ユイちゃん、おめでとう! これ、わたしたちからの合格祝い!」
少女「よく頑張ったね、えらいえらい」
少女「これでもう安心だね」
少女「ん?」
少女「泣いてるの? ユイちゃん」
少女「……そっか、頑張ったもんね。緊張の糸が切れたんだね。よしよし」
少女「ほら、二郎さんもよしよしって」
少女「ちょっと、二郎さんも泣いてるんですか!?」
少女「そして、もう一人、こんばんはおめでとうございまーす!」
少女「ユウ君はなんとトップ合格!」
少女「それをここに祝して、合格祝いを贈呈しまーす! わーぱちぱち!」
少女「すごいよねーユウユイで一番二番独占だもの」
少女「学校の先生方も鼻が高いでしょうて」
少女「ん、約束のこと? もっちろん覚えてるよ!」
少女「さては新しいゲーム機が欲しいんだね? 違う?」
少女「じゃあ、パソコンが欲しい? 違うか」
少女「もしかしてお姉さんのキスが欲しいとか! 違うよね、あはは」
少女「……え?」
少女「……」
少女「えええ!? わたしが好き!? 付き合ってほしい!?」
少女「……えーと」
少女(何この沈黙……)
少女「あ、あはは、どうしましょうね二郎さん」
少女「俺に振るな? だって……」
少女「……」
少女「えーとね、ユウ君」
少女「まずは、わたしを好きって言ってくれてありがとう」
少女「前からずっと思っててくれたんだよね。受験勉強の支えにするくらいだもん」
少女「本当にありがとう」
少女「でも……ごめん」
少女「ユウ君の気持ちはとてもうれしい。でも付き合えない」
少女「っ……それは。その……」
少女「わたし、好きな人がいるんだ」
少女「ちょっと乱暴で、雑で、偉そうな人なんだけど」
少女「でも、自然に人を助けたり、身近な人のためにがんばれるいい人なんだ」
少女「それなら僕も同じ?」
少女「……」
少女「わたしは……その人じゃなきゃだめなんだ」
少女「あ! ユウ君どこ行くの!」
少女「待って!」
少女「あ……ユイちゃん」
少女「もしかして、今の見てた?」
少女「……」
少女「あ、ユイちゃん! 待ってぇ!」
少女「どどどどうしよう、ユウ君が出ていっちゃった!」
少女「おまけにユイちゃんがわたしのこと、嫌いって……」
少女「ああ、ごめんなさい二郎さん」
少女「そ、そうですね、まずはユウ君を探さないと!」
少女「ん? 何か落ちてる?」
少女「これは……」
少女「ユウ君、どこ!?」
少女「ユウ君!」
少女「ユウく―ん!」
・
・
・
少女「はあ、はあ……」
少女「あ、携帯……」
少女「二郎さんですか? え!? ユウ君が見つかった!? すぐ行きます!」
少女「――こんなところにいたんだユウ君……」
少女「……」
少女「みんなも心配してるし、帰ろ?」
少女「……」
少女「困ったなあ……」
少女「じゃあさ、これ読んでみてよ」
少女「そんなこと言わずにさ、ね? ユイちゃんからの手紙だから」
少女「内容はわたしも知らない」
少女「でも、さっきユイちゃんが自分で渡しに来てたんだ」
少女「あの恥ずかしがりやのユイちゃんがだよ?」
少女「大事なお話だと思うな」
・
・
・
少女「あれから五日がたったよ」
少女「あの後ユウ君は、ちゃんと家に帰ってくれたんだ」
少女「手紙にはなにが書いてあったって? それは分からないよポッチャ」
少女「でもね、大体予想はつくな」
少女「でも秘密。えへへー」
少女「あ、二郎さんの準備ができたみたい。行ってくるねポッチャ」
少女「おはようございます、新聞です」
少女「あ……ひ、久しぶりだねユウ君」
少女「あれから元気にしてた……?」
少女「あの、その、ごめん」
少女「え? もういい?」
少女「……何かあった?」
ユウ君は『男がユイの勉強を見てると聞いた時、嫌な思いがした』と言った。
そして、仏頂面で、『だからもういい』とも
それを聞いて、わたしは少しだけ安心したのだ。
そして、数カ月後――
少女「あ、二郎さん、ちょっととめて」
少女「あそこを歩いてるの、ユウ君とユイちゃんじゃないですかね?」
少女「あ、やっぱりそうだ」
少女「一緒に登校してるんですね」
少女「ふふ、お似合いのカップルです」
少女「……これからいろいろあると思うけど、お幸せに」
少女「もういいですよ、二郎さん。出してください」
少女「いいですねえ、ああいうの。こころがほっこりします」
少女「わたしたちもああいうカップルになれたらなー」
少女「小突かないでくださーい」
少女「え? なんでまだわたしと二人乗りしなけりゃならないんだって?」
少女「だって、今度は二郎さんのバイクが故障じゃないですか」
少女「歩いていく? そんなの疲れますよ」
少女「それにわたしとくっついていられるチャンスなんてそうそうないですよ?」
少女「チャンスはしっかり生かさないといけません」
少女「そんなチャンスはドブに捨てる? バチが当たりますよ!」
少女「まあ、今当たってるのは、わたしの胸ですけどね」
少女「ふふー、当ててんのよーっと」
少女「わ、ちょっとバランス崩さないでくださーい」
少女「よしゴーゴー!」
受験生編 おわり
俺がそのおっさんと出会ったのは五月の半ば。
日差しがぽかぽかと暖かいある日のことだった。
青年「お届け物ーっス」
青年「手紙っス」
青年「確かに届けたっスからね」
青年「それじゃ――え?」
青年「いらないから持って帰れ?」
青年「そんなこと言われても困るっスよ」
青年「いいから持って帰れって……自分、配達するのが仕事でそれ以外は管轄外っス」
青年「あ、ちょ……おいおい。そんなに勢いよく閉めるこたねーだろっての」
青年「えーと、差出人は――女か。姓が同じだから、家族か?」
青年「……ふーむ」
青年「……」
青年「……んあ?」
青年「ああセンパイ。これ、どう思う?」
青年「まあ見たところ普通の手紙だな。誰だってそう思う。俺だってそう思う」
青年「じゃあ、あのおっさんはいったい、この手紙の何が気に食わなかったってんだ?」
青年「いや、かくかくしかじかで」
青年「やっぱり、差出人がキーだよな」
青年「……」
青年「いや、開けたりはしねーよ。それぐらいはわきまえてる」
青年「大丈夫だって」
青年「しつこい!」
青年「うるさい。センパイのくせして叩かれたくらいでぴーぴーいうな」
青年「手紙ーっス」
青年「声に覇気がない? はあ、スミマセン」
青年「心がこもってない? はあ、ごもっともで」
青年「いや、申し訳ないっスけど説教を聞きに来たわけじゃないんスよ。仕事もあるんで勘弁してもらえるとうれしいっス」
青年「とにかく、手紙どうぞ」
青年「……またですか」
青年「持って帰れっていわれてもっスね……」
青年「大体、その手紙がどうしたっていうんスか」
青年「お前には関係ない? はあ」
青年「うーむ、あれは絶対なんかある」
青年「次回はちょっと探りを入れて見るか……」
青年「……何だよセンパイ」
青年「いや、寝ぐせだよ、アホ毛いうな」
青年「引っ張るな!」
青年「ちわーす、手紙でーす」
青年「ついに玄関先にも出てこなくなったか」
青年「そーれ」
青年「おー、来た来た。――チャイムを連打するな? 出てこないのが悪いんスよ」
青年「はい、手紙っス」
青年「やっぱり受け取ってもらえないスか」
青年「そんなに娘さんのことお嫌いスか?」
青年「――ビンゴっスか」
青年「いや。カマかけただけスよ」
青年「そんなに怒ることスかね?」
青年「いや、これアホ毛じゃなくて寝ぐせっス」
青年「一体、娘さんと何があったんスか」
青年「お前には関係ない?」
青年「配達物を受け取ってもらえないんだから、全くの無関係じゃないスよ」
青年「……でもっスねえ」
青年「なんでそこまで言われなきゃならないスか」
青年「っていうかさっきから罵倒がアホ毛のことばっかりじゃないっスか」
青年「ふうっ……」
青年「……」
青年「ああ、センパイ。お疲れ」
青年「……父親と娘の間でのいさかいってなんだと思う?」
青年「気が早い? なんの話だ」
青年「ふざけないで聞いてくれ」
青年「じゃないともう一回ぶったたく」
青年「これは俺の問題なんだ。このまま配達物を受け取ってもらえないのは俺のプライドに関わる」
青年「かっこいい、惚れ直した?」
青年「はいもういっかーい」
青年「あ、こら、避けんな!」
青年「父親と娘は難しい、か」
青年「そんなもんかもな」
青年「何、自分は早くに父親を亡くしたからよくわからないけど?」
青年「……わりい、嫌なこと思い出させた」
青年「これやるよ。飲みかけのコーヒー。間接キスだ」
青年「……冗談だ。鼻血拭けよ」
青年「となると、参ったな」
青年「これじゃあ解決策が見えない」
青年「なんとかあの頑固親父に手紙をわたさにゃならんのに」
青年「……」
青年「しかたねえなあ」
青年「お届け物ーっス」
青年「……出てこねえな」
青年「そーれ」
青年「……チャイム爆撃も効かねえか」
青年「だったらこれはどうだ」
青年「娘さんに愛想尽かされた○○さーん!」
青年「娘さんからのお手紙ですよー」
青年「娘さんに逃げられた○○さんてばー!」
青年「……出ていらっしゃいましたか」
青年「そんなに怒ると血管がバチ切れるっスよ」
青年「健康には気を使ってる? それは知らないっスよ……」
青年「なんで事情を知ってるか?」
青年「娘さんとのことならなんでも知ってるっスよ」
青年「あなたの娘さん、東京で暮らしたいって言っていたそうスね」
青年「でもあなたはそれに反対だった」
青年「それで娘さんとの大喧嘩があった後。娘さんは家出同然に出ていった」
青年「それから連絡を取っていない」
青年「全て手紙に書いてありました」
青年「プライバシーはどうなってる、って……」
青年「まあ、ごもっともなんスけど」
青年「でも自分はまだ新人で、それもできた奴じゃないんで」
青年「いやいや、それほどでも。褒めてない? これは失礼」
青年「言いたいことは分かります」
青年「でもね、あなたはそれより知らなければならないことがある」
青年「いいですか、よく聞いてください」
・
・
・
青年「お疲れ―」
青年「あー、そうだセンパイ。俺って有給とれたっけ?」
青年「そうか。センパイは取れる?」
青年「よし」
青年「ん? ああ、ちょっと一緒に旅行でも、と思ってな」
青年「それはちょっと気が早い? 何赤くなってんだ」
青年「でもわたし頑張る? 勝手に気張ってろ」
青年「――よーし着いた」
青年「さあ入るか」
青年「ここ? 見ての通り結婚式場だが」
青年「おい、センパイ。何卒倒してやがる」
青年「何? うれしいけど、いろいろすっ飛ばしすぎてる? 知るか」
青年「何、招待状がないと入れない?」
青年「そこ、なんとかならないスかね?」
青年「いや、俺たち、○○さんの知り合いなんスけど。いえ、お父さんの方の」
青年「え? いいんスか? ありがとうございます」
青年「よし、センパイ、入るぞ」
青年「まだウェディングドレス着てない? 何勘違いしてやがる」
青年「○○さん。ちわっス」
青年「俺の忠告を聞いておいてよかったでしょう」
青年「娘さん、結婚するんですってね。ジューンブライドだ」
青年「東京でイイ相手見つけてゴールイン、スか」
青年「そんな顔しないでくださいよ。優しそうな新郎さんじゃないスか」
青年「ああ、泣きそうだったんスね」
青年「ここは泣いてもいいと思うスよ」
青年「泣かない? あの子には涙を見せないと誓った? はあ。くだらないっスね」
青年「……嫌いじゃないスけど」
青年「次、新婦のスピーチっスよ、しっかり聞いてあげないと」
青年「……」
青年「聞きました? 本当はお父さんが大好き、ですって」
青年「あ、どこ行くんスか? ……ああ、いや、しっかり泣いてくるといいっスよ」
青年「……俺も娘もったらああなるんかねえ」
青年「センパイ? もうそろそろ帰ってくるべきだと思うぞ?」
・
・
・
青年「お疲れ―」
青年「ふう……。ん? ああ、○○さんか。東京に引っ越したよ」
青年「さすがに同居はしないらしいけどな」
青年「……」
青年「ああ、いや。ちょっとクサいこと考えてた」
青年「……心ってのはいつか通じ合うものなんだってな」
青年「あ? 俺とセンパイの心もいつか通じ合う?」
青年「……」
青年「……もうとっくに」
青年「バッ……何でもねえよ!」
青年編 おわり
少女「それ」ファイアー!
少女「よっと」アイスストーム!
少女「もういっちょ」ダイアキュート!
ドスーン!
少女「どうです、見ましたか!」
<バヨエ~ン!
少女「へ?」
<バヨエ~ン! バヨエ~ン! バy……
少女「ひ、ひええ!」
ばたんきゅ~
少女「相変わらずでたらめに強いですね……」
少女「お前が弱いだけ? そんなことないですよ!」
少女「もう何回やりましたっけ? 二十三回戦? どうりで目がしぱしぱするわけです」
少女「ちょっと散歩行きませんか?」
少女「面倒くさい? そんなこと言ってると今に身体にカビが生えちゃいますって!」
少女「~♪」
少女「風が気持ちいいねえポッチャ」
少女「――どうです、日射しを浴びて歩くってのも悪くないでしょ?」
少女「川のせせらぎも聞こえていい気分です」
少女「こんなにいい散歩コースがあるなんて、恵まれてますよね」
少女「――あ、ちょうちょ」
ヒラヒラ……
少女「二つ折りの恋文が、花の番地を探してる。ですね」
少女「え、知らないんですか?」
少女「二つ折りの恋文ってのはちょうちょの暗喩です。
ほら、まるで二つに折ったお手紙がどこかのお家を探してるみたいでしょ?」
ヒラヒラ……ピト
少女「あ、わたしの服に止まりましたよ」
少女「誰からのお手紙でしょうね」
フワ……ヒラヒラ
少女「ちょうちょさん、ばいばーい」
少女「……」
少女「もしあのちょうちょさんがラブレターだったら」
少女「二郎さんからがいいなーなんて」チラ
少女「いたっ」
少女「叩かないでくださいってば」
少女「全くかわいくないんですから」プイ
少女「さて、どこまで歩きましょうか?」
少女「もう帰る?」
少女「まだ歩き始めたばかりじゃないですか」
少女「もうちょっと付き合ってください。いいでしょ?」ススス ギュ
少女「駄目です。後五分だけ」
少女「じゃあ、行きましょうか。ふふ」
「ある日」 おわり
少女「うっ……わぁ。おっきいお屋敷」
少女「この町にこんなお家があったんですねえ」
少女「……」
少女「きっと中では貴族的な人々が、それはもう貴族的に貴族貴族してるんでしょうねえ……」
少女「……素敵」ウットリ
少女「――と。いけないいけない、ちゃんとお仕事やらなくちゃ」ピンポーン!
少女「お届け物でーす!」
少女(チャイムを押して出てきたのはお人形さんのような女の子でした)
少女(綺麗な子だなあ)
少女「あ、すみません見とれてました。いえ、こちらのことです」
少女「え、そちらも? はあ、そうですか?」
少女「よくわかりませんがこちらがお届け物です、どうぞ」
少女(配達物を手渡したその時、その瞬間でした)
少女(その娘とわたしの手が触れ合いました)
少女(彼女の手はひんやりと冷たかったです)
少女(時が止まったように感じました)
少女(わたしと彼女は少しの間見つめ合い――)
少女「……」ゾワワ
少女(わたしは悪寒を背筋に感じました……)
少女「ええと……」
少女「じゃ、じゃあ、わたしはこれで」
少女「え、わたしの勤務先ですか?」
少女「○○郵便局ですけれど……聞いてどうするんです?」
少女「別に? はあ……?」
少女「――ということがあったんですよ二郎さん」
少女「二郎さん?」
少女「聞いてました? ……ならいいんですけど」
少女「なんだったんでしょうねあれは」
少女「何だか嫌ぁな予感がします……」
少女「二郎さん?」
少女「……やっぱり聞いてなかったでしょ」
<翌朝>
少女「おはようございまー……す?」
少女「……あれ?」
少女「あなたは昨日のお屋敷の……やっぱりそうですよね? なんでここに?」
少女「……」
少女「はい? 今日からここに勤めることになった?」
少女「ちょっと局長、どういうことです? 局長。局長ってば!」
少女「なんで無視するんですかー!」
少女「なんだか分かりませんが、わたしが先輩として仕事を教えることになってしまいました……」
少女「局長には逆らえません。年功序列社会の癌です、縦型システムの膿です」
少女「……ああ、いえ。ただの独り言ですー」
少女「しっかり掴まっててくださいねー、バイクは危険ですからー」
少女「え、いや、そんなにひっつかなくとも……」
少女「耳に息吹きかけなくともー!」ゾワワ
少女「……ハァ」グッタリ
少女「なんだか今日は疲れました……」
少女「あ、二郎さん。聞いてくださいよ」
少女「いえ、今日から同僚になったあの娘のことなんですけどね」
少女「違います。仕事ののみこみはいいですよ。優秀です。ですが……」
少女「なんだかやたらとわたしに絡んで、いや絡みついてくるんです」
少女「はい、それはもうぐねぐねと」
少女「バイクの二人乗りでくっついてくるのはまあ分かります」
少女「しっかり掴まってないと落ちちゃいますしね」
少女「でもおりてからもずっとくっついてくるんですよ」
少女「あててんのよ」
少女「みたいな」
少女「……あててんのよ、といえば最近の子は発育がいいんですね」
少女「はい、おっきくてやわっこかったです……」ショボン
少女「……」ペタペタ
少女「……ハァ」
少女「お前はそれくらいがお似合い? それ慰めてませんよね?」
少女「……まあいいです」
少女「ともかくあの娘はちょっと変です。何考えてるのか分かりません」
少女「なんなんでしょうか」
少女「そういえば局長もなんか変です。裏金でも受け取ったんでしょうかねえ」
少女「はい、まあ、これからどうなるかにもよりますね。いよいよ変ならそのとき対処すればいいです」
少女「じゃあわたしはこれで失礼しますね。お疲れ様ですー」
<数日後>
少女「ひ~んそんなにくっつかないでー!」
少女「ちゃんと荷物持ってくださいよう……」
少女「わ、わたしは荷物じゃありません!」
少女「持ち上げないで! 胸に手ぇ当たってますー!」
少女「わ~ん放してくださいよう!」
少女「今日もお疲れさまでした……」
少女「ええ、ええ、本当疲れましたとも……毎日こんなノリじゃすり減ります……ハァ」
少女「……ところで」
少女「ねえねえ二郎さん」
少女「なんだ、じゃないですよ……ちょっともう、忘れちゃったんですか?」
少女「ほら、今日は一緒に食事に行く約束してたじゃないですか!」
少女「しまった、みたいな顔しないでくださいよ!」
少女「約束は約束ですからちゃんと守ってもらいますよ」
少女「だからほら、出発出発!」
<ファミレス>
少女「わたしはハンバーグでいきます」
少女「子供っぽい?」
少女「なんと言われても揺るぎません。ここは断固ハンバーグ定食です」
少女「大体そういう二郎さんは何にするんですか?」
少女「鮭のムニエル?」
少女「二郎さんには上品すぎますね」
少女「おっと。当たりませんて」
少女「……むやみやたらと叩く癖は直した方がいいですよ?」
少女「あ、ハンバーグ定食はわたしですー」
少女「で、ムニエルはそっち」
少女「ミートソーススパゲティは……スパゲティ?」
少女「……?」
少女「すみません、オーダー間違えてませんか?」
少女「あってる? 間違いなくここ?」
少女「おかしいですね」
少女「――ってわああああああ!?」
少女「あ、あなたいつの間にテーブルの下に!?」
少女「そこで何やってるんですか!?」
少女「白? 何のことですか?」
少女「と、とにかく早くそこから出てくださいよ!」
少女「すみません、この娘はウチの同僚です。もう粗相はさせませんので。ごめんなさい」
少女「あ、スパゲティは彼女のですか。どうも」
少女「――ふう」
少女「あなたは本当に何のつもりですか……」
少女「ご飯が冷める? まあ、食べますけども」
少女「いただきまーす」
少女「……」モグモグ
少女「で? なんであなたがここに?」
少女「わたしが二郎さんと一緒に出てくのが見えたからつけてきた?」
少女「何でですか……」
少女「取られると思った? 言ってる意味が良く分かりませんけれど」
少女「それにしても」
少女「せっかく二人きりになれる貴重な時間だったのに……」ホゥ……
少女「いえ、なんでもないです」
少女「まあ、同僚の食事会と思えばなんてことありませんね」
少女「あ、二郎さんトイレですか? わかりました」
少女「……」
少女「気のせいでしょうか。二郎さんがいなくなる前と後とであなたとの物理的距離が変わったような」
少女「近付き過ぎです」
少女「ひいてはくっつきすぎです」
少女(うう、暑い。ちょっと離れてもらえないかなあ……)
少女「……」
少女「そういえば二郎さん遅いですねえ」
少女「え、帰った? 二郎さんが?」
少女「携帯に連絡があった?」
少女「わたしの方には何もないのに?」
少女「え、ちょっと。おかしいですって。だって食事だってまだ残ってますよ?」
少女「あ、メール……」
『ごめんね、俺ちょっと先に帰るよ。お休みー(^∀^)ノシ』
少女(誰ッ!?)
少女「いやいやいやいや。おかしいですって」
少女「二郎さんはもっとぶっきらぼうで顔文字なんて使いませんもん」
少女「コレジャナイ感が半端ないです」
少女「た、確かに二郎さんの携帯からで間違いないですけれど……」
少女「うーん?」
少女「……」グー
少女「まあ、今はいない二郎さんより目の前のハンバーグですよね」
少女「はいそうです。明日訊けばいいですもんね」ハグハグ
<翌日>
少女「え? 二郎さんが休み?」
少女「しかも一週間ぐらいの休暇?」
少女「……わたしになにも言わずに?」
少女「おかしいですよ局長。二郎さんはかなり適当に生きてますが、仕事には熱心ですし」
少女「間違いないです。何かの陰謀です」
少女「ふ、ふざけてないです! きっと宇宙人が二郎さんを!」
少女「え? 時間がまずい?」
少女「あ! 行ってきまーす!」
ブロロロ……
少女「相変わらず背中に天然のクッションを感じます」
少女「うらやましくなんてありませんよ決して」
少女「でも分けてくれるなら引き受けてあげてもいい感じです」
少女「……言っててむなしくなりました」
キキッ――!
少女「じゃあ早速仕事を始めますか」
少女「……いやあの放してくださいよ。下りられません」
ピンポーン!
少女「お届け物でーす」
少女「はいおはようございます」
少女「ではこちらにサインお願いしまーす」
少女「――え? こっちの娘は誰かって?」
少女「違いますよ、姉妹じゃありません。わたしの後輩です」
少女「なんですか?」
少女「わたしが年下に見えた? どういう意味ですかー!」
少女「今日もお疲れさまでしたー」
少女「二郎さん……はいないんでしたね」
少女「……ハァ」
少女「!」
少女「い、いつの間に後ろにまわってたんですか」
少女「あまり胸を押しつけないでくださいよ。悲しくなりますから」
少女「あ、ちょっと! どこ触ってるんですか!」
少女「んっ、揉まないでください!」
少女「ちょっ、あっ……こらー!」
少女「あの日は追い払えましたが」
少女「なんだか日ごとにセクハラがエスカレートしています」
少女「いや、女の子同士ですからセクハラかどうか怪しいですが」
少女「なんだかあの娘の意図が分かってきました」
少女「……」
少女「わたしこのまま食べられちゃうんでしょうか……」
少女「うう、二郎さん……」
少女「――ひゃん!」
少女「せ、背筋を撫でないでくださいよう!」
少女「耳を舐めるのも無しです!」
少女「き、キスも駄目……」
少女「ちょ、あ……」
少女「わ~ん!」
・
・
・
少女「うう、もみくちゃです」
少女「一線は越えてません。越えてませんが危ういです正直」
少女「じ、二郎さん早く帰ってきてー!」
<一週間後>
少女(うん、まずい)
少女(非常に、まずいです)
少女(壁際に追い込まれて、しかもこの娘目が据わってます)
少女「あ、の……?」
少女(何も言ってくれません……これはもうチェックメイトなんでしょうか)
少女「さらばわたしの純潔……」
少女(目をぎゅっとつぶって――)
少女(次に目を開けた時には)
少女「あれ?」
少女(誰もいない?)
少女「あのー……?」
少女「……」
少女「あれ?」
・
・
・
少女「わたしのデスクの上にお手紙があったよポッチャ」
少女「あの娘、わたしのこと……まあつまりそういうことだったみたい」
少女「どうしてもそういう関係になりたいから、局長に頼みこんだんだってさ」
少女「ちなみに裏金とかはなかったみたい」
少女「局長もそういうことは言ってくれれば良かったのに」
少女「あの娘は今はアメリカにいるらしいよ。両親に言われて、留学しなきゃならなかったとか」
少女「だから、出発までの一週間だけ一緒にいたかったんだって」
少女「ちょっと邪険にしちゃったかな……」
少女「帰ってきたらまた会ってくれますか、って」
少女「もちろんだよねーポッチャ。でも、もうセクハラは勘弁かな」
少女「友達としてならまた一緒にお仕事したいね」
少女「あ、お久しぶりです二郎さん」
少女「旅行だったんですってね」
少女「黒服の人にチケットもらって。ちょっと強引だったそうですけれど」
少女「さすがお屋敷といったところでしょうか」
少女「お母さんは元気でした?」
少女「そうですか」
少女「また今日から頑張りましょうね」
少女「あの娘が帰ってくるまでさぼれませんもん」
少女「それじゃまた仕事上がりに!」
百合娘編 おわり
少女「お疲れ様で―す、担当箇所終わりましたー」
少女「ふう」
少女「あれ、局長何してるんですか?」
少女「行き先のない保管郵便物の棚卸? 手伝いますよ」
少女「思ったよりはありますねー」
少女「……それだけ届かなかったものがあるって思うと、ちょっとさびしい気持ちになります」
少女「わあ……これすごいですね。だいぶ紙が古くなってます」
少女「何年前の何でしょう?」
少女「えーと、昭和ですから……って、昭和!?」
少女「二十五年前かあ。こんなに古いものが……」
少女「受取人がいなかったとかは分かりますけど、差出人のところに返送はしなかったんですか?」
少女「え? どっちも引っ越して行き先不明?」
少女「そうですか……」
少女「あ、二郎さんお疲れ様です」
少女「これですか? 実はですね――」
・
・
・
少女「――と、いうわけなんです」
少女「二十五年前ですよ、すごすぎですよね」
少女「って、二郎さん!? 何ナチュラルに開封してるんですか!?」
少女「局長も何とか言ってやってくださいよ! なんでわたしがぶたれなきゃいけないんですかー!」
少女「二郎さんってほんとは優しいのに、わたしには容赦ないです……はあ」
少女「……ねえ、聞いてます?」
少女「え? なにか書いてあったんですか?」
少女「見ろって……わたしを共犯にするつもりですか? ふふーんだ、その手にはかかりませんよーだ」
少女「……またぶったー!」
少女「分かりましたよう、読みますってば」
少女「えーと……」
『私はあなたを許します』
少女「……?」
少女「許す? ってなんのことでしょうか……」
少女「え? あ、ええ。その通りですね、大事なお手紙であることは間違いなさそうです」
少女「確かに届けなければいけない気がしますが……でもどうしましょう、どちらもお引っ越ししちゃってるみたいで」
少女「聞き込み、ですか? 二十五年前ですよ?」
少女「どうにかなる? そんな適当な……」
少女「え、有給取る? わたしもですか? そ、そんな急すぎますよう!」
少女「あ、二郎さん待ってくださーい!」
<翌朝>
少女「――さて。ここが届け先の住所ですが」
少女「きれいでかわいらしいおうちですねー」
少女「あ、ちょっと二郎さん?」
ピンポーン……ガチャ
少女「あ、え? わ、わたしが話すんですか!?」
少女「――あ、あー、えーと、こ、こんにちは! わたしたち郵便局の者です!」
少女「今日はちょっと伺いたいことがありまして……」
少女「あ、はい、えーとですね、前にこちらに住んでいた方なんですけど……」
少女「あー……やっぱりご存知ないですよね」
少女「申し訳ありません、失礼しました」
……パタン
少女「二郎さんいきなりはひどいですよう」
少女「ってあれ、二郎さん? あ、いたいた」
少女「どこ行くんですか?」
少女「いたっ。どうして叩くんですかぁ。……なんでついてくる、って」
少女「手分けして聞き込み? そんな警察じゃあるまいし」
少女「二郎さんて変なとこ行動的ですよね」
少女「――って、行っちゃった……そんなにうまくいくのかなあ……」
少女「あ、いたいた! 二郎さーん!」
少女「……ちょっと、何叩こうとしてるんですか」
少女「遅い? 場所とか指定しないで行った二郎さんが悪いんです」
少女「え、結果ですか? うーん、特にこれといった情報は……」
少女「二郎さんもですか? まあ、そうですよねえ」
少女「え? 次行く? 一体どこに?」
少女「送り元って……二つ隣の県じゃないですか!」
少女「あ、待って、置いてかないでー!」
少女「zzz……」
少女「ん……んにゃ?」
少女「あ……着いたんですね……」
少女「んー……身体が凝りました。三時間ほどずっと車でしたからねえ」
少女「あ、はい、えーと。目的地は地図だとあっちみたいです」
・
・
・
少女「……空き地、ですね」
少女「見た感じ、こうなってから結構たってるみたいな」
少女「どうします二郎さん。 って、あれ? いない……」
少女「また聞き込みですかあ。はあ……」
少女「うう……結局こっちでも有益な情報を持ってる人は見つかりませんでした」
少女「二郎さんも収穫無しですか。そうですよねえ……」
少女「ところで暗くなってきました。今日は帰りませんか?」
少女「え、まだ寄るところがある? どれくらいかかるんですか?」
少女「……」
少女「聞き間違いですよね?」
少女「十数時間とか、ちょっと常識じゃ考えられません」
少女「あ! 待ってください! 知らない土地で一人はやーですー!」
・
・
・
少女「……ううん、ムニャ……」
少女「ん――あれ?」
少女「ああ、着いたんですか……」
少女「夜行バスじゃないんですから、こういうのはもう勘弁ですよう……」
少女「で、ここはどこですか?」
少女「……県を四つ跨いだんですね」
少女「半分仕事とはいえ、これはちょっと……」
少女「え? なんですか? 鏡?」
少女「あ! 涎の跡が!」
ピンポーン――ガチャ
少女「あ、おはようございますお爺さん」
少女「朝早く申し訳ありません、わたしたちこういうものなんですけど。ええ郵便局の」
少女「はい、実はちょっとお伺いしたいことが……」
・
・
・
少女「……」
少女「お話、ありがとうございましたお爺さん」
少女「……」
少女「ええ。行きましょう二郎さん。彼女たちが、待っています」
少女「……二十五年。いやもっとですか」
少女「ずっと、すれ違ったままで。ずっと分かりあえないままで」
少女「わたしはそれに恐怖します」
少女「……そして感謝します。手紙に救えるものがあることを」
少女「今なんですね、ええ」
少女「今こそ」
ピンポーン――……
少女「……出てください」
ピンポーン――……
少女「すぐそこなんです。あなたたちのは、すぐそこなんです」
ピンポーン――……
少女「将棋のお爺さんとは違うんです、この世界で確かに届くんです。だから……!」
――ガチャ……
少女「……! あのっ、わたしたち――いや、わたしたちはどうでもいいんです。
この手紙を、届けに来ました。受け取ってください」
少女「彼女からの、お手紙です。取り戻せる過去からの、お手紙です……!」
『私はあなたを許します』
『お久しぶりですね。
あなたたちがいなくなってからずいぶん経ちました……彼がいなくなってからずいぶん経ちました。
私はあなたたちといた日々を片時も忘れたことはありません。
――そして、あなたが私から彼を奪ったこともまた、忘れません』
少女「お爺さんから聞きました。昔、近所に仲の良い三人の子供たちがいたそうですね」
少女「男の子一人に女の子二人。三人は仲が良くていつも一緒にいたと聞いてます」
少女「三人が成長してもそれは同じで。
からかわれることもあったけど、それでもその子たちの友情を断ち切るのには足りませんでした。」
少女「でも友情は慕情に変わります。そして残念ながらそれは、三人全員を幸せにするには、席が足りなかった」
少女「彼は選んだそうですね、あなたを」
少女「……続き、読んでください」
『彼はあなたを選びました。悔しいけれど、それは事実です。
私もそれは仕方なかった、彼も悩んで決めたのだと理解しています。
でも許せなかった。あなたが彼と二人で旅行に行くなどと言わなければ、彼は死なずに済んだのに、と。
あれはあなたたちの早めの婚約祝いでしたね。あなたたちは車で隣の県まで旅行に行って、事故に遭いました。
不慮の事故、でした。
彼は死にました。あなたは生き残りました。
私は……私は取り残されました。
もちろんあなたが悪くないことは、頭ではわかっていました。見当違いの憎悪でしょう。
でも私には、この愚かな私には、あなたが全てを奪い、壊してしまったように見えて仕方なかった』
少女「――駄目です。逃げちゃ駄目です」
少女「続き、読みましょ? ね?」
『あなたはその後すぐに別の県に引っ越してしまいましたが、それはきっと正解でした。
その時の私には、あなたを許すことなんて到底できなかったでしょうから。
事実私は憎みました。激怒し、憎悪しました。
誰にかは自分でも分かりません。
私を選ばなかった彼にかもしれませんし、あなたにかもしれません。
それとも神様に、だったのかも。
そのまま数年がたちました』
『私は、私にはもう何も残っていないことに、ある日気がつきました。
あの日の三人の、目が眩まんばかりの輝かしい日々はありません。
三人で遊んだ公園も今はないことを知っていますか?
学校も、新しくなったんです。
もう、どこにも、あの日の匂いは残っていなかった。
私は。私は――』
『――だから、私はあなたを許そうと思うのです。
これは積極的な許しではないでしょう。
むなしさに気付き、それゆえ心が折れた、そんな消極的な許しです。
ここに根本的な解決はないでしょう。
それでも。
ああ、それでもあの日々はとても楽しかったから……』
『私は、この手紙を書いたら出発します。
もうあの日の残滓はありませんが、私たちのことを知っている人が残っています。
弱い私にはそれが耐えられないから。
だから、私たちのことを知っている人がいないところに行きます。
さようなら』
少女「……」
少女「……書きましょう」
少女「お手紙、書きましょう」
少女「今のあなたには泣くことしかできないでしょうけれど、それでも書かなければなりません」
少女「また明日、ここに来ます。その時に手紙を渡してください」
少女「私たちが届けます」
少女「大丈夫、必ず届きますから」
少女「あの日の輝きは取り戻せないでしょうけれど」
少女「それでもまだ取り返しのつくものはきっと。その手の中に残っているんですよ。ね?」
それから。
その二人の女性の会合は、いまだ実現してはいないものの。
これから実現する見通しもないものの。
それでも小さな文通は、ある二人の郵便局員の手によって続いているそうな。
・
・
・
少女「二郎さーん、終わりましたよー」
少女「ってあれ? 二郎さん眠ってるんですか?」
少女「……ハンドルに突っ伏して、器用ですねー」
少女「まあ、今回ほとんど寝ていないんですから仕方ないといえば仕方ないですが」
少女「それにしても」
少女「ふふ、なかなか可愛い寝顔ですね。もうちょっと待ってあげますか」
少女「……お疲れ様、です」
昔の手紙編 おわり
<二郎宅.炬燵の中>
猫「ゴロゴロ……」
「――それじゃおじゃましまーす。あ。わー……!」
猫「……!」
「おこた……おこたです!」
猫「……」
「は、入ってもいいですか? わーい!」
猫「……ナーg」ヒョコ
「てやー!」ズボ
猫「ブニャ!?」ブゴルフ!
「あ!? ポッチャ!?」
猫「ナーゴ……」ヨロ
「ご、ごめん。中にいたとは思わなくて……痛かった?」
猫「……」プイ
「ごめんてばー……」
猫「……」
「……」ナデナデ
猫「ゴロゴロ……」
「ごめんね、ポッチャ」
猫「ナーゴ」
「あ、二郎さん。あ、や、その。さっきポッチャを蹴っちゃって……」
猫「ナーゴ」
「は、はいごめんなさい……でもポッチャとは仲直りしましたし。そういう問題じゃない? ……これは失礼しました反省します」
猫「……」モゾモゾ
「あ、ポッチャがおこたに帰っていきます」
猫「……」ゴロリ
「私も至急追跡します!」モゾモゾ
猫「……」ウトウト
「わー、あったかーい!」
猫「zzz……」
「二郎さんも入りましょうよ」
猫「zzz……」
「あ、その前にみかんお願いしまーす」
猫「フミュ……」ゴロリ
「あと飲み物もー」
猫「ナーゴ……」
「ついでに――っていたあ! ごめんなさい、自分で取ってきます」
猫「zzz……」
「もうそろそろ今年も終わりですねー」
猫「ゴロゴロ……」
「今年は良い一年でしたか?」
猫「zzz……」
「二郎さんにとっては激動の年でしたもんね。疲れたでしょう」
猫「zzz……」
「でも怠けてなんていられませんよ。来年もがんばりましょうね。大丈夫! わたしがついてますから!」
猫「……」ゴロリ
「え、なんですか? クリスマスの予定? ……あるように見えますか?」
猫「zzz……」
「だろうな、ってそれはひどいですよう」
猫「zzz……」
「……」
猫「zzz……」
「……えへへ。実はその言葉を待ってました」
猫「zzz……」
「いいですよ。クリスマスは一緒に過ごしましょうね」
猫「zzz……」ゴロリ
「うーん、なんだか今からわくわくしてきちゃいました!」
猫「zzz……」
「何します? ケーキは予約したいところですが」
猫「zzz……」
「ぷよぷよ? いいですよ! 今度こそ勝ちますからね!」
猫「……」
「でもせっかくのクリスマスなんですし、最新のぷよぷよを買ってきましょうよ!」
猫「……」パチ
「大丈夫です! 実は結構お給料溜めこんでました! だから余裕のよっちゃ――」
猫「……」モゾ
「ひゃん!?」
猫「ナーゴ」ヒョコ
「び、びっくりしたぁ……ポッチャでしたか」
猫「……」スリスリ
「さっきの仕返し? ひどいなあ」クスクス
猫「……」ゴロリ
「ふふ」ナデナデ
猫「zzz……」
「ああ、腕の中で眠っちゃいました」
猫「zzz……」
「ポッチャはかわいいねー」ナデナデ
猫「ゴロゴロ……」
「……何見てるんですか二郎さん?」
猫「zzz……」
「お母さんみたい? やだあ、何言ってるんですか。ふふ」
猫「zzz……」
「ところで、なんですけど」
猫「ナーゴ……」ムニャ
「二郎さんってわたしのこと……どう思ってます?」
猫「zzz……」
「センパイ? そりゃ確かにそうですけど、そうじゃなくて」
猫「zzz……」
「恩人? 感謝してもらえるのはうれしいですけど、そうでもなくて……」
猫「zzz……」
「……。あ、笑わないでくださいよ! こっちは真剣なんです!」
猫「zzz……」
「もういいです。二郎さんなんて知りません」プイ
猫「zzz……」
「絶対に許してあげないんですから」
猫「zzz……」
「わたしはもう帰りますからね。それじゃ」
猫「……ナーゴ?」
「ごめんねポッチャ。わたし帰るよ。またね」
猫「ナーゴ……」
猫「ナーゴ」ジト
「……なんだよ。そんな目で見るなよ猫のくせに」
猫「ナーゴ」プイ
「かわいくねえな」
猫「……」
「……」
猫「ナーゴ?」
「いや、分かってるよ。大丈夫だ。クリスマスには決着つけとかないとな」
猫「……」
「だからそれまで待ってろよ、センパイ」
猫「ナーゴ」
猫と炬燵 おわり
少女「あ、ユイちゃんおはよう!」
少女「今日も寒いねー。体調は大丈夫?」
少女「そう。なら良かった」
少女「そういえばユウくんとはあの後どう? 何か進展あった?」
少女「あ。顔真っ赤」
少女「ふふ、相変わらず初々しいねえ」
少女「え、わたしと二郎さん?」
少女「……あー、うん。まあちょっとね」
少女「……」
少女「学校の方はどう? 何か変わったことあった?」
少女「え、相談したいこと?」
少女「うんわかった。わたしで良ければ力になるよ!」
・
・
・
少女「学校の音楽担当教員」
少女「イメージに反して男性の方なんですが、その人が階段から落ちて怪我をしたそうです」
少女「足元に落ちていたバナナの皮を踏んだとか」
少女「ギャグマンガの世界の話だと思ってましたが、確かに現実で起こったようです」
少女「たまたま生徒がポイ捨てして、たまたま上階から声を掛けられて意識が上方にいっていて、たまたまそれが階段の前で……」
少女「幸い大怪我ではなかったのですが、ピアノが得意なのに手を痛めて入院してしまいました」
少女「ええ、不運です。生徒の間でもアンラッキー先生として有名な人のようですね。結構好かれてるお方だそうですが」
少女「で、先生はピアノを弾けなくなって非常に落ち込んでしまったらしく、彼を元気づけるために生徒たちで寄せ書きを用意したんです」
少女「それが入院している先生に届けば良かったんですが……」
少女「ええ、いまだ届いていないそうです」
少女「それは何故か。さっき、その方はアンラッキー先生として有名だと言いましたよね」
少女「先生に付きまとうその不運が生徒たちをも邪魔しているんです」
少女「ええと、つまりどういうことかと言いますと」
少女「病院はちょっと遠いところにあるので、電車やバスを使って行くんですが」
少女「生徒たちが利用しようとするのに合わせてトラブルが起きるんです」
少女「電車・バスが遅れるのは当たり前。なぜか急に運休になったり、ちゃんと確かめたのに逆方向のに乗っていたなんてこともあったそうです」
少女「そこを越えても幾多の試練が待ち構えていて」
少女「今、病院はプチ結界状態というわけです」
少女「それでわたしが代わりに届けることになったんですよ」
少女「え、なんですか局長?」
少女「なぜ二郎さんじゃなくて自分に話すのか?」
少女「だって二郎さんとは今は口ききたくないですもん」
少女「喧嘩じゃないですよう」
少女「まあ確かにわたしは二郎さんにムカっときてますけど」
少女「ええ? そんなのどうでもいいから俺を巻き込むな? ひどいです!」
少女「ああ、局長が行ってしまいました……」
少女「あ、二郎さん」
少女「……」
少女「何でもないですよっ」プイ
少女「……え? これですか?」
少女「黙秘します。二郎さんには関係ありませーん」
少女「あ! ちょっと、取らないでくださいよ!」
少女「返してください!」ピョン ピョン
少女「説明しないと返さないって、そんなひどい!」
少女「返してくださいぃ……!」ギギギ
けです」
少女「話しましたから返してください」
少女「え? 俺も行く?」
少女「二郎さんにはまだ仕事が残ってるじゃないですか。ほら、デスクの上の包み」
少女「違うんですか?」
少女「……なんで口ごもるんです?」
少女「まあとにかく今は二郎さんに借りを作りたくありません。わたし一人で行きます。だから――」
少女「返してくださーい!」ピョンピョン
少女「――というわけです」
少女「話しましたから返してください」
少女「え? 俺も行く?」
少女「二郎さんにはまだ仕事が残ってるじゃないですか。ほら、デスクの上の包み」
少女「違うんですか?」
少女「……なんで口ごもるんです?」
少女「まあとにかく今は二郎さんに借りを作りたくありません。わたし一人で行きます。だから――」
少女「返してくださーい!」ピョンピョン
少女「結局二郎さんと一緒に行くことになってしまいました……」
少女「屈辱です。末代までの恥です。ついでに言えば――って痛!」
少女「分かりました、ちゃんと静かにしてますから叩かないでください」ブス
少女「バイクで行くんですか?」
少女「いえ、いいんですが」
少女「……」
少女「やっぱりエンジンかかりませんね」
少女「いえ、わたしは何もしてないですよ」
少女「多分アンラッキーはもう始まってるんです」
少女「ぶわっ! すごい吹雪!」
少女「さっきまでは快晴だったのに!」
少女「風が強い! 吹き飛ばされます!」ヨロ
ギュッ
少女「あ」
少女「……」
少女「いえ、あの。もう大丈夫ですから放してください」
少女(……二郎さんに抱きしめられちゃった)
少女「え? 歩いて行くんですか?」
少女「不幸対策? 確かに電車・バスは当てにならないかもですけれど」
少女「それにしても不幸対策なんて言葉、初めて聞きました」
少女「あと、吹雪で聞こえにくいとはいえ顔が近すぎます」
少女「い、嫌に決まってるでしょう!」
少女「あ、でも飛ばされるといけないんで手はつないでください」
少女「ぼくもう疲れたよジロラッシュ」
少女「なんだかとても眠たいんだ……」
少女「……今どれくらいですか?」
少女「まだ一キロも歩いてない? マジですか」
少女「寒いです。もう帰ってポッチャこたつに入りたいです」
少女「ポッチャは散歩中? それは残念」
少女「うー、寒い」
少女「吹雪は強くなるばかりです」
少女「ええと……」
少女「これはどういうことでしょうね二郎さん」
少女「あるはずのものがない、それがこんなに恐ろしいことだとは」
少女「……橋はどこでしょう?」
少女「あー、川の中に残骸がありますねー」
少女「巻き込まれた人がいなかったのが不幸中の幸いでしょうか」
少女「二郎さんの背中はおっきいですね」
少女「ついでに言えばあったかいです」
少女「しっかり掴まってろ? 分かってますって」
少女「嫌々ですけどね」
少女「じゃあ落とす? 勘弁ですよう」
少女「冷たい川を渡れるのは二郎さんの健脚と長靴があってこそですから」
少女「浅い川で良かったですね」
少女「あ、鴨が泳いでますー」
少女「さて、これで半分くらいは来ましたね」
少女「吹雪も心なしか弱まってきた気がします」
少女「あともうひと踏ん張りです!」
少女「あ」
少女「今一際高い木に雷が落ちました」
少女「めきめきと音を立てて」
少女「倒れたー」
少女「ちょうど道を塞いじゃいましたね」
少女「迂回しましょう」
少女「仕方ありませんよ。人生の荒波を乗り越えるには忍耐が重要です」
少女「これで病院の目の前に来たわけですが!」
少女「今わたしたちは道を逆走しています!」
少女「それは何故か!」
少女「あ! 二郎さんナイスです! そのまま取り押さえて!」
少女「そこの方すみません、おまわりさん呼んでください。ひったくりさんです」
少女「二郎さんじゃありません。下にいる気弱そうなおじさんです」
少女「あ、おまわりさん」
少女「いえ、そっちは二郎さんであってひったくりさんじゃありません」
少女「確かに目つきは悪いですが、後生ですから捕まえないであげてください」
少女「着きました!」
少女「疲れたー!」
少女「ええと、先生の病室は二○五号室だそうですよ」
少女「つまり目の前のこの部屋です!」
少女「では失礼しまーす!」ガチャ
少女「あれ?」ガチャガチャ
少女「……」
少女「開けてくださーい」トントン
少女「え? 開かない? 鍵が壊れた?」
少女「つまりどういうことだってばよ……」
少女「困りました。最後の最後でこんなことになるとは……」
少女「二郎さん待ってください。さすがにぶち破るのはアレすぎます」
少女「じゃあどうするか? うーん……」
少女「え? 裏に回るんですか?」
・
・
・
少女「おーい!」
少女「あ、窓が開きましたよ!」
少女「あの方が先生ですね! 噂通り幸薄そうなお顔です!」
少女「すみませーん! お届け物を渡しに参りましたー!」
少女「それで二郎さん、どうするんですか?」
少女「はい、寄せ書きはそれで間違いありません」
少女「振りかぶって?」
――ブン!
少女「ちょっと! なんで投げるんですか!」
ベィンッ!!
少女「ほら先生に当たったー!」
少女「まずいです、寄せ書きが!」
パシ!
少女「え? ポッチャ?」
――ヒラリ
少女「あ、病室に入ってっちゃいました……」
<数日後>
少女「あ、二郎さん」
少女「あの先生ですか? 今日無事に退院なさったそうですよ」
少女「寄せ書きを読んで元気が出たそうで」
少女「あれから不幸がぱったりやんで生徒たちもお見舞いに行けたようです」
少女「本当、良かったですよ。ふふ」
少女「……あ、これですか? ポッチャへのちょっと早いクリスマスプレゼントです」
少女「あのとき、ポッチャがいなかったら失敗してましたし」
少女「だからちょっといいキャットフードの差し入れです!」
少女「二郎さんち、寄ってっていいですか?」
少女「――おじゃましまーす」
少女「こんばんは、ポッチャ。はいプレゼント」
少女「ちょっと待っててね、今ご飯の用意を……ってあれ?」
少女「この包みって確かあの時デスクの上にあった……」
少女「あれ? なんで隠すんですか?」
少女「まさかいやらしいものなんじゃ……」
少女「違う? ならちゃんと説明してください!」
少女「ほら早く」
少女「……」
少女「友人が?」
少女「気になってる人にプレゼントを贈るから?」
少女「それを預かってやっている?」
少女「……」
少女「それおかしいですよ」
少女「だって二郎さんにわたし以外の友達なんていないですもん」
少女「痛いです……」ヒリヒリ
少女「ええと、良く分かりませんがクリスマスに誰かに送られるものなんですね?」
少女「ふーん?」
少女「……」
少女「……!」
少女「……まさか」
少女「いえ! 何でもありません!」
少女「ただ、"楽しみにしている"とだけ、言っておきます」
少女「早く来い来いクリスマス! わはー!」
少女「おっと、当たりませんよーだ」
少女「ポッチャもクリスマス楽しみだねー、えへへ」
・
・
・
さて、クリスマスはどうなることやら。
それはさておき、寒風吹きすさぶ師走の道を今日も彼女らは走ります。
大事なお手紙運ぶため、大事な気持ち運ぶため。
これからも彼女らの物語は続いていくでしょう。
あれ、あなただって無関係ではありませんよ?
ほら――
<ピンポーン!
配達少女「お届け物でーす!」