涼しい風が舞い込んできた。
レースのカーテンがふわっと膨らみ、そして潮が引くように網戸のほうへと戻って行く。
風が汗ばんだ肌を通り抜けていくようで心地よい。
セミの合唱を聴きながらごろりと畳の上で寝返りを打って呟いた。
「夏休みもあと残りわずかか……」
長いと思っていた夏休みもあっと言う間に過ぎ、もうお盆だ。
思えばあと十日ほどで中学生としての夏休みが終わってしまうことになる。
元スレ
結衣「中学最後の夏休み」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1342943095/
「そうだなー。長いようで短くて、短いようで長い夏休みだったな」
「どっちだよ」
隣の京子に短くツッコミをいれる。
京子は今、私の実家に勉強しに来ている。
私は長期休暇には実家で過ごすので、勉強会の開催場所は私の実家となっている。
ちなみに今は勉強が一段落ついて休憩中だ。
「アイスでも食べるか?」
京子に聞くと、京子は勢いよく起き上がって目を輝かせた。
「ラムレーズン!?」
「ゴメン、昨日最後の一個食べた」
「マジか……」
急に声のトーンが下がり、京子は萎れたように寝転がった。
「ま、嘘だけど」
「マジで!?流石結衣様!」
再び京子の瞳に輝きが戻り、ガバッと起き上がった。
京子は本当に単純だ。
ラムレーズンくらいで一喜一憂できるなんて、少し羨ましい。
私は冷蔵庫からアイスを取ってきて、京子の顔を挟むようにピトっと頬に当てた。
「冷たっ!」
予想どうりのリアクションが返ってくる。
京子は私からアイスを受けとると嬉々として蓋をあけ、一口掬って口に運んだ。
そしてお約束の一言。
「ラムレーズンうめぇ!」
幸せそうな屈託のない笑みがこぼれた。
ラムレーズンを食べるときはいつもこうだ。
この笑顔を見ると、私も何だかほっこりする。
こんなことを言ったら絶対調子に乗るから言わないけど。
「よく飽きないな」
「飽きるわけないじゃん。私の人生そのものと言っても過言ではないね」
「お前の人生がラムレーズンってどうなんだ……」
「ほら、あれだよ。ノー・ラムレーズン・ノー・ライフ?」
「ラムレーズンが食べられなくなったら?」
「死ぬ」
「オイコラ死ぬな」
普段通りの会話と、京子のおかげで「普段通り」となったラムレーズン。
受験の忙しさを忘れてこういうまったりした時間も悪くない。
やっぱり息抜きも必要だよね。
「勉強後のラムレーズンはやっぱりうめぇ!」
「去年の京子なら絶対にあり得ないセリフだな、それ」
「失礼な!私はいつも宿題をきちんとこなす優等生ですよ!」
「去年は自力で宿題したこと殆どなかっただろうが」
「去年の私は結衣にアドバイスを貰いつつだな……」
「アドバイスも何も完璧な他力本願だったろ」
「ハイ、すんません」
バレたか、と言ってニシシと笑った。
去年の京子は勉強会という名目で来ても喋るばかりで、結局勉強のほうは進まなかった。
そんな京子も今年は受験生としての自覚はあるらしく、真面目に取り組んでいる。
「まあね。今年になって真面目になったのだよ」
小学校の頃は割りとちゃんとやっていたのに、
中学校に入ると箍(タガ)が外れたのか勉強をあまりしなくなった。
去年も一昨年も、最終日になると必ず私に泣きついてきた。
涙目で懇願する京子に渋々宿題を見せて、挙げ句の果てに私まで京子の宿題を手伝う始末。
今年はそれがないと思うと本当に気が楽だ。
「思えば夏休みもあとちょっとか……」
「そうだな……少し前同じような事言った気がするけど」
「中学生最後の夏休みが室内で勉強ばっかりとは、これいかに……」
「受験生だから、こんなもんだろ」
確かに今年の夏休みは室内で過ごすことが多かった気がする。
勉強は勿論屋内だし、息抜きもこうしてのんびりしたり、本を読んだりして過ごした。
たまに娯楽部のみんなと遊ぶけれども、それ以外は外で遊ぶことは無かった。
「中学生最後の夏休みじゃん!何かしたい!」
京子は完食したラムレーズンのカップを背の低いテーブルの上に勢いよく置いて言った。
「何かって?」
「うーん……海!」
「お盆だしクラゲとか出そう」
「釣り!」
「釣竿持ってないんだけど」
「じゃあ昆虫採集!」
「小学生男子か!あと私、虫嫌いだし」
「キャンプ!」
「中学生だけじゃ無理だろ。それに京子、テントとか道具とかあるのか?」
「……ないと思う」
「じゃあ無理だろうな」
「そっか……」
アイデアが出尽くしてしまったのだろう、ぐったりとうなだれている。
「そういえば明日花火大会あるけど?」
「マジで!?」
「マジ」
京子はよっしゃ、とガッツポーズをした。
テンションが急に上がったり下がったりと、本当に忙しい奴だ。
「ところで、それってどこで?」
「八森。今朝新聞のチラシで入ってたぞ」
「あぁ、そういえば毎年やってたね」
「そう、八時から五千発」
「よっしゃ!それじゃ決まりだ!いいよね?結衣?」
「私はお前の保護者じゃないぞ?おばさんに聞いてくれ」
「じゃあ……」
「ああ、私はオッケーだ」
「よっしゃあ!!」
京子は嬉しそうにニっと笑った。
私は京子みたいにはしゃぐのは得意じゃないけれど、心の奥で「楽しい」を感じるのが好き。
中学生最後の夏休みだから、こういうのも悪くない。
明日の勉強はお休みでいいよね?
「じゃあお母さんに聞いてみる」
「私も聞いてくるよ」
京子は電話を取り出し、私は庭に向かった。
庭ではお母さんがゴーヤーに水やりをしていた。
「お母さん、明日の八森である花火大会に行ってもいい?」
「そうね……。結衣も最近勉強頑張ってるし……。いいわよ。息抜きにいってらっしゃい」
「ありがとう」
「ところでそれは京子ちゃんと?」
「うん」
「やっぱり仲が良いわね」
お母さんはくすくす笑った。なんだか妙にくすぐったい。
「じゃあ、京子に伝えてくる」
そう言うと私は小走りで部屋に戻った。
―――――
―――
―
「京子、どうだった?」
「うん、オッケー貰った。結衣は?」
「私もオッケー貰った」
「よっしゃじゃあ決まり!」
私達はパチンと小気味良いハイタッチを交わした。
「それじゃ、あかり達も呼ぶか」
「そうだな」
「じゃあ私メールしてみる」
京子はケータイを取り出してカチカチとメールを打った。
「ポチっとな……ほい、送信したよ」
「みんな都合ついたら良いな」
「そうだなー」
「あかりはいつも9時に寝ちゃうけど大丈夫かな?」
「あかりにはたっぷり昼寝してから来てもらおう」
「そうだな」
メールが返ってきたのだろうか、京子のケータイが振動した。
「誰から?」
「綾乃とあかりから。綾乃は日光東照宮にいるって。“行きたいけど、どうしましょう東照宮”って、ほら」
思わず吹き出してしまった。
日光東照宮の陽明門を背景に、困り顔の綾乃の写メが添付されていた。
いつかバッキンガム宮殿やファイファイビーチに行くつもりなのだろうか。
可笑しくて笑いが止まらない。
「あのー結衣さん?大丈夫?」
完璧にツボに嵌まって抱腹絶倒してた私を少し心配そうに見つめた。
「はぁ……はぁ……大丈夫。……そういえばあかりは何て?」
笑いすぎて絶え絶えになった息で京子に訊いた。
「ん……あかりは家族旅行だって」
「そっか、残念」
再び京子のケータイが震えた。
「今度は誰?」
「ちなつちゃんと千歳。ちなつちゃんはおばあちゃん家で千歳は京都だって」
「そっか……」
「全く……どうしてみんなどっか行ってるんだよー?」
「まあお盆だし……どうする?みんな揃わないけど?」
「行こうぜ!みんなとはまた夏休みに集まって何かしよう!」
「……そうだな」
みんなと遊ぶのもいいけど二人だけも良いかもしれない。
みんなとはまた今度、一緒に集まることの出来る時に。
「よっしゃ!明日の準備とかしたいからそろそろ帰る」
「まだ五時すぎだけど?」
「じゃあもうちょいのんびりしようかな?」
「オイコラ」
「やっぱり畳は気持ちいいですな」
京子はごろんと寝転んで、のんびりとした声で言った。
「全く……」
気付けば京子はすやすやと寝息を立てている。
何処までも自由でお気楽な奴だ。
それが京子の短所であって長所であるんだと思う。
「明日が楽しみだね、京子」
そっとタオルケットを掛けて、頭を撫でる。
むにゅ……と寝ぼけた声を出して寝返りを打った。
多分目が覚める頃にはご飯の時間。
京子の事だからきっと私の家でご飯をたべていくだろう。
だから、今日のご飯はカレーにしよう。勿論ウインナーも入れて。
――――――――――
――――――――
―――――
―――
―
心配していた天気も問題なさそうで、天気予報によると今日は一日中晴れらしい。
昼間にはジリジリと焦がすように照りつけていた太陽もだいぶ西に傾いている。
紺色の生地で朝顔の柄の少し落ち着いたかんじの浴衣を着て京子を待つ。
私の家に4時という約束だ。
京子は時間にルーズだから予定より30分ほど早く時刻を設定した。
しかし今はもう4時30分。そろそろメールでも送ってみようか。
そんなことを考えていたら玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
パタパタと玄関へ駆けていき、扉を開けた。
「結衣ぃ、ゴメン浴衣着るのに手間取っちゃって」
玄関には薄いピンクの生地で桔梗の柄の浴衣を着た京子が立っていた。
きっと走ってきたのだろう、息が切れている。
「三十分遅刻だ」
「ゴメン、次回から気を付けるから」
「全く……」
もし「漫画読んでたら遅れた」というような理由だったらげんこつ一発だけど、今回は理由がまともだから許そう。
まぁ、これくらい予想範囲内だ。
「汗だくだぞ?少し家でゆっくりしてくか?」
「そうしたいけど時間大丈夫?」
「電車は5時8分だから大丈夫。駅まで15分だからあと15分くらいなら」
「いやー、ありがたい」
色々と見越して時間を設定しておいて良かった。
京子のことだから、「ヤバい間に合わない!」とか言いながら
私の家に走ってくるんだろうな、と安易に予測出来た。
「とりあえず上がりなよ」
「サンキュー。お邪魔しまーす」
京子を居間に通すとお母さんが台所からパタパタと寄ってきた。
「あらあら京子ちゃん、いらっしゃい。今日は二人で花火デートなのね~」
お母さんは私達の顔を交互に見て悪戯っぽく笑った。
「ちょっ、お母さん」
「はいっ!今日は結衣をしっかりエスコートしますんで!」
「お前も乗っかるな!」
「本当に仲がいいのね。京子ちゃんプカリでいい?」
「じゃあそれでお願いします」
母さんはフフフと笑って冷蔵庫にプカリを取りに行った。
「……全く、ボケは一人で十分なのに」
「いいじゃん、面白いお母さんじゃん」
「そうなんだけどたまに疲れるよ」
「そうかー?」
「ボケるほうはそうでもツッコミは疲れるんだよ……」
まあ、だいぶ慣れたけどね。
疲れるけど、すこし楽しかったりもする。
こんなこと、絶対に言ってやらないけど。
「ゴメン京子ちゃん、お菓子切らしてて」
台所からお母さんがコップを二つ乗せたお盆をもって戻ってきた。
「いいよお母さん。電車の時間もあるし、あと10分くらいで出るから」
「そう?それならまぁ……」
そう言ってお母さんはお盆を戻しに行った。
「今からもうテンション上がってきた!」
「羽目外すなよ」
「いーじゃん。中学生最後の夏休みなんだし」
「羽目外す気満々かよ!」
「勿論!遊ばにゃ損損」
「はしゃぎすぎて花火の時に寝るなよ?」
「大丈夫、今朝起きたら12時だった」
「それは『今朝』とは言わねーよ。寝過ぎだ」
いつもどおりの会話をしていたら、あっと言う間に時間が経った。
「それじゃ、そろそろ行かね?」
時計を見ると4時45分になっていた。
「そうだね、行こうか」
私は最後の一口、プカリを飲み干して立ち上がった。
「お母さん、そろそろ行ってくる」
私は台所に居たお母さんにそう伝えた。
「そう、二人ともいってらっしゃい」
そう言うとお母さんは私達を玄関まで送ってくれた。
「それじゃ、気を付けてね」
「はい、ジュースありがとうございました」
「京子ちゃん、結衣をエスコートしてあげるのよ」
「ちょっ……」
「ハイ、任せてください!」
なんでこの人達はこういう冗談が好きなんだろう。
「オイコラ……じゃ、じゃあお母さん、行ってきます」
「行ってきまーす」
「はーい」
私達は駅への道を歩き始める。
きっと今日も京子のペースに巻き込まれるだろう。
暴走する京子を止めたりするのは疲れる。
でも、京子のくれる「楽しい」は好きなんだ。
だから今日ぐらいは京子のペースに巻き込まれてしまおう。
勿論、行きすぎたら制止するけど。
今日は京子のくれる「楽しい」を最大限楽しみたい。
だって中学最後の夏休みだしね。
「今日は沢山出店廻ろうな、京子」
「お、珍しく結衣さんノリノリですな」
「まぁ、中学生最後なんだし」
「そうそう、楽しまなきゃ損だよ!」
大人への憧れもあるけど、「今」という時が好き。
二度と来ない今を目一杯楽しまないと。
私は感情を全面に出して楽しむことは得意じゃない。
でも、隣に京子がいるから。
「よっしゃ思い出作るぜ!」
京子がニッと笑った。私も微笑み返す。
「そうだな」
今日はエスコート頼むよ、京子。
――――――――――
――――――――
―――――
―――
―
三駅先の八森で降りて、そこからバスで十分ほどで無事に着いた。
6時過ぎなので空はまだ薄明かるい。
屋台が沢山並んでいて大勢の人で道は込み合っていた。
道行く人々がそれぞれに綿菓子やヨーヨーなどを片手に歩いている。
見ているだけでもお祭り気分になってくる。
「うひょー、やっぱし人多いなー」
京子がキョロキョロと周りを見回して言った。
「そうだね、賑やかだなあ」
「まずあそこの金魚すくいいかね?」
「そうだな」
「よっしゃ、じゃあ行こう!」
京子はぎゅっと私の右手を握った。
「どうして手繋ぐんだ?」
「だってデートじゃん」
「いや、デートじゃないし。それになんか恥ずかしいだろ」
「別にいいじゃん?減るもんじゃないし」
「まぁ減らないけど……」
「昔はよく繋いでたからいいじゃんかー」
「……好きにしろ」
私からも京子の左手を握り返す。
少し暑くもあるけど、京子の手の温かさが懐かしくて心地好い。
思えば手を繋ぐのも久しぶりかもしれない。
「それじゃ、行くぞー!」
京子は私の右手を牽いて歩き出す。
なんだか昔と立場が逆だな、今の私たち。
嬉しいようで寂しいような、複雑な気持ちになる。
でも、形はどうであれ隣に居れるならそれでいい。
――――――――――
――――――――
―――――
―――
―
「おっちゃん、金魚すくい一回」
「あいよ、300円」
私たちはおじさんにお金を渡し、ポイを受け取った。
水槽の中で泳いでいる金魚をじっくりと見て狙いを定める。
神経を集中させて、狙う金魚の近くにそっとポイの下半分を沈め、素早く掬った。
「おっ!すげぇ!」
隣で京子が感嘆した様子で言った。
「あれ、京子は?」
「破れちゃった」
京子は破れたポイを見せるとペロッと舌を出した。
「そっか、残念……」
再び私は金魚に集中する。
二匹目、三匹目とうまい具合に掬うことが出来た。
四匹目も掬えそうだったが、ピチピチと金魚が暴れてポイが破れたので逃がしてしまった。
「あちゃー、破れた」
「でも凄いじゃん、三匹」
「そういえば京子、金魚すくいはあんまり得意じゃないって意外だな」
「へ?」
「京子、UFOキャッチャー上手いから、金魚すくいも上手いのかなって」
「UFOキャッチャーとコレは別物だよ」
「そっか」
「その金魚は家で飼うの?」
「そうだな。家に帰ったらペットが待ってるってのもいいかも」
「結衣は意外と寂しがりやだからな~」
「……うるさい」
やっぱりお見通しか。
自分以外誰もいない家は自由だけど、たまに寂しくなったりする。
無遠慮に泊まりに来てくれたのも
私が「遊びに来てほしい」って自分からなかなか言えないのを解っていたからだろだろうか。
ただの私の自惚れかもしれないけど。
「京子、金魚一匹あげるよ」
「いいの?」
「ああ。餌やりサボるなよ」
「勿論!結衣、ありがとう」
京子は嬉しそうに笑った。思わずドキリとしてしまう。
「いいっていいって。それでもう一匹はあかりたちにあげようかなって思う」
「え?でも一匹だよ?」
「娯楽部のペットとして飼ってもらおうと思ってるけど、どうかな?」
「おお!いいじゃん。喜ぶと思うよ、二人とも」
「そっか、それなら良かった」
一緒に行けなかったので二人には少し申し訳ない。
だから「ごめんね」の気持ちの印。いつか二人とは埋め合わせをしなきゃ。
――――――――――
――――――――
―――――
―――
―
金魚すくいを終えて、私たちはキョロキョロと出店を見まわしながら歩き始めた。
「結衣?次どこにいく?」
「そうだな……そろそろ何か食べるか?」
「お、いいね。向こうのたこ焼き屋いこうぜ」
「そうだな」
向こうから漂ってくる匂いに吸い寄せられるかのように歩いた。
たこ焼きの焼ける音に食欲をそそられる。
「結構ならんでるなー」
「そうだな。人気なのかも」
お祭りなので混むのは当たり前だが、この屋台は他の屋台よりも一段と人が多い。
「並ぶ?」
「うん。並ぼう」
私たちは列の最後尾に行き順番を待つことにした。
「さっきチラッと見えたんだけど、イタリアンたこ焼きっていうのを売ってるみたい」
「なんだそれ……」
「よく分かんない。でも面白そうじゃん?」
「本当に妙なものが好きだなお前は……。一体誰がそんなメニュー思いつくんだろ?」
「さあ?でも考えるの面白そうだな~。私も今度やってみよう!」
「いや、それはやめろ」
京子は器用だから練習すればすぐに料理が出来るようになりそうだと思う。
でも、妙な食材を組み合わせた怪しげな料理を食べるのは御免こうむりたい。
他愛ない話をしていると気づけば列の最前に来ていた。
私は普通のたこ焼きを買ったが、京子はイタリアンたこ焼きを買った。
「いっただきまーす」
「いただきます」
「イタリアンたほ焼ひうめぇ!」
京子はイタリアンたこ焼きを咀嚼しながら言った。
熱かったのか、はふはふ言いながら食べている。
「オイコラ、食べながら喋るな。……ところで何処がイタリアンなの?これ」
京子は口のなかにあるものを全部飲み込んで口を開いた。
「ソースがオリーブオイルを使った特製ソースになってる」
「なるほど……イタリアン……」
「結構美味いよ、コレ」
「そう?じゃあ一個くれない?」
「いいよ。ほい」
そう言って京子はイタリアンたこ焼きを突き刺した爪楊枝を目の前に差し出した。
いわゆる「あーん」というのをやるつもりなのだろうか。
「なんか恥ずかしいんだけど……」
「いいじゃーん。ねぇ、結衣だめ?」
京子は上目で窺うように私を見た。
ドクンと心臓が跳ねる。
京子の澄んだ空のような双眸に吸い込まれてしまいそうだった。
気づけば私は目を閉じて口を開けていた。
暫くすると口の中にたこ焼きが入ってきて、オリーブのソースの香りが広がる。
タコと生地とソースが絶妙に絡んでいて美味しい。
その上身体の奥からじんと熱くなって、何だかよく解らない。
「おーい?結衣さーん」
気づくと京子が目の前で京子の手がヒラヒラと舞っていた。
「うわぁっ!?」
「結衣さーん、大丈夫ですかー?」
「……何か別の世界に行ってた」
「おかえり」
今さっきの不思議な感覚は何だったんだろう?
ふわふわと宙を漂うような心地だった。
「ほんじゃ結衣のも一つちょーだい?」
「え?」
「私の食べていくだけなんてズルいぞ結衣ー」
「はぁ、わかったよ。ほら」
私がトレイを差し出すと京子は不服そうな顔をした。
「えー?食べさせてよー。あーんって、私がしたみたいに」
「……何か恥ずかしいんだけど」
「結衣は動物園で餌やりとかは出来ない人?」
「別にそんなことはないけど」
「じゃあそれと同じだと思って」
「お前は動物かよ!?……それとこれとは話がちがうだろ」
「えー?やってくれてもいいじゃんかよー」
京子は駄々をこねるように言った。
私はこれに弱い。突き放そうとしても結局折れてしまう。
「しょうがないな、京子は。ほら、あーん」
爪楊枝に刺したたこ焼きを京子に差し出す。
いざ口に出して「あーん」と言うと流石に恥ずかしい。
「あーん」
応えるように京子は口を開けた。
仄かに頬が紅潮していて、目をギュッと閉じて少し震えている。
何だ、京子もやっぱり恥ずかしいんだ。
そっと京子の口へとたこ焼きを近づけていく。
私も手が震えて、心臓がバクバクうるさい。
何で京子相手にこんなに緊張してるんだよ、私。
思いきってたこ焼きを京子の口の中に突っ込んだ。
京子の口が閉じられ、私はそっと爪楊枝を抜いた。
ふう、と溜め息が漏れる。
「あーん」一つでこんなにも疲れるなんて。
「ん~~!!こっちも美味いな!」
京子は咀嚼しながら屈託なく笑った。
「そっか、それなら良かった」
それにしても、どうしてあんなにドキドキしたんだろう?まさか私は京子を……?
――――――――――
――――――――
―――――
―――
―
だんだん出店にならぶ人が少なくなっていく。
もうすぐ花火が打ち上げられるので、みんな川のほとりに集まっていくのだろう。
私たちは最後にかき氷を買ってから川のほとりに向かった。
「ほぁー。すごい人だなー」
京子はキョロキョロと見回しながら言った。
河川敷には大勢の人が集まって、花火が上がるのを待っている。
「まぁ、出店を廻っていた人がみんなここに集まってるんだもんな」
「どの辺で見る?」
「あの辺でいいんじゃない?少しすいてるし」
「じゃあそこで」
私たちは石段に腰を降ろした。
時計を見ると7時58分。もうそろそろ始まる時間だ。
「京子、あと2分で始まるよ」
「マジ?早く上がらないかなー」
「そうだな。そういえばここの花火に来るのはは久しぶりだな」
「小学校六年のころだっけ?最後に来たのは」
「そうそう。小学校最後だからって言って来たんだよね」
「うん。何か今も同じ感じだね」
「そうだな。変わってないのかもね。私たち」
「そうだね……」
昔の事を追憶していると、花火の始まりを告げるアナウンスが流れた。
「いよいよだ!」
京子が目を爛々と輝かせて言った。私もワクワクと心が踊る。
長い音と共に一筋の光が夜空に上がる。
そしてドンッと大きな音がして空高く大輪の光の花が夜空に咲いた。
何本もの金糸がゆっくりと垂れて消えていく。
「キレイ……」
「……そうだな」
今度は三発連続で夜空に上がった。
赤や緑の鮮やかな光が咲き乱れる。
「結衣?」
京子が花火を眺めながら言った。
「何?」
「うん。ただ、懐かしいなって」
「そうだな。ちょうど三年前だもんな」
私たちは次々と上がる花火を見つめたまま話し続ける。三年間、長いようで短かったな。
「あのとき結衣と約束したよね?」
「そうだったな。ずっと側に居るって」
「うん。あの時の私って、何て言うか……自分に自信が持てなかったんだよね」
京子は目を細めて花火を見つめた。
「そう?あの頃って段々今の京子に近づき始めた頃じゃなかった?」
「それって可愛くて天才の京子ちゃんってこと?」
急に明るい声のトーンになった。
どんな話題でもボケは忘れないよな、京子は。
「自分で言うか普通……。そうじゃなくて、おちゃらけた感じになりつつあったというか……」
いつも私の後ろに隠れてばっかりだった京子の引っ込み思案が段々と抜けていった、そんな時期だったはず。
「うん。確かにその時だったよ。あの時だけは結衣とクラス別になっちゃったんだよね」
「そうだったな。でも休み時間には結構私のクラスに来て色々喋ってたよな」
「クラスにはちゃんと友達もいたんだけど、少し怖くって」
「怖い?」
私は京子の言葉が理解出来なかった。
あの時の京子はそういう風に見えなかったから。
「私って引っ込み思案で、泣き虫だったじゃん?
でも、結衣がいつも守ってくれた。慰めてくれた。励ましてくれた」
そういえば「京子は私が守る」ってセリフを言ったことがあったな、私。
あの頃は京子を放っておけなかった。
今もその点は同じかもしれない。京子は昔よりもずっと強くなったけど。
「だから私は結衣みたいになりたいって思ってた。
引っ込み思案をどうにかしたいと思ってた。強くなりたかった。
自分を変えたかった」
今の京子があるのも、そんな葛藤を乗り越えてきたからなのだろうか。
「でも、隣に結衣が居ないから、怖くって……。
結衣が隣に居るから、自然に振る舞えたんだよ、私。
自分を曝け出すのが怖くって……。」
「京子……」
そんな風に京子が悩んでいた事に気づかない自分が不甲斐ない。
「でも!!中学校入って、結衣とずっと一緒にいたおかげで私は積極的になれたんだよ!
……あの時の約束は、そういう事だったんだ」
「そっか……。少しバカになったけど、強くなったもんな」
「バカとは失礼だな!……でも、私はまだ弱いよ」
「そうか?」
京子は強くなった。泣かなくなった。人と積極的に交われるようになった。
だから私は弱さなんて特に感じない。
「私は隣に結衣が居ないときでも、人と上手く交わっていける。でもね……」
「……でも、何?」
「結衣の隣が一番心地よくて、ずっと結衣の側に居たいの。
これじゃ甘えっぱなしって解ってるけど。ずっと結衣の側に居たい。」
京子の膝の上の握りこぶしが小刻みに震えている。
「一緒に喋って、ご飯食べて、お泊まりして、一緒の布団で寝て……。
結衣の笑顔も、体温も、優しさも好き。
だけど大人になってそれぞれの道を歩み始める時、それが消えちゃいそうで怖くて……」
「京子、私だって同じだよ。京子が一番よく知ってるだろ、本当の私をさ……。
寂しがりやで、感情を心の内に封じ込んでる。中身は脆いんだよ、私……」
「そういえばホームシック気味の時があったね」
「うん。そのくらいなら可愛いもんだけどね……」
「結衣?」
京子は俯いた私を覗きかむように見つめた。
「京子が段々と快活になって行ったときは私、嬉しさもあったけど、同時に不安だった。
京子が他の子の所に行っちゃうのが怖くて……」
泣き虫だった京子は私にべったりだった。私を頼ってくれることが嬉しかった。
でも、京子の引っ込み思案が治り、私の後ろを歩いてた京子に、いつの間にか追い越されていた。
「今もそう。京子が泊まりに来るのは私の家だったり、宿題を見せてくれるように頼むのも私だったり……。
そういう風なのは私だけ。他の子よりも京子と近いんだって思うと嬉しかったりして……」
常に京子の一番でありたかった。他の子よりも優位に居たかった。
そんな黒い感情がポーカーフェイスの下で蠢いていた。
「私って独占欲の強い嫌な奴だよな……」
このままだと京子や友達を傷つけてしまいそうで怖い。
「そんなことない!結衣がそれだけ私を想ってくれてるんだから嬉しいよ?
私。それに私だってそうだもん。陸上部の子に嫉妬したりさ……」
「そんなこともあったね……。私たち、これでいいのかな? 強く依存してあっているけど。
高校は同じだけど、その後どうなるか解らない……。
大学行って、社会人になって……。大人になるのが怖いよ」
ある意味、学校という縛られた空間の中で保証されているのかも知れない。
社会に出たら、どうなっちゃうんだろう。
「ねえ、結衣?こっち向いて?」
「何?」
京子の方を振り向くやいなや、肩を捕まれ、唇に柔らかいものを感じた。
体温が一気にボッと上がる。
「き、きょ、京子!?」
さっきのは「キス」というもので合っているのだろうか。
あまりにも突然でうろたえる。
「私たち、これでいいんじゃない?」
「……へ?」
「結衣?私が何を言いたいか解んないとか言わないでよ?」
「……ゴメン、解んな……んむっ!?」
言い終わる前に、もう一度キスされた。
頭がボーっとして身体が甘く痺れる。力が上手く入らない。
打ち上がる花火の音など全く耳に入ってこない。
「私たち、付き合っちゃお?ってこと」
長いキスが終わって、京子が囁くようにそう言った。
「へっ?」
「私は結衣が好き。結衣も嫉妬しちゃうほど……っていうのは私の自惚れだったかな……」
「そ、そんなことない!!私も京子が好き!!
でも……そういう『好き』かはよくわからない」
上手く頭が回らない。突然の連続で、頭が混乱している。
「さっきのキス……嫌だった?」
「ううん。嫌じゃなかった」
気持ちよくて身体が溶けてしまいそうな、そんな心地。
今までに感じたことのない感覚だった。
「だったら、そういう関係になって、依存しちゃっててもいいんじゃない?」
「えっ……?」
「無理に離れようとしても、辛いだけだと思う。
だから、二人で一緒に考えていけばいいじゃん?」
「そうかも……」
「それに、自分で言うのもアレだけど、二人一緒だったから、成長できたんだと思う。
もし結論が出なくてもその時はその時ってことで」
「……京子らしいな」
行き当たりばったりなところが。
でも、一緒に入れるときに一緒に居ないと意味がない。
将来のことも考えなきゃいけないかも知れないけど、普段の京子みたいに刹那主義でもいいよね?
「あの……ところで、結衣?その……」
京子は顔を赤らめてモジモジしながらこちらを見つめた。
「何?」
「返事……」
「いいよ。付き合おう。」
迷いもなくそう言った。「私は京子が好き」ということを気づかされたから。
「結衣……」
「京子、私からもキスしていい?」
「ふぇっ!?」
「嫌だった?……さっき自分からしたのに?」
「そうじゃなくて、何て言うか、何て言うか……」
京子は顔を赤らめて下を向いてしまった。
「三年前は『ずっと一緒にいよう』の指切りだったけど、今日は『ずっと一緒にいよう』のキスで……」
「うん。キス、しよう」
意を決したのか、私の方をじっと見つめた。
顔がリンゴ飴のように真っ赤だ。きっと私も同じだろうけど。
「じゃあ目閉じて」
「うん」
そっと京子は目を閉じる。
花火に照らされるその顔はいつもより大人びて見えた。
そっと顔を近づけ、そして唇にキスした。
柔らかくて、味なんかしないはずなのに、とても甘い。
「……何か私、幸せ」
「私もだ」
私たちを祝福するかのように色とりどりの大輪の花が連続で夜空に咲いた。
「ずっと一緒だよ、京子」
―――――終わり―――――
120 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/07/22 18:32:39.04 cP7adjsF0 87/89とりあえず結京で花火の話が書きたかった
調子こいて地の文ありに挑戦しましたが、難しいですね。
もっと文章力が欲しいです。
あと、前半は余分だったかな…
拙い文章でごめんなさい
121 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/07/22 18:33:25.81 +OsGfhAK0 88/89>>120
結衣って一人暮らしじゃなかったっけ?
親が様子見しに来た設定?
123 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/07/22 18:35:09.73 cP7adjsF0 89/89>>121
実家に帰ってる設定です

