男「……」
男「あ、今日誕生日か」
男「何歳になるんだっけ?」
男「二十四? 五? ……そんなとこか」
男「……はぁ」
男「両親は早くに死んじまって、高卒でフリーターやってきたが」
男「何のために生きてるんだって感じだよな」
男「一間のボロアパートでフリーターだかニートだか分からん生活」
男「生きがいとやらも友だちも何もない」
男「このまま適当に死んでもいいかもな」
男「……コンビニに立ち読みにでも行くか」
元スレ
男「記憶喪失のフリをすればエロゲ的展開が望めるのでは……」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1341500714/
――コンビニ――
男「(お、新連載か)」
男「(……またクソハーレム物かよ)」
男「(記憶を失った男が美人の娘がいる家に引き取られて?)」
男「(そんな展開になるなら俺だって記憶失いてえよ)」
男「(ま、エロゲとかで腐るほどある設定に文句言っても……)」
男「(……)」
男「(それいいな)」
~~数日後~~
男「(アパートは引き払った)」
男「(残り少ない貯金も全部飯に使った)」
男「(もういつ行き倒れてもいいぞ)」
男「(どーせ死んじまっても構わないんだ)」
男「(……しかしあてもなく歩いてきたが、さすがに疲れたな)」
男「(一昨日から飯食ってねーし……)」グラッ
男「っ!!」
男「(転んじまった……立ち上がる力もねえ……声も出ない)」
男「(ま、丁度いいや。こうやって倒れてれば可愛い女の子が見つけてくれて)」
男「(『大変! お父さん、倒れている人が!』……なんて)」
男「(はは、都合のいい妄想も大概に……)」
「……あの、大丈夫ですか?」
男「!?」
「すごく顔色が悪い……誰か……そうだ、お父さんに電話」
男「(女の……声?)」
男「(……制服、女子高生?)」
男「(マジかよ、神様も俺を見捨てなかったんだな)」
男「(ここで記憶喪失のフリをすればエロゲ的展開が望めるのでは……)」
男「(なん……て……)」
~~~~~
~~~~~
「――きて――」
男「……ん」
「起きてください」
男「あぁ……妹」
妹「ご飯の時間です」
男「分かった分かった」
――食卓――
母「おはよう、男くん」
男「おはようございます」
妹「男さんもそろそろ自分で起きてくれないと」
男「うーん、分かってるんだけど」
妹「わたしはちゃんと毎朝余裕を持って……」
母「あ、妹。そういえば今日は文化祭の劇の朝練があるんじゃなかったっけ?」
妹「……あ」
妹「お母さん、気付いてたなら早く言ってよ!」
男「……自分で気付いとけよ」
妹「男さん、自転車の後ろに乗せてってください!」
男「はぁ? チャリくらい自分でこげよ」
妹「わたしが自転車乗れないこと知ってるくせに!」
男「おっと、そうだった……」
妹「ホントにお願いします……」
男「仕方ない、乗せていってやるよ」
妹「わー! ありがとうございます!」
~~市街~~
男「(俺が暮らしているのは、丘を切り開いて出来た住宅街の中にある一軒家)」
男「(……いや、置いてもらっていると言った方がいいな)」
男「(ある日道端で俺が倒れているのを、妹が発見)」
男「(身寄りもないようなので妹の一家が俺の面倒を見てくれることになったんだ)」
男「(ただ不思議なのは、俺にこの家に来る以前の記憶がないこと)」
男「(だからこそこの家は俺なんかを置いてくれているんだけど)」
男「(今俺のチャリの後ろに座っているのは妹。高校二年生)」
男「(倒れている俺を発見してくれた本人だ)」
男「(俺を置いてくれている家の次女で、しっかり者な性格)」
男「(……なはずなんだけど、今朝みたいなドジをちょくちょくする)」
男「(ちなみに運動は苦手らしい……)」
妹「あ、この辺で」
男「? 学校まではもうちょっとあるだろ?」
妹「……学校の人に見られたくないので」
男「ははは、そうか。じゃあ、またな」
妹「ありがとうございました!」タタタ
※「妹」と表記していますが「男」の妹という意味ではありません。紛らわしくてすみません
――家――
男「ただいま~」
姉「おかえり~」
男「……寝起きって顔だな」
姉「その通り」
男「俺でももうちょっと早く起きるぞ」
姉「まあいいじゃないか。大学午後からだし」
男「妹はしっかり者を心掛けているのに。実際しっかり者かどうかはともかく」
姉「自分も大概な怠け者のくせによく言うぜよ」
男「ったく……」
姉「母さん、ご飯はー?」
母「あんたどうせ午前中寝てると思って作ってないよ?」
姉「何ぃー!?」
母「あ、母さんこれから部屋のお掃除するから」
姉「……男ー、何か作ってー」
男「嫌だ」
姉「居候のくせに生意気な」
男「……それを言われると辛い。分かったよ」
姉「え、そんなマジになっちゃった? ごめん、冗談だって!」
男「まあいいよ。実際料理とかは俺がやろうかなって考えてるし最近」
姉「あ、そうなんだ?」
男「お世話になりっぱなしってのも悪いしな」
男「(こいつは姉。大学二年生)」
男「(この家の長女。妹とは違い正真正銘ルーズな性格)」
男「(リア充っぽくチャラチャラしていて、色々と妹とは対照的だ)」
男「(この家族は父、母、姉、妹の四人で構成されていてそこに俺がお邪魔しているんだが……)」
男「ほら、出来たぞ」
姉「わ、美味しそう」
男「さーて……」
※以降、「姉」「父」「母」も「男」の、という意味ではありません
父「男くん、そろそろ行こうか」
男「あ、はい」
男「(一家の主、父さん。俺を養ってくれている偉大なお方)」
男「(小さな会社を運営していて、俺を雑用や力仕事で使ってくれている。マジで感謝に堪えない)」
父「母さん、姉。行ってくるよ」
母「行ってらっしゃい」
姉「行ってらっしゃい」
男「(……記憶を失う前の俺がどんな暮らしをしていたか知らないが)」
男「(今の生活は充実しているし、今となっては失った記憶なんて興味のないことだ)」
男「(しかし俺は運がいいな……)」
~~夜~~
――家――
父「今日も手伝ってくれてありがとうな」
男「とんでもないです。むしろ使って貰っている俺の方こそすごく感謝しています」
父「そうか。さて、メシはできているかな……」
パーン
姉妹「ハッピーバースデー!」
男「!?」
父「さ、今夜はごちそうだな」
男「(テーブルにはパーティのようなごちそう)」
男「(何やら部屋も微妙に飾り付けられているし……)」
男「こ、これは一体……?」
妹「今日で男さんがこの家に来てから一年ですよ!」
姉「ま、誕生日パーティ代わりってことで!」
母「お母さん久しぶりに料理頑張っちゃった」
男「……」
男「何というか……本当に……ありがとうございます」
父「もう男くんも家族の一員だからね」
男「どこの誰とも知らない俺を家に置いてくれて……その上こんなことまで……」
姉「あれっ、男泣いてる?」
男「な、泣いてねーよ!」
妹「ま、とにかく食べましょうよ!」
男「(俺は、幸せだ……)」
~~食事がしばらく進み~~
姉「しかしあれからもう一年か~。妹が男を見つけたんだっけ?」
妹「うん。部活の帰りだったかな? 道に男の人が倒れていてびっくりしちゃって」
妹「確かお父さんに電話して、車で迎えに来てもらったんだよ」
父「大分弱ってたもんな。まともに喋れるようになるのに何日かかかった」
母「それで話を聞いたら、記憶がないなんてねえ」
父「色々調べて本人確認は出来たけど、住所も不定、職もなく身寄りもない」
母「うちなら余裕あるし置いてもいいかなってね」
男「本当にありがとうございます。毎日感謝して生きてます」
父「ま、ウチも賑やかになったしな。姉も妹も喜んでいる」
男「……そうなのか?」
姉「えっ、あ……」
妹「まあ……」
母「今日くらい照れ隠ししなくてもいいのに」
~~深夜~~
――男の部屋――
男「……はぁ」
男「罰が当らないかってくらい恵まれている」
男「この部屋だって俺に割り当ててくれて」
男「この机も父さんのものだったのに俺用にしてくれたんだよな」
男「引き出しもいっぱいあるけど、俺が入れる物なんてないか」
男「ははは……」
男「……ん?」
男「何だこれ……」
男「日記帳……?」
男「俺は日記帳なんて持っていないし、父さんのが入ったままだったのかな?」
男「……」
――姉の部屋――
男「俺だけど」コンコン
姉「入っていいよ」
男「なあ、父さんって日記とかつけてた?」
姉「父さんが日記? ……いやぁ、わたしの知る限りでは……。どうして?」
男「俺の机から身に覚えのない日記帳が出てきてさ」
姉「……は?」
男「『は?』って何だよその反応は」
姉「男の机から出てきたんなら、男の日記に決まってるじゃん」
男「……?」
姉「……あ、やば」
男「何が?」
姉「ううん、何でもない!」
男「そうか。邪魔したな」
姉「あはは、おやすみー」
男「……?」
――男の部屋――
男「……少なくとも父さんの日記じゃないらしいから」
男「読んでもいいよな……?」
男「……」パラ
男「!?」
男「……俺の字だ」
男「どういうことだ? 日記をつけた憶えなんて」
男「!」
男「まさか、記憶を失う前の日記?」
男「いや、なら何故そんなものがここに……」
男「……とにかく読み進めよう」
『憂鬱だ。罪悪感で心がいっぱい』
男「……最初のページはこれだけか」
『よりにもよって性格がいい。なおさらくる』
男「……次」
『幸せなほどキツい』
男「……毎日短文な上に説明不足過ぎて何のことやら分からん」
男「でもまあ……」
男「確かに俺が日記をつけるとしたらそんなに長くは書かないだろうし」
男「万が一誰かに読まれた時の為にものすごくぼかして書きそうだな」
男「パラパラめくってみても似たような調子だ」
男「うーん、あまりたいしたこと書いてなさそうだし」
男「そろそろ眠い。明日も仕事がある……」
男「今日は寝て、明日以降日記の続きはゆっくり読もう」
男「おやすみー」
男「zzz……」
~~翌朝~~
妹「行ってきまーす」
男「今日はチャリはいいのか?」
妹「いりませんよ! じゃ」バタン
男「行ってらっしゃい」
姉「おはよー」
男「何だ、今日は早いじゃないか」
姉「……あまり寝付けなくてさ」
男「ほー。姉にもそんなことがあるんだな」
姉「昨日のこと気になってて」
男「昨日のこと?」
姉「さすがに男も気付いたと思うから先に謝っとくよ、ごめん!」
男「??」
男「(……マジで何のことか分からない)」
男「(しかしどうやら姉は自ら己の悪事を白状しようとしているらしい)」
男「(このまま黙っとくか)」
姉「『何で俺が日記つけてること知ってるんだ?』って思ったよね……」
男「? ……ああ」
姉「ごめん! 一度黙って男の部屋には行ったとき、見つけちゃったの!」
男「……え」
姉「でも、それだけだから! 中身まで見てないから!」
男「……」
姉「ホントに中身はこれっぽちも見てないんです! 赦して下さい!」
男「……赦さーん!」
姉「ひぃっ!」
男「罰として今日の朝食は作ってやらん!」
姉「そ、そんなぁ~!」
男「(……)」
――父の車の中――
男「父さん」
父「ん?」
男「父さんって日記とかつけたことあります?」
父「うーん、自慢じゃないが人生で一度もない! 続ける自信が皆無だからね、最初からやらん」
男「そうですか……」
父「でも男くんならマメそうだし、日記つけてみるのもいいかもな」
男「そんな、俺も続きませんよ」
男「(……)」
~~夜~~
――男の部屋――
男「……あの日記の続き、読んでみるか」
『辛い。こんなことしてていいのだろうか』
男「本当にこんなんばっかだな」
『俺はここにいるべきではない』
男「メンヘラの日記みたいだな……ん? この日付……」
『7/11 2011』
男「……去年?」
男「昨日、七月六日に俺が来て一周年……」
男「ってことは、この日記は俺がここに来てから書かれた……?」
男「バカな、何も憶えがないぞ……」
男「まあ記憶喪失だった俺の記憶などあてになるもんでもないが……」
男「……訳が分からなくなってきた」
男「今日はもう寝よう」
男「……zzz」
~~~~~
~~~~~
妹「……あの、大丈夫ですか?」
男「!?」
妹「すごく顔色が悪い……誰か……そうだ、お父さんに電話」
男「(女の……声?)」
男「(……制服、女子高生?)」
男「(マジかよ、神様も俺を見捨てなかったんだな)」
男「(ここで記憶喪失のフリをすればエロゲ的展開が望めるのでは……)」
男「(なん……て……)」
~~~~~
~~~~~
~~~~~
~~~~~
「――きて――」
男「……ん」
「起きてください」
男「妹か」
妹「ご飯の時間です」
男「はいはい」
男「……」
妹「どうしたんですか、ぼーっとして」
男「……変な夢を見ていたような」
妹「へえ、どんな夢ですか?」
男「……」
男「!」
男「いや、思い出せない」
妹「雰囲気だけ憶えているときってありますよねー」
男「あ、ああ」
男「それより今日は2012年の七月八日で合ってるよな?」
妹「んーと、携帯携帯……」パカッ
妹「うん、合ってますよ」
男「そうか」
男「(日曜日か。俺の仕事も休み……)」
男「妹、俺飯食ったらちょっと出かけてくる」
妹「え? こんな朝から何か用事でも?」
男「いや、ただの散歩」
妹「ふーん」
男「……ごちそうさま。じゃ、行ってくる。一時間もすれば戻ってくるよ」
妹「はーい」
――道端――
男「(……ここだ)」
男「(はっきりと思い出せる)」
男「(ここが、俺の倒れていた場所)」
男「(……俺の持っている一番古い記憶は、あの家で目が覚めた時のもの)」
男「(俺がここで倒れていたとは聞いたが、倒れていたときの記憶はなかった)」
男「(しかし今、思い出せている)」
男「(記憶が戻ってきているのか……?)」
男「(……あの日記を読んだことが何かの刺激になったのかもしれない)」
男「(全部は思い出せない)」
男「(だけどこれだけ思い出した)」
男「(俺はこの家に来たとき、記憶を失ってなどいなかった!)」
男「(なぜ倒れていたか、ここに来る前は何をしていたのか、そういうことは思い出せない)」
男「(ただ、記憶を持ってこの家に来た。その事実だけは思い出せる)」
男「(……どういうことだ?)」
男「(今俺は、二つの矛盾した記憶を持っている)」
男「(記憶を失ってこの家に来たという記憶)」
男「(記憶を保ったままこの家に来たという記憶)」
男「(……くそっ。意味が分からねえ)」
――家――
男「ただい……」
男「(話し声……姉と妹か)」
姉「男ってさ、ここに来たときから性格変わったと思わない?」
妹「そう?」
姉「最初の方は何ていうか……もっと死にそうなオーラ出してたじゃん」
妹「あー、分かるかも。鬱っぽいっていうか」
姉「記憶が無いっていうのはそれだけ不安だったのかな。まあ明るくなってくれてよかったよ」
男「……」スッ
妹「あ、男さん」
男「……」テクテク
姉「あれっ、どこ行くの?」
男「部屋」
姉「……?」
――男の部屋――
男「日記……日記を読もう……」
男「この日記は俺がこの家に来てからつけたもの。もっとも俺にその記憶はないが……」
男「何らかの手がかりになるはず」
『もういっそ出ていきたい』
『俺なんかいないほうがいい』
男「……」
『最近物忘れが激しい』
男「……? 何か急に辛いとか苦しいとかじゃない文が出てきたな」
『怖い。どんどん忘れていく』
男「……」
『記憶を奪われている?』
男「っ……!」ガタッ
男「……よく分からないが」
男「俺がだんだん記憶を失っていっている、そういう風に見える」
男「……記述は一ヶ月分ほど」
男「最後の記述は」
『いつか俺がこの日記を読むことがあれば』
男「……」
コンコン
男「っ!?」ビクッ
姉「あの……男?」
男「……姉か。ど、どうした?」
姉「……入っていい?」
男「お、おう……」
キィ……
姉「……」
男「な、何か用か?」
姉「……男さ、何かいつもと調子違くない?」
男「そうか……?」
姉「何かわたしたちのこと避けているっていうか」
男「そんなことないぞ?」
姉「……日記のことなの?」
男「!」ビクッ
姉「勝手に見たことは謝るよ。だからそんな態度取らないでよ……」
男「い、いや。そのことは気にしてないって。つーか今まで忘れてた」
姉「本当?」
男「ああ」
姉「でも今朝から様子変だった」
男「うーん。妙な夢を見たからな。それを引きずっているのかもしれない」
姉「……どんな夢?」
男「……!」
男「憶えて……ないよ」
姉「……そっか」
姉「……」
姉「わたしの思い過ごしかぁー」
男「そういうこと」
姉「なーんだ」
男「姉って意外と細かい事気にするのな」
姉「ま、まあね。じゃ、お邪魔しましたー」
男「……」
姉「……さっきから汗すごいけど大丈夫?」
男「あ、ああ……今日は暑いからな」
姉「そだね。じゃっ」バタン
男「……」
男「(ひょっとして……何か知っているのか……?)」
――居間――
妹「あ、男さん」
男「……ああ」
妹「さっきはどうしちゃったんですか? 帰るなり部屋って」
男「今日暑かったから疲れてな」
妹「ふーん。さっき姉と男さんって昔はどんな人だったんだろうって話してたんですよ」
男「!」ピク
妹「まあこの手の話は何回もしているんですけど、結局知らない方がいい気がして」
男「……どうして?」
妹「だって住むところも仕事も無かったんですよ? 今の方が幸せに決まってます」
男「……そうかもな」
男「(先ほどから俺の脳裏を嫌な考えがよぎっている……)」
男「(俺はこの家に来た時点で記憶を失ってはいなかった)」
男「(むしろ記憶を失ったのはこの家に来た後だろう。現に俺はあの日記のことを憶えていなかった)」
男「(つまり……)」
男「(俺が記憶を失ったことに、この家は何か絡んでいるんじゃないか……?)」
男「(この家こそが、俺が記憶を失った原因なんじゃないか……?)」
妹「男さん?」
男「あ、ああ」
妹「だから本音を言えば、男さんに思い出して欲しくないんですよ」
男「……」
妹「自分勝手な話ですけど。男さんは自分の記憶、取り戻したいですか?」
男「っ……」
男「いや、今が十分幸せだし、もう自分の記憶にあまり興味はないよ」
――男の部屋――
男「はぁ……」
男「あいつらの今日の言動……」
男「姉は日記のことに突っ込んできたし、妹は記憶を取り戻して欲しくないとかなんとか……」
男「そしてこの日記の記述……」
『記憶が奪われている?』
男「マジであいつら……」
~~~~~
~~~~~
男「(アパートは引き払った)」
男「(残り少ない貯金も全部飯に使った)」
男「(もういつ行き倒れてもいいぞ)」
男「(どーせ死んじまっても構わないんだ)」
男「(……しかしあてもなく歩いてきたが、さすがに疲れたな)」
男「(一昨日から飯食ってねーし……)」グラッ
男「っ!!」
男「(転んじまった……立ち上がる力もねえ……声も出ない)」
男「(ま、丁度いいや。こうやって倒れてれば可愛い女の子が見つけてくれて)」
男「(『大変! お父さん、倒れている人が!』……なんて)」
男「(はは、都合のいい妄想も大概に……)」
~~~~~
~~~~~
――男の部屋――
男「……」
男「……夢……?」
男「……」
男「何か、思い出してきたような……」
男「……そうだ」
男「……俺があそこに倒れていた理由」
男「記憶喪失のフリをしてあわよくばどこかの家庭に寄生しようと……」
男「……マジでこの家に来てからの記憶が無くなっている」
男「いや……改竄されている」
男「……もう夕方か」
「男くん? 夕ご飯出来たよー?」
男「母さんの声……寝過ぎて昼食スキップしたのか」
男「はーい」
――食卓――
「「いただきます」」
男「……」モグモグ
妹「……あの、男さん」
男「ん?」
妹「……ひょっとして、ひょっとしてなんですけど……」
男「?」
妹「記憶が戻ってきているんじゃないですか?」
男「っ!?」
妹「さっきはあんなこと言っちゃいましたけど、記憶が戻っているなら言ってほしいです」
妹「そりゃ本音を言えば戻ってほしくないですけど、思い出したのなら……」
姉「やっぱ今朝からの男は変だったよ。日記のこと怒ってないとしたらなおさら」
男「(どうする……!? 正直に言うべきなのか?)」
男「(言ったら……言ったらどうなるんだ?)」
姉「言い出しづらいのは分かるけどさ、そこ隠したまま暮らしていくと色々困るから」
男「……少しだけ」
男「だけどそれはここに来る前のことじゃなくて」
姉「……何を言ってるの?」
男「ここに来た後のこと」
男「俺がここに来てからしばらくの間の記憶が、書き変わっていることだけ思い出した」
男「なあ……どういうことなんだよ」
妹「どういうことって……」
男「俺はあんな日記つけた憶えがないんだ!」
姉「……」ヒソヒソ
妹「……」ヒソヒソ
男「な、何だよ」
姉「男、明日わたしは授業ないから、一緒に病院に行こう」
男「――!!」ダッ
妹「あ、男さん!? どこへ!?」
――市街――
男「……ハァ……ハァ」
ヴー! ヴー!
男「……」パカッ
『不在着信11件 新着メール3通』
男「くそっ……」ダッ
男「ふざけんな……ふざけんな……」
男「(全部思い出したよ……)」
男「(この家に来る前のことは)」
男「(俺は身寄りのないフリーターで)」
男「(クソみたいな毎日にうんざりしていて)」
男「(のたれ死ぬのも覚悟でアパート引き払って貯金使い果たして)」
男「(運よく女子高生に見つけてもらったから記憶の無いフリをして……)」
男「(なのにいつの間にか本当に記憶が無くなっていたんだ!)」
男「くそっあの家絶対おかしい……!」
『記憶が奪われている?』
男「うわああああああっ!!!」
男「はぁ……はぁ……」
男「もう走れねえ……」
姉「あ、止まってる」
男「え……」
妹「ようやく追いつきました」
男「お、お前らどうしてここに……」
姉「男が家を飛び出していったときからずっとチャリで追っかけてきたんだよ」
妹「すっごい勢いで走るものだから中々追いつけませんでしたけど」
男「は……はは……」
男「……」
男「分かったよ、全部話すよ……」
(妹は姉の後ろに乗って来ました)
男「記憶は全部戻ってたよ。お前らに会う前までの記憶は!」
男「俺はもともと記憶喪失なんかじゃなかった!」
男「記憶喪失のフリをしていれば誰か人の良い家族に養ってもらえるんじゃないかってバカこと考えてたら」
男「本当にお前らに拾ってもらえたんだ」
男「だけどいつの間にか本当に記憶を失ってた!」
男「俺は記憶喪失になってお前らの家に来たもんだと思い込んでいた!」
男「一体どういうことなんだよ! なあ!?」
姉「……」
妹「……」コクン
妹「……良かったじゃないですか」
男「何……?」
妹「本当に記憶を失ってしまったのは男さんにとって良かったと言っているんです」
男「はぁ?」
妹「だってそれはもともとあなたが望んでいたこと」
妹「記憶喪失になって人の良い一家に養ってもらう」
妹「全部叶ったじゃないですか」
妹「記憶が戻っちゃったのはアクシデントでしたけど」
妹「わたしたちは男さんがもともと記憶喪失のフリをしていたのだとしても」
妹「今までと変わらず接しますよ」
妹「何も怯えることなんてない」
男「(……そういえば)」
男「(俺は何に怯えていたんだ……?)」
男「(記憶が奪われること?)」
男「(それこそ俺が望んだことじゃないか)」
男「(仮にあの家にいることで俺の記憶がなくなっているのだとしても)」
男「(何の不都合もない)」
男「(こいつらは再び迎えてくれると言っているんだ)」
男「そうか……そうだよな」
妹「だから、ほら。わたしたちと一緒に来て」
妹「いっそまた全てを忘れて」
姉「家に帰ろうよ」
男「……ああ」
俺は幸せだ
記憶をなくしても、優しい家族が俺を迎えてくれる
昔のことは思い出さなくていい
今、幸せだ
今、幸せだ
何も考えなくていい
――翌日、俺は姉に病院へと連れていかれた。
また記憶を失うのかな、そんなことを思った。それでもいいやと思った。
男「……俺、何でこんなところにいるんだ?」
――病院、精神科――
姉「――最初からこうしておけば良かったんだけど」
姉「さっきまで受けてた検査では、脳とかに異常はないって」
姉「だから記憶がおかしなことになっているとすれば、トラウマとかそっち系の原因である可能性が高いって」
姉「これから診てもらう先生は似たようなケースもいくつか見ているみたいだし、安心していいよー」
男「あ、ああ……?」
――診察室――
男「(……ふかふかの椅子。薄暗くてアロマキャンドルなんかもあって)」
男「何か病院っぽくないですね」
医者「これから催眠療法を行いますから、なるべくリラックスして貰えるようにと」
男「催眠……?」
医者「あなたの記憶喪失、あるいは記憶の改変……その原因は」
医者「多大なストレスなどにより、あなたの心自体が記憶を押し込めようとした、変えようとした」
医者「そんなことが考えられます」
医者「これからわたしがする質問に答えていってください」
……
……
男「(医者の言う通りにしていると)」
男「(だんだん身体がふわふわしてきて)」
男「(何だか眠くなって……き……)」
~~~~~
~~~~~
男「ん……うう……」
妹「あっ」
男「ここは……?」
妹「目が覚めましたか?」
男「!」
男「(そうだ、奇跡的に可愛い女子高生に見つけてもらったんだった!)」
男「(やる……のか? いや、願ってもないチャンス! やるしかないだろう!)」
男「ここはどこ……?」
妹「わたしたちの家です。あなた、道端で倒れていたんですよ?」
男「倒れ……思い出せない……」
男「というか俺は何をして……仕事? どこに住んでいた? 友だち……俺の名前は?」
男「……思い出せない」
妹「まさかあなた……記憶が……?」
~~~~~
~~~~~
父「身寄りもないみたいだし、よければウチで男くんの面倒を見るというのは……」
男「本当ですか!? 申し訳ない……でも、正直すごくありがたいです」
男「(おいおい、本当にこんな展開になっていいのか……?)」
母「新しい家族の一員として、歓迎するわ」
姉「うん!」
妹「賑やかになりますね」
~~~~~
~~~~~
男「(何だか罪悪感が……)」
姉「ね、この家で暮らすんだからさ、ウチの周り案内するよ」
男「あ、ああ。じゃあ案内してもらおうかな……」
――デパート――
姉「はい、おこづかい」
男「え?」
姉「せっかく来たんだから何か欲しいもの買っていこうよ」
男「そんな、悪いって」
姉「これから一緒に暮らしていくんだから、いちいちそんなこと言ってちゃやってけないって」
~~~~~
~~~~~
姉「何買ったの?」
男「ちょっと、本を」
男「(本当は日記帳だけど。まあ似たようなものだろ)」
男「(奇妙な暮らしが始まるのにあたって、何となく欲しくなった)」
~~~~~
~~~~~
父「ここが男くんの部屋だ。もともと空き部屋みたいなものだったし、好きに使ってくれ」
男「あ、ありがとうございます」
――男の部屋――
男「……」
男「……何やってんだ俺」
男「こんないい人たちを騙して……」
男「……くそっ」
男「日記でも書くか」
『憂鬱だ。罪悪感で心がいっぱい』
~~~~~
~~~~~
父「男くんも一日中家にいるというのも暇だろうし、俺の会社の手伝いをしてみないか?」
男「それって……仕事をくれるってことですか……?」
父「嫌ならいいんだけど」
男「と、とんでもないです! ありがたくやらせて頂きます!」
男「(クソみたいな生活をしていた俺が……こんないい家族と暮らして職も?)」
男「(だけど俺はこの人たちを騙し続けて……)」
男「(……くそ)」キリキリ
~~~~~
~~~~~
妹「ただいま、男さん」
母「オムライス好きって言ってたからね、作ってみたの」
姉「早く食べよー」
父「今日もお疲れさん」
男「……」
男「(俺は何で……)」
男「(いっそ)」
男「(本当に記憶なんて無くなってしまえばいいのに)」
~~~~~
~~~~~
男「……俺は何を?」
男「ああ」
男「最近物忘れが激しいな」
男「(俺は)」
男「(……)」
男「(記憶がなかったんだっけ)」
男「(倒れているところをこの家に運ばれてきて)」
男「(昔何をしていたかは思い出せなくて)」
男「(……)」
男「(……?)」
男「……」
~~~~~
パンッ
医者「どうでしたか?」
男「ハァ……ハァ……」
男「俺は……」
男「いい人たちに巡り合えてすごく幸せで……」
男「その一方であの人たちを騙しているっていう罪悪感で胸がいっぱいで……」
男「それはすごいストレスで……」
男「いつしか……記憶がなくなってしまえばいいのにって思うようになって……」
男「それで……それで……」
男「ああ……あああ……」ポロポロ
~~1年後~~
妹「(毎年この日は、男さんが来た日として祝うことにしました)」
妹「ハッピーバースデー!」
男「いや、ホント今年も悪いですね」
母「どんどん食べてね」
姉「で、今年も思い出さないの? 昔のこと」
男「ああ、全然……。まあ今更気にならないけど」
姉「そっか」
男「あ、父さんって日記とか付けるんですか?」
父「いや? どうしてだい?」
男「俺の机から身に覚えのない日記が……」
姉「はぁ? 男の机から出てきたなら男の日記に決まってるじゃん」
男「でも本当に覚えが無くて……」
妹「(お医者さんからことの真相を聞かされたときはびっくりしました)」
妹「(男さんが自分で自分の記憶を封じ込めていたなんて)」
妹「(……まあ)」
妹「(わたしたちを騙しているっていう罪悪感が原因だったわけで)」
妹「(全てを思い出してしまった後どうなるかは……)」
妹「(でもいいんです)」
妹「(わたしたちは男さんを歓迎するし)」
妹「(男さんとしても、記憶なんてないほうがいい)」
妹「(わたしたち家族はこれからもずっと一緒)」
妹「ずっと」ニコ
男「?」
妹「(ただ……今年も見つけてしまったみたいです、あの日記)」
妹「(これはまたひと騒動あるかも……)」
妹「(でもまたすぐにいつも通りの日常が始まります……よね)」
END
117 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/07/06 04:35:17.79 pxlS6c8I0 70/70スレタイみたいなバカなこと考えてた男が本当に記憶を失っていったら面白くね? 程度の発想で始めました
とりあえず途中のは催眠療法による回想です。ループだと勘違いさせてしまったらすみません
オチを自分で解説するのは寒い気がするんでそろそろ寝ます。ありがとうございました