男「なんてツラだ……」
男(鏡を見るたび思う……これは死にたい・死にゆく人間のツラだって)
男(よし、死のう……!)
男(だけどその前に、一度やってみたかったことがある)
男(自殺志願者を励ましてくれるっていう、自殺防止相談センターに電話してみよう。もちろん冷やかしで)
プルルルル…
男「もしもし、死にたい者なんですけど……」
電話『死にたい……』
男「は?」
元スレ
男「死ぬ前に、冷やかしで自殺防止相談センターってとこに電話してみるか」電話相手「死にたい……」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1600592404/
電話『もうたくさん……死にたい……』
男「いや、死にたいのはあなたじゃなく俺であって……」
電話『早く死にたい……もう限界……』
男「聞けよ! それは俺の方で――」
電話『というわけで……今日死にます……』
男「ちょっと待った待った待った!」
男「なんで!? なんで死にたいの!?」
電話『私、友達もいないし、恋人もいないし……』
男「そんなことで!? いや、俺も似たような理由だけど……」
電話『こんな仕事してると、みんな暗い話ばかりしてきて……』
男「そりゃそうでしょうよ。明るい自殺志願者なんているかい」
電話『こっちまで気が滅入ってきて……だから死にます』
男「だから待ったァ! 死ぬの待ったァ!」
男「明るい話する!」
電話『……え?』
男「俺が今から明るい話します! だから死ぬの待って下さい!」
電話『はぁ……』
男(明るい話なんかないけど……とにかく絞り出すしかない!)
男「えぇーと、俺の友達が月極駐車場を、月極(げっきょく)グループって企業がやってる駐車場だと思ってて……」
電話『……くすっ』
男(使い古されたネタだけど笑ってくれた!)
男「……と、こんなところかな。どうだった?」
電話『ありがとう……』
男「死にたくなくなった?」
電話『とりあえず、今日のところは……』
男「また電話するからね」
電話『はい……』
男(だけどこの人、またいつ自殺するか分からないな。毎日電話しないと……)
……
男「もしもし」
電話『あら、またあなたですか。死にたいです……』
男「そうだと思って、今日も明るい話をしにきたよ」
電話『いったいどんな?』
男「電力を表すワットってのは、電気を発見した人がワッと驚いたからって説が……」
電話『ぷぷっ! まさか~!』
……
男「もしもし」
電話『こんにちは、いつもお電話下さってありがとうございます』
男「いや、こっちも暇だしさ。で、今日は死にたい?」
電話『ええ、死にたいです』
男「そういうと思って、今日はね、面白い漫才を紹介するよ」
電話『漫才! それは楽しみです!』
男「なんでやねーん! どうもありがとうございましたー!」
電話『ふふっ……』
男「面白かった?」
電話『面白かったです! 特にオチまでの畳みかけるようなツッコミが……』
男「明日はもっと面白い話を仕入れてくるからね」
電話『はい、待ってます』
男「……」
男(いつしか俺の中で芽生えた感情――)
男(会いたい……)
男(この人に会いたい……)
男(分かってる情報は、声からして女ってことと、おそらくまだ若いってことぐらい。他はなにも知らない)
男(だけど、何度も電話でやり取りするうち、どうしても会いたくなってしまった……!)
男(もちろん、下心がないといえば嘘になる)
男(だけどそれ以上に、俺以上に“死にたい”と思ってる彼女と、直接話したい……!)
男「えーっと、自殺防止相談センターってどこにあるんだ?」
男「……」ポチポチ
男「ふーん、電車で片道一時間ってところか」
男(思い立ったが吉日だ! さっそく行ってみよう!)
男(こうして、目標を持って積極的に動くなんて、何年ぶりのことだろう!)
男(心なしか体も生き生きしてきたぞ!)
ガタンゴトン… ガタンゴトン…
放送『次は○×町~、○×町~』
男(次だ……)
プシュー…
男(初めて降りる駅だ……。なんだかちょっとした冒険に出た気分だ)
男(待っててくれ……自殺防止相談センターのお姉さん! 今行くよ!)
<自殺防止相談センター>
男「ここだ……」
男(緊張するなぁ~)
男(上手く会えるだろうか……初めて高速道路に入る時のような高揚感……!)
男「入ろう!」
男(アクセル踏んだら、もう引き返せない……!)
男「す、すいません」
受付「はい、なんでしょう」
男「こちらで電話相談を担当されている方にお会いしたいんですが……」
受付「担当の名前は分かりますか?」
男「……」
男(そういや知らねえ……聞いておけばよかった……)
男「声! 声を聞けば分かります!」
受付「そうおっしゃられても……」
男「お願いします! 少しだけでいい! 会いたいんです!」
受付「申し訳ありませんが、お約束がなければ……」
男「会わせないと、自殺するぞぉぉぉぉぉ!!!」
受付「えええええ!?」
警備員「こちらが、電話相談を担当している部署の部屋です」
男「ど、どうも」
男(我ながらとんでもないことをしちまった。通報されてもおかしくなかったぞ)
男(だけど、警備員さん付きでこうして入れてもらうことができた)
プルルルル…
「もしもし……」 「お悩みは?」 「なるほど……」 「一人で悩まず……」 「はい、こちら……」
男(この中の誰かが……彼女のはず!)
男「!」ピクッ
男(この声! 間違いない!)
男「いた! いました!」
男(電話を終えたところを見計らって……)
男「あの、初めまして」
女「あなたは?」
男「この声で……分かりませんか?」
女「あっ……! どうしてここへ?」
男「一度だけでいい。どうしても会いたかったので……」
男「そしてなにより、死にたがってるあなたが心配だったからです」
女「……」
女「ぷっ、アハハハッ」
男「え」
女「死にたい……そんなことも言いましたっけね。あんなのウソに決まってるじゃないですか」
男「ウソ……?」
女「死にたいと思ってる人に、こちらから“死にたい”といえば、その人は当然死ぬどころじゃなくなる」
女「私を死なせまいと、あれこれ工夫しようとするはずです」
女「するといつしか、その人の死にたいという気持ちはなくなってるという寸法です」
男「あ……」
女「現に、あなたからは死にたいなんて気持ちはなくなってるでしょう? 顔を見れば分かります」
男(顔……)
警備員「そろそろよろしいですか? あまり部外者を中に入れるわけにはいかないので……」
男「あ、はい」
女「では、仕事がありますので」
警備員「今回は本当に特別ですからね。また来たら警察を呼びますよ」
男「すいませんでした……」
女(やっと仕事が終わった……)
女「さて、帰ろうっと」
スタスタ…
女(いつも通り、センターを出て……)
スタスタ…
女(いつも通り、駅まで歩いて……)
スタスタ…
女(いつも通り、電車に乗って……)
ガタンゴトン… ガタンゴトン…
プシュー…
女(いつもとは違う駅で降りて……)
スタスタ…
女(人がいないビルの階段を昇って……)
カンカンカンカンカン…
女(屋上にたどり着いたら――)
ザッ
女(遺書を置いて、飛び降りよう)
バッ
男「やめろォ!!!」ガシッ
女「な……!?」
男「やっぱり……やると思った……」
女「なんで、あなたがここに……!?」
男「ストーカー呼ばわりを覚悟で、ずっと尾けてた」
男「さっき“死にたいかどうか顔を見れば分かる”っていったよな。あれでピンときたんだ」
男「“死にたいのはウソ”と言いつつ君の顔は、かつての俺とそっくりだった……」
男「だから、死のうとしてるって分かったんだ」
女「うっ……」
女「お願い……死なせて……」
女「私、この仕事に疲れちゃって……死にたかったけど、なかなか死ねなかった……」
女「だけど、あなたが私に会いに来てくれたことで、なんだか報われた気になって……」
女「やっと死ぬ決心ができたの……」
男「死なないでくれ……!」
女「え……」
男「俺は君のおかげで死のうってところから立ち直れた……!」
男「悲観的で消極的だったのに、明るい話して、電車で君に会いに行くことすらできるようになった……!」
男「そんな君が自殺することなんか耐えられない! だから生きてくれ……!」
女「……!」
男「もし、今の仕事が嫌なら辞めればいい! お金のことは……多少は何とかなる!」
男「もし、友達が欲しいなら俺がなる! だから! だから……!」
女「……」
女「ありがとう……ございます」
女「あなたを見て……私、思い直しました。私の仕事、ちゃんと役に立ってたんだなって……」
女「だって、あなたみたいな素敵な人を死なせずに済んだんだもの……」
男「いや、素敵な人ってのは……(ちょっとオーバーかも)」
女「私、決めました!」
男「え?」
女「今の仕事、やめません! これからも頑張ります!」
男「大丈夫? 無理してない?」
女「はい、平気です! あなたがいてくれるなら……!」
男「ああ……いるさ! 辛い時はいつだって俺に電話してくれ!」
女「します! しまくります!」
男「というわけで、番号交換しない?」
女「はい!」
……
……
男(トイレで鏡を見る)
男(うん、生き生きとしたいいツラだ……死にたいだなんて気持ちは微塵もない)
男(彼女に電話をかけてみよう)
プルルルルル…
男「もしもし?」
女『あ、もしもしー』
男「今、死にたい?」
女『ううん、死にたくない。そっちは?』
男「俺も死にたくない。ってわけでこれからデートしない?」
女『いいよー!』
男「じゃ、○×町駅で待ち合わせってことで!」
女『オッケー!』
男「じゃ!」ピッ
通行人(死にたいとか死にたくないとか物騒な会話してるわりに幸せそうだなぁ……)
終わり