神界――
先輩「どこ行くんだ?」
神「ちょっと人間界に“人”になって降りてみようと思いまして」
先輩「変わったことすんなぁ。なんでまた?」
神「実は俺、100年ぐらい前に人間界に降臨して人助けをしたことがあって」
神「その時助けた奴が俺に感謝して、俺を信仰する宗教を作ってくれたんですよ」
先輩「へぇ~、お前もやるじゃん」
神「で、今その宗教がどうなったのか、せっかくなんで人として見に行こうと思いまして」
先輩「なるほどな。人になったら文字通り、能力は人並みになるから気をつけろよ」
神「はいっ、行ってきます!」
元スレ
神「俺を信仰してる宗教がヤバイカルト教団みたいになってるんだがwww」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1599044431/
……
男(とまぁ、俺は人になって下界に降りた。開祖となった人間に出会ったのはこの地域だったはずだ)
男(俺が開祖に教えたのは――)
男(あまりお金に執着するな・友達をいっぱい作れ・ご飯はよく噛んで食べろ、この三つだけ)
男(こんないい加減な宗教、とっくになくなっててもおかしくないよな)
男(まあ、それならそれで、話のタネにはなる――)
父「今日もオーラカ教の教えに従うぞ!」
母「ええ!」
子「……」
男「!」
男(≪オーラカ教≫ってのは、俺を信仰してる宗教! 名前の由来はもちろん“おおらか”!)
男(今も残ってたのか、やったぜい!)
父「まずはこの家だ」ピンポーン
家主「はい」
父「オーラカ教に入信しませんか?」ニコッ
家主「……!」
母「私たちと一緒に大らかに暮らしましょう!」ニコッ
家主「いや……うちは仏教だから……」
男(布教活動か……ご苦労さんです)
父「呪われろ~……」
母「呪われろ~……」
家主「なんだあんたら! とっとと帰ってくれ!」バタンッ!
父「地獄に落ちろ……クズめ」
母「ええ、オーラカの教えを理解できない者はクズよ」
父「次行くぞ。信者を増やさねばならん」
子「……」
男(んん……? んんんん……?)
男(なんだこいつら……ちょっと様子がおかしいぞ……)
父「くそっ、ここもダメか!」
母「どいつもこいつも地獄に落ちればいいのよ!」
子「……」
「あいつら、オーラカ教だぜ」 「近寄るなよ……」 「今日もあちこち回ってる。怖いわね~」
男(ご近所でも悪い噂立ってんじゃん、あの家族!)
<家>
父「いただきます」ニコッ
母「いただきます」ニコッ
子「……いただきます」
モグモグモグモグモグモグ…
モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ…
窓の外から――
男「……」コソッ
男(たしかに“ご飯はよく噛め”って教えたけど……いくらなんでも噛みすぎじゃね?)
子「……」ゴクン
父「コラ! 一口ごとに1000回噛めっていったろ!」
母「そうよ! 神の教えを破るというの!?」
男(1000回!? 俺そんな数字出した覚えねーぞ!?)
男(それにそんだけ噛むとかえって顎に悪そうだぞ……? 飯もドロドロになるだろうし……)
父「教えを破る子は……“ギルテ”だ!」
母「“ギルテ”よ!」
父「オーラカの教えの下、これより“バーツ”を与える!」
バシッ! バシッ! バシッ!
子「いたっ……! いたいっ……!」
男(なにいいい……!? “ギルテ”とか“バーツ”とか俺知らねえぞ!)
男(これが……俺を信仰してる宗教の信者!? どうなってんだよ……)
……
父「今日は待ちに待った集会だね」
母「教祖様にお会いできるのが楽しみだわ」
子「……」
男(集会……。教団の今のトップである“教祖”と、信者たちが一堂に会するわけだ)
男(俺も行ってみよう。オーラカ教の全容を掴めるはずだ!)
<集会場>
ガヤガヤ…
男(入信したいから見学させてくれっていったら、案外簡単に潜り込めた……)
男(数百人は集まってるな……)キョロキョロ
男(だけど、素直に喜べない……。気になることが多すぎる……)
ザワッ…
「おおっ、教祖様だ!」
「教祖様がいらっしゃったぞ!」
「ありがたや、ありがたや……」
教祖「皆さん……神の教えを守っていますか?」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
男(ずいぶん派手な衣装を身につけた奴が来たなぁ……)
男(俺が出会った“開祖”になった人間は、質素倹約を地でいくような奴だったのに……)
教祖「神の教えはこの三つです」
教祖「お金に執着するな。ゆえに教団に財を捧げる“フーセ”」
教祖「友達をたくさん作る。つまり信者を増やす“トーモ”」
教祖「食べ物はよく噛む。一口ごとに1000回噛む“カーム”」
教祖「この三つを守れば、神は我らを救って下さるのです」
男(フーセとかトーモとか、俺はこんなこと一言もいってないぞ!)
男(俺の教えを曲解しやがって……。曲げるどころかもう別物だろこれ)
教祖「さて、あなた」
信者「は、はいっ!」
教祖「あなたは今月、トーモを何人増やしましたか?」
信者「それが……今月は一人も……」
教祖「……」
教祖「それは……よくありませんねえ」
教祖「この方はギルテ! バーツを与えなさい!」
側近「はい」
バシッ! バシッ! バシィッ!
信者「ぐはっ! ぐえっ! ――ぐあっ!」
教祖「よいですか? 神の教えを守れない者はギルテであり……こうなるのです」
男(出たよ……ギルテ)
男(あんな棒で何発も……。やりすぎだろ……どう考えても……)
教祖「それでは神に選ばれし私にしか出来ぬ“奇跡”をお見せしましょう」
教祖「神よ、我に力を与えたまえ!」
教祖「見よ! 手から聖水が……!」チョロロロロロ…
オォ~……!
男(もちろん俺はなんもしてません)
男(なにが奇跡だ……ただの手品じゃねーか! 袖のところに袋が見えてるっつーの! 誰か気づけ!)
男(まさか、こんな胡散臭い教団になってるとは……俺はどうすべきなんだ……!?)
女「教祖様!」バッ
教祖「ん?」
「誰だあの女!?」
「教祖様の話を遮るなんてギルテだぞ!」
教祖「まあまあ、待ちなさい。なにかおっしゃりたいことがあるのですか?」
女「はい」
男「……?」
女「私は……絶版になった開祖様が書いた書物を読んだことがあります」
教祖「ほう?」
女「それによると、オーラカ教はもっと大らかな宗教だったはずです」
女「なのになぜ、こんなお金儲けやノルマを課したりするような宗教になってしまったのですか!?」
女「私には、あなたがオーラカ教を私物化してるようにしか思えません!」
ザワザワ…
男「そうだ! その通りだ!」
ギロッ!
男「あ……(やべ、つい……)」
教祖「諸行無常という言葉があります。この世のあらゆるものは常に変化しているのです」
教祖「馬車は自動車になり、黒電話はスマートフォンになり、今や和服を着ている方は珍しい」
教祖「時間は絶えず流れていますし、我々も常に年を取っている」
教祖「これは宗教も同じこと。時代の流れとともに、宗教の性質が変化するのも当然のことです」
女「ですが……!」
男(屁理屈だな……だいたい諸行無常って仏教の言葉じゃねえか?)
教祖「どうもあなたにはまだ信心が足りないようですねえ」
女「う……!」
教祖「この二人は大ギルテです! 懲罰室に送って、悔い改めるまで特別なバーツを与えなさい!」
側近「はい」
男(やっぱり俺もかよ!)
側近「さぁ、バーツを与えてやる」
女「これまでね……」
男「大丈夫さ。ここは俺に任せとけ、お嬢さん」
女「え?」
男(今の俺は能力は人並みだが、それでも神は神だ)
男(近くに自分を信仰してる人間がいればいるほど力を増すことができる!)
男(今ここには大勢の“俺の信者”がいる……)
男(つまり……人間の10人や20人に負けないぐらいの力は十分発揮できるはず!)
ところが――
男「行くぜ!」
男「吹き飛べ! カァァァッ!」
男「神パワー発動! キェェェッ!」
シーン…
男「あ、あれ……?」
側近「?」
男(おかしいな、全然力が出ない。どうしてなの?)
男(そうか……分かった!)
男(教祖を始めとした幹部連中は、宗教で金儲けしたいだけで当然俺なんざ信仰してないし)
男(信者たちもそいつらが捻じ曲げた教えを守ってるだけ……俺を信仰してるとはいえない)
男(ようするに、この場に俺を信仰してる奴なんて一人もいない! 顔が濡れたヒーロー状態!)
バキィッ!
男「ぶぎゃあっ!」
男(思い切り殴られた……俺、一応神様なのに……)
側近「さぁ、ひっ捕えてやる」パキポキ
男「ひえええええ……! 神様助けて……!」
……
男「う、うう……」ボロッ
男(あーあ、捕まっちまった……)
女「大丈夫ですか?」
男「まあね……丈夫さだけは自信あるんだ」
男(なんてことだ……)
男(俺を信仰する宗教は現存してたけど、もはや俺のことなんざ誰も信仰してないなんて……)
男(トホホ、あんまりだよぉ~!)
男「これから俺たちはどうなるんだ?」
女「拷問まがいの罰を与えられるんだと思います。悔い改めるまで……」
男「ようするにボコボコにして、二度と逆らえないようにするってことか」
男(この宗教の一体どこが大らかなんだよ……“キビシー教”とかに改名しろ!)
ギィィィ…
拷問官「さぁ、教育してやる!」
拷問官「女の方は特に念入りになァ……覚悟しな!」
男「……」
女「くっ……」
男「うおおおおおおおっ!」ドカッ!
拷問官「うぎゃっ!」ドサッ…
男(さっきの俺の無様なやられっぷりを見てるだろうから、油断してると思った!)
男「おい、逃げるぞ!」
女「え!?」
男「早くしろ!」
女「は、はいっ!」
タタタッ…
拷問官「ぐっ、まさか抵抗してくるとは……。ま、待て……」
……
男「はぁ、はぁ、はぁ……」
女「はぁ、はぁ、はぁ……」
男「ここまで逃げれば大丈夫だろう」
女「ありがとうございました……」
男「ところで、君はオーラカ教について結構詳しいみたいだね」
女「ええ、私も信者ですから」
男「俺は入信したばかりなんだけど……よかったら色々と教えてくれないか?」
女「かまいませんけど……」
<ファミレス>
男「……なるほど、今の教祖になるまでは、穏やかな宗教だったと」
女「ええ、お金に執着しない・友達を作る・ご飯はよく噛む、を守ろうとするだけの団体だったと聞いてます」
女「ボランティア活動なども行って、地域の人にも親しまれてたそうです」
女「ですが、あの男が教祖になってから――」
男「みるみる教団は変わっていき、教祖連中を潤すためだけの団体になっていったわけか」
女「はい……」
男(この国じゃ宗教は税制面その他で優遇されてると聞く)
男(宗教は儲かると踏んだあの教祖が、弱小だったオーラカ教を上手い具合に乗っ取り)
男(自分の都合のいいように作り変えてしまったんだろう……)
女「それに、オーラカ教には私の親類や友人も何人も入信してて……」
女「洗脳されて、ほとんど全ての財を持っていかれた人もいるんです……」
女「だから、集会で教祖を糾弾して、皆の目を覚まさせようと思ったのですが……」
男「……」
男(神が人間にこんなことしちゃいけないのかもしれない。だけど、せずにはいられない――)
男「ごめんなさいっ!」
女「え?」
男「本当にごめんなさい! 俺が悪いんです! 申し訳ないっ!」
女「なんですか、いきなり? なんで謝るんです?」
男「……」
男(神に戻って、あの教祖を制裁するのは簡単だ……。教祖に何人部下がいようと俺の敵じゃない)
男(だが、神として人間界に干渉するのはあまり好ましくないし、あまりにも芸がない)
男(それにやってることは、結局あの教祖と一緒になってしまう)
男(あくまで“今の俺”で、奴らを打ち負かしたい……! そうでなきゃ意味がない……!)
男「あのさ……」
女「はい」
男「もしも俺が神だっていったら……信じてくれる?」
女「え……?」
……
男「――というわけなんだ。全ての元凶は俺……ってわけ」
女「……」
男「信じる?」
女「神様が人になって自分の宗教の変わりようを嘆いてる……?」
女「とんだ妄想ですね。とても信じることなんてできません」
男「うぐっ……!」
男(だよな……こんな話、あの教祖よりウソ臭いっつーの)
女「だけど、信じます」
男「へ?」
女「私にはあなたがウソをいってるようには見えないし、それに私を助けてくれたのは確かだから……」
男「……!」ジーン…
男「君って奴は……」
女「ちょ、ちょっと泣かないで下さい!」
男「こりゃ失礼」ゴシゴシ
男「俺は奴らに一泡吹かせたい! 力を貸してくれるか!?」
女「はいっ!」
男「ありがとう!」
女「しかし、神様……」
男「おっと、神とは呼ばないでくれ。今の俺はほとんど人間だし」
女「えぇと男さん、どうやって一泡吹かすつもりです?」
男「やるとしたら、次の集会の時だ。次の集会はいつ?」
女「一ヶ月後です」
男「俺がこの状態で力を手に入れるには、信仰心を得るしかない」
女「ということは、私たちも教えを広めるんですか?」
男「いやいや、そんなことやっても誰も聞いてくれないだろうし、付け焼刃だろう」
女「じゃあ、どうすれば?」
男「決まってる。こういう時は地道に人助けだ。人を助けて、ありがたや~って感謝してもらうんだ」
男「人々のそういう気持ちがきっと俺に力をくれるはず!」
女「な、なるほど!」
男「さ、しゅっぱーつ!」
男「――と、その前に腹ごしらえしないとな!」
店員「お待たせしました。ハンバーグステーキです」
男「おほっ、うまそ~!」ガツガツ
男「あ、やべ、よく噛むの忘れてた。言いだしっぺなのに」
女(ホントに大丈夫かなぁ……)
…………
……
老婆「よいしょ、よいしょ」ヨロヨロ…
男「おばあちゃん、お荷物お持ちしましょう」
老婆「ありがとうねえ……」
~
会社員「すいません、このあたりに郵便局は……」
女「あそこのコンビニの角を曲ればありますよ」
会社員「ありがとうございます!」
男「ゴミ拾いをしよう」
女「はいっ!」
男「いやぁ~、こうして拾ってるとゴミって多いねえ」
女「ホントですねえ」
男「おおっ、これは……女物の下着……ポケットに……」ゴクリ
女「あなた神様でしょうが!」
女「ふぅ~、やってることは宗教活動というより、ボランティア活動ですね」
男「まぁな。だけどこういう地道な活動が結果に繋がるんだ」
女「はい!」
<女の家>
男「いやー、悪いね。こちとら金も住む家もないもんで」
女「いえ」
男「君が仕事でいない時は、俺一人で人助けしとくからさ」
女「はい、よろしくお願いします」
女(会ったばかりの男の人を家にあげてしまったのに、全然危険だと思えない。安心感すらある)
女(やっぱりこの人は神様なんだろうなぁ……)
女「どうぞ、ご飯です」
男「いただきまーす!」
男「うまいうまい! 料理が上手だね! きっといい奥さんになれる!」パクパク
女「って、全然噛んでないじゃないですか!」
男「またやっちまった……」
男「“よく噛んで食え”なんて教えを授けたのは、自分が早食いだからってのもあるんだ」
女「ふふっ、とんだ神様もいたものですね」
女「神様の世界というのは、どんなところなんですか?」
男「そう大したもんじゃないよ。色んな神が好き勝手たむろしてるだけ」
男「下界に頻繁に絡む奴もいれば、全く興味ない奴もいる。人それぞれだな。いや神それぞれか」
女「あの大物や、あの大物に会ったことも?」
男「もちろんあるよ。ただ人間界でも有名になってるような神は、やっぱり迫力が違うよ」
男「俺ですら神々しいって思っちゃうもん」
女「神様が神々しいって思っちゃうんですか!」
男「思っちゃう思っちゃう」
アハハハハ…
翌日以降も――
男「今日はこのあたりを掃除するか」サッサッ
主婦「どなたか知らないけど、ご苦労様です」
男「あ、どうも~! 奥さんこそパーマがよくお似合いですよ」
主婦「あらやだ、お上手ね!」
女「私も積極的に人助けするようになりましたけど、案外楽しいですね!」
男「うん、自分が楽しむために他人を助ける……そんなもんでいいんだ、人助けなんて」
男「時には助けるために困らせるのも、またよし!」
女「それはマッチポンプになっちゃいますよ!」
子「……」ポツン…
男(おっ、あの時の子だ! 両親はいないようだな……)
男「君は……オーラカ教集会にいた子だよね?」
子「……うん」
男「お父さんとお母さんは?」
子「トーモ……信者を増やしにどこか出かけてる……」
男「そっか」
男「今度の集会、また君も来るんだろ?」
子「……うん」
男「もう……大丈夫だからな」
子「え……?」
男「ご飯を食べる時に1000回も噛まされたり、しょっちゅうぶたれる生活はもうオシマイだ」
男「次の集会で、両親の目を覚まさせてみせる!」
子「う、うん……!」
子「あの……あなたは誰なの?」
男「……」
男「神様」
子「!」
女「男さーん、そろそろ帰りましょう」
男「ああ! それじゃな、坊や!」
子「……」
子(神様って、あんな風だったんだ……)ニコッ
一ヶ月後――
<集会場>
ワイワイ… ワイワイ…
「いよいよ集会だわ~」
「この間は、変な奴らのせいで台無しになったからな」
「今日は給料を全部フーセしてやる!」
ザワザワ… ガヤガヤ…
教祖「それでは神聖なるオーラカ集会を始めましょう」
教祖「皆さん……神の教えを守っていますか?」
教祖「フーセ、トーモ、カーム、この三つを守れば神は我らをお救い――」
「下さりません」
教祖「!」
ザワッ…
教祖「誰ですか? 変なことをいったのは……」
男「俺でーす!」
女「お久しぶりです、教祖様」
教祖「またあなたたちですか……」
教祖「ちなみにあなたを逃がした拷問官には、特大のバーツを与えましたよ」
男「そりゃ悪いことしたな」
教祖「で、何をしに来たんです?」
男「もちろん、教祖様がすごい人だということをみんなに知らしめるために来たんです」
教祖「ほう? 悔い改めてくれたというわけですか」
男「ただしすごいといっても……」
男「“すごいインチキくそったれ詐欺師野郎”って意味なんですけどね」
ドヨッ…
教祖「……!」
教祖「くぉの……神に歯向かう不届き者が!」
教祖「ギルテ!!!」
教祖「信者たちよ、あの不届き者に今度こそバーツを与えなさい!!!」
ドドドドド…
女「あんな大勢が……!」
男「大丈夫、君がいれば百人力だ」
女「え……?」
男「この一ヶ月、君と人助けをして過ごしたのは、人々のためというより君のためだったんだ」
女「どういうことです?」
男「君に俺という存在を信じてもらうため、信仰するに値する神だと認めてもらうため――」
男「俺に……祈ってくれるかい?」
女「……はいっ!」
女(神様……どうか私たちに救いを!)
男「お?」
男「お、きたきたきたきたァ! 力がどんどん湧いてくる! 俺の体に温泉地ができそうだ!」
「ブッ殺せ!」 「バーツを与えろォ!」 「不届き者がァ!」
男「ふんっ!!!」
ブオッ!
「うわっ!?」 「ひいいっ!」 「わあああっ……!」
女「す、すごい……!」
側近「相手になってやる」ズイッ
男「出たな……。教祖の部下の中でもお前は別格に強そうだ」
側近「教祖様の敵に……バーツを!」
男「来い!」
女(神様……頑張って!)グッ
側近「はああああああっ!!!」
男「でやぁぁぁぁぁっ!!!」
バキィッ!
男「ぐっ……!?」
側近「せやっ! だっ! どりゃあっ!」
ドゴォッ!
男「ぐふうっ……!」
男(まずいな、こいつの強さは想像以上だ……!)
教祖「側近はプロ格闘家にも負けぬほどの戦闘力を持っているのだ! お前如きが相手になるか!」
男(とうとう“如き”かよ。神なのに)
女(これだけ祈っても、あの側近には敵わないなんて……)
女(私一人じゃ祈りが足りない……!)グッ…
信者「あの人は、ウチのばあちゃんを助けてくれた……」
女「え?」
信者「俺もあの人を応援するよ!」
女「!」
「ゴミ掃除してた人よね」 「あの人は悪い人じゃない!」 「応援したくなってきたよ」
教祖「……な!?」
教祖「なんだお前ら……どいつもこいつもギルテだ! バーツを! バーツを与えろォ!」
子「がんばれーっ!」
父「コ、コラ……」
母「なにしてるの!」
教祖「なにやってんだ! とっととそのガキ黙らせろ! 一家まとめてバーツすんぞ!」
父「は、はいっ! やめなさい!」
子「まけるなーっ!」
ドヨドヨ… ガヤガヤ…
男「みんな……ありがとう」
男「おかげでだいぶ力を得ることができた」ゴゴゴゴゴ…
側近「な……!」
側近(なんだこいつ……!? この迫力は……本当に人間か!? 化け物!? いや、まるで――)
男「こないだの借りを返すぜぇ!」
側近(神様――)
ドゴォッ!!!
側近「ぐぶはぁぁっ……!」
男「ふぅ、いいパンチが打てた。俺ってボクシングの才能あるのかもな」
教祖「側近が……やられるなんて……!」
男「おや教祖様、今こそ奇跡を見せる時ではないですか?」
教祖「へ……?」
男「不届き者によって教団が大ピーンチ! ですが、教祖様が祈ればきっと神様が助けて下さりますよ!」
教祖「神……」
男「さぁ、祈るのです。フーセ、トーモ、カームの教えを守っている教祖様!」
教祖「ひ、ひいいい……! 神なんか……神なんか……」
教祖「いるわけねぇだろうがァッ!!!」
教祖「お、俺は元々……宗教で儲けられればそれでよかったんだ!」
教祖「神なんか信じちゃいねえ! 教えだって……あんなもん守れるかよ! ガムですら1000回も噛まねえわ!」
男「ほう、つまりみんなを騙していたと?」
教祖「どいつもこいつも……ちょいとそれっぽい教義を作って……飴と鞭を与えてやりゃあ……」
教祖「俺を教祖だと崇める……ちょろいもんだったぜ……」
教祖「こんなのに騙される方が悪いんだよォォォォォ!!!」
男「素晴らしい! いつもやってる演説よりよっぽど熱がこもってて、心に響いてくる!」
男「……だがな、一つだけいっておく」
教祖「え」
男「騙される方が悪い? ……騙す方が悪いに決まってんだろ」ギロッ
教祖「ひっ!」
男「お前は今までに蓄えた金をなるべく信者たちに返して……あとはとっととどこかに消えろ」
男「でないと、地獄のがマシってぐらいの天罰がお前を襲う」
男「これが……“神”としてお前にしてやれる最初で最後の忠告だ」ボソッ
教祖「か、神……!?」
教祖「……」ガタガタガタ…
教祖「う、うあああああああっ……!」ガクッ
ザワザワ… ドヨドヨ…
女「教祖や幹部たちはやっつけたけど、みんな混乱してますね……」
男「そりゃそうだろ」
男「悪夢から目を覚ましたからって、そう簡単に現実を受け入れられるはずもない」
女「これから……オーラカ教はどうすればいいんでしょう?」
女「インチキとはいえ、心の拠り所にしてた人は多いはず……。このままなくなってしまうと……」
男「だったら――」
男「君が導いてやれ」
女「わ、私が……!?」
男「時間はかかるだろう。君にはついていかないって者も当然出るだろう」
男「それでも……君なら新しいオーラカ教を作れるって信じてるよ」
男「君が俺を信じてくれたようにね」
女「……」
女「はいっ、私やってみます!」
女「神様が私を信じてくれるなら……」
男「いい顔だ。君ならきっと大丈夫さ」
父「うう……まるで憑き物が落ちたようだ……」
母「私たちは……どうすればいいの……。ご近所にも迷惑を……」
子「大丈夫だよ!」
父母「!」
子「また……やり直そうよ。だってぼくたち、三人とも元気なんだから!」
父「……うん、そうだな」
母「やり直しましょう……家族三人で」
…………
……
……
女「私が新しいリーダーになるという点は、とりあえず大丈夫そうです」
男「そうか、よかった」
女「もう……行ってしまわれるんですか?」
男「これでも神だからな。いつまでも人間界にいるわけにはいかない」
男「では……元の姿に戻るとしようか」パァァァァ…
女「!」
神「オーラカ教を頼むぞ、若き娘よ」
女(これが……男さんの真の姿……!)
女「はいっ!」
神「なーんて。そう気張らずやってくれ。嫌になったらやめてもいいから」
女「ふふっ、神様ったら……」
女「神様こそ、食べ物はよく噛んで食べて下さいね。早食いはダメですよ」
神「うぐっ……分かってるよ」
女「お元気で!」
神「ああ!」
シュゥゥゥゥゥ…
女(さよなら……。ありがとう、神様)
……
……
先輩「よう、お前を信仰してる宗教はどうなってた?」
神「今もちゃんと活動してますよ。見てみますか?」
先輩「へえ、どれどれ……」
先輩「なんだこりゃ。みんなで楽しそうに雑談してお菓子食って……これのどこが宗教だよ」
先輩「ただのご町内のサークル活動じゃねえか」
神「いや……俺を信仰する宗教なんてこれぐらいでいいんですよ。これぐらいで」
―おわり―