1 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 20:42:03.65 IXkIM3hz0 1/35

 静かなリビングで、天井を見上げていた。

隣には、誰もいない。

「……」

ため息も、涙も、今は出ない。


 いつも後悔するのは、やらなかったときだけ。

あの時、言っておけばよかった。

何も変わらなかったかもしれないけど、今のこのどうしようもない気持ちになるよりましだ。

 今頃憂は、あずにゃんと一緒にいる。

その横に、わたしはもういられない。


今だって、あの憂の言葉が頭を離れない。

 この気持は、悲しいのかな、自分に腹がたってるのかな。

 今のままを壊すのが怖くて、怯えてただけ。

「ばかみたいだね、わたし……」

 また自分を嘲るように、瞼を閉じて目を擦る。



元スレ
梓「だって唯憂が多いから」
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1282736523/

7 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 20:53:06.46 IXkIM3hz0 2/35

 あの時、あずにゃんはわたしに言った。

「ほんとにいいんですか?」

 だって、そんなのいいとしか言えないじゃん。妹だもん。

「あ、ありがとうございます」

 どうしてありがとうなんて言うのかな。

 でも、わたしの口から出ていたのは、

「がんばってね」

 その言葉だけ。


あそこでなりふり構わず憂のもとへ向かっていたら、どうなったのかな。

憂とも、あずにゃんとも、今の関係とは変わってるのかな。

 でも、それでなにかが変わるっていうのなら、それをしなかったわたしはばか。

 ただのばか。

「……憂」

いるはずもないのに、返事がくるはずもないのに、今はここにいない憂の名前を呟いた。

 あの時は、憂が横にいた。


9 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:01:21.80 IXkIM3hz0 3/35

──
────

いつもの帰り道。部活は休み。

「晩ごはんなにがいい?」

「憂の料理ならなんでもいいよ~」

いつものやりとりをしながら、ふたりで家に向かう。

 隣には、憂の笑顔。

その笑顔を見れば、わたしは幸せで、あったかくて、胸が締め付けられる気持ちになるんだ。

「今日はわたしも手伝うよ!」

「え~平気かな~?」

「あっひどいよ憂!」

「冗談だよ、ありがとね。お姉ちゃん」

 その優しい声はずっと昔からわたしを包んで、ずっと一緒だと思ってた。その時は。

でもその時のわたしは、それがどれだけ幸福なことか、分かっていなかったんだ。

「うん!」

 またふたり、家に向かう。


10 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:07:28.43 IXkIM3hz0 4/35

 家に入り、毎度の如く憂に抱きつく。

あったかくて、いい匂い。

この匂いが大好きで、何も考えずに抱きついていた。

「ほら、はやく作っちゃお」

「うん~」

 仕方なく離れる。別に構わない。

だってまたいつでも抱きつけるもんね。

 憂のあとについて、キッチンへ向かった。


「……ごめんなさい」

「平気だよ、うん、おいしいよ」

「うん……」

またいつものようにわたしが失敗。

 でも憂は笑顔でほめてくれるんだ。

優しい憂。わたしの大事な妹。

「ほら、食べよ」


13 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:16:02.50 IXkIM3hz0 5/35

 ただ憂が促すままに、食事を口に運んだ。


「おいしかったね」

「う~ん、やっぱり憂のご飯には敵わないよ」

「そんなことないよ」

「わたしは憂のほうがおいしく感じるもん!」

「そう……?ありがとね」

 そう言ってわたしのわがままに付き合ってくれる憂。

憂はやさしいな。


 憂と話すのは、当然軽音部のこと。それと、あずにゃんのこと。

当たり前だ。わたしたちふたりとも仲いいもんね。

 でも、ふと憂の口から漏れた言葉に、なぜだか体が震えたんだ。

「わたしも梓ちゃんに抱きついてみたいな」

 別にいいでしょ、わたしだってその気持ち分かるんだから。でも……

「わたしが抱きつくのじゃ……だめなの?」


16 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:20:51.83 IXkIM3hz0 6/35

「えっ?」

 あれ?どうしてこんなこと言ったのかな。

「あ、ごめんね!なんでもないよ!」

「……」

「わたしだってわかるよその気持ち!」

「う、うん……」

怪しまれちゃったかな。

 どうしてあんなこと、なんて思っていたけれど、ただ目を背けていただけだ。その時のわたしは。

だから、なんとか誤魔化した。

「うん……」

また、憂があの顔を見せた。

 少し表情が翳って、何かを考えている顔。

お姉ちゃんだったら、心配しなくちゃいけないのに。

「あ、わ、わたし部屋戻るね」

 わたしは逃げた。


18 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:27:02.66 IXkIM3hz0 7/35

「……ふう」

何故か安心した。

 思えば怖かったのかもしれない。憂の言葉を聞くのが。

「……りっちゃんなにしてるかな」

でも知らんぷりをしたまま、別のことに頭をまわした。


布団に入り、考える。

部活のこと。あずにゃんのこと。憂のこと。

「わたしも抱きついてみたいな」

 うん、だってあずにゃんかわいいもんね。

「ただ、それだけだもんね」

 だから最近あずにゃんの話ばっかりするんだ。

わたしの話が少なくなったのは、そのせい。

 だから、何も問題ない。

「……平気だよ」

 暑いけど布団に潜って、何も考えないようにただ目を強く瞑った。


20 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:32:47.66 IXkIM3hz0 8/35

──朝。

「ん……」

目覚ましで目が覚めたけど、憂の足音をまっていた。

「えへへ、憂ごめんね」

憂に起こしてもらうと安心出来るんだ。

ぱたぱたぱた、とかわいらしい足音が聞こえて、わたしはまた布団に潜る。

「お姉ちゃん起きてー」

憂の声が近づく。でもまだ寝たふり。

「お姉ちゃん」

憂がわたしを揺さぶる。

演技とは言えない演技で、それっぽく振る舞う。

「ん~?」

「起きたね、着替えて顔洗ってきて」

「はーい」

すぐに憂の足音は離れていってしまうけど、わたしの心は温かい。


21 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:38:04.49 IXkIM3hz0 9/35

 ふたりで学校に向かう。

隣には憂がいる。

「ほらはやく」

ぐだぐだと荷物を背負い直すわたしの手をとって、憂は微笑む。

 どきどきするのは、なんでかな。

「うん!」

 そんなの、考えなくてもいい。この気持ちは間違いなく幸せだったから。

「明日ははやくご飯済ませてね」

「だって憂のご飯おいしいんだも~ん」

「も~……そんなこと言われたら怒れないよ」

 やわらかい苦笑いを見せる憂。

 そうだ。この気持ちは幸せ。

だから深くは考えず、また学校へと足を進めた。


22 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:44:13.10 IXkIM3hz0 10/35

 階段で分かれる。

「じゃね~」

「うん、またあとでね」

 少し寂しかったけれど、またあとで会える。だから笑顔で別れた。

鞄には、憂のお弁当。

髪だって、憂が整えてくれた。

 明日だって同じ。

だから気分の上気したまま、階段を登る。


「おはよ~」

「お、来た」

「お、おはよう」

「?」

どうしたのかな。みんな目が泳いでる。

「ね、ねえ唯ちゃん」

 なんだか、よくない予感がした。


24 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 21:52:14.19 IXkIM3hz0 11/35

「言っちゃダメだろ」

「あ、うん……」

「なになに~」

「あとで梓が話したいことがあるってよ~」

「お、おい!」

 あずにゃんからたぶん大事な話。

 みんなが教えてくれないのはなんでかな。

「あ、あとは梓からな」

「?うん」

 でもそんなのはどうでもよかった。

いつも通りに授業を受けて、いつも通りに憂のお弁当を食べるんだ。

そしたら午後なんてあっという間だから、部活でムギちゃんのお菓子を食べて、また帰って憂に抱きつく。

憂のことばっかり考えるのは、たぶんなんでもない。

憂のことばかり考えていたいのも、なんでもないんだよ。


26 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 22:00:41.78 IXkIM3hz0 12/35

 今日のみんなは、なんだかぎこちなかった。

別になにもした覚えもないし、聞いてもなんでもないっていうからわたしは気にしなかった。


 そしてあっという間に放課後。

「お菓子楽しみだな~」

「今日はね……」

「まったまった!部室までとっとこう」

「そうだねー」

 またいつも通り。

部室へ行ったら、ムギちゃんのお菓子が待ってる。

 気持ち高らかに、わたしたちは部室へ向かう。

そういえば、あずにゃんから話があるんだっけ。


扉を開けると、もうあずにゃんが来ていた。

「こんにちは」

特に変わった様子はない。だから、気にすることもない。


27 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 22:08:29.19 IXkIM3hz0 13/35

 だらだらとおしゃべりをかわしながら、ケーキを口に運ぶ。

「あ~しあわせ~」

 ただ口から出るままに声に出した。

「だな~」

 りっちゃんとふたり、机に突っ伏す。

こういう時は澪ちゃんがなにか言うのに、その時はなにも言わなかった。

 代わりに、あずにゃんが口を開いた。

「あの、唯先輩」

 顔をあげると、少し、ほんの少しだけ空気が固まったような気がしたけれど、構わずに尋ねる。

「あずにゃんなあに?」

 みんなは黙ったまま。

「ぶ、部活終わった、残ってもらえますか?」

「?いいよ」

「あ、ありがとうございます……」

 なんだろうこの雰囲気、わたしはどうすればよかったのかな。


28 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 22:14:25.71 IXkIM3hz0 14/35

「じゃあな~」

楽しい時間はすぐに過ぎ去り、あずにゃんと部室に残る。

「ありがとうございます」

 さっきは不安そうな顔をしていたあずにゃんは、今はもうしっかりとした顔つきになっている。

「なあに?」

「先輩に、言っておきたいことがあるんです」

「うん」

「あの、わたし……憂が……」

 憂が、なんだろ。

聞かなきゃいけないのに、聞きたくない。

耳を塞ぎそうになったけれど、なんとかこらえた。

「すっ好きなんです!」

時間が止まった気がしたけれど、たぶんわたしが動かなかっただけ。

 そっか。憂のこと、好きなんだ。


30 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 22:34:35.01 IXkIM3hz0 15/35

「唯先輩にまず言っておこうと思って……」

 なんでわたしに言うんだろ。

「憂に言うの?」

「そのつもりです……あの」

 だから、なんでわたしに言うのかな。

「なあに?」

「わ、わたしがこっ告白しても、いいですか?」

 意味がわからないよ。

「どうして?」

「先輩、憂と仲良いから……」

 だったら別に聞かなくてもいいでしょ。

「せ、先輩は……」

 わからないよ。

「憂のこと、好きなんですか?」

 そんなの。


32 : 以下、名... - 2010/08/25(水) 22:40:25.52 IXkIM3hz0 16/35

「……」

「……先輩?」

「ん?」

「ど、どうなんですか?」

 わたしが憂を?そんなわけないよ。

 だって憂は妹だし、ずっと一緒にいたし、いつもわたしの側にいてくれたし、

「憂は……」

 いつも笑っていてくれたし、手を握ってくれたし、そばにいると胸がどきどきするし……あ。

「……」

 そっか。わたし。

「……ただの妹だよ」

 憂のこと好きなんだ。


66 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 09:42:20.47 kQ4tYwS70 17/35

「じゃあ、ほんとにいいんですか?」

「……うん」

 そうとしか言えないよ、そんなの。

「あ、ありがとうございます」

 お礼なんていらないんだ。

 本音をここで出せるなら、やめてほしかった。

「……がんばってね」

「はい!」


 ぼーっとしたまま、帰り道。

昨日は憂がいたけれど、今はいない。

 あはは、憂、あずにゃんに告白されちゃうんだって。

「憂、かわいいもんね」

帰る足取りはなぜだか重く、憂のことを考えると胸が苦しかった。

 この気持ちは、なんでもない。

焦りとかそういうのじゃなくて、ただ憂のことを心配する気持ち。それだけ。


68 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 09:50:06.29 kQ4tYwS70 18/35

 家に帰ると、憂が迎えてくれた。

「おかえり」

 やっぱり、胸が熱くて苦しくなる。

「ただいま」

 でもわたしには、あずにゃんを邪魔することなんてできないから、頑張っていつも通りを振舞った。

「……じゃ、着替えてきてね」

 憂の顔は、なんだか沈んでいた。

「……うん」

 なんでかな、でも。

「……」

 わたしには声をかけられない。


階段を登って、部屋の明かりをつけた。


70 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 10:22:24.59 kQ4tYwS70 19/35

 着替えてリビングに降りると、憂はうつむいていた。

「あ、ご飯いま盛るからね」

どんなことがあったかなんて、わたしには尋ねられない。

 だって、知りたくないから。

聞いてしまったら、聞きたくないことを言われてしまいそうで、怖かった。

「……あのね、お姉ちゃん」

 でも、憂からわたしに声をかけた。

「なあに?」

「あ、梓ちゃんがね」

 あずにゃん。

その言葉を聞いて心臓が飛び出しそうになるけれど、まだなにも言っていない。落ち着かなきゃ。

「うん」

「わたしに、大事な話があるんだって」

 ひょっとしたら、憂はもうわかってるのかな。

わたしがそのことを知ってることも。……わたしの想いも。


72 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 10:34:33.72 kQ4tYwS70 20/35

「そっか」

 憂がわたしに話すのはなんでだろう。

「……うん」

 憂がわたしに聞いてほしいからでしょ。なにしてるのわたし。

「……じゃあ、ご飯にしよ」

 聞いてあげなきゃ。

 わかってるよ。わかってるけど……

「……」

 なにしてるんだ。わたし。

「お、お姉ちゃん」

「ん?」

 知らんぷりなんて、たちが悪い。

 こんな人間だから、いやになるんだ。

「……どう思うかな」

 そうだよ、憂は分かってるんだ。あずにゃんに告白されること。


74 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 10:45:42.06 kQ4tYwS70 21/35

「……どうして?」

 どうして?

「え?」

「わたしに聞くの?」

 そんなこと言っちゃうの?

「……そうだよね」

 お願い、そんな顔しないで。

「……」

「わたしのことだもんね……」

 そうだよ、憂が自分のことを言ってくれたんでしょ。

「ごめんね、変なこと言って」

 なんで?

「ううん」

 なんで自分の気持ちを言わないの?

 ……ううん。言うことができなかったんだ。憂と離れるのに怯えて。 


75 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 10:53:34.88 kQ4tYwS70 22/35

 わかってるのにね、自分の気持ち。

「……」

憂はまたうつむいて、なにもしゃべらない。

 ひょっとしたら、今しかないのかもしれない。

わたしのこの気持ち、伝えるには。

「……」

 でも、口からはなにも出てこないんだ。

 臆病者で、卑怯なわたしだから。

「……お姉ちゃん、あのね」

 憂がまた口を開く。

「わたし……」

 だめだよ、なにを言おうとしてるの。

「お姉ちゃんのこと……」

 だめ、だめだよ!憂がそんなこと言ったら……

「やめて!」


76 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 11:13:00.58 kQ4tYwS70 23/35

「!」

「だめだよ……」

 今度は憂の気持ちまで無下にして、わたしはなにがしたいんだろう。せっかく言おうとしてくれたのに。

「……あはは、そうだね。なに言ってるんだろ」

「……」

 憂がたぶんいっぱい勇気を出して言ってくれようとしたのにね。

 わたしだって、言いたかったくせに。

「じゃあ、部屋戻るね」

 自分からは言えないくせに、人が言うのは憚ることができるのかな、わたしは。

 勝手すぎて、悲しいよ。

 だったら、止めなきゃ。

「……」

 憂がどっか遠くに行ってしまう気がしたけれど、またなにもしなかった。

 もし憂の言葉を聞いていたら、どうなったかな。

 やっぱりこんな自分とじゃ憂に失礼だって、断っただろうな。……はは、結局だめだ。


78 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 11:35:30.56 kQ4tYwS70 24/35

 だから結局、全部自分のせい。

「ありがとね、お姉ちゃん」

最後に憂にそう言わせたのも、わたしのせい。

それを気のせいにしたのも、わたしのせいなんだ。


気がつくと、目が熱かった。

「あれ……?」

 それに視界も霞むから、目を何度も何度も擦った。

「……なんで……」

 憂とはもうこれでおしまい。

今まで一緒にいたのも、一緒に笑ってきたのも、今日で終わり。

 これから憂は、わたしのところにはいられない。

わたしがいられなくしたんだ。

 それがどんなに辛いのか、まだまだわかってないのに辛かった。

「……うい……」

 泣いてなんかいなかったけれど、目を拭った服の袖は濡れていた。


79 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 11:53:17.79 kQ4tYwS70 25/35

──
────

 部屋の戸を閉め、ベッドに沈む。

「……」

お姉ちゃんは、わたしの言葉を遮った。

たぶん、なにを言うのか分かってたんだ。

 わたしはどんなにばかなことだったかも知れず、勢いのままに言おうとした。

 お姉ちゃんに抱くこの気持ちは、ずっと胸に秘めていたものだったけど、ただあの状況がいやでつい口から漏れた。

「ばかだな、わたし」

だからお姉ちゃんはそんなばかな自分を止めてくれたんだ。

 わたしのお姉ちゃんだもんね。わたしのことはお見通し。

こんな気持ちはだれにも言っちゃいけないんだ。

 お姉ちゃんにだって。

「……」

 明日、梓ちゃんからのお話。

聞きたくはなかったけれど、聞かなきゃいけないのは分かってた。


80 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 12:12:47.90 kQ4tYwS70 26/35

──朝。

いつも通りにご飯を作って、いつも通りにお姉ちゃんを起こしにいく。

 いつも通りにしなきゃ。

「お姉ちゃん、起きて」

 でもやっぱりできなくて、お姉ちゃんの体に触れなかった。

「うん……」

 いつもよりはやく帰ってきた返事は、わたしに出ていってと言っているようで、わたしはすぐに部屋を出る。

「じゃあ着替えてきてね」

「……」

 返事はない。

 毎朝のことだけれど、わたしにはそれがとても苦しかった。


「あ、おはよう……」

「おはよう……」

いつもなら待ってるのに、今日はもうご飯は済ませた。

 なんだか、お姉ちゃんに合わせる顔がなかったんだ。


82 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 12:20:09.50 kQ4tYwS70 27/35

 一足先に家を出た。

お姉ちゃんには、用事があると嘘をついて。

「……」

学校に行きたくなかった。

 お姉ちゃんと笑って、いっしょにいられればよかった。

なのに昨日あんなことをしてしまった。

 全部、わたしが悪いんだ。

「そうだよ……」

 こうなったのは、わたしのせい。

自分を責めて責めて、もう心が限界だったけど、これ以上迷惑かけたくないからなんとかこらえた。

 
 いつもふたりで通っていた道を、ひとりで歩く。

 けれども体は、倍より重い。

 足は、ただ意志もなく進んでいた。


83 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 12:28:10.91 kQ4tYwS70 28/35

「あっ憂おはよう」

 教室へ入ると、声をかけられた。

「あ、梓ちゃん。おはよう」

「う、うん」

 いつものように交わす返事だけれど、どこかぎこちない。

わたしはでも、なにも変わらず振る舞った。

「きょ、今日のこと……」

「うん、わかってるよ。放課後ね」

 梓ちゃんが緊張しているのがわかった。

「ありがとう!じゃ、じゃあね」

 そそくさとわたしから逃げるように梓ちゃんは去っていく。

一度も目は合わせなかった。

そのことに、なんだか罪悪感を感じ、後ろ姿を目で追った。

「……」

 わたしだって、割りきらなきゃ。


84 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 12:41:10.44 kQ4tYwS70 29/35

 授業は頭に入らなかった。

どうみても集中できていない梓ちゃんとか、なんだかよそよそしい純ちゃんも気になったけど、わたしの頭には何も入らない。

 お姉ちゃんのことも考えた。

今頃どうしてるかなとか、課題わすれてないかなとか、今のわたしはそれだけの余裕しかない。

どうすればいいのか分からないんだ。

 こういう時、いつも頼りにしてたのはお姉ちゃんだから。

だからどこにも頼れる当てがなくて、泣きそうにもなったけど、泣いたって誰も助けてはくれない。

 それに、これは自分で作った状況だ。自分でなんとかしなきゃだめ。

心を奮い立たせて気を保とうとするけれど、辛くて辛くて折れそうになる。

 お姉ちゃん。

 どれだけ大切だったのか、分かってなかったのかな。わたし。


そんなことを考えているうちも、時間はあっという間に過ぎて、放課後のチャイムが鳴り響く。

 次々と出ていくクラスメイトたちを横目に、空を見た。

「ちゃんと決めなきゃ」

 もうあとは、自分で責任をとらなきゃいけないよ。


86 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 12:48:44.30 kQ4tYwS70 30/35

 しばらくして、人気のなくなった教室に、ふたりだけ。

どこからともなく口を開いた。

「もう平気かな」

「う、うん」

声色が震えてる梓ちゃんを見ると、手も震えてた。

 そんなにならなくても、平気だよ。

「う、憂」

「はい」

「わ、わたし……」

 そうだよね、わたしがしっかりしなきゃ。

「えと……その」

 だから大丈夫、大丈夫だよ。梓ちゃん。

「憂のこと、好きなの!」

 そっか。

「だから、もしよかったら、つ、付き合って……ください」


87 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 12:55:26.99 kQ4tYwS70 31/35

 梓ちゃん、わたしのこと好きなんだ。

「あ、あの……?」

 うれしいな。そんなこと思われてるなんて。

「ありがとね、梓ちゃん」

「……い、いや」

「わたし……」

 こんなに幸せなのは、すごく久しぶりな気がする。

「……」

 ほら、梓ちゃんがわたしをの言葉を待ってる。

 わたしだって、いつまでもお姉ちゃんなんて言ってられないよ。

「……」

 今までありがとね、お姉ちゃん。

「わたしは……」

 ……大好きだったよ。


88 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 13:08:42.59 kQ4tYwS70 32/35

──
────

「ただいま」

 誰もいない部屋に呼びかける。

 いつもなら、あの子が迎えてくれる。でも、もういつもじゃないんだ。

部屋のカーテンは閉めきって暗いまま、ベッドに倒れ枕に顔を突っ込んだ。

「憂……」

返事もあるはずのない名前を呼ぶ。

 だめだよ、もうあずにゃんのところだもん。

「……うい……」

 呼んだって、来てくれるわけじゃないんだよ。

「うい……いや、やだよ……」

 ばかみたい。自分のせいでしょ。

「おねがい……もどって、きてよぉ……」

 悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。

 それでもわたしは、ずっとひとりのまま。


91 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 13:22:41.41 kQ4tYwS70 33/35

──
────

 夕焼けがオレンジに照らす道を、ふたりで歩いてた。

「ね、梓ちゃん」

「は、はい?」

 まるで機械のように動く梓ちゃんの横顔は、淡く染められてとってもきれい。

「手、繋いでいい?」

「えっ?え?」

 そんな初々しいところもまた新鮮で、わたしから手を取った。

「あっ……」

「えへへ」


92 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 13:29:41.83 kQ4tYwS70 34/35

「あ、ありがと……」

「んーん」

「……憂、わたしね」

「なあに?」


「……憂のこと……」



 そして、

 夕焼けがかなわないくらい、顔を真っ赤にした梓ちゃん。

 わたしの顔は、どうなってるかな。

 今握ってる手は、いつもとは違うけど、

 これからは、これがいつもの風景なんだ。

 それをわたしは、その手に想いを込めるよう、

 強く握って確かめた。


                                              おしまい。


93 : 以下、名... - 2010/08/26(木) 13:32:27.77 kQ4tYwS70 35/35

おわりですー
見てくれた人いたらどうもありがとうございましたー

唯憂?
あとで書きますよ。それではさようなら。


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