1 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:40:22.96 usvCEay50 1/44


――6月30日 23時40分

――事務所

ガチャッ バタン

モバP(以下P)「ふぅー……」

速水奏「おかえりなさい」

「あっ……ああ、ただいま。誰も残ってないか?」

「そうね。ちひろさんが最後まで残っていたけれど……私がこんな時間までいるとは思っていなかったみたい」

「そりゃまぁ、そうだろうな。……悪い、待たせた」

「大丈夫。まだ日付変わってないわ」

「そうだけど、準備とかいろいろしてたらいつのまにか、なんてことも」

「そうかもね。でも、もう大丈夫」

「うん?」

「こうやって、一番最初に祝ってくれる人が来たんだから」

「あ、ああ……そうか」

「ふふ」


元スレ
速水奏「月の丘の裏側まで」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1593528022/

2 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:43:03.71 usvCEay50 2/44


「とりあえず、さっと準備しちゃおうか」

「ええ、よろしくね」

「そっちはもう?」

「食べ物は軽く用意したわ。……封開けただけだけど、おつまみになるかしら?」

「ああ、うん、大丈夫」

「この時間だから、私は少しにしておくわね」

「そうだな…… ま、一日くらいいいんじゃないか」

「あら、悪い人」

「はは…… はい、こっちは飲み物」

ガサガサ ゴト

「ありがとう。こればかりは、用意するわけにいかなかったのよね」

「それを言ったら、本来この場を俺が用意するべきだったろうけど」

「仕事がある以上は、ね。大丈夫よ、私がお願いしたことなんだし」

3 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:46:02.93 usvCEay50 3/44


「本当にこんなんで良かったのか……ってのも野暮なんだけどさ」

「そうね、いまさら。日付が変わった時に一緒にいてほしい、なんて素敵だと思わない?」

「まぁ……事務所でやるべきことではないかも」

「じゃあ、Pさんの家に入れてくれた?」

「そこなんだよなぁ……外泊して、なんてもっとマズいし」

「ふふふ…… あ、買ってきたの、見ていい?」

「ああ。とりあえずで見繕ってきたけど……まぁ、余ったら持って帰るよ」

ガサッ ゴトゴト

「ふぅん…… じゃあ最初は、Pさんが選んでくれる?」

「ああ、いいよ。……ここら辺か」コト

「じゃあこれで。Pさんはビール?」

「ああ、そうしよう」ガサガサ

「グラスはいる?」

「いやいい。洗い物とか増やさずに、さっと片付けられるようにしとこう」

「証拠隠滅ってわけね」

「言い得て妙な。……あ、最近、推理ものでも観てるのか?」

「! ……むぅ……」

「はははっ」

4 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:48:20.90 usvCEay50 4/44


「ソファでいいよな」ギシ

「ええ」ギッ

「あー……普通に横ですか」

「ええ。普通に、隣」

「まぁ、今日は何も言わない。……とはいえ、こんな時間からで明日大丈夫か?」

「それを言うならPさんもだと思うけれど?」

「俺は明日は午前休とっといたよ。実際、夕方からの打ち合わせくらいだし」

「そうね。私も明日講義があるけど……ふふ、アイドルって言い訳、本当に便利」

「おいおい、悪用はしないでくれよ……」

「1回くらいいいでしょう。それも、今日くらいは」

「悪い大人になりそうだな」

「誰のせいかしらね」

「えー…… うーん、責任がなくはない、のか……?」

「あまり真剣に考えられても……だって仕方がないじゃない?」

「ん?」

「プロデューサーさんと午前様できるなんて、なかなかできないもの」

「それ言って炎上するの奏だけじゃないんだからな」

「はぁい」

5 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:51:50.12 usvCEay50 5/44


「そういや、もう今日届いているプレゼントあったぞ」

「あら。せっかちさん」

「一日前後くらいは仕方ないよ。一応中身さらっと確認しておくな」

「ええ。あー……明日はちょっと事務所には寄れないから、家に送ってくれた方がありがたいかも」

「OK。明日は何か予定が?」

「パーティー開いてくれるんですって」

「おー。呼ばれてない」

「ふふっ、欲張りね」

「でも行きたい? 主催は楓さん」

「あー……」

「LiPPSの面々と、美波と伊吹と……加蓮はどうだったかな」

「うん、よしておく。それにしても、ファンが悲鳴あげそうな面子だな」

「ふふふ……写真くらいはアップしておくわ」

6 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:54:13.13 usvCEay50 6/44


「こうやって祝ってくれる同僚や友人がいる」

「素敵な道を用意してもらって、着飾って、歌って、踊って」

「そして、あなたの時間を独り占めして。贅沢よね」

「俺の時間はともかく。まぁなんだ、薔薇色の人生、なんていうと陳腐かもしれないけど」

「そうね。……でも、色を付けるなら薔薇色じゃ足りない」

「ん?」

「目の眩むような白も、燃えるような赤も、深い蒼も、愛らしいピンク色だって」

「私の人生は虹色でも足りないものになっていくと思うの」

「……欲張りだな」

「ううん。きっと、誰もがそう」

「視方を変えれば、目に映る、耳で聴ける全てのものが自分を形作るんだって気付けば。それは、すべてを自分のものにできることと同じなのよ」

「私はその経験を、この小さな身体の全てで、少しだけ世界に還しているだけ」

「ああ」

「だからね」

「ようやく私、あの頃の自分が許せそう」

「あの頃…… ああ、あの頃か」

「ええ…… あなたと、出会った頃」

7 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:58:05.05 usvCEay50 7/44


――6月30日 23時58分

「Pさん」

「ん?」

「私、今日ここでこうやって誕生日を迎えられたことが、とても幸せだなって思ってる」

「幸せ?」

「私に、アイドルという道を教えてくれた人に、こうやって我がままを聞いてもらって」

「いままで見守ってもらって。……感謝しているわ」

「……」

「ふふ……感動させちゃった?」

「……やっぱり、グラス出すか」

「え?」

「せっかくの乾杯を、缶のままでやっちゃうのはもったいないかなって」

ギシッ

「こだわりかなんか?」

「速水奏のプロデュースに、手間を惜しむことはないってだけだよ」

「……」

8 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/06/30 23:59:51.12 usvCEay50 8/44


カチャ

「よっと、まだ間に合うかな」

「ふふ、本当に日付変わりそう」

「あぶなかった。じゃあ、注ぐのは日付変わってからで」

「そうしましょう。……あと5秒」

「4」

「3」

「……」指2本

「……」指1本

カチ

「……」

「誕生日おめでとう、奏」

「ありがとう。Pさん」

「……」

「……ぷふっ、なんでキュー出しなのよ!」

「ははは、言わずに指出したの奏の方じゃないか!」

「一番聞き慣れてるカウントだったからかしら」

「職業病じゃあ仕方ない、ははは」

9 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:01:06.94 MCtThbec0 9/44


「あー笑った…… じゃあ、早速飲むか」

カシュッ

「ええ」

プシュッ

「ほら、グラスもって」

「はい」

トトト… シュワシュワ

「それでは、私も」

「貰おう」

トトトト… シュワワワ…

「それじゃぁ」

「ええ」

「20歳を祝して」

「乾杯」

「乾杯」

チン

10 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:05:13.09 MCtThbec0 10/44


ゴク ゴクッ

「……はぁー! 染みる」

「ふぅん。アルコールの匂いはあるけど……ジュースみたい」

「さすがに飲みやすいの選んだからな」

「そうね。他にはどんなのがあるの?」

「うーんと、果実酒として梅酒、王道の日本酒、あと蒸留酒枠でブランデー」

「いろいろあるわね」

「持って帰るつもりで買ってきたからな。この場で全部飲む気はないよ」

「好きなのが試せるってわけ」

「あとはバーでカクテルとか飲んでみるといいかもな」

「それは素敵そうね」

「……」ジー

「なに?」

「いやぁ。バーとか似合いすぎだろと思って」

「ようやく、外見に年齢が追いついてくれたのかしら」

「雰囲気はまだまだかな」

「それって褒めてる?」

「たぶん」

「なにそれ。ふふっ」

11 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:10:04.93 MCtThbec0 11/44


「ビールってどんな味?」

「はい」コン

「あら、缶に直接口つけさせるの?」

「……はい」コト

「素直でよろしい」

「前からからかわれてばかりだったけど、もう最近は勝てる気がしないな」

「なら、敗けちゃう?」

「……もう少し頑張ります」

「よかった」

ゴクッ

「……苦い」

「舌で味わうと苦いよ」

「これはしばらく、慣れそうにないわね」

「ああ。無理して飲めばすぐ慣れるけど、酒は無理するもんじゃない」

「ふぅ…… 少し、暖かくなってきたかも」

「奏のそのチューハイもビールも、身体冷やす方の酒だから、あまり薄着になるなよ」

「ふぅん」

12 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:16:57.69 MCtThbec0 12/44


「しかし、速水奏がビール飲んでるとこを見られるとはな」

「お望みならいつだって…… うーん、でもビールじゃ色気ないかしら」

「ジョッキで口に白ひげつけてぷはーって」

「……想像できる?」

「しないようにしておく」

「ふふっ」

「それが似合うのはそれで、魅力なんだろうけど」

「そうね。無理して追わないようにするわ」

「……大人になったよな」

「無理をしないってことが?」

「ムキにならないことが」

「それは……ふふ、そうね。いつまでも子どもじゃないもの」

「でも、いまでも大人になれた気はしないわ」

「ああ。そんなもんだ。立派な大人かどうかなんて、自分でわかる人間は少ないよ」

「真面目にやっているだけじゃ大人にはならないのかしら」

「ならないさ」

13 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:24:27.36 MCtThbec0 13/44


「……」

ゴクッ

「ふぅ……」

「……真面目で、優等生なフリして。でも、実際真面目で優等生から抜けきれなくて」

「アイドルだって同じ気持ちだった」

「ヤケで始めたことだけど……子どものお遊びだなんて言われたくなくて」

「それで、華やかな世界に触れて、この世界での生き方を探って」

「全部……そう、私の全部。自分の為のようでいて、もしかしたら私じゃない人のためにやってきたのかも」

「……ファンのため?」

「そう、ね。自分の為だけなら、ここまでは来られなかったと思うもの」

「そうかもな」

「……分かってる?」

「うん?」

「Pさんも、そのファンの一人なんでしょう」

「え? あー」

「ふふ……少しはあなたの期待に応えられた?」

「期待以上だったよ、いつだって」

「そう」

「なら、よかったのかも」ゴク…

14 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:31:44.46 MCtThbec0 14/44


「あなたの期待に応えられるアイドルになれたんだから……次は、Pさんの隣で笑えるくらいの、大人になりたいな」

「それは、多分良い大人じゃないな」

「それじゃあ、良い大人じゃなくていい」

「おいおい」

「仕方ないわ。悪い人、だもの。Pさん」

「はは、なら仕方ないか」

「ふふふ…… ……んー」

「どうした?」

「少し、回ってきたかも」

「あんまり強くはなさそうだな」

「味は嫌いじゃないと思うよ」

「なら、嗜むくらいにしておくといい」

「はぁい。……悪い人って言ったらね」

「ん?」

「いつか楓さんとフランス行ったじゃない、映画の撮影で。これはもう時効だと思うけど……あのひと、昼間からお酒飲んでて」

「……あの人は……」

「私も、一杯までなんて言って手綱握っているかと思っていたんだけど」

「あの頃の奏にどうにかできる相手じゃなかっただろ」

「私もそう思う。うふふっ」

「ははは……」

15 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:32:31.05 MCtThbec0 15/44


「どうしようもない人、なんて思って呆れたこともあったのだけど」

「いま思えば、握った手綱の下でおとなしくしてくれていたんでしょうね」

「あの頃の楓さんに、あと5年たっても追いつけるか分からないわ」

グイ ゴクッ ゴク

「お、おい一気に飲むなよ」

「……ふぅっ……」

「……勝手に憧れて、勝手に絶望して」

「自分の想いだけを募らせるのがこんなにも危険だなんて、教えてくれた」

「ま、あの人が意図していたかは分からないけど」

「8歳差だろ。大きな差だよな」

「そうねぇ…… ところでPさんとは何歳の差だったかしら」

「お……そこで引き合いに出されるとは」

「おかしいわ、仕事ではともかく、Pさんには何故か追い付けそうな気がするの」

「まぁ、余り成長してないってことだな、はは」

「たぶん違う、でしょ」

「……」

16 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:34:03.17 MCtThbec0 16/44


――7月1日 0時34分

「たぶんだけど……」

「……私を……」

「……いえ、あなたのために言わないでおくわ」

「じゃあ、そうしてくれ」

「ん…… ふぅ」

コト

「カラか」

「ええ」

「じゃあ別の出すか。梅酒なんかは飲みやすいと思うよ」

「あと日本酒とブランデーだったわね。どっちがいいかしら」

「度数は日本酒の方が低いな。まぁ、ブランデーも飲み方次第だし」

「……ちょっと強いの、試してみたいかも」

「じゃ、こっちだ。グラス貸して。氷いれてくる」

「はい」

17 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:37:10.81 MCtThbec0 17/44


カラン

「じゃあ今日は指一本分だけ」

トクトク…

「それだけ?」

「ゴクゴク飲むお酒じゃない。アルコールもさっきのより多いんだから」

「一気に飲むんじゃなくて、ちびちびとじっくり飲む感じで」

「なかなか優雅なお酒ね」

「もし気にいったら、氷無しで飲んでみるといい。そっちの方が香りが強い」

「へぇ…… これに合うのは?」

「好みだけど……ナッツとかドライフルーツとか。チョコレートなんかも合うな」

「ああ、お菓子作りにも使うものね」クイ

「……んっ、んくっ」ゴク

「はぁ……喉があったかい……」

「はは。もっとゆっくりでいい」

「うん」

18 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:40:03.29 MCtThbec0 18/44


「顔、少し赤くなってる」

「あら、本当?」

「奏は先に耳に出るけど」

「……まぁ、自覚はしてるわ」

「意外という訳じゃないけど、本当にいままで飲んだことないのか」

「ええ、ちゃんと未成年していたもの」

「念のため言っておくけど、周りもきちんとしていたわよ。いまでも集まるときは、私と美嘉はお酒無し。……プライベートまでは分からないけど」

「宅飲みとかやってるんだな。どうだ、他は」

「うーんと……周子はすこーし赤くなるけど、かなり飲むタイプ。フレデリカは顔色も変わらず飲むわね」

「志希は弱いのよ。次の日はケロッとしてるけど。……美嘉と飲めるのは楽しみね」

「じゃあ次は、美嘉の誕生日待ちか」

「そうね」

19 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:42:05.51 MCtThbec0 19/44


「……」

「……」

「ああ」

「いいわ、この時間」

「うん?」

「時間がゆっくり流れている」

「……ああ」

ゴク ゴク

「ふーっ、せっかく開けたんだし、俺もブランデー飲むか」

「ん」

コト

「いや、グラス洗ってくるし」

「いいでしょ、ここに足せば。同じよ」

「……同じか……?」

「わからない。ふふふ」

「酔ってきてんな」

20 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:44:09.59 MCtThbec0 20/44


「ほら、よく見て」

「グラスに、リップの跡ついてる」

「……」

「私は、ここにしか口を付けないけど」

「Pさんはどこにするのかしらね」

「……はぁ」スッ

クイッ

「……」ゴクッ

コト

「ふぅ」

「チビチビ飲むものじゃなかったの?」

「次の一杯はそうしたいね」

21 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:46:02.49 MCtThbec0 21/44


トクトク… カラン

「リップの跡の、ちょっと隣、か。ふぅん」

「ちょっと隣で十分だ」

「そうね。そうかも」クイッ

コト

「……」

「どうしたの?」

「似合ってるな、と」

「ありがとう。ふふ、そんな仕事も良さそうね」

「確かにだいぶアリだ」

「似合っているってことは、私が飲む仕種に魅入っていたってことかしら」

「……さぁ」

「ふふふ……」

「……なんだよ」

「これでも、ちょっとはアイドルやってるのよ。私が他人からどう見えているか、分からないわけじゃないわ」

「というと?」

「あなたを惹き付けたのは、私の仕草や雰囲気じゃない」

「もっと具体的な場所」

22 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:48:02.72 MCtThbec0 22/44


――7月1日 0時48分

「魅入ってたのは……ここかしら?」

スッ

「ね。ルージュを薄くひいた唇を少しだけつき出して」

「眼を閉じて少し上を向けば、それだけで」

「どう?」

「……」

(幾度となく)

(幾度となくその顔を見せておきながら、一度だって成功したことのない、誘惑)

(俺の方からするなんてことは無く)

(そして、奏からくることもない)

「まだ、してこないの?」

「……まぁ、いつも通りだよ」

「じゃあ」

ギシッ

「私からしちゃうわよ」

「……」

「……」

(いくら奏の顔が目の前にあっても)

(この先は、彼女からくることはない)

「……」

ギッ

(はずだった)

23 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:49:04.10 MCtThbec0 23/44


――7月1日 0時49分

「……」

「……ん……」

「は……奏……」

「ふふ、ふふっ……」

「……酔ってるな」

「酔ってるかも」

「そうか……」

「お酒じゃない……なんて言ったら?」

「……」

「いかが?」

「……気は済んだか?」

「つれないわねぇ……ああ、でも、ふふっ」

「?」

「嬉しい」

「その……コレが?」

「ううん、キスじゃない」

「ようやくあなたを、裏切れた」

24 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:50:02.97 MCtThbec0 24/44


「……」

「期待通り、いいえ、期待以上の成果を出してきたんでしょう?」

「期待外れなんてさせたことのない私が、ついにあなたに応えなかった……どう? 感想は」

「……不思議な気分だ」

「どうして?」

「……」

「奏を……見くびっていたのか、信じていたのか、自分でもわからないけど」

「……もしそんなことがあるとしたら、俺の方からするんじゃないかって……考えたことくらいあったよ」

「……」

「俺自身でも、どこまで本気か分からなかったけど…… ……そうか……」

「……?」

「もう一度、いいか?」

「え?」

「今度は俺からしたい」

25 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:51:07.71 MCtThbec0 25/44


「えっ」

「ダメか?」

「いえ、そうじゃなくて……ちょっと想定してなかっただけ……」

「……奏」パシッ

「あ……Pさん、う、腕……」

ギシッ

「耳まで赤いのは……酒のせいだな」サラ…

「……そうかも……耳、さわっちゃだめ……」

「……」

「うん……」

「……ん」

「ふ……」

「……」ヌル

「! ……は、あっ……んっ……」

26 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:52:02.95 MCtThbec0 26/44


――7月1日 0時52分

「…………はっ、は……」

「……ふ…… ん……」

「ぷは…… はぁ……」

「……」

「…………こんなの……知らない」

「すまん、やりすぎた」

「もう…… ……謝らなくていいわ」

「謝らなくていいけど……ねぇ、どうするの?」

「どうするって……」

「まさか、酔った勢いだった、で終わらせる気?」

「そんなことは…… したら楽かもしれないけど」

27 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:54:02.19 MCtThbec0 27/44


「答えてくれる、のよね?」

「私はあなたに……Pさんが好き、って伝えたの」

「1度だけじゃないって、思ってる」

「……ああ、そうだな」

「立場だって、歳の差だって……燃え上がらせる障害でしかなかった」

「はは…… 物好き」

「誰のせい?」

「やっぱり俺に責任があるのか?」

「そう。だから」

「……どんな答えでもいい。ただ、答えてほしいの」

「……」

28 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:55:49.05 MCtThbec0 28/44


「出合ってから3年か」

「……」

「……答える……って言うのかな、これは」

ゴソ…

「酔った勢いなる前に、渡しておくよ」

「……誕生日のプレゼント?」

「いや……」

「……最後まで悩んだし、いまでも悩んでる」

「ただ、いま渡さないと、次いつ渡せるか分からないって思ったんで」

「?」

「奏がそういう、もの好きなら……俺も同じだ」

「ただ、受け取るかどうかは、奏が答える番になるけど」

「なに……?」

「……」

カパ

「……!」

「悪い、待たせた」

29 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:57:03.30 MCtThbec0 29/44


「……これ……」

「……俺も、ただ待っていたわけじゃない」

「17歳から3年間って青春をアイドルに……自惚れじゃなきゃ、俺に捧げてくれた」

「なら、それに応えなきゃいけない時期に来たんじゃないかって、勝手に思ってただけで」

「……いますぐじゃなくていい。そんなことも無理だし」

「それでも、奏がいつか、アイドルをやめた後に」

「……い」

「……」

「……」

「……」

「一番近くにいて欲しい」

30 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:58:03.91 MCtThbec0 30/44


「……」

「……」

バッ

「わっ」

ギュゥッ

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「はい……!」

31 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 00:59:32.15 MCtThbec0 31/44


「……」ブルッ

「Pさん……?」

「……さすがに緊張した……」

「これを受けられなかったら、何もかも嘘よ」

「これに関しては、奏が悪い」

「あら、やり返されちゃった」

「得意だろ、嘘」

「そうかもね……可愛い嘘つきになら、なってあげる」

「なんだよそれ。ははは……」

32 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:01:03.18 MCtThbec0 32/44


「……私、さっきPさんには追いつけそうって言ったじゃない?」

「え? ああ」

「たぶん……私があなたに追いついたんじゃない」

「それまで待ってくれたのは、Pさんの方だったわ」

「……はぁ……言わないでいてくれるんじゃなかったのか?」

「ね?」

「うん?」

「可愛い嘘つきって言うのはこういうことよ」

「真剣な男性の告白を無下にしたりすることじゃないわ」

「そうか…… ……嬉しいよ」

33 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:02:31.28 MCtThbec0 33/44


「ねぇ」

「? ああ……」

「……ん」

「……」

「ふ…… ……キスって、気持ちいいのね」

「ああ……」

「唇って、性感帯なんだって」

「……そうか」

「ん……」

「……ふ」

34 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:04:02.02 MCtThbec0 34/44


――7月1日 1時4分

「ねぇ、Pさん」

「ん?」

「貰っていいのよね」

「ああ……付けていいか?」

「ええ」スッ

「……なんか緊張するな」

「私もよ」

「そうか……」

「なら良かった」

キュッ

「……綺麗ね」

「ああ」

「んー?」

「……どっちのことだろうな」

「もうっ」

35 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:04:58.01 MCtThbec0 35/44


「これを付けて人前に出ることは、いつになるかしら」

「いつにしたい?」

「うーん…… ……しばらくは、いい」

「あなたにここまで応えてもらった。次は私が付き合うわ」

「あなたがいけると思う速水奏を……好きなだけプロデュースして」

「ああ……分かった」

「……しばらくはバレないようにしないといけないんだよなぁ」

「大丈夫よ。匂わせたりはしないから」

「徹底的に頼む」

「声を掛けてくる男性を断るのも、心苦しいわね」

「嘘つけ」

「ふふ……興味ない男性からいくら言われてもね。お互いのためと思って、いままで通りきっぱり断らせて貰うわ」

「あと根回しする範囲を……他に同じような境遇のアイドルいないかな」

「それ、噂が漏れてきてちゃダメなやつじゃない?」

36 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:05:24.64 MCtThbec0 36/44


「基本的にスケジュール調整とかはしないだろうけど……そうだな、少しは会えるタイミングを……」

「ふふふ……」

「なんだ?」

「なんだか、悪巧みしてるみたい」

「そうだな」

「悪い大人になったのかしら?」

「勘弁……結局引き込んだの俺かぁ」

「自覚はあるのね」

「悪い大人なんだろ」

37 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:05:50.22 MCtThbec0 37/44


「じゃあ、良い大人にしてくれる?」

「そっちの方が難しいよなぁ」

「じゃなかったら」

「……?」

「……大人にして?」

「んっ、ごほっ……!」

「ふふ、ふふふっ」

「お前な……」

「ないとおもっていた?」

「……」

「私の気持ちを知って、それであなたも応えてくれた」

「今日以上のタイミングがあるかしら」

38 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:06:39.46 MCtThbec0 38/44


「…………」

「悩んでる?」

「どうしたら一番リスク低いか考えてる」

「ふふっ……このまま家に連れて帰ってくれるの?」

「どうしような。車は乗れないし」

「タクシー捕まえて……いや、ここら辺なら大丈夫か」ポチポチ

「?」

「ああ、いっぱいある」

「月の丘の裏側、ということかしら」

「……まぁ、そういう事」

クイッ ゴクッ

「……結構残ってたと思うけど」

「申し訳ないけど、ちょっとシラフでできることじゃないんで」

「ふぅん、大した職業意識ですこと」

「奏に言われたくはない」

「うふふっ、たしかに」

39 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:07:05.88 MCtThbec0 39/44


「片づけたら……出ましょうか」

「ああ」

カタカタ カチャ ジャー…

「酒瓶は……デスクの下に隠しておくか」

「つまみも冷蔵庫いれて……あー、これバレるなぁ」

ガサガサ

「楓さんに見つからないようにね」

「なんでだろう、匂いで見つけそうで怖い」

「明日そんなこと言ってたって言っちゃおうかな」

「勘弁してください」

「ふふ……」

ジャー…キュッ カタンカタン

「はい、帽子と眼鏡」

「ありがと」

「俺もサングラスくらいしておくかな……」

「似合う似合わないはともかく、夜にサングラスはどうなの」

「すっぱ抜かれても面倒だろ」

「そうね、確かに」

40 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:07:32.73 MCtThbec0 40/44


「でももし、本当にそうなっちゃったら……」

「ねぇ、どうしましょうか、Pさん」

「そうだな……ふたりで逃げるか?」

「いいわね、それ」

「ばか、冗談だ」

「残念」

「……最悪の最悪な。できることなら、引退までプロデュースしたいし」

「ふぅん。……できることなら、引退してからも私の人生をプロデュースして欲しいところだけど?」

「そうはいかない」

「あら、どうして?」

「そこからはもう、アイドルとプロデューサーじゃない」

「奏と俺は、そうじゃない関係を築いていくんだ」

「……」

「今日がスタートみたいなもんだよ」

41 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:07:59.76 MCtThbec0 41/44


「……」

「やっぱり、待ってた振りをしていただけみたいね」

「うん?」

「なんでもないわ」

「そうか」

「……」

「奏?」

「……Pさん」

「うん」

「いま私、あの時のことを思い出してる」

「あの時?」

「あの海岸で、Pさんと初めて出会った時のこと」

「……ああ」

42 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:08:29.25 MCtThbec0 42/44


「あのやり場のない感情の渦の中から、私を連れ出してくれた」

「あの時の言葉、私、まだ覚えてる」

「いまこの場で、キスしてくれる? って」

「あなたは顔を赤くしながら、わかった、って言ってくれた」

「たぶん……あの時から、ずっと」

「ずっと、ずっと……」

「……」

「あの時の私のお願い、覚えてる?」

「……私をここから連れ出して」

「あなたは本当に私を連れ出して……変えてしまった」

「ありがとう」

「私、今とても幸せよ。あなたのおかげで」

43 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:09:02.68 MCtThbec0 43/44


「……ふふっ」

「……」

「プロデューサーさん、顔が赤いよ」

「ああ……俺も酔ったんだろう」

「好きよ、Pさん」

「俺もだ。奏」

「……」

「……」

「……うん」

「そろそろいくか」

「ええ……連れていって」

「月の丘の裏側まで」

「ね」

ギュッ





おわり




 

44 : ◆WO7BVrJPw2 - 2020/07/01 01:09:28.38 MCtThbec0 44/44


お読み頂きありがとうございました。
誕生日おめでとう。

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