男「――くそっ」
男「なんで俺だけ掃除箇所が多いんだよ!」
エルフ「しっかりやってる?」
男「ご覧の通りだクソ女」
エルフ「正確には売女ね」
男「は? それはなんかのジョークか?」
エルフ「いいえ」
元スレ
エルフ「早く来なさい、奴隷」 男「へっ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329946981/
エルフ「まあいいわ。それが終わったら食事作ってちょうだい」
男「はあ!? 俺が忙しいのは見りゃわかんだろうが!」
エルフ「ご主人様の命令は絶対でしょ。本当、あなたって奴隷らしくないわよね」
男「昔の知り合いの影響さ」
エルフ「……」
男「チッ! 飯作ってもらえねーくれーでそんな残念顔すんじゃねーよ」
エルフ「……」
男「分かった分かったつくりゃいいんだろーが」
エルフ「……悪いわね」
男「ケッ」
・
・
・
男「どーぞ」
エルフ「ありがとう」
男「存分にオメシアガリください」
エルフ「おいしそうね」
男(気付くなよ。そのままかっくらえ)
エルフ「おいしそうな石鹸」
男「!」
エルフ「巧妙に加工してあるわね。ちょっと見にはチーズみたい」
男「チッ」
エルフ「……」
男「ばれちまったからにはしょうがねー。好きに罰でも与えろよ」
エルフ「……」グス
男「あ?」
エルフ「……何でもないわ」
男「泣いてんのかよ。これぐらいの嫌がらせでダセーな」
エルフ「罰だったわね。これからちょっと出かけるから付き合いなさい」
男「あ? 今は夜だぞ」
エルフ「星が見たいの」
男「勝手に見てこいよ」
エルフ「ここじゃよく見えないから近くの丘まで行きたいのよ」
男「ここらだって結構物騒だぞ」
エルフ「だからあなたに守ってもらうんじゃない。昔みたいに」
男「昔? よくわかんねーが気が乗らねー」
エルフ「わたしが暴漢に襲われてもいいの?」
男「何か問題が? 大体俺だって襲うかもしんねーぞ」
エルフ「あなたにだったらかまわないわ」
男「冗談下手糞。さっさと寝ろ」
エルフ「行くわよ」ガチャ
男「おい!」
男「……」
「さっさと来なさい」
男「……チッ! 今行く!」
エルフ「遅いわよ。早く来なさい、奴隷」
男「へっ」
エルフ「その態度は何?」
男「さあ? なんだろうなあ」
エルフ「そんなこと言ってるともっとひどい罰を与えるわよ」
男「例えばあ?」
エルフ「わたしの性欲処理とかね」
男「綺麗な顔でずいぶんお下劣なことを言いやがる。上等だぜ」
エルフ「売女だもの」
男「やっぱり冗談のセンスがねえな」
エルフ「どうもありがとう」
男「ケッ」
星の見える丘
エルフ「綺麗ねえ」
男「……」
エルフ「あら、無視?」
男「話しかけんな。俺は今、星を見てるんだ」
エルフ「星が好きなのね。意外」
男「牢屋の天井にゃ星空はなかったからな」
エルフ「……」
男「それに、昔の知り合いが好きだったんだよ」
エルフ「昔の知り合い。あなたの口からよく聞くけど、誰?」
男「……お前にゃ関係ねえ」
エルフ「……。もしかして、あなたのイイヒト、だった?」
男「……」
エルフ「ねえ、教えてよ」
男「さあな」
エルフ「教えなさい」
男「嫌だ」
エルフ「これは命令よ。主人の命令は絶対」
男「チッ! ……そうだよ」
エルフ「聞こえなかったわ。もう一度言って」
男「その歳でもう耳が遠いのか?」
エルフ「いいから」
男「……あいつは」
エルフ「ええ」
男「あいつは俺の……全てだ」
エルフ「全て?」
男「今の俺は、あいつと過ごした時間でできてる」
エルフ「……」
男「あいつがいなければ俺はとっくに死んでた。だから全て」
エルフ「……」
男「好きだったんだ」
エルフ「もう一度言って」
男「好きだった。いや今も好きだ」
エルフ「……」
男「もういいか?」
エルフ「いいえ。もう一つだけ」
男「なんだ?」
エルフ「わたしのことは好き?」
男「ボケたか?」
エルフ「聞かせなさい」
男「嫌いだよクソ女」
エルフ「……そう」
男「分かったらもう黙っとけ。俺は星を見るのに忙しい」
エルフ「罰を与えるわ」
男「あ?」
エルフ「主人の機嫌を損ねたんだから当然でしょ。わたしは疲れたから帰りはおぶっていきなさい」
男「あ゛?」
エルフ「ふふ」
男「ふざけんじゃねえぞクソ女!」
エルフ「あ、流れ星」
男「聞けよ!」
エルフ「うーん……」ノビ
男「ったく……」
――あの日と同じ、星の綺麗な夜だった
15 : VIPに... - 2012/02/23 06:54:39.99 nKeoxVQjo 15/112これは蛇足かもしれない。それでも続けるのは俺のわがままです
18 : VIPに... - 2012/02/23 08:11:23.40 sHfO1MaDO 16/112なんかの続編?
21 : VIPに... - 2012/02/23 09:58:24.52 FJKioB/0P 17/112前作plz
24 : VIPに... - 2012/02/23 11:36:52.64 QFkAa1LIO 18/112>>21
男「エルフを買っt エルフ「新しい家ー!」
http://ayamevip.com/archives/3275096.html
翌日
エルフ「テキパキお願いね」
男「なんだこの散らかった部屋は!?」
エルフ「散らかってなかったら片付けてもらう必要ないでしょ?」
男「そうじゃねえだろ! 昨日はもっと片付いてた気がするが!?」
エルフ「ちょっといろいろひっかきまわしてたらね」
男「……昨日俺が嫌がらせしたのをまだ根に持ってるのか?」
エルフ「違うわ。イライラしてたけど」
男「違わねーじゃねえか!」
男「この性悪女が!」
エルフ「あなたと一緒にしないで」
男「ああん!?」
白髪「朝から騒がしいな。仲がよすぎだろうよ」
男「ん? ……お前か」
エルフ「あら、そっちは終わったの?」
白髪「はいご主人。きちんと綺麗にしておきましたよ」
エルフ「あなたはしっかりしてるわね。それに比べて……」
男「んだよ!?」
エルフ「はぁ……」
白髪「まあまあご主人。俺もこいつを手伝いますから」
エルフ「本当? 助かるわ」
白髪「はは。ご主人に気に入ってもらえるならなんでもしますよ」
エルフ「あらうれしいこと言うわね」
男「……」ムッ
エルフ「どうしたの?」
男「……何でもねーよ!」
白髪「おやおや」
エルフ「じゃあ頼んだわね」
バタン
男「チッ」
白髪「さっさと終わらせて休もう」
男「たりいぜ」
白髪「真面目にやれよ」
男「こんなんにマジになれっかよ」
白髪「ご主人の命令に逆らうのか?」
男「急いで終わらせろとは言われてねえ」
白髪「まあそうだが」
白髪「お前はなんでそんなにつんけんしてるかね」ゴシゴシ
男「あんなクソ女に使われてると思うとこうもなるさ」フキフキ
白髪「もっとひどい主人なんていくらでもいるぞ」
男「俺はあの女が! 気に入らないんだ!」
白髪「俺は好きだな。彼女」
男「!?」
男「お前……?」
白髪「ああ見えて優しいし、俺たち奴隷によくしてくれる」
男「ああ、そういうことか」
白髪「おまけに美人だ。頭もいい」
男「……」
白髪「あー、主従の関係じゃなければなー」
男「……なければ?」
白髪「今頃求婚でもして、上手くいきゃこう、親密にだな……」
男「な、なんだよ?」
白髪「……」
男「おい!」
白髪「プッ、はは。必死すぎ」
男「くっ」
白髪「心配しなくても彼女、お前が一番のお気に入りだよ」
男「何の心配だ」
白髪「あの目を見りゃわかる。お前に注ぐ視線は一味違う」
男「気持ちわりぃこと言うなよ」
白髪「妬けるな。この、この」
男「やめろ!」
白髪「真面目にもう一度聞くが、彼女のどこが嫌いなんだよ。具体的に」
男「全部」
白髪「お前、具体的って言葉の意味知ってんのか?」
男「……。昔な」
白髪「ん?」
男「王都にいたんだ」
白髪「王都に?」
男「一応爵位もあった」
白髪「貴族かよ。こりゃたまげたな」
男「今じゃこんなんだがな」
白髪「落ちぶれたな」
男「うるせえ」
男「で、だ。エルフの奴隷を買ったんだな。当時」
白髪「ほう」
男「おおよそ奴隷っぽくはなかったが。まあそれはいい」
白髪「そいつがどうしたんだ?」
男「俺がなんでそいつを買ったか分かるか?」
白髪「奴隷ねえ。自分が楽をするため。貴族の体面。あとはシモの、だな」
男「全部当たり。だが全部外れだ」
白髪「うん?」
男「俺はきっと」
白髪「……」
男「きっと……倒れそうだったんだ」
白髪「? よく分からん」
男「俺は母殺しでな。俺を生んで母親は死んだ。それで父親には憎まれてた」
白髪「ふうん?」
男「犬がいたんだ」
白髪「いきなりなんだ?」
男「誰にでも懐く犬だ。そいつを飼ってた。俺にも懐いてた。でも死ぬときは父親のところへ行った」
白髪「ふむ」
男「それと同じだ。俺は、肝心なところで、一人だったから」
白髪「……」
白髪「孤独を埋めるために?」
男「近い。でも違う。俺は、俺に支配できる小さな存在が欲しかったんだ」
白髪「小さな」
男「俺の、ちっぽけな支配欲を満たせるような、同じくちっぽけな存在」
白髪「ははあ」
男「クズだよ」
白髪「矮小だな」
男「……その通りだ」
「終わったかしらー?」
白髪「もうすぐ片付きます」
「終わったらこっちに来て。クッキーを焼いてみたから味見してほしいの」
白髪「かしこまりました」
男「……」
白髪「行こうぜ」
男「ああ」
「こっちに来てお茶の準備を手伝ってもらえるー?」
白髪「言ってくれれば俺たちがやるのにな。ご主人は変わったお人だよ」
男「……」
白髪「お前が行きな」
男「なんでだ」
白髪「いいから行け。ほら」ドン
男「っ……チッ、わーったよ」
エルフ「あら」
男「なんだよ」
エルフ「ふふ。いえ、何も。ティーカップを出してもらえる?」
男「……あいよ」
エルフ「~♪」
男「機嫌いいな」
エルフ「そうね」
男「何かあったのか?」
エルフ「何気ない幸せってこと」
男「?」
エルフ「ふふ」
男(変な奴)
男(ティーカップは食器棚の三段目)
男(右にあるのが主人用、左のが俺たち)
男(普通は一緒にしておくことはないんだろうが、こいつは変わってる)
男(ティーカップの装飾やらも、申し訳程度にしか違わない)
男(金持ちのクソどもはこういうくだらないものに金をかけるのが相場なのにな)
カチャ カチャ
男(金持ちのクソども、か)
エルフ「~♪」
男(俺はこいつが嫌いだ。見てると昔の俺を思い出すようで)
男(クズだった俺。そして今の惨めな俺)
男(そう変わりがあるわけじゃねえが……やっぱり昔のことっつーのは取り分けて苦いもんだ)
男(こいつと昔の俺が似ているわけじゃない。だが、思い出す。なんでかね)
男「……チッ」
エルフ「……?」
男「なんでもねえよ」
エルフ「そう?」
エルフ「ティーカップは持ったわね。じゃあ行きましょうか」ツカツカ
男「……」
エルフ「~♪」
男(……食器棚の下の引き出し)
男(銀のナイフ)
男「……」
男(殺せる)
エルフ「~♪」
男(あいつはこっちに背を向け、油断しきってる)
男(エルフ。人間よりは長命。だが、たかが十数年分ほど)
男(すげえ力なんかは使えない。おとぎ話だ。頑丈さも人間とそう変わらない)
男(……殺せる)
エルフ「~♪」
男(……。そうだ。いつだってそうだ)
男(お前、いつだってそうやって俺に隙を見せてるんだろうが。わざと!)
エルフ「? どうかした? 早く来なさいよ」
男(どうせ俺たちには殺せない。そう思ってんだろ。たかだか少し大きい程度の村だしな。隠し通せない)
男(そういう余裕も気に食わねえんだよ! このクソ女が!)
男「ケッ……別に」
エルフ「そう?」
白髪「お、準備はできましたか」
エルフ「お待たせ。それじゃあ一休みしましょうか」
男「……」
白髪「どうした? お前も座れよ」
男「……ああ」
白髪「……俺は、お前の味方だよ」ボソ
男「え……?」
白髪「……」
男「お前……」
エルフ「?」
男(……)
男「いや。別に」
エルフ「そう?」
白髪「ご主人の作ったクッキーはまだですか? こっちは楽しみで楽しみで」
エルフ「あらごめんなさいね。はい。感想はちゃんと聞かせるのよ?」
・
・
・
――ザザー……ン
(……ここは?)
――サラサラ……
(風……一面の花。そして海。抜けるように青い空……)
(俺は、ここを知っている?)
『……さい』
(……声? 誰だ?)
『早く――来なさい』
(お前は……誰だ?)
・
・
・
チュンチュン……
男「……」
男「夢……」
男(綺麗な、場所だった。この世とは思えないくらい)
男(俺はあそこを知っている……懐かしい場所? 記憶の底の……)
男「……分からねえ、な」
ガチャ
白髪「おい、起きろ。ご主人がお呼びだ」
男「……おう」
エルフ「お使いを頼むわね」
白髪「はい」
男「ふわぁ……」
白髪「おい」
男「へいへい、すみませんねーっと」
エルフ「あなたには罰が必要ね。お使いが終わったらわたしの部屋に来なさい」
男「うげっ。とうとう性欲処理か?」
エルフ「ふふ。なんでしょうね」
男「すんげぇーい楽しみだ」ケッ
白髪「はは、相変わらず仲がよろしいことで」
白髪「それで、何が入用で?」
エルフ「小麦を数袋。野菜と肉。これは日持ちがするもの。多めにね。それから水とヤギの乳」
男「多いな……」
エルフ「それからお菓子作り用に果物」
男「まだあるのかよ」
エルフ「もっと加える?」
男「やめろよ」
白髪「こいつとふざけ合いたいのは分かりますがね。それに巻き込まれる身にもなってくださいよ」
エルフ「あらごめんなさいね。楽しくて」
男「このクソ女が……」
エルフ「ふふ」
エルフ「それじゃあお願いね」
・
・
・
村の中
白髪「さて。いい天気だな」
男「ああ」
白髪「村の空気もいつも通り。いい日に散策許可をもらったよ」
男「うん?」
白髪「気付いてないのか? ご主人が俺たちを使いにだすのは息抜きの意味もあるんだぞ」
男「あいつが気を利かせてるってのか?」
白髪「多分な」
男「ありえねえよ」
白髪「ご主人は変わったお人なんだよ」
男「それでもありえねえ」
白髪「そうか」
エルフ小商人「――ほいよ、これで全部だ。確かめとけ」
白髪「どうも」
エルフ小商人「あの方にはよろしく言っといてくれよ。長は別にいるとはいえあの方が事実上の村のトップだからな」
白髪「分かった」
・
・
・
男「……気に入らねえな」
白髪「何がだ?」
男「この村じゃ誰もがあいつの機嫌をうかがってる」
白髪「ひねくれてるな。あれは慕われてるって言うんだ」
男「どうだかねえ。だったらわざわざトップが云々なんて言わねえだろ」
白髪「ひねくれてるな」
男「それぐらいじゃなきゃ生きてこれなかったんだよ」
白髪「それでもあれは慕われてるんだよ」
男「なんで言い切れんだ」
白髪「……」
白髪「俺の恋人がそうだったからな」
男「あ?」
白髪「昔の話だ。いい機会だから話しておこうと思う」
男「……?」
白髪「昨日お前の話を聞かせてもらったからな。せっかくだしこっちも知っておいてほしいんだよ。俺のことをな。いいか?」
男「話せよ」
白髪「俺はお前とは反対だ。西方にある村の、いち住民にすぎなかった」
男「へえ」
白髪「当時、俺には恋人がいた。村長の娘。秘密の仲でな。いろいろと苦労はしたが、それはまあどうでもいい」
男「……」
白髪「彼女は次期村長となる男に嫁いでそれを支えることを決められていた。
だが彼女自身が長の器でな。村民にとても慕われてたんだ」
男「ほう」
白髪「ご主人とよく似ていた。姿が、じゃなくて気品とでもいえばいいのか、そんなものが」
男「気品、ねえ……」
白髪「まあ、そういうわけでだ。俺はご主人の慕われ具合がよく分かるんだよ」
男「……その恋人は今どうしてるんだ?」
白髪「死んだよ」
男「え……?」
白髪「エルフの反乱で、そのときに」
男「……」
白髪「好きだったのにな。あんなに」
男「……」
白髪「……重いな。荷物」
男「……なあ」
ガサガサ!
男・白髪「!」
兎「……」ピョコ
白髪「兎か。今年は多いらしい」
男「……」
白髪「ちょっと獲ってくか。ご主人もきっと喜ぶ」
男「なあ」
白髪「どうした?」
男「……」
白髪「ん?」
男「なんでも、ない」
白髪「そうか」
夜 エルフの屋敷
ガチャ
男「入るぜ」
エルフ「……」
男「なんだ、化粧でもしてたのか? 姿見なんか見つめて」
エルフ「ねえ」
男「ん?」
エルフ「わたしって……そんなに変わったかしら?」
男「は?」
エルフ「昔には戻れない。そういうことよね……」
男「何のことだ?」
エルフ「いいえ。何でもないわ」
男「……?」
エルフ「何でも、ないの」
――あいつはそうつぶやくと、赤く染まる窓の外に顔を向けた
――あるいはこちらから顔をそむけたようとしたのかもしれなかった
――その背中に、苦しげな何かを感じ、俺もまた目をそらした
男「……」
――その視線が部屋の壁の絵画に引っかかって止まる
男「……」
――花に満ちた丘から臨む海と、どこまでも広がる青い空の風景。風の流れに触れられそうなほどに現実味があった
男「……」
――日が暮れる
・
・
・
――ザザー……ン
『風が気持ちいーねー』
(ああ。そうだな)
『海もきれい! 広ーい!』
(はは……)
『お花で首飾り作ってみたよ』
(似合ってるよ)
『はい。あなたの分』
(ありがとう)
『ねえねえ』
(ん?)
『ずっと一緒にいよーね』
(……おう。そうだな)
・
・
・
チュンチュン……
男「……また、なんか夢を見たような気がする」
男「……」
男「ふわぁ……」
男(さて、今日もぼちぼちやるか)
男「……?」
男「涙の跡?」ゴシゴシ
男「……どんな夢だったんだか」
エルフ「出かけるわよ。準備なさい」
白髪「え?」
男「あ?」
村の外 街道
エルフ「……」スタスタ
白髪「ご主人、目的地をお聞きしても?」
エルフ「ちょっと遠出よ」
白髪「村の外ですからそりゃそうでしょうけど」
男「言わねえなら俺は帰るぞ」
エルフ「海」
白髪「はい?」
男「……今なんつった?」
エルフ「海よ」
白髪・男「……」
白髪「海、ですか?」
男「お前、それどんだけ離れてると思ってんだ?」
エルフ「さあ。どれくらいかしら」
男「お前……!」
白髪「一日二日の距離じゃないですよ?」
エルフ「地図によるとそうらしいわね。でもこの道を真っ直ぐ。迷う心配はないわ」
男「そんな心配してねえよ!」
白髪「どうりで荷物が多いわけだ……」
エルフ「さくさく歩くわよ」
男「おい、待て。待てって!」
太陽がだいぶ傾いた頃
エルフ「さくさく歩きなさい」
男「うるせえ。おぶってもらってる奴が文句言うな」
エルフ「白君においてかれてるじゃない」
白髪「代わるかあ?」
男「そうしてもらえると助かる」
エルフ「や」
男「は?」
エルフ「あなたがいいの」
男「……気持ちわりぃこと言うな。いいから降りて自分で歩け」
エルフ「それも、いや」ギュッ
男「お・り・ろ!」
エルフ「い・や!」ギュー!
白髪「やれやれ……」
夜 満天の星空の下で
パチ パチ……
白髪「食事の準備が出来ましたよ」
男「早く来いよクソ女」
エルフ「ありがとうね」
白髪「そこの木で採れた木の実をスープにしてみました」
エルフ「ん。おいしそう」
男「残すなよ」
エルフ「そんな失礼なことしないわ」
男「ならいいが」
エルフ「ふふ。あなたってなんていうか、結構生真面目よね」
男「フン……」
エルフ「ご馳走さま」
白髪「片付けは俺たちがしますんで、休んでてください」
エルフ「ありがとう。ちょっと離れるわ」スク
白髪「お前も行ってこい」ヒソヒソ
男「はあ?」
白髪「ここは俺に任せてもらっていいからよ」
男「なんでだよ」
白髪「何でもだ。ほら」ドン
男「っ……またかよっ。チッ!」
たき火から離れた暗がり
エルフ「……」
男「お前も大概星が好きだよな」
エルフ「……」
男「おい」
エルフ「あの星みたいに、手の届かない場所ってあるわよね」
男「ん?」
エルフ「叶わない願いも」
男「んん?」
エルフ「何でもないわ」
男「言えよ」
エルフ「え?」
男「お前、いつも俺に何か言いたそうだ。そういうのはウザい。言いたいことがあるならはっきり言え」
エルフ「……」
エルフ「好きってね」
男「……?」
エルフ「好きって、残酷。そういうこと」
男「またはぐらかすのか?」
エルフ「仕方ないじゃない」
男「……?」
エルフ「仕方ないじゃない……」
男「……」
男「仕方ない、ね。それは自分の身勝手への言い訳ってやつじゃねえのか?」
エルフ「……そう、かもね。いえ、その通りよ」
男「なら」
エルフ「でも、わたしは待つの。ずっと」
男「……」
エルフ「だから。好きって、残酷なのよ」
白髪「……」
白髪「……」クス
白髪「確かに、な」
白髪「……ああ、星がきれいだ」
白髪「あの星のように、届かないものはある。俺にも。そして誰にでも」
白髪「……」
白髪「くそったれだ」ペッ
・
・
・
――ザザー……ン
『ずっと一緒だよ』
『ずっと……』
(……)
・
・
・
翌日 夕方 村の中
男(で、結局今朝には引き返し始めて、ついさっき帰宅完了。今は白と分担して言い付かった用事を足してる)
男(あいつは何がしたかったんだか。まあ現実問題海に行くのなんて相当だからこれでいいんだけどよ)
男(海……届かない場所、か)
男「ん?」
白髪「――」
「――」
男「白のやつ……誰と話してるんだ?」
「では手筈通りに。頼んだぞ――」ザッ
白髪「……ああ」
男「おい」
白髪「ん? ああ、お前か」
男「今のは?」
白髪「長んとこのだ」
男「奴隷か。何の話を?」
白髪「いや。お互いきついな、とかそんなことを」
男「……」
白髪「……」
男「おい」
白髪「行こうぜ。ご主人が待ってる」
男「誤魔化すなよ。何を考えてる」
白髪「……」
男「言えよ」
白髪「先、行くぞ」スタスタ
男「待てよ」
白髪「……」スタスタ
男「……チッ!」
屋敷
男「……」ガチャ
エルフ「おかえりなさい」カチャカチャ
男「何してんだ?」
エルフ「あなたたちが出払ってたから、久しぶりに家事をね」
男「手伝う」
エルフ「へえ……自分からなんて珍しいわね。じゃあ食器の整理をお願い」
男「ああ」
カチャカチャ
男「……」
男「……!」
男(銀のナイフ)
男「……。なあ」
エルフ「何?」ゴソゴソ
男「俺はあんたに昔のことはそれなりに話したよな」
エルフ「少しだけね」
男「だが俺はあんたのことを、実はよく知らない」
エルフ「……」
男「聞いていいか。あんたのこと」
エルフ「……どういう風の吹きまわし?」
男「自分でもわかんねえ」
エルフ「そう……」
エルフ「……」
男「言いたくないか?」
エルフ「それは」
男「無理にとは言わない。だが、お前も言いたいんじゃねえかと思ってな」
エルフ「……」
男「……」
エルフ「……そうね。思えば、あまりにも虫がよすぎるのかも。甘えが過ぎているのかも」
男「……」
エルフ「……」スー ハー
男「……」
――夕日が窓から差し込んでいた
――それを背後から浴び、一度あいつは目を閉じた
――覚悟のための一拍。空白を置いて、まぶたを開く
――透明な視線が俺に触れた
――俺の知っている少女と、よく似た眼差しだった
エルフ「わたしは――」
ドバタン! ザザザ!
男「!?」
「抵抗はするな! ゆっくりとその場に膝をつけ!」
エルフ「っ……!」
男「誰だ!」サッ
「……同胞か。お前の味方だ」
男(人間……? 奴隷か?)
男「どうやってここまで来た?」
「俺が鍵を開けた」
男「白……?」
白髪「……」
男「なんで……いや、何が!?」
白髪「これは俺たちの逆襲だよ」
男「は?」
白髪「小さな小さな、しっぺ返しだ」
男「何を言って……」
白髪「なあ。俺も思うんだよ」
「好きって、残酷だよな」
数刻後 屋敷 うす暗い食堂
白髪「座れよ」
男「……このままでいい」
白髪「そうか」
男「……」
白髪「今頃はご主人を人質に、同胞たちが村を制圧してるだろうな」
男「なんでだ?」
白髪「ん?」
男「なんでこんなことを……」
白髪「やられたことはやり返したい。そう思うのが自然だ。違うか?」
男「それは……」
白髪「違わないだろ?」
白髪「まあ、そういうわけだ」
男「でもお前はあいつのことが……!」
白髪「言うな」キッ
男「っ……そ、それに、こんなことしたって何になる!? どうせ――」
白髪「どうせ、大した反抗になりゃしない。数年前のエルフ達の革命とは違う。
小さな村の小さな反逆にすぎない。だが俺は言ったろ? ささやかなしっぺ返しだとな」
男「すぐにバレて別の村や王都からエルフ兵たちが来る! 死ぬつもりかよ!?」
白髪「奴隷ってのは生きてるのかな」
男「え?」
白髪「俺は思うんだよ。数年前のエルフ達の反乱。その時に人間は、人間としての生き方を失ったってな」
男「もう死んでるのと同じ……そういうことか?」
白髪「そう。どうせ人間は既にあのときに死んでいる。なら、一瞬だけでも人間としての誇りを取り戻し、そして死ぬ」
男「……」
白髪「俺たちはそういう道を選んだんだ」
男「そんなの……」
白髪「お前に否定できるか?」
男「……くっ」
白髪「お前はもう休め。後は俺たちがやる」スク
男「……」
白髪「なんなら」
男「……?」
白髪「なんならお前は逃げてもいい」
男「っ! 馬鹿にするな!」
白髪「……そうか」ガチャ
……バタン
・
・
・
翌日 夕方 村の広場
「人間ばんざーい!」「人間ばんざーい!」
「おーら飲め飲め!」「こっちにも一杯くれえ!」
男「……」
男「……」クイ ゴクリ
男「……」
男(……制圧はあっという間だった。眠れない夜が明けてみれば、全てが終わっていた)
男(村のエルフ達の抵抗は微々たるもの。人質がよほど慕われていた、ってことか)
男「……」
男(あいつは、無事かな。乱暴はされてねえかな……)
男「チッ……俺があいつの心配なんてよ!」グイ! ゴクゴク!
「おお。いい飲みっぷりだな! もう一杯どうだ?」
男「どんどん持ってきてくれっ!」
村の外れ
白髪「……」グイ ゴクリ
白髪「プハ……」
白髪「……」
白髪「今夜も星がきれいだな」
白髪「こんな夜は、思い出すよ」
『おい若白髪。ちょっとこっちを手伝ってくれ』
『見かけによらず力持ちだな』
白髪「……」
『女らしくない? 長の娘に向かってその言い方はなんだ!』
『……』
『……これでどうだ? 少しは可愛げが、出ただろうか?』
『! 本当か……!?』
白髪「はは……」
『おい若白髪。……そっちに行ってもいいか?』
『あの、な。嫌ならいいんだが』
『手を……つなぎたい』
白髪「……」
『ずっと、一緒にいような』
『ずっと……』
白髪「っ……」
白髪「くっ……!」ポイ!
――ガシャン!
・
・
・
「おい、こいつ大丈夫か……?」
「さっきまで大騒ぎしてたのにな」
男「――」
「まあ、俺たちは、先が長くないからな」
「自由になった嬉しさともうすぐ殺されることへの恐怖でハイになったのか」
男「うう――」
「……寝かせといてやろう」
「そうだな」
男「――くそ……っ」
――その日、夢は見なかった
・
・
・
男「――」
男「……う」
男「ここは……」
白髪「屋敷だよ」
男「白……」
白髪「飲み過ぎだ馬鹿。ここまで俺が運んでやったんだぞ」
男「……。暗いな」
白髪「もう夕方だ。お前は昨日からずっと寝てた」
男「そうか……」
白髪「気になるなら会いに行ったらどうだ?」
男「え?」
白髪「ご主人は穀物庫に閉じ込められてる」
男「……」
白髪「今日しか会えないぞ」
男「それはどういう意味だ……?」
白髪「ご主人は明日死ぬ」
男「何……!?」
白髪「処刑だ」
男「ッ!」
白髪「睨むな」
男「……。明日の、いつだ」
白髪「朝。日が昇るのと同時に」
男「すぐじゃねえか!」
白髪「だから言ってるんだよ。会ってこいってな」
男「ぐ……」
白髪「俺は知ってる」
男「……」
白髪「お前自身がなんと言おうとお前は彼女が好きだ。俺の彼女への好意以上で間違いない」
男「そんなこと……」
白髪「あるさ。俺のは仮初の愛だからな」
男「……?」
白髪「気にするな。何でもない。立てよ」
男「……」
白髪「よし。そしたら行け。ほら」ドン
男「っ……」
男「……」
・
・
・
ギィ……
エルフ「……?」
男「……」
エルフ「……あらあら、あなたとはね」
男「傷……殴られたのか」
エルフ「顔を少しね。犯されてはないわよ? 幸いにして」
男「……」
エルフ「安心した?」
男「……馬鹿言え」
エルフ「ふふ……」
男「縄、きつくないか?」
エルフ「平気。ねえ、そばまで来てくれない?」
男「……」
エルフ「そしたら隣。座って」
男「……」トス
エルフ「ふー……なんだか、これで安心」
男「そうかよ……」
エルフ「……」ソッ
男「もたれかかるな」
エルフ「でもあなたも嫌がってない」
男「チッ……」
エルフ「いいでしょ。最後くらい」
男「……なあ」
エルフ「何?」
男「あの時。なんて言おうとしたんだ?」
エルフ「……」
『わたしは――』
エルフ「なんでもないわ」
男「言えよ。最後なんだろ」
エルフ「このまま墓地まで持っていく。その方がつらくなくていい」
男「……。ならそんな苦しそうな顔するなよ」
エルフ「……」
エルフ「いい。わたしが我慢すればいいことだもの」
男「……明日の日の出だそうだ」
エルフ「処刑ね」
男「怖いか?」
エルフ「いいえ」
男「……」
エルフ「……」
男(嘘つけ……こんなに震えてるくせして)
エルフ「ねえ」
男「なんだ?」
エルフ「どうせならあなたに殺されたいんだけれど。今」
男「……できねえ」
エルフ「お願い」
男「できねえよ」
エルフ「……」
男「確かに俺は、いつもお前を殺してやろうと思ってた。その機会も待ってた。余裕ブッこきやがって、とか思いながらな」
エルフ「余裕、ね」
男「お前は俺たちにはできねえと踏んでたろうけどな」
エルフ「違うわよ」
男「違わねえだろ」
エルフ「違うわ。わたしはただ……あなたを信頼してたから」
男「え?」
エルフ「あなたになら何をされてもいいと思ってたから」
男「……」
男「……っ」スク
エルフ「……」
男「……行く。じゃあな」
エルフ「ええ。でも最後に」
男「なんだ?」
エルフ「これからあなたたちは死ぬつもりでしょうけど。あなただけは生きなさい」
男「……」
エルフ「これは命令よ。ご主人様の命令は絶対。いいわね」
男「……ああ」
エルフ「それからもう一つ」
男「……?」
エルフ「……」
エルフ「好き、です。今度こそ間違いなく」
男「……」ギィ
エルフ「……さようなら」
――バタン
『好きです。多分ね』
バタン
男「……」
男「……星か」
――涙が流れるのはなぜだろう
男「……」
男「あいつは、泣いてなかったな……」
――頬が冷たかった
酒場
「最後だ! おめーら飲み残すんじゃねーぞ!」
男「……」ギィ
「お? お前も飲みに来たのか。それじゃあ……」
男「……」ガシ
「な……ちょ、ちょっと待て、その酒はまずい――!」
男「……」グイ!
男「……ごふッ!」
「あ、ああ……!?」
男「――」ドサ
「い、言わんこっちゃない!」
・
・
・
――ザザー……ン
(……なあ)
『ん? なに?』
(お前は、幸せだったかな)
『……』
(……)
『へへ。聞くまでもないでしょ』
(そうか……?)
『あたしは幸せ! あなたと会ってからずっと! 幸せだったよ!』
(……)
『あ。泣いてる?』
(そうか……そうだな。俺も幸せだった。お前と会えてよかった)
『うん』
(……ああ、これで十分だ……じゃあな)
『……うん』
――遠のく意識。その中でしかし
『……やっぱり待って』
――声がした
『あたし、もっと幸せになりたいな』
(え……?)
『ほら、あたしって欲張りだし』
(でも)
『いーからいーから。迎えに来て。早くね』
(でも俺は!)
『待ってるから!』
(――!)
――今度こそ暗闇が全てを覆った
◆◇◆◇◆
一緒に丘で星を見た夜 その帰り
エルフ「さくさく歩いて」
男「おぶってる方の身にもなれ」
エルフ「ねえ」
男「何だよ」
エルフ「わたしとあなた。ずっと一緒よ? いいわね?」
男「……どうせ選択肢なんてないくせに」
エルフ「ふふ。そうね、安心したわ」
男「……」
◆◇◆◇◆
男「っ……ゴホッ! ゲホッ!」
「起きたぞ!」
「馬鹿野郎、あんな強い酒を一気飲みしやがって!」
男「……っ……っ」ゼィ ハァ
「大丈夫か? 気分はどうだ?」
男「……」ハァ……
男「なんか……すっきりした」
「ん?」
男「行かなきゃ。いくらなんでも待たせすぎだ」ムクリ
「おい、もう立って大丈夫なのかよ」
男「ずいぶん遅れたよ。遠回りだった」
「聞いてるのか?」
男「行ってくる。……言ってくる」ニッ!
「なんか、良くわかんねえが……」
「応援はさせてもらうぜ。最後だしな。頑張れよ!」
男「……」ダッ
「気をつけてな!」
男「おう!」バタン!
男(……待ってろよ!)
――やっぱり星の綺麗な夜だった
村の外れ 穀物庫から少し
白髪「……」
白髪「夜も更けたな。行くか」
白髪「……!」
白髪「……よお」
男「ああ」
白髪「なにか用か。俺はこれから処刑の準備をしなけりゃならない」
男「それに関して用がある。俺はそれを止めなけりゃならない」
白髪「……正気か?」
男「本気だ」スッ
白髪「銀のナイフ……」
男「しまいっぱなしだった」
白髪「……参ったね。俺は今丸腰だ。これから準備するところだったからな」
男「だろうな」
白髪「……」ジリ
男「……」ジリ……
白髪「……」
男「……」
白髪「……やめた」
男「ん?」
白髪「俺が武器持ちのお前に敵うはずないだろ。なにやらすっきりした顔もしてるしな。覚悟ができてるようだ」
男「そうかもな」
白髪「もう一度聞くが、正気か?」
男「もう十分だろ。俺はそう思う。人間がゴシュジンサマだった時間の方がはるかに長えんだ」
白髪「帳尻は合ってる……そういうことか」
白髪「だがよく考えろ、お前のそれは人間種族全てを裏切るに等しいんだぞ」
男「俺のな……昔の知り合いが言ってた。奴隷は二つ一緒には拾えない者なんだと」
白髪「……?」
男「俺が今拾えるのはあいつか、それともあいつ以外の全部。どちらか一方だ」
白髪「……」
男「なら話は簡単、俺はあいつを取る」
白髪「……くくっ」
男「?」
白髪「ふ、はは。なんだかお前らしい」
男「……」
白髪「俺にもお前ぐらいの思い切りの良さがあったら。そう思うよ」
男「そうか」
白髪「ああ、十分だ。俺を殺して行け。ご主人を抱きしめてやれ」
男「……」
白髪「あばよ。相棒」ニッ
男「俺は東側から逃げる」
白髪「ん?」
男「追わないでくれると、助かる」
白髪「……俺を殺さないのか? ならそれは無理だ」
男「そうか。そうだよな」
白髪「殺せよ。"あいつ"のいないこの世に未練なんてない」
男「お前の事情なんか知るか。汚れた手で"あいつ"は抱けない、それだけだよ」
白髪「くくっ、自分勝手だな」
男「中間を取ろう。お前にはしばらく気絶してもらう」
白髪「自分勝手だ。まったくもって」
男「あばよ」
白髪「俺は追うぞ」
男「信じてるよ。相棒」
白髪「……くくっ」
――ガッ! ドサ……
エルフ「……」
ギィ……
エルフ「……?」
男「よお」
エルフ「……ようやくわたしを殺してくれる気になった?」
男「ナイフも用意した」ツカツカ
エルフ「そう……」
男「動くなよ。傷がつくかもしれねえ」スッ
エルフ「え?」
男「ん……やっぱりナイフ一本で縄はきついな」
エルフ「何をしてるの?」
男「お前を助ける」
エルフ「無理よ」
男「好きだ」
エルフ「え……」
男「……それだけだ」
エルフ「……まさか」
男「……」
エルフ「ねえ、お願い……変な期待はさせないで。わたしはもう十分すり減ったのよ」
男「……」
エルフ「……思い出したの?」
男「とっくの昔に気付いていたさ。そのはずだった。でも俺は気付きたくなかったから気付けなかった」
エルフ「……」
男「泣くなよ?」
エルフ「っ……」
男「っと。切れた」
エルフ「っ!」ガバ
男「うお!?」ドサ
エルフ「わたしは……!」
エルフ「いいえ、"あたし"は! ずっと待ってた……っ」ギュッ
男「……泣くな」ナデ
エルフ「っ……あったかい……っ」
男「……」ナデナデ
エルフ「あったかいよぉ……っ」
男「ああ。俺もだ」
エルフ「……っ……っ」
男「……俺もだ」
・
・
・
「大丈夫か、白」
白髪「ぐ……」
「頭を強打されている。意識はしっかりしてるか?」
白髪「ああ……」
「誰にやられた?」
白髪「……」
「おい?」
白髪「……あの女エルフだ」
「まさか、あの女か!?」
白髪「隙を突かれた。ちくしょう、取り逃がした!」
「チッ! 探さねえと!」
白髪「お前たちは」
白髪「……」
白髪「"西側"を頼む! 俺は東側を探す!」
「分かった!」ダダッ!
白髪「……」
白髪「くくっ。何やってんのかね、俺は」
白髪「ハァ……もう五年。それぐらいになるのか」
白髪「星……こんな日なのに格別きれいだな」
『早く来い、若白髪』
白髪「……」
白髪「お前に、会いたいよ……くそ……くそっ」
・
・
・
男「ハァ ハァ……」
――あの日と同じように森の中を歩いていた
エルフ「……」
――あの日と同じように憔悴した想い人を背負って
男「っ……ハァ……!」
――いや、違う。あの日とは
――背の高さが逆転した。彼女の笑い方は美しくなった。もう壊れていない。そして俺はずいぶんひねくれた
――それらすべての変化を認めるのが怖かった
――もうあの日は取り戻せない。それを強く意識してしまうから
――『変わったから気付かなかった』わけではない。『変わったことを認めたくなかったから気付けなかった』
男「でも……もう違う」
エルフ「ええ……」
男「行こう。海だ」
エルフ「どこにでも行くわ。あなたと一緒なら」
男「ああ……!」
――ズル!
男「!」
ドサ!
男「つぅ……」
エルフ「っ……」
男「大丈夫か……?」
エルフ「ええ……」
男(まだ行ける……まだ)
ガサガサ!
男(!?)
「そっちはどうだ!?」「いない!」
男(……追手か。そりゃそうだよな)
「俺はこっちを探す!」
男(来る。仕方ねえ……)ザッ
――キュッ
男「……?」
エルフ「行かないで……」
男「……俺が囮になる。その間に逃げてくれ」
エルフ「もうわたしを一人にしないで。お願い」
男「けど……!」
エルフ「守らなくてもいい。最後まで一緒にいてほしいの……」
男「……。分かった」ギュッ
エルフ「……」ギュッ
ガサガサ……ガサガサ……
男(見つかる……)
――ガサッ!
「うわ!?」
兎「……」ピョン!
「な、なんだ兎か」「どうした!?」
「いや、何でもない。茂みから兎が出てきただけだ」「そうか。だがこれだけ探してもいないとなると……」
「場所を変える! 行くぞ!」「おう!」
ガサガサ ガサガサ……
男・エルフ「……」
――エルフが力を持つのはおとぎ話の中だけ。奇跡が起こるのもおとぎ話の中だけ
――だからこれはただの偶然。偶然見つからなかっただけ
男「……行くか」
エルフ「……ええ」
――その偶然を足がかりにして、立ち上がる
男「ほら」
エルフ「いえ、もう自分で歩けるわ」
男「そうか?」
エルフ「今度は一緒に歩きたいの」
男「そうか」
エルフ「行きましょう」
エルフ「……早く来なさい、奴隷」
男「……」
男「へっ」
――潮騒が聞こえる。そんな気がした
・
・
・
エピローグ:一緒に星を見に行く、ということ
・
・
・
――ザザー……ン サラサラ……
「――ねえ。見て」
「ん?」
「どうかしら」
「花の首飾り、ねえ。ちょっと趣味が子供っぽくないか?」
「そんなことないわよ」
「あるって」
――ザザー……ン サラサラ……
「そんなこと言われても。あなたの分もあるのだけれど」
「……」
「待ちなさい」
「誰がつけるかそんなもん!」
「待ちなさい!」
――海が見える花の丘の近くに小さな家を建てた
――主人と奴隷、二人だけの家
「観念しなさいご主人様!」
「勘弁してくれゴシュジンサマ!」
――互いが互いの主人で、同じように奴隷でもある
――あたたかなこの場所で、ずっと彼女のものであろうと思う
――変わってしまったものは取り戻せなくとも。並んで星を見に行くことはできるから
「やっぱり好きな人に抱かれるって素敵よね」
「ん……?」
「ううん。何でもない」
「そうか」
「いい夜ね。行きましょう」
「星か?」
「ええそうよ」
「よし」
「……」タタタ
「ん? どうした?」
「……早く来て、あなた」
「……」
「へへっ」
(おわり)
188 : VIPに... - 2012/02/28 18:58:28.71 AqnSLWHMo 111/112俺のわがままこれにて終了。少しはハッピーエンドぽくなったでしょうか
お付き合いサンクスでした。楽しかったです。それではまたそのうち
200 : VIPに... - 2012/02/28 19:41:23.50 AqnSLWHMo 112/112迷ったけれど、せっかくだし話の中で書き洩らしたことを落としとく
・エルフは別にエッチ大好きというわけではない。それを強要されるのが食事とかと同じレベルで普通だと思っていた
・白髪のその後→村の奴隷たちで盗賊団結成。数年後に幼女エルフを拾う。海にもいくかもしれない