とあるドラッグストア。
男「マスクありませんか?」
店員「いやー、お客さんツイてますよ!」
男「え」
店員「実は最後の一個が残ってましてね」
男「ホントかい? やったーっ!」
男(俺がマスクを欲するのは、もちろん自分のためなんかではない)
男(家で待つ、可愛い一人娘のためなのだ!)
男(これで娘を新型コロナウイルスから守れる!)
元スレ
男「念願のマスクを手に入れたぞ!」町の人々「殺してでも奪い取る」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1584608480/
男(さて、家に帰るか)
町民A「へっへっへ、いいもん持ってんじゃねえか」
町民B「おっさん、そのマスク俺らにくれよ」
町民C「でなきゃ、ウイルスでなく、俺らに殺されることになっちまうぜぇ?」
男「……」
男「悪いが……お前たちなどに譲るつもりはない」
町民A「だったら……死ぬしかねぇなァ!!!」
町民A「死ねッ!」シュッ
男(ナイフか……)ガシッ
すかさず、腕を取り――
ボキィッ!
ヘシ折る。
町民A「ぎぃやぁぁぁぁぁ!」
町民B「く、くそっ!」バチバチッ
男「ふん」バキッ!
スタンガンをかわし、右ストレートでノックアウト。
町民C「うおおおおおおっ!」
メリケンサックをつけて殴りかかるも――
グシャァッ!
アッパーで顎を粉砕される。
町民C「あうう……」ドサッ
男「悪いが、オーソドックスな武器じゃ俺は殺(と)れんよ」
男「……」スタスタ
会社員「おや、あなたが持っているのは……マスクですね?」
男「それが何か?」
会社員「私は毎日満員電車で通勤していましてね。マスクは必需品なのです」
会社員「なにしろ、マスク無しで咳などしようものなら、袋叩きにされてしまいますからねえ」
男「事情は察するが、マスクは渡せん」
会社員「そうですか……ならば私の名刺を受け取ってもらいましょうッ!」
シュババッ!
会社員の投げた名刺は、電柱を切断した。
男「な……ッ!」
会社員「名刺とは“命刺”……本来、相手の命を絶つ道具なのです」チャッ
会社員「マスクはあなたの命を奪ってから頂くッ!」
ビュババババババッ
男「ちいっ!」
会社員「いつまで避けられますかねえ!?」ビュババババババッ
雨あられと名刺を投げつける。
会社員「袋小路です! もう避けられませんよォ!」シュッ
男「避けられないのなら――」
パシッ!
男「キャッチすればいい!」
会社員「なにっ!?」
一瞬の動揺。このスキを見逃す男ではなかった。
ザンッ!
会社員「が……ッ!」ブシュゥゥゥゥゥゥ…
男「あんたの名刺で頸動脈を切断した。致命傷ではないが、しばらく動けないはずだ」
会社員「ぐおぉっ……!」
会社員「しかし……危機が去ったわけでは……ありませんよ……」
男「……」
会社員「そのマスクを持っている限り……あなたは狙われ続ける……!」
男「分かってるよ」
男「だが、俺はマスクを守り切る! 娘のために!」
会社員「ふふ……いい目をしている……。あなたなら、やれる、かも……」ガクッ
ブロロロロ…
男(タクシーだ)
男(タクシーなら、安全に家まで帰れるかも……)
男「ヘイ、タクシー!」サッ
ブロロロロロロロ…
男「お、気づいてくれたみたいだ」
ブオオオオオオオオオオオオッ!!!
男「突っ込んでくるッ!」
シュゥゥゥ…
運転手「よくかわしたな……」
男「何しやがる! 乗車拒否よりタチ悪いぞ!」
運転手「むろん、そのマスクを手に入れるためだ」
運転手「貴様にはこのタクシーのサビになってもらう!」
男「轢(や)れるもんなら……やってみろ!」
運転手「ではマスクをかけて勝負だ!」
ブオオオオオオオオオオッ!!!
男「うわぁっ!」
男(なんという迫力! 名刺みたいに受け止めるってわけにはいかないな……)
運転手「ククク、このタクシーは重機以上のパワーとF1カー以上のスピードを併せ持つ、モンスターマシンなのだ!」
運転手「受けることはもちろん、かわし続けることも不可能ッ!」
ギャルルルルッ ギュルルルルッ
巧みなハンドルさばきで、男を追い詰めていく。
運転手「もらったァ! アクセル全開ッ!」グンッ
ブオオオオオオオオッ!!!
男(くっ……! やられる……!)
男の脳裏に、愛娘との思い出が蘇る。
娘『お父さん、“将を射んと欲すればまず馬を射よ”ってよくいうけど……』
娘『いきなり将をやっちゃった方が早くない?』
男『ま、まあそうかもしれないね……』
男「……」
男(これだッ!)
男はあえて車を避けず、ボンネットに飛び乗った。
運転手「こ、こいつ!?」
男「“将を射んと欲すれば……いきなり将を射よ”!!!」
ガシャァンッ!!!
男の正拳突きが、ガラスを突き破って運転手を打ち抜いた。
運転手「ぐは……ッ!」
運転手「み、見事だ……!」
ブロロロロロ…
ドガシャァンッ!
男(派手に事故ったが、死にはしないだろう。モンスターマシンだし)
主婦「あら、それはマスクね」
男「ええ、そうですが」
主婦「よく買えたわね~」
男「最後の一つがたまたま残っていたんですよ」
主婦「うちのマスクももうなくなりそうなの……譲って下さらない?」
男「それはできません」
主婦「ならば、あなたを料理してあげましょう!」バッ
男「……来いッ!」ババッ
戦いが始まる……。
主婦「あなた、“料理のさしすせそ”ってご存じ?」
男「もちろんだ。砂糖、塩、酢、醤油、味噌だろう?」
主婦「当たり。だけど、人間を料理する場合はそうじゃないの」
男「なに……?」
主婦「まずは……“サバ折り”!」ギュッ
男「ぐおおおっ……!?」メキメキ…
主婦「“シャイニングウィザード”!」
ガゴォッ!
主婦「“スープレックス”!」
ドゴォンッ!
主婦「“背負い投げ”ッ!」
ズドンッ!
主婦「ラストはぁ……“ソバット”よ!」ブオンッ
バキィッ!
男「ぐはぁぁぁっ!」ドザァッ
男「……」シーン
主婦「調理完了」
主婦「――む?」ピクッ
男「ぐっ……!」ヨロヨロ…
主婦「ぬうっ!? まだ息があるというのかッ!」
男「“料理のさしすせそ”……たしかに効いたが、五つも違う技をかけるからか」
男「それぞれの練度はそこまででもなかった」
男「さてはあんた……料理が下手なんじゃないか?」
主婦「ぬわぁんですってぇぇぇぇぇ!?」
主婦「ならば、“真の料理のさしすせそ”見せたるわァ!」ジャキンッ
よく研がれた出刃包丁を取り出す。
主婦「まずは……“刺す”!」ビュオッ
パキィンッ!
男は手刀で包丁を砕いた。
主婦「なにィィィィィ!?」
男「男の料理に包丁は不要……」
男「今度は俺の料理を見せてやろう……」
男「男の料理はいたってシンプルッ!」
男「味付けなんざ一切しない……渾身の生拳(なまこぶし)だァッ!」ギャルルルルッ
ゴッ!
コークスクリュー気味のパンチがヒット。
主婦「ぐおわぁぁぁ……ッ!」ドザァッ
男「はぁ、はぁ、はぁ……」
主婦「もっと腕を上げたら……また料理に付き合ってくれる?」
男「いいとも……。ただし、その時は食べる料理で頼むよ」
ジュルル… ジュルルル…
不気味な音とともに現れたのは……。
男「む……」
患者「よこせ……」ジュル…
男「なんだ、こいつ……」
患者「マスク……よこせぇ……」ジュルル…
男「こいつまさか……花粉症ッ!?」
患者「マスクよこせぇぇぇぇぇ!!!」ドバァァァァァッ
男「うわっ、涙と鼻水を――」
ジュワァァァァァ…
男「地面が……溶けた……!」
患者「ボクの涙や鼻水は、強い酸性でね……何でも溶かす」
男「なんだと……!?」
患者「しかも、免疫を操ることで、いくらでも放出できるんだッ!」
患者「ほら、もういっちょ!」ドバァァァァァッ
強酸の波が男を襲う。
男「くっ……!」バッ
患者「ええい、今度こそォ!」
男「だあっ!」バッ
患者「跳んだ!?」
男「花粉症なのは気の毒だが……マスクを渡すわけにはいかんッ!」
ドゴォッ!
脳天にエルボーを突き刺した。
患者「ぎゃぶあぁぁぁ……!」ベチャッ…
患者「あうう……マスクがないと……ボクは……」ジュルジュルジュル…
男「一つアドバイスしておこう」
患者「……?」
男「免疫を操れるなら、花粉症もコントロールできるのでは?」
患者「た、たしかに……」ガクッ
老人「ふぉふぉふぉ……」
男(おじいさんだ。さすがにこの人とはバトルにならないだろう)
老人「新型コロナは老人にとって恐ろしいウイルス……ここは黙ってマスクを譲って下さらんか」
男「残念ですが、譲れません。これは娘のものです」
老人「なるほど……」
老人「おぬしのような敬老精神を持ち合わせていないクソ若造は――」
老人「地獄に送ってくれるわ!」ボンッ!!!
男(筋肉が膨れ上がった!?)
老人「カアアアアアッ!!!」
ドゴォンッ!!!
地面に直径10メートルほどのクレーターができる。
男「な……マジか!」
老人「こんなか弱い年寄りにマスクを譲らぬとは、なんたる非人情……」
老人「これだから最近の若者はッ! 万死……否、億死に値するぞよッ!」
ガゴォッ!!!
老人のラリアットで、男が数十メートル吹っ飛ぶ。
男(なんてパワーだ……! ガードしたのに……!)ビリビリ…
老人「覇ァァァァァッ!!!」
ボボボボボッ!!!
老人の猛ラッシュ。
丸太がマシンガンの弾になったようなド迫力。
男(一発でもまともに受けたら……意識を持ってかれる!)
老人「勢ァァァッ!!!」
ブオンッ!
男(あの体格で蹴りも放てるのか……!)
老人「トドメじゃああああああッ!!!」ドドドドドッ
男(だが、付け入るスキはある!)
男(このパワーをそっくりそのまま、爺さんにブチ込んでやるッ!)
老人の右ストレートをかわし――
メキィッ!
男は左拳を顔面の人中に打ち込んだ。
老人「ぐ……ほぁぁっ!」
巨大な老体が、地面に崩れ落ちた。
ズゥゥン…
老人「や、やるのう……。まさかカウンターとは……」
男「ミスってたら、俺の命がなかったですけどね……」
男「あいにく俺がお年寄りにあるのは……」
男「敬老精神ではなく、KO精神です!」
老人「ふぉふぉふぉ……日本の若造もまだまだ捨てたものではないということか……」
男(あと少しで家だけど――)
医者「マスク……発見」
男「あなたは……お医者さん?」
医者「今は病院でもマスクが不足していてねえ……大人しく譲ってくれる気はないかね?」
医者「君とて医療崩壊を起こしたくはないだろう?」
男「俺のマスクは絶対やらん!」
医者「バカにつける薬はないようだ……ならばせめて楽にあの世に送ってやろうッ!」
医者「ちゃっ!」シュッ
男「はっ!」ブオッ
医者「でやっ!」ブンッ
男「そこだっ!」バキィッ!
激しい攻防を繰り広げる。
ドカッ!
医者「ぐ……ッ!」
男(よし……イケる!)
男(今までの戦いを経て、俺は強くなっているんだッ!)
男「あんたを倒して……娘にマスクを渡すッ!」
男「だあああああッ!」タタタタッ
医者「……」ニヤッ
チクッ
男「うっ!?」
男「な……なにをした!?」
医者「注射したのさ……」
医者「エボラ・天然痘・ノロ・狂犬病、その他諸々のウイルスをブレンドして作った最凶最悪のウイルス!」
男「混ぜすぎだろ……」
医者「むろん、即効性も抜群だ」
男「ぐ……!?」
男「ガハァァァァァッ!」ゲボォォォォォッ
大量に血を吐き出す。
医者「効いてる効いてる」
男(なんてウイルスだ……。ここまで、か……)
医者「さて、マスクを頂いていくぞ」
男「ぐ……!」
男(情けない……ここまできて……たかがウイルス如きに負けるなんて……)
男(いや……負けてたまるか!)
男(俺は……娘に……マスクを届けるんだァァァァァッ!!!)
男「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」ガバッ
医者「な、なんだと……!? 立ち上がった……!?」
男「はあああああああ……!!!」シュゥゥゥゥゥ…
医者「注入したはずのウイルスが……消滅している!」
医者「まさか……体内で抗体を作り出したというのか!?」
男「ああ……娘への愛があれば造作もないことだ!」
医者「く、くそう!」シュババババッ
メスを投げるが、もはや今の男には通用しない。
男「だりゃあああああッ!!!」
ドゴォンッ!!!
噴火のようなアッパーカットが炸裂した。
医者「う、ぐ……!」
男「あんたのウイルス……たしかに恐ろしい性能だった……」
男「だが、それをいい方向に生かせば、あんたはもっとすごい医者になれるんじゃないか……?」
医者「その通りだ……」
医者「私はマスクに目がくらむあまり、なんということを……」
男(どうやら反省してくれそうだな)
男(あとは家に帰るだけ……)
ズドンッ!
男「うぐっ!?」
男「これは……銃弾……!?」
店員「クックック……」
男「あんたは……ドラッグストアの……! なんで……!?」
店員「すいませんねえ。やっぱり売るの惜しくなっちゃいましてね。取り返しに来たんですよ」
店員「そしたら、すでに弱り切ってくれていて、助かりましたよ」チャッ
銃口を額に向ける。
店員「恨むんなら、マスク不足の今の世を恨んで下さい……」
男「くうっ……!」
トンッ
店員「!」
店員「うっ……」ドサァッ
男「……!?」
男(店員が勝手に倒れた……!?)
娘「大丈夫? お父さん」
男「あ……」
娘「ふと外を見たら、ボロボロのお父さんが銃で撃たれかけてるんだもん。ビックリしたよ」
男「おおっ……!」
店員を倒したのは、娘の手刀であった。
娘「いったい何があったの?」
男「……」
男(今こそ、マスクを渡す時……!)
男「これを……お前に渡したかったんだ……」
娘「なにこれ? マスク?」
男「そう、だ……」
娘「えぇっと……別にいらないんだけど」
男「え」
娘「マスクはお母さんとたくさん手作りしたし、他の予防法も十分やってるし」
娘「あとはもう、天に任せるって感じ」
娘「ていうか、こんな血とホコリにまみれたマスク、不衛生すぎて使えないっての!」
男「トホホ、もうマスク探しはこりごりだよ~!」
おわり