―酒場―
青年「……」ギィィ…
男「おいおい兄ちゃん!」
青年「ひっ!」
男「ここはガキが来るとこじゃねえぜ! ガキは帰ってミルクでも飲んでな!」
青年「すいませんっ!」タタタッ
男「ヒャハハハハッ!」
ヒューヒュー! イイゾー!
元スレ
男「酒場で“ガキは帰ってミルクでも飲んでな!”と言い続けて数十年……俺も年食ったもんだ」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1583154026/
こんな感じで俺は、町を代表するアウトローとして、
男「てめえみたいなよそ者は、ミルクでも飲んでな!」
旅人「……!」
男「ガキはママにミルクでも飲ませてもらうんだな!」
少年「うぇぇぇぇん!」
酒場では、まるで番人のように振る舞った。
“ミルクでも飲んでな”と言い続けた。
もちろん、こんなことをやっていたら――
男「ガキは帰ってミルクでも飲んでろ!」
冒険者「悪いが、帰るつもりはない」
男「ンだとォ!?」ガタッ
冒険者「相手になってやろう」
喧嘩になることもある。
男「あ、がが……」ピクピク
冒険者「ふん……」
ザワザワ… ツエエ… マジカヨ…
無様にボコボコにされたこともある。
だが、そんな惨敗も周囲にはある種の武勇伝として刻まれていき、
いつしか俺は荒くれ者たちの間で、ちょっとした“伝説”になっていった――
……
……
男「……」
男「……」チビッ
男(不味い……)
男(このところ、体が酒を受け付けなくなってきた……)
男(酒場の主人が気ィきかせて俺の酒は薄めてくれてるけど、それでもキツくなってきたな)
チンピラ「でさぁ~、そこの踊り子が超セクシーなんだよ! ほとんど全裸だしよ!」
ゴロツキ「マジかよ、見てぇ~!」
刺青「もちろんおさわりアリだよなァ!?」
ギャハハハハハ… ワイワイ…
男(若いチンピラどもの話題についていけねえ)
男(俺とつるんでた同年代の連中は、とっくに酒場通いなんかやめちまったから仕方ねえけどな)
チンピラ「おやっさん!」
男「ん」
チンピラ「いつものあれ、やって下さいよー!」
男「……しょうがねえな」
男「ガキは帰ってミルクでも飲んでな!」
ヒューッ! カッケェ! ギャハハハッ!
男「……」
男(尊敬されてんだか、バカにされてんだか……)
家に帰ると――
男「オエエエエエッ……!」
ビチャビチャビチャッ
男「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
男(今日はほとんど飲んでねえってのにこのザマか……)
男(昔は一晩中飲んだってへっちゃらだったのに、ざまあねえなぁ……)
男「……」
医者「このままじゃ、あなた死にますよ」
男「そうかい」
医者「まだ間に合います。お酒をやめて下さい」
男「あいにく、やめるわけにはいかねえな」
医者「死にたいんですか?」
男「俺の居場所は……酒場(あそこ)しかねえからな」
男「酒場通いをやめたら、それこそ俺は死んじまうよ」
……
息子「オヤジ」
男「! 誰かと思えばバカ息子か……久しぶりだな」
息子「ずいぶん痩せたんじゃないか? 顔色も悪い。黒ずんでる」
男「そうか? 元々こんなもんだったぜ」
息子「……」
男「……」
息子「……お医者さんから聞いたよ」
息子「オヤジ、酒飲むのやめろ。酒場行くのもやめろ」
男「なにをいうかと思えば……やめるわけねえだろ」
男「俺はこの町のアウトローにとっちゃ、神様みてえなもんなんだ」
男「みんなが俺を待ってんだ」
息子「俺もオヤジを待ってるっていったら?」
男「は?」
息子「なあオヤジ……同居しないか」
男「バカいえ。だいたい、お前がよくっても、お前の女房や子供は嫌だろう」
息子「家族と話はした。かまわないってさ」
男「……!」
息子「なぁ、頼むよ。うちに来てくれ」
男「ケッ……! 俺はお前に、今まで親らしいことは何一つしてやれなかった」
男「それがジジイになったからって、今さら世話になれるかよ」
息子「たしかに……俺だって昔はオヤジのことを死ぬほど憎んだ」
息子「俺と遊んでくれたことなんて、一回もなかったもんな」
息子「だけど、今は違う」
息子「お袋は、あんたみたいな夫でも愛したまま死んでいったし……」
息子「今は……オヤジに少しでも長生きして欲しいんだ」
男「……」
息子「それに俺だって、酒場を牛耳ってたオヤジの威光を全く利用したことがない、とはいえないからな」
息子「恩返しもしたいんだよ」
男「断る」
男「俺は一人で生きて……一人で死ぬんだ」
息子「……分かったよ。もう何もいわない。邪魔したな」スタスタ
男「……」
男は酒場へ向かう。
ワイワイ… ガヤガヤ…
男(今日は久々に体調がいい……)
男(たまには若い奴らとがっつりと酒を……)
ゴロツキ「あれ? 今日はおやっさん来ねえのな」
チンピラ「いいよ、あんなジジイ。来なくって」
チンピラ「ろくに酒飲まねえし、体悪そうで辛気臭いし、あいついると気ィ使わなきゃなんねえし」
チンピラ「はっきりいってジャマなんだよ」
ゴロツキ「たしかになー。扱いに困るっつうか」
刺青「なにかあるとすぐ武勇伝自慢するしな」
チンピラ「昔はすごかったのかもしんねえけど、いつまでものさばるなってんだ!」
ソウダソウダー! ギャハハハハ… ワイワイ…
男「……」
男「フッ、そうだったか」
男「俺の居場所なんて、とっくの昔になくなってたってわけかい」
男「……」クルッ
男(俺は……どこへ行けばいいんだ……)フラフラ
…………
……
男(さまよってたら、全然知らないとこまで来ちまった……どこだここ?)
モォ~……
男「!」
男(牛の鳴き声……! 牧場のあるとこまで来ちまったか)
酪農娘「いらっしゃいませー」
男「え」
酪農娘「ミルクいかがですか? 試飲できますよ!」
男「ミルクゥ? 嬢ちゃん、俺を誰だと……」
男(って、こんな小娘に突っ張ってもしょうがねえか)
男「一杯もらおうかな」
酪農娘「はい、どうぞ!」
男(ミルク飲むなんて……それこそ何十年ぶりかな)
男「……」グビッ
酪農娘「いかがですか?」
男「……うまい」
酪農娘「よかった!」
男(いつもガキの飲むもんだってバカにしてたが、ミルクってこんなに美味かったのか……)
男(弱り切った体に、牛乳の栄養が染み込んでいく……)
男「ごちそうさん」
男「しかし、乳搾りってのも結構難しいんだろう?」
酪農娘「そうですね。ただ搾ればいいってものではないんです」
男「コツがいるってわけか」
酪農娘「はい、私の家では長年やっていた搾乳方法があったんですが……」
酪農娘「それだとどうしても、出せるミルクの量が頭打ちになってしまったんです」
酪農娘「牛は100のミルクを蓄えてるのに、60ぐらいしか出せないといった感じで……」
男「そりゃもったいねえな」
酪農娘「今のやり方じゃダメだ、と気づいてはいたんです」
酪農娘「だけど、伝統的なやり方を変えるのはどうしても怖かった」
酪農娘「今まで私や一族が積み上げてきたものが、全部崩れてしまう気がして……」
酪農娘「ですが、それでも思い切って、やり方を変える決心をしたんです」
男「ほう……そしたら?」
酪農娘「試行錯誤の末、ウソみたいにたくさん搾れるようになって……」
男「そういうこともあるんだなぁ」
酪農娘「だから私は学んだんです」
酪農娘「こだわることも大切ですが……」
酪農娘「こだわってばかりじゃ、前に進めないこともあるんだなって……」
酪農娘「前に進むのを恐れるこだわりは、ただの臆病じゃないかって……」
男「……!」
男(そうか……)
男(俺は……酒を飲むこと、酒場にいることにこだわってた)
男(だが本当は……前に進むのが怖かっただけなのかもしれねえな……)
男「ありがとよ、嬢ちゃん」
酪農娘「え?」
男「おかげで俺も……変わることができそうだ」
男「ミルク、うまかったよ」
酪農娘「はいっ! ありがとうございました!」
男はその足で――
男「よう」
息子「! オヤジ……」
男「実は、同居の件なんだが……」
…………
……
……
……
ゴムボールを投げ合う。
孫「いくぞ、じいちゃーん!」ヒュッ
男「いいボールだ!」パシッ
男「今度はこっちから投げるぞ!」ポイッ
孫「キャッチ!」パシッ
男「だいぶ投げる力が強くなってきたな」
孫「へへー!」
孫「じいちゃん、ミルク飲もうぜ!」
男「おう、ガキと飲むミルクもいいもんだ!」
嫁「お義父さん、この頃、すっかり顔色よくなってきてよかったわ」
息子「ああ……」
息子「昔のギラギラしてたオヤジも内心嫌いじゃなかったけど、今の丸くなったオヤジも悪くないよ」
~おわり~