依頼人「事故に見せかけて始末する、というのはやれるのか?」
殺し屋「場所も時間も方法も、可能な限りご要望に応えます。ただし……」
殺し屋「殺しはセルフサービスとなっております」
依頼人「へ? セルフサービス? ……どういうことだ?」
殺し屋「つまりですね。私の手で殺しに必要な諸々の状況を整え、あとはトドメだけという状態にしますが」
殺し屋「そのトドメはお客様自身で、というシステムになっております」
依頼人「客自身で……!?」
元スレ
殺し屋「殺しはセルフサービスとなっております」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1580461873/
依頼人「なんでそんなことを?」
殺し屋「今やあちこちの業界でセルフサービス化の波が広がっています」
殺し屋「レストラン、ガソリンスタンドの給油、買い物のセルフレジ……」
殺し屋「そこで、いっそ殺しの世界でもセルフサービスを取り入れたらどうか、と思い立ちましてね」
依頼人「はあ……」
殺し屋「いかがいたしますか?」
依頼人「腕は確かだと聞いているし……分かった、セルフサービスで頼むよ」
殺し屋「では標的を伺いましょうか」
……
殺し屋「あとはこのロープを切れば、鉄骨が倒れて標的は下敷きとなります」
殺し屋「事故として処理され、あなたが疑われることは絶対ありません」
殺し屋「さ、どうぞ」
依頼人「あ、ああ」
プチッ
グラ…
「うわっ!」
ドガシャァァァン!!!
殺し屋「標的はバッチリ圧死しましたね。お疲れ様でした」
依頼人「うむ……報酬はきっちり振り込むよ」
殺し屋(しかし、こういう形式で殺しをしていると、時にはこういうこともございます)
……
殺し屋「さ、あとはこの狙撃銃の引き金を引くだけです」
殺し屋「固定してあるので、弾丸は正確に標的の頭を射抜き、絶命させるでしょう。どうぞ」
青年「……」プルプル
殺し屋「どうしました?」
青年「う……撃てませぇん!」
青年「スコープで奴を覗いてたら……」
青年「よくよく考えたら、殺すほど悪い奴じゃなかった、と思えてきて……」
青年「お願いします、キャンセルさせて下さい!」
殺し屋「本当によろしいのですか?」
青年「はいっ!」
殺し屋「分かりました。ただし、手間賃とキャンセル料はいただきますよ」
……
殺し屋(殺し屋に依頼するほどの事情があったはずなのに、まったく不思議なものです)
殺し屋(しかし、依頼人がそうおっしゃるのなら私はそれに従うまで)
殺し屋(依頼に関して余計な口出しはしない。それが私のプロとしてのポリシーですから)
ある日――
殺し屋(待ち合わせ場所は……ここですね)
女「はぁい」
殺し屋「あなたが依頼人ですか?」
女「ええ、そうよ」
女「どんなゴツイのが来ると思ってたけど、案外普通そうな人ね」
殺し屋「よく言われますよ」
殺し屋(危険な香りがする……)
殺し屋(おそらく、裏社会を生きてきた人間でしょうね。私のように……)
殺し屋「断っておきますが、私は――」
女「セルフサービスの殺し屋さんでしょ? 聞いてるわ」
殺し屋「ご存じなら話が早い」
殺し屋「さっそく標的を伺いましょうか」
女「標的は……こいつよ」
写真を見せる。
殺し屋「了解しました。なにか条件はございますか?」
女「場所の指定はしたいところね。私も準備があるから、明日ある駅で待ち合わせしましょう」
殺し屋「かしこまりました」
とある駅で待ち合わせする二人。
女「はぁい」
女「ごめんなさいね。遅れちゃって」
殺し屋「いえ、私も今来たところですよ」
女「ここからは私とあなたの二人旅よ。電車に揺られながら、楽しく行きましょ」
殺し屋「ええ、よろしくお願いします」
ガタンゴトン… ガタンゴトン…
女「目的地までは……電車で三時間ってところね」
女「長旅になっちゃうけど、許してね」
殺し屋「いえいえ、私のような商売をしていれば長旅には慣れるものです」
殺し屋「標的を始末に、海外まで飛んだこともありますから」
女「へぇ~、下手なサラリーマンよりよっぽど出張してるのかもね」
殺し屋「出張ついでに観光、とはいきませんがね」
女「……」
女「せっかくだし、私の話をしてもいいかしら?」
殺し屋「どうぞ」
女「あんまり楽しい話じゃないけどね」
女「私が育ったのは……絵に描いたような田舎だったわ」
女「山があって、小川があって、田んぼがあって……都会の人が思い描く理想の田舎そのままって感じ」
女「おてんばだった私は、しょっちゅう山の中で遊んだものよ」
女「だけど、年頃になると、娯楽もない田舎で生きてくことに退屈しちゃって」
女「親の反対も押し切って、私は上京したわ。華やかな都会で花咲く自分を夢見てね」
女「だけど、そんな夢見る田舎娘は都会のわる~いオオカミにとってはいいカモだった」
女「男には弄ばれ、女には陥れられ、あっという間にドブの底」
女「ドブの中でもがくうち、気づいたら私もとんでもない悪女に変貌していた」
女「もし私のやってきたことに刑罰をつけるとしたら、死刑何回分になるか分かったもんじゃないわ」
女「ある二つの組織のトップを籠絡して、組織同士潰し合わせるなんてこともやったことあるしね」
女「直接手を下した数はともかく、間接的に殺した数ならあなたの遥か上をいく自信があるわ」
殺し屋「……」
女「こんな女だから、当然星の数ほど恨みを買ってる」
女「普段は寄らば大樹の陰をして狙われないよう工夫してるけど」
殺し屋「あなたに入れ込んでる男も星の数ほど、というわけですか」
女「ゲスばかりだけどね。だから今回の殺しも任せたくなかった」
女「もし私が今みたいに無防備に電車に乗ってるなんて知られたら、一体どうなることやら……」
女「私がさっき待ち合わせに遅れたのも、そういう刺客を警戒してたからよ」
女「ま、電車乗っちゃえば、もう一安心でしょうけど」
殺し屋「どうやらそうでもなさそうですよ」
女「え?」
二人の近くに、ナイフを持った男が立っていた。
金髪「……」
女(いつの間に……!)
金髪「死ね……」シュッ
ガシィッ!
金髪「!」
殺し屋「いけませんね。電車の中でそんなものを振り回しては」
掴んだ腕を捻じり上げる。
金髪「ぐ……!」ミシミシ…
金髪「このっ!」ブオンッ
殺し屋「おっと」
ガシッ!
振りほどこうとする金髪の首を絞めると、
ボキィッ!
一瞬でヘシ折る。
殺し屋「旅を邪魔する無粋な輩は、窓から捨ててしまいましょう」バッ
女「流れるような動作だったわ……。さすがね」
女「殺しはセルフサービスといっても、やっぱりあなた自身で殺るのもお上手なのね」
殺し屋「私とて、最初からセルフサービスをやってたわけではありませんからね」
女「じゃあどうして、セルフサービスなんか始めたの?」
女「はっきりいって、あなた自身がやった方が手っ取り早いことも多いでしょ」
女「なにかよっぽどの事情があるんじゃない?」
殺し屋「そんな大層な理由はありませんよ」
殺し屋「殺し屋というのは、人の命を奪ってお金を稼ぐ、皆が最もやりたくない作業を進んでこなす、最底辺の職業です」
殺し屋「美味しい実の部分はみんな食べられ、残ったスイカの皮だけを手渡されるような、そんな仕事です」
殺し屋「腕を上げれば上げるほど、私の仕事は増えていき……」
殺し屋「皆が私にスイカの皮をポイポイ押しつけてくるようになった」
殺し屋「嫌気が差すこともありました。しかし、今さら他の生き方などできるわけがない」
殺し屋「そこで、ふと思ったんです。だったら、トドメの部分だけでもやってもらうようにしよう、と」
殺し屋「なんてことはない。底辺の下らない意地、というやつですよ」
女「だけど、セルフサービスなんて反発もあったんじゃないの?」
殺し屋「もちろんです。しかし……実力で黙らせましたが」
女「ふふ、お互い敵が多いわね」
アナウンス『○○駅に到着でーす』
プシュー…
会社員「……」ザッザッ
女「○○か。もうそろそろ、目的の駅に着くわね」
殺し屋「よかった、そろそろお尻が痛くなってきましたよ」
女「痔持ちの殺し屋なんてカッコつかないものね」クスッ
会社員「……」バサッ
女「見てよ、窓の外。ビルも少なくなって、だいぶ景色ものどかになってきたわ」
女「田舎を思い出すなぁ……」
殺し屋(さっき乗車してきたあのサラリーマン、新聞を広げた……)
殺し屋「伏せてっ!」バッ
女「えっ!?」
パンッ! パパンッ!
車内に銃声が響く。
会社員「ちっ!」チャキッ
新聞を捨て、銃を向ける。
女「あいつも……私を狙う殺し屋!?」
殺し屋「そのようですね」
シュッ
グサッ!
会社員の喉に、ナイフが突き刺さった。
会社員「がっ……!」グラッ…
ドサッ…
女「新聞紙越しに私たちを狙うなんて……」
殺し屋「さてと、この方も窓から捨てときましょう」
目的の駅にたどり着いた二人。
殺し屋「んー……のどかでいい場所ですね」
女「でしょ?」
女「さっそく標的を始末しに行きましょうか。案内するわ」
殺し屋「お願いします」
駅員「おやおや、恋人同士、もしかしてデートですか?」
殺し屋「恋人同士だなんて……」
女「ま、そんなところかもねー」
駅員「そうですか」
駅員「では二人まとめて送ってやろう」
ブオンッ!
殺し屋「下がって!」
ドゴォッ!
殺し屋「斧……!」
女「この駅員も……!?」
駅員「いい反応だ」
駅員(まずは女を――)
ブオンッ!
ギィンッ!
殺し屋「ぐっ!」
手持ちのナイフで受けるが、受け止めきれるものではない。
殺し屋「ぐあっ!」ドサッ…
駅員「もらったァ!」
斧を振り被る。
ドカッ!
倒れた体勢から、駅員の手首を蹴り上げる。
駅員「ぐっ!」
すかさず近づき、
シュバッ!
頸動脈を切り裂く。
駅員「が、は……っ」ブシュゥゥゥゥゥゥ…
ドチャッ…
殺し屋「ふぅ……久しぶりに肝を冷やしましたね」
女「まさか、駅員になりすましてただなんて……」
殺し屋「斧の扱いも巧みでしたし、殺すには惜しい使い手、といったところでした」
殺し屋「ちょっとプライベートな旅行をするだけでこれとは……あなたも大変ですね」
女「でしょ? モテる女は辛いわ」
殺し屋「ですが、おそらく今日はもうあなたを狙う刺客は来ないでしょう」
女「どうして言い切れるの?」
殺し屋「殺し屋としての経験と勘、というやつです」
殺し屋「あの三人の雇い主が同じかバラバラかは分かりませんが、四人目が来る可能性は低いと見ます」
殺し屋「もちろん油断はできませんがね」
女「ふうん、まあいいけど」
殺し屋「あとは指定の場所で標的を始末するだけですが、いかがいたしますか?」
女「じゃあ……あなたの経験と勘を信用しちゃおうかな」
女「せっかく電車に揺られてこんな田舎まで来たんだし、二人で遊ばない?」
殺し屋「かまいませんよ」
女「見て見て、この川でよく遊んだのよ!」
女「あっ、メダカがいる!」
女「入っちゃおっと!」チャプ…
殺し屋「滑って転んだりしないで下さいよ」
女「大丈夫よ」ヌルッ
女「きゃっ!」バシャーンッ
殺し屋「ほら、いわんこっちゃない」
女「あーあ、びしょ濡れ!」
女「えいっ!」バシャッ
殺し屋「ぶっ!」
女「えいっ、えいっ!」バシャバシャッ
殺し屋「よくもやってくれましたね」
殺し屋「そらっ!」バシャッ
女「キャーッ! アハハハッ!」
バシャバシャ…
女「この神社、子供の頃よく来たなぁ」
女「夏休みにはいつもここで縁日が開かれてね」
女「たこ焼き食べたり、金魚すくいしたり、楽しかった……」
殺し屋「お参りしていきますか?」
女「ううん、やめとく。もう神様にお願いごとできるような身分じゃないから」
女「じゃあ、そろそろ標的を始末しに行きましょうか」
殺し屋「そうですね」
殺し屋「これはこれは……立派な山ですね」
女「うん、私の思い出が詰まった山よ」
女「本当はここを汚したくなかったんだけど、ここ以外思い浮かばなかったから」
女「ありがとう……あなたがいなきゃ、きっとここにはたどり着けなかった」
女「それじゃ、標的を始末するわ。自分自身(セルフサービス)でね」
女は懐から毒薬を取り出した。
殺し屋「……」
女「ごめんなさいね。あなたを利用して、ボディガードみたいな真似させちゃって」
殺し屋「いえいえ、私は仕事をしただけです」
殺し屋「標的は“あなた自身”。自分の故郷である“この山で殺したい”、ということでしたので」
殺し屋「私はその状況になるようお膳立てしたまでのこと」
殺し屋「セルフサービスは成り立ってます。謝ることなどありません」
女「優しいのね、あなた」
女「医者から……余命を宣告されたわ。きっとバチが当たったのね」
女「もう長くは生きられないって分かった時、私は……故郷で死にたいと思ってしまった」
女「子供の頃たくさん遊んだ、私を育んでくれた、この山で……」
女「散々悪さしたくせに最期は故郷で静かに死にたいだなんて、ホント私って最低の悪女だわ」
女「もし、あなたが後で地獄に落ちたら、私に会いに来てよね」
殺し屋「ええ、もちろん」
女「今日一日楽しかったわ」
女「ありがとう、殺し屋さん」ゴクッ
女は毒薬を飲み干し――
まるで眠るように、穏やかな表情で、山に横たわった。
殺し屋「……」
殺し屋「仕事完了、と」
殺し屋(しかしながら、私もまだまだプロとして未熟ですね)
殺し屋(なぜなら彼女に――)
殺し屋(依頼はキャンセルして、残りの人生を私と過ごさないか、と言いそうになってしまいましたから)
~END~