1 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:28:47.95 svgGvTk00 1/43

―ぼち!―

「よっ」

「……あぁ。なんだ、律か」

「なんだってなんだよー。ほれほれ、今日もムギのケーキ持って来たぞー」ニシシ!

「……」

「もう部活は終わったのか?」

「『もう』って……。もう七時過ぎだから。とっくの昔に終わったって」

「え? もうそんな時間なのか?」

「空見てみろよ。真っ暗だろ?」

「……ごめんな。最近、ぼやけるんだ。色々」

「……? ふぅん。そっか。大変だな」

「大変だよ、本当に」



2 : >>1代行ありがとん - 2011/02/12(土) 01:30:59.47 gG9v6xhG0 2/43

「澪ってさぁ」

「ん?」

「最近私のこと殴らないよね」

「まぁ、死んだからな」

「それに、生きてた頃より性格も丸くなったような……」

「あぁ、死んだからな」

「なんか物足りないんだよなー……」

「我慢しろ。私は死ぬ事を我慢したんだから」

「そう言われても……はぁ」


3 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:34:08.68 gG9v6xhG0 3/43


「死ぬって、そんなに特別な事なんだなぁ」

「今更だな。特別に決まってるだろう。何もかも変わるんだから」

「そーかー? 澪、なんにも変わってないぞ?」

「いや、かなり変わってるだろ頭も潰れちゃったし、ほら、腕の関節が増え過ぎてもうベースも弾けない」

「ふぅん。でもそれくらいだしな。実感わかないや」

「それくらいってなぁ……」

「いやさ、澪が死ぬまで人が本当に死ぬとは思わなかったからさぁ」

「……ふふふ、なんだよソレ」クス…ッ

「あっ、馬鹿にしたな!」

「だって、律が真面目な顔でそんな事いうからさ……くくっ」

「へーへー。どーせ私はばかですよー」


5 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:37:06.71 gG9v6xhG0 4/43

「そりゃ、そういう物だって分かってたよ。分かってたけど、釈然としないっつーか……ほら、ね?」

「死人に同意を求められても困るな」

「あ、そだ。今日のケーキ忘れるトコだった」ガサゴソ

「今日は何だった?」

「死んでも食い意地が張ってるなー、澪しゃんは。あ、そっか。死んだから体重気にしなくても良いもんな」ニマニマ

「……」スカッ!

「へへっ、殴れてないぞー?」

「うるさいなー……」ムスッ

(久々に生きてた時の澪みたいだ)

「やーい、澪。悔しかったら……。……」

「……?」

(悔しかったら、生き返ってみろよぉー。澪のばーか)


6 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:39:30.44 gG9v6xhG0 5/43

「どうした、律?」

「……」

「……律?」

「何でもねーし!!」

「……」

「……。……きゅ、急に大声あげるなよ。死んでもびっくりするもんなんだぞ?」

「今日はガトーショコラだぞ。澪、好きだろ?」

(どうだったっけ。律が言うなら、そうだったかも知れない)

(……そうだった気が、する)

「いつもの通り墓の前に供えとけば良い?」

「あ、ああ。ありがとな」

(もう何も食べられないけど)


7 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:43:40.53 gG9v6xhG0 6/43

「夜の墓場ってさー。お化けとか出そうだな」キシシ

「ん? 出るけど?」

「……え? ……あれ?」ポカーン…

「昨日は、真っ赤でずるずるの、モグラみたいによく泣く子供が沢山出たよ」

「み、澪?」

「気持ち悪かったな。だけど、この前見た鳥の雛みたいなお婆ちゃんよりはマシだったけど」

「……」

「律、どうした? 怖いなら帰った方が良いぞ?」

「……」

「また明日来てくれれば、それで良いしさ」



9 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:46:12.57 gG9v6xhG0 7/43

「……こわい」…ブルッ

「じゃあ、帰りなよ」

「こわい。澪、こわいんだ。どうしよう」ガクガク

「夜の墓場なんて碌な事は起こらんぞ?」

「……」

「それに毎日帰りが遅かったら律のマ……お母さんも心配するだろうし」

「……違うって」

「え?」

「――そうじゃないんだ」



10 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:47:27.60 gG9v6xhG0 8/43

「澪は、変わったな」

「そりゃあ変わるよ。身体が無くなったのに変わらない人間なんて居ないだろ?」

「……そーゆーものか?」

「そういう物だろう」

「そっか」

「そうなんだよ」

「だけど、分からないな」

「何が?」

「澪が死んだ事とか、変わった事とか」

(変わり果てた、骨壷の中の澪とか)

「分かってくれよ。仕方ないだろ?」

「本当に、仕方なかったのか?」

「仕方ないよ。だって、もう全部終わった事なんだから」

「……ん。分かってみる」


12 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:51:05.87 gG9v6xhG0 9/43

(澪がぼやけていく)

(澪は目の前に居るのに……あんなに怖がりだった澪は、もう居ない)

(もう私は澪をからかえない)

(ふざけて、羽目をはずして)

(その後、容赦なく殴ってくれた澪はもう居ない)

(放課後の音楽室で腹を立てる澪はもう居ない)

(練習をさぼる私を見て呆れる澪ももう居ない)

(澪が居ない。澪が居ない。澪が居ない)

(ここに居るのに、澪が居ない)

(澪が怖がっていたどんな怖い話よりも)

(私は、それが怖い)

(墓場のお化けなんてチンケなものより百倍怖い)



13 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:52:47.51 gG9v6xhG0 10/43

「もしかして心配してくれてるのか? 珍しいな」

「……」

「おい、りーつー?」

「……心配、だっての」

「あんなに怖がりだった澪が墓場に住む事になったんだもんなぁ……はは……あはは」

(いつものようにふざけてみよう)

(澪が生きてた時とおんなじように、おちょくった口調でいじくってやれ)

「みーおーしゃん。ホントは怖いのにやせ我慢してるんじゃないでちゅかぁ?」ニヤニヤ ツンツン

「つっつけてないぞ? 全部通り抜けてる」スカスカ

「……」



「あはは。そう……だな。ごめん」


17 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 01:57:24.53 gG9v6xhG0 11/43

「私は平気だから。もう死んでるしさ」

「み……」

「……」

「……澪のいーけーずぅー」クネクネ

「気持ち悪い動きするなっ」スカッ!

「へっへーん。平気だよーん! 悔しかったら殴ってみろー!」

「ぐぬぬ……」プルプル

「へへへ。澪が怒ったー!」

「……」

「あれ? 澪?」

「……」

「おーい……み、みお……?」

「……今、何時?」

「えぇっと……げっ。もう九時過ぎだ!?」

「そっか。もう、そんな時間か」


18 : >>16直せるトコは直しとこう - 2011/02/12(土) 01:59:43.76 gG9v6xhG0 12/43

「今日は帰れよ。明日も学校があるんだろう?」

「だいじょぶだいじょーぶ」

「夜はまだこれからだよ、澪しゃん?」ケラケラ

「律は、明日も学校に行くんだろう? 部活だって、まだあるんだろう?」

「あ……っ」

「な?」

「う、うん。今日は帰るよ……」

「明日もまた来るのか?」

「……」

「く……来るに決まってるじゃーん! なんたって、澪は寂しがり屋の弱虫なんだから」

「あぁ……ありがとうな」


19 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:03:04.32 gG9v6xhG0 13/43

「おー……」ポカーン

「……? どうした?」

「澪の癖に恥ずかしげもなくお礼を言った。こりゃ、明日は雪が降るかもなー」

「失礼だな。降る訳ないだろう」

「じゃーな、澪。寂しくなったらメールしろよー」ヒラヒラ

「メールって……。携帯は家の仏壇にあるんだけど」

「ユーレイなら何だってできるだろー」

「死んでもこうやって話せるくらいなんだから、メールくらいお茶のこさいさいじゃないのか?」

「ふふふ……そうかもな」


20 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:05:45.03 gG9v6xhG0 14/43

「それにしても。痛い事は聞くのも嫌だった澪が死ぬとはなー……驚きだ」

「それって関係あるか?」

「あるある。大有りだ。死ぬのって、死ぬほど痛いんだろ?」

「そりゃ、本当に死んだくらいだしな」

「そんな痛みに澪が堪えられたなんて、未だに信じられないな」

(堪えられなかったから死んだんだよ、ばかりつ)

「お前が思ってる程、私は弱い人間じゃないんだ」

「……」

「へへへ。そうだったみたいだ、な」

「……」

「……」


21 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:10:27.91 gG9v6xhG0 15/43


「律……また、明日な」

「オッケー。明日のケーキも期待してろよー!」

「用意するのはムギだろう?」

「まぁ……期待、しとく」

 タタタ… ……クルッ

「……ぜったいぜったい、明日も来るからなー!!」

「……」

「……っ」







「また、明日……か」



24 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:14:06.50 gG9v6xhG0 16/43

(私は、秋山澪で)

(本当は文芸部に入る筈だったのに)

(何故か、けいおん部で、ベースをしてて)

(律のお陰で、ムギにも唯にも梓にも出会えて)

(律と一緒に合宿にも行って)

(律はいつもいつも練習もそこそこに、結局遊んで)

(それが――とっても、楽しく、て)

(けいおん部の日々は楽しくて、しょうがなくて……)

(多分、じゃない)

(きっと、でも、恐らく、でもなくって)

(――だから)

(――だから、本当は死にたく無くて)


25 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:16:50.34 gG9v6xhG0 17/43

(えぇと、『秋山澪』、は――じゃなくて、私は)

(ガトーショコラが好きで)

(恥ずかしいけど歌詞を沢山書いていて)

(本当は恥ずかしいけど、それでも色んなフレーズが思い浮かんで)

(やっぱり恥ずかしいけどそれを皆に見て貰うのは……嬉しかった)

(皆と演奏するのは、大変だったけれどそれでも、それ以上楽しい事は無かった)

(それくらい、楽しかった事の筈なのに)

(それなのに……段々、うまく思い出せなくなってきた)

(おかしいな。ぜんぶぜんぶ、私自身の事なのに)

(私は『秋山澪』だったのに)

「なんか……すごく、昔の事みたいだ」

(これもほんの数カ月前、だったかな。律はそう言ってたから)



27 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:20:10.57 gG9v6xhG0 18/43

(自分が経験した事なのに現実感が薄いのは何でだろう)

(死んだからなのかな)

(私はもう、現実じゃ無くなったからかな)

(本当に本当に死にたくなかったのにな)

(墓場じゃ演奏できないし)

(こんなところでティータイムなんて変だしな)

(そもそも律以外に私は見えないみたいだし)

(これが『さみしい』って事だったんだろうな)

(身体も風景も記憶も感情も薄れていく)

(これは、きっと、『怖い』だったと……思う)

(……さみしい、って。思わなくちゃ)

(怖いと思わなくちゃ。嗚呼、怖いって、多分、こういう事だったから)

「りつ…………こわい、よ」

「こわいって、確か、こんな感じだったっけ」

「あぁ……私、今、怖いみたいだ」


29 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:26:13.23 gG9v6xhG0 19/43

(丑三つ時だった、かな。今の時間は)ボンヤリ

(今日も地面から湿った赤ん坊が何匹も這い出る)

(雛鳥みたいにギイギイ鳴くのに飛べないお婆さんが居る)

(あれは、頭を忘れた男のヒトで)

(あれは手足がもげて蛇になったお姉さん)

(律がふざけながら私の耳元で囁いてくれた怪談で何度も聞いた『丑三つ時』)

(覚えてる。耳を塞いで怖がってた自分の姿も、意地悪に笑う律の顔も声も)

(『ミエナイミエナイ。キコエナイキコエナイ』)

(確か、私はそんな事を繰り返していた)

(……ほんの数カ月前だったのに『懐かしい』と思う自分が怖い)

(それすら忘れてしまいそうな自分も、怖い)


(せかいのすべて が ぼやけてく)
(じぶんも まとめて きえそうだ)
(いやだな、それは。 もうとっくに死んだのに、それでもいやだ)

「……やだよ、なぁ。ほんと」ポケー…


30 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:30:34.02 gG9v6xhG0 20/43

 ギャイ、ギャイ

(嗚呼……)

 ギャイ、ギャイ

(夜の墓場はうるさいな)

 ギャイ、ギャイ

(こんなにうるさいものだなんて、死ぬまで気づかなかった)

 ギャイ、ギャイ

(うるさい)

 ギャイギャイ
 ギャイギャイギャイギャイ
 ギャイギャイギャイギャイギャイギャイ

(うるさいな、うるさいよ)


32 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:36:28.71 gG9v6xhG0 21/43


 ――……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
 イヤダイヤダ イヤナノニッ!!!! ホントハホントハ シニタクナイノニ!!!!! シニタクナカッタノニ!!!!!!!!

(うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ)

 ウルサイウルサイウルサイ ウルサイウルサイウルサイ ウルサイウルサイウルサイッ

(うるさいって、言ってるだろっ)

 ウルサイッテ イッテルダロッ

(……律の声が、ききたい)

 リツノコエガ キキタイ

「ああああああああああああああああああああああ!うるさいなっ!! ゆっくり眠れないだろっ!!」

 ユックリ、ネムレナイ、ダロッ

(なんだよ、もう。うるさいって言ってるのに耳障りな声だな。……たすけてくれ)

 タスケテ クレ




 タスケテヨ    …リツ

「あぁ………うるさいよ」ブツブツ


33 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:41:20.91 gG9v6xhG0 22/43

「うるさいうるさい、うるさいよ」ブツブツブツブツ

 ウルサイ ウルサイ ウルサイヨ

「お願いだから黙ってくれ。頼むから、私の真似をしないでくれよ……」

 ゼンブ オマエ ノ コエ ダヨ

「律の声だけ聴きたいのに」

 ツチ ノ シタカラ、キキツヅケテ
 ソレデ ワタシ ハ マンゾク ナノカ?

「もっともっと、律と話していたい」

 シンダクセニ

「死んだら何も望んじゃいけないの!? 律と話す事すら、望んじゃいけないのかよ!」

 ダッテ リツ ハ マダ イキテルジャナイカ

「……」


34 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:48:42.31 gG9v6xhG0 23/43


 ミチヅレ ニ スルカ?

「……え?」

 リツ ガ キカセテクレタ カイダン ニ ヨクアルダロウ?

「あ、あぁあ……あ……」

 シニン ガ ダレカ ヲ コロス ハナシ

「嫌だっ!」

 ホントウニ?

「……本当、だと、思う」

 ……。



36 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 02:54:28.55 gG9v6xhG0 24/43


 ……。

「な、なんだよ。言いたい事があるなら言ってくれよ!」

 アシタ モ リツ ハ クルヨ

「ああ、来るだろうな……」

 ウレシイナ
 ウレシイナァ!

「嬉しい……と、思う」

(少なくとも生きてた時の私は、何だかんだ言って律と一緒に居るのが楽しかったし嬉しかった……らしい)

(殺したい程好きだったかどうかまでは、覚えてないけれど)





 ぼやけていく。
 身体を失ったこの身体は、この感情は、滲んで、ぼやけて――全てを忘れてしまいそうだった。




37 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:00:20.33 gG9v6xhG0 25/43

―ぶかつご!―

「むーぎー、今日も澪の分とっといてくれた?」

「……え、ええ。もちろんよ」

「あ、他のより大きめに切ってくれたか? 澪は太りたくない癖に甘いの大好きだからなー」

「……」

「……ムギ?」

「りっちゃん、今日も澪ちゃんのお墓参りに行くの?」

「ん? ダメか?」

「ううん……」

「きっと、澪ちゃんも喜んでるわ」

「ははは」

「『きっと』じゃないよ。あいつ、毎日喜んでくれてるぞ。ムギのケーキはやっぱり美味しいって」

「……」

「……そう言って貰えると私も、嬉しいわ」



40 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:07:27.47 gG9v6xhG0 26/43

「澪ちゃんによろしくね」

「おーう」

 ガチャ、バタン

「……」

(あれから数カ月)

(放課後ティータイムには大きな大きな穴が空いたまま)

(きっと、塞がる事はない大きな穴にりっちゃんは吸い込まれたまま)

(私はただ……ケーキを用意する事しか出来ない)

(それが悔しくて悔しくて――かなしい)

「……りっちゃん」…グスッ


 ……ガチャッ


42 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:11:21.35 gG9v6xhG0 27/43

「!?」

「……やっほー」ゲッソリ

「唯ちゃん……!」タタタ…ッ

「およよ?」

「……」…ギュー

「……えへへ。どーしたの、ムギちゃん?」ナデナデ

「……唯ちゃんと会うの、ひさしぶりね」

「あはは。やだなぁ、たった一週間ぶりでしょ?」

「大体、教室じゃ毎日あってるじゃん」

「う、うぅ……」



43 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:13:30.66 gG9v6xhG0 28/43


「ムギちゃん、ないてるの?」

「ぐす、えっぐ、うぇ、うぅぅ……」

「ムギちゃん」ナデナデ

「……だいじょーぶだよぉ」

「きっと、放課後ティータイムは、このけいおん部は、だいじょーぶ……だから」

「ゆ、い……ちゃん」

「私も……だいじょぶ、だから」グシュ…ッ



44 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:16:05.81 gG9v6xhG0 29/43

―ろうか!―

「律先輩っ」

「おー、梓か。今から澪のトコ行くけど、一緒にどう?」

「……律先輩、最近おかしいですよ」

「へ? どこが?」

「どこがって……」

「私はどこもおかしくないぞ? もしそう思うなら具体的に言って貰わなきゃ分かんない。私、馬鹿だから」

「……あんなに否定してたのに、半分馬鹿にすらしてたのに、事あるごとに澪先輩みたいな歌詞書いて来て」

「ははっ。だーかーらー、それは澪が作ったんだって。私が書く訳ないだろう、あんなメルヘンな歌詞」クスクス

「他にも今日は澪先輩とあんな事を喋った、こんな事を喋ったってメールして来て」

「澪が送って良いって言った内容しか送ってないぞ? そんなに変な事書いてないだろー?」

「……っ」



47 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:21:07.25 gG9v6xhG0 30/43

「梓こそおかしいじゃないか」

「最近部活に来ないで何やってんだよ。あんなに真面目だったのに」

「ぁ……」

「……ごめん、なさい」

「澪が居ないからってさぼるなよー。毎日毎日、私とムギだけだからさぁ、練習にならないよ」

「ごめんなさい。ごめ、ぐすっ、ごめんなさ、い」

「お、おいおい。泣かなくても良いって。怒ってる訳じゃないしさ」ワタワタ

「りつせんぱい……」ポロポロ…

「だー! だから泣くなって! 大体、唯も来たり来なかったりだしさ」

「まぁ、ギターも……ベースも居ないのはきっついけどさ」

「……はは、は」



49 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:27:10.25 gG9v6xhG0 31/43

「……っ」グシグシッ!

「律先輩」

「ん?」

「明日は……明日は、必ず行きますからっ! だから、待ってて下さいね。放課後に、いつもみたいに音楽室でっ!!」

「……ああ、そうだな。唯にもメールしとく。明日は必ず来いよって」

「そだ。ムギにはいつもよりも、もっともっと、すっげぇケーキ持ってくるようにお願いしとくなっ」ヘヘッ

「……。……はいっ」




(あーあ。澪も、墓場から出られれば良いのになぁ)

(そしたら皆で一緒に遊んだり演奏したり出来るのに)

(前みたいに、ずっと――)


51 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:31:54.82 gG9v6xhG0 32/43

―ぼち!―

 かぁ かぁ がぁ

「こらっ! しっ、しっ! あっちいけっ」

 がぁっ、かぁ、かぁー!

「……あー。昨日のガト―ショコラがカラスの餌食に」

『そりゃあケーキを野ざらしにしてたらそうなるって。いつもの事じゃないか』

「だから、これは澪のケーキだって!」ムキー!!

『ははは。カラスもムギのケーキの味が分かるみたいだな。すごく美味しそうにがっついてたぞ』

「はぁ、これだから害鳥は……」イライラ

『カラス相手に本気で怒るなよ……。どうせ私はもう何も食べられないから丁度良いじゃないか』

「澪、今日は紅茶林檎のケーキだぞー……って、あれ? 澪?」

『律』

「おーい、みおー?」キョロキョロ

『律。私、やっぱり、律と一緒に居たい』

「みーおー? どこだー? 居るんだろー?」



54 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:37:31.29 gG9v6xhG0 33/43

『律の声が聴きたい』

「み……みおー?」

『律と、もっと、話して居たい』

「隠れてないで出てこいよー!」

『律を道連れに出来たら、ずっとずっと一緒。
  ずっと、それこそ永遠に律の声を聴いて律と話し続けられる』

「……どこにいるんだよ」

『これが、忘れそうだけど、まだちゃんと覚えていられた気持ち』

「おーい、澪ぉ……?」

『だから』








『だからお別れだ、律』


57 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:40:43.93 gG9v6xhG0 34/43

(火葬の時に脳味噌ごと置いてきたせいか、世界はどんどん歪んでぼやけていく)

「そ……そうだ、澪!」

(私は今まで気づけずにいたけれど……死んだ時、他にも大切なモノを色々置いてきてしまったらしい)

「今日のケーキは格別だったぞー?」

(それは多分取り戻せないし)

「すごく美味しくって」

(これからもどんどん色褪せていく)

「唯も梓も来ないし、ムギも食欲ないみたいだったから、私、食べすぎちゃって」グスグス…

(その前に私は行くよ)

「流石の私も太っちゃうかもなー! あははー!」

(全てを忘れる前に消えてしまおう)

「あは……は……なぁ、澪。隠れて脅かそうとでも思ってるのか? 私にドッキリ仕掛けるなんて百年早いっつーの……」

(死にたく無かったのに死んでしまったんだし……)

「スポンジに挟まった角切りの林檎が甘くって甘くって……澪も、きっと、気に入る、から……だからさ……」

(消えたく無くても、消えてしまえる筈だから)


62 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:47:17.31 gG9v6xhG0 35/43

(大体、律って殺しても死にそうもないしな)クスッ

(だから私の方が折れてやるよ)

(そろそろお迎えが来る)

(墓の泥から透明な黒い腕が幾筋も幾筋も)

(絡みつく不気味な腕は、案外温かかった)

 ぐぐっ ずぷり

(引きずり込まれていく。 世界の奥へと吸い込まれていく。
 律が遠くなる。 どうしようもないほど、とおくなって いく)

 ずぷり ずぷり ぐちゃぐちゃ

(やっぱり もっと いっしょに いたかった しにたくなかった
 べーす、どうするんだろ みんな、どうなるんだろ

 りつ すき だよ

 ごめん すき     だった――……)
 

 ……――ずるり


68 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:52:30.98 gG9v6xhG0 36/43

「そうだっ。明日な、久々にけいおん部員全員で部活出来るかも知れないんだ!」

「あーあー、澪がこれ以上ふざけて隠れてるんなら仲間外れにしよーかなー?」

「しよーかなぁー……?」…キョロキョロ

『          』ぐぐっ

「なんだよもー。……もう降参っ。私の負けっ。はいはい、参りましたよー」

『        』ずぷり

「おぉーい、みーおーちゅわーん。ほんとのほんっとーに仲間外れにしちゃうよー?」

『    』ずぷり、ずぷり

「強情張るなよー! 本当は寂しい癖にぃー!」

『 』ぐちゃぐちゃ

「澪の事ならぜーんぶお見通しなんだからなっ。

『』 ずるり……――

「――っ」ピクッ


71 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 03:58:35.10 gG9v6xhG0 37/43

「み、お……?」

「まさかジョーブツしちゃったのか?」

「……まさか、な」

「おい、居るんだろ!? 降参って言ってるじゃないか!!」

「負けたよ、私の負けだよ。降参だってばっ!」

「……だから、出てきてよ、澪」

「こんなの、堪えられないから……っ」


74 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 04:02:26.14 gG9v6xhG0 38/43

「ばかばかばかばかっ!」

「心配させといて、勝手に死んで、昨日まで一緒に居たのに今度は消えて……っ」

「だいっきらいだっ。澪なんてきらいだっ」ポロポロ

「――澪のばかぁ!」ポロポロ

 ふわっ

「あ……」

「……雪?」

「あは……」

「……はははっ、本当に降っちゃったな」

「ほら、澪。雪だぞ、雪」

「……澪」


76 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 04:06:55.13 gG9v6xhG0 39/43


……
………


「あー、ムギ。今日はケーキ要らないわ」

「え?」

「ほんと!? じゃありっちゃんの分もーらい!」ヒョイッ

「お、おい、こら! 唯っ!」バッ

「えー、要らないって言ったじゃん」

「私は食べるよ。要らないのは……――」

「……。……そう、分かったわ」

「むー……。要らないって言ったのに取り上げられたー……」

「先輩ったら、食い意地張り過ぎですよ」

「えー、でもでもぉ……」



77 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 04:09:20.40 gG9v6xhG0 40/43


「唯ちゃん、一切れ余ってるからあげるわ」

「ム、ムギちゃん、そのケーキは……」

「ちょっと、せ、先輩っ!?」

「あー、良いんだ良いんだ。唯、遠慮せずに食べて良いって。







78 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 04:16:33.50 gG9v6xhG0 41/43









 多分、もう、要らないからさ」







81 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 04:20:48.95 gG9v6xhG0 42/43

 あれからどれだけ経ったのか。
 消えた私にはそれすら分からないけれど。

 けいおん部は徐々に明るさを取り戻し始めていた。
 私は居ないけれど、案外どうにかなるものらしい。

 まぁ、これは皆が頑張ったお陰だけど。 

「けいおん部、再出発だな。――なぁ、澪」

 誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟き、律は窓から空を見上げた。

 それでも私には聞こえてるよ、律。
 良く頑張ったな。今の律、ちゃんと部長してる感じがするぞ。


 だけどな、どうして空なんて見上げてるんだよ?

 いくら生前メルヘンな歌詞ばかり書いてたからって、私が空の上なんかに居る訳ないだろう。

 天国なんて信じてるのか? なんだ、案外律もロマンチストだったのか。

 もちろん、私は、律の傍にだって居ない。


83 : 以下、名... - 2011/02/12(土) 04:23:48.16 gG9v6xhG0 43/43





 私は 骨壷の中に居るのになぁ
 私は 重く冷たい墓石の下にうずくまってるのになぁ
 私は 仏壇の写真の中に閉じ込められているのになぁ
 私は 墓場の泥に埋もれて どろどろに腐り果てている途中で、

 だけど、それは、私の望んだ結末、で、

 私は 私は わたしは わたし、は わたし私私わたしは……――――あれ?


 りつって、だれだっけ?


【おしまい!】


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