憂「お姉ちゃん、会いに来たよ!」
唯「えー……また……?」
憂「ご、ごめんね。でも会いたかったから……」
唯「ねぇ、憂は三年生になってから軽音部に入ったんだよね?」
憂「うん」
唯「そろそろ、文化祭の時期じゃなかったっけ?」
憂「……」
憂「さぁ?」
唯「……むむむ。てごわい」
元スレ
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」唯「二度と来ないで」
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1298270253/
唯「こんな事してる場合じゃないよ、絶対にさ」
憂「『こんな事』って?」
唯「毎日毎日、用事もないのに私に会いに来ることっ」
憂「用事はあるよ?」
唯「へ? そなの? なにかあった?」
憂「お姉ちゃんとこうしてお話するのがね、私にとって何よりも大事な用事なの」
唯「何よりも?」
憂「うん」
唯「ほんとーに……?」ジトー…
憂「うんっ!」ニッコリ
唯「……うぅ、なんて明るい笑顔」クラリ
憂「お姉ちゃんに褒められると、やっぱりうれしいなっ」
唯「私も憂とお話出来るのはうれしーけど……でもね、やっぱりダメっ!
こんな風に毎日毎日会うのなんておかしいよ。だって、私はもう……」
憂「……ダメ?」
唯「ダメだよっ」
憂「どうして?」
唯「ダメだから、ダメなのっ」
憂「……お姉ちゃん、怒ってる?」
唯「怒ってないよ。怒ってないけど、帰ってよー……ねっ?」
憂「うーん……。良く分からないけど、今日は帰るね」
唯「明日も来ちゃダメだよっ。ダメだからねっ!」
唯「だから、ばいばい、憂」
憂「……またね、お姉ちゃん」…ボソリ
憂「だーれだ」めかくし!
唯「……うーいー?」
憂「正解だよ、お姉ちゃん!」
唯「来ちゃダメって言ったのにー。憂は私よりお利口さんだったはずでしょ?」
憂「『明日も来ちゃダメ』って言われたから1日置いたよ?」キョトン
唯「うひゃー……そう来ちゃったのかぁー……憂は頭が良いね!」
憂「そうかなー?」エヘヘ///
唯「とんちが利いてて、いっきゅーさんみたい。今の憂は憂っきゅーさんだよ!」
憂「うふふ。ありがとー、お姉ちゃん!」
唯「でも、ちゃんと帰らなきゃダメだかねっ! あと、絶対また来たら『めっ!』だからねっ!」
憂「明日は?」
唯「明日もっ」
憂「明後日は?」
唯「ずーっとダメっ!」
憂「……うぅ」
唯「じゃあね。ばいばい、憂」
憂「分かったよぉ……」
憂(……またね、お姉ちゃん)
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」
唯「……」
憂「あれ? お姉ちゃん?」
唯「……今日はどんなとんち?」
憂「えーと……」
唯「……」
憂「うーんと……」
唯「……」
憂「……ごめんね。一旦帰って考えて来る」
唯「思い付くまで来ちゃダメだよ」
憂「うーん……」
唯「出来れば思い付かないでね?」
憂「ひどいよ、お姉ちゃん……」
唯「ひどくないよ。ばいばい、憂」
憂「うん。またね、お姉ちゃん」
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」
唯「えーー……何か思い付いちゃったの?」
憂「ううん」
唯「え?」
憂「ん?」
唯「……うん?」
憂「うん」
唯「……」
憂「……?」ニコニコ
唯「ね、ねぇ……どーいうこと?」
憂「何にも思い付けなかったけど来ちゃった」
唯「憂のウソつき。約束を破るのは、すっごくすっごく悪いことなんだからねっ!」めっ!
憂「……お姉ちゃん、成長したね」
唯「へ? せーちょう? してないし、そんなの出来ないよぉ」
憂「出来てるよー。だって、まさかお姉ちゃんに注意される日が来るなんて思ってなかったもん!」ニコニコ
唯「むぅ。失礼な」
唯「とにかく帰ってよ、憂」
憂「はぁい……」
唯「ばいばい、憂」
憂「うん! またね、お姉ちゃん!」
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」
唯「もうっ、憂! いい加減にしてよっ!」プンプン-3
憂「お、お姉ちゃん……?」
唯「さすがに私も怒るよ!?」プンスカ!-3
憂「おねーちゃん……」…ウルッ
唯「うぅ……な、泣いてもだめーっ!」
憂「お姉ちゃん、私のこと嫌いになっちゃったの……?」グスグス
唯「嫌いじゃないもんっ。……大好きだもん」ムゥ…
憂「じゃあ、どうして私が会いに来たら怒るの?」
唯「だって、憂には憂の生活があるでしょ?」
唯「毎日学校だってあるし、あずにゃんや純ちゃんと部活だって始めるんじゃないの?」
唯「だからさ、こっちに何度も何度も来ちゃダメなんだよ。分かってよ、うい……」
憂「……」
唯「……うい?」
憂「………ない……もん」
唯「うい……?」
憂「お姉ちゃんの居ない生活なんて、いらないもん」
憂「お姉ちゃんの為にお掃除してお洗濯して、美味しいご飯作りたいんだもん……」ポロポロ
唯「……私だって、憂のご飯食べたいよ」
憂「おねーちゃん……!」
唯「でも、無理。無理なんだよ? 分かるでしょ。こんなの、すっごく無駄だって」
憂「……お姉ちゃんのいじわる」
唯「……。……帰ってよ、憂」
憂「……」…コクリ
唯「ばいばい、憂」
憂「またね、お姉ちゃん」
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」
唯「……」ジトー…
憂「へへへ……来ちゃった///」
唯「照れても許さないよっ」
憂「……うぅ」…ウルッ
唯「泣いても無駄だからねっ」
憂「むすー……っ」
唯「拗ねても効かないもんっ」
憂「お姉ちゃん、だいすきー」ニコニコ
唯「むむっ。良い笑顔」たじろぎ!
憂「……!」パァァッ!
唯「でもダメ」
憂「……」…ションボリ
唯「しょ、しょげたって、ダメだもん」
憂「お姉ちゃん、どうしちゃったの? 最近のお姉ちゃん……おかしいよ……」
唯「……」
唯「……憂も知ってるくせに」
憂「知らない。私、なんにも分かんないもん」
唯「憂、子供みたいなこと言わないでよー……」
憂「子供だもん。私、お姉ちゃんと一緒に居られるならずっとずっと子供で良い」
唯「そーゆーわけには行かないんだよ、憂」
憂「知らない、知らないっ! 知りたくないっ!」
唯「憂はもう知ってるよ。自分が本当はどうするべきかも」
憂「……わかんないよ、おねぇちゃん」
唯「そんなはずないよ。憂は賢い子だから。憂はね……憂は、私の自慢の妹だから」
憂「……」
唯「……憂、ばいばい」
憂「またね、おねぇちゃん」
唯「…………うい」
憂「お姉ちゃん!また来たよ!」
唯「~♪ ~♪」ジャカジャカジャッジャッ
憂(……あ)
憂(おねぇちゃん、ギー太弾いてる)
憂(あんなに夢中になって……ふふっ)
憂(ゴロゴロしてるお姉ちゃんは可愛いけど、ギー太弾いてるお姉ちゃんはね、すっごく格好良いよ)
唯「~♪ ~……むむっ。やっぱりここは難しいなぁ」ポリポリ
憂「おねーちゃんっ」
唯「わわわっ。……憂? いつから居たの?」
憂「さっきから、ずーっと居たよ」
憂(弾くのに一生懸命すぎて私の事も気づいてなかったんだ)
憂(そんなお姉ちゃんも……かわいいなぁ)
唯「ねぇ、憂。もうそろそろ……」
憂「弾いて」
唯「へっ?」
憂「お姉ちゃんの演奏してる姿。もっともっと見たいよ」
唯「で、でもね、憂……」
憂「…………見たかったのに、なぁ」
唯「んー……分かったよ。弾くよ。私も、弾きたかったから」
憂「ほんと!? やったぁ!」
唯「……」
唯「……」ジャン ジャン ジャンジャジャンッ
唯「……」…。…。
唯「……あぁ。ちょっと、つかれちゃった」
憂「すごいっ! お姉ちゃん、前よりもずっとずっと上手くなってる気がするよっ!」
唯「そ、そうかなぁ?」
憂「うんっ。私、びっくりしちゃったよ!」
唯「……そう、だと良いなぁ」
憂「……? ……変なお姉ちゃん」
憂「それにしても、大学生はいいなぁ。毎日楽しそうだもん」
唯「私、楽しそう……かな?」
憂「うんっ」ニコッ
唯「……あはは。そっか……うん……」
憂「そういえば、お姉ちゃん。他の皆さんは?」
唯「……」
憂「あれ? お姉ちゃん?」
憂「ほら、軽音部の皆。一緒の大学でまだバンドしてるんでしょ?」
唯「うーん……活動休止、してるみたい」
憂「みたいって……」
唯「色々あったからね。……でも、一旦休止してるだけだよ」
唯「またいつか、一緒に演奏できるよ。絶対に」
憂「いつか? いつかって?」
唯「明日かも知れないし、何年も何十年も……もしかしたら、百年も後かもね」
唯「私、神様じゃないから分かんないや」
憂「百年後って、さすがに皆死んでるよー」クスクス
唯「分かんないよ? ほらさ、最近は医学の進歩が凄いとか、なんとか」
憂「私も詳しく知らないけど、そうらしいね」
唯「……みんな、長生きできれば良いなぁ」ポツリ
憂「お姉ちゃんもねっ」
唯「……憂も、ね」
憂「だけど、こんな場所で一人でギター弾くの、さみしくないの?」
唯「……さみしい、よ」
憂「あはは。やっぱり」
憂「それならお姉ちゃん。無理矢理でも良いから、皆誘ってまた演奏すれば良いのに。……私、また聴きたいよ。放課後ティータイムの演奏」
唯「うーん……でもね、私は気長に待ちたいなぁ」
唯「みんなに会うまでに沢山練習して、すごく上手くなって、みんなをびっくりさせたいや」フンス!
憂「お姉ちゃんらしいね」
唯「そっかなぁ?」
憂「うん。そうだよ」
唯「……えへへ。良かった」…ヘラッ
…
……
………
憂「……でね、梓ちゃんったらおかしいの。『憂ったら、どうしたのー』って」
憂「そんなの、こっちのセリフだよね。ねぇ、お姉ちゃん」
唯「……そーだね」
憂「……? お姉ちゃん、元気ないよ?」
唯「……私、元気だよ。大丈夫、大丈夫」
唯「憂こそ、元気出してよ。……お願いだから」
憂「え?」
憂「私は元気だよ?」キョトン
憂「お姉ちゃんと一緒に居られたらね、私は、何があったって元気でいられるの」
唯「……憂。今日こそちゃんと帰ってね。必ずだからね」
唯「ばいばい、憂」
憂「……」
憂「……またね」エヘヘ
憂「お姉ちゃん!また来たよ!」
唯「……どうして、そうやって普通に来れるの?」
憂「えへへ。分かんない」
憂「いつの間にかね、お姉ちゃんのところに来ちゃうの。変かな?」
唯「……変だよ」
憂「変じゃないよ?」…キョトン
唯「なんで……」
憂「なにが?」
唯「憂が訊いたんだよ? 変だよねって。気づいてるんでしょ、自分でもおかしいって。なのに……どーして、そんな顔できるの?」
憂「……」
憂「ごめん、おねえちゃん。なんのこと?」
唯「憂……私、もう眠いや」
憂「へ? もうそんな時間?」
唯「うん。寝る時間はもうとっくに過ぎちゃったよ」
憂「そうだ、お姉ちゃん。前みたいに一緒に寝ようよ!」
唯「やだよ」
憂「ど、どうして?」
唯「……こっちのベッドは凄く小さいからね。二人も入っちゃいけないの」
憂「私は狭くても良いよ。気にしないよ。なんにも、気にしない」
唯「私は、やだ。そんなのやだよ……」
憂「どうして? 前はいっつもお姉ちゃんの方から一緒に寝ようって誘ってくれたのに……」
唯「……」
唯「……ごめんね。今日は、もう帰って」
憂「そっか……お姉ちゃんがそう言うなら仕方ないよね……」
唯「……もう、こないで」
憂「……うん」
唯「じゃあね、憂。ばいばい」
憂「ばいばい、お姉ちゃん」
憂(ごめんね。……また、来るよ)
どうしてだろ。
私ね、何か忘れてる気がするの。でも思い出せないや。
お姉ちゃん。私、本当に分からないんだよ? 信じてよ、お姉ちゃん。
ねぇ、梓ちゃん。
どうしてあの時泣きじゃくってたの?
どうしてそれを笑顔で宥める私を――恐ろしいモノでも見るように凝視したの?
お姉ちゃん――どうして、そんな恐い顔で私を見るの?
そんなのいつものお姉ちゃんじゃないよ。
お姉ちゃん、少し怖いよ。
おねえちゃん。ごめんね。
なにも、思い出したくないんだ。
憂「お姉ちゃん、また来たよ。……ごめん。来ちゃった」
唯「……言わなくても分かると思うけどね、」
憂「……」
唯「私、凄く怒ってる」
憂「分かるよ。お姉ちゃんがそんな恐い顔してるの……見るの初めてかも」
唯「だって、そのくらい怒ってるんだもん」
唯「憂、もうこんな時間だよ。そろそろ、寝かせて
憂「お姉ちゃん!また来たよ!」
唯「……」
憂「お姉ちゃん。私ね、帰って色々考えたんだ」
憂「ねぇ、私もここに住んで良いかな?」
唯「……え?」
憂「私もここに居れば、一々会いに来なくっても毎日お姉ちゃんに会えるんだもん」
憂「いつまでも、いつまでも、お姉ちゃんと一緒になれるんだもん!」
唯「う……い……?」
憂「良いでしょ?」
唯「良くないよ!! 絶対、絶対だめーっ!!」
憂「わがまま言わないでよ、お姉ちゃん」
唯「わがままなのは憂の方だよっ!」
唯「憂にはやらなくっちゃいけない事がたくさんあるでしょ?」
憂「ないよ」サラリ
唯「やりたい事だって、たくさんあるでしょ?」
憂「そんなの、ないよ」
唯「うい……嘘つかないで。そんな嘘、私、いらないよ」
憂「嘘じゃないよ? 本当だよ?」
憂「だから、お姉ちゃん。そんな事言わないで?」
唯「……」
憂「私、気づいたよ。気づいちゃったんだ」
憂「今のお姉ちゃんなら、私をここに連れて来られる」
憂「だから私は毎日ここに来るんだよ。ねぇ、そうでしょう。そうなんでしょう」
唯「ち……違うよっ!」
唯「憂が勝手に来ちゃうだけなんだもん」
憂「くすくす」
唯「……うい?」
憂「お姉ちゃんだって、嘘つきじゃない」
憂「私に会いたかったんでしょ」
唯「……」
憂「恥ずかしがらなくても良いよ、お姉ちゃん」
唯「……ちがうよ」
憂「私もね、毎晩こうしてお姉ちゃんに会うの、楽しみにしてるんだ」
唯「……ちがう、のに」
憂「ねぇ、お姉ちゃん」
唯「うぃ……」グスッ
憂「だいすきだよ」
唯「私も、憂のこと、だいすき……なのに……」ポロポロ
憂「それなら、お姉ちゃん」
憂「今のお姉ちゃんがやらなきゃいけない事……分かるよね?」
唯「……」
憂「私の事は気にしないで」
憂「お姉ちゃんがしたい事はね、私のやって欲しい事なんだから」
唯「……」
憂「ねっ。お姉ちゃん」ニコッ
唯「……」
唯「……憂は」
唯「私の事、なんにも分かってないんだね……憂のこと、信じてたのに……」
憂「どういうこと? お姉ちゃん……何言ってるの?」
唯「そのままの意味だよ。憂は、なんにも分かってないんだっ」
憂「わかるよぉ。だって、お姉ちゃんの事だもん」
憂「お姉ちゃんの好きな事嫌いな事、好きなものも嫌いなものも、やって欲しいことも嫌なことも」
憂「私には全部分かるんだよ」
憂「だって、生まれた時からずーっと一緒なんだもんっ」
唯「……」
憂「これからも、ずーっと一緒」ニコニコ
唯「……う、い」
憂「だから、私のことを離さないで。ねぇ、お姉ちゃん?」
唯「……帰って」
憂「お姉ちゃん……っ」
唯「帰ってよ!!」
憂「……」
唯「帰ってよ。お願い。こんなのやだ。憂、こんなの、いらないのに……っ」
憂「お姉ちゃん……」
唯「うぃ……やだよぉ……」…グスッ
憂「……わかったよ」
唯「ばいば……ぅうっ、ぐすっ、えぐ、ぇう……ううっ……」ポロポロ ポロポロ
憂「泣かないで、お姉ちゃん」
憂「また、来るから」ニィー…
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」
唯「……うぁ、ぐすっ……ういぃ……」
憂「あれ? お姉ちゃん、今日も泣いてるの?」
唯「うぃ……ごめんね、ごめんね……」ボロボロ…
憂「よしよし。もう大丈夫だよ」ナデナデ
唯「……やだ、よ」
憂「だいじょうぶ、だいじょうぶ」ナデナデ ナデナデ
唯「憂……やめて……」
憂「よしよし よしよし」ナデナデナデナデ
唯「……ゃ、めて」ガクガク
憂「おねえちゃん? 震えてるの?」
唯「ぁ、ぁぁ……ぅ、ぁ……」ガタガタ ブルブル
憂「よしよし。ひとりぼっちは怖いもんね」
憂「とっても……怖いもんね」
唯「い、ゃ……やだ……」ガクガクガクガク
憂「遠慮しないで? 私、お姉ちゃんのためならなんだって出来るんだから」
唯「やだよ……うい、こんなのやだ……憂と離れ離れなんてやだー……っ!」ギュー
憂「……」
憂「えへへ。お姉ちゃんったら、すっごく可愛いよ」
唯「うい、うい、うい……やだやだ、離れちゃやだぁ……っ!」
憂「……えへ、へ」
憂「何があっても、ずーっと一緒だよ。お姉ちゃん」…ギュ
―びょうしつ!―
律「……」
律「……唯」
…がちゃっ
澪「律、いたのか」
律「あぁ……」
澪「唯は?」
律「……相変わらずだよ」
澪「……。……そっか」
律「……」
澪「……」
がちゃり
紬「りっちゃん、澪ちゃん……唯ちゃん。こんにちは」
律「ムギ、授業は?」
紬「良いの。大丈夫」
紬「見て、唯ちゃん。綺麗なお花、持って来たわよ」
澪「……ムギ」
紬「前のお花も元気がなくなっちゃったし、代えてあげるね」
律「……いつもありがとな、ムギ」
紬「いいの。唯ちゃんが喜んでくれるなら、なんでもするわ」
澪「……」
律「だってさ、唯。お前ってさ、愛され上手だよなー」ニシシッ
唯「……」
律「………だから、早く目を覚ましてくれよ」
律「お前がいなくっちゃ、演奏だってできないんだ」
律「私たちは……なにも、できないんだよ……」
唯「……」
律「だから……はやく……戻って来いよぉ……」グス…ッ
澪「……」
紬「……」
律「唯……」グスグス
澪「律、泣くなよ」
律「……ないてない」プイッ
紬「きっと唯ちゃんは大丈夫よ。だから……ね?」
律「……ごめん。カッコ悪いとこ見せて」…グシグシ
紬「お医者さんも言ってたじゃない。あとは目を覚ますのを待つだけって」
澪「そうだぞ。手術は成功したんだから」
律「だけど……だけどさ……」
律「それなら、なんで唯は目を覚ましてくれないんだ?
あの事故からもう何ヶ月経ってると思うんだよ。もう目を覚ましても良い頃だろ!?」
澪「……」
紬「……」
澪「……なぁ、あとで憂ちゃんの様子も見に行かないか?」
紬「そう、ね。
梓ちゃんが今日もお見舞いに来るって言ってたから、会えるかも知れないわ」
澪「二人とも、無事に目が覚めるといいな……」
律「……そう、だな」
澪「……」
澪「……」
―放課後の或るびょうしつ!―
梓「……ねぇ、憂」
憂「……」
梓「私、あの時の憂になんて言えば良かったのかな?」
憂「……」
梓「何を言っていれば、こんな風にならなかったのかな」
憂「……」
梓「……どうして、憂まで死のうとしたの?」
憂「……」
梓「そんなことしなくても……唯先輩は、目を覚ましてくれる筈だよ」
憂「……」
梓「どうして唯先輩を信じてあげようとしなかったの?」
憂「……」
梓「……憂、答えてよ。憂」
憂「……」
――私は、何かを忘れかけてる気がする。
こうやって憂と毎日会う前に何をしていたのか、それすら分からなくなっていく。
だけど、それが怖いと思う瞬間も段々少なくなって来た。
どうして私は憂が来るのをあんなに拒んでたんだろう?
ここに居さえすれば、憂とずっと一緒でいられるのに。
おかしいな。
だけど、本当におかしいかな?
分かんないよ。
どうして今、私がギターを持っているのかも。
どうして自分が泣きそうになっているのかすら。
あっ、今日も憂が来てくれる時間だ。
まだかな。まだかな。待ち遠しいな。
……だって、ひとりぼっちは淋しいんだもん。
憂「お姉ちゃん!会いに来たよ!」
唯「ういー」ギュー!
憂「えへへー、おねーちゃんっ」ギュギュッ!
唯「なんだかね、憂が居てくればどうでも良いような気がしてきたよ」
憂「もう、お姉ちゃんったら///」
唯「だけどね、憂」
憂「なぁに、お姉ちゃん?」
唯「私ね、なんだか大切な事を忘れちゃった気がするんだ」
憂「そっか。私もね、おんなじだよ。何か、忘れてる気がするの」
唯「なんだろうね?」ニコニコ
憂「ねぇ」ニコニコ
―或る病室―
梓(唯先輩が危篤になったと連絡があったあの日)
梓(気が動転して泣きじゃくる私を、憂は笑顔で撫でていた)
憂『どうしたの、梓ちゃん?』
梓(そう言って、にこにこと)
憂『何かかなしいことでもあったのかな?』
梓(憂の笑顔からは確実に何かが欠損してた)
憂『お姉ちゃん? あぁ、そうだ。
早くお買いものにいかなくっちゃ。今日はハンバーグなんだ。お姉ちゃん、喜んでくれるかな?』
梓(壊れてしまった憂が、ただただおそろしかった)
憂『ごめんね、梓ちゃん。私、もう行かなくっちゃ。ばいばい!』
梓(だから、あの時私は――……)
梓『どうしちゃったの……憂……』
憂『……なに? 梓ちゃんこそどうしたの?』
梓『どうして笑ってられるの……っ』
憂『へ?』
梓『どうして、どうして……!』
憂『梓ちゃん、落ち着いてよぉ。何が何だか分かんないよ』
梓『だって、だって……このままじゃ、唯先輩は……―――
梓「……っ」
梓「憂っ、ごめんね……お願いだから、目を覚まして……憂……」
憂「……」
梓「憂が居なくなっちゃったらやだよ……だって、私は憂が……憂が居ないと……っ!」ポロポロ
がちゃっ!
梓「……っ!?」
紬「梓ちゃん、泣いてたの?」
梓「ムギ、せんぱ……うぅ……」
紬「他のみんなもすぐに来るわ。……憂ちゃんは?」
梓「……」…フルフル
紬「……。……そう」
憂「……」
憂(えへへ……おねーちゃん……)…ニコッ
梓「……あっ」
紬「どうしたの?」
梓「見て下さい! 憂が、今憂が笑ってくれましたよ!」
紬「……。……きっと、梓ちゃんが来てくれて嬉しいのよ」
梓「憂、憂っ。聞こえる?」
憂「……」
梓「みんな来てくれるって」
憂「……」
梓「だから、憂。早く治ってね」
憂「……」
梓「絶対、唯先輩もそう思ってるから」
憂「……」
憂「……うるさいなぁ」
唯「憂? どーしたの?」
憂「あのね、さっきから知らない人の声がするの」
唯「へ? そんなの、しないよ?」
憂「空耳にしては、変な気がする。……なんだか、怖いよ」
唯「うーん……気のせいじゃないかなー?」
憂「気のせいかなぁ……」
唯「そーだよ」
憂「……。……そっか」
唯「そんな事より、憂! あいすっ!」
憂「はい、どうぞ」
唯「んー! おいしーい!」
憂「うふふ。お姉ちゃん、ほっぺたにアイスついてるよー」
唯「うーいー。とってとってー」
憂「はいはい」フキフキ
唯「えへー」ニコニコ
憂「やっぱり、お姉ちゃんは私が居なくっちゃだめだねー」
唯「てへへ。面目ない」ニコニコ
唯「お礼に憂にも半分あげるね」
憂「ほんと?」
唯「うん。はい、あーん」
憂「あーん」
唯「どう? おいしい?」
憂「美味しいよー。お姉ちゃんが『あーん』ってしてくれたから、百倍美味しいっ」
唯「へへへ。憂も私が居なくっちゃダメみたいだねー」
憂「えへへ」
憂「ここは平和だねぇ」
唯「そーだね。静かで、あったかで、落ち着くなぁ」
『 』
唯「ずーっと、憂と一緒にここに居られたらなぁ」
憂「何言ってるの、お姉ちゃん。私たちは今までもこれからもずっと一緒だよ?」
『 』
唯「えへへー。憂、だいすきっ」
憂「私もお姉ちゃんのこと、だーいすき!」
『 』
憂(あぁ、まだ変な声が聞こえる)
憂(うるさいよ。止めてよ。私とお姉ちゃんの邪魔をしないでよ……)
梓「憂……答えてよぉ……」グスグス…
紬「……梓ちゃん、これで涙拭いて?」…スッ
紬「梓ちゃんが泣いていたら、憂ちゃんも心配しちゃうわ」
梓「ムギ先輩……」
紬「大丈夫よ。唯ちゃんも憂ちゃんも、絶対帰って来てくれるから」
紬「だから……二人を信じましょ? ね?」
梓「うぅ……うわぁぁぁん!」ダキッ
紬「……梓ちゃんも、つらかったわよね」ナデナデ
澪「律、そろそろ憂ちゃんのところに行くぞ」
律「……先、行ってていーよ。私はここに居るからさ」
澪「律……」
律「あはは。だって、唯を独りきりにしたらかわいそーだろー?」
律「人の気も知らないで、だらけた顔しやがってさぁ。全く。
アイス食べてる夢でも見てるのかぁ。このこのー」ツンツン
唯「……」
澪「……りつ」
…
……
律「たはー。私としたことが、皆の前で泣いちゃうとはなぁ」
唯「……」
律「泣き顔なんて、澪にすらほとんど見せた事なかったのに……うひゃー、はずかしー」
唯「……」
律「おーい、お前のせいだぞ。唯」
唯「……」
律「ちくしょう。幸せそうな顔しやがってさ。自分がどうなってるのかも分かってなさそうだな……」
唯「……」
律「おーい、いい加減おきろー」
唯「……」
律「……起きろよぉ」
唯(……あれ?)
憂「どうしたの、お姉ちゃん?」
唯「ううん。なんでもないよー」
憂「……? 変なお姉ちゃん」クスクス
唯「うい! ほらほら、あーん」
憂「あーん」
唯(なんだか声がした気がする)
唯(知らない人の声)
唯(どうしちゃったんだろ、私。ちょっと怖いなぁ……)
唯(だけど)
唯(なんだか、なつかしいきがするや)
唯(でもね、)
『 』
唯(この声が誰のものだったか、思い出せないんだ)
『 』
唯(ごめんね)
『 』
唯(ごめん……ごめんね……)
『 』
唯(……ごめん)
『 』
唯「う……ぐす……ごべんっ、ごべんね……」ボロボロ…
唯「……」ツー…
律「!?」
律「唯……泣いて、る?」
唯「……」
律「唯……ごめんな。責めてたわけじゃないんだよ」…ソッ
唯「……」
律「ゆっくり治せばいいから。……必ず戻ってきてくれたら、それで良いんだ」
唯「……」
律「だから泣くなよ……唯」
憂「お、お姉ちゃん!?」
唯「うぃー……」ポロポロ ポロポロ
憂「どうしたの、急に泣いちゃったりして。何が、何があったの!?」
唯「わかんない……思い出せないよぉ……」
憂「……安心して、お姉ちゃん」ギューッ
憂「私も良く分からないけど、ここに居さえすればずっと一緒に居られるから」
唯「うぃ……」ポロポロ…
憂「ここには怖いのも痛いのも、つらいのも淋しいのも、なんにもないんだから」
唯「……うぅ」…ギュッ
憂「よしよし」ナデナデ
唯(憂とぎゅっとしてたら、安心するや)
唯(かぎなれた憂の匂い。馴染んだ憂の感触)
唯(憂と抱っこしてるとね、ほこほこのあったかあったかになれるんだよ?)
唯(……なのに、さみしいだなんてお姉ちゃん失格だよね)
唯「ごめんね、憂。心配させちゃって」
憂「ううん。前も言ったでしょ」
憂「私、お姉ちゃんと一緒に居られるならなんでも出来るって」
唯「私も……」
唯「……」
唯「私も、憂と居られるなら……――」
…
……
紬「ちょっとは落ち着いたかしら?」
梓「はい。……ごめんなさい。お見苦しいところを見せちゃって」
紬「良いのよ。私だって、たくさん泣いちゃったもの」
梓「……唯先輩も、憂も早く良くなるといいですね」
紬「良くなるわよ。二人とも」
紬「二人を信じてあげましょう。それしか、できないけれど……それでも……」
梓「……。……はい」
『 』
憂「ぁ……」
『 』
憂「ぅ、ぁ……ぁ……」
『 』
憂「あぁあぁぁぁああぁあぁぁっ!」
『 』
唯「ひゃっ!?」
『 』
憂「う……うぅぅ……うぅ……やめて、うるさいっ、やだ……っ」
唯「う、憂!? 憂っ! どーしたの!?」
憂「おねぇ、ちゃん……たすけて……」
唯「うい! しっかりしてよぉ……っ!」
がちゃっ
澪「梓、憂の様子は?」
梓「お医者さんは目を覚ますまでまだまだかかるって……あれ?」
純「……あはは。私も憂が心配で来ちゃったよ」
梓「純、今日は来れないって言ってたのに……」
純「気にしない気にしない。憂のためならどんな用事でもすっぽかせるよ」
澪「さっき唯の病室からこっち来る時に会ったんだよ。
廊下でうろうろしてたから、どうせ憂のお見舞いに来たのなら一緒に行こうって」
梓「もぅ。病院に来たんならすぐにここまで来れば良いのに」
澪「迷ってたんだって。……なぁ、鈴木さん?」
純「純、で良いですよ。澪先輩」
梓「迷うって……純だって、もう何度もここに来てるじゃん」
純「うーん。でも、この病院むだに広いからさ」
純「澪先輩が通りかかってくれなかったら、一生ここにたどり着けなかったよ。
ありがとうございます、澪先輩っ」
澪「あ……いや、良いよ。どうせ私もここに来るつもりだったし」
澪(鈴木さんが病室のすぐ傍で泣きじゃくってた事は、梓に教えないでおこう)
梓(純。……目元が赤くなってるや)
純「ま、そんなことどうでもいいじゃん。憂、来てやったよー」
憂「……」
唯「うい! ういっ!?」
憂「声が、声が増えてく……うぅ……っ」
唯「憂、しっかりしてよ!?」
憂(遠くの声が、耳の奥から響いてくる……きもちわるい……変な浮遊感までしてきた……)
唯「ういっ」
憂「おねぇちゃん……」
唯「私、どうすればいいの? ねぇ、憂っ」
憂(お姉ちゃんの声を聴かせて。もっと、もっと、聴かせて)
憂(お姉ちゃんの声で、響いてくるおかしな声から私をたすけて……)
憂「おねぇ……ちゃん……声を……」
『 』
唯「……っ」…キーン
唯(ひどい耳鳴り……うぅ……)
憂「おね、ちゃ……声を……せて……」
唯「な、なに? 聞こえないよっ!」
『 』
憂「声を……せて……」
『 』
唯「憂! 憂ぃ!」
『 』
憂「……ね………ぁ……」
『 』
『 』
『 』
唯「……うるさい」
『 』
唯「うるさいよっ! お願いだから黙ってっ!!」
『 』
唯「あなたは誰なの!? ねぇ、憂と私をどこに連れて行こうとしてるの!?」
『 』
唯「憂を苦しめる人なんて、誰もいらないっ」
『 』
唯「だから……だから、あっちいっちゃえっ!!」
―びょうしつ!―
唯「ぅぅ…………」
律「ゆ、唯!?」
唯「ぅ、ぁ……」ゼーゼー…
律「おい、どうしたんだよ! 唯、唯!?」
唯「ぅ、ぃ……」ヒュー…ヒュー…
律「くそ……っ!」
律(ナースコールは……あった!!)バッ
律「大変なんですっ! 唯が、唯が……っ!」
唯(うぅ……『誰か』が叫んでる……)
唯(なんでだろう。頭が、くらくらするや)…フラッ
唯「お願い……私たちのことなんて、放っておいてよ……」
『 』
唯「……っ」
『 !』
唯「あなたが誰か思い出せないけど……お願い、もう、やめてよ……」
『 ! !』
唯「もう、私たちの世界に二度と来ないでっ!!」
『』
唯「はぁ……はぁ……」
唯(どうして? 憂がすぐ傍にいてくれるのに、どうして……こんなに苦しいんだろう……?)
憂「おねぇちゃん……だいじょうぶ……?」
唯「う……うん。憂は?」
憂「さっきよりは……へーきだよ……」
憂「だってね、おねえちゃんが、近くにいてくれるんだもん」
憂「おねえちゃんと一緒に居る為なら、どんなに苦しくても我慢できるから……」
唯「憂。わたしもね……」
『 』ポロポロ
唯「…………あれ?」
唯「泣いてるの……?」
『 』ポロポロ
唯「どうして、泣いてるの?」
『 』グス…グス…
唯「私がひどいこと言っちゃったから? ねぇ、どうしてなの?」
『 』
唯「ねぇ、答えて。答えてよ」
憂「お、お姉ちゃん? 誰と話してるの?」
唯「わかんない。わかんない、けど……」
『唯! お願いだっ!』
『戻ってきてくれよ……唯……っ』
唯「え……」
唯「りっちゃ……ん?」
―或る病室―
ばたんっ!!
律「はぁ……はぁ……!」
澪「ど、どうしたんだよ律」
律「大変なんだよっ! 唯が、唯が……っ!」
紬「まさか……」
梓「ゆ、唯先輩になにかあったんですか……?」
憂「う……ぁ……」ハァ…ハァ…
純「!」
純「梓っ! 憂が……憂がすっごく苦しそうにしてる……!」
梓「う……憂っ!」
『 』タタ…ッ
唯「あぁ! 待って、待ってよりっちゃん!!」
憂「りっちゃん? ……お姉ちゃん、それ、誰のこと?」
唯「友達だよっ。大事な大事な、けいおん部の……っ」
憂「けーおんぶ?」キョトン…
唯「うい……?」
憂「お姉ちゃん……さっきから何を言ってるの……?」
唯「……え?」
憂「お姉ちゃんも、変な声のせいでおかしくなっちゃったんだね」
憂「つらかったよね。こわかったよね」
憂「私も、こわいよ……お姉ちゃん」
唯「……っ」
唯「憂は覚えてないの!? 忘れちゃったの!?」
憂「な、なに? なんのこと?」
唯「私もね、さっきまで忘れちゃってた」
唯「だけど、憂にだって思い出さなきゃいけない大切なことがあるでしょ?」
憂「わ……わかんないよ……」
唯「憂……っ!」
憂「どうして? どうして、そんな変なことを言い出すの?」
唯「変じゃないよ。今の憂の方が、絶対変だよっ!!」
憂「!」
憂「どうして……? どうして、そんなこと言うの……?」
唯「憂。私、思い出せた。みんなが呼んでくれたから」
憂「みんな? ねぇ、みんなって誰?」
唯「憂にだっていたでしょ? 憂を呼んでくれる、大切な人が。人達が」
憂「……それって」ポツリ
唯「……! 憂、思い出せたの!?」パアァ…!
憂「それって、あのうるさい耳鳴りのこと?」
唯「おねがいっ。思い出さなきゃダメだよっ!」
憂「どうして?」
唯「ちゃんと思い出して、一緒に行こう? ねっ?」
憂「どこに?」
唯「……うい」
憂「わかんないや」
唯「分かんなくても良いっ! 行こう、みんなのところへ!」グイッ
憂「い、痛いよお姉ちゃん! やめてっ!」
憂「みんなのところってどこ?」
憂「みんなって、だれ?」
憂「あったかくて、気持ち良いここよりも良い場所なの?」
憂「私より大切なひとなの?」
憂「お姉ちゃん。答えて。ねぇ」
唯「……」
憂「こたえて」
唯「向こうはね、ちょっと大変なこともあるけど」
唯「それでもとっても楽しい場所だったよ」
唯「みんな優しくて、一緒にいると楽しくてね……」
憂「……だけど」
憂「それって、これからもそうなのかな?」
唯「へ……?」
憂「これからも、絶対に変わらないのかな」
憂「ここに居れば、なんにも変らない」
憂(実はね、お姉ちゃんが腕を引いてくれた時)
憂「ずっとこのままでいられるよ。私も、お姉ちゃんも」
憂(少し……ほんの少しだけ、思い出せたんだよ。向こうの事)
憂「ここには大変なことなんて一つもないよ」
憂(記憶の奥底で黒いツインテールの女の子がないてた)
憂「お姉ちゃんは優しいし、一緒にいると私は楽しくて仕方ないんだ」
憂(その女の子が泣いていた理由も……思い出した)
憂(そう……思い出しちゃったよ)
唯「憂っ」
憂(目の前にいるのは、本当のお姉ちゃんじゃない)
憂「ねぇ、お姉ちゃん。私の話を聞いて」
憂(本当のお姉ちゃんは、白くて殺風景なシーツに埋もれてぐったりしているんだ)
憂「どんなに平和な世界でも、どんなに楽しい日常でも」
憂(だけど……向こうにはギー太を抱えてはしゃぐお姉ちゃんはもう、いない)
憂「あっさり崩れちゃうんだよ?」
憂(お医者さんは、最善を尽くすと言ってくれた)
憂「簡単に、あっけないくらいに。……それは、とても残酷な事。
だけどね……あってはならない事は、毎日毎日地球のどこかで必ず起こってるんだよ」
憂(それでもお姉ちゃんは帰ってこようとしなかった)
憂「どんなに大切なものがあってもね、あっさり壊されちゃうの」
憂(何カ月も、ずっとずっと待ってたのに)
憂「お姉ちゃん。……向こうは、そういう世界なんだよ?」
憂(だから――私は会いに来たんだよ。お姉ちゃん)
唯「ういー……言ってることが難しすぎてちんぷんかんぷんだよ……」
憂「難しくないよ。
私もお姉ちゃんも、それを体感したでしょ? すごく痛くて苦しくて、かなしいことを」
唯「……うい」
憂「ねぇ、向こうに帰ってどうするの?」
憂「帰って、みんなに会って……それからは?」
憂「また酷い目に遭うかも知れない。
今度はお姉ちゃんの言ってた『大切な人』がそうなるかも知れない。
その時、お姉ちゃんは堪えられる……?」
唯「……」
憂「私は堪えられないよ。そんなの、絶対に」
憂(……たえられなかったよ、おねえちゃん)
憂「それにね」
憂「向こうでは『時間』ってのがあるんだよ? 分かる?」
唯「うん……それも、思い出したよ……」
憂「そっか。なら、話は早いや」
憂「時間は少しも留まってくれないよ。
楽しいことも、嬉しいことも、すぐに過ぎてく」
憂「今は一緒にいてくれる人が居たとしても、それは永遠じゃないんだよ。
いつ、何が起こって離れ離れになるか分かんない。
もしかしたら大好きな人達を嫌いになっちゃうような事だって起こるかも知れない。
全部、全部、色あせちゃうの。それはかなしいことだけど、仕方のないことだから」
唯「……」
憂「それは、世界で一番こわいこと」
憂(なかなか目を覚ましてくれないお姉ちゃん)
憂「ここに居れば何も色あせない。何も、進まない」
憂(どうして目を開けてくれないの。どうしてまた私を抱きしめてくれないの)
憂「全てが新しいまま」
憂(どうして)
憂(どうしてどうしてどうしてどうして)
憂(きらいになっちゃうよ)
憂(あんなに好きだったお姉ちゃんのこと、きらいになっちゃうよ……)
憂(そんなの、やだよ……お姉ちゃん……こわいよ……)
憂「向こうに戻れたとしても、全てが元通りになる保証はないんだよ?」
憂(戻ったとしてもお姉ちゃんがまた目を覚ましてくれる保証は、ない)
憂「だから。だからね……」
憂(ずっと目を閉ざしたまま生き続けるかも知れないのに)
憂「……だから」…フラッ
憂(あれ……?)パタリ…
唯「……っ!」
唯「憂っ! 憂っ!?」
憂「えへ……へ……おねーちゃん」
唯「どうしたの? 具合わるいの?」
憂「やだなぁ、お姉ちゃん……逆だよー……」
唯「逆?」
憂「うん。あのね、なんだかとっても気持ちが良いの……心がぽかぽかしてるや……」ボンヤリ…
唯「しっかりしてよ、憂っ!」ギュウッ!
憂「なんでだろう……? おねーちゃんが抱きしめてくれてるから、かなぁ……」
―或る病室―
純「憂っ! 憂っ!」
紬「今、お医者さんを呼んだわっ。すぐ来てくれるって!」
律「ちくしょうっ。唯も憂ちゃんもどーしちゃったんだよぉ……」
梓「……憂」
梓「憂っ!」ギュー…ッ!
澪「あ、梓……っ!」
梓「やだやだっ! 純と私と、一緒に演奏するって言ってたじゃん!
ずっと一緒だって約束したよね!? 忘れちゃったの、ねえ!!」ギュウー!
梓「忘れたんなら、もっかい言うよ! 何度でも言ってあげる!
一緒だよ。何があったって、私達は一緒だよっ! だから、だから……っ!」
紬「梓ちゃん! 落ち着いてっ!」
梓「ううう……憂、憂、憂……っ。戻ってきてよぉ……」ボロボロ…
憂「――――っ」…ドクン
唯「ういー……?」ウル…ッ
憂(ちがう)
憂(これはお姉ちゃんの温度じゃない)
憂(私は、お姉ちゃんに抱きしめられてるのに……これは、だれ……?)
憂(だけど……妙に懐かしい感触が、する)
憂(この温度はもこもこ頭の子なのかな? それとも、あのツインテールの女の子かな?)
憂「えへへ……やっぱり、わかんないや……」ヘラ…
憂(わかんないけど……だけど、ほんわかした気分……)
憂(きっと、私にとって『大切な子』の温度)
憂(お姉ちゃんとおんなじくらい、大切なおともだち……だったのかなぁ?)
『 !』
憂(また、声がする)
『 』ボロボロ…
憂(だれかが、ないてる)
憂(私とは無縁になった世界で、大声を上げて泣いてる)
憂(あはは……まるで、少し前の私みたいだよ)
憂(眠るお姉ちゃんの隣で、声が枯れても泣き続けた私)
憂(そこには……あぁ、軽音部の皆がいたっけ)
唯「……――ぃ―――ぅぃ――」
憂(お姉ちゃんにしがみついて、
自分でもびっくりするくらいの大声を上げて、
お姉ちゃんをこんな風にした神様を恨んで、憎んで)
憂(皆を悲しませてるのに、私を苦しめてるのに
静かに眠ったままのお姉ちゃんに腹を立てて……訳も分からないことをわめいて……――)
憂(あぁ、その時から私は忘れ始めてたんだ)
憂(あれが、涙と一緒に大切なものがこぼれてしまった瞬間だったんだ)
唯「――ういっ!」
憂「……おねーちゃん?」
唯「憂、本当にどうしちゃったの……?」
憂「うん……私、どうしちゃったんだろう……」
憂(あぁ……ぬくもりが消えていく……)
憂(どうして? どうして、私を離したの……?)
憂(お願い。もっと、もっと……)
唯「憂……どうして、ないてるの?」
憂「…………え?」…ポロッ
憂「私、泣いてる……」ポロポロ
唯「うん。泣いてるよ」ポロポロ
憂「あはは……どうして、お姉ちゃんまで泣いちゃうの……?」グスグス
唯「わかんない。だけど、とまんないや」ポロポロ ポロポロ
憂「……ふふっ。へんなの」…ポロッ
唯「変、かなぁ?」
唯「なんだかね、とっても暖かくって……。
………うん。やっぱり私、帰りたいや。憂と一緒に、帰りたい」
唯「聞いて、憂」
唯「さっき憂は言ってたよね。向こう側にはつらいのも悲しいのもいっぱいあるって」
唯「しかも、それがいつ起こるかも分からない。
永遠の幸せなんて向こう側にはないんだって」
憂「……うん」
唯「そうだと思うよ。むずかしくって、ちょっぴりしか分かんないけど……なんとなくなら、分かる」
憂「……」
唯「だけどね、憂。……ここには、永遠しかないんだよ?」
唯「ここに来て、ここでしばらく過ごして……ようやく気づけたの」
唯「なんにも色あせないけど、ただそれだけだったんだ」
唯「それに気づいちゃったからかな。それとも、もともと私はこんなにワガママな子だったのかな、」
唯「どうせ過ぎ去るとしても。それが、あっさり消えるかも知れないとしても」
唯「私は、憂とあの世界で生きていたいんだ」
憂「おねえちゃ……」
唯「だからね……帰ろっ」…グイッ!
憂「わわっ!?」
唯「何言ってもだめだよ。憂がどんなに怒ったって離さないもんっ」フンスッ!
憂「だ、だけどお姉ちゃん……どうやったら帰れるのか分かるの?」
唯「あ……」
唯「……わ、わかんない。どーしよー、ういぃー!」メソメソ
憂「お姉ちゃんったら……」…クスッ
…
……
………
唯「うぅ~ん……とりあえず、歩いてればどうにかなると思ったけど……」
憂(ものの見事に迷っちゃった……)
唯「うぅー……なんだか修学旅行の時に迷ったのを思い出すや……」
唯(あの時は、みんながいたから何とかなったけど……)
唯「……」…チラッ
憂「お姉ちゃん……?」
唯(よし……っ。憂の為にも、私が頑張らなくっちゃっ!)フンスフンス!
憂「お、お姉ちゃん、あんまり引っ張らないでよー……」
憂(さっきまで、あったかくて優しい場所に居たのに)
憂(進めば進むほど世界が暗がりになっていく)
憂(冷たくて、粘っこい風)
憂(本当に帰れるの? ……私は、本当に帰りたいの?)
憂(ここを闇雲に進んで、その先には何が待ってるの……?)
唯「……憂」
憂「へ? なに、お姉ちゃん」
唯「憂、また悲しそうな顔してたよ? 大丈夫?」
憂(……。……自分の気持ちもまだ分からないけれど)
憂(お姉ちゃんが帰りたいなら、私もそうしよう)
憂(だって私は……お姉ちゃんに会いに来たんだもんっ)
憂「うんっ。大丈夫だよ。……だから、行こ?」
黒い地面はやわらかくって、マシュマロでも踏んでるみたいに不安定だった。
道の端でぐちゅぐちゅと何かが蠢く。
きっと、この人達も消え損ねてしまったんだろう。
――私もお姉ちゃんも、おんなじ。
そう思った時にようやく恐怖心がわきはじめた。
つないだ手を強く握ると、お姉ちゃんは苦笑いしながら一旦立ち止まってくれた。
唯「……私、憂が来てくれるまで自分はもう死んじゃったと思ってたんだ」
憂「眠ってるよ。お姉ちゃんは、ただ、眠ってるだけ」
憂(そう、ただ眠るだけの存在になってしまったの)
唯「私ね、人は死んだらお星さまになると思ってた」
唯「だけどなかなか星になれなかったし、変だなぁって思ってた」
唯「そう思ってたのに、私はあそこから動けなかったの」
唯「――憂が来なかったら、こうして帰ろうとも思わなかったのかなぁ?
うーん……わかんない。わかんないや。わかんないけど、進もう……ねっ」
憂「………うん」
私達は、進む。
この道が本当に向こう側に続くかも分からないままに。
向こう側に行くのすら躊躇していたはずなのに。
確信もないのに、ぐんぐん進むお姉ちゃんにひかれるまま。
憂「……ねぇ、お姉ちゃん」
唯「なぁに?」
憂「本当に死んじゃったら、どうなるんだろうね」
憂(もしここで、お姉ちゃんが『戻ろう』と言ったら私たちは死ぬ)
憂(それは……ちょっぴり嫌、かなぁ)
憂(おかしいなぁ……私は、お姉ちゃんの為に死ぬ筈だったのに)
難しい顔で「むむー」と唸った後、お姉ちゃんは言った。
唯「…………憂が、死んじゃわなくって良かった」
……全く答えにはなってないけど、なんだか嬉しかった。
唯「あ……っ」
あーあ、よそ見して歩くからだよ。
躓いたお姉ちゃんにつられ、私も転げる。転げ落ちる。
唯「わっ、わぁ!? うい、ういー!」
深い闇をひゅるひゅると落ち、ざぶざぶと冷たい水に浸されていく。
体の中を水のあぶくが通ってはじける。ぱちぱちと、暴力的に。
苦しいのは一瞬だけ。
その後は水の流れに押し込められて……――何だか、前にもこんなことがあったような気がする。
あぁ、これは思い出せたよ。
これは、たくさんのお薬を飲んだあの時に感じた感覚。
ねぇ、お姉ちゃん。
今の私たちはどうなってるんだろう。
お姉ちゃんとともに沈みながら――急に、とても帰りたくて仕方くなくなってきたの。
「ふしぎだね。こうしてると、そらをとんでるみたいだよ」
「ちがうよ、とべてないよ。おねえちゃん」
「あれ? ほんとーだ。わたしたち、しずんでる?」
「うん」
「どうしよう、うい」
「どうしようね」
「みなもが、あんなにとおくなっちゃったよ」
「そうだね」
「どんどん、くらくなってく。くろくなってく」
「さみしいね、おねえちゃん」
「へんなの。ういがいるのに、さみしいや」
「もどろうよ、おねえちゃん」
「……うん。はやくしないと、ておくれになっちゃうからね」
水の抵抗が酷い。
上へ進んでいるはずなのに更に沈み込んでいるような気すらする。
それでもお姉ちゃんに触れれば、冷たい水の中でも身体の芯まで温まるような心地がした。
「うい。うい、いってたよね」
「むこうには、えいえんなんてないって」
そうだよ、お姉ちゃん。
向こうでは信じられないくらい残酷なことが起こるんだよ。
昨日まで元気だったお姉ちゃんが、突然動かなくなるくらい残酷なことが。
「だけどね、」
「えいえんはなくっても、たいせつなものならたくさんあるんだよ」
大切なものって、あの時お姉ちゃんを呼んでた人たち?
「うん」
「ほかにもいろいろあるよっ。
ほんもののあいすたべたり、ごろごろしたり、ぎーたとうたったり、」
「ういと、いっしょに、わらったり」
「えへへ。こうしておもいかえすとさ、わたし、たくさんの『たいせつ』があったんだなぁって、あらためておもうよ」
―手術室の目の前―
梓「唯先輩……うい」
純「どうしよう、どうしよう……憂、憂……」
紬「唯ちゃん……憂ちゃん……お願い、無事に戻ってきて……っ」
澪「うぅ、どうして……どうしてこんな……」…グス
律「泣くなよ、澪。きっと唯も憂ちゃんもだいじょーぶだって」
澪「律……お前、どうしてそう平和でいられるんだよ……!」
澪「唯が、唯が……死にそうなんだぞ……っ!?」
律「澪っ」
澪「ぁ…………ごめん」
律「私だって……平気じゃ、ないっての」…グスッ
あれから、どれだけ水面を目指したんだろう。
数分? 数時間? 数日? 数か月? 分からない。
水の冷たさにしびれて、それすら分からなくなっていく。
どれだけ水を掻いても、ほとんど進めなかった。
全身がひどく疲れる。身体のすべてが軋みをあげる。
――このまま水に任せて沈みこんでしまえれば、どんなに楽なんだろう。
そう思ったのに、私がそうしなかったのは水の中にいるのにお姉ちゃんが手を離さないでいてくれたから。
「うい」
「ういは『むこうにかえってどうするの?』って、いってたね」
「わたし、きめてるんだ。むこうにかえったらしたいこと」
なぁに、お姉ちゃん。
「あのね、かえったらみんなにあやまりたいなぁ。
しんぱいかけてごめんねって。みんなには、ほんとうにわるいことしちゃったね」
「そしてね、
ギー太を弾くよ。
みんなと一緒に歌い続けるよ。
なにがあっても、絶対に。
そして。そしてね――今度は、本物の憂とぎゅーってするんだ」
透明な水面が、優しく揺れた。
梓「唯先輩。憂、憂……っ」
純「梓っ。大丈夫だから。きっと、二人とも大丈夫だからっ」
梓「……純」
純「信じよう。また、憂と会えるって」
水の抵抗が身を切るように痛んできた。
梓「……」
それでも、諦めたくなかった。
梓「……うん」
なんでかな?
私は自分からこれを望んでいたはずなのに。
梓「憂……待ってるから……」
なのに、帰りたい。
お姉ちゃんと一緒に、帰りたい。
梓「……戻って来なかったら、ゆるさないから」…ポロッ
神様。
もしもいるのなら、ごめんなさい。
ワガママな子でごめんなさい。何度だって謝るから。
だから……――
梓「ゆるさ、なぃ……からぁ……ぅぐ、ぐすっ……うぁぁん……!」ポロポロ
「……あずさ、ちゃん」
無意識につぶやいた名前。
その瞬間、今まで頭の中から抜け出していたモノがざわりざわりと集まり始めた。
水の中は相変わらず暗かったけれど、心の中で何かが色づいた気がした。
私はお姉ちゃんの手をもう一度握り直し、暗い水の中で笑った。
お姉ちゃんも、それに応えて力強く笑ってくれた。
水面から顔を出した私とお姉ちゃんは、そのまま意識を失った。
遠くなっていく意識の中見えたのは――疲れた顔ではにかむお姉ちゃんの姿。
あのまま沈んでいたら何処に行きつけたんだろう。
大好きなお姉ちゃんと一緒に星になれたかも知れない。
大好きなお姉ちゃんと一緒に涼やかに通る風になれたのかも知れない。
大好きなお姉ちゃんと……ただ、溶け消えるだけだったかも知れないし、
水の底の世界の方が、安らかで幸せな世界だったのかも知れない。
憂(それでも、私は戻ってきた。お姉ちゃんと一緒に戻ってきた)
憂(……戻ってきて、しまったの)
―或る病室―
憂「……」
…がちゃり
憂「……あずさちゃん?」
梓「憂。体調はどう?」
憂「えへへ。体は、だいじょうぶだよ」
梓「……」
梓「……そっか」
憂「お姉ちゃんはまだ起きないの?」
梓「……うん」
憂「そっか……」
梓「だ、だけど、きっといつか目を覚ますよ!
お医者さんだってそう言ってたじゃん!」
憂「『いつか』って、いつ?」
梓「……」
憂「前もお医者さんは言ってたよね。あとは目が覚めるのを待つだけって」
梓「……」
あの時、私はお姉ちゃんの手を握りしめたままだった。
これで向こうでもお姉ちゃんと一緒でいられる。
そう思って、意識を手放したのに。
ねぇ、お姉ちゃん。
どうして? どうしてなの?
言ってたでしょ。
帰ってきたらギー太を弾くって。
みんなと一緒に歌い続けるって。
本物の私と、抱きしめあってくれるって。
絶対に、そうするって言ってたのに……。
憂「……」…ウルッ
梓「……憂」
憂「梓ちゃん、今日も学校でしょ?
学校に行った方が良いよ。……私は、平気だから」
梓「憂」
憂「……お願い。行って。ひとりにして」
梓「……」
梓「……憂っ!」…ギュッ!
あの時、感じた温度が伝わる。
私にとって『大切な子』の温度が。
憂「……どうしたの、梓ちゃん」
梓「……憂。唯先輩に会いに行こう?」
ほんの少し、どきりとした。
憂「会いにって、どういう意味?」
梓「え? 唯先輩の病室にだよ。今から」
……えへへ。そうだよね。
なんだか、変な想像しちゃったよ。
憂「だけど、私まだ安静にしてなきゃって……お医者さんが……」
梓「会いたいんでしょ? 唯先輩に」
憂「……。……会いたい、よ」
梓「それなら行こうよ。少し歩けば、会えるから」
廊下を歩いて、右に曲がって左に曲がって……本当に少し先の距離にお姉ちゃんはいた。
その短い距離すら、目覚めたばかりの私にとってはつらい道のりだったけれど。
それでもたどり着けたのは、梓ちゃんが隣で支えてくれたから。
清潔感を通り越し、無機質にさえ見えるドアを梓ちゃんが開けてくれた。
そこには、すやすやと眠り続けるお姉ちゃんが居た。
憂「……お姉ちゃん」
憂「お姉ちゃん……っ!!」タタタッ
梓「う、憂! 走ったらダメだよ! 本当は歩くのもダメなのにっ」
憂「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 私だよ、憂だよ!?」
唯「……」
憂「お姉ちゃん……私、帰ってきたんだよ……?」
それなのに、どうしてお姉ちゃんは帰って来てくれないの?
憂「お姉ちゃんのうそつき……っ」
憂「今度の今度は、本当に嫌いになっちゃうんだからぁ……!」
唯「……」…ピクリッ
憂「お姉ちゃんのばかっ」
憂「目を覚ましてっ! ギー太も待ってるよ!? みんな待ってるんだよ!?」
憂「……私も、待ってるのに。ずーっとずーっと、待ってるのに……」
梓「憂、落ち着いてっ」
私は、梓ちゃんの言葉も無視してお姉ちゃんの身体にすがりつく。
憂「帰って来なかったら、もうお姉ちゃんの為にご飯作ってあげないもんっ」
憂「ゴロゴロするのも禁止にするもんっ」
憂「アイスだって、一生抜きにしちゃうからね!」
憂「お姉ちゃんはそれで良いの!? ねぇ、このままで良いの!?」
良いはずないでしょ。
ねぇ、お姉ちゃん……お姉ちゃん……!
唯「……ん、ぅ」
憂「……!」
梓「ゆ、唯先輩……!?」
唯「うい、あいす、たべたいよ……」…パチリ
憂「お……」
憂「……お姉ちゃんっ!」ガバッ!!
唯「ふぇ? あ、あれ? ……ここ、どこ?」
憂「うあああああんっ。おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃんっ!!」
唯「うい? あぁ、あずにゃんもいるや……」キョトン
梓「あ……あはは……アイスの為に起きるなんて、唯先輩はやっぱり変な人ですね……」グスグス…
唯「あれれ……私、なにしてたんだろ……あれ……?」
唯「うい、あずにゃん……どうして泣いてるの?」
梓「ど、どうしてって……どれだけ皆が心配したと思ってんですかっ!」
唯「へ……?」…キョト
憂「えぐっ、ぇう……ふぇぇぇぇん……!」ボロボロ
唯「憂? ねぇ、泣き止んでよ」
唯「何があったの? 憂は……どうして、こんなところにいるの?」
憂「お姉ちゃんに、会いに来たんだよ!!」ニコッ
【おしまい!】
305 : 以下、名... - 2011/02/22(火) 06:48:12.36 2psNYH9x0 114/114あとがき的な蛇足でも書きます。
途中で和ちゃん出すのすっぽり忘れてたことを思い出しました……うわああっああっああああっ!
最近酷い切れ痔になったり、その他諸々あってナーバスになっていたせいか、
妄想の全てがバッドエンドになり始めてきたのでそれを払拭するためにハッピーエンドにしました。
こんな駄文に付き合ってくれてありがとねっ///
次は何書くかなぁ。またハッピーエンドか、ギャグものでも書きたい気分。
ムギがティータイムのたびに自分の体の一部を切り分ける話とか、りっちゃんのカチューシャを澪ちゃんが飛び膝蹴りでぶっ壊す話とか。
まぁ、いいや。気づいたら外が明るいことに絶望してます。 それじゃおやすみ。