4 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:00:30.77 JQ00XfL60 1/37


トゥルルルル

「はい」

「よぉ澪!明日の予定なんかある?クリスマスだし、パーティやろうぜー」

「…明日はバイトだ」

「バイトって…ケーキ屋の?」

「そう」

「YOUキャンセルしちゃいなよ」

「で き る か!明日は一年で一番忙しくなる日だぞ。帰れるのは多分0時回るだろうな。」

「終わってから来ればいいじゃん」

「あのな…そんな体力あるわけないだろ。25日も出ないといけないし。そういう事で無理。じゃあな」

「ちょ、ま」

ツーツーツー

切れた。やっぱりもうちょっと早めに言っておくべきだったかなー。
でもケーキ屋だし、どの道クリスマスイブにシフトを抜けるのは難しいかもしれない。
気を取り直し、次は梓にかけてみる。


元スレ
律「ムギとのクリスマスイブ」
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1293115741/

5 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:02:41.25 JQ00XfL60 2/37


トゥルルルル

「はいもしもし」

「よっ梓!明日の夜ヒマ?よかったらクリスマスパーティ」

「無理です」キッパリ

「即答だなオイ」

「明日はDLTのクリスマスライブがありますんで」

DLT…何の略かはわからないけど知る人ぞ知るインディーズバンドらしい。
大学生になってから梓はそのバンドに夢中になっており、私も何度かそのバンドの魅力について延々と話を聞かされたことがある。

「私とDLT、どっちが大事なの!?」

「DLTです、それじゃ」

ツーツーツー

最後の哀願もむなしくあっさりと切れた。
さて残るは…一番予定が入っていそうな人物にかけてみる。ダメでもともとだ。


6 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:06:42.03 JQ00XfL60 3/37


トゥルルルル

「もしもし」

「いよっ、ムギ!明日の夜予定とかある?クリスマスパーティやらないか?場所もなんも決まってないけど」

「明日…」

「やっぱ無理だよなー。ムギん家忙しいだろうし」

「うん、明日は父と一緒にパーティのホストをしないといけないから…あ、でも」

「ん?」

「もしかしたら…いけるかも。りっちゃん、またあとで電話してもいい?ちょっと父に掛け合ってみるわ」

「お、おお」

パーティのホスト役って凄いな。しかしそんな大役がある状況でおいそれと私が誘ってよかったんだろうか?
少し不安になった。
10分くらいたって携帯が鳴った。ムギからだ。

「りっちゃん聞いて!9時以降なら自由にしていいって!」

「おお…それはよかった」

電話越しでもムギが凄く喜んでいるのがわかった。思わず私も笑ってしまう。


10 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:14:22.44 JQ00XfL60 4/37


「みんなは来るの?」

「いんや、私とムギだけだ。場所どうしようか?ムギん家は当然無理だし…私の家も弟が友達誘うって言ってるからなー」

「別荘の予約も今からじゃとても…ごめんね」

「なんでムギが謝るんだよ。えーとそうだ、こっちで行けそうなレストランとか調べておくから…また明日電話するよ」

「レストラン?だったら私が…」

「いや、いいよ。ムギ忙しいだろうし。急な話でごめんな、また連絡するから」

さて。とりあえず近場の洒落たレストランから当たってみるか。

携帯と情報誌を駆使して調べていく。そして片っ端から電話をかけていった。その結果。

「はーやっぱどこもダメかー」

案の定、どこのレストランも予約でいっぱいだった。ホテル(ラブホ除く)にも一応当たってみたけど全滅。
というかファミリーレストランすら一杯ってどういうことだよ…恐るべしクリスマス。

気付けば時計の針は0時を指していた。
まるで試験でヤマが完全に外れてしまったかのような沈痛な気持ちになって、私はベッドに横になった。


11 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:17:10.54 JQ00XfL60 5/37


次の日の朝、私はムギに電話をかけてことの成り行きを説明した。

「スマンッ!私の見通しが甘かったようだ」

「いいのよ、気にしないで。やっぱり私が頼んだ方が」

「だーかーらーそれはダメだって!」

大学生になってからも、合宿の時しかりムギのお世話になりっぱなしだ。
こんなときまでムギに負担はかけさせたくない。

「今日は…その…私がムギをエスコートするからさ」

「ふふっ、なんだかデートみたいね」

デート?確かにエスコートなんて言葉が自然に出るってことは…そうなのかもしれない。
途端、私は顔が火照ってくるのを感じた。

「と、とりあえずだな、待ち合わせ場所決めようぜ!そうだな…なるべくクリスマスっぽいところで」

クリスマスっぽいところってどこだ、と自分で突っ込みを入れたくなった。


12 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:23:20.10 JQ00XfL60 6/37


「○○駅の広場はどう?あそこの周辺いろんなお店あるし、予約なくてももしかしたら入れるかも」

「○○駅かー。でも広場って言っても結構大きかったような」

「時計塔を目印にしましょ。時間はどうする?」

「私はいつでも。ムギのいい時間で決めてくれ」

「じゃあ10時でいい?9時まではパーティ出なくちゃいけないから…」

「それでいいよ。本当ごめんな、忙しいのに…」

「いいよ。だってクリスマスにりっちゃんと二人でいられるなんて凄くうれしいもの」

またそんなストレートな…ムギは時々唯以上に純粋な言葉を出すときがある。

「ハハハ、じゃあまた夜になー」

私は気恥ずかしくなり、言葉少なめに電話を切った。

そしてその日の夜。一年で一番恋人同士が二人きりになる夜。
あの電話の後も、色々と調べては電凸を繰り返したが結局撃沈した。
…エスコートするものとしては完全に失格だなこりゃ。私は軽く自嘲した。


13 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:26:55.91 JQ00XfL60 7/37


電車の中は予想していた通り、カップルだらけだった。
さすが一年で一番ロマンチックな夜は伊達じゃない。

そうこうしているうちに駅へ着き、改札を出る。

駅前の広場はクリスマスツリーが輝きを放っていた。
目印の時計塔はすぐに見つかった。時刻は9時55分を指している。
そして塔のそばに、彼女の姿があった。10時には間に合ったが、随分と待たせてしまったかもしれない。
私は急いで駆け寄った。

「ごめーんムギ、待たせ…」

不意に私の言葉が止まってしまった。
クリスマスツリーのイルミネーションを背景にして照らし出されたムギの姿に思わず見惚れてしまう。
シックで落ち着いた雰囲気のマフラー、黒のモノトーンのピーコート、チェックのスカート、
ベージュ色のロングブーツ…一見カジュアルなようでいて上品さを感じさせる恰好。

そして輝くようなブロンドの髪、透き通るような青い瞳…その容貌はとても美しく、神々しさすら覚えた。

例えていうなら、まさに天使のようだった。


15 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:32:19.72 JQ00XfL60 8/37


※律ビジョンです
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:::.:::.:::.:::.:::.:::.:::.:::リ      ノ |  | ,ィfう圷^    fう゚jト 小/|:::.:::.:::.:::〇:::.:::.:::.:::.:::.:::.:::.:::.:::.::ミ     。  X:::.:::.:::.( ):::.:::.:
::.::.::.::.::.::.::.::.::.::/.′     /´ `|  |. Vぅツ     ヒ.シ .'  i :|::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.o::.::.::.::.::.::.::X + o ℃  ミ::.::.::.::.::.::.::.::.
::.::.::.::.::.:o::.::.::.:i }    八( i|  | ..:::::::     .::::. iハ  :|::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.ミ   ◇   o  X::.::.::.::.::.::.::.
:: :: :: :: :: :: :: ::.| '、  '.    丶 j   '.          ′   :.:|  |:: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: X  ( )   +  。  ミ:: :: O:: ::
:: :: :: :: :: :: :: ::.乂\ ヽ ___八  ヽ     、  ,   人:|  i:: :: :: :: :: :: :: :: :: ◯:: :: :: ミ x  o £  c 〇 X:: :: :: :: :
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:. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :..}: : : : : ---: : : : : : : : : : : : : ≧、__ン:. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :. :. ミ  +  ° O    C  .X:.゚:. :. :
: . : . : . : . 。    ノ<: : : : : : : : : : : : : ー-: : : .、: : : : }     : . : . : .o: . : . X  o  〇    × 。 O  ミ: : : :
. . . . . .       }: : : >--──- 、: : : : : : : : : : ーく         : . : . : . ミ  ◇  o ⊿   0  o   X: : :
. . . .  ○     ノ: / |::.::.::.::.::.::.::.::.\: : : : : : : : : : : }     o     : . : .X  %  o  0  + ° ○ 。  ミ: :
          }/ ′j::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.\>‐-、: : :.〈
     o    /  ,'  .八::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.:.ヽ::.::.::.i`¨7ヘ         〇
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        /  /  /::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.:.ヽ丶::.::.∨\
  〇     /  /  /}::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::..V \::.>、.丶
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      , ′ /  .'  :|::.::.::.::.::.:..ヘ::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.::.:.ヽ  \::.::.. ヽ
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16 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:33:47.46 JQ00XfL60 9/37


私が見惚れてポケーっとしていると、ムギがなにやら心配そうな表情で見つめてきた。

「大丈夫?りっちゃん」

「ん?お、おお!ごめんごめん、かなり待たせちゃったかな」

「ううん、私も今来たばっかり。それにしても…」

「?」

「りっちゃん、最近ますますかっこよくなったわね♪」

「ぶっ」

思わず噴出してしまった。

「やっぱカチューシャつけたほうがよくないか?」

先月の唯の誕生日会で罰ゲームでカチューシャをはずして以来、ずっとそのままの状態だった。
みんな曰く、「そっちのほうがいいから」ということらしい。私も冬場は前髪を下ろしたほうが寒くないので別にいいかと思っていたけど。

「ダメよりっちゃん!前髪はりっちゃんのシンボルなのよ!」

何か急にムギのテンションが上がった気がする。

「はぁ、左様でございますか…。と、それじゃどこ行こっか。ずっとここに居るのもなんだし」

「りっちゃんに任せるわ♪」

「よーし任された!ついてこーい!」


18 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:36:22.36 JQ00XfL60 10/37


と威勢良く大手を振って駅前周辺を歩いてみたものの…どこの店も人が一杯だったり、
空いてる店に入ってみても時間が遅いため既にラストオーダーが終わっていたり…。

(う~ん参ったなこりゃ…もうこうなったらファーストフードで…
いやいやいくらなんでもそれはやっぱりムギに失礼だろ!しかしこのまま寒い中歩き回るのもなぁ…。ってん?あれは?)

ぐるぐると色々な思考が駆け回っているとき、ふとでかいボウリングのピンが目に飛び込んできた。

(ボウリング場か…オシャレとは全く無縁だけど、ふむ、デートするにはなかなかいいところ…ってデートじゃないだろ!
いや、一人で突っ込んでる場合じゃない、ともかくあそこにはゲーセンもあるし食べるところもあるはず。よし!)

「りっちゃんどうしたの?さっきからブツブツ聞こえるけど」

「ムギ、ボウリングやったことある?」

「ボウリング?あの球を転がしてピンを倒すアレ?」

「そうそう、それそれ」

「ないわ。ボウリング場に行った事すらないもの」

「そっか、じゃあ今から行こうぜー!ついてこーい」

「わわ、りっちゃん待って」


20 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:39:30.16 JQ00XfL60 11/37


そして歩くこと数分、ボウリング場についた。
混んでるかなと思ったけど全然そんなことはなく、客はまばらだった。
ふと時計を見る。10時40分を指している。

「終電まで2時間くらいか…ムギ、何ゲームにする?」

「ゲーム?」

「あ、そっか。えーっとゲームっていうのはボウリングで言う試合数みたいなもんで…」

「りっちゃんにお任せするわ」

「じゃあ、とりあえず2ゲームな」

受付をすませ、シューズを借りる。

「この機械にお金を入れると、靴が出てくるんだ」

「それは画期的ね!」フンス

目をうるうるさせながらムギが答える。
ムギはとても好奇心旺盛で、一緒に居ると私も楽しくなる。
そういえば高校のときも駄菓子屋で凄く喜んでたなぁと、ふと昔を思い出した。


21 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:41:12.26 JQ00XfL60 12/37


「ムギー、いけたか?」

「うん、ちょっと窮屈だけど大丈夫」

「…」

「どうしたの?」

「それ、サイズいくつ?」

「22.5だけど…」

「ちっさ!」

「りっちゃんは?」

「25.0」

「…りっちゃんて意外と」

「うるへー!それ以上いうなー!」

私はどことなく居たたまれない気持ちで、ムギとレーンへ向かった。


22 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:43:32.85 JQ00XfL60 13/37


次にボールを選ぶ。私は9ポンドのボールを選んだ。

「ん~」ヒョイ

「…」

「んー?これもダメね」ヒョイ

「あのー…ムギさん?」

「これも軽すぎるわ…」ヒョイ

「もしもーし」

ムギは色々な重さのボールを片っ端から持ち上げている。
普段から滅茶苦茶重いキーボードを軽々携えているムギにとってはどのボールもしっくりこないような気が。

「これもいまいち…あれ?これ以上のものはないのかしら」

「確かそれが一番重かったはず」

「そうなの…すみません、これより重いのってありますか?15キロくらいのやつ」

店員「え?いやそれは」

「店員さんを困らすなー!すいませんすいません」


23 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:46:40.63 JQ00XfL60 14/37


そしていよいよゲームスタート。先攻は私だ。

「ではとくと見よ!この田井中律必殺のスペシャル投法を!」

「キャー!りっちゃんかっこい~(必殺?)」

「おりゃ!」

レーン真っ直ぐめがけて勢いよく投げた。途中少しコケそうになったのはさておき、
フォームはなかなか様になっている…と思う。がボールは無常にも左へ曲がり…。

スコーン

「あれ?」

1ピンだけ倒れた。

「おかしいな、ではもう一度!必殺スペシャール…」

ゴトン

ボールは美しい弧を描いて溝に落ちた。ガーター。

「…」

「…」


24 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:49:23.38 JQ00XfL60 15/37


「ま、まぁこういう時もある!はい、次いってみよー次!」

「そ、そうね!えっとあの遠くにあるピンを全部倒したら勝ちなのよね?」

「勝ちっていうか…とりあえず全部倒すのが一番ベストではある!」

「よぉし、がんばるぞ~」

16ポンド(一番重いやつ)をブンブンと振り回すムギさん。
あの、危ないのであんまり近くでやらないでください。
てか駅前の広場で見たあの神々しいまでの姿はどこに行ったんだろうか。

「琴吹紬、いきまーす!」

「がんばれームギー」

「それっ!」

まるでソフトボールでもやってんのかと突っ込みたくなるフォームで投げられたボールは
左へ一直線に進んでいく。
その直後、聞いた事がないような音がしたと思ったら、ボールは溝を乗り越えて隣のレーンへ突っ込んでいった。
そして見事ピンが全部倒れた。

「」

「」


25 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:52:31.56 JQ00XfL60 16/37


「やったー!全部倒したわりっちゃん!」

「…って隣のレーンのを倒してどーする!すいませんすいませ」

隣の人たちは唖然としていた。そりゃそうだろう。しかしなんという怪力、恐るべしムギ。

「うーんまずはフォームからだな。腕はぐるぐる回さなくていいからさ、もっとこう…自然に」スッ

「こう?」グルッ

「いや、こう。自然に振り下ろす感じ」スッ

「こうかしら?」グルグル

「だーから回さんでいいっての!ちょっと貸してみ」

ムギの腕をとる。同時になんだかとても甘い香りがした。
シャンプーの様なチープなものではなく高貴さを連想させる芳香。
なんだこれは…ムギが放つフェロモンだろうか。私はムギに密着したまま恍惚に浸り思考を停止していると

「あの…りっちゃん?」

「はひ?」

「なんだか恥ずかしいわ…」

「おお、スマンスマン!いいかーボウリングで一番大事なのはフォームであって…」

危ない、これで本日二度目だ。気をつけなくては。


29 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 00:55:38.57 JQ00XfL60 17/37


「よし、では仕切り直しだ!幸運を祈る」

「琴吹紬、いきまーす!」

今度は教えたとおりのフォームで放たれた。ボールは凄い勢いで真っ直ぐ転がっていく。
おお…失礼かもしれないがとても女の子が投げたとは思えん。
そして次にはガコン!という大きな音と共にピンが全部吹っ飛んでいった。

「すげー!ストライクだ!」

「りっちゃんのおかげよ!ありがとう」

イエーイ、とハイタッチを交わしたはいいものの、なんか機械の様子がおかしい。
ピンは回収されず、転がったままだ。嫌な予感がする。

「すいませんすいません、本当にすいません」

「申し訳ありません…」

店員「いえいえ…」

どうやら勢いが強すぎて機械が故障したらしい。復旧には時間がかかるということなので私たちは違うレーンを使わせてもらうことにした。

「…手加減の方よろしくお願いします、ムギさん」

「わかりました」

この後ゲームは順調に進んでいき、あっという間に2ゲームが終わった。


30 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:00:01.13 JQ00XfL60 18/37


私は最初はガーターを出したものの、
その後スペアを結構取ったのでスコアは両方とも120を越えた。
一方ムギは…コツをつかむと途端にストライクを量産し、
2ゲーム目ではなんと200を越えた。そんなアホな。
本当に初めてなんだろうか、と私は思った。料金を払った後、受付を後にする。

携帯の時計を見る。時刻は夜の11時30分。

「ムギは大丈夫なのか?あんまり遅いと親御さん心配するんじゃ」

「大丈夫よ。一応父には朝まで出かけるかもって伝えてるから…。駅前にはタクシーもあるし」

「そっか、ならいいんだけど。じゃあ次は…これやろうぜー!」ビシッ

「卓球?あの修学旅行のときに旅館でやったやつね!」

「懐かしいよなぁ。あの時ムギとは試合できなかったからさ。フフフ、私の腕前とくと見るがよい!」


31 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:03:40.89 JQ00XfL60 19/37


そういうわけで今度は卓球をやることに。台の前で対峙する。まずは私からのサーブ。

「くらえー!田井中律秘伝のミラクルサーブ!」ピンポン玉を高く放り上げ、そして…。

ブンッ。スカった。

「…」

「…」

「い、今のは無し!くらえ、普通のサーブ!」

(りっちゃんかわいい…)キュン

コンコン、と長いラリーが続く。卓球はパワーよりも反射神経がものをいうからムギはあまり得意じゃないと思ったけど。

「…ムギ、なかなかやるな!」

「ええ、りっちゃんこそ!」

私が弾いた玉はムギの目の前で高く跳ね上がる。まずい、ムギにとっては絶好のチャンスだ。


34 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:05:49.17 JQ00XfL60 20/37


「それーっ!」

強烈なスマッシュ。

「ってうぉい!」

ノーバウンドでこちらへ飛んできた玉をなんとかかわす。玉はそのまま超高速で壁にぶつかった。

「あのー…なんか割れてるんですが」

見るとピンポン玉は綺麗に二つに割れていた。

「え…なるべく強く弾き返したら点になるんじゃなかったかしら?」

「どこのローカルルールだ、それはっ」ポカッ

「あいたっ」

思わずツッコミを入れてしまったけど、普通にこれは危ないと思うぞ、割とマジで。
その後きちんとしたルールを教え、私たちは卓球を楽しんだ。


41 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:15:47.94 JQ00XfL60 21/37


そして私たちは場内で軽く食事を取った。
結局ファーストフードになってしまったけど、ムギは気にしていないようだった。

「あ~面白かった。さーて、これからどうするかな」

「ねぇりっちゃん、駅前に戻らない?私もう一回あのツリーを見たいの」

「そうだなー。体動かしてばっかりだと暑いし、ちょうどいいかも」

ボウリング場を出て駅前へ戻る。時計塔は既に0時45分を指している。
終電も終わったせいか、ほとんど人は居なかった。
待てよ…終電が出たら駅は閉まるよな。やばっ、まずい!

「ごめんムギ、ちょっとベンチに座ってて!すぐ戻るから」

「え?うん…」

私は駅へ向かってダッシュする。見ると入り口では駅員がシャッターを閉める準備をしているではないか。

「すいませーん!ちょっとだけ待ってください!」

駅員「?」

「ロッカーに忘れ物しちゃって…すぐ終わりますんで!」

駅員「いいですよ、どうぞ」

「恩に着ます!」ビシッ

私は急いでロッカーからある物を取り出した。


43 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:19:38.69 JQ00XfL60 22/37


その後ムギのところへ戻る。

「はぁ…ち、ちかれた…」

「大丈夫?」

「オーケー、オーケー。ではムギ、これを受け取ってくれ」

私はベンチに腰を下ろし、持ってきた大きな箱を差し出す。

「これって…」

「いいから。開けてみて」

「うん」

ムギがリボンの包装を解き、箱を開けると中から現れたのは大きなクマのぬいぐるみ。

「わぁ…///」

「メリークリスマス、ムギ!」

「すっごくかわいい…。ありがとう、りっちゃん!」

「どういたしまして。喜んでくれて何よりだよ」

実は今日、時間的にはもう昨日だけど、レストランへの電凸ラッシュをする一方で
ムギへのクリスマスプレゼントをギリギリまで選んでいた。
悩みに悩んだが、ムギに似合うようなかわいいものが良いと思ってぬいぐるみにした。


44 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:24:24.42 JQ00XfL60 23/37


さかのぼること12時間ほど前-----------
~~~~~~~~~~

『しかしぬいぐるみと言ってもどこで買おうか…お、あれは』

家の近くの表通りを歩いていて、偶然にも目に入ったのは一軒のアンティークショップ。
おもちゃ屋で買うのは少しチープな感じがするし、試しに入ってみようか。

『こんちはー』

扉を開けると中は思ったよりも広く、中には家具やら絵画やら食器やら様々な物が陳列されていた。

店の主人『やぁ、いらっしゃい』

店の奥には白い髭をたくわえた初老の男性が椅子にもたれかかって座っていた。

『すみません、ぬいぐるみって置いてありますか?』

主人『あるよ。需要があまりないから店の奥に何個か眠っているが…どんなぬいぐるみがいいんだい?』

『えーっと…かわいらしい感じのやつ』

主人『そりゃまた抽象的だねぇ…とりあえず一度全部持って来ようか?』

『お願いします』

5分後、店の主人が戻ってきた。


45 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:26:48.19 JQ00XfL60 24/37


主人『待たせて悪いね。これで全部だ』

『へぇー色々あるんですね…あ、これいいかも』

私はその中でも一番大きな、クマのぬいぐるみを手に取った。

主人『なかなかお目が高いね。このぬいぐるみはね、作った会社がなくなったから今はもう現存する数も限られている品なんだ』

『そうなんですか。それにしてもかわいいな、…いくらぐらいするんですか?』

主人『そうだね…○○円くらいかな』

途端、私の体に電撃が走った。ぬいぐるみとは到底思えないような額だった。
だが私にはもはやそれ以外にはムギへのプレゼントとして考えられなかった。

『…△△円くらいになったりは…しませんかね?』

主人『』

アンティークショップで値引きを頼む人はそういないと思う。でもどうしても欲しかった。

『おねがいしますっ!』

主人『わかった、△△円でいいよ』

『ありがとうございます!』

私は店の主人がサンタクロースのように思えた。白い髭のせいもあるけど。
~~~~~~~~~~


46 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:30:23.36 JQ00XfL60 25/37


そういう経緯で手に入れたこのぬいぐるみ。

ちなみに事前に用意してあったプレゼント交換会用のヒゲ眼鏡は弟にあげた。

「本当にありがとう…。一生の宝物にするわ!」

「ハハ…大げさだな」

ムギの喜びっぷりを見るとなんだかとても照れくさくなる。
ムギは高校のときからそうだ。いつも純粋で純真で…感情をストレートに表現する。
私はそんなムギの嬉しそうな顔を見て、とても幸せな気持ちになった。

「あっ、でもごめんなさい…私何も用意してなくて」

「別にいいって。私へのプレゼントは、ムギの笑顔だけで十分だから」

「…///」

正直、ちょっとクサイと思った。けど本当のことだからしょうがない。
そしてしばらく二人でベンチに座ったまま、クリスマスツリーのイルミネーションの輝きを眺めていた。


48 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:33:34.06 JQ00XfL60 26/37


広場には私たち以外にはもう誰もいなかった。

「タクシーもどこかいっちゃったね…」

「ムギなら電話すればすぐに誰か来るんじゃないか?」

冗談めいた口調で言う。

「流石にみんな寝てるんじゃないかしら…」

「そっか。ま、でもボウリング場は朝までやってるだろうし…始発まで待つのも手だな」

「そうね」

ヒュウ。急に風が吹いた。

「うぉ、さむっ…。あれ?これって…」

ひざに付着した氷の粒に気付き、ふと空を見上げると…雪が降っていた。

「すげー…」

「綺麗…」

光に照らされて降り注ぐ雪はキラキラと輝いていて、とても美しかった。


49 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:35:45.26 JQ00XfL60 27/37


「まさにスノークリスマス、だな」

「それをいうならホワイトクリスマス、ね」

「そうともいう」

「そうとしか言わないって…ふふ」

「しかしさみーなー…雪は綺麗だけど」

「こうすればあったかいよ。りっちゃん」

「!?」

ムギは私の腕を取り、こちらへもたれかかってきた。

「おいおい…」

顔が近い上に体もぴたっと密着しており、更にはムギの「女の子」の香りが私を困惑させる。
ドキドキドキ…心臓が高鳴る。なんで私はこんなに動揺してるんだろう?


50 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:37:39.94 JQ00XfL60 28/37


「うふふ、私たちまるで恋人同士みたいね♪」

「な、なにをいっているんだねムギくん」

「だって今日のりっちゃん…すごくカッコよかったよ?」

「…///」

「知らないことも沢山教えてもらったし…もう思い残すことはありません」

「またそんな大げさな…」

雪は止むことなく降り続いている。私たちは無言のまま、しばらくそのままでいた。

ムギの体温を感じる。とても暖かい。私は、このまま時間が止まればいいのに、と思った。


51 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:39:55.94 JQ00XfL60 29/37


「…りっちゃん」

幸せな静寂の時間を破ったのはムギだった。
ムギは腕を放し、私と向き合った。

「伝えないといけないことがあるの」

「?」

なんだろう、改まって。ムギは何だか真剣な表情をしている。

「実は私…4月からアメリカで暮らすの」

「……へ?」

いきなりのことでなにを言ってるのかよく解らなかった。


54 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:44:50.56 JQ00XfL60 30/37


「アメリカに行ったら…もうほとんど日本に戻ることはないと思う」

え?どういうことだ?

「留学するのか?」

「いいえ、違うの。私の父は仕事の拠点を日本からアメリカへ移す計画を立てていて…
私は琴吹の家を継ぐためにアメリカへ行かないといけないの」

「それって…どういうことだよ…」

「ごめんなさい…」

さっきまで暖かかった体が一気に冷たくなる。なのに頭の中はぐるぐると混乱し、熱を帯びている。

「なんで…今まで言ってくれなかったんだよ!」

責める気持ちはないのについ強い口調になってしまう。

「ごめんね…怖くて言えなかった…」

それは解る。今までの関係が終わってしまうことを恐れているのは何よりムギ自身だ。
少なくとも私は、ムギが5人の中で一番メンバーの“つながり”を大切に思っていると感じている。
でも…急にそんなことを言われても、私にはどうすればいいか解らないよ。


57 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:49:03.85 JQ00XfL60 31/37


「うう…」

「りっちゃん…ごめんね」

私はほとんど涙目になり、ずっと下を向いていた。

「ほんとに、ほんとにごめんなさい…」ヒック

ムギはずっと謝っている。ムギは何も悪くないのに、私はかける言葉を見つけられない。

「ひっく、うえええええええええん…!」

ムギは泣いていた。その声は、誰も居ない広場で夜の帳を裂くように響いた。

「泣くなよ…」

自分も泣いているくせに。

「だって、だって…。うえぇぇん」

「私たち、もう二十歳なんだぜ?泣くなんてカッコ悪い…」


58 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:52:10.06 JQ00XfL60 32/37


涙は止まらない。でも私はムギの泣く姿をこれ以上見たくなかった。
だから、本能的に体が動いた。

私は、ムギを思いきり抱きしめた。

「りっちゃん?」

「ごめん、ムギ。一番つらいのはムギなのに…私なにやってんだ」

「…」

「決まったことはもう…仕方ないと思う」

「りっちゃん…」

「ただ一個だけ、ワガママを言ってもいいか?」

「なに?」

「今はずっと…こうしていたい」

「いいよ、りっちゃんが望むならいつまでも」

「ありがとう」

私たちはずっと…抱き合っていた。
雪が降り注ぎ、ツリーのイルミネーションが輝く幻想的な光景の中で、私たちはただ、抱き合っていた。


59 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 01:55:24.92 JQ00XfL60 33/37


----気付けば、駅には明かりが灯っていた。始発の時間だろうか。

「なぁムギ」

「なに、りっちゃん」

「どんなに離れても、一緒だからな」

「なんか…カッコいいねそれ」

「自分でもそう思った」

「なにそれ」

二人で小さく笑いあう。


60 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 02:01:06.63 JQ00XfL60 34/37


「どうせだし、これ合言葉にしようぜー」

「合言葉?」

「そう。二人だけが知ってる秘密の言葉」

「わぁ。素敵ね」

「ムギがアメリカ行く日に、私が合言葉ーっていうからさ。そしたら二人でさっきのを言うんだ。
たぶんみんな変な顔するだろうけど」

「でもすごくおもしろそう。じゃ、約束ね」

「ああ、約束」

私たちは指きりを交わす。ムギの手はとても暖かかった。


61 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 02:07:08.53 JQ00XfL60 35/37


-------そして月日は流れ…。
ムギが旅立つ日、空港のターミナル。

「うぇぇ、ざびじいよおおお」

「唯先輩、泣いてる場合じゃないです!ほら、ムギ先輩行っちゃいますよ!」

「向こうでも、元気でな」

「幸運を祈る!」

「みんな、ありがとう…それじゃ」

ムギはスーツケースを手に歩いていく。そして私は。

「ムーーーギーーーー!」

「?」

ムギが振り返る。だってこれは約束だから。


63 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 02:09:34.87 JQ00XfL60 36/37


「あ い こ と ば !!」

ムギはコクンと頷いた。せーの。

「どんなに離れても、一緒だから!!」

私たちは互いに微笑む。

「はじけてこーい!」

「うん!!」

ムギは駆け出していった。私たちの知らない場所へと。
でも大丈夫、離れていても私たちは一緒なんだ。

「なんですか?今の」

「さあ?」

「ううう…おおお…」

「まだ泣いてるのか…」

(ムギ…がんばれよ)


64 : 以下、名... - 2010/12/24(金) 02:15:21.26 JQ00XfL60 37/37


ムギが日本を去って以来、私たちはメールやチャットでやりとりをしている。

「姉ちゃんそろそろどいてくれよー」

「うるへー!勉強でもしとけ!」

…弟のパソコンだからあまり長い時間はできないけど。

アメリカへ行った後、色々大変らしい。
向こうの英語はイギリス英語と違って聞き取りにくい、とか。
日本人なのに外国人と間違われる、とか。そらあの容姿だもんなぁ…。

この前はホットドッグ大会に出た時の画像が送られていた。
ずっと前に「私、ホットドッグ大会に出るのが夢だったの~」とか言ってたけど、本当にやるとは…恐るべし。
こうしてムギと会話をするのが今や私の大きな楽しみとなっている。

だってムギは私にとってとても大切な人だから。
これまでも、そして…これからも。

おしまい!


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