関連
曜「神隠しの噂」【前編】
曜「神隠しの噂」【中編】


214 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:00:25.80 WJ3m1kFK0 214/323



    *    *    *





理事長室に到着して、全員が入室したのを確認してから、鞠莉ちゃんが扉を閉めようとしたら、


聖良「あ、鞠莉さん。そのままで少し待ってもらえますか?」

鞠莉「え?」


何故か、聖良さんに止められる。

そのまま、5秒……10秒……。


鞠莉「……ねえ、閉めちゃだめ?」

聖良「……もう、閉めていいですよ。ただ、ゆっくりお願いします」

鞠莉「……? わかった」


聖良さんの許可が下りて、ゆっくり扉を閉める。

……何、今の?


理亞「それで、何が起こってるの」


それはそれとして、とでも言わんばかりに、早速、理亞ちゃんが話を切り出してくる。


聖良「理亞、焦らない」

理亞「だって……!」

聖良「まず、事実の確認からしましょう。お二人とも、ルビィさんのことを覚えているということでいいんですか?」

鞠莉「いいえ。わたしは、そのルビィちゃんのことは知らないわ」

理亞「な……!?」

「覚えてるのは私だけなんだ」

鞠莉「わたしは曜に聞いて、おかしいことに気付いたってところかしら……」

「数日前までは、皆、顔と名前が一致しない、くらいだったんだけど……今日見た感じだと、ルビィちゃんの存在ごと忘れちゃってる感じだったよね……」

聖良「なるほど……かくいう私も、ルビィさんのことは存じ上げていなくて……」

理亞「え」

聖良「ただ、理亞が嘘を言っているとも思えない……。となると、自分の記憶を疑うべきかと思いまして」

鞠莉「……真っ先に、そんな発想になる?」

聖良「鞠莉さんが曜さんの言葉を信じたように、私も理亞の言葉を信じただけですよ」

理亞「ね、ねえさま……!」


あまりに察しが良すぎるとは思わなくもないけど……聖良さんって、確かに見透かしたところがあるし、出来そうと言えば出来そうではある。

どっちにしろ、協力してくれるなら、助かるし、そこを疑う理由もないか……。

215 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:04:55.57 WJ3m1kFK0 215/323


聖良「理亞は覚えているようですが……Aqoursの中では、曜さん……それと、ダイヤさんと花丸さんが忘れかけという状態なんですか?」

鞠莉「ええ、そうだと思う。わたしたちも確認しようとしてたところだったんだけど……二人の様子はあなたたちが見た通りよ」

「二人とも、最初は引っかかってたって感じだったけど……少ししたら苦しみ始めてたよね」

聖良「……恐らくですが、外因的な力で無理矢理記憶を消されかけていて……それに抗うように思い出そうとしたから、負担が掛かって、強い頭痛に襲われたんじゃないでしょうか」

鞠莉「見た通りなら、そんなところかしらね……。わたしも聖良と同意見かな」

聖良「ただ、問題はそこではありません」

「……?」

鞠莉「……なんで、曜なのかってことかしら」

「え……?」

聖良「はい……。ダイヤさんは親族ですから、納得が行きます。花丸さんも……ルビィさんへの記憶に強い執着が見えました」

理亞「うん、花丸は親友だって、前にルビィが言ってた」

聖良「……失礼を承知で言いますけど、曜さんはそれに匹敵するほど、ルビィさんと仲が良かったんですか?」

「うーんと……。……まあ、同じCYaRon!だし、衣装はよく一緒に作ってたから、仲は良いとは思うけど……花丸ちゃんよりも上かと言われると、さすがに……」

鞠莉「それを言うなら、理亞ちゃんもじゃない?」

理亞「な……そんなことない」

「でも、理亞ちゃん、ダイヤさんとか花丸ちゃんと違って、完全に覚えてるんだよね」

理亞「当たり前。忘れる理由がない」

鞠莉「あら~♪ Loveだね~♪」

理亞「!?/// そ、そういうわけじゃ……!///」

鞠莉「でも、ルビィちゃんのお姉さんのダイヤや、親友だっていうマルよりも深く覚えてるんでしょ? 理亞ちゃんはルビィちゃんのことが大好きで大好きで堪らないってことじゃない♪」

理亞「ち、違う!!///」

「鞠莉ちゃん……その辺で」


理亞ちゃんが面白いことになってるのはわかるけど、話が本筋からズレてる。


聖良「別の条件があるか、複数の条件があるか……」

鞠莉「確かに傾向として、ルビィと近しい人間ほど、影響を受けていないっていうのはありそうよね。例外が居るだけで」


例外、つまり私のことだと思う。


聖良「あとは……物理的な距離、でしょうか」

鞠莉「物理的な距離……住んでる場所ってこと?」

理亞「でも、ねえさまは覚えてないんでしょ?」

聖良「そうですね……。ですから、ルビィさんと近しくて、物理的な距離が遠かった理亞は、記憶の改竄から逃れられたんだと思います」

鞠莉「Hmm...? ……まあ、理亞はAqoursとはいろいろ条件が違うからいいとして、結局曜は? 内浦の方だけに効果があったんだとしたら、善子が覚えてないことが説明出来ないわ」

聖良「……正直、検討も付きませんね。曜さん、最近ルビィさんと、何か重要なこととかを話したりしていませんか?」

「じ、重要なこと……?」

鞠莉「えらくAboutな質問だネ……」

「具体的には……」

聖良「そうですね……。精神状態や、健康状態、人間関係……の話でしょうか。事象的に密接なのはこの辺りだと思うので」

「うーん……」


ルビィちゃんとした、話……ルビィちゃんと……。

──『……ホントはね、すっごく寂しいの……。ルビィだけのお姉ちゃんが……千歌ちゃんに取られちゃったみたいで……』──

216 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:06:14.66 WJ3m1kFK0 216/323


「……あ!」

鞠莉「何か、心当たりがあるの?」

「関係してるかはわからないけど……ルビィちゃん、ダイヤさんとの距離感について……ちょっと悩んでた」

聖良「もうちょっと具体的に」

「あ、いやー……」


この話……勝手に人にしていいのかな。


鞠莉「まあ、人の悩みは勝手には言いづらいとは思うけど……」

理亞「曜さん……お願い」

「…………」


まあ、事態が事態か……。ごめんね、ルビィちゃん。

心の中で謝って、私は話すことにした。


「ダイヤさん……まあ、その……恋人が出来たでしょ?」

聖良「はい」

理亞「え……そ、そうなの……?」

鞠莉「へぇ……聖良は知ってたんだ」

聖良「まあ、いろいろありまして」

鞠莉「……ふーん」

理亞「そ、そうだったんだ……恋人……///」


理亞ちゃんの反応が可愛い。まあ、それはともかく続けよう。


「それで、まあ……その恋人にダイヤさんを取られちゃったみたいで寂しいって……」

理亞「ルビィ……そんなこと思ってたんだ」

聖良「……なるほど。それは確かに人間関係の悩みですね」

鞠莉「でも、これが今回の話に関係してるのかしら……?」

聖良「それはわかりませんけど……もしかしたら、直近で相談をされていた、というのが記憶が薄れにくくなる条件だったのかもしれません」

「……まあ、ダイヤさんや花丸ちゃんだったら、相談事もされてるか……」


そして全員の視線が、理亞ちゃんの方に集まる。


理亞「……え!?」

鞠莉「理亞ちゃん。ルビィちゃんから、何か悩みを訊いたりしたことある?」

理亞「まあ、あるけど……電話でよく話してるし」

聖良「曜さん、その話を聞いたのはいつのことかわかりますか?」

「えっと……先週の土曜かな」

聖良「なるほど。……直近がどの程度の期間を指すのかはわかりませんけど、最近相談を受けた人ほど忘れないという説はありますね」


聖良さんがそんな形でまとめるけど、


鞠莉「Hmm...」


鞠莉ちゃんは唸り声を上げる。

217 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:10:50.24 WJ3m1kFK0 217/323


聖良「納得行きませんか?」

鞠莉「……なんかしっくりこないのよね……なんか条件って言う割にふわふわしてるというか」

聖良「確かに……仮説の域は出ませんが……」


二人が、仮説について話し合う中、


理亞「……忘れてない人の条件ってそんなに重要?」


理亞ちゃんが二人の会話に割って入った。


「ん……どういうこと?」

理亞「結局忘れてない人が居て、その人がルビィを助ける意思のある人。忘れちゃった場合は他の人から事情を聞かないと協力しようがない人。それ以上のことじゃない気がする」

鞠莉「……まあ、それはそうかもしれないわね」

聖良「確かに……存在そのものを忘れてしまう以上、その条件そのものを知ったところで、収穫は少ないかも知れませんね。そこから覚えている人を割り出して、協力者を増やすことは出来るかもしれませんが……」

理亞「重要なのは、どうやってルビィを見つけるかじゃない? 人が増えたところで、方法がわからなかったら、意味ないし」

聖良「……理亞の言うとおりですね。この話は一旦ここまでにしましょう」


話が次に移る。


「……じゃあ、どうやってルビィちゃんを見つけるか、だね」

鞠莉「って、言ってもね……消えた人間を探し出す方法……」

理亞「……まず、なんで居なくなったのか」

聖良「そうですね……。原因がわかれば、対策もありそうなものですが……」

鞠莉「原因……やっぱり、アレかな」

聖良「……アレとは?」

鞠莉「……最近、近くの海で、昔からある、嫌いな人を消しちゃうおまじない……というか、呪いの痕跡みたいなのがあったのよ」

「…………」

聖良「呪い……呪術ですか」

理亞「ルビィが誰かに呪われたってこと?」

鞠莉「ただね……その痕跡からして、その呪い自体は手順が間違ってたから、恐らく効力はないって話だったんだけど……」

聖良「間違っていたというのは、どういうことですか?」

鞠莉「供物って言うのかな……? 魚を使う呪いらしいんだけど、本来淡水魚を使うところで、海水魚を使ってたらしいのよね」

聖良「……もしかして、それが原因では?」

鞠莉「? いや、だから、間違ってたから効力はないって……」

聖良「いや、逆です」

鞠莉「逆?」

聖良「……手順を間違ったことで、本来呪いを掛けたい相手への効力は発揮されなかった。……ですが、そういう儀式はデリケートなものが多いのではないでしょうか」

鞠莉「……? 何が言いたいの?」

聖良「失敗したことによって……本来向くべきでない方向に、効力を発揮してしまったんだとしたら?」

「本来向くべきでない方向……?」

聖良「例えば……呪詛返しのように、術者本人に跳ね返ってしまうような……」

「え……」


それって、つまり……。


理亞「それは絶対にないっ!!」

218 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:13:23.37 WJ3m1kFK0 218/323


だが、理亞ちゃんが、聖良さんの意見に立ち上がりながら、反論をする。


理亞「ルビィが人を呪うなんて、絶対にありえない!!」


そう、失敗した呪いが跳ね返るというなら、それは即ちルビィちゃんが呪いを行ったということになる。


聖良「可能性の話よ、理亞」

理亞「そんな可能性絶対ない!!」

鞠莉「理亞ちゃん……落ち着いて。……呪いが本来掛かるべきじゃない人に掛かることがあるのはわかった。でも、理亞ちゃんの言うとおり、動機がないとそんなことしないんじゃない?」

聖良「……大好きな姉を奪われたというのは動機になり得ませんか?」

「…………」

理亞「ねえさま!!」

鞠莉「……まあ、それは」

「──私もルビィちゃんは、呪いはやってないと思う」

鞠莉「? 曜……?」


急に口を挟んできた私を見て、鞠莉ちゃんが不思議そうに私の顔を見つめてくる。


聖良「理由は?」

「ルビィちゃんは泳げないし、釣りも得意じゃないから、魚を手に入れる方法がない」

聖良「なるほど……不発したであろう、呪いの痕跡自体、ルビィさんが用意出来るものではなかったと」

理亞「それだけじゃない。ルビィはそんなこと絶対にしない。しようとも思わない。仮に思っても、絶対に実行できない」

聖良「理亞……だから、これは可能性の話で……」

理亞「だから、そんな可能性、最初から1ミリもない!!」

聖良「……。……そこまで言うなら、ルビィさんが呪いを行ったという可能性は外しましょう」

鞠莉「……となると、あとは……他の誰かがやった呪いのとばっちりを受けたとか……?」

聖良「呪いが正しく機能している線が薄いなら、そうなりますかね……」


一瞬、聖良さんが、私の方をチラリと見てくる。


「? なんですか?」

聖良「いえ……。……この場合なら、一応ですが、呪術を行った本人がわからなくても、ルビィさんを助ける方法があるかもしれません」

理亞「!? ホント!?」

聖良「もし、ルビィさんが本当にただ、とばっちりを受けたのだったら……ですけど」

鞠莉「どうするの?」

聖良「簡単です。ルビィさん本人に御祓いを受けてもらえばいいんです。本来掛かる理由がないのであれば、一度祓ってしまえば、呪いは本来行くべき場所だったところに行くと思います」

鞠莉「本来行くべき場所って?」

聖良「そうですね……この場合だと、本来呪詛返しを受けるはずだった人、でしょうか」

鞠莉「……なるほどね」

理亞「でも、ねえさま……肝心のルビィがいない」


理亞ちゃんが顔を顰める。でも、確かに理亞ちゃんの言うとおり、その御祓いを受ける本人が居ないんじゃ、どうしようもないような……。

ただ、そんな私たちの考えを覆すように、


聖良「いえ……恐らくですけど、ルビィさんはすぐそこに居ると思います」


聖良さんはそう言った。

219 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:15:01.86 WJ3m1kFK0 219/323


「え?」

理亞「は?」

鞠莉「What ?」


三人揃って、ポカンとしてしまう。


鞠莉「……聖良、ごめん。何言ってるのか、よくわかんないんだけど」

聖良「曜さん、さっき言ってましたよね」

「え?」

聖良「数日前までは顔と名前が一致しない程度だったと」

「言いましたけど……」

聖良「それはつまり……変わったのは、ルビィさん自身ではなく、周りの人の認識です」

鞠莉「Hm...?」

聖良「徐々に、周りが認識出来なくなっていっただけで、ルビィさんは何も変わっていないんだとしたら?」


つまり……。


「ルビィちゃんは今、透明人間みたいになってるってこと……?」

聖良「近いですね……他者の認識に干渉出来なくなっているという方が正確でしょうか」

理亞「じゃあ、ここにいるの!? ルビィ、出てきて!! お願い……!!」

聖良「理亞、ルビィさんは他者に干渉が出来ないんです。もしここに居ても反応することは難しいと思います」

鞠莉「……もしかして、理事長室に入るとき、しばらく扉を開けてたのって」

「居るかもしれない、ルビィちゃんを理事長室に招きいれるため……?」

聖良「はい」

鞠莉「……聖良、あなた……最初からある程度アタリが付いてたの?」

聖良「まあ……現象そのものは、有名な怪奇現象の一つなので、昔似たような事例の話を本で読んだことがあって」

理亞「有名な怪奇現象……?」

聖良「皆さん、心当たりがありませんか? ある日、突然、居たはずの人間が忽然と姿を消してしまう怪奇現象のこと……」


聖良さんに問われて、考える。考えてみて……割とすぐに答えに辿り着いた。


鞠莉「...Spirited Away」

「神隠し……?」

聖良「そうです、神隠しです」

「でも、神隠しって……行方不明になるってやつじゃないの?」

聖良「パターンがいくつかあります。原因になる怪異もいろいろ居ますし……本人が行方不明になるものから、存在そのものが消えるものまで多岐にわたって」

「存在が消えちゃうやつは知らないんだけど……」

鞠莉「いや……確かに、世界中でそういう現象自体はあるって言われてるヨ」

「そうなの?」

鞠莉「ただ、存在そのものが消えちゃう場合、Spirited away──神隠しが起こったことを認識出来る人間もいなくなっちゃうから……伝承そのものが極めて残り辛いのよ」

聖良「本来は原因になった怪異を突き止めることが出来るなら、詳細に弱点を調べることで、より正確性をあげられるんですが……。多分、今回はそこまでする時間はないので」

理亞「時間がない……? どういうこと?」

聖良「理亞、曜さんも。……ルビィさんの顔、思い出せますか?」

理亞「……? そんなの、当たり前……」

「……あ、あれ……?」

220 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:18:03.61 WJ3m1kFK0 220/323


言われて、頭にルビィちゃんの顔を思い浮かべようとするけど、なんだがモヤが掛かったような感じで、上手く顔が思い出せない。


理亞「あ、あれ……な、なんで……」


理亞ちゃんも同様のようだった。


聖良「なんらかの理由で、理亞や曜さんのように、忘れない人が居ることがあっても、それは恐らく一時的なものです。最終的にこの神隠しという現象に目的が存在するなら、それは対象の完全消滅のはずです」

「神隠しの……目的……?」

聖良「怪異現象は、人間に理解できるかはともかく、絶対に目的が存在します。今回に関しては、呪いが起因だと仮定するなら、それは呪いの成就です」

鞠莉「呪いの成就……もともと、人を消す呪いだから……」

聖良「恐らく、対象の存在の完全な抹消なのではないでしょうか」

理亞「そんな……!!」

聖良「そして、それは徐々に進行していっている。……最終的に理亞や曜さんの記憶からも抹消される。恐らく、ダイヤさんや花丸さんのような、近しい人たちの記憶からも完全に消えてしまうようになったら、かなり危険信号だと思います」

鞠莉「……なるほど」

理亞「じゃあ、急がないと……!!」

聖良「ええ、ですから、出来る限り早くルビィさんに御祓いを──」

鞠莉「待って」


鞠莉ちゃんが聖良さんを制止する。


「鞠莉ちゃん……?」

聖良「なんでしょうか?」

鞠莉「時間がないのはわかった。現象との照らし合わせから説得力もそれなりにあると思う。だけど、重要なことが証明出来てない」

「重要なこと……?」

鞠莉「ルビィちゃんが今ここに居るっていう根拠はなに?」

「え? でも、ルビィちゃんがさっき部屋に入ってこれるように扉開けて待ってたんじゃ……」

鞠莉「仮に聖良が言うとおり、認識が出来なくなる怪異が原因で、ルビィちゃんが見えなくなってるんだとしても、わたしたちについてきて、今ここに居る保証がないわ」


……確かに、言われてみれば。


鞠莉「もし、お祓いの準備が出来たとしても、ルビィちゃんが今、全然違うところに居たとしたら、全部意味がない……むしろ、そこからルビィちゃんを探すことになると、Time upになっちゃう可能性が高いわ……」

聖良「そうですね。ですから、まずはルビィさんがここにいることを確認する。それからです」

鞠莉「どうやって……? 認識出来ないんでしょ?」

「あ、でも……透明人間みたいになってるんだったら、例えばペンを持ち上げてもらうと目の前で浮き上がるんじゃ……」

聖良「いえ、それは出来ないと思います。私たちが直接存在を認識出来うる動作を行うことは恐らく不可能でしょう」

鞠莉「それじゃ、どうやって……」

聖良「直接的ではなく、間接的に認識すればいいんですよ」

理亞「間接的に、認識……?」

聖良「……超常を騙す、とでもいいますか。鞠莉さん、ペンありますか?」

鞠莉「あるけど……」


聖良さんは、椅子から立ち上がり、鞠莉ちゃんから受け取ったペンを窓から近い方の机の端に置く。


聖良「あと、窓を開けてもらっていいですか?」

鞠莉「わかった」

221 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:20:14.94 WJ3m1kFK0 221/323


鞠莉ちゃんは言われたとおり、理事長室の窓を開ける。

すると軽く風が吹き込んでくる。


聖良「いい風ですね。……これだと、見ていないうちに、“偶然”風でペンが机の端から端に移動するかもしれませんね」

鞠莉「……!」

理亞「「……?」」

聖良「それでは、一度、全員部屋の外に出ましょうか」

鞠莉「わかったわ。さぁ、曜も理亞ちゃんも外に出て」


鞠莉ちゃんが私たちの背中を押す。


「え、うん……」

理亞「……? これで何がわかるの?」





    *    *    *





部屋の外で待つこと、2分程。


聖良「十分すぎるほど、時間が経ったと思います」

鞠莉「ええ」

「どういうこと?」

聖良「見ればわかりますよ」

理亞「……?」


鞠莉ちゃんが、ドアを開けると──やっぱり誰も居ない理事長室内が広がっている。


「これで何が……あれ?」


さっき机の端に置いたペンが逆の端に移動していた。


聖良「風に吹かれて、“偶然”、逆側まで転がったようですね」

鞠莉「そうね」


鞠莉ちゃんは言いながら、ペンの位置を元に戻す。


聖良「次は1分で戻ってきましょう──」


──1分後、同様に部屋に戻ると、ペンは再び、逆端に移動していた。


「……まさか」

聖良「“偶然”私たちの認識出来ない、自然現象によって、ペンが移動してしまったようですね」

理亞「……もしかして」

鞠莉「誰も見ていないところだったら、これが風によって動いたのか、それとも“別の何か”が動かしたのかを証明する術はない」

聖良「つまり、私たちはこれが動いた理由を主観的に認識することは出来ません」

222 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:22:20.78 WJ3m1kFK0 222/323


もう、ここまで来たら私でも理解出来た。

このペンは──ルビィちゃんが移動させたものだ。


「ルビィちゃん……! そこに居るんだね……!」

聖良「他者の認識によって、行動が阻害される怪異現象であるなら、逆に他者の認識がなくなれば、行動は阻害されなくなる。怪異の仕組みを逆手に取った裏技のようなものですね」

理亞「ここまでわかれば……!」

「後は御祓い……」

鞠莉「それで、お祓いってのはどうやってやるの?」

聖良「簡単ですよ。強い魔除けになるものに触れればいい」

理亞「それで平気なの……? 呪いなんでしょ? そんな簡単に祓えるの?」

聖良「理亞や曜さんの主張を信じるなら、ルビィさんは完全にとばっちりを受けただけです。本来呪いのような極めて強い怪異現象は、対象を強く限定することによって、その効力を発揮するものです。相手を間違えていたら、その効力は激減するはず。魔除けの効果のあるもので、一時的に剥がしてしまえば、後は本来呪詛返しを受けるはずだった人の元に返っていくと思いますよ」

「じゃあ、後は……魔除けの道具さえあれば……」

理亞「魔除け……」

聖良「より、想い入れの強いものであるほど、効果があると思います。何かありますか?」


これには心当たりがあった。

──『蹄鉄にも魔除けの効果があるのよ?』──

──『わたし馬が好きだから……この蹄鉄も昔、乗馬をしたときに貰った物で想い入れが強いの』──


「鞠莉ちゃん!」

鞠莉「ええ!」


次の目的地は決まった。

ホテルオハラの鞠莉ちゃんの部屋だ。





    ✨    ✨    ✨





あの後、車を呼び、淡島への船着場まで送ってもらって、今からホテルオハラに行く船に乗り込むところだ。

ここまで来る際も、理事長室の扉を完全に開け放ち、出来る限り、ゆっくり歩いて、車に乗るときも念には念を入れて5分ほど、扉を開け放ってから、出発した。


「ルビィちゃん……船、乗れてるかな」

聖良「こればかりは、もうルビィさんを信じるしかないので……」

鞠莉「大丈夫よ、もう船を着けて10分は経つし……」

理亞「ルビィ……」

聖良「そうですね……そろそろ出発してもらいましょう」

鞠莉「ええ」


わたしは躁舵手にお願いして、船を出してもらう。


理亞「ルビィ……いるなら、私の服、掴んでてね……ここで落ちたりしたら、ホントに怒るじゃ済まないんだから」

「ルビィちゃん! 私の服も掴んで大丈夫だからね!」


さて……ここは曜と理亞ちゃんに任せるとして、

223 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:24:35.55 WJ3m1kFK0 223/323


鞠莉「聖良、ちょっと」

聖良「……はい、わかりました」


わたしは聖良を促して、甲板に出る。

まあ、甲板と言っても小型船舶だから、人が数人立てる程度の広さだけど……。

ただ、風の音もあるから、二人だけの話をするには十分な場所だ。


聖良「話があるんですよね」

鞠莉「……ええ。……あなた、何者?」

聖良「何者……ですか」

鞠莉「怪異現象について詳しすぎるわ」

聖良「趣味……と言っても、納得してもらえませんか?」

鞠莉「別に詰問するつもりはないわ。助けてもらってるわけだし……でも、ただの詳しい人というには、視点や考え方も専門家と言っても遜色がないし……」

聖良「そこまで褒めていただけて、光栄ですね」

鞠莉「それで、あなたは何者なの?」

聖良「そうですね……詳細の全ては明かせないんですが……鞠莉さん、あなたに近い生業の人間だと思ってもらえれば」

鞠莉「……!?」

聖良「小原鞠莉さん。貴方、そういう家系の末裔ですよね」


以前、曜には話したことだけど……もちろん聖良には話したことがない。


鞠莉「……もしかして、わたし、そういう世界だと有名人なの?」

聖良「ええ、知っている人は知っていますよ。鞠莉さんがというより、貴方のご先祖様が、ですけど」

鞠莉「……そっか。聖良は現役の人なの?」

聖良「……まあ、現役といえば現役ですね。ただ、理亞はそのことを知りません」

鞠莉「道理で、理亞ちゃん、ところどころ話についてこれてなかったわけね……」

聖良「出来れば理亞には内緒にしておいてくれると嬉しいんですが……」

鞠莉「ええ、もちろん聖良の意向に従うわ。ごめんなさい、問い詰めるようなことしちゃって」

聖良「いえ……鞠莉さんは警戒心が強いくらいでいいと思いますよ。守るものも多いでしょうから」

鞠莉「そう言ってくれると助かるわ。……それじゃ、中に戻りましょうか」


わたしは用件を済ませたので、船室に戻ることにしたのだった。後はホテルに着くのを待つだけだ──





聖良「……今後とも、私の正体を知られないで居られることを祈りますよ。特に鞠莉さん、貴方には……」





    *    *    *





──鞠莉ちゃんの部屋。


鞠莉「──そろそろ、いいかしら?」

聖良「そうですね……扉を開け放って5分。ちゃんと付いて来られているなら、部屋の中に入っていると思います」

鞠莉「それじゃ、ちょっとここで待っててね」

224 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:26:44.29 WJ3m1kFK0 224/323


鞠莉ちゃんはそう言って、奥の部屋に例の蹄鉄を取りに行く。

もちろん、取りに行くだけだから、すぐに戻ってきて、


鞠莉「これが、魔除けの蹄鉄」


蹄鉄を聖良さんたちに見せる。


聖良「……なるほど、これは良い物ですね」

理亞「そうなの……?」

聖良「蹄鉄自体魔除けとして重宝されるものですし、それに加えて手入れも行き届いています……大事に扱っていることがよくわかる。想い入れの強さはどれだけ大事にしているかに左右されるものですから、その点においては全く問題がないと思います」

鞠莉「Thank you. あとはこれをルビィに触れてもらうだけ……」

聖良「出来れば手に持ってもらうのが望ましいですね」

鞠莉「わかった。ルビィちゃん、ここに置いておくから、手に持ってもらえるかしら」

聖良「手に持って、祈ってください。元に戻れるように……」


鞠莉ちゃんと聖良さんが、恐らくここに居るであろうルビィちゃんに語りかける。


鞠莉「……それじゃ、みんな、一旦外に出ましょう」

「うん」

理亞「わかった」

聖良「後は……成功を祈るだけですね」


私たちは鞠莉ちゃんの部屋から出て、戸を閉める。


「……」

理亞「ルビィ……」


理亞ちゃんが目を閉じて、祈っている。

私も、胸中で祈る。……ルビィちゃん、お願い帰ってきて……!

──そのとき、


鞠莉「──……ルビィ? そうだ、黒澤ルビィ……!」

聖良「……黒澤ルビィさん……本当にどうして、忘れていたんでしょうか」


二人がルビィちゃんの名前を呼んだ。


「! 鞠莉ちゃん! 聖良さん! 記憶が……!」

理亞「ルビィ……!!」


理亞ちゃんが戸を押し開けて、飛び込むように鞠莉ちゃんの部屋に戻ると──


ルビィ「……り、理亞ちゃん……!」


胸の前で鞠莉ちゃんの蹄鉄を握り締めた、ルビィちゃんの姿があった。


理亞「ルビィ……!!」


そのまま、理亞ちゃんがルビィちゃんに抱きつく。

225 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:28:06.08 WJ3m1kFK0 225/323


ルビィ「理亞ちゃん……! ルビィのこと、見えてる……?」

理亞「うん……ちゃんと、見えてる」

ルビィ「そっか……よかった……よかったよぉ……っ……」


ルビィちゃんは安心したのか、ポロポロと泣き出してしまう。


理亞「ルビィ……もう、大丈夫だから」

ルビィ「うん……っ……」

「ルビィちゃん」

ルビィ「曜ちゃん……っ」

「よく、頑張ったね……」


頭を撫でてあげると、


ルビィ「ふぇ……っ……うぇぇ……っ……こわかったよぉ……っ……。ルビィ、これから……ずっと、ひとりぼっちなのかなって……っ……」

理亞「大丈夫……ちゃんと見つけたから」

ルビィ「うん……っ……」

鞠莉「ルビィ……」

ルビィ「鞠莉ちゃん……!」

鞠莉「ごめん……わたし……ルビィのこと……」

ルビィ「うぅん……鞠莉ちゃんが助けようとしてくれてたの、ずっと見てたから……えへへ……っ」

鞠莉「うぅん、全部、曜のお陰よ。曜が居なかったら、わたしは忘れてることすら気付けないままだったもの……」

ルビィ「曜ちゃん……ありがとう……っ」

「無事にルビィちゃんが戻ってきてくれて……よかったよ」


こうして、私たちは無事、ルビィちゃんを救出することに成功したのだった。





    *    *    *





お昼過ぎになって、私たちはとりあえず本島に戻ることにした。

現在はルビィちゃんを含めた5人で船で戻っているところ。


鞠莉「──ダイヤも目を覚ましたみたい。ただ、大事を取って今日は家に帰ったみたいね」

「他の皆もルビィちゃんのこと、思い出したみたいだね……よかった」


先ほど、鞠莉ちゃんと一緒にメンバーに連絡を取ってみたところ、全員のルビィちゃんへの認識は正常に戻っていた。

ただ、ルビィちゃんが消えていたという事実は、実際に解決に立ち会った、私と鞠莉ちゃん以外は覚えていない様子だった。

226 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:31:40.49 WJ3m1kFK0 226/323


鞠莉「なにはともあれ、イッケンラクチャクデース」

聖良「……と言いたいところですが、その前に。ルビィさん」

ルビィ「は、はい……なんですか……?」

聖良「今回の出来事について、何か原因に心当たりはありませんか?」

ルビィ「心当たり……呪いをやってたかって話……ですよね?」

理亞「ねえさま……!」

聖良「あくまで確認です」

ルビィ「理亞ちゃん、大丈夫だよ。……えっと、ルビィは呪いとかはホントに心当たりが、ないです……むしろ、そういう呪いがあることも今日初めて知ったくらいで……」

聖良「そうですか……。すみません、問い詰めるような物言いをしてしまって」

ルビィ「いえ……大丈夫です。聖良さんがいろいろ皆に教えてくれたから、助かったんだし……」

聖良「そう言って頂けると、助かります」

ルビィ「──あ……でも」

聖良「?」

ルビィ「呪いじゃないけど、ここ何日か……ずっと、変な夢を見てたかも……」

理亞「変な夢……?」

ルビィ「うん……すごい葉っぱの竜巻みたいなのが、どんどん大きくなって……ルビィもそれに巻き込まれちゃう夢……」

理亞「……? なにそれ……?」

ルビィ「わかんないけど……。その竜巻の中に……誰か居たような……」

聖良「……何かの暗示の可能性はありますね。もしかしたら、その夢の中の竜巻の中心に居た人が原因だったのかもしれません」

鞠莉「そういうものなの?」

聖良「夢は精神や記憶の集合体ですし……あくまで考え方の一つでしかないんですが、夢を見ているときは他人との意識が結びつきやすい状態だという考えもあります」

「それじゃ、全く関係のないルビィちゃんがあんな目にあったのは……」

聖良「もしかしたら、呪術を行った張本人と夢で同調してしまったのかもしれません。……尤も、確かめる術がないので、完全に憶測ですけど」

理亞「理由はなんでもいいけど、ルビィが関係ないってわかったなら問題ない。……まあ、私は最初からわかってたけど」

ルビィ「えへへ……うん♪ 理亞ちゃんもありがとう♪」

理亞「……/// ルビィはライバルなんだから、勝手に居なくなられたら、困るって思っただけ……///」

ルビィ「うん♪」

理亞「次の大会までにまた居なくなったりしたら怒るから」

ルビィ「うん♪」

理亞「ぅ……/// ニヤニヤしないでよ……///」

ルビィ「ルビィも理亞ちゃんと競いあえるの、楽しみにしてる!」

理亞「……ふん/// 当然じゃない///」


競い合えるのを楽しみにしてる……か。


鞠莉「……曜?」

「ん?」

鞠莉「どうかした?」

「ん……いや、なんかルビィちゃんと理亞ちゃんの関係、羨ましいなって」

鞠莉「羨ましい?」

「うん……切磋琢磨してるって言うかさ……。お互いライバルだって、認め合って、励めてるというかさ……」

鞠莉「……そうね」

227 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:33:09.77 WJ3m1kFK0 227/323


私には……ない要素だ。

ついこの間だって、それが出来なくて、先輩を怒らせちゃったばっかりだし。


鞠莉「曜、関係は人それぞれあるから、曜は曜のペースでいいのよ?」

「あはは、わかってる……でもね」

鞠莉「……うん」

「もし……二人みたいに、誰かと認め合って、競い合って、向き合い続けられたら……私は今日も飛んでたのかなって……」


あの水面に向かって──スッと飛び込んでいたのかなって。


鞠莉「曜……」

「……って、ごめん。こんな話、今することじゃないよね、あはは」


どちらにしろ、もう高飛び込みはやらない気がしていた。だって──もう私は、自分自身が高飛び込みをしている理由が、よくわからないし……。





    *    *    *





ルビィ「ぅゅ……風強い……」

理亞「船がかなり揺れてる……」

鞠莉「ちょっと風が出てきたネ……」


船着場に船が着いて。これから、降りようというタイミングで風が強くなってきた。


「太陽はこんなに元気で、いい天気なのになぁ……」

聖良「海辺はもともと風が強いですから……」


まず、聖良さんと私が船から降りる。次に理亞ちゃんが船から顔を出し、


理亞「ルビィ」

ルビィ「あ、うん」


ルビィちゃんの手を引いて、降りるのを手伝ってあげる。


鞠莉「あら♪ 理亞ちゃんったら、かっこいい♪」

理亞「……海に落ちればいいのに」

鞠莉「やだ、酷いわね~」


最後に鞠莉ちゃんが船から降りようとした、瞬間──突風が吹いた。


鞠莉「え──」

「!?」


鞠莉ちゃんが、甲板の上でバランスと崩す。

その瞬間──体が勝手に動いた。


「──鞠莉ちゃんっ!!」

228 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:34:52.74 WJ3m1kFK0 228/323


岸から戻るようにして、甲板に飛び移り、鞠莉ちゃんの手を掴んで引っ張る。

そのまま、鞠莉ちゃんと立ち位置を入れ替わるようにして──


「……!」

鞠莉「!! 曜っ!!」


──私は、海に落ちた。





    *    *    *





──自分が落ちた衝撃で、たくさんの泡が周囲を踊っていた。

海に落ちたのなんて、何年振りかな。

……小さい頃はよく落ちてたっけ。

……あれ、なんでだっけ? なんで、私、よく海に落ちてたんだろう……。

海の中で開いた目には──水面から差し込むように伸びた、陽光。

そして、広がる。青──青、青……。

──ああ、そうだ。

この景色が好きだったんだ。

上も下もない。

全てが青に包まれた、この世界が、自由で。この世界に飛び込んだ瞬間、なんだか生まれ変わったような気がして。

最初はただ、パパの船を待っている間に、飽きてきて、走り回ってたら堤防の先で蹴躓いて──バッシャーンって。それが初めて海に落ちた日。

でも、それが気持ちよくて、楽しくて、いつしかあの大きな船の先から、飛び込めたら、もっともっと気持ちよさそうだって。

私は、あの日、そう思ったんだ。

そうだ、私は──

──この青い景色を、世界を、見たかったんだ。もっともっと深く、長く……。





    *    *    *





「──ぷはっ!」


水面から顔を出す。


鞠莉「──曜っ!!」


上から声が降ってきた。


「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「曜!! 今、浮き輪投げるから!!」

「うぅん、大丈夫ー!」


私はそのまま、岸まで泳ぎ、タラップをよじ登る。

229 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:36:27.24 WJ3m1kFK0 229/323


「あはは、びしょびしょだ」


全身ずぶ濡れで、座ったまま苦笑していると──


鞠莉「曜……!!」


鞠莉ちゃんが、船から飛び降りて、私の方に駆け寄ってくる。


鞠莉「ごめん、曜……!!」

「……」

鞠莉「曜……!? どこか痛いの……!?」

「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「な、何……!?」

「やっと、思い出したよ」

鞠莉「え……?」

「……私が、なんで──高飛び込みをしてたのか」





    *    *    *





「──……さて」


──目の前に広がる、一面のプール。

そして、その近くに聳える飛び込み台。


先輩「──何しに来たの……?」


そして、先輩の姿。


「先輩」

先輩「……何?」

「これから、飛びます。見てもらえますか」

先輩「……? フォームチェックが今更必要? コーチにでも頼めば?」

「それじゃ、飛んでくるんで!」

先輩「え、ちょっと……!?」


言葉を並べるよりも、きっと見せた方が早いから。





    ✨    ✨    ✨





先輩「……馬鹿馬鹿しい」

鞠莉「……待って」


去ろうとする曜の先輩を制止する。

230 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:37:36.10 WJ3m1kFK0 230/323


先輩「また、貴方……?」

鞠莉「曜を……ちゃんと見てあげて」

先輩「……」

鞠莉「お願い」

先輩「……プロ顔負けの前逆さ宙返り三回半抱え形を見て、学習しろってこと?」

鞠莉「さぁ……? それはわからないけど……」


曜は、見つけたと言っていた。なら──


鞠莉「きっと、答えを見せてくれるから」

先輩「……はぁ」





    *    *    *





飛び込み台に立つ。

今日飛ぶのは、いつもの前逆さ宙返り三回半抱え形じゃない。

これが一番──青の世界を、上も下もない、あの世界を感じられる気がしたから。

私が、続ける理由を、感じられると思ったから。

もう迷いはなかった。

──トン。

私は、踏み切り、青の世界へと──飛び込んだ。





    *    *    *





──私は、ただ真っ直ぐに飛び込んだ。

いつものように回転を加えることなく、ただ、真っ直ぐに。


「──ぷはっ」


私がプールから顔を出すと、


先輩「……どういうつもり……!」


先輩がプールサイドまで、近付いてきていた。まるで問い詰めるように、声を上げる。

231 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:39:50.69 WJ3m1kFK0 231/323


「先輩……見てくれましたか?」

先輩「“100A”……! 前飛込み伸び型って……! ……あんな初歩的な技、貴方は今更やる必要ないでしょ!?」

「……でも、飛びたかったんです」

先輩「え……」

「ただ、飛び込みの気持ちよさを、楽しさを、また思い出したくって……難しいことが何一つない、一番基本的なあの技で」

先輩「飛び込みの……楽しさ……?」

「先輩、前に私に訊きましたよね。どうして飛び込みを続けるのかって……。私、飛び込み……好きなんです。上も下もない、あの青だけの世界に飛び込む、あの瞬間が……」

先輩「……」

「誰のためでもない、あの景色が見たくて、あの瞬間を感じたくて……私は飛び込むんです」

先輩「……!」

「千歌ちゃんのためでも、鞠莉ちゃんのためでも……コーチのためでも、周りの人のためでもない……。私は私のために飛ぶんです」

先輩「……」

「先輩は、何のために飛びますか……?」

先輩「……私は……。……」

「……私は、これからも飛びます。飛び込みを続けます。だって、あの世界に飛び込む、あの一瞬が……大好きだから」

先輩「……」

「……誰に何を言われても、私は飛び続けます」

先輩「……そう」

「先輩」

先輩「……何?」

「高飛び込み……好きですか?」

先輩「好きよ」

「えへへ、じゃあ、私たち、同じですね」

先輩「……はぁ、馬鹿らしくなってきた」


先輩は踵を返して、プールサイドから出て行こうとする。

その際、


先輩「そんなに好きなら……勝手に飛べばいいじゃない」


そんな言葉を残して、プールから去っていった。


「……ふぅ」


私がプールサイドに掴まっていると、


鞠莉「──曜、お疲れ様」


上から優しい声。


「……鞠莉ちゃん」

鞠莉「これが……曜の答えだったんだよね」

「うん……やっと、思い出したんだ」

232 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:41:35.94 WJ3m1kFK0 232/323


──あの日、堤防から落ちた海で見た、あの景色がまた見たくて。

その話を毎日のようにしていたら、パパとママが、連れてきてくれたのが、この飛び込みプールだった。

ここなら、いっぱい飛び込んでも誰も怒らない。それどころか、私が飛ぶと、何故か皆が喜んでくれる。

私は嬉しくて、毎日飛び込みを続けた。いっぱいいっぱい飛び込んで、そのうち、そんな私を一番近くで応援してくれる人──千歌ちゃんと出会って。

知らず知らずのうちに、千歌ちゃんに恋をして。気付けば、千歌ちゃんが喜ぶから、飛ぶようになっていて。千歌ちゃんに想いが届かなくなって、なんで飛び込むかを見失ってしまっていたけど……。


「私……好きだったんだ。飛び込みが──大好きだったんだ……!」

鞠莉「……ふふ、そっか」


今日は、ただそれを先輩に言いたかった。

あの日、ちゃんと答えられなかった、私の答えを、見せるために。


「……先輩、私のこと認めてくれたかな……」

鞠莉「それはわからないけど……きっと、曜の気持ちは伝わったと思うわ」

「……うん!」


ずっと悩んでばっかりだったけど、わだかまりに一つ決着を付けられた気がして、私は安心を覚えていた。





    ❄️    ❄️    ❄️





──私と理亞は現在、東京に向かう電車の中に居ます。


聖良「理亞、良かったの? もう少し、皆さんと一緒に居ても……」

理亞「別にいい。今会っても、あんなことがあった直後じゃ、落ち着いて話せないだろうし」

聖良「そうですか……」


確かに、問題は解決したとはいえ、ダイヤさんや花丸さんが体調を崩していたのは事実。

無理をさせてはいけないという理亞の考えは尤もかもしれません。


理亞「そういえば、ねえさま」

聖良「なんですか?」

理亞「結局どうして、曜さんはルビィのこと覚えてたのか、わからなかったけど……」

聖良「……そうですね。まあ、解決したのなら、理亞の言ったとおり、知る必要のなかったことなんだと思いますよ」

理亞「まあ、それもそっか……」


確かに、あの呪いとやらの効力は私の吸血鬼性によるガードすらも打ち破って影響を与えてきた。吸血鬼と同等の知名度のある怪異が原因なのかもしれない。

理亞は私よりも更に濃い吸血鬼性のお陰で、影響をほとんど受けなかったようですが……──もちろん、ルビィさんへの信頼度も起因していたと思います。

一方で曜さんは私が見た限りでは完全に一般人だった。

その彼女が、何故ルビィさんを忘れることがなかったのか……。可能性としては──

233 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:44:31.44 WJ3m1kFK0 233/323


理亞「ねえさま」

聖良「何ですか?」

理亞「ルビィに憑いてた呪いって結局どうなったの?」

聖良「……恐らく本来の呪詛対象の元へ返ったんだと思います」

理亞「元のって……」

聖良「……理亞。ルビィさんは無事助かったわけですから、これ以上は考える必要のないことですよ」

理亞「でも……」

聖良「これより先は、あくまで自業自得の領域ですから」

理亞「……うん」

聖良「それより、東京に行ったら遊園地を回るんでしょ? 今から行きたいところに目星を付けておいたら?」

理亞「……わかった。……時間無駄に出来ないしね」

聖良「ええ、全部回ると言っていましたからね」


……ルビィさんから、祓われた呪いは恐らく、今理亞にも言ったとおり、本来行くべき場所に戻っていったと思う。

場合によっては、戻っていった先が、呪いを司る神霊の元で、これ以上何も起きない可能性もありますが……。


聖良「どちらにしろ……本当に因果応報であるなら、私はそのルールに従うまで。私もその理の中に居る存在ですからね……」

理亞「? ねえさま、何か言った?」

聖良「いえ、なんでもないですよ」


ただでさえ、リスクを冒して手を貸したのですから。これ以上は、本人の問題です。


聖良「……健闘を祈りますよ」


私は東京に向かう電車の中で、一人呟いたのだった。





    *    *    *





──9月22日日曜日。


「よし……飛ぶぞー!!」


今日は、一日プールで過ごすつもりで居た。

Aqoursの練習は結局、大事を取って今週はお休みになってしまったので、三連休は丸々暇になってしまった。

鞠莉ちゃんと一緒に過ごすのも有りだったんだけど……。

今日は久しぶりに思いっきり飛び込みをしたい気分だった。

わだかまりもせっかく解消できたわけだしね!

胸中で気合いを入れながら、プールサイドに足を踏み入れると、


女の子「……」

「おっとと……」


前から歩いてきた女の子とぶつかりそうになって、とっさに避ける。


「ごめん! ちゃんと前見てなかった、大丈夫?」

234 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:46:23.17 WJ3m1kFK0 234/323


振り返って声を掛けるが──


女の子「……」


その子は、そのまま反応せず、更衣室の方へ歩いていってしまった。


「……? まあ、いっか……」


別に怪我はなさそうだし……。





    *    *    *





今日は何故だか、非常にスムーズに飛べていた。

たまたま仲の良い人が少ない日だからかもしれない。

呼び止められることが一切ない分、これはこれで集中できて助かる。


「よっし……! もう一本!」


今日は本当に調子がいい。再び、飛び込み台を昇って行く。

その際、


「ん?」


後ろから私以外の人が昇ってきていることに気付く。

10mの飛び込み台は使う人が少ないから珍しい。

もちろん、飛び込み台は順番に一人ずつしか飛べないから、早く飛んで順番を回さないとね。

──飛び込み台に立つ。

たまには、後飛び込みでもしてみようかな。

踏み切り台の端に逆向きに立つと──


女の子「……」


先ほどの女の子の姿が見えた。

順番待ちをしているはずの子。

その子が──


女の子「──飛びます……!」

「え……?」


私が居るにも関わらず、手を挙げてから、こっちに向かって歩いてくる。


「ち、ちょっと!? ストップ!!」

女の子「……」


制止するも、女の子は止まらない。


「っ!!」

235 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:47:40.21 WJ3m1kFK0 235/323


私は咄嗟に、女の子の脇をすり抜けるようにして、彼女の後ろ側に逃れる。


「は……はっ……!!」


どうにか、回避出来たけど、心臓が爆音を立てていた。

当たり前だ、危うく落とされかねない状態だったわけだし。


「何考えてるの!? 危ないでしょ!?」


思わず振り返って、大きな声を出すが、


女の子「──ふぅー……ふっ!!」


女の子は私のことを無視して、飛び込んで行ってしまった。


「え……」


──こんなことは、本来ありえないことだ。

高飛び込みは高所からの競技ゆえに、一歩間違えるととても危険。飛び込み台の使い方についても、事故がないように細心の注意を払う。

この場所で、あんなことをするのは、よほど相手が嫌いか、もしくは──


「私のこと……見えて……ない……?」


認識出来ていないとしか、思えなかった。





    *    *    *





プールを後にして、私は考えながら歩く。

先ほどの現象。

つい昨日見たのと同じだった。

ルビィちゃんの身に、起こったことと。


「…………」


昨日の、ルビィちゃんが消えかけた、神隠しの呪いと。


「……ルビィちゃんは、ただとばっちりを受けただけだった」


即ち──本来、罰を受けるはずの人間が居たはずで……。

ルビィちゃんの呪いは、あくまで追い払っただけだ。じゃあ、追い払った呪いは……本来の呪詛返しの対象の元へ行くと聖良さんは言っていた。

そして、流してしまったけど、結局わからず仕舞いだったことがあった。

それは──


「どうして……私がルビィちゃんを覚えていたのか……」


問題が解決してしまったから、すっかり忘れていた。

いや、そもそも──

236 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:49:48.89 WJ3m1kFK0 236/323


「問題は……解決、してなかったんだ……」


ルビィちゃんから祓われた、呪詛の行き先は──本来、消えるはずだった人の元。


「……そっか。……そう、だよね」


私のやったのは、中途半端だったから、違うと勝手に思い込んでいたけど……神様は許してくれなかったんだ。

私は、肩を落として、帰路につく。





    ✨    ✨    ✨





──スマホの画面を点けてみる。


鞠莉「……連絡……ない、か」


今日、何度目だろうか。一日中、曜からの連絡を待っていた気がする。

いや、なくてもおかしくはない。だって、今日は特に一緒に過ごす約束はしていなかったし。


鞠莉「……曜……今、何してるかな……」


でも、曜のことが気になって、他のことは何も手がつかなかった。

だから、今日はこんな感じで、ずっとスマホと睨めっこをしている。


鞠莉「何やってんだろ……わたし……」


ここ数日、毎日のように曜と顔を合わせていたからか、曜と会えないことを思った以上に寂しく感じている自分が居ることに気付く。


鞠莉「これがいわゆる、Lovesickってやつなのかしら……」


気付けば、曜のことで頭がいっぱい……。曜に会いたいな……。曜の声が聴きたいな……。


鞠莉「……もういい、悩んでてもしょうがない」


わたしは、どうにでもなれと言った気持ちのまま、曜へ通話を発信した。

1コール……2コール……3コール。

だけど、曜は出てくれない。


鞠莉「やっぱり……急過ぎたかな……」


諦めかけたそのとき、


『……もしもし、鞠莉ちゃん?』

鞠莉「! もしもし、曜!?」


電話が繋がった。


「どうしたの?」

鞠莉「え、えーっと……」

237 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:51:04.67 WJ3m1kFK0 237/323


しまった、何を話すか考えてなかった。


鞠莉「……デート!」

「へ?」

鞠莉「明日、デートしましょ!?///」


咄嗟に出た口実はデートへのお誘いだった。


「え、えーと、明日?」

鞠莉「明日、暇ある?」

「ある、けど……」

鞠莉「じゃあ、沼津に、1時!」

「え、う、うん」

鞠莉「待ってるから!!///」

「え、ちょ、鞠莉ちゃ──」


急に恥ずかしくなってきて、通話を切る。


鞠莉「デ、デート……誘っちゃった……///」


散々恋人ごっこと称して、二人で過ごしていたはずなのに、改めてデートに誘ってみた今、顔がとても熱かった。


鞠莉「曜…………曜…………」


自分が暴走気味な自覚はあったけど、気持ちの抑え方がよくわからなくなっていた。

曜のことで本当に頭がいっぱいで……。


鞠莉「……明日……楽しみだな……」


胸の高鳴りが、自分を突き動かしている。

なんだか、不思議な感覚だったけど、イヤじゃなかった。

これが──


鞠莉「恋なんだ……」


トクントクンと高鳴る胸の鼓動を噛み締めながら。


鞠莉「曜……」


わたしは大好きな人の名前を呼びながら、明日を待つ──





    ✨    ✨    ✨





──翌日。9月23日月曜日。本日は秋分の日。

私は沼津駅の前で曜が来るのを待っているところだった。


鞠莉「曜……まだかな」

238 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:52:03.87 WJ3m1kFK0 238/323


時刻は12時50分を回ったところ。

正直早く着き過ぎた。

もう20分くらいはこうして、待っている。


 「──おーい!」

鞠莉「!」


声がする方に振り返ると、


「鞠莉ちゃーん!」


曜が手を振って駆け寄ってきているところだった。


鞠莉「曜……!」

「はぁー……はぁ……ごめん、待った?」

鞠莉「うぅん、さっき着いたばっかりよ」

「ホント? よかった……まさか、鞠莉ちゃんが先に来てるなんて思わなくって……」

鞠莉「む……それはどういう意味デースか……?」

「だって、鞠莉ちゃん、朝弱いし……」

鞠莉「今日は早起きしたもん……」


デートが楽しみすぎて、目が冴えてしまい、5時くらいには起きてたなんて言えないけど。


鞠莉「それより、曜……」


曜の手を握る。


鞠莉「……デート、始めましょ?///」

「えへへ……うん。今日はよろしくね、鞠莉ちゃん」


曜との一日が始まった。





    ✨    ✨    ✨





「ところで、どこに行くの?」

鞠莉「えっとね……映画を見たいなって」

「映画か……いいね!」

鞠莉「うん♪」


二人で、駅前の映画館が入っているショッピングモールへと足を運ぶ。

──到着した映画館内は、祝日ということもあり、人の入りはそこそこだった。


鞠莉「結構人が多いわね……」


二人で館内を進んでいくと、急に腕を引っ張られた。


鞠莉「きゃ!? 何!?」

239 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:53:13.64 WJ3m1kFK0 239/323


慌てて、振り返ると──


「い、いたた……」


曜が尻餅をついていた。


鞠莉「曜、大丈夫!?」

「あ、うん……ごめん。人にぶつかっちゃって……」

鞠莉「もう! 尻餅つくほど、勢いよくぶつかってくるなんて、乱暴な人がいるのね!?」

「あはは、鞠莉ちゃん、大丈夫だから」


曜はお尻をはたきながら、立ち上がる。


「人が多いから、出来るだけ早く中に入っちゃおうか」

鞠莉「そうしましょうか……。曜は何か見たい映画とかある?」

「んー……そうだなぁ……。……鞠莉ちゃんはどれがオススメ?」

鞠莉「わたし? わたしは、そうねぇ……」


アクション、コメディ、サスペンスチックなものやアニメまで、いろいろとあったけど、わたしは──


鞠莉「あれが見たいな……」


洋画のラブロマンスを指差す。


「じゃあ、それにしよっか」

鞠莉「いいの?」

「うん、鞠莉ちゃんが好きな映画って、興味あるし」

鞠莉「曜……えへへ、うん♪ それじゃ、チケット買わないとね」

「うん」


チケット受付まで、二人で行き、チケットを購入する。


鞠莉「すみません、高校生二枚ください」

受付「学生証お持ちですか?」

鞠莉「はい。えっと……」


学生証を出そうとしたところで、


「鞠莉ちゃん……ごめん、学生証忘れちゃった」


曜が耳打ちしてくる。


鞠莉「……ん、忘れちゃったなら、しょうがないか。ごめんなさい、高校生1枚と大人1枚で」

受付「かしこまりました」


チケットを買って、ロビーで待つ。

240 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:56:12.23 WJ3m1kFK0 240/323


鞠莉「もう、曜ったらおっちょこちょいなんだから」

「あはは、ごめん……」

鞠莉「ふふ、まあ、別にわたしは大人料金でもいいんだけどね。飲み物はどうする? 買ってくるけど」

「じゃあ、オレンジジュースがいいな」

鞠莉「了解♪ ちょっと待っててね」

「はーい」


──あまり待たせても悪いから、手早く二人分のジュースを買って、戻ってくると。


鞠莉「あれ……? 曜……?」

「あ、鞠莉ちゃーん、こっちこっちー」

鞠莉「? あ、いた」


曜はやたらと隅っこの方で待っていた。


鞠莉「もう……居なくなっちゃったのかと思ったわ」

「え」

鞠莉「え?」

「あ……いや、人が多かったから、端っこで待ってようかなって」

鞠莉「そう? はい、これオレンジジュースね」

「あ、うん。ありがとう」


──曜に飲み物を手渡したタイミングで、丁度、わたしたちが見ようとしていた映画の入場アナウンスが響く。


鞠莉「Good timingデース♪」

「あはは、そうだね」


曜と一緒に移動して、チケット受付にチケットを2枚提示する。


受付「? 一名様ですか?」

鞠莉「え? 二人ですけど……」

受付「えっと……? 二名様ですか……?」

鞠莉「……? 二人です」

受付「はぁ……」


何故か受付の人は首を傾げながら、二枚の半券をもぎる。


受付「ごゆっくりどうぞ」

鞠莉「……? 何今の……」

「ま、まあ……いいじゃん! 通れたんだし!」

鞠莉「……まあ、いいけど」


変な受付さんもいるものね……?





    ✨    ✨    ✨



241 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:57:33.50 WJ3m1kFK0 241/323



「いやぁ……よかったね」

鞠莉「ふふ、曜ったら、思った以上に夢中になってみてたわね?」

「え、そうかな?」

鞠莉「もしかして、ラブロマンス結構好き?」

「……実は、結構好きです」

鞠莉「ふふ、やっぱり♪」

「よくイメージじゃないって言われるんだけどね……」

鞠莉「あら……わたし的にはイメージ通りなんだけどなー」

「え、そうなの?」

鞠莉「曜って実はすっごい乙女だからね♪」

「う……/// からかわないでよ……/// 鞠莉ちゃんこそ、どうなのさ」

鞠莉「わたし? んー、普通によく見るけど……」

「今回の映画の感想は?」

鞠莉「素敵な映画だったと思うわ。特に『いつまでも、何があっても、貴方のことを想い続けます』って想いを伝えるシーン……すっごく共感しちゃった」

「……共感したんだ」

鞠莉「ええ。わたしも……大好きな人の傍にいるためだったら、全部を投げ出せるもの。その人と一緒に居るためだったら、他に何もいらないわ」

「……そっか」

鞠莉「曜はそう思わないの?」

「……うぅん。私もそう思うよ」

鞠莉「だよね♪」

「……うん、私もそう思う……」

鞠莉「……?」

「……ねえ、鞠莉ちゃん! 次はどこいこっか?」

鞠莉「えーっと……それじゃあ──」





    ✨    ✨    ✨





 「いらっしゃいませー」


次に来たのはカフェ。


鞠莉「少し混んでるわね……」

「そうだね」


わたしは、順番待ちの名簿に名前を書く。

ただ、2名だったこともあり、思ったよりも待つことはなく、


店員「2名様でお待ちのオハラ様~」


すぐに名前を呼ばれた。

242 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 02:58:35.40 WJ3m1kFK0 242/323


鞠莉「はい」

店員「……? 2名様でお待ちのオハラ様ですか?」

鞠莉「……? はい」

店員「……かしこまりました! お席にご案内します」

鞠莉「……?」


何? 今の間……?


「ほら、鞠莉ちゃん。いこ?」

鞠莉「あ、うん」





    ✨    ✨    ✨






鞠莉「曜は何にする?」

「えっと……鞠莉ちゃんと同じやつ」

鞠莉「あら♪ 相変わらず可愛いこと言うのね♪」


わたしはもう決まっていたから、店員を呼ぶ。


店員「はい、お願いいたします」

鞠莉「ドボシュ・トルテとレモンティーを二つずつ」

店員「えっと、二つずつでよろしいですか?」

鞠莉「? はい」

店員「かしこまりました。少々お待ちください」


注文を受けて、店員はパタパタと店の奥の方へと歩いていく。


鞠莉「ん……」


なんか、今日は変な反応をされることが多い気がする。


「鞠莉ちゃん、レモンティーでよかったの?」

鞠莉「ん?」

「いや、コーヒー頼むのかなって思ってたから」

鞠莉「んーだって、マリーと同じものだから、コーヒーだと、曜がニガイニガイ~ってなっちゃうと思ったから~」


意地っ張りな、曜をからかうように言うと。


「そっか……ありがとう、鞠莉ちゃん」


曜は嬉しそうに微笑みながら、お礼を言う。


鞠莉「え? う、うん、どういたしまして」


あれ……てっきり、また膨れちゃうかと思ったんだけどな。

243 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:00:09.37 WJ3m1kFK0 243/323


「鞠莉ちゃんが、気遣ってくれて……嬉しいよ」

鞠莉「そ、そう……?」


まあ、喜んでくれたなら……いいの、かな?





    *    *    *





鞠莉ちゃんはどこに行っても優しかった。

私の手を優しく握って、私の目を見て、私のことを想って、いろんなことを考えてくれる。

嬉しかった。

鞠莉ちゃんの気持ちが、すごく、すごく嬉しくて……なんだか、幸せだった。

私は──もう、そんな風に扱ってもらう資格なんて、ないのに。

鞠莉ちゃんはきっと……どんな風になっても、わたしを守ろうとしてくれる気がする。助けようとしてくれる気がする。

でも……私は、もう……。

──……だから、私は、一人で決意をする。

私の……こんなどうしようもない、私の運命に……これ以上、鞠莉ちゃんを巻き込まないために。これ以上、鞠莉ちゃんに迷惑を掛けないために──





    ✨    ✨    ✨





──カフェでお茶をして、そのあとショッピングをして……。

わたしはどこに行っても、ドキドキしていた。

手を繋いだまま、二人で歩いて、たまに目が逢うと、


「ん? どうかした? 鞠莉ちゃん」

鞠莉「う、うぅん、なんでもない……///」


更にドキドキして。

ああ、どうしよう……幸せだ。

曜と一緒に居られるだけで、わたし幸せなんだ……。

──でも、わたしは……もう一歩先の幸せが欲しい。

曜の──恋人になりたい。


鞠莉「……曜」

「ん?」

鞠莉「……あそこに行かない?」

「……『びゅうお』?」

鞠莉「うん」

「……わかった。いこっか」

244 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:02:18.90 WJ3m1kFK0 244/323


あそこで、わたしたちが本音を伝え合えるあの場所で──想いを伝えよう。

わたしは一人、覚悟を決める。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「ふふ、今日も夕日が綺麗ね」

「……そうだね」


二人で燃える海を見つめながら、いつもの椅子に腰を下ろす。


鞠莉「……ねぇ、曜」

「ん?」

鞠莉「じ、実はね……話があって」

「…………話って?」

鞠莉「あ、あのね……わたし、ね……」


ドキドキと、胸が高鳴り始める。

これから、曜に──告白する。


「…………」

鞠莉「わ、わたし……今日すっごく楽しかったの」

「うん」

鞠莉「その……だから、また一緒に曜とデートしたいなって……」

「……そっか」

鞠莉「……曜、あのねっ」


──告白を切り出そうとした、そのときだった。


「待って」


曜に言葉を遮られる。


鞠莉「え……?」

「……実は、私の方からも、鞠莉ちゃんに話しておきたいことがあるんだ」

鞠莉「え……」

「いや……むしろ、私が先に切り出すべきかなって」


それって……もしかして。

──ドキドキドキドキ。胸の高鳴りが加速していく。


「──鞠莉ちゃん」

鞠莉「は、はい……!!」


曜がわたしの目を真っ直ぐ見つめてくる。

その瞳は──……酷く、悲しそうだった。

245 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:04:18.84 WJ3m1kFK0 245/323


「……恋人ごっこ、終わりにしよう」

鞠莉「…………え」


曜の言葉に、固まった。


「……もう、今日で終わり」

鞠莉「…………えっと、どういう、意味……?」

「言ったとおりの意味だよ。もう恋人の振り、終わりにしよう」

鞠莉「……お、終わりにして……どうするの……?」

「どうって? ……元に戻るだけだよ。今までどおり、同じ部活の先輩後輩に」

鞠莉「元……に……?」


先ほどの幸せな高鳴りが、急に苦しい動悸に変わっていく。


鞠莉「なん……で……?」

「…………」

鞠莉「ねぇ……曜……なんで、急に……なんで……?」


途切れ途切れの言葉で問いかけながら、曜の手を握るが、その手が震えてしまう。

怖くて、苦しくて、本当は曜の手が震えてるんじゃないかと思ってしまうくらい、わたしの手は震えていた。


「…………」


曜は心底、苦々しそうな顔をした。


「……言わなきゃ、ダメ?」

鞠莉「え……」

「……言わなきゃ、わかんない?」

鞠莉「……わ、わかんないよ……っ」

「……そっか」


曜がわたしから視線を外して上を向く。

何……? どういうこと……?


「……………………。…………じゃあ、言うけどさ」


曜は長く息を溜めたあと、


「……正直、鞠莉ちゃんさ……」


わたしと目を合わせないまま、


「──千歌ちゃんの代わりになってないんだよね」


そんな言葉を吐き捨てた。


鞠莉「……ぇ……」

「……千歌ちゃんの代わりにならないんじゃ……意味、ないよね」

鞠莉「……意味……ない……」

246 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:05:45.85 WJ3m1kFK0 246/323


曜の言ってる言葉の意味が、理解出来ない。

曜は、何を言ってるの……?


「だから、もう終わり」

鞠莉「……ゃ……」

「…………」

鞠莉「……ぃゃ……なん、で……そんなこと……言うの……?」

「……私おかしなこと言ってるかな? それとも──」


曜は再び大きく息を吸ってから、


「………………自分が千歌ちゃんの代わりになれるって、本気で思ってたの?」


更に残酷な言葉を吐き出した。


鞠莉「……っ……!!」

「……ねえ、鞠莉ちゃん」

鞠莉「……っ!!」


わたしは曜の手を──振り払って、後ずさるように、立ち上がる。


鞠莉「……さいっ……てい……」

「…………」

鞠莉「曜……あなた……最低よ……っ……そんなこと……言う人だなんて……思わなかった……っ」

「……違うよ。……千歌ちゃんの代わりになろうとしたのは──鞠莉ちゃんじゃん」

鞠莉「……っ!」

「でも、鞠莉ちゃんは代わりにはならなかった。それだけでしょ?」


もう聞きたくなかった。

わたしは踵を返す。


「帰るの?」

鞠莉「……もう、二度と話しかけないで……あなたのことなんて──」

「……ことなんて?」

鞠莉「……っ…………さよなら」

「……」


カツカツと、『びゅうお』内に乾いた靴の音が響く。

気付けば、燃える海はすっかりその火を失って、少しずつ少しずつ暗い、闇が侵食を始める時間になっていた──まるで、今のわたしの心の中のように。

嘘だと信じたかった。タチの悪い冗談だって、言ってほしかった。でも、曜は──追ってきてはくれなかった。



247 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:06:41.47 WJ3m1kFK0 247/323



    *    *    *





鞠莉ちゃんは、去った。


「…………っ……これで、いいんだ……っ……」


私は一人、椅子の上に縮こまる。


「これで……いい、んだ……っ……」


気付けば、涙が溢れてきていた。


「泣くな……っ! 私が泣くのは……ずるだよ……!!」


涙を拭いながら、自分を怒鳴りつける。


「鞠莉ちゃん……ごめん……ごめんなさい……っ……」


泣きたいのは、鞠莉ちゃんの方だ。

きっと、鞠莉ちゃん……すごく傷ついた。

でも、でも……。


「こうするしか……っ……ぅ……ぐすっ……」


 施設員「──……誰もいないね」


「だって……っ……だって……っ……」


 施設員「……『びゅうお』消灯しまーす」


「……私、もう……」



……消えちゃうんだもん──



248 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:07:49.97 WJ3m1kFK0 248/323



    ✨    ✨    ✨





──自宅に帰ってから、わたしはベッドに潜り込んで、


鞠莉「…………ぅ……っ……ぐす……ぅ……ぅぇぇ……っ……」


ひたすらに泣き続けていた。

この世の終わりみたいな、絶望感に包まれていた。

これは現実なんだろうか。


鞠莉「…………曜…………曜……っ……」


名前を呼ぶたびに、涙が溢れてくる。

大好きで、呼ぶだけで、幸せになれる魔法の名前のはずだったのに。

今は、名前を呼べば呼ぶほど、胸が苦しくなる。

なのに、何度も何度も、名前を呼んでしまう。


鞠莉「…………曜…………っ……! ……なんで……なんでぇ……っ……!」


曜があんな風に思っていただなんて、知りたくなかった。


鞠莉「…………曜……っ……! ……曜……っ……!」


涙が枯れるまで、わたしはただ、泣き続けた。

苦しくて、悲しくて……ただ、泣き続けた──





    ✨    ✨    ✨





──翌日。9月24日火曜日。

……朝から最悪の気分だった。

教室についた今も、それは変わらない。


鞠莉「…………」


酷くイライラする。


果南「あのー……鞠莉?」

鞠莉「何……」

果南「いや……なんかあったの?」

鞠莉「……ほっといて」

果南「……わ、わかった……ごめん」


苛立ちを隠す気にすらなれなかった。

249 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:09:00.60 WJ3m1kFK0 249/323


ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「……何」

ダイヤ「余りに不機嫌オーラがダダ漏れすぎて、皆さん怖がってますわよ」

鞠莉「……そう」

ダイヤ「……はぁ」

鞠莉「……ごめん、これ以上、話しかけないで」

ダイヤ「……まあ、いいですけれど。……放課後までには機嫌、治してくださいませね」

鞠莉「…………」


そんなことを言われても機嫌が治る気なんて全くしなかった。

案の定、わたしは一日中とにかく不機嫌なままだった。





    ✨    ✨    ✨





──放課後。


鞠莉「……部活」


足は果てしなく重いが、顔くらいは出した方がいい。

イライラしすぎて、もはや体調が悪い。

今のわたしを見たら、曜は何を思うかしら。

考えたくない……。

ただ、それは杞憂だったようで、


鞠莉「……みんな、お疲れ」

ダイヤ「お疲れ様。もう揃ってますわよ」

鞠莉「…………」


部室内を見回すが、そこには曜の姿はなかった。


梨子「鞠莉ちゃん……大丈夫……?」

善子「なんか……死にそうな顔してるわよ……?」

鞠莉「……曜は?」

果南「……? いや、部活だと思うけど……」

鞠莉「は?」

ルビィ「ピギッ!?」


声にドスがきいていたのか、ルビィがビクっとする。

いや、そんな声にもなる。

部活って、まさか、曜……わたしと顔合わせづらいから、兼部先の水泳部に逃げたってこと……?

250 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:10:27.79 WJ3m1kFK0 250/323


花丸「ま、鞠莉ちゃんから、まがまがしいオーラが出てるずら……」

鞠莉「……帰る」

千歌「え!? 帰るって……これから、部活……」

鞠莉「…………」


もう返事をする気力もなかった。

ああ、そういうことか。結局全部を投げ出したんだ、曜は。

千歌も、Aqoursも──わたしも。


鞠莉「…………っ」


また、涙が勝手に溢れてきたから、袖で拭う。

もう今日は帰って寝よう。

……疲れてしまった。





    *    *    *





──誰も居ない。

もう、真っ暗だ。


「……怖いよ……っ」


誰も私に気付かない。


「……寂しいよ……っ」


世界にただ一人、取り残されて、


「……やだ……っ……やだ……っ……」


消えていく。

存在が、少しずつ、消えていく。


「……はっ……はっ……はっ……!」


恐怖で心臓が嫌な鼓動を刻み続け、冷や汗で全身がびっしょりになり、涙が止まらない。


「やだ……っ……誰か、助けて……っ……」


消えたくない。

全部、自業自得かもしれない、それでも、消えたくなかった。怖くて、怖くて──


「……鞠莉、ちゃん……っ……」

251 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:11:55.31 WJ3m1kFK0 251/323


名前を呼んでしまう。

いつも、私を助けてくれた、大好きな人の名前を……。

あんなことを言って、遠ざけた手前。

ワガママなのは承知の上だけど……それでも、


「鞠莉ちゃん……っ……怖いよ……寂しいよ……」


私は、彼女の名前を、呼び続ける。

届くことのない声で──呼び続ける。





    ✨    ✨    ✨





9月25日水曜日。

今日も変わらず、イライラしていた。

ただ、仕事が溜まっていたため、今は理事長室に篭もっている。


鞠莉「…………」


コーヒーを飲みながら、ふとカップの話を曜としたな、などと思い出して。


鞠莉「! ……もう、忘れるのよ、マリー……!」


ぶんぶんと首を振る。

もう終わったことだ。もうわたしには関係ない。関係ないんだ……。

そのとき──コンコン。扉がノックされる。


鞠莉「……どうぞ」

ダイヤ「失礼します」


入ってきたのは、ダイヤだった。


鞠莉「……何?」

ダイヤ「まだ、不機嫌なのですか?」

鞠莉「別にいいでしょ……」

ダイヤ「はぁ……今日も部活には顔を出さないのですか? もう練習も終わって、皆着替えているところですけれど……」

鞠莉「……わたし以外にも言う相手が居るでしょ?」

ダイヤ「……? 誰ですか?」

鞠莉「……っ」


ダイヤがとぼけた顔をして、イラっとする。

252 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:18:00.53 WJ3m1kFK0 252/323


鞠莉「もう一人、部活に来てないのがいるでしょ!?」

ダイヤ「え……?」

鞠莉「……は?」

ダイヤ「ごめんなさい、誰のことですか?」

鞠莉「曜よ!」

ダイヤ「……? よう……?」

鞠莉「…………」


なんだ、ダイヤもグルなのか……。

少しでも気持ちを静めようと、コーヒーに口を付けるが、イライラしすぎて、味がよくわからない。


ダイヤ「あの……鞠莉さん……」

鞠莉「何……」

ダイヤ「もしかして……よう、とは……人の名前ですか……?」

鞠莉「え……?」


ダイヤの言葉に、カップが手から滑り落ちた。

──パリンッ。


ダイヤ「!? 鞠莉さん!? 大丈夫ですか!?」

鞠莉「ダイヤ……! 今なんて言った……!?」

ダイヤ「え、いや、だから大丈夫ですかと……」

鞠莉「違う、それより前……!! 曜が……なんですって!?」

ダイヤ「え……ですから、その、よう……? というのは人の名前、ですか……?」

鞠莉「…………まさ……か……」


態度が急変したと思ったら、急に姿を見せなくなった曜。そして、今のダイヤの反応──全てが一気に結びついて、血の気が引いていく。


ダイヤ「鞠莉さん、それより、お怪我は……」

鞠莉「──曜……っ!!」


わたしは、理事長室を飛び出した。


ダイヤ「え!? ちょっと!! 鞠莉さんっ!?」


パパから貰った大切なコーヒーカップは──床に落ちて、バラバラに砕けてしまっていた。

今のわたしは、それどころではなかった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──曜っ!!」


部室の引き戸を乱暴に開けながら、曜の名前を叫ぶ。

253 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:19:55.11 WJ3m1kFK0 253/323


ルビィ「ピギッ!?」

花丸「ずらっ!?」

千歌「ま、鞠莉ちゃん……?」

果南「鞠莉……今日はどうしたの……?」

鞠莉「曜!! 曜は!? 曜はどこ!?」

善子「よう……?」

梨子「えっと……鞠莉ちゃんに特別用事はないけど……? 強いて言うなら部活?」

鞠莉「ふざけてる場合じゃないの!! 曜よ!! 渡辺曜!!」

梨子「え、ええ……?」


思わず梨子の肩を掴んで揺すってしまう。


ダイヤ「ちょっと鞠莉さん!!」


背後から、追いついてきたダイヤが、わたしの肩を引っ張る。


ダイヤ「急にどうしたというのですか!!」

鞠莉「ダイヤ!! 曜は!? 曜はどこ!? 来てないの!?」

ダイヤ「だから、何の話ですか!?」

鞠莉「……っ!」


ダメだ、ダイヤはもう忘れてる。……そうだ!!


鞠莉「ルビィ!!」

ルビィ「ピギィッ!?」

鞠莉「あなたは覚えてるわよね!? 曜のこと!!」

ルビィ「ふぇ、ふぇぇ!? な、なに……? ルビィ、なんかしちゃったの……っ!?」

鞠莉「違う!! 曜!! 渡辺曜!! 覚えてるでしょ!!? ねぇっ!!」

ルビィ「だ、誰……っ……ルビィ、知らないよ……っ」

鞠莉「っ!! なんであなたが覚えてないのよっ!!?」

ルビィ「ピギッ!! ご、ごめんなさい……っ!!」

鞠莉「あなた、曜に助けてもらったでしょ!? なんで、そのあなたが……!!」


ルビィの肩を掴んで揺する。


ダイヤ「鞠莉さんっ!! いい加減にしてください!!」


ダイヤがルビィとの間に割って入ってくる。


ルビィ「お、おねぇちゃん……」

ダイヤ「貴方、先ほどから、おかしいですわよ!?」

鞠莉「……どうしよう……どうしよう……っ……!」


ルビィがダメ……あとは……。


千歌「……よう……わたなべ、よう……」

鞠莉「……!! 千歌!! 曜のこと覚えてるの!?」

254 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:24:09.60 WJ3m1kFK0 254/323


今度は千歌の肩を掴む。……いや、もはや縋っていた。


千歌「…………よう……よう……? ……よう……わた、なべ……よう……?」

鞠莉「そう!! 曜よ!! あなたの幼馴染の渡辺曜!!」

千歌「……し、しってる?? しらない?? ……よう、だれ? ……え? しって……いっづ……っ……!!」


急に、千歌が頭を抱えて、蹲る。


鞠莉「……っ!! 千歌、お願い!!」

千歌「あ、たま……い、たい……、よう……ちゃ……ん……づぅっ……!!」

鞠莉「千歌っ!!」

ダイヤ「──やめてくださいっ!!!」


ダイヤが血相を変えて、千歌をわたしから引き剥がす。


ダイヤ「千歌さん!? 大丈夫ですか!?」

千歌「……あ、たま……われ、る……」

鞠莉「千歌、お願い!! 思い出して……!!」

千歌「…………づぅっ゛……」

ダイヤ「お願いやめてっ!! 千歌さんが苦しんでる!!」

鞠莉「……っ!!」


混乱する頭の中で、この間、聖良が言っていたことを思い出す。

──『恐らく、ダイヤさんや花丸さんのような、近しい人たちの記憶からも完全に消えてしまうようになったら、かなり危険信号だと思います』──

もう、曜の記憶は千歌にしか残ってない。そして、千歌の記憶も消えかかっている。


鞠莉「……見つけなきゃ!!」

果南「え、ちょっと、鞠莉っ!?」


もう時間がない……!!

わたしは、一人部室を飛び出した。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「車回して!!! 早く!!! お願い!!!」


電話口に叫びながら、校門から飛び出す。

どこを探せばいい!? 曜はどこにいる!?

いや、ルビィはこの状況になったときにはすでに姿が見えなくなっていた。

どこかわかるだけじゃダメだ……!!


鞠莉「そうだ!! 魔除け……!!」

255 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:25:24.73 WJ3m1kFK0 255/323


ホテルオハラまで取りに行く余裕がある……?

船を回してもらう……?

混乱する思考の中、必死に最善手を考える。


 「──鞠莉ー!!」

鞠莉「!?」


背後から声がして、振り返る。


果南「はぁ……はぁ……!! 急に、どうしたのさ!?」


声の主は、果南だった。


鞠莉「果南……説明してる暇は──」


そこで──ハッとする。


鞠莉「果南今日、淡島から何で本島まで来た!?」

果南「え……? 水上バイクだけど……」

鞠莉「鍵貸して!!」

果南「え!?」

鞠莉「お願い……っ!」

果南「い、いいけど……」


果南がポケットから出した鍵を、半ばひったくるようにして受け取る。


果南「ちょ、鞠莉、ウェットスーツは!? まさか、制服のまま乗るつもり!?」

鞠莉「ごめん!! 後でちゃんと返すから!!」


わたしは全速力で、浦の星女学院前の下り坂を走り出した。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──はぁ……はぁっ……果南の水上バイク……あった!!」


途中で拾ってもらった車から飛び出し、淡島行きの船着場近くに着けてあった、水上バイクに乗り込もうとした瞬間──


鞠莉「きゃっ!?」


──ザブン。焦っていたせいか、足を滑らせて海に落ちてしまった。


鞠莉「……げほっげほ……っ……時間、ないのに……!!」


這い上がるようにして、水上バイクに跨って、鍵を回してエンジンを入れる。


鞠莉「……お願い、間に合って……!!」

256 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:28:02.98 WJ3m1kFK0 256/323


祈るようにして、水上バイクを発進させる。

──ブルンブルンと音を立て、風と水面を切り裂きならが、水上バイクが発進する。


鞠莉「早く……早く……っ!!」


焦りながら、一直線にホテルオハラに向かって突き進む。

水上バイクのお陰で、海上の移動はかなり時間短縮出来た。

ホテルオハラの専用の船着場に水上バイクを停めて、そのまま自分の部屋へ走る──


鞠莉「エレベーター……!! 待ってられないわよっ!!」


階段を二段飛ばしで、全速力で駆け上がる。

脚が悲鳴をあげているが、おかまいなしだ。

それどころじゃない。

最上階にある、自分の部屋に辿り着いたら、そのまま、乱暴に扉を開けて──

ベッドルームにおいてある、魔除けを蹄鉄ごと乱暴に、近くにあった適当な袋に詰め込んで持ち出す。

そのまま、来た道を戻る形で、階段を全速力で駆け下りる。

そのとき──疲労しきった脚がもつれて、


鞠莉「!?」


身体が浮遊感に包まれる。

気付いたときには、階段の踊り場で蹲っていた。

──階段を踏み外した。


鞠莉「……づ、ぅ……っ!」


五段ほど、落ちて、身体を打った。一番上からじゃなかったのは、不幸中の幸いだろうか。


鞠莉「……早く……曜の……ところに……」


魔除けの入った袋を拾いながら、立ち上がる。


鞠莉「……づっ……!!」


右足首に強烈な痛みが走る。

落ちた拍子に足をくじいたのかもしれない。


鞠莉「ぁぁ゛……!!」


それでも、足を引き摺って、歩き出す。


鞠莉「曜の、ところに……行かなきゃ……!!」


足がズキズキ痛むが、それでもわたしは止まるわけにはいかなかった。


鞠莉「曜は……曜は……消えちゃうのが、わかってたんだ……っ」


今思い返せば、あのデートの日、気付けるだけの兆候はいっぱいあった。

尻餅をつくくらい思いっきり人からぶつかられたり、二人居るのに一人だと間違われたり、やたら曜がわたしの注文にあわせてきていたのも全部──もう、わたし以外に見えていなかったんだ。

そして、最後のあのとき──

257 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:30:25.19 WJ3m1kFK0 257/323


鞠莉「もう消えちゃうって、わかったから……わざと、わたしから嫌われようと……したんだよね……っ」


そうじゃなきゃ、曜があんなこと言うはずなかった。あんなものが曜の本心なわけなかった。

わたしは、もっと曜を信じてあげなくちゃいけなかった。

寂しがりのあの子は、きっと今、一人で泣いてる。一人ぼっちで泣いている。

だから、わたしが傍に行って、見つけてあげなくちゃ……一秒でも早く……!!


鞠莉「曜……ごめんね……っ……気付いて、あげられなくて……っ……。今行くから……っ……曜……っ!!」





    ✨    ✨    ✨





──水上バイクで、本島へ戻る。


鞠莉「……づっ……」


さっきくじいた右足首がズキズキする。

ウェットスーツどころか、マリンブーツも履いていないため、革靴の中には水が入り放題だし、靴下はびしょ濡れだけど……。


鞠莉「患部が冷えて、むしろ丁度いいんだから……っ!!」


強がりながら、岸まで水上バイクをかっ飛ばす。

──本島に戻ってきたところで、水上バイクを再び岸に着け、車へ走る。


鞠莉「……ぅ、ぐ……っ……」


足の痛みが、どんどん酷くなっている。

下手したら、捻挫しているかもしれない。

でも、今は……今は、それよりも、


鞠莉「曜……っ……!!」


曜の下へ、行くんだ。

──足を引き摺ったまま、車に乗り込む。


運転手「お嬢様……!? お怪我を……!?」

鞠莉「お願い、いいから出して!! 『びゅうお』まで……!!」


──わたしは曜が居るはずの、『びゅうお』へ急ぐ。





    ✨    ✨    ✨





足をくじいてしまったせいで大幅に時間をロスしてしまった。そのため、『びゅうお』についた頃には、もう夕日が沈みかけている時間になっていた。


鞠莉「曜、どこ……っ!!」

258 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:31:51.42 WJ3m1kFK0 258/323


人影のない、『びゅうお』の中でわたしは、叫ぶ。


鞠莉「曜……!!」


足を引き摺りながら。

ここにいるはずだと。


鞠莉「曜……っ……!!」


中央通路を見通しても、曜の姿は認められない。


鞠莉「曜……!! どこ……っ……!!」


必死に曜の名前を叫ぶ──だけど、一向に曜を見つけることは出来ない。


鞠莉「曜…………っ」


まさか、間違えた……!?


鞠莉「っ……!!」


足を引き摺りながら、わたしは『びゅうお』の中をくまなく探したが──結局、曜を見つけることは出来なかった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「曜……一体どこ……曜……っ」


車に戻って、必死に頭を回転させる。

気付けば日はすっかり落ちて、時刻は午後7時半を過ぎようとしていた。

曜の行きそうな場所……。


鞠莉「ダメ……わかんない……」


『びゅうお』以外は絶対ありえないと思っていた。

他に曜が行きそうな場所……。


鞠莉「……そうだ、自宅」


渡辺家なら、ありえる。


鞠莉「曜の家……じゃなくて、ここから狩野川沿いに北上して!!」

運転手「は、はい。承知しました」


恐らく、もう運転手には、『曜の家』じゃ伝わらない。

だから、ざっくりとした方向を伝えて、前まで来たら停めてもらうしかない。

わたしは、最後の望みを懸けて──渡辺家へと急ぐ。



259 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:34:10.93 WJ3m1kFK0 259/323



    ✨    ✨    ✨





渡辺家が近付いてきたところで──


鞠莉「ここで停めて」

運転手「はい……」


運転手を促し、車を降りる。

渡辺家の方へ、足を引き摺って歩いていくと──

家の前に人影が一つ。

辿り着いた渡辺家の軒先に居たのは──


曜ママ「鞠莉……ちゃん……?」


曜のお母さんだった。


鞠莉「……! あの、曜は……! 曜は居ませんか……!」

曜ママ「鞠莉ちゃん……曜ちゃんが……曜ちゃんが居ないの……」

鞠莉「……!」


まだ、曜のことを覚えている……!


鞠莉「曜を、曜を最後に見たのはどこですか!?」

曜ママ「……鞠莉ちゃん……曜ちゃんが……どんどん、消えていくの……」

鞠莉「……!」

曜ママ「大切な……たった一人の娘なのに……」


会話が上手く噛み合わない。相当、混乱している。現在進行形で刻一刻と、記憶が消えかけてるんだ。


鞠莉「……落ち着いてください……。曜は絶対にわたしが見つけます」

曜ママ「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「曜を最後に見たのは……どこですか?」

曜ママ「それが……思い出せないの……」

鞠莉「……っ」


最後の手掛かりだと思ったのに……。


曜ママ「でも……」

鞠莉「?」

曜ママ「曜ちゃんの……声を聴いた気がする……」

鞠莉「声……?」

曜ママ「……いつもの場所に、居るから……って」

鞠莉「…………」


いつもの場所……。

260 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:35:58.88 WJ3m1kFK0 260/323


鞠莉「いつもの……」

曜ママ「いっつ……っ……!!」


急に曜のお母さんは頭を抱えて蹲る。


鞠莉「!? 大丈夫ですか!?」

曜ママ「い、嫌……曜ちゃんが……消えてく……曜ちゃん……!!」

鞠莉「っ……!!」


今まさに、曜のお母さんの記憶からも、曜が消えようとしている。

恐らく、曜のお母さんの記憶から消えてしまったら……もう取り返しがつかない。


鞠莉「少しだけ、ここで待っていてください……絶対に曜は、見つけ出します……!!」

曜ママ「曜、ちゃん……」


わたしは足を引き摺りながら、車に戻り。運転手に──


鞠莉「ごめんなさい……あそこの家の人を介抱してあげて」


そうお願いして、


運転手「それは構いませんが……鞠莉お嬢様は……?」

鞠莉「わたしは、まだ……行くところがあるから。……お願いね」


わたしは歩き出す。

ズキズキと痛む足を引き摺りながら──曜の下へ。





    ✨    ✨    ✨





もう、曜がどこに居るのか検討もつかなかった。

でも──『いつもの場所に、居るから』──


鞠莉「……これはわたしに宛てたメッセージ」


あんな拒絶をされて尚、自意識過剰かもしれないけど、何故かそうだと確信出来た。

わたしに宛てたメッセージであるなら、曜の居る場所は──


鞠莉「やっぱり、『びゅうお』以外、ありえない……!!」


足を引き摺りながら、『びゅうお』に戻る。だが、あと数十メートルのところで──『びゅうお』の展望室の照明が落ちた。


鞠莉「……!?」


──午後8時、閉館時間だ。


鞠莉「待って……!!」


わたしは走り出す。

261 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:37:17.72 WJ3m1kFK0 261/323


鞠莉「……っ゛……!!」


もちろん、足には激痛が走る。

でも、今止まるわけにはいかない。

死に物狂いで走る。


鞠莉「……ぐ……ぅ……っ……!!」


やっと思いで辿り着いて、わたしは『びゅうお』の入口のドアを押し開いた。


鞠莉「──はぁ……はぁ……っ!!」

受付人「おや、お嬢ちゃん……もう今日は閉館だよ」


いつもの受付のおじさんが閉館の準備をしている真っ最中だった。

もう展示室の中には入れない。だけど、諦めるわけにはいかなかった。


鞠莉「……お願いします……!! 中に入れてください……!!」

受付人「いやぁ、そういうわけにもいかないよ」

鞠莉「お願いします!!」


思いっきり頭を下げる。


受付人「いや、頭を下げられても……」

鞠莉「土下座すればいいですか……!?」

受付人「え、いや……」

鞠莉「お金が必要ならいくらでも払います……!! お願いします、中に入れてください……!!」

受付人「……い、いや」

鞠莉「お願いします……!! ここに──ここにわたしの大切な人が居るんです!! わたしのことを待ってるんです……!!」

受付人「中には誰も居ないよ……? 確認もして──」

鞠莉「お願いします!!! 今だけでいいんです!! 今……今行かないと──」


わたしは目に涙をいっぱい溜めて、


鞠莉「──後悔することすら、出来なくなっちゃうから……っ!!!」


懇願した。


受付人「……」


あまりにわたしの懇願が鬼気迫っていたのか、


受付人「……ちょっとだけだよ」

鞠莉「!」


受付のおじさんは、許可をくれた。


受付人「常連さんだから特別に。ただし、今回だけだよ」

鞠莉「ありがとうございます……っ!!」


曜──待っててね……!! 今行くから……!!


262 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:42:06.44 WJ3m1kFK0 262/323




    *    *    *





「──……やっぱり、私、このまま消えちゃうんだな」


最後の最後になって、恐怖が一周してしまったのか、不思議と落ち着いていた。

恐らく、今日が終わるのを待たずして、私は居なくなる。

そんなことが直感的に、理解出来た。

それくらい、“存在”が希薄になっていることが、自分でも理解できるくらいに、消えかけていた。

いや、落ち着いているのは、もしかしたら──最後に嬉しいことがあったからかもしれない。


「──最後に……鞠莉ちゃんが来てくれた……っ」


夕日で真っ赤に染まる『びゅうお』の中で、鞠莉ちゃんは私を必死に探していた。

私も必死に声を張り上げたけど──もう、鞠莉ちゃんには届かなかった。


「しょうがないよね……っ……姿も見えない……声も聞こえないんじゃ……場所がわかっても、どうにもならない……」


それに、自分で決めて遠ざけたんだ。鞠莉ちゃんを、傷つけてでも、一人で居なくなろうって……。

それでも──それなのに、あんなに酷いことを言ったのに、ここに来てくれたことだけで、十分だった。最後に姿を見れただけでも、嬉しかった。鞠莉ちゃんには、もう、感謝の気持ちでいっぱいだった。最後の最後まで、ワガママで素直じゃない、私の傍に居ようとしてくれた、鞠莉ちゃんには。


「鞠莉ちゃん……っ……」


名前を呼んでも、もう誰にも届かない。

そして先ほど、この廊下の明りも消えて、『びゅうお』は閉館した。そんな今、もうここに人が来ることはない。

この場所で、鞠莉ちゃんとの思い出がたくさん詰まったこの場所で……終わるみたいだ。

──カツ。


「……?」


──カツ、カツ、カツ。

静かな館内に靴音が響く。


「……誰……?」


近付いてくる、靴音の方に目を向けると──


鞠莉「……はぁ……はぁ……っ……曜……っ……」

「鞠莉……ちゃん…………?」


──鞠莉ちゃんだった。鞠莉ちゃんが右足を引き摺りながら、こちらに向かって歩いてくる。


「……鞠莉、ちゃん……」

鞠莉「曜……そこに居るんだよね……」

「……! 鞠莉ちゃんっ!! 私、ここに居るよ……!!」

鞠莉「曜……」

263 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:44:18.03 WJ3m1kFK0 263/323


鞠莉ちゃんは私が居ることに気付いてくれている。

だけど、私の姿は、もう鞠莉ちゃんにも見えないし、声も聞こえない。


「鞠莉ちゃん……!!」


──そのとき、ふと、


鞠莉「曜……」

「!!」


──何故か、目が逢った。

そのまま鞠莉ちゃんが、真っ直ぐ近付いてくる。


「鞠莉ちゃんっ!! 鞠莉ちゃん……!!」

鞠莉「曜……」


鞠莉ちゃんは“いつもの場所”に──中央通路の、いつも鞠莉ちゃんが座っていた席に、腰を下ろして。

“隣の席”に居る、私の──手を、握った。


鞠莉「──やっと、見つけた……っ」

「鞠莉……ちゃん……?」

鞠莉「曜……隠れるの上手すぎだよ……? わたし、泣いちゃうかと思った……っ」

「私の声……聴こえるの……?」

鞠莉「聴こえるよ……ちゃんと、聴こえるし……曜のこと……ちゃんと見えてるよ……っ」

「ホントに……? でも……なんで……?」

鞠莉「これがあるから」


言われて見た、鞠莉ちゃんと私の繋がれた手の間には──


「蹄鉄……」


鞠莉ちゃんのお守りがあった。


鞠莉「このお守りが……わたしと曜を繋いでくれてる……」

「鞠莉ちゃん……っ」

鞠莉「曜……みつけたよ……っ……?」

「……! あはは、鞠莉ちゃん……かくれんぼで見つけるのも……上手じゃん……っ……下手だって、言ってたのに……っ」

鞠莉「それは、曜だからだよ……曜だから、見つけられるんだよ……。……ごめんね、一人にして……怖かったよね……」

「でも……見つけてくれたよ……っ……」

鞠莉「うん……っ……」

「…………鞠莉ちゃん……この間は、酷いこと言って……ごめん……ごめんなさい……っ」

鞠莉「いいよ……全部、わたしを遠ざけるために言った嘘だったんだもんね……曜が消えていく、辛さを……わたしが味わわないために……」

「…………それでも、ごめん……。私……鞠莉ちゃんを千歌ちゃんの代わりだなんて……思ってないよ……」

鞠莉「ふふ、知ってるよ……。そもそもマリーにはそんな嘘、通用しないんだからね……? 曜が、ホントは寂しくて、ずっと一人で泣いちゃってたことも……わたし、知ってるんだから……」

「……あはは、やっぱり、鞠莉ちゃんには敵わないや……」


ホントに鞠莉ちゃんは私のことはなんでもお見通しみたいだ。

264 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:46:36.77 WJ3m1kFK0 264/323


鞠莉「──曜……」

「ん……」


鞠莉ちゃんは、優しい眼差しで、私の顔を真っ直ぐ捉えて、


鞠莉「I love you.」


言う。


鞠莉「わたし……曜のことが……大好きだよ」


鞠莉ちゃんはそのまま──私の唇に軽く、キスをした。


鞠莉「曜──愛してる」

「…………うん……っ……うん……っ」


その拍子に、私の目から、ポロポロと涙が溢れ落ちる。

気付けば、鞠莉ちゃんも私と同じように、大粒の涙を流していた。


「嬉しい、なぁ……っ……」

鞠莉「曜……帰ろう?」

「……帰りたい……っ」

鞠莉「……? 帰るんだよ?」

「……出来ないんだよ……っ」

鞠莉「……え……?」

「……もう、間に合わないんだ……っ」

鞠莉「どういう、い、み……」


鞠莉ちゃんが目を見開いた。


「私……今、鞠莉ちゃんにどう見えてる?」

鞠莉「……なんで、なんで曜が透けてるの……?」

「……やっぱり、そうだよね」

鞠莉「曜……なんで……!! 蹄鉄はちゃんとあるのに……!!」

「ダメ、なんだよ……私は……──呪われてるから」

鞠莉「え……」

「ルビィちゃんと違って……魔除けを使っても、呪いが返る先がないから……」

鞠莉「なに……言ってるの……?」

「私だけ、ルビィちゃんをずっと忘れないで居られたのは……本来、私が受けるはずの呪いを、代わりにルビィちゃんが受けてたから」

鞠莉「……うそ……そんなの、うそよ……」

「全部自業自得だったんだ……。ルビィちゃんの呪いの元が私だったなら……私への効果が薄くても、おかしくないもんね。……ごめんね……鞠莉ちゃん……最後まで、ダメな私の……傍に居てくれて、ありがとうっ」

鞠莉「ダメ……諦めちゃダメ……っ!! 一緒に帰るの……っ!! 曜……っ!!」

「ありがとう、鞠莉ちゃん……その気持ちだけで、もう死ぬほど嬉しいよ……」

鞠莉「何言ってるの!! もっと嬉しいこと、これからもいっぱいあるから……曜……!!」

「……でも、もう、私……歩けないから」

鞠莉「え……」

265 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:48:30.89 WJ3m1kFK0 265/323


鞠莉ちゃんが私の下半身に目を向ける。


鞠莉「な、に……これ……。……脚が……ない……」

「どんどん脚が薄くなっていって……朝には、もうこうなってた。私の脚……もう、存在してないみたい」

鞠莉「やだ……待って……っ……!」


鞠莉ちゃんがいやいやと首を振る。その、拍子に更に大粒の涙が、ポロポロと零れ落ちる。

だけど、無情にも──少しずつ少しずつ、鞠莉ちゃんと繋がれた手が透明になっていく。


鞠莉「いやっ!! 曜、行かないでっ!!」

「ごめんね……っ……鞠莉ちゃん……っ……」

鞠莉「魔除け……!! まだ、いっぱいあるから……!! 曜……!!」

「ありがとう……鞠莉ちゃん」

鞠莉「曜っ!!」

「……いっぱい迷惑掛けて、ごめんね」

鞠莉「曜……っ……曜……っ……!」

「私の傍に居てくれて──本当にありがとう。……ばいばい」





鞠莉「あ……」


曜が──すぅっと見えなくなる。


鞠莉「曜……? 曜……嘘だよね? 曜……」


先ほどまで繋いでいた手で、手繰るけど、もう曜が居たはずの場所には、何もない。


鞠莉「…………ぁぁぁっ……!! 曜……っ……!! 曜……っ……!!!」


曜の名前を呼ぶけど、もう返事はない。


鞠莉「なにが……なにが呪いよ……っ……!! 神だか、悪魔だか、知らないけど……勝手に曜のこと連れてかないでよっ!!!」


虚空に向かって叫ぶ。


鞠莉「なんで、曜ばっかり、苦しい想いするのよ……!!! 悲しい想いするのよ……!!! すごい力があるなら、ちゃんと、平等にしてよっ……!!! ねぇっ……!!!」


声を張り上げる。だけど──答えるモノは何も居ない。


鞠莉「曜……っ……わたしを……一人にしないでよぉ……っ……」


わたしは、一人、闇に溶ける真っ黒な海の見える、この『びゅうお』で──かけがえのない、最愛の人を失った。




こうして……渡辺曜は、最悪の結末の下──この世界から……消滅したのだった。



266 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:49:07.25 WJ3m1kFK0 266/323



    ✨    ✨    ✨










    ✨    ✨    ✨



267 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:55:41.65 WJ3m1kFK0 267/323



──……あれから、一週間が過ぎた。10月3日木曜日。

ここは三年生の教室。


鞠莉「…………」


──カリカリカリ。


鞠莉「…………」


──カリカリカリカリ。


鞠莉「…………」

果南「……ねぇ、鞠莉」


──カリカリカリカリカリカリ。


果南「鞠莉ってば……!」

鞠莉「……なに?」


──カリカリカリカリ。

わたしは手を止めずに果南に返事をする。


果南「っ……! それやめてって!!」

鞠莉「…………なんで?」

果南「今の鞠莉……怖いよ……毎日毎日、一日中ずっとノートに同じ文字書いてて……」

鞠莉「…………果南には、関係ない」

果南「ねぇ……鞠莉、どうしちゃったの……? おかしいよ……いつもの鞠莉に戻ってよ……」

鞠莉「──You're the one who's weird. (おかしいのはあなたたちの方でしょ。)」

果南「え……」

鞠莉「……」

果南「……鞠莉、今なんて言ったの……? 英語……だよね……?」

鞠莉「…………」

果南「鞠莉…………」

鞠莉「……集中できないから、話しかけないで」

果南「…………。……ごめん」


そう言うと、果南はやっと自分の席に戻ってくれた。

──曜が消えてから、一週間。

わたしは、ノートにひたすら文字を書いていた。

忘れないために。『曜』の名前をひたすらに。


鞠莉「──曜……絶対、忘れない。わたしは、忘れたりしないから……」


──ひたすら、書き続ける。

曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜──


鞠莉「……っ」

268 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 03:59:00.39 WJ3m1kFK0 268/323


目がチカチカする。眠い。


鞠莉「……っ!」


──ダメだ、寝ちゃダメだ。

眠気を飛ばすために頭を振る。

そのまま、机の横に掛けていた、白いビニール袋の中から、缶コーヒーを無造作に掴み、プルタブを開けて、


鞠莉「……コクコクコク……」


胃の中に流し込む。

──不味い。


鞠莉「…………」


──カリカリカリ。

飲み終えたら、再び書き始める。


ダイヤ「……缶コーヒーですか」


今度はダイヤが話しかけてきた。


鞠莉「…………」

ダイヤ「コーヒーへの拘りの人一倍強い貴方が、缶コーヒーを飲むなんて思いませんでしたわ」


──カリカリカリ。ああ、うるさい。今、大事なことをしているのに。


ダイヤ「珍しくわたくしに勉強法を訊ねてきたと思ったら……そんなこと、いつまで続けるつもりですか?」

鞠莉「……」


それは感謝してる。書くというのは思った以上に、記憶の定着に効果があることが実感できた。でも、邪魔しないで欲しい。


ダイヤ「……酷い隈ですわよ。ちゃんと鏡、見ていますか?」

鞠莉「…………うるさい」

ダイヤ「……そうですか」


ダイヤはそれ以上は何も言わなかった。


鞠莉「…………」


──カリカリカリ。





    ✨    ✨    ✨





──放課後、理事長室。


鞠莉「……ふぅ」

269 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:00:20.01 WJ3m1kFK0 269/323


手早く、理事長としての仕事に方をつけて、帰りの仕度を始める。

その折──コンコン。戸がノックされる。来客のようだ。


ダイヤ「失礼します」


顔を出したのは、ダイヤだった。


鞠莉「……何?」

ダイヤ「部活、今日も来ないのですか? 皆さん、待っていますわよ」

鞠莉「……皆さん? よく言うわね」

ダイヤ「……」

鞠莉「8人しかいないAqoursなんて、Aqoursじゃない」

ダイヤ「ではその、貴方の言う9人目は……今、何処にいると思うのですか?」

鞠莉「……」


わたしはダイヤを無視して、荷物をまとめる。

ダメだ、話をしてると、イライラする。

早く家に帰ろう。帰って、ノートの続き。


ダイヤ「鞠莉さん……」

鞠莉「あなたたちに……わたしの気持ちはわからない」

ダイヤ「……」

鞠莉「……もう、放っておいて……」

ダイヤ「そう……ですか……」

鞠莉「……鍵、閉めたいから、早く出て」

ダイヤ「……鞠莉さん」

鞠莉「……今度は何?」

ダイヤ「お願いですから……家に帰ったら、ちゃんと寝てくださいね……酷く疲れた顔をしていますわ……」

鞠莉「……」


わたしは再びダイヤを無視した。

寝てる暇なんてない。

眠るわけには、いかない。

ダイヤを追い出すようにしながら出た、理事長室の施錠をしている最中、


鞠莉「ぅ……っ……!」


急に激しい吐き気に襲われて、わたしは口元を押さえる。


ダイヤ「!? 鞠莉さん……!!」


それを見て、よろけたわたしを支えるために、ダイヤが手を伸ばしてくる。

でも、


鞠莉「っ!! 触らないでっ!!」


──パシン。わたしはダイヤの手を払いのけた。

270 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:01:23.57 WJ3m1kFK0 270/323


ダイヤ「っ……」

鞠莉「やめて……!! わたしの中の曜が、消えちゃう……っ……!」


曜のことを覚えてない人が触れたら、もしかしたら、その影響で、わたしの中からも曜が消え去ってしまうんじゃないか。

そんな強迫観念のせいか、他人から触れられるのが怖かった。

果たしてそういうものなのかは、全くわからない。でももう、この世でたった一人しかいないんだ。渡辺曜を覚えている人間は──わたししか居ない。

だから、わたしは何がなんでも、この思い出を守らなきゃいけない。わたしが忘れたら、曜が居た事実さえ、なくなってしまう。


ダイヤ「……鞠莉さん」

鞠莉「……もう、あっち行って……っ!」

ダイヤ「……ごめんなさい。……落ち着いたらでいいので、一度、部室に顔を出してください。……皆さん、本当に心配していますから」

鞠莉「…………っ」


わたしは今度こそ、ダイヤから顔を背けて、逃げるように、下校する。





    ✨    ✨    ✨





自宅に帰って、すぐさまノートを開く。


鞠莉「……曜」


──カリカリカリ。


鞠莉「……曜……っ」


──カリカリカリカリ。


鞠莉「……ぅ……ぐす……っ……。……曜……っ」


ポタポタとノートに涙が零れて、字が掠れた。


鞠莉「曜……」


まるで、今の曜の存在のように、ぼやけて、見えなくなっていく。

日に日に、曜への記憶が薄れていく。


鞠莉「……っ」


今日何本目かわからない、缶コーヒーを引っつかんで、無理矢理飲用する。


鞠莉「……ぅ……げほっ……げほっ……」

271 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:02:57.81 WJ3m1kFK0 271/323


──おいしくない。

いつも飲んでるコーヒーに比べると、最初は泥水かと思った。

でも、いちいちコーヒーを淹れてる余裕なんかない。この際、カフェインさえ取れればいい。

とにかく眠りたくなかった。

──……曜が消えて、三日目の朝。

起きたら、曜の顔が思い出せなくなっていた。

泣きながら、思い出そうとした。

でも、何度思い出そうとしても、記憶の中の曜の、顔の部分だけが黒く塗りつぶされたように、思い出せない。

そこから、二日間、徹夜した。

四日目の深夜。気付けば、机の上で寝落ちしていた。

──起きたら曜がどんな声だったのかが思い出せなくなった。

大好きな人の声なのに。忘れるはずないのに。忘れていいはずないのに。


鞠莉「曜…………曜…………」


だから、寝る間も惜しんで、曜の名前を書く。

曜を心に、体に、頭に、刻み込むために……。


鞠莉「……いたっ……」


不意に、右手の親指の付け根に痛みを感じて、ペンを落とす。


鞠莉「……っ……」


手首はとっくに腱鞘炎を起こしていた。


鞠莉「……ダメ……書かなきゃ……」


曜の字を書かないと、曜が消えるという強迫観念に襲われて、すぐにペンを握るけど──

手が震えて、うまく持てない。


鞠莉「……ぅ……っ……うぅ……っ……曜……っ……」


左手に持ち替えて、続きを書き始める。

利き手じゃないから、曜の字が歪む。

まるで、今のわたしの記憶のように。


鞠莉「曜……やだ……消えないで……っ」


わたしは泣きながら、ただ曜のことを、曜の名前を、書き続ける──





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──……あ……れ……」

272 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:04:17.86 WJ3m1kFK0 272/323


ぼんやりと目を覚ます。

どうやら机で眠ってしまったようだった。


鞠莉「わたし……何してたんだっけ……」


机の上を見ると──


鞠莉「……ひっ」


そこにはノート。そして、おびただしい量の同じ文字の羅列。

──曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜曜──


鞠莉「な、なに……こ、れ……?」


──口に出してから、青ざめた。


鞠莉「曜……!! 渡辺曜!! 曜、曜、曜……!!」


全身に冷や汗が噴き出してくる。

また忘れかけていた。

傍らにある、缶コーヒーをまた、取り出して、


鞠莉「……ゴクゴクゴク……!」


一気に飲み下す。


鞠莉「……はっ……はっ……寝ちゃダメだったのに……!! 寝ちゃダメだったのに……っ!!」


本当に、忘れかけていた。曜が全部消えかけていた。


鞠莉「ぅ……ぉぇ……」


もう何度目かわからない、酷い吐き気に襲われる。

気持ち悪い。

ダメだと思い、席を立とうとするけど、


鞠莉「あ……れ……」


身体に力が入らない。

エネルギーが切れてしまったのか。


鞠莉「…………」


わたしはコーヒーと一緒の袋に入っていた、黄色い箱を取り出す。

──カロリーメイトのチョコレート味。

曜が初めて、わたしにわけてくれた、カロリーメイトと同じ味。


鞠莉「……ぁーん……」


悪心のせいで、全く食欲はないけど、無理矢理口に放り込む。


鞠莉「…………もぐ……もぐ……っ」

273 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:06:06.37 WJ3m1kFK0 273/323


咀嚼するたびに、なんだか涙が出てきた。


鞠莉「……曜……曜の大好きなカロリーメイトも……いっぱい、あるよ……? 一緒に食べよ……? ねぇ……曜……っ……」


曜に問いかけるように、言うけど。

応えはもちろん返ってこない。

それどころか、


鞠莉「……ぅ……ぉぇ……」


食べたそばから、吐き気がする。それを無理矢理、次の缶コーヒーで胃に流し込む。


鞠莉「は、ぁ……はぁ…………」


息を切らせながら、よろよろと椅子から立ち上がる。


鞠莉「吐いちゃ……ダメ……。せっかく食べたのに……時間が無駄になる……」


確か、どこかに吐き気止めがあったはず……。

ついでに、手首も冷やそう……。保冷剤をタオルで巻いて、手首に当てれば問題ないはず。

薬箱と冷凍庫からそれぞれ、必要としていたものを見つけて、すぐに机に戻る。


鞠莉「続き……」


気休め程度だけど、吐き気止めを手早く水で飲んでから、再びノートと向き合う。

右手首を、タオルで包んだ保冷剤の上において、左手で再び曜の名前を書き始める。

チラリと見た時計は明け方の3時を示していた。

わたしは眠気と吐き気に耐えながら、ひたすらノートに名前を刻み続ける──





    ✨    ✨    ✨





朝になったら、学校に登校する。

車での送迎は眠ってしまうので、早めに出て徒歩で学校に向かう。

ただ、寝不足のままで、浦の星女学院までの長い道のりを歩くのはなかなか辛い。

加えて、幸い大事にこそ至らなかったものの、あの日くじいた足は、まだ少し痛む。

足の痛み、頭痛と吐き気、全身にある倦怠感と戦いながら、学校を目指す。

学校に着いたら、授業が始まるまで──いや、授業が始まっても、ノートに曜の名前を書き続ける。

途中、果南が話しかけてきた気がするけど、どうせ昨日と言ってることは変わらない。

午前の授業が終わり、昼休みになったら、すぐにカロリーメイトとコーヒーを胃に詰め込んで、再開する。

右手首の腱鞘炎は明け方からずっと冷やしていたのと、手首用のサポーターを付けて応急処置をしたため、少しだけ痛みが和らいでいた。


鞠莉「曜……曜……」

274 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:10:11.99 WJ3m1kFK0 274/323


ぶつぶつと曜の名前を呼びながら、書き続ける。

気付けば、昼休みが終わり、放課後になる。

理事長としての仕事を昨日出来るだけまとめて片付けたので、今日は少し余裕がある。

早く家に帰って、集中しよう。

そう思って、席を立つと──


果南「鞠莉……」


教室の出口を果南が塞いでいた。


鞠莉「……どいて」

果南「……せめて、部活に顔を出して」

鞠莉「...Why?」

果南「皆、心配してる……」

鞠莉「……」


何が皆だ。その中に、曜は居ないのに。


鞠莉「……」


話にならないと思い、果南の横をすり抜けようとすると──


果南「待って」


果南に腕を掴まれた。


鞠莉「っ!? 放してっ!?」


振り払おうとするが、果南の力が強くて振りほどけない。


果南「言ってダメなら……引き摺ってく」

鞠莉「いやっ!! お願い、放して……っ!!」

果南「……っ。行くよ、鞠莉」

鞠莉「いや、いやぁっ!! 放してっ!! 曜が!! 曜が消えちゃう……っ!!」


パニックを起こして、叫ぶわたし。

それを無視して、部活へと引っ張っていく果南。

恐らく、周囲から見たら異様な光景だったと思う。

だけど、それでも、果南はしっかりとわたしの腕を掴んで、放してはくれなかった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──はな、して……!! 放してよぉ……っ!!」

果南「……部室、着いたよ」

鞠莉「……!!」

275 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:11:08.11 WJ3m1kFK0 275/323


果南はそう言いながら、やっと掴んでいた腕を放してくれた。

わたしはそのまま、逃げるように果南から離れて、床にへたり込む。


梨子「鞠莉ちゃん……」

善子「マリー……」


顔を上げると、梨子と善子が、可哀想なものを見るような目をしていた。


花丸「鞠莉ちゃん……顔色が……」

ルビィ「大丈夫……? 鞠莉ちゃん……」


花丸が、ルビィが、病人を見るような目を向けてくる。


果南「鞠莉……お願い、何があったのか話してよ……心配なんだよ」

鞠莉「…………」


背後から果南の声。

ダメだ、早く逃げなくちゃ。

わたしは、へたり込んだまま、じりじりと後ずさる。


果南「鞠莉……」


ただ、出口の方には果南が居る。

どうするかを考える中、


千歌「鞠莉ちゃん……」


千歌が、へたり込むわたしの前に身を屈めて、顔を覗き込んできた。


鞠莉「……!」

千歌「鞠莉ちゃん……私たちは敵じゃないよ……」


そう言いながら、わたしの頬に触れようとしてくる。


鞠莉「……ひっ」


──パシン。

わたしは千歌の手をはたく。


千歌「……っ」

鞠莉「やだ……こないで……」


恐怖で涙が溢れてきた。

このままじゃ曜が消される。曜との思い出が奪われる。


ダイヤ「鞠莉さん……落ち着いてください。貴方は今、傍目から見ていても一目でわかるくらいに疲弊しすぎている。正常に物事を捉えられていませんわ」

鞠莉「……っ!!」


また、おかしいと言われた。

276 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:12:50.12 WJ3m1kFK0 276/323


梨子「鞠莉ちゃん……悩みがあるなら、力になるよ?」

善子「……というか、頼りなさい。今のマリーは見てられないわ……」

花丸「ご飯、ちゃんと食べてる……? ちょっとやつれてる気がするずら……」

ルビィ「隈も酷いよ……? もしかして、眠れてない……?」

果南「鞠莉……皆、鞠莉の様子が変だってことに気付いてるんだよ……」

鞠莉「……はっ……はっ……はっ……!!」


わたしはおかしくない。わたしはおかしくない。わたしは、おかしくない。


千歌「……鞠莉ちゃん……怖くないよ……」


千歌が再び、手を伸ばしてきた。


鞠莉「……っ!!」


その手を──力の限り、弾くように、叩いた。


千歌「っ……!!」


かなりの力を込めたからか、千歌がよろけて、テーブルの脚にぶつかる。


果南「千歌……!」

千歌「うぅん……大丈夫。ちょっとよろけただけ」


なんで、みんな、わたしがおかしいなんて言うんだろうか。知らないからだ。覚えてないからだ。

曜が──渡辺曜がこの世界に確かに居たことを覚えてないからだ。

仲間だと言いながら、わたし以外の人たちは──曜を忘れたんだ。


鞠莉「......I'm not weird... I'm not weird... I'm not weird...! (…………わたしはおかしくない……。わたしはおかしくない……。わたしはおかしくない……!)」

善子「マ、マリー……?」

梨子「鞠莉ちゃん……?」


善子と梨子は、意味が理解出来ないのか、困惑したような声をあげる。

ただ、わたしの頭にはどんどん血が上って行く。


鞠莉「...You're the one who's weird ! (……おかしいのはあなたたちの方よ!)」

花丸「ず、ずら!?」

ルビィ「ピギ……!」


怒気の篭もった英語に、花丸とルビィが怯む。


鞠莉「Even though our precious friends are gone, you are living as if nothing had happened ! (大切な仲間が居なくなったのに、さも何事もなかったかのように過ごしてる!)」

果南「ま、鞠莉……」

千歌「鞠莉ちゃん……」


もう言葉が止まらなかった。

277 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:14:37.23 WJ3m1kFK0 277/323


鞠莉「Is that your friends ? Are you making fun of me !? (それで仲間? バカにしてるの!?)」

ダイヤ「……」

鞠莉「You girls are ── (あなたたちなんか──)」

ダイヤ「鞠莉さんっ!!」

鞠莉「!!」


ダイヤの声にビクリとして、言葉が止まる。


ダイヤ「それより先は……言ってはいけないことですわ」

鞠莉「ぁ……ぁ……」


ダイヤに咎められた瞬間、自身の状態を急に意識してしまった──身体が熱い、地面が揺れてる、気持ち悪い、頭が痛い。ただでさえ睡眠をほとんど取ってない、疲れきった身体のまま、大声を張り上げたせいか、一気に気分が悪くなり、


鞠莉「ぁ……──」


そのまま意識が遠のいていく。


果南「鞠莉!?」

千歌「鞠莉ちゃんっ!!」

鞠莉「……ぁ……ぅ……」


真っ暗な視界の中、果南と千歌の声がすぐ近くで聞こえる。


果南「救急車っ!! 誰かっ!!」

鞠莉「…………ぅ……」


わたしの意識は、


鞠莉「……ょ……ぅ……」


そのまま、闇の中に落ちていった──





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──……ん……ぅ……」


目が覚めると──見覚えのない天井があった。


ダイヤ「……やっと、目が覚めましたか」

鞠莉「……ダイヤ……?」


傍らから、ダイヤの声がして、寝起きでぼんやりとした頭のまま、名前を呼ぶ。

278 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:36:13.90 WJ3m1kFK0 278/323


鞠莉「ここ……どこ……?」

ダイヤ「病院ですわ」

鞠莉「病院……?」

ダイヤ「貴方、部室で倒れたのですわよ。覚えていませんか?」

鞠莉「部室で……倒れて……?」


ダイヤの言葉を聞いて、徐々に思い出してきて──


鞠莉「……!!」


青ざめる。


鞠莉「い、今何時……!?」

ダイヤ「夜の9時ですわ」

鞠莉「9時……!?」


倒れたのは恐らく3時過ぎ。6時間近くも眠ってしまったことに気付く。


鞠莉「曜……!! 曜!! 曜!!」


咄嗟に名前を呼ぶ。大丈夫だ、まだ忘れてない。


ダイヤ「……」

鞠莉「ノート!! わたしのノートは!?」

ダイヤ「鞠莉さんの荷物なら、ここに」


ダイヤの膝の上には、わたしのスクールバッグがあった。


鞠莉「っ!! 返して!!」


ベッドから身を起こそうとして、


鞠莉「あ、れ……」


全然身体が起こせないことに気付く。

ついでに、腕から管が伸びていることにも気付いた。


ダイヤ「別に、取ったりしませんわ。欲しいのはこれでしょう?」


そう言いながら、ダイヤはバッグの中から、ノートを取り出して、わたしの胸の辺りにポンと置く。


鞠莉「……っ!!」


わたしは、そのノートを抱きしめるように、自分の身に寄せる。

279 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:39:41.50 WJ3m1kFK0 279/323


ダイヤ「……寝不足や疲労困憊だけでなく、カフェインの中毒症状が出ていたそうですわ」

鞠莉「……」

ダイヤ「あとで診察の際に言われると思いますが、当分コーヒーは控えた方がいいでしょう。それと、点滴を打ってもらっているので、しばらくしたら落ち着くとは思いますが……せめて、今日くらいは安静にしていることですわね」

鞠莉「……」

ダイヤ「それにしても……」

鞠莉「……?」

ダイヤ「大切な仲間が居なくなったのに、さも何事もなかったかのように過ごしている、わたくしたちが許せない……ですか」

鞠莉「……え」

ダイヤ「何、驚いたような顔をしているのですか。他の方はともかく、わたくしはあれくらいのリスニングなら出来ますわ。浦の星女学院の生徒で貴方の次に英語が出来るのはわたくしなのですわよ?」


別に英語で喋ったのは咄嗟に出てしまっただけで、隠そうという意図があったわけではないけど、あの暴言を聞き取られていたことに、少し動揺してしまう。


鞠莉「…………じ……事実だもん……」


ベッドの上で少しでも、身を引くようして、ダイヤと距離を取ろうとする。


ダイヤ「……まるで、自分は誰にも理解されず、誰も信じられず、脅えて、自分の世界に閉じこもろうとしているようですわ」

鞠莉「……っ」

ダイヤ「……世界にたった一人、取り残された気がして、周りの人が全て敵に見える……」

鞠莉「……ダ、ダイヤに……わたしの、何がわかるのよ……」

ダイヤ「……そうですわね。ごめんなさい」


ダイヤは意味深なことを言った割りに、わたしの言葉を聞くと、すぐに謝罪をする。


ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「……何?」

ダイヤ「……今貴方が抱えているノート。それは貴方にとって、とても大切なモノなのですわよね」

鞠莉「……」


コクンと頷く。


ダイヤ「それと、手首のサポーター……腱鞘炎ですか。わたくしに暗記法を訊ねてきたわけですから……忘れないため、書き続けているのですわよね」

鞠莉「……」

ダイヤ「貴方は、わたくしたちが忘れてしまった、何かを忘れないようにしている。違いますか?」

鞠莉「……だったら、なんなのよ……」

ダイヤ「そう、邪険に扱わないで欲しいのですが……」

鞠莉「わたしが……わたしが最後なの……わたしが、頑張らないと、曜が……消えちゃうの……。……お願い……もう、邪魔しないで……」

ダイヤ「……わかりました」


ダイヤは踵を返して、病室から出て行こうとする。


ダイヤ「ただ、最後に──」

鞠莉「……?」

ダイヤ「それはただ忘れないだけで、良いモノなのですか?」

鞠莉「! ……それは」

ダイヤ「それと、もし貴方が全てを一人で背負っていると思っているのでしたら……それは勘違いですわ」

鞠莉「かん、ちがい……?」

280 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:41:57.57 WJ3m1kFK0 280/323


ダイヤは何を言っているんだろうか。わたししか、覚えてないのは事実のはずなのに。ダイヤはわかってないから、そんな無責任なことを言うのだろうか。


ダイヤ「今の貴方に言っても、届かないかも知れませんけれど……。……もし、そうじゃないと少しでも思えるのでしたら──生徒会室で待っていますわ」


そう残して、ダイヤは病室を後にした。


鞠莉「……待ってるって……言われても……」


もしかして、ダイヤは本当は曜のことを覚えている……とか……?


鞠莉「……いや、そんなはずない」


何度も確認した。でも、ダイヤを含め、Aqoursの誰も、曜のことどころか、それが人の名前だということすら理解できなかった。

もし、このまま話していたら……曜が居ないことが当たり前の人たちと接していたら。本当に曜が消えてしまう気がする。

その考えはあまり変わらなかった。

ただ──『それはただ忘れないだけで、良いモノなのですか?』──この言葉が、頭の中でぐるぐると回り続けていた。





    ♦    ♦    ♦





──さて、鞠莉さんの面会時間ギリギリになってしまったため、エントランスに戻ってきた頃にはすっかり照明も落とされていた。


ダイヤ「千歌さん、お待たせしました」


暗い病院のエントランスで待っていた彼女に、声を掛ける。


千歌「! ダイヤさん、どうだった……?」

ダイヤ「……貴方の言うとおりでしたわ」

千歌「やっぱり……──今の鞠莉ちゃんは、あのときの私と同じなんだ……自分一人が周りと違うことが怖くて、苦しくて、寂しくて、どうにもならなくなっちゃってた私と……」

ダイヤ「はい……。ですが、今は警戒心が強すぎて、詳しい事情を訊くことは出来ませんでした。さすがにあのときと同じようには行きませんわね……」

千歌「うん……私にとってのダイヤさんみたいな人が居てくれれば、鞠莉ちゃんも話しやすいかもしれないんだけど……」

ダイヤ「わたくしも果南さんも拒絶している状況ですからね……。……あとは、鞠莉さんを信じるしかありませんわ」

千歌「うん……」





    ✨    ✨    ✨





あのあと、軽い診察を受けた。

ダイヤも言っていたとおり、カフェイン中毒の症状が出ていたらしく、酷い吐き気はそれが原因だったらしい。

案の定、当分はコーヒーはおろか、カフェインを含む飲み物は飲まないように、注意された。

眠りたくないという旨は伝えたものの、当然聞き入れてもらえず、部屋の明りは消されてしまったので──


鞠莉「曜……曜……曜……」

281 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:43:59.49 WJ3m1kFK0 281/323


横になったまま、ひたすら曜の名前を小さな声で呼び続ける。

眠らないようにしないと……。


鞠莉「……曜……。……会いたいよ……」


顔も、声も、記憶がおぼろげで……思い出せないけど、曜への気持ちは忘れていない。

曜が温かかったことは、覚えてる……。


──『ただ忘れないだけで、良いモノなのですか?』──


鞠莉「……良くない」


会いたい。

また会って、話したい。


鞠莉「……曜」


まだまだ、朝まで長い。

わたしは布団を被って、曜の名前を呼び続ける──





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「……」


──翌朝。目が覚めて、顔を顰めた。

もちろん、自分の体たらくにだ。


鞠莉「曜……曜……渡辺曜。……よかった、覚えてる」


心底ホッとする。

眠らないようにとあれほど自分に言い聞かせていたのに……。

ゆっくりと身を起こし、時間を確認すると、朝の6時だった。

とはいえ、久しぶりにたくさん眠った気がする。

そのお陰か、何日か振りに頭がすっきりとしていた。

本日は10月5日土曜日。

恐らくお昼過ぎまでは、病院からは出られないと思う。

学校がないのは不幸中の幸いだろうか。

ただ、仮に学校があったとしても、今日は学校に行く気はなかった。

何故なら──今日はやりたいことがあるから……。





    ✨    ✨    ✨



282 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:48:01.68 WJ3m1kFK0 282/323



お昼過ぎに再び軽く診察を受けて、退院となった。

わたしは病院から、そのままの足で、とある場所を目指していた──


鞠莉「……よし」


わたしが来たのは、飛び込み台の設置されているスイミングスクールのあるプール──つまり、曜の通っていたプールに訪れていた。





    ✨    ✨    ✨





 「ねぇ、見て、あの人」

 「わ、金髪……! 外人さんかな? 誰かの知り合い?」

 「わかんないけど……すっごい美人さんだね……」


プール施設内の観覧席で観ていると、そんなひそひそ話が聞こえたり、聞こえなかったりするけど、そんなことはどうでもいい。

わたしはただ、飛び込みをしている人たちをじっと眺めていた。

曜はつい最近まで、確かにここで高飛び込みをしていたんだ。

今日はここに──曜の痕跡を辿りに来た。

もしかしたら、曜がずっと居た場所には、曜が確かに居たという何かが残っているかもしれないと思ったからだ。

何かが、何かはわからない。

わからないけど……。ただ、忘れないようにするだけじゃ、曜への大切な気持ちは薄れてしまうんじゃないかと、そう思ったから。


鞠莉「……」


ただ、じーっと見つめていても、曜がいつも飛んでいた一番高い飛び込み台──10mの台から飛び込む人はなかなか現れなかった。


鞠莉「やっぱり、高い台は使う人が少ないのね……」


まあ、あれだけ高いわけだし……。わたしも飛べと言われたら、絶対に断ると思う。

そんな高さからぴょんぴょん飛んでいた曜のすごさを改めて実感する。


鞠莉「……もっと、曜の高飛び込み、見せてもらえばよかったな」


曜が大好きだと言った、高飛び込みを。


鞠莉「……ぐす……っ……ああもう、やだ……わたしったら……っ……」


涙が溢れてきて、思わずハンカチで目を押さえる。

涙が落ち着くまで、しばらく押さえてから──再び、顔をあげると、


鞠莉「あら……?」


10mの飛び込み台の上に人影があった。


鞠莉「あの人……」


見覚えのある人だった。

283 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:50:53.38 WJ3m1kFK0 283/323


鞠莉「曜の……先輩……」


──それは、曜の先輩だった。思わず気になって注視してしまう。

改めて見ていると……曜の先輩の演技は見事なものだった。

前に後ろに、いろんな方向から捻りを加えながら、いくつも技を成功させている。

ただ、一つだけ──

前向きに踏み切り、後ろに向かって宙返りする演技だけは、うまく行かないのか、飛び込んで、水面に顔を出す度に悔しそうな顔をし、再び台に昇る姿が印象的だった。

あれは、きっと、


鞠莉「前逆さ宙返り三回半抱え形……」


曜が得意としていた、必殺技だ。

見ていて、簡単そうと思ったことは一度もないけど、曜があまりに綺麗に飛ぶので、あそこまで苦戦している姿を見ると、改めて本当にとてつもなく高難度の技だったということを再認識する。

──ザパン。

また、水飛沫があがった。

水飛沫を立てないほど、評価の高い、高飛び込みにおいて、あれは恐らく失敗なのだろうなどと思いながら注視していると──


曜の先輩「……」


ふいに、水面に顔を出した、曜の先輩と目が合った。


鞠莉「……」


なんとなく、会釈すると、向こうも会釈を返してくれた。

……意外に良い人?

曜が居るときにしか、接したことがなかったので、割とイヤな人だと思っていたけど……。

ただ、曜の先輩はその演技は最後に、プールから上がって、いなくなってしまった。

もしかしたら、見られるのは好きじゃない人だったんだろうか。


鞠莉「まあ……いっか」


別に見てただけで、何をしたわけでもないし。

わたしは再び、他の人の飛び込みの観察を始めた。

結局、そのあとも……曜の先輩以外で、10mの台から飛び込む人は居なかったけど……。





    ✨    ✨    ✨





──しばらく、ぼんやりといろんな人の飛び込み演技を観ていると、


 「──貴方、誰かの知り合い?」

鞠莉「?」


声を掛けられて、振り返る。


鞠莉「……あ」

曜の先輩「こんにちは」

284 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:52:37.18 WJ3m1kFK0 284/323


声の主は曜の先輩だった。

観覧席なので、先ほどと違って競泳水着ではなく、私服を着てはいるが。


鞠莉「Good afternoon. ……こんにちは」

曜の先輩「よかった、日本語は喋れるのね」

鞠莉「……まあ、日本人だし」


どうやら、この口振り、わたしのことは知らないようだ。

曜が居なければ出会うことがなかった人だからだろうか。

曜が居なくなった今、わたしがこの人と知り合いである理由が存在しない。

だから、曜が居ない=この人とわたしは初対面ということになるのだろう。たぶん。


曜の先輩「…………」


何故か、じーっと見つめられる。


鞠莉「なにか……?」

曜の先輩「いや……ごめんなさい。貴方、どこかで会ったことない?」

鞠莉「……」


なんだ、その下手なナンパのようなセリフは、と思ってしまう。

まあ、確かに会ったことはあるけど……。


鞠莉「……あなたが覚えていないだけで、会ったことはあるかもね」

曜の先輩「貴方、不思議なことを言うのね」


肩を竦めながら、曜の先輩はわたしの隣の席に腰を下ろす。


曜の先輩「……それで、誰かの知り合いなの?」

鞠莉「……そんなところ」

曜の先輩「そっか、羨ましい」

鞠莉「羨ましい……?」

曜の先輩「高飛び込みって、施設が限られてるから、わざわざ遠くから通ってる人が多いのよ。私もその一人。だから、経験者ならともかく、練習まで観に来てくれる人なんて普通いないのよね」

鞠莉「……そうなんだ」


曜はいつも千歌が応援に来ていたと言っていたし、曜がこの人の癇に障ってしまったのは、そういう羨望や嫉妬も一つの原因だったのかもしれない。

それはそうと、わたしは少し気になることがあった。

285 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 04:53:58.04 WJ3m1kFK0 285/323


鞠莉「あの……」

曜の先輩「? なにかしら?」

鞠莉「……どうして、ずっとあの技を練習してたの……?」

曜の先輩「あの技……? ……ああ、前逆さ宙返りのことかしら」

鞠莉「はい。三回半抱え形の……」

曜の先輩「詳しいわね。素人が見ても、回転数ってなかなか数えられないと思うんだけど。……そうね、あの技を飛べないと、勝てない気がするのよ……」

鞠莉「……? ……誰に……?」

曜の先輩「それが……わからないのよね」

鞠莉「わからない……?」

曜の先輩「……その誰かに勝ちたくて、その誰かよりすごいと証明したくて、ずっと練習を続けてきたんだけど……それが誰か、わからないのよね」

鞠莉「……え……?」

曜の先輩「……ごめんなさい。変な話かもしれないわね」

鞠莉「い、いや……。……でも、相手がわからない今でも、その技を練習し続けるのは、なんで……?」

曜の先輩「なんで……。……意地かしら」

鞠莉「意地……?」

曜の先輩「……確かに誰か思い出せないけど、心の底から悔しい、負けたくないって気持ちが……何故か、あるのよ」

鞠莉「……」

曜の先輩「それに突き動かされて、飛んでる気がする」

鞠莉「……変なこと言ってもいい?」

曜の先輩「私も変なこと言ったし、いいわよ」

鞠莉「わたし……さっきの技を飛べる人が知ってるの」

曜の先輩「……」

鞠莉「そして、その人は……ここでその技を飛んでいた」

曜の先輩「……そうなんだ」

鞠莉「……驚かないの?」

曜の先輩「……普通なら驚くか、変な冗談だと思うんだろうけど……。何故か、納得した。その人が……私が飛ぶ理由なのかもね」

鞠莉「……!」

曜の先輩「……回答、これで大丈夫だったかしら」

鞠莉「……うん」


わたしは、席を立つ。


曜の先輩「帰るの?」

鞠莉「……ええ」

曜の先輩「そっか、また観に来るといいわ」

鞠莉「……そうするわ」


わたしは、プールを後にした。





    ✨    ✨    ✨



286 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:00:26.91 WJ3m1kFK0 286/323



鞠莉「…………」


わたしが、次に訪れたのは──沼津港近くの、とある家。

曜の家だ。

家の外から、じーっと観察してみる。

曜が居たときと、変わらない。玄関表札には渡辺の文字。


鞠莉「変わってない……」


そう、曜が居たときと、“変わらない”のだ。

──『貴方が全てを一人で背負っていると思っているのでしたら……それは勘違いですわ』


鞠莉「……もしかして……そういうこと……?」


一つの事実に辿り着きかけ、立ち尽くしていると、


 「あら……? ウチに御用かしら……?」

鞠莉「え……?」


先ほど同様、背後から声を掛けられて振り返る。

そこに居たのは──買い物袋を腕に提げた、


曜ママ「こんにちは」


曜のお母さんだった。


鞠莉「え、えっと……こんにちは」

曜ママ「あら……綺麗な日本語ね。外人さんかと思ったんだけど」

鞠莉「あ、いえ……ハーフなんですけど、日本人です」

曜ママ「そうなのね。それで、我が家に何か御用?」

鞠莉「あ、いや、その……立派なお家だなと思って」

曜ママ「まあ♪ ありがとう、嬉しいわ♪ でも、私一人には大きくってね……」

鞠莉「……お一人なんですか?」

曜ママ「ホントはね、旦那さんが居るんだけど……フェリーの船長さんだから、滅多に帰って来なくなってね。だから、今は実質一人なの」

鞠莉「……そう、なんですか」

曜ママ「子供が居たら、丁度良い広さなんだけどね……」


『子供が居たら、丁度良い』──その物言いに、何か引っかかりを感じた。


鞠莉「……!」


そして、気付く。

287 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:02:20.35 WJ3m1kFK0 287/323


鞠莉「あの、この家っていつから住まれてますか……!?」

曜ママ「え? そうね……ここに越してきたのは、大体14~5年くらい前かしら……?」

鞠莉「……! ……そういう、ことだったんだ」

曜ママ「え?」

鞠莉「ありがとうございます!! 用事が出来たので、失礼します!!」

曜ママ「あ、待って、貴方名前は?」

鞠莉「──鞠莉です!」

曜ママ「鞠莉ちゃん……なんだか、初めて会った気がしないし、可愛いから気に入っちゃった♪ またいらっしゃい」

鞠莉「はい……!!」


わたしは、走り出した。





    ✨    ✨    ✨





曜の先輩は、明らかに“曜を意識した”技の練習を続けていた。

そして、渡辺家。

この一軒家に越してきた、タイミング──14~5年前というのは、


鞠莉「曜が産まれてからすぐ……!」


子供が産まれて、越してきた3人の家。

逆に言うなら、子供が居ないなら広すぎる家。

つまり──


鞠莉「曜が産まれてないなら、あそこに渡辺家があるのはおかしい……!」


つまり、曜が消えてしまった今も……曜の居た痕跡はあちこちにあったんだ。

──『……もし、そうじゃないと少しでも思えるのでしたら──生徒会室で待っていますわ』──

これは、全ての人を完全に拒絶して、誰の話も聞こうとしなかった、わたしに、ダイヤがくれたヒントだった。


鞠莉「──ダイヤッ!!」


生徒会室のドアを思いっきり、押し開く。


ダイヤ「……ふふ、鞠莉さん。校舎内で走るのは、ぶっぶーですわよ?」

千歌「! 鞠莉ちゃん……!」


ダイヤの隣には千歌の姿。


鞠莉「ダイヤ、千歌……わたし…………!!」

ダイヤ「ふふ、土曜日ですが、ここで待っていた甲斐がありましたわね」

千歌「だから言ったでしょ? 鞠莉ちゃんは来るって……!」

ダイヤ「あら、わたくしもそう言いましたけど?」

千歌「んーー!! なんでもいいや!! 鞠莉ちゃん!!」

288 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:04:51.98 WJ3m1kFK0 288/323


千歌が手を差し伸べてくる。

わたしは──


鞠莉「千歌……!!」


千歌の手を握って、そのまま、その手を撫でながら謝る。


鞠莉「はたいて……ごめんなさい……っ……痛かったよね……」

千歌「うぅん……。鞠莉ちゃんの心は、それよりもずっと痛かったんだって、わかってたから……」

鞠莉「千歌……」

千歌「それに、私も前に同じようなことやっちゃったから……あはは」

ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「ダイヤ……!」

ダイヤ「話してくれますか? 何があったのかを」

鞠莉「……うん……!」


わたしは二人に、事情の説明を始めた。





    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「──つまり、その呪いとやらで、最初にルビィが消えかけ、その後本来の呪詛対象であった、曜……さんが、消えてしまった。……そういうことですか」

鞠莉「……うん。どこまで信じられるかはわからないけど……」

ダイヤ「いえ、むしろ、その話が事実なら合点のいくことがいくつかあります」

鞠莉「合点がいくこと……?」

千歌「うん。実はね、私とダイヤさん……最近お互いの間にあった不思議なことは出来るだけ隠したりしないで、共有することにしてるんだけど……」

ダイヤ「わたしくと千歌さん、つい最近、保健室に担ぎ込まれたことがあったでしょう?」

鞠莉「保健室に……ああ」


ダイヤはルビィが消えかけたときに、そして同様に、千歌は曜の身にそれが起こったときだと思う。


ダイヤ「お互い倒れて、保健室に居たこと……というか、お互いがお互いを看病したことは覚えているのですが……」

千歌「でも、倒れた理由がわからなくって……何か起きてるんじゃないかって、思ってたんだ」

ダイヤ「わたくしたちは、二人でこの違和感の原因を探っていたのですが……。その直後に、鞠莉さん──貴方がわたくしたちが知らないことを言い始めた。Aqoursは9人居ると」

鞠莉「う、うん」

ダイヤ「わたくしも正直、それ自体は半信半疑だったのですが……これを見て、考えが変わりました」

鞠莉「これ……?」

千歌「鞠莉ちゃん! これだよ!」


そう言って、千歌がわたしに見せてきたのは──


鞠莉「歌詞ノート……?」


千歌の歌詞ノートだった。

289 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:09:55.98 WJ3m1kFK0 289/323


ダイヤ「千歌さんの書いた新曲の歌詞の、最初のフレーズ……おかしくありませんか?」

鞠莉「最初のフレーズ……」


言われて、目を通すと──


鞠莉「──あ……」


そこにあったのはマーカーの引かれていない一番最初のフレーズ。その次の部分に紫のマーカーが引かれている。

メモ書きには紫の部分から矢印が伸びていて、『鞠莉ちゃんパート』と書かれている。


ダイヤ「二人で首を捻っていたのですわ。何故一番のAメロだけ、鞠莉さんの名前しかないのか。そして、何故歌の冒頭は誰も割り振られていないのか」

千歌「ここって……消えちゃった曜ちゃんって子と、鞠莉ちゃんが一緒に歌うはずのパートだったんじゃないかな!?」


──『曜って──自分の気持ち、隠しちゃう子だから……きっと、曜のパートはここ』──

──『そして……わたしのパートはそのすぐ下。ここは曜と一緒に歌いたいな』──


鞠莉「……曜……っ……。うん……曜と、一緒に……歌いたかった……パート……っ……」


Aqoursの中にも……ちゃんと、残ってたんだ。

曜と、一緒に決めたモノが。


千歌「それで気になって、今までの歌詞のパート分けも調べてみたんだけど……」

ダイヤ「案の定、他の曲も不自然に一人分のパートが浮いている状態になっていたのですわ」


つまり、ダイヤと千歌はそれに気付いて、わたしとコンタクトを取ろうとしていたんだ。

だけど、わたしが拒絶していたから、どうにか機会を探って……。


ダイヤ「これらの現象を踏まえて、わたくしはこう考えています。人一人が、消えるというのは、生半なことではありません。一人の人間が生まれ、育つ中で、世界に多くの影響与えます。親や友人、それ以外にも何気なく関わったことのあるいろいろな人に、物事に対して。その全ての影響をゼロにするなんて、それこそ世界を作り変えないと不可能ではないでしょうか」

鞠莉「……そっか、だから曜の家はそのままだったし、曜の先輩は前逆さ宙返りを飛ぼうとしていた……」


動機のルーツが狂うと根本的な他の人間の人生すらも歪めてしまう。いわゆるバタフライエフェクトというやつだ。

曜の先輩は曜が居なければ、あそこまで上達しなかった可能性。曜が居たから、負けまいと、いろいろな技を身に付けることが出来たのかもしれない。

そして曜の両親は曜が産まれていなかったら、あの家には越してこなかっただろうし、曜じゃない子供を産んでいた可能性もある。だけど、そうじゃなかった。


ダイヤ「もちろん、その呪いというものが、世界そのものを根本から作り変えてしまう、途方もないものの可能性もありますが……今はまだそう成り得ない、理由が一つありますわ」

鞠莉「成り得ない……理由……?」

ダイヤ「鞠莉さん、貴方が居ることです」

鞠莉「……わたしが……居る……」

ダイヤ「貴方が、曜さんを覚えているから、世界は曜さんの痕跡を全て消すことは出来ない。何故なら、あなた一人でも覚えている人間が残っていたら、世界に大きな矛盾が生まれてしまうから。そしてそれは同時に──曜さんはまだ完全に消えては居ないということの証明なのではないでしょうか」

鞠莉「……!」


つまり──


ダイヤ「忘れない? それだけではありませんわ。曜さんそのものを取り戻せる可能性は、まだきっと残っています!」

鞠莉「……ホント……?」


わたしはダイヤの言葉に目を見開いた。

290 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:11:55.17 WJ3m1kFK0 290/323


千歌「鞠莉ちゃん!」

ダイヤ「鞠莉さん。一緒に曜さんを──取り戻しましょう」

鞠莉「……っ……! ……うんっ!」


わたしは、ダイヤと千歌と共に、曜を取り戻すため、動き出したのだった。





    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「曜さんを取り戻すためには、まずやらなくてはいけないことがいくつかあります」

千歌「やらなきゃいけないこと?」

ダイヤ「はい。まず、原因の特定ですわ」

鞠莉「原因の特定……」

ダイヤ「鞠莉さんの言うとおりなら、呪いだとは思いますが……もし、呪いなのだとしたら具体的にどういう呪いなのか、です」

千歌「船の呪いでしょ? それなら、私もちっちゃい頃に聞いたことあるよ。嫌いな人を消しちゃう呪いだったかな」

ダイヤ「いえ、具体的にというのは、呪いの方法や効果よりもどういった神霊、もしくは怪異・妖怪を起因としているかですわ」

千歌「……? どういうこと?」

鞠莉「それって……現象そのものを引き起こしてる怪異によって、対策が変わるから……?」


これは以前、聖良が言っていたことだ。


ダイヤ「ええ、そのとおりですわ。多くの怪異には弱点が存在します」

千歌「弱点……」

ダイヤ「根本的に苦手なものがあったり、対抗する呪文や、神格におけるルーツ、レゾンデートル自体が特定条件下で弱点になりうる場合もあります」

鞠莉「吸血鬼にニンニクとか、口裂け女にポマードみたいなことよね」

ダイヤ「ええ、そのとおりですわ。もし、曜さんを消し去ってしまった呪いの大本に妖怪や神が存在しているなら、それを知ることで対抗手段になるはずですわ」


言いながら、ダイヤは席を立ち、


ダイヤ「確かこの辺りに……そういった図鑑が……」


本棚をあさり始めた。


鞠莉「……なんで、そんなものが生徒会室に……?」


わたしが一人首を傾げていると、


千歌「図書室から、借りてきて、置かせてもらってるんだよ」


と千歌が説明してくれる。

291 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:13:45.68 WJ3m1kFK0 291/323


鞠莉「図書室から? わざわざ……?」

千歌「うん。その……私たちもなんというか、いろいろあってさ。それでダイヤさんがね──『わたくしたちの経験はきっと誰かの力になれると思いますの』って言って、いろんなことを調べてたんだよ」

鞠莉「ダイヤが……そんなことを」

千歌「それに……ここ数日、ダイヤさんね、ずっと鞠莉ちゃんの力になるために、調べ物してたんだよ」

鞠莉「え……」

千歌「『鞠莉さんは絶対ここに来るから』って、『きっと今が、あのときの恩を返す機会です』って」

鞠莉「ダイヤ……」

千歌「やっぱり事情があって、詳しいことは言えないんだけど……私もダイヤさんも、鞠莉ちゃんにはすっごい感謝してる。だから、協力は惜しまないよ! それにさ……」

鞠莉「それに……?」

千歌「私にも、ダイヤさんにも……鞠莉ちゃんに迷惑を掛けて、掛けられて、一緒に進む覚悟があるから」

鞠莉「……!」


それはいつの日か、わたしの口から千歌に言ったこと。


千歌「私たちは、鞠莉ちゃんを信じてる。だから……鞠莉ちゃんも、私たちを信じて?」

鞠莉「……うんっ……千歌も、ダイヤも……ありがとう……っ」


わたしが誰も信じられなかった間も、ダイヤも千歌も、わたしを信じて待っていたと言われて、少し涙ぐんでしまう。


ダイヤ「お礼なら、曜さんを助けてからで良いですわ」

鞠莉「うん……! 絶対、曜を助ける……!」


わたしは力強く頷いた。


ダイヤ「それでは、わたくしは神隠しの、妖怪や神霊の類との関連性について調べようと思いますが……その前に。鞠莉さん、何か曜さんが消える前に気になったことは、ありませんでしたか?」

鞠莉「何か……」

ダイヤ「不思議なことを言っていたとか、不思議な目にあったとか……何かきっかけがあったのなら、それがヒントになると思うのですが」


何か……曜の身に起きてたこと……。


鞠莉「……そういえば、曜……悪夢を見ることが増えたって言ってたかも」

ダイヤ「悪夢ですか……具体的にどのような内容ですか?」

鞠莉「内容は……起きると忘れちゃうって言ってた……」

ダイヤ「……悪夢は凶兆なことが多いので、大きなヒントになりそうでしたが……。わからないものは仕方がないですわね。今ある情報から、考えましょう」

鞠莉「……あ、でも」

ダイヤ「?」

鞠莉「曜じゃないけど……ルビィも消える直前に悪夢を見たって言ってた。大量の木の葉の竜巻に飲み込まれる夢って」

ダイヤ「……なるほど。もしルビィと曜さんが同じ呪いを起因としているなら、ルビィの見た夢は曜さんの夢に近い可能性が高いですわね。ありがとうございます、きっと何かのヒントになると思いますわ」


ダイヤはお礼を言いながら、追加で棚から本を選び始める。

292 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:15:19.94 WJ3m1kFK0 292/323


千歌「ねーねー、ダイヤさん!」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「私は何すればいい?」

ダイヤ「そうですわね……千歌さんには、呪いそのものについて調べてもらいたいですわ」

千歌「呪いそのもの?」

ダイヤ「ええ。実際にどんな呪いだったかは、噂通りなのかもしれませんが、もっと詳細に知れば何かわかることがあるかもしれませんし」

千歌「わかった!」

鞠莉「あ、それなら……果南や花丸に訊くといいと思う」

千歌「果南ちゃんと花丸ちゃん?」

鞠莉「海で船を見つけたのは、その二人だったから……」

ダイヤ「なるほど……確かに見つけた張本人に訊いた方がより詳細がわかるかもしれませんわね。千歌さん、お願いできますか?」

千歌「らじゃー! まっかせて!」


ダイヤからお願いされるや否や、千歌が飛び出そうとする。


鞠莉「待って! 千歌!」

千歌「ほぇ?」

鞠莉「わたしも……連れて行って」

千歌「ん、私は構わないけど……」

鞠莉「……わたし、果南にも、みんなにも謝らないと……」


みんな心配してくれていたのに、わたしが一人殻に閉じこもって、拒絶してしまったことを……。


ダイヤ「……鞠莉さん、あまり気に病みすぎないでください」

鞠莉「で、でも……!」

ダイヤ「極端ではありましたが……鞠莉さんの考え方自体は間違って居なかったと思います」

鞠莉「え?」

ダイヤ「実際問題、曜さんを覚えているのが貴方一人なのは事実です。そして、貴方の認識が周りの覚えていない人と同調してしまったら……恐らく、そのとき曜さんは本当に消えてしまうでしょう」

鞠莉「……!」

ダイヤ「人間、周りの言っていることに認識を引っ張られる性質があります。鞠莉さんの言うように、曜さんが消えてしまったことをちゃんと理解してくれる人なら問題ないと思いますけれど……。わたくしや千歌さんは、なんというか……非日常に免疫があります。ですが、誰も彼もが真正面から理解できるわけではありません。今この時点で、全てを話すのは得策ではないかも知れませんわ……」

鞠莉「……」


確かに、花丸はともかく、果南はこういう話は滅法苦手だ。最悪、調べごと自体を辞めて欲しいと言われてしまうかもしれない。

だけど……。


鞠莉「でも……ちゃんとごめんって言いたい」

千歌「鞠莉ちゃん……」

ダイヤ「……まあ、貴方ならそう言うと思っていましたけれど。なら、ちゃんと仲直りしてきてくださいませね? 果南さん、ずっと鞠莉さんのこと気に掛けていたのですから」

鞠莉「うん……!」

千歌「それじゃ、ちょっと果南ちゃんと花丸ちゃんに連絡してくるから、待っててね!」

鞠莉「うん、お願いね、チカッチ」


千歌が一人、電話をするために生徒会室の外に出る。

293 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:16:46.03 WJ3m1kFK0 293/323


ダイヤ「それでは、鞠莉さんも、出る準備をしてください。こちらはわたくしの方で調べておきますので」

鞠莉「……その前に、ダイヤ」

ダイヤ「? なんですか?」

鞠莉「……曜のことで、ダイヤに伝えておかないといけないことがあるの」

ダイヤ「……このタイミングで切り出したということは、千歌さんには聞かれたくないということですか?」

鞠莉「……うん」

ダイヤ「……わかりました、聞きましょう」

鞠莉「あ、あのね……その、呪いってさ」

ダイヤ「はい」

鞠莉「今回は失敗しちゃったから、対象がおかしくなっちゃって……曜やルビィが呪われることになっちゃったわけだけど……」

ダイヤ「そう、ですわね……。呪術の実行者が、曜さんだったから、それが跳ね返ってしまった、という話でしたわね」

鞠莉「うん……。……少なくとも、曜は自分でそう言ってた。……あの、それでね……その……もしその呪いが成功してたら、呪われてた対象……なんだけど」

ダイヤ「……。……なるほど、わたくしということですわね」

鞠莉「……!」

ダイヤ「なんとなく、話の流れでわかりましたわ……」


ダイヤは肩を竦める。


ダイヤ「わかりました。それを踏まえた上で、調べてみますわ」

鞠莉「え……それだけ……?」

ダイヤ「それだけとは?」

鞠莉「だ、だって……ダイヤが呪われちゃってたかもしれないんだよ……?」

ダイヤ「そうかもしれませんが……現にわたくしは、こうして無事ですし」

鞠莉「それは……そうかもしれないけど……」

ダイヤ「なんですか……わたくしを呪うような人は助けられない、とでも言って欲しかったのですか?」

鞠莉「それは……困る……」

ダイヤ「でしょう?」

鞠莉「でも……ダイヤは良いの……?」

ダイヤ「……そうですわね……」


ダイヤは少し考える素振りをしてから、答える。


ダイヤ「恨まれていたのだとしても……曜さんとわたくしは、同じAqoursの仲間だったのでしょう? なら、助ける理由としては十分ですし……それにもし、わたくしが曜さんから恨まれるようなことをしてしまったのだとしたら……それは、わたくしと曜さんの間の問題ですわ」

鞠莉「…………」

ダイヤ「曜さんが戻ってきてから……わたくしが、曜さんとの間で解決しないといけない問題ですわ」

鞠莉「ダイヤ……」

ダイヤ「……自分が誰からも恨みを買わない、出来た人間だなんて、そんなのは思い上がりです。特にわたくしは立場の問題もありますから……そういうこともあるのかなと」

鞠莉「…………ダイヤは、強すぎるよ」


わたしも、立場上、誰かに恨まれる可能性くらいは考えたことがある。それでも、ここまで毅然とした態度で言ってのけるのは並大抵の話ではない。

それでも、ダイヤは、


ダイヤ「……いえ、わたくしは弱い人間ですわ」


自分を弱いと言う。

294 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:18:46.65 WJ3m1kFK0 294/323


ダイヤ「……ですが、そんな弱いわたくしを、強くしてくれた人が居る」

鞠莉「強く……してくれた人……?」

ダイヤ「──千歌さんですわ」

鞠莉「……!」

ダイヤ「千歌さんと一緒に……逃げない強さを知りました。ですから、わたくしは例えこれから助けようとしている人から恨まれているのだとしても、今やることは変わらないと思っています。それと……」

鞠莉「それと……?」

ダイヤ「もし、わたくしが呪われて消えることになってしまったとしても……そのときは、千歌さんが助けてくれますから。怖くありませんわ」


ダイヤは何一つ、それを疑うことのない、真っ直ぐな瞳でそう言ってのけた。ダイヤは、心の底から、千歌のことを信頼しているんだ……。


ダイヤ「それに、鞠莉さんにとって大切な人なのでしょう?」

鞠莉「! うん。……すごく、大切な人」

ダイヤ「わたくしも、大切な人を助けるときに、貴方に力を貸してもらいました。でしたら、貴方が今、大切な人を助けたいと思っているなら、手を貸すのが人の義というものでしょう」

鞠莉「ダイヤ……」

ダイヤ「ですから、貴方は余計な心配をしていないで、曜さんを助けることだけ考えていれば良い。そのあとのことは、今ある問題が解決してから考えることですわ」

鞠莉「うん……。……ありがとう、ダイヤ。…………」

ダイヤ「……まだ、何かあるのですか?」


わたしの沈黙に言外のニュアンスを感じたのか、ダイヤが更に訊ねてくる。


鞠莉「あ、いや……。……これは今言ってもしょうがないというか……あくまで主観というか」

ダイヤ「良いから言ってくださいませ。今、貴方の主観ほど、大事なものはないのですわよ?」

鞠莉「……う、うん…………あのね。こんなこと言った直後で矛盾してるのはわかってるんだけど……。……わたし、曜が誰かを呪ったりしたなんて……どうしても信じられなくて」

ダイヤ「でも、本人がそう言ったのでしょう?」

鞠莉「そうだけど……曜が、本当にそんなことするのかなって……」

ダイヤ「……。……それはわたくしには判断出来かねますが……それも含めて、今から確認してきてください」

鞠莉「……わかった」


会話がひとまず決着したところで、


千歌「果南ちゃんと、花丸ちゃんと連絡取れたよ!」


千歌が顔を出す。


千歌「……って、あれ? 二人ともどうしたの?」

ダイヤ「いえ、なんでもありませんわ。それでは、二人とも、よろしくお願いします」

鞠莉「ええ」

千歌「? まあ、いいや! 行ってくるね!」


わたしは千歌と一緒に、果南たちに会うために生徒会室を後にした。





    ✨    ✨    ✨





──さて、わたしたちは、十千万旅館前の砂浜を訪れていた。ここなら、花丸も家が近いし、果南も水上バイクを停められるから、二人と待ち合わせるには丁度いい。

295 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:20:14.67 WJ3m1kFK0 295/323


千歌「──果南ちゃんも花丸ちゃんもそろそろ着くって」

鞠莉「うん……」


二人は千歌に呼び出してもらったし、あとは待つだけ。

ただ、わたしは酷く緊張していた。

特に果南には本当に酷い態度を取ってしまったから……謝って許してもらえるか……。


千歌「鞠莉ちゃん」


そんな、わたしの背中を千歌が、ポンと叩く。


千歌「大丈夫だよ、友達だもん。話せばわかってくれるよ」

鞠莉「千歌……。……うん」


話すためにここに来たんだもんね。怖気づいてる場合じゃない。

わたしは腹を決める。

──程なくして、海の方からエンジン音が聞こえてきた。


鞠莉「!」

千歌「果南ちゃんの水上バイクの音だ!」

鞠莉「うん……!」

千歌「果南ちゃーん!!」


千歌が大きな声をあげながら、果南に向かって手を大きく振ると──すぐに気付いたのか、果南はこっちに向かって一直線に海上を突き進んでくる。


鞠莉「…………すぅ……はぁ」


わたしは深呼吸する。落ち着いて、ちゃんと謝ろう。

それだけでいい。

近付いてくる水上バイクは、すぐに砂浜の辺りで停止し、果南が降りて、こちらに向かってくる。


果南「──や、千歌。……鞠莉も」

鞠莉「……っ」


わたしは、前に一歩出て、


鞠莉「果南……本当にごめんなさい……」


頭を下げた。


果南「鞠莉……」

鞠莉「……果南は心配してくれてたのに……わたし……ずっと、理解しようともしないで……」

果南「……いいよ」


──ふわりと、下げたままの頭を撫でられた。

296 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:22:21.29 WJ3m1kFK0 296/323


鞠莉「果南……?」

果南「頭なんか下げなくていいよ……。鞠莉には鞠莉の事情があったんだよね?」

鞠莉「うん……っ」

果南「嫌われてないなら、それでいい。別に私も怒ってたわけじゃないからさ」

鞠莉「ありがとう……果南……っ」

千歌「ふふ……よかったね、鞠莉ちゃん」

鞠莉「うん……っ」

 「──それに顔色も随分よくなったずら」

鞠莉「!」

果南「あ、マル」

花丸「千歌ちゃん、鞠莉ちゃん、果南ちゃん。こんにちは」


気付けば、花丸も到着していた。


鞠莉「マ、マル……わたし……」

花丸「マルは鞠莉ちゃんが元気そうな姿が見られたから満足だよ。それこそ、何か言われたりしたわけじゃないし、鞠莉ちゃんが謝る必要なんてないよ」

鞠莉「! うん……っ……ありがとう……マル……」


わたしは二人から許してもらえて、心の底から安堵する。


果南「マルの言うとおり、だいぶ顔色よくなったね……安心したよ」

鞠莉「うん……ホントに、心配掛けてごめんね」

花丸「もう許したずら♪ それはそうと……千歌ちゃんから訊きたいことがあるって、言われて来たんだけど……」

果南「そうだった……訊きたいことって?」


さて……仲直りも重要だったけど、ここからが本題だ。


千歌「あ、えっとね……つい最近、果南ちゃんと花丸ちゃんが、ここで呪いの船を見たって聞いて……」

果南「船……ああ」

花丸「確かに、見たけど……」

鞠莉「それについて、もうちょっと詳しく、教えてもらえないかなって……」

花丸「詳しくって言うと?」

鞠莉「えっと……どういう呪いなのかとか」

果南「どういう、か……鞠莉には前にも説明したけど、魚に居なくなって欲しい人の身に付けていた小物とかを飲み込ませて、小さな木彫りの船に乗せて流すんだけど……」

千歌「えっと……『神池』の魚じゃないといけないんだっけ?」

果南「そうそう」


ここまでは前にも聞いていたことだ。『神池』と言われる神聖な地の魚が必要だという話だった。

ふと、疑問に思う。


鞠莉「その『神池』ってどこにあるの?」

花丸「えっと……確か、学校よりもずっと先……西伊豆の方だよね」

果南「うん、大瀬崎の方だよ」

鞠莉「大瀬崎……」


確かに大瀬崎は浦の星女学院よりも、更に半島を西に進んだ先だ。

297 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:25:10.98 WJ3m1kFK0 297/323


果南「そこにある大瀬明神にある池のことだよ。海から20mくらいしか離れてないのに、淡水池で、鯉とか鮒がものすごい数いるんだよ。それだけ海が近いのに淡水の池として存在してるのは昔から不思議がられてて、伊豆七不思議の一つとしても有名なんだ」

鞠莉「果南……詳しいわね」

果南「あの辺は、ダイバーにとっては聖地だからね。わたしもあの辺りに潜りに行った際はお参りに行ったりするよ」

千歌「へー、そこまでは知らなかったや」

花丸「ただ、あの呪いに関しては完全に不発だったからね。今回に関してはそもそも『神池』は関係ないずら」

鞠莉「それに関してなんだけど……」

花丸「ずら?」

鞠莉「あの呪い……手順を間違えたせいで、変な形で呪いが発動しちゃったりは……」

花丸「ありえないずら」

鞠莉「え……?」


花丸に速攻で否定されて、ポカンとしてしまう。


花丸「御祓いはちゃんとやったずら。あのあとで、じいちゃんにも確認したし」

鞠莉「で、でも……そういう儀式ってデリケートなものなんじゃ……」

花丸「デリケートだからこそ、御祓いをして清めるんだよ。そういうことで、災厄が関係のないところに降りかからないようにするために」

千歌「えっと、それじゃ、呪いは完全に御祓いしちゃったってこと?」

花丸「うん。それが出来てないなら、わざわざ御祓いをした意味がないずら」

鞠莉「……そ、そうだよね」

果南「まあ、それに……あれはどうやっても成立しないだろうし」

鞠莉「……? どういうこと……?」

果南「あの呪いってさ、『神池』の神聖な魚を採った人に罰を与えるために神様が浚っちゃうっていうやつなんだけど……」

千歌「そのときに、神様が飲み込まれてる小物を見て、それの持ち主が犯人だと勘違いしちゃうんだっけ……?」

果南「そう。だけど、今回に関しては、神様が魚が飲み込んでる小物を確認出来ないんだよ」

鞠莉「確認……出来ない……? なんで……?」

果南「だって、今回見つけた船に乗ってたのは鯖だったんだからさ」

鞠莉「……?」


確かにそう言っていた気がする。


千歌「鯖だったら、ダメなの?」

果南「うん。だって……あそこの神様──天狗様は、そもそも鯖が苦手だし」


果南はあっけらかんと言うのだった。





    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「──つまり、振り出しに戻ってしまったというわけですか……」


果南たちの話を聞いたことを、そのまま伝えるとダイヤは困ったように肩を竦めた。

298 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:28:42.73 WJ3m1kFK0 298/323


鞠莉「ごめん……」

ダイヤ「まあ、良いではないですか。曜さんは貴方が信じたとおりの方だったということですわ。今回の船の呪いも例に漏れず、どこぞの誰かが悪戯で行っただけのものだったということです」

鞠莉「うん……」


確かにそういう意味では悪くなかったけど……。とはいえ、これが呪いでないなら、何が原因だというんだろうか。


ダイヤ「どちらにしろ、得られた情報もありますわ。なるほど、天狗ですか」

千歌「んー、でも結局呪いじゃないんだったら、天狗のことも関係ないんじゃない?」

ダイヤ「いえ、そうでもありませんわ。先ほど調べてわかったことなのですが、人が忽然と姿を消す現象──即ち『神隠し』は日本では『天狗隠し』と言われることがあるそうですわ」

千歌「そうなの?」

ダイヤ「ええ。それに、天狗は強風を司る神霊や妖怪の類ですから、ルビィが夢に見た、吹き荒ぶ木の葉というのも天狗のイメージと合致していますし。起こっていることと、天狗の相関性は十分にあります」

鞠莉「呪いとは関係がないんだとしても……天狗とは関係があるかもしれない」

ダイヤ「そういうことですわ」

鞠莉「でも……呪いじゃないんだとしたら、なんで曜は自分のことを呪われてるなんて言ったのかしら……」

ダイヤ「それについてなのですが……曜さんはもしかしたら、もともと自分が呪われていると、思って居なかったのではないでしょうか」

鞠莉「……? どういうこと?」

ダイヤ「考えてもみてください、もし本人が呪いを行っていたんだとしたら、ルビィを取り戻す際に、呪詛が術者本人に返って来ると聞いた時点で、大なり小なり対策をすると思いませんか?」

鞠莉「……確かに。……そのままじゃ、確実に自分に呪いが返って来るってわかってるわけだものね」


聖良にその話をされたときも、曜は特に変わりなかったし、ルビィを助けたあとも、特別に何か対策をしているような素振りはなかった。

つまり……。


鞠莉「曜は……消える直前になるまで、自分が人を呪ったことに気付いてなかった……? そんなことがあるの……?」


いや、結論だけ言うと、曜が人を呪ったってこと自体は違ったんだけど……。


ダイヤ「……そうですわね。それが最大の疑問ですわ」


ダイヤも一緒に首を捻る。……が、


千歌「あーでも、ちょっとわかる気がする」


悩むわたしたちの疑問に割って入ったのは、千歌だった。


ダイヤ「わかる……とは?」

千歌「ほら、例えばさ、学校の帰りに、石とか蹴ってるときに、たまたま蹴っていた石がすっぽ抜けて、お地蔵様にぶつかっちゃったりしたとするじゃん?」

ダイヤ「……貴方、そんな罰当たりなことをしていたのですか?」

千歌「た、例え話だって……! えっと、そのときはびっくりして、大丈夫かなとか思うけど、まあ結局気にせずやり過ごしちゃうとするじゃん」

鞠莉「Hm...?」

千歌「でも、その後、何日か経って、高熱が出たりしたら……『ああ、あのときお地蔵様を怒らせちゃったんだ』って思わない?」

ダイヤ「千歌さんと違って、わたくしにはそのような経験がないのですが……」

千歌「だから、例え話だって!」

ダイヤ「詰まるところ……後ろめたさを感じはするものの、これくらいなら大丈夫……と思っていたのに、後になって自分に災厄が降りかかってきたとき、思い返せばあれが原因だったのか、と思い込むという話ですわよね」

千歌「そんな感じ」

鞠莉「じゃあ、曜は……」

ダイヤ「誰かを呪い掛けようとした。けれど、最後まで実行は出来なかった。ですが、自分の存在が消えかけて……実行しかけたことだけで十分呪いが発動してしまったと、勘違いしてしまった……ということでしょうか」

299 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:30:21.67 WJ3m1kFK0 299/323


今ある情報から予測をするなら、それが一番しっくりくる。

ただ、仮にそれがそうなんだとしても……。


鞠莉「──曜が消えちゃった理由は……結局、何……?」


それがわからないとどうしようもない。


ダイヤ「そうですわね……。……ですが、何のきっかけも、理由もなく、こんなことが発生するとは思えません」

鞠莉「……きっかけ」

ダイヤ「鞠莉さん、何か思い当たる節はありませんか? ……曜さんのことはもう貴方しか覚えていません。ですから、もしきっかけを見つけられるとするなら、貴方の曜さんとの記憶から手掛かりを見つけるしかありませんわ……」

鞠莉「…………」


頭を捻る。きっかけ……きっかけ、何か……。


千歌「きっかけって、例えばどういうの?」

ダイヤ「そうですわね……それこそ、千歌さんのように、お地蔵様に悪戯をしてしまったとか」

千歌「いや、だからしてないからね?」


曜がそんなことをするとは、あまり思えない。


千歌「あとは……神頼みとか?」

ダイヤ「人が消えるようにお願いをしてしまった……ということですか?」

千歌「わかんないけど……人の手に負えないことなら、そういう感じなのかなって」

ダイヤ「ふむ……。ですが、そのような願いを聞き入れてくれる神がいるのだとしたら、世の中はもっと人が居なくなってそうですわね」

千歌「すごい、切実だったとか?」

ダイヤ「それは願いが叶う場合ですわ。今回は逆ですので」

千歌「あ、それもそっか……」


頭を捻っても、正解にたどり着ける気がしない。だけど……ただ、こうして時間を無駄に費やすわけにもいかない。

わたしは椅子から立ち上がる。


ダイヤ「鞠莉さん……?」

鞠莉「ちょっと……曜と過ごした場所に行ってみる……何かあるかもしれないから」

ダイヤ「そうですか。それが良いと思いますわ……お願いします」


少しでも、ヒントを探さないといけない。

わたしは一人……あの日以来、足を踏み入れていなかった、あの場所に行くことにした。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「…………」

300 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:31:57.70 WJ3m1kFK0 300/323


高いソレを見上げる。

ここ海の街、沼津に聳える、大きな水門──『びゅうお』。

あの日、曜と最後の言葉を交わした後、わたしはどうしてもこの場所からは足が遠のいてしまっていた。

でも、ここには曜との思い出が一番たくさんある。

曜を辿るなら、ここだと思った。


鞠莉「よし……」


扉を押し開け、受付に入る。


鞠莉「……こんにちは」

受付人「お嬢ちゃん、久しぶりだね」

鞠莉「お久しぶりです。大人一人お願いします」

受付人「100円だよ」

鞠莉「はい」


いつものおじさんに100円を払い、入場する。

長い長いエレベータを昇り──展望室に出ると……今日も海が真っ赤に燃えていた。

そのまま、中央通路に向かうと──


鞠莉「え……」


グレー味のかかった髪をした、見覚えのある姿が、目に飛び込んできた。


鞠莉「曜……?」

 「ん……?」


名前を呼ぶと、彼女がこっちに顔を向ける。


 「あら、貴方……」

鞠莉「……あ」


声を聞いて、曜じゃないことに気付く。同時に、曜と間違えた理由もわかった。


曜ママ「鞠莉ちゃん?」


そこに居たのは、曜のお母さんだった。





    ✨    ✨    ✨



301 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:33:58.43 WJ3m1kFK0 301/323



鞠莉「……ここ、よく来られるんですか?」

曜ママ「そうね……昔はよく来てたかな」

鞠莉「昔……?」

曜ママ「船を見に、よく来ていたんだけど……」

鞠莉「船……」

曜ママ「いつも、旦那さんの乗っているフェリーを待っていたわ。ここじゃ、フェリーは見えないのに」

鞠莉「…………」

曜ママ「いつくるかな? いつくるかな? って……。そう、私に何度も訊いてきて……。でも……」

鞠莉「でも……?」

曜ママ「そんな風に訊ねてきたあの子が……誰だったのかが、思い出せない……」

鞠莉「…………」


──それは、きっと、幼い日の曜との記憶だ。薄ぼんやりとエピソードとしてだけ、曜のお母さんの記憶に存在しているのかもしれない。


曜ママ「もう……何年も前のことだから……その子も、もう大きくなったんだろうな……」

鞠莉「…………っ……」


なんだか、すごくやるせない気持ちになった。

わたしは、曜を連れて帰ると言ったのに、結局、曜のお母さんの下に曜を連れて帰ることはできなかった。

目の前で、消えるのを、ただ泣きながら見ていることしか……出来なかった。


鞠莉「……じゃあ、どうして今日はここに?」

曜ママ「ん……そうだなぁ。……あの子が、ここにいる気がしたから、かな」

鞠莉「……そう……ですか」

曜ママ「鞠莉ちゃんは?」

鞠莉「え?」

曜ママ「鞠莉ちゃんは、どうしてここに来たの?」

鞠莉「わたしは……」


わたしは……。


鞠莉「……わたしも、その子に会える気がしたから」

曜ママ「ふふ……鞠莉ちゃん、面白いこと言うのね」


曜のお母さんはくすくす笑う。


曜ママ「その子……今はどんな子になってるかな……。……きっと、鞠莉ちゃんと同じくらいだと思うんだけど。あ、もしかして同じ学校だったりするのかしら?」

鞠莉「…………実はそうなんです」

曜ママ「ホントに? よくお話するの?」

鞠莉「はい……いっぱい、いっぱい、いろんなことを話しました」

曜ママ「どんな話?」


わたしは、問われて、曜と話したことを思い出す。

302 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:37:21.57 WJ3m1kFK0 302/323


鞠莉「部活の話……スポーツの話……好きなモノの話……それと──恋の話を、しました……」

曜ママ「まあ♪ 青春ね」

鞠莉「でも……あの子の恋は届かない恋で……」

曜ママ「……そうなんだ」

鞠莉「辛そうで、悲しそうで、寂しそうで……わたし、放っておけなくて……」

曜ママ「……うん」

鞠莉「わたし……本当は、なんて言ってあげれば、よかったんだろう……」


なんて言えば……こんなことにならなかったんだろう。


曜ママ「……今その子がどんな子になってるのかは、わからないけど……もし、私が鞠莉ちゃんの立場だったら……」

鞠莉「だったら……?」

曜ママ「……告白を勧めたかな」

鞠莉「……望みゼロでもですか……?」

曜ママ「うん、無理矢理にでも、告白させたと思う」

鞠莉「どうして……」

曜ママ「だって、そうじゃないと、終われないから」

鞠莉「終われ……ない……?」

曜ママ「届かなかった想いは……その先、消えることなんてないから」

鞠莉「そ、そんなこと……。……失恋の傷は、時間と共に癒えるって言うじゃないですか……っ」

曜ママ「そうね……時間と共に癒える。だけど、消えてなくなったりしない」

鞠莉「……」

曜ママ「傷が癒えて、苦しくなくなってから……ああ、ちゃんと伝えておけばよかったって思うの。ずーっと、思うのよ」

鞠莉「…………」

曜ママ「私もそうだった、いっぱい恋して、いっぱい失恋して、たまに成功して、付き合って、別れて、付き合って、別れて……その先で今の旦那さんに出会った。だけどね──ちゃんと、想いを伝えられずに終わっちゃった恋は……今でも後悔してるかな」

鞠莉「…………!」

曜ママ「だから、私だったら、何がなんでも、届かなくても、叶わなくても、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた方がいいよって背中を押すかな。そうじゃないと……ずっと、残っちゃうから」


わたしは……。


曜ママ「……って、おばちゃんの恋愛感なんて聞いても面白くないわよね、ごめんなさい」

鞠莉「…………わたし……っ……」

曜ママ「鞠莉ちゃん?」

鞠莉「…………ごめん、なさい……っ……」

曜ママ「え、鞠莉ちゃん!?」


気付いたら、泣いていた。

わたしは……間違えていたんだ。

わたしが傍に居れば、癒えると思ってた。

曜の、千歌への想いが、消えると思ってた。

違った……違ったんだ……。


鞠莉「……わたし……っ……ずっと、曜が……叶わない恋に向き合わない方向にばっかり……引っ張ってた……っ」

曜ママ「……」

鞠莉「……ホントは、わたしが……っ……曜に頑張る、勇気を……あげなくちゃ……いけなかったのに……っ……」

303 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:39:18.42 WJ3m1kFK0 303/323


逃げて良いって、甘やかして。

決着をつけさせないで、目を逸らさせて。

曜から……曜自身が、自分の恋に立ち向かう勇気を──奪ってたんだ。


鞠莉「……もっと、早く……もっと、早く、立ち向かう勇気を……曜に教えてあげられたら……っ……」


きっと、曜は、消えることなんてなかった。

誰も恨まず、誰も呪わず……もっと、笑えたんじゃないだろうか。


曜ママ「鞠莉ちゃんは……その、曜ちゃんって子が、大事だったのね」

鞠莉「……っ」


両手で顔を覆って、溢れ出てくる涙を隠しながら……コクリと小さく頷く。


曜ママ「そっか……曜ちゃんは、泣くほど大切に思ってくれる人が居てくれて……幸せな子だね」

鞠莉「幸せなんかじゃ……っ……わたしは……曜を……間違わせた……っ……」

曜ママ「……鞠莉ちゃん……ごめんね。私、鞠莉ちゃんの気持ち考えないで、無責任なこと言っちゃったね……」


曜のお母さんはわたしの頭を優しく撫でながら、そう言う。


鞠莉「…………っ」

曜ママ「確かに告白させてあげた方がすっきりは出来たかもしれない……今の結果にはならなかったのかもしれないけど……。……でも、それでも、鞠莉ちゃんが曜ちゃんを大切に想って、選んだ道なら、それでいいんだよ?」

鞠莉「……でも……曜は……っ」

曜ママ「……曜ちゃんに、鞠莉ちゃんの気持ちは伝わらなかった?」

鞠莉「……」

曜ママ「鞠莉ちゃんが……曜ちゃんをすごく大切に想ってる気持ちは……伝わらなかった?」

鞠莉「……伝わり……ました……」

曜ママ「そのとき……曜ちゃんはなんて言ってた?」

鞠莉「…………ありがとう……って」

曜ママ「じゃあ、そうなのよ」

鞠莉「…………」

曜ママ「鞠莉ちゃんが傍に居てくれて……曜ちゃんは嬉しかったのよ」

鞠莉「…………わたしは……っ」

曜ママ「ん」

鞠莉「…………わたしは……これから、どうすれば……いいですか……っ」


間違ってしまったわたしは、どうすればいいのか。曜を失う結果を選んでしまったわたしは……どうすればいいのか……。答えなんて、曜のお母さんに訊いても、返って来るはずないのに。

でも、


曜ママ「そんなの簡単よ」

鞠莉「え……?」


曜のお母さんは自身満々に、


曜ママ「次は、間違わないようにすればいい。もっと良くなるように、一緒に考えてあげればいいの。何度でも一緒に考えてあげれば、それだけでいいの」


そう答えた。

304 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:41:36.27 WJ3m1kFK0 304/323


曜ママ「鞠莉ちゃんも、まだ子供なんだから……全部上手くできるわけじゃない。うぅん、大人にだって、全部上手くなんかできない。失敗してもいいの。だからね、もし大切な人が転んじゃったら……すぐ隣で、また手を取ってあげて? そうしたら、きっとまた笑ってくれるから」

鞠莉「…………っ……はい……っ」


曜のお母さんは、わたしが泣き止むまで、優しく頭を撫で続けてくれたのだった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「船……通りませんね」

曜ママ「もうこの時間になっちゃうとね……」


わたしが落ち着いた頃には、夕日は沈み、夜の時間になっていた。


曜ママ「鞠莉ちゃんは、船は好き?」

鞠莉「……好きかな」

曜ママ「そっか。……じゃあ、私の家に来る?」

鞠莉「え?」

曜ママ「実はね、いっぱい船があるのよ?」

鞠莉「……模型じゃないですか?」

曜ママ「む……ばれちゃったか。旦那さんが好きでね……たくさん船の模型があるの」


──知ってる。曜が教えてくれたから。


曜ママ「そのなかにはね、木で出来た、立派なお船もあるのよ?」


──それも知ってる。曜が教えてくれた。曜の守り神……。


鞠莉「守り……神……?」


なに……? わたしの中で何かが引っかかった。


曜ママ「まあ♪ すごい、よくわかったわね……! そうなの、そのお船は守り神なんだって♪」

鞠莉「え……?」

曜ママ「実はね、大瀬崎のある大瀬明神に奉納する予定だったの。……ただ、あまりに出来がよかったのか……奉納したくないって……あれ、あの人がそう言ったんだっけ……?」

鞠莉「大瀬明神……?」

曜ママ「そうなの。あそこの神社は海上の安全祈願をする神社だから……。旦那さんの船の旅が安全でありますようにって……」

鞠莉「……神……様……。……曜の……神様……」


──『何のきっかけも、理由もなく、こんなことが発生するとは思えません』

──『神頼みとか?』


神に頼んだ。曜が。


──『……今ではパパが乗ってるフェリーも代替わりしちゃったから、晴れてこの木造フェリーは私を守るためだけに、渡辺家にあるって感じかな』

──『ふふ、曜の守り神様なのね?』

305 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:43:30.38 WJ3m1kFK0 305/323


一番近くに居る神様に……心から願ったんだ……じゃあ、一体……何を……?

いや……わたしは、曜の、願いを……聞いたはずだ。

あの日、この場所で、初めて曜が、泣きながら話してくれた、あのときに──


──『千歌ちゃんが……っ……幸せなら……っ……私も、祝福してあげないとって……想うのに……っ……全然、そう想ってあげられてなくて……っ……』

──『……千歌ちゃんが、ダイヤさんと一緒に、居るところ、見てると……っ……胸が苦しくて……っ……ダイヤさんが、千歌ちゃんに話しかけてるの見ると……すごく、嫌な気持ちに……な、って……っ……!』

──『早く居なくなって欲しい……って……っ……どっか行ってって……想っちゃって……っ……! そんな自分も……嫌で……っ……』


鞠莉「……あれが……曜の、願い、だったんだ……」


────『──消えて、なくなりたい……って……っ……』────


呪いなんかじゃない──神様が……曜の願いを、叶えただけだったんだ……。





    ✨    ✨    ✨





──深夜。


千歌「うわ……真っ暗」

ダイヤ「千歌さんはここで運転手さんと待っていてください」

千歌「うん……二人とも、気をつけてね」

鞠莉「ありがと。それじゃ、千歌のことお願いね」

運転手「はい、お嬢様もお気をつけて」

鞠莉「Thanks. ダイヤ、行きましょう」

ダイヤ「はい」


わたしたちは駐車場から、海岸沿いを歩き出す。

真っ直ぐ目的地に向かって歩く中、右手側には海が広がっていて、寄せては返す波の音が、静かな夜の大瀬崎に響いていた。

──そう、ここは大瀬崎。

わたしたちは、大瀬明神を目指していた。


鞠莉「ここに……曜がいるのね」

ダイヤ「ええ。恐らくは……」

鞠莉「曜……待っててね」


わたしたちは神社に向けて、歩を進める。





    ✨    ✨    ✨



306 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:46:31.63 WJ3m1kFK0 306/323



ダイヤ「天狗隠し──天狗浚いとも言います。神隠しの中でも天狗が原因とされるものを、こう呼称するそうですわ。天狗が子供を浚い、数ヶ月から数年ほど経ったある日、突然消えたはずの子供が戻ってきて、天狗から教わった知識や術、経験の話をすることから、天狗が原因だと判明するそうです」

鞠莉「じゃあ、曜もそのうち帰されるのかしら……」

ダイヤ「どうでしょうか……。天狗そのものというより、今回の場合は天狗隠しの性質を持った神隠しというだけなので、本当に怪異であるところの天狗とお目にかかれるのかは微妙なところですわね。……それよりも、もう一つ、天狗には神隠しに関係のある逸話があって、こちらの方が今回のケースに近いかもしれません」

鞠莉「逸話……?」

ダイヤ「隠れ蓑笠というものをご存知ですか?」

鞠莉「うぅん、知らないわ」

ダイヤ「隠れ蓑笠は天狗が身に纏っている蓑笠で、これを纏うと姿が見えなくなるそうです。そして、この蓑笠は燃やして灰にしても、効果があるそうで、灰を身体に掛けるだけで姿が見えなくなるそうですわ」

鞠莉「姿が見えなくなる……」

ダイヤ「今の曜さんはこの灰を全身に被っているような状態なのかもしれませんわね」

鞠莉「……蓑笠相手でも、用意してきた対策は効くの……?」

ダイヤ「恐らくは大丈夫だと思います。あくまで性質は天狗に付随しているものだと思うので。というか、今回重要なのは天狗隠しの方ですし、持ってきた対策はあくまで天狗隠しへの対策ですから」


──二人で話しながら歩くこと数分。程なくして、鳥居が見えてくる。

ダイヤと一緒に鳥居、そして道の両脇に立っている灯篭の間を抜けると、


鞠莉「ん……」


暗がりで見え辛いが、横に扇のような形をした、石造らしきものがあった。


鞠莉「うちわ……?」

ダイヤ「これは……天狗がよく手に持っている団扇ですわね。確か強風を巻き起こすことが出来る団扇だったと思います」

鞠莉「……噂通り、ホントに天狗の神社なんだ……」

ダイヤ「そのようですわね……。ここまで来て、天狗が関係ないと言われても困るのですが……」


二人で鳥居の先に続く道を進んでいく。


ダイヤ「暗いので、気をつけてくださいませね……」

鞠莉「ダイヤもね……」


街頭なんてあるはずがないので、本当に真っ暗な林の間を抜けていく。

しばらく、歩くと──


鞠莉「……! 池……」


大きな池が見えてきた。


鞠莉「ここが……『神池』なのね」

ダイヤ「こんな岬の先の先なのに……」

鞠莉「うん……」

ダイヤ「鞠莉さん……耳を澄ませてみてください……」

鞠莉「?」


言われたとおり、耳を澄ませてみると──静かな真夜中の林の向こうから……微かに音が聴こえて来る。


鞠莉「……波の音」

ダイヤ「波の音を聴きながら、見ているのが池だなんて……不思議な光景ですわ……。……『神池』と言われて神聖視されるのも納得ですわね……」

鞠莉「そうだネ……」

307 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:48:25.47 WJ3m1kFK0 307/323


二人で池の畔に立つと──


鞠莉「……?」


池の中で何かが動いていた。

そして、それらが顔を出す。


鞠莉「……鯉?」


それも一匹ではない、二匹、三匹……いや十数匹が寄ってきて、口をパクパクとしている。


鞠莉「Oh...餌をねだってるのかしら……?」

ダイヤ「人の気配に気付いて、寄ってきたのかしら……。人が餌をくれることを知っているのかもしれませんわね……」

鞠莉「夜なのに、元気ね……。……でも、ごめんね。今日は餌はないの。また今度あげるからね」

ダイヤ「……行きましょうか」

鞠莉「ええ」


池を通り過ぎて、社殿を探す。

暗くて、道がわかり辛いけど……しばらく二人で歩いているうちに、狛犬と鳥居のある場所に出る。

そして、鳥居の根元の部分に、大きな下駄の置物がある。


ダイヤ「一枚刃の下駄……」

鞠莉「天狗の下駄……ってことかしらね」

ダイヤ「ですわね」


恐らく、この先に……この神社の神霊──天狗を祀っている、社殿がある。


ダイヤ「鞠莉さん……心の準備はよろしいですか?」

鞠莉「……大丈夫。行きましょう」


わたしはダイヤと一緒に、社殿に続く石段を登っていく──





    ✨    ✨    ✨





一番上の社殿には思いの外、すぐに辿り着いた。

社殿を見上げると──


ダイヤ「……これは……すごいですわ」


本殿の屋根のすぐ下に、豪華な木の彫刻が堂々とその存在感を放っていた。

やはり暗がりで見え辛いが、目を凝らして見てみると、それが何かわかる。


鞠莉「天狗……」


見事な天狗の彫刻だった。


鞠莉「……すぅ……──ふぅ……」

308 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:52:26.24 WJ3m1kFK0 308/323


深呼吸する。


鞠莉「ダイヤ……下がって」

ダイヤ「……はい」


これから、この天狗たちのすぐ傍で──曜を返してもらう。


鞠莉「……神様……ごめんなさい。あなたに悪気がないのはわかってます……でも……とても、大切な人だから──曜を……曜を返してください……」


ゆっくりと息を吸って──唱える。


鞠莉「──鯖食った、鯖食った。……鯖食った曜──」


ダイヤに教えてもらった、文言を──



──────
────
──



ダイヤ「天狗隠しで行方不明になった人を呼び戻す文言があるそうです」

鞠莉「モンゴン?」

ダイヤ「ええ。その文言を唱えたら、山で天狗隠しに遭った人が戻ってきたという話があるそうです」

鞠莉「なんて、文言なの?」

ダイヤ「『鯖食った』と言うそうですわ。天狗が鯖を苦手としていることが起因していると考えられているそうです。その文言の後ろに、居なくなってしまった人の名前を付けて呼ぶと、行方不明になった人が戻ってくるそうですわ」

鞠莉「……そんな簡単なの?」

ダイヤ「ええ……ですが、これはあくまで戻ってくるだけですわ。鞠莉さんの言うとおり、曜さん自身が消えることを望んでしまったのだとしたら……今度は、曜さん自身が消えないことを望まないと、解決はしません」

鞠莉「……うん。わかった」


──
────
──────



鞠莉「鯖食った曜。鯖食った曜」


──曜、お願い……。戻ってきて。

祈りながら、唱え続けると──ビュゥゥと強い風が吹く。


鞠莉「……っ!」


その風に舞うように、大量の木の葉が目の前を踊る。

そして、気付けば──


「──…………あ……れ……?」

鞠莉「……っ……!! 曜……っ……!!」


曜が姿を現していた。





    *    *    *



309 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:54:17.97 WJ3m1kFK0 309/323



──誰かに呼ばれた気がした。

そう思って、目を開けたら──


「……鞠莉、ちゃん……?」

鞠莉「……曜……っ!! 曜……っ……逢いたかったよ……っ……」


鞠莉ちゃんに抱きしめられていた。


「……あれ、私……なんで……消えたんじゃ……」

鞠莉「わたしが……呼んだの……戻ってきてって……っ」

「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……もう……消えたりしたら……許さないんだから……」

「……あはは、また鞠莉ちゃんに見つけられちゃったんだ……私」

鞠莉「当たり前よ……わたし、曜を見つける名人なんだから……」

「うん……ありがとう」


鞠莉ちゃんを抱き返す。

しばらく、二人で抱き合ってから──


鞠莉「……曜、聞いて欲しいことがあるの」


鞠莉ちゃんは私の顔を真っ直ぐ見つめて、言う。


「何かな……?」

鞠莉「……あのね。わたし、間違ってた」

「間違ってた……?」

鞠莉「曜が苦しいなら、目を逸らせば良いって思ってた……だけど、そうじゃなかった……。……それじゃ、曜はいつまで経っても、悲しい現実を、乗り越えられないんだって、やっと気付いた……」

「……」

鞠莉「わたしは……悲しい現実と戦えるように。向き合えるように。勇気を持てるように。曜の背中を押してあげなくちゃいけなかった」

「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……曜。きっと、悲しいこと、辛いこと……いっぱいあるけどさ……逃げないで、立ち向かおう……。……わたしが傍に居るから……一緒に……前に進もう……?」

「鞠莉ちゃん……うん」


私は鞠莉ちゃんの言葉に静かに頷いた。

そして──


「……ダイヤさん」


鞠莉ちゃんの後ろで待っていた──ダイヤさんに声を掛けた。


ダイヤ「……曜さん」


きっとこの場にダイヤさんが居るということは、そういうことだろう。


「……私、ダイヤさんに……言わなくちゃいけないことがあります」

鞠莉「…………」

310 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:56:20.99 WJ3m1kFK0 310/323


鞠莉ちゃんが、私の手を静かに握るけど。

私は逆の手、その指をゆっくりとほどく。


鞠莉「曜……?」

「傍で……見てて。……私、ちゃんと向き合ってくるから」

鞠莉「! ……うん」


一歩前に出て、ダイヤさんと向き合う。


「ダイヤさんにね、謝らないといけないことがあるんだ」

ダイヤ「……呪いのこと、ですか? 安心してください、曜さんはわたくしのことは呪っては──」

「うぅん、違う。そうじゃなくてね……」


私は上着のポケットから、ソレを取り出した。


ダイヤ「……それは……」


──真っ白な髪飾り。


「ダイヤさんの……ヘアピン……。……取ったの、私だったんだ」



──────
────
──


部活終わりの着替えの最中。


「あれ……これ」


私はたまたま、落ちてたヘアピンを見つけて、拾ったんだ。

すぐに返そうと思ったんだけど──


ダイヤ「…………」

千歌「ダイヤさん? どうかしたの?」

ダイヤ「髪留めが……どこかに行ってしまって……」

千歌「ありゃりゃ? 着替えてる間に取れちゃったのかな……? 一緒に探そうか?」

ダイヤ「いえ……もう粗方探したので……大丈夫ですわ。そろそろ新しいものを買おうと思っていたので」


あ、ヘアピンならここに──


千歌「あ、ならさっ!」

ダイヤ「?」

千歌「私が新しいの選んであげる!」

ダイヤ「本当ですか?」

千歌「うんっ! とびっきりダイヤさんに似合うの、選んであげるからっ!」

ダイヤ「ふふっ。それでは、せっかくですから、わたくしも千歌さんの髪留めを選んで差し上げますわ。モノを失くしたはずなのに、逆に楽しみが出来てしまいましたわね」

千歌「うん! じゃあ、今度のお休み一緒に買いに行こうね!」


…………。

私は、髪留めを自分の制服のポケットに──ねじ込んだ。

311 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 05:58:01.70 WJ3m1kFK0 311/323


──
────
──────



「返す機会……なくなっちゃって……」

ダイヤ「そう……だったのですか……。でも、気を遣ってくれたのでしょう? 気に病むことでは……」

「違うんだ」

ダイヤ「……え?」

「……私、ダイヤさんのヘアピンを持ち帰ったとき、思い出しちゃったんだ……。あの呪いを……」

ダイヤ「…………」

「船の……呪いを……」


私は、幼い頃、聞かされた、恐ろしい呪いのことを──思い出してしまった。

木で出来た船の上に、消えて欲しい人の身に付けていた小物を飲み込ませた『神池』の魚を乗せて、流す。そんな呪いのことを。


「嫉妬するたびに……苦しくなるたびに……私は……ダイヤさんを、呪いそうになった……」

ダイヤ「嫉妬……? ……曜さん、もしかして……貴方……」

「──私の大好きな、千歌ちゃんを……取っちゃった……ダイヤさんのことを……っ……」

ダイヤ「…………そういうこと……だったのですわね……」


ダイヤさんは私の言葉を聞いて、やっと理由がわかったとでも言わんばかりのいろんな感情の篭もった表情をした。


「何度も、何度も……嫉妬するたびに……消えて欲しいって……心のどこかで、思っちゃってた……。その度に、ああなんて私は醜いんだろうって……何度も、何度も……思って……」

ダイヤ「曜さん……」

「それでも、我慢してた。我慢できてるつもりだった……。でも、あの日──千歌ちゃんと、ダイヤさんが……キスしてるのを見ちゃった日。……私はしまってたはずの、ヘアピンを……気付いたら握り締めてた」


醜い嫉妬の感情で頭がいっぱいになって。


「呪われて、消えて、居なくなって、もうどこか行ってって……ヘアピンを握り締めて……ダイヤさんを消そうとした」

ダイヤ「…………」

「…………私、あのとき、本気だったと思う」

ダイヤ「……では、何故」

「…………」

ダイヤ「何故……呪いを実行しなかったのですか……?」

「──千歌ちゃんが……。ダイヤさんが居なくなったら……千歌ちゃんが……悲しむと思ったから……っ」

ダイヤ「…………」

「千歌ちゃんが、泣いてる姿を想像したら……出来なかった。……出来るわけ……なかった……っ」

ダイヤ「曜さん……」

「……ごめん、ダイヤさん……。……こんなやつ……こんなこと思うような私、消えて当然なんだ……っ……」


ぎゅっと、拳を握り締める。

私は、本当に罪深いことをしようとしたんだ。人から軽蔑されて、当然なことを。


ダイヤ「……曜さん」

「…………軽蔑したよね。仲間を、こんな風に思うやつのことなんか……」

312 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:00:33.82 WJ3m1kFK0 312/323


当たり前だ。私はそれだけのことをしたんだ。

だけど、


ダイヤ「軽蔑なんて、していませんわ」


ダイヤさんは、そう言葉を返す。


「え……?」

ダイヤ「確かに……消えて欲しいなどと思われるのは、悲しいですが……仕方がないと思います。わたくしが、貴方の大切な人を……取ってしまったのですから」

「…………」

ダイヤ「もちろん、頼まれても、千歌さんの手は絶対に離しません。譲るつもりもありません。ですが……もし、逆の立場だったら……わたくしは、きっと貴方を恨んでいました」

「え……」

ダイヤ「……恨み、妬み、嫉み、もしかしたら、呪っていたかもしれません」

「……ダイヤさん……が……?」

ダイヤ「わたくしだって、同じ人間ですのよ? 誰かを羨んだり、許せないと思うこともありますわ。……ましてや、千歌さんを取られたら、尚更。だって、わかるでしょう……?」

「え……?」

ダイヤ「──千歌さんに出会ってしまったら……あの人以外、ありえないって、思ってしまいますもの」

「…………そうだね……。……そうなんだよね……」


ああ、よくわかってるなぁ……。そりゃそうだよ。この人は、千歌ちゃんの恋人だもん。


ダイヤ「……人は嫉妬します。自分が欲しがっても手に入らないのに、誰かがそれを持っていたり……自分の想い人が、他の誰かと恋仲になってしまったら……心のどこかで恨んでしまうこともあります。あって、当然ですわ。それでも…………曜さんは、わたくしを呪わなかったのでしょう? 心の中で思っていたことに対して、誰がそれを悪く言えますか? それは……人が持っていて、当たり前の感情ですわ」

「でも……っ」

ダイヤ「ですから、いいのです。わたくしが許せないなら、許さなくて。……ですが、それでもわたくしは千歌さんの隣に居続けます。居続けて──きっといつか、曜さんにも認めてもらえるくらい、千歌さんに相応しい人になって見せますから」

「…………そっか……っ」


最初から、ぶつかってもよかったのかもしれない。

ぶつかられても、この人は……ブレたりなんかしなかったんだ。

恨まれようが、妬まれようが、嫌われようが──呪われようが。

この人は、胸を張って、千歌ちゃんの隣に居ることを選び続けたんだ。

それがわかって、


「──…………もう、十分、相応しいよ……っ」


やっと、私は、そう思えた。


「ダイヤさん……っ」

ダイヤ「はい」

「千歌ちゃんのこと……泣かせたら……許さないからね……っ……?」

ダイヤ「……肝に銘じておきますわ」

「……っ……ぐす……っ………………はぁーぁ……」


思わず大きな溜め息が漏れた。


「…………ダイヤさんが、もっと嫌なやつだったら良かったのに……」

ダイヤ「……それでも、千歌さんは渡しませんけれど?」

「……かもね。ダイヤさん、頑固だから」

313 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:02:15.69 WJ3m1kFK0 313/323


私は、やっと肩の力が抜けた気がした。


「……なんか……すっきりした」

鞠莉「曜……」

「鞠莉ちゃん……もう、私、大丈夫だよ」


そう言って、鞠莉ちゃんに笑いかけようとした、そのとき──


 「──大丈夫じゃないっ!!」


境内に大きな声が響いた。


「え……」


太陽のような。私が、心から好きになった、声。


千歌「はぁ……はぁ…………大丈夫じゃ……ない、もん……っ」

「千歌……ちゃん……?」


千歌ちゃんが、息を切らして、立っていた。


ダイヤ「千歌さん!? 車の中で待っていてと……!!」

千歌「ダイヤさんは黙ってて!! 今、曜ちゃんと話してるのっ!!」

ダイヤ「は、はいっ!!」

千歌「曜ちゃん……っ……!!」


千歌ちゃんはそのまま、私に大股で歩きながら、近付いて、


千歌「曜ちゃん……っ……」


私に抱きついてきた。余りに勢いよく、抱きつかれたせいで、思わず尻餅をつく。


「千歌……ちゃん……?」


でも、千歌ちゃんはそんなことお構いなしに、尻餅をついた私に抱きついたまま、喋り始めた。


千歌「なんで……忘れちゃってたんだろう……私……。……曜ちゃん……」

「千歌ちゃん……」

千歌「大切な……曜ちゃんのこと……」

「…………」


抱きついたまま、千歌ちゃんが私の顔を見上げてくる。


千歌「やっと……また話せるね……曜ちゃん。……あのね……実は私……ずっと、訊きたかったことが、あったの……」

「え……?」

千歌「チカのこと……嫌い……?」

「!? そんなわけないっ!! 嫌いになんてなるはずないじゃんっ!!」

千歌「そっか……よかった……っ」


千歌ちゃんは急に何を言いだすんだ。そんなことありえるはずないのに。

314 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:03:39.06 WJ3m1kFK0 314/323


「なんで、そんなこと思うの!? むしろ、私は──」

千歌「曜ちゃん、ずっと、チカと話しづらそうにしてたから……」

「え……」

千歌「気付いてないと思ってたの……? いっつも、一緒に居たんだから……それくらい、わかるもん……っ」

「…………私……」

千歌「……でも、自分から訊くの……怖くて……。……もし、ホントに嫌われてたら……どうしようって……っ……」

「なんで……嫌いになる理由なんて……」

千歌「私……ぶっちゃったから……」

「え……?」

千歌「曜ちゃんのこと……ぶっちゃったから……」

「ぁ……」


きっと、あの日の、廊下でのことだ。

──『……!! 放してっ!!!』 パシンッ──


「そんなこと……ずっと、覚えてて……」

千歌「そんなことじゃないもん……っ……私、ずっと謝らなくちゃって……っ……」


千歌ちゃんだって、余裕がなかったからだと思うのに……。

ああもう……こういうところなんだ。

自分が苦しくても、他の誰かのことを大事に想える、優しい心。

千歌ちゃんのこういうところに私は──


「……千歌ちゃん」

千歌「ふぇ……っ?」

「……好きだよ」

千歌「曜……ちゃん……?」

「私……千歌ちゃんに恋してるんだ……千歌ちゃんのこと……好きなんだ……」

千歌「…………………………」

「……千歌ちゃん。好きです。私と……付き合ってください」

千歌「…………………………ごめんなさい。……大好きな人が……すごくすごく、大切な人が居るから……曜ちゃんとは、お付き合い、出来ません……」

「……だよね」


ああ──フラレた。私は思わず天を仰いだ。


千歌「もしかして……曜ちゃんが、『消えたい』なんて……神様にお願いした理由って……」

「……うん」


千歌ちゃんの言葉に頷く。

315 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:05:10.42 WJ3m1kFK0 315/323


千歌「…………ぅ」

「……ぅ?」

千歌「ぅ曜ちゃんのっ!!!! おおばかやろうーーーーっ!!!!」

「!?」

千歌「なんで、それで消えたいなんてお願いするのっ!? ねぇっ!!!」

「え!? ちょ!? まっ!?」

千歌「消えちゃうんだよっ!? 曜ちゃん、居なくなっちゃうところだったんだよっ!!?」


千歌ちゃんが、私の肩を掴んで激しく前後に揺する。


千歌「一緒に遊んだことも!! アイス二人でわけあったことも!! 二人で一緒に学校通ったことも!! ダンスの練習したことも!! わかんないところ教えあったことも!! お泊りしたことも!! いたずらして怒られたことも!! ケンカして泣きながら仲直りしたことも!! 一緒にライブで踊ったことも!! 全部、全部、忘れちゃうところだったんだよ!? なかったことになっちゃうところだったんだよっ!!?」

「え、ち、千歌ちゃ……」

千歌「私、そんなの……っ……やだよぉ……っ……曜ちゃんが、居なくなっちゃったら……やだよぉ……っ……」


千歌ちゃんが目の前で、ポロポロと大粒の涙を流しながら、泣いていた。


千歌「……恋人には……なれないけど……っ……それでも、曜ちゃんは、すっごく大切な人だもん……っ……なのに、一人で勝手に……居なくならないでよぉ……っ……ばかぁ……っ……」

「……っ……!!」


──私は、思い違いをしていた。

好きな人だとか、恋人だとか、それ以前に──


「……私……私も……千歌ちゃんが、すごく大切……だよ、ぉ……っ……!!」

千歌「最初から……っ……知ってるもん……っ!! そんなことぉ……っ……!!」

「……わたし、ちかちゃんと……! ……ずっと、ともだちで、いだいよぉ……っ……!!」

千歌「……ぞれも、じっでるよぉ……っ!!」

「……やだよぉっ!! ぢがぢゃんど、はなれだぐないよぉ……っ!!」

千歌「……わだじも……ようぢゃんが、いなぐなっぢゃったら……やだよぉ……っ!!」


気付けば、お互い、涙でぐしゃぐしゃになって、抱きあったまま、わんわん泣いていた。


千歌「……ごれがらも……どもだぢがいいよぉ……っ!!」

「……わだじも……どもだぢがいいよぉ……っ!!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま、二人で抱きあいながら、子供のように泣きじゃくって、叫び続けた。

最初から、これでよかったんだ。

こうやって、真正面から思ってることを言えば、よかったんだ。

ただ、それだけで、よかったんだ。



鞠莉「曜……よかったね……っ」

ダイヤ「……一件落着のようですわね」

鞠莉「うん……そうだね……っ」



すごくすごく遠回りをしてしまったけど……こうして、私の恋を巡る物語は無事──大切な幼馴染に失恋をして、終わりを迎えたのだった。



316 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:06:54.40 WJ3m1kFK0 316/323



    *    *    *










    ✨    ✨    ✨



317 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:10:50.66 WJ3m1kFK0 317/323



──さて、あの夜から早くも二週間近くが経過しようとしていた。

そんな本日は10月18日金曜日。


ダイヤ「──え? ……では、結局、鞠莉さんはフラレてしまったのですか……?」


隣を歩いていたダイヤが、ポカンとした表情でそんなことを言う。


鞠莉「うん、まあね」

ダイヤ「……てっきり、このまま貴方が曜さんとくっつくのだとばかり……」

鞠莉「まあ……曜なりに思うところがあるみたい。わたしの目の前で、あんな情熱的な告白を、他の子にしちゃった手前だもんね」

ダイヤ「それは確かにそうなのですが……。……そうですか」


ダイヤは難しそうな顔をする。

言いたいことはわかるけどね。


鞠莉「曜、変なところで生真面目だからね~」

ダイヤ「……それで、良いのですか?」

鞠莉「ん?」

ダイヤ「鞠莉さんは、それでも」

鞠莉「大丈夫大丈夫」

ダイヤ「?」

鞠莉「あれから毎日告白してるから。昨日で12連敗中」

ダイヤ「…………」


ダイヤ、額に手を当てて、小さく唸る。


ダイヤ「曜さんも曜さんですが……鞠莉さんも鞠莉さんですわね……」

鞠莉「でも、いいの。わたし、諦める気ゼロだから」

ダイヤ「まあ……貴方たちがそれでいいなら、わたくしはこれ以上何も言いませんけれど」


そう言って、ダイヤは肩を竦めた。

──さて、あの一件のあと、わたしは部活に顔を出し、Aqoursの全員に謝罪をした。

もちろん、怒っている人は誰一人居なかったけど。

そして、曜のことを忘れている人も一人も居なかった。

……曜が消えていた事実を覚えていた人も、曜を含めて、解決のあの場に居合わせた、わたしたち4人以外には居なかったけど。

そういえば、あの一件と言えば……。


鞠莉「そういえば、ダイヤ。あのこと、ちゃんとルビィと話し合ったの?」

ダイヤ「……ええ。千歌さんを交えて、先週末に話し合いをしましたわ」


──ルビィのこと。

呪いはそもそもなかったわけで、とばっちりを受けたわけじゃなかったルビィはどうして巻き込まれたのか?

その理由は──

318 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:12:47.27 WJ3m1kFK0 318/323


ダイヤ「……自分が居なくなれば、千歌さんとわたくしはもっと二人で過ごせるのに、などと言っていたので……」

鞠莉「怒ったの?」

ダイヤ「抱きしめました」

鞠莉「だよね」


どうやら、曜と非常に近い性質の願いが、共鳴してしまったということらしかった。

曜の守り神の癖にルビィの願いまで叶えるなんて……神様的には、サービスのつもりだったのかしらね?


鞠莉「というか、神にも魔除けが効くのね……」

ダイヤ「……神も魔も解釈の違いみたいなところがありますからね。他宗派のお守りなら十分効果を発揮するということかもしれませんわ」

鞠莉「ふーん……そういうものなのね」


今度はわたしが肩を竦めた。神様って思ったよりいい加減な存在なのかも……。


鞠莉「そういえば……」

ダイヤ「なんですか?」

鞠莉「どうして、わたしは曜のこと覚えていられたのかな……」


曜がルビィを覚えていたのは、同じ神様の力を起因にしていたからだ。

だけど、わたしにはそう言ったことは何一つなかったはず。


ダイヤ「はぁ……そんなもの今更言うまでもないでしょう」

鞠莉「え?」

ダイヤ「愛の力ですわ」

鞠莉「……そっか」

ダイヤ「ええ」


全く、ダイヤはたまに、恥ずかしいことを堂々と言うんだから。

でも……きっと、ダイヤの言うとおり、わたしの曜への愛が、記憶を繋ぎ止めてくれたんだよね……。

もし、それが本当なら、恋が叶わなかったのだとしても、曜を好きになってよかったと思える気がした。


ダイヤ「そういえば、この後はどうするのですか?」

鞠莉「わたし? デート♪」

ダイヤ「曜さんと?」

鞠莉「Yes♪」

ダイヤ「……曜さんも、いつまでも変なのに付きまとわれて大変そうですわね」

鞠莉「誰が変なのよ!? 今さっき自分で言った言葉、忘れたの!?」

ダイヤ「それはそれですわ」

鞠莉「はぁ……ダイヤこそ、チカッチとデートしないの?」

ダイヤ「千歌さんは、今日はルビィと二人でショッピングですわ」

鞠莉「え……ついに寝取られたの……? しかも妹に……」

ダイヤ「そんなわけないでしょう!? というか、『ついに』とはなんですか!!」

鞠莉「It's joke.」

ダイヤ「はぁ……三人で話し合って以来、ルビィとの時間も大切にしようということになりまして……」

鞠莉「あら、そうなの?」

ダイヤ「それで、ルビィが──」

319 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:13:44.00 WJ3m1kFK0 319/323


────
──

ルビィ『千歌お姉ちゃんっ』

千歌『!?』

ルビィ『あ、だ、ダメだったかな……? お姉ちゃんの恋人さんだから、千歌ちゃんもお姉ちゃんみたいな感じかなって思って……』

千歌『もっかい』

ルビィ『え?』

千歌『One more.』

ルビィ『なんで、英語……? 千歌お姉ちゃん?』

千歌『……っ!! もっかいっ!!』

ルビィ『ええ……?』

──
────


ダイヤ「すっかり、千歌さんもルビィの妹力にメロメロになってしまったようで」

鞠莉「やっぱり、寝取られてるじゃない」

ダイヤ「寝取られていませんわ!? 千歌さんはルビィの魅力にも気付きましたが、今でも一番は、わたくしに決まっていますわ!」

鞠莉「……ああ、その自身満々な態度が、日に日に曇っていく未来が見えマース……」

ダイヤ「ふん。なんとでも仰いなさい。わたくしと千歌さんの間にヒビなんて、そう簡単に入りませんから」

鞠莉「はいはい、ゴチソウサマ」


全く羨ましい、信頼関係ね。


ダイヤ「それよりも、鞠莉さんも頑張ってくださいね。曜さんとのこと」

鞠莉「Thank you. 絶対、曜のことトリコにしてみせるんだから♪」

ダイヤ「本当にお願いしますわよ? 新曲を歌うときに、ギクシャクされたら迷惑ですからね」

鞠莉「まっかせなサーイ♪」


わたしは胸を張って答えるのだった。





    *    *    *





──バシャバシャバシャ。


鞠莉「きゃっ!?」

「おー……君たちは相変わらず元気いいねー……。ほら、今あげるから」


私が餌を池に向かって放ると──バシャバシャバシャバシャ!!!

先ほどと比にならないレベルで鯉たちがくんずほぐれつして、餌の争奪戦を始める。


鞠莉「Oh my god...」

「あはは……確かにある意味ちょっとショッキングな光景だよね」


──私と鞠莉ちゃんは、学校が終わった後、大瀬崎の大瀬明神を訪れていた。

320 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:16:20.60 WJ3m1kFK0 320/323


鞠莉「……あのときは深夜だったけど、日中になると、更にすごいわね……」

「この池だけで、一万匹以上、鯉や鮒がいるらしいよ」

鞠莉「なんか……言われても想像つかないんだけど……一万匹も池に入り切るの?」

「さぁ……。……この池自体、入ったり魚を捕ったりすると、神罰が下るって言われてて、一切詳しい調査はしてないんだってさ。だから、水深もわかんないんだって」

鞠莉「そうなんだ……。……ゴリヤクありそうだし、せっかくだから、もっと餌あげておこうかしら」


鞠莉ちゃんが、餌をぱらぱらと落とすと、鯉たちが、また大暴れしながら、餌を争奪し始める。


鞠莉「なんか……ちょっと楽しくなってきたかも」

「あはは、ほどほどにね」


なんだか、子供の頃を思い出す。

パパと、ママと、三人で、おおはしゃぎしながら、鯉に餌をあげた記憶がある。

──バシャバシャバシャ。


鞠莉「えっと……もう、餌が……」


──バシャバシャバシャバシャ!!


鞠莉「…………」

「あはは……たぶんここに居たらずっと餌ねだられるよ」

鞠莉「……また、今度ね」

「それじゃ、行こうか」

鞠莉「ええ」





    *    *    *





──本殿。


「…………」

鞠莉「…………」


二人でお賽銭を入れてから、二礼二拍手一拝。


「…………」

鞠莉「…………」

「…………」

鞠莉「…………」

「………………よし」

鞠莉「………………ん」


お参りを済ませる。

321 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:17:36.98 WJ3m1kFK0 321/323


「何をお参りしたの?」

鞠莉「んー? この間は、騒がしくして、ごめんなさいって」

「それにしては長かったような……」

鞠莉「ついでに、わたしの恋も成就させてくださいって」

「なかなかふてぶてしいね……」

鞠莉「お願いするだけならタダかなって。それで、曜は?」

「ん……私はね──」


私は本殿の、天狗の彫像を見上げながら、答える。


「もう……私は大丈夫だから。今まで守ってくれて、ありがとう……って」

鞠莉「……そっか」

「うん」


もう、私は十分守ってもらったから。これからは自分の力で歩いていきます、と。

そう伝えるために、今日ここに来た。


鞠莉「それじゃ、行きましょうか」

「待って」

鞠莉「? What ?」


そして、もう一人。私を守るために、ずっと傍に居てくれた人に──伝えるために、ここに来た。


「鞠莉ちゃん、あのね……私、鞠莉ちゃんが居てくれたから、今もここに居られるんだ。……本当にありがとう」

鞠莉「もう、今更ミズクサイんだから」

「……千歌ちゃんのことも、ダイヤさんのことも……やっと自分の中で決着がついたと思ってる。鞠莉ちゃんが、傍に居て、背中を押してくれたから」

鞠莉「それは、曜が頑張ったからだヨ」

「うぅん……鞠莉ちゃんが居てくれなかったら絶対に出来なかったよ。……だから、ありがとう」

鞠莉「……もう/// ……改めて言われると照れくさいデース……/// ねぇねぇ、曜」

「ん?」

鞠莉「I love you.」

「うん、ありがとう」

鞠莉「……なんか、せっかくの不意打ちが、さらっと流された」

「うぅん、ホントに嬉しいよ。鞠莉ちゃんが、私のことを想ってくれて……私のこと好きになってくれて」

鞠莉「その調子で、曜もわたしのこと好きになってくれたらなー……」

「鞠莉ちゃん」

鞠莉「んー?」

「私、実はね、ずーっと自分の気持ちと向き合いながら考えてたんだ。考えて、考えて……考えて、答えを出してきたよ。だから、今日……私の想いも伝えるね」

鞠莉「え……」

322 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:18:35.42 WJ3m1kFK0 322/323


──叶わない願い。

──届かない想い。

きっと、生きていたら、そういうものはたくさんあるんだと思う。


「私ね……鞠莉ちゃんには本当に感謝してるんだ。悲しいとき、傍に居てくれた。寂しいとき、手を握ってくれた。苦しいとき、抱きしめてくれた」


それでも、人は……そういう成就しない想いから、目を逸らさず、苦しくて、時に挫けそうになっても……最後は前を向かないといけないんだと思う。


「それが、すごく嬉しかった……。……もし、出来るなら、鞠莉ちゃんが私にしてくれたように、私も鞠莉ちゃんの傍で、鞠莉ちゃんの力になりたい。私の中にある気持ちも、言葉も、全部、鞠莉ちゃんに伝えたい」

鞠莉「……! …………曜……っ」


だって、そうじゃないと──本当に自分を大切にしてくれる人を、想いを、見落としてしまうかもしれないから。

変わっていく未来に希望を持ちながら、頑張って前を向いて、その度に誰かと手を取り合いながら──先に進むんだ。


「だから、ちゃんと伝えるね」

鞠莉「うん……っ……」


だって、それが──


「私、鞠莉ちゃんのことが────」


──誰かと一緒に生きていくということだと、今の私は……心の底から、そう想えるから。





<終>

323 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 06:19:40.85 WJ3m1kFK0 323/323


終わりです。お目汚し失礼しました。


西伊豆の方、大瀬崎の大瀬明神には実際に神池と呼ばれる不思議な池が存在します。
神様の住まう池とされていて、池に入ったり、そこに住む魚と捕ったりした人間には天罰が下るとされています。
他にもビャクシンと呼ばれる珍しい木が自然群生している樹林もあり、国の天然記念物に指定されているそうです。
海も透き通るほど綺麗ですし、とても神秘的な場所なので、興味のある方は、是非一度訪れてみて欲しいです。
(営業時間は17時まで(冬季は~16時)です。作中のように深夜に入ることは出来ません)

注釈:この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


それでは、ここまで読んで頂き有難う御座いました。

また書きたくなったら来ます。

よしなに。

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