関連
曜「神隠しの噂」【前編】


111 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 19:37:23.11 NOmScrmB0 111/323



「──……ん……」


──なんだか、頭の下に柔らかい感触。

……あれ、私……何してたんだっけ……。


「……ん、ぅ……」


ゆっくりと目を開けると、


鞠莉「おはよ、曜」


鞠莉ちゃんの顔がすぐ目の前にあった。


「あれ……鞠莉ちゃん……」


ぼんやりとした、頭で考える。

……確か、鞠莉ちゃんとお話してて……。

…………。


「……私、もしかして、寝ちゃってた……?」

鞠莉「うん、話してたら割とすぐにうとうとし始めたから」

「ぅ……ごめん……」


よくよく考えてみたら、眠くなるからソファーから離れて何かしようとしたのに、結局ソファーに戻って話してたら、そりゃこうなる。


鞠莉「それで、感想は?」

「……感想?」


なんのことかと思ったけど、


鞠莉「わたしのひ・ざ・ま・く・ら♪」

「……。……!?///」


鞠莉ちゃんから見下ろされているこの状況、言われて気付く。

私は膝枕をされていた。


鞠莉「マリーの膝、気持ちよかった?」

「え、あ、はい」

鞠莉「ふふ~ん♪ そうよねぇ~曜ったら寝ぼけたまま、わたしのフトモモに頬ずりしてたもんね~」

「……!?/// し、してないよ!?///」


……してないよね!?

眠くなってきてからの記憶がほとんどないから、自信がない。


鞠莉「ふふ♪ じゃあ、してないってことにしておいてあげるわね♪」


鞠莉ちゃんはいたずらっぽく笑う。

またしても、鞠莉ちゃんにからかわれる口実を与えてしまった。


「……はぁ」

112 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 19:39:56.60 NOmScrmB0 112/323


軽く頬を掻きながら、身体を起こそうとすると、


鞠莉「だ~め、もう少しこのまま」


鞠莉ちゃんがおでこに人差し指を押し当てて、私が起き上がるのを阻止する。


「え、えぇ……?」

鞠莉「それとも、マリーの膝枕に不満でもあるの?」

「……滅相もございません」

鞠莉「よろしい♪」


どうせ、逆らっても丸め込まれるので、大人しく鞠莉ちゃんの言うことに従う。

それに……別に不満があるわけじゃないし。……恥ずかしいけど。


鞠莉「……ふふ♪」


鞠莉ちゃんは嬉しそうに微笑みながら、私の髪を撫で付ける。


「……鞠莉ちゃん、楽しそう」

鞠莉「ええ、曜のいろんな反応が見れて楽しいわ♪」

「そっかぁ……」


まあ、鞠莉ちゃんが楽しいなら、いっか……。


鞠莉「……ねぇ、曜」

「ん……?」

鞠莉「わたし……曜の恋人、ちゃんと出来てるかな?」


鞠莉ちゃんが突然そんなことを訊ねて来た。


「うん、出来てると思う。鞠莉ちゃんと居ると毎日楽しいし……」


まあ、本当の恋人が居たことがないから、本当に恋人らしいのかと言われるとよくわかんないけど……。


鞠莉「そっか……なら、よかった」


ただ、鞠莉ちゃんは私の言葉を聞いて、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


「膝枕してくれてるのも……恋人っぽいよ」

鞠莉「ふふ……確かにそうかも。膝枕をしてあげたのなんて、曜が初めてなんだからね?」

「それは、光栄かも……」


なんて、言いながら、少し申し訳ない気持ちにもなる。

恋人の振りなのに、初めてを貰ってしまって……。

今後、鞠莉ちゃんの恋人になる人に心の中で謝罪をしてしまう。


「……」


鞠莉ちゃんの膝の上に頭を乗せたまま、ぼんやりと窓の方に視線を向けると、外はもう日が落ちて夜になっていた。

さっきはまだ夕方だったのに……。

113 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 19:40:55.21 NOmScrmB0 113/323


「私……結構眠ってたんだね」

鞠莉「そうだね……きっと疲れてたんだヨ」

「……そうかも。それより、ごめんね……ずっと膝枕させてて、鞠莉ちゃんこそ、疲れてない?」

鞠莉「ふふ、大丈夫よ。むしろ、曜の可愛い寝顔を特等席で眺められたから、疲れなんて吹き飛んじゃうわ♪」

「……ぅ……/// ま、また、そういうこと言う……///」


今日は鞠莉ちゃんにやられっぱなしだ。全く油断も隙もないというか……。


鞠莉「気兼ねなんてしなくていいの。今はマリーが曜の恋人なんだから……ね?」

「……うん」


ああ、なんか……嬉しいな。

振りなんだとしても、自分だけを大切にしてくれる人がいるのって……。

──千歌ちゃんも、ダイヤさんと居るときは、こんな気持ちなのかな。


「…………」


また、不意に二人のことを思い出してしまって、急に苦しくなる。

何やってんだろ、私……。


鞠莉「……てい」

「あたっ!?」


急に鞠莉ちゃんにおでこの辺りをチョップされた。


鞠莉「……また、ダイヤと千歌のこと考えてたでしょ」

「ぅ……」


どうやら、顔に出ていたらしい。


鞠莉「……今はわたしのことだけ、考えて」

「え……う、うん……」

鞠莉「……悲しいことも、寂しいことも、忘れて……マリーのことだけ考えて」

「……うん」


改めて、何のために鞠莉ちゃんが傍に居てくれるのかをよく考えよう。

努めて、二人のことを考えないように──鞠莉ちゃんのことだけを考えるように、しないと。


「……鞠莉ちゃん」

鞠莉「ん、なぁに、曜」

「ありがとね」

鞠莉「ふふ、どうしたの?」

「なんか、急にお礼言いたくなっただけ」

鞠莉「そっか……」


鞠莉ちゃんは軽く相槌を打つと、再び私の頭を撫でてくれる。

114 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:29:53.73 NOmScrmB0 114/323


鞠莉「直にディナーになると思うから。今日は曜の大好きなものをお願いしたから、期待しててね♪」

「ホントに!?」


なんだろう……楽しみだなぁ。

私は鞠莉ちゃんの膝の上で、夕食の献立に思いを馳せながら、ゆったりとした時間を過ごすのだった。





    *    *    *





「………………」


机の上に並べられたディナーを見て、言葉を失う。


鞠莉「ホントは、和食でもよかったんだけど……どうしても和食は生魚が多いから」


鞠莉ちゃんの言うとおり、洋食メニューでローストビーフやスープにサラダ。あと、なんか名前のわからないテレビとかで見るフランス料理っぽいものが並んでいる。

いや、ぶっちゃけそれはいいとして……それ以上に異彩を放っているメニューが私の目を引いた。

それは棒状で、クッキーのような質感をしていて、表面には小さな穴が開いている。

そう、まるで、カロリーメイトのような──……というか、どう見てもカロリーメイトだった。

それが、真ん中あたりで斜めに切られていて、綺麗にお皿に盛り付けられている。

半分サイズに切られたカロリーメイトがそれぞれ4本ずつ、綺麗に並べられたものが二皿。


鞠莉「ふふ♪ 曜ったら、じーっと見つめちゃって……。やっぱりソレが好きなのね?」


違う、そうじゃない。


鞠莉「いろいろ味があって、迷ったけど……今日はデザートとして出したわけじゃないから、メイプル、フルーツ、チョコレートは除外したわ」

「そ、そーなんだー……」


気遣いの方向性が、方向音痴を通り越して、迷子になっている。


鞠莉「でも、ちゃんと四種類とも、別の味を用意したわ」

「……ん?」


言われて気付く。確かに四本とも、よーく見たら微妙に見た目が違う。カロリーメイトの味はプレーン、チョコレート、フルーツ、メイプル、チーズの五種類だ。

そのうち、三種類を除外しているということはプレーンとチーズと……あとの二つは、なんだろう……? そこまで、考えて、私の頭の中にある可能性が浮かんできた。


「……まさか、ポテトとベジタブル……?」

鞠莉「ええ、そのまさかよ!」

「嘘!? どうやって手に入れたの!?」

鞠莉「小原家のコネクションを総動員して、業者に掛け合ってみたの。そしたら、特別に作ってくれることになって」


昨日の今日で、そんなことが可能なのか……。小原家恐るべし……というか、金持ちパワーの使い方を全力で間違っている。


鞠莉「本当はカロリーメイトスティックがよかったんだけど……チョコレート味はこの前、曜に貰ったけど……ライトシナモン味は食べたことなかったし」

115 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:37:12.94 NOmScrmB0 115/323


そもそも、その商品の存在を知らないし……。長年カロリーメイトを愛食してきたから、人よりは遥かに詳しいつもりだったんだけど……。

鞠莉ちゃんは昨日食べたときは、カロリーメイト自体知らなかったから、調べたのかもしれない。変なところで真面目だ。

まあ、それはともかく、


「……ポテトに、ベジタブル……」


先ほどまで、鞠莉ちゃんのズレた感覚に困惑気味だったけど、未知の味のカロリーメイトによって、俄然興味をそそられていた。

特にベジタブルだ。ポテトは小さい頃に何度から食べたことこそ、あったものの、ベジタブルは完全に未知の領域だ。

販売終了からすでに12年も経過してるため、さすがに実物を見るのすらほぼ初めてだ。

もしかしたら、お母さんと買い物に行った際に、店に陳列されているものを見たことくらいはあったかもしれないけど、本当にその程度。


鞠莉「キョーミシンシンみたいだネ?」

「う、うん……ベジタブルは本当に初めて見たし……」

鞠莉「それじゃ、早速食べましょう? わたしも早く味わってみたいし」

「ヨーソロー!」


私たちは早速カロリーメイトに手を付ける──まさか、ローストビーフも自身が食欲の対象として、カロリーメイトに負ける日が来るなんて思ってもみなかっただろう。

私は、綺麗に並べられたカロリーメイトからベジタブル味らしきものを手に取って、齧る。


「あむ……」


一方、鞠莉ちゃんは前回同様、小さく一口サイズに手で折ってから口に運んでいた。


「……もぐもぐ」


咀嚼してみると、独特な風味を感じる。……野菜の風味だと言われれば、わからなくもない。


鞠莉「……ふむ、なるほどね」

「?」


そんな私を尻目に、鞠莉ちゃんは何やら、顎に手を当てて、頷いている。


鞠莉「これは乾燥させたCarrotとGreen pepperが入ってるのね」

「え、そうなの……?」

鞠莉「あとは全体から感じるこの風味……なにかしら……Tomato……?」


すごい……鞠莉ちゃん、カロリーメイトを食べて原材料を味利きしてる……。

確かに言われてみれば、ドライベジタブルのようなものが、あるのがわかる。


「えーっと……キャロットだから、ニンジンと……グリーンペッパー? って言ってたっけ? それなのかな?」

鞠莉「ん? Green pepper知らないの……? ……あ、そっか、ピーマンのことよ」

「あ、ピーマンのことなんだ」

鞠莉「そういえば、日本ではピーマンって言うのが一般的だったわね。他にもSweet pepperとかBell pepperなんて言われたりもするわ」

「へー」


鞠莉ちゃんといるとそのうち英語ペラペラになったり……しないか。でも、勉強になる。

それはそうと、ベジタブル味。思った以上に味が濃くて癖になる。

意外と好きかもしれない。……まあ、今後食べられる機会はなさそうだけど。

116 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:49:37.16 NOmScrmB0 116/323


鞠莉「なるほどね……こうして、少しでも素材の味を再現しようとする姿勢、面白いかもしれないわね」


鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんで、カロリーメイトに興味を持ってくれたようだ。

……いや、鞠莉ちゃんみたいなお嬢様がカロリーメイトを常備してるのは、それはそれでなんか見たくないから、変にハマったりしないか心配だけど……。


「それじゃ、次はポテト味」


私は次のカロリーメイトに手をつける。

……というか、半分になったカロリーメイト4本──即ち2本分だから、正直これだけでそれなりのカロリーなんだけど、いいのかな……?

まあ、いっか……今日くらいは。


鞠莉「こっちはどんな味がするのかしら?」


鞠莉ちゃんがポテト味を一口大に折ると、


鞠莉「あ、あら……?」


ポロポロと崩れてしまう。


鞠莉「Oh...この味は随分脆いのね」


そう言って、眉を顰める。

そういえば、ポテト味ってやたらぽそぽそしてるんだっけな。

過去に数回だけ食べた記憶から、そんなことを思い出す。

それはそれとして、私はさっきと同じように、ポテト味を齧る。

鞠莉ちゃんも、崩れて少し不恰好になってしまった、欠片を口に運ぶ。


「……もぐもぐ」

鞠莉「…………これは」

「マッシュポテトだ」
鞠莉「マッシュポテトね」


言葉が揃う。

そう、確かにこんな味だった。


鞠莉「あと、ナチュラルチーズの味がするわね」

「うん。ちょっとチーズの後味がするんだよね」


加えて、


鞠莉「……飲み物が欲しくなるわね」

「あはは……そうだね」


ポテト味はただでさえ、もそもそしているカロリーメイトの中でも、輪をかけてぱさぱさだから、口の中から水分が急速に奪われていくのがわかる。

ああ、なんか懐かしいな、この味……。


鞠莉「気に入ってもらえた?」

「うん! すっごい、サプライズだった!」


まさか、販売終了したカロリーメイトを食べられるとは思ってもみなかった。

117 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:50:57.46 NOmScrmB0 117/323


鞠莉「よかった。取り寄せた甲斐があったわ」

「ありがと、鞠莉ちゃん!」

鞠莉「ふふ、気にしないで? 曜のためだったらこれくらいオヤスイゴヨウなんだから♪」


鞠莉ちゃんが笑いながら、


鞠莉「それじゃ、他の味も……」


と、プレーン味やチーズ味に手を伸ばそうとしたところで、


「あ、鞠莉ちゃん」

鞠莉「?」


私は止めることにした。


「カロリーメイトもいいけど……せっかく用意してくれたご飯もあるんだし、こっちも食べよ?」

鞠莉「……それもそうね。物珍しいから、ついカロリーメイトにばっかり意識がいっちゃってたわ」


……よし。

たぶん、私の予想が間違ってないなら、ここでカロリーメイト四本を全部食べてしまうのはたぶんよくない。

鞠莉ちゃんを促して、出された高級そうな料理に手を付けることにした。


「……お、おいし……!!」


カロリーメイトから放れて、ローストビーフに手を付けたのはいいんだけど……結局、私は芸のない感想を呟いてしまうのだった。





    *    *    *





鞠莉「……」


食後、鞠莉ちゃんはソファに腰を下ろして食休みをしていた。

やっぱり、私の予想通り──鞠莉ちゃんは夕食を食べきることが出来なかった。

カロリーメイトは結構お腹に溜まる。鞠莉ちゃんはほとんど食べたことがなかったから、しょうがないけど、結局鞠莉ちゃんの分もほとんど私が食べることになった。

鞠莉ちゃんは残していいと言っていたけど……私は、出された食事を残したくないタイプだから、鞠莉ちゃんの分も含めて、全ておいしく頂いたのだった。

もちろん、鞠莉ちゃんの分の残りのカロリーメイトもだ。

それにしても、一食でカロリーメイト三本に、各種料理を食べてしまったのは、たぶんカロリーオーバーだ。

食べた分ちゃんと運動しないとなぁ……。


「鞠莉ちゃん、大丈夫?」

鞠莉「ん……うん。ちょっと、食べ過ぎたなーってだけ。……曜こそ、よく平気ね?」

「あはは、私は普段から結構食べるから……」

鞠莉「さすがアスリートね……」


動く分たくさん食べるから、胃袋は大きい方だと思う。

お陰でおいしいご飯を残さずに済んだし。

118 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:53:02.13 NOmScrmB0 118/323


鞠莉「……このあとにBig eventが控えてるのに……」

「ビッグイベント?」


何かやるんだろうか……?

もう夜だし、あんまり騒がしくは出来ないと思うんだけど……。


鞠莉「ええ、曜も毎日してることよ」

「毎日してること……? 筋トレ……?」

鞠莉「ヨガならすることもあるけど……毎日筋トレしてるの?」


逆に訊かれてしまった。


「まあ、うん。筋トレって出来るだけ継続した方が効果があるし」


やりすぎは禁物なんだけどね。


鞠莉「なるほどね……曜の並々ならぬPhysicalはそういうところから、生み出されているのね……。でも、残念ながら、筋トレじゃないわ」


じゃあ……なんだろ……?

私が困惑した表情で首捻っていると、


鞠莉「もう……誰もが毎日することがあるでしょ」


鞠莉ちゃんが呆れたように言う。


「……睡眠」

鞠莉「さっきはぐっすりだったわね」

「……食事」

鞠莉「まだ食べるの……?」


あとは……。


「……お風呂?」

鞠莉「やっと、辿り着いたネ……そう、Bath timeデース!」


どうやら、鞠莉ちゃんの言うビッグイベントとやらは入浴のことだったらしい。

まあ、確かに高級ホテルに備え付けの浴室には興味がある。

ただ、そんなビッグイベントっていうほどなのかな……? まあ、鞠莉ちゃんはお風呂に入るの好きっていうのは果南ちゃんから聞いたことがあるような気はするけど……。


鞠莉「も・ち・ろ・ん……一緒に入るんだヨ?」

「……え?」

鞠莉「お泊りなんだから、トーゼンでしょ?」

「……!? い、いや、いいよ! お風呂くらい一人で入れる!」

鞠莉「マリーとお風呂入るの、イヤなの?」

「ぐ……!!」


また来た……! でも、何度も同じ手は通用しないよ、鞠莉ちゃん……!

119 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:54:20.36 NOmScrmB0 119/323


「一緒にお風呂入ったら、鞠莉ちゃん絶対私の胸揉むでしょ!?」

鞠莉「うん」

「即答!? 悪気がなさすぎるでしょ!?」

鞠莉「あ、それとも……揉まれるよりも、揉む方が良い……? それはちょっと恥ずかしいんだけど……///」


あ、それは恥ずかしいんだ……。って、そういう問題じゃなくて……!


「鞠莉ちゃん!」

鞠莉「何?」

「私たち、仮にも恋人なんだよね?」

鞠莉「Yes.」

「なら、さすがに一緒にお風呂は……不健全だよ!」

鞠莉「でも、女同士よ? 友達と一緒にお風呂入ったことないなんて言わないでしょ?」

「そ、れはそうだけど……! でも、私たち恋人なんでしょ!?」

鞠莉「ええ、だからハダカノツキアイが必要だと思って!」

「え、ええー……」

鞠莉「それとも……曜は、マリーとお風呂に入ると、不健全なことしちゃうの?」

「しないよ!?」

鞠莉「なら、いいじゃない」

「……ぐぬぬ」


不味い。また、誘導されてる。でも、ここで鞠莉ちゃんのペースに呑まれて屈しちゃダメだ……!!


「で、でもさ……!」

鞠莉「……んー、曜」

「な、何……?」

鞠莉「……そんなにイヤ?」

「え」


鞠莉ちゃんの声が急に悲しそうなトーンになる。


鞠莉「……本当にイヤなら、別にいいよ」

「え、いや……」

鞠莉「曜が、わたしがいつもどうしてるか知りたいって言ってたから……今日はわたしの全部を曜に見てもらうつもりで……でも、ちょっと空回っちゃってたみたい……ごめんね」

「!? い、いや、そんなことないって……!!」

鞠莉「でも……曜がイヤがることしちゃってるし……」

「してないよ!! 別に嫌じゃないって……!!」


しまったと思っても後の祭り。

鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんなりに私のことを考えてくれてたのに……私はいろいろ理由をつけて、そんな鞠莉ちゃんの気持ちを拒絶してしまったのかもしれない。

よくよく考えてみれば、鞠莉ちゃんの言うとおり、同性の友達とお風呂に入ったことなんて何度もある。

それなのに、今こうして意固地になって一緒に入浴することを断る理由なんてないんじゃないだろうか。

120 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:55:43.11 NOmScrmB0 120/323


鞠莉「…………」

「入ろう! お風呂! 私、鞠莉ちゃんと一緒にお風呂に入りたい!」

鞠莉「OK♪ そこまで言われたら一緒に入らないわけにいかないものね♪ じゃあ、すぐにお湯張ってくるから、ちょっと待っててね♪」


鞠莉ちゃんはすぐさまソファーから立ち上がって、すたすたとバスルームの方へと歩いていく。


「……」


──騙された。頭を抱える。

でも、あんな声出されたら、拒否なんて出来ないし……。


「もう鞠莉ちゃんに逆らうのはやめよう……」


たぶん、私じゃ鞠莉ちゃんには勝てない……。

観念して、バスルームに行った鞠莉ちゃんの後を追う。


鞠莉「~♪」


鞠莉ちゃんはバスタブにお湯を入れながら、鼻歌を歌っているところだった。

改めて見てみると、大きなお風呂だ。

もちろん温泉とかに比べると小さいけど、個室のお風呂にして十分豪華な様相だった。

ぼんやりと浴室を確認していると、


鞠莉「あ、曜。服脱いで待っててくれる?」


鞠莉ちゃんに、入る準備をするように言われる。


「え、でも今お湯入れ始めたところでしょ……?」


さすがに10分とか裸で待ってるのは嫌なんだけど……。


鞠莉「? うん、そうだけど?」


言いながら、脱衣室に戻ってきた鞠莉ちゃんが自分のブラウスのボタンを外し始める。


「え」

鞠莉「? どうしたの?」

「いや、今から服脱いでたら風邪引いちゃうって……」


だって、まだお湯も全然張ってないし……。

そう思って、バスタブの方に視線を配ると──お湯はもうバスタブの半分くらいまで入っていた。


「……え」


というか、よく見ると、蛇口から出ている水の勢いが、私の知ってるソレとは比べ物にならないほどの量が出ている。


鞠莉「さっきからどうしたの……?」

「……お湯張るの早くない?」

鞠莉「……? 普通1~2分でしょ?」

「…………ソウダネ」

121 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:57:03.44 NOmScrmB0 121/323


ここがどこかを忘れていた。ここは淡島が誇る、超高級ホテル・ホテルオハラだった。

お風呂にも私の知らない仕組みがあってもおかしくはない……──ちなみに後で確認してみたところ、ホテルオハラの個室のお風呂は80秒でお湯張りが出来るみたいだ。


鞠莉「ほら、早く曜もお風呂入りましょ? お湯が溢れちゃうわ」

「ソウダネ」


何故かカタコトになりながら、衣服を脱ぐ。これから、私たちはバスタイムへと突入するようです。





    *    *    *





鞠莉「さあ、曜。マリーの準備はいつでも大丈夫よ?」


鞠莉ちゃんが湯船に浸かったまま、両手を広げている。

全く何の準備なんだか……。


「まず身体洗わないとね……」


とりあえず、無視する。


鞠莉「あ、身体洗うなら、そこのボディスポンジを使ってね♪」

「うん、ありがと」


言われたとおり、ボディスポンジを手にとって、ボディソープをつけて泡立てる。

──すると、普段鞠莉ちゃんからほんのり香る匂いがしてくる。


鞠莉「曜ったら、マリーと同じFragranceに包まれちゃうわね♪」

「…………/// 鞠莉ちゃんの方が良い匂いするよ……///」

鞠莉「まあ! ありがと♪」


苦し紛れに反撃を試みるが、華麗にいなされる。

鞠莉ちゃんは意識するなと言いたいのか、意識させたいのかどっちなんだろうか。

まあ、このまま手に持ったままでもしょうがないので、左腕にボディスポンジを当てて、洗い始める。


鞠莉「ほーうほう……曜は左腕から洗うのね」

「……///」


なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしい。


鞠莉「曜ったら、顔真っ赤だよ~? 湯船に浸かる前からのぼせちゃった?」

「~~~///」


わかってる癖に……。

ただ、これはいちいち受け答えをしちゃダメだ。

パパっと全身を洗い、すぐにシャワーで流す。

烏の行水には自信がある。


鞠莉「む……」

122 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:57:59.32 NOmScrmB0 122/323


次、シャンプー。

髪を濡らしてから、シャンプーを手に出して、頭に付けて泡立てる。

髪が短い分、シャンプーもすぐ終わる。


鞠莉「……髪洗ってる間は曜の引き締まった身体が見放題ね♪」

「っ///」


鞠莉ちゃんのセクハラ攻撃が全く衰えない。

とにかくパパっと洗うしかないんだ……!! というか、私は何と戦ってるんだろうか。

──洗い終わったらすぐにシャワーで、洗い流す。

コンディショナーも流れるようにして、同じように洗い流す。


「……よし!」

鞠莉「むぅ~……もう終わり~?」

「み、見せ物じゃないよ!///」


私は、ささっと湯船に浸かって身体を隠す。


鞠莉「ふっふっふ……やっとマリーの元に来たわね、曜」

「!?///」


向かいで鞠莉ちゃんが手をわしわしとし始めたので、咄嗟に両腕で身体を庇うようにして身を引く。


鞠莉「もう~そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。女同士なんだから~」

「…………」

鞠莉「もう、曜ったらウブなんだから~♪」

「……………………」


なんか、だんだん腹立ってきた。


「それもそうだね」


私は腕を下ろす。


鞠莉「あ、あら……?」

「女同士、恥ずかしがることなんて何もないもんね」


そのまま、向かいにいる鞠莉ちゃんに近付いて、


「じー……」


鞠莉ちゃんの身体を凝視する。


鞠莉「なっ……/// も、もう~曜ったら~。マリーのNice bodyに見蕩れちゃった?」

「うん、鞠莉ちゃんってスタイルいいよね」


凝視したまま、淡々と伝える。

123 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:58:52.09 NOmScrmB0 123/323


鞠莉「ぐ……/// そ、そうでしょ~?」

「うん、特におっぱいおっきくて羨ましいな~」

鞠莉「/// よ、曜もおっぱい大きいわよ? 果南に負けず劣らずなかなかのものを持ってて──」

「そうだね、この前揉まれちゃったもんね。──こんな風に」


私はこの間の仕返しとでも言わんばかりに、鞠莉ちゃんの胸に手を伸ばした。


鞠莉「ゃ……///」


正面から、胸を軽く揉むと──手の平に伝わる柔らかい感触と共に、鞠莉ちゃんが可愛らしい声を上げた。


「…………ぁ……ぇっと……///」


予想に反した、しおらしい反応に、逆に恥ずかしくなってしまう。


鞠莉「曜の……えっち……///」

「!?/// も、元はと言えば、鞠莉ちゃんが先にやってきたんじゃん!?///」

鞠莉「……ま、まあ、それはそうね……///」


鞠莉ちゃんがもじもじしながら、小さく身を捩る。


鞠莉「……よ、曜が触りたいなら……いいよ……?///」

「……!?///」


鞠莉ちゃんの反応に思考がフリーズする。なんか、変な空気になってきた。


鞠莉「……もう、揉んだりしないの?///」

「ぅ……///」


もう、ダメだ、限界だ。私は鞠莉ちゃんの胸から手を放す。


鞠莉「……意気地なしなのね///」

「……も、もうなんとでも言ってください……///」


セクハラするのに、されるとこんな反応するなんて、ずるい……。


鞠莉「…………でも、初めてだったかも……///」

「……え?」

鞠莉「……他の人から、直で胸を触られたの……初めて……///」

「!?///」

鞠莉「……どうだった……?///」

「ど、どう!?///」

鞠莉「感想くらいあるでしょ……?/// マリーのおっぱいに触ったんだから……///」


感想……感想!?

どうして、こんなことになったと頭の中で思考がぐるぐるする中、鞠莉ちゃんが上目遣いで感想を求めてくる。


「え、えっと……柔らかかったです!?///」


何故か、敬語になる。

124 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 20:59:59.69 NOmScrmB0 124/323


鞠莉「ふ、ふーん……/// そっか……///」


それだけ言うと、今度は鞠莉ちゃんが自分の身体を腕で庇うようにして身を引く。


「あ、あの……ご、ごめん……///」


ここまで露骨な反応をされてしまうと、もはや疑いようがない。これは完全に鞠莉ちゃんも恥ずかしがっていた。

正直、ホンキでこんな反応されると思ってなくて、謝ってしまう。


鞠莉「……別にいいよ/// 減るもんでもないし……///」

「ぅ……///」

鞠莉「それに……」

「?」

鞠莉「曜なら……いいよ?/// 恋人だもん……///」

「!?///」


あ、あれ……恋人ならいいのか……? でも、私と鞠莉ちゃんは恋人ごっこなだけで……あれ……?

お湯のせいなのか、恥ずかしいせいなのか、頭が熱くなってきて、思考がまとまらない。


鞠莉「曜……っ?///」


鞠莉ちゃんが再び上目遣いでこっちを見つめてくる。


「~~~/// も、もう出るね!!///」

鞠莉「え!?」


空気に耐えられなくなって、私は湯船から飛び出した。


「ま、鞠莉ちゃんはごゆっくりー!!///」

鞠莉「え、あ……」


──脱衣所まで、逃げおおせてから……。


「……なんか……疲れた……」


私はそう呟いて、一人項垂れるのだった。





    *    *    *





バスローブを纏い、お風呂から上がって、早一時間が経過しようとしていた。

ぼんやり、リビングのソファで天井を仰ぐ。


「……鞠莉ちゃん……遅いなぁ……」


鞠莉ちゃんはお風呂好きとは聞いていたけど……本当に長かった。

私なんかは、じっとしていられない性質のせいか、小さい頃から烏の行水で怒られたもんだ。


「よくパパから、百まで数えなさいって言われたっけ……」

125 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:01:29.31 NOmScrmB0 125/323


一人で昔のことを思い出してぼやいていると……。バスルームの方から扉が開く音が聞こえてきた。

どうやら、鞠莉ちゃんがお風呂から上がったようだ。

程なくして、鞠莉ちゃんがリビングに顔を出す。


鞠莉「……」

「鞠莉ちゃん、お風呂長かったね」

鞠莉「え、あ、うん……」


鞠莉ちゃんは少しぎこちない動きで、私と同じようにソファに腰を下ろす。


「……あ、あのー……鞠莉ちゃん?」

鞠莉「……ん……?」

「……遠くない?」


この部屋のソファはひらがなの『く』の字のように直角に二つのソファがくっついているんだけど……。

たまたま端っこに座っていた私と、完全に逆端の位置に鞠莉ちゃんは腰を下ろしていた。


鞠莉「あ、いや……」


先ほどまでの調子はなんだったのかと言いたくなるくらい、鞠莉ちゃんは視線を泳がせながら、言葉に窮していた。


「鞠莉ちゃん……?」

鞠莉「……よ、曜……!」

「!? は、はい!?」


急に大きな声で名前を呼ばれて飛び上がる。


鞠莉「ごめんなさい……!!」

「……へ?」


そして、勢いよく頭を下げられて、困惑してしまう。


「え、き、急にどうしたの!?」

鞠莉「……曜に、イヤな想いさせちゃったから……」

「嫌な想い……?」

鞠莉「お風呂……わたしと一緒に入るの、イヤだってちゃんと言ってたのに……わたしが無理矢理……」


鞠莉ちゃんは消え入りそうな声で言う。


「え!? い、いや、そんなことないって!?」

鞠莉「だって、すぐにあがっちゃったし……」

「ち、違う……! あ、あれは……その……///」

鞠莉「その……?」

「……は、恥ずかしすぎて、耐えられなかっただけ……///」

鞠莉「ホント……?」


鞠莉ちゃんがか細い声で訊いてくる。

126 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:02:28.70 NOmScrmB0 126/323


「ホントだよ!」

鞠莉「……そっか、それならよかった……」


鞠莉ちゃんは心底、ホッとしたような声で言う。


鞠莉「わたし……曜のこと、からかい過ぎちゃったかもって……」

「あはは……あれくらいのことで怒ったりしないって」


まあ、からかいすぎだとは思うけど……。

とはいえ、あれが鞠莉ちゃんなりのコミュニケーションくらいに捉えているつもりだ。


鞠莉「曜……」

「なにかな……?」

鞠莉「……近くに行って良い……?」

「もちろん」


私は自分の隣をぽんぽんと叩く。


鞠莉「うん……♪」


すると、鞠莉ちゃんはおずおずと私のすぐ隣に移動してきて──そっと手を重ねてきた。


「鞠莉ちゃん……?」

鞠莉「……わたしね、どうすれば曜の恋人らしく振舞えるか、ずっと考えてたの」

「……」

鞠莉「恋人って、どういう距離感なんだろうって……。一緒にご飯を食べたり、膝枕してあげたり……一緒にお風呂も入るのかなって」


今日一日、やたらと鞠莉ちゃんのスキンシップが激しかった理由がやっとわかってきた。

鞠莉ちゃんなりに、恋人同士のお泊りを再現しようとしていたんだ。


鞠莉「わたしが、曜の心の隙間を埋めてあげるんだって……息巻いて……でも、結局よくわからなくって……」

「鞠莉ちゃん……」


考えてみれば、鞠莉ちゃんも恋人が出来たことはないと言っていた。なら、恋人同士の距離感だって、鞠莉ちゃんも手探りのはずだ。

私が恋人の振りだということに拘って、変な一線を引いていたせいで、実は鞠莉ちゃんも悩んでいたんじゃないだろうか。


鞠莉「ねぇ、曜……どうすれば、わたし、曜の恋人らしく振舞える……?」


鞠莉ちゃんは、振りでもホンキでやってくれていたんだと改めて認識する。

それも、全て──私の失恋の傷を癒すために……。だけど……。

127 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:03:50.63 NOmScrmB0 127/323


「……えっとさ」

鞠莉「……うん」

「……正直、よくわかんない」

鞠莉「……」

「恋人居たことないし……でも、それは鞠莉ちゃんも同じだよね。私、勝手にイメージで鞠莉ちゃんは大人だから、うまいこと良い距離感を作ってくれるって、勝手に思い込んでたかもしれない……」

鞠莉「ご、ごめん……頼りなくって……」

「あ、ち、違う……! そうじゃなくってね」

鞠莉「……?」

「なんていうか……わからないものを無理矢理わかった振りしてもしょうがないというか……ホントは二人でちゃんと考えなくちゃいけなかったんだよね……でも、私、鞠莉ちゃんが優しいから、甘えきっちゃってて……」

鞠莉「曜……」

「……それに、元はと言えば、これは私の問題でさ。私が考えないで、鞠莉ちゃんにまかせっきりなのは、よくなかった……ごめん」


そこまで言ったところで──鞠莉ちゃんがおでこ同士をコツンとぶつけてきた。


「!?/// ま、鞠莉ちゃん……!?///」


至近距離の鞠莉ちゃんから、お風呂上り特有の良い匂いがする。

ホントにさっき言ったとおり、ボディーソープよりも、鞠莉ちゃん本人の方が良い匂いがする気がした。


鞠莉「曜だけの問題じゃないよ……」

「え」

鞠莉「……曜に元気になって欲しいっていうのは、わたしのワガママだもん……。だから、もうこれはわたしの問題でもあるの……」

「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「どうすれば……曜は、元気になれる……?」

「…………それは」


わからない。……私の胸の中にある、わだかまりがどうすれば解消されるのか。それは結局わからないままだけど……。


「……わからないけど……今日は鞠莉ちゃんのことばっか考えてたよ」

鞠莉「え……」

「今日は、ホントに楽しかった。鞠莉ちゃんのこと一日中考えてて……全然辛い気持ちにならなかったよ」

鞠莉「曜……」

「最近、毎日千歌ちゃんとダイヤさんのことで、苦しくて苦しくて、しょうがなかったのに……鞠莉ちゃんが傍に居てくれる間は、楽しい」

鞠莉「そっか……」

「だから、鞠莉ちゃんが嫌じゃなかったら……もう少し、恋人の振り……続けて欲しい……かも」


本来こんなお願いをするのは、道理に反していることなのかもしれないけど。


鞠莉「もう……最初からそのつもりだヨ……」


鞠莉ちゃんはそう言いながら、私の頭を撫でてくれる。


「ただね、無理して恋人を演じなくてもいいと思うんだ」

鞠莉「……?」

「一緒に居るだけで、嬉しいし、楽しいからさ……急に恋人らしいアクションとかをする必要ってないんじゃないかなって」

128 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:06:11.27 NOmScrmB0 128/323


それこそ、恋人だったら、キスしたり、抱き合ったり……仲が深まればもっと親密なスキンシップをするものなのかもしれないけど。さすがに今、鞠莉ちゃんとそういうことは出来ない。あれは本当に愛し合っている人同士がする行為だと思うから。

じゃあ、どこまでが恋人のすることで、どこまでが恋人の振りでもすることなのか、なんて言われても明確な線引きなんて存在しないだろう。


「私は、恋人らしく振舞うよりも……ただ、単純に鞠莉ちゃんと一緒の時間を過ごしたいなって」


たぶん、この恋人ごっこというややこしい関係の中で、私から提示出来る、私の想う距離感は、そういうことだと思う。

自分の言葉で、鞠莉ちゃんに気持ちを伝えると、


鞠莉「……なんか、わたしが焦っちゃってたみたいね」


くっつけたおでこを離しながら、鞠莉ちゃんが苦笑いして、そう言う。


鞠莉「わたしも……曜と一緒の時間を共有したい。恋人ごっこだとか、そういうこと以前に」

「うん。……なんか、ごめん。いっぱい悩ませちゃったみたいで……」

鞠莉「うぅん、恋人の振りを提案したのは、わたしだもの……でも、もう焦らない。曜が自然に笑えるまで、わたしが隣で支えるね」

「うん……ありがとう、鞠莉ちゃん」


ここまでしてくれる鞠莉ちゃんに報いるためにも、私は自分の気持ちとしっかり向き合わないと……。

改めて、それを再認識させられた。


鞠莉「えっと……それじゃあ、さ」

「ん?」

鞠莉「わたし……今日はソファーで寝るね?」

「え?」

鞠莉「だ、だって……一緒のベッドは……恋人すぎるかなって……?」

「……っぷ」

鞠莉「!? な、なんで笑うのよ!?」

「ご、ごめん……恋人すぎるってなんだろうって思って……っ。鞠莉ちゃんって、ちょっと極端なところあるよね……っ」


私が笑いを堪えていると、


鞠莉「……むー」


鞠莉ちゃんは納得行かないのか、可愛らしくぷくーっとほっぺを膨らませる。


鞠莉「じゃあ、どうするの……?」

「ふふ……いいよ、今日は鞠莉ちゃんのベッドで二人で寝よう?」

鞠莉「いいの……?」

「きっと、あんま難しく考えないでさ、ただお互いがしたいとおりにすればいいんだと思う」

鞠莉「したいとおりに……」

「鞠莉ちゃんは私と一緒に寝るのは嫌?」

鞠莉「イヤなわけないわ」

「私も鞠莉ちゃんと一緒のベッドで寝るのは──ちょっぴり恥ずかしいけど、嫌じゃないよ」

鞠莉「! そ、そっか……」

129 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:07:23.89 NOmScrmB0 129/323


きっと、今の今まで、私も、鞠莉ちゃんも、恋人の振りという肩書きに引っ張られて、距離を測りかねていたんだと思う。

でも、私は鞠莉ちゃんと一緒の時間を過ごしているだけで、辛いことを忘れられた。

だから、それだけで良いんだ。それだけで……私の心は十分癒されているんだ。

大事なことは、鞠莉ちゃんと一緒に過ごしていると、嬉しいし、楽しい。ただ、それだけなんだと、私は思う。


「鞠莉ちゃん」

鞠莉「ん」

「傍に居てくれて、ありがとう……鞠莉ちゃんが居てくれるお陰で、最近は楽しいよ」

鞠莉「うん……曜の力になれてるなら、わたしも嬉しい」


きっと、こういうあったかい気持ちを積み重ねていけば……私の心の中の苦しい部分も、癒えていくんだ……。

今はそう、前向きに捉えられるようになった気がする。……これで、良いんだよね……? これで……。





    *    *    *





「──それじゃ、お邪魔します」


就寝時間になって、私はさっき言ったとおり、鞠莉ちゃんのベッドにお邪魔する。


鞠莉「ようこそ、マリーのベッドへ♪」


招き入れられるように鞠莉ちゃんのベッドに潜ると、お日様の匂いがした。

きっと、今日のためにしっかりベッド周りの手入れもしていたのだろう。

そして、それに加えて──


鞠莉「ふふ……♪」


すぐ近くに居る鞠莉ちゃんから、先ほど同様の良い匂いがする。


「……///」


やっぱり、ちょっと照れ臭い。

お互い横向きに、向かい合うようにして転がっているため、自然と見詰め合う形になる。

部屋の電気は消しているからほとんど見えないけど、鞠莉ちゃんがこっちをじーっと見つめているのが、なんとなく気配でわかった。


「ま、鞠莉ちゃん……?///」

鞠莉「ん?」

「寝ないの……?」

鞠莉「曜が寝たら、寝るわ」

「ええ……何それ……」

鞠莉「だって曜の寝顔、So cuteなんだもん♪ さっき、膝枕したときに確認したんだから、間違いありまセーン」

「はぁ……」


さっきはからかいすぎたとか言ってたのに、反省してるんだか、してないんだか……。第一この暗さじゃ見えないでしょ……。

私は目を瞑る。

130 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:08:45.77 NOmScrmB0 130/323


鞠莉「ふふ、Good night. 曜」

「おやすみ……」


不意に、頭を撫でられる。


「……」

鞠莉「♪」


目を瞑ったままでも、なんとなく、鞠莉ちゃんがご機嫌なのがわかった。

こんなことばっかされてたら、恥ずかしくて寝れなさそう──なんて、思ってたけど、

一定のリズムで、何度も何度も、髪を撫でられているうちに、だんだんと意識がふわふわしてくる。

なんだか心地良い。

……鞠莉ちゃん、撫でるの上手……。

沈んでいく意識の中、声がする──


 「曜……安心して、休んでね……マリーが傍にいるよ……」


そのまま、私はすーっと眠りに落ちていった。





    ✨    ✨    ✨





「……すぅ……すぅ……」

鞠莉「……」


曜が可愛らしく寝息を立て始めて、早30分と言ったところだろうか。


「まり……ちゃん……」

鞠莉「……!」


名前を呼ばれて、思わず曜の顔を見つめてしまう。


「……ん……。……すぅ……すぅ……」

鞠莉「……」


さっきから、寝言で名前を呼ばれるたびに、曜の寝顔を見つめてしまっている自分が居る。

酷く目が冴えていた。

というか──ドキドキしていた。


鞠莉「はぁ……///」


曜を起こさないように、小さく溜め息を吐く。

今日ははしゃぎすぎた。

お風呂でも一人、悶々と後悔していたけど……本当に今日ははしゃぎすぎだ。

恋人ってどういうことをするのか、というのを考えていたのは本当だけど……でも、それは半分だ。

もう半分は──曜に触れたい、傍に居たいという気持ちが何故か抑えられなかっただけ。

いや、何故か……なんて、言うまでもない気もするけれど……。

131 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:10:19.41 NOmScrmB0 131/323


鞠莉「……わたし……」


──困った。

あの『びゅうお』で曜の本音を聞いて以来、何かとわたしを頼ってくれるようになった曜が、可愛くてしかたない……とは思っていたものの、それはあくまで後輩として、だけのはずだったのに。

傍に居て、触れ合っている間に、曜の魅力に気付きつつある。


鞠莉「…………」

「ん……ぅ……」

鞠莉「……曜……?」

「……ち、か……ちゃ……」

鞠莉「…………」

「………………すぅ…………」


でも、ダメだ。

曜の心は、まだ──


鞠莉「……わたしじゃ……ダメかな……」

「…………すぅ……すぅ……」

鞠莉「……なんて……何言ってるんだろ、わたし……」


ここでわたしが変にアクションを起こしたら、曜はきっと困惑して……更に迷わせてしまうだろう。

今はちゃんと、演じなきゃ──可愛い後輩を助けてあげる、優しいお姉さんのような先輩を……。

きっと、曜がわたしに望んでいることも、そうだと思うから。


鞠莉「...Good night. 曜……」


わたしも目を瞑る。

このまま曜の寝顔を見つめていたら、本当に朝まで眠れなさそうだったから。


「……ま、り……ちゃん……」

鞠莉「……///」


ただ、目を瞑ってからも、なかなか寝付けなかったのは……言うまでもないかしらね。





    *    *    *





──ぼんやりと目を開ける。


「ん、ぅ……どこ……ここ……?」


見たこともない空間の中、キョロキョロと辺りを見回す。

激しく吹き荒ぶ風の中、木の葉が狂ったように舞い踊っている。

全然前が見えない。


「誰か……」

132 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:11:17.39 NOmScrmB0 132/323


木の葉を手で掻き分けるようにして、前に進むと──


千歌「……」

「! 千歌ちゃん……!」


舞い狂う木の葉の間に僅かに千歌ちゃんの姿が見えた。

思わず、手を伸ばす。

だけど──


千歌「……」


千歌ちゃんはふいっと背を向けて、走り出してしまう。


「! 千歌ちゃん!! 待って……!!」


──どこに行くの。言い掛けて、気付く。

どこって、そりゃ……。


「ダイヤさんの……ところ……だよね」


私は、力なく腕を下ろし……足を止めた。

程なくして、千歌ちゃんの背中は、舞い狂う木の葉に覆い隠されて、完全に見えなくなった。


「…………やだ」


胸が、痛い。


「……やだ……」


千歌ちゃん。こっちを見てよ。

私を……見てよ。

昔みたいに、私の傍で……笑ってよ。

その笑顔を──ダイヤさんに向けないで……。


「……っ……」


ああ、まただ。

私は──なんて醜いことを考えているんだ。

どうして、そんなことを考えてしまうんだ。


「……ぐ……ぅ……」


締め付けられる胸の痛みと共に、自己嫌悪まで襲ってくる。

──消えてなくなりたい。

そう思った瞬間、より一層、強い風が吹いて。


「…………」


私は、踊り狂う木の葉に飲み込まれて……──消えてしまったのだった。



133 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:12:22.63 NOmScrmB0 133/323



    *    *    *





「──!!!」


意識が覚醒すると共に、ベッドから跳ね起きた。


「はぁ……っ!! はぁ……っ!! はぁ……っ!!」


酷く、悪い夢を見た気がする。

肩で息をし、酷い動悸がする。そして、全身が寝汗でびっしょりになっていた。


「はぁ……はぁ……」


なんて、悪夢だ……。

顔を顰めながら、思わず夢を反芻するが──


「……あ、あれ……?」


夢の内容が、よく思い出せない。


「……」


なんだか、最近もこんなことがあった気がする。

いつだったっけ……。


「……まあ、夢だし。考えてもしょうがない、か……」


気分が悪いまま、伏し目がちに、周囲に目を配ると、


鞠莉「……すぅ…………すぅ…………」


鞠莉ちゃんが、可愛らしく寝息を立てながら、眠っていた。


「……美少女」


そんな言葉が口を衝く。

まるでお人形さんのような、天使を彷彿とさせる寝顔だった。

昨日は散々からかわれたせいで、彼女の中にちょっとした小悪魔を感じていたけど……やっぱり鞠莉ちゃんって、改めてじっくり見てみると、本当に整った顔立ちとお嬢様特有の雰囲気なのか、一生見ていられると思うくらいの美人さんだよね。


鞠莉「……すぅ…………すぅ…………」


鞠莉ちゃんは、規則正しい寝息を立てたまま、熟睡している。

ぼんやりと部屋にある時計に目をやると、時刻は7時半過ぎ。もう朝だ。


「……さて、どうしようかな」


休みの日だし、鞠莉ちゃんはこのまま寝かせておいてあげたいけど……。


「とりあえず、シャワー借りようかな……」

134 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:13:21.51 NOmScrmB0 134/323


大量に掻いた寝汗で、気持ち悪いし……。

私は、鞠莉ちゃんを起こさないように、こっそりとシャワーを浴びに行くことにした。





    *    *    *





──さて、汗を軽く流して、ベッドに戻ると、


鞠莉「……すぅ…………すぅ…………」


鞠莉ちゃんは相変わらず、熟睡している。

時刻は8時を回ろうとしていた。


「……起こしてあげた方がいいのかな……?」


この時間に起きれば、割と余裕を持って、今日の予定も立てられるし。

そう思い、ベッドの上の鞠莉ちゃんを優しく揺すってみる。


「鞠莉ちゃーん、朝だよー」

鞠莉「……すぅ…………すぅ…………」

「……あ、あれ?」


微塵も起きる気配がない。


「ま、鞠莉ちゃーん」


さっきよりも少し強めに揺する。


鞠莉「……ん……ん、ぅ…………」


あ、起きたかな……?


「鞠莉ちゃん、朝だよ」

鞠莉「……ょー……?」


……ょーってなんだろう……? あ、私の名前か。


「おはよ、鞠莉ちゃん」

鞠莉「……?」

「朝だけど、起きる?」

鞠莉「……?」

「……鞠莉ちゃん?」

鞠莉「…………?」


鞠莉ちゃんは不思議そうな顔のまま、ぼんやりと私を見つめている。

しばらくぼーっと私を見つめたあと、


鞠莉「……すぅ…………」

135 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:14:54.39 NOmScrmB0 135/323


瞼は閉じられ、再び寝息を立て始めた。


「……もしかして、鞠莉ちゃんって、めちゃくちゃ朝弱い……?」


どうしようかな……。まあ、無理に起こす必要もないか。

せっかくだし、朝の淡島をぐるっと散歩でもしてこようかな。

そう思い、ベッドから離れようとすると──


鞠莉「……だぁ……めぇ……」

「え!?」


急に腕を引っ張られた。

そして、そのまま、


鞠莉「んぅ…………」

「え、ちょ!?/// ま、鞠莉ちゃん!?///」


ベッドに引きずり込まれる。


鞠莉「ょー…………」

「ちょっ……///」


そのまま、鞠莉ちゃんの抱き枕状態に。


「ま、鞠莉ちゃん……!?///」

鞠莉「んー…………?」

「鞠莉ちゃん……!/// 私、抱き枕じゃないから……!!///」

鞠莉「…………ょー」

「ょーじゃなくて……!/// いや、曜だけどっ!!///」

鞠莉「…………?」


すごい、キョトン顔してるっ!! いや、キョトン顔の鞠莉ちゃんは可愛いけども……。


「ほ、ほら……/// 私、抱き枕じゃなくて……///」

鞠莉「…………ん、ぅ……」

「むぎゅっ!?///」


そのまま、鞠莉ちゃんの胸元に抱き寄せられる。

あ、なんか良い匂いする……。じゃなくて……!!


「ま、鞠莉ちゃ……///」

鞠莉「……すぅ…………すぅ…………」

「寝てる!?」


私を抱きしめたまま、鞠莉ちゃんは熟睡を始める。


「ま、鞠莉、ちゃーん……///」

鞠莉「……すぅ………………すぅ…………」


あ、ダメだ、これ絶対に起きないやつだ。

136 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:17:13.74 NOmScrmB0 136/323


「ぐ……ど、どう、にか……///」


身体を捩って、脱出を試みるも、


「……お、思ったより……力、強い……」


ぎゅーっと抱きしめられているせいで、なかなか抜け出せない。

それでも、どうにか抜け出そうと、身じろぎしていると、


鞠莉「や、ぁ…………」

「……///」


更に強く抱き寄せられる。

あ、ダメだ。脱出も出来ないやつだ、これ。


「ま、鞠莉ちゃーん……///」

鞠莉「……すぅ…………すぅ…………ょー…………」


鞠莉ちゃんが息を吸うたびに、胸が上下して、否応なしに鞠莉ちゃんの豊かな胸部に意識を持っていかれる──というか、現在進行形で顔のほとんどが鞠莉ちゃんの胸に埋まっている状態で意識するなというのは流石に無理がある。


「……ど、どうしよ……///」


恥ずかしくて、死にそうだ。


鞠莉「……すぅ…………すぅ…………」


そんな私の胸中を知る由もない鞠莉ちゃんは完全に眠っている。

……一応、自分の名誉のために言うと、私はこの後もどうにか脱出出来ないか、頑張った。

頑張ったけど……全ては無駄で、鞠莉ちゃんはまるで起きる気配がなかったし、私を放してくれる気配もなかったのだった。





    *    *    *





 「──う……曜……?」

「……ん……ぅ……」


声がして、ぼんやりと目を開けると──


鞠莉「あ、起きた? Good morning. 曜♪」

「……」


鞠莉ちゃんに抱きしめられたまま、私は頭を撫でられているところだった。

しまった……結局あのまま、放してもらえないまま、眠ってしまったようだ……。


「……おはよう」

鞠莉「もう、曜ったら……朝起きたら、胸に飛び込んできてるんだもん。びっくりしたのよ?」

「…………」

鞠莉「甘えんぼさんなんだから……♪」

137 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:18:53.62 NOmScrmB0 137/323


完全に誤解なんだけど……まあ、もういいや。突っ込む気力がない。


「今、何時……?」

鞠莉「……えーっと、1時」


つまり既に午後。寝坊ってレベルじゃない。


「鞠莉ちゃんって、朝弱いんだね……」

鞠莉「んー……そうね、あんまり強くないかも」

「あんまり……ね……」


あまり自覚はないご様子で……。

私はどうにか、照れを隠しながら、鞠莉ちゃんから離れて、時計を確認すると、確かに午後1時を指していた。


鞠莉「とりあえず、ご飯にしましょう?」

「うん」


本日は、朝食──もとい、昼食から一日が始まるようだ。





    *    *    *





さて、待つこと十数分で、部屋に食事が配膳され、私たちはテーブルに着いたんだけど、


「…………」


出てきたのは目玉焼き、ベーコン、それにトーストとサラダという、いかにもな朝食メニューだった。

鞠莉ちゃんの家なのに、普通だ……。


鞠莉「どうしたの?」

「あ、うぅん。醤油ってある?」

鞠莉「もちろん♪ はい、Soy sauce.」

「ありがと」

鞠莉「曜はSoy sauce派なのね。何を掛けるのかわからなかったから、いろいろ用意してもらったけど……Worceser sauce, Ketchup, Mayonnaise...」


なるほど。より取り見取り。用意が良い。


鞠莉「Sugar, Tabasco, Vinegar, Mustard, Chili oil...」

「ん……?」


砂糖、タバスコ、お酢、マスタード……チリオイルってのはラー油のことかな……?

138 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:20:29.53 NOmScrmB0 138/323


鞠莉「Okonomiyaki sauce, Tonkatsu sauce, Sake...」

「いやいや、網羅しすぎでしょ!? というか、サケってお酒だよね!?」

鞠莉「意外と合うらしいわよ? 使ったことはないけど……」

「私たち未成年なんだから、ダメでしょ……。というか、砂糖辺りから、急にマイナーになったね……」

鞠莉「そう……? 日本人の半分はFried eggにタバスコを掛けるんじゃないの?」

「え」

鞠莉「違うの?」

「むしろ、誰から聞いたの……?」

鞠莉「善子だけど」


どうやら津島後輩には、よく言って聞かせないといけないことがあるようだ。

鞠莉ちゃんはただでさえ庶民と少しズレているところがあるのに、いい加減なことを教えないで欲しい


「多いのは、醤油かソース辺りだと思うけど……」

鞠莉「そうなんだ」

「ところで鞠莉ちゃんは何で食べるの?」

鞠莉「Salt and pepperよ」

「塩コショウ……」

鞠莉「……? どうしたの?」

「いや、鞠莉ちゃんにしては普通だなって」

鞠莉「……曜は、わたしに何を期待してるの……?」


鞠莉ちゃんがジト目を向けてくる。


「いやだって……というか、鞠莉ちゃんが目玉焼きを食べたことがあるっていうのがそもそも意外だし」

鞠莉「Sunny-side upくらい、ホテルの朝食でも普通に出るわよ……?」


鞠莉ちゃんは言いながら、上手に白身をナイフで切り、黄味につけて優雅に口に運んでいる。

なるほど……ナイフとフォークでどうやって食べるのかと思ったけど、そうやって食べるのか……。

私も醤油を掛けたあと、倣うようにして目玉焼きを食べ始める。


「……ん」


一言で言うと、この目玉焼きは今まで食べたことのない濃厚な味がした。

これもこの間のサンドイッチ同様、烏骨鶏卵かそれに類する高級な卵で出来ているのかもしれない。

朝食から贅沢をしている気分になる。いや、もうお昼だけど。


鞠莉「それにしても、今日はどうしようかしらね……」

「ん?」

鞠莉「このあとの予定」

「あー……」


起きるのが遅かったからすでに2時前だしなぁ……。


鞠莉「このまま、ここで過ごすのでもいいんだけど……」

「……うーん」

139 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:23:26.33 NOmScrmB0 139/323


まあ、確かにそれは魅力的な話ではある。

ただ、ここにいるとなんだか、堕落していきそうという懸念もあるし……そうだなぁ。

いろいろ考えていると、


「……あ」

鞠莉「?」


あることを思い出した。


「ねえ、鞠莉ちゃん。よかったら今日はウチに泊まりに来ない?」

鞠莉「ウチって……曜の家ってこと?」

「うん! ママに鞠莉ちゃんの家に泊まりに行くって話したら、今度連れて来なさいって言われちゃってさ」

鞠莉「わたしは別に構わないけど……いきなりで大丈夫?」

「たぶん大丈夫! ウチ割と自由利くから、急に友達が泊まることとかよくあるし! 一応確認はしてみるけど」

鞠莉「そう? なら、泊まりに行っちゃおうかな」

「うん! それじゃ、早速にママに聞いてみるよ!」





    *    *    *





さて、ママに連絡したところ、二つ返事でOKを貰えたので、今、私は鞠莉ちゃんと一緒に自宅に向かうバスの中。そろそろ目的地に到着しようとしている。

鞠莉ちゃんのお泊りの準備を手伝って、島を出てから、バスに揺られて40分。

時刻は4時半頃。


鞠莉「Hmm...次からはもっと早起きしないとだネ……」

「あはは……そうだね」


この時間の動き出しになると、沼津で何かしようとするには少し遅い。

私は最悪、歩いて帰れる距離に家があるにしても、夜の7時を過ぎたらお店が閉まり始めちゃうしね。


「お、着いたね」


市場町のバス停で降りて、ここから徒歩10分ほどで私の家だ。


鞠莉「このルートだと曜の家を挟んで、沼津港は反対側になっちゃうのね……」

「うん、そうだね。三津シーの方からなら、沼津港まで行くバスがあるけど……。マリンパークから乗ると、ここが最寄のバス停になるかな。鞠莉ちゃん、沼津港に行きたかった?」


正直生魚が苦手な私は沼津港にはあまり足を運ばないんだけど……。

あ、でも最近プリンが話題になってるんだっけ? 確か深海プリンだっけ……? スイーツがあるなら、鞠莉ちゃんと一緒に食べに行くのも悪くないかもしれない。

でも、鞠莉ちゃんの目的はそれではなかったらしく。


鞠莉「せっかく、こっちまで来たから……『びゅうお』に行くのもいいかなって思ったんだけど」

「あーなるほど」


確かに私たちと言えば、『びゅうお』みたいになっているところがある。のんびりお話するには悪くない場所だ。

140 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:25:37.65 NOmScrmB0 140/323


「なら、後で行く? 別に大した距離でもないし……」

鞠莉「うぅん、今日はいいかな。曜のお母様にもちゃんとご挨拶しなくちゃいけないし」

「そんなご挨拶だなんて……ママ、普通の人だよ?」


そんな話をしながら、永代橋を渡り、狩野川沿いに南下していく。

すると、直に自宅が見えてきた。


「それじゃ、鞠莉ちゃん。渡辺家へようこそ」

鞠莉「ふふ、お邪魔します」


わざとらしく恭しい素振りをしながら、ドアを開けて、鞠莉ちゃんを招待する。


「ただいまー」


お母さんに聞こえるように、帰宅を伝えながら、靴を脱ぐ。


「鞠莉ちゃんもあがってあがって」

鞠莉「ええ」


促すと鞠莉ちゃんもブーツを脱ぎ始める。

そんな中、奥の方から、


曜ママ「おかえりなさい、曜ちゃん」


ママが顔を出す。


「ただいま、ママ」

鞠莉「初めまして、小原鞠莉です。今日はお世話になります」


ママの姿を確認すると、鞠莉ちゃんは礼儀正しく頭を下げる。


曜ママ「初めまして、曜の母です。いつも曜ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね? 少し窮屈なお家かもしれないけど、自分の家だと思ってくつろいでくれていいからね」

鞠莉「はい、ありがとうございます」


ママの言葉に鞠莉ちゃんが柔和に微笑む。さすが鞠莉ちゃん、初対面の大人相手でも、全然余裕の素振りだ。


曜ママ「それにしても、鞠莉ちゃん……美人さんね」

鞠莉「いえ、そんな……ありがとうございます」

曜ママ「曜ちゃんが迷惑掛けてない? おてんば娘で普段から落ち着きがなくって……鞠莉ちゃんみたいな、落ち着いた子から見ると喧しいかもしれないけど……」


失礼な、誰がおてんば娘だ。


鞠莉「いえ、そんな……曜には──えっと、曜さんにはいつも助けられてばっかりで……」

曜ママ「ふふ、いつもの呼び方で大丈夫よ」

鞠莉「あ、はい……! 曜は普段から、気配りの出来る優しい子ですよ。皆からも頼りにされてます」

曜ママ「それならいいんだけど……曜ちゃんったらね、この間も──」

「あーもう!! ママ、話長い! 鞠莉ちゃん、部屋いこ!」

鞠莉「え、でも……」

141 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:27:26.67 NOmScrmB0 141/323


鞠莉ちゃんがブーツを脱いだのを確認してから、二階の自室に引っ張る。

このまま、ここに居たら絶対ママが余計なこと言うからね。


曜ママ「ふふ、ごゆっくり。7時には夕飯にするから、降りて来てね」

「はーい」

曜ママ「今日はママ張り切っちゃうんだから♪」

鞠莉「お夕食、楽しみにしてます」

「はいはい、ほどほどに張り切ってね」


適当にママをあしらいながら、自室を目指して階段を上る。


鞠莉「……綺麗なお母さんね。曜にそっくりだったわ」

「そうかな……? あんま似てないと思うんだけど……私、目元とかはパパ似だし」

鞠莉「確かに、曜の方が垂れ目かもね」

「ママったら、怒るとさらに目尻が釣りあがって、こーんなになるんだよ?」


私は目尻を引っ張りあげながら、鞠莉ちゃんに見せてあげる。


曜ママ『曜ちゃーん? 聞こえてるわよー?』

「げっ……」


地獄耳め……。


鞠莉「……くすくす」


鞠莉ちゃんがくすくすと笑い出す。


鞠莉「お母さんと仲良いのね」

「えぇ……? そう見えた?」

鞠莉「うん、そう見えた」


まあ、特別仲が悪いなんてことはないけど……。

ただ、鞠莉ちゃんにはすごく仲が良く見えたらしい。


鞠莉「──羨ましいな……」

「……?」

鞠莉「あ、うぅん。なんでもない」

「そう……?」


羨ましい……か。

そういえば、私、鞠莉ちゃんのお母さんってどんな人か知らないな。

鞠莉ちゃん、お父さんにも滅多に会えないって言ってたし……お母さんともあんまり会えないのかもしれない。

まあ、本人がなんでもないと言うなら、無理に詮索するようなことじゃないかもしれないけど……。

──さて。


「ここが私の部屋だよ。どうぞ」


鞠莉ちゃんを自室に招き入れる。

142 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:29:35.53 NOmScrmB0 142/323


鞠莉「……ここが曜の部屋なのね」


鞠莉ちゃんが部屋の中に入ってキョロキョロと辺りを見回す。

私の部屋は当たり前だけど、鞠莉ちゃんの部屋に比べるとめちゃくちゃ小さい。

特別狭いって程じゃないけど……。


鞠莉「布が壁に……これは洋裁用の棚?」

「あ、うん、そうだよ。そこの棚にはミシンとかがしまってあるんだ」

鞠莉「さすが、Aqoursの衣装担当ね……」


私の部屋は四隅にある棚と、窓際に置かれた長方形の机、そしてベッドで構成されている。

……そういえば、


「布団……出しておかないと」


今日の寝床の確保をせねば、と思った矢先。


鞠莉「曜~?♪」


鞠莉ちゃんに肩を掴まれる。


「ぅ……」

鞠莉「今日も一緒のベッドで寝たいな♪」

「いや……鞠莉ちゃんのベッドほど、おっきくないし……」


あのお姫様ベッド、詰めれば3~4人は寝れそうなサイズだったし……。

それに比べて、私のベッドはどう考えても一人用だ。


鞠莉「大丈夫よ~今朝みたいに、マリーに甘えてくれればこの大きさでも十分事足りるわ♪」


むしろ、それが問題なんだって……。

間違いなく、寝ぼけた鞠莉ちゃんの犠牲になる。


鞠莉「……ダメ?」

「……後で考える」

鞠莉「ふふ、期待してるわね♪」


ここで、ダメと言い切れないのが私の悪いところだ。

私が肩を竦めて、どうしようかを思案していると、


曜ママ『曜ちゃーん? 飲み物取りに来てくれるー?』


階下のママに呼ばれる。


「はーい。鞠莉ちゃん、ちょっと待っててね」

鞠莉「ふふ、おかまいなく~」


鞠莉ちゃんに出す飲み物を取りに、私は一人、ママの下へと向かうのだった。



143 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:31:24.79 NOmScrmB0 143/323



    ✨    ✨    ✨





鞠莉「じっと待ってるのも良いんだけど~♪」


わたしは曜の部屋をぐるりと見渡しながら、


鞠莉「人の部屋にきたら、何か面白いものがないか探すに限るわよね♪ 棚の中に何か面白いものとか、ないかしら~?」


近くの棚の引き出しを何気なく開けてみて、


鞠莉「……え」


わたしは言葉を失った。

これって……。


鞠莉「なんで……こんなものが……?」


そういえば、この間部室で──


『鞠莉ちゃーん』

鞠莉「!?」


ドアの向こうで曜に呼ばれて、反射的に引き出しを閉める。


『手塞がってるから、ドア開けてー』

鞠莉「Yes. 今開けるわ~」


曜が戻ってきてしまったから、これ以上確認するわけにもいかず、わたしはドアの方へと歩を進める。

でも、どうして……。

どうして、曜の部屋に……──この間、ダイヤが失くしたと言っていた、ヘアピンがあるのかしら……?





    *    *    *





部屋に戻ってきてから、少し鞠莉ちゃんの様子が変だった。


鞠莉「…………」


何か、考え事をしているのか、持ってきた麦茶をじーっと見つめたまま固まっている。


「鞠莉ちゃん?」

鞠莉「……え?」

「大丈夫……? ぼーっとしてるけど……」

鞠莉「……あ、えっと……は、初めて曜の家に入ったから緊張、してるのかも?」

「えー? 今更……?」


さっきまで元気に私と同衾の約束を取り付けようとしてた癖に……。

144 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:34:34.81 NOmScrmB0 144/323


「もしかして……」

鞠莉「……! な、なに……?」

「鞠莉ちゃん、一人にされると急に不安になるタイプでしょ」

鞠莉「え……あ、う、うん。そんな感じかな?」


鞠莉ちゃんはまたぐるりと室内を見回して、


鞠莉「ほら……あそこの棚にある船の模型とか、壊しちゃったらいけないじゃない?」


船の模型が飾っている棚を指差す。


「別に触らなければ壊れないよ~」

鞠莉「それはそうだけど……。でも、何かの拍子に、とか考えるとちょっと緊張しないかしら?」

「まあ、わからなくはないけど」

鞠莉「模型とか……人が頑張って作ったものだと、弁償すればいいってものでもないし……。あれ、曜が自分で作ったの?」

「うん。パパに手伝って貰ったやつとかもあるけどね」

鞠莉「そうなんだ」

「手伝って貰ってたのは、ちっちゃい頃だけどね。今考えてみたら、貴重な休日なのに、一日中パパに手伝って貰っちゃって……」

鞠莉「あら……一日中一緒に遊んで貰えて、むしろ嬉しかったんじゃないの?」

「……実を言うと、ちっちゃい頃はパパが相手してくれるのが嬉しくて作ってました」


船が好きな私は、小さい頃はよくパパと一緒に船の模型を作ったものだ。特にフェリーの模型が多い。

中学生くらいになってからは、ボトルシップなんかにも手を出していたり。

お陰で自室の棚もだいぶ埋まってきた。


鞠莉「それにしても……やっぱり、曜って手先が器用なのね」

「なんか好きなんだよね、細々した作業が。お陰で目が悪くなっちゃったけど」


細かい作業に集中してると、近くばっかり見るから、目に悪いんだよね。


鞠莉「わたしはあんまり細かい作業は得意じゃないから……素直に羨ましいわ」

「確かに鞠莉ちゃんって、いろいろ豪快だもんね」

鞠莉「ん? それは褒めてる? 貶してる?」

「……褒めてるよ?」

鞠莉「ふーん。変な間があったけど、まあイイデショウ。……ここにあるので全部なの?」

「うぅん、パパの部屋にもあるし……。それと別に、飾ってる部屋もあるんだよね」

鞠莉「へぇ……? わざわざ、専用の部屋まで?」

「大きめなやつとかは部屋には置けないからね、後で見る?」

鞠莉「ちょっと、興味あるわね……」

「じゃあ、後でね」

鞠莉「ええ」


そんな約束を取り付ける。

まあ、ご飯のあとでいいかな。

──その後も鞠莉ちゃんと会話をしていたら、時間はあっという間に過ぎ去って、すぐに夕飯の時刻となるのだった。



145 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:37:55.11 NOmScrmB0 145/323



    *    *    *





「わぁっ!」

鞠莉「Wao! おいしそうなハンバーグデース!」


7時になって、言われたとおり二人で一階に降りてくると、食卓にはおいしそうなハンバーグが三つ並んでいた。


曜ママ「二人とも、良いタイミングで降りてきたわね。ちょうど今呼びに行こうと思ってたの」

「いやーナイスタイミングだね♪」


私はご機嫌なまま、椅子に座る。


鞠莉「曜ったら、ご機嫌ね?」


鞠莉ちゃんに突っ込まれてしまう。


「ん、えっと……」

曜ママ「ふふ、曜ちゃん、ママのハンバーグ大好きだもんね♪」

鞠莉「ああ、なるほど♪」

「ち、ちょっと、ママ!///」

曜ママ「鞠莉ちゃんをウチに連れてくるって話も、最初は渋ってたのに、ハンバーグ作ってあげるって言ったら、急に乗り気になっちゃって」

「なってないよ!?」

鞠莉「あら……曜、もしかして今日招待してくれたのは、ハンバーグのためだったの……?」

曜ママ「ごめんなさいね……ゲンキンな娘で」

「だから、そうじゃないって言ってるじゃんっ!///」

鞠莉「ま、冗談だけど♪」

曜ママ「もう、曜ちゃんったら、すぐホンキにしちゃうんだから~♪」


なんで、この二人、妙に息があってるんだろうか。


「……それより、食べていい?」

曜ママ「はいはい、どうぞ召し上がれ」

「いただきます!」

鞠莉「いただきます」


早速ハンバーグを、ナイフで切って口の運ぶ。


「……あむ……おいしい……」


悔しいけど、ママのハンバーグは本当においしい。

今でも夕飯の献立がハンバーグだと言われると、今でも思わず寄り道せずに家に帰りたくなるくらいだ。


鞠莉「……! おいしい……!」


鞠莉ちゃんもママのお手製ハンバーグを口にして、びっくりしたように目を見開いていた。

146 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:40:13.35 NOmScrmB0 146/323


曜ママ「ふふ、お口に合ったようで何よりだわ♪」

鞠莉「本当においしいです……! ウチのシェフが作ったものより、おいしいかも……」

曜ママ「あら……高級ホテルのお嬢様のお墨付きがもらえるなんて嬉しい♪」

「おかわり!」

鞠莉「え!? 曜、もう食べちゃったの!?」

曜ママ「はいはい、食べ盛りだもんね」


ママがお皿にハンバーグを載せて持ってきてくれる。


曜ママ「これで終わりだからね?」

「はーい♪」

鞠莉「あ、あの……」

曜ママ「ん? 何かしら」

鞠莉「これ、一体なんのお肉を使ってるんですか……?」

曜ママ「スーパーで買った、普通の合挽き肉よ」

鞠莉「え……ほ、本当に……?」

曜ママ「もちろん」

鞠莉「何か隠し味とか……」

曜ママ「うーん……私なりに研究して作ってはいるけど、そうだなぁ……一番の隠し味は」

鞠莉「か、隠し味は……?」

曜ママ「曜ちゃんと、パパへの愛情、かな♪ 今日はパパは居ないけどね」

鞠莉「あ、愛情……ですか」


なんか、ママが恥ずかしいこと言ってる……。

でも、鞠莉ちゃんも思わず、何か特別な作り方をしてるんじゃないかと思うくらいにはおいしかったようで、


鞠莉「愛情……愛情でご飯がおいしくなるのね……」


やたらと関心したように頷きながら、ハンバーグを味わっている。

そんな様子を見て、ママは、


曜ママ「鞠莉ちゃんにも好きな人が出来たら、きっとわかるようになると思うわ」


なんてことを言う。


鞠莉「そういうものなんですか……?」

曜ママ「ええ、そういうものよ。私もパパにおいしいって言ってもらうために、いっぱい料理の研究したもの」

鞠莉「Oh.. The way to a man's heart is through his stomach. ──男性の心をつかむには、まずは胃袋からって言いますものね……素敵」


鞠莉ちゃんは感激してるけど、正直私は耳にタコが出来るほど聞いてる話だ。

ママも大概、パパのこと大好きだからなぁ……。

まあ、私には負けるだろうけど。

147 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:41:54.80 NOmScrmB0 147/323


曜ママ「そして、パパの胃袋を掴んで、結婚して……曜ちゃんが生まれて、曜ちゃんもパパと同じように私の作ったハンバーグをおいしいって言って食べてくれてる」

「……もぐもぐ……」

曜ママ「そういうとき、いっつも、パパと結婚して良かったな。曜ちゃんが生まれてきてくれてよかったなって……思うのよね」

「…………もぐもぐ……///」

鞠莉「ふふ……曜ったら、照れてる」

「…………照れてない///」

曜ママ「曜ちゃんって、意外と照れ屋さんだからね~」

「だから、照れてないって……///」


2つ目のハンバーグも完食して、一緒に出されたライスとスープに手を付ける。


鞠莉「ご家族三人とも……仲が良いんですね」

曜ママ「そうね、今でもパパと曜ちゃんと、仲良し家族だと思うわ。ね、曜ちゃん?」

「…………そうなんじゃない」


そういう話を、私に振らないで欲しい。

鞠莉ちゃんの前で、お母さん大好き! なんて言うと思ってるんだろうか。


曜ママ「はぁ、最近曜ちゃんが冷たくて、ママ悲しいなぁ……」

「いや……普通だって」

曜ママ「今でもパパのことは大好きなのにね。ママ、寂しいなぁ」

「パパは特別」

曜ママ「……そうよね~。ちっちゃい頃はパパと結婚するって言ってたもんね」

「……ぶふっ///」


スープをむせる。


鞠莉「あら♪ 曜ったら、可愛いこと言ってた時期があったのね♪」

曜ママ「聞いてよ、鞠莉ちゃん。曜ちゃんったらね、娘はパパと結婚出来ないって知ったとき、もう一日中泣き喚いて、部屋に閉じこもっちゃったのよ」

鞠莉「へ~……よっぽど大好きだったのね」

「マ、ママ……その辺で……///」

曜ママ「それで、私に向かって『ママはパパと結婚しててずるい!』なんて言うんだもん」

鞠莉「あら、可愛い♪ もっと、聞きたいです、その話」

「ちょ……! 鞠莉ちゃんっ!?///」


鞠莉ちゃんが乗ってくると、ママは楽しげに話し始める。


曜ママ「──パパが仕事に行くときは、曜ちゃんいっつも泣いちゃってね~。パパ仕事いかないで、曜と一緒に居て~って」

鞠莉「まぁ♪」

「何歳のときの話してるのっ!!///」

曜ママ「──パパがお休みに友達と飲みに行っちゃったとき、曜ちゃんったら、いじけちゃって……もう、私とも全然口利いてくれなかったのに、パパが帰ってきたら、パパ~パパ~寂しかったよ~って。それ以降、パパったら、あんまり飲みにも行かなくなっちゃったから、私としても嬉しかったんだけどね~♪」

鞠莉「ふふ、娘には敵いませんね」

「も、もう、勘弁して……///」

148 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:43:12.36 NOmScrmB0 148/323


次から次へと飛び出す、渡辺曜のパパエピソード。

それを鞠莉ちゃんに聞かれるって……なんだ、この羞恥プレイは……。

そして、極めつけは、


曜ママ「曜ちゃんが、何歳までパパとお風呂入ってたか……鞠莉ちゃん、知ってる?」

「!?/// マ、ママッ!!!///」

鞠莉「えっと……小学校1年生くらい……?」

曜ママ「小学校5年生なの」

鞠莉「5年生……それは結構遅くまで」

「ママッ!!!////」

曜ママ「それもね、自分から一緒に入るの止めたとかじゃなくて……もう曜ちゃんは、大人の身体になるから、一緒には入れないんだよって、パパと私の二人掛かりで説得してね……大変だったわ。もう泣くわ、喚くわ、部屋に閉じこもるわ、スネるわで……」

「~~~~~ッ!!////」


私は、椅子から勢いよく立ち上がる。


曜ママ「あら、曜ちゃん。ご飯が食べ終わったら?」

「ごちそうさまっ!!////」

曜ママ「はい、おそまつさま♪」


食べ終わった食器を流しに下ろす。


曜ママ「あら、部屋戻るの~? 今いいところなのに……」

「お風呂っ!!///」


こんな話してるところにとどまれるわけないし……!!


鞠莉「あら、一人でお風呂入れる?♪」

「~~~~ッ!?/// 入れるよっ!!!////」

鞠莉「ふふ、そっか♪」


ダメだ、鞠莉ちゃんとお母さん、波長が合い過ぎている。

このままじゃ、やられる……。私は、顔を真っ赤にしながら、そそくさと食卓を後にし、お風呂に急ぐのだった。





    ✨    ✨    ✨





曜ママ「ふふ、ちょっとやりすぎちゃったかもね」


曜のお母さんは、そう言いながらくすくすと笑う。

それにしても……。


鞠莉「本当に、仲が良いんですね」


本当にそう思う。わたしは……ママとは絶対こんな会話は出来ない。

149 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:45:01.10 NOmScrmB0 149/323


曜ママ「ふふ、仲が良いのが自慢だと思ってるからね」

鞠莉「正直、羨ましいです……」

曜ママ「鞠莉ちゃんは、お母さんとこういう話しないの?」

鞠莉「しないというか……出来ないというか……。わたしの母は、ものすごく厳しくて……」

曜ママ「……そうなんだ」

鞠莉「曜のお母さんみたいに、娘のことを考えてくれる母親じゃないから……」


いつも、わたしを縛り付けることばかりに躍起なママだから……。

なんてことを口にするわたしを、


曜ママ「鞠莉ちゃん、自分のお母さんをそんな風に言っちゃダメよ?」


曜のお母さんはそんな風に窘める。


鞠莉「…………」

曜ママ「もちろん、いろんなご家庭があると思うから、一概にどうとは言えないけど……でも、きっと鞠莉ちゃんのお母さんも鞠莉ちゃんのことを想って、いろいろ厳しくしているんだと思うわ」

鞠莉「そう……なのかな……」

曜ママ「子供が思ってる以上に、親って上手に気持ちを伝えられないものだからね……。でも、厳しくしてくれるってことは、絶対に鞠莉ちゃんのためを想ってのはずよ。愛がなければ厳しくも出来ないもの」

鞠莉「……はい」

曜ママ「なんて、ごめんね。部外者に言われても困っちゃうわよね」

鞠莉「いえ……。曜のお母さんが言うなら、そうなのかなって……思います」

曜ママ「あら……どういうことかしら?」

鞠莉「曜……良い子過ぎるくらい、良い子だし……そんな曜を育てた、お母さんの言葉だから……」

曜ママ「…………」

鞠莉「見てるこっちが心配になるくらい、良い子で……普通の人だったら、怒っちゃうような場所でも、飲み込んで、抱え込んで……それなのに、自分が想ってしまったことにすら、罪悪感を覚えて、一人で傷ついちゃうくらい、優しくて……」

曜ママ「……そっか」


言ってから、果たしてこんなこと、曜の親御さんに言うべきことだったのかと思ったけど、曜のお母さんは、


曜ママ「鞠莉ちゃんが、曜ちゃんの傍に居てくれてよかったな」


なんて、言う。


鞠莉「そう、ですか……?」

曜ママ「曜ちゃんの気持ち……ちゃんとわかってくれる人が居てくれて、ちょっと安心した」

鞠莉「いや……そんな……」

曜ママ「曜ちゃん……千歌ちゃんと、何かあったんでしょ?」

鞠莉「……え!?」


曜のお母さんの言葉にびっくりして、思わず顔をまじまじ見つめてしまう。


曜ママ「わかるわよ。私は曜ちゃんのママだもの」

鞠莉「……」

曜ママ「具体的に何があったかまではわからないけどね……。曜ちゃん、ずっと苦しそうだったから」

鞠莉「……そう、ですか」


言葉に詰まる。やっぱり、近しい人から見てもわかるくらい、曜の心はずっと悲鳴を上げているんだ。

150 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:46:23.19 NOmScrmB0 150/323


曜ママ「ただね」

鞠莉「?」

曜ママ「最近、少し元気になったから、何かあったのかなって思ってたんだけど……──鞠莉ちゃんが傍に居てくれるからなんだなって」

鞠莉「……ホントですか……?」

曜ママ「ええ。鞠莉ちゃんと一緒に過ごしてる曜ちゃんの姿を見て、確信した。今、曜ちゃんの心の支えは鞠莉ちゃんなんだって」

鞠莉「……そ、っか……」


曜のお母さんからそう言って貰えて、心底ホッとしている自分が居た。

果たして、自分は曜の力になれているのか、正直それがずっと不安だった。

でも、せいぜい、曜の最も近しい家族から見て、わたしは力になれていると言って貰えたことが、単純に嬉しかった。


鞠莉「……あ、あの」

曜ママ「なぁに?」

鞠莉「……わたしは、曜にとって……──千歌の代わりになれてますか……?」


彼女の包み込むような母性の前で、油断していたのかもしれない。わたしは曜のお母さんに、余計な質問をしてしまった。


曜ママ「……」


曜のお母さんが真剣な表情になる。


曜ママ「……鞠莉ちゃん」

鞠莉「は、はい」

曜ママ「私はね……誰かが誰かの代わりになんて、なれないと思うわ」

鞠莉「……」

曜ママ「千歌ちゃんは千歌ちゃん。鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃん。それぞれ、曜ちゃんにとって、大切な人。それは変えようがないものだと思う」

鞠莉「はい……」


言われてから、わたしはなんて当たり前のことを訊ねてしまったんだと、後悔する。


曜ママ「だから、鞠莉ちゃんは千歌ちゃんの代わりには、絶対なれないと思うかな」

鞠莉「……」

曜ママ「ただ、ね……」

鞠莉「……?」

曜ママ「不安になる気持ちはわかるかな……」

鞠莉「え……」

曜ママ「頭でわかってても、相手の中にある自分の存在が、他の誰かに劣ってるんじゃないかって……そう思っちゃうことはあるもんね。若い内は特に」

鞠莉「…………」

曜ママ「でも、鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんだし、曜ちゃんも鞠莉ちゃんに──千歌ちゃんの役割って言うのかな……そういうものを求めてはいないと思うわ」

鞠莉「……はい」

曜ママ「だから、鞠莉ちゃんは千歌ちゃんにならなくていい。鞠莉ちゃんのまま、曜ちゃんを想って、大切にしてくれたら……ママは嬉しいかな」

鞠莉「……はい」


──ああ、優しいお母さんだな……。曜があんな良い子に育った理由が、わかる気がした。


鞠莉「わたし……これからも曜の傍に居ます」

曜ママ「ふふ、ありがとう、鞠莉ちゃん」

151 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:47:24.67 NOmScrmB0 151/323


わたしは、わたしなりに、曜を大切に想って、傍に居よう。

曜のお母さんと話をして、わたしはそんなことを心に誓ったのだった。





    *    *    *





「──……ぶくぶくぶく……///」


全く酷い目に遭った。

さっきから湯船に顔を半分沈めながら、悶々としている。

ママもあんなこと、鞠莉ちゃんに言わなくてもいいのに……とんだ赤っ恥だ。


「ぶくぶくぶく……。……こんなことなら、鞠莉ちゃん連れてくるんじゃなかった……」


鞠莉ちゃんは何も悪くないけど──いや、悪乗りしてたから、鞠莉ちゃんも悪いかも……?

どっちにしろ、鞠莉ちゃんとママが一緒に居る場に居合わせると、完全に標的にされることがよくわかった。

そんな、鞠莉ちゃんたちもそろそろ夕食が終わった頃だろうか。


鞠莉『──曜~?』

「!」


噂をすればだ。脱衣所から、鞠莉ちゃんに呼ばれる。


「なに~?」

鞠莉『お湯加減どう?』

「丁度良い感じ~」


やっぱり、我が家のお風呂は落ち着く。

昨日は慌しい入浴になってしまった分、今日はゆっくり湯船に浸かろうと思っていたわけだ。


鞠莉『そっか♪ じゃあ、入るね?』

「……は?」


──何の脈略もなく、浴室に鞠莉ちゃんが入ってくる。


鞠莉「おじゃましマース♪」

「!?///」


もちろん、全裸だ。いや、服着てても困るけど。


「な、なんで……!?///」

鞠莉「せっかく、お泊りだから、一緒にお風呂に入らないと、と思って♪」


それは昨日聞いた。


「私、一人で入れるって言ったじゃんっ!!///」

鞠莉「曜は一人でも良いかもしれないけど、マリーが一人じゃイヤだったの」

「え、ええ……」

152 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:48:29.95 NOmScrmB0 152/323


鞠莉ちゃんはシャワーで身体を軽く流したあと、


鞠莉「曜、もっと詰めて?」


湯船に入ってくる。


「はぁ……///」


思わず溜め息を吐いてしまう。

全く、鞠莉ちゃんは昨日の今日で何を考えているんだろうか。


鞠莉「……曜♪」

「ん」


鞠莉ちゃんは名前を呼びながら、私の手を握ってくる。


「……?」


なんだろうと思ったけど、鞠莉ちゃんは、


鞠莉「♪」


私の手を握ったまま、ニコニコしているだけだった。


「鞠莉ちゃん?」

鞠莉「ん?」

「急に……どうしたの?」

鞠莉「えっとね、曜と手を繋ぎたかったの」

「……え……そ、そうなんだ」

鞠莉「うん♪」


てっきり、胸を揉まれたり、もっと際どいところまで、触ってくるような、セクハラを警戒していたので拍子抜けしてしまう。

鞠莉ちゃんは、特にそれ以上は何もせず、ただ手を握っているだけ。


「……??」


逆に困惑してしまう。……いや、まあ、変なことされないに越したことはないんだけど。


鞠莉「曜」


再び名前を呼ばれる。


「なに?」

鞠莉「傍に居るからね」

「…………うん」


唐突過ぎて、よくわからないけど──鞠莉ちゃんが傍に居てくれるのは、純粋に頼もしいし、嬉しかった。

だから、私も素直に頷く。

その後も……


鞠莉「♪」

153 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:49:53.80 NOmScrmB0 153/323


一緒に入浴をしたわけだけど……結局、鞠莉ちゃんはただ手を繋いでいるだけだった。

どうしてかは、やっぱりよくわからなかったけど……鞠莉ちゃんが嬉しそうだったから、まあいっか……。





    *    *    *





「──ここが、さっき言ってた部屋だよ」


入浴後、鞠莉ちゃんと一緒に模型を飾ってる部屋にやってきた。


鞠莉「Wao...!」


鞠莉ちゃんが驚きの声を上げる。

それなりのサイズの模型がある部屋だ。驚くのも無理はない。

もちろん、置いてあるのは数隻だけど、それでも十分な迫力がある。


鞠莉「……?」


その中でも、一際目を引く模型がある。鞠莉ちゃんもそれが気になったようで、


鞠莉「これ……木造の模型……?」


木で出来た模型に興味を示す。

60cm程の大きさのフェリーの模型。


「これね、パパが乗ってたフェリーと同じ型なんだ」

鞠莉「そうなの? これも、曜と曜のお父さんで作ったの……?」

「あはは……さすがにこれは職人さんに作ってもらったものだよ」


いくら手先が器用と言っても限度があるしね。ここまで来たら、もう市販模型の範疇ではないから、素人には難しい。


鞠莉「わざわざ職人さんに……?」

「えっとね、これ……実は奉納する予定のものだったんだ」

鞠莉「ホーノー……?」


鞠莉ちゃんが不思議そうな顔をして聞き返してくる。


「内浦の方にね、海上での安全祈願をする神社があって、そこに船の模型を奉納する場所があるんだ」

鞠莉「それじゃあ……これはそこに……?」

「うん。パパは前にも言ったけど、船長さんだから、安全祈願で奉納させてもらう予定だったんだ。……まあ、本来は漁船の安全祈願らしいんだけどね」

鞠莉「へぇ……でも、それじゃどうして奉納しなかったの?」

「あー、えっとね……」

鞠莉「?」

「……ちっちゃい頃の私がね、『パパの船と同じだ』って、この木造模型をすっごく気に入っちゃって……。いざ奉納しようってときに、すごいダダをこねたらしくって」


正直、そのときの記憶はおぼろげにしか残ってないんだけど……。

154 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:51:28.45 NOmScrmB0 154/323


「ちゃんとした職人さんに造ってもらったもので、お清めとかも済んだあとだったから、パパもママも相当困っちゃったらしいんだけど……」

鞠莉「ふふ……曜ったら、ちっちゃい頃から本当に船が好きだったのね」

「あはは……そうだね。結局、私のために奉納は取りやめになって、こうして家に飾ってるんだ」

鞠莉「可愛い娘には敵わなかったのね」

「それもあるんだろうけど……」

鞠莉「けど?」

「そのとき、パパに言われたんだ」



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────
──


曜パパ『曜。このお船は、水難から曜を守ってくれるんだぞ』

よう『すいなんってなーに?』

曜パパ『水に関係する災難のことだよ』

よう『よう、およぐのとくいだからへいきだよ?』

曜パパ『ははっ。そうだな。でも、なにかあったとき、曜を守ってくれるように、ここに残すことにしたんだ』

よう『そうなの?』

曜パパ『だから、これは曜だけを守ってくれる船だから……大切にするんだぞ』

よう「うん! わかった!」


──
────
──────



「ちょうどそれくらいのときに高飛び込みを始めたのもあって、神社に奉納するよりも、もっと私の身近な場所に置いて、私を水難から守ってくれるようにって……ここに残してくれたんだ」

鞠莉「……素敵な話ね」

「ちゃんとお清めもしてたからね。本来の目的とは違っちゃったけど……ご利益は十分あるのかなって」

鞠莉「可愛い娘を泣かせないためにも、本来するはずだった奉納を取りやめてでも、残してくれたなんて……曜は本当にご両親から愛されているのね」

「うん、そうかも……」


これだけ立派な木造模型だ。きっと安くない額を支払って造ってもらったものだろうに。

それでも、最終的に私を想って、ここにこの船を残してくれたパパとママには感謝しなくてはいけないだろう。


「……今ではパパが乗ってるフェリーも代替わりしちゃったから、晴れてこの木造フェリーは私を守るためだけに、渡辺家にあるって感じかな」

鞠莉「ふふ、曜の守り神様なのね?」

「そんなとこ」


まあ、この部屋に入るのも、久しぶりだから、こうしてじっくり見たのも久しぶりだというのは余談かな。


「パパに会えなくて寂しいときは、よくこの部屋でこの船を見てたな……」


パパが乗ってる船と同じ木の船の傍で……。

何故だか、不思議と安心したことを覚えている。

やっぱり、この船には守り神のようなものが憑いているのかもしれない。


鞠莉「これからも、ずっと……曜を守ってくれるといいね」

「うん……」

155 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:52:25.66 NOmScrmB0 155/323


鞠莉ちゃんとそんな会話をしながら、私たちは部屋を後にする。

船はまた再び、私を守るために、私に一番近いこの家で、眠りに就く──





    *    *    *





──さて、


鞠莉「それじゃ、曜。一緒に寝ましょ?♪」

「……しまった、忘れてた」


気付けば、すっかり就寝時間だった。

鞠莉ちゃんはすでに、私のベッドの上で両手を広げてスタンバっている。


「……やっぱり、一緒に寝るの?」

鞠莉「もちろん♪ 昨日も一緒に寝たじゃない」

「……まあ、そうだけど」


やっぱり、私のベッドは二人で寝るには狭いと思うんだけど……。


鞠莉「曜♪ おいで♪」

「……はぁ、まあいっか……」


昨日みたいに、変に傷つけちゃっても、誰も得しないし……。

私がベッドに手を掛けると、僅かにギシッと音を立てて、ベッドが軋む。

やっぱり、二人で使う用じゃないんだなと思う。


鞠莉「ハグ~♪」

「果南ちゃんじゃないんだから……///」


両手を広げていた鞠莉ちゃんに抱きしめられる。

やっぱり、抱きしめられるのは照れ臭いなぁ……。


鞠莉「それじゃ、寝ましょっか♪」

「はいはい……///」


リモコンで部屋の電気を消して、二人で横になる。

もちろん、横になっても私は鞠莉ちゃんに抱きしめられたままだ。


「……鞠莉ちゃん……///」

鞠莉「ん~?」

「……やっぱ、このまま寝るの……?///」

鞠莉「もちろん♪ イヤ?」

「……嫌ではない……///」

鞠莉「じゃあ、問題ナッシングデース。曜が眠るまで、マリーがちゃんと傍に居るからね♪」

「ん……///」

156 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:53:34.67 NOmScrmB0 156/323


嬉しいやら、恥ずかしいやらで反応に困る。

まあ、いいや……寝よう。寝ちゃえば恥ずかしさとか関係ないし。

私は早々に目を瞑る。


鞠莉「ふふ……曜、Good night.」

「……おやすみ、鞠莉ちゃん」


力を抜いて、眠る体勢に入ると、鞠莉ちゃんがゆっくりとしたリズムで背中をぽんぽんしてくれる。

もう、ちっちゃい子供じゃないんだけどな……。

ただ、そんな考えとは裏腹に、不思議とリラックス出来て、すぐに眠くなってくる。


鞠莉「背中をぽんぽんするとね、お母さんのお腹の中に居た頃の心臓の音を思い出して、安心するんだって」


──へぇ……そうなんだ。


鞠莉「それに、人は背中を触られると、幸せホルモンって呼ばれてるオキシトシンが分泌されて、安心するのよ」


──鞠莉ちゃんは、ホント物知りだなぁ……。

だんだん身体から力が抜けて、意識がゆっくり沈んでいく。


鞠莉「曜……おやすみ……」

「…………」


私は、ふわふわと温かい気持ちに包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちていった──





    ✨    ✨    ✨





「…………すぅ……すぅ……」

鞠莉「曜……寝ちゃった……?」

「…………すぅ……すぅ……」


どうやら、眠ったようだ。


鞠莉「曜……」


ぎゅーっと抱きしめる。


鞠莉「……曜……」

「…………んぅ……ま、り……ちゃん……」

鞠莉「ふふ……ここに居るよ……」

「…………すぅ……すぅ……」


なんだか、幸せだった。

わたし……曜のこと、好き、なのかな。

好きになっちゃったら……困っちゃうな。

157 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 21:57:20.43 NOmScrmB0 157/323


「………………ん……」

鞠莉「……曜?」

「………………いか、ないで……──……ちか……ちゃん……」

鞠莉「…………」


ちょっと冷静になる。

目的を忘れちゃわないようにしないと……。


鞠莉「わたしも……早く寝ようかな」


わたしは曜を抱きしめたまま、目を瞑る。


「…………すぅ……すぅ……」


穏やかな曜の寝息を聞きながら、眠りに落ちていくのだった。





    *    *    *





──風が強かった。

一人だった。


「…………」


見えないけど、舞い狂う木の葉の向こうに千歌ちゃんが居るのがなんとなくわかった。

──そして、一緒にダイヤさんが居ることも。


「…………」


吹き荒ぶ木の葉は、私を飲み込んでいく──





    *    *    *





「──…………」


目が覚める。


鞠莉「すぅ……すぅ……」


起きると、案の定、鞠莉ちゃんに抱きしめられていた。

また、変な夢を見た。

内容は──やっぱり、思い出せない。ただ、悪夢だったと思う。息苦しい……夢。

悪夢を見ると、酷く疲れる。

もぞもぞと動きながら、部屋の時計に目を向けると──時刻は朝7時。

もう起きてもいい時間だったけど、

158 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:03:21.99 NOmScrmB0 158/323


「……寝よ」


なんだか、起きて活動をする気にはなれなかった。


鞠莉「……ん……ぅ……ょー……?」

「あ、ごめん……起こしちゃった? もうちょっと寝てて大丈夫だよ」

鞠莉「……んぅ……」


鞠莉ちゃんは寝ぼけたまま、私を抱きしめる。

昨日と同じみたいだ。

ただ、今日は私もまだ寝ていたいから、この方がいいかな……。


鞠莉「……ょー…………」

「うん……一緒に寝よ」

鞠莉「…………んー…………」


また悪夢を見るかもしれないけど、鞠莉ちゃんが傍に居てくれるから、少しだけ怖い気持ちも和らぐ。

私は目を瞑って、再び眠りの世界へと、旅立つのだった。





    *    *    *





──……さて、私たちが起きたのは前日同様、午後の1時だった。


鞠莉「んー……よく寝た……」

「変なリズム付かないようにしないとなぁ……」


今日で三連休も最終日。9月16日月曜日。本日は敬老の日だ。

二人で、着替えを済ませ、一階に降りていくと、


曜ママ「おはよう。二人揃って、随分なお寝坊さんね」


早速、ママに突っ込まれてしまう。


鞠莉「おはようございます」

「おはよう……我ながら寝すぎたとは思う」

曜ママ「でも、鞠莉ちゃんがぐっすり眠れたようでよかったわ」


えー……私は?


鞠莉「はい、居心地が良くて……よく眠れました」

曜ママ「ふふ、ならよかった」


ふと、そこで、ママが外着なことに気付く。

159 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:08:34.11 NOmScrmB0 159/323


「ママ、出掛けるの?」

曜ママ「ええ、駅の方に買い物に行くから……曜ちゃんも出掛けるなら戸締りはちゃんとしてね」

「了解でありますー」

曜ママ「それじゃあ、鞠莉ちゃん、ゆっくりしていってね」

鞠莉「はい、ありがとうございます」


ママは鞠莉ちゃんに手を振りながら、パタパタと忙しなく、出掛けて行ってしまった。


「鞠莉ちゃん、随分ママに気に入られたみたいだね~」

鞠莉「ふふ……気に入ってもらえたなら、嬉しいわ」

「なんせ、娘そっちのけだからね……ママったら、鞠莉ちゃんが可愛いから……」

鞠莉「大丈夫よ。曜のお母さんは曜のことも大好きだから」

「ええ……? そうかなぁ」

鞠莉「そうなのよ♪」


まあ、愛されてるな、とは思ってるけどさ……。

それはともかく、何も食べてないから、お腹が空いた。


「なんかご飯作ろうか」

鞠莉「もうお昼だものね……手伝う?」

「いや、今日は私が作るよ。鞠莉ちゃんは座って待ってて」

鞠莉「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」


鞠莉ちゃんをリビングに残して、私はキッチンに向かう。


「──さて」


ここ数日、鞠莉ちゃんの高級料理に舌鼓を打っていたため、料理をするタイミングがなかったけど、実は私も料理が得意だということを鞠莉ちゃんに思い出してもらういい機会だ。

キッチンで食材を確認すると──


「卵に……焼きそば。なら、あれしかないでしょ……!」


私は得意料理を作り始めた。





    *    *    *





鞠莉「──ん~! So good !」


完成したヨキソバを食べながら、鞠莉ちゃんが嬉しそうに声を上げた。


鞠莉「前にも食べたことあったけど……やっぱり、曜のヨキソバは絶品だね!」

「鞠莉ちゃんのご飯に比べるとどうしても庶民っぽいんだけどね」

鞠莉「そう? ジャパニーズオマツリな感じでわたしは好きよ?」

「あー確かに屋台メニューだからね」

160 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:11:12.96 NOmScrmB0 160/323


私も空きっ腹を満たすために、ヨキソバを食す。……うん、やっぱりこの味だよね。

我ながら、今日も上手に出来た。


鞠莉「曜って、料理上手よね……わたしも少しは料理した方がいいかしら」

「鞠莉ちゃんって料理しないの?」

鞠莉「うーん……あんまりしないかな。苦手ってわけじゃないけど」

「そういえば、前煮込み料理作ってたよね。……シャイ煮だっけ?」

鞠莉「Yes ! シャイ煮はマリーの得意料理だヨ! おいしかったでしょ?」

「まあ、確かに……味はおいしかった」


見た目は……非常に独創的だった。


鞠莉「味は……? もう、それじゃそれ以外ダメだったみたいじゃない!」


それに関してはノーコメント。

あ、ただ……。


「マンボウを食べられたのは良い経験だったかも」

鞠莉「あら……曜はシャイ煮のマンボウが気に入ったの? なかなか渋いところをあげるのね」


確かに、あのときはマンボウ以外にも、アワビ、カニ、イセエビ、サザエ、キンメダイのような高級海鮮をはじめとして、牛肉や、何故か松茸もあった気がする。


「えっと……単純にマンボウ、好きなんだよね。動物として」

鞠莉「そうなの?」

「うん! 海の生き物の中では一番好きかも」


まあ、好きな生き物を食べるっていうのは複雑でもあったんだけど……。

そもそも、食べられるなんて知らなかったし。

そういう知識面を含めて、良い経験だったな、と。


鞠莉「……なら、いつか水族館にマンボウ、見に行く?」

「うん! 行きたい!」


マンボウって意外と見れる水族館が少ないから、連れて行ってくれるなら純粋に嬉しい。

マンボウを見るためだけに県外まで一人で行くのは少しハードル高いからね。


「いつ行く!?」

鞠莉「今日これから! ……と、言いたいところだけど、さすがに今から県外に行っても水族館が閉まっちゃうからね。マンボウはもっと長いお休みのときにしましょう?」

「了解であります!」


言われてみて、改めて時間を確認すると、すでに午後2時を過ぎていた。

むしろ、今から水族館どころか、出掛けるにしては少しのんびりな気はする。


「鞠莉ちゃん、この後行きたいところとかある……?」

鞠莉「そうねぇ……」


まあ、昨日と違って、沼津はすぐそこだから、今から街に出ても十分遊ぶ時間はあるけど。

ただ、鞠莉ちゃんは、

161 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:12:11.35 NOmScrmB0 161/323


鞠莉「今日も曜とのんびりお話したいかな」


お話を所望してくる。


「あ……それじゃあさ、あそこ行かない?」

鞠莉「ふふ、なるほど、あそこね♪」


二人で顔を見合わせて笑う。この後の行き先はどうやら決まったようだった。





    *    *    *





「──やっぱり、話するなら、ここだよね!」


私たちが訪れたのは、もちろんここ──『びゅうお』だ。


鞠莉「ふふ、もうすっかり定番の場所ね」


二人で展望台に昇るための入口へと入っていく。

『びゅうお』は100円しか掛からないし、人もそんなに多くないうえに、喫茶店みたいに追い出される心配もないから、ゆっくり話すには最適な穴場だと思う。


「すいませーん。大人二人で」


受付で二人分の200円を出すと、中から受付のおじさんが私と鞠莉ちゃんの顔を見ながら、


受付人「お嬢ちゃんたち、また来たんだね」


と言いながら、ニコニコしていた。


「あ、あれ……? もしかして、私たち顔覚えられてます?」

受付人「そりゃ、女子高生が揃ってよく来るなんて珍しいからね」


確かに、言われてみればそうかもしれない。


「ここから見える景色が好きで……なんか落ち着くんですよね」

鞠莉「ふふ、そうね……。わたしもここから見える海──特に夕焼けは好きかもしれないわ」

受付人「いや、嬉しいねぇ……。この水門も最近は滅多に閉めることがないから、展望台として好きって言ってくれる子がいると、ここで受付してる甲斐があるってもんだよ。今日もゆっくりしていってくれよ、お嬢ちゃんたち」

鞠莉「はい、ありがとうございます♪」

「ありがとうございます!」


二人でチケットを受け取って、展望台へと昇ります。





    *    *    *





──『びゅうお』展望室。

二人でいつもの中央通路の椅子に腰掛けながら、私と鞠莉ちゃんのお話タイムが始まる。

162 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:17:47.78 NOmScrmB0 162/323


「……顔、覚えられちゃったね」

鞠莉「結構、頻繁に来てるものね……」


観光客ならともかく、地元の女子高生が頻繁に来てたら、そりゃ覚えられもするか。


鞠莉「まあでも、受付の人も喜んでたし、良いんじゃないかしら」


鞠莉ちゃんはくすくす笑いながらそんな風に言う。


「それもそうかもね。……それに、きっとこれからも来るだろうし」

鞠莉「その内、顔パスになったり?」

「するかなぁ?」

鞠莉「特別に年間パスポート作ってもらえたり」

「『びゅうお』の年パスかぁ……」

鞠莉「毎日通わなくちゃね?」

「ふふ、鞠莉ちゃんとなら、いいよ」

鞠莉「!/// うん、わたしも曜となら、毎日来たいな」

「じゃあ、年パス作ってもらえるように今から毎日通わないとね」

鞠莉「ふふ、年パス作ってもらうために、毎日通うのって順序が逆よね」


二人で顔を見合わせてくすくす笑ってしまう。

……なんか、楽しいな。鞠莉ちゃんと一緒に話してると、楽しい。


「鞠莉ちゃん」

鞠莉「んー?」

「一緒に居てくれて、ありがとう……」

鞠莉「ふふ、どうしたの?」

「ホントにこの三日間、楽しかった……。毎日起きたら鞠莉ちゃんが傍に居て、寝るまで鞠莉ちゃんとお話して……」

鞠莉「曜……うん、わたしも楽しかったわ」

「えへへ……ちょっぴり恥ずかしかったけど……抱きしめてくれたり、頭撫でてくれたり、手を繋いだりするのも……嬉しかったよ」

鞠莉「! ホント……?」

「うん」


ああ、なんでだろ。ずっと恥ずかしがってたはずなのに、ここだと──鞠莉ちゃんと本音でお話する、この場所だと、素直に気持ちが伝えられる。


鞠莉「……曜」

「ん」

鞠莉「手……繋いでいい……?」

「うん」


隣あった鞠莉ちゃんが手を重ねてくる。私もその手を握り返す。


「鞠莉ちゃんの手……あったかいね。なんか、手繋いでると心までぽかぽかしてくる」

鞠莉「ふふ、ありがと。曜の手も……あったかいよ」


なんとなく、さっきよりも強く手を握る。すると、ほぼ同じタイミングで鞠莉ちゃんも私の手を強く握ってくる。

163 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:18:53.73 NOmScrmB0 163/323


鞠莉「ふふ」

「えへへ……」


二人で顔を合わせて笑ってしまう。

私たち、考えてること同じみたいだ。

そういえば、鞠莉ちゃんが『私と似てる』って、話をしたのも、ここだったな。

ここなら、全部の気持ちを包み隠さず、鞠莉ちゃんと共有出来る。そんな気がした。


「鞠莉ちゃん」


だから、今言おうと思った。


「……千歌ちゃんへの気持ち……少しずつ整理が付いてきた……と、思う」

鞠莉「……!」


鞠莉ちゃんが少し驚いたような表情をした。

無理もない。鞠莉ちゃん、この週末は意識してこの話題に触れないようにしていたから。私の方から振ってくるとは考えてなかっただろう。

だからこそだ──私の口から、言い出さないと。


「いつまでも、くよくよしてちゃだめだって……鞠莉ちゃんが傍に居てくれるお陰で、ちょっとずつそう思えるようになってきた」

鞠莉「……」

「だから、私もう平気──」


──ふいに、


「……!?」


ほっぺたを引っ張られた。


「ま、まりひゃん……? にゃにするの~……?」

鞠莉「曜……焦らないの」

「ふぇ……?」

鞠莉「少しずつ前を向けるようになったって、そう言ってくれたのは嬉しい。だけど、いきなり全部平気になんかならないでしょ?」

「…………」

鞠莉「気持ちは一かゼロじゃないから、ゆっくりでいい」

「……うん」


鞠莉ちゃんは真剣な声音で話しながら、ほっぺたを引っ張っていた手を離す。


鞠莉「本当に……心の底から、千歌への気持ちに答えが出てからでいいから。それまで、いくらでもわたしが傍に居るから……ね?」

「……うん」


鞠莉ちゃんの手がほっぺの方から、私の手に戻ってきて、重ねられる。

やっぱり、鞠莉ちゃんが傍に居てくれてよかったな……。

鞠莉ちゃんは私のペースに合わせて傍に居てくれる。だから、安心して本音を伝えられる。


「鞠莉ちゃん……ありがとう」

164 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:20:06.78 NOmScrmB0 164/323


そんな鞠莉ちゃんに報いるためにも、私は無理にでも前を向いて歩かないとね……。

ふと、見た『びゅうお』の窓の先では──今日も海が夕日で真っ赤に燃えていたのが、印象的だった。





    ✨    ✨    ✨





「──それじゃあね、鞠莉ちゃん。また明日」

鞠莉「Good bye. 曜。お母さんによろしく伝えておいてね」

「了解であります!」


──例の如く、『びゅうお』まで車で迎えに来てもらい、今、曜を彼女の自宅の前で下ろしたところだ。

この三日間を一緒に過ごした曜と別れて、わたしは帰路につく。


鞠莉「……もう平気……か」


曜はそんな風に言った。だけど、眠っている間、曜が千歌の名前を呼んでいたことを、わたしは知っている。

曜の心は、まだ千歌の方を向いている。


鞠莉「…………」


曜は優しい子だから、わたしに迷惑を掛けないように、出来るだけ早く解決しようなんて、思っているに違いない。

だけど、こういうことは焦っても良いことはない。だって、気持ちは理屈じゃないから。

まあ、とはいえ……どうやら、順調ではあるようで、安心はしている。


鞠莉「このまま、何も起こらないまま……曜の心が癒えてくれればいいな」


わたしは一人呟く。

……だけど、わたしの祈りも虚しく、問題は──すぐに起きることになる。





    *    *    *





9月17日火曜日。

連休が明けて、本日からまた学校だ。


「おはよ、梨子ちゃん」

梨子「あ、おはよう、曜ちゃん」


教室に着くと、梨子ちゃんの姿。千歌ちゃんの姿は見当たらない。……また生徒会室かな。

165 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:26:04.38 NOmScrmB0 165/323


梨子「ねえねえ、曜ちゃん」

「ん?」

梨子「この週末って……鞠莉ちゃんと過ごしてたりしたの?」

「え、まあ、うん」

梨子「や、やっぱりっ! 何して過ごしたの!?」

「えっと……? 鞠莉ちゃんの家に泊まったり、私の家に泊まったり……」

梨子「お泊り!? ああ、もう……曜ちゃん、隅に置けないんだから……」


なんだろうと思ったけど……そういえば、金曜日に鞠莉ちゃんが──『ごめんね、歌い出しは“わたしたち”が貰うから』──という啖呵を切ったまま屋上を後にして、そのままだった。

つまりまあ、梨子ちゃんは今、私が鞠莉ちゃんと恋人として週末を過ごしていたと思っているということだろう。


梨子「とにかく、鞠莉ちゃんとは良い感じなんだね!」

「あ、あはは……まあ、そんな感じ」

梨子「頑張ってね、曜ちゃん!」

「あ、ありがと」


これが恋人ごっこじゃなければ、本当に嬉しい激励だったんだろうけど、正直少し後ろめたくもある。

まあ、この方向性で通すことにした以上は、仕方ない。

朝からやや興奮気味な梨子ちゃんと会話をしていると、


千歌「あ、曜ちゃん、梨子ちゃん、おはよー」

「!」


背後から突然、千歌ちゃんの声がして、ビクリとする。


梨子「あ、千歌ちゃん、おはよう」

千歌「二人とも何の話してたのー?」

梨子「えっとね……鞠莉ちゃんとの話」

千歌「……あ」


千歌ちゃんが私の方に視線を向けてくるのがわかった。


「え、っと……」

千歌「その、曜ちゃんと鞠莉ちゃん……そう、なんだよね」

「……あ、あー……えっと……うん……」

千歌「そっか……! やっぱりそうなんだね! えへへ、なんか嬉しいな。おめでとう、曜ちゃん!」

「…………っ」


顔が引き攣りそうになって、咄嗟に視線を外す。


千歌「曜ちゃん?」

「…………」


いや、ダメだ……。なんのために、千歌ちゃんにそう思ってもらうことにしたんだ。

これは、受け入れなくちゃ。


「──千歌ちゃん、ありがと!」

166 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:28:41.82 NOmScrmB0 166/323


全身全霊の作り笑顔を千歌ちゃんに向けると、


千歌「うんっ!」


千歌ちゃんは心底嬉しそうに笑った。

それとほぼ同時に──キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴る。


千歌「わ、やばっ!? ホームルーム始まる!」

梨子「もう……ホームルームギリギリまで何してたの?」

千歌「生徒会室居たのっ!」

梨子「あーなるほどね……」


席に戻る千歌ちゃん。私も前方に視線を戻しながら── 一人、達成感に満たされていた。

──出来た。ちゃんと、出来た。

前だったら、千歌ちゃんに勘違いされることを、耐えられなかったのは間違いない。

だけど、今、ちゃんと千歌ちゃんに向かって笑えた。

もう、大丈夫だ。私、大丈夫なんだ……!

私は自分の成長に心躍る気持ちだった。やっと協力してくれている、鞠莉ちゃんに報えるんだと、思っていた。

──……これが、ただの一時の傲りだとも知らずに。





    *    *    *





──事件はお昼休みに起こった。

案の定、千歌ちゃんは、昼休みの開始と共に生徒会室に直行してしまった。

まあ……私も教室では食べないんだけど……。


梨子「曜ちゃんも、鞠莉ちゃんのところ行くの?」

「あ、うん……ごめんね、梨子ちゃん……?」

梨子「ふふ、私のことなんて、気にしなくていいのよ? ほら、早く鞠莉ちゃんのところに──……あら?」

「ん?」


梨子ちゃんの視線が、床を見つめていた。私も釣られて、視線の先を見ると──ハンカチが落ちていた。

みかんがたくさん描かれた柄のハンカチ。


梨子「これ……千歌ちゃんのかな」


梨子ちゃんが床のハンカチを拾い上げる。


「千歌ちゃんがハンカチ……?」


千歌ちゃんってハンカチを持ち歩くような性格だっけ……。

でも、こんなみかんの主張の強い柄、千歌ちゃんの私物としか思えないのも事実。


梨子「そういえば、千歌ちゃん……最近よくダイヤさんにハンカチを持ち歩くように怒られてたような……」

「ああ……なるほど」

167 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:31:34.26 NOmScrmB0 167/323


そういうことなら、納得が行く。


梨子「これ……どうしようか?」

「……なら、私が届けてくるよ」

梨子「……え? でも、曜ちゃん鞠莉ちゃんのところに行くんじゃ……」

「別に行く途中に生徒会室に寄るだけだよ」

梨子「……まあ、それもそっか。じゃあ、はい」


梨子ちゃんからハンカチを受け取り、


「それじゃ、行って来るね」

梨子「うん、お願いね」


私はハンカチだけを手に持って、教室を後にする。

今日も鞠莉ちゃんがランチを用意してくれているらしいから、荷物は特に持たず、私はひとまず生徒会室に向けて歩き出す。

──生徒会室には、ダイヤさんも居る。

今こそ、自分を試すときが来た。

千歌ちゃんとダイヤさんが一緒に居る場でハンカチを届けて、笑って乗り越えられたら……私はもう大丈夫だ……!!


「ちょっと待っててね、鞠莉ちゃん。今日は良い報告が出来ると思うから……!」


私はそう息巻いて、ずんずん進んでいく。

──この選択が大きな間違いだったことに、気付くこともなく……。





    *    *    *





──生徒会室前に辿り着く。


「……よし」


生徒会室の扉に、手を掛けようとした、そのとき──中から声が聞こえてきた。


 「──え、ダ、ダイヤさん……」


……ん。なんだろう……? 千歌ちゃんの声……だよね。それは間違いない。


 「……じっとしていてください」

 「……っ!? え、ち、ちょっと、待って……!?」


──このとき、直感的に嫌な予感がした。同時に脳が急に警鐘を鳴らし始める。今すぐ、この場を離れろ、と。

ただ、その警鐘とは裏腹に、私の視線は、生徒会室の覗き窓から、中へと注がれる。

千歌ちゃんの後姿が見えた。

──逃げろ。


 「ダ、ダイヤ、さん……こ、ここ……学校……」

 「だから、なんだと言うのですか」

168 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:33:02.57 NOmScrmB0 168/323


その千歌ちゃんの先に、見切れている、黒髪。ダイヤさん。

──見るな。


 「え、や、で、でも……っ」

 「いいから、じっとしていて」

 「ひゃ、ひゃい……っ」


──耳を塞げ。

──今すぐ、振り返って、駆け出せ。

頭の中の警鐘がどんどんどんどん大きくなっているのに、私は、視線を、外せない。

──今なら、間に合う。逃げろ。逃げろ。逃げろ。見るな。見るな。見ちゃダメだ。


 「ダイヤ……さん……っ」


私の視線の先、

二人の影が、

重なった。





    ♣    ♣    ♣





千歌「ぅ…………///」

ダイヤ「……はい、もういいですわよ」

千歌「……へ……?」

ダイヤ「頭にゴミがついていましたわ……全く、身嗜みはしっかりしないといけませんわよ?」

千歌「な、なんだぁ……びっくりした……」

ダイヤ「……? 何がですか?」

千歌「だって、急に迫ってくるから……キスされるのかと思った……///」

ダイヤ「はぁ!?/// 学校でそのような破廉恥なこと、するわけないでしょう!?///」

千歌「だから、びっくりしたんじゃんっ!!///」

ダイヤ「全く……/// 馬鹿なこと言ってないで、お昼ご飯にしますわよ……///」

千歌「は、はぁい……/// ……あれ?」

ダイヤ「今度はなんですか……」

千歌「いや、ドア、ちょっと開いてる……」

ダイヤ「……開けたドアはちゃんと閉めなさいと、いつも言っているでしょう」

千歌「わ、わかってるよぉ……ちょっと、忘れてただけじゃん。………………あれ? これ……」

ダイヤ「千歌さん?」

千歌「……私のハンカチ……? いつの間に落としちゃったんだろう……」





    *    *    *



169 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 22:57:41.45 NOmScrmB0 169/323



──頭の中が、真っ白だったり、真っ黒だったりして、自分が今何を考えているのかすら、よくわからない。

ただ、心の中がぐちゃぐちゃだった。

自分があの後、どうしていたかが思い出せない。

気付けば、私は走っていた。

学校から、逃げるように、走り出していた。


「──見たくなかった」


走りながら、言葉が勝手に飛び出した。


「──見たくなかった、見たくなかった、見たくなかった、見たくなかった……!!!!」


涙が溢れてきた。

ショックだった。

千歌ちゃんが、ダイヤさんと、

キス、してた。


「……あ、はははは、もう平気っ!? 何がっ!?」


平気なわけ、なかった。

全然、ダメだった。

二人は恋人で、そういうこともしているのはわかってた。

なのに、実際に、目にしたら。

ダメだった。

体が熱い。

頭が割れそうだ。

耳がよく聞こえない。

視界がぼやけてる。

そして、何より、

心が悲鳴を上げていた──





    ✨    ✨    ✨





──いつまで経っても、理事長室に顔を出さない曜に痺れを切らして、わたしが2年生の教室に顔を出したのは、お昼休みが始まってから30分ほど経過してからのことだった。

2年生の教室を中を覗くと、生徒がまばらにいるだけで、曜の姿はなかった。


鞠莉「…………?」


確か、曜の机は……。

記憶を頼りに曜の席を見ると、カバンだけが取り残されていた。

しかし、教室内を見回しても、当の本人の姿はどこにもない。


鞠莉「……どこにいったのかしら……?」

170 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:00:15.72 NOmScrmB0 170/323


私は眉を顰める。

そのとき、


梨子「あれ? 鞠莉ちゃん?」


背後から梨子の声。たまたま教室に戻ってきたところだったようだ。


鞠莉「梨子……曜、知らない?」

梨子「え? 曜ちゃんなら、昼休みが始まってすぐに、鞠莉ちゃんのところに──……来てないの?」

鞠莉「ええ……」

梨子「え……でも、ハンカチを届けたら、すぐに向かったはずだし……まだ来てないなんてことは」

鞠莉「ハンカチ……?」

梨子「うん……教室に千歌ちゃんのハンカチが落ちてたから、生徒会室に居る千歌ちゃんに届けて……それから、鞠莉ちゃんのところに向かうって……」

鞠莉「……!」


酷くイヤな予感がした。


鞠莉「ごめん、梨子! ちょっと探してくるわ!」

梨子「え!? う、うん!」


わたしは早足で、生徒会室に向かって足を向ける──





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──入るわよ!!」

千歌「わひゃぁっ!?」

ダイヤ「ピギャッ!? な、なんですか、急に!?」


生徒会室のドアを思いっきり開けると、ダイヤと千歌が驚いて飛び跳ねる。

わたしは、生徒会室の中をキョロキョロと見回す。

だけど、もちろん曜の姿はない。


ダイヤ「鞠莉さん? どうかしましたか……?」

鞠莉「……ここに曜、来なかった?」

ダイヤ「曜さん……? 来ていませんけれど……」

鞠莉「そう……」


梨子の言っていたことが正しいなら、間違いなく曜は生徒会室に向かっている。

何か手がかりがないか、視線を生徒会室内に泳がせていると──


千歌「曜ちゃん、探してるの……?」


千歌の方に目が留まる。

千歌ではない。千歌の方──千歌のお弁当のすぐ横に置かれた、みかん柄のハンカチに。

171 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:03:09.32 NOmScrmB0 171/323


鞠莉「千歌、そのハンカチ。落としたんじゃなかったの?」

千歌「ふぇ? なんで鞠莉ちゃんが知ってるの? さっき、生徒会室の前で落としちゃって……」

鞠莉「……!」


梨子は教室に落ちていたと言っていた。でも、千歌は生徒会室の前に落ちていたと言っている。つまり……曜はここに来ていた可能性が高い。

ここまでの情報で、十中八九、悪いことが起きたのを察することが出来た。

恐らく曜は、千歌とダイヤの──何かを見てしまったんだ。


鞠莉「……お昼の時間、邪魔しちゃってごめんね」

ダイヤ「え……あ、はい……」


踵を返して、生徒会室を後にする。


鞠莉「曜を探さないと……」


わたしは曜を探しに校舎内の捜索を始めた。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──……ここにも、居ない」


人の居ない部室を見回して、眉を顰める。

先ほどから、保健室をはじめ、職員室、視聴覚室、家庭科室、音楽室、化学室、ついでに1年、3年の教室、念のため理事長室も再び見てみたが……曜の姿は見当たらなかった。


鞠莉「あとは、図書室……和室とか……?」


図書室はともかく、和室に曜がいるとは思えないけど……。


鞠莉「……一旦、2年生の教室も見てみたほうがいいかしらね」


もしかしたら、戻ってきているかもしれない。そう思い、2年生の教室に足を向けると──


梨子「! 鞠莉ちゃん……!!」


梨子が青い顔をして駆け寄ってくる。


鞠莉「梨子……」

梨子「曜ちゃんがどこにも居ないの……! 教室にも、食堂にも、屋上にも……! お手洗いも覗いてみたけど、どこにも見当たらなくって……!」

鞠莉「……っ」


ここまで学校中を探し回って居ないとなると……校舎内には居ない可能性もある。


梨子「どうしよう……曜ちゃん、もしかしたら、何かの事件に巻き込まれて……!」

鞠莉「梨子、落ち着いて」

梨子「で、でも……!!」


焦る梨子を落ち着かせる最中、ちょうど予鈴が鳴る。

172 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:09:21.19 NOmScrmB0 172/323


梨子「予鈴……」

鞠莉「梨子はこのまま、授業を受けて? 曜はわたしが絶対見つけるから」

梨子「わ、私も手伝う……!」

鞠莉「それだと教室に戻ってきたときに、すれ違いになっちゃうわ。もし、曜が教室に戻ってきたら、わたしに連絡してくれればいいから」

梨子「う、うん……」

鞠莉「後、状況がよくわからないから、無闇に人に言わないでね?」

梨子「え、ど、どうして……?」

鞠莉「もしかしたら、ちょっとデリケートな内容の可能性もあるから……女の子なら、わかるでしょ?」

梨子「! う、うん、わかった」


とりあえず、適当な理由をつけて梨子を説得する。

大騒ぎになって、曜が戻ってきづらくなってしまったら、事態が更に悪化しかねない。

教室に戻ってくるという線には保険で、梨子に居てもらうとして……──ただ、教室には千歌も居る。曜が教室に戻ってくる可能性はかなり低い気はする。

曜が何を見てしまったのかはわからない。もしかしたら、わたしの予想も全然見当違いな可能性もある。だけど……。


鞠莉「……曜が何の理由もなしに、約束をすっぽかすはずない」


それは断言出来た。

山勘かもしれないけど、わたしは曜はもう校舎内に居ないとアタリを付けて、廊下の隅に寄って携帯を取り出す。


鞠莉「……わたし。今すぐ浦女の方まで車を出して」


手早く、足を手配して、校舎外を捜索するために、わたしは昇降口の方へと歩き出した。





    *    *    *





「……は、ぁ……はぁ……」


無我夢中で走って、気付けば──自分の部屋に居た。

眩暈がする。

頭が痛い。

脳が酸素を要求している。

肺が潰れそうだ。

心臓が口から飛び出るんじゃないか。

脚がガクガクと笑っている。

脚だけじゃない、全身の筋肉が悲鳴を上げている。

時間の感覚がよくわからなかったけど、恐らく1時間以上走っていた気がする。

走って──なんで、ここに来た……?

私の手が、棚の引き出しに伸びる。


「…………はぁ…………はぁ……!!」


そして、伸びた手は──引き出しの中にあった、真っ白なヘアピンを、握りこんでいた。



173 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:41:25.02 NOmScrmB0 173/323



    ✨    ✨    ✨





昇降口まで来たところで、曜の下駄箱を確認する。


鞠莉「……靴はある」


合理的に考えるなら、下駄箱に外履きが置いてあるなら、曜は校舎内に居る可能性の方が高そうだけど……。

実のところ、曜の行き先にはなんとなくアタリがついていた。

少し悩んだけど、荷物は教室に置いたままだし、靴だけ持って行くのも変なので、そのままにして昇降口から出る。

そのまま校門から、浦の星女学院を出ると、すでに小原家の車が到着していた。仕事が早くて助かる。

後部座席に乗り込みながら、


鞠莉「……出して」

運転手「かしこまりました」


私は曜を追うために──沼津方面に向かう。





    *    *    *





「…………」


ぼーっと景色を眺める。

今日も海は青かった。

太陽の光を反射して、きらきら光る海。その上を風に煽られながらトンビが飛んでいる。

今日も何も変わらない。何も変わらない、はずなのに……。


 「──やっぱり、『びゅうお』に居た……」


声がした。


「……鞠莉、ちゃん……」

鞠莉「……この時間からふらふらしてたら、補導されちゃうヨ?」

「……ごめん」

鞠莉「……上履きは?」

「……家に置いてきた。……気付いたときにはもう、ボロボロだったけど」

鞠莉「そ……」


鞠莉ちゃんが私の隣に腰を下ろす。そのまま、ゆっくりと私の手を握って、


鞠莉「……何があったの?」


訊ねてくる。

174 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:43:10.98 NOmScrmB0 174/323


「………………キス、してた」

鞠莉「……そっか」

「…………」

鞠莉「……」

「…………わかってた、はずなのに」

鞠莉「……うん」

「…………頭の中、ぐちゃぐちゃになっちゃって……」

鞠莉「……うん」

「……苦しくて……苦しくて……っ……」

鞠莉「……曜──」


鞠莉ちゃんが、名前を呼びながら、私を抱きしめる。


「……っ…………もう、平気だって……思ったのに……ダメだった……っ……」

鞠莉「……うん」

「……私……ぜんぜん、ダメだ…………っ……。……鞠莉ちゃんが……そばにいて、くれたのに……っ……なんにも……かわってない……っ……」

鞠莉「……大丈夫だよ」

「……気持ち、落ち着いたと、思ったのに……っ……二人が、キスしてるの……見た瞬間……っ……」

鞠莉「……」

「……嫉妬で……おかしくなりそうだった……っ……」


黒い感情が胸の中に溢れてきて……。


「……わたし……ダメだよ……っ……」

鞠莉「曜……」


鞠莉ちゃんが、ぎゅーっと私を抱きしめる。


「…………っ……」

鞠莉「……曜。思ってること言っていいよ」

「……………………」

鞠莉「わたししか、いないから」

「………………ちかちゃん……」

鞠莉「……」

「…………ちかちゃん……っ……わたしをみてよ…………っ……」

鞠莉「……」

「……ちかちゃんが……わたしをみてくれるなら……なんでも、するからさぁ……っ……。……ダイヤさんじゃなくて……わたしを……みてよぉ……っ……」

鞠莉「……」

「…………ちかちゃん……っ……」


私は、鞠莉ちゃんの胸の中で、自分でも情けなくなるくらい、ただ千歌ちゃんの名前を呼び続けた。大好きな、届かない想いを、吐き出し続けた……。





    *    *    *



175 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:45:45.61 NOmScrmB0 175/323



「…………」

鞠莉「……もう、平気?」

「…………平気じゃない」

鞠莉「……わかった。じゃあ、もうしばらく、ぎゅってしてるね」

「…………うん」


鞠莉ちゃんがぎゅっとしてくれると、不思議と落ち着いた。

というか、今、鞠莉ちゃんにまで見放されたら、本当におかしくなってしまいそうで、怖かった。

私は鞠莉ちゃんの背中に手を回して、服をぎゅっと掴む。


鞠莉「……大丈夫、どこにもいかないから」

「…………うん」


鞠莉ちゃんはそう言いながら、頭を優しく撫でてくれる。


「…………鞠莉ちゃん」

鞠莉「ん」

「…………千歌ちゃんと……ダイヤさん……恋人同士、なんだね……」

鞠莉「……そうだね」

「………………これからも、二人はどんどん、仲良くなってくんだろうなぁ……」

鞠莉「…………」

「…………受け止め、られるかな……」


頭で想像していたものよりも、現実で目にしたショックが大きくて、本当にこの恋を──この叶わぬ恋を振り切れるのか……自信がなくなっていた。


鞠莉「……だから、わたしがいるんだよ」

「……鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……苦しいことが、あったら、逃げていいよ。そのときは、わたしが絶対見つけるから」

「……うん」

鞠莉「……悲しいことがあったら、わたしがぎゅってするから」

「……うん」

鞠莉「悲しい気持ちが、全部なくなるまで……わたしが傍に居るヨ」

「……うん」

鞠莉「……曜」

「ん……」

鞠莉「……明日、学校来られる?」

「……正直、行きたくない。……でも、行く」


ここで、学校に行かなくなったら、本当に私はダメになっちゃう気がするから……。


鞠莉「そっか……偉いね」

「偉くなんか……ないよ……」

鞠莉「うぅん……偉いよ。曜は偉い……」

「…………」

176 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:48:13.03 NOmScrmB0 176/323


鞠莉ちゃんは、そう言いながら、ずっと私のことを励まし続けてくれた。

この後も、何度か先ほど同様、『もう平気?』と聞かれたけど、私はそのたびに『平気じゃない』と答えると、鞠莉ちゃんは『わかった』と言って、抱きしめてくれた。

結局、私たちが『びゅうお』を去ったのは、真っ赤に燃える海が火種を失って、黒い顔を覗かせた頃になってからだった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「それじゃあね、曜」

「うん……」

鞠莉「……。……やっぱり、わたし泊まって行った方がいい?」

「あ、いや……大丈夫。さっき、いっぱいぎゅってしてもらったから……」

鞠莉「そう? いくら甘えてもいいのよ?」

「えっと……あのね」

鞠莉「?」

「これ以上、鞠莉ちゃんに甘えてると……ホントに離れられなくなっちゃう気がするから……」

鞠莉「そっか、わかった」


わたしは大人しく、曜の考えに頷いた。

本人がいいと言ってるなら、これ以上べったりするのも良くない気がしたから。


「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「ん?」

「ホントに……ありがと」

鞠莉「ふふ……他ならぬ曜のためだもの、気にしないで」

「うん……ありがとう」

鞠莉「それじゃ、明日学校、ちゃんと来てね?」

「うん」


曜が家の中に入っていくのを見届けてから、車を出してもらう。

もろもろの確認のためにスマホを取り出して、


鞠莉「……あ」


梨子からLINEが来ていることに気付く。梨子に報告するのを忘れていた。


 『梨子:曜ちゃん、見つかった・・・?』

 『Mari:見つけたわ。今家に送り届けたところ』


梨子に返信をすると、すぐに返事が来る。


 『梨子:よかった・・・みんな、心配してたよ』

 『Mari:ちょっと、いろいろあってね・・・みんな、何か言ってた?』

 『梨子:何かあったのかとは聞かれたけど、鞠莉ちゃんが一緒にいるって言ったら、みんなそれ以上は追及してこなかったよ』


結局、今日は練習に全く参加できなかった分、皆からもいろいろ訊かれると思っていたから、正直梨子の機転に救われた。

177 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:53:08.86 NOmScrmB0 177/323


 『Mari:ありがとう、助かるわ』

 『梨子:やっぱり・・・内容は聞かない方がいい?』

 『Mari:うん・・・ごめん、そうしてくれると助かるかな』

 『梨子:わかった。もしまた、他のみんなに聞かれたら、ごまかしておくね。曜ちゃんの荷物と靴は放置しておくわけにもいかないと思ったから、一応、私が持ち帰ったよ。明日曜ちゃんに返すね』

 『Mari:なにからなにまで、Thank you. 梨子』


最後に『どういたしまして』とメッセージの添えられたスタンプが送られてきて、会話が終わる。


鞠莉「……ふぅ」


わたしは車の中で一息吐く。

遅かれ早かれこういうことはあると思っていたけど……。


鞠莉「……キスか」


曜はキスしているところを見てしまったと言っていたけど、正直あのダイヤが校内でそんなハレンチなことするとは思えない──もとい、そういう度胸があるとは思えない。

今回に関しては、曜の見間違いか、勘違いだとは思うけど……重要なのはそこじゃない。

二人のそういうスキンシップを見ると、今の曜は傷つく、ということだ。

曜も言っていたけど、二人が恋人としてのスキンシップをしているだろうというのは、Aqoursの全員がわかっていることだ。

結局のところ、最終的に見なければいいとか、そういう問題ではなく、その事実を曜自身が心から受け止められないと、根本的な解決にはならない。

もっともっと時間を必要とすることだ。


鞠莉「……やっぱり、一筋縄で気持ちに整理なんてつかないわよね」


今回の曜の落ち込みようは、今まで見た中でも郡を抜いていたし……しばらく、気を付けて見てあげた方がいいかもしれない。


鞠莉「明日は……迎えに行こうかな」


曜の家は学校とは反対方向だけど……せっかくだから、車を出してもらって迎えに行こう。

一人だともしかしたら、学校に行く勇気が持てない可能性もあるしね……。

わたしは帰りの車の中、車窓を流れる夜の内浦を眺めながら、ずっと曜のことを考え続けていた。





    ✨    ✨    ✨





──9月18日水曜日。


鞠莉「よっと……」


ホテルから出港した船から降りて、辺りを見回す。

本島に着いた今は午前の6時。まだ小原家の車は到着していないようだった。

遅い……と言いたいところだけど、昨日は重要なタイミングで全速力で駆けつけてくれたわけだし、大目に見よう。

車を探す最中、ふと接岸してある一艇の水上スキーが目に留まる。

この水上バイクには見覚えがあった。


鞠莉「これ、果南の……?」

178 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/07 23:56:48.29 NOmScrmB0 178/323


確かに、果南は朝早くから、ダイビングショップの準備をしているから、水上バイクに乗っているのはおかしくないけど……。なんで本島に停めてあるのかしら?

ここに水上バイクがあるということは、恐らく近くにいるはずと思い、キョロキョロと周囲を探してみると、


鞠莉「……あ、いた」


近くに見覚えのある、紺碧のポニーテールを見つける。


鞠莉「かなーん!」


手を振りながら、果南に声を掛けると、


果南「? 鞠莉?」


果南が振り返る。そして、それと同時に果南の影に隠れていた、もう一つの人影に気付く。


花丸「ずら?」

鞠莉「花丸?」


こんな早朝から何してるのかしら……?

珍しい組み合わせだし……。


果南「鞠莉、おはよ」

花丸「鞠莉ちゃん、おはようずら~」

鞠莉「Good morning. 二人とも」

果南「どうしたの? こんな朝早くから」

鞠莉「それはこっちのセリフよ? こんな朝早くから、花丸と二人なんて珍しいわね。何かあったの?」

果南「ん……あー……えっとね」


果南が眉を顰める。


鞠莉「? 言いづらいこと? Assignation──逢引?」

果南「違う」

花丸「実は、果南ちゃんに御祓いのお願いをされて……」

鞠莉「……オハライ?」


今度は私が眉を顰める番だった。朝から何をやってるんだろう。


花丸「実はね、果南ちゃん、朝の仕事をしてるときに、流されてる船を見つけたらしくって」

鞠莉「船?」

果南「あ、船って言っても、そこらへんにある普通の小船じゃないよ? 木で出来たちっちゃな船の形をしたものなんだけど」

鞠莉「……?」


それって、曜の家にあったような木造の模型みたいなものかしら……?

179 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:01:03.68 WJ3m1kFK0 179/323


花丸「実はね、昔っから、この辺には、その木の船を使ったお蠱いがあるんだよね」

鞠莉「そうなの……? 聞いたことないけど」

果南「この辺って言っても、ここよりももうちょっと大瀬の方にある話なんだけどね……。まあ、その……ちょっと縁起の悪いやつなんだよね」

鞠莉「Hm...?」

花丸「……ざっくり言うと、嫌いな人を消す呪いみたいなやつなんだよね」

鞠莉「Curseデスか……。確かにそれは穏やかじゃないわね」


しかも、嫌いな人を消すだなんて……。


果南「……まあ、昔からある話だから、稀に見ることはあったんだけどね。ほとんどはただの悪戯なんだろうけど……」

花丸「狐狗狸さんみたいに、興味本位って言うのはありそうだよね」

鞠莉「それを今日たまたま見つけたってこと?」

果南「うん。仕事してたら、沖の方に流れてきててさ……」


なるほど。……とは言うものの、


鞠莉「木の船が流れてるだけで呪いって言うのは……ちょっと極端じゃない?」


さすがにそれだけで呪い断定は、早計な気がする。

すると、花丸が、


花丸「あ、えっとね……ただ、船を流すだけじゃなくて、上に魚を乗せて流すんだよ」


と、補足をする。


鞠莉「Fish?」

果南「そ。その魚に、居なくなって欲しい人の身に付けていた小物とかを飲み込ませて流すんだよ」

鞠莉「……急に悪趣味な話になってきたわね」


再び眉を顰めてしまう。確かにそれは呪いっぽい手順かもしれない。


花丸「それで、マルが呼ばれて、その木の船と魚を、じいちゃんに引き渡したところだったんだよ」

鞠莉「花丸の家って、そういうこともやってるんだ?」

花丸「本来は神道系の儀式らしいから、仏教のお寺では管轄外なんだけど……御祓いくらいは、別にお寺でも頼まれれば普通にするからね。たぶん、このあと、お焚き上げすることになると思うずら」

果南「まあ……たぶん、そこまでしなくても何もないとは思うけど……気味悪くてさ」

鞠莉「あー……果南、そういうの苦手だもんね」

果南「……/// 別にそういうわけじゃないし……/// 不吉だなってだけ」

鞠莉「素直に怖がれば、可愛げもあるのに」

果南「うるさいな……余計なお世話だよ」


果南が苦い顔をする。

180 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:10:43.36 WJ3m1kFK0 180/323


花丸「まあ、何もないと思うのはマルも同意見だけど」

鞠莉「そうなの?」

花丸「うん。聞いてた方法と細かい手順が違ったし」

鞠莉「? どういうこと?」

果南「本来、船に乗せる魚は、『神池』っていう特別な池で捕まえてきた淡水魚なんだよ。でも、私が今日見つけたのに乗ってたのは鯖だったんだよね」

鞠莉「サバ……。……呪いをやった人は、随分適当なのね」

果南「あはは……それには同意かな。そんなにじっくり見たわけじゃないけど、木の船も、かなり造りが雑だったし……だから、やっぱり悪戯かなって」

花丸「魚を乗せて流すくらいの断片的な情報しか知らなかったのかもね。それか時間がなかったか。『神池』はここからじゃ遠いし。どっちにしろ、趣味が悪いことには変わりないけど」

鞠莉「ふーん……」


まあ、人を呪いたいなんて思う人の気持ちなんて、別に知りたいとも思わないから、なんでもいいんだけど。


果南「ところで、鞠莉」

鞠莉「What?」

果南「あれ、鞠莉の家の車じゃない?」

鞠莉「え?」


果南が指差した方を見ると、小原家の車が到着して、わたしを待っているところだった。


鞠莉「いけない……忘れてた。二人とも、後でね」

果南「うん、また学校で」

花丸「ばいばーい」


二人と別れて、わたしは車に乗り込む。


運転手「おはようございます。鞠莉お嬢様」

鞠莉「Good morning. 待たせて、ごめんなさい。曜の家まで、お願い」

運転手「かしこまりました」


呪いなんかより、今は曜の下へ行くことの方が大事だ。

わたしは、運転手を促して、早朝の内浦を走り出すのだった。





    *    *    *





「……ママ、おはよう」

曜ママ「おはよう。早く朝ごはん食べちゃってね」

「はぁい……」


ママがパタパタと忙しなく朝の支度をしている中、私は非常に憂鬱だった。

学校……行きたくないな。

千歌ちゃんと、どんな顔して会えばいいんだろうか……。

でも、鞠莉ちゃんと約束したし……ちゃんと行かなきゃ。

あんなことの直後で夢見は最悪だったし──相変わらず内容は思い出せない──食欲はないけど、頑張って食べよう……。

ご飯と味噌汁を胃袋に詰め込む作業をしていると──ピンポーンと音が鳴る。

181 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:24:09.04 WJ3m1kFK0 181/323


曜ママ「あら? 朝からお客さん……」


ママが玄関の方に小走りに向かっていく。朝から誰だろう。

──数分後、リビングに戻ってきたママの隣には、


鞠莉「チャオ~♪」

「ま、鞠莉ちゃん!?」


鞠莉ちゃんの姿。


曜ママ「鞠莉ちゃんも朝ごはん食べていく?」

鞠莉「いえ、朝食は取って来たので、大丈夫です」

「え、鞠莉ちゃん、どうしたの……?」

鞠莉「んー? 曜を迎えに来たの♪」

「迎えって……家、逆の方向だし……」

鞠莉「だって、曜に会いたかったんだもん♪」

「鞠莉ちゃん……」

曜ママ「あらあら、二人とも仲良しさんね♪」

「ちょっと待ってて! 朝ごはんすぐ食べちゃうから!」

鞠莉「ふふ……まだ時間あるからゆっくりで大丈夫よ」


そうは言うものの、待たせるのも申し訳ないので、私はご飯をかき込むのだった。





    *    *    *





鞠莉「学校まで、お願いね」

運転手「かしこまりました」


鞠莉ちゃんが運転手さんにお願いすると、車は朝の沼津市内を浦の星女学院に向かって走り出す。

私はというと、鞠莉ちゃんの隣に座ったまま、鞠莉ちゃんと手を繋いでいた。


鞠莉「ふふ♪」


鞠莉ちゃんが突然笑う。


「な、なに……?」

鞠莉「うぅん、昨日から曜が素直に甘えてくれて嬉しいなって思って♪」

「ん……///」


面と向かってそう言われるのは恥ずかしいから、ぷいっと顔を背けて、景色に目を向ける。

でも、手は繋いだまま。


鞠莉「ふふ……」


千歌ちゃんと顔を合わせるのは、不安だけど……鞠莉ちゃんの顔を見たら、少しだけ勇気が貰えた気がする。

今日も……頑張ろう。

182 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:25:14.02 WJ3m1kFK0 182/323





    *    *    *





──浦の星女学院、昇降口。


鞠莉「荷物と靴は梨子が後で持ってきてくれるみたいだから」

「うん」


今日は通学に使う革靴がなかったから、運動靴で登校してきた。

これは、袋にでも入れておこうかな……。


鞠莉「ああ、あと……」

「?」


鞠莉ちゃんから何かが入った袋を手渡される。

中を覗いてみると──新品の上履きが入っていた。


「え」

鞠莉「ボロボロな上履きじゃイヤでしょ? 新しいの用意したから」

「え、いや、でも……お、お金払うね」

鞠莉「別にいいよ。あげるから」

「で、でも……」

鞠莉「じゃあ、マリーからのプレゼントってことじゃダメ? ちょっと色気のないプレゼントだけど……」

「鞠莉ちゃん……。……ありがとう」


確かに実際問題、ボロボロの上履きで校内を歩いていたら変に目立つだろうし、有り難く頂戴することにした。

早速履かせてもらう。


鞠莉「サイズ、平気?」

「うん、ぴったり」

鞠莉「そっか、ならよかった」


新品の上履きを履いて、教室に向かって歩き出そうとする私の背中を鞠莉ちゃんが──ポンと、叩く。


鞠莉「お昼に、理事長室で待ってるから、いってらっしゃい」

「……! ……うん、いってきます」


息を整え、鞠莉ちゃんからの激励を胸に、私は教室へ歩き出した。





    *    *    *





教室に着くと──


梨子「! 曜ちゃん……!」

183 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:26:36.52 WJ3m1kFK0 183/323


梨子ちゃんが駆け寄ってきた。


「梨子ちゃん、おはよう」

梨子「おはよう……大丈夫?」

「うん」

梨子「これ……荷物」


梨子ちゃんから自分のバッグと袋に入った革靴を受け取る。


「ありがとう。面倒掛けちゃって、ごめんね」

梨子「うぅん……何があったのかはわからないけど……無理しないでね?」

「うん、ありがとう、梨子ちゃん」


踏み込んで来ないでくれる梨子ちゃんの優しさが身に沁みる。

梨子ちゃんに感謝しながらも、改めて教室の中に視線を配らせてみると──


千歌「…………」


千歌ちゃんがこちらをちらちらと気にしていた。

千歌ちゃんの姿を見た瞬間──昨日の生徒会室での光景がフラッシュバックして、


「──……っ……」


胸が軋む。

でも……ケンカしているわけでもないのに、千歌ちゃんを避けるわけにもいかない。

小さく深呼吸して、千歌ちゃんの隣の席──即ち、自分の席へと歩き出す。


「ち、千歌ちゃん……おはよう」

千歌「曜ちゃん……。……おはよう、体調大丈夫……?」

「う、うん……」


千歌ちゃんの顔が直視できない。


千歌「曜ちゃん……?」


ああ、ダメだ……やっぱり、私──


梨子「千歌ちゃん、曜ちゃん本調子じゃないみたいだから……」

千歌「あ……それもそうだよね、ごめん」

「いや……こっちこそ、ごめんね」


そのまま、千歌ちゃんと目を合わせずに、私は机に突っ伏した。


千歌「…………」


千歌ちゃん……今、私のこと心配してる。

それはわかった。でも──そんな今でも、千歌ちゃんの心の中心には、ダイヤさんが居る気がして、胸の痛みが、止まらなかった。



184 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:35:47.33 WJ3m1kFK0 184/323



    *    *    *





──お昼休み。

私は教室から逃げるようにして、理事長室に直行していた。

──コンコン。理事長室の扉をノックするが、反応がない。

ノブに手を掛けてみると……。


「……鍵閉まってる」


どうやら、早く来すぎたようだった。


鞠莉「──……曜? もう来てたんだ」

「!」


待ち人来たり。振り返ると、鞠莉ちゃんの姿。


「鞠莉ちゃん……」


鞠莉ちゃんの姿を見ると、不思議と安心する。


鞠莉「ふふ……早く一緒にご飯食べましょうか」

「うん……!」





    ✨    ✨    ✨





──お昼の時間が終わり、わたしは曜と別れて、教室へと戻ってきた。


鞠莉「…………」


昼休みの時間いっぱい、曜は理事長室に居た。

曜……よほど、千歌と顔が合わせ辛いのね……。

無理もない。

今は少しでも、わたしが曜の近くに居てあげないと……。


 「──りさん、鞠莉さん?」


わたしはある種の義務感さえ感じていた。曜に頼られていることが嬉しかったというのもあるけど……。

今は、わたしの隣が曜の居場所だから──


ダイヤ「鞠莉さんっ!!」

鞠莉「!?」


急にすぐそこで大声がして、びっくりして顔をあげる──声の主はダイヤだった。

185 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:37:22.63 WJ3m1kFK0 185/323


鞠莉「な、なんだ……ダイヤか……」

ダイヤ「なんだとはご挨拶ですわね……。……これ、先ほど、教諭の方から、預かりましたの」

鞠莉「ん……?」


ダイヤから手渡された書類が入っている封筒を受け取る。


ダイヤ「きっと、重要書類だと思いますわ。ちゃんと届けましたからね?」

鞠莉「あ、うん。Thank you. ダイヤ」


書類なら、理事長室に届けてくれれば、そのうち読むのに……。

あ、でも……今は、理事長室は曜との空間だから、邪魔しないでくれたなら、それはそれでいっか。


ダイヤ「……鞠莉さん」

鞠莉「……?」

ダイヤ「貴方……大丈夫ですか……?」

鞠莉「What...? 何が?」

ダイヤ「いえ……少し、ぼんやりしていたので」

鞠莉「え……そうかな」

ダイヤ「……気のせいなら、いいのですけれど。しっかりしてくださいませね。貴方はこの学校の理事長なのですから」

鞠莉「もう、ダイヤったら心配性なんだから♪ マリーはこのとおり、元気全開よ?」

ダイヤ「……それなら、構いませんわ」


ダイヤは肩を竦めて、自分の席へと戻っていった。

その様子を見ていた、果南が、


果南「……? 鞠莉、またなんかやったの?」


失礼な質問を投げかけてくる。


鞠莉「なんで、わたしが何かした前提なの……?」


わたしは思わず難しい顔になってしまう。


鞠莉「いつものダイヤのシンパイショーが発動しただけデース」

果南「ふーん……まあ、理事長の仕事について少しでもわかるのって、生徒の中じゃダイヤくらいだもんね」

鞠莉「それについても、わたしはちゃんとやってるから大丈夫なんだけどなー」


それに今は曜のことの方が大事だ。

理事長も大事だけど、今は曜の傍に居てあげたい。わたしはただ、そんなことを考えていた。





    ✨    ✨    ✨





千歌「──それじゃ、明日の梨子ちゃんのお誕生日会についての会議を始めます!!」

186 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:39:22.35 WJ3m1kFK0 186/323


チカッチがホワイトボードを叩きながら、会議を始める。

──今は放課後、スクールアイドル部の部室だ。

明日の9月19日は梨子の誕生日だから、今日はお祝いの準備をしようということになっていた。

ちなみに、この場での欠席者は梨子とダイヤ。

チカッチ曰く──『梨子ちゃんにはうまいこと話つけて、今日の部活はないって言っておいた!』──とのことだけど、十中八九、梨子が察してくれたってだけな気はする。

一方でダイヤは、仕事がまだ片付いてないとのことだった。

メンバーの誕生日のお祝いよりも大事な仕事デースか……。

相変わらずの生真面目さにやれやれと思ってしまう部分もあるけど、それもまたダイヤだ。

そして、何より──


「……ん? 何?」

鞠莉「ふふ……うぅん、なんでもないよ」


すぐ隣の席に腰掛けている曜のことを考えると、ダイヤには悪いけど、今は安心かもしれない。なんて思ってしまう。

まあ、せめて、気持ちが落ち着くまでは……ね。

昨日の今日では、曜もしんどいだろうし……。

思わず、机の下で、曜の手を握ってしまう。


「!」


曜は少しびくっと肩を竦ませたけど、


「……」


そのまま、控えめにわたしの手を握り返してくれた。


善子「……そこのリア充たち、聴いてる?」


千歌同様、ホワイトボードの前で計画担当をしている善子が、睨んでくる。


鞠莉「聴いてマース♪ ほら、早く続けて続けて♪」

善子「……はぁ。まあ、やることやってくれれば、別にいいけど……それじゃ、買出し斑は千歌と花丸と果南。飾り付け斑は私と曜と鞠莉ね。ダイヤはどうしようかしら……」

千歌「ダイヤさんは買出し斑がいいです!」

善子「うっさい、バカップルのバカ担当」

千歌「え、酷い!」

花丸「……そうなると、ダイヤさんはプル担当なのかな」

果南「プル担当……? まあ、それはともかく後から来て、買出し組を追いかけるのは効率悪いでしょ。ダイヤは飾り付けに入ってもらったほうがいいよ」

千歌「ちぇ~……いいもんいいもーん」


そんな中、隅っこの方に居た一人が、おずおずと手をあげた。


ルビィ「あ、あのぉ~……ルビィの担当は……」

果南「……?」

千歌「……?」


果南と千歌が、不思議そうな顔をした。

187 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:40:24.23 WJ3m1kFK0 187/323


善子「……? ……あ、えっと……そうね」

花丸「ルビィちゃんは飾り付けでいいんじゃないかな。ルビィちゃんはそういう作業、得意だし」

善子「ルビィ……。……そ、そうね。ルビィは飾り付け担当で」

「……?」


何故か急に歯切れが悪くなった、善子を見て、曜が首を傾げる。


鞠莉「曜?」

「……あ、いや……なんでもない……?」


曜は曜で、不思議そうな顔をしていた。

恐らく、みんなのルビィちゃん? の扱いがよそよそしいことが気になったんだと思う。

でも、仕方ない。だって、マルが連れてきたお友達なんだし。


鞠莉「それじゃ、みんな作業を──」


始めようと言い掛けた、そのとき──


ダイヤ「──鞠莉さんっ!!!」

鞠莉「!?」


部室の引き戸を勢いよく開けながら、ダイヤが入ってきた。


千歌「ダイヤさん……?」

ダイヤ「はぁ、はぁ……!! 鞠莉さん、貴方何をしてるのですか!?」

鞠莉「え……何って……」


息を切らせながら、わたしの方に近寄ってくる。


ダイヤ「いいから、早く来なさい!!」

鞠莉「え……?」


ダイヤはそのまま乱暴にわたしの腕を掴んで、部室から引っ張っていく。


「鞠莉ちゃん……?」


そのとき、曜と繋いでいた手が離れて──彼女の不安そうな顔が目に入る。


鞠莉「ダイヤ……! 引っ張らないで!!」

ダイヤ「いいから来なさいっ!!!」

鞠莉「……!!」


普段の怒っている雰囲気とは明らかに違う。これは長年の付き合いから来る勘だけど──憤怒というより、叱責のニュアンスが感じられた。


鞠莉「わ、わかった……」


わたしは大人しく、ダイヤと共に部室を出ることにした。


「……」


──曜……ちょっとの間、離れるね。ごめんね。


188 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:42:07.79 WJ3m1kFK0 188/323




    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「鞠莉さん、貴方本気で忘れていますのね!?」

鞠莉「え……?」

ダイヤ「……ぼーっとしていると思った時点で、もっとしっかり確認するべきでしたわ」

鞠莉「忘れてるって……なに、が……」


──サーっと血の気が引いていく。今日って……。


ダイヤ「……やっと思い出しましたわね」

鞠莉「……理事会議事……」


完全に失念していた。

理事長としての仕事を放り出してしまっていた。


ダイヤ「いつまで経っても理事長が来ないと、わたくしのところに話が来て……案の定、部室でのんきに部活をしていましたのね」

鞠莉「……ごめん」

ダイヤ「全校にアナウンスしなかったのは、先方が貴方のメンツを気遣ってくれたからのようですけれど……。……曜さんに御執心なのは結構ですが、自分の責を忘れるのはどうかと思いますわよ」

鞠莉「……」


返す言葉がなかった。

ダイヤの言うとおり、曜の傍に居ることで頭がいっぱいだった。

ただダイヤは、わたしが余りに真っ青な顔で俯いていたせいか、


ダイヤ「…………まあ、しかし。失敗は誰にでもありますわ。しっかり、謝罪をすれば、そこまで極端に責められるようなことでもないでしょう」


フォローをしてくれる。


ダイヤ「わたくしも一緒に謝罪しますので──」

鞠莉「……いい」

ダイヤ「……ですが」

鞠莉「……これは、わたしのミスだから。一人でちゃんと、頭下げて、議事に参加してくる」

ダイヤ「……そうですか」

鞠莉「……教えてくれて、ありがとう。ダイヤ」

ダイヤ「いえ……。……わたくしも、少し言い過ぎましたわ。議事頑張ってください」

鞠莉「うん……行って来る」


わたしは、自分のミスに後悔しながらも、理事会議事を行っている、会議室へと、一人急ぐのだった。





    *    *    *



189 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:43:27.94 WJ3m1kFK0 189/323



ルビィ「……よいしょ……んー!!」

「あ、ルビィちゃん、そこ代わるよ」

ルビィ「あ、ごめんね……曜ちゃん。ルビィ、背が低くて……」

「あはは、これくらい謝るようなことじゃないって」


ルビィちゃんの代わりに、高いところの飾りをつける。


「これでよし」

ルビィ「ありがと、曜ちゃん」


着々と飾り付けは進んでいる。

そんな中ルビィちゃんが、


ルビィ「ねぇ……曜ちゃん」


耳打ちをしてくる。


「何?」

ルビィ「……ルビィ、なんかしちゃったのかな……」

「……ん」


言われてルビィちゃんの視線の先を見ると、


善子「……」


善子ちゃんが私たちの視線に気付いて目を逸らす。


「確かに……なんか、皆、変だよね」

ルビィ「うん……。曜ちゃんと花丸ちゃん以外、なんかよそよそしいというか……」


なんでだろうか。

もしかして、梨子ちゃんの誕生日の二日後にはルビィちゃんの誕生日があるから、そのためのサプライズの準備とか……?

でも、ならなんで私はそれを知らないんだろう……。

……こういうときは、ストレートに訊いちゃう方が早い。


「ちょっと、善子ちゃんに直接訊いてくるよ」

ルビィ「え、ええ!? で、でも……」

「何かあったんだとしたら、早めに解決しておきたいでしょ?」

ルビィ「ぅゅ……わ、わかった……」


人のことだったら、訊きにいけちゃうのになぁ……。

これが自分のことだったら、絶対こうはいかないのがもどかしい。

190 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:45:25.44 WJ3m1kFK0 190/323


「──善子ちゃん」

善子「……何? あと、ヨハネ」

「ルビィちゃんと何かあったの?」

善子「何かって……? 何もないわよ。ありようがないじゃない」

「いやでも、よそよそしいなって……ルビィちゃん気にしてたよ?」

善子「……むしろ、アンタがすごいのよ」

「……? どういうこと?」

善子「言葉通りの意味よ……これだから、コミュ強は……」

「……? なんかよくわかんないけど、何もないならちゃんと仲良くするんだよ? 同じ一年生なんだから」

善子「……わかったわよ。善処する」


なんだか、歯切れが悪いことには変わりないけど、何か不満があるわけではなさそうだ。

それをルビィちゃんに伝えると、


ルビィ「そっか……よかったぁ」


ルビィちゃんは心底安堵したような息を吐いた。

──ただ、この後も、準備を黙々と進めている中、何故か善子ちゃんは、ルビィちゃんには全然近付こうとしなかったのだった。





    *    *    *





「こんなもんかな……」

善子「そうね……それじゃ、帰るわね」


善子ちゃんが手早く荷物をまとめて、出て行こうとする。


「え、善子ちゃん、もう帰るの?」

善子「……これ以上やることもないし。あと、ヨハネだからね?」

「いやまあ……別にいいけど」

善子「何? 一緒に帰りたいの? それなら、考えてあげなくもないけど」

「私は鞠莉ちゃん待つから」

善子「……聞いて損した。ごちそうさま。それじゃ、また明日ね」


善子ちゃんは肩を竦めて、部室から出て行ってしまった。


ルビィ「ぅゅ……やっぱり、ルビィ、何かしちゃったのかな……」

「うーん……」


確かに方向は同じなんだから、ルビィちゃんと一緒に帰ってもいいものなのに。

ただ、本人が何もないと言ってる以上なんとも……。

なんて、考えていたら、


 「──あら……もう善子さんは帰ってしまわれたのですわね?」


急に出入り口の方から声を掛けられて、びくっとする。

191 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:46:45.04 WJ3m1kFK0 191/323


「ダ、ダイヤさん……」

ルビィ「お姉ちゃん……」

ダイヤ「ごめんなさい、準備のお手伝い、ほとんど出来なくて……」

ルビィ「うぅん……生徒会の仕事があったんでしょ? 仕方ないよ」

ダイヤ「ルビィ……ありがとう」

ルビィ「もうお仕事終わったなら、一緒に帰ろ……?」

ダイヤ「ええ、そうですわね。曜さんはどうしますの?」

「あ、えっと……鞠莉ちゃんを待とうかなって」

ダイヤ「……そうですか」


ダイヤさんは少し思案顔をしてから、


ダイヤ「──鞠莉さんのこと、お願いしますわね」


そんな意味深なことを言う。


「え?」

ダイヤ「それでは、帰りましょうか。ルビィ、いきますわよ」

ルビィ「あ、うん。ばいばい、曜ちゃん」

「う、うん……また明日」


去っていく二人を見送る。


「……お願いしますって、どういうことだろう」





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「…………」


重い足取りで部室を目指しながら、先ほどまでのことを反芻する。

今日の議事は酷いものだった。

まず入って早々、『理事長、重役出勤ですね』と、わたしをあまりよく思ってないであろう役員に、きつい皮肉を浴びせられて、頭を下げた。

しかし、これは仕方ない。議事を忘れていたのは、わたしだ。

だけど、今日の議事中、何かと揚げ足を取られることが多かった。

──『学業と理事長の両立は大変でしょう』とか『煌びやかな部活を行うのも結構ですが、ちゃんと理事長としての仕事に集中出来てますか?』とか……。


鞠莉「……はぁ」


でも、隙を見せてしまった自分が悪い。

もともと特殊な立場なんだし、一層注意を払うべきだった。


鞠莉「……曜の前ではしっかりしないと」

192 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:48:00.41 WJ3m1kFK0 192/323


部室が近くなってきたところで、切り替える。

今は曜に気を遣わせるときではない。

──部室を窓から覗くと、中で曜が一人で待っているところだった。

……わたしのこと待っててくれたのかな。


鞠莉「──曜、お疲れ様」

「あ、鞠莉ちゃん!」

鞠莉「ごめんね、待っててくれたの?」

「うん」

鞠莉「そっか……」

「鞠莉ちゃん、結局なにがあったの?」

鞠莉「んー? まあ、ちょっと急ぎの仕事が入っちゃって」


嘘だけどね……。議事があるのは、もともと決まってたことだし。


「そうなんだ」

鞠莉「でも、もう終わったから」

「……ねぇ、鞠莉ちゃん」

鞠莉「ん?」

「今日……泊まりに行っていい?」

鞠莉「! もちろん、曜ならいつでも大歓迎だヨ!」

「じゃあ、先に校門で待ってるね! ママに連絡しないといけないから!」


そう言いながら、曜は部室を飛び出していった。

それにしても、急にお泊りの提案をされたのは、正直驚いた。

それくらい曜は今、不安なのかもしれない。


鞠莉「わたしが、しっかりしないと……」


車の手配の連絡を入れながら、わたしも曜の後を追って、校門へと向かうのだった。





    ✨    ✨    ✨





──ホテルオハラ。


「やっぱりこのソファー、最高……」

鞠莉「ふふ……また寝ちゃうわよ?」

「鞠莉ちゃんも隣来て?」

鞠莉「ふふ、わかった♪」


もう、曜ったら、実は膝枕して欲しかったのかしらね?

なんだか、笑ってしまう。

言われたとおり、隣に腰を下ろすと──

193 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:49:28.28 WJ3m1kFK0 193/323


「……鞠莉ちゃん」


曜に抱きしめられた。


鞠莉「え……」

「……」

鞠莉「よ、曜……? 急にどうしたの?」

「……嫌なこと、あったんだよね」

鞠莉「え」

「……理事長のお仕事で何かあったの?」

鞠莉「ち、ちょっと待って……わたしはいつも通り──」

「いつも通りじゃないよ」

鞠莉「……!」

「鞠莉ちゃんのこと……ずっと、見てたもん……わかるよ」

鞠莉「……いや……その……」

「言いたくないなら、言わなくていい」

鞠莉「…………」

「でも……鞠莉ちゃんが辛そうにしてるのは放っておけないよ」

鞠莉「……」

「だって……鞠莉ちゃんも、私が辛いときにぎゅって……してくれたもん……」

鞠莉「……っ」


より強く、曜がわたしを抱きしめるからか、何故だか、急に、

涙が溢れてきた。


鞠莉「…………っ……」

「鞠莉ちゃん……いつも、一人で背負って、戦ってるんだよね……私たちのために、ありがとね……」

鞠莉「……わ、わたし、は……っ……」

「ありがとう……鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……ちがうの……っ……わたし、失敗……しちゃって……っ……」

「……うん」

鞠莉「…………隙、見せちゃいけない……って、わかってたのに……っ……わたし、しっかり出来なきゃダメって……わかってたのに……っ……」

「……いろいろ言われちゃった……?」

鞠莉「……ぅ……っ……ぐす……っ……。……じぶんの、せい……だけど……っ……スクールアイドル……なんかに、かまけてるから……って……いわれ、て……っ……。……わ、わたし……くやしくて……くやしくて……っ……!」

「……うん」

鞠莉「……スクール、アイドル……っ……すごいのに……っ……! ばかにされて……っ……でも、いいかえせなくて……っ……!」

「……うん」

鞠莉「……くだらなくなんか……ないのに……、くだらなくなんか……ないのにっ……! ……ぅ、ぐす……っ……」


うまく言葉がまとまらない。

涙と一緒に、ただ悔しかったという気持ちが言葉と一緒に溢れ出してくる。

でも、曜は──


「……うん……。悔しいよね……」

194 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:51:25.27 WJ3m1kFK0 194/323


わたしが泣き止むまで、ただ、頷いて話を訊き続けてくれたのだった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「……はぁ……」

「落ち着いた?」

鞠莉「……泣きすぎて、疲れた」

「あはは……かもね」


気付けば、もうすっかり日も暮れてしまっていた。


鞠莉「……曜」

「ん?」

鞠莉「……最初から、こうするつもりで、泊まりたいとか言ったでしょ」

「……ばれた?」

鞠莉「……ばか」


曜の胸に顔を埋める。


「だって……放っておけなかったし……嫌だった?」

鞠莉「……うぅん……言えてちょっとすっきりした……」

「そっか、ならよかった……」

鞠莉「……悔しい」

「……そうだよね、いろいろ言われて──」

鞠莉「そっちじゃなくて……」

「え?」

鞠莉「わたしが曜を慰めるつもりだったのに、逆に慰められちゃって悔しいの……っ!」

「ええ……」

鞠莉「……ごめん。曜も辛いのに……」

「うぅん、だから……かな」

鞠莉「……だから……?」

「苦しいとき……悲しいときに……誰かが傍に居てくれることが、どれだけ嬉しいか……教えてくれたのは、鞠莉ちゃんだから……」

鞠莉「曜……」

「だから、私が悲しいときは、鞠莉ちゃんに傍に居て欲しいし……鞠莉ちゃんが悲しいときには、私が傍に居てあげたい」

鞠莉「……///」


まるでプロポーズみたいだ。聞いているうちに、なんだか、だんだん恥ずかしくなってきたので、


「わぷっ……!?///」


仕返しに曜を無理矢理、自分の胸元に抱き寄せる。

195 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:52:56.50 WJ3m1kFK0 195/323


鞠莉「今度は曜が抱きしめられる番なんだから……」

「ご、強引すぎでしょ!?///」

鞠莉「……抱きしめられるより、抱きしめる方がしっくりくるのよ!」

「ま、鞠莉ちゃん、苦しいってー!///」

鞠莉「曜」

「な、なに!?///」

鞠莉「......Thank you.」

「! ……うん」


いろんなことを、気負いすぎていたのかもしれない。

曜とは──支えて支えられて、そういう関係を築いていけるなら、悪くないなと、そんなことを思ったのだった。





    ✨    ✨    ✨





──あの後、一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、あっという間に就寝の時間。

ベッドに入ったら、曜はすぐに寝入ってしまった。

今日は、朝から気を張っていただろうし……更に、わたしのことも考えてくれていたから、疲れたんだと思う。


「…………すぅ……すぅ……」

鞠莉「曜……寝ちゃった……?」

「………………ん、ぅ………………すぅ……すぅ……」

鞠莉「…………」


暗闇の中で、じーっと……曜の顔を見る。

穏やかな寝顔だった。

なんだか、見ているだけで温かい気持ちでいっぱいだった。幸せだ。

支えて、支えられて、曜とそんな関係になりたい。心の底から、わたしはそう思っていた。

もう、自分の気持ちに嘘は吐けない。わたし──


鞠莉「曜のことが……好き」

「…………すぅ…………すぅ……」


我ながら、困ったことを、と思ってしまうけど、もう自分を誤魔化しきれないくらいに、好きになってしまった。

今日の出来事が決め手だった。一番近くで、ここまでわたしを想って抱きしめてくれる人を好きになるなという方が無理がある。


鞠莉「……Guiltyなんだから」

「…………んぅ……………………すぅ…………すぅ……」


だから、わたしは胸の内で新たな決意をする。

──曜を振り向かせる。

千歌のことなんて、忘れちゃうくらい、曜を夢中にさせてみせる。


鞠莉「......Be prepared.(……覚悟しておいてよね)」

「………………すぅ…………すぅ……」

196 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:54:58.77 WJ3m1kFK0 196/323


一人、目の前に愛しい人に宣戦布告をして、わたしも明日に備えて眠るために、目を瞑るのだった。





    *    *    *





千歌「梨子ちゃん、誕生日おめでとう~っ!」
果南「梨子ちゃん、誕生日おめでとう!」
ダイヤ「梨子さん、誕生日おめでとうございます」
「梨子ちゃん、誕生日おめでとう!」
善子「リリー、誕生日おめでとう」
花丸「梨子ちゃん、誕生日おめでとうずら~」
鞠莉「梨子、Happy birthday!!」
ルビィ「梨子ちゃん、誕生日おめでとうっ!」

梨子「皆……ありがとう!」


9月19日木曜日。放課後、梨子ちゃんの誕生日パーティが始まった。

皆でケーキを切り分けて、雑談しながら楽しくパーティは進行する。


千歌「そういえば、昨日聖良さんから連絡があったんだよね」

ダイヤ「本当ですか?」

千歌「今週も週末は三連休でしょ? そのタイミングで東京に行く予定らしいんだけど、土曜に沼津の方にも来てくれるみたい」

果南「へー、じゃあ土曜はSaint Snowと合同練習かな? 専用メニュー作っておかないと」

梨子「……専用メニュー?」

果南「ほら、聖良も理亞も体力あるし、ランニング20kmくらいは──」

善子「そんなに走ったら堕天しちゃうじゃないっ!?」

鞠莉「善子はもともと堕天使なんだし、堕天しても大丈夫なんじゃないの?」

善子「は……! た、確かに……」

梨子「そこ、納得しちゃうんだ……」


皆、口々に雑談をしているように見えるけど……。

少しだけ、妙な違和感があった。


ルビィ「──あ、あの……えっと……ルビィ……だけ、フォークもらってない……」

花丸「あれ、ホントずら!? フォーク配ってたの善子ちゃんだよね!? せっかくダイヤさんがケーキを切り分けてくれたのに、これじゃ食べられないよ!! 酷いずら!!」

善子「え?」

ルビィ「う、うぅん、大丈夫だよ花丸ちゃん……ルビィ、影が薄いから……えへへ」

花丸「ルビィちゃん、優しすぎだよ……もう、善子ちゃん! 反省してよね!」

善子「はぁ……なんか、ごめん……?」

「…………」


何か、ここ数日、メンバーのルビィちゃんへの反応が変な気がする。


ダイヤ「ああもう、ルビィ……! 口の周りにクリームが付いていますわ……!」

ルビィ「え、どこ?」

ダイヤ「もう、拭いてあげますから……」

「……」


でも、花丸ちゃんとダイヤさんはいつも通り……かな?

197 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:56:05.88 WJ3m1kFK0 197/323


「ねぇ、鞠莉ちゃん……」

鞠莉「ん?」


隣の鞠莉ちゃんに耳打ちをする。


「皆のルビィちゃんへの反応……変じゃない?」

鞠莉「そう……?」

「うん……なんか、よそよそしいというか」

鞠莉「……そうかな……?」

「……」


ただ、鞠莉ちゃんに訊いてもピンとこないようで……。私がおかしいのかな……。

──まあ、梨子ちゃんの誕生日にわざわざ騒ぎ立てるのも空気を悪くしちゃうし……。

違和感が続くようだったら、ちゃんと話し合おうかな。

そう思い、この場は流してしまった。

この時点で──これが最悪の事態に対する予兆だったと、気付くべきだったのに。





    *    *    *





──翌日。お昼休みのことだった。

いつものように、理事長室に向かう途中、たまたま廊下でルビィちゃんが歩いている後ろ姿を見掛ける。


ルビィ「…………」

「……?」


ルビィちゃんは、何故か辺りをきょろきょろしながら、廊下の隅の方を歩いていた。


「ルビィちゃん……? どうしたの?」


後ろから声を掛けると、


ルビィ「ピギッ!?」


ルビィちゃんがびっくりして飛び跳ねる。


ルビィ「あ……よ、曜ちゃん……」

「ご、ごめん……驚かせるつもりはなかったんだけど。なんか、変な歩き方してたから」

ルビィ「え、えっと……なんか、今日すごい人とぶつかるから……」

「……人とぶつかる? 走ってきた人とか?」

ルビィ「うぅん……歩いてる人とぶつかるんだぁ……」

「……?」


思わず怪訝な顔をしてしまう。


ルビィ「なんでかわかんないんだけど……まるで、前から来る人、ルビィが見えてないみたいで……」

「……?」

198 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:57:07.61 WJ3m1kFK0 198/323


ますますわからない。見えてないってどういうことだろう。


ルビィ「あはは……ルビィ、やっぱり影が薄いから……」

「そんなことないと思うけど……」


まあ、理由はどうあれ、こんなびくびくしながら校内を歩いているなんて、少し可哀想だ。

せめて、誰かと一緒なら──


「ん……っと、あっ!」


たまたま、廊下を歩いていた、善子ちゃんを見つける。

まあ、一年生の教室も近いし、おかしなことではないけど。


「善子ちゃーん!」

善子「? 曜? 呼んだ?」

ルビィ「あ……よ、曜ちゃん……」

「? どうかした?」

ルビィ「ぅゅ……」


何故か、ルビィちゃんは私の影に隠れてしまう。

一方で呼ばれた善子ちゃんが、私のすぐ傍まで近付いてくる。


善子「何か用事?」

「あ、うん。なんか、ルビィちゃんが今日、よく人とぶつかるみたいで……」

善子「……? ルビィちゃん?」

「……? それでさ、善子ちゃんが一緒に居てあげたら、少しは安全かなって」

善子「はぁ……? まあ、いいけど」

ルビィ「ぅゅ……」

善子「この子と一緒に居ればいいのよね」

「……? う、うん……」


──なんだ、この会話。

微妙に噛み合っていない感じがして、気持ち悪い。


ルビィ「よ、曜ちゃん!!」

「!?」


そのとき、急にルビィちゃんが私を強く引っ張って、


ルビィ「だ、大丈夫……だから……。ルビィ……一人で、平気だから……」


涙目でそう訴えかけてきた。


「ルビィ……ちゃん……?」

ルビィ「ご、ごめんね……よし──つ、津島さん……!!」

「は……?」

199 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 00:59:30.00 WJ3m1kFK0 199/323


ルビィちゃんは、一年生の教室の方に走っていってしまう。

いや、それよりも──津島さん……?

私は眉を顰める。


「……善子ちゃん、ルビィちゃんとケンカでもしてるの?」

善子「ケンカというか……」

「というか……?」

善子「──あの子、初めて見たんだけど……同じクラス……よね、たぶん」

「……は?」


善子ちゃんの言葉に、ポカンとしてしまう。


「いや……ルビィちゃんだよ? 黒澤ルビィ」

善子「黒澤……? ダイヤの親戚かなんか?」

「いや、ダイヤさんの妹だよ!? 何言ってるの!?」

善子「何言ってるのって言われても……ダイヤに妹がいるとか知らなかったし……」


──善子ちゃんは本当に何を言ってるんだ。


「善子ちゃん、それ本気で言ってるの!?」

善子「え、ち、ちょっと……さっきから、アナタ変よ……?」


──変なのは私じゃない。何が起こってるんだ。

何故か善子ちゃんが、ルビィちゃんのことを知らない人だと言っている。

私が混乱しているところに、


鞠莉「──曜? どうしたの?」

「! 鞠莉ちゃん……!」


鞠莉ちゃんの姿。

理事長室は同じ一階にあるから、私の声を聞きつけて、やってきたのかもしれない。

いや、今はそれどころじゃない。


善子「ちょっとマリー……曜がおかしいのよ」

「私はおかしくなんかないって!! むしろ、おかしいのは善子ちゃんだよ!!」


──よりにもよって、仲間のことを忘れるなんて。


鞠莉「Wait... 何があったのか説明して?」

「善子ちゃんが、ルビィちゃんと会ったことがないって……」

鞠莉「Ruby...?」

「え……」


鞠莉ちゃんの反応を見て、嫌な予感がした。

200 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:00:53.61 WJ3m1kFK0 200/323


鞠莉「ルビーちゃん? ……ちゃんってことは、人の名前……よね? ダイヤの親戚かなにか……?」

「うそ……」

善子「マリーもそう思うわよね……。なんか曜は、ダイヤの妹だって、言ってて……」

鞠莉「ダイヤの妹……? ……居たような、居なかったような……」

「何言ってるの!? ルビィちゃんだよ!! 黒澤ルビィちゃん!!」

鞠莉「えっと……」


鞠莉ちゃんは私の言葉を受けて、少し考えた素振りをしたけど、


鞠莉「……ごめん、知らないわ」


返ってきたのは結局そんな反応だった。


「そ、そんな……」

善子「ねぇ、曜……アナタ疲れてるんじゃない……? この前も体調不良で早退したみたいだし……」

鞠莉「曜……ちょっと、ごめんね」


鞠莉ちゃんがわたしのおでこに手を当ててくる。


鞠莉「熱は……なさそう」

「…………」

善子「まぁ……あとはマリーに任せるけど、無理しちゃダメよ」

「……あ……うん……」


善子ちゃんが肩を竦めて、教室に戻っていく。


鞠莉「曜……大丈夫? 保健室で休む?」

「……そうする」


なんだか、頭痛がしてきた。


鞠莉「それじゃ、付き添うね」

「いい……一人で行く」

鞠莉「え、でも……」

「ごめん……一人にして……」

鞠莉「う、うん……」

「……今日のお昼は、ごめん……ちょっと、食欲ないから……」

鞠莉「わかった……無理しないでね」

「うん……ありがと……」


私はよろよろと一人、保健室へと向かう。

──何が……起きてるの……?





    *    *    *



201 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:02:00.97 WJ3m1kFK0 201/323



お昼休みいっぱいを保健室で過ごし、気分が快復しないまま、昼休みが終わってしまい教室に戻ってきた。


「…………」

梨子「曜ちゃん……? 顔色悪いよ?」

千歌「大丈夫?」


教室に戻ってきて早々、二人からも心配される。

そうだ、二人に聞いてみればいいんだ。

さっきのことは何かの間違いだったのかもしれない。


「千歌ちゃん……梨子ちゃん……」

梨子「ん?」 千歌「なに?」

「ルビィちゃん……わかる……?」


祈るような気持ちで訊ねた。

でも、


梨子「……? 人の名前、なのかな……?」

千歌「えっと……ごめん、知らない」


返ってきたのは、残酷な回答だった。


「…………。……そう、だよね」


私はそのまま、机に突っ伏す。


千歌「よ、曜ちゃん!?」

「……ちょっと……寝る」

梨子「え、寝るって……これから、授業……」

「起こさないで……」


私は、目を瞑った。

あまりに現実感のない、現実から、目を背けるために──





    *    *    *





──風が吹いている。

ああ、またこの夢だ。

起きたら忘れちゃうのに、夢を見るたびに、この夢を前にも見ていたことを思い出す。

ただ──今日だけは、少し様子が違った。

普段、私を掻き消さんばかりに吹き荒れている、木の葉たちは私の周囲ではなく──少し離れた場所で舞い狂っていた。


「何……?」


木の葉の先に目を凝らすと──真っ赤な髪をピッグテールに縛った女の子が、泣いていた。

202 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:03:30.34 WJ3m1kFK0 202/323


「ルビィ……ちゃん……?」


間も無く、木の葉はルビィちゃんを飲み込み──完全にその姿は見えなくなった。





    *    *    *





 「──う、ちゃん、曜ちゃん……」

「……ん……」


揺すられて目を覚ます。


千歌「あ……曜ちゃん、起きた」

「……」

梨子「大丈夫……?」


千歌ちゃんと梨子ちゃんが、心配そうに私のことを見下ろしていた。


千歌「これから、部活行くけど……曜ちゃん、来れそう?」

「…………」


行って確認しなくちゃいけないことがある。だけど……。


「……ごめん……体調悪いから……帰るね……」

梨子「あ、うん……お大事に」


もし、部活に行って、誰もルビィちゃんを知らなかったらという考えが過ぎって、急に怖くなった。

少なくとも── 一番信用していたはず、鞠莉ちゃんすら知らなかったことが相当堪えていた。

ここまで四人に訊いて、四人とも知らないと言われ、先ほどまで感じていた、自分がおかしいんじゃないかという冗談みたいな考えが、逆に現実味を帯びてきてしまった。

とにかく、今誰かと話していると、変になりそうだった。





    *    *    *





家に帰って、ベッドに横たわったまま、ぐるぐると思考を続けて、気付けばもう午後6時を過ぎていた。


「…………ダメだ、考えてもわかるはずない」


何故か、皆ルビィちゃんのことを忘れている。鞠莉ちゃんですら。

考えられる可能性は……壮大なドッキリとか……?

そうだとしたら、趣味が悪い話だ。


「……こうしてても、何も変わらない」


私はスマホを手にとって、LINEを開く。

203 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:04:42.98 WJ3m1kFK0 203/323


「ルビィちゃんと直接話をした方がいい……」


『友だち』のリストを開いて、スクロールする。


「ルビィちゃん……ルビィちゃんは……」


だけど、なかなかルビィちゃんが見つからない。

……それどころか、


「あれ……?」


ルビィちゃんを見つけることなく、スクロールは一番下まで辿り着いてしまった。


「まさか……」


何度か、スクロールを上下させてみるけど、結局ルビィちゃんの名前はどこにも見当たらない。


「ルビィちゃんの連絡先が……消えてる……」


私はルビィちゃんの連絡先を消去した覚えはない。

……もしかして、


「──ホントに……ルビィちゃんって知らない人……なの……?」


本当に私が疲れすぎていただけで、黒澤ルビィという人間は最初から存在していなかった、とか……?


「……いや、そんなはずない……あるはずない……」


自問自答するものの、現に皆は知らなかった。

得も言われぬ恐怖がどんどん心を侵食していく。

そのときだった。

──ピロン。

LINEの音だ。


 『Mari:曜、大丈夫?』


鞠莉ちゃんからだった。


「……鞠莉ちゃん」


──もうどうすればいいかわからなくて、怖かったんだと思う。

気付けば、私は鞠莉ちゃんに通話を飛ばしていた。





    ✨    ✨    ✨





──LINEにメッセージを送ったら、曜から、返信の代わりに通話が飛んできた。


鞠莉「もしもし、曜?」

『……鞠莉ちゃん……』

204 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:06:14.44 WJ3m1kFK0 204/323


曜は酷く疲れた声をしていた。


鞠莉「曜……大丈夫……?」

『鞠莉、ちゃん……あのね』

鞠莉「うん」

『私……おかしくなっちゃったのかも、しれない……』

鞠莉「おかしく……?」

『……Aqoursのメンバーって……何人……?』

鞠莉「え?」


曜から投げかけられた疑問。間違えるはずのない、その問いに、


鞠莉「──8人だよね?」


わたしはそう答えた。


『…………』

鞠莉「……違うの?」

『鞠莉ちゃん……私、Aqoursは9人居たと思うんだ……』

鞠莉「……?」

『でも……9人目のこと……私しか覚えてなくて……連絡先も、なくなっちゃってて……』

鞠莉「…………」

『ごめん……私……変なこと……言ってるよね』


曜は消え入りそうな声で言う。


鞠莉「……もうちょっと、詳しく教えて」

『……え』

鞠莉「Aqoursの中に消えた9人目が居て……それを曜しか覚えてないんだったら、大問題じゃない」

『信じて……くれるの……?』

鞠莉「曜が、こんなことで嘘吐かないことくらい、知ってるもの」

『鞠莉ちゃん……うん』


曜は一息吸ってから、話し始めた。


『黒澤ルビィちゃんって子……わかる?』

鞠莉「黒澤ルビー……お昼に言ってた子だよね?」

『うん……ダイヤさんの妹で、Aqoursのメンバーなんだけど……』

鞠莉「Hm...」


確かに全く覚えがなかった。

ダイヤに妹がいるなんて話は聞いたことがないし。

205 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:07:43.07 WJ3m1kFK0 205/323


『……何故か、そのルビィちゃんのことを皆忘れちゃってて』

鞠莉「…………ちょっと、一度確認したいことがあるから、掛け直していい?」

『え、うん……いいけど、なにするの?』

鞠莉「ダイヤに直接確認する」

『え、でも……』

鞠莉「……おかしなやつだって思われるかもしれないけど、まあそのときは冗談として流せばいいかなって。それに……」

『それに……?』

鞠莉「曜が居るって言ってるんだもん。きっと、そうなんだと思う」

『! うん……!』

鞠莉「だから、ちょっと待っててね」

『わかった……!』


──曜との通話を切り、そのまま今度はダイヤに通話を飛ばす。

キッチリ3コール程鳴ったところで、


ダイヤ『はい』


ダイヤが通話に応答する。


鞠莉「Good evening. ダイヤ♪」

ダイヤ『こんばんは、鞠莉さん。どうかされましたか?』

鞠莉「ダイヤにちょ~っと訊きたいことがあってネ」

ダイヤ『訊きたいこと、ですか?』

鞠莉「うん。ダイヤって、妹いたっけ?」

ダイヤ『はぁ?』

鞠莉「ほら、答えて」

ダイヤ『……? 妹……いも、うと……?』

鞠莉「……?」

ダイヤ『…………………………』

鞠莉「ダイヤ……?」


電話の先でダイヤが押し黙る。


鞠莉「もしもーし、ダイヤー?」

ダイヤ『あ……はい……』


ダイヤの様子が、少しおかしい。


鞠莉「大丈夫?」

ダイヤ『……はい』

鞠莉「……。……それで、妹いたっけ?」

ダイヤ『………………居なかった……気が、します……』

鞠莉「……そっか。ありがと」

ダイヤ『いえ……』

鞠莉「訊きたかったことは、それだけだから、チャオ~♪」

ダイヤ『はい……では、また明日』

206 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:10:25.92 WJ3m1kFK0 206/323


──ダイヤとの通話が終わる。すぐさま、曜に掛け直す。

通話を飛ばすと、待っていたからだろうか、曜はすぐに出てくれた。


『鞠莉ちゃん、ダイヤさんなんて言ってた……?』

鞠莉「妹は、居なかった気がするって言ってたヨ」

『……。……や、やっぱ……そうだよね』


曜の意気が沈む。


鞠莉「待って、曜」

『え……?』

鞠莉「ダイヤは、居なかった気がするって言ったのよ」

『うん……だから……──気がする……?』

鞠莉「そんな曖昧な言い方……普通するかな?」


家族構成について、そんな言い回しは普通しない。

気がするなんて言い方は、言いたくないか、正確にわからないときに使う言葉だ。


『じ、じゃあ……! ルビィちゃんは……!』

鞠莉「うん。……ダイヤすらも忘れかけてる妹が居る可能性はあると思う」


もちろん、ダイヤに言えない事情があるって可能性も、一応残ってるけど……話した感じでは、ダイヤ自身もよくわかってなかったようにも取れた。

もし、曜の言っている前提通りなら、ダイヤの様子がおかしかったことにも、家族だからこそ引っかかる違和感があったということなら説明が付く。

そして、何より──他ならぬ曜が言っていることだ。私は、曜のことは、曜の言ってることだけはなにがあっても信じたい。


鞠莉「曜は、おかしくないよ。おかしくなってるのは、たぶんわたしたち」

『……!』

鞠莉「理由はわからないけど……何かが起こってるんだと思う」

『鞠莉ちゃん……! いなくなっちゃった、ルビィちゃんを……探さないと……!』

鞠莉「Of course ! もちろんデース!」





    *    *    *





鞠莉ちゃんに連絡をしてよかった。

自分自身が信用出来なくなりかけていたけど、鞠莉ちゃんが私よりも、私を信じてくれた。


「鞠莉ちゃん……ありがとう」

鞠莉『ふふ、どういたしまして♪ 曜の力になれたなら……嬉しいわ』

「うん……!」


──さて……状況を整理しよう。

207 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:13:04.03 WJ3m1kFK0 207/323


「ルビィちゃんはもともと存在していて……何かの理由で私以外の人から忘れられちゃってるんだよね」

鞠莉『そうみたいね……とは言っても、わたしも忘れちゃってるから、心当たりは全くないのよね……』

「……だよね。そうだったとしても、ルビィちゃんと連絡を取る方法もないし……どうすればいいのか」

鞠莉『……そうよね。そのルビーって子が、今どうなってるのかもよくわからないし……』


確かに、あまりに唐突に起きた出来事だ。理由がわからないと対処のしようがない。


「何か原因が……あるのかな」

鞠莉『そうね……。何の理由もなしに、人が消えるなんてこと……。……人が消える……?』

「……鞠莉ちゃん?」

鞠莉『……なんか、つい最近、聞いた気がする……。なんだっけ……』

「え……?」


人が消えることについて……?


鞠莉『…………そうだ、思い出した。船の呪い……』

「えっ!?」

鞠莉『!?』


鞠莉ちゃんから、『船の呪い』というワードが飛び出してきて、思わず大きな声をあげてしまう。


鞠莉『び、びっくりした……曜も知ってるの?』

「え、あ、いや……まあ、うん……」

鞠莉『内浦に昔からある呪いだって、果南は言ってた』

「果南ちゃんから聞いたの……?」

鞠莉『ええ。つい最近、その呪いの船を見たって話をしててね』

「へ、へー……」

鞠莉『もしかしたら……ルビーちゃんはその標的にされちゃったんじゃないかしら……?』

「ルビィちゃんが……」


確かに、こんな不可思議な現象が起こってるわけだし、呪いのせいだと言われると、妙な説得力がある。


「でも、誰がそんなこと……」

鞠莉『それはわからないけど……ただ、本当にその船の呪いが原因なんだとしても、ちょっと気になることはあるんだけど……』

「気になること?」

鞠莉『うん……。花丸曰く、その呪いはやり方を間違ってるから、失敗してるって言ってたのよね』

「そうなんだ……?」


どちらにしろ、手掛かりが少なすぎるな……。

再び思案に入ろうとした瞬間──ピロンとLINEの通知音が鳴る。


鞠莉『あら……? なにかしら……?』

「あれ? 鞠莉ちゃんも? ……ってことは、グループの方か」


画面を確認してみると、『Aqours』のグループチャットに千歌ちゃんからのメッセージが入っていた。

内容は──


 『ちか★:明日はSaint Snowの二人が来てくれることになったから、朝学校に集合だよ!』

208 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:16:12.16 WJ3m1kFK0 208/323


とのこと。


鞠莉『……どうする?』

「……うーん」


正直、ルビィちゃんのことを調べたいけど……。


「……明日は顔を出そう。皆が居る場所なら何か他に手掛かりがあるかもしれないし」

鞠莉『……まあ、それもそうね。わかった、じゃあ、ひとまずは明日考えるってことでいい?』

「うん」


これ以上、二人で話してても手掛かりが見つかりそうもないし……。急いだ方がいいのかもしれないけど、闇雲に探るよりも、皆が集まる場に顔を出した方がいい気がした。

他でもない、Aqoursの問題なわけだし……。

場合によっては、全員が居る場で話をしたら、協力してくれる可能性も十分あるし。


「鞠莉ちゃん」

鞠莉『ん?』

「ホントにありがとね……私、自分がおかしくなったんじゃないかって、怖かった」

鞠莉『……うぅん、むしろ、わたしに相談してくれてありがとう、曜』

「えへへ……やっぱり、鞠莉ちゃんが一番信用できるな」

鞠莉『!/// も、もう……そういうこと、急に言うんだから……///』

「え?」

鞠莉『……うぅん、なんでもない/// それじゃ、また明日ね』

「うん、また明日」


──鞠莉ちゃんとの通話を終え、


「……待っててね、ルビィちゃん」


私は、明日に備えるのだった。





    *    *    *





──翌日。9月21日土曜日。


千歌「そろそろかなー? さっき連絡があったんだけど……」


浦の星女学院の校門にAqours総出で待っている状態──ルビィちゃんは居ないけど……。

そんな本日は、皮肉なことにルビィちゃんの誕生日でもある。

ただ、私と鞠莉ちゃんを除いた、ここに居る6人はそれにほとんど違和感を抱いていない様子。


鞠莉「……曜」


ふいに、鞠莉ちゃんが手を握ってくれた。


「……うん」

209 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:23:55.44 WJ3m1kFK0 209/323


タイミングを見て、ルビィちゃんの話を皆の前で切り出す。

そういう算段になっていた。

ただ、思ったよりSaint Snowの二人が早く着くとの連絡があったため、こうして全員で校門に集まって待っているところだ。


千歌「あ、来た! おーい!!」


千歌ちゃんの声で皆が一斉に視線を向ける。

向こうも気付いたようで、こっちに向かって駆けて来て、


聖良「──……皆さん、お久しぶりです!」

理亞「……久しぶり」


息を整えながら、Saint Snowの二人が私たちに笑顔を向けてくれる──理亞ちゃんはやや仏頂面だけど。


ダイヤ「お久しぶりです……聖良さん。またお会い出来て、本当に嬉しいですわ……!」

聖良「ダイヤさん……そうですね。あの日以来ですから」

千歌「聖良さーん!!」


千歌ちゃんが、聖良さんに飛び付く。


聖良「おっとと……いいんですか? ダイヤさんの前ですよ?」

ダイヤ「ふふ、千歌さんも嬉しいのですわよね」

千歌「うんっ!」


千歌ちゃんとダイヤさんが何やら聖良さんと楽しげに話している一方で、


理亞「……」


理亞ちゃんは何やらキョロキョロしている。


善子「理亞? どしたの?」

理亞「……いや」

聖良「理亞は、今日ここに来ることをずっと楽しみにしていたんですよ」

理亞「ね、ねえさま!///」

善子「へー」


善子ちゃんが面白いものを見るようにニヤニヤしだす。


理亞「ち、違う……別にそんなんじゃない……///」

善子「じゃあ、何そわそわしてんのよ?」

理亞「……あの子はどこ」

梨子「あの子……?」

鞠莉「「……!」」


まさか──


理亞「……ルビィよ。まさか居ないなんて言わないでしょ?」


理亞ちゃんの口から飛び出したのはルビィちゃんの名前だった。

だけど、

210 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:25:04.10 WJ3m1kFK0 210/323


千歌「るびー……?」

果南「宝石……?」

梨子「えっと……どういうこと?」

善子「……なんか、昨日もそんな話されたような……。なんだっけ」


まず、千歌ちゃん、果南ちゃん、梨子ちゃん、善子ちゃんが首を傾げ、


聖良「……ルビィ……?」


聖良さんも不思議そうに理亞ちゃんの顔を見る。


理亞「え……な、何……?」


皆の反応を見て、理亞ちゃんが動揺した表情を見せる。

そのとき、クイクイっと、隣から袖を軽く引っ張られる。


「?」

鞠莉「……」


もちろん、袖を引っ張ったのは鞠莉ちゃん。

鞠莉ちゃんは目でダイヤさんの方を示す。


ダイヤ「…………るびぃ……」

「……」


やっぱり、ダイヤさんの中には微かに違和感が残っているようだった。


鞠莉「……あと、花丸も」


耳打ちされて、花丸ちゃんの方にも視線を向けると、


花丸「…………ルビィ……あ、れ……なんだっけ……」


花丸ちゃんも違和感があるようだった。


理亞「……ルビィ居ないの?」


あからさまにガッカリした様子の理亞ちゃんに、


善子「……いや、だからそれ何? ……人の名前?」


善子ちゃんが追い討ちを掛けるように、言葉をぶつける。


理亞「はぁ……? 何言ってんの……?」

善子「いや、それはこっちのセリフなんだけど……」

理亞「ルビィ、黒澤ルビィ。知らないなんて、言わせない」

善子「知らないわよ」

理亞「っ!!」


──ガッと、理亞ちゃんが善子ちゃんの胸倉に掴みかかった。

211 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:26:10.86 WJ3m1kFK0 211/323


善子「っ!? え、な、なに!?」

聖良「理亞!?」

理亞「……何があったのか知らないけど、よくそんな冗談真顔で言えるわね」

善子「は、はぁ!? だから、ホントに知らないんだって……!!」

理亞「まだ言うか……!!」


ヤバイ──そう思って、止めに入ろうとした瞬間。


千歌「──ダイヤさんっ!!?」


千歌ちゃんが急に、ダイヤさんの名前を叫んだ。


「!?」


咄嗟にそっちに目を向けると、


ダイヤ「黒澤……る、びぃ……るびぃ……?」


ダイヤさんが頭を抱えて蹲っていた。


千歌「ダイヤさん!! しっかりして……!!」

理亞「……な、なに……?」

善子「…………どういうこと……?」


気付けば、一触即発だった、理亞ちゃんと善子ちゃんも呆気に取られていた。


鞠莉「──マル!?」

「っ!」


今度は、鞠莉ちゃんが花丸ちゃんに駆け寄る。


花丸「ルビィ……ちゃん……。……あ、あれ……なん……だっけ…………わ、忘れちゃ……いけない……はず、なのに……」

鞠莉「マル……!」

果南「ち、ちょっと……! ダイヤもマルもどうしちゃったの!?」


こっちもか……!!

ルビィちゃんのことで少しでも違和感の残っていた二人が、急に苦しみ始めた。


千歌「ダ、ダイヤさん……っ!!」

ダイヤ「……ルビィ……る、びぃ……? だ、め……おもい、だせない……」

千歌「き、救急車っ!! 誰か救急車呼んでっ!!」

果南「千歌、落ち着いて……!!」

千歌「落ち着けるわけないじゃんっ!!」

ダイヤ「……づぅっ……!!」

千歌「ダイヤさんっ!?」

花丸「あ、たま……われる……」

鞠莉「マル!! しっかりして……!!」

梨子「え、えっと!? 999!? あ、あれ!? 救急車って何番!?」

212 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:28:29.84 WJ3m1kFK0 212/323


全員が混乱している。

かくいう私も、どうすればいいのかわからずに居ると──

──パンッ!!!!


聖良「“全員落ち着きなさい!!”」


聖良さんが両手を強く叩いて音を鳴らしてから──全員に“命令”した。


果南「え、あれ……」

鞠莉「……あ、わたし」

梨子「……あ、119番だ……」

聖良「梨子さん。救急車は呼ばなくても大丈夫ですよ。皆さんも一度、落ち着いてください」


何故か、聖良さんの言葉で数人が我に帰ったように落ち着きを取り戻した。私を含めて。


千歌「落ち着けって言われても……!!」

聖良「千歌さんも、とにかく今は落ち着いてください」

千歌「……っ」

ダイヤ「…………は、ぁ……ぅ……っ゛……」

千歌「ダイヤさん……」


ただ、千歌ちゃんとダイヤさんは変わらず……そうだ、花丸ちゃんは……!


花丸「ずら……」

鞠莉「マル……大丈夫?」

花丸「う、うん……聖良さんの声聴いたら、なんか落ち着いてきた……」


何故かダイヤさんと違って、花丸ちゃんの容態は回復していた。


善子「え、今何したの……?」

聖良「周りの人を落ち着かせる言い方があると聞いたことがあって、それを試しただけですよ。……尤も、一度では効かない人も居るみたいですけど」

千歌「……!」

ダイヤ「…………ぅ……せいら……さん……」

聖良「千歌さん、もう一度言いますね。落ち着いてください」

千歌「……うん、ごめん。ありがと、聖良さん」


今一瞬、千歌ちゃんと聖良さんが目で会話してた気がするけど……。


聖良「とりあえず、ダイヤさんと花丸さんを保健室に運んだ方がいいでしょう」


そうだった、今はそっちが優先だ。


花丸「マ、マルは大丈夫ずら……」

鞠莉「……一応、大事をとって保健室にいきましょ?」

花丸「わ、わかったずら……」

果南「それじゃ、ダイヤは私が運ぶ」

千歌「私も手伝う……!」


全員が保健室に向かおうとする中、

213 : ◆tdNJrUZxQg - 2019/11/08 01:30:26.42 WJ3m1kFK0 213/323


聖良「曜さん、鞠莉さん」


急に名指しで呼び止められる。


「え?」

鞠莉「What ?」

聖良「二人はここに残ってもらえますか」

理亞「ねえさま……?」

聖良「理亞も」

理亞「え、うん……」


皆が保健室に向かう中、何故か私と、鞠莉ちゃん、理亞ちゃん、そして聖良さんの4人が残る。

聖良さんの方を見ながら、鞠莉ちゃんが耳打ちしてくる。


鞠莉「……それにしても、大したカリスマね。一声で皆を落ち着かせるなんて」

「うん……聖良さんに落ち着けって言われた瞬間、スッと落ち着いたというか……」

理亞「ねえさまはすごいんだから、当然」


話が聞こえていたのか、何故か理亞ちゃんが胸を張る。まあ、確かにすごかったけど。


聖良「……さて、皆さん、行ったみたいですね」

鞠莉「それで、何でわたしと曜だけ残されたのかしら?」

聖良「……お二人とも、先ほどの騒ぎについて、何か知ってますよね」

「!? ど、どうして……?」

聖良「皆さんを観察していましたが……ルビィさんの名前が出たとき、貴方たちは反応が明らかに違いました」

鞠莉「……なるほどね」

「……すごい、観察力」


トップレベルのスクールアイドルは伊達じゃないってことか……。……いや、関係あるかな……?

それはそれとして、聖良さんの言葉を聞いて、理亞ちゃんが私の目の前に来て、


理亞「……何が起きてるの」


急にガンを飛ばしてきた。


理亞「……悪ふざけだったら、許さないから……」

聖良「理亞、やめなさい」

理亞「ルビィは……どこ?」

「私たちも……ルビィちゃんを探してるんだ」

理亞「探してる……?」

聖良「どうやら……ワケ有りのようですね。話を訊きましょうか」

鞠莉「なら、理事長室に行きましょう。あそこなら、落ち着いて話せると思うから」

聖良「わかりました。理亞もいいですね」

理亞「……わかった」


鞠莉ちゃんに促されて、私たちは理事長室へと移動する──





続き
曜「神隠しの噂」【後編】


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