「おや、雨宿りかい」
そう声をかけたのは、他ならぬ私の後輩が、バス停で雨をしのいでいたからである。
雨の音にぼやけてしまって、私の声だとすぐにはわからなかったのだろう。
突然かけられた何者かの声に、強張るようにして、セーラー服の彼女はこちらを振り向いた。
私の姿を見るなり、一息ついて
「先輩も、ですか」
といった。
「うん。おかげでセーラー服がびしょ濡れだ」
元スレ
先輩「この雨はやまない」後輩「何を賭けますか」
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後輩はベンチの端に腰を掛けていた。
私も、もう片端に掛けることにする。
とてつもない雨だった。
まるで川が氾濫したように水があふれ出して
水面のダンスはアスファルトが沸騰して泡立つみたいだ。
「こりゃあ止まないねえ」
後輩のほうをちらりと見て言った。
すると後輩は、こちらを見向きもせず、水煙の向こう側をぼんやり見つめたまま
「やみますよ。きっと」
と小さな声で言った。雨音に掻き消えそうで、ついl聞き返してしまいそうになった。
しかし、私にはこの雨がどうにも、やんでくれるようなチャチなモノに思えない。
まず、匂いが違う。
にわか雨っていうのはもっと、草を蒸したような、噎せ返る匂いがするもんだ。
だけどこの雨は、ただじとじとと重たく、しつこくふりつづける意地悪な雨だ。
きっと、二日は降り続けるだろう。
運悪く、私たちはそいつに捕まってしまった。
バス停に逃げ込んだはいいけれど、帰りの算段はまったく立ってなかった。
きっと、後輩だってそれは同じことだろう。
だから聞いてみることにした。
「やまなかったらどうする?」と。
なにか後輩が思いついているのならば、それにあやかろうと思った。
でも、それはあてにならなかった。
「しりませんよ。そんなの」
「ああ、お手上げってことね」
「はい。だから、待つしかないのです」
後輩が言うのは、雨が止むことだろうか、それともバスがやってくることだろうか。
「でもさ、バスは遅れるぜ? この雨じゃあなあ」
「だから、今は雨が止むことを祈りましょう」
まあ、バスが来たところでどのみち、傘を持たない私たちはびしょ濡れになる定めなのだ。
というより、もうびしょ濡れなのだ。
こんな格好で、果たしてバスに乗っけてくれるのだろうか。
とにかく、なんにせよ待つ事しかできない。
ふとベンチ端の後輩を見やった。
雨に濡れた髪が白い頬に張り付いて、十月にしては冷たい空気に息を震わせる姿はまるで
日本の絵画を切り取って盗んできたみたいな美しさと、後ろめたさだ。
可憐っていうのはまさしくこのことで、私は女のくせして、彼女の色気に打ちのめされていた。
よくわからん感傷は水にふやけた指先をびりびりと麻痺させるようだ。
たまに、ごくたまーに思うのだ。
私が男だったならば。と。
私が男だったならば、彼女の、まるで視覚に訴えかけるような【香り】に惑わされてしまうのだろうか。と。
私が男だったならば、彼女に相手にされるよう、振る舞えるだろうか。とか。
でもよくよく考えてみれば、私が男だったならば、女子校で彼女と出会う事なんて、絶対に無かっただろうけどね。
触れてみたいとは思ったけれど、何故だかそれはできないらしい。
なんだか、世界というものに拒まれ、阻まれているような気がするのだ。
例えば、ベンチの窪みに出来たこの、水溜り。
雨が漏って、そのしたたりが溜まってできたのだろう。
ベンチの両端にそれぞれ座った私たちを別つようなそれは、まるで海のように見えた。
剥げかけの青い塗料の色合いも相まって、そう見えた。
多分、それは私が勝手に感じている事だ。
出来の悪い脳味噌が、懸命にもフル回転した結果、私自身にそういう心象風景を投げつけるに至ったのだろう。
それは、人間として、生物として、超えてはならぬ一線であると。
何もかもが邪魔しているように感じるのは、他ならない私が、それをタブーだと理解しているからだ。
でも、そんなもの、飛び越えることができる気がしないでもなかった。
いっそ、襲ってしまおうか。
と、思ってしまったのである。
この雨だ。後輩もびしょ濡れで逃げるわけにはいかないだろうし
女の子同士の、ちょっとした火遊び程度に思ってくれるかもしれないし
「雨漏りを数えている内に終わるから」と言えば、体を許してくれるかもしれないなあ、と。
私がこのように、馬鹿で下衆な思いをぐるぐると巡らせているその合間に
衝撃的なことが目の前で起こった。
あまりのことに、一瞬声が出なかったが、それを冷静に言い表すのならば
後輩が濡れたセーラー服を、脱ぎ始めたのである。
恥じらいもなく裾をたくし上げる。白い肌が露わになる。
「ちょ、ちょっと」
「なんですか?先輩」
あまりに非常識だと諭すべきか、あまりに不用心だと諭すべきか
「目のやり場に困るというか」
いや、そうじゃないだろ。私
「濡れた服を着たままだと、風をひくと思いまして」
「そ、それはごもっともだけどさあ」
「それに、私たちは女の子同士じゃないですか。なにを気にすることがあるというのですか」
非常識なのは、どうやら私の方だったらしい。それはそうだ。
本当だったならば、女が女相手に欲情することなど、有り得ないことだ。
後輩は雑巾を絞る要領で、セーラー服の水気を切った。
小さな二つの乳房がが、レースをあしらった清純な、これまた白いブラに包まれている。
まるで、百合の咲いた丘のように愛らしかった。
「先輩? どうしたんですか。さっきからこっちばかり」
「い、いや。なんでもないんだぜ?」
動脈が収縮して、血液の送り先を見失った心臓が、ポンコツポンプみたいに破裂しそうだった。
一体何故、劣情はこんなにも、とめどないのだろうか。
最早、私の性癖は明らかだ。
そうだ。きっと私はレズビアンなのだ。女の体に恋をするのだ。
よくよく考えれば、私と後輩にそこまでの精神的つながりはない。
ただ単純に、彼女へ欲情している。
やりたい。
「いや、本当に何でもないんだよ」
「?」
私は、まるでマンホールから逆流する下水を、上から押さえつけるようにして
その劣情を制御しようとした。
駄目だ。駄目だ。
私は気を紛らわせる為に、雨の向こうに視線を追いやった。
世界はきっと、私を冷静にしてくれるだろうから。
だけど、それは無駄な期待に終わった。
一向に止む気配を見せない雨。
そして轟音だ。向こうで稲光。一秒と立たずに鳴り響いた。
これは、帰してくれそうにない。
吊り橋効果とでもいうんだろうか。まあ、そんな精神状態は、加速するばかりだった。
私は、ただ、思いついた一言を口ずさむほかなかった。
「この雨は、やまないだろうね」と。
そうすると、声がした。耳元で囁きかけるようだった。
事実、それは囁き以外の何物でもなかった。
「何を、賭けますか」
私が振り向くと、目と鼻の先に、後輩の目と鼻があった。
比喩ではない。本当に、呼吸が触れ合って、混ざり合う距離。
よく見ると、私の肩に、後輩の胸が密着していた。
「ッ…………!!!」
私はなにも言えなかった。いや、言うべきことはたくさんあった。だけれど、舌べらと、もっというなら肺が空回転してしまって
何一つ、言葉らしい言葉は紡ぎだせなかった。
「もし雨が止んだら、先輩はなにをしてくれるんですか?」
上目づかいで私の目の奥を覗き込む後輩。その双眸の向こうに、欲情の二文字が垣間見えるほど、表情は上気していた。
「もし雨がやまなかったら、私の事好きにしていいですよ」
私の理性を噛み千切る狼の牙だ。
なるほど、不用心だったのも私の方だったらしい。
エロい気持ちになっていたのは、なにも私だけではないということか。
と、なにか勘違いをしたように、私のタガは解放されてしまった。
「もし雨がやんだら、私の好きにしてあげる」
私たちはしとど降り止まぬ雨の下、慣れない手つきでセッ○スをした。
おしまい
まあ、リビドーだよね
おやすみ