関連
北上「我輩は猫である」【前編】
北上「我輩は猫である」【中編】
北上「我輩は猫である」【後編】
北上「我々は猫である」【前編】
63匹目:A cat may look at a king
私は言わばなり損ないみたいなものかもしれない。
人でも船でも猫でもない。
でも、そんな私でも、ちょっとばかし夢を見るくらいの権利はあると思う。
少しくらい、いい目にあってもいいと思う。
提督「…」
北上「やほー、さっきぶりだね」
提督「だな」
北上「で、何のよう?」
車内には辛うじて運転席に座る提督の顔が認識できる程度の薄い明かりだけが灯っている。
提督「あーっと、そのだなあ」
何やら歯切れの悪い提督。
提督「…ッシ、実はその、お前にお願いがあってな」
意を決したというふうにそう会話を切り出す提督。
北上「お願いって、まあ提督の頼みなら早々断ることもないけど。でなにさ?」
お使いかなにかだろうか。まさか自分の寝巻きを持ってこいとかか?
確かにここで一晩過ごすなら必要かもしれないがよりによってそれを私にという事もあるま「パンツを見せてくれ」
ん?
北上「え?今なんて?」
提督「パンツを見せてくれ」
はい?
提督「いや、待て、間違えた。今のはなしだ。もう一度言い直す」
北上「う、うん、だよね。もう一度聞き直すね」
提督「下着を見せてくれ」
北上「変わってねぇよ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「つまり、大井っちへのプレゼントとして下着を買いたいから手伝ってくれと」
提督「ハイ」
蚊の泣くような声で答える提督。
北上「はぁ…」
提督のあまりのぶっとんだ発言に逆に冷静になれたので一つ一つ問い詰めていくとつまりはそういうことだった。
北上「それにしてももうちっと言い方があるでしょうに…」
仮にも私達の命を預かる立場なのだ。言動に少しは気を使ってほしい…
提督「ゴメンなんかテンパった」
北上「別にパンツくらいいいんだけどね」ペラ
提督「ちょぉお!?…お?」チラ
北上「この時期は少し寒いのでスパッツを履いてみたり」
提督「くっ!」
提督「いやでもほら!普段からパンツなんて見慣れてるしな!」
北上「その通りなんだけどそれはそれでどうなのよ」
艦娘なんて半数くらいがパンツ丸見えみたいな服装だしそこは仕方ない。
というか見慣れてるとか言いつつチラ見してきたじゃんか…
北上「でもなんだって今このタイミングでプレゼント?」
提督「あいつがここに来て丁度2年くらいなんだよ。それで」
北上「へぇ」
それは知らなかった。
北上「まあ手伝うのはいいけど、私でいいの?というか私じゃない方がいいと思うけど」
提督「なんで?」
北上「私オシャレとかさっぱりだし」
提督「そりゃーほら、大井といつも一緒だし好みとかそういうの詳しいかなって」
北上「それなら球磨姉や多摩姉でいいじゃん。いや球磨姉は微妙か…でも私よりはマシでしょ」
提督「お前そんなにセンスないのか?」
北上「センスというか、興味が無い。そもそも大井っちと違って私ブラしてないし」
提督「へー、え!?してないの!?」
北上「そんなに大きくないしさ」
提督「へ、へぇ~」チラ
北上「…いや、あれだよ?ブラしてないだけでスポブラみたいな、カップ付きみたいな下着はしてるからね?」
提督「アーナルホドネー」
ブラ1つでこんなに心動かされるとは男って楽しそうだな。
北上「まあともかくそんなわけで私以外にした方がいい」
提督「ぐっ…いや待て!」
北上「なにさ」
提督「ひとつ決定的な理由がある」
北上「その心は」
提督「お前以外にこんな事頼めるやついない」
私以外に?
提督ラブな人達なら…いやそれはそれで色々問題がありそうだ。
他は大抵参考にならなそうだったり参考になり過ぎて逆に危なげだったり…
アレ?他誰がいる?
北上「引き受けた」
提督「感謝」
北上「で、私はどうすればいいの?」
ネット通販とかだろうか。
提督「明日、一緒に買いに行こう」
北上「え?買いに行くの?」
提督「そりゃそうだろ」
北上「でもいいの?提督外に出て」
提督「燃えちまったもの買い足さにゃならんしな。それにほら!俺いなくてもなんとかなるしな!」
北上「嬉嬉として言うことじゃないでしょそれは」
それに大井っちのためとはいえ私達二人で出かけるというのはあまり知られてはいけないと思うが。
提督「安心しろ。皆には内緒でいく」
北上「それこそまずいのでは?」
提督「そこら辺は任せろって。策はある」
北上「不安しかないけど…まあいっか、任せるよ」
提督「よし。じゃあ集合時間は明日の11時な。ここなら球磨型はお前以外遠征か出撃だ」
既に計画済みだったらしい。
北上「で、こっそり出てこいと」
提督「そゆこと」
北上「提督はどうすんのさ」
提督「燃えた書類関係で隣の鎮守府行ってくると言っときゃ大丈夫だろ」
北上「ホントかよ」
提督「あたぼーよ。もう吹雪の協力は取り付けた」
北上「マジか」
提督「燃えたもの新調しなきゃ行けないのはホントだしな。お土産を要求されたけど」
北上「意外だなぁ吹雪がOKだすなんて」
提督「アイツは意外とそういうやつだぜ」
北上「覚えとくよ」
提督「じゃ明日、鎮守府前のバス停って事で」
北上「りょーかい」
提督「んじゃおやすみ」
北上「おや…提督マジにここで寝るの?」
提督「ここで寝た方が明日スムーズに外でれるし」
北上「そこまでせんでも…まあいいや、おやすみ」
やれやれ妙な事に巻き込まれた気がする。
車から部屋への帰り際に掲示板に貼られていた明日の予定表を見る。
ならほど確かに球磨姉多摩姉木曾は出撃のようだ。
あれ?大井っちはいるのか。でも1人くらいなら問題なかろう。
廊下から外を見る。
真っ黒な窓には私の顔だけが映る。
北上「何ニヤけてんだ私」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
時刻。きっかり11時。
もちろん私が時間に正確というのではなく、慌てて準備した結果なんとか時間丁度には間に合ったという、つまり私の性格がルーズなだけである。
提督「おう、おまたー…せ?」
北上「はよーてーとく」
提督「おはよう。北上?」
北上「ん?どったの提督」
提督「髪型」
北上「あーこれね。結ぶの面倒だったからそのままにした」
提督「一瞬誰かと思ったぞ」
北上「いっつも髪は大井っちに任せてたからさ、自分でやるのはめんどくさい」
提督「それくらいはやれよ」
北上「毎日毎日やってる飽きるものだよ」
提督「そういうものか。ってやってるのは大井なんだろうが」
北上「てへ」
実は別の鎮守府の北上に感化されてたり、とは言わなくてもいいか。
北上「どーかなこれ?私的には楽でいいんだけど」
提督「あーうん、いい、と思うぞ。凄く」
北上「なんか煮え切らない反応だね」
提督「だってここでその髪型褒めたらいつものは微妙みたいな感じになりそうじゃん」
北上「言っちゃうんだ。提督にしては珍しい気遣いだね」
提督「女性の容姿を褒める時は慎重にってよく言われてるから…」
北上「ほー」
大井っちにかな。案外吹雪とか?
北上「別に私ゃオシャレとか興味ないし見たまんまの感想でいいよ」
提督「そうか?じゃーあれだ、慣れない」
北上「風呂上がりとかも髪ほどいてるし何回か見たことあるじゃん」
提督「服装までちゃんとしてると全然違うよ。普通にロングの美少女」
北上「それは重畳。これなら変装効果もあるしね」
提督「なんつーか照れくさいな」
北上「見た目変わっただけでそんなに?」
提督「うん」
北上「どーてー」
提督「うるせー」
本気で不満そうな顔をされた。
北上「…」ジー
提督「んだよ?」
北上「むしろ提督の服装の方が珍しいと思うけどね」
提督「確かにな、俺もこれ着たのすげぇ久々だ」
北上「いっつも制服かシャツだもんね」
提督「この生活じゃどうしたって機能性利便性重視になるからな」
仕事場とはいえ年がら年中同じ施設に閉じこもってるのだから服装なんて誰も気にしないのだ。
北上「こうしてみると金髪が映えるね」
提督「カッコイイか?」
北上「いやチャラい」
提督「ダメかな」
北上「金髪にしなきゃいいのに、染めてるんでしょ?」
提督「ここは譲れん」
北上「こだわるのね」
提督「お、バスが来たな」
北上「ホントだ」
あれ?そういや提督の服って部屋から持ってきたってことだよね。
取りに帰ったってことは無さそうだしこれも吹雪の協力なのだろうか。
提督「バスってのも久々だ」
北上「今日は車じゃなくてよかったの?」
提督「車だしたら目立つじゃん」
北上「あーね」
「おー嬢ちゃん。その人が前に言ってた兄ちゃんか」
提督「兄?」
北上「げっ」
まさか同じ運転手とは…
提督「兄ちゃんってのは?」
くそう全く対策してなかったい。
北上「そうなんですよー今日久々の休日でしてー」ギュゥ
提督「ッァタ!そ、そうなんすよー」
「そいつはよかったな」
北上「あはは」
提督「わはは」
提督「で?どういう事だよ」
北上「前に咄嗟の嘘で鎮守府の兄に会いに来たって言っちゃって」
提督「なるほどね」
北上「完全に忘れてたよ…」
提督「ところで捻られたケツが地味に痛い」
北上「ゴメン、マジゴメン」
バスの一番後ろ。運転手から可能な限り離れた場所に座る。
北上「窓側は譲らないよ~」
提督「なんだよ、車酔いでもするのか?」
北上「窓際と関係あるのそれ?」
提督「外眺めてると酔いにくいんだと」
北上「へ~、私は単に景色を見たいだけ」
北上「昨日皆とも話してたけどさ、私達って長時間海上にいる事が多いじゃん?景色がどこを見ても同じようなものだから退屈でさ」
提督「あー、あー!確かに、そりゃ考えた事無かったな」
北上「まあそれはいいんだけどさ」
提督「いいのかよ」
北上「それはそれだよ。でさ、提督もいっつも机で書類とか画面とかと睨めっこじゃん?退屈じゃないのかなって」
提督「俺はよくゲームの画面みてたりするけどな」
北上「これはひどい」
提督「でも、そうだなぁあんまし退屈はしないかな」
北上「そうなの?」
提督「1番目に映るのはお前らだしな、退屈しないよ」
北上「おー提督っぽい事言った」
提督「どーよ少しは尊敬したか」
北上「これが普段からならなぁと」
提督「バッカおめえこういうのはここぞという時に言ってこそなんだよ」
北上「今がその時ぃ?」
提督「違ったかな」
北上「いいけどね、私はちょっと嬉しかったよ?」
事実だ。なんというか、つい顔が綻んでしまうような嬉しさがあった。
提督「…」
北上「え、何その沈黙は」
提督「なんでもないっす」
北上「うっそだーなんだなんだ何を考えてたコノヤロウ」
提督「うわ揺らすな揺らすな」
北上「…」
提督「…今度はそっちが沈黙かよ」
北上「大井っちってさ、最近変わったよね」
提督「あ、アイツが?んなことないだろー」
棒読みくさい。
北上「前はこんな風に私が引っ付くと反応が凄かったんだ」
提督「例えば」
北上「んー一言で言えばトロけてたね」
提督「あーうん分かるわ想像つくわ」
北上「なのに最近全然そういうのなくなってさ」
提督「寂しいのか?」
北上「どっちかって言うと嬉しい」
提督「あ、そこは普通なのね」
北上「私はノーマルだよ」
提督「別にアイツもアブノーマルなんてことはないと思うんだがな」
北上「それには同意するけどね。ぽさはあるけど」
提督「何やかんやで常識はしっかり持ち合わせてるからなアイツ」
北上「だよねぇ。いつから変わったのかなあ大井っち」
提督「改ニ辺りからじゃねえか?」
北上「やっぱ変わってんじゃん」
提督「げっ」
北上「正直者だなぁ提督は」
提督「うっせ」
北上「褒めてるんだよ?」
提督「はいはい。でもさ、俺もなんで急にアイツが変わったのかよくわかんねぇんだよ」
北上「そうなの?」
これは本当っぽい。カンだけど。
提督「ま、きっかけなんて些細な事だったりするからな。俺らが話しててもわからないだろうさ」
北上「そりゃそうだ」
きっかけ、きっかけねぇ…
北上「えい」スッ
提督「…あんまり寄りかかると危ないぞ」
北上「私にもきっかけがあったのだよ」
提督「きっかけ?」
北上「もう一人の私が囁いたのだ」
提督「なんだそりゃ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「一日ぶりだ」
提督「俺は、どれだけぶりだろうな。覚えてねぇや」
お馴染みのでっかいデパート。あれだけ新鮮だったこいつも僅か二回でお馴染みと思えるようになるんだから面白い。
提督「丁度お昼だしなんか先に食べちまうか」
北上「さんせー」
提督「何かご注文は?」
北上「タバスコ入りピッツァ以外ならなんでも」
提督「は?」
北上「エスカレーターは、あれか。いやあっちかな?」
提督「覚えてないのかよ」
北上「あんまり使わなかったからさ」
提督「あと多分北上が探してんのはエレベーターだ」
北上「え?えーっと、箱の方がエレベーター?」
提督「エレベーター。階段の方がエスカレーター」
北上「移動手段としては車と電車くらいに違いがあるのになんでこんなに名前がややこしいんだ」
提督「気持ちはわかる」
北上「そしてやっぱ場所がわからない」
提督「なら丁度いいや。エスカレーター使おうぜ」
丁度いいって何がだ?
北上「エ、スカレーターは噴水の横だったよ」
提督「噴水。あー写真撮ってたやつか」
北上「見たの?」
提督「おうよ」
昨日大井っちに見せてもらってたのかな。
北上「どうだった?」
お洒落した大井っちなんて提督もあまり見ることはないだろう。
提督「そりゃあ、うん、凄く良かったと思う」
北上「良かったって、具体的には?」
提督「か、可愛かったよ」
何赤くなってんだこの野郎。なんかイラッとする。
こういうのをちゃんと大井っち本人に言ってあげてるのかねぇ。
北上「あ」
提督「どした?」
北上「あのお店」
提督「お店、アレか」
北上「大井っちが気にしてたんだよね」
提督「噴水横のお店、なるほど。よっしあそこ行こうぜ」
流石の食いつきだ。大井っちの名前出せば月でも行くんじゃなかろうか。
北上「で何の店だろ」
提督「喫茶店じゃないか?」
北上「あ、Cafeって書いてある」
提督「じゃカフェか」
北上「Cafeと喫茶店って何か違うっけ?」
提督「カフェはカフェが出てくるんじゃね?」
北上「いやCafeくらい何処でもあるんじゃないかな」
提督「そうなのか」
北上「というかCafeってコーヒーって事じゃん」
提督「マジか。知らなんだ」
北上「今は普通に飲食店って意味で使われてると思うけど。やっぱ喫茶店と同じか」
提督「言葉ってめんどくさいな」
北上「外来語って大抵意味と響きのどっちかが置いてかれて伝わるからね」
提督「世界で統一してくれりゃいいのにな」
北上「ヤード・ポンド法とかね」
提督「何それ」
北上「夕張と明石がよく呪ってた」
提督「何それ…」
店内は木の色に近い茶色をメインにしたシックな感じで、
ところでシックな感じってつまりどういう感じなのだろうか。私としてはあーよく小説なんかである感じの落ち着いた喫茶店だーとしか言いようがない。
北上「なんか大井っちを思い出すや」
提督「なんで?」
北上「ほら、髪の色」
提督「あー、確かに似てるな」
北上「茶髪って聞くとなんとなくチャラチャラしたイメージだけど大井っちの髪って凄く落ち着いた雰囲気があるよね」
提督「それはチャっていう響きのせいだろ…それにこの色は俺にとってはやかましいイメージが強いな」
北上「そんなの提督の前だけだよ、多分」
提督「お前の前じゃ違うのか?」
北上「子犬みたい」
提督「子犬?」
北上「遠くにいると尻尾ブンブン降って物凄い勢いで近づいてくるんだ。で近くまで来ると物凄い落ち着いてゆったりしてくれる」
提督「なるほど、そりゃ子犬だな」
北上「そんな感じ、だった」
提督「今は?」
北上「どこにいても落ち着いてる」
提督「子犬から成長したとか?」
北上「かもね。っと、それよりメニュー決めようメニュー」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「俺が知らねぇとこでそんな事になってたのか」
北上「最終的にゴキブリは金剛さんが捕まえて終わり」
提督「え、どうやって」
北上「素手」
提督「やだ怖い」
北上「瑞鶴さんが爆撃機取り出した時はビビったね」
提督「あいつのあの何でも爆撃しようとするクセはどうにかしたい」
「お待たせ致しました」
北上「お、きたきたきましたよ」
提督「グルメかよ」
北上「提督って意外とネタが通じるよね」
提督「俺としては北上がネタを降ってくるのが意外なんだけどな」
北上「そこはほら夕張達が」
提督「あんにゃろ余計なことばかり」
北上「余計でもないよ」
提督「それにしても…」
北上「まあ、こうなるな」
私の前にはオレンジジュースとフレンチトースト。提督の前にはコーヒーがとスパゲッティ。
北上「提督って舌が結構お子様だよね。カレーも辛いのダメだし」
飲み物を交換する。
提督「舌が若いと言ってくれ。それに普通に考えたら苦いものや辛いものを美味いと思うのってむしろ変じゃないか?」
コーヒーを飲んだ訳でもないのに苦い顔をしながらそういう。
北上「それは、言われてみるとそうかもね」
提督「それに北上がコーヒーを飲むってのも意外だな」
北上「好きってわけじゃないよ。嫌いじゃないだけ。こんな場所だしなんか飲んだ方がいいかなぁって」
提督「雰囲気の問題かよ」
北上「いつもは牛乳とかお茶とかだよ。ジュースはあんまり飲まないかも」
提督「へぇ、俺もお茶かな。あと炭酸」
北上「お酒か」
提督「俺はそんなに飲まねえよ。吹雪はやたら飲むけどな」
北上「さすふぶ」
提督「うちだと何派が多いんだろうな」
北上「駆逐艦なんかは結構コーヒー紅茶を飲む子が多いよ。コーヒーは阿武隈の影響が強いのかな。紅茶は言わずもがな」
提督「阿武隈ってコーヒー派なのかよ。意外すぎる」
北上「私としては1番以外なのは六駆でコーヒー飲めるのが電だけってとこかな」
提督「全員酒は飲めるくせにな」
北上「ねえ」
提督「スパゲッティなんて久々に食べたわ」
北上「いつも和食?」
提督「和食、というか米だな。ご飯がなきゃダメだ」
北上「私は結構なんでもかな。朝も和食だったりパンだったり」
提督「気分か?」
北上「そんな感じ。他のみんなは和食だね。多摩姉はキャットフードだけど」
提督「ええ!?嘘だろ!?」
北上「嘘だよ」
提督「おい」
北上「ジョーダンのつもりだったんだけどさ…」
提督「いやぁなんか多摩ならあるいはって思えて…」
気持ちはわかる。
北上「せっかくだしどう?コーヒー」ハイ
提督「え、それはちょっと」
北上「そんなに嫌い?」
提督「そーゆーんじゃねえけどさ。ええいままよ」ゴクッ
北上「おーいい飲みっぷり」
提督「にっげぇ…」
北上「苦いのは当たり前だよ。それが美味しいかどうか」
提督「俺はきっと生まれる星を間違えたんだな」
北上「そんなにダメか」
提督「…でもちょっと甘い」
北上「え?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「ごちそうさま」
提督「さて。でこれが今日の買い物内容だ」
北上「んー、ん?少なくない?」
提督「被害は主に床と家具だからな。そういうのは流石に業者に頼むさ」
北上「そりゃそうか」
提督「それにあの部屋あんまり書類とか置いてないしな!」
北上「仕事しろ」
提督「実際今じゃ仕事の殆どはパソコンだし」
北上「それは大丈夫だったの?」
提督「ダメだった。でも新しいのを明石達が組み立てるってさ」
北上「…パソコンって組み立てられるものなの?」
提督「らしいぞ」
北上「流石だね2人とも」
提督「ホンマそれ」
提督「じゃあ行くか」
北上「あいあいさー」
提督「買い物は少しだしサクッと終わらせちまおう」
北上「そしたらパンツか」
提督「それはもう忘れてくれ」
北上「え~どうしよっかなぁ。吹雪とか大井っちとかに話したら面白そうじゃない?」
提督「待て、それは待てマジで待って頼むから」
北上「じゃあなんか奢りって事で」
提督「あのなぁ…今自分の上官を脅してるって分かってんのかよ。それに奢られほど金に困っちゃういねぇだろ」
北上「でもさ、だからこそ奢られるって中々ないじゃん?」
提督「なるほど。いやなるほどじゃねえよ」
北上「さあ行こう」
提督「無視かおい」
北上「とっかーんすすめー」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「これ良さそうだな」
北上「ファイルとかなら夕張達がいっぱい持ってるよ。キャラものの」
提督「あの手のを仕事に使うってのはちょっとな」
北上「身内しかいない職場だしいいんじゃない?」
提督「そもそも夕張とかはその手のファイル使ってんのか?」
北上「燃えたり焦げたりの事故が多発してやめたらしいよ」
提督「それは辛い」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「ペンってやたら種類が多いよね」
提督「正直どれがいいとかわかんねぇよな」
北上「どうすんのさ?」
提督「前使ってたのと同じのでいいだろ」
北上「無難だね」
提督「そもそも今は書くより入力する時代だしなぁ」
北上「秋雲も言ってたよ。今の方が便利で良いけれど唯一性が減ったというか、絵一枚一枚が消費される時代になったって」
提督「つまりどういうことだってばよ」
北上「私も理解したとは言い難いけど、本と電子書籍とかに置き換えてみると分からなくもないかなって」
提督「なんでも電子化ってのも困りものか」
北上「一長一短でしょ。便利になったのは間違いないんだからさ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「テレビを新調しようか迷っててさ」
北上「どこの?食堂の?」
提督「俺の部屋の」
北上「部屋にテレビあったんだ」
提督「テレビっつーかモニターだな。ゲーム用だよ」
北上「まさか経費で」
提督「提督権限で」
北上「悪い大人だー。きっとこの後私が食べるアイスも経費で落とすつもりに違いない」
提督「んな細かいのするかよ。つかアイスの奢りをご所望か」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「てーとくの部屋に入ったことないんだよね」
提督「まあ基本人は入れないようにしてるしな」
北上「なんで?」
提督「秘密の書類とかあるしな。うっかり見ちまうと命を狙われるぜ」
北上「私ら球磨型を甘く見ちゃあいけないよ。並の軍隊なら球磨姉がぶっとばしちゃうからね」
提督「大井は暗殺とか得意そうだよな。ニコニコしながらサクッとやってきそう」
北上「多摩姉はあれかな、ボケっとしてそうに見えて実は裏切り者で、とみせかけて二重スパイみたいな」
提督「北上は、そうだなあ。スナイパーとか似合いそう。バレットとかさ」
北上「対物じゃんそれ。木曾はー、木曾は、真っ先にやられそう」
提督「何故かそういうイメージになるな」
北上「強いんだけどね。なんか生き残るイメージないよね」
提督「純粋に良い奴なんだけど純粋過ぎて死亡フラグ乱立した挙句やられそう」
北上「世の中を生きていくにはあまりにもバカ正直だからねぇ」
提督「…これは悪口だろうか」
北上「褒めてるという事にしておこう。実際褒めてるし」
提督「そうだな。そうかな」
北上「いい子だよ」
提督「そうだな」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「よし。買い物はこれで終わり」
北上「ではアイスを食べよう」
提督「そんなに食べたいのかよ」
北上「ちょうど小腹すいたしちょうどいいじゃんか」
提督「それもそうか。あそこでいいか?」
北上「いいよ。何食べる?」
提督「俺はバニラでいいや」
北上「じゃあ私ゃメロンでお願いしますよー」
提督「あいよお姫様」
近くの椅子に座りパツキンの背中を見送る。
周りには随分と人がいるけれど2回目ともなると少しは慣れてきたようだ。
改めて見るとカップルが多いな。
私達もそう見えるのだろうか。
北上「だとしたらやはりパツキンはいただけない」
あれ?そういえば私の飼い主も金髪だったがあれはどうだったっけな。
記憶としてはかなーり微妙な感じだ。
写真の女性は確かに綺麗な金髪だったけど。
北上「ん?」
鳴き声がした。
おっと字が違う。泣き声だ。
見ると店の横のテーブルのひとつで小学校低学年くらいの男の子が泣いていた。
側で膨れっ面になっているのは姉だろうか。
こちらも男の子の方とそう年は離れていないように見える。
「ほら、いったい何があったの」
提督と同じようにアイスを買いに行って戻ってきたらしい母親が必死にとりなす。
「お゛ね゛え゛ぢゃんがぁ!」
「違うもん!私は取り返しただけだもん!」
姉弟喧嘩というやつか。
兄弟、姉妹。いや、
北上「ケンカかぁ…」ハァ
提督「どうした?ため息なんかついて」
北上「おかえりー。って、ありゃ?都会のメロンアイスクリームってオレンジ色なの?」
提督「メロンの方は生憎と売り切れでな。変わりにオレンジにした。嫌いだったか?」
北上「うんにゃ。甘けりゃかまいませんよー」
差し出されたオレンジアイスクリームを受け取りひと舐めする。
北上「うんうん。いいねぇ、侘び寂びだねぇ」
提督「そういうのは抹茶味とかに言う感想なんじゃねーの」
そう苦笑しながら提督もアイスクリームを食べる。
私達(艦娘)は喧嘩をしない。
勿論小さな喧嘩。小競り合いというか言い合いというか取っ組み合いというか、それくらいはある。
というか日常茶飯事だ。
でも大きな喧嘩はない。滅多にない。
結局のところ少しばかり言い合いをしたり、ちょっとばかし取っ組みあったりするのはコミュニケーションのうちだ。
中には全力で拳で語り合う者もいると聞くが。
それでも本当に殴る蹴るだとか、無視するだとか、仲違いをするだなんて事が起こらないのは、私達が知ってるからだ。
それはもう刷り込まれていると言ってもいい。
戦場においてそういった亀裂は死を招くことを。自分にも、相手にも。
だから本気で本音を言い合える人間が羨ましい、と言う訳では無い。
別にどちらがいいとか悪いという訳ではなく、要は隣の芝生という事なのだ。
冷静に考えれば喧嘩なんて起こらない方がいいに決まってるのだから。
自分達にないものというのはどうにも輝いて見えるものだ。
北上「…提督はよく大井っちと喧嘩してるよね」
提督「喧嘩…喧嘩かなぁ?いや喧嘩かぁ。あんまし考えた事なかったな」
北上「いいよねえ、仲睦まじくて」
提督「そう見えるのはおかしくないか?」
北上「喧嘩するほど仲がいいっていうじゃん」
提督「まあ仲が悪いわけじゃないけどさ。ならやっぱ喧嘩じゃねえのかなあ」
北上「じゃあなんなのさ?」
提督「んー取り合い?」
北上「何の?」
提督「…秘密」
北上「えーズルいなぁ」
提督「なんでだよ」
北上「お詫びにアイス1口ちょーだい」
提督「何がお詫びだ食いしん坊め」
北上「食いしん坊といえば多摩姉だね。すごいよ多摩姉のお腹は。四次元ポケットだよあれ」
提督「猫型ロボットだったのか」
北上「えい」ペロッ
提督「うわあっぶね、零れたらどうすんだよ」
北上「うーんバニラ」
提督「そりゃバニラだからな」
北上「もっと甘いのがいい」
提督「ホント好きな甘いの」
北上「はい」
提督「?」
北上「私のメロン、もといオレンジアイスを1口やろうじゃないか」
提督「えっと、いいのか?」
北上「そんなに躊躇するとこじゃなくない?」
提督「いやだって、食べかけだしさ」
北上「そこ気にするところ?」
提督「はぁ、わかったわかったいただきます」
北上「どお?」
提督「…めっちゃ甘い」
北上「そんなにかな」
コーヒーもそうだったが提督、なんでも甘いと感じる舌でも持ってるのだろうか。
北上「でさ、考えたんだけどさ、別に下着じゃなくてもいいんじゃないって」
提督「俺も出来ればそうしたいけど他に思いつかなくてな」
提督の言わんとすることは分かる。
艦娘はオシャレをしない、しにくい。
着飾っても基本的に鎮守府の中だけ。出撃は不思議と入渠で回復する制服しか着ない。
バックなんかも使わないしキーホルダーなんかも付けるところもない。
普段から身につけてくれるようなものをあげたいとなると選択肢がヒジョーに狭いのだ。
北上「となると髪留めとか寝間着とかいいんじゃないかなって」
提督「あいつ髪留めなんか使うのか?」
北上「邪魔だからってまとめる事は割とあるよ。貰ったら積極的に使いたくもなるだろうし」
提督「北上だったら何が欲しい?」
北上「私?なんで?」
提督「参考までに」
北上「私はもっと普段使うものが少ないしなぁ」
今欲しいものかあ。本とかしか思い浮かばない。
北上「あ、スマホケースだ」
提督「スマホケース?北上とは1番縁遠い単語だな」
北上「私だってこいつと仲良くなろうと頑張ってるんですよ~。で、手始めにというか訳あってケースが欲しくて」
提督「昨日買わなかったのか?」
北上「買おうと思ったのが結構後の方でさ。大井っちにもまた今度にしたらって言われたし」
提督「はぁん、流石だぜ大井っち」
北上「え?」
してやられたというような顔でよくわからない事を言う。
提督「じゃケース買いに行くか」
北上「そんなんでいいのホントに?」
提督「下着よりはいいだろ」
北上「そりゃまあ」
提督「北上にも買ってやるよ。今日のお礼って事で」
北上「いよっ太っ腹」
提督「腹と言やあそろそろダイエットの季節だな」
北上「食欲の秋?」
提督「そゆこと」
北上「それならこの前阿賀野が減量失敗宣言してたよ」
提督「早くない!?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「これ」
提督「相変わらず猫好きだな」
北上「可愛いじゃん?」
提督「そりゃそうだがな」
私が選んだのは猫のマークがあしらわれた黒いケース。
北上「ここにカードとか入れるポケットもあるしね」
提督「なんか入れるのか?」
北上「えーっと、今運の上がるお守りとか?」
提督「なんだそりゃ」
ゴムとは言えない。
北上「てーとくは何買うか決めたの?」
提督「モチのロン」
北上「どれどれ?」
提督「これとかどうよ」
北上「…え?」
提督「変か?」
北上「変、じゃあないけどさ」
それは私のと色違いの、白いケースだった。
提督「北上とお揃とかいいんじゃないかなって」
北上「喜ぶとは思うけどね」
提督「じゃあいいんじゃね?」
そこは普通提督とお揃いにする流れだろうよ。天然なのかこの人。
北上「じゃあこれでいっか」
提督「よっし買ってくるぜ」
北上「あいあい」
まあいいや、別に私がそこまであの二人を応援する理由もないし。
考えてみればお揃いのものなんて恥ずかしくって出来なさそうなら2人である。
北上「面倒なカップルだ事」
お店を出て入口で提督を待つ。
これで今日の買い物は終わりかぁ。
案外あっという間だ。
あっという間すぎて少々、もったいない。
提督「おまたー」
北上「意外と荷物増えたね」
提督「かさばるものも多いしな。つってもどれも軽いから問題ない」
北上「エー、スカレーターはあっちか」
提督「他になんか買いたいものあるのか?」
北上「ん?帰るんじゃないの?目的のブツは買えたんだし」
提督「いやいや、せっかくなんだしもう少しいようぜ」
北上「いいの?」
提督「多少遅くなったって問題ないだろ」
北上「ホントかよ」
提督「そのための今日だ」
北上「ふーん、そっかあ」
提督「あ、いや、帰りたいってんなら別にそれでもいいんだぞ?」
北上「まさかでしょ。せっかく、なんだしね」
提督「だな」
北上「へへ、じゃあもうちょっとだけたくさん遊びましょうかねぇ」
人間は、例えばズル休みとかそういう少しだけ背徳感のあるわるーい事を妙に楽しいと感じる生き物だ。
北上「ねっ、てーとく」ニッ
そんな背徳感は例えば秘密を共有する悪友なんかがいるとさらに気持ちよくなって、ついついニヤリと笑ってしまう。
提督「」
北上「…てーとくー、おーい」
提督「お、おう。わりぃわりぃ」
提督「で、北上はどこ行きたい?」
北上「んーそだねぇ」
何処か。
大井っち達と来た時は時間の都合でそう多くは回れなかった。
夕張達の言ってたアニメやら漫画やらの店も行ってみたいし、
ペットショップじゃなくて魚や鳥なんかも見てみたい。
ブックカバーや栞なんかを探すのも悪くないかな。
他にも…
北上「ん」
提督「ん?」
北上「ほら」
提督「いや、なんだ?その手は」
北上「てーとくが連れてってよ。私が行きたい所じゃなくて、提督が連れてってくれる所に行きたい」
提督「…いいのか?俺なんかで」
北上「私が行きたい所ならまた大井っち達と、なんなら私一人でも来れるからさ。なら今は今しか行けないところに行きたい」
提督「やれやれ。責任重大だなこりゃ」
北上「そんなに固く構えなくてもいーよ。お散歩気分でいいんだよこーゆーのは」
提督「仮にも男だからな。エスコートくらいしっかりやれって言われてんのさ」
北上「…」
まぁた大井っちか…もうデートとかしたのかな。
提督「よし決めた!いつまでも女性を待たしちゃいけねえやな」
そう言って差し出した私の手をしっかりと握ってくれた。
北上「今日は提督が羅針盤だね」
提督「変なところに連れてかれないように祈っとくんだな」
北上「で、進路は?」
提督「お前ゲームとか興味あるっけ?」
北上「夕張達とやったりしてるよ、色々と。一人の時は読書優先なだけ」
提督「オーケーオーケー。ならまずは、ゲーセン行こう!」
北上「わお」
遊んだ。ひたすらに遊んだ。そりゃもうネジの二三本落っことしてきたんじゃないかってくらいに。
北上「私運転の才能ないのかな」
提督「レ、レーシングゲームで負けたくらいで運転の才能はわからんだろ」
北上「まさか曲がりたい方向に身体を傾けちゃうような奴が実在した上にそれが自分だとは…」
提督「免許取るつもりとかあったのか?」
北上「原付くらいは乗ってみたかった」
上司と部下とか提督と艦娘とか人とか船とか猫とか男女とか関係なく、気の合う友人との愉快な時間だった。
提督「死んだ…」orz
北上「情けないなあ。仮にも軍人でしょ」バババ
提督「俺は銃なんか訓練した事ねえっての。なんでお前はそんなに得意なんだよ」
北上「そりゃまあ実際に撃ってるしね」リロード
提督「え」
北上「え、あ、あれね、単装砲とかをね」バババ
提督「あーそゆこと。確かに大きさ的には銃と変わらないものな」
ゴメン、本物の銃握ってます。
北上「よしクリア。次のステージ行く?」
提督「もういいや、他のやろ」
北上「拗ねた…」
北上「リズムゲームって意味がわからない」
提督「でもクリア出来たじゃん」
北上「流れてくるアイコンに合わせて太鼓を叩くって意味なら別にそう難しくはないよ。でも曲にのってってのがサッパリ。多分無音でやっても私の得点は変わらないと思うよ」
提督「あーそういうことか。でもこればっかしは感覚的なもんだしなあ」
北上「だよねえ」
提督「うんうん」
北上「ところで提督」
提督「なんだ?」
北上「イージーでやったら?」
提督「ノーマルより下げたら負けかなって」
北上「クリアしてから言おうよそれは」
提督「これがプリクラ」
北上「お金を入れてくださいだって」
提督「お、始まった」
北上「なんか色々選べるね」
提督「おい時間制限あるぞこれ」
北上「短っ!初見殺しじゃん」
提督「とりあえずノーマルで」
北上「補正もいっぱいあるね」
提督「目の大きさってなんだよ」
北上「若さ補正まである」
提督「若さ、若さってなんだ」
北上「振り向かないことだよ」
提督「これでいいかな」
北上「うわ始まった」
提督「早くね!?早くね!?」
北上「ど、どーする?ポーズどうする?」
提督「なんかこう、かっこいいやつでいこう!」
北上「よし来た!」
パシャッ
提督「なんで2人してガイナ立ち」
北上「咄嗟に簡単に取れるかっこいいポーズ」
提督「まあそうだけど」
北上「次来た」
提督「やっぱ短ぇ!」
北上「次は?」
提督「今度は北上が指定してくれ」
北上「うわぶん投げたこの人」
提督「ほら時間ねぇぞ!」
北上「えぇえじゃ初代プリキュアで!」
パシャッ
北上「なんで咄嗟にポーズ取れるのよ」
提督「飲み会の罰ゲームでコスプレ付きでポーズさせられた話する?」
北上「kwsk」
提督「あれは大規模作戦後の夜だった…って次々!」
北上「ちくしょうちょっとは待てないのかねえ!」
提督「もっとこう2人だからこそできるポーズがいいな」
北上「プリキュアはそうじゃない?」
提督「それは忘れてくれ」
北上「はい次ー」
提督「え、えーと、知性と恍惚のポーズ!」
パシャッ
北上「ゼロいいよね」
提督「このポーズは見れないけどな」
北上「悲しいね」
提督「北上はどことなく栗栖っぽいな」
北上「胸か、胸の話をしているのか」
提督「違、わないけど」
北上「何さ提督なんてそんなに身長ないくせに」
提督「オカリンが高すぎる」
北上「次ラストじゃん」
提督「プリクラっぽい写真を1枚も撮れていない気がする」
北上「プリクラっぽいってなんだっぽい?」
提督「哲学っぽい」
北上「えーい時間ない」
提督「なんかプリクラっぽいので」
北上「じゃ、じゃあこういうの?」
提督「マジか」
パシャッ
提督「2人でハートマーク作るってもう時代遅れな気がする」
北上「正直同意」
提督「今のアベックは何が流行りなのかね」
北上「案外プリキュアとかナウいヤングにバカ受けかもよ」
提督「次はお絵描き。お絵描き?」
北上「撮った写真をコラ出来るらしい」
提督「コラって言うなコラって」
北上「うわ!提督目がデカい!」ブハッ
提督「キモっ!なんだこれ!」
北上「パツキンなのに目が!目がキラッキラしてる!プリキュアに違和感ない」ワハハ
提督「おりゃ」
北上「あー目線はズルいよ隠すなよ~」
提督「あれ、目線引いた方がなんかヤバい奴に見える」
北上「」プルプル
提督「お前さっきから笑いすぎだろ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「出来たな」
北上「会心の出来だね」
提督「じゃあボッシュート」
北上「あぁ!なぜに!」
提督「バカめ!こんな醜態をタダで晒すと思うてか」
北上「むむ、ならばどうすれば」
提督「こいつよこいつ」
北上「コイン?」
提督「そそ」
北上「さっきコインゲームで惨敗して残ったのをどういうわけか思い出とか言ってポッケに入れたやつじゃん」
提督「そこは言わなくていい」
提督「というわけで今からこいつを投げて掴む。北上は俺の右手と左手、コインを握ってない方を選んだら価値だ」
北上「え?それって」
提督「ほっ!」
北上「提督もか…」
提督「え、何が?」
北上「あーそっか、提督が教えたんだから当たり前か」
多摩姉は確かそう言っていた。
提督「もしかしてバレてる?」
北上「両手出して」
提督「バレテーラ」
北上「あと写真も出せペテン師め」
提督「チクセウ」
北上「多摩姉ちゃんも同じ事やってたんだ。そっちは普通に見破ってやったけどね」
提督「さっすが、動体視力いいなお前は」
北上「まあね」
提督「俺のはどうだ?」
北上「バレバレ」
提督「マジかよ。親父直伝の技なのに…」
こんなせこい技で落ち込まれても。
北上「そういえば姉ちゃんは提督に教わったって言ってたよ」
提督「げっ、俺かよ。ん?俺か?」
北上「あれ?違うの?」
提督「あーいや、俺か。俺だな」
北上「お、おう」
歯切れが、そういえば多摩姉も歯切れが悪かったっけ。
提督「後は、UFOキャッチャーとかやるか?」
北上「景品ものはいいかなあ。置く場所に困るし」
提督「切実な」
北上「しかしあれだね。まるで男子高校生みたいな事しかしてないね」
提督「男子高校生とか知らねぇだろお前」
北上「アニメで見た」
提督「多分だけどそれは日常詐欺のやつだ」
北上「もっとこう普通の事したいね」
提督「普通って?」
北上「デートっぽいこととかさ」
提督「」
北上「女子高生の感じは昨日味わったんだ」
提督「」
北上「男子高校生のノリは、まあ今のでいいや」
提督「」
北上「後はカップル的な事を体験しておきたいなって、提督?」
提督「ゴメン。処理が追いついてない」
北上「はい?」
一体何をそんなに慌てて…
北上「提督」
提督「はい」
北上「デートしたことある?」
提督「ナィ」
北上「うぇー…」
考えてみたら提督である。おいそれと外に、まして部下とデートでなんて出来るはずもなし。
なし?いや今日みたいにできなくもないはずなのに?
北上「提督…」
提督「やめろぉ!そんな悲しい目で見るなぁ!」
北上「いや、うん。だからゲーセンだったんだね。結果的に楽しめたから、セーフセーフ」
提督「すげぇ的確に心を殺しに来てる」
北上「まあ私も他人の事言えないけどねぇ」
いや、他人の事というよりは人の事か。
提督「いいんだいいんだ…俺は好きで提督やってんだ…」
北上「おーよしよし」
ちょっと言いすぎたかな。
北上「よし!ならばこの北上様が一肌脱ごうじゃあないか」
提督「え?」
北上「やろうよデート」
提督「え゛!?」
北上「予行練習にさ。2人でちょっと大人になろうじゃないさ」
提督「やるっつったって、何する気だ?」
北上「んーとりあえず手を繋ぐとか」
提督「他には」
北上「んー」
提督「他には」
北上「んー」
提督「お互いダメじゃねぇか」
北上「なんかそれっぽい事すればいいっしょ」
提督「適当だな」
北上「堅苦しくやるもんじゃないしね」
提督「だな。よし!やるか」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
【洋服店】
提督「やっぱオシャレだろ」
北上「私達にとって1番難易度高くない?」
提督「だからこそだろ。さぁ行くぞ」
北上「うわぁやだやだ。キラキラしてるよ、輝いてるよ。川の魚はね、綺麗すぎる水じゃ生きていけないんだよぉ」
提督「今のお前の格好なら浮かないって。大丈夫大丈夫」
北上「う~…というか提督なんで余裕なのさ」
提督「入るのは北上だしな」
北上「え、ここは男が選ぶものじゃない?」
提督「マジで?でも女物だぞ」
北上「だからどっちが似合う?みたいなのやるんじゃないの?」
提督「あーなるほど」
北上「でしょ?」
提督「いってらっしゃい」
北上「おいこら」
「あのー、何かお探しでしょうか?」
北提「「大丈夫デス!」」
北上「どれも如何にもお洋服って感じだね」
提督「あまりに見慣れないものばかりだな」
北上「えーっと、じゃこれとこれどっちがいいかな?」
提督「ん?ワンピース、でいいんだよな」
北上「多分」
提督「白のワンピースってなんかいいよね」
北上「じゃこっちか」
提督「このての黒のワンピースってあんまり見ることないよな」
北上「ワンピースっていったら白で夏と田舎と幼馴染と麦わら帽子だよね」
提督「その通りなんだけどそこまで分かられてるとなんかやだな」
提督「鎮守府にはワンピースいないもんなあ」
北上「みんなスカートかスパッツとかだもんね」
提督「基本短いし」
北上「濡れにくいし風通しいいから楽でいいけどね。四六時中あんな格好だと見られるのも慣れるし」
提督「俺も見慣れたわ。夏なんか酷いときゃシャツとパンツだけで過ごすやつもいるし」
北上「隠す意味もないからねえ。暑かったら露出度上げればいいやって思考になるわけよ」
提督「あの金剛が扇風機の前で下着オンリーであぐらかいてたの見たときゃ暑さって怖いなってなった」
北上「大丈夫だったのそれ?」
提督「太陽より真っ赤になってガラス窓突き破ってった。しばらく大変だったよ」
北上「でしょうね…」
北上「大井っちとかワンピース似合いそう」
提督「あー分かる」
北上「こういう長いのはみんな嫌がるみたいだけどね」
提督「なんで?」
北上「短いのになれてるからね」
提督「職業病みたいだな」
北上「神風とかならいけるかな」
提督「珍しく露出度低いものな。後は隼鷹とか」
北上「あの人はドレスとかのが良さそう」
提督「ところで北上って妙に神風好きなイメージあるけどなんでだ」
北上「んー、なんかこうあの子って見てるといじりたくなるというか、ムラっとこない?」
提督「俺ここで頷いたらアウトだよなこれ」
北上「秋、というかもう冬物も売ってるね」
提督「お前ら冬もあの姿だもんな」
北上「艤装付けてる時は寒さには強いからね。暑さが弱点だよ」
提督「部屋着とかは?」
北上「ドテラとか着て後はコタツに」
提督「コタツはまだ出さねぇぞ」
北上「ちぇー」
提督「鎮守府には冬服派とドテラ派がいる」
北上「そうなの?」
提督「空母とか和服よりなやつらはドテラが馴染むんだと。まあ海外艦のクセにドテラ愛好家なのもいるけど」
北上「ほほう。駆逐艦はかなり好みが別れそう」
提督「実際そうだな。後吹雪は冬でもあの服装だ」
北上「逞しいね秘書艦」
提督「さっむ!とか言いながらも鳥肌ひとつたてずに仕事すんのな」
北上「凄いね秘書艦」
北上「お、てーとく~見て見てー」
提督「なんかいいのあったか?」
北上「じゃん!」
提督「紫外線照射装置…クソTシャツってやつか。なんでよりによってそれ…」
北上「どうせ使うのは部屋着くらいなんだしこういうネタ的なのがいいっしょ」
提督「まあそりゃそうかもだが。いやそうなのか?」
北上「てーとくはこれね」
提督「なになに、クソT?なんてクソTにクソTって書いてあるんだよ…」
北上「まさにクソTシャツだね」
提督「それになんでこれが、あ!そういうことか、曙かよ」
北上「提督的にはクソ提督呼びってどうなの?」
提督「例えばクソ親父とかクソババアってどこか愛情を感じさせるところあるじゃん」
北上「ふむ、なるほどね」
提督「1番キツいのはおいとかお前とかでしか呼ばれなくなった時。時点でロリコン呼び」
北上「なんか生々しい意見だけど実体験?」
提督「北上に似合いそうなのはっと」
無視しやがった。
提督「これとかどうよ」
北上「台風?風関係は駆逐艦の特権じゃない?」
提督「そういや台風って艦はいないな」
北上「物騒だからね」
提督「そりゃそうか」
北上「で、台風の意味は?」
提督「ニュースでよくやってるだろ?台風北上とか」
北上「うん、うん?」
提督「漢字だよ漢字」
北上「あー北上か。あー、確かにそうだね。考えた事無かった」
提督「あれ見るたびに北上が浮かぶんだよな」
北上「自分の事って案外気づかないもんだねぇ」
提督「文字入りのTシャツは川内型がよく着てたな」
北上「夜戦って文字のを着てるのは知ってるけど、那珂とか神通もなの?」
提督「元々那珂ちゃんがサイン入りの服を作る!って服に試し書きしたのが発端らしくてな。それを川内が真似した」
北上「神通は?」
提督「2人に合わせて」
北上「あーうんそんな感じだろうね」
提督「でも楽しそうだったな」
北上「2人のこと大好きだもんね」
提督「後は金剛達とかか」
北上「提督LOVEって?」
提督「その通り」
北上「わかりやすい…で比叡さんがお姉様LOVEでしょ」
提督「榛名と霧島はなんだと思う?」
北上「榛名さんもお姉様LOVE、いや、と見せかけて提督LOVEとか?」
提督「なんで分かるんだよなんか怖ぇよ」
北上「あってるんだ…霧島さんは、霧島さんは?なんだろう」
提督「カタカナでヨタロウって書いてあった」
北上「何故に?」
提督「さぁ…?」
北上「お、これは阿武隈にでもあげようかな」
提督「熊注意か。クマってだけで阿武隈なのは安直じゃないか?」
北上「ほらほら、ここにdangerってあるでしょ」
提督「デンジャーは、危険ってことか」
北上「そ、熊危ないって事」
提督「あ、危熊か」
北上「Yes」
提督「言われなきゃ気づかないぞこれ」
北上「今んとこ3着か。神風はあの服気に入ってるから着てくれないだろうなあ」
提督「っておいさっきの2着も買う気かよ」
北上「せっかくだしいーじゃんか」
提督「結局こーゆーのになるわけね」
北上「身の丈にあったものを身につけるべきだと思うのだよ」
提督「大井とかには買わないのか?」
北上「球磨姉ちゃんも多摩姉ちゃんも制服派だし大井っちは自分でお洒落してたりするし、木曾は運動着とかだしね」
北上「提督は何か買わないの?」
提督「自分のセンスが羅針盤以上に信用出来ない」
北上「それはまたなかなかに…」
提督「んーさっきのワンピースとか?」
北上「え、提督着るの?」
提督「なんでだよ!北上へのプレゼントって事だよ」
北上「あー、ビックリした」
提督「普通そうなる流れだろ…」
北上「ちなみにどっちが似合うと思う?さっきは聞きそびれたけど」
提督「黒はなぁ。やっぱ白で」
北上「ほほーう。あでも私着るつもりないからいいよ」
提督「おい」
それに私は黒猫だしね。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「化粧品とかってどう?」
北上「絶ッ対に嫌」
提督「すげぇ拒否」
北上「まず口紅とか。唇に何か塗るってのがもうムリ」
提督「そんなに?」
北上「リップクリームとか好き?」
提督「嫌い」
北上「そういう事」
提督「なるほど」
北上「何が嬉しくって顔とか目とかになにか付けたり塗ったりするのかねぇ」
提督「何かが嬉しいからなんだろうな。でもそんなに嫌がるってことはやった事はあるのか」
北上「大井っちと、あと駆逐艦にやられた」
提督「どうだった?」
北上「顔を白っぽくして口紅塗ると呪いの日本人形になると分かった」
提督「日本人形…ブフッ」
北上「あ!笑った!笑ったな!」
提督「いや違う違う!いてて引っ張んなって」
北上「だぁーまだニヤついてるー」
提督「はは、お前日本人らしいっていうか、元がいいからな。変に着飾らなくていいってことだろ」
北上「…」
提督「…北上?」
北上「誤魔化せると思わないでよね」ジトー
提督「サーセン」
北上「化粧してる艦娘は結構いるんだって。程度に差はあるけど」
提督「そうだな。それこそ口紅とか俺でもわかるくらいのをしてる奴は多いと思う」
北上「服は何かあったら破けるけど化粧は緊急時でも邪魔になることはないからだって」
提督「改めて大変な仕事だな」
北上「提督がそれ言う?」
提督「俺だから言うのさ」
北上「さいで」
提督「ちなみに香水とかは?」
北上「臭いからいや」
提督「えぇ…」
北上「どうせ潮の香りの方が強いしね」
提督「じゃ化粧品はやめて他のとこに、北上?」
北上「…あの子」
提督「あの子?」
そこそこの人混みの中1人の幼い少女が立ちすくんでいた。
北上「さっきアイス食べた時にいた子だ。喧嘩してた」
提督「あーそういや声が響いてたな。そんなに気になるか?」
北上「だってほら、周りに誰もいないよ」
提督「え」
そう。周りに弟やあの母親らしき人物は見当たらない。
道の真ん中にいるあたり例えば店で買い物をする誰かを待っているとも考えにくい。
それにきっとあの肩の震えは先程の喧嘩が原因ではないだろう。
提督「行くか。北上はどうする?此処で待ってるか?」
北上「このご時世パツキンの男が幼女に話しかけたりしたら即事案だよ。私も行く」
提督「…それもそうだな。なんか悲しくなってきた」
北上「でどうすればいいの?」
提督「迷子センターとか連れてきゃいいんじゃないか?」
北上「ならそれで」
北上「やほーお嬢さん」
「!?誰?」
北上「普通の人間だよ。ただ君みたいなちっちゃなお嬢さんが1人でどうしたのかなって」
「…ママを探してるの」
提督「いや迷子なのは君n「そっかーママが迷子かーそうかそうかー」…」
「うん」
北上「じゃあさ、お店の人達にちょっと探すの手伝ってもらおうよ」
「お店の人に?」
北上「そそ、すぐ見つかるよきっと。だからほら、行こ?」
「…うん」
警戒されるだろうなぁと思いつつ出してみた手は思いのほかあっさりと小さな手に掴まれた。
提督「なんかお前が駆逐艦とかに好かれるのがわかった気がする」
北上「どーゆー意味それ」
「おじさんは誰?」
提督「おじさん!?」
北上「ぶっ!…だ、誰だと思う?」プルプル
「んー…お父さん?」
提督「oh…」
不思議そうな目で見てくる少女を前に私はしばらく腹を抱える羽目になった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「へー、フラワーガーデンかぁ」
「うん。みんなでお花を見に来たの」
迷子センターなるものは一階にあるらしく、少女の手を引きながら下へ向かっていく。
提督「ここの屋上ってそんなに広かったのか」
北上「後で行ってみる?」
提督「それはありだな」
「すーっごくキレイだよ!」
北上「そりゃいいや」
「うん!」
北上「ところでさ、さっき弟くんとケンカしてたのを見ちゃったんだけどね」
「え」
提督「お、おい北上」
北上「仲直りできた?」
「…向こうが謝ってこないんだもん」
北上「そりゃそうか。謝ってくれなきゃ許すって言えないもんね。でもじゃあ謝ったら許すんだ」
「…わかんない」
北上「わかんない?」
「まだムカついてるもん私」
北上「ムカついてたらしょうがないね」
「うん」
北上「ねぇ、もしこのまま仲直りできなかったらどうなる?」
「…遊べなくなる」
北上「他には?」
「一緒にお話出来なくなる」
北上「他には?」
「たっちゃんとかみーちゃんに変に思われる」
北上「他には?」
「つまんない」
北上「そっかあ」
「そうだよ」
提督「…」
「あ!ママだ!」ダッ
提督「え?」
北上「アレかな?」
一階の迷子センターの窓口に小さな男の子を連れた女性がいた。
提督「先に着いてたのか」
北上「めでたしめでたしだねぇ」
提督「お前、なんであんなこと聞いてたんだ?」
北上「ん?」
提督「いやさ、なんつーかあやし方というか、子供と扱い慣れてるなって」
北上「別にそんなんじゃないよ。ただ本当に純粋に聞いてみたかっただけ」
提督「ご感想は?」
北上「人も艦娘もそう変わんないなーって」
家族だからとか姉妹だからとか、同族だからとか。そういうのじゃなくて、一緒にいたいから一緒にいられるように努力してるんだ。
「おじ、お兄さんは結局誰だったの?」
北上「ん?んー、上司かなぁ」
「じょうし?」
北上「そそ」
「ヤクザのボス?」
北上「それは知ってるんだ…」
迷子センターで母親に泣きながら感謝されて若干たじろいでいる提督を眺めながら少女と最後の会話を楽しむ。
北上「さて、そろそろさよならかな」
「えー一緒に帰ろうよー」
北上「帰る場所が違うんだよ。仕方ないさ」
「お姉ちゃんは何処に帰るの?」
北上「普通の世界にだよ」
「でもお姉ちゃん普通じゃないよ」
北上「え?」
「なんかね、キラキラしてる」
北上「キラキラ、ねえ」
一瞬焦った。子供は妙に鋭いというがまさか艦娘だとバレちゃいまいな。
北上「さて、それじゃ」
「行っちゃうの?」
北上「うん」
「…またね!」
北上「うん。さよなら」
サヨナラを言うのは三度目、いや二度目かな?
提督「いやぁ参ったぜ。俺なんか何もしてねぇのにあんなに感謝されて。悪い気はしないけどさ」
北上「…」
提督「もし名前とかそういうの聞かれたらどうしようかと焦ったけど大事になってなくてよかった。北上?」
北上「またねって言われた」
提督「?あの子に?」
北上「凄く寂しそうな顔してさ、それで願うようにまたねって」
提督「よっぽど気に入られたんだな。良かったじゃん」
北上「そうじゃなくてさ。別れたら会えないんだなって」
鎮守府にいると忘れてしまう。誰かと出会う事と別れる事を。
一度別れるとどんなに再開しようとしても中々出来ない事もあると私はよく知っているはずなのに。
北上「またね、か」
提督「寂しくなったか?」
北上「思い出したって感じかな」
提督「なんだそりゃ」
北上「ねえねえ。屋上行ってみようよ」
提督「フラワーガーデンか。でももう日は沈んでるんじゃないか?」
北上「秋だもんねぇ。まあ暗かったら諦めよう」
提督「だな」
北上「さあ行くよおじさん」
提督「まてこら」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「ほお、こりゃすげぇ」
北上「わーお」
屋上。
空は確かに暗くなっていたがガーデンは様々な照明で昼よりも明るいのではないかというくらいにライトアップされていた。
提督「すっげぇ電気代食いそう」
北上「うわー経営者目線ー」
提督「だって、なあ」
北上「なあって言われてもよ。とりあえず色々見て回ろう」
提督「これなんて花だ?」
北上「彼岸花だって」
提督「あー聞いたことはある」
北上「花言葉なんだと思う?」
提督「サッパリだよ。女ってなんで花言葉とかよく知ってるんだろうな」
北上「さあね。ちなみに花言葉は私も知らない」
提督「知らんのかい」
北上「言葉は花に込めるより相手に伝えるものでしょ」
提督「それだと 花がない だろ?」
北上「おー、提督にしては上手いこと言うね」
北上「あ、ベンチある」
提督「休んでくか」
北上「さんせー」ヨイショ
提督「流石に疲れたな」
北上「肩こったー」
提督「なんで肩」
北上「普段からねー魚雷が重いんだよ魚雷が」
提督「艦娘でも肩はこるのか」
北上「多分?」
提督「本人が疑問持ってどうするよ」
提督「今度マッサージでもしてやろうか?」
北上「おーいいねぇ。マッサージは好き、どんどんやって」
提督「好きって事は、普段は大井がやってるな」
北上「分かってるじゃん提督。もしやるなら大井っちを超えないと満足はできませんよぉ」
提督「ハードルたっけぇなおい」
北上「目標は高く」
提督「身の丈にあったものをってさっき言ってたろ」
北上「時には無茶しなきゃ」
提督「無茶と言い切ったなコノヤロウ」
北上「てへ」
北上「…」
提督「…」
北上「明るいね」
提督「大きい街だからな」
北上「陸にはこんなに人がいるんだね」
提督「これだけの人を守るのが俺たちの仕事なんだよ」
北上「提督はさ、どうして提督になったの?」
提督「んだよ急に」
北上「言い方は変かもだけど、提督元は一般人だったわけでしょ?」
提督「まあな。一応」
北上「なのに提督なんて立派なものになるなんて何があったのかなって」
提督「立派ねえ。そうご立派なもんじゃねえよ俺は」
北上「?」
提督「昔は人手不足だったから問答無用で戦地へ送られたらしいけど、今は戦局も安定してるからな。提督を育てる学校なんてのもあるらしい」
北上「へ~。それは知らなかった」
提督「お国を守る仕事だし、給料もいいってんで倍率は高いらしい。その分内容も難しいとか」
北上「人気なんだね」
提督「そして、入った奴の八割は辞めたり諦めたりだとさ」
北上「え、なんでさ」
提督「現実を知るからだよ」
北上「現実?」
提督「周りには初めて会う異性のみ。外界からは切り離されて缶詰。知り合いはおろか親兄弟にだって早々会えないし外部との連絡もおいそれと取れたりはしない」
北上「…改めて聞くと凄まじいね」
提督「金があったって使い道なんて限られるしな。ブラック企業のがなんぼかマシだ。人にもよるんだろうけど」
北上「それを良しとする少数が提督になってくわけか」
提督「そう。提督になる奴なんてどっか変なやつばっかだよ」
北上「提督もその選ばれた少数なの?」
提督「俺はコネで提督になった」
北上「うっわ、うっっわぁ」
提督「そこまで引くなよ」
北上「大暴落だよ。提督の株が急降下爆撃だよ」
提督「でもまあ、変なやつってのは同じだよ。俺もさ」
北上「提督が変なのは知ってる」
提督「さいで」
提督「お?これは、薔薇か」
北上「流石に薔薇の花言葉は分かる」
提督「愛だろ」
北上「そそ」
提督「…なあ、北上は好きな人っているか?」
北上「へ?なになにどうしたのさ急に」
提督「いやなんとなく」
北上「好きな人、ねえ」
飼い主、は少し違うかな。ご主人様だし。
大井っちや多摩姉ちゃん達は、やっぱり違うかな。
他にも神風や日向さん、吹雪に叢雲に…
北上「いまいちピンとくる人はいないなあ」
提督「そっか」
北上「提督はいるんでしょ」
提督「断定された」
北上「流れでわかるよ」
なんてのは嘘だけど。
提督「そりゃそうか」
北上「この景色を見て俺は人類を愛してるーだから守るんだーとかいう気なの?」
提督「そんな大層なやつに見えるか?」
北上「いや全然全くこれっぽっちも」
提督「デスヨネー」
北上「何が言いたいのさ」
提督「たださ、愛する者がいたとして、それが最優先にはなるかは別問題だと思うんだ」
北上「?まあそれはそうだと思うけど」
どういう意味だろうか。提督という立場上大井っちに現を抜かせないとかそういう話?
そんなわけないかこのずぼら人間が。
提督「帰るか」
北上「いいの?懐かしの人界をもっと楽しまなくて」
提督「長らく閉じこもってたせいですっかり人としての感覚を忘れちまってよ。さっさと愛しの鎮守府に戻りたいのさ」
北上「ただ引きこもりのくせに」
提督「警備員だからな。でも守るのは自宅じゃなくて海域だぜ」
北上「随分大幅にジョブチェンジしたね」
提督「ジョブチェンジってんなら北上だって」
北上「え」
提督「軽巡から雷巡って」
北上「あーそっちかあ」
提督「そっち以外にあるのか?」
北上「いやいや何でもない」
元々の職業は猫と言ったらどう反応するだろうか。
北上「あ」
提督「どした?」
北上「うーん、いやなんでもない」
どうして提督になったのか、というのをなんだか上手いことはぐらかされた気がする。
まあまた聞く機会もあるだろう。
興味本位でつっこんでいくところじゃないだろうし。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「…ッハ、ゴメン意識飛びかけた」
提督「別に寝ててもいいぞ?」
帰りのバス。意外にも座り心地のいい座席と程よい揺れに思わず寝てしまいそうになる。
北上「ならお言葉に甘えて」コテン
提督「甘えてるのは言葉だけじゃないだろ」
北上「まぁねえ」
提督の肩に。いや正確には身長差があるため方の少ししたによりかかる。
あー、もうこのままね 眠り姫になってしまいたい。
提督「大井はさ」
北上「うぇ?」
提督「大井は何か吹っ切れたみたいだったよ。てっきり北上がきっかけだと思ってたけど」
北上「私?」
私何かしたかな?
そう言えばあの夜の大井っちは確かに覚悟というか、吹っ切れた感じはあったような。
ダメだ意識が持たない。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
【鎮守府正面】
北上「あー着いたー」
提督「改めて鎮守府周りって暗いな」
北上「これから風呂も入らなきゃ」
提督「夜飯もくってねえや」
北上「明かりだいぶ消えてるねー」
提督「就寝時間だからな」
北上「明日も仕事だしねえ」
提督「大変だよなぁ」
北上「いや提督もだよ」
提督「大変だよなぁ…」
北上「頑張りなよそこは」
北上「あー私の部屋も明かり消えてる」
提督「あの部屋は、空母か。また飛龍達だな」
北上「常習犯なの?」
提督「瑞鶴と飛龍はしょっちゅうな」
北上「ふ~ん」
提督「そうだ、夜飯作ってやろうか?」
北上「え、提督作れるの?」
提督「意外と自炊できる系男子なんだぜ。出来るってのはあくまで食えるものが作れるって意味だから過度な期待はNGな」
北上「ほほう、モテ要素ですなあ」
提督「よせやい照れるぜ」
北上「秋刀魚食べたい」
提督「流石にさばくのは勘弁してくれ」
北上「ならメニューはシェフに任せるよ」
提督「あいよ。作ってる間に風呂入っとくか?」
北上「そーしますかね~。あり?提督っていつもいつお風呂入ってるの?」
提督「皆が入り終わったら」
北上「女世帯って大変だね」
提督「ホントにな」
北上「そうだ!」
提督「どした?」
北上「一緒に入ろう」
提督「あー」
北上「時間短縮になるしさ。お互い疲れたっしょ」
提督「せやなー」
提督「ちょっと待って」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
意外な事に私は服というものを着る行為にあまり違和感を感じなかった。猫なんて年がら年中素っ裸なのに。
やはり人としての意識が合わさったからなのか、それとも体毛の代わりとなっているからなのか、ともかく服を身に付けることに何か感じたことはなかった。
だけど逆に服を脱ぐことにも何も感じなかった。
つまり素っ裸に抵抗がないのである。
北上「これは利点なのだろうか」
提督「何が?」
北上「別にー」
背後から提督の声がする。
お風呂と呼ばれるここだが一般的には銭湯と言うべきだろう。
何せこの人数が暮らすのだ。家庭にあるような小さなお風呂では断じてない。
更衣室はあるしシャワーは沢山あるしお風呂もでかい。残念ながら露天風呂とか卓球台、マッサージ椅子はないが。
ちなみに牛乳とかを売る自動販売機はある。
その更衣室で私と提督は服を脱いでいた。
北上「ちなみに提督の右側の棚がさっき話したゴキ事件の場所ね」
提督「できれば今言わないで欲しかった」
北上「もう流石にいないでしょ」
提督「いや精神的にな」
お互い背中を向けての会話。まどろっこしいったらない。
北上「ふぅ」
絶対にタオルを巻くこと。それが提督からの条件だった。
別に私は気にしないと言ったのだけれど年頃の娘がそう易々と裸を見せるな云々と聞き入れてくれなかった。
親父か。
提督「準備できたか?」
北上「モチのロン。って別に準備ってほどの事じゃないでしょ」
提督「それはそうだけだあ゛あ゛っ!?」クルッ
こちらを向いた瞬間カエルを握りつぶしたような奇声を上げる提督。
北上「え、何その反応」
提督「何処がいいんだよ!!タオルを巻けタオルを!」
北上「巻いてるけど」
提督「腰じゃなくて!胸から!上も隠せ!」
北上「提督も腰じゃん」
提督「俺は男だろぉ!!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「ふぃ~~」
提督「ふぅ……」
そこそこの広さの湯船も二人きりだとやたら大きく感じる。そんな大海原で二人並んで停泊する。
北上「なんでお風呂に浸かってるのにため息なのさ」
提督「お前のせいだお前の」
北上「別に隠すほどのものじゃないけどなあ。ほら谷間だってないし」
提督「だから見せるなっての。しかしこうして誰かと風呂に入るのも久々だな」
北上「昔は入ってたの?」
提督「ここに来たばっかの時はな」
北上「ほほう。吹雪とかと?」
提督「ああ。親交を深めるには裸の付き合いだーって言ってよ。勿論タオルは巻かせたけどな」
北上「なんで今はやらないのさ」
提督「むしろなんでやると思ってんだよ…」
北上「別にいいんじゃない?家族みたいなもんでしょ」
提督「どうも北上はそこら辺の意識がズレてるよな。それに一緒に入ろうものなら確実に息の根を止めてきそうな奴らが何人か思い当たるし」
北上「案外入ってみたら大人しいかもよ」
北上「ホントはこうやって髪の毛を湯船に付けるのってルール違反らしいよね」
提督「別に家の風呂にルールもクソもないだろ」
北上「じゃマナー違反かな。それで言ったらこうしてタオル巻くのもダメらしいね」
提督「それは知らなかった」
北上「だから取っていいかな?」
提督「なんで頑なに脱ごうとするんだよ」
北上「濡れた布がずっと肌に張り付いてるのって結構キモチワルイ」
提督「我慢してくれ。お互い様だし」
北上「お互い様?」
提督「気にするな」
北上「提督って意外と鍛えてる?」
提督「ん、そうか?」
北上「ちゃんと腹筋あるし」
提督「これくらいの腹筋なら割と誰でもあるんじゃないか?」
北上「提督以外の人間の裸なんて見ないからなあ」
提督「見てたら大問題だわ」
北上「それもそうだ」
提督「俺は、そうだな。朝大鳳たちとランニングしたり木曾達と剣道したりとフツーのリーマンよりは運動してるかもな」
北上「仕事はしてないくせにね」
提督「決まり文句にしないで」
北上「さてと」バシャ
提督「ん?」
北上「やっぱキモチワルイ。肌に張り付く。ぴったり張り付くまとわりつく」
提督「濡れた服みたいなものか。俺は嫌いじゃないけど」
北上「私の話をしてるんだよぉ。これだからスパッツとかも嫌いなんだ」
提督「肌に張り付くから?」
北上「そそ。履いてる娘は皆動きやすいとか言うけどそんなことないと思うんだ。ねえ?」
提督「俺に同意を求められてもなぁ」
北上「ほら、いこ」
提督「行くってどこに」
北上「体洗いに」
提督「なんで俺も?」
北上「背中洗えないじゃん」
提督「え?」
北上「え?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「鎮守府の常識と自分の常識がズレてて怖い」
北上「常識ってほどじゃ、あーでもどうだろ。みんなやってたりするのかな」
提督「確かに姉妹の繋がりが濃いというのはあるけどな」
北上「いつもは私と大井っちが背中洗いっこして、木曾と多摩姉ちゃんが洗いっこして、最後に球磨姉ちゃんの髪をみんなで洗うんだ」
提督「背中洗えよ」
北上「球磨姉ちゃん凄いんだよ。シャンプーしてるとメデューサとか作れるんだもん」
提督「完全に遊びなのな」
北上「まあね。でもさ、自分で洗うより洗ってもらった方が綺麗になるじゃん?」
提督「それはその通りだな」
北上「後ね、洗ってもらってると暇になるから色々話せるんだ」
提督「ん?それはわからんな」
北上「お互いに自分を洗ってると忙しくて話しにくいけど、片方に集中すれば話しやすくなるの」
提督「それさっさと洗って湯船で話した方がいいんじゃ」
北上「もー分かってないなあ提督は。顔を合わせずそれでいて近くにいるからこそ話せるものもあるのだよ」
提督「ほー。やっぱみんな女の子なんだな」
北上「どゆこと?」
提督「男はそんなに話さないからさ。背中洗わせようものなら絶対イタズラとかに発展する」
北上「それって、経験談?」
提督「俺だって、昔は普通の学生だよ」
北上「んじゃま、とりあえずよろしく」ハイ
提督「はい?」
北上「まずは提督が洗ってよ」
提督「え、なにをaまてまてまて取るなタオルを取るな!」
北上「えー背中ならいーじゃん。おっぱいは前についてるんだよー」
提督「…それもそうか」
北上「そうそう」
提督「そっかーってなるかボケェ!」
北上「いっそがしい人だねぇ」
提督「じゃ、じゃあ行くぞ」
北上「そんなに身構えなくても…」
まるで湿布でも貼るかのようにそっとスポンジが私の背中に押し当てられる。
そのまま背骨に沿って静かに下まで行き、まるで蝉の抜け殻でも取るかのようにそうっと背中から離れるとまた同じ位置にいき
北上「ストァーップ!!」
提督「ハ、ハイ!」
北上「提督」
提督「な、ナンデショウカ」
北上「優しすぎ」
提督「え」
北上「ゆっくり過ぎ」
提督「はい」
北上「弱すぎ」
提督「はい」
提督「スマンなんか緊張した」ゴシゴシ
北上「私の身体はガラス細工じゃないんだから。むしろ提督より頑丈だしね」
提督「だって、こんなふうに触るの初めてだし…」ゴシ
北上「気にしすぎでしょ」
いくら私の背中を流すのが初めてと言っても基本的に人間と同じなのだ。そんなに身構えなくてもいいのに。
北上「大井っちなんかは結構肉付きいいんだよ」
提督「なんでここであいつが出てくんだよ」
北上「べっつにー」
提督「変なの」
北上「まあね」
提督「…」
北上「…」
提督「…」
北上「…」
提督「あれ?話さねーの?」
北上「あ、ごめん。いっつも大井っちが話してばっかだったからつい」
提督「あいつはよく喋るからなあ」
北上「せっかくだし提督が話してよ」
提督「俺が?そーだなぁ。今日楽しかった?」
北上「遠足帰りの子供に感想求める親かよ」
提督「ブッ、確かにそれっぽいな」
北上「でも、うん楽しかった。貴重な経験だったよ」
提督「北上はもっとダラーっと生きてるイメージだったけど、今日のお前はやたら積極的だよな」
北上「鎮守府に今更目新しいものもないしね。やっぱ外は未知に満ち満ちてるよ」
提督「経験か」
北上「そ、経験」
提督「興味本位で?」
北上「そう。だけど、それだけじゃないかな。目標というか、目的が無いわけじゃないし」
人間の事を知りたいと思う。飼い主の事も含めて。
提督「それは秘密か」
北上「乙女は秘密が多いらしいよ」
提督「確かに男は少ないかもな」
提督「艦娘なら戦乙女か」
北上「ワルキューレだっけ。北欧神話の」
提督「そこまでは知らねえな。流石に物知りだぜ読書家は」
北上「ゲームのせいなんだけどね」
提督「そっちかぁ」
北上「みんなソシャゲとかやってるから自然と耳にしてさ。提督はやらないの?」
提督「スマホより普通のゲーム機の方が」
北上「仕事しなよ」
提督「今のはあんまし関係な!くはないか…」
北上「よっしこうたーい」
提督「こんなんでいいのか?」
北上「ぶっちゃけたいして汚れてるわけでもないしね」
提督「そりゃな」
北上「じゃスポンジ貸して」クルッ
提督「だからこっちを向くな!」
北上「…おっきい」
提督「なんか卑猥に聞こえる」
北上「何がさ」
提督「ナンデモナイデス」
北上「変なの」
目の前には提督の背中がある。身長差はあるがこうして互いに座ってしまえばそんなに気にならない。
と思ってた。
いやはや一応とはいえ鍛えている男性の背中というのはこれが中々ごつい。普段から華奢な女体ばかり見ているせいで余計にそう感じるのかもしれない。
北上「ゴツゴツしてる」ゴシゴシ
提督「そりゃみんなそうだろ。骨とかあるし」
北上「そうだけど、そうじゃなくて。大井っちとか、みんなは抱き心地良さそうな感じで提督のは乗り心地が良さそう」
提督「分かるような、分からないような」
北上「お加減いかがでしょ」ゴシゴシ
提督「丁度いいよ」
一応男性だしと少し強めに洗ってみるが提督はそれでちょうど良さそうだ。
しかしこれが男性の身体か。私はあの大きく太い毛むくじゃらの腕しか飼い主の身体を覚えていない。
抱っことかはあまりしなかったのかな?
北上「…」
提督「終わりか?」
北上「…」ピトッ
提督「ヒウッ!?」
なんだその情けない声は。
身体を提督の身体に宛てがう。
抱きつくというよりはまさに背負われるような形だ。
体を前に倒しているのもあってか提督との体格差で私の顔は丁度心臓の裏辺りになった。
北上「おー心臓動いてる動いてる」
提督「イ、イキテルカラナッ」
北上「私の鼓動って聞こえる?」
提督「いえ全然全く!」
おかしいな。胸が薄いと鼓動が伝わりやすいとかいう話を夕張から聞いたのだが。まあ夕張だし。
北上「あり?鼓動がすっごい早くなってきた」
提督「風呂だから!血圧とか上がってなんか心臓が早くなんだよ!体も熱くなんだよ!」
北上「へえ」
人間ってそこまで温度変化に弱いのか。
北上「じゃ次は髪洗うね~」
提督「か、かみ?あー髪か。いや髪はいいよ。わざわざやってもらうほどじゃないし」
北上「なら私のをお願いしようかな」
提督「え」
北上「ほら交代交代」
提督「マジ?」
北上「マジマジ。卍」
提督「マジかぁ…」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
提督「えーっと、ですね。まずどうやって洗いますのです?」
北上「ふつーに?」
提督「ふつーってなんだよ」
北上「逆に提督はいつもどうやってんの」
提督「てきとーにさーって」
北上「それで」
提督「いいの?それで」
北上「それ以外にあるの?」
提督「ないか」
北上「ないよ」
提督「おっしじゃあ行くぞー」
北上「おー。提督のお手並み拝イタタタ!ストップストップ!」
提督「あり?弱かった?」
北上「違う違う!強い!雑い!」
提督「そ、そうか?いつも通りさーっとやったんだが」
北上「え、なに?提督いつもこんなふうに髪の毛わしゃわしゃやってんの?」
提督「おう」
北上「わお」
提督「こんな感じ?」
北上「そうそう。髪の毛に指を通してすーっと」
提督「これ洗えてるのか?もっと髪の毛同士でゴシゴシした方が」
北上「それやると髪の毛痛むんだって。私達には関係ないかもだけどね」
提督「ほーなるほどね。ん?」
北上「あ」
どうやら髪に指が引っかかったらし
提督「えい」ブチッ
北上「ッタァア!」
提督「あ、ごめん」
北上「ゴメンじゃないでしょ!なんで今の力任せにぐいっと行ったの!」
提督「ひ、ひっかかってるから解こうかと」
北上「雑すぎる…」
いっつも大井っちにドヤされてるのはこういうところに原因があるのかもしれない。
提督「髪長いのってホントにめんどくさいのな」
北上「神風なんかもっと凄いよ」
提督「髪長すぎるやつ多いもんな」
北上「悲しい運命だね」
提督「北上も結構。腰まであるよなこれ」
私の髪の先に手を当てたのだろう、提督の手が腰に少し触れた。
提督「あ、すまん」
北上「いや別に謝らんでも」
そういえばどうも先程から提督は極力私の身体に触れないようにしているようだ。
この扱いというのはそれだけ私達艦娘を大切に思ってのことなのだろうか?
北上「私の背中ゴツゴツしてる?」
提督「してねーよ。髪であんまり見えないけど」
北上「真っ黒?」
提督「真っ黒。いい髪してるよ」
さっきの逆だと考えると提督からしたら私の背中はさぞ小さい事だろう。やたら繊細に扱ってしまうくらいに。
改めて考えると提督は今私の真後ろにいるんだよね。
提督が髪をすくたびになんだか自分が小さく、まるで人形のように感じられた。
大井っちの手と同じで、優しく、丁寧に私を撫でる提督の手に、なんだか嬉しくなって、妙にこそばゆくて、なんというのだろうかこういうのは。
提督「これってどれくらいやりゃいいんだ?」
北上「…」
提督「北上?」
北上「へ?あーなに?どしたの?」
提督「のぼせたか?なんか顔赤くないか?」
北上「そう?気のせいだよ気のせい。うん、もう大丈夫。流しちゃって」
提督「あいよー」ザバッ
北上「ブエッ!?」
桶に貯めていたらしいお湯が一気に頭上から降ってくる。
提督「よしオッケー」
北上「…」
オッケーじゃない。
多分今鏡を見たらずぶ濡れの幽霊みたいになってる事だろう。
提督「あとは身体洗ってさっさと上がるか」
北上「そだねー」
提督「あれ、スポンジどこいった」
北上「提督がザバッとやるからながれてったんでしょ」
提督「あホントだ」
北上「もぉー」
少し後ろに流されていたスポンジを取りに椅子から立ち上がる。
ずっと座ってたからかな、なんだかふらつく。
さっきからなんだか鼓動がうるさい。
少しだけ目眩がして
北上「あ」ツルッ
提督「え?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「…」
目が覚めるとそこには見知らぬ天井が。
北上「ホントに体験できるとは」
提督「やっと起きたかドジっ子め」
横に目をやると回るタイプの椅子に逆向きに座る提督が見えた。
北上「提督?ここどこさ」
提督「俺の部屋」
北上「あー」
提督「うん」
北上「…なんで提督部屋?」
提督「はぁぁぁぁ……」
地獄の様に深いため息を吐かれた。
提督「マジで死んだかと思ったわ」
北上「あーそういやツルッと転んだっけ」
提督「丁度こっちに倒れてきたからキャッチはできたんだけどさ。そのまま気ぃ失ってるし」
北上「面目ない…」
提督「まあのぼせたんだろ。ちょっと迷ったけどとりあえずこっそり俺の部屋に運んだ」
北上「のぼせるってこういう事なんだね。いい経験だったよ」
提督「お前なぁ」
北上「ごめんごめん冗談だって」
提督「でも風呂につかってた訳でもないのにな」
北上「やっぱ外行ったりして体調が変な感じになってたのかなあ」
提督「さあね。まあ無事でよかった」
北上「ところでなんでこっそり提督の部屋に?」
提督「みんな大体寝てるからわざわざ起こすのもな。それに素っ裸のお前を抱えてる状況を誤解なく説明できる自信が無い」
北上「はは、確かに…あ、もしかしなくても私今」
上半身を起こす。どうやら提督のベットらしき物に寝ていた私の身体にはタオル一枚だけが巻かれていた。
提督「取るなよ…」
北上「取らない取らない」
提督「とりあえず北上も起きたし風呂場に置いてきた着替えとってくるよ」
北上「あー、私着替えないよ」
提督「は?着替えなしで風呂はいったのか?」
北上「タオル一枚巻いて部屋に戻りゃいいかなって」
提督「嘘だろおい…」
北上「今日来てたのも洗濯物んとこに放り込んじゃったし」
提督「あれか?船ってのは服を着るって意識が薄いのか?」
北上「それは案外冗談じゃないかもね」
北上「妙案がある」
提督「聞こう」
北上「とりあえず服を貸して」
提督「ここは俺の服しかないぞ」
北上「それでいいから」
提督「…まあタオルよりはいいか。ここはお前の妙案に期待しておこう」
北上「うんうん」
提督「俺は、とりあえず飯でも持ってくるか。食えるか?」
北上「ペコペコ」
提督「オーケー、部屋に持ってくるよ。仮にも病人みたいなもんなんだしあんまり変な事するなよ」
北上「メニューは?」
提督「お粥」
北上「完全に病人扱いだ!」
提督「冗談。適当にありもので作ってくる」
ガチャリと扉を閉めて部屋を出ていく。
まさか立ち入り禁止の提督の部屋にこんな理由で入る事になるとは、願ったり叶ったり。
北上「ん、でかいな」
提督から借りたシャツは私より二回りくらい大きかった。
しまった髪留めは更衣室に置きっぱなしだ。後でとってきてもらおうかな。
北上「まあそれはさておき」
部屋を見渡す。
立ち入り禁止と言うくらいだ。何か見られたらまずいものがあるに違いない。
ここで夕張とかならエロ本なんかを探すんだろうが私にそんな余裕はない。
探すのは提督、もしくは提督の前任者なんかの記録がないかだ。
北上「ここは、おー機能的だ」
ベットの下はそのまま衣装ケースになっているようだ。
横にある机にはPCと、
北上「それだけか」
書類とかなんもない。絶対この机使われてないぞ。
横には少し大きめのテレビといくつかのゲーム機材が散乱している。子供部屋といった感じだな。
他にはタンスと、本棚。
北上「ここしかなさそうだね」
天井にまで伸びる大きな本棚には私の好む本とは全く別のものが並んでいた。
北上「うへー読んでるだけで頭痛くなりそうだ」
航海術とか海や船に関する専門書。他にも歴史とか武器兵器とかとかとか。
ここだけはなんだか提督って感じの内容になっている。読まれているかは定かではないが。
北上「これも資料かな?」
タイトルのない太いファイルを取り出す。
そこには写真が並んでいた。つまりアルバムか。
最初にあったのはどこか居心地の悪そうな提督とニッコニコの吹雪のツーショット。
しばらく飛龍さんや日向さん、多摩姉達の写真が並ぶ。提督が着任してすぐの頃だろう。
そして徐々に艦娘が増えていく。
叢雲はここか。結構早いところで着任したらしい。
1冊目のアルバムが終わる。無意識に2冊目を手に取った。
写真に映る艦娘はどんどん増え、活気が増していく。
私の知らない色々な事がここであったのだろう。
北上「お、大井っちじゃん」
ブスっとした顔で提督と並んでいる。その顔が最初の写真の提督とそっくりな顔で、それが妙におかしかった。
3冊目。少し見覚えのある風景になっていく。どうやらここからは私の知っている鎮守府らしい。
しかしどうにも私の写真が少ない、
北上「というか大井っちのが多いな」
露骨すぎる。2冊目だとそうでもなかったのに。この時期から大井っちの事を気にしだしたのかな?
写真自体の数も増えてきて3冊目がすぐに終わってしまった。
さて4冊目。なんだか変わった形だなこれ。
北上「…?人間?なんだこれ」
1ページ目にあったのは沢山の人間の顔写真だった。男も女もいて、でも全員子供のようだ。思い出、というより記録といった感じの載せ方で、
北上「!」
慌てて表紙を見る。
なるほど。
北上「卒業アルバムか」
さっき言ってたな。俺も昔は学生だったとかなんとか。当たり前っちゃ当たり前だけど。
さぁて若かりし頃の提督はどーれかなっと。並びはどうやら五十音順みたいだ。苗字はMからだから後ろの方のはず。
1組にはいなくて、2組には…いた!うわ普通に黒髪だ。こっちのがカッコイイのに…
せっかくだし提督のご両親も探してみよう。どっか写ってるんじゃないかな。
遠足に運動会。これは、文化祭か。修学旅行も。凄い、本やアニメで見た通りだ。ホントにあるんだなぁこういうの。
こっちは合唱かな?提督はどこに
北上「!?」パタンッ
壁の向こうで扉の閉まる音がした。
つまり提督室に誰か入ってきたという事。そんなのもう提督に決まってる!
慌ててアルバムを元に戻してベットにダイブする。ちくしょうアルバムに気を取られて肝心なものを探せなかった!
ガチャリと再びドアが開く。
提督「ただいブホッ!?」
北上「え」
また変な声を上げてる…
腹ばいの姿勢から顔を後ろに向けてみる。
そこには入口でいくつかの料理を載せたお盆を持ったまま顔を背けて固まっている提督がいた。
北上「何してるのさ」
提督「こっちのセリフだおい。服はどうした服は」
北上「だから借りたんじゃん」
提督「それは俺が貸したヤツだろお!」
北上「え、うん」
提督「何、それ着て取りに行くとかじゃなくてもうそれで過ごすつもりなのこの娘」
北上「上は隠したからいいじゃん?」
提督「下が丸見えだボケェ!」
北上「あー…」
ワンピース気分で着ていたが確かに今の姿勢だと提督から丸見えだ。
北上「エッチ」
提督「露出狂め」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「ごちそうさまー」
提督「おそまつさん」
北上「いやはやまさかホントにお粥にするとはね」
提督「何も風邪の時に食べるだけがお粥じゃねえのさ。白だしとか入れて卵で包めばオムライスっぽくなるわけよ」
北上「他にはどんなの作れるの?」
提督「どんなのって、それなりに色々作れるけど。あーでもパスタとかは作ったことねえな」
北上「すごいね。私ゃ包丁すら握った事ないよ」
提督「両親が結構料理好きでな。教わってたのさ」
北上「提督の親かぁ。今どこにいるの?」
提督「遠いとこ」
北上「海外?」
提督「内緒」
北上「ケチー」
北上「それじゃ私はそろそろお暇しますかねー」
提督「おう帰れ帰れ。というかまず着替えろ」
北上「分かってるって、っと!?」ペタン
提督「お!おいおい、まだのぼせてんのかよ」
北上「なんか立ちくらみが」
提督「んー、よし。今日はここで寝てけ」
北上「え、いいの?」
提督「嫌ならいいけどよ。なんか体調悪そうだしさっさと寝た方がいいんじゃないか」
北上「えー提督の枕臭そう」
提督「知ってるか。下の話と髪の話と匂いの話は男のハートを著しく傷つける凶器なんだぞ」
北上「わお顔がガチだ」
北上「提督はどうするのさ」
提督「隣の部屋のソファーで寝るよ」
北上「あれ寝心地いいよね」
提督「昼寝とかならな。本格的に寝るとなるとどうだろうか」
北上「ちなみに提督の部屋で絶対に弄っちゃダメなとことかある?漁っとくから」
提督「あっても言うかそんなやつに。別にないしな」
北上「えー?いつもは立ち入り禁止だからエロ本でも隠してるのかと」
提督「どんな偏見だよ。どうせ夕張辺りの入れ知恵だろ」
北上「That's right」
北上「ダメな理由はなんなのさ」
提督「そりゃー、ほら、空母共が勝手に飲み会開いたりするし」
北上「あーよく執務室は乗っ取られてるよね」
提督「駆逐艦達がかくれんぼに使ってたりするし」
北上「前に提督の机の下に隠れてたよね。速攻で見つかってたけど」
提督「仕事中なのに躊躇なく足元入ってくるからな。この部屋開けたら確実にくるぜ」
北上「他には」
提督「ポーラの酒の隠し場所にされたりとか」
北上「え、そんな事してるの」
提督「前にあんまり使ってなかったダンボールの中に入れられててな。吹雪が見つけた」
北上「禁酒中の時か」
提督「ニッコニコで飲み干したと思ったら調理室から借りた酢を入れだしてビビったわ」
北上「想像にかたくない」
提督「さすがのポーラもアレで一週間は懲りてた」
北上「一週間かぁ。それで一週間かぁ…」
提督「まあうん、そんなわけだ」
北上「人気者は大変だね」
提督「笑って済ませらんねぇんだよ」
提督「じゃおやすみ」
北上「おやすー」
パタンと再び扉が閉まる。
ふらつくフリは思った以上に効果的だった。これで今晩はこの部屋を漁り放題だ。
しかし流石に今すぐじゃバレる。もう少し、提督が寝静まった後だ。
それまでこうして、
ベットに横になって
静かに
音を立てずに
寝て
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「一緒にお風呂ですって!?」
「ちげえって!アイツから!アイツから誘ってきたの!!」
「犯罪者は大体そう言うんですよ」
「誰が犯罪者だゴルァ!」
「それで一体何をしたのよ!」
「し、してねぇ!何も!あいや、背中と髪を、洗った」
「洗った!?」
「それは別に悪くねぇだろ!アイツから言ってきたし!」
「それだけなの!?そこまでいってそれしか出来なかったのこのヘタレ!!」
「キレるのそこかよ!」
「いきなりお風呂プレイとは流石ですね司令官」
「プレイとか言うな!つかなんでお前ら仲良く俺を犯人扱いなんだよ!」
「共通の目的のために」
「共闘中です」
「は?」
北上「…うわぁ……」
ベット横のカーテンから光が差し込む。ここが北極付近でもない限りこれは間違いなく朝が来たという事だろう。
つまり、私はあの後ごく普通に寝てしまったという事になる。
最悪の気分とは裏腹にタップリと睡眠をとった私の体は実に心地よく目を覚ました。
身体を起こす。隣の執務室からはまた言い争いが聞こえる。
大井っちに提督、吹雪の声だ。
さてどうしよう。ここでノコノコ出ていくと巻き込まれそうだし。
そうだ!
北上「痛っ!?」バタン
ベットから転げ落ちる、フリをする。
すると案の定、
大井「北上さん!?北上さん大丈夫ですか!?」バタン
北上「あー大井っち~。おはよー」
大井「よかった無事、じゃない!北上さん!?シャツ!?シャツオンリー!?」
北上「これねー提督に借りて「提督!?どういう事!!!」」
提督「勘弁してくれー…」
吹雪「音をあげるのは早いですよ犯罪者」
提督「北上ぃ~助けてくれ~」
北上「うーん」
流石に今回は私の責任が大きいし、ちょっとフォローしとくかな。
球磨「北上ぃ!提督に襲われたって本当か!?」バタン
多摩「あの色欲魔はどこにゃあ!」
北上「うわぁ」
面倒くさい事になってるぞ。
大井「姉さんいい所に!」
球磨「ぬわあぁぁ北上があられもない姿に!」
多摩「避難にゃ!とりあえず避難するにゃ!」
提督「おいお前ら一体誰からそんな情報を!?」
球多「「大井(にゃ」」
提督「てめぇ!」
木曾「スマン、抑えられなかった」コソ
北上「いいよ、ありゃどうしようもない」
球磨「北上!早く着替えに帰るぞ!」
多摩「にゃ!」
北上「あーはいはい引っ張らない引っ張らない」
提督「ちょ、待って北上俺まだ」
北上「後は頑張ってね~」
提督「ちょっとぉおぉ!?」
面倒なので逃げる事にした。
北上「いやね、違うんだよホントは」
球磨「分かってるクマ。どうせ提督の優柔不断が原因クマ」
多摩「でもそこが提督の悪いところにゃ。少しは反省してもらうにゃ」
木曾「ありゃこってり絞られるだろうな」
北上「でも意外だね。吹雪と大井っちのコンビなんて」
球磨「確かに珍しい組み合わせクマ」
多摩「提督に対する厳しさ的に馬は会いそうにゃ」
北上「確かに」
阿武隈「あ、おはようごさいうわ!なんですかその格好」
北上「おはよー」
多摩「にゃー」
球磨「クマー」
木曾「おはよう」
阿武隈「流さないでください!なんだか提督室が騒がしいのもそれですか?」
北上「阿武隈はこれから出撃?」
球磨「今日は忙しくなるクマよー」
多摩「待ちに待った決戦の時にゃ」
木曾「決戦って」
阿武隈「だーかーらー!!」
かん高い声でまくし立てる阿武隈をあしらいながらいつもの廊下を歩く。
騒がしいながらもまた、日常が始まる。
北上「いい夢見れたなー」
多摩「そんなに良く眠れたのかにゃ?」
北上「そうじゃないけど、まあそんな感じかな」
良い夢を見れた。
私にはやる事がある。行くところがきっとある。
でもこうして、ここにずっといたいと思えるような、そんな1日だった。
64匹目:泥棒猫
お魚くわえたドラ猫、なんて言うけれどしかし野生の猫に店頭に並ぶ魚を餌以外に認識しろという方が無茶である。
なんてのも中々無茶な屁理屈だが。
ところでドラ猫というのは悪い猫という意味だとか。私はてっきり泥棒猫の略だと、いやそれが訛ってドラ猫になったかもしれないのか。
そこへ行くと今の私達は、
間違いなく泥棒猫だ。
多摩「盗み食いをするにゃ」
北上「だから気に入った」
ぐらいの軽い気持ちで私達は食堂へやってきた。
北上「でもなんで急に?盗み食いなんてキャラじゃないでしょ」
多摩「この時期だけは特別なんだにゃ」
北上「この時期とは」
多摩「秋刀魚にゃ」
北上「あー秋刀魚か」
秋刀魚。秋刀魚ねぇ。
気軽に漁に船を出せない以上魚はそこそこ貴重な食材となってる。
そんななか秋刀魚は群れで大量に押し寄せるためなんとしてもこの時期に大量に確保しておきたいとか。
どんだけ魚好きなんだこの国は。命懸けぞ。
無論私達艦娘を護衛につけての一大イベントとなる。
とはいえ命懸けなんてのは建前である程度海域を取り戻した現在では護衛の私達も正直暇である。
そこで何を思ったかどこかの鎮守府が「じゃあ自分達でも秋刀魚漁するか」と言い出しあろう事か見事に一定の成果をだした。
さらに上は艦娘へのご機嫌取りなのか漁の邪魔にならなければ釣った分は貰っていいとか言い出したものだから大変だ。
食の大戦争の幕開けである。
多摩「さっき第一陣が秋刀魚を釣り上げて持って帰ったという話にゃ」
北上「おー」
私が提督んとこで寝てる間に開戦していたようだ。そういえば前から色々準備はしていたっけ。
多摩「今年最初の1匹にゃ」
北上「記念すべき1匹だね。秋刀魚からしたら哀れな生贄第一号だけど」
多摩「そいつを頂くにゃ」
北上「生で?」
多摩「猫じゃないにゃ。流石に調理後を狙うにゃ」
まあ多分艦娘なら生でも問題はないと思うけど、美味しくはなさそうだ。
多摩「基本的に秋刀魚は焼かれた後ここ食堂に運ばれてくるにゃ」
北上「あーあの七厘か」
多摩「調理場の裏で間宮さん達が焼いてるにゃ。その後この食堂で護衛任務に付いたものから順に振る舞われるのにゃ」
北上「自分達で取ったものを自分達で食べれる。いい仕組みだね」
多摩「んなもん待ってられるかにゃ。今すぐ頂いちまうにゃ」
北上「うわーなんか理由聞いたら協力する気なくなってきた」
多摩「な!北上だって食べたいはずにゃ!」
北上「そりゃ食べたいは食べたいけど、別にそこまでじゃないし」
多摩「頼むにゃ!一生のお願いにゃ!」
絶対これ毎年言ってくるよね。
食堂は大人数が利用する。カウンター形式でお盆を持って列に並び料理を注文してといった感じ。
社員食堂とかがこんな感じだと聞いた。そして厨房と食堂の出入り口はカウンターの端の一箇所だ。
多摩姉とそこに1番近い席に向かい合わせで座り厨房を見張る。
北上「慌ただしいね」
鳳翔さんが右に左に行ったり来たりしている。
多摩「年に一度の大騒ぎだからにゃ」
何かを探しているらしい。あ、どうやら見つけたようだ。
北上「鳳翔さんいるから忍び込むのは厳しくない?」
上の棚にあるらしいお皿を取ろうと鳳翔さんが必死に背伸びをする。
片脚立ちで手を伸ばしたりグッと手を伸ばす度にポニーテールが揺れる。
多摩「だからこそ待つのにゃ。チャンスを、じっと」
全然届きそうもない。諦めて台か何かを探し始めたようだ。
北上「そのチャンス来た事あるの?」
どうやら台は見つかったらしい。得意顔で台を設置して再チャレンジする。
多摩「一度もないにゃ…」
グッと手を伸ばす、が、届かない。中々に頼りない大きさの台のようだ。
北上「なのに毎年チャレンジしてるの?」
二、三度手を伸ばすが諦めたのかダラりと手を下ろした。こちらからは背中しか見えないがその表情は想像に難くない。
多摩「諦めたら終わりにゃ」
おや、今度は間宮さんが奥から出てきた。しばらく鳳翔さんを見つめると状況を察したのか若干放心状態の鳳翔さんと位置を交代する。
北上「そこは諦めなよ」
あっさりと降ろされた皿に鳳翔さんの顔が綻ぶ。見張りとかじゃなくて鳳翔さんを眺めてるだけで幸せ指数が上がるなこれ。
多摩「今年は北上の協力があるにゃ。色々工夫ができるにゃ」
奥から伊良子さんも出てきた。三人が並んで何やら楽しそうに話している。
北上「別に手伝うとは言ってないけどねぇ」
こうして並ぶと鳳翔さんほんとにちっこいな。それに私よりも細いんじゃないかと思うくらいに華奢だ。
多摩「貸一つにゃ」
それでもたまに艤装を付けてる姿はあのスラリと長い脚と引き締まった表情から妙な気迫が感じられるのだから不思議だ。
北上「よかろう」
成功しても失敗しても貸一つだ。適当に手伝っておこう。
多摩「まずカウンターに鳳翔さんがいるにゃ。そして奥の厨房には恐らく間宮さん。外の七輪に伊良子ちゃんにゃ」
北上「それぞれに一人か」
というか伊良子さんだけちゃんなんだ。なぜに。
多摩「伊良子ちゃんは恐らく何人かと外で魚を焼いてるはずにゃ。さっき見た時は阿賀野と雷電、蒼龍とかがいたにゃ」
北上「外なら大丈夫だね」
多摩「問題は鳳翔さんと間宮さんの二人だにゃ。とくに厨房の間宮さんはここからじゃ見えないから動きが読めないにゃ」
北上「秋刀魚は厨房に運ばれるの?」
多摩「一旦厨房に入ってお皿に盛り付けられてからすぐ出せるようにカウンターに並ぶにゃ。狙うなら厨房にゃ」
北上「入ったらすぐバレちゃんじゃないのさ」
多摩「意外と広いから隠れられるにゃ」
北上「さいですか」
多摩「第一の問題は鳳翔さんと食堂の皆にゃ」
北上「皆、ねえ」
食堂全体を見渡す。
昼前という事で人は少ないが消して無視できる人数ではない。
奥の方で遅めの朝食か早めの昼食を食べている妙高さんと那智さん。
その二つ横のテーブルで何か作業をしている瑞鳳さんと清霜と江風。
中央付近で恐らくスマホゲームで遊んでいるであろう飛龍さん瑞鶴さん川内赤城さん。
赤城さん?マジか…意外な。
それに今しがた自販機でなんの躊躇もなく買った缶コーヒーを片手に比叡さんと並んで歩く金剛さん。
少ないが、多い。特にこれからは時間が経つにつれ増えていくだろう。
北上「となるとまずは鳳翔さんを何とかしなきゃだね」
多摩「入口は左端のここ一箇所だけにゃ。鳳翔さんを右端に寄せつつ周りのみんなの注意をどこかに引く必要もあるにゃ」
北上「…無理なのでは?」
多摩「北上が暴れるとかすればなんとか」
北上「貧乏くじってレベルじゃないでしょそれ。でも確かに騒ぎを起こすのが現実的、なのかな?」
多摩「料理を零すとかならどうにゃ」
北上「食べ物を粗末にするのはなしの方向で」
多摩「出来のいい妹が今は怨めしいにゃ」
北上「理不尽だ」
改めて辺りを見渡す。
北上「あのテレビでなんか流すとか?」
カウンターの反対側に大きなモニターがある。
今は誰も見ていないが夜なんかは見たい番組がある人達で取り合いになったりもする。
多摩「流すって、今は大したもんってないにゃ」
北上「夕張に頼めばいいじゃん」
多摩「なんで夕張が出てくるにゃ」
北上「機械だったらとりあえず夕張に頼めばなんとかなるでしょ」
多摩「そんな安易にゃ…」
夕張:できるできる。何すればいい?最近のオススメアニメとか流す?
北上「おー流石夕張」
多摩「何故できるにゃ…」
スマホの画面に表示された夕張からの返信に多摩姉が呆れる。
北上「何流せば皆の気を引けるかな」
多摩「一瞬じゃダメにゃ。CMくらいの長さは注意を逸らしていたいにゃ」
北上「じゃこれだ。これ流そう」
多摩「何かあるのかにゃ?」
北上「多摩姉の猫の仕草練習動画」
多摩「にゃ!?いつの間に!」
北上「撮ったのは球磨姉だけどね」
多摩「あんにゃろぉ」
殺気がすごい。
夕張:ならこれはどう?
北上「なんかきたよ」
多摩「なんの動画にゃ?」
北上「えっと、な、ん、の、ど、う、か、あれ?が、どうが…ハテナってどこだ」
多摩「打つの遅すぎにゃ…」
北上「約50もある平仮名をたった10のパネルで打つって無茶だと思うの」
多摩「それは、慣れにゃ」
北上「慣れかぁ」
夕張:じゃ今から流すね
北上「見せてくれるって」
多摩「時間かかりそうだにゃ」
北上「そうなの?」
多摩「動画を送るのは時間かかるものなんだにゃ」
北上「あー今送ってるのか」
多摩「読み込み中ってなってないかにゃ?」
北上「んーいや特になにも」
多摩「それは変だにゃ。ちょっと見せるにゃ」
北上「やだ多摩姉のエッチ」
多摩「うっせーにゃどうせろくにスマホで会話なんてしてないくせに」
北上「まあね」
多摩「…ホントだにゃ」
北上「だしょ?」
多摩「というか流すってなんにゃ」
北上「見せるってことでしょ」
多摩「なら送るって言うはずにゃ」
北上「言われてみれば」
多摩「…北上」
北上「うん。なんか嫌な予感がするね」
直後残念ながら期待を裏切らずにテレビの電源が入り映像が流れ始めた。
そこそこ静かだっただけに急に流れ始めたそれに皆が注目することになる。
そこには昨日見たばかりの提督の部屋と、ほぼ全裸の提督とシャツと下着姿の夕張が映っていた。
どうにも酔っているらしいテンションで何やら騒いでいる。スマホで撮っているのか妙に画面も揺れている。
多摩「」
多摩姉の顔には絶句って書いてある。
辺りを見渡してみる。
文字では表せない奇声を上げながら缶コーヒーを握りつぶす金剛さん、とそれを宥める比叡さん。
清霜江風を両手で目隠ししつつ画面を凝視する瑞鳳さん。
冷静に食事を続ける妙高さんとチラチラと目をやる那智さん。
意外にもそれ程慌てずテレビとそれに対する周りの反応をスマホで面白そうに撮る飛龍さんと顔を真っ赤にして騒ぎ立てる瑞鶴さん。
依然ゲームに没頭している川内と赤城さん。
北上「カオスだ」
夕張は間違いなく吹雪あたりに制裁を食らうであろうことを考えてはいないのだろうか。
多摩「はっ!これはチャンスにゃ!」バッ
北上「あっ、ちょっ待って待って」
振り返るとカウンターに何故か鳳翔さんがいなかった。
流れるようにカウンター横を潜り抜ける多摩に慌ててついていく。
後ろの騒ぎは、とりあえず考えないことにしよう。
しかしカウンターにいないということは鳳翔さんも厨房にいる可能性が高い。
厨房がどういう構造かは知らないけど間宮さんと鳳翔さんの二人の目を盗み秋刀魚をいただくというのはなかなか難易度が高いんじゃ…
ダンボールを持ってくるべきだったか。
北上「多摩姉ぇー」ヒソヒソ
多摩「静かにするにゃ。ここからが勝負にゃ」ヒソヒソ
ダメだこりゃ。なるようになれ。
低い姿勢のままそろりと厨房に入る。
間宮「んーいい焼け具合。伊良湖ちゃんまた腕を上げたわね」
鳳翔「もっと沢山捕れれば皆にお出しできるんですけれどねぇ」
間宮「それはしょうがないわ。これでも年々量は増えてきているわけだし」
伊良湖「伊良湖、戻りましたー」
間宮「お帰りー。どう?外は」
伊良湖「今は霧島さん達が火を見ていてくれてます」
鳳翔「なら大丈夫そうですね」
間宮「それでは毎年恒例のいっちゃいましょうか」
「「「いただきます」」」
伊良湖「ん~おいしい!」
鳳翔「油がよくのっていますね~」
間宮「こうなると大根おろしも欲しくなりますね」
伊良湖「醤油さして」
鳳翔「ホカホカのご飯」
間宮「…大根おろしくらいなら」
伊良湖「ホントに我慢できます?」
鳳翔「私はちょっと自信ないですね」
間宮「まあ流石に二匹目まで食べるわけにはー…あ」チラ
あ、目が合った。
間宮さんが気まずそうな表情で硬直する。
伊良湖「もう少しでほかも焼ける頃合ですかね」
鳳翔「私もお手伝いしましょうか?」
伊良湖「いえいえ。既に何人か手伝ってくれてますし、鳳翔さんは盛り付けとかで忙しくなりますから」
鳳翔「今のうちに食べておかないとですね」
伊良湖「その通りです。ねぇ間宮さん。間宮さん?まみ…あー」チラ
今度は伊良湖さん。何とも言えない表情で凍る。
鳳翔「魚の目って食べると目が良くなると言いますけど、私この部分苦手なんですよねぇ。お二人共?さっきから何を」チラ
そして最後に鳳翔さん。
調理場の台の横からまさに猫のように首だけ覗かせている私達二人。
状況を理解できないのかしばらくこちらをじっと見つめた後、
サッと一瞬だけ青ざめて、
徐々に顔を赤くし、
鳳翔「ち、チガウンデス」サッ
両手で顔を隠しながらそう言った。
可愛い。
伊良湖「鳳翔さん…」
間宮「可愛い」
多摩「秋刀魚寄越すにゃ」
その後口止め料として皆で秋刀魚を頂いた。
北上「と、以上が事の顛末になります」
吹雪「はぁぁぁぁぁ…」
うわすっごい深い溜息。
北上「秋刀魚は残さず食べたので」
吹雪「それはどうでもいいです。つまみ食いに関しても、まあ鳳翔さん達が食堂の責任者ですし私がどうこう言う気はないです。問題なのは映像だけです」
食堂の騒ぎを聞き付け即鎮圧。現場にいた者一人一人に事情聴取と口止めをして夕張をとっちめた後きっかけである私の元に聞きに来る。
ここまで1時間強。刑事とか向いてるんじゃないかなこの子。
北上「そんなにまずかった?ギリギリモザイクの入らない内容だったと思うけど」
吹雪「そこも別に問題じゃないんですよ。駆逐艦にだってモザイクじゃ済まないような内容のもの見てる子だっていますし」
北上「え」
吹雪「問題なのは司令官の部屋で遊んでるっていう事実です」
北上「提督同伴なら別にあの部屋入ってもいいんでしょ?」
吹雪「一応そうなってはいますけど基本的には司令官も誰かを入れたりしませんよ。それこそ夕張さんや明石さんくらいしか」
北上「何故あの二人」
吹雪「気兼ねなく遊べるからでしょうね。あの映像も飲みながら罰ゲームありでゲームやってた時見たいですし」
北上「提督お酒強くないのにねえ」
つまり撮影者は明石だったわけか。
吹雪「そのクセお酒は好きなんですよね。ちなみにゲームも弱いらしいです。でも好きだとか」
北上「じゃ何が問題なのさ」
吹雪「あんなのみたら皆司令官の部屋に行きたがるじゃないですか」
北上「あーそっちかあ」
吹雪「大変でしたよ…金剛さんなんか私が行った時には既に比叡さんと司令官の部屋に乗り込む算段立ててましたから」
北上「今は大丈夫なの?」
吹雪「零したコーヒー拭いてるはずです」
北上「あーね」
吹雪「飛龍さんなんか撮った動画で逆に私を脅してきましたからね」
北上「あの人そんなことすんの」
吹雪「加賀さんのお酒盗み飲みしてる事を引き合いに出したら消してくれました」
北上「あの人そんな、事しそうだね確かに」
北上「でもそうなると私もダメなんじゃない?昨日提督の部屋で寝てたし」
吹雪「公にはダメです。でもOKです。北上さんは」
サラッと矛盾した事を言われた。
北上「どういうことよそれ」
吹雪「だから個人的にですよ、個人的。前にも言ったじゃないですか、貴方には期待してるって」
北上「そうやってそれっぽい感じで内容ぼかすの、私はあんまり好きじゃないよ」
吹雪「そうですか?私は好きなんですよ」
しれっといいやがる。秘書艦殿にゃ口では勝てなさそうだ。
吹雪「司令官はどうでした?」
北上「?」
吹雪「司令官の様子ですよ」
北上「昨日の?」
吹雪「ええ」
北上「どうって言われてもねえ。いつも通り?」
吹雪「ホントに?」
北上「いや、なんかぎこちなかったかも」
吹雪「ヘタレですからねえ」
北上「手を出さなかったって話?そりゃいくら提督でもそんな事はしないでしょ」
思えば二人で出かけた時点で浮気みたいなものじゃないかこれ。
吹雪「見境なかったら流石にダメですけどね」
北上「一体どうしたのさ。今朝も大井っちと二人し提督に詰め寄ったりしてたし」
吹雪「大したことじゃないですよ。ただこれからも司令官の事、よろしくお願いしますね」
北上「はぁ…」
もっとこうスバっと物申してくれる人はいないのだろうか。
吹雪「じゃ私はまだ多摩さんの始末が残ってるんでここら辺で」
北上「ナチュラルに始末とか言わないで」
吹雪「痛くはしないので」
それが一番怖い子なんだよなあ。
北上「でさ」
吹雪「まだ何か?」
北上「提督の部屋にそんなに入られると困る理由って何」
吹雪「秘密です」
短く答えて颯爽と去っていく秘書艦。
これ以上は何も言ってくれなさそうだ。
大井「あ!北上さん!!」
北上「およ?大井っちー、提督は生きてる?」
大井「命はあります」
北上「さいで」
こってり絞られたらしい。後で謝りに行こう。
大井「で!ホントに大丈夫なんですよね!?」クワッ
北上「おお?何がさ」
大井「提督に襲われたり犯されたり処女奪われたりしてないんですよね!!」
北上「」
あーいたわ。ズバッと物申してくる人。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
【図書室】
北上「ここもなんだか久々だなぁ」
大井「なるほど、ここなら誰にも邪魔されませんね」
意味深に聞こえるけど単に話を聞かれたくないだけである。
北上「神風はいるかもと思ったけど」
大井「今の時期駆逐艦は秋刀魚漁で大忙しですからね」
北上「そっか、護衛に引っ張りだこか」
大井「私達は暇ですね」
北上「幸せだねえ」
大井「そうですねえ」
座椅子を並べて二人で座る。
日中の陽の光が閉じ込められたこの部屋は包み込むような温かさがある。
大井「北上さんはどうでした?」
北上「私?」
大井「北上さんは昨日どうでした?」
北上「昨日ねえ」
それは少し意外だった。
吹雪は「司令官はどうでした?」で
大井っちは「北上さんはどうしでた?」か。
同じようで、二人はちょっと違う目的があるようだった。
てっきり大井っちも提督の様子を聞いて浮気チェックするものかと。
北上「楽しかったよ」
大井「無難な回答ですね」
北上「波風立てるのは嫌いなのさ」
大井「船なのに?」
北上「船なら波も風も拾うものでしょ」
大井「それもそうですね」
提督といるのは楽しい。
楽しい、というよりは落ち着く?かな。
何せ鎮守府で唯一の人間だ。本能的にそう思うとかもしれない。
って猫が決して本能的に人に懐くわけじゃないのだが、でもそれだけ長い間人と猫は共に生きているのかもしれない。
大井「何かこう、普段と違った感覚はありませんでしたか?」
北上「普段と違った、ねえ。あーそういえば」
背中を洗ってもらってる時に、何かあった気がする。
大井「あったんですか!」
北上「いやでものぼせてたんだっけな」
大井「お風呂に入ってた時ですか、一緒に」
北上「いやあ気のせい気のせい」
大井っちの前であまり提督との話をするべきじゃない気がする。今更だけど。
そういえばのぼせたなんて経験も初めてだったなあ。
大井「…」ジーッ
北上「…なに、その慈愛に充ちた優しい眼差しは」
大井「いえ、でも北上さんはもっと自分の思ったようにするべきだと思いますよ」
北上「割とそうしてるつもりだけど」
大井「私はいつでも北上さんの味方ですからね!」
北上「いつでも?どんな時でも?本当に?」
大井「あー、基本的には、です」
北上「あはは、そりゃそうだ」
これで私が提督の事好きなんだとか言ったら流石に味方してはくれないだろう。
別に私は二人の間に入る気は無い。二人のそばに居られればいい。
大井「あ、秋刀魚は美味しかったですか?」
北上「げっ!何で知ってるのさ」
大井「フフ、秘密です」
北上「くわばらくわばら。秋刀魚はそりゃもう言うまでもなくだね」
大井「なら私達も釣りに行かなきゃですね」
北上「出番あるかなぁ」
大井「なければ作るんです!」
北上「どうやっ、あー提督か」
大井「さっ、提督室に行きましょう!」
北上「あんまり怒んないであげてね。昨日のは私も悪いんだから」
大井「分かってますって」
分かってて怒ってたのか。
北上「でも、眠くなってきた」コテン
大井っちの肩に寄りかかる。
大井「暖かいですからね、ここ」
大井っちは、特にこれといった反応はない。
肩に頬を乗せ、耳元に頭を擦り寄せてみる。
北上「大井っちはちっちゃいなあ」
大井「私が?北上さんと同じくらいだと思いますけど」
北上「まあね」
提督のことを思い出していた。提督は寄りかかっても肩の上には届かなかった。
それに比べれば私も大井っちも随分小さく思える。
そういや猫だった時はもっと小さかったんだよなぁ。
大井「私、北上さんとずっと一緒にいたいです」
北上「私もだよ~」
大井「相思相愛ですね!」
北上「そうだねー」
大北「「ふあぁ…ぁ」」
二人して大欠伸をする。
北上「眠くなるよね」
大井「ええ、本当に」
北上「少し寝ていこっか」
大井「はい」
この後部屋の温かさが消えるまで寝ていたため私達は見事に夕食をすっぽかし、大井っちは初の秋刀魚を食べ損ねてしまうことになるのだが、
お互い幸せだったと思う。
65匹目:like the cat that stole the cream
クリームを盗んだ猫のようだ。つまり満足そうだという意味の慣用表現。
球磨姉が姉としての威厳を示せた時、もしくは本人がそう思い込んでる時とか。
多摩姉が秋刀魚を食べてる時とか。
木曾が戦闘後に決めポーズをしっかり取れた時とか。
大井っちが私と一緒にいる時とか。
そんな感じ。
なので、今私の目の前にいる人物とは真逆の様子ということになる。
【工廠】
夕張「納得がいかないわ!」
北上「どうしたのさ急に。いやいつも急か」
夕張「重複をじゅうふくと読まない事くらい納得がいかない」
北上「それは分かる」
夕張「ポンドが未だに蔓延ってる事くらい納得がいかない」
北上「それは知らない。あれ、ヤードはいいの?」
夕張「あれは正直慣れたわ」
北上「結局慣れか」
北上「で何が納得いかないの」
夕張「まずさ、私と明石ってずっとここにいるじゃない?」
北上「自室も工廠だしね。ゲームも漫画も本も全部だしね」
夕張「そりゃあ明石は工作艦だし?作って遊ぼうだし?ここにいてしかるべきじゃん」
北上「工作の規模がやたら小さく聞こえるけどまあそうだよね」
夕張「で私。兵装実験軽巡夕張」
北上「だね」
夕張「おかしくない?」
北上「何が」
夕張「艦娘が日本発祥なのに嫌がらせの如く単位規格変えた部品で装備作ってくる国外のあんちきしょう共くらいおかしくない?」
北上「その一々例えるのやめてよしかも長いというかそんな高度に政治的かつ低度で幼稚な嫌がらせみたいなことされてんの?」
夕張「終いにゃ尺貫法持ち出すわよコルァ」
北上「落ち着いてメロン」
北上「凄く納得してないのは分かったけど、何に納得がいかないの」
夕張「北上は他の鎮守府の夕張って知ってる?」
北上「私は特に知らないかなあ。似たり寄ったりの変人ってのは聞いたけど」
夕張「変人とは失礼ね」
北上「否定すると?」
夕張「ちょっと変わってるだけよ」
北上「だから変人って言われてるんだよ」
夕張「人は皆、誰かと同じにはなれないのよ…」
北上「常識がズレてるって話だよ」
夕張「この容姿端麗頭脳明晰な軽巡夕張」
北上「頭脳明晰て…容姿は皆そうだろうけど」
夕張「胸もCよ」
北上「嘘だBだB!」
夕張「あります~由良がCなんだから私もCあります~」
北上「自分で測ったんじゃないんかい」
夕張「ち、違ったら辛いし…」
北上「なんでそこで自信なくすのさ」
夕張「明石なんてEよE!あの口搾艦めえ!」
北上「なんだろう、凄く悪意を感じた」
夕張「今度鎮守府中の画面に細工してサブリミナル効果でピンクは淫乱って刷り込んでやるわ!」
北上「それ禁止されてるやつ。しかも大掛かりな割に陰湿。巻き添えによる被害者も多いし」
夕張「夕張って船は装備枠が4スロット。その特殊性から戦力としてもオンリーワンの性能で輸送や潜水艦キラーとして出撃する事も多いのよ」
北上「へーそりゃ知らなんだ」
夕張「なんで4つも積めるのかしらね。やっぱり頭いいからかな」
北上「うわ頭悪そう」
夕張「INT値高いからかな」
北上「うわゲーム脳」
夕張「まあその座も今は昔だけどね…」
北上「駆逐艦も対潜強くなったらしいよね。秋刀魚漁で引っ張りだこだって聞いたよ」
夕張「軽巡のライバルは由良と阿武隈だけど、由良には手を出せないし阿武隈には勝てる気がしない」
北上「ナチュラルに手を出そうとしないで」
夕張「ともかく、夕張ってのは普通に出撃できるしするものなのよ。だったのよ」
北上「そりゃ軽巡だしね」
夕張「なのに私はいっつもここに閉じこもってる」
北上「引きこもりかな」
夕張「最後に出撃したのいつだ」
北上「引きこもりだね」
夕張「そもそも食事ですら最近ここで済ます事を覚えた」
北上「引きこもりだこれダメだこれ」
夕張「やっぱり違うと思うのよそれは」
北上「でもさ、色々弄るの好きでしょ?」
夕張「モチのロン」
北上「だったらいいんじゃない?適材適所でさ。提督もそれを分かって出撃させてないんだろうし」
夕張「提督には感謝してるわよ。吹雪にもね」
北上「さっきも言ってたじゃん。夕張は夕張だよ。別に今更でしょ」
夕張「分かってるわよそれくらい」
北上「ツンデレめ」
夕張「私は幼馴染属性じゃない?もしくはクラスメートの女友達ポジ」
北上「何にせよとりあえずこの件は解決と「でもそうじゃない」あるぇー…?」
夕張「例えばよ?北上は明石が出撃したらどう思う?」
北上「あー提督やっちまったかー吹雪いなかったのかなー後で怒られるんだろうなーって」
夕張「中途半端にレベル高いものね明石」
北上「前に、これが私が戦火に晒された回数を物語ってるのよ、とか言ってたもんね」
夕張「なまじ大規模作戦中とかだと皆ももしかして工作艦にも役割があるのでは?とか考えて誰も止めないのよね」
北上「で結果死んだ目であー貴重な修復剤体験ーとか言うわけだね」
夕張「まあそんな感じね。他の娘にも聞いてみたりしたけど大体同じ感想よ」
北上「既に調査済みだったとは」
夕張「何かを考えるのにまずデータをとるのは基本よ」
北上「なんか急に頭良さそうなこと言い始めた」
夕張「それでよ、もし私が出撃したらどう思うとも聞いてみたのよ」
北上「なるほど」
夕張「なんて答えたと思う?」
北上「え、んー…わー珍しい工廠で変な発明品作る以外の事をしてるーとか」
夕張「なんで分かるの…」
北上「いやなんとなく、えっ、当たってるの?ウソ、マジで?」
夕張「しかもあの由良がよ?ラブリーマイエンジェル由良よ?しかも悪気なし。マジ無垢1000パーセント」
北上「身内に厳しいね」
夕張「流石の私も堪えたわ。半日くらい」
北上「由良が言っても半日で回復するのか」
夕張「ダメージでかかったわ」
北上「どれくらい?」
夕張「ゲームのプレイに支障が出た」
北上「ゲームかい」
夕張「荒れに荒れたわね。馬車とか民家強盗しまくったもん。極悪アーサーになったもん」
北上「何の話だ」
夕張「つまりね、本来出撃するべき軽巡なのに工廠に篭もってる天才美少女ってのが私のポジションのはずなのよ」
北上「細かいところはもう置いておくとして実際そうなってるじゃん」
夕張「そう!そうだけど!ここにいるってのが当たり前になっちゃってるのよ!ピンクは淫乱なのと同じくらいに!」
北上「私ゃたまに夕張と明石の仲が良いのか悪いのかからなくなるよ」
夕張「イメージの問題よようするに」
北上「引き篭りじゃなくて理由があって引き篭らざるをえないと思われたいと」
夕張「その言い方はなんか辛い」
北上「事実だよ割と」
夕張「故にこのイメージを払拭したい」
北上「現状、というか己を変えればいいのでは」
夕張「私ではなく周りを」
北上「発想が駄目人間のそれだ」
夕張「由良にも言われたもん。たまには一緒に出撃しようよって」
北上「一応聞くけど返答は」
夕張「敵が来い」
北上「うーんこの」
夕張「出撃するくらいなら工廠に作業中って札下げて自室で爆音上映会やる」
北上「いっそ清々しいね。見るなら何見るの」
夕張「ん~らんまとか?」
北上「何故爆音でそのチョイス」
北上「せめて装備の試験運用くらい自分でやったら?そこの海でやればいいし」
夕張「いやぁ人材は腐る程いるんだし開発者がやらんでもいいっしょ」
北上「おい兵装実験軽巡」
夕張「あ、中で出来る実験はしてるよ?流石にね」
北上「流石にのハードルが低いあまりに低い」
夕張「砲の試験運用も可能な限り陸からやってるし」
北上「そんな事してるから波動砲爆発で工廠ダメにしたりするんでしょうに…ところで爆発した時工廠の中の自室は無事だったの?」
夕張「並のシェルターより硬いわよあそこ」
北上「技術の私物化が酷い」
北上「現状のイメージを何とかしたいって、夕張的にはどんなふうに思われたいの?」
夕張「戦えるけどあえて開発研究に没頭しいざって時にとびきりの最終兵器もってヒーローは遅れてやってくる的なそういうの艦娘に私はなりたい」
北上「拗らせてない方の厨二病だこれ」
夕張「いいじゃない天才美少女。これは人気出るわよ」
北上「現実は天才変態少女」
夕張「私は助手じゃない」
北上「ユウバリーナ?」
夕張「あ、なんか可愛い」
夕張「助手は北上で」
北上「厨二病に振り回されている点ではその通りかもしれないね」
夕張「胸とかもね」
北上「おっと久々にキレちまったよ」
夕張「ギルティとブレイブルーどっちがいい?」
北上「テトリスで」
夕張「え」
北上「ぷよぷよは認めない」
夕張「明石キレるわよ」
北上「ぷよぷよ派なのか」
夕張「なんで!なんでそんなに強いの!!」カチカチカチカチ
北上「あーこれは天才美少女の座は私で決まりかなー」カチカチ
夕張「あ゛あ゛あ゛ずれたぁぁ!!」
北上「オセロにする?」
夕張「格ゲーよ!格ゲーで勝負よ!」
北上「天才美少女なのに?」
夕張「天才美少女だから格ゲーも嗜んでいるのよ」
北上「テトリスはダメなのに?」
夕張「パズルゲームなんて陰キャのやる事よ!」
北上「うわ色んな人に喧嘩売った」
夕張「くっ、私の頭脳派キャラとしてのイメージがぁぁ」
北上「少なくとも勤務時間にこんなことしてるうちはただのサボり魔だよ」
北上「出撃がいやならもっと皆が驚くようなもの作るとかは」
夕張「この前連装砲の自動餌やり器作ったわよ」
北上「エサ、え?エサ?あれエサ食べるの?何食べるの?」
夕張「飛んでもない速さで口に打ち出されて一人が大破して反乱起こさたけど」
北上「そりゃ怒るでしょーよ。しかも打ち出されるってどんな構造してたの」
夕張「バッター用のボール打ち出すあれを元に」
北上「発想元から何から狂ってやがる」
夕張「皆の役に立つものは結構作ってると思うんだけどなー」
北上「家電はなんでもいじれるしね。でもそれだとただの便利屋だよね」
夕張「ハッ!?」
北上「いや驚くとこじゃないでしょ。どう見てもそうだよ」
夕張「やはり艦娘としては出撃するしかないというの…」orz
北上「そういうの関係なく出撃はしなよ」
夕張「やだぁしろとか言われないししたくもないしぃ」
北上「確かに提督はともかく吹雪も言わないんだね。吹雪ならケツひっぱたいてでも出撃させそうなのに」
夕張「そこら辺は私も不思議なのよね。資材とか勝手に色々やってても見逃してくれること多いし」
明石「夕張ー!いるー!?」バタンッ
夕張「あ帰ってきた。何ー?」
明石「急患!港来て!」
夕張「なんで!?」
明石「例の脱出装置が爆発して叢雲が大破した!」
夕張「爆発!?ちょっと出力強すぎたかな」
北上「叢雲かぁ、吹雪怒りそうだなぁ」
夕張「こ、怖い事言わないでよ…」
夕張「んー安全な撤退方法だと思ったんだけどなあ」
明石「とりあえず装置の方をお願い。私は叢雲診るから」
夕張「はーい。それでその、吹雪はもう知ってるの?」
明石「さっき連絡が行った後に提督室から飛び降りてきたって聞いたわ」
夕張「急ぎ過ぎでしょ…」
北上「三階だよあそこ」
明石「とりあえず行きましょ」
夕張「遺書書かなきゃ」
北上「その時は見届けてあげるよ」
バタバタと二人が工廠から出ていく。
北上「天才ねえ」
夕張こそまさに努力型だと思うのだが。
方向性はちょっとあれだけど。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
【後日】
夕張「納得がいかないわ!」カチャカチャ
北上「吹雪にこってり絞られたみたいだね」
夕張「私はただこの発明が役に立つと思って…」
北上「それが例の脱出装置?」
夕張「改良中」ガチャガチャ
北上「今度はどうすんの」
夕張「いっそ思いっきり爆発させてぶっ飛ばそうかなって」
…やっぱり変人だコイツ。
66匹目:Cool cat
カッコイイ猫
という意味では勿論ない。
カッコイイ人という意味の表現で基本的に男性に対して使われるものだ。
スラリとした出で立ち。飄々とした立ち居振る舞い。
日本猫のようなフワッと丸っとしている猫とは違う、例えばロシアンブルーみたいなそういうカッコよさを指す。
これを聞いて私が一番に思い浮かべたのは
北上「大井っ…ち?」ガチャ
昨日話していた秋刀魚漁に球磨型のみんなで行こうという計画を提督に伝えるためにと部屋を出た大井っち。
折角だしついてって提督室にお邪魔しちゃおうかなと私も部屋を出て大井っちの背中に声をかけようとした時だった。
木曾「」コソコソ
何かいた。
私今尾行中ですという空気を醸し出しながらもの陰に隠れて頭を覗かせるマントがいた。
というか木曾がいた。
大井っちが廊下の角を曲がり階段へ向かう。
木曾「ヨシ」
小声でわざわざ掛け声を出しながらもの陰から出て廊下を追う木曾、と私。
このまま尾行の尾行というのも面白そうだがさてどうしよう。
北上「そぉい!」バサア
木曾「ひゃあっ!?」
後ろからスカートとマントを思いっきりバサッとやってみる。
木曾「な、なんだぁ!?って上姉か…一体何の用だ、大事な時に」
相変わらず男勝りな口調と内股気味にスカートを抑えるギャップに加虐心が擽られる。
木曾は制服姿だった。つまり眼帯付き。
当然だが風呂や寝る時は外す。
初めて外すのを見た時は私も驚いたものだ。
考えてみりゃ当たり前なのだけれど、ねえ?
ちなみにあの目は光る。
今みたいに脅かしたりくすぐってやったりすると光る。何故か。
本人も意味はよくわかってないらしい。
自分の体の一部がよく分からないけど光るってめちゃくちゃ怖い気もするけど特に気にはしていないようだ。
北上「大事って、大井っちの尾行が?」
木曾「上姉も気になるだろ?提督とおい姉の仲が」
北上「あーそれで尾行か」
木曾「最近おい姉の態度も少し変だし」
北上「あ、やっぱ分かる?」
木曾「色々と推測しててもしょうがない。この目で確かめなきゃな」
北上「別に私はいいかなあって」
木曾「え?この前まで気にしてたじゃないか」
北上「気にはなるけど、そっとしとくのがいいんじゃないかな。馬に蹴られたくないし」
木曾「馬?」
通じない慣用句って虚しい。
木曾「どうしたんだ急に。おい姉とケンカでもしたか?」
北上「まさか」
木曾「ならどうして」
北上「どうしてと言われるとなんでだろ」
木曾「なんでだろと言われてもな」
北上「だよねえ」
木曾「だな」
神通「お二人共、廊下の真ん中で何をしているんですか?」
北上「あー神tくさっ!魚くさっ!?」
木曾「そっちこそどうしたんだ!?」
神通「色々ありまして…」
死んだ魚の目をしてらっしゃる。
北上「かわうちのやつ?」
神通「えぇ…」
木曾「いやでも何やったらこうなるんだよ…」
神通「大丈夫です。川内姉さんにはこれからカタを付けに行くので」
北上「あ、うん」
と思ったら水面下の獲物を狙う海鳥のように鋭い目付きで恐ろしい事を言う。
神通「では」
木曾「お、おう」
北上「凄い、オーラだよオーラ。殺気がみえるよ」
木曾「かわうちのやつ何しやがったんだ」
北上「…神通って川内の事かわうちとは絶対言わないよね」
木曾「結局のところお互い姉妹には甘いんだろうな。あいつの場合尊敬、か?」
北上「見習っていきたいねキソー」
木曾「俺も神通の容赦のなさを見習うべきかもしれないな」
北上「やだなぁ冗談だよジョーダン。そういえば私もケンカとかした事ないなあ」
木曾「なんだ、やってみるか?」
北上「ジャンケンならいいよ」
木曾「上姉らしいな…とりあえず部屋入るか」
北上「尾行はいいの?」
木曾「今更だろ。まあ今日のところはな」
北上「ケンカって言うならそれこそ大井っちと提督がそうじゃん。いっつも痴話喧嘩」
木曾「確かにな。でもあれもごく最近の話だぞ」
北上「そうなの?そういや昔の二人って私知らないな」
木曾「今と似たようなもんだよ。だから気づきにくいんだと思うけど」
北上「どゆことさ」
木曾「おっとこの先はタダとは行かないなあ」
北上「くぅ足元見やがって」
木曾「ギブアンドテイク、基本だろ?」
北上「夕食で秋刀魚一匹」
木曾「のった」
木曾「昔と言ってもおい姉が来たのは約二年前だから最近と言えば最近だ」
北上「着任順だと多摩姉球磨姉木曾大井っちなんだっけ」
木曾「ああ。おい姉はほら、俺ら以外には正直結構当たりが強いだろ?提督にもそうだった。むしろ提督にこそそうだった」
北上「今でもじゃないの?」
木曾「そうだけど、なんというかなぁ。昔はもっと冷たいというか、無愛想?な感じだった。作戦に文句言ったり上姉はまだかぁって文句言ったり」
北上「大井っちらしいや」
木曾「ちなみに前者は完全に提督が悪い」
北上「提督らしいや…」
木曾「それに比べて今のおい姉は熱を持って提督に当たってる感じだな。生き生きしてる、ってのは少し違うかな。でもそんな感じだと思う」
北上「流石木曾。よく見てるぅ」
木曾「姉妹だしな」
北上「そうなると大井っちは私が来てから提督とお熱になったという事になるのかな?」
木曾「時期的にはそうだと俺は思うな」
北上「何かきっかけとかあったのかな」
木曾「もしくはそれまで上姉の事ばかり考えていたけど改めて上姉が来たら提督の事を見る余裕が出来て、的な?」
北上「おーなんかロマンチック、なのかな?」
木曾「さあ」
北上「恋愛系の話はとんとわからんね」
木曾「俺らの中じゃそういうのはおい姉くらいしか興味無さそうだしな」
北上「外に行った時とか男の人見てドキッとかしない?」
木曾「いや全然。というかあんまり人間を見たりしないなあ」
北上「興味なしか」
木曾「年に数度しか人間に会わないしな。魚とかの方がまだ興味が湧く」
そんなもんなのか。人と艦娘というのも。
これ程人に近いのに人に飼われていた猫の方がまだ人への興味があるとは不思議なもんだ。
木曾「上姉は結構人間に興味ありそうだよな」
北上「そ、そう?ほら、私本とかで人の話とか読んだりするからさ」
木曾「あーなるほどな」
北上「でも木曾も映画とか漫画とか、人に触れる機会が無いわけじゃないでしょ」
木曾「ああいうのはフィクションだし」
北上「そういう認識なのか」
木曾「大抵はそういう認識なんじゃないかな」
北上「金剛さんとかは違うのかね」
木曾「あーどうだろうな。提督一筋って感じだし、別に人間に興味はないんじゃないかな」
北上「…あぁ、かもね」
凄く意外な事にしかし今更ながら気がついた。
そっか、皆にとって「人間」と「提督」は別物なんだ。
そういえば前に日向さんは提督を女王蜂と言ってたっけ。
でも唯一の人間だとも言ってたな。そこに違いはなんだろうか。
前任の提督を知っているから?つまり提督意外の人間を知っているから?
北上「むむむ」
木曾「どうした急に」
北上「頭痛が痛い」
木曾「そんな船に乗船みたいな」
北上「金剛さんと言えばさ、大井っちと提督の仲について他の皆はどう思ってるんだろ」
木曾「さっきも言ったけど、皆はおい姉の変化については多分それほど気づいてないと思うぞ。相変わらず馬が合わないなあ位の認識じゃないかな」
北上「おー、流石大井っち。ライバルに気付かれずにゴールインする気だな」
木曾「そう取れなくもないけど、おい姉もおい姉で無意識にやってるんだろうな」
北上「だろうね。提督の方は誰かに気があったりはしなかったの?金剛さんとかモーレツアタックしてるけど」
木曾「俺か知る限りはないな。だからこそおい姉とこんなに仲良くなってたのは意外だったよ」
北上「へぇ。提督とか抱きしめてキスのひとつでもすればOKしそうに見えるのに」
木曾「それは流石にひでぇな」
北上「そうかな」
木曾「もう一つ気になるのは最近のおい姉だ」
北上「私もそこがわからない」
木曾「喧嘩ってのは、やっぱなさそうだよなあ。痴話喧嘩はしても喧嘩はしなさそうだし」
北上「別に提督と仲が悪くなった感じもないんだよねえ」
木曾「なんつーかおい姉が提督を避けてる、距離を置いてる感じがあるな」
北上「そう?」
木曾「俺はそう思った」
北上「じゃあそうかもね」
木曾「そんなあっさりと」
北上「木曾の目は信頼に値すると思ってるからね」
木曾「そりゃ、妹冥利に尽きるね」
最初は提督に悪態つくだけで、
そうして接する内にいつの間にか距離が近づいて、
私が来てからいつも私と居るようで、提督ともそのまま一緒にいたりして、
でも最近提督を少し避けてる。
そして多分、私との距離も変わってる。
北上「改二になってからだよね」
木曾「前に上姉が言ってた通り服装か?」
北上「本気?」
木曾「まさか」
北上「だよねぇ」
木曾「上姉は何か気づかなかったのか?一緒に工廠行ってたんだろ?」
北上「別に普通だったけどなあ。その後なんかため息ついたりしだして、段々とって感じで」
木曾「さっぱりだな」
北上「木曾は改装後なんかあったりした?」
木曾「俺は…いや別に何も無いな」
北上「あ、今チラッとマント見た。やっぱ気に入ってるな、マントカッコイイと思ってるな」
木曾「お、思ってねえ!そりゃカッコイイとは思うけど別にそこまで気にしてねえ!」
北上「天龍と一緒にマント作ったりしてるのに?」
木曾「なんで知ってんだよ!?」
北上「龍田が言ってた、って阿武隈が」
木曾「アイツは龍田にだけ口が軽すぎる…」
北上「姉妹だもんねぇ。いいなぁウチの妹も見習って欲しいなぁ」
木曾「俺は、上姉にこそ見習って欲しいけどな」
北上「え?」
片方だけのクールな目が私をじっと見つめてくる。
鋭い観察眼は、私をどう見ているんだろう。
というかなんで眼帯なんだろうか。色が違ったりするけど普通に見える目のはずだが。
明石に頼んだら目くらいどうにでもなりそうだし。
北上「あ」
木曾「お?」
北上「そういえば改装した日大井っちがなんか明石のとこに行ったとか言ってたっけ」
木曾「ほぉ。なんさ手掛かりになるかもな」
北上「今度聞いてみるよ」
上の方から騒がしい声が聞こえ始める。
北上「また始まったね」
木曾「いっそこの方が落ち着くよ」
北上「確かに」
木曾「さて、着替えるか」
北上「なんで制服だったの?」
木曾「言わせないでくれ」
北上「あーマントか」
木曾「言わないでくれ」
北上「…」ジー
木曾「な、なんだよ」
北上「なんで眼帯なんだろうね」
木曾「これか?なんでって言われると、なんだろうな」
北上「お風呂とか寝る時は普通にとるもんね」
木曾「邪魔だしな」
北上「なら外しちゃえば?」
木曾「こっちで慣れちまったからなあ。外すとかえってやりにくい」
北上「そうなの?」
木曾「上姉急に片目で暮らせって言われたらキツイだろ?」
北上「無理だね」
木曾「逆ではあるけどそれと同じことだよ」
北上「ふーん」
北上「スキありっ!」バッ
木曾「どわぁっ!?」ドサッ
木曾の眼帯を取ろうと襲いかかる。
慌てて防ごうとしたようだけど叶わず適わず、押し倒される木曾。
木曾「痛え」
北上「畳だしだいじょーぶ」
木曾「コンクリよりマシってだけだ」
北上「おー黄色く?黄金かな。光ってるね」
木曾「夜だとちょっとした明かりになるぜ」
北上「それだと寝る時眩しくない?」
木曾「その時は消してる」
北上「消せるのか…」
無意識に消えてるわけじゃないらしい。
北上「私が写ってるね」
木曾「レンズだからな。映ってなかったら一大事だ。ところでそろそろ上から降りてくれ」
北上「私の形してる」
木曾「どういう意味だよ」
北上「猫とか鳥の形だったら面白いなあって」
木曾「魔法の鏡じゃないんだぜ。まあもしかしたら、船の形とかはあるかもな」
北上「船かあ」
大井「北上さーん。提督に秋刀魚漁の話取り付けてきま…あ」ガチャ
木曾「あ」
北上「いやん」
大井「そっち!?」
そっちってどっちだ。
大井「提督ぅぅぅぅぅ……」ダダダ
北上「行っちゃったよ…」
木曾「これめんどくさい事になるんじゃないのか」
北上「どーだろ」
木曾「しかしあれだな、こういう時は真っ先に提督のとこに行くんだな」
北上「なんだかんだでやっぱり提督なんだね」
木曾「ツンデレってやつだな」
北上「木曾は提督の事どう思ってるの?」
木曾「俺か?改めて言われると、そうだな。相棒?」
北上「カッコイイね」
木曾「上姉こそどう思ってるんだ?なんやかんやと提督とはよく一緒に居るし、この前なんか部屋で寝てたじゃないか」
北上「提督かぁ。んー手掛かり?」
木曾「はい?」
北上「容疑者、いや目撃者的な」
木曾「推理小説の話はしてないぞ」
北上「事実は小説よりも奇なりなんだよワトソンくん」
木曾「勘弁してくれホームズ」
呆れて肩をすくめる妹をよそに、私はあの日神社で出会ったような、出会わなかったような、不思議な友人を思い出していた。
木曾「お」
北上「あ」
上からまた騒がしい二人の声がする。
木曾「俺は知らないぞ」
木曾がまた肩を竦めて立ち上がる。
北上「クールだねぇ」
木曾「別にそんなことは無いさ」バサッ
そしてマントを翻しながらカッコよく取る。
木曾「うわっ」バフッ
あ引っかかった。
木曾「…」
北上「…」
木曾「れ、練習中だ…」カァァ
実に可愛い妹である。
583 : ◆rbbm4ODkU. - 2018/11/27 05:01:28.90 a4+QFzlN0 1266/1821しまった66じゃなく67匹目だ。内容に影響はないのでいいのだけれど。
木曾や加古などのあの目はなんなんでしょうね。連装砲ちゃんと同じくらい謎です。
続き
北上「我々は猫である」【後編】