1 : 以下、?... - 2019/09/06 22:27:47.364 Cutdx2lb0 1/16

死神「まだ死なれちゃ困るんですようっ! どうか、どうか思いとどまって!」

「嫌だ死なせてくれ! こんな世の中にはもうこりごりだ!」

死神「そんなこと言っても予定外の鬼籍の書き入れは煩雑な手続きが! 主にわたしの仕事量がぁっ!」

「知ったことか!」

死神「あと一年だけ我慢してー!」

元スレ
死神「あなたの余命は一年です。というわけでですね」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1567776467/

4 : 以下、?... - 2019/09/06 22:31:52.012 Cutdx2lb0 2/16

「断固飛びこーむ!」

死神「うわ力強い! いつもはひょろひょろしてるくせに!」

「酒の力ばんざーい!」

死神「くうぅ、こうなったら実力行使!」

「はっ、女の細腕で何ができる!」

死神「見てくださいはるか下の川の底! 多分ザリガニがうじゃうじゃですよ!」

「だからどうした!」

死神「きっと死んだあなたをプチプチついばむんでしょうね」

「……」

8 : 以下、?... - 2019/09/06 22:34:59.612 Cutdx2lb0 3/16

死神「川の水分を吸ってあなたの死体はふやけるでしょう」

「……」

死神「そうしてほどけた腐肉はとても食べやすいはずです」

「……」

死神「想像してください。ザリガニのハサミがぶにゅっと頬の皮を突き破ってぐちゃっと歯茎の肉をえぐるんです」

「なあ」

死神「目玉を吸い出すのはどんな魚でしょうね。寡聞にしてわたしは知りませんが」

「おいって」

死神「眼球に引きずられてこぼれた神経の束が」

「もういい」

9 : 以下、?... - 2019/09/06 22:37:17.082 Cutdx2lb0 4/16

死神「思いとどまってくれてよかった!」

「お前が行使する実力って……」

死神「何ででしょうね。死んだ後に考えられることを言うと結構考え直してもらえるんですよ」

「自覚はあってほしかった」

死神「さ、酔いもさめたみたいだし帰りましょう!」

「ところでお前誰よ」

死神「死神ですよ。その他の説明は煩雑なので受け付けません」

「面倒くさいと言え」

11 : 以下、?... - 2019/09/06 22:40:15.156 Cutdx2lb0 5/16

自宅


「まあ何となく事情は察した」

死神「ありがたいです。あと一年頑張りましょうね」

「はあ」

死神「頼みますよ?」

「うーん自信ないなあ……」

死神「ええー」

「だって腹が減ったもの。お腹がシクシクして戦えない」

死神「まったくもう。何か食べ物はないんですか?」

「すっからかん」

死神「……分かりました。一番近いコンビニはどっちです?」

「あっち」

死神「行ってきまーす」

13 : 以下、?... - 2019/09/06 22:43:11.749 Cutdx2lb0 6/16

死神「財布忘れてました」

「あ」

死神「あ」

「これは違うよ?」

死神「何がです?」

「適当に天井からロープでわっかを作っただけだよ?」

死神「なーんだ」

「ははは」

死神「その台から降りてください」

「嫌です」

18 : 以下、?... - 2019/09/06 22:47:25.338 Cutdx2lb0 7/16

死神「駄目ー! まだ余命はおよそ三百六十四日と五時間くらいー!」

「だから知るかつってんだ!」

死神「お願いしますマジでホントに!」

「こちらこそお願いします邪魔すんな!」

死神「くうぅ! こうなったら!」

「あともうちょいいいいいいいいい」

死神「のどぼとけに縄が食い込むとまず頭がかあっと熱くなりますね」

「ああ!?」

死神「ゆっくりと暗くなっていく視界。そして闇の中に寂しく取り残されてぽつんと一人ぼっち。まるで宇宙空間の迷子みたい」

「……」

死神「死ははるか向こうに緩慢で、息苦しいまでの静けさ。いつになったら終わるのか分からない遠さ。ある首つり自殺者からの聞き取りです」

「……」

死神「でもまあそれでもいいというなら仕方ありませんさあどうぞ」

19 : 以下、?... - 2019/09/06 22:49:07.362 Cutdx2lb0 8/16

死神「よかった思いとどまってくれて!」

「殺したい」

死神「もう死んでますよう」

「なんで俺の邪魔をするんだよ」

死神「手続きが」

「くそ! いいじゃねえか手続きぐらい! 俺の都合も考えろ!」

死神「嫌です。煩雑なので」

「面倒くさいと言え! なんなんだまったく! 金も地位も信頼も愛もすべて失ったかと思えばまだ最悪の底にもつかねえのか!」

死神「大変ですねー」

「あああああ!」

20 : 以下、?... - 2019/09/06 22:50:48.932 Cutdx2lb0 9/16

「くそ! この! これを見ろ!」

死神「それは?」

「買っておいた農薬だ! 今からこれを飲んで死んでやる!」

死神「ほうほう」

「本気だぞ!」

死神「農薬なんて飲んだら胃がぐわっと熱くなるでしょうね」

「その手はもう食わん!」

死神「きっと常夏の太陽もかなわないくらいお腹はかっかするはずです」

「……常夏?」

死神「胃液はさながら海。農薬は砂浜の白い砂。恋人たちが夕日を見ながら愛を囁き合うわけです」

「……」

死神「はあ……わたしも彼氏欲しいなあ」

「知るか!」

21 : 以下、?... - 2019/09/06 22:52:59.534 Cutdx2lb0 10/16

「くそ、くそ……!」

死神「なんで泣くんですか」

「これが泣かずにいられるか……貧乏な家に生まれて血のにじむような努力をして勉強していい学校出て会社に入って」

死神「……」

「それなのに信頼してた先輩に裏切られ責任を押し付けられて首になって、恋人にも捨てられて」

死神「……」

「これが泣かずにいられるか! だろ!?」

死神「あ、ごめんなさいぼーっとしてました」

「死ね! いや死んでやる!」

死神「はいどうどう、落ち着いてー」

22 : 以下、?... - 2019/09/06 22:54:44.635 Cutdx2lb0 11/16

「バカにしやがって……」

死神「はあ。ごめんなさい。死神なんてやってるともっとひどい境遇での死に方なんてしょっちゅうなものでして」

「俺の不運なんてちゃちいってことかよ」

死神「そういうわけじゃないんですけど」

「慰めなんていらねえやい。絶対死んでやるからな」

死神「はい。あと一年精いっぱい生きましょうね」

「やっぱり馬鹿にしてるだろ! このヤロ、今に見てろよ!」


……

23 : 以下、?... - 2019/09/06 22:56:22.755 Cutdx2lb0 12/16

……


(――と、あれがもう一年も前のことか)

(あれから俺は自殺未遂を繰り返してそのたび死神にとめられて)

(最初はもう人生に望みなんてないから邪魔しないでくれとしか思わなかったが)

(あいつの言葉の小細工シャワーを四六時中浴びてるうちに俺も変にネジが飛んじまったのかな)

(俺も言葉で対抗するようになって)

(んで小説書き始めて)

(それで当てて)

(有名な賞まで取って)

(一躍時の人に)

24 : 以下、?... - 2019/09/06 22:57:30.495 Cutdx2lb0 13/16

(まあ最終的に病気こさえてぶっ倒れてこの病室ってわけだけども)

「人生何があるか分かんねえもんだなあ」

死神「小説書くのが唐突でしたもんね」

「いたのか」

死神「はい」

26 : 以下、?... - 2019/09/06 22:59:40.513 Cutdx2lb0 14/16

「俺は死ぬのか?」

死神「はい」

「……」

死神「どうしました?」

「こうなると結構命が惜しいもんだな」

死神「ですか」

「嫌だな。死にたくないな」

死神「……」

27 : 以下、?... - 2019/09/06 23:00:45.462 Cutdx2lb0 15/16

死神「病気によって意識が途絶えると」

「……?」

死神「魂は肉体を離れます」

「いきなりなんだよ」

死神「それはふわっとした無重力で宙に浮き、鰯雲を飛び越えて天使の梯子をスルスルと上っていくんです」

「……」

死神「きっと気持ちいいですよ。どんなに上質な羽毛のクッションもかなわないくらいの低反発です」

「……」

死神「わたしもお供しますから」

28 : 以下、?... - 2019/09/06 23:02:10.700 Cutdx2lb0 16/16

「なあ」

死神「はい?」

「結局一年付きっ切りの方が煩雑だったんじゃないか?」

死神「面倒でしたね」

「だよな。まあいいやよろしく頼むよ」

死神「おやすみなさい」

「おやすみ。悪くなかった」

死神「こちらこそ」


終わり

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