老勇者「さぁて、今日も剣の稽古をするか!」
息子「オヤジ、稽古はいいけど真剣でやるのはやめてくれよ。せめて木の剣で……」
老勇者「なにをいう! ワシは勇者免許を持つ勇者じゃぞ! 真剣でやらねば意味がない!」
息子「だけど危ないよ! こないだだって、剣がすっぽ抜けて――」
老勇者「うるさぁい!」ブンッ
息子「あぶねえっ!」
老勇者「ワシはこの剣でお前や亡き妻を守ってきたんじゃぞ!」
老勇者「親のやることに口を出すな!」
息子「ったく……」
元スレ
息子「オヤジ、勇者免許返納してくれよ!」老勇者「絶対イヤじゃ!」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1568638866/
息子「ハァ……」
嫁「あら、ため息なんてついて」
息子「オヤジの奴、あれじゃいつか人を殺しちまうよ」
嫁「そんなことはないと思うけど」
息子「いや、いつかやらかすって。なんとか勇者免許を返納させないと……」
嫁「ねえあなた、勇者免許ってなんなの?」
息子「ああ、お前は他国出身だからよく知らないんだったな」
息子「かつてこの国は治安が悪く、そこらかしこに盗賊やら魔物がうろついていた」
息子「とてもお国の兵士だけじゃ手が回らない」
息子「そこで王様は武芸に優れた者を集め、試験して、合格した者を“勇者”と認定し」
息子「帯剣許可はもちろん、独自の判断で賊や魔物を討伐していい、などといった特権を与えた」
息子「オヤジも認定された一人だ。剣の腕はピカイチだったからね」
嫁「それが勇者免許というわけね」
息子「この制度のおかげで、国の治安はずいぶん回復した」
息子「民間人が他国とも交流できるようになり、俺がお前と結婚できたのもそのおかげ」
息子「ここまではよかったんだが……」
息子「この免許制度、年齢制限を特に設けてなかったんだ」
息子「そのため、あちこちに体も頭も衰えたのに剣を持つことを許された勇者が出来上がっちまい」
息子「各地でトラブルを生み出すようになった」
息子「国はあわてて免許を取り上げようとしたが、猛反発にあい断念」
息子「やむなく自主返納を促してるが、ほとんど効果はない……ってのが現状だ」
息子「オヤジもあの通り、返納するつもりなんて毛頭ないだろう」
嫁「そういうことだったの……」
息子「もちろん、オヤジたちのおかげで国が助かったって部分もあるんだけど」
息子「今後、ますます年老いた勇者による事件は増えていくだろうな」
― 町 ―
スライム「ピィ、ピィ」
婦人「あらあら、スラちゃん。ご飯食べたいの?」
老勇者「――む!」
息子「どうしたオヤジ?」
老勇者「魔物め、覚悟ォォォォォ!」ブンブンブンッ
婦人「きゃあああっ!」
スライム「ピィーッ!」
息子「ちょ、オヤジ! なにやってんだよ! あれはペットのスライムで――」
老勇者「魔物は成敗じゃあああああ!!!」
息子「なにやってんだよ! もう少しで大変なことになるとこだった!」
老勇者「なにが大変なものか! ワシはやるべきことをやろうとしただけじゃ!」
息子「できてないから、こうして怒ってるんだろうが!」
息子「オヤジ、勇者免許返納してくれよ!」
老勇者「絶対イヤじゃ!」
老勇者「ふんっ!」スタスタ
息子「ったく……」
― 家 ―
息子「オヤジの奴、今日は飼われてるスライムに斬りかかっちゃってさ」
息子「危うく相手に怪我させるとこだったよ」
嫁「まぁ……」
息子「ここんとこますます行動がおかしくなってるし、どうしたら……」
嫁「こうなったら強硬手段しかないわね」
息子「強硬手段?」
嫁「剣を隠しちゃうのよ」
息子「――なるほど!」
老勇者「おーい、ワシの剣を知らんか?」
息子「さあ、知らないよ。オヤジしか触らないんだからさ」
老勇者「うーむ、どこに置いたのかのう……」キョロキョロ
息子「……」
息子(あの愛剣を命よりも大事だともいってたオヤジだ)
息子(まさか二振り目を買おうだなんて言い出さないだろうし、このまま隠しておけば安泰だ)
老勇者「……」クンクン
息子(なんだ? 犬みたいに匂いをかいで……)
老勇者「む、匂う! 匂いがするぞ!」クンクン
息子(なんの?)
老勇者「分かった! こっちじゃ!」タタタッ
息子(おいおいマジかよ)
ゴソゴソ…
老勇者「あった!」チャキッ
息子「うそぉぉぉ……」
― 町 ―
ワイワイ… ガヤガヤ…
老勇者「あの立て札はなんじゃ?」
息子「ああ、あれ? 領主が盗賊団討伐に参加する人間を募集してるんだよ」
老勇者「盗賊団! よし、ワシも参加するぞ!」チャキッ
息子「やめろって! オヤジじゃ足手まといになるだけだ!」
老勇者「なにをいう! こういうのに参加せずしてなにが勇者じゃ!」
息子「前もこういうのに参加して、一人で迷子になってみんなに迷惑かけたじゃないか!」
老勇者「ぬうう……」
息子「それにどっちにしろ、オヤジは参加できないんだよ」
老勇者「なぜじゃ?」
息子「ちゃんと読んでみなよ。年齢制限が書いてある」
老勇者「むむむ……」
老勇者「年齢など関係ない! ワシはまだ戦える!」
老勇者「おーい、ワシも入れてくれーっ!」ブンブンブンッ
ワァァァァ… キャァァァァ…
息子「バカ! 剣を振り回しながら走るなァ!」
老勇者「親に向かってバカとはなんだ!」ブンッ
息子「おわっ!」
― 家 ―
息子「まーたあのオヤジは……」
嫁「まあまあ、そうカリカリしないで」
嫁「年老いてなお、盗賊と戦おうとする勇敢さは大したものよ」
息子「ああいうのは勇敢じゃなく無謀っていうんだよ」
嫁「お義父さんが何かをやらかすかもっていうのが心配?」
息子「……」
息子「俺がこんなにイライラしてるのは、他にも理由はあるんだ」
嫁「どういうこと?」
息子「……昔とのギャップがつらいんだよ」
息子「若い頃のオヤジは、本当にかっこよかった」
息子「みんなのために命がけで戦ってさ、この町のヒーローだったよ」
息子「俺だって将来はオヤジみたいになりたいと思ってた。残念ながら俺に剣の才能はなかったけど」
嫁「……」
息子「なのにあれだけ頼もしかったオヤジが、今やみんなに迷惑かける老害になり果ててる」
息子「それがつらくてたまらないんだよ……」
嫁「……だったらこういうチラシもあるけど」ピラッ
息子「これは?」
嫁「近所の奥さんがくださったの。記憶を操作できる高名な魔術師らしいわ」
息子「記憶を操作? どういうことだ?」
嫁「ようするに、自分が勇者であるっていう記憶を封印してしまうんだって」
嫁「この人に頼んで、年老いた勇者の記憶を封じて、大人しくさせたご家族もいるらしいわ」
息子「記憶を……こんなビジネスもあるのか……」
息子「金は……払えない金額じゃないな」
息子「考えてみるか……」
嫁「あなた……」
― 町 ―
息子「ふぅ、今日の仕事はこんなところだな」
町民「おーい、いいニュースが入ったぞ!」
息子「んー?」
町民「領主が募った討伐隊が、盗賊団を見事壊滅させたんだと!」
息子「おお、やったなぁ!」
町民「だけど気がかりなこともあってなぁ」
息子「?」
町民「盗賊団に雇われてた用心棒を逃がしちまったらしいんだ」
町民「タチの悪いことに、そいつかなりの剣の使い手らしい」
息子「なぁに、一人じゃ何もできやしないよ」
その日の夜――
― 家 ―
老勇者「わぁっはっは! あんたのご飯は相変わらずうまい!」パクパク
嫁「ありがとうございます」
息子「……なあ、オヤジ」
老勇者「んー?」
息子「今度、俺と一緒にある魔術師さんところに行かないか?」
老勇者「なぜじゃ?」
息子「……オヤジの武勇伝を色々聞かせてもらいたいんだと」
老勇者「おお、かまわんぞ!」
息子「……」
息子「ちょっと遠い町にいるし、日取りは俺が決めるから――」
ワァァァ… キャァァァ…
息子「?」
老勇者「なんじゃ?」
嫁「叫び声が聞こえたわね」
息子「俺はもう食い終わったし、ちょっと見てくるよ」
― 町 ―
息子「おい、どうしたんだ?」
町民「大変なことになった!」
息子「大変なこと?」
町民「例の盗賊団の用心棒が、この町に逃げ込んだんだ!」
町民「番兵はみんなやられて重傷らしい!」
息子「なんだって!?」
町民「敵は追い詰められた獣だ、何するか分かんねえ!」
町民「俺はみんなに伝えてくる! そっちの地区は頼んだ!」タタタッ
息子「わ、分かった!」
息子「くそっ……!」
嫁「あなた!」タッタッタ…
息子「!」
嫁「何があったの?」
息子「盗賊の用心棒がこの町に逃げ込んだらしい。これから近所の人達に知らせるところだ」
息子「お前は家に戻って戸締まりして、オヤジを見ててくれ」
息子「あと、くれぐれもこのことは内緒にな。飛び出してきちゃうから」
嫁「うん、分かったわ」
ザッ…
息子「?」
息子「――!」
用心棒「へっへっへ……」
息子「お前は……!」
用心棒「俺が誰だか分かるよなァ? 死にたくなきゃ、金か食い物よこしな」チャキッ
息子「ぐ……!」
嫁「あなた……!」
息子「分かった……渡すから、手荒なマネはやめてくれ」
用心棒「物分かりがよくて助かるぜ、へっへっへ」
息子「ほら……金だ」ジャラッ
用心棒「シケてやがる。ま、これでしばらくは何とかなるか」
息子「受け取ったら、とっとと行ってくれ。お前だって面倒はゴメンだろう?」
用心棒「ああ、だが――」
ガシッ!
嫁「きゃっ!」
用心棒「人質も欲しかったんだ! こいつも貰ってくぜ!」
息子「な……!」
用心棒「心配すんな! 安全な場所まで逃げ切ったら、ちょいと楽しんでから捨ててやっから!」
息子「……ッ!」
息子「ふざけるな! 誰が渡すかぁ!」
息子「はなせぇ!!!」
用心棒「バカが!」
バキィッ!
息子「ぶっ!」ドサッ
嫁「あなた!」
息子(つ、強い……!)
用心棒「助け呼ばれても面倒だしな……トドメ刺してやる」チャキッ
嫁「いやぁぁっ!」
老勇者「――やめんかァ!!!」
用心棒「!?」ビクッ
嫁「お、お義父さん……」
息子「オヤジ……」
用心棒「ビックリさせやがって……なんだ、ジジイ」
老勇者「二人に手を出すことは許さん! 次はワシが相手だ!」
用心棒「はぁ~? ボケてんのか?」
息子「オヤジ無理だ……逃げ、ろ……!」
勇者「心配するな……父さんに任せとけ」
息子「!!!」
老勇者「さあ、来い!」チャキッ
息子「あれ?」
用心棒「ジジイが……! いっちょ前に構えやがって」
老勇者「お前如き若造に負けんぞ!」
息子「……」
息子(気のせいか、さっき一瞬だけオヤジが若く見えて……)ゴシゴシ
用心棒「死ね老いぼれ!」ダッ
――ギィンッ!
用心棒「な……!」
息子(あの鋭い一撃を簡単に受け止めやがった!)
老勇者「むんっ!」
シュバァッ!
ギンッ! キンッ! キィンッ!
用心棒「うおっ! ……ぐっ! 速い!」
嫁「お義父さんが……押してる……!?」
息子(まるで……昔のオヤジを見てるような剣さばき……)
用心棒「ぐっ、くそっ……なんだこのジジイ……」
老勇者「とあぁっ!!!」
ザシュッ!
用心棒「ぐああっ……!」ドザッ…
用心棒「う、ぐぅ……いでぇぇ……」
老勇者「命を奪うことはせん。大人しくお縄につくがよい」
息子「オヤジが……勝った……」
嫁「お義父さん、ありがとうございます!」
息子「オヤジ!」
老勇者「……」
息子「すごかったよ! あんな強敵をいとも簡単に片付けちゃうなんて!」
息子「実は俺、ある魔術師に頼んで、オヤジをムリヤリ大人しくさせようとしてたんだ……」
息子「だけど、そんなことする必要なんて全くない!」
息子「オヤジは勇者だよ! これからも剣を振るってくれよ!」
老勇者「……いや」
息子「え?」
老勇者「久しぶりに手強い敵と出会って、頭が冴えたおかげでよぉく分かった」
老勇者「ワシが今のように剣を振るうことはもうできまい……」
老勇者「今の戦いは、いってみれば蝋燭の最後の輝きみたいなもんじゃ」
息子「オヤジ……」
老勇者「ワシは……剣を置く」
老勇者「勇者免許を返納するよ」
……
…………
孫「おじいちゃーん! チャンバラやろうぜー!」
老人「おうよしよし、ではこの紙を丸めた剣で勝負じゃ!」
孫「おーう!」
嫁「あまりおじいちゃんに無理させないのよ」
息子「二人とも怪我しないようにな」
孫「てりゃーっ!」
老人「あまーい!」スパコーンッ
孫「いてて……もういっちょう!」
老人「ええぞ。かかってこい! 息子より教えがいがある!」
嫁「ふふ、あの子ったら、すっかりおじいちゃん子ね」
息子「親バカかもしれないが、すごい剣士になるかもな」
息子(オヤジ……免許は返納したけど、俺にとっちゃあんたは今でも勇者だよ)
― 完 ―
勇者として任務を果たせるなら、免許を返納することもないでしょう。車の免許じゃないんだから。
逆に勇者でありながら討伐に参加しない、あるいは任務を果たせないと言うならそれはそれで免許を返納させる理由として使えるな。