唯「ちーわー、やっと掃除当番終わったぁ。もうヘトヘトだよー…」
紬「お疲れ様。ささ、唯ちゃんも座って。今日はブッシュ・ド・ノエルよ」サッ
唯「おぉ!やったね、私ブッシュ・ド・ノエル大好きだよ!」
澪「そうなのか?それは初耳だな」
唯「うん!だってなんか語感がいいじゃない。ブッってなってドッって」
律「語感かよ…。ほらほら、早く食べて練習するぞ」
唯「待ってよ律っちゃん、まだ一口も食べて無いんだからさ!…あれ、そいやあずにゃんは」
澪「あぁ、梓なら風邪気味らしくて今日は帰るって言ってたぞ」
唯「ほほぅ…」
元スレ
唯「あずにゃんカップ」
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1286026504/
紬「それじゃ唯ちゃんにもお茶入れるわね」サッ
唯「あ、ちょっと待ってよムギちゃん!ストップ、ストップだよ!」ガバッ
澪「な、なんだよ唯…!いきなり大きな声を出すな」
紬「ど、どうしたの唯ちゃん?」
唯「私、今日はあのカップで飲みたいよ!」ビッ
律「あのって…、アレは梓のカップじゃねぇか。唯は自分の分があるだろ」
唯「そうだけどさぁ。あずにゃんのカップカワイイじゃん!一回飲んで見たかったんだよ。いいかなムギちゃん」
紬「そうね。梓ちゃんは今日はお休みだしね」サッ
唯「やったぁ!ささ、早く注いで!」
ズズズズ…
唯「はふぅ…。うーん、やっぱりあずにゃんカップはひと味もふた味も違うねぇ。紅茶の深みが更に増してるよ」
律「増してねーよ。別に私と一緒の普通のカップだろ」
唯「ふふっ、可哀相な律っちゃん…。あずにゃんカップの素敵さが分からないなんてさ」ズズズズ…
律「分かんねーよそんなの。なんだその哀れんだ目は!」
澪「しかし、プラシーボ効果と言う物もあるしな。唯の言ってる事もあながち間違って無いかもな」
唯「プラシーボ効果…?何なのかなそれは」ズズズズ…
澪「例えば、ただのビタミン剤をクスリだと言われて飲むと普通よりも治りが良くなったりするんだ」
律「は…?なんでだよ、ビタミン剤はビタミン剤だろ。そんなの変らないだろ」
紬「思い込みによる効果といった所かしら」
唯「うーん…、良く分からないけどあずにゃんカップは凄いって事だよね!」
律「なるほどなぁ、思い込みの効果なら唯には絶大な訳だぜ」
唯「ふふふ、律っちゃんには貸してあげないよ。このカップは」ズズズズ
律「いや、別にいらねーし。私にとったら普通のカップだもん」
唯「違うよー、あずにゃんカップは特別なの!普通じゃないんだよ」
澪「はいはい、二人ともそこまで。そろそろ練習始めるぞ」
紬「そうね、じゃあ片付けましょうか。唯ちゃん、カップを取ってくれるかしら?」
唯「あ、ちょっと待ってね。ここにも紅茶がちょっと垂れてきちゃって…」かぷっ
律「何やってんだよ唯?取っ手なんか咥えたら汚いだろ」
唯「汚くないよぅ、この取っ手も猫のしっぽになっててカワイイんだよー」ペロペロ
澪「やれやれ、随分と気に入ったんだな。梓のカップを」
梓「ふぇっくしょん!!」
憂「わっ!?梓ちゃん大丈夫?」
梓「うん…。なんか急に背筋に寒気がしちゃって…」
憂「風邪は引き始めが大事って言うからね。今日は、部活を早退して正解だよ」
梓「うん。まぁ、それはそれで心配なんだけどさ…」
純「そだ、丁度いいから駅前のアウトレットモールに行かない?新しく出来たのよ」
梓「あのねぇ…、私達の話聞いて無かったの?部活早退したんだけど」
純「だからじゃない。普段一緒に帰れないんだし、こういう時じゃないとね!」
梓「私はパス…、頭フラフラするし。行きたかっら憂と二人で行きなよ」スタスタ
憂「あ、待ってよ梓ちゃん。…純ちゃん、それはまた今度の休みにしようよ」
純「ちぇっ、仕方ないなぁ。…こら、待ってよ梓!」
=次の日=
梓「くしゅん!」
憂「どう?まだ、治りそうに無いかな」
梓「昨日より大分マシになったと思うんだけ……くっしゅん!」
純「ほほぅ、だったら梓!今日こそは行こうじゃないの、アウトレッ…」
梓「行かない。今日は部室に顔だすから」
純「ちょっと、最後まで言わせてよ!」
憂「部室に…?大丈夫なの、今日も早退した方がいいんじゃないかな」
梓「やっぱり気になるからさ、唯先輩達ちゃんと練習してるのか…」
唯「………………」チラッチラッ
憂「あれ?あそこのドアから何度も覗いてるのってお姉ちゃんかな」
純「噂をすればなんとやらってヤツだね。ほら、行っておいでよ」
梓「私の教室まで来るなんて…。どうしたのかな?」スタスタ
梓「唯先輩、どうしたんですか?こんな所まで」
唯「あずにゃん、どうかな調子は?気になってさぁ」
梓「有り難うございます。まだちょっと頭がフラフラするけど、今日は顔を出しますね」
唯「…………え?」
梓「どうしたんですか?ハトが豆鉄砲食らったような顔して」
唯「ま、待ってあずにゃん!気をしっかり持つんだよ!」バッ
梓「なんですか?別に持ってますよ…」
唯「えっとね…、まだ無理しない方が良いと思うんだよ!風邪は引き始めが大事っていうじゃん!」
梓「いえ、もう大分治りかけてますんで大丈夫ですよ」
唯「そ、そうなの!?だったら、アレだよ。風邪は治りかけが大事っていうじゃん!」
梓「言いませんよ…。どうしたんですか今日は。早く部室に行きましょうよ」
唯「違うんだよ!わたしはあずにゃんの身体を、あずにゃんの未来を心配しているんだよ!」
梓「私の…未来?なんですかソレ」
唯「良く考えてごらんあずにゃん、ここで無理しちゃったら今度の試験に影響しゃうかもしれないんだよ!」
梓「いえ、普段勉強してるんで大丈夫です。…大袈裟ですよ、そんなに心配しなくても」
唯「それは心配だよ!だってあずにゃんは未来の軽音部を担う大切な存在。大切な私の後輩なんだから」
梓「ゆ、唯先輩がこんな気遣いを…。いつの間にこんな大人に」
唯「分かってくれたんだね…あずにゃん!」
梓「…って、そんな訳無いでしょ。そうやってまた練習サボるつもりでしょ。ほら行きますよ」グイッ
唯「はぅ!待って、待ってよあずにゃん!話を聞いて」
スタスタ
憂「お姉ちゃん、どうしたの?廊下で暴れたら危ないよ」
唯「う、ういー!?ナイスタイミングだよ!あずにゃんを、あずにゃんを止めてよ憂!」
憂「えっ!?こ、こうかなお姉ちゃん…?」ガッシ
梓「あ、コラ!?離してよ憂!ズルイですよ先輩」
唯「ういー、あずにゃんは無理して部室に来ようとしてるんだよ!お家まで送ってあげてくれないかな」
憂「あ、うん。分かったよお姉ちゃん」
梓「離してー、離しなさいよ憂!」ジタバタ
唯「それじゃ、あずにゃんお大事にねっ!」ダッダッダッ
梓「待ちなさいよ唯センパイー!」
唯「あずあずカップー、あずあずにゃんー♪不思議なカップー、あずあずカップー♪」スタスタ
澪「…うん?どうしたんだ唯。やけに上機嫌じゃないか」
唯「別にぃー、なんでもないよ」
律「とてもそうには見えないけどなぁ。まぁいいや、早速始めようか」
唯「りょーかいだよ律っちゃん!早く、早く!」
澪「珍しいな…。唯がやる気満々だぞ」
紬「そうねぇ。まぁでも良い事じゃないの」
澪「それはそうなんだが…」
唯「はいはいー、それじゃいっくよー!」サッ
ジャジャーン…
唯「ふぅ………」サッ
澪「……なっ」
紬「………これは」
唯「ん?どしたのみんな、律っちゃんが豆鉄砲食らったような顔して」
律「どういう意味だよそれ!?っていうかなんでそんなにタイミングピッタリなんだよ、リズムキープとか完璧じゃねぇか!」バッ
唯「え?そんな事言われても分からないよぅ。そんな事より、今日の練習分終わったよね!」
澪「…え?あぁそうだな、やけにすんなり演奏出来たからな」
唯「よっしー!それじゃ、ムギちゃんお茶にしようよ!」
紬「え?あぁ、そうね。今準備するわね」
律「…まさか唯のヤツ。ティータイムがしたいが為にあんな演奏が出来たのかよ」
澪「そんな訳無い……、事も無いな。唯ならばやりかねないかも」
唯「ムギちゃーん、今日もこのカップにお願いー」サッ
紬「あ、うん。分かったわ」サッ
コポコポ
唯「おぉ!あずにゃんカップに紅茶がトポポー♪あずあずカップー♪」
律「なるほどねぇ。コイツが唯のお目当てって訳かよ」ズズズズ…
澪「そういえば、梓は今日も休みか?」
唯「そだよー、風邪は安静にしてないとね。ねぇ、あずにゃんカップもそう思うよねー」サスサス
律「やれやれ、ギー太並の溺愛っぷりだな…。唯のプラシーボ能力が羨ましいわ」
唯「はふぅ…!やっぱり美味しいよぅ、あずにゃんカップは」サスサス
紬「まだまだ沢山オカワリはあるからね」
唯「やったー、あずにゃんカップなら何杯でもオカワリできるよ!」サッ
澪「さてと…、そろそろ片付けて帰るとするか」
唯「えー、もう帰るの?もっとあずにゃんカップと一緒に居たいよぉ」サスサス
律「そんなに飲んだらお腹タプタプになっちまうだろ。夜中にお漏らししても知らないぞ」
唯「何言ってるの律っちゃん。もう高校生なんだら、そんなの大丈夫だよー。それにいざとなったら憂がいるしね!」
律「いや、それ大丈夫じゃねぇよ!?憂ちゃんをどうするつもりだお前!」
カチャカチャ
澪「ほらほら、そんな馬鹿な事言ってないで。今日は唯が当番だろ、早くしないと日が暮れちゃうぞ」
唯「あ、そういやそうだったね?それじゃ洗ってくるよ」サッ
カチャカチャ
運動部の掛け声であろう鼓舞をぼんやりと耳にしながら、おぼつかない足取りで私は手洗い場にかたどり着く。そして、蛇口から流れる水道の音を辺りに鳴り響かせながら、四つのカップを次々と洗剤を付けたスポンジで擦っていく。
「うんしょっ、うんしょっ…。おわっ、危ない!」
…何度やっても、洗剤を付けてカップを洗うという行為は慣れない。何故かというと、今の状態のカップは酷く滑りやすいのである。
気を抜くとまるで新鮮なネコジャラシの様に私の手のひらから抜け出してしまうからだ。なので、私はこの時ばかりは演奏の時が如く、神経を張り詰めて作業に挑むのである。
「よーし、残りは一つだね。早く終わられないと…」
手を伸ばして、その最後の一つに取り掛かろうとした瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように私の身体は動きを止める。しかし、その視線はある一点を凝視していた。
唯「あずにゃんカップ…。はぁ…、やっぱりカワイイよぅ」
まるでギー太を愛でるかの様な手付きで、私は優しく…、そして繊細にあずにゃんカップを手に取る。
「よーし、このカップはより丹念に洗ってあげよーっと。きっとあずにゃんカップも喜ぶよぅ」
「あら、唯じゃない。何やってるの?そろそろ完全下校時刻よ」
私は聞き慣れたその声の方向に、勢い良く振り向く。刹那、足元から激しい衝撃音。
振り向いた目に映ったのは、予想通り和ちゃんであった。
「うん、分かってるよー。このあずにゃんカップを洗い終わったら帰るよ!……ってアレ?」
「あずにゃんカップって、その床で粉々になってるソレ?」
和ちゃんの言葉に、私は足元に視線を向ける。そこには、無残にも砕け散った陶器の欠片があった。
「の、和ちゅあぁぁぁぁぁん!?なっ、なんなのコレ!一体誰があずにゃんカップにこんな酷い事を!!?」
「誰って…アナタじゃないのよ。仕方ないわねぇ、私も片付けるのを手伝ってあげるから」
「ど…ど…どうしよ…。どーしよぅ和ちゃん……」
私の身体の震えは、家電量販店の最新マッサージ器を凌駕する勢いであった。
澪「それにしても遅いな唯…。一体何をしてるんだ」
律「どっかで寄り道してるんじゃねぇの?茶道部の匂いに惹かれてフラフラとか」
紬「そんな、蝶々じゃないんだから。お茶菓子はもう沢山食べたし大丈夫よ」
バッタンー!!
唯「律っちゃぁぁぁぁんっ!どうじよう゛!律っちゃぁぁぁんっ!!」ガバーッ
律「な、なんだぁ?落ち着けよ唯。どうした、なんかあったかの?」
唯「落ち着いてなんか居られないよ!えまーじぇんしーなんだよ!!リッチャンエマージェンシーなんだよっ!」
律「なんだよそのエマージェンシーは…?いいから、何があったんだ」
唯「あずにゃんが……あずにゃんが……」
澪「梓が!?まさか梓の身に何かあったのか!」
紬「それは本当なの!?まさか病気が悪化して入院とか!」
唯「違うの…!そのあずにゃんじゃなくて……あずにゃんカップが。あずにゃんカップがこんな酷い事に…」ガチャガチャ……
紬「……………あら」
律・澪「……………ぁ」
唯「へ、へるぴみー…リッチャン…」ガクガク
律「お前何やってんだよ!?よりにもよって梓のカップを割るなんて」
唯「ま…、まさかこんな事になるなんて…、どうしてあずにゃんカップなの……。私か律っちゃんのカップなら良かったのにね…」ガクッ
律「いや、良くねぇよ!何さり気なく私もカップも巻込んでんだよ!謝れ、私のカップに謝れ!」
唯「うぅ…、ゴメンなさい律っちゃんカップ」ペコリ
紬「落ち着いて唯ちゃん!カップに謝っても梓ちゃんのカップは返ってこないわ」
律「あーぁ、梓が部室に来たら怒られるぞ。入部してからずっと使ってたもんなぁ」
唯「やっぱりそうかな…?あずにゃん怒るかな…」
律「もしかしたら、唯が夜道を歩いてるときに背後からムスタングで…」
唯「む、…ムスタングで!?むすたんぐで私どうなっちゃうの!?」ビクッ
律「いや、そればっかりは私の口からは…。ただ月の無い夜には気を付けるんだぜ…」ポン
唯「ちょっと!気になるよ律っちゃん!?ねぇ澪ちゃん、月のない夜っていつかな、今日じゃないよねっ!!」
澪「知らないよ、そんなの…。いいから落ち着けって。律も無駄に煽るんじゃない」
律「でもよ、実際問題どうするんだよ。この割れ方はボンドでくっつけるのは無理じゃねーか?」ガチャガチャ
唯「だ、大丈夫だよ!憂はパズルとか得意なんだよ、憂に頼めばきっとなんとかなるよ!」
律「いや、もうパズルってレベルじゃねーぞ。これは考古学クラスなんじゃないか」
唯「こ、考古学!?だったら考古学部に持っていこうよ!」
澪「そんな部ないよ、いいから落ち着けって。なぁムギ?」
紬「はい?何かしら澪ちゃん」
澪「このカップってどこで買ったヤツなのかな?もしかしたら同じヤツが売ってるかも」
唯「そ、そうか!?澪ちゃん流石だよ!あずにゃんカップが無いならあずにゃんカップを買えばいいんだよ!」
紬「えーっと…、どこだったかしら?確か…」
唯「どこかなムギちゃん!?…そうだ、ムギちゃんの事だから海外なのかな!スイス王室御用達のカップ!?」
紬「……あ、そうだわ思い出したわ!」ポンッ
唯「スイスって海外だよねっ!どうしよう律っちゃん、私パスポート持って無いよ!?律っちゃん持ってるかな?海外って何を持っていけばいいの律っちゃん!何が必要なの!」
律「うるせぇよ!どんだけテンパってんだよ!?今お前が必要なモンはパスポートじゃなくて平常心だっ!」
紬「ふふ、安心して唯ちゃん。あのカップを買ったのは国内よ」
唯「…え?それは本当なの!」
唯「おふぅ…、あのあずにゃんカップがこんなジャスコに売っていたなんてね。まさに灯台下暗しだよ!」
紬「ふふ、良かったわね唯ちゃん。えっと梓ちゃんのカップと同じタイプはっと…」スタスタ
唯「沢山あって迷うよね、どこにあるのかなー?」スタスタ
澪「お、いたいた。おーい唯こっちだこっち」フリフリ
紬「あら、澪ちゃん達が呼んでるわね?どうしたのかしら」
唯「きっとあずにゃんカップが見つかったんだよ!やったね」ダッ
紬「あ、唯ちゃんちょっと待って」
唯「どうかな!澪ちゃん、あずにゃんカップは見つかった!?」
澪「あぁ、実はその事なんだが…」
紬「あら、どうしたの澪ちゃん。そんな浮かない顔をして」
唯「そうだよー、これで私は夜道でも背後に気を使わなくていいんだからさ」
律「はい、ここで唯に良いニュースと悪いニュースがあります。どっちから聞きたい?」
唯「え?なんなのそのアメリカン映画みたいなセリフは。うーん…どっちがいいかなムギちゃん」
紬「うーん、そうねぇ。私なら悪いニュースからかしら」
唯「悪いニュースから?なんでかな」
紬「だって、良いニュースを残していた方が最初の悪いニュースを軽減できるじゃない?」
唯「なるほどね。それじゃ律っちゃん、その順番でお願いー」
澪「うん?良いニュース…?」
唯「えぇっ!?もうあずにゃんカップが置いて無いの!」
紬「そうなんだ…人気があるのかしら、あのカップ」
唯「次は!?次回の入荷はいつなのあずあずカップ!」
澪「それが、店員さんに聞いてみたんだけど製造先がもう倒産しちゃったみたいなんだよ」
唯「と、倒産!?待ってよ、それじゃもうあずにゃんカップは手に入らないの!」
紬「私が買った時から大分時間が経ってるし。もう全部売れちゃったのね。残念ね唯ちゃん…」
唯「いや、落ち込むのはまだ早いよムギちゃん!」
紬「え…?どういう事唯ちゃん」
唯「忘れたのかな…、良いニュースがまだ残ってるじゃない!」
紬「あ、そういえばそうね!」
唯「きっと、まだあずにゃんカップが手に入る方法が残されてるんだよ!そうだよね、律っちゃん、私には分かってたよ!」ビッ
律「いんや。聡がサッカー部のレギュラーになったんだよ、凄いだろ?」
紬「聡くんって…、律っちゃんの弟さんだったかしら」
唯「いやいやいや。何それ、あずにゃんカップと関係ないじゃん!」
律「悪いニュースだけだと、唯が落胆するだろうからな。良いニュースも作ってやったんだよ」
唯「そんな田井中家の個人的なニュースなんか要らないよっ!むしろ、期待した分落胆が増加しちゃったじゃない!!」
律「何をー。私が折角、気ぃ遣ってやったのにさ!酷いよな澪!?」
澪「はぁ…。律の事だからどうせこんな事だとは思ったけど」
紬「澪ちゃんは何にするか決めたかしら?」
澪「うん、パスタも良いんだけどやっぱりグラタンにしておくよ」ペラペラ
唯「はふぅ…、あずにゃん止めて…。むすたんぐは人を叩くものじゃないよぅ……」ピクピク
紬「ゆ、唯ちゃんは何をしてるのかしら。注文は決まった?」
唯「脳内であずにゃんシミュレーションしてるんだよ…。はぁ…、憂鬱で食欲が沸かないよぅ」
律「あーもぅ!いい加減元気だせよ。ほら好きなんおごってやっから」サッ
唯「う、うーん…。それじゃカツカレー大盛り…、後デザートにチョコパフェデラックスを…」ペラペラ
律「死にそうな声でガッツリ注文してんじゃねぇよ!?有り余ってんじゃねぇか食欲!」
唯「私の食欲はサイフと連動してるんだよぅ…、後季節のタルトも」
唯「ウップ…、律っちゃぁん…、もう死にそうだよ。……食べ過ぎで」
律「知らねぇよ、そこまで面倒みれるか!」
紬「それじゃ、このタルト一切れもらうわね。唯ちゃん」サッ
唯「有り難うムギちゃん!ほら澪ちゃんも食べて食べて」サッ
澪「あぁ、私はいいよ。まだグラタンが残ってるし…」モグモグ
律「さてと、唯も回復した所でこれからどうするかね」
唯「うん、私もさっきからそれをシュミレーションしてたんだけど。……、どうしても三十六手目のムスタング袈裟斬りが避け切れないんだよ」
澪「いや、真面目な顔して何シュミレートしてんだよ。お前の中の梓はどれだけ豪傑なんだ…」
唯「甘いね澪ちゃん。あずにゃんカップの恨みは怖いんだよ!」
律「そこまで分かってるなら結果は出てるだろ。いい加減諦めろって」
紬「この辺りにはもうジャスコ系列のお店は無いしね…」
唯「まだだよ、まだ終わらないよ。確かに諦めるのは簡単だよ、でも本当にそれでいいのかな…」
澪「でも、仕方ないじゃないか。ここには置いて無いんだからさ」
唯「なら、他のお店を回るだけだよ!諦めたら0%…、でも諦めなかったら、それは0.01%の確率が残っているって事なの」
紬「0.01%の確率…。でもそんな低い確率じゃ」
唯「うん。確かに絶望的かもしれないよ…。でも、私はそれに掛けたいの。例え何百回失敗しても!」ビッ
澪「ゆ、唯……」
唯「……どうかな律っちゃん。私カッコいいかな?何だったらケータイで録音してもいいんだよぉ」クルッ
律「あぁ、それが99.99%保身から来てる発言ってのを注釈にいれて良いんだったら何百回でも」ピッ
唯「あぁん…。律っちゃんのイジワル…」
律「さーて食った、食った!どうしよっか、ボーリングでも行くか?」
唯「えー、待ってよ!ボーリングもいいけどあずにゃんカップは!?」
律「だから無いんじゃ、しょうがないじゃん?」
紬「私も出来る限りは手伝ってあげたいけど…。手分けをして頑張ってみない?」
律「けどよー…。移動手段があればなんとかなるんだけど」
澪「そうだな…。バスや電車もあるけど、駅から離れてるしな」
唯「なんだ、そんな事なら簡単だよ!ちょっと待ってね」サッ
ピッポッパッ
律「うん?どこに電話してるんだお前」
紬「唯ちゃんのご両親じゃないかしら?きっと車を持っているのよ」
澪「なるほどな、それなら大丈夫かな」
律「しかし唯の両親を見るのは初めてだな。どっちに似てるんだ?」
唯「え?何の話。さわちゃんだよ」
律「いやいや、さわちゃんはお前の担任だろ……、ん?何の話だ」
さわ子「え…?それじゃ、粉々になったのは梓ちゃんじゃなくて、そのカップなの?」
唯「うん、ゴメンねぇ。でもさわちゃん、最後まで言う前に慌てて電話切っちゃうんだもん」
さわ子「当たり前です。そんな話を聞いて落ち着いていられる教師がどこに居るというのよ!」
律「いや、そんな聞き間違いを信じてここまで車を走らしてくる教師がどこに居るんだよ!?って言うかお前らの中の梓はどういう生き物なんだ!」
さわ子「冗談よ律っちゃん。だって学校に居たってこの時間は見回りとかで暇なのよ」
紬「…という事はさわ子先生は、分かっていてここまで来たんですか?」
さわ子「そこまでボケて無いわよ。ただ、見回りなんかよりも、ドライブの方が楽しそうかなぁってね」
唯「さすがさわちゃんだよ!尊敬しちゃうね」
律「要はサボりの口実が欲しかっただけじゃねーか。さわちゃんの不良教師!」
さわ子「あら、そんな事言うなら律っちゃんは乗せてあげないわよ」
紬「そうね、少し言い過ぎよ律っちゃん。さわ子先生は不良なんかじゃないわよ…、色々と不猟なだけなのよ」
律「あ……。そうか、ゴメンさわちゃん。その内良い出会いがあるからさ…」
さわ子「何よその哀れんだ目は!何よ色々って!?独身の何が悪いのよ!」
唯「……ほえ?」
さわ子「それで、どこまでご希望かしら?あんまり遠くには行けないけど」
唯「うんとね、私達はジャスコに行きたいの」
さわ子「ジャスコ?何よ子供みたいな事言って。それに目の前にあるじゃないの」
唯「違うよ、ここのジャスコはもうあずにゃんカップ置いて無いんだもん」
さわ子「あずにゃんカップ…?何よそれ」
澪「唯は話がややこしくなるからちょっと静かにしてろ。…一番近い他のジャスコ系列をお願いします」
さわ子「オッケー。律っちゃん、ナビで検索してくれるかしら?」
律「ほいほい。了解だぜ、周辺検索っと…」ピッピッ
唯「ちょっ、ちょっとぉー。足元でゴソゴソされるとコソバユイよ」
律「仕方無いだろ、この車四人乗りなんだから」
紬「ここが隣街のジャスコね。同じジャスコでも色々中のお店が違うのね」
唯「それはそうだよ、同じだったらまたあずにゃんカップが置いて無いじゃない」
紬「それもそうね。それじゃ、カップ売り場はどこかしら」キョロキョロ
さわ子「カップ…?無いわよ、そんなの」
唯「いやだなぁ、前のジャスコじゃなくてここの店舗だよ」
紬「ふふっ、そうですよ先生。余り早とちりが過ぎると遅れちゃいますよ、色々と」
唯「早いのに遅れちゃうの?なんだか不思議だね!」
さわ子「だから何よ、さっきからその色々は何にかかってるのよ!?…じゃなくて、たまにここの店舗も利用するから知ってるのよ」
紬「それじゃ、本当にカップを扱ってる店舗が入ってないんですか!?」
さわ子「だから言ってるでしょ、ファンシーショップの一つも無いわよ。この辺りは主婦層が多いから入っている店舗もスーパーみたいな作りなのよ」
律「お、本屋があるじゃん。寄ってこうぜ!」
澪「何言ってるんだよ、そんな事しに来たんじゃ無いだろ。カップを探さないとさ」
律「大丈夫だって、案外小さい店舗だし唯達だけでも十分だろ?」
澪「うーん…、そういえば今日は週刊アスキーの発売日か。仕方ないなぁ、少しだけだぞ」
律「やりぃ、さすが澪、話が分かるぜ!ほら、早く早く」グイッ
澪「コラ、押すなよ。…それにしてもやけに混んでるな」
律「そういやそうだな。この辺り本屋ってねーのかもな」
タッタッタッタッ…ドサッ!
「あ……」
澪「痛たっ……、なんだ?」
澪「コラ、お店の中で走ったらいけないぞ。ほら、私も手伝ってあげるから早く拾って」サッ
「はい……ごめんなさい」ゴソゴソ
澪「ほら、次からは気を付けるんだぞ」ポンッ
「うん…!ありがとうお姉ちゃん」タッ
律「…へぇ、澪って意外と小さい子供の扱い得意なんだな」
澪「聡の相手もしてたしな。これくらい何て事ないさ」
律「さっすが澪ちゅわんー、頼りになるわぁ」
澪「茶化すんじゃないの。ほら、買うものさっさと買って探しに行くぞ」
タッタッタッタッ…ドサッ!
バサバサバサッドッサァーーン!!
唯「あ……」
澪「……………………」
唯「あぁ…!?大量に山積みされてた漫画本が!ど、どうしよ…」ゴソゴソ
律「ほ、ほら行って来いよ澪…。こういう扱いは得意なんだろ…」
澪「し、知らない…。大きい子供は私の管轄外だし…」
唯「ちょっとー、律っちゃんと澪ちゃんも見て無いで手伝ってよぉ!」
律「おい、デカイ声出すなよ!?仲間だと思われちまうだろ!」
唯「何を言ってるのさ、律っちゃん隊員。私達は深い絆で結ばれた仲間じゃないのさ!どんな時でも一蓮托生だよ」
律「お前の場合はどんな時じゃなくて、こういう時だけだろ!」
澪「やれやれ…、ほらここでゴチャゴチャ言ってる暇があったら手伝うぞ」タッ
律「全く…、仕方ねぇな」
唯「ありがとう律っちゃん、澪ちゃん!でも何で本屋なんかに居たの?」
律「え…!?あぁ、そりゃ色々あってさ」
唯「もしかしてサボろうとしてたの?酷いよ、こんな時に!」
律「違うってば、それよりカップはあったのかよ?」
唯「うぅん、この店舗にはカップを扱ってるお店自体無いみたいなの…。酷いよね、ウー太」サッ
澪「そういう事か…、通りで小さい訳だな」
律「うん…?お前そんなデッカイぬいぐるみどうしたんだよ」
唯「違うよーウーパールーパのウー太だよ。こんな所に居るなんてビックリだよね!」
律「ビックリじゃねぇよ、お前もちゃっかりサボってんじゃねぇか!?」
唯「ち、違うって…!これは、そう!ウー太もあずにゃんカップを探すのに役に立つかなってさ!」
律「本屋に甚大な被害を与える事にしか役立ってねぇよ!そんなの持ってるからぶつかるんだよ!」サッ
唯「あふぅ…!返してよぅ律っちゃん!」
澪「こんな事してる場合じゃないだろ。早くさわ子先生達と合流しないと!どこに行ったんだ?」
唯「うーんと…確か地下って言ってたかな」
律「地下?そんな所で何してるんだよ」
さわ子「…後は野菜ね。けど一人暮らしだと、どうしても余らせて腐っちゃうのよね」ガラガラ
紬「そういう時は100円ショップ等を利用すると良いですよ」
さわ子「100円ショップ?何故なのかしら」
紬「最近だと、野菜や果物の一人分を販売していたりするんですよ」
さわ子「へぇー、そうなのね。100円ショップは余り利用しないから気付かなかったわ」
紬「後は、冷凍食品等は日持ちするんで…」
ダッダッダッ
唯「さわちゃぁぁぁん!さわちゃぁぁ……はふぅ!」グイッ
澪「だから、店の中で走り回るなって言ってるだろ!今度は陳列棚を崩しちゃうじゃないか」
さわ子「どうしたのよ、そんなに慌てて?いい歳して子供じゃないんだから…」
律「さわちゃんこそ、そんな娘と母親みたいなごっこ遊びしてんじゃねーよ!いい歳して……、なんだから」
さわ子「そんな遊びしてないわよ!?私はこんな大きい娘が居る歳じゃないわよ」
紬「そうよ律っちゃん…、さわ子先生に謝って。先生はまだ……、なんだから」
さわ子「さっきから何を三点リーダーでぼかしてるのよ!別にいいでしょ、放っておいて!」
澪「そうだぞお前達。さわ子先生の婚期は今はどうでも良いんだよ。それよりもカップを…」
さわ子「どうでもよか無いわよっ!それはどうでも良く無いのよ澪ちゃを!」
澪「ご、ごめんなさい。……って大変なんだな」
唯「………ほえ?」
唯「よいしょっと…よいしょっと!」ガチャガチャ
さわ子「ちょっと唯ちゃん!その袋には卵が入ってるんだからゆっくり運んで頂戴」
唯「ダメだよぉ、ゆっくりしてたら時間が無くなっちゃうよ!」
さわ子「時間って何よ…?」
律「実はさぁ、もう一個隣のジャスコまで送って欲しいんだよ」
さわ子「えぇ!?今の時間から?そんなの無理よ」
唯「えー、さわちゃんのケチ!このウー太あげるからさぁ」サッ
さわ子「別に要らないわよ、そんな気持ち悪いぬいぐるみ」
唯「き、気持ち悪い!?こんなにカワイイのに…」ガクッ
さわ子「そろそろ学校に戻らないといけないし…。あなた達もでしょ、部室にカギは掛けたの」
紬「あ…。そういえば、すぐに帰ってくるつもりだったからまだ掛けていなかったわね…」
さわ子「ほら、早く乗って頂戴よ」バタン
澪「唯、ほら早く行くぞ。置いて行かれるぞ」
唯「いい…。私はそれでいいよ…」
さわ子「何言ってるの?唯ちゃんだけ歩いて帰るつもり」
唯「帰らない…、私はあずにゃんカップを手に入れるまで帰らないよ。みんな悪いけど部室の戸締まりお願いね」
澪「お願いって。お前まさか一人で探すつもりかよ?」
唯「言ったでしょ…。私は例え0.01%の確率が残っているのなら諦める無いんだよ!」
澪「ゆ、唯…。お前なんでそこまで…」
さわ子「そうよ、カップなら他のを買えばいいでしょ」
律「……やれやれ、しゃあねぇな」バタン
唯「り、律っちゃん?どうしたの…」
律「悪いけど、私も行くわ。部室の方は頼んだぜ」
澪「律まで、何を馬鹿な事言ってるんだよ!さわ子先生の言う通り他のカップでいいじゃないか」
律「唯の様子を見てりゃ分かるぜ。どうやら自分の保身だけで言ってるんじゃねぇみたいだしな」
唯「律っちゃん、本当にいいの!?」
律「お前が言っただろ?私達は一蓮托生、こうなったらトコトン付き合ってやるよ」
唯「り、律っちゃん隊員!ありがとぅ」ガバッ
さわ子「本当に良いのね?行っても…」
紬「待って下さいさわ子先生!私も…、私も降ります」
さわ子「ムギちゃんまでなの?」
紬「ふふっ、私も一度一蓮托生って言うのをやって見たかったのよ」
澪「……………あいつら」
さわ子「澪ちゃんはいいのかしら?」
澪「いえ…、私は部室の戸締まりがあるし…」
さわ子「だったら、私が戸締まりはしておいてあげる。……こう言ったらどう?」
澪「さ、さわ子先生……!」
バタンッ
紬「……あら、アレってまさか」
タッタッタッタッ!
澪「おーい、みんな待って!待ってくれよ、私も行くー!」ダッ
唯「み、澪ちゃんまで…。ありがとうみんな!」
律「店の中で走ったらダメじゃなかったのかー澪!」
さわ子「あ、ちょっと待ちなさい唯ちゃん。これを持って行きなさい!」シュ
パシッ!
唯「こ…これは!?電車でもバスでも使える『Suica』!でも、これはさわちゃんのじゃ…!」
さわ子「レンタル料は助手席の、このウーパールーパにしておくわ。持って行きなさい」
唯「あ、有り難う!これで百人力だよ!」
律「はは…、まさかあのぬいぐるみが本当に役に立つなんてな」
さわ子「駅はこの建物の裏手だからね。車に気を付けて遅くならない内に帰るのよ」
唯「りょーかいだよ!よし、行こう!行こうよ皆」
……ブチン
梓「何このドラマ、完全に打ち切りエンドじゃない。最後まで見て損した。はぁ、……退屈。やっぱり無理してでも部活に出れば良かったかな」ゴロン
ピロッパッニャー♪
憂『あ、梓ちゃん!今ちょっと良いかな、寝てたりしてた?』
梓「ううん、ドラマ見てたから大丈夫だよ。何か用?」
憂『うん!お姉ちゃんがそっちに行ってないかな?』
梓「唯先輩?来てないよ。どうかしたの」
憂『実はまだ、お姉ちゃんが帰って来てないの…。電話しても繋がらないし。……迷子になってたらどうしよう』
梓「落ち着きなよ憂。そんな訳無いじゃない、唯先輩はもう高校生なんだから」
憂『で、でも……』
梓「そんな事よりアウトレットはどうだったの?純と行ってきたんでしょ」
ホーホー…
唯「う、ういー!ここ、どこ…、ジャスコは?ジャスコはどこなの。うぃー!」キョロキョロ
澪『よし、大体場所は分かったぞ。皆の携帯に転送するよ』ピッ
紬『…ふむふむ。今の時間から間に合わせ範囲の総合スーパーはこの四つね』
唯『よし、迷ってる暇は無いよ!私は北西のジャスコ、澪ちゃんは南南西の西友、ムギちゃんは東のイズミヤ。そして律っちゃんはココのお値段以上ニトリだよ!」ズビシッ
律『おぉ!唯のヤツなんか凄いな。異様な気迫に充ち満ちているぜ』
紬『本当ね、とっても頼もしいわ!』
唯『甘いね、今の私はただの平沢唯じゃないの…。そう、コマンダーユイなのさ!』
紬『おぉー。それじゃ司令官の唯ちゃん、命令をどうぞ』
唯『時は満ちた、今こそあずにゃんカップをこの手に…。その為にここまで耐え忍んだんだよ!いくよ、皆の衆!』ダッ
律『どうしたんだよ澪?やけに志気が低いじゃねーか!』
澪『………なんか心配だな』
「はぁ…、こんな事ならあんなの言わなきゃ良かった。凄い恥ずかしいよぅ…。とにかくジャスコの位置を確認しないと」サッ
ピッ…ピッ……ブチン…
「……え?あれ!?嘘っ、こんな所で電池切れなの!」
カチカチ…
「ど、どうしよう…。これじゃ律っちゃんに電話も出来ないよ!」
ホーホー…
「あぁ…いつの間にか真っ暗だよ。月が出て無いのかな。………うん。月が無い?」
私は自分で口に出した言葉に疑問を覚える。しかし、それがどの単語かを理解する前に私の頭から爪先までを、まるで冷や水を被せられたかの如く寒気が走った。
『唯が夜道を歩いてるときに背後からムスタングで……』
『月の無い夜には気を付けるんだぜ……』
瞬間、私は遥か虚空に目を向ける。その瞳に映った物は黒。呆れる程に黒一色だった。
「月の無い夜……。いや、まさかね。何を驚いてるんだか…。どうせ律っちゃんが脅かしただけだよ…」
私は一度深呼吸を付こうと大きく息を吸い込もうとした。しかし、その行為は私の耳に響いた物音により中断される。
「こんな所に人…?いや、違う。そんなはず無い…。こんな時間にこんな道を通る人なんか居ない。これは…」
吸い込んだ息を吐き出す事さえも忘れて、私はただそこに立ちすくむ。まるで両足を鎖でがんじがらめにされたように……。
「あ……あずにゃんなの……」
私は自分を安心させる為に、その言葉を呟きかける。
有り得ないのだ、あずにゃんがここに居るはずが。
有り得ないのだ、返事が返ってくる事が。
だから、こそ安心できる。今私の頭に過ぎった事はただの妄想に過ぎない、返事が無い事がそれを証明しているのだから。
「……ぃ…パイ…。ゆぃセンパ…」
刹那。私の足は幻想の鎖を引き千切り、猛然と前方を虚空を翔けた。
己に宿る製造本能がそうされるのだろうか、私は自分でも驚く程の速力だった。
「あ、あれは私の知っている中野梓じゃない…。三十六手で必ず私を仕留める、悪鬼。そう、あずにゃんカップの怨念なんだから!」
振り払え、迷いを。振り払え、己の限界を。
でなければ、私はもう二度と演奏をする事は出来ない。
だって…その時には既に私という固体は生命活動を停止してただの蛋白質へと姿を変えて……
梓「ゴチャゴチャうるさいですッ!止まれって……言ってるでしょ!」ブォン
スパコーンッ!
唯「はふぅ!?」ドサッ
ガッシ!
梓「やっと、捕まえましたよ!どこまで世話をやかすんですか」
唯「痛たたた…、これはサンダル?それじゃ足があるの!?本当にあずにゃんなの」
梓「だからそう言ってるでしょ!他に誰が居るんですか」
唯「そ、それはそれで具合が悪いよぅ!後一日成仏してくれないかな!?」
梓「だから、私幽霊じゃありませんよ!」
唯「でも、どうしてあずにゃんが私の居場所分かったのさ?」
梓「憂が余りに心配するから、澪先輩に電話したんですよ。そしたら、本当に迷子かもしれないって言うから…」
唯「そ、それでわざわざ私を探しに来てくれたの?」
梓「私だけじゃないですよ。律先輩やムギ先輩も、皆探してくれてるんですよ」
唯「うぅ…、皆の足を引っ張るなんて…。コマンダーYUI失格だよ…」
梓「なんですかコマンダーって?ほら行きますよ」
唯「…え?行くってどこにかな」
梓「向こうですよ。ほら、明かりが付いてるでしょ」
唯「明かり…?あっ、あれはジャスコ!?こんな所にあったの!?」ダッ
梓「あ、ちょっと!?」
ガラガラガラガラ…
唯「シャッ…、シャッターが閉まる。遅かったって言うの……」
梓「私のマグカップですか?別にいいですよ、他を使えば」
唯「えっ!?なんでそれを!もしかしてあずにゃんカップの怨念に…」
梓「違いますよ、澪先輩から電話で聞いたんです。あんまり怒らないでくれって言われたけど…」
唯「それじゃあずにゃん怒って無いの?あずにゃんカップ割っちゃったんだよ!」
梓「怒るよりも呆れてますよ……。そんなに私に怒られるのが嫌だったんですか?」
唯「それもあるけど、あずにゃんが可哀相だったんだもん…」
梓「私が可哀相…?」
唯「だって、あんなに可愛くて素敵なあずにゃんカップを無くしちゃったんだもん…。それも私のせいなんだよ?だったら見つけるしかないじゃない…、たとえ0.01%の確率しか無くても…」
梓「唯先輩…。違いますよ、0.01%なんかじゃありません…」
唯「……え?」
梓「澪先輩やムギ先輩。それにさわ子先生…、皆頑張ってくれたんです。0.05%、それでも見つからないんだったら文句は無いですよ」
唯「で、でも本当に良いの?大事なあずにゃんカップなんだよ!」
梓「そうですね…。でもそんなマグカップよりも、私の為にここまでやってくれる軽音部の皆…。そっちの方が私にとっては何倍も大事なんですよ」
唯「あ、あずにゃん!ありがとうあずにゃぁぁん!」ガバーッ
梓「ふふ…、やっと笑ってくれましたね。やっぱり唯先輩には…笑顔が」
唯「あずにゃん…?どうしたのあずにゃん!」
梓「ごめんなさい、無理し過ぎたみたいでちょっと頭痛が…。少し、休ませてもら…」ズルッ…
唯「あずにゃん、しっかりして!大丈夫なの!」ガシッ
梓「あ、あれ……。ここは…」パチッ
唯「気が付いたかな?心配したんだよ」
梓「唯先輩のウチですか…。私をおぶってここまで?」
唯「当たり前じゃない。あずにゃんカップの罪滅ぼしだよぉ」
梓「ふふっ…。ありがとうございます、唯先輩」
ガチャリ…
憂「あ!お姉ちゃん、良かった無事だったんだね!」ダッ
唯「大袈裟だよぉういー。私はジャスコに行ってただけだよ」
憂「早く上がって、梓ちゃんも!いま温かい飲み物淹れるね」
憂「それじゃ、お姉ちゃんはずっと梓ちゃんのマグカップ探してたんだ?」
唯「聞くも涙、語るも涙なんだよういー」
憂「……めっ!だよ、お姉ちゃん」ビッ
唯「はふぅ!?な、なんでういが怒るの」ビクッ
憂「悪い事をしたら、まずは謝らないとだめだよ」
唯「そ、そっかー…。ういは厳しいねぇ」
梓「別にいいよ憂。また別の買えばいいし」
憂「そう?ゴメンね梓ちゃん」
唯「うぅ、ゴメンよぅぃー」
憂「でも、お姉ちゃんも今日一日頑張ったしね。ほら、コレ。私からのプレゼントだよ」ガチャガチャ
梓「…プレゼントってそのホットココアなの?」
憂「違うよ。ほら、このお姉ちゃんのカップ、可愛いでしょ」
唯「こ、…この丸いフォルム…。このぷりてぃな取っ手の尻尾…!?」ガタタッ
梓「私のマグカップ!?でもなんで憂が持ってるの!」
憂「なんでそんなに驚いてるの?このマグカップは今日行ったアウトレットモールで売ってたんだよ」
梓「アウトレットモール…。そうか、そういう事だったのね」
唯「ど、どういう事なのかな!?あうとれっとって何?考古学部の事?復元したのかな!」
梓「違いますよ…。ほら、ココアでも飲んで落ち着いてください」サッ
ズズズズ…
唯「はふぅ…!やっぱりあずにゃんカップは魔法のマグカップだよぉ」
憂「良く分からないけど、お姉ちゃんが幸せそうで私も嬉しいよ」
=翌日=
澪「アウトレットモールっていうのは、メーカーの訳あり品や半端ものを取扱ってる所だよ」
唯「訳あり品…。そっかー、だから倒産した会社のあずにゃんカップもそこに流れついてたんだね」
律「まさか駅前にそんなモンが出来てたなんて…。知ってりゃ最初からそうしたのにな」
梓「今回ばかりは純の無駄な情報網に感謝ですね」
律「感謝っていやぁ、さわちゃんにもしとかないとな。まだ来ねーのかな」
梓「さわ子先生なら、青い顔して教頭室の方に歩いて行きましたよ。何かあったんですかね」
唯「え…!?あー、うん何だろうねぇ律っちゃん」ガクガク
律「さ、さぁなぁ…、私に聞かれても至極見当が付かないぜ……」ガクガク
梓「……どうしたんですか?ねぇ澪先輩」
澪「ごめんなさい…ごめんなさい…」ブツブツ
紬「さぁ、皆。お茶が入ったわよ。はい、梓ちゃんのあずにゃんカップよ」サッ
梓「ムギ先輩までそう呼ぶんだ…。どうもです」サッ
澪「さて、それじゃ頂こうか」
唯「…………………」チラッチラッ
梓「な、なんですか唯先輩。そう何度もチラチラ見られると落ち着かないんですが……」
唯「え!?違うよぉあずにゃん。気のせいだよぉ」
梓「そ…、そうですか?」ズズズズ…
紬「ささ、今日はチーズスフレよ。沢山食べてね」サッ
澪「おぉ、そうなのか?私はこれ好きなんだよな」ズズズズ…
梓「へー、そうなんですか。それは初み……」ズズズズ…
唯「……………………」チラッチラッ
梓「あーっ、もう!唯先輩、そのカップ貸して下さい!」バッ
唯「え、ちょっと何するのあずにゃん!?」
梓「こうですっ……!」ゴクゴクゴク…
律「こらこら梓、そいつは唯の分だぞ。がっつくなよ」
梓「…はふぅ。す、凄いですよこの唯先輩のカップ!紅茶の味が二倍にも三倍にもなってますよ!」
唯「何言ってるのあずにゃん。これは普通のカップだもん。あずにゃんカップじゃあるまいし」
梓「いいから騙されたと思って飲んで見て下さいよ」サッ
唯「うぅ……」ズズズズ…
律「どうだ唯なんか変った味するか?」
唯「……はふぅ!?」ガタタッ
紬「ど、どうしたの唯ちゃん!大丈夫かしら」
唯「な、何これ!?まるで魔法みたいだよ。あずにゃんカップを凌駕する深い味わい…、これがゆいういカップ!?」ズズズズ!
澪「…おいおい、梓お前一体唯に何をしたんだ?」
梓「別に…、ただ魔法を掛けただけですよ」
律「馬鹿言うなよ、魔法なんてあるわけねーだろ」
梓「ふふっ、ありますよ。プラシーボ効果っていう魔法です」
紬「あ…!な、なるほどねぇ」
唯「ゆいういカップー、ゆいゆいういー♪不思議なカップー、ゆいういカップー♪」ズズズズ
律「……ほんと、思い込みの効果なら唯には絶対だな」
唯「この、ゆいういカップなら何杯でもオカワリできるよぅ!」サスサス
=おしまい=