そうか、ここは地獄なんだ。
お父さんもお母さんも弟も唯も澪もムギも梓もいない。
………一人は嫌だ。
みんなに会いたい。
どうしても会いたい。
でも、会えない。
寂しくて泣きそうになる。
ふと、あることに気がつく。
―――そうだ。
こっちの世界に連れてくればいいんだ。
元スレ
梓「まだ、終わりじゃない……」
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1281229254/
梓「律先輩が……死んだ…?」
私がその報せを聞いたのは5月のある日の放課後の事だった。
HRが終わった後、部活に行こうと準備をしていると澪先輩が私のクラスに来てその事を伝えた。
澪「ああ……。昨日の夜、私達と別れた後交通事故にあったらしい……。頭を強く打って……、病院に運ばれたときにはもう……」
そう言うと澪先輩はうつむいてしまった。
梓「そんな……なんで律先輩が……」
澪「私も今日の朝聞かされたばかりなんだ……。今から律の家に軽音部のみんなで行こうと思う」
澪「唯とムギは先に玄関で待ってるから……」
梓「わっ、分かりました……」
そう言って私は鞄を持ち、澪先輩と一緒に玄関に急いだ。
澪先輩が言ったとおり、玄関にはすでに唯先輩とムギ先輩がいた。
先程まで泣いていたのだろう。二人の瞼は赤く腫れあがっている。
律先輩の家には学校からタクシーで行く事になった。
タクシーの中では4人ともずっと無言だった。
外は雨が降っていて、雨が窓に当たるポツ…ポツ…という音が耳に痛かった。
タクシーが律先輩の家に着く。
澪先輩がチャイムを押すと、律先輩の母親らしき人が出て、私達を部屋まで案内してくれた。
案内された部屋に入るとそこには真っ白な棺が置かれていた。
この中に律先輩が入っているのだろう。私はその棺の中を見るのがとてつもなく怖くなった。
律先輩の死を受け入れたくない……。そんな気持ちが私の中にあった。
澪先輩が恐る恐る棺のふたを開ける。そこには律先輩が手を胸の上において横たわっていた。
梓(律先輩……)
梓(律先輩の顔……ものすごく綺麗……。眠っているようにしか見えないよ……)
律先輩は本当に死んでいるのだろうか。私にはまだ信じられなかった。
澪「律……、律……、私だよ、澪だよ……?」
澪先輩が律先輩の頬を撫でながら律先輩に呼びかける。
唯「りっちゃん…!!唯だよ……!!ムギちゃんもあずにゃんもいるよ……!!だから、だから目を覚ましてよ……!!」
唯先輩も律先輩に向けて言葉を発した。
しかし、一向に律先輩は目を覚まさない。何の反応も示さない。
梓(ああ、律先輩は本当に死んでしまったんだ―――。)
澪「律っ……!!律っ……!!なんでっ……、どうしてっ……!!!」
澪先輩はそう言うと、律先輩の体にすがりながら声を上げて泣き出した。
唯「り、りっちゃん……。うぅ…、ぐすっ、うっ、うわぁぁぁぁん!!!」
紬「りっちゃん、なんで……うっ、うっ……。ひっく、ぐすっ……」
それを皮切りに、唯先輩とムギ先輩も泣き出してしまった。
梓「……………」
私はその光景を見て、どうしていいのか分からず、呆然としてその場に立ち尽くしていた。
……不思議と涙は出なかった。
澪「それじゃあ私はもう少し律の家にいるから……。あと、通夜は明日の晩に行われるって……」
唯「うん、分かった……。じゃあまた明日ね、澪ちゃん……」
紬「分かりました……。それじゃあさようなら」
梓「……分かりました、澪先輩」
そして、私と唯先輩とムギ先輩は律先輩の家をあとにした。
行きと同じく、帰りも3人はずっと無言だった。そして私は唯先輩とムギ先輩と別れ、自分の家に着いた。
梓「ただいまー……」
靴を脱ぎ、自分の部屋に向かう。制服を着たまま、私はベッドに倒れこんだ。
梓(頭がまだ混乱してる……。何も考えたくない……)
私はベットにうつ伏せになったまま、ぼーっとしていた。
どのくらいそうしていたんだろうか。いつの間にかすっかり日が暮れ、部屋の中が真っ暗になっていた。
梓(電気……つけよう……)
私はおもむろに立ち上がり部屋の電気をつけた。
――パチッ
部屋が明るくなる。なんとなく机を見ると軽音部で合宿に言った時の写真が目に入った。
梓(この写真……、懐かしいな。あの時は楽しかったなぁ……)
梓(また、軽音部のみんなで行きたいなぁ……)
その時、胸に何か熱いものがこみあげきた。
―――ツーッ
頬を一筋の涙が伝う。
梓「そうか……。律先輩はもういない……もういないんだ……」
梓「だからもう……、それは無理なんだ……」
―――そして、私は立ったまま、声を殺して泣いた。
それからはあっという間だった。
律先輩の通夜が終わり、初七日が終わった。
軽音部はというと、一応、放課後部室には集まるものの以前のように活動はしていなかった。
梓(澪先輩……、目の下に大きな隈が出来てる……。あまり眠れてないのかな……。)
梓(唯先輩も、ムギ先輩も、元気がなくてまるで別人みたい……。)
ムギ先輩が入れてくれたお茶には誰も手をつけようとしない。
そして遂に、軽音部の部室に先輩達は集まらなくなってしまった。
先輩達が部室に来なくなってから10日が経った。
梓(このまま軽音部の活動は無くなっちゃうのかな……)
私にはどうしていいかわからなかった。
放課後、軽音部の部室の前まで行く。
もしかして、今このドアを開けたらそこには先輩達がいて、いつもの風景が広がっているのではないのだろうか。
今までの事は全部夢だったのではないのだろうか。
そんな淡い期待を込めて、ドアを開ける。
しかし、そこには誰もいない。誰もいない音楽室があるだけだった。
そして、私も音楽室に行くのをやめた。
憂から聞くところによると、唯先輩は学校から帰った後はずっと部屋にこもり、一人で泣いているという。
憂はそんなお姉ちゃんを見るのがとても辛いと言っていた。
唯先輩や澪先輩、ムギ先輩には最近全然会えていない。
私はその日の昼休み、澪先輩の教室を訪ねることにした。
やっぱり軽音部がこのまま無くなってしまうのは嫌だ。
澪先輩に会えば、会って相談すれば、この状況を打開できるかもしれない。
そう思って澪先輩の教室に行くと、和先輩に会った。
和「あら、梓じゃない。もしかして澪に用事?」
梓「あ、はい……」
和「澪ならあそこにいるわよ。律の事でまだ立ち直れないみたい…。梓も辛いだろうけど、あまり気を落とさないようにね。」
梓「はい、ありがとうございます。」
和先輩に礼を言って澪先輩の教室に入り、先輩が座っている席に近寄る。
どうやら唯先輩とムギ先輩は教室にはいないようだ。
澪先輩は私に気づいたらしく、顔をあげた。
澪 「なんだ梓か……、久しぶりだな。どうしたんだ?」
そう言って私に話しかける澪先輩は明らかに元気が無かった。
机の上に広げられたお弁当には一切箸がつけられていない。
まだよく眠れていないのか目の下の隈は相変わらずだった。
梓「澪先輩…、あの、軽音部の事なんですけど……」
澪「………」ピクッ
梓「活動はもうしないんですか……?」
澪「…………」
梓「ムギ先輩も唯先輩も音楽室には来なくなって……。私、どうしたらいいか……」
澪「梓……今はその話はやめてくれ……」
梓「でも……」
澪「やめろっ!!」
ダァァァン!!!
梓「!!」ビクッ!
机が勢いよく叩かれた。クラスで談笑している生徒たちの目がこちらに向く。
しかし、それは一瞬のことで、生徒たちはそれぞれの会話にすぐ戻っていった。
澪「…………」
梓「…………」
私は何も言えなかった。軽音部の事は今の澪先輩にとってはタブーだったのだろう。
いつもは優しい澪先輩が声を荒げるなんて、よっぽどの事だ。それなのに私は……。
澪「ごめん……今は音楽室には行きたくないんだ……」
澪「あそこに行くと今までの事、思い出しちゃってさ……」
そう言って澪先輩はうなだれた。
澪「だからもう少し待っててくれないか…?私達が音楽室に行けるようになるまで」
澪「唯にもムギにも時間が必要だと思うんだ……」
梓「分かりました……」
梓「…………」
梓「あのっ、澪先輩!」
澪「……?」
梓「私、待ってます!先輩達が来るまで音楽室で待ってますから…!」
澪「………ああ」
そう言って私は澪先輩の教室から立ち去った。
私は心底後悔していた。自分の無神経さを。
よく考えてみれば今回の件で一番ショックを受けているのは澪先輩だ。
なにせ、今までずっと一緒だった幼なじみが死んでしまったのだから。
律先輩が死んでからまだ1ヶ月もたっていないのだ。澪先輩の心の傷が癒えているはずがない。
それなのに私は自分の都合だけ考えて行動してしまった。
なんて馬鹿な事を………。
私はその日から授業が終わってから1時間だけ、音楽室にいることにした。
梓(先輩達が来れるようになるまで、ここで一人で待っていよう。)
梓(今私に出来るのはそれだけだから……。)
そんな、ある日の事だった。
梓「律先輩が死んでからもう2ヶ月近くたったんだ…。あっという間だったな…。」
未だに先輩達は音楽室には来ない。やはりまだ時間が必要なのだろう。
梓「もう5時か…。そろそろ帰ろう。」
帰り支度をして、音楽室を出る。
下駄箱で靴を履き替える。その時、ある事に気が付いた。
梓(あっ…、音楽室に筆箱忘れて来ちゃった…。)
今日は音楽室でギターを引かずに数学の宿題をやったんだっけ。取りに戻らなければ。
内履きに履き替え、音楽室への道を引き返す。
思えば、この時音楽室に行かずにさっさと帰ってしまえばよかったのかもしれない。
でも、そんなもしもはいくら考えても無駄だ。
なぜなら、その時私は音楽室に行ってしまったのだから。
音楽室の階段を登ろうとしたその時、音楽室に向かう人影が見えた。
梓(あれ……?)
その人影には見覚えがあった。
すらりとした肢体に長い黒髪。あの人影は澪先輩だ……!!
梓(澪先輩、音楽室に来れるようになったんだ……!!もう少し音楽室に残っていればよかったな)
どうやら澪先輩は音楽室の中に入ったようだ。
―――タンタンタンッ
駆け足で階段を上る。
早く行って澪先輩を安心させてやろう。
せっかく音楽室に来たのに誰もいないのでは寂しい。そう思って音楽室のドアを開けた。
―――ガチャッ
梓「澪先輩!来てくれたんですね……、え……?」
そこには、澪先輩ともう一人の先輩がいた。
………嘘だ。
こんな事はあり得ない。
私は自分が今何を見ているのか理解出来なかった。
脳の処理が追いつかない。
だってあの人はもういないはずだ。
死んだはずだ。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
そこには、ソファーに座って気を失っている澪先輩と(気を失っているというのは私の推測だが、多分それであっていただろう。)
その澪先輩を見下ろしている律先輩の姿があった。
梓「律……先輩……?え?」
なんで律先輩がここに?死んだんじゃ?それで澪先輩はなんで気を失ってるの?
あれ?あれ?おかしい。おかしい。おかしい。
私は一回、静かに目を閉じた。
目の前に広がっている光景がどうしても信じられないものだったから。
そうだ、さっきのは幻覚だ。今、目を再び開ければ、きっとそこには澪先輩しかいないはずだ。
だって、律先輩はもうこの世にはいないはずなのだから。
私は目を開けた。しかし、そこには先程となんら変わらない風景が広がっていた。
ソファーに座っている澪先輩と、それを見下ろしている……律先輩。
梓(なん…で……!?)
そして、律先輩が目線を澪先輩から私に移した。
律「あちゃ~、結界張り忘れた。って、梓!?なんでここに!?」
梓「………!!」
なんでここに!?は私の台詞だ。
梓「えっと、澪先輩が音楽室に入るのが見えたので……」
律「ていうか梓、私が見えるのか?」
梓「えっ…、はい、見えます……。」
私はあっけにとられたまま返答をした。
梓(……律先輩だ。この声、しゃべり方、間違いなく律先輩だ……)
律「そっか~、それはちょっとまずいなー」
―――スタッ、スタッ
律先輩が近づいてきて、私の前に立った。
私は何も言う事が出来ない。何が起きているのか分からない。
律「なぁ、梓。今日ここで見た事は誰にも言っちゃダメだぞ。」
律「あと、今日から3日間放課後の音楽室には近寄らないように。オッケー?」
満面の笑顔で何を言っているんだこの人は。
私は何も言えないまま、律先輩を見つめていた。
律「……わかったってことでいいな?それじゃあよろしく!!」
そう言いながら律先輩は私の肩に手を置いた。
その瞬間だった。
―――ズンッ!!
梓(うっ……!!)
私を強烈な立ちくらみが襲った。意識がだんだん遠くなっていく。
梓(う……あ……)
律先輩の姿がぼやけていく。もう立っていられない。
薄れゆく意識の中で私はある事を思い出した。
梓(そうだ、今日は……)
梓(律先輩の四十九日だ……)
梓ちゃん……、梓ちゃん……!!
誰かが私を呼んでいる。不意に目を覚ます。
梓「………?」
梓「あれ?ここは……」
そこは保健室のベッドだった。
さわ子「梓ちゃん、大丈夫…?」
さわ子先生がいて心配そうな顔で私の事を見ている。
梓「あれ…?さわ子先生……?私、なんでこんなところに?」
さわ子「よかった……。大丈夫みたいね。」
さわ子「音楽室に行ったらドアの前で梓ちゃんが倒れてるんだもの、びっくりしちゃったわよ。」
さわ子「保健の先生が言うには、軽い貧血らしいから少し横になって休んでるといいわ。」
梓「はい………」
さわ子「貧血で倒れるなんて……。食事はちゃんととってる?」
梓「はぁ……、まぁ……」
さわ子「………律ちゃんの事があって辛いのは分かるけど、食事はちゃんととらなきゃダメよ?」
その瞬間、私は先程の出来事を思い出した。
―――ガバッ!!
思わずベッドから飛び起きる。
さわ子「………!!あ、梓ちゃん、どうしたの?」
梓「……さわ子先生、私ってどこに倒れていました?」
さわ子「どこって…、音楽室の入り口のドアの前よ。音楽室に入ろうとして貧血になったみたいね。何かあったの?」
梓「…………」
梓「いえ、何も……」
どうする?さわ子先生にさっきの事を相談してみようか。……いや、ダメだ。
律先輩が音楽室に澪先輩と居たなんて言ったら、おかしいと思われるに決まってる。
時計を見るともう6時を指していた。
梓「もう平気なので、今帰ります。ご心配かけてすいませんでした。」
さわ子「そう…。大丈夫?一人で帰れる?」
梓「はい、大丈夫です。」
そう言ってさわ子先生に別れを告げ、私は家に帰ることにした。
軽音部のことについて先生が聞かなかったのは気を遣ってくれたのだろう。
さっきの出来事は夢や幻なんかじゃない。間違いなく、私は律先輩に会った。
悪い予感がする……。なんて事だ。
私は、携帯を取り出し、澪先輩に電話をかけた。
澪「はい、もしもし…」
梓「もしもし、澪先輩、今大丈夫ですか?」
澪「ああ、大丈夫だけど…。どうしたんだ?」
梓「ちょっと聞きたい事があるんですけど……。澪先輩、今日音楽室に行ったりしました?」
澪「音楽室に…?いや、行ってないけど…。」
梓「……!!そうですか…。分かりました、ありがとうございます。すいません、変な事聞いて。」
澪「……?いや、別に構わないけど。」
梓「聞きたい事はそれだけなので。それじゃあ、失礼します。さようなら。」
澪「ああ…、それじゃあ」
そして私は電話を切った。
私の悪い予感は的中してしまった。……最悪の事態だ。
死んだはずの律先輩が澪先輩と一緒にいた。
結界を張り忘れたという律先輩の言葉。
音楽室にいたはずなのにその事を覚えていない澪先輩。
今日から3日間、放課後の音楽室には近寄るなという律先輩の忠告。
梓(律先輩が悪霊になっちゃった……)
自分の胸が締め付けられたように苦しくなった。
……律先輩が悪霊になってしまった。
そして、澪先輩をあちらの世界に連れて行こうとしている。
梓(そんな……なんで……)
梓(なんで……なんでですか、律先輩……!!)
私は急いで、家に帰り、自分の部屋のクローゼットからあるものを取り出す。
それは刀だった。
梓(まさか、これをまた使う時が来るなんて…。)
どうやら錆びついたりなどはしていないらしい。
梓(もう二度と使う事はないと思ってた……。)
私は覚悟を決めなければならなかった。
この刀を使って悪霊になってしまった律先輩を倒す、という覚悟を。
―――3年前の話になる。
私はある機関に所属していた。
その機関とは「霊害、つまり現世に悪霊となって蘇った霊による災害や殺人を防ぐ」という名目で設立されたものだった。
悪霊は霊力を持っている者にしか倒す事は出来ない。
霊力はある特定の家系の者にしか宿らない。
稀に一般人に宿る事もあるがその確率は非常に低いものだそうだ。
私はその霊力が宿る特定の家系に生まれた。
霊力は10~13歳で宿り、17歳ごろにピークを迎え、そのあとはだんだんと衰えていく。
私は3年前までその機関に所属して、悪霊を倒していた。
……あの事件が起きるまでは。
その事件が起きたことによって、私と組んでいた人間が死亡し、私は3ヶ月もの間、昏睡状態に陥ってしまった。
そして意識を取り戻した後、私は機関をやめ、機関によって霊力を封じられ、一般人として生活することになった。
今の私は3年前の霊力の10%ほどしかない。
梓(今の私に悪霊になった律先輩が倒せるのかな……?)
梓(でも……やるしかない……)
律先輩は澪先輩を自分のいるべき世界に連れていこうとしているのだ。そんなことは……させない。
そして私は次の日を迎えた。
朝早くに学校に行き、刀を空き教室の掃除用具入れにいれておく。
梓(念のために結界を張っておこう。そうすれば見つからないはず……)
そうこうしている内にあっという間に放課後になった。
私は5時になるまで待った。
昨日、澪先輩が音楽室に入っていくのを見たのは確か5時ぐらいだった。その時間に行けば…、律先輩もいるはずだ。
―――カチッ
時計の針が5時を指す。
私は急いで音楽室に向かった。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!!
階段を駆け足で上る。
そして音楽室の前で立ち止まった。
梓(やっぱり……。)
音楽室のドアに結界が張られていた。
これでは誰も音楽室に入ることは出来ないし、入ろうとも思わない。
私は刀を鞘からだして構え、思いきり振り下ろした。
パキィィン!!
結界が破れる。
そして、私は音楽室のドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開けた。
―――そこには澪先輩と律先輩がいた。
澪先輩はソファーの上で気を失っていて、律先輩はそんな澪先輩を見ている。
昨日とまったく同じだった。
私が音楽室のドアを開けた瞬間、律先輩がこちらを見た。
結界が破られたことに対して驚いているようだ。
律「梓……!?なんでお前が……!!」
私は律先輩に向かって叫ぶ。
梓「律先輩ッッ!!澪先輩から離れてくださいっっ!!!」
私は刀を構えた。
律「そうか…、その刀で結界を破ったのか。ふ~ん……」
律「その様子だと、私が今から何をしようとしているのかも分かってるみたいだな。」
律先輩は落ち着きを取り戻したらしい。普段の調子で私に向かって言葉を投げかける。
梓「律先輩は澪先輩をそっちの世界に連れて行こうとしてるんですよね…?」
律「ん?そうだよ?だから昨日言ったじゃん、音楽室には近寄るなって。しょうがないなぁー」
何を言っているんだ、この人は。
それはつまり、澪先輩を殺して冥界に連れていくという事だろう。
……この人は律先輩じゃない。
律先輩の姿形をした悪霊だ……!!!
梓「律先輩、なんでそんな事をしようとするんですか……!?」
梓「それは、澪先輩を殺すってことでしょう!?」
律「…………」
律「ん~、まぁ梓には分かんないかな。私は一人で寂しいんだよ。」
律「だから親友の澪を連れて行く。ただそれだけ」
梓「そんなことは……、させません……!!!」
律「梓は私の邪魔をする……。そういう事か。だったら容赦はしない……」
律先輩が氷のような目で私を睨みつける。
律先輩の手に刀が出現した。私と同じ刀だ。
律「梓……、やめるんなら今のうちだぞ」
梓「…………」
私は返事をしなかった。
ダァン!!
そして、私は律先輩に斬りかかった。
―――ガキッッッ!!
私の刀と律先輩の刀が交錯する。
私の初撃を、律先輩はいとも簡単に受け止めた。
梓(くっ……!強い…!!)
すかさず、二回、三回と攻撃を打ち込む。
しかし、それらも全て律先輩にガードされてしまう。
梓(………!!)
ガキィッ!!ガキィッ!!ガキィッ!!
私は諦めずに何回も攻撃をし続けた。だが、私の攻撃は全て防がれてしまった。
梓(くっ……!!)
たまらず私は律先輩から距離をとった。
梓(攻めているのは私なのに全然ダメージが与えられない……!!)
梓「はぁっ……、はぁっ……」
律「どうした、梓?そんなんじゃ私を倒すことなんて出来ないぞ?」
律先輩は余裕しゃくしゃくといった顔で私に話しかける。
律「……攻めてこないのか?じゃあ私から行くぞっ!!」
そう言って律先輩は刀を構え直し、私に向かって突っ込んできた。
梓「なっ……!!(速いっ…!!この距離を一瞬で…!!!)」
ガキンッ!ガキッ!!
私は必死で律先輩の攻撃を防御した。
律先輩の攻撃は一撃一撃が重く、ガードをするだけで精一杯だった。
梓「ぐっ……!!」
律「遅いっ!!」
ガキィィィン!!
律先輩の渾身の一撃が私のガードを弾き返した。
梓「しまっ……!!」
律「ガラ空きだっ!!」
―――ヒュンッ
ドゴォッッッ!!!
律先輩の斬撃が私の腹部に直撃する。
―――メキィッ
梓「うぐっ……!!」
ダァァァァァン!!
鈍い音とともに私は吹っ飛ばされ壁に打ち付けられた。
―――バタンッ
私は床に倒れこんだ。
梓「うっ……、かはっ…!!」
梓(アバラ骨…、何本か折れたかな……)
梓「かはぁっ……はぁっ……」
梓(うまく、息が……出来ない……!!)
律「おいおい、梓、今のは峰打ちだぞ?私が本気で切ってたら今頃梓の胴体はまっぷたつだったな。くっくっく」
律先輩が笑う。
梓「………!!」
梓(駄目だ……やっぱり、律先輩は強い……!!)
梓(このままじゃ、勝てない……!!)
その後も私は防戦一方だった。
律先輩は休む暇もなく攻撃をしてくる。
私はそれを必死でガードするしかなかった。
梓「うっ……、くっ……!!!」
律先輩の一太刀一太刀は速くてとても重く、しかも、まだまだ本気を出していないようだった。
……今のままでは律先輩勝てないことは分かっている。
でも、この状況の打開策は何も見つからなかった。
私は何回もガードの上からの攻撃によって吹っ飛ばされた。
私の防御を律先輩はものともしない。
その都度、私は壁に叩きつけられ、床に倒れる。
そして立ち上がり、律先輩に斬りかかってゆく。
これらを何回か繰り返した時だった。
律「あー、もういいや」
梓(……!?)
律先輩が突然声を上げた。
律「梓、もう終わりにすっか」
そう言って律先輩は刀を一回振って鞘に納めた。
―――チンッ
刀を鞘に納める音が音楽室に響いた。
―――その瞬間だった。
バシュッッ!!!
私の全身から血が吹き出した。
梓「………ッ!?」ヨロッ
―――バタンッ!!
崩れるようにして床に倒れこむ。
梓「がはっ……!!」
梓(なん……だ……!?今、私は何をされた…?全身を斬られてる……!?)
私は自分が何をされたのか分からなかった。
気がついたら体が刀傷だらけで出血し、床に倒れていた。
梓(痛……い……)
立ち上がることができない。体に力が入らない……。
律「3回……。今、私が梓を切った数」
律「全然見えなかっただろう?梓はちょっと遅すぎるんだよなー」
梓「うっ…、ぐっ……」
梓(うまく声が出せない……!!)
律先輩がゆっくり私に近づいてくる。
うつ伏せに倒れている私を仰向けにして上に乗り、律先輩は私に向かって言った。
律「これで分かっただろ?梓は私には勝てない。」
律「だからもう私が澪を連れていくのを邪魔するなよ?」
梓「…………。」
私はこの問いに対して何も言わなかった。
律先輩が刀を鞘から出し、私の首にあてがった。
律「いいか……、私は今ここでお前を殺してもいいんだぞ?でも邪魔をしなかったら殺したりはしない…。」
梓「…………!!」
律「わかったよな?イエスなら首を縦にノーなら首を横に振れ」
律先輩の目は本気だった。
私が今ここで首を横に振ったら躊躇なく私の首に剣先を突き刺すだろう。
コクッ……
私は首を縦に振った。縦に振るしかなかった。
私が首を縦に振るのを見て、律先輩はさっきの表情とはうってかわり、笑顔になった。
律「いや~、よかった、よかった!私は梓を殺すなんて本当はしたくなかったんだよっ!!」
律「梓が首を横に振ったらどうしようかと思っちゃったぜ。」ニカッ
律先輩は刀を鞘にしまい、私の肩をポンポンと叩きながらそう言った。
梓(………嘘だ)
さっきのは確実に私を殺そうとした目だ。
見ただけで背筋が凍るような冷たい目。でも私は何も言えない。
律先輩が私の上に四つん這いになって覆い被さり、耳元で囁いた。
律「じゃあな、梓。約 束 だ か ら な ?」
ゾクッ――――
私はこの日一番の恐怖をその時感じた。
律先輩の体温の無い冷たい手が私の首を掴む。
そして私は徐々に意識を失っていった―――。
私はまた、音楽室の前で倒れているのをさわ子先生に発見され、保健室に運ばれた。
ちなみに、律先輩の攻撃によって傷を負ったのは私の「霊体」で、「肉体」ではない。
「霊体」とは簡単に言うと、霊と闘うときにダメージを受ける体。人間には「肉体」と「霊体」の二つが存在する。
だから、私の肉体は今は無傷だ。霊体の律先輩は霊体にしかダメージを与えられない。
また、霊体に傷を負っても肉体があれば霊体の傷は治る。
無論、いくら霊体と言っても、霊体が殺されてしまえば私自身も死んでしまう。その時の死因は心臓麻痺になるだろう。
2日連続だったので、さわ子先生は何か重大な病ではないかと心配し、病院に検査しに行く事を提案してくれた。
私はそれを断り今日は朝食、昼食ともにあまりとっていないという嘘をつき、もう大丈夫ですと言って保健室をあとにした。
別れ際、さわ子先生が「何か困った事があったらいつでも相談しに来ていいから。」と言ってくれたのが……うれしかった。
ギリッ……!!
親指の爪を噛む。
私は自分の甘さを痛感していた。
今、私は3年前の霊力の10%以下しかない
それで悪霊になってしまった律先輩に勝てる訳が無かった。
私はその事実を黙殺し、澪先輩を助けたいという一心で律先輩に戦いを挑んだ。
……敗北するのは明白だった。
……私は悩んだ。
そして、ある決意をする。
梓(私にかかっている霊力を封じるための術式を解いてもらおう)
……そのためには機関に復帰しなければいけないが。
3年前の悪夢が蘇る。
梓(もうあんな思いはしたくない……)
梓(でも、澪先輩がいなくなるのはもっと嫌だ……!!)
次の日も私は、朝早く学校に行って刀を隠した。
音楽室には昨日の律先輩との戦いで使っていた刀はなかった。
梓(多分、律先輩がどこかに捨てたんだ……。どうせ、もう使い物にはならなかったけど……)
だから、予備の刀を用意した。
そして、昼休みに私に術式をかけた人物を呼び出す。
梓「憂……、ちょっと話があるんだけど……」
憂「なに?梓ちゃん」
私に術式をかけたのは私のクラスメイト、平沢憂だった。
憂も機関に所属していて悪霊と戦っている。
憂は代々霊力を持った人間が生まれる家系の人間ではない。
極稀に現れる霊力が宿った一般人なのだ。
そのためか、憂は高い霊力を持っていた。そして術式の扱いも心得ている。
だから、私が機関を抜ける時に術式をかけたのも憂だった。
私は憂を使われていない教室に連れていった。
梓「憂……、私、憂にお願いがあるんだけど」
憂「こんなところに呼び出して……何か大事な用?」
憂は笑顔で私に話しかける。
言いづらい……でも、言わないと……。
梓「私に憂がかけた術式を解いてほしい……」
憂「………どういうこと?」
憂の顔から笑顔が消える。教室の空気が明らかに変わった。
梓「……律先輩が悪霊になって、澪先輩を連れて行こうとしてる」
梓「私はそれを止めたい」
梓「そのためには今の霊力じゃ勝てない。だから憂に術式を解いてほしい……!!」
憂「そう……律さんを…」
憂にはあまり驚いた様子が見られない。
……憂は知っていたのだろう。
梓「憂は律先輩が悪霊になったことを知ってたんでしょ……?」
憂「…………」
憂「うん……」
梓(やっぱり……)
機関には多数の支部があり、それぞれの地区を担当している。
悪霊が出現した地域を担当している支部の機関のメンバーがその悪霊を討伐する、というシステムだ。
律先輩が高校の音楽室に現れた事を機関は把握していたのだろう。
ではなぜ律先輩は機関のメンバーによって倒されなかったのか?
それには理由がある。
悪霊には大別して二つの種類がある。
一つは人を無差別に殺そうとするもの。
もう一つは律先輩のように特定の人物だけを殺そうとするもの。
機関が討伐しているのは前者の方なのだ。
機関は慢性的な人手不足であり、悪霊全てを倒すことなど出来ない。
それに、後者の方は特定の人物を一人殺してしまえばもうそれ以上人を殺さず、あの世に帰ってしまう場合が多い。
必然、全ての悪霊を倒せないのならば、被害の大きい無差別な殺害を行う悪霊だけを倒せればよいという結論に至る。
それに、無差別殺害を行う悪霊とそうでない悪霊は強さがあまりにも違う。
特定の人物だけを殺そうとする悪霊はその思いが強いためなのか、霊力がかなり高い。
正直、その機関の支部で一番強い人間が戦ってもその悪霊たちには勝てるかどうか分からない。
私は三年前、霊力のピークは迎えていなかったが、その支部の中で、霊力の高さは上から4番目か5番目だった。
その時の私でさえ、今の律先輩には歯が立たないだろう。
……3年も実戦を離れていた私が律先輩に適わなかったのは当然の事だった。
だから、機関は律先輩が悪霊となって出現したのにもかかわらず、黙殺したのだろう。
憂「梓ちゃんは、もう律さんには会ったんだよね……?」
梓「うん……」
私は憂に事の顛末を全て話した。
憂「でも……、術式を解いて梓ちゃんの霊力を元に戻しても律さんに勝てるかどうかは分からないよ……?」
憂「もしかしたら、今度こそ本当に殺されちゃうんじゃ……」
梓「分かってる……。でも、私はこのまま澪先輩が殺されていくのを黙って見ている訳には行かない」
梓「律先輩が現れてから今日で三日目だから澪先輩は今日殺されちゃう……」
梓「そんなの……嫌だよ……!!」
憂「だけど……」
梓「……憂に術式を解いてもらって律先輩を倒す事が出来たら、私は機関に復帰する…。だから憂に迷惑はかからない。」
梓「お願いします…!澪先輩を……、助けたいんです……!!」
私は憂に向かって頭を下げた。
………………。
沈黙が場を支配する。
そして、5分ほどたった時の事だった。
憂が口を開いた。
憂「分かったよ……、梓ちゃん。」
―――バッ
私は顔を上げた。
梓「本当…?ありがとう、憂!」
憂「でも、梓ちゃん、これだけは約束して。絶対に死なないって。」
憂が真剣な眼差しで私に言った。
梓「うん…!絶対に死なない。必ず戻ってくるから!」
憂「約束だよ……?」
そして、憂は私にかけた術式を解く作業に入った。
憂が私の胸の前に右手をかざす。
憂「じゃあいくよ、梓ちゃん。」
梓「……うん。」
そして憂は一言、二言何か言葉を発し、私の胸に手を当てた。
――――ドクンッ
かすかな衝撃が私の全身を貫いた。
律「さてと…、これでいいか。」
澪をソファーに寝かせ、音楽室全体に結界を張る。
準備は完了した。
今日でやっと澪を自分のいる世界に連れていく事が出来る。
律「これからは澪とずっと一緒にいられるな……」
そう言って澪の顔を覗き込む。
律(やっぱり澪の寝顔は可愛いな~。今日は邪魔も入らない事だし、もうちょっと堪能するか!)ぷにぷに
律(うおぉ~、澪のほっぺた柔らけ~!!これはたまらない……!!!)
律(しっかし、昨日と一昨日は梓の邪魔が入って面倒だったな~。)
律(やっぱり1日で済ませるべきだったのかも…。でもそんなに支障が出た訳じゃないからまぁいいか。)
その気になれば律は澪の霊体を一瞬で殺すことが出来た。
それをしなかったのは澪に心臓麻痺で死ぬ時の苦しみを味わせたくなかったからだ。
霊体が死ねば、肉体は心臓麻痺で死ぬ。律は澪には苦しまないで死んで欲しいと思った。
3日かけて徐々に澪の霊体を弱らせていけば、澪は安楽死に近いかたちで死ぬことができる。
律はその方法を選択した。
もちろん、この事実は梓も知っている。
律(さてと、そろそろやりますか……。)
これで終わりだ。
もう邪魔は入らない。
律が澪の首をつかもうと手をさし出した瞬間―――。
―――バァン!!!
音楽室の扉が勢いよく開いた。
律「……!?」
私は音楽室のドアの方向を向いた。
梓「律先輩……、澪先輩から離れてください……!!」
そこに立っていたのは梓だった。
昨日と同じように刀を構え、昨日と同じような目で私の事を見て、昨日と同じような台詞を私に向かって放った。
………え?
ちょっと待て、こいつは今なんて言った?
澪から離れろだと?
昨日、お前に言ったよな?邪魔をするなって。
なんでまたここに来たんだ?
あれだけ痛めつけて、忠告してやったのに。
もしかして、いくらなんでも殺されはしないだろうとたかをくくっているのか?
なめやがって……!!
……いいよ、そんなに死にたいんなら殺してやる。
私は左手に刀を出現させた。そして柄を右手で握る。
律「……なぁ、梓。昨日、私と約束したよな?もう私の邪魔をしないって」
律「覚えてるよな?」
私は努めて明るい声で言った。
梓「……覚えています」
梓が答える。
ははっ。なんだ、ちゃんと覚えてるじゃないか。
律「じゃあ、今から3つ数えるから、その間にここから出ていけよ?」
梓「…………」
梓は黙ったままだ。私は構わず、カウントダウンを始める。
律「いーち」
梓は刀を構えたままだ。
律「にーい」
梓は音楽室から出ていこうとしない。
決めた……。今度は一撃で殺す……!!
律「さーー、んっっ!!」
―――ダッ!!
私は言い終わると同時に刀を鞘から抜き、地面を蹴り、梓に斬りかかった。
私は梓の喉元に向かって突きを放った。
刀が梓の喉を突き刺し、梓は絶命する―――はずだった。
―――スッ
梓が私の目の前から消える。
―――スカッ
私の刀は宙を切った。
律(あれ……?)
右から梓の声がした。
梓「遅いですよ、律先輩……!!」
律(えっ…!?)
予想外の展開に反応が遅れる。
律(しまっ……!!)
律(ガードが間に合わない……!!)
―――ザシュッ!!
梓の刀が私の右脇腹を斬りつけた。
律「ぎっ……!!」
ズバァッ!!ドガッ!!
その攻撃で体勢を崩した私は、梓の追撃をまともに全部くらってしまった。
律(ぐっ……!!やばいっ……!!)
梓の攻撃から逃げるため、後ろに下がり梓と距離をとる。
律(今……、何回斬られた…!?3、4…、いや5回か……!?)
――――シュッ!!
梓と私の間合いが一瞬で詰まった。
律(何っ……!?速っ…!!)
梓の刀が私に向かって振り下ろされる。
私はそれをとっさに刀でガードした。
――――ガキィィンッ!!
刀と刀が衝突した。
―――ギリギリギリッ!!
鍔迫り合いが続く。
律(くそっ……!!こいつ、昨日よりかなり強い……!!)
私は動揺していた。昨日は手加減をしても圧勝した相手に、今は攻撃を何回もくらい、攻めこまれている。
律(なんでだよっ!くそっ……!何があった……!?)
思わず、私は梓の顔を見る。
――――ニヤッ
梓が私を見て笑みを浮かべた。
律(……!?)
ドゴッッッ!!!
次の瞬間、私の脇腹を痛みが襲った。
律「ぐっ………!!!」
梓の右足が私の脇腹にめり込んでいた。
私の刀を握っている手の力が緩まる。
―――キィンッ!!
そして、刀が下に弾かれた。
律(くっ……!やられる………!!)
ズバンッッ!!!
梓の一撃が私の胸を切り裂く。
律「げぼっ……!!」
私はその一撃によって吹っ飛ばされた。
―――ダァンッ!!
受け身も満足にとれないまま床に叩きつけられる。
律「ぐっ…!!ぐはっ………!」
攻撃を受けた胸部にかなりの痛みが走った。
律(くっ……!!)バッ
私は梓の追撃を受けないよう、すぐさま立ち上がり、刀を構えた。
私と梓との距離はかなり開いている。
そのまま何秒かの時間が流れた。
律「はぁっ……はぁっ……」
―――ズキィ!!
律「いっ……!?」
右腕に鋭い痛みが走る。
良く見ると手首の部分が今にも千切れそうなくらいに深く切られていた。
梓「少し……浅かったみたいですね」
梓「切り落とすつもりでしたけど」ギロッ
律「…………!!」
梓が私を睨む。
梓(私の攻撃が通用している……これなら倒せる……!!)
自分の一撃で律先輩が吹っ飛んだあと、私はそう確信した。
昨日はまるで歯がたたなかった相手を今は自分が攻めたてている。
最初の攻撃が当たったのは律先輩が油断していたせいもあっただろう。
しかし、私の攻撃で律先輩は確実にダメージを受けていた。
梓(このままいけば……)
律先輩と私の距離はまだ開いたままだ。
梓(どうする…?間合いを詰めて接近戦にもちこむ?)
梓(それとも、あれを使おうか…?)
梓(いや、駄目だ……。あれは使えるかどうか分からない……)
梓(だったら接近戦しかない…!!)
私が脚に力を込め、移動しようとしたその時、
律「くっくっくっ、あはははは!!!!」
律先輩がいきなり笑い出した。
梓(………!?)
律「いや~、ごめん、梓。私、梓のこと舐めてたよ」
律「まさか私にこれだけ傷を負わせるなんて」
律「昨日とは大違いだな」
律「だから……私も少し本気を出す……」
―――チャキンッ
そう言うと律先輩は刀を鞘に収めた。
そして、自分の胸に右手を当てて何かを呟いた。
私は自分の目を疑った。
みるみる律先輩の傷が癒えていく。
梓(そんな……!!どうして……!?)
……あれは私達しか使えないはずの術式じゃないか。
霊が術式を使うなんて聞いたことが無い。
しかもあれは術式を使える人間の中でも少数しか使えない、回復の術式………!!!
そもそも術式というのものは、霊力を持った人間の中でもより高い霊力を持った人間にしか使えない。
しかも、術式が使えるかどうかは個人の素質にもよる。
霊力が高いからといって必ずしも術式を使えるようなるとは限らないのだ。
私は術式を使えない。素質が無かったから。
律先輩の体が無傷の状態にもどった。
梓「………!!」
律「それじゃあ、今から仕切り直しだな」
律先輩が刀を鞘から抜き構えた。
梓「…………」
私もそれに応じるようして刀を構えなおす。
お互いが数秒間硬直する。
――――バッッ!!!
二人が同時に動いた。
―――ガキィィン!!!
二人の刀がぶつかり合う。
梓(うっ……!!強い……!!)
律先輩は昨日はかなり手加減していたのだろう。
律先輩の斬撃は昨日とは速さも重さも格段に違った。
だが、私も昨日の私とは違う。律先輩と互角の戦いが出来ていた。
一進一退の攻防が続く。
お互いに相手に致命傷を与えられないまま、時間だけが過ぎていった。
ガキンッ!ガキンッ!ガキィン!!
梓(ぐっ……!!)
最初のうちは律先輩と互角に闘えていたが、時間が経つにつれ、だんだん相手の攻撃をかわしきる事が出来なくなっていた。
少しずつ、私の体に傷が増えていく。
梓(律先輩に私の攻撃はまだ一太刀も浴びせていない……)
梓(……このままではまた、負けてしまう……!!)
やはりあれを使うしかない。
今の私に使えるだろうか?
でも、このままではジリ貧だ。
梓(やってみるしかない……!!)
キィン!カキィン!!ガキィン!!
―――タッタッ
私は律先輩と、何度か斬りあったあと、後ろに下がり、律先輩から距離をとった。
―――グッ!!
刀の柄を力の限り、握る。
両足に力を込めて踏ん張り、刀に霊力を乗せる。
―――シュンッ!!
そして、私は刀で思いきり宙を切った。
―――ブチブチッ!!
腕や脚の毛細血管が切れる音がした。
パァァン!!!!
律の体を衝撃が襲う。
律「ぶふっ……!!」
律(ぐっ……!なっ……!!なんだ…!?体の前で何かが弾けた……!?)ヨロッ
律がよろめく。
その隙を梓は見逃さない。
梓(今だっ!!!)
―――ダンッ!!
一瞬で律との間合いを詰める。
ドガガガガッッッッ!!!
梓は律に何回も攻撃を叩きこんだ。
梓(決まれッッ…!!!)
ズバァァァァッッ!!!
そして梓は最後に渾身の一撃を喰らわせる。
律「ぐはっっ………!!!」
ダァァァァァン!!!
律の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
律「がはっ……!!」
律(なんだ、今の攻撃…!?梓が刀を振ったと思ったら、衝撃が……!!!)」
律は自分がどんな攻撃を受けたのか分からなかった。
自分と梓の距離は十分開いていた。
律(それなのに私は何故、攻撃を受けた……!?)
梓が高速で移動した…?
いや、違う。
私が梓に直接攻撃を食らったのはあの衝撃を受けた後だ。
確かそれは梓が刀を振った直後に私を襲った。
刀を高速で振り、大気を切る事によって発生する衝撃波…?
多分……、そういうものだ……。
それが、あんなに強力だとは……!!!
梓(撃てた……!!)
霊力を刀に乗せ、大気を切る。
それによって、刀に乗った霊力は放たれ、衝撃波となって敵を襲う。
これが先程、梓が律にダメージを与えた攻撃の正体である。
梓は自身のこの技を『牙』と呼んでいた。
牙は普通の悪霊なら一撃喰らわせただけで消滅する。それほど強力なものだった。
いくら律ともいえど、ダメージを受けない訳がない。
牙を喰らった律はダメージを受け、隙が出来た。
そこで梓が間合いを詰め、攻撃を叩きこんだ。
これらが先程の一連の流れである。
律「くっ……!!」ダッ
律は立ち上がり、すぐさま梓との距離を詰めた。
離れれば先程の攻撃をまた喰らってしまう。
律(そうならないためには近づいてして闘うしかない…!!)
ガキィィン!!!
二人の刀がまたぶつかりあう。
梓(効いていない……!?)
私は驚きを隠せなかった。
牙によるダメージを受け、連続攻撃を叩きこんだはずの律先輩が、すぐさま立ち上がり、私に向かってきたから。
牙を喰らわせたら、悪くてもしばらくは立ち上がれないほど大ダメージを与えられると思っていた。
梓(そんな……!!)
牙が通用しない。それは私にとってあり得ない事だった。
しかし、それは私の杞憂だった。
ガキッ!!ガキッ!ガキィン!!
律先輩と私は何回か斬りあったが、律先輩に先程の力は無かった。
やはり、牙は律先輩に大きなダメージを与えていたのだ。
梓(これなら…!!)
―――ガキィン!!
律の刀が上にはねあげられる。
律(やばっ……!!!)」
律の体がガラ空きになった。
――――タンッ
梓が素早く一歩下がる。
律(なっ……!?)
次の瞬間―――。
―――パァァン!!!
牙が律の体を直撃する。
律「がっ……!!!」
律(これは、さっきの……!!この距離でも打てるのか……!?)ガクッ
ドガッ!!ドガッ!!ドガァ!!!
すかさず梓は攻撃を叩き込む。
律の体がのけぞる。
律「ぐはっ……!!!」
律(ヤ、ヤバい……!)
―――パァァン!!!
体勢の整っていない律をまた牙が襲う。
律「げふっ……!!!」
ドガァァァァァ!!
ものすごい音を立てて、律は壁に吹っ飛ばされた。
律「ぐっ……!!げほっ……!!!」
―――ズルッ
律は体を壁に預けるようにして倒れた。
梓(もう……立たないで……!!!)
律の体は梓の攻撃でダメージを受けていたが、梓の体もすでに満身創痍だった。
牙はその強力さゆえに、打つたびに多大な負担が使用者の体にかかる。
本来ならば一回の戦闘で使えるのは一回が限度なのだ。
だが、梓はここまで三回、牙を打った。しかも、その内二回は連続での使用である。
律(くそっ……!立てない……!足に力が……!!)
律(このままじゃやられる……!!)
律(梓に…消されてしまう……!!)
そうなったら澪の事を連れていけない。
また一人になる。
……嫌だ。
あんなところでずっと一人きりなんて絶対に嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。いやだいやだいやだいやだ―――。
――――ブチッ
その時、私の頭の中で何かが切れる音がした。
―――ユラッ
律先輩が立ち上がった。
顔を伏せているのでその表情は分からない。
梓(くっ……!!でも、あと少しで倒せるはず……!!牙をあともう一発喰らわせれば…!!)
私は牙を撃つ構えに入る。
多分、あと一発が限度だろう。
―――ゾワゾワッ!!
梓(な……に……!?)
その時、私の体に悪寒が走った。
梓(これは……律先輩の殺気……!?)ガタガタガタ
恐怖で膝が震える。
律「…………」
そして、律先輩がこちらにゆっくり近づいてくる。
梓「う……あ……」ガクガクガク
震えがまだ止まらない。
そのとき、ソファーの澪先輩が目に入った。
梓(………!!)
梓(しっかりしろ!!澪先輩を連れていかせはしない……!!)
ダンッダンッ!!
足を踏みならし、膝の震えをとる。
梓「あああぁぁぁぁ!!」
自分を鼓舞するため、大声を出した。
そして、牙を撃つ構えに入る。
梓(これで、終わりだ……!!)
ギシッ……ギシッ…
全身の筋肉が軋む音がする。
霊力を刀に込める。
大気を横一文字に切った。
―――パァァン!!!
霊力の刃が大気を切り裂く。
梓の牙が律に向かって放たれた。
牙は律先輩に向かって放たれた……はずだった。
―――ヒュンッ
律先輩が刀を上下に振る。
パンッッ!!
乾いた音がした。
梓(なっ……!?)
梓(牙が……消えた……!?)
梓(私の牙が……!!!)
梓(なんで……!?)
梓(牙が…斬られた…!?)
私は驚愕した。
梓(牙が斬られて消えるなんて……!)
―――ニタァ
律先輩が顔に笑みを浮かべる。
そして、律先輩が胸に手を当て何かを呟いた。
律先輩の体の傷が一瞬で無くなる。
また、回復の術式を使ったのだろう。
梓(そん…な……)
私は絶望した。
いくらダメージを与えても倒せない。
しかも、頼みの綱の牙は通用しなくなった。
もう何も打つ手はない。
私は何故、律先輩のような霊と戦ってはいけないと言われているのかようやく理解した。
こんな相手に……勝てるはずがない。
こんな相手に戦いを挑むなんて、自殺志願者以外の何者でもない。
―――ゾワァッッ!!
梓(いやっ……!!)
そしてまた、律先輩の殺気が私を襲う。
―――スタッ、スタッ
律先輩が一歩ずつ私に近づいてくる。
梓(逃げ……逃げなきゃ……!!)
私の本能が逃げろと言っている。
音楽室のドアから逃げようと振り向こうとした瞬間―――
ドシュッッ!!
梓(………!!)
私の胸に刀が突き刺さった。
梓(ッ……!!!)
――――バタンッ!!
私は床に倒れた。
刺された胸から、血が……止まらない。
梓「っ……はっ……!!」
律先輩が私を見下ろしている。
律「なぁ……、梓。お前、あの技乱発しすぎなんだよ……」
律「3回も喰らったらさすがに技の正体くらい分かる。そして、その防ぎ方も。」
律先輩が私に向かって話しかける。
梓「げほっ……!!」ゴポッ
私の口からも血が溢れでる。
律「って聞こえてないか……」
何も言う事が出来ない。
………目が霞む。
だんだん、律先輩の姿がボヤけてきた。
律「それじゃあ、今度こそ本当に終わりだな……」
そう言って律先輩は私の胸、心臓に刀を向けた。
梓(駄……目……だ……体の……感覚……がな……い)
律「……じゃあな」
――――ズンッ
私の心臓を律先輩の刀が貫いた。
梓「げほっ……!!!」ゴポッ
血が溢れて止まらない。
だんだん意識が遠ざかっていった。
梓(な……ん…でよ……ま……だ……)
全身から血の気が引く。
ああ、これが、死というものなのか――――。
律は梓の2回目の牙でその技の正体が分かった。
霊力を放った事による衝撃波ならば霊力をぶつけて相殺してやればいい。
単純な原理だが、高い霊力を持っている梓の牙は並大抵の霊力では相殺出来ない。
これは梓以上の霊力を持っている律のような者にしか出来ない事だった。
律は梓の4回目の牙の時、自分の刀を大量の霊力で覆い、牙にぶつけた。
そして2つは相殺したのだった。
律(……やっと終わった。)
梓も私の邪魔をしなかったら死ぬことは無かったのに。
律(忠告してやったのに、馬鹿だな……。)
床に横たわっている梓の死体をみる。
ピクリとも動かない。
目は見開いたまま、完全に光を失っていた。
律(……梓の死体は昨日と同じように音楽室の前に置いておこう)
律(また、さわちゃんあたりが見つけてくれるはずだ)
さてと、それじゃあ澪を連れていこう。
律「これで全部終わりだ……」
?「まだ、終わってないですよ。」
誰かの声が背後からした。
律「!?」
―――バッ
私は声のした方向を素早く振り向いた。
そこにいたのは……。
憂「まだ終わりじゃないと思いますよ」
そこにいたのは平沢憂だった。
律「憂ちゃん……?」
憂「お久しぶりです、律さん」
律「なんでここに……?」
憂「……あることを確かめに来ました」
律(確かめに……?どういうことだ?)
律(まさか、憂ちゃんも私の邪魔をしにきたのか……?)
だったら……!!
私は刀の柄を右手で握る。
律(こいつも殺す……!!)
憂ちゃんはそんな私の考えを見透かしたように、慌てて胸の前で両手を振った。
憂「わ、私は律さんと戦いに来たわけじゃありませんよ……!!」
憂「だからそんなに身構えないで下さい……!!」
律「じゃあ、何しに来たんだ……?」
私は刀の柄を握ったまま問う。
憂「少し……長くなりますけど説明してもいいですか?」
律「………いいよ」
憂「……3年前の話になります。私と梓ちゃんはある機関に所属していました」
憂「その機関は霊による災害や殺人を防ぐという目的のために存在しているんです」
憂「梓ちゃんは違いますけど、私は今もその機関の一員なんです」
律「……じゃあ私の邪魔をしにきたって事だよね」
憂「でっ、でも、私達は主に無差別殺害を行う霊だけを倒してるんです」
憂「だから律さんを倒しに来たわけじゃないんです……!!それに、私じゃ律さんには勝てないのはよくわかってますから……」
まぁ…、そうか。武器も持っていないし、見たところ霊力も梓以下だ。この言葉は信用してもいいだろう。
憂「梓ちゃんは私達の中では霊力の高さはトップクラスでした……」
憂「梓ちゃんの技……、霊力を刃に乗せて放つ『牙』は一撃でほとんどの悪霊を倒すことが出来ます」
憂「梓ちゃんはそれを使い、たくさんの悪霊を倒していったんです」
律(あの技は牙っていうのか。……大した事は無かったけど。)
律「ふ~ん、そうなんだ。私じゃなかったら一撃で倒せてたかもな」
憂「………!!」
どうやら憂ちゃんは私が牙を知っていることに驚いているようだ。
憂「律さん……、牙を知っているんですか?」
律「……ああ、四回も喰らったし。最後の一回は防ぐことが出来たけど」
憂「……!!牙を3回も…!!」
憂(普通、それだけ受けたら存在していることなんて出来ないはず……。しかも、牙を防げるなんて……!!)
律「それで?」
憂「牙を撃つと体には大きな負担がかかります……」
憂「しかも、梓ちゃんの体は牙を撃つにはあまりにも小さい……。体が反動に耐えられる訳がないんです」
憂「でも霊を倒すために梓ちゃんは牙を撃つしかなかったんです。」
憂「もし倒し損なってしまえば、関係のない人間が殺されてしまう」
憂「梓ちゃんはそれが許せなかったんでしょう……」
憂ちゃんは続ける。
憂「牙の使用は少しずつ、でも確実に梓ちゃんの体を蝕んでいきました」
憂「そして3年前のあの日、とうとう梓ちゃんの体に限界が訪れたんです……」
憂「その日、梓ちゃんは二人で、出現した霊と戦っていました。」
憂「私達は最小で二人、最大では五人以上で霊と戦うんです」
憂「梓ちゃんは私達の中でも霊力の高さは上位だったので、主に最小の二人一組で討伐を行っていました。」
憂「それでもほとんど梓ちゃんだけで敵を倒していたみたいですけど……」
憂「その時、梓ちゃんと戦っていた霊はかなり強かったんです」
憂「梓ちゃんはその悪霊に対して牙を放ちました」
憂「梓ちゃんも敵が強いのを重々承知していたのでしょう」
憂「………その時、梓ちゃんの体に今までの反動が返ってきました」
憂「牙は不発に終わり、梓ちゃんの脚と腕の筋肉が断裂したんです……」
憂「梓ちゃんは悪霊の攻撃によって致命傷を負い、気を失いました」
憂「そして一緒に組んでいた人間が殺されてしまったんです」
憂「唯一、幸運だったのが死んだ私達の仲間が悪霊と相討ちになった……、ということでした」
憂「だからその悪霊による被害はそれ以上広がらなかった……」
憂「私達が駆けつけた時には梓ちゃんは気を失って倒れていて、もう一人の仲間はすでにこと切れていました……」
憂「梓ちゃんはすぐさま病院に運ばれました。そして三ヶ月以上、昏睡状態になったまま目を覚まさなかったんです」
憂「目を覚ました梓ちゃんは仲間が死んだことを知りひどくショックを受けてしまった」
憂「牙の多用によって体がボロボロになり、精神にも傷を負ってしまった梓ちゃんが、これ以上機関に所属して悪霊を倒していくのは無理だと判断されました」
憂「そして、梓ちゃんは霊力を封じられ、機関をやめることになった……」
憂「これが、私が聞いた3年前の事件の全てです」
律(そうか……昨日と今日で梓の強さが違ったのは封じられていた霊力を解放したからだったのか)
律「………それで?」
憂「実は、ここまでの話でおかしな点がいくつかあるんです」
律「?」
憂「実は梓ちゃんと一緒にいた仲間はそんなに霊力が高いわけでも、戦闘に長けていたわけでも無かったんです」
憂「そんな人間が、梓ちゃんに致命傷を与えられるほどの霊を、相討ちといえど倒せるはずがない」
憂「それと、機関には霊力の発生を探知できる装置があって、私達はそれによって霊の出現を知ることが出来るんです」
憂「3年前のその日、梓ちゃんが向かった先には3つの霊力の反応がありました」
憂「梓ちゃん、梓ちゃんと一緒にいた私達の仲間、悪霊の3つです」
憂「その装置によると最初に梓ちゃんの霊力の反応が無くなり、次に梓ちゃんと一緒にいた私達の仲間の霊力の反応が無くなったそうです」
憂「その後、何故か梓ちゃんの霊力の反応が再び現れ、そして梓ちゃんと戦っていた悪霊の霊力の反応が無くなり、梓ちゃんの霊力の反応だけがその場に残ったんです」
憂「おかしいと思いませんか?梓ちゃんが致命傷を負って倒れ、その後私達の仲間と悪霊が相討ちになったのなら梓ちゃんの霊力の反応は消えず、私達の仲間と悪霊の霊力の反応が同時に消えなければならないはずなんです」
律「…………」
憂「機関はこれらの矛盾を装置の誤作動ということで処理しました」
憂「でも、その装置が誤作動を起こしたのは後にも先にもその一回だけなんです」
憂「これらのことから、私は一つの仮説を立てました」
憂「最初に梓ちゃんが悪霊に殺された」
憂「そして、次に私達の仲間が悪霊に殺され、その後、梓ちゃんが甦って悪霊を殺した」
憂「これだったら今までの矛盾にも全て説明がつきます」
律「…………!?」
憂「悪霊に殺された人間が甦って自分を殺した悪霊を殺し返した」
憂「こんな馬鹿げた事は本来ありえるはずがない」
憂「でも、私はこの仮説が正しいと思っています」
律「…………」チラッ
律は梓が倒れているべき場所に目を移した。
――――いない。
梓がいない。
律「なん……だと……!?」
律は慌てて音楽室を見渡す。
―――いた。
憂「つまり………」
梓は音楽室の奥に立っていた。
憂「梓ちゃんは一回殺したくらいじゃ死なないんですよ」
その顔に、不敵な笑みを浮かべて。
―――――。
梓(ここは……どこ?)
私はどこもかしこも真っ白な空間にいた。
梓(ここ、前にも来たことあるような……)
…………駄目だ。どうしても思いだせない。
梓(私はどうなったんだっけ……?)
梓(そうだ……確か律先輩に胸を刺されて……)
梓(ということは、ここはあの世ってことか……)
梓(私、負けちゃったんだなぁ……)
澪先輩のことを助けられなかった。
また、私のせいで人が死んでしまった。
………自分のふがいなさが嫌になる。
ここで待っていればもうすぐ律先輩と澪先輩が来てくれるはずだ。
梓(それで……いいや……)
梓(律先輩と澪先輩がいれば寂しくない……)
梓(少しすれば、唯先輩とムギ先輩も来てくれるしね)
梓「……………」
梓「……………」ポロポロ
目から涙が溢れた。
梓「うっ……うぇ……うぅ……」
梓「ごめんなさい……ごめんなさい……澪先輩……」
私は、その場で泣き続けた。
?『また、泣いているんですか』
梓「………?」
その時、後ろから声がした。
―――クルッ
私は振り返く。
梓「な……!!」
そこには、私と全く同じ姿形をした人間がいた。
梓『また、殺されちゃいましたねー』
梓『全く……あなたは私なんですから、あの程度の霊になんか負けないで欲しいものです』
どうやら、私の目の前にいる私にそっくりな人間は、私が律先輩に殺されてしまったことを怒っているらしい。
梓「だって……だってしょうがないでしょ……!!」
梓「律先輩は強かったし、私の牙も通用しなかった……」
梓「勝てるわけがなかったんだ……」
梓『……あなたの牙には無駄が多すぎるんですよ』
梓『あの撃ち方だと体に余計な負担がかかるし、本来の威力の半分も出せていない』
梓『まぁでも、それを抜きにしても田井中律にはちょっと勝てなかったかもしれませんが』
梓「……あなたは誰なの?」
梓『……今は説明している時間は無いです。それはまたの機会に』
梓『それより、秋山澪を助けたいんでしょう?田井中律を倒したいんでしょう?どうなんですか?』
私の目の前のそいつは、私に向かって問いかける。
梓「…………」
私は答える。
梓「助けたい……!!澪先輩を助けたい!!律先輩を倒したい!!」
梓『……そうですか』ニコリ
そいつは微笑みながら言った。
梓『だったら、また、あなたの体を貸りますね』
梓『私が、倒してきてあげますよ』
―――――。
梓「…………」ニタァ
殺したはずの梓が立っている。
律(甦った、だと……!?)
律(だったら……)グッ
刀の柄を強く握る。
律(何度でも殺してやる……!!)
刀を鞘から抜き、梓に斬りかかった。
律「おらぁぁっ!!」
梓「おっと」ヒョイッ
―――ブンッ!!
律の刀が空を斬る。
律「ふんっ!!」ブンッ
間髪入れずに攻撃を続ける。
キンキンキンキン!!
しかし、律の攻撃は全て梓に防がれてしまった。
律(なっ……!?)
梓「今度はこちらの番ですねっ!!」
攻守が変わる。
ガキィッ!!ガキィッ!!
律(くっ……!!攻撃が重くなってる……!!)
律(だけど、この程度なら……!!)
律「痺ッ!!」
梓「!!」ビクッ
梓の動きが一瞬止まった。
律「うらぁっ!!」
ドゴッ!!!
梓「げふっ……!!」
律の蹴りが梓の腹部に入った。
梓の体勢が崩れる。
律(………死ねっ!!)
ズバァァァァン!!
律の斬撃が梓を襲った。
梓「がっ……!!」
律「吹き飛べっ!!」
ドゴッッッッ!!
律が梓を蹴り飛ばす。
ダァァァァァン!!!
蹴り飛ばされた梓が宙を舞い、壁に叩きつけられた。
律(……なんだ、弱いじゃないか)
律(これなら……次の一撃で殺せる……!!)
梓が立ち上がった。
梓「ふぅ……さすが、といったところですね」パンパン
制服の汚れを払いながら梓が言った。
律「な……!?」
律(今ので……ダメージを受けていない……!?)
梓「でももう……終わりです」
次の瞬間――――。
バァァァァン!!!
かつてないほどの衝撃が律を襲った。
律「ぐはぁっ……!!!」
律(これは……牙……!?でも…威力が全然……違……!!)
律(しかも、モーション無しで……!!)
膝から下の力が抜ける。
律(やばいっ……!!)ドンッ!!
刀を杖のようにして倒れるのを防いだ。
律(踏ん張れっ……!!)
―――ダンッッ!!
梓が私に向かって瞬時に移動してくる。
律(くっ……!!)
梓が下から斬り上げてきた。
律(防がなきゃ……!!)
力を振り絞って梓の攻撃をガードする。
ガキィィィィィ!!!
律の刀が手から抜け、宙に舞った。
律「しまっ……!!」
そして―――。
―――ドシュッッ!!!
律の体を、梓の刀が貫いた。
律「あっ……あぁっ……」
自分の腹に刀が突き刺さっている。
―――ズブッ
―――バタンッ
梓が刀を引き抜いた瞬間、よろめきながら律はその場に倒れた。
律「う……あ……あぁ……」
律「い…た……い……い…た……い……よぉ……」
あまりの痛みに立ち上がることが出来ない。
自分の刀も無くなってしまった。
梓に、消される……!!
その時、澪のことが頭の中をよぎった。
律「み……お……澪っ……!!」ズリッズリッ
澪の元に這って近づく。
梓「その様子じゃ、術式も使えませんね。あれはある程度の集中力が必要ですから」
梓が何か言っている。だけど私には澪しか見えなかった。
律「い……や…だ……み……お……」
澪と……離れ離れになりたくない……。もう……一人は嫌だ……よ……。
―――ザシュッッ!!!
律「いぎっ……!!」
自分の右ふくらはぎに激痛が走った。
見ると梓が刀を突き刺している。
梓「往生際が悪いですね……」
それでも、澪の元に行こうとする。
律「うっ……いや……だっ……」ズルッズルッ
梓「やれやれ……」
梓に制服の襟を掴まれ、強い力で仰向けにされた。
律「あ……う……」
―――スッ
梓が私の首に剣先を向けた。
梓「もう……消えろよ」
律「…………!!」
必死に声を絞り出す。
律「や…め……て……ま…だ……消え…たくない……」
律「ひ……と…りは……い……や…澪と……一緒……に……」
――――黙れ。
律「………?」
梓「黙れ、悪霊」
律「………!!」
梓の、はっきりと私を拒絶する言葉。
―――ズンッ
そして、私の首を梓の刀が貫いた。
憂(………!!)
私はただただ、驚いていた。
私達にしか使えないはずの術式を使った律さん。
さっき使った相手の動きを止める『痺』は上級の術式に区分されていて、私の所属している機関の支部のメンバーに使える人間はいない。
日本全国を探しても使える人間は数えるくらいしかいないだろう。
そして、そんな律さんをあっという間に倒した梓ちゃん。
いや……あれは本当に梓ちゃんなのか……?
律さんが消え、梓ちゃんが私の存在に気付いた。
そして私に話しかける。
梓「確か、平沢さんですよね?」
違う。この人は梓ちゃんじゃない。
憂「あなたは……誰……?」
梓「誰って……、中野梓ですよ。知っているでしょう?」
憂「嘘……!!あなたは梓ちゃんじゃない……!!」
梓「あぁ……うーん、えっーと……」
梓「簡単に言うとあなたが知っている中野梓は表の私。」
梓「それで今の私は裏の私。この説明で大丈夫ですか?」
憂「………!?」
表の梓ちゃんに裏の梓ちゃん……?
一つの体に二つの人格……?
そんなことがあり得るのか?
梓「そんなことより……」
―――スッ
梓ちゃんが刀を私の心臓につきつけた。
梓「私の存在を知ってしまった奴は全員殺すことにしてるんですが」
―――ゾクゥッ!!
憂(な………!!)
その瞬間、私は死を覚悟した。
今まで感じた事のない恐怖。
私は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
梓「…………」
梓ちゃんが何の感情も込もっていない目で私を見ている。
憂(殺……され…る……)ガクガク
梓「……なんて、冗談ですよ、冗談」
張りつめていた空気が緩む。
憂「え………?」
梓「私の存在を知ってしまった奴は全員殺すことにしているというのは本当ですが」
梓「表の私の友達を殺したりはしませんよ」
憂(……よかった)
ほっと胸を撫で下ろす。
梓「それにあなたには感謝してますから」
憂「感謝……?」
梓「私の霊力を封じていた術式を解いてくれたのはあなたでしょう?」
梓「あのまま封じられていたら、私は出てこれませんでしたから」
憂「……何故?」
梓「表の私に霊力が生まれたのと同時に、今の私が生まれたんです」
梓「だからなんでしょうか、霊力を封じられていると私は出てこれなくなるんです」
梓「表の私が霊力を封じられたまま田井中律と戦った時は焦りました」
梓「もし、昨日私が殺されていたらそのまま死んでいましたからね」
梓「私は、表の私が死んだ時、正確には限りなく死に近づいた時に出てくることが出来るんです」
憂(………そうだったんだ)
梓「あなたがさっき田井中律に話した仮説は大体合ってますよ」
憂「梓ちゃんは?私の知っている梓ちゃんは今どうなっているの?」
梓「あ、表の私はちゃんと生きていますから安心してください」
梓「3年前の時は回復に3ヶ月近くかかりましたが、今回は2日くらいで目覚めると思いますから」
梓「それじゃあこれからもよろしくお願いしますね」
梓「表の私は機関に復帰するらしいので」
憂「梓ちゃんは3年前、牙の撃ちすぎで体を壊した………それは大丈夫なの……?」
梓「その点は大丈夫です。腕も脚も以前の状態に戻りましたし、これからは牙を撃つときは私が中から力を貸しますから」
梓「これを3年前にもやっておけばよかったんですけどね。まぁ……私のミスでした」
梓「まさかあれくらいで駄目になるとは思ってませんでしたから」
梓「じゃあ、私はそろそろ消えます。後のこと、任せますね」
そう言って、梓ちゃんはソファーに歩いていった。
梓「あ、私のことは内緒にしておいてくださいね」
梓「表の私は今の私のことを知りませんから」
梓「だから、田井中律を倒したのはあなたってことにしておいてもらえます?」
憂「……分かりました」
梓「……あなたとはまた会えるかもしれませんね」
そう言って梓ちゃんはソファーに座り目を閉じた。
私は、そのあとすぐに機関に連絡をし、梓ちゃんは機関直属の病院に運ばれていった。
音楽室には私と澪さんだけがいた。
憂「澪さん、起きてください」ユサユサ
澪「ん……あれ?憂ちゃん?ここは……」
憂「音楽室ですよ。澪さんが入っていくのが見えたのでちょっと覗いてみたんです」
澪「なんで私、こんなところに……」
澪「ダメだ、思い出せない……」
憂「……もう下校時間です。帰りませんか?」
澪「ああ……」
憂が音楽室のドアノブに手をかけた。
澪「……なぁ憂ちゃん」
憂「なんですか?」
澪「こんなこと、憂ちゃんに言うのもおかしいけど」
澪「私、夢を見てたんだ……律の夢」
憂「…………」
澪「律が私のことを呼びに来て、私は律と一緒に行こうとするんだけど梓が私の腕にしがみついて止めるんだ」
澪「行かないで、澪先輩、って」
澪「なんだったのかな……?」
憂「……気にすることはないですよ」
澪「え?」
憂「それは、ただの夢ですから」ニコッ
―――パチッ
ここは、どこだ……?
辺りを見渡す。どうやら病室のようだ。
憂「梓ちゃん……!!よかった、目が覚めたんだね……!!」
梓「憂……?」
梓(私はなんでここに……?)
そして、全てを思い出す。
梓「澪先輩……!!澪先輩はどうなったの!?律先輩、律先輩は!?」
憂「梓ちゃん、落ち着いて。澪さんはちゃんと生きてるよ」
梓「……ホントに?」
憂「うん。律さんは私が倒したからもう大丈夫だよ」
梓「私はなんで生きてるの……?確か、律先輩に殺されたはずじゃ……」
憂「梓ちゃん、律さんに胸を刺されたんだよね?それが運良く、急所を外れてたみたい」
梓「憂はどうやって律先輩を倒したの?」
憂「梓ちゃんが律さんに牙を何発を当てたでしょ?それで律さんはだいぶ体力を削られた」
憂「だから、私が倒すことが出来たんだよ」
梓「そうだったんだ……」
少し、律先輩と戦った時の記憶が曖昧だった。
でも憂が言うのであればその通りなのだろう。
憂「今、先生よんでくるね」
憂「お姉ちゃん達、梓ちゃんのこととても心配してたから、お姉ちゃん達にも連絡してくる」
憂「お姉ちゃん達には梓ちゃんは精神的ストレスとか疲れが溜まって入院したってことで話してあるから」
梓「うん」
そう言って憂は病室を出ていった。
梓「そうか……澪先輩は無事なんだ……」
梓「よかった……本当によかった……」ポロポロ
そして、私は病室で泣いた。
病室には唯先輩、澪先輩、ムギ先輩がすぐに来てくれた。
唯先輩は私にいきなり抱きついて私の名前を呼びながら泣き出してしまった。
澪先輩とムギ先輩もその光景を見て目に涙を浮かべながら笑っている。
そして、私もそんな澪先輩をみて……また、泣いてしまった。
―――その後のことを少し語ろう。
私が病院を退院してから数日後、澪先輩達が音楽室に来てくれた。
今まで待たせてごめん。私達、もう大丈夫だから。
音楽室にきて、澪先輩はそう言ってくれた。
そして、私達は学祭に向けて毎日遅くまで練習をしていた。
学祭を成功させて、天国にいる律に私達の歌を届けよう。それが私達が出来る唯一のことだ。
これも澪先輩が言ってくれた言葉だ。
そして、私達は今、四人で駅のホームにいる。
律先輩のお墓参りに行った帰りだ。
カナカナカナ………
ひぐらしが鳴いている。
梓(夏も、もうそろそろ終りだな……)
その時、ふと私の携帯が鳴った。
梓(誰からだろう……?)
携帯の画面を見る。
梓(通知不可能?)
携帯電話の画面に写った通知不可能の五文字。
私は先輩達から離れて、ホームの端に移動した。
そして電話に出る。
梓「もしもし……?」
?「もしも~し!!梓、私が誰だか分かる?」
この声は……!!
分からないはずがない。
忘れるはずがない。
だって、この声はついこの間まで毎日聞いていた声だ。
梓「律……先輩……?」
律「そう、当ったり~~!!」
そんな……バカな……!!
もういなくなったはずじゃ……!!
梓「律先輩……なんで……」
律「いや~いろいろあってまたこっちに戻って来ちゃった♪」
梓「なんで……戻ってきたんですか……?」
律「決まってるだろ?澪をこっちの世界に連れてくるためだよ」
梓「!!」
律先輩は続ける。
律「前は梓に邪魔されちゃったからな~」
律「でも……」
途端に律先輩の声色が変わった。
律「でも、今度は負けない」
律「必ず、澪を連れていく」
梓「………!!」
私は声を張り上げた。
梓「律先輩……!!今、今どこにいるんですか!?」
梓「隠れてないで、姿を見せたらどうです!?」
律「……隠れる?何言ってんだ梓」
律「私はちゃーんと梓の目の前にいるよ」
梓「!?」バッ
私は顔を上げて前をみる。
………いた。
線路を挟んで反対側。
向かいのホームに律先輩はいた。
あのカチューシャ、あの服装。
あれは間違いなく律先輩だ。
梓「…………!!」
私はあまりの事に言葉を失った。
戻ってきた……。律先輩が黄泉返ってきた。
一度消された悪霊が黄泉返る。そんなこと、あり得るのか……?
アナウンス「間もなく、一番線を快速列車が通過します。危険ですので白線の内側にお下がり下さい。」
場内にアナウンスが流れた。
律「じゃあそういうことだから。またな~♪」
梓「待っ……!!」
ゴォォォーーー!!!!
私の目の前を列車が通り過ぎる。
梓「…………」
向かいのホームに律先輩はもういなかった。
ツーッ、ツーッ、ツーッ……
私はすでに通話が切れた携帯電話を持ってその場に立ち尽くしていた。
そして、呟く。
梓「まだ、終わりじゃない……」
完
161 : 以下、名... - 2010/08/08(日) 13:02:08.20 vyghJhPTO 149/149
これで終わりです。こんな稚拙な文章を読んでくれてありがとうございました。