比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【1】
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【2】


201 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:32:23.44 NSPCnO+e0 178/531

【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart31

12 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 08:43,34 ID:rTgs56W3
にこにーのライブマジで良かった。喉からCD音源って本当なんだな

18 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 09:25,98 ID:Hd4EagHk
  まあまだ水瀬伊織の下位互換感は否めないけどな。346はまだまだよ

21 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 09:55,62 ID:GhR4GklR
>>18 こいつ水瀬伊織じゃね?

25 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 10:42,11 ID:lrS34mok
  それにしてもバックのニュージェネレーションズもかなり良かったんじゃね??
  あの子らって雑誌とかラジオのゲストとか地方ローカルTVのゲストとかばっかりで
  まだ全然大きな仕事してないよね??きてるきてるきてるよこれは

33 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 11:46,89 ID:KlFr98T5
素人だからわからんけどダンスも歌も良かったよね。やっぱり才能ある奴はちげーな
  4月デビューだしそんなに練習してないだろうにあれとかな。やっぱ才能はいいっすね~

38 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 12:22,91 ID:Dkim54Ws
  来週の346チャンネルはニュージェネ特集に決まったらしいな。録画不可避
  なんにせよこれでニュージェネの人気高まったのは確定的に明らか。
  グラビアはよ。しまむーのケツ供給が足りてないぞ。

55 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/28(水) 02:14,07 ID:kLpo34Sd
  これで来月からのLIVEバトルの楽しみも増えるよね~! 8月から新人解禁っしょ?
  海未ちゃん推しだったけど最近アレだし渋谷凛に夢中になりそう。正統派美人だよな~
  対戦発表が近い。今から楽しみで禿げあがりそうだわ

58 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/28(水) 06:09,01 ID:KeDs4E2W
夏に備えよう。――いくぞアイドル板。金の貯蔵は十分か?


202 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:35:35.42 NSPCnO+e0 179/531

<七月初頭、昼。クールプロダクション事務所>

八幡「暑い……クールビズとか焼け石に水だろってくらい暑い……」カタカタ

絵里「ダメよ……ウチはエアコンの温度は二六度って決まってるんだから……」カチッ、カチッ

八幡「金持ってんのにケチだなうちの会社は……」

絵里「ケチだからお金持ってるんじゃない?」

八幡「はぁ……。よし、一段落」ッターン

絵里「んーっ。私も」ノビー

八幡(あぁ薄着なのにそんなことしちゃ駄目! 目が! 目がダイソンしちゃう! すごく……ボッカチオです……)


絵里「……! ちょ、ちょっと! どこ見てるのよ!」

八幡「え、あ、その、さーせん」

絵里「ごめんで済んだら警察はいらないの!」

八幡「誠意を見せたら許してくれるってかーちゃんが言ってました」

絵里「その台詞のどこに誠意があるのかしら……?」

絵里「……はぁ、まあいいわ。油断してた私も悪いしね」

八幡「あのいや本当にすみません昼食奢るんで勘弁してください」

絵里「ふふふっ、よーし。じゃあ一休みのランチで許してあげる」

「こんにちはー……。あれ、プロデューサー、なんで机で土下座してるの?」

八幡「いやこれにはマリアナくらい深い理由があってだな」

絵里「ふーん? 実はさっきねー」

八幡「すいません! ほんとすいません! 渋谷にバレると絶対めんどくさいんでやめてください!」

絵里「えー。どうしよっかなー、うふふ」

「ちょっと。めんどくさいってどういうことなのっ」

八幡「そういうとこだよ……」



<数時間後、キュートプロダクション事務所>

「こんにちは、渋谷ですけど」

ちひろ「あっ、凛ちゃん! この間のライブ、とっても良かったですよ!」

「ありがとう。ちひろさんに褒められると嬉しいな」

ちひろ「雪乃ちゃんに会いにきたんでしょう? ちょっと待っててね、今少し出てるから」

「うん。発表があるんだけど、できたら企画主任の雪ノ下に直接聞いて来いってプロデューサーが」

ちひろ「ああ、そういえば今日は解禁日でしたね。わたしも楽しみになってきたな~!」

「? ボジョレーはまだだよ?」

ちひろ「……誰かにわたしが酒豪って言われました?」

「ううん。この前の歓迎会の時にそうなのかなって思っただけ。顔色全く変わってなかったしね」

ちひろ「鋭い。……凛ちゃんも、勝手に傷つくことがないといいね」

「?」

ちひろ「ふふっ、ごめんなさい。お茶を出しますから応接室にいてくださいね」



203 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:37:23.78 NSPCnO+e0 180/531


(やっぱりここの紅茶は美味しいな。雪ノ下さん、どこで買ってるんだろう)

みく「プロデューサー? ここにいるのかにゃー?」ガチャッ

みく「……あ」

「前川さん。お邪魔してるよ」

みく「……渋谷、凛」

(……まただ。愛くるしい猫のイメージと全然似つかないこの目線)

みく「にゃっはは! いらっしゃい! 存分にくつろいでいくといいにゃ」

「あ、うん」

(自意識過剰なのかな。目から何かを感じるなんて。……でも、視線に見えない力があるのは嘘じゃないもんね。最近痛いほど実感してるし)

「そう言えば。猫耳、事務所でもつけてるんだね」

みく「そうだよー。可愛いしね! 凛チャンは猫、好き?」

「うん、嫌いじゃないよ。家では犬を飼ってるけどね」

みく「じゃあ、凛チャンは犬派なんだ?」

「そうかも。最近プロデューサーに犬っぽいとか言われたりもしたね」

みく「へぇ……」


みく「……この前のライブ、良かったにゃ」

「本当? ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」

みく「にこちゃんってやっぱり流石だにゃ。可愛いのに熱さが両立してるライブって言うのかな。みくもいつかああいうライブをしたい」

「そうだね。今度はバックじゃなくて、自分たちの名前で人を呼べるように……」

みく「ニュージェネレーションズで?」

「うん。一つの目標かな」

みく「みく、ライブのときずっと凛チャンたち見てたよ! 初舞台とは思えなかったにゃ!」

「ふふっ、ありがと」



みく「――でも、みんなに自分が劣ってるとも思わないにゃ」



「!」

みく「……負けない。誰にも負けないよ」


204 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:39:06.75 NSPCnO+e0 181/531



雪乃「ごめんなさい渋谷さん。待たせてしまったわね」

「いえ。雪ノ下さん、仕事の時は雰囲気変わるね」

雪乃「そうかしら。特に姿勢などが悪いつもりはないのだけれど……」

「あ、違います。そういう意味じゃなくって、髪縛ってるし、眼鏡かけてるし」

雪乃「……比企谷くんには言わないでね」

「え、なんで?」

雪乃「内緒。それより前川さんを見なかったかしら? まったく、今日正式に通知すると言ったのに」

「さっきまでここにいたけど、レッスンに行っちゃった」

雪乃「そう、ありがとう。彼女には後から連絡ね。……渋谷さん、改めてライブお疲れ様。とても完成度の高い公演だったわ」

「うん……ありがとう、ございます……」

雪乃「? どうかした?」

「何も」

雪乃「そう? では話を続けるわね。初めてのライブはどうだった?」

「最高でした。何度でもやりたいって、そう思います」

雪乃「そう。ならば朗報と言うことになるのかしら」


雪乃「渋谷凛さん。あなたには八月のライブバトル新人戦に出てもらいます」

「! じゃあ、まさか相手って」

雪乃「……いい舞台を期待しているわ」



みく「渋谷凛。……相手にとって不足なし、にゃ」

みく(……勝負や、噛ませ犬)


205 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:40:41.77 NSPCnO+e0 182/531

<翌日、パッションプロダクション事務所>

美嘉「イチ抜け~★」

莉嘉「わっ、お姉ちゃん早い!」

未央「さすがカリスマッ、一番最初から四枚とかズルだよー!」

海未「むむむ……」

戸塚「ふふ、多分園田さんがジョーカー持ってるよ」

海未「どうしてわかるんですかっ!?」

戸塚「今園田さんが教えてくれた~」

美嘉「海未さん、わかりやすすぎ……」

未央「さいちゃんも結構いじわるだよね。はい次莉嘉ちゃん!」

莉嘉「えいっ! ……やたっ! 次でアガリー☆」

戸塚「ありゃりゃ、やっぱり姉妹だね」

海未「さあ未央! 引くのですっ」

未央「これかな? これかなー? それとも?」

海未「……!」パアァアア!

未央「あ、これがダメなやつだ! ちゃんみおドロー! よーし、あと一枚!」

海未「なあぁあ!? どうしてみんな私の手札がわかるのですか!?」

戸塚「いやいや、みんな運がいいんだよっ」ニコニコ

海未「むむむ……!」

美嘉(最初止めに来たのに結局海未さんが一番ノリノリじゃん……)



美嘉「おっ、海未ちゃん二枚でプロデューサーが一枚だ!」

莉嘉「ケッセンだねー!」

未央「さいちゃんの雌雄決する!」

戸塚「えへへ、いくよー?」

海未「来なさいっ!!」

戸塚「こっちかな?」

海未「はぁ……!」パアアァアアア!

戸塚「こっちかなあ?」

海未「えっ……」ズウゥウウウン

莉嘉(あちゃー……)

未央(口で言うよりバレバレだよぉ……)



戸塚「……ふふっ、じゃあこっちにしとくよ」スッ

美嘉「!」

莉嘉「えー!?」

海未「やったっ! ふふふっ、いい気味ですっ!」

戸塚「ありゃりゃ、ジョーカーだったか」ニコニコ



美嘉「ちょっとちょっと、八百長じゃないのアレ」ヒソヒソ
莉嘉「バレバレだったのにねー。やさしさかなー」ヒソヒソ
未央「いや……多分違うと思う……」


206 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:42:37.23 NSPCnO+e0 183/531


戸塚「はい、じゃあ選んでよ園田さん」

海未「勝たせてもらいますよっ。……こっちですか?」

戸塚「へえー」ニコニコ

海未「うっ……、こ、こっちでしょう?」

戸塚「かもねー」ニコニコ



未央「奴は遊ぶ気なんだよっ!」

美嘉「すごい、どっち持ってるか全然わかんない……」

莉嘉「ぽーかーふぇいす☆?」

未央「ババ抜きだけどねー」



海未「ううう……! わ、笑ってますけど実はこっちなんでしょう!?」

戸塚「あっ……」ピクッ

海未「! 力が入りました! こっちですっ!!」ピッ

戸塚「そっちはジョーカーだったのになー」ニコニコ

海未「うわああああああああ!?!?!?」

戸塚「ぼくの番~、こっちこっち」ピッ

海未「ああああああっ!?!?」

戸塚「あーがりっ、イエーイ」

莉嘉「いえーい!☆」パンッ!

海未「どうして……どうして勝てないのですかっ!?」バキッ

戸塚「よーし、お仕事しようっと」

海未「待ってください! もう一戦! もう一戦だけっ!」

戸塚「ええー? もう何回もやったじゃない」

海未「そこをなんとか! 収録までもう少しだけ時間はありますからっ!」

戸塚「頼み方に誠意を感じないよねー」ニコニコ

海未「ううぅ……! もう一戦だけお願い致しますこの通りですっ」

戸塚「はい、キュートプロの戸塚です。お疲れ様です、お世話になっております……」ピッ

海未「ちょっとー!?」



美嘉「意地悪だ……」

莉嘉「えー? でもさいちゃん、アタシたちにめっちゃ優しいじゃん☆」

未央「んんー? もしかしてそういうことなのかな?」

美嘉「? 何が?」

未央「……美嘉ねぇ、自称恋愛マスターなのに」

美嘉「自称って言わないでよ!?」


207 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:48:44.37 NSPCnO+e0 184/531

<パッションプロ、移動中車内>

海未「どうして私がバラエティ番組に呼ばれるんでしょうか? 一応かっこいい寄りの曲を歌うことが多いはずですのに……」

戸塚「知らぬが仏って言うじゃない?」

海未「はあ……?」

戸塚「それより来月の対戦表出たよ。もう見たかな?」

海未「いえ、まだです」

戸塚「ぼくの鞄の青いファイルの一番上にあるから見ていいよ。毎年恒例、新人戦は346同士の個人戦だから」

海未「新人戦、ですか」ピラッ



会場:千葉マリーナスタジアム
エントリーするプロダクション:346各プロダクション、876プロダクション、スターライトプロモーション、大村事務所、ひろしエージェンシー
出場者及びユニット:対戦組み合わせ
    渋谷 凛―前川 みく
    島村 卯月―園田 海未
    本田 未央―高坂 穂乃果
    日高 愛―春日 未来
    双葉 杏―城ヶ崎 美嘉
    インディヴィジュアルズ―ニューウェーブ
    新幹少女―魔王エンジェル   次項に続く



海未「新人戦の相手に穂乃果が出るのですか!?」

戸塚「本人の要望なんだってさ。困ったなあ、今の未央ちゃんじゃ逆立ちしたって勝てないよ」

海未「……未央ちゃん?」

戸塚「あ、目敏い。この前から名前で呼んでーって言われちゃってそうしてるんだ」

海未「……そうですかっ」

戸塚「八幡のところは前川さんとかあ。今からすごく楽しみだな」

海未「後で映像にて拝見しましたが、ニュージェネレーションズは素晴らしいですね。少なくとも私がスクールアイドルを初めた時、あれほど練度の高いステージを創り上げることはできませんでした」

戸塚「そうだねー! ああいうのを見ると、この仕事できて本当に良かったなって感じるよ」

海未「……私の時でも、そう思ってくれますか?」

戸塚「当たり前じゃない。君が一番だよ」

海未「っ……またそんな心にもないことを言って!」

戸塚「ええー? ぼく、園田さんには嘘ついたことないよ?」

海未「こ、こっちを見ないでくださいっ! 安全運転!」

戸塚「あははっ、はいはい」ニコニコ

海未(気に入りません気に入りませんっ! こちらはいつも赤面してばかりなのにこの人ときたらっ)



208 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:51:00.30 NSPCnO+e0 185/531


戸塚「さて。八月もよろしくね? 雪ノ下さんには悪いけど、容赦なく倒してしまおうよ」

海未「……はい。普段通り、やれることは尽くします」

戸塚「……終わったら、どこか一緒に行こうか。未央ちゃんだけは不公平だよね」

海未「えっ? いえ、そんな! 戸塚くんは忙しいのですから、私などに時間を費やさず休むべきです!」

戸塚「ぼくが行きたいんだ。だめかな?」ニコニコ

海未「うっ」

戸塚「おねがぁい!」

海未「……はぁ。わかりました。全く、戸塚くんはズルいです」

戸塚「わーい、ありがとう! じゃ、どこがいい?」

海未「そうですね。……テニス、ではどうでしょうか」


戸塚「……え? テニス?」

海未「比企谷くんとは行ったのでしょう? 私とは行けませんか?」

戸塚「……わかった、いいよ」

海未「あっ、なんですかその反応は。言っておきますが、私、結構スポーツは何でもできるんですよ? あれから少し練習もしました!」

戸塚「あはは、知ってるってば。……園田さんとは、久しぶりだね」

海未「リベンジです! 負けっぱなしは嫌なので!」

戸塚「ふふ、ババ抜きも練習した方がいいよ」

海未「余計なお世話ですっ。……あ、到着しましたね。それでは」

戸塚「待って。連盟の戦績表が更新されたから渡しておくよ」

海未「……いりません。捨てておいてください」バタン


戸塚「……ぼくだっていらないし、見たくないよ、こんなの……」




全日本アイドル連盟 識別番号3209
園田 海未(そのだ うみ) Rank:C
今年度LIVEバトル通算成績 7戦 0勝 7敗 0分



209 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:54:41.74 NSPCnO+e0 186/531

<数日後、夜。クールプロダクション事務所>

「~♪」

絵里「上がるわね。お先に。あ、あと明日私は本社に行く用事があるから午後から来るわ」

八幡「了解っす。お疲れ様でした」カタカタ

アーニャ「あ、エリ。私も、いっしょしていいですか?」

絵里「勿論。それじゃね」バタン


八幡「……」カタカタカタ

「~♪」

八幡「……おい」

「~♪」

八幡「おいって」

「……ん? あ、何?」

八幡「お前、イヤホンしてる上にヘッドホンって意味わかんねぇことしながらベースしてんのな」

「あ、これ? この小さいプラグがアンプになってるからその音をイヤホンで流して、原曲をヘッドホンで聞いてるの」

八幡「器用なことしてんな。それよりいいのか、明日も学校だろ。こんなとこで遅くまでベース弾いてていいのか」

「明日から学校ないよ。テストも終わって、夏休み」

八幡「な、つやす…み……?」

「そ。三年生だから宿題もないしね」

八幡「……俺も夏休み取っていい?」

「ふふっ、絵里さんに聞いてみなよ」

八幡「言える訳ねぇだろ。大体俺ももうすぐ夏休みだしなんなら人生の夏休みなのになんで働いてるんだろうな。意味わかんねぇ」

「まあそう言わない。アイドルと過ごせる夏なんてなかなかないじゃん」

八幡「そう思い込んどくか……。にしても、ライブバトルね……」

「イマイチよくわからないんだけど、ライブバトルって普通のライブとどう違うの?」

八幡「やることは普通のライブと変わらんが、その名の通り勝ち負けが決まる。アイドルのパフォーマンスに対して審査員のポイント、観客のポイント、視聴者のポイントで得点を合算。数字の大きいほうが勝ちだ」

「視聴者?」

八幡「インターネットでな、月額数百円で加入者はライブの中継を家に居ながら見ることができる。今はクリック一つで投票できちまう時代だからな。こいつがアイドルのプロ野球版みたいな感じで爆発的な人気らしい」

「なるほどね」

八幡「対戦方法は様々だ。連盟が指示したその月の課題曲を対戦者同士が一回ずつやったりだとか、一番を一人が歌ってもう一人はバックでコーラスとダンス、二番になったら交代とかな。あとは選曲も完全自由で先攻後攻を分けるだけとかもある。この方式の時は審査に曲の有利不利ができるだけ響かねぇように、似た系統の曲で戦う不文律がある」

「へえ……。ライブをする曲はなんでもいいの?」

八幡「アイドル連盟に登録されてる曲だったらな。うちの会社の曲は全部登録されてるし、なんなら知名度があるからμ'sの曲だって全部入ってるぞ」

「そうなんだ! またいつかSTART:DASH!とかやりたいな」


八幡「ただ……暗黙のルール? みたいなもんがあるらしい」


210 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 17:59:40.13 NSPCnO+e0 187/531


「? なにそれ」

八幡「765プロの曲を使わないこと、だとよ」

「……難しいから?」

八幡「違う。本家があまりにも上手すぎるんだ。やるからには相応の実力がないと、粗が目立ちすぎてポイントが得られない」

「うーん、でも逆に実力があればやっていいんじゃない? みんな知ってるからノリやすいだろうし」

八幡「……問題はそれだけじゃねぇんだよ。ライブバトルには二つルールがあってな」

八幡「ひとつ。自分、もしくは自分が所属するユニットの持ち曲をライブバトルでカバーされた場合、曲の持ち主はカバーされたアイドルに対戦を申し込む権利を得られる」

「うわ、それじゃ本物が出てくるかもしれないんだ。たしかにあそこが出てくると圧倒的に負けそうだね……。でも、対戦断ればいいんじゃない?」

八幡「そこでもう一つのルールだ。ライブバトルは基本、事務所がアイドルから対戦したい相手の希望を聞いて連盟に提出する。人気のあるアイドルなんかと共演したがるやつは多いから、ランクが上のアイドルは対戦を受けるかどうか自由に決められる。あ、新譜出すときとかは下からの願いでもランクがそんなに離れてなけりゃ絶対に希望が通るっていう例外ルールがあるがな。ビジネスだから。まぁ、ビジネスゆえに新譜で負けちゃったらマイナスプロモーショ
ンになるから、あんまりやる所は多くないんだが。……話が逸れた。これは覚えなくていい」


八幡「ところがだ。もし逆に、ランクが上のアイドルが下のアイドルに対戦を希望した場合、対戦を断ることはできねぇんだ」

「それじゃあ……」

八幡「そうだ。カバーしたら最後、765との正面衝突は逃れられない仕組みになってる」

八幡「俺は765のことをよく知らんから絵里さんからの受け売りになっちまうが、基本765は対戦権を得たら絶対に行使してくるらしい。それで相手をフルボッコだ」

「それ、ちょっと悪質じゃない?」

八幡「これも受け売りだが、彼女たちに悪意はないらしい。全員が全員、向上心の針が振り切れてるから向かってくる相手を心から歓迎するんだと。それに、一本でも多くライブをやりたいらしい」

八幡「強すぎるから、誰もライブバトルを彼女たちに申し込んでこない。逆に彼女たちがライブを申し込んでも、受け手は圧倒的に負けるのがわかっているから本気でやらない。怪我してますとか言うんだ。そうすれば負ける側に言い訳が立つからな」

「強すぎるが故の悩み……ってやつ? なんだか、少年漫画みたい」

八幡「獅子博兎を体現してる集団だからな。ある意味本気でタチが悪い」

「ふーん……。じゃあ、やっぱり現状のトップアイドルは765なんだ?」

八幡「そうだ。もし万が一、765プロにライブバトルで勝つアイドルがいたなら」

八幡「正真正銘、そいつがトップアイドルだな」

「……ふーん」

八幡「ま、お前はその前に目の前の相手に集中した方がいいぞ」

「あ、そうだ。この前ね、喧嘩売られたんだ。前川さんに」

八幡「やっぱお前ら仲悪いだろ……」

「私は嫌いじゃないよ? ただ、まだ自分の敵じゃないみたいなことを言われちゃった」

八幡「……そう言われてどんな気分だ?」

「そこまで本気になってくれるとアイドル冥利に尽きるかな」

「――ぜったい、負けない」


211 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:01:42.50 NSPCnO+e0 188/531

<翌日、養成所レッスン室103>

八幡「準備できたか? 失礼のないようにな」

「うん。でも、たった二曲だけなのに作曲家さんに挨拶するんだね」

八幡「……ま、布石ってやつだ」

「?」

――こんこん。がちゃっ。

???「お待たせしちゃって申し訳ありません。ちょっと講義が長引いちゃって」



真姫「作曲家の、西木野真姫よ。よろしくね」



八幡「プロデューサーの比企谷八幡です」

「アイドルの渋谷凛です」

真姫「二人ともよく知ってるわ。比企谷さんは凛や絵里からよく話を聞くし、渋谷さんは生で見たしね。いいステージだったわ」

「え? 見てくれたんですか、ありがとうございます!」

八幡「と、いうことは西木野さんもあいつらの?」

真姫「ええ、μ'sの一員。ちなみにμ'sの作曲は全て私が担当しているわ」

「START:DASH、すごく好きです。歌わせてもらって本当にうれしかったです」

真姫「そう言ってもらえると嬉しいわ。……あ、でも、また私の曲でいいの?」

「はい。私を大きな舞台で助けてくれたのがにこさんだから、それを返せるような曲がやりたいんです」

「何より、私、西木野さんの曲、好きだから」

真姫「……そ。好きにするといいわ」プイッ



八幡「なんか態度悪くないか?」
「死んでもプロデューサーには言われたくないだろうしあれはただテレてるんだよ」
八幡「どうしてわかる」
「似たようなのを散々見てるから」



八幡「――よし、堅苦しいほうの話は終わったんであとはお願いします」

真姫「了解よ。ピアノを使ってもいいかしら」

八幡「はい。じゃ、外に出てるんで」

「? さっきから何を言って――あ、プロデューサー!」


――ばたん。


212 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:03:39.93 NSPCnO+e0 189/531


真姫「さて、唐突だけどあなたの実力を試させてもらうわ。START:DASHはまだ歌える?」

「え、あ、はいっ、もちろん」

真姫「それじゃ、発声をしたら歌ってもらうわ。ピアノを弾いてあげるからそれに合わせてね」
真姫「いい? いくわよ――」



真姫「――うん。いいじゃない。あなたの音域はわかったわ。hiDあたりになると少し力が入るわね。難しいかもしれないけれど、高い音を出すときほど脱力を意識するといいわ」

「はいっ」

(西木野さん、ピアノだけじゃなくて歌がものすごく上手……。こんな上手な人、楓さんと如月千早以外で初めて見た)  

真姫「あなたの声は、いいわね。意志の強さを感じるわ」

「そんな。西木野さんに比べたら全然ですよ」

真姫「……敬語をやめてくれるかしら。苦手なの。真姫でいいわ」

「わかりま……わかった。真姫さん」

真姫「そう、それでいいの」クスッ

(あ、この人、こんな風に笑うんだ)


真姫「あなたはどんなアイドルになりたいの?」

「うーん。実は、誰かに憧れてこの世界に入ったわけじゃないから、誰みたいになりたいとかそういうのはないんだ。あ、でも海未さんみたいに黙々と出来る人にはなりたいかも」

真姫「そう。誰の背中も見てないというのはある意味長所になるし、いいんじゃないかしら」

「そうなんだ。でも、難しいことはわからないんだけど、この前のライブをして思ったんだ」

「ライブをもっとしたい。誰にも負けないくらいすごいライブをやりたい。来た人がドキドキして、熱を忘れられないようなライブをする、そんなアイドルになりたいな」

「私、今まで時間を無駄にしてたなって思うから。これから少しでも取り戻せたらいいなぁ……。何だか、ぐちゃぐちゃな答えになっちゃったね」

真姫「……そう。あなたが少しわかったわ」

(そう言うと真姫さんは薄く笑って、細い指を鍵盤の上に走らせた)

(聞いたことはないけれど、私好みで力強さを感じる音の旋律だった)

真姫「頑張んなさい。私の曲使うからには負けんじゃないわよ?」

「……うん!」


213 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:06:34.67 NSPCnO+e0 190/531

<数日後、朝。キュートプロダクション事務所>
雪乃「ごめんなさい、ではここのNG企画の予算見積はお願いするわね」

八幡「わかった。今日は千葉テレビだったな?」

雪乃「ええ、時間が近いからもう行くわ。あなたは?」

八幡「アーニャのレッスンを見に行くつもりだが」

雪乃「そう。ならついでにあの国民義務の反逆者、一緒に連れていってくれないかしら」

「勤労も納税も教育も全部嫌だー!!」

八幡「……なんかお前ことあるごとにあいつの処理俺に任せてないか?」

雪乃「餅は餅屋と言うじゃない。似た者同士だからやりやすいでしょう?」

八幡「一緒にすんな。俺はこいつと違ってサボると決めたら誰が何言おうとサボる」

雪乃「あなたには飴どころか鞭をくれてやりたいわ……」



八幡「おら、行くぞ。俺は他人の仕事を増やすのは大好きだが増やされるのは嫌いなんだ」

「おい、デュエルしろよ」

八幡「出たよデュエル脳。言っとくがライフ減っても一歩ずつ下がっていったりはしないぞ」

「杏とデュエルして勝てたらレッスンに行ってやる! そのかわり杏が勝ったら今日は一日有給にしろっ!」

214 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:07:13.02 NSPCnO+e0 191/531


八幡「ハア……。はいはい、で、何でやるんだよ」

「これだっ」

八幡「また懐かしいゲーム機を……V2の方か。2on2?」

「いや、手っ取り早く普通でいんじゃない?」

八幡「パーツの制限は?」

「特になしだよ」

八幡「了解」ピッ

「こいつっ、ためらうことなくベイオネットを……!」ピッ

八幡「お前こそベルにロウガセットとか付けてんじゃねぇよ! 悪魔か!」ピッ

「勝てばいいのさ、勝てば」カチャコロカチャコロ、バンッ

八幡「ま、その点じゃ同意だがな。……うわ、足」

「勝負は非情だよ、ひっきー」ドゴン! ドゴン!

八幡「この野郎……。おらっ」

「ちぃ。ステルスがうざい……!」

八幡「現世でもステルスの俺に死角はない」

「心まで痛いんだけど。ちょっ、痛い痛い!」

八幡「初代のマモルを完封した俺をなめんなよ。あぁ、ユリエ……」

「このシスコン! くっ、強い……っ」

八幡(……こいつ、対人慣れてねぇのか? ほとんどガンしか打ってこねぇな)

八幡「はい勝利。連行な」

「うぅう……そんなあ……」

八幡「約束守れよ。男らしくねぇぞ」

「ついてないよっ、杏は」

八幡「え、あ、おい、おま、言い方」

「ん? ……この動揺。ひっきーってまさか、スピッツ?」

八幡「…………愛してるの響きだけで人は強くなれねぇんだよ」

「……すまんことを聞いた」

八幡「うるせぇ立場的には魔法使いなんだからこれでいいんだよ」

「……ふーん。そっか。じゃ、プロデューサーと何もないってのは嘘じゃなかったんだね」

八幡「……ずっとそう言ってたろ。出るぞ。準備しろ」

「はいはい」


215 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:09:14.30 NSPCnO+e0 192/531

<346タレント養成所:レッスン室201>
アーニャ「わあ、プロデューサー。見に来てくれた、ですか?」

八幡「いい加減少し仕事も覚えてちょっと余裕ができてきたからな。調子はどうだ?」

アーニャ「ダー……。Неплохо、まあまあ、です」

美嘉「雪乃ちゃんはー?」

八幡「仕事でテレビ局。悪かったな俺で」

美嘉「あはっ★ 比企谷くんもアタシは好きだよ?」

八幡「はいはい嬉しい嬉しい」

ルキトレ「そろそろ始めますよー?」

(……女慣れてるんじゃなくて勘違いしないように過度に自制してるのか。目と性格以外悪くないのにな。だからモテないのかな? いやこれひょっとして卵か鶏かって問題?)

ルキトレ「あ、杏ちゃーん?」

「はいはい、やるよやるよー。そういえば杏の相手って美嘉だっけー?」

美嘉「そうだよ! 杏には負けないよ。買ってあそこの夏の新作を買うんだー★」

「あれ? 雀の涙ほどじゃなかったっけ、賞金」

八幡「お前ら両方CDデビューしてるだろ。スポンサーついてるから今回勝てば結構金いいぞ」

「局所的に本気を出す必要があるようだね! へーいルキトレー!」

ルキトレ「うう、いつもこのぐらいやる気出してくださいよ~!」



「ふー、きゅうけい。外に出てるよー」

ルキトレ「あ、もう。杏ちゃんったら……」

美嘉「アタシらはもう少し個人練してていい?」

アーニャ「ダー。美嘉、ライブバトルの練習、付き合います」

美嘉「ホント!? ありがと!」


八幡「なんか、すいませんね。あいつが迷惑かけて」

ルキトレ「うーん、わたしのレッスンがもっと良くなれば杏ちゃんも聞いてくれるのかなあ」

八幡「あいつは多分誰がトレーナーやっても変わらないと思いますが……」

ルキトレ「本当にもったいないです。杏ちゃんは、嫉妬のしようもないくらいの天才なのに……」

八幡「あいつ、一回見ただけで大体覚えますよね」

ルキトレ「杏ちゃん、絶対音感も持ってるんですよ。だからかピッチは外さないですし、何より一切の動きにムダがないんです! 一番合理的な動きを最初から引き当てちゃうんですよ! もし杏ちゃんが毎日ちゃんと練習して磨きをかければ、765に勝つことだって!」

八幡「それ、ひょっとして面倒くさがりの究極形なのかもしれませんね」

ルキトレ「なのに杏ちゃんときたら一曲終わるごとに逃げてばっかりで。二曲続けてなんてやったことないしダンサブルな曲なんて初めからやってもくれません! うー!」

八幡「……連れてきますよ」


216 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:12:25.39 NSPCnO+e0 193/531

<食堂>

花陽「あっ、比企谷さん」

「げげっ、もう追手が」

八幡「何してんだ?」

花陽「材料費とかの収支計算をしてたんですけど……」

「はい終わり。報酬はおにぎりでいーよー」

花陽「杏ちゃんがすごいんですっ! 桁が大きい計算なのにほぼペンが止まってませんでした!」

「こんぐらいインド人なら誰でもできるんじゃないの?」

八幡「おまえはインド人をなんだと思ってるんだ……」

花陽「杏ちゃん本当にありがとう! 今おにぎり作ってくるね!」タタタッ

八幡(……この桁数を一瞬で? 見た感じ足し引きだけじゃないんだが)

八幡(……税金のことも抜かりなく計算してあるな。……こいつ、あの立てこもりの時、ひょっとして……。考えすぎか?)

「どしたのひっきー。そんな心配しなくてもあってるよ」

八幡「……いや、俺は数学はさっぱりわからん。にしてもすげーな」

「そう? そんなにおかしい? だってひっきー7×8するときに一々考える? 数字聞いたらすぐ出るでしょ? そんなもんだよ」

八幡「理数系が得意なのか?」

「んー? あんまり勉強で苦労したことはないかなあ」

八幡(……スマホで適当に問題探して出してみるか。物理とかできなそうな顔してるし、こいつはどうだ?)スッ

八幡「スカイツリーの頂上からりんごを落としたら落下直前の速度はいくらになる? 重力加速度は9.8」

「スカイツリーって高さいくらなの?」

八幡「確か634mじゃなかったか?」

「じゃあ……秒速111.474mだね」

八幡「即答かよ……。待て、サイトには時速で載ってるから合ってるかわからん」

「時速だと401.306kmじゃない?」

八幡「……合ってる」


八幡(……634の開平方を一瞬でやるってどんな頭してんだ? ダンスも一瞬で記憶するし、こいつもしかしてマジもんの天才なのか?)

「なんだその目はっ。いかさましてないぞ!」

八幡「いや疑ってねぇよ。てかこんだけ何でもできるのになんでお前アイドルやってんだ? アイドルも、レッスンちゃんとやれば765越えだって出来るってルキトレさん言ってたぞ」

「んー? 杏がなんでもできる? 冗談でしょ」

八幡「やらないだけだろ、お前は」

「……二人して核心突いてくるねぇ。でも、杏がなんにもできないのは本当~」

「あのねひっきー。もしこう言われたら信じる?」

「あなたに三億円さしあげます。返さなくて結構です。好きに使ってください」

八幡「信じるわけねぇだろ。なんか裏があるに決まってる。世の中ウマい話はねぇ」

「そうそう、わかってるじゃん。そういうことだよ」

八幡「……? おい、どういう」


美希「あー!! この間の人たちなの!」

217 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:15:38.46 NSPCnO+e0 194/531


「げっ」

八幡「うおっ、この前の。どうやって入って来たんだ?」

美希「えー? 守衛さんにサインあげたら入れてもらえたよ?」

八幡「はぁ? サイン? わけわかんねぇこと言ってねぇで外出てくれないか。一応一般人入れちゃダメってことになってるんだ。おにぎりならやるから」

美希「…………え? もしかして、この人、ミキのこと、知らないの……?」

「あー、この人あんまし普通じゃないから気にしない方がいいよ」

花陽「お待たせー…………!?!?!?!?」

花陽「ヴェエエエエェエェエエ!?!? 星井美希ィ!?!?!?!」

美希「そうだよね。大体こうなるの」

八幡「ん……? 星井美希ってたしか」

花陽「何言ってるんですか比企谷さん765プロの星井美希さんですよ! トップアイドル集団の765の中でも全てにおいて卓越した能力を持ちあの伝説の日高舞に比肩すると言われている現代最高のカリスマアイドルですよ去年なんて全日本フォトグラフ大賞女性が選ぶ女の敵タレント一位を同時受賞し写真集の売り上げは30万部を超え」

「花陽、落ち着いて」

花陽「はっ!? ……どどどどうして星井美希さんがここに!?」

八幡(こいつが765の星井美希、なのか)

美希「この前この人にもらったおにぎりがとっても美味しかったからまた食べに来たの!」

八幡「あー、この前の試作品な。こいつにやったんだ」

花陽「そうだったんですか!? 光栄です光栄です今持ってきた分を全て差し上げますぅ!」

美希「わあ、ほんと!? やったー!!」ムシャムシャ

「あっ、それ杏のやつなのに!」

美希「……!! やっぱり美味しすぎるのっ!? なんなのなの! なんなのなの!」

花陽「ありがとうございますっ!」



「……置いてかれちゃったね」

八幡「小泉ってあんなにキャラ変わんのな。知らなかった」

「あれ、そっち? それにしてもひっきーってトップアイドルが目の前に居ても動揺しないんだね。あんなモデル顔負けのド美人なのにさ」

八幡「知らねぇし二度目だしな。大体見た目の好みで言うならし……」

「ん?」

八幡「……なんでもねぇ」



美希「うん! それぐらいならいいよ!」

花陽「本当ですかっ!?」

美希「じゃ、いこ?」

花陽「えっ、今ですか?」

美希「善は急げなのー!」

八幡「お、おい。お前らどこ行こうとしてんだ?」

花陽「え、ええと」

花陽「星井美希さんが、今から少しパフォーマンスを見せてくれるって……」

218 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:16:59.38 NSPCnO+e0 195/531

<レッスン室201>

美希「お邪魔しますなのー! あ、続けて続けて」

美嘉「……!? 星井美希さん!?」

アーニャ「……ничего себе」

ルキトレ「え、ええ!?」



美希「あ、この曲美希知ってるよ! TOKIMEKIエスカレートでしょ?」

美嘉「え、あ、はい!」

美希「城ヶ崎美嘉ちゃんだよね! この曲、可愛いから好きなの」

美嘉「本当ですか!?」

美希「ねね、一緒にやろうよ。アーニャちゃん、ちょっと変わってほしいの!」

アーニャ「ダ、ダー。構いません、です」

美希「ありがとなの!」


八幡「ゴーイングマイウェイすぎる」

「ま、せっかくだから見とく? 杏も練習しなくていいし」

ルキトレ「あ、あのあの。これは一体どういうことなんですか?」

花陽「楽しみですぅうう!! 動画撮りますー!!」



美希「アーニャちゃん、音源流してなの!」

美嘉「あの、美希さん。いきなり合わせて大丈夫なんですか?」

美希「うん、大丈夫なの!」


美希「何回もやったから」



219 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:19:07.37 NSPCnO+e0 196/531


八幡(TOKIMEKIエスカレートは俺も知ってる。城ヶ崎のレッスンは何度か見ていた。あいつが多忙な日々の中、できるだけレッスンを入れるように心がけていたのも知ってる。この曲はそんな城ヶ崎美嘉の一つの結晶だ)

八幡(目の前で行われたことは、ともすればその結晶を踏み潰す蹂躙だったのかもしれない)

八幡(……同じ動き、同じ声を出しているんだぞ。それなのにどうしてこうも違う)

八幡(星井の動作の一つ一つに目を奪われる。爪先まで神経が通っているようなその動きに、残像さえも幻視しそうだ。視線が切れない。動きに重力がある)

八幡(伸び伸びとした声のビブラートが鏡面に乱反射して部屋を駆け巡る。心地良さを通り越して、放心してしまった。真っ白になった心にカラフルな声が染みてくる。……そうだ、目の前では一緒に城ヶ崎がパフォーマンスをしているんだ。そんな当たり前のことさえ、忘れていた)

八幡("喰われる"って、こういうことを言うのか)

八幡(知らず、固く握りしめてしまった己の拳に気付く。拳の微細の揺れの正体。――これは、畏れだ)

八幡(今までずっと渋谷たちを見てきた俺にはわかる。……遠い。あまりにも、遠い)

八幡(こいつが頂点。トップアイドルの高み)

八幡(糸の切れた人形のように立ち尽くす俺のそばで、双葉が何事かを呟いた。その言葉が脳髄に届くことはない。頭を占めるのは、これからの渋谷たちの道のりに落ちる大きな山の影のことだけだった)



「……これが一番上かぁ」

「あと四段階、ってところかなぁ」



220 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:22:56.68 NSPCnO+e0 197/531

<翌日、346タレント養成所:レッスン室202>
星空凛「はい、今日は全体練習はここでおしまい!」

未央「え? 早くない?」

星空凛「ライブバトルの練習しなきゃダメでしょ? 一人ずつ見てあげるから順番ね!」

卯月「そうでした! 私っ、海未さんとなんですよ!」

「私は前川さん」

未央「私なんて穂乃果さんだよ! この仕打ちマジでどいひーだよ!!」

星空凛「……あはは、聞いたにゃ。やるからには、頑張らないとね」

卯月「はいっ! えへへ、私、海未さんと同じステージに立てるのが今から楽しみです!」

星空凛「……よーし! 海未ちゃんたちには悪いけど勝ちに行くにゃー!」


八幡「…………」

「? プロデューサー、どうしたの?」

八幡「いや、なんでもねえよ」

八幡(……比較なんて意味のないことだ。そもそも歯向かわなければいいだけの話だしな。こいつらは一歩一歩階段を上がってきゃいい)

八幡「ちっと煙草吸ってくる」


<タレント養成所:四階廊下>
「戻るの遅いな……。居るとしたらこの階なんだけど」

(それにしても、四階にもレッスン室ってあったんだ。……貸出室かぁ。私も家だけじゃなくてこういうところで詰めたほうがいいのかな?)

(喫煙所に向かって廊下を歩いて行くと、レッスン室の一つから音漏れが聞こえてきた。よく見ると引き戸が少し空いているみたい。少し好奇心が湧いて、その部屋を覗いてみた)


みく「はぁっ、はぁっ……!」

ベテトレ「なんだその程度か。高坂はお前と同じキャリアの時、終わった後笑っていたぞ」

みく「にゃ、にゃはは……。流石はμ'sのリーダーだにゃ……」

ベテトレ「これは持論だが。同じ土俵に立つ限り、相手を上に見る発言をするべきではない。自らに逃げ場を与えるな」

みく「……はい。よしっ、もう一回苦手な2番のBをお願いしますにゃ!」

ベテトレ「よし。先刻言ったことを意識しながらやれ。ルーチンワークを行うな。頭を使わない練習は時間をドブに捨てていると思え」

みく「はい! 頑張りますっ」

ベテトレ「言葉はいらん。結果で見せたまえ。私の休憩時間を使ってやるんだ、成果は返してもらおう」


(私と一緒に演る曲を前川さんは踊る。本番での私の位置にはベテトレさんがいた)

(扉の隙間から二人の練習を見つめる私は、知りたくもないことを知ってしまった)

(……前川さんは。前川みくは、現時点では私より一枚も二枚も上手だ。ダンスのキレも、声の滑らかさも、柔らかい表情も、全て)

(思わず足に力が入って、つま先が引き戸に当たり小さな音が鳴る)

みく「!」

(彼女だけがその音に気付いて、覗いている私と目が合う。そして次の瞬間、彼女は)

(口元を三日月に歪ませて、にやりと笑った)

(見られていると分かって、どこまでも不敵に。これが私だと言わんばかりに)

(私は居ても立ってもいられなくなって駆けだした)

(一秒でも早くレッスン室へ。……あんな視線を投げられて、穏やかでいられるほどできた女じゃない)

「今のままじゃ、ダメだ」


ベテトレ「? 今誰か居たか?」

みく「……好奇心って犬も殺すんかな。ふふ」

221 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:26:22.39 NSPCnO+e0 198/531

<数日後、午前。浜松町ラジオ局>

「改めましてこんばんは。第34代目シンデレラジオパーソナリティの渋谷凛です」

アーニャ「ゲストの、アナスタシアです」

「というわけで私がさっきのコーナーで負けちゃったから罰ゲームなんだけど……やだなぁ……」

アーニャ「リン。やらないのは、シドーフカクゴ、です。ふふふ」

「その日本語どこで覚えたの? ……まあいいや、覚悟決めるよ。えーっと、それじゃあ罰ゲームボックスから引くね。ちなみにゲームの内容、今日はプロデューサーと放送作家さんが決めたみたい」

アーニャ「あ、じゃあ私がドラムロールやります! だらだらだらだらだらだら」

「……引きたくないなぁ」

アーニャ「だらだらだらだらだら……」


「えいっ」
アーニャ「だんっ!」


『アーニャにホッポウリョウドカエセと言う』


「ちょっ!! ここカット!! シャレになってないから!! この字プロデューサーでしょ!? 何考えてんの!?」

アーニャ「何て、書いてありました?」

「冗談抜きで生命に関わるから言えない……。引き直します、えいっ」

『キュートプロのアイドル、諸星きらりちゃんのものまね』

アーニャ「ワオ! これはいいカード、引きました!」

「き、きらりのものまね……? えぇぇ……!!」

アーニャ「Вкусный! おいしいです」

放送作家『はい行きまーす』

「ちょ、ちょっと待って!」

放送作家『3,2,1、キュー』


「……に…にょわぁー☆ りんちゃんだにぃ……? りんちゃんのきゅんきゅんぱわー? でハピハピさせるにぃ……☆」

八幡『あはははははは!! はっははははっ、げほっ、げほっ』

「……うわあああああああ!!!」

アーニャ「あっ、リン! シュウロクチュウ、逃げちゃダメ、です」

「帰る! 帰るぅー!!」


八幡「いやー、今回のオンエアは楽しみだな」

アーニャ「ダー。音源、ほしいです」

「……二人とも嫌い」

八幡「スタッフさんにも受けが良かったぞ。作家サイドが乗ってる番組は面白いはずだ」

「どうも人柱です」

八幡「拗ねんなよ。それより今から移動して千葉でローカルテレビ番組の収録だぞ。交通費支給するから電車だけど領収書忘れないようにしてくれ。収録後は直帰でいい」

「わかった。あ、プロデューサー」

八幡「? なんだ?」

「今日、凛さんって養成所にいるかな」

八幡「確か今日は夜までいたと思うが……何か用事か?」

「うん、ちょっとね」


222 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:28:25.43 NSPCnO+e0 199/531

<夜、346タレント養成所講師室>

星空凛「お? しぶりん、こんな時間に珍しいね。どしたの?」

「収録が押してちょっと遅くなっちゃった。凛さんにお願いがあってきたんだ」

星空凛「お願い? ふふふ、ラーメンでも奢ってほしいのかにゃ?」

「……いつものレッスンとは別に、空いてる時間で個人的なレッスンをつけてほしいんだ」


星空凛「!」

「この前ね、ちょっと前川さんのレッスン見たんだ。……私より全然うまいと思う。このままじゃライブバトルで負けちゃう」

「ね、凛さん。私負けたくない。上手くなってね、またあんなライブをしたいんだ」

「お願いします。大変なのはわかってるけど、私に稽古つけてくれませんか」



星空凛「……君たち三人は本当にー!」

「……ダメ、ですか?」

星空凛「揃いも揃って! 大好きだにゃー!!」ギュッ

「わっ、凛さん! 苦しいよ!」


星空凛「よーし! よく言った! 考えてあげるから、一旦今日は帰るにゃ」


223 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:31:08.17 NSPCnO+e0 200/531

<翌日、夜。都内某所の屋台>
花陽「へええ……そんなことがあったんだ」

真姫「この現代によくもまあそこまで真っ直ぐな娘たちがいるものね」

「だよねだよね! もう凛は嬉しくてねっ。おじさん、ビールもう一本!」

花陽「三人同時ですかぁ。ドラマだなー!」

「嬉しいなぁ。真っ先に凛のところに来てくれるってことは、信頼してくれてるんだよね!」

真姫「そうじゃない? 未央は凛は厳しいって愚痴ってたけどね」

「なぬ。あいつは一人だけメニュー倍にしてやるにゃ!」

花陽「ちくわぶください。……そっか、真姫ちゃんもみんなに会ったんだね」

真姫「個性派揃いで面白いわ。いい曲が書けそうね。特にあの娘、凛」

「はぁい!」

真姫「アンタじゃないわよ。渋谷凛。……いい眼よね、穂乃果を彷彿とさせるわ」

「にゃはは、性格は真逆だけどね」

花陽「凛ちゃんは凛ちゃん推しだよね! あれ、なんかこんがらがっちゃった」

真姫「推しと言えば……あの娘が気になるわ。前川みく」

「しぶりんの対戦相手だよ」

真姫「え、そうなの? 困ったわね、どっちを応援すればいいのかしら。両方クライアントなのに」

花陽「ライブバトルはいつも応援する人に困るけど、今回は特にだね」

「海未ちゃん、穂乃果ちゃんかぁ。手ごわいにもほどがあるにゃ」

真姫「味方につけるとこれほど頼もしい存在もないけどね」

「……いや! 今回は敵にゃ! 正々堂々、ぶつかるだけだよ。あ、だいこんください!」

花陽「……海未ちゃん、最近調子悪いよね。大丈夫かな」

真姫「いくら音楽は競争の世界じゃないって言っても、アイドルそのものが競争の世界であることは否定できないわ。そこで生き残るためには……自分で自分を立て直す力がいるんじゃないかしら」

「シビアだね」

真姫「そうね……。でも、本当にそうだから」

花陽「……」

真姫「……でも、遊ぶだけならタダよね。今度、私たちでどこかに連れていきましょう? きっと海未ちゃん、休みの日も休んでないに決まってるんだから」

花陽「……うふふ」

「あははっ」

真姫「な、何よ! 何かおかしいこと言った!?」

「んーん! 真姫ちゃんはやっぱり真姫ちゃんだなって!」

真姫「何よ! イミワカンナイ!」

花陽「あ、二人とも見て。大三角形だよ!」

真姫「本当……綺麗ね」

「もう、夏だね」

(満天の星空の裏側に浮かぶのは、楽しい夏の思い出ばかり。今までもこれからも、どれだけ歳をとっても、凛はきっとあの青春を思い出す)

(願わくばこの夏が、あの子たちにとってもかけがえのないものになればいい)

(夏場の涼しい風を浴びてそんなことを思いながら、凛は日本酒の入ったコップを仰いだ)


224 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:34:29.12 NSPCnO+e0 201/531

<七月末、夜。クールプロダクション事務所>

絵里「……ハラショー……そんなのあり?」カタッ

八幡「……やばい聞きたくない」

絵里「手伝って……」

八幡「このパンドラの箱、希望入ってます?」

絵里「……今メール来て……来月の番組企画の予算、リジェクトだって……」

八幡「絶望しか入ってねぇ!! えっ……? 俺の方も二件? ……! やべぇ書式完全にミスってるしNGに関しては全却下!?」

「~♪」

絵里「なんでよー!! お金持ってるんじゃないの!? やだ! エリチカおうちかえる!!」

八幡「え、やばくないですかこれ期限七月中でしょ」

絵里「てれれれれ~ん、デスマ~チ~♪」

八幡「やっぱりのぶ代だよな。声変わりしてからもう十年以上経ってたの知ってます?」

絵里「え……うそ……でしょ……?」



星空凛「おっじゃまっしまーっす!!」バタン

八幡「本当に邪魔だわ帰れよ」カタカタ

絵里「遊びじゃないのよ」カタカタカタカタ

星空凛「え……? 何この扱い……」

「……あ、凛さん」

星空凛「おっ、しぶりんベース弾くんだ! かっこいいね!」

「ありがと。まだまだなんだけどね」

星空凛「今度真姫ちゃんに教わるといいよ!」

「え? 真姫さんってベースもできるの?」

星空凛「だってμ'sの曲ってドラムの打ち込み以外全部真姫ちゃんがレコーディングしたんだよ? あんなの演奏全部外注してたら高校生の凛たちじゃお金払えないよ!」

「……真姫さんって本当にナニモノ?」

八幡「星空、本当に何しに来たんだ? 暇ならこっちは猫の手でも借りたい状況なんだが」カタカタ

絵里「にゃーにゃー言ってるんだから貸してよ」カタカタカタカタ

星空凛「今日は二人とも怖いよ!? しぶりん、いこいこっ」

「うん、準備できてるよ。……今日から、お願いします」

星空凛「任せろにゃ!」

八幡「ん? お前らどっか行くのか?」

星空凛「そだよー!」


「今日から合宿、なんだ」


225 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:36:05.02 NSPCnO+e0 202/531

<夜半、養成所レッスン室201>

星空凛「もう今日はこれまで! 初日から飛ばし過ぎたらもたないよ!」

未央「はぁーい! ね、ね、しまむー! しぶりん! お風呂入ろうよ!」

「え? お風呂あるの? シャワーじゃなくて?」

卯月「いえ、この近くに二時までやってる小さな銭湯があるんです♪」

星空凛「へぇー。もう夜遅いから気を付けてね! 四階の柔道場にお布団敷いて寝といてね。明日は八時に朝食九時から練習!」

未央「うわぁー! なんかホントに合宿っぽいねっ!」

星空凛「ちゃんみおは寝る前にもう一回自分の動画見とくこと。ひどかったにゃ」

未央「ぐさーっ」

「卯月、いこ? 汗が気持ち悪い」

卯月「はいっ」

未央「あっ、ちょっとー! 置いてかないでよぉ!?」


星空凛「……なんかちゃんみお見てると高校時代の自分を思い出すにゃ」


<深夜、帰り道>

「ふう。……夜風が気持ちいいね」

卯月「すっかり夏です!」

未央「あははっ、しまむー髪の毛すごいことになってるよ?」

卯月「気にしてるのに!? 癖っ毛なんですよー」

「可愛くていいじゃん。うちのハナコも水で洗うとそんな感じだよ」

卯月「犬の次元で評価されてる……」

未央「洗うと言えばー。洗ってるとき見たけどしぶりんって胸小さいよね」

「身長高めだから普通だよ普通。未央も喧嘩売ってくんの?」

未央「わっはっは! このナイスバディの未央ちゃんに憧れる気持ちはわかるけどさー!」

卯月「本当にいい体型してるから羨ましいなぁ……」

「大体、卯月だってちょっとずるい」

未央「あ、それわかる! 男の人が好きそうな感じって言うかさ」

卯月「え、ええ!? 私は普通ですよー」

「お前のような普通がこの世にいるかっ!」

卯月「きゃー!? 凛ちゃん、髪の毛はやめてー!!」


226 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:39:36.96 NSPCnO+e0 203/531

<同時刻、クールプロダクション事務所>

絵里「ダメね……もう終電が来ちゃう」カタカタカタカタ

八幡「終電ってエモいですよね」カタカタ

絵里「語彙力が消えかかってるわよ……」

八幡「明後日まででしょう? キツイな……」

絵里「……こうなったら奥の手を使うしかないわね」

八幡「……まさか」

絵里「そのまさかよ。……残業手当はつくから安心して」

八幡「マジか……。はぁ、しゃあねえ。終わったら散財してやる……」

絵里「よし。それじゃあ今日はもう退散しましょう。明日は着替えを持ってきて」


絵里「――楽しい楽しい合宿の始まりよ」



<翌日昼、養成所レッスン室303>

ベテトレ「よし、いいだろう。短期間でよくここまでモノにした。おそらくだが、同世代でここまで出来るのは現時点でいないのではないか」

みく「は、初めて褒められたにゃ……」

ベテトレ「君は褒めるとつけあがるように見えて、そうではないとわかったからな。出し惜しみで伸びを阻害するのは非効率だろう?」

雪乃「猫を被っていますからね」

みく「なんのことかにゃ。ってかプロデューサーは猫好きでしょ!」

雪乃「被っている人を好きと言ったことはないのだけれど……」

みく「にゃはは、照れちゃって。じゃ、ルキトレさん。一昨日教わった基礎練のステップを見てほしいにゃ」

ベテトレ「なに? もういいだろう? 急がなくとも君には十分な力がついているよ」

みく「……十分じゃダメだにゃ。みく、才能ないから」

雪乃「卑下することはないわ」

みく「卑下じゃなくて、客観的な分析だにゃ。ねえベテトレさん。みくと凛チャン、同じこと教えて吸収率いいのって比べるまでもなく凛チャンだよね」

ベテトレ「それは……」

みく「うん、いいのいいの。それ、みくにもわかってるから。悔しいけどニュージェネレーションズはみんな凄いにゃ。特にあのライブの日から凛チャンの成長はおかしい。止まるとすぐに追い抜かれちゃう気がするにゃ」

雪乃「……」

みく「みく、凛チャンには負けたくないな。あの子より絶対凄いアイドルになりたい」

みく「見てくれた人ごとこの世界を変えるような、そんなライブがしたいの」

雪乃「!」

ベテトレ「……どうしてそこまで、彼女にこだわる?」

みく「にゃはは、どうしてだろうね? みくもわかんない。……ただ、凛チャンのあの目を見ると、期待しそうになっちゃうんだ」

みく「今度こそ、大丈夫なのかなって」


227 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:42:42.30 NSPCnO+e0 204/531

<同時刻、レッスン室201>
星空凛「この曲、本番ではやらないけどモノにすると絶対役に立つよ! シャッフルビートの曲はスネアの連打が六連符になるから、それに合わせてダンスがつくからね。この曲は凛の得意技! タップダンスチックな振付も大盤振る舞いだにゃ!」

「む、難しすぎだよ。ていうか最後バク宙ってなんなの……?」

星空凛「え? だって凛はできるよ?」

「凛さん基準で考えないでよっ」

星空凛「こらっ、特訓中は師匠でしょ! だって凛の曲だもん。他の人がやることなんて考えてないもんねー」

「……これ、できるようになるのかな?」

星空凛「まあ、最後のバク宙はおいといて他の難しいところは頑張ればできる! どんな難しいダンスも全て基本の発展形にすぎないにゃ! ひとつも疎かにしてこなかったから大丈夫だよ」

「えーっと……はっじーまりたーくなるRing ring ring a bell♪」キュッ、ダンッ

星空凛「はいダメー。三連符が取れてない! まずは聞き込みから始めたほうがいいかな」

「うぃっす、師匠」

星空凛「よしよし! 三連符のクリックとか一度聞いとくといいにゃ!」


八幡「シャッフルってなんだ?」

未央「私もよくわかんない。なんかリズムがツッツターン、ツッツターンみたいなやつなんだってさ! あれ楽しそう! 私もやりたーい!」

卯月「わあ……あんな曲、私が踊ったら絶対こけちゃいます」

八幡「難しそうなことだけしかわかんねぇな」

八幡(にしてもこいつ、マジで上達早すぎじゃないか? なんつーか、レッスンを見に来る度に良くなってるような……)

「はっ、はっ、……はぁっ。ダメ、走ってるね。今日はこの曲やっても無理だと思う。課題曲に戻ってもいいかな?」

星空凛「うん、そうしよっか。じゃ、しまむーたちは動画撮る用意して!」

八幡(……こんだけやってりゃ当然、か。効率の見極めも早い。今までも真面目だったが、矢澤のライブが終わってからの渋谷の熱意は段違いだ。やっぱ、勝ちてぇんだよな)

未央「準備終わったよー!」

卯月「いつでもオッケーです!」

星空凛「よしっ。じゃあ、今日は凛がみくにゃんの代わりをやるね」

「え? 師匠が?」

星空凛「言っとくけどこれ凛たちの曲だからね。クオリティ低いとすぐ喰っちゃうぞ!」

「……望むところだよ」


八幡「仕事が押してる。星空、こいつらを頼むぞ」

星空凛「支払いは任せろーバリバリ! ひっきーもお仕事がんばれ! ……よし、いくよ?」

八幡(渋谷も薄く笑って胸のあたりで俺に手を振り終わると、一気に表情を切り替えて鏡に向き直った)

「うん、いつでも」

八幡(優しい表情は一気に戦う女のそれに切り替わる。不意に高鳴った俺の心音が悟られないように、少し急いで部屋から出た)


――♪「Summer Wing!」


八幡「……頑張れ。勝てよ」


228 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:46:22.81 NSPCnO+e0 205/531

<同時刻、レッスン室103>
海未「お疲れ様です。次はドラマのオーディションでしたね。急いで準備します」

戸塚「いや、時間は余裕とってあるからゆっくり着替えるといいよ」

海未「そうですか? それではお言葉に甘えて、シャワーを浴びてきますね」


ベテトレ「悪くはない、ぞ」

戸塚「まだ何も言ってないよ?」

ベテトレ「顔に出てるよ。いつものポーカーフェイスはどうした?」

戸塚「……一緒にババ抜きしたからうつったのかもね」

ベテトレ「繰り返し言うが悪くはない」

ベテトレ「良くもない、がな」

戸塚「そっか。じゃあ、今回も危ないかもしれないね」

ベテトレ「おいおい。いくら急成長のニュージェネレーションズが相手でも、最近不調とはいえ彼女は園田海未だぞ。君の担当だ、信じてやらなくてどうする」

戸塚「担当だから……傍で見てるからわかることもあるよ。ぼくの勘だと、島村さんは今の園田さんにとって一番つらい相手かもしれない」

ベテトレ「……君の言うことは相変わらずわからん。少なくとも技量的な面で彼女が島村に劣ることはあり得ないと思うが」

戸塚「もしライブが技量だけで決まるなら、世界で一番素晴らしい音楽は世界で一番技術がある人間のものってことになるよ」

ベテトレ「……精神論は好かん」

戸塚「ぼくもだよ。でも、見てくれるのはやっぱり人なんだ」

ベテトレ「そう思うならすぐに手を講じたまえよ。笑って道化を演じるのが君の仕事か?」

戸塚「わかってる! ……でも、一歩ずつじゃなきゃダメなんだ」

ベテトレ「正当化して逃げてはいないか?」

戸塚「それだけは、ない」


海未「戸塚くん……? どうかしたのですか? 大きな声が聞こえましたが」

戸塚「おかえり、なんでもないよ。それより、いこっか!」


戸塚(心の距離は、一歩ずつ詰めなきゃダメなんだ。キツネは言ったんだ。飼い慣らさなきゃダメなんだって)

戸塚(ぼくがわかったようなことを言って、彼女は救われた気になって。……それで本当に終わり?)

戸塚(そうじゃない。そんなものはぼくが糸引くただの人形だ。アイドルじゃない。それは絶対、「本物」なんかじゃない)


海未「いつも、傍にいてくれてありがとうございます」

戸塚「あはは、居るだけしかできないけどね」

海未「いいえ。……心配をかけているのですよね」

海未「大丈夫です。私なら、大丈夫。次は絶対に勝ちますから! 頑張りますっ」

戸塚(……勝たなくてもいい。頑張らなくてもいい。そんな顔で笑わなくてもいいから)

戸塚(頼むから。大丈夫って言うの、やめてよ……)


229 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:48:29.11 NSPCnO+e0 206/531

<夜半、クールプロダクション事務所>

絵里「終電は実家に帰られたわ。いよいよ後戻りはできないわね……」カタカタ

八幡「強制背水の陣っすね」カタカタ

絵里「進捗どう?」

八幡「ひゅんひゅんひゅんひゅん」

絵里「ブーメランなのはわかってるから……」

八幡「まぁ朝まで頑張れば間に合うんじゃないかって感じですかね……」

絵里「こういう職種だから急に忙しくなったり暇になったりというのはわかるんだけどね」

八幡「あいつらの為ってのがせめてもの救いだな」

絵里「……ふふっ」

八幡「……なんすか」

絵里「いーえ。なんでも」カタカタ

八幡「……ヤな先輩」

絵里「可愛い後輩」


――ぶーん。ぶーん。


八幡「こんな時間に電話……雪ノ下?」

絵里「……むー」

八幡「そんな顔しないでくださいよ、どーせ仕事の話に決まってるしサボりませんから」

絵里「手短に済ませなさいよねー」

八幡「ベランダ出ます。……はい、比企谷だが」カララッ、ピッ

雪乃『夜分にごめんなさい。起こしてしまったかしら……』

八幡「日付も変わってないしまだまだ寝ねぇよ。どうした?」

雪乃『用事がないと電話してはいけない?』

八幡「…………は?」

雪乃『な、何よ。冗句に決まっているでしょう』

八幡「いやすまん。あまりに言いそうになさすぎて固まってしまった」

雪乃『本当に失礼ね。動脈も固まってしまえばいいのに』

八幡「遠回しに死ねって言うのやめてくんない? ……誰の入れ知恵だ?」

雪乃『……本当に何でもわかってしまうのね』

八幡「いつものお前しか知らんだけだ。で、何だ?」

雪乃『先日収録したローカル番組の件で急な仕様変更があったのよ。私も家に着いてから連絡に気付いたから、こんな時間になってしまったの』

八幡「そうか。少し待て……いいぞ」

雪乃『そう。それでは伝えるわね』


230 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:50:50.82 NSPCnO+e0 207/531


雪乃『報告は以上よ。何か質問はある?』

八幡「いや……特にはないが。放送は明後日だよな? もうすぐ明日になるが」

雪乃『そうよ。自分のアイドルの予定も忘れてしまった?』

八幡「いや、じゃあ連絡は明日の朝イチで良かったんじゃないか? 明日は打ち合わせもあるしわざわざ電話する必要なくねぇか」

雪乃『……やり残しがあるまま家にいたくなかっただけよ』

八幡「……まあな。その気持ちはわかるが」

――かちっ。しゅぼっ。

八幡「……ふぅ」

雪乃『……また煙草を吸っているのね。馬鹿』

八幡「なんだよ。動脈硬化になれって言ったのはお前だろ」

雪乃『固いこと言わなくていいのよ』

八幡「砕けたことも言うようになったなお前……」

雪乃『……渋谷さんの調子はどうかしら?』

八幡「良いと思うぞ。今も絶賛合宿中だ。星空がついてほぼマンツーで毎日やってるよ。夏休みだとはいえ、仕事もあるのに大した奴だ」

雪乃『そう……流石ね。でも、うちの前川さんだって負けてないわ』

八幡「お互い自分の娘は可愛くてたまらんか」

雪乃『あら。そんなことを思っていたのね』

八幡「失言だ。渋谷には絶対言うなよ、恥ずかしい」

雪乃『そんな不利になることするわけないでしょう。……一か月後ね』

八幡「そうだな。……熱い夏になりそうだ」

雪乃『私たちが、勝つわ』

八幡「お前が成績以外で俺に勝ったことあるか? 悪いがいつも通りだ」

雪乃『……ふふ』

八幡「はっ」

雪乃『ねえ。こんな風に笑える日がまた来るなんて、思ってもみなかったわ』

八幡「……悪かったのは俺だ。最後まで、俺は」

雪乃『言いっこなしでしょう。私だって、甘えていた』

八幡「…………」

雪乃『…………ねえ、比企谷くん』



絵里「ちょっとー! いつまで電話してる気!? 本当に終わらなくても知らないんだからね!」



231 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:53:30.45 NSPCnO+e0 208/531


八幡「え、うわ。日付回ってる! すいません! ……悪いがもう切らせてもらうぞ」

雪乃『……絢瀬さん? ちょっと待ってあなた今どこにいるの?』

八幡「事務所だよ。八月までに仕上げなきゃいけない仕事が急なリジェクトやらでてんやわんやでな。今日は事務所に一泊だ」

雪乃『…………二人きりで?』

八幡「……じゃあな。マジで喋ってる場合じゃない」ピッ


絵里「随分楽しそうだったわね。余裕があったら私の分あげるわよ」カタカタ

八幡「勘弁してくださいよ。最初はちゃんと仕事の話だったんですよ」カタカタ、カチッ

絵里「途中から違ったんだ?」カタカタカタ

八幡「……返す言葉もない」カチッカチッ

絵里「あーあ、いいわよいいわよ。どうせ私は三番目の女よ」カタカタ

八幡「は? 三番目?」

絵里「一番は凛ちゃん、二番目は雪ノ下さん」

八幡「何言ってんすか。一番は小町です」

絵里「……ランク外かぁ」

八幡「え、いや、そういうことじゃなくて。なんすかその順位。勝手に決めないでくださいよ」

絵里「自分で決めたら上方修正してくれる?」

八幡「……どいつもこいつも。俺に好かれてなんだって言うんだよ」

絵里「……だって、嬉しいじゃない」

八幡「…………俺があなたを助けたのはたまたまです。特別な意味はないんだ」

絵里「だから気を遣わなくていい、って言うつもりなんでしょ?」

八幡「……」

絵里「あら、びっくりした顔してる。ふふ、その顔に免じて今の発言は許してあげようかな」

八幡「……なんで」

絵里「そんなの、当たり前じゃない。あなたがずっと凛ちゃんを見てきたように、私だって比企谷くんを見てきたのよ」

絵里「誰も自分を見てないなんてことはありえない。……少しは、自意識過剰になってもいいんじゃない?」

八幡「……昔。それで嫌というほど痛い目見たんです。もう今更、治すことなんてできない」

絵里「……困った人ねえ」

八幡「ずーっとそう言われてきましたよ」

絵里「でも、あなたはそれでいいのかもね」

八幡「……」

絵里「欠点って、裏返せば味わいだもの。私はあなたのそういうところ、嫌いじゃないわよ」


232 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:55:44.91 NSPCnO+e0 209/531


八幡(包みこむような優しい声音で、彼女はそう言った。パソコンの向こうの彼女が今どんな顔をしているのか、俺にはわからない。ただ、見るのはやめておこうとそう思う)

八幡(……優しい女の子は、嫌いだ。今も昔も、俺だけにそうなんだと勘違いしてしまいそうになる。きっとみんなにもそうなのに。その優しさは俺だけのものだと、そう錯覚してしまう自分の浅ましさに腹が立つ)

八幡(真実なんてわかりたくない。箱なんて開かなくていい。未確定の猫のままで構わない。開けばきっと、希望の無いパンドラの箱なんだと気づいてしまうから)

八幡(俺のこの薄汚い本性を、優しいこの人には知られたくない。俺は勝手だ。他人が何を考えているか知りたい。なのに、自分の思考を差し出したくない。ただ一方的にわかりたいだけなのだ)

八幡(世界は等価交換だと何かで言ってた。だのにそんなの知るかと理を拒む、不変の悪性に笑みさえ浮かぶ)

八幡(ああ、人の優しさに触れるたびに実感する。俺の中にはあいつがいるんだ)


八幡(何も信じられぬと叫ぶ、邪知暴虐の王が――)



絵里「……比企谷くん?」

八幡「すいません、聞いてませんでした」

絵里「もう。私、近くの漫画喫茶にシャワーを浴びに行くけど、あなたも行く?」

八幡「……ええ。悪くないですね」

八幡(暑い夜だ。うんと冷たい水を浴びよう。いっそこんな汚い心も、洗い流せてしまえばいいのにな)


233 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:57:45.90 NSPCnO+e0 210/531

<深夜一時頃、346タレント養成所:柔道場>

卯月「ふぅー。今日も疲れましたね……」

未央「エアコン付けちゃダメかなー?」

「喉に良くないからダメだよ。窓開けるね」

卯月「わぁ、星が綺麗……。都会でも見えるものなんだねー」

「そうだね。……すごいな」

未央「扇風機つけるねー!」

「ちゃんと首振りにしてよ?」

未央「なんでやろうとすることが秒でバレるんだろう……」


「…………」カチカチ

卯月「凛ちゃん、寝ないの?」

「あ、このメール打ち終わったら寝るから。ごめんね」

未央「こんな時間に? 誰に?」

「プロデューサー。今日ね、徹夜でお仕事なんだって」

卯月「うわわ……大変なんだね~」

未央「一人っきりで事務所で!? それは寂しいねぇ……らぶめーる注入してやんなよ!」

「一人じゃないよ。絵里さんもいるって」

卯月「……えっ、じゃあ夜通し事務所で二人っきり?」

「みたいだね。……ふぅ、おわり」ピッ、カチッ

未央「えー!! それってなんだか……なんだかだねっ! 急接近とかしちゃったりして!」

「何もないと思うよ。多分」

未央「あれれ、なんだか思ってた反応と違うぞ……?」

「あのね、短い間だけどずっと見てるんだよ。あの人ね、人との距離急に詰められる人じゃないよ」

卯月「用心深いのかな?」

「あれは用心深いとかじゃないと思うよ。……なんだろう。怖がってる、のかな」

未央「それどーいうこと?」

「うーん、私にもまだはっきりとはわからない。でも、急いでわかる必要はないかなって。きっとゆっくり、わかるようになるんだよ」

未央「……大人だねぇ」ナデナデ

「ちょっと、やめてよ。鬱陶しい」クスクス

未央「ひどい!?」


234 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 18:59:47.79 NSPCnO+e0 211/531


卯月「……じゃあ雪乃さんは、ゆっくり比企谷さんと距離を埋めていったんだね」

「うん……そうなんだろうね。きっと昔、私たちの見えないところで……」

卯月「……」

「……」

未央「……ねぇ、しぶりん」

「……何?」

未央「ハチくんのこと、好きなの?」

「…………わかんない」

卯月「……そっかぁ」

「人、好きになったことないんだ。だからわかんない。……この気持ちが信頼なのか、それとも……」

未央「そっか。……そっかぁ」

「……私だけってズルいよ。未央は?」

未央「私ぃ? うーん、今はそういうのないかな。学校では特になにもないし、さいちゃんは優しいけどみんなの天使って感じだし」

卯月「そうなんだ」

未央「あとね、これは勘だけど、さいちゃんって海未ちゃんのこと好きなんじゃないかなって思うんだ」

「え、戸塚さんが? 私には全然わかんないな」

卯月「私もわからないなー。ずっとにこにこしてて」

未央「あはは、それはね、しぶりんの言うずっと見てたからってやつなんじゃないかな?」

卯月「……私はたぶん、雪乃さんが男の人だったらもう駄目になってたんだろうなぁ」

「あ、なんかそれわかる。すぐ落ちてそう」

未央「しまむーはちょろそうだよね!」

卯月「なんで私だけこの流れなんですか!? おかしくない!?」

卯月「……まぁ、憧れから入るタイプなのは、否定しないですけど……」

未央「おー? 今までのも吐け吐けー!!」

卯月「ちょっ、お尻触らないでよー!」


「……ふふっ。なんか、こういうの地味に憧れてたんだ」

未央「女子会って感じだねー」

卯月「酷い目にあった……もう寝ましょう……」

「ん、そだね。おやすみ」

未央「おやすみー」

卯月「おやすみなさい」


――りーりー。りーりーりー。


卯月「……虫の声。きれい」

未央「……だね」

「…………ね。勝とうね。絶対」

未央「うんっ」

卯月「三人そろえば、最強ですっ」


235 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:02:09.15 NSPCnO+e0 212/531

<未明、クールプロダクション事務所>
絵里「……」カタカタ

八幡「……」カタッ、カチッ

絵里「……よし、終わり。これで明日詰めれば、なんとか間に合うわー。んーっ」ノビー

八幡「……流石です。俺なら終わらない」カタカタ

絵里「頑張れー。……あぁ、眠くなってきちゃった」

八幡「寝てていいですよ。寝袋、むこうに置いてたんで」カチッ、カチッ

絵里「悪いけど、そうさせてもらうわね。……こっちで寝ていい?」

八幡「え? いやカチャカチャうるさくないですか」

絵里「いいの。ダメ?」

八幡「……好きにすりゃいいんじゃないですか」カタカタッ、カタッ

絵里「ありがと。好きにさせてもらうわね」


絵里(……相変わらずねえ。意識してるのは私だけなのかしら? これでも結構どきどきしてるのにな。男の人と一泊なんて初めてなのに)

絵里(魅力ないかなぁ。一応、可愛い目の部屋着持ってきたんだけどな。……仕事でそれどころじゃないか。それも少し寂しいな……)


絵里「よーし。できる私は先に寝させてもらうわね」

八幡「……ほんとヤな先輩だ」

――ぴっ。かららっ。


絵里「あれ、エアコン切っちゃうの?」

八幡「……だってつけたまま寝ると、絵里さんの喉に悪いでしょ」

絵里「……ふふ。ありがと」

八幡「どういたしまして」カタカタッ

絵里(ああ、あなたときたら。本当に――)


――ぶぅぅん。……ぶぅうん。
――かたかた。かたっ、かたかたかたっ。


絵里(窓の外からは、時折通る車の音。それ以外は彼のタイプの音が心地良く響いていた)


236 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:05:59.84 NSPCnO+e0 213/531



絵里「……あつい、わね」

八幡「……夏ですからね」カチッ、カチッ

絵里「色気のない夏でごめんね」

八幡「……μ'sのアイドルと一晩ですよ。これで色気がないって言ったら刺されますね」カタ

絵里「あら。意識してくれてるんだ?」

八幡「仕事がどっさり、ですけどね」

絵里「…………ごめんね」

八幡「……まぁ、なんですか」

八幡「こういう夏も、たまには悪くないでしょ。……たまににしてくれないと困るけど」

絵里「……ありがとう。おやすみ」


八幡「……おやすみ。絵里さん」


絵里(ディスプレイの光が写す彼の笑顔。きっと彼は油断していた。私に見えないと思ってた)

絵里(……そんな彼の顔を今見たのが、世界で私だけだという事実がたまらなくうれしい)

絵里(……そっか。そうなのね)


絵里(私、この人が好きなんだ)


絵里(白馬の王子さまのように助けてくれた彼だけど、実際はそんなに優雅じゃなくて。というかむしろ真逆で。普通の人間だから、最初からやっぱり仕事もできなくて。働きたくない働きたくないとか言って。……でも、愚痴を言いながら、きっちり仕上げて。そして私にちょっと優しい)

絵里(そんなこの人が、好きなんだわ。でも――)

八幡「……ん? メール入って……渋谷からか。……ふん、なんだよ。余計なお世話だっつーの。……頑張れ。頑張れよ」

絵里(ねえ、雪ノ下さん。気付いてる? この先どうなっても、誰かが傷付かずにはいられないこと。……彼は、気付いているのかな)

絵里(でも……仕方ないわよね。好きになっちゃったんだもの)

絵里(明日、どんな顔して話そうかしら。あ、朝から彼がいるのね。やばい。すっぴん見られるの恥ずかしいな。起きたらすぐ洗面台に行かなくちゃ。ああ、やだなぁ。きっと化粧のノリ悪いわよね……でも)

絵里(朝起きてすぐに会えるなら、それもいいかな、なんてね)

絵里(頬の熱さが夏のせいじゃないことが、その夜、少し嬉しかった)


237 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:09:57.00 NSPCnO+e0 214/531

<数日後、夜。東京都大田区居酒屋「全兵衛」>
武内P「すいません、仕事が押して遅くなってしまいました……先輩」


赤羽根P「いや、仕方ないだろ! むしろ予想してたより早かったくらいだ」


武内P「生二つ。……こうして全兵衛で飲むのも久しぶりですね」

赤羽根P「本当にな! お前が346に入ったばかりの頃はよく行ってたんだけど。このっ、出世しやがってよー! 早く忙しくなくなれよ!」

武内P「先輩に言われると嫌味にしか感じませんね。いい加減負けてくださいよ。大体忙しくて予定が取れないのはそっちでしょう」

赤羽根P「あはは、まあな。嬉しい悲鳴ってやつだよ」

店員「はい、生二つになります!」

武内P「ありがとうございます。……それでは、お疲れ様です。乾杯」

赤羽根P「乾杯!」

――かんっ。



赤羽根P「もうすぐだな、新人戦。あの娘たちが出るんだろう? ニュージェネレーションズ」

武内P「ええ、そうです。きっと素晴らしいステージを見せてくれるでしょう」

赤羽根P「なんて言ったっけ。あの、クールの……」

武内P「渋谷凛さんですか?」

赤羽根P「違う。そのプロデューサーの……そうだ、比企谷くんだ! お前の後任」

武内P「ああ、彼ですか」

赤羽根P「そうそう、なんかまだ若いらしいじゃないか。前はどこにいたんだ?」

武内P「どこにもいませんよ。ただの一般人でした」

赤羽根P「えっ、そうなのか!?」

武内P「はい。……私が、スカウトしました」

赤羽根P「! へえ、『ティンと来た』のか?」

武内P「ええ。……似ているな、と思ったのですよ」

赤羽根P「誰に?」

武内P「昔の私に」

赤羽根P「ははは。そりゃ二つの意味でよく見とかないとな」

武内P「ええ。彼らの成長が心から楽しみです」

赤羽根P「ようやく先輩の気持ちがわかったか?」

武内P「悪くないものですね。背筋が伸びる」

赤羽根P「だろ。……お前らも早く、ここまで上がってこい」

武内P「言われるまでもない。老害には消えていただきますよ」

赤羽根P「ははっ、言うじゃないか。言っとくけどあいつらは手強いぞー?」

武内P「身を以って知ってますよ。……それでも、彼らなら越えてくれると信じています」

赤羽根P「……よし! 月末は俺も観に行くよ。お前がそこまで言う娘たちがどんなもんか、映像じゃなくて生で見たくなった」

武内P「本当ですか。関係者席を用意しますよ」

赤羽根P「いやいい。やっぱアイドルは客席から見なくちゃな!」

武内P「では、ご一緒しましょう」

赤羽根P「ははっ、いいな! 学生時代みたいだ!」

武内P「ええ。……楽しみです」


238 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:11:39.50 NSPCnO+e0 215/531

<ライブ三日前、夕刻。346タレント養成所:貸出練習室401>
未央「あれ? みくにゃん! 遅くまでお疲れー!」

みく「にゃにゃ、未央チャン。お疲れ様だにゃ」

未央「精が出ますなぁ! ま、私もこれからダンスダンスなんだけどねっ」

みく「そっか、じゃあ頑張ってにゃ」

未央「うん、ばいばーい! ライブ頑張ろうね!」


みく「頑張ろうね、なぁ。ま、本来争うもんと違うしなー……っと」

みく「今日もありがとうございました! 鍵をお返しするにゃ」

ルキトレ「はいっ、お疲れ様です。じゃあみくちゃん、いつも通りここに名前書いてね」スッ

みく「わかったにゃ……あっ!」バサッ

ルキトレ「あっ、ごめんね! もう掴んだと思って手を放しちゃった。拾ってくれるかな?」

みく「はーい。あーあ、挟んでた紙がバラバラにゃ……」

みく(落としてしまった記入用紙を一枚一枚拾い集める。その中に、エクセルで作った表みたいな紙が数枚あった。拾い集める手を止めて、その表を読んでみる。それは練習室401から403までの利用記録をまとめたものだった)



利用記録 401-403 七月
7/27 前川みく 10:01-12:02(401) 渋谷凛 19:54-22:14(402)
7/28  園田海未 12:55-15:00(401) 渋谷凛 17:55-21:00(403)
7/29 渋谷凛  09:01-11:32(401) 前川みく 21:03-23:15(402)
7/30 島村卯月 06:55-07:56(403) 本田未央 19:55-20:30(403)
7/31  前川みく 11:00-13:00(401) 園田海未 17:00-19:34(402)

みく(……これは)


利用記録 401-403 八月
8/3 渋谷凛 09:00-12:00(401)  前川みく 13:04-16:01(401)
8/4 前川みく 11:00-12:31(401) 渋谷凛 19:01-22:00(402)
8/5 前川みく 09:00-11:29(401) 渋谷凛 12:00-13:00(401)

8/13 渋谷凛 17:55-20:00(401) 前川みく 18:00-20:30(403)
8/14 前川みく 11:00-13:00(401) 渋谷凛 19:00-21:01(402)
8/15 渋谷凛 10:00-12:00(401) 前川みく18:09-22:01(401)
8/16 渋谷凛 15:55-19:00(401) 前川みく19:31-22:00(402)
8/17 渋谷凛 16:01-17:00(402)


239 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:14:49.62 NSPCnO+e0 216/531


ルキトレ「あっ、それ一応見たらダメなんですよ?」

みく「それはルキちゃんの過失じゃないかにゃ?」

ルキトレ「うっ……。な、ナイショですよ? でもみくちゃんは毎日本当にすごいね! 本当に杏ちゃんに爪の垢でも飲ませたいくらい……」

みく「渋谷凛も、いっぱいだ」

ルキトレ「あ、そうなんですよ! 凛ちゃんも毎日毎日……本当に頭が下がります。ここには書いてないけど、他のお部屋もニュージェネレーションズのみんなの名前でいっぱいなんですよ。この場所を作った甲斐もあるというものです!」

みく「……なんか、『耳をすませば』みたいだにゃ」

ルキトレ「あっ、貸出カードのシーン? ふふふ、確かに似てるかも」

みく「はい、拾ったよ。じゃ、みくは帰るね!」

ルキトレ「あっ、みくちゃん!」

みく「んー? なんだにゃ?」

ルキトレ「ライブ、見に行くからね。わたしはみんなの味方だよ?」

みく「……うん! ありがとう!」


みく(いつもは寮まで電車で帰るけど、今日は歩きたい気分だった)

みく(夏場のぬるい風が髪を揺らした。空を見上げれば一番星。みくもいつか、あの星のようになりたい。その願いは変わらず胸の中で輝いている)

みく(街頭が少ない細くて暗い道に入った。アイドルが危険に遭うなんてあってはいけないことだから普段は歩かないけど、今日だけは特別に許可を出すことにした。その方が、星が綺麗に見えるから)

みく(頭の中で考えるのは彼女のこと。一目見た時から気になっていた。あの眼の意志ある輝きが頭上の光とリンクする)

みく(――きっと、期待していいんだ。あの子に対しては、もう何も被らなくていいんだ)

みく(練習室の貸し出し記録を思い出して、くすりと笑う自分がいる。あの映画の男の子は、女の子のことが好きだからからかっていたんだっけ。そうやってちょっかいを出して、気にしてもらって)

みく(それで、良いとこ見せようって余裕綽々でバイオリンを弾くんだよね。……本当は、裏でたくさん練習してたに決まってるのに)

みく(そんな男の子の不格好さが、今の自分みたいで少し笑えた。彼もずっと、本気にしてもらいたかったんだ)

みく「なんか、一目惚れみたいやなぁ」

みく(またぬるい風が首に吹きつけて、思わず後ろを向く。歩いてきた距離が思いのほか長くて感心したあと、また歩き出した)

みく「――Country roads, take me home~♪」

みく(自分の部屋までもう少し。それまで星見てゆっくり帰ろう。ご機嫌に歌を歌いつつ、故郷から歩いてきた遠大な道のりに、ゆっくり思いを馳せて)

みく(澄ませた猫耳から、昔日の声が聞こえた)


240 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:18:38.34 NSPCnO+e0 217/531

<前川みく、中学三年生。クリスマス>

――♪『CHANGIN' MY WORLD! 変わる世界 輝け
    CHANGIN' MY WORLD! 私の世界 私のモノ CHANGE!!』

みく(夢のような白雪が降った日だった)

みく(その日、みくの人生は変わった)

みく(きっかけは些細なことだった。どこにでもよくある話。友達がライブのチケットを買ったはいいけど、楽しみで熱を出して行けなくなってしまった)

みく(お金がムダになっちゃうからと譲ってくれたチケットで、アイドルのライブなんて初めてだからと興味本位で顔を出してみたのがきっかけ)


春香『一番後ろまで、見えてるよー!!』


みく「すごい……。すごい!!」

みく(765プロオールスターライブ。それがみくにとっての魔法使いの名前。あの日かかった魔法は、今も解けずにいる)


みく(その日からとにかくアイドルになりたかった。自分にも人ごとこの世界を変えられるような、あんな人たちのようになれたら。そんな一心で)

みく(ライブがあった日から、色々なオーディションに申し込んでみた。みくの有り余る情熱のおかげでオーディションには無事全て落選した。書類選考だけで落ちたことも多々あった。現実は厳しいということだった。大阪人はおいしいと思ったのに)

みく(そんなことを繰り返していたら、いつの間にか春が来て高校生になっていて、なんなら夏が迫っていた)


部長「1、2、3、4! 1、2、3、4!」

みく「……? みんなして何やってるん?」

部長「あ、前川さん。勉強終わったん? てか今回学年の順位一桁やったな! やっぱ眼鏡委員長は流石やな!」

みく「眼鏡関係ないやろ。……で、これ、何してるん?」

部長「部活!」

みく「部活? うちの高校、ダンス部なんかあったっけ?」

部長「あー、ちゃうちゃう! アイドル部!」

みく「はぁ? アイドル部? なんやそれ」

部長「最近同好会から部になってん! 今全国的にスクールアイドルの波が来てるんよ」

みく「……スクールアイドル? 何それ? 765プロとかと何か違うん?」

部長「あぁー面倒くさい! 家帰ってググれ! 練習やるよー」

みく「ちょっ、雑やなあ。……ええよもう、家帰って調べる」


みく(早速その日家に帰ってパソコンで調べ、スクールアイドルのこと色々を知った。いわゆるアマチュアのアイドル。高校生限定。ラブライブという全国大会。数年前の伝説こと『女神の世代』のこと。メディアの注目もあって、片田舎のみくたちの地域とは違って全国では市民権を得た部活であるということ。そして――)

みく「うわっ、この動画すごいなぁ。これが伝説のスノハレってやつか……。曲良すぎやん、プロが作ってるやろこれ。西木野真姫って誰? サムラゴーチ的なやつちゃう? ……ってかレベル高!? こんなん生で見たらみく絶対泣くわ……」

みく「……あれ? この人ら何人か見たことある。確か……」カチッ、カチッ

みく「……! やっぱり! 今注目されてる346の新人アイドルの!」


みく(スクールアイドルで活躍すれば、プロになることも夢じゃない、ということ)


<翌日、部室棟>
みく「あ、おった!」

部長「おっ、前川さん。どしたん?」

みく「あのな、お願いがあるんやけど……」

部長「ええよ! その代わり明日の三時間目の数Aのプリント写させてなー」


みく「――みくを、アイドル部に入れてほしい」

241 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:20:33.54 NSPCnO+e0 218/531

みく(そのことはちょっとしたニュースになった。真面目で物静かな委員長の前川さんが、アイドル部とかいうミーハーそうな部に入ったらしい、と)

みく(でもそんな評判はどうでもよかった。好きなことが思いっきりやれる喜びに比べたら些細なことだった)

みく(その夏から、みくのスクールアイドルとしての日々が始まった)

みく(アイドルというものは本当に難しい。テレビで見るとあんなにも簡単に見えるのに)

みく(アイドル部と言っても形だけの顧問をつけての部活だったから専門家もいないし、部員たちに歌や踊りの経験者なんて一人もいなかった)

みく(自分で考えるしかなかった。今思えば時間の無駄でしかない練習だってたくさんやった)

みく(誰がやれって言ったわけでもないけど、自分がやりたいから自分のためにがんばった)



<夏休み中旬、昼。校舎裏庭>
みく「1、2、3、4! 1、2、3、4! ……あ、ズレてるよ」

部長「ひええ……。合わん、合わんなぁ」

部員「ちょっと休憩せん?」

みく「ええ? まだ始まったばっかりやで?」

部長「でもなあ。このまま続けてもバラバラやから絶対合わん気ぃする」

部員3「あ、じゃあちょっと個人練する時間にせえへん?」

部員2「ええな! それでいこ!」

みく「………………」


みく(アイドルというものは、難しい。だからこそ嫌になるほど反復練習しかない、というのがみくの持論)

みく(アイドル部の練習は週に二回。少ない、と思うかどうかは人による)

みく(プロのアイドルとは違って、スクールアイドルは絶対に団体競技だ。だから全体練習が欠かせない。でも、全体練習をする前に個人練習を完璧にしないともっと意味がない)

みく(……なのに)

みく「はい。じゃ、も一回やろー!」

部長「よし、やろかっ。じゃあ次はうちがカウントとる!」

部員「休みたいだけやろ?」

部長「はははっ、バレたか。まあええ、やろやろ!」

部員3「よっしゃー!」

みく(……いや。みんな一生懸命やってる。じゃなきゃ貴重な夏休みにこんなことするわけない)


242 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:22:31.87 NSPCnO+e0 219/531

<その日、帰り道>

部長「あー、今日も疲れたなぁ。アイス買って帰る?」

みく「うーん、みくはやめとく。太りそう」

部長「そうか? じゃあコンビニ寄るからちょっと待ってて」


部長「ほい。パピコの半分」

みく「人がせっかくダイエットしてんのに!」

部長「そうか、いらんか」

みく「いらんとは言うてへん」

部長「現金なやっちゃ。……はー、しんどいなぁ。こんなんでライブとか体力もつかな」

みく「走り込み、走り込み」

部長「あんたって成績ええのに結構脳筋よな。……なあ、なんかライブでの憧れってある?」

みく「うーん……あっ! あれ! あれやりたい!」

部長「あれってどれよ」


みく「一番後ろまで見えてるぞー! ってやつ」


部長「あっはっは、ああ、あれな。てかあれ絶対嘘やろ! 見える訳ないし!」

みく「やっぱ嘘かなぁ。天海春香がやってたんやけど」

部長「確かにあの人は嘘つかなそう」

みく「……ま、ほんまかどうか、いつか確かめたるよ。……よし! 今日は走って帰る! ばいばい!」タタタッ

部長「……ほんまに、一生懸命なやつやなぁ」


みく(みくはひたすら練習を積んだ。走り込みもした。筋トレもした。女の子らしくなくなっちゃうかもしれないけど、ミスを減らせるならなんだって構わない)

みく(毎日、毎日。うだるような暑さの中、部活がある日もない日も一人の練習を欠かさなかった)

みく(そして夏休みが終わるころ、ある通知が全国のアイドル部に通達された)



243 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:24:32.42 NSPCnO+e0 220/531


部長「ラブライブの予選開催日が決まったでー!」

みく「! いつ!?」

部員2「これは……クリスマスやな。うちらも一応申込みする?」

みく「一応!? 出るに決まってる!」

部長「ははは、みくもこう言ってるし、出よ出よ!」

部員2「でも曲はどうするん? オリジナルしかあかんのやろ?」

部長「うちの彼氏、曲作んの好きやから頼んでみよか?」

部員4「出た出た、さりげない惚気」

部長「はっはっは、他人の僻みがうちの酸素!」

みく「ほんまに!? お願い! みく、どうしてもやりたい!」

部長「よし、じゃあそういう方向で行こう」

みく(その日から、ラブライブに向けての練習が始まった。みくはあの時、本当に楽しくて仕方なかった)

みく(初めてのオリジナル曲。初めての振り付け。テンションが上がることばかりだった。今思えばあの振付はない。名曲からのコピペでしかなかった)

みく(夏が終わり、二学期が来てもみくは可能な限り自分のトレーニングを積んだ。元々手段としてしか見てなかったスクールアイドルだけど、気が付けば生きがいになっていた)

みく(ラブライブに出たい。なんとしても出たい。あの日見たライブみたいに、人ごとこの世界を変えてしまえるようなライブをしたい!)

みく(練習、練習、練習。みんなもきっと陰で頑張ってるに違いない。みくも負けるわけにはいかない)

みく(自分に才能がないことはわかってた。なら他人より数倍時間をかけるしかない。努力で越えられる壁なら、何日かかっても積み上げて越えてやる!)

みく(一心不乱に舞っては歌う。陽が昇っては月が沈む。ずっとずっと繰り返した)

みく(そして、ついにライブ当日のクリスマスがやってきた。……思えば、自分がアイドルを志したあの日もクリスマスだった)

みく(運命が味方するなら、今日しかないと思っていた)

みく(みくは、全てを出し切った)

みく(自分たちと相手のパフォーマンスが終わって、電光掲示板に釘付けになる。自分たちの数字が出るはずの左側から目が離れない。心臓が飛び出そうだった。早回しになる鼓動。そしてついに、真っ黒な掲示板に審判の鉄槌が振り下ろされた。その瞬間目に焼き付いた光景を、みくは生涯忘れないだろう)


244 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:25:54.21 NSPCnO+e0 221/531







『234    VS    5766』









245 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:28:09.47 NSPCnO+e0 222/531


部長「やー、しっかし相手のとこめっちゃ凄かったな」

部員「ほんまにな! てかプロに曲外注したらしいで! そら負けるなぁ」

部員3「はははっ、どこぞの誰かの彼氏が悪い」

部長「何ぃー? どこの口がそれ言うんよ? 最近そっちは上手くいってへんくせに!」

部員3「うっ、それ言われると辛いな」

部長「はははっ。よしっ、ファミレスでも寄って帰ろか?」

みく「………………何で」

部長「ん? どしたん? みく」


みく「何で笑ってんの!?」


部員4「うわっ、何よいきなり」

みく「あれだけ一生懸命やったのに、ボロボロで負けたんやぞ!! 悔しないんか!! 何で、何で笑ってんねん!! 何で笑えんねん!! ふざけんな!!」

部長「……」


みく(情けなくて、悔しくて、解せなくて、もう感情がごちゃごちゃになって何が何だかわからなかった。ただ涙が止まらなかった。目の前で笑っているこいつらは何だ。共に高みを目指す仲間じゃなかったのか。熱量を預けられるパートナーじゃなかったのか)

部員2「えー、いや。そんなこと言われてもなぁ」

部員4「いや、確かに一回戦で負けるのは不本意ではあるけど。でも流石に全国まで行けるとは最初から思ってへんしなー?」

みく「…………は」

部員3「まぁ、楽しかったしええやん。アイドルは楽しんでなんぼやろ!」

部長「それは確かにな。うちらが楽しまな見てる人もおもんないしな」

部員2「そうそう、そこまでガチガチにやってもな楽しくないから。みくちゃんもちょっと力抜いたら? 張りつめすぎやで」

みく「…………はは」

部長「……」

みく(……ああ。自分が間違っていたんだ。きっと自分が抱いているものを、みんなも抱いているに違いない。何も言わなくても理解してくれているに違いない。言葉にしなくても伝わるものがきっとあるに違いないと。そんな都合のいい夢を、一人で見ていた)

みく(冷えていく自分の頭の中に追い打ちをかけるように、鈍色の雲から落ちてきたものがあった)


みく「…………雪」


みく(どうしてだろう。一年前の雪は、あんなにも暖かく綺麗に思えたのに)

みく(今降り落ちてくるこれは。そんなものはただの空気のゴミなのだと、無情に突きつけてくるように冷たい――)

みく「…………わかるもんやとばっかり、思ってたんやな」

部員2「ん? どした?」

みく「……みく、帰るわ」

部長「あ、みく! ちょっと!」


246 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:31:05.76 NSPCnO+e0 223/531

<夜、自室>

みく(電気も暖房も何もつけず、星明りすら入らない暗闇の中で一人、ベッドの上で膝を抱えていた。闇に浮かぶのは、あの日憧れた魔法の舞台。オーディションに応募しては落ち込んだ絶望の日々。天啓のように得た部活の情報。……飛ぶように早く過ぎていった、鍛錬の日々)

みく(本気で生きていけると、そう思っていたのに。自分だけだった。理想の光はマタタビのように心地良くて、誰もがその方向に歩いて行きたいのだと勘違いしていた)

みく(……他人になんて期待した、自分が馬鹿だった)

みく(暗闇の世界をポケットから洩れた光と振動が破った。……電話の通知は、部長からだ)


みく「…………はい」ピッ

部長「……うちや」

みく「……知ってる」

部長「………………」

みく「………………」

部長「……部活、やめるんか?」

みく「…………わからん。多分」

部長「……あの子らを責めんな」



みく「うるさい!!」



部長「誰もがあんたみたいに上手くなろう、強くあろうとしてるわけとちゃう。……楽しければそれでいいのも、真実や。正しいやろ」

部長「……自分が本気になるから、他人にもそうなれって言うのは傲慢や。違うか?」

みく「…………うるさいっ、うるさい……」

部長「うちかてそうや。アイドルは、楽しい。それだけじゃあかん?」

みく「楽しい云々の前に、ひっ、やらなあかんこと、ひっ、ある、やろ……。本気でやらな、楽しい、ひっ、わけないやん……。最低限、ひっ、仕上げな、見てる人が、ひっ、楽しいわけ、ない、やん……」

部長「……そうやな。それも正しいと思う」

みく「……みくは。みくはっ! 本気でやりたいんやっ! あんたらにとっては大事でも、みくはそんな表面だけの偽物なんか欲しくない!」


みく「みくは――本物が欲しい!」


部長「……そうか」

みく「……」

部長「……」

みく「…………みく、部活、辞めるな」

部長「……わかった。……なあ、みく」

みく「……何」

部長「部活、全部、下らんかったと思うか?」

みく「…………楽しかった。それだけは、嘘とちゃうよ」

部長「そうか。それだけ聞けて、よかったわ」

みく「…………じゃあ」

部長「……ああ。またな」


247 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:33:24.04 NSPCnO+e0 224/531


みく(電話が終わって、何ともなしにテレビをつける。皮肉にも映ったのはアイドル番組だ)

にこ『にっこにっこにー! みんなのアイドル矢澤にこだよー!』

貴音『面妖な……』

穂乃果『あ、貴音さんは知らない? にこちゃんは高校の時からこういうキャラ付けでねー!』

にこ『ちょっと!! キャラって言うのやめなさいよ!!』


みく「キャラ……キャラか」

みく(今思えばオーディションでは熱意を伝えるばかりで、他の子たちと比べて何かフックがあるのかと言われればなかった。失うものはない身なのだから、こんなやり方だってありかもしれない)

みく(テレビの光しかない真っ暗な部屋に、どこからか飼い猫がするりとやってきて膝に乗った。……いつもは懐かないのに、にくい子だ)

みく(人差し指で首筋を撫でた。気持ちよさそうに目を細める猫の瞳は、比喩ではなく爛々と光っている。タぺタム。暗闇の中で光を見つめるための神秘)


みく「猫、か。……それもええな」


みく(他人に期待したって何もない。本物なんて持ってない。だったら人に寄りかかるなんて時間の無駄。帯びた熱意は秘めてしまおう。他人になんて、偽物で十分)

みく(だからみくは――猫を被ろう)

みく(たった一人で、本物を掴むために)


248 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:36:58.50 NSPCnO+e0 225/531

<一か月後、自宅>

「みく、あんたにお客さん」

みく「え? 誰も約束してへんよ?」

「……346プロダクションの、雪ノ下さんって人」

みく「!!!」



雪乃「前川みくさんね。346プロ、キュートプロダクションプロデューサーの雪ノ下雪乃といいます。先日のオーディション、僭越ながら同席させてもらったわ」

みく「わ、わざわざ直接連絡いただけるなんて……!」

雪乃「……結論から言います。あなたをプロとしてスカウトすることはできません。先日の最終審査の様子を見て鑑みた結果、そう判断しました」

みく「え…………」

雪乃「プロとして、ということならね」

みく「……!? ど、どういうことですか!?」

雪乃「現時点でのあなたにはアイドルとしての見込みはない。しかし、未来のあなたには可能性があるかもしれないと私は判断しました」

雪乃「前川さんさえよければ、あなたを346プロダクションのアイドル候補生として迎え入れたいと思っています」

みく「なる!!! なります!!」

雪乃「は、話を最後まで聞きなさい?」

みく「あ、すいません……」

雪乃「アイドルになれるかもしれないと喜ぶ気持ちもわかるのだけれどね。忠告してあげるけれど、世の中に都合のいいだけの話なんて存在しないのよ?」

雪乃「あなたの目の前にいるプロデューサーは世間一般的にはアイドルを創り出す魔法使いなのかもしれないけれど、ひょっとしたら悪魔なのかもしれない」

みく「……どういうことですか?」

雪乃「まず一つ。346のアイドル養成所は大阪にはないわ。プロのアイドルのほとんどが東京で活動していることから自明だとは思うけれど、つまり、あなたは上京しなければならない」

みく「上京……」

雪乃「当然、学校だって転校しなければならないわ。あなたの年齢だったら辛いことかもしれないけれど、どうしても友人や両親と離れることになる」

みく「……」

雪乃「もう一つ。これが一番重要なことよ」

みく「……聞きます」

雪乃「アイドル候補生として上京する暁には、住む場所や食事は提供するし、レッスンする環境も提供するわ。でも、それも無限じゃない」

雪乃「タイムリミットは、二年。その間にあなたがアイドルとして芽が出なかった場合、契約は終了。そこからあなたがどうなろうと、私たちには知ったことではない」

みく「!」


249 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:40:18.06 NSPCnO+e0 226/531


雪乃「こちらも企業だから。慈善事業ではないのよ。個人の夢に出資するのではなく、利益の為に出資するの。わかって?」

雪乃「私たちはあなたにチャンスを与える。でも、あなたが失敗しても責任は取らない」

雪乃「……この意味、よく考えて返事してくれると嬉しいわ。人生は一度しかないのだし、親御さんとよく相談して――」


みく(目の前で、悪になりきれない綺麗な魔女が歌っている。……いいのに。利用しても)

みく(それが泥舟であっても構わない。海に向かって漕ぎ出せるなら。前にすすめるのなら)

みく(猫を被ると決めたその時から、もう決めてしまったから)

みく(もう、何があっても自分を曲げない――)


みく「――やります。やらせてください。両親は、絶対に説得します」

雪乃「……脅すようなことを言ったのは私だけど、本当にいいの?」

みく「確かに、親元を離れるのも将来に何の保証もないのも凄く怖いです。……でもっ! アイドルになれないことのほうが、もっと怖いです!」

雪乃「……そう」

みく(何度酷い目に遭っても、ただ城に行きたいとみくは願った。でも現実は非情だった。王子さまや魔法使いなんて現れなかった。お前の役目はシンデレラなんかじゃないと、冷たい世界は言ってくる)

みく(そう諦めかけていたみくの前で、王の従者はガラスの靴を差し出した。この靴、お前に履けるかと。だから――)

みく(たとえ足の一部を削り取ってでも、この靴を履いて城まで行くと誓った)


雪乃「あなたの未来に期待するわ。前川みくさん――」


250 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:43:11.84 NSPCnO+e0 227/531

<ライブ当日、昼。千葉マリーナスタジアム>

小町「お兄ちゃーん!」

八幡「おお、小町。……フェスフェスしい恰好してんな」

小町「せっかくだから楽しまないとね! 招待券、ありがと!」

八幡「せっかくの職権だから濫用しないとね!」

絵里「比企谷くん、お待たせ! 人が多くて……って、あら」

小町「あー!? 本物の絢瀬絵里さんだ!!」

絵里「あなたは小町さんね? 写真で見たし比企谷くんからよく聞いてるわ」


八幡「くそ、電波が繋がりづらい……。悪いがちょっと会場の外に出てくる。絵里さん、少しの間小町見といてください」

絵里「はいはい、わかったわー。……小町さん、良ければ連絡先紹介しない?」

小町「本当ですか! 願ってもないです!」

絵里「えーっと……はい、じゃあ読み込んでもらえるかしら?」

小町「はい! ……よしっ、できましたー」

絵里「ありがとう。これからよろしくね?」

小町「はい。……でも、小町はだーれもえこひいきしませんからね。外堀は埋められません!」

絵里「……やっぱり、わかっちゃうの?」

小町「あはっ、今絵里さんに教えてもらいました」

絵里「……小町さんはやっぱり比企谷くんの妹ね」

小町「うわぁ喜んでいいか微妙なラインだなー。まいっか。正直小町は皆さんに妬けますけどね。毎日疲れてて最近構ってくれないしっ」

絵里「ふふ、それは悪いことをしてるわね。人手不足なのに雇わないから、ウチ。こだわり派なんだって」

小町「そんなところにスカウトされるとは。兄も隅に置けませんなー」

絵里「隅に行きたがるんだけどね」クスクス

小町「あははっ、わかってるぅー」

絵里「……今日も暑いわね」

小町「そうですね! いい日になるといいなー!」



美希「ハーニィ! 見つけた!」

赤羽根P「げっ、美希!? なんでここに!?」

春香「私もいますよ、プロデューサーさん!」

赤羽根P「春香まで……!? ちょっと待て、まさか」

美希「千早さんと雪歩もいるの。関係者席で見るって言ってたけど」

赤羽根P「ハァ……。レッスン入ってるって言ってたから油断してた……」

春香「むっ、そんなに邪険にしなくたっていいじゃないですかー! きっちりノルマは終わらせてきたんですからね?」

赤羽根P「誰もお前たちが怠けてるなんて言ってないさ。ただ俺はプライベートで見に来たのになあ……」

美希「ミキはプライベートでハニーに会いたかったからいいの!」ギュッ

赤羽根P「ちょっ、離せ! 声も小さく! 変装もしっかり! お前なあ、毎回毎回誤解を生みそうな写真撮られる度に色々握りつぶす苦労知らないだろ!?」

美希「ミキ的にはそろそろスキャンダル出ても面白いと思うな! それでねらい目だと思ってライブを申し込んでくれるところが増えたら、退屈しなくて済むの」

春香「炎上マーケティング!? ダメだよ!?」

赤羽根P「ハァ……。お前たち、目立たないようにな。今日は周りがみんなアイドルファンなんだから特に。騒ぎが起こったら、他のアイドル達にも申し訳が立たない」

春香「わかってます! 武内Pさんに会うの、久しぶりですっ」

美希「ダンディだよね! 首に手を回す癖がカワイイの!」

赤羽根P「嗚呼……せっかく後輩と水入らずの予定が……」


251 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:45:54.15 NSPCnO+e0 228/531

<関係者席>

花陽「あわわ……わたしのような者がこんな大仰な席にいていいんでしょうか……」

真姫「関係者でしょ。堂々としてなさいよ」

花陽「……そうだね。あれ? 凛ちゃんは?」

真姫「今日はみんなと会わないようにしたいんだって。……どうしても、会うと応援したくなっちゃうからって」

花陽「……そっかあ」

真姫「あっ、あそこにことりがいるわよ。話してるのは……」

花陽「……!! 如月千早と萩原雪歩!?」


千早「ことりさん、この前のライブ衣装ありがとう。とっても素敵だったわ」

ことり「ありがとー! 千早ちゃんが着てくれたから衣装も可愛くなったんだよ! 今日もね、何人か衣装提供したから見てほしいなっ」

雪歩「今度私の衣装もお願いしていいですかー?」

真姫「ことり。こっちよー」

ことり「あっ、真姫ちゃんと花陽ちゃん! ふふふ、ライブがあるとみんなと会えるから嬉しいなー」

千早「真姫……? もしかして、西木野真姫さんですか?」

真姫「あら。天下の如月千早に知ってもらえるなんてね」

千早「そんな、私なんて。私、西木野さんの曲が好きなんです。海未さんに曲を提供されていますよね! 私、海未さんの大ファンなんです!」

真姫「……まあ、海未ちゃんはどんなに難しくてもものにしてくれるしね。作曲家として燃える相手なのは確かよ。……ありがとう」

雪歩「あっ、元μ'sの小泉さんですかぁ?」

花陽「えええ!? 雪歩さんが私のような矮小なコメツキバッタにも劣る存在を認知してくれてるなんて!? 幸せですっ、昇天しますっ!?」

雪歩「あわわわわっ、落ち着いてください!? そうですよねすいません私なんかが声をかけても嬉しくないですよねすいません穴掘って埋まってますぅ!!」

ことり「……なんだか、奇跡の出会いって感じだねー?」


252 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:48:47.16 NSPCnO+e0 229/531


八幡(うだるような暑さの中、夏のアイドルフェス――ライブバトル新人戦は幕を開けた)

八幡(ただでさえ音を上げてしまいそうな気温に加えて、人の熱気がたちこめる会場はさながら地獄だ)

八幡(熱気で歪んだ空気の向こうに、アイドル達の輝く舞台がある。彼女たちは、足りない、もっとだと客を煽る。それに呼応して、観衆は皆、鮮やかな光を振って酸素を燃やした。曲が終わると万雷の拍手を贈っていた。スコアボードに数字が現れるたび、どよめいていた。観客はきっと今、生を謳歌しているのだろう)

八幡(蜃気楼のように揺らめく空気に散らばるサイリウムの光のせいで、会場は浮世めいている。薄い酸素に息苦しさを感じる現世と遊離した会場にて、一番の熱源であるアイドルたちはそれでも満面の笑みを浮かべていた)

八幡(客の二酸化炭素が自分たちの酸素だなんて誰かが言ったらしいが、あながち嘘ではないのかもしれない。そんなことを思っていた)


星空凛「……ひっきー。もうちょっとで始まっちゃうね」

八幡「……星空。お前がこんな後ろにいるとはな」

星空凛「あはは、似合わないかにゃ?」

八幡「いや。むしろ見に来ないかと思ってたくらいだ」

星空凛「……まあね。あの娘たちの成果を見るのは楽しみだし、穂乃果ちゃんたちも一緒に見られるなんて夢みたい! ……なーんて思えたら楽だったんだけどなー」

八幡「お前の立場は複雑だよな、今回」

星空凛「そだねー。でも、凛は見届けるよ。順番がついちゃうのは辛いことだけど、でも、順番がつくから楽しいことだってきっとあるよね。凛、昔いっぱい競争したからそれもわかるんだ」

八幡「……そうなんだろうな。俺はお前と違ってあいつらに直接何か教えてやることもできないし、できることといったらこうやって見てやるぐらいだ」

星空凛「うん、でも、それでいいんだよ」

星空凛「アイドルって、見てくれる人がいないと成り立たないから。近くでも遠くでも、大人でも子供でも、一人でも多くの見てくれる人のために、アイドルはステージに立つんだよ」

星空凛「だから凛は最初から最後まで全部観るよ。ひっきーも一緒に見守ろう? それが凛たちにできる、唯一で一番のことだよ!」

八幡「……ああ。そうだな」

星空凛「とーこーろーで。しぶりんたちにはもう会った?」

八幡(……俺は、自分の右の掌に視線を落とした)


253 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:51:01.64 NSPCnO+e0 230/531

八幡『……気分は?』

『うん。最高』

八幡『そうか』

『プロデューサー。右手出して。パーで』

八幡『こんな手でよけりゃ、いくらでも』

『じゃ、最後の仕上げ。気合をもらうよ』

八幡(俺と渋谷は、勢いよくタッチを交わした。弾ける音が真夏の花火みたいだった)

八幡『ずっと見てた。やれるだろ?』

『やれる。だから』

『ずっと、見ててね』



八幡「挨拶は済ませた。あれ以上はいらん」

八幡(掌の感触はまだ残っている。花火はまだ消えていない。その輝きを見るまでは)

八幡(耳をつんざくのは暴力的なまでの歓声。新しい、消えぬ魔法をかけてくれと彼らは祈る)

八幡(正面のモニターに祈りは届く。映し出されるのは、俺が誰よりも知ってる彼女の名前)

八幡(熱量の残る掌を、ありったけの力を込めて握りこんだ)

八幡「……頑張れっ!! 負けんなっ!!」


――♪『Summer Wing!』



雪乃(見事、と。それ以外に何が言えるのだろう。こんな気温の中なのに、私は鳥肌が立つのを抑えられないでいた)

雪乃(最初に前川さんを見たのは地方で行われた一般募集のオーディションだった。お世辞にもプロの基準に達しているとは言えない歌とダンス。作りこみが浅いキャラ。……でも、誰よりも負けない熱意)

雪乃(最終選考で落とされるはずだった彼女を候補生にしたのは、私のわがままだった)


面接官『じゃあ、あなたはどんなアイドルになりたいのですか?』

みく『っ! みくはっ、みくを見てくれた人ごとこの世界を変えてしまえるような! そんなアイドルになりたいです!』


雪乃(自分の理想。綺麗な中二病だねと姉に笑われたそんな夢想を、取ってつけたような猫も被れず彼女は熱く語って見せた)

雪乃(そんな彼女に強く惹かれた。人に笑われてしまいそうな己の理想を、輝いた瞳で語る彼女に賭けてみたくなった)

雪乃(あがいてみてほしい。私も抱くその理想が、どこまでこの暗く冷たい現実に通じるのか見せてほしい)

雪乃(あなたが。……あなたこそが。私に再び『期待』という言葉を取り戻させてくれた、たった一人のアイドルなのだから!)

雪乃(行け……行け! あなたの練習量やプロ意識や想いは、私が誰より知っている。ずっとずっと、あなたを見てきたんだから!)


雪乃「頑張れーっ!! 負けるなーっ!!」



254 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:56:19.62 NSPCnO+e0 231/531


戸塚(出だしの透き通るようなハイトーンからもう心を持っていかれた。線対称のフォーメーションで踊り始める二人は、心からの笑顔で視線を交わす。互いの視線が雄弁に物語っている。勝負だ、と)

戸塚(一番の主旋律を歌うのは前川さんだ。会場の後ろを飛び越えて海の向こうまで飛んでいきそうなほど響く声が、美しくメロディラインをなぞる。これだけの声量をひねり出してなお、身体に一切のぐらつきはない。歩幅の一つ一つまで狂うことなく繰り出される正確精密なダンスに瞬きができない。一体何度動きをさらったのか、想像するだけで肌が粟立つ)

戸塚(バッキングを務めている渋谷さんの動きにも目を奪われる。彼女の挙動一つ一つには引力がある。カリスマ、と言うんだろうか。バッキングだからメインを喰うことはない動きだけど、なのに目が離せない。牙を納めながら忍び寄る獣のオーラを想起させる)

戸塚(Bメロに突入する。バックコーラスで複雑な譜割りのメロディを口ずさみながら踊らなければならない。――なのに、渋谷さんは余裕のその表情を崩さず、難なく歌い切って見せた。更に、自分にはこの程度じゃ足りないとばかりに、アドリブのダンシングフレーズを繰り出す。あれは……タップダンス!?)

戸塚(それに気付いても、前川さんは全く動揺しない。むしろ上等とばかりに更に笑った)

戸塚(サビのユニゾンが心地良い。何人ものお客さんがサイリウムを振ることを忘れて棒立ちになって聞き入っていた)

戸塚(間奏から二番に入る前の一瞬のブレイク。二人はまた視線を交わす。「どうだ、やってみろ!」「やるじゃん、ま、私の方が上手いけど」そんな会話が聞こえてくるようだ)

戸塚(二番に入った。主旋律を担う人物がスイッチする。前川さんのような声量はないけど、耳から足の爪先まで爽やかに通り過ぎていくような凛とした歌声が会場を駆け抜けていく。聴き入ってしまう。翠色の声が涙腺すら刺激するようだ)

戸塚(でも、渋谷さんをある意味際立たせているのが前川さんだ。バッキングは、基礎の集大成。その点において彼女は何者の追随を許さない。踊りが、コーラスが、楽曲にとっての不可欠な空気であるようにさえ感じる。前川みく無くしてこの楽曲は成り立たないのだと、誰もがそんな確信の中にいるようだった)

戸塚(彼女の笑顔が妖しく光る。なんと前川さんは、Bメロの複雑な動きを完璧にこなすだけでは飽き足らず、さっきの渋谷さんのアドリブフレーズを完全にコピーしてやり返した!)

戸塚(お客さんは湧きに沸いた。ぼくさえも、立場を忘れて一人の熱狂者になっていた)

戸塚(ギターソロに合わせて二人がシンメトリーに舞う。……ああ、なんて楽しそうなんだ!)

戸塚(この曲が終わらなければいい。永久に終わらないでほしい。ラスサビに突入した途端、途方もない寂寥に襲われた)

戸塚(陶酔感をもたらすユニゾンが終わっていく。後奏のコーラスの掛け合いには芸術品のように狂いがない。ああ、終わる。終わるんだ――)

戸塚(彼女たちの夏は、終わるんだ)

戸塚(演奏が終わって万雷の拍手に包まれる彼女たちの背中に、遠く明るい未来まで飛んで行ける夏色の翼が見える、そんな気がした)


255 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 19:57:30.71 NSPCnO+e0 232/531



『ありがとう……ありがとうっ!!』

みく『みんな、ありがとーう!!』

司会『二人とも、ありがとうございました! 素晴らしいパフォーマンスでしたっ!! ご観覧の皆さま、是非投票をおねがいします!! 集計の結果発表は、二人の今から行うエキシビジョンの後に発表となります!』



『最後の曲になります。今から歌うこの曲はね、夏休みに実は二人で決めたんだ』

みく『にゃはは、そうなんだ! みく達はね、二人とも高校三年生なの。受験真っ盛りだね。なのに、夏休みにやることと言ったらレッスンやお仕事ばっかりだにゃ』

『本当にね、一応優秀な学生だったのに。どこで人生狂っちゃったんだろう。……おかげで今、楽しくて仕方ないよ!』


――わああああああああ!!!


『普通の高校生の青春とはちょっと違うし、苦しいことだっていっぱいある。でも、私たちはこんな今の生活が、青春が、大好きです!』

みく『きっといつになっても、おばあちゃんになっても、みくたちはこの青春を思い出すよ! みくたちのありったけをこめて歌うから、聞いてくださいっ!!』



『――きっと青春が聞こえる』



256 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:00:23.75 NSPCnO+e0 233/531

<公演終了後、夜。千葉マリーナスタジアム一塁側観客席>
みく(あれだけたくさんいたお客さんも、大きな舞台も、さっきまで目の前にあったのに、今はもう何もない。吹き抜けの天井からは昼間の気温から想像できないほどの冷たい風が落ちてきて、夏の終わりを感じさせた)

みく「兵どもが夢のあと、か」

雪乃「今日の源平合戦はどうだった?」

みく「プロデューサー……」

雪乃「素晴らしかったわ。本当に」

みく「プロデューサーに言われれると素直に嬉しいな。嘘言わんから」

雪乃「そうね。虚言は吐かないの」

雪乃「だから、あなたに最初に会ったとき、期待していると言った言葉も嘘ではないのよ」

みく「……あの言葉、嬉しかった」

みく(舞台があった場所を見つめる。今でも思い出せる。何度だって思い出せる。生きてて一番気持ちいい瞬間だった。このまま時が止まればいいと、本気でそう思ったのは初めてだった。夏の幻が消えてしまった寂寥と舞台の余熱が、今も心で渦巻いている)


みく「みくな、他人にはもう期待せんって、あん時思ってた」


みく「――でも、それはもう終わりにする」

雪乃「……そう」クスクス

みく(ふと、舞台の前の一幕を思い出す)


『いよいよだね。あっという間だった』

みく『にゃっはっは! 悪いけど勝たせてもらうにゃ!』

『……いい加減そのキャラやめたら? 少なくとも私にはバレてるよ』

みく『……へぇ、よー見てるやん?』

『性格の悪さが挙動に滲み出てるんだよ。そりゃ猫被んないとアイドルできないよね』

みく『あんたは少し被った方がええんとちゃう? 愛想悪くて仕事入ってこんぞー』

『……ふふっ。言うじゃん』

みく『はははっ、あんたもな。しかしよーわかったな。同業者にはバレてないんやけど』

『ライバルを観察するのは当たり前でしょ』

みく『……ライバル』

みく(誰かに認められたいからアイドルをやってきたわけじゃないけど、その言葉はすとんと自分の中に落ちていった。……きっと、こういう認め合える相手を探していた)

みく『よし、じゃあこういうのでお決まりの握手とかやっとく?』

『いいよ。……あ、右手はやめてほしいかも』

みく『ん? なんで?』

『え、あ。……えーっと、そう。左手の握手は決闘だから』

みく『はははっ、しょーもないとこ拘るやつやなぁ。……ほら』グッ

『……うん』グッ

みく『……なぁ、渋谷』

『なに、前川』


みく『――お前に、期待しとく』


みく「さーて、ちょっと行ってくるかにゃ! しぶりんはどこか知ってる?」

雪乃「あれじゃないかしら。球場内でバックスクリーンの真下辺りに立ってる影。何しに行くの?」

みく「ちょっとした挨拶。プロデューサーも行くかにゃ?」

雪乃「仕事よ。連盟の人に呼ばれてるの」

みく「そっか。じゃ、おつかれさま!」

雪乃「ええ、お疲れ様。……本当に、おつかれさま。前川さん」

257 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:02:45.13 NSPCnO+e0 234/531

<同刻、バックスクリーン下>

八幡「……風邪引くぞ。十度以上下がってる。上ぐらい着ろよ」

「うん。後でね」

八幡「……ったく。ほら」バサッ

「わっ。……ありがと」

八幡「身体が資本なんだろ。次から上ぐらい持って来いよな」

「うん、ありがと。……ふふ」

八幡(吹きつける風に、渋谷が肩にかけた俺の上着と後ろ髪が冷たく揺れた。俺はその後姿を立って見つめる。寒いのか、スクリーンを見上げる渋谷は上着ごと肩を抱きしめていた)


「なんだか、あっという間の夏だったね」

八幡「そうだな。目の前のことを片付けてたら、いつの間にかって感じだ」

「一日も勉強しなかったし遊びにも行かなかったな」

八幡「そういや、俺も事務所と養成所にいる以外の記憶がねぇな……」

「……でも、こんなに充実した夏は人生で初めてだった」

八幡「……そうか」

八幡(早く移り変わる雲の姿がしっかりと視認できる。月の光がいつもより明るいせいだろうか。雲に隠れているが、夜の灯りには十分だ)

「初めて聞く音楽で、初めての踊りをやって。毎日知らないことを師匠から習って。レッスンだけじゃなくて撮影したり、初めてのテレビ番組に出てみたり」

「代替わりだけど、初めて自分の冠のラジオ番組を持って。スタッフに無茶振りされたりしたね」

八幡「諸星は喜んでたぞ。あの回、録音して音楽器に入れてるんだとよ」

「人生で初めての合宿もしたね。朝早くから夜遅くまで、もう死んじゃうかと思うくらいレッスンしたんだ。ここだけの話いっぱい吐いたし泣いた」

八幡「星空は意外とサディスティックだからな」

「初めての友達とのお泊りだったんだ。日付が変わっても友達が一緒にいるってなんかへんてこで、楽しいんだね。一緒にお風呂入るのはちょっと恥ずかしかったな」

「三人で歩いた深夜の星空は綺麗だったなあ。寝転んだ柔道場の畳は気持ちよかったなぁ。次の日もつらいレッスンがあるのに、三人で初めてした深夜の女子トークはドキドキしてやめられなかったなぁ」

八幡「……あの日、深夜に来たメールは不覚にも嬉しかった」

「そっか。……なんでそんなに頑張るかって言うとね。負けたくないって思える相手ができたからなんだ。あんなにも自分に本気になってくれる相手がいるだなんて、震えたからなんだ」

「初めて、誰かのおまけじゃなくて、自分のことを目当てにみんなが見に来てくれるライブが決まったからなんだ」

八幡(渋谷は、ぎゅっと俺の上着を引っ張って被る。その背中は震えていた)

「ねえプロデューサー。……寒いね」

八幡「……そうだな」


「ねえ、夢みたいだね。さっきまであんなにたくさんのお客さんがいて、大きなステージがあって、……私たちはそこで踊ったんだよね。歌ったんだよね」

八幡「ああ」

「夢みたいだったね。もう楽しくて楽しくて、心臓がかぁっと熱くなって。今でもずっと熱が消えないんだ」

「最高だった。楽しくて、時間が止まればいいなって思ったよ。……でも。でもね、プロデューサー……」


258 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:03:55.76 NSPCnO+e0 235/531






渋谷 凛   VS   前川 みく


24,298 Points      25,702 Points





259 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:05:36.19 NSPCnO+e0 236/531


「私っ……負けちゃったんだね……っ」

「夢じゃ……ないんだねっ……」

八幡(気まぐれな群雲が離れて、月はその姿を現す。悪戯で柔らかなその光が、等身大の彼女の眼から零れ出る、心の滴を照らした)

八幡(脳髄を甘噛みされたような痺れが、心を打った。甘く染みていく身体の震えでその場から動けない。ああ……こんなことを思う俺は不謹慎だろうか。彼女は今、俺の記憶のどんなものより尊いのだと)

八幡(なんて、美しく高貴な涙を流すのだろうと)


「ごめんっ……ごめ、んっ、ごめ、んなさいっ」

「わたしっ、かて、なかった……かてなかった、よっ……!」

八幡「いい。……いい。何も言うな」

「わたし……くやしいっ! くやしい、よっ……!」

八幡「そうか。……そうだよな」

「ごめんっ……いま……見ないで。あなたに、こんな顔、見せたくないの……」

八幡「……ああ。なあ、渋谷」

「……なに……」

八幡(俺は空を見上げながら前へと歩いて行き、渋谷の隣を追い抜かして、一歩前の辺りで止まった)

八幡「寒いな」

「……うん」

八幡「上着貸して、寒いんだ。……背中、暖めてくれないか」

「…………馬鹿っ……カッコつけっ……。似合わない、よ……」

八幡「……今日だけ、だからな」

「……ばか」ギュッ

八幡「……なあ、渋谷」

八幡「誰も、見てないぞ」

「――っ」


八幡(その言葉で、想いは溢れた。決壊させてやれた。背中の震えと熱に呼応して、冷めきったはずの俺の感情の一部に熱が移る。この感情の名を、何と言ったか)

八幡(だが、ひとまず考えるのはやめておこう。今は彼女の気持ちの発露をただただ受け止めてあげたい)

八幡(ともすれば自分も泣いてしまいそうなのを堪えながら、ただ空を見上げる)

八幡(月よ、今一度だけは隠れてくれよと、そう願いながら)


260 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:06:26.96 NSPCnO+e0 237/531


みく(ただ一言、伝えるつもりだった。今日のステージは最高だった。また絶対にこんなライブをしよう。次だって自分が勝ってやると、照れ隠しを混ぜて)

みく(でも、彼女に近づいていくうちに、その頬に一筋流れる涙に気付いただけで胸がいっぱいになった)

みく(無粋なことはしたくないから、気付かれないよう猫足ですぐに引き返す)

みく(ほら、あいつに期待してよかった。ちゃんと応えてくれるから)

みく(もう本気で生きていいんだね。自分と同じく、本気で泣ける人間がこの世界にはいる。そのことのほうが勝ったことより何倍も嬉しかった)

みく(さあ、帰ってゆっくり寝て、明日もまた鍛錬に勤しもう。一歩でも大きくリードするために。あいつはきっと、泣いて終わるような女じゃない)


みく「おやすみ、ライバル」




八幡「もういいだろ。帰るぞ」

「…………もうちょっと」

八幡「そろそろ職員さんに怒られちゃうだろが。あといい匂いしてドキドキするからやめてくれ」

「え!? あ、汗臭かった!?」バッ

八幡「んなこと言ってねーよ、大音量で耳やられたか?」

「……あーあ、もったいないことしてるよ。女子高生アイドルに抱きつかれてたのにさ。もうこの先一生ないね」

八幡「この先頑張って偉くなって権力を有したら新人アイドルに仕事回す代わりにやってもらうか」

「冗談だってわかってるけどそれ絶っっっ対よそで言っちゃダメだからね!」

八幡「はいはい。それより帰るぞ。車で来てるから乗ってけ」

「……お言葉に甘える」


261 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:08:58.48 NSPCnO+e0 238/531

<帰路、車内>
「今日は疲れたな」

八幡「俺もだ。応援ってのは心底疲れるもんだな。明日が休みで本当に良かった」

「……応援してくれたんだ?」

八幡「……一々揚げ足取んなよ。性格悪いぞ」

「うつったんだよ。だから負けちゃったのかな」

八幡「引っ張る奴だなお前は……。見てる限りでは内容に差はなかった。ただ敗因があるとすれば……」

「プロデューサーの差?」

八幡「責任転嫁って上手い言葉だよな。転ぶ嫁って書くんだから」

「冗談。雪ノ下さんにだって負けてないよ」

八幡「……今回に限っては、僅差を埋めたのは積み上げた歳月の違いだったんじゃないか」

「……そっか」

八幡「ただ、俺はこういう精神論は嫌いでな。次やる時は圧倒的に叩き潰してやれよ。歳月の違いなんて知るかってな」

「……うん。ねえ、プロデューサー」

八幡「なんだ?」

「私、トップアイドルになりたい」

「この前まで、何にも熱くなれなかったなんて嘘みたい。好き。私、アイドルが好きだよ。こんなに熱くなれるものがあるなんて知らなかった」

「私、もう負けない。負けたくない。なら、目指す場所は一つだよ」

「頂点に……最短経路で走っていきたい」

「そのために、私は靴を貰ったんだと思うから」

「だから私は、走るよ。自分の為にも、もちろんプロデューサーの為にもね」

八幡「……頼もしいな。そんなお前に朗報だよ」

「え? なに?」

八幡「CDデビューが決まった。前川と同時にな」

「……嘘」

八幡「今日のお前にそんな嘘つくやついたら人間じゃねぇよ。本当だ。……ただし、前川の方は今日の戦果が評価されてEランクに昇格のオマケ付きだがな」

「気に入らない……。ん、待って。もしかしてシングル出すってことはまたライブバトルある?」

八幡「察しが良いな。レコ発兼販促って感じで来月早速だ」

「……ふーん」

八幡「……悪い顔してんぞ。せっかく今日で顔売れたのにその顔じゃ地上波に乗せていけん」

「ライブバトルのルール」

八幡「? ……あ、おい、まさか」

「『新譜を出すときはランクが下のアイドルの対戦希望が絶対通る』んだったよね?」

八幡「……はいはい。もう対戦希望に名前書いといてやるよ」

「ふふっ、ありがと。……着いたね。じゃ、またね」

八幡「ゆっくり寝ろよ。おやすみ」

「おやすみ。あ、ねえ、プロデューサー」

八幡「なんだ」

「背中、大きいんだね。……ちょっと、どきどきしたよ」

八幡「……バカ。寝てろ」

――ばたん。ぶうぅーん。


「あははっ、照れてた。……本当、ちょっとは反撃しないと私ばっかで不公平だもん」


262 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 20:10:08.20 NSPCnO+e0 239/531



八幡(熱くなった頬を冷ますために窓を開く。早速自分のやらかした行動を思い出して最高に死にたくなる。アクセルガン踏みでいきたい。あれは俺じゃない。俺じゃなかった)

八幡(また一つ黒歴史が増えてしまった……のかな。でも、あの時の俺はそうしたいと思ったんだから仕方がない)

八幡(何より彼女の涙は尊かった。月明かりを反射したあの滴は教えてくれるのだ。今、この時は決して間違えてなどいないと。「本物」を諦めるのはまだ早いと)

八幡(背中越しの彼女の体温がまた蘇る。熱くなる身体。……この熱さは多分、黒歴史をやらかした時に立ち上ってくる、あの掻痒を伴う熱じゃない)

八幡(……やめろ。考えるな。俺が抱いているのは幻想だ。そんなものが、本物であるはずがない。他人に期待するな。都合のいい幻想を強要するな。……勝手に期待して、勝手に失望する傲慢な自分に気付いて傷ついて――そんな過ちを何回繰り返せばいい?)

八幡(そして過ちの果てに気付くんだ。俺は、他人を愛することが出来ない壊れたロボットなのだと。他人の為に自分を傷つけることがただただ怖くて、手を差し伸べられない心なき人形なのだと)

八幡(ああ、俺は嫌になるほどたった一人を愛しているのだ)

八幡(この世で一番大切な、醜い自分を――)

八幡(そんな己のせいで壊れた彼女たちとの関係のことを、よもや忘れるはずもない)

八幡(……でも)


八幡「私は、走るよ……か」


八幡(あいつは言ったのだ。自分の為でもあるけれど、俺の為にも走ってくれると)

八幡(変わってみようかと思い始める自我に、邪知暴虐の王は怒号を放つ。人をまた信じようとして、無為に帰してしまう未来を思うと背筋が震える)

八幡(けれど、もし。人の為に走ると、そう誓う人間が現れるのなら。邪知暴虐の王も心を入れ替える、そんな未来もあるのかもしれない)

八幡「俺は……期待して、いいのかな」

八幡(虚空に問うた、生涯最大の設問に答える者は誰もいない。点滅する信号機を通過していく車は、けれど確かに答えが待つ未来の方角へと進んでいた)





続き
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【4】


記事をツイートする 記事をはてブする