1 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:38:50.99 NSPCnO+e0 1/531


サンタクロースさん。あんたに頼みがある。後生だから、聞いてくれないか?

欲しいものがあるんだ。ああ。たったひとつだけ、欲しいものが。

それさえあればなんにもいらない。他の何を捧げたって構わない。誰にも見せたりしないから、そいつを俺にくれないか。お願いだよ、この通りだ。

……え? そいつは何かって? ……いや、実はな、俺にも名前がわからないんだ。

冷やかしてる訳じゃないぞ。ただ、名前はわからんが欲しいんだ。それだけは違いない。

はは。悪い子だな、俺は。……無茶振りだが、どうにかならないか?

……本当か? 恩に着るよ。約束したからな。だったら俺はいい子にして待ってるよ。

……なに? 他の子の所も回るから、いつになるかはわからない?

……ああ。いいよ。ゆっくり、幸せ配ってきてくれよ。俺はずっと待ってるから。

ずっとずっと、待ってる。大丈夫だ。好きなもん、好きなだけで待てるんだよ、俺は。

その代わり約束してくれ。一番最後でもいいから、必ず来てくれるってさ。

……ああ、よかった。ありがとうな。それさえ聞ければ満足だ。

代わりと言っちゃなんだが、これを受け取ってくれ。俺のお気に入りなんだ。

紅くて、綺麗だろ? これが俺の一ドルと八十七セント。今ここにある、ありったけさ。

過去に誓いを。今に誇りを。きたる未来に、祝福を。

この一言を、あんたに。

メリー、クリスマス。


元スレ
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436215120/

2 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:40:36.90 NSPCnO+e0 2/531

<都内某所、夜。十二月二十五日。比企谷八幡、二十一歳>

八幡(吐く息さえ凍りそうな、寒い夜だった)


八幡(大学の六号館から出ると、外との温度の違いに思わず身震いしてしまう。門をくぐって外に出ると、駅まで続く大通りはクリスマスらしく輝かしいイルミネーションで彩られていた)

八幡「……そうか。今日は、クリスマスだったな」

八幡(人と関わることがないと、どうしても日にちの感覚は狂いがちだ。もっとも日付など今の俺にはどうでもいいが。たとえ三百六十五日のうちのどれかだとしても、生きるのが辛いことには変わりない)

八幡(そう。たとえ誕生日だって俺にとってはただの一日に変わりない。盆。正月。バレンタインデー。何が来ようと揺らがない。……ただ)

八幡(この日、だけは。クリスマスだけは、別だった)

八幡「…………あ」

八幡(鈍色の空は、忘れるなとばかりに無慈悲な白雪を降らせてきた)

八幡「……雪」

八幡「………………また、この日が来た、のか」


結衣『……ごめんね。ごめんね、ヒッキー。あたし、悪い子だから……』
雪乃『……じゃあね。……さようなら。さようなら、比企谷くん……』


八幡「……雪は」


八幡「雪は、嫌いだ」



3 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:42:35.40 NSPCnO+e0 3/531


八幡(独り言に応える者はいない。一人は嫌いじゃない。むしろ大好きとまで言い切るまである、が。色とりどりのイルミネーションを前にそれを吠えるのは何だか空しい)

八幡(クリスマス仕様になっているいつもの道から帰るのは何か癪だ。負けた気分になる。日陰者らしく、暗い裏道をぬって帰ってやるか)

八幡(駅への道を勘で探りながら歩いていると、まだ灯りがついている小さな花屋を見つけた。時間は九時になろうというところ。花屋なのに、めずらしい。そう思って俺は柄にもない寄り道をしてみることにした)

「いらっしゃいませ。ごめんね、お兄さん。もうあと数分で閉めちゃうんだけど……」

八幡「……あ、そすか。すんません」

八幡(綺麗な女の子が店番をしていた。思わずどきりとするほどだ。なにこの子、アイドル? ってレベル。洗練されたぼっちの俺は呼吸をするように目線を外す。すると、外した先には美しく紅い花束が咲き誇っていた。不意に、見惚れてしまう)

八幡(ふと、家で自分を待っている可愛い妹の姿が脳裏に浮かんだ。……今日はクリスマスだしな。あいつに贈り物をしても、許されるだろ)

八幡「あの。これ一本欲しいんですけど。……いくらですか」

八幡(そう言って、小銭入れの中身を見た。百と、八十七円入っている)

「あ、これ? ポインセチア? 一本187円だよ」

八幡「……ぴったりだな。じゃ、一本ください」

「ん、ありがと。はいどうぞ」

八幡「あざっす」

八幡(差し出される手に小銭を渡し、もう片手から花を受け取る。白くて、小さな手だった)



4 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:47:12.05 NSPCnO+e0 4/531


「この花ね、お兄さん。祝福って意味があるんだよ」

八幡「…………祝福」

八幡(澄んだ瞳の彼女はそう言った。祝福。その言葉が自分に向けられるのは抵抗があった。やはり、この花は小町に贈るべきだろう。……色んなことがあったが、結局いつも傍にいてくれたのは小町だったしな。生まれてきてくれてありがとう、なんて、な。柄じゃねーけど)

八幡(妹の笑顔を想像して、俺は小さく笑った。そんな様子を、花屋の娘さんは不思議そうに見ていた。……キモいと思われたな。こういう時は撤退だ。もう二度と会わねぇだろうし)

八幡「じゃ、あざっした」

「待って、お兄さん!」

八幡「……はい?」

八幡(後ろから声をかけられて振り返る。透き通るような水色の声。絹のように柔らかそうな黒い長髪を少し靡かせて、俺とは正反対な澄んだ瞳で、眼を見て彼女は言った)

「メリークリスマス。きっといいことあるよ。こんな夜だし」

八幡「……メリークリスマス。そっちもな」

「……行っちゃった。……なんだろ」



渋谷凛「優しい笑顔の人、だったな」


渋谷凛「……私も、あんな風になれるかな?」




八幡(花屋を出て、総武線の電車に揺られながら最寄り駅に付く。駅を出て家へと歩くころにはもうイルミネーションの姿はなかったが、相変わらず嫌いな雪は止んでくれない。狭い十字路の裏道に差しかかると、仄暗い街灯が一つだけ灯っていた)

八幡(ふと前を見ると、向こう側からスマホを見ながら歩いている女性がやってきている。暗くて顔もよく見えないが、街灯が照らしたその髪色は金だったように思う)

5 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:50:56.21 NSPCnO+e0 5/531



――ぶろろろろろろろろ。


八幡(横側から、少し急いだエンジン音)

八幡(女性は、気付いていない)

八幡「おいっ!!!」

八幡(俺の声に驚いた女性は、顔を上げても……足を止めることはなかった)

八幡「くそっ!!!」

八幡(無我夢中で飛び込んでいた。最後に見たものは、光を放つエンジン音の正体)

八幡(――黒塗りの、リムジン)

八幡(……ああ。昔、そんなこともあったな――)

八幡(俺の意識は、そこで途切れた)





「ねぇ!? あなた、大丈夫!? しっかりしてっ!!」

「……っ。救急車……救急車呼ばなきゃ!!」

「もしもし!? 救急です! えーっと、えーっと場所っ……場所!? ここどこ……!? ここどこなの!? わからない、わかんないのよぉ!!」

「そ、そうだ。あの子ならきっと……! ごめんなさい! すぐかけなおします! かけなおすから待っててください! おねがいします!!」

「……もしもし!? ねえ希、今あなたの家の近くにいるんだけど、住所を教えて! 早く!」







絵里「お願い! 人が事故に遭ったの! 早くっ!」





6 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:52:33.50 NSPCnO+e0 6/531







アイマス×俺ガイル×ラブライブ
雪と賢者の贈り物








7 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:54:01.42 NSPCnO+e0 7/531

<数日後、朝。西木野総合病院>



八幡(目覚めたのは、事故から数日経った夜だった)

八幡(口元にあの緑のダースベイダーみたいなやつがくっついてて死ぬほどびっくりした。生きてるんだけどね!)

八幡(小町によると第一声は「……漫画みてえだな」で次が「はっ、死に損なっちまったか……罪な男だぜ」らしい。我ながらアホだ。それでもまあ、起きるなり顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした小町が胸に飛び込んできたときは、生きててよかったなと思ったりもした。骨折だらけのボディに妹のダイブは痛すぎで今度こそ本当に死ぬかと思ったが)

八幡(片足とかあばらとか色々骨折して、退院できるのは三ヶ月後らしい。両腕が折れなかったのは不幸中の幸いだった。本が読めて退屈しなくていい。そんなことを思っていると、病室のドアが叩かれた)

八幡「どうぞ」

武内P「失礼します」

八幡(入ってきたのは、大柄な男だった。目つきが悪くて殺し屋かってレベル。人のことは言えんが。そんな大男は、入ってくるなり、深々と頭を下げた)

武内P「この度は、誠に申し訳ございませんでした」

八幡「ちょっ、いきなりそんなに謝られても困るんですけど! 頭上げて下さいよ、大体運転手さんからは昨日挨拶頂いてますが……」

武内P「ですが、私も同乗しておりましたので……」

八幡「いや、別に同乗してただけでしょ。むしろこっちが謝りたいすけどね、色々面倒だったでしょ」

武内P「そんなことはありません。断じて」

八幡「……はあ」

武内P「……?」

八幡「……どうしました?」

武内P「……いえ。あなたに既視感が少々。……気にしないでください」



8 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:57:14.28 NSPCnO+e0 8/531



武内P「具合の方は、いかがですか」

八幡「ああ、骨が折れたくらいなんで。三ヶ月くらい入院しないといけないんですけど、どうせバイトもしてないし、家から出ないんでまあ問題ないっす」

武内P「……身内の方からお聞きしました。大学生、なのでしょう? 通学の方は……」

八幡「一応今まで優秀で通ってるんで。三年後期なんて文系はゼミだけみたいなもんですし、事情説明すれば余裕でした。来期なんか大学通うの週一です。学費返せってゴネるまである」

武内P「……そうですか。少し、安心しました」

八幡「費用もなんかそちらの会社が負担してくれるらしいですし、少し申し訳ないっすね。まあ払ってもらいますけど」

武内P「はい、勿論。……失礼ながら、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

八幡「? なんですか」

武内P「貴方は、何故。あの時飛び込まれたのですか?」

八幡「なんでって……なんでですかね。俺が知りたいです。身体が勝手に動いたんで。未だにわかりませんけど、でもまあ――」


八幡「結果オーライじゃないすかね。もし俺が死んでても、ぼっちが一人減って女の人が一人助かる訳だから。世界にとってはそっちの方がいいんじゃないですか。まあ俺は自分が死ぬほど可愛いから絶対死にたくないですけど。やっぱ生きてるって最高だわ」


武内P「……ああ、なるほど。……誰に似ているか、ようやくわかりました」


八幡「……はい?」

武内P「……失礼しました。私はいつもこういう時、自分の世界に浸りがちです」

武内P「比企谷八幡くん。私は今日、謝罪のためだけに来たのですが……気が変わりました」

八幡「………………は?」




武内P「申し遅れました、私、こういうものです。……あなたに、お話があります」

武内P「よろしければ、アイドルのプロデューサーになってみませんか」

9 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 05:59:38.08 NSPCnO+e0 9/531

<同日、夜。西木野総合病院>


八幡「突然すぎて言葉を失ったわ。黒塗りの高級車に乗ってた暴力団の団員が、示談の条件を提示しに来たのかと思ったぞ」

小町「妹が悲しむからビデオ出演だけはやめてね、お兄ちゃん……」

八幡(半目で俺を睨むと、小町は俺の為にわざわざ買ってきてくれた小型のテレビに目線を映した。青い猫型ロボットのアニメからつけっぱにしていた小さな箱の中では、音楽番組が映っている)


春香『天海春香でーすっ! 今日はよろしくお願いしまーす!!』
グラサン『はーいよろしくお願いしまーす』


八幡「アイドル、ねえ」

小町「面白そうな話だよね! もちろんお兄ちゃんはこの話受けるんだよね! 忙しくなってもたまには妹にかまって欲しいかなーって。あっ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「いや、やんねぇから」

小町「えっ、なんで!? アイドルのプロデューサーだよ!? もしかしたらアイドルとお近づきになれてあわよくば結婚できるかもだよ!? 小町ポイント満額で限界値突破しちゃうよ!?」

八幡「なんでって……だって普通に働くことになるんだぞ。俺まだ大学生だし。働きたくねぇ。死ぬまで親のスネをかじり続けていたい。禁断の果実だよな。骨の髄までしゃぶりたくなるほど美味い」

小町「うわぁ……本当ゴミいちゃんだなあ……。でもでも! アイドルと結婚できたらお兄ちゃんきっと専業主夫になれるよ! どうだ!?」

八幡「生憎だがそれは無理だ、小町」

小町「なんで?」

八幡「俺だぞ」

小町「……一言でなんでこんなに説得力あるのかな。それで納得できてしまう自分が悲しいよ。本当に小町的にポイント超低い」

八幡(よよよ、と芝居臭く袖で目を拭うふりをしながら、ベッドに腰かけていた小町は俺にもたれかかってきた)



小町「……こんな兄だけど。生きててくれて、本当に良かった。……良かったよ」


10 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:02:14.04 NSPCnO+e0 10/531



八幡「おいおい、もう昨日散々泣いただろ。そうやって兄想いなところは八幡的にポイント高いが」

小町「うるさい。本気で心配したんだよ」

八幡「……悪かったって」

小町「死んだらポイントも何もないんだから。もうこういうのは止めてね……って言っても聞かないんだろうな。それがお兄ちゃんなんだし」

八幡「知ったような口を」

小町「きくよ。小町が何年妹やってきたと思ってるの? お見通しだよ」

八幡「……ま、今回はたまたまだ。金髪の美人っぽい人が轢かれそうになってたからな。かっこつけたかっただけだ」

小町「そういう捻デレ、今はいい」

八幡「はいよ」

八幡(言葉を切ると、小町はまた俺の胸で少し泣いた。怪我した身体に、温かい体温が心地よかった)




小町「小町ね。プロデューサーの話、本当に受けてみたらいいと思うんだ」

八幡(泣き止んだ小町は、俺の肩に重みを預けて言った)

八幡「またそれか。第一俺はアイドルのことなんか全く知らんぞ」

小町「それはお兄ちゃんなんかスカウトした向こうが悪いんだよ。気にしなくていいの」

八幡「お前、推すなぁ……。何、そんなに兄が仕送りだけで暮らしてるの情けない?」

小町「うん、かなーりポイントは低いよ。でも、それだけじゃなくてね」

小町「お兄ちゃん、ちょっと無理して働いた方がいいと思う。……疲れて、何も思い出せないくらい」

八幡「…………なんでだよ」

小町「間があったね。本当はわかってるんでしょ?」

小町「お兄ちゃん、昔の傷、全然治ってない。気付いてる? 昔よりずっと暗くなったよ」

八幡「……傷って言ってもな。もう三年も経ってる。というか第一あいつらとは何もなかった」

小町「何もなかったから、こうなったんでしょ?」

八幡(瞳を射抜く妹の視線は、悲しくなるほどに鋭い。触れると、また決壊しそうだった)

小町「時間がすべてを解決するってよく言うけどさ。小町から見れば、お兄ちゃんには時間がありすぎだよ。色々無気力になっちゃうのもわかるけど」

小町「でも、無理しないと絶対に治らない傷ってあると思うんだ。色んなことに忙しくなって、バタバタして、空元気出して。そうやって嘘で出した元気が、いつか本物になることもあるって思うんだ」

八幡「…………」



11 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:05:14.42 NSPCnO+e0 11/531



小町「小町が高校に落ちたときもそうだった。あの時は本当に本当に悲しかったけど、でもあの時泣きながら無理して頑張った小町がいるから。高校もちゃんと楽しかったし、今こうやって元気にお兄ちゃんと一緒の大学に通ってる小町がいるし。それから、この先の未来の小町も」

小町「お兄ちゃんも無理すればこの先なんかあるかもしれないでしょ」

八幡「……俺は、別に」

小町「あー、もう! 相変わらずめんどくさいゴミいちゃんだなぁ! 今からもこれからもあるのっ! わかった!?」

八幡「お、おう……」


小町「大体今どき『俺はもうこれから先一人でいいんだ……』とか流行らないの! 一人くらい友達連れてきたらどうなの!? いくら妹との二人暮らしで連れて来づらいからってゼロは限度があるよ!」

八幡「仕方ないだろ。ぼっちなんだから。大学でぼっちを極めるってのはすごいことなんだぞ。過去問なしで全てを切り抜けなきゃいかんのだから。代返も不可だし。俺凄くね?」

小町「すごくないよ。本当にやだよこんな兄」

八幡「流石にノータイムでそこまで否定されるとちょっと凹むわ……」

小町「小町いつまでもこんな兄を持つの嫌だしなー。それにアイドルとお知り合いになりたいしなー。はっ、良いこと思いついた。あわよくばそこから高収入の俳優さんと仲良くなれないかな!?」

八幡(相変わらず底が浅いな、お前は。そう言おうとした)

小町「小町はお兄ちゃんをダシにして叶えたい欲望がいっぱいあるんだ。だからさ」

小町「小町のために、小町の未来の旦那さんのために、なんとかなんないかな」

八幡(昔どこかで聞いたセリフだった。だから)

八幡「……妹のためじゃしょうがねぇな」

八幡(俺はあえて乗ろうと思う。この愛すべき、比企谷小町の計略に)

小町「うん、小町のためだもんね。小町、わがままだからなー。しかたないなー」

八幡「ほんとだよ」

八幡(もたれかかった小町の頭をがしがしと乱暴に撫でる。すると小町はきゃーと言いながら俺の手に合わせて頭を揺らした)


12 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:07:21.27 NSPCnO+e0 12/531



小町「小町はここに、お兄ちゃんの孤独体質を改善するため、新生奉仕部の発足を宣言します!」

八幡「ふん。平塚先生にも無理だったんだ、やれるもんならやってみな。新部長さん」

小町「奉仕部部長……部長かー。もう叶わないと思ってた夢だけど、変な形で叶っちゃった」

八幡「あ? 夢?」

八幡(俺が聞き返すと、小町は少し恥ずかしそうに笑った)


小町「奉仕部! 入りたかったんだー」

八幡「……あ、そ。さっさと廃部できるように頑張るわ」

八幡(俺は再び妹の頭を撫で回しながら、ベッドのテーブルの上に置いた名刺を見つめていた)

八幡「ありがとな」

小町「どういたしまして」

八幡「……そろそろ帰りな。遅いから気を付けて帰るんだぞ」

小町「うん、じゃあ、おやすみ」

八幡「ああ、おやすみ」

八幡(病室のドアがぱたりと閉じた。あの人の――346プロダクションのお金で取った個室の病室の窓からは、美しい夜景が見える)

八幡(自分ももうすぐこの夜景を作る歯車となるべく働くのかと思うと気が滅入るが、妹の言葉を思い出すと頑張れるような気もする)

八幡(懐かしいやりとりだった。昔の俺は動くべき理由を上手く見出せず、立ちすくんでいた。それを助けてくれたのが小町だったっけ)

八幡(あの時も小町の為って大義名分を借りた。……結局回り回って、それが間違いだったって気付いたんだが)

八幡(昔に一度やらかした間違いなのに、またもう一度繰り返そうとしてる)

八幡(でも、それでいい。一度間違えたんだ、何度間違えたってもう同じだ。それに――)



八幡「俺は妹のためならたいていは許してしまう素晴らしい兄だから、な」



八幡(夜景に名刺をかざしてみる。流れ星が一筋、光った気がした)


13 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:09:30.40 NSPCnO+e0 13/531

<三カ月後、春。都内某所、346プロアイドル部門:クールプロダクション事務所前>


武内P「おはようございます、お待ちしておりました」

八幡「おはようございます。わざわざ会社の前にいてもらうなんて……」

武内P「私がスカウトしたのですから、当然のことです。どうぞ中へ」

八幡(武内さんは俺の一歩前を歩いて、事務所の中へ入っていく。346プロという名を冠しているが、事務所はごく普通の雑居ビルにあった。一階は居酒屋だったし。事務所は三階のようなので、エレベーターは使わず二人で階段を上る)

武内P「雇用契約等は病院で済ませましたので、本日はいきなり業務から入ります。一通り説明しますが、わからないことがありましたら事務員さんが一人いますので随時聞くようにしてください。若いですが、とても優秀な方ですよ」

八幡「はあ……。武内さんにも聞いていいんですか?」

武内P「いいえ、不可能でしょう」

八幡「え? 忙しいってことですか」

武内P「いえ。私はもう、この事務所で仕事をしません。四月付けで本社勤務になりました。役職的にはアイドル部門の統括……つまり部長ということになります」

八幡(聞いてないぞそんなこと……。マジか、いきなり知り合いゼロからスタートか。これが定められしぼっちの運命ってやつなのか)

武内P「私は三月までここのプロデューサーでした。つまり比企谷くんは私の後任であり部下、ということになります」

八幡「そ、そうなんすか……。なんか大任ですね」

武内P「そう固くなることはありません。大丈夫です」

八幡「はあ、ありがとうございます。上手くやれるといいんですが」

武内P「初めは無理です。当然」

八幡(……何というか。この人は寡黙そうというより、言葉が足りないんじゃないかと思い始めている自分がいた)

武内P「着きました。こちらです」

八幡(彼が事務所の扉をノックして、ノブを捻った)




絵里「おはようございま…………」




八幡(ビックリして心臓が止まりそうになる。多分彼女もそうなんだろう。そんなビックリしている自分を冷静に見つめるもう一人の自分が、まるで青春ラブコメだなと笑っていた)



14 : >>2時点では八幡は二十一歳でした。お詫びして訂正致します。 ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:15:27.88 NSPCnO+e0 14/531



絵里「聞いてないですよ! 比企谷くんが新任のプロデューサーだなんて!」

武内P「はあ。後任のプロデューサーが四月から勤務する、とはお伝えしたつもりですが……」

絵里「誰が来るなんて言ってないじゃないですか!」

武内P「……聞かれなかったので」

絵里「もう! またそういうこと言って! いつも言ってますけど一言足りないんですっ」

武内P「……申し訳ありません」

八幡(困ったように首に手を回す武内さんと少し怒った絢瀬さんを前に、俺は黙って傍観することしかできなかった。この空気感よ。身体に馴染みすぎててクセになるわ)

絵里「はっ、ごめんなさい比企谷くん! 今お茶を入れるから、そこのソファにプロデューサーさんと座ってて!」

八幡「あっ、ハイ」

八幡(事務所着いて第一声がアッハイとかなんなの俺……。流石すぎでしょ……)




絵里「はい、お茶。熱いから気を付けて飲んでね」コトッ

八幡「ありがとうございます」

武内P「………………」

絵里「プロデューサーさん……じゃなかった、部長さんの分はありません。罰です。ふんっ」

八幡(武内さんは俺の隣に座り、絢瀬さんは俺の向かいに座った。改めて見ると、息を呑むほど綺麗だ。雪みたいな白い肌に、宝石をはめ込んだかのような両の瞳。吸い込まれそうになって目を逸らす。黒いスーツ姿に、一つに括った金髪が映えていた。スタイルも……大変けしからんな。弊社のトップアイドルですって言われても普通に信じてしまいそうだ)

八幡「病院ぶりですね。わざわざ見舞いに何回か来てもらって」

絵里「何言ってるの、当然でしょ? ほんとに比企谷くんがいなかったら私、死んでたかもしれないんだし」

八幡(絢瀬さんは律儀にも、何回も見舞いに来てくれていた。その時はもう関わることがないだろうと思っていたし、絢瀬さんも忙しいようで長居をすることはなかったから、何を話したかをはっきりは覚えていない。ただ、何度もありがとう、ごめんなさいと繰り返していたことだけは覚えている)

絵里「改めて、あの時は本当にありがとう。あなたのお蔭で私、生きてるわ」

八幡「大げさですよ。本当にたまたまだったんでもうそういうのはやめませんか。……その、なんです。これから一緒に仕事していくんだし」

絵里「そう……そうね。そうします。努力するわ。うふふ」

八幡(手のひらで口を覆うと、彼女はお淑やかに笑った。大人の女性の笑みだった)

絵里「部長さん、私の紹介はされましたか?」

武内P「いえ、まだです」

絵里「そう、じゃあ私から改めて」

絵里「346プロ、クールプロダクション事務員の絢瀬絵里です。比企谷くんは大学四年生だったわよね? じゃあ歳は……比企谷くんの一つ上になるのかな。私も短大に居た頃から一年くらい仕事してたから、実質三年目ねー。年齢と両方の意味であなたの先輩になるわね! 私にわかることなら何でも教えるわ。色々聞いてね!」

八幡「比企谷八幡、大学四年です。アイドルのことはよく知らないんで足引っ張ることが多くなると思いますが……やる以上はしっかりやりたいと思ってます。よろしくお願いします」

八幡(深々と頭を下げた。こいつはもうバックレ可能なアルバイトじゃない。社会人としての仕事なんだという事実を噛みしめる)

絵里「ふふ、いいのよ。どうせまた部長さんが無理言ってスカウトしてきたんでしょ。最初は出来なくて当然なんだから、いっぱい間違えなさい」

武内P「また、とは……。いや、しかし今回は認めます。……比企谷くん。気負わずに、まずはやってみてください。大丈夫です。ずっと、見ていますから」

八幡(そんな二人の言葉を、どこか懐かしい気持ちで受け取った。『ちゃんと見ていてやるから、いくらでも間違えたまえ』いつか誰かにそう言われた気がする)

八幡「はい、よろしくお願いします」

八幡(俺はもう一度深々と頭を下げた。そんな俺の態度に、武内さんはまたさっきみたいに首に手を回した。それでは本社へ出勤します、と言い残すと彼はしっかりとした足取りで去って行った)


15 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:18:56.29 NSPCnO+e0 15/531



絵里「あの娘が来るまで少し時間があるわね」

八幡「あの娘?」

絵里「あなたの担当アイドルよ。今日、顔を合わせることになってるわ。……そうね、まずは346プロについてのお話をしようかしら。アイドル業界のこと、何も知らないのよね?」

八幡「765プロってところのメンバー全員の名前もわかりません」

絵里「…………ハラショー。逆にすごいわね……」

八幡「でしょう」

絵里「褒めてないわよ。んー、じゃあそのあたりの説明も一緒にしようかしら」

絵里「私たちが今いるクールプロダクションっていうのは、他のアイドル事務所とはちょっと変わっててね。比企谷くん、346プロのことはわかる?」

八幡「あ、はい。それなら。芸能プロダクションとして結構老舗ですよね」

絵里「そうそう、本社行ったことある? 本当に美城の名がふさわしいくらいでっかいわ。まあそれは置いといて、歌手や俳優をたくさん輩出してきたけど、アイドル部門が出来たのって実はここ数年のことなのよ」

八幡(そうなのか。色々なところに手を伸ばしているイメージがあったから、少し意外だ)

絵里「でも、さっき言ったと思うけど346のアイドル部門ってちょっと変わってるの。なんと傘下の事務所が三つあるわ。それがクール、キュート、パッションプロダクション。ちなみにウチに所属するアイドルのことを、シンデレラガールと呼ぶことも覚えておいて?」

八幡「なんで三つも事務所があるんです?」 

絵里「社長の方針ね。競争が発展を促す、っていう思想があるらしいわ。集○社と小○館の関係と同じって言ったらわかる?」

八幡「ああ、なるほど。理解できました」

絵里「うん、よろしい。上手く説明できたわ」

八幡(絢瀬さんは腰に手を当てて、むふーと息を吐いた。すごく……かしこくてかわいいです……)



絵里「所属するアイドルは上が決めることになってるわ。経緯は色々ね。オーディションから獲ったり、あなたみたいに一般人からプロデューサーがスカウトしてきたり、スクールアイドルからプロになれそうな娘を誘ってみたり」

八幡「……スクールアイドル?」

絵里「あれ、知らないの!? ……でも知ってたらきっと気付かれたわよね。当然か」

八幡「最後の方もごもごしてて上手く聞き取れなかったんですが……」

絵里「な、なんでもないわ! スクールアイドルっていうのは、一言で要約すればアマチュアのアイドルって感じかしら。ひとつの学校ごとにひとつのグループがあるのよ」

八幡「へえ。アイドル部、って感じですか?」

絵里「その感覚に近いわね。結構文化としては人気があって、ラブライブっていう有名な全国大会が開かれてたりするのよ。予選からすごく盛り上がるの」

八幡「どのくらい凄いもんなんですか? ラブライブって」

絵里「……そうね。ラブライブで優勝した学園が、廃校寸前の状態から今や倍率数倍の有名校になっている前例があるわ」

八幡「すげえな。そんな漫画みたいな話が本当にあるんですか?」

絵里「……あるのよ、本当にね」

八幡(そう語る彼女の表情は、なぜかとても誇らしげだ)


16 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:21:59.13 NSPCnO+e0 16/531



絵里「話を戻すわ。今は二度目のアイドル黄金期と言われていてね。アイドルがたくさんいるの! 小さな事務所がたくさん乱立してるわね。EランクDランクアイドルなんかは結構いるのかしら」

八幡「アイドルにもランクがあるんですか?」

絵里「ええ、そうなの。これについては後で資料を渡すわね。とりあえず感覚的に言えばCランクだとアイドル好きなら誰でも知ってる、Aだと国民がほぼ知ってるって感じかな? キュートには二人、Aランクがいるわよ」

八幡「へええ。後で調べておきます」

絵里「うん、仕事がしやすくなると思うわ。……でも、こんなにアイドルがたくさんいるのに、今メディアではそんなに多くのアイドルが取り沙汰されてるわけではないわ。どうしてかわかる?」

八幡「俺みたいにアイドルなんて誰が誰だかわからないって思ってる人が多いからですか」

絵里「……あなたはむしろ少数派。国民は結構アイドルに夢中よ、非国民さん」

八幡「俺の存在感の無さはついに国レベルまで到達したのかよ。これはもう県民としてディスティニーランドに国籍移すまである」

絵里「私も県民だけどあの帝国に国籍を移すのは怖いわね……じゃなくて」

絵里「要するに相対的な問題なの。他のアイドルたちが注目されないんじゃなくて、女性アイドル界では765プロが注目を集めすぎてる」

八幡「まあ、俺でも名前知ってるくらいですしね」

八幡(絢瀬さんはリモコンでテレビの電源をつけた。そうして適当にチャンネルを回していく)




料理家『今日のゲストは、765プロの高槻やよいさんです。よろしくお願いします』
やよい『うっうー! よろしくですー!』

芸人『現場の響ちゃん、そっちの様子はどうかな?』
『はいさーい! 響だよ! 今日は葛西臨海公園に来てるんだー。マグロの数が減ってくのが、自分、本当に悲しいぞ……』

アナ『本日は世界的テニス選手ファラデー選手と、菊地真さんの対談をお送りしようと思います! 二人とも運動というものを極めた存在、いったいどんなお話がきけるのでしょうか!?』

司会『これは先日行われたパリのファッションショーの映像です。日本からは星井美希さんらがモデルを務めました。本当に堂々たる様子で、日本国民として鼻が高いですね』

CM『如月千早ベストアルバム、NowOnSale』




絵里「今少し止めたチャンネルに映ってたのが、765プロの娘たちよ。全員じゃないけどね」

八幡「言われてみれば、俺も何度か見たかもしれません。テレビほとんどみないのに」

絵里「そうよ、これが765プロ。……今のアイドル界に君臨する、13人のSランクたち」

八幡「は? Sランク?」

絵里「実質Aランクと変わらないけど、名誉称号みたいなものね。永世名人、竜王みたいな」

八幡「それが全員? 正体は圧倒的資金力で作った虚像とかなんですか?」

絵里「……あなたは普段アイドルにどんなイメージを抱いているのよ。そんなことないわ。765のメンバーは全員突出した能力を持ってる。名実ともにね。765プロと比べたら、普段レッスンを積んでる商業アイドルたちがみんな素人に見えるくらい」

八幡(おいおいおい。全員天上人とかどんなチートだよ。中学生の描いた小説か?)

絵里「だから今、世間ではアイドルって『765かそれ以外』なの」

八幡「なるほど。とりあえず状況は理解できました」

絵里「うん。でも、そーいうのって何か気に入らないわよね」

絵里「だから近いうちに、ウチのアイドルが全員ぶっ倒しちゃうんだから」

八幡(そう言って悪戯っぽく彼女は笑った。大人びた風格から覗くあどけなさもまた、淑女の嗜みなのだろう)


17 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:24:47.48 NSPCnO+e0 17/531



絵里「比企谷くんにはこれから、『ニュージェネレーションズプロジェクト』に選出されたアイドルを一人担当してもらうわ」

八幡「ニュージェネレーションズ」

絵里「そ。新しい企画で、各346のプロダクションに一人ずつアイドルが今年からやってくるわ。我らが346が見出した宝石の原石たちを各プロダクションがそれぞれ磨いて、お互い競争しながら上を目指していこう! っていうコンセプトよ。勿論本社から色々バックアップもしてもらえるの!」

八幡「圧倒的資金力で」

絵里「……こんなこと言うのも失礼かもしれないけど、あなた目が本当に、その……発酵してるわね」

八幡「よく言われます」

絵里「言われるのね……」

絵里「それで今日、その娘と初顔合わせをしてもらうつもりなの。もうすぐ来ると思うんだけど……」

八幡「はあ。何歳くらいの娘なんですか?」

絵里「今年から高校三年生。だから……今は十七歳なのかしら?」

八幡「げ、現役こーこーせー……。ふひっ」

絵里「ちょ、ちょっと。変な笑い方しないで!? 国家機構を召喚したくなる笑い声だったわ」

八幡「流れるように通報しようとするのやめません? いや、なに話せばいいか全然わかんねぇなと思って」


――こんこん。


絵里「あ、来た」

八幡「え、まじすか。待ってまだ心の準備が」

絵里「男の子でしょ、しっかりなさい? 大丈夫よ、落ち着いて話せば。愛想はないけど優しい娘だから。……はーい、入っていいわよ」





「失礼します……あれ?」





八幡(偶然というのはこうも続けて起こるものなのか。いや、偶然も二度続けばひょっとしてそれは)

八幡(一度見ただけなのに、忘れていなかった。鳥の濡れた羽みたいに艶だった髪。意志の強そうな瞳が俺の腐ったそれと対峙する。整った小さな顔だ。よく見ればピアスを開けている。だというのにネクタイは曲がっておらず、しっかりと着けている。黒いカーディガンのポケットに右手を突っ込み、左の肩にはカバンを下げて。窓から差し込む朝日が照明のように彼女を彩る。そんな姿が、たまらなく絵になっていた)


18 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:27:17.21 NSPCnO+e0 18/531



「……あの時のお兄さんじゃん! え、何で? 何でいるの?」

八幡「……覚えてたのか。まあ俺もなんだが」

絵里「あれ、凛ちゃんもしかして比企谷くんと知り合いなの?」

「知り合い、ってほどじゃないけど。一回うちの店に来てくれたんだ」

絵里「へえ、そうなの! 不思議なこともあるものね。紹介するわ、比企谷八幡くん。あなたのプロデューサーよ」

八幡(そう言われると、一瞬彼女は目を丸くした。だが、すぐ戻る。そして俺のことをじろりと見回すと、不敵にこう言った)



「ふーん、アンタが私のプロデューサー?……まあ、悪くないかな…。私は渋谷凛。今日からよろしくね」




八幡「比企谷八幡だ、よろしく頼む」

「ふーん……ふーん。凄いな、本当にこういうことってあるんだ。ふふっ、何か嬉しいな」

19 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:29:48.78 NSPCnO+e0 19/531

八幡(薄く笑う彼女。なんだ、年相応の女の子なんだなと少し安心する。渋谷はカーディガンのポッケから手を出すと、俺に差し伸べた。不意に、これじゃまるで俺の方がシンデレラみたいだなと思ったりした)

「一緒に歩いて行こうね、プロデューサー」

八幡「ああ。至らないとこだらけだと思うが、よろしく頼む」

八幡(繋いだその手は、温かかった)

20 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:31:24.08 NSPCnO+e0 20/531

<昼、千代田区。皇居周辺>


八幡(よく晴れた昼下がり。春らしいぬるいそよ風が桜を揺らして、千鳥ヶ淵に流れていく。ボートをこいでいる人と、それを見ながら歩いている俺たちとでは時間の流れが違うようにさえ見えた)

「なんだかもうすっかり春だね、プロデューサー」

八幡「そうだな」

八幡(俺たちはというと、さっき絵里さんから聞いた他の二つの事務所へ向かっていた。三事務所は同じ区内にあるようでタクシーなんかを使えると楽なんだが)

絵里『経費節減! 甘えない!』

八幡(だそうで。……まあ、それを言った後こそっと俺にだけ聞こえる声で『電車でゆっくり行って、凛ちゃんと仲よくなったほうがいいでしょ』と言われたんだが。抜け目ない人だ。いや実際はただ経費を減らしたかっただけなのかもしれんが)

『ねえ、プロデューサー。今日は暖かくて気持ちいいし、せっかくだから歩かない?』

八幡(そんなわけで今に至る。革靴が真新しくて、歩くと少し痛いのは黙っておこう)


「歩いて正解だったでしょ。今日の朝、ハナコを散歩に連れてったときはまだ寒かったんだけどね」

八幡「犬でも飼ってんのか?」

「うん、そうだよ。昼間はお店の外に出してるんだけど、あの時は夜だったから見てないか」

八幡「俺の実家には猫がいるぞ。あんまり俺には懐かんが」

「ふふ、動物には色々わかるのかもね。なんて名前なの?」

八幡「カマクラ。うっせ、猫はあんま懐かねーんだよ」

「いい名前。白くてあったかそう」

八幡「ぬくいっちゃぬくいな。あいつ普段冷たいくせに、たまに空気読んでひざとかに乗ってくるんだよな。そこが憎めない」

「……飼い主に似るって言わない? ペットって」

八幡「俺にか? バッカ俺に似たらもっと身内には優しいに決まってるだろ。愛しすぎて引かれるまである」

「身内には優しいんだ。ふーん……。兄妹はいるの?」

八幡「いる。妹。世界一可愛い。やらん」

「……へ、へえ……………」

八幡(わかりやすくドン引いていた。だが可愛いは正義。妹は可愛い。つまり小町は正義。世界の真理なのだから仕方ない)

八幡「渋谷の家の犬はどんな感じなんだ」

「ハナコ? いい子だよ、忠犬って言葉が似合うかな。私が帰るの遅くなってもいつも玄関で待ってるんだ」

八幡「ふーん。飼い主に似てるかは知らんが、渋谷の犬は忠犬って相場が決まってるからな」

「ふふ、秋田犬じゃないけどね」



21 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:34:27.42 NSPCnO+e0 21/531

<同日、パッションプロダクション事務所近く。公園>

八幡「絢瀬さんから貰った地図のデータだとこの辺だな」

「小さいビルがいっぱいでどれだかわかんないね。誰かに聞いてみる?」

八幡「人に話しかけたくない。今スマホで詳細出すから待ってくれ」

「人に話すの嫌がっててプロデューサーできるの……」



莉嘉「未央ちゃーん☆ ほらはやくー!」

未央「はっはっはっ、そう慌てない慌てない! 今見せてあげよう、未央ちゃん魔球大リーグボール二号を!」

莉嘉「アタシそれ聞いたことあるー! 消えるまきゅーだ!」

未央「ふぁっはっは、とれるもんならとってみやがれー! それっ!」

莉嘉「あーっ! もう、未央ちゃんどこ投げてるのっ。ノーコン!」

未央「これこそ未央ちゃん特製消える魔球……」

莉嘉「未央ちゃんが取ってきてね☆」

未央「…………はぁーい」




八幡(近くの公園の入り口で俺が事務所の位置を調べていると、ピンク色のボールが転がってきて足に当たった。渋谷が不思議そうにそれを拾う)

未央「ごめんなさぁーい! そこの人たち、ボールとってくれませんかっ!?」

八幡(軽やかな足取りでこちらに走ってきたのは、ショートカットの快活そうな女の子だった。歳は渋谷と同じくらいだろうか? ピンクのブレザーともパーカーともつかないような上着が風に揺れていた。)

「あ、はい。……それっ」

八幡(渋谷の返球はふんわりと春の空に弧を描いて、女の子の胸元にストライクで到着した。綺麗なフォームだ。運動神経の良さがうかがえる)

未央「おおっ、ストライク! すごい! これはきっと将来未央ちゃんのライバルになるに違いない! 大リーグで会おうぜっ」

莉嘉「ストライクなぶん、未央ちゃんより上だと思うかな☆ アタシは」

未央「こらぁ、そこっ! 離れてても聞こえたぞ! 私の聴力を舐めるんじゃなーいっ!」

莉嘉「うわぁ、逃げろ逃げろぉ~☆ アハハ!」



八幡「……元気な子たちだなぁ」

「そういう娘が好み? ふふ、ちょっと私には厳しいかも」

八幡「そんな風に見えるか」

「んーん、欠片も」

八幡「ご名答。喋るだけで過労死しそうだ。情熱で溶ける」

「溶けるの!?」

八幡「繊細だからな。ドライアイスのように冷え切ってる自信がある」

「そのまま空気になるしね」

八幡「おいやめろ。なんで中学時代の俺のあだ名を知ってる」

「空気だったんだ……」

八幡(ジト目で見られてしまった。いや冷静に考えろ。女子高生アイドルに冷たい目線で見られる……ご褒美じゃないか? ないな。普通に悲しいわ。そんなことを思っていると、俺の後方から足音がした。じりっと、意を決したように大地を踏みしめる音がひとつ)





???「見つけた……こんなところにいましたか……」




八幡(可愛いよりもかっこいいという言葉が似合う、真面目そうな美女だった)

22 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:36:51.75 NSPCnO+e0 22/531



海未「こらぁーっ!! 未央っ! 莉嘉ぁっ! 見つけましたよ!」




莉嘉「あっ、ヤバイ☆ じゃーん! じゃーん!」

未央「げえっ、海未ちゃん!」

海未「人を三国志みたいに扱うのはやめなさい! 午後一からレッスンだと言ったでしょう! 今日から彼が正式に着任すると言うのに何してるんですかっ」

莉嘉「ち、ちがうのっ! あたしは未央ちゃんに無理やり連れてかれて!」

未央「ああっ、莉嘉ちゃんずるいぞ! 売りやがったなー!」

海未「未央……?」

未央「違うんだよ海未ちゃん! これには海よりも深いわけがあって! あ、今のはシャレとかじゃなくってぇ!」

海未「へええ……海のように広い心で言い訳だけは聞きましょう」

未央「……パ、パッションプロがアメリカ進出したときに備えて、大リーグボールの開発?」

海未「なるほどなるほど。では彼には、未央はトライアウトを受けに消えたと伝えておきますね」

未央「ごめんなさぁーい!! 初日から除籍なんてやだぁー!!」



「あの。すいません」

八幡(未央と呼ばれた女の子の頬っぺたをちぎれんばかりに両方から引っ張っている女の人のところに、渋谷は声をかけに行った。俺も後を追う。会話的に多分ビンゴだろう)

「パッションプロの園田海未さんですよね?」

海未「うっ……見られたくないところを見られてしまいました……。はい、そうです……」

八幡「知ってんのか、渋谷」

「むしろなんでプロデューサーは知らないの……園田さんは346のアイドルだよ?」

海未「プロデューサー? あの、失礼ですが貴方たちは?」

八幡「あ、すいません。クールプロダクションから来たこういうもんです」

八幡(懐から名刺入れを取り出す。小町からプレゼントされたそれは革製で、社会人の感触がした)

23 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:41:46.44 NSPCnO+e0 23/531

<同日、パッションプロ事務所>


海未「どうぞ。わざわざ挨拶に来ていただいてありがとうございます」コトッ

八幡「あ、お茶なんていいのに」

海未「いえ、客人をもてなすのは当然のことですから」

「ありがとうございます、いただきます」

未央「どうぞどうぞ、くつろいでいってね!」

海未「レッスンは遅らせませんからね?」

莉嘉「はぁい……」

八幡(園田さんから出されたお茶を飲む。事務所の中身はうちとほとんど変わらなかった。二、三人の事務員さんがせわしなさそうに仕事をしている)

海未「申し訳ありません。今プロデューサーさんは本社の方に行っておりまして。朝一で出てったのでもうすぐ帰ってくると思うのですが」

八幡「なるほど、新任は入れ替わりで行くのかもしれませんね。自分も今月中に出ることになってるんですが」

海未「そうなんですね。……会ったら本当にびっくりすると思います」

八幡「どんな人ですか? 部長みたいに殺し屋みたいな人ですか」

海未「ふふ、逆ですよ。可愛すぎるくらいです。だから立場がない、と言いますか」

「そんなに?」

未央「うん、すっごい。あれはなんというか、ずーるいよねぇ」

莉嘉「まさしくキセキってカンジ☆」

海未「自我の揺らぎを感じました」

八幡(日本でもトップクラスの美貌を誇るアイドルたちが一様にここまで賞賛するプロデューサーってどんな人だよ。大丈夫? 俺顔見たら消滅したりしない?)


24 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:43:47.28 NSPCnO+e0 24/531



海未「自己紹介が遅れてしまいました。園田海未と申します。歳は二十一で、ランクは……Cです、ね」

八幡(? 何だ、今の違和感)

莉嘉「城ヶ崎莉嘉だよ~☆ JCアイドルなんだ! ランクはまだEだけど、すぐにお姉ちゃんみたいにすごくなるんだ~♪」

未央「本田未央十七歳でっす! 実はアイドルとしてのお仕事は今日からなんだ。ニュージェネレーションズってやつに選ばれてここに来たの! よろしくね!」

「あ、じゃあ本田さんがパッション代表なんだ。私は渋谷凛。ニュージェネレーションズプロジェクトのクール代表だよ」

未央「本当に!? うわぁ、そうだったんだ! 渋谷凛……うん、しぶりんだね! しぶりん、今日からよろしくね!」

「し、しぶりん……。本田さんが初めて、そんな名前で呼ぶの」

未央「未央でいいよ! み・お! それじゃあ私が第一号ってことで!」

「……うん、わかった。未央。これからよろしくね」

未央「おうよ! 未央ちゃんをこれからよろしくっ!」

八幡(違和感……気のせいか? しかし眩しいやり取りだ。自分が一気に老けたような気がする。もし俺がこいつらと一緒に高校生やってたら、多分一度も話しかけることなく終わったんじゃないかね)

八幡「比企谷八幡、二十一歳。一応大学四年生だが、ほとんど学校もないし色々あって今年度からプロデューサーをすることになった。同じ傘下だからこれから先顔を合わせることも多いと思う。よろしく頼む」

「え、プロデューサーって学生だったの?」

八幡「そうだよ、聞いてなかったのか?」

「知らなかった。……ふーん、大学生かあ」

未央「ねえねえハチくん! 大学生ってどんなカンジ!? 人生の夏休みってホント!?」

八幡「ハチくんて……。基本暇だ。だからこんなことやってる」

莉嘉「でも大学生なのにプロデューサーってすっごいね! 大出世ってカンジ☆ キュートのプロデューサーさんは……確か、チュータイ? だってきらりちゃんが言ってたよ!」

未央「そういえば海未ちゃんも大学生じゃない?」

海未「私は後は卒論だけですから。ほとんど大学には行っていませんね」

「へえ……。なんか、みんなすごいな」

八幡(口々に語る面子を前に、渋谷の表情が曇った気がした。それを覗かせたのは一瞬で、ノックの音が俺の注意を奪い去る。それっきり渋谷のその顔のことは忘れてしまった。なぜなら、出てきた人物があまりにも衝撃的すぎたから)



???「ふぅ、ただいま!」


八幡「………………と」

八幡「戸塚…………?」



戸塚「――えっ?」

八幡(俺がその顔を見間違うはずもない。天使がそこに立っていた)



25 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:45:55.15 NSPCnO+e0 25/531



戸塚「ほんとに久しぶりだね、八幡! もう二度と会えないと思ってたよ」

八幡「大袈裟だ。高校卒業から四年会ってないだけだろ」

「それ、今さっきまでテンション振り切れてたプロデューサーが言う?」

未央「ぶっちゃけて言うと、うん」

海未「ちょっとアレでしたね」

莉嘉「きもちわるかったね♪」

八幡「おい、せっかくみんなが包んだオブラートを破かないでくれ。死に至る」

八幡(仕方ないじゃない。人間だもの。天使が来迎したらテンションの針を振り切ることもある)

戸塚「あはは、でもずっと会ってなかったんだもん。ぼくも嬉しくなっちゃった。八幡、高校の同窓会とか来ないし」

八幡「……同…窓……会……? オレ、ソレ、シラナイ。オマエ、ドウソウカイ、シッテルカ」

未央「感情がわからないロボットみたいになってるよ!? 大丈夫!?」

「なんかプロデューサーがどういう人かわかってきたよ……。辛かったんだね」

八幡「そういう同情っぽいのが一番心にくるんでやめてくれません? まあ招待状が来たところでどうせ行かなかっただろうしな」

戸塚「じゃあ、次あったらぼくと一緒に行こうね?」

八幡「……え、いや、それは」

戸塚「だめ?」

八幡「地球の裏側で開かれても行きます」

八幡(黒スーツ+戸塚+首をこてんと傾ける>>>戦術核の図式は今なおといったところか。反則だ。脊髄で返事してしまった。可愛すぎる)

「…………かわい」

八幡(小声で呟く渋谷。お前もそう思うか。わかる。これから共にいい仕事ができそうだ。そんなことを思っていると、渋谷がこっちによってきて耳打ちをする。少しどきりとした)


26 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:47:23.08 NSPCnO+e0 26/531



「ねえ、プロデューサー。やけに親しいね。こんなに可愛い人と。……やるね」

八幡「まあな。戸塚と知り合えたのは人生最大の美点と言える」

「…………もしかして、付き合ってたの? にしても一人称が僕って変わってるね」

八幡「……そうか、だよな。海未さんたちの反応も頷けるってもんだ」

「何、聞こえないよ。……もしかして本当に」

八幡「あのな、渋谷。石化呪文だ」

「は?」

八幡「戸塚彩加は、男だ」



「……………………………………え”?」



八幡(アイドルが出しちゃいけない声と共に俺のアストロンは成功した。極大呪文だから最悪自我が崩壊する怖れもあるが、この世の神秘に触れておくのは悪いことじゃない)

八幡「っと、時間だ。じゃあな、戸塚」

戸塚「あ、うん。また会おうね、八幡!」

八幡「ああ、仕事上そうなることも多いだろ。じゃ」

「男……男……。あの可愛さ……。アイドル、ワタシ、ヤメル…………」ブツブツ

八幡(俺の後ろを夢遊病者のようについてくる渋谷を引き連れて、事務所のドアをくぐって外に出た、その時)



戸塚「八幡!」

八幡(似合わない声だな、と思ったりした)

八幡「何だ?」

戸塚「また会おうね……ううん、また会うから。もう決めちゃった」

八幡「何だよ、強引だな。心配しなくても戸塚の誘いならいつでも飛んでくよ」

戸塚「ふふ、運の尽きだったね。ぼくとまた会っちゃったのは」

八幡「逆だろ。絶頂だ」

戸塚「ううん、合ってる。もう逃がさないからね? 意外としつこいんだ、ぼく」

八幡「何のことかはわからんが、相変わらず悪い言葉が似合わんな、戸塚は。……んじゃ」



27 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 06:49:38.18 NSPCnO+e0 27/531



莉嘉「あっ、さいちゃん! 下にタクシー来たよ♪」

未央「よっしゃ! じゃあタクシーまで競争だっ! エレベーター無しね!」

莉嘉「あーっ! 待ってよお!」

海未「こ、こら! 走らないで! ……もう」

海未(二人は私の制止も聞かず、階段を走っていきました。元気なのはいいですが、けがをしたらどうするつもりなのでしょう)

戸塚「あはは、ごめんね。園田さんには苦労をかけちゃうけど、僕もできる限りサポートするから」

海未「いえ、いいですよ。こういう役回りはもうすっかり慣れてしまいました。それに、私なら――」

海未「私なら、大丈夫ですから」

海未(パソコン作業に入って、ブルーライトをカットする眼鏡をかけた彼と目が合う。悔しくなるほど可愛い人。その目に何を見ているのでしょうか)

戸塚「ぼくは必ず園田さんをトップアイドルにするよ。765プロなんか目じゃないくらいのね」

海未「……強気ですね。私もできる限りのことはしますが」

戸塚「うん、なれる。園田さんなら。絶対ね」

海未(そんな可愛い外見とは裏腹に、放つ言葉は力強い。思わずどきりとしてしまいます。その自信の泉はどこから湧くのでしょう。是が非でも教えてもらいたいくらい)

戸塚「それにね」

海未「それに?」

戸塚「八幡には、負けたくないんだ」

戸塚「憧れるだけは、もう終わりにする」

海未「高校時代の友人と言ってましたね。その、彼は」

海未「彼は貴方の何なのです?」

海未(皮肉にも、私のセリフはまるでこの前落ちたドラマのオーディションのようでした)


戸塚「そうだねえ」

戸塚「後悔、かな」



28 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:33:57.67 NSPCnO+e0 28/531

<同日、ハンバーガー店>


八幡「何が食いたい?」

「あんまりお腹空いてないし、野菜バーガーとオレンジジュースだけでいいかな」

八幡「はいよ。頼んでおくから席とっててくんねぇか」

「わかった。レシートよろしく」

八幡「……ん」

八幡(そう言うと渋谷は窓際の小さなテーブルの二人席に腰掛けた。頬杖をついて外を見つめる姿には雰囲気がある。少し近付きづらいような)

八幡(普段学校ではどんな過ごし方をしているのか、ふと気になった)

八幡「待たせた。ほらよ」

「ん、ありがと」

「だけど本当にびっくりしたな、戸塚さん。はあ……」

八幡「いい加減立ち直れよ。大体人類が戸塚に勝とうってのが無理だ。天使なんだから」

「……プロデューサーはひょっとしてあれなの、男の人が好きなの……?」

八幡「アホか。戸塚は特別だ。戸塚は男とか女とかじゃなくて戸塚っていう存在なんだよ」

「気持ち悪いよ?」

八幡「丁寧に気持ち悪いって言うのはやめてくれ。本気っぽくて傷つく」

「ふふ、きもい」

八幡「そういう問題じゃねーよ」

八幡(じっくり言葉を交わしてみればほんとはただのそこらにいる容姿がめちゃくちゃいい普通の女の子なんだけどな。怖いなんてことは一切ない)



八幡「それにしても、奇妙な縁もあったもんだ。今日だけで何人会わねーと思ってたやつと再会したことだか」

「本当にね。ひょっとしたらまだ続くかも」

八幡「勘弁してくれ。これ以上誰かと会ったらそのごとにトラウマを呼び起こしかねん」

「一体どんな学生生活を過ごしてきたの……」

八幡「休み時間は机と同化してた」

「ごめん、また踏んだ」

八幡「だから謝るのが一番心にくるんだって」

「わ、わかった。気を付ける……?」

八幡(渋谷はどうすればいいのかわからないと言うかのようにオレンジジュースを啜った。ハンバーガーはまだ残っているようだ。発見もう一つ。食べるのは少し遅い)

「私、プロデューサーのこと一つわかったよ」

八幡「ん、何だ。大体否定してやるから言ってみろ。現代の新撰組7番隊組長とは俺のことだ」

「何言ってるかわかんないけど否定から入ると嫌われるよ? 女子高生からのアドバイス」

八幡(悪らしく即斬されると、渋谷は右手のハンバーガーを置いて微笑みながら俺を指さした)



29 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:36:36.79 NSPCnO+e0 29/531



「プロデューサーは、青春時代を間違いだらけで過ごした人」

八幡(人間、図星を突かれると出る表情は一つらしい)

八幡「……はは。たいした推理力だ、アイドル辞めて小説家にでもなっちまえよ」

「それ犯人が逃げに使うセリフだよね……」

八幡「証拠はないから疑わしきは罰せずで頼む。保釈金は払う。親が」

「その発言は死刑じゃないかな、わりと」

八幡(あきれたと言う代わりにハンバーガーをかじる渋谷。痛いところを突かれてしまった)

「うん、でも今の笑顔だ」

八幡「あん?」

「クリスマス、うちに来たでしょ。……その時もそんな顔して笑ってた。だからかな、覚えてたのは」

八幡(よく笑い方が気持ち悪いとは言われるが、まさか一回会っただけの花屋の店員に覚えられるほど俺の笑顔は腐っているのか? 忘れられないレベルとかなに? シュールストレミングなの? まあ、それは今にはじまったことじゃないが)

八幡「お前、それ言ってて恥ずかしくない?」

「っ! うるさい!」

八幡(おお、顔が真っ赤だ。こういう顔もするんだな)

「……大体。そういうプロデューサーはなんで覚えてたの、私のこと」

八幡「…………さあな。たまたまじゃねぇの」

八幡(そんなこと、言えるはずもない)

八幡(見た目がどストライクだったから、なんて)

八幡「ん、食べ終わったか。行くぞ。キュートの事務所はここから十分もかからん」

「わかった。あ、待って。ゴミ捨ててくる」

八幡「先に外出てるぞ」

「ん」



「寂しそうってわけじゃないけど。なんだろうな、あの顔。なんて言えばいいのかな」

(国語の成績は実はあまり良くない。プロデューサーは昔どうだったんだろう。気になる)

(もう少しで手が届きそうで届かないこの感じは、ちょうどこのオレンジジュースの残りの氷が、飲み捨て場に詰まって落ちない様子に似てる)

「あ、そういえば、お会計……」

(プロデューサー忘れてるのかな。あ、でも、ひょっとしたら)


『レシートよろしく』
八幡『……ん』

(もしかして)

「ふふっ、どっちなんだろ」

(あの顔を表す言葉はまだ見つからないけれど。わかったことがまた二つ)

(一つ、私のプロデューサーは捻くれている)

(もう一つ)

(でも、ちょっと優しい)


八幡「笑顔です、ねえ……。どいつもこいつも人の表情に好き勝手言いやがって」

八幡(外の空気は暖かい。車が通って風が吹いても、これまた小町がくれたネクタイピンのおかげで社会の首輪が揺れることはない。強固だ。死にたい。遅れて後ろの自動ドアが開く。そういえば俺も二つ、新しく渋谷について分かったことがある)

八幡(一つ、食い終わったハンバーガーの紙はたたむタイプ)

八幡(もう一つ)

八幡(俺の担当アイドルは、恥ずかしがらせると可愛い)


30 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:39:24.28 NSPCnO+e0 30/531

<同日、昼下がり。キュートプロダクション事務所下>
……ナイゾー、……サセロニャー……


八幡「なんか騒がしいな」

「本当だね、どうしたんだろ」

八幡(キュートプロの事務所は縦長のビルと違って、横にどっしりとした二階建ての建物だった。居酒屋のうちとは違い、一階は喫茶店になっているらしい。本日のメニューなどが書かれたA字型の黒板もあれば、外で食事を楽しむための白く四角いテーブルもある)

八幡(はずだった)

八幡「なんかバリケードみたいなの組まれてねーか。店の入口に」

「プロデューサーもそう思う? 私にもバリケードに見えるんだよね」

八幡「立てこもりでもあるまいし現代日本にバリケードなんてあるわけねーだろ」



みく「キュート喫茶店はみくたちが占拠したーっ!! 解放してほしければみくにCDデビューさせるにゃー!!」
「杏は週休八日制を要求するぞー! それか一月有給三十日だっ!」
穂乃果「あははっ、本物の立てこもりみたーい! パンをよこせー!」



「立てこもりだね」

八幡「立てこもりだな」

八幡(店の人たちはやれやれまたかと困ったように外で笑っている。深刻なものではないのだろう。通りがかる人はざわついてるが。店の人の中で唯一彼女らに近いウエイトレスだけがわたわたしていた)

店員「あのう……困るんですけど……」

みく「オーダーは?」

店員「ブレンドコーヒーです……」

みく「あ、じゃあ持ってっていいよ! ここ通ってにゃ」

店員「助かります~……?」

八幡「いいのかよオイ」

「いいらしいね。というかプロデューサー、今気付いたんだけど」

八幡「何だ」

「あの人たち、アイドルだと思う。だってほら、あの一番右で一人だけ楽しそうにしてる人、キュートプロの高坂穂乃果さんだよ」
八幡「マジか。アイドルが立てこもりとかスキャンダルってレベルじゃねーぞ。有名なのかあの人」

「有名なんてもんじゃないよ。346のエースだよ。Aランクだもん」

八幡「そこまで登りつめて何やってんだよ……」

「天然突飛で有名な人だからね」

八幡(このままでは事務所にも行けず、どうしたもんかと腕を組んでいるとブラウンのブレザーを着た女子高生らしき子が拡声器を持ってこちらに走って来た)


31 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:41:26.01 NSPCnO+e0 31/531



卯月『みくちゃん、杏ちゃん、穂乃果さーんっ! お願いだから出てきてくださいよーっ!』

みく「来たにゃ! 悪の手先、卯月!」

「交渉人をよべー! 杏はダンコ戦うぞー!」

穂乃果「ねーねー撃っていい? 撃っていい?」

卯月『撃たないでくださいよっ!? プロデューサーさんには私からもおねがいしますからぁっ!』

みく「うるさいにゃー! そんな口約束なんて信じないにゃ!」

「そうだそうだー! 大体杏はもうCD出したから印税で暮らせるはずだー!」



卯月「あわわ、どうしましょう……!」

八幡(拡声器を外して頭を抱えながら目をぐるぐる回している彼女を見ると少し気の毒だった。そんな彼女の手から、髪の毛を二つ括りにした小さな女性が拡声器をひったくった)

にこ『こらぁー! 舐めた真似してるんじゃないわよっ! 大人しく降参しなさい!』

みく「うぬっ、にこちゃんも増えただと……」

「舐めた……。なんか飴なめたくなってきちゃったぞ。はっ、ダメダメ! 杏は仕事を減らすんだ!」

穂乃果「ねぇー、にこちゃんもやろうよー! 楽しいよー!」

にこ『やらないわよ! 出てこないと今日のこと、海未に報告するわよ! いいの!?』

穂乃果「う、海未ちゃんに……? それだけはダメッ! じゃ、じゃあ穂乃果はここで降りるね、お疲れ様っ」シュバッ

みく「あーっ! 穂乃果さーんっ!」

「あ、杏は最後の一人になっても抵抗をつづけるぞ! 働かない、働きたくないんだー!」



八幡「わかりすぎる」

「わかっちゃだめでしょ……何言ってんの……」

八幡「不労所得は俺の二つの夢のうちの一つだ。小学生くらいの頃の」

「その時点でもう手遅れなんて流石に業が深すぎだよ……」

八幡(その夢を持ったからこそ、誰より現実を知っている)


「ちょっと? どこ行くのプロデューサー」

八幡「SATを呼ぶ。いい加減仕事にならん」



にこ「あーもう、本当バカばっかりなんだから!」

穂乃果「だって……楽しそうだったんだもん……」

卯月「うう……このままだとプロデューサーに叱られちゃいます……」

八幡「すいません、その拡声器借りていいですか」

にこ「あ、ちょっと!」

八幡(知ってるか、立てこもりって大体鎮圧されるんだぜ)



32 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:46:39.39 NSPCnO+e0 32/531



八幡『おいそこの立てこもりアイドル。いい加減出てきてくれないか』

みく「な、なんなのにゃ! あんたは!」

「そうだそうだ! なんだそのスーツ姿は! 社会の犬めー!」

八幡『俺か? 現実だ』

八幡(二人して怪訝な顔をされる。まあ当たり前か。ガチトーンでいくのも大人げないし、適当な感じでいくか)

八幡『まず一個めからいくぞ。お前らのしてる立てこもり、普通に住居侵入罪だぞー。三年以下の懲役か十万以下の罰金な。あと誰か拘束してたら逮捕監禁罪もハッピーセットで豚箱がライブ会場だ。勿論おもちゃも付いてない。なんならおもちゃにされるまである』

みく「そ、そんな現実は聞きたくないにゃ!」

八幡『いーや聞かせる。これはアニメ世界じゃねえ、現実だからな。存分に理不尽に泣くといいぞ。あとそっちのちっこい方』

「わ、私?」

八幡『そうだ、お前だ。お前の働きたくないという熱い想いは伝わった。最高だ。俺もそう思う。後で飴をやろう』

「でしょっ!! わかってる人だっ! 一緒に杏と有給三十日に向けて戦おうよ! あと飴ちょうだい!」

八幡『その夢は最高だけどな。飴で腹は膨れても夢で腹は膨れないんだ。印税で生きたいって言ってたな』

「そうだよ! 杏はこの前CDデビューしてシングル出したんだぞ! もう働かないもんね!」

八幡『そのことだが。お前キュートプロのアイドルだろ。印税出ても結構事務所に吸収されるぞ。せいぜいお前が得られるのは単価の1%程度だ』

「え……? そ、そうなの……?」

八幡『シングルCDが一枚大体千円だろ。一枚大体十円だ』

「待って。その先を聞いちゃいけないって杏の本能が言ってる! やーめーてーくーれぇー!」

八幡『残念だ。現実は待ってくれないんだ。お前がどれほどのアイドルかは俺も知らんが、CDデビューしたてってことは駆け出しだろ。このCD売れない現代でデビューシングルが超好意的に見積もって一万枚売り上げたとする。印税計算したら……十万だな』

「……じゅう…まん……?」

八幡『お前にやろうと思ってる飴なんだが、こいつが三百袋くらい買える』

「おおっ!!」

八幡『でも千葉で一人暮らしたら一か月で消える』

「……………あっ…え? ……ああ……あっ…」

八幡(衝撃のあまり言語を喪失していた。顔面は消しゴムをかけたように表情がない)

八幡『あ、そういや忘れてた』

「プ、プロデューサー? もう、もうその辺にしない?」

「あう…………あっ…?」

八幡『そっから源泉徴収されるぞ。税金だ、ぜ・い・き・ん。実収入はもっと低いぞー』


「…………う、う、う」
「うわああああああああ~~~~~!?!?!?!」





???「……隙が出たわね。今よ、諸星さん。行きなさい」

きらり「おっけおっけ☆ まっかせてー!」

きらり「にょわー!! 杏ちゃーん、みくちゃーん?☆ おいたしたら、だめだよぉ? それーっ!」

きらり「おっつおっつばっちしー☆」


――ウ、ウワアアアアアアアアアアア



33 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:48:49.73 NSPCnO+e0 33/531



八幡(その日、人類は思い出した……じゃないが。圧巻だった。二階の事務所の窓から立体起動装置無しで地上に降り立ったその子は、あらゆる壁をものともせずに奴らを鎮圧した。嵐のような出来事だった)

卯月「さすがきらりちゃんです!」

にこ「一方的な蹂躙だったわね……」

穂乃果「穂乃果だけ先に降りたから罪軽くならないかな……」

八幡「あの、すいません」

卯月「あ、さっきの!」

八幡「クールプロの比企谷と言うんだが。事務所まで案内してくれないか」

卯月「ああ、そうだったんですね! わかりました、ご案内しますっ♪」

八幡(素直で純粋そうな印象を受ける、愛想のいい子だった。他の二人も一緒に案内してくれると言ってくれた。仲の良さが伺える二人だ。知り合って長いのかもしれない)

八幡(事務所の扉は引き戸だった。島村が扉をノックする)



???「どうぞ……」


八幡(扉越しにかすかな声が聞こえてくる。聞いたことのある声かもしれない、とありえないことを思う。了承を得て、引き戸に手をかけた)

八幡(その引き戸が重かったのは多分、傷口を開くことになるからだったのかもしれない)

34 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:51:47.71 NSPCnO+e0 34/531



雪乃「……久しぶりね、比企谷くん」


八幡(時が巻き戻ったのかと、そう思った)

八幡(特殊な内装も何もない、いたって普通のオフィス。しかし、そこがあまりにも異質に感じられたのは、いるはずのない一人の女がそこにいたからだろう)

八幡(春の日差しの中、記憶とは違う姿がそこにあるのに、すぐにあいつだと分かる。心が、細胞が、彼女をいつまでも覚えていた)

八幡(――綺麗だ)

八幡(世界が終わったとしても、ずっと溶けない雪のようで)

八幡(……俺は、彼女の名前を知っている。彼女のことを知っている)

八幡(雪ノ下雪乃を、知っている――)


八幡「………………久しぶり、だな」

雪乃「驚いたわ。あなたが新しいプロデューサーだなんて。……本当に、驚いたわ」

八幡(今日は色々な再会があったが。その中でも一番――。俺は、夢を見ているのかな)

八幡「……お前は、知ってたのか。俺がここに来るってこと……」

雪乃「いいえ。外から拡声器で耳障りな声が聞こえるなと思って覗いたら、そこにあなたがいたの。……私は何も知らなかった。本当に、知らなかった……」

八幡「……耳障りは余計だよ。……全く、今日はなんて日だ」

穂乃果「ゆきのん、知り合いなの?」

雪乃「その呼び方はやめなさいと言っているでしょう……。そうよ」

雪乃「……昔の、ね」


「……すごいね、また、なんだ」

雪乃「また、ということは戸塚くんにはもう会ったのね?」

八幡「ああ、相変わらず天使で安心した」

雪乃「あなたの倒錯的な嗜好も相変わらずね。近くにいい二丁目があるのだけれど」

八幡「行かねぇから。再三言うが俺は男じゃなくて戸塚が好きなんだ」

雪乃「その台詞、知り合いの漫画描きのアイドルが『鉄板ッス』って言ってたわ」

八幡「芸能界にも海老名さんみてぇなのがいるのか……」

雪乃「変わり種が多いのは否定できないわね。それでこそアイドルなのかもしれないけれど」

八幡「まだ数人しか知らんが、確かに変わってる奴は多かったな」

雪乃「言葉のキャッチボールをしましょう? 相手がいるのだから」

八幡「それは俺がブーメランを投げていると揶揄しているのか」

雪乃「あら、そんなことはないわ。それよりあなたどこの部族出身? 豪州?」

八幡「めっちゃ揶揄してんじゃねぇか。ていうか同じ高校だろお前」



八幡(ああ、なんて懐かしい。この毒舌。この応酬。全てはもう、返らない覆水だと思っていたのに)

八幡(今この瞬間が懐かしく、愛しく、泣きそうになってしまっている自分がいた)


35 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:54:25.71 NSPCnO+e0 35/531



「あの、プロデューサー。みんないるんだけど……」

穂乃果「そうだよ! 穂乃果たちも相手してよ!」

にこ「雪乃。お楽しみのとこ悪いんだけど、にこたちにもちゃんと紹介してくれる?」


八幡(……。そうだよな、みんないるんだよな。なんか痛烈に恥ずかしい思いをしてしまった。雪ノ下はわざとらしい咳払いをすると俺たちを応接室に通した。座って待っていると、雪ノ下がおぼんに紅茶を乗せてやって来た)

雪乃「どうぞ」

八幡「……わざわざすまん」

「いただきます」

にこ「雪乃が淹れた紅茶は悔しくなるぐらいおいしいわよ。にこも飲みたくなってきちゃった」

卯月「絶品ですよねー! 私が淹れるのと何が違うんでしょう……」

穂乃果「穂乃果の家のおまんじゅう、一緒に食べるとおいしいよー!」

にこ「あんまり食べるとまた太るわよ」

穂乃果「あれーちょっと電波が悪いのかなー聞こえないなー」

八幡(知ってるよ、と言いかけてやめる)

八幡(姦しいという表現が似合う雰囲気の事務所だった。こうしてみると、事務所ごとの雰囲気はやはり違う)



雪乃「自己紹介が遅れたわね、渋谷さん。私はキュートプロダクションのプロデューサー、雪ノ下雪乃よ。そこの男と同じ高校に通っていたわ」

「あれ、私のことを知ってるんですか? まだ何もしてないのに」

雪乃「ニュージェネレーションズの企画考案には私も少し関わったから。……あなたのこれからに、期待しているわ」

八幡(期待。雪ノ下がその言葉を放つことに、時の流れを実感させられた)

「ありがとうございます。渋谷凛、十七歳です。今日からクールのFランクアイドルです。ニュージェネレーションズの名前に負けないように頑張ります」

卯月「わあ、じゃあ凛ちゃんがクール代表なんだね! 私、島村卯月、十九歳ですっ! ニュージェネレーションズ、キュート代表だよ! よろしくお願いしますっ」

「島村卯月、さん」

卯月「卯月でいいよ、凛ちゃん♪」

「ん、わかった。卯月、よろしくね」

卯月「はいっ、よろしくお願いしますっ」

にこ「……なんか新しい子たちが入ってくると、一気に老けた気がするわねー」

穂乃果「にこちゃんももうBランクだもんね! ババアのBだ!」

にこ「穂乃果うるさい! アホのAランク! 見てなさい、すぐ追い抜いてやるんだから! 言っとくけどにこの方が先輩なんだからねっ」

穂乃果「μ'sはみんな対等だもーん。ほら矢澤ー、焼きそばパンかってこいよー!」

にこ「生意気ーっ!」

穂乃果「あははっ、逃げろー♪」

八幡(二人は追いかけっこをしながら、部屋から出て行ってしまった)



36 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:57:14.91 NSPCnO+e0 36/531



雪乃「……あんな子たちだけど。二人とも、特に高坂さんの方はまごうことなき346のエースなのよ。クールの高垣楓とキュートの高坂穂乃果は346の二枚看板と言われているわ。知っていて?」

八幡「いや、知らん」

卯月「ええっ!?」

「だと――」

雪乃「だと思ったわ。アイドルの対義語のような男だものね」

「…………」

八幡「誰が現実だよ」

雪乃「あら、あなたがさっき外で言っていたんじゃない」クスクス


八幡(上品な笑い方だ。その姿は記憶の中と変わらない。……だが)

八幡「その、雪ノ下」

雪乃「何?」


八幡「髪、切ったんだな」


八幡(元が良いからどんな髪型でも似合うが。そうしているとその姿はまるで)

雪乃「……ええ。こうしていると――」

雪乃「姉さんに、似ているでしょう?」

八幡(そう言って、雪ノ下は笑った。何かを乗り越えた者だけができる、大人の笑み。でも、憂いも混ざっているようにも見えた。それは俺の主観だ。真偽の程はわからないけれど)

八幡(雪ノ下は姉のことを、自分の力で乗り越えたのだ)

八幡(時の流れ――)

八幡(彼女の変化が嬉しくて、赦されたようで、切なかった)



きらり「うー?☆ 雪乃ちゃん、お客さんかにぃ?」
雪乃「諸星さん……おかえりなさい。あとその両肩にぶらさがってる二人も。後で謝罪に行くわよ」
「……はっ? あ、杏は一体何を? そうだ、杏は印税で暮らすんだっ! 仕事したくないぞー!」
みく「ショックすぎて記憶を失ってるのにゃ……」
きらり「杏ちゃーん? 暴れるとぉ、またハピハピしちゃうぞ☆」
みく「にゃあああ!? 巻き込まないでええええ!」
「ぐああー!? わかったっ、レッスンするから力! 力抜いてぇ!」

37 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 07:59:43.67 NSPCnO+e0 37/531



雪乃「奇しくも今日はうちの所属アイドルが全員そろっているのね。紹介するわ、さっきあなたがいじめたのが双葉杏さん。見えないけど島村さんと同い年」

「一言余計だよ、プロデューサー。ふん、杏はあと一年で選挙にもいけるんだからなっ」

八幡「マジかよ……でもお前絶対行かないだろ。めんどくさがって」

「わかってるじゃあないか……。褒めてつかわそう」

八幡「肩でくの字にひっかかりながら言われてもな」

きらり「あ、ごめんねぇ☆ 今おろすからにぃ」

八幡(しかしこの子、大きいな。インパクトも。百八十越えてんじゃないか? 渋谷も背が高い方だが、一線を画してんな)

きらり「にゃっほーい! 諸星きらりだよ☆ あれあれ? あなたはぁ、なんて言うのぉ?☆」

八幡「比企谷八幡だ。よろしくな」

「渋谷凛です。よろしくお願いします」

雪乃「ちなみに諸星さんは双葉さんと島村さんと同い年よ」

卯月「そうなんですよね……」

八幡「人体の不思議展……」

「生命の神秘……」

八幡(渋谷も呟いていた。俺もそう思う)


みく「…………渋谷、凛」


八幡(赤い花の髪飾りを付けた猫キャラっぽい彼女は、諸星の肩から二本の足で人間らしくしっかりと地面に着地すると、凛を見つめた)

八幡(猫が時折見せる無機質な目線に似ている気もしたが)

みく「にゃっはっは! 初めましてだにゃん、八チャン、凛チャン☆ 前川みく、十七歳だにゃん! ゆくゆくはトップアイドルになるこの名前をとくと覚えておくとよいにゃ~♪」

「……あ、初めまして。同い年なんだね」


八幡(気のせいか)



38 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:03:17.86 NSPCnO+e0 38/531



みく「そうなるにゃ! で~も、凛チャンには負けないよ? トップアイドルになるのはみくにゃ!」

「猫なのにビッグマウスだね」

八幡「マウス違いだろ……」

雪乃「……こんなことを言っているけど。この子は去年度まで候補生だったの。アイドルとして動き出すのは今年から。渋谷さんや島村さんと同じ新人よ」

「え、そうなの」

みく「うぐ……。で、でも! 才能に時間は関係ないの! さっさとデビューさせるにゃあ!」

「やる気があって大変よろしい。つきましては杏の今日の雑誌の撮影をね?」

雪乃「へえ……その場合、埋め合わせとして双葉さんにはこのバラエティ番組のスカイダイビング企画のオファーを受けてもらうけれど」

「仕事って最高だよねっ! さあ労働労働っ!」

雪乃「あら残念。そんなに働きたいなら仕方ないわね」

みく「ちょっとー! みくも仕事したい! 杏チャンが飛べばいいんでしょ!」

「死んじゃうよっ! みくが飛べばいいじゃんか!」

みく「一発目の仕事がヨゴレなんて嫌にゃっ! 卯月チャンに譲るっ!」

卯月「ええっ!? あわわわわわわ……!!」

きらり「……みんなぁ?☆ 卯月ちゃんをいじめるとぉ」

きらり「めっ☆ しちゃうぞ♪」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

「すいませんでした」


八幡「めっ☆ってなんだろうな」

「間違いなく滅☆だよね」





八幡(挨拶が終わり、俺と雪ノ下は事務室に移り仕事を教わった。経験者と話しておくのは悪いことではないでしょうと言ったのは雪ノ下だ。合理的だ。……合理的だから、その提案に従った。アイドル達は別室で各々親睦を深めているようだ。渋谷もぎこちないながらなんとかうまくやっているようで安心する)

八幡(一部のアイドル達が仕事に出始めた。ブラインドの外を覗くと、空がオレンジに染まっていた)


39 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:05:10.64 NSPCnO+e0 39/531



八幡「……そろそろ行く。仕事の邪魔をしたな」

雪乃「いいえ、いいのよ。……それにしても、数奇な運命ね」

八幡「……運命、ね。そういうの、信じない方だと思ってたが」

雪乃「そうね。自分でもそのつもりだったのだけれど、ね」

八幡「お前がアイドルのプロデューサーなんてやってる方がよっぽど数奇だと思うけどな。高校生の俺に言っても鼻で笑われそうだ」

雪乃「あら、人のことが言えて? 意外なのはお互い様でしょ」クスクス

八幡「……色々あったんだよ。話せば長くなる」

雪乃「色々、ね」

八幡「お前は何でプロデューサーをやってる?」

雪乃「……私にも色々あったのよ」

八幡「色々、ね」

雪乃「あの時から何年経ったのかしら」

八幡「三年と少し、だな」

雪乃「もう三年も経ったのね……。色々なものが、変わったのかしら」

八幡「あるいはまだ三年、かもな。変わったものも多いだろ」

雪乃「そうね……。でも、変わらないものもある」

八幡(昔と変わらない意志ある目線が、俺を捉えて離さない)

雪乃「あなたのその腐った目とかね」クスクス

八幡「悪かったな。腐ったものはそれ以上どうにもなんねぇよ」

雪乃「ええ、そのどうしようもなさが……懐かしくて……」

八幡(言葉を待っても、その続きが発されることはなかった)



雪乃「比企谷くん。私がプロデューサーをするわけを教えてあげる」

八幡「何だよ。色々じゃなかったのか?」

雪乃「ええ、そうよ。それも嘘じゃないわ」

八幡「雪ノ下雪乃は、虚言は吐かないもんな」

八幡(失言も暴言も、言えなかったこともあるけれど、な)

雪乃「よく覚えているじゃない。その通りよ」

八幡「ふん。たまたまだよ、たまたま」

雪乃「ふふ、そういうことにしといてあげる」クスクス


雪乃「私がこの職業に就く理由の一つはね」

八幡(続く言葉は、まるでタイムマシンのようだった)




雪乃「――変わらず、人ごとこの世界を変えたいと思っているからよ」



40 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:07:30.83 NSPCnO+e0 40/531



「……ねえ、プロデューサー。そろそろ帰らなくていいの?」


八幡(時空の旅から俺を引きもどしたのは事務室にノックなしで入って来た現在の象徴だった)

八幡「渋谷、ノックを――」
雪乃「渋谷さん、ノックはしなさいね」


八幡「あ……。くくく」

雪乃「ふふふ」

八幡(同時に言って、顔を見合わせて俺たちは笑ってしまった。二人して、ノックをしない先生のことを思い出したんだろうから)


「……何。なんかおかしい? せっかく人が呼びに来たのに」

八幡「いや、悪い。何でもねえよ」

「何でもないのに担当アイドルの顔見て笑うんだ。ふーん」

八幡「ちょっと昔を思い出しただけだ。ノックをしない先生がいてな」

雪乃「顧問だったのよ」

「……ふーん。ま、いいや。帰るよ」

八幡「ああ、そうしよう。……またな、雪ノ下」

雪乃「ええ、また。……比企谷くん」

八幡「何だ? 渋谷が怒るから手短にな」

「怒らないよっ。もう、先に外出てるから!」

八幡「怒ってんじゃねーか」


雪乃「その……。今度、あなたの色々も聞かせてね」

八幡「……ああ。気が向いたら、な」

雪乃「ふふ、そういうところは変わらないのね。それじゃ、また、ね」

八幡(遠慮がちに右手を胸元まで挙げて笑う雪ノ下。ブラインドから差すオレンジの陽光が、彼女の短くなった黒髪を染めた。記憶とは違うことばかりだ。髪の長さは違うし、スーツは着こなしてやがるし、高校の時にはしてなかったメイクも……)

八幡「ああ、また。……雪ノ下」

雪乃「なあに? 仕事があるから手短に」

八幡「ん、まあなんだ……その」

雪乃「さようなら」

八幡「早えよ! ……その、なんだ。綺麗に、なったな」

雪乃「…………き、急に何? 気持ちが悪いのだけれど。帰って。ほら」

八幡「ちょっ、そこまで言う? おい、押すな! わかったって!」



――ばたんっ!


41 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:10:30.00 NSPCnO+e0 41/531



八幡(引き戸はお笑い芸人のオチよろしく冗談みたいな速さで閉められた。そんなに怒らなくてもいいじゃないのよ……)

「ふぅーん。初日からよそのプロデューサー口説くなんて、度胸あるじゃん」

八幡「うおっ! いたのか!」

「外で待ってるって言ったじゃん。そんなのも忘れるくらい色ボケた?」

八幡「ちげーよ。建物の外かと思ったんだよ」

「……仲好さそうだったね」

八幡「どこがだよ。雪ノ下の連絡先すら知らないっての」

「照れ隠しだ? 今度こそ本当に付き合ってた人?」

八幡「ちげーよ。ってか何? 何でそんなに恋愛に食いつくの? 女子高生かよ」

「女子高生だよ」

八幡「そうだった」

「顧問の人のこと言ってたけど、同じ部活だったの?」

八幡「そうだ」

「何部?」

八幡「奉仕部」

「……絵里さんに、プロデューサーが仕事サボって女の人と喋ってたって報告だね」

八幡「やめろ。やめろください。本当だって。今度雪ノ下に聞いてみろ」

「……本当? 変な部活。やれやれ、これからプロデューサーが仕事サボらないように監視しないとだね」

八幡「馬鹿にするな。監視されようがされまいがサボるときはサボる。それが俺だ」

「ほんっと、駄目な大人だなぁ」

八幡「まあな。運の尽きだと思って諦めろ。……他のアイドルとは仲良くなれたか?」

「うん、ぼちぼち。特ににこさんとかトゲトゲしてるように見えて実は優しかった」

八幡「良かったな」

「あ、でも。あの子だけはちょっと違ったな」

八幡「あん? さっそく誰かと喧嘩したのか」

「ううん、そういうわけじゃないけど。あの子いたでしょ、前川みく」

八幡「ああ、あのエセネコか」

「言い方。普通に喋れたんだけど、なんて言えばいいのかな」

「時々、値踏みされてる……みたいな。鋭い視線みたいなのを感じたかも」

八幡「ふーん、まあ同じ新人だしな。気になったんじゃねぇの」

「うーん、そうなのかな? ふふ、いいんだけどね」

八幡「何で笑ってんだよ?」

「ん? ちょっと面白くてね」


「――案外、猫被ってるんじゃないかな、と思って」



42 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:11:58.76 NSPCnO+e0 42/531

<同日、18時ころ。東西線某駅>


八幡「……はい、はい。わかりました。お疲れ様です、失礼します」

「絵里さん、なんて?」

八幡「今日は初日だし直帰していいってよ。……なんつーか俺も色々ありすぎて疲れたわ。正直ありがたい」

「私もなんだか疲れたかな。帰ってお風呂に入りたい。……色々あったけど、これからよろしくね、プロデューサー」

八幡「おう、お前はいきなり担当が俺で同情しかないけどな。精々シンデレラガールの中でトップ目指して頑張ってくれ」

「ま、努力してみるよ。そういえば知ってる? シンデレラの意味」

八幡「人の名前じゃないのか?」

「灰かぶり姫、っていう意味があるんだって」

八幡「へえ、なんかイメージと違うな。……っといけね、帰りに食材買って来いって小町に言われてたんだった。またな」

「あれ? プロデューサーも東西線じゃないの?」

八幡「俺は総武線。じゃあな」



「あ、行っちゃった。……総武線の駅、十分は歩くのに。ふふ、送ってくれたのかな」

(雪ノ下さんとの話も、実は立ち聞きしてた。あの二人ってどういう関係なんだろ。地味に戸塚さんも気になるな。絵里さんとも知り合いっぽかったし。あの人、本当にナニモノ? 明日会ったら、ちょっとそれとなく聞いてみようかな。面白いかも)

「ふふ」

(自然と笑みがこぼれた。早く明日にならないかな、なんて)

(四月も始まったばかりだと夕方でもまだこんなに暗い。昼間のいい天気は放射冷却の前払いだ。とても寒い。プロデューサーと出会ったのも、こんな夜だった)

(聖なる夜――きっと、今まで"いい子"にしてたから)

「サンタさん、ありがとね」



44 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:14:41.89 NSPCnO+e0 43/531

<同日、夜。キュートプロダクション事務所>


ちひろ「雪乃ちゃん、今日はもう上がっていいですよ? 後は私がやっておくから」

雪乃「いえ、そういうわけには……」

ちひろ「ダメですー。ちゃんと見た? 進捗悪すぎですし数字間違えすぎです。これじゃ仕事してるとは言えませんよ?」

雪乃「……ごめんなさい」

ちひろ「……なんてね。仕方ないもんね。仕事になりませんよね」

雪乃「…………懐かしかった、ので」

ちひろ「おー? 本当にそれだけですかー? ……まあ、聞かないでおくね」

雪乃「……姉さんから、聞いていないんですか?」

ちひろ「陽乃が可愛い妹の秘密をぺらぺらと喋ると思う?」

雪乃「割と昔はぺらぺら喋っていましたが……」

ちひろ「昔は昔。今は今、ですよ」

雪乃「……」

ちひろ「……なーんて。そんな風に割りきれたら楽なのにね」

雪乃「……ちひろさん。私は、変わったでしょうか」

ちひろ「教えてあげてもいいですけど、聞くのはもったいなくないかな?」

ちひろ「どうせなら、男に判定してもらったらどうです? 女の子でしょう?」

雪乃「……ええ。そうですね」クスクス

ちひろ「私は慌ててメイク直して眼鏡外してスタンバイしたり、どうしてかわからないけどいつものシュシュを外したり、雪乃ちゃんのそういういじらしいところ、好きだなー」

雪乃「…………本当、嫌になるくらいよく見てるんだから」

ちひろ「ふふふ。見えすぎて辛いこともあるけどね」

雪乃「……意地です。ただの、女の子としての」

ちひろ「……そっか」

雪乃「……上がらせていただきます。お疲れ様でした」

ちひろ「うん、お疲れ様。……ちょっと、窓を開けてくれないかな? 桜、綺麗なの」

雪乃「ええ。わかりました」


――からら。


ちひろ「……わぁ。夜桜!」

雪乃「綺麗ですね」

ちひろ「うんうん。もう、すっかり春ですねえ」

雪乃「そうです、ね」

雪乃「……雪が溶けなくても、春は来るのね」



45 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:21:25.15 NSPCnO+e0 44/531

<数日後、午後。クールプロダクション事務所>

絵里「よーし、ものは試しね! やらないと覚えないわ!」

アーニャ「ふふ、プロデューサー……ジュラーユ・ウダーチ」

八幡「? それ、どういう意味ですか?」

絵里「ロシア語で頑張れ、という意味よ。期待に応えてね?」

八幡「プレッシャー……。というか絢瀬さん、ロシア語堪能なんですか?」

絵里「私はロシア人のクォーターなのよ。アーニャみたいにハーフじゃないけどね」

アーニャ「ダー……絵里、とてもロシア語、上手です」

八幡「何でもできるんだな。仕事も語学もできるとか反則かよ」

絵里「ほ、褒めたって手加減しないわよ。さ、比企谷くん。私が電話をかける役をやるから、比企谷くんは応対してね」

八幡「わかりました」

アーニャ「私、何すればいいです? 私も何か、手伝いたいです」

絵里「と、言ってもね……何を任せようかしら」

八幡「電話の音とかでいいんじゃないですか」

絵里「Cランクアイドルに電話の音だけやらせるとかどうなのよ!? プライドってもんが」

アーニャ「とぅるるるるる、とぅるるるる」

絵里「いいの!?」

八幡「いいんだ……」

アーニャ「とぅるるるるる」

絵里「ま、まあいいわ。やりましょう。ほら比企谷くん、電話を取って」

八幡「あ、はい。……もしもし、346アイドル部門クールプロダクション事務所でございます」

絵里「ででーん、はいアウトー。電話対応でもしもしはNGよ。次言ったら罰金ね」

八幡「うぐ、わかりました」

絵里「お電話ありがとうございます、でいいと思うわ。あと唐突だったとはいえ3コールかかっちゃったわね。基本電話は二コール以内で取るようにね。それ以上かかった時はお待たせいたしましたを付けると吉よ」

八幡「…………はい、わかりました。もう一回お願いします」カキカキ

絵里「ちゃんとメモを取るのね。偉いわ」

八幡「同じこと二回聞くのは効率が悪いですから。気が引けるしめんどくさいし」

絵里「後ろの理由が余計だわ……」

アーニャ「とぅるるるるるるる、とぅるるるるる!」

絵里「ほらまた鳴ったわよ!」

46 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:23:08.69 NSPCnO+e0 45/531



八幡「巻き舌上手ぇ……さすがロシアだ。お待たせいたしました、お電話ありがとうございます。346アイドル部門クールプロダクション事務所でございます」

絵里「ハラショー! いいわ、次に行きましょう。……おっほん、文明放送の矢澤だが」

八幡「あ、はい、いつもお世話になっております」

絵里「来週収録のアナスタシアさんのラジオの件で変更が出たので、絢瀬さんと話したいのだが」

八幡「絢瀬さんですか? かしこまりました、ただいまお繋ぎ致しますので、少々お待ちくださいませ」

絵里「でっでーん! アウトー!!」

八幡「っだぁ! 何がダメだったんですか!」

絵里「取引先の人に対して、身内に敬語を使ってはいけないわ。絢瀬でございますか? が正しいの」

八幡「ビジネスマナーって面倒くせえ……」

絵里「マナーってそんなものよ。でも知らないと一生恥をかき続けるわ」

アーニャ「ででーん。うふふ、絵里、かわいいです」

八幡「本当にな。教えてくれてるのが絢瀬さんじゃなかったら帰ってるわ。ででーん」

絵里「ちょ、ちょっと何よ、からかわないでよっ。……ちょっと言ってみたかったんだもん」

八幡「ぐはっ」

アーニャ「ででーん。プロデューサー、アウト♪」

絵里「もおお! いいわよ、もう教えない! 恥晒してクビになっちゃえばいいんだわ!」

八幡「イズヴェニーチェ……」

アーニャ「わあ、プロデューサー! お上手、です」

八幡「さっき教わっておいてよかったな」

絵里「……誠意が足りてないわ」

八幡「日本語上手っすね」

絵里「普通に日本語喋れるわよ!?」




「……みんな何してんの?」





47 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:25:05.83 NSPCnO+e0 46/531



八幡(事務所のドアを開けるなり、開口一番渋谷は言った。ジト目で。学校は……ちょうど終わる時間か)

八幡「おう、渋谷か」

アーニャ「エリーチカ先生、ビジネスマナー、教えてます」

「ふーん。何か、楽しそうだったね」

八幡「楽しくねえよ。ヘコんでばっかだっつの」

絵里「もっともーっとボコボコになってもらうんだからね。全然本気じゃないんだから」

八幡「うええ……本気出したらどうなるんすか」

絵里「ちょっとプーチン入るかも」

八幡「ぜひ今のままでお願いします……」

八幡(怖すぎだろ。地球割れそうだもん)


絵里「でも、凛ちゃんも来たし今日のマナー講座はこれまでね」

八幡「そうですね。今日は俺も渋谷に付いていくつもりです」

絵里「それがいいわ。これから何度もレッスンを見ることになるだろうし、トレーナーに挨拶を済ませておきましょう」

アーニャ「ワオ、じゃあ凛、今日はレッスンですか?」

「うん、そうだよ。今日は自主練じゃなくて、トレーナーさんとの初練習みたい」

八幡「ああ、そのことだが。まだトレーナーさんたちがどういう体制でつくのか教えてなかったな」

「うん、教えて?」



48 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:26:33.69 NSPCnO+e0 47/531



八幡「トレーナーさんだが、渋谷には今年から346のトレーナーになったルーキーさんについてもらうことになった」

「へえ、そうなんだ。新人同士、上手くやっていけるといいな」

八幡「新人とはいえ、相手はプロだ。レッスンは間違いなく自分の為になるだろうな」

「うん、少し楽しみだよ」

八幡「あと、これも当たり前だが。トレーナーさんはお前の専属じゃない。渋谷にはこれからパッションの本田未央、キュートの島村卯月と合同でレッスンしていってもらうことになる」

「! そうなんだ」

八幡「どうした。不安か?」

「……ううん。私、部活とか入ってたことなかったから。誰かと何かをやるのが新鮮で。……ちょっと、楽しみかも」

八幡「俺なんか誰かと何かやるのは苦痛でしかないけどな。はーい二人組作ってーの命令。あれ考えた奴は絞首刑でいい」

絵里「体育くらいどうにかならなかったの……」

「プロデューサーの黒歴史は置いといて、ようやくアイドルらしくなってきたね。頑張るよ」

八幡「まあなんだ。初めは絶対上手いこといかないだろうが……頑張れ」

絵里「絶対って……もうちょっと他の言い方はないのかしら……」

アーニャ「でも、がんばれ、は言ってます。ふふ」


八幡「じゃ、行ってきます」

アーニャ「凛、ジュラーユ・ウダーチ!」

「あはは、えーっと……スパスィーバ、アーニャ」

絵里「ハラショー! 綺麗な発音ね。あ、比企谷くん」

八幡「? 何ですか」

絵里「向こうに行ったら、あの子によろしくね?」



49 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:28:49.16 NSPCnO+e0 48/531

<都内某所:346プロタレント養成所>


八幡「比企谷です、これから渋谷共々よろしくお願いします」



星空凛「星空凛です! こちらこそよろしくね! 凛も新任で至らないところいっぱいだと思うけど、精一杯頑張るね!」



八幡「俺も渋谷も新人なので。お互いカバーしていきましょう」

八幡(一足先に講師室へ赴いた俺は、担当の星空凛さんと顔を合わせた。しなやかな体格をしている。サイドアップに髪の毛を結って、黒のノースリーブの上に黄色のTシャツを重ね着していた。青緑のカーゴパンツとスニーカーが良く似合う、快活そうな人だと思った。いかにも運動ができそうだ)

星空凛「そうだね! 凛も初仕事、すごく楽しみだな~」

八幡「よろしくお願いします。自分はどこかで待ってるんで……。この辺りにどこか落ち着いて座れそうなところはありますか? なかったらレッスン終わるまで喫茶店とかで仕事をしてますが」

星空凛「あ、だったら一階の食堂がいいよ! 今の時間はあんまり人もいないし、静かなんだ~」

八幡「そうですか、だったらそこにいます」

星空凛「あ、でももしよかったら比企谷くんもレッスン見学するかにゃ? 勉強になると思うよ!」

八幡「にゃ?」

星空凛「あ、出ちゃった。えへへ、凛の口癖なの。最近治そうと思ってるんだけど、やっぱりふっと出ちゃうね。諦めたほうがいいのかなあ……」

八幡「まあ、いいんじゃないですか。そういうアイドルもいるし。……そうっすね、じゃあ仕事が一段落して途中からでもいいんならぜひ」

星空凛「うん、わかった! 今日のレッスンは201でやってるよ! アイドルの能力や適性を知るのも、プロデューサーとして大切よって絵里ちゃんが言ってたにゃ」

八幡「絢瀬さんとは知り合いで?」

「うん! 高校で部活が同じだったし、今でも遊ぶよっ」

八幡「へえ……最近思うが、世間って狭いんだな」

「あ、レッスンの時間だ! それじゃあまたあとでね、比企谷くん!」

八幡「うぃっす」

八幡(元気な人だな~。アイドルだったら絶対パッション……いや、あえてキュートかな。俺だったらそうする。絶対その方が受ける。キュート、キュートねえ……しかし)

八幡(雪ノ下がキュートとはな。笑わせるわ)

八幡(俺は自販機でマックスコーヒーを買いながら、食堂へ向かった。初レッスンが上手くいくことを祈りながら)


50 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:31:14.90 NSPCnO+e0 49/531

<同日、レッスン室201>

星空凛「はじめまして! 今日からみんなのレッスンを担当する星空凛です。よろしくねー!」

卯月「島村卯月ですっ! よろしくお願いしますね!」

未央「はじめましてっ、凛さん! しぶりんとおんなじ名前だねっ!」

星空凛「あはっ、そうだね♪ じゃあ凛も渋谷ちゃんのことはしぶりんって呼ぼうかにゃ~」

「知らぬ間にどんどん広まっていく……」

卯月「いいじゃないですか、二人とも凛ちゃんだと分かりづらいですし♪」

「うーん、まあいいか……」



星空凛「それじゃあ、レッスンを始める前にー。みんな、その場に座って?」

卯月「? わかりました」

未央「おおっ、なんだなんだ?」

(促されるままに、私たちは床に三角座りをした。それにしても、床も鏡もピカピカだね)

星空凛「うん、じゃあ、脚開いて?」

未央「ほえ?」

星空凛「聞こえなかった?」



星空凛「脚。ひ   ら   い   て   ?」

(この頃私たちは予想もできなかった。こんなにニコニコした人が――)



未央「いててててててて!?!?! 死ぬっ!! 死んじゃうよおおおお!!」

星空凛「うーん、全然ダメダメだにゃー。えいっ」

未央「ぎゃああああああああ!!!」

(無情。あまりにも無情……! 凛さんは軽やかな足取りで未央の後ろに回ると、手加減無しで背中を押した……! あああ、見てるだけで痛い。痛いよ!!)

「う、うわあ……」

(知らず後ずさりする私。物音を立ててしまった)

星空凛「しぶり~ん? どこ行くにゃ?」

「あっ……ああっ……」



「痛い痛い痛い痛い!!!!! 死ぬって!! 裂けちゃう!!! 裂けちゃうよ!!!」



星空凛「う~ん、これで? しぶりんも全然だめだね~☆」

(彼岸を見たよ……! 死ぬかと思ったよ!!)

卯月「ていっ」

星空凛「おっ、卯月ちゃんはやわらかいにゃ!」

卯月「えへへ、毎日やってますから」

未央「人間じゃない……」

「無脊椎動物……」

卯月「ちゃんと背骨ありますよっ!?」


51 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:33:37.95 NSPCnO+e0 50/531



星空凛「これね、全員、最低限脚を開いた状態で床にお腹がつくところまでもってかないと駄目にゃ」

「に、人間やめてる……」

未央「石仮面どっかに売ってないかなぁ」

卯月「毎日やってればできるようになりますよ! 未央ちゃん! 凛ちゃん!」

星空凛「うん、そうだよ! 毎日やれば必ずできるようになるにゃ。……でも、毎日やらないと絶対に出来るようにはならない」

「…………」

星空凛「柔軟性を上げることは全てにつながるよ! 全てのパフォーマンスの安定にかかわってくることにゃ」

星空凛「みんなは今はまだナニモノでもないけど、いずれ人の前で歌ったり踊ったりする本番がやって来る。その時に出来たり出来なかったりじゃとっても困るんだ」

星空凛「なぜならみんなは、プロだから」

卯月「!」

星空凛「プロってことは、人からお金と時間を取るってことにゃ。見に来る人たちはその日を楽しみにやって来るよ。その時に、出来ませんでしたなんてことは許されない。君たちには、人々を魅了する責任があるにゃ」

星空凛「自分はもう自己満足だけで完結しない世界に立っているってこと、忘れないで」

星空凛「凛は楽しくレッスンをやっていきたいにゃ! それが凛のモットーだからね。だから歌が上手くなったり、ダンスのキレが増して来たら、いーっぱい褒めてあげる!」

星空凛「でも、柔軟とかそのあたりのことでは絶対に褒めない」

星空凛「それはね、プロとして当たり前のことだからだよ。そのこと、覚えておいてね」

(ぴしゃりと寝覚めに冷や水を浴びた気分だったけど、私はこの時一つ確信した)

(おそらく私たちは最高に運がいい。この人は、出来る側の人間だ――)



星空凛「は~い、じゃあ次は片足立ち10分ね~☆」

「ああ……」未央「ひぃん……」卯月「いぇええ!?」

(……ちょっと、厳しいけど)


(ふらふらする世界。卯月がよろけて叫ぶ声がドミノのはじまり。三人同時に倒れちゃった)

(アイドルのレッスンでひとつ学ぶ。倒れた床は、結構冷たい)


52 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:36:56.99 NSPCnO+e0 51/531



八幡「……ふぅ、こんなもんか」

八幡(企画書を打ち終える。ここ最近作ったものの中では悪くない出来だ。後は絢瀬さんにチェック通して、ゴーが出たら奴らと打ち合わせすればいい)

八幡(これが渋谷メインの初仕事になる。……出来るならよりいいものにしてやりたい。戸塚や雪ノ下、絢瀬さんの意見ももっと聞いた方がいいだろう)

八幡(けっこうダメ出しされんだろーが、それでいい。ゲームは死んで覚えてなんぼだ)

八幡「小腹が空いてきたな」

八幡(そういや今日はこれのことばっかで昼休みロクに飯くってねーわ。俺が休みに仕事するなんて……自我が揺らいじゃう……)

八幡(そういえばここは食堂だ。何か食べるのもいい。カウンターに行って、窓口の上に貼ってある一品一品の写真付きメニューを確かめる)


八幡「ん? ……絶品346おにぎり?」

八幡(なんだこれ……他は全部チキン南蛮とかカルボナーラとか普通のメニューなのにこれだけ毛色が違うぞ。しかもなんでこれだけ文字が行書体なんだよ)



花陽「おおっ! それを選ぶとはお目が高いですっ!」



八幡(話しかけてきたのは、カウンターの向こうで一人待機してた食堂の女の人だ。若い。俺と同じくらいか? 柔らかい雰囲気を帯びた、温和そうな人だった)

八幡「どう絶品なんです、これ?」

花陽「それはもう凡百のおにぎりとは存在から違いますっ」

八幡「存在……」

花陽「お米の産地から私が完全監修してますから! おにぎりに一番適したお米です。おにぎりはね……素材が命なんですよ……!」

八幡「へ、へえ……」

八幡(この好きなもの推してるときのパワー感、すっげえデジャヴなんだが。誰だっけ。あ、俺か)



53 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:38:57.81 NSPCnO+e0 52/531



八幡「じゃあまあお腹も空いてるし、一つください」

花陽「ありがとうございますー! ……そういえばお客さん、見ない顔ですね」

八幡「ああ、ここに来るのは初めてなんで。これから来ることも多くなると思うが」

花陽「そうなんですかー。自慢になっちゃいますけど養成所の食堂はおいしいですよ! あ、わたし食堂員の小泉花陽と申します。よろしくお願いしますね」

八幡「クールプロのプロデューサーの比企谷です、よろしく」

花陽「クールの? あ、じゃあ今凛ちゃんがレッスンしてるところの!」

八幡「ん? うちの渋谷をご存じで?」

花陽「へ? 渋谷?」

八幡「え、今凛って。自分の担当アイドルは渋谷凛と言いますが……」

花陽「あ、ちがうんです! 凛ちゃんは、トレーナーの星空凛ちゃんのことですよ」

八幡「ああ、なるほど。そういえば星空さんも凛って名前でしたね」

花陽「そーなんですよ! 凛ちゃん、今日は初仕事にゃ―って朝からはりきってましたよ?」

八幡「仲がいいんですか?」

花陽「凛ちゃんとは幼稚園の頃からの知り合いなんですよ。小中高、って一緒で。大学はわかれちゃったんですけど、今また職場が一緒になりました。すっごく嬉しいです!」

八幡「へえ……リアル幼馴染か」

花陽「えへ、そうなんです。……はい、できました! 一口かじってみてください!」

八幡「あ、どうも。じゃあ失礼して」

八幡(その時、俺に電流走る――)


八幡「なんだこれ!? めちゃくちゃうめえ!!!」

花陽「でしょうっ!? 食堂で一番人気のメニューなんです! えっへん」

八幡「今まで俺が食ってきたおにぎりは三角の形をしたゴミだったのか……」

花陽「そ、そこまで言わなくても……」



55 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:41:07.61 NSPCnO+e0 53/531



八幡「めちゃくちゃ美味しかったです。また来ます」

花陽「そう言って頂けるのが何よりも嬉しいです。待ってますからねー!」

八幡「あ、そういや201ってどうやって行けばいいかわかります?」

花陽「それならそこの階段昇って右手に曲がればすぐですよ。一番奥が喫煙所で、その右隣にあります!」

八幡「ああ、喫煙所あるのか。寄ってくかな……。あ、ありがとうございました、また」

花陽「はいっ、待ってますね」


花陽「よかったぁ、おいしいって言ってもらえた! この仕事してて、本当に良かったなぁ」


八幡(幸い喫煙所には誰もいなかった。スーツのポケットから一式を取り出して、煙草に火をつけた)

八幡「ふー……」

八幡(落ち着くってわけではないが、頭がぼんやりとする。何も考えなくていい)

八幡(外界から煙を隔つガラス張りのドアを見つめていると、ガラスのむこうの左側の引き戸から急に女の子が出てきて地面にへばりついた。あれは……本田か。続いてぞろぞろと出てくる)



未央「うえぇええん、もう無理ー! 体力ゲージカラッポだよお!」

星空凛「にゃはははは。まだこっからだよ~? 休憩明けが楽しみにゃ」

卯月「」

「ちょっと卯月? 大丈夫? 生きてる?」

卯月「ドナーカード……書いておきます……」


56 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:44:22.14 NSPCnO+e0 54/531



八幡(……なかなかハードらしいな。でもまあ当然か。アイドルって歌うだけじゃないもんな。歌いながら踊ったりするんだし。口パクかどうかは知らんが、少なくとも踊りながら笑わなきゃダメなわけだ。そりゃ体力鍛えなきゃいかんわな)

八幡(あ、渋谷のやつこっちに来るな。煙草消さねーと)

「サボり?」

八幡「バカ、ちげーよ。一仕事終わったから一服してんだ」

「本当に? ずっとサボってたんじゃないの?」

八幡「出来るんならそうしたいがな。本当だ」

「ふーん……」

「……煙草」

八幡「ん?」

「煙草、吸うんだね」

八幡「……ああ、まあな」

「ねえ、なんでそんなの吸うの? カッコつけ?」

八幡「……さあな。気が付いたら、って感じだ」

「税金の塊なのに」

八幡「俺が煙草を一箱買うことで国に貢献できる……俺はそういうところに幸せを感じるんだ……」

「何言ってんの?」

八幡「おいマジレスやめろ。言葉のナイフしまって?」

「……身体に悪いのに。そんなもの吸ってたら早死にするよ?」

八幡「…………だからだよ」

「え?」



卯月「凛ちゃ~ん、凛ちゃ~ん! 休憩、終わりですよー! ……終わって、しまいました」

未央「そうだぞしぶりん! モタモタするなぁ! 今回もまた地獄に付き合ってもらう!」

八幡「おら、行ってこい。サボってんじゃねーぞ」

「わかってるよっ。プロデューサーこそサボらないでよね」

八幡「それはない。今からお前らの練習見るから」

「え、そうなの?」

「……じゃ、頑張る」

57 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:46:48.87 NSPCnO+e0 55/531



星空凛「高音は喉から出しちゃだめ! お腹から! そういうやり方もあるけど基本は腹式呼吸してお腹から声を出すにゃ! 未央ちゃん、喉に力入ってるよー」


星空凛「1、2、3、4! 1、2、3、4! 卯月ちゃん、腰が引けてるにゃ! 体幹がブレるとあらゆる動きがダサく見えちゃうよ! しぶりんは下向かない! 鏡があるんだからそっちを見ようねー」


星空凛「え・が・お! しぶりん笑顔にゃ! 笑顔でゴリ押し! アイドルは笑顔に始まって笑顔に終わると言っても過言ではないにゃ! レベルを上げて笑顔で殴ろう!」


星空凛「未央ちゃん走ってる! 卯月ちゃんは遅れてる! しぶりんは……よし! あ、また目つぶったにゃ! ダメ!」


星空凛「よーし! そろったにゃ! 凄いよ!」


未央「や、やった……っ」

卯月「とうとう揃いました~……」

星空凛「うん、じゃ、もう一回最初からにゃ☆」

「……鬼。鬼がいるよ」

星空凛「ん~? 一回じゃ足りないのかにゃ?」

「いや! そんなことは!! 一回で決めます! 決めますから!」

星空凛「よろしい! 大丈夫、できるよ!」


星空凛「1、2、3、4! ……しぶりん、またステップが遅れたよ!」


「っ……はい! はぁ、はっ……」

星空凛「大丈夫?」

「……っ、あの」

星空凛「うん、ちょっと休む?」

「……もう、一回」

星空凛「!」

「もう一回っ。……お願い、します」

星空凛「……よーし! じゃあもう一回!」



星空凛「はい! それじゃ今日はこれでおしまいにゃ! みんなお疲れ様!」

未央「」「」卯月「」

星空凛「あはは、初日からはきつかったかな? でも、そのうち慣れるにゃ。ストレッチ忘れないようにね! 怪我したら意味ないからね~」


60 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:48:49.66 NSPCnO+e0 56/531



八幡(……きつそー。想像を絶するな。アイドルってみんなこうなのか? テレビで見る華々しい姿とは天地の差だ)

星空凛「あ、比企谷くん! 今日の分の報告書を渡すから一緒に講師室に来てほしいにゃ」

八幡「了解です。じゃ、行ってくるから渋谷は着替えてろ」

「……うぃーっす」

八幡「キャラ。キャラがブレてんぞ」

「知らない。もう立てない……」

八幡「……立ったほうがいいと思うけどな」

未央「ほほーう、これはこれは……」

「?」

卯月「凛ちゃん、お腹っ。お腹出てますよっ」

「っ! 馬鹿! ヘンタイ!」

八幡「退散退散」


<同日、講師室>


星空凛「あとは、ハンコおしてっと……はい! おしまい!」

八幡「ありがとうございます、お疲れ様です」

星空凛「なんのなんの! 凛はすっごく楽しかったよ、今日!」

八幡「色々と勉強になりましたよ。星空さん、意外と厳しくて驚きましたけど」

星空凛「あ、あは……。でも、こんなの高校の時の絵里ちゃんに比べたらまだまだにゃ」

八幡「絢瀬さんが? そうか、だから出るとき言ってたのか」

星空凛「絵里ちゃんのレッスンは鬼畜だったなあ……悪鬼羅刹にゃ」

八幡「何部だったんですか?」

星空凛「えー! 知らないの!? 凛たち、全国優勝したのになあ……」

八幡「え、凄ぇ。でも何か実績ないとうちでトレーナーなんてやれないか」

星空凛「当ったり前だよ! 結構厳しかったんだからねー? 倍率」

星空凛「えへへ、何か偉そうな言い方になっちゃうけど、凛たちを知らずによくプロデューサーなんてやってるね!」

八幡「……意外と毒舌家って言われません?」

星空凛「うん、たまに。なんでだろうねー?」


八幡(無自覚か……怖ぇ)


61 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:51:10.93 NSPCnO+e0 57/531



星空凛「凛たちはね、アイドル部やってたの! スクールアイドル!」

八幡「え?」

星空凛「今うちでアイドルやってる穂乃果ちゃんとか海未ちゃんとか、食堂にいるかよちんとか、あとは比企谷くんも知ってる絵里ちゃんもそうだよ!」

星空凛「凛たちはね、μ'sっていうグループを組んでたんだよ」

八幡「そんなこと、絢瀬さんから一言も聞かなかったな」

星空凛「絵里ちゃんは自分で言わなさそうだにゃー。でも、そこそこ凛たちは有名なグループだったんじゃないかな、アマチュアにしては」

八幡「へえ……後で調べてみます」

星空凛「……気になったんだけどー」

八幡「?」

星空凛「敬語、やーめよ? 多分、比企谷くんの方が年上だよ?」

八幡「……ん、でも」

星空凛「μ'sでは敬語禁止! これから一緒に頑張っていくんだから、やめよ?」

八幡「……わかった。そうする」

星空凛「えへへ、よろしい」



八幡「見た感じ、ニュージェネレーションたちはどうだ?」

星空凛「初日だったからみんなボロボロだったけど、見た感じみんな才能はあると思うにゃ。卯月ちゃんは正統派って感じだね! 現時点では一番能力が上だにゃ。多分、アイドルになりたくて一人でずーっと練習してきたんだと思う。伸ばしがいがあるね! あとは笑顔がやっぱり武器になりそう。未央ちゃんはダンスが特にいいと思う! 運動神経がいいんだろうね。高校の時の自分に一番似てるにゃ」

八幡「渋谷は?」

星空凛「現時点では一番能力が劣るにゃ。身体は固いし喉声使っちゃうし笑顔固いし。ダメダメダメだね。ダメofダメにゃ」

八幡「……oh」

星空凛「でも」

八幡「でも?」

星空凛「才能は一番あると思うにゃ。ふとしたことで一気に化けそうな」

八幡「本当に?」

星空凛「いや、正直わからないけどね。あはは」

八幡「おい」

星空凛「いや、嘘じゃないよ? カクショーが持てないんだー。凛もまだ新人だからね!」

八幡「無責任な……」

星空凛「ただのカンだからにゃ。でも凛は、一番しぶりんに期待してるよ?」

八幡「どうして?」

星空凛「才能って目覚めるものじゃなくて、磨くものにゃ。あの子はサボんないよ、多分」

八幡「……それも、ただのカンか?」

星空凛「これは確信! ぜったいだいじょーぶ! そういうところ、一番大事にゃ!」


星空凛「――だから、可能性感じたにゃ」


63 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:53:03.51 NSPCnO+e0 58/531

<レッスン室201前>


戸塚「あ、八幡!」

八幡「おお、戸塚。お前も送迎か?」

戸塚「いや、別の人のレッスンを見に来たんだよ。今日は間に合えば本田さんのレッスンも見たかったんだけどね。前の仕事が押しちゃって間に合わなかったんだ」

八幡「そうか、お前も大変だな。複数人を見るとなると」

戸塚「八幡もそうじゃないの?」

八幡「俺もそうなんだが、新人にいきなりは重いってことで色々事務員さんに助けてもらってるからな。実質負担分はそこまで多くない。今は渋谷のことに集中させてもらえてる」

戸塚「そっか。八幡だとすぐにぼくに追いつきそうだね」

八幡「んなことねえよ。今日は誰のレッスンだ?」

戸塚「園田さん。……ずーっと、気になっててね」

八幡「そうか。あの人、有名なんだってな」

戸塚「うん、実力派なんだー。レッスンにも一生懸命でね」

八幡「真面目そうだったもんな」

戸塚「うん、真面目すぎちゃうから……潰れちゃわないか、心配で」

八幡(こぼす戸塚の表情は少し暗い。優しいところは相変わらずか)


戸塚「ふふ、そういうところが八幡に似ててね。気になる」

八幡「はぁ? この歩く不謹慎に何言ってんだ」

戸塚「変わんないなあ。えへへ、そういうことにしておいてあげるよ」


八幡「あ、戸塚。例の企画書だが。今日チェック入り次第すぐそっちに送付する」

戸塚「ああ、ニュージェネレーションの! わかった、すぐチェックするよ」

八幡「抑えるのが撮影スタジオだけだから、GOが出たらすぐ実行できるんじゃないかと思う」

戸塚「わかったー。本田さんのスケジュール、今月はレッスンと月末のラジオ出演以外は何もないから、融通は効くよ!」

八幡「了解。雪ノ下にも連絡しとく」

戸塚「じゃあ、お願いします。えへへ、八幡との初仕事だねっ」ニコッ

八幡(圧倒的天使……! 笑顔がベホマズン……!)

八幡「ああ、頼む。いいものにしてやりたい」キリッ


64 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:55:59.26 NSPCnO+e0 59/531



「……デレデレしちゃって。情けないったら」

卯月「戸塚さん、相変わらず可愛いですっ」

未央「さいちゃん、ハチくんと会ってるときはめっちゃくちゃキラキラしてるんだよねぇ」

卯月「うわわ、それはもしかしてっ」

未央「もしかするかもっ♪」

「…………ふん」テクテク

卯月「あ、凛ちゃん?」



戸塚「八幡、今度またテニスしに行かない?」

八幡「あ? 俺高校の体育以来運動なんかしてねぇぞ」

戸塚「だったら尚更だよ。身体動かそう? 八幡は運動神経もいいし、慣れたらすぐ打てるようになるよ」

八幡「んー……まあ、気が向いたらな」

戸塚「ホントに!? じゃあ、休みの予定出たら教えてね? いつ? いつがいい?」

八幡(あっ、これ断れないタイプのやつだ……。でも、まぁ、戸塚だしな)

八幡「今月は無理だが、来月以降なら」

戸塚「来月以降ね。わかった、約束だよ?」

八幡「ああ」

「プロデューサー。早く事務所戻ろう?」

八幡「ん、ああ。ちょっと待ってくれ。戸塚、ちょっと連絡先教えてほしい奴がいるんだが」

戸塚「え? ……あ、わかっちゃった。ふふ、本当に連絡先知らなかったんだね」

八幡「連絡することなんてなかったからな。……だが、仕事だとそうも言ってられん」

戸塚「わかった、後で送っておくよ」

八幡「頼む。じゃ、行くか、渋谷」

「ん。友達と話すのもいいけど、ちゃんと私たちも見ててよね」

八幡「綺麗なお腹だったな、流石アイドル」

「っ! それは見るな! セクハラだよ!?」

八幡「まて訴えるのはやめろ。基本痴漢冤罪はかけられた時点で負けるから」

「冤罪じゃなくて普通に故意だったじゃん!」

八幡「お前が見せてきたんだろうが……」

「ち、違うよ! あれは事故! 不慮の事故だから!」

八幡「じゃあ俺被害者だろ」

「……何その言い方。現役女子高生のお腹見といて被害者面はないんじゃない?」

八幡「反省はしている。後悔はしていない」

「加害者!? そういう問題じゃなくて!」


未央「仲良いんだねー、あの二人!」

卯月「うーん、なんだか凛ちゃんに遠慮がなくて、私、悔しいですっ」

未央「相方としてはね! よっし、私もプロデューサーとスキンシップだ! さいちゃーん! 愛してるぜー!」

戸塚「はいはい。じゃ、ぼくは園田さんの方行ってくるねーお疲れ様ー」

未央「あしらわれたっ!?」

卯月「こっちも、仲、いいなあ……」


65 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 08:58:37.64 NSPCnO+e0 60/531

<同日、レッスン室308>


ベテトレ「よし、ここまでとする。お疲れ様」

海未「はい、ありがとうございました。……ふぅ」

戸塚(レッスンが終わり、ストレッチをする園田さん。結構ハードな内容だったのに、まだ少し余裕があるみたい。……流石だな。基礎体力がある証拠だ)

戸塚「園田さん、おつかれさま。今日はとても良かったよ」

海未「ありがとうございます。戸塚くん、今日も忙しい中ありがとうございます」

戸塚「何言ってるの、担当アイドルを最優先するのは当たり前のことだよ」

海未「そんな。私に割く時間があれば色々なことが出来るはずです」

海未「私なら、大丈夫ですから」

戸塚「…………そういうところが大丈夫じゃないんだよねぇ」

海未「? 何か?」

戸塚「んーん、何も。それより今日はライブバトル会場の下見だよね。送るから着替えてきて」

海未「そんな、場所はわかるので電車で行きますよっ」

戸塚「だーめ。園田さん、有名だから。移動中に騒ぎになったらどうするの?」

海未「……穂乃果ならいざ知らず。私ごときに、そんなことあるはずないじゃないですか……」

戸塚「あーもう。園田さんは四の五の言わずぼくに送られればいいの」

海未「ご、強引ですね。時々驚いてしまいます。……それにしても、送迎は今でも慣れません。なんだか自分がお姫様のようで」

戸塚「ふふ、違わないよ。園田さんはぼくのお姫様だからね。しっかり頂点まで送らないと」

海未「なっ、何言ってるんですか! っ……着替えてきます!」

戸塚「いってらっしゃい。待ってるよ」


66 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:00:40.43 NSPCnO+e0 61/531



ベテトレ「随分熱烈に口説くじゃないか」

戸塚「ふふ、そうだね。ずーっと気になってたからさ」

ベテトレ「……相変わらず君の吐く言葉は全部本当に聞こえて逆に嘘っぽいよ」

戸塚「それ、褒めてる?」

ベテトレ「まさか。あんまりアイドルを骨抜きにするのはやめてくれよ? 私の仕事に差し支える」

戸塚「え? 妬いてくれるの?」

ベテトレ「違うよバカ。レッスンに身が入ってないと私が怒らないといけなくなるだろう」

戸塚「あはは、わかってて言った」

ベテトレ「……ハァ。君は本当に変わったよ、テニス時代の純粋な君はどこへやら」

戸塚「ぼくは元からこうだよ。みんなが夢見てるだけ」

ベテトレ「……ある意味、アイドルのプロデューサーが一番似合う男なのかもしれないよ、君は」

戸塚「褒め言葉として受け取るよ。……本題だけど」

ベテトレ「ああ、なんだ」

戸塚「園田さんの様子はどう? 少なくともレッスンだけを見て」

ベテトレ「……逆に聞こう。君の眼にはどう写る? 園田海未のレッスンは」

戸塚「ぼくが言っていいの? ……そうだね、テニスしかしたことない素人のぼくの眼には」

戸塚「完璧、に見えた」


ベテトレ「……そうだ、プロの私の目から見ても完璧だ。ダンス、歌の表現力は現役アイドルの中ではトップレベルと言っていいだろう。課題があるとしたら笑顔周辺だが、それは各々の個性がある。そこにまで完璧を求めるのは酷というものだろう。ただ、彼女はこの高みに登りつめてなお、登ることをやめようとしない」

ベテトレ「レッスンを見る限り……今のところ、完璧だ」

ベテトレ「これで誰かに敵わない、という方がおかしいよ」

戸塚「うん、だよね」

ベテトレ「レッスンを見る限り、ではな」

戸塚「…………」

ベテトレ「最近の報告書を見た。あれは本当なのか?」

戸塚「うん、本当だよ。こんなことで嘘はつかない」

ベテトレ「……私にはレッスンを見てやることしかできない。そこは最善を尽くそう」

戸塚「ありがとう」

ベテトレ「君を信頼している。だから私は見守っていよう。……ふふ。案外、彼女は骨抜きになったほうがいいのかもしれんな」

戸塚「骨抜き、ねえ」

戸塚「これは骨が折れそうだな……」


67 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:03:01.82 NSPCnO+e0 62/531

<翌日。都内某所、撮影スタジオ>


スタッフ「はいOKでーす。機材変えるんで、その間休憩でお願いしますー」

穂乃果「はぁーいっ! おっつおっつばっちしー!!」

「穂乃果の撮影なのにどうして杏も来なくちゃいけないんだ……」

雪乃「まとめて撮った方がスケジュールとお財布的に楽だからよ」

「うぅん……楽するために効率化か……それは認めるけどやっぱり腑に落ちないよっ! 杏は部屋でごろごろしていたいんだっ」

雪乃「撮影現場にその駄目になる椅子を持ち込んでまだ我儘を言うのね……」

穂乃果「その椅子本当に気持ちいいよねっ! 穂乃果もダメになっちゃうかと思ったよこの前」

雪乃「あなたは元々駄目でしょう」

穂乃果「ひどいっ!?」

「この椅子から下りると……瘴気の多い室外では……杏は…呼吸が…できないっ……」

穂乃果「あはは、声が平泉さんみたい! おっさんだ!」

雪乃「竜吉公主か何かなのあなたは」

「ネイティブ・インドアンだから」

穂乃果「絶滅が早そう……」

雪乃「はあ……双葉さんは本当、アイドルというよりidleね」

穂乃果「しっかし暇だなー。えいっ」

雪乃「あ、こら! 返しなさい!」

穂乃果「ハアハア……ゆきのんの携帯っ……ハァハァ……」

「この時代にガラケーってところがそそるねえ……ぐへへ……」

雪乃「き、気持ち悪い!! なんなのその口調は」

穂乃果「昨日ネットで穂乃果の名前検索したら穂乃果ちゃんハァハァって書いてて面白かったから真似してるの!」

「勇者だ……エゴサーチ……だと…!?」

雪乃「ネットで自分の名前を検索するのはやめなさい! 死に至るわよ! ……というか、お願いだから早く返して!」


雪乃(……! しまった、待ち受け画面はディステニィーランドの時の――!)


68 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:04:59.12 NSPCnO+e0 63/531



穂乃果「ほほーう、ここまでゆきのんが取り乱すとは……あやしい」

「ふふ……今までよくも散々いじめてくれたなっ! 辱めてくれようじゃあないか! 杏ディフェンス!」

雪乃「ええいっ、邪魔よっ」ブンッ

(空気投げ……だと…? ガクリ)

穂乃果「杏ちゃんの犠牲は無駄にしないっ! ……どれどれ、まずは待ち受けを拝見」


雪乃(駄目――!)


――ぶーん、ぶーん。
着信中 080-XXXX-XXXX


穂乃果「あ、電話だ」

雪乃(た、助かった……)

雪乃「貸して。……知らない番号ね」ピッ

雪乃「はいもしもし、雪ノ下雪乃ですが」

???『あ、……雪ノ下か?』

雪乃「……? そうですが、そちらは?」

八幡『あー、俺だ。比企谷八幡』

雪乃「っ――!?」ピッ

穂乃果「あ、切っちゃった! いいの?」

雪乃「ま、間違い電話だったのよ」

「いてて……なにもキレなくてもいいじゃないか……」

雪乃「急だから驚いたのよっ。だ、大体どうして私の連絡先を」


――ぶーん、ぶーん。
着信中 080-XXXX-XXXX


穂乃果「あ、まただ」

「同じ人じゃない?」

雪乃「……少し席を外すわ。休憩終わったら引き続きお願いね」

穂乃果「おっけー、やみのまー!」



69 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:06:39.45 NSPCnO+e0 64/531



雪乃「……すぅ…はぁっ。……はい、雪ノ下です」ピッ

八幡『いきなり切んなよ! 流石にそれはねぇだろ!』

雪乃「あなたがいきなり電話をかけてくるからじゃない」

八幡『いきなりじゃない電話なんてあんのかよ逆に』

雪乃「屁理屈はいいわ。他を当たって? 詐欺ヶ谷くん」

八幡『道理を無理やり引っ込めやがって……あと詐欺でもねえ。ただの連絡だ』

雪乃「そうね、あなたのコミュニケーション能力で詐欺などおこがましいものね。同情するわ、振り込んであげる」

八幡『結局振り込んでんじゃねーかよ……そんなんだと変な奴にひっかかんぞ』

雪乃「私が?」

八幡『私に限って、とか思ってる奴ほど変なのにひっかかりやすいんだとよ』

雪乃「…………その変な奴に、言われたくないわ」

八幡『……電話だから、小声でディスんのやめろ。聞こえない』

雪乃「あらごめんなさい。電波も伝える人を選り好みするだなんて知らなかったものだから」

八幡「ちゃんと伝播するっつの。そろそろアンテナと一緒に腹も立ちそうなんで本題に入っていいか?」

雪乃「どうぞ。手短にね」

八幡『長引かせてんのはどっちだ……まあいい。この前顔合わせしたときに少し話したニュージェネ特集の件だが』

雪乃「ああ、あなたがメインで担当するアレね」

八幡『それだが、企画書が完成した。もう上と戸塚のチェックも入ってるんで、あとはお前待ちの状態だ。通ればすぐに実行に移せると思う』

雪乃「なるほど、了解しました。すぐにメールで送付してもらえるかしら」

八幡『そうしたかったが、お前のアドレスを知らんのでこうやって電話している。一応三事務所共用のドライブにアップしてはいるが』

雪乃「……そもそも、あなた私の電話番号知っていたかしら?」

八幡『最初は事務所の方にかけたんだが、千川さんって人が今はいないって言うもんでな』

雪乃「……あの小悪魔め。個人情報を……っ」

八幡『ああ、違うぞ。この番号は戸塚から教えてもらったんだ』

雪乃「……あら、そうなの」

八幡『ああ、昨日会ったときに俺が頼みこんでな』

雪乃「!」

八幡『仕事に必要、だったんでな』


70 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:08:02.55 NSPCnO+e0 65/531


雪乃「…………それだけ?」

八幡『……それ以外に、俺がお前に電話をかけることなんて、ないだろ』

雪乃「……そう、そうね。そうだったわ」

八幡『………………』

雪乃「……アドレスを教えるわ。この際だから携帯とパソコン両方を伝えておくわね」

八幡『ああ、頼む。今パソコンの前にいるんで大丈夫だ』



雪乃「――よ。以上で二つ」

八幡『……ん。試しに送ってみるわ』



――ぶーん。
件名:(non title)
本文:なし



雪乃「大丈夫、確認したわ」

八幡『ああ、それじゃあよろしく頼む。可能なら近々戸塚と一緒に顔合わせて打ち合わせしたいが、いけそうか?』

雪乃「スケジュールを見てみないと何とも言えないわね。後で連絡するから折衝してもらえるかしら」

八幡『わかった。じゃあな』ブツッ

雪乃「……切るのが早すぎよ」



件名:Re;
本文:馬鹿。



71 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:10:30.13 NSPCnO+e0 66/531

<数日後、昼下がり。クールプロダクション事務所>


「では、そういうことで。こちらもその週は誰を呼ぼうか思案していたらしいですから」

八幡「お願いします。今回は宣伝の面が強いんで、渋谷と協議してロハにするつもりです」

「あら、別に構わないのに。作家さんは気のいい人ですよ?」

八幡「結果的にこっちのが次の仕事に繋がるのかな、と。まあ小さな打算ですよ」

「ふふ、わかりました。……そうだ、比企谷くんはお酒、飲みますか?」

八幡「酒ですか? まあ付き合い程度には。強くも弱くもないですけど」

「わあ、本当ですか? 今度、飲みに行きませんか? 比企谷くんと凛ちゃんの歓迎会ってことにして」

八幡「渋谷は高校生だから飲めませんよ」

「じゃあ比企谷くんとさし飲みでも構いませんよ? いい日本酒を手に入れてですね」

八幡「いや流石にそれはハードル高すぎるんで……。絢瀬さんとかと一緒になら」

「絵里ちゃん、お酒弱いですからねー」

八幡「あれ、絢瀬さん弱いんですか?」

「そうなんです。肌が白いからすぐ真っ赤になっちゃって」

八幡「意外。ウォッカとか余裕で飲んでそうなのに」

「ロシアなのにね」

絵里「ちょっと、黙って聞いてたら好き勝手に! ロシアとお酒の強さは関係ないでしょ!」

八幡「さーせん」

「わあ、怒らせちゃった。恐ろしあ……うふふ」

八幡(……今の、シャレか? いや、まさかな)

「比企谷くん、お姉さんとのさし飲みは嫌ですか?」

八幡「いや、あの。ちょっとアレなんで」

八幡(凄いもったいないことしてるかもしれんが、346の高垣楓が男とさし飲みとか。駄目だろ。スキャンダルになったらもはや俺のクビが飛ぶくらいじゃすまねぇぞ)

「アレってなんです? お酒を避ける……ふふふっ」

八幡「いや、えっと」



――こんこん。がちゃ。


72 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:12:34.32 NSPCnO+e0 67/531



「こんにちはー」

八幡「た、助かった。渋谷、こっち来てくれ」

「あ、逃げた。ふふふっ、飲んでくれるまで許しませんからねー?」

「あっ、楓さんだ! すごい。珍しいね」

「はい、凛ちゃんこんにちは。私もそろそろ行かないといけませんね」

絵里「楓さんはこのあと、何でしたっけ?」

「今日は新曲のMVの撮影です。スタジオ撮りが終わったら、移動してロケ地に一泊で朝からまた撮ります」

絵里「ハラショー……ハードね……」

「そーなんですっ。だから終わったらご褒美にお酒飲みたいなっ、なっ」

絵里「うーん……少し考えておきますね」

「わあ、本当ですか? 嘘だったら私、怒りますよ?」

絵里「考えておきますねー」

「これが玉虫色の回答ってやつだね……」

八幡「必須スキルだぞ。お前も覚えとけ」

「凛ちゃん、今何歳でしたっけ?」

「十七です。今年十八歳になります」

「じゃあ、二十歳になったら一緒に居酒屋に行きましょうね? 約束ですよ?」

「わ、本当? 楽しみにしてますっ」

「ふふふっ、じゃあ指切りしましょう? ゆーびきーりげーんまーん――」




八幡「飲みに行く約束をしたところで俺から数点連絡だ。いいか?」

「…………」

八幡「おーい」

「あっ、ごめん! ボーっとしてた」

八幡「どうした、そんな小指見つめて」

「だって、あの高垣楓さんと指切りしちゃったんだよ? 凄いよね。人に自慢できそう」

八幡「そーいうもんか?」

「そうだよっ。だって私、楓さんのCD、音楽器に入ってるんだよ?」

八幡「……まあ、こいかぜは俺も入ってるけどな。お前もアイドルなんだ、これからもそんな調子じゃ困る」

八幡「渋谷凛。仕事の話をするぞ」

「え?」

八幡「今月末の土曜、前から話しておいた通り空けてあるな?」

「あ、うん。先週言われたから」

八幡「その日、お前には本田未央、島村卯月と共に雑誌の撮影とインタビューを受けてもらう」


八幡「――アイドル渋谷凛としての、初めての仕事だ」


73 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:14:14.31 NSPCnO+e0 68/531



「!」

八幡「ほら、これがプリントアウトした資料だ。撮影の日までに必ず目を通しておいてくれ」

「う、うん! わかった!」

八幡「はは、顔強張ってんぞ」

「わ、悪い? 緊張して当たり前だよ!」

八幡「いや、年齢相応で微笑ましくてな。お前、普段澄ましてるから」

「……年上ぶって。プロデューサーだって4つしか変わんないじゃん」

八幡「バッカお前俺は余裕で乗り切るわ先方に挨拶とかどうすればいいかとか全然緊張とかしてねえからなお前」

「ふふっ、年相応で微笑ましいね。普段澄ましてるから」

八幡「ま、茶番は置いといてよろしく頼む。……その、なんだ。これは俺の初仕事でもあるんだ」

「え、いっつもパソコンでカタカタッターンってやってるじゃん」

八幡「エンターキーに関しては謝る。あれは事務作業。今回のは、俺が企画した仕事なんだ」

「へえ……なるほどね。ふふっ、じゃあ頑張ってあげてもいいよ」

八幡「へいへい、どうかお願いします渋谷様」

「……うん。頑張り、ます。よろしくお願いします、プロデューサー」

八幡「……おう」

八幡(渋谷は、そう言って恭しく頭を下げた。この一月見てて思うが、真面目な奴だな、本当に。堅物ってわけでもねぇけど。そこらへんの匙加減が、魅力……だな)

八幡「基本的にその内容は社外秘だが、渋谷は未成年だからな。親が目を通す権利がある。一応こっちからも自宅に連絡するが、直接見せてあげてくれ。当然SNS等にこの企画のことを書き込むのは禁止だ。友人にも言うな。繰り返し言うが、社外秘だからな。こっちが指示するタイミングまで情報は漏らさない。……守れるか?」

「……うん、わかった。守ります」

八幡「ああ、頼むぞ。代わりってわけでもないが、不明瞭な点とか気になることがあったらすぐ俺に言ってくれ。直ちに相談に乗る」

「わかった。頼りにして、いいんだよね?」


八幡「……ああ。俺はお前のプロデューサーだからな。俺とお前はあらゆる情報を共有する。つまり、」
八幡「仕事のパートナー、ってことだ。安心しろ、何かあってもずっと後ろから見てっから」


「……うん! 了解、パートナーさん」

八幡「よし。次の連絡だがこれも仕事の話だ。次は――」

(プロデューサーと私の話は、陽が沈むまで続いた。こんなに時間が過ぎるのが早く感じたのは初めてだった)



74 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:16:04.84 NSPCnO+e0 69/531

<同日、深夜。凛の部屋>


「社外秘、か」

(机の上にホッチキスで留めた資料をぽんと投げる。こんなにも軽い紙なのに、社外秘という言葉の響きは重い)

「私……本当に、アイドルになったんだね」

(責任という言葉を背負うのは初めてだった。お店のお手伝いとはまた違う。自分に、自分たちの為に、色々な人やものが動こうとしていた)

(私、ちゃんと内緒にできるかな? 友達の恋愛相談とは訳が違うんだよ?)

(ちょっと重たいな。大丈夫かな。あ、でも――)



八幡『俺とお前はあらゆる情報を共有する。つまり、』
八幡『仕事のパートナー、ってことだ』



「ふふっ」

(思わず笑みがこぼれてしまう。私には何でも打ち明けられるパートナーさんがいるんだった。それなら、今夜もよく眠れそうだ)



<撮影当日、スタジオ>


カメラマン「それじゃあ今日はよろしくお願いします! まずは未央ちゃんから行こうか!」

未央「はぁーいっ! 美人に撮ってよー?」

カメラマン「ははは、未央ちゃんは元々美人だから心配ないよ」

未央「おっ、お上手だねー!」


75 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:17:55.10 NSPCnO+e0 70/531



八幡「あいつは本当、うっとおしいくらい元気だな」

戸塚「ふふ、八幡も少し分けてもらったら?」

雪乃「そんなことをしたら許容量を超えて破裂してしまうかもしれないわね」

八幡「人を上層に上がれない深海魚みたいに言うのはやめろ」

雪乃「あら、あなたの親戚でしょう? 目の感じがそっくりよ」

八幡「確かに生態は似てるかもしれんが俺はれっきとした人間だぞ」

戸塚「えー、でもぼくは大好きだよ、深海魚! ロマンだよねー」

八幡「マリンスノ下。俺のことはタツノオトシゴでもチョウチンアンコウでも好きに呼んでくれ」

雪乃「あなたの業は深海より深いと思うわ……」



未央「こう? こう!?」

カメラマン「おっ、いいねー! じゃあ未央ちゃんのソロショットはこれで終わり! 次、卯月ちゃんいってみようかー」

卯月「は、はいっ! え、えーっと! どんなポーズとればいいんですかね!? こ、こうですか!? あわわわわわ」

カメラマン「あはは、その表情おいしいね! いただきだ」



八幡「あいつは落ち着きがなさすぎるな」

雪乃「一応、あの中では最年長なのだけれど……」

戸塚「でも、そこが魅力なんじゃないかなっ。見てるとこっちが自然に笑顔になっちゃうみたいな」

雪乃「そうね。不器用なのだけれど、いつも頑張り屋さんで好感が持てるわ」

八幡「……ふぅん」

八幡(見た感じこそ違えど、どっかの誰かに似てるな)

雪乃「……なあにその目は」

八幡「元からだって言ってんだろ。悪かったな深海魚で」

雪乃「執念まで深いのね……」

八幡「不快にさせてすいませんでした」

戸塚「あ、島村さんの撮影がもう終わるよ? 次は――」

八幡「! 行くわ」

雪乃「ちょっと、どこへ? ここからでも見えるけれど」

八幡「……あいつから見て正面後ろ。壁際」

戸塚「……ぼくもついてく!」

雪乃「あ、ちょっと!」


76 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:19:11.82 NSPCnO+e0 71/531



八幡(撮影スタジオの全景を一番後ろから見た。真っ白で無機質な背景。アンブレラがパラボラアンテナのようにそこへ向けられている。ここにフラッシュが焚かれるんだろう。昔の人は写真の光は魂を抜くって信じてたらしいが、その気持ちがわかる気もする。見ているだけで息苦しくなる)

カメラマン「じゃあ最後は凛ちゃん、いってみようか!」

「は、はい!」

カメラマン「自由に動いてポーズ取ってみていいからね」

「じ、自由にって……」

カメラマン「ははは、固くならなくていいよ。そうだ、可愛く映るポーズを教えようか? 日○レポーズと言うんだが――」

八幡「……落ち着きがありすぎるのも問題だな。固くなり過ぎてる」

雪乃「そうね。少しくらいの固さは個性としてあってもいいけれど、これではね」

戸塚「自由にーって言われると、逆に何していいかわかんないのかもね」

八幡「そうだなぁ……確かに渋谷はそういうタイプなんだろうな。言われて何かこなす方が上手いとは思う」

雪乃「渋谷さんのこと、少しはつかめてきたのかしら?」

八幡「……人のことを完全に理解するなんざ不可能だ」

戸塚「でも、短い付き合いながらちょっとはわかったこともあるでしょ?」

八幡「……そうだなぁ。アイドルだから見た目は、その、なんだ、悪くない。キリッとしてるから愛想がないように見えてしまうこともある。でもまあ、実際のあいつは変に真面目だよ。愛想振りまけるほど器用じゃないだけで。笑わないわけじゃないし、一度受けた仕事とかは絶対投げ出さなそうだ。職人肌なんだろうな。あとこれは完全に主観だが」

八幡「頼れば必ず何とかしてくれそうな、そんな奴だと思ってる」

戸塚「……へえー!」

雪乃「…………」

雪乃(見た目こそ違えど、どこかの誰かさんに似てるわね)

八幡「……何だよその目は」

雪乃「いいえ。それより良いのかしら?」



カメラマン「う、うーん。ちょっと表情が固いねー。リラックスしてみようか?」
「は、はい……」


77 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:20:31.60 NSPCnO+e0 72/531



雪乃「うちの島村さんも良い進行とは言い難かったけれど、渋谷さんは少し難航しているのではないかしら。どうにかしてあげなくてもいいの?」

戸塚「うん、少しくらいなら撮影に影響しないはずだよ」

八幡「……いや」

八幡「ひとまず、休憩までこのままやらせてみる」

雪乃「…………」

八幡(俺は、一番後ろから渋谷を見つめていた。そうするのはどうしてか。ポリシーだから、としか言いようがないんだが)

八幡(ふと、渋谷と目が合う。いつもの意志の強い瞳に少しの翳り。思わず大丈夫かと言いたくなる)

八幡(だが、俺は何も言わない。代わりに目も逸らさない。ただじっと、一番後ろから見ていた)

八幡(それにしても、下手くそな笑顔だ。ぎこちなさを顔にはっつけたみたいだぞ)

八幡(俺は思わず笑ってしまった。そんな俺を渋谷はムッとした顔で見返す。おい、カメラ見ろカメラ。ブスになってんぞ)

八幡(そんなことを思っていると、渋谷は俺に向かって……いや、カメラに向かってか? べっと舌を出して、片目を瞑って中指を立てた。おいおい)


カメラマン「あっはっはっ! 凛ちゃん、そういう顔もできるんじゃん! いやー最高! あ、でも過激すぎるからこれはオフショットにしとくね?」

渋谷凛「……ふふっ。すいません」

八幡(――ああ、いつもの顔だ)

八幡(その瞬間を、プロが見逃すはずもない。カメラは魂じゃなく、渋谷の今日初めての笑顔を見事に吸い込んだ)



78 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:23:06.29 NSPCnO+e0 73/531



カメラマン「よし、お疲れ様! 休憩を少しはさんで、終わったら今度は三人で撮ろう!」

「はい、ありがとうございました」

未央「しぶりん! お疲れ様!」

卯月「とーっても可愛かったですよ♪」

「未央、ありがと。卯月、お世辞はいいよ。私、全然だったじゃん」

卯月「ううん! そんなことなかったですよ! あのべーってしたやつ、私、女の子なのにドキドキしちゃいましたっ」

未央「うんうん、迫真だったぜ!」

「……あれだけ演技じゃないからね」


卯月「あっ、プロデューサーさんが行っちゃいました。私、ちょっと聞きたいことがあったんで行ってきますね!」

「……私もちょっと行ってくる」

未央「よっし、じゃあ休憩後ね!」


「あれ、誰かと思ったら薄情者がいる」

八幡「薄くても情があるのか。まさか褒められるとはな」

「皮肉のつもりだったんだけど……」

八幡「知ってる。ほらよ、やる」ポイッ

「うわっ」パシッ

「……ありがと。これ何……マックスコーヒー?」

八幡「何……知らない…だと? 千葉県民のソウルドリンクだぞ」

「へえ、知らなかった。いただきます……」カシュッ

「――甘ぁっ! なにこれっ」

八幡「コーヒーの中に練乳が入ってんだ」

「うわあ……もう練乳って言葉だけで甘いよ。甘すぎ」

八幡「この味がわからんとは、お前もまだまだお子様だな」

「……こういうのって普通ブラックでするやりとりじゃないの?」

八幡「苦いこと多いから、コーヒーくらい甘くていいんだよ」

「ん……」


79 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:24:22.40 NSPCnO+e0 74/531


八幡「まあ、その、なんだ。……お疲れさん。次も頑張れ」

「ん、ありがと。私の方はごめん、だね。ずーっと固くなっちゃってて、ブスだった」

八幡「そうだな」

「む……そこは嘘でも『そんなことねぇよ』って言うところなんじゃないの? モテないよ?」

八幡「モテないのは元々だ、ほっとけ」

「大体、普通担当アイドルが撮影に困ってたら颯爽と助けるのがプロデューサーってもんじゃないの? パートナーさん」

八幡「そういうやり方もなくはないけどな。今回はなしにした」

「どうして」

八幡「魚を釣ってやっても成長しねぇだろ。釣り方を覚えないと意味がない」

「ん……」

八幡「簡単に与えられるものには価値がない。もし目の前に差し出されたら、それには必ず裏がある。圧倒的成長なんて簡単にはできないし愛はコンビニで買えねぇよ」

八幡「俺はリアリストだからな。変な理想は与えたくない」

「だから友達いないんだよね。人に嫌われそう」

八幡「……今のカウンターは効いたぞ」

「ふふっ、ざまあみろ」

八幡「ま、嫌われついでに言っとくが。渋谷、お前はアイドルとして上を目指すんだろ」

「……うん、一応ね」

八幡「じゃあ尚更言っとくよ。俺と組まされたことを後悔しろ」

八幡「この世に魔法はない。カボチャの馬車も、魔法使いも、ガラスの靴もありやしない」

八幡「一歩一歩、歩いて城まで行くしかねぇんだ」

「……ふふっ、本っ当、捻くれてるね」

八幡「そりゃDNAがねじれてるからな」

「その理論じゃ人類みんな捻くれ者だよ」


――休憩終わります! 準備お願いしまーす!


「はい! ……んじゃ、頑張ってくるね」

八幡「おう、頑張れ。……あとな」

「ん? なに?」

八幡「……何もしないからってお前のことが嫌いなわけじゃないぞ」

「……ふふ、ありがと。あ、プロデューサー」

八幡「何だ」

「それ、言ってて恥ずかしくない?」

八幡「っ! てめえ、意趣返しかっ」

「あははっ、行ってきまーす!」


80 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:26:27.72 NSPCnO+e0 75/531


カメラマン「はい、ポーズありがとう! この写真は特集の表紙に使わせてもらうよ」

未央「おおっ、楽しみー!」

「うん、私も」

卯月「本当ですね! 私、発売日は本屋にダッシュします!」

カメラマン「ははは、君たちのところには見本誌が届くだろうから、本屋に行く必要はないよ」

「見本誌……」

卯月「本当に……」

未央「プロみたーい!!」

カメラマン「ははは、じゃあ次は三人が自由にしているところを僕たちで勝手に撮らせてもらうよ。あ、ここにボールがあるから好きにつかってくれていい」

未央「おっ、やった! しぶりんとはあの日、こうやってメジャーをかけて戦う日が来ると思ってたよ! それっ!」ビシュッ

(卯月の顔面に秒で着弾。大リーグボールは流石だね)

卯月「きゃあっ!? もー! 未央ちゃん、痛いですよっ」

未央「あはっ、ごめんしまむー! しぶりーん、パスパス!」

「う、うん。それっ」ビシュッ

未央「おおっ、相変わらずいいフォーム! こっちもお返しだ―!」ビシュッ

(やっぱり卯月の顔面に着弾したボールは、ふわりと宙に舞った)

卯月「あうっ!?」

未央「しぶりん、スパイクスパイク!」

「――せいっ」バシッ!

未央「おおっ、ナイススパイク!」

卯月「凛ちゃん、すごーい!」

「……ふふ、ありがと」


カメラマン「いいね! その笑顔!」


82 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:28:41.98 NSPCnO+e0 76/531



未央「あはっ、さすが選考理由が笑顔のア・タ・シ!」

未央「でも、そんな私でもさいちゃんの笑顔に勝てるかは怪しいぜ……」

「なんか本当に天使って感じだよね……」

卯月「あれで男の人って言うのが驚きですよねっ。詐欺にあった気分です」

未央「さいちゃんはテニスもすっごく上手いって聞いたことあるよ」

「へえ……うちの人は絶対できなさそう……」

卯月「戸塚さんのプロデュース業ってどんな感じなんだろう。なんだかアイドルの方が似合う気がします」

未央「いや、ああ見えてさいちゃん、すっごくやり手らしいよ。みんなから聞いたんだけど」

「え、そうなの?」

未央「うんうん、らしいよ! なんか絶対この仕事は営業先と繋がりが太いアイドル事務所があるから取れないーって言われてたやつでも、平気で『再来週、ここのテレビ出演決まったよー』とか言って取って来るんだって」

卯月「うわあ、すごいです!」

未央「あの笑顔で押されたら断れないよねえ……何か業界一部じゃ微笑みヤクザって言われてるらしいよ、噂だけどっ」

卯月「あと意外と力持ちですよね、戸塚さん。さっき撮影機材の運搬手伝いしてましたけど、重たい照明片手で持ち上げてましたよっ」

「へえ……やっぱり、男の人なんだね」

未央「うんうんっ、あれで壁ドンとかされて、『ねえ、ぼくのものになってよ……』とか言われちゃったら!! きゃー!」

卯月「はわわわわわわ、こ、鼓動がっ! 十六分音符にっ!」

「落ち着いて卯月。下手したら死ぬよそれ」

(……そういえば、友達とこういう露骨に女子っぽい話するの初めてかも?)


83 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:30:24.25 NSPCnO+e0 77/531


未央「そう言うしまむーのプロデューサーはどんな人なのさっ? ゆきのんさん!」

卯月「そ、その呼び方すると怒っちゃいますよ。あはは……」

「うーん、可愛い系の名前が嫌だから? かく言う私もしぶりんはまだ納得してないけど」

未央「冷たいこと言わないでよしぶりん!?」

卯月「いえ、なんだかそういうわけじゃないみたいですよ。『その呼び方は特別だから駄目よ。やめて頂戴』って言ってました」

「あはは、卯月、似てない」

未央「うんうん、知的なのは似合わないねえ」

卯月「ちょっとぉ!? どういうことですか!? だ、大体、雪ノ下さんにもちょっと抜けてるところはあるんですからね!?」

「そうなの?」

未央「意外。もう仕事もプライベートも完璧美女って思ってたよ」

卯月「あ、でも、仕事してるときの雪ノ下さんは本当にカッコいいんですよ~! ブルーライトカットの眼鏡かけて、髪の毛が邪魔になるからってピンク色のシュシュでくくって。パソコンを打つ指がほっそりしてて綺麗で……。あと、たまに『今日もレッスンお疲れ様』って言って紅茶を出してくれるんですよ! もうそれが美味しくて美味しくて!」

「あ、それ私も飲んだ。お店のやつみたいでびっくりした」

未央「えー! いいなあ! 私も飲みたいー!」

卯月「えへへ、いいでしょう? キュート事務所だけの特権ですっ。ああ、雪ノ下さんともっと仲良くなりたいなあ……」

「確かに、ちょっと雰囲気があって気さくに話しかけにくいかも」

未央「ふふっ、しぶりんがそれ言う?」

「……耳がペイン」

卯月「でも、雪ノ下さんはいつかこっちに歩み寄って来てくれると思うんですよね! だからこっちからも近付きつつ、待ってますっ」

未央「……そんな雪ノ下さんだけど。ハチくんとはすっごい仲良いよねー」

卯月「あっ、それ私も思いました! 戸塚さんとももちろん仲がいいんだけど、もう比企谷さんだけは特別って感じですよね!」

未央「うんうん、気兼ねがないっていうかさ!」

卯月「雪乃さんがあんなに楽しそうなの、初めて見ました」

「……同じ部活だったらしいよ、二人は」

未央「え、そうなの!? 三人は同じ高校出身って言うのは知ってたけど、そうなんだ!」

卯月「なんだか運命的ですよねっ♪ 二人、そういえばなんだかいいカンジだしっ」

(確かに……何か、ありそうなんだよね。あの二人)

未央「ねえねえそこらへんどうなのしぶりん! 詳しく詳しくっ!」

「…………知らない」

卯月「ええっ、凛ちゃん、出し惜しみはなしですよう」

「いや、本当に知らないんだってばっ」ビシュッ

卯月「あうっ!?」

(あ、何故か力が……ごめん卯月の顔面)


84 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:31:55.14 NSPCnO+e0 78/531



未央「じゃあさじゃあさ、ハチくんってどんな人なの? それも知りたい!」

卯月「うんうん、凛ちゃんだけ言わないのはズルいです!」

「え、プロデューサー? どんな人かぁ、うーん」

「とにかく捻くれてる。後何かにつけて働きたくねぇって言ってる。双葉さんみたいだね」

未央「ダメじゃん!」

「うん、ダメだね。あと多分コミュ力はない。何かにつけてぼっちだったって言ってるし」

卯月「で、でも! 仕事はできそうですよ?」

「いや、そんなことないよ。しょっちゅうヘマして絵里さんにちょっぴり怒られてるの見るかも。まあ新入社員だからね、そんなもんでしょ」

「あと、嫌味なくらい現実主義者。アイドル業界なのに。大体アイドルに税金の話するってどうなの? 夢がないよね。税金と言えば煙草なんかカッコつけて吸っちゃってさ……」

未央「あ、あの? しぶりーん?」

「さっきのソロ写だってさ。一応私アイドルなのに。アイドルが目の前で困ってるんだよ? さっと助けちゃうのが大人の男ってもんじゃないの? ダメだよね。ほんっとダメ。そういうところ気が利かない。でも」

卯月「り、凛ちゃーん? 凛ちゃーん?」

「――でもね、」

「ずーっと私のこと見ててくれてる。いつも一番後ろからで、何にも言わないけど。ずっと見てくれてるんだ」

「そういうところは、嫌いじゃないかな」


カメラマン(――この子、良い顔するじゃないか。……いいな。もう一枚撮っとくか)


85 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:33:59.92 NSPCnO+e0 79/531

<同日、夜。クールプロダクション事務所>


絵里「今日は直帰でいいっていったのに、仕事熱心よね」カタカタ

八幡「それ誰に言ってます? 渋谷なら直帰しましたが」カタカタ

絵里「えー、比企谷くんに決まってるじゃない。新入社員が残業なんて生意気よ」クスクス

八幡「やめてください、仕事熱心とか名誉毀損ですよ」カタカタ

絵里「その言いよう、汚名挽回とか名誉返上って感じね……」

八幡「……まあ、何ですか。スッキリして帰りたいんすよ。俺は家が好きすぎるから家に心残り持ち帰りたくないんで」

絵里「? 比企谷くん、今月分の事務作業は全て終わってたわよね? あとは部長のチェック待ちが一件あったとはいえ……」

八幡「……や。まあそうなんですけど、そういうことじゃなくて」

八幡「今回の件、色々と手助けしてもらって本当にありがとうございました。絢瀬さんがいなかったらもっとリテイクの嵐だったと思うし、俺だけじゃ何もできなかったんで」

絵里「ちょ、ちょっと何よ急に。私は何もしてないわよ? ……あれは比企谷くんの力よ。誇りなさい? 私なんて最初の一か月は企画どころじゃなかったわ。本当に凄いと思う。なんだったら私、ちょっと悔しいもの」クスクス

八幡「よしてください。俺はまだ一人で何もできてないですよ。……人より倍の時間かけて、人並以下のことしかできてない」

絵里「それでいいのよ。みんなそこから始まるの。アイドルだって、プロデューサーだって、事務員だってそう。色んな人の力を借りて、少しずつ大きくなりましょう?」

八幡(……わかってはいるんだ。でも、不甲斐ねぇって思いは消えないよな)

絵里「それに、私たちはチームでしょ? どんどんどーんとお姉さんに頼りなさい!」

八幡「……カトリーナ級の先輩風だ」


八幡(豊満な胸をグーで叩いて、大げさにえへんと胸を張る絢瀬さんの姿が眩しい)

八幡(手元にある十枚程度の企画書、その初稿を見た。赤がたくさん入っている。丁寧な字だ。叩き直す文章の一つ一つに心遣いを感じる。字が綺麗な人は心も綺麗なのだと聞いたことがある。それは本当なのかもしれない)


86 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:35:25.76 NSPCnO+e0 80/531



八幡「でも俺は、自分のことは最低限自分でやれるようになりたいです」

八幡「自分のことは自分で。当たり前のことなんだ」

八幡(自分のことが自分でできて初めて、他人と歩く資格がある)

絵里「……強情なんだから」

八幡「一応、男の子なんで。見栄は張りたいもんなんですよ」

八幡「だから。これからは、黙って俺の分の事務作業をやっておくとかやめてくださいね」

八幡(俺がそう言うと、絢瀬さんは悪戯が見つかった子供のように笑って、舌を小さく出した)

八幡(……渋谷には悪ぃが、こっちは本当にドキドキすんな)

絵里「あら、バレちゃってたのね」

八幡「普通気づきます。現実世界に寝てたら仕事やってくれる小人なんているかよ」

絵里「わかんないわよー? かしこいかわいい人のところには来るかもしれないじゃない?」

八幡「……かもしれませんがね。じゃあ少なくとも俺のとこには来ねぇってわけだ」

絵里「可愛くないものね」クスクス

八幡「よく言われる」

絵里「だと思った」

八幡「……こほん。つーわけで、俺が頼るまでそういうのはこれからナシにしましょう。進歩がない」

絵里「はぁーい」

八幡「その代わり一人じゃ無理だと思ったらすぐ頼るんで。泣きつきます」

絵里「あはっ、なにそれ」

八幡「男の子なんで。女の人に甘えたい時もあります」

絵里「さっきと言ってることが540度違うけど?」

八幡「記憶にないですね。秘書がやったことで」

絵里「政治家か!」


87 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:37:17.06 NSPCnO+e0 81/531



八幡「じゃ、今日はこれであがります。お疲れ様でした」

絵里「比企谷くんも、初企画本当にお疲れ様! 家に帰ってゆっくり休んでね」

八幡「うっす。絢瀬さんも、無理せずたまには早く上がってくださいね」

絵里「うふふ、小人でも来たら考えておくわ」

八幡「…………」

絵里「あ、そういえば」

八幡「なんすか」

絵里「比企谷くん、もしかしてわざわざ私にこれ言うためだけに残ってくれたの?」

八幡「……んなわけないでしょ。借りっぱなしはスッキリしなかっただけです」

絵里「?」

八幡「それじゃ、また来週」

絵里「はぁい、また来週ね!」



絵里「ふふ、ひねてるクセに変なところだけ真面目なんだから」

絵里「ま、見ず知らずの人のために車に飛び込める人が、悪い人の訳ないのよねー」

絵里「オフィスに一人かっ、できる女っぽい私!」

絵里「……他人の世話焼いて、自分の書類作業が丸々一本残ってるとか笑えないのよね。はぁー」

絵里「ま、いっか。女の子だもの、見栄張りたいじゃない。水面下のバタ足ってやつ?」

絵里「……やばい。最近独り言多いわね……こういう時はスタドリあけてっと」プシュッ

絵里「――ぷはぁっ! よし、頑張ります! ファイルをダブルクリック……って、あれ?」


絵里「え、え、え? なんで!?」

絵里「全部やってある……なんで?」

絵里「? この下の.txtファイル、なにかしら?」カチカチッ


『これで貸し借りは無しです。たまには早く帰らないと肌に悪いんじゃないですか』
                                   

絵里「あ……」

絵里「ふふっ、本当に、もう」

絵里「一言多い小人さんもいたものね……」クスクス


88 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:43:54.90 NSPCnO+e0 82/531

<五月大型連休中、夜。クール事務所下の居酒屋「一休み」>

花陽「こんばんはー!」

「あっ、かよちんも来たんだ!」

絵里「ごめんね、先に始めちゃってるわ」

「だからなー!? 地方公務員って言っても新任教師は大変なんよー? ちょっと、にこっち聞いてるー?」

にこ「あああわかってる聞いてるわよ! てか希はペース早すぎ!」

海未「完全に出来上がってるじゃないですか……」

花陽「あはは、凛ちゃん隣座ってもいい?」

「うん、いいよ!」

花陽「えーっと、じゃあ……店員さん、モスコミュール一つお願いします」

「ウチも生ひとつ!」

絵里「希、明日に残っても知らないわよ?」

「ええんよ、明日は休みだもーん」

にこ「今日はこれで全員なんだっけ?」

絵里「そうね。穂乃果はレギュラー番組の収録がどうしても外せなくて、ことりは仕入れ先との打ち合わせで今は海外。真姫は納期前で修羅場ってるらしいわ」

「みんな大変だにゃ……」

海未「全員が揃う日はなかったのですか?」

絵里「みんなの仕事が仕事だけに無理だったのよね……。今日が一番参加できる人数が多かったものだから」

海未「そうですか……。もうずっと、ことりたちとは会えていませんね」

「ライブバトルが始まるからね、繁忙期なんだよ。凛もこれから忙しくなるぞー!」

絵里「そうか、さらに仕事が増えるのね……憂鬱だわ」

「ふふふ、えりちも一緒に地獄に落ちよう? 大体なんなんよ校務分掌って……教師なんて教えるだけでええのに……」

にこ「まさか希が音ノ木坂の教師になるとはねー」

「採用試験一発パスなんよー? 崇めろ崇めろー」

「東京都のあの倍率をくぐりぬけるのはスピリチュアルとしか言いようがないにゃ……」

花陽「どうですか? 音ノ木坂は」

「雰囲気とかはあのまんまやけど、アイドル部は本当に強なったね! もうUTXなんて目じゃないくらい! 一学年はJ組まであるし」

「り、凛たちの代は一クラスしかなかったのに……」

海未「昔は廃校しかけていたと聞いても、今や誰も信じないでしょうね」

絵里「そうねえ、本当にマンガみたいな話よねー」


89 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:45:13.09 NSPCnO+e0 83/531


「最初は絵里ちゃんも希ちゃんもアイドル部にいなかったしね! ……すいませーん、軟骨のからあげひとつー」

海未「ふふ、むしろ絵里に至っては敵でした」

花陽「ちょっと怖かったです……」

にこ「つんけんしてたわよねー」ニヤニヤ

絵里「ちょ、ちょっと! 昔のことでしょ!」

「学校の許可ぁ? 認められないわぁ」

絵里「やめて、やめてお願い」

「懐かしいなあ、あれからもう三、四年くらい経つんやね。……すいませーん、明太マヨポテト一つー!」

海未「希、太りますよ?」

「あ”?」

海未「ひいっ!」

「ウチは言っとくけどウエストはえりちと一緒なんやからね!?」

にこ「……相撲ハレーション」ボソッ

「表出よう? わしわしじゃ済まんからね?」

花陽「ケンカハヤメテー!!」

「そ、そうだよ希ちゃん、落ち着こう?」

「……余裕やね、凛ちゃん」

「え?」

「…………トレーナー受験生時代の知り合い、名前なんやっけ。確か、は」

「す、すとーっぷ!!!! その件はしばらく触れないでほしいにゃ!!」

海未「お、珍しく慌ててますね」ニヤニヤ

絵里「……認められないわぁ」ニヤニヤ

にこ「……緑茶ハイ。濃い目。うんと濃くして」

花陽「……あれ? 凛ちゃん、この話、もう解禁?」

「黙秘権! 黙秘権だから!」

「えー! 言ってみ言ってみ~? わしわし? わしわしされたん?」

海未「りんがべー!? りんがべーなんですかっ!?」

にこ「ほらぁ、飲んで楽になりなさい? 大丈夫大丈夫、何言ってもお酒のせいよ」

「かっ……」

「帰りたいにゃあ!!!!」


90 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:46:44.56 NSPCnO+e0 84/531


絵里「あらら、希とにこ、寝ちゃったわ」

「もう嫌にゃ……あの酔っ払いの先輩たち……」

海未「災難でしたね」

「海未ちゃんが一番喰いついてたでしょ!! このムッツリ!!」

海未「なっ! ち、違います!」

絵里「沖正宗大とっくり、冷やで。あ、おちょこは一つで大丈夫です」

花陽「おー? あーやーしーいーですねー? ふふふー」

絵里「花陽って酔うとなんだかえろいわね……」

「そういう突っかかる海未ちゃんだってきっと浮いた話、あるんでしょ?」

花陽「アイドルですもんねー?」

海未「………………ないですよ」

絵里「……ん?」

花陽「間がありましたね」

「あったにゃ。これは……」

絵里「可能性感じるわね」

海未「な、なにも!! なにもないですから!!」

「絵里ちゃん、日本酒」ニッコリ

絵里「ちょうど沖正宗が来たわ」ニッコリ

海未「あの、あの、やめましょう?」

花陽「んー? ふふふ」

「自分だけ逃げようって、それは考えが甘くないかにゃー?」



海未「ううー……ちがうんれすよ……。好きとかそういうのじゃなくて……ただ……その…気になるなって言うか……たまに優しいなって思ったりするだけといいまひゅか……」
「くっ、ここまで来てそれだけしか吐かないとは……」
絵里「つまり気になってるだけ、というのが本当なんじゃない?」
花陽「きっと海未ちゃんに近しい人ですよねー? 今度レッスンに来た時、見ておきましょう」
海未「大体……これはちがうんれす……きっと……いま自分が上手くいってないから…ほかのことが……気になるんれす。弱みにつけこむなんて……ほんとうに…」
絵里「あ、これは落ちるわね」
「ううー! 凛だけ色々吐かされてずるいにゃあ! ちょっと海未ちゃん、それどんな人なの!?」
海未「……ん…」
海未「…………わたしより、かわいいひと……」
にこ「へっ!? や、やだもしかしてそれってにこのこと!?」
絵里「起きたと思ったら第一声がそれなの?」
「寝言は寝て言うにゃ」
にこ「ひどくない!?」

91 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:48:50.60 NSPCnO+e0 85/531


「ま、死んだ海未ちゃんは今度またじーっくり尋問するとして、絵里ちゃんは最近どう?」

絵里「どうって、私? なーんもないわよ。仕事して寝て起きて仕事してる」

「なんか寂しいね」

絵里「うるさい。寝てなさい」

「そう言わずに。タロットは小アルカナ、ディスクの二……『変化』って出てるんよー?」

にこ「希のタロットは馬鹿にできないものがあるからねー」

絵里「……あ。そういえば、変化といえば」

「おっ、あるの!?」

絵里「自分の会社の車に轢かれかけたわ」

花陽「エエッ!? ダイジョウブナノォ"!?」

「あ、あのウチの家にクリスマスに来てた時か!」

絵里「そうそう、私がよそ見してたのがいけないんだけど。私を庇って男の人が代わりにひかれちゃって……」

「そ、それ大丈夫なの?」

絵里「幸いスピードはそこまで出てなかったから死傷にはならなかったの。本当に申し訳なくて、何度もお見舞いに行ったわ……」

花陽「良かったぁ……」

にこ「その人、見所あるわね。見ず知らずの人の為に飛び込むなんて」

絵里「本人はずーっと『たまたまなんで。そんなに謝られても困ります』って言ってたけどね」

「その人、もう退院したの?」

絵里「うん、この話には続きがあってね。三月末に退院したその人、本当に偶然なんだけど、なんと四月から新しく入って来るプロデューサーだったのよ!! ビックリして心臓が止まるかと思っちゃった」

「へえー!! ウチが言うのもなんやけど、それは本当にスピリチュアルやね」

花陽「す、すごい……そういうことって本当にあるんですね」

にこ「……ん? クールプロの新人プロデューサー?」

絵里「あ、もしかしてにこも会った? 比企谷くんって言うんだけど」

「ええええええ!!!! そうだったの!?!?!?」

花陽「わたし、この前話しましたよ!」

「凛なんかもう何回もお仕事してるよ!? うわー、なんかすごい、もはや怖いにゃ!」

絵里「そっか、希以外はもうみんな会ってるのよね。狭い業界だから……」

「えー! なんか仲間はずれにされた気分で嫌やね」


92 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:50:04.07 NSPCnO+e0 86/531


絵里「希も機会があれば会えるかもしれないわね。いい人よ、すごく。仕事の覚えもとっても早いし。ちょっとジェラシーだもの。……少し捻くれてるけど」

「あはは、あれはちょっとどころじゃないにゃ! かなりだよ!」

花陽「でも礼儀正しいですよねー。いっつも私と会う時は『今日もお疲れ様、うまかった』って言ってくれるし」

「最近三人で喋ることもたまにあるよね! ほんっと口悪いけど。『星空のそのにゃってやつなんなの? キャラ作り? 前川と被ってんじゃね?』とか言ってくるし。キャラじゃないからね!?」

絵里「………………二人には、敬語じゃないんだ」

「うん、そだよ? 凛が言ったんだ!」

絵里「ふーん……」

にこ「比企谷くんねー。自己紹介程度かしら。担当アイドルの渋谷凛ちゃんとは少し話したけど」

「おっ、凛イチオシの凛ちゃん! あの子はきっと化けると思うな!」

にこ「紛らわしいわね……。真面目な子って感じかしら。見た目ほどきつくはなかった」

「にこっちはもうちょいキツめの外見でもよかったのになー?」

にこ「やかましい! にこはこういう方向性だからいいの!」

花陽「私はまだ渋谷ちゃんと話したことないなあ」

絵里「愛想はないけど、いい子よ?」

「そういうところ、担当コンビで似てるよね!」

にこ「あ、比企谷くんと言えば思い出した。あの人、うちの雪乃とすっごい仲いいのよね」

花陽「あ、それ知ってますー」

「比企谷くん言ってたよ、おんなじ高校でおんなじ部活だったんだって!」

にこ「ああ、それでなのね」

絵里「……私、知らなかった」

にこ「うーん、でも……」

「どしたん、にこっち?」

にこ「いや、この前会いに来た時雪乃と話してるところ見たんだけど。……あれは、ただの部活の同僚って雰囲気じゃなかったわよ?」

花陽「初耳、初耳ですよ?」

「ほほう、これは……。明後日のレッスンが楽しみだにゃー?」

絵里「…………何よ。雪ノ下さんも比企谷くんも、そんなこと一言も……」

にこ「絵里、どうしたの?」

絵里「なんでもないっ! 店員さん、ハイボールひとつっ!」

「えりち、弱いんやから無理は」


絵里「うるさーい!」


93 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:51:28.17 NSPCnO+e0 87/531


「あーあ、みんな寝ちゃったにゃ……」

花陽「まだ電車まで時間があるから寝かせてあげよ?」

「うん、そうだね! あはは、でもみんな二十歳超えたのに変わらないなー」

花陽「そうだねぇ。私はまた凛ちゃんと一緒に働けてうれしいなっ」

「凛も! かよちんとはずっと一緒だね、えへへ」

花陽「私は346の管理栄養士兼食堂員。凛ちゃんはトレーナーさん。絵里ちゃんはクールの事務員。にこちゃん、穂乃果ちゃん、海未ちゃんはプロのアイドルやってて、希ちゃんは音ノ木坂の教師」

「真姫ちゃんは医学部に通いながら作曲家、ことりちゃんはデザイナーやってるもんね。みんな凄い人ばっかりにゃ!」

花陽「さすが『女神の世代』だね!」

「あ、それ知ってる! 凛たちの代って伝説視されてるらしいね」

花陽「ふふふ、こんなに酔っぱらって寝てる人たちなのにね」

「ねー。みんな文句は言ってるけど、好きなことを仕事にしてるのが一番凄いなって思うよ」

花陽「……『それぞれが好きなことで頑張れるなら』」

「『新しい場所がゴールだね』……ふふ、凛は今でも歌えるにゃ」

花陽「まだ、スタート地点に立ったばかりだけどね」

「うん、きっとゴールもないんだろうね。凛はずーっと走り続けるにゃ!」

花陽「そうだね。凛ちゃん」

「ん?」

花陽「これからも、ずっとよろしくね?」

「……うん!」


94 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:53:34.73 NSPCnO+e0 88/531

<翌日、早朝。キュートプロダクション、事務所>

雪乃「おはようございます。……あら?」

みく「……おはようございます、プロデューサー」

雪乃「前川さん? こんなに朝早くからどうしたの? 今日は貴方、オフのはずではなかったかしら」

雪乃(いつも付けている猫耳のアクセサリーを今日はつけていない前川さんは、黙って私に雑誌を開いて差し出した。……この特集は)

『346プロ気鋭の新星! ニュージェネレーションズ特集!!』

雪乃(三人の表情は輝いていた。流石プロの腕というところかしら。……渋谷さんって、こんな顔で笑うのね。これは島村さんが食われないか心配になってきたわ)

雪乃(……? この紹介記事、句点の打ち方や語彙の感じ……)

『彼女たちのこれからの躍進が待ち望まれる。 文責:比企谷八幡』

雪乃(やっぱり)

雪乃「いい記事ね。三人の良さがよく出ているわ。名の通った雑誌だし、宣伝効果は覿面でしょうね」

みく「……今日は、お願いがあって来たの」

雪乃「……お願い?」


みく「――こんなもん見て、心穏やかでおれるほどみくはできた人間とちゃう」


雪乃(鋭い眼光で私を見抜くのは猫ではなかった。いつか私が見出した、抜身の刀身のようにぎらついた向上心を持つ女の子がそこにいる)

みく「……わかってる。みくは拾い上げで、まだそこまでの実力もない。……でも、何かに出たい」

みく「目立てばええってもんじゃないけど、目立ちたい」

雪乃「……それで、あなたらしくない立てこもりなんてしたのね?」

みく「……あれは、ごめん。でも本気やってわかってもらえるんならどんだけ怒られても構わんって思ったから」

みく「……プロデューサー。あの日の約束、覚えてる?」

雪乃「ええ。私が持ちかけたことだもの」

みく「……今年で、二年目。約束の……二年目」

みく「……お願いします。せっかちなのはわかってる。でも、チャンスが欲しい」

雪乃「……チャンス」

みく「夏の新人戦。それに、みくを出してください」

みく「それで、勝つ。相手が誰でも勝つ。約束する。……もし負けたら」


みく「契約通り、クビにして?」



96 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:55:01.71 NSPCnO+e0 89/531


雪乃「……」

みく「……お願い。じゃないと、何のために東京来たんかわからん……。お父さんに、お母さんに、……あいつらに! どう顔向けしていいかわからん!」

みく「遊びに大阪から来たわけとちゃう! 人生賭けに来たんです!」

みく「みく……今のまんまやったら、嫌や……」


結衣『あたし、今のままじゃやだよ……』



雪乃「!」

雪乃「……」

雪乃「…………いいわ。計らいましょう」

みく「!! ほんまっ!?」

雪乃「虚言は吐かないわ。……ただし、容赦はしないわよ。あなたが言ったことなのだし」

雪乃「負けたら、消えてもらうわ。……いいわね?」

みく「……うん。猫らしく、死ぬときはひっそり消える」

みく「――みくに、期待して?」

雪乃「……。ええ、そうさせてもらうわ」

雪乃「さて、そうなると色々グレーな力を使わないとね。本来存在しない枠に無理やりねじこむのだから」

みく「……あ、あの。ほんまに良かったん……?」

雪乃「相手に遠慮しているようじゃ欲しいものは手に入らないわよ。……覚えておきなさい」

みく「……うん。何か、みくとプロデューサーって、パートナーって感じとちゃうね……」

雪乃「……そうね」

雪乃「今この時をもって、共犯者ね」

みく「切り捨てられんように頑張らんとなぁ。……プロデューサー」

雪乃「なあに?」

みく「……ありがとう、ございます」

雪乃「……ふふ。気にしないで」

雪乃「――私、猫が好きなの。それだけよ」


97 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:57:57.47 NSPCnO+e0 90/531

<夜、八幡と小町の家>

八幡「ただいまー……」

小町「あ、お兄ちゃんお帰りー。ごはんできてるよー」

八幡「最高だ……八幡ポイントはもはやストップ高だぞ」

小町「あーハイハイ。いいからさっさと着替えてくる。ちゃんとズボンはコンプレッサーにかけてね。ハンカチ出すのも忘れないこと」

八幡「お前は母ちゃんかよ」

小町「可愛い妹だよ」

八幡「知ってる。先にメシ食うわ」

小町「はーい。今日は肉じゃがだよー」



八幡「いただきます」

小町「はい、召し上がれー」

八幡「……うまいな。ますます嫁にやりたくなくなってきた」

小町「どっかに嫁に行ってもお兄ちゃんの妹だよ?」

八幡「そういう問題じゃねえんだよ。いいのか嫁に行って。親父と俺が泣くぞ」

小町「うわあめんどくさー……」

八幡「だろ。それが嫌だったら嫁に行くな」

小町「脅し方が小町的にポイント最低だなー」

八幡「何とでも言え」

小町「じゃ、いいけど小町のこと養ってくれるの? お兄ちゃん」

八幡「嫌だ。俺は養われたい」

小町「ゴミいちゃんだなぁ……」

小町「でも、今はもう働いてるけどねー!」

八幡「……本当だよ。どうしてこうなった」

小町「嫁と言えばだよ! お兄ちゃん、これ!」

八幡(そう言うと小町は自室から一冊の雑誌を持ってきて、食卓に広げた)

小町「これ! お兄ちゃんが書いたんでしょ!」

八幡「ん、まあそうだ」

小町「みんなすっごく可愛いねー! どれ? どれがお兄ちゃんの担当なの?」

八幡「この三分割してる写真の右のやつだ。制服のポケットに手ぇ突っ込んでるやつ」

小町「へー! 綺麗な子だね! クールな感じの」

八幡「確かに可愛いか綺麗かで言ったら綺麗な方面の奴だな。俺みたいにクール」

小町「お兄ちゃんはクールじゃなくて根暗でしょ」

八幡「なにこの扱いやだ言い返せない……」



98 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 09:59:19.59 NSPCnO+e0 91/531


小町「そうだよ、嫁と言えばっ! ズバリどうですか! 嫁にできそうですか!」

八幡「相変わらず底が浅いな……んなわけねぇだろ。アイドルだぞ」

小町「いいじゃん! アイドルとの禁断の恋愛……それ小町的にポイント超高いよ!」

八幡「世間的なポイントは最低だぞ。一歩間違えば切り刻まれた渋谷の写真が事務所に贈られてきてインターネット方面は本能寺でずっとずっと待ってるになっちゃうだろ」

小町「大丈夫大丈夫! ばれなきゃいいの! つーかこれからっしょ!」

八幡「あと前提としてな、アイドルやるようなやつが俺に惚れるわけねぇだろ」

小町「……それはわかんないじゃん?」

八幡「わかるよ」

小町「わかんないの」

八幡「……譲らねぇな」

小町「譲りませんよ。……多分、雪ノ下さんだって同じこと言うと思うな」

八幡「何でそこで雪ノ下の名前が出てくるんだよ」

小町「んー、なんとなくってことにしとこうかな」

八幡「……そうかい」

小町「雪ノ下さんとは最近どうなの?」

八幡「どうって、話してる通りだ。偶然仕事が被って、時々一緒に仕事してるだけだ。最近連絡先知った程度じゃないか」

小町「! 連絡先知ったの!? 本当に?」

八幡「嘘ついてどうすんだよ。……ほら」

小町「うわ、本当だ」

――ぴこん。


小町「あ。お兄ちゃん、ライン来たよ。……お兄ちゃんにラインが来た!? Elly……しかも女の人ぉ!?」

八幡「お前は俺を何だと思ってるんだ……」



99 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 10:00:29.48 NSPCnO+e0 92/531



Elly<今日は迷惑をかけてばかりでごめんなさい。二日酔いでミスばかりなんて
   情けないったらないわ……( ;∀;) 明日何か埋め合わせをさせてね。
   あ、休憩中の話だけど! 絶対私の亜里沙の方が可愛いんだから!
   写真の提出を求めます。大至急。私の亜里沙のベストショットは今送ります!



八幡「うお……何だこの西洋美人。本当に妹か? ネットから拾ってきたんじゃねぇのか」

小町「お兄ちゃんぶつぶつ何言ってんの? 女の人からラインが来たからって……」

八幡「うるせ。……小町、ピースして笑ってくんね?」

小町「何、写真撮るの? シャチョサン、オカネトルヨー」

八幡「国籍どこだよ。いや、このラインの人同僚なんだが、今日の休憩中どっちの妹が可愛いかって話になってな。シスコン代表として負けられねぇだろ」

小町「何その対抗意識……その人も相当アレだね……」

八幡「これがその人と妹だ」

小町「……!? なにこれ! めっちゃ美人じゃん!! アイドルじゃないの!?」

八幡「俺も最初は驚いたが事務員さんだ。昔はスクールアイドルやってたらしい。絢瀬絵里さんって言うんだが」

小町「ん……絢瀬絵里? もしかして」

八幡「知ってんのか? なんか全国優勝してたりしたらしいが」

小町「うぇっ、やっぱりμ'sの絢瀬絵里じゃん! じゃあ妹は絢瀬亜里沙ちゃん? 無理無理無理! 小町そんな人たちに勝てないよ!!」

八幡「そんなことない。お前は宇宙一可愛い。少なくとも俺の主観では」

小町「……最後の一言が余計だよ」

八幡「お前より可愛い妹はいねぇよ。ほらほら、笑顔くれ」

小町「そりゃ妹は小町だけだからねぇ……。仕方ないなぁ、もう」


100 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 10:01:27.86 NSPCnO+e0 93/531

比企谷 八幡<お疲れ様です。あんなもので迷惑なら俺は普段仕事できませんよ。
       これ本当に妹ですか? ネットで持って来たりしてませんよね? 可愛い。
       でもやっぱり小町より可愛い人間はこの世に存在しない。ソースは俺。
       というわけで今撮った奴同封します。

       可愛い!! 無邪気な感じが比企谷くんと対極なのね!( ゚Д゚)>Elly 

比企谷 八幡<それは俺が邪気な感じだと言われてるんですかね……。

       想像にお任せ。でも顔付きは似てるのね。さすが兄妹(´▽`)>Elly 

比企谷 八幡<そっすね
 
               顔文字なしで4文字(・_・) おこってるの?>Elly

比企谷 八幡<そんなことないですよ(*'▽')
                    
                                お疲れ様>Elly

比企谷 八幡<顔文字なし4文字はやめましょうよ……。


101 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 10:02:40.45 NSPCnO+e0 94/531


【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart25

134 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/06(水) 12:43,31 ID:kDlmook8
  お前ら今日発売のnonnaもう買った?

138 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/06(水) 13:23,04 ID:moks5F4g
>>134
  買った。ニュージェネレーションズだろ? これは期待していいのかな

145 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/06(水) 14:57,32 ID:kolmLDCx
僕は本田未央ちゃん!

189 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/06(水) 18:34,97 ID:LPKSh467
  新しい子たちが出てくるのはいいことだ。アイドルファンとしては応援一択だろ。
  しかしこの卯月ちゃんって子の尻は性的すぎませんかねぇ

191 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/07(木) 03:02,25 ID:Vduk278l
まあ今更何が出てきても765の敵にすらならんけどな。AVマダー?

201 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/07(木) 06:09,48 ID:FSxc9kGh
>>191
  はいはいおじいちゃん765病棟に戻りましょうね~


102 : ◆I0QEgHZMnU - 2015/07/07 10:03:46.52 NSPCnO+e0 95/531



241 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/09(土) 09:42,74 ID:Sk0LumFp
俺は渋谷凛どんな子かすげえたのしみだけど。この子高垣楓みたいにならねえかな。
  たしか再来週の日曜の楓さんのラジオにちょっと出るだろ。久々に生で聴くかねえ。
  ラジオ初だろ。記念に録音しとこ。有名になったらドヤるのも悪くねえ。

321 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/09(土) 11:15,94 ID:DgIl49o0
  なんでもいいからパッションがもうちょい強くなればいいよオレとしては
  最高Cランクだぞ。補強はよ~

333 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/09(土) 14:23,55 ID:koleFgk0
いくらでも金貢ぐから本気で恋させてほしい CDだって何枚も買うから
  握手するためなら徹夜も余裕 それくらいの子待ってんだよね

335 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/09(土) 17:42,87 ID:mosdRgH7
  >>333
  気持ちはわからんでもねぇがレスの内容がくっせぇwwwwきもwwww

336 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/09(土) 19:31,77 ID:GdFtRwE9
こういう奴がいるからアイドルファンは民度が低いだの言われんだよ

338 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/05/09(土) 20:21,35 ID:87Dg6k09
まあまあ、通は静かに見守ろうぜ?
  何にせよこれからが楽しみだな。





続き
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【2】


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