8 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:16:58.31 i8izPHpLO 1/127


「なに、私に何か用?」

思わず首を振ってしまった私を、目の前の少女が怪訝そうに見る。

いや、察してよ。察してちょうだいよ!そりゃあ理由がなきゃ話しかけるわけないじゃん!


この私が!この憂鬱の憂を名前に持つ私がっ!


「用が無いんなら私、部活動見学に行きたいんだけど」

ちょっと待って。そう言いたかった。
けれども言葉を発するのも自分の感情を表現するのも苦手な私は、黙って俯くことしかできなかった。

小馬鹿にしたような溜息が目の前でこぼれた気がした。

気のせいだよな?


「用が無いんなら私、行くから」

小柄な女の子が踵を返す。遅れて触覚のようにセットされた二つのお下げが小さく揺れた。


ゴキブリみたいなその二つの触覚、ひきちぎってやろうか?



元スレ
憂「どうして私は憂って名前なんだろう」 唯「なんでだろうね」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1276938709/

13 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:19:40.82 i8izPHpLO 2/127


自分の名前にコンプレックスを持ってる人というのは、多かれ少なかれいるんだろうけど
私レベルのコンプレックスを抱えてる人間ははたしているんだろうか。


憂。


憂って書いて「うい」と読む。
酔っ払いのしゃっくりみたいだね、と小学生の頃にクラスメイトに言われたことがある。

いや、まだそれくらいならいいが問題は私の名前に使われた漢字だ。

なんだよ「憂」って。ていうかなんでこれで「うい」って読むんだよ。

なんでお姉ちゃんは「唯」ってありきたりながらもまともな名前なのに、私の名前はどうして……。

名前で奇を衒わなくていいんだよ。

つうか絶対に私の両親は「唯」と語呂を合わせたかったから、「憂」なんて名前にしたんだろ。

生理が来たわけでもないのにイライラしてきた。

両親への文句を原稿用紙に換算して四百枚分くらい吐き出したかったが、
生憎、私の両親は日本にいない。今頃は海のはるか向こうでイチャイチャしているだろう。

そのまま帰ってこなくていいぞ。なんなら海のクジラのエサにでもなってしまえ。


……嘘です。無事に帰ってきてください。


14 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:24:23.48 i8izPHpLO 3/127


せめて「憂」じゃなくて「優」にしてほしかった。

改名ってどうやってするのだろうと考えつつ、校門を出ようとしていると、運動部のものと思われる掛け声が聞こえてきた。

おお、走ってる走ってる。

弾む声。飛び散る汗。青春のかおり。ああ、吐き気がする。


でも、中学時代は部活やってたんだよなあ。

もっとも部活なんて青春のシンボルは、私にはもう一生縁がないだろうし頑張っている人間を
見ていると自分がミジめに思えるのでさっさと家に帰って夕飯の用意でもしよう。


「あのーハンカチ落としましたよー」

さて、夕飯は何にしようか。確かまだ卵が残ってるし昨日買った豚肉が

「ハンカチ落としましたよー」

豚肉が残ってるので、ピカタでも作るか。今日は気分がノらないし簡単なものの方がいい。

「ハンカチ落としましたよー」


私のようなプリティな声で話かけるならともかく、よくそんなかすれぎみのダミ声で話かけてくるな。

そう思いつつ、無視するのもかわいそうだし、単純にハンカチを回収したかったので振り返った。



15 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:25:34.92 i8izPHpLO 4/127


振り返った先にいたのは見るからに運動してます、といった感じの女子生徒だった。
額に髪を張りつかせて鼻のてっぺんに油を浮かべたソイツが、私にハンカチを差し出す。

「はい、ハンカチ」

ムダに爽やかな笑顔を浮かべる女に、まあせめてお礼くらいは言ってやろうと口を開いた。

「アリガトウゴザイマス……」

蚊の鳴くかのように掠れてしまった声になったのは私が根暗で内気で人と話すのが苦手だからだった。

まあしかし、こんな見ず知らずの女相手にいちいち礼を言うとは。
私はなんてできた人間なのだろう。

全人類は私の爪の垢を飲むといい。たちまち素晴らしい世界のできあがりだ。

「どういたしまして」

先に述べたように、蚊の鳴くような、というか空気が振動するかどうかもあやしい
小さな声だったのにも関わらず女子生徒はお礼を言われたと決めてかかって、そう言って去っていた。

ああ……馬鹿はいいなあ。


16 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:28:08.84 i8izPHpLO 5/127


Q.平沢憂さんに質問です。お友達はいないんですか?


A.いません。私は人と関わるのが苦手で、いつも休み時間は寝ています。
授業中に先生にあてられたらコンマ一秒で分かりませんと答えます。

人から声をかけられることはほとんどありません。
席替えの際に「平沢さん、席変わって」と頼まれるときぐらいで、基本、私は誰からも話しかけられません。

静かで退屈な学校生活です。


Q.平沢憂さんの趣味はなんですか?


A.それを聞きますか。そうですね、しいて言うなら家事ですかね、ええ。

料理に洗濯、お掃除に会計、専業主婦に必要なスキルは全て会得しています。

でも学校生活にはイマイチ活躍しません。


ところで今日は美味しい納豆茶漬けについての講義だったはずですが?

どうしてこのような不愉快な質問に私は、真面目に答えているのでしょうか。


18 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:31:02.78 i8izPHpLO 6/127


「……ん?」

どういう夢だったかは覚えていないが、とにかくクソ不愉快な夢を見ていた気がする。

どうやら、学校から帰宅して着替えた後、洗濯物を畳んでいたら眠ってしまったらしい。
まだ畳まれていないタオルが、山を形成していた。

ソファーから預けていた身体を起こす。眉間にシワが寄るのが自分でもわかる。

こういうときは、掃除をして憂さを晴らすにかぎる。

洗濯物を畳んで、掃除をして夕飯を作ろう。

お姉ちゃんが帰ってくる前に全てやりきったら自分へのご褒美にポッキーを食べよう。


21 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:34:39.24 i8izPHpLO 7/127


平沢唯。

私のお姉ちゃん。

私が日の当たらない陰湿な藻だったら、お姉ちゃんはさしずめ、太陽の光を浴び続けるヒマワリと言ったところだろうか。

よく私とお姉ちゃんは似ているとか言われるがそれはあくまで外見に限っての話だ。

中身を見ればそれはもう同じ人間かどうかもあやしい。


明るくて社交的で天然でドジっ娘を地で行く人気者の姉と
根暗で内気で人と話すのもままらないクラスでも空気そのものの妹。


同じ腹から生まれたはずなのに、同じ遺伝子を受け継いでいるはずなのに
どうしてここまで姉妹で差がついてしまったんだろう。


「ああ、憂になる……じゃなくて鬱になる」

自分で言ってから自分で後悔した。


22 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:37:21.89 i8izPHpLO 8/127


ところで今現在の私についてだが、切らした醤油を買いにスーパーまでの道のりを歩いてるところだ。

今日は色々とツイてないみたいだ。

「……私にとってツイてる日ってどんな日だろ?」

また、自分で言ってから自分で後悔した。歩く憂鬱とは私のことかもしれない。


どうもお姉ちゃんが帰ってくるまでに、全ての家事を済ますのは無理みたいだった。


それでも無意識に歩くペースは速くなった。少し体温が上がって額に汗が浮かぶ。

今日は春にしてはいささか暑い。


空を見上げれば、私のはるか頭上にある空には雲が立ち込めていた。




23 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:39:38.59 i8izPHpLO 9/127


無事に醤油を購入し、スーパーを後にした私は三十分ほどかかって、家に着いた。

「……?」


暗くてはっきり視認できないが、それでも玄関の前で誰かがしゃがみ込んでいるのは分かった。

目を凝らすまでもなく、その人物は特定できた。

お姉ちゃんだった。


「何してるの……?」

さすがにお姉ちゃんとは姉妹なので、普通に会話することができる。
まあ、それでもやっぱり私の発した声はウサギの鳴き声とそう変わらないんだけど。

「あ、ういー」

見て見て、とお姉ちゃんは立ち上がると今まで自分がしゃがみ込んでいた場所を指差す。


黒猫が行儀よく座ってお姉ちゃんと私を見上げていた。



24 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:42:10.65 i8izPHpLO 10/127


黒猫、不吉の象徴……背筋に悪寒が走る。


「どうしたの、この猫?」

「さあ?私が帰ってきた時にはもう玄関の前にいたんだ、この猫」

野良猫の分際で、よく逃げないな。私よりよっぽど度胸があるのかもしれない。

猫以下か、私……。


「ねえねえ、憂。この猫さん、ひょっとしてお腹がすいてるんじゃないかな?」

そう言われてみれば、行儀良く座るその姿は、餌を求めているように見えなくもない。

「こうして出会ったのも何かの縁だよ。何か餌をあげようよ」


黒猫は不吉の象徴だ。呪われても困るし、ミルクくらいは出してやるか。


25 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:44:03.90 i8izPHpLO 11/127


黒猫に皿いっぱいに入れた牛乳を差し出してやった。

黒猫は数秒だけ鼻の先を近づけたがすぐ、顔を背けた。

「……飲まないね」

わざわざお腹を壊さないように、温めてやったのに……恩知らずな猫め。

どこかの国では、熱した鉄板に猫を放り込んで、猫がのたうちまわるのを
楽しむという、非常によろしくない遊びがあるらしいが、同じことをしてやろうか、このアホ猫め。

……いやいや、黒猫じゃなくても、そんなことをしたら呪われそうだからやらないよ?

ていうかその前に動物愛護団体から制裁を加えられるか。


「ひょっとして猫さん、熱いからこのミルク飲まないんじゃない?」


そういえば、この黒猫は猫なんだから猫舌か。


26 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:47:03.01 i8izPHpLO 12/127


違う容器に移し変えて、もう一度ミルクを黒猫の前に差し出した。

え?新しい牛乳を出したほうが手っ取り早い?冗談じゃない。

こんな図々しい野良猫相手に牛乳を出してやってるだけでも、全米が号泣して地に伏してもいいだろう。

黒猫がもう一度、鼻の先をミルクに近づける。
足りない脳みそを必死に使って考えているのか、少しためらってから猫は舌を出した。

「おお、飲んだ!」


お姉ちゃんが嬉しそうに声を弾ませた。
不覚にも私まで嬉しくなった。別に猫がミルクを飲んだのが嬉しいんじゃない。

お姉ちゃんが嬉しそうにしたからだ。はい、ここ重要。


一分もしないうちに、猫はミルクから顔を離した。大して料理は減っていなかった。

用は済んだと言わんばかりに、舌舐めずりすると猫はさっさとどこかへ歩き出した。

金を出せとは言わないから、礼ぐらい言えよ。

そんな私の内心を見抜いたわけではもちろんないだろうが、黒猫は一度だけ振り返って鳴いた。

うん、多分礼を言ったわけではあるまい。


去っていく黒猫の背中を、いつの間にか雲と雲の間から顔を出した月が照らしていた。


28 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:51:57.18 i8izPHpLO 13/127


「うい~おいしいよ~」

「……うん」

「憂はりょーさいけんぼだねっ」

「……ありがと」

「うんまーいっ」

「……そう」


学校にいようが家にいようが私の口数はほとんど変わらない。

お姉ちゃんがひたすらしゃべって私が相槌を打つ。


「うーいーおかわりー」

「はいはい」


29 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:53:22.51 i8izPHpLO 14/127


食事を終え、自分の部屋に入った私はノートを開いた。

ノート。

お姉ちゃんについて綴った私の日記。

家事と同じく日記を書くのは私の数少ない趣味の一つだ。


「さて、書こう」



30 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 18:57:00.87 i8izPHpLO 15/127


一ページが自分の文字でびっしり埋まったのを見て私は満足してノートを閉じた。

すでに毎夜の習慣になったこの行為はある意味自慰行為に似ている。
これをしないと寝れないし、日記を付けはじめてから一度も欠かしたことはない。

私からお姉ちゃんへの愛の言霊。

私はお姉ちゃんのことが好きなのだ。

好き。

いちいち下手な比喩なんか使ったところで私の溢れんばかりのお姉ちゃんへの愛は表現できない。

「あれ……?」

私ってもしかして最強の萌えキャラじゃないか?


根暗で内弁慶で無口でシスコンでしかも家事万能。ついでに運動も勉強も控えめに見えても上の下というハイスペックぶり。

日本の廃棄食料並にあるアニメにだってこんなカオスなキャラはいないぞ。


お料理番組から昼ドラまで幅広くこなせるオールマイティなキャラ、平沢憂。

しかし、一つ致命的なことを忘れていた。

私はカワイクなかった。


34 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:00:44.68 i8izPHpLO 16/127


お姉ちゃんと私。姉と妹。

ほとんど同じ外見であるはずなのに中身は全然違う。

お姉ちゃんの中身が北アルプスで取れる天然水なら私はヘドロ混じりの河の泥水だ。

きっとお姉ちゃんが産んだ子供はモーツァルトすらもかすんでしまうような神童で、
私が産んだ子供は醜い醜い、それこそヘドロから生まれたベトベトンのような子供だ。

……なんだろう。

起きている時間の分だけ鬱になっている気がする。


ほとんど意味を成していない携帯電話を開く。

もちろん友達がいない私は友達から送られてくるメールを楽しみにしているわけではない。
アラームがきちんとセットされているかをチェックするだけだ。

私はこの手の機械に疎い。もばげー、とか、みくしい、とか異次元の言葉に聞こえる。

まあいいや、寝よう。


鳴りもしなければ光りもしないケータイをベッドに投げる。


おやすみなさい。


36 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:03:22.59 i8izPHpLO 17/127


その翌日も私は教室の空気として、学校ライフの一日を終えた。

「憂、今ちょっと時間ある?」

目の前でマリモが二つ浮いている。しかも口を利くとは……なかなかすごいではないか。

取っ捕まえて、今すぐ札幌農学校に明け渡してやろうか。たちまち私は有名人になれるだろう。

「聞いてるー?うーい?純ちゃんだぞー」

北海道に帰れ。

そう言おうとしたが、どうやらマリモじゃなかったらしい。

頭部の左右に、マリモにしか見えない髪のカタマリをひっつけた女は、私と目が合うと品のない笑みを浮かべた。


37 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:05:15.67 i8izPHpLO 18/127


「憂は何の部活に入るか決めた?」

まるで十年来のお友達のように話しかけてくるソイツ、鈴木純は私の顔を覗きこんだ。

「実はさ、私まだ部活決められなくてさ」

なんて馴れ馴れしいのだろう。
確かに中学時代からお互いに顔見知りではあるが、話しをしたことなどほとんどない。

挨拶でさえ交わした回数は五本の指で数えられるほどだ……たぶん。


だいたい私はコイツのことが好きじゃない。むしろ嫌いだ。

うるさいし品がないし。

きっと私みたいな人間のことを陰で馬鹿にして悪口を言いまくっているに違いない。
そのような場面は見たことなんてないし聞いたこともないが、うん、絶対そうだ。

何を悩んでるのかは知らないが、スッカスカの脳みそで何を考えたってムダムダ。

援交でもして警察に捕まってしまえ。ついでに妊娠して一生を棒に振るがいい。


私の心の中の呪詛などもちろん気づいていないマリモ女は更に続ける。


「そこで私、軽音部の見学に行こうと思って。ほら、たしか憂のお姉ちゃん軽音部に入ってんでしょ?」



39 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:08:05.22 i8izPHpLO 19/127


思わず眉根に力が入る。なんでそのことを知っているんだ?

まさか私のお姉ちゃんを狙っているのか?そうなのか!?

「…………ぁ」

詰問しようとしたが、私は人と話すのが苦手だった。というか喋れない。

人と話そうとすると急に目の奥が玉ねぎをみじん切りしている時の
ようにツーンとなって歯を食いしばらないととてもじゃないが耐えられないのだ。

冗談みたいな話だが私のような人間なら、おそらく分かってもらえるだろう。


「というわけでよかったら一緒に軽音部見学に行かない?ついでにこれを機会に……」

「その、えと……」

「ダメ?」

「き、今日はその、あ……」

「もしかして用事でもある?」

私は必死に頷いた。はたから見たら首をカクカクさせているようにしか見えないだろうけど。


40 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:12:29.62 i8izPHpLO 20/127


情けない、情けないよ……平沢憂!

お姉ちゃんのようにその場の空気を読まずに、人の気持ちも考えずに、ズカズカ聞くのは無理にしても……!

「そっかあ。まあいいや。ありがと、私一人で軽音部見に行くわ」

鈴木純がそう言って引き上げると私は自分の胸を撫で下ろしていた。

情けない。情けなさすぎて笑えない。

でも。ま、いっか。


どうせ私だし。


うん、今更うだうだ言うことじゃない。
それより愛しのマイシスターのための料理を今日は一段とガンバろう。

ガンバってお姉ちゃんに喜んでもらおう。


「と、その前に」


今日は私が日直だ。 日誌をつけよう。



41 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:16:10.64 i8izPHpLO 21/127


日誌をつけ、日直としての仕事を全うした私はさっさと家に帰ることにした。

今日のご飯は何にしようか。

そういえば、先日購入したフードカッターはまだ一度も使っていない。
せっかくだし餃子でも作ってみようかな。

久々に創作料理に挑戦してみるのも良いかもしれない。
この前の和風出汁と豆腐を使った和風シチューはなかなかお姉ちゃんも気に入ってくれたし、悪くないのでは。


いや、その前にすっかり忘れていたが社会保険組合への試供品の申し込みをしなければ。
お姉ちゃんのために質の良い化粧水と乳液を選ぼう。

きっと喜んでくれるだろう。

たーのしーみー。

ああ、お姉ちゃんのことを考えているとこんな私でも身体がポカポカしてくるから不思議だ。

実はお姉ちゃんは天使なのかもしれない。いや、天使以上の存在だ。


そうだそうだ。日記をつけるのも忘れてはいけない。


42 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:18:29.24 i8izPHpLO 22/127


帰宅して着替えを済ませた私は少し、休憩がてら日記をつけることにした。

さあ口づけの代わりに愛を綴ろう。

ノートを開く。見覚えのある字が並べられていた。

「?」

おかしい。私のノートはお姉ちゃんへの愛の言葉でほとんど隙間無く埋められていたはず。

しかし、これはどういうことだ?

このノートは私のお姉ちゃんへの愛の文字でうめつくされているはずなのに、実際には今日の学校の一日について記されていた。


ま、まさか!


これが噂のイジメ!?


地球に優しくもないかわりに害もない無味無臭のグリーンガス(なんか矛盾してる気がするけど気にしない)
の私に危害を加える輩がいるとは……。

座っていた椅子から立ち上がる。


……予定変更。学校に乗り込む。私を怒らせたことを後悔させてやる!


44 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:21:28.30 i8izPHpLO 23/127


例えば大好きなあの娘に送ろうとした手紙が
何かの間違いで全く関係のない誰かに渡ってしまったなんてことが起きたらどうしようか。

私だったらもう首を吊るなり、屋上から飛び降りるなり、ウォッカを浴びるように
飲んでリストカットするなりして、とにかくこの世から消えて無くなろうと思う。

しかし、今まさに似たような状況が展開されているのだから、私は本気で死ぬことを考えたほうがいいのかもしれない。


手渡されたノートを見て私は顔を恐る恐るあげた。

上げた目線の先には見覚えのある顔があった。


私はこの女のことをきっちり記憶している。相手は私のことを知らないだろうが。

中野サンプラザ、ではなく、中野梓。

昨日、私が何をとち狂ったのか知らないが話かけようとした女。


いや、でもどうして話しかけたのだっけ?


45 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:24:28.93 i8izPHpLO 24/127


そもそも何ゆえ私が日直日誌と日記を間違えたのか。

いや、単純に二つのノートが全く同じもので、しかも両方とも表紙に何も書いてないせいで、
うっかり間違えて、担任に日記を渡してしまったわけだ。

おいおい、ドジっ娘属性までつくとは……このままではお姉ちゃんとキャラが被ってしまうではないか。


さてさて、ではどうして担任に渡ったはずの日記を中野梓は持っていたのか。

担任いわく。


『ノートなら中野さんに渡しておきましたから。
え?なんで渡したのかって言われても。
たまたま職員室に中野さんが来ていたので、平沢さんの机の中にそれを入れておいてもらおうと思ったんですよ』

ということらしかった。


あとで呪ってやる。

帰りにダイソーで五寸釘とを買おう。トンカチと写真は家にあったはずだだからモーマンタイ。


46 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:27:29.92 i8izPHpLO 25/127


「そのノートって……」

中野梓が口を開く。

ほほう。

昨日の帰り間際、ゴキブリを唾棄するような目で私を見たことをまさか、忘れているわけではあるまいな。

憎むべき宿敵の名前は全て脳に刻んである。あと半世紀は忘れることはないだろう。


私が心の中で中野梓を血祭りにあげようかどうか迷っていると。

ツインテールを揺らして目の前の中野梓が笑い出した。


なんだコイツは?



47 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:30:27.40 i8izPHpLO 26/127


「な、なに?」

大和撫子を代表する奥ゆかしい私の声は、ほとんど笑い声に掻き消されていた。
それでも中野梓は私の声を聞き取ることができたらしい。

「だってこんな面白い日記書いてるなんて思わなくて……」

そこで言葉が途切れた。遅れてすっかり緩んでしまった口許を強制的にチャックしたかのように結ぶ。

鏡がないので自分がどんな顔をしているのかは確かめられないが、さぞかしヒドイ顔をしているだろう。

ムンクの叫びならぬ憂の叫びだ。


「み、見たの……?」

突然南極に放り出されたゴキブリのように中野梓は、ぎこちなさ全開で頷いた。

「う、うん」


私は叫んだ。心の中で。

それこそムンクの叫びのように。
いや、ムンクは実際には叫んでいないし、あれは耳を塞いでるだけなのだけど。

「えと、気になって見ちゃったんだけどすごく面白かったよ。小説家になれるんじゃないってぐらい」




48 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:33:29.82 i8izPHpLO 27/127


「本当だよ?冗談抜きで面白いって思ったよ。平沢さん文才あるよ」

ていうか私は勉強だろうとスポーツだろうと家事だろうがなんだってこなせるんだけどね。

コミュニケーション能力だけが圧倒的に欠けているけど。


一向に喋らない私に困ったのか、中野梓は冗談とわざと分かる声でおどけてみせた。

「もしかして、そのノートに書いてあることは冗談じゃなくて本気だったりして?」

「……」

「一日一ページきっちり埋めるなんて、デスノートの魅上照みたいだよね」

褒め言葉のつもりか。ていうか私が魅上だったらお前は真っ先に削除されてるぞ。

「…………」

「あのーもしかしてなんだけど」

「……」

「この日記の内容本気だったりする?」

さっきの質問と内容がほとんど同じでありながら今度は恐る恐る聞いているのが窺えた。


なんて答えればいいんだろう?


49 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:37:52.94 i8izPHpLO 28/127


「…………」

いったいどうしようか。

何とかして誤解を解かないと。
いや、お姉ちゃん好き好き大好きラビューだけど、そんなことが知られたら私の人生は多分終わる。

根暗で内弁慶で空気なシスコン。もはや人間かどうかもアヤシイ。

こうなったらなりふり構っていられない。お姉ちゃんにだけは絶対に迷惑はかけたくない。

私はノートを開いてそこに文字を書き殴った。

「あ、ごめん。私、友達と部活見に行く約束してたから、行くね」

ちょっと待てコラ。

中野梓の顔前に私は開いたノートを見せた。

「わかった。約束する、」

中野梓はオッケーサインを出してすたこらさっさーと去って行った。

ちなみに私がノートには書いたのは言葉は感じ四つ。


『他言無用』


あとになって私は他言無用という言葉では誤解を解くどころか、更に誤解を深めてしまっていることに気がついた。


52 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:40:15.20 i8izPHpLO 29/127


会話が苦手な人間というのは、いざ話そうとしても言葉が出てこない。

自分のコミュニケーション能力の無さにうんざりがに。

なんでこんな人間になってしまったんだろう。


「はあ……」

「どうしたの、憂?」

口から無意識のうちに漏れた溜息は、向かい側でから揚げを頬張るお姉ちゃんにも聞こえたらしい。

心配そうに私の瞳を見つめてくるお姉ちゃん。

やべえ。ちょーかわいんですけど。

むしろこっちからも見つめ返したくなるが、そこは私。

恥ずかしくて目を逸らした。
まあ、見つめすぎてお姉ちゃんの純粋で曇りのない瞳に穴を空けたら一大事だ。

「少し、ね。嫌なことがあったんだ」

「なに?何があったの憂!?」

身を乗り出すお姉ちゃん、もうマジ天使。ネロとパトラッシュみたいに私もヘブンに連れてってほしい。



55 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:43:43.52 i8izPHpLO 30/127


「大したことじゃないよ……」

大嘘です。ごめんなさい許してくださいお姉ちゃん。

イエスの踏み絵を踏む瞬間のキリスト教徒のように罪悪感が胸中にドッと押し寄せた。

「ほんとに?」

「本当だよ」

「ウソじゃない?」

「嘘じゃないよ」

「うーん」

そこでお姉ちゃんはポンっと手を打った。


「よし、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ろー」

どうしたらそのような結論に至るのかは、お姉ちゃんを愛してやまない妹である
私にすら分からないのだけど、まあそんなことは、お姉ちゃんとのお風呂の前ではあまりにもどうでもよかった。


ういぃやっほおおおおおうい!


56 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:47:02.79 i8izPHpLO 31/127


「いい湯だった……」

お風呂上がりの牛乳を飲みながら私は一人呟いた。

目を閉じれば浮かんでくる。


嗚呼、お姉ちゃんと共に入るお風呂!なんて素晴らしいの!お姉ちゃんの水の滴るツヤツヤの髪!
泡が滑り落ちていくなまめかしい肢体!肉付きのいい思わず顔を挟んでもらいたくなる太股!
なぞりたくなる美しいラインを描く鎖骨!可愛らしい私より小さな乳房!吸い付きたくなる胸の頂きを陣取る桃色のち(以下省略)。

天国ってきっとあんな素晴らしい景色が浮かんでるところなんだろうなあ(遠い目)。

よし、今すぐこの幸せを綴ろう。この溢れんばかりのパトスを書きなぐろう。

というか誰かにこの幸せを伝えたい。

世界は捨てたもんじゃない!

世界は素晴らしい!

素晴らしきこの世界!

すばせか!

おめでとう私!

おめでとうみんな!


57 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:52:26.52 i8izPHpLO 32/127


お姉ちゃんとお風呂に入るという奇跡体験をした次の日の学校。

てっきり反動で何かとんでもない不幸が降りかかってくるのでは、と危惧したが徒労に終わった。

いつも通り、学校の空気としての役目を終えた。

しかし、一ついいことがあった。

新入生のために行われた新歓ライブ。

ギターを掻き鳴らしてシャウトするお姉ちゃんマジロッカー。

かーれーちょっぴりらいすたーっぷりっ!

これで萌えないとかもう人間じゃない。
お姉ちゃんと同じ学校に入ってよかった、ていうかお姉ちゃんの妹でよかった。


うん。帰ったらすぐ日記をつけよう。昨日の奇跡体験と合わせて今日はニページ書いてしまおう。


59 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 19:58:05.38 i8izPHpLO 33/127


気分がよすぎてモンローウォークして帰宅したくなる。が、奇異の目を向けられるのはイヤなので自粛。

お姉ちゃんのモンローウォークとかならすごく見てみたいけど。


「平沢さん」

私の脳内でお姉ちゃんがお尻をぷりっぷり振りながら歩くという薔薇色の光景が一瞬でセピア色になった。

声をかけてきたのはサンプラザ、ではなく、中野梓だった。




61 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:02:56.33 i8izPHpLO 34/127


「昨日のことなんだけど……」


中野梓が今この場で何を話そうとしているのか分かって私は内心で狼狽した。

いやいや、今、この場面で話すな。一応気を使って声のボリュームを小さくしているのだろうが、
そんな気遣いができるならまず、TPOをわきまえろ。

まだクラスメイトが何人も教室に残っているだろうが。

「私、昨日少し考えたんだけど」

「な、中野すぁん」

私は私の中の勇気を振り絞って声を吐き出した。

「?」

「少し待って。その話するの」

「わかった」


や、やった!やったあ!お姉ちゃん!私、喋れたよ!


63 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:06:04.19 i8izPHpLO 35/127


結局、クラスメイトが全員教室から去るのには十分近くかかった。

皆がいなくなったのを確認した中野梓は、私の耳元に唇を寄せた。

いや、今は誰もいないからそんなことはしなくていいんだが……さすが、自ら進んで奇妙な髪型にしているだけのことはある。

「それで、昨日の話なんだけどね」

「うん」

中野梓が、薄い胸を張った。

そういえばまな板も、古くなってきたしそろそろ新しいものを購入しなければなあ。

「冷静に考えたら、お姉ちゃんを好きになるっていうのはダメだと思う」

「……」

「だってそれって近親相姦でしょ?危ないよ」

とりあえずゴキブリヘアーのお前には言われたくない。


……この気持ちはなんだろう。


65 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:09:19.34 i8izPHpLO 36/127


「今ならまだ引き返せるよ」

「……」

さながらドラマのワンシーンのようにステキすぎる台詞をキメた中野梓は、私の目を覗きこむ。

しかも両の頬をがっしり掴んで。

傍から見たらこれ、キスシーンみたいで誤解されるからやめてほしいのだが。

「今ならまだ引き返せるよ」

二度も言うな。

ていうか私は奥ゆかしいことで有名なんだよ。お姉ちゃんに手を出すなんてできるわけがない。

さて、どのような言葉で私のほっぺを両手で挟みこんでるゴキブリ女から逃れようか。

「そもそも近親相姦以前に同性なんだよ?レズビアだよ?そんなのダメだよ」

中野梓が悲痛な面持ちで私を見る。ああ、コイツは稀にみる馬鹿だけれど実はスゴイいいヤツなのかもしれない。


「カニさんだよ~ちょっきちょっき」

その時。


マリモ女が教室に入ってきた。蟹のように手をちょっきちょっきさせて。



67 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:13:43.88 i8izPHpLO 37/127


教室に入ってきた。入ってきちゃった。


ちょき

ちょき

ちょ……


その時。


鈴木純のちょきちょきが止まった。

唖然とした顔で、私と中野梓を呆然と眺める。

「い、今の会話……マジ?」


どこからどこまで聞いたんだろう。

大ピンチの予感。悪寒。オカン、は、海外。あんまり面白くないな。さすが私だ。

大ピンチ。だけど不思議なほど私は冷静だった。



70 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:22:45.67 i8izPHpLO 38/127


「『同性なんだよ?レズビアンだよ?そんなのダメだよ……』って、あんたたちってそういう関係なの!?」

呆然とした表情はいつの間にか引きつっていた。

「……」

「……」


ていうか都合よく誤解されやすいところだけ聞き取ってんじゃねえよ。

「え?……ち、違うよ!?」

ようやく中野梓がマリモ改め、カニ女の言葉に反応を返した。

「平沢さんが好きなのは私じゃなくてお姉さんなんだよ!」

おいいいいいぃぃぃっ!


一番知られてはいけない部分をカミングアウトしてんじゃないか!


71 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:25:01.45 i8izPHpLO 39/127


「お姉さん……それって平沢唯さんのこと?」


「う、うん。そうなんだ。平沢さんはお姉さんのことがすごくすごく好きで、お姉さんのことについて毎日毎日、日記に書いてるんだ」

「!?」


いやいや、全開にした蛇口みたいに全部包み隠さずカミングアウトしちゃってるけど……ええ!?

昨日の約束は何だったんだ!?

「……ってしまった!」

今更、ゴキブリ女は自分のミスに気づいて口許を押さえた。


72 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:29:25.89 i8izPHpLO 40/127


「えーとお……そうなんだ。じゃあ私、ジャズ研行くから」

「ち、ちょっと待って!」

私が誤解を解くのを諦めて、首吊り自殺を考えかけたところでゴキブリツインテールがカニ女を引き止めた。

「今のは真っ青な嘘!」

真っ青なのは私だ。

「本当は平沢さんはバイでどっちでもいけるんだよ。雑食なんだよ!」

人をギャルゲーの主人公みたいに言うのはやめろ。

ついでにバイじゃない。

私は偏食家なんだ。私が愛してるのは世界でただ一人、平沢唯だけだ!

「そ、そう。へえすごいすごいわーおわんだふー」

ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。


鈴木純はカニの分際で拍手しながらムーンウォークして教室から出て行った。

「追いかけて、誤解を解かなきゃ!」


私は中野梓に腕を引っ張られながら、鈴木純を追いかけるはめになった。



73 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:34:10.72 i8izPHpLO 41/127


「そんなこともあるんだね」

鈴木純はハンバーガーにかぶりつきながら、私と中野梓を交互に見た。

――結局、あの後私と中野梓は何とか鈴木純を引き止め、誤解を解くことに成功した。

ただし私がお姉ちゃんのことを愛していることや
私がお姉ちゃんへの想いを綴った日記を毎日書いていることなど、全てつまびらかになってしまったが。


『その……私のせいで平沢さんの秘密がばれたから……ハンバーガー奢るよ』

『あ、じゃあ私もついてっていい?』


ちなみにこれは誤解を解いた後の会話である。

正直、赤の他人と食事などしたくなかったし、そうでなくともファーストフードを
積極的に食べようとは思わなかったが、どうしてもと言うので結局私は中野梓と某ハンバーガー店へ来ることになった。


74 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:35:17.46 i8izPHpLO 42/127


「にしても悪いね。私までなんか知らないけど奢ってもらちゃって」

ちゃっかり中野梓に奢ってもらっているカニ女はチキンナゲットを美味しそうに口にほうり込む。

「それより平沢さんのことなんだけど……」

「なに?」

「いや、ほらさっきの話だよ」

近親相姦がどうとかいう話か。


76 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 20:40:18.15 i8izPHpLO 43/127


ストローに唇をつける。ジンジャエールに含まれた炭酸に思わず顔をしかめてしまった。


「さっきも言ったけどやっぱり近親相姦でしかも、しかも同性愛なんてよくないよ……」

喋っているうちに興奮して中野梓は自分の声が大きくなっていることに気づいて、口許を押さえた。

「私は……別にお姉ちゃんになにかしようとしているわけじゃないよ」

あくまで芸術作品を鑑賞するかのように、眺めているだけで十分に幸せなのである。

欲を言えばお姉ちゃんからも私宛てにラブリーなメッセージが届かないものかどうか。

それにしても中野梓にしろ鈴木純にしろ、妙に喋りやすい。

まあ、人間以下としてしか見てないからかもしれないが。



88 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:05:15.99 i8izPHpLO 44/127


「んじゃ、おいとまするわ。ごちそうさまー」

店に来て十五分もしないうちに、鈴木純はそう言って帰っていった。

「食べるの速かったね」

「そうだね」

黙ってほとんど食べることしかしていない私よりもはるかに速い。

ジャズ研がどうとか、カッコイイ先輩がどうとか購買がどうとか。

そんなことを機関銃のように語りまくっていたにも関わらず、どうしてああも速く
食事を済ませることができたのか、いささか謎だったが、まあカニ女のことなど気にしても仕方がない。

私は再びハンバーガーにかぶりついた。

「あのさ、一つ聞いていい?」

「なに?」

「平沢さんってスゴク変な性格してるよね?」

聞いていいと言いつつ、まるで質問になっていない中野梓の言葉に、私はどんな顔をしてしまったのだろうか。

「……スゴクじゃなくて少し変な性格してるよね?」


今更訂正しても遅いわ。



89 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:10:26.80 i8izPHpLO 45/127


「その、ごめん。私、日本語下手だから……」

「……」

「……」

「……」


降って湧いた沈黙の中で私は少し考えてみた。

自分の性格。

昔からこんな性格だったのかと言うとどうだろう。
別に幼少期からこのような鬱々とした性格ではなかった気がする。私の記憶が正しければだけど。

大人しい性格ではあったが、いちいち自分のことを卑下するような子供ではなかった……はず。

でも気づかないうちにこんな性格になってしまっていた。

もしかしたらきっかけのようなものはあったのかもしれない。


90 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:12:20.62 i8izPHpLO 46/127


思い出せないけど。案外きっかけなどなかったのかもしれない。

もしくは、実は私は過去にとんでもない体験をしてそのショックで、こんな人間になってしまったのかも。


まあ、そんなわけないのだけど。

私は、自分で言うのもおこがましい話だが、記憶力がいいのだ。

私が生まれた時から今日に至るまでの姉妹の感動震撼感無量エピソードを今すぐ語ることだってできる。

うん、記憶喪失の線もなさそうだ。

じゃあなんでこんな性格になったのかという話に戻るわけだが、どうでもいい。

今更この性格が変わるとは思えないし。


「やっぱ訂正」

ちびちびとジュースを飲んで黙ってしまった私に
気まずくなったのか中野梓は、無理矢理笑っていると分かる笑顔でこんなことを言った。

「変わった性癖してるね?」


口に含んだジンジャエールは相変わらず酸っぱかった。


91 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:15:01.75 i8izPHpLO 47/127


その後、某ハンバーガー店を後にした私と中野梓は一緒に帰ることになった。

意外と家が近いらしい。

どうでもいいけど。

「私、新歓ライブ見たら軽音部に入りたくなってね」

「うん」

「明日入部届けを出しに行こうと思って」

「そう」

「そういえば、平沢さんのお姉さんは今日ライブでギターしてた人なんだよね?」

「うい」

ただ頷くだけなのに噛んでしまった。



92 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:18:22.84 i8izPHpLO 48/127


「じゃあ、私こっちだから」

十字路の前に来たところで、ツインテールが振り返った。

「バイバイ」

中野梓が手を振ったので、私もまあ、手を振り返してやろうとしたところで、聞き覚えのある声がした。


「うーいー」


嗚呼……この鼓膜を震わすどころか溶かしてドロドロにして変な液体を耳の穴から垂らしてしまいそうになるプリティな声は……

「お姉ちゃん」

だった。


94 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:21:40.23 i8izPHpLO 49/127


夕日をバックに向かって来るお姉ちゃんの笑顔に私は胸をときめかせる。

「憂、今日は遅かったね」

「うん、ちょっとね」

本当に脳みそが入っているのかどうか、思わず、
かっ開いて見てみたくなるくらい頭の軽い女のせいで、いつもより遅くなっちゃたんだ。

とは、口の中に留めておいた。

いやいや、それよりもっとお姉ちゃんに言わなければいけないことがあるではないか。

今日のお姉ちゃんの新歓ライブに震撼した私の感想を言わなければ。

お姉ちゃんの勇姿を見れた感動を伝えなければ。

私が意気込んで、お姉ちゃんに話そうと口を開いた時、

「今日のライブすごくよかったです」

誰だよお前。


96 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:26:16.36 i8izPHpLO 50/127


いつの間にか私の隣で、私のお姉ちゃんのプリティフェイスを見上げて
ゴキブリツインテール引きちぎってやろうか女が、目を輝かせていた。

「?」

お姉ちゃんが、ゴミ捨て場で喋るナマゴミでも見つけたかのように首を傾げた。

「あ、すみません。私は中野梓っていいます。平沢さんとはクラスメイトです」

そしてたった今敵になりました。

「平沢さんとは今日お友達になりました」


クラスメイトの部分は否定しないが、お友達になった覚えはない。

チーズバーガーで私を釣れると思っているのなら大きな間違いだ。




97 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:29:25.10 i8izPHpLO 51/127


「へえ、憂のお友達なんだ。こちらこそ初めまして平沢唯です」

「よろしくお願いします」

ああ、さすがお姉ちゃん。汚らわしい泥棒猫女にまで握手を交わすなんて。

後できちんと手を洗ってもらおう。野良猫はどんな病原菌を持っているか分からないから。

そういえば、家のどこかにノコギリがあったな。どこに閉まったのかな?

「それで、私、軽音部に入ろうと思うんです」

「ホントに!?」

ヤベー。お姉ちゃんの顔が夕日とか関係無しにシャイニングして見える。

泥棒ゴキブリがジャマだなー。


98 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:34:15.75 i8izPHpLO 52/127


「本当は今日軽音部にお邪魔する予定だったんですが……」

なぜか一瞬だけ、中野梓の視線が私に移動した。

「やっっったあ!やったよーうーい」

思わず後ろに倒れそうになるのを、何とか踏ん張った。
お姉ちゃんが喜色満面で私に抱き着いてきたのだ。

ベッドの上だったら間違いなく、勢いに身を任せているところだ。


Uh……し・あ・わ・せ・はーと。


中野梓は私とお姉ちゃんを交互に見て、目を瞬かせた。



99 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:36:47.05 i8izPHpLO 53/127


……仲いいんだ。

そんな呟きが聞こえた気がしたがお姉ちゃんに抱き着かれている私には
果てしなくどうでもよくて、正直そのように聞こえたのかは、自信がない。

「それじゃ」

私はこれで。中野梓は一礼して踵を返した。

「梓ちゃん、またねー」

お姉ちゃんが去っていく中野梓に手を振る。

中野梓が振り返ってもう一度お辞儀をして、それから私の方を見た。

遠くからで、しかも夕日を背にしていたから、泥棒猫女が本当に私の方を見たのかは、分からないけど。

「さよーならー平沢さん」


手を振る中野梓の背後の夕日が、不思議とさっきよりも眩しく映った。




102 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 22:41:13.87 i8izPHpLO 54/127


「……今日は素晴らしい日だった」

日記の最後の締めを呟いて、私はノートを閉じた。

常日頃から犯罪的なまでにカワイイお姉ちゃんが今日は一段とかわいく見えた。

新歓ライブでギターボーカルとして一生懸命頑張るお姉ちゃん。

中野梓が、軽音部に入ると聞いた時の百万ドルの笑顔のお姉ちゃん。

今日も私の作った料理を美味しい美味しいと食べてくれたお姉ちゃん。

私は幸せだ。特に今日は一段と幸せだ。

それなのに。

私は無意識にノートを開いたり、閉じたりしているのに気づいて、手を止めた。


106 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:05:51.14 i8izPHpLO 55/127


落ち着かない。

昔、買った小説のオチがあまりに酷くて半日くらいイライラしていた経験があるが、その時と似たような気分だ。

オチ、つかない。

「くだらない」

今のは忘れよう。

それよりも。

私は自分の手の中に収まっている紙切れを開いた。

開いた紙にはアルファベットが並べられていた。

携帯電話のアドレスがそこには書かれている。

いつの間にかノートに挟まっていた紙切れ。

並んだアルファベットたちの下には割とキレイな字で中野梓より、と書かれていた。



107 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:10:30.46 i8izPHpLO 56/127


お風呂から上がった私は、すぐ部屋に戻った。

扉を開ける。

部屋の明かりをつけようとして、スイッチを押そうとした指は、そのまま滑り落ちた。

携帯電話が蛍のように光りを放っていた。


109 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:14:19.04 i8izPHpLO 57/127


中野梓からの返信メールは私の予想を裏切るものだった。

今時の女子高生らしい頭の悪そうな文字が並べられていると思った私は、少々拍子抜けした。

ちなみに分量は結構多かった。

これからよろしくね、という挨拶から今日の自分の失敗によって
鈴木純にまで私の秘密がばれてしまったことへの謝罪の文。他にもどうでもいいことが幾つか。

よくこうも書くことが浮かぶものだと私は感心してしまった。

しかし、これはなんて返せばいいのだろう。

私はメールのやりとりをほとんどしたことがない。絵文字も使ったことがなかった。


結局、お湯に浸かってほてったはずの身体がほとんど冷めた頃にメールを返した。

一言。


『おやすみなさい』


110 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:19:22.08 i8izPHpLO 58/127


平沢憂の日記から一部抜粋

―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんが可愛すぎて生きるのが楽しい。

鈴木純はジャズ研に入っているらしい。うん、果てしなくどうでもいい。

中野梓は初めての軽音部での活動が楽しみだそうだ。お姉ちゃんに手を出さなければどうでもいい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

お姉ちゃんがエロ可愛すぎて今日も生きているのが楽しい。

中野梓に部活のことを聞いてみた。なぜか浮かない顔をしていた。歯切れも悪かった。
どうでもいいか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――




115 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:28:55.84 i8izPHpLO 59/127


―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんが天使可愛いくて生きてるのが楽しい。

明日、お姉ちゃんたち軽音部一同は中野梓の歓迎会ということで、どこか行くらしい。
中野梓だけごーとぅーへる。

しかし、ゴキブリにも友愛の精神を忘れないとは、さすがお姉ちゃん。マジリスペクト。

どうでもいいがお姉ちゃんが、あずにゃんってあだ名をつけたため中野梓をゴキブリと呼ぶのはやめることにする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

お姉ちゃんがマシュマロ可愛くて今日も生きてるのが楽しい。

私と中野梓と鈴木純が某ハンバーガー店で一緒にハンバーガーを食べてから一週間が経過した火曜日。

放課後、中野梓が私より先にギターを背負って帰っていた。
部活はどうしたのだろう。別にどうでもいいが。

しかし、お姉ちゃんもなぜか元気がない。
心配だ。明日あの猫娘を問い詰めるか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――


116 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:33:39.42 i8izPHpLO 60/127


―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんがダラダラ可愛くて生きてるのが楽しい。

最近元気のなかったお姉ちゃんが今日は元気だった。可愛かった。輝いていた。

反対に中野梓は足りない脳みそで何か考えているのか、ずっと浮かない顔をしていた。

いや、猫女のことなんてどうでもいいんだけど。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんがアメアメ可愛いくて生きてるのが楽しい。

今日は雨が降っていたのでお姉ちゃんがギターを持って行くのに苦労していた。
何か善後策を練ってお姉ちゃんの労力を減らしてあげよう。

最近元気のなかった中野梓が久々に話しかけてきた。
……って言っても別に特に何か重要な話だったわけではなかったからよく覚えていない。

どうでもいいが、鈴木純の髪型が面白かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――



119 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:37:50.48 i8izPHpLO 61/127


ゆっくりと、けれども時間は坂を滑り落ちるように流れていった……まあ、時間が経過して五月になっただけなんだけど。


ゴールデンウィークが明けて一週間。

面倒な学校がまた始まった。

今思うと素晴らしい黄金週間だった。

お姉ちゃんと二人っきりの日が二日もあったのだ。

盛りのついた猫のように、あるいは去勢されたアザラシのように
ダラダラ床を転げ回るお姉ちゃんを延々と眺めていられたなんて……デジカメにでも納めておけばよかった。

まあ、いいか。記録、もとい日記はきちんととってある。

ちなみに残りの二日間はお姉ちゃんは軽音部の皆さんと遊びに行った。
私は家にいた。(もちろん、心配だったので家事に影響が無い程度に尾行した。妹として当然の務めである)。


そして現在。お昼休み。

「家族でバーベキューしたんだって。でも、うちの親、火をつけるのが下手でさあ」

「……」

「あ、私も中学の頃に友達とバーベキューしたけど、火のつけ方が分からなくて苦労したよ」

「……」


120 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 23:42:47.19 i8izPHpLO 62/127


「……」

「いやあ、ネギマが一番食べたかったのに忘れちゃって……」

「……」

「ドンマイだね。ところで純は豚肉派?牛肉派?」

「……」

「鳥が一番でしょ」

「……」


お昼休み。

普段一人で食べるはずのお昼ご飯。けれども今日は違った。

「お茶漬け食べる時ってやっぱ緑茶だよね?」

「……」

「お湯じゃないの?」


なんていうか、うるさい。


122 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 00:00:23.36 i8izPHpLO 63/127


だいたい、どうしてこんなくだらない話題で会話が続くのか。

不思議だ。

「憂はゴールデンウィークは、なにしてたの?」

口にものを含んだまま喋るな。ぐちゃぐちゃになったシャケがチラチラ見えるんだよ。

「別に。家でゴロゴロしてた」

「唯先輩から聞いたけど、憂ってすごく働き者なんでしょ?」

いつから私は猫女に呼び捨てにされるようになった。

猫業界は上下関係と異性関係が、厳しいということを教えてやらないといけないみたいだな。


「……家で家事して、時々お姉ちゃんの宿題見てあげたりしてた」

「へえ。憂って料理も得意なんでしょ?」

「ほほお。言われてみると美味しそうなブツが、いただきっ」

鈴木純の箸が私のピーマンの肉詰めを捕獲するよりも、私がそれを避ける方が速かった。

「むー、やるねえ。しかし、いつまで私の箸サバキから逃れられるかな?」

「……」

箸でチョキチョキすんな。


126 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 00:10:46.46 JDbd0w/pO 64/127


「憂は唯先輩が出かけたりしてる時は、なにしてるの?」


鈴木純が、私のピーマンの肉詰めを諦めた頃に中野梓が、質問してきた。

「特に何もしてない」

どうしてそんなことを聞くんだろうか。顔を見返すと、猫娘は口許を少し緩めた。

「いや、唯先輩が言ってたんだ。憂はお母さんみたいなんだよって」

「お母さんみたい?」

「うん」

お母さん、か。どういう意味だろう。


厳しいって意味かな?



128 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 00:17:48.80 JDbd0w/pO 65/127


「特にお出かけする時が一番厳しいって言ってた」

「あれ?憂ってお姉ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

「……」

思わず辺りを見渡す。

「心配しすぎだよ……まさか憂がレズビアンだなんて誰も思っちゃいないって」

後半の台詞は私の耳元でささやかれたため、耳に息がかかった。
吐き気と悪寒に苛まれ思わず俯いてしまった。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいって」

違う。

「それで、憂は唯先輩にお出かけ前に何するの?」

「特にはしない。ただ……」

出かける前はどこへ出かけるかを聞く。

そして。


130 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 00:24:07.30 JDbd0w/pO 66/127


まず、財布は絶対に二つ持たせる。
お姉ちゃんが今までに財布を無くして、泣いて帰ってきたことは珍しくない。

そして身分が分かるものを必ず持ち歩かせる。

具体的には保険証のコピー、さらに私、及び、お父さん、お母さんの携帯電話の番号も。

全て、万が一、億が一事故にあった時ようの対策だ。

そして、もちろん電話も携帯させるのも忘れない。

それから帰宅時間を聞くのも、お姉ちゃんが出かける前にしなければいけないことの一つだ。


……という、二百文字程度の説明を五分ほどかけて、中野梓と鈴木純にした。


133 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 00:30:06.61 JDbd0w/pO 67/127


「たしかにお母さんみたい」

「本当だね」

なぜだか知らないが、二人が、まさにお母さんのように、微笑ましいわね、とでも言いたげな顔をした。

バツが悪くなった私は、目線を反らして窓から見える景色に視線を移した。

「だって、お姉ちゃんが、心配だもん」

無意識に本音を零してしまった。

「憂ってさ」


鈴木純のその後の言葉を聞き取ることができなかった。

チャイムの音がちょうどタイミングよく鳴って、鈴木純の声を掻き消したからだ。

昼休みが終わった。


134 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 00:38:21.38 JDbd0w/pO 68/127


次の日も次の日も、相変わらず特に何もなく推移していった。

変わったと言ったら、お昼休みに一人でご飯を食べていたのが、三人になったことぐらいだ。

中野梓。

鈴木純。

そして私。

まあ、私はほとんど喋らないで、聞き手として二人の会話に耳を傾けているだけだが。


「お昼ご飯、食べよ」

「うん」

相変わらず蟹女は、姦しい。

「疲れたー」

「お疲れー」

中野梓も、やってきた。

いつのまにか私の机を囲んで昼食をとるのが当たり前になっていた。



139 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 01:05:08.05 JDbd0w/pO 69/127


「いや、だから私は鯛焼きはしっぽから食べたいんだってば」

「普通に頭から食べた方がウマイよ」

「そんなことないもん」

「そんなことあるよ」

「憂はどう思う?」

「憂も普通に頭から食べた方がウマイって思うでしょ?」

不毛な話題をこっちに振らないでほしい。

しかし、質問に答えなければこの二人がさらに
やかましく騒ぎ立てるのは、目に見えているので私は少し考えて、こう答えた。


「お姉ちゃんは頭から食べるよ」

「そ、そうきたか」

「唯先輩は参考にならないよ」


どういう意味だ。答え次第では……。



141 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 01:13:46.76 JDbd0w/pO 70/127


それから二人は再び生産性のない、実にたわいのない会話を繰り広げ始めた。

たけのこの里がどうとか、きのこの山がどうとか。

それを私はぼんやりと眺めながらご飯を食べる。

そして時々、会話に混じったり、テキトーに相槌を打ったりする。

そんなお昼休みが徐々に日常として、当たり前のものとして私は、ごく普通に受け入れていた。


正直、楽しいのか、愉快なのか、もしくは不愉快なのか
或いはもっと別の感情なのか、今の状態は自分にとってどうなのか、判断がつかなかった。

でも。


最近は、お昼休みの間、無意識に時計の針を目で追うことが多くなった気がする。



172 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 14:59:28.22 JDbd0w/pO 71/127


「ねえねえ、憂の卵焼きちょうだい」

「……」

「昨日、初めて憂が作った卵焼き食べたけど、うちのお母さんが作るのよりウマかったんだって」

「純、憂からもらいすぎ」

「だってえ。本当に美味しかったんだもん」

確かにここのところ、私のお弁当の中身は何かしら鈴木純の胃に入ってる気がする。

本来私が作ったものは、お姉ちゃんに捧げるものであって鈴木純のエサではない。

「あ、じゃあこのカニカマあげ……んっ!?」

大きく開いた口に卵焼きを突っ込んでやると、鈴木純は目を白黒させた。

「ごっくん……うん、やっぱ憂の卵焼きは美味しい」

「純だけずるい」

そう言いつつ、なぜか私に訴えかけるかのような視線を送る。

いつかの黒猫が脳裏に浮かんだ。


173 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:01:19.31 JDbd0w/pO 72/127


「……食べる?」

「え?いいの?」

思いっきり「よこせ」って目で訴えていたくせに、中野梓はそんなことを言って顔を輝かせた。


「ありがとう」

小さな弁当箱に卵焼きを移してやると、中野梓は瞬く間に卵焼きを口に放り込んだ。

喉を大きな音にビックリした猫のように、中野梓は両目をパチクリさせて、喉を鳴らした。

本当に猫みたいだ。

「美味しい。すごく美味しいよ、憂」

「でしょでしょ?」

鈴木純が得意げな顔をした。自分が作ったんだと勘違いしてないか。

「ていうか、純は最近ずっと憂からこんなにも美味しいおかずをもらってたなんて……ずるいっ」




174 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:07:14.50 JDbd0w/pO 73/127


「梓ももらえばいいじゃん」

「そ、それは」

猫娘は、今度は遠慮がちに上目遣いで私を窺う。

なんでだろう。

お姉ちゃんに見つめられたわけでもないのに、中野梓の猫のように丸い目を見ていたら、顔が熱くなるような感覚を覚えた。

私は人見知りだ。

人と喋るのが苦手だ。

人と目を合わせるのも苦手だ。

人と面と向かって喋るなんて、考える前に勝手に身体が拒絶してしまう。

はっきりと原因は分からないけど、多分恥ずかしいから、人とコミュニケーションをとることができないのだと思う。

でも、今こうしていつものように、中野梓から目を逸らしたのはもっと別な理由な気がする。

「……ぃいよ」

中野梓が首を傾げた。私は息を吸い込んで、お腹に力を入れる。


「余裕があったら中野さんの分も、鈴木さんの分も作ってくる」



176 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:13:33.41 JDbd0w/pO 74/127


「「本当!?」」

中野梓と鈴木純が、聞き返してきたので、私は三回ぐらい首を縦に振った。

……二人の母親がこれを見たらどんな表情をするんだろう。

「でも、本当にいいの?大変じゃない?」

「そういやお姉ちゃんの分も作ってるんだっけ?」

「気にしなくていい」

どうしてかは自分でも分からなかったが、喉から出た声は妙につっけんどんになっていた。

しかし、二人はまるでそんなことを意に介した様子もなく、はしゃぎはじめた。


「そういえば、もうすぐ中間テストじゃん。明後日から一緒に勉強しようよ」

「三人寄ればなんとやらだね。いいよね、憂?」

私が勝手に進んでいく流れに流されるまま頷いたのと、チャイムが鳴ったのは、ほとんど同時だった。

お昼休みが終わった。


あっという間に終わった。


177 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:18:19.97 JDbd0w/pO 75/127


「あー疲れた」

「あ、梓ちゃん」

「お疲れ。はいイチゴオーレ

「ん、ありがと」

「にしても今日も、世界史は退屈だったなあ」

「純ちゃん寝ちゃってたもんね」

「純は世界史の時はいつも寝てるよね」

「う~、世界史ヤバいかも」

「前みたいに前日に泣きついてくるのはやめてよ」

「そういえば、前回のテストでは純ちゃん、梓ちゃんのノートを写させてもらったんだよね」

「今回も、梓の力を借りなければいけないかもしれない」

「自分でなんとかしなさい」

「おおー梓に裏切られてしまったよーうーいー」

「よしよし」


179 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:24:38.78 JDbd0w/pO 76/127


何か非常に気味の悪い夢を見ていた気がして、私はベッドに預けていた身体を起こした。

あずさちゃん。

じゅんちゃん。

……ないない。そんな呼び方はナンセンスだ。

カニ女と猫娘。

鈴木純と中野梓。

鈴木さんと中野さん。

うん、やっぱりこれが一番、私にはしっくりくる。


さあ、さっさと起きてお姉ちゃんと私とプラス二人分、作ってしまおう。


180 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:30:06.85 JDbd0w/pO 77/127


「ふぅ……」

全員の分のお弁当の準備を終えた私は一息ついた。

準備完了。


「うーいー」

人間の耳にいい音には様々なものがあるらしいけど、もちろん私の耳に一番いいのはお姉ちゃんの声だった。

着ボイスにもしてある。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

いつもならまだ安眠を貪っているはずの、お姉ちゃんが目をしょぼつかせて、リビングの扉の前で突っ立ていた。


起こしてしまったのだろうか?


182 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:36:08.02 JDbd0w/pO 78/127


「ごめん、起こしちゃった?」

「ううん、お腹がすいて目が覚めたんだ」

「お弁当のあまりものがあるよ。食べる?」

「食べる食べる」


嗚呼……お姉ちゃんってやっぱ天使なのかも。


183 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:41:29.89 JDbd0w/pO 79/127


「憂、最近少し変わったね」

卵焼きを頬張るお姉ちゃんの膨らむほっぺは、思わず突っつきたくなる愛らしさがあった。


「……」

「憂、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ」

いけないいけない。

お姉ちゃんの可愛さに思考が提出しかけていた。

神の啓示にも等しいお姉ちゃんの言葉を聞くために、私は洗いものをしていた手を止める。

「それで何だっけ?」

「聞いてないじゃん……」


今度は怒ってほっぺを膨らませる。やばい。超カワイイ。




185 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:48:53.66 JDbd0w/pO 80/127


「だから。憂、少し変わったなあって思って」

「変わった?」


私が変わった?

何が?

きっと疑問が顔に出てしまったのだろう。
お姉ちゃんは、私のような愚妹にも分かるように語りかける。


「前よりもずっと明るくなった気がするし、口数も増えたよね」

そう言われたところで自分ではよく分からなかった。

「それに……」

「それに?」


「あずにゃんや純ちゃんって娘のことも話すようになった」


186 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 15:54:29.08 JDbd0w/pO 81/127


思い返してみれば、どうだろう。

基本、私は誰と喋っている時でも聞き手に徹することがほとんどだった。

いや、最近だって私から積極的に話そうとすることなんて無かったはずだが。

「この前、私が聞いたこと覚えてる?」

「この前っていつ?」

「えと……一週間くらい前かな?」


……思い出した。

「もしかしてお姉ちゃんが、私にどうしていつもより早く起きるの、って聞いてきた時のこと?」

「そう、それそれ!」

そういえば、その日は初めて鈴木純と中野梓の分のミニお弁当を作っていて、今日みたいにお姉ちゃんが、いつもより早めに起きてきたのだった。


「あの時の憂、嬉しそうに鈴木さんの分と中野さんの分を作ってるって言ったんだよ」


確かに私にはそのように答えた記憶はあったが、しかし、嬉しそうにしていた覚えはまるでなかった。


187 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:02:17.87 JDbd0w/pO 82/127


「そう、なんだ」

「うん、そうなんだよ」

お姉ちゃんの笑顔はいつだって私に力をくれた。今日も頑張ろう。そんな気持ちにさせてくれるのだ。

でも、今日はそれだけじゃなかった。
暗闇の中に灯る明かりのように、胸に温かな何かを感じる。

曖昧として判然としないそれは、不思議と心地の好いものだった。


「あとね、もう一つ変わったことがあるよ」

お姉ちゃんが、私が作った卵焼きを目の前に差し出す。

こ、これは……俗に言う、あーん!

私は思わずそれにかぶりついた。


「憂のご飯が前よりも、もっと、もっともっと美味しくなった」


確かに――口に広がった味は、前よりも遥かに美味な気がした。


188 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:08:42.99 JDbd0w/pO 83/127


「憂は今日、放課後時間ある?」


中間テストが終わって一週間が経った放課後。

「あんまり、遅くなるのはダメ。けれど、少しならいいよ」

「久々にハンバーガー食べに行こっ」

久々も何も、まだ一回しか行ったことないはずでは?

まあいいや。鈴木純は基本的に考えるよりも行動が先のタイプの人間だ。

と、いうのを最近私は分かりはじめてきた。

「あ、ちなみに梓は今日は普通に部活だから」

「鈴木さんは、ジャズ研はいいの?」

「……」

鈴木純は急に神妙な顔をしたかと思うと、私の顔をたっぷり三十秒は窺った。


「まあ、今日は女二人で語り明かそうよ」




189 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:14:13.32 JDbd0w/pO 84/127


「今日はなんと純ちゃんが奢ってあげたりしなかったりしちゃいます」

ガラス張りの店内に入ると、鈴木純は背後の私を振り返った。

つまり奢るのか、奢らないのかどっちだ。

私が財布を取り出すと、鈴木は私の手を慌てて取った。

「ストーップ!だーかーら、私が奢ってあげるってば」

「そう」

「あ、ただし四百円までね」

「吝嗇って言葉知ってる?」

「りんしょく?知らないけど、どういう意味?」

「チーズバーガーとジンジャーエールでいいよ」

「スルーするな」




192 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:22:48.93 JDbd0w/pO 85/127


席に着いてからはいつも通りだった。鈴木が一方的に話して、私が相槌を打つ。


「でね、変な夢を見たんだ」

「うん」

「なんか知らないけど、朝起きたら別の世界に飛んでってるって夢」


にしても、この女は相変わらず食べるのが、速い。そして喋るのも速い。

口の動きが異常なのだ。いつか愕関節症にならないか、人事だけど心配だった。


「それで、理由は不明なんだけど私は、自分がいる世界が鏡の世界だって知るわけ」

「へえ」

「で、全員、性格が違うんだって」


鈴木は二つ目のハンバーガーに取り掛かった。

この女は食べるのが早すぎるから、満腹中枢が満たされず、結果よく食べる。


中野よりも半人前分くらい多く食べる。そのため作る弁当の量は、鈴木の方が必然的に多くなる。


194 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:28:12.36 JDbd0w/pO 86/127


「鏡だからみんなの性格も反対ってこと?」

「うん。憂なんて、なんか明るくてニコニコしててすごく社交的なタイプになってたよ」

それは、つまりリアルの私は暗くてブスッとしてて
全然社交的でないということだろうか……いや、全くもって否定できないし、自分でもそれは認めているのだけど。

自覚はしているが、人に言われるとツライものがある。


「でもさ、改めて考えてみると変な話だよね」

「何が変なの?」

「だって性格は鏡に映らないしさ」


――性格に形もくそもないでしょ?

真っ直ぐに見つめてくる、鈴木の瞳に理由も分からず、私は心のどこかがざわつくのを感じた。



198 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:36:37.39 JDbd0w/pO 87/127


それから鈴木は本当に珍しいことに、その壊れた機関銃のように動かし続けていた口を休めて、窓の外を見た。


鏡の世界。

あるいは、平行世界。

仮に、私のいる世界以外の世界があったとして、その世界の私はどんな人間なのだろう。


鈴木の言った、全く別の私が、そこには存在しているのだろうか。

或いは、人間としてはまるで変わらず、環境だけが全く違う世界があるのかもしれない。


もしかしたら、名前すらも全然違う、平沢憂がいるのかもしれない。

「名前……」

不意に鈴木は小さな呟きを漏らした。


199 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:44:50.26 JDbd0w/pO 88/127


「さっきの鏡の世界の話だけど……今、思い出したんだけどね」


なぜかは理由は分からなかったけど、私は口をつけかけたストローから唇を離した。

そして、わけも分からず姿勢を正す。


「?……どうしたの?」

「別に」

「まあいいや。で、さっきの話。鏡の世界ではさ、名前まで逆さまになってたんだ」

「……」

「夢の中の私、自分の名前書くだけなのに悪戦苦闘してね。
わりと私、自分の名前好きなんだけど、その時だけはもっとシンプルな名前がいいな、って思った」

本当にどうしようもないくらい、どうでもいい話だった。


けれども。



200 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:52:15.04 JDbd0w/pO 89/127


「私は」

「……」

「私は自分の名前が嫌い」

鈴木の話を聞いているうちに肺腑に、得体の知れない鬱憤にも似た何かが蓄積していくのを、私は感じていた。

それをどうしても、誰にでもいいからぶちまけたかった。


どうして私は憂って名前なんだろう。


ずっとずっと昔から思ってた。

『名は体を表す』なんて言うけど、これほど心理だなって思う言葉は他に思いつかない。


憂。

憂い。

まさにこの名前は私そのものだった。



201 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 16:59:19.16 JDbd0w/pO 90/127


「私は憂って名前が嫌い」

もう一度言った。

「そっか」

「……」

「憂はさ、黒猫を見たらどう思う?」

「……」

驚くべきさりげなさで、鈴木は話題を変えた。




203 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 17:07:07.26 JDbd0w/pO 91/127


「あ、今急に話題変えるなって顔した」

「……」

当たり前だ。

人が珍しく本音を真剣に語っているのに、どうしてそうもあっさり話を変える。


「まあまあ落ち着いて落ち着いて。クールダウンだって」

私は私の苛立ちを表明するように音を立ててジュースを飲む。
炭酸が効いた、ジンジャーエールはやっぱりすっぱかった。


「さあ、私の質問に答えよ。汝は黒猫を見たことがあるか?」

「ある」


自分の声に含まれた刺にも構わず、私は答えた。


206 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 17:12:55.83 JDbd0w/pO 92/127


「そして、その黒猫を見たらどう思う?」

「……」


どう思うのか。

別に特に抱く感情なんてないはずだが。

しかし、そこで、私はいつかミルクをあげた野良猫のことを思い出す。

野良猫。全身真っ黒の猫。

その黒猫を見て、私はどう思ったか。


「不吉の象徴だと思う」

「そっか、そんなことを思ってしまうのか……」

どこか愕然とした様子で、鈴木は呟いた。


207 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 17:23:59.91 JDbd0w/pO 93/127


「うん、すごい憂はネガティブだよね」

「そうかもね」

「もう全身灰色だよ」

「……」

呆れたように鈴木は溜息を漏らして私を見た。


「こういうのって結局は考え方の問題なんだろうけどさ。黒猫は昔の日本じゃ魔よけになるって言われて、結構大事にされてたんだよ」

「本当に?」

思わず私が聞き返すと、鈴木は多分、と胸を張った。

「まあ、一方で、アメリカでは、悪魔憑きとして魔女狩りで猫は沢山殺されたらしいけどね」

「……そう」


真偽は定かじゃなかったが、わざわざこの流れで言う必要はない気がした。


「ま、まあとにかく何語とも考え方次第ってこと!」


無理矢理、鈴木純はそう締めた。


208 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 17:33:40.42 JDbd0w/pO 94/127


再び、私と鈴木の間には沈黙が訪れた。

鈴木がジュースを啜る音だけがいやに耳についた。

店内も今日はあまり客がいない。というか、私以外には老夫婦が、いるだけだった。


「……あのさ、さっき何事も、考え方次第、だって、言ったよね?」

「うん?うん」

返事はあやしかったが私は構わずに続けた。

「じゃあ、私には、ネガティブなイメージしか、持てない、この名前。鈴木さんにはどう思えるの?」

「面白い名前、っていうか珍しい名前だよね」

即答だった。そしてまるで私の期待とは違う答えだった。

いや、何を期待してたのかは自分でも判断がつかないのだが。


「あー、でも……」

不意に鈴木は手をポンっと打った。


209 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 17:48:32.84 JDbd0w/pO 95/127


「ほら、憂って漢字使った、うれえる、だっけ?そんな言葉があるよね」

「……?」

「あれ?なかったっけ?」

「あるけど……」

そこで鈴木は探偵のように口許に手を当てて、少しだけ黙った。

「ほら、憂えるっていうのは、ようは誰かのことを心配したり、誰かのことを思って不安になるってことでしょ?」

……だいたいその意味であってるはず。私は頷いた。

鈴木の次の言葉を待ちながら私はストローくわえた。

そして。

鈴木純は得意げな顔をして、私に笑顔を見せた。


「――誰かのことを思って不安になったり、誰かのことを思い、心配したりするのは――優しくなきゃできないじゃん」


口に含んだジュースの炭酸は、すっかり抜けていた。


217 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 18:32:36.96 JDbd0w/pO 96/127


空を覆うオレンジ色の帳の下を私は一人、ポツンと歩いていた。


鈴木とは、彼女が帰りに本屋へ行くと言ったので、店を出てすぐ別れた。

「……」

さっきから、鈴木が言った言葉が頭から離れなくて、私はその言葉から逃げるように、速歩きで家に向かった。

途中、交差点で赤信号に引っ掛かる。足踏みをして待つ。

信号が青に変わる。

さっさと横断歩道を渡る。さっきよりもさらにペースアップして歩く。

そうして、普段よりもずっと早い時間で家に着いた私を迎えたのは、


「やっほー」

なぜか、玄関の前に中野梓がいた。



220 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 18:46:37.80 JDbd0w/pO 97/127


「それっ」

陽光を浴びて、煌めく川の上を小さな石が跳ねた。

「こんなのするの久々だなあ。憂は水切りしたことある?」

「ない」

「ふうん……えいっ」

再びみなもを小石が蹴った。

一回。

二回。

三回……そこまでだった。


「私に話って何?」

今、私と中野がいるのは家からそう離れていない川だった。

中野に話したいことがあると呼ばれてここまで来た。

中野は部活の帰りらしい(お姉ちゃんは軽音部の人たちとアイスを食べてから帰るそうだ)。


221 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 18:52:58.22 JDbd0w/pO 98/127


「ごめんごめん。そうだったね」

中野は手をパンパンと払うと、私が座っている隣へ腰を下ろした。

私は少しだけ、離れた。


「む……なんで離れるの?」

「別に……」

「……」

今度は中野が私が離れた分だけ距離を詰めた。離れる。また詰められる。離れる。

「……だから、なんで逃げるの?」

「別に」

「別にじゃ分からないよ」

「……」

「よいしょ」

「近すぎると思う」

「だって……こうしないとお喋りできない」


222 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 18:58:40.82 JDbd0w/pO 99/127


「そんなことない」

「そうかもね。でも私はこうしたい」

「どうして?」

「わかんない。でも友達どうしだからいいでしょ、別に」


不意に何かの単語が心のどこかに引っ掛かった。

遅れて私の脳裏には、あの鈴木の言った言葉が浮かび上がる。


『――誰かのことを思って不安になったり、誰かのことを思い、心配したりするのは――優しくなきゃできないじゃん』


それは、どういう意味なんだろう。

それは……


私は気づくと、中野梓の小さな手を握っていた。


224 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 19:08:47.69 JDbd0w/pO 100/127


「わからない……わからないよ」

「憂?」


どうしてこんなにも落ち着かないのか、わからなくて。

「自分のことなのに……自分のことなのに」

自分のことなのに、まるで赤の他人のように自分のことが分からなかった。

思い返してみると鈴木純と中野梓と出会ってからだった。
私の胸に自分でもよく分からない感情が去来するようになったのは。

握った手に力を入れる。

「憂……」


握り返してくれる中野の手が、妙に心強く感じた。


226 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 19:19:52.84 JDbd0w/pO 101/127


夕日を映した川面が眩しいからなのか、或いはもっと別の理由なのか、目の奥がツンとして私は空いてる片方の手で目を揉んだ。


「とりあえずさ、悩みができたら誰かに相談するのが一番だよ」

「……何が悩みなのかが、分からなかったらどうすればいいの?」

「そういう時は……」

中野梓がおもむろに立ち上がって、私の手を引いた。

中野が一人で暴走して、あげく、私の秘密が鈴木にばれ、逃げる鈴木を追うハメになったあの日。


あの日のことを私は思い出す。




227 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 19:28:11.01 JDbd0w/pO 102/127


あの日追いかけた小さな背中は今も小さい。けれども、小さいのになぜか頼もしく見えた。


「身体を動かすのに限るよ」

私の手は握ったまま、中野はしゃがんで手頃な石を見つけると、思いっきり川に投げた。


勢いよく小さな石は、水面の上をかけていった。

得意げな顔が振り返った。

「憂もやってみようよ」

「……私、やったことないよ」

「大丈夫だよ。憂ならすぐできるようになるよ」


私はやってみることにした。


231 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 19:36:31.92 JDbd0w/pO 103/127


「あ……」

「おお」


七度目の投擲の時だった。

私の投げた薄い石は何度も川面をかけて、向こう岸に辿りついた。

「憂、やったね」

「……」

「憂?」


232 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 19:47:20.44 JDbd0w/pO 104/127


中野に頬を引っ張られて、ぼーっとしていた私は顔をしかめた。

「いたい……」

「ご、ごめん。強く引っ張りすぎた」

少しだけ低い位置にある黒髪の下の顔が、申し訳なさそうに俯いた。

「え?ううん……」

まるで、夢の中にいるような感覚に私は戸惑う。

先程まで暗幕のように心にかかっていた、しこりのようなものが消えていくのを感じる。

その代わりに次に湧き出てきた感情に、これまた私は戸惑ってしまった。

情緒不安定なのだろうか?

「憂?」

またもや黙ってしまった私の頬に今度は引っ張るのではなく、両手を当てた。

この気持ちはなんだろう?

見えそうで見えない感情を探りあてようとしていると、

「あ、あんたたちっ!」

そんな素っ頓狂な声が夕焼け空に響いた。


234 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 19:56:21.32 JDbd0w/pO 105/127


声のした方向を見ようとしたが、中野の両手が私の顔を固定したため、叶わなかった。

声の主が誰かは、見なくても分かった。

「あずさー!何憂にキスしようとしてんの!?」

なるほど。確かにキスしようとしている風に見えるな。

砂利を踏む音が近づいてくる。

「ち、ちがうよ!」

「何が違う!?」

「とにかく違う!」

夕焼けに顔を赤く染めた二人が怒鳴りあった。

なんてことはない、見慣れつつある光景だった。


237 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:05:09.26 JDbd0w/pO 106/127


「梓、私が必死で憂のために本屋漁りをしている間にあんたはっ……!」

「わ、私だって必死に憂を慰めてたんだもん!」

「あの……」

「だいたいこの前も……!」

「この前っていつ!?」

不毛な争いは永遠に続きそうだった。私は二人のほっぺを同時に引っ張った。

「いっ!?」

「だっ!?」


あっさり争いは集結した。その代わりに二人のジトッとした視線が私を睨みつける。

「……」

「……」

「……」


238 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:12:37.80 JDbd0w/pO 107/127


「……」

「……ふっ」

「……ぷっ」

「……ふふふ、あははははは」

「はは、ははは、ダメお腹いたいいっはははははははははは」


ひっそりと眠ろうとしている太陽を呼び起こさんばかりの、笑い声が中野と鈴木の間から沸き上がった。

先程まで漂っていた雰囲気はどこ吹く風で、今は二人ともお腹を抱えている。

「……」

不思議だ。なんでこんなにも感情がころころ変わるんだろう。

……っと思ったあたりで自分も人のことを言えないことに気がつく。

笑い転げる二人は一向に、納まる気配がない。


しばらく私はそんな愉快でやかましい光景を眺めていた。


239 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:21:26.49 JDbd0w/pO 108/127


「というわけで、これより作戦の説明に入ります!」

二人の笑い声が止んだのはすっかり太陽が山に隠れてしまった頃だった。

そして、すっかり暗くなった今現在。


仁王立ちし鈴木は、私にビシッと指を差した。


……今度は何だろう?


240 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:28:31.56 JDbd0w/pO 109/127


「作戦ってなに?」

「決まってるじゃん。憂と憂のお姉ちゃん、唯先輩をくっつける作戦だよ」

私の質問に対してのいらえは見当もつかないものだった。

「はい?」

「もう一度言うよ。憂と唯先輩をくっつける作戦だよ」

「それは分かる」

……ていうか、私とお姉ちゃんの禁断の恋に一番反対したのは、中野梓、お前だろうが。




243 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:34:18.19 JDbd0w/pO 110/127


私の考えを見抜いたのか、中野は少しだけバツの悪そうな顔をした。

「ま、まあ何?気が変わったっていうのかな?とにかくチキンの憂のために私は協力するのっ」

「そ、そう」

「まあまあ、梓も落ち着きなよ」

「ごめん、純」

「まあ、さっそく作戦について説明するね」

鈴木純は高らかにそう、宣言した。


246 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:43:11.94 JDbd0w/pO 111/127


鈴木純の作戦の内容は、こうだ。


まず、美味しいご飯を作る。

「私はここんとこ、ずっと色んな本屋や図書館を漁っていたわけ」

なんでも、恋愛必勝方なる本を探していたらしい。しかも、近親相姦で同性愛の。

「まあ、見つからなかったんだけど」

そこで、ノーマルの方面での恋愛必勝の本を探したらしい。


「まあ、探したら何冊か該当するものが見つかった」

そしてそれらの本の美味しい部分をまとめて作戦を組み立てた。

「ちなみにどうして美味しいご飯が必要なのかと言うと……」


247 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:53:56.19 JDbd0w/pO 112/127


美味しいご飯によって相手の気分をよくするのが狙いらしい。

「まあ、純の腕前ならここは余裕でしょ」

そして、次は私自身の問題の克服だった。

「チキンの憂、平沢チキンのチキン対策」

平沢チキン言うな。

「それは、できる限りお姉ちゃんに告白することを色んな人に知らせておく」

そうすることで、自分を追い詰め、同時に奮い立たせる。
これは恋愛だけではなく、自分の目標を達成する上で実に有効な手段らしい。

背水の陣。


「ちなみに梓に協力してもらって唯先輩の知り合いという知り合い全員に
今週末、憂がお姉ちゃんに告白することを伝えておいた。つまりもう逃げられな――フガッ!?」


そこまで言ったあたりで、鈴木の両方の鼻の穴に指フックしてやった。


248 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 20:59:48.71 JDbd0w/pO 113/127


「その……すんませんでした」

広がる夜空の下、土下座している女子高生がいた。

鈴木純だった。

「いやそのですね……私なりに真剣に考えた結果、このような所業に至ったわけです、はい」

「もう、だから私は反対したのに純ったら……」


とりあえず、悪びれもしないで責任の一切合財を鈴木純に押し付けようとしている中野梓にも謝らせた。




251 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 21:09:09.30 JDbd0w/pO 114/127


結局、お馬鹿が企てたお馬鹿な作戦は却下した。


「いいもん。次こそは必ず憂をギャフンと言わせるような作戦を考えてやるんだからっ」

これは去り際、私に置いてった鈴木の捨て台詞である。

まさに完璧に本来の目標を忘れた馬鹿の台詞である。


ちなみに中野には、私がお姉ちゃんに告白するということを
伝えた人間、漏れなく全員に実は嘘でした、というように伝えるように義務づけた。明日中に。


そして。


252 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 21:17:09.80 JDbd0w/pO 115/127


「……」

「……」

耳が疼くかのような静寂の中、私と中野梓は二人してベンチに腰をかけていた。

「……」

何か言わなければいけない。

そう思ったから、私はこうして隣で座っている彼女に残ってもらったのに。

いざ、話そうとすると、言葉は詰まったかのように出てこない。



253 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 21:25:07.49 JDbd0w/pO 116/127


静寂を破ったのは、中野の声だった。

「あのね、純は決して悪気があったわけじゃないんだ」

「うん、知ってる」

たぶん、一生懸命あの作戦を考えてくれたんだろうというのは、分かった。
私とお姉ちゃんをくっつけるために。

私はそう確信していた。根拠は無いけれど。不思議とは思わなかった。


「一つ聞いていい?」

鈴木の作戦を聞いてからずっと気になっていたこと。それをたずねた。

「どうして私の恋愛に反対してたのに、今になって協力しようと思ったの?」

出てきた言葉は、表面上は辛辣だったが、自分でも驚くほど声は穏やかだった。


260 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 22:26:26.65 JDbd0w/pO 117/127


「憂と唯先輩見てて、二人の共通点を見つけた」

「共通点?」

「何だと思う?」

暗闇の中でも、中野が悪戯っ子のような微笑を浮かべているのが窺えた。

「共通点……」

「残り五秒……三、二、一、ゼロ。はい、終了。答えは……」

少しだけ間を置いて、中野は答えた。


「お互いがお互いのことを好きってことだよ」

「!」

それじゃあ両想いじゃん。

「言っとくけど、憂と唯先輩の想いは少し違うと思うよ」

「違う?」




264 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 22:32:50.27 JDbd0w/pO 118/127


「憂のは本当に恋愛感情だけど、唯先輩のは妹愛って感じ」

「どうしてそんなことが分かるの?」

言わずもがな、私の方がお姉ちゃんとの付き合いは長い。

「分かるよ。というか分からない方がおかしいよ。
だって憂は全然喋らないのに、口を開いたらお姉ちゃんのことばっかだし」

「……」

「唯先輩はよく喋るけど、その半分くらいが憂の自慢なんだもん」

「お姉ちゃんが私のことを?」

「うん、しょっちゅう話してるよ」


ヤバい。顔がニヤケそうだ。いや、もしかしてもうニヤケてる?


……よかった、真っ暗で。こんな顔誰にも見せたくない。


266 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 22:40:39.24 JDbd0w/pO 119/127


「……もしかして、憂笑ってる?」

「……」

ワラッテナイヨ。

「笑ってるでしょ!?憂の笑った顔見たい!ちょっと携帯だすから待ってて!」

「いや」

「少しだけだからっ」

「絶対にいや」

「じゃあ写真だけ!」

「もっといや」


ていうか、私が笑うのってそんなに珍しいのか?

しばらくの間、私と中野は私の笑顔を巡って取っ組み合いするハメになった。


もちろん、最後に勝ったのは私だった。


268 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 22:54:27.36 JDbd0w/pO 120/127


「オホン、ええ、というわけで、さすがに夜も遅いし、親が心配するんで帰ります……」

肩で息をする中野は酷く苦しそうだった。

「そうだね……」

しかし、肩で息をしているのは私も同じだった。残念ながら平沢憂は持久力はあまり高くない。

「……憂、そういえば時間大丈夫?とっくに唯先輩帰ってくる時間でしょ?」

「!」

しまった……!

まさか、お姉ちゃん好き好き大好きラビューな私が、お姉ちゃんのことを失念するなんて。

私は中野のことなど、さっそく放置して全力ダッシュした。


「うーいー!」

それでも。

そんな風に呼ばれて、私は思わず立ち止まって振り返ってしまった。

「また明日ー!」


大きな声を出すのが、恥ずかしい私は――思いっきり声のした方向に手を振った。



269 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 22:58:20.80 JDbd0w/pO 121/127












家に帰るまでの道のり。

途中で私はコンビニで一冊、新たにノートを購入した。


今日からもう一つつける日記を増やそうと思う。












271 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 23:10:36.23 JDbd0w/pO 122/127


――二ヶ月後


さんさんと輝く太陽は夏を象徴するかのように鋭く、思わず目を細める。


高校生になってようやく迎えた夏休み。

今日は、初めて梓ちゃんとお出かけする。

……純ちゃんは夏休み早々、夏風邪に見舞われた。近いうちにお見舞いに行こうと思っている。


「……にしても遅い」


既に待ち合わせ時間から、十分以上が経過していた。




276 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 23:18:31.79 JDbd0w/pO 123/127


高校生になってまだ四ヶ月も経ってないけれど、
そのたった百二十日の間に私は今までしたことのなかった色々な経験をして、様々なことを学んだ。

そして、色々と変わった。

前よりも少し明るくなった。

相変わらず、人見知りでシャイな部分は変わらないし、お姉ちゃんラブなままだけど。

ちなみにお姉ちゃんとの関係については、特に変化していない。

現状維持、と言えば聞こえは良いものの、要は私が何のアクションも起こしていないにすぎない。


でも、まあ今はそれでいいって思ってる。




279 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 23:31:33.16 JDbd0w/pO 124/127


そして、私の性格にある意味でもっとも強い影響を与えた純ちゃん。

純ちゃん。

マリモ女でもカニ女でもなければ、鈴木でもない――純ちゃん。


いつからこんな風に呼ぶようになったのかと言えば、
まあ……きちんとしたエピソードがこれにはあるのだけど、恥ずかしいからカット。

何でもかんでもは教えない。

……大事な思い出でもあるし。

うん、でもこれだけは言っておきたい。純ちゃんには本当に感謝している。

純ちゃんが言ってくれたあの言葉。


――誰かのことを思って不安になったり、誰かのことを思い、心配したりするのは――優しくなきゃできないじゃん


憂。

嫌いで嫌いで、仕方なかった名前は、今ではそれなりに気に入ってる。

素敵な友達が素敵な由来を教えてくれたことだし。

これからもこの、憂、って名前は大事にしよう。


282 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 23:42:37.26 JDbd0w/pO 125/127


そして、今、私が待っている梓ちゃん。


この女の子が今思うと、全ての始まりだった。

全ての始まり、はちょっと格好つけすぎかもしれないけど。
それでも、私が変わるきっかけを作ったのは間違いなく梓ちゃんに他ならない。


勝手に人のノートを見て笑い出したり、私の秘密をカミングアウトしまくっちゃたりしたこともあったけど。

でもやっぱり、心の優しいイイ娘だと思う。


梓ちゃん。


今思うと、私もずいぶんと梓ちゃんに酷いことを言ってたなと思う。心の中とはいえ。


ゴキブリ女に猫娘……それが今では梓ちゃんだから世の中は本当に不思議。



283 : 以下、名... - 2010/06/20(日) 23:48:16.94 JDbd0w/pO 126/127


二人のかけがえのない友達のおかげで私は変わることができた。

本当にありがとう。

そして、いつまでもお友達でいてください。


……なんて、そんなことを言うのはまだまだ今の私には無理。

でもこの気持ちは絶対に二人に届けたいと思う。


ううん、届けてみせる。

いつになるかは分からないけど。


私を変えてくれた、私の素敵で大切で大好きな友達に。


この気持ちを伝えよう。


285 : 以下、名... - 2010/06/21(月) 00:00:01.82 xaYqJBHIO 127/127


不意に風が吹いて、私の髪が少しだけ揺れる。

振り返ってガラス張りのハンバーガー店を見た。
正確にはハンバーガー店ではなく、ガラスに映った自分を見て、髪型のチェック。

他の人にとってはどうでもいい場所だろうけど、ここは初めて三人で来た記念の場所。

そして、このハンバーガー店に新しい記念が今日できた。


梓ちゃんと初のお出かけの集合場所。


「うーいー!」


聞き慣れた声がして、私は振り返る。

笑顔の梓ちゃんが、手を振って走っているのが、遠目からでも分かった。


「梓ちゃん、おそいよー!」


私は梓ちゃに届くように、
そして夏の日差しに負けないくらいの笑顔で思いっきり大きな声を出して、梓ちゃんに手を振った。


おしまい


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