憂「お姉ちゃん!遅刻しちゃうよ?」
唯「わかってるよぉ~」ドタバタ
唯「よし、憂、ギー太行くよ!」ガチャッ
唯憂「行ってきま~す!」スタスタ
慌ただしい朝の光景。
姉妹の普通のやり取り。
私は、こんな日がずっと続けばいいと思ってた。
勿論、いずれはそれぞれの道を歩んでいかないといけない。
でも、道を別つまで、この日常を壊したくなかった。
…まさか、あんな形で壊されるなんて。
教室
憂「梓ちゃんおはよう!」フリフリ
梓「あ、憂。おはよう」フリフリ
この子は中野梓ちゃん。
去年の春、桜ヶ丘高校に入学した私の同級生。
長い髪をツインテールにしている、ちょっぴり小さな可愛い女の子。
去年の軽音部の新歓ライブの後、軽音部に入部した。
ジャズ研に入ろうか迷ってたらしいけど、何か軽音部に惹かれるものがあったらしい。
お姉ちゃんが軽音部にいる私としては嬉しい限りだ。
梓「ところでさぁ」
憂「なぁに?」
梓「唯先輩がいきなり抱きついてくるの、どうにかなんないの?」
憂「ん~、難しいね」フフッ
憂「でも、お姉ちゃん柔らかくて温かいし、私は抱きつかれてもいいな」
梓「それはそうだけど…」
梓「もう少し場所をわきまえ…」
「あーずにゃん!」ギュッ
梓「うわっ!」
梓「唯先ぱ…」クルッ
梓「…純」
純「おはよう、梓に憂」フリフリ
鈴木純ちゃん。
私達3人組のムードメーカー的存在。
癖毛が特徴で、元気な女の子。
ジャズ研でベースをやっている。
純「おぉー、唯先輩はこんな感じで梓に抱きついてるのかー」モフモフ
梓「…もうそろそろ離れようね。暑い」
純「あはっ ゴメンゴメン」パッ
こんなどこにでもいるような普通の女子高生の会話。
今のところ、私達は高校生活を満喫している。
私は中野梓。
放課後ティータイムのリズムギター担当。
去年の新歓ライブで先輩達の演奏に感銘を受けて、軽音部に入部した。
入部したての頃は、先輩達のあまりもの怠け具合に愛想を尽かして退部を考えた。
でも、その時先輩達が私のために演奏してくれた。
新歓ライブの時の気持ちを思い出させてくれて、私は軽音部に留まる事を決意した。
今では私もティータイムを楽しんでいる。
…うまい具合に手懐けられちゃったのかな。
ちなみに、今は今年の新歓ライブが終わった後。
音楽室で皆揃ってティータイムを楽しんでいる。
梓「…」ポケー
唯「あずにゃん?」
梓「…」ポケー
唯「おーい、あずにゃーん!」ブンブン
梓「…」ポケー
律「おい、唯!」コソコソ
唯「合点です!りっちゃん隊員!」コソコソ
唯律「せーのっ!」ガバッ
唯律「こちょこちょこちょ~」サワサワ
梓「きゃっ!」ビクッ
梓「何ですか一体!」
唯「どうしたのかはこっちが聞きたいよ~」
紬「お菓子が美味しくなかった?」
梓「いえ、美味しいです」ニッコリ
澪「それにしてもどうしたんだ?梓らしくないな」
梓「…私が入部した時の事思い出してて」
律「あの時は大変だったな~」
律「梓がいきなり泣き…」ゴチン
澪「余計なこと言うな!」
梓「本当の事だからいいんです。」
梓「でも、もしあの時先輩達が演奏してくれなかったら…」
梓「先輩達に迷惑をかけた上に…」
梓「私はここにいなかったのかと思うと…」
梓「何だか…凄く寂しくなっちゃって…」ウルッ
澪「梓…」
律「…軽音部の事、大事に思ってくれてるんだな」
梓「…当然です!」グスン
紬「梓ちゃんの気持ち、十分伝わったわ」
唯「あずにゃん…」
唯「ぎゅーっ」ギュッ
梓「!」
唯「あずにゃんがどれだけ軽音部の事が大好きなのか分かったよ」
唯「私もね、軽音部の事大好き」
唯「そしてね、それと同じぐらいあずにゃんが大好き。皆あずにゃんの事が大好きだよ」
唯「…それに、やっぱり泣いてるあずにゃんはあんまり見たくないや」ナデナデ
唯「これからは皆笑っていこう?約束だよ?」ニコッ
温かい…
今なら憂の言った事が分かる。
優しさに包まれていく。
とっても落ち着いた気持ちになれる。
いいな、憂は…
こんなお姉ちゃんがいて。
律「落ち着いたか?」
梓「…はい、大丈夫です。迷惑かけてすみません」
紬「いいのよ、迷惑なんかじゃないわ」ニッコリ
唯「あずにゃ~ん」スリスリ
心地よい…
そう思うと同時に、さっき落ち着いたはずの胸が高鳴る。
何でだろう?
唯先輩が温かいからかな?
…きっとそうだよね。
梓「もう、離れてください!」グイグイ
唯「あぅ~」
澪「…よし!今日は部活はなしだ。皆でアイスを食べに行こう!」
律「あんれぇ~?澪ちゃん珍しい事をおっしゃる」
律「…これは嵐が来るな」
唯「え!?どうしようりっちゃん?」アタフタ
律「大丈夫だ!私達が協力すればなんとかなる!」
紬「そうね!皆で明日を切り開きましょう!」
唯律紬「おーっ!」ガシッ
澪「…私も空気ぐらい読めるんだよ」シクシク
梓「澪先輩…」
数日後
唯「愛を込めてスラスーラとね♪さあ書ーきー出ーそーぉー♪」
最近、お姉ちゃんはいつにもまして元気になった。
何でも軽音部の仲が一層深まったって。
良かったね、お姉ちゃん。
唯憂「行ってきま~す!」
トコトコトコトコ
憂「暑いね~」トコトコ
唯「そうだね~。でもアイスの美味しさが際立つからそこまで悪くはないかな~」トコトコ
憂「ふふっ」ニコッ
唯「あっ!あずにゃんだ!」タタタタッ
唯「あ~ずにゃん!」ギュッ
梓「わっ!」
梓「おはようございます、唯先輩。そして離れてください暑いです」
唯「確かに暑いや…」ヘナー
憂「おはよう梓ちゃん」フリフリ
梓「おはよう憂」フリフリ
律「よっ!みんな」
澪「おはよう」
紬「おはようみんな」
唯「あーっ!3人共おはよう!」フリフリ
梓憂「おはようございます」ペコリ
律「ふっふ~ん♪くるしゅうない」
澪「調子に乗るな!」
律「あいて!」ゴチン
憂「ふふっ」
憂「梓ちゃん、教室行こっか♪」
梓「そうだね」
教室
純「おはようお二人さん」トコトコ
憂「おはよう」フリフリ
梓「相変わらず来るの遅いね…」
純「私は時間かかるんだよ~。主に髪の毛!」
純「それはそうと梓~」
梓「何?」
純「最近何か調子いいよね」
純「好きな人でもできた?」ニヤッ
憂「そうなの梓ちゃん!?おめでとう!」
梓「違うよ!」
梓「ていうか憂は知ってるじゃん…」
憂「えへへ。ちょっと意地悪したくなっちゃった」
梓「もう!」プクーッ
純「えいっ!」プニッ
梓「…」プシュー
純「でも梓って唯先輩に憧れてるんだよね?」
梓「憧れと好きは別物じゃん…」
純「もしかしたら好きに変わっちゃうかもよ?」ニヤニヤ
梓「そんな事‥ないもん!」
あれ?少し間が空いた。
純ちゃんは…気付いてないみたい。
これってもしかしたら…
ふふっ
梓「…憂、どうしたの?」
憂「ううん、何でもない」ニッコリ
放課後
紬「どうしたの、憂ちゃん?」
憂「あの…最近の梓ちゃんのこと何ですけど」
紬「梓ちゃん?特に変わりはないと思うけど…」
憂「…お姉ちゃんと一緒にいてもですか?」
紬「ん~、そうね。唯ちゃんのスキンシップをあまり拒まなくなった…かな?」
憂「…そうですか」
憂「それだけ分かれば十分です」
憂「ありがとうございました」ペコリ
紬「お役にたてたみたいで良かったわ」ニコッ
紬「じゃあね」フリフリ
わかった。
梓ちゃんが言葉を少し詰まらせた理由。
少しずつだけど、梓ちゃんはお姉ちゃんに惹かれていってる。
憧れが好きに変わっていってる。
梓ちゃんも少しは自覚しているのだろう。
それ故に言葉が詰まった。
梓ちゃん…
大丈夫かな?
女の子同士、凄く厳しいと思うけど…
放課後
唯「あ~ずにゃん!」ギュッ
梓「にゃっ!」
梓「もう、唯先輩…」
唯「んふふ~♪」スリスリ
私は以前より唯先輩を拒まなくなった。
慣れもあるのかもしれないけど、何だか離れたくない。
…色々考えてわかった。
私は唯先輩が好きなんだろう。
…いや、好きだ。
この温もりを感じていたい。
満面の笑みの唯先輩を見て思う。
唯「どうしたの、あずにゃん?」
梓「いえ、何でもないです」ニコッ
唯「そっか~」ニッコリ
唯「あ、あずにゃん、飴あげるよ!これ甘くておいしいんだよ~」スッ
梓「ありがとうございます」
でも、私達は女同士。
この思いを唯先輩に告げたら何と言うだろう。
気持ち悪いと罵られるかもしれない。
二度と近づかないで、何て言われるかもしれない。
…唯先輩がこんなことを言うはずがないのは分かってる。
きっと、
私もあずにゃんのこと大好きだよ~
何て言って抱きついてくるに違いない。
…でも怖い。
私の気持ちが受け止められないで流される、ということが。
…私は臆病者だ。
唯先輩の笑顔を見て、
たまに訪れる温もりだけで満足する。
告白…か…
私にも勇気があれば出来るのかな?
…唯先輩から貰った飴は、とても甘くて、優しい味だった。
数日後
梓「はぁ…」
純「梓どうしたの?最近浮かないじゃん」
憂「梓ちゃん悩み事?」
梓「…ううん、何でもない」
梓「ごめんね、心配かけて…」
憂「何もないならいいけど…」
純「何かあったらすぐに私達に言いなよ?」ナデナデ
梓「うん、ありがとう」
この二人は優しいな…
いい友達…ううん、親友を持った。
二人に唯先輩の事を話そうかとも思ったけどやめた。
第一、憂は唯先輩の実の妹だ。
あまりいい気持ちはしないだろう。しかも相手は私。女の子だ。
…やっぱり、相談するにはあの人かな。
梓「ムギ先輩、少しいいですか?」
紬「なぁに、梓ちゃん?」
梓「ムギ先輩って今好きな人いますか?」
紬「…今はいないわね」
紬「やっぱり女子高だと出会いもないし」
梓「…そうですか」
紬「どうしたの?気になる人がいるとか?」
梓「実は…そうなんですけど…」
紬「あらあら」フフッ
紬「それで私に相談したいってこと?」
梓「はい…」
紬「どんな相談?」
梓「…好きな人って女の子なんです」
紬「…うん」
梓「告白はしたいけど…失敗したら今の関係が壊れちゃうんじゃないかって…」
紬「…ありきたりな事を言うかもしれないけど、愛に性別は関係ないって私は思うわ」
紬「梓ちゃんのその愛が男性に向いていたとしても、同じ気持ちでしょ?」
梓「それはそうですけど…」
紬「ほら、愛は男女誰に向いてても同じ気持ちなの。同性に向いてても、それは素晴らしい気持ち」
紬「今回は愛の対象がたまたま女の子なだけ。気にする事はないわ」
梓「…そうですかね」
紬「でもね、これは梓ちゃんが告白をしないでいる時の話」
紬「これからは厳しい事を言うかもしれないけど…」
梓「大丈夫です!」キッ
紬(真っ直ぐな目…)
紬(よっぽど好きなのね)フフッ
梓「どうしました?」
紬「ううん、何でもないわ。続けるわね」
紬「日本では、同性愛はあまり好ましく思われてないわ」
紬「付き合ってるなんて分かったら、奇異の目で見られるでしょうね」
紬「それ以前に梓ちゃんが女の子を好きって誰かに知られた時点で危ないかもしれない」
梓「…そうですよね」
梓「でもそれは覚悟できてます。じゃないと告白なんて考えません」
紬「そうね。じゃあ一つ聞くわ」
紬「梓ちゃんは大丈夫でも、恋人はどうなるの?」
梓「あっ…」
梓「それは…」
紬「もし恋人がそれに耐えきれなくなっちゃったらどうするの?」
梓「…」
紬「…ゆっくり考えなさい」ガタッ
梓「…ありがとうございました」
考えなさい…か…。
唯先輩の気持ちは私にはどうすることもできない。
耐えられないなんて言われたら引き止めようもない。
告白告白って、唯先輩の事も考えないで…
…最低だ、私は。
翌日
唯「あずにゃん元気ないね~」
梓「色々ありまして…」
律「もしかして夏バテか~?」
律「暑くてダラダラしちゃうよな~」グデッ
澪「…お前はいつもダラダラしてるだろ」
梓「夏バテじゃないんですけど…まあ私的なことなので。ていうか今の時期は五月病じゃ…」
紬(…昨日の質問意地悪すぎたかしら)
律「この様子じゃ今日は練習しても駄目だな、帰ろーぜ」
澪「お前は練習したくないだけだろ」
律「えへっ♪ばれた?」
澪「バレバレだ…」
澪「でもまあ、今日は休みでもいいか。最近はちゃんとしてたし」
澪「たまには休みも必要だろ」
唯「わぉ!澪ちゃん太っ腹~♪」
律「太っ腹~ん♪」ブニブニ
澪「…っ!///」ゴチン
律「凄く…痛いです…」ジンジン
帰り道
梓「それではお疲れさまでした」ペコリ
唯「皆バイバ~イ」フリフリ
律「おう、じゃあな」
澪「また明日」
紬「バイバ~イ♪」フリフリ
スタスタ
唯「今日も疲れたねー」トコトコ
梓「…そうですね」テクテク
唯「…ねぇあずにゃん」ピタリ
梓「何ですか?」ピタッ
唯「今日言ってた悩み事って何?」
梓「…唯先輩には関係ないことです」テクテク
唯「関係なくないもん!」
梓「…え?」ピタッ
唯「あずにゃんは私の後輩だもん!あずにゃんだもん!だから関係なくないよ!」
梓「あずにゃんだもんって何ですか…」
唯「言葉そのままだよ!悩んでるのがあずにゃんだから!」
唯「あずにゃんには笑顔でいてほしいから!」
梓「…」
梓「…あるところに一組のカップルがいたんです」
梓「当人同士は幸せでした。でも、そのカップルは良く思われてないんです」
唯「え?何で?」
梓「まあ色々と…」
梓「それで、受け入れた方が耐えきれなくなって別れてしまう」
梓「でも、もう片方は別れたくない」
梓「さて、どうすればいいでしょう?っていう国語の宿題がわからなくて」
唯「ん~、難しい…」
梓「大丈夫です、自分で考えますから」ニコッ
唯「ねぇあずにゃん。その人達は最初から良い目で見られないって分かってたの?」
梓「…そうですね」
唯「そっか~。なら簡単だよ」
梓「えっ!?」
唯「正解は、二人は別れません!」フンス
梓「…どうしてですか?」
唯「だって告白した方も告白された方もその覚悟はあったんでしょ?」
唯「それなのに受け入れた方がいきなり別れましょうなんて酷いと思うんだ」
唯「それに、そんな運命って分かってるなら二人共お互いを信じてるから付き合うんだよね?」
唯「告白された人は、この人なら大丈夫。私を愛してくれる」
唯「告白した人は…受け入れられた時に」
唯「運命を知ってて受け入れてくれるなら、この人はきっと耐えてくれるって!」
梓「…信じる」
梓「そうですね!信じないと!」パァッ
唯「あずにゃん元気になった~♪よっぽど難しかったんだね~」ナデナデ
梓「はい、とっても。まさか唯先輩に教えてもらうなんて」クスクス
唯「むっ!私だってやる時はやるんだよ」フンス
梓「知ってますよ」ニコッ
梓「今まで唯先輩だけを見てきたんですから当然です」ボソッ
唯「何か言った?」キョト
梓「今日の晩ご飯は何かなって言ったんです」フフッ
梓「あ、私こっちなのでこれで」ペコリ
唯「うん!バイバイ!」フリフリ
私は何でこんなことにきづかなかったのだろうか。
…信じる。
今まで悩んでたのが馬鹿みたいだ。
平沢家
ガチャッ
唯「憂~ただいま~」パタパタ
憂「お帰り、お姉ちゃん。今ちょうどお風呂沸いたよ」ヒョコッ
唯「ふむ。では早速行って参る」トコトコ
憂「いってらっしゃい」ニコニコ
―――
唯「いいお湯でござった」ホカホカ
憂「それはそれは。お褒めの言葉痛み入る」ペコリ
憂「それでは本日の晩ご飯をば…」コトン
唯「あっ!ピーマンの肉詰めだ!」パァッ
憂「お姉ちゃん、口調戻ってるよ」フフッ
唯「しまったでござる!」
唯「ん~、戻したままでいいや。難しいもん」
憂「ふふっ」ニコニコ
唯「憂、食べよっか?」
憂「そうだね」
唯憂「いただきま~す♪」
唯「ん~、おいひぃ~」モグモグ
憂「そう?良かったぁ♪」
唯「そう言えば憂~。私あずにゃんの国語の宿題解いてあげたんだよ」フンス
国語の宿題?
そんなもの今日は無かったはず。
…一応聞いてみよう。
憂「私忘れてたかも。どんな問題だった?」
唯「何かね、世間的に認められてないカップルの話で」
唯「別れそうになっちゃうけど、どうすれば引き止められるかみたいな感じだった」
梓ちゃん言ったんだ…
でも何で直接お姉ちゃんに言ったんだろう…
憂「お姉ちゃんは何て答えたの?」
唯「そうなるって分かって付き合うなら、別れることにはならないんじゃないかなって」
憂「ありがとうお姉ちゃん。参考になったよ」ニコッ
唯「えへへ~♪」クネクネ
なるほど…
うまくいった時のお姉ちゃんの事も考えてるんだ。
梓ちゃんなら大丈夫かな…
でもその前に…
翌日
梓「呼び出してすみません、ムギ先輩」
紬「ううん、私は大丈夫」ニコッ
梓「…早速ですけど、昨日の質問の答えです」
梓「私は唯先輩を信じます」
梓「受け入れてくれるってことは、私と苦楽を共にするのを選んでくれたってこと」
梓「それが例え険しい道でも私を選んでくれる」
梓「そこまで決意してて耐えられないなんて言うはずありません!」
紬「やっぱり唯ちゃんなのね」フフッ
梓「あっ…///」カアッ
紬「それは置いといて、結構早く答えが出たのね」
梓「実は、唯先輩がこんなことを言って…」
紬「唯ちゃんが?」
紬「いい事聞いたわね」フフッ
梓「そうですね」クスクス
紬「…告白するんでしょ?」
梓「…気持ちが整ったら」
紬「…うまく行くといいわね」ナデナデ
梓「はい!」ニコッ
数日後
…憂に校舎裏に呼ばれた。
教室でできない話って何だろう?
まさか唯先輩の事がばれたって事はないよね。
ムギ先輩にしか相談してないし…
憂「…」スタスタ
梓「憂…」
憂「ごめんね、梓ちゃん。こんなところに呼び出しちゃって」
梓「ううん、平気。それで話って?」
憂「…率直に聞くね。梓ちゃんはお姉ちゃんのこと好き?」
梓「それは…いい先輩だし好きだよ」
憂「私が聞きたいのはその好きじゃない。恋愛感情がある?ってこと」
梓「!」ビクッ
何で…?
ムギ先輩は他言するような人じゃない。
私の態度?
いや、それもない…と思う。極力変わらないようにしてきたつもりだ。
とりあえず知らないふりを…
憂「…梓ちゃん。私はここで嘘を吐く人にお姉ちゃんを任せるつもりはないよ?」
…駄目だ。
完全に見透かされてる。
憂の目は確信に満ちている。
…本当の事を言わなきゃ。
梓「…好き」ボソッ
憂「…聞こえない」
梓「…好き」
憂「聞こえない!」
梓「っ!」ビクッ
憂「そんなものなの?お姉ちゃんに対する気持ちは!」
憂「それじゃあ、梓ちゃんならお姉ちゃんを任せれるって思った私が馬鹿みたいじゃん!」
憂「…お姉ちゃんも梓ちゃんの事が好き。生まれてからずっと一緒だからそんな事分かる…」
憂「…私はお姉ちゃんが大好きだった。でも、私は姉妹だから何も出来なかった」
憂「でも梓ちゃんは違う!お姉ちゃんに告白するんでしょ!?」
憂「お姉ちゃんが望んでるのは私じゃない…梓ちゃんなの!お姉ちゃんの幸せは私の幸せ…」
憂「だから私は梓ちゃんを応援しようと思った!なのに何でそんな半端な気持ちなの!?」
憂「私を安心させてよ!梓ちゃんなら大丈夫って思わせてよ!」
梓「…」
憂「何か…言っでよぉ…」グスッ
梓「…大好きっ!」
憂「…え?」グスッ
梓「私は!唯先輩…平沢唯を誰よりも愛してる!」
憂「…」ポロポロ
梓「その相手が例え憂でも!」
梓「何かあったら私が絶対に守る!」
梓「不幸になんかさせない!私が絶対に幸せにする!」
梓「だから憂…泣き止んで…?」
憂「うん…大丈夫…」グシッ
憂「お姉ちゃんを…よろしくね?」ニコッ
梓「うん!」ニコッ
ガタッ
憂「!」
梓「だ…誰?」
唯「…」トコトコ
憂「お姉ちゃん!?何でここに?」
唯「何か…凄い真面目な顔した憂が校舎裏に行ったから気になっちゃって…」
憂「そっか…ごめんね、梓ちゃん…」
梓「ううん、大丈夫…」
梓「…それより聞こえてました?」
唯「…」ジーッ
梓「あの…」
唯「あずにゃん…」
梓「…はい」
唯「…これからよろしくね」ギュッ
梓「…っ!?///」カアッ
憂「…」ポロッ
こうなることは分かってた。
分かってたはずなのに、涙が溢れてくる…
覚悟していたとはいえ、目の前でされたら少しキツいかな…
…私は弱い人間だ。
覚悟が足りないのは私の方だったのかもしれない。
唯「憂…」クルッ
憂「どうしたの…?」グスッ
唯「…ありがとう」ギュッ
憂「…っ!」ブワッ
私は、このありがとうがいつもと違うものだと直ぐに理解した。
この日から、お姉ちゃんと梓ちゃんは付き合うことになった。
梓ちゃんと付き合ってからのお姉ちゃんと言えば、朝は自分で起きれるようになったし、
自分のことは自分でするようになった。
何でも、梓ちゃんに釣り合う人間になるためらしい。
…もう、お姉ちゃんの傍にいるのは私じゃないんだな。
時々こんな事を思って寂しくなる。
唯「よし、憂行こう!」ガチャッ
憂「うん!」
唯憂「行ってきま~す!」
今ではこれが私の日常。
もうあの慌ただしい朝の光景はない。
私の望んだ日常は無くなった。
でも、私はとても幸せ…
だって、お姉ちゃんの幸せは私の幸せだから…
数日後
ブーッブーッ
…メールだ。唯先輩から!
私ははやる気持ちを抑え、メールを見る。
内容は、今度の土曜日に遊園地に行かない?との事。
私は了解の旨を送り、明後日の土曜日の事を考えた。
翌日
唯「おはよう、あずにゃん!」
梓「おはようございます、唯先輩」ペコリ
この人は、今の私の恋人。
今のじゃない。永遠に、かな。
私達が付き合い始めてから唯先輩は何だか大人っぽくなった。
憂から聞いた話によると、私に釣り合うように変わろうとしてくれてるらしい。
なかなか嬉しい事をしてくれる。
でも、釣り合うようにならないといけないのは私の方。
私も唯先輩みたいに温かい人になりたいな…
憂「おはよう、梓ちゃん」フリフリ
梓「憂、おはよう」フリフリ
…憂とはあの日色々あったけど、今でも大事な親友だ。
何かと私と唯先輩の手助けをしてくれるのも憂だ。
憂には本当に感謝しないといけない。
憂「あっ、もう着いちゃった」
梓「行こっか憂。唯先輩、また放課後」フリフリ
唯「うん!二人共また後でね!」
放課後
唯「今日のおやつは何だろな~♪」トコトコ
梓「唯せんぱーい!」タタタッ
唯「あ、あずにゃん!」
梓「一緒に行きましょう?」ギュッ
唯「うん♪」ギュッ
音楽室に行くまでの廊下は、幸いにも人があまり通らない。
だから、たまに会った時は手を繋いで音楽室に向かう。
手を繋ぐだけでも幸せな気分になれる。
これは唯先輩も同じだと思う。
ガチャッ
唯「やっほー!」
梓「皆さんこんにちは」ペコリ
律「あらぁーん、手なんか繋いでどうしたんですかぁ?」ニヤニヤ
澪「茶化すな!」ゴチン
律「…しーましぇん」プクー
紬「はい、お茶とお菓子」コトン
唯「おぉー!今日はチーズケーキ!ありがとうムギちゃん♪」
梓「本当、毎日ありがとうございます」ペコリ
紬「いえいえ~♪」
私達は、この関係を軽音部の皆に話した。
あずにゃんは少し悩んでたみたいだけど、私が軽音部の皆なら大丈夫!って言ったら許してくれた。
あずにゃんが軽音部の皆を信頼してる証拠だろう。
皆からは盛大な祝福を受けた。
何だかくすぐったい気持ちになりながらも、その喜びを噛み締めた。
…軽音部に入って良かった、心の底からそう思う。
梓「どうかしたんですか、唯先輩?」
唯「!」ビクッ
唯「ううん、何でもない!」
ちなみに私とあずにゃんの席は隣同士になった。
軽音部の皆が配慮してくれてのことだった。
律「全く~、梓は唯にばっかりベタベタしやがってぇ~!」
律「私も構えー!」ジタバタ
梓「嫌です」
澪(即答!)
律「ひ…ひどいっ…!」シクシク
律「ムギぃ~梓が虐めるぅ~」グスン
紬「あらあら」ナデナデ
澪(私のとこには来ないのか…)ショボン
唯「りっちゃん!澪ちゃんが落ち込んでるよ!」ニヤッ
紬「りっちゃんが私の所に来ちゃったから…」フフッ
律「そうか~、ごめんな澪。寂しい思いさせて」ニヤニヤ
澪「ちっ、違う!///」カアッ
澪「全く…練習するぞ!」
帰り道
唯「今日も疲れたね、あずにゃん」トコトコ
梓「そうですね、何せ一週間の終わりの日ですし」テクテク
唯「それもそっか。一週間よく頑張ったね、私!」フンス
梓「当然のことですよ」クスクス
唯「あずにゃんも一週間よく頑張ったね~」ナデナデ
梓「それは…唯先輩にも会えますし…無理してでも来ますよ…///」
唯「嬉しい事言ってくれるね~♪」ギュッ
梓「…唯先輩だから言うんです///」
思わず顔がにやけてしまう。
まさかこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
付き合ってから分かりだしたこと、あずにゃんは意外に甘えん坊だ。
あずにゃんは私を守るって言ってくれたけど、これは私が守んないといけなくなるかも。
そんな事を考えていると、自然に笑みが零れた。
梓「どうしたんですか?」キョト
唯「ううん、何でも♪」
唯「あ、もうすぐあずにゃん家だね…」
梓「本当ですね…ではこれで」フリフリ
唯「うん、じゃーね」フリフリ
梓「あっ…」クルッ
梓「明日の遊園地、楽しみにしてますね!」
唯「うん!いっぱい遊ぼーね!」
土曜日
今日は初めての遊園地デート。
家族では来たことあるけど、恋人と二人っきりなんて初めてだ。
私は今日のために少しだけメイクを勉強した。
お気に入りの服を着て準備完了。
唯先輩はかわいいって褒めてくれるかな…
駅前
梓「ごめんなさい!遅れちゃいました!」パタパタ
唯「ううん、遅れてないよ。まだ10分前だもん」
まさか唯先輩より遅れちゃうなんて…
唯先輩の変わりようは凄い…
…今度の合宿は集合30分前に来よう。
いや、でも律先輩がいるから…
唯「あずにゃん、すっごく可愛いね!」
唯「お洋服も可愛いし、そのメイク凄くかわいい!」
不意討ちだ…
考え事してる時に…
でも嬉しいものは嬉しい。
自然に顔が綻んだ。
梓「あっ…ありがとうございます///」
梓「きょ、今日は唯先輩もメイクしてるんですねっ!」
梓「凄く似合ってます!」
唯「ありがとう、あずにゃん!」パァッ
唯「実はこんな時のためにちょっと勉強してたんだ♪」
梓「ふふっ、考える事が同じですね」ニコッ
唯「私とあずにゃんは繋がってるんだよ!」フンス
梓「…///」
梓「そんな事言ってないで早く行きましょう!」テクテク
唯「あぅ~…素っ気ない…」シュン
遊園地
唯「うわー!あの観覧車おっきいね!」キラキラ
梓「そうですね、最後に乗りましょうか」
唯「約束だよ!?」
梓「はいはい」ニコッ
本当、子供みたい。
この人が私より年上だなんて驚きだ。
…私と身長が替わったらそれ相応になるかな。
なんて下らない事を考える。
唯「あずにゃん!あれ乗ろうよ!」グイグイ
梓「そうですね、行きましょう!」ギュッ
唯「…ふふっ♪」ギュッ
今日は目一杯楽しもう。
お昼
唯「ふぅ…ちょっと疲れちゃった」
梓「そうですね…時間も時間ですしお昼にしますか?」
唯「そうだね。何か買いに行こっか」
梓「あの…実は私作ってきたんです」
唯「ほんと!?」
梓「ええ。預かって貰ってるので取ってきますね」テクテク
数分後
ん?唯先輩の周りにいるのは…
男1「ねぇ、いいじゃん」グイグイ
男2「遊び行くだけじゃん」
唯「やめてよ!私はあずにゃんと来てるんだから!離して!」ジタバタ
梓(…やばい!)タタタッ
梓「…何してるんですか?」ジッ
唯「あずにゃん!」ホッ
男1「へぇ~、これがあずにゃんか。怖い怖い」ニヤニヤ
男2「可愛くね?一緒に連れてこーぜ」ニヤッ
梓「唯先輩から手を離して下さい」
男1「あ?」
梓「唯先輩からその汚い手を離せって言ったの!」ギロッ
男2「…少し黙らせるか」ポキッ
客1「うわっ…何だよあれ。ヤバくない?」
客2「ナンパ失敗したら殴って連れて行くんだって。だっさ…」クスクス
客3「うわー、気持ち悪い…顔面も気持ち悪い…」
客4「警備員さん、こっちです!あの二人組!」
警備員1「お前らちょっと来い!」
ガシッ
男1「ちょっ、待てよ!ちょっ!」
男2「おい!お前ら全員顔覚えたからな!」
警備員2「うるさい!それとお前臭い!」ドガッ
男2「痛っ!お前も顔覚えたからな!」
警備員2「喋るな臭い!」ドガッ
ギャーギャー
梓「…ごめんなさい唯先輩」
梓「私が一緒にいながらこんなことになっちゃうなんて…」シュン
唯「ううん、大丈夫。それに、あずにゃんは私を守ってくれたよ」ニコッ
唯「絶対に守ってくれるって本当だね!ありがとう、あずにゃん。かっこ良かった!」ギューッ
梓「…はい」ギュッ
唯先輩は優しい。
この優しさに何度救われただろうか。
泣きそうになるのをぐっと堪える。
だって、私達の約束だから…
梓「…お弁当にしましょうか!」
唯「待ってました!」キラキラ
夕方
梓「すっかり暗くなってきましたね」
唯「あずにゃんあずにゃん!」キラキラ
梓「覚えてますよ」ニコッ
観覧車
唯「うわーっ!凄いね、あずにゃん!」
梓「本当…凄くきれい…」
梓「あの…隣に行ってもいいですか?」
唯「うん、おいで」ポンポン
唯先輩が近い…
それもそうだ、今隣に座ったんだし。
色んな事があったけど、今日は楽しかった。
唯先輩も楽しかったかな?
唯「今日は凄く楽しかったや!」
唯「それにあずにゃん私を守ってくれたし!」ニコッ
私が丁度思ってた事を…
ふと、唯先輩の言葉を思い出す。
――私とあずにゃんは繋がってるんだよ!
…本当、そうだったりして。
梓「もうすぐ頂上ですね…」
唯「…そうだね」
梓「…」ジッ
唯「…」ジッ
梓「…唯先輩」
唯「なぁに?」
梓「愛してます…///」ギュッ
唯「っ///」カアッ
照れ隠しに抱きついてしまった。
自分の鼓動と唯先輩の鼓動が高鳴るのがわかる。
でも、やっと二人きりの時に言えた。
唯「…私もあずにゃんの事愛してるよ///」ギュッ
梓「っ!///」
…初めて愛してるだなんて言われた。
それも、最愛の人に。
嬉しくて涙が出そうだった。
二人の体温が上がっていくのが分かる。
…私達が繋がってるなら、唯先輩は私の考えてる事わかるのかな
梓「…唯先輩」ジッ
唯「ん…」パチ
唯梓「…」チュッ
…初めてのキスは甘酸っぱいなんて言うけど、味はしなかった。
でも、唯先輩の体温が唇越しに伝わった。
その柔らかい唇から、唯先輩の優しさが伝わってくるような感じがした。
とても優しくて甘いキスだった。
…このキスで、私達は繋がってるんだと確信した。
帰り道
唯「今日は楽しかった~♪」トコトコ
梓「そうですね。またどこか行きましょうか」テクテク
唯「今度は水族館なんてどうかな?」
梓「いいですね!行きましょう、絶対!」キラキラ
唯「うん、行こう!約束するよ」ニコッ
梓「あっ…もう家だ…」
唯「早かったね。楽しい時間は何とやら」
梓「…唯先輩、ギュッてしてくれませんか?」
唯「しょうがないなぁ、あずにゃんは」ギューッ
梓「…少し、このままでいさせてください」ギュッ
…本当はキスが良かった。
唯先輩に近付ける気がするから。
でも、私はキスを大切にしていきたい。
何度もキスをすると、キスのありがたみがなくなるから。
今日の私達の気持ちを踏み躙ってしまいそうで…
唯「あずにゃん♪」
梓「はい?」スッ
唯「…」チュッ
梓「な、何するんですか!///」カアッ
唯「ほっぺたのキスは外国じゃ挨拶だよ~」
梓「ここは外国じゃないです!」
唯「私は将来世界を股にかけるから今のうちに勉強しとかないといけないのです!」フンス
梓「…無理ですよ」クスクス
唯「むぅ~、言ったなあずにゃん!」
唯「ってもうこんな時間だ!憂が心配しちゃうよ!私帰るね!」パタパタ
梓「気を付けてくださいね~!」フリフリ
唯「うん!バイバイ!」フリフリ
唯先輩が見えなくなるまで私は外にいた。
そっと、ほっぺたをさする。
…唯先輩はズルい。
きっと、私の考えを見透かしての事だったんだろうな。
人間は環境の変化に適応しやすい動物だって聞いた事がある。
本当かどうかはわからないけど、私は今それを体験している。
お姉ちゃんが自分の事を自分でし始めてどれくらい経っただろう。
私は案外すぐに今の生活に適応できた。
適応と言っても、暇な時間が増えただけなんだけど。
新しい日常を、私はある程度は満喫していたとは思う。
まさか、また壊れるなんて思わなかったけど。
…思いたくなかった。
朝
憂「お姉ちゃん、もうそろそろ行こっか」
唯「そうだね」ガチャッ
唯憂「行ってきま~す!」スタスタ
憂「涼しくなってきたね~」テクテク
唯「ほんと、過ごしやすいから最高だよ~♪」テクテク
唯「あ、あずにゃん!」タタタッ
黒猫「…」ペロペロ
憂「お姉ちゃん、それ黒猫じゃん」
唯「え~、でも似てるよ?」
唯「決めた!名前はあずにゃん3号!」
憂「確かに可愛いけど…」
唯「おいでおいで~♪」パチパチ
黒猫「フーッ!」ガバッ
憂「わっ!びっくりしたぁ~」ドキドキ
唯「怒らせちゃった…ごめんねあずにゃん3号…」シュン
憂「あずにゃん3号もびっくりしただけだよ」
憂「あ!時間が!早く行こうお姉ちゃん!」
唯「じゃあね、あずにゃん3号!」フリフリ
黒猫「…」ジッ…
タタタッ
教室
梓「おはよう憂。遅刻ギリギリなんて珍しいね」
純「ほんとだよ。休みかと思っちゃった」
憂「おはよう二人共。実はお姉ちゃんが猫の相手しちゃって…」
純「憂の家って猫飼ってたっけ?」
憂「ううん、登校中にいた黒猫をね」
憂「この猫あずにゃんに似てるね~、何て言っちゃって」
憂「お姉ちゃんその子にあずにゃん3号なんて名前付けてたよ」フフッ
梓「ハァ…唯先輩…」
純「あぁ、うちの猫があずにゃん2号だっけ。命名梓!」
梓「ちょっと純うるさい!///」
純「でも黒猫って不吉って言うよね。…何もなければいいね」ニヤリ
憂「純ちゃん…そんな怖い事…」ビクッ
梓「…じゃあ純は毎日不吉な事が起こるね」
純「梓厳しい~…」ショボン
放課後
梓「唯先輩、今日部活終わったら楽器屋さんに行きませんか?新しいピックが欲しくて…」ギュッ
唯「うん、いいよ♪」ギュッ
テクテク
紬(…へぇ)ニコッ
音楽室
紬「ごめんね、遅れちゃった」ガチャッ
律「おうムギ。珍しいな」
紬「それと…悪いんだけど私これから用事があるの…」
澪「そうか…じゃあ仕方ないな。また明日な」フリフリ
梓「お疲れさまでした」ペコリ
唯「バイバイ、ムギちゃん」フリフリ
紬「ごめんね…」バタン
唯「…何か寂しいね」
梓「5人揃っての放課後ティータイムですからね」
ピロリーン
律「メールだ」
律「…」
律「悪い!私と澪用事があったんだ!」
梓「何のですか?」
律「いや、なんか町内会で何か私達呼ばれててさ。なあ澪?」
澪「え?何のはな…」
律「フンッ!」ゲシッ
澪「痛っ!」ジンジン
唯「いた…?」キョト
律「いやぁ、何かこいつ将来板前になりたいらしくてな。たまに口走っちゃうんだよ」
律「ということで帰るぞ澪!」グイッ
バタバタ
梓「皆さん帰っちゃいましたね…」
唯「皆忙しいんだね~」
唯「そうだ、楽器屋さん行こっか!」ガタッ
梓「そうですね!」ガタッ
楽器屋
梓「ん~、どれがいいかな…」
唯「あずにゃん、これなんかどう?」サッ
梓「あ!それいいです!それにします!」キラキラ
唯「じゃあ私が買ってくるよ」トコトコ
梓「そんな、悪いですよ!」
唯「いいよいいよ~♪」
唯「年上の好意はありがたく受け取るものだよ?」フンス
梓「…それじゃあお願いします」ペコリ
トコトコ
唯「はい、あずにゃん♪」サッ
梓「ありがとうございます」ペコリ
唯「そしてそして~、じゃーん!」パッ
唯「あずにゃんとお揃い!」ニコッ
梓「あっ…///」
唯「これでもっとギター頑張れるよ~♪」
唯先輩の一つ一つの言動が嬉しい。
子供みたいな無垢な笑顔。
この笑顔を見るだけでとても癒される。
私にしか向けられていないと思うと、何て幸せ者なんだろうと思う。
このピックは宝物だ…
帰り道
唯「アイス食べたいよ~」
梓「今の時期にアイス食べたらお腹壊すかもしれませんよ?」
唯「あずにゃんわかってないね~。この時期に食べるアイスがオツなんだよ~♪」
梓「…全く分かんないです」
梓「あ、黒猫だ」
唯「あれはあずにゃん3号!朝のリベンジ!」タタタッ
唯「おいでおいで~♪」パチパチ
黒猫「…」タタタッ
唯「…あ、あずにゃんの方に行っちゃった」シュン…
黒猫「…」ジッ…
…黒猫がジッと私を見ている。
私が同じ猫にでも見えるのだろうか。
猫に似てるかもしれないけど、私は猫じゃないよ、
そんな事でも言おうかと思っていると、突然猫が飛び掛かってきた。
梓「きゃっ!」フラッ
あまりにも突然のことにびっくりして、私はふらついて倒れそうになった。
プァアアアアアアアア!
胸の奥の奥に響くような音が鳴り響く。
これはトラックのクラクションかな、私死んじゃうのかな。
そんな事を考えていると、物凄い力で道に引っ張られた。
転げながら視界の端に捉えたのは、私の笑顔の最愛の人。
…しかしそれは一瞬で消える。
笑顔があった場所にはトラックがあった。
…フロントガラスまで赤い飛沫のあるトラックだった。
通行人1「キャアアアアアアアアア!」
通行人2「おいっ!誰か救急車を呼べっ!早く!」
通行人3「事故です!はい、女子高生がトラックに!場所は…」
唯「…」
黒猫「にゃあ…」ペロペロ
頭の中が真っ白になっていた私を、通行人の喧騒が現実に引き戻した。
騒がしい野次馬。
赤く染まったトラック。
その綺麗な赤は唯先輩の血。
私を庇って犠牲になった唯先輩の…
私が驚かなければ…
私が楽器屋に誘わなければ…
私のせいだ…
私の…
梓「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
病院
手術室のランプが赤く光っている。
その色が、唯先輩の事故現場を思い出させる。
吐き気を催したけど、ぐっと堪える。
唯先輩の方が辛いんだ…
私が負けるわけにはいかない。
そんな事を考えていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。
憂「ハァハァ…」
梓「憂…」
憂「…」キッ
…憂から鋭い眼差しを受ける。
それもそうだろう。
絶対に守るなんて言いながら、守られたのは私だ。
…私は憂のどんな非難も受け入れる。
憂「…何で梓ちゃんがここにいるの?」
憂が口に出したのは予想外の言葉だった。
物凄い罵詈雑言が飛んでくるに違いないと思っていたのに。
梓「それは…唯先輩と一緒に楽器…」
憂「そうじゃないっ!」
私が答えようとすると、憂は凄い剣幕で私の声を遮った。
…それにしても…そうじゃない?
そうじゃないってどういう…
憂「…言い方が悪かったね」
憂「何でそこに座ってるのがお姉ちゃんじゃなくて梓ちゃんなの?」
憂「何で手術台の上にいるのが梓ちゃんじゃなくて…お姉ちゃん…なの…?」ポロッ
どんな言葉でも受け入れる覚悟はしていた。
でも、まさか憂からこんな言葉を浴びせられる訳なんてない、
どこか心の底でそう思っていたんだろう。
悲しくて、悔しくて、涙が溢れそうになる。
思いっきり泣き叫んでスッキリしてしまいたい。
――…それに、やっぱり泣いてるあずにゃんはあんまり見たくないや
これからは皆笑っていこう?約束だよ?
…約束。
そうだ、私はまだ約束を守らないといけない。
泣き腫らして赤くなってしまった目何かで唯先輩と対面したくない。
唯先輩に心配をかけたくない。
それから少し経って、憂も言いたい事は言い終わったのか、
私の向かいの椅子に座って唯先輩の手術の成功を祈っている。
暫くして、ランプが消えた。
少ししてから、主治医なのだろうか、男の人が手術室から出てきた。
憂「先生!お姉ちゃんは!?」
医者「…手術は成功したよ」
…成功したのに何で浮かない顔してるんだろう。
医者「ご両親は?」
憂「今海外に行ってて…これからこっちに向かうそうです」
医者「そう…そちらも妹さんかな?」
梓「あ…」
憂「あ、彼女はお姉ちゃんの後は…」
梓「…恋人です!」
医者「…そう」ニコッ
医者「…いずれ君たちの耳にも届くことになるだろうけど」
医者「…これからの話は親御さんと一緒に聞いた方がいいかな」
憂「…私は大丈夫です」
梓「…私も覚悟はできてます」
医者「そう…じゃあこっちにおいで」スタスタ
私達は無機質な部屋に通された。
診察室だろう、ベッドやレントゲンがある。
私達が椅子に腰掛けて暫くすると、医者はとても重そうに口を開いた。
話の内容はこうだ。
手術は『一応』成功した。
恐らく数日後には目を覚ますだろう。
しかし、体の損傷が激しすぎる。
…私は、最後の言葉を告げる時の医者の表情を、今でもはっきり覚えてる。
苦痛に歪んだような顔。
自分の無力さを恨むかのような悲しい顔。
私の心境を映し出したような顔だったから。
医者「…もう以前のような生活は出来ない」
…半身麻痺らしい。
それも右半身。
…だから『一応』
…私と憂はこの日から疎遠になった。
数日後
私はあの出来事があっても部活は休んでいない。
先輩達だって辛いはずなのに、部活には毎日顔を出している。
…最後の学園祭で唯先輩に最高の歌を聞かせたいからって。
先輩達は一段落つくまで部活は休んでいい、って言ってくれた。
でも、私が休む訳にはいかない。
私だって放課後ティータイムの一員だ。
唯先輩に最高の歌を聞かせたいから。
…私のギターと、声で。
ブーッブーッ
梓(…誰だろ?)
梓(病院!?)ガタッ
梓「あの、失礼します!」ガチャッ
―――
ガチャッ
澪「何だったんだ、梓?」
律「…梓、帰っていいぞ」
梓「…え?」
梓「でも…」
律「いいから帰れ!お前最近練習に身が入ってなかっただろ!」
律「そんな状態で練習されても私達が困るんだ!少しは頭を冷やしてこい!部長命令だ!」
梓「あの…」
梓「ありがとうございました!」ペコリ
ガチャッ
律「やっと行ったか…」ヘナー
紬「りっちゃん、何であんな事言ったの?梓ちゃん凄く頑張ってるのに…」
澪「それにあの電話は何だったのか…」
律「多分唯が目を覚ましたんだろ。あいつが帰ってきた時の表情見たら分かったよ」
澪「でも…行ってこい、ぐらいで良かったんじゃないか?」
律「おいおい、あんな生真面目で超頑固な梓が、それだけで素直に行くと思うか?」
律「あれぐらい言わないと、あいつは絶対行かないさ。いくら浮かれててもな」
澪「…凄いな、律は。私達の事、何でも分かってる」
律「当然だろ~?私は部長だぞ~?」
律「それにしても悪役はしんどい…」グダッ
紬「ふふっ」
紬「りっちゃんが優しい子だって、皆分かってるわ。勿論梓ちゃんも」
律「よせやい、照れるだろ~」ハハッ
澪「ん?」
澪「…律の梓への発言は、本当は全部裏返しってとれるな」フム…
律「なっ!うるせー!///」
紬「あらあら」フフッ
病室前
梓(…ここだ)ハァハァ…
ガラッ
梓「…憂」
病室から出てきたのは、かつての親友、憂だった。
憂「…外に行こう?」スタスタ
外
憂「…何しに来たの?」
梓「唯先輩が目を覚ましたって聞いたから…」
憂「…お姉ちゃん、梓ちゃんに会いたくないんだって」
梓「…え?」
思わず全身の力が抜けそうになる。
…会いたくない?私に?
憂「…約束も守れないで私をこんな風にしちゃった梓ちゃんを許せない、って言ってた」
…全身の力が抜けた。
今まで必死に堪えてきたけど、もう無理だ。
地面に崩れ落ちるのと同時に、涙が零れてくる。
憂「…泣いて済む問題なのかな?」
梓「…」フルフル
憂「…もう帰って。二度とお姉ちゃんに近寄らないで」クルッ
スタスタ
…唯先輩、ごめんなさい。
私、また約束破っちゃいました…
トテトテ
子供「ねぇねぇ、お姉ちゃん大丈夫?」
梓「…うん、ちょっと色々あって」グスッ
子供「そうだ!これあげる!」スッ
そういって、私にくれたのは、飴玉だった。
…これ、唯先輩が大好きなやつだ。
…私は飴玉を口にふくむ。
甘い…
様々な唯先輩の表情が頭をよぎる。
嬉しそうな顔、楽しそうな顔。
悲しそうな顔、怖がってる顔。
飴玉の甘さが、私を落ち着かせてくれた。
子供「お姉ちゃん、元気になった?」ニコッ
満面の笑みで私に尋ねる。
…唯先輩の笑顔に似てる。
笑顔…
瞬間、私の頭をよぎったのは、轢かれる前に私に見せた唯先輩の笑顔。
…笑顔?
確かに唯先輩はあの時、私に笑顔を見せてくれた。
…何で笑顔だったんだろう。
…
……
そうか!
梓「ありがとう、元気出たよ」ニコッ
子供「本当!?良かった~」ホッ
子供「あ、ママが呼んでる。じゃあね!」フリフリ
梓「うん、バイバイ」フリフリ
まさかあんな子供に助けられるなんて…
私の足は、再び唯先輩の病室へ向けて歩を進めた。
最愛の人が待っている場所へ…
病室前
病室前に辿り着く。
扉の前には憂が立っていた。
憂「…二度と近寄らないでって、私言ったよね?」
梓「…憂、聞いて」
憂「…言い訳は聞くつもりないよ?」
梓「いいから聞いて!」キッ
看護師「…」ジロッ
憂「…外に行こう。ここじゃ迷惑になっちゃう」
外
憂「…それで、話って何?」
梓「…唯先輩は私を拒んだりなんかしない」
憂「…何でそんな事が分かるの?」
梓「…唯先輩が轢かれる前にね、私に向かって微笑んでくれたの」
憂「…それで?」
梓「それは私が道に転がってからだった。凄く安心したような、そんな笑顔」
憂「…」
梓「私には分かる。今までずっと唯先輩を見てきたんだから」
梓「私が助かって、本当に安心したような顔だった!」ウルッ
憂「…うん」
梓「私達は愛し合ってた…ううん、愛し合ってる!繋がってる!それは今も変わらない!」
梓「…だから分かるの」
梓「唯先輩は私を拒まない!」
梓「私が唯先輩に会いたいように、唯先輩は今も私を待ってる!」
憂「…」
憂「…ごめんね、梓ちゃん」
憂「…私嘘吐いちゃってた」
梓「憂…」
憂「お姉ちゃんがあんなになっちゃっても、梓ちゃんがお姉ちゃんを好きでいてくれるか」
憂「…不安で不安で仕方なかった」ウルッ
憂「…でも梓ちゃんは、あの時の梓ちゃんのまま」
憂「本当にっ…安心した…」グスッ
憂「それに…前もっ…あんなに酷いごど言って…」ヒック
憂「梓ちゃんは悪ぐないって分かってだのに…」ヒクッ
憂「誰かに当だらないと…お姉ちゃんの一番近ぐにいた梓ちゃんに当たらないと…」
憂「私は私が保でながっだ…」
憂「ごめんなざいっ!」ペコリ
梓「…」
梓「…いいよ、憂。頭を上げて?」ナデナデ
憂「…え?」グスン
梓「私だって憂の立場ならあんな事言うかもしれないし…仕方ないよ」
梓「…それに、私がしっかりしてなかったせいだから」
憂「梓ちゃんは悪くないよ!」
憂「…何もかも私が悪いの」
梓「…じゃあ二人でごめんなさいって言おうか」
梓「それでお互い様って事で、そうしよう?」ニコッ
憂(梓ちゃん…お姉ちゃんみたい…)
憂「うん、ありがとう梓ちゃん」
梓「ううん。じゃあ、せーのっ」
梓憂「ごめんなさい!」ペコリ
梓「仲直り…だよね?」
憂「うん!これからもまたよろしくね?」ニコッ
梓「うん!」ニコッ
梓「そうだ憂、一つ訂正」
憂「なぁに?」
梓「私は、唯先輩のこと『好き』じゃないよ」
憂「え?」
梓「『愛してる』の!」ニコッ
憂「妬けちゃうね」フフッ
梓「えへへ…///」
憂「お姉ちゃんの所に行こっか?」
梓「うん!」
今行きます、唯先輩!
病室前
…この扉の向こうに唯先輩がいる。
会いたくて会いたくて仕方がなかった人。
…笑顔だ。
満面の笑顔で会おう。
憂「…」コンコン
「はーい」
…?
聞こえてきたのは唯先輩の声ではない。
看護師だろうか。
出来れば私達だけで会いたかったけど仕方がない。
目を覚ましたばかりなのだから。
憂「梓ちゃん、どうぞ」ガラッ
梓「こんにちは~…」ソロソロ
唯「あずにゃん!」パアッ
いた。
私の一番大切な人。
私を見るなり満面の笑顔で迎えてくれた。
そして、その隣には…
唯母「あら、あなたが梓ちゃん?こんにちは」ニコッ
唯父「こんにちは。話は唯から聞いてるよ」
唯先輩のお母さんとお父さんが立っていた。
お母さんの方はおっとりした感じで、お父さんの方はとてもしっかりしてそうな人。
それに美男美女、見惚れてしまいそうな程に。
このご両親がいての唯先輩と憂なんだろうと思う。
梓「は、初めまして!私、唯先輩の『後輩』の中野梓って言います!」
唯母「あら、ただの『後輩』なの?」ニヤッ
そう言うと、唯先輩のお母さんは悪戯っぽく笑った。
…こういう所は受け継がれてないんだな。
梓「あっ、あの…///」カァッ
唯「お母さん!虐めたらあずにゃんが可哀相だよ!」ムッ
唯母「ふふっ、冗談よ」
唯父「…少し話があるんだけど、梓ちゃんちょっといいかな?」
梓「はい?」
病室前
梓「あの…お話って…」
唯母「梓ちゃん、今まで唯に良くしてくれてありがとう」
梓「いえ、そんな…」
唯父「…唯の体の事は知ってるよね?」
梓「…はい」
唯父「もう唯は今まで通り生活できない。梓ちゃんと出掛ける事だって難しい」
唯母「そう。唯は梓ちゃんの大きな足枷となってしまうの」
唯母「私達は梓ちゃん、あなたに唯に縛られて生きてほしくない。」
梓「…縛られるなんて考えてません」
梓「私は私自身の意志で決めたんです。唯先輩に添い遂げるって」
梓「それに、どうなろうが唯先輩は唯先輩です。私の愛する唯先輩なんです」
梓「愛する人を足枷なんて思いません」
梓「…だから、私を信じてください」
梓「お願いします」ペコリ
父母「…」
ガラッ
唯母「憂…どうしたの?」
憂「私からもお願いします」ペコリ
梓「…憂!」
憂「梓ちゃんは本気だよ。私には分かる。確信できる」
憂「それに、お姉ちゃんが愛した人なんだよ?」
憂「お父さん達は、お姉ちゃんを信じてないの?」
唯母「…ふふっ」
唯父「…はっはっ」
憂「…何で笑ってるの?」
唯父「愛する…いいじゃないか」
唯母「若いっていいわねぇ~」
唯父「僕達もかつては…」
唯母「あら…私は今も愛してるわよ」
唯父「ふふっ…僕もさ」
唯母「あなた…」
憂「…ふざけるのも程々にしたら?」
唯母「それもそうね」フフッ
唯母「…梓ちゃん、大変かもしれないけど唯の事よろしくね?」
唯父「僕は割と真面目だったんだけど…」シュン
梓「え?あの…」
唯父「まあいい。梓ちゃん、そもそも僕達はこうなる事は分かってたんだ」
梓「…え?」キョト
唯母「あら、あなた達外で揉めてたじゃない。話の内容聞いてたらこうなる事は分かったわ」
憂「…じゃあ何で」
唯父「面と向かって聞きたかったのさ。梓ちゃんの口からね」
唯父「どれ程唯のことを好いてくれているのか。僕達も親だ。心配なんだよ」
唯母「一生付き合っていく人だから尚更」
梓「じゃあ本当に…」
唯母「ええ、唯を頼むわ」ニコッ
唯父「僕達も出来る限りのサポートはするよ」ニコッ
梓「唯先輩のお父さん、お母さん…ありがとうございます!」ペコリ
憂「私からも、ありがとうございます」ペコリ
唯母「いいのよ、私達が悪かったわ」
唯父「唯先輩のお父さんか…」
唯父「梓ちゃん、僕の事は『お義父さん』、もしくは『パパ』と呼んでくれ!」
唯母「じゃあ私は『ママ』で♪」
梓憂「ははっ…」
病室
唯「あ、あずにゃん達遅かったね~」
唯母「積もる話があったのよ」
唯父「そうそう、僕達は今日は帰るよ。もう遅い」
憂(…なるほど)
憂「さ、帰ろう!私が晩ご飯作るよ」
唯父「愛娘の晩ご飯…何て素晴らしい…」
憂「分かったから早く出ていって!」
憂「二人共また明日ね!」
ガチャッ
唯「行っちゃった。まだ5時なのに」
梓「気を遣わせちゃいましたね…」
唯「…」
梓「…」
…沈黙。
話したい事は沢山あったはずなのに…
まるで何ヵ月も会っていないかのような錯覚に陥る。
遠距離恋愛の人達は会うたびにこんな気持ちを味わうんだろうか。
…沈黙を破ったのは唯先輩だった。
唯「…あずにゃん、ごめんね?」
梓「…謝らなきゃいけないのは…」
私の方です。
そう言い掛けたところで遮られた。
唯「あの時私凄い力で引っ張っちゃって…」
唯「あずにゃんが転けちゃったから怪我させちゃったかなって、今日ずっと考えてた…」
この人は…
唯「痛かったよね?ごめんね、あずにゃん…」
この人は何を言ってるんだ…
身を呈して私を守ってくれた。
私の怪我なんて、唯先輩の怪我に比べたら可愛いもの。
…それなのに、まだ私の身を案じてくれている。
この人は…
梓「唯先輩は…馬鹿ですよ…」
梓「どうしようもないくらい…馬鹿ですっ…」
梓「何で…まだ私なんかの心配をするんですかっ!」
梓「唯先輩の方が重傷なんですよ!?」
梓「それに…謝らなきゃいけないのは私の方なのにっ!」
梓「何で唯先輩が…謝るんですかぁ…」ポロッ
唯「あずにゃんだからだよ」
梓「…?」グスッ
唯「私にとって、理由はそれだけで十分」ニコッ
唯「あずにゃん、こっちにおいで?」クイクイ
唯先輩に手招きされ、唯先輩の側へ向かう。
唯先輩の隣に立つのは久しぶりだ。
とても優しい、ふんわりした空気。
…心が次第に落ち着いてくる。
梓「唯先輩…私、約束破っちゃいました…」
唯「大丈夫だよ。それに、ずっと笑っててって結構酷い約束だよね…」
唯「あずにゃんの気持ちを無視しちゃってた…ごめんなさい」
梓「いえ、いいんです」ニコッ
唯「あずにゃん、一つだけ言いたい事があるんだ」
梓「何ですか?」
唯「…あずにゃんにね、『私なんか』って言って欲しくないなって」
梓「でも、私はそれぐらい…」
唯「私はあずにゃんを愛してるの!」ギュッ
私と唯先輩の手が繋がる。
唯「あずにゃんも私を愛してくれてる!その私が愛してる人は…」
唯「『私なんか』…なの…?」
梓「…っ!」
私は、私が嫌いになりかけていた。
約束を全然守る事が出来なかったから。
そして、咄嗟に出た言葉…
…それが唯先輩を傷つけたんだ。
梓「…ごめんなさいっ!」
唯「ううん…私も大声出しちゃってごめんね…」
唯「でもあずにゃん、これからは自分で自分を傷つけるような事は…」
梓「はい、絶対言いません!や…」
約束です!
そう言い掛けたところで、私は口を閉ざした。
私は二度も約束を破っている。
私に約束なんて言う資格はない。
突然黙った私に、唯先輩は一言だけ言った。
唯「信じてるよ」ニコッ
お姉ちゃんは順調に回復している。
この調子でいくと、学園祭の頃には外出許可が下りる可能性が高いらしい。
頑張って、お姉ちゃん…
学園祭と言えば、今年の軽音部は、一曲だけ梓ちゃんが歌うらしい。
何でも、お姉ちゃんに自分の成長した姿を見てもらいたいからって。
だから、この事はお姉ちゃんには秘密。
お姉ちゃんすっごく喜ぶだろうなぁ…
学園祭一週間前
~~~♪
律「梓のボーカルもなかなか様になってきたな」
紬「本当ね~♪」
梓「本当ですか!?ありがとうございます!」パアッ
律「こりゃあ澪が抜かれる日も近いんじゃないか~?」ニヤッ
紬「でも…今度が私達の最後のライブなのよね…」
澪「…そうだな。唯抜きになっちゃって寂しいけど…」
梓「大丈夫ですよ!唯先輩は来てくれます」
梓「一緒に演奏してなくても私達5人は繋がってます」
梓「もうそれは放課後ティータイム5人の演奏と一緒ですよ!」ニコッ
澪「…そうだな」フフッ
律「何だか成長したな、梓は」ナデナデ
紬「ええ、本当。去年までが嘘みたい」フフッ
梓「ム、ムギ先輩!余計な事は…」
ブーッブーッ
梓「電話…憂だ」
梓「ちょっとすみません」ピッ
梓「もしもし。憂、どうしたの?」
梓「…唯先輩が!?」ガタッ
紬「唯ちゃんがどうしたの!?」
梓「容態が急に悪化して…意し…」
律「皆!唯の所に行くぞ!急げ!」ガタッ
梓「憂っ!今からそっちに行く!」ピッ
唯先輩…
唯先輩っ…!
病院
手術室の前に平沢家が揃っている。
…唯先輩を除いて。
赤く手術中のランプが灯っている。
唯先輩はあそこに…
梓「憂っ!」ハァハァ…
憂「梓ちゃん…それに皆さんも…」グスッ
律「憂ちゃん!唯は!?」
そっと、憂は手術室の方を指す。
唯母「あなた達が軽音部の…」
澪「はい。それで、唯は一体…」
唯父「くそっ!何で唯がこんな目に遭わなきゃならないんだ…」ポロッ
唯母「…皆、聞いてくれる?」
唯先輩のお母さんの説明によると、こうだ。
普通なら有り得ないような医療事故。
…唯先輩のお腹の中には鉗子が置き忘れてあったらしい。
唯母「…私がもっと早く伝えてればっ!」グスッ
少し前から唯先輩に異変はあったらしい。
気分が優れないと言って、夕方頃までは寝ていたって。
…夕方まで。
…そう、私がお見舞いに行くまで。
夕方になると唯先輩は無理矢理起きたらしい。
…あずにゃんが来るからって。
あずにゃんが来るから寝てなんかいられないって。
キツい体で、だけれど満面の笑みで私を迎えてくれていた。
毎日、毎日…
…笑顔の裏で必死に戦いながら。
梓「…私の…せいだ」ポロッ
梓「私が毎日お見舞いに行ったからっ…」ヒック
梓「私がっ…唯先輩の異変に気付けなかったからっ…!」グスッ
梓「毎日毎日お見舞いに行って…唯先輩に辛い思いをさせたからっ…!」ブワッ
憂「…梓ちゃん、それは違うよ」
梓「…っ」グスッ
憂「お姉ちゃん、梓ちゃんに会う時凄く幸せそうだった」
憂「お姉ちゃんの笑顔は本物だよ。それは梓ちゃんが一番分かるはず…」
憂「…ねぇ梓ちゃん。梓ちゃんとお姉ちゃんは繋がってるんだよね?」
梓「…」コクッ
憂「梓ちゃんは、お姉ちゃんと会う時どんな気持ちだった?」
梓「…幸せ…だった」
憂「ほら、もう答えは出てるよ?」
梓「唯先輩は…幸せ…だった…?」
幸せ…
そっか、唯先輩も幸せだったんだ。
私達は繋がってる。
私が幸せなのに唯先輩が幸せじゃないはずがない。
…とっても大事な事を忘れそうになってた。
梓「ありがとう、憂」
憂「ううん、いいよ。それより」
憂「祈ろう、お姉ちゃんの無事を…」ギュッ
梓「うんっ」ギュッ
私に出来る事は無事を祈るだけ。
また、最愛の人と笑って過ごせるように…
数時間後
手術中のランプが灯りを失う。
…手術が終わった。
手術室の扉が開き、医者が一人出てくる。
唯父「唯はっ!?唯は無事なんですか!?」ガシッ
…医者は何も言葉を発さない。
嫌な予感がする。
医者「…一命は取り留めました」
…?
何で成功って言わないの?
医者の言葉に疑問を感じていると、また医者が口を開く。
医者「…しかし」
医者「今夜が山です…」
律「おい!ふざけんなよ!」ガシィッ
律「お前達のミスのせいでこんなことになったんだろ!?」
律「それが今夜が山!?ふざけるのも…大概にしろよ!」ポロッ
唯母「律ちゃん、落ち着いて…」
唯母「…それで、唯が助かる見込みは…?」
…次の言葉で、私達はどん底に突き落とされた。
恐らく、絶望とはこんな気持ちなのだろう。
医者「…今晩は、皆さん一緒にいてあげてください」
…誰も言葉を発さなかった。
いや、発せなかった…
…この言葉が持つ意味を、私達は理解したから。
少しして、唯先輩が目を覚ましたとの報せが入った。
病室に行くと、既に全員揃っていた。
唯先輩にはチューブが沢山繋がっていた。
あまりにも痛々しくて、思わず目を背けそうになる。
でも、あれが今の唯先輩の姿。
私が目を逸らす訳にはいかない。
私はしっかりと唯先輩を見据えて、歩を進める。
梓「…唯先輩、私ですよ」ギュッ
唯「…あず…にゃん」ギュッ…
私は唯先輩の手を握る。
とても弱々しく、握り返してくれた。
その弱々しさが、唯先輩に残されている時間を表しているようで…
梓「唯…先輩…」ポロッ
唯「あずにゃん…何で…泣いてるの…?」
梓「何でも…ありません…」グシッ
憂「…あのね、梓ちゃん」
私は事前にお姉ちゃんに頼まれていたように、全員を病室から出した。
お姉ちゃんは、皆と話したいらしい。
だから、順番に病室に入って欲しい、との旨を伝えた。
最初はお父さんとお母さんが入っていった。
少しすると、お父さんとお母さんが号泣して病室から出てきた。
…二人のこんな姿は初めてみる。
思わず私も泣きだしそうになったけど、必死の思いで堪える。
次は律さん、澪さん、紬さんが入って行く。
少しして、部屋の中から3人分の大きな嗚咽が聞こえてくる。
…お姉ちゃん、とても愛されてるんだな。
…次はいよいよ私の番だ。
憂「…お姉ちゃん」ガラッ
唯「…憂、おいで」
私はお姉ちゃんの傍に立つ。
笑顔だ…
本当はとっても苦しいはずなのに…
唯「…憂、頼りないお姉ちゃんでごめんね…」
唯「私、憂がいなかったら何も出来なかった…」
憂「そんな…もう終わりみたいに言わないでよ…!」ッ
憂「最近はお姉ちゃんも家のこと色々手伝ってくれてるよ!?」
憂「何も出来ないことなんてないよ…」
憂「むしろ何も出来ないのは私の方…」
憂「お姉ちゃんの笑顔が、お姉ちゃんの喜ぶ姿が、私のやる気を出してくれた…」
憂「お姉ちゃんの笑顔や温かさを貰う度に、何か私に出来る事はないかって…」
憂「だから今まで休まないでやってこれたの!」
唯「…私ね、憂が妹で本当に良かったって思う」
唯「私は、いつもいつも憂の真心に助けられてた」
唯「憂は私の誇りだよ。憂、大好き」ニコッ
憂「おね…えっ…ぢゃん…」ブワッ
唯「憂、もう少し近くに来て…」
憂「っ…えぐっ…」スッ
唯「よしよし、いい子いい子…」ナデナデ
憂「…っ」グシッ
唯「…落ち着いた?」ナデナデ
憂「うん…っ…」ヒック
唯「えへへ…」
唯「最後に…お姉ちゃんらしい事できたかな…」
憂「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよっ!」ギュッ
唯「ありがとう、憂」ギュッ…
唯「………」
唯「…ごめんね、あずにゃん呼んで欲しい…」
憂「…分かった」パッ
憂「…またね、お姉ちゃん!」ニコッ
…憂が出てきた。
…出てくると同時に、床に泣き崩れる。
頑張ったね、憂…
最後は私だ。
最後は絶対に泣かない…
笑顔で唯先輩と…最愛の人と別れよう…
梓「…唯先輩」ガラッ
唯「あずにゃん…」
私はすぐに唯先輩の傍に行く。
出来るだけ長く唯先輩を感じていたいから。
唯「あずにゃん…」
梓「何ですか?」
唯「ギューッてして?」
梓「…唯先輩は甘えん坊ですね」ギュッ
唯「もっと…」
梓「…」ギュ-ッ
唯「もっと強く…」
梓「…」ギュ-ッ
唯「…ありがとう、あずにゃん」スッ
唯「ん…」チュッ
梓「…っ!」ウルッ
…ほっぺたへのキスは挨拶……
…きっと、今のキスは……
…バイバイ、あずにゃん
…お別れのキス。
私は…
梓「ん…」チュッ
…私もキスをした。
バイバイ、何て悲しい挨拶じゃない。
…またいつか…会いましょう。
そんな意味を込めて…
唯「…ありがとう、あずにゃん」ポロッ
梓「…唯先輩、愛してます」ギュッ
唯「…わた…し…も……愛っ…し…てる…」ニコッ
ピーー
医者達が病室に入ってくる。
私は唯先輩から引き剥がされる。
部屋の外からは、絶叫とも悲鳴ともとれるような悲痛な叫び声。
医者達が懸命に蘇生措置を行っている。
…しかし、懸命な措置も実らず。
唯先輩は、私が世界で一番愛する人は、遠い、とても遠い世界へと旅立った…
学園祭
私達は今、ステージの裏にいる。
出場も危ぶまれたけど、先輩達も何とか立ち直ったので、私達はここにいる。
律「放課後ティータイムにとって最後のライブだ。絶対成功させようぜ!」
澪「ああ。皆、最高の演奏をしよう!」
紬「そうね。全力を出し切りましょう!」
梓「皆さん、最高のライブにしましょうね!」グッ
律澪紬「おーっ!」グッ
『次は、放課後ティータイムによるライブ演奏です』
―――
梓「最後の曲の前にお話があります…」
梓「…皆さんご存知かと思いますが、私達放課後ティータイムは5人編成でした」
梓「しかし、先日、ギター・ボーカルの平沢唯さんが亡くなられて、今の私達になります」
梓「でも、私達はここに4人しかいない何て考えてません」
梓「私達は強い、とても強い絆で繋がっています」
梓「唯先輩がどこにいても、私達は繋がってる…」
梓「だから私達は4人じゃない!ちゃんと5人揃った放課後ティータイムです!」
梓「それでは放課後ティータイムの最後の曲…」
梓「ふわふわ時間!」
~~~♪
唯先輩、見てますか?
私、唯先輩と同じギター・ボーカルになったんですよ。
いつか見た、私が憧れた唯先輩と同じパート…
まだまだ唯先輩に追い付いてないけど…
いつかは追い付けるように、追い越せるように…
私達の曲…
私の声…
…唯先輩に届けっ!
一年後
…私の日常は再び変わった。
お父さんとお母さんは、今も日本で暮らしている。
私を一人にしたくないそうだ。
それは有難いけど、お姉ちゃんがいた時も、もう少し家にいて欲しかった。
梓ちゃんは、お姉ちゃんが亡くなった日から毎日家に来てくれている。
お姉ちゃんに会うために。
お父さんとお母さんも梓ちゃんを歓迎していて、本当の娘のように可愛がっている。
ちなみに、梓ちゃんはお父さん達を『おとうさん』、『おかあさん』と呼ぶようになった。
省略して『お父さん、お母さん』なのか、それとも『お義父さん、お義母さん』なのか。
…後者なら嬉しいな。
…そして、一番の変化はお姉ちゃんがいないこと。
もう、アイスも強請られないしギターの音も聞こえない。
最初の頃はとても寂しかった。
でも、梓ちゃんや純ちゃん、軽音部の皆さん、お父さんお母さんが私を支えてくれた。
皆のおかげで私は今を生きていける。
皆には感謝してもしきれない。
…それに、嫌でも人間は新しい環境に適応してしまう。
良い事なのか悪い事なのか…
とにもかくにも、私の日常は再び崩れ、また再び構築された。
…私が最初に望んだ日常とは、大きくかけ離れた形で。
…ふと、時計に目を移す。
もうこんな時間だ。
梓ちゃんももうすぐ私の家に着くはず。
私は一つ、ヘアピンをつけた。
今日は特別な日だ。
そう、唯先輩が旅立った日。
私は様々な出来事を思い出す。
唯先輩との出会い。
唯先輩と付き合った日。
唯先輩と遊園地に行った日。
…唯先輩と最初で最後の口づけを交わした日でもある。
唯先輩が楽器屋で選んでくれたピック。
…楽器屋からの帰りに起こった悲劇。
…そして、去年の今日。唯先輩が亡くなった日。
私の中は唯先輩で埋め尽くされている。改めて実感した。
そういえば、憂とは結構衝突したな…
でも、衝突出来るからこそ、親友と呼べるのかもしれない。
…もうこんな時間だ。
もうそろそろ出ないと遅刻しちゃうかも。
一つ髪留めをつける。
私は、もう一つの私の家に向かった。
平沢家
ピンポーン
憂「梓ちゃん、あがって」ガチャッ
玄関から憂が私を出迎えてくれる。
憂の髪には私と同じ髪留め。
…やっぱり似合ってるな。
流石は姉妹といったところか。
唯母「あら、梓ちゃん」
唯父「こんにちは」
梓「こんにちは、お義母さん、お義父さん」ニコッ
唯父「はっはっ。パパでもいいんだよ?」
梓「丁重にお断りします」
唯父「…そう…か」シュン
憂「何で本気で落ち込んでるの…」
唯母「梓ちゃん、ゆっくりしていってね」ニッコリ
梓「はい、そうさせていただきます」ニコッ
結構な時間が経ち、私達は唯先輩のお墓へ向かった。
お墓には『平沢家』の文字。
まだ綺麗だ。
一年しか経っていないから当然か。
…私も、この中に入れるのかな。
平沢梓…ふふっ。
…何だか似合ってないや。
私達はお墓参りを終え、それぞれの家路に着いた。
中野家
私は机から一枚の手紙を取り出す。
…唯先輩の枕の下から出てきたらしい。
色々落ち着いてから、憂から手渡された物だ。
…その手紙は、酷く乱雑な文字で書かれていた。
慣れない左手で懸命に書いてくれたのだろう。
唯先輩の真剣な表情が目に浮かぶ。
…その不恰好な文字からは、唯先輩の温かさが滲み出ていた。
…私は一年に一回、今日だけこの手紙を読む事に決めた。
~~~
あずにゃんへ
あずにゃんがこの手紙を読んでるって事は、私がこの世にいない時だと思う。
私ね、分かってたんだ。
いきなり体調が悪くなっちゃって、もう助からないなって。
でね、これから書くことはあずにゃんに直接お話しようと思ったんだけど、
最期はあずにゃんに抱きしめてて貰いたいから、今手紙を書いてる。
私ね、あずにゃんが軽音部に入ってくれた時、とっても嬉しかった。
私の初めての後輩だったから。
可愛い可愛い私の後輩。
初めて先輩になれて、すごく嬉しかった。
でもね、それよりも嬉しかった事があるよ。
それは、あずにゃんと付き合えた事。
私、すっごく幸せだったよ。
きっと、あずにゃんも同じ…だよね。
私達、遊園地でデートしたよね。
男の人に話し掛けられた時、怖くて泣き出したかった。
あの時、あずにゃんが来てくれて凄く安心した。
あずにゃんが守ってくれた。
あの時の言葉は嘘じゃないんだって。
あの時のあずにゃんの顔、今でも思い出す。
真面目なあずにゃんでも、甘えるあずにゃんの顔でもない。
初めて見た、すごくかっこいいあずにゃんだったから。
…あの時、あずにゃんに一生ついていこうって改めて思った。
観覧車での事、今でもはっきり覚えてる。
私とあずにゃんの距離がぐっと縮まったよね。
夢じゃないかってぐらい嬉しかった。
あずにゃんを感じれて。
私とあずにゃんは、本当に恋人同士なんだって思えて。
私が入院して、目を覚ました時、あずにゃんは憂とケンカしちゃってたよね。
あれ、実は全部聞こえてたんだ。
もしあずにゃんが帰っちゃったらどうしようって凄く不安だった。
私はこんな姿になっちゃったし、私よりも憂を信じたらどうしようって。
でも、あずにゃんは私を信じてくれたね。
こんな姿の私でも変わらずに愛してくれた。
本当に嬉しかった。
私、今までの事思い返してみたんだ。
そしたらね、あずにゃんでいっぱいだった。
楽しい時も悲しい時も、どんな時にでもあずにゃんがいた。
平沢唯って人間はね、あずにゃん抜きじゃ語れないぐらい、
それぐらいあずにゃんは私にとって大きな大きな存在なんだ。
だからあずにゃん、自分で自分を傷つけちゃ駄目だよ?
それはね、同時に私も傷つけちゃう事になるんだ。
…あずにゃんはそんな事望んでないよね?
それと、あずにゃんに謝らなくちゃいけない事がある。
約束してた水族館、行けなくってごめんね…
それに、学園祭にも行けなくてごめんなさい…
もっとあずにゃんと過ごしたかったけど、
あずにゃんの晴れ姿を見たかったけど、どれも私には出来なくなっちゃった…
あずにゃん、私は、遠い、とっても遠い所にお出かけしなくちゃいけない。
寂しくて、悲しくて、泣いちゃうかもしれない。
…最初はそう思った。
でもね、私大丈夫だよ。
あずにゃんがいるから大丈夫だって。
私達は繋がってる。
いつでも私の傍にあずにゃんがいる。
だからあずにゃん、私の事は心配しないでいいよ。
あずにゃんはあずにゃんの人生を精一杯生きて。
大丈夫、私が傍にいる。
嬉しい時も、楽しい時も、悲しい時も、寂しい時も。
私は、ずっとあずにゃんの傍で見守ってるから。
私はこれからもずっと、ずーーっと、あずにゃんを愛し続けるよ。
ありがとう、あずにゃん。
愛してます。
唯より
~~~
私は手紙を読み終え、机の中にしまう。
その中には、あの時唯先輩から貰ったピックも一緒にしまってある。
唯先輩から貰った大切な大切な宝物。使えるはずがない。
だから私は、同じ種類のピックを買って使っている。
そういえば、憂とお揃いのヘアピンの話だけど、
クラスの皆は『可愛いね』、『仲良くて羨ましいや』なんて言ってくれている。
だけど、純は気づいてるみたい。
これが唯先輩の物だって。
でも、私達が一つずつ付けている理由までは気づいてるかな?
純「梓、どうしたの?」キョト
梓「ううん、なんでも」ニコッ
憂「次は移動教室だね。行こっか」ニコッ
私は色んな人に支えられて、色んな人に守られて精一杯生きている。
…日常と化した、非日常を。
終わり
244 : 以下、名... - 2010/07/04(日) 03:04:54.59 fliGRy/IO 141/146
終わりです
唯の手紙は本当長いと自分でも思ったけど唯が頑張ったという事で
読んでくれた人ありがとう
247 : 以下、名... - 2010/07/04(日) 03:08:26.60 fliGRy/IO 142/146
あと唯が死ぬ前の憂のセリフはキャラソンです
249 : 以下、名... - 2010/07/04(日) 03:13:54.28 fliGRy/IO 143/146
最後に言うと、憂の梓は黒猫発言
手術室で憂に
梓ちゃんは私にとって黒猫。
日常を壊す不吉ばかり持ってくる。
って言わせようと思ったので
憂はいい子なので言いませんでした
250 : 以下、名... - 2010/07/04(日) 03:18:34.56 XZbQPu0FO 144/146
ヘアピン一つずつ付けてるのは何か深い意味はあるの?
252 : 以下、名... - 2010/07/04(日) 03:23:08.29 fliGRy/IO 145/146
梓は唯に憧れてました
ずっと追いつけるように頑張ってます
つまり、まだまだ自分は未熟者、唯には追いついてないと思ってます
その状態じゃ2つは付けれない
唯に追いつけた時2つ付けよう、と
それまで憂に預かってもらってます
こんな感じ
253 : 以下、名... - 2010/07/04(日) 03:29:01.20 fliGRy/IO 146/146
憂に関しては、付けてることで
唯はここにいるよ、見てるよ
だから梓ちゃん頑張って
と自分なりにエールを送ってるつもりです