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生徒会長「……男君」 男「かしこまりー」
アフターストーリー・文化祭
「すみません、文化祭の準備でお願いがあるのですが!」
男「どうしました? …………もっとベニヤ板とペンキが欲しい、ですか。それならなんとかなりますよ。東棟の階段下の物置にまとめてあるので、こちらに必要な枚数と個数を記入した後に持っていって下さい」
「今日も渋くてかっこいい教頭先生が来ましたよー。おっと、副会長君、何故道を塞ぐのかな?」
男「きつ……教頭先生は会長にすぐ仕事を押しつけるじゃないですか。先に僕が話を伺いますので……面倒な奴って言いました? 今、小声で面倒な奴って言いましたよね?」
「こんにちはー。あ、副会長だ。ねね、予算ってあげられない!?」
男「えっと、現段階では予算の相談は受け付けないことになっています。全体の要望が集まってから再度検討することになります。ごめんなさい」
「これー、頼まれて持ってきたんですけどー」
男「どうもありがとうございますー。……これ誰からですか? 教頭先生? あの人は……いえ、こちらの話なので気にしないで下さい」
「生徒会! また野球部とサッカー部が揉めてるぞ! 今度は文化祭の出店のことで!」
男「あの人達これで今月六度目だよ……。場所を教えて下さい、すぐに行きます」
生徒会長「……男君」
男「あー、と会長、聞いての通りなので行って来ます! ご用でしたら戻り次第聞きますので!」
生徒会長「……」
女先輩「行っちゃったね。ずいぶんと忙しそう……いや、これは余裕がなさそうと表現するべきかな?」
生徒会長「……うん」
女先輩「文化祭が近いとはいえ、男は少し気を張りすぎだな」
友「付き合いだしてから男に対する甘さが、右肩上がりの会長さんがフォローしないってよっぽどですよね」
女先輩「恋人である会長ちゃんの目から見てもそうだということさ。友人である君の目から見てどうなんだい?」
友「まぁ、ちょっとやばいかもしれないですね」
生徒会長「やばい?」
友「ええ、それこそ今日のことなんですが、数学の授業でこんなことがありまして」
数学教師『つまり、この問題はこうなります。そうですね……この問題の応用が教科書の百三十四ページの問題になります。今日は五日だから、男さん一問目を解いてみて下さい」
男『…………』
数学教師『男さん?』
男『え? あ、文化祭関係の書類は一度文化祭実行委員会の方へ……』
数学教師『……はい?』
友「なんてことがありまして」
女先輩「それは……かなりきてるな」
生徒会長「男君……」
友「数学の先生はご存知の通り穏やかな人なので、呆れるだけで怒られることはなかったんですけど……。普通、こういうのって周りは笑うじゃないですか。でも、俺も含めてクラスメイトの誰も笑わなかったんですよね。というか、笑えなかったんですよ」
女先輩「男はそれなりに立ち回りが上手いから、そもそも心配されることがないやつだと思っていたが……それだけ重症ということか」
友「まぁ、そう思って俺と女先輩がこうして生徒会の仕事を手伝ってるわけですが」
女先輩「正直、こんな山積み状態だとは思っていなかったよ。新しい役員はまだ見つからないのかい?」
生徒会長「うん……」
女先輩「募集をかけて一ヶ月だっけ。もう十月に入ったというのに、誰一人も来ないとはね。やはり、微妙な時期だからか」
友「あー、それが大きな理由みたいですね。実は俺が所属してる部活に、生徒会の仕事に興味があるってやつ何人かいるんですよ。けど、文化祭が迫ってるじゃないですか」
女先輩「うちの高校の文化祭は地域ぐるみで開催するからね。規模が大きいから仕事も多い。それで尻込みしてしまう、というわけか」
友「女先輩と会話してる話が早いなぁ。そうなんですよね、忙しいときに仕事を知らない人間が入ったら、かえって足を引っ張るだけなんじゃないかと思うらしくて」
女先輩「協調性があるからこそ、名乗り出られないというわけか。……正直、今の私達のように手伝いという形で参加してくれるだけでも、全然違うんだが」
友「俺もそう思って言ったんですけど、どうも決心がつかないみたいで。こういうのは強制できませんから、俺としてはお手上げです」
女先輩「文化祭を乗り越えれば役員になってくれそうな生徒がいる。それでよしと思っておくしかないんだろうね」
友「ですねー。しっかし、この生徒会はあれですか? 温泉みたいにどっかから仕事が沸いて出てきてるんですかね?」
生徒会長「この時期は、普段の仕事に合わせて文化祭の仕事もあるから……」
友「いやいや、文化祭の分を抜きにしても、通常の仕事の量が意味わかんないレベルですから。会長さんと男の二人でこなしてるみたいだから、多いって言っても限度があると思っていたんですけど……これはあり得ん」
女先輩「私は会長ちゃんの言うことを少しは疑うことを覚えるようにするよ。君、一人で生徒会をやってた時、私に一人でやれる量だと言っていたけど……どうせ、その時もさほど変わらない量だったんじゃないかい?」
生徒会長「そんなことない、流石に今のほうが多い」
女先輩「たくさんあったことは否定しないんだね」
生徒会長「……やられた」
女先輩「やられたじゃないよ、まったく…………はぁ」
友「……女先輩?」
女先輩「なんだい?」
友「……いえ、なんでもないです」
女先輩「……? 変な奴だな。……まぁいい会長ちゃん、男がああなっている理由に何か思い当たることはないのかい?」
生徒会長「実は――――」
□■□■□■□
友(会長さんが何とかするって言うから先に帰ったけど……男のやつ、大丈夫かね)
女先輩「……」
友(……あとは残った会長さんに任せるしかないか。それより今は――――)
女先輩「……はぁ」
友「珍しいですね。いつも自信満々な女先輩が溜息だなんて」
女先輩「自己嫌悪の真っ最中だ」
友(……軽口が返ってこないってことは、今は冗談も言わない方が良さそうだな)
友「理由を聞いても?」
女先輩「……会長ちゃんは一人で生徒会の仕事をしていた時期があった。その経緯、君は知っているかな?」
友「……ええ、俺達一年生の入学前のことですが、噂で聞いたことあります。大事だったらしいですね」
女先輩「あの時、私は聞いていたんだよ。会長ちゃんに生徒会のことを。大丈夫なのか、一人でやれるのかって」
友「対して、会長さんは一人でやれると答えたんですよね?」
女先輩「だけど本当はどうだったのかは今日の会話の通りだよ。……あの時、無理やりにでも状況を聞きだして、男のように強引であっても手伝えばよかった」
友「強引に干渉されることを嫌がるやつだって、世の中にはごまんといますよ。その時の女先輩が引き下がったのは、責められるようなことじゃないと思いますけどね」
女先輩「それは……分かっているさ」
友「結果が出た後に悔いが出てくるのは分かりますが、考えても仕方がないことですよ」
女先輩「けれど、それでも何気ない会話の一つとして片付けてしまったことを、考えないわけにはいかないよ」
友「まぁ、そう思ってしまうのが普通といえば普通かもですけど」
女先輩「会長ちゃんは嘘が嫌いなくせに、自分だけが大変ならいい、と変な価値観を持っているからね。ああいうタイプは周りが気をつけておかなければいけない」
友「……でも、その点は大丈夫なんじゃないですか?」
女先輩「どういうことだ?」
友「人に頼ることが苦手な会長さん。そんな人が頼ったやつが傍にいるじゃないですか」
女先輩「……あぁ、なるほど。確かに、そういう意味でも私は彼に期待するべきか」
友「あいのぱわーってやつでどうにかすればいいんですよ」
女先輩「でも、その彼も今はいっぱいいっぱいのようだけどね」
友「それも、あいのぱわーでどうにかすればいいんですよ。あいつの場合は理由が理由ですし」
女先輩「……くくっ、それに関しては頷けるな。無理をしている理由を言われた時は、思わず聞き返しそうになったよ」
友「同じだんすぃーとしては、気持ちは分からんでもないんですけどね。ですが批判はします。男め、青春しやがって!」
女先輩「君は本当に素直だな。彼のことは会長ちゃんが何とかすると言っていたし、彼らの問題だろう」
友「ですね。いちゃつきやがって!」
女先輩「…………友、おかげで少し落ち着けた。ありがとう」
友「はて、急にどうしました? 仰る意味がわかりませんが」
女先輩「私が落ち込んでるのを察してくれていたんだろう?」
友「え、そうだったんですか? びっくりです」
女先輩「……君は、おちゃらけているようで、なかなか気配りができるやつのようだ。見直したよ」
友「今まで一体どんな評価だったのか気になるところですが、聞くのは怖いのでやめておきます」
女先輩「くははっ……さて、私はここらで別れるとするよ。家もすぐそこだしね。……当然のようにここまで来たが、君の家もこっちなのか?」
友「へい、そんなところです。それでは、お供させていただきありがとうございました」
女先輩「いや、こちらこそいろいろな意味で助かったよ。それじゃ、また明日、生徒会の手伝いで」
友「はいはーい、また明日っすー」
友(……さて、駅まで戻りますかね。もうこんな時間か、あっちも帰った頃かな? 男と会長さん、上手くいってればいいけど……明日はどうなることやら)
□■□■□■□
男「ただいま戻りました」
生徒会長「おかえり」
男「友と女先輩は先に帰ったんですか?」
生徒会長「うん。二人はあくまでお手伝いだし、こんな時間だから」
男「こんな時間……? って、本当だ。うわ、もう夕日が見えてるし……。片づけておきたい書類とかあったのに、うわぁ、うわぁ……」
生徒会長「……男君」
男「はい、なんですか? あ、今日上がってきた問題はなんとか対処しきれましたよ。ようやく溜まっている仕事に手が出せます。文化祭当日までやっておきたいことは、まだまだありますからね。それで、明日は――」
生徒会長「男君」
男「っ! は、はい、どうしました? そんな眉根を寄せたりして」
生徒会長「……無理しないで」
男「無理なんて……」
生徒会長「してる。最近、目の下にうっすらと隈が出てる。あんまり、寝てないんじゃ?」
男「――それは」
生徒会長「無理しないで。お願い……」
男「でも会長……」
生徒会長「私達が付き合う直前にした約束――文化祭を一緒に回る、っていうのを男君が守ろうとしてるの、わかってる」
男「……」
生徒会長「でも、それで男君が倒れたら、意味ない」
男「……はい」
生徒会長「私のために頑張ってくれるのはとても嬉しい。けど、だからこそ私は男君に無理をしないで欲しい」
男「……」
生徒会長「男君?」
男「……心配かけたことは謝ります。ごめんなさい。だけど、一つだけ訂正させて下さい」
生徒会長「訂正?」
男「はい。指摘されたように、約束の件で少しがむしゃらになっていました。それは間違いないのですが……それは自分のためでもあるんです」
生徒会長「……自分のため?」
男「もちろん、会長との約束ですので会長のためでもあるんですが……」
生徒会長「……?」
男「要は僕も文化祭を会長と回りたくて仕方なくて、何が何でも当日に時間を作ろうと躍起になってまして……」
生徒会長「えっと……」
男「つまり、私利私欲でもあるわけです! むしろ、そっちの面が強かったりします!」
生徒会長「男君……」
男「あぁ、ちょっと呆れたような眼差しが痛い! だって会長、僕達まだまともなデートしたことないんですよ?
生徒会長「それは、そうだけど」
男「そりゃ、帰り道に少し寄り道するのも楽しいですけど、そもそも僕達帰るの遅いからあまり時間取れないし!」
生徒会長「……」
男「土日は土日で仕事をしに学校に来ることもあったし、何度かあった休日もお互いに外せない用事があったりで、ついぞ出かけられることはなかった! だから僕は文化祭に向けて情熱を注いでるんです!」
生徒会長「それが男君が無理をしてる理由?」
男「学生ならではの文化祭デート! 張り切るに決まってるじゃないですか!」
生徒会長「私も楽しみには、してるけど……」
男「ですよね!?」
生徒会長「でも無理はだめ」
男「そう言われても僕はやれることをやるだけです!」
生徒会長「なら私は男君を全力で休ませる」
男「今の僕を止めることは至難のことですよ。そう、いくら会長であってもです」
生徒会長「負けない」
男「やれるものならやってみて下さいですよ!」
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友「その結果がこれかよ」
男「なんだ、友だったのか。起き上がって損した。じゃ、会長もう一回お願いします」
友「もう一回お願いしますじゃねぇよ。用があったから教室で別れて、後から生徒会室に来て見れば……」
男「友、僕はもう、抜け出せないかも知れない……」
友「状況を説明しろ、状況を」
男「ソファーで会長に膝枕してもらってるぅー」
友「そんなもん見ればわかるわ! 過程だよ、過程を求めてんだよ! お前、会長さんが阻止してくるかも知れないけど負けない、って昼休みに息巻いてたじゃん! なのに骨抜きじゃん! これ誰がどう見ても完敗だよ!」
生徒会長「また男君が仕事しに飛び出して行きそうだから誘った。そしたら勝った」
女先輩「な、言っただろう会長ちゃん。こう提案すれば男なんぞイチコロだと」
男「くそぅー、やっぱり女先輩の入れ知恵かー。会長と恋人らしいことをするため、って意気込んでる僕の心理をついた巧妙な絡め手でしたー。こんなの抗えるわけがないー」
友「昨日心配してた俺が馬鹿みたいじゃねぇか……。つか、お前ちょろすぎだろ……」
男「いやだって、友やばいんだってこれ。なんというか、硬すぎず軟らかすぎずで……」
友「いらねぇから、感想とか解説とか真にいらねぇでございますから」
男「膝枕を考えた人って純粋に凄いと思う」
友「お前は絶対に不純だけどな。あー、お前のだらしなく緩んだ顔に、熱湯をぶっかけたい」
男「僕は避けないよ。何故なら、僕が避けたら会長の膝にかかってしまうからね」
友「付き合いたての野郎らしく、順調にきもくなってるよなお前」
男「……」
友「……男?」
生徒会長「寝ちゃった」
友「気を失うように突然だな……。うがぁ、文句言いたりねぇ。鼻になんか突っ込んでやろうかな……」
女先輩「友、小学生みたいなことをするんじゃない」
友「女先輩も女先輩ですよ、なにこんなことやらせてんですか。これ完全に不純異性交遊ですよ。ワシントン条約に引っかかりますって」
女先輩「落ち着け、ワシントン条約は全くもって関係ないぞ。……この程度を不純だと言うつもりはないが、流石に私達以外の者に見られるわけにもいかない。この時期はここに人が頻繁に来るんだろうし、どうせ長くは続けられないさ」
友「ええー……だってこれ、ええー……羨ましい……」
女先輩「本音を隠さないやつだな。だけど、今くらいは見逃してやれ。……これを見ろ」
友「なんですか? ってこれ溜まってた仕事? かなりやってあるじゃないですか。女先輩、もうこんなにやったんですか?」
女先輩「男だよ、これをやったのは。昨日持って帰ってやってきたらしい」
友「これを、全部ですか!? だって、昨日俺達より遅く帰ったはずじゃ」
生徒会長「持って帰ってるの気づかなかった。迂闊……」
女先輩「男の目の下の隈、昨日より酷くなってるだろう?」
友「それは……はい、今朝会った時から気になってはいたんですが」
女先輩「それに免じて、ちょっとくらい君の言う不純異性交遊を許してやれ。というより、そうしないと会長ちゃんの罪悪感が減らない」
生徒会長「……これくらいは、させて欲しい」
友「……はぁ、わかりましたよ。この片づいた仕事を見た後にそれを聞いて、叩き起こす気はちょっとしかしません。文句は呑み込みますよ」
女先輩「ちょっとするのか」
友「だって、女の子の膝枕はだんすぃーの夢その一ですから。……さてと」
女先輩「残ってる仕事の一部を持ってどこ行くんだ?」
友「ここにいると胸焼けしそうなんで、生徒会室の前で仕事してます」
女先輩「……そうだね、そこで来た人間の対応をすれば、不純異性交遊の時間を稼げるだろう」
友「べ、べつにそんなんじゃないんだからね! 勘違いしないでよね! というわけで、俺じゃ対応できないことだったらノックします。扉を開けて大丈夫になったら声を返してください」
生徒会長「わかった。……ありがとう、友君」
友「たまには男にもご褒美があってもいいと思いますしね」
女先輩「……友、これを持って行け」
友「いつの間にか上がYシャツだけになってる女先輩の姿にドキッ! なんですか、ってカーディガン? やだ、女先輩の温もりが残ってる……」
女先輩「そのまま顔を埋めれば、その瞬間から君とは口を利かないからな」
友「……少し心の天秤が揺れましたが、無視されるのは嫌なのでわかりました。でも、折角貸してもらっても、体格差的にギリ着れないんですが……伸びちゃう……」
女先輩「膝にかけておくだけでも違うさ。そろそろ冷えてきたからな、廊下にいるなら何もないよりいいだろう」
友「なるほど、その辺のこと考えてませんでした。……ありがたいです、お借りします。んでは、そこにいるんで用があったら言って下さいね」
生徒会長「……友君、いい人」
女先輩「そうだね。軽薄なところがあるが、憎めないやつだ」
生徒会長「女ちゃんが私以外の人に親切なの始めて見た」
女先輩「人を基本的に冷血であるかのように言うのはやめてくれ。……その体勢でも書類のチェックくらいはできるだろう。それ系の仕事渡すよ。少しでも減らしたいだろう?」
生徒会長「うん、お願い」
女先輩「……もうすぐだね、文化祭」
生徒会長「うん」
女先輩「なんだか、去年より楽しみな気がするよ」
生徒会長「……私も、かな」
女先輩「去年はいろいろあったし、ね」
生徒会長「……うん」
女先輩「……」
生徒会長「……」
女先輩「……仕事をしようか」
生徒会長「うん……」
□■□■□■□
男「文化祭二日目!」
友「おわ、びっくりした。なんだよ急に」
男「今日は文化祭二日目なんだよ、最後の日なんだよ! 友、もうお昼だよ!?」
友「落ち着け。そんなもん、言われなくてもわかってるっての。俺だって昨日の学内者だけのやつに参加してるんだし」
男「まだ僕、会長とデートどころかまともに会話もできてないんだけど!」
友「え、マジで?」
男「当日になってからわかった問題が各所で発生してさ。その対応に追われる文化祭実行委員に巻き込まれて、昨日はてんてこ舞いだったんだよ!」
友「そんなデカイ声で言わなくても聞こえてるっての。それで会長さんと話せなかったのか?」
男「うん……」
友「それはまた……え、なに、それじゃあ今日もまずそうなのか?」
男「今日は多分大丈夫。昨日終わった後に文化祭実行委員達集めて、しっかりお説教しといたから」
友「ああ、あれ説教だったのか。一部始終見てたけどお前が半泣きだったからか、懇願にしか見えなかったわ」
男「それに当日発生した案件以外は事前準備のおかげで、問題なく対処できてるしね」
友「お前、問題が発生した時のために本格的なガイドライン作って、いろんなところに配ってたもんな。ごめん、あれは必死すぎて俺ちょっと笑った」
男「本来、うちの高校は文化祭時に、生徒会がそこまで忙しくなるものじゃないんだよ。それがやっと普通くらいになった。だから、今日はようやく時間ができてさ、会長ともこの後待ち合わせしてるんだよ」
友「おう、良かったじゃん」
男「……」
友「……」
男「友、僕をここに連れてくるとき、何て言ったけ?」
友「お前、生徒会の仕事にかまけて自分のクラスの出し物にあまり関わってないだろう。時間空いたなら顔出しに行こうぜ! だっけ」
男「うん。一秒でも早く会長の下へ行きたいけど、確かに少ししか手伝えなかったから、顔くらい出した方がいいと思ってた。だから、ついてきた」
友「まぁ、連れてきてなんだけどうちの高校は委員会とか部活で出し物やら仕事がある場合は、そっち優先でもいいみたいな雰囲気がある。だから、気にしなくてもいいんだけどな」
男「でも、やっぱり挨拶くらいはした方がいいと思ったんだよ」
友「おう、確かにそれも礼儀と言えば礼儀だわな」
男「……」
友「……」
男「友」
友「おう」
男「……なんで僕は教室に閉じ込められてるんでしょうか」
友「正確には教室の一角に作られた店の裏な」
「あの生徒会長と文化祭デートぉ? 行かせるわけねぇだろうが!」
「男もクラスの一員なんだから、思い出作りに仕事をしようぜ! ……それで、待ち合わせ場所はどこだ? 代わりに行ってきてやるよ」
「他人の不幸は……最高級の味だぁ!」
男「なんなのこれ。普段のみんなってこんな風ではなかったよね」
友「祭りのテンションってやつだろう。なんかうちのクラスの男子だけじゃなくて、他のクラスのやつもいるみたいだな。会長さん、ファン多かっただろうしなぁ」
男「こんな狭いところで取り囲まれるとどうしようもない……くそぅ」
友「ご丁寧に窓側までしっかり塞いでるしな」
男「会長が待ってるのに……」
友「……よし、男、俺に一計がある。本当は心情的にはあっち側だが、文化祭のためにお前がどれだけ身を粉にしてきたかわかってるつもりだからな。助けてやろう」
男「友……! やっぱりここぞというと時に頼りなるのは友だよ!」
友「よせやい照れるじゃねぇか」
「なんだ、友。男っちにつくのか?」
「奴が妬ましいと語り合った仲じゃないか!」
「……そう簡単に俺達が屈服すると思うなよ!」
友「まぁ、聞いてくれ。みんな知っての通り、最近の男はこの文化祭にかけてきた。そのせいで授業で指されてもおかしなことを言ってたし、寝てるんだか起きてるんだか判断し辛い状態を繰り返していた」
「それは……」
「知ってるけどさ……」
友「みんなも心当たりあるんだろう?」
「男のやつ、ちょっとやばかったよな。準備期間の最後ら辺はホラー映画の登場人物みたいになってたし」
「俺、教室から出ようとして扉にぶつかってる男を何度か目撃したわ……」
友「男は毎晩睡眠時間を削って、持ち帰った仕事をこなしていた。夜になるまで学校中を駆け巡っていたこともあった。――――そこまでしてようやく掴み取った時間なんだよ、男にとって今日の会長さんとのデートってのはさ」
「それを言われてしまうと……」
「俺達も男がしていた無理の片鱗を見てたからなぁ」
「おい、どうする……?」
男(凄い、集まってる男子達の間に動揺が広がり始めてる。これならなんとかなるか――――ん?)
友「そこでだ、俺からみんなに提案がある」
男「えっと、友、いつの間にウィッグなんて持ったの? というか、なんでそんなものがあるの?」
友「これはウィッグじゃなくてエクステンションだよ、男。被るんじゃなくて髪につけて長さ変えるやつ」
男「あ、そうなの。……いや、それはどっちでもいいよ。僕が聞きたいのはそれをここで取り出す意味であって」
友「みんな! ここは男の頑張りを評価して行かせよう! でも、それじゃあみんなの溜飲が下がらないと思う。そこでだ、男には仕事の一つを任せて、それで勘弁してやろうぜ!」
男「仕事……え? 何をするの? そういえば、僕、準備には少しは参加したものの、自分のクラスが何をするのか知らない……」
友「お前は生徒会の仕事のことばかり考えてたからな。ここ最近はそれ以外のことに関して、上の空だった。……その報いを受けるんだな」
男「え、報い?」
友「任せるのは宣伝だ。何、別に声高々に店のことを触れ回る必要はない。お前はただ、学校内を歩き回ればいい。……くくくっ」
男「すっごい邪悪な笑み浮かべてる!?」
「話は聞かせてもらったわ、友君!」
「あとは私達に任せてくれればいいよ」
「さぁー、男君。綺麗になろうねぇー」
男「え? え? 女子のみんないつから……それに綺麗になるってどういうって、なにそのヒラヒラした服!?」
友「男、選ぶんだな。一刻も早く会長さんの下へ行くために受け入れるか、それとも自分の尊厳を守るか、な」
男「友……まさか」
友「言っただろう? 俺は心情的にはあちら側だと」
男「もしかしてうちの出し物って……」
友「そう、――――だ」
□■□■□■□
生徒会長「……」
女先輩「そわそわしてるね、会長ちゃん」
生徒会長「……緊張してきた」
女先輩「私は体験したことないからわからないけど、やっぱりそういうものなんだね」
生徒会長「しっかり時間を取るって意味では、初デートになるから……。女ちゃん、私、変なところない?」
女先輩「大丈夫、ちゃんといつも通りのかわゆさだよ。いや、気合入れて身支度をしていた分、いつも以上かな」
生徒会長「……」
女先輩「本当だよ?」
生徒会長「……それは言われるとなんだか恥ずかしい」
女先輩「照れる君の姿はなかなか貴重だね」
生徒会長「もう。……ごめんね、女ちゃんも忙しいのにいてもらって」
女先輩「いいさ。本来なら恋人達の待ち合わせに、同位するのは野暮というものだけどね。今日は一般公開もしてるし、外部から人が来ているから」
生徒会長「男の人に誘われて、無難に断るのって難しい」
女先輩「君は親しい相手じゃないと、会話が端的だからね。まぁ、私も人のことを言えたものじゃないけれど。ナンパのあしらい方は会長ちゃんに比べれば、まだ心得ているかな」
生徒会長「もう五回も代わりに断ってくれた。ありがとう」
女先輩「いいさ。しかし、やっぱりと言うべきか会長ちゃんと一緒にいると、一人でいる時より来るのが多い気がするよ」
生徒会長「……あの人達は人を待ってますって言ったのに、なんで何度も話しかけてくるんだろう」
女先輩「私にもよくわからないけれど、それがナンパというものなんだろう。……会長ちゃんくらいかわゆければ、そういうのの断り方も自然と慣れてるものなんだけどね」
生徒会長「私、無愛想だし可愛くなんてない。外でいきなり話しかけれた経験あんまりないし」
女先輩「謙遜は美徳だけど、あんまりそういうこと言うと男が悲しむよ。あと、君がナンパされた経験が少ないのは、あんまり外に行かないからだと思うよ」
生徒会長「……」
女先輩「あー、ほらほら、難しい顔しない。これからデートなんだから、眉間に皺が残ったらどうするんだい」
生徒会長「……うん」
女先輩「変なこと言って悪かったよ。……それにしても、男のやつ遅いね」
生徒会長「待ち合わせの時間まであと十分ある」
女先輩「それでもあの張りきりようだったから、一時間前に来てもおかしくはないと思っていたんだけどね」
生徒会長「まさか、何かあったのかな……」
女先輩「普通の高校の文化祭で一体何が起こると言うんだ。ま、彼は顔が広いみたいだから、誰かしらに捕まってたりするんだろう」
生徒会長「それは、男君ならありえるかも知れない」
女先輩「だろう? ……そうだ、待ってる間にまたナンパが来たら、今度は会長ちゃんが対応してみようか。まずくなりそうだったら私が助けるからさ」
生徒会長「急になに?」
女先輩「ふとひらめいてね。これから会長ちゃん達は、外で待ち合わせをする機会が増えるだろう? その時に私はいないだろうから、今の内に練習しておけばいいと思ってね」
生徒会長「待ち合わせが増える?」
女先輩「文化祭が終わった後に上手いこと役員が入ったら、デートをする時間が取れるようになるだろう?」
生徒会長「あ……うん」
女先輩「男の性格を考えれば先にいるようにしてそうだが、慣れておくにこしたことはないだろう」
生徒会長「……でも、もう五回も断ったし、そうそう来ないんじゃ?」
女先輩「二度あることは三度あるんだ。五度あることは何度もある、だよ。さっきからこちらをじろじろ見てる輩もいるし、いつ来てもおかしくない状況だ。男心を弄ぶようであれだけど、こちらとしては迷惑ではあるんだからいいだろうさ」
生徒会長「そうかな……」
女先輩「誘いに対して返事をするだけだよ。悪いことをするわけではないんだから、気にすることはないさ」
生徒会長「……わかった」
?「……あの」
女先輩「さっそく来たね。さ、会長ちゃん……ん?」
生徒会長「……あれ?」
?「……」
女先輩「やぁ、どうしたのかな。会長ちゃんに用事かな? そういう格好をしてるということは、うちの生徒だよね。可愛いメイド服だ、とても似合ってるよ」
女子生徒「……ぅあ」
女先輩「どうしたのかな、耳まで真っ赤だけど。恥ずかしがり屋さんなのかな? 大丈夫、ちゃんと待つからゆっくりでいいよ」
生徒会長「……んー?」
女子生徒「えっと、その……」
女先輩「っと、周りが騒がしいから、もう少し声を出せるかな。その声量だと悪いけど聞こえないんだ」
生徒会長「……」
女先輩「ほら、会長ちゃん。あんまり見つめるとこの子も話し辛いだろう?」
生徒会長「……」
女子生徒「……ぇぁ」
女先輩「会長ちゃん、一体どうしたと――――」
生徒会長「男君?」
女先輩「どうしてここで男が出てくるんだ。彼の姿は何処にも見当たらないじゃ……うん?」
女子生徒(?)「……穴があったら入りたい」
女先輩「……んん!? その声は男……えっ……はぁ?」
生徒会長「可愛い」
男「あー、逃げ出したくなってきた……」
□■□■□■□
女先輩「男、はしゃいでいたとはいえ、初デートにその格好は……」
男「本気で引くのやめてください。望んだことじゃないですから、気合入れた結果じゃないですからこれ」
女先輩「黒の布地を基調として、白いレースのフリルで全体の印象をまとめているのか。ふんわりとしていて、女の子らしさを前面に出すメイド服だね。とても似合ってるよ」
男「笑顔で言うから褒められてるのかと思ったら、よく考えたら皮肉だった」
女先輩「くははっ、布地が多いのは少しでも体格を誤魔化すためか。なるほど、よく考えられてるね」
生徒会長「可愛い」
男「どうしてだろう。会長がぺたぺた触ってくるの普段なら超喜ぶのに、今は全然心が震えない」
女先輩「それは心も女の子になりかけてるということじゃないか?」
男「そん! ――――なことないって言い切れない自分が怖いです。もっと自分を保つようにしっかり意識がけよう……」
女先輩「いやはや素質はあると思っていたけど、まさかここまでのものになるとは。君は男にしては声も高い方だし、声音作って小さな声で喋ればすぐに性別は分からないだろうね」
男「合唱コンではテノール間違いなしって言われたことあります……」
女先輩「まつ毛はつけてるのかい?」
男「自前です。拷問器具みたいものを使われてこうなってます」
女先輩「君の目にはビューラーが拷問器具に映るのか。……ということはやっぱり素材が良いわけか。その道のトップを狙ってみるのもありなんじゃないかい?」
男「なしですから。生き方は人それぞれだと思ってますけど、少なくとも僕はそっちの道にいくつもりはありません」
生徒会長「可愛い」
男「会長、さっきからずっと褒めてくれてますね。でもそれは傷口に岩塩を塊で捻じ込むのと同じ行為です」
女先輩「ははっ、会長ちゃんはよっぽど気に入ったみたいだね。もうずっとその格好でいればいんじゃないかな」
男「この人、自分は関係ないと思って適当に……!」
生徒会長「……あり」
男「なしです!」
女先輩「ほらほら、そんなに大きな声を出したら、場所を移した意味がなくなるよ?」
男「はっ! 人目は……よし、何とか集まってないな」
女先輩「その姿でびくびくされると、こう……保護欲が沸いてくるね」
男「新しいおもちゃを見つけた子どもみたいな顔してよく言いますよ。……なんか、遊ばれてるような気がしてきました」
女先輩「そんなことないさ、男ちゃん」
男「思いっきりからかってるじゃないですか……」
生徒会長「どうしてその格好?」
男「最初から最後まで、全ては友のやつの策略だったんです。この格好に着替えて店の宣伝をするって言わないと、抜け出せないようになってまして……」
女先輩「ああ、やっぱり友の仕業か。それ全部彼が用意したのかい?」
男「ええ、クラスの女子達の助言を基にメイド服から始まり、エクステ、花の刺繍が入ったアームカバー、ストッキングにロングブーツ……。僕の髪色、体や足の大きさまで考慮した上で用意したそうですよ」
女先輩「徹底してるな……」
男「まぁ、男同士ですから、あんまりパーソナルなデータとか友に隠してませんしね」
生徒会長「男君、お人形さんみたい」
男「協力した女子達はある意味そういう感覚だったっぽいです。着せ替え人形というか……」
女先輩「元から中性的だったとはいえ、一応は一目で少年だと分かった君の顔立ち。それを完全に少女へと変貌させてるメイクは?」
男「クラスにそっち系の専門学校への進学を考えてる人がいまして」
女先輩「この完成度を見るとその子の本気度が窺えるね」
男「終わった後、最高傑作だと言った彼女の顔はやりきった職人のそれでしたよ……」
女先輩「実際凄くいい出来だしね。今の君は女の子にしか見えないよ」
男「誤解を恐れずに言えば、現代のお化粧の補正力ってやばいって思いましたもの」
女先輩「否定しきれないものがあるね。それが全てとは言わないけど」
生徒会長「男君…………可愛い」
男「じっくり見てから改めて言うのやめてください! というか、会長としては僕が……その、彼氏がこんな格好なのはどうなんですか?」
生徒会長「あり」
男「即答だった……」
女先輩「ギャップが楽しいんだろうさ。ところで男」
男「なんでしょうか」
女先輩「撮っていいかい?」
男「……どうぞ」
女先輩「お、嫌がらないんだね。やっぱり何だかんだ気に入ってる?」
男「すでに記者会見かってくらい、クラスメイト達に散々撮られてるので。どうせここで断っても友あたりから流れるでしょうし」
女先輩「なんだ、諦めの境地か。つまらん」
男「でも撮るんですね。何も面白みもないのに、って会長も撮るんですね……」
生徒会長「あとで待ち受け画面の設定方法を教えて欲しい」
男「機会音痴の克服に前向きなのはいいことですが、この流れでそれはとても気が進まない!」
女先輩「教えてあげなよ。彼氏の写メを待ち受けになんて、いじらしいじゃないか。さて……」
男「これが通常時の僕だったら顔面を弛緩させるんですけどね……。どうしました?」
女先輩「私の役目は終わったから、本来退散する頃合なんだけどね。これからどうするのかと思って」
男「……この格好ですからね。できれば人の目につかない場所で過ごしたいんですが」
生徒会長「……デート、なし?」
男「この寂しさと残念さをブレンドした表情を見て、中止を言えるような強い心を僕は持ってないです」
□■□■□■□
男「あー……」
生徒会長「男君?」
男「いやぁ、女先輩も自分のクラスに戻って、会長と二人っきりになったじゃないですか。ついにデートが始まったんだなぁと思いまして。……こんな恰好ですが」
生徒会長「緊張?」
男「こういうことを伝えてしまうのも変な話ですが、まさしくそうです。念願のデートらしいデートですからね」
生徒会長「本当に楽しみにしてくれてたんだ」
男「もちろんですとも。そのために今日まで学校中を駆けずり回っていたわけですし」
生徒会長「……無理してたのは困ったけど、頑張ってくれたのは嬉しい」
男「その会長のはにかんだ微笑が見れただけで、今までの全てが報われました!」
生徒会長「……もう」
男「ははっ、すみません。……さてと」
生徒会長「……? 急に落ち込んでどうしたの」
男「落ち込んでるっていうか、気が重いといいますか……。今はお店などがない棟の方にいるので、人が少ないじゃないですか」
生徒会長「うん」
男「でも、デートをするには当然ながら、人の多い店がある方に行かなきゃいけないわけで」
生徒会長「格好が気になるの?」
男「この状態を受け入れるには、まだまだ時間が必要そうです。……けど、デート中止も嫌だし、覚悟を決めるしかないんですよね」
生徒会長「どうしてその格好が気になるの?」
男「どうしてってそりゃ…………具体的に聞かれると困りますけど、えっと、例えばこんな格好をしてるって知り合いにばれたらから、かわれたりするだろうなぁ、とか」
生徒会長「大丈夫」
男「何がです?」
生徒会長「今の男君は女の子にしか見えない。だから、ばれない」
男「……握りこぶしつきの力説ありがとうございます。違う意味で落ち込みました。……はぁ、友やクラスメイト達には口止めしたけど、どうせ後日には知れ渡るだろうし、結局僕の気持ちの問題でしたかないのか」
生徒会長「無理なら、無理と言ってくれればいい」
男「……いえ、腹をくくりました。もう、うじうじしません。はやし立てられるのは面倒なので、今日は極力ばれないようにしながらデートします! 明日のことは明日考えます!」
生徒会長「明日から頑張る」
男「それはちょっと違いますが、もう今はデートを楽しむことだけを考えます! いきましょう!」
生徒会長「おー」
男「何処か行きたいところはありますか?」
生徒会長「お昼、食べた?」
男「まだですね。会長は食べましたか?」
生徒会長「私もまだ。なら、最初はご飯を食べよう」
男「賛成です。えっと、飲食関係は校庭に集められた屋台と、貸し出された教室で開いている模擬店などになりますね」
生徒会長「迷う」
男「折角ですからいろいろ食べられるように、屋台巡りはどうでしょうか?」
生徒会長「賛成」
男「じゃ、決定ですね。それでは校庭へ行きましょう!」
生徒会長「ごー」
□■□■□■□
「らっしゃいらっしゃい! 的当て一回百円! 豪華景品もありますよ!」
「あっちで焼きとうもろこしやってます! おいしーですよ!」
「手品同好会です! 十三時から野外ステージで手品ショーをやるんで、是非見に来てください!」
「移動販売でーす! 食後にクレープは何てどうですかー? 甘くて美味しいですよー?」
男「なんか、視線を感じるような……」
生徒会長「それは男君がその格好だから」
男「ですよねー。慣れるようにがんば……っていいんだろうか……。慣れていいのか?」
生徒会長「男君?」
男「や、なんでもないです。しっかし、野外ステージか。スケジュール組むの大変だったなぁ……」
生徒会長「みんな凄いやる気だった」
男「参加者がたくさんいるのはいいことなんですけどね。体育館の発表会場の方も希望者が多くて頭を悩ませましたよ」
生徒会長「体育館でやりたいって人、外でやりたいって人もいたもんね」
男「最終的にはうまく調整できて、本当に良かったです。さてと、何から食べましょうか」
生徒会長「食べ物屋さんを順番に回ってみたい」
男「気分で買えるのもお祭りの醍醐味ですもんね。そうしましょう」
生徒会長「一番近いのは……焼きとうもろこし屋さん」
男「こういう時、計画を立てる側だと何処に何があるか把握していて楽ですよね」
生徒会長「パンフレットいらず」
男「鞄とかないと結構かさ張りますからね。しっかし、お昼だからか流石に人がいますね。一般の方も来てることあって、凄い混雑してるようです」
生徒会長「……男君」
男「なん……」
生徒会長「どうして真顔になるの?」
男「……会長がいきなり手を繋いだからです」
生徒会長「だって、迷子になっちゃう」
男「確かにこれは非常に合理的ですね!」
生徒会長「……手を繋ぐのは嫌い?」
男「大好きです!」
生徒会長「じゃあなんで?」
男「……まだ慣れなくて」
生徒会長「もう何度も繋いでるのに」
男「手汗とか大丈夫かなとか、いろいろ考えてなんか緊張しちゃうんですよ……。会長はすっかり平常心ですね」
生徒会長「そんなことない。これでもドキドキしてる」
男「それにしてはさらっと手を繋ぎますよね」
生徒会長「緊張する以上に、手を繋ぐの好きだから」
男「……え?」
生徒会長「私、男君の手、好き。握ってると安心する」
男「……」
生徒会長「男君、なんで顔赤いの?」
男「……会長ってジゴロの才能ありますよ。いや、女性の場合はジゴレットだっけ」
生徒会長「よくわからないけど、これは男君が相手だから言えること」
男「……うわぁ」
生徒会長「どうしてそっぽ向くの?」
男「すみません、今最高に表情がだらしなくなってると思うので、しばらくこうさせてください」
生徒会長「?」
男「デート開始してすぐでこれかぁ。保てるかなぁ、僕の理性」
生徒会長「男君」
男「なんでしょ?」
生徒会長「腕組んでみたい」
男「理性がぶっ飛ぶんで、今だけは手を繋ぐでお願いします」
男(会長と手を繋いで歩く! 僕達は付き合っていることを隠しているわけではない。けど、わざわざ言いふらすことでもないし、二人で学校にいる時は生徒会室で仕事をしている場合が多い。よって、僕達の関係を知っている人は実の所少ない)
男(だから、今回のデートは二人の関係のお披露目となる機会でもあった。器の小さい考えかもだけど、そうすれば会長に寄って来る人もいなくなるとか思ってた)
男(それなのに周りの反応は――――)
「おい、見ろよあの子達」
「うわ、かわ……マジで可愛いな」
「お前どっち? 俺はあの制服着た天使がタイプ」
「俺はあっちのボーイッシュな子! メイド服とちょっとアンバランスな感じがたまらん!」
「女の子通しが手を繋ぐ……大変良いと思います」
男(どう聞いても仲の良い女の子が二人いるとしか思われてないっていう……)
生徒会長「男君、ぼっとーとしてる」
男「あ、すみません、何でもないです」
男(ここで周りの視線が気になるって言ったら、会長気にするだろうし黙っておこう)
生徒会長「周りの視線、気になる?」
男「……友、本当のエスパーはここにいたよ」
生徒会長「特別目立つことはしてないのにね」
男「非常に残念なことに僕がこの格好ですからね。日常じゃ見る機会が少ないものですし、自然と目を引くんじゃないでしょうか」
生徒会長「それは、そうかも知れない」
男「それに……」
生徒会長「それに?」
男「何よりも会長が可愛いからでひゅよ!」
生徒会長「……でひゅよ」
男「……やっぱり、キザ路線は自分に合わないみたいです」
生徒会長「無理するから。……ふふっ」
男(嬉しそう。でも、これこそキザっぽいセリフだけど、会長が可愛いから視線を集めてるのは事実なんだよなぁ)
生徒会長「見えた、あれが焼きとうもろこし屋さん」
男「あ、本当ですね。うはー、いい匂い」
生徒会長「買う?」
男「ちょうど他の客が途切れたところみたいですね。一番最初ですし、買っちゃいましょうか」
生徒会長「うん」
男「じゃあ、買いましょう。あーっと、会長すみません、お店の人に注文するのお願いしてもいいですか?」
生徒会長「いいけど、どうして?」
男「格好は……まぁともかく、声でばれる可能性があるので。誤魔化せるかもしれませんが、危ない橋は渡らない方がいいかと」
生徒会長「……なるほど、わかった」
男「不甲斐なくて申し訳ないです」
生徒会長「任せて」
男「お金はこれで」
生徒会長「これ、二本分の金額じゃ……」
男「初デートの最初の買い物くらい、格好つけさせて下さい。もっとも、金額的に見栄も張れませんが」
生徒会長「……ふふっ、男の子だね。それじゃあ、一回目だけはごちそうになります」
男「……あれ、凄い大人な対応をされた気がする。会長はきっちりしてるので、正直こういうの断るかと思ってたんですが」
生徒会長「お姉さんですから」
男(そう言ってドヤ顔をするところが子どもっぽい、と言ったら怒られるだろうか)
「いらっしゃーい! あれ、会長さんだ! ねね、元気してるー?」
生徒会長「元気してます。お店の調子はどうですか?」
「おかげさまで繁盛してますよん。え、なになに? 見回りか何か?」
生徒会長「今は仕事中ではないです。えっと……彼女と普通に文化祭を楽しんでるところです」
「彼女って……きゃー! 可愛い! え? え? その子、うちの生徒じゃないよね?」
生徒会長「よく、分かりましたね」
「だって、こんな可愛い子がうちにいたら学校中に知れ渡ってるよぉー」
男(あぁ、超複雑な気分)
生徒会長「……確かにそうかも」
男(なんでちょっと誇らしげなんですか……)
「あれ、でも、うちの生徒じゃなかったから、一般のお客さんだよね? なんでそんな格好してるの? 可愛いけどさ」
男(あ、そういうこと考えてなかった……まずい)
生徒会長「この子、男美ちゃんは私の中学の時の友達で、こういう格好をするのが好きなんです」
男「ちょっ」
生徒会長「それで機会があればこういう格好をするんです」
「あー、なるほど、コスプレ趣味ってやつかー。確かにお祭りとかじゃないと、そういう格好できないもんねー」
生徒会長「はい、だから今日は久々に会うついでに、日頃の鬱憤を爆発させています」
「あはははっ、納得納得! いいねー、男美ちゃんだっけ? とっても似合ってるよ!」
男「……うぅ」
「あれ、俯いちゃった」
生徒会長「この子はとても照れ屋の恥ずかしがり屋さんなので」
「コスプレが趣味なのに? へー、面白い子だね。って、ごめん、長々と話しちゃった。焼きとうもろこし買いに来てくれたんだよね?」
生徒会長「二本お願いします」
「はーい、ちょっと待っててねん。取ってくるから」
男「……会長」
生徒会長「なに?」
男「なんですか、コスプレ趣味って」
生徒会長「女ちゃんがいざという時はそう説明しろって」
男「あの人か……! いつの間に……」
生徒会長「これでばっちり」
男「確かに助かりましたけど…………いや、助かってないかも。むしろ、逆のような」
生徒会長「逆?」
男「後日には僕がこの格好してたと知られるのは明らかなわけですから、そこにコスプレが趣味という情報が入り込むと……」
生徒会長「……あ」
男「実はコスプレ、しかも女装も加えてが趣味らしい副会長の完成、ですよ」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「男君」
男「はい」
生徒会長「明日のことは明日考える」
男「くそぅ、女先輩め、絶対分かってて会長に教えたに違いない!」
「お待たせしましたー! ごめんね、焼いてるところちょっと遠いからさ! って、どうかした?」
生徒会長「なんでもないです。お金これでいいですか?」
「……うーん、半分でいいよ」
生徒会長「え?」
「ここにいない副会長君もそうだけど、生徒会には予算の相談とかでお世話になったからね。サービスしちゃう!」
男「……」
生徒会長「……でも」
「いいのいいの! その代わりって言うのはなんだけど、また食べたくなったら買いに来てよ」
生徒会長「……分かりました。ご厚意感謝します。他の方にもできたら宣伝しておきますね」
「流石会長さん、分かってる! よろしく! 愛してるぜ!」
生徒会長「はい。それでは、男美ちゃん行きましょう」
男「……はい」
「毎度ありがとうございましたー!」
□■□■□■□
生徒会長「たこ焼き」
男「ですね。僕、久々に食べます」
生徒会長「……」
男「会長?」
生徒会長「これは、どう見ても……」
男「はい」
生徒会長「熱い」
男「なんでちょっと驚いてるんですか。当たり前じゃないですか」
生徒会長「食べられない……」
男「あー、会長は猫舌ですもんね」
生徒会長「男君、パス」
男「キャッチ。って、いらないんですか?」
生徒会長「残ってたら食べる」
男「取っておけばいいんですね……」
生徒会長「……」
男「あつつ、はふ……はふ……」
生徒会長「……」
男「おぉ、思っていたより美味しい」
生徒会長「……」
男「これは学生レベルだとも思って侮ってたなぁ」
生徒会長「そんなに美味しい?」
男「え?」
生徒会長「男君、凄く嬉しそうに食べてる」
男「そうでした? まぁでも、確かに美味しいです」
生徒会長「……一個」
男「食べます? けど、まだまだ熱々ですけど……無理しないほうがいいんじゃないですか?」
生徒会長「……」
男(雛鳥の如く口開けて待ってる……。飲み物もあるし、大丈夫かな?)
男「本当に無理しないで下さいね?」
生徒会長「……」
男(頷いてるし、いっか)
男「それじゃあ、ふー、ふー……はい、あーん」
生徒会長「ぁー…………っ!」
男「今びくりと身体が震えましたが大丈夫なんですか!?」
生徒会長「……らい、ひょう……ふ」
男「全然大丈夫そうにないんですが。早く飲み物を」
生徒会長「……んぐ」
男「いや、んぐって」
生徒会長「食べた」
男「どうしてそれでドヤ顔。どうでした?」
生徒会長「美味しかった」
男「それは作った人達も浮かばれますね。もう一個食べます?」
生徒会長「……後で」
男(やっぱり無理してたのか)
□■□■□■□
生徒会長「リンゴ飴」
男「こうやって切ってあると食べやすくていいですね。本場とは少し違ってしまうのかも知れませんが」
生徒会長「おいひい」
男「会長、咥えながら歩いたら危ないですよ」
生徒会長「……ごめんなさい」
男「串がついてますからね。転んだらどうなるか想像するだけで……」
生徒会長「……ぞっとする」
男「気をつけて下さいね?」
生徒会長「はーい」
男(……会長、いつもより子どもっぽいな。それだけ、はしゃいでるってことか)
生徒会長「あ、男君。射的屋さんがある」
男「おー、文化祭でこういうお店って珍しいですね。えーっと、番号の書いてある木の板を落として、その番号と同じ景品がもらえる仕組みらしいですね。景品の番号は分からないみたいですし、くじ引きの要素もあるみたいです」
生徒会長「取ってきた」
男「はやっ! お店の人が目を丸くしてこっちを見てるんですが!」
生徒会長「鉄砲の先を目標に真っ直ぐ向けるだけ。動かないのだから簡単」
男「なに貫禄のあるスナイパーみたいなことを言ってるんですか」
生徒会長「私の背後に立たないで」
男「漫画なんて読まないでしょうに。誰の影響を受けたんだか」
生徒会長「男君が前に言っていたことの真似」
男「……」
生徒会長「景品は……ブレスレット」
男「レザーのですね。質素ですけど、男女どちらでもつけられる感じでいいじゃないですか」
生徒会長「うん」
男「折角ですからつけてみたらどうですか?」
生徒会長「……」
男「会長?」
生徒会長「手を出して」
男「え? はいどうぞって、なんで僕につけるんですか?」
生徒会長「……てけてけてけ、てーん。男君は女の子度が二上がった」
男「アームガードの上からつけるのはありなんですかねこれ。というか、ゲームもやらないでしょうに」
生徒会長「男君の真似」
男「……」
□■□■□■□
生徒会長「わたあめ」
男「たこ焼き久々とか言ってましたけど、これこそ久々に食べます。小学校以来かなぁ」
生徒会長「嫌い?」
男「そんなことはないんですけどね。ただちょっと……」
生徒会長「ちょっと?」
男「食べ辛いじゃないですか。僕の食べ方が悪いだけかも知れませんが、どうしてもベタベタしてしまうので」
生徒会長「なるほど」
男「会長は上手な食べ方を知ってますか?」
生徒会長「任せて」
男「お、自信ありげ」
生徒会長「まず、手で千切ります」
男「はい」
生徒会長「食べます」
男「……以上ですか?」
生徒会長「以上です」
男「指先にわたあめがくっついてますが」
生徒会長「それは……舐めます」
男「行儀が悪くありませんか?」
生徒会長「……上品に舐めます」
男「どうして目を逸らしているんですか?」
生徒会長「……男君は意地悪だと思います」
男「ごめんなさい」
生徒会長「……なんで見てるの?」
男「いやなんか、指先舐めてる仕草が猫っぽいなーって」
生徒会長「……見ない」
男「あたっ」
□■□■□■□
男「食べましたねー」
生徒会長「焼きとうもろこし、たこ焼き、焼きそば、いか焼き、焼き鳥、ポテト、フランクフルト、リンゴ飴、わたあめ、たい焼き、チョコバナナ……」
男「あとはクレープでしたっけ。半分こにできるのは二人で分け合ったとはいえ、結構食べれましたね」
生徒会長「これで全部回りきってない」
男「教室で模擬店やりながら屋台も出してるクラスありますからね。しかも、うちは部活も盛んな上に同好会の参加も認めている関係上、かなりの数になりますから」
生徒会長「校庭の場所割を担当して、男君かなり大変そうだった」
男「ある意味、今回の文化祭準備の中で一番大変だったかも知れないですね。稼いだお金は部活や同好会の場合はそのまま部費に、クラスの場合は一定額の図書券になるシステムなせいか、意欲的なところばかりでしたから。場所に対しての苦情とか、仲の悪い部の近くは嫌だとかいろいろ話が来たりして」
生徒会長「走り回ってた理由の大部分になるんだっけ。……でも、今日回ってみた限りだと、上手くいってるみたい」
男「そうみたいですね。昨日は別件で忙しくて確認とれてなかったので、少し気がかりだったのですが……これで一安心です」
生徒会長「みんな、生徒会に……男君に感謝してた」
男「行く先々でサービスやらおまけしてもらいましたからね。みんながそんな風に思ってくれたなんて、ちょとびっくりしました」
生徒会長「男君のこと、みんなが褒めてた」
男「会長も褒められてたじゃないですか。……けど、まぁ、正直嬉しかったですね」
生徒会長「照れてる」
男「はははっ、これで男美についていろんな所で説明してしまった件がなければ、よかったよかったで終わるのになぁ……」
生徒会長「結局、女ちゃんが考えてくれた説明で通しちゃったね」
男「外部から来てる設定でこの格好をしている理由を考えると、実は妥当だったりしたのが真に悔しいです」
生徒会長「他の説明を考えてる暇なかった」
男「通りすがりに話しかけられたりしましたからね。次の店に行くまでに考えればいい、というのがそもそも甘かった……」
生徒会長「そのままずるずると同じ説明をして……」
男「最終的には……」
『可愛い会長さんが可愛い友達を連れて来てると聞いたので来ました!』
『食べさせ合いっこ……百合の花が咲いて見える……』
男「とかよく分からない輩が来たくらいですからね」
生徒会長「すっかり噂に」
男「今は何処でも気軽にネットに繋がれる時代ですからね。情報の伝達は早いってこと分かってたのに、どうして僕はそこをちゃんと考えなかったんだろう……」
生徒会長「そうなの?」
男「そうなんですよ。さっき少し見てみたら、文化祭実行委員会の名義で作ったとあるSNSのアカウントに囁いてありました」
生徒会長「囁く?」
男「あー、そっか会長は機械音痴だから知らないのか。えっと、ようはネット世界に誰でも好きに大小様々どんな情報でも張り出せる掲示板があるんですよ」
生徒会長「掲示板」
男「はい。それで、文化祭実行員会が文化祭の情報をリアルタイムで集められるように、専用のアカウントを作ったみたいなんです。学校非公式ですけど。そこに僕達のことが囁く……張り出されてるんですよ」
生徒会長「そうなんだ……」
男「中には写真も……これは多分撮っていいか聞かれて承諾したやつですけど、張り出されちゃってるみたいですね」
生徒会長「それは、聞いてない」
男「ですね、許可なくやってるようです。一応、文化祭参加者にしか見れないように工夫してあるみたいですが、心許ないので文化祭実行委員会の人に連絡して、こういうことはなくなるように対策をお願いしておきました」
生徒会長「……そう」
男「風紀の面から考えても不味い流れになりかねませんしね」
生徒会長「……」
男「まぁ、会長がそんな顔をしてしまうのは無理もないことです。ですが、こういうのは良い面も悪い面もあるので、勘弁しておきましょう。まだ、大きな被害にあったわけではありませんし」
生徒会長「今すぐにやめてもらうことは?」
男「下手に強い行動を起こすと、かえって面倒なことに繋がる可能性があるんです。利用している人数も結構いるみたいですので」
生徒会長「……難しいんだね」
男「情報を伝達させる手段としては優れたものなんですけどね。要は使いようです。文化祭が終わったら無許可で張った、特定の対象を映した写真などに関して対応するように、個人としても生徒会としても伝えておきます」
生徒会長「ん……」
男「……ちょと暗い話になっちゃいましたね。気を取り直して、文化祭を楽しみましょう! お腹も膨れたし、次は遊びましょう!」
生徒会長「……うん、そうしよう。次は何処に行く?」
男「屋台の遊ぶ系は食べる合間にやっちゃいましたからね。次は……ん?」
生徒会長「なに?」
男「いえ……」
男(なんか視線を感じるような……。やっぱり僕達二人のことが知れ渡ってるのかな? この格好だからしょうがない部分もあるけど、監視されてるみたいな嫌な感覚だ。けど、さっきの話が終わったばかりだし、今出す話題でもないかな。もう気にしないようにしよう……)
生徒会長「もしかして、お腹痛い?」
男「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。ささ、次は校舎内を巡りましょう」
生徒会長「……? 校内に行くのは賛成」
男「では、行きましょう!」
生徒会長「おー」
□■□■□■□
男「迷路?」
生徒会長「うん、二年生がやってるところ」
男「嫌ってわけではないんですけど、そういうのって子ども向けだったりすんじゃないんですか?」
生徒会長「普通はそうだと思う。でも、女ちゃんが教えてくれたんだけど二人組向けがあるみたい」
男「迷路が二人組向け? それはなんだか気になりますね」
生徒会長「うん。場所は特別教室」
男「ああ、あの合同授業で使う二クラス入る教室ですか。確かに迷路なら広さが必要ですもんね。それじゃ、行ってみましょうか」
「恋する男女には愛の試練! 熱い友情で結ばれた奴らは以心伝心だよね? 二人は障害を乗り越えて更に関係を強めていく! 絆の迷宮にようこそ!」
男「うわぁ……」
「こらこら、そんな低い声で唸らない。可愛いのが台無しだぞぅ?」
男(うっかり声音を誤魔化したり、小声で言うでもなく素で出てしまった……)
生徒会長「絆の迷宮?」
「あれ、生徒会長じゃない。ここに来たということはついに副会長の子とくっついたの?」
男「……っ!」
「って、彼の姿がないわね。代わりに女の子と手なんか繋いじゃって」
男(あ、ばれたのかと思ったけど違ったのか)
「……まさか、そういうことなの!?」
生徒会長「そういうこと?」
「良い、良いわ。非常に、良い。甘酸っぱい恋愛を続け、くっつくのも時間の問題な二人の間に現れた刺客……言わば恋の刺客! 分かる、分かるわ生徒会長。副会長と彼女との間で揺れる恋心。禁忌を理由に彼女を否定してしまうことが許せないのね? だからこそ、自分の気持ちを確かめるために今日という日に、彼ではなく彼女と共に行動している…………切ないわね」
男(辛うじて三角関係を言いたいことは分かるけど、その他は何を言ってるのかさっぱり分からない……!)
生徒会長「……私は、彼も彼女も蔑ろにするつもりはないです」
「……え?」
生徒会長「私にとって、どちらも同じですから」
「そんな、あなたは一緒にして大事にするというの? それは、多くの人が許さないことよ?」
生徒会長「分かっています。今のおと……彼女のことが人によっては憚ることだって。でも、私は彼も、そして彼女のことも同じだと思ってますから」
「そんなの傲慢――――いえ、そのことを含めた全てを理解したうえで、それでも茨の道を進むというの?」
生徒会長「はい」
「……迷いがないのね。あなた、素敵な目をしてる。良いわ、それなら行ってくればいい。この絆の迷宮であなた達自身を試してみなさい」
生徒会長「お願いします」
「――――生徒会長。いろんな人があなた達の関係を否定しても、私はあなた達の関係を応援できる気がする。あなたの目を見たせいか、今はそんな気分だわ」
生徒会長「ありがとうございます」
男(僕は今、何を目撃したんだろう……)
生徒会長「これが迷路」
男「会長、さっきのやり取りって……」
生徒会長「私達のこと、応援してくれるって。……嬉しい」
男「えっと、会長は単純に僕との関係を話したつもりでしょうけど、あっちはそうとは思ってないような…………まぁいいやもう、誰も不幸になってないし」
生徒会長「?」
男「気にしないでください。えーと、本来は入口でここからどうすればいいか説明されたんでしょうけど、勢いで入れられちゃったからよく分かんないですね。ベニヤ板で作られた通路……そういえば、ベニヤ板を大量に欲しがってたクラスがあったなぁ。ここだったのかな?」
「ようこそ、絆を試す挑戦者達よ!」
男「なんか変な人きた!」
「私は君達を導く絆の案内者、仏の学生!」
男「学生服に大仏のマスク……シュールだ」
「君達に今から課せられる試練について教えよう! これからこの右の通路と左の通路に、それぞれ別れて行ってもらう。その先には多くの難題が待ち受けているが、それらを制限時間以内に乗り越えてもらいたい。そして再びまみえた時、今までの君達は終わり、新たな君達が始まるのだ!」
男(流石に二日目だからセリフもすらすらだ……セリフですよね?)
「さぁ行け! 挑戦達よ! その名に恥じぬように挑むのだ!」
男「……」
生徒会長「……」
「……さぁ行け! 挑戦者達よ! その名に」
男「あ、もう説明終わってたのか。じゃあ、会長、僕は右に行くんで後で会いましょう」
生徒会長「うん」
「旅立つ挑戦達に祝福あれ!」
男(仏なのに祝福を授けられるのか……高性能な仏だ)
男(急に大音量の音楽が……なんかのゲームの音楽かな? 場に合ってるのか、合ってないのか判断できない……)
「ようこそ、絆を試す者よ。我は汝を試す始まりの壁」
男「今度はジャージに虎のマスクの大きな人……」
男(って、試練って人と会話する形なのか! やばい、会長と別れて行動してる間はなんとか誤魔化さないと……)
「今、声が……」
男「ごほっ、ごほっ、すみません、風邪引いてて喉の調子がおかしいので、なるべく声を出したくないのですが……」
「あ、それは無理をさせてすみません! えっと、試練は基本的に、はい、いいえ、のどちらか聞くだけなので、それだけ答えていただければ大丈夫です。あとの出題者にも伝えておきますね!」
男(素だと普通に良い人っぽい、この先輩)
男「すみません、お願いします」
「いえいえ~。それでは、ごほん……絆を試す者よ、我が問いに答えよ。さすれば道は開かれん」
男(ノリは基本的に西洋ファンタジー風? それなのに何故、大仏に虎のマスク……)
「今、共に試練を受ける汝の片割れは、汝にとって誰よりも心を許せる存在か?」
男(あぁ、二人組でやる迷路ってこういうことか。……これ、迷路っていうのかな?)
「どうした、答えられぬのか?」
男(心を許せるか……仲の良い人で挙げられるのは当然として会長に、後は友と女先輩か。一番付き合いが長いのは友だけど、友はいたずらとかするし、ある意味一番油断ならないからなぁ。女先輩も考えてることが読めない人だし、やっぱり僕の答えは――――)
男「はい」
「なるほど……良いだろう、ならばこちらの道へ進むがよい!」
男「はい」
「さっき言った通り、後もはい、いいえで大丈夫なようにしておくから」
男(本当に良い人だな……)
「ふふ、わざわざ贄の方から来るとはな」
男(今度は……魔女? どうしてこの人だけ上から下まで完全装備なんだ……)
「私はやけくその魔女。贄よ、答えなさい」
男「……無理やりやらされてるんですね」
「思い出すから言わないで…………喉のこと聞いてるから、無理に喋らなくていいわよ」
男「はい」
「あなたは贄。しかし、あなたはもう一人の贄と再会するために、何が何でも進まねばならない」
男(もう一人の贄って会長のことかな?)
「なので、譲渡してあげます。あなたにとって大切なものを代わりに置いていけば、あなたのことは見逃しましょう。もう一人の贄と再会するために、大切なものを置いていきなさい」
男(つまり、次に進みたかったら、会長と同じかそれ以上に大切なものを置いていけってことか。……これって結構難しいこと言ってるような?)
「どうですか? それをする覚悟がありますか?」
男(でも、物理的に持ってないとこれはクリアできないような…………覚悟か、もしかして、こういうことかな?)
男「はい」
「大切なものを手に入れるために、別の大切なものを捨てる勇気があるというのですね?」
男「はい」
「……久々に骨のある贄です。いいでしょう、こちらの道へ……先に進みなさい。ふっはははは、あなたの気概に触れて清々しい気分ですので、何も置いていかないで結構です」
男(完全に棒読みっていうね)
「さぁ、行くのです挑戦者よ」
男(思った通りこういう展開だったか。やっぱり全体的にノリは西洋ファンタジー風みたいだ。……これをそうだと言うと怒る人もいるかも知れないけど)
「はぁ……何よ、贄って……」
男(……お疲れ様です)
……………………
………………
…………
……
男(特別教室に入ってから音楽がうるさいと思ってたけど、これはもう一人の参加者がなんて答えたか聞こえないようにするためか。その辺は徹底してるのに、どうして手抜きの所はどうしようもないくらい手抜きなんだろう……)
「待っていたぞ、挑戦者よ!」
男「ナース服に……鼻眼鏡……しかも男子……」
「聞いたぞ、調子が悪いんだってな! 俺が適当に薬を煎じて飲ませてやろうか!?」
男「いいえ」
「わっはっはっはっ! 食い気味に即答とは中々のお嬢さんだ! 少し惚れそうだ!」
男(あ、この人面倒くさい)
「とか言ってると、またクラスメイトに怒られてしまうからな! さっさと出題するぞ!」
男「はい」
「問題! 蓮根の古称はな~んだ?」
男「……」
「……」
男「はい?」
「正解! その通り、?だな。他にはハスネなども挙げられるな」
男「えっ」
「正解者はこっちの道へ進め。じゃあな!」
男(聞き返しただけなのに、これでいいんだ。……普通のナゾナゾも混ぜたりするのかな?)
「こらぁぁあああ、お前ってやつはまた勝手に!」
「わっはっはっはっ! はい、いいえしか言えない少女に対しての問題として秀逸だっただろう?」
「誰だよこいつに出題係り任せたやつ! 趣旨を理解してねぇじゃないか!」
男(……そうでもなかったぽい。けどいいや、先に進んじゃえ)
……………………
………………
…………
……
男(結構答えたな。次で七つ目の問題だっけ)
「よくぞ辿り着きました挑戦者よ」
男「……」
「ついにこれが最後の試練になり……どうかしましたか?」
男「……いえ」
男(なんで最後が競泳水着の男子生徒…………ゴーグルと水泳用の帽子もちゃんと被ってるし。ここまででダンボールで作ったロボや軍服、スチュワーデスとか出てきてるからもう驚かないけど、この人が一番手抜きな気がする)
「何やら目つきが気になりますが、私は紳士です。いいです、このまま問いましょう」
男「はい」
「あなたは胸を張ってパートナーと付き合えていますか?」
男「ごほん、パートナー?」
「もう一人の挑戦者のことです。私はあなたのパートナーが男性なのか女性なのか知りませんが、どちらでも構いません。この絆の迷宮に挑んだ以上、気心の知れた仲なのでしょう。そんな相手と接する時、果たしてあなたは胸中にわだかまりなく、晴れやかでありますか?」
男(……つまり、関係する上で致命的な隠し事があったり、大きな不満がないかってことかな?)
「制限時間も差し迫ってきているし、こういうことはすぐに思い浮かんだものがあるかないかでしょう。すらりと答えていただきたい」
男(僕は会長に対して、恋人として致命的な隠し事は……ない。不満どころか、満足、というより僕には勿体ないくらいの人だとですら思える。――――なら)
男「はい」
「本当だね?」
男「はい」
「……」
男「……」
「なるほど、真っ直ぐに見つめてくるその瞳に嘘はなさそうだ。よかろう、最後の試練突破だ」
男「ありがとうございます」
「おめでとう、こちらの道へ行くといい。この先は試練を突破した者達の再会の場所だ」
男「はい」
「……一つ、助言だ」
男「え?」
「うちのクラスの出し物、絆の迷宮はちょっとした心理テスト、相性占いみたいなものだ。我々は大真面目にこのアトラクションを行っているが、所詮こんなものは学生が考えた遊びの延長でしかない。だから、例え良い結果だろうと……悪い結果だろうと、二人の仲を確定するものではない。それを忘れないで欲しい」
男「海パンさん……」
「その妙なあだ名はやめてくれ。……時間を取らせて悪かった、体調も悪いのに。ちょうど制限時間も来た、試練はこれで完全に終了だ」
男「ごほん、一つだけ聞かせてください。この絆の迷宮に挑戦した人達の踏破率はどれくらいなんですか?」
「九割だ。皆、祭りの遊び程度にしか捉えていないからな。適当に頷いて自分達の仲の良さを暗示的に確認し、満足して帰るのがほとんどさ」
男「……クリアできなかった人達もいるんですね」
「そうなるな。クリアできなかったのは、そうだな……適当に終わらせたかった人、他のイベントの時間が来て出たくなった人、あとはきっと――――真面目で相手に嘘がつけない人だったんだろう」
男(この時の僕は海パンさんの言ったことと格好のギャップに少し笑って、実はかっこいい人なんだなと思いながらその場を後にした。彼が急にどうしてそんなことを言ったのか、真面目に語ってくれたのか、その意味を考えずに……)
男(ベニヤ板の狭い通路を抜けた先にあった待合室)
男(そこで待っていたのは、気まずげにぎこちない笑みを浮かべた係りの人だった)
男(右を向いても左を向いても他には誰もいなくて)
男(――――会長の姿は何処にもなかった)
□■□■□■□
「うん分かる、分かるわー。やっぱり三角関係である以上、どうしても拭いきれないものがあるわよね。でも、それが茨の道を歩むということなのよ。今回のことで決意が鈍ることがあるかも知れない。けど、忘れないで、私は生徒会長の味方よ。きっとこの先も落ち込んでしまうことがあるかも知れない。でも、その時はあなたが想う二人を……そして私を思い出して! あなたは一人じゃないわ!」
生徒会長「……」
男「……会長」
「そこのあなた」
男「え? あ、はい」
「もう、しゃんとしなさい! 名前知らないけど、生徒会長の恋人ってことでいいのよね? あなたが副会長の子とどう決め合ってるか知らないけど、今ここにはあなたしかいないのよ。恋人ならちゃんと支えてあげなさい!」
男「……っ! は、はい」
「分かったなら行きなさい。ここは今の生徒会長にとって辛い場所だわ。少しでも元気が出るように努力するのよ!」
男「わかりました。……行きましょう」
生徒会長「……うん」
「何かあったら私を頼りなさいね~いいわね~!」
男「うわ、パンフレットを見てみたら、さっきの迷路についてどういうものか詳しく書いてあるし……」
男(これを読んどけばこの状況も避けられたのかな。店の場所を全て把握してたのが仇に……あとの祭りか、こんなこと)
生徒会長「……」
男(ほとんど手を繋いで引っ張るように連れてるけど、やばい、どうすればいいのか分からない)
生徒会長「……ふぅ」
男(特別教室を出る直前までは何問目で出たのか、軽い調子で聞こうと思ってけど)
生徒会長「……」
男(……とても軽く聞ける様子じゃないよなぁ。一見、表情はいつも通りに見えるけどもう分かる。間違いなく、かなり気落ちしてる。この様子を見ると会長が真剣に取り組んで、その結果クリアできなかったってことか)
生徒会長「……」
男「会長、小腹空いたりしてませんか?」
生徒会長「……大丈夫」
男「じゃあ、喉渇いてません? 結構話したりとかしませんでした?」
生徒会長「……それも大丈夫」
男「そう、ですか……」
男(やばい、会話が途切れる……いや、むしろここは少し黙っていた方がいいのかな? くそ、こういう時にどうすればいいのか分からないのが歯痒い……)
生徒会長「……」
男(会長、何問目で出たんだろう……。海パンさんが言っていたように、問題はどれも相性占いの延長みたいなものばかりだったし……あり得るとしたら、やっぱり最終問題かな?)
生徒会長「……」
男(会長は僕に隠し事がある? それとも不満が……?)
生徒会長「……はぁ」
男(うぐぐ、率直に聞いてしまおうかな……でも、やっぱり少し時間を置いた方がいいのかな? いっそ、ずっと聞かないでおいて時間が解決してくれるのを待った方がいいとか……だあああぁああ! うじうじ考えても仕方ない! ここは――――)
男「会長! あの聞きたいことが――――って、どうしたんですか? なんで驚いた顔して……っと、あんまり引っ張らないで下さい。スカート、履きなれてないんで捲れてても気づきにくいんですから」
生徒会長「……こんにちは」
男「はい、こんにちは。え、なんで急に挨拶を?」
生徒会長「男君、横。あと、私はスカート引っ張ってない」
男「横? 引っ張ってない?」
少女「……」
男「女の子? えっと、どうかしたかな? どうして僕のスカートの裾をわしづかみしてるの?」
少女「……ひ」
男「ひ?」
少女「ひっぐ……」
男「え、そんなに急に顔を歪め……まさか」
少女「ひっぐ、ぇえええええええ」
男「わー! 火がついたように!? ちょ、ちょっと、本当にどうしたのおぉ!?」
……………………
………………
…………
……
生徒会長「――――つまり、少女ちゃんは迷子になっちゃったんだ?」
少女「……はい」
男「うちの生徒の妹さんか、一般のお客さんの娘さんですかね。生徒の妹さんであれば、特定もしやすかったかも知れないんですが……」
生徒会長「そうだね……」
男「君、今日はお家の人と一緒に来たんだよね? はぐれた時間と場所とか分かるかな? もしもの時の合流場所とか決めてたりは」
生徒会長「……男君、そんな一度に聞いたらだめ。少女ちゃんは小学校一年生。まだまだ小さい子なんだから」
少女「うぅ……」
男「おっと、すみません。自己紹介が済んだので思わず……ごめんね、ゆっくりでいいから僕達に教えてくれるかな?」
少女「……今日はパパと来た……来ました」
男「そっか、パパと来たんだ。いいねー」
生徒会長「少女ちゃんには兄妹はいるかな?」
少女「いない。……です」
男(となると、一般の方の娘さんか……)
生徒会長「……少女ちゃん、無理に丁寧な話し方しなくていいよ。お友達とお話しするようにしてくれればいいから」
少女「でも……ママが年上の人とお話しする時は、きちんとした話し方をしなさいって」
男(……しっかりとした教育されてる子だな。でも、そのせいで緊張が上乗せになっちゃってる)
生徒会長「……少女ちゃん。私とお友達にならない?」
少女「お友達?」
生徒会長「うん。私、少女ちゃんみたいな可愛い女の子のお友達が欲しかったんだ」
男(……なるほど、上手いな)
少女「可愛い……えへへ」
男「それなら、僕もお願いしてもいいかな? 実は友達百人作るのが目標でさ」
少女「……お、お二人が私のお友達になってくれるの……んですか?」
男「うん、だから普通にお喋りしようよ!」
生徒会長「今日から私達はお友達」
少女「……」
男(ん? なんか凄い少女ちゃんが見てくるけど、どうしたんだろう)
少女「……お姉ちゃん」
生徒会長「ん、なにかな?」
少女「こっちの人はお姉ちゃんなの? お兄ちゃんなの?」
男(…………やば、気が動転してたから、ここまで声を誤魔化さずに喋ってた。じっと見てきたのは訝しんでたからか)
生徒会長「……少女ちゃん」
少女「どっち?」
生徒会長「この人はお姉ちゃんなの」
少女「でも、……男の人みたいだよ?」
生徒会長「そう、この人はお兄ちゃんでもあるの」
少女「え? さっきお姉ちゃんだって……」
生徒会長「うん、お姉ちゃんでもあるの」
少女「え? え? え?」
生徒会長「この人はお兄ちゃんで、お姉ちゃんなの」
男(会長……その誤魔化し方は少し荒くはないでしょうか……)
少女「……」
生徒会長「少女ちゃん、世の中にはいろんな人がいるの。みんな少女ちゃんと違って、けど同じ人なんだよ」
少女「同じ人?」
生徒会長「そうなの。同じ人だけど、少し違ってる人だっている。だけど、違うってことを理由に嫌いになることは、悲しいことだとは思わないかな?」
少女「……うん、そう思う。ママも理由もなく人を嫌いになっちゃだめだって言ってた」
生徒会長「……そっか、優しいお母さんだね」
少女「うん! ママは怒ると怖いけど、いつもはすっごく優しいの!」
生徒会長「……それで、改めて少女ちゃんに聞きます。この人は少し他の人とは違うけど、お友達になれるかな?」
少女「……なれる! おにい……おねえ…………おにぇちゃん! 私とお友達になろう?」
男「わ、わーありがとう少女ちゃん! 僕、本当に嬉しいよ!」
少女「えへへへ」
生徒会長「男君」
男「会長……」
生徒会長「よかったね」
男「はい! ……けど、なんでなんですかね。会長は彼女に何か大切なことを教えたはずなのに、釈然としない思いが残るのは」
□■□■□■□
少女「わー! すっごーい!」
「あら元気なお嬢ちゃん。PTAのバザーになんて興味があるなんて珍しいね」
少女「おにぇちゃん達と一緒だから!」
「おにぇちゃん? ああ、お姉ちゃんね。一緒でいいわね~」
少女「うん!」
男「あははっ、走ったらだめだよー?」
少女「はーい!」
生徒会長「……そろそろかな?」
男「ですね……あ、ちょうど放送が」
『文化祭実行委員会から迷子のお知らせです。○○市、△△町からお越しの少女ちゃんの保護者の方は、至急お近くの教員か腕章をつけた文化祭実行員会までご連絡をお願いします。繰り返します――――』
生徒会長「ちゃんと放送してくれた」
男「偶然通りがかった実行委員の人、ちゃんと伝えてくれたみたいですね。……本来は職員室か、実行委員会の本部に行った方がいいんでしょうけど――――」
少女『えー! 私、二人と遊びたい!』
男『でも、お家の人と早く会いたくない?』
少女『パパが来たら二人と遊べなくなっちゃうもん!』
生徒会長『……お父さんに迎えに来てもらってから、みんなで遊ぼう?』
少女『だめ、パパが来たらみんなで遊べないんだもん……』
男「結局押し切られて、お家の方との待ち合わせ場所をここしたっていう。バザーとして良いんだか悪いんだから分かりませんが、そこまで混んでないので待ち合わせにはちょうどよさそうです」
生徒会長「少女ちゃんも楽しそう」
男「根は明るい子みたいですね。……少女ちゃん、理由を聞いても教えてくれませんでした。厳しいお父さんだとか、何か事情があるんでしょうか……」
男『少女ちゃん、お父さんってどんな人?』
少女『パパ? んっとね、普段はすっごい優しいんだけど、怒るととっても怖いの……』
生徒会長『怖い?』
少女『うん……。あとはお掃除が得意でママの代わりにいつも掃除してたり、お休みの日は町のお掃除もしてるって言ってたよ!』
男『お掃除がお仕事の人なんだ?』
少女『ん~? ……わかんない、でも人の役に立つお仕事してるって言ってた!』
男「……ここに来る途中聞いた限りだと少し気になる点もありましたけど、夫婦仲も良好な普通のお父さんって感じなんですけどね」
生徒会長「まだ、分からないから暗い方に考えないでおこう。もしかしたら、ただ帰り際にはぐれたから、お家の人が来たら帰えることになるって考えただけかも知れない」
男「……そうですね」
生徒会長「うん」
少女「おにぇちゃん達―! どうしたのー?」
男(ギリギリ、お姉ちゃんを舌足らずに言ってるように聞こえるな。あとはおにぇちゃんとお姉ちゃんを連続で呼んだときに、違和感を覚える人がいないように願うしかないか)
生徒会長「私たちも中に」
男「そうですね」
少女「何かあったの?」
男「なんでもないよ。それより、その手に持ってるのはどうしたの?」
少女「おばさんがクッキーくれたの!」
「保護者で暇な人が集まって、手作りの品を少し出してるやつなの。お嬢ちゃん可愛いから一つあげちゃた」
生徒会長「お金払います」
「いいのいいの。そんなに高いものでもないし、儲けようとしてるわけでもないしね」
男「ありがとうございます」
「気にしなくていいのよ~。それより、フリフリのあなた、声が変ね。風邪?」
男「あ、は、はい。そうなんですよ」
男(女装してるので声を誤魔化してるとは言えない……)
「あらやだわ~涼しくなり始める季節だからね~。あ、そうだ。おばちゃん、よく効くのど飴持ってるのよ。えっと、そう、これこれ。どうぞ」
男「あ、ありがとうございます」
「うふふ、ちゃんとお礼の言える子で偉いわね~。うちの子なんてね……」
男(やばい、これはおば様方特有の長話展開……?)
少女「おにぇちゃん、こっちー!」
「あらあら、呼んでるわね。引き留めちゃってごめんね、早く行ってあげて」
男「す、すみません。失礼します」
男(少女ちゃん、正直ナイス……)
少女「おにぇちゃん、これこれ!」
男「どれかな? これは……ビーズの指輪?」
少女「すっごく可愛い!」
男(やっぱり、小学生くらいの女の子ってこういうの好きなんだな)
少女「……でも、おこづかいもあんまりないしなぁ。うーん」
男「お、ちゃんと考えて買い物してるんだ。偉いね」
少女「えへへ。でも、いろんなものがあるから迷う」
男「確かに他にもいろいろあるね。……バザーだから使わなくなった物とかが多いけど、保護者の方達の手作り品も置いてあるのか。趣味の公開の場としても活用されてるんだな」
少女「かつよう?」
男「ええっと、いろんな人がそれぞれの楽しみ方で、文化祭を楽しんでくれてるってことだよ。少女ちゃん、文化祭楽しい?」
少女「うん! 私、文化祭……活用してる!」
男「あぁ、間違った日本語の使い方を教えてしまった……」
少女「違うの?」
男「考えようによって意味は通るかもだけど、ちょっと違うかな」
少女「難しい……」
男「僕も難しいや……」
男(子どもってあんまり慣れないからなぁ。その点、会長は面倒見が良いからか自然に接してたな……あれ、そういえば会長どこに?)
生徒会長「……」
男「あ、いた。会長、どうし……」
男(何か見てる。あれは、櫛?)
「あら? その櫛とかが気になる?」
生徒会長「え、あ、はい」
「その櫛とかも手作りなのよ~。といっても、元々出来てあるものに色を塗ったり、柄をつけたりしてあるだけなんだけどね~」
生徒会長「そうなんですか。……他の盆とかも素敵ですね」
「ありがとう~、作った人に伝えておくね~」
男(……会長の櫛、お母さんの形見だって話だもんな。やっぱりああいうのが目に入ると気になっちゃうんだろうか)
少女「おにぇちゃん」
男「ん、なにかな?」
少女「しゃがんで~」
男「いいけど、どうかしたの?」
少女「えーっとね、えっとね」
男「え、なになに? 僕の頭に何かついて、いた、痛い、痛いよ!? 何してるの!?」
少女「上手くできない…………あ、できた!」
男「いててて、これは、髪飾り?」
少女「あんまり触ったら取れちゃうよ?」
男「あ、ごめん。……って、これ売り物だよね? 勝手につけたりしたらだめだよ」
生徒会長「可愛い」
男「なんというタイミングでこっちに戻ってきて……」
「まあ、よく似合ってるわよ~。うふふ、話題の女子力がアップね!」
男「ワー、ウレシイナァ……じゃなかった、すみません、売り物なのに勝手につけてしまって」
「いいのいいの」
少女「お姉ちゃん、あっち見に行こう?」
生徒会長「わかった」
男「そして少女ちゃんがつけたのに、我関せずで行っちゃうし……。これ、つけちゃたんで買います」
「本当に気にしなくていいんだけどね。でも、似合ってるから是非買ってほしいかな。二百円になりまーす」
男「あとこれとこれ……それと、あれも一つお願いします」
「ありがとう~。うふふっ、女の子だもんね~。やっぱりこういうの持っておくといいわよね」
男「……えっと、そんな感じです」
「これとこれでいいのね? こちらは全部で六百円になりま~す」
男「代金です」
「はい、確かに。ありがとうね~」
少女「おにぇちゃん、何か買ったの?」
男「あ、戻ってきたんだ。うん、それでこれ」
少女「あ、ビーズの指輪……」
男「友達になった記念にプレゼント」
少女「いいの!?」
男「気に入ったみたいだったから。そんなに高いものでもないしね」
少女「ありがとう!」
男「会長もどうぞこれ」
生徒会長「私にも?」
男「少女ちゃんと同じやつです。女の子同士でお揃いって、なんか友達っぽいかなって」
生徒会長「……ありがとう」
少女「おにぇちゃんのは?」
男「ん?」
少女「おにぇちゃんのは買ってないの?」
男「いやだって、僕は――」
男(男の子だから。って、今の僕は女の子なのか。…………今の僕は女の子って思う日が来るとは)
男「――髪飾り買ったからさ」
少女「……」
男「少女ちゃん? どうしたの、眉根なんて寄せて」
少女「……すみません!」
「はーい、何かしら?」
少女「えっと、このビーズの指輪と同じやつください」
男「え、少女ちゃんさっきお金がないって……」
「分かりました~。これでいいかな?」
少女「はい! お金です!」
「はーい、ちょうどいただきました」
少女「おにぇちゃん」
男「はい」
少女「プレゼントです」
男「……いいの?」
少女「お友達になった記念!」
男「少女ちゃん……うん、もらうね。ありがとう」
少女「えへへ、これでみんな一緒! ね、お姉ちゃん!」
生徒会長「うん、そうだね」
「心温まる話だわ~。おばさん、感動しちゃった。クッキーもう一個あげちゃう!」
少女「いいの!? ありがとう!」
生徒会長「……少女ちゃん、いいこだね」
男「はい、本当に……」
生徒会長「……」
男(会長、暖かい微笑みだな。……気まずい雰囲気も少女ちゃんのお蔭で落ち着いてる。けど、それは誤魔化しているだけに過ぎないんだよな)
男(優しく笑ってる会長。それを見て、どうしてか胸が痛い。さっきまで会長に迷路をいつ出たのか軽く聞く、なんて思ってたけど、自分が思っていた以上に僕は落ち込んでいたんだな……)
男(そもそも最後の所でいないかも、なんて考えていなかった。僕は身勝手に思い込んでいた。会長は当たり前にいてくれると……それが、とても心苦しい)
生徒会長「男君?」
男「はい、なんですか?」
生徒会長「……どうかしたの?」
男「どうもしませんよ。急にどうしたんですか?」
生徒会長「でも、今……」
?「ぉおおおおおおおおおおお!」
男「うぉ、なんだ!?」
生徒会長「廊下から……?」
?「少女ぉおおおおおおおおお!」
男「少女ちゃんを呼んでる?」
少女「この声……パパだ!」
男「パパ?」
少女父「ここかあああああああああ!」
男「扉が物凄い音を立ててっ!」
少女「パパー!」
少女父「――っ! お、おお、おおおおぉお! 少女、よく無事で……! 怪我はないか? 怖い目にあってないか? 酷いことされてないか?」
男(すごっ、身長が二メートル近くある。服の上からでもわかる筋肉……この人が、少女ちゃんのお父さん……!)
生徒会長「少女ちゃんのお父様で間違いありませんか?」
少女父「うぉおううぅ……う? そうだが、君は?」
生徒会長「私は当校の生徒会長を務めている者です。少女ちゃんを保護していました」
少女父「おぉ、そうだったのか! いやぁ、すみません、うちの子がお世話になりました。少女、お姉さんにご迷惑をおかけしなかったか?」
少女「うん! お姉ちゃんとおにぇちゃんに迷惑かけてないよ。お友達にもなったし!」
少女父「お姉ちゃんとおにぇちゃん?」
男「こ、こんにちは」
少女父「……君が娘の言うところのおにぇちゃんさんかな?」
男「は、はい」
少女父「……」
男(なんか目線で穴を開けようとしているかのように見てくる……)
少女父「……少女」
少女「なぁに?」
少女父「どうしてこの人はお姉ちゃんでなく、おにぇちゃんと呼んでるのかな?」
少女「えーだって、おにぇちゃんはおにぇちゃんだからだもん」
少女父「もう少し詳しく話してくれないか?」
少女「えっと、だからね。おにぇちゃんはおにい」
男「あだ名です! こっちの会長と呼び方を分けるためにそう呼んでもらってるだけです!」
少女父「そうなのか?」
男「ね! ね! 少女ちゃん、そうだよね!」
少女「う? うーん、そうなの、かな?」
少女父「……本当に本当か?」
男「はい!」
少女父「そうか……いや、はっはは。すまないね、変なことを聞いたりして」
男(と、一度は納得した風だけど、訝しむような目はなくなってない。かなり疑ってるな、勘の強い人みたいだ)
少女父「でも良かったよ。少女を保護した人が……少女に近づいた人が女の子だけで」
男「……ちなみに、男子だった場合どうなったんですか?」
少女父「娘をかどわかそうとしてないか、徹底的なお話をしたところだ」
男(こわっ! この人、真顔だよ!)
生徒会長「男君、少女ちゃんがすぐにお家の人と合流するの嫌がったのって……」
男「もしも僕の性別が発覚した場合、お父さんが何するかわからないから……でしょうね。そのことを何故か少女ちゃん忘れてるみたいですが」
生徒会長「それは男君がお花の髪飾りが似合うくらい女の子してるから、少女ちゃんの中で認識が変わったとかじゃないかな」
男「えぇー……」
少女父「何かな?」
男「あっと、すみません。生徒会の仕事のことで少し」
少女父「おぉ、そうだったのか。改めてすまなかったね、文化祭で忙しいだろうに。ほら少女、行こう」
男(少女ちゃんの反応で悪いように想像してたけど、ただの娘が大好き過ぎるお父さんだったみたいだな。……良かった)
少女「えぇ! まだ二人と遊びたい!」
少女父「彼女達を困らせてはいけないよ。ちゃんとお礼を言いなさい」
少女「でもでも……」
男(別れを惜しんでくれるのは嬉しいんだけど、このお父さんと一緒に行動するのはちょっとまずそうなんだよなぁ。せめて最初から性別を隠してないならともかく……この格好で少女ちゃんに近づいたとばれたらどうなることやら)
?「はぁ、はぁっ……やっと着いた」
男「あれ、友?」
友「あ、男――」
男「そういえばお父さん、自己紹介が遅れました! ぼ……私は男美と言います!」
少女父「お、おお、そうかい」
友「――美じゃん。なんだ、少女ちゃんを保護したのってお前らだったのか。っていうか、それなら電話出ろよ。協力してもらおうと思って何回かかけたのに」
男「協力? 電話? ……あ、本当だ。友から着信が入ってる」
男(履歴の時間から考えて迷路にいた時か。あそこ音楽がうるさかったから、全然気づかなかった……)
友「SNSの文化祭実行委員のやつを通して、お前が楽しくデートしてることは分かってたけどさ。もうちょい携帯確認しようぜ」
男「あれ友も確認してるんだ」
友「文化祭での情報がいろいろ仕入れられるからな。少女ちゃんに関しての何か手がかりがないか見てたんだよ。それに普通に文化祭を楽しむ上で活用しやすいし」
男「なるほどね」
友「お前と一緒にいるって早めに分かってれば、少女ちゃんを探すのに駆け回らないで済んだんだけど……まぁ、結果論なんだけどさ」
男「なんかごめん」
友「いや、いいんだけどさ。お前悪くないし。愚痴だと思って聞き流してくれ」
少女父「あぁ、友君。すまなかったね、置いて行ってしまって。実行委員の子にここを教えられてから、居ても立ってもいられなくてね」
友「ホント、一目散でした。少女父さん、走るの早すぎです。まぁ、ここの場所は知ってたでしょうから、案内なんて必要なかったのかも知れませんが」
男「あれ、二人は知り合いなんだ」
友「ちょっと部活の方で縁があってさ。さっき会った時に話をしてたら、気づいたら少女ちゃんいなくなってて……少女ちゃん、さっきぶり」
少女「あ、友君だ! さっきぶり! いぇーい!」
友「うははっ、そのハイタッチに応えたいところだけど、そんなことしたら後が怖いからさ。ごめんね!」
少女父「友君は信用してるからある程度許しているが……一メートルまで近づくことを容認していることすら、そもそも心が擦り切れるくらい妥協してることを忘れないようにね」
男(過保護ってレベルじゃない……ってか、これで僕の性別ばれたらどうなるんだろうか)
友「それで、何かあったんですか?」
少女父「実は、少女が少しだだをこねてしまってね」
少女「二人とまだ遊んでたい!」
友「ああ、なるほど、そういうことでしたか。……少女ちゃん、この二人は忙しいからさ、俺と一緒に遊ぶってことじゃだめかな?」
少女「友君と?」
友「そ。あと、もう一人お姉さんがいるからさ、その人も交えて遊ばない?」
男「もう一人?」
友「女先輩。たまたま会ってさ、お互い相手がいないなら一緒に回ろうかってなったんだよ。今は違うところで待ってもらってるけど」
男「そっか、去年は友と僕で回ったもんね。女先輩も会長と一緒だったろうし……そういうこと考えてなかったや」
友「全くだぜ、薄情者が。……それで、どうかな少女ちゃん」
少女「……お姉ちゃん達は忙しいの?」
男(デートを忙しいと言っていいのかわからないけど……)
少女父「……」
男(僕と友の会話を聞いて、少し首をかしげてる少女ちゃんのお父さんの様子を見ると、ここは別れた方が良さそうだ)
生徒会長「それは……」
男「ごめんね、ちょっと忙しいんだよ」
少女「そう……」
生徒会長「……また今度、時間があるときに遊ぼう?」
少女「また遊んでくれるの?」
生徒会長「もちろん」
少女「……じゃあ、今日は友君で我慢する!」
友「うははっ、そうそう、俺で勘弁して頂戴な」
男「ありがとう。じゃあ、僕達は行くから。またね、少女ちゃん」
少女「うん、またね! おにぇちゃん、お姉ちゃん!」
生徒会長「またね」
少女父「二人とも今回は本当にありがとう。今度是非お礼をさせてくれ」
男「いえ、そんなお気になさらずに。えっと、じゃあ……」
生徒会長「まずは生徒会室」
男「え?」
生徒会長「男美ちゃん、髪がぼさぼさだから」
男(少女ちゃんが髪飾りをつけてくれた時か……。生徒会室なら忙しいってことになってる身としても大丈夫か)
男「そうですね、ではまず生徒会室に」
友「男」
男「どうしたの、急に小声で」
友「人目のない場所で二人きりになるからって羽目を外すなよ」
男「……真面目に何を言ってるのかと思えば。目が笑ってるし」
友「うははははっ、じゃあな、男美ちゃん。その格好、よく似合ってるぜ!」
男「ありがとう友さん、今度覚えてやがれです」
□■□■□■□
男「着きましたね。普段ここは静かですけど、流石に今日ばかりは騒がしい音が聞こえてくるんですね」
生徒会長「そうだね。去年も……そう、去年もそうだった」
男「そうなんですか?」
男(なんか一瞬、会長が辛そうな顔をしたような……?)
生徒会長「……じゃあ、男君座って」
男(気のせい、かな?)
男「はい」
生徒会長「これ、取ってもいい?」
男「エクステですか? どうぞ、引っ張れば取れるくらい簡単につけ外しができるやつみたいなんで」
生徒会長「クリップになってるんだ」
男「何種類かあるみたいですね。本格的なやつになると編みこむんだとか」
生徒会長「初めて知った」
男「会長は肩にかかるくらいですが、十分長い方ですからね。無用な人には知らなくていいものなんでしょう」
生徒会長「うん……それじゃあ、始める」
男「お願いします」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……ふふっ」
男(……っ! くそ、友め。変なこと言うから妙に意識しちゃうじゃないか。会長が僕の髪を弄って楽しそうなのはいつものことなのに、いつも以上にドキドキしてしまう!)
生徒会長「男君」
男「は、はい」
生徒会長「私、実は妹が欲しかった」
男「どうして僕がこんな格好してる状況で、それを教えてくれたんですかね!?」
生徒会長「妹がいれば、お母さんの櫛を使ってあげられたから」
男「あ……」
生徒会長「男君にこうしてできるの楽しくて、嬉しい」
男「……この格好だからですか?」
生徒会長「その格好だと妹がいる気分が味わえるからいい。でも、普段通りでもいい。こうしてできることが嬉しい」
男「そうですか」
生徒会長「うん」
男「……」
生徒会長「……ふふっ」
男(楽しそう。なんかもやもやしてたけど、どうでもよくなってきたな。会長が笑ってくれてるなら、それでいいか)
生徒会長「~~~~」
男「歌」
生徒会長「~~。ん?」
男「僕の髪を弄ってる時、いつもその歌を口ずさんでいますよね」
生徒会長「え、そう?」
男「そうですよ。もしかして無意識だったんですか?」
生徒会長「……うん」
男「そのメロディだけの歌……歌って言っていいのか分かりませんけど。好きなんですか?」
生徒会長「好き? …………うん、好きな歌」
男「僕は音楽詳しくないので多分になりますが、最近流行った曲とかじゃないですよね? そんな優しい曲、全然聞いたことがない」
生徒会長「優しい?」
男「はい、なんか落ち着きます」
生徒会長「……男君が聞いたことないのは当然。これはオリジナルだから」
男「オリジナル? え、会長が作ったんですか?」
生徒会長「ううん。私のお母さん」
男「お母さん?」
生徒会長「……お母さんがこの櫛を使って私の髪を梳いてくれてる時、いつも歌ってたの。私が何て曲か聞いたら適当に作ったって言ってた」
男「そうだったんですか。……なんか凄いですね」
生徒会長「凄い?」
男「一子相伝! とはちょっと違うかも知れませんけど。親から子に伝わっているものがあることが、なんか不思議というか、感動というか」
男(そういえば、会長がお母さんとのことでよく思い出すのが、髪を梳いてもらっていた時のことだって、女先輩が教えてくれたっけ。やっぱりこうやって髪を弄ることにいろいろと思い入れがあるのかな?)
生徒会長「お母さんから、私へ伝わったこと……」
男「会長?」
生徒会長「そっか、だから、私……」
男「どうかしましたか? どうして、そんな顔を……」
男(突然すぎて理由が分からない。なんで会長は泣きそうな顔をしてるんだ?)
生徒会長「……分かったの。私がこうしていることが好きな理由」
男「僕の髪を梳いていることが、ですか?」
生徒会長「うん。……いつも不思議だった。こうやってると、とても落ち着けた。穏やかな気持ちになった」
男「……」
生徒会長「昔ね、私が落ち込んでたりすると、お母さんはこの櫛を取り出して梳いてくれた。名前のないメロディを口ずさみながら、理由は聞かないで私が落ち着くまでずっとやってくれたの」
男「……はい」
生徒会長「……ごめん、こんなこと急に言ったりして。意味分からないよね」
男「いいんです。聞かせてください」
生徒会長「……ありがとう。それでね、そういうことはもうないんだって、私はずっと思ってて」
男(会長、お母さんが亡くなってからそういう風に思ってたのか……)
生徒会長「でも、最近はそういう風に思うこともなくなってた。それがどうしてなのか分からなくて疑問に思ってた。……その理由、男君が教えてくれた」
男「僕ですか?」
生徒会長「うん。私、お母さんと自分を重ね合わせてた。――そうやってお母さんのこと思い出してた」
男「会長……」
生徒会長「だから男君、ありがとう。気づかせてくれて」
男「……」
生徒会長「……ごめん、急に変なこと言って。内容ぐちゃぐちゃだった。意味分からなかったと思う」
男「いえ、そんなことないです」
生徒会長「そう?」
男「はい、むしろ教えてくれてよかったです。会長のことがもっと知れたような気がします」
男(……僕は会長のことを知ってるようで、実は知らないことが結構ある。それを認識するいい機会だったな)
生徒会長「そっか。……そう言われると少しこそばゆい」
男「髪、続きお願いしてもいいですか?」
生徒会長「……うん!」
男(この笑顔を守れるようになろう。会長が僕に隠してることや不満があっても乗り越えられるような…………そんな強い自分になろう)
□■□■□■□
生徒会長「完璧」
男「終了ですか?」
生徒会長「自信作」
男「おぉ、ドヤ顔。結構速く終わりましたね」
生徒会長「これでどこに出しても恥ずかしくない女の子」
男「わ、わーい」
生徒会長「これでデートの続きができる」
男「今更ですけど、この状況はデートって言えるんしょうか……」
生徒会長「?」
男「女の子の格好をした僕と一緒に行動してて、会長は楽しいですか?」
生徒会長「ちょーたのしい」
男「ちょーですか。使い慣れない、ちょーが出るほどですか……」
生徒会長「それに」
男「それに?」
生徒会長「好き合ってる二人が一緒に歩いてればデート」
男「好き合ってる……」
生徒会長「違う?」
男「え、ああ、ええ、そうですよね」
生徒会長「なに?」
男「いや、さらっと言われたのでドキッとしたと言いますか」
生徒会長「?」
男「なんでもないです!」
生徒会長「……そう。なら、行こう」
男「はい、あ、携帯と財布机に置きっぱなしでした」
生徒会長「セーフ」
男「出る直前でしたが気づいて良かったです。取ってきます」
生徒会長「うん」
男「まぁ、そんな何歩も歩くわけではないですけどね。えっと……」
生徒会長「ない?」
男「……っと、ありました。無意識に置いたから少し探しちゃいまし――――ん?」
生徒会長「どうかした?」
男「いえ、今誰かが扉の窓から中を覗いていたような……」
生徒会長「え?」
男「――っ! 会長、扉から離れて!」
「どーん!」
「ヘロー、お邪魔しますよっと」
生徒会長「……どちら様ですか?」
男(着崩した服装。にやついた表情。……嫌な感じだ。歳は同じか少し上くらいか? この二人、あんまり素行が良さそうには見えない)
「本当は会長ちゃんが一人になった時が良かったんだけどねぇー」
「仕方がないだろう。ずっと二人で行動してるし、人気がないここに来たのが一番のチャンスだ」
「それはそうなんだろうけどねぇ~」
男(なんだ、この人達…………会長が一人になった時? 会長と僕がずっと一緒にいたことを把握している? ……もしかし、今日何度か感じた視線って)
生徒会長「生徒会に何かご用ですか?」
男「……会長! こっちへ!」
「まぁ、行かせませんってね~」
生徒会長「……離してください」
「……へ~、腕掴まれたのにその程度の反応なんだ」
「おぉ、睨んでる睨んでる。あんまり怖がってるようには見えないな」
男「このっ!」
「はーい、お友達の子ストップ。これ、見える?」
男「なっ……」
「あはは、メイドの子は普通の女の子みたいだね。まぁ、ナイフとか見せられたら普通そういう反応だよね」
「お前、ちらつかせるの早すぎだろ……。そういうのは勿体ぶってだな」
男(この人ら、想像以上に普通じゃない! やばいやばい、どうするっ――)
「でもまぁ、確かに言えてるな。そこのフリフリ少女に引き替え、生徒会長ちゃんは肝が据わってるようだ。睨んだまんまだけど、怖くないの?」
生徒会長「……」
男(――――っ! 僕まで怖がってちゃだめだ! 今、会長を助けられるのは僕しかいないじゃないか! くそ、何とかやるしかない……!)
「あーでも、面倒なことになったねー」
「確かに。用があるのはこっちだけなんだがな」
「どうする? 放っておくわけにはいかないっしょ」
「一緒に来てもらうしかないだろう。緊縛プレイは趣味ではないし、もしもの可能性もある」
「ぎゃはっはっ! ドSのくせによく言うわ~」
男「……」
「あん? ねぇ、メイドさん、ごそごそなにしてるの?」
男「っ!」
「ふーん、携帯電話か。……ふざけたことしてくれるじゃん。よこせ」
男「くっ……」
「おほっ、携帯逆に折り曲げる奴とか初めて見たわ。あーあ、可愛そー」
「知るかよ。……おい、俺ぁ女の子に優しいし、まだ着信中だったから今回は見逃してやる。けど、あんまり勝手なことしてると――――わかるな?」
男(携帯は真っ二つに折られて投げ捨てられた。これで連絡手段はなくなったな。――――このドスの利いた声。脅し慣れてるな)
「あらら、怖くて黙っちゃってるじゃん。流石ドS」
「うるせぇよ。それよか、移動するぞ。万が一ってこともあるし、あの人を待たせるわけにもいかない」
男「あの人……?」
「ん? 気になる? まぁ、今から連れて行くし、教えないでもすぐ分かるよ」
「……おい、このフリフリ、声がちょっと変じゃねぇか?」
男(気づかれた……!?)
「ばっかだねぇー、そういうのをハスキー声って言うんだよ。これだからドSは。女の子の金切り声ばっかり聞いてるからそういう風に思うんだよ」
「うっせ。……ふん、まぁいいさ。行くぞ」
「そだねー。どうやって連れてこうか? ナイフは俺しか持ってないよね?」
「……こうしよう。生徒会長ちゃんにお前と腕を組んで歩かせる。もちろん、上手く突きつけながらだ」
「なるほど。俺は役得だし、メイドちゃんは逃げたらお友達が分かってるよな、ってね」
男「……」
生徒会長「……」
「お前ら、話は聞いていたな? 拒否権はもちろんない」
「ぎゃはっはっ、ほら会長ちゃん早く俺と腕組んでよ。どういう状況か分かってるよね?」
生徒会長「……」
男「……会長、今は」
生徒会長「……」
「おほっ、この極力触りたくありませんって感じ、超ウケる~。まぁ、恋人ごっこがしたいわけじゃないからいいけどねぇー……今は。ぎゃははっ」
「……さっさと行くぞ。おいフリフリ、さっきみたいなことをしたらどうなるか分かってるな? あ、それと生徒会長ちゃんの方は携帯をここに置いていけ。さっきみたいなことは面倒だからな」
男(――――どうしてこうなったんだろう。ついさっきまで会長とデートだって心を弾ませてたのに。いったい、どうして……?)
□■□■□■□
?「あはっ、久しぶりね」
生徒会長「あなたは……そう、そういうこと」
?「相変わらず頭が回るのね。あんたのそんな所がずっと嫌いだったわ。この通り、黒幕は私でしたー。あっさり出てきて驚いた?」
生徒会長「元会長、ちゃん……」
元会長「本当に久しぶりね。あんたのせいで私が学校を辞めて以来よ。私の顔覚えてた?」
男(連れてこられた屋上。常に閉鎖されてるはずなのに鍵は開いてるし、柄の悪そうなのが生徒会室に来たのを含めて十人はいる。しかも、首謀者らしき人物が同い年くらいの女の子で、会長と知り合いらしい。……訳が分からない)
生徒会長「忘れるわけがない」
元会長「でしょうね。なんせ自分が人生を狂わせた相手だものね。私も忘れてないよ。あんたの顔を憎たらしさで毎晩思い出してたからさ。だから、久々だけど懐かしい気はしないわ」
生徒会長「……そう」
元会長「相変わらず愛想のない奴ね。まぁいいわ。ねぇ、そこのメイド服はなんなの?」
「ずっと一緒に行動してたので、仕方ないのでこっちも連れてきました」
元会長「ふーん。あんたら、そういうことは連絡して指示を仰ぎなさいよ」
「……すみません」
元会長「ま、いいけど。なに、お友達? あんた、女ちゃん以外に友達できたんだー。あいつが離れて行動している所を狙ったつもりだったけど、こういうことだったわけ」
男(女先輩のことも知ってる? しかも監視をつけてたみたいなことを言ってる。ってことはやっぱり今日感じてた視線の件も間違いなさそうだな……。この普通そうに見える人が、一体どうして柄の悪い人らを従えてるんだ? それに会長に人生を狂わされたっていうのは一体……)
元会長「不思議そうな顔をしてるわね、メイドさん」
男「っ!」
元会長「あらら、そんなに怯えちゃって。あんたら、何かしたの?」
「それが元会長さん聞いてくださいよー。こいつ、メイドちゃんの携帯叩き折って、空き缶捨てるようにその場にぽいしたんですよ」
「……そうする必要があったから、そうしただけだ」
元会長「乱暴なことをするわね。あ、自己紹介が遅れちゃった。私はこの学校で去年生徒会長をやっていた元会長。そこの子のせいで学校を辞めることになった、可愛そうな女の子よ」
男(去年? 生徒会長をやっていた? ――不正をしていたことを会長が学校に教えたことで、辞めたり転校した役員の一人か……)
元会長「でも女の子が携帯を壊されたっていうのは辛いよねぇ。おーよしよし、お姉さんが慰めてあげるからこっちにおいでー」
男「……」
元会長「あれ、無視するんだ」
男(ここまで連れてきた人らは運よくばれなかったけど、流石に女の子相手に性別がばれない自信はない。僕の性別が誤認されてることだけが、この場で唯一持ててるカードだ。簡単には手放せない)
元会長「だんまりですか。なーんか、そういう態度ってどうかなってお姉さん思うな」
男「っ!」
男(表情は笑ってるのに、目だけは全然笑ってない……! この人が一番やばいのかも知れないっ!)
「元会長さん、こんだけの野郎に囲まれて普通に喋れる女の子って中々いませんてー」
「おい馬鹿、なんで言うんだよ。折角、びくびくしてるメイドってそそるものが見れてたのによ」
「ぎゃはっ、ここにもドSが一匹~」
「この中で一番のへなちょっこが言ってくれるじゃねぇか。まぁ、否定はしないんだけどよ」
「ぶはっ、しねぇのかよ」
元会長「……まぁ、確かにそうか。普通なら、こんな品のない連中に囲まれたら声も出なくなるものよね」
男(……今だけは女の子女の子してる格好で良かったって、本当に思えるな)
「おい、品がないってよ」
「お前のことだよ馬鹿」
「んだとコラ、あ?」
元会長「うるさい黙って」
「……」
「……」
男(一言で黙らせた。……完全に手綱を握ってるな。かなりの影響力を持ってるのか)
元会長「ふぅ、さてと。ねぇ、メイドさん。分かってないみたいだから教えてあげる」
男(なんだ?)
元会長「こっちにおいでっていうのは、物理的な意味だけじゃないのよ。こっちに来れば、もう怖がらなくていいってことなの」
男(どういうことだ……?)
元会長「まだ分からないって顔してるわね。つまり、私達側に来なさいってこと。今、あなたが怖いのは苛められる側にいるから。なら、こっちの苛める側においでってこと」
男「なっ……」
元会長「そうすればもう怖い思いをしないで済むわよ~? 今から会長ちゃんにはいろいろしてもらんだけど、そっちにいるならあなたにも一緒にやってもらうわ。本当はその子の友達だっていうならそうするところだけど、あなた可愛いし気に入っちゃった。だから、こっちに来るなら許してあげる」
男(……なんて綺麗な笑顔だ。今度は目元も優しそうに弧を描いているし、引き込まれそうなくらい魅力的。何もかも許されそうな笑み)
元会長「うーん、どうしたのかな? あ、もしかして疑ってるー?」
男(――――膝が震える。これほど恐ろしいものは初めて見た)
元会長「大丈夫、こっちに来た途端に嘘でしたとかはないよん。だから――」
男(この人は――)
元会長「――早く会長ちゃんを切り捨ててこっちにおいでよ」
男(――笑顔で人と人の関係を壊すんだ)
元会長「どうしたの? あ、もしかして友達が一人いなくなるのが嫌なの? それも大丈夫だよん。だって簡単な計算じゃない。一人減るけど、こっちに来れば私が友達になってあげるから一人増える。ほら、プラスマイナス〇。算数レベルの問題よ」
男(話して分かり合える人だとは思えない。腕っ節に自信はないし、相手の人数が多すぎる。逃げようにも当然出入り口に人はいるし、ほぼ囲まれた状態。……どうするっ!)
生徒会長「……男君」
男「会長?」
生徒会長「……行って」
男「何を」
生徒会長「これは私の問題。男君には関係ない。あなたが酷い目に必要はない」
男「……」
元会長「なになに、秘密の会話? この状況で何か打ち合わせしてもしょうがないと思うけどなー。それに、こそこそ話されるのなんか苛々するんだけど?」
男「……会長」
男(そんな弱々しい笑みなんか浮かべないで下さいよっ……!」
生徒会長「……」
男「……いやです」
生徒会長「え?」
男(一か八かだ……覚悟を、決めろっ……!)
元会長「あらら、無視し続ける上に意味分かんないことするわね。ねぇ、メイドさん。どうしてその子を急に抱きしめて、こっちを睨んでくるの? あんた、状況分かってる?」
男「僕は!」
元会長「は?」
男「僕は会長の恋人です! 何があっても会長の味方です! ですから、この場から動くことはありえません!」
「……あれ? あのメイド声が」
「ハスキー……にしちゃ、ちょっと低くないか?」
男(驚いてる――今だ!)
男「会長、こっちです!」
生徒会長「っ!」
「うおっ!?」
男「うぁああああ!」
「な、てめぇ! やりやがったな!」
「押さえ込め!」
「おい、生徒会長の方が!」
生徒会長「男君!」
男「会長! 行ってください! 僕に構わないで!」
生徒会長「でも!」
男「はやくっ!」
男(僕の本当の性別をいきなりばらすこと、言ったことと違う行動をを即座に起こす。そして突然出口へ走って付近の人へ体当たり。不意をつくことは上手くいった。後は会長が逃げてくれれば……!)
元会長「生徒会長ちゃん、行けばこの男の子の両腕を折るわ」
生徒会長「っ!」
男「くっ! 会長、いいから早くっ!」
「ざ~んね~ん! 一瞬でも足を止めてくれれば十分なんでしたぁ~!」
生徒会長「あ……っう」
「痛い? ごめんね~? でも、逃げたからいけないんだよ。ほら、元の場所に戻ろうね~」
生徒会長「男君、ごめん……」
男「……いえ、いいんです」
男(失敗、か……)
「元会長さん、こいつ女装野郎どうします?」
元会長「……縛っておきなさい」
「わっかりました! おい、お前ベルト貸せ」
「は? なんで?」
「話聞いてなかったのかよ。こいつの腕を縛るんだよ」
「あー、なるほど。ってベルトしてるの俺とお前含めて二人だけなの? お前らどんだけ腰パンなんだよ」
「元会長さん、生徒会長ちゃんの方はどうします?」
元会長「そうね、二人とも腕を縛っておいて」
「わっかりました~」
元会長「はい、みんなご苦労様。あとはまた少し離れて見ててくれればいいわ」
「へーい」
「わかりやした~」
元会長「……さてと、あんた男の子だったんだ」
男「ええ、実はそうだったんですよ」
男(……これでこっちの手札はなくなった。話が通じるとは思えないけど、今は会話を続けるしかない)
元会長「可愛い顔してるから、つい騙されてしまったわ。あ、身体は起こさないでいいから、そのままうつ伏せでいなさい。あんたはちょっと油断ならないわ」
男「……普段はそこそこ男寄りな顔してるんですけどね」
男(手札がなくなった上に警戒もされた、か。……状況は悪くなる一方だな)
元会長「ふーん、あっそ」
男「ぐっ……!」
生徒会長「男君!」
男(っいたぁ……なんだ? 頭を踏みつけられてるのか?)
元会長「ねぇ、今なにを考えてる?」
男「……女装男子の腕を縛って寝転ばせている上に、頭を踏みつけてくるなんて高尚なご趣味だなって」
元会長「あはっ、女装はあんたが勝手にやっていることだけどね。痛い?」
男「そりゃ、そうやってどんどん力を加えてくれば痛いですよ」
元会長「ふーん。私、今スカートでしょう? 上に目を向ければ中身が見える訳だけど、興奮する?」
男「残念ながら僕は会長一筋なので。あと、この状況を喜べる性的な嗜好もありません」
元会長「あっそ、つまんないわね。そっか、あんた恋人なんだっけ。……ねぇ、すぐ横で恋人が頭を踏みつけられているけど、あんた今どういう気分?」
生徒会長「男君から足を退けて」
元会長「睨みつけちゃって。おー怖い怖い。……そっかそっか、あのお面を貼り付けたようなあんたが変わったと思ってたけど、こういうことか」
生徒会長「元会長ちゃん!」
元会長「あはっ、あはははっ! 怒ってるの? あのあんたが? へぇーそうなんだ。へぇー……」
生徒会長「……なにを考えてるの?」
元会長「別に? 今日はあんたを虐めようと思ってきたわけだけど、何してもいい表情してくれなさそうだったからさ。いろいろあの手この手を考えてきたんだけど……その顔見たらとてもいい手を思いついたわ」
生徒会長「……まさか」
元会長「あ、その前にこれだけはやっておかないとね。あんた、櫛出しなさいよ。いつも持ち歩いてるんでしょ?」
生徒会長「!」
男(この人はそれを知ってるのか……! どうするつもりだ!?)
元会長「大事してる櫛なんでしょ? ほら、早く渡してよ」
生徒会長「……」
男(この状況で渡して何も起こらない訳がない! 会長のお母さんの形見だぞ。考えろ、考えろ………)
元会長「迷うの? じゃあ、こうしましょう。あんたが櫛を渡したら、この彼氏君に酷いことするのはやめてあげる」
生徒会長「……それ、は」
男(くそ、早く何とかしないと! 何とか、何とか…………あ)
男「……元会長さん」
元会長「なぁに?」
男「一つお教えしたいことがありまして」
元会長「彼氏君が私に? ……言っとくけど、くだらないこと言ったら分かってるわよね?」
男「いえ、会長が返事に困っているようなので、助け舟を出すだけです」
元会長「助け舟?」
男「はい。実はですね、会長は今櫛を持ってないんですよ」
元会長「持ってない?」
男(これは賭けだ。この人が会長の櫛について詳しく知っていない可能性に全力で賭ける……!)
元会長「でも、おかしいわね。とっても大事なものだから、どんな時もいつも持ち歩いてると聞いたのだけど?」
生徒会長「……」
男「そう言われましても、実際そうなんです。だから会長に櫛を渡せといっても仕方がないんですよ」
元会長「……そうね。あんたが言っていることが本当か、私には分からない」
男「はい」
元会長「だから、こうしましょう。今からあなたの恋人が本当に持っていないか、周りの男達に調べてもらいます」
男「っ!」
「まじですか元会長さん!」
「俺、胸ポッケ探すぅ!」
「俺スカート! 絶対にスカート!」
生徒会長「……」
元会長「彼氏君、見えないだろうから教えてあげるけど、あんたの彼女とてもいい顔しているわよ。怯えてるけどそれを表に出そうとはしてませんって顔。でもこれって、私悪くないわよね? あんたがないって言ったから、それを確かめるために私は調べないといけなくなった。だから、こうなったのってあんたが悪いわよね?」
男「……」
元会長「そこのところどうなのかしら?」
男「……その必要はありません」
元会長「あはっ、声が弱々しいわよぉ? どうして必要がないのかしら?」
男「だって、櫛は僕が持ってるんですから」
元会長「は?」
生徒会長「……ぇ」
男「会長の櫛は僕が持ってるんです。スカートの右ポケットに入ってます」
元会長「……他の誰かが触れるのも嫌うくらい、大事な櫛って聞いていたけど?」
男「僕は恋人ですよ? 当然、会長にとって特別になるに決まってるじゃないですか」
元会長「……」
男「疑ってるんですか? それなら調べればいいじゃないですか。腕縛られてうつ伏せになってるんですから、僕に何かできるわけでもないんですから」
元会長「……ねぇ、ちょっと」
「はい」
男(直接は調べないのか。本当に何かできるわけじゃなかったけど……思っていた以上に警戒しているみたいだな)
「……ありました。たぶん、これですよね?」
元会長「……それ頂戴」
「どうぞ」
元会長「……ふーん、なるほどね」
男「本当だったでしょう?」
元会長「……」
男(賭けに勝った……のかな?)
元会長「……今からゲームをしましょう」
男「ゲーム? 急に何を……」
元会長「ルールは簡単。今から男達の中から一人選ぶわ。彼氏君にはそいつと戦ってもらいます」
男「戦う?」
元会長「そう。それで彼氏君が参ったって言えば負け。簡単でしょう?」
男「……腕を縛っているベルトは?」
元会長「外すと思う?」
男「ですよねー……」
男(つまりは一方的に殴られるサンドバックになれってことか。……どうして急にこんなことを言い出したんだ? 櫛の賭けに失敗した? それとも単純に苦しめるためが理由なのか?)
生徒会長「元会長ちゃん! 私達の問題に男君は関係ない!」
元会長「そうは言ってもねぇ。でも彼氏君自身が言ったのよ? 何があってもあんたの味方だって。それってあんた側に立って、私と敵対するってことよねぇ。それに――」
男「っぅ!」
男(急に踏みつける足の力が増して……!)
元会長「あんたの彼氏君のこと、私とーっても気に入らないんだよねぇ」
生徒会長「そんな理由で……!」
元会長「はいはい、あんたの意見なんてこの場では誰も求めてないから。それより、彼氏君の相手は……そうね、あんたやりなさい。ってか、やりたいでしょ?」
「さっすが元会長さん! わかってるぅ~!」
元会長「この彼氏君が生徒会長ちゃんの恋人って分かった瞬間から、あんた目つき変わってたからね。ずっと好きだったんだもんね、生徒会長ちゃんのこと」
生徒会長「えっ……?」
男(どういう、ことだ……?)
「その反応、やっぱり気づいてなかったんだね、会長ちゃん。生徒会室で会った時に反応なかっから、もしかしてと思ってたけど」
生徒会長「……んな……そんな、あなたは、まさか」
元会長「まぁ、この子も随分と変わったからね。この学校にいた時は何の手入れもしていない髪に、野暮ったい眼鏡をかけたガリ勉もどきだったのに、今じゃ頭の悪そうな金髪のチャラ男だし」
「ひっでぇ~言いようですわー。こっちの世界に引きずりこんだの元会長さんじゃないですか~」
元会長「あんたが勝手についてきただけでしょうに」
生徒会長「……元書記、君……なの?」
元書記「あ~、やっと気づいてくれたんだ、会長さん」
生徒会長「嘘……」
元会長「嘘じゃないわ。彼はあんたが人生を狂わせたもう一人の人間、元書記君。私が停学になって学校をやめたら、どういうわけかついてきてね。お勉強ばかりしていた彼が、今じゃすっかり頭の悪そうな非行少年よ」
元書記「ちょっ、元会長さんひどっ!」
「ぶはっ、頭の悪そうとか、元会長さんの言うとおりだわ!」
「やべぇ、すげぇうける」
元書記「てめぇらうるせぇぞ!」
生徒会長「……」
元会長「顔面蒼白。良いわねぇ、今からその顔が歪んでいくと思うと嬉しいわー」
元書記「ったく、元会長さん、早く足元のそいつをぼこらせて下さいよ! 俺の会長ちゃんと恋人になってるとか、マジ許せねぇんで! っていうか、もう始めていいですか!?」
元会長「別に生徒会長ちゃんはあんたの物じゃないと思うけど。でもそうね、そろそろ始めましょうか。けど、その前に……あんたナイフ持ってたわよね?」
元書記「持ってますけど、なんすか?」
元会長「渡しなさい。あんたすぐに出すからね」
元書記「……まぁ、良いですけど」
元会長「今日つれてきた男達の中で元書記君が一番弱いけど、ここで残念そうな顔をするあんたはこの中じゃ一番危ないのかもね」
元書記「なんでもいいですって! 早くやりましょうよ!」
元会長「……」
元書記「元会長さん?」
元会長「……私が待てって言ってるのに待てないの?」
元書記「ひっ……、ま、待てます」
元会長「……やっぱり元書記君はいい子ね。ナイフを取り上げたのは時間をかけて彼氏君と遊んでもらうためよ。始めてもそのことは頭に置いておきなさいね?」
元書記「……はい」
元会長「さてと、男君ごめんね~、長々と放置しちゃって」
男「いえ、いろいろと知ることができたので良かったですよ」
男(今回のこれは会長に対する報復だったということか。…………逆恨みもいいところだ)
元会長「……ねぇ、彼氏君。今から元書記君と遊んでもらうけど、その前に一つ提案してあげる」
男「提案?」
元会長「ここでごめんなさいをしたら帰っていいことにするわ」
元書記「元会長さん!? 俺それ、納得が――」
元会長「あんたは待ってなさいって言ったよね?」
元書記「……すみません」
元会長「はぁ、元気すぎるのもどうかと思うわ。それで彼氏君、どうする?」
男「……元会長さん」
元会長「なぁに?」
男「こっちの勝利条件はなんですか?」
元会長「勝利条件?」
男「僕が参ったと言えば負けなんですよね? では、勝つためにはどうすればいいんですか?」
元会長「……逃げることなんて眼中になくて、勝つつもりでいるんだ」
男「はい」
元会長「……ふーん、即答なんだ。ねぇ、あんたを虐めるのが目的なのに、勝利条件なんて設けると思う?」
男「……」
元会長「……けど、気が変わったわ」
男「というと?」
元会長「良いでしょう、可能性をあげる。あんたがその状態で元書記君の手を地につけさせたら、勝ちってことにしてあげる」
男「……勝ちっていうのは?」
元会長「疑い深いわね。あんたと生徒会長ちゃんを解放する……これでどう?」
男「……分かりました、ありがとうございます」
元書記「元会長さん?」
元会長「あんたが手をつけなきゃいいだけの話よ。分かってるわよね?」
元書記「……はい」
元会長「はーい、みんな一応屋上の端に広がって囲み作ってねー」
「わっかりましたー」
「俺らは見てるだけか……」
「まぁ、後でお楽しみがあるだろうからいいだろうよ」
「それもそうか!」
元会長「はいはい、そういうのはいいから、あんたはあっち、そんでこっちにも一人きて」
男(……ようやく足を退けてもらえた。今、注意はこっちに向いてないけど……また不意をつくのは無理そうだな。大人しくしてた方が良さそうだ)
生徒会長「……男、君」
男(不安と悲しみでいっぱいの表情を浮かべる会長。……こんな顔、始めてみるな)
生徒会長「ごめん、なさい。私……」
男「大丈夫です」
生徒会長「え?」
男「きっとどうにかなります」
生徒会長「……」
男(表情は一転せず、か。まぁ、どう考えても状況的に強がりを言ってるようにしか聞こえないよなぁ)
男「……会長、一つ約束して下さい」
生徒会長「……約束?」
男「僕はあの元会長さんに会ったばかりですが、彼女のやり方が分かりました。彼女のやり方は人の弱みに付け込むことです。そうしてから人をコントロールするんだと思います」
生徒会長「……うん」
男「恐らく、僕と彼……元書記って人が戦っている時に、元会長さんはきっと会長の心を挫こうとしてくるでしょう。ですので、約束です」
生徒会長「……」
男「僕は負けませんから、会長も負けないで下さい」
生徒会長「男君……」
元会長「ん~? 人が準備をしている間に何をこそこそしてるのかなぁ?」
男「戦いに赴く前に恋人と交わすやり取りなんて決まってるでしょう?」
元会長「……あはっ、彼氏君って本当に面白いね。その立場でよく減らず口が出る。あんたみたいのが生徒会長ちゃん側だってのが勿体ないわ」
男「それはどーも。嬉しくないです」
元会長「……本当に面白い子。さぁ、会長ちゃん。こっちの特等席に来て、愛しの彼氏君の勇ましい姿を一緒に見ようね~」
生徒会長「……元会長ちゃん、私が男君の代わりに――」
元会長「あはっ、何言ってんの? そうやって苦しそうにするあんたを見るために、これからやることをするんじゃない。ほらっ、来なさいよ」
生徒会長「っ! 男君、すぐに参ったって言って!」
男「会長、約束のこと、お願いしますね」
生徒会長「男君っ!」
元会長「はいはーい、悲劇のヒロインごっこはいいからこっちに来ましょうね。じゃあ、彼氏君は中央に行ってね。ごめんね、晴れの舞台がこんな安っぽいリングで」
男「いえいえ、こんなくだらないことに似合った十分なものですよ」
元会長「そう、なら良かったわ。私も生徒会長ちゃんと一緒に応援してるから頑張ってね!」
男「楽しそうな笑顔で言ってますけど、それってナイフ持った私が会長の傍にいるんだから下手なことするなよ、ってことですよね?」
元会長「ちゃんと理解しててくれて助かるわ。勝負自体のことなら何しても良いけど、叫んで助けを呼ぼうとかしないでね? このお祭り騒ぎだから、ここで少し騒いだくらいじゃ大丈夫だと思うけど……一応、ね?」
男(言ってるとおり、校庭にステージがある関係で常に音楽が鳴り響いてるような状況なのに…………とことん抜かりのない人だな)
男「……分かりました」
生徒会長「男君!」
男「じゃ、会長、ちょっと行って来ます」
元書記「おせぇよ」
男「すみません、愛しの人との会話が長引いて」
元書記「……うぜぇ、てめぇ本当にうぜぇ。こんな状況でも自分は余裕ですよってか? あ?」
男「そんなわけないじゃないですか。心底びびってますし、この場から一刻も早く逃げ出したいです」
元書記「じゃあ、何なんだよその態度はよぉ!?」
男(……会長の笑顔を守るって決めたから。あの人の前だけでも良い、強い自分になると決めたから)
元書記「無視してんじゃねぇよ!」
男「あなたにはどうでも良いじゃないですか。会長のことが好きだったけど、僕に取られちゃった負け犬さん?」
元書記「……」
男「どうしたんですか、負け犬さん? あっ、すみません……ご傷心の最中なのにこんなことを言って。負け犬さん、本当にごめんなさい」
元書記「……ろす」
男「え、聞こえないですよ負け犬さん。可愛い会長の恋人の僕はそんなに耳が良くないんですよ」
元書記「殺す殺す殺す、絶対にてめぇはぶっ殺してやるよぉおおおおおお!
男「やっぱり負け犬さんってきゃんきゃん吠えるものなんですね!」
元書記「あぁああああああぁあ!」
男(慣れないから上手くいくか心配だったけど、第一段階は成功。あとは……根性論かぁ……)
…………………………
……………………
………………
…………
……
元書記「おらぁあああああぁ!」
男「――――っ!」
元書記「くっそぉおお! ちょこまか動いてんじゃねぇよ!」
元会長「おー、また避けた。あんたの彼氏君、結構頑張るわね」
生徒会長「……」
元会長「最初に挑発したのはああして激情させて、動きを単調にさせるためか。よく考えてるわね。私が話を持ちかけてすぐに作戦を考えてたのかな?」
生徒会長「……」
元会長「――でも」
男「あぐっ! っぁ……」
生徒会長「男君!」
元会長「格闘技の経験はないみたいね。動きも慌しいし、もう何発も貰ってる。時間と状態を考えたら驚くくらい粘ったと思うけど、そろそろ限界かな?」
元書記「っはーっ! はーっ! はっ、ぎゃは、てめぇの気に食わねぇ面にまたぶち当ててやったぜぇ!」
「元書記―! 動きが鈍ってんぞー!」
「てか、どんだけ時間かかってんだよ。お前やっぱりよえーわ」
「そろそろ本気出してもいいんだぞー?」
元書記「っせぇな! はーっ、はーっ! 外野は黙ってろよ!」
男「はぁっ……はぁっ……、可愛い顔でしょう? 会長はこの可愛い感じが好きらしいですよ。元書記さんの負け犬面と比べたら、やっぱり僕の方が好みってことみたいですね?」
元書記「……っめぇえええええ! じゃあ、その青あざと血で汚れた顔をもっとぐしゃぐしゃにしてやるよぉおおおお!」
元会長「……けど、挑発は止めない、か。ああやって顔を狙うように仕向けてるのも計算してやってるのかな? 一方的に殴られたり蹴られたりしてるのに、よく精神が持つよね。私が今まで揺さぶりをかけてきた中じゃ、精神的な強さは一番かも」
生徒会長「……」
元会長「勝利条件を作ったのは希望を持たせることで、なるべく長く遊ぶためだったけど……これは余計なことをしてしまったかな?」
生徒会長「……元会長ちゃん、どうしてこんなことをするの?」
元会長「こんなこと? それはどれのこと? あんたの彼氏君が今の状況に置かれてること? あんたに仕返しに来ていること? それとも元書記君をあんな風にしたこと? 他にもいろいろと思い浮かぶから、どれのことか分からないんだけど」
生徒会長「……」
元会長「そこで黙られても困るわよ。そうね、彼氏君の件はあんたを効果的に苦しめるためよ。仕返しに来たのは他にやることが思い浮かばなかったからかな。元書記君は本当に勝手についてきて、私の周りにいた人達の影響を勝手に受けただけなんだけどね」
生徒会長「……ずっと、気になってた」
元会長「何が?」
生徒会長「どうして、あんなことをしたの?」
元会長「あんなこと?」
生徒会長「……あなた達がやめることになった切っ掛けのこと」
元会長「あぁ、横領のことか。長い目で見れば小金に過ぎなかったけど、学生にとってはかなりの大金だったからね。ちょっと目が眩んじゃったのよ」
生徒会長「それは嘘」
元会長「は?」
生徒会長「あなたはお金なんかに目が眩むような人じゃない」
元会長「……あんたには……いえ、あんただけにはお見通しか」
生徒会長「だからこそ、不思議だった」
元会長「そうねぇ…………事件を起こす前は私がカリスマ会長だなんて言われてたの覚えてる?」
生徒会長「……うん」
元会長「あんたみたいに容姿が特別優れてるわけじゃないのに、私は当時一年せいのくせに会長をやっていた。それはどうしてだと思う?」
生徒会長「……人と話すのが上手だったから」
元会長「流石、生徒会長ちゃんね。そう、私は会話が上手で……自分で言うのも何だけど人身掌握が優れてる。人の心に入り込むのが得意なのよ」
生徒会長「……」
元会長「でも、私は自分でまだその力が未熟だと思ってたから、日々いろいろな方法を考えては実験を繰り返していたわ」
生徒会長「人の心を実験……!?」
元会長「怒ってるの? まぁ、あんたは真面目だからね。でも、心理学の実験みたいなものよ。人の心を学ぶために必要なことだわ」
生徒会長「……それは心理学を学ぶ人達に対しての冒涜」
元会長「そうでしょうね。私も別に人助けをするために行っていたわけじゃないし、目的は人を操る術を学ぶことだったし。今思えば、女ちゃんが私のことを好きじゃなかったのは、何をしてるとは分からなくても、何かしてると勘付いていたからなんでしょうね」
生徒会長「……」
元会長「睨んじゃって、可愛いー。あ、話が逸れたわね。えっと、それで実験を繰り返していたわけだけど、私は……そうね、丁度去年の文化祭前くらいだったかな? あることに気づいた」
生徒会長「あること?」
元会長「それは人を短期間でコントロールするには、心に隙ができた時に入り込むことが効果的だってこと。そして、その隙を作るには悪意を引きずり出すことが一番簡単だってこと」
生徒会長「……なに、を」
元会長「ねぇ、生徒会長ちゃん。話は少し変わるけど、あんたは悪人ってどんな人がなるか知ってる?」
生徒会長「……知らない」
元会長「そうでしょうね。でも、それは当然よ。だって、悪人になる人の条件ってないんだもの。人はみんな等しく悪人になる可能性を秘めているわ」
生徒会長「……」
元会長「今日連れてきている彼らもそうだし、例えるなら、元書記君が良い例よね。あの子は学校をやめる前はいかにも勉強しか知りませんって感じで、悪いことなんかしそうになかった。けど、ちょっとあなたのことで心を突いたら、ずるりと道を踏み外して今では見ての通りよ」
生徒会長「元書記君……」
元会長「モテる女は辛いわねぇ。……ま、それは置いておいておきましょう。都合が良いから去年の役員達のことでこのまま話すけど、みんな誰しも悩みの一つ二つは抱えているものよ。横領の件は実の所、それぞれの悪意を膨れ上がらせるためのスパイスにしようとしただけ。お金ってそういう面でもかなりの力を持つものだから」
生徒会長「……」
元会長「上手くいってたんだけどなぁー。私にとってはあんただけが本当にイレギュラーだった。私が出会った時、あんたは母親を亡くしたばかりだったから、ある意味生徒会役員達の中では一番簡単に崩せると思ってたんだけどね。そのあんたにやられちゃったんだから、私も少し調子に乗りすぎてたってことよねー」
生徒会長「……そんな風に、思ってたの?」
元会長「は? なにが?」
生徒会長「私に近づいてきたくれた時……友達になろうって言ってくれた時、そんな風に思ってたの?」
元会長「……」
生徒会長「元会長ちゃん……」
元会長「……そうよ、当たり前じゃない」
生徒会長「…………そう、なんだ」
元会長「……これでも泣かないんだ」
生徒会長「え……?」
元会長「母親を亡くしたあんたにどんな優しい言葉を投げかけてやっても、あんたは泣きやしなかった。あの時、友達……だってことになってた私を学校から追い出す時もそう、あんたは涙一つ見せなかった」
生徒会長「元会長、ちゃん?」
元会長「だから私は……!」
生徒会長「……」
元会長「……」
生徒会長「……男君は私に約束した」
元会長「は?」
生徒会長「自分は負けないから、私も負けないでって」
元会長「……」
生徒会長「私はそれに応えなきゃいけない。だから、元会長ちゃんの言葉に負けない。……それに、約束がなくても、元会長ちゃんの言うことに負けたくない」
元会長「それはどういう、意味?」
生徒会長「私は、あなたと過ごした時間が全部嘘だったとは思わない。去年の文化祭前まで、たった半年と少しだったけど、私達は確かに友達だった。そう、信じたい」
元会長「……私の話聞いてた? それなら、どうして友達の私が学校をやめるはめになることをあんたはしたのよ?」
生徒会長「友達が悪いことをしていたら、止めるのが友達の役目。私はあの時、何度もあなたにやめるように言った」
元会長「それは……」
生徒会長「でも、あなたは止まらなかった。……私は、自分の力だけで止めることができなかった。だから、学校に伝えた」
元会長「……」
生徒会長「あの件で元会長ちゃんが私を恨んで、友達じゃないって言うのは分かる。けど、私はそれでもあなたのことをまだ……」
元会長「……」
生徒会長「……」
元会長「……なーんてね。さっきみたいに情へ訴えかけても、あんたには意味がないんだったわね。なに真面目に語っちゃってるのよ。馬鹿みたいよあんた」
生徒会長「……」
元会長「……見なさい。あんたの愛しい彼氏君もそろそろ限界みたいよ?」
生徒会長「……っ! 男君!」
元会長「……」
男「がはっ……ごほっ、う、はぁっ……」
男(お腹に……いいの貰っちゃった、な。顔にばかり集中して……る、と思ってたから、油断、した……)
元書記「はーっ! はーっ! はーっ! はーっ!」
「メイド男子ダウーン! さぁ、再び立ち上がることはできるのかぁ!?」
「おいおい、元書記の方が息切れ激しいじゃねぇか。あれじゃ、折角相手が倒れてるのに追い討ちできねぇじゃん」
「あいつは俺らと違って喧嘩慣れしてるわけじゃないしな。特に武道やってたわけじゃないし」
「あーあー、見ろよあいつの拳。皮がずり剥けて血だらけになってんぞ。これじゃあ、女装野郎の顔面が赤いのどっちの血かわかんねぇよな」
元書記「はーっ! はーっ! っるぇせーよ……てめぇら……」
「ぶはっ、言い返す元気もなくなってんじゃねーか」
「あいつ、相手が腕縛られてなかったら普通に負けてるんじゃね?」
元書記「っせぇー……はーっ……うるっせぇ、はーっ……よ」
男(……始まって、から……どれくらい時間が経った? ……一時間? 三時間? もしかして、まだ五分?)
元書記「はーっ……はーっ……」
男(僕は……何でこんなことを、している? どうすれば、この苦しさは終わる?)
元書記「……この、女装野郎……とっとと参ったっていえよ、……くそ」
男(参った? ……あぁ、そうか。そう言ってしまえば、この苦しみが終わるんだっけ?)
元書記「はーっ……はーっ、はーっ……はーっ」
男(元書記って人、かなり消耗してる。……腕を縛られた状態で、これだけ追い込んだんだ。僕、凄い、頑張ったよね? ……これだけやったんだ、元会長さんも、認めてくれるんじゃないか? ……参ったって、言っても良いんじゃないか?)
男「……」
男(参った。一言そう言えばいいだけで全部終わる)
元書記「はーっ……はーっ……」
男「……ごほっ! ぐ、はぁ、はぁ……」
男(――なのに、なんでだ? なんで僕の口は動かないんだろう)
元書記「はーっ……はーっ……ちっ……」
男(会長も、ずっと見てたんだ……きっと、許してくれる……)
生徒会長「男君!」
男(会長の、声だ……どんな顔、してるかな? やっぱり、悲しい顔かな? 下手したら、泣いてたり……)
生徒会長「男君!」
男(ちゃんと見えない……瞼が腫れてるのかな? 会長、一体どんな表情を――――っ!)
生徒会長「男君! 私、負けない!」
男「会長……」
男(――――あぁ、これは目が覚める。さっきまでの濁った思考が嘘みたいだ)
生徒会長「だから……だから、男君」
男(悲しい顔? 泣いてるかも? とんでもないな)
生徒会長「男君も……負けないでっ!」
男「なんとまぁ…………凛とした顔なことで」
元書記「はーっ、はーっ……てめ、なにを、呟いてんだ……?」
「うはー、あの子、可愛い顔してとんでもねぇな」
「普通、こんなボロボロな彼氏を見てあんなこと言わねぇよなぁ? 死体に鞭打つってこのことじゃね?」
「お前それ、正確には死者に鞭打つだし、女装君は死んでもないから」
「愛の力ってか? 漫画の読みすぎなんじゃねの?」
「……いや、そうでもないみたいだぞ?」
元書記「……おい、てめ、どういう、つもりだ!?」
男(僕も僕で単純だな。空っぽになったと思ってたけど、まだ搾り出す体力はあったみたいだ)
元書記「なに、起きやがろうと、してやがる……!」
男(身体中は痛いし、両腕が縛られていることに代わりはないけど――――やれることは、まだある)
元書記「なめ、やがって……!」
男(チャンスは一度だけ)
元書記「らぁあ!」
男「ぐぅっ!」
男(蹴り飛ばして来るのは、腕と肩で受ける。どうせ使えない両腕だ、これからやることに必要ない)
元書記「はーっ! はーっ! ……まだ、立とうってのか? あぁ!?」
男(耐えろ、耐えろ)
元書記「おらぁ! あぁあ!」
男(耐えろ、耐えろ……!)
元書記「くそぉおおおお! はーっ! はーっ! どうして、てめぇは参ったって言わねぇ!? くそくそくそ! 何でそうやって立とうとしてるっ!」
男(力を溜めろ、搾り出せる力の全てを一瞬に注ぎ込め!)
元書記「なら、お望み通り立たせてやるよぉお!」
「あー、あいつ髪掴んじゃったよ」
「え、駄目なの?」
「あれは暗黙の了解で禁止だろ」
「痛いんだよなぁ、あれ。髪掴まれると何もできなくんだよ」
「しかしすげぇ図だな。女装した野郎の髪掴んで膝立ちさせるとか。どんなプレイだよ」
「ふはっ、お前、笑わせんなよ」
元書記「どうだよこら? あぁ!?」
男「――」
元書記「はーっ、はーっ……いてぇか? 声もでねぇか?」
男「……元書記さん」
元書記「あぁ? もう謝ったって許さねぇからな!?」
男「あなた、僕達をここまで連れてくる時、会長と腕を組みましたよね?」
元書記「……はぁ?」
男「僕、まだ会長と腕組んだことないんですよ」
元書記「……はっ、頭殴られすぎて、おかしくなっちま、ったのか? それが、どーかしたか、よ?」
男「会長、凄い嫌がってたじゃないですか。それに――」
元書記「だからどうしたんだよ! もういい! てめぇの髪をまとめて引き抜いて、それからまたサンドバックにしてや――――るぅ?」
男「――見てて非常に不愉快でした」
元会長「髪の毛が……!?」
元書記「なっ、え!?」
男「ぁあああっ!」
元書記「ぐぎゃっ!?」
元会長「……嘘でしょ?」
「マジか……勝ちやがった……」
「あの髪、千切れたのかと思ってびびったけど……そうか、エクステつけたのか」
「……顎をかち割るかのような頭突き」
「おい、元書記のやつ白目剥いてるぞ!?」
「一発でかよ。情けな……」
「でもあれは仕方がないと思うぜ? 体力なくなってたところにあれは誰でもきついだろう」
生徒会長「男君!」
男「会長……あ、そんなくっついたら、制服……汚れちゃいますよ……」
生徒会長「そんなことどうでもいい!」
男「会長……」
元会長「……」
男「元会長、さん……」
元会長「……まさか、その状態で勝つとはね。心の底から驚いたわ。少し、反則だった気もするけど」
男「……反則? 戦いの前に元会長さん、言いましたよね? ……勝負自体のことなら、何しても良いけどって」
元会長「それは……まぁ、確かに言ったかも知れないわね」
男「かも、じゃなくて言ったんですよ。……元書記さん、手をついてますよね」
元会長「……そうね、手をつくどころか完全に倒れ伏せてるわね」
男「なら、僕の勝ちで僕らは解放ってことになりますよね?」
元会長「そうなるわね」
男「なら……」
元会長「でも、それって私がちゃんと約束を守るって前提が成り立てば、よね?」
男「……」
生徒会長「そんな……!」
元会長「驚くこと? 何処に私が約束を守るって保障があったの? 今回のことを企てた私が、律儀に約束を守る必要があるとでも?」
生徒会長「元会長ちゃん……」
元会長「……生徒会長ちゃん、そんな目をしても無駄よ。だって、私はあなたに――」
「……あの、元会長さん。もういいんじゃないですか?」
元会長「……は?」
「えっと、なんつーか、その女装野郎……いや、男ってやつ、それなりに頑張ったって言うか……」
元会長「何を言い出すのあなたは……私に意見するの?」
「あ、そ、その、そういうわけじゃ……!」
「……元会長さん、俺もこいつと同じ意見です」
元会長「あなたまで……?」
「その野郎は女みてぇ顔してるけど、すげぇ漢らしいと思ったっていうか……。そいつの熱さは同じ野郎の一人としては感動したっていうか……」
「はぁ? お前、何言ってんだよ。漫画ばっか読んでるからそんな風に思うんだよ」
「……いや、俺もそう思った」
「……俺も」
「うざ、今まで不良ぶってたやつらが何を言い出してるんだか」
「だけどよぉ」
「乙女みてぇなこと言ってんじゃねぇぞ?」
「はぁ? 喧嘩売ってんのか?」
元会長「……何この展開、意味分かんない」
「……元会長さん、どうしますか? 少ない人数でもあっちにつくやつが出るなら、逃げるには十分な時間を稼がれますよ?」
元会長「……」
生徒会長「……元会長ちゃん」
元会長「……」
男「……元会長さん、今何時ですか?」
元会長「……十七時前だけど、それがどうかした?」
男「そうですか。いやぁ、ここに来てから随分時間が経ったなぁと」
元会長「……あんた、何を待ってるの?」
男「はい? なんで時間を聞いただけでそうなるんですか?」
元会長「今になって思えば、あんたが私の言うことに対して、素直に乗ってきたことがそもそもおかしい。あんたなら私が約束を反故にすることも予想してたんじゃない? それならなるべく体力を温存できるやり方に、話を持っていこうとしたはず」
男「いくらなんでも買いかぶり過ぎですよ。元会長さんが言ってることは結果論です。それに僕の勝ち方を見てましたよね? ああいう反則手があったから、ちゃんと勝率があると踏んでの行動だったわけで……」
元会長「けど、やりようは他にもあったはず。それなのにこんなやり方を受け入れたのは……」
男「元会長さんは僕が勝負に勝ってしまったから、そういう風に思うだけですよそれに――――」
?「男! 待たせた!」
生徒会長「えっ?」
男「――とまぁ、ここまでいろいろ否定しましたが、元会長さんの思っている通りなのでした」
元会長「……意見をがらりと変えるのね。やっぱり、あんたの目的は最初から時間稼ぎだったか」
男「その通りです。……友、時間かかり過ぎ」
友「あほ、俺が気づいたこと自体が奇跡みたいなもんだっての。…………しばらく見ない間に随分と男前になったな」
男「死ぬかと思ったよ」
友「冗談抜きでそうみたいだな。大丈夫か?」
男「正直きつい。……ごめん、後のこと任せていい?」
友「おう。お前は安心して寝てろ」
男「うん、ありが、と……」
生徒会長「男君!?」
友「気が抜けたみたいですね。会長さん、そのまま見といてやって下さい。あ、一応気道の確保だけは気をつけて」
生徒会長「……うん」
友「さてはて……はじめまして、悪い人」
元会長「女の子の私がどうしてこの中の代表だと思ったのかな?」
友「全体の目の動き。指示を求める目がみんなあなたに集まってましたよ」
元会長「……なるほどね。確かにあんたは彼氏君の友人って感じだわ。その一筋縄じゃいかなそうなところが凄い似てる」
友「そりゃ、男の師匠は俺みたいなところがあるって言うか、友達同士って似てきちゃうよねっていうか?」
元会長「……みんながあんたの登場に呆気に取られてたから誰も止めなかったけど、ここまで来ちゃって良かったの? 今、あんたの周りにはいるのは、日頃から喧嘩慣れしてる男達なんだけど?」
友「屋上に続く階段のところに見張りを立ててましたよね? それなのに俺がここにいることが答えだと思いませんか?」
元会長「腕に覚えありってこと? 部活で鍛えてるとか?」
友「ふっ……会長さん、俺が所属する部活を言ってあげてください!」
生徒会長「……あ、私、友君が入ってる部活知らない」
友「……」
生徒会長「……」
元会長「……」
友「会長さん、そんな申し訳なさそうな顔しないで下さい。かっこつけた俺が悪かったんです……」
生徒会長「ごめんなさい」
友「いいでしょう、なら自分の口で言います。俺が所属する部は――――」
元会長「……」
「素手と考えると、空手や柔道とかか?」
「ボクシングもありえるな」
「けど、こいつの身体そこまで鍛えられてるようには……」
友「――ボランティア部です」
元会長「……」
生徒会長「……」
元会長「……とてもじゃないけど、強くなれそうな部活だとは思えないけど?」
「……元会長さん、こいつどうします?」
「取り押さえますか?」
元会長「そうね……でも見張り役がいたのにここへ来ているのは確かだから、慎重に……」
友「ボランティアは人と人との間で行われます」
元会長「……なに?」
友「そしてボランティア活動によって人と人は触れ合い、繋がりができて、人の輪が作られます」
元会長「……」
友「ボランティアって人と人がお互いを支えあう精神でできているんです。そうやって困っている人がいたら助けて、自分が困っていたら助けを求める。それがボランティアの基礎的な部分です」
元会長「まさか……」
友「男の困りごとは親友である俺の困りごと。だから俺も今回は助けてもらいました」
?「そろそろ良いかな? 友君」
友「はい、二人の安全を確保できる位置につけました。すみませんがお願いします……少女父さん」
少女父「任せなさい」
「でかっ!」
「二メートルはあるんじゃないか!?」
「マッチョってレベルじゃねぇぞ!?」
元会長「……なるほどね。あの人があんたの持つ強さってこと」
友「はい、出し惜しみせずに最初からジョーカーを出させてもらいます。自分の力は誰かの力、誰かの力は自分の力。これがボランティアの力ですよん」
元会長「ただの虎の威を借る狐じゃない……」
「お、おい、どうする?」
「やべぇんじゃねぇのか?」
元会長「みんな、慌てない。いくらあの人が強そうでも所詮は一人。こっちの狐を合わせても人数はこちらに分があるわ」
「そ、そうだな! 別に一人ずつ戦う義理はねぇんだ! いくらでかくても囲っちまえば……!」
友「あくまで親切心で伝えるけど、彼は少女父さんですよ。本校卒業生である、あの少女父さんです」
元会長「だからどうしたって……」
「この高校の少女父?」
「お、おい、俺、嫌な予感を覚えてるんだけど」
「き、奇遇だな。俺もとある人のことが思い浮かんでる……」
「身長二メートルほどの偉丈夫……鬼と見紛う筋肉の身体……この高校の卒業生…………嘘だろ?」
元会長「みんな、一体何を怯えて……」
「も、もしかして、あんた……いや、あなたはその昔この一帯周辺をしめて悪鬼羅刹と呼ばれた……少女父、さん?」
少女父「悪鬼羅刹……懐かしい呼び名だ。苦々しさと共に思い出すそれが、若い世代にまで浸透しているとは恥ずかしい限りだよ」
「本物……」
「む、無理だぁ! 勝てるわけがないぃ!」
「あ、俺死んだんじゃねこれ」
元会長「ち、ちょっと、みんなどうしたのよ!? たった一人を相手に……! 全員で行けば勝てるわよ!」
「無茶言わないで下さいよ元会長さん!」
「少女父さんはうるさいからっていう理由だけで、百人いた暴走族を一人で潰したことがある人なんですよ!?」
「煙草の吸殻をポイ捨てした他校の生徒を叱るために、その生徒がいる学校に単身で乗り込んで制圧しちゃたこともあるとか!?」
「三日三晩一睡もせずに喧嘩し続けたとか……」
「最強の座を奪おうとして喧嘩ふっかけたやつが、翌日には頭を丸めて不良やめたとか!」
「数々の逸話のある伝説の人なんです! ホント、この人だけは手を出したらやばいですって!」
友「そのどれもが尾ひれはひれついてるかもだけど、大よそ事実で、実はどれもが今の奥さんのためだったというのはあまりにも有名!」
「ひぃいいいい!?」
「にげ……たら余計やばいのか?」
「あ、てめぇ! そうやって一番に土下座すれば許されると思って!」
「すいませんしたぁあああ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
元会長「……」
生徒会長「……元会長ちゃん」
元会長「……彼氏君に味方しようとするのが出てきて、その上この状況か。……駄目押しね」
生徒会長「元会長ちゃん、もう……」
元会長「分かってるわ。この状況が手詰まりなことくらい。それに――――」
「あ、番町! こちらでしたか! あ、もしもし、そうそうやっぱり屋上だったみたいだ。参加してるの全員集めてくれ」
「番町! ついに伝説が復活するんですか!? 年甲斐もなく、はしゃいじゃうんですけど!」
少女父「番町はやめろといつも言ってるだろう」
「野球部とサッカー部連合だぁ!」
「世話になった副会長のためなら喧嘩ばかりの俺達も今回ばかりは協力し合って戦うぜ!」
「おー友君、ここであってたのかな?」
「あのー、なんか生徒会長と副会長君がピンチって噂を聞いてきたんですけどー……大丈夫ですかー?」
「わっはっはっはっ! 緊急の人探しだからとはいえ、海パン姿で校内を歩き回るのはどうかと思うぞ!」
「……鼻眼鏡ナース姿の君に言われたくはないよ」
「やっぱりね、うん分かってわ。禁断の関係はやっぱり障害を与えたのよ。きっとそれは過酷な試練に違いないけれど、それを乗り越えることによって真の愛が芽生えるというものであって、それで――」
「制服を着た天使のピンチと聞いて!」
「可愛い女の子は愛でるものだって決まってんだろうがこらぁああっ!」
「あ、人が集まってるー。ねね、会長さんと副会長君がピンチって本当?」
元会長「――友って子の仕業か、どんどん人が集まり始めてるしね。あってないようなものだったけど、数の利も失われた。お手上げよ」
生徒会長「元会長ちゃん、私は……」
元会長「生徒会長ちゃん、あなたを屈服させることができなくて残念だったわ」
生徒会長「……」
元会長「……さようなら。もう会うこともないでしょう」
友「白旗、ってことでいいんですね?」
元会長「ええ、そうよ。こちら側は縛ったりする必要は……なさそうね」
「おい、土下座より犬の服従のポーズ取った方がいいんじゃね!?」
「それだ!」
「落ち着け! 死にたくなかったら本当に落ち着け!」
「そういうお前が一番落ち着けよ! なんで腕立て伏せ始める三秒前みたな格好してんだよ!」
友「……そうみたいですね。あそこにうちの教師がいるんで行ってください。今回のことを大まかにですが把握しています」
元会長「わかったわ。……ねぇ、一つ聞きたいんだけど、あんたは彼氏君から連絡を受けてここに来たの?」
友「はい、そうです」
元会長「そう……なら、最初から彼の掌で踊らされていたってことになるのかしらね、私は」
友「……」
元会長「彼によろしく。あと、そうね。櫛は記念にもらっておくって伝えておいて。それじゃ……」
生徒会長「…………私は」
□■□■□■□
男「……ん」
生徒会長「男君……?」
男「あれ、会長? なんで顔が上下逆さま?」
友「お前なに寝ぼけてんだよ」
男「友? ……あれ、なにこの幸せな感覚」
女先輩「君は今膝枕をされてるんだよ、男」
男「女先輩? 膝枕? あー……僕、また生徒会の仕事の最中に寝ちゃったんですか……」
友「おい、男……大丈夫か?」
女先輩「……もしかして文化祭前まで記憶が逆行してるのか? 確か、何度も顔を殴られたと聞いたが……」
生徒会長「男君、私のこと、わかる?」
男「分かるも何も会長は会長って、いだっ! いだだだ! なんか体中がいだい……って! そうか、僕ら、文化祭の最中に元会長さんがだだだだ、いたっ、いったぁ~!」
生徒会長「……男君」
男「っ冷たぁ! 今度はなんですか!?」
女先輩「落ち着け、身体を起こそうとするな。腫れた患部を冷やしているだけだよ」
男「は? え? あ、会長、会長大丈夫ですか!?」
生徒会長「……私は大丈夫。男君が守ってくれたから」
男「……」
友「男?」
男「……良かったぁ~」
女先輩「混乱して暴れだすのかと思ったが、今度はへろへろと脱力とは忙しいやつだ」
男「いやもう、会長が無事なら何でも良いですよ」
生徒会長「……良くない」
男「へ?」
生徒会長「男君、こんなになって……私のせいで……」
男「……あー、それはその……」
女先輩「男、身体の各所を一箇所ずつ、ゆっくり動かしてみろ。激しい痛みがあったり、吐き気があったりはしないか?」
男「えっーと…………さっきは起きてすぐ痛みが来たので大げさに騒ぎましたが、すぐに病院へ行く必要のある怪我はなさそうです」
女先輩「そうか。なら、少女父さんの見立てどおりか。本人が起きた時に確認が取れたら、大丈夫だと少女父さんも言っていたし、とりあえずは問題なしだな。けど、後から少しでも違和感を覚えたら病院へ行くようにな?」
友「お前、どういうわけか頭、というか顔ばかり狙われてたみたいだな。怪我が集中してるのは顔、次いで肩から腕にかけてだってさ。少女父さんが医者だからその見立てを信じてこの場に残ってたけど、本来なら救急車呼んでるところだったんだぜ?」
男「……場合によっては自分がいかに不味い状況だったのかは理解した。だけど、少女父さんがお医者さんだったことの驚きが強過ぎる」
友「あの人、少女ちゃんが注射嫌いから転じて医者嫌いになってるせいで、少女ちゃんの前では特に職業隠したがるから。まぁ、その日会ったやつに職業話す義務があるわけでもないし、知らなくても当然かもな」
男「そっか、それで少女ちゃんお父さんの仕事が、人の役に立つ仕事だってことしか知らなかったのか。そして友と繋がりがあるってことを加味して考えると、休みの日にやってる掃除ってのは……」
友「地域清掃という名のボランティアだな。少女ちゃんが住む環境を少しでも良くするために参加してるんだってさ」
男「あの人、本当に娘スキーなパパさんなのね……」
友「そんな少女父さんから男へ伝言。今度是非、会長さんと一緒に遊びに来て、娘の相手をしてやって下さいだってさ」
男「へ? って、あ! やばい、少女父さんに僕、性別を偽ってたんだけど……ばれたよね?」
友「診てもらったんだから当然ばれてる。もうそりゃ、激怒だろうな。娘に近づいた男ってやつはお前かぁあ! って感じで」
男「うわぁ、気が重い……」
友「けど、あの人は娘に野郎が近づくのに過敏だけど、近づいたのが自分の伴侶一筋な奴だと分かれば、全然気にしない人なんだよ。お前の性別知って遊びに来いって言ったってことは、お前は少女父さんに認められたってことだ。これって凄いんだぜ? 例え奥さんがいても、本当に心から愛してることが分からなければ認めない人だからさ」
男「それは……なんというか。ちょっとくすぐったい気分だ」
友「うはは、お前は身を以って証明したわけだからな。胸を張れよ」
男「今度謝罪も兼ねて少女ちゃんのところへ遊びに行こうかな」
友「そうしておけ」
男「うん、そうする」
友「……あと、元会長って人とその取り巻きのことだけど」
男「……うん」
友「流石に警察行きになったよ。学生の喧嘩にしては度が過ぎたからな。後日、お前にも聴取とか面倒があると思う。本当はすぐにでもって感じだったけど、少女父さんにも協力してもらって今日のところはなしにしてもらってる」
男「……そっか。わかった」
友「おう」
男「……友」
友「なんだ?」
男「ありがとう、来てくれて」
友「……おう」
男「やっぱり友は頼りになるね」
友「よせやい、照れる」
生徒会長「……気になってたんだけど、どうして友君は私達のことが分かったの?」
男「それは僕も気になる」
友「って、おい、男も分かってないのかよ。お前が救難信号出しといて」
男「確かに助けは呼んだけど、それをどう解釈したかまでは分からないから」
女先輩「どういうことなんだ?」
男「僕がやったのは友に連絡をすること、そして普通じゃない事態が起こっていることを伝えることだけなんです」
生徒会長「連絡、事態を伝える……? あ、もしかして」
男「多分会長が思っている通りですよ。友は生徒会室にあった僕の壊れた携帯を見て動いてくれたんだよね?」
友「少女ちゃん迷子騒動の後、生徒会室にお前らが行ったのは知ってたからな。デート中のはずのお前からワンコールだけの連絡。だから、気になったんだ」
女先輩「でも、普通は何かの間違いだと思って済ませるところじゃないのかい?」
友「俺も最初はそう思ったんですけどね。けど、文化祭実行委員が登録してるSNSの方で気になる情報があったんで」
生徒会長「SNS? 囁くやつ?」
友「それです。そこに俺達の百合カップルがチャラ男と歩いてる! だとか、会長さんが男以外のやつと腕を組んでるらしい話があったんで、違和感を覚えたんですよ」
女先輩「俺達の百合カップルって……君ら有名人だな」
男「大変不本意なことでしたが、今回はそれが良い方向に繋がったみたいですね……」
友「んで、生徒会室に言ってみれば男の携帯は真っ二つだわ、会長さんの携帯は置いてあるわで、何か起こってると気づいたわけですよ。ここへ来るのが遅れたのは事件発生に気づくのが遅れたのと、いろんな情報が飛び交ってたので足取りを辿るのが難しく、情報をまとめるところから入ったからですね」
生徒会長「そういうことだったんだ……」
友「今回ちょっとした騒ぎになったのは、そのSNS上で訳を話して情報を求めたからですね。緊急時なので後のことは考えずに使わせてもらいましたよ」
男「僕が言うのもなんだけど、よく信じてもらえたね」
友「そりゃ、最初は信じてもらえなかったさ。でも、男と会長さんに対して恩があると思っているやつがこの学校に多かったことと、俺もそこそこ顔が広いこともあったからな。最終的には騙されてでもいいから動いておこう、って思ってくれた人達がたくさん出てきてくれたんだよ」
男「……そっか。なら、今日はいろんな人に助けられたことになるんだなぁ」
女先輩「友に話を聞いて情報収集を手伝ったが、こうして話を聞いてみると本当によく気づいたな、友は。男もよくこれで友に通じると思ったな」
男「いやもう全く、友様様ですよ」
友「おう、もっと崇めよ称えよ!」
男「ははー」
生徒会長「友君、本当にありがとう……友君が来てくれなかったら、男君がどうなってたことか……」
友「いえいえ、男に今度何か奢ってもらいますからお気になさらず」
男「……普段なら文句を言うノリのところだけど、今回ばかりは焼肉に連れて行っても足りない気がするよ」
友「うはは、まぁそこら辺はぼちぼちな!」
生徒会長「……」
女先輩「……さてと、男が目を覚まして無事を確認したし、私と友は退散するよ」
男「え? あ、はい。ってそういえば、今学校はどういう状況なんですかね?」
女先輩「文化祭最終日で時間が終わり間近だったことで、中止にはならなかったよ。教師陣はその判断にかなり頭を悩ませたみたいだ。……もう時間的には後夜祭が始まってて、一般のお客さんにはお帰りいただいてる感じかな」
男「そうですか……」
女先輩「うん。男、会長ちゃん。何かあったら連絡してくれ。すぐにまた来るから」
友「同じく。男、今日はもう無理なんかするなよ。会長さん、男のことよろしくお願いします」
生徒会長「二人とも、今日は本当にありがとう」
男「友、今度本当に何かお礼させてね。女先輩もありがとうございました」
女先輩「男」
男「はい?」
女先輩「……よく、私の大事な友人を守ってくれた。感謝する」
男「……彼氏ですから!」
女先輩「くははっ、そうかい。じゃ、またね」
男「……」
生徒会長「……」
男「二人、行っちゃいましたね」
生徒会長「うん」
男「何かお話ですか?」
生徒会長「どうして、分かったの……?」
男「彼氏ですから」
生徒会長「……そう」
男「聞きます」
生徒会長「うん、あのね」
男「……」
生徒会長「――――私達、別れよう?」
□■□■□■□
女先輩「友、今日の君は本当によくやったよ。私は嘘偽りのない気持ちでそう思う」
友「おぉ、なんですか急に? もしかして好感度が上がった系ですか!? それなら――」
女先輩「だから、自分を責めるのはやめて欲しい」
友「……」
女先輩「君は最善を尽くした。誰もが君の手際を褒める。今日のことは間違いなくそういうものだった」
友「唐突に、何を言ってんすか……? 俺は別に自分を責めてなんか……」
女先輩「なら、その自分の爪を食い込ませた手はなんだ?」
友「……ばれてましたか」
女先輩「……」
友「こういことって本当にやっちゃうものなんですね。自分でびっくりですよ」
女先輩「手を出して」
友「何故ですか……って、ハンカチ汚れちゃいますから良いですって」
女先輩「いいから」
友「ってああ、躊躇なく裂いちゃうし……。高そうなハンカチなのに、すみません。今度弁償します」
女先輩「そこまで傷は深くないみたいだね。これならこれを巻きつけておくだけでいいか」
友「……」
女先輩「……」
友「男の顔、見ましたか? あんなに痣だらけで、いろんなところが腫れあがってて」
女先輩「ああ」
友「……男のやつ、両腕を縛られた状態で殴られ続けてたんですよ」
女先輩「っ! ……そう、だったのか」
友「人が集まってきたところで縛っていたものを外したので、それを知ってるのは当事者達と俺、あとは少女父さんだけですからね」
女先輩「……惨いな」
友「……はい。だからこそ、俺は元会長って人が心の底から憎らしい」
女先輩「……」
友「他人事のように冷静な態度で彼女と対話したり、さっきみたく事後報告しましたけど、あれはそうでもしないと気がどうかしてしまいそうだからなんです。元会長と取り巻きの奴らには男のやつと同じ目、いや、それ以上の目に合わせてやりたい。そんなドロドロとした感情があるんです……っ!」
女先輩「それは……」
友「分かってます。そんなの男も会長さんも望んでないことを。結局の所、俺には元会長をどうこうしようと考える権利がない。――そして、だからこそ自分が腹立たしい」
女先輩「友……」
友「もっと早く気づいていれば、もっと上手く情報を集めていれば。……煮えたぎる感情に振り回されるように、そう考えてしまうんです」
女先輩「……」
友「男のやつは俺が来ることに全てを賭けてたという風に言っていたけど、そんなことはない。あいつは最終的には自分一人で全てを切り抜けようとしていたはずです。俺のことは来てくれれば運が良い程度にしか思っていなかった」
女先輩「そんな風に言うものじゃないよ」
友「……別に、男のことを責めるつもりはないんです。ただただ、もっと早く助けてやりたかった――それだけの話です。すみません、変なこと言っちゃって」
女先輩「……」
友「……」
女先輩「……ん、これでよし。しっかりと巻けたと思うんだけど、どうかな?」
友「ありがとうございます。……って」
女先輩「……」
友「……あの、もう手当ては終わりましたよね? どうして手を持ったままなんですか?」
女先輩「友」
友「はい?」
女先輩「私も、悔しいんだ」
友「……女先輩」
女先輩「君はさっき、もっと上手く情報を集めていれば、と言ったがそれは私にも言えることだ。それに大切な友人達が危ない目にあっているのに、私はその場に向かうこともできなかった」
友「それは、少女父さんが少女ちゃんを信頼できる人に預けないと動けなかったからで……」
女先輩「でも、私が戦力として足手まといになることを加味した上での判断だった。それは事実だろう?」
友「……」
女先輩「私と君はきっと今日のことを達成感ではなく後悔と共に思い出す。……ならば、忘れないようにしよう。後悔があったことを。――次へ活かすために」
友「次へ活かす……」
女先輩「いいじゃないか、後悔。今日は最低だったが最悪ではなかった。なら、次はそれよりも良い結果を目指せばいい。後ろにあるものを振り返り見ることのないように、頭に焼き付けて前へ進んでいこう。そうすれば、きっと次は良い結果が得られる。友、君はそれができる人だと私は信じてるよ」
友「……」
女先輩「……」
友「……全部を呑み込むはできませんが、少し救われた気がします。ありがとうございます」
女先輩「そうか……良かった」
友「っ!」
女先輩「友、どうしたんだ? 呆けた顔して」
友「い、いえ、何でもないです」
女先輩「そうか?」
友(女先輩が普段浮かべる笑みとは違った、優しげな笑みに見蕩れたんです。……なんて言えるか!)
女先輩「友?」
友「ほ、本当になんでもないんです! それより、手を、繋いだ、ままなんですが……」
女先輩「ああ、そうだったね……」
友(と言いつつも手を離さないどころか、繋いだ手を凝視とは一体……!)
女先輩「友、後夜祭では校庭でキャンプファイヤーをやってるよね?」
友「は、はい。そうでね」
女先輩「私、あれをやったことないんだ」
友「そ、そっすか」
女先輩「あれはうちの学校では異性とやるのが前提だろう? 今まで相手がいなくてできなくてね」
友「さ、さようで」
女先輩「異性の友達がいなかったんだが、ここには現在手を繋いでいる君がいる。つまりだ」
友「つ、つまり?」
女先輩「やってみたいから、一緒に行ってくれないか?」
友「やっぱりそういう流れでしたか!」
女先輩「……嫌かな?」
友「滅相もない! さぁ行きましょう、すぐ行きましょう、とっと行きましょう!」
女先輩「くははっ、ありがとう」
友(例え、女先輩が気落ちする俺を励ますために誘ってくれただけだとしても、今は深く考えずに喜んでおこう)
女先輩「……なんて、考えてそうだね」
友「え?」
女先輩「なんでもないよ。さ、行こうか」
□■□■□■□
男(校庭から音楽が聞こえる。楽しさを含んだ喧騒が聞こえてくるけど、屋上にいるとどうも空々しいものに聞こえてしまうのは何故だろう)
生徒会長「……」
男(校舎内の電気はほとんど消されて、校庭ではキャンプファイヤーがぼんやりと辺りを照らしている。けど、当然ここまで十分な光が届くわけもない。……薄暗い中に僕達だけが放り出されたかのような、奇妙な感覚だ)
生徒会長「ごめんなさい」
男「何故、謝るんですか? それに、別れようってどういうことですか?」
生徒会長「私のせいで、男君は酷い目にあった」
男「別に今回のことは……」
生徒会長「私のせい」
男「……」
生徒会長「私が恋人失格だったから、だから男君は酷い目にあった」
男「恋人失格って、元会長さんのあれは完全な逆恨みじゃないですか」
生徒会長「違うの」
男「違う?」
生徒会長「……お昼ご飯を食べた後に行った迷路のこと、覚えてる?」
男「え? ……あぁ、そういえば」
男(その後にいろいろあり過ぎてすっかり忘れてた。そういえば、あれの件で気まずくなってたりしてたっけ)
生徒会長「男君は気になってたと思う。どうして、私が最後まで行けずに途中で抜けてしまったのか」
男「それは……そうですね、気にはしてました」
生徒会長「……あれね、私、二問目で止まっちゃたの」
男「二問目?」
男(思ってたより大分早い段階だったのか……。なんて問題だっけ……確か、魔女服の人が出した問題で――)
生徒会長「男君と引き換えに自分の大切なものを差し出せってやつ」
男「そんな問題でしたね。会長の大切なもの…………あぁ、なるほど、そういうことでしたか」
生徒会長「うん。……私、お母さんの櫛と男君をどっちか選ぶことできなかった」
男(会長だったらそう考えるか。あれは最終的に差し出す必要はないのに、真面目な人だから真剣に考えちゃったんだな……)
生徒会長「……ううん、結論から言えば時間切れになって失格になっちゃったんだから、私は男君じゃなくてお母さんの櫛を取ったことに代わりはないよね」
男「そんなこと……あれはたかが文化祭の催し物じゃないですか」
生徒会長「それだけじゃ、ないの……」
男「どういうことですか?」
生徒会長「私、一度元会長ちゃんに聞かれたよね? 櫛を差し出せば男君を見逃してあげるって。私は男君の彼女なのに、すぐに差し出すべきだったのに……躊躇してしまった」
男「……素直に渡したところで元会長さんが、本当に見逃したか何て分からないじゃないですか」
生徒会長「でも私が躊躇したことで男君が気を回して、そのせいで男君はあんな目にあった」
男「だから、恋人失格だって言うんですか?」
生徒会長「うん……私の身勝手が男君をこんな風にした。私と一緒にいれば、あなたはもっと傷つく事になるかもしれない。だから、私達……」
男「はい、ストップ」
生徒会長「え?」
男「それ以上先は言わないで下さい。言ったら多分……僕、泣きます。しこたま暴力を振るわれても泣かなかったのに泣きます」
生徒会長「でも……」
男「……会長、僕達はきっとこれからたくさんのことを経験します。時には言い合うこともあるでしょうし、そっぽを向き合うこともあるでしょう」
生徒会長「……うん」
男「でもそれって、自分達にとって必要だから行うんだと思います。僕はこう思うんです。喧嘩は極力しない方がいいに決まっているけど、前へ進むのに不可欠ならするべきだって。……会長はこれについてどう思います?」
生徒会長「……男君の言うとおりだと思う」
男「そうですか。では、何かある度に別れることを考えていたら、喧嘩なんてできると思いますか?」
生徒会長「それは……」
男「僕達が思っている以上に恋人って関係は、いろいろなことがあるものみたいです。楽しいこともあれば、今日みたいに苦しいこともあるんじゃないでしょうか。僕は今日のことでそう思いました」
生徒会長「……そうだね、私もそう思った」
男「はい。何かあることが当然で、普通なんです。だから、問題が起こったから……別れるという話をするのはやめましょう。問題が起こって感情に変化が起こったら、考えればいいんだと思います」
生徒会長「男君は、私がお母さんの櫛とあなたとで迷ったことを何とも思わないの?」
男「何も思わないわけではないです」
生徒会長「なら……」
男「けど、会長の気持ちを考えれば、それも仕方がないと思いました」
生徒会長「え?」
男「大切なお母さんが亡くなってから、長いこと形見の櫛とそれにまつわる思い出を心の支えにしてたんですよね?」
生徒会長「……うん」
男「それを捨てろって言われて、はいわかりましたと簡単に頷けるものじゃないこと、理解しているつもりです」
生徒会長「……男君はそれでいいの?」
男「今日たくさんのことがありましたけど、それでも会長を好きだって気持ちは揺らぎませんでした。今日の僕の行動の全ては会長のことが好きだってこと、ただそれだけに支えられてました」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……どうして、男君はそこまでしてくれるの?」
男「さっきも言いましたが、会長のことが好きだからです」
生徒会長「私なんかの何処をそんなに……」
男「全部です」
生徒会長「え?」
男「会長の全部を僕は好きになりました。容姿はもちろん、性格も」
生徒会長「……」
男「納得いきませんか? なら、具体的に言いますけど――普段は感情をあまり表に出さないのに、お腹が鳴ったら顔を真っ赤にするところ。欠伸をしたのを隠してるつもりけどばればれなところ。大きな功績を褒められたら謙遜するのに、些細なことに関してはドヤ顔するところ。パソコンをおっかなびっくり触るところ。僕の髪をいじってるだけなのに楽しそうにするところ。可愛いものを見ると顔を綻ばせるところ。女先輩と――」
生徒会長「……わかった、止まって」
男「ん? あれ、照れてるんですか?」
生徒会長「……男君って、意識してキザなこと言おうとすると噛むのに、どうしてこういう時は噛まないの?」
男「え、僕キザなこと言いました?」
生徒会長「知らない」
男「激レアな拗ねてる先輩可愛い。そういうところも好きです」
生徒会長「もう……」
男「あははっ、もう引かれるくらい僕が会長のこと好きだってこと、分かってもらえましたか?」
生徒会長「……本当にいいの?」
男「僕からすれば、お母さんの櫛を大事にしてるってことも、会長を好きになる所の一つでしかないんです」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……男君」
男「はい」
生徒会長「ありがとう……別れようだなんて言って、ごめんなさい」
男「ん、いいんです。まぁ、今回は事が事でしたからね」
生徒会長「……男君、何度も殴られてた」
男「たはは、もっとスマートに動ければ格好良かったんですけどね」
生徒会長「見てて、凄く怖かった」
男「僕が言うのも何ですけど、相手は完全な素人ですからね。動きもぐちゃぐちゃでしたし、受けた回数を考えたらダメージは意外に少ないと思いますよ?」
生徒会長「男君まで、いなくなっちゃうのかと思った」
男(あれ、会長……震えて?)
生徒会長「……矛盾してるよね。男君がいなくなることは絶対に嫌なのに、でもお母さんの櫛と比べて迷って、ぐずぐずしている間に男君は傷ついて」
男「……話を蒸し返すようですみませんが、別れるのはいいんですか?」
生徒会長「それでも、本当の意味で、いなくなっちゃうよりは……まし」
男(……お母さんのことを思い出したり、ぐるぐると考えが巡ってるんだろうか)
生徒会長「……私、変だね」
男(みんなに完璧だって言われて、何でもできるって思われてる会長だけど…………矛盾した考えを抱えて、普通に悩んでいる。分かっていたことだけど、やっぱりこの人は何処にでもいる女の子と代わりないんだ)
男「――会長、お願いがあるんですが」
生徒会長「……なに?」
男「櫛を、貸していただけませんか?」
生徒会長「え?」
男「よければ、でいいんです」
生徒会長「……はい」
男「あ……。……ありがとうございます。ちょっと、失礼しますね」
生徒会長「起き上がって平気なの?」
男「痛みはありますが、動けないほどではないので」
生徒会長「そう……。なんで後ろに回りこむの?」
男「こうするためです」
生徒会長「あ……」
男「……元会長に渡した櫛。お気づきだと思いますけど、あれはこうして会長の髪を梳いてあげられるように、PTAのバザーにあったのを買ったやつだったんですよ」
生徒会長「ん……、言えばこうして貸した」
男「会長はこの櫛を他の人に触らせたくもないって聞いていたので……」
生徒会長「男君は特別。当然のこと」
男「……ありがとうございます」
男(櫛を買った時は、迷路の件でもやもやしてたからなぁ。……今となっちゃ遠い記憶のよう、かな?)
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……元会長ちゃんと私は友達だった」
男「! そう、だったんですか……いや、同じ学年で一緒に生徒会の仕事をしていた時期があるんですもんね。そう考えれば普通か」
生徒会長「うん。……男君は今日元会長ちゃんが来たのは、私のせいで学校をやめることになったこと、その報復だと思ってるよね?」
男「……違うんですか?」
生徒会長「確証はないけれど、私は違うと思ってる」
男「何故です?」
生徒会長「具体的な言葉にはできない。でも、今日少しだけだったけど話していて、そう思った」
男「……」
生徒会長「……元会長ちゃんね、お母さんの櫛を見たことあるの」
男「えっ!」
生徒会長「でも、男君が違う櫛を出しても、何も言わなかった。違う物を出したことに対して、いろいろ言うこともできたのに」
男(元会長さんが急にゲームとか言い出したのは、偽物だと知っていたからだったのか……?)
生徒会長「だから、今日来たのは私を責めたりするつもりだったけど、本当に酷いことをするつもりは元会長ちゃんにはなかったんじゃないかって。仮にお母さんの櫛を渡しても最終的には返してくれたんじゃないかって思った」
男「それは……いくらなんでも好意的に見すぎだと思います」
生徒会長「分かってる。けど……」
男「けど?」
生徒会長「……いつか、もう一度元会長ちゃんとお話したいと思う」
男「……もう係わり合いにならない方が良いと思うんですが」
生徒会長「男君を酷い目に合わせたのは許せない。けど、ごめん。思い違いで更に傷つくことになっても、それでも私は……」
男「友達だと思ってる、ですか?」
生徒会長「……うん」
男「……甘い人ですね」
生徒会長「うん」
男「激甘で、懲りない人です」
生徒会長「うん」
男「でも、そういう優し過ぎるところも好きです」
生徒会長「え?」
男「もしも会うようなことになれば、お供します」
生徒会長「嫌じゃ、ないの?」
男「嫌ですよ。だけど、会長がそうと決めたなら協力します。僕は副会長で彼氏ですからね」
生徒会長「……」
男「あの人は激烈な方です。だから、一人で会うってのはなしです」
生徒会長「でも、これ以上迷惑をかけるのは……」
男「いいじゃないですか、迷惑をかけたって。僕達は恋人同士なんです。お互いに迷惑をかけあって、助け合っていきましょう。その代わりと言ってはなんですが、僕が迷惑をかけることもあると思うので、その時はよろしくお願いします」
生徒会長「……」
男「強がりとかじゃないです。心からそう思ってます」
生徒会長「……わかった。迷惑、かけます」
男「はい」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……」
男(黙々と会長の髪を梳くこの状況。どうしてだろう、沈黙が心地よく感じられるのは。校庭の方から聞こえる喧騒が、何処か遠い世界のものであるかのような気がしてくる)
生徒会長「夕暮れの生徒会室」
男「え?」
生徒会長「前に女ちゃんが話してくれたの。夕暮れの生徒会室は綺麗だけど一人でいれば寂しいって」
男「……」
生徒会長「誰かと一緒にいるから、綺麗だと思えるものがあるんだって教えてくれた」
男「……はい」
生徒会長「ここは、本当は少し寂しい場所なんだと思う。みんなが校庭に集まっているのに、ここにいればまるで仲間はずれになっているみたいで。……でも、男君と一緒にいると、全部が違って思える。遠くに聞こえるみんなの声も、薄暗さが辺りを包んでいても、それはあなたの存在を感じるためだと思えて…………私は、今この瞬間がとても愛おしい」
男「……」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「変なこと、言った?」
男「え? い、いえ、そんなことないです」
生徒会長「でも黙った……」
男「違うんです! その、会長ほど綺麗な言葉ではありませんけど、僕も同じようなことを考えてて……」
生徒会長「……そう。なら、良かった」
男「はい……」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「ありがとう」
男「何がです?」
生徒会長「髪を梳いてくれてること。急に言い出したのは、お母さんにこうされて私が落ち着いたって話したからだよね?」
男「……ばれてましたか。会長のお母さんと同じようにできるとは思いませんけど、少しでも何かできればと思いまして」
生徒会長「凄く、嬉しい。本当に……本当に……」
男「……はい」
生徒会長「……」
男「……」
生徒会長「……」
男「……会長」
生徒会長「なに?」
男「ちょっとこっち向いてくれますか?」
生徒会長「ん? ――――っ!」
男「……」
生徒会長「……」
男「……もう顔、前に戻して大丈夫です」
生徒会長「……うん」
男「……」
生徒会長「……不意打ち」
男「すみません、我慢できませんでした」
生徒会長「……ファーストキス、奪われた」
男「奪ってしまいました」
生徒会長「表情に困る」
男「耳まで真っ赤ですね。非常に覗き見たいところですが、僕も今どんな顔をすればいいのか分からないので、大丈夫です。僕、なんか変な汗が出てきましたが大丈夫です。真顔になってますが、大丈夫です。何が大丈夫なのか自分で分かりませんが、大丈夫です」
生徒会長「……男君は、少し反省するべき」
男「すみません」
生徒会長「誠意を見せるべき」
男「……どうすればいいでしょうか?」
生徒会長「……男君」
男「はい」
生徒会長「私、もう一度振り向きたい」
男「……はい!」
□■□■□■□
「友っちの嘘つきぃいいいいいい! 仕事はちょっと多いくらいだって言ったじゃん!? なのにこの仕事量じゃないかああぁ!」
友「うはは、ニュー書記よ安心しろ! 意外に慣れるものだから! お前が慣れるまでしっかり付き合ってやるから、気張っていこうぜ!」
「あ、あのあの、女先輩! 女先輩の役職ってなんなんですか?」
女先輩「私? 私は手伝っているだけだから、会計ちゃんが仕事を覚えるまでいるだけだよ」
「そ、そんな~……女先輩と禁断の愛を育むために生徒会に入ったのに~」
女先輩「……私は別に同姓と恋愛をするつもりはないんだけどね」
「や、やっぱりそうなんですか!? 後夜祭で友君と踊ってましたし、女先輩ってもしかして……」
女先輩「おっと、その先は言わせないよ」
男「……文化祭が終わったら、なんだか急に騒がしくなりましたね」
生徒会長「男君と友君が一緒にいる時とそう変わらない」
男「傍から見たらこんな感じなのか……」
生徒会長「……新しい役員さん、入ってくれたね」
男「友の部活の友人である書記君と、女先輩に憧れて? 入ってくれた会計さんの二人ですから、友と女先輩のおかげ感はありますけどね」
生徒会長「それでも、これでようやく普通の生徒会になった」
男「……はい」
生徒会長「今すぐには無理だろうけど、入ってきてくれた二人のおかげで私達は時間を取れるようになる」
男「今まで我慢していたこと、やりましょう」
生徒会長「元会長ちゃんのことに、男君とのデート……他にもたくさんある」
男「ゆっくりでもいいです。全部やりましょう」
生徒会長「男君……」
男「二人で、です。これから様々なことを経験することになるでしょうけど、僕達ならきっと全てを乗り越えられる」
生徒会長「……うん」
男「これからのことを思えば不安もありますが……」
生徒会長「……楽しみでもある」
男「――はい」
生徒会長「ふふっ、すっかり男君の影響を受けた」
男「俺色に染めてやるぜ! ってやつです」
生徒会長「嬉しい」
男「……そう言われて僕も嬉しいです」
友「おい男! 手が空いてるなら仕事教えるの手伝え……って、なに会長さんと手を繋いでいちゃいちゃしてんだよ! ブーブー!」
書記「ブーブー!」
会計「ブーブー!」
女先輩「君達、息ぴったりだな……」
男「あははっ」
生徒会長「ふふっ」
男(僕達は分かち合う)
男(それは時に不幸なことを呼び込むこともあるかも知れない)
男(人と強い結びつきを作るというのは難しいことで、相手のことで傷つくこともたくさんある。怒りや哀しみは無差別に牙を剥くことがあるからだ)
生徒会長「男君」
男(でも、僕は知ってしまった。彼女と共にいる喜びと楽しさを)
生徒会長「私……」
男(もう彼女なしの世界は考えられない。まるで呪いのような強い感情が僕を支配する)
生徒会長「あなたのことが――――」
男(そんな風に考えてしまう自分は、心底彼女に惚れ込んでしまっている証拠だろう)
生徒会長「――――大好き」
男(僕にだけ見せてくれるこの笑顔)
男(これだけで何でもできるような気がしてしまう自分は何処か安っぽくて――――)
友「男、早く来いよ!」
女先輩「会長ちゃん、この案なんだけど……」
「おい会計、これ手伝えよ」
「なんであたしが書記の仕事を手伝わなきゃいけないのよ!」
生徒会長「行こう、男君」
男「はい、行きましょう!」
男(――――でも、嫌いじゃない)
アフターストーリー・文化祭
おしまい