関連
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」【前編】
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」【後編】
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷・中庭
◇ ◇ ◇
早朝
エルフ少女(結婚式を終えて、三日が経った)
エルフ少女(合計八組もの夫婦の中に紛れるようにいた、元メイドさんの真っ白なドレス姿がキレイで、すごく印象に残っている)
エルフ少女(これだけ経った今でも、まだ仕事の合間に思い出せる)
エルフ少女(……人間の結婚式は、賑やかで、派手で……そして、わたし達とは違う美しさがあるものだった)
エルフ少女(それでもやっぱり……わたし個人としては、わたし達の結婚式である、あの静かな感じの方が好きだけれど)
エルフ少女(……でも……あのドレス姿は……同じ女性として、少し惹かれるものがあった……)
エルフ少女(……まぁ、人間と結婚するなんて、考えたくも無いことだけど)
エルフ少女(そんなわたし個人の感想はともかくとして……あの人は、結婚式の翌日には街を出て、この屋敷へと戻ってきた)
エルフ少女(馬車を事前に予約していたおかげで、その日は昼食後少ししたぐらいには帰ってこれた)
エルフ少女(結婚式当日には既に、元メイドさんに挨拶をしていたのもあるのだろう)
エルフ少女(すんなりと、ここへと戻ってきた)
エルフ少女(そしてその日から今日まで……食事も満足に摂らず、入浴なんてもちろんせず、研究に没頭し始めた)
エルフ少女(もし今日の昼も出てこなければ、ほぼ丸二日、研究室から出てこないことになる)
エルフ少女(でも……この前みたいに、無理矢理引っ張り出すことは、しない方が良いのだろう)
エルフ少女(……昨日も今日も、研究室に篭る前から「鍵を開けて入るのは止めて欲しい」って止められちゃったしな……)
エルフ少女(……今日も食事はいらないのだろうか……)
エルフ少女「……はぁ……」
エルフ少女(ホント……いい加減、身体壊しそうなものだけど……)
エルフ少女「……というか……」
エルフ少女(わたし達二人も入浴できないのは辛い……)
エルフ少女(……贅沢って、覚えない方が良いよね……身体を拭けるだけ幾分もマシだっていうのにさ……)
エルフ少女(それが分かってるのに……そんなこと考える自分がイヤになる……本当に)
エルフ少女「はっ……!」ヒュッ
エルフ少女「はぁっ……!!」ヒュヒュヒュッ…!
エルフ少女「…………すぅ~……」
エルフ少女「……はぁ~…………」
エルフ少女(……うん)チャキ
エルフ少女(告白してからずっと預かったままのナイフも……いい加減、扱いに慣れてきた)
エルフ少女(……ただ……これも贅沢なんだろうけど、やっぱり長いのが欲しい)
エルフ少女(お父さんに特別に一度だけ振らせてもらった、身の丈以上長いのはいらないけど……もうちょっとだけ、相手との間合いが取りやすいやつ)
エルフ少女(後は……わたしとその得物の距離が離れても、わたしが目視しやすいぐらい大きなやつ)
エルフ少女(これだけ短いとさすがに……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……ま、投げる分には扱いやすいか)
ヒュッ
スコン!
エルフ少女「…………」
パチパチパチ…
エルフ少女「っ!」
男「すごい、命中。上手だね」
エルフ少女「……旦那様……」
男「相変わらず流れるみたいでキレイな動きだね……惚れ惚れするよ」
エルフ少女「ありがとうございます」
男「でも、メイド服って動きづらくないの? 動きやすい格好に着替えたらいいのに……」
エルフ少女「いえ。これ、スリットを入れてもらいましたから。十分動きやすいですよ」
ピラ
男「ちょっ……!」
エルフ少女「え?」
男「そんな恥じらいもなしに……!」
エルフ少女「そんな……突然下着を見せられた、みたいな反応をされても……」
エルフ少女「別に足を見せただけですし……そんなに深くも切ってもらいませんでしたから」
エルフ少女「まぁ個人的にはもっと深く切っても良かったんですけど……元メイドさんに止められまして」
サッ
男「はぁ……いや、それ正解だよ」
男「だってそれ以上深くしちゃったら、下着が見えるんじゃないの?」
エルフ少女「下着の上からまた何か、見られても大丈夫なものを履けば済む話ですし」
エルフ少女「何より、やはりいざという時の動きやすさの方が重要かとも思いますし」
男「イザという時……?」
エルフ少女「はい。突然襲われた時など」
エルフ少女「ですからその時にも対応できるよう、メイド服で動く特訓をと」
男「なるほど」
エルフ少女「それにしても旦那様、部屋から出てこられたということは、もう研究は終えられたのですか?」
男「いや、まだ」
エルフ少女「……珍しいですね。それなのに出てこられるとは」
男「今日中には完成しそうでね……一段落もついたし」
エルフ少女「でしたら……今日は朝ごはん、食べますか?」
男「うん。いただくよ」
エルフ少女「それなら早く奴隷ちゃんに言いにいかないと。今日も用意しないつもりでしたし」
男「う~ん……それならそれで良いかなぁ……」
エルフ少女「ダメです」
男「うっ」
エルフ少女「せっかく食べる気なのでしたら、食べていただかないと」
エルフ少女「どうせ食べ終えたらまた研究室に篭るのでしょう?」
男「まぁ、ね」
エルフ少女「ならその前に、せめて朝食ぐらいはしっかりと食べてください」
エルフ少女「それと、入浴もちゃんとお願いしますよ」
男「……はい」
テクテクテク…
エルフ少女「それにしても……本当に珍しいんじゃないですか? 一段落したからと部屋から出てきたのは」
男「それは、ボク自身もそう思うよ」
エルフ少女「元メイドさんも、旦那様はずっと研究ばかりだったと話しておられましたしね」
男「ああ~……まぁ彼女の時は、毎日研究室に来てご飯と入浴を強制されてたからね……そのせいでコッチも、色々と意地を張ってたのかも」
エルフ少女「なるほど……わたし達は言われたとおり、研究室を開けませんでしたからね」
男「元々、あまり一人なのも得意じゃない性質だし、構ってくれないならくれないで、気になっちゃうんだよ、ボク」
エルフ少女「子供みたいですね」クスッ
男「ボクもそう思うよ」クスッ
男「だからま、自分から出てきて、こうしてコミュニケーションを取ってもらってるって訳」
男「一人が寂しくて独り言が多くなってきたから二人を雇った、っていうのもあるぐらいだしさ、ボクって」
エルフ少女「それなら、もっと多く出てきてくれたら良いじゃないですか」
男「研究も重要だからね」
男「それに……早く今の研究を終わらせないといけない理由も増えたし」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「一つ、気になったんですけど」
男「ん?」
エルフ少女「どうしてわたし達エルフのために、そこまでしてくれるんですか?」
男「…………」
エルフ少女「それに、わたし達にどういう扱いをしても大丈夫だと知っているのに、どうしてそんな普通に接することが出来るんですか?」
男「…………」
エルフ少女「普通の人間なら、それこそわたし達を文字通り飼うようになるはずですし……」
男「ん~……まぁ、そうだなぁ……」
エルフ少女「はい」
男「今の研究と同じで、ただの罪滅ぼし……って、周りには思われるかもしれないけど……」
男「実際はただ、やりたいだけ、なんだよね」
エルフ少女「……? やりたい……? 何をですか?」
男「キミ達を助けること」
エルフ少女「……どうして、そう思ってくれるのですか?」
男「それは……」
男「…………」
男「……ま、全てが終わったらちゃんと話すよ」
エルフ少女「」ガクッ
エルフ少女「……全てが終わってから頑張っていた理由を話されても……」
男「ん~……でも今はほら、いつかこのことを二人に話すために頑張ろう、っていうのが活力になってる部分があるしさ」
男「だからまぁ、待っててよ。話せるようになるまで」
エルフ少女「……仕方ないですね。分かりました」
~~~~~~
深夜
◇ ◇ ◇
エルフ少女の部屋
◇ ◇ ◇
エルフ少女「…………」スゥ…スゥ…
カチャ…
…キィ
?「…………」
タン…タン…タン…
エルフ少女「…………」スゥ…スゥ…スゥ…
タン…タン…タン…
?「…………」
ギシッ
エルフ少女「っ!」
バッ!
ビュッ…!
…シャッ…!
?「っ!!」
エルフ少女「……乙女の部屋に侵入とは……穏やかじゃありませんね」
エルフ少女「……どちら様ですか?」
?「……乙女がいきなり首筋にナイフを突きつけてくるとは思えないんだけど……」
エルフ少女「……ん?」
?「……というか……寝ている間もソレを傍に置いてるとはね……」
エルフ少女「その声……旦那様?」
男「どうも」
エルフ少女「……なんの御用ですか?」
エルフ少女「まさか……夜這い、ですか?」
エルフ少女「そういうことが可能だと確信がもてた途端に?」
男「ち、違う違う!! そうじゃない!」
エルフ少女「とてもそうには見えませんけど……?」
男「た、確かに夜這いをかけたみたいに見えるけど……! でも違うってっ!!」
エルフ少女「説得力は皆無ですね」
男「ま、まぁ……ボクも女で、逆の立場なら同じことを思うけど……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……まぁ、奴隷として買われてしまったわたしに、本来ならこうして拒絶することは許されないのでしょうね……」
エルフ少女「ですが……それでも――」
男「だから違うって!」
男「実はさ、研究が完成したから、見てもらいたくて!!」
エルフ少女「完成した……?」
男「うん! 魔力で秘術を扱う魔法!!」
エルフ少女「……何故わたしに?」
エルフ少女「魔法や秘術なら、奴隷ちゃんの方が詳しいでしょう?」
男「彼女も次に起こすつもりだったんだって!」
エルフ少女「……何故この時間なんですか?」
エルフ少女「夜中に起こされる身にもなってください」
男「そ、それは確かに……悪いと思ったけど……」
男「ボクも寸前まで悩んだんだけど……」
男「でも……なんというか、いち早く誰かに見てもらいたくてさ!」
男「なんというかこう、自慢、みたいな?」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……はぁ」
エルフ少女(つい今朝に子供っぽいと思ったけど……これほどとは)
男「どう? 信じてくれた!?」
エルフ少女「……まぁ、そうですね」
エルフ少女「というより、実は、旦那様」
男「ん?」
エルフ少女「別に、わたしは旦那様を押さえつけている訳ではないのですから、ナイフと反対方向に首を動かしながら離れてくれれば、あっさりと離れられるんですよ?」
男「あ……そうだったんだ」
男「そういうの、よく分からないからさ」
スッ…
エルフ少女「……片腕をついて顔を近づけてきていたのは、もしかしてキスでもしようとしてました……?」
男「ま、まさか!」
男「やっぱりしっかりと寝てるなら起こせないなと思って、寝ているかどうか確認を……!」
男「これで寝てたら諦めようとか、そう考えてね……!」
エルフ少女「……そうですか」
男「うんうん!」
エルフ少女(……なんか、そうやって強く否定されると少しだけショックを受けている自分がいる……)
エルフ少女(それが……ちょっとむしゃくしゃする……)
男「や……やっぱり怒ってる……?」
エルフ少女「……いえ」
エルフ少女「まぁ、夜中に起こされたことに関しては、別に怒ってませんよ」
エルフ少女「子供みたいだなぁ、と今朝話したばかりですし」
エルフ少女「ええ。別に。怒ってないですよ」
男「は、ははっ……」
エルフ少女「ともかく、奴隷ちゃんも起こしにいくつもりだったのなら、起こしに行きましょう」
男「う、うん……」
ガチャ
キィ…
男「…………」
トコトコトコ…
エルフ奴隷「……ん? ……ご主人さま……?」ボ~…
男「……エルフの皆は眠りが浅いものなの?」
エルフ奴隷「……はい?」ボ~…
男「いや……なんにも」
エルフ奴隷「もしかして……夜這いですか?」ボ~…
男「ち、違う違う!」
男「というか二人してそう思うって……ボクの印象って、もしかして結構悪かったりする?」
エルフ奴隷「ん~……そんなことはありませんが……」ボ~…
エルフ奴隷「むしろ良かったりしますが……」ボ~…
男「……もしかして、寝ぼけてる?」
エルフ奴隷「いえいえ……そんなことは……」ボ~…
男「…………」
エルフ奴隷「……あ、夜這いでしたね。すぐに服を脱ぎま――」ボ~…
男「違うから違うから! ちょっと自慢したかっただけなんですごめんなさい!!」
エルフ奴隷「……自慢……?」ボ~…
~~~~~~
男「本当にごめんね。こんな夜中に屋敷の外になんか出して」
エルフ少女「……そう思うのなら、最初から呼びに来なければ良かったんじゃないですか?」
男「……返す言葉もありません……」
エルフ少女「奴隷ちゃんなんて、寝ぼけているところを無理矢理連れてこられたんですよ?」
男「……本当にごめんなさい」
エルフ奴隷「いえ、そんな……! 私こそ、寝ぼけている見苦しい姿を見せてしまって……すいません」///
エルフ少女「でも奴隷ちゃんが寝ぼけてるって珍しいよね? いつも朝はそんなことないのに……」
エルフ奴隷「実は……その……毎朝、本当はもうちょっと早く起きてるんですよ」///
エルフ奴隷「ただその……ボ~っとしてる時間が長いと言いますか……まぁ……そんなところです」///
エルフ少女「ふ~ん……」
エルフ奴隷「わ、私の話よりも、ご主人さまですよっ」
エルフ奴隷「なんでも、魔法を使う方法で、秘術が使えたとかっ」
男「うん……本当は日が昇るまで待ってから公開しても良かったんだけど……なんかこう、いち早く見てもらいたくてさ」
男「本当……自分勝手な理由だよね……見せびらかされたり、訳の分からない仕組みを説明されるために起こされるなんて……面倒だよね。むしろ辛いよね。……ごめん」
エルフ奴隷「話が巡り続けてますよ、ご主人さま」
エルフ奴隷「私は別に気にしていませんから」
エルフ奴隷「むしろ、自分にその成果をいち早く見せてくれようとしてくれて、嬉しいぐらいですし」
エルフ少女「……まぁ、努力の成果を早く誰かに見てもらいたい気持ちも分かりますからね」
エルフ少女「わたしだって、別にそのことに関して怒ってなんていませんよ」
エルフ少女「ただちょっと旦那様の反応が面白かったので、何度も責めてしまっただけです」
男「反応が面白いって……」
男「……まぁ、良いや」
エルフ少女「それで、早速見せてもらえるんですか?」
男「もちろん。そのために呼んだんだからね」
キュポン
エルフ奴隷「……水……ですか?」
男「うん。ボクの魔法といえば、コレだからね」
エルフ少女「まさか、いつもみたいに撒くんですか? その細い筒のような瓶容器に入った水を」
男「ううん。これを飲む」
エルフ少女「飲む……?」
男「水の中に術式を施してあるのは前までの通り」
男「ただコレを飲むことで、体力を魔力に変換する際、その魔力に特殊な信号が付属されるようになる」
エルフ少女「……あ」
男「そう。この前説明した通りのことをするだけ」
男「変換される魔力全てを、精霊に届くかもしれない信号を発せられるようにする」
男「そうすることで、秘術を使えるようにするって訳」
エルフ奴隷「……届くかもしれないということは、届かないかもしれないということですよね?」
男「そうだけど……ま、研究室で一度実験したときは、ちゃんと秘術っぽいことは出来たよ」
エルフ少女「秘術っぽい?」
男「秘術だ、って自信が持てないだけ」
エルフ奴隷「……それを、私達が確認すればよいのですね?」
男「それもあるかな」
男「というか、それは建前で……本音はさっきから言ってる通り、この完成した研究成果ともいえる魔法の自慢」
男「ボクとしてはちゃんと秘術だと思えた訳だし」
男「自信は無いけどね」
男「というわけで、早速」
ゴクッ
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……それって、変な味はしないんですか?」
男「もちろん」
男「術式を施してるといっても、単なる水だからね。味としては、裏で汲める井戸水と変わらないよ」
エルフ奴隷「……それで、今はもう秘術が使えるのですか?」
男「うん」
男「ただ、この魔法の効果は短いんだ」
エルフ少女「……それなら、そう悠長に話してる場合じゃないんじゃ……?」
男「今体力を魔力に変換してるところ」
男「変換さえ果たせば、もう魔法の効果が切れても良いからね」
エルフ少女「……魔法って、面倒なんですね」
男「無理をしているようなものだからね」
男「っと、まぁ、魔力の量はこのぐらいで良いか。実験なのにあまり変換しすぎると倒れちゃうし」
エルフ少女「変換中って、そんなに隙だらけなんですか?」
男「まさか。ボクだって体力を魔力に変換しながら、変換されてくる魔力をそのまま魔法術式に充てることだって出来るよ」
男「今はそうやって集中力を分散させる必要も無いからしないだけ」
男「切羽詰る戦いの最中って訳でもないし」
男「さて……で、ここからがこの魔法の見所」
男「本来、秘術は口で紡いで、精霊にしたいことを伝える」
男「でもこの方法で秘術を使うときは、今までの魔法と同じで、中空に光の文字を描いてお願いをする」
男「ただ、人間の文字だと伝わりづらいであろうことは、さっき一人でやった実験で分かった」
男「だから今回は、エルフの文字でやってみようかと思う」
サッサッサ…
男「ん~……実験だし、これぐらいで良いか」
サッサッサ…
エルフ奴隷「……確かに。それが出来れば秘術だと思いますよ」
男「本当? なら、試す価値はあるかな」
エルフ奴隷「そこに書いてある通りのことが出来れば、ですけれど」
男「……ま、そこは試してみるしかないか」
男「じゃあこれで……発動!」
パン
…
キィィィ…
シュゴドォッ!
エルフ奴隷「……書いたとおりになりましたね」
男「……うん……うん!」
エルフ奴隷「間違いなく、秘術と同じ効果です」
男「ということは……」
エルフ奴隷「間違いなく、成功です」
男「成功……成功……成功した……成功したっ……! 成功したっ!! 成功したっ!!!!」
男「いよっしゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー……!!!」
エルフ少女「うわっ……」
エルフ少女(そんなに大声上げて喜ぶところなんて初めて見た……)
エルフ少女(というか、大声上げてるところ自体初めてかも……)
エルフ奴隷「おめでとうございます」
エルフ少女(……でも――)
エルフ少女「――確かに。書いたとおり“少し離れた所の地面が錐状に突き上がる”って現象は起きたけど……」
エルフ少女「これで、どうして秘術だって確証が持てるの? 魔法については詳しくないけど……これって、魔法でも出来ることなんじゃ……?」
エルフ奴隷「それはですね――」
男「なぁに! 簡単なことだよ!」
エルフ少女(あ、ちょっとウザい……)
男「秘術が魔法とは違って、世界への干渉率が高いからだよ!」
男「つまり! さっきの現象は魔法では行えないってことさ!!」
男「いや、正確には行えるんだけど! だけどね! だけど! やっぱりちょっっっと! 微妙に変化があるというかね――」
エルフ少女「あ、我慢できない」
男「――え?」
エルフ少女「すいません。ちょっとウザいです、旦那様」
男「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「…………ごめん…………」
男「…………もうちょっと……落ち着くよ…………」
エルフ少女「お願いします」
エルフ少女「で、落ち着いた上で、説明の続きが聞きたいです」
男「……うん」
男「えっとね……まず魔法っていうのは、体力を魔力に変換して世界に干渉してもらう、っていう方法なのは前から何度も言ってるけど……」
男「それはつまり、その変換した魔力と交換で、世界に色々な現象を起こしてもらってるってことなんだ」
男「だからどうしても魔法だと、その魔法を使った人の近くからしか発動できない」
男「さっきみたいに、指先に魔力を灯して光の文字を描き、世界にしてほしい現象をお願いするでしょ? あれこそが何を隠そう魔法術式ってやつなんだ」
男「術式を施す、っていうのはつまり、“魔力を使ってもらって魔法術式を発動可能状態にしてもらう”ことを指す」
男「結婚式の前日に二人に渡してた魔法水の入った瓶なんかは、事前に水の中にその“術式を発動可能にしたもの”を宿しておいた状態ってこと」
男「魔法道具(マジックアイテム)なんかもそうだね。身に着けるものやその他諸々に術式を施すことで、世界に干渉してもらい、様々な効果を発動させる」
男「もしその効果を発動させ続けたいんなら、それこそ身に着けている人の体力を魔力に変換して、ソレを交換し続けるように術式を編まないといけなくなるってこと」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……まぁ、よく分かりませんでしたけど」
男「」ガクッ
エルフ少女「でもそれってつまり、魔法を使うには魔力が必要ってことですよね?」
男「うん」
エルフ少女「それならどうして旦那様のあの水などは、魔力が入っていないのにソレを瓶の外に出すだけで、魔法が発動されるのですか?」
男「いや、魔力は入ってるよ。だからこそ水を外に出すだけで魔法が発動するんだし」
エルフ奴隷「瓶の口の近くに、瓶の中の術式を発動しないようにする術式を施しているんですよね?」
男「うん。その通り」
エルフ少女「ということは、あの水の中には、魔力と、魔法を発動させる術式、っていうのが一緒に存在しているということですか?」
男「そういうこと」
エルフ少女「なら長時間保存しておくと、あの水はただの水になってしまうということ?」
男「基本的にはね。というよりあの水の中の魔力は、込めてから丸一日しか保たないよ」
男「ボク自身の体力が少なくて、変換して宿せる魔力総量も少ないせいで、込められる量も限られちゃうからね」
男「“術式を施した水”という形だと、魔力が無くてもその形は残る。それこそ魔法道具(マジックアイテム)と一緒」
男「装備するのを止めて魔力の供給が一度なくなっても、時間が経って再び装備して魔力を供給してやれば動くんだから」
男「中には、あの調理場の木箱に施してあるような“時間を遅くする術式”を瓶自体に施してあるのもあるけど……まぁ、数は少ないかな」
男「本当は全部にその術式を施すのが良いんだけどね……アレは術式を発動し続けるための必要魔力自体も遅くして循環させることで、少量で済んで燃費も良くなるし」
エルフ少女「では、何故そうしないのですか?」
男「ん~……まぁ、その術式を施すために必要な魔力が多いっていうのと……」
男「あとは、そうして全部保存しておいて、もし地震でも起きて瓶が全部倒れて割れちゃったら、屋敷がふっとんじゃうからかな」
エルフ少女「あ~……なるほど」
エルフ少女「……ん? でも旦那様、その話を聞く限り、結局瓶の中の魔法を使えるようにするのに、また魔力を込めてるんですよね?」
エルフ少女「ということは、別に瓶にそんな何重にも術式を施さなくても、直接目の前で魔法を使ったほうが手間が省けそうなものなんですけど……」
男「その術式を編むのだって魔力を使うからね」
男「普通の魔力総量があるんなら、確かに目の前で直接使った方が良いんだろうけど……むしろだからこそ、ほとんどの魔法使いがそうしてるんだろうけど……」
男「でも、さっきから何度も言ってるけど、ボク自身は体力が無いからね。少しでも魔力の節約をしたいからこその、ちょっとした足掻きみたいなものなんだ」
男「手間も掛かるし、総合的には魔力も取られちゃってるけど……でも、戦いになった時は少しでも魔力を抑えた戦い方をしないと、保たないからさ」
男「事前準備を念入りにしているってこと」
男「……で」
男「結構話が飛んじゃったけど……それに対して秘術っていうのは、周りにいる精霊にお願いして、世界に現象を引き起こしてもらうこと――」
男「――って、これは二人の方が詳しいから説明は良いか」
男「ただ分かって欲しいのはその性質の違い上、魔法は術者の体力が消耗され、秘術は術者の体力が消耗されない、っていう大きな違いがあるんだ」
エルフ少女「……? でも、それとさっきの“土の錐”と、どう関係があるんですか?」
エルフ少女「とても魔法と秘術の違いが分かる実験のようには見えませんでしたけど……」
男「まぁ、ボクが使ったあの方法は“魔法と同じ方法で秘術を使う”ってやつだからね。その“大きな違い”からじゃあ魔法か秘術かなんて判断はつけられないんだ」
男「つけるための方法は、もう一つ。さっき軽く言ったけど、“魔法は術者の近くでしか発動されない”って部分」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「…………あ」
男「気付いたね」
男「“離れた場所の地面に土を錐状にして隆起させる”……これは、魔法では出来ないことなんだ」
男「もし魔法で行いたいんなら、その“錐状に隆起させる”ポイントまで、魔力が走った跡が残るんだ」サササササッ
男「こんな風にね」ドンッ!
ピシピシピシピシ、シュゴドォッ!
エルフ少女「おぉ~……」
男「ほら、踏みしめた足の先から向こうの出てきた土の錐まで、埋まっていた細い糸が掘り起こされたような、小さな線の跡があるでしょ? これが魔力の走った跡」
エルフ少女「なるほど……」
男「で、秘術で使ったほうは、この跡がない」
男「つまりこれで、さっきのは秘術が使えた、っていう証明をしたことになるんだ」
エルフ少女「……でも、結果的に出来たことは同じですよね?」
男「ん~……まぁね」
エルフ少女「確かにこの魔力の跡というののせいで、戦闘が不利になる可能性はありますけど……」
エルフ少女「でも、それこそ別の魔法にすれば良いんじゃないんですか? 手から火の槍でも無数に打てば良いんですし」
男「まぁ、戦闘だとそうなんだけど……ボクが秘術でしたいのはそういうのじゃないから」
エルフ少女「そういうのじゃない……? どういうことですか?」
男「……魔法は、術者の近くでしか発動できないんだよ」
エルフ少女「? それはさっきも聞きましたけど……」
男「つまりね……魔法じゃあ、体内へ何かしらの影響を与えることが出来ない、ってことなんだ」
男「むしろ……他人の魔力を体内に入れられると、どんな副作用があるのか分からなくなる……術式を施し終えたものであれ、なんであれ……ね」
エルフ奴隷「…………」
男「……まぁ、なんというか……」
男「戦争の頃の話になって申し訳ないけど……」
男「当初勝っていた人間にエルフが逆転してこれたのは……この差が一番大きいんだ」
男「人間は、世界から治療してもらうことが出来ない」
男「しかしエルフは、その秘術で、仲間を治療することが出来る」
男「……エルフが秘術で仲間を治療することが出来る、っていうのは、間違いないんだよね?」
エルフ少女「……まぁ、そうですね」
男「それって、どんな傷でもだよね?」
エルフ少女「……呼吸さえしていれば、どんな傷だって治せます」
男「病気だって、だよね?」
エルフ少女「…………はい」
男「……そう……」
男「……そうだよね……」
男「ソレを、ボクは知ったんだ。調べて」
男「だから、秘術を使えるようになろうとした」
エルフ少女「……戦争のためにですか?」
男「違うよ」
男「治したい人たちがいるんだ」
男「魔法じゃあ治せない、医療でも治せない、そんな人たちが……」
エルフ奴隷「…………」
男「だからボクは、縋るように、こうして秘術の研究をしてきたんだ」
男「……本当は、戦いに使うつもりはなかったんだけど……ね」
エルフ少女「……使うつもりなんですか?」
男「ああ。使うよ」
男「キミ達の同胞を救うために」
男「治したい人たちを治した後に、この力を使って……」
エルフ奴隷「…………」
男「……というわけで、明日――というより今日かな? 朝食の後にでもすぐに街に向かうよ。今日の深夜にでも戻ってこれるように」
エルフ少女「え?」
エルフ少女「もしかして、ソレが出来るようになったから、早速その人たちを救いに行くんですか?」
男「まさか」
男「コレはまだ不完全だしね」
男「それに、この”秘術っぽいもの”を使っての術式だって見つけてないし」
男「さっきの水だって量産しないといけない」
男「あの長ったらしい術式を、もう何度か水の中に入れないといけないしね……」
男「アレ、ボクの体力のほとんどを持っていくから、二日で三本しか作れないんだ」
男「最初に出来たその三本だって、もう実験で全部使っちゃったし」
エルフ奴隷「でしたら……何をしにいくんですか?」
男「ちょっと、実験道具の買い付け」
男「本来、二人に渡してる術式を施した瓶だって、投げて使ったほうが安全な代物じゃない?」
男「勿体無いから撒いて使ってもらおうとしてたけど……」
男「でも、キミ達の仲間を救うときは、そうもいかない」
男「沢山投げたり出来るようにしないと、ね」
エルフ少女「……すいません」
男「え? なにが?」
エルフ少女「……結婚式前日のとき、わたし達が襲われていなければ……」
男「いや、あの時はまだ、そういうの考えてなかったし」
男「別の用件実験器具屋に行こうとしてただけ」
男「だからま、その用事もついでに済ませてくる、ってだけだから、気にしないで」
~~~~~~
男「屋敷は誰が来ても開けちゃダメだよ」
男「何かあったら遠慮なく、この魔法術式を施した瓶、使って良いから」
~~~~~~
エルフ少女(そう言い残して彼は、本当に、朝食の後すぐ、屋敷を出て行った)
エルフ少女「……さて……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女(……入浴できる状態にしてもらったら良かった……とか一瞬考えてしまった……)
エルフ少女「……まぁ、後悔しても仕方が無い」
エルフ少女(帰ってきたらすぐ自分で入ってもらえるよう、掃除ぐらいはしておこうかな)
エルフ奴隷「……そういえば、初めてですね」
エルフ少女「ん?」
エルフ奴隷「ご主人さまがいない屋敷、というのは」
エルフ少女「……あ~……そういえばそうね」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……さて……」
エルフ少女「……なに……しようか」
エルフ少女「……とりあえず、屋敷の外の草刈りでもしようかな……」
エルフ奴隷「あ、それなら私も手伝います」
エルフ少女「え? そう?」
エルフ奴隷「はい。昼食の準備も、無理に慌ててする必要も無いですし」
エルフ少女「……いや、旦那様がいてもそうじゃなかったっけ?」
エルフ奴隷「ご主人さまがいる時は、下ごしらえなどで結構手間暇をかけましたよ……?」
エルフ少女「あ~……そっか。ま、わたし達二人なら別に良いか、そういうのは」
エルフ少女「それじゃあ、手伝ってもらおうかな」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「じゃ早速、浴場裏の井戸の近くに道具があったはずだから、取りに行きましょうか」
~~~~~~
ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「はぁ、はぁ、はぁ……」
手下1「かしらぁ……」
山賊頭「あ? なんだよ」
手下1「どうしてこんな山登ってるんですか?」
山賊頭「仕方ねぇだろ。街道近くを騎士団がうろついてんだからよ」
山賊頭「この山から迂回しねぇと、アジトに戻れねぇんだよ」
手下1「だから止めようって言ったんじゃないっすかぁ~」
山賊頭「あ? なんだてめぇ? オレに逆らうってのか?」
手下1「そうじゃないっすけど……でも結婚式の祭りに紛れて、せっかく城下街に入れたっていうのに……」
山賊頭「入れたっていうのに、なんだよ?」
山賊頭「そもそも入ったのだって、貴族の屋敷に盗みに入るためだろ? それをしないで何をしろって言うんだよ」
手下1「そうっすけど……でも、やっぱあのタイミングは無理だったんですって」
山賊頭「無理じゃなかった。ちょっとヘマしなけりゃ上手くいってたに決まってる」
手下2「ちょっとどころじゃないヘマしたくせに……」ボソ
山賊頭「あん? 何か言ったかてめぇ」
手下2「……気のせいですよ」ボソ
山賊頭「ふんっ、まぁいい」
手下1「良くないんですって! 大人しく山賊として、コツコツと商人の馬車を襲ってればこんな目に遭わずに済んだんっすよっ」
手下2「仲間の殆どが捕まった。……頭のせいで」ボソ
山賊頭「はん! そんな小せぇことばかりやろうとするから、テメェらはいつまで経ってもダメだったんだよ!」
山賊頭「あそこで盗みに成功してりゃ、今頃もっとウハウハな生活だって出来たはずだ!」
山賊頭「もしかしたら、奴隷だって買えたかもしれねぇ!」
手下2「……買えたところで、頭がしたいようなそういうことは、どうせ出来ない……」ボソ
山賊頭「法律なんて知ったことかよ!」
山賊頭「大体ソレを守るってんなら、そもそも山賊なんてしねぇっての!」
手下2「…………」
山賊頭「……ま、やっちまったもんは仕方がねぇ」
山賊頭「アイツ等には悪いが、とりあえずアジトに戻って、残しておいた金品を手にして、別のねぐらを探すぞ」
山賊頭「んで、再び仲間を集めにかかる。なんなら、他の山賊たちに取り入ってから、オレが頂点に立ったって良い」
山賊頭「ともかく、まずはあそこに帰ることからだ」
手下1「……お頭、どうして場所を変える必要があるんで?」
山賊頭「あ? バカかお前」
山賊頭「アイツ等捕まった仲間が、一人もオレ達を裏切らないって保証がどこにあんだよ」
~~~~~~
~~~~~~
お昼過ぎ
◇ ◇ ◇
城下街
◇ ◇ ◇
男「ありがとうございました。いやホント、助かりましたよ」
行商人「良いってことよ」
男「またいつか、買い物に寄らせてもらいますね」
行商人「おぅ! 頼むぜ!!」
ガラガラガラ…
男(……さて)
男(とりあえず、用事を済ませるだけ済ませて、さっさと帰ろうか……)
男(二人を屋敷に置いたままなのも気になるし)
男(……一人だけ連れてくるよりかは安全なんだろうけど……やっぱり、ね)
男「……とは思っても」
テクテクテク…
男(いきなり実験器具屋に行くのもなぁ……)
男(せっかく街に来たのに、勿体無い気もする)
男「……まぁ、他に行くところも無いんだけど」
男(食料の補充は結婚式の時したし……城には……行くには早いか……)
グゥ~…
男「あ」
男(そうだな……お昼ご飯がまだだったし、食べて帰ろうかな)
男(実験器具を買って、その足でどこか店に入って食事をして、帰る……)
男(うん、そんなところか)
男(まぁ、正直屋敷に帰った方がご飯はおいしいんだけど……ね)
男(ソレを再認識する意味でも、どこかで食べて帰るかな)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
エルフ少女「ふぅ~……とりあえず、一旦休もうか」
エルフ奴隷「そうですね……陽も、天辺より少し外れてますし」
エルフ少女「あ~……ちょっと熱中しすぎたかも」
エルフ奴隷「確かに……夢中になってしまいましたね」
エルフ少女「というか……放置しすぎなのよ、本当に」
エルフ奴隷「案外、わざと放置していたのでは?」
エルフ少女「どうだろ……あの元メイドさんが、コレだけのものを放置してたとは思えないし……」
エルフ少女「確かにその可能性もあるんだけど……」
エルフ少女「でもやっぱ、この舗装されてる道から生えてる分のは、どう見てもわざとには見えないしね」
エルフ奴隷「確かにそうですね」
エルフ奴隷「両脇の生い茂ってる分はわざとかもしれませんが」
エルフ少女「にしても、汗かいたわね……」
エルフ奴隷「はい……入浴、したいです」
エルフ少女「……水でなら出来るけど?」
エルフ奴隷「……これだけ熱いんなら、それでも良いかもしれませんね……」
エルフ少女「……確かに」
エルフ少女「元々、お湯に入るなんて文化自体、無かったしね」
エルフ少女「お湯で濡らした布で拭く、っていうのはしてたけど」
エルフ奴隷「基本的に浸かるのは、湖ばかりでしたしね」
エルフ少女「一度贅沢を覚えると、どうもダメだなぁ……」
エルフ奴隷「……それは、私も実感したことがあります」
エルフ少女「だよねぇ……」
エルフ少女「……でも、さ」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「この疲れた身体で、井戸の水をあの浴槽に移すのって、想像するだけでしんどくない?」
エルフ奴隷「……そうですね」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「とりあえず、先に昼食にしましょうか」
エルフ奴隷「ですね」
エルフ奴隷「軽く身体を拭いて、準備しましょう」
エルフ少女「あ、わたしも手伝う。草刈り手伝ってもらったし」
エルフ奴隷「そうですか? ではお願いします」
~~~~~~
ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「……あん?」
手下1「どうしたんですか? 頭」
手下2「……拾い食いはダメですよ? 頭」ボソ
山賊頭「んなことするか!」
山賊頭「じゃなくて、あの頂上に見えるの、屋敷か何かじゃねぇか?」
手下1「え? あ、本当っすね!!」
ザッザッザッザ…!
手下2「……でも、結構古びてる……」ボソ
手下1「ですね~……もしかして、廃墟か何かじゃないっすか?」
山賊頭「確かにな……これだけ外観が古いとそうかもしれねぇ……」
手下1「なら、そんなの無視して早く戻りましょうよ」
手下1「あとは反対側から下山して、少し歩いて森の中を歩かないといけないんですから」
手下2「全く頭は。子供なんだから」ボソ
山賊頭「…………」
山賊頭「……だが、気にならねぇか?」
手下1「いえ、別に」
手下2「何も」ボソ
山賊頭「…………」
山賊頭「……いや、やっぱり気になる。敷地の中に入るぞ」
手下1「えぇ~? こんな門飛び越えるんっすかぁ~?」
手下2「……正直、面倒」ボソ
山賊頭「オレ達の身長より少し高いだけだろ! ほら、さっさと足をかけて超えるぞっ!」
手下1「へ~い」
手下2「全く……」ボソ
ガッ、ガッ、ガッ…
ダン、ダン、ダン…!
手下1「うわ~……草生え放題じゃないっすか」
手下2「なんでこんなところが気になったのか。お頭の頭の方が気になる」ボソ
山賊頭「なんとなくだよ。オレの山賊としての嗅覚がココには何かあるって告げてやがる」
手下1「何か、ねぇ……」
手下2「嗅覚とか……うける」ボソ
山賊頭「何も面白くねぇよ!?」
ザッ、ザッ、ザッ…
手下1「というより頭、もしこんな古びたところに何かあったとしても、どうせ一銅貨になるかならないかでしょう?」
手下2「それよりも……お腹空いた」ボソ
手下1「そうですよお頭。早くアジトに戻って、金品回収して、別の村か町でメシでも食いましょうぜ」
ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「…………」
山賊頭「……いや、メシならここで調達できそうだ」
手下1「は?」
手下2「……腐ったものでも食べろと言うの……?」
手下2「それは頭のおかしな頭だと、腐ったものって認識できないから大丈夫かもしれないけど……」ボソ
山賊頭「そうじゃねぇよ」
山賊頭「っていうかさっきから地味に失礼だなお前!」
手下2「ん」コク
山賊頭「なんでそのタイミングで頷いた!?」
山賊頭「……じゃなくて、ここにはちゃんと人が住んでるからだよ」
手下1「……こんな古臭い屋敷にですか?」
手下2「証拠は?」ボソ
山賊頭「匂いがするだろ? 食べ物のよ」
手下1「…………」
手下2「…………」
手下1「……いや、しませんよ?」
手下2「お頭……とうとうお腹が空きすぎて、頭が……!」ボソ
山賊頭「だから違ぇって! なんでオレがおかしいみたいになってんだよ!!」
山賊頭「今までお前達にもおいしい思いさせてきてやったのだってオレだろ!?」
手下1「でも、仲間を沢山見捨てたのも頭ですし」
手下1「貴族の屋敷に忍び込んで、とか、山賊が盗賊の真似事しても失敗することが目に見えてることして案の定失敗したのも、頭ですし」ボソ
山賊頭「一回のミスでオレの株下がりすぎじゃね!?」
手下1「……物事って、そういうもんですって」
手下2「ん」コク
山賊頭「腑におちねぇ!」
山賊頭「つぅか、それ以外にも理由はあんだよ」
手下1「なんですか?」
手下2「何か普通の人には見えないものが見えるんですか?」ボソ
山賊頭「それこそ本当におかしくなったヤツじゃねぇか……」
山賊頭「じゃなくて、ほらこの舗装された方の道、よく見てみろ」
手下1「ん……?」
手下2「……なに?」ボソ
山賊頭「隅の方とか、草が抜かれた跡がある」
山賊頭「それも、周りの土が盛り上がった状態でだ」
山賊頭「これはつまり、つい最近――いや、むしろついさっき、草抜きが行われた証拠でもある」
手下1「なるほど……」
手下2「……よく見つけた」ボソ
山賊頭「だろ? これこそが、お前達を引っ張ってきたお頭の実力よ」
手下1「……でも、これだけだと、中に人がいるかどうかの証拠にはならないっすよね?」
山賊頭「だが、調べる価値が出てきたのは確かだろ?」
山賊頭「金品は無くても……食い物ぐらいならあるかもしれねぇ」
手下2「……確かに」ボソ
手下1「で、どうします?」
山賊頭「そうだな……こんな人気の無い場所に住んでるんだ」
山賊頭「街にあった屋敷みたいに、護衛の兵がいるとも思えねぇ」
山賊頭「万一いたとしても、どうせザコだろうし、数も少ない。オレ達でもやれるさ」
手下1「……ま、そうっすね」
手下2「同感」ボソ
山賊頭「これでも、あの騎士団の追撃から逃れたオレ達だ。こんな辺境の地にいるやつなら余裕だろ」
手下1「じゃ、真正面からいきますか?」
山賊頭「いや、あの扉は頑丈そうだ」
山賊頭「オレ達の装備は……曲刀(シミター)と」
手下1「……二本の短剣」
手下2「徒手空拳」ボソ
山賊頭「……よしっ」
山賊頭「…………」
山賊頭「……ってなんでだよ! 得物はどこにやった!」
手下2「……逃げるときに相手に向けて投げてきた」ボソ
山賊頭「あ~……そうかい」
手下2「大丈夫」ボソ
山賊頭「あん?」
手下2「これでも、自信はある」ボソ
山賊頭「あ~……そうかい。じゃあ期待してるよ」
手下2「同じ反応……つまらない」ボソ
山賊頭「お前の相手が面倒になってきたんだよ……察しろよ……」
山賊頭「……まぁ、ともかく、こんな装備じゃああの扉を破壊できそうにねぇってことで……」
手下1「うっす! 裏口が無いかを見てくるっす」
山賊頭「おうっ。なんなら、窓から中を覗いて来てくれ」
手下1「分かったっす!」
タッタッタッタッ…
山賊頭「…………」
手下2「…………」
山賊頭「……ただ待ってるっていうのも、アレだな」
手下2「……どれ?」ボソ
山賊頭「手持ち無沙汰ってことだよ」
山賊頭「ノックして、出てきたヤツを一撃で殺せば、それで侵入経路は確保出来るじゃねぇか」
手下2「……確かに」ボソ
山賊頭「んじゃ、ノック役頼むわ」スッ
手下2「ん」コク
手下2「……でもそれだと、彼が見に行ったのが無駄足にならない?」ボソ
山賊頭「良いんだよ、別に」
山賊頭「解決できることは、しとくに越したことはねぇ」
山賊頭「それに、遅れて入ってきてもらったおかげで助かった、ってことになるかもしれねぇしな」
手下2「……それを見越して、ってことか」ボソ
山賊頭「はん。良いから、ノック頼むぜ」チャキ
手下2「ん」コク
ドンドン
~~~~~~
ザバァ…
エルフ少女「……くぅ!」
ヨタヨタ…
エルフ少女「……毎日入浴前にやってることとはいえ……やっぱり重い……!」
ザバァ…!
ヨタヨタ…
エルフ奴隷「裏の井戸からそう離れていないとはいえ……やはり、結構辛いですね……!」
ザバァ…!
エルフ少女「ふぅ……ま、でも今日は、こんなもので良いか」
エルフ奴隷「そうですね……浴室の掃除ですから、半分ぐらいで良いかと」
エルフ少女「動きながらなら、水でもそんなに気にせず汗が流せるしね」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「んじゃ、裏口閉めるよ」
エルフ奴隷「お願いします」
…パタン
カチャン
~~~~~~
…………
…………
タッタッタッタッ…
手下1「……お」
手下1「裏口がここ……井戸もあるっすね……」
手下1「ドアは……ん、持ってるものでも壊せそうなただの木製扉!」
手下1「というよりカギ自体が……このぐらいなら、手下2が開けられそうな感じがするっすね」
手下1「壊す手間がなくなりそうっす」
手下1「というわけで、早速このことを頭に報告するっす」
ダッ!
~~~~~~
エルフ少女「んじゃ、道具も揃えたし、スカートも捲り上げた」
エルフ少女「早速、掃除兼入浴を始めよ――」
ドンドン
エルフ少女「――う……って、ん?」
エルフ奴隷「お客様……ですよね?」
エルフ少女「だと、思う」
エルフ少女「ん~……でも旦那様に、開けるな、って言われてるし……」
エルフ奴隷「……言われた通り、居留守でも使います?」
エルフ少女「……ううん。玄関前まで行こ」
エルフ奴隷「良いんですか? ……いえ、その方が良いですね」
エルフ少女「だよね? もしかしたら相手は盗人で、ソイツが家の中に人がいるかいないかを判断するためにノックしたのかもしれないし」
エルフ奴隷「こんな古びた屋敷に、そんな律儀なことをしてくるとも思えませんが……念のため、戦える準備をして玄関前に移動しておきましょう」
エルフ少女「うん」
エルフ少女「あっ、でも、廊下の窓を割って入ってくる可能性が……」
エルフ奴隷「その場合はご主人さまの魔法が発動するはずです」
エルフ少女「え? そうなの? そんなの聞いてない……」
エルフ奴隷「私も聞いてはいませんが、一階の窓枠になにやら魔力を込めているのを出かける前に見ましたし……」
エルフ奴隷「きっと、外部からの衝撃に対して何かしらの魔法が発動するのでしょう」
エルフ少女「へぇ~……」
エルフ奴隷「私達のことを心配してくれているのでしょう」
エルフ奴隷「まぁ、二階の方まではさすがにしていないようでしたけど」
エルフ少女「ま、ココって二階に飛び移れそうな大きな木なんて無いしね」
エルフ少女「ともかく、窓からの侵入は大丈夫ってことよね?」
エルフ奴隷「おそらく、ですが」
エルフ少女「ま、安心して大丈夫でしょ。玄関前まで移動しよっか」
エルフ奴隷「はい」
タッタッタッタ…
~~~~~~
山賊頭「…………」
手下2「…………」
山賊頭「……反応がねぇな」
手下2「……気付かれた?」ボソ
山賊頭「いや、おそらく居留守だろう」
山賊頭「もしくはオレの推理が間違えていて、本当にこの屋敷には誰もいないかだ」
手下1「頭~」
タッタッタッタ…
山賊頭「おう、どうだった? 裏口は」
手下1「はい。木製のドアで、こちら側のドアよりかは破壊しやすいかと」
手下1「それと、カギもパッと見た感じ、開けやすそうなものでした」
手下1「たぶん、壊すより鍵を開けたほうが早いと思うっす」
山賊頭「なるほどな……よし、ならそっから侵入するぞ」
手下2「そんな面倒なことしなくても……窓を割って入ったら?」ボソ
山賊頭「窓を割るってのは、実はそれなりに面倒なんだよ」
山賊頭「つぅか、テメェが裏口の鍵開けするのが面倒なだけだろ?」
手下2「……そもそも、オレしか出来ないことがおかしい」ボソ
手下2「そのせいでこの前の屋敷侵入だってオレのせいにされて……」ボソ
山賊頭「いや誰もしてねぇし」
手下2「オレが鍵開けの技術を持ってなかったら、そもそも頭だってあんな一発逆転の負けの目が見えてる大勝負をせずに済んだ、って考えてる仲間がきっと捕まった奴等の中には……」ボソ
山賊頭「今この場にいねぇんだから気にすんなよ、んなこと」
山賊頭「ともかく裏口だ。行くぞ」
手下1「うっす」
~~~~~~
タッタッタッタ…
エルフ少女「……っ!」
エルフ少女「奴隷ちゃん、伏せて!」サッ
エルフ奴隷「え?」サッ
ザッザッザッザ…
「~~~~~~」
「~~~~~~~」
「~~~~~~!?」
ザッザッザッザ…
エルフ少女「……危なかった……もう良いよ」
エルフ奴隷「どうしたのですか?」
エルフ少女「窓の外に人影が見えたの……」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「どうも裏口に行ったみたい……」
エルフ奴隷「……私達のこと、気付かれました?」
エルフ少女「ううん。向こうはコッチを見てなかったし……大丈夫だと思う」
エルフ奴隷「……何人見えました?」
エルフ少女「見えた限りでは三人」
エルフ少女「もしかしたら、もう少し多いかもしれない」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「どうしよう……もう玄関前に移動しても意味が無いし……戻って迎撃した方が……」
エルフ奴隷「……いえ」
エルフ少女「えっ?」
エルフ奴隷「ここで戻って戦っても、きっと私達は負けてしまいます」
エルフ奴隷「今の私達の実力では、最低人数の人間三人も、きっと満足に相手に出来ないでしょう」
エルフ奴隷「武器と呼べる武器も無く、秘術も使えず、あるのはご主人さまに渡された魔法の瓶のみ……」
エルフ奴隷「相手が弱ければ勝てるかもしれませんが……少しでも相手に実力があれば、大怪我をするか……最悪負ける可能性も……」
エルフ少女「ん~……そうかな? やってみたら案外――」
エルフ奴隷「結婚式前日、土地勘が無かったのが敗因とはいえ、私達は人間二人相手に何も出来ませんでした」
エルフ少女「――…………」
エルフ奴隷「それだけ弱くなっているのです、私たちは」
エルフ少女「じゃあ、ただ指を咥えて隠れてるしかないってこと?」
エルフ奴隷「いえ、そうではありません」
エルフ奴隷「この前の敗因は、土地勘の無さです」
エルフ奴隷「つまり、相手の領分で戦ったことによる不利による敗北、です」
エルフ奴隷「ですが今回は……この場所は、私達の領分です。それを最大限活かさない手はありません」
エルフ奴隷「いえ、むしろ活かすべきです」
エルフ奴隷「でなければ、また負けてしまうでしょう」
エルフ奴隷「野盗にしろ盗人にしろ、武器を持っているのは必至」
エルフ奴隷「なら、この渡された魔法を有効活用し、不意を衝いて、勝つしかありません」
エルフ奴隷「むしろ、不意さえ衝ければ、絶対に勝てるはずです」
エルフ奴隷「無傷で」
エルフ少女「なるほど……確かに、その通りね……」
エルフ少女「それで、旦那様に渡された魔法ってどういうの? トラップとして使えそうなものってある?」
エルフ奴隷「私が渡されたのは――
撒けば水の刃と化して襲うものが六つ――
水がかかった場所を凍らせるものが三つ――
それと水が乾かない限り火が消えないものが四つ――
の、合計十三です」
エルフ少女「わたしが渡されてるのは――
霧を噴射させて相手の視界を封じるものが二つ――
同じく水の刃と化して襲うものが三つ――
それと水滴一つ一つに大きな質量を持たせて強い衝撃をぶつけることが出来るものが二つ――
の、合計七つだけ」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「無理ですね」
エルフ少女「無理だ」
エルフ少女「とてもトラップとしての運用が出来るように思えない……」
エルフ奴隷「このほとんどが攻撃用ですね……」
エルフ少女「こういう状況じゃあなんの役にも立たないんだから……全く」
エルフ奴隷「……まぁ、この魔法の性質上、攻撃魔法ばかりになるのは仕方が無いのかもしれませんが」
エルフ少女「むしろ、魔法っていうのはほとんどが攻撃ばかりなのかも」
エルフ少女「旦那様みたいに様々な効果を発揮させているのが特殊なだけで」
エルフ奴隷「……かもしれませんね」
~~~~~~
山賊頭「ここが裏口か」
手下1「そうっす」
山賊頭「んじゃ、早速鍵、開けてくれよ」
手下2「ん」コク
ピト
手下2「…………」
手下2「……魔法のトラップは無い……じゃ、開けにかかる」ボソ
山賊頭「ああ」
スッ
手下2「…………」カチャカチャ
手下1「……にしても、改めて見ても便利っすね。魔法道具(マジックアイテム)っすよね?」
山賊頭「ああ。襲った商人が持ってたものだが、中々良い腕輪だ」
山賊頭「触れた場所に魔法の術式が残ってるのかが分かる、って代物だったか」
山賊頭「魔法を侵入者退治に使ってる所の数は確かに少ないが、あるところにはあるしな」
手下1「貴族の屋敷とか金持ちの家だと、何があるのか分からないっすからねぇ」
山賊頭「ドアの取っ手に魔法をかけて、そのドアに触れるやつからちょっとずつ魔力を吸収してそのトラップを維持させる、といったものまであるらしいしな」
手下1「へぇ~……頭ってば物知りっすねぇ~」
山賊頭「だろ?」
手下2「物知りなら、集中力がいるこの作業中は黙った方がいいことぐらい分かって欲しい」ボソ
山賊頭「……すまん」
手下1「……ごめんなさいっす」
手下2「…………」フゥ
カチャカチャ…
~~~~~~
カチャカチャ…
エルフ奴隷「裏口の鍵を開け始めてますね……」
エルフ少女「……どうする?」
エルフ奴隷「どうするも何も、この魔法じゃあ事前準備も何も出来ませんし……」
エルフ少女「やっぱり、正面から戦う?」
エルフ奴隷「……しか、ありませんね」
エルフ奴隷「むしろ、これだけの攻撃魔法があるのなら、果敢に攻めてみるべきでしょう」
エルフ少女「それじゃあ早速――」
エルフ奴隷「ですが、何もこんな細い廊下で戦う必要もありません」
エルフ奴隷「向こうの人数は最低三人。もしその三倍だったり、もしくはその中に魔法使いがいたりしてしまえば、一気に不利になってしまいます」
エルフ奴隷「こちらの魔法が無力化された時点で、終わりです」
エルフ少女「――って訳にもいかないと……。……だったら、どうしたら良いの?」
エルフ奴隷「まず必要なのは、相手の人数を把握し、かつ、コチラの人数が把握されない……この状態を作ることを最低条件とし……」
エルフ奴隷「尚且つ、相手に魔法使いがいるかいないか……魔法を防がれるかどうかを知る必要がありますから……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………うん」
エルフ奴隷「とりあえず、ご主人さまの研究室の鍵、開けてもらえますか?」
エルフ少女「え?」
~~~~~~
カチャン
手下2「……開いた」ボソ
山賊頭「よしっ、それじゃあ慎重に、中へと入るぞ」
手下1「うっす」
山賊頭「相手の人数が分からねぇ以上、油断すんなよ」
手下2「……頭こそ」ボソ
山賊頭「んじゃ……行くぞ……っ!」
キィ…
山賊頭「…………」ソッ
手下1「…………」
手下2「…………」
山賊頭「……誰もいねぇ……みたいだな」
…キィ
山賊頭「……脱衣所か? ここは」
ガラガラガラ…
手下1「みたいっすね。隣に風呂があるっす」
手下2「熱するための岩と浴室……それに、中へと溜められた水……間違いない」ボソ
ガラガラガラ…
山賊頭「中に溜まった水……ってことは、ついさっきまで誰かが風呂に入ろうとしてたってことか」
手下1「本当に、誰か住んでるみたいっすね」
手下2「間違いない」ボソ
山賊頭「やっぱり居留守を使ってやがったか……」
ガチャ
手下2「廊下……」ボソ
山賊頭「さっき外から見えた場所か……窓もあるし」
手下1「にしても、さっき前を通った時も思ったっすけど、なんか結構歪な形をした屋敷っすよね」
山賊頭「確かに……設計者はどういう思考をしてたのか疑うな」
山賊頭「変に井戸を意識して浴場を作ったりするから、こんな部屋も作れない廊下だけの場所が出来ちまうんだ」
手下2「裏口に回ったときに思ったけど、こちら側だけ二階部分がなかった」ボソ
山賊頭「ああ。たぶん、この廊下の上の階も、ちょうど廊下だけの場所なんだろ」
山賊頭「まるで大きな屋敷に見せかけるために表側だけ作ったみたいになってやがる」
手下2「……案外、こういう時のためなのかも」ボソ
山賊頭「ああん?」
手下2「裏口から侵入される可能性が一番高いから、こうしたのかも」ボソ
山賊頭「どういうことだ?」
手下2「こうして部屋も無い細長いだけの廊下となると、向こう側から侵入者を迎え撃つことが出来る」ボソ
手下2「その結果、侵入者は避けることが満足に出来ない攻撃を浴びせられることになる」ボソ
手下1「なるほどっすね……廊下の向こう側から弓矢を乱れ打たれたら、向こう側に辿り着くまで何も出来ないっすしね」
山賊頭「ってことは……この廊下の向こう側に」
手下2「いる可能性がある」ボソ
手下1「この屋敷の主が」
手下2「……どうする?」ボソ
山賊頭「どうするも何も……進むしかねぇだろ」
手下1「それで全滅したらどうするんっすか?」
山賊頭「はんっ、それはねぇよ」
山賊頭「弓矢なら、オレ達は弾き飛ばせる。騎士団からの弓すらも弾いただろ? オレ達は」
手下2「……まぁ」ボソ
手下1「しかし頭、過信しすぎるのは……」
山賊頭「なんでいきなり弱気になってんだよ……さっきは強気だったじゃねぇか」
手下1「……すいませんっす」
山賊頭「……まぁ、なんならオレが全部弾いて、向こう側まで走ってやるよ」
手下2「……でも、魔法がきたら?」ボソ
山賊頭「それはねぇだろ」
山賊頭「もし魔法使いなら、それこそさっきの鍵開け対策に、魔法をかけてたはずだ」
山賊頭「魔法使いがいるってことは、この屋敷がソイツの研究所も兼ねてるってことだろ?」
山賊頭「それなのに、ただ鍵をかけてるだけの無用心なことをしてるはずがねぇ」
山賊頭「アイツ等は、念には念をいれておく臆病なタイプだろうからな」
手下2「……そう思わせての裏をかいた作戦とか……」ボソ
山賊頭「リスクの方が大きいだろ? そもそも、複数で何かを研究するのなんて、宮廷魔法使いぐらいじゃねぇか」
山賊頭「ってことは魔法使いは一人しかいない。なのに、そんな複数で盗人が入ってくるかもしれない状況で、そんな大それたことするかよ」
山賊頭「ま、自信過剰なヤツなら話は別だろうが……そういうヤツならむしろ、余裕だろ」
ソッ
ピタ…
手下2「……まぁ、廊下に罠は仕掛けられていないみたいだけど……」ボソ
手下1「そういうのも分かるんっすね」
手下2「たぶんだけど……絶対に調べられてるっていう確証は無い」ボソ
山賊頭「いや、その情報だけで十分だ」
山賊頭「ま、オレが先行してやって安全なのを確認してやるから、安心しな」
手下1「じゃあ、お願いするっす」
手下2「ん」コク
手下2「人柱役、お願いします」ボソ
山賊頭「不吉なこと言うなよ……ま、任されたよ」
山賊頭「安心しな、オレの手下共」
~~~~~~
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
山賊頭「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
山賊頭「…………」
山賊頭(半分ほどまできた……ここまでは何もねぇ……)
山賊頭(……すぐに止まれる速度で走って、牽制してみるか……)
山賊頭「……ふっ!」
ダッ!
エルフ奴隷「っ!」
エルフ少女(今っ!)
キュポン
バシャア
山賊頭「っ!」
山賊頭(やっぱり何か仕掛けてきやがったか……!)
シュアアアアアアーーーーーーーーー…!
山賊頭(霧!? くそっ……! 魔法か……! 読みが外れた……っ!!)
エルフ少女(次っ!!)
ダッ!
エルフ少女「っ!」
キュポンキュポン
バシャシャ――
――シュシャシャシャシャシャ…!
山賊頭(小さな刃っ!? 霧の向こう側から……!)
山賊頭「くそ……がっ!」
ビシュ、ピシュ…!
山賊頭「ぐっ……!」
山賊頭(さすがに……この群れの中全部を避けるのは無理か……! 何発か切り落とそうにも……この数じゃあ……!)
シュッ、シャッ…!
パシャ…!
山賊頭(水!?)
パシャン、パシャパシャン…ピッ、ピシッ、ザッ…!
山賊頭(ぐぅ……! 一発深いのが……! このままじゃ……!)
山賊頭(……ちっ……仕方ねぇ!)
エルフ奴隷(早く部屋に!)
エルフ少女(うんっ!)
タッタッタッタ…!
~~~~~~
山賊頭「魔斬曲刀……!」
リイイイィィィィィ――
山賊頭「……解放っ!」ブン!
――ィィィィィイイイン!
……ジュシャア…!
エルフ奴隷(魔法が……!)
エルフ少女(掻き消された……!?)
エルフ奴隷「…………」コク
エルフ少女「…………」コク
パタン
カチャ
~~~~~~
タッタッタッタ…!
手下1「頭! 大丈夫ですかい!?」
山賊頭「ああ……なんとかな」
手下2「でも……腕」ボソ
山賊頭「これぐらいどうってことねぇよ。ちょっと深く切っちまったが、利き腕じゃねぇしな」
手下1「そうっすか……良かったっす」
手下2「にしても……頭の痛々しいネーミングセンスと共にその魔法道具(マジックアイテム)の剣が振られたみたいですけど……」ボソ
山賊頭「痛々しい言うなよ。カッコイイだろ?」
手下1「…………」
手下2「…………」
山賊頭「無言は尚のこと止めろよ!」
手下1「いやでも、頭……」
手下2「盗品で正式名称が分からないからって……名前を呼ばなくても使えるのに……しかもその名前は……正直……」ボソ
山賊頭「だからなんでそう痛々しい子を見る目なんだよっ!」
手下1「まぁ、頭の痛々しさは置いておくとして……」
山賊頭「おい痛々しいってのを訂正しろ」
手下1「にしても……頭の予想に反して、魔法使いがいたっすね」
手下2「全く……油断ばかりするから……頭は」ボソ
山賊頭「無視かよ……」
山賊頭「……っていうか、ここの家主は魔法使いなんかじゃねぇ」
手下1「負け惜しみっすか……」
山賊頭「ちげぇよ。ただ、なんか普通の魔法使いとは違う感じがしたんだよ」
手下2「……負け惜しみ」ボソ
山賊頭「だからちげぇって!」
山賊頭「……まぁ、オレも証拠や根拠があるわけじゃねぇからな……そう言われても仕方がねぇと思う」
手下2「……まぁ、真実はここの屋敷の住人を見つければ済む話」ボソ
手下1「そうっすね。……にしても……相手はどこにいったんっすか?」
山賊頭「逃げたよ」
山賊頭「いや、正確には逃げてた、だな」
手下2「逃げてた?」ボソ
山賊頭「ああ」
山賊頭「もしオレがあのまま圧倒されて、無理矢理抜けた霧の先で追撃するつもりだったんだと思う」
山賊頭「だがオレが魔法を掻き消しちまったもんだから、不利と悟って、そのまま逃げた」
山賊頭「追撃可能な位置に陣取り、無理と悟れば逃げれる場所……そこにいたんだろうさ」
山賊頭「あの魔法の霧の発生時点から考えるに、最初は廊下の突き当たりにいたんだろう。予測どおりにな」
手下1「そこから逃げれる位置に後で移動したって訳っすか……」
山賊頭「ああ」
手下2「で、そのまま逃げて、隠れた……」ボソ
山賊頭「そんなところだろう」
山賊頭「だから、次またどこから襲われるか分かんねぇぞ。気をつけろ」
山賊頭「きっとそうやってかく乱し、オレ達を倒していくつもりなんだろうさ」
手下1「なるほど……」
手下2「……足音とかで、人数の特定は?」ボソ
山賊頭「いや、極力足音を殺して動いていやがった。あの状況でその音を聞くのはさすがのオレでも無理だ」
山賊頭「それに、声も息遣いも消していやがった。足音だけじゃねぇってことは、並みの経験値で出来ることじゃないってこと。つまり、それなりの実力者だってことだ」
手下2「なるほど……」ボソ
山賊頭「まぁ、相手が普通の魔法使いだってんなら、人数は一人じゃねぇだろうな」
山賊頭「霧発生から、次に襲ってきた水の刃までの攻撃速度が、とても一人のものじゃなかった」
山賊頭「もしアレで一人だってんなら……ソイツは、宮廷魔法使いレベルのヤツだってことだ」
~~~~~~
エルフ少女「三人、か……」
エルフ奴隷「聞こえる声からして、そのようですね」
エルフ少女「にしても、ここって外からの声が筒抜けなのね」
エルフ奴隷「これだけ向こう側の声が聞こえるのに、ご主人さまは私達の声に返事をしてくれなかったんですね……」
エルフ少女「どれだけ集中してるんだ、って話よね」
エルフ少女「ま、肩を軽く叩いた程度じゃ気付かないんだし……仕方ないのかもしれないけど」
エルフ少女「にしても、旦那様の研究室に隠れる、ってのは、良い案だったね」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
エルフ少女「わたし達はとっくに慣れてるけど、普通、この階段下の物置みたいなドアの向こう側に、こんな普通の部屋が広がってるとも思えないしね」
エルフ奴隷「何より、そもそもこのドアの位置自体が気付きにくいのも大きいです」
エルフ少女「でも……こっからどうしようか?」
エルフ奴隷「どうもしませんよ」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「このまま向こうがこの部屋に気付きもしなければ、明日までにはご主人さまが帰ってきて下さいます」
エルフ奴隷「そうなれば、負けることも無いでしょう」
エルフ少女「……さすがに、期待しすぎじゃない?」
エルフ少女「見つかる可能性なんて結構高いし、例え見つからなくても、旦那様がいきなりあの三人を相手に勝てるかどうか……」
エルフ奴隷「そもそも旦那様の強さって、事前準備によるものなんでしょ? 不意打ちには弱いんじゃ……」
エルフ奴隷「だと、私も思います」
エルフ奴隷「ですからこの中で、私達も準備しておくのです」
エルフ少女「準備?」
エルフ奴隷「はい」
エルフ奴隷「私達の居場所がバレた場合の対策と……」
エルフ奴隷「ご主人さまが帰ってくるタイミングを見計らい、この場所から飛び出て相手の不意を衝くか、ご主人さまと合流するか……などの、準備です」
エルフ奴隷「……まぁ、どちらもその霧を発生させる魔法が肝となるわけですが……」
エルフ奴隷「どちらにせよ、私達の勝ちは目に見えているのですよ」
エルフ少女「でも、この部屋で準備なんて、何をするの……?」
エルフ奴隷「相手の戦力分析などを話し合うのも、十分な準備になります」
エルフ少女「戦力分析……って言っても、盗人の中に魔法使いがいたことと、人数が三人だって確定したこと以外は特に……」
エルフ奴隷「いえ」
エルフ少女「え?」
エルフ奴隷「あの魔法を消したものはおそらく、魔法ではありません」
エルフ少女「じゃあ……何?」
エルフ奴隷「ご主人さまが話していたじゃないですか。魔法には魔力の走った跡が残ると」
エルフ奴隷「あの霧を掻き消したものが魔法だったのなら、霧が消えるのを見ていた私達の視界に、その走った跡が映らないのはおかしいです」
エルフ少女「でも……アレは秘術って感じでも無かったし……」
エルフ奴隷「もう一つあるじゃないですか」
エルフ奴隷「この首輪と同じものが」
エルフ少女「……魔法道具(マジックアイテム)……!」
エルフ奴隷「おそらくは」
エルフ奴隷「憶測しか立てられませんが、きっとその魔法道具(マジックアイテム)は、世界が干渉してくれた全ての現象を消すことが出来る類なのでしょう」
エルフ奴隷「魔力の走りが見れなかったということは、術式に干渉する類ではなく……担い手の近くに干渉する類のもの」
エルフ奴隷「遠くではなく、近く」
エルフ奴隷「魔力を込めて何かしらのことをすれば発動する……そういった類かと」
エルフ奴隷「正直、ああいうものさえ無ければ、今すぐにでも飛び出して魔法で押し切れると思うのですが……」
エルフ奴隷「これは……臆病になったのが裏目に出ましたね」
エルフ奴隷「最初、霧を発生させた後すぐにその魔法道具(マジックアイテム)を発動させなかったところを見ると……時間がかかるものなのか……相手が油断していたのか、のどちらかです」
エルフ奴隷「その間に一気に攻撃してしまえば相手三人をあっさりと倒せて終われたのですが……」
エルフ奴隷「……まぁ、人数が三人だったり、魔法使いがいなさそう、というのは結果論だったんですし……今更嘆いても始まりませんが……」
エルフ少女「……………………」
エルフ奴隷「……? どうしました?」
エルフ少女「いや……その……奴隷ちゃん、戦いのことになると頭が回るなぁ、って」
エルフ奴隷「そんなことは……ただ、臆病なだけですよ」
エルフ奴隷「その証拠にこの前は、少し脅されただけで何も言えなくなったし、現に何も考えられなくなったじゃありませんか」
エルフ少女「それにしたってスゴイよ。相手が魔法じゃなくて魔法道具(マジックアイテム)を使ったこととか、よくそこまで分かるね」
エルフ奴隷「それは……さっきも言いましたが、ただの憶測ですよ。間違えている可能性だって大いにあります」
エルフ奴隷「私達が見えなかっただけで、魔力が走った跡があったのかもしれませんし」
エルフ少女「でも、魔法じゃないなら何か、ってすぐに思いつくのがすごいよ」
エルフ奴隷「まぁ、人間の魔法使いや魔法道具(マジックアイテム)については、この臆病な性格のせいでよく調べていましたから……」
エルフ少女「そういえば奴隷ちゃん、旦那様が詳しく魔法の説明する前から、割りと魔法のこと知ってたみたいだったね」
エルフ奴隷「……まぁ、そうですね」
エルフ少女「昔、そういうことしてたの? 人間の魔法について調べたりとか」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「あっ、話し辛いんなら、別に……」
エルフ奴隷「いえ、そんなことはないですよ」
エルフ奴隷「……まぁ、話し辛いと言えば、そうなんですけど……」
エルフ少女「んじゃ、良いよ。無理に話してもらわなくて」
エルフ奴隷「無理、ではないんです。ちょっと、情けない自分を出してしまうのが、怖いだけで……」
エルフ少女「情けない?」
エルフ奴隷「ええ」
エルフ奴隷「実は私……昔は、前線治癒術士をやっていたんです」
エルフ少女「前線治癒術士……お父さんから聞いたような……」
エルフ少女「えっと確か……前線に立つ兵を同じ前線から秘術で治療する人……だったっけ」
エルフ奴隷「はい」
エルフ奴隷「前線から一つ退いた場所ではなく、前線で、兵に紛れ、皆を治療する人です」
エルフ奴隷「秘術という性質上、そういうことも可能ですから」
エルフ奴隷「常に相手から逃げることを考え、相手の攻撃を避け、相手の妨害に遭わないようにし……」
エルフ奴隷「傷ついている味方を見つけ、敵から守り、治療し、その場へと留まらせて、戦力の減退を遅らせる……それが、私でした」
エルフ少女「すごい……戦争での前線メンバーだったなんて……! それも治癒術士なんて……わたしに到底出来ないことだし……すごいよっ、奴隷ちゃん!」
エルフ奴隷「いえ、情けないんですよ……負けてしまった今となっては、ね」
エルフ少女「あ……」
エルフ奴隷「それに、当時それだけのことが出来たのに、今となっては人間一人に凄まれただけで、怯えて、何も出来なくなってしまう」
エルフ奴隷「トラウマを植えつけられたから仕方が無い……なんていい訳も出来るでしょうが……それでも、情けないですよ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……まぁ、その頃つけた知識こそが、人間の魔法とか、魔法道具(マジックアイテム)のことなんですけどね」
エルフ奴隷「相手を知らないと、相手の攻撃も何も分かりません。そうなれば、一番生き残らなければならない私達がやられてしまいましたし」
エルフ少女「……私は、情けなくなんてないと思うけど」
エルフ奴隷「……そうでしょうか? 前線に立っていた中で、偶然生き残ってしまったのに、人間に怯えるようになってしまった私は――」
エルフ少女「でも、一番生き残らなければいけない人だったんだよね?」
エルフ少女「その役割の中で今でも生き残っているんだから、むしろ最高にカッコイイとわたしは思うんだけど」
エルフ奴隷「――…………」パチクリ
エルフ少女「……あれ? 何か間違えた……かな……?」
エルフ奴隷「いえ……そうではありません」
エルフ奴隷「ただ……そういう考えもあるんだなと、少し驚いたもので……」
エルフ少女「そう?」
エルフ奴隷「はい……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……もしかして、こう考えていること自体が情けないこと、だったんでしょうか……?」
エルフ奴隷「自分だけが生き残ったことが情けないと、昔みたいに成れないと諦めてしまって、そう責め立て続けることこそが……一番……」
エルフ少女「ん~……よく分からないけど……」
エルフ少女「でも、今までの自分が情けないって思えたんなら、良いと思うよ」
エルフ少女「だって、それだけ奴隷ちゃんが強くなれるってことだし」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「今までだった十分だったのに、それで“情けない状態”だったんでしょ?」
エルフ少女「だったら、“情けなくない状態”になれるんなら、もっと強くなれるってことじゃない?」
エルフ奴隷「」パチクリ
エルフ少女「……あれ……?」
エルフ奴隷「……そっか……そうですよね……」
エルフ奴隷(きっと……秘術が使えなかったのは……首輪のせいだけじゃなかった……)
エルフ奴隷(情けない自分じゃあ使えないと……精霊も私の言葉に耳を傾けてくれないと……そう、思っていたせいでもあった……)
エルフ奴隷(人間に汚されたことを言い訳にして……自分自身を、見向きもしなかった……それが、悪かった……)
エルフ奴隷(そういうこと、ですよね……)
エルフ少女「も、もしかして……また何か……間違えた……?」
エルフ奴隷「……いえ」
エルフ奴隷「最高ですよ、少女さんは」
エルフ少女「え……?」
エルフ奴隷「今なら、なんだって出来そうな気さえしてしまいます」
エルフ奴隷「まぁ、錯覚なんでしょうけど」
エルフ少女「はぁ……」
エルフ奴隷「気にしないで下さい」
エルフ奴隷「ちょっとスッキリして、浮かれているだけです」
エルフ少女「……確かに……なんかちょっと、嬉しそうだけど……」
エルフ奴隷「ええ」
エルフ奴隷「今なら、人間への復讐もあっさりと成し遂げられそうですよ」
エルフ奴隷「まぁ、錯覚なんでしょうけど」
エルフ少女(同じことを二回言った……もしかしてボケた? ツッコミ待ち?)
エルフ奴隷「ともかく、ココに入ってこられた場合の対策は思いつきました」
エルフ少女「え? 何がキッカケで?」
エルフ奴隷「良いじゃないですか。思いついたんですから」
エルフ奴隷「ともかく、話しますよ。少女さんの力をアテにした方法ですけれど、ね」
~~~~~~
山賊頭「とりあえずは……だ。人がいることは確実なわけだ」
手下1「魔法で攻撃してきたってことは、そういうことっすよね」
手下2「逃げた方向は……二階か、目の前の通路」ボソ
山賊頭「どっちも可能性が大きいな……霧から抜け出したオレ達侵入者を攻撃するためにはうってつけの場所だ」
手下1「二手に分かれるっすか? オレはイヤっすよ」
手下2「オレも……」ボソ
山賊頭「オレだって嫌だよ。つぅか二手に分かれた場合、確実にオレと組まなかった方がやられるだろ」
山賊頭「この家の仕組みも満足に理解してないし、極力三人で行動するべきだろ」
手下1「さすが頭っす」
手下2「分かってる」ボソ
山賊頭「当然だ」
山賊頭「つぅ訳で、とりあえず、この屋敷を警戒しつつ、片っ端から漁るぞ」
山賊頭「この家にいるだろう住人を探しつつ、食料と金品を探すんだ」
手下1「うっす」
手下2「ん」コク
~~~~~~
◇ ◇ ◇
城下街・表通り
◇ ◇ ◇
男「思いのほか器具を買うのに時間が掛かったな……」
男「いやでも、コレは案外良い物なのでは……?」
男「やっぱり新品のものは何でもワクワクするよなぁ……」
男「さて……昼食には若干遅いけど、これからどこかに食べに行くかな……」
?「おっ!」
男「ん?」
元メイド「男くんじゃないかぁ~」
男「……キャラ変わってません? メイドさん」
元メイド「元メイドよ」
男「あ、すいません……」
元メイド「いや~……でも、キャラだって変わっちゃうよ、マジで」
元メイド「なんせ結婚したんだし? もう夫人なわけだし? 家だって引っ越したわけだし?」
男「あっ、屋敷を出て行けたんですか? イヤな旦那さん方の兄弟がいるとか話してましたけど……」
元メイド「そうなのよそうなのよ! もうそれが何より嬉しくて……!
元メイド「旦那さんが、夫婦水入らずになりたいから、って屋敷を別で借りてくれて……まぁ執事とかメイドとかは連れて行ったんだけど……」
元メイド「それでも、元々専属としてついていてくれた味方ばかりだからそりゃもう……!」
男「えっと……惚気たいんですか?」
元メイド「惚気たいんです」
男「……ふと思ったんですけど、ボクを見つけたのは本当に偶然ですよね?」
元メイド「もちろん」
男「……なぁんかここ最近、街に来たら絶対に会ってるような気がするんですが……」
元メイド「確かにあたしもそんな気はするけど……まぁ結婚式前々日は意図的として……その前の買い物は偶然だし……今回も偶然……」
元メイド「なんだ、なんだかんだで三分の二じゃない」
男「……割りと多い気がしますが……」
元メイド「まあまあ。でも今日は騎士団に色々と事情聴取みたいなのを取られてね、その帰りってわけ」
元メイド「だからま、表通りで会うのは当たり前とも言えるのよ」
男「事情聴取? 何か悪いことでもしたんですか?」
元メイド「なんでそうなるのよ……というか、あたしが何かしそうに見えるの?」
男「…………」フイ
元メイド「分かった。目を逸らすっていうその行動だけで十分な返事になった」
男「や、まぁ、その辺は良いじゃないですか」
男「それで、なんで騎士団から事情聴取を受けたんですか?」
元メイド「実はね、結婚式当日に、あたしの隣の屋敷に盗人が入ったみたいなの」
男「えっ?」
元メイド「あのお祝いお祭り騒ぎに乗じてね」
元メイド「で、四日ほど経った今更に、あたしにも事情聴取を受けて欲しいって連絡がきたってわけ」
元メイド「最初は旦那さんだけで済んでたんだけど……どうも、男くんのいる屋敷がある山の方に逃げたらしいってことが分かってね」
男「はぁ~……」
男「……って、えっ!?」
元メイド「それで、男くん達と交流があったあたしにも事情聴取を、ってわけ」
元メイド「何人かは捕まえられたんだけど、数人だけ逃がしてしまって……目下騎士団が捜索中なのよ」
男「ちょっ、ちょっと待ってください!」
元メイド「ん?」
男「ぼ、ボクの屋敷にですか!?」
元メイド「屋敷のある山に、よ。実際屋敷に辿りついてるとは限らないけど」
元メイド「というか、あの山に山賊やら盗賊やらのアジトなんて無いでしょ?」
元メイド「住み込んでたあたしに事情聴取にこられたのだって、その有無を問うためだったんだし」
男「た、確かにないですけど……でも、ただ逃げている途中で、その山に入ってしまっただけで……屋敷を見つけて、その中に入ったりなんかしてたら……!」
元メイド「そんな大袈裟な……大体、あの二人には例の魔法の瓶を預けてるんでしょ? だったら大丈夫よ」
男「でも……貴族の屋敷に侵入しようとする輩ですよ……?」
男「魔法によって守られてると言ってもいい、貴族の屋敷に……」
男「魔法に対して何かしらの対策があってこその犯行だったんなら……預けた物を無効化されて……二人が……」
元メイド「……まぁ……そう言われると、その可能性もあるような気はしてくるけど……」
男「……屋敷に戻ります」
元メイド「ちょ、ちょっと待って!」
男「なんですか? 悪いですが、急いでいるんですけど……」
元メイド「それは分かるけど、今から馬車を捕まえて戻ったとしても……もう陽は沈んできてるんだから危ないって」
男「どうしてですか?」
元メイド「どうしてって……もしその盗人が屋敷に辿りついてなくて、まだ山にいた場合、危ないのは男くんになるってこと」
元メイド「山を登るのは確実に陽が沈み始めてからになるし……襲われる可能性のほうが大きい。それでも良いの?」
男「構いません」
男「むしろ、その方が安心します」
元メイド「安心って……」
男「それに……山のふもとに夕方頃に辿り着ければ、山の上まである屋敷には、日が沈み切る前に戻れます」
元メイド「その体力でなんでそんな自信が……」
男「忘れたんですか?」
男「ボクは、魔法使いですよ」
男「体力がないせいで街から屋敷まで持続させることが出来ないですけど……ふもとから屋敷までなら、無理をすれば……魔法を使い続けて、戻れますよ」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
屋敷
◇ ◇ ◇
手下1「結局、住んでる人は見つからなかったっすねぇ~」
山賊頭「どっかに隠し部屋でもあるのか……それとも、部屋と部屋とを移動できるルートがあるのか……」
手下2「それに、食料も満足に見つからなかった」ボソ
山賊頭「保存食ぐらいしかなかったからな……食器が水につけてあるところを見ると、向こうも昼食を終えたところみたいだったし」
手下1「ここの住人、どうするつもりなんっすかね? このままずっと隠れているつもりとか?」
山賊頭「もしかしたら、隠れてる場所にも保存食があるのかもしれねぇなぁ……こりゃ、長期戦か?」
手下2「そもそも、捜索して見つかったことが少なすぎる」ボソ
山賊頭「確かに。それは大きいな」
山賊頭「一階は食堂や調理場がある部屋だったが……食材が無さ過ぎる。あっても保存食ばかりだった」
手下2「二階は二階で、部屋が多いのに、使われていそうなのは二部屋だけだった」ボソ
手下1「食材に関しては山の上だから当たり前として……」
山賊頭「部屋もまぁ、別に全部屋使わないとならない理由はねぇ」
手下2「使われてる部屋のクローゼットを確認したところ、いくつかの服があったけど、それぞれの部屋ごとにサイズが同じように見えた」ボソ
山賊頭「ということで、住んでる人数は女二人。一つの部屋に二人が住んでる可能性は限りなくゼロだからな」
手下1「そこまでは確定なんすけど……」
手下2「逆に言うと、それ以外なにも分からない……」ボソ
山賊頭「空腹は干してあるやつでなんとか誤魔化せたが……」
手下2「金品の類が全く無かった」ボソ
山賊頭「山奥の屋敷に住んでる女二人……しかも、金品の類が無い……金持ちの母娘の別荘、って感じでもねぇし……一人の隔離されたお嬢様と使用人、って感じでもねぇ」
手下2「そもそも、部屋の中にあった服的に、二人ともが使用人」ボソ
山賊頭「……全くもって、分からねぇよなぁ」
山賊頭「そもそもオレら、屋敷だからここは大嫌いな貴族の住処だ、って勝手に決め付けて、この屋敷に入っちまったが……」
山賊頭「こうなってくると、その可能性すら怪しくなってきやがった」
手下2「服は結構あったけど……どれもお金持ちが着るものではなかった」ボソ
手下1「そうっすよね……案外、オレ達の嫌いな金持ちじゃ無いのかもしれないっす」
山賊頭「建ってる場所だって山奥だしな……迫害されたか、逃げ出したか……」
山賊頭「そんな二人が手と手を取り合い、逃げて、辛うじて見つけた住める場所……なのかもしれねぇ」
山賊頭「せめてもう一部屋あれば、一人に仕えている使用人二人、って構図になれたんだが……そうじゃねぇ」
山賊頭「となると……ここでの強盗は、オレ達の流儀に反する」
手下2「貴族等本人、もしくは貴族と繋がってる奴等しか狙わない……」ボソ
手下1「義賊に成り上がる程立派なことをするつもりはないが、ただの山賊には成り下がらない……」
手下2「悪逆非道を行っている自覚を持って、肥やす私腹は同じ色に染まったもののみで……」ボソ
手下1「例え誰に責め立てられようとも、必ず、貴族以外からの盗みや賊は行わない」
山賊頭「…………」
山賊頭「……はん。その通りだよ」
山賊頭「やっぱお前等、さすがだよ。オレと最初からいてくれるだけはある」
山賊頭「だからこそ、信用できる」
手下1「なんというか……もう色々と止めて、早々に出て行くのが得策なんじゃないっすか?」
山賊頭「確かにな……相手の情報はねぇし、むしろ貴族じゃねぇ可能性もある」
山賊頭「こうも訳が分からねぇとなると、無理に留まる必要もねぇかもな」
手下2「でも、陽が沈み始めてる。今ココを出ると、夜道の中で山を降りないといけなくなる」ボソ
山賊頭「……案外、その方が良いかもな」
手下1「え?」
山賊頭「騎士団だってオレ等を捜索して、この山を登ってるかもしれねぇ。なら、闇夜に紛れてアジトに戻った方が良いかもってことだ」
手下2「……確かに」ボソ
手下2「そもそも早く戻らないと、捕まった仲間がアジトの場所を騎士団に告げてしまってるかもしれない」ボソ
手下1「そうなると……置いてきた宝の場所に、騎士団が待ち構えている可能性もある、ってことっすね……」
手下1「これは……早く戻った方が良いかもしれないっすね」
山賊頭「ああ。そもそもオレ達、腹ごなしのために入ったようなもんだしな。金品なんて実際、無理に欲することもなかった」
山賊頭「というか、オレ達の嫌いな貴族が住んでるようでもねぇしな……無理に盗むのは違うだろ」
手下1「そうっすね」
手下2「ん」コク
山賊頭「んじゃ、満場一致になったところで……この屋敷、出るぞ」
~~~~~~
エルフ少女「……もうそろそろ陽が沈み始めたかなぁ……奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「どうでしょうね……ですが、かなり時間は経っているように思います」ガサガサ
エルフ少女「? なにしてるの?」
エルフ奴隷「いえ、ちょっと部屋の整理を……」
エルフ奴隷「あまりいじくらない方が良いのかもしれませんが、このままというのもなんですし……何より、退屈ですしね」
エルフ少女「あ、じゃあわたしも手伝う」
エルフ奴隷「では、二人でやりましょうか。静かに」
エルフ少女「そうだね」
エルフ少女「にしても……本当、紙が乱雑に隅に寄せられてるだけの部屋だよね」ガサガサ
エルフ奴隷「ですね……てきとうに資料を放り出しすぎですね」ガサガサ
エルフ少女「とりあえず、重ねて同じ場所に置いとけば良いのかな?」ガサガサ
エルフ奴隷「資料室……のような場所は見当たりませんし……きっとそれで良いのでしょう」ガサガサ
エルフ少女「……ねえ」
エルフ奴隷「はい?」
エルフ少女「資料室って、もしかしてコレ」コンコン
エルフ奴隷「? 地面……? って、なにやら手が掴めそうにヘコんでますね……確かに、この下かもしれません」
エルフ少女「ん~……でも、鍵が掛かってる」ガッガッ
エルフ奴隷「……なら、やっぱり同じ場所に置いておくしかなさそうですね」
エルフ少女「む~……なぁんか納得いかないけど……仕方ないか」
エルフ奴隷「ちゃんと片付けられないとスッキリしないのは確かですけど……仕方ないですね」
エルフ奴隷「机の上……も、資料が置かれてますね……」
エルフ少女「ん~……でもそこはあまりイジらない方が良いかも……」
エルフ奴隷「確かに……そうかもしれませ――」
エルフ奴隷「――っ!」
エルフ少女「……? どうしたの? 奴隷ちゃん」
エルフ奴隷「…………いえ……いえ、なんでも、ありませんよ……」
エルフ少女「? 何かあったの? 机の上に」
エルフ奴隷「いえっ、本当に……本当に何もないんです……!」
エルフ少女「ん~? 資料……?」パサ
エルフ奴隷「あ……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……うん。やっぱり魔法って、何書いてるか分かんないね」
エルフ少女「これ、何が書いてあるの? 書いてある言葉は分かるんだけど……意味が全く分かんないや」
エルフ奴隷「そう……ですか」
エルフ少女「?」
エルフ奴隷「いえ……本当、大したことじゃないんです」
エルフ奴隷「ただちょっと……気になったもので」
エルフ少女「? なにが?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……さっきも話しましたけれど、私、前線治癒術士だったじゃないですか」
エルフ奴隷「それでやっぱり、人間の魔法とかでスゴイのを見ると、気になっちゃうんですよ」
エルフ少女「あ~……なるほど……ちょっと分かるかも」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
エルフ少女「なら、ちょっと読んどけば?」
エルフ奴隷「え? ……良いんでしょうか……?」
エルフ少女「良いよ、きっと」
エルフ少女「だって旦那様、自分が作った資料は将来お金に困ったときに売るためにある、って言ってたし」
エルフ少女「ちょっと読むぐらいじゃ怒らないって。この部屋から持ち出しさえしなければ」
エルフ奴隷「…………それなら――」
――どこにいるのか分からんが、この屋敷の人間に告げる!!――
エルフ少女「っ!!」
エルフ奴隷「っ!!」
~~~~~~
山賊頭「屋敷を勝手に調べさせてもらった結果、アンタ等はオレ達の大嫌いな貴族じゃねぇって判断が下った!!」
山賊頭「だから、この屋敷から出て行かせてもらう!!」
山賊頭「貴族の屋敷と勝手に思い込んで上がらせてもらったが、どうも勘違いだったみたいだしなっ!!」
手下1「……なんで広間の真ん中でわざわざ大声を上げるんっすかね?」ボソボソ
手下2「それがカッコイイって思ってるんだよ、頭の中では」ボソボソ
山賊頭「あと、食い物を何の許可も無く食っちまった! スマンっ!!」
手下1「……謝るだけなんっすね」ボソボソ
手下2「謝るだけだね……」ボソボソ
山賊頭「腕の治療のために包帯も勝手に使った! これもスマンっ!!」
手下1「ま、今は無一文みたいなもんっすからね。仕方ないっす」ボソボソ
手下2「ん」コク
山賊頭「……さっきから聞こえてんだよ、てめぇらは……!」
手下1「あ」
手下2「そう怒らないで、頭」ボソ
手下1「そうっすよ。信用できる仲間じゃないっすか、オレ達」
山賊頭「都合の良い時だけそういうのを持ってくんじゃねぇよっ!」
手下1「いや、本当スマンっす」
手下2「反省はしているつもり」ボソ
山賊頭「つもりってなんだよつもりって……」
手下1「まあまあ」
手下1「にしても頭。真面目な話……何がしたかったんっすか?」
手下2「こんなことをしても、相手が出てこないのは分かりきってる」ボソ
手下1「そうっすよ。どうせ警戒してるんっすから」
手下2「騙すための嘘を叫んでいると思われて、当然」ボソ
山賊頭「……ま、そうなんだろうけどよ」
山賊頭「それでも一応、ケジメみたいなもんはつけとくべきだろ」
手下1「ケジメっすか……」
手下2「……本当につけたいなら、ご飯代を置いていくべき」ボソ
山賊頭「うっせぇなぁ……じゃあオレの剣でも置いていけば良いか?」
手下1「いや、それをされるともしアジト前に騎士団が張っていた場合、オレ達何も出来なくなるっす」アセアセ
手下2「考え直した方が良い」ボソ
山賊頭「どっちなんだよテメェはよ……」
山賊頭「ま、ともかくコレで、オレが思うケジメはつけられた」
山賊頭「向こうがオレ達を疑って出てこないのは当然だしな。何も、顔を見せてもらうために叫んだわけでもねぇし」
山賊頭「疑うのは勝手だが、とりあえずは、侵入者は出て行きましたよと言っておいた方が良いだろ?」
手下2「……本人が言っても信用はされないだろうけど」ボソ
山賊頭「だろうとオレも思うよ」
山賊頭「ま、言っておかないとずっと引っ掛かりを覚えちまうオレの情けない性分ってやつだ。気にすんな」
手下1「まぁ頭が一人で叫ぶだけだし、オレは構わないっすけどね」
手下2「ん」コク
手下2「強制しないだけで十分」ボソ
山賊頭「お前等はただ叫びたくないだけかよ……」
山賊頭「……まぁ良いや」
山賊頭「んじゃ、さっさと出て行こうぜ。アジトに早く戻る必要もあるしな」
手下1「うっす」
手下2「ん」コク
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…
ガチャ
ギィ…
山賊頭「お、陽が赤くなってやがる」
手下1「……まだ誰も、アジトの場所を告げ口してなけりゃ良いんっすけどね」
手下2「……一応は仲間だったから、信じるしかない」ボソ
山賊頭「だな」
カチャン
山賊頭「っ!」
手下1「っ!」
手下2「っ!」
バッ!
ギィ…
エルフ奴隷「…………」
山賊頭「……あんな、階段の横に部屋が……」
手下1「どうりで……見つからない訳っすね」
手下2「というより……どうして出てきた?」ボソ
ザッ―
エルフ奴隷「戻ってこないで下さい」
山賊頭「っ!?」
エルフ奴隷「その、玄関のドアを開けたままの距離で、話をしませんか?」
山賊頭「あの外見……エルフか?」
手下1「みたいっすね」
ソッ
エルフ少女「…………」
手下2「もう一人……」ボソ
手下1「あの二人が……」
山賊頭「ここに住んでる二人、ってことか……」
…パタン
エルフ少女「……本当に良かったの? 奴隷ちゃん。急にあの人たちの前に出るだなんて……」ボソボソ
エルフ奴隷「確かに……騙すために言った言葉だったかもしれませんが……それでも、少しだけ話をしたかったんです、私は」ボソボソ
エルフ少女(彼の知り合いである元メイドさん相手でも警戒していたのに……盗人なんて怖い存在を相手に話をしたいだなんて……どういう心境の変化?)
山賊頭「……なあ」
エルフ奴隷「はい……」
山賊頭「このままの状態での話は分かった」
山賊頭「だがその前に、一つ聞かせろ」
エルフ奴隷「……はい」
山賊頭「お前達は、貴族に買われて、無理矢理ここにいさせられてるのか?」
エルフ奴隷「……いいえ」
山賊頭「脅されての言葉、じゃねぇな……?」
エルフ奴隷「……はい」
山賊頭「そうか……なら良いんだ」
山賊頭「自分達の意思で、ここにいるんならな」
エルフ奴隷「……ちなみにですが、もし“はい”と答えていたら、どうしました?」
山賊頭「前言撤回してこの屋敷を荒らして、お前達をこの屋敷から逃がしていたところだよ」
エルフ奴隷「そう、ですか……」
手下2「……頭、良かったね?」ボソ
山賊頭「あん?」
手下2「あんなに可愛い子がメイド服なんて着て現れてくれて……」ボソ
山賊頭「なっ……!」///
手下2「頭が奴隷を買ってしたいことって、ああいうヒラヒラの服を可愛い子に着てもらうこ――」
山賊頭「あーーーーーーー! あーーーーーーーーーー!! あああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」///
エルフ奴隷「?」
エルフ少女「?」
手下1「あ~……気にしない欲しいっす。それよりも、教えて欲しいっんすよね」
手下1「なんで隠れてる場所から出てきてまで、話をしようと思ったんっすか?」
手下2「確かに……出てきたタイミングがバッチリだった。それって、こちらの声や音は筒抜けだったってことだよね?」ボソ
手下1「つまり、オレ達が出て行った後に、その部屋から出てくることも可能だったってことじゃないっすか」
手下2「それとも、頭の言葉があぶり出すための嘘だという可能性を考慮していなかった……?」ボソ
エルフ奴隷「? え?」
山賊頭「お前の言葉が届いてねぇよ……小せぇんだよ声が」
手下2「むぅ……だが、これ以上は出ない」ボソ
山賊頭「えっとだな……オレ達の声や音が聞こえてたから、このタイミングで声をかけてきたのはなんでだ? ってことだ」
山賊頭「オレ達が屋敷を出て行くのをちゃんと確認して、その後コッソリと出てきて日常生活に戻る事だって出来ただろ?」
山賊頭「何故、それをせず、出てきて話をしに来た?」
山賊頭「オレ達がお前をあぶり出す為の嘘の言葉だったかもしれねぇのによ」
山賊頭「いやむしろ、この状況下でも、一息に間合いを詰めるために駆け寄ってこられて、捕まってやられるかもしれねぇって状況なのによ」
山賊頭「それでどうして、話をしようだなんて思った」
エルフ奴隷「……それは……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「それは……私にも、分かりません」
エルフ奴隷「ただ、話をしてみたかったのです」
エルフ奴隷「貴族を嫌いと断じた、あなた達と」
エルフ奴隷「……まぁ、それでも、一応の名目はあります」
エルフ奴隷「出て行くフリをして戻ってきて、私達を襲う可能性が確かにありますからね……」
エルフ奴隷「その気がないのかどうかの最終確認をしたいから話しかけた……そんなところです」
エルフ奴隷「……取ってつけたようなものでしかありませんけどね」
山賊頭「……貴族を嫌いと断じた……ね」
手下1「もしかしてっすけど……エルフが人間の奴隷と同じ扱いを受けていない、という噂は、本当なんっすか?」
手下2「エルフの奴隷は性奴隷のような酷いことばかりをされているっていう、あの……」ボソ
エルフ奴隷「本当ですよ」
山賊頭「っ!」
エルフ奴隷「正直、人間と話しをするのが怖いぐらい、私は色々とされましたから」
山賊頭「……じゃあ、オレ等と話すのだって、辛いんじゃねぇのか?」
エルフ奴隷「そうですね……」
エルフ奴隷「……でも、あなた方は貴族を嫌いと言ってくれました。私に酷いことばかりをしてきた一部の、アレを」
エルフ奴隷「だからまだ、大丈夫です」
山賊頭「……また一つ聞きたいことができたんだが、もしかしてお前等、逃げてきてここにいるのか?」
エルフ奴隷「いえ。私達は買われて、ここにいます」
エルフ奴隷「その人はさっきも言ったとおり、酷いことをする貴族とは違います」
エルフ奴隷「私達を、救ってくれた人です」
エルフ奴隷「特に私は……あの人がいなければ、今頃は……」
山賊頭「……そうかい」
手下1「ま、ソレをオレ達に話されたところでどうしろって話なんっすけどね」
手下2「ん」コク
エルフ奴隷「すいません……」
山賊頭「聞いたのはオレだ。アンタが謝ることじゃねぇよ」
山賊頭「ともかく、アンタ等がそういうんなら、オレ達は本当にもうこの屋敷をどうかするつもりはねぇよ」
山賊頭「もちろん、アンタ等自身にもな」
山賊頭「どうだい? これで、安心できたかい?」
手下1「それとも、まだ信用できないっすか?」
手下2「もしくは、話しかけた理由に、何かアテがあった……?」ボソ
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……いえ、もう十分です」
エルフ奴隷「ただ、一つだけ、聞かせてください」
山賊頭「あん?」
エルフ奴隷「人間の社会においての貴族とは、どれぐらいの影響力があるのですか?」
山賊頭「どれぐらい……って言われてもな……」
手下1「少なくとも、国の政治方針には介入してるっすよね」
手下2「騎士団の将軍地位を決めたりとか、国王への予算提案とか、国民の声をまとめたりとか……国のために色々とやってる……という建前になってる」ボソ
山賊頭「だが、それがどうしたんだ?」
エルフ奴隷「いえ……貴族を嫌っている人間なら、詳しいかと思ったのですが……」
山賊頭「いや……オレ達もただ、貴族って理由だけで、ソイツ等の周辺を狙ってるだけの山賊だからな」
手下2「襲ってきた中には、民衆に支持されてる貴族だっていたかもしれない」ボソ
手下1「結局のところ、金を持ってるムカつくヤツを狙う、って基準のために、貴族を狙ってるだけっすからねぇ」
エルフ奴隷「そうですか……ありがとうございました」
山賊頭「なんでそんなことを聞いてきたのか……は、まぁ、聞かないでおくさ」
手下2「これ以上、深入りはしない」ボソ
手下1「互いに、会うのはこれっきりにしたいもんっすね」
山賊頭「だな」
山賊頭「それじゃ……そういうことで」
手下1「山賊も人間も、オレ達みたいな奴等ばかりじゃないから、気をつけるっすよ」
手下2「もっと厳重に、屋敷は守っておいた方が良い」ボソ
ザッザッザッ…
…バタン
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……良い山賊……って表現も変だけど……そういうのだったのかな……?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……旦那様、実は結構なお金持ちだと思うんだけど……まぁ、屋敷を漁ったぐらいじゃ、そんなの分かんないか」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……? 奴隷ちゃん……?」
エルフ奴隷「え、あ……どうしました?」
エルフ少女「いや……返事が無かったから、どうしたのかな、って思って」
エルフ奴隷「……すいません。少し、考え事をしてしまいまして」
エルフ少女「考え事?」
エルフ奴隷「はい。……まぁ、取るに足らないこと、ですよ」
エルフ少女「?」
エルフ奴隷「それよりも、屋敷の中、改めて周りましょう」
エルフ奴隷「どれほど漁られたのかも気になりますし……もしかしたら、片付けが必要になるかもしれませんしね」
エルフ少女「あ、うん……そうだね」
エルフ少女(……なんだろう……さっきの表情……)
エルフ少女(すごく……すごく、イヤな予感がする……)
~~~~~~
バタン!!
エルフ少女「っ!」ビクッ!
男「はぁ……はぁ……はぁ……!」
エルフ少女「だ、旦那様……?」
男「だ、大丈夫……!?」
エルフ少女「え、ええ……はい……?」
エルフ少女「その……旦那様こそ、大丈夫ですか? 何やらすごく疲れているようですが……」
男「山賊、とか、来なかった!?」
エルフ少女「山賊……は、来ましたけど……」
男「何も、されなかった!?」
エルフ少女「え、はい……大丈夫、でしたけど……」
エルフ少女「あれ? でも旦那様、いやに早くないですか?」
エルフ少女「早朝に出て、日が沈みきる前に帰ってくるなんて……普通に帰ってきても、深夜より少し前になると思っていたんですけど……」
男「ま、魔法を……!」
エルフ少女「魔法……? えっ? もしかして、魔法を使ってまでこの時間に帰ってきたんですか?」
エルフ少女「どうしてそこまで……」
男「だ、だから……山賊……がっ……ウ」
エルフ少女「う?」
男「うえええええぇぇぇぇぇぇーーーーーー……!!」ビチャビチャ
エルフ少女「きゃっ!」
男「はぁ……はぁ……はぁ……」
エルフ少女「ちょっ……! 大丈夫なんですか!? いきなり吐いたりして……!」
男「だ、大丈夫……昼食も食べてないし……そんな……には……ウグ」
男「がはああぁぁぁ!!」ビチャ…ビチャ…!
エルフ少女「ちょっ……! 血って……!」
男「はぁ……はぁ……うっ、はぁ……」フラ
エルフ少女「あっ、っと……!」ドス
エルフ少女「ぐっ……! お、重い……!」
エルフ少女「でもここで手を離すと……旦那様の顔がゲロと血に塗れちゃう……!」
エルフ少女「……っ!」
エルフ少女「……りゃぁっ!」
ドッ
エルフ少女「はぁ……はぁ……全く……筋肉が見えないのに、こんなに重いなんて……」
エルフ少女「横にずらして落としちゃったけど……」
男「…………」
エルフ少女「……あれほどの衝撃があって起きないなんて……どれだけ無理して帰ってきたんですか……全く」
エルフ少女「…………」
エルフ少女(でも……山賊がどうのって言ってたけど……もしかして、どっかでその話を聞いて心配したから、こんな無茶してまで戻ってきてくれたってこと……?)
男「…………」
エルフ少女(あ……ヤバイ。ちょっと嬉しい)
エルフ少女(顔がニヤけてきちゃってる……)
エルフ少女「……いや、それよりも……早くこの人を暖かい場所で寝かせないと……」
エルフ少女「奴隷ちゃ~ん! ちょっと手伝って!!」
~~~~~~
男「……っ!」
エルフ少女「あ」
男「……ぁはあ!」
エルフ少女「気がつきました?」
男「はぁ……はぁ……はぁ……」
男「あれ……? ここは……?」
エルフ少女「わたしの部屋です」
男「……部屋?」
エルフ少女「覚えてないんですか?」
エルフ少女「魔法を使って無理してまで、その日の夜になる前に、この屋敷に戻ってきたんですよ?」
男「あ……!」
男「そうだ……! そういえば、山賊が来たって倒れ間際に聞いた気がするけど……大丈夫だったの!?」
エルフ少女「はい。大丈夫でしたよ」
エルフ少女「心配してくれて、ありがとうございます」
男「……はぁあああ~~~~~……良かった~~~~~~~……」
男「でも、どうして無事だったの? もしかして、追い返したとか? それとも殺したの?」
エルフ少女「それは……。……まぁ、そうですね……順を追って説明します」
~~~~~~
エルフ少女「――で、旦那様が戻ってきた、って訳です」
男「なるほど……」
男「……本当、運が良かったね」
男「もし金目のものが一つでもあったら、二人とも襲われてたってことだし」
エルフ少女「はい……」
男「にしても、よくボクを二階のこの部屋に運べたね?」
エルフ少女「奴隷ちゃんに手伝ってもらいましたし」
エルフ少女「彼女、少しだけ秘術が使えるようになってきたんですよ。そのおかげで腕に精霊の力を送れて、持ち運べたんです」
男「へぇ~……でも、あれだけ詳しいのに前まで秘術が使えなかったなんて、よくあることなの? やっぱり珍しい?」
エルフ少女「いえ、前まではそれはもうすごい秘術使いだったんですけど……この首輪のせいで、使えなかったんです」
男「え?」
エルフ少女「まぁ、精霊との会話が阻害されるだけですので、コツさえ掴めば少しだけ使えるようになるんです」
男「ん? でもその首輪って、探知としての魔法が入ってるだけじゃないの?」
男「外したら強制的に誰かにそのことが伝わったりとか、居場所を常に教えてたりとか、そういう魔法があるだけの……」
エルフ少女「? いえ。付けてもらった時に教えてもらったんですが、どうも魔力を阻害する機能もあるようで……」
エルフ少女「その副産物なのか、さっきも言ったとおり、精霊との会話が阻害されるんです」
男「魔力を、阻害……? その副産物で、精霊との会話も……?」ブツブツ
エルフ少女「…………?」
エルフ少女「それよりも旦那様、旦那様はどうして、この屋敷に山賊が来ているのが分かったんですか?」
男「あ、ああ……いや、分かってたわけじゃないんだ」
男「ただ街中で偶然、元メイドさんに会ってね」
男「騎士団に事情聴取を受けに行っていたとか、ボクの屋敷がある山に山賊が向かったとか、そういう話を聞かされて、急いで戻ってきたんだ」
男「……よくよく考えたら、そこまで騎士団がムキになるってことは、貴族関係ばかりを狙ってる山賊だ、ってことでもあったんだね……まぁ、だからって安心できた訳でもないんだけど」
エルフ少女「……だから、そんな倒れるなんて無茶をしてまで、戻ってきてくれたんですか?」
男「そうだけど……でも、あまり意味は無かったかもね」
エルフ少女「え?」
男「今回は山賊が敵じゃなかったから良かったけど……もし敵だったら、こんな疲労困憊で戻ってきたところで、満足に戦えなかっただろうし」
男「あのままだと、すぐにボクも殺されてしまっただけなんだろうしさ」
エルフ少女「……でも、嬉しかったですよ? そこまで無茶して戻ってきてくれたことが」
エルフ少女「気付いてます? 旦那様。あなた、丸半日以上眠っていたんですよ?」
男「え!? そんなに!?」
エルフ少女「はい。旦那様が帰ってきてから一度陽が沈み、今は真上より少し進んだところにあります」
男「そうか……そんなにか……」
エルフ少女「はい。……にしても、魔法でもそういう速度強化とか出来るんですね」
男「水を使って、だけどね」
男「だから正確には“速度強化”というよりも、“移動強化”、って言った方が正しいかもね」
エルフ少女「……よくそれで実験器具が壊れませんでしたね……」
エルフ少女「背負ってきていたカバンの中身、確認させてもらいましたけど、全て無事でしたし……」
男「そういうので割れないのを買ってきたからね」
男「……そういえば、もう一人はどうしてるの?」
エルフ少女「奴隷ちゃんですか? あの子なら、下の階の片づけをしています」
男「下の階?」
エルフ少女「はい。旦那様の研究し――」
男「っ!」
エルフ少女「――え? 何か、驚くようなことでも……」
男「…………ううん、別に」
エルフ少女「?」
男「それで……彼女は、この部屋に来ないのかな……?」
エルフ少女「呼びましょうか?」
男「うん……お願いしようかな」
エルフ奴隷「その必要はありませんよ、ご主人さま」
エルフ少女「あ、奴隷ちゃん」
男「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「どう? 下の階の片付けは終わった?」
エルフ奴隷「……そうですね、終わりました」テクテクテク…
ピタ
エルフ奴隷「旦那様、目が、覚められたようで」
男「……うん。まあね」
エルフ奴隷「そうですか。それは良かったです」
エルフ少女「……奴隷ちゃん?」
エルフ奴隷「おかげで……真実を、問いただせます」チャキ
エルフ少女「っ!!」
エルフ少女「ちょっ……! 奴隷ちゃん! どういうこと……!?」
エルフ少女「いきなり……旦那様の首筋に……ナイフを突きつけるなんて……! そんな……!」
男「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「そ、そんな冗談……笑えないって」
エルフ少女「ほら……旦那様も……黙って見つめ合っていないで……なにか……」
男「……そっか……見たんだね」
エルフ奴隷「……はい」
エルフ少女「……………………え?」
男「……研究に夢中になって、器具を買いに行くことに意識が向きすぎてて……」
男「足がかりから術式を見つけるのに躍起になってて、片付けるのを忘れてたんだね……あの資料を」
エルフ奴隷「…………はい」
男「キミは聡いからね……そのあたり、注意していたつもりだったんだけど……こんな間抜けなドジでバレるなんて……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……答えてください。ご主人さま」
男「ん」
エルフ奴隷「人間が戦争に勝つキッカケとなったアレを作ったのは……あなたなんですか?」
男「……そうだよ」
エルフ奴隷「……ソレを作ったのは……人間の、貴族による、命令でですか……?」
男「……ちが――」
エルフ奴隷「そうですよね?」
男「…………」
エルフ少女「奴隷、ちゃん……?」
エルフ奴隷「そう、ですよね……? そう、です、よね……? そう……です、よね……?」
男「…………ちが――」
エルフ奴隷「そうだって……そうだって言って下さいよっ! じゃないと……じゃないと私……!」
エルフ奴隷「このまま……あなたを……刺さないといけなくなりますっ!!!」
エルフ少女「っ!!」
男「…………」
エルフ奴隷「だから……だから、お願いです……そうだと……そうだと……! 言って、ください……!」
エルフ奴隷「貴族に命令されたから、見つけて……無理矢理、作らされて……研究させられたのだと……そう……!」
男「……言えないよ」
男「だってアレは、ボクの罪、そのものなんだから」
男「だからボクは、キッパリと言う」
男「違うよ。アレは、誰の命令でもなく、ボクの意思で、作ったものだ。」
エルフ奴隷「っ……!! ……ぐうぅっ!!」
エルフ奴隷「ううううううぅぅぅぅぅぅ……!!」ポロポロ
エルフ少女「奴隷、ちゃん……」
エルフ奴隷「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」ポロポロポロ
バッ!
エルフ少女「っ! ダメッ!」
エルフ奴隷「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」ポロポロポロポロ
ブンッ…
…ザシュッ!
続き
男「エルフの書物は読めた…後は……」【中編】