関連
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」【前編】
男「秘術を使うために精霊に語りかけるのは分かる」
男「精霊というのが世界とエルフの橋渡しのような目に見えない物質だというのも、分かる」
男「……じゃあ、この“語りかけ”というのはどうすれば出来るのか、が分からないんだ」
エルフ奴隷「どうすればも何も、普通に」
男「普通に……エルフにとっては普通に出来ることってこと?」
エルフ奴隷「そうですね。小さな頃に親からこう、感覚的なものを教えてもらい、それからは自由に行使できるようになりますし」
男「感覚的なものを教えてもらう……?」
エルフ奴隷「なんと言いますか……説明しづらいんです」
エルフ奴隷「と言うより、とても昔に教えてもらって当たり前のように使い続けてましたから、改めて説明するにはどうしたらいいのか分からないというか……」
エルフ奴隷「ただそうですね……何かこう、呼吸をするだけで、空気とは違うものが身体の中へと入ってくる感覚があるのを、ある日自覚するのです」
エルフ奴隷「それを親に告げたその日に、秘術を用いるために必要なその感覚術を教わり、入ってきている空気とは違うものを遮断するようにして、私達は生活しているのです」
男「ん~……秘術を使う時ってさ、その遮断しているものを受け入れるの?」
エルフ奴隷「そうですね。心か頭の中にある扉を開け、その遮断していたものを入れ替えながら、精霊へと伝わる言葉を発する感じでしょうか」
男「ふ~ん……ちなみにだけど、それって使うときに代償とかあったりする?」
エルフ奴隷「特には無い……と思います。今まで使ってきてそういうのは実感しませんし」
エルフ奴隷「というより、昨日書いてた私達の書物にも、代償は特に無い、と書いてましたよね?」
男「そうだけど、やっぱ本当に使える人の話を聞きたいっていうか、そんな感じ。せっかくだしね」
エルフ奴隷「それなら昨日一昨日とどうして私にあの本を読ませたのですか……」
男「ボクが持ってる唯一のエルフの秘術書物だからね。やっぱり読んでもらって分かることも増えたし」
エルフ奴隷「例えば?」
男「エルフの文字がそろそろ理解できてきたかな。やっぱり、本を目で追いながら読んでもらうと、言葉の意味とかすぐに分かって便利だよ。同時通訳みたいなものだし」
エルフ奴隷(私は隣にあなたの顔があってすごく緊張してたんですけど……)
エルフ奴隷(……向こうは研究のことで頭一杯で、そんな気は無かったのですか)ハァ
男「え? なに? なんのため息?」
エルフ奴隷「別に。何もありませんよ」
エルフ奴隷「ちなみに人間が使う魔法だと、代償は体力ですよね?」
男「そう。体力を魔力に変換し、ソレを用いて直接世界へと望む現象を訴えかけるのが魔法だからね」
男「どうしても魔力変換前の体力は必要不可欠になってきちゃうんだ」
男「憶測だけど、おそらく秘術に代償が無いのは、世界へと望む現象を訴えかける方法が、理に適ってるからなんだと思う」
男「きっと魔法は、無理矢理すぎるんだ」
男「……まぁ、一人間が世界に話しかける訳だし、当然といえば当然なんだろうけどさ」
エルフ奴隷「……もしかしてご主人さまは、体力の消耗なしで魔法と同じようなことが出来るのが便利だから、秘術を使おうと……?」
男「ううん。秘術はやりたいことの足掛かりにすぎないよ」
男「魔法ではなく秘術でないと出来ないことだから、まずは秘術を身に着けようと躍起になってるだけ」
男「……まぁ、月の満ち欠け一つ繰り返してさらにしばらく経った今でも、なんのキッカケも得てないんだけどね」
エルフ奴隷「……もしかして、戦争が終わってからずっと、ということですか?」
男「うん。というか、三十日間かけてこのエルフの書物の解読をしてたんだ」
男「エルフ文字の辞書を見つけてきたり、読み進めようと足掻いたりね」
男「まぁ、キミのおかげでこの本の内容が二日で終わっちゃった訳だけど……これなら自力じゃなくて、早くエルフを買ってれば良かったよ」
男「もし意地を張ってあのまま自力で進めようとしてたら、まだ読み終えれて無かっただろうし、言葉も文字の傾向も理解できてなかったかもね」
エルフ奴隷「……ですが、このタイミングだったからこそ、私達は、あなたに買ってもらえました」
男「……ま、そうだね。そういう意味では、買うタイミングが遅れて良かったよ」
~~~~~~
エルフ少女(彼からナイフを預けられたその日から、わたし達のこの屋敷での生活が始まった)
エルフ少女(わたしは埃っぽくなっていた屋敷すべての掃除)
エルフ少女(彼女は、彼が望んでいた通り、エルフの書物関連の手伝い)
エルフ少女(エルフならばわたしも含め、ほとんどが人間の文字も分かるけれど……それでも、彼女の方が適任だとわたしは思った)
エルフ少女(……まさか、片付けられない女を見るハメになるとは思わなかった……)
エルフ少女(簡単にだけれど片付けていたはずの彼女の部屋を、彼女自身がその日の朝にちょっと掃除しようと思った……らしい)
エルフ少女(そのはずなのに……まさか散らかった掃除道具を見るとは……)
エルフ少女(料理はあんなに出来るのに……どうしてあそこまで効率の悪い掃除しか出来ないのか……)
エルフ少女(本人曰く、他に汚れてる場所を見つけたら、そこに気がいって前までやってたことを忘れる……らしい)
エルフ少女(……まぁ、料理が出来ないに等しいわたしがそのことを責める権利はないんだけど……)
エルフ少女(ともかく、結果的にはバランスが良かった。役割分担がキッチリとしてるし)
エルフ少女(そんな訳で、わたしの目が届かない場所で掃除させられない彼女は、現状掃除が出来ないみたいなものなので、今のうちにエルフ一人を動かせなくしてしまう書物の解読は任せきりにしても大丈夫と言うわけだ)
エルフ少女(で、その解読は昨日で終え、今日は朝食後に何故か彼女が呼び出された……といった感じ)
エルフ少女(……正直、屋敷全体の換気を含めた掃除も、昨日のうちに終えている)
エルフ少女(広いといってもさすがに二日もかけさせてもらえれば、細かいところも含めて屋敷全てを掃除するぐらい容易だ)
エルフ少女(だから本当は、彼女の昼食の準備を手伝いながら、料理でも教えてもらおうと思ってたんだけど……)
エルフ少女「……中々帰ってこないなぁ……」
エルフ少女(調理場の掃除も終わっちゃってるし……やることがない。あ、でも洗濯しないと……あぁ、でもそれは昼食後でも良いか)
エルフ少女(お風呂掃除……も、昼からかな……出来れば彼女に教えておきたいという気持ちもあるし)
エルフ少女(あの狭さなら、汚れに目移りしてしまうこともないだろうし)
エルフ少女「さて……暇だ」
エルフ少女(前任者の人が一人で彼の世話を出来ていた理由が良く分かる)
エルフ少女(部屋が多くても使わないのだから、掃除なんてたまにで済む)
エルフ少女(そうなってくると、本当にこういう時間はやることがない)
エルフ少女(……いや、昼食の準備があるんだけど……それが出来ないし……)
エルフ少女「……早く料理を学ばないとなぁ……」
エルフ少女(というか……もっと本格的にお母さんの料理の手伝いをしてるんだった……)
ドンドン
エルフ少女「ん?」
エルフ少女(玄関のドアノックの音……?)
ドンドンドン
エルフ少女(こんな山奥の屋敷に客? ……怪しい)
スッ…
エルフ少女「申し訳ありません、ただいま!」
エルフ少女(ナイフを後ろ手に構えて……扉は隙間だけを開けて相手を確認するようにするのを意識して……よしっ)
カチャ
ガチャン
エルフ少女「お待たせいたしました」
少年執事「失礼しまっす! 自分! 元メイド様の御使いでここまでやってきました! 少年執事と申す者です! うっす!」
エルフ少女「はぁ……で、ご用件の方は……?」
少年執事「すいませんっす! 男様にこちらのお手紙を渡して来いと命令されたもので!!」
スッ!
エルフ少女「手紙……便箋?」
少年執事「はいっす! どうも郵便商だと届けられないと断られるような辺境な場所みたいなので届けて来いと頼まれたっす!」
エルフ少女「なるほど……これを旦那様に渡せば良いのですね?」
少年執事「頼むっす! あと、出来れば受け取ったという署名も頂きたいっす!! でないとオレが色々とサボったんじゃないかと疑われるっす!」
エルフ少女「……かしこまりました。それでは客間――なんて無かったか――んまぁ、中に入って待っててください」
少年執事「いえ大丈夫っす! 気を遣ってもらわなくても、ここで待たせてもらいます!!」
エルフ少女「……そうですか?」
少年執事「任せてください!」
エルフ少女(何を?)
少年執事「これでも自分、体力には自信ありますので!!」
エルフ少女「はぁ……」
少年執事「昨夜頼まれて今朝早く起きてここまで辿り着けるぐらい元気っすから!!」
エルフ少女「えっ!? あの距離を!?」
少年執事「そうっす!」
エルフ少女「じゃ、じゃあやっぱり中に……何か飲み物ぐらい出しますよ。疲れたでしょう?」
少年執事「いえ!」
エルフ少女「そんなはずは……遠慮しているのなら気にしなくて――」
少年執事「山を登ったのはそこにいる馬っすから!!」
エルフ少女「――って紛らわしいわっ!!」
少年執事「…………」
エルフ少女「……ごほん。すいません。少々取り乱しました」
エルフ少女「それではまぁ、少々お待ちください」
少年執事「うっす!!」
少年執事「あ! あそこにある井戸の水を貰ってもいいっすか!? 馬に飲ませてやりたいんでっ!」
エルフ少女「……ええ、まぁ、構いませんよ」
少年執事「どうもっす! ありがとうっす!!」
エルフ少女「……では」
パタン…
エルフ少女(……うるさかった……)
エルフ少女(っと、早く手紙を渡して来ないと……)
――ははははは……! ほぉら! 飲め飲め!!――
バチャァン
ヒイイィィィン!!
――おっとすまねぇ! こけてぶっかけちまった!! はははははは……っ!!――
――よぉし今度こそ……! っとまたこけ危ない! 蹴ろうとしないで欲しいっす!!――
エルフ少女(……馬か馬鹿かのどちらかが本当に危ない……!)
~~~~~~
コンコン
エルフ少女「失礼します」
男「ん? どうかした? なんか、外がすごく騒がしかったけど……」
エルフ少女「いえ……その、旦那様にお手紙が……」
男「手紙……? こんな場所に……?」
エルフ少女「はい。元メイド様という方らしいのですけれど……」
男「あ……あぁ~……なるほど。もしかしてもうそろそろだったかな……」
エルフ奴隷「?」
男「次の満月って、三日後だったっけ?」
エルフ奴隷「はい。そのように記憶しております」
男「そっかそっか。ってことは、招待状か」
ピッ
カサッ
男「……ん。やっぱりそうだ」
エルフ奴隷「招待状……?」
エルフ少女「なんのですか?」
男「ま、後で説明するよ。ともかく、表にこの手紙を届けた人を待たせてるんじゃない?」
エルフ少女「はい」
サラサラサラ…
男「んじゃ、コレを返しといて」
男「受け取ったって署名と、参加するって書いたやつ」
男「封筒は……この便箋が入ってたやつで良いや」
エルフ少女「良いんですか……? そんないい加減で……」
男「ボクがこうすることも分かってて、きっと白紙の便箋にしたんだろうし、構わないよ」
エルフ少女「はぁ……まぁ、かしこまりました」
~~~~~~
ガチャ
エルフ少女「お待たせしま――」
少年執事「…………」
エルフ少女(って倒れてるーーーーーーーーーーーっ!!)
エルフ少女「大丈夫ですか!?」
少年執事「おっ、書いてもらえたっすか!?」バッ!
エルフ少女(あれ? 意外と元気)
エルフ少女「はい……その、こちらです」
少年執事「どうもっす!」
エルフ少女「あの……大丈夫ですか? 倒れてらっしゃったようですが……」
少年執事「心配無用っす! ちょっと疲れたから寝転んでただけっす!!」
エルフ少女(いやいや……雑草生え放題の場所で寝転ばれても……)
エルフ少女(っていうかもう服に……! お腹に……蹄の跡が……!!)
少年執事「それじゃあ! これで失礼するっす!」
エルフ少女「あ! あの、その……本当に大丈夫ですか?」
少年執事「本当に大丈夫っす! どうせ馬で帰るんで!! 疲れなんて関係ないっすっ!!」
少年執事「よっと」タッ
少年執事「うわっ! お前なんでそんな濡れてんのっ!?」
エルフ少女(あなたのせいだろ……)
少年執事「うぅ~……ズボンがびちょびちょになったっす……でも走ってたらきっと乾くっす!」
エルフ少女(そんなことはない)
少年執事「それじゃ! またいずれっす!」
エルフ少女「……はい。また」
エルフ少女「道中、お気をつけて……」
少年執事「お心遣い、感謝するっす!」
エルフ少女(……まぁ、なんか簡単には死ななさそうだけど……この人)
~~~~~~
パタン
エルフ少女「……………………」
エルフ少女「…………はぁ~……」
エルフ少女(元気な人だった……)
エルフ少女(元気すぎて、コッチの体力まで吸収されてるんじゃないかと思わせるほど、元気な人だった……)
エルフ少女(……会話しただけのはずなのに、妙に疲れた……)
エルフ少女(次はもう会いたくないな……)
エルフ奴隷「少女さん」
エルフ少女「ん?」
エルフ奴隷「ご主人さまが呼んでます。さっきの手紙の話をするから食堂にとのことです」
エルフ少女「…………んん??」
エルフ奴隷「どうかしましたか……?」
エルフ少女「いえ……その……さっき、わたしの名前……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」カァ///
エルフ奴隷「せっかく……自然と言えたのに……指摘されたら、結局照れちゃいますよ……」///モジモジ
エルフ少女「あ……えと、その……イヤじゃないんだよ。もちろん。ただその……嬉しくて……さ」
エルフ少女(なにこの可愛い生物……これで同じ同胞って本当? 同じエルフなのってウソなんじゃないの……?)
エルフ少女(わたしじゃこんなに可愛くならないって)
エルフ奴隷「も、もぅ! ともかく私、先に行ってますからっ!」///
タッタッタッタ…
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……ん~……前までの虚ろな瞳が無くなってから、明るくなってきたなぁ……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……やっぱり、彼を殺さないままで正解だった、ってことか……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……考えてもしょうがない。私も早く行こう)
~~~~~~
エルフ奴隷「結婚式、ですか?」
男「そう」
エルフ少女「旦那様の?」
男「まさか。二人の前任者のだよ」
エルフ奴隷「ということは、女性側からの招待ということですか?」
男「そういうこと」
男「というわけで、明日のお昼ごろには出発するから」
エルフ奴隷「……急ですね」
男「まぁ、式自体が三日後だしね。一日だけ街を見て回るのも良いかなぁ、と思って」
男「特別買い足すものも無いけど、まぁ、ついでだから食料を見ても良いし」
エルフ少女「……意外ですね」
男「え? 何が?」
エルフ少女「ギリギリまで研究を続けているのかと思いましたから」
男「んまぁ、正直今は手詰まってるってのが本音」
男「ちょっとリラックスしたら名案も浮かぶかもしないしなぁ、っていう願望もある」
男「まぁともかくそういう訳だから、準備してて」
エルフ奴隷「かしこまりました」
エルフ少女「分かりました」
~~~~~~
エルフ少女「ねえ、一つ聞きたいんだけど」
エルフ奴隷「どうしました?」
エルフ少女「出かける前に、割りと重要なこと思い出したんだけど……」
エルフ奴隷「はぁ……」
エルフ少女「……ちなみに旦那様って今、研究室に戻って本を読み直してるよね……?」
エルフ奴隷「ええ。先ほど、結婚式の話を終えたあと、そう言って戻られましたが……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「? 本当にどうしたのですか?」
エルフ少女「いや……その、さ……出かける前、よね?」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「しかも、他人の結婚式っていう、大事なタイミングよね……? 数泊するのよね……?」
エルフ奴隷「そう、言っておられましたね……」
エルフ少女「……あの人……ここ最近、お風呂入ってないよね?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……………………あ」
エルフ奴隷「そういえば全く見てないですね……」
エルフ少女「わたし達の為に魔法を使って温めてくれたりしてるのは見たけど、あの人が入るというのは……」
エルフ奴隷「……見てないですね」
エルフ少女「というより、ここ最近は食事以外、ずっと研究室の中のような……」
エルフ少女「食事だって、奴隷ちゃんに本を読んでもらってるから、奴隷ちゃんが食事するからついでに一緒に、って感じだったし……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………あれ? 名前……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……いや本当、そうやって改めて指摘されると恥ずかしいね……」///
エルフ少女「……ごほん」
エルフ少女「ともかく、見てないと」
エルフ奴隷「見てないですね」
エルフ少女「というか最悪、このままだと昼食時もあの部屋から出てこないかも……」
エルフ奴隷「いえ……さすがにソレは……」
エルフ少女「前任者の人の手紙に書いてたんだけど……研究に没頭すると食事も睡眠も入浴もまともにしなくなるとか……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……手詰まり、とも言ってましたし、とりあえずまずは、そろそろ食べる昼食に来てくれるかどうかですね」
エルフ少女「で、食べに来てくれたら入浴を促し……」
エルフ奴隷「食べに来いらっしゃらなかったら……」
エルフ少女「無理矢理お風呂の中に突っ込む」
~~~~~~
コンコン
エルフ少女「旦那様。昼食の用意が出来ましたけど」
「…………」
コンコン
エルフ少女「旦那様」
「…………」
エルフ少女(……返事すら無い……研究で何か掴めたのかな……?)
エルフ奴隷「……もしかしたら、中にご主人さま自身がいらっしゃらないのかも……」
エルフ少女「まさか」
ガチャガチャ
エルフ少女「こうして鍵もかかってるし、それは無いと思う」
エルフ奴隷「それでは、昼食はいらないのでしょうか?」
エルフ少女「いや、無理矢理食べさせる」
エルフ奴隷「ですが……」
エルフ少女「これで――」
ジャラ
エルフ少女「――開ければ済む話だから」
エルフ奴隷「鍵の束……」
エルフ奴隷「一体どこでそのようなものを……」
エルフ少女「さっき話した前任者の手紙と一緒に入ってたの」
エルフ少女「二階の各部屋の鍵と、倉庫や食堂や調理場へ通じる扉も当たり前。お風呂場と裏口の鍵もあったし、無いのはあの食料保存の木箱の鍵だけ」
エルフ奴隷「ですが、その軽く見積もっても二十はありそうな数を全て確認するのですか?」
エルフ少女「まさか。二階のそれぞれの部屋の鍵は色で統一されてるし、ココ以外のものも昨日と一昨日で一通り試していたから……たぶんこの鍵のはず……」
カチャン
エルフ少女「ほらね」
キィ
エルフ少女「旦那様~」
男「…………」モクモク
エルフ奴隷「あの……食事の用意が出来ましたけれど……」
男「…………」カリカリ
エルフ少女「……本当に凄まじい集中力……まさか部屋の中に入って声を掛けても聞こえないとは……」
エルフ奴隷「……なんだかこれだけ集中されると、わざわざ止めてまで食事にするのが悪い気がしてくるのですが……」
エルフ少女「いや、それはない。せっかく奴隷ちゃんが作ったのに食べないなんて許せないって」
エルフ奴隷「ですが……」
エルフ少女「大丈夫だって。さすがに肩でも叩けば気付くよ」
エルフ奴隷「叩けますか?」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「だってご主人さまの周り、何か細かい文字がビッシリと書かれた紙が散乱してますが……」
エルフ少女「ん~……踏んで行って良いのかどうかさえ迷う……」
エルフ奴隷「乱雑にはしてますけれど……ぐしゃぐしゃにしていないところを見ると、アレ一枚も十分な研究資料なのでは……?」
エルフ少女「資料、っていうより、旦那様の仮説か何かかも」ヒョイ
男「…………」ポイ
エルフ奴隷「あ、今捨てましたよ」
エルフ少女「で、次の紙を取り、再び一心不乱に書く行為に取り掛かると……」
エルフ奴隷「……で、何が書かれてましたか……?」
エルフ少女「ん~……魔法は詳しくないけど、どうも魔法術式っぽい」スッ
エルフ奴隷「本当ですね」ヒョイ
エルフ奴隷「……ん~……私も特別魔法について詳しいわけではありませんから、分かりませんね……」
エルフ奴隷「ただ、かなり複雑な術式みたいです」
エルフ奴隷「少なくとも、戦闘中に目の前で用いることが出来る代物ではないですね」
エルフ少女「分かるの?」
エルフ奴隷「この紙に書かれてる始まりも終わりも、術式の途中ということぐらいですが」
エルフ少女「え……? ってことは、この落ちてる紙全てが、一連した術式の紙ってこと……?」
エルフ奴隷「さすがにいくつかの術式の紙でしょう……と思いたいところですけれど……もしかしたら、そうかもしれません」
エルフ少女「軽く見て三十枚以上の紙があるけど……?」
エルフ奴隷「ですから、複数の術式の紙が散乱していると思いたいのです」
エルフ奴隷「もしこれだけの紙全てを使って一つの術式なら……戦争用大規模魔法を越える術式の量ですよ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「…………」ポイ
エルフ少女「……でも今更、戦争用の魔法とは考えられないわよね……?」
エルフ奴隷「……もしかして、魔力を用いて秘術を使うための術式……とか、ですかね……?」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「…………」モクモク
エルフ少女「というか、これだけ真後ろで相談してても気にされないって……」
エルフ奴隷「集中力が凄まじ過ぎますよ……本当に」
エルフ少女「これは、食事も睡眠も入浴もしなくなる、って言われてるのが分かるわ……」
エルフ奴隷「ですね……」
男「…………」カリカリ
エルフ少女「……どうせなら、入浴と食事を一連の流れで済ませてあげた方が良いのかも」
エルフ奴隷「そうですね……昼食後、しばらく経ってからまた入浴で呼ぶとなると、また一度集中力を切らせてしまうことになりますし」
エルフ少女「ね。ってことで、昼食の前に、お風呂場に水でも溜めよう」
エルフ奴隷「溜めてどうするんですか?」
エルフ少女「お風呂に入りたいから温めてくれとウソをついて、入れて、閉じ込める」
エルフ奴隷「え? ……良いんですか? それ」
エルフ少女「その方法が良いって前任者の紙に書いてたし。食事も、後に回した方が良いでしょうし」
エルフ奴隷「まぁ、食べてもらえないかもしれないからと、温め直せるスープにしてましたし大丈夫ですけれど……」
エルフ少女「じゃ、そういう方向で動こうか」
エルフ奴隷「はい」
~~~~~~
キィ
男「…………」モクモク
エルフ少女「……同じ姿勢でまだ書いてる……なぁんて、わたしの独り言も聞こえないんだろうけど」
エルフ少女(とりあえず、水も溜め終わったし……周りにある紙を片付けて声を掛けよう)
エルフ少女(やっぱり踏まない方が良いんだろうなぁ……というか、紙の広がりが大きくなってるし、枚数も増えてる……本当に書き続けてるんだ……)
男「…………」カリカリ
エルフ少女「……とりあえず、順番とかわかんないけど、纏めよう」
男「…………」モクモク
エルフ少女「…………」
男「…………」ポイ
エルフ少女「片付けてる途中で散らかさないでっ!!」クワッ
男「…………」モクモク
エルフ少女「…………」
エルフ少女(冗談とはいえ大声を上げたのに……集中力高すぎ……無視されたみたいで、ちょっとむなしい)
エルフ少女「旦那様」ポンポン
男「…………」カリカリ
エルフ少女「だ・ん・な・さ・ま!!」バンバン!
男「痛いっ!?」
エルフ少女「はぁ~……やっと気が付きました?」
男「え? あれ? なんで……?」
エルフ少女「鍵なら開けさせてもらいました。前任者の方が手紙と一緒に置いていてくれましたので」
男「あ、そうなんだ……えっと、どうかした?」
エルフ少女「どうかした? じゃありませんよ。昼食の時間になって呼んでも返事が無かったんで、心配したんですよ」
男「うそ!? もうそんなに時間って経ってるの!?」
エルフ少女「はい。正直、もう太陽は天辺から下り始めています。まぁまだ高い位置にはありますけれど」
男「うわ~……集中しすぎてて気付かなかったなぁ……」
エルフ少女「まったくです」
男「…………で、だけど……少し、訊いても良い?」
エルフ少女「はい?」
男「この右肩の痛みと耳が少し鳴ってるのはどういうことなの……?」
エルフ少女「ちょっと強く叩いて大きな声でお呼びしただけですよ?」
男「え? ちょっと……?」
エルフ少女「はい。少し、と言い換えても良いかもしれません」
男「意味合いは同じだよ……」
エルフ少女「それで、どうします? 昼食、食べますか?」
男「そうだね……うん、そうしようかな。キリも良いし」
エルフ少女「……止めたわたしが言うのもなんですが、まだ書きかけだったように見えますけれど……」
男「まぁ、書きたいことは全部頭の中に残ってるからね」
男「それに正直、こうやって書かなくてもすぐに思い出せるし。ボク、記憶力には自信あるんだ」
エルフ少女「なら、どうして紙に書いてるのですか……?」
男「いずれお金になるかと思って」
エルフ少女「お金……」
男「うん。今はお金自体に余裕はあるけど、働いてないし、いずれ無くなる」
男「そうなったら、自分だけで独占しなくても良いやって思うものから、この研究資料を売ろうと思って」
エルフ少女「はぁ……では、この資料化されてる内容は、いずれ世界的に役に立つものと……?」
男「どうだろう」
エルフ少女「え?」
男「たぶん、ボク以外には使えないんじゃないかな? この魔法は。驕りとかじゃなくてね」
エルフ少女「……もしかして、これ全部で一つの魔法ですか?」
男「そう。よく分かったね」
男「あ、てきとうに放り投げながら書いてたのに、まとめてくれたんだね。ありがとう」
エルフ少女「順番はバラバラですけど」
男「ボクは読まないからソレで良いよ」
エルフ少女「それで、その……この魔法は……?」
男「ん、ああ、別に大規模の戦争用魔法とかじゃないよ」
男「ただ、普通に魔力で出来ないことをやろうとしてるから無駄に複雑化しちゃってるだけで、やろうとしてることは“魔力でも精霊に語りかけられるようにする”ってだけだから」
エルフ少女「それだけのことなのに……こんなに複雑になるんですか?」
男「意外にもね。体力から魔力に変換した後、その魔力を複数の信号に分岐させてるんだ」
男「魔力そのままだと世界自身にだけれど、あらゆる無数の信号へと切り替えればどれか一つぐらいは精霊に行き届くんじゃないか、っていう、かなり無茶な方法」
男「本当は、精霊へと直接届く信号を見つけられたら、こんなに長い術式になる必要もないんだけどね」
男「魔力をその信号一つに切り替えるだけで済むんだし」
エルフ少女「? ? ?」
男「あ~……ごめん。下手な説明しちゃったね……」
男「えと……つまりは、どの言葉が相手に届くか分かんないからとりあえず知ってる言語を片っ端から喋っちゃおう、ってことかな……?」
エルフ少女「……はぁ」
男(あ、まだ分かってくれてないや……)
男「まぁ良いや。ともかく、お昼ご飯だったよね? 食堂に行こうか」
エルフ少女「あ、ちょっと待ってください」
男「ん?」
エルフ少女「先に、お風呂を熱くしてもらって良いですか?」
男「良いけど……どうして?」
エルフ少女「わたし達は、先に昼食を済ませましたので」
エルフ少女(まぁウソですけど)
男「え~? ということは、ボク一人?」
エルフ少女「呼びに来たのに無視したのは旦那様ですよ……」
テクテクテク…
男「つまりは、ボクがお昼ご飯を食べてる間、お風呂に入りたいと」
エルフ少女「はい。正直、ちょっと掃除してて汚れちゃいましたし」
男「そんな感じしないけど……?」
エルフ少女「しないけどそうなんですっ」
男「そ、っか。……はぁ~……一人で食事は寂しいなぁ……」
エルフ少女「……傍にわたしが付いていてあげますから」
男「え? そうなの? 二人一緒に入るんじゃ……?」
エルフ少女「入りませんよ、恥ずかしい」
男「てっきり毎日二人一緒に入ってるものとばかり……」
エルフ少女「なんて妄想してんですか」
男「仲が良いからそうだと勘違いしてたんだよ。ごめんごめん」
テクテクテク…
エルフ少女「そういえば、研究は手詰まっていたんじゃないんですか?」
男「書物を読み直してたら、ふとあの本を手に入れた時のことを思い出してね」
男「なんでも可能性があるものに片っ端から手をつける、って覚悟した当時をね」
エルフ少女「はぁ……」
男「だから、ああして片っ端から信号を発信させる方法を思いついたってわけ」
男「もっとも、ボクが知ってる限りの魔法の残滓から見つけられる世界干渉の信号を出すだけで、無限にある信号に変換する訳でもないし、もしかしたら精霊には届かないかもしれないけど」
エルフ少女「……よく分かりません」
男「だよね……ごめん」
エルフ少女「いえ、それよりも……」
エルフ少女「そんな調子で、本当に明日出発されるのですか? 研究の途中だと色々と気になるのでは……?」
男「いやぁ~……さっきも言ったけど、とりあえず将来のお金のためにメモしてるようなものだからね」
男「実際に術式を施して実験するのは、結婚式を終えてからにするよ」
エルフ少女「…………」
男「? どうかした?」
エルフ少女「いえ、意外な言葉だったので……」
エルフ少女「てっきり、研究バカかと思ってましたので……中止にするのかと」
男「失礼な。ボクも人の子だよ」
男「お世話になった人の方を優先するのは、当然だって」
~~~~~~
男「それじゃ、さっさとお湯にするよ」
エルフ少女「はい。岩の方もお願いします」
男「了解」
男「…………」スッ、スッ…
エルフ少女(さて……)
チャプ
男「……ん、お湯加減バッチリだね。後は岩の方を……」スッ、スッ…
エルフ少女(……魔法のため空中に文字を書き終えたのを確認した後に……)
男「よしっ、これで水をかければ蒸気が出てちょうどよく――」
エルフ少女(戸を閉める!)
パタン!
男「――って、あれ?」
カチャン
男「……んん~……? あの……ボクまだ中にいるんだけど」
エルフ少女「分かってますよ」
男「じゃあ、出してくれない?」
エルフ少女「それは無理です」
エルフ少女「だって旦那様……ここ最近、入浴されてませんよね……?」
男「…………」
エルフ少女「…………」
男「…………あ~……! このパターンかぁ~……!! メイドにもよくやられたなぁ~……!!」
エルフ少女「理解してもらえましたか?」
男「……まさか、キミにまでされるとは思わなかった……」
エルフ少女「カギと一緒に注意事項として、メモが残されていました。この方法もそこに」
男「なるほど……なるほどねぇ……察して然るべきだった」
エルフ少女「分かりましたか?」
男「ハメられたのはよく分かりました」
男「さすがに、屋敷を壊してまで逃げるつもりも無いし」
エルフ少女「じゃあ、大人しく入浴してください」
エルフ少女「服は脱いで隅にでも。あ、なんなら濡らしても構いませんよ。どうせ洗濯しますし」
男「そのあたりの流れもそのままだね……いや、偶然一致したのかな……?」
男「ま、ともかく入ることにするよ」
エルフ少女「お願いしますね。わたしは、着替えを持ってきますから」
男「うん。もうここまできたらいつも通り諦めもついたよ」
男「お願いね」
パチャ…
ジュアアアァァァ…
エルフ少女(岩に水を掛けて蒸気を出す音……)
男「ふぅ~……熱い熱い」
カチャ
エルフ少女(窓も開けた音……うん、本当に入ってくれるみたい)
エルフ少女(これなら安心して着替えを取りに行けるかな。ここの鍵も閉めたし、大丈夫かな……)
~~~~~~
エルフ奴隷「どう? 入ってくれました?」
エルフ少女「うん。バッチリ」
エルフ奴隷「……なんとなくですけれど、もしかしてご主人さまは、何かキッカケが欲しいだけなのかもしれません」
エルフ少女「かもね。ああして無理矢理にでも入れてもらえないと、入ろうという気持ちにならないのかも」
エルフ少女(だから“面白いほど引っかかってた”ってことなんだと思う)
エルフ少女(面倒なことだから、あえて自分を“諦められる所まで追い込んでいる”、ってことかも)
エルフ奴隷「…………」クスッ
エルフ少女「ん? どうかした?」
エルフ奴隷「いえ……さっきと言ってる事は変わるのですが、親に構って欲しい子供もそんな感じだなぁ、と思いまして」
エルフ少女「あ~……なるほど。そうとも取れるね、あの行動は」
エルフ少女(素直に言われた通りのことをしても構ってくれないから、あえて困らせる……まんま子供っぽい)
エルフ少女(もし、その通りの気持ちで行動してたら、だけど)
~~~~~~
エルフ少女「旦那様~、着替えの方お持ちしました」
男「…………」
エルフ少女「カギは開けておきますので、出たい時に出てくださいね」
男「…………」
エルフ少女(……返事が無い……?)
エルフ少女「旦那様?」
トントン
男「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……あれ?)
エルフ少女「旦那様……旦那様っ」
ダンダン
エルフ少女(あれあれ……?)
エルフ少女(ん? あれ? どうして?)
エルフ少女(どうして返事が無いの?)
エルフ少女(中の窓からは逃げられないよね?)
エルフ少女(それだけの隙間を開けることは出来ないし)
エルフ少女(アレは蒸気を逃がして調節するための小さな窓だし)
エルフ少女(じゃあ……もしかして……)
エルフ少女「旦那様っ!?」
ガチャガチャ…
カチャン
ガラ
エルフ少女「大丈夫ですか!? もしかして溺れ……て……」
男「…………」
エルフ少女「…………」
男「…………」クゥ~
エルフ少女「……寝てる、だけ……」
エルフ少女「……………………はぁ~……」
エルフ少女(全く……無駄に心配させて……)
エルフ少女「ホント……迷惑……」
エルフ少女(……でも、このまま放っておいたら、本当に溺れるかも……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……いやもう、それでもいいかもとは思ってるんだけど……)
エルフ少女(直接手を下す訳でもないし……奴隷ちゃんが悲しむぐらいだろうし……)
エルフ少女(っていうか、なんでわたし、この人の言うとおりに働いてるんだっけ……)
エルフ少女(ここがわたし達の家でもあるって言ってくれたことが、ほんの少しだけ嬉しかっただけで……)
エルフ少女(奴隷ちゃんが悲しまないために、殺したくないだけで……)
エルフ少女(その二つの理由があって、自分で「殺せないな」と思ってしまっただけの話で……)
エルフ少女(別に、言うことを聞く必要も無いと思うんだけど……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(どうも最近、よく分からなくなってきている)
エルフ少女(わたし自身のことが)
エルフ少女(この人が優しすぎるせい……なのだろうか……?)
エルフ少女(優しくされているつもりは、あまりないけれど)
エルフ少女(ただ、聞かされた恐怖と絶望を味あわせない人だから、安心しているだけで……)
エルフ少女(壊れかけてた奴隷ちゃんが、彼のおかげで持ち直しているのを見て、油断しているだけで……)
エルフ少女(それだけで……わたしは、甘くなっている)
エルフ少女(色々と)
エルフ少女(考えとか、覚悟とか、そのあたりの気持ち全てが)
エルフ少女「……中途半端、だね」
エルフ少女(奴隷ちゃんみたいに彼を信じきることもせず、信じていいのか分からないから疑ったままでいる、なんて半端な位置に、ずっと留まっている)
エルフ少女(自分の気持ちも整理できずに、ただただ楽な方向へと転がっている)
エルフ少女(なんの疑問も持たず、彼の言うとおりに仕事をしていたのが、何よりの証な訳で……)
エルフ少女「……でも」
エルフ少女(心の整理なんてどうすれば良いのか、情けないことに、わたしにはよく分からない)
エルフ少女(彼が、わたしの大好きな両親を殺した人間という種族なのは、理解している)
エルフ少女(……今でも、人間は憎い)
エルフ少女(憎い……はずだ)
エルフ少女(……はず、になってしまっている)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……両親を目の前で殺されたのに、こんなにも、憎しみが風化してしまっている)
エルフ少女(でも……だからと、両親を殺した人間と同じなのだからと、彼を憎み続ければ良いのかというと、そうでもない気がする)
エルフ少女(……でもその感情は、わたしの都合で見つけただけの、逃げに等しい情けないものなのかもしれない)
エルフ少女(本来は、憎み続け、同じ人間である彼を、恨み続けるべきなのかもしれない)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……何が正しいのか……自分の心の拠り所が、分からない)
エルフ少女(分からない……けれど、とりあえずは……)
エルフ少女「……あの人をお湯から上がらせよう」
エルフ少女(一応は、彼の成し遂げるべきことを成すまでは、殺さない方が良いのだろうから)
エルフ少女(何も分かっていないけれど、成し遂げてもらえれば確実に殺せることは、変わらないのだから)
エルフ少女(……結局はコレも、結論を棚上げしての、中途半端なものだけれど)
エルフ少女「とは言っても……」
エルフ少女(どうやって外へと出そうか……わたし一人じゃ、彼をお湯から上げることすら出来ない)
エルフ奴隷「失礼します、ご主人さま。水差しを持って――どうされたのですか?」
エルフ少女「あ、奴隷ちゃん」
エルフ少女「実は旦那様、湯船の中で眠ってしまったみたいで……」
エルフ奴隷「それは……危ないですね」
エルフ少女「うん。という訳で、外に出そうかと」
エルフ少女「そうですね。……それじゃあ、私は足を持ちます」ヌギヌギ
エルフ少女「良いの?」
エルフ奴隷「もちろんです」ヌギヌギ
エルフ少女「でもどうやって足を――ってなんで脱いでるんですか!?」
エルフ少女「自然すぎて気付くのにワンテンポ遅れたよっ!?」
エルフ奴隷「え? だって、服が濡れてしまうかもしれませんし……」ヌギヌギ
エルフ少女「……その、ですね……理由は分かりましたが、もし、旦那様の目が途中で覚めたら、どうするつもりですか?」
エルフ奴隷「私は別に見られても大丈夫ですし」
エルフ奴隷「むしろ見られたいですし」
エルフ少女「はぁ……まぁ、良いですけど」
エルフ少女(いや、あまり良くは無いけれど……っていうか、思わず敬語になってた自分が恥ずかしい……)
エルフ奴隷「さて……それじゃあご主人さまが溺れる前に、湯船の外へと出しましょうか」
エルフ少女(うわ……本当に全部脱いでる……。……すごい覚悟だなぁ……)
エルフ少女「でも、まずはどうすれば?」
エルフ奴隷「湯船は一人ほどしか入れません……が、隅に寄せればもう一人、立って入ることぐらいは出来ます」
エルフ奴隷「ですのでまずは、ご主人さまを隅に寄せて……私も入って……」チャプ…
エルフ奴隷「それで……手を突っ込んで……両足共見つけ出して……掴んで……」ガシ
エルフ奴隷「っと……それでは持ち上げますので、脇のほうに腕を挟んで、持ち上げてください」
エルフ少女「……頼りになるなぁ~……」ガシ
エルフ奴隷「それでは……せーの、でいきますよ」
エルフ少女「うん」
エルフ奴隷「「せーっの!!」」
バチャア!
エルフ奴隷「きゃっ!!」///
バシャア!
エルフ少女「熱い!?」
エルフ奴隷「あ! す、すいません……」
エルフ少女「お湯が跳ねてきた……濡れた……それも結構」
エルフ奴隷「本当にすいません……」
エルフ少女「いや、別に良いんだけど……どうしたの? 思いのほか重かったから手が滑ったとか?」
エルフ奴隷「いえ、そうではなくて……その……」///
エルフ少女「歯切れが悪い……何かあった?」
エルフ奴隷「まぁ、何かがあったと言えばあったのですが……」///
エルフ奴隷「その……ほら、あの……足と足の付け根の間に……」///
エルフ少女「足の付け根……? ……って、あ」///
エルフ奴隷「…………ね?」///
エルフ少女「ま、まぁ……確かに、何かあるか……男だし……」///
エルフ奴隷「でしょう……?」///
エルフ少女「はい……」///
エルフ奴隷「……見たことあります……?」///
エルフ少女「まぁ……その、おかげさまで、今まで見ずに済んできましたから……」///
エルフ奴隷「……見ます……?」///
エルフ少女「いえ、むしろ見ないようにします……」///
エルフ少女「でも……こんな言い方もアレだけど……奴隷ちゃんは、見慣れてるんじゃ……?」///
エルフ奴隷「そ、そうですけど……何か、違うんですよ」///
エルフ少女「何か?」///
エルフ奴隷「はい。何か。その……暗さとかもあるんでしょうけれど……こう、見ただけで、ドキドキとしてしまって……」///
エルフ少女「……大きさとか」///
エルフ奴隷「ど、どうでしょう……そういうのを意識して、相手のを見てきませんでしたし……」///
エルフ少女「ま、まぁ、当たり前だよね……イヤイヤなんだし……ごめん。無神経なこと言って」
エルフ奴隷「い、いえそんな、謝らないで下さい……その、ほら、互いに何か、興奮状態みたいなものですし……普通ならイヤなことですけど、今は気にならなかったですし……だから、別に気にしてません」///
エルフ少女「そ、そう? それなら良かった……」
エルフ奴隷「え、ええ……」///
エルフ少女「でも、本当にゴメンね……?」
エルフ奴隷「いえ、もう本当、大丈夫ですから」
エルフ少女「……で、その……興奮状態……?」///
エルフ奴隷「い、いやその……言葉の綾、みたいなものですよっ」///
エルフ少女「だ、だよねっ」///
エルフ奴隷「う、うん……」///
エルフ少女「…………」///
エルフ奴隷「…………」///
エルフ少女「は、早く外に出そうかっ」アセアセ///
エルフ奴隷「そ、そうですねっ」アセアセ///
~~~~~~
エルフ奴隷「な、なんとか、外に出せましたね……」
エルフ少女「だね……」
エルフ奴隷「……途中で何度か起こしそうになりましたのに……よく起きませんね……」
エルフ少女「……だね」
エルフ少女「正直、わたしが目を瞑って歩いてたせいでこけた時は、本当に起きたかと思ったけど……」
エルフ奴隷「まぁ、頭が落ちたのはあなたの胸の上でしたし……」
エルフ少女「おかげで服がびしょ濡れになったけどね……」
エルフ奴隷「ご主人さまが怪我をせずに済んだから良いじゃないですか」
エルフ少女「……ま、それもそうか……」
エルフ少女「……ふぅ~……わたしも服脱ごう。張り付いて気持ち悪いや。中は暑かったし」ヌギヌギ
エルフ奴隷「しかし、ソレを差し引いても起きないですね……」
エルフ少女「夜更かしのしすぎとかじゃないの?」ヌギヌギ
エルフ奴隷「……そういえば……」
エルフ奴隷「本を読んだ初日の翌朝、続きを読もうかと思ったら、何十ページか進んでいたんですよ」
エルフ奴隷「その時は私の覚え間違いかと思っていたのですが……もしかしたらアレは……」
エルフ少女「なるほど……自分で夜中に読み進めてた、って訳……っか」バッ
エルフ奴隷「今思えばそういうことなのでしょう。私達の文字が読めるようになってきたというのも、それで得心がいきますし」
エルフ奴隷「きっとその翌日の深夜も、何かしらの方法を思考し続けていたのかもしれません。今朝になって朝食を終えてすぐに私を呼んだわけですし」
エルフ少女「なるほど……」
エルフ奴隷「……にしても……私より大きい……」ボソ
エルフ少女「ん? どうかした?」
エルフ奴隷「いえ……別に」ムネペタペタ
エルフ少女「?」
エルフ奴隷「はぁ~……私より背が低いのに……どうしてでしょう……」ボソ
エルフ少女(な、なにか落ち込んでる……?)
エルフ奴隷「……まぁ、まだ大きいのが好きと決まった訳ではありませんし……」ボソ
エルフ少女「えっと……どうかした?」
エルフ奴隷「いえ……別に何も。少し現実を改めて直視しただけです」
エルフ奴隷「そんなことよりも、早くご主人さまに服を着せないと」
エルフ奴隷「さすがに身体を拭くための布を上から被せているだけでは、風邪をひいてしまいます」
エルフ少女「えっ……? でもそうなると、またアレを見ることになるんだけど……」///
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」///
エルフ奴隷「……耐えましょう」///
エルフ少女「……耐えますか」///
男「…………」
男「……ん~……寒い」
エルフ奴隷「あ」
エルフ少女「え……?」
男「一体なんで……確か湯船に浸かってた」ガバ
男「は……ず……」パチクリ
エルフ奴隷「お目覚めですか? ご主人さま」
エルフ少女「え……? あ、え、あ……」///
男「あ……あれ……? えと、その……ん? なんで、その、二人とも――」
エルフ少女「きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」///
男「――ご、ごめん!!」///
バタン!!
エルフ少女「見られた……見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた……裸、見られた……っ!」///
男「え? なんで? なんで二人とも裸? あれ? ボクが入浴するって話だったよね? あれ? あれ?? え? ん?」///
エルフ奴隷「何もそんなに慌てて戻らなくても……大丈夫ですよ、ご主人さま」
男「慌てるよ! さすがに慌てない方が無理だよ!!」///
エルフ奴隷「ですから、大丈夫なんですよ。私は見られても大丈夫ですから」
エルフ少女「わたしが大丈夫じゃないんだけど!?」///
エルフ奴隷「まぁ……その……私も想像していたよりも、羞恥心がありましたが……」///
男・エルフ少女「「そういう問題じゃないよね!?」」///
エルフ少女「と、ともかく! 事情は後で説明しますので! わたしは服を着て――ってこれ濡れてるんだ!」
エルフ少女「新しい服に着替えてきますから! それまでゆっくりとしてて下さい!」///
タッタッタッ…
男「あ……! まだちゃんと謝罪……! して……ない、まま……なんだけ、ど……」
エルフ奴隷「……大丈夫ですよ、ご主人さま」
男「え?」
エルフ奴隷「わたしはまだ服を着てません」
男「何が大丈夫なの!?」
エルフ奴隷「あそこで見られていた時は何も感じなかったのですが……ご主人さま相手に見られると、少し恥ずかしいんですね……学びました」
男「そんなこと学ばなくて良いよ!?」
エルフ奴隷「……構わないのですよ、ご主人さま。大丈夫です」
男「だからなにが大丈夫なの!?」
エルフ奴隷「お背中……流せますよ……?」
男「あ……! ……あぁ! そういう!! そういうのねっ!」
エルフ奴隷「何か、期待されました……?」
男「いやいやそんな! 滅相も無い!!」
エルフ奴隷「別に……良いんですよ? 私は。その期待通りのことで――」
男「あー! あああーーーーーー! 聞こえない! 何も聞こえないよーーーっ!」
エルフ奴隷「冗談ですよ」
エルフ奴隷「まぁ、そうして大事にしてくれるのは嬉しいので、大歓迎です」
エルフ奴隷「やっぱりまだ、そういうことはご主人さまでも怖いですから。……気を遣ってくれて、嬉しいです」
男「…………」
男「……何を言ってるのか、ボクには分からないなぁ」
エルフ奴隷「…………」クスッ
エルフ奴隷「そういうところが、私は嬉しいんですよ」
男「…………」
エルフ奴隷「……では、私も服を着て、そろそろ退出させていただきます。水差しを置いてますので、喉が渇いたら飲んでください」
エルフ奴隷「水分の補給は大事、ですからね」
男「ああ、うん。ありがとう」
エルフ奴隷「あ、それと中に入ったままの脱いだ服は、出た後にでも、少女さんの脱いだ服の上に重ねておいてくれたら助かります。先ほど出しておくのを忘れまして」
男「ああ、うん。分かった」
エルフ奴隷「それでは、失礼します」
男「え? もう着替え終えたの……?」
エルフ奴隷「……ご主人さまのエッチ……」
男「えぇ!?」
エルフ奴隷「またまた冗談ですよ」
男「ああ……そう……」
エルフ奴隷「ちなみにですけれど先ほどの、私はまだ服を着てません、というのも冗談でした」
男「そうなの!?」
エルフ奴隷「あの頃から着始めてましたし」
男「……なにか、大分キャラが違うように思うんだけど……」
エルフ奴隷「気のせいでは?」
男「そんなことはないよ……」
エルフ奴隷「でも……まぁ、そうですね……一月なんて、エルフにしてみればすぐですから」
エルフ奴隷「ちょっと外に出て優しくしてくれれば、あっさりと元に戻りますよ」
エルフ奴隷「とは言っても……本当に壊れかけていたのは事実ですので……実はまだ、私の気付かないところで私自身が無理をして、明るく振舞っているだけなのかもしれませんが」
男「…………」
エルフ奴隷「……なんにしても、ご主人さまと少女さんのおかげで、こうして明るくなれているのは事実ですよ」
エルフ奴隷「ご主人さまに救ってもらえて、同胞として向けてくれている少女さんの優しい想いに包まれている……そのおかげです」
エルフ奴隷「あとは、生きている同胞を救えて、死んだ同胞の仇さえ取れれば、きっと私は幸せ過ぎて死んでしまうのでしょうね」
男「…………」
男「……死ぬだなんて、不吉だね」
エルフ奴隷「……ですね……すいません。忘れてください」
エルフ奴隷「では今度こそ、失礼致します」
~~~~~~
エルフ少女「あれ? 旦那様、もう上がってきたの?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……いえ、たぶんまだだと思います」
エルフ少女「……なに? 今の思わせぶりな間は?」
エルフ奴隷「そういえばあとで食堂に来てくださいと伝えるのを忘れていたなと、ふと思い出しまして」
エルフ少女「あ~……なるほど。分かった」
エルフ少女「んじゃ、わたしが伝えてくるね」
エルフ奴隷「すいません。よろしくお願いします」
エルフ奴隷「私はスープを温めて来ますので」
エルフ少女「ん。お願い」
タッタッタッ…
エルフ奴隷「…………」
ガラ
――旦那さ、って裸!?――
――え!? ちょ、ノックは!?――
――え、あ、す、すいません! 申し訳ありませんでした! ちょっと、その、動揺していて――
――い、良いから、一旦! 一旦戸を閉めようか!――
――あ、す、すいません!――
パタン!
――って中に入ってきて閉めたら意味がないよっ!?――
――ああ! ごめんなさいぃっ!!――
ガラッ!
パタン!!
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……これで、おあいこですね」
エルフ奴隷「キッカケは出来ました」
エルフ奴隷「仲直りだって、きっとしやすくなりますよ」クスッ
~~~~~~
翌日
夕方
◇ ◇ ◇
城下町
◇ ◇ ◇
男「ん~……思いのほか時間がかかっちゃったね……」
エルフ奴隷「昼食を早めに済ませて出ましたのに……まさかこんな時間になるとは思いませんでしたね」
エルフ少女「山を降りて馬車が捕まえられなかったのが想定外でしたね……」
男「ああ……確かに。ことごとく断れたもんなぁ……」
エルフ少女「もしかして、わたし達がいたせい?」
男「まさか。いきなり三人も乗せる余裕がないからだよ」
男「声をかけた馬車は全部行商の途中だったし、荷物が多いから仕方ないって」
男「ともかく、ずっと歩いていたせいで足がパンパンだね……」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「そうですか?」
男「……ボクの体力が足りないだけか……」
エルフ少女「いえ、そんなことは……」
男「目線を逸らしながら言われても!」
エルフ奴隷「……ではとりあえず、宿屋に向かいましょうか」
男「あ、誤魔化された」
エルフ奴隷「そんなことは……」
男「まぁでも、宿屋に向かうのは賛成。早くノンビリしたいし」
エルフ少女「場所は……この前のところにしますか?」
男「そうだね。あそこは親切だったし、人気も少ない場所だったから部屋も空いてるだろうしね」
エルフ少女「ちょっと失礼に聞こえる言葉ですけど……まぁ、確かに」
エルフ奴隷「お料理もおいしかったですしね」
男「というわけで反対意見も無いし、このまま向かおうか」
エルフ少女「はい」
テクテクテク…
エルフ奴隷「そういえば、昨日から続けておられた資料作成は終えられたのですか?」
男「うん。徹夜でなんとかね」
エルフ少女「……別に無理に作らなくても良い、とか言ってませんでした?」
男「ははっ……まぁ、集中し始めたら止められなくてね……気付いたら朝だったんだよ」
男「でもそれから少しだけ仮眠したし、体調のほうは大丈夫だよ」
男「入浴した時みたいに、何かの途中で寝ることも無いから安心して」
エルフ少女「そ、そうですか……」///
エルフ少女(うあ……なんか思い出しちゃった……)///
エルフ奴隷「それで、結婚式はどちらでされるのですか?」
男「どちらって……この街でだよ」
エルフ少女「え? だからこの街のどこでやるんです?」
男「ん? だから、この街全体でやるんだよ?」
エルフ奴隷「? ? ?」
男「ん~……?」
エルフ少女「……もしかしてだけど、わたし達と人間の結婚式って、違ってたりします?」
男「あ~……なるほど」
男「エルフの結婚式って、どんなの?」
エルフ奴隷「私達は、夫婦となる二人が月の下、互いに月へと祈り・親へと感謝の言葉を述べ・出会えた運命にこの先の未来を明るくしてくれるよう懇願し・親しきものに改めて報告し・世界に漂う精霊全ての前で一生を共にすることを誓い……」
エルフ奴隷「互いに協力して秘術を紡ぎ、空へと向けて放ち、その後に口付けを交わす……といった、極々静かに行われるものです」
男「へぇ~……」
エルフ少女「旦那様たちは違うんですよね? 話が噛み合わないってことは」
男「確かに。全然違うね。そもそも秘術自体使えないし」
エルフ奴隷「その辺りはほら……魔法で代用したりも出来ますよ?」
男「人間の場合、魔法ですらも使える人は少ないからね」
男「言ってしまえば努力の証で、学問の一種みたいなものだし」
エルフ少女「いや、その話はいいですから……結婚式ってどういうのなんです?」
男「ボク達の場合は、そもそもひっそりと静かな結婚式じゃなくて、街や村全体がお祭り騒ぎのように賑やかに行うものなんだ」
エルフ少女「へぇ~……」
男「満月の夜が訪れる少し前から、生まれた場所の中心で、全ての結婚する夫婦が一堂に介して賑やかにお祝いをする」
男「結婚自体が全ての住人の幸福であるかのように明るく、楽しく、この日を迎えられたことを感謝するかのように……」
男「また自分達と同じ幸せな状況へとやってくる人々を迎えるように、この楽しいイベントを行って、いまだ結婚していない人の結婚意識を向上させることを目的とし、誰かと一緒になる幸せを分かち合い……」
男「満月が真上に昇るその時まで、あらゆる全てに感謝を続ける」
男「それがボク達人間の結婚式だよ」
エルフ少女「なるほど……二人の結婚が、その住人全ての幸せだという気持ちでやるものなんですね」
エルフ奴隷「別の街に住んでいる人同士での結婚ならどうなるのですか?」
男「これから住む場所を基準にやることになってるかな」
エルフ少女「人数が集まらなかった場合は?」
男「さすがに、次の満月まで待ってもらうのもアレだから、一組でもあれば基本的には行うよ」
男「小さな村だとどうかは分からないけど」
エルフ奴隷「なんだか、絆を感じさせられますね」
エルフ少女「そうかな? わたしは全く逆に感じたけど」
エルフ少女「そうでもしないと一体感を抱けない、って主張してるみたい」
男「そういう考え方も確かにあるね」
男「エルフ側の結婚式は、同胞全てを信じているからこそあえて大々的に行わずひっそりと身内だけでする、って感じもするし」
男「それに正直、ボク達のはただどんちゃん騒ぎをする口実が欲しいだけ、ってのもある気もするし」
男「街となると収穫祭とか、そういうのも無いからね。何かしらのキッカケとして、結婚が槍玉に挙げられたんだと思う」
男「現に終戦してすぐの満月の日は結婚式をしなかったし。そういうのをする余裕が無かったからだろうけど」
エルフ奴隷「ということは、戦争を終えてから始めての結婚式ですか?」
男「そうなるね。それに戦争中もしてなかったし、たぶん懐かしいと感じる人と、初めてだと感じる人が混在する結婚式になると思う」
エルフ少女「ふ~ん……街に入ってからずっと、この前より出店が多いと思ったら、そういう理由だった訳ですね……」
男「たぶん、昔やってた結婚式より賑やかになるんじゃないかな? そんな雰囲気があるし」
◇ ◇ ◇
宿屋前
◇ ◇ ◇
?「あ」
男「うあ……」
スタスタスタ…ピタ
元メイド「ちょっと、今呻かなかった? ねぇ?」
男「いえいえそんな、気のせいですよ……本当」
元メイド「なに? あたしのこと苦手なの? 男くん」
男「いえいえそんな、気のせいですよ……本当」
元メイド「全く同じセリフで返さないで!」
元メイド「正直に答えてみて! ねぇ!」
男「……まぁ、ほら、アレですよ……まさか予想だにしなかった人が待っていたから驚いたとか、そういうのです」
男「決して昔から色々と小言を言われてたせいで苦手意識が芽生えたとか、そういうのじゃないです」
元メイド「ほ~……苦手意識ねぇ……」
元メイド「前会った時はそんな感じしなかったけど?」
男「ですよね。だから苦手意識なんて無いんですって。本当に驚いただけです」
元メイド「…………」
男「…………」
元メイド「……まぁ、そういうことにしておいてあげましょう」
男(良かった……前会った時は久しぶりに会えてちょっと嬉しかったから苦手意識を忘れてただけなんだけど)
男(この前の入浴時の閉じ込め方法とかでちょっと昔のことを思い出して苦手意識が蘇ったことは誤魔化せた)
元メイド「で、しばらくぶり。男くん」
男「はい。メイドさん」
元メイド「元・メイドね」
男「すいません……」
元メイド「まぁ別に良いけど」
元メイド「……で、その二人がこの前言ってた、買ったエルフの二人?」
男「あ、はい。そうです」
エルフ奴隷「あの……ご主人さま……? こちらの方は……?」
元メイド「……なんか、明らさまに警戒してるわね……」
男「これでもマシになった方ですよ」
エルフ少女「で、どちら様ですか?」
元メイド「元メイド。あなた達の前任者、って言った方が分かりやすいかな?」
エルフ少女「あ……あのメモを残してくれた……」
元メイド「そ。あ、カギの束もちゃんと受け取ってくれた?」
エルフ少女「はい。ありがたく使わせてもらってます」
元メイド「それは何より」
エルフ奴隷「…………」ギュッ
男「っと」
元メイド「ソッチの子は男くんにベッタリね……服の裾を掴んで背中に隠れるなんて」
男「元々、地下牢に閉じ込められて長い子でしたから……買って救ってくれたと認識してくれてるボク以外の人間は、まだ苦手なんです。許してあげてください」
元メイド「そのことを責めるつもりなんて毛頭無いって」
男「それにしても、どうして宿屋の前に? 偶然……という訳ではないですよね?」
元メイド「当然」
元メイド「あなたからの返信を受け取って、きっと今日ぐらいに街に来るだろうと踏んで、宿屋の前で待ってたって訳」
男「待ってた、って……もしかしたらココには来ず、他に泊まったかもしれないんですよ?」
元メイド「まさか。あのズボラな男くんが、宿屋を変える、だなんてそんな面倒なことするはずないって」
男「……言い返せない……」
エルフ少女「……旦那様のこと、よくご存知なんですね」
元メイド「半月ほどとはいえメイドやってたからね……って、旦那様て……なんて呼ばせ方してんのよ」
男「好きなように呼んでもらってるだけです。他意はありません」
元メイド「そうなの?」
エルフ少女「まぁ」
元メイド「本当に無理矢理じゃないのね?」
エルフ少女「は、はい……」
元メイド「男様、って呼んであげたら喜ぶわよ。あたしがそう呼んでたし」
エルフ少女「はぁ……」
男「どうしてその理由で喜ぶと思ってるんですか」
元メイド「現に喜んでたでしょ?」
男「まさか過ぎますよ……今と同じで普通でしたよ」
エルフ奴隷「……男様?」
男「いや、今まで通りで良いよ、本当。呼びやすい方でね、うん」
元メイド「そういえばソッチの子はご主人さまって呼んでたわね。……ま、それはメイドなら普通か」
男「それよりも、いつから待ってたんですか?」
元メイド「ん? ん~……まぁ、今みたいに太陽が夕日になる前からかな」
男「え!? ってことは、かなり待ってたんじゃ……」
元メイド「良いのよ。どうせ暇だし」
元メイド「結婚の準備だってほとんど旦那さんがしてくれてるし、今日だってドレスの仕立てが終わって暇だったから待ってただけだし」
男「……良いんですか? そういうので」
元メイド「良いのよ、本当に」
元メイド「現に明日は全日暇だしねぇ……明後日には結婚式なのに」
元メイド「花嫁修業とか結婚の準備とか、そういうのさせられてた頃の方が、結婚に対して実感があったぐらいだし」
男「普通、当事者はそんなに暇じゃないんじゃ……」
元メイド「ま、そこは旦那さんが頑張ってくれてるからね」
元メイド「それに、昨日まで割りと忙しかったのは本当」
元メイド「当日が近づくと準備なんて大方やり尽くしちゃうからね……こうなっちゃうものなのよ」
元メイド「それよりも男くんさ、一つ聞きたいんだけど」
男「なんですか?」
元メイド「その子たち、働いてる時はどんな格好してるの?」
男「どんなって……」
元メイド「……もしかしてだけど……そういった普通の服装のまま働かせてないよね……?」
男「え……? ダメ……ですか?」
元メイド「えぇ~……? むしろなんでそれで大丈夫だと思ってたの……?」
男「まぁ、本人達が動きやすいであろうカッコウで働いてくれてる訳ですし……特に咎めるところもないかなぁ、と」
元メイド「そうじゃない……そうじゃないよっ!」
男「えっ?」ビクッ
元メイド「そうじゃないよ男くん! 分かってないよあなたはっ!!」
男「……えぇ~……?」
元メイド「普通屋敷でのお手伝いさんといえば、メイド服でしょうがっ!!」
男「それは元メイドさんの趣味じゃ……」
元メイド「趣味の何が悪い!!」
男(開き直った……)
エルフ奴隷(開き直りました……)
エルフ少女「開き直った……!?」
元メイド「可愛い子に、あの純潔性と機能性溢れたエプロンドレスを身に纏ってもらえる幸福感……!」
元メイド「あたしが着ていたのを見ていた男くんなら分かるでしょっ!?」
男「……まぁ、手軽にお金持ちになれた感は味わえた……かな……?」
エルフ少女(でもその言い方だと、自分で自分のことを可愛いと言ったようなものみたいだけど……)
エルフ少女(いやまぁ、実際に可愛いさと美人さを兼ね備えた人だけれども)
エルフ少女(……わたしよりも背が高いけど……ちょっとしか変わらないってことは……一般的には低い方……?)
元メイド「それはあたしの質問に答えてない解答だよ!」
元メイド「でもまぁ納得出来る答えでもあるわね!!」
元メイド「あたしも今の屋敷にいる女のお手伝い全員にエプロンドレスを支給したぐらいだし」
エルフ少女(結構はた迷惑なことしてると思う……)
元メイド「やっぱあの服は最高だよ……」
元メイド「最近はミニスカのとか出てるけど、あたしは断然ロング派かな」
男「……それをボクに聞かせてどうしたいんですか?」
元メイド「あ、もちろん男のお手伝いには執事服を支給したのよ」
男「尚のことボクにどういう反応を求めてるんです!?」
元メイド「それまでは私服の上にエプロンつけただけなんて格好してて……本当にただのお手伝いって感じしかしなくて見てられなかったのよね……」
男(自然と無視されてしまった……)
エルフ少女「あ」ハタ
元メイド「ん?」
エルフ少女「いえ、別に……」
元メイド「なに? 言ってみなさいな」
元メイド「もしかして本当にメイド服が欲しくなってくれた?」
エルフ少女「いえ、そもそもその服がどのようなものかを知りませんし……」
エルフ少女「ただそういえば、わたし達は掃除や料理で何かしらの作業をする時エプロンを着けていなかったなと、今思い至りまして」
男「あ~……そういえばそうだったね……まぁそもそもボクの屋敷にエプロンなんて無いんだけど」
男「服買う時に一緒に買うべきだったね。明日あたりにでも買いに行こうか」
元メイド「あいや待たれい!」
男「誰ですか。何ですか」
元メイド「それならもう思い切ってメイド服買っちゃおうよ! エプロンドレスエプロンドレス!!」
男「いえ……別にいいです」
元メイド「なんで!?」
男「というよりそもそも、買ったところで元メイドさんは見れませんよ?」
元メイド「なんで!? 目の前で着て見せてくれるんじゃないの!?」
男「どうしてそこまでしてもらえると……」
元メイド「前任者だからっ!」
男「理由になってないですよ……」
元メイド「ともかく買おうよ!!」
男「え~? 正直エプロン買うだけで済みますし……別に」
元メイド「なら肝心の二人は!? 可愛い服欲しいよね!?」
エルフ少女「わたしも特に欲しいとは……」
エルフ奴隷「私は、ご主人さまの意思に従います」
元メイド「なんと遊び心のない!!」
元メイド「分かった! それならあたしが一緒に買いに行ってあげる!!」
男「何を分かったんですか何を……」
男「というか、そろそろ解放してくれません? 宿屋で部屋を取ってゆっくりしたいんですけど……」
元メイド「どうせ男くんの足がパンパンだとかそういうのでしょ? 運動不足を呪いなさい!」
男「当たってるけど呪うほどじゃないです……」
元メイド「それに、部屋なら今はもう満室よ」
男「えっ」
エルフ少女「そうなんですか?」
エルフ奴隷「それは残念です……」
男「っていうかそれならそうと早く言って下さい! こんな悠長に話し込んでる間に他の宿屋も部屋が無くなっちゃいます!」
元メイド「そうよねぇ~……さすがにもっと裏に入った人気のないところで女の子二人と泊まるのは怖いわよねぇ~……」
元メイド「何より今は結婚式という名のお祭り前。戦後初めてだし、沢山の人がこの街に来て、宿屋を利用していることでしょうねぇ~……」
男「分かってくれるのなら、これで失礼しますよ」
元メイド「まあまあ。ちょっとあたしの話を聞いてみない?」
男「そんな時間は――」
元メイド「実は、この宿屋を二部屋、あたしの名義で既に取ってるの」
男「――って、えっ!?」
元メイド「さっきも言ったけど、そろそろどこの宿屋も部屋が一杯になる時期だからさ……」
元メイド「男くんがせっかくココに来ても部屋が満室だと可哀想だと思って、借りておいてあげたの」
エルフ少女「へぇ~……」
エルフ奴隷「…………」
男「…………」
男「…………で?」
元メイド「ん?」
男「その部屋のカギを渡す代わりに二人にメイド服を買ってやってあたしに見せろ、とか、そういうのですか?」
エルフ少女「えっ!?」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「相変わらず察しが良いよね、男くんは」
元メイド「まぁ言っちゃうとそういうこと」
元メイド「今の時間だと、もう表側の他の宿屋は部屋が空いてないんじゃないかなぁ……?」
男「……まぁ……その可能性は高いですね……」
元メイド「知り合いのよしみで屋敷に部屋を用意させても良いんだけど……」
男「あなたの旦那さんに迷惑をかけるつもりもありませんし……」
男「なにより、ソッチの方が別の方向で怖いです」
元メイド「悲しいことをサラっと言うわね……」
元メイド「ま、ともかくあたしの作戦勝ちということで」
エルフ少女「……まさかこうなることも予測して部屋を借りていたんですか?」
元メイド「まさか。親切心で借りておいてあげた部屋を、ちょっと交渉テーブルに乗せただけよ」
元メイド「良いじゃない別に。二人の可愛いエルフがメイド服姿を拝ませてくれるんでし」
元メイド「その可愛い姿を独り占めしないであたしにも見せて、ってだけなんだし」
男「…………」
エルフ少女「わたしは別に良いよ、旦那様」
男「え?」
元メイド「へぇ~……」
エルフ少女「そのメイド服とやらを着て、あの人に見せる約束をするだけで、部屋を探す手間がなくなるんですよね……?」
エルフ少女「それなら引き受けましょうよ。部屋も無いかもしれないんだし」
エルフ少女「何より、旦那様ももう歩くのしんどいですよね?」
男「うっ……」
エルフ奴隷「私も良いですよ。でないと、ご主人さまの足にさらに負担がかかりますし……」
元メイド「良い子たちね……本当」
男「なんとなくメイドさんにそういうことをシミジミと言われたくないです……」
男「にしても……情けないなぁ……ボク」
男「女の子にこんなに気を遣われるなんて」
元メイド「運動不足を呪いたくなったでしょ?」
男「……残念ながら、呪いたくなりましたね」
男「にしても……メイド服か……二人の言葉に甘えるにしても……」
男「……う~ん……」
元メイド「なに? 男くんも可愛らしい姿で働いてもらえるようになるんだから、嬉しいことだらけじゃないの」
元メイド「メイド服を合法的に着せる口実も出来るんだし」
男「元々メイド服を着せるのに合法非合法も無いでしょう……」
男「ではなくて……その……エプロンドレスが売られてる店ってどこだったかなぁ、と思いまして」
男「むしろボク、服屋ってあまり知らないから、全く分からないんですよ……だからどうしたものかと思いまして」
元メイド「あ~……そういうこと」
元メイド「んじゃ、あたしの贔屓の店を教えて――」
元メイド「――いや」
元メイド「もういっそ明日、あたしに二人を貸してくれない?」
男「えぇっ!?」
元メイド「だってそしたら、試着してくれてすぐに二人のメイド服が拝めるし……」
元メイド「何より! 男くんに選ばせるより、可愛いのを選んであげられるっ!」
男「……いや、基本的にどれも変わらないでしょう……」
元メイド「ちょっと“一緒に買いに行ってあげる”が両手に花のデート方式になっただけじゃない!」
男「どこのおじさん貴族の発想ですか……」
元メイド「奮発しちゃうよ~。可愛い女の子相手だからねぇ~」
元メイド「ってことで、どう!?」
エルフ奴隷「私は……そこまでなると、ちょっと……」
エルフ奴隷「知らない人間の人と買い物は……怖いです」
元メイド「でも男くんと一緒に買いに行くとなると、服のサイズとか色々と知られちゃうことになるけど……?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……うぅ~……」ムネペタペタ
元メイド「ふふっ……で、あなたはどうするの?」
エルフ少女「わたしですか?」
エルフ少女「う~ん……でも正直、その方が効率が良いように思うのも事実ですね」
元メイド「なら決まったようなものね」
元メイド「知らない人間と二人きりなら怖いだろうけど、この子も一緒だとあなたも怖くないでしょ?」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「それでも怖いか……」
元メイド「なら、男くんが命令するなら? あたしと一緒に行け! って」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「ん~……」
元メイド「なら、男くんがあたしのことを大丈夫だ、と保障するなら?」
エルフ奴隷「…………」…コク
元メイド「よしっ」
元メイド「じゃあ男くん、あたしは別に大丈夫よね? いきなりこの子たちを裏切ったりする人じゃないよね?」
男「……まぁ、確かにメイドさんは信用できる人ですけど……」
元メイド「さっきから注意忘れてたけど、元メイドだから」
男「すいません……クセで」
元メイド「……で、どうなの?」
男「……まぁ、アレですね」
男「一応、護身用の魔法を二人に持たせても良くて、二人がそれで良いと言うのなら、それでお願いしましょうか」
元メイド「あれ……? 思いのほか信用されてない……?」
男「そうではなくて、女の人三人で歩いていると危ないことに変わりはないですよね? 結婚式の前というのは」
元メイド「まぁ、基本的に賑やかなだけに、それに生じて何かしら起きるものだけど……」
元メイド「でもさすがに護衛ぐらいつけるって」
男「いえ。むしろ護衛はつけないでください」
男「もし護衛をつけて人間を増やしてしまったら、二人が怯えてしまいますから」
元メイド「……それもそっか」
元メイド「男くんは二人のことを考えてるんだね」
男「あなたも含めた三人のことをですよ」
男「本当は、今日みたいに一人で待ってるような状況、止めてもらえた方が良いんでしょうけれどね……」
男「今は本当、何があるのか分かりませんし」
元メイド「……そ、っか……」
元メイド「そういえば男くん、あたしが一人で街に買出しに行くときも、色々と持たせたもんね」
男「当たり前ですよ」
男「本当、危ないんですから。広い街というのは。こんなに人が集う前でも」
男「特に女の子なんて……狙われて当たり前という気構えでいても足りないぐらいなんですから」
元メイド「さすがにそこまでいくと心配性すぎると思うけど……」
男「街を見回ってくれている衛兵なんて信用できませんし」
男「ボクが言うのもアレですけれど」
男「で、二人は本当にそれで良いの?」
エルフ少女「わたしは全然」
エルフ奴隷「私は……本当にご主人さまがさっき言ってくれた通りにしてくれるのなら……我慢します」
男「ん、ありがとう」
男「ということで明日、二人のこと、お願いしますね」
元メイド「まっかせて!」
元メイド「うんと可愛いメイド服を買ってあげるから!」
男「……いやだから、ほとんど変わらないでしょうって……エプロンドレスなんて……」
元メイド「そんなことないって」
元メイド「なんなら、明日一緒についてくる?」
エルフ奴隷「えっ?」
元メイド「サイズを測る時とかは店の外にまで出てもらうけど」
エルフ奴隷「ほっ」
男「どうしてそこまで……」
男「でも、まぁ、そうですね……メイドさんに預けても良いのなら、ボクはボクでしたいことをしようと思います」
元メイド「したいこと?」
男「はい。ちょっと、本を探しに行こうかと思いまして」
男「少し、今している実験を発展させるのに必要なものがありますし……それを探しに行こうかと」
男「あとはまぁ、まだ必要には迫られてないですけど、ついでですから少しだけ食料の補充をと」
元メイド「あ、っそ。はぁ~……それじゃあ男くんは、二人の晴れ姿をあの山奥の屋敷に帰るまで見れないって訳か」
男「晴れ姿と言うほどでも無いでしょう……」
男「それに、帰ってから見れるなら、それで十分ですよ」
元メイド「寂しいことを……ま、そういうことなら仕方ないか」
~~~~~~
夜
◇ ◇ ◇
宿屋内
二人部屋
◇ ◇ ◇
エルフ少女「提案があるんだけど」
エルフ奴隷「提案……ですか?」
エルフ少女「そう。せっかくこの街に来たんだし、やれることはやるべきだと思う」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「それであの人を裏切ることになるかもしれないけど……わたしは、やりたい。同胞のために」
エルフ少女「今も毎日心の中で話す、あの人のために」
エルフ奴隷「……何をですか?」
エルフ少女「ソレは一応の問いかけだよね?」
エルフ少女「本当は分かっている……そんな感じがする」
エルフ奴隷「……その通りです」
エルフ奴隷「あなたが何をしたいと言っているのかは、分かっています」
エルフ奴隷「ただ、確認したかっただけです」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「あなたは……私達を捕まえていたあそこへと向かい……同胞皆を救いたい」
エルフ奴隷「……と、そう言いたいのでしょう?」
エルフ少女「ご明察」
エルフ奴隷「ですが、方法はあるのですか?」
エルフ奴隷「この白い首輪のせいで、秘術は満足に使えない」
エルフ奴隷「そして逃げた時の探知にも用いるということですから、きっと私達が近づくことも知られてしまう」
エルフ奴隷「何より、この首輪を物理的に破壊することは叶わないと思ったほうが良いでしょう」
エルフ奴隷「もしそれが可能なら、そもそも探知式としての形を成さないことになりますし」
エルフ奴隷「あっさりと壊れるのなら……探知としての役目を果たさないことになりますし」
エルフ少女「確かに。それがネックだとわたしも思ってた」
エルフ少女「だから今回も諦めた方が良いかなとも思ってた」
エルフ少女「今日の話が出るまでは」
エルフ奴隷「今日の話……?」
エルフ少女「そう」
エルフ少女「旦那様がわたし達に、護身用の魔法を預けてくれるという話」
エルフ少女「さっきわたし達に預けていったこの蓋のされたガラス瓶の扱い方、覚えてる?」
エルフ奴隷「瓶の蓋を開け、水を相手にかけるように使えば発動すると……」
エルフ少女「そう」
エルフ少女「魔法に関してはよく分からないけど、これってつまり、魔力とやらを作れないわたし達でも、限定的で一時的にとはいえ、魔法が使えるってことよね?」
エルフ奴隷「そう……ですね」
エルフ奴隷「言ってしまえば、一度きりの魔法道具(マジックアイテム)のようなものですし」
エルフ少女「これって、どういう仕組みなのか分かる?」
エルフ奴隷「おそらくは、瓶の口を覆うよう表面に薄く“水の中に施してある術式が発動しないようにする”といった術式が施されているのだと思います」
エルフ奴隷「そしてその水の中にある術式を、きっとご主人さまが、事前に魔力を込めていつでも発動可能にしておいてくれている」
エルフ奴隷「それでなんとか“瓶の中に術式発動直前の水が入っている”という形を保ち、魔法を発動しないようにしているのでしょう」
エルフ少女「それで魔法を発動するために、その表面に施してる魔法よりも外に出すことで……」
エルフ奴隷「中にある“魔力と術式が既に込められている水”が魔法を発動させる」
エルフ奴隷「きっと、そんなところでしょう」
エルフ少女「なるほど……だから水をぶちまけるときは勢いよくぶちまけろって言ってたのね……」
エルフ少女「でないと、発動した時魔法が手を巻き込まれちゃうかもしれないし」
エルフ奴隷「……もしかして、この魔法を使って、この首輪を壊すつもりですか……?」
エルフ少女「まさにその通り」
エルフ少女「魔法を使えなくする首輪なら、そもそも魔法に対する耐性は無いに等しいだろうしね」
エルフ奴隷「それは……不可能でしょう」
エルフ奴隷「さっきの説明どおりなら、首ごと吹き飛んでしまいますよ?」
エルフ少女「吹き飛ばない方法があるとしたら?」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「見てて」
エルフ少女「…………」ブツブツ…
エルフ奴隷「……まさか……」
エルフ少女「」キィィ…ン
エルフ奴隷「秘術が……使えるのですか?」
エルフ少女「正確には、使えるようになれた、ね」
エルフ少女「毎朝日課にしていた運動の後、何度も精霊に話しかけてたら、いくつか応えてくれるようになったの」
エルフ少女「確かに言葉が何度も阻害されちゃうけど……でも何度も試したおかげで、手のひら限定とはいえ、こうして手に集中してくれるようになった」
エルフ少女「ま、わたしが元々近くで戦うときの補助用秘術は得意だった、ってのもあるんだろうけど」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「でも、これが使えるようになったところで、結局は力が増すわけでもなく、ちょっと何かを防げるようになっただけ」
エルフ奴隷「しかし今回は……それを有効活用すると」
エルフ少女「そういうこと」
エルフ少女「この状態で、首輪の近く――顔の前と心臓の前に手を置いておけば……少なくとも、死ぬことはない」
エルフ奴隷「ですが、広範囲の魔法だった場合は……」
エルフ少女「さっき一つ一つ旦那様がしてくれた説明を、奴隷ちゃんが覚えててくれたでしょ? なら、そうじゃない魔法で使えるじゃない」
エルフ奴隷「……狙いが外れたら……」
エルフ少女「奴隷ちゃんなら外さないと、わたしは信じてる」
エルフ奴隷「……それでも、多少の怪我はしますけれど……」
エルフ少女「そうでもしないと同胞を救えないことぐらい、覚悟してる」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……そこまで覚悟してくれているのなら、私から言うことは何もありません」
エルフ少女「じゃあ……」
エルフ奴隷「私も、同胞は救いたいです」
エルフ奴隷「ご主人さまに救われただけで満足していましたが、その満足に浸かった今――」
エルフ奴隷「――皆を救いたいという、挫かれていた願望が、胸のうちに蘇っています」
エルフ奴隷「それを叶えられる機会だというのなら……」
エルフ奴隷「あなたに怪我をさせてしまうことになりますが……」
エルフ奴隷「是非とも、協力させてください」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「でも、成功しても失敗しても、あの人を裏切ることになるよ?」
エルフ少女「この魔法の瓶だって、あのわたし達についてきてくれる女の人を守るための分もあるんだし……」
エルフ少女「提案したわたしが言うのもなんだけど、それでも良いの?」
エルフ奴隷「……構いませんよ」
エルフ奴隷「確かに私は、ご主人さまを信用しているし信頼しています」
エルフ奴隷「ですが今、私をこうして保たせているのは……」
エルフ奴隷「同胞へと欲をぶつけていた人間への復讐心と」
エルフ奴隷「同胞を救いたいという想いと」
エルフ奴隷「ご主人さまから向けられていると実感できるこの暖かな気持ち」
エルフ奴隷「その三つだけです」
エルフ奴隷「もしそのどれか一つでもこの身を離したその瞬間こそ――」
エルフ奴隷「――私が、私でいられなくなる時なのだと思います」
エルフ奴隷「非道を行われ続け、ご主人さまの言葉に救われるより前に成っていたあの私に……」
エルフ奴隷「そのまま、嘘の言葉と醜い性欲をぶつけ続け……」
エルフ奴隷「期待を裏切り希望を投げ捨てさせ……」
エルフ奴隷「その当時抱いていた唯二つだけの支えを壊され成ったものよりもさらに酷い……」
エルフ奴隷「きっと……そんな状態に、私は成ってしまうのだと思います」
~~~~~~
翌日
昼食後
◇ ◇ ◇
宿屋前
◇ ◇ ◇
男「あ」
元メイド「お待たせ~」
男「本当に一人で来てくれたんですね」
元メイド「まぁ約束だしね」
元メイド「執事にめちゃくちゃ止められたけど」
元メイド「明日はあなたの結婚式なんっすよ! 治安は安定しているとはいえ屋敷でゆっくりとしてて欲しいっす!! それが無理ならせめて自分を連れて行って下さいっす!!」
元メイド「とか言われた」
エルフ少女(あ……そんなしゃべり方の執事がいたっけ……そういえば……)
元メイド「まぁ馬車で送らせるだけ送らせて少し離れたところで待たせてるんだけど」
エルフ少女(……昨日から思ってたけど……随分とやんちゃな人だな……)
元メイド「それじゃあ、早速行きましょうか」
男「あ、もう行きますか」
元メイド「ここで話し込んでても仕方ないしね」
元メイド「何より早く二人のメイド服姿を見たいし!」グッ
男「力強いですね……まぁ、それではよろしくお願いします」
元メイド「はい任された!!」
男「それじゃあ二人とも、誰かに襲われたら遠慮なく渡した魔法、使ってくれて良いからね」
エルフ少女「はい」
男「なんならその人に使ってくれても良いからね」
元メイド「…………」
元メイド「……ん?」
男「いえいえ、さすがに冗談ですよ」
男「その人が襲われても使ってあげてくれと、そう言いたかったんですよ」
元メイド「……本当~?」
男「本当ですよ」
元メイド「……ま、そういうことにしておきましょうか」
~~~~~~
テクテクテク…
元メイド「さて……女三人だけになった訳だけど……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「……どこに行こうか?」
エルフ少女「えっ?」キョトン
元メイド「ふふっ、冗談冗談」
元メイド「向かってる場所は決まってるから、安心して」
エルフ少女「はぁ……」
元メイド「……ま、知り合いの知り合いみたいなものだしねぇ……よそよそしくなるのは仕方ないか」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「ん~……とはいえ、特に話すこともないしねぇ……」
エルフ少女「あの……」
元メイド「ん?」
エルフ少女「昔あなたが働いていた時の旦那様って、どうだったんですか?」
元メイド「どう、と言われてもねぇ~……たぶん、あなた達と変わらないわよ」
元メイド「魔法の研究ばっかりしてて、食事も睡眠も満足にしない、ズボラな性格」
元メイド「だからこそあのメモと鍵を後任者に託したんだし」
エルフ少女「その……それでは、旦那様の世話をするのが面倒だったとか、そういうのは……?」
元メイド「面倒ではなかったわ。お世話のしがいがあるとさえ思ったぐらいよ」
元メイド「現に男くんは、あたしに何も求めなかったけど、優しくはしてくれたし、感謝もしてくれた」
元メイド「他の屋敷に勤めてた時なんて、我が強すぎるせいで他のメイド達のチームワークを乱しまくり、って陰口叩かれてたこのあたしを、ちゃんと評価してくれたりもしたしねぇ~……」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「ん? もしかして、面倒だったりとか?」
エルフ少女「そんなことは……ありません」
元メイド「……迷うのね」
エルフ少女「……そうですね。正直、よく分からないんです」
エルフ少女「最近の自分から、どうも甘くなってるような気がして……」
エルフ少女「こんな話を初対面のあなたにしたりとか……そういうのが」
エルフ少女「旦那様に出会ったばかりのわたしなら……こんな話をすることは、絶対に無かったはずなんです……」
エルフ少女「ですから、もしかして……わたしがこうなったのは、旦那様のせいなんじゃないかとか……そんなことを考えてしまったり」
エルフ少女「あ……すいません。突然こんな話をされても、困りますよね」
元メイド「ん~……なぁんていうかさ、アレよね」
元メイド「あなたって、まだまだ子供よね」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「…………え?」
元メイド「ああ、いや。確かにエルフなんだし、わたしより長生きはしてるんだと思う」
元メイド「いや、実際にしてるんだろうケド」
元メイド「でもそういう“生きてきた年齢”って意味の大人子供じゃなくて……精神的な意味での大人子供ってことね」
エルフ少女「……それって、余計にわたしを貶めてません?」
元メイド「そんなこと無いって。むしろ若いって言うのは良いのよ、本当に」
元メイド「まだまだ、色々な形に成長できる可能性があるってことなんだから」
エルフ少女「はぁ……」
元メイド「きっとあなたは、日頃悪いことをしている人が少しでも良いことをしてるのを見ると『あれ? 実はこの人、わたしが思ってるよりも悪い人じゃないんじゃないか』とか錯覚しちゃうタイプよね」
エルフ少女「そ、そんなことは……」
元メイド「本当にそう? よく思い返してみて」
エルフ少女「…………」
エルフ少女(確かに……言われてみれば、そうなのかもしれない)
エルフ少女(わたしは最初、人間全てを恨んでいた)
エルフ少女(戦争に勝ったからといって、わたし達を奴隷扱いしたことも含め……)
エルフ少女(里を焼き払い、男を殺し、女を陵辱し、わたしへ酷いことをしようとしてきた人間……)
エルフ少女(お父さんを後ろから刺し、お母さんを縛って自殺へと追い込んだ、卑怯で愚劣な人間……)
エルフ少女(その集団から同胞を救い、人間全てへの復讐をすることを、わたしは……誓っていたはずだった)
エルフ少女(それが今では……その恨みが本当にあるのかどうかさえ分からないときている)
エルフ少女(あの人が、優しくわたし達に接してくれただけで……人間全てがそうなんじゃないかと、勝手に錯覚してしまっている)
エルフ少女(まさに、指摘された通りだ)
エルフ少女(この人の執事が屋敷を訪れた時だってそう)
エルフ少女(こうして、この人にこんな相談を持ちかけてしまっているのだってそう)
エルフ少女(全て……わたしが勝手に、勘違いしてしまっているだけだ)
エルフ少女(頭では、あの人と人間全体は違うと思い込んでいても……)
エルフ少女(わたしの中の知らないわたし――本質とも呼べるわたしは、そう思い始めてしまっていた)
エルフ少女(人間は、実は優しいのではないのかと)
エルフ少女(わたしの両親を陵辱したり殺したりして酷いことをする奴らこそが、少数なのではないかと)
エルフ少女(戦争で敵国だからという大義名分に溺れた、一時の悪鬼の類でしかなかったのだと)
エルフ少女(そう、間違った認識をしてしまっていた)
エルフ少女(あの人一人のせいで……)
エルフ少女(あの人としか、満足に人間と接してこなかったせいで……)
元メイド「人間がエルフにしたことは、恨まれて当然のことだと、あたしも思う」
元メイド「戦争だから仕方の無いことだと思う反面、もう少しやりようがあったんじゃないかとも思う」
元メイド「思ったところでどうすることも出来ないし……仕方ないと少しでも思ってしまっている時点で、謝罪をしてもただの自己満足にしかならないことも理解している」
元メイド「奴隷という名称で、戦争孤児への救済を人間はやっているけれど……それでも、あたし達がした酷いことが、ゼロへと至る事は絶対に無い」
エルフ少女(そっか……ほとんどの人間は、エルフという奴隷の“本当の扱い”を知らないんだっけ……)
元メイド「でもね……そうやって思っている人間すら少ないのが、現状なの」
元メイド「ほとんどの人間は、戦争で負けたエルフを奴隷として扱うのすら間違っている、と思う人ばかり」
元メイド「もっと酷い扱いをして当然だと思っている人ばかり」
元メイド「だからさ……あたしや男くんみたいに、あなた達にちゃんと接してくれる人間ばかりじゃないことは、理解していて欲しいの」
元メイド「じゃないと……危ないからさ」
元メイド「……ま、その点のことは、この子の方が理解できてるか」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「例え男くんが大丈夫だと言っても、警戒は解かない」
元メイド「ずっとあたしを警戒し続けて、満足に口も聞いてくれない」
元メイド「人間全体に対し恨み、男くんだけが特別だという認識を持ってる」
元メイド「……ちょっと悲しいけど、コレがエルフとして、きっと正しい反応なんだろうと思う」
元メイド「ちょっと救いの手を差し伸べたからって対等に付き合えだなんて、酷いことをした立場としてみても、虫のいい話だとあたしでも思うし」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「ま……そのことを分からない人間の方が多いんだけど、ね」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……わたしは……」
元メイド「ん?」
エルフ少女「わたしはどうやら、やっぱり甘くなっていたみたいです」
エルフ少女「あなたに指摘されるまで、勘違いをしていました」
元メイド「……そ」
エルフ少女「おかげで、少しだけ……正せた気がします」
エルフ少女(現に、分からなくなっていたわたしが、少しだけ分かった)
エルフ少女(おかげで、モヤモヤだって晴れた)
エルフ少女(わたしが、どういう気持ちでいればいいのかも……中途半端な位置からどうすれば良いのかも、指針が立てられた)
エルフ少女(気持ちの整理をどうすれば良いのかも、漠然とだけれど、分かってきた)
エルフ少女(あの人に対して、素直な気持ちでいれば良いのだということも……)
エルフ少女(心の拠り所が、どこなのかも……)
元メイド「……ま、そうして勘違いを正してやるのは、人間という種族として正しいことなのかどうかは分かんないけど……」
元メイド「でもま、あたし個人としては、良かったと想うわ」
エルフ少女「はい」
エルフ少女「それでも、こうして指摘してくれたあなたまで、あたしは恨んだりすることは出来ないんでしょうけれど」
元メイド「……ふふっ、それは良かった」
元メイド「もしここで恨まれたら、メイド服なんて着てくれなくなるもんねぇ~」
エルフ少女「ふふっ……」
元メイド「……ま、何はともあれ、やっぱり子供ってことよ、あなたは」
元メイド「そうしてすぐに、話を受け止められるんだからね」
元メイド「大人になったらその素直さまで無くなっちゃうからねぇ~……ホント」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「そういう子供の部分は、大いに残しておいた方が良いわよ」
元メイド「素直なまま大人になるのが、一番なんだから」
元メイド「っと、そんな話してる間にも、店の前に着いちゃったわね」
元メイド「ちょっと話を通してくるから、待っててちょうだい」
エルフ少女「はい」
ギィ…
――いらっしゃいませ――
――どうも、お久しぶりです――
――おお、今日はどういったご用件で――
…パタン
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……その、さ」
エルフ奴隷「はい?」
エルフ少女「ごめんね」
エルフ奴隷「……はい?」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……えと……何が、ですか?」
エルフ少女「ちょっと思い返したら、初めて話した時、何も知らないバカみたいなこと言ってたなぁ、って」
エルフ少女「結局、奴隷ちゃんの言ってたことが正しかったんだなぁ、って思って」
エルフ少女「それをあの時、否定しちゃったことを、謝りたかった」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……私、なんて言いましたっけ?」
エルフ少女「」ガクッ
エルフ奴隷「初めて話した時……というと、あの宿屋で部屋が一緒になった時ですよね?」
エルフ少女「人間には良い人間と悪い人間がいて、旦那様は良い人間だから何でもしてあげたい、みたいな話です」
エルフ奴隷「……あぁ~……」
エルフ少女「わたしはそれに対して、世迷言って言って、切り捨てた」
エルフ少女「……奴隷ちゃんの言うとおり、人間だから悪、という短絡的な考えに則ってしまっていたから」
エルフ少女「本当は、あなたの言うとおり……良い人と悪い人がいる、ってだけだったのに」
エルフ少女「あなたの方が、わたしよりも大人で――」
エルフ少女(例えそれが、今よりも追い詰められていた状態で発せられていた、壊れかけの言葉だったのだとしても)
エルフ少女「――正しいことを、言っていた」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「だから、謝りたかったの」
エルフ少女「無知に責めたりして、ごめん」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「……その……なんと言いますか……別に、謝らなくて良いですよ?」
エルフ奴隷「でも……」
エルフ奴隷「あの時の私は、ただ何も考えていなかっただけです」
エルフ奴隷「恐怖に怯え、痛みを持って教え込まれたことをそのまま、忠実にこなそうとしていただけです」
エルフ奴隷「辛うじて持っていた二つの支えをほとんど壊され、身に染み込まされた恐怖の場所から遠ざかりたいがために……」
エルフ奴隷「その恐怖を与えてきた人が、目の前に吊り下げてきた救いに、縋っていただけなんです」
エルフ奴隷「実際はそれすらも、ただただ救いの無い絶望へと叩き落とさせるために用意しておいた、偽物のエサでしかなかった訳ですが……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「ですから……その上での言葉なんですから、別に謝罪なんてしなくても良いんです」
エルフ奴隷「実際、買ってくれた人があのご主人さまで無かったなら、あなたの方が正しかったとも言えます」
エルフ奴隷「人間全てを恨み続けている方が」
エルフ奴隷「自分を買ってくれて救ってくれた人だから優しい人、なんてものは、偏った危ない思考です」
エルフ奴隷「……今だから分かるんです」
エルフ奴隷「ご主人さまにあそこにいてもいいと言われたから、分かれたんです」
エルフ奴隷「私は、運が良かっただけなのだと」
エルフ奴隷「運が良かったから、絶望へと落とされず、希望への橋を掛けてもらえたのだと」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「もし……あの地下牢で、私に色々としてきた人に買われてしまっていたら……私は確実に、壊れていました」
エルフ奴隷「こうして、ご主人さまの知り合いであろうとも警戒する、なんてこともしなかったでしょう」
エルフ奴隷「買ってくれたご主人さまの知り合いだから大丈夫だと、何の根拠もなし思っていたのでしょう」
エルフ奴隷「いえ、思うことすら出来ず、ただただ頭に届く前に――思いと考えに至る前に、納得してしまっていたのだと思います」
エルフ奴隷「だから……私は、別に正しいわけではありません」
エルフ奴隷「ご主人さまが優しくて、本当に私の言うとおりの救世主になってくれただけで……」
エルフ奴隷「偶然にも、私を大切にしてくれる人が、私を買ってくれただけで……」
エルフ奴隷「本当に、運が良かっただけです」
エルフ奴隷「そしてだからこそ……その運そのものとも言えるご主人さまを、私は信頼しているし、信用しているのです」
エルフ奴隷「……まだ、ご主人さま本人にしか、そうは出来ませんが……ね」
エルフ奴隷「私こそが無知だった」
エルフ奴隷「……もしかしたら、そう思うことすら出来ない状況へと追いやられていたかもしれない……」
エルフ奴隷「追いやられていたのなら、その場合は、少女さんの言い分の方が正しかった」
エルフ奴隷「人間全てを悪とみなす方が」
エルフ奴隷「少なくとも、そういう世界へと放り込まれていたでしょう」
エルフ奴隷「ですから……別に、謝らないで下さい」
エルフ奴隷「本当に、偶然、あの人が買ってくれたおかげで……私はこうして、この場にいられているのですから」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……うん、分かった」
エルフ少女「じゃあもう、このことに関しては、謝らないようにする」
エルフ奴隷「はい。それで十分です」
エルフ少女「ん」
ギィ…
元メイド「おまたせっ」
元メイド「さっ、まずは服のサイズから測りましょうか!」
エルフ少女(……わたしは、まだまだ子供だ)
エルフ少女(元メイドさんの指摘どおり)
エルフ少女(…………)
エルフ少女(でも……それが悪いというわけではない)
エルフ少女(事実、そうなんだから)
エルフ少女(言われた通りなんだから)
エルフ少女(肝心なのは、それを受け入れたあとに、どうするか……)
エルフ少女(まだまだ子供でいるのか……それとも、踏み出すのか)
エルフ少女(……両親を亡くしてしまった今、わたしは、踏み出さないといけない)
エルフ少女(両親が前を歩いて、わたしを引っ張って大人へと導いてくれるはずだった、この真っ暗な道を……)
エルフ少女(一人でも、頑張って)
エルフ少女(……確かに、怖い)
エルフ少女(このまま、子供でいた方が、怖くない)
エルフ少女(だけどそれだと、わたしはまた、色々と考え込んでしまう)
エルフ少女(最悪、悪い人間に、騙されてしまうかもしれない)
エルフ少女(守ってくれる大人がいなくなった子供は……悪い大人に、狙われるだけなのだから)
エルフ少女(だからわたしは……進みたい。大人になりたい)
エルフ少女(自分を守るためにも)
エルフ少女(だったら……だったら、どうすれば良いのか)
エルフ少女(前を歩いて手を引いてくれる大人がいなくなったわたしは……どうやって、この真っ暗な道を歩けば良いのか……)
エルフ少女(それが分からなかったから……わたしは、心の拠り所がないと思っていた)
エルフ少女(でも……今なら分かる)
エルフ少女(わたしはただ、既に前を歩いている、尊敬できる大人の背中を目指して、歩けば良いのだと)
エルフ少女(それは、あの人だったり、奴隷ちゃんだったり……)
エルフ少女(一人は、人間だけれども……)
エルフ少女(けれども、その人たちのように成りたいと思い……その背中を追い越すつもりで、追いかけていれば良い)
エルフ少女(今はまだ子供だから、守ってもらってばかりだけれど……)
エルフ少女(いつかは……その人たちの横に並んで、その人たちに追いかけてもらえるような……そんな人に、なれば良い)
エルフ少女(手を引いてくれる大人がいなくなった今、それは過酷で、辛いものなのだろうけれど……)
エルフ少女(こんな状況に追い込んだ悪い人間を、わたしはまだ恨んでいるし、一生恨み続けるし、いずれは晴らすつもりでいるけれど……)
エルフ少女(それで良い)
エルフ少女(復讐は何も生まない、だなんて、絵本の中の言葉を信じられるほどには、わたしも子供じゃなくなってしまった)
エルフ少女(でも……だからと、復讐以外を考えられない大人でも、わたしは無い)
エルフ少女(……今は、それで良い)
エルフ少女(この憎悪が風化してしまうのが、お父さんとお母さんの願いとも思えないし……ね)
エルフ少女(肝心なのは……そう)
エルフ少女(人間全てがエルフにとっては悪そのものなのだろうけれど、その中にもほんの数人、良い人がいる)
エルフ少女(そのことを知って、そのことを的確に見分けられる大人になるために、前を向いて歩く)
エルフ少女(時には、わたしが追いかけている二人に守ってもらいながら……進んでいく)
エルフ少女(復讐によって殺す人間と、そうでない無害の人間を見分ける力を、身につけながら……)
エルフ少女(きっと……それこそが、わたしの中の、わたしの心の拠り所……)
~~~~~~
ギィ…
元メイド「よしっ、じゃあメイド服も買ったし、帰ろうか」
エルフ少女「あの……」
元メイド「ん?」
エルフ少女「本当に良かったのですか? その……四着も買っていただいて……」
元メイド「もちろん。むしろそれぐらい無いと、困ることも多いでしょ?」
エルフ少女「はぁ……」
元メイド「あ、買った服はあなた達が泊まってる宿屋に届けてもらえることになってるから」
元メイド「部屋に戻ってしばらくしたら、届くと思う」
エルフ少女「何から何までありがとうございます」
元メイド「そういうサービスが売りなんだから当然」
元メイド「それに、お礼を言いたいのはこっちよ。なんだかんだで結構付き合せちゃったし」
エルフ少女「ですがこれは、言ってしまえばわたし達の買い物みたいなものですし……」
元メイド「あたしは二人のファッションショーが見れて満足なのよ」
元メイド「ドレスも売ってる店だからって色々着せちゃって……逆に疲れたでしょ?」
エルフ少女「いえ、そんなことは……」
エルフ少女「そういえば、旦那様よりお金を預かって来てますが……」
元メイド「ああ、返しといて」
エルフ少女「ですが……」
元メイド「多くもらいすぎた退職金から払っといたから、って伝言しといてくれれば十分だから」
エルフ少女「……そう、ですか……」
元メイド「そう」
元メイド「んじゃ、宿屋に戻りましょうか」
元メイド「あたしの馬車もその付近で待ってもらうように頼んでおいたしね」
テクテクテク…
元メイド「にしても……良いストレス発散になったわ~……」
エルフ少女「はぁ……」
元メイド「あの屋敷、旦那さんと大旦那さんは良い人だし、あたしのお付きやその二人に付いている使用人は良いんだけど……他の兄弟姉妹がもう結婚について色々とうるさくて……」
元メイド「久しぶりにのんびりと縛られること無くはしゃげたわ」
エルフ少女「……もしかして、そのためにわたし達を……?」
元メイド「可愛い女の子に色々と服を着せて見るのってすごい楽しくてね」
元メイド「屋敷のメイドでも良かったんだけど、やっぱ結婚式までちょっと忙しそうで、お願いし辛いし」
元メイド「だからま、テイの良い代わり、みたいなものだったの」
元メイド「ごめんね。ストレス発散につき合わせて」
エルフ少女「いえ……そんな。構いませんよ」
元メイド「はあ~あ……旦那さんは好きなのに、あの兄弟姉妹だけは本当に何とかならないものか……」
元メイド「こんなことなら、男くんの屋敷に仕えたままのほうが良かったのかも」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「すいません」
元メイド「ん? どうしたの? 珍しいね」
エルフ奴隷「一つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか」
元メイド「なになに?」
エルフ奴隷「あなた様は、ご主人さまのことが好きなのですか?」
元メイド「…………」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「……ん~……難しいことを聞くわね……」
エルフ奴隷「すいません……少し、気になったもので」
元メイド「でも、どうしてそう思ったの?」
エルフ奴隷「大人になれば素直になれない、と少女さんにお話している時、なんだか自分について言い聞かせているように見えましたので……」
元メイド「……鋭いのね、あなたって」
エルフ奴隷「ご主人さまにも、同じことを言われました」
元メイド「そ、っか……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「……ま、そうね」
元メイド「男くんのことは、大好きよ」
元メイド「ただ、今はその感情が恋愛を含んではいないけれど」
エルフ奴隷「今は、ですか?」
元メイド「……ま、仕えていた頃は、ね」
エルフ少女「それなら……どうして、他の方との結婚を?」
元メイド「……待てなかったのよ、あたしが」
エルフ少女「待てなかった?」
元メイド「あの人はね……研究ばかりを見てて、研究が一番だった。自分自身を二番目以下に置いてでもね」
エルフ少女「…………」
元メイド「その研究が終われば、あたしのことを見てくれたのかもしれないけど……なんだろう、やっぱり待てなかった」
元メイド「そもそもあたし自身、男くんを愛していたと、その時は自覚が無かった」
元メイド「ううん。今も無い。さっきの言葉をすぐに否定することになるけど」
元メイド「仕えていた頃に抱いていたあの感情も、本当に恋愛感情なのかどうかが分かんないの」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「ただ……今旦那さんに抱いているこの気持ちが恋愛感情なら、あの人に抱いていたあの気持ちも恋愛感情だったんだな、ってだけの話」
元メイド「もしこの気持ちが恋愛感情でないのなら、あたしは旦那さんですら恋愛感情を抱いていないことになる」
元メイド「だから、昔は男くんのことも好きだった、って思い込んでる」
元メイド「思い子もうとしてるのかも」
元メイド「……好きなのは確か。一緒にいて安心するのも絶対」
元メイド「でもそれは、男くんと一緒に話していても、同じ気持ちになるの」
エルフ少女「…………」
元メイド「……ま、あたしと旦那さんの出会いは特殊だからね」
元メイド「政略結婚……とは違うけど、あたしのしっかりした所を彼の父親が見て、その父親の紹介でトントン拍子に結婚が進んだ」
元メイド「そんな感じ」
元メイド「それでも、好きなのは本当」
元メイド「昔の男くんに抱いていた気持ちと同じなのは、本当」
元メイド「花嫁修業をしている間に、そうなれたんだけどね」
元メイド「ま、だから旦那さんの兄弟姉妹に結婚を反対されるってわけ」
元メイド「傍から見れば、お金目当ての平民が擦り寄ってきた、って構図になるわけだし」
エルフ少女「……それなのに明日、本当に結婚するんですか?」
元メイド「するよ。だって好きなんだもん」
エルフ奴隷「本当に、ですか……?」
元メイド「こればかりは本当」
元メイド「あたしを励ましてくれて、助けてくれて、無理をして風邪をひいた時も、イジメに泣いてしまった時も、ずっと傍にいてくれた旦那さんのことを、あたしは愛してる」
元メイド「ただ……この感情が本当に“愛”だという、自信がないだけ」
エルフ奴隷「…………」
元メイド「ま、反対してくるあの人たちを押しのけて結婚しようと思えてるんだから……本当に“愛”なんだろうケド」
――奥様~!!――
元メイド「ん?」
エルフ少女「あれは……」
元メイド「執事ね。どうも馬車の近くまで来ちゃってたみたい」
――ここっす! 危ないですから、ゆっくりかつ早く戻ってきて欲しいっす!!――
元メイド「どっちよ、って話よね」
エルフ少女(確かに……)
元メイド「それじゃ、今日はこの辺で」
元メイド「宿屋もそこを曲がればすぐそこだし、帰れるでしょ」
エルフ少女「はい」
エルフ奴隷「大丈夫です」
元メイド「ん。それじゃあ明日の結婚式、是非とも出席してね」
テクテクテク…
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「気持ちって、複雑だよね」
エルフ奴隷「そう……ですね……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「……よしっ、それじゃあ、行こうか」
エルフ奴隷「……はいっ!」
エルフ少女「同胞を、救いに」
~~~~~~
エルフ奴隷「道は、こちらで合っているんですか?」
エルフ少女「心の中で会話をする秘術の後を辿るよう、精霊に頼んで道案内をしてもらっています」
エルフ奴隷「……そんな精霊、見当たりませんが」
エルフ少女「頭の中にいるからね」
エルフ少女「元々、施してもらった秘術自体、体内に宿すものだったし」
エルフ奴隷「なるほど……」
エルフ奴隷「もうそこまで回復しているのですね」
エルフ少女「奴隷ちゃんだって、毎日会話してたらすぐに使えるようになるよ」
エルフ少女「なんせここは、外なんだから」
エルフ奴隷「そう……ですね」
エルフ奴隷「地下で使ってくれた人がいたぐらいですから……何度も語りかけていれば……いずれ……」
エルフ少女「そう。答えてくれるよ」
エルフ少女「所詮、首輪は魔力を阻害するものでしかなくて、精霊はちょっと探知し辛いだけなんだからさ」
~~~~~~
エルフ奴隷「……中々、複雑な道を行きますね」
エルフ少女「裏通り、っていうのかな……人気が少ない」
エルフ奴隷「でもだからこそ、時折見える人間が……」
エルフ少女「……そうね。柄が悪そう」
エルフ奴隷「……声を掛けられなければ良いのですが……」
エルフ少女「うん。そうなったら厄介だし」
エルフ少女「魔法だって、温存しておきたいしね」
エルフ奴隷「はい……」
?「おや。そこを歩くは……エルフではありませんか」
エルフ少女「っ」
エルフ奴隷「っ」
バッ!
?「ほほ~……しかも、かなりの上物……」
エルフ少女(誰……?)
?「どうかしたのかな、お二人さん。道に迷いましたか?」
?「こんな危ない道を歩いて……人気もありません」
?「それとも……人通りの多い道を歩いては困ることでも?」
?「例えば……屋敷にある服を盗み、逃げ出したエルフ……とか?」
エルフ少女(勘違いしてる……)
エルフ少女(でも……正す必要は無い)
エルフ少女「あなたは……どちら様ですか?」
貴族「わたくしは、貴族というもの。どうぞお見知りおきを」
エルフ少女「……どうして見知っておく必要があるの?」
貴族「どうして……まぁ、そうですね……二人とも、わたくしの元へとやってくる気はありませんか?」
エルフ奴隷「イヤです」
エルフ少女「イヤね」
貴族「おや即答……。……ふふっ……エルフのくせに強気な二人だ……」
貴族「あなた達には首輪がついている。それがある以上、逃げ出しても元のご主人さまの下に連れ戻されるだけです」
貴族「逃げ出すほどイヤだったのでしょう? わたくしの元でなら、そんな辛い思いをさせないことを約束します」
エルフ少女(どこが……ヒョロヒョロとしたヒゲ面じじいめ……間違いなく趣味の悪い性癖持ってそうな雰囲気してるっての)
エルフ少女「そう」
エルフ少女「でも生憎と、そうして捕まるつもりは微塵も無いの、こちらとしてもね」
貴族「ふふっ……逃げ切れると思っている……」
貴族「自惚れるなよ、エルフ如きが」ギッ
エルフ奴隷「……っ!」ビクッ
貴族「お前達は、わたくし達人間の下で飼い馴らされる運命だということを自覚しなさい」
エルフ奴隷「…………っ」ギュッ
エルフ少女(奴隷ちゃんが怯えてる……当然か)
エルフ少女(あんな醜い表情を浮かべた奴らに犯され続けてきたんだから……)
エルフ少女(わたしが、しっかりしないと)
エルフ少女「そっちこそ驕らないで」
貴族「ん?」
エルフ少女「あなた達人間の言いなりになるエルフばかりが、この世にいるわけじゃないのよ」
貴族「そう……そうですか」
貴族「あなたは……特に、わたくしの好みですね……」
貴族「今わたくしの屋敷にいるエルフも最初は全員、そう言っていました」
貴族「ですが今はどうも……張り合いがない」
貴族「怯えてもいないし、ただただ人形のように受け入れるばかり」
貴族「どんなことをしても静かに泣くだけで……愉しみ甲斐がない」
貴族「中にはどうなったのか、狂ったように求めてくるものも出てきたぐらいです」
貴族「なんと……悦びようのないことか……」
エルフ少女「……下種が……!」ギリ
貴族「そう……その表情!」
貴族「その表情が絶望に変わる! それこそが最高にして至高!!」
貴族「ん~……やはり、反抗的な目が屈服する瞬間こそが、良いですよねぇ~……」
エルフ少女(わたしを買ったあの奴隷商も同じようなこと言ってたっけ……)
エルフ少女(本当……人間のほとんどが下種いという考えは、間違いじゃなかった……!)
エルフ少女「そう……言いたいことはそれだけ」
貴族「ん?」
エルフ少女「なら、さっさとその同胞を解放しなさい」
エルフ少女「あなたの屋敷にいる全員をねっ!」
貴族「ほぉ~……おかしなことを言う」
貴族「わたくしが買った奴隷を、あなたが解放しろと?」
エルフ少女「ええ」
貴族「それなら、あなたが代わりにわたくしの元へと来てくれると?」
エルフ少女「寝言は寝てから言わないと」
貴族「ふふっ……面白い」
貴族「わたくしに、勝てると?」
エルフ少女「勝てない道理がない」
貴族「そう……」
貴族「…………ふむ……」
貴族「……時に、あなた」
貴族「ここの治安がよろしくないというのは知ってるかな?」
エルフ少女「は?」
貴族「大きな街となると、人通りが少ない場所が出来てくるのは当然」
貴族「そしてそういう場所は、非合法なことをするならず者が沢山出てくるものです」
エルフ少女「……それがどうしたの?」
貴族「そんな場所に――」
貴族「――高貴な貴族であるわたくしが一人で来るはずもないでしょう?」
エルフ奴隷「っ!」
ガッ!
エルフ少女「な、奴隷ちゃ――」
ガッ!
エルフ少女(ぐっ……!?)
バンッ!
エルフ少女「か、っは……!」
ギ!
エルフ少女(う……腕が……!)
貴族「ははっ……はははっ!」
貴族「全く……だから人間に勝てないと思ったほうが良いと言ったのですよ!」
エルフ少女(な……何が……!?)
貴族「この裏道は複雑ですが、それ故に、こっそりと背後に回りこむことも出来るのです」
貴族「わたくしとの会話に夢中になっている間に、わたくしの護衛としてつれてきたその屈強な二人に、あなた達を捕らえてもらうようお願いしたのですよ」
ならず者A「へへっ」
ならず者B「わりぃな、嬢ちゃんたち」
エルフ少女「くっ……!」
エルフ少女(奴隷ちゃんは地面に押さえつけられ……わたしは、壁に叩きつけられた後、そのまま押さえつけられ……)
エルフ少女(後ろ手に……掴まれて……! 持ってきていた魔法が……っ!!)
エルフ少女(くそっ……! 同胞達が捕まっている場所に……着くことすら許されないのか……わたし達はっ……!)
貴族「さて……捕まえてもらいましたが……どうしましょうか?」
ならず者A「犯しますか?」
貴族「あなた達には犯させませんよ」
ならず者A「ちっ……」
貴族「でも、しっかりとやってくれたのは事実……屋敷にいる子たちなら特別に許しましょう」
ならず者B「マジで!?」
ならず者A「っしゃあ! ついてるぜ! やっぱ貴族様に雇われるが一番だ!!」
貴族「ふふっ、感謝しなさい」
エルフ少女(なんなんだ……この“犯して当たり前”みたいな会話は……!)
エルフ少女(異常すぎる……そのことを自覚していないことも、全て……!)
貴族「それよりも……この二人ですが……」
貴族「……まぁ、元の飼い主を見つけるよりも、わたくしの所に連れて行きましょうか」
エルフ奴隷「っ!」
貴族「その後、探知されて訪れた時にでも、お金の交渉をすれば良いでしょう」
ならず者A「では、連れて行きますか?」
エルフ奴隷(……いや……!)
貴族「お願いします」
エルフ奴隷(いや……! いや……っ!! いやっ……!!)
貴族「新しいのを買いに来ましたが……少し予定額より高くなるかもしれませんが、良い買い物をしましたね」
エルフ少女「くっ……!」
エルフ奴隷(やだ……やだ……やぁ……やぁだ……やだぁ……!!)
男「いやいや、それはちょっと止めて欲しいな」
ならず者A「っ!」
ならず者B「っ!」
バッ!
男「その二人は、ボクの大切な二人だからさ」
エルフ奴隷「ご……ご主人さま……?」
エルフ少女「旦那様……」
男「ん~……とりあえずさ、その二人は、ボクの大切な二人から手を離してくれないかな?」
ならず者A「あ? 何様だてめぇ」
男「顔を壁や地面に押さえつけて、汚れるからさ」
ならず者B「いきなり出てきてうるせぇ野郎だ……」
男「お前達みたいなのが触れていい存在じゃないことぐらい、自覚して欲しいんだけどな……」
ならず者A「あぁ!?」
ならず者B「てめぇ調子に乗ってんじゃ――」
スパン…!
ならず者B「――え?」
男「次は、腕じゃなくて、眼球でも狙おうかな」
エルフ少女(何が起きたのか……一瞬過ぎて、あまり分からなかった)
エルフ少女(ただ分かったのは……奴隷ちゃんを抑えていた男の腕に、ナイフの形をした水が、突き刺さったことだけ)
ならず者B「ぐっ……! あああぁぁぁ……!」
パチャ、パチャ
ならず者B「いてぇ……! いてぇ……! くそっ! なんでだ! なんで掴めねぇ……!」
男「当然だよ。だって水なんだし。時間が経つかボクが命令すれば、ちゃんと液体に戻るけどさ」
ならず者B「じゃあさっさと戻しやがれ……!」
男「違うなぁ……キミは命令出来ないんだよ。ボクの命令に従ってようやく、ソレが外れるんだから」
ならず者B「ぐっ……!」
ザッ
ならず者B「ほら……離れたぞ! さっさと戻しやがれ……!」
男「もう一人も動いてくれないと。その子も、解放してやって」
ならず者A「ちっ……」
ザッ
男「ん」
テクテクテク…
男「上出来」
パシャア
男「二人とも、大丈夫?」
エルフ奴隷「ご主人さま……」
エルフ少女「どうして、こんな場所に……?」
男「王宮で本を借りた帰り」
男「裏通りにしかない実験器具屋に向かってたら、二人がこうなってるのを見かけてね。助けに来た」
男「ま、事情は後で聞くよ……とりあえずは」
ならず者A「てめぇ……魔法使いか」
男「そうだけど……なに? まだやる?」
ならず者B「このままされっぱなしじゃ気が済まねぇなぁ……!」
男「そう。……ま、それなら少しだけ、本領を見せようか」スッ
ならず者B「あん? なんだその瓶は」
男「ボクの魔法だよ」
バシャア
男「こうやって足元に撒いたらね……ほら、瓶に入っていた量よりも多い水が出てきただろ? 圧縮術式が組み込まれててね、本来この瓶に入る量の三倍は入ってるかな」
ならず者A「それがなんだよ」
男「いや、別に」
男「ただボクは、コレを自在に操作出来る」
男「こんな風にね」
エルフ少女(足元にばら撒かれ、地面に染み込んだ水……)
エルフ少女(それら全ての――染み込んだはずの水だけが浮き上がり、固まり、あの人を中心とした半径一メートルほどの範囲で溜まり、足元に存在した)
エルフ少女(まるで、透明の水槽に水を溜め、その中心に彼が立ったかのような……そんな光景)
男「後はまぁ……コレに指示さえ送れば、キミ達をさっきみたいに突き刺せるんだけど……どうする?」
ならず者A「くっ……!」
ならず者B「……ちっ……!」
男「かしこいね。そう、こんなのを使う魔法使いと戦っても、勝ち目は無いよ」
男「で、そこの貴族さんはどうする? 本当にボクと値段の交渉でもする?」
貴族「…………」
男「これ以上、彼女を物扱いするのなら……この魔法は、あなたに向けて放ちますよ?」
貴族「……帰りましょう」
ならず者A「……へい」
ならず者B「…………」
ザッザッザッ…
エルフ少女「ちょっ――」
男「待って」
エルフ少女「ですが……!」
男「これ以上、話をややこしくは出来ない」
男「……ごめん」
エルフ少女「っ! ……くっ……!」
エルフ奴隷「…………」
男「……さて……姿も見えなくなったし……解除、と」バシャア
エルフ奴隷「その……ご主人さま、ありがとうございました」
男「良いさ。でも、本当に運が良かっただけだけどね」
エルフ少女「……どうして、止めたんですか?」
男「……あのまま喧嘩になったところで、何にもならないからだよ」
エルフ少女「ですが、あの人のところには沢山の同胞が……!」
男「彼は奴隷としてエルフを買ったんだよ。それを奪えば犯罪者はボク達になる」
男「例えそれが、正義になるのだとしてもね」
エルフ少女「……っ!」ギリッ
男「にしても……預けていた魔法を使う暇も無かったの?」
エルフ奴隷「……はい……」
男「そっか……ま、それじゃあ宿屋に戻ろうか」
エルフ奴隷「あの……」
男「ん?」
エルフ奴隷「事情は、聞かないんですか?」
男「聞くよ」
男「ただ、こんな危ない場所よりも、宿屋で話した方が良いと思うしさ」
男「だから、先に戻ろっか」
~~~~~~
◇ ◇ ◇
宿屋内
男の部屋
◇ ◇ ◇
男「さて……」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「メイドさんと別れてから、あそこへ向かったのは何となく察しがつくんだけど……丁寧に包装された服が入った袋も届いてたし」
男「ただ問題は、どうしてあんな人気のない危ない場所へと向かったのか」
男「それを、教えてもらえないかな?」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「……何か、言い辛いこと?」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「もしかして……ボクのところにいるのがイヤになった、とか?」
エルフ少女「違います!」
エルフ奴隷「それはあり得ません!!」
男「お、おぉぅ……」
エルフ少女「ただ……ただわたし達は……同胞を、救いたかっただけです」
男「同胞? ああ……もしかして、奴隷市場にいた皆を?」
エルフ少女「はい」
男「…………」
男「……でも、奴隷は皆買われた方が、幸せになれるんじゃ……?」
エルフ奴隷「違います」
男「…………」
エルフ奴隷「違うんです」
エルフ奴隷「人間の奴隷と、エルフの奴隷の扱いは……違うんです」
男「…………」
エルフ奴隷「確かに、この国の法律では、同じ扱いとするものとされているようですが……」
エルフ少女「現実は違う」
エルフ少女「現実では……エルフは人間に、おもちゃのような扱いを受けている……」
エルフ奴隷「……私が、そうでした」
エルフ奴隷「あの地下牢で……あなたに買ってもらえたあそこで、何度も何度も、犯されました……」
エルフ奴隷「味見だと、称されて……」
エルフ奴隷「色々なことを、されました……」
男「…………」
男「……そ、っか……」
男「“やっぱり”……そうだったか……」
エルフ奴隷「やっぱり……?」
エルフ少女「どういうこと……?」
男「……ごめん」
エルフ少女「え?」
男「ボクはまず、二人に謝らないといけない」
エルフ少女「謝る……?」
エルフ奴隷「何をですか?」
男「……そうかもしれないと思いながら、そうじゃないと自分に言い聞かせ、それが真実かどうか目も向けないようにしていたことを、だよ」
エルフ少女「え……?」
エルフ奴隷「……いつから、そうだったのですか?」
男「……あの奴隷市場で、奴隷商の人と話したときかな」
男「キミがああまで酷くなっていたのは何かしていたからじゃないか、って問いかけたとき……彼は『月を光を浴びていないから』と答えた」
男「そんな嘘、ボクに通じるはずもないのに」
男「ボクはこれでもその当時、辞書片手にとはいえ、エルフの言葉を解読できていたんだ」
男「月の光を浴びないとエルフが弱っていくだなんて嘘、分からないはずがない」
男「向こうはそのことを知らないから、その嘘が通じるとでも思ったのだと思う」
男「だからこそ、そんな嘘を言ってまで誤魔化してきたんだからもしかして……とは、思っていた」
男「……言ってしまえば、最初からなんだ」
男「キミ達と話をしていたあの最初の時から、ボクはずっと……実はエルフの奴隷は、人間の奴隷とは違って酷い扱いを受けているんじゃないかと、感づいていたんだ」
男「それなのに……何もしなかった。訊こうともしなかった。」
男「だから……ごめん」
エルフ奴隷「……それなら、聞かせてください」
エルフ奴隷「どうして、何もしなかったのですか?」
男「……優先順位があったから」
男「それと……ボク自身、その事実を受け止めたくなかったから……かな」
エルフ少女「優先順位?」
男「ボクのしている研究はね……戦争の被害者を救うために必要なことなんだ」
男「そして……なんとしてもボクが、成し遂げなければならない」
男「ボクの贖罪であり……責任なんだ」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「それなら……事実を受け止めたくなかった、というのは、どういうことですか?」
男「……ボク自身も、実は元々戦争孤児なんだ」
エルフ少女「え?」
男「それで、この奴隷制度のおかげで、ある宮廷魔法使いに買ってもらい、彼の身の回りの世話をさせてもらい」
男「彼が必死に頑張っている魔法に興味を持って、コッソリと学んで……バレて……それでも怒らず、少しだけ叱ってボクを許して、ボクを認めてくれて……」
男「今みたいに色々と研究が出来るのは、あの人のおかげだと言っても過言じゃない」
男「そして……その制度を提唱した、今の王様を……当時の第二王子を……ボクは、尊敬している」
男「だから、そんな酷いことをしているかもしれないと思いながらも、しているはずがないと、自分に言い聞かせてきてしまっていたんだ」
男「受け入れたくないから、ずっとずっと、拒絶を続けていた」
エルフ奴隷「…………」
男「でも……そっか……現実は、そうじゃなかった……」
男「……それだけの、話だよね」
エルフ奴隷「……どうして、私達の話を、信じてくれたんですか?」
男「ん?」
エルフ奴隷「先ほどの話だと、その王子のことを信じ続け、私達の話の方が嘘だと、断ずることも出来たじゃないですか」
エルフ奴隷「それなのに……どうして?」
男「どうしても何も……まぁ、ボクもうっすらとそうじゃないか、って思ってのもあるけど……」
男「それ以上に、キミのあの酷さの原因が他に何なのかを説明する術を、ボクは知らない」
男「それに……尊敬できる人よりも……――」
エルフ奴隷「……?」
エルフ少女「……?」
男「――……ううん、なんでもない」
エルフ奴隷「? ? ?」
男「ともかく、そういう訳なんだ」
男「酷いことをされていたのを感づいていながら何もしなかったこと……それについて許してくれとは、ボクも言わない」
男「感づいていながら、今日だって、キミ達の同胞を救おうとしなかったことを許してくれとは、ボクは言わない」
男「ただ……もう少しだけ、待っていて欲しい」
エルフ少女「……え?」
男「もう少し……おも少しで目処が立つこの研究を終え、完成したら……することが無くなるから、殺されても良いと言ったけれど……それも含めて、色々と待って欲しい」
エルフ奴隷「……どういうこと、ですか……?」
男「感付いていた、じゃなくて、聞かされたんだ」
男「何もしないわけにはいかない」
男「キミ達が望んでいることを知りながら……何もしないでいられるほど、ボクも大人しくない」
男「だから……約束する」
男「例えそれが罪になることであろうとも……ボクは必ず、出来得る限りのエルフを救い出す」
男「そう、二人に約束する」
続き
男「エルフの書物は読めた…後は……」