男「ここまで頑張ってきてすげぇ今更だけど、辞書を引くのが面倒すぎる」
男「今なんか、エルフの奴隷が市場にいるみたいだし、買おうか」
男「幸いにもお金はあるし」
男「というか、メイドが玉の輿で結婚してしまってから、どうにも屋敷が汚いし……」
男「奴隷って言うぐらいだから、掃除とか料理とかもしてくれるだろう」
男「今思えば満足な食事もしてないし」
男「独り言も多くなってきてしまったし」
男「一人は寂しいし」
男「…………」
男「……うん」
男「どれ、ちょっくら久しぶりに外に出て、奴隷市場にでも足を向けるか」
元スレ
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329061140/
男「エルフの書物は読めた…後は……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1331395657/
◇ ◇ ◇
山道
◇ ◇ ◇
男「はぁ……はぁ……はぁ……」ザッザッザッ…
男(全く……なんでこんな山奥の屋敷なんだ……)ザッザッザッ…
男(おかげで馬車は呼べないし、近くの城下街に行くまで半半日もかかる……!)ザッザッザッ…
男(街道に出たら馬車を捕まえられるが……それまでこの距離を歩かされるのは……辛い)ザッザッザッ…
男(……まぁ、近くに湖はあるし、食べられる野草も多いから、滅多に街まで降りなくて済むからまだ良いほうか……)ザッザッザッ…
男(なんだかんだで城下街からも近いってことだし……うん、悪いことばかりじゃない)ザッザッザッ…
男(悪いことばかりじゃないはずなんだ……!)ザッザッザッ…
男(言い聞かせろボク! そうしないと心が折れそうだ……っ! この山道に……っ!!)ザッザッザッ…!!
男「……はぁ……はぁ……よしっ、街道に、ついた……」
男(あとは馬車が通るまで街へと向かって歩いて……通ったらお金を払ってでも乗り込んでやる……!)
◇ ◇ ◇
城下街
◇ ◇ ◇
男「着いた……」
男(すぐに馬車が通ってくれて良かった……まだ日が沈んでないのに着けたのは正直大きい)
男「おじさん、ありがとうございました。それで、お代の方は……?」
商人「ああ、いいよいいよ。お代は結構」
男「え?」
商人「困ったときはお互い様、ってね」
男「でも……本当に良いんですか?」
商人「構わんさ。どうせ途中で乗せてやっただけだし、荷物みたいなもんさ。
商人「昔みたいに戦争してたってんなら、戦争のためとか言って取られてた通行税分ぐらいは貰ったかもしれねぇが……今は、そういうのも無くなったからな」
男「はぁ……」
商人「ま、気にすんなって。平和になった世の中に、感謝感謝」
男「ん~……でもそれじゃあ、ボクの気が済まないというか……」
男「あ、それじゃあ、その商品を何処に卸すか教えてくれませんか? 用事を済ませた後にでも買い物に寄らせてもらいますよ」
商人「おっ、そうかい?」
男「はい。直接的なお礼にはならないかもしれませんが……それぐらいなら、ボクにも出来ますから」
◇ ◇ ◇
街の中
◇ ◇ ◇
テクテクテク…
男(戦争……ね)
男(エルフとの激しい戦争が終わって……もうそろそろ一月、か……)
男(軍事費の徴収を、商業の中心ともいえるこの城下街への通行料でまかなっていたっていうのに……)
男(軍事費から復興費用と名目を変え、税収を上げたままにすることも出来たのに、ソレをせずにすぐに止め……)
男(それでも、復興費用が捻出できると計算した……)
男「…………」
男(沢山の若い男が兵として駆り出され、死んで……)
男(……化物に変えられ、理性を保てず、命を絶って……)
男(おかげで、人以外の犠牲を少なくして、勝った戦争……)
男「その復興費のアテが……敗戦国となったエルフの奴隷、か……」
男(金持ち貴族から無理矢理お金を取り上げようとも渋るに決まってる)
男(それ故の交換条件、と言ったところか)
男(……一つの命に対し、なんて扱いだ……)
男「……でもまぁ、その奴隷を買いに来てる時点で、ボクも同じか……」
男(でも、一つ疑問なんだよなぁ……)
男(そもそも貴族は、人間の奴隷を買っているはずだ)
男(ということは、今更新しく奴隷を買う必要性もない訳で……)
男(例えそれがエルフでももう必要ない可能性が大きい訳で……)
男(……それで一体全体どうやってこの国は、エルフの奴隷、ってだけで、復興費のアテになるだろうと読んだんだろう……)
男(買い手がほとんどいなくなり、商品が行き渡った後に、類似品を売るようなものだ)
男「……この国は賢いのかバカなのか、分からないなぁ……」
男(奴隷――まぁ詰まるところ、召使いだとか執事だとかメイドだとか言われる人って、そんなに大勢はいらないと思うんだけど……)
男(奴隷だとお金を一括で払うだけで済む、っていっても、多かったら邪魔になるわけで……食費などなどの維持費で)
男(ボクのところに前までいてくれたメイドみたいに「雇用」となると、月々お金を払わないとならない代わりに維持費はそれぞれが負担してくれるけれど……結局、雇用費が奴隷でいう維持費みたいなもんだし)
男「…………」
男(……ん~……ダメだ。色々と思案してみたけど、やっぱりよく分からない。エルフの奴隷、ってだけで、復興費にあてられるほどの税収を期待できる理由が)
男(……まぁ、ボクがそこまで真剣に考える必要もないか)
男(案外ボクみたいに、エルフ文字を読ませたいだとか、魔法とは違うエルフだけが使える“秘術”とやらが見てみたいだとか、そういう理由があったりする人対象なのかもしれない)
男「……にしても……」
男(エルフの奴隷市場はどこだ……? 看板も何も無いから分からないな……まぁ、他国民の売買だから、公には出来ないんだろうけれど)
男(……そういえばボク、そもそもの人間の奴隷市場も見たことがないや……)
男「…………」
男(……仕方が無い。てきとうに店の人に聞くか)
男「あの、すいません」
店主「はいいらっしゃい! なんにしましょう」
男「あ、ごめんなさい。買い物じゃなくて、訊ねたいことがあるんですけど……」
店主「おっ、なんだい?」
男「エルフの奴隷市場って、こっからどうやっていけますか?」
店主「っ!?」
店主「……おい兄ちゃん。若いのに、どえらいことを聞いてくるねぇ……」
男「あ、いえ。ボクこれでも、あまり若くは――」
店主「いや、すまねぇ。若いからこそ必要なんだよな」
男「ん~……あ~……そう、ですね……そうかもしれません」
男(若いときの時間は貴重だから、家事全てを引き受けてくれる存在が一人いるだけで、かなり時間が取れるもんなぁ……)
店主「……で、奴隷市場、だったな」
男「あ、はい。そうです。エルフの、ですけど」
店主「兄ちゃんも物好きだねぇ……エルフだなんて」
男「ちょっと、必要になりまして」
店主「おいおい……そんな料理に一品足りなくて、みたいに言ってるけど、結構な値段だぜ?」
男「分かってますよ。人――ああ、この場合はエルフですけど――ともかく、命一つ……他人の人生一つ丸々を、買うわけですからね」
店主「それなりの金はあるって訳か……」
店主「……悪いが、コッチも危ない橋を渡るんだ。タダ、って訳にはいかねぇな」
男「あ~……なるほど」
男(やっぱり、道徳的に命を買うというのはどうか、とか言ってる団体もいるだろうし……当然か)
男(そういう団体の目から逃れるために、情報のやり取りには慎重になるはずだ)
男(そしてもし、この人のせいで、その団体に場所が知られてしまったら……その先は言わずもがな)
男(その市場にその団体が押し入り、法律上は奴隷市場が認められているからといっても、その団体は奴隷制度を許さない)
男(だから市場に対し、法律で許される範囲での嫌がらせをし……もしくは、買われる前の奴隷に人権はあるが誰の所有物でもない、という法律の部分を利用し、勝手に逃がしたりし……市場を崩壊させる)
男(そして、そのキッカケを作ってしまったこの人は、同じ商売仲間からの、迫害に遭う)
男(情報という商品を、アッサリとばら撒いてしまうのだから)
男(……確かに。そんなリスクがあるのにタダで教えて、というのは、ムシが良すぎる)
男「……分かりました。では、このぐらいでどうでしょう?」
ジャラ
男「一応、金貨にして三十枚ほど用意しました。これならあなたのせいで情報が漏洩したとバレてしまった場合でも、どこかに逃げ、三年は贅沢をして暮らしていけるかと思います」
店主「えっ……お、おい! こりゃ……マジもんかっ!?」
男「もちろんです。あなたを危険な目に遭わせるかもしれないというなら、このぐらいは出すべきでしょう」
店主「おいおい……おめぇ、一体なにもんだ?」
男「ちょっと小金を持っているだけの、見た目だけ若作りなただのオッサンですよ」
男「それで、どうですか? 教えてくださるなら、これはあなたのものですけれど」
店主「ははっ。ああ、いいぜ。これだけもらえるってんなら、教えてやるよ」
男「ありがとうございます」
男「あ、そうだ。適当な場所を教えてもらうと厄介なので、コチラも」
トン
店主「……? なんだ、この水が入ったビンは」
男「ボク、これでもちょっと魔法をかじってまして。もし教えてもらえた場所が嘘だった場合、もしくはこの水を捨てようとした場合、すぐさまこの中身が暴れまわります」
店主「は? 水が、か?」
男「はい。まぁ、あなたの顔を覆って窒息死させる分には十分な量かと」
店主「っ!?」
男「ボクの命令一つで動きます。あ、でも次の朝日が昇れば自動的に魔法は解除されますので、その時は普通に飲み水として使ってください」
店主「……ただの小金持ってるオッサンが、魔法使いねぇ……」
男「魔法を使えたから小金を持ってる、といった方が正しいかもしれません」
店主「はん。ま、良いぜ。金貨三十枚のやり取りだ。これぐらいの賭けは当然だろうな」
男「賭け、ですか?」
店主「ああ。もしかしたらお前が、場所を聞き出すと同時にその魔法を使うかもしれないし、言った通り使わないかもしれない、っていう賭けだよ」
男「ボクはちゃんと教えてくれたら使いませんよ」
店主「俺だってこんなことされなくてもちゃんと教えるさ」
男「あ……そうか。そうですね。その日にあった人間同士ですから、互いに信用しないのは当然ですね……忘れてました」
店主「なんだそりゃ。ま、俺は三十枚という大金のために、命ぐらい賭けてやろうってだけさ」
テクテクテク…
男(さて……奴隷市場の場所を教えてもらったけど……本当にエルフはいるのだろうか……?)
男(今はエルフとの戦争が終わったばかりだから、逆にエルフしかいないだろと言われたけど……)
男(……エルフ以外の奴隷は買う気がしないからなぁ……)
男「あ」
男(ここだ)
男(外観は普通の民家……だけど、扉の付け根に白い造花が咲くように二つ植えられてる……)
男(間違いない……と思う)
男「えっと……」
男(ノックの回数は、三回。で、四秒待った後、二回。そして十秒待つと……)
トントントン
……
トントン
……………………
ガチャ
奴隷商「ようこそいらっしゃいました。地下の市場へようこそ。さ、中へお入りください」
男(ランプと机と椅子が一つずつあるだけの部屋。その奥に見える下りの階段……良かった。話に聞いていた通りだ)
奴隷商「本日の御用は……訊ねるまでもありませんね。早速ですが、どういった子をご所望で?」
男「えっと……エルフの子っていますか?」
奴隷商「もちろんですとも。○○商人協会からのご来店ということですので、取り扱わせてもらっております」
男「え? 誰から紹介されたのかとか、分かるの? あ、ノックの回数か」
奴隷商「左様で」
男(他の紹介だとまた別のノックの仕方だったんだろうなぁ、きっと)
奴隷商「それで、エルフの、どのような子を?」
男「そうだなぁ……」
男(やっぱり、召使いとしての仕事よりも、文字を読んでもらうのが本業みたいになる訳だし……)
男「最低条件としてはやっぱり、頭が良い子かな」
奴隷商「なるほど……物分りが良い子と。すでに調教されている子ですね?」
男「調教?」
男(あ~……教育されてる子、ってことかな? でも確かエルフの文化って、全員が自分達の文字ぐらいなら読めるはずだったような……?)
男(改めて教えることなんて何もないんじゃ……。……あ、もしかして――)
男「――それって、こちらの文字は読めますよね?」
奴隷商「それはもしかして……人間の文字、ということですか?」
男(うわっ……ヒゲを蓄えたおっさんにキョトンとされたよ……)
奴隷商「そうですな……まぁ、読める子を用意することは出来ますよ。ですが、それが何か?」
男「いえ、やっぱり読めた方が色々と捗りそうですし」
奴隷商「はあ……」
男(得心いってないって感じだなぁ……まぁ良いや)
男「あ、それと出来れば、料理が出来た方がありがたいかも」
奴隷商「料理、ですか……? ……さすがに、わたくし共ではそこまで把握しきれておりませんなぁ」
男「そうですか……あ、いえ、なら別に良いんです。あわよくば出来れば便利、だと思った程度ですから」
男(それに頭が良い子を連れて帰れれば、きっと料理ぐらい覚えてくれるだろう)
奴隷商「それよりもお客様、外見のご要望などはありますか?」
男「外見……。……ん~……でもエルフって、基本的に皆美しいですし……大丈夫ですよ」
奴隷商「まぁ、わたくし達人間にしてみれば、あの珠のような肌とそこから造形された顔立ちは、どれも美しく見えますからな」
男「ですね」
奴隷商「それで……なんなら、味見でもされていきますか?」
男「味見?」
男(……もしかして、さっき言った料理のことでも気にしてくれてるのかな……?)
男「いえいえそんな、お気遣いなく」
奴隷商「そうですか……? まぁ、帰ってからのお楽しみ、というのもありですからな」
男「はい。そうさせてもらいます」
奴隷商「若い見た目にも関わらず、随分とがっつかない。ここにくるあなたぐらいの年代……特に傭兵業を営んでいたり、冒険者をしている方などは、味見だけして帰っていく方もいるというのに」
男「へぇ~……」
男(まぁ、エルフが作ってくれる料理、ってのには、確かに関心がくすぐられるものがあるかも)
男(……でも、探せばそういう食堂もありそうなんだけどな……意外にもないのかな……?)
男「でもそれだと、商売にならないんじゃないんですか?」
奴隷商「いえいえ、味見料はしっかりと頂きますので、大丈夫ですよ」
エルフメイド「長。終わりました」
奴隷商「ああ、ご苦労」
奴隷商「申し訳ありません。随分と玄関で長話をさせてしまいまして」
男「あ、そんな。気にしませんよ。わざわざありがとうございます」
奴隷商「見た目の指定がないようですので、どうぞ地下に降りて吟味してください」
奴隷商「地下からは、こちらのエルフがあなたを案内いたしますので」
エルフメイド「よろしくお願いいたします」ペコ
男「あ、これはどうもご丁寧に。よろしくお願いします」
エルフメイド「では、私についてきてください。暗いですから、ランプの明かりを見失ってしまいますと、足を踏み外してしまいますよ」
男「何から何まで、ありがとうございます」
奴隷商「では、よきお買い物を」
カツン、カツン、カツン…
男(うわ、本当に真っ暗……っていうか結構深い……? 街の地下なのに、こんなに……)
エルフメイド「……大丈夫ですか?」
男「あ、はい。大丈夫です」
エルフメイド「そうですか」
男「ありがとうございます。気を遣っていただいて」
エルフメイド「…………」ジッ
男「……? ……あの、何か?」
エルフメイド「……いえ……ただ、こういう場面で、人にお礼を言われたのは、初めてでしたので……少し驚きました」
男「そうですか? あ~……でも、自分はお客様だぞ、って客が多いから、そうなのかも」
エルフメイド「そういうわけではないのですが……」
男「?」
エルフメイド「……いえ、なんでもありません」
エルフメイド(ネットリと絡みつくような視線……隙あらば犯そうとしている気配……それらが全く無い)
エルフメイド(見た目も若いし……どうしてこんな人が、私達を買いに……?)
カツン
エルフメイド「着きました」
男「うわ……階段よりも暗い。あ、でも声が響く……結構広い?」
エルフメイド「こちら、階段側の壁にある部屋が、味見用の部屋となっております」
男「はあ……いえ、まぁボク、味見するつもりはないんで」
男(料理を作ってもらってる間、こんな暗いところにいるのもヤだし……)
エルフメイド「えっ……? では、どの子を買うのか決めて、すぐに買っていかれるのですか……?」
男「まぁ、そうなるかな……?」
エルフメイド(冒険者でも傭兵でもない装備だけれど若いから、テッキリ……)
エルフメイド(まさか、肥やしに肥やした貴族がやるような、外見だけでの買い物を……? でもあの人たちみたいに、誰でも良いから犯したい、って感じでもないし……何故?)
男「ともかく、見て行って良いですか?」
エルフメイド「あ、はい。では、ご案内致します。右側の通路と左側の通路、どちらから行かれますか?」
男(広い通路の左右に、それぞれ牢屋のような形で無数の部屋がある……そうだなぁ……)
男「左利きなんで、左からで」
コツ、コツ、コツ……
男(ん~……こうやって、牢屋の中を照らされながら見て回っても、やっぱりよく分からないな……)
男(そもそも外見だけ見て回らされても、頭が良いかどうかなんて分かんないし)
男(それに……牢屋の中をランプが照らすたびに、中の子が息を呑んで、怯える……)
男(服も……服、なんて定義していいかどうか分からない代物だし……)
男(まぁ、服に関しては、奴隷という扱い上、人間でもそうなんだけど……)
男(でも……この怯え様は……?)
男(この……怖いけれど、今以上に怖いことをされそうだけれど、それでも、何かに期待しているような……)
男(光を浴びることを望んでいるのに……恐怖心が蓋をしてくるけれど、ちょっとだけ期待しているような……
男(怯えていながらそんなものが垣間見える、この様子は……?)
男(少しだけ異様な、この空気は……一体……なんなんだ?)
男(そもそも、奴隷、といっても、暴力を振るったり、相手を傷つけたりすることは、人間が信仰する神によって否定されている)
男(ボク自身はそんなことをあまり気にしてはいないけれど……国家という枠組みにおいて、信仰心は重要視しなければならないことだ)
男(だからこそ、奴隷制度自体、否定している団体がいる)
男(奴隷という言葉は人間の心を傷つける行為であり、神の意思に背く行為だと)
男(だが、それなら……行き場を無くした子供や人間は、どうやって居場所を見つければ良いのだろうか……?)
男(奴隷制度を無くした先に……親を亡くした戦争孤児の行き先は、無い)
男(だからこそ、奴隷への暴力は禁じられている。道徳的に、もあるが、法律的にも)
男(それは、捕虜と同じ扱いではないこのエルフ達にも、適応されているはずだ)
男(この子たちもまた、戦争孤児なのだから)
男(この、ボクを案内してくれている、メイド服を着たエルフさんも……)
男(……だからこそ、どうしてこんなに怯えの色を見せるのか……分からない)
男(親を亡くして、この場に押し込められ、陽の光を浴びていないから……?)
男(いや、それは期待している部分だろう。怯えの向こう側のものだ。外に出られるかもしれない、といった感情だ)
男(なら……怯えは? まだまだココにいないといけないのかもしれないという絶望……?)
男「…………」
男(……バカなボクに、分かる訳も無い、か……)
エルフメイド「……その子にされるのですか?」
男「えっ?」
エルフメイド「いえ、先ほどからその子の前で立ち止まり、見つめているようでしたので……てっきり」
男(金色の長い髪……ランプの明かりで反射して尚輝いて見える白い肌……)
男(そして、キレイな――今まで見てきた人間という種族を超えるほど可愛い、少女)
男(今まで見てきたエルフよりも、少し幼く見える顔立ちをした、そんな子)
エルフ少女「…………」
男(……もしかしたら、こういうのを運命っていうのかもしれない)
男(この子だけが、怯えの中に、強い決意を秘めているように見える)
男(やっぱり、バカなボクには、その決意が何なのかは、分からないけれど……)
男(それでも、ココを出た先――出ることを希望としているのではなく、出た先で――
男(自分がしたいことを、どんな困難や苦痛があろうとも成し遂げようと、覚悟しているような、そんなモノが見える)
男(昔のボクみたいで、若くて……無謀と周りから蔑まれそうな……そんな……)
男「……そうですね」
エルフ少女「っ!」
男「この子にします。いいえ、この子にしたい」
エルフメイド「そうですか。お買い上げ、ありがとうございます」
エルフメイド「…………」ジッ
男「……? あの、手続きとか――」
エルフメイド「この子、私達の中でも、まだ若い子です」
男「……は?」
エルフメイド「ついたった今、この地下に閉じ込められました」
エルフメイド「今まで必死に、あなた達人間から逃げて、逃げて、逃げ続けていたのに……」
エルフメイド「一緒に逃げていた親は陵辱され、この子のために自殺して、この子を狙う人間を殺して……
エルフメイド「そして、この子だけが生き残り、貧困に喘ぐ人間の女に拾われ……お金と引き換えに、ここに売られました」
男「…………」
エルフメイド「人間という生き物を、信じていません。いえ、それを言ったら、他の皆も信じてはいないのですが……
エルフメイド「ただ、抗ってもムダだと、抗えば抗うほど辛いと、教え込まれていません。……それでも、良いのですか?」
男「…………」
男(そう……思えばこの子たちは、敵国の男に売られる子、なのだ。
男(例えこの国が奴隷への非暴力を法律で定めていようとも、敵国であった彼女達に、ソレが信じるに値するものになるはずがない)
男「……そりゃ、怯えもするわな」ボソッ
エルフメイド「えっ?」
男(何をされるか分からないんじゃ……当然だ)
男(ましてこの子のように、親を目の前で殺されたり、法律を無視した人間に目の前で陵辱された子なんて、この場には沢山いるだろう。最悪、直接陵辱された子だって……)
男(そして、そんな奴らに捕まって、捕まった先で、人間に、人間はそんなことをしないと、教え込まれても……信じられるはずがない)
男(それでも……無理矢理、信じ込まされて、一種の催眠状態のようなものにされ、売られる……)
男(いや……そうならないと出られないと、思い知らされる)
男(そして、出た先では、自分を救ってくれたヤツだから尽くしに尽くせと、教え込まれ……)
男(もう……元々自分が“こう”なってしまったのが、同じ人間だと言うことも忘れてしまい……)
男「……いえ、なんでもありません」
男(……きっと、怯えていた子達はまだ、悪いのはそもそも人間だったというのを忘れていない、誇り高い子達なんだ)
男「ただ、それでも構いませんと、そう言いました」
エルフメイド「そうですか……分かりました。それでは、長を呼んで参りますので、しばらくお待ちください」
男「あ、ランプは……」
エルフメイド「大丈夫です。私、目はよく見えますので。暗闇の中でも、上まで上がっていけます。ですので、ランプはあなた様にお預けします」
男「……ありがとうございます」
エルフメイド「いえ。こちらこそ、お買い上げ、ありがとうございます」
エルフメイド「きっと……あなたに買われたこの子なら、幸せになれる……そんな気がします」
~~~~~~
エルフ少女(わたしは、人間という生き物を信用していない)
エルフ少女(むしろ大嫌いだ)
エルフ少女(そもそも、わたし達を商売道具や性欲の捌け口としてしか見ない、戦争に勝ったからと言って敗戦国の民であるわたし達にこんな扱いを強いてくる彼らを、好きになれというのは……無理な相談だ)
奴隷商「へへっ……いい買い物をしたぜ」
ガチャリ
エルフ少女(首輪……?)
奴隷商「その辺にいる女が拾ってきたとは思えねぇ上玉だ。こりゃ、金貨五十枚の価値は確かにある」
エルフ少女(私一人の命を、金貨たった五十枚と称する)
エルフ少女(そもそも命に値段をつけること自体が、間違いだというのに)
奴隷商「おい」
エルフメイド「はい」
奴隷商「コイツを空いてる牢に入れておけ。今日あたりから調教を始める」
エルフメイド「かしこまりました」
奴隷商「へへっ……顔立ちの割りに大きなその胸……イジリ回すのが楽しみだぜ」
ギュッ!
エルフ少女「いたっ……!」
奴隷商「可愛い声で鳴きやがる……興奮してくるぜ」
エルフ少女「……っ」キッ!
奴隷商「その睨みつけるような視線……覚えておくぜ。長い時間あの地下に閉じ込められりゃ、そういう目も出来なくなるからな」
奴隷商「そうなってからお前を見た時ってのが、すげぇ気持ち良いんだよなぁ、コレが」
エルフ少女(下衆が……!)
奴隷商「へへっ……ほら、さっさと連れて行け」
エルフメイド「かしこまりました」
コツコツコツ…
エルフ少女「……どうしてあの人に従ってるの……? あなたも、わたし達エルフの同胞でしょう?」
エルフメイド「同胞だからです」
エルフ少女「は?」
エルフメイド「あの人の傍に仕える人がいなければ、皆に満足な食事も与えてくれません」
エルフ少女「……まさか、あなたは……」
エルフメイド「……毎日汚されるだけで、同胞の食事が約束される……私が彼女達に出して、毒も何も混じらないことが確認できる……それだけで、私の心は随分と助かるのです」
エルフ少女「そんなことしなくても……誰か攻撃系の秘術使いの力で……!」
エルフメイド「首輪、嵌められましたよね?」
エルフ少女「? この白いの……?」
エルフメイド「多少の衝撃では壊れない。いえ、壊れたり外れたりしたら、さっきの上の人に連絡がいく」
エルフメイド「そして同時に、つけられ続けている間ずっと、こちらの魔力を遮断する。そういう装置です」
エルフ少女「魔法道具(マジックアイテム)……」
エルフメイド「はい。ただ、普通の魔法道具なら秘術でも使えたのでしょうが……どういうわけかコレ、おかしな術式の組み上がりをしているせいで、秘術のために必要な精霊への感度すらも鈍くされてしまっているのです」
エルフ少女「…………」
エルフメイド「ですので今、私が使える秘術はたった三つ」
エルフメイド「空気の振動を操作して、声を上まで響かせないようにすること」
エルフメイド「心の中で同じ秘術を施した同胞と会話が出来るようになること」
エルフメイド「そして、口以外からの体液を体内に留めないようにすること」
エルフメイド「この三つです」
エルフ少女「口以外の体液の吸収疎外……? それに何の意味が……?」
エルフメイド「ありますよ。なんせ私達は――」
エルフメイド「――人間達に陵辱されるために、下で飼われるのですから」
コツコツコツ…
エルフメイド「この国の法律では、奴隷を犯したり理不尽な暴力を振るったりすることは、原則的に禁止されています」
エルフメイド「ですが私達は、そういったことをされる目的でココにいる」
エルフメイド「だからこそココも、こういった地下に作られているのです。地上だと摘発される可能性がありますから」
エルフメイド「決してこの国の奴隷反発派が面倒だとか、そういった理由ではありません」
エルフメイド「純粋に、人間達は、法を汚しているのです」
エルフ少女「なら……ならそれこそ、外に出て訴えれば……! 今まで一人も、ここから出たことがないの!?」
エルフメイド「……あります。市場ですから、買われれば出て行きます」
エルフメイド「そして、さっき言った二つ目の秘術で知っていますが、国に直接訴えた人もいます。
エルフメイド「……でも、現状はこのまま」
エルフ少女「なんで……!?」
エルフメイド「分かるでしょう? 国も、容認しているのです」
エルフメイド「きっとココは、国への上納金が多いのでしょう」
エルフメイド「いえもしかしたら、国自体、指示を出している可能性があります」
エルフメイド「私達を既存の奴隷と同じ商売方法で、奴隷以上に酷いことが出来る名目で売れ、と」
エルフメイド「この国は戦争で勝ったとはいえ、私達に傷つけられた場所を復興する費用が、足りませんから」
エルフ少女「私達を使って、お金持ちからお金を取っている……?」
エルフメイド「ただ税金を上げては貴族達の反感を買う」
エルフメイド「故に、私達エルフという、“性欲や暴力をぶつけても良い特別な奴隷”を売ることで、対価としているのでしょう」
エルフ少女「くっ……!」ギリッ!
エルフメイド「でも……それだけではありません」
エルフ少女「えっ?」
エルフメイド「私達は娼婦のように、この地下で、冒険者や騎士などにも“味見”と称され、犯されます」
エルフメイド「そのお金もまた、きっと国へと渡っている。……だからこその、体液阻害の秘術なのです」
エルフメイド「人間は、人間とエルフの間に子は生されないと思っている」
エルフメイド「生されることを知らない」
エルフメイド「だから好きなように膣内に出してくる」
エルフメイド「ソレを阻害しなければ……私達の身体はボロボロになり、望まれぬ生命が生まれ、そしてその生まれた生命を自分で絶てば……精霊に嫌われ、秘術が使えなくなる」
エルフメイド「それだけは何としても……避けなければなりません」
エルフ少女「だからこその、阻害……」
エルフメイド「そういうことです」
コツコツコツ…
エルフメイド「…………」
エルフ少女「…………」
カツン
エルフメイド「さて……では、牢の場所に着いたところで、あなたにも先ほどの秘術を施します」
エルフメイド「心の中での会話と、体液阻害の秘術の二つを」
エルフ少女「……お願い」
エルフメイド「心の中での会話は、一度口頭で会話していることが必須条件となります」
エルフ少女(……わたしでも使える基礎的な秘術、か……)
パァッ
エルフ少女(眩しい……)
エルフメイド「これで大丈夫です」
エルフ少女「下に着いてから使ったのは、外にバレないようにするため?」
エルフメイド「そうですね。声は誤魔化せても、光を誤魔化す秘術を今は仕えませんから」
エルフ少女「そう。……うん、そうね。で、わたしの部屋はどれ?」
エルフメイド「コチラに」
エルフ少女「真っ暗ね。人間の目だと見えないんじゃない?」
エルフメイド「だからこそ、私のような案内人が必要なのでしょう」
エルフ少女「……こんな場所が見えないぐらい劣等な種族に、負けたなんてね……」
エルフメイド「戦争は、何があるのか分かりませんから」
エルフ少女「女子供に生まれたわたし達じゃあ、詳しくも分からない、か……」
エルフ少女(男のエルフも、里の皆も、どれだけ生きてるのか分かんないし……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(お父さんも、殺されて……お母さんは、陵辱されて……)
エルフ少女(……あの時、お母さんの腕を縛った縄も、もしかしたらこの首輪と同じものだったのかな……だから、満足に秘術を使うことも出来なくて……)
エルフ少女(人間の一人に捕まってしまった私を逃がすために、秘術を、阻害されながらも必死に組み上げて……人間を殺してくれて、救ってくれた)
エルフ少女(自分の身を、犠牲にしてまで)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(お父さんは後ろから刺されるし……。……本当、人間ってのは、卑怯で愚劣な奴らの集まりだ)
エルフ少女「……大嫌い」ボソッ
ガチャン
カチッ
エルフ少女「…………」
エルフ少女(わたしは、まだまだ若い)
エルフ少女(人間よりかは長く生きているけれど、それでも、若い)
エルフ少女(満足に秘術を扱うことも出来ず……)
エルフ少女(この先はただ、きっとあの人に言われた通り、陵辱されるだけの日々を過ごすのだろう)
エルフ少女(上にいたあのオジサンに調教と称して汚されて)
エルフ少女(冒険者や騎士の溜まりに溜まった性欲を吐き出されて犯されて……)
エルフ少女(秘術がなければ子を生すような行為を、延々と繰り返されるのだろう)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(でも……それでも、挫けなければいずれ、外へと出れる)
エルフ少女(きっとそれは、誰かに買われるという、この場にいるよりもさらに辛いことになるかもしれない出来事になるのかもしれないけれど……)
エルフ少女(それでも……わたしは、挫けない)
エルフ少女(挫けてなるものか)
エルフ少女(ここにいるよりも辛い陵辱の日々を歩まされようと、ここにいる同胞を救う手立てを、きっと見つけてみせる)
エルフ少女(わたしが……ここにいる皆を助け……人間へと、復讐してみせる)
エルフ少女「……絶対に」グッ
~~~~~~
牢前
奴隷商「この子……ですか」
エルフメイド「はい。お客様はコチラの子をご所望のようです」
奴隷商(チッ……まだ俺が手も付けてねぇってのに……なんで数あるエルフの中からコイツを選ぶんだ)
奴隷商(勿体ねぇ……俺が楽しむ前に、こんなヤツに渡してたまるかってんだ)
奴隷商「分かりました……ですがお客様、一つ申し訳ないお話があります」
男「? どうかしましたか?」
奴隷商「実はこの子、まだココにきて一日も経っていません。つまり、奴隷としての商品価値がないのです」
男「なんだ、そんなこと。別に構いませんよ。変に奴隷として出来上がって、へりくだられたりするのも面倒ですし」
奴隷商(ちっ……余計に買わせたくならしちまったか……見た目若いクセに奴隷をゼロから教え込むのが好きってことかい)
奴隷商「いえ、それではこちらの、商売人としてのプライドが許せません。ですので、今回は別の子を――」
男「金貨二百枚でどうでしょう?」
奴隷商「――……え?」
男「ですから、金貨二百枚です。確か奴隷の相場は、一人あたり金貨八十~百枚だったと記憶しています」
男「売るのが人ではなくエルフという種族に変わろうとも、奴隷商とは戦争孤児の住処と働き処を斡旋する職業、という名目が変わっていない以上、価値は不変なはず」
奴隷商(チッ……コイツ、中途半端に無知なやつかよ……その法律は表向きでしかない、ってことを知らねぇ)
奴隷商(現実問題、裏ではソレがエルフに適応されず黙認され、例の人権団体にすら訴えても捻じ伏せられる、ってのによ……)
男「ですから、その二倍を出すと言っています」
男「もちろん、オーバーした分はボクの気持ちでしかないので、『お金を多く取られた腹いせとして例の人権団体にこの奴隷市場の場所を訴えてやる』なんてことはしません」
男「まぁ訴えたところであなたは真っ当に奴隷商をしているようですし、団体からイヤがらせを受けようとも、国が補償してくれることになるでしょうが」
奴隷商(だが……裏のその常識を相手に教えるのは罪になる。あくまで相手が勝手に悟るような形でねぇとダメだ)
奴隷商(でなければイザってとき国が“相手が勝手に勘違いをしていた”ということに出来なくなる。……まだ、国から暗殺者を差し向けられるのはゴメンだ)
奴隷商「……脅し、というわけですか」
男「そんなつもりは微塵も。それとも、“脅し”と捕らえてしまうようなことを何かしているので?」
奴隷商「まさか」
奴隷商(確証は無いが叩けば埃ぐらい出てくるんだろう、出来れば団体に場所がバレたくないだろう、互いに損はしない取引だろう、って感じの脅しなんだろうが……さて……)
奴隷商(一回でも味見をしてくれてりゃ、向こうが勝手に大丈夫なんだと思い込んでくれて、裏の法律を個人個人の解釈でなんとなく悟ってくれるんだがな……今までの貴族共や傭兵共みたいによ)
奴隷商(奴隷商と一部の貴族にしか、口止めを含めたこの法律は伝わってねぇからな……)
男「あ、お金が用意できるかどうか、信用できませんか? ちなみに、これが本物です」
ジャラ
男「布袋の中に、確かに二百枚あるはずです。一つの袋に百枚ずつですから、二つ」
男「どうです? あなたほどの人なら、そうして手に持つだけで分かるでしょう?」
奴隷商(確かにこの重みは……一枚二枚の誤魔化しはあるかもしれねぇが、それに近い数はある……)
奴隷商(くそっ、裏の法律を知ってりゃ、調教してないことを盾にもっと吹っかけることも出来るってのによ……! そしたらさらにもう五十枚は堅い)
奴隷商(相手が相手ならもっと上だ。それを、たった二百枚でだと……!)
奴隷商「…………」
男「迷いますか……それとも、商品としての価値が出来ていないのを高額で売ることに、気が引けますか……?」
奴隷商(んな高尚な理由で戸惑ってねぇよ、くそがっ……)
奴隷商(裏を知ってるか否かの確認も迂闊に出来やしねぇし……マジで大損だ)
奴隷商(あれだけの上玉を一度も抱けねぇ上に……)
奴隷商(……普通の相場で考えた場合、抱いて調教済みとして他の貴族に売るなら、大体百二十ってところだろ。それプラス八十で、アイツを抱かずに売る……ってことになるのか)
男「……まぁ、商人とは信用が大事ですからね。これがきっかけで信用が地に堕ちるかもしれないと不安になるのも分かります」
男「そのせいで、奴隷という売れない命を大量に抱え込むようなことになってしまっては、すぐに破産してしまいますしね」
男「そこで、提案です」
男「もう金貨二百枚出しますから、あなたが売りたい奴隷をもう一人、買います」
奴隷商「……処分品を高額で買い取ってくれる、ということですか」
男「身も蓋も無い悪い言い方をすれば、そうなりますかね」
男(売れないからといって奴隷を殺すことは罪になる。人権があるせいだ)
男(故に、買い手が無い奴隷はただの穀潰しにしかならない)
男(なんにせよ奴隷商とは、維持費がかかるものなのだ)
奴隷商(その売れ残りを引き取ってくれる……確かに人間の奴隷での商売だったら、願ってもねぇことだ)
奴隷商(だが今この地下牢にはエルフしかいねぇ。正直どいつも美しく、どいつもいつ買い手がついてもおかしくはねぇ奴等ばっかりだ)
奴隷商(俺だって性欲が続く限り全員調教と称して毎日だって犯したい)
奴隷商(だから……普通に考えれば、損になる)
奴隷商(“味見”に来る奴等の相手だって一人減ることになるんだしな)
奴隷商「…………」
奴隷商(だが……ここで堕ちきった奴を差し出したら……?)
奴隷商(もう、地下から出してくれるなら何をされてもいいと、犯されて犯されて犯され果てた先に、そういう考えに成り果ててしまったヤツを、差し出せば……?)
奴隷商(……裏の法律を悟ってくれるかもしれねぇし、エルフ自身が相手に教えるかもしれねぇ……)
奴隷商(……確かにこの男はもう奴隷を買いには来ねぇだろうから、先行投資という形にはならねぇが――)
奴隷商「――分かりました。それで手を打ちましょう」
奴隷商(そんな小難しいことを抜きにして、金貨プラス二百枚は大きい)
奴隷商(それだけありゃ、国へ徴収される復興費とは別に、俺の腹へと入れる分も大量に生まれる。給料とは別でチョロまかすのが楽勝なほどの大金だ)
男「では、交渉成立ですね」
奴隷商「ですが、よろしいので? 交渉が成立した後に言うのもなんですが、確かご要望では、調教が済んでいる子、ということでしたが」
男「まぁ、構いませんよ。おそらくは読めるでしょうし」
奴隷商「はぁ……」
奴隷商(読める……? そういやコイツ、あの時もそんなこと言ってたな……どういう意味だ?)
男(エルフの文化レベルの高さを信じるなら、まぁ大丈夫だろう)
男(最悪、人間(コッチ)の文字は読めなくても、意味さえ伝えてくれればどうにでもなるだろうし)
男「それよりももう一人、譲ってくれるというはどの子ですか?」
奴隷商「そうですね……おい、ちょっと」
エルフメイド「はい、御用でしょうか」
奴隷商「七番の子を出してくれ」
エルフメイド「……彼女を、ですか……?」
奴隷商「ああ。エルフばかりになってからずっといる最後の子だろう。今回の取引なら彼女が一番の適任だ」
エルフメイド「……かしこまりました」
エルフメイド「……どうされます?」
男「え? ボク?」
エルフメイド「はい。お顔、見ていかれますか?」
男「まぁ……そうですね。一応は」
エルフメイド「こちらになります」
奴隷商「ではお客様。確認が済み次第、上までお願いいたします。お支払いの方、済ませましょう」
男「あ、はい。分かりました。ありがとうございます」
ギィ…
エルフ奴隷「ぁ……」
エルフメイド「……大丈夫?」
エルフ奴隷「お客様……ですか?」
エルフメイド「ええ」
エルフ奴隷「外に……外に、出してもらえる……? もらえるなら、何だってするよ……?」
男(……なんだ……?)
エルフ奴隷「私を……使ってくれても、良いから……」
男(……なんなんだ……?)
エルフ奴隷「何をしてくれても、良いから……」
男(なんなんだ、この子は……!?)
エルフ奴隷「外に……外に、出してください……」
男(細い身体……なんてものを通り越して、病的なまでに痩せた身体つき……)
男(栄養が行き届いてないのが分かる、ボロボロの毛先……)
男(エルフとは思えないほどの、不健康な肌の色……)
男(何より、何を見つめているのか分からない、こちらを辛うじて見ているのだけが分かる、視点の定まらない、虚ろな瞳……)
エルフ奴隷「使っても、出してくれなかった人、ばっかりだけど……あなたも、そうかも、しれないけれど……でも、お願い」
エルフ奴隷「私は、今、あなた以外に、頼める人を、知らない……」
男(見えていない……訳ではないのだろう。その瞳に色はある)
男(ただ、生気が無い)
男(その整った顔立ちにも、瞳にも)
男(……さっきの子とは違い、気概も、覚悟も、何もかもが枯れ果てて消え失せた、そんな目をしている)
男(全てを諦め、絶望しきったような……まさに、さっきの子とは、真逆の子)
エルフ奴隷「味見してくれてもいい。それで気に入らなかったら放置してくれてもいい」
エルフ奴隷「でも、どうか……私に、出る機会を……」
男(手を伸ばし、助けを請うその姿……見ているだけでも痛々しい)
男(……奴隷になる、とは、こういうことなのか……?)
男(全てを諦めさせられ、人間には逆らえないものだと教え込まされ、暗く狭い中に閉じ込め続けられた結果が……これなのか……?)
男(精神は崩れ始め、外に出して開放してという願望だけで辛うじて繋がって残された……)
男(これこそが、奴隷の完成系、だとでも言うのか……?)
男(確かに……ココまで精神が崩れれば、外に出してくれた人間のいうことは聞くだろう)
男(外に出してくれた人間が自分の全てだと、そう思うだろう)
男(……ボクは今まで、人間の奴隷すらも、見たことが無い)
男(だから、何が正常で、どこからが異常なのか、分からない)
男(分からないが……少なくともボクの偏見では、異常以外の何物でもない)
男(人間の奴隷なら、こんなにはならないはずだ)
男(人間の奴隷なら、住む場所と食事は約束されるから、買ってくれるだけで感謝するはずだ)
男(だがエルフには、それが分からない)
男(人間に買われたら何をされるか分からない)
男(犯されるかもしれないし、暴力や好奇心の捌け口にされるかもしれないと、不安になる)
男(そうして、分からないから……こんなになるまで、教え込まれる……。……そういうことなのか……?)
男(不安を感じないほどまでに精神を崩壊させるのが、さっきあの男が言っていた、“奴隷としての商品価値”なのか……?)
男(そして何より……)
男(どうすれば、こんなになるまで、この子の精神が、壊れかけるんだ……?)
~~~~~~
奴隷商「エルフ達に何をされたか、ですか?」
男「はい。正直、ただ暗闇に閉じ込めておくだけで、あそこまで精神的が衰弱して追い詰められるのはおかしいかと思いまして」
奴隷商(ちっ……今勘付くか。しかも中途半端に)
奴隷商(だが俺が直接教えたりしたら、それこそお陀仏だ)
奴隷商「特には何も。ただ、エルフは月明かりを浴びて力を得る種族ですからね」
男「月明かりを……?」
奴隷商「はい。ですので、ずっと地下に閉じ込めているせいで、ああなってしまうのでしょう」
奴隷商「ほら、人間だって日光を浴びていなければ、心が滅入っていくでしょう? それと同じですよ」
男「……………………」
男「……そうですか。そう……なるほど、ね……分かりました」
奴隷商(ま、口から出まかせだけどな)
~~~~~~
エルフ少女「金貨二百枚」
エルフ少女「それが、わたしの値段なのね」
エルフメイド「そういうことです」
エルフ少女「あの男が買った値段の四倍か……で、この首輪は取ってもらえないの?」
エルフメイド「残念ながら。エルフの秘術を封じる枷である以上に、逃げ出した際に買い手が私達の元に訴えに来れば探してあげる、というアフターサービスでもありますから」
エルフ少女「そ。……ま、外してもらえたところで、わたし、秘術なんてあまり使えないけれど」
エルフメイド「秘術と言えば、あなたに使った秘術、アレはあなた自身の意思でいつでも解除できますので」
エルフ少女「ということは、わたしが望み続ける限り、あなたとは心の中でいくら距離が離れていようとも会話が出来るということ?」
エルフメイド「私もソレを望めば、ですけれど」
エルフ少女「……っていうかわたし、あなた以外にこの『心の中での会話』の秘術を使えそうにないんだけど……」
エルフメイド「直接会話するしない以前に、すぐさまココを離れることになりましたからね……まぁ、仕方ないでしょう」
エルフ少女「ま、妊娠しないままで済むから十分か。買ったアイツに何されるか分かったものじゃないし」
エルフ少女(何をされても絶望せず、抗う力を備え続けられるってことでもあるし……)
エルフ奴隷「外に、出られる……?」
エルフメイド「はい。先ほどあなたが手を差し伸べた男の人……彼が、あなたを買ってくれました」
エルフ奴隷「……?」
エルフメイド(誰か顔も見てなかった、って感じですか……本当、精神がギリギリのところにいますね……)
エルフ奴隷「じゃあ、私は、その人に、尽くさないといけない……」
エルフメイド「……それを彼が望めば、ですけれど」
エルフ奴隷「私を救ってくれた、優しい人……私に、月と太陽を見せてくれる、ご主人さま……私の全てを捧げてでも、感謝しなければいけない人……」
エルフメイド「…………」
エルフ奴隷「今までみたいに、期待させて、好き放題にして、結局出してくれなかった人とは違う……私を、出してくれる人……えへへぇ~……」
エルフメイド(……私は、本当に無力だ……)
エルフメイド(ずっとここにいて、私がこうなる前からここにいて、秘術を施す前から犯され続けていて、運良く子を孕んでいなかった子……)
エルフメイド(でも……私より後に来た子とは違って、心の中で会話をすることも出来ず、一人寂しく、自分以外の子が犯される声の中、誰にも弱音を打ち明けられない状況で貪られてばかりだったというのは……想像するだけで、泣きそうになる)
エルフメイド(今でこそ秘術のおかげで、心の中での会話も出来るし、絶対に子を孕まない身体になっているけれど……それまでは皆、一人で、支えも無く、頑張ってきていた)
エルフメイド(人間の子を孕むかもしれないという恐怖と共に)
エルフメイド「…………」
エルフメイド(私よりも前にいた、彼女の他に買われていった子たち――この子と一緒に入れられた子たちにも、同じことは出来たけれど……皆もう、心の中で語りかけても、返事をしてくれません)
エルフメイド(何も、応える余裕が無いのでしょう)
エルフメイド(……秘術を施してからずっと、気をつけていましたが……ふと、突然、きっかけもなく、こうなってしまった彼女……)
エルフ奴隷「好きです……大好きです。私を救ってくれた、ご主人様……」
エルフメイド(虚ろな瞳で、笑みを浮かべ……うわ言のように、その言葉しか知らないかのように、愛と忠誠を紡ぎ続ける彼女……)
エルフメイド(……自分勝手な願いだけれど……)
エルフメイド「……どうか、救われて欲しい……」
~~~~~~
奴隷商「では確かに。金貨四百枚、受け取りました」
男「はい。これであの二人は、連れて帰っても良いんですよね?」
奴隷商「ええ。先ほど馬車を呼んでおきましたので、すぐに来てくれるでしょう。馬車の料金は、サービスさせて頂きます」
男「ありがとうございます」
奴隷商「その代わりと言ってはなんですが、一つ彼女達に対して注意事項が」
男「? なんですか?」
奴隷商「彼女達に付いている首輪、アレを外さないで欲しいのです」
男「……どうしてです?」
奴隷商「アレは彼女達が逃げた際、こちら側が探知するための目印になる……いわば魔法道具(マジック・アイテム)のようなものです」
奴隷商「そのためもし逃げられた際は、こちらまでご足労願えば、捜索させていただきます」
男「なるほど……」
男「……人間の奴隷ならばしないことをするんですね」
奴隷商「ま、逃げる可能性は大いにありますから」
男「……確かに。人間側の奴隷について教えても、信じてもらえませんからね」
カツン
エルフメイド「長、お客様、お待たせしました。お二人を連れて参りました」
奴隷商「ご苦労」
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
奴隷商「さあお前達、この方がお前達を外に出してくれるお方だ。ちゃんと挨拶をしろ」
エルフ奴隷「あなたが……私のご主人さま……? 私を、暗闇から出してくれる人……?」
エルフ奴隷「外に出してくれる、優しい人間……?」
男「…………そうだよ」
エルフ奴隷「やった。えへへ、よろしくお願いします、ご主人さま」ペコ
エルフ奴隷「なんなりと、私にご命令ください。この身体で、どんなことをしてでも、ココから出してくれた恩をお返しいたします」
男「ははっ、まぁ、そう固く考えなくてもいいけど……ともかく、よろしく」
エルフ奴隷「はい」ペコ
男「…………」
男(相変わらず、瞳に色が無い……こちらを見ているけれど、ボクを見てはいない)
男(……外へと出してやることで、元気になればいいんだけど……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(思っていたよりも早く出られる……それは嬉しい)
エルフ少女(でもこの男……若くて優しそうな見た目に反して、何でも出来る奴隷として私達を買ったってことは……そういうことをするのが目的なのよね……?)
エルフ少女(……これから酷いことをしてくる相手に、よろしくも何も無いって)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(でも、ここで明らさまに敵対意思を表明する必要もない)
エルフ少女(ここは媚を売って、アイツを油断させて、あわよくばこの首輪を取ってもらえば……)
エルフ少女(いいえ。最悪取ってもらわなくても、私にはお父さんに仕込まれた剣術がある)
エルフ少女(コイツも金貨二百枚という大金を払ったのであろうところを見ると、お金持ちであることに違いは無い)
エルフ少女(ならばコイツの家に、武器の一つや二つはあるはず。剣だってあるはず)
エルフ少女(ソレさえ奪えれば後は……首輪を壊し、ここに戻ってきて、皆を助けられる)
エルフ少女(秘術の代わりに教えてもらえた……この力があれば……!)
エルフ少女(そして、首輪を壊せれば使える、数少ない秘術の一つさえ使えれば……!)
エルフ少女(だから、それまでは我慢して――)
エルフ少女「――よろしくお願いします、旦那様」ペコ
エルフ少女(愛想を振りまいておけばいい)
男「旦那様、か……結婚しないといけない歳なのは違いないけど……まだしてないのにそう呼ばれるのは違和感あるなぁ……でもま、よろしく」
男(にしても……分かりやすい子だ。感情がすぐ表に出るだけに、自ら進んでその言葉を言ってるんじゃないのがすぐに分かる。……ま、別に良いんだけど)
~~~~~~
◇ ◇ ◇
馬車内
◇ ◇ ◇
ガラガラガラ…
男「さて……」
男(エルフが二人になったのは誤算だったけど……まぁ、もらった金貨の半分も使わなかっただけ良しとしよう)
男(それよりも……今からどうするか)
男(せっかく街にまで出てきたんだから、食料とか日用品とか、色々と買い溜めも済ませておきたい。屋敷に戻ればココに来るまで結構な時間になるし)
男(でもそうなると、買い物をした後あの屋敷に戻ろうと思ったら夜になってしまう)
男(それに……この二人の服も買うとなると、もっと時間もかかるしな……)
男(まさか着の身着のまま連れて帰ることになるとは……奴隷ってそういうもんなのか……?)
男(……まぁ、仕方が無い)
男「すいません。街外れの方にある宿に行ってもらえませんか?」
エルフ少女「え?」
御者「かしこまりました」
エルフ少女「……屋敷に戻るんじゃないんですか?」
男「ちょっと、寄り道してから帰ろうと思ってね。でもそれだと屋敷まで時間が掛かっちゃって危ないから、今日は街に滞在しようかと思って」
エルフ少女(……何? 宿で一度私達を犯そうっていうの……? 屋敷がどこか知らないけど、それまでもたないなんて……とんだエロ野郎ね)
男「……あの、何か不都合でもあった?」
エルフ少女「いえ、全ては旦那様の意思ですから」
エルフ奴隷「ご主人さまの望むがままに。早速、出してもらえたお礼をさせてもらえるのですね」
男「お礼……?」
エルフ少女(とぼけちゃって……犯すつもりでしょ? まったく……)
エルフ少女「はぁ……」フイ
男「?」
男「それじゃあスイマセン。明日、太陽が昇り始めて少ししたら、この宿屋の前に来てくれませんか? 我侭をきいてもらえる分、お金は増やしますから」
御者「かしこまりました」
ガラガラガラ…
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「さて、と……」
カランカランカラン…
男「すいません」
主人「あいよ。泊まりかい?」
男「はい。あ、ここって一階は食堂にもなってるんですね」
主人「おうよ。ま、表通りにある宿屋みたいに、客の入りがあまり良くねぇからな。こうやって兼業にしないとやってられないんだよ」
男「なるほど」
主人「で、三名様かい?」
男「はい」
主人「……内、二名はエルフ、か……」
男「あ……ダメでしたか?」
主人「いやいや、そんなことは。ただエルフの奴隷を買う金があるんなら、こんなところに泊まらんと屋敷に戻るか、表の方にある広くて豪華な宿屋に行けば良いんじゃねぇのかい?」
男「いやぁ~……実はボクの家、街を出たところにあるんですよ。で、今日はもう帰っても遅くなるし、買い物もして帰りたいから、泊まろうかと思いまして」
男「ココを選んだのは単純に、表通りだと二人の格好が目立つからですよ」
男「実は今日二人を買ったばかりで、服も何も無くて……今から買いに行こうかと思いまして」
エルフ少女「……!」
主人「ほぅ、そうかい。ま、確かにその服装だと表は歩かせられねぇわな」
男「オヤジさんも、あまりやらしい目で見ないでやって下さいね」
主人「はっは~、そいつは無理ってもんだぜ。ま、でも手は出さねぇよ。オレはカミさん一筋だからな」
男「ははっ、なるほど」
主人「で、部屋数はどうする?」
男「二部屋でお願いします」
主人「その二人は同じ部屋で?」
男「はい。人間ばかりの場所で部屋を別々にされたら、不安になるかと思いますし」
主人「ちげぇねぇ」
主人「ほれ、それじゃあコレが部屋の鍵だ。場所は二階に上がって奥から二番目の、向かい合わせ二つの部屋だ」
男「ありがとうございます」
主人「お、そうだ。カミさんが帰ってきたら呼んでやるよ。オススメの服屋を教えてもらいな」
男「何から何まで……本当にすいません」
主人「良いってことよ」
男「こうやって親切な人がいるから、泊まるならやっぱりこういう場所の方が落ち着くんですよねぇ」
主人「ははっ、奴隷を買うほど金持ってるヤツのセリフには聞こえねぇな」
男「案外、こういう人もいるもんですよ。あ、そうだ。良かったら桶と水を借りても良いですか?」
主人「ん? ……ああ……なるほど。身体を拭くのか」
男「はい」
主人「ウチは部屋毎に風呂なんてねぇからなぁ……ま、それぐらいなら構わねぇよ」
男「ありがとうございます。部屋に戻ってから取りに来ますね」
男「さて……それじゃあ、ボクはコッチの部屋にいるから。あとで宿屋の女将さんに良い服屋の場所を聞いたら、一緒に行こう」
エルフ少女「……あの」
男「ん?」
エルフ少女「部屋、別々で良かったんですか?」
男「? なんで? あ、もしかして、二人だけでも不安だったりする?」
エルフ少女「いえ、そういう訳では……」
エルフ少女(……てっきり宿屋で襲われるものだと思ってたのに……あ、もしかして、夜に一人ずつ相手にするとか……? 二人いっぺんは趣味じゃないとか、そういうの……?)
エルフ奴隷「ご主人さま、私は、ご主人さまと同じ部屋でも良いですよ?」
男「ん~……でも、出来れば二人で一緒にいてもらった方が良いと思うんだけどなぁ……」
エルフ奴隷「じゃあ、三人で一部屋でも良かったのでは……? 部屋代が勿体無いですし……別々だと、その……お礼も、し辛いですし……」
男「部屋代なんて気にしなくても良いよ。それにお礼とか、そういうのは今は考えなくても良いって。屋敷に戻ってから働いてもらう訳だし」
エルフ奴隷「……そう、ですか……」
エルフ少女(はは~ん……なるほど。街とかこういう人がいるところではヤれないタイプか。これは、結構なヘタレってことね)
男「うん。ま、そういう訳だから、ボクが呼びに来るまでは、ゆっくりしてて」
男「あ、後で水を溜めた桶を借りてくるから、布も渡すし、身体を拭いたら良いよ。多少はサッパリとすると思うし」
エルフ奴隷「かしこまりました」
ギィ
エルフ少女「あ、ちょっと! ……じゃなくて、旦那様」
男「ん?」
エルフ少女「その、もう一つ聞きたいことがあるんですけど……」
男「どうしたの?」
エルフ少女「その……わたしの聞き間違いなら、ただ図々しいだけの女に見えるから、あまり聞きたくは無かったんですけど……その、気になったもので……よろしいですか?」
男「うん、良いよ」
エルフ少女「その……さっき、服屋の話をしているとき、わたし達の服がどうとか言ってましたけど……」
男「ああ……うん。そうだよ。屋敷に戻る前に、保存食とかそういうのも買いたいけど、それよりも先に二人の服を何着か買って帰ろうかと思って」
エルフ少女「えっ……?」
男「ん? あれ? そんなに驚くこと?」
エルフ少女「いえ、そんなことは……ただ、よろしいのかと思いまして」
男「当たり前だろ。そんな胸元と腰周りを辛うじて隠してるだけに近い、肌着がいつ見えてもおかしくない布だけみたいな格好で街中をうろちょろなんてさせられないし」
エルフ少女「でも……奴隷、と呼ばれてますし、こういうものだとばかり……」
男「まぁ、エルフの文化での奴隷と、人間の文化での奴隷は意味合いが違うからなぁ……ま、その辺は買い物中にでも説明するよ」
エルフ少女「はぁ……」
男「ま、今はとりあえず、気にせず気にせず。リラックスリラックス」
男「どうせ服買った後、早速荷物持ちとして利用させてもらうんだからさ。体力、蓄えといてね」
~~~~~~
エルフ少女(とかなんとか言ってたのに……わたし達の服を五着ずつほど買わせたら、早々に宿屋に戻ってきて、一人でコッソリと買い物に行くんだもん……)
エルフ少女(ホント……訳わかんない)
エルフ少女(この買ってもらった服だって……あの人の趣味じゃなくて、わたし達が欲しいものとか、店員のオススメとか、そういうのだし……)
エルフ少女(……なぁにが、服はかさばるから先に宿屋に戻ろう、よ)
エルフ少女(重い物をわたし達に持たせたくないからって、そんなこと言って……気を遣って……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(もっと、酷いこと沢山されると思ってたのにな……)
エルフ少女(っていやいや! 油断はダメだ!! まだあの人の屋敷にすら戻っていない!!)
エルフ少女(きっとこれは……そう! まずは親しくなって、容易に股を開かせようとか、そういう下心が満載な行為に違いないっ!!)
エルフ少女(でもそんな小細工、わたしには通用しない! そうやって策を弄している間に、わたしだって行動を起こす!)
エルフ少女(まずは……もう一人、一緒に買われた彼女と話をしておかないと……)
エルフ少女「ねぇ」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「ねぇってば」
エルフ奴隷「……あ、私?」
エルフ少女「そ。っていうか、今この部屋にはわたしとあなたしかいないでしょ?」
エルフ奴隷「そうですね……。……ご主人さま、どこにいったんでしょう? 心配ですね」
エルフ少女「はぁ? 別に心配じゃないって」
エルフ少女(出かけた目的だって推測できてるし)
エルフ奴隷「でもあの方は、私とあなたを、こうやって外に出してくれた救世主ですよ? 服だって買ってもらえましたし。何かに巻き込まれてるかもしれないかと思うと……」
エルフ少女「マジか……モロに人間の手の平の上じゃん……」
エルフ奴隷「え?」
エルフ少女「あのさ……同胞だからこの際言っておくけど、あなた、騙されてるわよ」
エルフ奴隷「……騙されて……?」
エルフ少女「そう」
エルフ少女「大体、わたし達がこんな目に遭って、里を焼き払われてしまったのだって、そもそもは人間のせいでしょ?」
エルフ少女「それなのに同じ人間に救われて“救世主”はおかしいでしょ」
エルフ奴隷「……? そうでしょうか……?」
エルフ少女「は?」
エルフ奴隷「だって、人間の中に、悪い人間と良い人間がいて、悪い人間が私達の里を焼き払ったり、虐殺したり陵辱したりしただけで……」
エルフ奴隷「ご主人さまはそうなって閉じ込められた私達を助けてくれた、良い人間なんですよ?」
エルフ少女「いやいやだから、その原因自体を作ったのがそもそも人間だって話じゃないの」
エルフ奴隷「人間だから悪、というのは短絡的では? 現に私達の同胞にだって、悪いことをする人はいたじゃないですか」
エルフ少女「いや……そりゃいたけど……でもそういうのは同胞から追放したし」
エルフ奴隷「人間に、そのことは分かりません。それと同じです」
エルフ少女「いやいや、違うでしょ。全然全くこれっぽっちも違う。もうあなたってば洗脳されすぎ」
エルフ奴隷「あなたも、その人個人を見ようとしていなさすぎるかと」
エルフ少女「人個人だなんて、アイツとは知り合ってまだ一日も経ってない。二度目の太陽を拝んでも無いのにそうやって言って……決め付けてるのはあなたじゃない?」
エルフ奴隷「一日も経っていない私を外に出してくれた。それだけで、決め付けるには十分」
エルフ奴隷「今まで、私の身体を好き勝手にして――陽の光を浴びさせてくれると約束したくせに、結局は貪るだけ貪って、注ぎ込むだけ注ぎ込んで何もしてくれなかった人間とは違う」
エルフ奴隷「それだけで私は、ご主人さまを“ご主人さま”と呼べる価値があると思ってる」
エルフ少女「はん。それっぽく話せるようになったと思ったら、そういう世迷い言を口から出すの?」
エルフ少女「アイツだって結局、あなたを貪るだけ貪るだけの存在かもしれないのに」
エルフ奴隷「私は、ソレで構わない」
エルフ少女「はぁ?」
エルフ奴隷「好きなだけ犯せば良い。あの暗闇から――同胞が苦しんで喘がされて泣かされて叫ばされた声が染み込んだ、耳を塞いでも声が聞こえてくるあのイヤな場所から、こうして救ってくれただけで、私は全てを捧げられる」
エルフ奴隷「例えソレが、この身をすぐさま打ち滅ぼす内容でも……精神を壊されるような、酷い内容でも……」
エルフ奴隷「一時の夢を、瞬間の願望を叶えてくれた恩を、返したいの」
エルフ少女「……あ、っそ。分かった。それがあなたの強い意思だと言うのなら、同胞として邪魔はしないわ」
エルフ奴隷「……そう」
エルフ少女「でも、代わりにわたしの邪魔もしないでね」
エルフ奴隷「あなたの邪魔……?」
エルフ少女「わたし達がいたあの場所にいる同胞全てを救い、ついでに、人間へと復讐を果たすという目的の邪魔」
エルフ奴隷「……する理由が無い。同胞を救ってくれるのなら」
エルフ少女「邪魔をしろ、ってあの『あなたが全てを捧げるご主人さま』に命令されても?」
エルフ奴隷「ええ。あなた達が同胞である以上、絶対に」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「なら良いわ。本当は協力し合おうと思ったけど、ま、それだけ妄信してるなら、その言葉が聞けただけで十分よ」
エルフ奴隷「だって……」
エルフ少女「ん?」
エルフ奴隷「だって……あそこにいた皆とは、あまり話せなかったけれど……それでも、私の心を支えてくれようとしてくれたことに、代わりはないんだもの」
エルフ奴隷「だから……協力する」
エルフ少女「……ふ~ん……ま、分かったわ。手伝って欲しいことが出来た時には、声をかける」
エルフ少女「もうこうして会話した以上、心の中での会話も出来るんでしょ?」
エルフ奴隷「うん」
エルフ少女「なら、その時がきたら、語りかけるから、よろしく」
エルフ奴隷「ん」スッ
エルフ少女「…………ん」スッ
ガシッ
エルフ少女(でもさ、もしわたしの協力要請がアイツのお願いやら命令やらと真逆だったら、あなたは本当に、わたし達を同胞として見てくれるの……?)
エルフ少女(……って、意思を持って心の中で問いかけてみたいけど……止めとこう)
エルフ少女(しっかりと話は出来てたけど……握手も交わせたけれど……でもまだ、そういうしっかりとした意思を確立できるほど、心が安定しているようにも思えないし)
エルフ少女(何より……この握手に力を込めれていないことが、不安で仕方が無いのよ……)
~~~~~~
男「後は……そうですね。これも、三人分換算で五日分ほど」
万屋「お客さん……そんなに買って大丈夫ですかい? そりゃ、ここの仕入れをやってる人に送ってもらったお礼ってのは分かりましたが……」
男「え? あ、お金ならちゃんとありますよ」
万屋「そうじゃなくて、腐らせないかってことですよ。せっかく買ってもらっても腐らせちゃ、勿体無いでしょ」
男「あ~……そういうこと。なぁに、大丈夫ですよ。家に帰ったらすぐに保存しますから」
万屋「保存ったって……保存食に加工できないものまで買っていってやせんか?」
男「それらはほら、帰ってからすぐに食べますし」
万屋「にしてもこの量は……」
男「ん~……でも確かに、そろそろ買うのは止めておいた方が良いかもなぁ……一人で持って帰るのも大変そうだ」
万屋「家は、すぐそこで?」
男「まさか。街の外ですよ。だからこうして一気に買い溜めしてるんです。ココまで来るのだって割りと苦労しますしね」
?「ん? あれって……」
男「じゃあ、とりあえず、今まで言ったやつで、纏めてもらって良いですか?」
万屋「へい、まいどありっ」
?「お久しぶり! 男くんっ!」ポン
男「ん?」
?「へぇ~……自分から率先して街まで来るなんて、珍しいね」
男(……誰だっけ?)
?「さすがに、食事する分には買い出しに出ないといけないもんね」
男(ショートカットの髪……明るい笑顔……子供と大人の中間ぐらいな低い身長……ああ~……見たことはある。確かにある。その記憶はある)
男(あるのに……あるのに名前が……)
?「…………」
男「…………」
?「……もしかして、あたしのこと……分からない?」
男「……………………はい」
?「……はぁ……それって本当? 冗談とかじゃなく?」
男「…………………………………………はい」
?「そっかぁ~……男“様”は月が一度顔を出すまでだけの半月という短い期間とはいえ、世話をしてくれた人の顔も忘れる人で無しだったんですね」
男「あ! その呼び方は……!」
?「ようやくですか……?」ハァ…
男「ごめんなさい……でも、ほら、屋敷で見てた時とは、格好が違うから」
?「服装なんてそりゃ、屋敷を出たら代わりますよっ。外にまでメイド服では出かけられませんし」
男「え? でも街まであのエプロンドレスの服で行ってたような……」
?「た、たまにですよ! たまにほら、着替えるのが面倒で……! ……じゃなくて!」
男「はい。すいません。お久しぶりです、メイドさん」
元メイド「元メイド、だけれどね」
元メイド「で、男くん、本当に久しぶり」
男「久しぶりです。どうです? 結婚生活は」
元メイド「まだよ」
男「あれ?」
元メイド「あのねぇ……つい四日程前にようやく月が隠れ終えたばかりで、まだ婚約を申し込まれて約半月が経ったところなのよ?」
元メイド「プロポーズされてはい結婚、とはさすがにいかないらしいのよ。貴族社会では」
男「はぁ……」
元メイド「だから花嫁修業として旦那さんの屋敷に行くことになって、男くんの勤め先を解雇させてもらったんじゃない」
男「あ、退職金とかそれまでのお給金は払いましたよね?」
元メイド「ちゃんともらったわよ。というか、払ったほうが忘れててどうするの?」
男「いやいや、すいません……」
元メイド「全く……本当、いつまで経ってもズボラなんだから」
男「返す言葉もないです……」
元メイド「そもそも結婚だって、次の満月の日にするから呼ぶ、って約束したのに……呼ばれてないくせに呼ばれたと思って結婚生活を聞いてくるのはどうなのよ?」
男「いやもうほんと……魔法とか色々な実験が忙しくて……日にちの感覚が無くなってきてるんですよ」
男「つい一月ほど前にようやく戦争が終わったなぁ、ぐらいしか記憶に無くて……」
元メイド「えぇ~……? 大丈夫なの、それ? 一人暮らししてて平気?」
男「まぁ、それなりに。ちゃんとやってますよ」
男「あ、でもそういえば、ここ三日は何も食べて無かったかも……」
元メイド「はぁっ!?」
男「いや、実験に夢中になるとどうも……」
元メイド「……本当にさぁ……無理矢理にでも食べさせないと食べることも忘れるよね、男くんって。身体、壊すよ」
男「とっくに自分の身体使った実験で壊れてるようなものだし、今更……」
元メイド「それとこれとは別!」
男「ですよね~」
元メイド「ちゃんと食べてちゃんと寝ること! ちなみに、どうせ何日も寝てないんだろうから聞くけど、何日寝てない?」
男「……同じ三日」
元メイド「はい間があった! 今ウソついたような間があったよっ! で、本当のところはっ!?」
男「……五日です」
元メイド「あぁっ!?」
男「いやホントごめんなさい。今日は街に泊まるので実験も出来ないですしゆっくりと休みます」
元メイド「今日“は”じゃないよ。で、ご飯はどうするの?」
男「食事も宿屋の下の食堂で取りますので大丈夫です」
元メイド「サラダも注文するのよ」
男「分かりました」
元メイド「まったく……本当、世話の焼けるご主人様だこと」
万屋「ほれ兄ちゃん、待たせたな」
男「あ、すいません。ありがとうございます」
万屋「袋八つほどになっちまったが、一人で大丈夫か?」
男「あ~……じゃあ、三つだけで。あとの五つは、後で取りに来て良いですか?」
男「先に最初の三つ、泊まってる場所に置いてきます」
万屋「ああ、別に良いぜ」
男「それじゃあすいません。お願いします」
元メイド「……ねえ、男くん。塩は買わなくて良いの?」
男「あ、そっか……確かに置いてた分が無かったかも……」
元メイド「それでどうやって保存食に加工するつもりよ……っていうか、一人暮らしのクセに買いすぎじゃない?」
男「えっと……その、実は今日、エルフを二人ほど買いまして」
元メイド「え? 奴隷として?」
男「はい」
元メイド「あ~……なるほど。それで家事全般を引き受けてもらおうと、そういうこと」
男「まぁ、そういうことです」
男(本当は書物を読んでもらう“ついで”なんだけど……ややこしくなりそうだし黙っていよう)
元メイド「ま、それで良いのかもね。男くん、あたしがいないとどうもてきとうに生活してるみたいだし」
元メイド「誰か世話をしてくれないと何も自分でしないんだから」
男「返す言葉もありません……」
元メイド「そういうことなら……ねぇおじさん」
万屋「ん? どうしたお嬢ちゃん」
元メイド「塩を三……いえ、四キロほどちょうだい」
万屋「まいどっ」
元メイド「あ、支払いは男くんね」
男「えぇ~……?」
元メイド「あなたの家のものよ? 当たり前じゃない」
男「でも、四キロもいります……?」
元メイド「基本的に腐らないものだし。というか男くんの家には確か、魔法で腐らせるのを遅らせている場所があったでしょ?」
男「……まあ」
元メイド「塩は別に入れなくても良いけど、保存食に加工しないものとかの食料は、とりあえずそこにぶち込んじゃえば良いのよ。あたしは買い溜めたやつそうさせてもらってたし」
男「はぁ……」
元メイド「というかそもそも、そうなると保存食として漬け込む必要性もあんまり無いことになるんだけど……ま、料理として味のバリエーションが増えるから、塩はあった方が良いのよ」
元メイド「あ、それとごめん、おじさん。台車借りても良い? 銅貨は払うからさ」
万屋「へい、まいど! ま、お嬢ちゃんほどか弱い子が、四キロもする塩を直接運べっていうのは酷だからな。タダにしてやるよっ」
元メイド「わぁ! ありがとうございますっ!」ニコッ
男(媚売りだ……)
元メイド「なにか?」
男「いえ、別に何も」
元メイド「とりあえず、台車の上に塩四キロ……あと、乗せれる荷物乗っけちゃいなさい」
男「ん~……八つ全部乗るかな……?」
元メイド「いや無理でしょ。どうせ台車を返しに来ないといけないんだし、つぎ宿に戻る時に全部持って帰れる程度置かしてもらえばいいのよ」
男「じゃあ……五つほど乗せれるかな……?」
元メイド「ん……まぁ、グラついてるけど……大丈夫か」
元メイド「さあ、男くん、台車を押しなさいっ!」
男「え~……? ボク、運動とか体力使うのとか苦手なんだけど……」
元メイド「じゃあ乙女にこの重い荷物を押させるの……?」
男「…………分かりました」
元メイド「分かればよろしいっ」
男(っていうか、塩は別にいらない、とかついさっき本人が言ってたのに……買わせて、それでボクが苦労するハメになるなんて……なんか、納得いかない)
元メイド「あたしは荷物が落ちないかちゃんと見張っといてあげるから、安心して」
男「はぁ……ありがとうございます。って、え? 宿屋までついてくるつもりですか?」
元メイド「もちろん」
男「用事があって街にいたんじゃ……」
元メイド「暇だから散歩してただけ。っていうか、あそこがちょっと息苦しくて……旦那さんは良い人なんだけど、使用人とか、大旦那さんの兄弟とか姉妹とか、ちょっと口煩いのよ」
男「えっと……結婚相手って、あのキミを連れて行った、お歳を召してた人……?」
元メイド「んな訳ない。相手はあの人の子供よ」
元メイド「年齢的にはそうね……あなたの見た目そのままの年齢、ってところ?」
男「随分と若い……」
元メイド「姉さん女房ってやつよ。なんか、そのせいかさらに気を遣っちゃう」
ガラガラガラ…
男「でもメイド、料理も掃除も出来るんだし、別に怒られるようなことはしてないんじゃ……?」
元メイド「それが逆に気に入らないみたいなのよ。旦那さんが一人っ子だからか、妙に神経質でね」
元メイド「ま、あの大旦那の兄弟に至っては、しっかりとしすぎてるあたしが邪魔みたいだけど」
男「あ~……もしかして、遺産とかそういうの?」
元メイド「そう。大旦那さんは良い人で、旦那さんも良い人で、二人とも大好きなんだけど……他がもうその二人の遺産目当てなのが丸分かりでとてもとても……」
元メイド「きっとあたしの旦那さんになる人を騙したり唆したりして、なんとかお金が欲しいんでしょ。ま、あたしが許さないけど」
男「メイドのお金だから……?」
元メイド「っていうか、人が頑張って稼いでたお金を横から掠め取ろうっていう性根が気に食わない。お金に関して厳しいのよ、あたしは」
男「まぁ、だからあの人も『メイドを息子の嫁に』って思ったんだろうけれど……」
元メイド「しっかりしてるのが伝わったのね、きっと」
男「街で偶然見かけて必死に値切ってるのを見かけて……とか、あまりロマンスには溢れないけどね……」
元メイド「良いのよそういうのは。要はキッカケなんだから」
元メイド「あと、さっきから所々メイドって言ってる。もう違うんだから」
男「これはごめんなさい」
ガラガラガラ…
元メイド「っと、そういえばエルフを買ったんだよね? 二人」
男「はい」
元メイド「あたしが使ってた部屋に、あたしが使ってた掃除道具とか掃除の参考書とか、あとあたしがメモしてたノートとかあるから、使わせてあげて」
男「……そんなの残してたの……?」
元メイド「……こういうのもアレだけど、普通、住み込みの使用人が出て行った部屋って確認しない?」
男「まぁ、メイ――元メイドさんが使ってた部屋だから、キレイなままだろうと思って……」
元メイド「そのままあたしを見送った後、実験にすぐさま戻ったと」
男「まぁ……はい」
元メイド「はぁ……ま、良いんだけど。ともかくそういう訳だから」
男「分かりました」
元メイド「あ~……どうしよ。顔でも見ていこうかなぁ……? あ、でも今日買ったばかりか……じゃあ人間を警戒してるかも……」
男「正解です。だからまぁ、今度また街に来たときにでも紹介しますよ」
元メイド「紹介するって……男くん、あたしが嫁いだ先って分かるの……?」
男「……いえまぁ、分かりませんけれど」
元メイド「ほらね。ま、そろそろこの買っていた量の食材が消えそうだと思ったら、また街を歩くことにするわ」
男「そうしてもらえると、助かります」
ガラガラガラ…
男「それはそうと、ボクと一緒にこうして並んで歩いてるのは良いんですか? もしかしたら、その口煩い人たちの誰かが見てるかもしれないのに」
元メイド「そうなっても大丈夫よ。あなた、大旦那さんと知り合いでしょ?」
男「知り合いってほどじゃ……ただ、元メイドさんを解雇するときに会っただけで……」
元メイド「それで十分。大旦那さんは自分達の兄弟姉妹をあまり好んでないみたいだし、特徴聞いてあなただと分かったら、浮気を疑うフリして何もしない、ってことをするでしょう」
男「……もしかして、そうやって相手の方に偽者の武器を握らせるために、ボクを利用した……?」
元メイド「自信満々に取り出した武器が幻想で、その武器が砕け散る瞬間がいずれやってくるかと思うと……ゾクゾクすると思わない?」
男「……まぁ、元メイドさんらしい発想ですね」
元メイド「大旦那さんもあたしの性格を悟ってくれてるし、すぐさま利用してくれるからちょうど良いのよ」
男「……なんか、それだと旦那さんよりも大旦那さんの方が好きみたいに聞こえますけど」
元メイド「まさか。旦那の方が大好きよ。大好きすぎて話題に上らせるのが恥ずかしいだけ」
元メイド「っていうか、あたしって誰かに惚気を話すのが苦手なのよ。特に、あなた相手にはね」
男「はぁ……」
元メイド「ま、そもそも好きじゃなかったら結婚を断る女だってことぐらい、短い付き合いの男くんでも分かってるでしょ」
男「はい。お金は大好きだけれどお金のためには生きたくない女性だ、ってことは分かってます」
元メイド「……なぁんか失礼な言い方」
男「冗談だろうと予測出来るはいえ、別れ際に『これで玉の輿だ!』って言ったツケですよ」
ガラッ…
男「っと、すいません。今日はここに泊まっているので」
元メイド「そうなの? 明日は何時出発?」
男「出来れば早朝にと。あの屋敷への山道を初めて歩く二人を連れてますから。出来る限り早い方が良いかと思いまして」
元メイド「あ~……それじゃ見送れないか……」
元メイド「でもま、確かにそれが良いかもね。一度でも往復したら案外あっさりと簡単に道を歩くコツとか順路とか覚えられるんだけど、初見だとね」
男「それはメイドさんが優秀なだけでは……」
元メイド「元メイド、ね」
男「すいません……」
元メイド「ま、良いけど」
元メイド「じゃま、あたしも屋敷に戻るわ」
男「はい。ありがとうございました」
元メイド「その台車、ちゃんと返しに行くのよ」
男「当たり前ですよ。荷物も半分以上、預けたままですし」
元メイド「あ、あと荷物は宿屋にお願いして一階のどこかに置かしてもらった方が楽よ」
元メイド「そんな大荷物、朝っぱらから大移動させるのもしんどいでしょ。案外こういう宿屋なら貸してくれたりするし」
男「豆情報、ありがとうございます」
元メイド「んじゃ、今度の今度こそ、バイバイ。また次の機会に」
男「はい。また次の機会に」
男「さて、と……」
男「それじゃあ、残りの荷物を受け取りに行こうかな」
カランカランカラン…
男「すいません。ただ今戻りました。あの、この荷物なんですけど、出来れば明日の朝まで一階で預かってもらえま――」
パタン
プロローグ・終了
◇ ◇ ◇
山道
◇ ◇ ◇
ザッザッザッ…ザッ!
男「はぁ~……やっと戻って来れたぁ~……」
エルフ奴隷「はぁ、はぁ、はぁ……」
エルフ少女「ふぅ……はあぁ……はぁ……」
男「あ~……ごめん。しんどかったよね?」
エルフ奴隷「いえ、そんなことは……」
エルフ少女「当たり前です。っていうか、なんでこんな山奥に住んでるんですか? 途中から馬車を降りて、山を登るハメになるなんて、思いませんでしたよ」
男「いやだって、あそこから先は馬じゃ歩けないし……軍馬でも連れてこないと」
エルフ少女「じゃあ買いましょう、軍馬」
男「買えるわけないよ……軍でも何でもないのに……」
エルフ奴隷「それよりもご主人さま、それだけの大荷物を運んで、よく山を登れましたね。尊敬します」
エルフ少女「あ~……それは確かにですね。大量の食料は日用品が入った沢山の袋と塩を四キロ……その全てを一人で、しかも山道という辛い場所でよく運べましたね」
男「いやいや、褒めてもらったところ悪いけど、ボクは別にそこまで力持ちじゃないよ。むしろ運動も体力仕事も全くといっていいほど出来ないぐらい苦手だし」
エルフ少女「え? でも現に運べてません?」
男「魔法を使ったからね」
男「ボクの魔法を使う方法はちょっと特殊でね」
男「ほら、荷物を馬車から降ろしてもらった後、何か水を振り掛けてたでしょ? あれで物の重さを一時的に感じられない程、軽くしてたんだ」
男「昨日の夜、そういえば塩を四キロとなればこの道は歩けないってようやく気付いてね……慌てて組み立てたんだ」
エルフ少女(どうして買う段階で気付かなかった……)
男「上手くいってて良かったよ」
エルフ奴隷「ですか確か、私の記憶だと人間が使う魔法とは、空間に文字を描き、自らの体力を魔力へと変換し、何かしらの現象を引き起こすものだったはずでは?」
男「あれ? 詳しいね。確かにその通りだよ」
男「文字を描いてしたいことを世界に訴え、そのしたいことに準じた体力を魔力としてもっていかれて、したいことを具現化する」
男「……でもま、ボクの場合はソレが出来なくてね。別の手段をとってるんだ」
エルフ奴隷「別の手段ですか?」
男「うん。えっと――」
エルフ少女「その話、長くなるならまずは屋敷に戻りません?」
男「あ、そうだね。目の前に家があるのに外で話すことも無いしね」
男「それに、もうだいぶ日が昇ってきてる。そろそろ真上に差し掛かりそうだ。……先にご飯にしよう。その後に、屋敷の中を案内するよ」
エルフ少女(水平に切り取られたかのような平坦に開けた場所)
エルフ少女(そこに上から、ドン、と置かれたような、違和感と存在感がある屋敷)
エルフ少女(門扉と壁に囲われた、二階建ての屋敷)
エルフ少女(パッと見は豪華に見えるけど、門を通り中へと入ってみると、その抱いた感想は一変した)
エルフ少女(まず、屋敷に行くまでの道の左右は雑草で生い茂っている)
エルフ少女(道自体にも所々野草が生えているし、手入れが行き届いていないのが見て取れる)
エルフ少女(次に、屋敷に入る前に見た外壁に汚れが目立つ。……長年、雨風に耐え凌がされてきた証拠だろう。だからまぁ、仕方が無いと言えば仕方が無い)
エルフ少女(でも屋敷の中に入ってすぐ、この建物全ての床に敷いているのであろう絨毯に足跡がついたままなのはどうかと思う)
エルフ少女(大方この足跡は、今目の前にいる、この荷物を両手で抱えるよう大量に持っている男のものなのだろう)
エルフ少女(わたし達が入ってきた出口に向けて、足の方向が向いている。きっとわたし達を買いに街へと出てきた時のものだと思う)
エルフ少女(……ここまできたら、さすがに掃除ぐらいはしたら、とわたしでも思う。というかそもそも、歩いて汚してしまうぐらい汚れているのなら靴の裏ぐらい拭けば良いと思う)
エルフ少女(…………っていうかもう、なんか全体的にホント……埃っぽすぎる……この足跡が内側から伸びてきてくれていなかったら、人が住んでいなかったのではと疑うレベル)
エルフ少女(外観も多少古臭いし……廃墟だと思われたり噂されたりしても文句が言えないよ……これじゃ)
――食後――
男「さて……食器も水に浸けてきたし、早速屋敷の中を案内しようか」
エルフ奴隷「……あの……」
男「ん? どうしたの?」
エルフ奴隷「その……食べ終えてしまってから言うのもなんなのですが……私達の食事、アレで良かったのですか?」
男「え?」
エルフ少女(確かに……ソレはわたしも思った)
エルフ少女(昨日の晩と今朝は仕方が無い。店で注文したものと、夜のうちに作ってもらっていたサンドイッチだから、変えようも無い)
エルフ少女(でもついさっきの食事は、彼が作ってくれたもの)
エルフ少女(奴隷にも人権がある、とされていない――まして人気なんてないこの屋敷で……尚且つ、注文したもの以外を出せない場所でもない、この場所で……)
エルフ少女(食事自体を与えないことも、残りカスのような質の低いものを食事として出すことも出来たはず……)
エルフ少女(なのにも関わらずコイツは……コイツ自身が食べているものと同じものを、わたし達に出してきた)
エルフ少女(奴隷として買った――犯すためだけに買った、わたし達に……)
男「あ、もしかして、美味しくなかった? いや、まぁおいしくはないよね」
男「パンは少し固くなってたし、肉だって申し訳程度に味付けして焼いただけ。野菜に至っては水洗いしてちぎっただけの代物だもんね」
男「そりゃ、文句も言いたくなるか」
エルフ奴隷「そ、そういう意味で言ったわけでは……!」
男「いいよいいよ。気を遣わなくて」
エルフ奴隷「ほ、本当ですっ! 少なくとも、私に昨日まで与えられていた食事よりかは、ずっとずっとおいしかったですっ!! あったかくて、一生懸命さが伝わってきて、それで……それで……!」
男「あ……あ~……そう? まぁ、そんなに必死になるんだから、その通りなんだろうけど……」
エルフ奴隷「あ……すいません。ご主人さま相手に、差し出がましいことを……」
男「いやいやそんな、かしこまらなくて良いよ。むしろそこまで言ってくれて嬉しい、っていうか……うん。……ありがとう」
エルフ奴隷「…………」モジモジ
男「ま、まあ! そんなことよりもほら、屋敷の案内だ」
男「まずは、キミ達の部屋からだな」
エルフ少女「っ」
エルフ少女(きた……さて、わたし達の部屋はどんなところだ……?)
エルフ少女(犯すためだけの存在であるわたし達に与えられる部屋だけれど……出来ればあの地下みたいに固い地面ばかりの場所は遠慮願いたい)
エルフ少女(けれども……ま、寝れる場所さえ区切ってくれていれば、それだけで満足するべきなのだろう)
エルフ少女(きっと最悪な場所は、あの場所にあった小さなベッドすらも無い、ただの囲いの中なのだろうから)
男「二階にある部屋だと、基本的にどこをつかってくれても良いんだけど……そうだなぁ……どうせなら前までいたメイドさんの隣にしようか」
ガチャ
エルフ奴隷「っ!」
エルフ少女「……えっと……」
男「ん? あ、狭かったらごめんね? でもこの屋敷って基本的にここぐらいしか寝れる部屋は無いし……」
エルフ少女「い、いえいえそんな! 狭いわけないですよっ! むしろ広いぐらいです!」
エルフ少女(昨日泊まった宿屋の部屋より広いし……クローゼットもベッドも大きいのが一つずつ。鏡台まであるし姿見鏡まである……)
男「そう?」
エルフ奴隷「あの、ご主人さま? ここを私達二人で使えばよろしいのですか?」
男「まさか。ベッドが一つしかないのに二人で使えなんて酷なことは言わないよ」
エルフ少女(いや、あのベッドだと二人ぐらい入れそうですが……というか、カーテン類を取り外してあるけど……アレ、天蓋付きだよね……?)
男「どちらかがこの部屋で――」
エルフ少女(もしかして、どちらかが地下牢とか?)ハッ!
エルフ少女(それでその日の気分で犯したい方をこの部屋に入れ、その日の晩にやってくるとか……!)
男「――どちらかが同じ間取りの隣の部屋を使ってもらおうかな」
ゴンッ!
男「? どうかした? 急に頭ぶつけて……」
エルフ少女「いえ……おかまいなく……」
エルフ少女(まさかそんな普通のことを言われるとは……なんか、やらしいことを想像したわたしがダメな人みたいな気分になる……)
男「それじゃあ部屋はそういうことだから、屋敷の案内が終わった後にでも、昨日買った服を持って上がってきてね」
エルフ奴隷「かしこまりました」
男「それじゃあ、次は浴場とか見ていこうか」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女(浴場……!? ……なるほど。確かに屋敷だもんね。浴場の一つぐらいあって当然だ)
男「一階にあるんだけど……あんまり広くは無いから、期待しないでね」
エルフ少女(とかなんとか言って……アンタ自身も入るから広くなくなる、とかいうオチでしょう?)
エルフ少女(湯浴みをして油断しているわたし達の背後からいきなり胸をわし掴み……! みたいなことをしてくるつもりね……!)
エルフ少女(良いわ……だったら最初から、そういうことが出来ないように細工をしててやる……!)
ガラ
男「ここが浴場だよ」
エルフ少女「…………」
エルフ少女(ほ、本当に広くない……いやまぁ、一人でなら余裕だろうケド……二人で一緒に、となると途端に辛くなる広さだ)
エルフ少女(でも普通浴場と言えば、屋敷クラスのものだとそれなりの広さがあるものなんじゃ……?)
エルフ少女(それとも、わたしが勝手に人間に対してそう思い込んでいただけ……?)
男「いやぁ~……恥ずかしい限りで。でもほら、水を汲んで入れて、火で焚く訳だからさ、これぐらいの広さでちょうど良いんだよ。意外に」
エルフ少女(まぁ確かにそうかもしれないけれど)
エルフ奴隷「ですが……これだと、ご主人さまと一緒に入ると窮屈そうです」
男「ま、入る必要も無いからね。基本的には一人で入ってよ。あ、好きな時に入って良いからね」
男「外から火を焚くことも出来るけれど、ボクを呼んでくれたら魔法で水をお湯にしてあげる」
エルフ少女(なるほど……その後にでもどこかに陣取って覗きを……!)
男「そしたら、誰かが入っているのに気付かず裸でご対面! なんてトラブルも回避出来るでしょ? ボクも覗くつもりはないし」
男「なんせここ、そこの窓さえ締め切っていれば中を覗けないようになってるし。脱衣所へと通じる扉も内側から鍵をかけられるし」
男「まぁ、水を汲んで入れないといけない手間はあるけど……脱衣所を出てすぐのところに裏口があって、そこに井戸があるから、すぐに汲めるとは思うよ。あ、もちろん裏口も内側から鍵が掛かるから」
男「そこにある岩を使って蒸し風呂も出来るし、お湯を作る時にでも一緒に熱するから」
エルフ少女「」
エルフ少女「えっと……旦那様? 少し疑問が……」
男「ん?」
エルフ少女「その……本当に、覗くつもりがないのですか……?」
男「うん」
エルフ少女(即答っ!?)
エルフ少女「えっと……でも、ほら……内側からの鍵を、開けるための方法とか……」
男「ん~……鍵開けの魔法なんてボクは知らないし……そもそもマスターキー――というか鍵の束だってどこにやったか分からないし……覗けない、って言った方が近いかな」
エルフ少女「はぁ……」
男「ま、その方が安心で、二人とも良いんじゃない……?」
エルフ少女「まぁ、確かに……良いんですけど」
エルフ少女(良いんだけど……なんだろう、この腑の落ちなさは)
男「で、次は食堂――は、さっき昼食を取った場所だから分かるし、調理場の方かな」
テクテクテク…
エルフ少女(……分からない……全くもって、分からない。……この人がわたし達を買った理由が)
エルフ少女(本当にただのお手伝いとしてわたし達を買ったの……?)
エルフ少女(でも昨日の買われる時の会話から察するに、相当なお金を積んだのに……人間の奴隷と同じことをさせる……?)
エルフ少女(……それともまさか、昨日服を買う時に言ってたみたいな、表向きの奴隷制度を鵜呑みにしてるとか……?)
エルフ少女(……いやいや、そうして油断させるのが狙いなのかもしれない)
エルフ少女(自分に都合の良い方を想定していたら痛い目を見る)
エルフ少女(それにもしかしたら、無理矢理犯すのが嫌いなだけで……それで『お前達をあの地獄から救ってやったのだぞ』みたいな恩を着せ、惚れさせ、犯そうという魂胆なのかもしれない)
エルフ少女(もしそうなら半分は成功しているともいえるのだし)
エルフ少女(隣を歩く彼女とか)
エルフ少女(まだまだ……コイツを信用するに値しない)
男「調理場へは、食堂横のこのドアから行くんだ」
ガチャ
男「一つ部屋を挟むけど、まぁここは物置みたいなものだと思って」
男「あ、街で買った服とか、さっき荷物として持ってきたものは全部ここにあるから、服もその荷物の山から探してね」
エルフ奴隷「はい。かしこまりました」
ガチャ
男「で、ここが調理場」
男「塩に漬け込んだり干したりして保存食にしたものとか、腐るかもしれない食料とかは、基本的にここに置いてあるから。もちろん、調理道具もここに揃ってあるから、料理はここで」
男「床が掃除しやすいよう水を流せるようになってるせいで、ちょっと外気が漏れてて寒いかもしれないけど、ま、料理するときはちょうど良いかな」
エルフ奴隷「あの、すいません……」
男「ん?」
エルフ奴隷「部屋の隅にあるあの大きな木箱はなんですか?」
男「ああ、アレは食料を保管するためのものだよ」
男「基本的にはこの中に食料を入れておけば、保存食に加工しなくても腐るのが遅くなるようになってるんだ」
男「方法はまぁ、この木箱の中に置いてある瓶の水に施した魔法のおかげ」
男「蓋を開ける度に魔法の効果が切れちゃうから、閉める前にその都度ボクが魔法を施し直さないといけないけれどね」
男「だから、開ける時は絶対にボクに教えて。ま、ここのカギはボクが持ってるから、木箱を壊さないとそもそも開けられないんだけど」
エルフ少女「へぇ~……人間ってそんな魔法が使えるんですね」
エルフ少女(少なくともわたし達の秘術では聞いたことが無い)
男「というか、まだボクしか使えないかな」
エルフ少女「え?」
男「毎回術式を施し直すのが面倒だし、誰しもが使える訳じゃないから、まだ国には方法を教えてないんだ」
男「ま、試作型をそのまま使い回してるようなものかな。いつか、時間があれば完成させるつもりだけど」
男「……魔法で止まってたら、たぶん二度とは完成しないかもしれないけど」
エルフ奴隷「……もしかしてご主人さま、私達を買ったお金というのは……」
男「あ~……キミは察しが良いよね」
男「ま、そういうこと。新しい魔法の術式を見つけた褒美、みたいなものだよ。この屋敷もそうだけど」
エルフ少女(金貨四百枚出してさらに余裕があって、しかも山の上とはいえ屋敷をもらえるほどって……)
男「ともかくそういう訳だから、案外この屋敷の中は、試作品で一杯だったりするわけ」
男無闇やたらに触ったら爆発する、なんてことはないけど、ちょっと困ったことになるかもしれないから注意してね」
男「この調理場にだって、他にも煤が干し場に近づかないようになる術式とか、空気を常に外へと追い出し中へと入れる術式とか、色々と、水に施して置いてあったりするし」
エルフ少女(なるほど……蓋が開いた瓶が所々に置いてあるのはそのせいか……)
男「とまぁ、屋敷の中はこんな感じだけど……何か質問でもある?」
エルフ奴隷「ご主人さまの部屋はどちらにあるのですか?」
男「ボクの部屋? 実験部屋と兼用で一つあるだけ。場所は、二階に昇る階段横の、物置スペースに見せかけたドアの向こう側」
エルフ奴隷「かしこまりました」
男「? なにを?」
エルフ奴隷「…………」
男「……んまぁ良いや。他に質問無いんなら……そうだなぁ……とりあえず、自分達の部屋でも片付けてもらおうかな?」
エルフ奴隷「自分の部屋、ですか……?」
男「さっき見せた二階の部屋。あそこだってちょっと埃っぽいし、服だって五着ほどとはいえ整理しないといけないと思うし」
男「とりあえず、今日中には自分で満足いくように、片付けておいて」
男「あ、掃除道具は、階段登ってすぐの一番目の部屋にあるはずだから」
エルフ奴隷「……かしこまりました」
エルフ少女「分かりました」
エルフ少女「……それで、旦那さまは何をなさるおつもりで?」
男「ボク? ボクはそうだなぁ……今日はもう研究って気分じゃないし……というか、本を読んでもらわないと先に進むのが面倒だし……だから買ってきた訳だし……」ブツブツ
エルフ少女「?」
男「ん~……ま、ココで今日買ってきた食料とかを片付けておくよ」
~~~~~~
ギィ
エルフ少女「あ、掃除道具ってこれのことか……」
エルフ少女(箒とか雑巾とか、鏡台の横に立てかけてある。……っていうか、本当にわたし達が使う部屋と間取りが一緒だ……)
エルフ少女「……ん?」
エルフ少女(本が一冊……に、紙が数枚挟み込まれてる……?)
エルフ少女「なんだこれ?」
ペラ
エルフ少女「あ……」
エルフ少女(掃除の仕方の本……? と、この紙は……メモ? あ、掃除のコツとかこの屋敷で触っちゃいけないものとか、本とは違うけれど効率の良い方法とか、なんか色々と書いてある……)
エルフ少女「……そういえば、前任者がどうとか言ってたっけ……」
エルフ少女(真面目に仕事してたんだなぁ……。……今ココにはいないけど、どんな人だったんだろう……?)
エルフ少女(奴隷だったんならまだいるはずだけど……もしかして、死んだとか……?)
ペラ
…パラ
エルフ少女「ん? 何か落ちた……」
『後任者さんへ
男さんは研究に没頭すると、何も食べなくなります。引っ張ってでも食堂に引っ張り込んで下さい。
それと、寝ずにいることも多々あります。時たま倒れることがありますので、その場合は心配せず、寝かせてあげてください。
当然、お風呂も入りません。頃合いを見て入れてやってください。
オススメは、自分が入る、といって熱させた後、閉じ込める方法です。面白いほど何度も引っかかります。
あと、研究室に入れない、となるのはいけないので、カギの束を鏡台の引き出しに隠しておきます。
悪用は、禁物ですよっ
メイド』
エルフ少女「…………キレイな字」
エルフ少女(というか、優しい字……)
エルフ少女(これだけで、アイツが想われてたのがよく分かるなぁ……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……良い人、なのかなぁ……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……この人が前任者……で良いのよね? ってことは、死んではないってことよね……?)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……いや、結論を急くことも無い、か……)
エルフ少女(もしかしたらこの人は殺されてしまって、まだアイツを慕ってた頃に――わたし達が今されてるようなことをされて好いたままの頃に……殺される前に、綴った手紙かもしれないし)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……ともかく、当初の予定通り、どこかで武器を調達しておこう)
エルフ少女(今なら屋敷を見回ってるって名目で歩き回れるし)
エルフ少女「!」ハッ!
エルフ少女「そういえば……あの子は一体いつになったらくるの……?」
~~~~~~
エルフ奴隷「ご主人さま」
男「ん? あれ? 一緒に階段上がってなかったっけ?」
エルフ奴隷「はい。ですが、少し気になることがあったので……荷物を置いてから、戻ってきました」
男「気になること?」
エルフ奴隷「はい。あの……私、ご主人さまに、恩返しがしたいのですが……」
男「あ~……そういえばそんなことも言ってたねぇ……」
エルフ奴隷「はい。ご主人さまの望まれることでしたら、なんでもします」
男「なんでも……なんでもかぁ……ん~……そうだなぁ……でも、自分の部屋の片付けは良いの?」
エルフ奴隷「後に回します」
男「そ、っか……。……んじゃ、お願いしたいこともあるし……お願い、しようかな」
エルフ奴隷「はい。なんなりと」
ジュー…
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女「…………」
男「……ん? あれ? キミまでどうしたの? 部屋の片付けは?」
エルフ少女「いえ……その子がいつまで経っても来ないのでどうしたのかな、と思いまして」
男「ああ、探しに来たの?」
エルフ少女「はい。……で、料理、ですか……?」
男「うん。恩返しがしたいって言うから、今日の晩御飯を作ってもらえる腕があるかどうかも兼ねてね」
エルフ奴隷「…………」
エルフ少女(心の中で語りかけても返事が無いからどういう状況か心配したけど……っていうか真剣なのに、なんか思い通りにいってない感じ……?)
エルフ少女「というより、兼ねるってどういう意味ですか?」
男「実は今ちょうど、あの火そのものを実験してもらってるんだ」
男「水の中に火の術式を施す方法において、料理をする上での火力の調整は可能かどうかについてね」
男「前々から試したかったんだけど、危ないからって試させてくれなくてね……ようやく念願叶って、って訳」
エルフ少女「はぁ……」
エルフ少女「……で、旦那様は言っていた通り、食品の片付けと」
男「そう。あの箱に直す食料と、塩漬けする食料とを分けてるところ」
エルフ少女「別に、全部箱の中に押し込めても良いんじゃないですか?」
男「え? でもほら、塩漬けした食べ物とかおいしいし……」
エルフ少女「はぁ……」
男「ま、この辺の作業はボクに任せてくれて良いよ。前の人に上手な作り方は教わっておいたから」
エルフ少女「……まぁ、分かりました」
エルフ少女「でも、作ってるところ悪いですけど、まだ夕食には早いですよね? ついさっき昼食食べたばかりですし……」
男「作ったものを木箱に入れる実験もするからね。前の人はアツアツのものを晩御飯の時間バッチリに作ってくれてたから試せなかったし」
エルフ少女「それって大丈夫なんですか?」
男「理論上はね。あの木箱は中の時を極端に遅れさせるよう術式を組み立ててるし」
エルフ少女「時を……? ということは、旦那様やわたしがあの中に入っていれば、実質不老不死みたいになるってこと……?」
男「それが狙いで作ったんだけど……でも、ネズミを中に入れて実験したときは、箱を開けると同時に死んでたよ」
エルフ少女「え?」
男「たぶん、意識があるものを中に入れると死滅してしまうんだと思う」
男「ま、表面だけの時間の流れを遅くしているヤツの改良品だし、きっと中身だけ変わろうとする奔流に色々と耐えられないんだと思う」
エルフ少女「? ? ?」
男「あ~……ごめん。ま、あまり気にしないで。魔法の術式とかの説明って、ボクはどうも苦手でさ」
エルフ少女「まぁ、ともかく、重要な点を抜き出すとすれば……夕食の方は大丈夫と、そういうことですか?」
男「大丈夫かどうかの確認を兼ねての様々な実験、だよ。ま、この匂いから察するに、おいしいものが出来るだろうけど」
エルフ少女「ふ~ん……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「…………っ」
エルフ少女「…………」サッ
エルフ少女「……じゃあ、わたしは部屋の掃除に戻ります」
男「あ、そう?」
エルフ少女「はい。料理してくれているあの子の部屋も、掃除しようかと思いますし」
男「なるほど。仲間想いだね」
エルフ少女「それほどでも」
エルフ少女「では、失礼します」
男「うん。掃除、頑張ってね」
エルフ少女「はい、ありがとうございます」
タッタッタッタッ…
タッタッタッタッ…
エルフ少女「…………」
タッタッタッ…タン、タン……
エルフ少女(……奪えた)
エルフ少女(奪ってきちゃった……)
エルフ少女(……調理場にあった刃物を……)
エルフ少女(丁寧に鞘までついてる、キレイなヤツを)
エルフ少女(……もしかして、バレる?)
エルフ少女(バレてる上で泳がされてる……?)
エルフ少女(いや、バレない。バレてない。そうあることを祈るしかない)
エルフ少女(違う。そうじゃない。絶対にバレていないし、バレることもないんだ)
エルフ少女(いっぱいあった鞘のついた刃物類の中から一本くすねただけだ)
エルフ少女(一本足りなくても、バレるとは思えない)
エルフ少女(バレたところで、誤魔化すことだって出来る)
エルフ少女(出来るはずだ)
エルフ少女「……大丈夫……」
エルフ少女(そう……大丈夫。言い聞かせろ)
エルフ少女(言い聞かせて安心と警戒の中間を見つけ出せ)
エルフ少女(警戒ばかりに気を取られるな)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(そう……これで……これで良い)
エルフ少女(これで……武器は手に入れた)
エルフ少女(後は、突き刺す機会を、窺うだけ……)
エルフ少女(自由になるためのキッカケを、見つけ出すだけ)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……でも……本当に、良いのだろうか……?)
エルフ少女(今のところわたしは――いや、わたし達は、アイツに酷いことは何もされていない)
エルフ少女(むしろ、辛い目に遭う前に救い出してくれて……辛い場所に塗れた状況から助け出してくれた)
エルフ少女(あの子が言う通りの、救世主だ)
エルフ少女(今のところは)
エルフ少女(それなのに……殺して良いのだろうか……?)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(ダメだ……あの手紙と、今までの行動のせいで躊躇いが生まれてる……)
エルフ少女(わたしに秘術を施してくれた同胞がいる、あの場所から皆を救うためにも、早々に行動へと移らなければいけないのに……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……迷いがあっては刃が揺れる。刃が揺れれば隙が生まれる。生まれた隙は、死に繋がる……)
エルフ少女(……お父さん……どうしよう……どうしたら良いと思う……?)
エルフ少女(お母さん……寂しいよ……わたし一人じゃ、ロクに決められないよ……決意だって、出来ないよ……っ)
エルフ少女「…………違う……」
エルフ少女(そうじゃない。そうじゃない。そうじゃない……一人で決められない、決意できない、じゃない)
エルフ少女(……しなくちゃいけないんだ)
エルフ少女(わたしにはもう、家族はいない)
エルフ少女(その絶望を受け入れて……あらゆる絶望を受け止める覚悟をして、前へと進むと決めたんだ……)
エルフ少女(だから……)
エルフ少女「……だから……決断する」
エルフ少女(…………)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(いけないこと、なんだろうけれど……人間を、信じてみようだなんて考えは、逃げで情けないことなんだろうけれど……)
エルフ少女(それでも……わたしは……)
エルフ少女(迷いが断てるまで待つという、逃げの決断をする……!)
エルフ少女(迷いが断てたその時、すぐさま行動へと移るという、情けない決断を、下す……!)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(アイツが、わたし達を傷つけようと――聞かされた通りのことを、されていたそのままのことを、しそうになった、その瞬間に……)
エルフ少女(救世主じゃないと確信でき、迷いが無くなったその刹那――)
エルフ少女「――その心臓を、貫く」
エルフ少女(そんな、同胞を二の次に置く、決断を……)
◇ ◇ ◇
夕食後
◇ ◇ ◇
男「いや~……おいしかった」
エルフ奴隷「ありがとうございます」
エルフ少女「ごちそうさまでした」
エルフ奴隷「お粗末さまです」
男「もしかして、料理とか得意だった?」
エルフ奴隷「……戦争中に、よく」
男「……そっか……」
エルフ少女「…………」
男「ま、ともあれおいしかったよ。これからは調理場、好きなように使っていいから。というより、使って欲しい」
エルフ奴隷「……?」
男「これからこの屋敷の料理は、キミに一任するってこと」
エルフ奴隷「はぁ……」
男「反応薄いね……もしかしてイヤだった……?」
エルフ奴隷「あ、いえ、そういう訳では……」
男「ま、これも恩返しの一つだと思ってくれたら助かるよ」
エルフ奴隷「……かしこまりました」
男「んじゃ、お風呂でも沸かそうか。今日は水もボクが溜めるから、二人はそのままゆっくりしてて。熱くしたら呼びに来るから」
エルフ少女「あ、ありがとうございます」
男「いえいえ。それじゃあごゆっくり」
ガチャ
バタン
エルフ少女「……う~ん……ああは言ってくれてたけど、本当は手伝った方が良かったかな……?」
エルフ奴隷「……――」ブツブツ…
エルフ少女「……ん?」
エルフ奴隷「……――」ブツブツブツ…
エルフ少女「? どうしたの? なにかあった?」
エルフ奴隷「……どうして――」
エルフ少女「……え?」
エルフ奴隷「どうして、襲わないの……? 私に、魅力が無いから……? それとも――」ブツブツ
エルフ少女「……ちょっと、大丈夫……? どうかしたの?」
エルフ奴隷「このままじゃ……恩返しが出来ない……出来ないと、また戻される……いらない子は、あの暗いところに……イヤ、イヤ、イヤ……」ガクガク…
エルフ少女「ちょっ、ちょっと! 震えてるじゃ――」ガッ
エルフ奴隷「っ!」
バッ!!
エルフ少女「あっ」
エルフ奴隷「…………」ブルブル
エルフ少女「ご、ごめん……」
エルフ少女(自分の両肩を抱いて……)
エルフ少女「……もしかして、寒い……とか?」
エルフ奴隷「連れて、帰る……の……?」
エルフ少女「……えっ?」
エルフ奴隷「私を、あそこに、戻すの……? 私は、戻されるの? あの救いの無い場所に? 言ってたみたいに? 無理矢理? あの犯される場所に? 流し込まれる場所に? 悲鳴が消えない場所に? 髪を引っ張り突っ込みながら教え込んだみたいに? 恩返しが出来ない子はいらない子だからと返されてしまうの? あそこに?」ガクガク…
エルフ少女「そ、そんなこと――」
エルフ奴隷「ヤだ……ヤだ……ヤだよ……恩返し、しないと……買ってくれた恩を、返さないと……何としても、満足させないと……戻っちゃう……あの暗くて、黒くて、濁ったものを吐き出してくる、場所に…………ヤだ……ヤだ……」ブルブル
エルフ少女「…………」
エルフ少女(なに……これ……)
エルフ少女(これが……彼女に植え付けられた、恐怖……?)
エルフ少女「…………」
エルフ奴隷「怖い……怖い……こわい……こわい……イヤ……もう、同胞が、苦しめられる声も、同胞が、悲しむ声も、……何も、イヤ……! 頭の中に響いて離れない声を、また、耳で聞くのは……イヤ……! ヤだ…ヤだよぉ……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……人間、めっ……!)ギリッ
エルフ少女(どうして……! どうしてわたしは、躊躇ったんだ……! アイツだって、この子にしたようなことをするかもしれないじゃないかっ……!)
エルフ少女(迷いを絶てるまで待つ……? 違う……それじゃあ遅い……!)
エルフ少女(犯されてからでは遅すぎる……!!)
エルフ少女(これ以上、彼女の精神が追い詰められてからじゃあ……っ!)
エルフ少女(なんて……なんて生温いことを考えてたんだ……! わたしはっ!)
ドンッ!!
エルフ奴隷「っ!」ビクッ
エルフ少女「……ごめん。イラついて、壁殴っちゃった」
エルフ奴隷「あ……」
エルフ少女「あなたにじゃないよ。自分の、甘ちゃん具合に、苛立っただけ」
エルフ少女「ともかく、さ……わたし、食器とか洗ってくるから、もう少しここで休憩でもしてて」
エルフ少女「お風呂できたら、先に入って良いから」
エルフ奴隷「あ……いえ、私が」
エルフ少女「良いよ。ゆっくりしてて」
エルフ奴隷「いいえ、させて下さい。コレも恩返しらしいので……せめて少しでも、返しておきたいですし……」
エルフ少女「…………」
エルフ少女「……そっか……分かった。じゃあ、任せる」
エルフ奴隷「はい」
エルフ少女「調理場は、あなたの場所だものね」
◇ ◇ ◇
深夜
◇ ◇ ◇
――エルフ少女自室――
エルフ少女(アイツを殺す……そのためにはどうすれば良い?)
エルフ少女(こちらは刃物一本。お世辞にもわたしの得意な間合いを取れる武器にはなり得ない)
エルフ少女(狙うのなら、不意を衝いた一撃必殺)
エルフ少女(その機会を狙えるのは……いつ……?)
エルフ少女(……入浴時? ……いや、これまで見てきた彼の魔法から考えると、水を使う魔法を得意としているように思う)
エルフ少女(魔法については詳しくないけど……あんな生活を便利にするものだけが彼の魔法とは、考えられない)
エルフ少女(なら……研究中? 前任者の人の置き手紙によると、研究を始めると自分も周りも見えなくなるらしいし……何より、その扉を開ける鍵を、わたしは手に入れている)
エルフ少女(……でも……場所が魔法使いの研究室っていうのは……さすがに危なすぎるか……)
エルフ少女(習得の難しい秘術の中には、死に瀕している者でも呼吸さえしているのならば完全復活させることが出来る、といったものがある)
エルフ少女(万一アイツが魔法でソレを身に着けていて……あまつさえ、見せてもらっていた魔法のように、水に施しておいて飲むだけとか触れるだけとかで、その効力が発揮されてしまったら……?)
エルフ少女(……返り討ちになること請け合いだ)
エルフ少女「……くそっ」
エルフ少女(ダメだ……やっぱり、いくら考えても殺せる機会が見つからない……)
エルフ少女(不意を衝く以外でも色々と、入浴中にも考えてみたけど……ダメだ。どれも上手くいくようには思えない)
エルフ少女「……やっぱり……もうしばらく後にするしかないか……」
エルフ少女(親しくなったフリをして、アイツの研究室にある魔法を把握する)
エルフ少女(そして、絶好の殺せる機会を見つけ出す)
エルフ少女(今はまだ、魔法がどれだけ貯蔵されているのか分からないから、手出しが出来ないだけ)
エルフ少女(魔法がどういうもので、アイツが使う魔法がどういったものか、理解することにも努めれば……機会は、必ず訪れる)
エルフ少女(見つけ出すことが、出来る)
エルフ少女「……よしっ」グッ
エルフ少女(それまではごめん……同胞の皆、もう少しだけ、待ってて欲しい……)
ガチャ
エルフ少女(……ん?)
タッタッタッ…
エルフ少女(隣の部屋……? あの子が出て行った音――ってもしかして……!)
バッ!
コンコン
男「ん?」
エルフ奴隷「夜分遅くにすいません」
男「ああ……ん? どうかした?」
エルフ奴隷「その……少し、お話よろしいでしょうか?」
男「別に良いけど……なに? 部屋に不備でもあった?」
エルフ奴隷「そういう訳ではないのですが……あの、中に入れてはもらえませんか……?」
男「あ、そっかそっか。ごめん。気が利かなくて」
ガチャ
男「廊下って普通に寒いのに気付かなくて、本当ごめん」
エルフ奴隷「いえ、そんな。……もしかして、もうお休みになられてましたか?」
男「まさか。明日に備えて少し早く寝ようとは思ってたけど、中々寝付けなくてね……今進めたい実験の本とは別の本を読んでたところだから、大丈夫だよ」
男「もし実験の方の本を読んでたら、ノックにすら気付かなかったかもしれないけど」
~~~~~~
――ではすいません、失礼します――
――ああ、どうぞ。汚くてごめんね――
――いえ、そんな――
バタン
エルフ少女「…………」
コソコソ
エルフ少女(やっぱり……アイツの部屋に入って行ったか……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……どうする……? このまま突入するべきか……? 部屋の鍵だって掛けていないようだし、今すぐ部屋へと突入することは可能だけど……)
エルフ少女(ただその場合、負ける覚悟はしておくべき、か……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……でも、突入する覚悟はしておくべきかもしれない)
エルフ少女(あの子が中に入った……それもおそらくは、“恩返し”と称して、自ら犯されるために)
エルフ少女(そうすることでしか、恩返しの術がないと、人間に刷り込まれてしまったせいで)
エルフ少女(確かに、それであの子の精神は落ち着くかもしれない)
エルフ少女(でもそれは、意図的に少しだけ精神を崩すことで均衡を保とうとする、諸刃の剣みたいなものだ)
エルフ少女(今彼女に必要なのは、恩返しのために犯されること、じゃない)
エルフ少女(犯される方法以外でも恩を返せることを知ること、だ)
エルフ少女(でなければ……文字通り、精神が崩壊してしまう)
エルフ少女(これ以上の、脅迫概念に囚われての性行為は……してはいけない)
エルフ少女(危うさを失い、精神を消し去り、ただただ“する”ためだけの――恩返しを行うためだけの、人形に成り果ててしまう)
エルフ少女(それだけは……避けなければならない)
エルフ少女(同胞として)
エルフ少女(例え今の本人が、成り果てることを望んでいようとも)
エルフ少女(手を引き、足を止めさせなければならない)
エルフ少女(だから……――)
エルフ少女(――……だから、そういうことになりそうになった、その瞬間……)
エルフ少女(……殺される覚悟で、アイツを殺しにかかる……!)
~~~~~~
男「……で、どうしたの? こんな夜遅くに」
エルフ奴隷「その……ご主人さま……恩返しを、させて下さい」
男「……また、か……」ボソ
エルフ奴隷「え……?」
男「ん~……どうもね、ずっと気になってたんだ。キミはどうしてそこまで、恩を返すことにこだわるの?」
エルフ奴隷「それは……だって……そうしなければ、あの地下に返されると……そう、言われてたから……」
男「少なくとも、今のキミの働きで地下へと返す理由なんてないよ」
エルフ奴隷「ウソです」
男「嘘なもんか」
エルフ奴隷「ウソです。だって……言われました」
エルフ奴隷「身体で恩を返す価値しか、お前には無いんだと」
エルフ奴隷「何度も何度も、痛い思いをさせられながら、言われ続けました」
エルフ奴隷「痛みがある場所へと戻りたくなかったら、買ってくれた人へと恩を返し続けろと……身体で、返し続けろと、そう……言われてきました」
男「…………」
男「……身体で、か……」
エルフ奴隷「…………」
男「ん~……キミは勘違いをしていないかな?」
エルフ奴隷「え……?」
男「身体で返す、というのは、何もやらしいことだけじゃない。働いて返すこともまた、身体で返す、って言うじゃないか」
男「つまりは、ボクの望む“身体で返す”というのは、そういうものなんだよ」
エルフ奴隷「そんな……そんなはず、ありません……だって……だって、人間の男が……私達エルフを買う理由は……人間に出来ないことを……してもらうためだって……」
男「……そうだね。確かに、人間に出来ないことをしてもらうために、ボクはキミ達を買ったと言える」
エルフ奴隷「で、では……! 私を……人間の奴隷には出来ないことが出来る私を……っ!」
男「何がキミをそこまで駆り立てるのか分からないけど……ボクは、奴隷にも人権がある、という条文を破るつもりはないよ」
エルフ奴隷「だから、私が望めば、その負担がなくなるからと……! それが、恩返しに――」
男「ダメだ!!」
エルフ奴隷「っ!」ビクッ!
男「……ごめん。でも、それ以上は、ちょっと言わないで欲しい」
男「何を言うのか分かっちゃってるけど……それだと、言っても言わなくて、変わらないのかもしれないけれど……それでも、今はまだ、ちょっと……ね……」
エルフ奴隷「あ……」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「……はい。かしこまりました」
男「でも、ボクがキミ達を買った理由は、本当に人間には出来ないことをしてもらうつもりだからだよ」
エルフ奴隷「……では、ご主人さまが私達を買った理由というのは、なんなのですか?」
エルフ奴隷「私達を憐れんだからですか?」
エルフ奴隷「それとも、私達を救いたかったからですか?」
エルフ奴隷「自尊心を満たしたかったからですか?」
エルフ奴隷「悲劇のヒロインを助ける、ヒーローの気分を味わいたかったからですか?」
男「いやいやそんな、難しいことじゃないよ」
エルフ奴隷「では……?」
男「まぁ、本当に簡単なことなんだけど……」
男「ちょっと……辞書を引くのが面倒になってね」
エルフ奴隷「……は?」
男「エルフの書物を読む上で、スラスラと読めないとちょっと不便だからさ」
エルフ奴隷「……………………え?」
男「つまりは――」
男「――エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか――」
男「――ってなったから、二人を買ったわけ」
~~~~~~
エルフ少女「…………………………………………」ボーゼン
~~~~~~
エルフ奴隷「…………………………………………」ボーゼン
男「ああ、くだらなすぎて呆然としちゃったかな」
男「まぁでも、本当にそういう理由なんだ」
男「次に進めたい実験ってのいうのが、実はエルフが使う秘術でね」
男「基礎的な部分はまぁ、辞書片手になんとか解読出来たんだ」
男「周りにいる、目に見えない精霊に語りかけ、その力を行使する……」
男「そういう基礎的な部分とか、語りかける上での注意事項とか、そういうのは分かるんだよ」
男「ただ人間のように魔力を用いなかったりするそういう詳しい部分を解読するとなると、本当に何度も何度も辞書を引くことになって面倒でね……」
男「ま、その辺の部分を読んでもらうか教えてもらうかしてもらおうと思って、キミ達エルフを買ったの」
エルフ奴隷「で……では……その……それだけのために、あの大金と思われる金貨を……?」
男「いや、もちろんそれだけのためじゃないよ」
男「掃除も食事も、身の回りの世話もついでにやってもらおうかと思ってね」
エルフ奴隷「…………」
男「あとはまぁ、今までメイドがいてくれて話し相手がいたんだけど、いなくなってから独り言も増えてたし……その解消も兼ねてたかな」
エルフ奴隷「じゃあ……じゃあ、本当に、あなたは……」
男「うん。今日みたいなことをしてくれて、尚且つ、キミ達が使う文字の本を読んでくれるだけで……十分、恩返しになると思ってるよ」
男「知識を分けてもらうんだ」
男「それもまた、身体で返す、って言うんじゃないかな……?」
エルフ奴隷「…………」
エルフ奴隷「…………」
男「…………」
エルフ奴隷「……………………」グス
男「え?」
エルフ奴隷「あ……えっ、あ、う……」グスグス…エグ
男「え、えと、あの……その……んと……ごめん。……ちょっと、目の前で突然泣かれると、困るっていうか……」
エルフ奴隷「えっ、あ、ご、ごめん……いえ、す、すいま、せん……!」エグ…グス
男「い、いやまぁ、謝ることはないんだけど……その、何か、悲しませちゃった……かな……?」
エルフ奴隷「そうじゃ……そうじゃ、ないん、です……!」ポロポロ
エルフ奴隷「ただ……ただ、うれし、くて……!」グシグシ
男「嬉しい……?」
エルフ奴隷「はい……」グスッ
エルフ奴隷「いままで、ずっと、あそこよりも、ましだけど、ひどいこと、されると、思ってたから……」
エルフ奴隷「そう……言われてたから……」
エルフ奴隷「でも……優しくて……温かくて……だから、安心して、つい、涙が……」
男「……………………」
男「……そっか……今まで気を張り続けてたのが、緩んだんだね」
男「頑張って、きたんだね」ギュッ
エルフ奴隷「あ……」
男「あまり、おじさんに抱きしめられるのはイヤかもしれないけど……でもさ、こういう時ぐらい、もっとあったかい方が良いよね」
エルフ奴隷「あ、ああ……」ポロ…
男「ずっと……我慢してきたんだね」
男「……でも、もう良いよ」
エルフ奴隷「う、ううう……」ポロポロ…
男「この家は、あの場所よりも、優しい場所にするから……」
男「だからさ……」
男「明日から、そうできるように、一緒に頑張れるように……ね」
エルフ奴隷「う、ああああ……」ギュッ
男「……好きなようにしたら良いよ」
男「声を押し殺して泣いても……声を上げて泣いても……好きなように」
男「だってここは……」
男「もうここは……キミ達の家でも、あるんだから」
~~~~~~~
エルフ少女「…………」
スッ
エルフ少女(これ以上、聞くのは失礼、か……)
エルフ少女(泣き声は、好きじゃないし……)
エルフ少女(それに……今は、アイツを殺すことも出来ないし)
エルフ少女(そんなことしたら、それこそあの子の精神が参っちゃうだろうし)
――エルフ少女自室――
パタン
エルフ少女(でも……どうしよう)
エルフ少女(今度の今度こそ、本当に殺していいのかどうか分からなくなった……)
エルフ少女(あの状況であの子を襲わなかった時点で……本当に、犯すつもりはないのだろう)
エルフ少女(……本当、どうしよう……)
エルフ少女「……手っ取り早く、アイツがエルフを助けてくれる側についてくれればなぁ……」
エルフ少女(……ま、向こうが人間である以上、それは無理か……)
ボフッ
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……正直、殺したくは無い……)
エルフ少女(あんな風に言ってくれた訳だし……)
エルフ少女「…………」
スッ
エルフ少女(ナイフ……どうしよう……)
エルフ少女「…………」
エルフ少女(……まぁ、良いや)
ソッ
エルフ少女(とりあえず……掃除の本とメモでも読んで、明日に備えとこう)
◇ ◇ ◇
翌朝
◇ ◇ ◇
――屋敷前・庭――
エルフ少女「ふっ! はっ! ……はぁっ!」バッ! バッ! ドンッ!
男「ん? お、朝っぱらから元気だね」
エルフ少女「あ……これはどうも旦那様、おはようございます」
男「うん、おはよう。随分様になってるように見えるけど……もしかして、戦える人なの?」
エルフ少女「戦える人、って……」
男「あれ? 何か変だった?」
エルフ少女「いえ……まぁ、そうですね。お父さんに教わりましたから」
エルフ少女「と言っても教わったのは剣術で、この体術は剣を扱いながらしてようやく効果があるようなものですが」
男「へぇ~……剣術かぁ~……格好良いんだろうなぁ~……」
エルフ少女「お父さんのは、娘のわたしから見ても格好良かったです」
男「だろうねぇ。エルフの剣術とか弓術って、遠くから見てるだけで惚れ惚れするし」
エルフ少女「見たことがあるんですか?」
男「……まぁ、ね……遠くからだけど」
エルフ少女「……?」
男「それよりも、こんなに早くどうしたんだい?」
エルフ少女「いえ、早朝にしておかなければならない水汲みを終えたら時間があまりまして」
エルフ少女「それで、昔から日課にしているものをしていただけなんです」
男「なるほど。ということは、次からは少し遅く起きれる訳だ」
エルフ少女「いえ。おそらくは同じ時間に起きると思います。あれぐらいの日の出に起きるように、リズムが出来てしまっていますから」
男「へぇ~……地下にいたのにその辺は狂わないんだ?」
エルフ少女「わたしは、一日もおらず地下から出してもらえましたから」
男「ん~……ということは、もう一人は、まだ起きれないかな……?」
エルフ少女「もう起きてますよ。昨日宿屋に泊まった時も、わたしと一緒に起きてましたし」
エルフ少女「太陽を久しぶりに感じれて良かったと言ってました」
男「そ、っか……」
エルフ少女「……そうだ。旦那様」
男「ん?」
エルフ少女「こちら、お返しします」
ヒュッ
パス
男「…………」
エルフ少女「調理場から拝借していました」
エルフ少女「正直、あなたを殺そうと思って奪ったものですが……昨日、あなたと彼女の会話を聞いたら、殺したくないと思いまして。だから――」
エルフ少女(殺さずに、皆を解放するための足掛かりを得られる方法は、全く思いついてないけれど……それでも)
エルフ少女「――お返しします」
エルフ少女(きっともう、そのためだけに“彼”を殺そうと思うことは、ないだろうから)
男「……昨日の話、聞いてたんだ」
エルフ少女「すいません……盗み聞きしてしまいました」
男「いや、別に良いけどさ。でも、だからってわざわざ直接返さなくても……コッソリと戻しておいた方が良かったんじゃない? もしかしたらコレがキッカケで地下に戻されるかもしれなかったんだよ?」
スッ
エルフ少女「昨日の話しを聞いたと言ったじゃないですか。その程度で戻されるとは思えないと、そう思ったから言いました」
エルフ少女「まぁ、それに……今のところ殺すつもりはなくなりましたが、わたしはまだ、あなたを疑ってはいるままだということを、宣言しておきたくて」
男「…………そっか。……ま、その方が良いか」
男「というわけで、これは君に返すよ」
ヒュッ
パス
エルフ少女「え?」
男「持ってて」
エルフ少女「え……? ですが……」
男「ボクを完全に信じていない人なら、イザって時ボクも殺せるだろうし」
エルフ少女「イザって時……?」
男「そう。ボクが成したいことを成した後……かな」
エルフ少女「成したいこと……秘術に関することですか?」
男「そう。キミ達に協力してもらって完成させたい、秘術を用いた“あるもの”」
男「……そうだね……ソレを完成させた暁にでも――」
男「――宣言どおり、ボクを殺してくれて良いよ」
男「それで色々と、上手く立ち回ってくれるのなら、さ」
続き
男「エルフの書物が読めなくて不便だ……奴隷でも買うか」【後編】