1 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 20:42:52.22 j+5/zwM60 1/110


 王都に設けられた冒険者ギルドの一室にて。

ギルド長「これは君にしか頼めないのだよ」

 ギルドを取り仕切る者が直々に依頼を告げる事は少ない。

冒険者「いや、しかし、意味がわからんぞ」

ギルド長「確かに、人を助ける魔女、なんて聞いた試しはないな」
 
 ギルド長が指先を窓へ向けた。
 窓が一人で開き、風が吹き込んだ。

冒険者「ああ。だが、人を殺す訳でも無いなら放って置いても良いのでは?」



元スレ
冒険者「魔女を殺せ・・?」
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1243338172/

2 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 20:49:01.77 j+5/zwM60 2/110


 魔女とは、人の世の全てを魔族に捧げ捨て、その引き換えに強大な魔力を得た者を指す。
 あらゆる生命の頂点に立ち、文明を築いて来た人類を脅かすのが魔族だ。
 魔族の為にに動く魔女は、人類にとっては忌避すべき裏切り者である。
 それが人を助ける。と言うのだから多種多様な依頼をこなして来た熟練の冒険者も眉をひそめる。

ギルド長「・・邪魔なのだよ」

冒険者「邪魔?」
 
 冒険者の問いに、ギルド長は一つ咳払いし、静かに答えた。

ギルド長「王立魔法病院の経営に影響が出ているらしい」

冒険者「その魔女って言うのは、そこまでハイスペースに人を助けるのか」

ギルド長「いいや。治療を受けたのは10名にも満たないのだが、それがね。
      完璧な治療だったのだよ」

冒険者「・・なるほど」


4 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 20:55:16.86 j+5/zwM60 3/110


 彼自身はその医院にかかった経験は無い。
 それでも内側の仕組みは知っている。
 ギルドからの依頼を続けていると、自然と情報も耳に入ってくる。
 

 魔法病院で行われているのは、治療と言う名の詐欺である。
 傷は三日で開くように閉じられる。病も然り。
 当然、三日後には再び苦痛が蘇えり、高い治療費を手に病院を再訪するわけだ。
 詐欺のからくりに気付かぬ一般人は、個人で治療を行うだけの魔力も、術も持ち合わせていない。
  
ギルド長「金品の要求もないそうだ」

冒険者「それは当然魔女に診て貰いたがるだろうよ」

ギルド長「ああ。それが民衆の間で噂になってな・・。君に頼むしかないのだよ」

冒険者「確かにそんな状況で騎士団なんか動かせば、非難は免れないだろうな」

 やはり、詐欺だったのか、と。
 長が彼を選んだのは、ギルドに登記されている冒険者は、騎士団と大差ないからである。
 所属者の名簿は、ギルドの施設内にて、誰でも観覧できる。
 個人で魔女に太刀打ち出来る人物は、この冒険者くらいで、その他大勢が大手を振って討伐に向えば民も気付くのだ。
 ギルドへ所属せずに依頼を受けている彼は、適材だった。

冒険者「受けるのは良いんだが、どうにも嫌な気分だ」

ギルド長「金の為に人を殺すようなものだからな」

冒険者「まったく」


7 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:03:09.60 j+5/zwM60 4/110


 翌日、魔女討伐の用意の為、冒険者は一軒の洋菓子屋を尋ねた。
 扉を開くと品の良い鈴がなる。
 狭い店内に、客はいなかった。
 菓子の並ぶガラスケースの向こうで、一人の少女が笑った。
 
少女「お久しぶりです」

 背中で尻尾が踊った。

冒険者「・・尻尾が見えてるぞ」

少女「えっ? わーっ!!」

 慌てて近くにあった棚を開く。
 幾つのか薬瓶の中から一つを選び、手に取ると鱗に覆われた尻尾に塗り付けた。

少女「ふー・・」

冒険者「大丈夫なのか? そんな調子で・・」

 この時にこそ、客はいなかったが、彼女の店はそこそこ繁盛している。
 だが、それは少女が人間だからであって、魔族である事が知れれば、客の変わりに騎士や戦士が押し寄せるだろう。
 数こそ多くはないが、友好的な魔族もいる。
 それらに対しても人は冷たいのだ。
 敵対者を御するだけの力を持たない者達はその種も排除したがる。

少女「ぐ、偶然ですよ、偶然・・えへへ・・」


9 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:09:34.05 j+5/zwM60 5/110


 照れ隠しに笑う様は、可愛らしい少女の物で、魔族の姿は影ほども見えない。
 姿に留まらず、内面にも同じが言えるのを、出会いのきっかけになった出来事からも知っている。
 比較的姿が人に近い為に、彼はこうした道を進めた。

冒険者「1年ぶりくらいか?」

少女「そうですね。それくらいになるのではないでしょうか」

 若干陰った声色は、月日を思い返しているようだ。
 
冒険者「・・ま、元気そうでなによりだ」

少女「全部あなたのおかげですよ」

冒険者「ケーキの美味さは俺の力じゃないと思うけどな・・」

少女「ふふっ、そうかも知れません」

 口元を隠して笑った彼女の脳裏には、冒険者が以前焼いた、真っ黒い塊が浮かんでいた。

冒険者「今日はアレを取りに来た」


10 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:15:41.61 j+5/zwM60 6/110


************************

少女「何かありましたか?」

 と、後ろを振り返った少女の手にはランタンが握られている。

冒険者「仕事だ」

 二人は暗い階段を降っている。
 洋菓子屋は元々倉庫として使っていた建物を改築したものだ。
 地下室もその節に作られた。
 武器は全てそこへしまい込まれている。

少女「危険なお仕事ですか?」

冒険者「分からん。あっさり死ぬかも知れん」

 少女は困った顔をした。
 あっさり死ぬ、と言うのは冒険者と魔女の両者だ。
 人を助ける魔女なら一突きで殺せるだけの油断も隙もあるかも知れない。
 それでも魔女は魔女だ。

少女「・・無事に帰ってきてくださいね?」

 木製の扉に掛けられた錠を外しながら再び少女が振り返る。
 
冒険者「善処はするけどな・・」


12 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:23:07.59 j+5/zwM60 7/110


 地上の店と変わらぬ広さに、所狭しと武器が並べられている。
 そこから選ばれたのは三つ。
 狙撃用の弓、円盤型の盾、巨大な大剣。
 どれにも魔力が込められており、普通とは違う動きをする。

少女「・・何と戦うのでしょうか」

 一夜で3つ、4つの都市を崩壊させた魔竜と呼ばれる怪物を討伐しに出た時、持って行ったのは弓だけであった。
 三つには共通した名前のような物が掘り込まれていることから、同じ系統であろう。
 一体何を相手にするのか、少女には見当もつかない。

冒険者「魔女だ」

少女「魔女、ですか」

 彼女にとっては人間よりも自分に近い相手だ。

冒険者「それが良くわからん奴でな」

少女「はあ・・」

 気の無い返事をするしか無かった。
 それにしても、この武器をどう持ち運ぶのか。
 大剣に至ってはここから店へ運び出すのさえ困難に思われる大きさだ。


13 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:27:12.88 j+5/zwM60 8/110


冒険者「・・行くか」

少女「え?」

 歩き出した冒険者は、何一つ手にしていなかったのだ。

少女「持っていかないのですか?」

冒険者「ちゃんと着いてくるさ」

 冒険者は歩き出した。
 疑問符を幾つも浮かべ、その中を見る少女の脇を、光の粒が風に流された。
 ハッとして振り返ると、三つの武具は何処にも無かった。
 原理は分からないが、とにかく冒険者の手元にあるのだろう。
 少女は慌てて鍵を掛けて、階段を上がる。

少女「すぐに行かれるのですか?」

冒険者「他にする事も無いからな」

少女「そうですか・・」

 あまり危険な事はしないで欲しいのが、彼女の本音だ。
 とは言え、彼からそれを取り払ってしまった時、何が残るかと言えば、無愛想くらいである。


14 : 誤爆しちゃった・・orz恥ずかしくて死にたい - 2009/05/26(火) 21:36:15.61 j+5/zwM60 9/110


冒険者「薄気味悪い森だ・・」

 王都から東南に広がる森林が、魔女の住処だと言う。
 一歩足を踏み入れれば、天は草木に覆われ、日差しすら殆ど入らない。

冒険者「隠れ家としては格好の場所だろうが」

 二十分程歩いた頃だろうか、冒険者は気付いた。
 同じ所を巡っている。
 森に渦巻く魔力が空間を歪めているのだろう。
 
冒険者「当然と言えば当然か・・」

 わざわざここに隣接して王都が建設されたのは、これが理由だ。
 魔族ですら出入りの術を持たない此処は、城壁の役割を持つ。
 群生する植物は、通常とは異なり、薬草の類も多い。
 それを求めて迷い込んだ者が、魔女に出会い治療を受けたのが始まりだと言う。
 彼も無理に突破する気は無く、その魔女の善意を宛てに森に入った。

冒険者「心が読まれたりしなければ良いが・・」

 雰囲気を出そうと、そこいらの木の葉を毟り取ったりしながら、ひたすらに歩いた。



15 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:39:07.63 j+5/zwM60 10/110


 更に二十分程経っただろうか。
 突然、道が開けた。
 丸い広場のようなそこは、草木の背が低く、青空があった。

冒険者「・・この辺りにいるのか?」

 辺りを見回すが、人影は無い。
 そよ風が、様々な色の花を揺らした。
 甘い香りが冒険者の鼻先をくすぐる。
 嗅いだ試しの無い匂いだった。
 幻覚作用のある物かも知れないが、そうであろうと身を任す事にする。
 香りに誘われたのか、幻か、判断は付かないが、すぐに蝶が一羽飛んで来た。
 ひらりひらりと飛ぶ金色の蝶に一歩近づく。
 足取りはしっかりしている事から、一面に咲く花は、身体に無害のようだ。
 蝶は、逃げずにその場に留まっている。
 更に一歩近づく。
 草を踏む音が、同時に背後から鳴った。
 慌てる風も無く振り向く。
 
魔女「・・道に迷われたのですか?」

 漆黒のローブを頭から被った人物が立っていた。
 顔は見えないが、若い女の声だ。
 いくら魔女の治療が目的であろうとも、何も持たず、動きにくい格好でこの森に入る者は居まい。
 恐らく彼女が魔女だろう。


19 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 21:49:16.86 j+5/zwM60 11/110


冒険者「ああ。そうなんだ」

魔女「では私が道案内致しましょうか?」

 声のみだが、随分若い。


 魔女にも様々いる。全てが御伽噺の中の老婆と言う訳ではない。
 だが、高齢になるにつれて偏屈な思想の持ち主は多くなる。
 同時に、年を重ねた彼女達は、その思想に行動を伴わせるだけの魔力を得ている。
 ギルド長からの魔女に対する説明が少なかったため、今回もそういった類の魔女であろうと、冒険者は考えていた。

冒険者「いや、それが・・実は少し病に冒されていてな」

魔女「大丈夫ですか?」

冒険者「今は大した影響が出ていないが、これからもそうとは言えなくてな。薬草を取りに来た」

魔女「見つかりましたか?」

冒険者「いいや。だからそれが見つかるまでは帰られない」

魔女「・・・・」


21 : うわあああぁん - 2009/05/26(火) 21:55:29.04 j+5/zwM60 12/110


 それまで丁寧な口調で何かしらの返答をしてきた魔女が急に黙った。
 一瞬何か自分が失敗を犯したのかと考えたが、どうもおかしい。
 心を読まれているのなら、最初から関わられなかっただろう。
 自らの発言の中に、真意を汲み取られるような物もなかったはずだ。

冒険者「どうかしたか?」

魔女「いえ・・ただ、最近そういう方が多いなと思いまして」

 王都で流れる噂は本人の耳には入っていないようだ。
 少し困った風な、人間らしい素振りの魔女に対し、若干これから殺してしまうのが躊躇われる。
 何度か人を殺した経験はあろうとも、全てに理由があったのだ。
 今回は金の為の人殺しだ。
 せめて魔族に近い魔女ならば心が痛む事もなかったのに。


冒険者「・・良かったら、薬草を探すのを手伝ってもらえないか?」

魔女「それは良いのですが・・」

冒険者「あんた、魔女なんだろう?」

 魔女の声に戸惑いが混じっていたのは、自身に対し、何の不信感も抱いていない様子が原因だろう。
 冒険者が魔女であると、判断した材料は、誰しもが魔女と判断するとは言い切れないが、この場には不釣合いだ。
 下手な小芝居を打つよりも、手の内をある程度明かした方が、怪しまれずに隙をうかがえるだろう。


22 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:02:36.03 j+5/zwM60 13/110


魔女「・・そうですけど」

冒険者「噂になってるんだよ、街で」

魔女「噂?」

冒険者「友好的な魔女がこの森に住んでいるってな」

 口をつぐんだ魔女に、歩み寄る。
 蝶はもう居なかった。
 
冒険者「治療してくれとは言わないから、手伝ってくれないか?」

魔女「分かりました。・・その、噂と言うのがどのような物かも少し聞きたいので」

 人の敵であると認知されている魔女にとって、存在の露出度がたかるのは命に関わる。
 噂の詳細を求めるのも当然だろう。


23 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:11:44.95 j+5/zwM60 14/110


 冒険者にとっても好都合だった。
 会話が彼が求めている事になっている薬草になれば、すぐに終わってしまっただろう。
 即座に見つけ出されて、森から去らねばならない。
 その短時間で隙を見て殺害する手筈だったが、やや不安が残っていたのだ。
 歩き出した魔女に従い、広場から再び森へと入る。

魔女「その・・どのような、噂なのですか?」

 頭二つ分背の高い冒険者の顔を覗き込むように魔女が聞いた。
 
冒険者「大体はさっき俺が言った事だな。
    あとは治療の出来が、王立の病院よりも良いって」

魔女「そうですか・・」

冒険者「何か困る事でもあるのか?」

魔女「いえ・・」

 とは言ったが、明らかに悩んでいる様に見えた。

冒険者「なんでこんな事してるんだ?」

 ここぞとばかりに依頼を聞かされた時からの疑問をぶつける。

魔女「治療は偶然で・・。森で迷った人を助けただけです」

冒険者「それにしたって、アンタ魔女だろ?」

魔女「魔女だからですよ」


27 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:20:20.99 j+5/zwM60 15/110


 森の中を並んで進みながら、会話は続く。
 冒険者は魔女の方を見ようともしないが、顔の見えない魔女は時々をそちらを向いた。

冒険者「どういうことだ? 魔女が人を助ける存在になったと言う話しは聞いた事が無いぞ」

魔女「そうではないのです。人との衝突を避けてこの森に住む為にそうしただけです」

冒険者「なるほどな。しかし、そんなに森は住み易いか?」

魔女「そう言う訳では無いのですけど・・」

 語尾を濁すにはそれなりの理由があるのだろう。

冒険者「何か訳があるのか?」

魔女「・・・・」

 それっきり黙り込んでしまった。
 魔女に合わせて冒険者もそれ以上追求はしなかった。
 薄暗い森の中を黙って進む。
 沈黙は十分程、二人の間を取り巻いた。
 生態系が、独自に繁殖する虫しか居ないこの森では物音が殆どしない。
 鳥の鳴き声は遥か高い所から、ここまでは届かない。
 草を踏む音だけが延々と続く。
 不意に、静寂を破ったのは小さな悲鳴だった。


28 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:26:52.73 j+5/zwM60 16/110


 魔女が木の根に躓き、体勢を崩したのだ。
 体が地に墜落するより早く、冒険者の片腕が支えた。

冒険者「大丈夫か?」

 顔まで覆っていたフードは今の衝撃ではだけたようだ。
 冒険者の瞳には、自分よりも十程若いと思しき少女の驚きの表情が映っている。
 透き通る肌には濃緑の毛髪がかかり、大きな瞳に同じ色を灯している。
 
魔女「だ、大丈夫です・・」

 薄紅の小さな唇がそう動く様を見ながら、魔女と言うより妖精だと思った。
 ゆっくりと体を元の垂直に立てて行く。

魔女「力持ちなのですね・・」

冒険者「あんたが軽すぎるんじゃないか?」

 事実、殆ど重みは感じなかった。

魔女「あはは・・。そうでしょうか?」

冒険者「ああ」

魔女「あのっ、・・ありがとうございました」

冒険者「気にしないでくれ。俺の方こそ」


29 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:33:09.45 j+5/zwM60 17/110


 少女の可愛らしい顔に一瞬依頼の件が頭から消し飛んでいたが、無理やり引き戻す。

冒険者「薬草を探すのを手伝ってもらってる訳だからな」

魔女「あ・・。はい。薬草ならもうすぐ沢山生えている場所に着きますよ」

冒険者「そうか」

魔女「はい、この森の大よそ全ての薬草が生えているんじゃないでしょうか・・」

冒険者「なるほど、それなら俺の病に効く物もあるかも知れない」

魔女「そうですね」

 等と話しながら、冒険者は胸を内側から羽根の先で撫でられるような心持でいた。
 原因は、時折魔女が自身の顔を見上げる事だ。
 フードを被って居た時はなんとも感じなかったが。
 長い睫に彩られた緑の眼差しが向けられる度に、何かが掬われて行く気がした。
 何かの術であるかと一瞬疑いもしたが、それをする理由は見当たらない。
 彼女の方も、さきの件で気を良くしたのか、心なし、それまでよりも好意的に見える。

魔女「病の種類が分かれば最も良く効く物をお持ちしますが・・」

冒険者「それは有り難いのだが、イマイチ分からなくてな」

 この世界に置いて不変的な知識は存在しない。
 永劫に新種の魔族が生まれ、その数だけ病や呪いの数も増して行く。
 しかし、余程の事が無ければ新手の魔族に傷を負わされる事は無い。
 その事から、少々整合性に欠ける誤魔化しではあるが、今なら問題無いだろう、と踏んだ。
 出会い頭にこれを伝えれば、疑いの意識をもたれかねなかっただろうが。


30 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:36:15.25 j+5/zwM60 18/110


魔女「大変なのですね。私に出来る事ならお手伝いしますよ・・ほら」

 と、言って手を向けた先は、彼女と出会った地点と同じ様に開けていた。 
 どういう原理か、多種多様な薬草が所狭しと群生しているようだ。
 
冒険者「凄いな・・」

 一束摘んで持ち帰れば豪遊出来るだろうと、一目でわかる。
 もっとも、治療にどう使うかこそは、心がけて居ても、市場の価値までは分からない。
 冒険者が睨んだ以上の価値を持っているかも知れない。

魔女「この森の大地には、魔力が根のように張り巡っているのですよ」


31 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:41:54.62 j+5/zwM60 19/110


冒険者「なるほど・・」

 入り込んだ者を惑わす、空気中に含まれる魔力ばかりに目がいっていたが、そうか。
 当然地中に魔力が溢れているのだろう。

魔女「地脈には流れがありまして。数箇、魔力が集中してる地点があるのです、ここはその内の一つですね」

 魔女らしく無い魔女だ。
 得意げに語る様子に、冒険者は笑みを漏らしていた。

魔女「え?」

冒険者「いや、何でもないんだ。すまん」

 言いながら、自らにも言い聞かせる。
 自分はこれからこの少女を殺さねばならないのだ、と。

魔女「そうですか? えーっと・・どれが良いでしょうか・・」

冒険者「あんたの目的はこれか?」

魔女「目的、ですか?」

冒険者「ああ。魔力が集中してる土地の方が向いてるんだろう? 何をしてるのかは分からないが」


33 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:48:50.73 j+5/zwM60 20/110


 図星だ。
 沈黙がそう答えた。
 何かしらの目的を持ってここに住んでいると見える。
 それが人間に対して悪意のこもった行為である事を、冒険者は願った。
 理由を見つければ、少しは殺し易くなる。


魔女「それは・・」

 これまでとは打って変わって悲しげな声に変わる。
 僅かな罪悪感が冒険者を襲った。
 
冒険者「・・すまない」

 何故謝る必要があったのか。
 これから殺す相手に何をしているのか。
 幾つ物の死線を潜り抜けてきた熟練の冒険者がそう、がなり立てる一方で。

冒険者「悪い事を聞いたようだ。・・俺とて言いたくない事はある」

 言い訳がましい事を口走る。


35 : >>34すごく申し訳無いです - 2009/05/26(火) 22:55:17.46 j+5/zwM60 21/110


魔女「いえ・・良いんです。私は魔女ですから・・」

 魔女だから、人に嫌疑の眼差しを向けられる事には慣れている、と言うのか。
 その割には魔女らしく無い少女の弱々しい声に、無理やり話しをずらした。

冒険者「・・薬草は、どれが良いだろうか」

魔女「・・そうですね」

 
 と、彼女が屈み込んだ。
 同時に辺りがざわつく。


37 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 22:59:43.52 j+5/zwM60 22/110


冒険者「・・これは」

 暗い木々の裂け目から複数の赤い目が覗いている。
 ちらりと、魔女の方を向くと、目があった。

魔女「・・逃げてください!!」

 声に反応したのか、赤目の主の一つが踏み込んで来た。

冒険者「なんだ、こいつらは・・」

魔女「低級魔族の一種です!! 早く逃げて!!」

 複腕鬼と呼ばれる総計7本の腕を持つ魔族だ。
 何度か戦った経験もある。
 しかし、この森に入り込んで来るのはおかしい。
 まず始めに疑ったのは魔女の使い魔である可能性だが、そうでは無い様に思える。


38 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:04:48.61 j+5/zwM60 23/110


冒険者「・・あんた魔女だろ? 魔法でどうにか」

魔女「こ、攻撃に使える様な術はあまり・・って、良いからあなたは逃げてください!!」

 低級魔族であろうとも、ただの人間が敵う相手ではないのだ。
 それも複数居る。
 

 言われたままに、逃げたかった。
 自分の手を汚さずに当初の目的を達成出来る良い機会なのだ。
 しかし、逃げようにも四方を囲まれている。
 魔女はその事実に気がつかない程に動揺しているのか。

冒険者「仕方ない・・」

 こちらの正体を曝け出すしか無いようだ。
 決心させたのは、小さく震える魔女の肩だった。


40 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:11:35.64 j+5/zwM60 24/110


冒険者「来い・・!!」

 魔族へ向けて放った言葉は、武器にも掛かっていたようだ。
 男の右手には大剣が、魔女の眼前には巨大な円盤状の盾が、出現した。

魔女「これは・・?」

冒険者「ある程度の攻撃は防ぐハズだ」

 浮遊する盾はゆっくりと魔女の周りを旋回し始めた。
 それを合図にしたのか、複腕鬼が二体、飛び掛ってくる。
 正面から飛び込んで来る一体を切り払う。
 自らの身の丈と変わらぬ大剣を冒険者は軽々と振るった。
 横から飛び出した複腕鬼の七つの打撃は、全て盾が素早く動き、防いだ。
 紫の血飛沫が、花を汚した。



42 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:17:06.24 j+5/zwM60 25/110


 同胞の死に怒り狂った複腕鬼が雄たけびを上げた。
 群で動く彼らは魔族の中でも取り分けて、仲間意識が強い。
 魔女は死を覚悟した。
 二体を軽くいなしたとは言え、まだまだ残っているのだ。
 針金のような毛が生える真っ赤な指で握りつぶされてしまう姿を、嫌でも思い描かざるを得なかった。
 すぐに、眼前にその腕が伸びる。
 強く目を閉じた姿で、何かが弾ける音を聞いた。
 ゆくりと、目を開く。
 自分の頭が潰された音で無かった事に感謝した。
 旋回する盾が視界を返すと、妙な光景が広がっていた。
 腕の無い鬼が悲鳴を上げて膝を付いている。
 盾に思い切り殴りかかった反動であるとは思えなかったが、他に原因も考えられない。
 その少し後ろで、冒険者が7体目の鬼を真っ二つに切り捨てた。
 猛攻が止んだ。
 木々の陰に身を潜め、飛び掛ってこないのは、大剣を振るう冒険者の力量を理解したからだろう。

冒険者「大丈夫か?」

魔女「はっ、はい・・!」

冒険者「奴ら、一体何なんだ?」


43 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:22:28.44 j+5/zwM60 26/110


 魔女が俯いた。
 彼女がこの森に留まる理由と関係があるのだろうか。
 冒険者が、取り囲む魔族達へ一瞥をくれると、魔女が口を開いた。

魔女「・・この場から脱する事が出来た時、話します」

 何かを決心するような声だった。

冒険者「俺はここで死ぬ気は無い。喋るつもりでいてくれ」

 言葉の途中で、背後から数体の鬼が踊りかかって来る。
 無い知恵を必死に絞って考えた作戦がそれか。
 嘲る余裕すら持ちながら、振り向き様にすべてを切り捨てた。
 鋼の剣が枝と化す、分厚い皮膚も、冒険者の振るう大剣の前ではチーズ状態だ。
 後続の鬼達は様子を伺うのみだ。
 黙っていても埒が明かない。こちらから切り込むか。
 踏み出すなり、悲鳴が上がった。
 
魔女「一体何事でしょうか・・?」


44 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:30:27.85 j+5/zwM60 27/110


 盾の性能と冒険者の力量から身の安全を感じたのか、魔女の口調は落ち着いている。
 
冒険者「分からん・・」

 鬼達が何かに攻撃を受けているのか。
 意識は完全に何かへ向けられているようだ。

冒険者「鬼達には心当たりがあるんだろう? 何が起きているかに関してはどうだ?」

魔女「・・別種の魔族が召喚されたのかも知れません」

冒険者「なるほど」

 召喚なんてそこらの魔女にも不可能な術だ。
 どうにもこの少女が、森に留まる理由は厄介事らしい。
 悲鳴は続々と上がり、さらにこちらへ近づいて来る。
 大きな物音を発して、鬼の一つが、上半身を広場へ突き出した。
 恐怖に歪んだ顔は、救いを乞うているかにも見える。
 本来味方である魔女は、華奢な手を伸ばすが。
 届く距離では無かったし、何よりもあっという間に、体は再び木々の間に消えていったのだ。
 何かに引きずり込まれるように。


45 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:35:59.88 j+5/zwM60 28/110


冒険者「気をつけろ」
 
 パリパリと言う音が微かに流れた中で、冒険者が魔女の前に出た。
 おそらく鬼達は食われたのだろう。
 下級の魔族を食らうとなれば、中級、あるいは上級だ。
 そこらの大木よりもずっと太い黒い物が一本、暗闇から生えたかと思うと、地面に突き刺さった。
 人間が振りかざす槍ほどの突起物がみっしりと生えている。
 魔女が後退するのを、音だけで確かめる。
 振り向いたりしようものなら、忽ちに腹に巨大な風穴を作られるだろう。
 一撃目が放たれる。
 地面に突き刺さっている物と同じ凶器が、飛び出す。
 真っ直ぐに冒険者を目掛けて伸びる。
 馬鹿に大きいそれだが、弓の名手が放った矢よりも早い。
 寸での所で剣が弾く。
 切断しようと振るったのだが、何とか弾き返すのが精一杯だった。
 手に痺れが残る。
 
冒険者「・・どうしたものか」

魔女「大丈夫ですか!?」

 一人ならば逃げるが勝ちと言ったところだろう。
 
冒険者「なんとか・・、する」


46 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:43:04.69 j+5/zwM60 29/110


 手にしていた大剣は光の粒子として大気中に消え、代わりに弓が現れる。
 突撃が、繰り出される。
 冒険者は横に飛び回避した。
 地面が抉れ、花が土ごと飛び散った。
 その隙間を縫うように矢が放たれる。
 一筋の軌跡は、森の暗闇に飲まれる寸での所で、無数に枝分かれした。
 先で、ぐう、と言うくぐもった呻き声が生まれた。
 少なくとも一本は弱点らしき箇所へ突き刺さったようだ。
 再び弓ずるを引く冒険者へ、次の攻撃が襲い掛かる。
 直径20mはあろうかと言う塊が宙を飛んで来たのだ。
 それが何であるか、経験から察した冒険者はすぐさま後ろへ飛びのくなり、魔女を抱きかかえる。
 わあ、と小さな悲鳴を上げたが、それは塊の落下する音にかき消された。
 しゅうしゅうと音が鳴る。
 広がった緑の液体に花も木も溶かされているのだ。
 二人は手近な木の枝に飛び乗りそれを回避した。


47 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:46:30.16 j+5/zwM60 30/110


冒険者「体にかかったりはしてないか?」

魔女「は、はい・・」

 抱きかかえられたまま顔を赤くしている。 
 一瞬訝しんだが、すぐに理由が分った。
 乱雑に抱き上げた為に、ローブの裾を捲りあげる形になり、白い太ももが晒されている。
 
魔女「あの・・あの・・」

 冒険者の顔と足の先を交互にちらちらと視線を動かしている。
 瞳は潤んでいる。
 相当恥ずかしい思いをしているようだ。
 一瞬、しばらくこのままにしてやろうか、と言う加虐性愛的な思考が過ぎったが、すぐに打ち消す。
 当たり前の事であるが、それどころではないのだ。


51 : 以下、名... - 2009/05/26(火) 23:54:41.12 j+5/zwM60 31/110


冒険者「すまない」

 薄笑みのみを残して、冒険者はその場を離れる。
 先ほど放たれた溶解液が再び使われる事は無いだろう。
 相手もこちらの手の内を読む為の動いたハズだ。
 二、三離れた木の上に立つ。
 件の黒い物が飛んでくるよりも前に、冒険者は天へと矢を複数放った。
 わずかに遅れてその木が圧し折られる頃には、別の木へ飛び移っている。
 再び天へと矢が上る。
 やはり攻撃を回避して、すべてが溶かされ灰色の砂地となった広場へ着地する。
 
 同時に、滝の如く矢が降り注ぐ。
 初めの一撃よりも大きな悲鳴があがる。
 木が数本倒れた。いまだ姿を現さない怪物が苦痛に悶えて暴れているのだろう。
 手と思しき黒い円柱も振り下ろされる。
 冒険者を狙っての攻撃、と言うよりも、矢を振り払うかの動きだ。
 見切れぬ速度ではなかった。
 いつの間にか弓に代わって握られていた大剣が、間接目掛けて振り下ろされる。
 真紫の血液が噴出す。
 容赦無く冒険者の全身を汚した。
 しかし、それを気にする訳も無く、次の足の解体へと向かう。
 次々と切り落とされていく足。
 怪物の動きは激しくなっていくが、どう足掻いても冒険者へ一矢報いる事はなかった。
 暴れながら木々が倒されたおかげで、広場は広がっていた。
 今では怪物の姿も日の光に晒されている。
 鬼を食らった新たな襲撃者の正体は、巨大な蜘蛛の姿をした魔族であった。


52 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:01:26.59 4bCTuygy0 32/110


魔女「大丈夫ですか?」

 よじよじと木から不恰好に下りて来ている魔女が首を向けて叫んだ。
 
冒険者「ああ・・。何とか仕留めた」

 無事に、と付け加えた無かったのは、全身が紫に染まっているからだ。

魔女「こんなに大きな魔族を・・」

冒険者「・・どこかに体を洗える場所は」

 言葉をさえぎる様に、蜘蛛の死骸がうなり声を上げた。
 表面が蠢いて見える。
 何事か。
 目を細める冒険者。
 いつの間にかすぐ近くまで来ていた魔女はその背中に引っ付くように隠れた。
 蠢きが、わずかに死骸から分離した。
 ここでようやく冒険者が気がつく。
 弓を出現させるなり、矢を放つ。
 雷鳥の尾と魔竜の骨で作られた矢はその数と大きさを自在に変化させる。
 目に見えぬまでに細かくなり、霧の様な姿で蠢きへ向かって行く。
 上級魔族の使役する這虫と呼ばれる使い魔が正体だろう。
 人の皮下に潜り込み、肉を貪り食い、糧とし、増殖する恐ろしい虫だ。
 幸い、一匹辺りの生命力は然程無い。
 たった今放たれた無数の矢で一掃出来るだろう。


56 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:07:23.23 4bCTuygy0 33/110


魔女「・・あれは、這虫」

冒険者「ああ。古文書を通して知識だけは持っていた」

 実際に使われたのは、これが初めてだ。
 確実に数を減らして行く黒い蠢きに、冒険者も魔女も安堵した。
 どちらも、想像すらしていなかっただろう。
 まさか、複数の虫が絡まり合い、一固体へと変貌して行くのを。
 残りわずかまで、霧の矢が蠢きを消滅させた辺りで、それは起きた。
 黒い物が高速で飛び出して来た。
 冒険者が大剣を出現させる速度もそれに引けを取らない。
 だが、わずかな差で空を切る。
 魔女の体を覆う黒い布の一部が食われる。
 もちろんその先の、皮膚も。

魔女「い、いやあぁぁああぁっ!!」

 悲鳴を上げるなり腕の辺りを押さえた。
 ほとほとこの魔女は、実戦経験が無いのだろう。
 這虫の一匹程度であれば、初歩的な魔術で対処できるハズだ。


60 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:13:57.92 4bCTuygy0 34/110


冒険者「手を離せ!!」

 怒鳴り声は魔女の耳へ届いていないようだ。
 たいした事の無い使い魔とは言え、早く体から取り除かなければ手遅れになる。

 仕方なしに、冒険者は強行手段へ打って出た。
 剣が振るわれ、魔女のローブが無残に切り裂かれる。
 皮膚に傷一つ付けずに、一糸纏わぬ姿へと変えた剣の腕前はさすがと言える。
 新たな悲鳴が上がり、魔女はその場に座り込み、片手で胸を、残りで下を隠した。

 二の腕の辺りの皮膚が隆起し、もぞもぞと動いているのが確認出来た。
 しかし、生命の危機よりも恥が優先されたのは、一瞬で、すぐに抑えていた腕へ手が伸びる。
 魔女の手に、生暖かい感触が伝わった。
 皮膚の下で蠢く虫の気配は無い。
 恐る恐る、そこから離した手を、ひっくり返して確認する。
 わずかに血糊が付着している。
 次に腕に目をやると、小さな切り傷から血液が垂れていた。


63 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:21:17.78 4bCTuygy0 35/110


冒険者「悪い」

 と、言いながら歩み寄る冒険者の手には、小瓶が摘まれている。
 懐から包帯と一緒に取り出された物だ。
 小瓶の口は開かれている。
 片膝をついて、冒険者は魔女の腕を手に取った。

冒険者「少し染みるかも知れない」

 激変する状況に対応し切れないのか、自身のあられもない姿を気にするでもなく、目をぱちくりとさせている。
 傾いた瓶から白い液体が流れる。
 しゅうと、音がなるなり、魔女の顔が一瞬苦痛を訴えた。
 構わずに、するすると包帯が巻かれた。

冒険者「俺が付けたのはただの切り傷だからそれくらいで大丈夫だろう・・あとは・・」

 そこまで言って、冒険者は魔女のそばを離れて、後ろを向いた。
 
冒険者「服をどうするか・・」

 その言葉に、魔女が耳まで顔を赤くさせたのは想像に難くない。



67 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:28:03.94 4bCTuygy0 36/110


 二人は、湖の畔に居た。
 魔女のしなやかな肢体は、真っ白いローブに隠されている。
 包帯を媒体に、魔術で作り出した服だ。
 こういった方面の術にめっぽう強い、と言うのは本人の談による。
 冒険者は衣服を着たままで水面に浸かって仰向けになっている。
 あとから術で乾かす位なら幾らでも出来る、と魔女が言うのでこうした。
 水に滲み出た魔族の血液は、ずいぶん湖を汚したが、あっという間に汚れが引いた。
 ここにも魔力が蔓延しているらしい。

冒険者「・・さっきは悪かったな」

魔女「い、いえ・・」

 また顔が赤くなった。
 魔女はどういう訳か、正座で湖畔に座っている。
 俯いて恥を忍んでいるようだが、時折ちらちらと顔を上げる。

冒険者「ああするしか、君が手を離しそうになかったんでな」

魔女「うぅ・・。ありがとうございます・・」

 困っているのか感謝しているのか分らない答えに、冒険者は思わず声を出して笑った。


69 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:32:16.95 4bCTuygy0 37/110


魔女「わ、笑わないでくださいっ!! 恥ずかしかったんですから・・」

冒険者「悪い。・・アンタ、家系が魔女なんだろ?」

魔女「・・はい」

 後天的な魔女は、自ら望んで魔族と交流を図り、その配下へ下る。
 その魔女から生まれた女児は否応無しに魔女となる。
 顔を赤くしたり頬を膨らませたりするこの少女は、恐らく後者であろう。
 年齢もそれを予期させる材料ではあったが、頭の中身でそれを確信した。
 
冒険者「・・そうだ」

 水面から立ち上がる。
 雫が滴り落ちる音が、小気味良く響いた。

冒険者「アンタがここに留まる理由と、さっきの奴らについて、話してくれるんだろう?」

 そう言った冒険者の中に、彼女を殺す、と言う考えはもう無かった。

魔女「そういう約束でしたからね・・」

 ずぶ濡れのまま、魔女の隣に腰を下ろす。


71 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:38:47.30 4bCTuygy0 38/110


 触れるか触れないかの位置へ、手が差し出される。
 まばゆい光が放たれたかと思うと、それがぐるりと冒険者の体を一巡りした。
 
魔女「湿っている所とかは無いですか?」

冒険者「ああ。・・確かにこういう術は一級品のようだ」

 素直な褒め言葉に、魔女は照れくさそうに頬を指でなでた。


魔女「まずは、何から話したら良いでしょうか」

冒険者「なんでも良いさ。話しやすいところからで構わない」

魔女「・・それでは、まず先ほどの魔族達についてからお話しましょう」

冒険者「ああ」


72 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:42:19.27 4bCTuygy0 39/110


魔女「彼らは、私が姉から預かっている子供が召喚した物です」

冒険者「・・ほう。子供?」

魔女「・・とても高い魔力を持っているのですが・・今、少し・・呪われていて」

冒険者「呪いってのは?」

魔女「理性を損なわせ、無秩序に破壊の為に魔力を振るう恐ろしい呪いです」

冒険者「・・それならどうしてさっきの集団に混ざってなかった?」

魔女「今は、私の住む家の地下に封じの為の魔方陣を作り、そこに・・」

冒険者「それで、自ら出向かずに魔族を召喚するわけだ」

魔女「はい」

冒険者「その魔方陣の力を保つのに必要なのが、この森の魔力、と言う所か?」

魔女「そうです」

冒険者「・・あとどれくらいここに居るつもりだ?」


73 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:48:01.64 4bCTuygy0 40/110


魔女「え?」

冒険者「もう話したが、あんたの事は噂になっているんだ」

魔女「・・あまり、人と関わるのは良くありませんよね」

冒険者「ああ。俺もアンタを殺す為に森へ入ったわけだしな」

 目を大きく見開いたのが、分った。
 それなりに驚いた様子ではあったが、何の用も無く手練が森へ入ってくる訳も無い。
 すぐに納得したようだ。

冒険者「今はそんな気、さらさら無いがな・・」

 もともと魔女と人間は対立する立場にある。
 信用されるとは思っても居ない。
 彼女に拒絶される可能性は十分にある。
 それでも、身分を偽りながら接するのは居心地の良い物でなかった。
 立ち上がり、土を払う。
 声が返って来なければ潔くこの場を去るつもりだった。
 いずれ騎士団か別の冒険者に殺される運命であろうとも。
 ところが、声は返ってきた。


77 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 00:56:08.84 4bCTuygy0 41/110


魔女「・・あの」

冒険者「うん?」

魔女「・・ありがとうございます」

 涙ぐんだ声は震えている。

冒険者「どうした?」

魔女「こんな、こんな事言われても迷惑かも知れませんけど・・」

 何度も詰りながら魔女は言葉を紡いだ。
 
魔女「ずっと、私は一人で・・こんなに風に、誰かに助けてもらうことなんて、なかったから・・」

冒険者「よしてくれ・・。俺は最初、アンタを・・」

 殺そうとして居たんだ、と言う言葉は発せられなかった。
 彼女が背負っている物がどれ程なのかは、推測の域を出ない。
 それでも、魔女が涙を流していると言う事実だけは揺ぎ無い。
 冒険者はただ頭を撫でた。
 慣れない手つきで、くしゃくしゃと。


78 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:03:31.41 4bCTuygy0 42/110


 魔女の涙が止まる頃には、夕闇が迫っていた。
 
冒険者「大丈夫か?」

魔女「もう大丈夫です、ごめんなさい」

 乗り掛かった以上、降りるつもりは無かった。
 それがこの冒険者の気質だ。
 自由気ままに生きる。その為にギルドへ名を連ねる事をしないのだ。
 富と名声よりも己を貫く。

冒険者「俺に出来ることは殆ど無いだろうが・・」

魔女「いいえっ、そうじゃなくても・・あの、お礼がしたいんです」

冒険者「・・別にそこまで気を使わなくても。俺も一応依頼でやってるわけだし」


80 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:09:14.51 4bCTuygy0 43/110


 口と胸中は別々だ。
 この魔女を救いたい、と言う感情で動いている。
 それを言葉にするのが恥ずかしいが為に、依頼を口実にした。

魔女「それでも、私はあなたに救われました」

 警戒する様子はすでにまったく無い。
 屈託の無い笑顔浮かべるこちらが、本来の彼女であろう。

魔女「行きましょう」

 手を差し出してきた。
 血に塗れたこの手には、不釣合いな小奇麗で、華奢な手だ。
 そう思いながらも、冒険者は、ゆっくりと握り締めた。
 ふふふ、と嬉しそうな顔をしながら歩き出した。


82 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:15:29.08 4bCTuygy0 44/110


魔女「ここです」

 小さな木造の小屋があった。
 例によってあたりに木は無く、広場になっている。
 庭先に設けられた井戸の脇を通り、戸口へ向かう。
 軋んだ音が鳴る扉は、今にも壊れそうに思えた。
 外観もずいぶん古めかしい。
 こういう辺りは魔女らしい、と言ったところか。

魔女「どうぞ中へ」

冒険者「ああ・・」

 と、中に入るとすぐにそうではないと分った。
 ずいぶん整っている。
 家具もずいぶん新しく見える。
 彼女の魔術を持って定期的に修復されているのだろうか。

魔女「あ、椅子をどうぞ」

 ふわりと、置くの部屋から丸い椅子が飛んで来た。
 それがすとんと、冒険者の前に着地する。
 言われたままに座った。


83 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:18:40.68 4bCTuygy0 45/110


冒険者「品の良い暮らしをしてるみたいだな」

 比較対照は物が乱雑に散らばる自宅だった。

魔女「えへへ、そうですか?」

 素直な所には好感が持てた。
 
魔女「あっ、あの・・ちょっと着替えてきます」

冒険者「そういえば有り合わせの服のままだったな」

 椅子が飛来した奥へと小走りで向かって行った。
 ここで冒険者は今後の方針へと考えを巡らせる。
 まず間違いなく、冒険者が首をとったと言う報告をしない限り、次の刺客は送り込まれるだろう。
 そうでなくとも、いずれまた都に住む人間が迷い込んでくるかも知れない。
 そうなれば、どうなる事か。
 殺して口を封じるのも手ではあるが。
 実行出来るのは自分であろう。魔女に出来るとは思えない。
 事実、これまで治療を施して懇切丁寧に迷い人を送り返したのは、出来ないからだろう。
 しかし、ここへ留まれば、やはりギルドが不審の目を向けないとは考えられない。
 となると、魔女の抱える難題を解決して、この森から逃がしてやるしか無いだろう。


85 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:28:11.84 4bCTuygy0 46/110


冒険者「・・うーん」

 武芸は極めていようとも、魔法に関しては疎い。
 魔女の家系に生まれた者が四苦八苦する現象に、わずかにでも力添えできれば良いのだが。
 
魔女「お待たせしました」

 そう言って現れた魔女は黒地に金色でなにやら模様が描かれたローブを羽織っていた。

冒険者「ローブが好きみたいだな」

魔女「え? ・・他の服は良く分らないので作れないのです」

冒険者「なるほど」

 人間の世界とは、あまり関わりを持たずに生きてきたようだ。
 どれほどこの森でこうした暮らしを続けているのか。
 聞きたい事は山ほど有ったし、これからどうするかも話したかったが、彼女が先に用件を述べた。

魔女「おなか、空いてないですか?」


86 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:29:34.80 4bCTuygy0 47/110


 魔女は嬉々として料理を始めた。
 やはりこう言った方面が得意なようである。
 じゅうじゅうと、何かの焼ける音と匂いがする。

冒険者「・・食材はどうしてるんだ?」

魔女「どうしてると思います?」

 ナゾナゾでもしてるかのような口ぶりだ。

冒険者「まさか魔族の肉を・・!?」

魔女「そんな訳なじゃないですかー・・」

 わざとらしく呆れた、と言う声で返されてしまった。
 冒険者も声をあげて笑った。


87 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:30:19.32 4bCTuygy0 48/110


魔女「魚ですよ」

冒険者「ああ・・なるほど。湖があったよな」

魔女「川もあるんですよ?」

 意外と快適な暮らしを送っているようだ。
 封じられていると言う呪われた子供が気になるが、今は魔女のペースに合わせよう。
 今後必要とされるのは、チームワークとか、信頼と言った類であろう。
 と、言うのは冒険者の格好付けであって、本音はただこの時間を楽しみたいだけであった。
 料理が運ばれてくる。
 手伝おうかと声を掛けたが、あっさり断られた。
 だから、客らしく冒険者は続々と送られて来る料理をただ眺めていた。
 やがて、最後の一品を乗せた銀細工の施された皿がことん、とテーブルに置かれた。


88 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:32:17.99 4bCTuygy0 49/110


魔女「ふーっ、これで全部です」

 まさに力作、と言ったところだろうか。
 名前こそ分らないが、手の込んだ料理だと言うのは一目で分る。
 旅先でも中々たどりつけない豪勢な食事だ。
 魔女が冒険者の隣の椅子に腰を下ろす。
 
魔女「どうぞっ、お口に合うかは分りませんが、一生懸命作りましたので、食べてみてください」

冒険者「ありがとう。・・いただきます」

 スプーンを手にした途端、緊張の念が伝わってきた。
 むむ・・と言う声を今にもあげそうな面持ちで、魔女がこちらを見ている。
 
冒険者「そんなに見られていると食べにくいんだが・・」

 聞いちゃいなかった。
 仕方無しに、まずはスープを一掬い。
 スプーンの先が口に含まれる途端、魔女が声を上げる。


89 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 01:33:55.78 4bCTuygy0 50/110


魔女「どっ、どうですかっ!?」

冒険者「・・うん。美味いぞ」

 どこがどう美味いと言えるほどに、舌が肥えている訳ではない。
 ただ、それでも何とか自身の気持ちを表現しようと、冒険者はらしくない笑顔を作って、魔女へ向けた。
 一瞬、目を丸くした。
 すぐに、細まり、笑顔に変わって行く。
 心底嬉しそうな笑顔を返された。
 らしくない事でもやってみる物だな、と冒険者は満足しながら食事を進めていった。



140 : もそもそと再開 - 2009/05/27(水) 19:13:27.69 4bCTuygy0 51/110


 食事後、いよいよ本題に入る。

冒険者「・・呪われた子に会わせて見てくれないか?」

魔女「どうしてですか?」

冒険者「魔術には疎いが、世界を巡って色々見てきた、何か役に立てるかも知れない」
 
 黙り込んだ魔女は迷っているのだろう。
 どこまで冒険者を巻き込んで良いのか。
 しかし、彼も丸っきり善意で関わっている訳ではないのだ。
 依頼達成に代わる成果を出さなければならない。
 
魔女「わかりました」

 森を出るには呪いを解く必要がある。
 それが数年かけても魔女には出来なかったのだ。
 突然舞い込んだ外力に頼るしかあるまい。


141 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:19:50.02 4bCTuygy0 52/110


冒険者「それで、その子供と魔方陣は何処に?」

 食事を取った一室にそれらしき物は見当たらない。
 薄暗い奥の部屋にしても、小屋全体の大きさを考えると、それほど大掛かりな陣を描く空間は確保出来ないだろう。
 森の中に居るのだろうか。
 冒険者が立ち上がる。

魔女「すぐに行きますか?」

冒険者「何か用意する物でもあるのか?」

 勝手に森へ出ると思っている冒険者は、夜道を行くための明かりでも用意するのかと考えた。
 しかし、魔女は首を振り、壁の少し高い位置に掛けられた小さな絵画に手を伸ばした。

魔女「では行きましょうか」

 その言葉に続いて、小さく呪文が唱えられる。
 指先が青白く光ったかと思うと、絵画が巨大化した。
 獲物に喰らいつく肉食獣の口を連想させる動きだ。
 一瞬で手の平三つ分程であった絵画は、壁一面を覆った。
 掲げられている手の先が僅かに触れると、絵はまるで水面のように波紋を作って揺れた。


144 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:25:18.46 4bCTuygy0 53/110


冒険者「なるほど。異界を作ってその先に封じているのか?」

魔女「良くご存知ですね」

 現実世界と隣合わせる小規模な新しい世界を魔力によって構築した物を、一般に異界と呼ぶ。
 この一般は魔族や魔女の中での話しであり、常人であれば、存在を知らぬ数の方が多い。

冒険者「言ったろ? 色々見てきたって」

 にこり、と笑って魔女が絵画に飲み込まれた。
 冒険者も後に続いて絵画に飛び込む。


145 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:31:52.95 4bCTuygy0 54/110


 青と赤が混じり合う斑模様がこの世界の基礎であるようだ。
 二人を支える地面は、磨き上げられた黒曜石を思わせる。
 構築する物質が違うので別物であろうが。
 黒光りする大地は何処までも無限に続いているように見える。
 
魔女「少し歩きます、ごめんなさい」

冒険者「いや・・」

 と、言う声が潜んだ。
 手には大剣が握られている。
 冒険者の目は遥か彼方から向ってくる影を捉えていた。

魔女「ああ、あの子なら大丈夫ですよ」

冒険者「あれがその子供か?」

魔女「いえ、あの子はこの世界の見張りのような物です」

 近づいて来るにつれて、輪郭がはっきりしてくる。
 どうやらその見張りとやらは、球体の姿を持っているらしい。


146 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:39:00.88 4bCTuygy0 55/110


魔女「森に召還される魔族の数は本当は大した量じゃないんです・・」

冒険者「今日は多かったのか?」

魔女「いえ・・このところ数が増えて来てはいたのですが・・。それでも外よりこちらに召還される魔族の数は多いんです」

冒険者「そいつらを殺す役目も併せてるのか」

 球形をしているのは、体では無かった。
 直径2m半はあろうかと言う、球の牢獄であった。
 材質は鉄を思わせるが、木の蔓で編まれた、かごの目を粗くし、二つ合わせた風だ。
 主が口を開く。

魔人「こちらの方は?」

 魔女と同じようなローブを被っている。
 フードから垣間見える顔は、これまた魔女と似たような顔をしている。

冒険者「・・少し訳ありで協力している」

魔女「はい、仰られた通りです。彼は私達に味方してくださっています」

魔人「了解しました」

 そっぽを向いて歩き出した。
 動きに合わせて、球の牢獄が回る。


147 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:44:53.58 4bCTuygy0 56/110


冒険者「彼女は?」

魔女「・・私の家で生まれてすぐに死んでしまった子を魔力で再生して作られた魔人です」

 それで顔が似ているのか。

冒険者「怖い家だな・・」

魔女「今はもう、ありませんけど」

 
冒険者「どういう・・」

 言葉は魔族の出現に遮られた。
 地から生えるように、無数の人影が三者を取り囲む。
 複腕鬼の上位種と言ったところであろうか。
 岩石の肌を持ち、幾本の腕の先には、蟹の持つ様な鋏が付いている。
 激しく噛み合せ、音を響かせる。彼らの威嚇だろう。
 中級以上の魔族となると、人の心に生まれる恐怖等の負の感情をも食す種がいる。
 彼らもその類だった。


148 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:50:03.77 4bCTuygy0 57/110


冒険者「・・勝てると良いが」

 冒険者の手には大剣、魔女の周りには盾が旋回している。
 しかし、あの皮膚を簡単に切り捨てられるとは考えていない。
 どうすべきか、様々な考えが巡る。

魔女「ここは彼女に任せてください」

 魔女が思考を遮った。

冒険者「・・大丈夫か?」

 答えたのは、牢獄に閉ざされた少女だ。

魔人「すぐに殲滅します。ご安心を」

 言うなり、体が僅かに宙に上がった。
 頭が天井とくっ付く。
 そうした物は、これだろう。
 彼女のローブの裾から内臓やら血管を思わせる鮮血を纏った塊がずるりと伸びているのだ。
 どういう原理か、堅牢と思しき壁を簡単にすり抜け、塊が伸びる。
 突風が、緑色の前髪を揺らした。
 恐ろしい速さで塊が二人の目の前を通り過ぎたのだ。
 血の臭いが鼻腔を掠める。
 過ぎ去った塊が残した物は、その香りと、点々とした血液のみだ。
 鬼達の姿は、横を見ても後ろを見ても確認出来ない。


149 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 19:57:05.33 4bCTuygy0 58/110


魔女「這虫を独自に養育した使い魔です。彼女はそう言った類をあと数種類、体内に飼育しています」

 得意げに語ったのは、魔女で、本人はどうでも良い、と言った様子だ。

冒険者「そりゃ安心だ」

魔女「はいっ、私も幾つか作ったのですよ」

 得意げなのはそのせいか。
 と、笑みを漏らした。
 その調子で言葉を続ける。

冒険者「しかし、そんな使い魔が使えるのなあ、外でも十分戦えたんじゃないか?」

魔女「い、いえ・・。作るのでは出来るんですけど・・」

冒険者「操れないと?」

魔女「・・はい。だから何時もはこの世界まで魔族を誘き寄せて、彼女に倒してもらっていたんです」

 話の通り、召還される魔族の数が増えてきているのだろう。
 一体、二体でなければ誘き寄せる前に命を失うだろう。
 
冒険者「今日俺が居なかったら不味かったんじゃないか?」

魔女「はい・・あの、だから・・ありがとうございます」

 眼差しに熱が篭っているのはこれも原因だろう。
 魔女はその事を僅かながら、運命的に感じている。
 その会話の最中、空中から飛来した魔鳥を、先の塊が飛び上がり、食した。


150 : んー・・ - 2009/05/27(水) 20:04:52.71 4bCTuygy0 59/110


冒険者「・・話しは戻るんだが、家がもう無いって言うのは?」

魔女「そのまま意味です。私が生まれた家系で生きているのは私と姉の子供だけです」

 魔人は死人に分類されるのだろう。
 
魔女「家が襲撃された時にかけられた呪いで・・。と、言うか襲撃自体、あの子を狙ってだったのです」

冒険者「高い魔力を持つ者を魔族の側に引き込むのか?」

魔女「いえ・・姉の子は、聖獣ユニコーンとの異種交配の結果で生まれた子で・・」

 そこでピンと来た。同時に心臓が跳ね上がる音が聞こえた。
 異種交配と魔女はさらりと言ってのけたが、尋常な事ではない。
 何か目的を持たずば行われないだろう。
 聖獣の血と魔女の血を掛け合わせた結果に、生まれた赤子は、魔族にとって都合の悪い存在だったのだ。
 
冒険者「・・勇者か」


152 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:11:45.30 4bCTuygy0 60/110


 魔族の王たる魔王を討つべく現れるとされる伝説上の存在。
 誰しもが出現を願ったそれを、彼女の一族は自ら産んだのだ。
 冒険者は自身が予期していたよりもずっと大事に関わっているらしい。
 魔族か人間の歴史が終わるかも知れない。
 これから向う先は、世界の命運を分ける分岐点と言える。 
 足元に僅かなブレが生じるのも自然だ。

魔女「はい」

 確かに魔女の持つ魔力を聖なる力で御する事が出来れば、勇者となり得るだろう。
 
冒険者「しかし・・魔女だろ? アンタ達」

魔女「家系がそうであっただけで、魔族との交流は殆どありませんでした」

冒険者「なるほど」

魔女「魔族と人間の争いに終止符が打たれれば、私達が迫害される事も無くなると考えたのでしょう。母達は」

魔人「私はここで待機しております。どうぞ」

 会話を遮るように魔人が言い放った。
 景色は変わらず、それらしき変化は無い。
 魔女が膝を付き、両手を重ねるように、ついた。
 音も立てずに地面の一部が隆起する。
 地面から円柱がゆっくりと浮上した。


153 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:19:43.33 4bCTuygy0 61/110


冒険者「地下か・・」

 入り口らしいくり貫きから確かに下へ続く階段は見える。

魔女「下、と言うんでしょうか? 物理的に連続した空間じゃありませんので」

冒険者「そうか。・・とにかく、この階段を降るんだろう?」

魔女「はい」


 円柱に足を踏み入れると、予想外に空間は広がっていた。
 螺旋状の階段を踏みながら、会話を再開する。

冒険者「しかし、勇者を産もうとは・・」

魔女「遺品として残された書物から知った時は私も驚きました」

冒険者「驚かない方がどうかしてるだろ・・」


154 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:31:05.99 4bCTuygy0 62/110


 足音と静かな笑い声が重なった。
 確かに空間は連続していないようだ。
 地面が螺旋状に変わっただけで、景色は変わらない。
 全ての空間は赤と青の斑が支配している。
 建物の中に入っているにも関わらず、音が響かないのだ。

冒険者「その、それから何年くらい経つんだ?」

魔女「・・三年と少し、でしょうか」

冒険者「それからずっとこの森で?」

魔女「ええ、そうです」


155 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:37:06.62 4bCTuygy0 63/110


 先を歩いていた魔女が立ち止まり、見上げた。
 そこに、湖畔で涙を流した姿が、重なる。
 冒険者は黙って一段降り、同じ高さに立った。
 それから静かに口を開く。

冒険者「大変だったろうな」

 言葉にすれば一言であろうとも、その苦労は途方も無かった筈だ。

魔女「・・こんな風に、誰かに話す事も、出来ませんでしたから」

 冒険者の腕が、魔女を抱きしめていた。
 男が熱情的に女を抱きしめる、と言うよりは父親が幼い娘を慰める、と言った感じだ。
 ポンポンと背中を軽く、数度叩いてやると、すぐに泣き出してしまった。
 これで悲しみも、苦しみも癒えるとは考えていない。
 全てはこれからなのだ。
 勇者と言う子供の呪いを解き、彼女自身もその束縛から解放する。
 それから後は、彼女が見たこともない景色を幾つも一緒に見よう。
 魔女が同意さえしてくれれば、だが。
 
 嗚咽が消えるまえ、冒険者は黙って抱きしめ続けた。


157 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:42:53.38 4bCTuygy0 64/110


魔女「・・今日はなんだか、泣いてばっかりです」

冒険者「泣くのは悪い事じゃないだろう」

魔女「そうですね」

冒険者「ああ・・」

魔女「不思議な方です」

冒険者「そうかい? 確かに人とは大分違う道を歩いて来たけどな。アンタも同じだろう?」

 どんな物も冒険者を縛り付ける事は出来ない。
 完璧なる自由と言うのは、孤独でもある。
 一つの地域に長居する事も少ない。
 当然人との関わりは希薄である。
 それでも、物理的には人々に囲まれて暮らして来たのだ。
 心の隅で孤独を感じながら。
 互いを惹き合わせているのは、共有している孤独感かも知れない。


158 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:49:39.28 4bCTuygy0 65/110


魔女「・・もうすぐ、着きます」

冒険者「ああ」

 床と同じ漆黒が、次は壁のように延びている。
 等間隔に隙間を作り、その向こうに灰褐色の何者かの姿を覗かせている。

魔女「近づいても大丈夫ですよ、この空間には魔族も召喚されませんし」

 言われたままに、冒険者は牢に近づき、隙間に目をあてがった。
 少年が目を閉じている。
 全身に蔦が巻き付いている。胸から下に至っては全く見えない。
 蔦が生え出している足元に、魔方陣が描かれている。
 それら全ては彩度の無い配色で構成されていた。
 
 
魔女「魔草の一種です。触れている対象の、色と同時に意識や動きを奪うものです」

冒険者「灰色草だろ?」

魔女「ええ、そうです」

 冒険者の博識にはもう慣れたようで、それ以上は言わなかった。


159 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 20:55:36.04 4bCTuygy0 66/110


 発芽して間もなくは、その他の植物と同じく葉緑体を持っている。
 ある段階まで成長すると、一気に葉緑体が損なわれ、色の無い草に変わる。
 そうなると、栄養不足で枯れていくのだが、そこに至る前に摘み取って、使われる。
 飲用させることで、体内の機能を狂わせ死に至らしめる毒薬だ。
 
 枯れずにここまで成長し、包み込むように外側から目的を止めさせているのは、魔方陣の効力だろう。

冒険者「・・それでも、魔族を召喚してるんだよな」

魔女「ええ・・。かかった者は、狂ったように戦い続ける呪いでして、自分で戦う事が敵わない状況でも、遠隔的に戦いを生もうとするようです」

 見に来たは良いが、どう捻ったところで、常界での経験は役に立ちそうもない。
 魔女も何も聞こうとはしない。
 武力で解決出来る事ならばどんなに良かった。
 悔しさがこみ上げてくる。
 これで、魔女に、”背負っている事を話せただけでも、良かった”等と言われた暁には、怒り狂ってしまいそうだ。
 もちろんそれは、自身の不甲斐無さに対してである。
 何か、何か策は無いのか。
 苦々しげに蔦に巻かれる少年を睨み付ける。
 するとどうだろう。
 開くはずの無い瞼がの奥の瞳と目が合ったではないか。
 際限無く真っ赤な瞳がぐるんと回った。


160 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:03:14.44 4bCTuygy0 67/110


「待っていたよ」

魔女「な・・!?」

冒険者「・・こいつの声か?」

魔女「い、いいえっ、これは・・」

「呪いの化身とでも言おうか」

 灰色の唇が流暢に話す。

「俺は待ち望んでいたのだよ、強き者を」

 同時に、待っていた、と言う声があちこちから鳴り響いた。
 馬鹿でかい音に、両手で耳を塞ぐ冒険者と魔女。
 目で成り行きを追う。
 黒い壁に罅が入る。
 一筋が大きく斜めに走ると、次々にそこから枝分かれしてゆく。
 鳴り止まぬ声の中、いよいよ一片が崩れて落ちた。
 地面に落ちると、弾けて砂のように細かくなり消えた。
 声が少しずつ小さくなり始める。
 代わってパリンと、壁が崩れる音が耳に届く。


165 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:10:39.57 4bCTuygy0 68/110


冒険者「なにが起きている?」

魔女「わ、わかりません・・」

 蔦の束縛を振り切り、少年がこちらに向かってくる。
 蔦の絡まりが少なかった胸から上は、ほとんど肌色を取り戻している。
 
少年「俺を打ち倒して見ろ。呪いはそれで解ける」

冒険者「・・らしい」

魔女「そんな・・」

少年「こいつの体は無傷で返そう。・・俺を殺す事が出来たなら、な」

 大気が振動する。
 狭い通路と少年を封じていた壁は、再構築され、円形の広場が作られた。
 魔女の姿は離れた位置に移転させられていた。
 手を空に付いて、何かを叫んでいるような口の動きをしているが、冒険者の耳には何も届かない。
 見えぬ壁に遮られているのだろう。

冒険者「ずいぶん都合の良い展開だな。裏でもあるのか?」

少年「ははは、都合の良い?」

 薄ら笑いを浮かべた顔に大剣が振り下ろされる。
 
少年「勝てなければ死ぬ。分かっているか?」


166 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:17:03.42 4bCTuygy0 69/110


 血飛沫を上げたのは、冒険者の背中に刻まれた傷だった。
 慌てて飛びのき体制を整える。
 少年の右手には鋭い爪が足元まで伸びている。
 じくじくと痛む傷を作った張本人だろう。
 
冒険者「指を咥えて檻越しに眺めているよりも、殺し合える方がマシだな」

 大剣を携え飛び掛る。
 未だに灰色の跡をいくつか残す体に、刃が食い込む前に、少年は飛躍した。
 それも計算の内だった。
 速度で敵わぬなら、頭だ。
 命を賭して続けた戦いの知識は、力量の差に怯む事は無い。
 冒険者の剣は振るわれる事無く、天へと放り投げられたのだ。
 大きく回転しながら少年へと向かう。
 さすがに不意を突かれたのか、回避に至らず両手で刃を受け止める。
 真っ赤な血が冒険者へ降り注いだ。


167 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:24:35.46 4bCTuygy0 70/110


少年「一矢報いて諦めるのか?」

 大剣を手中に収め、少年が軽やかに着地する。

冒険者「何を言っている?」

 光の粒子に分解され、再び冒険者の手に戻る。
 一振りの後、剣を構え、少年と対峙する。

少年「ほお・・」

冒険者「アンタの持つ化け物染みた体に対するハンデだと思ってくれ」

 良いだろう、と言う声と共に少年が駆け出す。
 一気に互いの距離が縮まり、爪が振り下ろされる。
 黒い床に五本の線が走る。
 冒険者の体はその地点よりも後ろにあった。
 少年の考えでは、避けられて当然だったのだろう。
 目にも留まらぬ速さのそれを回避した事を、奇跡と呼ぶ者は多いだろう。
 だが、二人は違う。
 次の一撃も、後方に跳躍し、回避する。
 床は一撃目よりも深く抉られている。
 攻撃は連続する。
 冒険者が五、六度回避した所で、意図に気づく。
 消耗させようと言うのだ。
 飛び掛って来る少し前に目が合うと、にやりと少年が笑った。
 その斬撃も寸での所で回避する。
 なるほど。
 先の剣の件に腹を立てているようだ。
 自身が勝っている部分を見せ付けて殺したいらしい。


170 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:37:52.48 4bCTuygy0 71/110


冒険者「そうは行くかよ」

 それまで同様に、後方へ飛んで回避する。
 息が上がって来たのを、少年は見逃さなかった。
 さらに痛め付けて殺す。
 直撃しないようにわざと速度を落として飛び掛る。
 その一撃で、反撃に出た。
 飛び掛ってくる少年へ、冒険者は真っ向から飛び込んだのだ。
 爪が冒険者の顔を僅かに裂く。
 細かな傷が走るのに構わず、足を伸ばし、宙に浮く少年の下に滑り込む。
 大剣が、真っ直ぐに少年の体をなぞる様に切った。
 互いの位置を入れ替え、二人は向き直った。
 浅いと思われた冒険者の傷も、そうではなかった。
 視界が真っ赤に染まる。
 一度や二度拭おうとも、しとどに血は溢れる。
 
少年「中々やるが、少々計算を違えたようだな」

冒険者「どうかな」

 以前、魔女の傷を癒した小瓶が懐から取り出される。
 乱暴に片手の平にそれを取ると、顔にべったりと塗りつける。
 血の流れが緩まり、ようやく視界を取り戻す。
 相も変わらず、薄笑みを浮かべる少年の傷も、致命傷には到底至らぬようだ。


171 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:48:35.29 4bCTuygy0 72/110


少年「辛そうだな。楽にしてやろうか?」

冒険者「そうしてもらいたい」

 高笑いをしながら、体に変貌を催す。
 鋭い爪を携える五本の指が癒着し、一本になる。
 先にある物は爪と言うよりも槍に近い。

冒険者「アンタじゃなくて、向こうにいる奴に治療を頼むつもりだがな」

 そう言って顎で魔女の方を指した冒険者の手ある物は、剣から弓へ変化している。
 
少年「剣を振るう速度が遅いからと言って弓を出すのかい?」
 
冒険者「速さ比べをしないか? どっちが先に互いの体を貫くのか」

少年「くくくっ、馬鹿め」


174 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 21:54:45.22 4bCTuygy0 73/110


 言い終わるか否か、飛び出した。
 矢が射られる。
 右に交わされる。
 次いでそこへ二本目の矢が放たれる。
 命中せず。
 刹那、少年の魔手が冒険者の腹を貫いた。
 
冒険者「悪いな」

 語尾には血を吐き出す不羈な音が続いた。
 
少年「貴様・・」

 苦々しくつぶやく少年の口の端からも赤い筋が垂れた。
 
少年「化け物が・・」

 狂戦士の呪いを受けた少年を開放したのは、大剣でも矢でも無く、冒険者の足だった。
 人外とも言える凄まじい蹴りが、少年の腹に風穴を開いたのだ。
 冒険者に続くように、少年が倒れる。
 その身から黒い靄が立ち込めたかと思うと、大気に分散して消え失せた。
 腹の傷はもう無い。
 冒険者の身から溢れる鮮血だけが、血溜りを広げて行く。


181 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 22:09:54.37 4bCTuygy0 74/110


 王都、冒険者ギルドの一室。

 四日前、冒険者が依頼を聞かされたのと同じ部屋にて。

 ギルド長は頭を抱えていた。

 冒険者が未だに帰還しない。
 それは、魔女が健在であろう事を示す。
 午前中、宮廷魔術師が訪問し、今すぐにでも魔女の討伐を行わなければギルド長の座を退いてもらう、と脅された。
 宮廷の者たちは、ギルドに名を連ねぬ冒険者を信用していなかった事もあり、高圧的だ。
 大手を振って討伐にも向かえない。
 かと言って、個人で魔女と渡り合えるような力量の持ち主は、ギルド長の知る範囲には二人しかいない。
 内、一人は依頼を快く、とは行かずとも受け入れ、討伐に向かったが帰って来ない。
 残る一人はこれからこの部屋に来る手はずだ。

 顔を合わせるのも避ける相手ではあるが、背に腹は変えられない。


183 : 誤爆に関しては人を責められないんで - 2009/05/27(水) 22:18:13.84 4bCTuygy0 75/110


 その男は、騎士団に所属している。
 風の噂によれば、冒険者と同じ師の元で武芸を学んだと言う。
 裏付けるかのような実力を持っているのも確かだ。
 しかし、二人は全く別の道を選んだ。
 自由を謳歌し、世界を転々するのが冒険者。
 騎士は、富と名声をむさぼり、あらゆる弱者を虐げた。

白騎士「この俺を呼び出すとはいい度胸だな、爺さん」

 ただでさえ眩しい日差しに目を細めていたギルド長がさらに目を細める。
 手の込んだ刻印を施された白銀の鎧が日の光を反射させ、眩く輝いている。
 この贅沢極まり無い、悪趣味な鎧はこの男の全てを象徴しているようだ。


184 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 22:28:52.26 4bCTuygy0 76/110


ギルド長「久しいな、白騎士よ」

 かつてはギルドに所属し、依頼を受けていた事もあり、付き合いは短くない。
 冒険者と言う身分は彼の気質に合わずに、すぐに騎士団へと入団したが。

白騎士「そんなこたぁどうだって良い。依頼は? 金は?」

 手にした槍を手近な机に突き刺す。
 これまた白銀が目に痛い。

ギルド長「・・分かっているのだろう?」

 答える変わりに唾を吐き出した。
 なんと恐れ多いことか。
 数多の新米冒険者が入室を恋焦がれるギルド長の座する机を汚したのだ。

ギルド長「すまない、物を頼むのは、私だ、非礼を詫びよう」

 ギルド長は深々と頭を下げた。


185 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 22:35:09.55 4bCTuygy0 77/110


 実におかしな光景であるが、王都に住む者が目にすれば、何一つ訝しんだりしないだろう。
 白騎士の名を知らぬ者は無い。
 王家が所有する騎士団の鎧は漆黒で統一されている。
 この無礼な男が白銀で鎧をこしらえるのは、彼らとの差別化を図り、優位性を示すためだ。
 漆黒の騎士団の頂点たる白騎士。
 騎士団長は別にいるが、実力では白騎士に及ばない。
 王でさえも、白騎士の行いに口を出すことは少ない。
 ギルド長は唾を吐きかけられて頭を下げるのだ。
 それだけの実績を彼は保持している。

ギルド長「実は、依頼を冒険者に頼んだのだが、彼が・・」

白騎士「眩しい、窓を閉めてもらおうか」

 机に腰掛けて白騎士が言った。
 ギルド長は正直に要求にしたがう。席を立ち、窓を閉める。
 銀の長髪をかきあげて、白騎士が足を伸ばして本棚を蹴り飛ばした。

白騎士「相変わらず湿気た部屋だなぁ、オイ」


187 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 22:43:10.60 4bCTuygy0 78/110


ギルド長「すまんね。・・それで、そうだ、冒険者が戻らないのだよ」

白騎士「知ってる。魔女の所だろう?」

ギルド長「・・君にも同じ依頼を頼みたい。魔女を討ってくれないかね」

 突然、ギルド長の老体が持ち上げられる。
 上品なシャツの襟は荒々しくつかまれ、ボタンが弾けた。
 凄みを利かせて白騎士が顔近づける。
 並みの者であれば、ここで泣き叫んで謝罪の言葉を連呼しただろう。

白騎士「ふざけるなよ、糞爺。あいつの後釜に俺を選ぶたぁ良い度胸だ」
 
 荒々しく権威ある初老の男性を放り投げた。
 尻餅を突きながら言葉を続ける。
 ここで依頼を断られれば、ギルド長に打つ手は無いのだ。

ギルド長「すまない。しかし、彼以上の力を持つ者を君以外に知らなくてね」

 そう。
 この白騎士、冒険者に対して異常な執着を見せる。
 現在でこそ、それぞれ長ける分野が全く別のため、比べられる事は無いが、修行中は冒険者に劣っていたのだろう。
 ギルド長はそう踏んでいる。



189 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 22:50:50.07 4bCTuygy0 79/110


白騎士「最初から俺に頼めば良かったものを」

 何を馬鹿な。
 ここぞとばかりに、有りっ丈の報酬を毟り取って行く癖に。

ギルド長「そうだな、すまない。・・報酬は、冒険者へ支払う予定だった額の二倍払おう」

白騎士「馬鹿が。10倍だ。まず金はそれだけ用意してもらおうか」

 奥歯をかみ締め、肩を怒り震わす様を見て声を出して笑う。
 しかし、ギルド長は後に退けぬ。
 退いたところで逃げた先には、名誉の座からの転落が待っているのだ。

ギルド長「わ、わかった・・用意しよう・・」

白騎士「あとは・・そうだな、あいつが連れて来た餓鬼が居ただろ」

 白騎士があいつと呼ぶのは大概、冒険者の事である。
 ギルド長の脳裏に、数ヶ月前、冒険者が依頼終了の報告と共に、一人の子供を連れ帰って来た事が思い出される。
 魔族の集団に蹂躙され、滅んだ村の生き残りだ。
 精霊を信仰し、昔ながらの暮らしを守ってきた一族の唯一の生き残り。
 その子を白騎士は一体どうしようと言うのか。

白騎士「ギルドから・・いや、王都から摘み出せ。田舎臭い」

ギルド長「な・・!?」

 まだ十にも満たない子供を、摘み出せと言うのか。
 辛い境遇にもめげずに、軽い依頼をこなしては、目を輝かせて報告に戻る姿をギルド長も何度か目にしている。


190 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 22:58:30.34 4bCTuygy0 80/110


白騎士「嫌なら俺は帰る。騎士団は忙しいのだよ」

 何を言うか、どうせまた弱者や捕虜を虐げるのだろうに。
 と、喉まで出掛かったが、謝罪の言葉がそれを押しつぶした。

ギルド長「す、すまない、従う、従おう!! 摘み出すさ」

白騎士「良いだろ。あとは・・この件に関して一切口を出さずに居てもらおうか?」

ギルド長「それは一体・・どういう・・」

白騎士「お前達は一切口も手も出すなって言ってんだよ」

 何を企んでいるのか。
 白騎士の瞳は妖しい輝きを放っている。


194 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:07:21.88 4bCTuygy0 81/110


 冒険者が目を覚ましたのは、魔女の住む小屋の中だった。
 体は木製ベッドの上で、白い布団に寝かされている。
 上体起こす。痛みは感じない。包帯が巻かれている以外は、常と変わらない。
 傍らに、魔女の顔があった。
 突っ伏して目を閉じている。
 そっと頭に手を伸ばして、撫で付ける。

魔女「・・ん・・?」

 目がゆっくりと開いた。
 
冒険者「おはよう」

魔女「・・おは・・!!」

 慌てて口の端を手首で拭う。
 涎くらい気にするな、と冒険者は笑った。

魔女「うぅ・・恥ずかしいです・・」

冒険者「俺の傷は酷かったか?」

魔女「いえ・・傷自体はすぐに治せたのですが・・。別の力が働いているみたいで」

 そこで言葉が区切られ、ちらりと別の方向を見た。
 かの少年も先程までの冒険者と同じく眠りに付いている。
 横に居る、ローブの人物は魔人の少女だろう。


200 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:21:33.65 4bCTuygy0 82/110


魔女「あの子もまだ目を覚ましません」

冒険者「そうか・・。どれくらい経った?」

魔女「三日です。あの日を除いて」

 と、なるとギルド長あたりが心配しているかも知れない。
 遠出するならともかく、この森は地理的に近い。
 依頼を受けてから、五日になる。
 いくら魔女相手と言えども、長い方だ。
 況してや、大勢を相手にするのではなく、敵は一人だ。
 勝敗は簡単に付く筈だろう。
 黙り込んだ冒険者を、見つめる眼差しに不安の雲がかかっているのに気が付く。

冒険者「・・大丈夫だ」

魔女「はい。・・お帰りになられるのですか?」

冒険者「そうだな・・」

 珍しく曖昧な物言いなのは、彼が魔女の傍を心地よいと感じているからだろう。
 しかし、彼は冒険者なのだ。
 
魔女「・・・・」



203 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:29:19.17 4bCTuygy0 83/110


冒険者「もう、呪いは解けたのだろう?」

魔女「はい、それは大丈夫だと思います」

冒険者「ならこの森を去るんだな・・。おそらく次の刺客が」

魔人「一人、打ち倒しました」

 魔人が無表情に答えた。
 やはり、後釜が動き出しているのだろう。
 
冒険者「・・どんな奴だった?」

魔女「それが、三人組の黒尽くめの方々で」

魔人「最初から一人を囮に残りは逃げる算段であったかに思えます」

 様子見が目的だったのだろうか。
 それにしても一人殺してしまったのは失敗であっただろう。
 口にした所で、悲しむ顔を見る事になるだけなので、胸に秘めて置くが。
 これでは討伐に向かう大義名分を作ってしまったと言える。
 民衆が魔女に肩入れをしてるとは言え、騎士団を出すには十分な材料だ。
 騎士団となれば、当然白騎士も出てくるだろう。
 冒険で得た知識はゲリラ戦やサバイバルに置いて、誰にも引けを取らぬ武器になるだろう。
 しかし、同じだけの時間を、白騎士が殺し合いに使って来たのを冒険者は知っている。
 真っ向から戦った時、勝つ自信は無い。


205 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:38:06.61 4bCTuygy0 84/110


冒険者「・・やっぱり一度王都に戻ってみるか」

 つい、一度と口走ってしまった。
 魔女はもちろんそれを聞き逃さない。
 
魔女「あ、あのっ、あのっ・・」

 顔を赤くして何かを必死に言おうとしている。
 言葉が出るのを冒険者は待った。
 深呼吸を始める魔女。
 一体何を言おうとしているのか。
 
魔女「ま、待って。待っていても良いですか?」

 思わず笑ってしまいそうになるのを、冒険者は必死に堪えた。
 彼女は彼女なりに必死なのだ。

冒険者「ああ・・。なるべくすぐ戻るから、そうしたらその時こそ」

魔女「はっ、はいっ!!」

 元気良く答えたその姿に、今度こそ堪らず噴出してしまった。

魔女「あ、あの・・?」


206 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:42:37.71 4bCTuygy0 85/110


冒険者「いいや、アンタ、可愛いな」

 魔女が耳まで真っ赤にする。
 ここで真摯な顔をする冒険者の憎い事と言ったら。
 小さな手がゆっくり冒険者の体に伸びる。
 包帯を巻いた裸体で直に感じる手の感触は、くすぐったい。
 恐る恐る、手が背中に回っていく。
 
魔女「わ・・私・・あ、あの・・好き・・です・・」

 冒険者を抱きしめる形で、魔女が言った。
 
冒険者「俺もだ」

 躊躇わず、冒険者が答えた。


207 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:46:26.44 4bCTuygy0 86/110





 まだ残る柔らかな唇の感触に思わず笑みがもれる。
 冒険者は森を進む。
 目指す先の王都で何が起きているのかは、知らない。


208 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:50:46.47 4bCTuygy0 87/110


 数刻前。
 激しく扉を叩く音に、うたた寝から飛び起きる。
 舞台は魔族の少女が経営する洋菓子屋である。
 慌てて戸口に向かうが、それより先に扉がへし曲がりながら、吹っ飛んだ。
 ガラスケースが派手な音を立てて割れた。
 それから、扉に取り付けられた鈴が、転がり静かな音を立てた。

白騎士「いよいよだ」

少女「な、なんですか!?」

白騎士「捕らえろ!!」

 命じるなり、背後から二人の騎士が店に押し入り、少女の身柄を拘束する。

少女「は、離してっ!! 離してくださいっ!!」

 何が何だか分からない。
 だが、白騎士の行いに対して一々疑問を持つのは無駄である。
 しかし、なぜ、表通りから奥まった位置でひっそりと経営しているこの店が標的に。

白騎士「うるせぇな。てめぇが魔族だってのは分かってるんだよ」

 少女の顔が見る見る青くなる。
 冒険者と自身だけが知るはずの秘密だ。
 まさか露呈していたとは。それも最悪の相手に。


211 : 以下、名... - 2009/05/27(水) 23:56:53.16 4bCTuygy0 88/110


白騎士「脱がせろ」

 命令どおり、騎士が服を引き破る。
 少女が悲鳴を上げた。
 店の外の通りにまで、悲鳴は届いていただろうが、誰の助けも入らない。
 当然皆、自分の命が惜しい。

白騎士「さて・・魔族の証はどこかな」

少女「ひっ・・」

 白騎士の槍の先が、腹の柔肌に傷をつけた。
 ゆっくりと動き、赤い線が伸びて行く。

白騎士「どこだ?」

 喉まで線が引かれた。

少女「し、尻尾に・・お尻に尻尾が・・」
 
 声は震え、目にからは涙が止め処なく溢れている。
 首で合図をされると、騎士たちが少女の体をうつ伏せに組み替えた。
 
白騎士「ねぇぞ、オイ」


213 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:09:45.02 SEl7JEWX0 89/110


白騎士「ははははっ、これを冒険者の野郎に見せてやりてぇなぁ」

 言いながら、残った騎士が呆然と立ち尽くす戸棚へ向かう。
 一本の薬を躊躇いもなく取り出す。
 
白騎士「悪いが冒険者の身の回りの情報は全て掌握している」

 小瓶を傾け、薬品が垂れる。
 少女の背にかかると、隠されていた尻尾が現れる。
 身体の自由を奪って居た騎士が慌てて離れる。
 少女は俯けのまま、動こうとしない。

白騎士「行くぞ」

 と言った白騎士の取った行動に二人は目を見開いた。
 少女を串刺しに持ち上げたのだ。

白騎士「これくらいでくたばる魔族がいるか」

 確かに少女は息絶えてはいないようだ。


215 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:15:39.18 SEl7JEWX0 90/110


 白騎士が向かった先は、城の門前に作られた大広場だ。
 現在、そこでは演説が行われている。
 設置された演台に上る美女は、白騎士と手を組む魔族である。
 串刺しにされた洋菓子屋の同族だけが、それを理解出来た。
 
白騎士「これを見ろっ!!」

 高らかに掲げられる血に染まる少女の体。
 広場に集まる聴衆に、どよめきが生まれる。
 ただの裸の少女であっても生まれたであろう、それは、尻尾のおかげでさらに酷い。
 
白騎士「こいつは魔族だ!! ある男の手によってこの街に忍び込んだっ!!」

美女「みなさん!! これはただ事ではありません!! 魔族が、魔族が王都を攻めようとしているのです!!」

白騎士「男の名を知っている者も居るかも知れない!! 冒険者だ!! あいつが魔女や魔族と手を組み、王都を!! この王朝を陥れいようとしているのだ!!」

 白騎士の叫びは、ギルド長の元まで届いていた。


 広場には行かず、窓辺にて耳を傾けている。

ギルド長「そこまで憎いか。白騎士よ」

 白騎士の非道さ、理不尽さは、誰もが認める。
 しかし、掲げられている少女は間違いなく魔族である。
 おまけに、先日殺害された森へ出向いた三人組は、冒険者ギルドに名を記す者である。
 白騎士に買収され、魔女が悪しき物である事、冒険者がつながって居る事を示す為に、殺された。
 もちろん金を受け取っていたのは二人で、一人は裏切られたのだ。
 殺すに至らず、民衆に憎ませるとは。例え生きながらえようとも、この街から排除しようと言うのだ。


217 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:23:01.96 SEl7JEWX0 91/110


 冒険者が辿り着く頃、騒動は、王都を囲う城壁の周辺にまで及んでいた。

冒険者「これは一体・・」

 馬に跨る騎士団が、城壁から出てくるではないか。
 草むらに身を潜め、様子を伺う。
 先頭を切るのは、白騎士。背には見知らぬ女が乗っている。
 手にした槍の先端は、少女を貫いたままだ。
 あの様子では、魔族と言えど、もう手遅れだろう。

白騎士「聞こえているか!!」

 白騎士の叫びに、木々が揺れた。

白騎士「俺はお前の全てを奪ってやる!! 俺が全ての頂点に立つのだ!!」

 冒険者は様子を伺う。
 無残な死を晒す少女の遺体を奪い返し、弔ってやりたいが、そうして自身の命を落とす事を、彼女はきっと望まない。
 保身のための言い訳にあらず。
 生命に対する考え方の違いだろう。
 
白騎士「魔女と出来ている事も知っているぞ!! 仲良くままごとでもしながら俺の槍に突かれるのを待っていろ!!」

 冒険者は来た道を引き返し始めていた。
 背後では未だに白騎士がなにやら叫んでいるが、耳には入らない。
 早くここから逃れなくては。
 どういう訳か騎士団まで出撃しているのだ。
 戦って勝てる要素は無い。


218 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:30:27.19 SEl7JEWX0 92/110


 息を切らし、小屋へ戻ると、魔人が出迎えた。

魔人「私の耳には聞こえました」

冒険者「ならば・・、早く逃げるぞ」

魔人「出来ません」

冒険者「どういう事だ!!」

魔人「勇者様にかかった呪いは、わずかながら、現在も継続しております。この森の魔力を使って相殺させているところです」

 最後まで聞くか聞かないか、冒険者は小屋に飛び込んだ。
 魔女が眠る少年の体に手をかざし、白い光を放っている。

魔女「随分早かったのですね」

 目をぱちくりさせていることから、彼女には白騎士の声が届かなかったのだろう。


220 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:38:48.48 SEl7JEWX0 93/110


冒険者「・・呪いの相殺にはどれくらい時間がかかる!?」

 息が荒く、目は血走って見える。
 ただ事無いのは、魔女にも分かった。

魔女「あと、二、三時間です」

 白騎士達がここへ辿り着くには充分な時間だ。
 いや、それよりも早かった。
 冒険者の耳に、馬のいななきが届く。
 魔女の耳にも届いたのだろう。

魔女「・・まさか」

魔人「どうやら呪いを解くために、森の魔力を使ったのが悪かったようです」

魔女「・・幻惑の効果が消えてしまったのですか?」

 魔人は頷いた。
 白騎士の怒声が遠くで続いた。


222 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:43:14.42 SEl7JEWX0 94/110


冒険者「不味いな・・」

 と言う声に、思考はこう答えていた。
 子を見捨てさせろ、と。
 そうだ、それが全ての解決策だ。
 三人、魔女と冒険者と魔人であれば、見つからずにこの森を離れる事も可能だ。
 幸いこの小屋はまだ見つかっていない。
 当然見つかる前に離れる事が出来れば、時間稼ぎの道具にもなる。
 白騎士とて、冒険者に引けを取らぬ学を持ち合わせている。
 異界の存在も認知しているはずだ。
 と、なれば間違いなく小屋は破壊せずに、内部を探索する。

 冒険者は魔女へ一歩踏み出す。
 その表情から、悟ったのだろう、魔人が制する。

魔人「勇者様が居れば魔族との争いは終わります」

 しかし、それでは、逃げ切る事は出来ないだろう。
 そこで、ハッとした。


223 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:46:38.77 SEl7JEWX0 95/110


冒険者「呪いを解いたところで、逃げ切れなければ意味が無いだろう!!」

 魔人が目を閉じた。
 一時の静寂は、やけに外の騒音を大きく聞こえさせた。
 魔女が、悲痛な宣告を告げる。

魔女「転送術があります。これで勇者様と、あなたをここから離れた位置へ」

 声には恐怖も混乱も感じられない。
 こうなる事が分かっていた、とでも言う風だ。

冒険者「・・くそっ」

 転送術と呼ばれる人や物を遠くへ飛ばす魔術は、術者自らを転移させる事が出来ないのだ。
 転送先と、現在地点を結ぶ点の役割を果たすのが術者である。
 魔人がさらに追い討ちをかける。

魔人「私は魔術を行使する事が出来ません。出来るなら、あなたと、魔女様には生きて欲しいのですが」

 どうにも出来ないのか。


225 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 00:52:10.97 SEl7JEWX0 96/110


魔人「さて。私は彼らを迎え撃ちます。何か弱点などはご存知でありませんか?」

冒険者「・・騎士達は普通の人間だ。魔族相手に戦うあんたなら余裕だろう、しかし・・」

魔人「しかし?」

冒険者「・・白い騎士には気をつけろ。俺よりも強いはずだ」

魔人「分かりました」

 小屋の外へと魔人が姿を消した。
 残ったのは、魔女と、冒険者と、眠る勇者。


227 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:00:59.22 SEl7JEWX0 97/110


冒険者「・・なあ・・? ・・逃げる気は無いのか?」

 すがり付くような声だった。
 それは、魔女を落胆させるような惨めな声ではない。
 二人が交わした口づけは、軽い挨拶などでは無い。

魔女「これは、私に与えられた運命なのでしょう」

冒険者「それで・・」

 一歩ずつ、冒険者が近づいて行く。
 魔女はそれを悲しげに見つめる。
 二人の距離は無くなり、冒険者の腕が魔女を抱きしめた。

冒険者「それで良いのかっ!! 望まず魔女として生を受け、それに翻弄されたまま死ぬなんて!!」

魔女「・・・・」

冒険者「俺は・・」

魔女「私は、あなたに出会えました」

冒険者「だからって・・」

 声は弱弱しくなって行く。
 魔女の声は、はっきりと、強い。


229 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:04:10.82 SEl7JEWX0 98/110


魔女「姉は、こんな気持ちを知ること無く死んだのだと思います」

 もはや、冒険者は俯くしかなかった。

魔女「私は充分幸せ者なのです」

 笑顔に、涙は無かった。

魔女「あなたに、勇者を託しても宜しいでしょうか?」

 冒険者は首を横に振った。
 
冒険者「・・勝とう。勝つんだ。そうすれば、良い」

魔女「ここで死ぬよりも、あなたに相応しい道はあります」

冒険者「いいや、あの魔人も居る。勝てる可能性が無い訳じゃない」

魔女「・・でも」

冒険者「・・頼む。アンタを・・いや・・俺が、俺がやりたいんだ、アンタの笑った顔がもっと見たいんだよ!」

 ついに、気丈に振舞っていた魔女の心も決壊してしまったのか。
 遂に涙が流れ出た。


231 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:06:36.85 SEl7JEWX0 99/110


魔女「私だって・・私だって・・」

 そうだ。
 魔女とて、自分と同じ事を考えなかった訳では無いのだろう。
 それを押し殺していたのに。
 押し殺せていたのに。
 冒険者は、激しく後悔した。
 涙は止まる事なく、溢れ続ける。
 しゃっくりまで上げている。
 黙って頭を撫でるしか無い。
 
魔女「大好き・・大好きです・・」

冒険者「俺もだ」

魔女「・・会ったばかりなのに・・おかしいですか?」

冒険者「おかしいのかもな」

魔女「・・・・」

冒険者「どうしてこんなに」

 魔女の唇が重なり、言葉を遮った。


232 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:12:13.82 SEl7JEWX0 100/110


 小屋の前には、死体の山が累々と築かれていた。
 魔人は姿を変容させている。
 大地に一本の巨大な柱を作り、その上に体を乗せている。
 ローブの肩口が破れ、そこから太い木の枝のような腕が生えている。
 先端は鎌状だ。

魔人「白い騎士はまだ現れません」

冒険者「あいつの目的は俺だろう」

 言葉通り、一筋の閃光が森の暗闇から放たれた。
 魔人目掛けて、である。
 両手の動きはそれよりも随分と早く動き、叩き落とそうと、降られた。
 落ちたのは、その両腕だった。
 閃光は速度を落と事もなく、魔人の顔へ命中した。
 
白騎士「久しぶりだな、冒険者」

 闇から姿を現した白騎士は、馬から降りていた。
 脇には演説時から同行している女が居る。
 冒険者と騎士の間に、緊迫が生まれる中、魔人の巨大な体躯が大きな音を立てて崩れ落ちた。


233 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:18:39.89 SEl7JEWX0 101/110


冒険者「何だってこんな大掛かりな真似をしてくれた」
 
 右手に大剣を、反対に、盾を。

白騎士「てめぇを殺す為だよ」

冒険者「なぜだ?」

 恨みを買ったであろう行動は自分でも多々思いつく。
 戦時中に、捕虜を必要以上に痛め付ける白騎士をいなしたのは、冒険者だ。
 依頼を通して白騎士の残虐な行為を止めた事もある。

白騎士「師の下に居た時から憎たらしかった」

 美女が姿を変える。

白騎士「てめぇの剣、それもむかつく。なぜあの爺は俺に寄越さなかった」

冒険者「自分で考えて分からないのなら、俺に聞いても理解出来まい」

白騎士「それが・・」

 一歩の槍と化した美女を手に取る。

白騎士「ムカつくんだよォ!!」
 
 全身鎧を身にまとって居るとは思えぬ速さで冒険者へ飛び掛る。


237 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:27:22.03 SEl7JEWX0 102/110


 反射的に飛び退る。
 やや騎士の動きが早い。
 白銀の槍が冒険者の足を貫いた。
 冒険者の体の勢いは止まらない。
 槍が食い込んだ左足は、足首から引きちぎれた。

白騎士「・・痛いか?」

 心底楽しい、と言う笑顔は見るものを恐怖で氷付けにしただろう。
 
冒険者「苦しいか?」

 と、脂汗を流しながら、冒険者は意図の分からぬ言葉を投げかけた。
 白騎士が何かを言おうとして、止めた。
 すぐに何を指し示すのか、理解出来た。
 槍にささる左足から紫の煙が上がっている。
 
冒険者「まさか足を取られて使うとは思わなかったが」

 靴敷きに仕込まれた毒ガスが発生しているのだ。
 本来、靴を奪われた場合、もしくは靴を相手の側に投げつけ、自身の矢で射って、使う。
 白騎士の腕前も確かながら、冒険者の用意周到さも抜け目無い。
 咳き込む様子に、安堵する余裕は無い。
 接近戦が不利なのは承知だ。
 冒険者は木の枝にあがり、弓ずるを引く。


240 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:37:29.16 SEl7JEWX0 103/110


 放たれた矢は無数に広がり、被弾したが、白騎士は難無く回避する。
 
白騎士「下品な猿らしい卑怯な作戦だな」

冒険者「勝てば正義」

 冒険者が枝の上から宙返りで木々の間に消える。
 奇襲を仕掛けるつもりだ。
 ならば、それに乗ってやろうではないか、白騎士は広場の中心へ移動する。
 
 辺りの木々がざわめく。
 冒険者は凄まじい速度で旋回を行っているようだ。
 さすがの白騎士とて、居場所を察する事は出来ない。
 が、反射速度で負ける気は無いようだ。
 さしたる構えも取らずに、突っ立っている。
 突然、音が止んだ。
 白騎士がそちらへ目をやると、大剣が顔面直前へと飛来していた。
 間一髪、と言っても本人によれば、そうで無いのだろうが。
 槍によって剣が弾き飛ばされる。
 それが地面突き刺さるのと同時に、別の音が鳴る。
 冒険者が直接手にした鏃を直接、白騎士の鎧へ突き刺したのだ。
 顔を狙った一撃であったが、持ち前の反射神経により、胸で受け止められた。
 


242 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:45:43.22 SEl7JEWX0 104/110


 矢をそのままに、飛び退く。
 しかし、遅かった。
 白騎士の拳が振るわれた。
 下手に回避しようとした冒険者に対して、それは打撃では無くなった。
 腹が前半分抉られたのだ。
 背後の木へ激突する。
 崩れ落ちた冒険者の身は、内臓を零した。
 
白騎士「お前も所詮人だと言うことだ」

 死骸に背を向け、魔女が居るであろう小屋へ向かう。
 憎き冒険者の全てを奪うのだ。
 かの魔族の少女以上に、辱め、無残に殺す。

白騎士「はははははっ、俺にたてつく者は全て同じ運命を辿るのだ」

 槍を横に振る。
 その風圧で、小屋の壁はいとも簡単に吹き飛んだ。
 ベッドに腰掛ける魔女はその破片に傷つけられた様子は無い。
 簡易的な結界で身を守ったのだろう。

白騎士「これから死ぬと言うのにな」

 魔女の他に、人の姿は無い。
 勇者はすでに呪いを解かれ、転移された後だろうか。
 魔女の目は、冒険者の無残な死を確かに見た。


245 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 01:54:01.66 SEl7JEWX0 105/110


 もはや思い残す事は無かった。
 愛した者は死んだ。
 課せられた使命は果たした。
 勇者はある人里に転移させた。
 赤子ではないのだ。
 よほどの危険地帯でなければ、自身で生への道を切り開く事が出来るだろう。
 白騎士が、一歩ずつ、無残な死を携えて近づいてくる。

 魔女は瞼を閉じ、冒険者と過ごした僅かな時間を思い返す。
 自然と、涙が溢れて来る。
 生への渇望では無い。
 二度と戻らぬ、輝いた時間に対する悲しみだった。
 出来る事なら、もう一度、もう一度で良い。
 彼の姿を、声を、温もりを感じたい。

白騎士「さて・・見せしめに生きたまま広場で捌いてやろうか?」

 鉄鋼に覆われた指が、魔女の首を掴んで持ち上げた。
 彼女が辿る地獄の道は、どれほど過酷であろうか。


253 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 02:05:35.88 SEl7JEWX0 106/110


 それをもっとも悲観するのは、魔女本人だ。
 だから、彼女は死んだのだろう。
 
 目を閉じた暗闇の中で、彼女は確かに魔術で作り出した短剣を、自らの首筋に突き刺した。
 訪れたのは痛みでは無かった。

 何者かの野太い悲鳴。
 次いで、馬に乗せられて居たであろう、魔女の体が振り落とされた。
 
白騎士「・・貴様」

 目を開くと、死んだはずの冒険者が立っていた。
 
冒険者「やられた事はやり返させてもらう」

 白騎士の手から奪われた槍を、膝を使ってへし折る。
 二つに折れたそれは、地面に乱雑に投げられてから、人型に戻った。
 紫の血が広がる。
 足元の血溜りを踏みつけ、白騎士へ近づく。
 何が起きたのか理解するよりも、冒険者の殺意を感じ取った彼は、その場を離れようとする。
 しかし、遅い。

冒険者「・・死ね」

 冒険者の拳が、白騎士にのめり込んだ。
 頭蓋をかち割り、脳が弾け飛ぶ。 
 頭部を失った体は、ゆっくりその場に崩れ落ちた。
 
 精神が冷徹非道な悪鬼であろうと、体は人間のようだ。 


258 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 02:10:49.01 SEl7JEWX0 107/110


魔女「い、一体何が・・」

 尻餅を付いたまま、魔女が困惑の声をあげる。

 冒険者は近寄ろうとせず、その場で悲しく笑った。

冒険者「悪い。勝てなかったわ、俺」

魔女「で、でも・・」

 さらに悲壮の色を強めた。
 魔女も何を指しているのか、気が付く。
 青く蠢く肉塊が、失われたはずの体を補っている。
 その中心には、魔女に良く似た顔が静かに瞼を閉じている。

魔女「・・魔人と融合したのですね」

冒険者「ああ。彼女には感謝してる」

 ポロポロと魔女の目から毀れる雫に同調するように、それも崩れ始めた。
 地に付く前に、灰と化して風に流され消える。

冒険者「ごめん。アンタの事、一人にしちまうな」

 魔女は何も言わずに、勇者の体に抱きついた。
 ぐにぐにと蠢く感覚を、腹で感じる。


265 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 02:15:41.05 SEl7JEWX0 108/110


魔女「でも、私も・・」
 
 首筋に手を当てる。
 短剣と、その先端が食い込む青い肉片が剥がれ落ちた。
 
魔女「・・そんな」

冒険者「あーあ。俺、死ぬのか」

魔女「・・・・」

冒険者「・・何だか実感沸かないな」

魔女「そう・・ですね・・」 

冒険者「泣くなよ」


268 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 02:24:18.46 SEl7JEWX0 109/110


魔女「・・ずるい」

冒険者「え?」

魔女「ずるいです・・私も、私も・・連れて行ってください」

冒険者「・・アンタには、ここで死ぬよりも相応しい道がある」

魔女「それ・・私の言った事です・・」

冒険者「ははは、悪い。記憶に良く残ってて、つい、な」

魔女「・・・・」

 冒険者が顔を魔女の耳元へ近づけ、何かを呟いた。
 長く続いた言葉に、魔女は涙を流しながら、数度頷いた。
 やがて、冒険者の体が魔女から離れる。
 崩れ落ちるのは、魔人の肉だけではなかった。
 冒険者の身も、同じく崩れ始めた。
 魔女は静かにそれを見守る。
 冒険者は、笑顔のまま、ゆっくりと時間をかけて消滅した。
 灰が残るが、それすら風に流され、どこかへ消えた。
 冒険者が存在していた事を示す物は何もかも消えたかに思えたが、その場に残った物が一つあった。
 一枚の、古めかしい地図である。
 魔女はそれを手に、立ち上がり、空を見上げた。
 
共に生きる事はもう出来ない。だからせめて、俺が何時か見た景色で。また会おう。

 冒険者の最後の言葉と地図はしっかりと魔女の手に握り締められている。


269 : 以下、名... - 2009/05/28(木) 02:24:59.84 SEl7JEWX0 110/110



         おわり


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